ハチマンくんとアスナさん (大和昭)
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第000話 注意書きと設定

2018年3月17日 微妙に修正


細かい事は気にしないという方は、読み飛ばして下さい

 

まずは注意書きのようなもの

 

・ヒロインはアスナです。

 

・キリトとアスナのカップルが至高の方には向きません。引き返す事をお勧めします。

 

・初投稿なので生暖かく見守ってやって下さい。

 

・ご都合主義や、唐突な展開が多々出てくるかもしれません。

 

・完全に自分があれもこれも見たいがため書き始めた何番煎じかわからない小説です。

 斜め上に突っ走る事が多いです。

 

・基本キリトは原作のイベントをアスナ抜きで消化しています。

 SAO編の八幡は、スピンオフもしくは裏話風な展開を、アスナと共に歩む事となります。

 (前半はどうしてもプログレッシヴの展開からして、裏話ではなく、

 キリトの行動をハチマンがトレースする事が多くなっています)

 

・ALO編はともかく、ALOアフター編、GGO編からはもう完全に別世界です。

 

・作者の未熟さゆえ、序盤で強引に友達関係を成立させています。

 そのためか、序盤でカップル成立と勘違いされた方も多いかもしれませんが、

 序盤では完全には恋愛感情は成立していません。

 この辺りは原作プログレッシヴでも同じような展開になっている為、

 問題は無いと考えています。とにかく二人が一緒にいる事が大事なので。

 ある程度信頼が無いと、こんな世界で一緒に行動する事はありえないと思うので。

 

・GGO編には、一部シュタインズ・ゲートやGATEのキャラが登場する部分があります。

 

・人物紹介はGGO編の後半で思い立って投稿した為、序盤は見ない方がいいと思います。

 

 

 

基本設定のようなもの

 

・クリスマスイベント直後の話となります

 

・クリスマスイベントは二○二二年十二月二十三日

 

・SAOの発売は二○二二年十二月二十五日

 

・キリトは高校1年生

 

・アスナは高校2年生

 

・二刀流は、専用のウェポンスキルが存在し、攻撃力等の補正がつき、

装備条件が左右別々になる、という設定です。

 

・二刀流スキルがないとエリュシデータクラスの武器を両手に同時に装備する事は不可能。

 

・ただし両手を足して必要ステータスを満たせれば両手に武器を持つ事自体は可能。

 

・設定とストーリーは、矛盾のないように出来るだけ気をつけつつ変えまくります。

 

・八幡はクリスマス後の前向きさが拡大しています。

 他人に気を遣う部分と、問題解決のため可能な全て手を打つ部分が強調されています。

 

・アスナは序盤の一人での行動が無いため前向きです。

 

・警告タグは保険です。

 

・キャラはあまり死にません。

 

 

 随分長い話になってしまいましたが、宜しくお願いします。



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第一章 SAO編 第001話 プロローグ~職場見学にて

只今読みやすいように、少しずつ修正中です 2017/10/29 修正
急に文章がおかしくなったら、そこはまだいじっていない所です、すみません。
八幡のキャラですが、そういった事情で、現在(200話)のキャラ付けに、
どうしても引きずられている部分があるので、原作との乖離が大きくなっている箇所が多いです、ご容赦下さい。

キリトとアスナのカップル以外はありえないという方と、ずっと原作通りの性格でまったく変化しない八幡が見たいという方はこのまま引き返す事をお勧めします。


 その日、比企谷八幡は、ついに待ち望んでいた日を迎える事となった。

今日は二○二二年十二月二十五日。ついに世界初のVRMMORPGである、

『ソードアート・オンライン(通称SAO)』の正式サービスがスタートする日だ。

クリスマスイベントの達成感がまだ残っていた八幡は、

ベッドの上でその瞬間を今か今かと待ち構えていた。

何故ゲーマーでもない八幡が、VRMMO等という、

まさに八幡の天敵のようなコンテンツをこんなに待ち望んでいるのかというと、

ここで時は職場見学まで遡る。比企谷八幡はそこで、

天才茅場晶彦と、ソードアート・オンラインに出会ってしまった。

 

 世界初の完全なるVR機能を実現させたゲーム機『ナーヴギア』が発売されてから、

既にいくつかのタイトルが発売されていたが、

その革新的な仕様ゆえ、ハードの性能をきちんと引き出せているゲームはまだ皆無だった。

 偶然か必然か、葉山隼人が職場見学に選んだのは、

今度新しく、ナーヴギアで発売されるゲーム、

ソードアート・オンラインの開発会社『アーガス』だった。

実際に画面を見て、八幡は、中二病が再発しそうになるのを必死に堪えていた。

 

(ゲームもついにここまできたか……昔から予想はされてたけど、なんだよこれ。

もう言葉も出ないわ……いつも通り戸部は、べーべー煩いし、

三浦と由比ヶ浜も、驚きのあまり、声も出ないようだな。

海老名さんは、何かに腐レーダーが反応したのか、鼻血を出して休んでいたようだ。

本当あの人ブレねーよな……こういう時に場を整える葉山ですら、画面に見入っているようだな)

 

 もちろん八幡も、ひたすら画面を見つめている事しか出来なかった。

その後何人かが実際にプレイを体験出来る事となったが、

当然プロのぼっちである八幡が志願できるはずもなく、

指を咥えて見ているしか出来なかったわけなのだが。

 

「どうだい、ソードアート・オンラインは」

 

 不意打ちのようにそう声をかけられた八幡は、反射的にこう答えていた。

 

「なんていうか遊びじゃないんだ、これこそゲームなんだって感じっすね、

自分でもおかしな言い方だと思うんすけど。

人の手で創り出された世界だけど確かにここに存在するっていうか、その、本物っていうか……

俺が手に入れたくても手に入れられない本物が、ここにはあるんですかね」

 

 背後から息を呑む気配がした。

八幡は、自分は今、誰と話していたのだろうと我に返り、慌てて振り向いた。

驚いたような、それでいてどこか嬉しそうな表情をした白衣の男がそこにいて、

興味深そうにこちらをじっと見ていた。

その顔は、雑誌等でよく見る、あまりにも有名な顔だった。

 

(茅場晶彦。天才ゲームデザイナーにして量子物理学者。

この人みたいな人は本物ってものを手に入れているのだろうか。

というか、本物などという、今まで考えた事もない言葉を、何故俺は使ったのだろう)

 

 それがとても輝いている物のように感じられて、

ちっぽけな自分の悩みとあいまって、八幡は少し居心地の悪さをおぼえた。

 

「そうか、本物か……君はそう思ってくれるのか」

「す、すみません、つい感じた事が…その……思わず口に出たというか……

なんで本物なんて言葉が口をついて出たのか、自分でも不思議なんです」

「確かに不思議だね。だが謝る必要はまったく無いよ。むしろ私は嬉しかった」

 

 そして茅場は、はにかんだ顔で、こう続けた。

 

「君はプレイ体験に志願しなかったのかい?このソードアート・オンラインは、

君みたいな人にこそ是非体験してみて欲しいゲームなのだけどね」

「す、すみません、興味がないとかそういうのじゃなくて……その、アレがアレなんで……」

 

 咄嗟にいつもの調子で言い訳をしてしまった八幡は、自分が少しみっとないと感じた。

 

(さすがに知らない人と流暢に話すのは、俺にはまだ無理だよな)

 

 茅場は、八幡の返事を聞いて少し考えたようなそぶりを見せたかと思うと、

おもむろに名刺を取り出し、八幡に差し出してきた。

 

「もし君さえ良かったらだが、夏休みにβテスト直前の調整のバイトをやってみないか?

この名刺にある会社の番号に連絡をくれれば、採用するように手配しておこう」

「あ、ありがとうござい…ます。でも何で俺になんか…」

「君から何かを感じたから、どんな形であれ、体験してみて欲しいんだ。

βテスターは、学校の関係で無理だろうからね」

 

 プロのぼっちを自称する八幡だったが、

さすがにその場でおかしな事を言うわけにもいかず、少し考えてからこう答えた。

 

「もし機会があれば前向きに検討し、善処します」

 

 八幡は、精一杯まじめに答えたつもりだったが、言葉遣いは明らかに変だった。

だがその返事を聞いて、茅場はとても嬉しそうにこう言った。

 

「ははは、やっぱり君は面白いな。あまり気がのらないようだが、期待せずに待っているよ。

それではこの後も、SAOの世界を楽しんでくれたまえ」

 

 そして茅場は、何かに気付いたのか、うっかりしたという顔で、八幡に再び質問をした。

 

「そういえばまだ君の名前を聞いていなかったね」

「あ、はい、比企谷八幡です。職場見学に来ました、総武高校の二年生です」

「比企谷君か。総武高校……もしかして、雪ノ下陽乃という人を知っているかい?」

 

 八幡は突然雪ノ下の名前が出てきた事に驚いたが、陽乃、という名前には聞き覚えが無い。

 

(陽乃……雪乃……似ているが……)

 

「雪ノ下雪乃、という知り合いならいます。同級生で、うちの部の部長をやってます」

「そうか……私もその名前には聞き覚えがないが、ご家族の方かもしれないね。

いや、つまらない事を聞いて悪かったね」

「良かったら今度、確認しておきましょうか?」

「いや、それには及ばないよ比企谷君。

総武高校と聞いて、なんとなく聞いてみただけだからね。

それじゃ、まだ仕事が残ってるんでお先に失礼するよ。今日は君と出会えて、

とても有意義だった。またな、比企谷八幡君」

 

 そういい残し茅場は去っていった。

 

「またな、か……」

 

 八幡はしばらくその場から動く事が出来ず、今の出来事について考えていた。

 

(あの茅場晶彦と直接会話出来るとは、あまつさえバイトに誘われちゃうなんてな……

とりあえず今度、材木座に自慢しよう。

そして雪ノ下……雪ノ下なんて苗字、そうそうあるわけないしな……ま、いいか)

 

 八幡は気持ちを切り替える事にした。

 

(考えるのは後でいい。それよりも今は……)

 

「ヒッキー?何かあった?」

「いや、何もねえよ由比ヶ浜、ただこのゲームを開発してる人とちょっと話をしただけだ」

「そうなんだ~、これ、ほんと超すごいよね。もう何もかもびっくりだし!」

「ああ、そうだな……本当にすごいな……」

 

(この創られた世界に比べて、俺の悩みは何と小さいのだろうか。

そもそもこれは悩みと呼べるのだろうか)

 

 そんな事を考えつつ、八幡はその時がくるタイミングを計っていた。

 

(これでいいのかはわからない。だが、このままでいいはずはないのだ。

由比ヶ浜のような、とても優しいトップカーストの人間が、

俺なんかと一緒にいていいはずなどないのだから)

 

 そしてこの直後、比企谷八幡は、由比ヶ浜結衣との関係をリセットした。

 

 本当にこれで良かったのかどうか。

答えもわからないまま、何かから逃げるように、八幡はバイトの申し込みをした。

結果的にその直後に八幡と由比ヶ浜との関係は改善されたのだが、

その過程で、八幡は雪ノ下陽乃と出会った。

 

(この人と茅場さん、どっちが上なんだろうか。

まあ、さすがに茅場さんの方がすごいんだろうとは思うが、

比較対象になりうる時点でとんでもない才能である事は確かだな。

とりあえず俺は、出来るだけ陽乃さんに会わないように努力をする事にしよう。

なんか怖いんだよな、あの人……)

 

 ちなみに茅場の事は、陽乃が怖くて聞けていない。

そのせいか、うっかりバイトの事が陽乃にバレた時は、根堀り葉掘り色々と聞かれた。

 

(同じ理系のはずだし、目標とする人であるのかもしれないが、しかしやっぱりなぁ……)

 

 そう思った八幡は、せっかくの機会だからと、

茅場との関係を、陽乃に思い切って聞いてみたのだが、結局何も答えてはもらえなかった。

ただその時の陽乃の瞳は、本当に怖かったようだ。

 

(もうあの人に関わるのは、極力避けよう……何か気に入られている気もするが、気のせいだ)

 

 こうして人生で一番忙しい夏休みを八幡は過ごしていたのだが、

その過程で、八幡は茅場を、晶彦さんと呼ぶようになっていた。

ちなみに雪ノ下陽乃には、秋以降陽乃呼びを強制されている。八幡には拒否権は無いようだ。

 

(晶彦さんは本当に尊敬できる人だと思う。何より怖くないのがいい。

何より晶彦さん自身もかなりの隠れぼっちなのだから。親近感もわくよな。

しかし今年の夏は、人生で一番ハードな夏休みだった気がするな。

過密なスケジュールの中、突然ぶっこまれた千葉村での活動あたりでは、

本当に死ぬかと思った。やっぱり働きたくないでござる、がベストだ)

 

 そして月日は過ぎ、夏休みが終わって、茅場も最後の追い込みなのだろう、

忙しそうにしているせいか、八幡ともやや疎遠になっていた。

八幡は八幡で文化祭、体育祭、クリスマスイベントと順調にイベントをこなしていた。

その過程で八幡は、本物を手に入れられるかもしれないという期待を持ってしまった自分に、

まだ気づいてはいなかったが、確実に変化は現れていた。

そして八幡は、結局ナーヴギアとSAOを、バイト代で購入した。

 

(忙しい日々だったが、そう悪くはなかったと、今なら言える気がしないでもない。

これも変化と言えるのかもしれない。ソードアート・オンラインの中で、

一体俺は、どんな経験をするのだろうか。ちょっとは期待しちゃってる俺発見っと)

 

 最後に八幡の名誉のために1つだけ書いておこう。

彼自身は、あくまで日々の息抜きのために、たまにやってみるだけのつもりなのである。

ぼっちにはやはりMMOは鬼門である事に変わりはないのだから。



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第002話 アルゴさんはリア充?

2017/10/19 修正


「リンクスタート」

 

 慣れ親しんだエフェクトと共に、八幡は再びアインクラッドへと降り立った……

 

(あれ、降り立った!?あ、これ、俺がバイトの時使ってた姿か…

ミスったな最初からキャラを作り直すか…つーかこのキャラまだ残ってたのか)

 

 八幡は、やれやれと肩をすくめ、おもむろに自分の姿やステータスを確認し始めた。

 

「名前はそのままハチマンか。ステータスは初期に巻き戻しか……

廃プレイするわけでもないし息抜き程度だからこのままで別にいいか……

しかしあれだ、昨日わくわくしながら徹夜して名前を考えた俺の努力は………」

 

 その時ハチマンは、視界の片隅に、見慣れないエフェクトが表示されているのに気がついた。

 

(運営からのメッセージか、晶彦さんからかな?)

 

 ハチマンがそのメッセージを開いてみると、そこにはこう書いてあった。

 

「君がこのゲームで本物を見つけられる時が来る事を祈る。

すまないとは言わない。君ならわかってくれるはずだ。

お詫びというわけではないが、君が愛用していて製品版には導入できなかった装備を、

なんとか捻じ込んだ。どこかに隠してある。

もし見つける事が出来たなら、活用してくれたまえ。」

 

 本物という言葉に、ハチマンは数日前の事を思い出して身悶えた。

それはもう気持ち悪いくらい身悶えた。

以前茅場と会話した時とは、もうまったく事情が違う。

ハチマンはもう、自分の求める物を、自覚してしまっているからだ。

 

(黒歴史だよなぁ……っと、もう1通あるな…)

 

「君の目を再現するのは中々に大変だった」

 

 2つ目のメッセージを見た瞬間に、ハチマンは、慌てて噴水へと駆け出して、

水面に自分の顔を映してみた。

 

(やはりVRMMOでも、俺の目は腐っているのか……)

 

 残酷な現実に、ガックリとうなだれた後、ハチマンは、

茅場からのメッセージの意味について考えはじめた。

 

(俺の愛用武器っていうとあれか……しかしこの広い世界で簡単に見つかるものでもないし、

見つけられるとも思えない。それよりも、俺ならわかるはず?どういう事だ?

まあ考えていても仕方がない、時間は有限だ)

 

 ハチマンはまず装備を揃えるために、商業区画の露天へと足を向けた。

 

(このあたりは変わってないな、まあ俺がプレイした時にはもう、ほぼ完成してたしな)

 

 ハチマンは、自身のプレイスタイルが、AGI極振りの超近接タイプの為、

とりあえずといった感じで短剣を一振り買うと、

試しに自分が覚えている、いくつかの、短剣ソードスキルの型をなぞってみた。

熟練度が足りず、当然アシストも働かない為、威力は言わずもがなだが、

型だけはちゃんと再現する事が出来たようだ。

 

「ま、こんなもんか。後は防具だが………ぼっち御用達のフーデッドケープは外せないとして、

軽皮鎧でこれとこれ、まあ、資金的にもこんなもんだな」

 

 ハチマンは、満足したように自分の姿を見た後に、限りなく自分の気配を薄くした。

ぼっち必須の隠密スキルである。もちろんスキル外スキルだ。

もっとも効果のほどは、定かではないが、何もしないよりはましのはずである。

そのせいなのか、誰の視線も感じない、さすがぼっち。ぼっちの称号はシステムをも超える。

そしてハチマンは、久しぶりに狩りでもするかと街の外に向かおうとして振り向いたが、

いつの間にか後ろに立っていた人にぶつかり、たたらを踏んだ。

 

「あっ、すすすすみません」

 

 ハチマンは、どもりながら、つい反射で謝ってしまったが、そこである事に気づいて愕然とした。

 

(こいつ、いつから背後にいやがった!?)

 

 ハチマンは後ろに飛びのき、相手をじっと見つめた。いや、じっと見つめようとした。

ハチマンは、他人の目を見ながら話す事にはまだ慣れていない為、

結局目を背ける事になり、更には何も言い出せなかった。

そんなハチマンを見て、気を利かせた訳ではないだろうが、相手が先に喋りだした。

 

「いやーごめんごめん。君が興味深くて、つい近くで観察しちまってたよ。

オレっちは情報屋のアルゴ、何かあれば是非情報屋アルゴをご贔屓にナ」

 

 そんなアルゴの様子をチラチラと伺うハチマンであったが、

こちらも自己紹介をしようとして、アルゴの顔の刺青に気づき、

それに見覚えがあった為、意思とは別に、言葉がつい口をついて出た。

 

「なああんたのその顔、体術スキルのクエストなんか、どこで受けたんだ?

確かあれは、2層のはずだが」

 

 アルゴは内心衝撃を受けた。

体術スキルの情報は、数多いβテスターの中でも、自分以外誰も知らないはずだからだ。

しかしアルゴはそれをおくびにも出さず、脳内で主要なβテスターの情報を検索し始めた。

だがもちろん、該当するプレイヤーは発見できなかった。

そんなアルゴの姿を見てハチマンは、聞こえなかったのかと思い、

今度こそ泣けなしのコミュ力を発揮して自己紹介をした。

 

「えっと、俺の名は……ハチマンだ。よ、よろしく」

 

 アルゴは我に返り、内心の動揺を隠しながら、あくまで自然に見えるように振舞う努力をした。

 

「ハチマン、ねぇ……じゃあハー坊って事で、以後よろしくナ」

 

 今度はハチマンが、別の意味ですさまじい衝撃を受けた。

 

(初対面でいきなりあだ名呼びとか、何こいつアルヶ浜さんなの?

しかもセンス皆無なとこまで一緒かよ)

 

「まあそれよりもサ」

 

 アルゴはいきなりハチマンの耳元に顔を近づけ、囁いた。

 

「ハー坊って何者だい?βテストで見かけた記憶は、オレっちには無いんだけどナ」

 

 その顔の近さに、ハチマンは、ひどく動揺した。

 

(近い!近いから!このままだと惚れちゃうから!

あとどうしてそんな低い声が出せるんですかね、どこかの誰かみたいに!)

 

 ハチマンは、冷や汗をかきながら、あざと生徒会長一色いろはの事を思い出しつつも、

冷静さを保つように深呼吸し、今のやり取りに対して、考えを巡らせた。

 

(情報屋に安易に色々話すのは、多分まずい。とりあえず当たり障りのない事だけ言っとくか)

 

「あ、あー……昔ちょっと茅場晶彦さんの手伝いをした事があるだけなんですよ、

βテストが始まる前ちょこっとですけど」

「別に同じプレイヤーなんだし見た感じ年もそう離れてないだろうから、

敬語なんざ使わなくていいぜハー坊。それにしても、手伝いねぇ……

アーガスの社員さんかなんかカ?」

「職場見学で縁が出来て、ちょっとバイトでβ直前に手伝っただけです……だよ。

βテスターほどの知識は持ってないと思いま……思うぞ、多分」

 

(うん、βテスターの到達階層なんて知らないし、嘘は言ってないな、

持っている情報の、一部しか言ってないだけだ。

まあ実際βテストについては、そこまで詳しい事は知らないしな)

 

 だがアルゴは、その言葉にある程度納得したようだった。

 

「なるほどな、それであの動きか……うん面白い!

今後のためにも良かったらオレっちとフレンド登録してくれないカ?」

 

 そう言ってにこやかに手を差し出してきたアルゴに、ハチマンはまた衝撃を受けたのだった。

 

(何こいつ、いきなり握手とか葉山と同じ人種かのか?って事はリア充なのか?すげえなリア充。

女の子の手を握るとか俺には難易度高すぎなんですけど!

つーか世の中のリア充ってこんな簡単に友達が出来るものなの!?)

 

 その時ハチマンは、ある事に気がついた。

 

(あ、これって別に、中の人も女の子とは限らないんじゃね?MMOだしな。

そもそも俺が、女の子に握手を求められるとかありえないし)

 

 そう考えて、ちょっと緊張がとけたハチマンは、それでも握手するのが気恥ずかしいらしく、

かつて葉山としたように、アルゴの手を叩きながら、こう言った。

 

「オ、オ-ケー、その、よろしくな」

「それじゃ何かあったら連絡してくれヨ!」

 

 そしてハチマンは、手を振って走り去っていくアルゴを、ただ黙って見送ったのだった。

 

(由比ヶ浜と一色と葉山のハイブリッドとか、あのアルゴっての、まじやばいな。

まあでも、三浦や川崎が混じってなくて、本当良かったわ……

あのあたりが混じってたら、あまりの恐怖に一言も喋れなかったまであるな)

 

 そしてハチマンは、気を取り直すと、予定通り、街の外へと向かって歩いていった。

もちろんシステム外隠密スキルを使うのは忘れていない。

繰り返すが、効果の程は謎である。

 

(多少なりとも最近は、噛まずに他人と会話する事はできるようになってるんだよな、

この半年の俺の経験も無駄では無かったって事か。

まあ、一人でいる方が好きなのは、間違いない、はずだ。あいつらさえいなければ……)

 

 街の外に出ると、ハチマンは空いていそうな狩場を見つけ、深呼吸をして武器を構えた。

近くに「キリト」「クライン」と呼び合っている二人組の姿が見えるが、まあ問題はないだろう。

 

「さて、ここからが本当の冒険の始まりだな」



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第003話 アスナとの出会いは、どこかまちがっている

2017/10/29 修正


 ぷぎー!という断末魔と共に、イノシシの巨体が、ガラスのように砕け散った。

どうやらブランクがあっても、まだハチマンの腕は錆びついてはいないようだ。

まあ、フレンジーボアと呼ばれるこのイノシシの扱いは、所謂スライムなので、

まだこの先どうなるかは、未知数なままである。

一息ついたハチマンが、何となくあたりを見回すと、大きな掛け声と共に、

少し離れたところにいる二人組の会話が聞こえてきた。

 

「うおっしゃあああ!やべー俺まじ最強じゃね?どうよキリト、俺かなりイケテると思わね?」

「初勝利おめでとう。でも、今のイノシシは、他のゲームだとスライム相当だけどな」

「えっ、マジかよ!おりゃてっきり中ボスかなんかだと」

「んなわけあるか」

 

(楽しそうだな~片方は戸部、片方は葉山っぽい気もするが。

ってかまた葉山かよ、実はこれって、ハヤマート・オンラインなの?)

 

 まあしかし戸部っぽいのはおそらくニュービーなのだと思い、

ハチマンは、微笑ましさも感じていた。

 

(俺にもああいう時期があったな、って、ぼっちの癖に上から目線とか百年早いので、

レベルが上がってから出直して来てくださいごめんなさい。

って、自分でごめんなさいしちゃうのかよ)

 

 脳内で、いろは風の小芝居をしつつ、ハチマンは、気を取り直して狩りを続行する事にした。

 

(《ファッドエッジ》の動きはできるかな)

 

 今の熟練度じゃ使えないはずの、横横横縦の四連撃。

結論を言えば、動きだけは再現出来た。威力はそこそこ。このままでは使えない。

 

(この威力の足りなさはどうしようもないな……

まあ、熟練度の上がり方は、普通よりは上な気がするし、もう少し続けてみよう。

つーかさっきから、あのキリトって奴に見られてるよな……)

 

 ぼっちの特性に、単純作業が苦にならないというのがある。やはり一人の方が楽だ。

そして、他人の視線に敏感なのがぼっちである。これくらいの視線を感知するのは容易い。

 

 ハチマンは、短剣での動きを一通り試した後、レベルもいくつか上がったのを見て、

今日のプレイは早めに切り上げて、街に引き返す事にした。

その去っていく背中を、キリトと呼ばれたプレイヤーは、まだじっと見つめていた。

 

(あれは俺の見立てだと、多少会話もスムーズにこなせる、わが道をいく系ぼっちだな)

 

 ハチマンは少し迷ったが、同じぼっちとして会釈くらいはしておこうと思ったのか、

キリトに会釈をすると、そのまま街へと向かった。

 

(さて、食事とかどういう味になってるのかな、昔は食材ごとの差があまり無かったからな……)

 

 何となく小腹はすいた気がしたハチマンはそう思い、屋台の方に目をやった。

すると前方で、一人のプレイヤーが、何かに困ったようにきょろきょろしてる姿が目に入った。

そのままなんとなく、そのプレイヤーを眺めていたハチマンだったが、

そのせいか、唐突にそのプレイヤーと、バッチリ目が合った。

 

(あ、やべ)

 

 そう思ったハチマンは、慌てて目を逸らしたが、時既に遅く、

そのプレイヤーは、こちらに近寄ると、ハチマンに話し掛けた。

 

「あ、あの……すみません」

 

 ハチマンは焦り、しばらく聞こえないフリをしていたが、

業を煮やしたそのプレイヤーに、目の前に回りこまれてしまった。

 

「あ、あの、すみません、ちょっとお聞きしたい事があるのですが」

 

 ハチマンは、まあただの質問か何かだろうと、意を決して、そのプレイヤーに返事をした。

 

「あ、はい、何でしょう」

 

 クリスマスイベントで、多少鍛えられたのであろう。

ハチマンは、思ったよりも普通に返事を返す事ができた。この辺りに、成長の跡が見える。

よく観察してみると、そのプレイヤーは、多分ハチマンと同年齢くらいだろうか、

ちょっと幼い顔つきが、どこか戸塚を連想させた。

 

「えっと、あの、ログアウトしたいんですけど、その……やり方がわからなくて……」

 

(ニュービーにありがちな奴か~、めんどくさいが GMに連絡してくださいってのもな。

そもそも俺が、戸塚に雰囲気がよく似た人を見捨てるなぞ、世界が許しても、自分自身が許せん)

 

「あ、え~っと、まずメニューの出し方はわかります?で、この下の方にですね……」

 

 そう言って、自らのメニューを改めて見たハチマンは、愕然とした。

さっきは気づかなかったが、そこにはログアウトボタンが存在しなかった。

その焦りが、思わずハチマンの口をついて出た。

 

「あれ、見当たらない………」

「ですよね……」

 

(晶彦さんがこんなバグを?あの人に限ってありえない。

雪ノ下姉以上の魔王クラスの人材だぞ、あの人は)

 

 ハチマンは、原因を考えたが、何も思いつかない。なので、言葉に出してはこう答えた。

 

「リリース直後のゲームだと珍しいんですけど、不具合があるのかもですね。

多分もうすく運営からアナウンスがあるんじゃないですかね」

 

 相手が戸塚っぽいというのもあるのだろうが、

いつもよりスムーズに会話が出来ている自分に少し驚いたハチマンは、

こんなちょっとしたところでも自分の成長を感じて、少し嬉しくなった。

そしてハチマンは、彼には珍しく、少し調子に乗った。

 

「ここには来たばっかりですか?アナウンスが来るまでの短い間で良ければ、

装備選びとか手伝いますよ?後は簡単なレクチャーですかね。

それと、もし良かったらですけど、敬語で会話するのはやめませんか?

まあ男同士ですし、俺が敬語にちょっと慣れてないってのも、理由の一つなんですけどね」

 

 ハチマンは、何とか噛まずにそう言い切った。

内心で、愛する妹に、頑張ったぞと叫びながら、ハチマンは、返事を待ちつつ相手に目をやった。

そこには、きょとん、とした顔をした少年がいた。

少年は何か考えているようだったが、改めて自分の姿を見て、納得したようにこう答えた。

 

「うん、よろしくね!」

「お、おう、よろしくな」

 

 予想以上に戸塚っぽい承諾の言葉を聞いて、少し嬉しくなったハチマンは、

まず最初に装備選びを手伝い、ハラスメントコード、アンチクリミナルコードの順に説明をした。

装備選びの際に、おそろいのフーデッドケープを装備する事になったのは、

決してわざとではない。

これは野営の時とかに、色々便利な装備だから、一応必然と言える。

そしていざ二人は、パーティを組む事になった。

画面の左上に名前が表示されたところで、ハチマンは大切な事に気がついた。

 

(浮かれてリア充の真似事をしていたが、まだ自己紹介をしていなかったな。

お兄ちゃんは、やっぱりまだゴミいちゃんだったよ小町………)

 

 自分の迂闊さにショックを受けつつ、ハチマンは、気を取り直して少年に話しかけた。

 

「わ、わるい、まだ自己紹介してなかったみたいだ。その、すまんハチマンだ、アスナ」

「あ……こっちこそごめん、ユウキアスナだよ。よろしくね。でも、どうして私の名前を?」

 

 そのアスナの自己紹介を聞いた瞬間、ハチマンは慌ててアスナの口を塞いだ。

 

「ば、ばっかお前、こんなところでリアルネームを出すな!

何があるかわからないんだから、絶対にキャラネーム以外はもらすな!」

 

 それを聞いたアスナは、自分の失態に気が付き、慌ててハチマンに謝った。

 

「ご、ごめんなさいまだ慣れてなくて……うん、気をつけるね」

「あ、いや、その、乱暴な言い方して悪かった。

くそっ、お、俺は、比企谷八幡だ。これでお互いの秘密を知ったって事で、俺達の関係は対等だ。

これならまあ、今の台詞も何も問題はない」

 

 アスナはちょこんと首をかしげた後、ハチマンの優しさに気が付くと、

満面の笑みを浮かべながら言った。

 

「うん、改めてよろしくね、ハチマン!」

 

(何この子、戸塚並の天使なの?そして少しあざとかわいい……男なのに……)

 

 そんな感想を抱きながら、ハチマンは、先ほどのアスナの質問に答える事にした。

 

「あー、さっきの質問だがな、パーティを組むと、画面の左上に、

パーティメンバーの名前が全部表示されるんだよ。その、いきなり名前で呼んですまなかった」

「なるほど、そういう事か」

「ああ、それじゃ自己紹介もすんだところで、簡単に戦闘のレクチャーだけやっとこう」

「うん、お願い」

 

 そして狩場に移動した後、ハチマンは、基本から説明をはじめた。

 

「基本的に、ソードスキルは自動で発動する。まず初動のモーションを起こして、少しためて、

ソードスキルが発動したのを感じたら一気に放つ、こんな感じか」

 

 ハチマンはそう言って、いくつかの短剣ソードスキルを実演して見せた。

アスナはどうやら覚えはいいらしく、先ず初動の構えをさせた後に、

ハチマンが、手足の位置を触って調整したら、

すぐに細剣スキル、《リニアー》を放てるようになった。

だがハチマンは、そのレクチャーの最中に、別の事を考えていた。

 

(なんだこれ……本当に中身は戸塚じゃないよな?なんでこんなに柔らかいんだ……

俺はもしかして、こっちでも新しい世界に踏み込んじゃうの?それともやっぱり戸塚なの?)

 

 ハチマンは、自分の心臓が、バクバクしている事を自覚していた、

だが本当に驚かされたのはその後の出来事にであった。

 

「先生!大分慣れてきたしそろそろ本気でいきます!」

「え?本気?一体何の……」

 

 最後まで言い終わらないうちに、目の前に閃光が走った。

ハチマンの全力には及ばないながらも、それは目で追うのがやっとなくらいの……

そう、まさしく閃光が走ったと表現するしかない、一瞬の出来事だった。

 

「こんな感じ?」

 

 少しドヤ顔なアスナを見て、ハチマンは、不覚にもこう思った。

 

(守りたい、この笑顔……なんだこれ、こいつ天才なのか?戸塚で天才なの?)

 

「なぁ、お前それ……っ、何だ!?」

 

 そう思った後、アスナに質問しようとした瞬間、

どこからか、剣呑な視線を感じ、ハチマンは反射的に武器を構えた。

 

(なんだこれ………上か?誰かがどこかから、俺達を見ているのか………?)

 

 その瞬間リンゴーン、リンゴーンという鐘の音が響き渡り、

二人は光に包まれ、広場に飛ばされていた。

プレイヤー全員がここにいるんじゃないかというくらいのすごい人数が、

その広場には集められていた。

 

 

 

 そしてこの世界は、この瞬間から生まれ変わった。



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第004話 やはりアスナとの出会いはまちがっていた

2017/10/29 修正


 広場は今や、すさまじい喧騒に包まれていた。当然だろう、正式サービスでこれはまずい。

ハチマンは、茅場は一体どうしたのかと、不安な気持ちになっていた。

 

(晶彦さんが開発から外されたとかは、まさか無いと思うが……)

 

 ハチマンは、昨日の夜、茅場と電話した時の事を思い出していた。

 

「迷ってたけど俺、ソードアート・オンラインを始める事にしました。

受験もあるので廃プレイとかは出来ないんですが」

「………そうか、君にとっての本物が見つかるといいな」

「晶彦さん、それはやめてください。本当に恥ずかしいんで……」

「ははは、ところで君は、本当に一人ぼっちなのかい?

話を聞いてると、にわかには信じられないんだが」

 

 その時八幡の脳裏には、ある二人の女生徒の顔が浮かんでいたのだが、

まだ正式に、友達申請をした訳ではないと、八幡は、その二人の顔を、頭の中から消した。

八幡は、自分が今、『まだ』正式に、と考えた事には気が付かないままだった。

 

「ええ、間違いないです。俺の友達は、戸塚一人だけです」

「そ、そうか………まあ君が抱えていた問題も解決したようで、何よりだよ」

「はい、ありがとうございます。俺が思っている、本物の正体については、

まだ漠然としすぎていて分からないんですが、

これからは極力逃げずに、もっと他人を知る努力をするつもりです」

 

 そんな八幡に、茅場は、予想外の言葉を告げた。

 

「………今の君が、少し羨ましいよ」

「そんな事無いです。俺なんかに、晶彦さんに羨ましがられる要素なんて、何一つ無いですよ」

「……この年になるとね、夢を追うのも大変なんだ。

それでも私にとっての本物を追い求めて、SAOを作っているんだが……」

「はい、SAOは、歴史に残る作品になると思います!断言できます!」

「歴史に残る……か。自分で言うのもなんだが、歴史には残ると思うよ」

「はい、絶対そうなります!

自分なりのペースになっちゃいますが、俺もクリア目指して頑張ります!」

「そうか……クリアを目指してもらえるなら、製作者としてこれ以上の喜びはないよ」

 

 八幡は、茅場から何か、言いたい事を言えないような、そんな気配を感じていたが、

サービス開始前日だからだろうと、深く考えてはいなかった。

 

「それじゃ晶彦さん、俺はそろそろ明日に備えて寝ますね。

また良かったら、お話しさせて下さい」

「ああ………八幡君、何があろうとも、君が私の元に辿り着いてくれると信じて待っているよ」

「晶彦さんレベルに辿り着くのは俺にはどうですかね、俺文系ですしね」

「ああ、そうか、そうだな。それじゃ……またな……八幡君」

「はい、それじゃまたです晶彦さん」

 

 ハチマンは、喧騒の収まらぬ群集の中で、一人考えていた。

 

(妙に感情の篭った、またな、だったよな……

そしてあのメッセージ……すまないとは言わない。君ならわかってくれるはずだ……)

 

 その刹那、何かの気配を感じたハチマンが空を見上げると、そこには、

真紅の市松模様に染め上げられていく、第二層の底があった。

驚愕に包まれたハチマンだったが、これでやっと運営からのアナウンスがあるのかと思い直し、

そのまま肩の力を抜きかけた。そして『ソレ』が、唐突に出現した。

出現したのは、真紅のフーデッドケープをつけた、身長二十メートルはある、巨人の姿だった。

その目を見た瞬間、ハチマンは、それが茅場だと確信した。

そして確かに、茅場と一瞬目が合ったと感じた。

 

「プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ」

 

 その後、その巨人――茅場晶彦から語られた内容はこうだった。ログアウトは出来ない事。

ゲーム内で死ぬか、外部の人間がナーヴギアを外そうとすると、

プレイヤーはナーヴギアの高出力マイクロウェーブによって死ぬ事。

電源切断は十分間、回線切断は二時間の猶予がある事。

 

(って事は、その間に現実世界の体を病院なりに運び込めって事か。

まったくよく考えたもんだな、晶彦さん)

 

 ハチマンは、あまり怒りがわいてこない自分を不思議に思いながらも、

自分にとって大切な人達の事を考えていた。

 

(小町、悲しませてごめんな。

戸塚、俺がいないからといって、材木座辺りと仲良くならないでくれよ……

雪ノ下と由比ヶ浜は悲しんでくれるのだろうか。

川崎、受験頑張れよ。

折本とは友達になれたかもしれないのにな。

そして平塚先生、だめな生徒ですみませんでした。

最後に陽乃さんなら、必ず俺の体を病院まで運んでくれる手配をしてくれるはずだと信じよう)

 

 考えるのは後でいい。今はそれよりも、この場をどうしのぐかだと、

ハチマンは自分に言い聞かせながら、なんとか冷静さを保っていた。

その後茅場は、全員にアイテムストレージを確認させ、そこに入っていた手鏡を使わせた。

その瞬間、群集は光に包まれ、その姿が変化した。

周りの会話から察するに、どういうカラクリか、おそらく全員が、リアルの姿に戻ったのだろう。

だが、ハチマンにとってはそれはどうでもいい事だった。

ハチマンの姿は正直あまり変化がないのを知っていたからだ。それよりも一番の問題は………

 

(まずいな、このままだと、下手をすると暴動が起きて、収拾がつかなくなる。

俺一人ならなんとでもなるが、知り合った以上、アスナを放置しておくわけにはいかない。

こいつニュービーだしな、俺がしっかりしないと)

 

 その直後に、既に二百十三名の死者が出ている事を、

茅場が証拠の映像付きで提示した瞬間に、群集が爆発した。

すさまじい喧騒の中、ハチマンは咄嗟に、隣にいる少年のフードを下げ、顔を隠すと、

その手を引いて、全力で走り出した。

 

(確か牛乳が飲み放題の風呂付きの宿があったはずだ。

とりあえずそこに逃げ込んで、後の事は落ち着いてから考えよう。

アスナもこのまま放置する事は出来ない。

シスコンな俺だが、こいつは弟みたいに感じるし、今日だけはブラコンも解禁だ)

 

「すまんアスナ、考えるのは後だ。俺は人に知られていない落ち着ける宿を知っている。

ここはやばい。下手をすると、このままここで、命を落とす危険性がある。

巻き込まれる前に、とりあえずそこまで走るぞ」

「う、うん………」

 

 アスナは放心しているようだったが、生存本能が働いたのか、

大人しくハチマンに手を引かれたまま、一緒に走り出した。

その頃キリトは、クラインと共に、ハチマンとは反対の方向へと走り出していた。

アインクラッドの運命を握る二人の少年と一人の少女の物語は、

この時点で一時的に分かれたのだった。

 

(しかしこいつ、よく俺の速度について来れるよな………とてもニュービーとは思えない。

これが本当の天才ってやつなのかな)

 

 ハチマンは、全力に近い速度で走りながら、後ろを走る少年を、内心賞賛していた。

だがまだ安心は出来ないと、ハチマンは、気を取り直して走り続けた。

その時視界の片隅に、顔にペイントを塗った女のプレイヤーの姿が映り、

ハチマンとそのプレイヤーは、確かに一瞬目が合った。

 

(アルゴか……こうなった以上、あまり警戒ばかりしているわけにもいかないな。

ここはある程度、協力関係を築くのが得策だな。

しかしアルゴの中の人、女の子だったんだな……男かもと思ってごめんなさい。

って、顔にペイントがあるだと!?この短い時間に、わざわざ自分で書いたのか?

あいつは本当に、変わった奴だな……後、俺よりも先にここにいたって事は、足も早そうだ)

 

 そんな事を考えつつ、ハチマンは、『風呂乳宿にいく』と、

おかしな日本語を一言書いただけのメッセージを、

全力で走りながらも何とか書き終え、アルゴに送った。

走りながらメッセージを書くのはこのくらいが限界だったが、

まああいつなら理解してくれるだろう、と考えたのだ。ちょっとセクハラっぽいが……

そもそもハチマンは、現実でもメールを送るのが得意ではないので、これ以上は望めない。

どうやら一度しか会った事のない情報屋の能力を、無条件に信頼できるほどには、

今のハチマンは、人を寄せ付けないぼっちでは無くなっていたようだったが、

ハチマン自身は、まだそんな自分の変化に、気づいてはいないようだった。

宿屋に着くと、ハチマンはすぐに契約を結び、自分達の定宿とする事に成功した。

これで一先ず安心だと思いソファーに倒れむと、

ハチマンは、うつ伏せのままアスナに話しかけた。

 

「その、悪かったな、なんかずっと走らせちまって」

「……うん」

「ちなみにここは、ほぼ誰にも知られていない、隠れ家的な宿でな、

牛乳が飲み放題な上に、一層では、ここにだけ風呂がついてるんだぜ。

しかもお値段はたったの一日八十コルだ。

一層では最高に安全かつ快適な環境で、落ち着ける場所なんだよ。

一先ずここを拠点にして、今後の事を考えようぜ。

男同士だから、プライベートが多少制限されるのは勘弁な」

 

「………ろ?」

 

 アスナが何か喋ったようだが、難聴系主人公ではないハチマンですら、

その声は小さくて聞き取れなかった。

もしかして、アスナがかなり動揺しているのかと思い、

ハチマンは、アスナの不安を取り除く為に、さらにまくしたてた。

 

「とりあえず落ち着いたら、今後の事を相談だな。

今後どうなるかだが、一緒に行動する事になろうが、別行動になろうが、

俺は出来る限り、お前のサポートはするつもりだ。

後な、ショックなのはわかるし俺もショックだ。だがとりあえず悪い事は考えるな。

もし可能なら何も考えなくていいまである。とにかくネガティブになるのは一番だめだ。

話はいくらでも聞くから、とりあえず可能な限り、気持ちは前向きにいこう」

 

 ハチマンは、アスナを励ましつつ、俺ってこんな奴だっけ?と疑問に思った。

小町の教育のせいもあるのだろう。

まあ他にも、あいつらのおかげもあるだろうなと、奉仕部の二人の事を考えつつ、

泣きたい気持ちを我慢して、ハチマンは、自分も落ち着こう、落ち着こうとしていた。

とりあえず風呂でも入って、心身をリラックスさせるように提案するかと、

ハチマンがそう考えた時、唐突に、その言葉がアスナから発せられた。

 

「お風呂!お風呂お風呂!お風呂入りたい!」

 

(あっれ、アスナが思ったより元気なのはいいんだけど、何だこの嫌な予感。

気のせいか、ちょっと、冷や汗も出てきたんですけど……)

 

 ハチマンは葛藤の末、あまりアスナを待たせてもいけないと思い、

不自然さの無いように心がけつつ振り向き、なんとか話しかけた。

 

「あ~、それがいいだろうな。風呂は心のせ…ん……た」

 

 その目の前には、きょとんと自分を見つめる、知らない女の子がいた。

ハチマンは思わず見蕩れてしまったが、混乱しつつもなんとか思考をまとめようとしていた。

 

(え、アスナだよな、いや待て、アスナは男の子で戸塚で弟みたいで、

あ、あれ?えーっと……)

 

 ハチマンはまだ混乱していたが、なんとか口を開く事に成功した。

 

「えーっと……………アスナ?さん?」

「え?そうだけど何で?」

 

 頭に疑問符を浮かべながら、アスナは改めて、自分の姿をじっと見つめた。

そこには先刻までの少年の姿はなく、本来の自分の姿を発見したアスナは、そこで我に返った。

 

「あ、あ、え~っと………ハチマン君、とりあえず、正座してみよっか?」

「ちなみに拒否権は………」

「あるわけないでしょ?」

「あ、はい、なんかすんませんでした………」

 

 知らなかったとはいえ、うっかりと、女の子を宿に連れ込んでしまった事は事実なのだ。

理不尽だと思いながら、アスナの迫力に押されつつも、ハチマンは、

そんな美しいアスナの姿から、目を放せない自分がいる事に、まだ気付いてはいなかった。



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第005話 アスナさんはあざとい?

2017/10/29 修正


 ハチマンは正座をしながら、何故こうなったのかと、必死に考え続けていた。

 

(いくらなんでも女の子と二人きりとか、俺にはハードルが高すぎだろ……つかどうしてこうなった)

 

「ハチマン君」

「あっ、ハイ」

 

 びくびくしているハチマンを見て、アスナは苦笑しつつも続けて言った。

 

「あの混乱から助けてくれて、本当に感謝しているけど、

女の子をいきなり宿に連れ込むのはどうかと思うよ?」

「そ、そうですね、反省してます……」

「でも安全なのは確かみたいだし、あの状況じゃ仕方なかったのもわかる。

色々教えてもらったしたくさん励ましてももらったし、だから…」

 

 そしてアスナは、何かを思い出しつつドヤ顔でこう言った。

 

「これでチャラにしましょう」

「あざとい……」

 

 ハチマンは、つい反射で、慣れ親しんだ返しをしてしまい、やばい、と思いながら固まった。

そんなハチマンにアスナは、頬を膨らませてこう言った。

 

「私、別にあざとくなんかないですし~」

「ぷっ」

 

 二人はお互い顔を見合わせ、どちらからともなく笑いだした。

しばらく笑い続けた後、ハチマンは立ち上がりながらこう切り出した。

 

「とりあえず交代で風呂に入ろうぜ。

部屋の扉は、パーティメンバーしか開けられないように変更しとくわ」

「うん、その後色々相談するとして、気分が落ち込む事も沢山出てくるだろうけど、

色々ありすぎたし、とりあえずは落ち着きたいよね」

「それじゃお先にどうぞ」

「うん、お先にいただきます」

 

 そう言って、風呂場に向かいかけたアスナだったが、何かを思い出したように振り返った。

 

「覗いたらどうなるかは、わかってるよね?」

「俺にそんな度胸は無いから」

「それならよろしい」

 

 そしてアスナは、今度こそ風呂場に入って行き、

一人になったハチマンは、やっと落ち着く事が出来た。

考える事はたくさんあった。茅場の事、デスゲームの事、そしてアスナの事。

そして、もう会えないかもしれない人達の事。

 

(とりあえず、俺はクリアを目指すとして、今の問題はアスナだ。アスナには確かに素質がある。

だが、自分の命がかかっているこの状況だと、

安全マージンを取りつつ、中堅プレイヤーとして、自分の命を守っていくのが得策だろう。

まずは一層を突破して、体術スキルを取らせるところからだな。あれは全体の底上げになる)

 

 その時だった。

 

「ふああああああああああああああああああああああ」

 

 風呂場から、突然大きな声が響き、ハチマンは、一瞬硬直した。

 

(びっくりした……まあリラックスは出来てるようだし、とりあえずは何よりだ)

 

 少しほっこりしつつ、バイト時代に茅場に説明された事を、色々と思い出しながら、

更にハチマンが考え込んでいると、突然「コンコンココーン」とドアがノックされた。

ハチマンはドアの前にいき、ノックの主に声をかけた。

 

「アルゴか?」

「なあハー坊、なんだいあのメッセージは。わかりにくいぞ?あとセクハラだな。訴えるゾ」

「いやいや、お前、しっかりここに来てるじゃねーかよ……あと本当にすみませんでした」

「まあそこはそれ、蛇の道は蛇ってやつだよ。まあ監獄入りは勘弁してやるよ。

とりあえず、中に入ってもいいカ?」

「ああ、今ドアを開ける」

 

 ドアを開けると、そこにはしっかりと顔にペイントをした、アルゴが立っていた。

アルゴをソファーへ案内すると、ハチマンは一番気になっていた事を聞いた。

 

「なあ、そのペイントどうやってやったんだよ……あれの直後にはもう塗ってたよな?」

「デリカシーが無いなぁハー坊。女の秘密ってやつだヨ」

「まじか、女の秘密すげえな」

 

 感心するハチマンに、アルゴは逆に聞き返した。

 

「ところで女の秘密って言えば、細剣使いの女の子はどうしたんダ?」

「え、あ、いや、女の子って何の事だ?」

「はぁ?だってさっき、女の子を連れて、すごい勢いで走ってたじゃないカ」

「いや、だから、なんで女の子だって」

「情報屋だからな、見ただけで性別くらいはわかるゾ?」

 

(まずいな、とりあえず誤解されないように、ちゃんと説明しないと)

 

「あ、あ~アレはアレだ……」

 

 ハチマンは焦ってちらりと風呂場の方を見た。

それを見逃さずに、アルゴは目をきゅぴっと光らせ、風呂場の方に突撃し、

ハチマンが止める間もなく、いきなりドアを開けた。

 

「こんばんわ~細剣使いさ………あ」

 

 ハチマンが焦って顔を上げると、固まるアルゴの向こうに、アスナがいるのが見えた。

幸い全裸ではなかったが、アスナの見えてはいけない所が、

ハチマンには色々と見えてしまった。

 

「きゃああああああああああああああああああああああ」

 

 アスナの大声が響き、アルゴはあわててドアを閉めた。そんなアルゴに、ハチマンは言った。

 

「なぁ……アルゴ」

「なんだいハー坊」

「あ、ありがとう?」

「………ハー坊」

 

 数分後、顔を赤くしたアスナが風呂場から出てきた。ハチマンとアルゴは、

アスナに言われるまでもなく、すぐにその場に正座をした。

 

「まずハチマン君」

「あっ、ハイ」

 

(このやり取り何度目だよ……やっぱりごみいちゃんはごみいちゃんなのか小町……)

 

「何か見た?」

「あ、ありがとう?」

 

 それを聞いた瞬間、アスナは頬を赤らめながらも、すごい目つきでハチマンを睨んだ。

 

「すみませんでした……」

「さっき見た物は、全部忘れる事、いい?」

「はい………」

 

 それからアスナは、しばらく目をつぶって、何事か考えこんでいた。

そしておもむろに、アルゴの方を向いて、自己紹介をはじめた。

 

「始めまして、私はアスナです」

「オレっちは情報屋のアルゴ。以後よろしくね、アーちゃん」

 

 アスナはそう呼ばれ、きょとんとしてアルゴに聞き返した。

 

「アー、ちゃん?」

「アスナだからアーちゃんだな。ちなみにハチマンはハー坊だぞ」

「そ、そうですか、で、何故ここに?」

「あ、ここに逃げてくる途中に、俺が連絡しといたんだよ。情報も欲しかったしな」

「なるほどね」

 

 ハチマンのその答えに、アスナは納得したように頷いた。

 

「で、外は今どうなってるんだ?」

「その情報は百コルだけど、今日のところはサービスしとくよ。

で、今の状況だけどはっきり言ってまずいな。

外は大混乱で、死人も沢山出てる。オレッチの予想だと、

後一週間くらいは、こんな感じで混乱したままだろうナ」

 

 死人が出ていると聞き、ハチマンは、鎮痛な表情で呟いた。

 

「やっぱりそうだよな……でもなんで晶彦さんはこんな事を……」

「晶彦さん?茅場晶彦?ハー坊茅場晶彦の知り合いなのカ?」

 

 アルゴはその言葉を聞き逃さなかった。

ハチマンは内心しまったと思ったが、平静を装い、そのまま言葉を続けた。

 

「ああ、前に言っただろ、β前にバイトしてたって。

その時知り合って、それなりに親しくさせてもらってたんだよ。

けどまさかこんな事を考えていたとはな……だがまあ思い当たる事もあるが」

「思い当たる事?」

「ああ、晶彦さんも俺と一緒で、本物ってのを求めていた。

そしてこのゲームで、本物を手に入れたいみたいな会話をした事があるんだよ」

 

 それを聞いていたアスナがいきなり立ち上がって言った。

 

「そんなの、そんなの全然わからないよ!

本物って何?そんな物のために、私たちはこんな目にあってるの?」

「落ち着け。そういう会話があったってだけだ。俺も詳しく理解しているわけじゃない」

 

 アスナは納得していないようだったが、とりあえずその場に座りなおした。

 

「まあこうなっちまったもんは仕方ないさ。で、二人はこれからどうすル?」

「俺はクリアを目指す。まあ自分の命が大事だから、無理はしない」

 

 アルゴはそれを聞き、目を細めながら、ハチマンに言った。

 

「本当か?さっきアーちゃんの手を引っ張って走ってたハー坊は、

とてもそんな風には見えなかったけどナ」

「ぐっ、それはだな……男だと思ってたし、成り行きとはいえ、

他人の世話はきちんと最後までしろって妹に教育されてるんだよ」

「いい妹さんだナ」

「ああ、妹の小町は世界一いい子でかわいいぞ」

「シスコン!?」

 

 それまで黙っていたアスナがいきなり突っ込んだ。

 

「ばっ、当たり前だろ、千葉の兄妹なんだからな」

「千葉って……そうなの?」

「まあまあ話を戻そうぜ。で、アーちゃんはどうするつもりダ?」

「私は……もうちょっと考えたい」

「そうだな、ニュービーのアーちゃんには、ちょっと展開が急すぎたから仕方ないよナ」

 

 ハチマンはその意見に頷き、アスナを安心させるように言った。

 

「とりあえずどうなるにしても、俺がしっかりサポートするから心配すんな。

うちの部活の理念でもあるからな」

「部活って、何の部活?」

「奉仕部だ」

「奉仕部って、エロいやつカ?」

「まったく違う。これは部長の受け売りだが、うちの理念はな、

飢えた人間に魚を与えるのではなく、魚の取り方を教えるっていう感じだな」

 

 二人はそれを聞いて、納得したようだった。

 

「なるほどな、思ったよりまじめな、いい部活なんだナ」

「うん、すごいと思う」

「お、おう…ありがとう。なんか嬉しいわ」

 

 今までやってきた事は間違いではないのだと、ハチマンは、頬が熱くなるのを感じた。

 

「それじゃ、情報交換を密にしてくって事で、とりあえず解散だな」

「それじゃオレっちは帰るけど、

ハー坊はオネーサンの見てないところでアーちゃんを襲うんじゃねえゾ」

「いや、ハラスメントコードがあるだろ。

俺なんか基本ぼっちだから、見てるだけで監獄に送られるまであるぞ……

っていうか、お前は女なんだし、ここにいればいいんじゃないか?外は危ないんだろ?」

「今のハー坊は、まったくぼっちじゃないと思うけどな。後、オレっちはもう、

宿は確保してあるから問題ないぞ。それじゃあナ」

「そうか、それじゃあまたな」

「またね、アルゴさん」

 

 三人はお互いにあいさつを交わし、その場はお開きとなった。

アスナとアルゴはフレンド登録をしたようだ。

 

「ハチマン君、私たちもフレンド登録しておきましょ。今後何かと便利だろうし」

 

 ハチマンは、フレンドという言葉に、内心激しく動揺していたが、

これは必要な事だ、ただの儀式みたいなもんだと自分に言い聞かせて、

深呼吸をした後、登録を承諾した。

 

「これからよろしくな、アスナさん」

「うんよろしくね、ハチマン君」

 

 改めて挨拶を交わした後、ハチマンは唐突に、こんな事を言い出した。

 

「それじゃアスナさん、俺もどっか宿探すから、明日また連絡するわ」

「え?ここでいいんじゃない?」

 

 ハチマンはその提案に、常識的な返事をした。

 

「え、それはちょっとまずいだろ」

「む~、何か変な事考えてる?ハラスメントコードがあるんだから実害はないんでしょ?」

「それはそうだが、やっぱり年頃の男女が一緒ってのはな……」

「衝立でも立てればいいんじゃないかな?

ちょっと恥ずかしいけど、間違いの起こりようもないんだし、

そもそも追い出すみたいで何か悪いよ。それに、今の外は危険すぎる」

 

 ハチマンは、少し悩んだが、アスナの言う事も一理あると思い、

その言葉に大人しく従う事にしたようだ。

 

「そうか……じゃあお言葉に甘えるわ。俺はソファーで寝るから、アスナさんはベッドな」

「ありがとう。あとさ、アルゴさんは呼び捨てなんだから、私もアスナでいいよ?」

「いやお前も君づけだろう?」

「男の子と女の子は違うの!」

「はぁーわかった、それじゃ、ア、アスナ」

「うんっ、ハチマン君!」

「それじゃ俺も風呂入っちゃうから、先に寝てていいぞ」

「わかった。おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 

 その後風呂に入りながら、今日の出来事を振り返っていたハチマンは、

あまりにも自分らしくない行動に、悶絶するのだった。



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第006話 ユキトキ

2017/10/29 修正


 ハチマンは風呂から出ると、とりあえず腰に手を当てて、牛乳を一気飲みした。

 

(この世界には、さすがに千葉のソウルドリンクは無いよな……はぁ、自作できねえかな)

 

 ハチマンは、料理スキルを取ろうかとも考えたが、

スキルスロットが絶望的に足りないので、しばらくは我慢する事にした。

ハチマンは、今日はさっさと寝ようかと思って横になったが、すぐには寝付けなかった。

基本人は寝る時には、とかく余計な事を考えてしまうものだからだ。

ハチマンの脳裏には、残してきた大切な人達や、新しくこの世界で会った人達の姿が、

浮かんでは消え、また浮かんでは消えていった。

 

「ハチマン君、まだ起きてる?」

 

 そんなハチマンに、突然アスナが声を掛けてきた。

 

「眠れないのか?」

「うん、さっきまでは平気だったんだけど、いざ寝ようとすると、

やっぱり余計な事ばかり考えちゃうんだよね」

 

 アスナは、そう言うと、突然自分の事を語り始めた。

リアルの事を話すのは、あまり褒められた事では無いが、とにかく不安なのだろう。

ハチマンは、黙ってアスナの話を聞く事にした。

名家に生まれた為、親の期待がすごい事。成績が落ちるのが怖くて仕方ない事。

子供の時から常に試験試験で勝利を義務づけられる苦しみ。

実のところハチマンには、それらの悩みは、まったく理解できなかった。

人は所詮、他人の痛みを、本当の意味で理解する事は出来ない。

 

(予想はしてたけど、やっぱりお嬢様なんだな…

でも同じお嬢様でも、雪ノ下とは正反対だな。どちらかというと、陽乃さんと同じか)

 

「ハチマン君は、これまで生きてきてどうだった?」

「……聞いても面白い話じゃないぞ。むしろその、気分が悪くなる話ばかりだと思うぞ」

「無理に言えとは言わないけど、どうしてそんなに他人に優しいのか、知りたいの」

 

 そのアスナの言葉を聞いたハチマンは、即座にそれを否定した。

 

「俺はそんな優しい男じゃない。全て自分のためにやってる事だからな」

「嘘ばっかり。それならあそこで私を見捨てた方が、はるかに楽だったはずだよね?」

「それは……」

「大丈夫だよ、私はあなたを傷つけたりはしない。恩人だもんね。

だから恩返しって訳じゃないけど、どんな話でも、ちゃんと聞くよ。

それでハチマン君の気持ちが少しでも楽になるなら、私はその手助けがしたいの」

 

 アスナは、ハチマンの過去に何かあったんだと察しながらも、ハッキリとそう言った。

そんなアスナの気持ちに感化されたのか、それとも雰囲気がそうさせたのか、

ハチマンは、自分がこれまで何をされ、どう思ったかを、ぽつぽつと話しはじめた。

アスナは、じっと黙ってそれを聞いていた。

 

(想像以上だった………安易に聞いちゃいけなかった)

 

 アスナはハチマンの過去に衝撃を受けたが、やはり全てを理解する事は出来なかった。

経験していない事をさも知ったように語る事だけなら出来る。

ただ、それを本当に理解する事は難しい。

それでもアスナは、ハチマンの事をもっと理解し、出来るだけ支えたいと思った。

自分を助けてくれたハチマンの優しさは、決して打算の産物では無いと、

理解していたからだった。

 

「お前、泣いてるのか?」

 

 気が付くとアスナは、涙を流していた。その涙は月の光を反射して輝いていた。

 

「ばっかお前、俺は好きで一人でいるんだよ。大体だな、ぼっちのどこが悪いんだ?

人はぼっちでいる限り、誰にも迷惑をかけない、究極のエコだ。

そもそも一人で頑張ってる奴が、みんなと一緒に頑張ってる奴より劣るなんて俺は認めない。

俺は一人で完結しているので、お前に泣いてもらう必要なんかこれっぽっちも無いんだよ」

 

 慰めようとしてくれているのかなと、アスナは涙を拭きながらくすっと笑った。

そんなアスナに、ハチマンは、普段から不満に思っていた事を、何故か話していた。

 

「人間関係に悩むなら、それ自体を壊してしまえば悩むことは無くなる。

負の連鎖ならもとから断ち切る。俺はそうやって生きてきた。

逃げちゃダメだなんて考えは、強者の驕りでしかない。

他人は変われとよく言うが、変わるのは現状からの逃げだ。

変わらないまま勝ちたいなら、強くなるしかない。

それは喧嘩が強いとかそういう事じゃなく、俺みたいに強い自己をしっかり保つ事だ。

ぼっちでも群れの一員でもいい。自分さえしっかり持っていれば、何も問題は無い」

「自分……目標とか?考え方とか?」

「目標でもいいし、変わらぬ強い気持ちでもいい。守りたいものでもいいな」

 

 アスナは、静かにハチマンの言葉を聞いていた。

さきほどまでは少し濁り気味だったアスナの瞳にも、力が戻ってきているようだった。

 

「後な、俺はアスナによく似た境遇の人を、一人知っている。

その人もアスナみたいに、家庭の事情で常勝を義務づけられてる人なんだが、

そのせいか、強くあろうとして、仮面をかぶって、絶対に他人に弱みを見せないんだよ。

それでいて、本人は隠してるつもりなんだろうが、すごい妹思いでな。

親に逆らえない、自分の意見を持たない妹をなんとか変えようと、

時にはすごい厳しいやり方をする事もあるが、あの手この手を使って、

妹に嫌われようが、何をしようが、とにかく頑張って、

妹を自立させようとしてる、そんなすごい人をな。ちなみにその妹は、うちの部の部長だ」

「大事な人に嫌われても頑張れるの?」

「いくらそいつから嫌われても、そいつが幸せなら俺も幸せだと思う時とかあるだろ?」

「うん、そういうのって、あるよね」

「だから俺なんかどうでもいいんだよ。俺なんかと一緒にいたら、変な目で見られちまうし、

例え俺が嫌われても、そのおかげで多くの人が幸せになれるなら、

それはとても効率的な救い方だ」

 

 アスナはその意見を聞き、ハチマンの事を、とても危うい人だと感じていた。

そして彼がいなくなった時の事を想像して、

とても悲しい気持ちになる自分がいる事に、気が付いてしまった。

そしてアスナは今、決意した。

 

「それも確かに、真実だと思うよ。でもね、ハチマン君」

 

 アスナは、覚悟を決めて、ハチマンの心に一歩踏み込んだ。

 

「それはね、ハチマン君が傷ついていい理由にはならないんだよ。

少なくとも私は、ハチマン君がいなくなるのは、すごく寂しい。

まだ知り合ったばっかりなのに、変でしょ?

もしかしたらこれが、吊り橋効果なのかもしれない。でもね、私はね、

ハチマン君と一緒に、喜びも、苦労も苦痛も、全て分かち合った上で、

胸を張って、現実世界へと帰還したいって、そう思う。

最後まで、一緒に戦おう、ハチマン君」

 

 アスナから聞かされた言葉は、まるで愛の告白のようだった。

クリスマスイベントを経た今、その言葉は、すんなりとハチマンの中に入ってきた。

クリスマスイベントで、八幡が玉縄に噛みついた後、

雪ノ下がまるで、ハチマンと共犯になるかのごとく、玉縄に噛みついたあの時から。

ハチマンは、自分と共に傷ついてくれる人がいる可能性を、心に刻み込まれてしまっていた。

基本一人だったハチマンと、一緒に歩む覚悟を決めた者。

状況のせいもあるのだろうが、そんな事は今は関係が無い。

その可能性を体現している者が、今まさに、ハチマンの目の前に存在しているのだ。

それはおそらく、現実世界にも、確実に二人……

 

(いつも俺が一人で守っていた小さな俺の心には、少しだけ空いている場所があって、

俺はずっと知らなかったんだな、二人でもいいんだって………)

 

それはまるで雪解けのようで……気が付くとハチマンは、子供のように泣いていた。

アスナは、そんなハチマンの頭をずっとなで続けていた。

 

「どう?現実世界に、あなたの居場所はあった?」

「ああ、確かにあったわ。どうしてもあの場所に戻らなくちゃいけない。

本物だったかもしれない物を、本物かどうか確かめないまま死ぬわけにはいかない。

あそこは俺がやっと手にいれた、とても居心地のいい場所なんだ。

もう一度あいつらに会って、一緒に笑いあえるまで俺は戦う。

今までも、本気で戦うつもりではあったが、この決意は、それとは違う」

「うん、私も一緒にいくよ。ところでそのあいつらの中に、私は入るのかな?」

 

 不意にかけられた言葉に、ハチマンは虚をつかれた。あの部屋に、アスナが入る?

雪ノ下、由比ヶ浜がいて、たまに一色がいて、そしてそこにアスナがいる光景を思い浮かべ、

ハチマンは、それがとても自然な光景に思えた。

 

「私も必ず帰って、親に文句の一つでも言ってみたい。もちろんただ逆らうんじゃなく、

やるべき事をやった上で、自分がやりたい事をしっかりと見つけて、それで、それで、

お父さんやお母さんにその事を認めさせたい。認めてもらうんじゃなく認めさせる。

そして奉仕部の人達と一緒に、ハチマン君の話をするの」

「帰ったら、必ずみんなを紹介してやるよ。きっと仲良くなれると思う」

 

 それは、ちょっと知り合いを紹介しますみたいな、軽い言い方だったが、

アスナはそれが実現する事を、もう疑ってはいなかった。

ハチマンから、何か大切な物をもらった気がして、

その大切なものを、ハチマンと一緒に、守ろうと思った。

 

「ハチマン君、もし良かったら………」

「その先は俺に言わせてくれ。俺もちょっとくらいは、かっこつけたいからな。

あんな過去を持ち、アスナの前で、醜態を晒した俺が言うのもアレなんだがな。

俺は目も腐ってるし、人と話すのが得意というわけじゃない。

基本どこかに出かけるのを面倒臭がるし、あと、目が腐ってる」

「腐ってるって、二回言ってるよ?もうそういうのはやめよ?」

「す、すまん……それで、だ」

「それじゃ、せっかくだから、一緒に言おうか?」

 

 アスナがそう提案し、ハチマンは頷いた。そして二人は、同時にその言葉を発した。

 

「俺と友達になってくれないか、アスナ」

「私と友達になってくれないかな、ハチマン君」

 

 こうしてハチマンは、生まれて初めての、異性の友達を手に入れた。

更に初めて、異性からも友達になる事を申し込まれるという、おまけつきだった。

 

「あ~、俺が泣いた事とか、その、秘密でたのむ」

 

 それを聞いたアスナは、いたずらっぽくこう答えた。

 

「うん、奉仕部の人たちと会った時までは、秘密にしとくね?」

「まじかよ………」

 

 この時から結城明日奈は、本当の意味で、細剣使い、アスナになった。

そして比企谷八幡は、仮の意味で、ぼっちをやめた。

 

「これから宜しくね、ハチマン君」

「ああ、必ずお互いの背中を守り抜き、二人揃って、現実世界に帰ろう」

「私もこれから、もっと強くならないとだね」

「俺も、今までの情けない自分とは、もうサヨナラだな」

 

 奇跡だけで出来た完全結晶などは存在しない、

クリスマスイベントまでの積み重ねがあってこそ起こった奇跡。

だからひとつづつゆっくりと積み重ねて、二人は手をつないでゆく。



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第007話 奉仕部の理念

2017/10/29 修正


 ハチマンが目を覚ますと、もう日は高く昇っていた。

昨日は色々な事がありすぎたせいか、思ったよりも疲れていたんだなと自己分析しつつ、

ハチマンは、アスナを起こさないように静かにソファーに座り、今後の予定を考え始めた。

 

(まずは武器の新調だな。その後は、アスナに戦闘の基本を叩き込むついでに、

強化素材を集めて、他には各種ポーションは常備しときたいところだよな。

後は俺の新しい宿探しか。さすがにこのまま一緒というのはまずい、

親しき仲にも礼儀ありだ)

 

 そんな風に考えをめぐらせていると、コンコンココーンとドアがノックされた。

昨日と同じ叩き方だったのでアルゴだろうと当たりをつけ、

ハチマンは、ドアの外に声をかけた。

 

「アルゴか?」

「ハー坊か。ちょっと話があるんだけど、中に入れてもらっていいカ?」

「ああ、今開ける」

 

 ハチマンはアルゴを中に入れ、ソファーに座るように促した後、

キッチンに行って牛乳の入ったコップを二つ持ってきた。

 

「つまらないものですが」

「お、ハー坊気が利くじゃないか。さてはオレっちに惚れたかぁ?」

「それは無い」

「即答カ……」

 

 アルゴは、ちょっと落ち込んだような仕草で言った。

 

「で、何の用事だ?」

「それなんだけど、出来ればアーちゃんにも一緒に聞いて欲しいんだよナ」

「アスナにもか。いい時間だしそろそろ起こすか。お~いアスナ、そろそろ起きろ~」

 

 ハチマンは衝立の向こうで寝ているアスナに声をかけた。

アスナもそれで目覚めたのか、寝惚け眼をこすりながら返事をした。

 

「ふぁぃ……今起きましゅ」

 

(何だこのあざと可愛い生き物は……)

 

 ハチマンはそんな寝惚けたアスナに、用件を伝えた。

 

「アルゴが来てるから、ちょっと着替えてこっちに来てもらっていいか?俺達に話があるそうだ」

「アルゴさんが来てるの?ちょっと待ってて」

 

 思ったよりしっかりした返事を確認したハチマンは、自然な動きで牛乳をもう一つ用意した。

そんな二人の様子を見たアルゴは、昨日とは少し違うなと思い、ハチマンに鎌をかける事にした。

 

「ところでハー坊。実際のところ、アーちゃんとオレっちとどっちが好きなんダ?」

「アスナだ」

「即答!?」

 

 ハチマンのあまりの即答っぷりに、思いっきり素で反応してしまったアルゴだったが、

そんなアルゴにまるで追い討ちをかけるように、ハチマンは続けて言った。

 

「アスナは友達だがアルゴは顔見知りだ。どっちが好きかは言うまでもないだろ」

 

 昨日とはまったく違うハチマンの態度に、アルゴはかなり驚いていた。

 

(友達?友達になったって事か?それは理解できるけど、それだけでこんなに変わるもんか?

目の光も何か違う気がするし、二人の間に、一体何があったんダ)

 

 そんなアルゴの動揺をよそに、衝立の向こうから声がかかった。

 

「ハチマン君聞こえてるからね?そ、その、ありがとう。でも恥ずかしいからやめてね?」

「す、すまん。女友達が出来た事なんて、一度もないんでな……その、気をつけるわ」

 

 しばらくして、アスナが衝立の後ろから出てきたが、アルゴはまだ動揺したままだった。

ハチマンは、アルゴの頬をぺちぺち叩きながら呼びかけた。

 

「おーいアルゴ、話があるんだろ?ほら目を覚ませ」

 

 アルゴは我に返ると、咳払いをした後、頭を切り替え、すぐに本題に入った。

 

「それで相談なんだけどな、初心者向けのガイドブックを作って、無料で配布しようと思うんダ」

「いいんじゃないか?このままだとかなり、死者が出るだろうしな」

 

 死者、という言葉が出た瞬間、アスナが緊張したのを感じたハチマンは、

アスナの肩をぽんぽんと叩きながら、二人に声をかけた。

 

「そうならないように、俺達も極力手伝う。それでいいか?話ってのもそれだよな?」

「さすがハー坊は話が早いナ」

「何が出来るかはわからないけど、私も出来る限り手伝うよ」

 

 そんなアスナにハチマンは、自分なりの意見を言った。

 

「アスナに求められているのはまあ、初心者の視点だな。

ガイドブックに記載してあるといいなと思う事は何かとか、まあそんな感じだろ」

「うん、それならお役にたてると思う」

 

(奉仕部の理念でもあるからな。魚を与えるのではなく、釣りの仕方を教えるって事だ)

 

 その後三人は、今後の予定について話し合った。

最低限載せなければいけない項目、なるべく急いで製作するためのスケジュール。

これから二人がどういう予定でいるか等々、これからやるべき事が、

驚くほどスムーズにまとめられていった。

 

「リアルの話を聞くのは野暮かもだけど、二人は高校生か?なんか会議慣れしてるっていうか、

生徒会活動でもやってたのカ?」

 

 アルゴがふと、そんな事を聞いた。ハチマンは、この二人には何も隠す気は無くなっており、

自然に自分の事を、話してしまっていた。

 

「俺は高二だな。ちょっと前に他校との交流会で嫌ってほど会議に参加させられてな……」

「私も高二かな。生徒会はやってなかったけど、学級委員とかは何度もやらされてた」

「なるほどな。二人ともおねえさん的にポイント高いナ」

「そういうとこお兄ちゃん的にはポイント低いけどな……」

 

 突然わけのわからない事を言い出したハチマンに、二人はきょとんとした。

ハチマンは、自分がつい反射的に口にした言葉に気付き、説明をした。

 

「なるほど、たまたま妹さんの口癖と一緒だったんだナ」

「ああ、ここに飛ばされたのが俺で幸いだったわ。もし小町だったらと思うとゾッとする」

「確かにヤバかっただろうな。ニュ-ビーなら尚更ナ」

 

 そんな会話をしていた最中、ハチマンは、ふと何かに気付いたように考え事を始めた。

二人は何事かと様子を伺っていた。ハチマンはぶつぶつと何かをつぶやいていたが、

考えがまとまったらしく、顔を上げてアルゴの方を向いた。

 

「なあアルゴ、頼みがある」

「内容にもよるけど手伝ってもらうお礼に依頼料はサービスしとくよ。で、なんダ?」

「おそらく街には、外に出る勇気のない大人が結構いると思うんだよ。

そういう大人に、それとなく教会の事を教えてやってくれ。

あそこには大人数が生活できる施設が整えられているはずだ。

その上で、街を彷徨っている子供達を集めてくれるよう頼めば、コミュニティが出来る。

戦闘向きではない人のコミュニティが出来れば、そういう人たちが安全に暮らしていける。

後は、ガイドブックでも何でもいいんだが、そこに、街の中でコルを稼ぐ方法を載せよう」

 

 その提案を聞いて、二人は感心した。

それは、こんな状況だとどうしても忘れがちな、人として大切な考え方に思えたからだ。

そしてここまでのやり取りは、ハチマンの言う、奉仕部とやらの理念にも合致するように思えた。

 

「素直にすごいよ。ますますハー坊に興味が出てきたヨ」

「私もそこまでは考えられなかった。ハチマン君すごいね!」

 

 ハチマンは、褒められ慣れていないせいか、顔を赤くして下を向いていた。

 

「それじゃオレっちは、仕事が山積みだからそろそろいくぜ。

あとハー坊、良かったら戦闘訓練の時は呼んでくれな。興味があるんでナ」

「ああ、わかった」

「なんか二人と一緒に行動していれば、オレっちも現実に帰れそうな気がするんだよな。

それじゃまたな、二人とも。絶対に死ぬなヨ」

 

 そう言い残して去っていくアルゴを見送った後、二人は出かける準備を始めた。

宿を出ると、ハチマンはアスナに滞在期間を延長させ、自分はすぐ近くの別の宿をとった。

アスナは多少渋っていたが、男女が一緒なのは友達でも良くないと説得し、納得してもらった。

 

「とりあえず今日のうちに武器を新調出来たら、明日からは少し遠出をする事になる。

今日のうちにしっかりコルを稼いで、あの宿は期間いっぱいまで延長しておいた方がいいな」

「なんで?」

「あそこ以上に設備の整った宿は無いからな。女の子的には風呂の有る無しは大事だろ?」

「他の人に悪い気もするけど、うん、正直そうかも……」

「これくらいしてもバチは当たらんだろ。それにな……なんて言えばいいか……

女性プレイヤーは確かに少ないが、いないわけじゃない。

女性プレイヤーにはきつい環境だし、コミュニティももう出来ているかもしれん」

「うん、そうだね」

「そしてアスナに、女性プレイヤーの友達が出来たとする。

そうすると、お泊り会とかもあるかもしれないだろ?

そんな時、そこが風呂のある部屋だったら、最高だろ?

そういう息抜きってのは、こういう場合必ず必要なんだよ。

女友達とかいた事ないから、ただの俺の勝手な妄想かもしれないけどな。

あとこれだけは必ず約束して欲しいんだが、ここは善人ばかりな世界じゃない。

だからそういうのは、必ず信頼できる相手とだけにしてくれ」

 

 アスナは驚いたようにハチマンを見つめた。

ハチマンは少し気恥ずかしいのか、顔を逸らしていた。

アスナはハチマンが向いている方に回り込み、ハチマンの顔を覗きこんで、満面の笑顔で言った。

 

「やっぱりハチマン君は優しいね。うん、約束する!」

「ばっかお前、俺が優しいとか、これはそんなんじゃねえよ。

これくらいの気遣いは、ぼっちには必須のスキルなんだよ。

もし俺が誰かに話しかけて、その誰かが俺なんかと友達だと周りに思われたら申し訳ないだろ?

だから絶対に俺からは他人に話しかけないとか、そういうのと同じ事だよ」

「ふぅん……」

 

 アスナは、早口でまくしたてるハチマンの顔をさらに近くで覗きこんだ。

 

(近い近い!勘違いするからやめてくれませんかね?うっかり好きになりそうになるだろ!

その後告白して振られるまである、って振られちゃうのかよ)

 

「もうぼっちじゃないんだから、お風呂うんぬんの事はともかく、

今早口で言ったようなスキルは必要なくなったね」

「あっ、ハイ」

「それじゃ早速、ドロップ武器を狙いにいこう!」

 

 ハチマンは、アスナにはかなわないなと思いながら、狩場への先導をするのだった。

二人は狩場に着くと、張り切って狩りを始めた。

短剣は、狩りを始めてからすぐにドロップしたが、細剣は中々ドロップしなかった。

出来れば今日中に終わらせたいと、アスナの中にわずかばかりの焦りが生まれていた。

その焦りが、少しばかりのピンチを生んだ。

通常は、刺突技《リニアー》を多用し、トドメの際もほとんど隙の無いアスナであったが、

焦りからか、瀕死の敵に対して必要の無い《リニアー》を使ってしまい、技後硬直していた。

丁度その瞬間を狙ったかのように、横から敵がつっこんできた。

アスナは衝撃に備えたが、ギン!という音がしただけで、いつまでたっても衝撃は来なかった。

硬直の解けたアスナが慌てて目をやると、そこにはハチマンの背中があった。

敵の攻撃を弾いたらしく、そのままハチマンは、棒立ちの敵の首を刎ねた。

 

「すまん、サポートが遅れた」

「ううん、ありがとうハチマン君。今の技は何?」

「ああ、パリィって言うんだよ。通常は敵の武器をカウンターぎみに弾いて硬直させるんだ

そうすると、大体次の攻撃でクリティカルが入る。あ、これはアスナにも覚えてもらうからな」

「うん、頑張る!」

「おっと、やっとドロップしたみたいだぜ、ほれ」

 

 どうやらハチマンのアイテムストレージに、お目当ての細剣がドロップしたようだ。

アスナはハチマンからアイテムを受け取り、実体化させた。

 

「それがアスナの新しい武器、ウィンドフルーレだ」

「綺麗………」

「苦労した甲斐があっただろ?」

 

 アスナは、言葉も出ないまま、自分の新しい武器の輝きに魅せられていた。

 

(どうやら気に入ってくれたようで何よりだよ)

 

「それじゃ明日から遠征で、その武器の強化素材集めと修行だな」

「うん、頑張ろう!」

「それじゃ帰るか」

 

 こうして、二人は、アインクラッドでの二日目を終えた。



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第008話 そして、残された者たちは宣言する

2017/10/29 修正


 その日も雪ノ下雪乃は、日課である、お気に入りの猫動画の巡回活動を行っていた。

一通り見終わり、とても満足した表情を浮かべた雪乃が、

お気に入りに新たな動画を追加すべく検索活動に入ろうとしたその時、携帯が鳴った。

 

(この長さはメールじゃないわね、由比ヶ浜さんかしら)

 

 姉からだったら無視しようと思いつつ、雪乃は携帯を手にとった。

表示は小町からだったので、少しほっとつつ、雪乃は通話ボタンを押した。

 

「もしもし小町さん?どうしたの?もしかして、また比企谷君が何かしでかしたのかしら?」

 

 小町からは、たまにあの目の腐った男関連で電話があるので、

あの男がまた何かやらかしたのかしら、と思いつつ、雪乃は小町にそう尋ねた。

その表情は、とても優しかった。

 

「雪乃さぁん……」

 

 その第一声で、どうやら小町が泣いているようだと気付き、雪乃は狼狽した。

 

「どうしたのかしら小町さん。またあの男に泣かされたの?」

「雪乃さぁん……今帰ったら、テレビでナーヴギアが……

それで慌てて部屋に見に行ったら、お兄ちゃんが……」

 

 泣いている小町の説明は、ちっとも要領を得なかった。

困り果てた雪乃は、とりあえずテレビをつけてみる事にした。

どのチャンネルを見ても、内容は同じだった。その雰囲気から、どうやら自分が知らない間に、

世間ではとんでもない事が起こったらしいと思った雪乃は、ニュースを注視した。

 

(ナーヴギア?猫ゲームのために購入を検討していたあれの事ね。

え?茅場晶彦?聞いた事がある名前だけど………

あ、この人、姉さんのお見合い相手で、見事に姉さんをふった人だわ……

あの時は、姉さんを振る人が、この世に存在したのかと、とても驚いたのだけれど……

ソードアート・オンライン?デスゲーム?どういう事?

ゲームから脱出できないって、まさか……比企谷君が?)

 

 雪乃はその時、劇的に関係が改善されたはずの奉仕部の今後に、

暗い陰が忍び寄る気配を感じて寒気を覚え、肩を抱いた。そして慌てて小町に話しかけた。

 

「小町さん、落ち着いて答えてちょうだい。もしかして、比企谷君は……

今、ソードアート・オンラインをプレイしているの?」

「はい、雪乃さん。お兄ちゃんが……お兄ちゃんが……」

「すぐ行くから待っててちょうだい。場所はうちの運転手が知ってると思うから。

とにかく落ち着いて、ご両親と、出来れば平塚先生に連絡をお願い」

 

 小町はその言葉に、多少落ち着いたようだった。

雪乃と連絡がとれて、少しは安心出来たのだろう。

 

「雪乃さん、ごめんなさい。今小町に頼れるのは雪乃さんだけなんです。お願いします」

「わかったわ、気をしっかり持って、今言った人達に連絡を入れて、待っててちょうだい」

「はいっ!」

 

 雪乃は電話を切ると、どうすればいいか考えた。思ったよりも冷静な自分に驚いた。

すぐ決断し、アドレス帳から姉の番号を慎重に選び、通話ボタンを押す。

数コールで通話が繋がり、携帯から、いつも通りの姉の声が聞こえた。

 

「ひゃっはろー!どうしたの雪乃ちゃん。雪乃ちゃんからかけてくるなんて珍しいね?」

「ごめんなさい姉さん、緊急事態なの。これから私の言う事をよく聞いて」

「ん?どしたの~?また比企谷君が何かしでかしたの~?」

 

 姉妹揃って同じ思考な所に、雪乃は頭痛を覚えたが、今はそんな余裕はない。

 

「姉さん、事情を説明する前に、まずテレビをつけてちょうだい。

チャンネルはどこでもかまわないわ」

「今勉強してたんだけどなぁ。テレビテレビっと、ちょっと待ってね~?」

「姉さん、急いで!」

「わかったわよ~。雪乃ちゃんは相変わらず、怒ると怖いなぁ」

 

 姉は、言われた通りテレビを見てくれているようだ。焦燥感で手に汗が滲む。

唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえた。

思ったより早く戻ってきた姉の声色は、さっきまでとはまるで別人のようだった。

 

「理解したわ。もしかして彼が?」

「ええ、比企谷君よ」

「すぐ行く、家の前にいて」

「何か必要な物は?」

「大丈夫」

 

 姉妹の通話はそれで終わった。雪乃は支度を整え、

自分のただ一人の友達に電話をかけながら外に出た。通話はワンコールですぐ繋がった。

 

「もしもし、ゆきのん?なんかテレビがすごいね。ソードなんとかってやつ」

「今まさにその件で電話をかけたのよ、落ち着いて聞いてちょうだい。

比企谷君が、今まさにそれをプレイしているの」

「え?それって……」

「既に姉さんに連絡して、色々手配してもらっているわ。詳細がわかり次第すぐ連絡するから、

出来れば由比ヶ浜さんは、どこにも出かけないで、私からの連絡を待っていてほしいの」

「………わかった。お願い、ゆきのん……ヒッキーをお願い!」

「まかせて由比ヶ浜さん。比企谷君は、大事なうちの部員だものね」

 

 結衣は話しながら、何も出来ない無力感に包まれていた。

そして雪乃に全てを託し、出かける準備をして、連絡を待つ事に決めた。

幸い迎えはすぐに来たため、雪乃は会話を切り上げて、車に乗り込んだ。

すぐに陽乃の鋭い指示がとぶ。

 

「都筑、全力で飛ばしてちょうだい」

「はい、陽乃お嬢様」

「姉さん、状況は?」

「どうやら少しの間だけなら、回線が切断されても平気らしいわ。

多分その間に病院へ運べという事だと思う。雪ノ下系列の病院に、既に全て手配したわ。

まったくやってくれるわあの男、お見合いの時、一発殴ってやれば良かった」

 

 陽乃は、冗談ぽくそう付け加えたが、その声色は、怒気をはらんだものだった。

 

「あの男、何かたくらんでる雰囲気があったのよ。

うさんくさかったから、こっちから断ろうとしたら、先に断られてしまったんだけどね」

 

 交通法規ぎりぎりまで速度を振り絞った車は、驚くほど早く比企谷家に到着した。

家の前で待っていた小町に案内されて、

雪乃と陽乃は、ナーヴギアをかぶったままベッドに寝ている八幡と対面した。

 

(こんな形で来る事になるとは思わなかったのだけれど……)

 

 その時陽乃も、まったく同じセリフを呟いた。

 

「まさかこんな形で来る事になるとは思わなかったなぁ」

 

(似た事を考えるものね。やっぱり姉妹って事なのかしら)

 

 その後陽乃が、全ての手配をすごい早さで済ませ、八幡は、病院に移送された。

雪乃はすぐに結衣に連絡し、結衣の到着を待つ事にした。

今はそれしか、雪乃に出来る事は、無いのであった。

数刻後、雪乃の携帯に、結衣から病院に着いたと連絡があった。

雪乃が外に迎えにいくと、結衣は手を振りながら雪乃に駆け寄った。

 

「ゆきのん、ヒッキーは今どうなってるの?」

「体調面は今のところまったく問題ないらしいわ。中には入れないのだけれども、

外から様子は見れるようだから、すぐ病室に向かいましょう」

「うん、ありがとうゆきのん。私じゃきっと何も出来なかった」

「全て手配をしたのは姉さんよ。今ほど、姉さんがいてくれて有難いと思った事はないわ」

「それじゃ陽乃さんにもお礼を言わないとね」

 

 そして二人は病室に向かった。

その途中エレベーターの中で、結衣が話し出した。

 

「ゆきのん。あのね。

こんな事があったのに、私まだ泣いてもいないんだよ。おかしいよね?」

「おかしくはないと思うわ、由比ヶ浜さん。だって私もそうだもの」

「なんか悲しいというより、すごいヒッキーらしいな~って。

手が届きそうになると、するって逃げちゃうの」

「そうね、比企谷君、逃げ足だけは早そうだものね」

 

 目的の階に着くと、二人は黙って病室に向かった。

そこには、ひたすら泣いている比企谷家の家族と、黙って八幡を見つめている陽乃がいた。

小町は二人を見つけるやいなや、すごい勢いで二人に飛びついてきた。

 

「雪乃さん結衣さん、お兄ちゃんが……お兄ちゃんが……」

「もう大丈夫よ、小町さん」

「もう大丈夫だよ、小町ちゃん」

 

 二人は小町が泣きやむまで、ずっと小町の頭を優しくなでていた。

ようやく小町が泣きやんだ頃、陽乃が口を開いた。

 

「明日になったら病室にも入れるみたいだから、今日のところは帰りましょう」

「はい、陽乃さん。お兄ちゃんのために、今日は本当にありがとうございました」

「わかったわ、本当にありがとう、姉さん」

「本当にありがとうございます、陽乃さん」

「三人とも、変な事考えちゃだめだぞ?今日は帰ってお風呂につかってゆっくり寝なさい」

 

 陽乃は、とびきりの笑顔でそう言った。

その笑顔に元気づけられたのか、小町と結衣は、しっかりとした足取りで帰っていった。

 

「それじゃ私達も帰りましょうか。雪乃ちゃん」

「そうね、行きましょう、姉さん」

 

 車に乗り込み、発車してしばらくしても、二人とも何も喋ろうとはしなかった。

あと数分で雪乃のマンションに着くかという頃に、雪乃が口を開いた。

 

「あの場面であの表情が出来るなんて、やっぱり姉さんはすごいわ」

 

 陽乃は答えなかった。雪乃は陽乃の方を見て、さらに続けた。

 

「でもね、姉さん。ここには私たちしかいないのよ。

ここではもう仮面を外してもいいんじゃないかしら」

「!……雪乃ちゃん、比企谷君が、比企谷君が…………」

 

 それは雪乃にとって、生まれて初めて見る陽乃の涙だった。

陽乃の目から、堰を切ったように涙が溢れ出す。

雪乃は優しい表情で、家に着くまで陽乃の頭をなで続けていた。

そして次の日の朝、ホームルームで、担任の静の口から、

八幡が、ソードアート・オンラインに囚われた事が知らされた。

悪口を言う者もいたが、葉山と三浦の一喝により、その声は無くなった。

噂は学校を駆け巡り、昼休みに教室に来ためぐりといろはは、

その場で人目もはばからず号泣した。

周りにとっては意外だったが、川崎と、相模も一緒に泣いていた。

葉山は何かを堪えるように上を向き、三浦はじっと八幡の机を見ていた。

戸部と海老名も、俯いて一言も話そうとはしなかった。

そして放課後、部活を休みにした奉仕部メンバーは、八幡の入院する病室へ来ていた。

メンバーは、静、雪乃、結衣、いろはの四人だった。

四人が病室に入ると、先に来ていた小町が立ち上がり、四人を迎え入れた。

 

「皆さん今日は、うちのお兄ちゃんのためにわざわざありがとうございます!」

「初めまして小町ちゃん。先輩の後輩で、生徒会長の一色いろはです」

「あ、初めまして!お兄ちゃんの妹の小町です!」

「あら、二人は初対面だったのね」

「二人とも初対面だったんだ」

 

 一通り挨拶が終わったあと、平塚がまず口を開いた。

 

「で、お兄さんの具合はどうなのかね?」

「お医者さんは、体の方は問題ないって、絶対に守ってくれるって言ってくれました」

「そうか、とりあえず良かったな、小町君」

「はい。それで、もう一つの方なんですが……ちょっと小町的に意外っていうか……」

「もう一つ?病院で医者以外に何かあるのかね?」

「はい、陽乃さんが派遣してくれた、技術者の方がですね、えっと、

中の様子をちょっと解析?って言うんですか、状態だけ調べてくれたみたいなんですよ」

 

 その言葉を聞いて、一同に緊張が走った。そんな中、代表して雪乃が口を開いた。

 

「それで、比企谷君に何か問題があったのかしら?」

「それがですね~雪乃さん。小町にもよくわからないんですけど、

どうやらうちのお兄ちゃん、

誰か知らない女の人と、ずっと二人で行動してるみたいなんですよ」

 

 あまりにも予想外な小町の言葉に、全員の思考が止まった。

気まずそうな小町を前に、四人はしばらく黙っていた。そんな中、まず平塚が沈黙を破った。

 

「やれやれ比企谷、まったくお前って奴は……」

 

 その言葉で思考が働き出したのか、残る三人は、八幡に詰め寄った。

 

「あなたと言う人は、これは一体どういう事なのかしら?

まことに遺憾ながら、この私がこれだけ心配しているというのに、

知らない女性相手に何をしているのかしら?エロヶ谷君」

「何それ信じらんない!ばか!えっち!ばか!」

「何ですかそれ口説いてるんですか?

他の女の影を散らつかせて私の気を引こうだなんて手口が当たり前すぎるので、

もうちょっと工夫してから出直してきてくださいごめんなさい」

 

 それを聞いた平塚は、やれやれといった感じで肩をすくめた。

三人は、顔を見合わせたかと思うと、誰からともなく笑い出した。

とまどい、驚き、呆れ、怒り、様々な感情で病室が満たされた。

もし今八幡の意識があったら、彼は何と答えたのだろう。

最初に静が、明日またこの件についての職員会議があり、朝が早いからと席を立った。

残された三人も帰ろうとしたが、その時小町が、雪乃と結衣を引き止めた。

 

「あの、雪乃さんと結衣さんに渡す物があるんです」

 

 二人は小町から、丁寧にラッピングされ、

雪ノ下、由比ヶ浜、と別々に書かれた小さな包みを受け取った。

二人が包みを開けてみると、その中にはピンクと青のシュシュが入っていた。

 

「小町さん、これは?」

「えーっとですね……

クリスマスイブの昼間にですね、珍しくお兄ちゃんがちょこっと出かけたんですけど、

帰ってきた時に、お兄ちゃんのバッグの中にそれが入ってるのが見えたんですよ。

なので名前も書いてあるし、間違いなく二人への贈り物だと思って、

小町、勝手に持ってきちゃいました!」

 

 小町は、てへっという感じであざとく自分の頭を叩いた。

 

「比企谷君がそんな事を……」

「なんか意外~!でも、私のが青でゆきのんのがピンクって、反対じゃない?」

「そうね、なんとなく反対な気もするわね」

「多分お兄ちゃんには、何か考えがあったんだと思います。

今となってはわからないんですけどね」

「ヒッキーが選んでくれたんだから、きっとこれでいいんだよ、ゆきのん!」

「そうね、きっとそうなのよね」

 

 そして二人は、その場でシュシュをつけた。

いろははどこか悔しそうに、それでいて羨ましそうに、二人のシュシュを見つめていた。

そしてそんな二人を見た小町が、決意のこもった口調で、雪乃に話しかけた。

 

「小町考えたんですけど、雪乃さん、良かったら小町に、勉強を教えてくれませんか?」

「それは別に構わないのだけれど、理由を聞いても?」

「小町、受験まであんま時間がないんですけど、もしここで小町が落ちちゃったら、

お兄ちゃん絶対自分を責めると思うんですよ。

だから小町、お兄ちゃんが帰ってきた時に自分を責めないために、

ここから受験の日まで本気で勉強しようと思うんです」

 

 それを聞いた雪乃は、即答で快諾した。

 

「わかったわ。その依頼、引き受けましょう」

「私も手伝うよ、小町ちゃん!」

「大丈夫よ由比ヶ浜さん。絶対に口を出さないで見守っていてね?絶対によ?」

「なんか言い方がひどい!?」

「それと、私からも一ついいかしら。まず由比ヶ浜さんと一色さんになのだけれど」

「うんゆきのん、何?」

「何ですか?雪ノ下先輩」

「奉仕部を三人で守りましょう。ここで奉仕部が無くなってしまったら、

きっと帰ってきた時に、比企谷君が自分を責めると思うの」

 

 三人は口々に、その意見に同意した。

 

「あ~、ヒッキーなら確かにそう思うかも…」

「そうですね、先輩ならそう思うかもしれませんね」

「お兄ちゃんならきっとそう思うと思います!」

「なので、少なくとも私たちが卒業するまでは、私たちで、彼の帰る場所を守りたいの」

「うん!私も一緒に守るよ!ゆきのん!」

「私も正式に入部しますね!」

「小町も必ず合格して入部しますね~!」

 

 雪乃はそれを聞くと、満足そうに頷いた。

 

「それじゃあ私からもゆきのんに一つ、いいかな?」

「何かしら?由比ヶ浜さん」

「ねぇゆきのん。この中でまだ、私達二人だけが、泣けてないじゃん?

だからヒッキーが帰ってきたら、その、一緒にいっぱい泣こう!」

「そうね、ちょっと恥ずかしいのだけれど、了解したわ、由比ヶ浜さん」

 

 いろはも、負けてなるものかと口をはさんだ。

 

「それじゃあ私からもお二人に一つだけ。勝負はまだついていませんからね!」

「あら、勝負と言われては負けるわけにはいかないわね」

「勝負なら仕方ないね!私も負けないよ!いろはちゃん!」

「うわー、ここにきてお義姉ちゃん大戦勃発!?

でも知らないお義姉ちゃんもいるみたいだしなぁ……

小町じゃ収拾がつかないから、とにかく早く帰ってきてよね、お兄ちゃん」

 

 四人は、顔を見合わせて、嬉しそうに、そして恥ずかしそうに笑い合った。

そして皆、タイミングを計ったかのように同時に、横たわる八幡を見た。

この光景は、言葉は、きちんと彼に届いたのだろうかと。

もしこの光景を、アスナやアルゴが見たら、一体どこがぼっちなのかと、

溜息をついたに違いない。それはそんな、とても優しい光景だった。

 

「これは必ず帰ってこないとだね、比企谷君。この私も泣かせたんだしね」

 

 出るに出られずその光景を隠れて見ていた陽乃は、羨ましそうにそうつぶやいた。



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第009話 ハチマンは備えている

2017/10/29 修正


次の日アルゴを呼び出したハチマンは、アスナと三人で、戦闘訓練に出かけた。

 

「それじゃ、やるか。まず最初はソードスキルの速度を上げるところからだな」

 

 そう言うとハチマンは、まずアルゴに、何種類かのソードスキルの発動を指示した。

そしてその後、自分も同じ技を使うので、なんとなくでいいから見比べていてほしいと頼んだ。

アルゴがいくつかのソードスキルを発動した後、続けてハチマンも同じ技を使った。

 

「どうだ?」

「発動から終わりまでの時間が、かなり短いナ」

「そうだ。ついでに硬直時間も短くなる。システムアシストに頼りきりなのと比べて、

初速とか途中の力加減で、やっぱ差が出てくるんだよな。ほんとよくできたゲームだわ」

「なるほどナ」

「特にアルゴは情報屋だから、ガチの攻略とちょっと色合いが違うだろ?

ダンジョンに調査にいくとしても、基本は一撃離脱スタイルになるはずだ。

アスナも細剣だから、そんな感じだしな。

だから、俺のアドバイスで改善できる余地があるなら、早めに教えておいた方が、

今後のためにもいいと思ったんだよ」

 

 二人が頷くのを確認したハチマンは、レクチャーを始めた。

 

「最初の溜めは、弓を引き絞る感じカ」

「さすがアルゴは飲み込みが早いな。今までも、普通よりは全然出来てたと思うんだが、

やっぱり職業がら、ずっと戦ってたわけでもないだろうしな」

 

 ハチマンは、二人がうまく発動出来た時は積極的に褒め、そのせいもあったのだろうか、

アルゴで八割、アスナでも半分ほどは成功するようになっていた。

 

「思ったよりスムーズにものにできたナ」

「私はもうちょっとかな」

「後はひたすら反復練習だな。威力もしっかり上がってるはずだ。

まあ、俺が考えるこれの一番の肝は、硬直時間の短縮なんだけどな」

「確かに前と硬直の感覚が違うな。早く慣れないとだナ」

 

 二人へのレクチャーは、次の段階に入った。

 

「それじゃ二人とも、武器を左手に持ち変えてくれ。

最低限いつもと違う方の腕でもソードスキルを発動できるようにな」

 

「それってどういう場面で必要なの?」

「ああ。具体的には例えば、モンスターに手首から先を切り落とされた時だな。

手首を切り落とされても痛いわけじゃないが、武器は持てなくなるだろう?

そういう時とっさに凌ぐための技術だな」

「手首から先が無くなる……」

 

 アスナは自分の右手を見ながら、閉じたり開いたりしてみた。

アルゴも同様に、右手を見ながら何事か考え込んでいる。

 

「なぁハー坊。それ、別の目論見もあるんじゃないのカ?」

 

 ハチマンはその言葉を受け、逡巡しつつも答えた。

 

「……なあ、二人とも。例えば今俺が、ふいをついて二人の右手を切り落としたとする、

その時お前ら、俺に対抗する手段って何かあるか?」

 

 アスナは首を横へ振り、アルゴもそういう事かと納得したように首を振った。

 

「これだけの人数がプレイしていると、そこには必ずおかしな奴が混ざってくる。

プレイヤーキルを楽しむようなサイコ野郎だって必ずいるはずだ。

ピンチになったとして、少しでも余計に耐えられれば、助けも間に合うかもしれない。

他にも想定されるケースはいくつかあるんだろうが、今のとこ俺が考え付くのが、

まずこの方法って事になる。わかってくれるか?」

 

 二人は真剣な顔で頷き、いつもとは逆の手でソードスキルの練習をはじめた。

数回発動に成功したところで、アルゴが街に戻る事になった。

 

「それじゃオレっちは先に街に戻るぜ。やる事はたくさんあるしナ」

「おう、おつかれさん」

「あとハー坊。リアル情報は絶対表に出すんじゃねえぞ。

オレっちみたいな付き合いの浅い奴にあんなに簡単に喋っちまってたけど。

オレっちが悪意を持ってたら、今頃とんでもない事になってたかもしれないゼ」

 

 その返事に、ハチマンは何故かきょとんとした後、顔を青くした。

 

「すまん。第一印象で、お前がプロ中のプロの情報屋だと思ったから、

そんな奴がリアル情報なんぞ扱うはずがないと勝手に思い込んじまってた。

付き合いは短いが、お前がそこらへんしっかりしてるのは今でこそちゃんとわかってる。

しかし確かに勘に頼るとかありえない軽率さだったわ。今後気をつける」

 

 アルゴはその言葉に少し驚いた。

 

「こんな短い時間で、思ったより信頼されてたんだな。

そんだけ信頼されてたなら、やっぱりオレっち達も友達なんじゃないのカ?」

「いや、お前は知り合いだ」

「アーちゃんとの線引きがわからないゾ……」

「うむ、正直俺もよくわからん」

 

 二人は顔を見合わせて、お互いに溜息をついた。

 

「それじゃ、情報が欲しい時はまた連絡くれヨ」

「ああ、またな」

 

 アルゴはそう言って走り去っていった。

 

「ハチマン君とアルゴさんって、本当に仲がいいよね」

 

 休んでいたアスナが、微妙な顔つきで話しかけてきた。

 

「普通に友達に見えるんだけどな」

「あー、なんつーか、キャパシティ低くていきなり複数とかまだ無理っていうかだな…」

「友達は私だけって、嬉しくないわけじゃないけど、なんか複雑」

「すまん、努力する……」

「まあちょっとづつでいいんじゃないかな?無理やり増やすのもちょっと違うと思うしね」

「ああ」

 

 近くの村を拠点にし、二人は武器の強化用素材を手に入れつつ、レベル上げに勤しんだ。

そしてレベルと素材にある程度までめどが立ち、アスナも入浴したがったため、

二人は一度、始まりの街に戻る事となった。

 

「中々の収穫だったね」

「おう、頑張ったな」

「明日はどうする?」

「そうだな、ここらで一日休みにするか。アスナもこの街の事まだよく知らないだろ?」

「そうだね、それじゃ私は色々まわってこようかな。教会の様子も気になるし」

「俺も俺なりに色々調べとくわ」

 

 二人は別れを告げ、それぞれの宿に向かった。

アスナはベッドに腰掛け、大きく伸びをしたあと、そのま後ろに倒れ込んだ。

体は心地よい疲労感につつまれている。

アスナにとって今までの人生は、ハードルを一つ越えればまた次のハードルが現れる、

ある意味終わりの無い道を延々と歩くようなものであったが、

この世界では努力がきちんと数値に表れる。

目標が目に見えるというのは、かなりモチベーションを保つ効果があるんだな、

等と考えつつ、早めに入浴をすませてしまおうと思い、

アスナは風呂場に向かい、湯船に浸かった。

 

「短い間に、色々な事があったな……私一人だったら、どうなってたんだろ……」

 

 生活もある程度は落ち着き、アスナは当初よりは、色々考えられる余裕が出てきていた。

そして、何もわからないこの世界に一人で放り出されていたら、

自分はもうこの世にいなかっただんだろうな、と漠然と感じた。

 

(ハチマン君か……助けてくれた時に私の事を男の子だと思ってたのは間違いないから、

最初からすんなり信頼はできたんだよね。

その後話を聞いて、いなくなったら悲しいと思って友達になったわけだけど、

同情とか依存とか、そういう気持ちがまったく無かったかと言われると自信がない)

 

 アスナは、そんな事を考えつつ、かぶりを振った。

 

(でもあの時一番強く感じた気持ちは……私は彼の言う、本物が羨ましかった。

今の私はまだ、彼に依存してしまっている。彼の言う本物にはなれていないと思う。

まずは、お互いの背中を守りあえるくらいにはなりたいな……

自分からも思う事をしっかり言えるようになって、そして、

自信をもって、本物だと思える友達になりたい。よし、頑張ろう!)

 

 決意を新たにしたアスナは、今度こそ本当にリラックスし、

明日はどうしようかと予定を立て始めるのであった。

 

 一方その頃ハチマンは、情報交換のため、アルゴと会っていた。

 

「ここ数日で得られた情報は、これくらいだな」

「ありがとな。それじゃこれ、情報料ダ」

 

 ハチマンはそれを受け取らず、ちょっと待てという感じで手のひらを前に出した。

 

「あーアルゴすまん、それを受け取る前に一つ情報が欲しい」

「ん?なんダ?」

「一層ボスの種族っつーか、そういう情報はあるか?」

「昔の情報で良ければあるけど、それでもいいカ?」

「ああ、かまわない」

「それじゃ差し引きチャラだな。イルファング・ザ・コボルドロードと、取り巻きだヨ」

「コボルドのでかいやつと、取り巻きって事か?……すまん助かる」

「βから色々変更されてる可能性もあるから、

情報としちゃそこまで価値があるわけじゃないが、いいのカ?」

「ああ。アスナに、対ボス戦用に経験をつませるのに、

どのモンスターを多めに相手にすればいいか、参考にしたかっただけだからな」

 

 その言葉に、アルゴは、なるほどと頷いた。

 

「やっぱりハー坊は、慎重だナ」

「あともう一つ、どうしても聞きたい事がある。もちろん情報料は払う」

「ああ、それならこっちからも一つ頼みがあるんだよ。ガイドブックが完成したので、

それを外の町や村に配るのを手伝ってくれないカ?」

「明日はオフにするつもりだったんだが、明後日でもかまわないか?

「うん、それで大丈夫だヨ」

「明後日は、北の方に行くつもりだったから、その方面は任されるわ」

「ああ、よろしく頼むな。で、聞きたい事って何ダ?」

「この世界に、コーヒーと練乳はあるか?」

 

 そしてその情報を確認したハチマンは、すぐさま料理スキルを取得した。



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第010話 新たな出会い

2017/10/29 修正


次の日の早朝、ハチマンは、アスナに連絡を取り、宿を訪れていた。

 

「ガイドブック、完成したんだ」

「ああ。明日は北の方に行くつもりなんだが、一緒にどうだ?」

「うん、わかった」

「あとすまないんだが、牛乳を少しわけてくれないか?」

「あ、うん、ちょっと待っててね」

 

 アスナが牛乳を取りに向かうと、後ろからハチマンがぶつぶつ言っているのが聞こえた。

 

「これでやっと……ソウル……クが………」

 

 アスナは、ソウルって何だろうと思いつつ、ハチマンに牛乳を渡した。

 

「おう、ありがとな。今日はこれから出かけるのか?」

「うん、まず教会を覗いてみて、それから町の探索かな」

「気をつけてな」

「うん、ハチマン君もね」

 

 ハチマンが帰っていく後ろ姿を見て、アスナは、何か上機嫌だなと感じた。

 

(何かいい事でもあったのかな)

 

 それをなんとなく嬉しく思いつつもアスナは、教会へと足を向けた。

窓から中を覗くと、年配の人や、アスナより少し年下であろう子供たち、

そして数人の穏やかそうな大人がいて、うまくやっているように見えた。

 

(良かった。今のところうまくいってるみたい)

 

 教会の入り口から話し声が聞こえ、アスナがそちらに目を向けると、

そこにはとても背が高く、体格のいい、黒人の青年がいた。

その青年は、入り口の中にいる人物と話をしているようだ。

 

「エギルさん、いつもすみません」

「いえいえ、これくらいしかお役にたてませんが……」

 

(あの人エギルっていうんだ、大きいなぁ。話からすると、きっと優しい人なんだろうな)

 

 アスナは、気は優しくて力持ちだね、と思いながら、エギルの名前を心に留めた。

そして足の向くまま、色々な店を見てまわった。

私服をいくつか見てまわり、露天で食べ物を買う。

 

(衣食住のうち、食だけはなんともいえないなぁ……

自分で料理スキルを上げたら、もっとおいしい物が作れるのかな)

 

 アスナは料理スキルをとろうと決め、宿に戻った。

 

(服もいっぱい買えたし、リフレッシュリフレッシュ)

 

 久々に穏やかな日を過ごせたアスナは、また明日から頑張るぞと気合をいれ、

その日は早めに眠りにつくのだった。

 

 

 一方その頃、一日試行錯誤していたハチマンは………

 

「ついに出来た………」

 

 念願のドリンクを完成させ、久しぶりの味わいに酔いしれていた。

 

 

 

 次の日二人は、予定通りに北を目指した。

途中いくつかの村にガイドブックを置きつつ、二人は谷あいの町、トールバーナに到着した。

 

「ここは結構広いから、手分けするか」

「そうだね、それじゃ私はあっちかな」

「俺はあっちに行くわ。終わったらそうだな……あそこの噴水に集合な」

「うん!それじゃ後でね!」

 

 アスナは順調にガイドブックを配っていった。

そして最後の道具屋にガイドブックを配り終えた時、突然プレイヤーに、声をかけられた。

 

「あの、それは何ですか?」

「あ、はい、色々な情報が載ったガイドブックです。宜しければ一つお持ち下さい」

 

 そう笑顔で答えるアスナの顔を、フードごしに見たそのプレイヤーは、驚いていた。

 

「女の子……」

 

 そのプレイヤーも、自分のフードの前を軽く開け、嬉しそうに自己紹介をした。

 

「はじめまして、あたしはリズベット。良かったら、リズって呼んでね!」

「はじめまして、私はアスナだよ。よろしくねリズ!」

「良かった~女の子がちっともいないから、ちょっと寂しかったんだ」

「うん、私も私も!」

 

 二人はすぐに意気投合したようで、久々のガールズトークに花を咲かせた。

内容はゲーム内の事ばっかりだったので、

それを本当に、ガールズトークと言っていいのかという問題はあったのだが。

気が付くと、結構な時間が経っていたようだ。

アスナは、遠くからハチマンが歩いてきているのに気が付き、

ちょっとまっててねリズ、と言ってハチマンに駆け寄っていった。

 

「ごめんハチマン君、待たせちゃったね」

「おう、何かあったかと思って、様子を見にきたわ」

 

 アスナはリズベットと知り合った事を説明し、ハチマンをリズベットの所へ連れていった。

 

「あ~、ハチマンだ。よろしくな、リズベット」

「あ、リズでいいよ、よろしくね、ハチマン!」

「わかった、リズだな」

 

 なんとなく、ハチマンをうさんくさいなと思ったリズベットは、

唐突に二人に質問をした。

 

「で、二人は付き合ってるの?」

「もう~からかわないでよ、リズ」

 

 困っているアスナをちらりと見て、ハチマンは、いつもの彼らしい説明を始めた。

 

「あー、なんていうか、ただの友達だな。

そもそも俺みたいなのが彼氏だと思われたら、アスナに悪いだろ」

「ハチマン君」

 

 アスナから怒気を感じ、ハチマンは、俺みたいなのの彼氏だと間違えられたら、

当然そうなりますよねといつもの通り思い、素直に謝る事にした。

 

「その、なんか悪いなアスナ、不愉快だっただろ」

「ハチマン君やっぱりわかってない。私が怒ってるのはハチマン君の勘違いにだよ」

 

 アスナはさらに言葉を続けた。

 

「ハチマン君、確かに私達は付き合ってるわけじゃないけど、

それを訂正するのに、ハチマン君が自分を悪く言うのは私は嫌。

私は少なくとも、ハチマン君を大切な友達だと思ってるよ。

だから、そういうのはもうやめよう?」

「………そうだなアスナ、俺が悪かった。

というわけで訂正する。アスナとは友達だ、リズ」

 

 その光景を見てリズベットは、自分が間違っていたと思い、楽しそうに笑った。

 

「おっけ~友達ね!アスナ、からかってごめんね?で、二人はこれからどうするの?」

「予定では、この周辺で探索と狩りかな?」

「そうだな、そんな感じだ」

「あの、それじゃあさ、迷惑じゃなければ、私も一緒に行ってもいいかな?

何度かパーティで狩りには行ったんだけど、変な男ばっかりでさ……」

「あ~、確かにリズは、、幸が薄そうだしな」

「ハチマンひどい!」

「ハチマン君、正座」

 

 本当に正座をしようとするハチマンをアスナが慌てて止め、

それを見たリズベットは大笑いした。

リズベットにとって、それは久しぶりの心からの笑いだった。

 

「で、どうかな?」

「俺は別に問題ないぞ。アスナはどうだ?」

「私も問題ないよ。よろしくね!リズ」

 

 こうしてその日は三人で行動する事になった。

 

「リズ、スイッチとPOTローテは分かるか?回復アイテムは足りてるか?」

「うん、前教わったから大丈夫。アイテムも問題ない」

「それじゃ行くか。あっとその前に、リズの武器って何だ?」

「今はメイスかな。なんかこれが一番しっくりきたの」

「しっくりか。もしかしたら鍛冶とか向いてるのかもな」

 

 リズベットはそんな事を言われたのは初めてだったので、意表を突かれた。

今までちょこちょことアドバイスをくれた人はいたが、戦闘に関してばかりで、

そういった別の視点でのアドバイスをもらったのは初めてだった。

今までは、ただ戦っていればいいのだと思っていたリズベットは、

この時はじめて、戦闘以外の事に目を向ける機会を得た。

 

「鍛冶かぁ……やってみようかな」

「おう、いいと思うぞ。こんな状態になっちまって、大変なのは確かだが、

クリアのためには、戦える人間だけが必要なわけじゃないからな。

情報を集める人。武器や防具を作る人。裁縫や料理で日常を支える人。

みんな大事で、攻略には無くてはならないからな」

「そうだね!私、頑張ってみる!」

「おう、その意気だ!それじゃインゴット系も落とす、ワーム狩りにするか。

あ~、二人とも、ちょっとコワモテのミミズとか平気か?」

「あはははは、ハチマンコワモテって。私は平気。アスナは?」

「私も平気だよ」

「ま、モグラ叩きみたいなもんだから気楽にいこう。それじゃこっちだ」

 

 その後三人は、周辺のクエストをこなしつつ、ワームでレベルを上げた。

ドロップしたインゴットは、全てリズベットがもらう事となった。

ハチマンとアスナからすれば、鍛冶師としての門出の祝いのつもりであった。

リズベットは最初遠慮していたが、二人の気持ちが嬉しくもあり、結局全て受け取った。

まだまだ素人レベルではあるが、こうしてリズベットは、彼女なりの第一歩を踏み出した。

日も落ちてきたので、三人はトールバーナに戻り、宿をとることにした。

ハチマンは一人で。アスナとリズベットは、同じ部屋という事になった。

 

「あーなんか久々楽しかった!あそこでアスナに声をかけた自分を褒めてあげたい!」

「リズが楽しそうだったから、私も楽しかったよ!」

 

 女の子同士の付き合いに飢えていたのか、二人は様々な話をした。

個人情報は伏せつつ、アスナがハチマンとの出会いから、

男だと間違われて宿に連れて行かれた話、友達になった話を聞かされて、

リズベットは、ドラマみたいと大笑いしていた。

そして話がお風呂の話題になると、リズベットが即座に食いついた。

 

「私もお風呂入りたい!」

「うん、いつでも来てねリズ」

 

 アスナは、以前ハチマンに言われた通りになったなと思いながら、その時の話をした。

そして話が一段落した時、リズベットが真面目な顔でアスナに語りかけた。

 

「アスナごめん。私、最初ハチマンの事を遠くから見た時、

アスナが変な男に騙されてるんじゃないかって一瞬思っちゃったんだ。

でも話してみて、一緒に行動して、今こうして話を聞かされて、

私の目は曇ってたんだなって本当に思った。ごめんなさい」

 

 アスナはぽかんとした後、笑い出した。

 

「ハチマンって、優しくていい奴だね」

「うん、捻くれてるけどね!大切なお友達なの!」

 

 とても嬉しそうに笑っているアスナを見てリズベットは、

今日のこの二人との出会いをとても喜ばしく思ったのだった。



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第011話 遺跡探索

2017/10/29 修正


 それからハチマンとアスナは、情報収集や更新されたガイドブックを配る手伝いをし、

時にはリズベットを交えて狩りに行ったり、料理をしたりと、

それなりに充実した日々を過ごしていた。

リズベットはよくアスナの部屋に泊まりに来るようで、

アスナはよくリズベットの話をするようになった。

アスナが楽しそうに話すのを聞くのが、ハチマンは好きだった。

ハチマンとアスナは、もう余裕でボスに挑めるくらいのレベルや装備を確保していたが、

アルゴから漏れ聞くところによると、

フィールドボスは既にある程度余裕をもって倒されているとの事であったが、

階層ボス戦に挑める状態を確保できているプレイヤーの数は、

まだ微妙に足りていないとの事であった。

アルゴの話だと、彼ら三人にリズベットを加えれば、

ボス部屋を発見する事は十分可能との事であったが、

今の段階だと、無理して挑もうとする者が多く含まれる可能性があるとの考えから、

まだ時期尚早だと二人の意見が一致し、ボスへ挑むのは、

他のプレイヤーが自力でボス部屋を見つけた後の方がいいという事になった。

 

「まあ、何事も最初は時間がかかっちまうもんなんだよな。

次の層からはもっと早く進行できると思うんだがな」

「まあそうだな。それよりもなハー坊、もっと深刻な問題があるんだヨ」

「ん、何かあんのか?」

「ゲーム内で、ボスの情報があまり出ていない」

 

 通常はクエスト等で出てくるはずのボスの情報が、

現状あまりにも足りていないとの事だった。βテスト時の情報はあるにはあるが、

どんな変更点が加えられているかわからない以上、

そんな情報に頼って攻略するのは、自殺行為だ。

 

「でな、昨日NPCから、やっとそれっぽい情報が聞けたんだよナ」

「なるほど、調査を手伝えと」

「ああ。依頼料も出すぜ。アーちゃんも加えて、一緒に遺跡に潜って欲しいんだヨ」

「リズが一緒でもいいか?アスナが喜びそうだし」

「リズっちか。本人がいいって言うならいいゼ」

「じゃあ二人に聞いてみるわ」

 

 こうして四人は、トールバーナから少し東に行った所にある遺跡を探索する事となった。

 

「で、どんな情報なんだ?」

「追放されたコボルド王の側近が、隠れ住んでいるらしいってサ」

「なんともいえないな、行ってみるしかないか」

 

 四人は、慎重に探索を進める事にした。

 

「俺が先頭、アスナとリズベットは真ん中、アルゴは後方の警戒な」

「オレっちが先頭の方が良くないカ?」

「まあ任せろって。っと、ストップだ。前方に罠がある」

「どこだ?オレっちには感知できないナ」

 

 ハチマンが、近くにあった小石を前方に放り投げると、落とし穴が発動した。

三人はあっけにとられてハチマンを見た。

 

「あー昔から俺は、観察眼と他人の視線を感じる事には定評があってだな」

「それにしても今のは、まるで周囲のデータ量の違いとかが見えてるみたいだったゾ」

 

 アルゴはそう言いながら落とし穴に近づいていった。

 

「このくらいの距離ならオレっちにもわかるんだけどナ」

「まあ、早めに気付けた方が対応も取りやすいしな」

「ハー坊は化け物か……」

「ハチマン君すごい……」

「人間業じゃないね……」

「そんなに褒めるな。照れるだろ」

 

 ハチマンは、ちっとも照れていないように見えたのだが、口に出してはそう言った。

 

「いや褒めてないんだけど!」

「まあ褒め言葉ではないナ」

「わ、私は褒めてるよ!」

「あーはいはい、俺の味方はアスナだけだな。それじゃ行くぞお前ら」

 

 その後も全ての罠や不意打ちがハチマンの手により封殺され、

一行は順調に奥へ探索の手を伸ばしていった。そして四日目、一行は豪華な扉の前にいた。

 

「ここで最後みたいだな、ちょっと覗いてみるか」

「気をつけてね、ハチマン君」

「おう、隙間からちょっと見るだけな」

 

 ハチマンが中を覗き見ると、遠くの方に、黒いコボルドらしき巨体が見えた。

 

「敵は黒いコボルドが一匹。HPバーは二本。

見た感じ、話に聞いたフィールドボスほどの大きさじゃない。

援軍の可能性もあるから、周囲は必ず警戒だな」

「フォーメーションはどうするの?」

「俺がまず敵を引き付ける。アルゴと俺がスイッチ、アスナとリズがスイッチだ。

後方に下がった奴が、追加沸きに備えて周囲の警戒だな。

ポーションを準備しておくのを、忘れるなよ」

 

 こうしてフォーメーションを確認した後、四人は部屋へと入っていった。

 

「ブラック・ルイン・コボルドセンチネルか。名前からすると、

階層ボスの取り巻きのちょっと強い奴って感じだナ」

「ボスの強さを計るにもちょうどいいかもね」

「私はちょっと緊張してるかも」

「大丈夫だリズ、きちんと周りがフォローする。それじゃ、行くぞ」

 

 四人が駆けだすと、敵は即座に戦闘態勢をとり、右手に持つ剣を振り上げた。

ハチマンは急加速し、敵が剣を振り下ろす前に敵の股間をスライディングで抜け、

右足にソードスキルを放った。

体重のかかっていた右足を攻撃されたためか、敵はそのまま転倒した。

 

「アスナ、今だ!」

 

ハチマンがそう叫ぶと、すかさずアスナが突進し、連続して《リニアー》を放った。

敵は立ち上がりつつ、剣を滅茶苦茶に振り回した。

滅茶苦茶ゆえに、その攻撃は何度かハチマンにかすっていたが、

ハチマンはしっかりと見極めた上、何度かパリィを決め、

その隙にアスナが再び攻撃を加え、初手でかなりのダメージを与える事に成功した。

そしてアルゴとリズベットにスイッチ。

アルゴはヒット&アウェイで確実にダメージを積み重ね、

リズベットも、無理をしないように、主に後方から、確実に打撃を与えていた。

四人はスムーズなコンビネーションを見せ、とても安定した戦闘を繰り広げていた。

 

「まもなく一本目が削り終わる。援軍が来るとしたら、ここか、HPバーが赤くなった時だ。

アルゴ、スイッチ!アスナとリズベットは安全が確認できるまで後方待機で頼む」

 

 ハチマンが前に出て、三人は周囲の警戒を強めた。

幸いその時は何も起こらず、四人はさきほどのように戦闘を続けた。

そして敵のHPがレッドゾーンに入ろうとした時、

一本目の時と同じように警戒していた三人は、新たな敵の出現を目にした。

 

「ハー坊、前方から敵が二匹くる。HPバーは一本。そいつよりは小さいナ」

 

敵は既に発狂モードに入り、攻撃は激しくなるばかりだった。

三人が迷っていると、ハチマンから指示が飛んだ。

 

「ちょっと無理をする事になるが、しばらく一人で支える。

三人でローテを組んで、追加の二匹を頼む」

「そんな!ハチマン君、一人で大丈夫なの?」

「大丈夫だ、無理はするが無茶は絶対にしない、約束する」

「わかった。すぐ助けに戻るから、待ってて!」

「ああ、なるべく早めに頼む」

 

 幸い大した強さの敵では無かったため、三人は多少攻撃をくらいはしたが、

程なくして二体を撃退し、急いでハチマンの元へと戻った。

そこで三人が見たものは、先ほどまでのパリィに加え、

敵が武器を振りかぶるか否かのタイミングに合わせて要所に攻撃を入れ、

敵に攻撃の余地をまったく与えていない、ハチマンの姿であった。

ハチマンはアルゴにスイッチしてもらい、後方に下がると、崩れるように腰を下ろした。

アスナがあわてて駆け寄ろうとしたが、ハチマンはそれを制した。

 

「俺は大丈夫だから、さくっとあいつ、やっちゃってくれ」

「ごめんね、すぐ戻るから」

 

 そして数分後、ついにブラック・ルイン・コボルドセンチネルは倒れた。

三人はすぐさまハチマンに駆け寄った。

 

「ハチマン君、具合はどう?」

「ああ。ダメージをくらったわけじゃないから、問題ないぞ」

「しかしすごかったな。あんな事が出来るなんて思ってもみなかったヨ」

「ねえハチマン。あれ、どうやってやってたの?」

「ああ、あれはな、罠を見つけるようなもんだ」

 

 三人の頭の上に、疑問符が並んだ。

 

「罠を見つける時言っただろ。なんとなくわかるって。

あれと同じで、敵の体を良く観察してな、

で、攻撃の気配がしたと思ったら、そこに攻撃を叩きこむ。

そうするとな、敵の攻撃が止まるんだよ。

通常はそこで攻撃も叩きこむんだが、今の条件じゃ無理だ。

まあ、ダメージと引き換えに無茶すればやれない事もなかったんだが……

それじゃあアスナとの約束を破る事になっちまうからな。安全第一だ」

 

 ハチマンは事もなげに言ったが、それがどれほどすごい技術であるのか。

三人には想像もつかなかった。

 

「約束、ちゃんと守ってくれたんだね」

「ああ。パーティリストのHPバーが大きく減ったら、余計な心配かけちまうしな。

更にそれに気を取られて、もし三人がピンチになったりしたらって考えたらな」

「ところでハチマン、ダメージが無かったのにすごい疲れてなかった?」

「あ~それはな、馬鹿みたいに集中するから、主に脳がすごい疲労するんだよ。

集中してる間はまだいいんだが、終わるとどっと疲れるんだよな」

「なるほどな……それじゃオレっちとリズっちで、周囲の探索をしてくるとするか。

アーちゃんは、もうちょっとハー坊についててやってくれよナ」

「うん、それがいいね。アスナ、ハチマンをよろしくー」

「うんわかったよ。何かあったらすぐに知らせてね」

 

 二人は周囲を調べに行き、アスナは、まだ心配そうにハチマンを見ていた。

 

「大丈夫?何か飲む?」

「あー、大丈夫だ。とっておきを出す」

 

 ハチマンはそう言うと、何か飲み物を取り出して、飲み始めた。

 

「何それ?」

「千葉県民のソウルドリンクだ。まだまだあるぞ。アスナも飲むか?」

「うん、飲んでみようかな」

 

 ハチマンは、アイテムストレージから飲み物を取り出し、アスナに渡した。

 

「それじゃいただきまーす、って、甘い!!」

「アスナには甘すぎたか?」

「うーん、大丈夫かな。むしろ好きな味かな」

「この良さをわかってくれるか……基本的に、昔お勧めした奴は皆、

甘すぎる甘すぎるって文句ばっかりだったから、なんかすげー嬉しいわ」

「確かに甘いけど、好きな味かな。疲れも取れそうだし」

「脳の疲労回復には甘いものが一番だしな」

 

 こうしてしばらく休んだ後、二人も探索に加わった。

奥には部屋があり、そこの宝箱には、沢山のポーションが入っていた。

そのポーションはアルゴに委託され、出所がわからないように工夫された上で、

ボス戦に参加する人に渡っていく事となる。

 

「壁画?」

「ああ、これで確定したな」

 

 その部屋の壁画に描いてあったのは、

イルファング・ザ・コボルドロードと、十二体のルイン・コボルドセンチネルの絵だった。

イルファング・ザ・コボルドロードの横には、種類はわからないが、

何本かの武器が入った箱が描いてあった。

 

「ボスと、取り巻きが十二体出るって事でいいのか?

あと、ボスが途中で武器を持ち変えるイメージなのか、これ」

「そういう事だナ」

 

 無事探索を終えた一行は街に戻り、アルゴのおごりで軽い打ち上げを行った。

打ち上げと聞いたハチマンは、最初はしぶっていたが、

アスナの必殺技、上目遣いでお願い攻撃をくらい、一発で撃沈した。

そして数日後、アルゴから、ついにボス部屋が発見されたとの連絡が入り、

その二日後、トールバーナの広場にて、第一回ボス攻略会議の開催が決定された。




膝枕と間接キスフラグはどこへいった。


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第012話 第一層攻略会議の顛末

2017/10/31 修正


 そしてついに、攻略会議の朝が訪れた。

リズベットは、まだ階層ボス戦に参加するのは、少しつらいだろうという事になり、

今回は不参加という事になった。

 

「ごめんね、二人とも」

「ううん、リズ、別に謝る事なんてないよ」

「そうそう、リズはリズに出来る事を頑張ってくれればいいんだ。

それが結果的に、俺たちの助けになるはずだ。

前も言ったと思うが、直接戦う奴だけがえらいなんて事は、まったく無い」

「うん、ありがと。二人の武器は私がきっちりメンテナンスするから、

だから二人とも、必ず勝って戻ってきてね」

「ああ、約束だ」

「うん、約束する」

 

 簡単な話し合いの結果、アスナ一人が、先に会場へと向かう事となった。

ハチマンは、アルゴが頑張って今日に間に合わせた、

ボス編のガイドブックを、道具屋にこっそりと置いてから、会場に向かった。

後方にポツリと座るアスナの姿を確認し、ハチマンは、アスナの隣に腰掛けると、

ここまでの進行がどうなっているのかの説明を、アスナに求めた。

アスナはやや暗い表情で、ここまでに何があったかを、説明し始めた。

 

「まとめ役は、あのディアベルって人みたい。

気持ちの上ではナイトやってますって言ってたかな」

 

(ナイトか……俺も気持ちの上ではシャドウアサシンですとか言ってみたいが)

 

 ハチマンは、それを聞き、中二病が再発しそうになった。

アスナはそんなハチマンの内心には微塵も気づかず、説明を続けた。

 

「そしたら、あのキバオウって名前の変な髪形の人が……」

「変な髪形?ああ、あいつか」

「うん。あの人ね、いきなり会議の前に、βテスターども出て来い!

お前らのせいで二千人も死んだんや!きっちり責任とれや!って言い出して……」

「はぁ?何だそいつは」

 

 八幡は、呆れた顔でそう言った。

 

「で、その後に、あのエギルって大きな黒人の人が、情報はきちんとあったって言い出して、

それで一応場が収まった感じかな。あのエギルって人、前教会で見かけた事があるんだけど、

なんかいい人そうだった」

「なるほど」

 

 その後、流れを詳しく説明してもらったハチマンは、自分の想定の甘さを悔いた。

そしてボス編のガイドブックの内容を思い出して、顔面蒼白になった。

 

(しまった……確定情報の、敵の数と武器変更の可能性についての言及はいいが、

敵の使うソードスキルや推定HP量、ダメージ量の各データと、

この情報はβテスト時のものであり、製品版では変更の可能性がありますっていう、

あの文はまずい。アルゴはこうなるのを承知で書いたのか?あいつめ……

ここまでニュービーとβテスターとの間に溝があるとは、俺には想定外だった。

一つ確実にいえるのは、このままではアルゴが危険だって事だ)

 

「ハチマン君、何かあったの?」

 

 ハチマンの暗い表情を見て、アスナが心配そうに尋ねた。

ハチマンは焦燥を抑えつつ、今自分が考えた事を、アスナに説明した。

 

「アルゴさんが危険な立場に……」

「ああ、このままだと、その可能性が高い」

「ディアベルさ~ん」

 

 その時一人のプレイヤーが、慌てて会場に駆け込んできた。

 

「ディアベルさん、こんな物が今、道具屋に!」

「ん?これは……鼠の本のボス編!?」

「ボス部屋は見つかったばかりだぞ?どうしてこんなに早く……」

「こんなに細かく……さすがだな……

うん、これならいけるな、数値的にはそこまで強いわけじゃなさそうだ」

 

 だが、本の内容を見て、盛り上がる場をしり目に、またキバオウが騒ぎ出した。

 

「ほれ見い!あの女、やっぱりβテスターと関わりがあるんや!

奴自身もβテスターに違いないで!これは詳しく話を聞かんとあかんな!」

 

 何人かが、そうだそうだ!と同意し、場の雰囲気が、一気にβテスター批判に傾いた。

ハチマンは、どうすればこの場を収める事が出来るのか、必死に考えていた。

 

(まずこの場の怒りを俺に向ける。これはキバオウ批判でいいだろう。

それには、誰もが理屈では納得できるような、正当な理由がなくてはならない)

 

 クリスマスイベントを経てこのゲームに囚われ、多少前向きになったとはいえ、

やはりハチマンのこういう場合の対応は、とっさであればあるほど、

自己犠牲の上に成り立つものになってしまう様だった。

事前にもっと、考える時間があれば、また別の道もあったのだろうが、

いかんせん今回は、時間も準備もまったく足りていなかった。

ハチマンが、意を決して前に出ようとすると、それを止めるように、

アスナが、ハチマンの袖を掴んだ。何事かと振り返ると、

そこにはハチマンの目をじっと見つめる、アスナの姿があった。

ハチマンは、思わず目を逸らす。その様子を確認したアスナは、こう呟いた。

 

「やっぱり……」

 

 ハチマンは、自分の考えがバレたのかと思い、

どう言い繕おうかと考えている隙に、いきなりアスナが、キバオウの前に踊り出た。

キバオウは、突然アスナが目の前に出てきた事に意表をつかれ、

周りのプレイヤーたちも、何事かと静まり返った。

そしてその静寂の中、アスナが言葉を発した。

 

「あなたはここから出たくはないの?どうして有用な情報に、素直に感謝出来ないの?」

 

 その辛辣な言葉を発したのが女の子だと気付き、キバオウは絶句し、固まった。

同時に、女の子だ、というざわめきが、徐々に周囲に広がっていった。

それをきっかけに、場の雰囲気は、急速に変わっていった。

 

(そうだ、これは体育祭の時と同じだ。感情には感情。あの時の事を思い出せ)

 

 ハチマンはここで流れを変えるべく、素早く考えをまとめた。

 

(今がチャンスだ。アスナの話だと、頼りになりそうなのはエギルとディアベルか)

 

 ハチマンは、まだ周囲がざわつく中、まるでかばうかのように、アスナの前に立った。

アスナは再びハチマンの袖を掴み、ハチマンは、小さな声でアスナに囁いた。

 

「後は任せろ」

「大丈夫?変な事はしない?」

「ああ」

 

 短くそう答えたハチマンは、冷静さを保つように心がけつつ、キバオウに話しかけた。

 

「キバオウさんよ、俺からも一ついいか?」

「ん、なんや」

 

 ハチマンは、慎重に言葉を選びつつ、そのまま話を続けた。

 

「あんたの中に、割り切れない気持ちがあるのは理解できる。

ここで無条件に考えを変えろとは言わない。だがな」

 

 そこで一度間を置いて、ハチマンは周囲を見渡す。

 

「ここにいる皆は、何とかこの悪夢を乗り越えようと決意して、ここに集まっているはずだ。

そして今、目の前に、必要な情報と仲間が揃った。

俺はこの状況に、深く感謝をしたいと思う。なあ、エギルはどう思う?」

 

 突然ハチマンから話しかけられたエギルは、ハッと何かに気づき、この流れに乗った。

 

「ああ。俺も早く現実世界に帰還したい。大切な人が待っているんでな。あんたと同じだ」

 

 その落ち着いたバリトンの声は、説得力を伴って、周囲に響いた。

 

「ディアベルはどうだ?」

 

 更にハチマンは、ディアベルに、この場を纏める事を促すように、話しかけた。

 

「そ、そうだな。俺達の敵はβテスターじゃない。階層ボスだ。

今は黙って、この情報に感謝しよう。キバオウさんも、それでいいかな?」

 

 キバオウは、やはりまだ納得出来ないようではあったが、

それでも場の雰囲気の変化を敏感にを感じ取ったのか、口に出してはこう言った。

 

「こ、この場はそれで納得したるわ」

「ありがとう、キバオウさん」

 

 ディアベルは爽やかな笑顔を浮かべ、キバオウに感謝の言葉を述べた。

周囲のプレイヤー達からも、それに釣られたのか、賛同の言葉があがった。

 

 ハチマンは、ディアベルの持つ雰囲気に葉山と同じものを感じ、

場を整えるのがうまいな、と思いながら、アスナと共に、元の場所へと腰をおろした。

 

「ハチマン君、うまくいったね」

「ああ。アスナはすごいな。あれで場の雰囲気が一変したからな」

「またハチマン君が、自己犠牲に走ろうとしてた気がしたからね。

勝手な事をしてごめんね?でも、ああすればきっと、ハチマン君が、

私の後を受けて、この事態を何とかしてくれるって、そう思ったの」

 

 ハチマンには、その事でアスナを責める気などは当然無く、

逆にアスナに感謝した。

 

「俺だけじゃ絶対無理だったわ。ありがとうな、アスナ」

「うん、どういたしまして」

 

 会議はなおも続き、次に、レイドを構成するためのパーティを組む事となった。

 

「アスナ、俺達はどうする?」

「参加者は全部で四十五人って言ってたから、三人パーティが一つできる事になるのかな。

とりあえず、一人でいるプレイヤーがどこかにいたら、誘ってみる?」

 

 それを聞いて、ハチマンは周囲をぐるっと見回した。

ちらほらとこちらに目を向けてくる者もいたが、遠慮しているのか声をかけては来ない。

よく見ると、どうやらほとんどの者が、知り合い同士でパーティを組んでいるようで、

周りでは、どんどん六人パーティが出来上がっていった。

ハチマンは、まだ焦る段階じゃないと思い、そのまま周囲の観察を続けていたのだが、

その時ハチマンの目に、一人でまごまごしている、とあるプレイヤーの姿が映った。

 

(ん、どうやら余ってるいのはあいつだな)

 

 ハチマンは、その事をアスナに説明し、あいつをパーティに誘ってもいいかと尋ねた。

そして無事にアスナの承諾が得られたため、ハチマンは、その人物の方へと向かった。

その人物も、どうやらハチマンの意図に気付いたのか、こちらに向かって歩いてきた。

 

「よっ、お互いあぶれもん同士みたいだし、俺達と一緒にパーティを組まないか?」

 

 そのハチマンの言葉を聞き、その人物は、面白そうだと思ったのか、笑顔でこう答えた。

 

「ああ、俺で良ければ宜しく頼む」

 

 ハチマンは、その人物を伴ってアスナの元へ戻り、三人はそこで簡単に自己紹介をした。

 

「俺はハチマンだ」

「私はアスナだよ」

「俺はキリトだ。宜しくな二人とも」

 

 そのキリトという名前を聞いて、ハチマンは、記憶が刺激されるのを感じた。

確かあれはそう、最初の頃、街の外で……

 

「なぁ、キリト、もしかして最初の頃、クラなんとかって人に、

戦闘方法をレクチャーしたりしてなかったか?」

 

 キリトはそれを聞き、一瞬つらそうな表情をしたが、

直後に何かを思い出したように、ハチマンに答えた。

 

「それはクラインの事だな。あ、どこかで見た顔だと思ったら、

やっぱりハチマンは、あの時横にいた人か」

「ああ、すごい偶然だよな」

「ははっ、本当にな」

 

 ハチマンから、その時のキリトの様子を聞いて、

どうやらアスナも、キリトの事を、信頼に足る人物だと思ったようだった。

その後、合同演習と本番の予定が決まったところで、会議は解散になった。

三人パーティという事もあり、雑魚担当が確定している上に、

ハチマンがめんどくさがったため、三人は合同演習への参加は見送った。

これからどうしようかと三人は相談していたが、そこへ、一人の男が近付いてきた。

その男、エギルは、笑顔を浮かべながら、ハチマンに手を差し出した。

 

「よう、うまくやったな」

「エギルか、さっきは上手く俺の意図を読み取ってくれて、本当にありがとな」

「ん、もしかして、どこかで会ったか?」

「ああ、前教会に居ただろ?その時にな、こっちの」

 

 ハチマンはそこで一旦言葉を切り、アスナの方を見つめた。

 

「アスナだよ、宜しくね、エギルさん」

 

 アスナはその視線を受け、エギルに自己紹介をした。

 

「このアスナが、その時たまたまあんたの事を見掛けたらしく、

いい人そうだって褒めてたのを覚えていてな。

だから今回、あんたの事を利用させてもらった。迷惑をかけたなら、すまん」

 

 そのハチマンの言葉を聞き、エギルは照れつつも、笑顔で、問題ないと答えた。

その後、ハチマンとキリトも自己紹介を終え、四人は握手をかわした。

 

「明日はお互い頑張ろうぜ」

「おう」

「うん」

「だな」

 

 エギルはそう言って去っていき、

フォーメーションを確認しておこうと決めた三人は、そのまま街の外へと向かった。

そして街の外で、キリトの戦いぶりを見たハチマンは、驚愕していた。

 

(こいつはすごいな……一発でこっちに合わせてくるのか……

自分で言うのもなんだが、俺達の戦闘は、かなりコンビネーションのいい高速戦闘だ。

それに簡単にあわせるだけじゃなく、攻撃力も半端ない。

今、SAOの全プレイヤーの中で最強なのは、このキリトじゃないのか?)

 

 一方キリトはキリトで、逆に驚いていた。

 

(なんだこの高速のコンビネーション、β時代のトッププレイヤー並の速さじゃないか)

 

 こうして一通りフォーメーションを確認出来た三人は、

そのまま明日に備え、今日は解散という事になった。

その時キリトが、躊躇いがちに、ハチマンに話し掛けてきた。

 

「実は、二人の噂は聞いた事があったんだよ。面白くて強い二人組がいるって程度だけどな。

それが誰の事かは分からなかったけど、今の戦闘を見て確信したよ。

アルゴが言っていたのは、二人の事だったんだなって」

 

 キリトの口からアルゴの名前が出た為、知り合いなのだろうが、

ハチマンは、一応その事を、キリトに確認した。

 

「キリトもアルゴと知り合いだったのか?」

「ああ、その通りだ。それにしても、今日はその……ありがとう」

 

 キリトは、何に対してのお礼かは口にしなかったが、

ハチマンはその言葉の意味を、何となく察していた。

 

「こっちの都合でやった事だから、気にすんなよ。キ-坊」

「なっ、なんでその呼び方を……」

「なんだ、もしかしたらと思ったけど、やっぱりそうなのか。

あいつな、俺の事も、ハー坊って呼ぶんだよ」

「まじか、お互い大変だな」

「まったくだ」

 

 二人は大声で笑い、アスナもそれに釣られて楽しそうに笑った。

即席パーティを組んでからそれほど時間は経っていなかったが、

三人の中には既に、しっかりとした絆が生まれていた。

 

「それじゃ、明日は宜しく頼むな、二人とも」

「うん、宜しくね、キリト君」

「宜しくな、キリト。そうだ、明日の戦闘の後、一緒にアルゴにおしおきしようぜ」

「いいなそれ、乗った!」

「じゃあ私も乗った!」

 

 三人は、そこで別れの挨拶を交わし、キリトはとても楽しげな様子で去っていった。

ハチマンは、よく知らない他人とも、普通に気安く喋る事が出来ている自分に驚いたが、

同時にそんな自分に、心地よさも感じていた。

アスナは、そんなハチマンの様子に気付いたからだろうか、ハチマンに、こんな質問をした。

 

「どう?友達になれそう?」

「どうだろうな、正直まだわからない。でもなんか、悪くない気分だ」

「そっか」

 

 こうして三人は出会い、そしてついに、最初の階層ボス攻略の日を迎える事となった。



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第013話 嵐の中、ボス戦は終わりを告げる

 ついに訪れた一層の階層ボス攻略の朝ハチマンは、

残してきた大切な人々の事を思い浮かべていた。

 

(今日が本当の意味での最初の第一歩になる。みんな、守ってくれよな……必ず帰るから)

 

 その大切な人々の中に含まれていない人物の声が、我も、我もと聞こえた気がしたが、

ハチマンはそれについては考えないようにした。

 

 

 

「お早う、二人とも」

「うっす」

「よっ」

「それじゃまあ、付いてくとしますか。

三人の俺達があんま出しゃばるのもあれだしな、まあ、のんびりいくか」

 

 アスナとキリトは、やれやれと肩をすくめつつも、ハチマンの後をついていった。

これだけの数がまとまっているだけあって、道中は何事もなく進み、

ついに一行は、ボス部屋の前に辿り着いた。

 

 作戦の概要の確認が成された後、ディアベルは、何か質問はあるかなと皆に問いかけた。

それを受けて、ハチマンとキリトが手を上げた。

昨日の印象もあったのだろうか、まずハチマンが指名された。

 

「戦闘中のボスの挙動が、情報と大きく違った場合の対応を聞いておきたい。

場合によっては撤退も視野に入れるとして、

その判断と指示は、あんたがしてくれるって事でいいのか?」

「もちろん安全第一だ。シミュレーションは完璧だから、

誰も危険な目にあわせるつもりは無いけどね」

 

 次にキリトが質問内容を尋ねられたが、内容は同じだった。

 

「合同演習にも参加せん奴らが偉そうに口出しすなや。

こいつらの事なんぞ相手にせんでええで、ディアベルはん。

あんさんの指揮ぶりを知っとったら、そないな心配あるわけあらへん」

 

 二人はそのキバオウの言葉には反応せず、納得した旨を伝え、引き下がった。

ハチマンとキリトはひそひそと会話を交わした。

 

「ハチマンどう思った?」

「ああ、なんか昨日とちょっと違うな」

「言い方はあれだが、内容は随分と丸くなってるよな」

「まあこれで、戦闘中に仲間割れとかの危険は減ったと思っていいのかね」

「心配事が一つ減ったって感じか」

 

 ディアベルは、そのキバオウの言葉を受けて、全員に言った。

 

「信頼ありがとう。今回は初めての階層ボス戦に挑むわけだが、

現状考えうる最高のメンバーが集まってくれた。

みんなで勝とうぜ!………さあ、行こう!」

 

 一行は雄たけびを上げ、ボス部屋へと突入を開始した。

エギルはちらっと後ろを振り向くと、三人に向けて拳を突き出し、親指を立てた。

三人は同じように拳を突き出し、親指を立ててそれに応えた。

 

「おお、なんか本場の合図って感じだわ」

「そうだな、なんかあいつかっこいいぞ」

「あははは、そうだね」

 

 多少は緊張していた三人であったが、いい感じに緊張が解れたようだ。

 

「なあ。キリト、アスナ。もしかしたら今回、犠牲が出るかもしれない。

俺はまだ人が死んだとことか見た事ないから、

もしそれを目にしたらショックを受けてしまうかもしれん。

そしたら俺の頬を引っ叩いて目覚めさせてくれ。

もし三人ともがショックを受けたら、一番最初に気が付いた奴が、

他の二人を引っ叩く。絶対に三人で生き残って、そしてクリアしよう」

「うん、わかった」

「ああ」

 

 三人はそう言葉を交わし、ボス部屋に突入していった。

 

 

 

 ボスの姿が見えてくると、誰かがそれを見て呟いた。

 

「あれが第一層のボス、イルファング・ザ・コボルドロードか……」

 

 さすがは階層ボスとも言うべき威容であった。

 一行に緊張が走ったが、その緊張は、ディアベルの声によってかき消された。

 

「右手に骨斧、左手に湾刀。取り巻きは三体。全て情報通りだ、いけるぞ!

臆するな、声を上げろ!みんな、行くぞ!」

 

 ディアベルの叫びに応じ、皆は、おう!!!と応じ、突撃を開始した。

編成は、ABのボス用タンク隊とC~Gの各攻撃隊。

そして、三人パーティーの遊撃隊で構成されていた。

最初は三人の出番は無かったが、戦闘が進むに連れ、若干押される隊も出てきていた。

 

「A隊から、B隊にスイッチ!」

「C隊は後退準備を!F隊、スイッチの準備頼む!」

「G隊負傷者二名、一旦下がる!遊撃隊、しばらく支えてくれ!」

「遊撃隊、了解!」

 

 三人は指示を受け、初戦闘に挑む事となった。

三人の戦闘はまだ誰も見た事が無く、やはり人数が少ない事もあって、

他の隊は皆、所詮繋ぎの隊程度の認識しか持っていなかった。

 

 負傷した二人のプレイヤーはポーションを使い、下を向いて回復するのを待っていた。

完全に回復したため、二人は同じ隊の仲間に呼びかけた。

 

「もう大丈夫だ、いける!」

「遊撃隊は大丈夫か?」

 

 ちょうどその時、遊撃隊の戦闘を見ていた他の仲間が息を呑み、驚きの声を上げた。

それは純粋に驚きの声であり、悲鳴とかでは無かったため、

何かまずい事が起こったわけでは無さそうだと思いつつ、二人は仲間達に尋ねた。

 

「おい、どうしたんだ?」

「いや、あ、あれ……」

 

 仲間が指差す方を見た二人は、遊撃に任せた取り巻きの一体が、

砕け散るエフェクトと共に、消滅するのを目撃した。

 

「え?おい、今何があった?」

「いや、何って……遊撃隊が、取り巻きを倒したって事じゃねーの……」

「え、だって、他はまだ最初の敵と戦ってるだろ………?」

「いや、そうだけどさ……」

「遊撃隊、任務完了。後退する」

 

 G隊のメンバーは放心していたが、ハチマンに視線を向けられると、慌てたように応えた。

 

「了解!こちらは他の隊の援護に入る」

 

 

 

 三人は当初からの予定通り、まずキリトとアスナが前衛に立った。

キリトの攻撃は速く、そして重かった。

アスナの突きは、目で追えるか追えないかの速さを誇り、

取り巻きのHPは、恐るべき早さで削られていった。

 

「アスナ、スイッチ!」

「了解!」

 

 次にハチマンが前に出た。ハチマンの戦闘は一見地味に見えたが、

その実、ほとんどの攻撃をパリィしていた。

その恩恵を受け、キリトの削りが更に加速した。アスナから声が飛ぶ。

 

「スイッチ!」

「任せた!」

 

 その声を合図に、キリトが一旦後退した。

ハチマンとアスナは、恐ろしいほどのコンビネーションの冴えを見せ、

そしてほどなく、敵の撃破に成功した。

 

「遊撃隊、任務完了。後退する」

 

 ハチマンはそう叫んだが、G隊からの反応は無かった。

ハチマンが疑問に思い、G隊の方を見ると、G隊から慌てたような返事があった。

それを確認した二人は、キリトの元へと集合した。

 

「どうだアスナ、大丈夫だったか?」

「うんハチマン君、何も問題なし!」

「しっかしキリトよ、お前やっぱすげーな……」

「それはこっちのセリフだよ、ハチマン。なんか昨日と動きが違うし」

「あー悪い、俺のスタイルだと、武器を持った人型の敵のが得意なんだよ」

「あれ見せられてそれ聞いたら、納得だわ」

 

 たまたま後方でそれを見ていたエギルは、素直に関心していた。

目の前に明るい光が見えたような気がして、エギルは改めて気合を入れなおした。

同じようにキバオウも、それを目撃していた。

キバオウは、最初は他の人と同じように放心していたが、

我に返ると、三人を憎憎しげに睨みつつ、再出撃に備えた。

再出撃の番が来るとキバオウは、わざわざ三人の横を通り、

すれ違いざまに、わざと聞こえるように言葉を投げかけた。

 

「あんま調子こくなよ。あのくらいわいらにも出来るんや。

ええか、あんましゃしゃり出んと、大人しゅうしとけや」

 

 三人は相談もしていないのに、ぴったり揃って、キバオウに笑顔を向けた。

キバオウはその顔を見て、

 

「くそっ、なんやっちゅーねん」

 

 と、吐き捨てて仲間の元へ走っていった。

 

 

 

 要所要所での遊撃隊の活躍もあり、誰一人として死者が出ないまま、

ついにボスのHPは、残り一本となった。

ボスは斧を失い、今は湾刀のみで戦っているような状態であった。

最後の取り巻きと戦っていた三人が、首尾よくとどめを刺し、後方へ下がると、

本隊の方から大歓声があがった。

 

「武器を両方とも奪ったぞ!」

「今がチャンスだ。D隊!俺に続け!」

 

 ディアベルの叫びと共に、ディアベルのD隊がボスに突撃していった。

ディアベルは高揚していたためか、気付いていないようだったが、

観察力に優れるハチマンの目には、ボスが何かを取りだそうとしているように見えた。

ディアベルがかなりボスに近づいた辺りで、それが何かはっきりと見えた。

 

「おいキリト。あれ……刀じゃないか?」

「なんだって?まずい!」

 

 ハチマンに促されボスを見たキリトは、ディアベルの方に駆け出そうとしたが、

それはキバオウに邪魔された。

 

「なんやおんどれ、大人しゅう下がっとれ」

「邪魔するな!ボスが新しい武器を取り出している!あれは刀だ!スタンするんだ!」

 

 それを聞いたキバオウは、慌てたように振り向いた。

 

「ディアベエエエエエエエエル!刀だ!逃げろおおおおおおお!」

 

 ディアベルは、キリトの声に反応し、顔を上げた。

確かにボスの手には、新たに刀が握られていた。

誰にも言ってはいなかったが、実際のところディアベルもβテスターであり、

実際に刀を使う敵を相手にした事があったため、対応しようとした。

その瞬間、ボスの一撃と共に、D隊の全員がスタンさせられた。

そして、一番前にいたディアベルが、ボスの追撃で飛ばされた。

後方で見ていた隊から悲鳴があがる。

 

「アスナ。あのボス、少しの間俺と一緒に抑えられるか?」

 

 アスナは、ハチマンの声を受け、即座に答えた。

 

「ハチマン君と一緒なら、大丈夫かな」

「危険な目にあわせてごめんな」

 

 それには返事をせず、アスナは微笑んだ。

 

「キリト、他の奴に指示を出せ。俺とアスナは、少しの間ボスを抑える。

指示を出し終わったらキリトもすぐこっちに合流してくれ」

 

 ハチマンに声をかけられ、キリトは弾かれたように、各隊に指示を出しはじめた。

 

「A隊B隊はスタンしたD隊を運び出せ!C隊E隊はその援護!

F隊G隊はいつでもボスに攻撃できるように準備して側面待機!ボスは俺達が抑える!」

 

 その指示を聞き、エギルが心配そうに声をかけてきた。

 

「おい、三人ともそんな軽装なのに、大丈夫なのか?」

「ハチマンとアスナなら、きっと大丈夫。俺もすぐ向かう!」

 

 ハチマンは、敵の攻撃を弾き、止め、また弾く。

さすがにこのクラスの相手の攻撃を、今のハチマンが全て封じる事は不可能だった。

何度も敵の攻撃がかすり、その積み重ねで、ハチマンは徐々にHPを削られていく。

しかし、ポイントごとにアスナがヒット&アウェイで敵の気を引き、

ついに二人は、キリトが到着するまで敵の攻撃を防ぎきった。

キリトは二人を下がらせ、一人でボスと対峙していた。

下がりしな、ハチマンはキリトに、すぐ戻るから絶対に無理をするなと念をおした。

 

「ディアベルさんは大丈夫だ!誰かポーションを!」

 

遠くからそんな声が聞こえ、キリトは安堵した。そして、目の前の敵に集中した。

無難に敵の攻撃をさばいていたキリトだったが、

ソードスキル後の一瞬の硬直時に、敵のHPがちょうどレッドゾーンに達した。

ボスの攻撃がいきなり激しさを増し、無防備なキリトに迫る。

 

「しまった……」

 

 キリトは、大ダメージをくらう覚悟をした。

その瞬間、ハチマンが飛び込んできて、ボスの攻撃を弾き、

アスナがキリトを後ろに引っ張った。

 

「すまん、ちょっと待たせたか」

「いや、まだまだ余裕だったよ、相棒」

「はっ、ピンチだったくせに」

 

 そこにD隊を避難させ終わったエギル達タンク隊が駆けつけ、三人に声をかけた。

 

「後は俺達が抑える!三人は下がってくれ!」

「エギル!頼む!」

 

 その時突然ディアベルの声が聞こえた。

 

「よし、俺が喉を撃つ!これで決めるぞ!」

 

 その声に反応し、ボスがディアベルの方を向いた。

ディアベルは……まだ三割ほどしか回復していなかった。

 

「やめろディアベル!ボスがそっちを向いているぞ!スキルモーションを起こすな!」

 

 キリトの叫びも虚しく、次の瞬間、無防備なディアベルに直撃したボスの攻撃が、

ディアベルのHPを全損させ、ディアベルはエフェクトと共に砕け散った。

それは一瞬の出来事であった。

 

 ハチマンとアスナにとって、誰かが死ぬ所を見るのは、これが初めての経験だった。

ハチマンは、ここでは人はこんなに簡単に死ぬのかと、呆然としつつ怒りを覚えていた。

アスナは、その安っぽいエフェクトを見て、

あんまりだ、こんなの人の死に方じゃない、と、震えていた。

キリトは歯を食いしばり、ディアベルがいたはずの場所を見つめていた。

一時の楽観ムードは鳴りを潜め、全員が、死というものを再認識させられていた。

 

 最初に自分を取り戻したのは、キリトだった。

過去にキリトは、今装備している片手直剣を得るためのクエストの最中に、

プレイヤーが死ぬのを目にした事があったからだ。

それは決して幸運と言ってはいけない類の出来事だ。

だが今この瞬間だけは、それを幸運と呼ぶ事が出来た。

キリトはハチマンとアスナの頬を叩いた。

その痛みに、二人も我に返り、三人は顔を見合わせると、声を張り上げた。

 

「皆目を覚ませ!タンク隊、ボスを抑えろ!」

「攻撃隊は側面に回り込んで一斉攻撃を加えろ!」

「HPが減っている方は後方に下がってください!」

 

 ショックの大きさから、皆立ち直ってはいなかったが、その声を合図とするかのように、

全員が動き出し、そして、最後の総攻撃が開始された。

しかし発狂状態になったボスは意外に手強く、中々HPを削りきる事は出来なかった。

そんな中、ハチマンがアスナとキリトに耳打ちした。

三人はそれを聞き、即座に行動を開始した。

 

 まずアスナがボスの背後に回り込み、

ボスが武器を振り上げた瞬間にボスの左膝目掛けてリニアーを放った。

武器を振りかぶっていたボスの体制がそのままわずかに崩れる。

次の瞬間ハチマンが、すさまじい速さで振りかぶったままだったボスの刀めがけて突撃し、

刀の根元に痛撃を加えた。ボスは二人の攻撃によって、大きく体制を崩した。

そして、ボスの正面にいたエギルに、キリトの声が届いた。

 

「エギル、伏せろ!」

 

 反射的に伏せたエギルの背中を踏み台にし、キリトが高く跳んだ。

 

「これで終わりだああああああああああああああああああ」

 

 そのままキリトは、渾身の力を込めて、ボスを頭から真っ二つにした。

一瞬の静寂の後、ボスの体が光りだし、そのままエフェクトとなって弾けた。

CONGRATULATIONの文字と共に。

 

 

 ゲーム開始から一ヶ月。ついにプレイヤーの到達階層が、一つ更新された。



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第014話 二人の気持ち、一人の気持ち

 ボスが倒れた後、一瞬の静寂と共に、全員の歓喜が爆発した。

皆手を取り合い、お互いの検討を称え合った。

その一時的なお祭り騒ぎが収まった後、まとめる者がいないためか、

皆ある程度の知り合い同士で適当に集まり、バラバラに休み始めていた。

 

 ハチマンもさすがに疲れたのか、端の方で腰を下ろし、例のドリンクを飲んでいた。

アスナがハチマンの元へ向かい、同じように腰を下ろすと、

ハチマンは飲み物を取り出し、アスナにすっと手渡した。

キリトも疲れたようにハチマンの元へ向かい、隣に腰を下ろしたが、

二人が何か飲んでいるのに気付いて、ハチマンに尋ねた。

 

「それ、何飲んでるんだ?」

「これか?これは、擬似的なアレだ」

 

 ハチマンが商品名を告げると、どうやらキリトは知っていたようで、

アレ本当苦手なんだよ俺……と一言呟いた後、

自分のストレージから自前で飲み物を取り出し、同じように飲み始めた。

 

「最初の一歩だな、ハチマン」

「まだたった一層だけどな」

「でも、大事な一歩だよね」

「ああ、これから始まるんだ」

「……ハチマン、このまま何事もなく終わると思うか?」

「無理だろうな……失った物が大きすぎる。俺としてはさっさと帰って寝たいんだが、な」

 

 案の定キバオウが音頭をとって、一部のプレイヤーと共に騒ぎ始めた。

 

「なんでディアベルはんが、死ななあかんかったんや!」

 

 キバオウはまずその矛先を、キリトに向けた。

キリトが刀の事を知っていたのに隠していたのではないのかと。

そしてキリトがβテスターなのはもう間違いないと。

ディアベルという柱を失った直後だったからだろうか。その事と合わさり、

場の雰囲気はまた徐々に、βテスター批判に傾いていった。

 

「どうしよう、ハチマン君」

「正直正論で全て論破するくらいしか思いつかないんだが、

納得してもらえるかどうかはちょっとな。逆に更なる反感を買うまである」

 

 キバオウの話がまた会議の時のように、

やっぱりβテスターは汚い、という論調になった。

そして攻撃の矛先が、ハチマンやアスナに向かおうとしたその時、

突然キリトが立ち上がり、そしてキバオウに、一気にまくしたてた。

 

「お前らなんでそんなβテスターを持ち上げるんだ?

あいつらは常に先をいっていてずるい、って、実は持ち上げてるようにも聞こえる。

いいか、お前らの知ってる通り、βテスターは千人の狭き門だ。

その中に、VRではないとしても、他のMMOのトップ連中が何人いたと思ってるんだ?

βテスターだからといって、みんなすごいという事なんてまったく無いんだよ。

だが俺は違う。俺は常に誰よりも先に行き、誰よりも上の階へと進んだ。

お前らの知らない知識も知っている。ただのβテスターごときと一緒にすんな」

 

 その言葉を聞き、群衆から、口々に声があがる。

 

「何だよそれ、反則だ!」

「チートじゃねえか!」

「βテスターでチート、ビーターだ!」

「ビーター!ビーター!」

 

 キリトはメニューを操作すると、黒いコート姿になり、言った。

 

「これが今ボスからドロップした装備だ。

どうだ、お前らが言う、ビーターに相応しい姿だろう?

このために、素人にしちゃそこそこ腕が立ちそうなそこの二人も、利用させてもらった。

そいつらは、自分達が利用されてるなんてちっとも思っていない甘ちゃんだったけどな。

転移門は俺がアクティベートしといてやる。街へ帰って大人しくしてろ」

 

 そういい残し、キリトは一人、第二層への階段を上っていった。

 

「ふざけんな、ビーター!ディアベルさんに謝れよおおおおおおおお」

 

 誰かが叫び、皆それに合わせて口々に去っていくキリトの後姿に罵声を浴びせた。

が、なぜかキバオウは、微妙そうな顔をしていた。

それは、憎しみと疑問がまじったような、不思議な表情だった。

突然のキリトの行動に困惑していたハチマンとアスナは、ひそひそと言葉を交わしていた。

 

「ハチマン君……あれって……やっぱりそういう事?」

「ああ。それで合ってると思うぞ。昔の俺と同じだ」

「どうするの?」

「今のこの大きなマイナスを、少しのマイナス程度にする事は可能だ。

この状況で皆に話を聞いてもらえるかどうかだけが問題だな……」

「何かインパクトが必要なのかな」

「そうだな……怒りから目を逸らせるような、よほどの出来事が必要だな」

 

 ハチマンは考えをまとめようと、持っていたドリンクを口に含んだ。

そんなハチマンに、アスナは不意打ちのように尋ねた。

 

「ねぇ、ハチマン君。初めて私の顔を見た時、どう思った?」

 

 その言葉を聞き、ハチマンは口に含んだ飲み物を噴いた。

 

「え、あ、それ、今必要な事か?」

「あ、うん。べ、別に変な意味じゃないからね?」

「お、おう、そうか。その……すごいびっくりした。色んな意味で……」

「色んな意味は後で問い詰めるとして、そっか、びっくりしてくれたならいけるかな」

 

 ハチマンは少し顔を赤くしていたが、その言葉を聞き、今度は顔を青くした。

 

「あ、おい。お前まさか……」

「よく顔を知らない人の話は、みんなちゃんと聞いてくれないと思うんだ。

ハチマン君が話さえ出来れば、多少良くなるかもしれないんでしょ?

だから今はとにかく、ハチマン君の話を皆に聞いてもらえるようにしないと」

「それはそうなんだが、アスナに余計な負担を負わせるのは……」

「今の私には、ハチマン君が一番大切な友達なんだよ。

だから、私達二人のどちらかに、もし何か負担がかかってしまう時は、二人で背負おう。

二人で皆に頭を下げて、二人で真っ直ぐ相手を見つめよう。行こう、ハチマン君!」

「やっぱりアスナにはかなわないな……わかった。正面から行くか」

 

 二人は中央に立ち、声を張り上げた。

 

「すまん、ちょっと俺達の話を聞いてくれないか」

「お願いします、私達の話を聞いて下さい」

「なんだよお前ら、本当はあいつの仲間じゃないのか?」

「今更何を聞く事があるんだよ!」

 

 どちらかというと注目が集まったのは、やはりアスナに対してだった。

まずハチマンが、かぶっていたフードを外した。

だが陰の薄さゆえか、目立った反応は無かった。

しかし次にアスナがフードを外した瞬間、急に辺りが静かになった。

そこには、十人中十人が美しいと答えるであろう、一人の女性プレイヤーの姿があった。

注目を集める事に成功した二人は、同時に頭を下げた。

 

「今皆さんの気持ちが高ぶっているのは仕方が無い事だと思います。

話なんか何も聞きたくないかもしれません。しかし、そこをなんとかお願いします。

どうか私達の話を聞いて下さい」

 

 二人は真摯に頭を下げ続けた。その時沈黙を守っていたキバオウが、口を開いた。

 

「聞くだけならええんやないか。こない丁寧に頭を下げとるんやし」

 

 批判の急先鋒だったキバオウがそう告げた事により、場はある程度落ち着き、

やっと話を聞いてもらえる事となった。

 

 

 

「まず自己紹介をさせてもらう。俺は、ハチマンだ」

「私は、アスナです」

「さっきの奴と一緒に、遊撃隊をやっていた。

この中には、俺達もグルなんじゃないのかと思ってる人もいるんじゃないかと思う。

だから、誰でも納得出来る事だけを出来るだけ客観的に話したいと思う。

俺は見た通り、人前で話をするのは得意じゃないから、失礼があるかもしれないが、

そこは先に謝っておく。申し訳ない」

 

 ハチマンはまず、誠実さを心がけ、出来るだけ事実だけを話すように勤めた。

 

「まず最初に俺が何故、こうして話を聞いて欲しいと思ったかだが、それは、

どうしても説明できないいくつかの疑問があるからだ」

「疑問?なんや?」

「まず、βテスターの話だ。おそらくなんだが……ここにはβテスターはそんなにいない。

それは先ほどまでの雰囲気でなんとなく証明されているだろう?

そこでだ。ここには何故、βテスターがこんなにもいないんだ?」

 

 その言葉に皆、こいつ何を言ってるんだろうと思ったが、次の言葉を聞いて納得した。

 

「だって考えてもみてくれ。βテスターってどんどん先に進んでたんだろ?

だから当然、この場にいるのは本来ほとんどが、

βテスターじゃないとおかしいんじゃないのか?」

 

 確かに、と、ぽつぽつと賛同の声が上がった。

 

「βテスター嫌いの奴に反論したいわけじゃないと、先に言っておく。その上でだ。

俺自身、β上がりのプレイヤーはすごいんだろうと、漠然と思っていた。

だが実際蓋を開けてみたら、現状はこうなっている。だから俺はこう考えたんだ。

実はβテスターも、一般プレイヤーと、それほど変わりはないんじゃないかと。

知識だけはあるから情報は出せるが、それがそこまで有利という事はなく、

逆に中途半端に知ってしまっているからこそ、

変更されている事に気付かずに突っ走って、高い確率で死んでいってしまってるのかもとな」

 

 何人かは、確かにそうかもしれないと思ったようだ。

 

「βテスター批判は仕方ない一面もあるから、その事はあまり言うつもりはない。

ただ、世の中にいい奴と悪い奴がいるように、全てのプレイヤーもそうなんだと思う。

だから、出来ればそういうのを超えて、ありのままのその人を見て判断して欲しい。

そしてだ……戦闘中にあいつを見て、皆どう思ったか教えて欲しいんだ」

 

 一堂は沈黙していたが、ぽつぽつと意見が出始めた。

 

「あいつの強さだけは、本物だった」

「最後ああ言ってたけど、俺も何度も助けてもらったな」

「でもビーターだぞ!」

「でも実際、一人で上の階層にどんどん進むってこのゲームじゃ不可能じゃね?」

 

 冷静に考えたら、何かおかしい、と皆が思い始めていた。

それでは何故、あいつはあんな事をしたのか。

 

「あいつが何を考えてああいう事をしたのか、いくつか考えは浮かぶんだが、

それは各自で考えてみて欲しい。正直正解はわからない。それよりもだ。

一番気になるのは、ディアベルがスタンさせられた時だ。あいつはこう言った。

思い出してほしい。スタンするから逃げろ、とあいつは言った。

最初から他人を利用しようとしてた人間が、そんな迂闊な発言をするだろうか。

自分がβテスターだと自ら告白しているようなものじゃないか?

そこはむしろ、保身のために平気で見殺しにするんじゃないだろうか。

しかしあいつは、その後もディアベルに変わって指示を出し、

更に自分を何度も危険に晒していた」

 

 皆は何も言えなかった。戦闘中の行動と、さっきの行動が、あまりにも矛盾している。

 

「最後に一つつらい事を言わせてもらう。ディアベルが死んだ時の事だ。

ディアベルは、何故死んだんだ?」

 

 その言葉に、一瞬で場は沸騰した。

皆口々に、それこそビーターのせいだとか、守れなかったくせに、と叫びだす。

それが収まるのを待って、ハチマンは言葉を続けた。

 

「思い出して欲しいんだ。あの時誰かがディアベルに、攻撃指示を出してたか?」

 

 その時の事を思い出し、またもや場は沈黙した。

あれは確か、気が付いたらディアベルが自分から……

その事に気付いたせいか、皆困惑したようにハチマンを見つめた。

 

「そうなんだ。HPが少ないのに、ディアベルは自分から前に出たんだ。

そのせいでボスの攻撃に耐えられなかった。

いきなり突っ込んできたディアベルの前に出て盾になるのは、誰にとっても不可能だった」

 

 皆それぞれ、納得できる理由を探していたが、誰も答える事は出来なかった。

 

「ここからはあくまで推測なんだが、ディアベルは、βテスターだったんじゃないだろうか」

「なんやと?ディアベルはんがβテスターやと?」

「ボスを倒せそうだったあの瞬間、ディアベルは自分から動いた。

ボスに止めを刺した奴には、特別な装備なり何なりが、ドロップするらしいしな。

あの黒いコートがその証明だ。あいつもボスからのドロップと言っていた。

「まさか、ディアベルさんはそれを狙って……」

「意識してだったのか、反射だったのか、これが事実かどうかも俺にはわからない。

ただ、その説明しか、納得できる理由が思いつかないんだ。

あそこでディアベルが下がったままだったとしても、ボスは普通に倒せただろう?」

 

 ハチマンは、息を呑む一堂を見渡して、さらに言った。

 

「ここで最初に戻るんだが、仮にディアベルが、βテスターだったからといって、

皆、ディアベルが嫌いか?」

「んなわけあるわけあらへん!」

「そうだそうだ、ディアベルさんはすごい頑張ってた!」

「そういう事なんだよ、俺もディアベルはすごいと思ってた。それは誰にも否定できない。

だから、本来βテスターだとかそんな事はどうでもいいんだ。

大事なのは、そいつがどんな行いをして、どれだけ頑張ったかだと、俺は思う。

今日のあいつの最後の行動を、認めてやってくれとは言わない。

だがこれからのあいつの頑張りは、フェアに見てやって欲しい。この通りだ」

 

 ハチマンとアスナは、また丁寧に頭を下げた。

静まり返る一堂を代表するかのように、キバオウが言った。

 

「おたくらの言いたい事はよーわかった。だが、納得は出来へん」

「ああ。最後まで聞いてくれただけで十分だ。ありがとうな」

「おたくらは、この後あいつを追うんか?」

「ああ。俺達にとっては、あいつはやっぱり仲間だからな」

「三人で笑ろてたとこ見てわかっとったわ。利用されてるようには見えへんてな。

あいつに伝えてや。二層のボスでもこき使うたるってな」

「ああ、伝えるよ」

 

 その場のギスギスした雰囲気は、今は鳴りを潜めていた。

納得していない人もやはりかなりいると思う。

だが、二人が伝えたい事は、ちゃんと全て伝える事が出来た。

 

「皆さん、最後まで話を聞いてくれてありがとうございました」

 

 アスナが最後に微笑んで伝え、そして二人は、キリトの後を追った。

エギルの横を通る時、彼は一言だけ、あいつによろしくな、と声をかけてきた。

二人は駆け足で階段を上る。

ハチマンには、今後嫉妬や僻みといった感情ばかりが向けらるだろうし、

先ほどからもかなりそんな視線が向けられるのを感じていたが、

ハチマンはそれを、仕方が無いなと割り切った。

 

「ハチマン君、これで良かったのかな?」

「どうだろうな、でも言いたい事は全部言ったつもりだ。後はあいつら次第だな」

「慣れてないはずなのに、あんなに長く喋って大丈夫?」

「すげー疲れたし、緊張した……

それよりも、俺が言った事で何か気に入らない部分とかあったか?大丈夫だったか?」

「ううん。私にもハチマン君の気持ちはちゃんと伝わったし、いいと思った」

「そうか……それなら頑張った甲斐があったわ」

「キリト君に追いついたらどうしよっか?」

「そうだな……まずは二人でキリトにおしおきだ」

 

 残された者達も思い思いに立ち上がり、街に戻り始めた。

ハチマンの言い分は、伝わる人には伝わり、納得できない人にはそのままだったが、

しかし皆一様に、今回の出来事について、真面目に考えているのは間違いないようだ。

 

 

 こうしてやっと本当の意味で、第一層の階層ボス戦の全てが、終了した。



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第015話 天駆ける漆黒の堕天使

 階段を駆け上がる二人の前方に、キリトの後ろ姿が見えてきた。

その後ろ姿は、遠くから見てもかなり落ち込んでいる事がわかったが、

ハチマンとアスナは容赦する気は微塵も無かった。

足音が聞こえたのか、キリトが後ろを振り向いた。

二人の姿を見つけて、慌てて逃げようとしたキリトは、

すがさず二人に取り押さえられた。

最初に口火を切ったのは、ハチマンだった。

 

「おい、なんで逃げるんだよ。天駆ける漆黒の堕天使」

「……え?」

「ん?どうかしたのか?天駆ける漆黒の堕天使」

「………」

「何で黙るんだよ、天駆ける漆黒の堕天使」

「い、いや……その……」

「言いたい事があるなら気にせず何でも言えよ、天駆ける漆黒の堕天使」

「ごめんなさい……」

「何だよ俺達の仲じゃないか。何か謝る事でもあったのか?天駆ける漆黒の堕天使」

「ア、アスナ………」

 

 キリトは助けを求るようにアスナの方を見た。

アスナは、輝くようなドス黒い満面の笑みを浮かべていた。

 

「私がどうかした?天駆ける漆黒の堕天使君」

「あ……」

「どうしたの?ぽかんとしちゃって。天駆ける漆黒の堕天使君」

「二人とも……その……」

「おいアスナ、なんか天駆ける漆黒の堕天使は疲れてるみたいだな」

「そうだね、天駆ける漆黒の堕天使君は疲れてるみたいだから、特製ドリンクが必要だね」

 

 ハチマンは厳かに、例の物を二つ取り出し、一つはアスナに渡した。

 

「なあ天駆ける漆黒の堕天使。これは俺が天駆ける漆黒の堕天使のために作った、

特製ドリンクだ。是非絶対強制で飲んでくれ天駆ける漆黒の堕天使」

「そうだよ天駆ける漆黒の堕天使君。ハチマン君がせっかく用意してくれたんだから、

是非絶対強制で飲んでね。天駆ける漆黒の堕天使君」

「大好きだって言ってたから丹精込めて作ったぜ。天駆ける漆黒の堕天使」

「大好きだって言ってたから沢山用意したよ。天駆ける漆黒の堕天使君」

 

 キリトは自主的に正座をし、二人から差し出された天駆ける漆黒の堕天使用ドリンクを、

二つ一気に飲み干して、こう言った。

 

「ごめんなさいもうしません許してください」

 

 差し出されたその飲み物は、苦手なはずだったのに、

とても美味しく感じられたのが、キリトには不思議だった。

 

「まあ口が疲れたしこのくらいで勘弁してやるか」

「そうだね、早口言葉みたいでちょっと大変だったよ」

 

 そして二人は、口を揃えて言った。

 

「もうやんなよ。天駆ける漆黒の堕天使」

「もうやらないでね。天駆ける漆黒の堕天使君」

「は、はい……」

「んじゃまあ、積もる話もあるわけだが、とりあえず先に第二層に行けるようにしようぜ」

「そうだね、きっとみんなの希望になるだろうしね」

 

 

 

 第二層の主街区ウルバス。

テーブルマウンテンを、外周だけ残して繰り抜いて作られた街である。

 

「何これ。火口の中みたいだね」

「おお~なんつーか、絶景だな」

「多分もうすぐ鐘が鳴るんじゃないか?」

 

 その言葉を待っていたかのように、カラ~ンコロ~ンと鐘の音が響いた。

それはまるで三人を歓迎しているかのようだった。

 

「おいキリト」

「ん、どうした?ハチマン」

「腹減ったわ……飯おごれ」

「飯おごれ!」

 

 アスナもそれに便乗した。

 

「あ、ああ。それじゃこっちだ」

 

 キリトの案内によって三人は、少し歩いた所にある、

牛のマークの看板がかかったレストランに入った。

 

「え、何牛肉食わせてくれるの?キリトお前大富豪なの?」

「いや、このエリアは野牛型モンスターが多いからこれ系の店が多いんだよ。

そういうコンセプトなんじゃないかな。アメリカっぽいみたいな?」

「カウボーイとかああいうのか、なるほど」

「私も今はがっつり食べたかったし丁度いいかな。

甘味も捨てがたいけど、そっちはさっき補給したしね」

「お前らほんとあれ好きだよな……」

「そういうお前もさっきは普通に飲めてたっぽいけどな」

 

 先ほどの自分の事を思い出し、キリトは答えた。

 

「ああ、なんかさっきは美味く感じたんだよな……なんでだろうな」

「よしえらいぞキリト。お前に名誉千葉県民の称号を与えよう」

「ははーっありがたき幸せ」

「ハチマン君、私は?私は?」

「アスナには、名誉ミス東京ドイツ村の称号を与えよう」

「千葉じゃない……」

「あ、いや、東京ドイツ村は千葉にあるんだよ」

「東京ディスティニーランドみたいなもんか」

 

 三人は、ゆるい会話を楽しみつつ、食事を楽しんだ。

食べ終わった三人は、食後にコーヒーを頼み、情報の刷り合わせを始めた」

 

「ま、あれからどうなったかは、こんな感じだな」

「そっか……俺のやった事は無駄だったんだな……」

「いやそんな事はまったくないぞキリト。なんでそうなる」

「え、そうなのか?」

「お前がもし何もしなかったら、あー、そのままアスナのご威光をお借りしてだな、

皆に話をしたとすんだろ。そうするとな、ディアベルの事はともかく、

何故前線にβテスターが少ないのかとか、そこらへんの話は出来なかったはずなんだよ」

「普通にハチマンが気付いたんじゃないのか?」

「いや、お前の痛いセリフが無かったら、気付いてなかっただろうな」

「痛いは余計だよ!」

「私はその時置き物状態だったから、もちろん無理だったよ」

「でも、そうか。ハチマンはすごいな」

「いや、すごいのはアスナだと思うぞ」

「そんな事ないと思うけど……」

「アスナに背中を押されて、正面から誠実に接したのが良かったと思う。

俺一人なら多分、聞いてもらえたとしても、正論正論で押す事しか思いつかんし、

相手にもっと嫌われて状況を悪化させるまであっただろうな」

「そ、そうなのか……」

「まあ、まだ知り合って一日だけど、三人のコンビネーションが良かったって事だね!」

「たまたま噛み合ったってのが強いけどな」

「でも二人とも本当にごめん」

「今度なんかあったら事前に相談してくれよ」

「そうそう」

「ああ。もう勝手はしないさ。後……俺がβテスターだって黙っててすまなかった」

 

 それを聞いて、ハチマンとアスナは顔を見合わせて、ため息をついた。

 

「お前馬鹿なの?天駆ける漆黒の堕天使」

「また飲まされたいのかな?天駆ける漆黒の堕天使君」

「もうその呼び方は勘弁してくれ!」

「いいか、お前がβテスターだと、俺達になんか不都合があんのか?」

「え?えーっと……」

「分かったか?何も無いんだよ」

「はい……」

「だから俺達の前で、そんな事気にすんなよ。正直どうでもいい」

 

 横で見ていたアスナが、どや顔でキリトに告げた。

 

「そうそう、どうでもいいのだよキリト君。分かればよろしい」

「ああ。何か二人の前だと、自分はつまらない事で悩んでたんだなって本当に思うよ」

「あ、あと、エギルが宜しく言ってたぞ」

「そっか、エギルが……」

 

 そしてハチマンは、低い声で、さらにキリトに告げた。

 

「よくも踏み台にしやがったな、後で絶対捕まえる。とも言ってたな」

「え……まじか……?」

「まあそれは冗談だ」

「良かった……街中で捕まったら逃げられる気がしないからな……」

「あいつ見た目からしていかにも強そうだしな……」

「二層のボスでもこき使うたる」

 

 キリトは、そんなアスナのいきなりの言葉にびくりとした。

 

「これはキバオウさんからね」

「キバオウがそんな事を?」

「ああ、あいつ嫌なやつだけど、意外と見るとこ見てたみたいでな。嫌なやつだけど」

「ハチマン君そんなに嫌いなんだ……」

「後は……ディアベルか」

 

 場の雰囲気が、ややしんみりとした。

 

「ディアベルがβテスターだったかも、か……」

「まあ、俺は別にどっちでも気にならないんだけどな」

「確かにそれっぽい感じはしてたけど、

言われてみると確かに状況からはそうとしか思えないのは確かだな」

「でも、死んでいい理由なんかまったく無かった」

「そうだな……」

「私は、あれを見て、やっぱりショックだった……

あんな死に方、人間の死に方じゃないよって思った……」

「もう犠牲者、出したくないな」

「ああ」

「うん、とにかく慎重に頑張るしかないね」

 

  その後も雑談まじりに色々な話をした三人は、

疲れていた事もあり、そのまま解散する事となった。

キリトはそのまま二層の宿に入り、ハチマンとアスナは、一層の宿に戻る事にした。

 

「それじゃあ二人とも、またな」

「おうお疲れさん」

「お疲れ様!」

 

 そのまま二人は、連れ立って宿の方へと向かった。

 

「そうだアスナ、リズが心配してるだろうから、早めに連絡しておけよ」

「うん。リズとアルゴさんにはもう送った」

「仕事が早いな」

「ねぇ、ハチマン君。私達、ついにやったんだよね」

「ああ。最初の一層さえ超えれば、後は少しのレベル上げと探索でボスに挑めるから、

今後はペースも上がっていくはずだ」

「色々な事があったね」

「そうだな……」

「ハチマン君、色々助けてくれてありがとう。これからもよろしくね」

「いや、俺の方こそ助けられてばっかりだったよ。ありがとな」

「明日はどうする?」

「そうだな……一日中ごろごろ休みたい……」

「相変わらずだね!それじゃ私はリズと一緒に二層の街の中でもまわってくるよ」

「おう、じゃあな」

「うん、またね」

 

 アスナと別れた後、ハチマンが宿の前に着いた時、入り口に人影が見えた。

 

「気配も消さずに珍しいな、アルゴ」

「無事に倒せたみたいだな、ハー坊」

「……今後はお前の仕事も多少やりやすくなるはずだ。これからも色々頼むわ」

「ハー坊、今回の事は……」

「気にすんな。キリトにはちゃんとお礼を言っとけよ。後、今度おしおきな」

「ははっ、ハー坊は変わらないな。その…ありがとな、ハー坊」

 

 ハチマンはそれには答えず、ひらひらと手を振って宿に入っていった。

 

「ふう……」

 

 ハチマンはそのままベッドに横たわった。

 

(今日はもう何もしたくねえ……大丈夫だとは思うが、リズにアスナのケアだけ頼むか)

 

 ハチマンはリズベットに、簡単な詳細付きで、

出来ればアスナの所に泊まりにいってくれとメッセージを送り、眠りについた。



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第016話 体術スキルを取ろう

 次の日は予定通り、アスナとリズベットは街の探索へ、

ハチマンは……一日ごろごろして過ごす……つもりだったのだが、

 

「この世界には娯楽がない……せめて本でもあれば……」

 

 一日寝て過ごしても良かったのだが、さすがに何もない状態だときつかったのか、

ハチマンは予定を変えて外出する事にした。

折しもアスナから明日どうしようかと連絡があったので、

そのままハチマンも、アスナとリズベットと合流する事にした。

 

「何か面白いものでもあったか?」

「全体としてはそこまで真新しいものはなかったかな?」

「そうだねリズ。あ、あれなんだろう」

 

 アスナは何かに興味を引かれたのか、露天の方に、走っていった。

ハチマンとリズベットもそちらに向かったが、

ちょうどいい機会だと思い、ハチマンはリズベットに、

昨日はどうだったかと尋ねてみる事にした。

 

「やっぱ犠牲が出た事にショック受けてたみたいだから、

詳しい話は聞かずに明るい会話中心に話しといたよ」

「そか、ありがとな」

「攻略の話で聞いたのは、三人パーティで頑張った、程度かな」

「まあ、そんな感じだな」

「アスナが言ってたんだけど、戦闘が終わった後の話し合いで、

ハチマン君が極力人の名前を言わないように気をつけてたから、

攻略関係で今後どんな事があるかわからないし、

アスナも普段は極力前線の人の名前とか出さないように気をつける事にしたっぽいよ」

 

(まあ前線だとこれからも色々あるだろうしな……

しかしなんだかんだ色々観察してるんだよな、アスナの奴。

キリトの名前くらい出してもいいと思うが、ま、今度紹介する機会があった時でいいか)

 

「ハチマン君、リズ、こっち~」

「あいよ」

 

 アスナが早く早く、という感じで手を振ってきたので、

二人は小走りでアスナの方へと向かった。

 

「新しい層に着いたわけだが、二人は今後の事とかなんか考えてるのか?」

「私はあんまりかわらないかなーまだ鍛治関係でも出来る事少ないし。

ちょこちょこ素材目当てで探索しながら鍛治スキルとレベル上げてく感じ」

「私は武器をもうちょっと強化して、普通にレベル上げかな」

「それじゃ、しばらくはレベル上げ優先だな」

「攻略ペースも上がりそうだしね」

「それじゃ明日様子見がてらレベル上げと素材集めにでも行ってみるか」

「そうだねー二人が良ければ」

「私はもちろん問題ないよ、リズ」

 

 

 

 次の日三人は、ひたすら戦闘にあけくれた。

レベルも上がり、強化素材もかなり集まり、

リズベットの鍛治スキルを上げるための材料も、順調に揃っていった。

アスナは、自分の武器の次の段階の強化をリズベットに頼むつもりでいたため、

積極的に素材集めに協力していた。

その頃街では、プレイヤー初の鍛治職人誕生!と言われるくらい、

腕がいい職人の噂が流れていた。

その職人は、露天で積極的に仕事を請け、かなりの早さで熟練度を上げたようだ。

リズベットは、一人で街中で仕事をする気はまだまったくないらしく、

今のところハチマンとアスナの専属のようになっていた。

 

(いずれは他のプレイヤーの仕事も受ける事になるかもしれないが、

知らないプレイヤー相手に仮に失敗したら気まずいだろうしな。

失敗しても問題ない内輪でしばらく鍛えた方がいいかもしれない)

 

 その日の狩りを終えた帰り道で、ハチマンは、数日留守にする事を二人に告げた。

 

「あー二人とも。俺はちょっと明日から数日留守にするぞ。やる事があるんでな」

「それ、私が一緒に行くのは駄目な用事?」

 

 アスナが内容も聞かずに尋ねてきた。ハチマンは内心嬉しい気持ちもあったが、

今回ばかりはハチマンにも譲れない、とある理由があった。

 

「あーすまんアスナ。駄目とかな用事じゃないんだが、今回は一人で行く事にする。

二人はしばらく狩りなり情報収集なり好きにしていてくれ」

 

 ハチマンとのこれだけ長い別行動は初めてだったので、アスナは少し寂しさを感じたが、

同時に目的を言わないハチマンの態度を、これは怪しい、と感じた。

いつものハチマンなら明確に目標を定め、しっかり内容を伝えてくるからだ。

 

「うんわかった。それじゃ色々やってるよ」

「すまないな。何か緊急事態が発生したら、連絡してくれ」

「気をつけてね~ハチマン」

「おう、リズも頑張れよ」

 

 その日の夜ハチマンはアルゴを呼び出し、体術スキルクエストの発生位置情報を買った。

前に話した時、体術スキルの存在を知っているようであったので、

ハチマンは既に場所まで知っているものだと思っていたアルゴは、

ハチマンの知識は少し偏ってるんだなと心に留めた。

 

 

 

 次の日ハチマンは、東にある岩山の上にいた。

マップを見ながら岩壁を登り、洞窟を抜け、地下水路を滑り、

途中何度か敵にも遭遇したが、自前の気配遮断スキルに加え日ごろの要領の良さを発揮し、

数十分ほどで目的の場所に着く事が出来ていた。

そこにぽつんと立っている小屋の中でクエストを受けた後、ハチマンは気合を入れた。

体術スキルを取得するために、巨大な岩を素手で割る必要があるからだ。

 

(昔一度やらされたけど、これはコツがあるんですよっと)

 

 それからハチマンは、延々と岩を殴り続けた。一度やっているだけあって、

中々早いペースで割る事が出来ているようだ。

そして次の日、半ばまで岩にヒビを入れていたハチマンは、突然視線を感じ、飛びすさった。

 

(何だ……ここは安全地帯だからモンスターではないはずだが、誰か来たのか?

……小屋の陰に誰かいるな。しかも複数か)

 

 ハチマンは、そろりそろりと慎重に小屋に近づいていった。

そして、小屋の裏手からこっそりと覗き見た。

 

(リズだと………リズが一人でここに来れるはずが…………あ、まさか)

 

 その瞬間、小屋の上から、ダンッという音がして、背後に誰かが着地した。

ハチマンは、その人物に後ろから両肩を捕まれた。

 

「リズ~、捕まえたよ~」

「おっけ~今いく~」

 

 その声は、ここ最近ほぼ毎日聞いていた、とても聞き覚えのある声だった。

ハチマンは頭をかかえてその場にしゃがみこみ、震える声を抑えつつその人物に話しかけた。

 

「ア、アスナさん。何故こちらに?」

「ハチマン君があからさまに怪しかったから、

アルゴさんからハチマン君の居場所の情報を買おうとしたんだけど、

本人の承諾がないと教えられないと言われたの。だから別の情報を買ったの。

ハチマン君が買ったのと同じ地図もしくは情報を、売って下さいって」

 

(アルゴてめええええええええええ)

 

「で、地図をもらったんだけど、距離的にはすぐ近くだったから、

情報収集のついでに立ち寄ってみたって感じかな」

「こ、行動的っすね……」

「本当はただの興味本位だったし、迷惑がかかるかもしれないから、

まあ話してくれるまで待ってればいいやって思ってたんだけどね。

地図をくれた時アルゴさんが、すごいにやにやしながら、毎度あり~って」

 

(アルゴおおおおおおおおおおおお)

 

 頭をかかえて座り込んだまま動かないハチマンの姿を見て不安になったのか、

アスナは恐る恐るハチマンに尋ねた。 

 

「勢いで来ちゃったけど、ごめんね……もしかして、迷惑だったかな……」

「い、いえ、別にそんな事は無いですよアスナさん」

「あれ~?ハチマンどうしたの?」

「お、おう、リズベットさんお久しぶりデス」

「やっぱり何か怪しい……」

「いえ、別に特に怪しい顔なんかしてないですよ、アスナさん」

「顔?」

 

 ハチマンは動揺しすぎてまたしても墓穴を掘ってしまったようだ。

二人は頷き合い、ハチマンを後ろにひっくり返そうとし始めた。

 

「おわ、ちょ、待てお前ら」

「リズ、せーのでいくよ」

「うん。せーの!」

 

 掛け声と共に、ハチマンはひっくり返った。そしてその顔には………

見事なヒゲが書いてあった。あえて誤解を恐れず表現するなら、それはまさに、

 

「ハチえもん!?」

 

 であった。その後、二人はさすがに笑いを堪えられず、長時間笑い転げていた。

 

 

 

「だから言いたくなかったんだよ……」

 

 ハチマンが涙目で言った。

 

「ご、ごめんね。まさかこういう事だったなんて」

「ごめんねハチマン」

「でもよく見ると、アルゴさんにそっくり」

「あ、ほんとだ」

「多分あれだ。アルゴはこれがクリア出来なくて、

そのままあれがトレードマークみたいになっちまったんだろうな。知らんけど」

「体術かぁ。これってどんな内容?」

「まずクエストを受けると、顔がこうなる。で、クリアするまでは絶対に消えない。

そしてそのクリア内容は」

 

 ハチマンは、半ばまでヒビが入った岩を、コンコンと叩き、

 

「これを素手で割る」

 

 と言いながら、岩にパンチを入れた。

 

「うっわ、固そう……」

「痛みは無いんだろうけど、これは根気がいるね……」

「ま、そんなわけで、多分明日の夜くらいまでかかっちまう。

俺の事は心配しないで、二人は色々やっててくれ」

「これって私達もやった方がいいのかな?」

 

 ふとアスナが尋ねた。

 

「あ~、アスナはいずれもうちょっとレベルが上がってから、

時間のある時にやった方がいいな。

リズは、最前線に立ち続けるような事でもない限り、別にやらなくてもいいと思うぞ」

「じゃあ、いずれまた、かな」

「だな」

「それじゃ私達は帰ろっか、アスナ」

「そうだね。ハチマン君頑張って」

「おう、終わったら連絡するわ」

 

(また黒歴史が増えてしまった……)

 

 恥ずかしさのあまり、岩にやつ当たりぎみに攻撃を打ち込み続けたハチマンは、

予定よりやや早く、次の日の夕方には、岩を割る事に成功した。

達成感と共に、ハチマンは一刻も早く帰ろうとしたが、どうやらまた誰か来たらしい。

 

(なんでこんなとこに何度も人が来るんだよ……って、キリトじゃねえか)

 

 またアルゴの仕業かと思ったハチマンは、物陰に隠れて様子を伺っていた。

総合的な隠密力はハチマンの方が上のようで、気付かれてはいないようだ。

しばらく観察して、どうやらキリトは、

ここにハチマンがいると思って来たわけではないらしい事が判明した。

キリトは何かを探すそぶりも一切見せず、

普通にクエストを受け、ヒゲを描かれて呆然とし、内容に落ち込んでいるようだった。

 

(あれ、あいつ内容とか何も聞かないままクエスト受けに来たのか……

アルゴは教えてくれなかったんだろうな)

 

 キリトが大岩を殴りだしたのを見てハチマンは、

彼を激励して帰る事に決め、キリトの後ろに飛び出した。

 

「よっ、キリえもん!先は長いがしっかり割れよ。キリえもん!」

 

 突然声をかけられ、固まるキリトを前にハチマンは、親指を立て、微笑んだ。

キリトが声にならない叫びを上げるのを確認するとハチマンは、

一目散に走り去ったのであった。



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第017話 誰も幸せになれない

 ハチマンは街に辿り着いた後、アスナに短く帰還の報告を入れた。

一層への転移門へ向かおうと歩き出したハチマンの視界に、

どうやら武器強化を依頼しているであろうプレイヤーの姿が映った。

 

(あれが噂の職人か。どれ、ちょっと見学でもするか)

 

 目立たないようにベンチに腰を下ろし、ハチマンはその様子を見学する事にした。

 

(何であいつ、あんなに辛そうな顔してるんだ?

あれ、今何か不自然な動きをしたか?あと依頼した武器が何か……違和感がある)

 

 その違和感が何かは分からなかった。

そして次の瞬間、澄んだ金属音と共に武器が砕け散った。

 

(は?なんだ?強化で武器破壊なんて聞いた事が無いぞ。一応アルゴに確認するか)

 

 ハチマンはアルゴに詳細を書いたメッセージを送り、

とりあえずそのまま宿に戻り、休憩する事にした。

ハチマンはベッドに横たわり、先ほどの出来事について考えていた。

 

(何度もリズが武器を強化する所を見てきたが、それと比べると何かが違った。

だがそれが何かはわからない。一体どういう事なんだ)

 

 そうやって考え事をしていたが、ふとメッセージが二通来ている事に気付いた。

一つはアスナからで、明日ハチマンの武器の強化素材を取りに行こうというものだった。

もう一つはアルゴからで、最近それ関係の情報を求められる事が多いので、

ハチマンからの情報も踏まえ、こちらでも詳しく調べてみるとの事だった。

その日は疲れていたのでアスナに返信だけして、ハチマンは眠りについた。

 

 

 

 次の日ハチマンとアスナは、ハチマンの体術スキル取得のため滞っていた、

ハチマンの武器強化用の素材収集を一気に終わらせ、街へと戻ってきた。

どうやらハチマンがクエストを行っている間に、

リズベットの鍛治スキルの熟練度は、武器強化を頼むのに十分な数値に達したらしい。

 

「アスナの武器は、もうすぐにでも強化できるのか?」

「えっとね。後はハチ系のモンスターから低確率で落とす素材が必要なんだけど、

リズの武器の相性が、ハチとはちょっと悪くてね。

だから、ハチマン君が戻ってきたら一緒に行ってくればいいんじゃないかってリズが」

「なるほどな。それじゃ明日一気に終わらせるか」

「うん、お願いします」

 

 二人が話していると、前方から背の高い人影が近づいてくるのが見えた。

 

「おっ、久しぶりだな二人とも」

「エギルさん!」

「久しぶりだな、エギル」

 

 それは、ボス戦で交流を深めたエギルだった。

エギルは、攻略についての近況を話してくれた。

キバオウが、いずれギルドを作る事を前提にアインクラッド解放隊を作った事。

リンドというプレイヤーがディアベルの跡を継ぎ、対抗グループを作った事。

今日これからフィールドボスの偵察が行われる事。

 

「やっぱ、一から何もかも始めなくちゃいけなかった一層と比べて、攻略速度が上がったな」

「ああ。お前らも参加するか?」

「いや、その段階だと途中から出しゃばってるように見えるかもしれないし、

フィールドボスは遠慮するわ。階層ボス戦には参加するつもりだけどな」

「私もそれでいい」

「そうか。ここだけの話、正直俺もあいつらとはあまり気が合わないんでな、

偵察には参加するが、フィールドボス戦には参加しないつもりだ」

 

 その後教会の話をしたり、軽く雑多な情報交換等を終え、

後日の再会を約束して、エギルは去っていった。

もうかなり辺りも暗くなってきてたので、二人は解散して帰ろうとしたのだが、

ちょうどそこにアルゴがやってきた。

 

「今度はアルゴか」

「よ~うお二人さん。ちょっと話があるんだが、いいカ?」

「別に構わないぞ」

「うん、大丈夫」

「昨日の鍛治屋の話なんだけどな、ハー坊」

「鍛治屋さん?」

「調べてみたんだが、どうもキナ臭いんだよナ」

 

 ハチマンは、事情のわかっていないアスナに、昨日の経緯を簡単に説明した。

 

「強化失敗でのロストなんて、リズもそんな事一言も言ってなかったけど、ありうるの?」

「オレっちが調べたところによると、確定でロストするケースが一つだけあル」

「どんな時だ?」

「強化試行回数が残ってない武器を、更に強化しようとして失敗した時だナ」

「成功した場合はロストしないのか?」

「ああ、強化もされないが、ロストもしないナ」

「なるほど、そういうのもあるんだね。で、今回のケースは?」

「ありえないな。オレっちの調べた限り、そんな事例が報告されたケースはない。

実際問題、あの職人以外には、そういった事はまったく起こっていないナ」

 

 アルゴはさらにつけ加えた。

 

「最も、他人の依頼を受けるほどの腕の職人は、表に出てるのはまだあいつしかいないから、

失敗してもまあそういう事もあるんだろうなって事になっちまってるって感じだナ」

 

 ハチマンは考え込んだが、まだ情報が足りない。

 

「他にあいつ絡みの情報はないのか?」

「あの職人、Nezhaで、ネズハって言うんだがな。

レジェンドオブブレイブスってチームの一員なんだヨ」

「伝説の英雄達か」

「ああ、で、どうもそのチームの羽振りが最近いいらしいんだヨ」

「アルゴさんそれってまさか……」

「ああ。なんらかの手段で武器を摩り替えて、その武器を売って稼いでいる可能性がナ」

「そういう事か……」

「ひどい!それって詐欺じゃない!」

 

 アスナはかなり憤っていた。

もし自分が大切にしている武器がそんな手段で奪われたらと考えたら、

そんなのは絶対許せないと、怒りを覚えたのだろう。

 

「まあ待ってくれアスナ。あいつの肩を持つわけじゃないんだが、

俺が初めてあいつを見た時、あいつなんかすごいつらそうにしてたんだよな」

「それって脅されてやってる可能性もあるって事?」

「もしくは、何か負い目があってやっているが、

内心はこんな事やりたくないって思ってる可能性があるって感じか」

「それでもそんな事は許される事じゃないよね」

「ああ。アルゴ、何か考えはあるのか?」

「オレっちも実際に見てみたいし、ハー坊にも近くでよく観察してほしいから、

一つこっちから仕掛けてみたいと思うんだが、協力してくれないカ?」

「わかった。何をすればいい?」

「これの強化を、オレっちの変わりにハー坊に依頼しにいって欲しいんだヨ」

 

 そう言って、アルゴは一本の片手直剣を取り出した。

 

「これは、検証のためにオレっちが自分の手持ち素材で強化した武器なんだヨ」

「行くのは構わないが、どうやって詐欺を証明するんだ?」

「強化を頼んでも、その後オレっちが別の武器を装備しない限り、

所有権はまだオレっちにあるだろ?

だから、終わった後別の場所に移動して実体化させてみる。

失敗したら、武器破壊はありうるって事になる。成功したら、詐欺確定だナ」

「それじゃ、終わったら私の使ってるあの宿に移動しよう。一番広いしね」

 

 アスナがそう提案し、段取りが決まった所で、三人は計画を実行する事にした。

 

「なあ、ちょっと頼みたい事があるんだが、今いいか?」

「はい。お買い物ですか?それともメンテナンスですか?」

「強化を頼みたい。素材は持ち込みで」

「……はい、それでは武器を拝見します」

 

 その顔を見てハチマンは、やっぱりやりたくないのか、と漠然と思った。

そういえばこいつ、最初に買い物かメンテかとしか聞かなかったな、とも思った。

 

「プロパティはどうしますか?」

「スピードで頼む」

 

 そして想定通り、武器は砕け散った。

ハチマンは終わった後、驚愕と悲しみの演技をするつもりで準備していたのだが、

自分の武器ではないはずなのにいざ目の前でそれが起こると、

演技をするまでもなくとても心が痛くなると感じていた。

 

 

 

「それじゃ、武器を出してみるゼ」

 

 あっけなく、失われたはずのそれは現れた。

 

「これで確定だな」

「ああ。ありがとな、ハー坊」

「ハチマン君、他に何かわかった?」

「そうだな……あいつ、左手でこっそり何かのメニュー操作をしていたと思う」

「操作……こんな感じカ?」

 

 アルゴは可能な限り速くメニューを操作し、武器を持ち替えた。

 

「違うな、もっと全然速かった。ボタンを一つか二つ押しただけって感じだった」

「まさかとは思うが……クイックチェンジかもしれないナ」

「クイックチェンジ?」

「ああ、アスナも前、スキルの熟練度があがった時、硬直時間短縮を選んだだろ?

それのカテゴリーで、クイックチェンジって武器を一発で変えるオプションがあるんだよ。

しかし鍛治屋がクイックチェンジ?ありうるのか?」

「どうやら最初から鍛治職人を目指してたわけじゃないらしいんだよナ」

「そうなのか?」

「ああ。今日はありがとな二人とも。その線でもうちょっと調べてみるヨ」

「わかった。とりあえず何か協力できる事があったら言ってくれ」

「今回の件でハー坊は面が割れちまったから、次はキー坊に頼むつもりだけどナ」

「そうだな。それ以外に何かあったらいつでも言ってくれ」

 

 アルゴは二人にお礼を言い、去っていった。

残された二人は、なんともいえない雰囲気に包まれていた。

 

「どうしてあんな事するんだろうね、ハチマン君」

「そうだな……何かしら理由はあるんだろうけど、な。

最初あいつ、買い物かメンテかって聞いたんだよ。

多分強化という言葉は言いたくなかったんだろう。

で、強化を頼んだら、すごい悲しそうな表情になってな……

で、依頼が終わった後、俺の方もな。その…俺の武器じゃないはずなのに、

失敗した瞬間は、なんかすごいつらかったわ」

「誰も幸せになれないって事なんだろうね」

「ああ。アルゴとキリトなら、何とかしてくれると信じるしかないな」

「そうだね、あの二人はすごいもんね!」

 

 それで多少気は晴れたのだろうか。

次の日の予定を相談し、ハチマンはそのまま自分の宿へと戻った。



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第018話 武器の魂

 次の日二人は、競うようにハチを狩っていた。何故こうなったかというと、話は少し遡る。

 

 

 

「ハチマン君、トレンブル・ショートケーキって知ってる?」

「何だそれ?」

「アルゴさんのガイドブックに書いてあったんだよね。なんか、とても美味しいんだって」

「そうか。で、それがどうしたんだ?」

「私達は、これからハチ狩りをします。そこで提案があります」

「ああ」

「どっちが多く狩れるか、勝負しましょう。

私が勝ったらハチマン君が私にケーキを奢ってくれる。

ハチマン君が勝ったら、仕方ないから自分で払います」

「俺にメリットが何も無い気がするんですけどね……」

「男の子が細かい事を気にしないの!それじゃレッツゴー!」

「はいはい」

 

 

 

 結果は、言うまでもなくアスナの圧勝だった。

甘いものがかかると、女の子は強さが増すようである。

 

「それじゃ、ハチマン君の奢りって事で」

「お、おう……」

 

 店に着き、ハチマンはメニューを見て驚愕した。

 

「なんだこれ、高っけぇ……」

 

 そして出てきたケーキを見て、さらに驚愕した。

 

「なんだこれ……ショートケーキ?ショートの意味わかってんのか?」

 

 それはとても巨大なケーキだった。

切り分けられてはいるが、どう見てもそれは、食べきれる量だとは思えなかった。

 

「これはさすがに私一人じゃ食べきれないみたい。取り分けてあげるから待っててね」

「お、おう。それでも三分の二は自分で食べるんですね……」

 

 そしてケーキを口にした二人は、顔をほころばせた。

 

「うめえ……」

「すごい美味し~い!」

「このまろやかなクリームの口当たり……」

「くどくないぎりぎりのラインを保ってる、しっかりとした甘さだね!」

「高いだけの価値はあったな」

 

 二人は時々顔を見合わせ、ケーキを心ゆくまで味わった。

 

「そういえばハチマン君って、男の子のわりに甘いもの平気だよね」

「おう、俺は甘いもの好きだぞ」

「私も好き!」

「まあ、女の子で嫌いな奴はいなさそうだけどな」

「あ、ねえ見て!幸運の値があがってるよ?そうだ!今のうちに武器強化しない?」

「リズが食べないと効果が無い気もするが、そうだな、いいかもな」

「それじゃ善は急げだね!やろう!」

 

 アスナがリズベットに連絡をし、そのまま二人はリズベットの元へと向かった。

まずはハチマンの短剣から強化を開始する事になった。

ハチマンは気付かなかったが、いざ強化を開始しようという時、

アスナはこっそりと、ちょこん、とハチマンの服の裾をつまんでいた。

 

(幸福のお裾わけ、かな。友達なんだからこれくらいはいいよね)

 

 アスナは気付いてはいなかったが、それはリズベットにしっかり見られていた。

 

(おやぁ、これはこれは……初々しいですなあ。ハチマンは気付いていないみたいだけど)

 

 リズベットは、絶対成功させようと気合を入れてハンマーを振った。

そして無事それは成功し、次はアスナのウィンドフルーレの番となった。

もちろん今回もアスナは、ハチマンの服の裾をちょこんとつまんでいた。

ハチマンは終始気付かないままであった。

その甲斐もあったのだろうか、今回も無事に成功した。

強化された剣を受け取り、アスナはそれをとても大切そうに撫でていた。

それを見ていたハチマンは、少し考えつつ、アスナに話しかけた。

 

「なあアスナ、ちょっといいか?」

「どうしたの?」

「その剣なんだけどな、その、すげー大切そうだから言いにくいんだが、

多分強さ的に、四層くらいまでしか使えないと思うんだよ。

で、だ。その時アスナはどうするのかと思ってな」

 

 アスナは、自分がこの剣を手放す姿が想像できなくて、狼狽した。

 

「すまん。俺の言い方が悪かった。

新しい武器を手に入れる方法なんだが……敵から取るか、宝箱から取るか、そしてもう一つ」

「もう一つ?」

「その武器をインゴットに戻して、他の素材と共に、新しい武器を作る」

「インゴットに……」

「アスナがとても大切にしているその武器の魂を、新しい武器に受け継がせるって感じか。

もしアスナがそうしたいなら、その、俺も何でも手伝うわ」

「武器の魂を……うん、私それがいい!大変でもそれを目指したい!」

「そうか」

 

 ぶっきらぼうに言いつつも、ハチマンの目はとても優しかった。

それを見てリズベットも、とても嬉しくなった。

 

「私もアスナのためにもっと頑張るよ!」

「ありがとうリズ!」

 

 こうして、第二層到達から数えて六日目の夜はふけていった。

 

 

 

 次の日は、エギルから聞いていたフィールドボス討伐の日だった。

二人は参加する気はなかったが、見学だけでもという話になり、現地へ向かう事となった。

途中タランの町に立ち寄った時、アスナがとある屋台を指差して、言った。

 

「ハチマン君、タラン饅頭だって。名物みたいなものなのかな?」

「聞いた事ないな……せっかくだし、買ってってボス戦見物中にでも食べてみるか」

「そうしよっか」

 

 二人はタラン饅頭を購入し、戦場予定地へと向かった。

聞いていた通りエギルはいなかった。そこには三つの集団がいた。

 

「キバオウがいるな。あっちが開放隊ってやつだな」

「もう片方の中心にいる人が、リンドって人みたいだね」

「もう一つの集団は何だろうな。ソロとかの集まりか?」

「それにしちゃまとまってるよね」

「お、始まるみたいだな」

「それじゃ始めようか。俺はリンド。みんなよろしく。

こちらの人達は、急遽参加を希望してくれた、レジェンドオブブレイブスのメンバーだ」

 

 リンドがそう紹介するのを聞いて、ハチマンとアスナは顔を見合わせた。

 

「おいアスナ、聞こえたか?」

「うん。あれが昨日聞いたレジェンドオブブレイブスの人達みたいだね……」

「とりあえず、見てみるか」

「うん」

 

 その後戦闘が始まったが、慎重に、かつ安全第一で進められたようで、

若干時間はかかったが、フィールドボスはピンチというピンチもなく無く討伐された。

レジェンドオブブレイブスのメンバーは、

レベルこそ若干足りていないようではあったが、

要所要所できっちりと大事な働きをしていたようだった。

第一層の攻略では見かけなかった者ばかりだったので、

最近急速に力を伸ばしてきたのだろうと推測された。……おそらく装備の力で。

 

「やっぱりそういう事みたいだな」

「……そうだね」

 

 討伐隊のメンバーは、そのままに町に戻るようだった。

ハチマンとアスナは、牛人タイプの敵であるトーラス族相手の経験を積むために、

そのまま迷宮区へと向かう事にした。

 

「そういや、饅頭買ったんだったな」

「あ、そうだね。歩きながら食べよっか」

 

 そして二人は、タラン饅頭を口にした。

そして、なんとも言えない表情になった。

 

「おいアスナ、これって……」

「クリームに、イチゴみたいなのが入ってる……しかも温かいね……」

「知ってた上で食べるなら、まあ悪くはないと思うが……」

「うんわかるよ。私も肉まんみたいなのだと思ってたよ……」

「……行くか」

「………うん」

 

 迷宮区に一番乗りし、トーラスと初遭遇したアスナだったが、その姿を見て絶句した。

 

「ハチマン君」

「ん、どうかしたか?」

「セクハラだよ!!!!」

「え、あ、お、おう……俺なんかしちまったか?」

「違うよ。あれだよあれ!あんなの牛じゃないよ!」

 

 アスナはトーラスを指差した。

トーラスは、言われてみれば確かに、上半身裸で腰ミノだけの姿だった。

 

「あ、あー……これはもう、慣れてくれとしか言えないわ、すまん」

「うー………」

 

 そんなこんなで狩りが開始された。

主な目的は、トーラス族の使う特殊技への対処の練習をするためである。

その技、ナミング・インパクトは、一度くらうとスタンしてしまい、

連続でくらうと麻痺してしまう範囲攻撃である。

 

「どうだアスナ、対処できそうか?」

「もう何回かでいけると思う」

「雑魚の使うやつとボスの使うのは、まあ範囲の広さが全然違うらしいんだが、

タイミングは一緒らしいからな。ここでしっかり掴んどこうぜ」

 

 その後きっちりと対処できるようになった二人は、今日の収穫を確認する事にした。

第二層迷宮区はまだ誰も入った事が無かったためか、

箱の数も多く、収穫はなかなか豊富なものとなった。

その中にハチマンは、珍しい物がいくつか入っているのを見つけた。

 

「チャクラムか……」

「何それ?」

「わかりやすく言うと、丸いブーメランだな」

「へぇー。ハチマン君は使えるの?」

「いや、体術スキルに加えて投擲スキルも持ってないと駄目だったと思う。

投擲スキルって微妙だし、取ってる奴いないと思うから、

現状は誰もこれを装備して投げられる奴はいないんじゃないか?」

「なるほどね」

「後はこれか。マイティ・ストラップ・オブ・レザー。

マジック効果つきのストラップ系鎧だな。防御が高く、筋力にボーナスがつくな」

「いい性能みたいだけど、ストラップ系って?」

「あー、上半身が、帯を巻いた半裸姿になる……んだ……が」

 

 そう言ってアスナを見たハチマンの顔が赤くそまり、それを見たアスナは、

 

「ハチマン君。今何を想像したの?」

「いえ……何も想像してないです……そ、そうだ。これ、エギルに似合うんじゃないか?」

「むぅ~。絶対ごまかしてる!エギルさんか、エギルさんね。サマにはなりそうだけどね」

 

 ハチマンは、その話題が蒸し返されないうちに、そろそろ戻ろうと提案した。



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第019話 走れ

街に戻った二人は、偶然キリトと遭遇した。

 

「お~いキリト~」

「キリト君、久しぶり!」

「久しぶりだな。二人はどっかからの帰りか?」

「ちょっと迷宮区にな」

「ああ、フィールドボスが倒されたんだったか。今回は早かったよな」

「キリトはいつ戻ってきたんだ?」

「昨日の夜かな。さすがに疲れたから、今日は昼まで寝てた」

「それじゃそんなお疲れのキリトに、おみやげをやろう」

「くれるってんならもらうけど、何だ?」

 

 ハチマンは何も言わずに、キリトにチャクラムを渡した。

 

「これか……正直いらないんだが……」

「さっきもらうって言ったよな」

「はめられた……はぁ、ありがとうな。ハチマン」

「無理にありがとうって言わなくてもいいんだぞ。キリえもん」

「キリえもんって言うな」

「あ、キリト君も体術スキル取りにいってたんだね。大丈夫。私もハチえもんを見たから」

「ハチえもんって言うな」

 

 三人は笑い出した。

 

「一応聞くけどキリト。こっちはいるか?」

「マイティ・ストラップ・オブ・レザーってあれかよ!

エギルにでもあげればいいんじゃないか?似合うし」

「やっぱりお前もそう思うか」

「ああ。むしろあいつ以外に似合う奴が思いつかない」

「やっぱりそうだよね」

 

 三人は再び笑い合った。

 

「ところでキリト。アルゴから何か聞いたか?」

「あ、そうだった。アルゴに呼び出されて、今から向かうところだったんだよ」

「そうか。事情はアルゴが話すと思うが、ちょっとやっかいだぞ」

「そうなのか?まあアルゴから聞くよ」

「ああ」

 

 キリトと別れた後二人はそのまま解散し、明日の事は明日決める事にした。

迷宮区に長くいたためか、さすがに二人とも早く休みたかったようだ。

 

「それじゃおやすみ、アスナ」

「うん、おやすみなさい」

 

 ハチマンが宿で休んでいると、アルゴからメッセージがきた。

明日会って話がしたいのと、一つ頼みがあるらしい。

ハチマンは快諾し、そのまま眠りについた。

 

 

 

 第二層が開放されてから八日目の朝。

ハチマンとアルゴは、アスナの宿に集合していた。

 

「で、今日はどうしたんだ?」

「用件は二つ。まず、昨日の夜の話からだな。

ここまで関わった以上、二人に何も説明しないわけにもいかないと思ってナ」

 

 あの後キリトは、アルゴの依頼で武器の強化をしに行ったようだ。

ネズハはハチマンの事があった後も、他の町へ移動して依頼を受け続けていたらしい。

武器が壊れた後、目の前で武器を出現させ、現場を押さえる形となったようだ。

その時聞いた話は、要約するとこんな感じだった。

 

 

 

 彼は最初は戦闘職だったが、ナーヴギアに視覚が完全にはマッチングせず、

遠近感が掴めなかったらしい。そのために出遅れ、仲間に迷惑をかけてしまったようだ。

仲間への負い目があったため、ある時出会ったポンチョを着た不思議なプレイヤーに、

今回のやり方を教わり、話に乗ってしまった。

今はキリトのアドバイスに従い、新しい強さを身につけるべく、

鍛治スキルを捨てて体術スキルを取りにいく事になり、

今まさに、岩を殴っている最中のようだ。

 

「ポンチョの男、ね」

「まったく情報が掴めないんだが、まともな人間じゃなさそうな感じだナ」

 

 ハチマンは、更に疑問をぶつけた。

 

「しかし、遠近感が掴めないのに体術って、大丈夫なのか?」

「それがな、彼、投擲スキルも上げてたみたいなんだヨ」

「そういう事か。投擲武器なら遠近感の影響は少ない。もっとも投擲は運用がな……

待てよ、そうか。まさかチャクラムか?」

「そのまさかだよ。ハー坊いい仕事したよナ」

「邪魔だから押し付けただけだったんだが、何が幸いするかわからないもんだな……」

「なんか、奇跡的な偶然だね」

「あと、ネズハって呼び方は、本当は正しくないみたいだな。

まあ本人は、その呼び方でいいって言ってたが、正確には、ナジャもしくはナタクだナ」

「なるほど……あいつもやっぱり、英雄たろうとした男ではあったんだな」

「ハチマン君、ナタクって?」

「古い中国の話に出てくる英雄の名前なんだよ」

「そうなんだ。じゃあこれで後は、武器を取られた人の事をなんとかすれば解決なのかな?」

「正直それが一番どうしようもなく難しい問題なんだよナ」

「まあそうだよね……」

「謝ればいいって問題じゃないからナ」

「今回は事が犯罪行為だけに、いくら本人達が謝って誠意を見せたとしても、

こればっかりは許してもらえるかどうか俺にもなんとも言えん」

「後は本人達次第なんだね」

「ああ。もうそれしかないって感じだな。それでアルゴ、もう一つの用件って何だ?」

 

 ハチマンは頷きつつ、アルゴにもう一つの用件について尋ねた。

 

「実はな、今回はボスの情報が前回よりも比較的順調に出てきてるんだが、

別に一つ、どうしても気になるクエストがあるんだヨ」

「どう気になるんだ?」

「なんかボスに繋がってるというか、情報屋の勘なんだけどナ」

「そのクエストを私達が手伝えばいいのかな?」

「ああ。実はお使いクエストって奴で、あちこち走り回らないといけないんだよナ」

「俺はかまわないぞ」

「私も構わないかな。すぐ始める?」

「二人が良ければ、よろしく頼むヨ」

「キリトは参加しないのか?」

「キー坊は、今ネズハを体術クエストの場所まで案内してる。

その後は、もしクエストで有用な情報があった場合の繋ぎの役をしてもらうために、

攻略会議の方に行ってもらおうと思ってるんだよ。

オレっちの情報だと、もう間もなくボス部屋まで到達すると思うんだよナ」

「それじゃ急いだ方がいいね」

「よし、それじゃあ行くか。目的地は迷宮区近くの密林だヨ」

 

 こうして三人は、密林に向かい、それから密林の中を延々と走り続ける事になった。

 

 

 

 一方キリトは、ネズハを体術スキルクエストの発生場所まで案内した後、

しばらくその様子を観察していた。

 

(鬼気迫るって奴か……これなら相当早くクエストをクリア出来そうではあるが……)

 

 キリトはその日はそのままそこに留まった。ネズハは休まずずっと岩を殴っていた。

それを見守っていたキリトは、次の日の朝街へと戻った。

そしてたまたま会ったエギルに、ボス部屋への到達と、

攻略会議の開催を知らされたキリトは、そのまま参加する事にした。

会議は何事もなく終わり、キリトはエギルのパーティに入れてもらう事となった。

 

「エギル、今回はありがとうな」

「それは構わないんだが、それよりあいつらどうしたんだ?姿が見えなかったが」

「今は、ボスの情報をもっと集めるために必死で走り回ってくれてるらしい」

「そうか……あいつら二人ともいい奴だよな」

「ああ。一層では俺なんかのために必死になってくれたし、

もしあの二人のために出来る事があるのなら、俺は何でもするつもりだ」

「そうか。二人に報いるためにも明日は頑張ろうぜ」

「ああ、明日は宜しくな。エギル」

 

 

 

 その頃アルゴは、キリトから攻略会議開催と終了の連絡を受け、焦っていた。

 

(こっちは明日の昼くらいまでかかるかもしれないな、まずいゾ)

 

「ハー坊。アーちゃん。攻略会議が開催されて、今終わったらしい」

「そうか、思ったより早かったな。こっちはまだまだかかるっぽいが」

「最悪間に合わなかったら、終わり次第迷宮区まで突入だね」

「マップデータは持ってるから、まあなんとかなるかナ」

「まあとにかく頑張るしかない。次いくぞ」

 

 

 

 その日の夕方、寝食を忘れて岩を殴っていたネズハは、

とんでもない早さで大岩を割る事に成功していた。

そのまま下山し、続けてチャクラムの練習に入ったようだ。

途中少し寝て食事もとったようだが、そのまま次の日の朝まで練習は続けられた。

そして昼近くまでかかってやっと思うようにチャクラムを操れるようになったネズハは、

迷宮区を目指して歩き出した。

 

 

 

 次の日の昼前、ついに三人は、クエスト終了一歩手前まで到達していた。

 

「ふう、次でやっと終わりか」

「長かったね」

「二人ともありがとナ」

「よし、これで終了だ」

「どれどれっと……ハー坊、アーちゃん、まずいゾ!」

「どうしたアルゴ」

「ボスの情報が間違ってるみたいダ」

「え?」

「正確には、もう一体追加で出てくるらしい。アステリオス・ザ・トーラスキング」

「すぐにキリトに連絡だ」

 

 アルゴはキリトにメッセージを送ろうとしたが、メッセージは届かなかった。

メッセージは、ダンジョン内のプレイヤーには届かない。

もうすでに本隊は、迷宮区に入ってしまったようだった。

 

「アルゴ、すぐにボスの情報をまとめてくれ。俺達は準備が出来次第迷宮区へと突入する」

「今回はオレっちも一緒に行くぜ。人手はどれくらいあってもいいだろうからナ」

「わかった。準備を急ごう」

 

 三人は急ぎ準備を整え、迷宮区へと向かった。

 

「ん?誰かいるぞ?」

「おやぁ?あれは……ネズハだナ」

「どうしたんだろうね。クエストはクリアしたみたいだけど」

 

 アスナはネズハの顔を見て言った。確かにヒゲは書いてないようだ。

三人は、話しかけてみる事にした。

 

「おい、どうしたんだ、ネズハ」

「あなたは……っ、そうか、あなたもキリトさんの仲間だったんですね」

「ああ。すまなかったな」

「いいえ、全て悪いのは僕なので、お気になさらないで下さい」

「で、どうしたんだ?」

「はい。無事にクエストをクリアし、チャクラムの修行も終えたので、

こんな僕にも何かお役にたてないかと思ってここまで来たのですが、

迷宮区には入った事が無くて、どうしようかと困ってしまって……」

 

 そこにアルゴが割り込んできた。

 

「ネズハの存在が、この件の救世主になるかもしれないゾ」

「どういう事だ?」

「説明は走りながらだな。ネズハ、オレっち達は今からボスの部屋を目指すんだが、

ネズハも一緒に行かないカ?」

「はい!是非ご一緒させて下さい!」

「よし、そうと決まったらみんな行くぞ!」

「みんな、急ごう!」

「罠とか敵の接近の見極めは頼むぜハー坊」

「任せとけ」

 

 こうして、今日最大の山場に向け、役者が徐々に揃い始めたのであった。



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第020話 独りぼっちの英雄

 今回のボス戦に参加するのは、全部で四十七人。

編成は、レイドリーダーをクジで引き当てたリンド率いるABC隊と、

キバオウ率いるDEFのアインクラッド解放隊。

そしてレジェンドオブブレイブスの五人によるG隊、リーダーはオルランドといった。

そして前回中立を保ったエギル率いるH隊。という編成になっていた。

ABC隊は、ドラゴンナイツブリゲードと呼称するようになっていた。

 

(レジェンドオブブレイブス……装備のせいか迫力はあるが、

どこかびくびくしているような……あ、そういう事か)

 

 ネズハが急に姿を消した事で、自分達の悪事がバラされるかもしれないと、

びくびくしているのかもしれないな、とキリトは納得した。

彼らには余りいい印象を持っていなかったキリトは、

まあそんなの俺の知ったこっちゃないがな、と、内心で付け加えた。

 

 当初GHの二隊は、取り巻きのナト・ザ・カーネルトーラス、

通称ナト大佐担当とされていた。

しかしオルランドが、強硬に自分達も、ボスモンスターである、

バラン・ザ・ジェネラルトーラス。通称バラン将軍、担当にしてくれと主張し、

話し合いの末、G隊もボス担当という事になった。

 

(ネズハがいなくなった事で、今後の事に不安を覚えたのか……

ここで一気に攻略隊のトップに躍り出るつもりだな。

それはさておき、ナト大佐に一隊で対処はなぁ……)

 

 抗議しようとしたキリトを押しとどめ、エギルが落ち着いた声で意見した。

 

「ナト大佐は中ボスクラスだと聞いている。

さすがに俺達だけでは荷が重い可能性があるんだが」

「事前情報と違った場合、対処できなそうならもう一隊そちらに送る。

すまないが今はそれで我慢してもらえないだろうか」

 

 一応抗議したエギルは、肩を竦めて引き下がった。

 

 

 

 ボス戦が開始された当初、討伐隊の面々は、思ったより手応えが無いと感じていた。

最初は麻痺する者の多さに一時撤退も検討されたが、そこから踏ん張った。

そして戦いが進むにつれ段々慣れてきたのか、

麻痺する者こそ未だに一定数出てしまってはいるが、その数は徐々に減っていた。

 

「エギル、どうだ?」

「前回よりは確実に楽だが……」

「そうなんだよな……まだ何があるかわからないしな」

「おう」

「ナト大佐のHPが赤くなったぞ」

「よし、このまま慎重にいこう」

 

 その時コロシアムの反対から、プレイヤーが一斉に叫ぶのが聞こえた。

キリトはギクリとしたが、それはどうやら歓声のようであった。

見ると、ついにバラン将軍のHPが黄色くなっていた。

キリトは安堵し、目の前の敵に集中しようとした。しかしその時、それは起こった。

 

 

 

 広場の奥にあるステージが、せり上がっていた。上空の景色が揺らいでいく。

キリトはこの光景を知っていた。これは、大型モンスターのPOPする合図だ。

空間の揺らぎは大きくなっていき、その漆黒に見える空間から、巨大な何かが出現した。

 

「アステリオス・ザ・トーラスキングだって……」

 

 六本角を持ち、王冠をかぶった巨大なトーラスが、

雷光のエフェクトと共についにその姿を見せた。

あまりの出来事に、咄嗟に対応できるチームは無い。

そもそもバラン将軍を相手にしているチームにも、そこまでの余裕は無いのであった。

 

「まずいぞ!全力攻撃!」

 

 リーダーであるエギルを差し置いて、キリトが咄嗟に指示を出す。

もはや一刻の猶予も無かった。まずはこの敵を倒さなくてはならない。

 

「多少無理してでも額の弱点を狙え!」

 

 そこからは死闘だった。まずキリトが高く飛び上がり、額に強力な一撃を与えた。

そのため、ナト大佐の攻撃を若干遅延させる事に成功した。

 

「今だ!みんな頼む!」

 

全員が次々にソードスキルを放つ。

キリトの硬直が切れた頃、同時にナト大佐の遅延も解けた。

普通はそこで下がるキリトだったが、この場面で引く事はできない。

キリトは再び高々と跳びあがり、渾身の《ホリゾンタル》を、ナト大佐の顔面に当て、

同時に奥の手である、体術ソ-ドスキル《弦月》を左足で放った。

武器のカテゴリーが違えば、ソードスキルの後の硬直を無視できる事を、

キリトは研究によって、発見していた。

その一撃により、ついにナト大佐が大量のポリゴン片となって砕け散った。

 

「みんなすぐポーションを飲め!エギル、あの化け物の様子はどうだ?」

「どうやら移動速度は遅いようだな。まだ若干こちらに来るまでに時間がありそうだ」

「それじゃ……すぐ本隊を助けにいかないとな」

「よし、それじゃみんな移動するぞ!急げ!」

 

 エギルの指示により、全員バラン将軍の方へと駆けだした。

 

「右から回り込んで攻撃するか?」

「そうだな。エギル、指揮を頼む。まずバラン将軍を倒そう。

もし倒しきる前にあの化け物がこっちに来たら、

攻撃を当てて全力で遠くに移動しよう。出来るだけ引っ張るんだ」

 

 キリトはそう言うと加速し、その勢いをもって高く跳びあがった。

同時に突撃技である《ソニックリープ》を放つ。

そのすさまじい速さの攻撃は見事にバラン将軍の額を撃ち、バラン将軍は爆散した。

 

「間に合ったか……」

 

 そう呟いたキリトが見たものは、

大きく息を吸うようなモーションを見せている、トーラス王の姿であった。

その直後、トーラス王は紫色のブレスを吐いた。

 

「しまっ………」

 

 最後まで言い終える事は出来なかった。

一気にHPバーが二割ほど減り、同時に緑色のマークが表示された。

それは、今日何度も見かけたマーク……麻痺を示すものだった。

前衛陣は皆麻痺の状態になり、満足に口も開けない有様だった。

 

「みんな……麻痺……治療のポー……ション…を」

 

キリトは諦めず、皆にポーションを使うように声をかけた。

回復速度が多少早まるだけだが、だからといって使えなければ待つのは確実な死だ。

その声に皆、何とか麻痺を治そうと試み始めたが、

麻痺しているので、手はゆっくりとしか動かす事は出来ない。

 

 そこに威厳を持って、トーラス王の足音が迫ってきた。

誰もが、これから起こるであろう大虐殺の光景を想像し、恐怖していた。

自分達はこれから、動く事さえも許されないまま、王の鉄槌を受けるのだと。

王はまず、一番前にいた、キリトとリンドとキバオウに目を向けた。

 

「くそ……ハチマン、アスナ、ごめん……」

 

 もう一度、あの二人に会いたいと思った。

トーラス王が武器を振り上げ、キリトが死を覚悟したその時キリトは、

王の額に向けて、入り口の方から白い一筋の光が走り、王がぐらつくのを目撃した。

 

 

 

 

 

 一方その頃、じりじりと焦る気持ちがわいてくる中、

ハチマン一行は、すさまじいペースで奥へ奥へと進んでいた。

罠も敵もほとんどを回避し、回避できない敵は奇襲で粉砕していく。

マップの恩恵を受けているとはいえ、それはとてもつもない早さであった。

 

「相変わらずハー坊はすごいナ」

「雑魚トーラスがまだPOPしていないせいで、随分と楽させてもらってるからな」

「ボス部屋が見えたよ、みんな」

「よし、何があっても決して慌てず、きっちり仕事を果たそうぜ」

「はい!」

 

 四人がボス部屋に入った瞬間、バラン将軍らしき敵が爆散するのが見えた。

幸い、ナト大佐の姿は見えなかったが、

既に真のボスである、トーラス王がPOPしており、

次の瞬間、トーラス王がブレスを吐くのが見えた。

 

「やばい、あのでかぶつに追撃させるなネズハ!アルゴ!パーティを解散しろ!」

 

 ネズハで四十八人になるため、パーティのままではネズハはボスに攻撃はできない。

アルゴは素早くパーティを解散した。

それを確認したネズハは狙いを定め、全力でチャクラムを投擲した。

 

「アスナ、全員を鼓舞して元気な奴に救助活動をさせてくれ。

アルゴはキバオウ達に情報を伝えろ。俺は麻痺ってる奴らにポーションを飲ませる」

 

 ネズハの放ったチャクラムは白い光となって、

今まさに武器を振りおろそうとする、トーラス王の額の王冠に命中した。

 

 

 

 

 

 キリトが見たその光を、全員が目撃していた。

それが何なのか、その場の誰にも分からなかった。

その光はトーラス王の額に命中し、ガン!と金属音を立てたかと思うと、

また入り口の方に戻っていった。

その音で全員は我に返り、入り口の方を見た。そこには、四人の人影があった。

同様に、衝撃による短い行動遅延から立ち直った王も、

ギロリと入り口に目を向け、そちらに向けて歩き出した。

実際の所そのネズハの一撃が、ボスに対するファーストアタックであったためだろう。

トーラス王の目にはもう、先ほどまで目の前にいた者達の姿は一切入っていないようだった。

 

「元気な人は、倒れている仲間を後方に引っ張って下さい!

しばらくは時間を稼げるはずです!みんな落ち着いて!みんなしっかりして!」

 

 アスナの凛とした声が周囲に響き渡った。

後方で固まっていた者達も、その声を聞いて動き出した。

 

「飲め、キリト」

「ハチマン……」

「すまん、遅くなった」

「いいさ、俺達の仲じゃないか」

「本当に間に合って良かった」

 

 キリトはハチマンの肩を借りて立ち上がった。

 

「エギル、キリトを一時後方へ頼む」

「くそっすまん。俺とした事が竦んじまってた。後は任せろ!」

「頼む!俺は他の奴らにポーションを飲ませてくる!」

 

 その頃アルゴはキバオウとリンドを救出し、二人と話していた。

 

「二人ともオレっちに思うところはあるだろうが、今はおいといてくれ。

撤退するなら、おそらく今なら全員無事に脱出できる。

だがもし戦うなら………あのボスの情報をついさっき仕入れた。

今なら特別にタダにしといてやるヨ」

 

 アルゴにとって驚きだったのは、二人がすぐに戦闘続行を決断した事だった。

あれほどの死に直面していたにも関わらず、二人が即答した事で、

アルゴは二人に対する認識を、少し改める事にした。

 

 回復したキリトは、戻ってきたハチマンと話していた。

 

「あれはネズハか。間に合ったんだな」

「ああ」

「この短期間にチャクラムまで使いこなしているとは、ちょっと驚いたよ」

 

 一人で粘っているネズハの方を見たキリトは、

今まさに、トーラス王がブレスを吐こうとしているのに気付いた。

 

「まずい、ブレスだ!ネズハが危ない!」

「大丈夫だキリト。まあ見てろって」

 

 ハチマンの言葉通り、ネズハは余裕を持ってブレスを避けた。

ちょうどその時、リンドの声が周囲に響き渡った。

 

「たった今ボスの情報提供を受けた。遅いって苦情は無しだ。

その人達は、ぎりぎりまで情報を求めた後そのままこちらに駆け着けてくれたんだ。

その内容を今から説明する!まず、ボスのブレスが来る前に、必ず目が光る!」

「そういう事か。だからネズハはあんなに簡単に避けられるんだな」

「ああ。今も一人で戦線を支えている、すごい奴だよ」

 

 その後もリンドは、ボスの行動の情報を素早く提供していった。

さすがにネズハ一人にボスを維持させるのも、限界が近い。

体制を整えた攻略隊のメンバーは、すぐ戦闘を開始した。

まず最初に、リンド、キバオウの二つのチームのタンクを担うA隊D隊が、

トーラス王の足に突っ込んでいった。

 

「それじゃ、俺とアスナは後ろで見てるわ。頑張れよ、キリト」

「キリト君、頑張ってね!」

「え?戦ってくれないのか?」

「いやお前、だってもうネズハで四十八人揃っちゃってるだろ」

「あ……そうか………」

「まあもしお前が麻痺したら、俺とアスナで後方に引っ張るくらいはしてやるよ」

「お、おう。ありがとう」

 

 A隊D隊の頑張りで、ようやくボスのターゲットがネズハから外れると、

緊張がとけたのか、ネズハは少しふらついた。

 

「大丈夫か?」

 

 キリトが声をかけると、ネズハは弱弱しくも力のこもった瞳を見せ、武器を高く掲げた。

 

「僕は大丈夫です!こんな僕がボス戦でこんなに活躍できるのが、

今本当にとても嬉しいんです!皆さんも僕の事は気にせず、攻撃に参加して下さい!」

 

 その声を受けて、エギルの掛け声と共に、エギル隊も戦場へと向かった。

ボスの目が光る度に、ネズハがチャクラムを投げる。それが命中すると、どこからともなく、

 

「ナイス!」

 

 という声がかかった。

 

「見てるだけってのはやっぱ寂しいものがあるな」

「まあ、裏方も大事だよ!」

「しかし雰囲気は明るいな。まあ、何も問題がないようにしっかり俺達が見とこうぜ」

「もし何かあった時は、全力で救助活動だね」

 

 戦況はとても安定している。それは主に、ネズハの力である。

しかし未だにネズハはソロのままだった。

今五人パーティなのは、レジェンドオブブレイブスだ。

レジェンドオブブレイブスのメンバーは、誰もネズハの元には駆け寄って来ず、

ひたすらボスの近くで攻撃を続けていた。

おそらく装備のせいだろう。他のパーティに比べて麻痺率がかなり低い。

そのためかリンドも、後退命令を出すのが躊躇われるようだった。

 

「俺達がリンドなりに要請するのもちょっと違うしな……」

「そうだね……やっぱりもう色々駄目なんだろうね、あのチーム」

「どうなんだろうな……正直俺達にはもうどうする事も出来ないよな」

「まあネズハ君にはもっといいチームがいくらでもありそうだよね」

「そうなんだが、まだ罪を償ってないからな……どんな形で落ち着くんだろうな」

「そうだよね……この中にも被害にあった人がいるかもしれないしね」

「まあそれはさておき、あいつらにボスからのドロップアイテムを渡すの、嫌だよな」

「うん、それは私も嫌かな」

「よし、今度キリトが下がったら、発破をかけてくるわ」

「うん、お願い!」

 

 ボスに猛攻を加えていたキリトは、一度後方に下がる事にしたのだが、

その瞬間ハチマンは、キリトを捕まえて、耳元で囁いた。

 

「奴らにMVP、取らせたくないよな」

 

 ハチマンは、そのままスッと後方に下がっていった。

キリトはネズハの頑張りを見て、言われなくてもそのつもりだったのだが、

ハチマンの言葉で、それが絶対に失敗できないミッションに変わった事を自覚した。

 

(戦闘に参加できない二人の分も俺がやってやる)

 

 その後も攻略隊は一切崩れる事もなく、ついにボスのHPがレッドゾーンに達した。

おそらく次の一斉攻撃で倒れるだろう。キリトは気合を入れ、慎重に機会を伺っていた。

そして、今日何度目かのネズハの攻撃により、ボスが仰け反った瞬間に、

畳み掛けるように、最大威力の片手直剣からの体術のコンボを決めた。

その攻撃で、見事にボスは爆散したのだった。

 

「さっすがキリト君!」

「きっちり期待に応えるところがさすがだな」

 

 

 

 第一層にひき続き、波乱の展開となった第二層のボス攻略は、こうして完遂された。

まだ問題が全て解決したわけではなかったが。



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第021話 罪には罰を

 CONGRATULATIONの文字が空に浮かび、わずか十日で二層はクリアされた。

この戦いの功労者は、誰がどう見てもネズハであった。

リンドはネズハを労おうとしたが、未だネズハがソロであった事に気付いて、謝罪した。

 

「すまない、ごたごたがあったとはいえ、君をレイドメンバーにも加えず、

ソロのまま戦わせてしまった。本当に申し訳ない。ところで君は……」

「リンドさん。そいつ、最近噂になってた鍛治屋だぜ」

 

 リンドがネズハに素性を問いかけようとした矢先、隣にいた男が横から声を掛けてきた。

ハチマンはそれを見て、以前ネズハに武器強化を頼み、失敗した男である事に気が付いた。

 

(あれは確か最初にネズハを見かけた時の依頼主か。

このままうやむやになればそれはそれでと思ったが、やっぱそういう訳にもいかないよな)

 

 その男、どうやらシヴァタというらしい、は、そのままネズハと話し始めた。

 

「お前、この前俺が武器強化を頼んだ鍛治屋だよな?なんでいきなり戦闘職やってるんだ?

なんでいきなりそんなレアなドロップ武器持ってるんだ?

そもそも鍛治屋だけでそんなに儲けられるもんなのか?」

 

 ハチマンはその言葉を聞き、シヴァタが既にネズハを疑っている事に気が付いた。

 

(こうなるとこれはもう、何らかの責任が追及されるのは確定だな。

最悪の状況だけはなんとしても避けないといけないが)

 

 ハチマンの想定する最悪とは、もちろんここにいるメンバーによる、ネズハの処刑だった。

それだけは何としても避けなければならない。

だが、これだけの犯罪行為を安易に擁護するわけにもいかない。

この状況で、俺が守りたいものはなんだ、と考えながら、

ハチマンはさりげなくレジェンドオブブレイブスのメンバーの隣に移動した。

アスナとキリトもハチマンに続き、三人は事の成り行きを見守っていた。

 

「アスナとキリトはどう思う?」

「私は、この件に関わった人が皆納得できればいいと思う。難しいのかもしれないけど」

「俺はネズハの頑張りを知ってるからな……何らかの償いが終わった後に、

心機一転他のチームでやり直して欲しい」

「被害者には必ずなんらかの助けが必要だよな……心を救うって難しいな」

 

 全員が注視する中、ネズハはシヴァタに土下座し、自分の罪を全て告白した。

レジェンドオブブレイブスの仲間達の事は全て伏せたままで。

 

「ふざけんな!お前のせいでここに来れなかった奴が何人もいるんだぞ!」

「この裏切り者!」

 

 場は一時騒然としたが、シヴァタが軽く手を上げ、それを制した。

周囲は重苦しい雰囲気に包まれていた。

当事者であるシヴァタの言葉を待っているかのように。

 

「俺の剣はまだ残っているのか?」

「すみません、全部売ってコルに変えてしまいました……」

「では、コルでの金銭的な保証は可能か?」

 

 ハチマンは、その言葉に驚いた。

 

(まじかよすごいな。怒鳴り散らしてもおかしくないのに、強いな)

 

「すみません、飲み食いや高い宿に泊まって全部使ってしまいました……」

「そうか……」

「いい加減にしろ!豪遊してただけだっていうのかよ!」

「お前何様のつもりだよ!」

 

(あいつ、やっぱり一人で全部かぶるつもりなんだな)

 

 再び場は荒れた。ハチマンがちらりと横を向くと、

レジェンドオブブレイブスのメンバー達は、顔面蒼白だったが、動く気配は無かった。

 

(ちっ、こいつらには期待できないか)

 

 ハチマンは、アスナとキリトを呼び、こっそりと話しかけた。

 

「アスナ、キリト。落とし所をどう思う?」

「連帯責任しかない」

「私ももうそれしかないと思う」

「でもネズハは多分、仲間をかばいたがってるよな」

「そこなんだよな……ネズハ一人が仲間のために罪を全て引き受けようとしているのに、

俺達が余計な事をしてあいつの気持ちを裏切るのもな……」

「ネズハ君、大丈夫かな?」

「穏便な処置なら静観でいいかもしれん。納得は出来ないけどな。

だが、エスカレートするようなら……」

「何か手はあるのか?」

「無い事もない。とりあえず隣のあいつらを自首させる」

「出来るのか?」

「ああ。とりあえず二人とも、俺が何か聞いたらちょっと大きめの声で答えてくれ」

 

 二人は頷き、その後ハチマンが、隣に聞こえる程度の大きさで言った。

 

「なあ、アスナ、キリト。お前らその武器、いくらでなら売る?」

「俺はそうだな……二十万コルくらいか」

 

(おう、ふっかけやがったなこいつ)

 

「私は絶対売ら……あっ……そうだね、私もそのくらいかも」

 

 ハチマンに目配せされ、アスナは慌てて言いかえた。

 

「そうだよな。そのくらいにはなるよなやっぱ。

しかしそんな大金飲み食いと宿だけで使えるもんかね?」

「そうだな……使ったっていうなら使えるんじゃなのか?」

「ちょっと私達じゃ想像もつかないよねー」

 

(うまいぞ二人とも)

 

「今度鼠に調べてもらうか。俺もちょっと興味あるわ」

 

 その三人の会話を聞いて、心なしか、隣から息を呑む気配がした。

 

(よし、種だけは蒔いた)

 

 前方に目を戻すと、どうやらリンドが、穏便な解決方法を示そうとしているようだった。

 

「それじゃ、とりあえず今後徐々に返してもらうとして、

これからは攻略でしっかりと働いて……」

 

 その時、キバオウ隊の中から誰が突然叫んだ。

 

「待ってくれよリンドさん!俺聞いた事あるぜ!

そいつのせいで武器を失って、弱い武器で無理をして死んだプレイヤーの噂!」

 

(くっ、想定はしていたが、やっぱりこうなるのか)

 

 そのプレイヤーの一声で、その場は一気に断罪の場に変わった。

 

「なんだよそれ!人殺しじゃないか!この人殺し!」

「PK野郎!死んで償え!」

「死ね!」

 

 この場はもはや、ネズハが犠牲にならないと収拾がつけられない雰囲気で満たされていた。

 

「ハチマン君……」

 

 アスナが泣きそうな目でハチマンを見つめていた。

 

「アスナ、大丈夫だって。ハチマンがいるじゃないか」

 

 キリトは落ち着いていた。ハチマンを信頼しているように。

 

「こういうのは俺に任せろ。その代わり戦闘じゃ、お前を一番信頼してるぜ。相棒」

 

 ハチマンはキリトにそう声をかけ、アスナの頭を軽くなで、前に出ていった。

ハチマンは、まずリンドに話しかけた。

 

「ちょっといいか?」

「あ、ああ、ハチマンか。すまん礼を言うのが遅くなった。今回はありがとう、助かったよ」

「いや、こっちこそ、情報がぎりぎりになってしまい、すまなかった。

みんなを危険な目にあわせてしまった」

 

 ハチマンは、ぐるっと周囲を見回し、軽く頭を下げた。

周囲の目は、どうやらハチマンに好意的に見えた。

ハチマンは、これならなんとかなりそうだと思った。

 

「横からすまん。皆も知っての通り、そいつを連れてきたのは俺達だ。

一時的にでも一緒に戦ったせいで、こいつに助けられた事も何度かあった。

あ、いや、勘違いしないでくれ。正直今の話を聞いたら、こいつをかばう気にはなれない。

だがそういった事情で、そいつにはいくつか借りがある。そこでだ。一つ提案がしたい」

 

 今回の功労者の一人であるハチマンに言われたためか、一応聞こうという雰囲気になった。

 

「こいつを罰したい気持ちはよくわかる。が、俺は正直目の前で人が死ぬのを見たくない。

そこでだ。ここからが提案なんだが、お~い、鼠!ちょっと来てくれ」

 

 ハチマンはアルゴを呼び出し、一堂に聞こえるように言った。

 

「武器が破壊された奴のリストを、今俺に渡してくれ」

「そんなもの、あるのか……?」

「まさか鼠とグルなんじゃ……」

「実はな、俺も武器強化の失敗で武器が壊れるところを見た事があってな。

だから、そんな可能性があるのかどうか、鼠に依頼して調べてもらってたんだよ。

俺もちょうど強化したかったからな。まあ頼んだのは、何件くらいあったかだけだが」

「その調査なら確かにもう済んでるぞ。ボス絡みのゴタゴタで、渡しそびれてたけどナ」

 

 アルゴに今回の件の調査を頼んだのは事実だったせいか、その話はスムーズに進んだ。

 

「今回聞きたいのはその先の情報だ。みんなも知っている通り、この鼠はプロだ。

この中にも何人か、情報を買った者がいると思うが、情報は全て正確だったはずだ。

そして、まだあいまいな情報が取り扱われた事は無かったものと思う。そこでだ。

鼠、強化に失敗した人間の、その後の情報はあるか?」

「あるぞ。情報料は、今回はタダにしといてやるよ。

ボスの情報集めを手伝ってもらったのと、相殺だナ」

 

 その返事を聞き、ハチマンはみんなに語りかけた。

 

「これでおそらく、誰か死んだ者がいるかどうか確実な情報が得られると思う。

これを見てから判断しようじゃないか。もしあれだったら、追加調査で……」

 

 ハチマンが核心の言葉を発し、レジェンドオブブレイブスの方をちらりと見た。

リーダーのオルランドは、追加調査という言葉が出たか否かのタイミングで、

意を決したように、こちらに歩いてくるところだった。

 

(よし、決断したようだな。しかしネズハを殺す可能性もある。近くで警戒するか。

犠牲者がいないのはアルゴに聞いて知ってるしな)

 

 ハチマンは一歩後ろに下がり、リンドに目配せをして、

レジェンドオブブレイブスをあごでさした。リンドはそれに気付き、尋ねた。

 

「今度は君達か。どうかしたのか?」

 

 レジェンドオブブレイブスの五人は、ネズハの横で同じように土下座をし、

自分達も仲間だから一緒に裁いてくれと、罪を告白し始めた。

 

「ハチマン、お疲れ」

「ハチマン君、ありがとう」

「おう、今すぐ帰って休みたい気分だわ」

「相変わらずだな」

「ハチマン君らしいね」

「しかし、あのタイミングだと、あいつら俺のブラフが効いたのか、

自主的に出てきたのか、何とも言えない感じだな」

「私は、自主的だって信じたいかな」

「そうだな、ハチマンも、もうそういう事でいいんじゃないか?」

「そうだな、悪い気分じゃない」

 

 結局誰かが死んだという事実は無く、言葉を発した者も噂で聞いただけだったため、

レジェンドオブブレイブスの所持していた装備を全て被害者に譲渡し、

損害以上の金額を弁済するという事で落ち着いた。

少なくとも価値の面からすれば、被害を受けた以上の額になるようだ。

彼らはこれからどうするのか。一からやり直すのかどうか、それはわからない。

この噂もすぐ広まるだろうから、彼らがやり直すとしても、それは苦難の道になるだろう。

 

 チャクラムはネズハ以外に使える者がおらず、

レアリティはあっても金銭的価値は無いに等しかったため、

そのままネズハの手元に残される事となった。

今後ネズハがレジェンドオブブレイブスに残るのかどうかはわからないが、

少なくとも攻略には参加し、元気な姿を見せ続けてくれる事だろう。

 

 こうして、第一層にひき続き波乱含みとなった第二層の攻略は、ここに全て完了した。



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第022話 キャンペーンクエスト

いつも誤字報告を下さる方、ありがとうございます!


 攻略も無事終了し、一行はリンドの提案で全員で第三層へと向かう事となった。

仲間意識を強調したかったのであろう。

ネズハは仲間達と何事か話しながら手を取り合っているようだ。

 

「レジェンドオブブレイブス、続けるみたいだな」

「そうみたいだね。うん、良かったね」

「まあ、悪くはないな」

 

 三人も第三層へと続く階段へと向かおうとしたが、

そこへしばらく黙っていたキバオウが近づいてきた。キバオウは、ハチマンとアスナには、

 

「おおきに」

 

 と短く声をかけた。そしてキリトに対しては中々声をかけられないようであったが、結局、

 

「次もこき使うたる」

 

 とだけ言い残して、仲間達と共に階段を上っていった。

 

「次もちゃんと来いってさ」

「らしいな」

「なら次も頑張らなきゃね」

 

 そこへ、今度はネズハが走ってきた。

ネズハはまず頭を下げ、今度は僕が仲間を支えてみせますと言って微笑んだ。

三人は応援し、ネズハは仲間の元へと戻っていった。

第三層への長い階段を上り始めたその後ろに、いつの間にかアルゴがいた。

 

「ハー坊、最後はうまくまとめたよナ」

「俺は自分のやれる事を、効率よくやっただけだぞ」

「ハチマンがいなかったら今回は相当やばかったと思うけどな」

「まあハチマン君らしいけどね」

「相変わらず自己評価が低いんだよナ……」

「ばっかやろう、お前らの俺に対する評価が高すぎんだよ」

 

 そしてついに第三層へと到着した一行が見たものは、一面に広がる森であった。

 

「辺り一面ひたすら森か……」

「そしてあそこに見えるのが、第三層の主街区、ズムフトだナ」

「とりあえず俺は休みたい……さすがに疲れた……」

「私も安心したからか、どっと疲れが……」

「二人はオレっちのせいで二日近くほとんど休まずに走らせちまったからナ」

 

 ハチマンとアスナはへたり込み、ネズハも糸が切れたかのように座り込んだ。

ネズハの消耗が一番激しかったので、キリトは肩を貸し、

ブレイブスのメンバーが集まっている方へとネズハを連れていった。

 

「それじゃ俺達も最後の一踏ん張りといきますかね」

 

 リンドとキバオウに転移門をアクティベートしてもらい、一行は家路についた。

キリトは第二層の宿へと向かい、

ハチマンとアスナは第一層の、二人がいつも使っている宿へと向かった。

アルゴは二人に報酬の一部だナ、と言って第三層のガイドブックを渡して、

どこへともなく去っていった。

 

「アスナ、風呂で寝ないようにな」

「うん……あんまり自信はないかな」

「本当に気を付けてくれ」

 

 ハチマンはアスナを宿へと送り届けた後、

自分の宿に辿り着いた瞬間ベッドへと倒れ込み、そのまま眠りについた。

 

 

 

 次の日昼過ぎまで、ハチマンは起き上がる事ができなかった。

起き上がりたくないという気持ちも相当強かったようである。

確かにSAOに囚われてからのハチマンは、働きすぎかもしれない。

 

「ここで一生分の労働意欲を使い果たしちまうかもしれないな……」

 

 ハチマンは寝直そうとしたが、アスナからのメッセージが来ている事に気が付いた。

メッセージには、今日は休みにするとしても、

ちょっとだけガイドブックを見ながら話さないかとの提案が書いてあった。

まあすぐ近くだし構わないかと思い、ハチマンは承諾の旨をメッセージにしたため、

返事を確認後、起き上がって準備をはじめた。

 

 

 

 ハチマンがアスナの宿に着くと、アスナはガイドブックを取り出し、話し始めた。

 

「ちょっとリズと一緒にズムフトにいって、軽く見回ってきたんだけどね」

「元気だな……」

「途中でキリト君とネズハ君に会ってね、それでちょっと話したんだよね」

「ネズハも俺より疲れてたはずなのに元気だな……」

「そしたら、ガイドブックに書いてあるこれ、

このキャンペーンクエストってのを二人でやりにいくんだって」

「これか……報酬も良さそうだし、難易度は高そうだがやってみてもいいんじゃないか」

「うん、私もそう思ったんだよね。明日あたり行ってみない?」

「そうだな……俺としてはその前にまず、森での戦闘をもうちょっとやってみたいな。

明日はリズベットを連れてこの層の敵や地形に慣れるためにレベル上げにして、

そのキャンペーンは明後日からってのはどうだ?」

「確かに私達、前の層の最後は走り回ってただけだしね。

それじゃ、そうしよっか!リズには私から聞いてみるね」

「ああ、頼む。それじゃ俺はもうちょっと寝てくる」

「うん!それじゃ後で連絡入れとくね」

「おう、頼むわ」

 

 

 

 次の日は、三人で移動狩りをしながら森での注意点を話し合っていった。

 

「視界が狭くなってるせいか、奇襲されないように余計に気をつけないといけないな」

「ハンマーもちょっと振りにくいなぁ」

「私も咄嗟に振り向いたりとか厳しいかも」

「基本広場みたいなところを拠点にしないとだめだなこれは」

 

 三人は移動しながら更に狩りを続け、ある程度満足した結果も得られたため、

その日の戦闘は終わる事にした。

 

「明日は私達は、

ガイドブックに載ってるキャンペーンクエストってのをやってみようと思ってるんだけど、

リズはどうする?良かったら一緒にやらない?」

「うーん必要そうなレベルに全然届いてないし、私は遠慮しておこうかな」

「そっか、わかった」

「二人とも気を付けてね」

「ああ。それじゃまたな、二人とも」

 

 

 

 そしてキャンペーンシナリオ開始当日、二人は開始予定地へと向かっていた。

 

「クエスト開始地点は、迷い霧の森ってとこらしいね」

「霧で方向感覚がおかしくなるのか。気をつけないとな」

「キリト君の話だと、まず最初フォレストエルフとダークエルフの人が争ってるんだって。

で、私達が介入する事になるんだけど、どっちもすごい強くて、

私達じゃとてもかなわないんだって」

「おいアスナそれ、こっちのHPが全損する可能性もあるって事か?」

「私も気になって聞いたんだけど、私達どっちかのHPゲージが半分になった瞬間、

味方した方の人が奇跡の力で相手を倒してくれて、そのまま自分も死んじゃうんだって」

「なるほどな。結局どっちも死ぬんだな……」

「うん。それで味方した方のシナリオで固定されて、

ドロップしたアイテムを、加担した方のエルフ族の拠点に届けるらしいね」

「どっちの味方をするかでどんな差があるんだろうな」

「どうなんだろうね」

 

 結局どっちの味方をするかはその場に着いたらという事になり、

アスナも、それでいいんじゃないかなと同意した。

二人は迷い霧の森の力に惑わされ、何度も迷いつつも、ついに目的地らしき場所を見つけた。

 

「ハチマン君、あれじゃない?」

「そうみたいだな。いくか」

 

 目的地に着くと話に聞いていた通り、

頭の上にクエスト開始マークである【!】が表示された二人のNPCが争っていた。

フォレストエルフは男で、ダークエルフは……女だった。

 

「ハチマン君」

「ダークエルフの味方をしたいんだろ?俺もこの状況で男の味方をするのはちょっとな」

「ありがとう」

 

 二人が飛び出すと、NPCの頭上のマークが、進行中を示す【?】に変化した。

 

「人族がこんな森の中にいるとは!」

「そなたたち何者だ!」

 

 二人は黙ってダークエルフに背中を向け、フォレストエルフに武器を向けた。

フォレストエルフのカーソルは、恐ろしく黒に近い赤だった。

敵のカーソルは、自分から見て弱い敵ほど明るい色で表示される。

これほどまでに黒くみえるカーソルの敵には、通常どうやってもかなわない。

 

「貴様ら、ダークエルフ族の味方をするか!お前らも我が剣の錆にしてくれる!」

「錆になるのはあなたよ、このDV野郎!」

 

(あっれ~アスナさん目茶目茶熱くなってませんかね……)

 

「お、おい、アスナ。防御主体な、防御主体」

「わかってるよハチマン君。防御主体で絶対に倒す」

 

(まじか~本気でやるしかないか……さぼったら絶対後で怒られる……

まあ聞いた感じからして、こっちはすぐにやられちまうと思うが)

 

 

 

 そして十数分後………二人の目の前で、フォレストエルフが、光となって、消えた。

 

「まじか……なんか倒せちまった……」

「さすがは対人型モンスター特化のハチマン君だね」

「いや、そりゃもう必死でしたからね……」

「お二人のご協力に感謝する」

 

 突然声を掛けられた二人は振り向き、その声の主を見た。

頭の上のマークは【?】のままで、どうやら無事クエストは進行しているようだ。

カーソルの色は、味方NPCを表す黄色に変化していた。

 

「私の名はキズメル。そなたらのおかげで、秘鍵を守る事ができた」

 

その声の主はキズメルと名乗った。

キズメルは、フォレストエルフが倒れた場所に落ちていた布袋を大切そうにを拾い、

それを胸にかき抱いた後、そっと呟いた。

 

「これで一先ず聖堂は守られた」

 

 その瞳は、色々な感情を秘めているように見えた。

 

「改めて感謝する。我らが司令からも褒章があろう。是非我らの野営地まで同行して欲しい」

「それじゃお言葉に甘えます」

「あ、アスナ、NPCにはYESかNOかを明確に言わないと……」

「わかった。それでは案内しよう。着いてきてくれ」

 

 アスナの答えを聞き、ハチマンは訂正をしようとしたのだが、

驚いた事にキズメルは、アスナの言葉を正確に理解したらしい。

二人はキズメルによって、ダークエルフの野営地まで案内される事となった。

同時にパーティメンバーの加入を告げるメッセージが表示され、

キズメルが、パーティメンバーとなった。

二人は、キズメルがプレイヤーとまったく区別がつかない事に驚いていた。

 

「ハチマン君。私詳しくないからわからないんだけど、これってプログラムで動いてるの?」

「俺も驚いてるんだが……まるで高性能のAIみたいだな。というかそうとしか思えん」

「すごいね……まるで普通の人みたいだよ」

 

 どうやらダークエルフは迷いの霧の森の中を普通に歩けるようだ。

出てくる敵は片っ端からキズメルが一刀両断し、

三人はあっという間にダークエルフの野営地に到着した。



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第023話 星空

 野営地に案内された二人は、早速司令の元に案内される事となった。

司令の天幕は、物々しい雰囲気に包まれ、その前には、

ダークエルフの衛兵が、薙刀を立てて並んでいた。

 

「ハチマン君。これ、襲われたりしないよね?」

「まあさすがにそれは大丈夫だろ。

それよりここ、インスタンスマップだと思うが、すげー広いな」

「インス?タンス?」

「ああ、こういうイベントの時とかに一時的に作られるマップでな。

要するに強制的に独立したエリアに移動させられた感じだな」

「それじゃ、今いるここは正確には第三層じゃないんだね」

「そうだな、他のプレイヤーも絶対に入ってこない」

 

 そして二人は、司令の天幕の中に案内された。

 

「よくぞ我が同胞を助けてくれた、人族の子らよ。心からの感謝を」

 

 司令は物々しく言い、報酬として、いくつかのアイテムが提示された。

二人は迷いながらも、更新が滞っていた軽鎧を選んだようだ。

 

「さらにこれを。この指輪を持つ者は、この野営地に自由に出入りする事が出来る」

 

 司令はそう言いながら、ダークエルフの紋章の入った二つの指輪を差し出してきた。

ハチマンは、何も考えずに左手の薬指にその指輪をはめようとして、

同じように指輪をどこにはめようか悩んでいるアスナに気付き、狼狽した。

 

(お揃いの指輪を薬指に付けようとするとか何やってんだ俺は……

ここは無難に人差し指にでも……そう、どうという事はない。

これはお揃いだがただのイベントアイテムだ。恥ずかしいそぶりとかも絶対禁止だ)

 

 ハチマンはそう考え、左手の人差し指に指輪をはめた。

アスナはそれを見習ったのか偶然なのかはわからないが、

同じように左手の人差し指に指輪をはめた。

アスナが特に何とも思っていないようだったので、ハチマンはほっとし、

司令の話の続きを聞く事にした。司令の頭の上には【?】マークが表示されていた。

どうやらクエストの続きが始まったようだ。

 

「それでは今日は、この天幕を利用してくれ。多少狭いかもしれないが」

 

 クエストは明日開始のようだ。

二人は一度街に戻ろうかと思ったが、キズメルの勧めに従い、

今日はそのまま野営地に泊まる事とした。

キズメルが、風呂もあるぞと言ったのが、どうやら決め手になったようだ。

 

(同じ天幕か……衝立でも借りてくるか)

 

 案内された天幕は、狭いと言われたがかなりの広さだった。

アスナはキズメルと話したいようで、ハチマンに先に風呂に入るように言ってきた。

ハチマンは大人しく勧めに従い、先に風呂に入る事にした。

ハチマンからすれば、久々の入浴だった。

いくら入浴をする必要がないといっても、たまには湯に浸かりたいものだ。

ハチマンは久々の風呂を堪能し、とてもリラックス出来た。

風呂からあがると、上機嫌で例のドリンクを取り出し、飲み始めた。

キズメルと何か話していたアスナがそれに気付き、欲しがったため、

ハチマンはもう一つ取り出し、アスナに差し出した。

 

「キズメルと仲良くなったんだな」

「うん!」

「それじゃ俺はあっちの隅で先に寝てるから、アスナも風呂に入ったら好きに寝てくれ」

「わかった!それじゃハチマン君、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 

 ハチマンは、自分のベッドの横にしっかりと衝立を立てて、

横になりながら今日の出来事について考え始めた。

 

(これが通常のクエストのルートなのか、俺にはわからないが……

かなり特殊な状況かもしれないな。裏シナリオの可能性もある。

今度先行しているであろうキリト達に会ったら確認してみよう)

 

 そんな事を考えているうちに、いつの間にかハチマンは寝ていたようだ。

風呂からあがったアスナが、布団を掛けてくれた事には気付かないまま、

ハチマンは深い眠りについた。

 

 

 

 次の日の朝、キズメルが二人を起こしにきた。

ハチマンは、明るい場所でキズメルを見るのは初めてだと思いながら、

なんとなしにキズメルをじっと見つめていた。

そしてキズメルが、とても綺麗ですごくスタイルがいい事に改めて気が付いた。

 

「ハチマン君。どこをじっと見ているのかな?」

「お、おう……おはよう」

「む~」

 

リラックス出来たせいか、二人の目覚めはとても良かったので、

そのまますぐにクエストに出かける事になった。

どうやら西の方に聖樹と呼ばれる木があり、その根元に別の秘鍵があるようだ。

道中では、相変わらずキズメルが一刀で敵を屠り、

その度に勝手に経験値とアイテムが入ってきた。

 

「楽だけど、これってズルだよね……」

「まあそうなんだが……昨日頑張ったご褒美って事でいいだろ」

「まあそれもそうだね」

 

 遠くに目的の、聖樹らしきものが見えた。

同時にハチマンは、そこに接近するフォレストエルフらしき人影も見つけていた。

 

「キズメル、あれ、敵じゃないか?」

「そうだな、まずいな。あれを敵に奪われるわけにはいかない。走ろう」

 

 三人は全力で走りだした。それに気付いたのか、敵も全力疾走を始めたようだ。

 

「俺は足止めしつつ徐々にそっちに後退する。二人は先に鍵を頼む」

「わかった、任せて」

「無理はするなよ、ハチマン」

 

 ハチマンは、自然にキズメルに話しかけている自分に気付いてはいなかった。

実際のところ、キズメルはここまで一度も、

自分をNPCだと思わせるようなそぶりを見せていなかったのだから。

この瞬間、キズメルがNPCだという意識は、二人の中には無かった。

 

「ハチマン君、見つけたよ!」

 

 アスナが鍵を確保したのを確認したのか、システム的にそういうフラグが立ったためか、

敵はそのまま後退していった。

 

「ふう、戦闘にならなくて助かったな」

「そうだね、もう一度昨日と同じ事が出来るかどうか、わからないもんね」

「ん、あの敵のいた辺りに、何か落ちてるな」

「何だろうね、これ。鍵?かな?」

 

 それを拾った瞬間、キズメルが二人に話しかけてきた。 

 

「ちょっと待ってくれ二人とも。あっちから同胞の気配を感じる」

 

 気が付くと、キズメルの頭の上に【!】マークが表示されていた。

どうやらこの鍵は、派生クエストの発生アイテムのようだ。

二人はキズメルに案内されて、その方角へと向かった。

一見何も無さそうだったが、調べてみると、木に小さな鍵穴が空いているのを発見した。

 

「どうやらこれの鍵みたいだね」

 

 鍵穴に鍵を差し込むと、そこに穴が空き、奥に人影が見えた。

どうやらそれは、キズメルの知り合いのようだった。

キズメルがその人物を救出し、この派生イベントは終了となった。

このクエストにはどんな意味があったのだろうか、と考えつつ、

第二のイベントは、こうして思ったよりあっさりとクリア出来た。

 

「次のクエスト開始にはちょっと時間があるみたいだね。

露店でも見てみる?武器屋さんとかもあるみたいだし」

「そうだな、何か掘り出し物でもあればいいんだが」

 

 二人は空いた時間を、野営地内の散策にあてた。

そこで二人は、この場にはそぐわない、おかしな装備を見つけた。

 

「ねぇ……これって水着じゃない?」

「ああ。なんつーか……これだけここで浮いてるよな」

「あからさまに怪しいよね」

「もしかしたら水に入らないといけない事でもあるのかもな。一応買っておくか?」

「そうだね……なんでも備えはあった方がいいよね」

 

 二人が水着を買うと、ちょうどキズメルが近づいてきた。

どうやら次のクエストが開始されるようだ。

次は東の大樹近くにある、敵の拠点への潜入クエストであるようだ。

どうやらダークエルフは、姿を一定時間隠せる装備を持っているらしい。

発動にはダークエルフの持つ何らかの力が必要のようなので、

それを一時的に借りたプレイヤーが、街で悪用する事は出来ないようだ。

拠点に侵入し、姿隠しの効果が切れるまでの間に、

次の秘鍵を見つけて持ち出せばクリアとなるようだ。

 

 

 

 このクエストは、終わってみればハチマンの独壇場であった。

観察力に優れるハチマンは、あっさりと目的の鍵を見つけ出した。

キズメルは、ハチマンを賞賛した。

 

「ハチマンは、人族なのにすごい実力を持っているのだな」

「お、おう……褒めても何も出ないけどな」

「ハチマン君、さすがにそれは理解できないんじゃないかな……」

 

 ところが驚いた事にキズメルは、そんなハチマンの言葉にもしっかりと対応してきた。

 

「はは、謙遜する事はないぞ。素直に関心するよ、ハチマン」

「まじか……アスナ、俺にはもうキズメルがNPCだとはまったく思えないんだが」

「うん、私ももうキズメルは、普通に仲間の人だと思う事にするよ……」

 

 こうして第三のクエストまであっさりとクリアした三人は、

再び司令に謁見し、報酬として、かなりの量の各種素材とコルと、

それとは別に、幹部専用の露天風呂の使用許可をもらった。

どうやら秘鍵は全部で三つのようで、これで全て揃った事になる。

次のクエスト開始は、明日の朝のようだ。

 

「露天風呂の使用許可、か。アスナには嬉しいんじゃないか?」

「うん。素直に嬉しい」

 

 そんな時キズメルが、とんでもない事を言いだした。

 

「私にも許可が出たから、三人で一緒に入らないか?」

 

 二人は固まってしまった。それはさすがに断ろうと思ったのだが、

 

「私は嬉しいのだ。こうして人族の二人と共に手を取り合い、

そして共に仲間を救い、秘鍵を三つも手に入れられた事が。

是非今まで以上に二人と交流を深めたいと思うのだが、どうだろうか」

 

 二人は、明らかに他意の無さそうな、キズメルの純粋な願いを断るのも躊躇われ、

さりとてどうしたものかと頭を悩ませていたが、そこでアスナが昼間の事を思い出した。

 

「そうだ!ハチマン君、水着だよ水着!

キズメルにも水着を着てもらえば、それで問題ないんじゃないかな?」

「水着か……確かにあったな……仕方ないか、もうそれしかないな」

 

(俺にはそれでもハードルが高すぎるんですけどね……)

 

「うん、恥ずかしいからあんまり見ないでね」

「ああ、もちろんだ」

 

 露天風呂は、思ったほど広くはなかった。

まずハチマンが先に入り、二人のいる方向に背を向けた。

二人が入ってくる気配がして、ハチマンは身を固くした。

 

「水着を着て風呂に入るとは、人族の慣習とは不思議なものだな」

「そ、そうなの。人族の慣習なんだ」

 

 アスナは必死でごまかそうとしていた。

ハチマンは絶対にそちらを見ないように、知らんぷりをしていた。

 

「ところで水着を着たのは初めてなのだが、似合っているだろうか、ハチマン」

「そうなのか?」

 

 そのキズメルの問いかけに、反射でくるっと振り向いてしまったハチマンの目に、

二人の水着姿が飛び込んできた。

キズメルは紫のビキニ、アスナは、白いワンピースタイプの水着だった。

ハチマンは、目を泳がせながらもそれに答えた。

 

「よ……よく似合ってるぞ」

 

 それだけ何とか言い終えると、ハチマンは再び二人から目を背けた。

ちらっと見えたアスナの顔は真っ赤になっていた。

申し訳ない事をしてしまったとハチマンは思い、アスナに声をかけた。

 

「アスナ、その、つい反射で振り向いちまった……すまん」

「う、うん。今のは仕方ないんじゃないかな。で、その……似合ってるかな?」

「す、すごい似合ってた、ぞ」

「あ、ありがとう」

 

 アスナの表情は見えなかったが、どうやら怒ってはいないようだ。ハチマンは安堵した。

上を見ると、都会では決して見る事のできない、満天の星空だった。

 

(そういえば、ここに来てからこうやって星空をまともに見るのは初めてだな)

 

 アスナも同じ事を考えていたようだ。

 

「ハチマン君。星空がすごい綺麗だね」

「ああ」

 

 三人の時が、穏やかに流れていった。

こうしてキャンペーンクエスト二日目の夜は、静かに更けていった。



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第024話 受け継がれるもの

プログレッシヴではキリトとアスナが一緒に行動しているため
必然的に、ハチマンとアスナの行動に自由度を与えられないでいます
早く当初の構想に戻したいので、残るストックを消費して、
駆け足でプログレッシヴの範囲(三層、四層)の投稿をしてしまう事にしました
ちなみに第五層は先に繋げられないので、飛ばす予定でいます
今後とも宜しくお願いします





 翌朝、再びキズメルがやってきた。

今日は女王蜘蛛の洞窟という場所で、女王蜘蛛と戦闘をするらしい。

女王蜘蛛は、誰かに操られているようで、ダークエルフを専門に狙っているのだという。

どうやら毒持ちのようで、毒消しを多めに持って行く事にした。

キズメルは、毒対策は問題がないようだった。

どうやら、何度でも使える解毒アイテムを持っているらしい。

 

「女王蜘蛛か……名前だけでも強そうだな……」

「まあキズメルも、強敵だけど大丈夫って言ってたし、大丈夫じゃないかな」

「そうだといいんだが。アスナは蜘蛛とか平気なのか?」

「うん、大丈夫だよ」

 

(アスナって意外とこういうの平気っぽいんだよな……)

 

 三人は例によって敵をあっさり殲滅しながら目的地に向かっていった。

女王蜘蛛の洞窟らしきものが見えたあたりでハチマンは、

中からプレイヤーが数人走り出てくる気配を感じた。

 

(おそらくドラゴンナイツか解放隊のどちらかだと思うが、ちょっと隠れて様子を見るか。

まずい、もうそこまで来てるな)

 

 ハチマンはキズメルに隠れるように言い、アスナの手を引き、物陰に走りこんだ。

アスナが声を出そうとしたので、ハチマンは咄嗟に手でアスナの口を塞ごうとした。

結果的に後ろからアスナを抱いてしまう形となった。

 

「アスナ、あれ見ろあれ。誰か来る」

「んーんー」

「す、すまん」

 

 ハチマンは慌ててアスナを離し、謝罪したが、

今のは確実にハラスメントコードに引っかかっているはずだ。

だが予想に反してアスナがウィンドウを操作するそぶりは見えなかった。

 

(あれ、今のはセーフだったのか?慌てていたとはいえ、気をつけないとだ……)

 

「ハチマン君、誰か出てくるね」

「ああ。どうやらあれは……解放隊か?」

「あっ、キバオウさんもいるね」

「情報交換した方がいいと思うか?」

 

 アスナは、うーんという風に悩むそぶりを見せた。

 

「あんな化け物がいるなんて聞いてねえぞ!」

「目的の護符は手に入れたぞ!」

「よし、撤収や」

 

 どうやら彼らの会話を聞いている限り、二人とは内容が違っているようだ。

 

「なんか私達のやってるクエストと、内容が違うみたいだね」

「そうだな……やっぱりキズメルの存在のせいか、通常とは別物なのかもしれないな」

「まあ、ここはこのまま隠れてればいいんじゃないかな」

「そうするか……」

 

 開放隊の一行が立ち去った後、三人は洞窟の中に入った。

 

(化け物と戦って倒せって事になるのか……難易度上がってませんかねこれ……)

 

 女王蜘蛛は、とても巨大だった。

お尻の先から糸を出すから、それに気を付ける事。

目が光ったら口から毒を吐くから、くらったらすぐ毒消しを使う事、など。

三人は軽く打ち合わせをして、女王蜘蛛に攻撃を始めた。

 

 結果的に、討伐自体はキズメルの力が大きく、問題なく終わった。

序盤こそ蜘蛛の出す糸に苦しめられたが、

尻尾の先の糸を出す部分を切り落とす事に成功してからは、一方的な展開となった。

巣を調べ、四つ目の秘鍵を手にいれた時、再びキズメルの頭の上に【!】が表示された。

 

「また何かのクエストみたいだな」

「キズメルがいないと開始されないクエストなのかな?」

「ああ。多分そうだな」

 

 キズメルは、蜘蛛の巣の奥の方から、エルフの力を感じると言った。

三人が奥に進むと、そこには繭のようなものがあった。

 

「この中だ」

 

 キズメルの言葉に従い、二人が繭を切り裂いて中を見ると、

そこには青く輝く不思議な金属があった。

 

「エルヴンインゴット?」

「おお、なんかいいやつっぽいな」

「何がどうってわけじゃないんだけど、すごい惹かれる気がする……」

 

 アスナはその金属に魅せられたようだった。

 

「アスナ、以前言ってた武器の魂の継承を、その金属でやってみたらどうだ?」

「え、それは悪いよ。二人で見つけたんだし」

「俺達の戦闘スタイルだと、基本アタッカーはアスナだ。

アスナが強くなれば、俺達の安全度も格段に上がるんじゃないか?」

「そうなのかな」

「それにな、俺はこのクエストが始まる時、楽をしたくて、

無理に敵を倒そうとはしなかった。アスナが決めたおかげで、今これが手に入ったんだ」

「うん……わかった、ありがとう」

 

 三人は首尾よく目的を達成したため、そのまま野営地に戻った。

難易度のせいか、不思議とキャンペーン中だと思われるプレイヤーの姿を見る事は無かった。

今回初めて開放隊に遭遇したが、どうやら進めているのは数組しかいないようだ。

 

 

 

 野営地に戻ったハチマンとアスナは、キズメルに鍛治屋の場所を尋ねた。

 

「さっきのインゴットで新しい武器を作るのか。

実はこの前助けた友人も鍛治屋なんだが、ちょっと変わり者でな。

恐ろしく強い武器を打つ事もあれば、なまくらを打つ事もある。

普段営業している鍛治屋は、平均的にいい武器を打ってくれる。

どちらにも紹介できるが、どうする?」

 

(あれはこのフラグだったか……キズメルがいなかったら発生してなかったんだろうな)

 

「おい、アスナこれ……」

「うん。あの助けた人に頼もう。きっとそういう事なんだと思う」

 

 助けた鍛治屋のところに案内されると、その鍛治屋はこちらをぎろっと見て、言った。

 

「フン、この前は助かったぜ。ありがとな」

「今日は武器の製作をお願いしたいんです。材料はこの剣とこの金属で。

プロパティはスピードタイプで」

 

 そう言うとアスナは、別れをおしむようにウィンドフルーレを撫でると、

両手で大切そうに差し出した。

ハチマンは、鍛治屋が、フンとでも言うのかと思って見ていたが、

予想に反してその鍛治屋は、とても丁寧にそれを扱った。

そしてウィンドフルーレをインゴットにして、

エルヴンインゴットとそのインゴットを一つの金属に変えた。

通常、SAOでの武器製作は、決まったレシピで決まった武器が出来るわけではなく、

基本ランダムに生成される。その際叩いた回数で、武器の強さが決まる。

平均で二十五回といったところだ。つまり、元の金属の性能からして、

二十五回を超えれば問題なく前の武器より強い武器が完成する。

 

「ハチマン、アスナの左手を握れ。私は右手を握る」

 

 キズメルが突然、こんな事を言い出した。

キズメルの説明だと、強い気持ちが強い武器を産む。

三人分あわされば、きっととても強い武器が出来るに違いないとの事だ。

ハチマンが躊躇う間もなく、アスナが真剣な顔で、二人の手を握った。

そして武器製作が始まった。ハンマーが金属を叩く音だけが辺りに響く。

十回、十五回、二十回。そしてついに、目標の二十五回を超えた。

まだ武器が生成される気配はない。ハチマンの手を握るアスナの手に、力がこもった。

つられてハチマンも、しっかりと手に力をこめた。

三人が固唾を飲んで見守る中、さらに数える事、合計四十回。インゴットが眩い光を放ち、

ついにアスナの新しい武器が、その姿を現した。

 

「……いい剣だ。魂がこもってる」

 

 鍛治屋は感嘆したようにそう言い、アスナに剣を渡してきた。

 

「すごい……」

「ああ。これはすごいな……」

「これはすごい業物だな。おめでとう、アスナ」

 

 キズメルも感嘆しているようだ。ハチマンは、武器の性能を見て驚愕した。

 

(なんだこれ……四層どころか六層くらいまで使えるんじゃないのか……

それにこの強化可能回数、十五回?どのくらい強くなるのかまったく底が見えないぞ)

 

「シバルリック・レイピア……」

 

 アスナは武器の名前を呟き、構えをとると《リニアー》を放ってみた。

それはまさに、閃光が走ったとしか言えない迫力に満ちていた。

 

「気に入ったか、アスナ」

「うん、ありがとうハチマン君。ありがとう、キズメル」

 

 そしてアスナは鍛治屋にとても丁寧に頭を下げた。

今度こそ、フン、と一言だけ発した鍛治屋は、自分の仕事に戻っていった。

 

 

 

 蜘蛛討伐の報告を終えると、どうやら次のクエストの開始はしばらく後のようだった。

それまでは、武器を強化するための素材を集めようという事になり、

キズメルの的確な案内と、クエスト報酬の素材を有効に使い、

シバルリック・レイピアを、五段階強化する事に成功した。

驚いた事に、キズメルのレベルも上がるらしい。

ハチマンが気付いた時には、キズメルのレベルは最初に会った時より一つ上がっていた。

 

「しかしやっぱりすごいなその武器。攻撃力だけでもキリト並なんじゃないか?」

「キリト君も絶対強くなってるから、そこまではどうかな」

「そういえばずっと篭りきりで、誰にも連絡してなかったな。ちょっとまずいか?」

「そうだね、心配かけちゃってるかもしれないから、一度街に戻ろうか」

「ああ。それじゃ……ちょっと待て、何かいい争ってる声がする。

様子を見てくるからアスナとキズメルはここで待っててくれ」

「わかった」

 

 ハチマンは、慎重に隠密スキルを使いながら、その声の方へと進んでいった。



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第025話 闇の気配と光の予感

ハチマンは、その争う声の元へと近づいた。

どうやらそれは、ドラゴンナイツと解放隊のようだった。

 

(キバオウと……リンドもいるのか。何を揉めてるんだ?)

 

「こういうのは先着順だろう?出来ればここは引いてくれないか?」

「先着って言ってもわずか数十秒じゃないか!」

「そうだそうだ!」

「それでも先着は先着だ。道理は守って欲しいな」

「お高くとまってんじゃねーよ!エリート集団が!」

 

(どうやらキャンペーンクエストの発生ポイントをどっちが使うかでもめてるのか?

確かにどちらかが進行させると、ここのポイントは他の場所に移動するが……

ん?どうやらどっちもギルドクエストを終えて、正式にギルドとして登録したのか)

 

 ハチマンは、二チームの面々がギルドの紋章を付けている事に気が付いた。

そういやギルドクエストはこの層だったかと、ガイドブックの記述を思い出した。

ちょうどそいの時、道理、という言葉に反応したのか、黙っていたキバオウが叫んだ。

 

「道理?道理やて?ならワイも言うたるわ。

このクエが階層ボス攻略に必須やっちゅーことを、あんた、ずーっと隠しとったやろ!」

 

 は……?という声が漏れそうになり、ハチマンは思わず自分の口を押さえた。

そんな話はどこにも無かったはずだ。

何より、このクエストを経験済なキリトや、アルゴからもそんな話は聞いていない。

どこかのNPCがそんな事を言ってたのだろうか。

 

「あんた、このあいだの会議の時にひとっ言も説明せんかったやろが!

それのどこに道理があるっちゅうんや!」

 

 キバオウは、絶対の自信を持って発言しているようだ。

 

「違う!そんな情報は知らない!俺達がこのキャンペーンを進めているのは、

報酬でギルドを強化するためだ!」

「そないな事信じられるかい!」

 

 二人は相当熱くなっているようだ。このままだとまずい。

仕方なくハチマンは、姿を現す事にした。

 

「おい、お前ら喧嘩すんな」

「ハチマン君か」

「なんや、最近見かけんと思うとったら、こんなとこにおったんかい」

「事情はよくわからないが、キャンペーン絡みだろ?

俺も今進めているが、そんな話は聞いた事が無いんだが」

 

 その時、解放隊のメンバーから声があがった。ハチマンはその声に聞き覚えがあった。

 

「俺知ってる!そいついつも陰でこそこそしていい所だけ持ってってるんだ!

そもそもソロでキャンペーンを進められるわけがないだろ!

ここのポイントも横から掻っ攫うつもりに違いないぜ!」

 

(こいつ、あの時ネズハのせいで死んだ奴がいるって叫んだやつか)

 

「ジョー、ちっと黙っとれや」

 

 その男は、ジョー、という名前らしい。ハチマンはその名前をしっかりと記憶した。

 

「ハチマン君はソロじゃないわよ」

 

 そこに、どうやら様子を見に来たらしいアスナが現れた。

アスナの腰に差してあるシバルリック・レイピアが、強烈な存在感を放つ。

その迫力を感じ取ったのか、誰も言葉を発する事が出来なかった。

ハチマンは、その機会を逃さなかった。

 

「どっちがどっちサイドでのクエストを進めてるのかは知らないが、

もしそんな情報があるっていうなら、二チームともクリアしてみればいいんじゃないのか?

せっかくトップ二人が揃ってるんだし、どっちがその情報を得ても対等の手柄って事で。

こっちも何か情報があったらすぐ伝えると約束する。ちなみにダークエルフシナリオだ」

「うちはダークエルフや」

「こっちはフォレストエルフだな」

「今ここで問題になってるのは、その順番だろ?

こっちには有能な案内人がいるから、数分で次の場所に案内すると約束する。

その上で先着順って事で、この場はドラゴンナイツに場所を譲るってのじゃだめか?」

 

(さてあいつはまた騒ぐのかな)

 

 ハチマンの思った通り、またあのジョーという男が騒ぎ出した。

 

「そんなの信じられるか!お前らやっぱりドラゴンナイツと組んでるじゃないか!」

「ジョー、ちっと黙らんかい!」

 

 キバオウは思ったより冷静に見えた。

 

「次の場所がすぐ分かるっちゅー保証がどこにあるんや」

「今すぐ証明する。キズメル」

 

 ハチマンはキズメルに声をかけた。キズメルは姿を隠すのをやめ、姿を現した。

その瞬間に、ドラゴンナイツから悲鳴があがった。

 

「なっ、なんだその化け物は!」

「カーソルが黒いぞ……殺される!」

「なんや、そんなにやばいんか?」

「ああ、ここにいる全員でもかなわないんじゃないか?ハチマン君、その人は?」

「俺達と行動を共にしているダークエルフのキズメルだ。

最初の遭遇の時に、フォレストエルフを倒したら、仲間になった」

「君達、あれを倒したのか……?」

 

 嘘だろ、というざわめきが広まる中、ハチマンは言葉を続けた。

 

「キズメル、今のこの場所みたいな雰囲気の場所、すぐ見つけられるか?」

「たやすい事だ」

「だ、そうだ。これが保証だな」

 

 キバオウは、少し考えていたが、この提案を承諾した。

納得は出来ないが、情報が確実にあるという証拠は提示出来ないからとの事だった。

情報の出元は、案の定、あのジョーという男からの情報であるらしい。

森を探索していた時に会ったNPCに教えてもらったようだ。

迷っていたから場所は特定できないらしい。

 

(こいつ、わざと色んな対立を煽ってやがるのか?ちょっと気を付けるか……)

 

 解放隊を案内した後キズメルと別れた二人は、久々に街へと戻ってきた。

どうやらリズベットが相当心配していたようで、アスナはすぐリズベットの元へと向かった。

ハチマンはまずアルゴにいくつか質問を送り、キリトに連絡をとった。

キリトは既にこの層の分のキャンペーンは全て終了しているようで、話を聞く事ができた。

 

「まじか、あれを倒したのか……」

「キリトも実は本気でやれば勝てたんじゃないのか?

俺も最初は適当にやろうと思ってたんだが、アスナが妙に燃えてな……」

「確かに最初からそういうもんだと思っちまってたかもしれないな。先入観って奴か」

「お、すまんちょっと待ってくれ。アルゴからメッセージだ」

 

 そのメッセージを読んだハチマンは、やっぱりかと呟き、キリトとの会話に戻った。

 

「キリトの時は、キズメルっていう女エルフが最初に出てきたのか?」

「ああ。βで見たのと同じ、キズメルっていうダークエルフだったな」

「それなんだが、どうやらアルゴの情報だと、俺達の後にクエストを開始した奴らは、

キズメルを見ていないらしいんだよな」

「どういう事だ?」

「どうやら、俺達のせいでキズメルが、なんていうかスタンドアローンになった?

とでも言うのか?ダークエルフの戦士は男に代わってるらしいんだよ」

「なるほど……」

「今度キリトにも会ってみて欲しいんだが、どう見てもNPCには見えないんだよ……

受け答えも例えば、お言葉に甘えますって一発で理解してくるみたいな感じでな」

「それじゃまるで、高性能のAIの対応じゃないか」

「ああ。もう色々と普通じゃない」

 

 その後も二人はクエストの内容について情報を交換した。

やはりキズメルルートの内容は、まったく別物のようだった。

そして話が最後のギルド間対立のところにきた時、

 

「はぁ?ボス攻略に必須な情報?」

「ああ。そんな情報あったか?」

「少なくともダークエルフ側にはそんなものは無かったぞ」

「可能性があるとしたら、俺達のルートって事か」

「その可能性は低いと思うけどな……あるいはキズメルに直接聞いてみた方が、

案外それっぽい情報が聞ける可能性が高いんじゃないか?」

「それは盲点だった……」

 

 そんな時、ハチマンの元にアスナからメッセージが来た。

 

「アスナが合流するみたいだ。ちょっと待っててくれないか?」

 

 アスナが到着すると、まずハチマンは、

アスナのシバルリック・レイピアをキリトに見てもらう事を提案した。

 

「これなんだけど」

「これがキズメル限定ルートの過程で完成した武器だな」

「何だこれ、すごいな……」

 

 それは、キリトをして感嘆させる業物であったらしい。

キリトは、もしこれをフルに強化したら、

下手すると十層くらいまで通用するかもしれないと太鼓判を押した。

 

「そっか。頑張って良かった」

 

 そんなアスナを二人は暖かい目で見ていた。

 

「それじゃ、とりあえずこっちももう少しで終わると思うから、

そしたら三人で攻略にいこうぜ」

「ネズハ君も一緒に行ければいいんだけどな」

「キャンペーンクエストで多少強化されたから、大丈夫じゃないかな」

「よし、それじゃ落ち着いたらメッセージ入れるわ」

「おう、またな!二人とも!」

「キリト君、またね!」

 

 二人はそのまままた野営地に戻る事にした。

 

「リズに怒られちゃったよ」

「何日も連絡しなかったのはまずかったな」

「うん、今度からは気を付けるよ」

 

 ギルド間の対立など、問題はいくつか残っていたが、

二人は自分達が出来る事を着実に進めていく。この先に明るい未来が必ずあると信じて。



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第026話 秘鍵の約束

「我らが君達に頼み事をするのは、これが最後となるだろう」

 

 以前から、終わりをほのめかす言葉はあったが、

今回はっきりと、終わりを示唆する司令の言葉から、クエストは始まった。

どうやらキャンペーンクエスト第三層最後のクエストで間違いないようだ。

もっとも特殊なルートゆえ、全体としてこれが最後になる可能性もあるが、

まあその可能性は今は置いておけばよいだろう。

 

「前回女王蜘蛛を操っていた者の正体がわかった。

古の時代、我らと分かれた闇のエルフ族の残党が、未だに生き残っていたのだ」

 

 こんな言葉から始まった最後のクエストは、

隠された迷宮の奥にいる、フォールンエルフと呼ばれる者を倒せというものらしい。

しっかり準備をして三人は出発した。別のNPCの戦士も三人別に同行してくれるようだ。

合計六人で、隠し迷宮に突撃した。

 

(これもしかして、本来のバランスは、プレイヤー一人とNPC三人なのかもな)

 

さすがに六人と戦力は豊富だったので、戦闘は五人に任せてハチマンが主に偵察に出る事で、

数時間でボス部屋らしき部屋を発見出来た。

中にいたのは、サソリとクモを足したような奇怪な昆虫の姿をしたボスだった。

 

「ハチマン君。あれって、何?」

「ちょっと自信はないが、多分ウデムシって奴かな。世界三大奇虫の一つだったと思う」

「そんなのよく知ってるね」

「男には誰でも、世界何大なんとかってのに憧れる時期があるんだよ」

「そ、そうなんだ」

 

 微妙な空気になってしまったが、三人は気をとりなおしてウデムシボスに挑んだ。

幸い強さは大したものではなく、キズメルとアスナの圧倒的な強さの前に、

ボスはあっさりと沈んだ。

ハチマンには相性がいい敵では無かったので、あまり活躍する事は出来なかったのだが。

 

 

 

 そのまま奥に進み、基本同じパターンで戦闘を繰り返し、

ついにフォールンエルフのアジトらしき小屋を発見した。

中には、黒緑色の肌をした戦士らしき風貌のエルフが五人ほどいた。

ハチマン一行は、奇襲でまず二人の敵を倒し、そのまま二対一の戦闘に持ち込んだ。

体制を整えられてからは多少時間がかかったが、問題なく犠牲者無しで戦闘を終えた。

その小屋の後ろで、洞窟を発見した一行は、そのまま奥へと進む。

 

 

 

 そしてついに、敵のボスらしきエルフと、その取り巻き三人を発見し、

最後のボス【フォールン・エルフ・コマンダー】との戦闘が開始された。

 

「我らが周りの敵を抑える!キズメル殿達はあの司令官を!」

 

 三人の戦士は、うまい事取り巻き三人を引き離し、一対一に持ち込んだようだ。

その隙にまずハチマンが前に出る。

司令官は、どうやら最初に倒したフォレストエルフの戦士よりも、強いようだった。

だがあの時とは、キズメルのレベルも、アスナの武器も違う。

そして人タイプの敵が相手となると、やはりハチマンは強かった。

鉄壁の防御で、相手の攻撃を弾き、潰し、敵の体制が崩れた瞬間に、

キズメルとアスナが威力の高い攻撃を叩き込んでいく。

もしこれが、同じ人型でももっと巨大なモンスターだったら、

かなり被弾もしてしまうのだが、このサイズの敵相手だとほぼ問題は無いようだ。

そしてそんな連携を何度か繰り返していると、ついにボスは倒れた。

その後三人は周りに加勢し、順番に取り巻きを倒していった。

そしてついに、全ての敵の殲滅を終えた。

 

「これが、目的の品かな?」

「そうみたいだな。フォールンエルフの密書か」

「それじゃ、はい、キズメル、これ」

「ありがとう二人とも。これでフォールンエルフの計画の全貌が明らかになるだろう」

 

 無事クエストを終えた六人は、そのまま野営地に帰還した。

さすがにクエストクリアの報酬は破格で、数多くのお宝が手に入った。

かなり遅い時間だったので、その日も二人はそのまま野営地に宿泊する事にした。

 

 

 

 その日の夜遅く、ハチマンは人の気配を感じて目を覚ました。

インスタンスエリアのため、他のプレイヤーの可能性は無い。

おそらくキズメルだろうと当たりをつけ、ハチマンは声を掛けた。

 

「キズメルか?」

「ああ。夜遅くにすまない。少し話があってな」

 

 その会話でどうやらアスナも目を覚ましたようだ。

 

「あれ、キズメル?こんな時間にどうしたの?」

 

 明かりをつけると、そこにはフル装備のキズメルが立っていた。

 

「今日はお別れを言いにきた」

「お別れ?キズメルはどこかに行っちゃうの?」

「あの密書を調べた結果、フォールンエルフどもが、

あそこに見える天柱の塔を上ったところにある、

我らの聖堂を襲撃する計画を立てている事がわかったのだ」

「天柱の塔って」

「おそらく迷宮区だな」

「つまり、四層に行くって事なんだね」

「そこで、二人に渡しておくものがある」

 

 そう言ってキズメルは、秘鍵を二つ取り出し、ハチマンとアスナに渡した。

 

「その二つの鍵と、私の持つ一つの鍵。三つ揃わないと聖堂の扉を開く事は出来ない。

私は聖堂の前でハチマンとアスナが来るのを待っている」

 

 アスナはキズメルに抱きつき、

 

「うん。必ず行くから、だからまた必ず会おうね、キズメル」

 

 と言った。

ハチマンも、言葉短かに、

 

「必ず行く」

 

 と答えた。

キズメルはハチマンをじっと見つめていたが、突然ハチマンにハグをした。

 

「アスナの真似をしてみた。人族の慣習なのだろう?」

 

 そう言って、キズメルは去って行こうとしたが、

そのキズメルに、顔を赤くしていたハチマンが慌てて問いかけた。

 

「そうだキズメル。あの天柱の塔にいる、このフロアの主と戦う時、

何か気をつけないといけない事はあるか?」

「そうだな、ほとんど全てが毒の攻撃だと聞いている。他には特に無いな。

二人なら必ず倒せるだろう」

「……そうか、ありがとう、キズメル」

「ああ。二人と共にいるのはとても楽しかったぞ」

 

 そういい残して、キズメルはどこへともなく去っていった。

 

「また会えるよね」

「ああ。必ず次の層で再会しよう」

 

 二人は秘鍵に誓い、決意も新たに、その日は眠りにつく事にした。

 

 

 

 次の日二人は、鍛治屋に別れを告げに行った。

もしかしたら武器の強化でまたここに来る事になるかもしれないが、

それまでにリズベットが成長するかもしれない。

そう考えると、またここに来る保証は無かったためだ。

NPC相手だが、アスナはとても丁寧に頭を下げた。

 

「素晴らしい剣をありがとうございました。大切にします」

 

 そんなアスナの言葉に、鍛治屋は、フン、と言った後、一言付け加えた。

 

「その武器に負けない戦士になれよ」

 

 そういい残して、鍛治屋は奥に消えていった。

 

 

 

 そして二人は、本格的に街へと戻る事にした。まずアルゴに連絡をとると、

どうやら昨日のうちに、フィールドボスは退治されたようだ。

今日は、キャンペーンクエストを進めていたチームを集めての軽い会議があるらしい。

ハチマンは、アスナを帰らせ、自分だけその会議に出席する事にした。

 

 

 

 会議自体は何ともあっけなく終わった。

まずドラゴンナイツと解放隊のクエスト担当チームが、

これは予想通りだったが、何も情報は無かったという報告をした。

一堂は落胆したが、次の瞬間期待のこもった目でハチマンを見つめた。

ハチマンは気まずそうに、話し始めた。

 

「あー期待してもらってるみたいで悪いんだが、

やはりこっちにも、クエスト自体にはボス絡みの情報はまったく無かった」

 

 一堂はさらに落胆したが、ハチマンはそこにこう付け加えた。

 

「確かにクエスト自体には何も無かったんだが、

この前見ただろう、ダークエルフの女戦士から、少しだけ有益な情報は聞けた」

 

 一堂は顔を上げ、今度こそと期待のこもった目でハチマンを見つめたが、

 

「あー、ボスの攻撃はほとんどが毒攻撃だから、毒消しを大量に持っていくように。

後、他に特殊な攻撃は無いから、問題なく勝てるだろう、だそうだ」

 

 それを聞いた一堂は、

 

「それだけか……」

「いや、事前に準備できるならとても有効な情報じゃないか?」

「いやいやしかしな……」

 

 ハチマンは、伝えるべき事は伝えたとばかり、その場を後にした。

 

(おそらく明日から本格的な迷宮区の攻略が始まるだろう。

だが、キズメルの言葉の通り、案外あっけなく終わるのではないだろうか。

油断は決して出来ないが)

 

 

 

 ハチマンは予定通り、アスナ、キリト、ネズハとパーティを組み、

迷宮区の攻略、並びにボス戦に参加した。

今回のボス戦に参加したのは、ドラゴンナイツ十八人、解放隊十八人、

エギルチーム四人、そしてハチマンチームの四人の、計四十四人だった。

ボスは毒攻撃を頻発してきたが、豊富な毒消しの数の前にはほとんど意味がなく、

ハチマンの予想通り、第一層、第二層とは比べ物にならないくらいあっさりと、

第三層の攻略は終了したのだった。



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第027話 驚愕の変化

 無事にボス戦を終えた一行は、四層への階段を上り始めた。

 

「キリト、次の層ってどんな所か聞いてもいいか?」

「確か、何も無い乾いた層だったかな。店とかは全部高層フロアにある、

遺跡っぽいエリアだったと思う」

「そうなんだ。なんか埃っぽそうな所だね」

 

 そんな事を話しながら階段を上っていくと、

どうやらまもなく四層に到着するようだ。

前方から、歓声が聞こえ、皆走り出しているようだ。

四人も釣られて走り出し、ついに四層に到着したのだが……

 

「なんだこれ……」

 

 キリトは呆然として呟いた。

そこに広がるのは、一面の水、水、水であった。

 

「店が高い所にあるってこのためか……」

「つまりどういうこと?」

「βテストの時は、これを見据えてマップを作ってたけど、

水に関するプログラムが間に合わなかったとかかもしれないな」

「なるほど」

 

 その時ネズハが素朴な疑問を発した。

 

「ここ、島みたいですけど、どうやってこの川を越えるんですかね」

 

 四人はそれを聞いて考え込んでしまった。

周囲からも、辺りを調べろ!何かあるはずだ!という声が聞こえる。

四人も協力して周辺を調べる事にした。

 

「キリト、βの時は無かったものって何か無いのか?」

「うーん、この木くらいかな……」

「これか?」

 

 その木は、ドーナツ型の実が生っている、ヤシの木に似た木であった。

ドーナツのような実を眺めていた二人は、何かひらめいたようだ。

 

「もしかしてこれ」

「浮き輪か?」

 

 試しに実を落としてみた二人は、とりあえず使えるか試してみる事にした。

 

「これ、装備が重いと沈んだりとか、あるか?」

「どうだろう……」

「よし、まずは俺が水着で試してみる」

「ハチマン水着なんか持ってるのか……」

「ああ。エルフの野営地で売ってたから、怪しいと思って買っといたんだよ」

「なるほどな」

「キリト、離すなよ!絶対離すなよ!」

「フリか」

 

 ハチマンは装備を水着に変え、実を浮き輪のように使い、水に入ってみた。

どうやら問題なく浮くようだ。

ハチマンはその状態で、徐々に装備を増やしていったが、

どうやらかなりの重さにまで耐えられるようだった。

その情報を周囲に広め、一行は川を渡り始めた。

誰かが欲張って、実を大量に採取していたようだったが、問題なく全員に渡ったようだ。

途中何度かモンスターに襲われそうになったが、全てネズハがチャクラムで処理した。

 

「ネズハ、ここの敵と相性いいんじゃないか?」

「なんかそうみたいです!」

 

 そして川を渡りきった一行は、そのまま街へと向かい始めた。

第四層の主街区は、ロービアという名前のようだ。

そこでレイドは解散となり、いい時間だった事もあってか、とりあえず宿に戻る事になった。

キリトは四層で宿を探し、ネズハは一度ブレイブスの仲間の元へと戻るようだ。

アスナは、風呂に入りたいから少し遠いが一層まで戻ると言った。

ハチマンは、少しだけ街を見てみると言って、四層の街中に消えていった。

少したった後、ハチマンはアルゴに、とある情報を渡した。

 

 

 

 次の日、四人にアルゴを加えた面々は、四層の転移門前に集合していた。

 

「それじゃとりあえずクエスト関連から探索してみるか?」

 

 キリトの提案に従い、五人は分かれてクエストを探す事になった。

情報は全てアルゴに集約し、

もし何か変わった情報があった場合は、全員に連絡が行く手はずとなった。

四人は散っていこうとしたが、アルゴがアスナを呼びとめた。

 

「そうだアーちゃん。昨日、この層の風呂付き物件の情報が入ったんだが、買うカ?」

「買う!一層まで毎回戻るの、ちょっと不便だなって思ってたしね」

 

 アスナは即答した。

アルゴはハチマンの方を向き、にや~っと嫌らしい笑顔を浮かべた。

アスナはそれに気付いてはいないようだった。ハチマンはスルーしていた。

 

「それじゃ、オレっちが現地に案内するヨ」

 

 そう言ってアルゴは、アスナを先導して歩き始めた。

 

「それじゃ俺達は行くか」

「わかりました!」

「また後で落ち合おう」

 

 街中には、縦横無尽に水路が走っていた。

各自定期便のゴンドラ等も利用して、水路の分街の面積が狭い事もあり、

数時間で大体の情報が集まったようだ。

そしてアルゴから皆に呼び出しがかかったので、転移門前に再び集合する事となった。

 

「大体こんな感じだな」

 

 アルゴがマップに手書きで【!】マークを入れた。

 

「ちょっとそれ、見せてくれないか、アルゴ」

 

 キリトが何かに気付いたように身を乗り出し、マップの一点を指差した。

 

「これはβ時代には無かったクエのはずだ。多分ここに何かあると思う」

 

 その言葉を聞き、一行はまずそこに向かう事になった。

アルゴはガイドブックを製作しなくてはいけないからと、別行動になった。

四人が現地に到着すると、そこには寂れた小屋の中に一人の老人がいた。

四人はクエストを受けようと、何かお困りですか?等色々と声を掛けたが、

その老人、ロモロはまったく反応をしなかった。

 

「うーん、頭に【!】があるからクエには間違いないはずなんだけどな……」

「最初に掛ける声の内容が違うのかな?」

「よし、ちょっと小屋の中を調べてみるか」

 

 四人は小屋の中を調べ始めたが、

見つけられたのは、変な形のネジと、いくつかの工具だけだった。

 

「このネジなんだろう」

「うーん」

「ちょっと根本から考え直してみるか」

「フロアが変化した事で、追加される要素…水路…」

 

 その時キリトが、何か天啓を得たように叫んだ。

 

「そうだ!船だよ!船が無いとこの層の移動はめんどくさすぎる」

 

 おおっ、と三人が声をあげ、キリトはロモロに声をかけた。

 

「私達に船を造ってもらえませんか?」

 

 その声と共に、ロモロの頭の上のマークが【?】に変化した。どうやら正解だったようだ。

その後ロモロから船の材料と仕様を聞き、

キャンペーンが別な関係で二手に分かれる事を考慮して、

二人乗りの船を二隻造る事に決めた一行は、材料集めを開始した。

基本ロモロの指示通りに動けばいいので、それほど大変では無かったが、

最後のアイテムが、やや難関であった。

 

「あれを倒すのか……」

「でかいな……」

 

 最後のアイテムを持っているのは、巨大なクマ型モンスターだった。

名を、マグナテリウムと言った。

 

「なんか絶滅動物でそんな名前のがいた気がするな」

「動きは遅そうだけど、パワーはすごそうだね」

「とりあえずネズハの遠隔攻撃から開始だな」

「はいっ」

 

 マグナテリウムは基本、突進突進で攻撃してくるタイプだったようで、

生えている木を盾にしながら戦闘は終始有利に進んだ。

一匹倒すと複数個必要アイテムをドロップしたので、

余った分は、ブレイブス専用の船のためネズハに一つと、

後は適当に知り合いに配る事にした。

戦闘で発生した倒木の影に隠れた時、その倒木も素材扱いだという事が判明していたので、

一行はついでにその倒木をストレージに入れ、ロモロの元に戻った。

 

「どうやら船は一隻づつしか造れないみたいだな」

「それじゃ発見したキリトとネズハの船を先に造ろうぜ」

「おっけー、それじゃ終わったら連絡するよ。多分数時間だと思うし」

 

 予定が決まったため、そこで一旦解散となった。

三時間後、キリトから連絡が入ったので、

次はハチマンとアスナの船の製作に入る事となった。

その際、倒木が、船首に付ける、衝角というオプション武器になるから付けた方がいいと、

キリトからアドバイスがあった。

キリトとネズハは先行して、キャンペーンクエストの続きを探すようだ。

二人は製作を依頼し、その場で休憩する事にした。

 

 

 

 そして三時間後、ついに船が完成した。

どうやら名前を付けなくてはいけないらしく、二人は悩んだが、

アスナの武器にちなんでシバルリー号にしようという事になった。

 

「これ、自分達で操作するのかな?」

「って事は、実質三人乗れるのか」

「まあ、キズメルにも乗ってもらう事になるかもしれないし、ちょうどいいかな?」

 

 交互に練習し、船の操作にも習熟したため、二人も探索に出る事になった。

その日は特に情報もなく、二人は宿に戻る事にした。

 

「ハチマン君も四層に移動すれば?」

「そうだな、ちょっと遠いしな」

「うん!お風呂のある宿も確保できたから、リズもこっちに呼ぼうかな」

「それがいいんじゃないか。移動だけならこの船に三人乗れるから、問題ないしな」

 

 その後二人は別れ、ハチマンも近場で適当な宿を見つけ、そこに転がり込んだ。

どうやら他のプレイヤーの間では、造船ラッシュが始まっているようだ。

中型船や大型船も製作されているという。

移動が楽になる分攻略自体は早まるかもしれないなと思いつつ、ハチマンは眠りについた。



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第028話 フォールンエルフの企て

 次の日は、とりあえず一日他のクエストを消化してしまおうという事になった。

キャンペーンの続きを発生させるのに、

そのあたりのクエストがフラグになっている可能性があるという事になったからだ。

キリトとネズハにも連絡し、

分担してクエストの攻略情報を交換しながら進める事にした四人は、

一日かけて街中のほとんど全てのクエストを攻略し終えた。

夕方になって、フィールドボスが早くも発見されたという情報が入り、

明日の朝早速会議が開かれ、その後そのまま攻略という事になったようだ。

 

 

 

 そして次の日、フィールドボスとの戦闘が始まった。

注目すべきは、キリトとネズハのコンビだった。

キリトが船を操作している時は、ネズハが遠くからチャクラムで確実に削り、

ネズハが船を操作している時は、キリトが様子を見ながらしっかりと削っていた。

 

「やっぱりネズハの遠隔攻撃は、この層にすごいマッチしてるよな」

「すごいね、ネズハ君!私達も頑張らなくちゃだね」

 

ハチマンとアスナは、基本ハチマンが船の操作で、削りはアスナが担当した。

船上の戦いだと、リーチの短い武器はどうしても不利なようだ。

その後も皆無難に戦闘を繰り広げ、特に特筆すべき出来事も無く、

あっさりとフィールドボスは討伐された。

 

 

 

 その後、再び探索が開始された。

どうやらキリトの記憶によると、

以前は南にあるダークエルフの城で、イベントが発生していたとの事だったので、

その周辺を重点的に調べてみようという事になった。

 

「どうやらあの城にかかっている霧は、迷いの霧の森以上の幻惑ギミックだな。

このままだと島に行く事は出来ないみたいだ」

「周辺の岸に何かあるかもですね」

「そんな難しい条件じゃないはずだし、何か見落としがありそうだよな」

「三層で野営地に出入りしていた時は……」

 

 そんな時、アスナが何かに気付いたようだ。

 

「指輪じゃない?あれが無いと野営地に入れなかったし」

「そうか!あれからずっと外したままだったな。試してみるか」

 

 どうやらキリトとネズハも同じ指輪をもらっていたようで、

一行は指輪をつけ、再び城へと近づいていった。

するとまず、先行していたキリトとネズハの姿が、船ごと消えた。

 

「キリト君!ネズハ君!」

「どうやらこれは、インスタンスエリアに飛ばされたんじゃないか?」

「あ、そうか!それじゃあ正解だったのかも」

 

 アスナがそう答えた瞬間、二人の視界が開け、正面に城の桟橋のようなものが見えた。

どうやら誰かが桟橋に立っている者がいるようだ。

近づいていくとそれは、数日前に第三層で別れたキズメルだった。

 

「キズメル~」

 

 アスナが嬉しそうに手を振り、船が桟橋に近づくと、

アスナは待ち切れないかのように船から飛び降り、キズメルに抱きついた。

ハチマンは船のロープを桟橋の舫に取りつけ、

しっかり固定されたのを確認した後、船を下りて二人に近づいていった。

 

「よく来たな二人とも。待ちかねたぞ」

「ごめんね、ここに来るために、指輪をする事に気が付かなくって」

「そうか、説明しておけば良かったな。すまなかった」

 

 キズメルは頭を下げた。相変わらずNPCとは思えない、自然な対応だった。

 

「よう」

「ハチマンも元気そうで何よりだ。早速で悪いのだが、少し問題が発生していてな」

 

 その声と共に、キズメルの頭の上に【!】が表示された。

どうやらここからキャンペーンクエストの続きが始まるようだ。

二人はキズメルに、城の家老の元へと案内される事になった。

 

「城主の元へじゃないんだな」

「城主さまは聖堂にこもって、祈りを捧げておられるのだ」

 

(なるほど、最終的には聖堂に行ってその城主様に会うか何かするのか)

 

 ハチマンはそう推測しつつ、キズメルについていった。

 

「そなたらが、秘鍵を集めてくれた者達か。この度はご足労願って申し訳ない」

「いえ。それで、一体何があったのでしょうか」

「実はな……」

 

 家老の話だと、どうやら人族の海運ギルドが、

こちらに対して何かを仕掛けようと企んでいるとの情報が入ったそうだ。

ハチマンとアスナは、再びキズメルと行動を共にし、その調査を行う事になった。

 

「この布を船に被せれば、しばらくの間船の姿を隠す事が出来よう。頼んだぞ」

 

(時間限定の潜入ミッションか)

 

 三人は暗くなるのを待ち、海運ギルドの定期便に何かが運び込まれ、

出航したのを確認すると、その船の後をそっと追い始めた。

 

 

 

 船が到着したのは、巧妙に偽装してある小さな島の拠点だった。

海運ギルドの船は積み荷を下ろすと、そのまま街の方へと戻っていった。

三人はこっそり船を桟橋につけ、もらった布をかぶせて船を隠し、

キズメルに三人の姿を隠してもらって、拠点の中に侵入した。

 

「まずは積み荷の確認だな」

 

 三人は、慎重に倉庫らしき建物へと向かった。

そこにあったのは、船のパーツらしき部品の入ったいくつかの箱と、

頑丈だが空っぽの、沢山のただの箱だった。

 

「もう中身は運び出されたのか?そんな様子には見えなかったが」

「とりあえず次はどうしようか?」

「あっちに何かの作業場のような大きい建物があるからそこに行ってみよう」

「わかった」

 

 入り口には見張りがいるようだったので、三人は中が覗ける場所を探した。

どうやら倉庫の隣にある木から、高所にある窓の所に行けるのを発見し、

その窓から中の様子を覗きこんだ。

そこにいたのは、数人のフードをかぶった男だった。

 

「完成した船はこれで何隻だ?」

「まもなく十隻、残り二隻も明後日までには完成の予定です」

 

 どうやらその集団は、ここで船を製作しているようだ。

 

「禁忌さえ無ければ、人族の手など借りる事もなく船を全て完成させ、

地下水路を通ってフォレストエルフに船を提供し、

もっと早くにダークエルフ城を攻めさせる事が出来たのだが……」

 

 そう言いながらフードを外したその人物の顔は、

以前見たフォールンエルフの物だった。

 

「禁忌って何だ?」

「我らは、自分達で木を切り倒したりする事が出来ないのだ。

しかしまさか、フォールンエルフが裏にいたとは……」

 

 

 そうキズメルが呟くと、キズメルの頭の上のマークが【?】に変化した。

どうやら必要な情報は全て得られたようだ。

 

「よし、情報も得られたし退却だ」

 

 ハチマンのその指示で、三人はシバルリー号の元へと急いだ。

まもなく船が見えるという所で、

三人はちょうど新たな積み荷が届くところに出くわしてしまった。

道が積み荷で塞がれ、前に進む事が出来ない。

 

「アスナ、キズメル、先行して船を動かしてくれ。

俺はこいつらを一瞬足止めした後にその船に跳び乗る」

「わかった。気をつけてね」

 

 二人は姿が見つかるのを覚悟で、荷物を飛び越してシバルリー号の方へと走り出した。

大きな音がして、二人の姿隠しの効果が切れた。

 

「誰かいるぞ!捕らえろ!」

 

 ハチマンは、声を出した船員の背後から襲い掛かり、船員を吹っ飛ばしたが、

船員達の中に一人、フォールンエルフがまじっていたようだ。

船を背にしていたハチマンは、

このまま振り返って走っても、追いつかれる可能性があると考え、

意を決してそのフォールンエルフに斬りかかった。

数合斬りあった所でパリィして、前蹴りで相手を吹っ飛ばす事に成功したが、

その瞬間横合いから船員の一人が体当たりをしてきた。このままだとまずい。

そう思った瞬間、その船員は、突然現れたキズメルによって、気絶させられた。

どうやらキズメルは、姿を隠して戻ってきていたようだ。

 

「キズメル悪い、助かった」

「二人とも、跳び乗って!」

 

 アスナの声が聞こえ、二人は振り向きざま全力で走り、そのままの勢いで船に飛び乗った。

船には勢いがついていたため、そのまま逃げ切る事が出来たようだ。

こうして襲撃の情報を得た三人は、そのままダークエルフ城へと無事帰還し、

家老に、得られた情報を全て報告した。

 

「明後日には、フォレストエルフの軍勢が攻めて来ると言う事か」

「はい、どうやらそのようです」

 

 アスナが代表して説明を始めた。

 

「しかしあの者たちの城とは水路が繋がっていないはずなのだが……」

「地下水路を通ると言っていました」

「そんなものが……」

 

 その瞬間に家老の頭に【!】が表示された。

 

「三人には明日、聖堂のあるダンジョンへと向かってもらいたい。

そこで祈りを捧げている我らが城主を連れてきて欲しいのだ。

ダンジョン近くにもう一隻迎えの船を用意しておく。頼んだぞ」

「わかりました。私達にお任せ下さい」

 

(アスナはこういうの様になるよなぁ……俺がやってもいまいち決まらないんだよな)

 

 こうして明日から三人で、聖堂ダンジョンを攻略する事になった。



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第029話 思いがけない援軍

予告通り、第四層の最後まで投稿します


 次の日の朝早く、三人は聖堂ダンジョンへと出発した。

あまり時間の猶予はない。遅くとも明日にはダークエルフ城への攻撃が始まってしまう。

三人が偵察の際見つかってしまったため、ペナルティで攻撃が早まる可能性すらある。

三人は可能な限り道中を急ぎ、適当な場所に船を泊めた。

一緒に着いてきた、子爵用の船の船員に、必ず戻ると伝え、

そこからは陸路で聖堂ダンジョンへと突入した。

 

 

 

 ずっと一緒に戦い続けてきたため、三人での連携を磨き続けてきた事もあり、

通常の雑魚敵の相手に関しては、まったく問題が無かった。

一番の問題は、ダンジョンの広さであった。

キズメルの話だと、どうやらこの聖堂ダンジョンは、

一層しかないのにとても複雑で広い造りとなっているらしい。

それでも三人は、マッピングをしながらひたすら奥へと進んだ。

途中何度かフォールン・エルフ・ソルジャーという敵とも遭遇したが、

三人は問題なく撃破し、ついに最終目的地だと思われる広場に突入した。

ここまで要した時間は十二時間ほど。帰りの事を考えると、もうあまり時間が無い。

 

「何者だ。配下の者がいない隙を狙ってくるとは、卑怯な!」

 

 聖堂へと続くと思われる扉の前に、フォールンエルフが一人立っていた。

カーソルの色は、かなりドス黒い。口ぶりからすると、本来は配下の者が数人いたようだが、

その姿はどこにも見えなかった。

当然ここで引く事はできないため、三人はそのフォールンエルフに戦いを挑んだ。

 

(フォールン・エルフ・ジェネラルだと……)

 

 さすがはジェネラルを名乗るだけあって、その敵は強敵だった。

剣技は速く、鋭い。威力もかなりのものがあった。

それでもじわじわと敵のHPを削っていき、敵のHPが赤色になった瞬間、

突然敵の速度が上がった。

それは、ハチマンをもってしても、防ぎ切れない速さであり、

じわじわとHPも削られて、このままでは敗北の可能性すらあるかもしれなかった。

 

「アスナ、キズメル!俺が敵の体制を大きく崩す!

その瞬間に、二人で最大威力の攻撃を叩きこめ!」

 

 ハチマンは限界まで集中して、その瞬間を待った。

筋肉の微妙な動きに反応し、ハチマンは一気に敵の懐に飛び込み、

今まさに敵が武器を振り上げようとする直前に、敵の武器を下からパリィし、

さらに左手で体術ソードスキルを使い、敵の右肩を撃った。

敵は、時計まわりに半回転し、こちらに背中を向ける格好となった。

その瞬間左右から飛び込んだ二人が、渾身の攻撃を加えた。

しかし、のけぞらせた分こちらの攻撃が浅かったのか、

わずか数ドット敵のHPが残ってしまった。

ハチマンはそれを見逃さず、トドメを刺しに突っ込もうとしたが、

その瞬間ハチマンは、のけぞらせたはずの敵が思ったより早く立ち直っており、

そのままこちらから見て左にいるキズメルに向けて、

武器を持つ右手を振り下ろそうとしているのを見た。

 

(しまった、このモードだと、敵の速さが上がるだけじゃなく硬直も短くなるのか)

 

 カウンターをくらう事になるため、

下手すればキズメルが死ぬかもしれないと考えたハチマンの視界の隅に、

どこかで見たような流れる白い光の筋が映った。

ガキン!という音と共に、敵が何故か再びよろけた。

次の瞬間、横から突っ込んできた黒いコートの男が、敵に止めをさした。

 

「キリト!」

「キリト君!」

 

 そのままキリトは剣を一閃し、敵を屠った。

 

「どうやら間に合ったな」

「皆さん大丈夫ですか~?」

 

 遠くから、ネズハが走ってくる姿も見えた。

 

「まじ助かったわ。ありがとな。キリト、ネズハ」

「良かった……キズメルが死んじゃうかと思った……」

「私なら大丈夫だ、アスナ」

 

 アスナは泣きそうな顔をしていた。よほど堪えたのだろう。

 

「ところでどうしてここにいるんだ?」

 

 ハチマンの質問にキリトは、自分達もキャンペーンでここに来た事。

ワンフロア隣でフォールンエルフを数人倒した後、そこで目的を達成し、

近くを通りかかったら剣戟の音が聞こえたので様子を見に来たら、

戦闘中の三人を見つけた事、等の説明をした。

 

「道理で取り巻きがいなかったわけだ」

「ああ、多分俺達が倒したのがその取り巻きだったんだろうな」

「なるほど。インスタンスエリアじゃないから、そんな事もあるわけか」

「ああ。それで三人が問題なく勝てそうだったから様子を見ていたんだが、

敵が突然速くなったから、いつでも飛び込めるように二人で準備していたんだ」

「そうか……ありがとな、二人とも」

「本当に……ありがとう」

「ああ、とにかく良かったよ。ところで……」

 

 そう言いながら、キリトはキズメルの方をちらりと見た。

 

「そうだった。前紹介するって言ったよな」

「お二人の助力に感謝を。私の名はキズメルと言う」

 

 黙っていたキズメルも、その視線に反応したのか、二人に頭を下げた。

ネズハはちょっとびくびくしていたが、キリトは、嬉しそうに手を差し出した。

 

「一度も助けられた事が無かったから、今度はあなたを助けられて良かったよ。

一度普通に話してみたかったんだ、キズメル」

「ふむ、どこかでお会いした事があっただろうか」

「ああ。遠い以前に一度、少し前に一度、会ってるんだよな。

こんな事言ってもわからないかもしれないが」

「……遠い昔に、どこかであなたを見た事がある気がする。

私の命が失われていこうとするのを悲しそうに見つめるあなたの顔を」

「!まさか、βの時の記憶が……いや、まさかな……」

 

 ハチマンとアスナの目には、キリトとキズメルが、

遠い昔に離れた友人同士が再び出会ったかのように見えていた。

 

「聞いていた通り、どう見てもプレイヤーにしか見えないな……」

「だろう?」

「で、そっちもキャンペーンクエストでここに?」

「そうだった。やばい、こっちには時間があまり無いんだった」

「どういう事だ?」

 

 ハチマンは、キリトに今までのクエストの流れをざっと説明した。

やはりキリト達のルートとはかけ離れているようだった。

 

「俺達には見えないが、ここに鍵穴が三つあるのか」

「ああ。今から領主様を救出して、戦争に参加する事になるんだと思う」

「それじゃ、急いだ方がいいな。

どうやらこっちのキャンペーンは次の層以降まで続いてるみたいなんだが、

そっちはここで終わりみたいだし、最大の山場になるだろうな。

最終クエストが、聖堂絡みのクエストだからな。

とりあえずここからはインスタンスエリアになるだろうから、俺達はここで待ってるよ。

シナリオ自体の手伝いは無理だろうけど、脱出の手伝いは出来るからな」

「すまん。それじゃ行ってくる」 

「ありがとう、二人とも!」

 

 

 

 三人は鍵を取り出し、三つの鍵穴に差し込んだ。

その瞬間に三人の姿が、キリトとネズハの目の前から消えた。

中に入った三人が見たものは、

一人の豪華な鎧を来たダークエルフが、一心に祈りを捧る姿だった。

 

「お久しぶりですヨフィリス子爵」

「これは……キズメルではありませんか。何か緊急の用事ですか?」

「はっ。我等の調査の結果、近日中に、

フォレストエルフの軍勢が城に襲来するとの情報が得られましたので、報告に参りました」

「フォールンエルフの差し金ですか……」

「ご存知でしたか」

「ええ。私は、フォールンエルフの蠢動を知り、

フォレストエルフとダークエルフの融和を願ってここで祈りを捧げていましたからね」

「もはや一刻の猶予もありません。是非城へお戻り下さい」

「ここに至っては一戦は避けられないようですね……ところで、そこのお二人は?」

「はい。ずっと私と共に戦ってくれている、人族の戦士です」

「なるほど……ご助力感謝します。時間も余り無いようなので、急ぎ城に戻りましょう」

「はい」

 

 外へ出た一行は、子爵にキリトとネズハを紹介し、六人パーティを編成して、

急ぎ迷宮の外へと向かい始めた。

 

「おいハチマン。あの子爵様、強いなんてもんじゃないな」

「ああ。相当レベルが高いな」

「僕も正直足が震えます」

「三人とも、急いで!」

 

 出会う敵はほぼ瞬殺し、一行は来た時の半分以下の時間で、脱出に成功した。

キリトとネズハが船を泊めた位置は別の方角だったので、二人はそこで別れる事になった。

去り際にキリトは、ボスが発見され、

まもなく攻略が開始される可能性がある事を、二人に教えてくれた。

 

 

 

 四人が船に到着すると、迎えの船で待機していたダークエルフの兵が焦ったように、

まもなく戦争が始まりそうだと伝えてきた。

 

「まずいですね。急ぎましょう、皆さん」

「はい!」

 

 一行が城を包む霧を抜けると、もう戦端が開かれ、

かなり押されているダークエルフ軍の姿があった。

端の方の戦力が薄そうな所を狙って突撃し、包囲網を背後から突破して、

ついに一行は、城へと辿り着いた。

 

「子爵様!」

「お待たせしましたね皆さん。私が戻ったからにはもう大丈夫です」

 

 子爵がそう言った瞬間、全員に強力なバフがついた。

ここから、ダークエルフ軍の反撃が始まった。



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第030話 融和

 ヨフィリス子爵の到着により、戦況は俄然ダークエルフ有利に傾いた。

当初は上陸一歩手前で、一進一退の攻防を繰り広げていたようだ。

最初ハチマンは、敵が上陸しないようにあちこち走り回ってフォローをしていたのだが、

その過程である事に気が付いた。ほとんど死者が出ていないようなのである。

どういう理屈かはわからないか、水に落ちたエルフは戦闘に復帰しないらしい。

基本的にお互いのHPが多く、一般の兵士は強力なソードスキルも使えないようで、

そのために、HP全損まではいかないようになっているようだ。

ヨフィリス子爵のつけてくれたバフには、ノックバック効果を上げるものもあったので、

それにも起因しているようだったが。

 

(融和、なるほど、融和がテーマか……)

 

 何度目かの波状攻撃を防ぎきり、場が一時的に落ち着いたところで、

三人は船に乗り、敵の迎撃に出る事にした。

目的は、敵をどんどん船から叩き落とす事であった。

幸いノックバック効果が上がっている事もあり、

元々敵の体勢を崩す事が得意なハチマンと、突き主体のアスナのコンビネーションが、

それはもう面白いようにこの場にはまった。

 

「今ので何隻目だっけ?」

「中型船三隻目だな」

「順調だね!」

 

 敵を全て叩き落とした船は味方がそのまま乗り移って使用し、

聞いたところによると、最初の戦力比は十二隻対十六隻であったようだが、

九隻対九隻の五分にまで持ち直す事となった。

勢いからすると、完全にダークエルフの方が有利だった。

どうやら押されている事が判ったのか、

フォレストエルフの軍勢は、まとまって行動し始めた。

こうなると、中々今までのようにはいかない。

 

「さてどうするかな」

「こうなっちゃうと、お互い決め手に欠けるのかな」

「出来ればこのまま戦況を傾けていって、

最終的には犠牲者をほぼ出さずに終わらすつもりだったんだがな」

「二人とも、どうやら子爵様が出撃なさるようだ。まあ見ているがいい」

 

 二人が後方に目をやると、どうやら子爵の乗っているらしい船が見えた。

その方向からいきなり白い光が発せられ、前方のフォレストエルフの船に突き刺さった。

その衝撃で、三隻分の船の乗員が、一気に船から叩き落とされたようだ。

 

「ハチマン君、今の……ソードスキル?」

「ああ。確か名前は《フラッシング・ペネトレイター》

いずれアスナも使う事になる最上級細剣ソードスキルだな」

「あれを私が……」

 

 アスナはぶるっと震えて、自分の手を見つめた。

自分が使うところを想像して、武者震いを起こしたようだ。

 

「子爵様!」

 

 子爵を呼ぶ声がして、ハチマンは再び子爵の船の方を見た。

 

「あれは、硬直してるのか」

 

 さすが最上級のソードスキルだけあって、硬直時間も長いらしい。

この機会を逃すものかと思ったのであろう。

敵の旗艦らしき船が、子爵の船の方へ突進していった。

 

「いくぞ二人とも」

 

 ハチマンは咄嗟にシバルリー号を間に滑りこませ、子爵の盾となる形をとった。

 

「邪魔するな、人族!

我等の城に攻めこもうとするダークエルフに船を提供するするだけでは飽き足らず、

直接我が前に立ちふさがるのか!」

「は?何の話だ?」

「しらを切るつもりか!我らの使っている船は、

お前達がダークエルフのために造っていたものを、奪ったものだ!」

 

(なるほど、フォールンエルフの計画はこれだったか……)

 

「それはフォールンエルフの策略だ。我等は侵略を計画してなどいない」

 

 その時やっと立ち上がった子爵が、声をかけてきた。

見るとその頭の上には【!】マークがついていた。

どうやらこのタイミングで派生クエが発生したようだ。

 

「そんな事が信じられるか!」

「それではこうしよう。

もしその人族達にそなたが敗北したら、話だけでも聞いてもらいたい。どうだ?

もし我等が嘘を言っているのなら、勝利した我等がわざわざ話をする理由など無いはずだ」

「わかった。その勝負、受けよう」

 

(これは、水に叩き落とせって事でいいんだよな……)

 

「アスナ、どうやら二人であいつを水に叩き落とさないといけないみたいだ」

「そうだね。この戦争、私達が終わらせよう」

 

 その敵は、フォレストエルヴン・インフェリアナイトと言うらしかった。

そして激しい戦いが始まった。

 

 

 

 ハチマンは何度か敵の攻撃を武器で受けてみたが、想像以上に敵の攻撃が重く、

即反撃に出る事も出来なかったため、攻めあぐんでいた。

 

(しかもまずいな、このままだと先に武器が壊れるかもしれん)

 

 聖堂ダンジョンから、整備もしないままずっと酷使させてきたせいか、

武器の耐久度の限界が近い。

二人はスイッチを繰り返しつつ相手の隙を伺っていたが、

そんな隙はまったく発見できなかった。

いよいよ武器が限界だと悟ったハチマンは、アスナに指示を出した。

 

「アスナ、次のスイッチで全力のリニアーを頼む」

「わかった。無理しないでね」

 

 ここまでくると、パリィは即武器破壊に繋がるので、

ハチマンはここまでパリィを使わずになんとか受け流してきたのだが、

それがかえって相手の頭から、

パリィされるという警戒心を取り除く事になっていたのも幸いしたのだろう。

ハチマンは、相手が武器を振りかぶった瞬間、渾身のパリィをかました。

武器の消滅と引き換えに、相手が大きくのけぞる。

 

(パリィとリニアーだけじゃ恐らく落とせない。ここは……これだ)

 

 ハチマンはそのまま、体術スキルの後方宙返り蹴り《弦月》を放ち、

相手の体を宙に浮かせた。

 

「アスナ、スイッチ!」

 

 その声と共に、アスナが渾身の《リニアー》を放つ。

さすがのフォレストエルヴン・インフェリアナイトも、

空中に浮かされては如何ともしがたく、そのまま水に落ちた。二人の勝利である。

 

「俺の負けか」

 

 悔しそうに呟く彼に手を差し伸べ、ハチマンは言った。

 

「約束通り、こっちの大将の話を聞いてやってくれないか」

「……わかった」

 

 戦争はこの戦いをもって終結した。

その後お互いの代表同士の話し合いによって、完全な講和とはいかないまでも、

共同でフォールンエルフの陰謀に関しての調査が行われる事となった。

 

「ハチマン君。私ちょっと外に出て、

攻略がどうなってるかだけアルゴさんに確認してくるね」

「了解だ。俺はちょっと今は動きたくない」

 

 アスナはそう言い、外へと向かった。

そのまま休んでいるハチマンの元へ、ヨフィリス子爵とキズメルが近づいてきた。

 

「ありがとう。そなた達のおかげで戦争が終わり、二つの種族の融和への道筋も出来た」

「ハチマン、ありがとう」

「いえ、俺はやらなくてはいけない事をやっただけなので」

「この戦いでのそなた達の働きは、素晴らしかったように思う。

そこで、通常の報酬とは別に、もう一つ褒賞を与えようと思っているのだが」

「あ、ありがとうございます。アスナが戻ってきたら、二人で選ばせてもらいます」

 

 ちょうどその時、いいタイミングでアスナが戻ってきた。何やら慌てているようだ。

 

「ハチマン君。ボス討伐、もう出発したって!」

「まじか。って事は戦力は足りてるのか?」

「四十二人の七パーティみたい。

どうやら偵察も同時に出来ちゃったみたいで、それなら補給だけ近くの村で済ませて、

このまま攻略に行ったろうやないかい!って意見が出たらしいよ」

「あいつ……それじゃ任せるしかないか。キリトやネズハも行ってるんだろう?」

「うん、そうみたい」

「それならまあ大丈夫だとは思うが……」

 

 一抹の不安はあったが、特に新しい情報があるわけでもない。

そう思っていた二人に、キズメルが問いかけた。

 

「ハチマン、アスナ。二人は天柱の塔の守護獣に挑むのか?」

「あ、うん。仲間が今挑もうとして、塔を上ってる最中らしいんだよ」

「そうか。あのキリトとかいう戦士もいるなら、問題ないと思うが、確か」

 

 そのキズメルの言葉を、子爵が引き継いだ。

 

「我等の伝承だとあの守護獣は、どんな土地でも水没させてしまう力を持っているとか。

倒すには水に浮く呪いが必要だという」

 

 それを聞いて二人は顔面蒼白になった。

 

「アスナ、アルゴはそんな事言ってたか?」

「ううん、そんな事は言ってなかった」

「まずいな……俺達も向かうか。最初の浮き輪を皆が持っててくれればまだいいんだが」

「水没するって事は、つまり脱出は出来ないって事だよね?」

「多分な……外から扉を開けないとだめな気がする。

武器は予備を使うとして、とりあえず行くか」

 

 二人は子爵とキズメルに挨拶をして、すぐに迷宮区へ向かおうとした。

 

「ごめんなさい。私達今すぐ行かなくちゃ。後でまた必ず戻ってきますから」

「それなら私も同行するぞ、アスナ」

 

 突然キズメルが言い出した。

 

「それはすごい助かるけど、いいの?」

「ああ。戦争も終わり、しばらくやるべき仕事も無い。

我等の為に力を尽くしてくれた二人に協力するのは、当然の事だ」

「それでは私も行きましょう」

「ええええええええええ」

 

 子爵もそう言い出し、四人で迷宮区へと向かう事になった。

中型船を出してもらい、四人は迷宮区へと突入した。

案の定、子爵の力は絶大で、ほとんど止まる事も無く、

すぐにボス部屋の前に辿り着く事が出来た。見ると、扉から水が漏れている。

ハチマンは三人に、正面に立たないように伝え、扉を開けた。

 

 

 

 扉を開けると、数人のプレイヤーが流されて出てきた。その中にキリトもいた。

キリトは、何が起こったのかわからないようであったが、

ハチマンとアスナを見て、笑顔で言った。

 

「よう!遅かったな!」

 

 キリトの説明によると、どうやらキバオウが、大量の浮き輪を所持していたらしい。

そういえば誰かが大量に浮き輪を取ってたなーと、ハチマンは思い出した。

ガイドブックと敵の見た目が違うので、一応キリトやエギルが進言はしたようだったが、

聞きいれられなかったのだという。

 

「キリト君、犠牲者は出てるの?」

「いや、幸い誰も犠牲者は出ていない。何とかしのいでるってだけだったけど、

皆成長しているって事なのかな」

「扉はやっぱり中からは開かないんだな」

「ああ。だがこうやって外から開ければ、あの攻撃も問題なさそうだ」

「よし、それじゃその役目は俺に任せろ」

「ハチマンは戦わないのか?」

「実は戦争で武器を失っちまって、予備しか無いんだよ……」

「激しい戦いだったんだな……あ、そういえば、キズメルも来てくれたんだな」

 

 キリトはキズメルを見て、嬉しそうにした。そして、その後ろにいる人物を見て固まった。

 

「ヨフィリス子爵も、来てくださって、あ、ありがとうございます……」

「先日は世話になったな、人族の戦士よ」

 

 そんなキリトに、ハチマンが囁いた。

「見たらびびるぞ。やっぱり恐ろしく強かったわ……」

 

 部屋の中に入ったハチマンとアスナを見て、キバオウが声をかけてきた。

 

「なんや、遅かったやないか!」

「すまん、遅れた。その代わり、援軍を連れてきたぞ」

「援軍?援軍ってなんや……ね……」

 

 そう言い掛けたキバオウは、キズメルを見て固まり、子爵を見てさらに固まった。

リンドは遠くで必死に指示を出していた。

そんな中、子爵が前に出て、大きな声を張り上げた。

 

「人族の戦士達よ!我が名はヨフィリス!盟約により、助勢するために参上した!」

 

 その声を聞いて、何事かとこちらを見た攻略レイドのメンバーは、

子爵が放つ強者のオーラに気おされたのか、皆驚愕しているようだった。

しかし次の瞬間、全員に数種類のバフがかかり、大歓声があがった。

 

「水没しそうになったら俺が扉を開ける。キバオウ、浮き輪ナイスだったぜ」

 

 ハチマンはそう言って表に出た。

後は水が滲み出てきたら扉を開けるだけの簡単な作業だ。何ならまめに開閉してもいい。

そしてしばらくして、ボスは問題なく倒されたようだ。

皆、恐る恐るだが、子爵やキズメルに握手を求めたりもしていたようだ。

勝利に盛り上がる集団の輪にも入らず、ハチマンは外に一人でいたままだった。

 

(やっぱり集団に参加するのは、まだ慣れないんだよな)

 

しばらくして、アスナとキズメルと子爵の三人が、中から出てきた。

アスナが何か言おうとしたが、ハチマンはそれを遮り、

 

「それじゃ戻りますか」

 

 と一言だけ言った。四人はそのままダークエルフの城へと帰還した。

ハチマンは褒賞で短剣を選び、壊れた武器の代わりもしっかりと確保できた。

そして、ついに別れの時がやってきた、と二人は思っていたのだが、

どうやらキズメルは、今後湖畔の隠された小さな家に移るようだ。

指輪さえあればまたいつでも会えると知って、アスナは嬉しそうだった。

 

 

 

 こうして、三層からまたがる二人の特殊キャンペーンは一先ず終わりとなった。

この先の層で続きがあるのかはわからない。

だがそれは二人にとっては大した問題ではないようだ。

シバルリー号は、キズメルに預かってもらえる事になった。

こうして第四層の攻略も、犠牲者を一人も出さずに終了したのだった。




ここまでで、プログレッシヴ要素をからめるのは終了となります


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第031話 リズベットは頑張っている

 現在最前線は、十層まで達していた。

幸いあれから安定して攻略を続ける事が出来ていた。

例の解放隊のジョーという男が、何かと揉め事の種を蒔こうとしてはいたのだが、

今のところ大きな揉め事には発展していなかった。

キリトはその強さゆえか、やや他人から距離を置かれている印象があったが、

エギルがうまく間に入ってくれているようだ。

アスナは最近、閃光のアスナと呼ばれるようになっていた。

その名声は、既に不動のものとして確立していた。

アスナのシバルリックレイピアは、プラス十三まで強化されていたが、

さすがに現役でいられるのは、良くて一、二層先までだろう。

 

「ぐぬぬ」

「どうだ?リズ」

「強さの幅を考慮しても、メインになる金属が少し弱い」

「そうか……俺も色々と調べてはいるんだがな」

 

 アスナにシバルリックレイピアを見せてもらった時、

リズベットは相当ショックを受けたようだ。

あの時点では熟練度の関係で絶対に不可能だったのだが、

いずれ自分にもこんな武器が本当に作れるのかどうか。

せめて強化くらいはしてあげたかったが、当初はそれすらも無理だったようだ。

それからリズベットはかなり努力した。

ハチマンも、陰日向と手伝っていたのだが、

やっとつい先日、問題なく強化を行える熟練度に達したようだ。

そこで二人は、アスナの次の武器の作成をリズベットが行うという想定で、

メインとなる金属の選択に、頭を悩ませているところなのだった。

 

「シバルリックレイピアをインゴットにして、それをメインにするのはどうなんだ?」

「あの剣は奇跡みたいなもので、金属のレベルだけ見れば、

今流通してきている金属類の方がまだ上なんだよね。

なので、サブにしか使えないと思う」

「なるほどな」

「しかし参ったなぁ、そろそろストレージも限界なんだよね」

「かなり色々試作したからな」

「でね、今度私、露店をやってみようと思ってるんだよね」

「なるほどな。資金もかなり稼げるだろうし、

過剰な在庫もなんとか出来そうだから、いいんじゃないか?

これなんかかなりいい出来だから、誰かに使ってほしいしな」

 

 そう言ってハチマンは、ひょいっと一本の細剣を取り出した。

強化回数こそ八回だが、その性能は、シバルリックレイピアと同等くらいに見えた。

 

「今のところそれが一番の出来なんだよね。前線でもまあギリギリいけるくらい」

「シバルリックレイピアと比べると確かにそうなんだが、

前線組の大半の武器は、プレイヤーメイドの武器がまだあまり流通してないせいで、

基本NPCから買うかドロップに期待するしかないから、こんなもんだぞ」

「なるほどね」

 

 実際のところ、商人プレイヤーと職人プレイヤーの数は、かなり増えてきていた。

しかしまだ素材の流通も多いとはいえず、

リズベットのように、協力してくれる前線プレイヤーが側にいない限り、

なかなかその裾野が広がるのには、もう少し時間がかかりそうだった。

 

「で、ハチマンに聞きたいんだけど、露店を出す上で気をつけないといけない事って何?」

「まずは料金設定だな。ぼったくりは論外だが、あまり低すぎるのもトラブルの原因になる。

あとは強化の値段設定とある程度の在庫確保か。

強化素材が持ち込みか、それとも店側で準備するかでも変わるし、

成功率もきっちり表示した方がいいな。メンテに関しては問題ないだろ」

「ほえ~、やっぱ大変なんだねぇ」

「どうする?商人プレイヤーにそのまま卸しても別にいいと思うが」

「ううん。私最近、自分の店を持ちたいって思うようになってきたんだ。

だからそのためにも、ちょっと頑張ってみるよ」

「そうか。わからない事があったらいつでも聞いてくれ」

「うん、ありがとう」

「俺ももうちょっとメインに出来るような金属の情報を集めてみる」

「わかった。気をつけてね」

「おう。それじゃまたな」

「またね、ハチマン」

 

 それから数日。攻略を進めながら、ハチマンはひたすら情報収集に努めていた。

そんな時リズベットから、露店を出す準備が出来たと連絡があった。

ハチマンは、色々アドバイスした事もあり、様子を見に行く事にした。

 

(お~収納機能付きの大型カーペットか。そういや昔同じようなのをネズハも使ってたな)

 

 遠くから見た感じ、リズベットはうまくやっているようだ。

中にはクレームをつけてくる客もいたようだが、懇切丁寧に説明して、

ちゃんと納得してもらっているようで、大きなトラブルはなさそうだ。

 

(ま、それでもおかしな客は一定数いるからな)

 

 そう思いつつハチマンは、リズベットの方に近づいていった。

 

「あ、ハチマ~ン」

「おう、調子はどうだ?」

「初日だからいっぱいいっぱいだけど、なんとかやっていけそう」

「そうか」

「さっきまでアスナもいたんだよ。準備を手伝ってもらったの」

「アスナ、な……」

 

 そういえばここ数日アスナの姿を見ていないなとハチマンは思った。

攻略開始初期から比べると、確かに二人が一緒に行動する時間は減っていた。

 

(ま、自分でやりたい事が増えてきたって事なんだろうな。

アスナの名声も高まってきたから、実際色々なところから誘いも来るだろうしな)

 

 実際のところ、そうした誘いをアスナは全て断っており、

基本何かしたい時は、真っ先にハチマンに声をかけていたのだが、

ハチマンはそういった事情は理解していなかったようである。

ハチマンがちょこちょこ断っていたのもあるが、

実際そういう時は、アスナはソロか、キリトやネズハ、エギルらと行動を共にしていた。

それでも今も三日に一度は必ず行動を共にしていたのだったが、

ここ最近金属探しに奔走し、良い結果が得られていなかったためか、

前回一緒に行動したのが、遠い過去のように感じられていたのだった。

 

「ん?アスナがどうかしたの?」

「いや、早く金属素材を見つけないとなって思ってな」

「何か情報はあった?」

「いや、さっぱりだ……」

「そっか……」

「そろそろ行くわ。変な奴もいるかもだから、まあしっかりな」

「うん、ありがとうね!」

 

 それから数日、リズベットは熟練度上げと商売に精を出した。

一度トラブルがあったようだが、それを聞いてから、

ハチマンが露店の後方の見えない所で昼寝をしている姿がたまに見かけられるようになった。

リズベットは気付いていなかったようだ。

 

(最近トラブルになりかけると、お客さんが後ろを見て、そのまま大人しくなるんだよなぁ。

一度見に行ったけど何も無かったし……ま、いっか。とにかく頑張ろう)

 

 そんなある日、ついに求めていた情報が来た。

ネズハの使っていた商売用のカーペットは、キリト経由でエギルに渡っており、

エギルもそれを利用して、最近ちょこちょこ商売を試みていたのだったが、

そんなエギルが、最近レアっぽい鉱石を仕入れたという。

ハチマンは急ぎエギルの下へと向かった。

 

「エギル、いい金属が入ったんだって?」

「おう、ハチマンか。それならこれだ」

 

 その金属は、深い藍色をした美しい金属だった。

 

「これ、いくらだ?」

「ん、そうだな。加工できる奴も周りにほとんどいないし、こんなもんでどうだ」

「安いな。こんなもんでいいのか?」

「日ごろ世話になってるし、ちゃんと仕入れ値を割らないようにしてるから、大丈夫だ」

「そうか、すまん。助かる」

「なぁに、役にたつならそれでいいさ。また今度一緒に狩りにでも行こうぜ」

「ああ」

 

 ハチマンは、はやる気持ちを抑えながら、リズベットの商売が終わるのを待ち、

手に入れた金属を見せた。

 

「これ、これならいけるよ、ハチマン!」

「そうか。よし、他に必要な物は何かあるか?」

「えーと、触媒にこれと、あとこれかな」

「それなら持ってる、使ってくれ」

「これで準備は出来たかな。それじゃ今夜、決行ね!」

「ああ。時間が決まったら連絡してくれ」

「うん。アスナには連絡しとく」

「頼んだ。あ~……あと」

 

 ハチマンは、頭をかきながら言った。

 

「アスナには、これはリズが伝手で手に入れた事にしておいてくれないか?」

「わかってるって。いつも階層更新する度に、アスナがお風呂付きの部屋の情報を、

誰よりも早く手に入れられるのも、実はハチマンが手を回してるんでしょ?」

 

(バレてたのかよ……)

 

「いいっていいって。アスナには絶対言わないし。

ハチマンって、なんていうか勝手に色々やってる印象もあるけど、

実はほとんどが誰かのためになる事ばっかりだし。

でも、そういうのを他人に知られるのは嫌いなんでしょ?

それなりの付き合いなんだし、なんとなく見ててわかるよ」

「……俺はそんないい奴じゃねーよ」

「まあ、他人にいい顔したいだけだろーとか、そう言う人もいそうだけど」

「そうそう、俺はそういう奴だよ」

「でも、ハチマンはそうじゃないと思う。うまく説明出来ないけど」

「……」

「ハチマンはそうやって他人の事ばかりだけど、たまには我儘を言ってもいいと思うけどな」

「まあ、努力する」

「努力する気なんか無いくせに」

「お、おう……」

「それじゃ後でね!」

「また後でな」

 

 その日の夜、三人は集まり、リズベットがアスナに事情を話すと、

アスナはすぐ武器の更新を決断した。

 

「またこの子の魂を受け継ぐ剣に出会えるんだね」

「そうだな」

「それじゃリズ、お願いします」

 

 槌を打つ音だけが響き、ほどなくして、素材は光を放ち、美しいレイピアの形をとった。

 

「よし、バッチリ!我ながらいい出来だと思う」

「ありがとう、リズ!」

 

 リズベットは、ついに自分の手でアスナの剣を作る事が出来て、本当に嬉しそうだった。

ハチマンは、これで今後もアスナの武器を安定して更新出来る目処がたったと安心していた。

アスナは完成した剣を手に持ち、嬉しそうに尋ねた。

 

「リズ、ところでこの剣の名前は?」

「それはね………」



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第032話 怖いの

 CONGRATULATULATIONの文字と共に、

第十八層の階層ボスが爆散し、歓声が上がった。

最近は最前線のプレイヤーは、誰からともなく攻略組と呼ばれるようになっていた。

このところの攻略組の活躍は目覚しかった。

もはや快進撃と言えるペースで、どんどん到達階層を更新していった。

SAOの開始から、現在は六ヶ月ほどが過ぎている。

相変わらず何かと火種を蒔こうとする解放隊のジョーに加えて、

最近はドラゴンナイツの何とか言うメンバーが対抗して騒ぎ出す事もあったが、

その事は快進撃の影に隠れてしまっていた。

 

 

 

 

 第十九層の転移門がアクティベートされた後、

アスナはリズベットと何か約束があるらしく、すぐ下層へと戻っていった。

ハチマンは、キリトと一緒に少し街を回ってみる事にした。

 

「なあハチマン、さっきから思ってたんだけど、NPCが一人も歩いてないよな」

「ああ、とても居心地がいいな」

 

 そのハチマンの言葉を聞き、キリトはバッと振り返った。

 

「ハチマンは、最近地が出てるっていうか、色々取り繕わなくなってきたよな」

「元々俺はこういう奴だからな」

 

 キリトは面白そうな顔をして、言葉を続けた。

 

「実は俺もこういう街の方が気楽なんだよな」

「そうだろうな。基本ソロ嗜好のプレイヤーは大体そんなもんだろ」

「ああ、違いない」

 

 そんな会話を交わしながら、二人はクエストNPCの場所等をメモし、

街の探索を続けていた。

開いている店の数もやや少なめで、基本的にほとんどの家の扉は閉ざされていた。

 

「なんか、廃墟マニアの気持ちが少しわかる気がする」

「おお、キリトもそう思ったか」

「ああ。なんかこういう人のいない街を探索するのってわくわくするな」

「あ、ちょっと待っててくれ。ちょっとそこの宿の施設を調べてくる」

「……風呂がついてるかどうか、いつも通り調べてるんだな」

「ばっかお前何言ってるんだよ。ただの調査の一環だっつの」

「はいはい」

 

 尚も二人で歩き回っているとキリトが、とても雰囲気の怪しい酒場のような店を見つけた。

 

「ハチマン見てくれよ。何ていうか、

いかにも裏家業の人間が集まってますみたいな店じゃないか?」

「おお、すげーいいなここ」

「男同士で軽く何かつまみながら密談するのにいかにもいい感じの雰囲気だな」

「要チェックだな」

 

 街中の主だったところはほぼ回れたと思われ、

次は街の外の狩場になりそうな所をいくつか見てみる事になった。

何ヶ所かで試しにモンスターを倒してみて、

ドロップアイテムや得られる経験の目星もある程度ついたので、

明日朝集合という事にして、その日はそこでお開きという事になった。

 

「それじゃあキリト、明日は三人で狩りにでも出るか」

「そうだな。情報をまとめて渡すためにアルゴも呼んどくか」

「了解だ。じゃあまた明日な」

「おう、また明日」

 

 キリトは手を振りながら去っていった。

ハチマンは、さきほど見つけておいた風呂付きの宿に泊まる事にした。

もちろんアルゴには、その宿の情報は既に送信済だったわけだが。

 

 

 

 次の日の朝、ハチマンは、集合時間ぎりぎりに宿の契約を終わらせた。、

その後四人は予定通り集合して情報を交換した。

もうβ時代の知識は使えないため、素早く正確な情報を集め、

いかに早くガイドブックを出すがが、とても大事になってきていた。

アスナはもう恒例となった、風呂付きの宿の情報をアルゴから買っていた。

どうやら今のうちに予約するようだ。

やはりアルゴは忙しいらしく、そのまま去っていった。

三人は、その宿を経由して、そのまま直接街の外に向かう事にした。

 

「なんか静かな街だね」

「ああ。NPCも一人もいないしな」

「それにしても、最近は攻略も順調になってきたね」

「そうだな。まあいいんじゃないかな」

「ちょっと早すぎる気もするけどな」

「ハチマン君、早いと何か問題でもあるの?」

「そうだな、基本的にはいい事なんだが、

今は各層の調査が完全じゃないままどんどん先に進んでるだろ。

そうすると、何か大事な情報が誰にも見つからないまま埋もれてしまう可能性がある」

「それはあるだろうな」

「たまに、前の層の探索が甘そうなところを調べる日を作ってもいいかもね」

「ああ」

 

 

 

 さすがにまだ人も少なく、三人はあちこちを転戦しながら狩りを続けた。

何となく外も全体的に寂しい雰囲気がする。そういったコンセプトの層なのだろうか。

何ヶ所か回っているうちに暗くなってきたので、三人は街に戻る事にした。

 

「しかし、このゲームは別にいつ活動してもいいのに、

なんか暗くなると家に帰ろうってなっちゃうよな」

「俺達くらいの年齢だと、どうしてもそういうのが習慣になってるんだろうな」

「それあるよね」

「キリトは宿はどうするんだ?」

「前のとこ、まだ契約残ってるからしばらくはそこだな」

「私はさっき予約した宿に泊まるけど、ハチマン君は?昨日ここの街に泊まったんだよね?」

「お、おう。昨日の部屋はちょっといまいちでな。適当にどっか探すわ」

「そうなんだ」

「そうなんだ」

「何だよキリト」

「いや、別に何も」

 

 

 

 解散した後、ハチマンは宿をどこにしようかとぶらぶら歩いていたが、

昨日見つけた怪しい店が遠くに見えてきた頃、

数人のプレイヤーらしき人影が店に入っていくのを見た。

 

「NPCはこの周辺に一人もいなかったし、プレイヤー、だよな……」

 

 ハチマンは何かキナ臭いものを感じ、隠密スキルをフル稼働させてから、

ゆっくりと店に近づいていった。

そっと中を覗くと、そこには三人の男がいた。

 

(あれは、ジョーか……もう一人は……あれはドラゴンナイツの)

 

 もう一人は、ドラゴンナイツのメンバーで、

最近ジョーとよくやりあっているプレイヤーだった。

 

(あいつらグルだったのか?そしてもう一人は……ポンチョを着た、見た事もない……

ん、ポンチョ?確か、ネズハ達におかしな事を吹き込んだのがそうだったような)

 

 ハチマンは背筋が寒くなるのを感じた。何か裏で陰謀が進んでいるのだろうか。

 

(これはアルゴに調査を依頼……いや、危険かもしれん。

俺の方でそれとなく気をつけていくしかないか。

それにしてもあのポンチョの男の雰囲気は、あれはやばい。

うまく説明は出来ないが、とにかくやばい事だけはわかる)

 

 ハチマンは今見た事を心に留め、とりあえずそっとそこから離れた。

その後は再び宿を求めてぶらぶらしていた。

と、その時アスナから連絡が入ってきた。

どうやらアスナの泊まる宿まで来て欲しいらしい。

 

(ん、何か用事でもあんのかな)

 

 あまり待たせるのもあれだったので、

とりあえずハチマンは急ぎアスナの宿に向かう事にした。

 

「どうかしたのか?」

「あ、うん。ちょっと話でもと思って。もう今夜の宿は決めたの?」

「いや、ちょうど探してたとこだな」

「そうなんだ」

 

 それを聞いてアスナがちょっとほっとしたように見えたが、

ハチマンは気のせいだと思いそのまま会話を続けた。

 

「で、話って何だ?相談でもあるのか?」

「ううん、そうじゃないんだけどね。それにしてもこの街って何か寂しいよね」

「そうだな」

 

 その後もとりとめの無い会話が続き、

ハチマンは、何か煮え切らないアスナの態度に、疑問を覚えた。

普通の男なら、ここで告白でも始まっちゃうのかと身構えるところだが、

良くも悪くもハチマンにはその発想は無かった。

まあ誰かとなんとなく会話でもしたかったのだろうと思い、

ハチマンは、そろそろここを出て、宿探しに戻ろうかと考え始めた。

 

「それじゃ時間も遅くなってきたし、そろそろ俺は宿探しに戻るわ」

「あっ……ま、まだいいんじゃないかな。別に門限とかあるわけじゃないんだし」

「いや、それはまあそうなんだが、さすがにもういい時間だしな」

「う~」

「ん、やっぱり何か相談したい事でもあるのか?

誰にも言わないから、話くらいはちゃんと聞くぞ」

「………の」

「ん?すまんよく聞こえなかった」

 

 難聴系ではないハチマンをもってしても、その声は聞き取れなかった。

 

「オバケが怖い……の」

「オバケ?」

「もう!この街、なんか誰もいなくてオバケが出そうで怖いの!」

 

 アスナは泣きそうな顔で、そう言った。

 

「ああ、そういう……つかお前、虫とかは平気なのに、そういうのは駄目なのな」

「せっかくとった宿だしもったいないし今更移動もやだしそもそも外は不気味だし、

だからハチマン君に一緒に泊まってほしいの!」

 

 アスナは一気にまくしたてた。

 

「お、おう、すまん……いや、しかしお前、年頃の男女がだな」

「前にもあったじゃない!」

「いや、まあそれはそうなんだが……はぁ、わかったよ。衝立みたいなのはあるか?」

「うん。準備しといた」

「そこらへんはぬかりないのな……」

「ごめんね。なんかお風呂に入ってたら、想像以上に静かで怖くなっちゃって……」

「なるほどな。んじゃまあ、さっさと寝るとするか。こっちのソファー使うぞ」

「うん。ほんといきなりごめんね?」

「気にすんな。誰にでも怖いものの一つや二つある」

 

 その後は、本当にとりとめの無い会話が続いた。

しばらくしてアスナは寝てしまったのか、静かになったので、ハチマンも目を閉じた。 



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第033話 森と水のフロア

連続する話になるので、18時にもう1話投稿します


「共用ストレージ?」

「うん。私達って、基本一緒に行動する事が多いじゃない。

で、基本ハチマン君の方がダメージをくらう回数も多いし、ポーションの使用量も多いから、

共用ストレージを作っておいて、消耗品を入れておけば便利なんじゃないかって」

「あーまあそうだな、そこらへんは任せるわ」

「うん!それじゃ今日は気分転換に散歩を楽しもう!」

「はいはい」

 

 ここ、二十二層は、自然の豊かな明るい森と水のフロアだった。

主街区はコラルの村といい、それほど広くはないのだが、

フィールドに雑魚モンスターがわかないため、現在の最前線であるにも関わらず、

ある種オアシスのような役割を果たしているようだ。

解放後まだあまり日数も経っていないのだが、

採集系プレイヤーや、癒しを求めて来る観光目的のプレイヤー等、

多くの住人がここを訪れているようだ。

 

「なんか、今までのフロアと全然雰囲気が違うよね。すごくなんていうか、和やかだね」

「ああ。昼寝に良さそうな所だな」

「ハチマン君は相変わらずだね」

「おう」

「でも、最初の頃より自然体って感じでいいんじゃないかな」

 

 今日は攻略を休みにしたため、ハチマンは一日のんびりするつもりだったのだが、

アスナが散歩に行こうとメッセージを送ってきた。

ハチマンはいつもの通り渋るかと思われたが、

外を歩いているだけでものんびりできるフロアだった事もあり、

結局二人でぶらぶらと散歩をする事になったのだった。

 

「ところで最近キリト君を見ないけど、何かあったのかな?」

「ああ、最近キリトの奴、下の階層で中堅ギルドとつるんで何かやってるらしいな。

そのギルドに加入したって噂もちらほらと聞こえてくるぞ」

「へぇ~、何かいい出会いでもあったのかな?」

「どうだろうな。どこかのギルドに所属してるキリトなんて想像もつかないが」

「ふふ、まあそうだね」

 

 辺りには暖かな日差しが降り注ぎ、気候も穏やかで、緑が満ちあふれていた。

ハチマンは、久しぶりに落ち着いた休日が過ごせそうだと感じた。

このところハチマンは、攻略を進めながらも、

合間合間に十六層の怪しい店で見かけた三人組の事を調べていた。

わかったのは、ドラゴンナイツのメンバーが、モルテという名前だという事だけだった。

他の情報はまったくと言っていいほど出てこず、若干の焦りも感じていたため、

ハチマンにとっては久々にいい気分転換となったようだ。

 

「あ、ハチマン君、こんなところにもプレイヤーハウスがあるよ」

 

 そこは、少し道から外れたところにある、

こじんまりとしたログハウス風のプレイヤーハウスだった。

 

「ここに来るまでにもちょこちょこ売りに出されてるプレイヤーハウスを見かけたが、

ここが一番良さそうな雰囲気の家だな。

何より人がほとんど来なさそうなのがいい」

「いい雰囲気だよね。私もいずれこんな家を買いたいな」

「俺は今でも買おうと思えば買えるけどな」

「ハチマン君そんなに持ってるの?」

「基本あまり金は使わないからな、俺は」

「それじゃ、ハチマン君ここ買っちゃおうか!」

「いや買わないから……」

 

 それからしばらく二人は、色々なところを見て回った。

釣りをしているプレイヤーがいた時は驚かされた。

採取をしているプレイヤーも沢山みかけたし、

時々他のプレイヤーとすれ違う事もあったが、

せっかくの気持ちのいいフロアだからと、アスナがずっとフードを外している事もあり、

皆必ずアスナを見て、憧れや恋愛感情のこもった視線を向けてきた。

そしてその直後に隣にいるハチマンを見て、嫉妬のこもった視線や、

何でこんな奴がという疑問のこもった視を投げかけてくるのが常であった。

 

(そりゃ俺みたいなのがアスナみたいな有名人の隣にいたら、そう思うよな。

明らかに釣りあってない組み合わせだしな)

 

 ハチマンはそんな事を思いながらも、マイペースに視線を受け流していた。

実際のところ、誰かとすれ違い、そういう視線を向けられるたびに、

アスナがハチマンの服をそっと摘んでいたせいでもあったのだが、

当然ハチマンはそんな事にはまったく気付いていない。

アスナにとってもそれは無意識の行動だったのだが、

どうもそれがアスナの癖になってしまっているようだった。

 

「アスナはしばらくこの層に拠点を置くのか?」

「うん、しばらくはそうするつもり」

「そろそろ選択の幅も広がって、一層ごとに上に引っ越す意味も無くなってきたしな」

「ハチマン君は?」

「そうだな、プレイヤーホームはともかく、

そろそろプレイヤールームくらいは購入してもいいかもしれないな」

「いい部屋があったら私もそうしようかな」

「まあ、その方が色々いじれて楽しいかもしれないな」

「あまり人の出入りが多くないところがいいな」

「まあここの主街区は狭いせいで宿は少ないからな。

少し街外れに行けば、いい部屋もあるかもしれないな」

「そうなんだよね、ここ宿は少ないんだよね。私よくお風呂付きの部屋を確保できたなぁ。

いつも情報をくれるアルゴさんにも感謝しなきゃ。

あれ、でもアルゴさんって階層更新直後はいつもいないはずなのに、

次の日調査を開始する前に、もう既にお風呂付きの物件情報が、

アルゴさんに届いてる気が……」

 

(やっべ……)

 

「人がいないってなら、十九層が一番人の出入りが少ないと思うぞ」

「もう~ハチマン君のいじわる!」

 

(危ない危ない、うまく話を逸らせたな)

 

 そんな会話をしながら散歩を続けるうちに、

やや日も傾いてきたので、二人はとりあえず街に戻る事にした。

その後しばらく街中で良さそうな部屋が無いか探した後、そこでお開きとなった。

 

 

 

(今日は楽しかったな)

 

 アスナは風呂に入りながら、今日の事を思い出していた。

このところ、攻略組のメンバーは、ほとんどが多忙を極めていた。

一気に攻略階層も進み、二十二層というオアシス的な層に辿り着けたためもあって、

一度ここで各自しっかり武器の強化やレベル上げをしようという話も出ていた。

そんな理由もあり、攻略組が羽を休める一方、職人クラスの者は逆に多忙を極めていた。

素材の供給も追いつかなくなってきたため、

下の層で素材を狩る中堅ギルドも活況を呈していた。

攻略組に続く層も厚くなりつつあり、職人も増え、

二十二層はまさに皆にとって救いの層となっていたのであった。

 

(キリト君もギルドに入ったみたいな話だったし、私もそろそろ考えた方がいいのかな……

でも今あるあの二つのギルドには入りたくないし、

かといって、他にまともに攻略に参加しているギルドの心当たりもない。

ハチマン君がギルドを作ってくれないかな……そうなったらすぐ入るんだけど、

きっとそういうの嫌がるだろうしな)

 

 ハチマンは当然ギルド設立などまったく考えてはいなかった。

実はアスナに頼まれたら作っていた可能性は否定できない。

なぜならハチマンは、その事も想定してギルドクエストを密かにやっていたからだ。

だが、結局この可能性は実現する事は無かった。

 

(もし私だけがどこかのギルドに入ったら、ほとんど一緒にいられなくなるのかな……

まあいいや、考えても仕方ないや。今日はもう寝よう)

 

 アスナは考えるのをやめ、その日はもう寝る事にした。

 

 

 

(拠点か……とりあえず本格的にどこかの部屋を購入する事も検討しないとな)

 

 ハチマンは、今日のアスナとの会話がきっかけで、

どこかに部屋を購入するのもいいかなと本気で考えはじめていた。

隠れ家っていいよな、という中二病的発想が根底にあったのも否めない。

実際宿だと、なんとなくただ一晩過ごすためだけの仮の住みかという感じが否めないが、

購入した部屋は、帰る場所という感じがしていた。

 

(本格的に探してみるか、俺の帰る場所を)

 

 

 

 次の日から、ハチマンの部屋探しがはじまった。

二十二層を一番の候補と考えつつも、色々な層を走り回った結果は収穫無しだった。

ハチマンは気分転換にと、街の周囲を歩いてみたが、

近くにある湖のほとりに、三階建てくらいの高さの塔が建っているのを発見した。

人気はまったく無いが、どうやらぎりぎりコラルの村の圏内のようだ。

 

「なんだこれ、入り口も何もないけど、ただのオブジェなのか?

もしこんな塔の上に家があったら面白いのにな」

 

 思わず口に出して言ったハチマンだったが、

その声に反応するように、突然家の購入画面が表示された。

 

「うお、まさか本当に家だったとは……」

 

 隠し拠点扱いだったのだろうか、値段もかなりお手ごろというか安かったので、

間取りや設備面も気に入った事もあって、ハチマンは即決してその家を購入した。

どうやらキーを持ってない者には入り口すら見えないらしい。

鉄壁の要塞と言うべき隠れ家だった。

景色は最高で、キッチンと風呂付き、

間取りはリビングの他に四部屋ほど、それに離れの小屋が一つと、想像以上に広かった。

正直そんな広さはまったく必要なかったが、何より秘密基地っぽいのが良かった。

ハチマンは浮かれて、家具やら何やらを集め始めるのであった。



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第034話 秘密基地

 いつものように鍛治に精を出していたリズベットは、アスナに呼び出された。

 

「リズ、なんか最近ハチマン君が怪しいの」

「ハチマンが怪しいのはまあいつもじゃない?」

「そうなんだけど、なんかいつもと違うんだよ」

 

 アスナは、最近ハチマンが、

普段は絶対に行かないような小物やら家具やらの店を、

やたらと見てまわっているのを怪しんでいた。

リズベットは最初、ハチマンが怪しいのはいつもじゃないかな、と思っていたが、

話を聞くと、確かにいつもとは違う。

 

(むむむ、女の気配?いやいやハチマンに限ってそれはない。うーん何だろう)

 

「確かに今までのハチマンの怪しさとは正反対に怪しい」

「でしょ?」

「よし、アスナ。ハチマンの後をつけよう」

「ええっ?ハチマン君の後をつけるとか無理じゃない?絶対気付かれるよ」

「大丈夫よアスナ。我に秘策あり!」

 

 リズベットは何故かノリノリで、そう宣言した。

 

「で、オレっちに何か用事カ?」

 

 リズベットの秘策とは、どうやらアルゴだったようだ。

 

「一応聞くけどアルゴさん、ハチマン君の行動が最近怪しい理由とかの情報ってある?」

「いや、特に何もないな。ハー坊が何か怪しいのカ?」

 

 アスナは、最近のハチマンの行動をアルゴに説明した。

 

「確かにハー坊らしくないというか、怪しいとしか言えない行動だナ」

「というわけで、アルゴさんに依頼をお願いします。ハチマン君を尾行して下さい」

「面白そうだな。その依頼引き受けたゾ」

 

 こうしてハチマンの知らぬ間に、ハチマン包囲網が出来あがったのだった。

そんな事も露知らず、ハチマンはうかれながらも着々と家の設備を整えていた。

それをアルゴが全部見ていたとも知らずに。

 

 

 

 数日後アルゴから、調査結果が報告された。

 

「どうやら二十二区の街の圏内の、とある塔周辺に入り浸ってるみたいなんだが、

その塔の近くにハー坊が行くと、何故かそこで姿が消えるんだよナ」

「そのあたりに何かあるのかな?」

「それが調べてみたけど何も無いんだヨ」

「むむむ、やっぱりこれは怪しいよアスナ」

「どうすればいいかな?」

「これはもう待ち伏せて現場を押さえるしかないんじゃないカ?」

「うーんハチマン君に気付かれないかな?」

 

 三人は知恵を振り絞ってどうすればいいか考えた。

その結果、なんとかいけそうな案が一つ浮上した。

 

「いいか二人とも。一番まずいのは、遠くから発見されて、

近づいて来ないまま逃げられる事ダ」

「ふむふむ」

「そこで、あえて向こうから見えるように、あからさまな隠れ方をする。

具体的には誰かがいるのはわかるが、誰かはわからないようにする」

「うーん、つまりどういう事?」

「具体的には、目立つ布を被って近くに隠れておくんだよ。

そうすれば、罠にしちゃ目立ちすぎてるし、かといって放置するわけにもいかなくて、

必ずハー坊はこっちに近づいてきて中を確認しようとするはずだ。

あからさまだってのがポイントだナ」

「わかった、やってみる!」

「で、近づいてきた瞬間に二人で取り押さえれば終了だナ」

「それじゃそれでやってみよう、アスナ」

「結果が出て、教えられるものなら後で教えてくれよナ」

「うん、ありがとうアルゴさん!」

 

 こうして二人は、タイミングを見計らって塔の近くまで近づいた。

 

「これかー、確かに何もないただのオブジェみたいな塔に見えるけど……」

「どこかに何かの秘密があるんだろうねきっと」

「それじゃそろそろハチマンが来ると思うし隠れようか」

「うん」

 

 こうして二人は潜み、しばらくたった頃、遠くにハチマンの姿が見えた。

ハチマンはこちらを見てぎょっとしたが、おそるおそる近づいてきていた。

 

「さすがに慎重になってるみたいだね」

「うん。あんまり早く出すぎると逃げられちゃうかもね」

「アスナ、ギリギリまで引きつけよう」

 

 息を潜めてハチマンを待つ二人。じりじりと近づくハチマン。

どれだけの時間が経っただろうか、ついにハチマンが布に手をかけた。

 

「今だ!アスナ!」

「うん!」

 

 その瞬間に二人は飛び出し、ハチマンを捕まえようとした。が、わずかに届かなかった。

 

「お、お前ら何でここに……くそっ、やっぱり罠か」

 

 ハチマンは、そのままきびすを返して街の方へと逃げはじめた。

だがアスナもまったく油断はしていなかったようだ。

アスナはいつの間にか装備していた武器で、

ハチマンの背中に容赦なく《リニアー》を放った。

圏内なのでダメージは発生しないが、ハチマンは吹っ飛ばされて倒れた。

そこをリズベットが確保して、どや顔で決めゼリフを放った。

 

「さあハチマン。ハラスメントで監獄に飛ばされたくなかったら大人しくしなさい」

「お、お前ら本当に容赦ねえな………」

 

 

 

「で、ハチマンはここで何をしていたの?」

「ぐっ、い、いずれ話すつもりだったんだよ機会があれば」

「機会があれば、ねぇ……その機会は本当に来る予定だったのかな?」

「うぐっ、た、多分?」

「ごめんねハチマン君、痛かったでしょう?」

「いやまあ痛くはないけど、お前あれ本気だっただろ」

「気のせいじゃないかな」

「そ、そうですね」

 

 アスナの笑顔がまったく笑っていなかったため、ハチマンはつい敬語になった。

 

「で、ここには何があるの?」

「はぁ……仕方ない、こっちだ」

 

 ハチマンがウィンドウを操作すると、塔の側面に扉が開いた。

 

「え?何これ?悪の組織の秘密基地かなんか?」

「あー……ここは……俺の家だ」

「ハチマンの家!?」

「ハチマン君の家!?」

 

 二人はあまりの予想外の返事に驚愕したが、とりあえず中に入ってみる事にしたようだ。

中に入ると、そこには螺旋階段があり、上へと続いていた。

 

「へぇ~、なんかおしゃれな感じかも。

アスナ、よく見てみたいからちょっと私の代わりにハチマンを押さえてて。

逃げようとしたらハラスメントコード発動で」

「あっごめんリズ。

私、ハチマン君相手のハラスメントってとっくに表示しないように設定してて……」

「え?」

「は?」

 

 ハチマンとリズベットは揃ってポカーンとしてしまった。

 

(だから前アスナに触れた時ハラスメントコードに抵触した気配が無かったのか……)

 

 リズベットもすぐ我に返ったようだ。

 

「ハチマン、ハチマンは今、何も聞かなかった。オーケー?」

「お、オーケー……」

「それじゃまあ、上に行ってみよう。ハチマン案内お願い」

「お、オーケー……」

 

 上に出ると、二人はまず予想外の広さにまず驚いた。

そして設備を見て驚き、離れを見て驚いた。

 

「いつの間にこんな豪華な家を……」

「ハチマン君、こんな家買ってたんだ……」

「なんかこの前アスナと出かけた日の夜に盛り上がっちまって、

色々探してたら隠されてたここを偶然にも見つけちまったんだよ。

そしたらもうここ、買うしかないだろ?」

「まあ、ここなら私でも買いたくなるかも……」

「なんかすごい景色もいいよね……」

「で、どうしてこそこそしていたの?」

「いやほらこれ秘密基地だから、男のロマンだから」

「もう秘密じゃないね、リズ」

「もう秘密じゃないよね、アスナ」

「もう秘密じゃないですね……」

 

 アスナとリズベットは、こそこそと何か相談していたが、何かの同意に至ったらしい。

二人とも笑顔で、ハチマンの方に手を差し出した。

 

「えーと、その手は……?」

「私ここの鍵、欲しいな。ハチマン君」

「私あの離れを作業場に使いたいな、ハチマン」

「う…………ちなみに拒否権は」

「拒否してもいいけど、ここの情報をアルゴさんも知りたがってたんだよね」

「拒否してもいいけど、私ハラスメントコード有効にしてあるんだよね」

「うす…………どうぞ」

 

 二人は鍵をもらい、とても喜んでいるように見えた。

 

「住みつくとかは勘弁してくれよ」

「うん、そこはまあ節度を持ってだよ!」

「泊まってもいいけど、出来れば二人セットで頼むわ」

「オッケーオッケー。ハチマン太っ腹!」

「あー、部屋は一応三つ余ってるから、二人同じ部屋でも別でもいいから、

家具は適当に好きに運び込んでくれ。決まったら、本人しか開けられないように設定しとく」

「うん!それじゃ早速買いにいこうか、リズ!」

「どうしよっかー。あ、ハチマン離れに鍛治道具置いといてもいい?」

「おう、あそこは使う予定無かったから、好きに使ってかまわないぞ」

「ありがとう!それじゃアスナ、行こう!」

 

 こうしてハチマンの隠れ家は速攻二人にバレてしまった。

 

(まあ、これはこれで悪くはない、のか、な)

 

 昔から変わらず押しに弱い自分と、

昔とは変わって他人があまり苦手じゃなくなった自分を発見して、

ハチマンは、今後も自分はどう変わっていくのかと、未来の自分に思いを馳せるのだった。




今後は昼12時に投稿し、2話投稿の時はその時間を記載しようと思っています
今後とも宜しくお願いします


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第035話 突然の崩壊

今日も18時にもう1話投稿します


ハチマンが、秘密基地ともいえる自らの拠点を手に入れてから、

一ヶ月ほどの時間が経過していた。

攻略は順調に進み、つい先ほど二十四層の攻略も無事終えたところだったのだが、

そこで問題が発生した。

毎回の事ながら、ジョーとモルテの言い合いが始まったのだが、

今回それが、リンドとキバオウの言い争いにまで発展してしまったのだ。

 

「エギル、何があったんだ?」

「ああ、ハチマン。ボスへのとどめの時に最近いつも解放隊がないがしろにされてると、

あのジョーってやつが言い出してな。リンドがそれに反論したみたいなんだが、

どうやら言い方が悪かったらしく、キバオウがそれに切れたみたいなんだ」

「そんな理由でか……」

「あんまりラストアタックにこだわらないハチマンや、俺達にはそうかもしれないが、

大手のギルドには主導権争いとか色々あるんだろうさ」

 

 その場は一応収まったが、火種はどうやら燻り続けているらしかった。

その日の夜、一応お疲れ様会という事で、ハチマンの家にアスナとリズベットが訪れた。

 

「ハチマン、アスナ、攻略お疲れ様」

「リズ、今回はほんとに疲れたよ」

「主に攻略後にだけどな」

「攻略そのものじゃなくて、攻略が終わってからなの?」

「ああ。どうしても人が集まると、もめごとが起こっちまうからな」

「やっぱりそういうのあるんだね」

 

 何とかしようにも、こればかりはハチマンにもどうしようもなかった。

本来は一つの組織としてまとまってくれれば何の問題も無いんだが、

いまさらそれは不可能だろう。

 

(今のところ攻略自体に支障は出ていないが……)

 

 考えても仕方ないと思い、ハチマンは話題を変える事にした。

 

「リズ、そういや最近髪型とか服装、変えたんだな」

「うん、アスナに色々いじられちゃって」

「そうなのか」

「リズは絶対こういうのが似合うと思ったんだ」

「ああ、まあ、悪くないんじゃねえの」

「こういうの苦手な方だったんだけど、でも悔しい事に、

アスナに色々されてからの方が明らかに露店の売り上げが多いんだよね……」

「でしょでしょ!」

 

 リズベットの髪は、少し前までは茶色だったのだが、今はピンク寄りの茶色になっていた。

服も、少し派手目な赤いワンピースになっていた。

商売の時は、そこに白いエプロンをつけているようだ。

本来ピンクや緑や青などといった髪の色は、どうしても不自然に見えてしまうものだが、

ゲーム内だからという事もあるのだろうか、不思議と違和感は感じられなかった。

 

「ハチマン君の髪とかもいじってあげようか?」

「絶対にやめてくれ……」

「じゃあ普段着とか」

「ああ、それならまあ頼む事は無くもないな。実際現実だとほとんど妹任せだったしな」

「それじゃ今度機会があったら見にいこう!」

「お、おう……」

 

 その後も雑談をし、その日はお開きになった。

二人とも気を遣っているのか、まだ一度も泊まった事はなく、

ハチマンは二人のその配慮に感謝していた。

もっともしっかりと部屋は二つ確保し、各自でコーディネイトしているようだった。

リズベットは泊まりこそしないものの、ちょくちょく離れで鍛治仕事をしているようだ。

きっちり連絡を入れてから来るので、バッタリ鉢合わせということはない。

たまに素材調達を頼まれたり、一緒に狩りに行く事もあるが、

その距離感はしっかり保たれていて、ハチマンにとっては特に苦痛という事も無かった。

 

「それじゃ、二人ともまたな」

「またね、ハチマン君」

「明日昼ごろまた鍛治をしに来るから宜しくね、ハチマン」

「ああ、了解だ、リズ」

 

 二人が帰るとハチマンは、そのまま風呂に入って寝る事にした。

 

 

 

 それから数日後、今回も攻略は順調に進み、

二十五層の突破も時間の問題だと思われた頃、その事件は起こった。

ハチマンは、自宅に突然アルゴとアスナの訪問を受けた。

ちなみにアルゴには、守秘義務を徹底するのと引き換えに、家の事を話していた。

いつか自然にバレるよりは最初から言って口止めした方がいいとの考えからだ。

 

「なんかアルゴさんが、私達に話があるんだって」

「しかし相変わらずここはいい家だよな。オレっちが欲しいくらいだヨ」

「絶対譲らないぞ。で、今日は何の用だ?」

「ハー坊、アーちゃん、心して聞いてくれ。ついさっき、解放隊が壊滅した」

「……………は?」

「………え?」

 

 ハチマンは、たっぷり数十秒時間をかけた後、

やっと言葉の意味を理解したのか、呆然とアルゴに聞き返した。

 

「おい、どういう事だよ。一体何があった?」

「解放隊が少し前にボス部屋を発見したらしいんだが、

あいつらその情報を隠して単独でボスに挑んだみたいなんだヨ」

「単独って、なんでそんな事を」

「生き残りの話だと、どうやらボスに対しての有効な情報が手に入ったから、

単独でいけるとふんで突撃したらしいんだけどな、

その情報がでたらめだった上に、ボスの強さが今までとぜんぜん違ったらしいんだよナ」

「生き残りって……」

 

 生き残り、という言葉に不吉な響きを感じたのだろう。アスナはハチマンの方を見た。

ハチマンは、意を決してアルゴに問いかけた。

 

「……何人参加して、何人生き残ったんだ?」

「七パーティ四十二人が参加して、生き残りは……八人だよ、ハー坊」

 

 その数字を聞かされ、二人は絶句した。ハチマンが先に立ち直り、アルゴに質問を続けた。

 

「七パーティって、それ適正レベルに届いていないメンバーも結構いたんじゃないのか?」

「ああ、二パーティくらいは若干低レベルだったみたいだナ」

「キバオウはどうなった?」

「何とか生き残ったみたいだゾ」

「………まさか、あのジョーってやつがまた何かしたのか?」

「生き残りの話だと、ボスの攻略情報はそいつが持ってきたらしいナ」

「くそっ、くそっ」

 

 ハチマンは机を何度も叩き、悔しがった。

自分がもっと気をつけていれば。自分がどうにか手を打てていれば。

後悔が後から後から押し寄せてくる。

そんなハチマンの様子を心配したのか、アスナはハチマンに声をかけた。

 

「ハチマン君、別にハチマン君のせいじゃないよ」

「違うんだアスナ、俺はジョーって奴絡みの情報を持っていたんだ。

もしかしたらなんとか出来たかもしれないのに、俺は何も出来なかったんだ」

 

 ハチマンは、以前見た事を、アスナとアルゴに話した。

 

「なるほど、そんな事があったのカ」

「ああ。下手に手を出すと、危険かもしれないと思って、誰にも言えないでいた。

それが完全に裏目に出た」

「ハチマン君……」

「ハー坊、気持ちはわかるけどな、さすがに今回の事はどうしようも無いと思うゾ」

「そうかもしれないが……くそっ」

「ハチマン君は何でも一人で背負おうとしすぎだよ。

私達に出来る事を考えて、みんなでやってくしかないよ」

「くっ…………」

 

 アスナはしばらくハチマンの頭をなでていた。

アルゴは何も言わなかったが、やはりハチマンを気遣っているようだ。

ハチマンはしばらく慟哭していたが、何かを決意したように顔を上げた。

 

「すまん二人とも。もう大丈夫だ。今後の事を一緒に考えよう」

 

 自分の無力さを感じつつも、ハチマンは前を向く事を決断したようだ。

 

「まずいくつか聞きたい。ジョーって奴はどうなった?」

「それは確認してある。生き残った後、すぐに姿を消したみたいダ」

「解放隊の生き残りで戦えるメンバーは何人残った?」

「ボス戦に参加できそうな強さを持ってるのは、いいとこ六人くらいだろうナ」

「ドラゴンナイツはどうしてるんだ?」

「どうやら人集めに奔走しているらしいな。攻略が続けられるかの瀬戸際だからナ」

「ここでしばらく足止めになりそうだな……」

「一日や二日でどうにかなる問題じゃないからナ」

「………キリトは?」

「まだ知らせてないぞ。このところずっと下層で戦ってるみたいだしナ」

「最近攻略に顔を出してこなかったから、忙しいんだと思って連絡してなかったが、

キリトにも手伝ってもらわないと今回ばかりは駄目だろうな」

「キリト君ならきっと来てくれるよ」

 

 その後も色々と情報をまとめていったが、やはり問題は戦力の増強だった。

ドラゴンナイツが出せて二十四人、エギルチームとハチマン中心の勢力が八人くらい。

解放隊の生き残りはほぼ当てに出来ないだろう。すっかり心を折られているように見えた。

やはり戦力がぜんぜん足りない。

改めてアルゴにジョーとモルテとポンチョの男についての調査を頼み、

その日の話し合いはそこまでとなった。

 

 

 

 後日アルゴから報告が入った。情報は何も無し、目撃情報すら無し。

モルテも同時に姿をくらましたそうだ。

三人がどこに潜んでいるのか、まったく情報は出てこなかった。

戦力増強も思うように進まず、事態は停滞していた。

 

 

 

「久しぶりだな、キリト」

「ハチマン、久しぶり」

 

 ハチマンとキリトは、久しぶりに会って話をしていた。

 

「話は聞いたか?」

「ああ。大変な事になったな」

「人さえいれば攻略は目指せるんだが、戦力の事はどうしても、な」

「俺に何か出来る事は無いか?」

「ボス攻略に参加してもらえれば、それで大丈夫だ。とにかく今の問題は戦力だからな」

「そうか……しばらく参加してなくて、すまん」

「いや、キリトが謝る事なんて何もないだろ。

実際うまくいってたんだし、別にキリトも遊んでたわけじゃないだろ」

「それはそうなんだが……」

「ギルド、入ったんだろ?」

「……ああ」

「今はそっちに集中していればいい。いずれ助けを借りる事になるが、それは今じゃない」

「そうか」

 

 ハチマンは、キリトに笑顔を向けた。

 

「その代わり、本番では頼むぜ」

「ああ、全力で手伝うぜ」

 

 二人はハイタッチをかわし、そのまま別れた。



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第036話 血盟騎士団

「ハチマン君じゃないか」

「シヴァタさん、お久しぶりです」

 

 その日ハチマンに声をかけてきたのは、ドラゴンナイツのシヴァタだった。

ハチマンの持つシヴァタの印象は、穏やかな良識派、といった感じで、

悪い印象はまったく無かった。

 

「ドラゴンナイツの増強、どうなってますか?」

「正直思わしくないね……」

「そうですか」

 

 重苦しい雰囲気を嫌ったのか、シヴァタが話題を変えた。

 

「そういえば解放隊、今度名前を変えるらしいよ」

「このタイミングで名称変更ですか?」

「どうやら、下層で活動しているギルドと合併して、キバオウ君はリーダーを降りるらしい」

「次のリーダーは誰が?」

「シンカーという人だそうだ。その合併先のギルドは、

主に戦闘に向かない人の支援活動を、下層でしていたギルドらしい」

「なるほど、支援系ギルドに転向するって事ですかね」

「僕もそう思っていたんだが、新名称は、アインクラッド解放軍だそうだ」

「軍ですか。その合併内容だと、何かイメージとまったく違いますね……」

「副リーダーに就任したキバオウ君が、どうしてもって言い張ったらしいね」

「あいつらしいといえばらしいですね」

「キバオウ君も、当初より大分丸くなってきてたと思ってたんだけどな……」

「俺もそう思わないでもなかったんで、今回の事は残念でした」

「まあ、早く戦力を立て直すしかないな」

「はい、お互い頑張りましょう」

「ああ、今後もよろしく頼むよ」

 

 

 

 それからさらに数日が過ぎたが、まだ状況は好転していない。

そんな中、アルゴからハチマンとアスナに一つ報告が入った。

どうやら、中堅ギルドで最近急激に勢力を伸ばしてきたギルドがあるらしい。

二人は、詳しい話を聞くためにアルゴと直接会う事になった。

 

「で、そのギルド、血盟騎士団って言うんだけどナ」

「聞いた事ないな」

「赤と白の制服まで揃えて、中々しっかりと運営してるチームらしいゾ」

「その制服、私何度か見た事あるかも」

「その血盟騎士団なんだが、攻略組に参加する気はあるらしいんだが、

一つ問題があるらしいんだヨ」

「どんな問題だ」

「そこのリーダー、ヒースクリフってユニークスキル持ちなんだけどな」

「まじかよユニークスキル持ちかよ」

「アルゴさん、ユニークスキルって?」

「全プレイヤーの中で、おそらく一人しか持てない特別なスキルだな。

エクストラスキルの中に、条件が記載されてない物があるらしいんだ。

他の種類が存在するかどうかはまだ確認されてないナ」

「そういえばガイドブックで昔見た気もする」

「で、そのユニークスキルが神聖剣って言うらしいんだけどな、

いわゆる防御特化らしいんだよ」

「で、何が問題なんだ?」

「チームに強力なアタッカーがいない」

「そういう事か……」

「可能なら誰か紹介してもらえれば、ボス攻略に参加する事も問題ないそうダ」

「と言ってもキリトくらいしか思いつかないが、キリトはなぁ」

 

 ハチマンの知る強力なアタッカーといえばキリトだが、

さすがにギルドに入ってうまくやっているらしいキリトにそんな事は頼めない。

本当はもう一人候補がいるはずだったが、ハチマンはその事を考えもしなかった。

 

「で、当てはあるのか?ドラゴンナイツとかから引っ張ってくるとか」

「さすがにそれは無理じゃないかナ」

 

 まあ無理だよな、と思いつつハチマンは考え込んだ。

しかしいい考えはまったく浮かんでこなかった。

 

(最悪俺を売り込んでみるか……)

 

 ハチマンは結局、そう結論づけた。

 

「とりあえずそのヒースクリフと話をする事は出来るか?」

「セッティングするのは可能だナ」

「それじゃ、頼む。どんな奴か話してみないとなんともいえん」

「それじゃ聞いてみるヨ」

 

 

 

 次の日、ヒースクリフの元へと向かったのは、

ハチマンとアルゴと……アスナだった。

 

「アスナは別についてこなくていいんだぞ」

「私も行くよ」

「いや、別に話すだけだから大丈夫なんだがな」

 

 アスナは、ハチマンが自分の名前を決して出そうとしない事に気付いていた。

気を遣っているわけではないようだから、考えもしていないのだろう。

もしくは、無意識に考えないようにしているのだろう。

そう考えると、ハチマンがヒースクリフに提案するのは……

 

(絶対にハチマン君は、自分でいいかと提案するつもりのはず)

 

 アスナは、もしそうなったら自分が立候補する事を、既に決めていた。

アスナはあの解放隊壊滅の日以来ずっと、

ハチマンが自分を責め続けているような気がしていた。

このままの状況が続くと、いずれ必ずハチマンの身に良くない事が起きる。

アスナはそう確信していた。

だからといって、ハチマンの代わりに仕方なく、という意識はまったく無かった。

話を聞いていてアスナは、以前自分がどこかのギルドへの参加を考えていた事、

そして、この血盟騎士団というギルドがそのギルドであるのではないかと、

根拠もなく確信していた。

ハチマンには自由でいて欲しい、その上で、私は私の道をゆくためにギルドに入る。

今のアスナは、そんな決意に満ちていた。

 

 

 

「はじめまして。私がヒースクリフだ」

 

 その男の目を見た瞬間、ハチマンは衝撃を受けた。

 

(晶彦さんの目に似ている……しかしまさか、ゲームのプレイヤーとして参加?

ありえない、ありえないと思うが、でも似ている……確信は持てないが)

 

 ハチマンは、気をとりなおして自己紹介する事にした。

 

「はじめまして。ハチマンだ」

「私はアスナです」

「攻略組の中で名だたるお二人にお会い出来て光栄に思うよ。で、用件は何だろうか」

「単刀直入に言う。ヒースクリフさん。血盟騎士団に足りないアタッカー、俺じゃ駄目か?」

 

(ハチマン君、やっぱり……)

 

「君か……確かに派手さはないが、君も強力なアタッカーだ。

それならそれでこちらとしては願ってもない申し出なんだが、

私としては、そちらのアスナさんの参加を打診されるものとばかり思っていたんだがね」

「アスナが血盟騎士団に?そんな事考えた事もない」

 

 ハチマンは、心底不思議そうな顔をして、そう答えた。

その時ヒースクリフが、二人の顔を見比べながら言った。

 

「考えた事がないのではなく、考えたくなかったのではないかね?

どうやらアスナさんは分かっているようだが」

 

 ハチマンはその言葉に、頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。

 

(考えた事がないのではなく、考えたくなかった、だと……だがしかし……俺は……)

 

 やや混乱しているハチマンをよそに、アスナが一歩前へ進み出た。

 

「ハチマン君の申し出は無かった事にして下さい。血盟騎士団には私が入ります」

 

 ハチマンはそのアスナの言葉に、何も反応する事は出来なかった。

 

「もちろん歓迎させてもらうが、それでいいのかい?」

「はい、自分の意思で決めた事ですから、問題ありません」

「だめだ!」

 

 ハチマンが突然、大きな声で叫んだ。

 

「アスナが参加なんて、そんなのは駄目だ。

今日の話は無かったって事で、帰ろう、アスナ」

「ハチマン君」

「まあ待ちたまえ。アスナ君を手放したくないという君の気持ちもわからないではないが、

それは君のエゴではないのかね?」

「エゴ?エゴだと?これのどこがエゴなんだ、ヒースクリフ!」

「それがエゴじゃなければ何だと言うんだい?

君はそもそも、アスナ君を候補にすら考えていなかったんだろう?

理屈で言えば、それが一番ベストな選択だというのにも関わらずだ」

「それは……」

「そして自分の意思だというアスナ君の気持ちもないがしろにしている」

 

 ハチマンは黙り込んでしまい、ヒースクリフもそのまま静観していた。

最初に言葉を発したのは、アスナだった。

 

「ハチマン君。私、ハチマン君の代わりにとか、そんな事思って決めたんじゃないよ。

確かにハチマン君には自由でいて欲しいのも確かだし、

この前からハチマン君が自分を責め続けて、一人で何とかしようって思ってるのも知ってる。

でもね、そんな事とは関係なく、これは、私のやりたい事でもあるの。

私、攻略のためにいずれどこかのギルドに入ろうかって、漠然と考えてた。

でも、ハチマン君達と一緒に行動するのが楽しくて、その気持ちを封印しちゃってた。

でも今回の話を聞いた時、うまく言えないんだけど、これだって思ったの。

いつまでもハチマン君に頼ってないで、自分の道を自分で選ぼうって、

そしてそれは今なんだってそう思ったの」

「アスナ……」

「心配しなくても、どこにも行ったりしないから。

どうせちょこちょこ秘密基地には行くしね」

 

 そう言いながら、アスナはハチマンに微笑んだ。

ハチマンはその顔を見て、ヒースクリフに言った。

 

「ヒースクリフ、アスナをその……宜しく頼む」

「わかった。本当は君にも参謀として入団して欲しかったが、

どうやら君はフリーで動く方が全体のためになるようだし、今回は諦めよう。

気がかわったら、いつでも言ってくれて構わないがね」

「ああ、その時は宜しく頼む」

 

 こうしてアスナは血盟騎士団に入団し、副団長に就任する事が決まった。

二十五層の攻略は、こうして再び動き出す。



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第037話 再始動

18時にもう1話投稿します


 アスナが血盟騎士団に入団したその日の夜、ハチマンが家に帰ると、

何故かそこにはアスナがいた。連絡無しで来るのは初めてだった。

 

「で、何でアスナがここにいるんだよ」

「え?だって、どうせまたすぐ秘密基地に行くって言ったじゃない」

「すぐとは言ってない」

「そうだっけ?まあ男の子が細かい事を気にしないの」

「へぇへぇ分かりましたよ副団長様。

せっかくのさっきまでの感動のシーンが台無しじゃねーかよ……」

「あ、夕食作っといたから」

「おう、料理スキル結構上がったのか?」

「まあ、問題なく人に振舞える程度には、ね」

 

 今後はどうなるかわからないが、結局二人の関係はほとんど変わっていないようだ。

ハチマンは、アスナにはやっぱりかなわないな、と思った。

 

「あ、あと今日泊まってくからよろしくね」

 

 アスナがいきなり言い出し、ハチマンは驚いた。

 

「はぁ?お前いきなり何言っちゃってんの?」

「あ、あと今日泊まってくからよろしくね?」

「いや内容はわかってるから……

はぁ……友達といえども節度を持ってだな、ってこんな会話、前もした気がするな」

「大丈夫、リズもすぐ来るから!今日はお祝いね!」

「はいはい、了解だよ副団長様」

 

 その後すぐにリズベットも到着した。

どうやらこれから、アスナの血盟騎士団入団と、副団長就任のお祝いの会を開催するらしい。

 

(どうして女子はこう、何かとお祝いしたがるのかね)

 

 ハチマンはそれでもまあ、今日くらいはアスナの好きにさせてやろうと思っていた。

 

 

 

 会はまず、アスナの制服のお披露目から始まった。

 

「じゃーん!これが私の新しい制服です!」

「アスナ、かわいい~」

 

 どうやらアスナは、もらった制服を見せたくて仕方がなかったようだ。

その制服は、防御力もしっかりとした、鎧タイプの制服であるようだった。

 

(これならまあ、性能的にも安心だな)

 

 アスナは何かを期待するようにハチマンに聞いてきた。

 

「ハチマン君、これどうかな?」

「ああ、防御力もしっかりしてそうだし、いいと思うぞ」

 

 そのハチマンの答えは、誰が聞いても落第といえるものだった。

 

「ハチマン君……」

「ハチマンさあ……」

「な、何だよ……」

「もう一度やり直し」

「お、おう……」

「それでは改めまして、ハチマン君、どうかな?」

「に、似合ってるんじゃないか。悪くないと思うぞ」

「ありがとう!」

 

 こんな調子で夜も更けていき、ハチマンは早々に自室へと退散した。

二人は一緒にお風呂に入り、そのまま今日は一緒に寝るようだ。

 

(はぁ、今日は色々あったな……)

 

 ハチマンは今日、自分の駄目なところを散々見せつけられ、少しへこんでいた。

 

(俺はアスナを自分の物扱いしていたのかな……

友達の事をそんな風に思うなんて、俺はやっぱだめな奴だな……はぁ……)

 

 友達いない期間長かったしな……と考えながら、ハチマンは眠りについた。

 

 

 

「ねえアスナ、本当に良かったの?」

「ん、何が?」

「本当はアスナ、ハチマンの作るギルドに入りたかったんじゃないの?」

「あー、リズもやっぱわかってたんだ」

「そりゃねぇ……」

「でも、もしそうなったらハチマン君、メンバーのために自分を犠牲にしそうじゃない?」

「あー………それはありそう」

「だから、これで良かったんだよ。

血盟騎士団の話を聞いて、これだって思ったのは間違いないんだし」

「まあ、アスナが納得してるならいいけどさ」

「うん」

「ところで、アスナはハチマンの事が好きなの?」

「え?ハチマン君は友達だよ?好きとかそういうんじゃないよ」

 

(うわぁだめだ~この二人よっぽどの事がない限り自覚しないわ~)

 

 リズベットは頭を抱えた。

こうして初めての三人の夜は更けていった。

 

 

 

 そして夜が明けた。

 

「二人とも、昨日はよく眠れたか?」

「うん、大丈夫」

「ハチマンとアスナは今日はどうするの?」

「俺は攻略会議の開催の手配だな。後はまあ、各所に連絡と報告だな」

「私はギルドの方に顔を出して、フォーメーションとかの練習とか色々かな」

「それじゃ私は今日も鍛冶に精を出しますか!」

 

 その後ハチマンは関係各方面に連絡をしまくった。

ドラゴンナイツには、攻略会議開催の要請を。

血盟騎士団には、今までの攻略のルールやフォーメーション等の説明をし、

キリトやネズハ、エギルらに連絡をとった。

そしてついに次の日、久々の攻略会議が開催された。

 

「ハチマン君、何か進展があったのかい?」

 

 まず最初に、先日会ったシヴァタがハチマンに声をかけてきた。

 

「ああ、シヴァタさん。やっと解決の糸口が掴めました」

「そうか、戦力さえなんとかなれば、攻略自体は出来るはずだしな」

「幸い、って言っちゃいけないんでしょうが、情報はありますからね」

「この層に限ってはほとんど回りつくしたしな」

 

 そこに、リンドもやってきて、会話に加わった。

 

「リンド、すまない。勝手に会議を召集しちまって」

「いや、それは構わないよ。どうせこのままじゃ当面打つ手も無かったし」

 

 リンドはハチマンにそう答えた。リンドも精神的にかなり参っていたようだ。

 

「とりあえず戦力はなんとかした。後は細かいところの調整とかになると思う」

「血盟騎士団だっけ?実力はどうなんだ?リーダーがユニークスキル持ちだと聞いているが」

「防御に関しては格段に上がると思う。攻撃に関しては、まあ隠し玉があるしな」

「なるほど」

 

(まあプラスマイナスでトータルの攻撃力は上がらないんですけどね)

 

 その後エギルにも声をかけ、会議が始った。

会議の冒頭、まずハチマンがあいさつした。

 

「皆、いきなり集まってもらって申し訳ない。

今日集まってもらったのは、まず新しい戦力の紹介をするためだ。

紹介しよう、血盟騎士団だ」

 

 その言葉と同時に、血盟騎士団の面々が入場してきた。

揃いの制服を着て、統一されたその動きは、かなり迫力のあるものだった。

皆は興味深く眺めているようだったが、

アスナが入ってきたところで、やはり驚きの声があがった。

 

「私は、血盟騎士団の団長、ヒースクリフ。隣にいるのは副団長の、閃光のアスナさんだ」

「アスナです。改めまして、宜しくお願いします」

 

 ハチマンは、閃光、と呼ばれたところでアスナの眉がピクッと上下したのに気付いたが、

アスナに睨まれたので、見えなかったふりをした。

 

「我々血盟騎士団のメンバー十七人、攻略組への参加を希望する」

 

 ヒースクリフが堂々と名乗りをあげ、皆もこれを歓迎した。

皆が期待に盛り上がる中、後ろの方にいたキリトが、ハチマンに話しかけてきた。

 

「どういう経緯でアスナが血盟騎士団に入る事になったんだ?」

「ああ、アスナの希望なんだよな、実は」

「ん、そうか。無理やりとかじゃないんだな」

「ああ、もちろんだ」

「……ハチマンはそれで良かったのか?」

「何がだよ」

「いや、ハチマンがいいならいいんだよ。頑張ろうぜ」

「おう、頼りにしてるぜ」

 

 

 

 こうして戦力も揃い、再びボスへと挑む事が決定した。

第二十五層に到達してから、実に一ヶ月がたっていた。

今回の編成は、フルレイドとなる。

ドラゴンナイツが二十四人の四パーティ、血盟騎士団が十七人の三パーティ、

エギル軍団四人に加え、キリトとネズハで一パーティ。総勢四十八人。

ハチマンは、血盟騎士団のパーティでアスナとコンビを組む事になっていた。

模擬戦の結果、血盟騎士団のメンバーの中には、アスナの速さに合わせられる者がおらず、

ハチマンとアスナのコンビで組ませるのが最適だとヒースクリフが判断したためだった。

そのコンビネーションは、始めて見る血盟騎士団の団員を、戦慄させた。

団外の団員として、誰もハチマンを侮る者はいなかった。

 

 

 

 こうした紆余曲折を経て、再び二十五層の階層ボスとの戦闘が始まった。

話に聞いていた通り、ボスは恐ろしく速く、重い攻撃を仕掛けてきた。

だが、そんな強いボスの攻撃を、ヒースクリフがほとんど封殺していた。

皆、神聖剣の強さを目の当たりにして驚きを隠せないようだった。

 

「ハチマン君、なんかすごいね」

「ああ。なんであんな奴が今まで表に出てこなかったんだろうな」

「不思議だよね」

「お、どうやらボスのHPがレッドゾーンに突入するぞ。

こっちもここらできっちりと、存在感見せとくか」

「うん、行こう。私達二人なら絶対負けないよ」

 

 戦いはその後も熾烈なものとなったが、犠牲者を出す事なく無事終了した。

やはり目立ったのは、血盟騎士団の堅実な戦いぶりと、

ヒースクリフの超人的な防御力だった。

そして今まで攻撃力不足だった部分も、アスナの加入により、解消された。

血盟騎士団の名は確固たるものとなり、今後の攻略を引っ張っていくのは確実と思われた。

 

 こうして今後の攻略のめどがたち、再び攻略組の快進撃が始まる。



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第038話 それぞれの絆

二十五層が突破されて数日後、

ハチマンは、久しぶりにキリトと二人でレベル上げに勤しんでいた。

 

「キリトから誘ってくるなんて珍しいな」

「最近前線で戦ってなかったから、ちょっとレベルが、な。

それに、アスナがいないとハチマンも背中を守る奴がいなくて困ってるだろうと思ってな」

「べ、別にさびしがってなんかいねえっつーの」

「いや、俺はそこまでは言ってないからな」

「んじゃま、やるとしますか」

「そうだな、久しぶりに全力だ」

 

(ん?久しぶりってどういう事だ?ギルドで全力は出していないって事か?

まあ中級ギルドに一人だけ突出した奴がいるのも色々難しいんだろうな……)

 

 ハチマンとアスナのコンビに負けず劣らず、

ハチマンとキリトのコンビもすさまじい息の合い方をしていた。

殲滅速度だけならこちらの方が速いかもしれない。

ボス戦以外の戦闘は久しぶりだったので、ハチマンも思い切りやっているようだ。

ある程度戦闘の回数を重ね、そろそろ一度休憩するかという話になった頃、

ハチマンは、後方から近づいてくる一団を発見した。

 

「キリト、誰か来るぞ」

「まあ、仮に襲われても俺達なら返り討ちにできるだろうし、

このままのんびり通り過ぎるのを待てばいいんじゃないか」

「おいキリトいきなり物騒だな」

「ははっ、まあそれくらいのつもりで平気なくらい余裕だろって事さ」

「まあ、実際のとこ事実なんだけどな」

 

 二人がのんびりと座りながら水分補給を行っていると、

その一団がついにはっきりと見えるところまで近づいてきた。

どうやらその一団の中に、キリトの知ってる顔がいたようだ。

キリトは一瞬辛そうな顔をしたが、その男に声をかけた。

 

「よう、クライン。久しぶりだな」

「お?おお?お前キリトじゃねーか!初日ぶりだなおい」

 

 ハチマンは、クラインという名前には聞き覚えが有るような無いような、

むずむずする気がしていたが、初日という言葉ではっきりと思い出した。

 

(あー、クラインって、初日にキリトにレクチャーしてもらってたあいつか)

 

「噂は聞いてるぜ。攻略組の黒の剣士ってな」

「う……そんな呼び名で呼ばれてたのか……」

「で、えーっとそちらの方は?」

「あー、確か初日に会ったかな」

「へ?初日?初日ってその顔、あ、隣で練習してた奴か?俺はクライン。以後ヨロシク!」

「お、おう、宜しくな、俺はハチマンだ」

 

(元気というか軽いというか、でも憎めないな。なんかいい奴みたいだ)

 

「ハチマンって攻略組のハチマンか?」

「多分そのハチマンだ。一応聞くけど、俺には変な二つ名はついてないよな?」

「ああ、それは聞いた事がないな」

 

 クラインの言葉を聞いて、ハチマンは、

 

「だ、そうだ。黒の剣士様」

「くっ……」

 

 とキリトをからかった。

その様子を見て、クラインは、

 

「キリトとハチマンは、友達なのか?」

 

 と聞いた。

 

「ああ、友だ……ち」

「そうかー!良かったー!俺キリトに友達がいるのかどうかって今までホントに心配でなぁ」

「な、なんか心配かけたな、クライン」

 

 キリトが答えようとした途中で、

クラインは食いぎみにキリトを抱きしめそう言い、泣き始めた。

それは本当に嬉しそうだったので、ハチマンは、やっぱりこいつはいい奴だ、と思っていた。

キリトもキリトで、最初はクラインに何か負い目がありそうな雰囲気だったが、

クラインの明るい笑顔に釣られて、自然と笑顔を見せていた。

 

「で、これが俺の仲間だ。風林火山ってギルドを作ったんだよ」

「よろしく、キリトだ」

「ハチマンだ」

 

 どうやらクラインの仲間もクライン同様いい奴ばかりだったようで、

終始和やかな雰囲気で、雑談に花が咲いた。

クラインの要望で、ハチマンとキリトの戦闘の様子を見学させてもらった一堂は、

あまりの戦闘の凄まじさに驚いていた。

 

「キリトが強いのは分かってたけど、ハチマンもすげーな!さすが攻略組って感じだぜ!」

 

 その後、風林火山の面々に少しコツ等をレクチャーして、そこで分かれる事になった。

 

「それじゃまたどこかでなー!何かあったら連絡くれよな!」

「おう、またな、クライン」

 

 珍しくキリトが、別れを惜しむそぶりを見せた。

ハチマンは、やっぱ友達っていいもんなんだな、と思っていた。

その後二人は狩りを続け、レベルもある程度上がったところで、その日の狩りを終了した。

 

 

 

 二週間後、現在の最前線は、二十八層に到達していたが、

二十五層のボス戦の後、キリトはまったく姿を見せていなかった。

皆気にしていないわけではなかったのだが、実際あまり心配する者はいなかった。

先日エギルの露店で買い物をした時も、こんな感じの会話だった。

 

「最近キリトを見ないな」

「まあ二十五層の前もしばらく来てなかったしな。忙しいんじゃねーの」

「まあ下の方にいるなら、キリトがピンチになったりするわけないか」

「ああ」

 

 最近、アスナもかなり忙しそうにしていた。

ギルドの押さえた宿舎に住み、そこからチームで狩りに行く。

帰ったら帰ったで、ミーティングやら何やらをこなす毎日のようだ。

組織に入るという事は、そういう事なのだろう。

そんなわけで、ハチマンとアスナも、やや疎遠になりつつあった。

 

 

 

 その日ハチマンは、久しぶりにソロでダンジョンに潜る事を決め、

今は二十六区の迷宮区にいた。

特に問題もなく進んでいたが、中層に差し掛かった頃、前方に、戦っている人影を発見した。

 

「あれは、キリトか。お~いキリト」

 

 声をかけたハチマンだったが、どうやら聞こえていないらしい。

よく見てみると、キリトの様子が何かおかしい。

まるで、いつ死んでもいいかのような、無茶な戦いを続けているかのような……

その様子に、声をかけられないでいると、敵を殲滅し終わったキリトが、そのまま倒れた。

ハチマンはあわてて駆け寄り、キリトが気を失ってるのを確認すると、

そのままキリトを背負って、自宅へと連れ帰ったのだった。

 

 

 

 しばらくして、キリトが目を覚ました。

 

「っ…………ここは?」

「おう起きたか。俺の家だよ、キリト」

「ハチマン!何故俺はここに?」

「お前が迷宮の中でぶっ倒れたのを見つけたから、担いできたんだよ」

「そうか……」

「腹減ってるか?」

「……………」

 

 答えようとしないキリトを見て、ハチマンはそれ以上何も聞かず、料理を始めた。

そして十分後、完成したスープを黙ってキリトに差し出した。

キリトは少しためらった後、それを口にした。

 

「………まずい」

「うるせーよ、最近はアスナもまったく来ないから、いい食材のストックが無いんだよ」

「ははっ……」

 

 キリトは精一杯の笑顔を見せた。

 

「………何も聞かないのか?」

「興味が無い」

「そうか」

 

 そのまま二人は長い沈黙を続けていたが、先に口を開いたのは、キリトの方だった。

 

「ハチマンは、アスナがいなくて寂しくないのか?」

「あ?別に寂しくなんかねーよ。連絡しようと思えばすぐだしな。しねーけど」

「連絡しようと思えばすぐとれる、か……」

 

 ハチマンは、キリトがその何気ない言葉に、何か思いをこめていると感じた。

 

「今日はもう寝ちまえ。部屋はそこな」

「ありがとう、ハチマン」

「気にすんな」

 

 実のところ、数日迷宮に篭りっぱなしだったキリトは、

何日ぶりかで暖かいベッドで眠りについた。

 

 

 

 次の日ハチマンは、キリトに自宅の自慢を始めた。

 

「どうだキリト、すげーだろ」

「ここ、二十二層の圏内じゃないかよ。

まさかこんな所にプレイヤーハウスがあったとはな……よく見つけたな」

「まあ、日ごろの行いだろ」

「いや、それなら絶対見つかるわけないと思うぞ」

「あ?」

「でも本当にここはいいな……」

「ああ。秘密基地っぽいだろ?」

「くそ、絶対もっといいとこ見つけてやる」

 

 キリトも多少は元気が出たようだ。おそらく根本的には何も解決してないのだろうが。

 

「とりあえず一宿一飯の貸しは絶対返せよ、借り逃げすんな」

「……ああ、わかったよ、ハチマン。返すまではもう、死のうとか思わないさ」

「おう」

 

 ハチマンの言葉の裏を読み、キリトははっきりとそう答えた。

 

「しかし本当にいい家だよな」

「ああ。正直見つけられたのは奇跡に近いだろうな」

「アスナもたまに来るのか?」

「ちょっと前まではちょこちょことな。最近はさっぱりだ」

「そうか」

 

 二人はしばらくそのまま景色を見ていたが、先にキリトが動いた。

 

「それじゃ俺は、そろそろ行くよハチマン。明日からは、前線復帰だ」

「ああ」

 

 ただハチマンに慰められただけのようで、少し悔しかったキリトは、

帰り際にハチマンに言った。

 

「アスナに会ったら、ハチマンが泣いて寂しがってたってちゃんと言っといてやるからなー」

「おいこら」

 

(キリトが負った心の傷がどんなものなのかはわからないが、

その傷がいつ癒えるかは、本人次第だろうな。

まあ、最悪の状態は脱したみたいだから、良しとするか)

 

 こうしてキリトは、また前線での戦いへと戻ったのだった。



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第039話 気晴らしのおまけ

今日も18時にもう1話投稿します


 現在の最前線の第三十五層には、迷いの森と呼ばれる森がある。

なぜ迷いの森かは、入ってみればわかるだろう。

太陽の光の一切入らない深い森というのは、

慣れない者の方向感覚を失わさせる。だが、中には騙されない者もいる。

ハチマンは、その少ない一人だった。

 

「何でハチマンは騙されないの?」

「それは俺の持つ真実を見抜く目がだな」

「あーはいはい、捻くれてるからね」

「ちっ」

「おっ、ここらへんが良さそうじゃないか?」

「それじゃここらへん拠点で少し狩ってみるか」

 

 ハチマンは、何故かエギルとリズベットと共に狩りにきていた。

少し前、エギルの露店前でこんな会話があったのだ。

 

「エギル~久しぶり~」

「お、リズ、何か入り用か?」

「ううん、ただの通りがかりかな。あ、あれってハチマンじゃない?お~いハチマ~ン」

 

 その声に気付き、ハチマンが早足で向かってきた。

 

「おい、街中ででかい声で俺の名前を呼ぶな」

「別にいいじゃなーい。ねね、ハチマン暇なんだったら一緒に狩りに行かない?」

「あ?なんでだよ……」

「最近ちょっとレベル上げさぼってたから、ここらへんで上げといた方がいいかなって」

 

 ハチマンは、めんどくさかったので、適当な言い訳を考えようとしたのだが、

やはり口から出たのは、慣れ親しんだこの言葉だった。

 

「あーすまん、ちょっとアレがアレで忙しい」

「おっけー、それじゃ、早速行こう」

「おい、俺は断ったはずなんだが」

「え?だってハチマンのその言い方、暇な時の言い方じゃない」

「ちっ……仕方ない、ちょっとだけだぞ」

「ありがとー!」

「おい二人とも。それ、俺も一緒に行ってもいいか?」

「あ?別にかまわないけどエギルもレベル上げがしたいのか?」

「まあ、そうだな。最近商売ばっかりで、次の階層ボス戦がちょっと不安なんだよ」

「それじゃ、三人で行くか。エギル、店じまいだ」

「あいよ」

「それじゃ三人でれっつごー!」

 

 とまあこんなわけなのである。

 

「それじゃ俺が敵を引っ張ってくるわ」

「すまん、頼む」

「ハチマンよろしくー」

 

 ハチマンは、迷いの森などなんでもないようなしっかりとした足取りで、

森の中へ消えていった。

 

「エギル、最近商売の調子はどう?」

「正直迷いの森産の品が全然不足してるな」

「あーやっぱそうなんだ。ここ、最前線な上に、敵がまとまって行動してるらしいしねぇ」

「実力的にも中層以下の冒険者には厳しいところだしな。

ソロで潜れるのは数人しかいないだろうな」

「いやー、ハチマンがいてくれて良かったよねほんと」

「そうだな、絶対迷わないし、敵の数もうまいこと調節してくれるだろうしな」

「あ、来たみたい」

「おう」

「三匹来る。二匹抑えるから二人は一匹づつ確実に仕留めてくれ」

「了解」

 

 ハチマンが森の中から飛び出し、そう言った直後、

俊敏なゴリラとも言うべきモンスターが三匹、ハチマンを追いかけてきた。

ハチマンは二匹の敵をうまいこと抑えていた。

エギルとリズベットはどちらもパワー系なので、交互に強力な一撃を叩きこんでいた。

ほどなくして一匹が倒れ、エギルとリズベットが次の一匹に襲い掛かったため、

ハチマンは残りの一匹をソロで倒し、最後の一匹もすぐ沈んだ。

 

「これくらいなら余裕なんだよね」

「そうだな、多めに来てもまあ、地形を利用して何とかするから、

確実に一つずつ仕留めてくれればいい」

「任せろ!」

 

 ハチマンにとって、この二人と過ごす時間はかなり気が楽だった。

二人ともしっかり気を遣える上に、距離を感じるような事もしない。

絶妙な距離感を保ってくるのだ。さすがは商売人と言うべきだろうか。

 

「それじゃ次いくぞー」

「いつでもこい!」

 

 こうしてしばらく狩りを続け、レベルもそこそこ上がり、

素材も大量に獲得した一行は、ほくほく顔で戻ろうとしたのだが、

その時ハチマンが何か思い出したように提案してきた。

 

「そういやさっき面白いものを見つけたんだよな。ちょっと見に行かないか?」

 

 二人はその言葉に従い、ハチマンの後をついていった。

そのまま少し歩くと、開けた広場の真ん中に、ぽつんと木が立っているのを見つけた。

 

「これは、モミの木か。でかいな」

「モミの木って、クリスマスツリーのあれ?」

「そうだな。いかにも怪しい感じの広場に、モミの木。

もしかしたら、クリスマス限定の敵とかがここに出るんじゃないか?」

「そうかもしれないな」

「ま、見せたかったのはこれだけなんだがな。

それじゃまあ、少し休んで帰りますかね。ここには敵はPOPしないみたいだし」

 

 こうして少し休憩した後、三人は帰路で遭遇した敵を殲滅しつつ、街へと戻っていった。

 

 

 

 数日後、ハチマンは、キリトに呼び出された。

久しぶりに会ったキリトは、表面上はもうすっかり元気に見えたが、

やはりなんとなく、まだ色々と引きずってるように見えた。

実はキリトから見たハチマンも、微妙に色々引きずってるように見えてたのだが。

 

「よう、今日はどうしたんだ?」

「実はエギルから聞いたんだが」

 

 そう言ってキリトが切り出したのは、先日見かけた巨大なモミの木の話だった。

その話を聞いて、キリトもそこを目指してみたようなのだが、

どうやら中々辿り着けないらしい。

ちょっと観光のつもりで案内してくれよという事だった。

 

(あー、あそこちょっとわかりにくいしな)

 

 ハチマンはちょうど攻略もひと段落ついたところだったので、

キリトの誘いに乗る事にした。

二人は遭遇する敵を瞬殺し、どんどん奥へと進んでいった。

一度だけハチマンのミスで、十数匹のゴリラもどきに襲われた事があったのが、

あえて言うなら最大のピンチと言えるのだろうか。

もっとも敵がかわいそうなくらいの蹂躙劇が繰り広げられただけだったが。

そしてまもなく例の広場に着くという時、いきなりハチマンが周囲を警戒しだした。

 

「キリト待て、何かいる」

「ハチマンが警戒するって事は、中ボスクラスか?」

「ああ。少なくともただの雑魚じゃないらしい」

 

 二人はその方向に慎重に進んでいった。

 

「あれだな」

「あれか、木が立っているようにしか見えないな。トレントってやつか」

「擬態してるんだろうな。とりあえず、やるか」

 

 二人はそのトレントに奇襲をかけた。

だが敵も即座に対応し、しなる腕を何本もふりまわして反撃してきた。

そのため、中々近寄る事が出来ない。

 

「キリトどうだ、あの腕、斬れるか?俺だとリーチの関係でちょっとやりにくい」

「ああ、問題ない」

「それじゃいつもと選手交代だな。キリトがあの腕を切り落とした隙に、俺が連撃を加える」

「了解」

 

 キリトはそう言うと、トレントに向かって走り出した。

当然トレントも腕を伸ばして反撃に出てきたが、キリトの狙いは最初から腕だけだったので、

逆に容易に切り落とす事が出来た。

その瞬間にハチマンが飛び込み、《ファッドエッジ》から《弦月》へのコンボを繋げた。

この攻撃で、トレントのHPは一気に二割ほど減り、

何度か繰り返す事によって、十数分後にトレントは光となって消えた。

 

「ふー、そこそこ時間がかかったな、ハチマン」

「中ボスクラスっぽいからリポップはしないと思うが、もしそうなら、

少人数のパーティが遭遇した時危ないかもしれないな。一応アルゴに報告しとくか」

「お、何かドロップしてるな……ミラージュスフィア、だってよ」

「何だそれ?聞いた事ないな」

「結構沢山ドロップしてるから、半分ずつ分けようぜ」

「どれどれ……ん~、これは、持ってるマップとリンクさせて、立体化させる?」

「よくわからないな、目的の場所はおそらく敵がPOPしないエリアみたいから、

そこで試しに使ってみようぜ。何度でも使えるぽいし」

 

 二人はそのまま、モミの木広場へと移動を開始した。

 

「これか……ははっ、なんだあのでかいモミの木」

「こんな殺伐としたゲームなのに、仮にあれがイルミネーションで飾られるとしたら、

ちょっと笑っちまうだろうな」

「それじゃハチマン。さっきのアイテムを早速使ってみようぜ」

 

 二人はミラージュスフィアを試してみる事にした。

幻想的な二つの球状のマップがその場で明るく輝く。

 

「何だこれ、面白いな」

「道順とか説明するのに、いいかもしれないな」

「ただの散歩のつもりだったけど、これは思わぬ収穫だったな」

「キッチリ全部のマップデータを集めたくなるなこれ」

「わかるわかる。男ってそういうとこあるよな。集めるのが好きっていうか」

「しかもこれ、敵がリポップしないようなら他の誰も手に入れられないって事だな」

 

 二人は、楽しそうに笑い合った。

 

(これでキリトの気が少しでも晴れてくれればいいんだが)

(これでハチマンもいい気晴らしになってくれればいいんだけどな)

 

 こうして三十五層でのとある一日が終わった。

今後このミラージュスフィアは、垂涎のアイテムとされ、

攻略組の人間にも重宝されていく事となるのであった。



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第040話 アスナの誕生日

「そういや明日って、アスナの誕生日らしいよ」

 

 鍛治のため、秘密基地を訪れていたリズベットが、いきなりこんな事を言い出した。

 

「………いきなり何だよ」

「たまたま思い出したんだけど、前にそういう会話をした事があったんだよね。

ハチマンは多分知らないんじゃないかと思ってさ」

「確かに知らないですけど、つまり何が言いたいんですかね」

「二人でどこか行けば?」

「いやなんでだよ」

「じゃあせめて何かあげるとか?」

「ぐっ、どうせアスナも血盟騎士団で用事があるだろ」

「あー、まあそう言われるとそうかもなんだよね……」

「まあ、そういうこった。

それにこんなところで、誕生日だのなんだのを祝ってる奴って、ほとんどいないだろ」

「ちなみにハチマンの誕生日は?」

「八月八日だな」

「もう過ぎちゃったんだ。でもそっかぁ、ここじゃあんまりお祝いしないかぁ……」

 

 しかし実はこの時、ハチマンの必要以上に他人に気を遣う悪い癖が出てしまっていた。

 

(知らなければ気にしなかったんだろうが、知ってしまった以上何もしないのもな。

しかしこの世界でプレゼントとかハードル高すぎませんかね……)

 

 この世界で娯楽と言えるものは、食事くらいのものだろう。

贈り物といっても、装備くらいしかない。

ハチマンは久々に、攻略以外の事で頭を悩ませていた。

 

(いや、これは誕生日プレゼントとかじゃなく、

日頃の感謝の気持ちをこめた、友達へのただの贈り物だ。何も特別な事はない。

うんそういう事だな。なので実用的な物で問題ないはずだ)

 

 そうはいったものの、ハチマンは延々と悩んでいた。

 

「さっきからうんうん唸ってるけど、やっぱり何かあげる事にしたの?」

「うっ、知っちまった以上、例え渡せないとしても何も用意しないのもちょっとな」

「とりあえずアスナに明日の予定だけ聞いてみれば?」

「お、おう、そうだな」

 

 その提案に従い、アスナにメッセージを送ろうとしたハチマンだったが、

いざメッセージの記入欄を開いても、何を書けばいいかまったく思いつかなかった。

 

「……何を固まってるの?」

「いやほらお前、今明日の予定なんか聞いたら、

誕生日だから誘ってるんだとか、おかしな誤解をされるかもしれないだろ。

それで向こうに予定があったりなんかしたら、ますます気まずいじゃねーかよ」

「……ハチマンってやっぱりめんどくさいね」

「………」

「はぁ、仕方ないなあ。私が予定だけ聞いてあげるよ」

「……すまん」

 

 リズベットはウィンドウを操作し、アスナにメッセージを送った。

返事はすぐに来たようだ。

 

「あ~、今遠征中みたいね。帰りは明日か明後日かわからないみたい」

「……そか、それじゃあ悩むまでも無かったな。わざわざありがとな」

「うー、なんかもやもやする」

「誰が悪いわけでもないんだから、あんまり気に病むなよ」

 

 その話は結局そこで終わりとなった。

次の日ハチマンは、結局いつも通りソロで狩りをしたり、探索をしたりして過ごした。

 

(ふう、今日はこんなもんか。使わない素材はエギルに卸すとして、

そうだ、この前ドロップしたミラージュスフィアをついでに見てもらうか)

 

 ハチマンはそう考え、エギルの露店に向かった。

 

「おうハチマン!この前はありがとな。いやーやっぱり迷いの森の素材は高く売れるぜ」

「安値で売ってるくせに何言ってんだよお前は」

「ははっ。で、今日は何の用だ?」

「ああ、まずは余った素材の売却だな」

「よし、それじゃあ早速見せてくれ……っと、これは多いな」

「まあこんなもんだろ」

 

 その予想以上の数に、エギルは驚いていた。

以前ハチマンとアスナが一緒にいた時よりも、明らかに素材の持ち込み量が増えている。

 

「なあハチマン。無理とかしてないよな?」

「無理ってどういう事だ?」

「なんていうか……アスナが血盟騎士団に入ってから、

明らかに素材の持ち込み量が多くなってると思ってな」

「ああ……狩りに行く回数自体は確かに増えたかもな。

まあ、無理はしちゃいねえよ。問題ない」

「そうか、それならまあいいんだがな」

 

 エギルは素材の買取価格の計算をはじめ、ほどなくして取引は成立した。

 

「最初に、まずは、って言ってたよな。他に何かあるのか?」

「ああ、これは売り物ってわけじゃないんだがな。ちょっと人目につかない場所は無いか?」

「おいおい、なんかやばいやつか?うちは健全なのが売り物なんだがな」

「ばっかそういうんじゃねえよ。使うとちょっと目立つんだよこれ」

「そうか。そういう事なら、こっちだ」

 

 二人は店の裏の人通りの無い小道に入っていった。

 

「で、どれだ?」

「エギル、一番よくマップを覚えてる層ってどこだ?」

「なんだよいきなり。そうだな……やっぱり一番長く停滞してた、二十五層だろうな」

「二十五層だな……よしこれだ」

 

 ハチマンは、二十五層のマップをセットして、ミラージュスフィアを展開した。

 

「うおお、何だこれ?」

「おい声がでかい。よく見てみろ。これにどこか見覚えはないか?」

「あ、これ、二十五層のマップじゃないか!なんだこれ、すげえな」

「ああ、とっておきだ」

「こ、これ、いくらなら売ってくれるんだ?」

「だから売らねーって」

「くそー、なんかすげえ欲しいぞ、これ」

「羨ましいか?実はこいつを落としたモンスター、リポップは確認されてないんだぜ」

「それってまじレアもんじゃねーか!絶対欲しい!」

「だが……やらん」

 

 ハチマンのどや顔を見て、エギルは絶叫した。

 

「自慢したかっただけかよ!」

「だから声がでかいって」

「ちくしょ、でもこれほんとすげーよ。綺麗だし女の子が喜びそうなデザインだよな」

「女の子が、喜びそうな、デザイン?……あー」

「あ?どうかしたのか?」

「エギル、でかした」

「何だよいきなり」

「お礼にこれはお前にやるよ。全部で五つ持ってるからな俺は」

「まじか、本当にいいんだな?もう返さないからな!」

「その代わり、絶対に売らないで、チームで活用してくれよな」

「ハチマン!お前本当はいい奴だったんだな!」

 

 エギルは感極まったように、ハチマンに抱きついた。

 

「本当はってのがちょっとひっかかるが、まあそれはほんのお礼だ。

こっちこそいいヒントをもらったよ。その、ありがとな」

「よく分からないがこっちこそありがとな!また何かあったら宜しく頼むぜ!」

「おう、またな」

 

 ハチマンはエギルに別れを告げ、とりあえず自宅へと戻った。

 

「さて、後はいつどうやって渡すか、だな」

 

 ハチマンは、アイテム欄のミラージュスフィアを眺めていたが、

ふとその横に、昔よく使っていたが、

今はもうまったく使わなくなった、とある空っぽのフォルダの存在に気が付いた。

ハチマンは、しばらく何か操作をしていたが、

その後一言だけアスナにメッセージを送り、眠りについた。

 

 

 

 同じ頃アスナは、遠征先の宿のベッドで横になっていた。

 

(今日も頑張ったな。今回の遠征もうまくいきそうで良かった)

 

 アスナは、う~んと伸びをして、そのまま入浴する事にした。

風呂付きの宿を割り当ててもらっているのが、アスナの特権だった。

風呂から出て、以前ハチマンに作り方を教えてもらったドリンクを飲んでいると、

そのハチマンからメッセージが届いているのに気が付いた。それは、

 

「誕生日おめでとう」

 

と、一言だけ書いてある、シンプルなものだった。

 

(ハチマン君らしいな……)

 

 アスナは最近ほとんど会えていない、友達の事を考えた。

もしかしてまだ一緒に行動していたら、何かプレゼントでも用意してくれたのだろうか。

きっと彼は、目を逸らしてぶっきらぼうに渡してくるんだろうな。

 

(そういえば、ハチマン君の誕生日って知らないな)

 

 そんな事を考えながらアスナは、

何かハチマンにあげられるような物はあっただろうかと、何気なくアイテム欄を開いてみた。

 

(男の子にプレゼントとかした事ないし、何がいいかとかよくわかんないや)

 

 アスナはアイテム欄を閉じようとしたが、

たまたまハチマンの事を考えていたためだろうか。

血盟騎士団に入団した時に空っぽにして、

そのままなんとなく残しておいた、ハチマンとの共用フォルダに目がいった。

 

(そういえば、これを使わなくなってから結構たつな……)

 

 アスナは何気なくそのフォルダを開いてみた。

そしてそこに、何かアイテムが収納されているのを見つけた。

 

(何だろこれ。一度空にしたから、ハチマン君が入れたんだろうけど)

 

 アスナはそれを取り出してみた。

 

「ミラージュスフィア?………ここのボタンを押せばいいのかな」

 

 アスナがボタンを押すと、そこには美しい光の球が現れた。

 

「これって、二十二層のマップ……?綺麗……」

 

 それはかつて二人で歩いた、そして秘密基地のある、あの二十二層のマップのようだ。

よく見ると、メッセージが添えてあった。

 

「余り物で悪いが、好きに使ってくれ」

 

 アスナは、私が気付かなかったらどうするつもりだったんだろ、と思いながら、

ずっとミラージュスフィアとメッセージを眺め続けていた。

 

(もう、本当に不器用なんだから……)

 

 そんなアスナの顔は、とても嬉しそうだった。



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第041話 キリトの戦い

 現在の最前線は、第四十六層まで達していた。

ハチマンとキリトは、二人でクエストを消化していたのだが、

その途中でハチマンが、おかしな事に気が付いた。

 

「おいキリト、こんなところにNPCなんていたか?」

「いや、記憶にないな」

「イベントNPCか?ちょっと調べてみようぜ」

「わかった」

 

 しばらくして、二人は情報を持ち寄ったのだが、そこで判明したのは……

 

「クリスマスイベントで」

「ボスからドロップするアイテムが」

「蘇生アイテム、だと……」

 

 それを聞いたキリトの顔色が変わるところを、ハチマンは見てしまった。

これはあの荒れていた時のキリトの顔だ。

ハチマンはその顔を見て、もうキリトを説得する事は出来ないなと感じた。

 

「やるのか?」

「ああ」

「それじゃ俺とアスナとで……」

「ハチマン、これは俺一人でやらせてくれないか?」

「お前さすがにそれは無茶だろ」

「どうしても一人でやらなくちゃいけないんだ」

「………はぁ、わかったよ。ただし条件をつけるぞ」

「条件?」

「お前はこれから攻略も休んでひたすらレベルを上げろ。反論は認めん」

「………わかった」

「あと約束は絶対忘れるなよ。一宿一飯の恩は必ず返せ」

「ハチマンは、絶対に何も受け取らないじゃないか」

「当たり前だろ。だってお前、家持ってないじゃないか」

「くっ……」

「まあそういう事だ。それを約束出来るなら、干渉はしないさ」

 

(まあ裏で介入はするけどな)

 

「わかった、約束するよ」

「それじゃこの話は終わりだな。今日のところはさっさと受けたクエ、消化しちまおうぜ」

 

 

 

 そして二週間後、クリスマスイベントまで、後四日。

現在の最前線は、第四十八層まで達していた。

キリトはハチマンに言われた通り、極限までレベルを上げるため、攻略には参加していない。

現在は第四十七層の、アリの谷という所でひたすら戦闘を繰り返していた。

どうやらそこに、クラインが行ったようだ。

ハチマンは、今、そのクラインに呼び出されて、話を聞いていた。

 

「なあハチマン。頼むからあいつを止めてくれよぉ」

「なんで俺に言うんだよ」

「だってよぉ、俺じゃ駄目だったんだよ。あいつに何か言えるのはお前しかいないんだよぉ」

「その話なら、もう済んでるぞ。あいつに干渉はしない」

「なんでだよ!あいつが死んでもいいって言うのかよ!」

「あいつは死なない。というか、俺が死なせない」

「どういう事だよハチマン」

「今可能な限り手をうっているところだ。クライン、お前達にも大事な役割を頼みたい」

 

 

 

 少し後、ハチマンは、血盟騎士団の本部を訪れていた。

そして、アスナを通してヒースクリフに面会を申し込んだ。

今この部屋には、ヒースクリフとアスナしかいなかった。ハチマンが人払いを頼んだためだ。

団員がしぶるかとも思われたが、彼らはハチマンに一目置いていたせいか、

素直に引き下がったのだった。

 

「それで、用件は何だい?ハチマン君」

「今日はお前に取引を持ちかけにきた、ヒースクリフ」

「取引、か。話を聞こう」

「まず、これを見てくれ」

「これは、先日アスナ君がどこかから手に入れたという、ミラージュスフィアか。

そうか、これは君がアスナ君に」

 

 アスナはその事を内緒にしていたらしく、少し頬を赤らめていた。

 

「で、これがどうしたんだい?」

「これを一つ、血盟騎士団に提供しよう」

「それは、複数チームで動くためにも願ってもない申し出だが、条件は何だい?」

「クリスマスの夜に、アスナを俺に貸してもらいたい」

 

 そのハチマンの言葉を聞いた瞬間、アスナの顔が真っ赤に染まった。

 

「あの……その……ハチマン君?」

「………まさかいきなり愛の告白をしてくるとは、さすがに私にも予想外だったよ」

「ああ?お前何わけのわかんない事を言ってるんだよ。

クリスマスの夜に、俺達にとってとても大事な戦いがある。

出番があるかはわからないが、そのためにアスナの力が必要になる可能性があるって事だ」

「なるほど……噂のクリスマスイベントの蘇生アイテムの件か。

団としては動いていないが、うちのメンバーも数人争奪戦に参加すると聞いている」

 

 アスナは自分の勘違いに気付き、さらに顔を赤くしていたが、

話の内容を理解して、冷静になろうと努めていた。

 

「いいだろう、うちとしても願ってもない好条件だ。それでは取引成立という事で」

「助かるよヒースクリフ」

「それでは話は以上かね?いずれまた戦場で会おう、ハチマン君」

「ああ、またな」

 

 ハチマンとアスナは、別室で打ち合わせをする事にした。

 

「というわけだ」

「キリト君が……」

「ああ。そこで俺達の役割だが、当日まずアスナは、午後十二時にどこかの転移門で待機。

俺から連絡があったら、そこに転移して合流した後、キリトの尾行だ」

「尾行するだけでいいの?」

「いや。状況がやばかったら即介入する。あいつは絶対に死なせない」

「わかった。キリト君は怒るかもしれないけどね」

「そしたら悪いが、俺に付き合って一緒に土下座してくれ」

 

 アスナはそんなハチマンに微笑み、

 

「うん。それじゃ二人で土下座だね!」

 

 と言った。

 

「ちなみにおそらく戦場は、迷いの森だ」

「迷いの森……前言ってた、モミの木の所?」

「ああ。あそこは他の場所とは雰囲気が違う。一番可能性があるのはあそこだ。

おそらくキリトもそう考えているはずだ」

「わかった。フル装備で待機してるね」

「ああ、頼むわ」

 

 

 

 次にハチマンは、アリの谷のキリトのところへと出向いた。

 

「どうだキリト、レベルはいくつになった?」

「……ハチマンか。今六十九だな」

「七十までいけるか?」

「正直少し厳しいかもしれない」

「そうか……よし、やるか」

「ハチマン?」

「さっさと行くぞ。二人のが全然早いからな」

「………ありがとうな、ハチマン」

「別にいいさ」

 

 二人揃ったせいで、狩りのペースは倍以上になった。

経験値こそ半分になるが、今までよりも早いペースで稼げているようだ。

三日かけて、キリトのレベルはついに七十に到達した。

ちなみにハチマンのレベルは六十八だった。

 

「よし、それじゃお前はもう帰って寝ろ。体調を整えるのも重要だ」

「ありがとうな、ハチマン」

「あとこれ、持ってけ」

 

 それは、二十個ばかりの回復結晶だった。

 

「大丈夫だ。五つは持ってる」

「何言ってんだお前は。お前の決意はそんなもんか?絶対に負けられないんだろ?

それなら使える物は全て使うくらいのつもりでいなくてどうするんだよ」

「……そうだな……俺が間違ってたよ。ありがたくもらっとく」

「んじゃ帰るか」

 

 

 

 そしてついにクリスマス当日。

キリトは予想通り、迷いの森の奥へと向かっていった。

それを確認したハチマンは、アスナと風林火山に集合をかけた。

 

「ア、アスナさんじゃないですか!」

「俺達ファンなんですよ!」

「握手して下さい!」

「お前らちょっと黙れ」

 

 アスナは驚いたのか、ハチマンの後ろに隠れて、

いつものようにハチマンの服を摘んでいた。どうやら癖は直っていないようだ。

 

「それじゃ手はず通りにな。クライン、相手をうまく煽れよ」

「お、おう。でも本当に来るのか?」

「絶対来る。俺を信じろ」

「わ、わかった」

 

 ハチマンとアスナはキリトを追って、森の奥へと消えていった。

 

「ハチマンって何者なんだよ……」

「とりあえずアスナさんと仲がいいのは良く分かった」

「アスナさん、ハチマンの服を摘んでたぞ」

「くそーなんて羨ましい」

 

 そんな弛緩した雰囲気を破るかのように、転移門に複数の人影が現れた。

それは、聖竜連合の鼻つまみ者の集まりだった。

彼らは自分達の利益のためなら、カーソルが犯罪者を表すオレンジ色に染まるのも辞さない。、

嫌われ者の集団であった。

 

「お前ら、風林火山とかいう連中か。黒の剣士はどこだ?」

「へっ、聞きたかったら俺達を倒してからにしろよ。出来るもんならな」

「俺達とやる気か?」

「かといって殺し合いをするわけにもいかないだろうから、一つ提案がある。

俺と、お前らの代表でのデュエルだ。負けた方は大人しく引き下がる。それでどうだ?

もっともデュエルで勝てないって思うなら、このまま全員でやり合ってもいいぜ」

「お前ごときが俺達に勝てるつもりかよ。いいだろう、その勝負受けてたつ」

 

(うわー全部ハチマンの言う通りかよ。あいつだけは怒らせないようにしよう)

 

 

 

 午後十二時、予想通り【背教者ニコラス】が姿を現した。

キリトは雄たけびを上げ、ニコラスと戦い始めた。

ハチマンとアスナは、隠れてその戦いを観察していた。

 

「おいおい何だあの化け物は。あれと戦えてるってだけでもキリトはやっぱすげえな」

「ハチマン君も、ここまでの色々な準備とか、すごいと思うけどね」

「今回復結晶を十個使った。キリトの手持ちは後十五個だ。

残りが無くなったら、俺が指示を出すから全力で突撃だ」

「そこまで把握してるんだ……」

「出来る事はなんでもやっておくタイプなんだよ俺は」

 

 そしてキリトの戦いは続き、ついに最後の回復結晶が消費された。

ニコラスのHPも、後何回か攻撃を加えれば無くなるというとこまできていた。

 

(ギリギリか……出来ればキリトの手で倒させてやりたいが)

 

「ハチマン君、まだ?」

「もう少しだ」

「でも、でも……」

「かなりギリギリの戦いだが……仕方ない、行くぞ」

「了解!」

 

 ハチマンとアスナは全力で飛び出した。

その瞬間、キリトは渾身の一撃を叩き込み、ニコラスを天へと返した。

 

「ふう、いらん世話だったな」

「でも、あと一回攻撃されてたら間に合わなかったと思うから、

タイミングとしてはいいんじゃないかな」

 

 キリトはドロップアイテムを確認していたようだったが、

その二人の声に気付いたのか、こちらに振り向いた。その顔は、無力感に満ちていた。

二人は、どうやら蘇生アイテムは無かったのだろうと思っていたのだが。

 

「ハチマン。これ、やるよ。ありがとうな」

 

 そう言って渡されたアイテムは、還魂の聖晶石という、本物の蘇生アイテムだった。

 

「おい、キリトこれ」

「説明を見てみてくれよ」

 

 説明だとどうやらこのアイテムは、

対象者が死んでから十秒以内に使わないといけないらしい。

要するに、ゲームの中で死んでから十秒で、

ナーヴギアがマイクロウェーブを発するんだなとハチマンは理解した。

 

「俺がやった事は、何も意味が無かったのかな」

「それはお前自身で決めればいいさ」

「そうだな……二人ともずっと見ててくれたんだな」

「悪いとは思ったけどな、まあ、気にすんな」

 

 キリトは黙って去っていった。二人はそれ以上何も言えず、その日は帰る事になった。

途中、風林火山の面々と合流した。

クラインは、どうやらデュエルに無事勝利したようだ。

 

「クラインも、みんなも、ありがとうな」

「俺が負けるとは思わなかったのかよ」

「あ?お前らがあんな雑魚集団に負けるわけがないだろ」

 

 その言葉を聞いた風林火山のメンバーは、嬉しそうだった。

 

「で、キリトは?」

「ああ、無事だ。だが、望んでいた結果は得られなかったみたいだ」

「そうか……」

「まあ、キリトが無事だったんだから、それでよしとしよう」

 

 こうして全てが終わり、解散する事になった。

アスナは今日はハチマンの家に泊まるようだ。

ハチマンにも思うところがあったのか、この日は何も言わなかった。

家に着いてから、二人は少し話をした。

 

「キリト君、大丈夫かな」

「どうだろうな……まあ、あいつを信じるしかないだろうな」

「……もし私が死んだら、ハチマン君もああなるのかな?」

「お前は死なないし、俺も死なない。それでいいだろ」

「うん………」

「それじゃもう寝るわ。風呂は好きに使っていいから、アスナも早く寝ろよ」

「うん、ありがとう」

 

 

 

 次の日、予想外にもキリトが家に尋ねてきた。

出迎えたハチマンは、キリトの顔が少し明るいのを見て、ほっとした。

 

「いきなりで悪いな」

「別に構わないぞ。アスナもいるから、今起こすわ」

「それはちょうど良かった。二人に話があったんだよ」

「わかった」

 

 ハチマンはアスナを起こし、二人はキリトが話を始めるのを待った。

 

「共用ストレージに、時限式のメッセージが入ってたんだよ。

それを聞いたらなんか、少し落ち着けたみたいだ」

「そうか……」

「二人には心配かけたな。」

「ううん」

「まあ、俺は最初から心配なんかしてなかったけどな」

「ハチマン君、嘘ばっかり」

「ははっ、二人とも、これからも宜しくな」

「ああ」

「うん!」

 

 こうして一連の事件は幕を閉じ、また攻略の日々が始まる。 



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第042話 あのピンクか

 四十七層の主街区フローリア。

花の咲き乱れるこの街は、現在カップルのメッカとなっていた。

 

(どこにこんなに沢山の女性プレイヤーがいたんだろうな)

 

 思わずハチマンがそうぼやく程、周辺には沢山のカップルがいた。

横を通りすぎるカップルが皆ハチマンを見て、

なんでこいつこんなところに一人でいるんだ、という視線を向けてくるので、

ハチマンはとても居心地が悪い思いをしていた。

 

(アスナの奴、なんでこんなとこを待ち合わせ場所に指定してきたんだ……)

 

 その時、その待ち合わせの相手が、遠くから声をかけてきた。

 

「ハチマンく~ん!こっちこっち~!」

 

 その声は想像以上に大きく、人目を引いた。

血盟騎士団の制服はさすがに着ていないとはいえ、

なんというか逆の意味で普段着の方が普通に目立っているかもしれない。

その声に反応してアスナを見た者は多く、周囲は騒然となった。

 

「おい、あれ、アスナさんじゃないか!」

「閃光だ!すげえ!」

 

そんな人達も、アスナの待っていた相手がハチマンだと知ると、

やはりお決まりの、嫉妬や疑問の視線を投げかけてくるところまでが定番だった。

 

 

「ばっかお前、こんなところで大きな声を出すなっつの」

「ごめん、つい」

 

 アスナは、てへっといった感じで頭をこつんと叩いた。

久々にあざとアスナを見たハチマンは、これがこいつの場合素なんだよな……と思いながら、

アスナに今日の予定を聞いた。

 

「で、今日はどうするんだ?」

「うん、それは内緒」

「はぁ?」

「とりあえずこっちこっち。ついてきて」

 

 アスナに導かれるままついていったハチマンだったが、

どうやら街の商店街のような所へ行くようだ。

そして着いたのは、なんというか、ハチマンには似合つかわしくない服屋だった。

 

「え、何?ここどこ?これどういうこと?」

「いいから早く入るの」

 

 一瞬逃げ出しそうな気配を見せたハチマンに気付いたのか、、

アスナはハチマンの手を引っ張り、そのまま店の中に入った。

 

「アシュレイさん、連れてきたよ~」

「あらアスナ、待ってたわよ」

「アシュレイの店?ああ、そういや聞いた事あるわ」

 

 そこは、裁縫スキルを最速でマックスにしたという、カリスマお針子の店のようだ。

ハチマンはもちろん服になどまったく気はつかわないが、

アシュレイの情報は聞いた事があったのである。。

 

「で、その子が噂のアスナのハチマン君?」

「別に噂にもなってないし、私のでもないけど、ハチマン君だよ」

「それにしちゃ、仲が良さそうだけどねぇ」

 

 アシュレイは、二人の繋がれている手を見て、そう言った。

 

「これは、こうしないとハチマン君が逃げちゃうから!」

 

 アスナは慌てて手を離した。

まあ、繋がれてなかったらとっくに逃げてたのは合ってますけどね、と思いつつ、

ハチマンは一応自己紹介をする事にした。

 

「あー、どうしてここに連れてこられたかはよくわからないが、ハチマンだ。」

「私はここの店主のアシュレイよ、よろしくね」

「で、どうかな?」

 

 アスナがわけのわからない事を言い出し、アシュレイはハチマンをじっと見つめた。

 

「んー、目が腐ってるけど、顔立ちは整ってるわね」

「いきなり失礼だな……まあ、よく言われるが」

「まあ、私の顧客の判断基準は顔じゃないから、まあそこは気にしないんだけどね」

「はぁ」

 

 ハチマンはわけもわからずただ成り行きを見守る事しかできなかった。

ここは彼にとっての敵地なのだ。完全にアウェーの雰囲気である。

 

「うん、まあ合格かしら」

「やったー!それじゃこれ」

 

 アスナは、いきなりストレージから高級布材らしき物を出して、並べ始めた。

 

「後はお任せで!」

「それじゃ、一時間後くらいに来てちょうだい。あの目に合う服……やる気が出てきたわ」

「それじゃまた来ま~す」

 

 二人が店を出て次に向かったのは、

いかにもハチマンが苦手そうな、明るい雰囲気のデザートを出す店だった。

ハチマンは、やはりこの層は俺の鬼門だな、と思った。

 

「この店も俺に似合うとは思えないんだが……」

「いいえハチマン君。私はここの店の人気のケーキが食べたいのです」

「お、おう。まあ俺も甘い物にはちょっとはうるさいが」

「うん、知ってる。今日は誕生日のお礼に私がおごります」

「いや、あれは余ったから渡しただけであってだな」

「はいはい。それじゃ入るよ」

 

 今日のハチマンは、アスナに完全に押されているようだ。

どうも調子が出ないな、と思いながら、ハチマンはメニューを眺めた。

 

「私はこのケーキセットにするよ」

「じゃあ俺はこれとこれとこれと……」

「何でそんなに頼んでるの……」

「たまに無性に甘い物が食べたくなるんだよ。あとおごりだからな」

「それじゃまあ、注文するね」

 

 品物は一瞬で出てきた。

 

「うん、やっぱりおいしい」

「ああ。なんていうか、フロアの雰囲気にもよく合ってるな。明るい味っていうか」

「明るい味って良く分からないなぁ。私にもちょっと分けて」

「おう、好きに取っていいぞ」

 

 アスナは普段はちゃんと距離を取ってくれる。

今日はその距離感が多少あいまいなようだが、先日の事もあったしまあ多少は許容範囲だ。

 

「で、さっきのあれは何だったんだ?」

「あれはね、本当に今更なんだけど、ハチマン君へのお誕生日プレゼントのつもり」

「……は?誕生日?」

「八月八日だよね?」

「おい、何で俺の誕生日知ってんだよ……」

「ハチマン君の近くに、優秀なスパイがいるのです」

「あのピンクか………」

「で、何がいいかなって考えたんだけど、結局服とかしか考えつかなくて、

で、懇意にしてるお針子さんにお願いしてみたの」

「確か、オーダーメイドは気に入った奴からの依頼しか受けないんだったか」

「うん」

「俺のどこに気に入る要素があったんですかね……」

 

 一時間が過ぎ、アシュレイの店に戻ったハチマンは、

完成した服を着て、というか着せられて、鏡を見てみた。

 

「お、おお……誰だこれ」

「よく似合ってるよ!」

「ここまで化けるとは、作った私でも予想できなかったよ」

 

 そこには、ハチマンが見た事もない好青年がいた。

アシュレイの作った服は、ゲーム内衣装だけあって、多少派手なものだったが、

嫌味な感じがまったく無い、スマートな仕上がりになっていた。

 

「その、なんかありがとな」

「いえいえ、どういたしまして」

「アシュレイさんも、俺のどこが気に入ったのかわからないけど、ありがとうございます」

「いえいえ、今後ともご贔屓にね」

 

 店を出ると、また注目を集めたが、

今度はアスナだけではなく、ハチマンも注目を集めていた。

馬子にも衣装ということわざを考えた人は、きっとこういう時に思いついたんだろうな、

等と考えつつ、二人はとりあえず、転移門へ向かった。

どうやらアスナは、リズベットにもハチマンを見てもらいたいらしく、

呼び出しのメッセージを入れたらしい。

四十八層の主街区、リンダースへと移動する事になった。

リンダースは、街中に水車付きの家が多い、のどかな街である。

転移門を抜けると、リズベットの姿が見えた。

リズベットはアスナに気が付いて手を振りながら走ってきた。

 

「アスナ~!」

「リズ~こっちこっち~」

「あ、こんにちは!初めまして!アスナの友達のリズベットです!」

「ん?」

「アスナ、ハチマンは?あと、こちらの方は?」

「おい、お前それまじで言ってんのか?」

「え?………え?もしかしてハチマン?」

「もしかしなくてもハチマンだろうが」

「いやーごめんごめん?本当にハチマン?」

「まだ信じてないような口ぶりだな」

「え、だってねぇ……」

「どう?リズ。びっくりした?」

「いやーまさかのまさかだよ。もうまったく別人だよっていうか別人だよね?」

「まあ、実際俺も否定はできん……」

 

 リズベットは心底驚いているようだ。

ハチマンも逆に、この反応にびっくりしていたのだが。

 

「あ、そうそう!二人に見てもらいたいものがあるの!ちょっとこっちに来て!」

 

 そう言われてリズベットについていった二人の見たものは、

水車のついた、こじんまりとした綺麗な家だった。

 

「どう思う?」

「なんかいい感じだな。洒落た小物とか売ってそうだ」

「うん」

「あのねあのね、私、この家がどうしても欲しいの!

ここで、武具屋を開きたいの!だからお願いします!手伝ってください!」

 

 リズベットは、街中をぶらぶらしている時に、この家を見つけたらしい。

そして、どうしてもこの家が欲しくなってしまったようだ。

この日から、ハチマンとアスナの全面的な協力を得てだが、

リズベットのコル稼ぎの日々が始まった。お値段は、三百万コルだった。



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第043話 心のセルフケア

五十層はサラっと……


 クォーターポイント、という言葉がある。

第二十五層のボスが特に強力だったため、

第五十層と第七十五層のボスも、また相当強力なボスなのではないか、とう考え方である。

現在まさにその五十層を攻略中のため、未だ証明されてはいないのだが、

おそらくその可能性が濃厚だという推測の元、攻略組は準備を進めていた。

結果的には、その推測は正しかったが、肝心の準備が足りなかった。

いや、その言い方はおかしいかもしれない。ボスが強すぎたのだ。

 

 

 

「私がしばらく支える。今のうちにアスナ君はハチマン君と協力して体制を立て直すんだ!」

 

 第五十層のボス攻略に参加したのは、血盟騎士団十八人、聖竜連合十八人に加え、

ハチマン、エギルを中心とする十二人の、合計四十八人のフルレイドだった。

だがしかし、今現在戦場にいるのは、半数にやや満たない。

主に中盤からのボスの激しい攻撃により、十二人ほどの死者が出た。

その後はかなり粘ったが、豊富に用意していたはずの回復アイテムが切れる者が続出し、

今はヒースクリフが、一人でひたすらボスの攻撃を防いている間に、

回復の手段の無い者を転移結晶で離脱させつつ、再編成を行っているところだった。

ボスのHPは残り一本。ここがまさに正念場だった。

 

「アスナ、やばそうな連中は転移結晶で全員離脱させた」

「了解」

「血盟騎士団は何人残った?」

「十二人ってところかな」

「リンド、そっちはどうだ?」

「すまん、こちらは六人が限界だった」

「よし、俺のパーティが残りの連中を統合して五人、合計二十三人が今残された戦力だ」

 

 血盟騎士団は、やはり普段からヒースクリフとアスナに鍛えられているためか、

しっかりと過半数を維持していた。

聖竜連合は、半数以上がすでに離脱していたが、

リンドとシヴァタの他、ハチマンはあまり親しくはないが、

主要メンバーの副団長のハフナー、タンクのシュミット等は健在だったので、

戦闘力はちゃんと維持されているようだ。

ハチマンチームは、ハチマン、キリト、ネズハに加え、

最近攻略に参加するようになったクラインと、エギルの五人が残っていた。

 

「いけると思うか?」

「ヒースクリフの化け物っぷりと、ボスの残りHPから計算すると、

おそらくギリギリだが、今のメンバーで倒せる」

「よし、君がそう言うならその言葉を信じる」

「ハチマンの状況読みは、かなり正確だからな」

 

 どうやらハチマンも、攻略組の中ではかなり信頼されているようだ。

 

「ヒースクリフはどうやら崩れる心配はない。

あいつ一人に負担をかけるのは申し訳ないが、その分俺達でしっかりとボスを削るぞ」

「ハチマン君、何か意見はある?」

「タンクを並べて左右から接近、範囲攻撃を防ぎ、直後に攻撃陣が一撃離脱だ」

「堅実だね」

「ああ。幸いヒースクリフのおかげで、強力な攻撃はこちらには来ない。

範囲攻撃だけなら他のタンク連中でもなんとか防げるからな。

 

 アスナがそれを受けて全体に戦術を指示すると、さすがよりすぐりの精鋭なだけあって、

すぐに散開し、攻撃を再開する事が出来た。

 

「範囲攻撃が来るぞ!タンクは備えろ!他の者はタンクの後ろで突撃準備!」

「おう!!!」

 

 ボスの範囲攻撃をタンクが防いだ直後、アタッカー陣が強力な攻撃を叩きこみ、

その後すぐまたタンクの後ろに戻っていく。

回復結晶はタンクに集中させ、タンクは範囲攻撃でくらうダメージを計算しながら、

効率的に残された回復結晶を使っていく。

 

「ボスのHPが赤くなったぞ!少し下がるんだ!」

 

 だが驚くべき事に、ヒースクリフは下がらなかった。

まだヒースクリフのHPは、一度もイエローにすらなっていない。

そのまま発狂状態のボスをも抑えきり、

ついにキリトの一撃により、ボスは爆発し、四散した。

 

 

 

 大歓声があがり、皆お互いの健闘を称えあった。

その後落ち着いたのか、皆座り込んでしまい、そのまま休憩のような雰囲気になった。

実際のところ、かかった時間は一時間程度ではあったが、犠牲は大きかった。

しばらくの間、攻略ペースは確実に今までよりは落ちるだろう。

 

「おいキリト、ボスからのドロップ何だった?」

「エリュシデータっていう片手直剣だな。性能はこうだ」

「おお、すげーな。これ当分使い続けられるんじゃないか?」

「ああ。これでしばらく武器に強化以外の金をかけなくてすむ」

「そっちかよ」

 

 ハチマンとキリトは、二人で他の人から少し離れた壁際に座り、そんな話をしていた。

基本的に二人とも、他人とはドロップアイテム等の話は絶対にしないのだが、

二人だけの時は、たまにこういうやりとりをしていた。

アスナはちらちらとこちらを見ているようだったが、

まだ副団長としての責務があるようで、こちらに来る気配は無かった。

 

「これでしばらく攻略も休みになりそうだな」

「嬉しそうだな、ハチマン」

「さて、五十一層の転移門のアクティベートは誰かに任せるとして、俺は先に戻るわ」

「おう。それじゃまたな、ハチマン」

 

 ハチマンはアスナに先に帰る事を告げ、転移結晶でコラルの村に戻った。

さすがに疲れたのだろう。ハチマンは、そのまま泥のように眠りについた。

 

 

 

 現在は戦力の再編成が急務なため、

ハチマンの予想通り、しばらく攻略はストップする事になった。

この機会に、各自結晶アイテムを集め直したり、装備の強化を行う者が多いようだ。

数日後、多少は落ち着いたようで、アスナから第五十層突破の慰労会の誘いがあった。

場所は、五十層の主街区であるアルゲードで行われるようだ。

ハチマンは、行けたらいくわ、といつも通りの返事をしたのだが、

行かないと後で必ずアスナに怒られるのは間違いないので、

時間を調整して少し遅めに会場に向かう事にした。

 

 

 

 当日になり、そろそろ会が始まるという時間になった。

アスナから、いつ着くのというメッセージが来たため、

ハチマンはそろそろ行くかと思いつつ、その旨を送信した。

すると、予想外にすぐ返事がきた。どうやら以前贈られたあの服を着てきて欲しいようだ。

まあ、こんな時くらいしか着る機会無いしな、と思いつつ、

ハチマンは、あまり深く考えずにその指示に従う事にした。

 

「すまん、少し遅れた」

 

 今回の参加メンバーは、何というか、完全に内輪の集まりのようで、

ハチマン、アスナ、キリト、クライン、エギル、そして、アルゴだった。

 

「アルゴがこういう席にいるなんて珍しいな。というか完全に内輪だけなのな」

 

 そのハチマンの言葉に、アスナは何も答えず、にこにこしているだけだった。

何だこいつ、と思ったハチマンは、場の雰囲気がおかしい事に気がついた。

そのままハチマンは、一堂の顔をぐるっと眺めていたが、

静寂を破り、まずこの中では一番社交的であろう、エギルが口を開いた。

 

「初めまして。俺はエギルと言います。アスナさんのお知り合いですか?」

 

 その言葉に皆ハッとしたのか、次々に自己紹介を始めた。

 

「クラインです!宜しく!」

「俺はキリトだ」

「情報屋のアルゴだ。どこかで会ったカ?」

 

(おい、またこのパターンかよ)

 

 ハチマンがアスナを見ると、アスナは、笑いを堪えているのかぷるぷると震えていた。

あーこれどうすればいいんですかね、と思っていると、アルゴが尋ねてきた。

 

「血盟騎士団、のメンバーにしちゃ、知らない顔だな。攻略組でも見た事がないナ」

「あ、うん、血盟騎士団のメンバーではないね」

「それじゃ、アスナさんの知り合いっスか?」

「そ、そうだね……知り合いだね」

 

 アスナがぷるぷるしながらそれに答えた。

ハチマンはため息をつきながら、まだぷるぷるしているアスナに声をかけた。

 

「おいアスナ、お前後でおしおきな」

 

 アスナはそれを聞くと、バッと顔を上げて、叫んだ。

 

「えー!ハチマン君そんなぁ」

 

 その言葉を四人が理解するまで、またしばらく時間がかかった。

 

「え、ハチマン……?」

「え、ハチマン……なのか?」

「ハチマン!?まじかよ!?」

「オレっちもそんな情報は知らないゾ……」

「はぁ……お前ら揃いも揃って馬鹿なのか?」

「ああ、ハチマンだ……」

「その言い方はハチマンだな」

「ハチマン!?まじかよ!?」

「確かにこれはハー坊みたいだナ……」

 

 クラインだけは、いまだに脳内がループしているようだったが、

一堂はどうやら納得したらしく、このハチマンは確かにハチマンだと納得したようだ。

ハチマンは、やれやれと肩を竦め、アスナの隣に座った。

 

「改めて、すまん。少し遅くなった」

「お、おう。というか、その格好は……?」

「これはおそらくアシュレイのオーダーメイド品だナ」

「アシュレイってあのカリスマお針子の?」

「この中で、アシュレイに伝手がありそうなのは……」

 

 四人はアスナをじっと見つめた。

 

「うん。ちょっと前にアシュレイさんに頼んで作ってもらったんだ。

今日はどうしてもハチマン君のこの姿をみんなに見て欲しかったの」

「なるほど、アスナの差し金だったか……」

「ああキリト。俺が自分でこういうの選べるわけないだろ」

「ハチマンが服装に気を遣えるわけねーしな!」

「おいクライン、事実だが少しはフォローしろ」

「最初誰かと思って営業用の態度をとっちまったよ」

「お前はそういうとこさすがだよな、エギル」

「この情報はいくらになるかナ」

「アルゴ、料金設定を考えるのはすぐやめろ」

「ほら、この受け答えは間違いなくハチマン君でしょ?」

「アスナは、これで確認出来ましたね?みたいに言うのをやめような」

 

 四人はまあ、経緯はどうあれハチマンだと納得したようだ。

 

「しかし、慰労の会って聞いてたから、もっと大人数の派手な会だと思ってたんだが、

おかしなメンバーしかいないんだな」

「一番おかしいのはハチマンだと思うが……」

「俺はアスナの指示に従ってこれを着てきただけだ」

「しかし、普通に街ですれ違っても絶対に気付かないよな!」

 

 その後もハチマンについての話が続き、そのまま会は、色々な話題で盛り上がった。

犠牲者が出た事による悲しみによって、今後の攻略に暗い気持ちを抱かないように、

それは攻略組なりの、心のセルフケアなのだろう。

彼らの戦いは、まだやっと折り返し地点を通過したところなのだから。



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第044話 二人なら

リズベットが家を買う宣言をしてから三ヶ月。

ハチマンやアスナの協力もあり、

どうやらリズベットは、目標の金額を貯める事に成功したようだ。

リズベットらしい事に、内装やらの、室内にかかる経費の事は忘れていたようで、

結局ハチマンに、決して安くは無い金額を借りる事になったのだが。

 

「店の名前は決まったのか?」

「うん。普通にリズベット武具店に決めた」

「いいんじゃないかな。なんかしっくりくるよ」

「残ってる仕事は何だ?」

「商品のストックがちょっと足りないかな」

「それじゃちょっと素材を集めに行くか」

「ありがとう!」

 

 こうして店としての体裁も完全に整い、ついにオープンの日がやってきた。

宣伝をしているわけではないので、いきなり沢山の客が殺到する事はなかったが、

アスナの伝手で血盟騎士団のメンバーが数人訪れたり、

露店時代からの常連が数人訪れてくれたりしたので、店の滑り出しは上々と言えた。

今後もハチマンが、安価で素材を供給し続けるはずなので、店の将来も明るい事だろう。

 

 

 

 数日後、珍しくエギルからハチマンに連絡があった。どうやら相談があるようだ。

ハチマンは、エギルの露店へと向かった。

 

「よお、悪いな。わざわざ来てもらって」

「いや、特に問題はない」

「今日来てもらったのは、ほら、先日リズが店を開いただろう?

それで俺も、そろそろ自分の店を持ちたくなってな」

「なるほどな」

「で、いくつか目をつけてる場所があるんだが、ハチマンの目から見てどうか、

一緒に回ってアドバイスをして欲しいんだよ」

「俺にどこまでアドバイスが出来るかわからないが、別に構わないぞ」

「すまん、助かるぜ」

 

 二人はいくつかの候補地をまわり、色々話し合った。

その結果、プレイヤーハウスよりは、どこかの建物の一室の方がいいだろうという話となり、

五十層の主街区アルゲードにある、とある建物の中の一室を二人とも気に入ったため、

結局そのままそこに決定する事になった。

 

「金はあるのか?」

「元々家も考慮に入れてたからな。この規模ならまあ余裕だな」

「しかし知り合いが連続して正式に店を開く事になるとは、何か感慨深いな」

「そろそろ職人プレイヤーも揃ってきたし、前線を支える体制は整ってきたな」

「まあ、いくつか危惧してる事はあるんだがな」

「何だ?」

「このまま、この世界にいるのもいいんじゃないかと思う奴が増えてくる可能性だな」

「……確かにな。特に下層の連中に、そういう奴が多い気もするな」

「この世界が永遠に続くなら、そういう選択肢があってもいいんだ。だがな」

 

 ハチマンは、少し暗い表情になり、話を続けた。

 

「なあエギル、現実世界での俺達の体ってどうなってると思う?」

「そりゃあ、死んでないわけだから、恐らく病院にでも収容されてるんだろうな」

「まあそうだな。そこでだ。

人が病院でずっと寝たまま、点滴のみでずっと栄養を補給されるだけでいたら、どうなる?」

「そりゃぁ……」

「おそらく、死なないとしても、必ずどこかがおかしくなる」

「そう……だよな」

「ああ。この世界には、そう言った意味で、多分限界があるんだよ。

俺達は、心だけで成立している生き物ではないからな」

「可能な限り早く攻略しないと、いずれ全滅、か……」

「更には、その事に思い至って自暴自棄になり、

無差別にプレイヤーを殺して回る奴が現れないとも限らない。

もちろん好んでそういう事をする奴もいるだろうがな」

「なるほど………」

「なんか暗い話になっちまったな、すまん」

「いや、俺も最近そういう事をまったく考えないようになってたからな。

思い出させてもらって、逆に助かったよ」

「俺達に出来る事は攻略しかないから、戦い続けるしかないな」

「ああ、そうだな」

「それじゃ、店の開店準備頑張れよ。何かあったらいつでも連絡してくれ」

「おう、すまなかったな、ハチマン。ありがとな!」

 

 ハチマンはひらひらと手を振り、自宅へと戻っていった。

 

 

 

 攻略も無事再開されて、数ヶ月。今の最前線は五十八層だった。

その日の攻略を終え、家でゆっくりしていたハチマンに、アルゴから連絡があった。

どうやら何か事件があり、手伝ってほしいようだ。

話を聞くと、最近三十台の層で、PKが多発しているらしい。

 

「オレっちの推測だと、これは組織的な動きだナ」

「根拠は何かあるのか?」

「どのケースも、一度に複数の人間が死んでるんだヨ」

 

 ハチマンは考え込んだ。

 

「つまり、ある程度の人数で囲んて殺したとかそういう事を言いたいのか?」

「まあ、そうだナ」

「しかし、パーティとパーティのぶつかり合いになると、

そう簡単に死者は出ないんじゃないのか?それよりは、俺やキリトみたいなのが、

パーティ全員をまとめて殲滅してるって方がしっくりくる考えな気もするんだが」

「例え中層とはいえ、今それが出来るの力があるのは、攻略組の中でも数人だヨ」

「可能性としてはまずありえないって事か」

「そういうこっタ」

 

 ハチマンは再び考え込んだが、何かに気付いたように言った。

 

「なるほど、つまりどんなに可能性が低くても、

それが可能な人間は存在する。つまり、キリトが犯人だ。今すぐ捕まえるぞ」

「ハー坊……」

「冗談だよ。それじゃ、何か事件に共通する部分とかないのか?」

「いくつかの案件で、数回同じ人物だけが生き残ってる」

「なるほど、囮か」

「スパイみたいな奴が、襲いやすい地形に誘導してるのかもしれないナ」

「そいつをマークすればいいか?」

「まあ、まずはそこから始めるしか無さそうなよナ」

「そいつの名前は?」

「ロザリアって奴だな。ハー坊の嫌いなタイプだよ」

「嫌いなタイプねぇ……まあちょっと調べてみるわ」

「すまないが頼むヨ」

 

 ハチマンは調査を開始し、ほどなくして目的の人物を見つけた。

ハチマンの観察の結果、ロザリアは確かにハチマンの嫌いなタイプだった。

 

(自分に自信を持ってて、なおかつ嫉妬深い。確かに嫌いなタイプだ)

 

 ハチマンは、しばらくロザリアを尾行する事にした。

どうやら四十七層に拠点を持っているようだ。

 

(ここか……あからさまだな。いかにも私は普通のプレイヤーで、

こういう場所が好きですってアピールしてるようにしか見えないが)

 

 ハチマンは、その後もずっとロザリアを観察し続けた。

とある日ロザリアが、フードで顔を隠して家を出たのを見て、ハチマンは、

どうやら手がかりが掴めそうだと思い、そのまま尾行する事にした。

ロザリアは、十九層へと転移したようだ。

 

(いかにもって感じだよな……っと、あいつは確か……そうか、ここで繋がるのか)

 

 ハチマンが見たのは、ずっと行方不明になっていたジョーと会うロザリアだった。

どうやらこれで間違いないらしい。

ずっと見失っていたあの連中と繋がった事で、ハチマンはロザリアが犯人一味だと確信した。

 

 

 

 ロザリアは最近、シルバーフラグスというギルドに接触しているらしかった。

ロザリアは、その連中と一緒に何度か狩りに行っていたが、

誰かに襲われるというような気配はまだまったく無かった。

ハチマンは今日も、ロザリアを徹底マークしていたが、その日はどうやら動きがないようだ。

尚もロザリアの動向を見張っていたハチマンの元に、アルゴから急報が入った。

どうやらシルバーフラグスのメンバーが、リーダー一人を残して全滅したらしい。

 

(まさか……ロザリアは今日はまったく動いてないぞ)

 

「アルゴ、何があった」

「一人生き残ったリーダーに話を聞いたんだが、

どうやらロザリアに、いくつか実入りのいい狩場の情報を教えてもらってたらしくてな、

そのうちの一つに行った時、急に襲われたらしい。

巧妙な事に、他の狩場は実際確かにいい狩場だったから、

恐らく一ヶ所でずっと待ち伏せしてたんだと思うが、確実な証拠は残してないんだよナ」

「くそっ、マークするべきはそっちだったか。俺の失態だ……」

「いや、オレっちもそこまでは予測できなかった。

今回はオレっちの失態でもあるんだよ。そこで、次の手だナ」

「何かあるのか?」

「よお、ハチマン。話は全部聞いたよ」

「キリト……」

「ハー坊には、そのままロザリアのマークをしてもらう。

そして、現地にキー坊を派遣する。これで絶対に次は無いはずダ」

「キリト、俺は……」

「ハチマン一人で何でも背負おうとするなって。二人なら絶対負けない、そうだろ?」

「あ、ああ、そうだな。キリト頼む、力を貸してくれ」

「どうやら生き残ったリーダーが、あいつらを牢獄に入れてくれと、

回廊結晶を持って五十一層で訴えてるらしいゾ」

「殺してくれ、じゃなく、牢獄に入れてくれ、か」

「そいつらを殺したくてたまらないだろうにな。そのリーダーはすごいな」

「その気持ちに応えるためにも、その依頼、俺達で受けよう、キリト」

「ああ。アルゴ、そいつらのギルドの名前は調べがついてるのか?」

「オレンジギルド、タイタンズハンドって言うらしいゾ」

「よし、俺達二人で必ず、タイタンズハンドを潰すぞ」



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第045話 本当の悪

「次の目標は、どうやらあのパーティみたいだな」

「そうだな……ん、おい見ろキリト、あの小さいの。あれ、なんだ?」

「あれは……使い魔か?珍しいな」

「そういえば竜使いとかいうプレイヤーの噂なら聞いた事があったな、あれがそうか。

確か名前は、シリカ、だったと思う」

 

 あれからハチマンとキリトはロザリアを徹底マークし、

数日後ロザリアが、新しい獲物に目をつけた事を知った。

ロザリアは、竜使いシリカがいるパーティと、しばらく行動を共にするようだ。

 

「しばらくは、俺があのパーティをマークするよ」

「それじゃ、俺はその間、街で情報収集だな」

「ああ。何かあったらすぐ連絡する」

「了解だ」

 

 ところがその何かは想像以上に早く、その日のうちに動きがあった。 

ハチマンは、パーティの監視をキリトに任せ、十九層周辺を捜索していたのだが、

狩りがそろそろ終わったであろうくらいの時間に、キリトから緊急メッセージが入った。

どうやらロザリアの監視を交代して欲しいらしい。

ハチマンは、何かあったのだろうと思い、今日の狩場であった迷いの森へと急行し、

森から出てくるロザリアの姿を確認すると、すぐにキリトに、

ロザリアの監視引継ぎ完了、と連絡を入れた。

 

(パーティに、シリカだけがいないな)

 

 ハチマンは、まさか襲われたのだろうかと一瞬思ったが、シリカがいないだけで、

他のメンバーには特におかしな様子も無いように見えたので、

どうやら何かがあって、別行動になったのだろうと当たりをつけた。

時々メンバーが、ロザリアに目をやりつつ心配そうに後ろを振り向く様子が見えたので、

多分ロザリアとシリカが揉めたのだろう。

 

(ロザリアは、いかにもシリカが気に入らない様子だったしな。

キリトはどうやらシリカを追いかけたのか)

 

 ハチマンはそのままパーティの監視を続けていた。

街に戻ってしばらくすると、キリトとシリカが森の方から一緒に戻ってきて、

それを見つけたロザリアが、シリカにからみ始めた。

キリトはハチマンの姿を見つけたようで、密かにこちらに合図した後ロザリアに何か言い、

そのままシリカを伴って、どこかに消えていった。

ハチマンは、そのままロザリアの尾行を続けつつ、キリトからの連絡を待った。

ロザリアは、ぶつぶつと呟きながら、キリト達の尾行をしているようだった。

 

(今、あの女気に入らない、って聞こえたな。

こっちに聞こえるくらいの声で言うとか、相当むかついてるんだな。予想以上の嫉妬深さだ)

 

 キリトからの連絡は、すぐに来た。予想通り、ロザリアとシリカが言い争いになり、

シリカがパーティを飛び出してしまったらしい。

慌てたキリトはすぐにハチマンに連絡し、

監視の引継ぎが終わるや否や、すぐにシリカを追いかけたそうなのだが、

シリカ本人の救助は間一髪間にあったが、使い魔の子竜は死んでしまったらしい。

 

(そうか……あいつ死んじまったのか……

まあ、キリトも蘇生の方法は知ってるはずだし、問題はないか)

 

キリトは明日、シリカが使い魔蘇生のアイテムを四十七層で取るための、

付き添いをするようだ。

これから宿で、シリカにミラージュスフィアを使って場所の説明をするらしい。

その時ハチマンは、ロザリアがキリトたちの入った宿に入っていくのを確認した。

その後のハチマンとキリトの遣り取りを、会話風に表現すると、

 

「キリト、今そこにロザリアが入ってったぞ。多分部屋の外で盗み聞きするつもりだ」

「そうか……で、どうする?」

「とりあえず誘いをかけよう。大きめの声で、目的地を説明してくれ。

その後、いかにも今気付いた風に、ドアを開けて外を確認してくれ」

「了解」

「ロザリアは、相当シリカの事が嫌いみたいだぞ」

「シリカもロザリアが嫌いみたいだ」

「まあそうだろうな。とりあえず後は俺がロザリアを尾行して、どう動くか確認する」

 

 外に出てきたロザリアは、何かウィンドウを操作していたが、

その後はまっすぐに自分の拠点へと戻った。

ハチマンは、ロザリアが現地にいる場合といない場合の二つのケースを想定する事にした。

 

 

 

 次の日ハチマンは、ロザリアが四十七層の拠点から、

転移門を使わずにそのまま街の外へと向かったのを確認し、後をつけていった。

ロザリアはそのまましばらく歩いていたが、どうやら待ち合わせをしていたのだろう。

人目につかない岩の陰に集まっていた仲間と合流し、思い出の丘方面へ移動を始めた。

 

(ついに見つけたぞ、タイタンズハンド)

 

 ハチマンは、どうやらロザリアは自分の手でシリカを襲うつもりのようだ、

と、キリトにメッセージを送った。

そのまま一味の監視を続けていたが、しばらく後、キリトから連絡がきた。

 

(キリト達は、思い出の丘に着いたようだな)

 

 目的を達成したのでこれから街へと戻るという、キリトからのメッセージを確認した後、

ハチマンはロザリア達が、おそらくそこで襲うつもりなのだろう、

思い出の丘から街へのルートの途中にある、木陰に潜むのを確認し、

その襲撃予想地点の位置情報をキリトへと送った。

キリトは、レベル差から考えても、問題なく一人で対処出来ると言ってきたので、

ハチマンはそのまま監獄へ移動し、ロザリアを尋問するため待機する事にした。

 

 

 

 監獄エリアは、いわゆる牢屋のような部屋が並ぶ、犯罪者を隔離するためのエリアだ。

グリーンプレイヤーは出入り自由だが、

過去に一度でもオレンジネームになった事があるプレイヤーは、

エリアの外に出られないようになっている。

回廊結晶さえ使えば、故意にプレイヤーを閉じ込める事も可能だが、

回廊結晶はとても高い上に希少価値もあるので、

今のところそのような事例は報告されていなかった。

ここに入れられた犯罪者は、エリア内ならどこにでも移動出来る。

個室の扉は、個人認証さえすればその者にしか開けられないため、

最低限のプライバシーも守られる。食事も一日三回しっかりと支給される。

ちなみにグリーンプレイヤーが個室に個人認証をしてしまうと、

そのプレイヤーはここから出られなくなる。

ただ生きていくためだけなら、ここを利用するのもありだろう。

ちなみにハラスメントコールで移動させられたプレイヤーは、

その重さに応じて一定期間外に出られないシステムになっている。

通報する女性側の裁量次第という事だ。

 

(お、来たか)

 

 しらばくして回廊が開き、タイタンズハンドの連中が送り込まれてきた。

連中がとても大人しいのでハチマンは、

 

(おいキリト、お前何やったんだよ)

 

 と、苦笑してしまった。

ハチマンは話を聞くためロザリアに近づいていった。

 

「始めましてだな、俺はハチマンと言う。早速だが、お前らの黒幕は誰なんだ?」

「………」

「ジョーって男と会ってたよな。やはりあいつらが黒幕か?」

 

 その言葉を聞いた瞬間ロザリアは、ハチマンに襲い掛かった。

その瞬間、ハチマンはロザリアの後ろに回り込んだ。

ロザリアは、突然ハチマンの姿が消えたので、狼狽していたが、

 

「どこ見てるんだ。後ろだ後ろ」

 

 と、声をかけられ、慌てて振り向き、再び襲い掛かってきた。

だが次の瞬間、再びハチマンがロザリアの後ろに回り、

ロザリアの背中に全力の攻撃を放った。

監獄エリアは圏内のため、ダメージはまったく負わなかったロザリアだったが、

その衝撃で数メートル前方に吹っ飛ばされた。

 

「あと何回吹っ飛びたいんだ?」

「……攻略組ってのは化け物の集まりなのね」

「否定はしないが、俺とキリトはその中でも特殊な方だけどな」

「わかったわよ、知ってる事は全部話すわ」

 

 ロザリアは本当に心を折られたのだろう。聞いていない情報まで、全て喋りだした。

それを確認したハチマンは、ロザリアをその場に放置し、監獄エリアを出た。

 

 

 

「おいキリト。お前、どうやってあいつらの心を折ったんだ?

ロザリア以外は、全員大人しかったぞ」

「ああ、まず、全員の攻撃を無防備で受けたんだが、

自然回復の数値以上のダメージは負わなかった。

その後ロザリアに接近して、首に剣を突きつけた」

「簡単に言ってるが、相手に好きにさせて無敵アピールとか、お前鬼だな」

「ハチマンの話だと、ロザリアは反抗したのか?」

「ああ。攻撃しようとしてきやがったんで、二度背後に回って、

死角から全力で攻撃してぶっ飛ばした」

「お前も、容赦ないな……」

「で、得られた情報がいくつかある。正直事態はもっと深刻だった」

 

 ハチマンとキリトは、アルゴを交え、得られた情報を共有する事にした。

 

「ラフィンコフィン?」

「ああ。それが奴らの上位ギルドの名前らしい」

「笑う棺桶?趣味の悪い名前だナ」

「リーダーは、ポンチョを着た男。名前は、PoHというそうだ」

「プー、か?何かの略なのかな」

「キー坊、そいつは多分、ブレイブスに詐欺のやり方を教えた奴と同一人物じゃないかナ」

「……そうか、あの時の話に出てきたポンチョの男か」

「そして、構成員でわかっているのは、モルテとジョー、他にはザザって奴が幹部らしい」

「二十五層から姿を消したあいつらか……ザザって奴は聞いた事がないな」

「どうやら、裏でやばい組織が出来上がっているみたいだ」

「一応オレっちが、主だったギルドに注意するように連絡を入れとくカ?」

「そうだな。気をつけるにこした事はない。

ラフィンコフインは、ロザリアの話だと……純粋な殺人ギルドだ」

 

 

 

 今回の問題は確かに解決出来たが、更に大きな問題が発覚してしまった。

いずれ、ラフィンコフィンのメンバーと戦う時がくるかもしれない。

多かれ少なかれ、攻略組の人間は皆、死に対する価値観が変わってしまっている。

現実に帰還する事が出来たら、その事が問題になる可能性もある。

もし彼らと戦う事になり、相手を無力化する事が出来なかったら、

自分はその時どうするのだろうか。もし仲間が危険に晒された時は……

ハチマンは心の中で、覚悟を決めた。



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第046話 卒業

今日は、総武高校の卒業式の日だった。

八幡がSAOに囚われてから、もう一年と三ヶ月が過ぎていた。

雪乃は国の最高学府に合格が決まり、

結衣も東京の私立大学に、何とか合格する事が出来た。

いろはは結局生徒会長を二年続けた。これは総武高校創設以来初めての事だったようだ。

小町は無事総武高校に合格し、生徒会活動に参加していた。来年は役員に就任するようだ。

 

「平塚先生、長い間お世話になりました」

「先生!今までありがとうございました!」

「うむ。二人とも無事大学に合格してくれて、こっちとしても嬉しいよ。

本当はもう一人も笑顔で送り出したかったんだがな」

 

 三人は、今日この場にいるはずだった八幡の事を考え、少し寂しくなった。

 

「二人はこの後どうするんだ?」

「はい、いろはさんと三人で、比企谷君の病室に行きます」

「そうか……」

「先生も行きますか?」

「今日はちょっと仕事がたてこんでいるので、また後日にでも改めて行く事にするよ」

 

 

 

 葉山と戸部は、八幡と関わりがあった人達のところを回り、

八幡宛ての寄せ書きを集めてくれていた。

その寄せ書きを持って三人は、八幡の病室を訪れた。

雪乃と結衣といろはは、今までもよく三人で八幡の病室を訪れていた。

学校で何か出来事がある度に、三人のうちの誰かが、

それじゃ八幡に報告に行こう、と言い出すのが、三人の定番となっていた。

何も答える事の出来ない八幡に向かって、三人が順番に話しかけるその姿は、

病院の医師や看護婦の間では、もう当たり前の日常になっており、

皆それを優しい目で見つめていた。

 

「比企谷君、私達、今日卒業したわ」

「卒業したよ!」

 

 二人は寄せ書きを、病室に飾った。

 

「前は何も考えずに、ヒッキーと三人で卒業するんだなって思ってたんだけどね」

「そうね、あの頃は、その事に関しては何の疑問も持ってはいなかったわね。

まあ、比企谷君が素行不良で留年する心配は少ししていたのだけれど」

「あ、あは……」

「でもさすがに進学してしまうと、今までのように気軽にここに来る事も出来なくなるわね」

「そうだねゆきのん。私もさすがに今のペースでは来れないかも」

「私は普通に来ますけどね」

「いろはさん。誠に遺憾ではあるのだけれど、

比企谷君のメインの監視は、あなたにお願いする事になってしまうわね」

 

 そこに、どうやら着替えを持ってきたらしい小町が入ってきた。

 

「皆さんいらっしゃってたんですか」

「小町さん。今来年以降の話をしていたところなの」

「あー、お二人は、少し遠くへ進学ですもんね」

「来れる時は来るけどね!」

「今まで一年間ありがとうございました。これからも出来る範囲で構わないので、

どうか兄を見に来てやってください」

「この四人で集まれる機会も、しばらく無くなっちゃうのかなぁ」

「あ、それなんですけどぉ、お二人は、ALOって知ってますか?」

 

 数ヶ月前、SAOを発売したアーガスは、巨額の負債を抱えて倒産していた。

SAOのサーバー管理は、レクト・プログレスという会社に引き継がれており、

そのレクト・プログレスは、ナーヴギアの次世代機である、

絶対安全を売りにしたアミュスフィアというハードの発売に合わせて、 

SAOのサーバーをコピーして製作したVRMMORPG、

アルヴヘイム・オンライン、通称ALOを発売していた。

 

「あーなんかSAOみたいなやつだね。この前CMで見た!」

「それなんですけどぉ、良かったら四人でやってみませんか?」

「いろはさん、それはどういう事かしら?」

「考えたんですけどぉ、例えば現実で離れた所にいても、

ゲームの中だとすぐ集まれるじゃないですか。だから、そうやって集まるのもありかなって」

「確かに、それなら移動時間も省けるし、効率的かもしれないわね……」

「ですよねー。それに、同じではないですけど、先輩が見てる物を私も見てみたいなって」

 

 その言葉に皆も共感したようで、その方向で少し各自で検討してみる事になった。

その時ノックの音がして、男が一人病室に入ってきた。

 

「おっと、皆さんお揃いでしたか」

「菊岡さん、やっはろー!」

「や、やっはろー」

 

 菊岡誠二郎は、総務省通信ネットワーク内仮想空間管理課の職員である。

八幡がSAOに囚われてから何度か病室を訪れていたので、四人とは顔見知りであった。

結衣に合わせて挨拶を返す所を見ても、コミュニケーション能力は高いようである。

 

「こんにちは、菊岡さん。何か進展はありましたか?」

「そうだねぇ。正直八幡君の解放に関しては、外から打てる手はもう無く、

ゲーム内での攻略を待つしかない状況だね」

「やはり、そうなのですね……」

「役にたてなくて本当にすまない」

「いえ、戻ってきた後の事とか、菊岡さんには本当にお世話になっていますから」

 

 小町は、もし八幡が戻ってきたら、

その後被害者だけを集めた学校が用意される事を菊岡から聞かされており、

その事に菊岡が尽力してくれた事を知っていたので、感謝の言葉を述べた。

 

「それくらいしか出来ないのが、こちらとしてもつらいところなんだけどね」

「ところで今日は何かあったんですか?」

「ああ、丁度近くに来たんで、八幡君の様子を見に来たんだよね」

「そういえば菊岡さんって、兄のところによく来てくれますけど、

被害者全員の所を回っているんですか?」

「いや、うーんこれ言っていいのかなぁ。ま、いいや。実はね、僕が回っているのは、

ゲームクリアのためにキーになると思われるプレイヤーの所だけなんだ」

「比企谷君も、そのキーの一人だと?」

「ああ。せっかくだし、教えられる範囲の事を教えておこうかな」

「お願いします」

「今のSAO内は、半分以上のプレイヤーが、最初の街に留まっているだけの状態だ。

そして千人ほどのプレイヤーは、中層あたりで活動しているらしい。そして八幡君は……」

「ヒッキーは?」

「一握りのプレイヤーで構成された、攻略集団に参加していると思われる。その数約百人。

レベル的に見ても、トップクラスだ」

「兄がトップクラスの攻略集団に……」

「更に言うと、彼のそばにはよく、二人のプレイヤーがいるね」

「二人、ですか」

「ああ。一人はSAOで一番レベルの高い男性プレイヤー。

もう一人は前にも言ったかな、最初から行動を共にしている女性プレイヤーだ。

この三人が、今のSAOの中でレベルのトップスリーとなる。ハチマン君は、二番目だね」

「ヒッキーは、こっちに戻ってくるために戦ってくれてるんだね……」

「そんなわけで、この三人の動向にはこちらとしても注目してるってわけ」

「あの、あの、その女性の方ってどんな人なんですかあ?」

 

 いろはが焦ったように菊岡に尋ねた。

菊岡はちょっと困った様子で何か考えていたが、話せる部分だけ話す事にしたようだ。

 

「八幡君と同い年で、とてもかわいらしいお嬢さん、かな」

「比企谷君……帰ったら色々話を聞かせてもらうわよ」

「ヒッキー、その人と付き合ってるのかな……」

「お兄ちゃんのお嫁さん候補が増えるのは、基本小町賛成なんですけど、

正直今回ばかりは実際に会ってみないとなんともですね」

「ひどい小町ちゃん!お義姉ちゃんを裏切るの?」

「いろは先輩は多分まだ兄の中では、少し仲のいい後輩ポジションだと思いますけどね……」

 

 菊岡は、八幡の状態チェックも終えたようで、四人に挨拶をして帰っていった。

 

「あのなまけものの比企谷君が、最前線で一生懸命戦っているなんてね」

「でも、危なくないのかな?ちょっと心配だよ」

「先輩ならなんとかしてくれそうな気もしますけど、やっぱり心配ですぅ」

「お兄ちゃん、小町信じてるからね。お兄ちゃんなら何とかしてくれるって」

「でもさっきの菊岡さんの話を聞いて、私も比企谷君の見ている世界を、

見てみたくなったわね。ALO、やってみようかしら」

「ゆきのん!私も私も!」

「それじゃ、みんなで前向きに検討してみますか!」

「お父さん、頼んだら買ってくれるかなぁ……小町に甘いから大丈夫かな……」

 

 そろそろ時間も遅くなってきたので、四人は八幡にお別れをし、それぞれ家路についた。

 

 

 

 家に着き、ALOの事を調べていた雪乃は、携帯が鳴っているのに気が付いた。

電話に出ると、それは姉の陽乃だった。

八幡がSAOに囚われてからは、二人の仲はかなり良好になっていた。

 

「姉さん、何か用事かしら?」

「雪乃ちゃん。姉さんね、雪ノ下家の関連会社に就職するの、やめる事にしたから」

「そんな事、よく母さんが許したわね」

「そこはほら、社会生活の第一歩を身内と関係ないところで始めるのも、

将来父と母どちらかの跡を継ぐ私には必要な経験じゃないかなって一生懸命説得したのよ」

「それで、どこに就職する事にしたの?」

「レクトよ」

「レクトって、あの?」

「そう。今比企谷君の命を間接的に管理している、レクト・プログレスの親会社よ」

「姉さん、それは……」

「比企谷君が無事に戻ってこれるように、

内部からしっかりサポートしたいって思ったのもあるんだけど、

あの茅場晶彦が作った世界を見てみたいっていう気持ちも、少しあったんだよね」

「そう……姉さんが決めたのなら、それでいいんじゃないかしら」

「まあ、レクトの結城家とは、以前社交の場での面識もあるしね」

「さすが姉さん、顔が広いのね」

「どうやらあそこのお嬢さんもSAOの中にいるらしくてね、

レベルトップスリーの一角に入ってるらしくって、随分心配していたわ」

 

 雪乃は、その言葉を聞いた瞬間に固まった。

レベルトップスリ-に入る女性といえば、比企谷君の……

 

「姉さん、そのお嬢さんってどういう方なのかしら」

「んー、一度見た事はあるけど、美人だったかなー」

「そう、やっぱり美人なのね……」

「何?その子が比企谷君のそばにでもいるの?

焦る気持ちもわかるけど、私達は出来る事をやるしかないのよ」

「私は別に何も焦ってなんか……って」

 

 その姉の言葉を聞き、雪乃は、はたと気付いた。

 

「……姉さん、知っててわざと言ったのね」

「そりゃあ、政府とは別にうちでも独自に解析はしてるからねー」

「どうして今そんな事を私に?」

「最近の雪乃ちゃん、ちっともお姉ちゃんを構ってくれないから、

ちょっといじわるみたいな?」

「…………姉さん」

「雪乃ちゃん怖ーい!それじゃそろそろ切るね。

レクトに入るための就職活動も、来月から始めないといけないしね」

「もう………就職活動、頑張ってね」

「そうそう雪乃ちゃん。卒業おめでとう」

「……色々とありがとう、姉さん」

 

 電話を切った雪乃は、アミュスフィアとALOの注文をした。



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第047話 狂気のラフィンコフィン

 あれから数日が経ち、主にアルゴによって情報収集が進められ、

殺人ギルド、ラフィンコフィンの概要が段々明らかになってきた。

リーダーは、プーという黒いポンチョを着た男。

そして幹部と目されるのが、ジョー。正式名前はジョニーブラック。

皆略称しか知らなかったが、解放軍のメンバーから、その旨の情報の開示があった。

そして赤目のザザと、元ドラゴンナイツのモルテだ。

ザザは、遭遇した時の生き残りの話だと、理由はわからないが真っ赤な目をしていたらしい。

そのためその特徴と共に、赤目のザザと暫定的に呼ばれる事となっていた。

ガイドブックに、要注意プレイヤーとしてその四人の情報と、

組織名、ギルドの紋章が開示され、

何か重要な情報が入った場合はアルゴに集約され、その権限によって、

対策会議が開かれる事等が決定された。

 

 

 

 ハチマンはここ数日、五層にあるカルマ回復クエストの受注場所の最寄の町周辺で、

ほぼ休まずに張り込みを続けていた。

カーソルの色がオレンジになったプレイヤーは街に入れず、転移門を利用できないため、

ラフィンコフィンのメンバーのフロア間の移動は、

おそらく転移結晶の転移場所を圏外にある村に設定して行われていると推測された。

それには、必ずグリーンカーソルのメンバーの協力が必要になるため、

定期的にメンバーはカルマを回復に来ていると予想された事から、

カルマ回復クエストを受けにくるオレンジカーソルのプレイヤーをマークし続ければ、

必ずラフィンコフィンに辿り着けるとハチマンは考えていた。

 

(また外れっぽいな……)

 

 間違って味方に攻撃を当ててしまうと簡単にオレンジーカーソルになってしまうため、

クエストを受けに来るプレイヤーはかなり多かった。

外れはほとんど昼に訪れたプレイヤーばかりだったので、

ハチマンは、監視の時間を深夜中心に変更する事にした。

 

(お、こいつは明らさまに怪しそうな挙動をしてるな)

 

 ハチマンは、深夜にこそこそとクエストを受けに来た一人のプレイヤーに目を付けた。

通常、クエストを終えたプレイヤーは街へと向かうものだが、

そのプレイヤーは街とは正反対の方向に向かっていた。

そしてその男を尾行する事によって、アジトらしきものを見つける事が出来た。

 

(どうやらここがアジトのようだが、ここが本命とは限らないから、

しばらく人の出入りを監視するか)

 

 ハチマンはしばらくそのアジトを監視していたが、どうやらここは、

いくつかあるであろうアジトのうちの一つらしい。

とりあえず援軍を呼んで、このアジトを潰してしまおうかと考えていたその時、

見た事のある顔がアジトに入っていくのを発見した。

 

(あれは……モルテか。今中にいるのはおそらく三人程度。どうする……)

 

 ハチマンは少し迷ったが、装備から見ても敵のレベルはこちらより低いと考え、

キリト、クライン、エギルにのみ連絡をとり、モルテを捕まえる事にした。

会議の招集を要請している時間が無かった事もあり、

速度重視での、少数での突入となった。

 

「どうだハチマン。モルテはまだいるか?」

「ああ、まだ中にいる。今中にいるのはモルテを入れて三人だな」

「よし、全員お縄にしてやろうぜ!」

「ああ。あいつらを野放しにはできないな」

「クラインとエギルも、こんな事をいきなり頼んじまって、悪いな」

「ハチマン、気にすんなって」

「悪い。それじゃ早速行くか。エギルは入り口で他の奴が来ないか見張ってくれ」

「了解」

「敵のレベルは低いからこちらに危険は少ない。全員きっちり捕まえてやろうぜ」

 

 エギルを入り口に残し、三人は奥へと進んでいった。

奥からは、数人のプレイヤーが会話をする声が聞こえてくる。

 

「次の獲物は噂だと大物みたいっすね!」

「ああ。リーダーと幹部全員でかかる予定だな。詳しい話は俺も聞いてないが」

「そこまでの敵っすか!すげえ!」

「……ちょっと待て、今何か……」

 

(まずい、気付かれたか?)

 

 三人は頷き合い、即モルテらの確保に動いた。

モルテはさすがに行動が素早かったが、

残りの二人はあっけなくキリトとクラインによって取り押さえられた。

ハチマンは、モルテと対峙していた。

 

「てめえら……いつの間に」

「久しぶりだなぁモルテ」

「ちっ、ロザリアが何か情報を漏らしたかもしれないと思っちゃいたが、

こうも動きが早いとはな」

「大人しく投降しろ。お前に勝ち目はない」

「ハッ、やってみないとわからないだろうがよ!」

 

 モルテはハチマンに斬りかかった。ハチマンは、まったく避けずに攻撃を受けた。

 

「鈍ったんじゃねえか?ハチマンさんよぉ」

「お前は馬鹿か。これでお前のカーソルはオレンジ。

これでこっちも遠慮なく攻撃できるって事だ」

「ちっ」

 

 ハチマンは即座にモルテの懐に飛び込み《ファッドエッジ》を放つ。

カウンターぎみに入ったその攻撃は、一瞬でモルテのHPを三割ほど削った。

 

「お前こそ、攻略組をやめるのが早すぎたんじゃないか?明らかに昔より弱く見えるぞ」

「てめえ……」

 

 その後もモルテは悪あがきを続け、ついにHPはレッドゾーンに突入した。

ハチマンも多少攻撃をくらったが、まだ七割ほどのHPをキープしていた。

 

「いい加減諦めろって」

「くそっ、くそっ」

「ハチマン、こっちは終わったぞ」

 

 その時、クラインに二人の監視を頼んだキリトが、こちらに合流してきた。

 

「これでこっちは二人だ。まだ続けるのか?」

「ちっ、お前らごときに捕まる俺じゃ無えんだよおおおおおお」

 

 モルテは次の瞬間、自分に武器を突き刺した。

二人はいきなりの出来事に驚き、まったく動けなかった。

そして二人の目の前で、モルテはエフェクトと共に爆散した。

 

「なんだよこれ……」

「狂ってやがる……」

 

 キリトとクラインは、茫然と呟いた。ハチマンは、何も言う事が出来なかった。

三人はとりあえず、見張りをしていたエギルに事の次第を伝え、

捕まえた二人を監獄へと送り、尋問したが、

メンバーが全部で三十人くらいだと言う事以外、何の情報も得られなかった。

 

 

 

 ハチマンは、アルゴに事の次第を報告し、対策会議を開くよう要請した。

ハチマンは密かにヒースクリフに連絡を取り、アスナには概要だけ伝え、

会議には参加させないように依頼していた。そのためアスナは今ここにはいない。

そして会議が始まった。集まったメンバーは事の顛末を聞き、戦慄したようだ。

 

「どうやらあいつらは、自殺する事も厭わないほどの頭のイカレた奴らの集まりだ。

仮に将来討伐隊が組まれる事になったとして、死者が何人出るか見当もつかない」

「それでも俺達は、やるしかないんだろう?」

 

 リンドが、つらそうに発言した。

 

「そうだな、放置しておけば、今後もっと犠牲者が出るだろうな」

「でも人を殺すなんて……」

「そうだそうだ!」

「でも仲間が被害にあうくらいなら……」

 

 様々な発言が飛び出し、一時会議は騒然としたが、その時ハチマンが一つ提案をした。

 

「俺だってこんなのはもううんざりだ。だが、俺は仲間に被害が出るのだけは我慢できない。

なのでこの件は、各ギルドで覚悟の決まった者だけを選抜して行うように提案したい」

 

 その発言で場は落ち着き、皆色々と考えて込んでいたが、結局その方向で話はまとまった。

その後、モルテの装備と攻撃力から敵の幹部連中の実力が確認され、

ラフィンコフィンの構成員のおおよその人数の開示と、

近々大物を狙うと話していたという、漠然な情報が伝えられたところで、

その日の会議は終わりとなった。

 

 

 

「とりあえずこんなもんか」

「ああ。後は今後の情報待ちだな」

「そういえば聞きそびれていたが、あのシリカって女の子の使い魔は復活したんだよな?」

「ああ、復活したぞ」

「そうか、良かったな」

 

 ハチマンはぶっきらぼうに言ったが、その後何かに気付いたように付け加えた。

 

「なあキリト、しばらくあの子から目を離すなよ」

「……もしかしたらタイタンズハンドの捕縛に関係していたと思われて、

狙われるかもしれないって事か?」

「まあそんな感じだな。もっとも、下部組織の細かな動向まで把握してたとは思えないが」

「……ハチマン、明日から何日か、暇か?」

「ああ。まあ何も無いっちゃ無いが、何かあるのか?」

「明日から数日、シリカのレベルの底上げを兼ねて、

シリカに短剣の使い方のレクチャーをしてくれないか?

少し上の階層でパワーレベリングする感じにしたいから、戦力が欲しいってのもある」

「そういう事か。別に構わないぞ。何ならその間だけ、二人でうちに泊まっても構わない。

なんならアスナも呼ぶか。最近こういった事に呼ばれなくて、少しすねてるみたいだしな」

 

 リズベットは家を購入したため、ハチマンの家から家財道具を引き払っていた。

今後泊まる時は、アスナの部屋に一緒に泊まるつもりのようだ。

なので今は、二部屋が空いている状態だった。

ハチマンは誰か来た時の事を考え、その二部屋にも自前で最低限の家具を用意していた。

 

「あそこなら確かに絶対安全だな。よし、その線でシリカに話してみるよ」

「それじゃ、決まったら今夜からでも構わないから連絡してくれ。

今回は、一宿一飯の恩は返さなくていいからな」

「くっ……俺もいつか自分の家を……」

「お前は趣味装備に金を使いすぎだ。それじゃ後でな」

 

 こうして、明日からしばらくシリカのレベルの底上げを行う事が決定された。



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第048話 シリカは驚愕する

 キリトから誘いを受けたシリカは、二つ返事でオーケーした。

知らない人の家に泊まる事に対して不安が無かったわけではないが、

キリトへの信頼の方が上回ったのだ。

案内されたのは、何もない二十二層の主街区の外れにある塔だった。

シリカは、ここに何があるんだろうかと少し不安になったが、

塔の中から人が出てきたので、とても驚いた。

 

「ハチマン、連れてきたぞ」

「はじめまして!シリカです!」

「おう、この前は大変だったな。使い魔、ピナだっけ?蘇生できて良かったな」

「はい!」

 

(ぶっきらぼうだけど、優しい人なのかな……)

 

「ハチマンさんにもご協力頂いたそうで、ありがとうございます」

「ああーあれはほとんどキリトのおかげだろ。俺は大した事はしてねえよ」

「それでもです!」

「お、おう、そうか」

 

 シリカはハチマンに案内されて家の中に入ると、

すごいすごいといって、あちこちをうろうろし始めた。

ハチマンは、自分の家が褒められた事を嬉しく思ったようだ。

自分からシリカに短剣の使い方をレクチャーし始めた。

レクチャーも終わり、シリカを風呂に案内した後、

三人は、明日に備えて寝る事になった。明日は五人での狩りになるようだ。

シリカは、こんなに狩りが楽しみなのは初めてだなと、リラックスして眠る事が出来た。

 

 

 

 次の日シリカは、集まったメンバーを見て、心臓が止まる思いをした。

 

「よぉ、ヒースクリフ」

「私の参加を認めてくれて、感謝する」

「まあ戦力は多い方がいいしな」

「でも、どういう経緯でこうなったんだ?」

「うん。休みの申請をしようと思って話をしたら、団長も是非って」

「ヒースクリフがこういうのに参加するなんて、珍しいというか初めてだな」

「なぁに、私もたまには組織と関係ない所で羽根を伸ばしたくなってね」

「ああ、そういうのたまにあるよな」

「お前はいつもだろ、ハチマン」

 

 そこには、よく噂で耳にする攻略組のトップが顔を揃えていた。

当然シリカは、キリト以外との面識は無い。それどころか遠くから見た事すら無かった。

血盟騎士団の団長、神聖剣のヒースクリフ。

副団長の、攻略の鬼、閃光アスナ。

そして黒の剣士キリト。

ハチマンの名前は昨日まで聞いた事が無かったが、

このメンバーの中で自然に振舞えて、昨日の短剣の使い方を見る限り、

きっとこの人もすごい人なんだな、とシリカは思った。

 

「今日はどこへ行く予定だったんだい?」

「最初は五十五層くらいかなって思ってたんだけどな」

 

(ええっ、そんなの私にはとても無理ですキリトさん!)

 

「このメンバーなら最前線でいいんじゃないのか?

確か街から少し遠いが、まだ未踏破のダンジョンがあっただろ」

「そうだな、私もそこで問題ないと思う」

「まあ、そうだな」

「それじゃ、そこにしよう」

 

(えええええええええええ)

 

「シリカ、それじゃ最前線のダンジョンに行くけど、問題無いから気楽にな」

「は、はい……」

 

 もちろんシリカには、それを断る事は出来なかった。

 

 

 

 キリトがタイタンズハンドの連中と戦う所を見ていたシリカだったが、

正確にはあれは戦いと呼べるものでは無かっただろう。

シリカは今日、本当のトップクラスの戦いというものを、目の当たりにした。

 

「奥から牛人タイプが三匹くる」

「分かった。私が最初に全部の相手の足を止める」

「アスナは右から一匹を殲滅」

「了解」

「キリトは一撃与えたらシリカにスイッチ。シリカは最大威力の攻撃を叩きこめ。

そしたらすぐキリトにスイッチだ。キリト、下がってもシリカから目を離すなよ」

「分かった。シリカ、来るぞ!」

「は、はいっ」

「それじゃ俺は次の敵を持ってくる」

 

 目まぐるしい高速戦闘が続き、シリカのレベルはどんどん上がっていった。

時々敵が枯れて時間が空くと、そういった時間にハチマンが、

積極的にシリカに短剣術のレクチャーをしてくれた。

他の三人も、立ち回りや、探索のコツなどを教えてくれた。

 

「しかし初めて体験したが、使い魔というのはすごいものだな」

「ピナのおかげで連戦できてるってのもあるよね!」

 

 シリカはピナに指示を出して、HP回復の効果があるブレスを上手く使っていた。

 

「ああ。シリカの指示が的確なんだよな」

「私なんて、必死でやってるだけで……」

「謙遜すんなって。ピナの力も含めて、それは全部シリカの力なんだからな」

「はい、ありがとうございます!」

「レベルはいくつ上がったんだ?」

「もう四つも上がりました!」

「まじかよ、早いな」

 

 その言葉を受けてヒースクリフが、この方法なら底上げが、

いやしかしこのメンバーじゃないと、とぶつぶつ言い出した。

 

「ヒースクリフ、気持ちは分かるが、今日くらいは仕事の事は忘れろよ」

「あ、ああ、すまない。つい癖でな」

「それじゃ次いくぞ。お前ら準備はいいか?」

「いつでもいいよ!」

「それじゃ次持ってくるわ」

 

 その後もシリカは、ひたすら戦い続けた。

忙しくはあったが、それは今まで自分が経験してきた戦闘とは全然違い、

それぞれが自分の役割をしっかり理解してお互いをフォローし、

何があっても対応できるぞという、安心感すら感じられるものだった。

そして気がつけば、また二つレベルが上がっていた。

 

「一日で六つもレベルがあがるなんて初めてです!」

「まあ、シリカの適正レベルよりかなり上の狩場だしな……」

「メンバーのせいでペースもすごいしね」

「それでは、そろそろ終わりにするかね?」

「どうやらボス部屋っぽい部屋を見つけたんだが。せっかくだから最後に行くか?」

「ふむ、まあ、それで問題無いのではないかな」

「団長がそう言うなら大丈夫なんじゃないかな?」

 

(ええええええええええええええ)

 

 結局特に何も問題は無くボスは倒され、

シリカは、ボスって何だっけ……と頭を抱えるのであった。

その後キリトが見つけたという、ラーメンぽい料理を出す店に全員で行ったのだが、

その味は、醤油抜き東京風しょうゆラーメンというべきものであり、

全員とても微妙な表情で麺をすする事になった。

ちなみにこの時アスナは、いつか自分の手で味噌と醤油を作ってやると決意した。

 

 

 

「今日は久しぶりにいい気分転換になったよ、ありがとう」

「おう、あんま根をつめるなよ、ヒースクリフ」

「色々教えて頂きありがとうございました、ヒースクリフさん!」

「ああ。君も元気でな」

「それじゃ俺は家に帰るが、お前達はどうするんだ?」

「俺はちょっと用事があるんだよな」

「そうか。アスナとシリカはどうする?」

「もし良かったら、シリカちゃんと二人でハチマン君の家に行ってもいいかな?」

「別にまあ構わねえけど、随分と仲良くなったもんだな」

「だって、女の子のプレイヤーと知り合う機会って滅多にないんだもん」

「私もアスナさんくらいの年齢の方の知り合いは初めてなので、仲良くしたいです!」

「それじゃまあ、俺は部屋でゆっくりしてるから、二人は好きにしてくれ」

 

 キリトはそこで別れ、三人は二十二層に転移した。

家に着くと、ハチマンは予告通り部屋に入ってのんびりしていた。

アスナとシリカはお風呂に一緒に入り、その後色々と話をしていた。

 

「そっか、最初はやっぱり苦労したんだね」

「はい。もうどうしていいかわからなくて、最初はずっと始まりの街にいたんですよ」

「私には最初からハチマン君がいたから、その点は恵まれてたのかな」

「元々知り合いだったんですか?」

「ううん。最初はね……」

 

 アスナは、差し障りの無い程度に、ハチマンとの出会いを語って聞かせた。

シリカは、とても興味深そうに聞いていたが、羨ましくなったらしい。

 

「私にも最初からキリトさんみたいな人がいればなぁ……」

 

 と、ぼそっと呟いた。

 

「シリカちゃんは、キリト君が好きなの?」

「どうなんですかね……もし私にお兄ちゃんがいたらあんな感じかなとは思いますけど」

 

 シリカはあわあわしていたが、その顔は少し赤かった。

 

「まあキリト君もハチマン君も、確かにそんなとこあるよね」

「あ、はい。ハチマンさんもぶっきらぼうだけど、なんかそんな感じがします!」

「私も最初は頼ってばかりだったんだけど、

このままじゃ駄目だって思って、血盟騎士団に入ったんだよね。

でもなんだかんだ今でも色々と頼っちゃうんだけど」

 

 アスナの嬉しそうな顔を見て、シリカは、やっぱり少し羨ましいなと思った。

そして、私もいつかキリトさんの役にたてればいいな、と思った。

 

 

 

 次の日の朝、二人が帰ろうとした時ハチマンは、

少し迷ったそぶりをみせたが、シリカに家の鍵を渡した。

 

「あー、何かあった時、ここに逃げ込めばしのげるだろ。まあ保険だ保険」

「あ、ありがとうございます!」

「その上でキリトを呼べば、高見の見物をしながら安全を確保できる」

「ハチマン君……」

「あ、あは……」

「それじゃ、気をつけてな」

 

 二人はハチマンの家を辞し、転移門の方へと向かっていったが、

歩きながらアスナが、面白そうに言った。

 

「シリカちゃん、鍵貰えたね。

あれって多分、ハチマン君の中で、身内認定されたって事なんだよ」

「そうなんですか!」

「あそこの鍵を持ってるのって、私とキリト君と、リズっていう私の友達と、

あと、シリカちゃんの四人だけなんだよ。私達は、秘密基地って呼んでるけどね」

「なんか、すごい嬉しいです」

「まあ緊急時以外で尋ねる時は、事前に連絡してあげてね。

いきなりとかは、やっぱりちょっと慣れないみたいだから」

「はい!」

「それじゃシリカちゃん、また狩りにでも行こうね」

「はい、ありがとうございましたアスナさん!」

 

 アスナはそのまま血盟騎士団本部に戻ろうとしたが、

その前に、昨日の収穫をエギルの所に売ってしまおうと思いついた。

エギルの店に着くと、そこにはキリトがいた。

 

「ようアスナ。アスナも昨日の戦利品を売りにきたのか?」

「うん。意外と量が多くて、ストレージがちょっとね」

「何だ何だ、昨日どこかに行ったのか?」

 

 エギルはその話を聞き、メンバーの豪華さに呆れ気味で言った。

 

「お前らそれ、少し下の方の階層ボスなら楽勝で勝てそうだよな……」

「違いない」

 

 無事取引も終わり、店を出た時、キリトが思いついたように言った。

 

「そういえばアスナ、この後ちょっと暇か?」

「多少なら平気だけど、何かあるの?」

「実はな……アルゴ情報なんだが、五十七層にあるNPCレストランが、

醤油っぽい調味料を使ってるらしいんだよ。で、アスナの意見も聞きたくてな」

「あー、キリト君ももしかして、昨日のラーメンもどきを食べて思った?」

「ああ。味噌、醤油、ここらへんがやはり欲しい。ハチマンも呼ぶか?」

「うーん、ちょっと疲れてるようにも見えたし、

内緒で作ってびっくりさせてあげたいから、今日はいいかな」

「なるほどな。それじゃ行くか」

 

 二人は五十七層に転移し、店に向かおうとした。

その時、街中に悲鳴が沸き起こった。俗に言う、圏内事件の発生である。



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第049話 名探偵ハチマン

「キリト君、今の」

「ああ、行くぞ、アスナ」

 

 駆けつけた二人が遭遇したのは、圏内で消滅した一人のプレイヤーの姿であった。

周囲を見回したが、デュエルのリザルト画面の表示も無い。

二人は、死んだ男(カインズという名らしい)の知り合いのヨルコという女性に話を聞き、

この事件についての調査を始める事にした。

まずは圏内で人を殺す事が可能かどうかの検証だが、これは実に難航していた。

色々な事に詳しいヒースクリフにまで話を聞いたが、得られた情報は皆無だった。

ただ、ヒースクリフは別れ際に一言、

 

「実際に目で見た情報だけを信じたまえ」

 

 というアドバイスのようなものをくれた。

ちなみにハチマンはまだ寝ているようで、何の反応も無かった。

捜査中、聖竜騎士団のタンク隊の隊長であるシュミットに色々と聞かれたため、

もしかしたら関係者なのかもしれないと思い尋ねてみたが、

シュミットは、言葉を濁すばかりで、肝心な事は何も言わなかった。

仕方なく二人は、ヨルコにもう一度話を聞く事にした。

 

「シュミット、ですか?」

「ええ。名前に聞き覚えが?」

「昔の仲間です」

 

 ヨルコから、過去に所属していたギルド【黄金林檎】の情報を聞く事が出来た二人は、

シュミットを呼び出し、四人で話をする事にした。

 

 

 

 その頃ハチマンは、ちょっと寝過ぎたか、と思いながら、ベッドから体を起こした。

視界の端に、チカチカする光が見えた。どうやら何通かメッセージが来ているようだ。

 

「圏内での殺人、ねえ」

 

 ハチマンは頭を掻きながら、脳を活性化させるために、飲み物を取り出し一気に飲んだ。

落ち着いたところでハチマンは、アスナからのメッセージを読みはじめた。

 

(黄金林檎というギルドで、レアな指輪がドロップしたのが始まりかもしれない、か。

売りに行く途中でリーダーのグリセルダが死亡、指輪は行方不明、ギルドは解散か……)

 

 ハチマンは、頭の中で登場人物を整理しながら、更に読み進めた。

 

(カインズが圏内で死亡。死因は継続貫通ダメージだと?

犯行に使われたのは、グリセルダの夫のグリムロックという奴が作った槍か。

二人はこいつを疑っているのか。

そして、シュミット……?あいつは確か、聖竜連合へは途中入隊だったはずだ。

あそこの基準は厳しいから、中堅ギルドにいたシュミットがすぐ入隊できたって事は……)

 

「シュミットは何らかの形で、グリセルダの死に関わっているのは確定だな」

 

 ハチマンは口に出してそう呟き、再び考え始めた。

 

(圏内で死亡なぁ。生命の碑で確認したらしいが、これは保留だな。

ヒースクリフは……目で見た物だけを信じろ、か)

 

 生命の碑とは、ゲーム内プレイヤーの全リストであり、

更にゲーム内で死んだ者の、日付と死因が分かるもので、

始まりの街に存在していた。

その時アスナから、新たなメッセージが入った。

どうやらたった今、二人の目の前で、ヨルコが殺されたらしい。

犯人は転移結晶を使ったらしく、取り逃がしたようだ。

 

(転移結晶、圏内殺人、あー……)

 

 ハチマンはアスナに、今起きたと連絡し、二人を家に呼び出した。

 

「よお、悪いな、ちょっと寝過ぎちまった」

「ハチマン君!ヨルコさんが、ヨルコさんが……」

「まあ落ち着け。お前ら根本的に色々勘違いしてるぞ」

「勘違い?どういう事だ、ハチマン」

「実際に目の前で見ちまったから、余計にそう思い込んだのかもしれないがな。

いいか二人とも。圏内でそんな殺人は犯せない」

「だが、実際に目の前で……」

「そうだよハチマン君!目の前で二人の人が消滅したんだよ!」

「つまりそういう事だ。二人は実際に見ちまったせいで、

他の可能性を最初から無意識に排除しちまったんだよ」

 

 ハチマンは、説明を続けた。

 

「ヒースクリフにも言われたんだろ?実際に見たものだけを信じろって」

「ああ」

「よく分からなかったけどね」

「俺みたいに話を聞いただけなら、あるいは二人ともすぐ気付いたはずだ。

まず、そのエフェクトが発生するのは、どんな時だ?」

「えーと、モンスターを倒した時、人が死んだ時、それから」

「それから?」

「あ……まさか……」

 

 キリトが何かに気付いたようだ。

 

「アイテムの耐久値が切れた時、か?」

「そうだ。まあお前らには、余りなじみが無いかもしれない。だが俺は何度も見てるんだよ。

風呂あがりに飲もうと思って置いておいたお気に入りのドリンクが、

うっかりうとうとしてしまったために何度も目の前で消える所をな」

「そうか、盲点だった!ヒースクリフが言ったのは、この可能性を示唆したものだったのか」

「どういう事?」

「つまりこういう事だ。ヨルコとカインズは、装備品の耐久力を故意に消滅させ、

その瞬間転移結晶でどこかへ飛んだ。つまり、まだ生きている」

「でも、カインズって人は確かに今日、継続貫通ダメージが原因で死んでたよ」

「そのカインズだがな。一つだけ思いついた事があるんだが、

お前らが生命の碑で確認した名前は、本当にそのカインズか?綴りは合ってるか?」

「あ、そういえばさっき、元メンバー全員の名前を生命の碑で調べようとして、

シュミットに書いてもらったんだ」

 

 二人は、リストを取り出し確認した。

 

「そんな……私達が確認した名前と違う」

「やっぱりか。キリトならわかると思うがな、こういうゲームにはよくあるんだよ。

他のゲームの有名な主人公の名前を、多くの人間が、色々な綴りで使う事がな」

「確かにMMOだとよくある話だな」

「そういう事だ。今回の場合、そんな偶然あるわけないから、

おそらくそのカインズが死んだ日付は、一年前の今日だろうな」

 

 それを聞き、キリトは何かに思い当たったようだ。

 

「………なあ、ハチマン。まさかこれ」

「そのまさかだ。これはおそらく、その名前を偶然見つけた時に思いついたであろう、

ヨルコとカインズによる計画だろう。使用した武器からして、グリムロックも噛んでいる」

「何でそんな計画を?何か意味があるって事なのかな?」

「とりあえず、お前らが四人で話した時の内容を聞かせてくれ」

 

 アスナとキリトは、ヨルコが死ぬ直前の会話を説明し始めた。

ヨルコの一連の発言、グリセルダの死について、シュミットを疑っていた事。

グリムロックなら、グリセルダを殺した可能性のある全員に復讐する権利があると言った事。

もしかしたら、グリセルダの亡霊が犯人に復讐しようとしているかもしれない事。

それらの話を聞いて、まずハチマンが言ったのは、一見的外れに聞こえる質問だった。

 

「そういえばシュミットはどうした?」

「グリセルダに謝るとかなんとかぶつぶつ言いながら立ち去っていったぞ」

「まあシュミットは限りなく黒だろうから、その態度は理解できる」

「シュミットさんが?」

 

 ハチマンは、先ほど考えた事を、アスナとキリトに伝えた。

 

「確かに巨額のコルをいきなり手に入れないと、聖竜連合に即入団するのは難しいだろうな」

「そんな……」

「実際に手を下したかどうかはわからないが、関係してるのは間違いない」

「そうだな、否定できる材料が見当たらない」

「最後の質問だ。グリセルダは、どんなリーダーだった?」

「すごく強くて、頼りになるリーダーだったって。だからお墓も作ったみたい」

 

 ハチマンは少し考え込んだ。

 

「そんなに強かったなら、例え不意をついたとしても、

黄金林檎のメンバーがグリセルダを簡単に殺せたとも思えない。

可能性が一番高いのは、殺人に慣れた外部の組織の関与だな」

「犯人が依頼したって事?」

「まあそういう事だな」

「シュミットさんは、殺人とか依頼する人じゃないと思うけどな」

「おそらく、直接は関わっていないんだろう。だが明らかに疑わしい。

だからヨルコとカインズは、シュミットをグリセルダの墓に行かせるように仕向けて、

そこで自白でもさせるつもりで今回の計画を立てたんだろう」

「確かにそれしか考えられない流れになってるな」

「だが、何か忘れている気がする。グリセルダ殺しの真犯人……殺人ギルドの関与……

そういえばラフィンコフィン絡みで、大物がなんとかいう話が……しまった!」

 

 ハチマンはいきなり立ち上がった。

 

「ヨルコにすぐ連絡が取れたって事は、どっちかがフレンド登録をしたか?」

「あ、私がしたよ!そうか、これを見れば生きてるってすぐわかったんだ」

「フレンドリストから今どこにいるかが検索できるはずだ。どこにいる?」

「十九層みたい」

「説明は後でする。キリトはすぐそこへ急行してくれ。

毒耐性ポーションと回復結晶を有るだけ持っていってくれ。

もし戦闘になったら、防御主体でとにかく粘れ」

 

 二人はその戦闘という言葉に、緊張した。

 

「緊急事態なんだね、ハチマン君」

「ああ。アスナは血盟騎士団に召集をかけて、即現場へ向かえ」

「わかった」

「俺は聖竜騎士団に連絡後、すぐキリトの後を追う。

おそらく今回の敵は……ラフィンコフィンの幹部どもだ」



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第050話 歪んだ愛情

 ハチマンがああ言い切るのだから、必ず敵はいる。そう思い、キリトは全力で走っていた。

やがて前方に見えてきたのは、倒れているシュミットと、へたり込んでいる二人組。

 

(やっぱり生きていたんだな)

 

 それはヨルコと、おそらくカインズと思われる男性だった。

もしかしたらグリムロックかもしれないが、どうやら一人足りない。

まずいと思いながらキリトは、敵と三人の間に割って入った。

 

「よお、ジョー。久しぶりだな。

なんで頭から袋を被ってるんだ?顔を隠してるつもりか?」

 

 キリトはとりあえず会話から入り、少しでも時間を稼ごうとした。

今キリトの前には、三人の男が立っている。

一人は今言ったジョー。ジョーは、全身黒ずくめのレザー装備をまとい、

目の部分だけを丸く繰り抜いた、頭陀袋のようなものを頭から被っていた。

武器は黒く塗られた短剣。そして二人目は、

 

「なるほど、赤目のザザとはよく言ったもんだな」

 

 ザザは、顔に髑髏のマスクをつけていたが、、その目は確かに赤く光っていた。

こちらの武器は、エストックと呼ばれる刺突剣だ。問題は、その二人の後ろにいる男だった。

黒いポンチョを着たその男は、他の二人と違い、あからさまな敵意は見せていない。

だが、その男にただ見られているだけで、キリトは、背筋が寒くなるのを感じた。

 

「お前がプーか」

「ヒュウ!黒の剣士様に名前を覚えて頂いているとは光栄だな」

「キリトよぉ、いくらお前でも、三人相手に勝てると思ってるのか?」

「どうだろうな、正直分が悪いのは確かだがな」

 

 ザザは、何も言わずにただたたずんでいるだけだった。

 

「とりあえず、イッツ・ショータイムといくか」

 

 プーはそう言い、まるで中華包丁のような、赤黒い大型ダガーを取り出した。

 

「何だその包丁、随分と物騒な色をしているな」

「ハッ、COOLだろ?メイト・チョッパーって言う、俺のお気に入りの武器さ」

「メイト・チョッパー?友達の首でも刎ねるのか?

その二人の首を刎ねてくれたら楽なんだけどな」

 

 キリトはそう言いながら、耐毒ポーションを飲んだ。

 

「てめえ、今何を飲みやがった」

「ただの耐毒ポーションだよ。そんなに俺が怖いのか?ジョー。

まあ回復結晶も大量に持ってきてるし、十分やそこらは三人相手でも持たせられると思うぜ」

 

 そう言ってキリトは、エリュシデータを抜いた。

エリュシデータから威圧感を感じたのか、ジョーが一歩後ろに下がった。

 

「十分持ったら何だって言うんだ?黒の剣士さんよぉ」

「ああ。もうすぐ援軍が来るからな。俺は時間を稼ぐだけだよ。

お前らは、何十人もの攻略組相手に勝てるのか?」

「スナフー。お前らここは引くぞ」

「ヘッド!こいつの言ってる事が本当とは限らないっすよぉ」

「馬鹿野郎。お前らまだ気付いてないのか?」

「相変わらずまぬけだな、ジョー」

 

 その声と共に、プーの背後から、ハチマンが近づいてきた。

 

「ハチマン、てめえ」

「WOW!お前が噂のハチマンか。

わざわざ攻略組のトップ二人にお相手してもらえるとは、今日はHAPPYな日だぜ」

「結果もハッピーだと俺としては楽で助かるんだがな」

「チッ、てめーは絶対殺す」

「お前に出来るのか、ジョー」

 

 ジョーは、ハチマンを睨みつけていた。プーは、面白そうにハチマンを見ていた。

 

「黒の剣士も美味そうだと思ったが、お前は想像以上だったよ、ハチマン」

「ああん?何言ってんだお前。どう見てもキリトの方が強そうだろ」

「ハッ、モンスター相手なら確かにそうだろうさ」

 

 プーはそう言った瞬間に、口笛を吹いた。

それが合図だったのだろう。ザザとジョーが、素早く近くの茂みに向かい、

そこに隠れていたらしい一人の男を連れ、その男に武器を突きつけた。

ハチマンとキリトはプーに牽制され、一歩出遅れた。

 

「グリムロックさん……」

 

 ずっと黙っていたヨルコが、その男の名前をそう呼んだ。

どうやら、グリセルダの夫のグリムロックだったらしい。

 

「さあ、ここで黒幕様のご登場だ。イッツ・ショー・タイム」

「そんな!グリムロックさんが黒幕だなんて!」

「HAHA!お前らは、こいつが黒幕だと知っても、見殺しには決して出来ない。

そうだろう?黒の剣士に、ハチマンさんよお」

「チッ」

 

 ハチマンの舌打ちを聞き、プーは愉快そうに笑った。

 

「ここは痛み分けといこうぜ兄弟!決着はいずれまたの機会にな!」

 

 そう言って三人は転移結晶を使い、いずこかへと消えていった。

 

「くそっ、逃がしたか」

「ま、こんなもんだろ」

「落ち着いてるな、ハチマン」

「ああ、いくつかわかった事もあるしな」

「ハチマン君!キリト君!」

 

 その時アスナ率いる血盟騎士団数名が駆けつけてきた。

 

「すまんアスナ、まんまと逃げられちまった」

「逃げられたって事は、やっぱり敵がいたんだね」

「ああ。ラフィンコフィンのトップスリーがな」

 

 

 

 その後、元黄金林檎のメンバーは、四人だけで話をしたようだ。

後に聞かせてもらった話だと、やはりグリムロックが、

グリセルダを殺すようにラフィンコフィンに依頼をした犯人だった。

驚いた事にグリムロックは、現実世界でもグリセルダと夫婦だった。

現実世界ではどちらかというと大人しかった妻が、

ここでは自分よりもはるかに強く、強力なリーダーシップを発揮した事で、

このまま現実世界に戻れたとしても、妻は強い女のままなのではないか、

いつか離婚を切り出されるのではないかと、そんな事ばかり考えるようになってしまい、

そうさせないために、妻をこの世界で自分だけの物にすべく、殺害を決意したらしい。

シュミットは、加害者でもあったが、被害者でもあったようで、

とりあえずお咎め無しとなったようだ。

 

「そうか、指輪はストレージにしまってたから、グリセルダが死んだ時点で、

自動的にグリムロックの所有アイテムになったんだな」

「夫婦のストレージは共用だしね」

「指輪を売って稼いだコルの半分はシュミットに渡したが、

残りはまったく使ってなかったみたいだ」

「お金目当てじゃなかったって事だね……」

「シュミットはグリセルダの部屋に忍び込み、その部屋に回廊結晶の出口を設定して、

ギルドの共用ストレージに入れただけらしい。まあ、立派な殺人幇助なんだがな」

「そうか、それを使ってあいつらが部屋に侵入して、

そのままグリセルダを圏外に引きずり出したのか」

「シュミットさんも、グリセルダさんを殺す気なんかまったく無かったみたいだし、

あの二人が許したならそれでいいんだけど、でもやっぱりちょっとね……」

「まあ、な」

 

 三人は、夫婦間での殺人という結果に、やはり後味の悪さを感じていたようだ。

 

「結婚か……いい事ばかりじゃないのかな」

「グリセルダは、ギルドマスターの指輪と結婚指輪を、片時も外さなかったそうじゃないか。

そんなグリセルダを信じられなかった、グリムロックが全て悪いだろ」

「まあそういう事だ。信頼があれば、まあ、結婚もいいんじゃねえの。

結婚した事ないから知らんけど」

「ハチマン君は結婚しないの?」

「おい、何だその質問は。まあ、なんだ、俺なんかを好きになるやつなんかどこにも……」

 

 ハチマンは、アスナから怒りの気配を感じて、その先を続けるのをやめた。

何となくアスナの気持ちに気付いてはいたが、

やはり長年培われた習性のためか、どうしてもそれ以上は考えられないハチマンだった。

 

 その気配を察したのか、キリトが話題を変えた。 

 

「で、そろそろハチマンがどういう推理をしたか聞かせてくれないか」

「あ、ああ。まず、ヨルコとカインズとグリムロックが圏内殺人を偽装したとして、

その目的は、シュミットを呼び出して、罪の告白をさせるためだろう?」

「そうだな」

「他のメンバーの中に、もしかしたらグリセルダ殺しの真犯人がいたかもしれないが、

それはこの際置いておくとしてだ。まず、シュミットが関わっていたのは間違いない。

ここまではいいか?」

「うん」

「俺は今回の件に真犯人が関わっている可能性は、かなり高いと思っていた。

なぜならば真犯人は罪の発覚を恐れているため、

もしこういった状況になったら必ず自分もそこに参加し、

罪の発覚を防ごうとするはずだからだ」

「なるほどな」

 

 キリトは大きく頷いた。

 

「あの四人の中に真犯人がいたとしよう。そいつは殺人ギルドと繋がりを持っている。

という事は、犯人が次に打つ手は」

「……口封じか?」

「そうだ。他の三人が、人気の無い場所に勝手に集まってくれるんだ。

その時を狙って殺人ギルドに依頼し、全員殺す。そうすればそいつはもう安全だからな」

「ちょっと怖いね……」

「そして先日の事件。これは自信があったわけじゃないが、誰か大物が狙われるという話。

この件は、それにぴったり当てはまる。という事は、ラフィンコフィンが来る可能性が高い」

「話を聞いてみると、ちゃんと筋が通ってるな」

「あの時はもう時間が無かった。ちゃんと説明しないで悪かったな、二人とも」

 

 二人は、納得がいったというようにハチマンを賞賛した。

 

「やっぱりすごいな、ハチマン」

「ハチマン君、すごいね!」

「まあ、国語は得意だからな。俺は行間までちゃんと読む。

だがアスナは、何でも俺を持ち上げるのをやめろ。俺はそんなにすごい奴じゃない」

「俺はいいのかよ」

「お前は俺に借りがある。だから常に褒めろ」

「あはははは」

 

 凄惨な事件の後だが、三人はまだ笑う事が出来ていた。

それはきっと、喜ばしい事なのだろう。

 

 今回の事件を切欠にして、ラフィンコフィン討伐は、大きく進展を見せる事になった。



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第051話 ラフィンコフィン討伐戦

今日は18時にもう1話投稿します


 数日後、ハチマンの呼びかけで、緊急会議が開催された。

 

「新たな進展があったので、皆に連絡させてもらった。

毎度の事ながら、いきなりですまない」

「ラフィンコフィンの幹部に遭遇したんだろ?もう奴らを野放しには出来ないし、

みんなの安全にも関わる事なんだから、気にしないでくれ」

「ああ。詳細は省くが、先日ある事件があり、

その際にいくつか情報を収集する事に成功した。今回はその報告をしたいと思う」

「頼む」

 

 さすがに自分の命がかかっている事もあり、皆真剣に話を聞いていた。

 

「まず、これは以前から推測されていた事だが、

やはり奴らは、犯行時には仮面やマスクをかぶり、普段はそれを外して、

何気なく街中を闊歩しているようだ」

「以前から言われてた事だな」

「そして次、ザザの目だが、おそらく仮面を外しても、目の色は赤いままだ」

「それもまあ、情報としては裏づけが取れた程度か」

「ああ。ここまでは確認みたいなもんだ。ここからが本題なんだが」

 

 ハチマンは、皆の顔を見回してから、ゆっくりと口を開いた。

 

「プーは、おそらく体格のいい外人だ」

 

 皆が、意表をつかれたように一瞬ぽかんとした。

 

「何故わかったのかを説明したいと思う。先日俺は、キリトと二人で奴と対峙した。

その時、あいつは言った。スナフー、とな。

これは、某国の軍で使うスラングだ。意味はまあ、くそったれ、とでも訳せばいい」

「そ、そうか、それで……」

「これは大変危険だ。要するに奴は、プロの軍人と推測される」

 

 一瞬ざわついたが、その言葉の意味を理解したのだろう。場は静まり返った。

 

「つまり、武器の扱いにはかなり長けているはずだ。

下手するとスキルに関係なく格闘術まで使ってくるかもしれない。

ちなみに奴の武器は、メイト・チョッパーという名前の、中華包丁のような短剣だ」

「なるほど……」

「危険だな……」

「俺達に対抗できるのか?」

「ああ。ここはゲームの中だからな。軍人が強いのは、その技術もあるが、

鍛えているという部分が大きい。だが、力や早さは、レベルとステータスが全てだ。

高レベルの者が複数でかかれば、問題はないと思う」

 

 そのハチマンの言葉に、何人かがほっとした。

 

「そして最後に対策だが、俺がこのゲームの中で会った体格のいい外人は、

エギルしかいない。誰か他に見た奴はいるか?」

 

 その問いに、誰も答える者はいなかった。

 

「つまり、あいつはほぼ街には来ていないという事だ。

つまり、もし今後街中でエギル以外でそういう外人を見つけたら、それがプーだ」

 

 おおっ、という声があがる。

 

「ジョーの似顔絵と、ザザの赤い目、体格のいい外人もしくは黒ポンチョを着た人物。

これを見かけてすぐ連絡をくれた者には、確認がとれ次第賞金を渡す事にしよう。

エギルが通報されないように注意しないといけないがな」

 

 エギルは苦笑し、周りからも軽く笑いが起こった。

 

「そうすれば全プレイヤーが、幹部の監視を行う事になる。

更にカルマ回復クエを受けた時に、おかしな方向に向かう奴をみかけたら、

それも通報してもらえばいい。こっちはまあ嘘を言う奴がいないとも限らないから、

報酬については考えなくてはいけないかもしれないが」

 

 今度は、さきほどより大きく、おおっという声が上がった。

 

「それを実行すれば、ラフィンコフィンには大きな痛手になるんじゃないか?」

「ああ。かなり効果はあると思う」

「よし、その線で話をまとめていこう!」

「おう!!!」

 

 こうして、ラフィンコフィン包囲網が、加速度的に構築されていった。

 

 

 

「またか……」

「今週になってから、捕まったのは二人です」

「ちっ、ハチマンの差し金か。あいつくっそうぜーよ、やっちまおうぜ、ヘッド」

「……さすがにこれ以上人数が減るのはまずい」

 

 普段ほとんど喋らないザザですら、小さな声で意見を述べた。

 

「チッ、今残ってるメンバーは何人だ?」

「二十数人っすね」

「血盟騎士団に送り込んだ毒から何か報告はあったか?」

「それがどうやら、情報は幹部までできっちり統制されているらしくて、

どうにもなんないみたいっすね」

「このまま衰弱してただ捕まるのを待つだけってのは面白くねえよなあ」

「おびき寄せてまとめてやっちまいましょうよヘッド!」

「……」

 

 ザザも黙って頷いたのを見てプーは、新たな指示を出した。

 

 

 

 現在の最前線である、第六十五層の迷宮区の探索を切り上げ、

街へと戻ったハチマンとキリトの元に、アルゴからメッセージが届いた。

どうやら何か進展があったのか、ラフィンコフィン対策会議が開かれるらしい。

前回の会議から、二週間ほどの日数が経っていた。

 

「どうやら何か進展があったみたいだな、ハチマン」

「兵糧攻めみたいになってるからな。そろそろ何か動きがあってもおかしくないだろうよ」

 

 いつもの会議は一部の幹部連中だけが参加していたが、

今回の会議には、攻略組全員が集められているようだった。

会議が始まると、驚くべき情報が開示された。

どうやらラフィンコフィンの本部が発見されたらしい。

血盟騎士団のクラディールという男の知り合いが、

第三十七層の荒地で複数のオレンジカーソルのプレイヤーを見たらしく、

その報告を受けた斥候隊が、数日その周辺で、張り込みを行ったようだ。

斥候隊は、何人かのオレンジプレイヤーを確認し、

そのプレイヤーが向かった方の探索を慎重に進め、

ついに幹部を含む複数のプレイヤーが頻繁に出入りしている洞窟を見つけ、

そこを本部と断定する事になったらしい。

 

「というわけで、討伐隊を編成したいと思う。

覚悟の出来ない人間は、この場から去ってくれ。何も責めはしない」

 

(アスナは参加させたく無かったんだがな……)

 

 全体会議だったので、いつもは参加しないアスナもその会議の場にいた。

本人も参加する事を希望したため、ハチマンには止める事が出来なかった。

 

「おいキリト、アスナの事なんだが……」

「ああ、わかってるよ。手を汚すのは俺達だけで十分だ」

 

 ハチマンは立ち上がり、いくつかの提案を行った。

可能な限り死者を減らすため、徹底して相手の腕の切断を狙う事。

そうすれば、戦闘力を奪った上で、相手が死ぬ可能性を減らす事が出来る。

そのため刺突系の武器を持つ者は、基本洞窟入り口の見張りに回す事。

その意見は採用され、アスナが見張り隊の隊長に選ばれた。

アスナは不満そうだったが、その場にいる者は大部分が、

ハチマンのその提案が、アスナを戦闘に直接参加させないための意見だと分かっており、

積極的に賛成してくれたため、結局アスナもそれを了承した。

 

 

 

 会議も終わり、メンバーは準備のために、それぞれの拠点へと戻っていった。

アスナに捕まるのを恐れたのか、ハチマンも先に帰ったようだ。

アスナは残っていたキリトを捕まえて、少し泣きそうな目で話しかけた。

 

「お願いキリト君。私の代わりにハチマン君の背中を守って」

 

 アスナは、自分でやるつもりだったであろう役割を、キリトに託したようだ。

 

「ああ。任せろ」

 

 

 

 そしてついに討伐の日が訪れた。

ラフィンコフィンの本部に突入した討伐組は、慎重に奥へと進んでいったが、

すぐ脇に、落下したら死亡は免れないであろう、

深い断崖のある広場にさしかかろうとした所で奇襲を受け、迎撃戦の真っ最中であった。

 

「落ち着け!敵はこちらよりも少ないぞ!」

「隊列を組んで対応しろ!」

 

 奇襲を受けたため、その指示はあまり行き届かなかったようだ。

情報が事前に漏れていた可能性が高かったのと、地の利も敵にあったため、

各自バラバラな状態での戦闘が続いていた。

痛みは無いとわかっていても、他人の腕を落とす事が躊躇われる者もおり、

そういった者は、その隙をつかれて攻撃され死亡したり、

他のケースでは、敵は複数の味方を道連れにして崖から飛び降りた。

キリトとハチマンも複数のプレイヤーに囲まれる事が多く、

既に二人とも、何人かのプレイヤーを殺していた。

 

(エフェクトだけだから実感は少ないとはいえ、やはりこれはきついな……)

 

 味方の方が数が多いため、討伐組は徐々に優勢になっていたが、

その時奥の方から、見た事のある二人組が歩いてきた。

 

「会いたかったぜえ、ハチマンさんよぉ」

「……」

 

 ジョーの足はハチマンの方へと向かい、ザザは黙ってキリトの方へと向かった。

 

「俺は別にお前なんかに会いたくないけどな」

「昔は一緒に戦った仲だってのに、つれないねえ」

「まあ、お前と会うのもこれで最後だから、少しだけ付き合ってやるよ」

「てめーだけはここで絶対に殺す!」

 

 ハチマンとジョーの戦いが始まり、キリトとザザも、無言で戦い始めた。

もっとも他人の邪魔が入らないこんな状況での一対一では、

勝敗は始まる前から明らかだったのだが。

 

 

 

 キリトは相手の攻撃を軽くいなし、ザザがソードスキルを放つのを待っていた。

恐らくこういう戦いでは、

硬直の少ない《リニアー》を多用してくるだろうとキリトは読んでおり、

ザザも実際そうしていた。キリトはわざと隙を見せ、

相手が何度目かの《リニアー》を放つ瞬間を見極め横に飛び、

超反応でその突き出された相手の腕を叩き落とした。

キリトはそのままもう片方の腕も切り落とし、ザザを無力化した。

蹲るザザを味方に任せ、キリトはまだ戦っているハチマンの方へと向かった。

 

「お前のやり方はよくわかってるんだよおおおお」

 

 その言葉通り、ジョーは意外と善戦していた。

ハチマンのパリィをとことん警戒し、隙が出来ないようにしていた。

もっともその為攻撃力がガタ落ちになっていたのだが、

ハチマンと互角に戦えていると思っていたジョーは、その事に気付いていなかった。

そこにキリトが歩いてきた。

 

「に、二対一とは卑怯だぞ!」

「はぁ?キリトは別に手は出さないぞ」

「はっ、そんな事信じられるかよ。俺はずっと見てたんだぞ。

お前らがさっきから何人も人を殺してる所をな!お前らはもう、俺と同類なんだよ!」

 

 そう叫び、ぎゃははと笑うジョーを前にして、ハチマンは、考えを改めたようだ。

 

「おいキリト、気が変わった。お前にも一発殴らせてやるよ」

「まじか、前からこいつ殴りたいって思ってたんだよ」

「まあ、俺もそう思ってたしな」

「はぁ?お前ら何言って……」

 

 その瞬間ハチマンはジョーの懐に飛び込み、相手の武器を持つ腕を脇に抱え込んだ。

そこへ同じようにキリトも飛び込み、

手加減して体術ソードスキル《閃打》を相手の顔面に叩きこんだ。

よろめくジョーの顔面に向けて、ハチマンも同じように《閃打》を叩きこむ。

そして二人は、同時にジョーの左右の手首を切り落とし、完全に無力化した。

 

「よし、他も終わったようだ。残るはプーだけだな」

 

 その後隅々まで探索が行われたが、結局、プーの姿はどこにも発見出来なかった。

 

「まあ、あいつ一人じゃやれる事にも限界があるだろうし、この際仕方ないか」

「まあ、警戒だけは続けるしかないな」

 

 その後もずっと警戒は続けられたのだが、

皆がSAOから解放されるその日まで、プーがその姿を現す事は、結局一度も無かった。

この日をもって、殺人ギルド【ラフィンコフィン】は、事実上壊滅した。



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第052話 疑惑と証明

 ラフィンコフィンの生き残りメンバーは、全員監獄へと送られた。

生き残った攻略組のメンバーの反応は様々だった。

戦いが終わった事に安堵する者。亡くなった仲間を悼む者。

敵に怒りをぶつける者。黙って座り込む者。

場の雰囲気は、さすがに暗かった。

キリトもさすがに暗い表情で、ハチマンに声をかけてきた。

 

「終わったな」

「ああ」

「ハチマンは何人だ?」

 

 キリトは、やや言葉を濁しながら尋ねた。

 

「四人だな」

「俺も四人だ。全体で十五人らしいから、俺とハチマンで半分超えてるな」

 

 敵の幹部を倒し、今日の戦いを終わらせた立役者でもあるハチマンとキリトは、

その強さゆえに、より多くの敵と戦う事になったせいか、

他の者よりも多くのプレイヤーを殺す結果となっていたのだった。

そんな暗い雰囲気の中、当然クラインが立ち上がって大きな声をあげた。

 

「俺達は確かに敵を殺した。でもそれと同時に、今後犠牲になる誰かを守ったんだ!

皆、それを忘れないようにしようぜ!」

 

 それは、今の攻略組にとっての救いの言葉だった。

ただの言葉遊びかもしれないが、それは確かに事実なのだから。

 

「確かにその通りだ!」

「俺達は守りたい人達を守ったんだ!」

「みんな!顔を上げよう!」

 

 皆少しは元気を取り戻せたようで、あちこちから賛同の声が上がる。

座り込んでいた者たちも、立ち上がり、顔を上げ、順番に洞窟の外へと向かい始めた。

外に出ると、アスナが心配そうに駆け寄ってきた。

 

「二人とも、無事で良かった」

「ああ」

「プーはいなかったって聞いたけど」

「ああ。多分最初から、部下を囮にするつもりだったのかもしれないな」

「まあ、一人じゃ出来る事なんてたかが知れてるだろ。警戒を怠らないようにすればいい」

 

 そこにクラインとエギルも合流し、五人は街へと歩き始めた。

最初に口を開いたのは、エギルだった。

 

「二人ともすまん。本来こういう事は、大人である俺達の仕事なのに、

お前達により大きな負担をかける事になってしまった」

 

 キリトはその言葉を聞き、

 

「エギル、それは言いっこ無しだ。たまたま今回そうなっただけで、

これは全員で話し合って全員で決断した事だ。

俺が言うのもなんだけど、全員で等しく背負う事なんだから、気にしないでくれ」

 

 と答えた。クラインは、うんうんと頷いていた。

ハチマンは無言だった。それ自体はさほど珍しい事ではないのだが、

今のハチマンは何というか、心ここにあらずという風に見えた。

 

「ハチマン君……?」

「お、おう、どうかしたか?」

「ううん、他の人は暗い表情を見せる事があるのに、ハチマン君は何か……」

「俺達そんなに暗い表情をしてるか?」

「うん。クラインさんは明るく振舞おうとしてるのが見え見えだし、

エギルさんは、商売柄顔にはあまり出ないんだろうけど、顔が強張ってる。

キリト君は、そのまんまずーんって言葉が背後に見えてる感じ?」

 

 その言葉を聞いた三人は、

 

「なんか……」

「最近のアスナって……」

「ハチマンに似てきてねえか!?」

「おいお前ら、人を何だと思ってやがる」

 

 一瞬我に返ったのか、ハチマンが突っ込んだ。

アスナはそんな三人の言葉を聞いて、慌てて謝った。

 

「ごめんなさい、さっきまですごく心配してたんだけど、

みんなの顔を見たらなんか安心しちゃってつい……」

「おいアスナ、お前それフォローじゃないからな」

 

 五人はそんな二人のやりとりに、やっと笑顔を見せた。

 

「本当に二人には救われるよ」

「ああ。なんか安心するよな」

「ハチマンはブレねーよな」

 

 アスナはそれを聞いて、表情をやや暗くした。

 

「私はその場にいなかったから、

みんなすごいつらかったんだろうって、想像は出来るんだけど、

そのつらさを本当には理解出来ないというか、

だから、明るく振舞う事くらいしか、逆に出来ないっていうか……」

「アスナはそれでいいいんだよ。皆、アスナの暗い顔なんか見たくないんだよ」

「そうそう。そのおかげで、俺達も救われてる部分もあるんだしな」

「アスナさんにはやっぱ笑ってて欲しいんすよ!」

 

 三人は口々にそう言った。

 

「うん。みんなごめんなさい、ありがとう」

 

 アスナは、三人に頭を下げた。

 

「この後どうする?飯でも食ってくか?」

「そうだな、ハチマンはどうする?」

 

 その問いに、ハチマンは無言だった。

今のハチマンからはまた、心ここにあらずと言った感じを受ける。

 

「ハチマン……君?」

 

 アスナはハチマンを揺すった。

 

「お、おう、飯か?そうだな、今日のところは俺は遠慮しとくわ」

「そうか」

「それじゃ俺達はそろそろ行くか」

「え、あ、アスナさんは?」

「クライン……」

 

 キリトはクラインを引き寄せ、小さな声で囁いた。

 

「おいクライン、アスナをよく見ろよ」

「お?……あ」

 

 アスナは、揺すった時の手を離さず、心配そうにハチマンの服を摘んでいた。

それはアスナが、ハチマンを気にかけたり、何か不安に思っている時のサインだった。

 

「それじゃまたな!」

「おう」

 

 三人は、街の繁華街へと向かって歩き出した。

 

「アスナは行かないのか?」

「あ、うん。キリト君ちょっと待って」

 

 その言葉を聞き、ハチマンはアスナも食事に行くと理解したのか、

背を向けて一人で転移門へと歩き出した。

アスナはそれを気にしつつ、キリトに駆け寄り、お礼を言った。

 

「キリト君、ハチマン君の背中を守ってくれて、本当にありがとう」

「ああ、約束したからな。ほら、ハチマンが気づかずに行っちまうぞ。早く行けよ」

「うん」

 

 そう言って、アスナはハチマンを追いかけていった。

三人は歩きながら、ハチマンについて話をしていた。

 

「気づいたか?エギル」

「ああ。ハチマンの様子が何かおかしかった」

「え、そうか?いつもあんなもんじゃねーか?」

「言葉は確かにそうなんだがな、ぼーっとしてるっていうか」

「俺には、心ここにあらずって感じに見えたな」

「そう言われると、確かにそんな感じだったかもしれねーな」

「アスナも何か感じてたみたいだし、まあ任せといて問題ないだろ」

「ま、そうだな。アスナさんは、ハチマン担当だからな」

「何だそれ、ちょっと羨ましいな!」

「クライン……」

 

 

 

 ハチマンは気が付くと自分の家のソファーに座っていた。

隣にはアスナがいて、アスナはハチマンの手を握っていた。

 

「え、これどういう状況だ??ってかアスナ、その手……」

「その手、じゃないよハチマン君。やっと目が覚めたのかな?」

 

 アスナはハチマンの手を離し、ハチマンの目の前で手を振った。

 

「……俺、どんな感じだったんだ?」

「呼びかけても気付かないみたいで、心ここにあらずって感じ?」

「そうか……」

「大丈夫?」

「ああ。何となく思い出してきたわ」

「やっぱり今日の事で何かあったの?

ハチマン君だけあんまり暗い感じがしなかったから、

平気なのかなって思ってたんだけど」

「そうだな……その平気ってのが、多分、問題だったんだと思う」

 

 ハチマンは、自分が感じた事を、ぽつぽつと話し始めた。

 

「確かに戦う前は、覚悟をしたとはいえ、人を殺す事が嫌で仕方なかった。

だが、終わってみて思ったんだ。ああ、こんなもんかって。

確かにこの世界の殺人は、一瞬エフェクトが発生するだけのもので、

現実世界とは根本的に違う。だが、こんなもんかってのはおかしいだろう?

確かにこれで安心だなと思った。傷つく人が減るとも思った。

だが、それは人を殺した上で出る感想じゃないんじゃないか?

普通はもっと落ち込んだり、苦しんだりするんじゃないか?

その時気付いたんだ。もしかして、もう俺の心は壊れているんじゃないかと。

そしたら目の前が真っ暗になって、その後の事はよく覚えてないんだよ」

 

 ハチマンは、深い溜息をついた。

 

「なあアスナ、今の俺は、本当に普通の人間なのか?

ここにいる俺はただのプログラムで、本当の俺はもう死んでるんじゃないのか?」

「違う!」

 

 アスナが突然叫び、ハチマンの頭を胸に抱きしめた。

 

「だってハチマン君、今泣いてるじゃない。プログラムは涙なんか流さないよ」

「え、あ、俺、泣いてたのか……」

 

 ハチマンは自分がいつの間にか涙を流していた事に気が付いた。

 

「だから、今ここにいるハチマン君は、プログラムでもロボットでもない、

いつも冷静で頼りになるけど、自己評価が低くてめんどくさがりで、

時々何言ってるかわからない、いつものハチマン君だよ」

「お、おう……後半はまったく褒めてないが、そうか。俺はまだ生きてるんだな」

 

 ハチマンは、少し安心したように見えた。

 

「今は少し感覚が麻痺しちゃってるだけだよ。

攻略組のみんなだって、誰でも少しはそうなってきてると思う」

「麻痺、な……」

「でも涙を流せる限り、ハチマン君はきっと大丈夫だよ。

もし迷ってそうだったら、私が泣かせればいいんだしね!」

「おい、それは何か違う。だがまあその時は、お手柔らかに頼むわ」

 

 やっぱりアスナにはかなわないな、と、ハチマンはそう思った。

 

(俺に無い強さを持っているアスナがいてくれるおかげで、

俺は最後まで、俺のままでいられるかもしれないな)

 

「その、いつもありがとな」

「私だってハチマン君にいつも助けられてるよ。ううん、きっと最初からずっと」

「そうか」

「そろそろ落ち着いた?」

「ああ、もう大丈夫だ。だからその、そろそろ顔に当たってるそれを……」

「それ?」

 

 そう言ったハチマンの顔が真っ赤になっていたため、

アスナは今自分が何をしているかに気が付いた。

 

「ハチマン君のエッチ!」

 

 そう言うや否や、アスナはハチマンからばっと離れ、ハチマンの顔に平手打ちをした。

 

「おお、ガツンときた……今の一発でまじ目が覚めたわ」

「あっ、ごめん……でも今のはハチマン君が悪いんだからね!」

「いや、今のはお前から……」

「何?」

「何でもないです……」

「でもほら、今ので、自分がちゃんと生きてるって感じられたでしょう?」

「おう。その、これからも何かあったらもっかい今の頼むわ」

「今のって、もちろん平手打ちだよね?」

「当たり前だろ」

 

 ハチマンが元気になったため安心したのか、アスナは少ししてから帰っていった。

今回の事件は凄惨なもので、まだ完全に解決したわけでは無かったが、

心の問題も、二人でいる限りは大丈夫だと思えた事が、

ハチマンにとっては、何よりの収穫だった。



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第053話 新たな力

 その頃食事に行った三人は、当然のようにハチマンの話題で盛り上がっていた。

 

「キリトとエギルは、ハチマンとは一層からの付き合いなんだよな?」

「ああ、まあそうだな」

「どんな出会いだったんだ?」

「俺は最初は、面白い奴がいるなって程度だったな。最初から親しかったわけじゃないな」

「俺は、一層の攻略会議でハチマンとアスナにパーティに誘われてからの付き合いだな」

「まじかよ、あの二人最初から一緒だったのかよ。リアルで知り合いなのか?」

「いや、聞いた話だと違うらしいぞ」

 

 キリトは、差し触りの無い程度にクラインに説明をした。

 

「かーっ、ハチマンいい奴だな!見ず知らずの男の子を保護するために走り出すとかよぉ!

そしてそれが実は女の子だったなんて、思いっきりドラマみたいじゃねーか」

 

 エギルもそれに同意した。

 

「俺もその話を聞いた時、こいつ格好いいなって思ったな」

「ああ、なんかいい話だよな」

「で、それからキリトもずっとハチマンとつるんでるわけだろ?何か理由でもあったのか?」

 

 その問いに、キリトは少し考えつつ答えた。

 

「なんか、ハチマンといると楽だったんだよな……」

「楽って、戦闘がか?」

「それもあるけど、何ていうか、人の心に無闇に踏み込んでこないっていうか、

俺が俺のままでいられるって感じだな。自然体で付き合えるっていうか」

「ソロ嗜好同士ってのもあるかもしれないな」

「ああ、まあ、それはあるかもな」

「でもそれだけでずっとつるめるもんか?」

「うーん、何か楽しいんだよな。色々理由は付けられるけど、それが一番だな。

戦闘面でも、全力で戦っても安心して背中を任せられるし、まあ、そんな感じだな」

「確かに二人が揃うと、無敵な感じがあるよな。意思疎通もスムーズだしな。

アスナさんと三人だと、ヒースクリフすら瞬殺出来そうだ」

 

 エギルが重々しくそう言うと、それを受けてクラインが付け加えた。

 

「戦闘と言えばよぉ、ハチマンは人相手にはめちゃめちゃ強ええよな!」

「あれでも全力じゃないらしいぞ。何かが足りないって言ってたな」

 

 クラインはそれを聞き、呆然と呟いた。

 

「まじかよ……キリトとは別の意味での化け物だな」

「おいクライン、さらっと人を化け物扱いするな」

「今のハチマンぽいな!キリトも影響受けてんじゃねーか?さっきのアスナさんみたいに」

「まじか……否定出来ない……」

「でもそうなんだよな。影響を受けるくらいアスナさんはずっと傍にいるんだよなぁ」

 

 それを聞き、キリトはちょっとずれた答えを返した。

 

「確かにそうだな。アスナの戦闘スタイルも、

かなりハチマンに合わせたものになってるかもしれない」

「そういう意味じゃなくてよぉ」

「どういう意味だよ」

 

 きょとんとするキリトに、クラインはにやにやしながら言った。

 

「もちろん男女の仲的な奴に決まってんじゃねーかよ。

ああー俺も早くアスナさんみたいな素敵な女性に巡り会いたいぜ!

さっきアスナさんが、ハチマンの服をちょこんと摘んでいるのを見た時は、

目茶目茶ヤキモチを焼いちまったぜ!」

「ああ、あれな……たまにやってるんだよな。本人は自覚が無いみたいだが」

「まじかよ、あれ無自覚なのかよ!でもいいよなぁアスナさん。エギルもそう思うだろ?」

「ん、ああ、俺は現実ではもう結婚してるからな」

 

 その言葉に、キリトとクラインは驚いた。

 

「まじかよ!この裏切り者!」

「クラインうるさいぞ。そうか、エギルは結婚してるのか」

「ああ。だからまあ、巡り会いたいとかは無いんだが」

 

 エギルはそうは言ったものの、話には加わりたかったらしい。

 

「しかしあの二人はあんなにお似合いなのに、なんであの二人の間から、

恋愛関係の話がまったく伝わってこないのか、アインクラッド一番の謎だな」

 

 エギルのその言葉に、キリトは少し考えた後、

 

「ハチマンは、妙に自分を低く見るところがあるから、

アスナに好かれてるって何となくは思ってても、

これは自分の妄想だって片付けちゃうんじゃないか?」

 

 と答えた。

 

「あー……」

「確かに……」

 

 二人はその言葉に、かなり納得した。

 

「アスナもアスナで、ハチマンのそういうとこや、繊細な性格を理解してるだろうし、

よほど大きな事でもないと、これ以上進展はしないんじゃないか?」

「まじかよーこのままじゃハチマンの奴、誰かにアスナさんを取られちまうんじゃないか?」

「いやいや無い無い」

「ああ、無いな」

「まあ、無いよな」

 

 クラインも本気で言ってたわけではないようで、一緒に頷いていた。

 

「まあ今のままでも十分お似合いだから別にいいんだけどよぉ。

あの二人には、本当の意味で幸せになって欲しいじゃねえかよ」

「ああ」

「本当にそうだな」

「それじゃ、俺達の大好きなあの二人に改めて乾杯といこうぜ!」

「おう!」

「乾杯!」

 

 その後も二人の話題でひとしきり盛り上がった後、その日は解散する事になった。

昼間の出来事についての話は、まったく出なかった。

誰もが思い出したくはない類の出来事であり、

暗黙の了解で、今後もその話が普段の会話で出る事は無いのだろう。

 

「それじゃ二人とも、またな」

「おう、またな」

「またなー!」

 

 

 

 キリトは適当に宿をとり、先ほどの会話について、考えていた。

もっとも、戦闘面の事というのがキリトらしいのだったが。

 

「化け物か……俺があそこから更に強くなったハチマンを相手にするには、

やっぱりスキル構成から考えないとだめか……」

 

 そう言って、スキル画面を呼び出したキリトは、そこに見慣れないスキル名を見つけた。

 

「なんだこれ……いつから覚えてたんだ?」

 

 そのスキルの説明を見たキリトは、しばらく何事か考えていたが、

しばらくしてからハチマンにメッセージを送った。

 

 

 

 次の日ハチマンは、キリトの訪問を受けていた。

 

「よう、昨日は悪かったな」

「もう平気なのか?」

「ああ。ちょっと自分を見失ってたみたいでな、アスナに助けてもらったわ」

「そうか、さすがはハチマン番のアスナだな」

「なんだよハチマン番って……」

「で、今日は相談があって来たんだよ」

「わざわざここに来るって事は、人に聞かれたくない話か」

「ああ」

 

 二人はソファーに腰掛け、キリトはハチマンに、昨日見つけたスキルの事を話し始めた。

 

「二刀流?」

「ああ」

「ゲームじゃよくあるスキル名だが、SAOでは聞いた事が無いな」

「取得条件が書いてないんだよ、これ」

「まじか、ユニークスキルかよ」

「多分そうだな……」

 

 ハチマンはその言葉を受けて、しばらく考え込んでいた。

 

「ハチマン、どうすればいいと思う?」

「まあ、今のところは絶対に他人に知られないようにしないとだな」

「やっぱそうだよな……」

「ヒースクリフのように、ギルドの後ろ盾がある奴ならまだしも、俺達はソロだからな。

余計ないざこざを防ぐためにも、その方がいい」

「でも訓練は必要だよな?」

「ああ。うちの庭で練習すればいい。誰にも見られる事は無いしな」

「じゃあ、しばらく庭を借りる事にするよ」

「ソードスキルはあるのか?」

「ああ」

「それじゃ、ソードスキルをマスターするのが優先だな。

慣れたらどこかでこっそり実戦だ。出来ればインスタンスエリアが望ましいな」

「なるほど、それなら誰にも見られないな」

 

 キリトは、何か適当なクエストはあっただろうかと考え始めた。

 

「でも、それだけじゃ駄目だな」

「他に何かあるのか?」

「ああ。そのスキルを生かすには、もう一本エリュシデータ並の武器が必要になる。

そうじゃないと、バランスが悪すぎる」

「そうか……しかしこれくらいの武器ってなるとな……」

「プレイヤーメイドで作ってみてもいいんじゃないか?リズに頼んでみろよ」

「リズ?誰だそれ?」

 

 その答えに、ハチマンは少し戸惑った。

 

(あれ、そういやキリトとリズって面識無かったか?

そういえば一緒にいる所を見た事がないな……

今の返事だと、名前すら聞いた事が無いみたいだが、会話に出た事も無かったのか。

これは思わぬ盲点だったな。まあ面白そうだから、このまま黙っておこう)

 

 ハチマンはそう考え、悪そうな表情が出ないように気を付けながら、キリトに言った。

 

「すまん。リズってのは、鍛冶屋の名前だ。アスナのランベントライトを作った奴だ」

 

 アスナの武器は、今はランベントライトという、

リズベットの作った高性能の剣だった。

 

「まじかよ、あれはかなりすごい武器だぞ」

「だから腕の方は信頼出来るぞ。そういや最近、最高傑作が出来たとか言ってた気がする。

店の場所を教えてやるから、行ってみたらどうだ?」

「ありがとな。それじゃ明日にでも早速行ってみるよ」

「ああ、場所は四十八層の……」

 

 キリトが帰るとハチマンは、リズベットの店へ向かった。

 

「あれハチマン、久しぶりじゃない」

「おう、ちょっと武器のメンテを頼むわ」

「わかったー仕事が立て込んでるから、ちょっと待っててね」

 

 どうやら仕事も順調のようで、ハチマンは安心した。

 

「繁盛してるみたいだな」

「ハチマンとアスナのお陰でね」

「俺達なんて宣伝くらいしかしてねえよ。リズの腕のおかげだろ。もっと誇っていいぞ」

「うん、ありがとう!」

「そういや最近、武器の素材に関する新たなクエストが見つかったらしいな」

「そうなんだ?どんなクエスト?」

「五十五層の雪原エリアがあるだろ。あそこの山の上に、白竜ってのがいるらしいんだが、

そいつが、クリスタライトインゴットってのを持ってるらしい」

 

 リズベットは、その名前には聞き覚えがあったようだ。

 

「それ、かなり高位のインゴットだね。でも流通したって話は聞かないなぁ」

「ああ。確かにそこに存在するって情報ははっきり示されてるのに、

まだ誰も入手出来た事が無いんだと。もしかしたら他に条件があるのかもしれないな。

マスタークラスの鍛冶屋が一緒じゃないと駄目だとかな」

「なるほどね。でも五十五層かぁ。今の最前線は六十三層だっけ?」

「ああ」

「それくらいなら、ハチマンでもその白竜っての、ソロで倒せる?」

「特に問題はないな」

「なるほど、それくらいの強さなんだ。今度取りにいってみる?」

「そうだな、今度行ってみるか」

 

 そうやってしばらく雑談をしていたが、武器のメンテが終わったので、

ハチマンは店を辞した。

リズベットは、たった今聞いた情報について考えていた。

それがハチマンの計画通りだとは、当然気付いていなかった。

 

 

 

 そして次の日。

 

「ごめん下さ~い」

 

 と、店の方からのんびりとした声が聞こえた。どうやら来客のようだ。

リズベットは、今日も頑張ろうと思い、張り切って店に顔を出した。

 

「いらっしゃいませ!今日はどんな武器をお求めですか?」

「オーダーメイドで、予算は気にしなくていいので、今出来る最高の武器をお願いします」



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第054話 迷子の二人

今日は22時くらいにもう1話投稿します


 その日の深夜、アスナが焦ったようにハチマンに連絡してきた。

ハチマンはとりあえずアスナの指定通り、リズベット武具店へと向かった。

 

(まああの件だと思うが……それにしても慌て方が普通じゃなかったな)

 

 店の前に着くと、アスナが慌てたようにハチマンに駆け寄ってきた。

 

「ハチマン君、リズがどこかのダンジョンにいるみたいで、連絡が取れないの!

居場所もわからないし……」

「ダンジョン?」

 

 ハチマンも、フレンドリストを確認したが、

確かに二人は連絡の届かない所にいるようだった。

ハチマンはクエストの詳細を思い出したが、ダンジョンがあった記憶は無い。

 

「うん。メッセージが届かないから、多分ダンジョンだと思うんだよね」

「……あそこにダンジョンなんか無いはずなんだけどな」

「ハチマン君、リズの居場所を知ってるの?」

「ああ。キリトも今メッセージが届かない状態だろ?多分あの二人一緒だと思うんだよな」

「どういう事?」

 

 ハチマンは二刀流の事はうまく伏せつつ、

キリトがおそらくリズベットに武器の製作を頼んだ事と、

昨日リズベットにクリスタライトインゴットという素材の話をした事を説明した。

 

「なるほどね、それじゃ二人は五十五層にいるんだね」

「ああ。だがその付近には、ダンジョンなんか無いはずなんだよ」

「どうしようか?」

「キリトがいれば大丈夫だと思うんだがな」

「まあ五十五層なら戦闘で苦労する事は無いだろうが、一応追跡モードで確認してみるか」

「うん」

 

 アスナがリズベットの足跡を追跡し、ハチマンがキリトの足跡を追跡したが、

二つの足跡は、やはり同一方向へと向かっていた。

 

「やっぱり二人で山の方に向かってるみたいだね」

「ああ。とりあえずこのまま追跡するか」

 

 途中で何度か狼系や雪男系の敵を蹴散らしつつ、二人は山頂と思しき地点に到着した。

 

「リズの足跡、ここの氷柱付近で途切れてる……」

「キリトのは、ここで途切れてるな……おいアスナ、ちょっと来てくれ」

「何かわかった?」

「どうやらここからこの穴の中に飛んだらしい」

「ええっ!?」

「この崖の角に足跡がある。おそらくリズがドラゴンのブレスか何かで飛ばされて、

それをキリトがキャッチして、そのまま落ちたんじゃないか」

「この高さから落ちて大丈夫なのかな?」

「今生きてるって事は、大丈夫だったんだろうな」

 

 ハチマンは下を覗き込んだが、底はまったく見えない。

 

「ロープでも取ってくる?」

「一体どれくらいの長さが必要になるかわからんが、現状それしか無いかもしれん」

「それじゃ、一度戻ろうか」

「ああ。NPCショップの開く時間になったら集合だな。

でもロープの接続なんて可能なのか?」

「あー……」

「仕方ない、アルゴあたりと相談するとして、今日は一度戻ろう」

「そうだね……リズ、キリト君、待っててね」

 

 アスナは心配そうに後ろを振り向きながらも、下山を承諾した。

 

 

 

 街に着くと、もう明るくなろうとしている時間だった。

二人はアルゴに連絡を取り、さすがに朝早かったためか、

連絡が取れたのは数時間経ってからだったが、すぐにロープの準備を開始した。

まもなく準備が終わろうと言う頃に、いきなりリズベットとキリトが連絡可能状態になった。

二人にすぐ連絡を取ると、リズベット武具店に向かっているとの事だったので、

ハチマンとアスナはアルゴに礼を言い、すぐに四十八層へと向かった。

 

「リズ~心配したよ~」

 

 アスナはそう言い、リズベットに抱きついた。

何故かリズベットは、アスナをなだめつつ、こちらを気にしていた。

 

(ん、何だリズの奴、見てるのは……キリトか。まあいいか)

 

 とりあえずハチマンはキリトに、昨日の詳細を聞く事にした。

 

「まじかよ、あれって白竜のうんこなのか……」

「あ、ああ。ストレートにそう言われると、何か恥ずかしくなるけどな……」

「しかも穴の下にあるとか、そりゃ誰にも見つけられないわけだわ」

「見つけたのはほんとラッキーだったよ。落とされたリズのおかげだな」

 

(リズ?一晩で随分と仲良くなったもんだな)

 

 二人が話しているのを見て、アスナとリズベットもこちらにやって来たようだ。

 

「あれ、ハチマンとキリトは知り合いなの?」

 

(おう、こいつもキリト呼ばわりか……)

 

「ああ。キリトとはリズより前からの知り合いで、ずっとつるんでるんだが、

正直二人が未だに面識が無かったのには驚いたわ」

「え……もしかして、キリトって黒の剣士?」

「なんだ、知ってるのか」

「いや、ハチマンと黒の剣士がつるんでるって噂を何度か聞いてただけだけど、

確かに直接紹介されたりとかは一度も無かったかも」

「そういえば、私もリズの前でキリト君の話をした事無かったんだね」

「一応攻略組の名前は安易に出さないって最初の頃決めたルールがあったじゃない。

あれのせいじゃないかな。紹介される機会が無かったわけじゃないと思うけど、

めぐり合わせが悪かったんだねきっと」

「まあ、これで晴れて知り合いになったんだし、

これからよろしくって事でいいんじゃないか」

「そうだな、俺も今後武器を作ってもらう事もあるだろうし、知り合えて良かったよ」

「いきなり私の最高傑作を叩き折られて、最初はすごい嫌な奴って思ったんだけどね」

「おいキリト、お前いきなり何やってんだよ……」

「あ、あは……」

 

 そんなキリトを前にして、リズベットは何故か怒っている気配は微塵も無く、

どちらかと言うと嬉しそうに見えた。

 

「で、武器はこれから作るの?」

「うん。気合入ってるからすごいのを作っちゃうよ」

「それじゃ、四人で……」

「あーアスナ」

 

 リズベットの反応を見て、何となく色々と察したハチマンは、アスナの言葉を遮った。

 

「せっかくロープを作ったんだし、俺も武器を新調したいんで、

ちょっとそのインゴットを取りに行くのを手伝ってくれないか?」

「別にいいけど」

「よし、それじゃ行くか」

「あっ、ちょっと待ってよハチマン君!もう、それじゃ二人とも、頑張ってね」

「うん、アスナも気を付けて!」

「ハチマン、落ちるなよ」

「おお。それじゃまたな」

 

 ハチマンは珍しく自分からアスナの手を握り、転移門の方へと歩いていった。

 

「ハチマン君待って!」

「ん、あ、すまん……」

 

 ハチマンは、慌ててアスナの手を離し、リズベットの態度の事を説明した。

 

「それって……」

「ああ。なんとなくリズが、キリトに惚れてるような気がしたんでな、

二人きりの方が、リズにもっと気合が入っていい武器が作れるんじゃなかと思ってな」

「私、全然気付かなかったよ……」

「そりゃまあお前はリズに抱き着いて、わんわん泣いてたからな。

その時リズが、ちらちらとこっちを見てたのにはさすがに気付かなかっただろうよ」

「リズ、そんな分かりやすかったんだ……」

 

 アスナは、親友のそんな姿は初めてだったので、今度じっくり見てみようと思った。

 

「で、インゴット、本当に取りにいくの?」

「ああ。それなんだが、頼みたいのは本当なんだが、さすがに少し眠い。

一度お互い帰ってから少し寝て、夕方からでもいいか?」

「今日は攻略は休みだから、まあ平気かな」

「それじゃ、そういう事で頼むわ」

「うん、それじゃ後でね!」

 

 

 

 夕方になって再合流した二人は、白竜の巣を目指した。

クエストMOBだけあって、もう復活していた白竜を二人は叩きのめし、

そのままロープを使って下に降りた。 

辺りをくまなく調べた結果、運よくインゴットを二つ手に入れる事が出来た。

 

「私にはこれがあるし、ハチマン君二つとも使っていいよ」

 

 アスナは自分の武器をぽんぽんと叩いてそう言った。

 

「そうか?うーん、もうアレは手に入らなさそうだし、

この際妥協して、左手に付ける小型の盾でも作るか……」

「アレって何?ハチマン君、盾を使うの?」

「あー、ちょっと口では説明しにくいから、

代替品の盾が完成したら、実地で説明するって事でいいか?」

「うん」

「そうか。それじゃ登って帰るとしますか。今日はありがとな、アスナ」

「ううん。いい武器が出来るといいね」

「ああ」

 

 

 

 次の日の朝リズベット武具店に、四人が集まっていた。

アスナは攻略の日だったが、まだ時間があるので見に来たようだ。

まず、キリトの新しい武器がお披露目された。美しく輝く白い剣、ダークリパルサー。

それは確かに、エリュシデータと比べても遜色の無い出来に見えた。

 

「リズ、いい仕事したね!」

「うん、ありがとうアスナ」

「どうだキリト」

「ああ。重くてすごいいい剣だよ」

 

 その時アスナが、なんとなく尋ねた。

 

「でも、キリト君にはエリュシデータがあるのに、それはいつ使うの?」

「あ、ああ。一本だと、いざと言う時対応できないから、

ど、どうしてももう一本同じくらいの強さの武器が欲しかったんだよ」

「なるほどね」

 

 キリトが誤魔化すように答え、キリトの武器コレクターぶりを知っていたアスナは、

どうやらそれをそのまま信じたようだ。リズベットは、訝しそうにキリトを見ていた。

その気配を察したハチマンは、すぐに自分の武器を作ってもらう事にした。

 

「それじゃリズ、今度は俺のを頼む」

「うん!まず短剣からね!」

 

 さすがのリズベットでも、連続してハイクオリティな武器を作るのは難しかったのか、

高性能だがそこそこ、と言った感じの物が完成した。リズベットは残念そうだったが、

ハチマンは、今の武器よりも強かったので、それで満足だった。

 

「うーん、いまいちかなぁ?」

「最近お前の設定してるハードルは高すぎるぞ。十分いい武器だろこれ」

「そうなんだけどさ……」

「俺としては、次が本番なんだから、まあ、頼むぜ」



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第055話 最高の鍛治師

「ハチマン、短剣以外に何か作るのか?」

 

 詳しい話を聞いていなかったキリトとリズベットは、首をかしげていた。

 

「ああ。ちょっと腕に装着するタイプの軽い盾が欲しくてな」

「今からスタイルを変えるのか?大丈夫なのか?」

 

 その問いはもっともなものだった。

武器のみ装備の速度特化の戦い方から、盾を使う防御重視のスタイルに変えるのは、

セオリーから言ってもあまりメリットの無い事だったからだ。

 

「いや、そうじゃない。探し物があまりにも見つからないから、

ちょっとプレイヤーズメイドの装備で似たような物が出来ないか、

賭けてみようかと思ってな」

「ああ、前言ってたやつか。何か目処が付いたのか?」

「いやまあ、目処が立たないから、仕方なく試してみる感じだな」

「なるほどな」

「ハチマン、準備出来たよ」

 

 リズベットの言葉を受けハチマンは、求めるプロパティを告げた。

 

「触媒は盾タイプの物を使うが、素材は短剣製作用の物を使いたい。出来るか?」

「え?」

 

 通常そんなおかしな依頼は、よっぽどの信頼関係を結べた職人にしか頼めない。

通常は必ず失敗するため、断られるような依頼だからだ。

だがリズベットはその言葉を受け、可能なのかどうか真剣に検討を始めた。

リズベットの知る限り、確かにSAOの職人システムはかなり融通の利くものだが、

今回の依頼のようなやり方を試した事のある職人は存在しないはずだ。

なので成功する保証は無い。もしくは、確実に失敗する。

色々と検討した上でのリズベットの答えは、至極真っ当なものだった。

 

「やっぱり、やってみないとわからない」

「だろうな。まあ、駄目で元々だし、宜しく頼む」

「うんわかった。全力でやるよ」

 

 リズベットは、細心の注意を払いつつも全身全霊をこめて作業を進めていった。

駄目で元々と言いつつも、ハチマンがどこか期待しているように見えたからだ。

そんなハチマンのために、偶然でも神頼みでもいいから必ず完成させてあげたい、

そんな気持ちで、リズベットは槌を振り上げた。

リズベットが気持ちをこめて槌を振り下ろすと、カーン、と澄んだ音がした。

その最初の一振りで突然インゴットが輝き始め、武器が生成され始めた。

四人は仰天した。通常こんな事は絶対にありえないからだ。

リズベットは、やはり失敗だったのかと今にも泣き出しそうだった。

そして光が収まり、そこには一つの防具が残されていた。

 

「出来たけど……失敗なのかな……」

「盾には見えるから、一応成功なんじゃないか?」

「でも一回で生成されるなんて、聞いた事がないよ」

 

(あれはまさか……)

 

 リズベットが作った物を見た時、ハチマンの鼓動が跳ね上がった。

その防具は、腕にはめるタイプの小型の盾だった。

だが、盾にしてはかなり小さく、紡錘系の細長い物だった。

 

(まさか一発で出来たのか?いや落ち着け。まだアレだと決まったわけではない)

 

「名前は……アハトファウスト?」

「ドイツ語でアハトは八だな。ファウストは、拳」

 

 キリトがゲーマーらしいコメントをした。ハチマンはその名前を聞き、

全身が歓喜に震えるのを感じた。

 

「盾なのに拳なんだ……八つの拳?」

 

(落ち着け。まずは性能の確認だ)

 

「リズ、性能はどんな感じだ?」

「あ、うん。えーと……何これ、盾じゃなくて体術スキル装備?そんなのあったんだ」

「何だって?格闘系の装備に関しては、

ソードアートという名前にそぐわないから実装しなかったって記事を見た事があるぞ」

「キリト詳しいね」

「リズ、他には?」

「攻撃力は……ほぼ最低値。よって装備条件も無いに等しくて、

え?防御力は低いけど、耐久値だけすごい高い」

「何だよそれ、どうやって使うんだよ……」

 

 アスナは、ハチマンがずっと静かなのに気が付き、ハチマンの方を見た。

ハチマンは、何かを思い出しているかのような、遠い目をしていた。

 

 

 

「ハチマン君。八幡拳の実装はやはり無理みたいだ」

「晶彦さん……その呼び方はちょっと……」

 

 ハチマンの要望に基づき、茅場が遊びで作った装備は、

ハチマン以外の者にはまったく使いこなせない代物だった。

茅場は冗談のつもりでその武器に、八幡拳と名前を付けていた。

 

「やはりソードアートという名前にそぐわないのと、

そもそも君にしか使えない装備にソースを割くのはね」

「ええ、当然の判断だと思います」

「まあ、もし実装されたら、ユニーク装備とでも呼ばれる物になるだろうね」

「確かにユニークですからね」

 

 その頃の八幡は、ユニークスキルやユニーク装備という物の存在を知らなかったため、

茅場の使った表現をそのまま意味で解釈し、感想を述べた。

 

「しかし、よくあんな装備を使いこなせると関心するよ」

「はぁ、まあ、何でですかね、単純に俺に合ってるんだと思います」

「あれを装備した君を基準にして難易度の調整をすると、

他のプレイヤーが困ってしまうな」

「すみません。本当に実装とかは望まないんで、気にしないで下さい」

「もし仮に実装するとしたら、入手方法は、そうだな……

君がもし今後、今の君に足りない物を手に入れた時のご褒美とでもしようか」

 

 その言葉に、ハチマンは今の自分に足りない物は何かと真剣に考え始めた。

 

「足りない物……友達ですね。いや、それ以前に知人……」

「友達か」

「あ、いやすみません、冗談なんで……」

「ふむ、友達ね……」

 

 

 

 ハチマンは、茅場とのそんな会話を思い出していた。

その過去の思い出が、今まさに実体化し、目の前に存在していた。

 

(なんだよこの名前、八幡拳をドイツ語にしただけかよ!

幡の字はさすがにどうしようも無かったみたいだが、八拳ってなぁ。

感謝はするけどどんなやっつけ仕事だよ、晶彦さん)

 

「ははっ……」

 

(俺に友達が出来た時のご褒美って、確かにこんな依頼、

友達にしか頼めないようなおかしな依頼だが、

それだけじゃ、生成条件を満たせない気もする。

もしかすると、アスナの存在が鍵なのか?今の俺とアスナの関係なら、

晶彦さんも何の文句も無いはずだ。まさか、どこかで俺の事を見ているんだろうか。

まあしかし、こんなに上手くいくとは、もう笑うしかないな)

 

「ははは、はははは……」

「ハチマン君?」

「もう、笑うしかないな」

 

 いつの間にかハチマンは、下を向いて笑っていた。

笑うしかないという言葉から、ハチマンの求める装備では無かったのだと判断した三人は、

口々にハチマンへ、慰めの言葉をかけ、あるいは謝った。

 

「ハチマン君、失敗だったのは残念だけど、元気出して?」

「そうだぞハチマン。次があるさ」

「ごめんね……ハチマン……」

「はぁ?何言ってんだよお前ら、はははははははは」

 

 ハチマンはいきなり顔を上げ、嬉しくてたまらないという風に笑い出した。

 

「おい何泣いてるんだよリズ」

「だって……」

「ああ、まさか失敗だと思ってたのか?やれやれだな。

とりあえず持ち上げるぞリズ。よっ、と」

 

 ハチマンは、掛け声と共にリズの脇の下を手で支えて持ち上げ、くるくると回り始めた。

 

「ははは、すごいぞリズ!やっぱりお前は、アインクラッド一の鍛治職人だ!」

「え、え?ちょっと、どうしたのハチマン」

 

 何周か回ってからリズベットを下ろしたハチマンは、今度はキリトに駆け寄った。

ハチマンはキリトの手を握ってぶんぶん振り回した。

 

「キリト、ついにやったぞ!あれが俺の欲しかった物で間違いない!」

 

 最後にハチマンは、アスナに駆け寄って、正面からアスナを抱きしめた。

 

「ちょ、ハチマン君?」

「アスナ、ありがとうな!おそらく全部お前のおかげだ!愛してるぞ!」

「えええええええええええ」

 

 キリトとリズベットは、そんなハチマンの姿を見て、完全にフリーズした。

アスナも別の理由でフリーズした。当然先ほどのハチマンの言葉を聞いたせいである。

しばらくしてハチマンは、多少は落ち着いたのか、

固まったままの三人に気が付き、その頬を叩いて正気に戻そうとした。

 

「おい、お前ら何固まってんだ。起きろ、ほら」

「お、おう……」

「あ、あは……は……」

「すまん、二人とも。ちょっと気持ちが高ぶっちまった」

「いや……ちょっとびっくりしただけだからな……普段とのギャップに」

「こんなハチマン始めて見たよ……私を持ち上げてくるくる回るとか……」

「う……本当にすまん、俺もこんなのは生まれて初めてだ」

 

 二人は立ち直ったようだが、アスナはまだ、顔を赤くして固まっていた。

 

「おいアスナ、何でお前だけまだ固まってるんだよ」

 

 なおもアスナの頬をぺちぺち叩いているハチマンに、二人が言った。

 

「いやだってハチマン……」

「お前さっき、アスナに愛してるって言ってたぞ……」

「はぁ?…………あ」

 

 ハチマンは、自分がアスナに何を言ったかを思い出したようだ。

ハチマンは、かつてないほどに狼狽した。

 

「ち、違うんだアスナ、さっきのあれは比喩的なものであってだな、

そう、挨拶!挨拶なんだ!だから早く目を覚ませ!」

 

 その言葉で、アスナの魂がやっと現実に帰還したようだ。

 

「そ、そうだよね。こんな場面をたまに想像しないでもなかったんだけど、

今は心の準備も出来てない所にいきなりだったから、うっかり固まっちゃったよ。

よく考えたら普通にウェルカムな状況のはずなのに」

「おいアスナ、わけのわからん事を言ってるぞ。とりあえず落ち着け」

「うん大丈夫、大丈夫だよ。

でもそれくらい喜んだって事は、これは成功って事でいいんだよね?」

「ああ」

「さっき、これが俺の欲しかった物って言ってたよな。これがそうなのか?」

「おうキリト。最初見た時にまさかとは思ってたが、確かにこれで合ってたわ」

「良かった……私、成功してたんだ……」

「ああ。リズ。さっきも言ったがやはりお前はアインクラッド一の鍛治職人だ」

「ありがとう。なんか、すごい嬉しい」

「リズ、良かったね」

「うん!」

「ハチマン、早速装備してみてくれよ」

「ああ」

 

 ハチマンがそれを装備すると、左手に、銀色の盾のような物が現れた。

その姿は何かこう、しっくりくるというか、似合っているというか、

失った半身が戻ってきたかのような印象を、三人に与えた。

 

「この部分な、実は拳の開閉に合わせて前後に動くんだよ」

 

 ハチマンはそう言うと、盾の部分を前後にスライドさせて見せた。

 

「武器になったり防具になったりしてるみたいに見える……」

「攻撃力は無いんだけどな。これは、左手で敵の武器や攻撃をはじくための物だからな。

その代わり、多少無茶をしても決して壊れない」

「……確かに今までのハチマンは、攻撃もパリィも行動阻害も、

全部右手一本でやってたよな」

「そう。敵の行動を左手のこれで封殺し、

全部の攻撃にカウンターを乗せるのが、俺の本来のスタイルだ」

「全部の攻撃に……」

「カウンター……」

「まじかよ」

「よしキリト、実際にやってみるか」

「うー、見たいけど私はもう攻略の時間が……」

 

 アスナはそろそろ攻略に向かわないといけない時間のようだ。

 

「アスナはまた後でな。キリト、リズ、俺の家に行けるか?」

「俺は問題ないぞ」

「他に気になる事もあるし、私もいいよ!今日はお店はお休みにする!」

「よし、それじゃ行くか」

「必ず私にも後で見せてね」

「おう。気を付けて行ってこい」

 

 三人はそのまま、ハチマンの秘密基地へと向かった。



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第056話 お披露目

「さて、それじゃ早速見せてもらうとするか」

「ああ」

「まあ、使い方を軽く聞くだけだから、デュエルモードとかじゃなくてもいいな」

「そうだな。よしキリト、いつでもかかってきていいぞ」

「それじゃまずは小手調べな感じで」

 

 二人は向かい合い、構えをとった。

まずキリトが武器を振り上げ、ようとした瞬間、

キリトの視界に銀色の閃光が走り、武器を持っていた右肩に衝撃が走った。

その衝撃のせいで、右半身が少し後ろに流れた直後に、

キリトの首に、ハチマンの短剣が突きつけられていた。

 

「攻撃を事前に潰すのはこんな感じだな」

「おいおい、前と違って、防御と攻撃が同じタイミングで来るぞ」

「まあ、そのための装備だからな」

 

 キリトは、これはやりにくいと感じていた。同時に、自身の血が沸き立つのも感じていた。

 

「次はパリィだな。普通のは最初のとあまり変わらないから裏技的なやつな」

「裏技、ねぇ……」

 

 キリトは、自分がわくわくしているのに気が付いた。

ハチマンの戦闘スタイルは、何が出てくるかわからないびっくり箱のような物で、

確かに戦闘狂の一面を持つキリトからしてみれば、わくわくするのは確かだろう。

 

「キリト、普通に斜め上から斬りかかってきてくれ」

「了解」

 

 キリトはフェイントを混ぜつつ、攻撃のタイミングがわからないように気をつけながら、

ハチマンを袈裟斬りにするイメージで攻撃した。

エリュシデータの刃が、ハチマンの肩口に迫る。

 

(もうパリィは間に合わない、だろっ!)

 

 キリトはハチマンに攻撃が当たる事を確信したが、

その瞬間ハチマンは、一瞬シールド部分を前へスライドし、キリトの顔に向けて突き出した。

キリトは顔への攻撃に一瞬ひるみつつも、ダメージは少ないはずだと思い、

そのまま攻撃を当てようとしたが、

次の瞬間シールド部分が後ろにスライドし、その後ろの部分がキリトの攻撃をパリィした。

予想外のタイミングで攻撃をパリィされたキリトの体は開いてしまい、

次の瞬間、再びキリトの首に、短剣が押し付けられた。

 

「おいおいまじかよ。今のタイミングで弾かれるとは思わなかったぞ」

「まあ、こんな感じだな」

「なるほどな、前後どちらでもパリィ出来るんだな」

「ああ。後ろでパリィした瞬間に前にスライドさせて《閃打》を当てて、

大きく体制を崩したら《ファッドエッジ》をくらわせて、

次に相手が体を起こそうとしたら、また《閃打》からの《ファッドエッジ》とか出来るぞ」

「それ永久コンボじゃないかよ……その武器はずるいぞ!」

 

 ハチマンは肩を竦めた。

 

「これにも弱点はあるんだよ。例えば、左右からの強力な連打には対応が難しい。

後、盾相手だと、パリィ効果が弱くてカウンターになりにくい」

「なるほどな」

「どうだリズ、こんな感じなんだが」

 

 リズベットからは返事が無かった。

 

「ん、どうかしたか?」

 

 ハチマンはずっと黙っているリズベットの方を見た。

そこには、口を大きく開けてぽかーんとしているリズベットがいた。

 

「……何やってんのお前」

「い、い」

「い?」

「今の何よ!」

「何と言われても、なぁ……キリト」

「ああ。普通に模擬戦もどきをやっただけだよな」

「私、攻略組をかなり誤解してたかも……だって攻撃が見えないんだよ。

何あれアスナもあんな感じなの?あんなの初めて見たよ……」

「おーい、ぶつぶつ言ってないで、こっちに戻ってこーい」

 

 リズベットはぶつぶつ言い続けていた。

仕方なくキリトが、リズベットの頭にチョップをかました。

 

「ハチマンが感想を求めてたぞ」

「あ、うん、何かすごいね?」

「おう、お前の作ってくれた武器は最高だろ?」

「うん!こんなすごいなんて思わなかったよ。

それにしてもそれって、あんな変わった使い方をするんだね。どこで習ったの?」

「あー……企業秘密だ」

「ま、詮索するのもあれだし、別にいいけどね」

「すまん」

「でもあんなにトリッキーなのに、ハチマンはよく使いこなせるよね」

「ハチマンのすごい所は、的確にどこからでもパリィしたり出来る、その目なんだよな。

だからあんなにピーキーな武器でも使いこなせる」

「あ、それはなんとなくわかる」

「まあ、確かにそこは生命線かもしれん」

「あ、そういえばそれとは別の話なんだけどさ」

 

 何かを思い出したようにリズベットが言った。

 

「キリトは何を隠してるの?」

「何を、って何だ?」

「ダークリパルサーを作ったのは何で?」

「それはさっき説明した通り……」

「うん。でもあれは嘘だよね?」

 

 その言葉に、キリトは軽く狼狽した。

 

(おいおい女の勘ってやつか?まあキリトの演技が下手すぎってのもあるが……)

 

 キリトはわかりやすいんだよな、とハチマンは思いながら、キリトに声をかけた。

 

「キリト、これからも色々頼むんだし、リズにはちゃんと教えといた方がいいぞ。

武器を作る時、その背景を知っているのと知らないのとでは、やはり違うだろうしな」

「………確かに言われてみれば、そうかもしれないな」

「おいリズ」

「何?ハチマン」

「お前、キリトの恥ずかしい秘密を必ず守ると誓えるか?」

「恥ずかしいの!?うん、わかった!だから早く教えて!」

「ハチマン……」

「よしキリト、とりあえず練習中のあれだ」

「まだ最後までいけた事無いんだけど、今使える中ではあれが一番派手かな」

 

 キリトはウィンドウをしばらく操作していたが、操作が終わった瞬間、

ダークリパルサーが左手に出現した。もちろん右手にはエリュシデータを持っている。

 

「え?え?クリパとリュシって二つ同時に装備出来るものなの?

アハトの場合は特殊だからわかるけど……」

「何だよその略し方……まあいいから見てろって」

 

 キリトは深呼吸をし、二刀を持って構えた。

 

「いくぞリズ。スターバースト・ストリーム!」

 

 次の瞬間、キリトが閃光のエフェクトと共に、二刀を使ったソードスキルを放った。

リズベットにはなんとなくしかわからなかったが、十連撃くらいは放ったように見えた。

 

「くっ、まだこのくらいが限界か」

「もうちょっと練習しないと駄目だな」

「何、今の………」

「二刀流だ」

「何それ?そんなスキルあったっけ?」

「ユニークスキルだよ、リズ」

「……ユニークスキルって、ええええええええ?」

 

 キリトは、このスキルを見つけた経緯と、

その時からここでいつも練習している事を、リズベットに説明した。

 

「なるほどね、確かにこんなスキルが他人にバレたらちょっとまずいかもね」

「ああ。ダークリパルサーを作った理由もこれで分かったか?」

「うん。この事はアスナは知ってるの?」

「アスナには教えてないな。というか、基本俺とハチマンは、

お互い以外にスキルを教える事はしないからな」

「まあいずれバレると思うけど、その時まではそのままの方がいいかもね」

「そうだな」

 

 それからハチマンとキリトは、お互いベストの状態で模擬戦を繰り返した。

勝敗は、三対一くらいの割合で、やはりキリトの方が上だった。

ハチマンは、高速で前後にスライドさせる事によって、

二刀を同時にパリィする練習をしていたが、未だ形にはなっていない。

もっとも、キリト以外が相手なら、ハチマンは問題なくこなすだろうと思われる。

キリトは模擬戦終了後、日課の型の練習に入った。ハチマンも色々アドバイスをしていた。

それをリズベットは、羨ましそうに見ていた。

 

「どうしたリズ。物欲しそうな顔してるぞ。腹でも減ったか?」

「ちっがーう!私は戦闘の事でアドバイスとか出来ないから、ちょっと羨ましかっただけ!」

「まあ、俺達とお前では、役割が違うからな」

「それはそうなんだけどさ……やっぱりもっと役に立ちたいじゃない」

「お前の作ったあの剣、キリトはすごい気に入ってるぞ。立派に役にたってるだろ」

 

 リズベットは、その言葉にとても喜んでいるように見えた。

 

「それにその……俺もリズには、アスナの次くらいには、感謝してるぞ」

「アスナの次なんだ」

「アスナはシードだからな」

「ううん、そういう意味じゃなくってさ。

ハチマンから見てのアスナの次って、完全に二番手じゃない。だからびっくりしたの」

「お、おう……まあ、間違ってはいないんじゃねーの」

「うん!素直に喜んどく!」

 

 その後合流したアスナと戦ったハチマンは、実戦形式でアスナにアハトの説明を始めた。

アスナは何故か、アハトでパリィされる度に喜んでいた。曲芸みたいで面白いのだそうだ。

ハチマンは、それだけパリィしているにも関わらず、アスナに負け越していたので、

刺突剣相手もやや苦手だという事が判明したかもしれない。

 

「うー、やりづれえ……やっぱ刺突系は苦手だわ」

「ハチマン、お前さっきからパリィしまくってるくせに何言ってんだよ……」

「パリィしてもアスナには一切追撃してないよね……」

「そんな事は無い。攻撃する努力はちゃんとしている。

そうしようとする時に、ちょっと体が麻痺したように動かないだけだ」

「アスナは、対ハチマン特化の麻痺属性持ちなのね……」

 

 実際は、アスナ相手だと、まったく攻撃が出来ないだけだったようだ。

アスナが喜んでいたので、まあハチマンにとっては良かったのだろう。

ハチマンの新装備と、キリトのリズへの二刀流のお披露目は、こうして終わった。



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第057話 S級食材

 最近ハチマンは、情報収集をメインに行っていたので、

ボス戦にはしばらく参加していなかったのだが、

現在の最前線である第七十三層では、珍しくスムーズに情報が出揃ったので、

ハチマンは久しぶりにボス戦に参加する事にした。

 

「よぉ、ハチマン。なんか久しぶりじゃねえか?」

「おう、クライン。今回は珍しく早く手があいたんでな、まあ気分だ気分」

 

 ハチマンは、ラフィンコフィンの一件以来、

攻略組の面々とはしばらく顔を合わせていなかった。完全に裏方に徹していたためだ。

そのため、ハチマンのアハトファウストを見た事がある者は、

この場ではキリトとアスナだけだった。

クラインは、ハチマンの腕に装着されているアハトファウストに気が付いた。

 

「あれ、ハチマンその盾、いつの間に戦闘スタイルを変えたんだ?」

「ああ、ちょっと色々試してみようと思ってな」

「珍しい形の盾だけど、名前は何て言うんだ?」

「アハトファウストだな」

「ファウストって、なんだったっけかな」

「まあ、直接の意味は拳だな」

「え、どう見ても盾だろ?」

 

 その後、エギルやネズハと話した時も、同じような会話が繰り広げられた。

 

(これを手に入れたのは結構前なんだが、そんなに長い間俺は攻略に参加してなかったのか。

今後はもうちょっと攻略にも参加するか……)

 

 ハチマンはスライド機構を使わず、無難に戦闘をこなしていた。

この機構を公開するのは、もう少し様子を見てからの方がいいと思ったからだ。

討伐は特に何も問題もなくスムーズに終わり、

次の層へと向かう道中で、ハチマンはたまたまヒースクリフと話す機会を得た。

 

「ハチマン君、しばらく見ない間に戦闘スタイルを変えたのかね?」

「ああ。色々試してみようと思ってな」

「その装備はあまり見ないタイプの物だな。名前は何と言うのかね?」

「アハトファウストだな」

「何というか、不思議な武器だな」

「まあな」

 

 ハチマンはなんとなく違和感を感じたが、疲れていたせいもあって、

あまり深く考えようとはしなかった。

これで最前線はついに七十四層。やっと終わりが見えてきた事もあり、

攻略組の士気は、とても高まっていた。

 

 

 

 数日後、キリトは七十四層の迷宮区に来ていた。

強敵であるリザードキングを倒した所で、そろそろ戻ろうかと考えたキリトは、

迷宮区を出て、のんびりと街へと向かって歩き出した。

森の近くに差し掛かった時、キリトの視界の隅に、小さな動物のような物が映った。

 

(あれは……ラグーラビットじゃないか、初めて見たな)

 

 ラグーラビットは、滅多に見る事が出来ないモンスターだ。

逃げ足は相当速く、こちらに襲い掛かってくる事も無いため、倒すのはほぼ不可能だ。

ラグーラビットからドロップする肉は、

その討伐難易度に比例してか、S級食材に認定されている。

キリトはそっとウィンドウを開き、投擲用の針を取り出した。

 

(まさかこんな時にこれが役にたつ事になるとはな)

 

 それは、キリトが趣味で集めている武器の中の一つだった。

 

(頼むから当たってくれよ……)

 

 キリトは、運を天に任せてラグーラビット目掛けて針を投げつけた。

残念ながら命中こそしなかったが、ラグーラビットは驚き、上に跳ねた。

キリトはしめたと思い、空中で身動きが出来ないラグーラビットを、武器で一閃した。

 

「よし!」

 

 ストレージを確認すると、そこにはラグーラビットの肉がしっかりとドロップしていた。

キリトは思わずガッツポーズをした。

 

「さて、食うか、売るか……とりあえずエギルの店に行ってから考えるか……」

 

 キリトはそう呟き、エギルの店に向かった。

 

 

 

「まじかよ……S級食材じゃねえか」

 

 エギルも、ラグーラビットの肉は初めて見たようだ。

 

「おい、これどうするんだ?食うか?食うよな?」

「うーん、さすがにこのクラスの食材を料理する腕は、俺には無いんだよな……」

 

 そこに、買い物にでも来たのだろうか、護衛を伴ってアスナが現れた。

血盟騎士団は、ラフィンコフィンの一件以来、幹部に護衛を付ける事にしたらしい。

 

「二人とも、どうかしたの?」

「アスナ……あっ」

 

 キリトは、アスナの料理スキルが相当高い事を思い出した。

 

「アスナ、料理スキルは今いくつだ?」

「カンストしてるけど」

「まじか!ちょ、ちょっとこれを見てくれよ」

「あ、これ、ラグーラビットの肉じゃない」

 

 アスナはあまり驚いた様子も無く、平然と言った。

 

「おい……ラグーラビットだぞ、S級食材だぞ!」

「うん」

「アスナ、すまないがこれを料理してくれないか?俺食った事無いんだよ!」

「別にいいけど、それじゃハチマン君の家にでも行く?」

「いいのか?是非頼む!」

 

 キリトは、感極まってアスナの手を握った。

その時アスナの護衛が咳払いをして、キリトを睨み付けながら言った。

 

「昔からアスナ様に付きまとっている奴がいるという話は聞いていたが、お前か」

「あ?」

「クラディール、今日の護衛はここまでで」

「ですがアスナ様!」

「本部には私から連絡しておきます」

「……わかりました」

 

 そのクラディールと呼ばれた男は、悔しそうに去っていった。

 

「アスナ、何だあいつ?」

「団長が、どうしても必要だって言って私に付けた護衛なんだけど、いつもあんな感じなの」

「ハチマンがよく思わないんじゃないか?」

「……やっぱりそう思う?」

「うーん、ハチマンもああいう性格だから、必ずしもそうとは言えないかもしれないが、

あいつ考えてる事読めないし、内心どう思うかはちょっと俺にはわからないな」

「ハチマン君、嫌な事があっても表に出さないからね……」

「まあ、とりあえず今から行くんだし、反応を見てみるしかないな」

「それじゃまあ、料理しに行こっか」

「お願いします!」

 

 そこにエギルが、焦ったように割り込んできた。

 

「おい、俺の分は?肉一つで四人分作れないのか?」

「うーん、三人までが限界かなぁ」

「そういうわけだエギル。それじゃまたな」

「そんなあああああ」

 

 泣きながら崩れ落ちるエギルを残し、二人はハチマンの家へと向かった。

ハチマンはこの日は、たまたま家で寛いでいたようだ。

 

「何かあったのか?」

「ハチマン、実はラグーラビットの肉が手に入ってな。

アスナに料理を頼んだら、ハチマンの家に行こうって」

 

 二人は、ここに来た経緯をハチマンに説明した。

 

「ここなら私の揃えた料理道具が使えるからね」

「いつの間にそんな物を……」

「そういう事か。別にかまわないぞ」

「本当はエギルさんもすごい食べたがってたんだけど、

四人分作るには肉一つじゃちょっと足りないかなって」

「なるほどな。ラグーラビットの肉ならたくさんあるから、エギルも呼んでいいぞ」

「まじかよ!S級食材だぞ!たくさんって何だよ!」

 

 その言葉を聞き、キリトは驚いた。

 

「あーやっぱり持ってたんだね。前も持ってたから、もしかしたらって思ってたんだけどね」

「お前ら食べた事あったのか?だからアスナは平然としてたんだな」

「うん、まあそういう事」

「それじゃキリト、エギルに連絡してやれよ」

「そうだな、あんなに泣いてたもんな」

 

 エギルは連絡を受けた瞬間、すぐに店を閉めて走ってきたらしい。

驚くほどのスピードで到着した。

エギルはハチマンの家に来た事が無かったので、家のある塔の周りをうろうろとしていた。

キリトが下に迎えに行き、エギルを家の中に案内したのだが、

エギルもここがプレイヤーハウスだとは思っていなかったらしく、驚いていた。

 

「ハチマン!ありがとう!!!」

 

 ハチマンの顔を見た瞬間、エギルが九十度のおじぎをした。

 

「お、おう……そんなに食べてみたかったんだな」

「ああ。本当にハチマンには感謝してるぜ!それにしてもこの家すごいな!」

 

 ハチマンは、家の事を褒められ、機嫌が良くなったようだ。

 

「ああ、俺の一番の自慢だな。来る機会はあまり無いかもしれないが、

とりあえずここの鍵をやるから、俺に用事があったらここに訪ねてきてくれ」

「おう、重ねてありがとう!ハチマン!」

「これでエギルも、ハチマンファミリーの一員だな」

「いつそんなファミリーが出来たんだよ……」

「お、まじか。嬉しいんだが、つまり今までは俺は他人扱いだったって事か?」

「いやそうじゃないだろうけど、今まではいい機会が無かったって事だな」

「そろそろ料理が出来るよー」

「よし、お前ら多めに肉を食わせてやるからさっさと配膳しろ」

「おう!」

 

 

 

 ハチマンの提供した肉は二つだったので、四人は腹いっぱい食べる事が出来た。

 

「まじ美味え……」」

「俺このまま死んでもいい……」

「まあ、確かに美味いよな、これ」

「お粗末さまでした」

「ハチマンとアスナは、これ何度も食べてるのか?」

「うん。ハチマン君がよく取ってきてたから……」

「まじかよ」

「情報収集で色々走り回ってると、そこそこ見つかるんだよな、あれ」

 

 その後、四人は食休みも兼ねて雑談に興じた。

アスナは、ちょうどいい機会だと思い、ハチマンに護衛の話をした。

 

「そうか、護衛を付ける事になったのか」

「うん」

「まあ確かにその方が安全かもしれないな」

 

 アスナは、ハチマンの様子が案外普通だったので、拍子抜けしたが、

ハチマンの事だからまだ分からないと、内心を読もうと頑張った。

 

「ま、それでアスナの安全が確保されるならいいんじゃねーの」

「安全はともかく、あの男は俺は好きになれそうにないな」

 

 キリトが横から口をはさんできた。

 

「別の奴に変えてもらった方がいいんじゃないか」

「私もあの人は正直ちょっと苦手なんだよね」

 

 アスナも、やはりクラディールにはいい印象を持っていなかったようだ。

 

「アスナに嫌われるって相当だなそいつ。

まあ、それならヒースクリフに話してみた方がいいかもな。何なら俺が言う」

 

 その言葉を聞きアスナは、あ、やっぱりちょっと不機嫌そう、と思った。

 

「うん、それじゃそうする」

「んじゃそんな感じで、いい時間だしそろそろお開きにするか?」

「おう」

「明日は私、ギルドの攻略無いんだけど、何かする?」

「そうだな、迷宮区にでも行くか?キリトとエギルもどうだ?」

「すまん、明日は俺は店の用事があるんだよな」

「俺は行けるぞ」

「それじゃ、三人で転移門前で待ち合わせでいいかな?」

「ああ」

「おう」

「じゃあまたな!今日は本当にありがとな!ハチマン!」

「また明日な」

「私も後片付けだけして帰ろうかな」

 

 キリトとエギルは、ハチマンに別れを告げ帰っていった。

アスナはぱぱっと使った道具を片付け、ハチマンの隣に座った。

 

「ハチマン君は、護衛の事本当はどう思ってる?」

「護衛自体はまあ必要と言えば必要だろうな。

護衛に付いてる奴の事は、会った事ないからなんとも言えん」

「まあそうだよね」

 

 アスナは、これ以上反応を探るのは無理だと思い、

ハチマンに別れの挨拶をして、そのまま帰る事にした。



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第058話 もしかして

 次の日の朝、ハチマンとキリトは、転移門の前でアスナを待っていた。

 

「アスナが遅れるなんて珍しいな」

「ああ。いつもこれでもかってくらい時間に正確なんだけどな」

 

 二人は、そろそろアスナに連絡してみるかと話していたが、

その時転移門から人が出てくる気配がした。

 

「どいてどいて!」

「お?」

 

 次の瞬間転移門の中から、アスナが飛び出してきた。

かなり高くジャンプしながら門に突入したようで、

アスナは、このままではハチマンに上から圧し掛かる形になってしまうと気付き、

警告の声を発したようだ。だがそんなアスナの声に動じる事も無く、

ハチマンは、アスナを衝撃が無いように柔らかい動作で、横抱きに受け止めた。

 

「よっと」

 

 それは、いわゆるお姫様抱っこの形であり、

それを見たキリトは、ナイスキャッチ!という声を上げた。

 

「おいアスナ、危ないだろ。俺以外だったら確実にぶつかってるぞ。

廊下は走っちゃいけませんって先生に教わらなかったのか?」

「あっ、ごめんなさい先生」

「誰が先生だよ」

 

 今の格好は、アスナにとってはかなり恥ずかしいものであるはずだったが、

それにも気付かないほど、アスナは転移門の方を気にしていた。

ハチマンとキリトも、そんなアスナにつられて転移門の方を見た。

その時別の人物が、新たに転移してきた。

 

「アスナ様!勝手な事をされては困り……何だお前は!アスナ様を放せ!」

 

 それは、アスナの護衛をしているクラディールだった。

護衛が護衛対象と行動を共にするのは当然の事だが、

今日の活動内容に、護衛は不要だ。なのでそもそも、護衛は断ったはずだ。

それなのに、何故かクラディールがここにいた。

 

「ああん?お前らの副団長様が怪我をしないように、

転びそうだったのをしっかりとキャッチしてやったんだろ」

「何?それはすまなかっ……じゃない!その姿を見て、そんな事信じられるか!」

「その姿……?」

 

 アスナはその言葉に、今自分がハチマンに何をされているか気が付いたようだ。

慌てて自分の足で立ち、咳払いをしながらクラディールに言った。

 

「クラディール、今彼の言った事は事実だから、何も問題ないよ」

「はっ、ですがしかし……」

「それよりも、なんでアンタ朝から家の前で張り込んでるのよ!」

「こんな事もあろうかと、一ヶ月前からアスナ様の家の前の早朝警護を行っておりました」

「い……」

「一ヶ月ぅ?」

 

 その言葉を聞いた三人の頭には、ストーカー、という文字が浮かんだようだ。

同時にハチマンの表情が、いつにも増してめんどくさそうになった事に、アスナは気付いた。

 

「それ、団長の指示じゃないわよね……?」

「私の任務はアスナ様の護衛です!それには当然自宅の監視も……」

「含まれるわけないだろ」

「また貴様か!アスナ様の周りをうろつく羽虫が!」

 

 アスナの代わりに、キリトがそれに突っ込んだ。

クラディールはその言葉でキリトの存在に気付き、罵声を浴びせ始めた。

 

「何でお前みたいな奴がアスナ様と噂に……」

「はぁ?昨日も思ったけど、何か勘違いしてるんじゃないか?

俺とアスナは過去に一度も噂になった事なんかないぞ」

「何だと?じゃあ一体誰が」

 

 アスナはその言葉を聞いて、思わずハチマンを見た。

キリトも同じようにハチマンを見た。

 

「おい、何で二人とも俺を見る」

「だって、ねぇ」

「ああ。それってハチマン以外にありえないだろ」

「貴様かあああああああ!」

 

 クラディールはどうやら噂の主がハチマンだと気付いたらしい。

その大きな声で騒ぎに気付いたのか、周りに群集も集まりだしていた。

 

「おい、あれ閃光のアスナさんじゃないか?」

「本物だ!」

「何だ何だ、痴話喧嘩か?」

 

 周辺が騒がしくなってきたのを感じ、ハチマンが言った。

 

「はぁ……本当に心底めんどくさい」

「おいハチマン」

 

 ハチマンは、キリトを手の平で制し、いきなりアスナの腰を抱き寄せた。

 

「ハ、ハチマン君?」

「ハチマン!?」

 

 アスナとキリトは、そのハチマンの行動に心底驚いた。

 

「なっ、き、貴様!何をしている!」

「おい、クラディール?だったか?その噂は噂じゃない、事実だ。

アスナとずっと一緒にいる奴というのは、間違いなくこの俺だ」

「え?ハチマン君?」

 

 アスナは、あまりにもいつもと違うハチマンの行動にびっくりし、

ハチマンに声をかけたが、ハチマンは気にせずそのまま続けた。

 

「見ろ、こんな状況でも、お前の大切な副団長様は別に嫌がってないだろう?」

「くっ、アスナ様!早くそんなつまらない男から離れてください」

「つまらない男?」

 

 その言葉にムッとしたのか、アスナは自分からハチマンに抱きついた。

キリトはそれを面白そうに見ていた。

周りで見ていた群集からは、ひゅぅ、と口笛や冷やかしの声があがった。

 

「理解したか?お前が聞いたのは、噂じゃなくてただの事実だ」

「ぐっ……」

「そして、アスナにはお前みたいな弱い護衛は必要ない。俺がずっと隣にいるからな」

「俺が弱いだと?貴様、攻略組でも無いくせに、この俺よりも強いつもりか!」

「はぁ?」

「え?」

 

 その言葉を聞いた三人は、わけがわからなかったが、

次のクラディールの言葉を聞いて、そういう事かと納得した。

 

「お前なんか今まで一度も前線で見た事がない!この前初めて攻略に参加したようだが、

その時もまったく活躍してなかったじゃないか!」

「あー、そういう事か」

「クラディールが攻略に参加し始めたのって、確か六十五層前後からだった気がするよ」

「ハチマンは、確かにそれくらいの時は攻略に参加してなかったしな」

「こいつやっぱり、俺の事はまったく知らないんだな」

 

 ハチマンは納得し、そのままクラディールに話しかけた。

 

「あー、もうその事はどうでもいいわ。

とにかくお前が弱いってのは分かったから、さっさと消えろ」

「何だと!俺は弱くなんかない!貴様にデュエルを申し込む!」

「そうか、わかった。そのデュエル、受けるわ」

 

 ハチマンが嫌にあっさりと承諾したので、アスナとキリトは驚愕した。

いつものめんどくさがり屋のハチマンがとる態度ではなかったからだ。

 

「おいクラディール、半減決着モードでいいな」

「ああ」

「アスナはキリトのとこで待っててくれ」

「うん、わかった」

 

 アスナはハチマンを気にしつつ、キリトの隣へと走っていった。

もちろん気にしていたのは勝敗ではなく、ハチマンのおかしな様子だった。

 

「ねぇキリト君、もしかしたらなんだけど、ハチマン君のあれって……」

「ん、何か気が付いたのか?」

「ううん。やっぱり終わってからでいいや」

「そうだな、すぐ終わるだろうしな。一分くらいか?」

「うん、でも……」

「あれ、あいつ人前でアレを使うつもりか?」

 

 ハチマンは、アハトファウストのシールド部分を最初から前にスライドさせた状態で、

開始の時を待っていた。それを見たアスナが、

 

「あっ……やっぱり今のハチマン君って……」

 

 と、何か言いかけたが、言い終わる前にデュエルが始まった。

カウントが進み、開始の合図が表示された瞬間、ハチマンの姿が消えた。

次の瞬間クラディールの顔が弾けた。どうやらハチマンに殴られたようだ。

後ろに倒れていくクラディールの体に、ソードスキルの光が走る。

そしてハチマンがクラディールの上に馬乗りになり、目の前に短剣を突き付けた所で、

WINNER表示と共にハチマンの勝利が宣言された。その間わずか三秒ほど。

 

「俺でもはっきりとは見えない速さで瞬殺かよ……

ところでアスナ、さっき言いかけたのって何だ?」

「うん……ねぇキリト君。やっぱり今のハチマン君ってさ、

すごいめんどくさそうに見えたけど、あれってもしかしたら、キレてるのかも」

「えっ、ハチマンってキレるとああなるのか?」

「怒った所さえほとんど見た事ないからわからないけど、

明らかに不機嫌そうな時も同じような顔してたから、もしかしたらって思ってたの」

「まじかよ……」

 

 ハチマンはクラディールから離れ、アスナに手招きをした。

アスナがやってくるとハチマンは、クラディールに見せ付けるように、

また先ほどのようにアスナの腰を引き寄せた。キリトはそれを見て、

 

(うっわ、あれ本当にキレてるわ……みじめな敗者に更に追い討ちか)

 

 と、さきほどのアスナの考えは正解なんだなと実感した。

ハチマンはその状態のまま、倒れたまま呆然としているクラディールに言い放った。

 

「自分がどれほど弱いか分かったか?分かったならとっとと消えろ。

百歩譲って血盟騎士団としての活動の時は目を瞑ってやってもいいが、ストーカーは認めん。

後、随分と噂を気にしてたようだがな、本来のアスナの居場所は、ここだ」

 

 そう言ってハチマンは、アスナを強く自分の方に抱き寄せた。

アスナは顔を赤くはしていたが、恥ずかしさよりも、

どちらかと言うととまどいの方が大きかった。

 

(こんなハチマン君、初めて見た)

 

 それは、ハチマンが初めて自分に見せた独占欲の表れだったかもしれない。

だがアスナはそれを、素直に嬉しいと感じていた。

クラディールは悔しそうにハチマンを見ていたが、

往生際が悪い事に、なおも抗弁しようとした。

 

「くそっ、確かに負けはしたが、私はあくまで職務を遂行しているだけだ!」

「職務を言い訳にしてストーカー行為を正当化してんじゃねえよ」

「なっ、私は純粋に!」

「もういいクラディール。私の権限で、護衛の任を解きます。

本部に戻って団長にありのままを報告し、以後は団長の指示に従いなさい」

 

 アスナから、最後通告とも言うべき言葉が発せられ、

クラディールはそのまま黙って転移門へと消えていった。

 

「なんかすげえもの見たな!」

「格好いいぞ!ハチマンって人!」

「アスナさんって決まった相手がいたのか……」

「くそー、俺ファンだったのに!」

 

 群集は一連の出来事の決着を見て、やんややんやと喝采していた。

中にはアスナの熱狂的ファンと思われる者の、落胆の声も混じっていたようだ。

三人は場の盛り上がりに気が付き、慌ててその場から逃げ出した。

ちなみにたまたま通りかかったクライン一行も最初からその様子を見ていたのだが、

三人はそれには気付かなかったようだ。

 

 

 

「しかしあんなハチマン初めて見たよ。なんかすごかった」

「うん、私もびっくりした」

「あ?何がだよ」

「だってお前、さっき明らかにキレてただろ」

「何がだよ、俺は別にキレてなんか……あ?」

 

 街を離れ、迷宮区へと向かう途中で、どうやらハチマンは、我に返ったようだ。

 

「ん?お?あー………」

 

 ハチマンは、いつもの冷静さをやっと取り戻したようで、

さきほどまでの自分の一連の行動をはっきりと認識したようだ。

 

「お、おいお前ら、さっきのはだな……」

「わかってるよ。我を忘れるほど怒ってたんだろ?」

「いや、まあ多分そうなんだが……」

「いつから怒ってたのかは俺にはちょっとわからなかったが、まあいいじゃないか。

アスナも機嫌が良さそうだし」

「ア、アスナ?その、さっきのは……」

 

 アスナは、にっこりと笑ってハチマンに言った。

 

「本来のアスナの居場所は、ここだ」

「うわあああああああああ」

 

 そしてアスナはそのまま、ハチマンの横に自分からぴったりとくっついた。

ハチマンはそのアスナの行動を受け、ビシッという音をたてて硬直した。

 

「もうリズやシリカちゃんには、報告したからね」

「アスナ、お前容赦ないな……」

「そんな事ないよ。アルゴさんに報告するのは勘弁してあげたしね」

「だってよハチマン。アスナに感謝しないとな?」

「お、おう……ありがとう?」

「どういたしまして?」

「って、リズとシリカには言ってんじゃねーかよ。次会った時に何を言われるか……」

 

 もっとも、既にアルゴはこの情報を掴んでいたので、

この時のアスナの気遣いは、結果的に無駄だった。

ハチマンは落ち込んでいたが、そんなハチマンにキリトが声をかけた。

 

「でも、さっきのハチマンすげー格好良かったぞ」

「いや、でもな……俺らしくないだろ。それにその……恥ずかしいし」

「ハチマンらしいって何だよ。あれもハチマンだろ?

自分の大切な人に一緒にいて欲しいってのは、すごく当たり前な感情だろ。

ハチマンは前から自分の感情を殺す所があるけど、

もっと素直に感情を出してくれてもいいんだよ。

俺もアスナも、ハチマンが好きでこうして一緒にいるんだからな」

「素直に、か……」

「私の居場所は、確かにここだしね」

 

 アスナも、満面の笑顔でそう言った。

ずっと曖昧だったアスナとの関係だったが、ハチマンはその笑顔を見て、

一歩前へ踏み出す覚悟を決めたようだ。相変わらず捻くれた表現ではあったが。

 

「あー……アスナ。今日の探索が終わったら、もしアスナがそうしたいんだったらだが、

とりあえずうちに引っ越して来てもいいぞ。そうすればあの馬鹿ももう何も出来ないだろ。

あくまでアスナの安全のための提案だけどな。保険だ保険。

あ、ちゃんと節度は保つってのが条件な」

 

 アスナはその言葉の意味を理解し、あわあわとし始めた。

キリトはにやにやしながらそれを眺めていた。

しばらくあわあわしていたアスナだったが、やはり嬉しかったのだろう。

 

「えっと、それじゃ、お世話になります」

 

 と答えた。

 

「よし、それじゃ今度みんなを集めて引越し祝いの宴会でもするか!」

 

 キリトが楽しそうにそう提案した。

 

「そうだな、それもいいかもしれないな」

 

 ハチマンも、めんどくさがりな彼にしては妙に素直に、それに賛成した。

SAOに囚われてからのハチマンの行動や態度は、もう昔と比べるとまったくの別物だ。

それがいい事なのかどうかはわからないが、

それでもハチマンは、こんな自分も悪くはないな、と感じていたのだった。



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第059話 軍との遭遇

今日は22時にもう1話投稿します


 クラディールの乱入により時間を取られてしまったが、

三人は予定通り、迷宮区の探索を始める事にした。

中層まではおおよそ攻略は済んでいるので、上層を目指す事になるわけだが、

何かノルマがあるわけでもないので、三人は丁寧にマップを埋めながら、

のんびりと奥へ奥へと進んでいた、はずだった。

 

「なあ、これどう見てもボス部屋じゃないか?」

「みたいだな」

「何故か着いちゃったね……」

 

 三人が戦闘に要する時間は、一般的なパーティに比べると大幅に短いので、

三人は予想以上に早く、ボス部屋まで到達しまった。

 

「どうする?入ってみる?」

「そうだな……何があるかわからないから、役割を分担しよう。

アスナは扉からあまり遠くない位置で遠目に見る感じで、

もし扉が閉まりそうになったら外に出て、また扉を開けてくれ」

「わかった」

「俺達は慎重に前へ進み、敵がわいたらキリトは武器のタイプを確認してくれ。

俺は名前とHPバーの本数を確認する」

「了解」

 

 三人はハチマンの指示に従い、慎重に中へと入っていった。

ハチマンとキリトが中ほどまで進んだ時、広場の奥にボスが姿を現した。

 

「名前は【グリームアイズ】HPバーは四本」

「敵の武器は、巨大な片手剣!タイプはあれは……悪魔タイプか?」

「入り口の扉は特に何も変化無しだね」

 

 次の瞬間グリームアイズの目が妖しく光り、こちらへ向けてすごいスピードで走り出した。

 

「やばい、逃げろ!」

 

 三人はハチマンの声に従い慌ててボス部屋を飛び出した。

中に誰もいなくなったため、ボスの姿が消えていき、扉が重々しく閉まり始めた。

 

「ふう、でかい図体の割りに結構素早かったな」

「なんかいかにもパワータイプって感じの敵だったね」

「武器は片手にしか持ってなかったが、特殊攻撃もありそうだな」

「まあ、タンクを多めにした編成で、ちょっとづつ調査してくしかなさそうだ」

 

 得られた情報を報告しあったところで、三人は少し手前にあった安全地帯に戻り、

食事を兼ねて休憩する事にした。どうやらアスナが色々と軽食を作ってきてくれたようで、

その料理に舌鼓を打ちながら、この後どうするかの相談をしていた。

その時ハチマンが、数人の集団が接近して来ている事に気が付いた。

キリトも気付いたようで、二人は立ち上がり、

何があっても問題ないように備えつつ、その集団を待ち構えた。

一応アスナにはフードを被ってもらい、後方に下がってもらっていた。

 

「キリト、どうやら警戒する必要は無かったみたいだ」

「知り合いか?」

「あれはどうやらクライン達だな」

「なんだ、クラインかよ」

 

 しばらくして、クライン達もこちらに気付いたようだ。

最初こそ警戒していたようだが、ハチマンとキリトに気付いたようで、

手を振りながらこちらに近付いてきた。アスナがいる事には気付いていないようだ。

 

「ハチマン!キリト!」

「よぉクライン。お前達も探索か?」

「ああ。レベル上げも兼ねてな」

「ついさっき、ボス部屋を見付けたぞ」

「まじかよ!結構早かったな」

「ああ。街に戻ったら各所に報告して、偵察戦の相談だな」

 

 三人は情報を交換し、キリトはクラインに、今まで探索した分のマップを渡した。

 

「マップなんかもらっちゃっていいのかよ」

「ああ。俺達は、マップで商売する気は無いからな」

「ありがとな!」

 

 後方に下がっていたアスナも、どうやらクラインだと気付いたようで、

こちらに向けて歩いて来ていた。

それには気付かずにクラインが、にやにやしながらハチマンに言った。

 

「そういえばハチマンよぉ、なんかすごかったなおい!」

「あ?何がだよ」

 

 クラインは、顔をキリっとさせて言った。

 

「本来のアスナの居場所は、ここだ」

 

 ハチマンのすぐ後ろまで来ていたアスナは、その言葉を聞いて、ピタっと止まった。

どんな表情をしているかは、フードのせいで見えなかったが、

どうやらまたぷるぷるしているようだ。

 

「お前ら見てたのか……」

「おう!迷宮区に行こうと思って転移門から出たら人が集まってたから、

何事かと思って見てみたら、ハチマンがデュエルをしてたからびっくりしたぜ!

で、そのまま見物してたんだが、いやー、あれはすごかったな!」

「あの時のハチマンは、ブチ切れてたからな」

 

 横からキリトが解説した。

 

「まじかよ!ハチマンめっちゃ怖えって思ったけど、あれブチ切れてたのかよ!」

「う……その事についてはあまり触れない方向で頼む」

「いやー、しかしやっぱその後のセリフが一番だな!

消えろ!アスナの居場所はここだ!なんつって、あれはぐっと来たぜ!」

 

 その後もクラインは、興奮ぎみにその時の事を語り続けた。

クラインにとっては、よほど衝撃的な出来事だったのだろう。

ハチマンはさすがに恥ずかしいのか、目を背けながら頭を掻いていた。

キリトは、アスナがすぐ後ろまで来ていた事に気が付き、

慌ててクラインを止めようとしたのだが、次の瞬間アスナがフードを外して前に出た。

 

「クラインさん」

 

 クラインはその声を聞いてやっとアスナに気が付き、

アスナにもその時の自分の興奮を伝えようとしたのだが、アスナの表情を見て固まった。

それは羞恥の表情でありながら、不穏な気配のする表情だった。

クラインはなんとか声を振り絞り、アスナに話しかけた。

 

「ア、アスナさん、その、今の話はですね……」

「うん、続きはとりあえず、一撃入れてから聞かせてもらうね」

 

 そう言いながらアスナが武器を抜き始め、キリトとクラインは戦慄した。

風林火山の面々は口々に、

 

「あ、これリーダー死んだわ」

「まあいつもの事だから仕方無いよな」

「骨は拾ってやるからなー」

 

 等と遠くから声をかけていた。

アスナがクラインに攻撃しようとしたその時、ハチマンがアスナの頭にぽんと手を置いた。

 

「アスナ、そのくらいで許してやれ」

「はぁ……まあ事実だし仕方ないかな」

 

 アスナはその言葉に素直に従い、剣を腰に戻した。

 

「た、助かったぜハチマン!」

「お前はもっと周りに気を付けろ」

 

 皆その言葉を聞き、うんうんと頷いた。そしてその後、笑い始めた。

アスナも一緒になって笑っていた。

 

「まあ今日の所は許してあげます」

「すんませんっした!」

 

 クラインはアスナの許しをもらい、頭を下げた。その時キリトが、助け船を出した。

 

「まあ、クラインの気持ちもわかるよ。あの時のハチマンとアスナは、

まるでドラマの主人公みたいだったしな」

「そうなんだよ!多分今頃、街ではすごい噂になってるぞ!」

「え、そうなの……?」

「まじかよ……」

 

 ハチマンとアスナは、街に戻ってからの事を想像し、頭を抱えた。

 

「まあそのうち噂も収まるだろ。それまでの我慢だよ」

「ああ、まあ、甘んじて受けるしかない……ん?」

 

 その時ハチマンが、何かに気付いたように遠くを見た。

 

「おいお前ら、話は終わりだ。すぐに集合してフォーメーションを組め」

 

 いきなりハチマンの指示が飛んだ。全員その言葉に従い、警戒態勢をとった。

この中には、ハチマンの感覚を疑う者は一人としていない。

しばらくして他の者にも、かなりの人数がこちらに歩いてくるのが確認出来た。

 

「おい、あれは解放軍の制服じゃないか?」

「あ、最近噂になってたよ。なんか解放軍の一部が、多分キバオウさんの一派だと思うけど、

下層に甘んじているのに嫌気がさして、前線に復帰しようとしてるって」

「キバオウか……最近どうしてるかは知らないが、

あいつの攻略への意欲は本物だったんだよな。

まああいつは、周りの奴に変な影響を受けて、色々と問題を起こす欠点があるけどな……」

 

 どうやらアスナの聞いた噂からも、解放軍の攻略部隊なのは間違いが無いようだ。

さすがにいきなり襲い掛かってくる事も無いだろうと思われたが、

一応警戒は解かないままで、その部隊を待ち構える事にした。

 

「私は、アインクラッド解放軍のコーバッツ大佐だ」

 

(うわ、軍とか言うだけあって、階級制なのかよ……)

 

 ハチマンはうんざりし、無難な返事をする事にした。

 

「俺達は攻略組の者だ」

「君達は、この先まで攻略しているのか?」

「ああ。ついさっきボス部屋を発見した所だな」

「では、そのマップデータを提供して貰いたい」

「ああん?タダでよこせってか?マッピングがどんだけ大変だと思ってるんだ」

 

 クラインが、コーバッツの言葉に噛み付いた。コーバッツはそれに答え、

 

「我々は、君ら一般プレイヤーの解放のために戦っている!

ゆえに、諸君が我々に協力するのは、義務である!」

 

 と、言い放った。皆絶句したが、ハチマンは気にせず、素直にマップデータを提供した。

 

 解放軍はそれを受け、そのまま奥へと進んでいった。

 

「ハチマンよぉ、マップデータをタダで渡しちまって、良かったのか?」

「ああ。どうせ街に戻ったら公開するつもりのデータだしな。

あいつらも、さすがにあの人数でボス部屋に突入したりはしないだろ。

二パーティで十二人くらいしかいなかったしな。

それにあんな態度じゃ、どうせ攻略会議から締め出されて、以後何も出来ないだろ」

 

「まあ、確かにそうかもしれねーけどよぉ……」

 

 この時ハチマンは、自分が解放軍の心情を読み誤っていた事に気が付かなかった。

彼らが高圧的な態度をとったのは、このままでは解放軍の存在が、

今後もずっと低く見られ続けるという焦りの裏返しだったのだが、

キバオウの過去の言動をよく知るがゆえに、

ハチマンは、あれが解放軍の基本の考え方なんだろうと思い込んでしまっていた。

 

「ねえハチマン君」

 

 そんな中、立場上他のギルドとの折衝に当たる事が多く、

解放軍と一番多く接する機会のあるアスナが、恒例となったハチマンの服を摘みながら、

心配そうにハチマンに意見を述べた。

 

「なんか解放軍の人達、焦ってるように見えなかった?」

「アスナにはそう見えたのか?」

「うん。私ね、たまに解放軍の人とも話す機会があるんだけど、

全体的になんか焦ってるっていうか、忘れられるのを恐れてるっていうか、

そんな気配をたまに感じてたんだよね」

「焦ってる、か……そうか、その可能性には気付かなかったな。ありがとな、アスナ」

 

 ハチマンはアスナの頭をぽんぽんと叩き、アスナに礼を述べた。

 

「これからも俺が間違ってたり、何か見落としてると思ったら、すぐに言ってくれな」

「うん!」

 

 アスナは、ハチマンの役に立てた事が、とても嬉しいようだった。

 

「お前ら方針変更だ。すまんが、俺に付き合ってボス部屋に一緒に行ってくれ。

あいつら、功を焦って単独でボス部屋に突入するかもしれん」

「おう!!!」

 

 全員がそれに答え、一行は急ぎ、ボス部屋へと向かった。

ボス部屋に着くと、予想通りに扉が開いていた。

 

「くそっ、あいつらやっぱり突入しやがった」

 

 誰かが毒づいた瞬間、扉の中から悲鳴があがった。



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第060話 英雄の誕生

 慌てて部屋に飛び込んだ一行が見た物は、

今まさに壊滅しようとしている解放軍の姿だった。

敵のHPバーが一本半削れているのを見ると、思ったより健闘はしたようだが、

いかんせん人数が少なすぎる。ほぼ全員のHPゲージが、レッドゾーンに達していた。

 

「くそ、何で転移結晶を使わないんだ。まさか用意していないのか?」

 

 キリトがそう毒づく。

 

「ボスの攻撃が激しくて使ってる暇が無かったのかもしれん。

俺達三人でしばらく敵の攻撃を抑えよう。一応毒と麻痺対策もしておいた方がいいだろうな。

クラインは、風林火山の連中を連れて軍の救助に当たってくれ」

 

 ハチマンが指示を出したその瞬間、

ボスの攻撃を受けたのだろう、コーバッツがこちらに飛ばされてきた。

 

「おい、大丈夫か!」

「ば……馬鹿な……」

 

 コーバッツはその一言と共に、目の前でエフェクトと共に爆散した。

 

「馬鹿はてめーだよ!くそっ、お前ら行くぞ!」

 

 クラインはそう叫び、軍の連中を救助するために走っていった。

三人はボスへの攻撃を開始した。

 

「くっ、さすがにボスクラスの攻撃は重いな」

 

 予想以上に敵の攻撃は重く、ハチマンは、パリィをしづらそうにしていた。

それでもしっかりと敵の攻撃を遅延させる事には成功しており、

タンク不在のこの状況でも、比較的安全に戦闘を行っていた。

その時救助を行っていたクラインが叫んだ。

 

「ハチマンまずいぞ!ここは、結晶の使用禁止エリアだ!」

「何だと……」

 

 今までは、ボスの部屋で結晶アイテムが使えない事は一度もなかった。

ハチマンは、こういう可能性をまったく考えていなかった自分を呪った。

 

「くそっ、仕方ない。クラインはこっちを手伝ってくれ!

残りの連中は、軍の奴らを入り口まで運んでくれ!」

「わかった、今行く!」

 

(とは言ったものの、さすがに回復結晶無しだと長くはもたない。

俺達のHPももう七割程度しかない。いっそこいつらを見捨てて逃げ出すのも有りか?)

 

 そう考えながら、ハチマンはキリトとアスナを見た。

そんなハチマンの考えを読んだのだろう。キリトは、

 

「ハチマンに任せる」

 

 と言い、アスナは困った顔を見せた。

 

(アスナは助けたいみたいだな。ここはやるしか無いか)

 

「クライン!アスナ!二人で十秒ほど時間を稼いでくれ!無理はするなよ」

「おう!」

「うん!」

 

 そう指示したハチマンは、スイッチで後ろに下がっていたキリトの所へと向かった。

 

「おいキリト、もうアレを使うしかないようだぞ」

「そうだな、今俺もそれを考えていた」

「お前、あいつのHPを、大技一発で何本削れる?」

「今まで与えたダメージから推測すると、一本半はいけると思う」

「よし、準備が出来たら合図してくれ。お前を危険な目にあわせる事になるが。すまん」

「気にすんなって。早く行けよ」

「おう」

 

 ハチマンは二人とスイッチし、一人でボスと対峙した。

敵のHPは、残り二本と二割くらいまで減っていた。

 

「いいぞ、ハチマン!」

 

 キリトの声が届き、ハチマンは最後の攻撃を敢行する事にした。

 

「アスナ!クライン!俺が敵をぶっ飛ばしたら、二人は最大威力の攻撃を叩きこめ!」

硬直が解けたら即離脱だ!いくぞ!」

 

 ハチマンは、渾身の力を込めて敵の武器をパリィし、

さらに、敵の武器を持っていない方の肩に【閃打】を食らわせ、そのままの勢いで、

敵の顔面に、八連攻撃技【アクセルレイド】を放った。

敵は大きくのけぞり、その瞬間にアスナとクラインが、渾身の攻撃を放った。

この一連の攻撃で、敵の残りHPは一本半まで減った。

 

「よし、キリト、出番だ!」

 

 最初に硬直が解けたハチマンは、無理をしたせいで動かない体を無理やり動かし、

立ち直りつつあった敵の武器をもう一度パリィしてから離脱した。

その間に硬直が解けたアスナとクラインも離脱した。

そこに、キリトがすさまじいスピードで飛び込んできた。

右手にはエリュシデータが、そして左手には、ダークリパルサーが握られていた。

 

「スターバーストストリーム!」

 

 キリトはそう叫び、先日やっとマスターする事に成功した、

スターバーストストリームを放った。

アスナとクラインは何が起こっているのか理解出来ず、

呆気に取られて、その光景を見つめていた。

ハチマンも【閃打】からの【アクセルレイド】は相当負担が高かったのか、動けずにいた。

三人が祈るように見つめる中、敵とキリトのHPがすさまじい勢いで減っていく。

ハチマンの見立てでは、問題なく倒せそうに見えたので、

ハチマンは、あえて二人に再突撃の指示は出さなかった。

最後のパリィが効果的だったのだろう。ボスが爆散し、

キリトのHPは、ぎりぎりレッドゾーンになるかならないかという所で止まっていた。

 

「よし……」

 

 そう一言だけ言うと、無理がたたったせいか、ハチマンはその場に崩れ落ちた。

同時にキリトもその場に崩れ落ちた。

 

「ハチマン君!キリト君!」

「おい、二人とも!しっかりしろ!」

 

 

 

 どこからか自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がして、ハチマンは意識を取り戻した。

どうやら何か枕のような物に頭を乗せられているようだ。

目を開けると、すぐ近くにアスナの顔があった。

 

「うおっ」

「あっクラインさん、ハチマン君が目を覚ましたよ」

 

 どうやらハチマンは、自分がアスナに膝枕をされているらしいと気が付いた。

体を起こそうとしたが、まだ動く事は出来なかった。

 

「お、キリト!目を覚ましたか!」

 

 クラインの声が響き、ハチマンはそちらの方を見た。

 

「あれ、俺、倒れてたのか」

 

 キリトがそう声をあげ、次の瞬間、

 

「な、何だこりゃ!」

 

 と、更におかしな声を上げた。よく見るとキリトは、クラインに膝枕されていた。

 

「キリト、起きたのか」

「ハチマン、そっちは大丈夫か?」

「ああ。だが体が動かん」

「俺の方は動けるみたいだな」

 

 そう言ってキリトは体を起こし、クラインに尋ねた。

 

「で、なんでお前が俺に膝枕する事になったんだ?」

 

 クラインは、にやにやしながら答えた。

 

「だってよぉ、ハチマンがアスナさんに膝枕されてるのに、

お前だけそのまま寝かせとくのはなんかかわいそうだろ?」

「お前に膝枕されるくらいなら、そのままの方が良かったよ……」

 

 キリトはため息をつき、ハチマンの方へと歩いてきた。

 

「かなり無理したんだな、ハチマン」

「無理はしてねえよ。ただちょっと後先考えなかっただけだ」

「まあ、そのおかげでアスナに膝枕してもらってるんだから、問題ないな」

「う……アスナ、その、俺はもう大丈夫だから」

「もう動けるの?」

「いや、それはまだだが」

「じゃあ、しばらくこのままだね」

 

 アスナはどうやら膝枕をやめるつもりは無いようだ。

ハチマンはそれ以上は何も言えず、そのままでいる事を受け入れた。

 

「それよりキリトよぉ、さっきのは何だ?すごかったなアレ!」

「う……に、二刀流だ。多分、ユニークスキルだ」

「まじかよ!出現条件書いてないのか?」

「ああ」

 

 その言葉に、遠巻きにこちらを見守っていた他の者達から、どよめきがあがった。

 

「水臭えなあ。そんなすごいスキルの事を黙ってるなんてよぉ」

「私も知らなかった。ハチマン君は知ってたみたいだけど」

「俺とキリトの間には、お互いのスキルの事は、

二人だけの秘密にするっていう暗黙のルールがあってだな。その、教えなくてすまん」

「ううん。確かに私も、ハチマン君のスキル構成は知らないもんね」

「まあ他にも、こんなスキルを持ってる事が万が一にも漏れたなら、

危険かもしれないって二人で話し合ったんだよ。言えなくて悪かった、二人とも」

 

 キリトのその言葉に、二人は納得したようだ。

 

「まあそれはいいとしてよぉ、今回の事なんだが……」

 

 そう言って、クラインは軍の連中の方を見た。

ハチマンは、クラインの代わりに軍の連中に声をかけた。

 

「お前ら、自力で街まで戻れるか?」

「はい、外に出れば転移結晶も使えるし、大丈夫です」

 

 代表して、一人のプレイヤーが答えた。

 

「そうか。それならお前ら、帰ったら上の連中に伝えてくれ。

これで二度目だ、次は無いってな。もしまともに攻略に参加する気があるんだったら、

きちんとした手順を踏んで、筋を通せと」

「はい、必ず伝えます。その、今回は本当にありがとうございました」

「礼ならそこのキリトに言ってくれ」

 

 軍の連中はキリトに礼を言い、そのまま外に出て、転移結晶を使って戻っていった。

 

「そろそろ俺の体も動くみたいだ。アスナ、その、ありがとな」

「どういたしまして」

「それじゃ、とりあえず帰るか」

「門のアクティベートは俺達がやっとくぜ」

「悪い、頼むわ」

「おう。それじゃまたな!」

 

 クライン達は、そのまま上への階段を上っていった。

 

「ねえ二人とも、考えたんだけど、私、しばらくギルドを休む事にする」

 

 アスナが突然そんな事を言い出した。

 

「ん、どうしたんだいきなり」

 

 キリトがそう尋ねるとアスナは、ためらいがちに答えた。

 

「今日、うちのクラディールの態度を見たでしょう?

さっき軍の様子を見てて思ったんだけど、血盟騎士団も、

最初の時から比べると少し変わって来てる気がするの」

「ふむ」

「だから少し外から血盟騎士団を見てみたいなって。後、引越しの準備もあるしね」

「まあ、ヒースクリフが認めてくれたらだな」

「うん。とりあえず団長に話してみるよ」

「そうだな。それじゃ帰るか」

「うん」

 

 第七十四層は、こうしてまったく誰も予想しない形でクリアされた。

この日からしばらくの間、街は、新たなユニークスキル持ちの英雄キリトと、

ハチマンとアスナの関係についての噂話で持ちきりとなった。



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第061話 未来への布石

 アスナは、ヒースクリフと話をするために血盟騎士団の本部へと向かった。

キリトはエギルの店へと向かったようだ。ハチマンは、外でアスナを待っていた。

しばらくたった後、アスナが慌てたように飛び出してきた。

 

「ハチマン君大変なの!団長がハチマン君と戦うって」

「はぁ?」

 

 よく話を聞いてみると、アスナはヒースクリフに、

デュエルで自分に勝つ事が出来たら退団を認めると言われたようだ。

 

「とりあえず、団長が部屋まで来てくれって」

「わかった」

 

 ヒースクリフの部屋に入ったハチマンは、開口一番にこう切り出した。

 

「ギルドを抜けるのに条件なんか必要か?個人の自由じゃないのか?」

「言いたい事は分かるが、うちにとっては多少なりともなリスクが生じる問題だからね。

簡単にはいそうですかと認めるわけにはいかないさ」

「まあ、その言い分は理解できないでもないがな……」

「団長、私は別にギルドを抜けたいわけではなく、

しばらく距離を置いて色々考えたいだけなのですが……」

「もちろんその事は理解しているとも。今回の件の本当の目的はね、

私がその武器を装備したハチマン君と戦う事なんだ。

この前見せてもらった時から、その武器にはずっと興味を抱いていた。

だから、その目的を達成するために、今回の件に便乗させてもらったというわけなんだ」

「お前意外と戦闘狂なのな……」

 

 ハチマンは、どうしたもんかと考え始めた。

色々と考えているうちにハチマンは、とある矛盾に気が付いた。

 

(この前の戦闘で、俺はアハトファウストを武器に見えるようには使用していない。

ではなぜこいつはこれを武器だと認識している?

確か先日も、最初から武器だと認識し、何の疑問も抱いていなかったように見えた。

これはどう見ても、腕に装備するタイプの小型の盾にしか見えないはずだ。

名前は確かに言ったが、例え名前の意味がわかっても、

これを最初から武器として認識した奴は誰もいなかった。つまり……)

 

 ハチマンは、自分が辿り着いたその答えに戦慄した。

 

(まさか……ヒースクリフは、晶彦さんなのか?

まさかとは思うが、そうとしか考えられない。確かに最初、目が似ていると思ったが……)

 

 ハチマンは、その疑念を踏まえた上で、これからどうするべきか深く考え始めた。

 

「ハチマン君?」

「ハチマン君、随分と考え込んでいるようだが、そろそろ考えはまとまったかね?」

 

 一定の考えがまとまったのか、ハチマンはヒースクリフに、

もう一度アスナの退団条件を聞いた。

 

「もし私にデュエルで勝つ事が出来たら、アスナ君の退団を認めよう」

「その言葉に二言は無いな?」

「ああ、もちろんだ」

「わかった。その勝負、受けよう」

 

 アスナはおろおろしていたが、次のハチマンの言葉に驚いた。

 

「ただし相手は俺じゃない、キリトだ」

「……何だって?」

 

 ヒースクリフは、理解出来ないという風にハチマンに聞き返した。

 

「お前は今、私に勝てばと言った。だが、誰がとは一言も言わなかった。そうだろう?」

「……なるほど、確かに私はそう言ったな。これは一本取られたよ」

「まあ確かに詭弁と言えなくもない。なので代わりに、そちらに利益がある提案をしたい」

「聞かせてもらおうか」

「もしキリトが負けたら、俺がアスナの護衛兼参謀として、血盟騎士団に入る。」

「ハチマン君!?」

 

 アスナが、悲鳴のような叫びをあげた。

 

「ほう」

 

 ヒースクリフは、面白そうにハチマンを見つめた。

 

「さらにもうひとつ。すぐ噂になるだろうからあえて言うが、

キリトは、二刀流というユニークスキルを持っている。

二刀流 VS 神聖剣。このデュエルの興行を、血盟騎士団に任せる。

入場料を取れば、元手無しでかなりの利益が出るはずだ」

 

「ふむ……」

「最後に、もしキリトが負けた場合でも、アスナに一日休暇を与えてやってくれ。

実はアスナは俺の家に引っ越すんでな。そのための準備の時間が必要だ」

「ほう、それはそれは、おめでとう」

 

 話の流れに付いていけていなかったアスナは、突然そんな事を言われ、顔を赤くした。

 

「クラディールから報告は聞いたんだろう?あいつがどんな報告をしたかは知らないが、

お前の事だから、既に事実関係の調査はさせたはずだ。

なので、その尻拭いを俺が代わりにしたってだけだ」

「そうか。彼の事は本当にすまなかったと思っている。

その謝罪も込めて、君の提案、全て受けようじゃないか」

「交渉成立だな。それじゃ俺達はもう行くぜ。

詳しい場所と日程が決まったら、また連絡してくれ」

「分かった。早急に手配する」

 

 外に出るとアスナは、ハチマンに尋ねた。

 

「ハチマン君、どうしてあんな提案を?ハチマン君がそこまでする事は……」

「話は後だアスナ。すぐにキリトとアルゴを呼び出して、俺の家に集合だ」

 

 そのハチマンの言葉に、アスナは只ならぬ響きを感じたのか、それ以上聞くのをやめた。

 

 

 

 四人がハチマンの家に集合し終わると、ハチマンは、先ほどの経緯を説明した。

 

「と、いうわけでな。俺の代わりにヒースクリフと戦ってもらいたい」

「それは別に構わないんだが……」

「ハー坊、裏事情もちゃんと聞かせてくれよナ」

「裏事情?」

 

 アスナはきょとんとした。ハチマンは頷き、説明を続けた。

 

「俺の推測が間違っている可能性はあるんだが、お前ら、驚かないで聞いてくれ。

ヒースクリフは、もしかしたら茅場晶彦かもしれない」

「何だって?」

「ええっ、団長が?」

 

 ハチマンは先ほどの経緯と、アハトファウストの件を、三人に説明した。

 

「でもそれだけじゃ、理由としてはちょっと弱い気もするナ」

「ああ。なので、いくつか条件を出した。

まず、キリトが勝った場合は、単純にアスナの希望が満たされる事になるからそれでいい」

「そうだな」

「そしてキリトが負けた場合、俺が血盟騎士団に入団する事になり、

内部からヒースクリフを観察する立場になれる」

「確かにそれなら他に証拠が見つかるかもしれないナ」

「最後に、お前の戦闘を間近で見て、強さを実感すれば、

二刀流の事が知られた後でも、もう誰もお前に手出ししようとは思わなくなるだろう」

「ハチマン君、あの短い時間でそこまで考えてたんだね……」

「でもハチマン、その説明だと、まだ分からない事が……」

 

 ハチマンは、そんなキリトを制して言った。

 

「ここまでの話の中で、キリトが疑問に思ったであろう事を、先に説明するぞ。

俺と茅場晶彦の関係についてだ」

 

 キリトは、やはりそこが分からなかったのか、大きく頷いた。

 

「実は俺は、晶彦さん、茅場晶彦と面識がある。βテストが始まる少し前の事だ」

 

 ハチマンは、茅場との出会いからSAOに囚われるまでの事を、キリトに話し始めた。

 

「なるほどな。最初の頃から、ハチマンは妙にゲーム内の知識を持ってたり、

やけに戦闘に詳しかったりと、不思議な所が多かったよな。

無理に聞こうとは思ってなかったけど、そういう事情だったのか」

「私とアルゴさんは聞いてたけど、改めて言われると、知らなかったら確かに不思議だよね」

「そうすると尚更、この話には信憑性が出てきたな」

「可能性としてはあると思うゾ」

「俺も思った事があるんだよ。茅場は今の状況に満足してるのかなって」

「どういう事だ?」

 

 キリトは自身が抱いていた、とある疑問について話し始めた。

 

「なあハチマン。お前が茅場だったとして、自分の作った世界を観察するとするだろ?

中にはカメラのような物があるいはあるのかもしれないし、

ポイントポイントの映像を見る事は出来る仕組みなのかもしれないが、

そんなの面白いと思うか?」

「オレっちだったらそんなのつまらないナ」

 

 キリトはアルゴに頷いた。

 

「自分の努力の成果を一番実感できるのは、自分がゲームの中に入って、

他のプレイヤーと一緒に色々な事を体験している時じゃないか?って俺は思うんだよ」

「確かに、そうかもしれないな。外部に表示されるのは、言ってみればただのデータだしな」

「そう考えた時、思ったんだ。茅場はこの世界のどこかで、

プレイヤーの振りをしながら俺達を見ているんじゃないかってな」

 

 四人は、その想像は多分合っているだろうと感じていた。

 

「で、なんで俺をヒースクリフの相手に指名したんだ?」

「そうだな。このまま百層クリアを目指すとするだろ。

あのヒースクリフが、いざクリアという時まで、

大人しくプレイヤーの一員として振る舞い続けると思うか?」

「どういう事だ?」

「そんなの、ゲームの全てを知っている人間がクリアに手を貸してるような、

ある意味接待プレイみたいなもんだろ?そんな事、あの人は多分しない。

多分途中で戦死を装うか、あるいは……」

「あるいは?」

「自分をラスボスに設定している可能性すらあると、俺は思ってる」

「団長がラスボス……」

 

 その言葉に、三人は考え込んだ。

 

「……無いとは断言できないナ」

「もしその時、あいつの前に最後に立つ事になるのは、多分お前だ、キリト」

「俺?」

「ああ。俺はヒースクリフ相手だと、相性が多少悪い。

そして俺は、今後も大きな成長は望めない。

テストプレイヤー時代の癖がしみついちまってるからな。

それは多分ヒースクリフも同じだと思う。下手に全てを知ってしまってるがためにな」

「そうだな、知りすぎちまってると、逆に発想が硬直するって事はあるナ」

 

 アルゴがその意見に同意した。

 

「だが、お前は違う。お前は、無限の可能性を秘めていると俺は思ってる。

だからこの戦いで、ヒースクリフの力量をしっかりと見て、体感して、

その上であいつを超える方法を考えて欲しいんだ。未来への布石って奴だな」

「おいおいハチマン、俺に期待しすぎだぞ」

「高いハードルを設定されたな、キー坊」

「別に負けてもいいからな」

「キリト君、頑張って!」

「更にプレッシャーが……」

「アルゴには、ヒースクリフが茅場だとした前提での情報収集を頼みたい」

「分かった。この件については商売抜きでやってやル」

 

 その後ヒースクリフから連絡があり、

さきほど更新されたばかりの七十五層でコロシアムが発見されたため、

勝負は明日そこで行うという事が正式に決定した。



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第062話 矛と盾

 第七十五層のコロシアム周辺は、空前の人手で賑わっていた。

基本的に、SAOには娯楽と呼べるコンテンツは存在しない。

そのため、今回のようなイベントは、プレイヤーにとっては、

初めての娯楽と呼べるコンテンツなのである。

コロシアムの周辺はプレイヤーの露店で埋め尽くされ、まるで祭のような活況を呈していた。

 

「キリト、調子はどうだ?」

「まあ、普通かな」

「そうか」

 

 ハチマンは、キリトが特に気負う事もなく自然体でいる事に感心していた。

 

(これならキリトが勝つかもしれん。何よりもその方が楽だ。

その時は、血盟騎士団に潜入するのはアスナの復帰と同じタイミングにして、

それまではしばらくのんびりさせてもらうか。先はまだ長いしな)

 

 ハチマンはそんな不謹慎な事を考えていたのだが、もちろんキリトは気付いていなかった。

もっともハチマンがそんな理由付けをしたのは、

実は無意識に、キリトが負ける所など見たくはなかったためであるのだが、

当のハチマン自身がそれに気付いていない。

こういう所がハチマンらしいといえば、らしいのだろう。

 

「まあ俺としては、あいつの弱点の一つでも見付けてもらえれば御の字なんだけどな」

「あいつに弱点なんかあるのか?」

「どうだろうな。あいつの戦い方は、とにかく堅実だからな。

まあ今回のルールは、一撃終了ルールらしいからな。

どうやって相手の体制を崩すか、もしくはどうやって相手の虚を衝くかの勝負になるな」

「虚を衝く、ねぇ……」

「まあ、弱攻撃を上手く当て続けて、半減決着を狙うのもありかもしれないがな」

 

 一撃終了ルールとは、どちらかが相手に強攻撃を当てた時点で勝敗が決まるルールだ。

弱攻撃を当てるだけでは、わずかにHPバーが減るだけで、勝敗は決しない。

もしどちらも有効な強攻撃を当てられないままずるずると試合が進んだ場合、

そのダメージの積み重ねによって、どちらかのHPバーが半分に達した時、

そこで勝者が決まるというルールだった。

 

「まあハチマンの期待通り、この試合で何かを掴むつもりでやってくるよ」

「すまんが頼む」

「任せとけって」

 

 ハチマンはキリトとの話を終え、客席のアスナとアルゴの所へ向かった。

そこには、偶然会ったらしい、エギルとクラインもいた。

 

「エギル、クライン」

「よぉハチマン。面白い事になってるじゃねえかよ」

「あの二人、どっちが強いんだろうな」

「俺にもわからん。それより二人とも、頼みがある」

「ん、何だ?」

「俺とアスナの盾になる位置で観戦してくれ」

 

 そのハチマンの頼みに、二人は首をかしげた。

 

「実際に現場にいたクラインはまあいいとして、

エギルも俺とアスナの噂くらいは聞いただろ?」

「あー、あれか。実際のとこ、あの噂は事実なのか?」

「まあ、そうだな」

「やっぱすげえなハチマンは」

「まあ、その、あれだ。そういう訳だから、すまんが二人でガードしてくれ」

「お安い御用だぜ!」

「任せろ」

「ごめんね、ありがとう二人とも」

「アスナさんのためっすから!任せて下さい!」

「そういえば二人とも、何で私をさん付けで呼ぶの?私の事は呼び捨てでいいんだけどな」

「ま、まあそこらへんはそのうちって事で!」

「そうだな、なんとなく敬語を使いたくなるんだよな。嫌なら直すように努力する」

「うん」

 

 二人に盾役を頼んだハチマンは、その死角をうまく利用して、

目立たないようにアルゴに尋ねた。

 

「どうだアルゴ。気になる情報はあったか?」

「さすがにガードが固いな。特におかしな情報は見当たらないナ」

「そうか」

「まああえて言うなら、ヒースクリフは今まで一度もHPが黄色になった事がないそうだゾ」

「まじか。確かに俺も一度も見た事が無いかもしれん」

「だから、あるいはそこらへんにヒントがあるかもしれないナ」

 

 絶対に耐久が半分を割らない。その言葉に、ハチマンは記憶が刺激されるのを感じた。

 

(昔テストプレイ中に何かあったような……あっ)

 

「それだ」

「何だ?ハー坊」

「昔テストプレイ中に見た事がある。ゲームマスター権限を持つプレイヤーのHPは、

絶対にHPが黄色にならないんだ。もしHPが黄色になるような攻撃を受けた場合は、

イモータルオブジェクトって表示が出て、ダメージが通らないんだ」

「そうか。それじゃ、この試合はすごく大事だって事だナ」

「よし、俺はもう一回キリトの所に行ってくる」

「わかった。半減決着に持ち込むように言うんだナ」

「ああ」

 

 ハチマンは、再びキリトの下へと戻った。

 

「ん?何だハチマン、忘れ物でもしたのか?」

「いいかキリト、よく聞け」

 

 ハチマンは、先ほどのアルゴとの会話の内容を、キリトに説明した。

 

「なるほど……」

「これでHPが黄色になるようだったら、ヒースクリフは茅場晶彦じゃないかもしれない。

それを確認するためにも、半減決着を狙ってくれ」

「わかった、やってみる」

「ハードルを上げちまったかもしれないな、すまん」

「まあ何とかなるだろ」

 

 

 

 そしてついに試合が始まった。

まずキリトが、低い体勢からヒースクリフへと突進した。

直前で体を捻り、右手の剣を叩き付ける。その攻撃はヒースクリフの十字盾に防がれたが、

キリトは次の瞬間、左手の剣を盾の内側に滑り込ませた。

しかしその攻撃も、ガキン!という音と共にヒースクリフの剣に阻まれた。

 

「さすがに防御が固いな」

「それだけが取り得でね」

 

 そう言いながら、今度はヒースクリフが盾を構えて突進してきた。

右手の剣に注意を払っていたキリトは、その盾が発光している事に気が付いた。

ヒースクリフの持つ盾が、光のエフェクトと共に猛然とキリトに迫る。

 

「うおっ」

 

 キリトはその攻撃を、辛うじて両手の剣をクロスさせて防いだ。

 

「盾にまでソードスキルが設定されてんのかよ。それじゃまるで二刀流じゃないか」

「まあ、お返しって所か、なっ」

 

 ヒースクリフは、無防備なキリトの腹に向けて、思いっきり剣を突き出してきた。

キリトはそれを察知し、既に後方へと飛んでいた。

 

「さて、あいさつも済んだ所でそろそろお互い本気でいこうじゃないか」

「ああ」

 

 お互い何度か連続技を繰り出すも、決定打には至らない。

こちらの攻撃も防がれるが、あちらの攻撃も全て避けるか受け止めている。

だがキリトは、敵の連続技の後の硬直時に強攻撃を当てれば、例え防御されたとしても、

わずかに敵のHPが減る事に気が付いた。

 

「素晴らしい反応速度だな」

「お前こそ防御が固すぎるぞ。予想以上だ」

 

 そんな会話を交わしつつ、キリトは考えていた。

 

(どうやら手数で押すのが得策だな)

 

 キリトは、多段攻撃メインに切り替え、敵のHPを徐々に削っていく。

しかしキリトの方も、硬直時間がやや長い攻撃をメインで使っているため、

たまに被弾し、徐々にHPを削られていった。

気が付くと、お互いのHPがもうまもなくイエローゾーンに到達しようとしていた。

その時ヒースクリフの表情に、初めて焦りの色が見えた。

 

(やっぱりハチマンの言った通り、HPが黄色になると都合が悪いみたいだな)

 

 キリトは覚悟を決め、慎重に敵の隙を探し始めた。

 

(隙が見えた瞬間に、例え盾の上からでも全力で攻撃を叩きこむ。

今なら先制さえ出来れば、敵のHPを一気にイエローゾーンまで持っていける。

それでこの勝負も終わりだ)

 

「くっ」

 

 キリトは硬直時間の短い攻撃を仕掛けつつ、敵の隙を伺っていたが、

何度目かの盾での防御の後、ヒースクリフの攻撃がわずかに遅れたような気がした。

ここだと思ったキリトは、防御を捨てて全力で攻撃を開始した。

 

「スターバーストストリーム!」

 

 キリトの動きが急加速した。さすがのヒースクリフも、

防御に専念する事にしたようだ。ヒースクリフは反撃する事がまったく出来ていない。

このままいけば、確実にHPを黄色に出来る。

そう確信したキリトが、最後の一撃を放とうとした瞬間、空間がブレた気がした。

気が付くと最後の攻撃は、完全に空振っていた。あの状態で避けられる事はありえない。

キリトはそう思ったが、すでに技後の硬直が始まっていた。

そこにヒースクリフがソードスキルを叩き込み、ついにキリトのHPが黄色くなった。

 

「くそっ」

 

 【WINNER】の表示と共に、ヒースクリフの勝ちが宣言され、

コロシアムは大歓声に包まれた。皆口々に、両者を褒め称えていた。

そんな中、ハチマンは最後の瞬間のヒースクリフの動きを見て、

ヒースクリフはやはり茅場だと確信していた。

 

「システムアシスト……」

 

 そう口に出した瞬間、ヒースクリフが焦った様子でハチマンの方を見た気がした。

ハチマンは咄嗟に、頭を抱えて、キリトの負けにショックを受けている振りをした。

ちらりとヒースクリフの様子を伺ったが、どうやら気付かれなかったようだ。

ヒースクリフは、安心した表情でキリトに話しかけていた。

キリトも違和感を感じていたはずだが、あちらも咄嗟に誤魔化す事に成功したらしい。

 

「ハー坊、システムアシストって何だ?」

 

 アルゴが周りに気を配りながら、小声で話しかけてきた。

 

「システムの力で強制的にキャラを動かすんだよ。やはりヒースクリフは、茅場晶彦だ」



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第063話 大切な決断

 その日の夜は、秘密基地で宴会が行われた。名目は、

ハチマンの血盟騎士団入団祝いとキリトの残念会、そしてアスナの引っ越し祝いである。

まず最初に、会社でよく幹事をやらされていたというクラインが音頭を取って、乾杯した。

庭に置いたテーブルにはアスナが作った料理が並べられ、

交流を深めるための雑談が、あちこちで行われるだけのシンプルな宴会だったが、

それでも皆楽しそうにしていた。

ちなみにこの日の参加者は、ハチマン、アスナ、キリト、リズベット、シリカに加え、

クライン、エギル、アルゴの八人であった。

 

「醤油だ……」

「味噌もあるぞ!」

「アスナ、ついに完成させたんだな」

「やっと味の再現に成功したよ。どう?ハチマン君」

「おお……完璧だ。次は是非ラーメンを頼む」

 

 この日は、アスナが苦労の末に開発に成功した醤油味と味噌味の調味料を使った料理が、

サプライズとして振舞われていた。

一同は、懐かしさのあまりしばらく目を潤ませながら食事に没頭していた。

その後はいくつかのグループに分かれて雑談タイムとなった。

アスナの紹介で武器を作ってもらった事以外、ほぼ接点の無かったシリカとリズベットは、

キリトを挟んで楽しそうに談笑していた。

残りの四人は、どうやらアスナを囲んで先ほどの調味料について話をしているらしい。

アルゴはアスナに高額の情報量を払い、レシピを拡散する許可を得たようだ。

エギルとクラインは、しきりにアスナの料理の腕を褒め称えていた。

そしてハチマンは、どこで手に入れたのかはわからないが、

ビーチチェアのようなものを取り出し、そこに寝そべっていた。

 

(平和だな……)

 

 最近のハチマンはヒースクリフ関連の問題で色々と考える事が多く、

頭の休まる暇が無かったため、トロピカルドリンクの代わりに例のドリンクを飲みながら、

頭を休める事にしたようだ。

 

 

 

「………君……マン君」

 

 誰かに呼ばれたような気がして、ハチマンは目を覚ました。

どうやらあのまま寝てしまったようだ。

 

「あ、起きたみたいだね」

「ようやく起きたのか、ハチマン」

「疲れてたみたいだったから起こさなかったけど、よく寝れたか?」

「あんまり一人で根をつめるなよ!」

 

 皆、ハチマンを気遣うそぶりをみせていた。

 

(こいつらいとも簡単に俺に踏み込んできやがる……だが俺もそれを許しちまってるな)

 

 仲間の顔を順番に眺めたハチマンの脳裏に、残してきた人達の顔が浮かんできた。

 

(雪ノ下、由比ヶ浜。本物と呼んでいいのかは分からないが、俺にも大切な仲間が出来たぞ。

お前達は今どうしてるんだ?小町は総武高校に合格できただろうか。

一色は今年受験か。俺がいなくなって、生徒会活動で苦労させちまったかもしれないな。

ああ、平塚先生と一緒にラーメン食べにいかないとだった……)

 

 ハチマンは彼女達の顔を思い浮かべ、決意を新たにした。