ハチマンくんとアスナさん (大和昭)
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第000話 注意書きと設定

2018年3月17日 微妙に修正


細かい事は気にしないという方は、読み飛ばして下さい

 

まずは注意書きのようなもの

 

・ヒロインはアスナです。

 

・キリトとアスナのカップルが至高の方には向きません。引き返す事をお勧めします。

 

・初投稿なので生暖かく見守ってやって下さい。

 

・ご都合主義や、唐突な展開が多々出てくるかもしれません。

 

・完全に自分があれもこれも見たいがため書き始めた何番煎じかわからない小説です。

 斜め上に突っ走る事が多いです。

 

・基本キリトは原作のイベントをアスナ抜きで消化しています。

 SAO編の八幡は、スピンオフもしくは裏話風な展開を、アスナと共に歩む事となります。

 (前半はどうしてもプログレッシヴの展開からして、裏話ではなく、

 キリトの行動をハチマンがトレースする事が多くなっています)

 

・ALO編はともかく、ALOアフター編、GGO編からはもう完全に別世界です。

 

・作者の未熟さゆえ、序盤で強引に友達関係を成立させています。

 そのためか、序盤でカップル成立と勘違いされた方も多いかもしれませんが、

 序盤では完全には恋愛感情は成立していません。

 この辺りは原作プログレッシヴでも同じような展開になっている為、

 問題は無いと考えています。とにかく二人が一緒にいる事が大事なので。

 ある程度信頼が無いと、こんな世界で一緒に行動する事はありえないと思うので。

 

・GGO編には、一部シュタインズ・ゲートやGATEのキャラが登場する部分があります。

 

・人物紹介はGGO編の後半で思い立って投稿した為、序盤は見ない方がいいと思います。

 

 

 

基本設定のようなもの

 

・クリスマスイベント直後の話となります

 

・クリスマスイベントは二○二二年十二月二十三日

 

・SAOの発売は二○二二年十二月二十五日

 

・キリトは高校1年生

 

・アスナは高校2年生

 

・二刀流は、専用のウェポンスキルが存在し、攻撃力等の補正がつき、

装備条件が左右別々になる、という設定です。

 

・二刀流スキルがないとエリュシデータクラスの武器を両手に同時に装備する事は不可能。

 

・ただし両手を足して必要ステータスを満たせれば両手に武器を持つ事自体は可能。

 

・設定とストーリーは、矛盾のないように出来るだけ気をつけつつ変えまくります。

 

・八幡はクリスマス後の前向きさが拡大しています。

 他人に気を遣う部分と、問題解決のため可能な全て手を打つ部分が強調されています。

 

・アスナは序盤の一人での行動が無いため前向きです。

 

・警告タグは保険です。

 

・キャラはあまり死にません。

 

 

 随分長い話になってしまいましたが、宜しくお願いします。



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第一章 SAO編
第001話 プロローグ~職場見学にて


只今読みやすいように、少しずつ修正中です 2017/10/29 修正
急に文章がおかしくなったら、そこはまだいじっていない所です、すみません。
八幡のキャラですが、そういった事情で、現在(200話)のキャラ付けに、
どうしても引きずられている部分があるので、原作との乖離が大きくなっている箇所が多いです、ご容赦下さい。

キリトとアスナのカップル以外はありえないという方と、ずっと原作通りの性格でまったく変化しない八幡が見たいという方はこのまま引き返す事をお勧めします。


 その日、比企谷八幡は、ついに待ち望んでいた日を迎える事となった。

今日は二○二二年十二月二十五日。ついに世界初のVRMMORPGである、

『ソードアート・オンライン(通称SAO)』の正式サービスがスタートする日だ。

クリスマスイベントの達成感がまだ残っていた八幡は、

ベッドの上でその瞬間を今か今かと待ち構えていた。

何故ゲーマーでもない八幡が、VRMMO等という、

まさに八幡の天敵のようなコンテンツをこんなに待ち望んでいるのかというと、

ここで時は職場見学まで遡る。比企谷八幡はそこで、

天才茅場晶彦と、ソードアート・オンラインに出会ってしまった。

 

 世界初の完全なるVR機能を実現させたゲーム機『ナーヴギア』が発売されてから、

既にいくつかのタイトルが発売されていたが、

その革新的な仕様ゆえ、ハードの性能をきちんと引き出せているゲームはまだ皆無だった。

 偶然か必然か、葉山隼人が職場見学に選んだのは、

今度新しく、ナーヴギアで発売されるゲーム、

ソードアート・オンラインの開発会社『アーガス』だった。

実際に画面を見て、八幡は、中二病が再発しそうになるのを必死に堪えていた。

 

(ゲームもついにここまできたか……昔から予想はされてたけど、なんだよこれ。

もう言葉も出ないわ……いつも通り戸部は、べーべー煩いし、

三浦と由比ヶ浜も、驚きのあまり、声も出ないようだな。

海老名さんは、何かに腐レーダーが反応したのか、鼻血を出して休んでいたようだ。

本当あの人ブレねーよな……こういう時に場を整える葉山ですら、画面に見入っているようだな)

 

 もちろん八幡も、ひたすら画面を見つめている事しか出来なかった。

その後何人かが実際にプレイを体験出来る事となったが、

当然プロのぼっちである八幡が志願できるはずもなく、

指を咥えて見ているしか出来なかったわけなのだが。

 

「どうだい、ソードアート・オンラインは」

 

 不意打ちのようにそう声をかけられた八幡は、反射的にこう答えていた。

 

「なんていうか遊びじゃないんだ、これこそゲームなんだって感じっすね、

自分でもおかしな言い方だと思うんすけど。

人の手で創り出された世界だけど確かにここに存在するっていうか、その、本物っていうか……

俺が手に入れたくても手に入れられない本物が、ここにはあるんですかね」

 

 背後から息を呑む気配がした。

八幡は、自分は今、誰と話していたのだろうと我に返り、慌てて振り向いた。

驚いたような、それでいてどこか嬉しそうな表情をした白衣の男がそこにいて、

興味深そうにこちらをじっと見ていた。

その顔は、雑誌等でよく見る、あまりにも有名な顔だった。

 

(茅場晶彦。天才ゲームデザイナーにして量子物理学者。

この人みたいな人は本物ってものを手に入れているのだろうか。

というか、本物などという、今まで考えた事もない言葉を、何故俺は使ったのだろう)

 

 それがとても輝いている物のように感じられて、

ちっぽけな自分の悩みとあいまって、八幡は少し居心地の悪さをおぼえた。

 

「そうか、本物か……君はそう思ってくれるのか」

「す、すみません、つい感じた事が…その……思わず口に出たというか……

なんで本物なんて言葉が口をついて出たのか、自分でも不思議なんです」

「確かに不思議だね。だが謝る必要はまったく無いよ。むしろ私は嬉しかった」

 

 そして茅場は、はにかんだ顔で、こう続けた。

 

「君はプレイ体験に志願しなかったのかい?このソードアート・オンラインは、

君みたいな人にこそ是非体験してみて欲しいゲームなのだけどね」

「す、すみません、興味がないとかそういうのじゃなくて……その、アレがアレなんで……」

 

 咄嗟にいつもの調子で言い訳をしてしまった八幡は、自分が少しみっとないと感じた。

 

(さすがに知らない人と流暢に話すのは、俺にはまだ無理だよな)

 

 茅場は、八幡の返事を聞いて少し考えたようなそぶりを見せたかと思うと、

おもむろに名刺を取り出し、八幡に差し出してきた。

 

「もし君さえ良かったらだが、夏休みにβテスト直前の調整のバイトをやってみないか?

この名刺にある会社の番号に連絡をくれれば、採用するように手配しておこう」

「あ、ありがとうござい…ます。でも何で俺になんか…」

「君から何かを感じたから、どんな形であれ、体験してみて欲しいんだ。

βテスターは、学校の関係で無理だろうからね」

 

 プロのぼっちを自称する八幡だったが、

さすがにその場でおかしな事を言うわけにもいかず、少し考えてからこう答えた。

 

「もし機会があれば前向きに検討し、善処します」

 

 八幡は、精一杯まじめに答えたつもりだったが、言葉遣いは明らかに変だった。

だがその返事を聞いて、茅場はとても嬉しそうにこう言った。

 

「ははは、やっぱり君は面白いな。あまり気がのらないようだが、期待せずに待っているよ。

それではこの後も、SAOの世界を楽しんでくれたまえ」

 

 そして茅場は、何かに気付いたのか、うっかりしたという顔で、八幡に再び質問をした。

 

「そういえばまだ君の名前を聞いていなかったね」

「あ、はい、比企谷八幡です。職場見学に来ました、総武高校の二年生です」

「比企谷君か。総武高校……もしかして、雪ノ下陽乃という人を知っているかい?」

 

 八幡は突然雪ノ下の名前が出てきた事に驚いたが、陽乃、という名前には聞き覚えが無い。

 

(陽乃……雪乃……似ているが……)

 

「雪ノ下雪乃、という知り合いならいます。同級生で、うちの部の部長をやってます」

「そうか……私もその名前には聞き覚えがないが、ご家族の方かもしれないね。

いや、つまらない事を聞いて悪かったね」

「良かったら今度、確認しておきましょうか?」

「いや、それには及ばないよ比企谷君。

総武高校と聞いて、なんとなく聞いてみただけだからね。

それじゃ、まだ仕事が残ってるんでお先に失礼するよ。今日は君と出会えて、

とても有意義だった。またな、比企谷八幡君」

 

 そういい残し茅場は去っていった。

 

「またな、か……」

 

 八幡はしばらくその場から動く事が出来ず、今の出来事について考えていた。

 

(あの茅場晶彦と直接会話出来るとは、あまつさえバイトに誘われちゃうなんてな……

とりあえず今度、材木座に自慢しよう。

そして雪ノ下……雪ノ下なんて苗字、そうそうあるわけないしな……ま、いいか)

 

 八幡は気持ちを切り替える事にした。

 

(考えるのは後でいい。それよりも今は……)

 

「ヒッキー?何かあった?」

「いや、何もねえよ由比ヶ浜、ただこのゲームを開発してる人とちょっと話をしただけだ」

「そうなんだ~、これ、ほんと超すごいよね。もう何もかもびっくりだし!」

「ああ、そうだな……本当にすごいな……」

 

(この創られた世界に比べて、俺の悩みは何と小さいのだろうか。

そもそもこれは悩みと呼べるのだろうか)

 

 そんな事を考えつつ、八幡はその時がくるタイミングを計っていた。

 

(これでいいのかはわからない。だが、このままでいいはずはないのだ。

由比ヶ浜のような、とても優しいトップカーストの人間が、

俺なんかと一緒にいていいはずなどないのだから)

 

 そしてこの直後、比企谷八幡は、由比ヶ浜結衣との関係をリセットした。

 

 本当にこれで良かったのかどうか。

答えもわからないまま、何かから逃げるように、八幡はバイトの申し込みをした。

結果的にその直後に八幡と由比ヶ浜との関係は改善されたのだが、

その過程で、八幡は雪ノ下陽乃と出会った。

 

(この人と茅場さん、どっちが上なんだろうか。

まあ、さすがに茅場さんの方がすごいんだろうとは思うが、

比較対象になりうる時点でとんでもない才能である事は確かだな。

とりあえず俺は、出来るだけ陽乃さんに会わないように努力をする事にしよう。

なんか怖いんだよな、あの人……)

 

 ちなみに茅場の事は、陽乃が怖くて聞けていない。

そのせいか、うっかりバイトの事が陽乃にバレた時は、根堀り葉掘り色々と聞かれた。

 

(同じ理系のはずだし、目標とする人であるのかもしれないが、しかしやっぱりなぁ……)

 

 そう思った八幡は、せっかくの機会だからと、

茅場との関係を、陽乃に思い切って聞いてみたのだが、結局何も答えてはもらえなかった。

ただその時の陽乃の瞳は、本当に怖かったようだ。

 

(もうあの人に関わるのは、極力避けよう……何か気に入られている気もするが、気のせいだ)

 

 こうして人生で一番忙しい夏休みを八幡は過ごしていたのだが、

その過程で、八幡は茅場を、晶彦さんと呼ぶようになっていた。

ちなみに雪ノ下陽乃には、秋以降陽乃呼びを強制されている。八幡には拒否権は無いようだ。

 

(晶彦さんは本当に尊敬できる人だと思う。何より怖くないのがいい。

何より晶彦さん自身もかなりの隠れぼっちなのだから。親近感もわくよな。

しかし今年の夏は、人生で一番ハードな夏休みだった気がするな。

過密なスケジュールの中、突然ぶっこまれた千葉村での活動あたりでは、

本当に死ぬかと思った。やっぱり働きたくないでござる、がベストだ)

 

 そして月日は過ぎ、夏休みが終わって、茅場も最後の追い込みなのだろう、

忙しそうにしているせいか、八幡ともやや疎遠になっていた。

八幡は八幡で文化祭、体育祭、クリスマスイベントと順調にイベントをこなしていた。

その過程で八幡は、本物を手に入れられるかもしれないという期待を持ってしまった自分に、

まだ気づいてはいなかったが、確実に変化は現れていた。

そして八幡は、結局ナーヴギアとSAOを、バイト代で購入した。

 

(忙しい日々だったが、そう悪くはなかったと、今なら言える気がしないでもない。

これも変化と言えるのかもしれない。ソードアート・オンラインの中で、

一体俺は、どんな経験をするのだろうか。ちょっとは期待しちゃってる俺発見っと)

 

 最後に八幡の名誉のために1つだけ書いておこう。

彼自身は、あくまで日々の息抜きのために、たまにやってみるだけのつもりなのである。

ぼっちにはやはりMMOは鬼門である事に変わりはないのだから。



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第002話 アルゴさんはリア充?

2017/10/19 修正


「リンクスタート」

 

 慣れ親しんだエフェクトと共に、八幡は再びアインクラッドへと降り立った……

 

(あれ、降り立った!?あ、これ、俺がバイトの時使ってた姿か…

ミスったな最初からキャラを作り直すか…つーかこのキャラまだ残ってたのか)

 

 八幡は、やれやれと肩をすくめ、おもむろに自分の姿やステータスを確認し始めた。

 

「名前はそのままハチマンか。ステータスは初期に巻き戻しか……

廃プレイするわけでもないし息抜き程度だからこのままで別にいいか……

しかしあれだ、昨日わくわくしながら徹夜して名前を考えた俺の努力は………」

 

 その時ハチマンは、視界の片隅に、見慣れないエフェクトが表示されているのに気がついた。

 

(運営からのメッセージか、晶彦さんからかな?)

 

 ハチマンがそのメッセージを開いてみると、そこにはこう書いてあった。

 

「君がこのゲームで本物を見つけられる時が来る事を祈る。

すまないとは言わない。君ならわかってくれるはずだ。

お詫びというわけではないが、君が愛用していて製品版には導入できなかった装備を、

なんとか捻じ込んだ。どこかに隠してある。

もし見つける事が出来たなら、活用してくれたまえ。」

 

 本物という言葉に、ハチマンは数日前の事を思い出して身悶えた。

それはもう気持ち悪いくらい身悶えた。

以前茅場と会話した時とは、もうまったく事情が違う。

ハチマンはもう、自分の求める物を、自覚してしまっているからだ。

 

(黒歴史だよなぁ……っと、もう1通あるな…)

 

「君の目を再現するのは中々に大変だった」

 

 2つ目のメッセージを見た瞬間に、ハチマンは、慌てて噴水へと駆け出して、

水面に自分の顔を映してみた。

 

(やはりVRMMOでも、俺の目は腐っているのか……)

 

 残酷な現実に、ガックリとうなだれた後、ハチマンは、

茅場からのメッセージの意味について考えはじめた。

 

(俺の愛用武器っていうとあれか……しかしこの広い世界で簡単に見つかるものでもないし、

見つけられるとも思えない。それよりも、俺ならわかるはず?どういう事だ?

まあ考えていても仕方がない、時間は有限だ)

 

 ハチマンはまず装備を揃えるために、商業区画の露天へと足を向けた。

 

(このあたりは変わってないな、まあ俺がプレイした時にはもう、ほぼ完成してたしな)

 

 ハチマンは、自身のプレイスタイルが、AGI極振りの超近接タイプの為、

とりあえずといった感じで短剣を一振り買うと、

試しに自分が覚えている、いくつかの、短剣ソードスキルの型をなぞってみた。

熟練度が足りず、当然アシストも働かない為、威力は言わずもがなだが、

型だけはちゃんと再現する事が出来たようだ。

 

「ま、こんなもんか。後は防具だが………ぼっち御用達のフーデッドケープは外せないとして、

軽皮鎧でこれとこれ、まあ、資金的にもこんなもんだな」

 

 ハチマンは、満足したように自分の姿を見た後に、限りなく自分の気配を薄くした。

ぼっち必須の隠密スキルである。もちろんスキル外スキルだ。

もっとも効果のほどは、定かではないが、何もしないよりはましのはずである。

そのせいなのか、誰の視線も感じない、さすがぼっち。ぼっちの称号はシステムをも超える。

そしてハチマンは、久しぶりに狩りでもするかと街の外に向かおうとして振り向いたが、

いつの間にか後ろに立っていた人にぶつかり、たたらを踏んだ。

 

「あっ、すすすすみません」

 

 ハチマンは、どもりながら、つい反射で謝ってしまったが、そこである事に気づいて愕然とした。

 

(こいつ、いつから背後にいやがった!?)

 

 ハチマンは後ろに飛びのき、相手をじっと見つめた。いや、じっと見つめようとした。

ハチマンは、他人の目を見ながら話す事にはまだ慣れていない為、

結局目を背ける事になり、更には何も言い出せなかった。

そんなハチマンを見て、気を利かせた訳ではないだろうが、相手が先に喋りだした。

 

「いやーごめんごめん。君が興味深くて、つい近くで観察しちまってたよ。

オレっちは情報屋のアルゴ、何かあれば是非情報屋アルゴをご贔屓にナ」

 

 そんなアルゴの様子をチラチラと伺うハチマンであったが、

こちらも自己紹介をしようとして、アルゴの顔の刺青に気づき、

それに見覚えがあった為、意思とは別に、言葉がつい口をついて出た。

 

「なああんたのその顔、体術スキルのクエストなんか、どこで受けたんだ?

確かあれは、2層のはずだが」

 

 アルゴは内心衝撃を受けた。

体術スキルの情報は、数多いβテスターの中でも、自分以外誰も知らないはずだからだ。

しかしアルゴはそれをおくびにも出さず、脳内で主要なβテスターの情報を検索し始めた。

だがもちろん、該当するプレイヤーは発見できなかった。

そんなアルゴの姿を見てハチマンは、聞こえなかったのかと思い、

今度こそ泣けなしのコミュ力を発揮して自己紹介をした。

 

「えっと、俺の名は……ハチマンだ。よ、よろしく」

 

 アルゴは我に返り、内心の動揺を隠しながら、あくまで自然に見えるように振舞う努力をした。

 

「ハチマン、ねぇ……じゃあハー坊って事で、以後よろしくナ」

 

 今度はハチマンが、別の意味ですさまじい衝撃を受けた。

 

(初対面でいきなりあだ名呼びとか、何こいつアルヶ浜さんなの?

しかもセンス皆無なとこまで一緒かよ)

 

「まあそれよりもサ」

 

 アルゴはいきなりハチマンの耳元に顔を近づけ、囁いた。

 

「ハー坊って何者だい?βテストで見かけた記憶は、オレっちには無いんだけどナ」

 

 その顔の近さに、ハチマンは、ひどく動揺した。

 

(近い!近いから!このままだと惚れちゃうから!

あとどうしてそんな低い声が出せるんですかね、どこかの誰かみたいに!)

 

 ハチマンは、冷や汗をかきながら、あざと生徒会長一色いろはの事を思い出しつつも、

冷静さを保つように深呼吸し、今のやり取りに対して、考えを巡らせた。

 

(情報屋に安易に色々話すのは、多分まずい。とりあえず当たり障りのない事だけ言っとくか)

 

「あ、あー……昔ちょっと茅場晶彦さんの手伝いをした事があるだけなんですよ、

βテストが始まる前ちょこっとですけど」

「別に同じプレイヤーなんだし見た感じ年もそう離れてないだろうから、

敬語なんざ使わなくていいぜハー坊。それにしても、手伝いねぇ……

アーガスの社員さんかなんかカ?」

「職場見学で縁が出来て、ちょっとバイトでβ直前に手伝っただけです……だよ。

βテスターほどの知識は持ってないと思いま……思うぞ、多分」

 

(うん、βテスターの到達階層なんて知らないし、嘘は言ってないな、

持っている情報の、一部しか言ってないだけだ。

まあ実際βテストについては、そこまで詳しい事は知らないしな)

 

 だがアルゴは、その言葉にある程度納得したようだった。

 

「なるほどな、それであの動きか……うん面白い!

今後のためにも良かったらオレっちとフレンド登録してくれないカ?」

 

 そう言ってにこやかに手を差し出してきたアルゴに、ハチマンはまた衝撃を受けたのだった。

 

(何こいつ、いきなり握手とか葉山と同じ人種かのか?って事はリア充なのか?すげえなリア充。

女の子の手を握るとか俺には難易度高すぎなんですけど!

つーか世の中のリア充ってこんな簡単に友達が出来るものなの!?)

 

 その時ハチマンは、ある事に気がついた。

 

(あ、これって別に、中の人も女の子とは限らないんじゃね?MMOだしな。

そもそも俺が、女の子に握手を求められるとかありえないし)

 

 そう考えて、ちょっと緊張がとけたハチマンは、それでも握手するのが気恥ずかしいらしく、

かつて葉山としたように、アルゴの手を叩きながら、こう言った。

 

「オ、オ-ケー、その、よろしくな」

「それじゃ何かあったら連絡してくれヨ!」

 

 そしてハチマンは、手を振って走り去っていくアルゴを、ただ黙って見送ったのだった。

 

(由比ヶ浜と一色と葉山のハイブリッドとか、あのアルゴっての、まじやばいな。

まあでも、三浦や川崎が混じってなくて、本当良かったわ……

あのあたりが混じってたら、あまりの恐怖に一言も喋れなかったまであるな)

 

 そしてハチマンは、気を取り直すと、予定通り、街の外へと向かって歩いていった。

もちろんシステム外隠密スキルを使うのは忘れていない。

繰り返すが、効果の程は謎である。

 

(多少なりとも最近は、噛まずに他人と会話する事はできるようになってるんだよな、

この半年の俺の経験も無駄では無かったって事か。

まあ、一人でいる方が好きなのは、間違いない、はずだ。あいつらさえいなければ……)

 

 街の外に出ると、ハチマンは空いていそうな狩場を見つけ、深呼吸をして武器を構えた。

近くに「キリト」「クライン」と呼び合っている二人組の姿が見えるが、まあ問題はないだろう。

 

「さて、ここからが本当の冒険の始まりだな」



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第003話 アスナとの出会いは、どこかまちがっている

2017/10/29 修正


 ぷぎー!という断末魔と共に、イノシシの巨体が、ガラスのように砕け散った。

どうやらブランクがあっても、まだハチマンの腕は錆びついてはいないようだ。

まあ、フレンジーボアと呼ばれるこのイノシシの扱いは、所謂スライムなので、

まだこの先どうなるかは、未知数なままである。

一息ついたハチマンが、何となくあたりを見回すと、大きな掛け声と共に、

少し離れたところにいる二人組の会話が聞こえてきた。

 

「うおっしゃあああ!やべー俺まじ最強じゃね?どうよキリト、俺かなりイケテると思わね?」

「初勝利おめでとう。でも、今のイノシシは、他のゲームだとスライム相当だけどな」

「えっ、マジかよ!おりゃてっきり中ボスかなんかだと」

「んなわけあるか」

 

(楽しそうだな~片方は戸部、片方は葉山っぽい気もするが。

ってかまた葉山かよ、実はこれって、ハヤマート・オンラインなの?)

 

 まあしかし戸部っぽいのはおそらくニュービーなのだと思い、

ハチマンは、微笑ましさも感じていた。

 

(俺にもああいう時期があったな、って、ぼっちの癖に上から目線とか百年早いので、

レベルが上がってから出直して来てくださいごめんなさい。

って、自分でごめんなさいしちゃうのかよ)

 

 脳内で、いろは風の小芝居をしつつ、ハチマンは、気を取り直して狩りを続行する事にした。

 

(《ファッドエッジ》の動きはできるかな)

 

 今の熟練度じゃ使えないはずの、横横横縦の四連撃。

結論を言えば、動きだけは再現出来た。威力はそこそこ。このままでは使えない。

 

(この威力の足りなさはどうしようもないな……

まあ、熟練度の上がり方は、普通よりは上な気がするし、もう少し続けてみよう。

つーかさっきから、あのキリトって奴に見られてるよな……)

 

 ぼっちの特性に、単純作業が苦にならないというのがある。やはり一人の方が楽だ。

そして、他人の視線に敏感なのがぼっちである。これくらいの視線を感知するのは容易い。

 

 ハチマンは、短剣での動きを一通り試した後、レベルもいくつか上がったのを見て、

今日のプレイは早めに切り上げて、街に引き返す事にした。

その去っていく背中を、キリトと呼ばれたプレイヤーは、まだじっと見つめていた。

 

(あれは俺の見立てだと、多少会話もスムーズにこなせる、わが道をいく系ぼっちだな)

 

 ハチマンは少し迷ったが、同じぼっちとして会釈くらいはしておこうと思ったのか、

キリトに会釈をすると、そのまま街へと向かった。

 

(さて、食事とかどういう味になってるのかな、昔は食材ごとの差があまり無かったからな……)

 

 何となく小腹はすいた気がしたハチマンはそう思い、屋台の方に目をやった。

すると前方で、一人のプレイヤーが、何かに困ったようにきょろきょろしてる姿が目に入った。

そのままなんとなく、そのプレイヤーを眺めていたハチマンだったが、

そのせいか、唐突にそのプレイヤーと、バッチリ目が合った。

 

(あ、やべ)

 

 そう思ったハチマンは、慌てて目を逸らしたが、時既に遅く、

そのプレイヤーは、こちらに近寄ると、ハチマンに話し掛けた。

 

「あ、あの……すみません」

 

 ハチマンは焦り、しばらく聞こえないフリをしていたが、

業を煮やしたそのプレイヤーに、目の前に回りこまれてしまった。

 

「あ、あの、すみません、ちょっとお聞きしたい事があるのですが」

 

 ハチマンは、まあただの質問か何かだろうと、意を決して、そのプレイヤーに返事をした。

 

「あ、はい、何でしょう」

 

 クリスマスイベントで、多少鍛えられたのであろう。

ハチマンは、思ったよりも普通に返事を返す事ができた。この辺りに、成長の跡が見える。

よく観察してみると、そのプレイヤーは、多分ハチマンと同年齢くらいだろうか、

ちょっと幼い顔つきが、どこか戸塚を連想させた。

 

「えっと、あの、ログアウトしたいんですけど、その……やり方がわからなくて……」

 

(ニュービーにありがちな奴か~、めんどくさいが GMに連絡してくださいってのもな。

そもそも俺が、戸塚に雰囲気がよく似た人を見捨てるなぞ、世界が許しても、自分自身が許せん)

 

「あ、え~っと、まずメニューの出し方はわかります?で、この下の方にですね……」

 

 そう言って、自らのメニューを改めて見たハチマンは、愕然とした。

さっきは気づかなかったが、そこにはログアウトボタンが存在しなかった。

その焦りが、思わずハチマンの口をついて出た。

 

「あれ、見当たらない………」

「ですよね……」

 

(晶彦さんがこんなバグを?あの人に限ってありえない。

雪ノ下姉以上の魔王クラスの人材だぞ、あの人は)

 

 ハチマンは、原因を考えたが、何も思いつかない。なので、言葉に出してはこう答えた。

 

「リリース直後のゲームだと珍しいんですけど、不具合があるのかもですね。

多分もうすく運営からアナウンスがあるんじゃないですかね」

 

 相手が戸塚っぽいというのもあるのだろうが、

いつもよりスムーズに会話が出来ている自分に少し驚いたハチマンは、

こんなちょっとしたところでも自分の成長を感じて、少し嬉しくなった。

そしてハチマンは、彼には珍しく、少し調子に乗った。

 

「ここには来たばっかりですか?アナウンスが来るまでの短い間で良ければ、

装備選びとか手伝いますよ?後は簡単なレクチャーですかね。

それと、もし良かったらですけど、敬語で会話するのはやめませんか?

まあ男同士ですし、俺が敬語にちょっと慣れてないってのも、理由の一つなんですけどね」

 

 ハチマンは、何とか噛まずにそう言い切った。

内心で、愛する妹に、頑張ったぞと叫びながら、ハチマンは、返事を待ちつつ相手に目をやった。

そこには、きょとん、とした顔をした少年がいた。

少年は何か考えているようだったが、改めて自分の姿を見て、納得したようにこう答えた。

 

「うん、よろしくね!」

「お、おう、よろしくな」

 

 予想以上に戸塚っぽい承諾の言葉を聞いて、少し嬉しくなったハチマンは、

まず最初に装備選びを手伝い、ハラスメントコード、アンチクリミナルコードの順に説明をした。

装備選びの際に、おそろいのフーデッドケープを装備する事になったのは、

決してわざとではない。

これは野営の時とかに、色々便利な装備だから、一応必然と言える。

そしていざ二人は、パーティを組む事になった。

画面の左上に名前が表示されたところで、ハチマンは大切な事に気がついた。

 

(浮かれてリア充の真似事をしていたが、まだ自己紹介をしていなかったな。

お兄ちゃんは、やっぱりまだゴミいちゃんだったよ小町………)

 

 自分の迂闊さにショックを受けつつ、ハチマンは、気を取り直して少年に話しかけた。

 

「わ、わるい、まだ自己紹介してなかったみたいだ。その、すまんハチマンだ、アスナ」

「あ……こっちこそごめん、ユウキアスナだよ。よろしくね。でも、どうして私の名前を?」

 

 そのアスナの自己紹介を聞いた瞬間、ハチマンは慌ててアスナの口を塞いだ。

 

「ば、ばっかお前、こんなところでリアルネームを出すな!

何があるかわからないんだから、絶対にキャラネーム以外はもらすな!」

 

 それを聞いたアスナは、自分の失態に気が付き、慌ててハチマンに謝った。

 

「ご、ごめんなさいまだ慣れてなくて……うん、気をつけるね」

「あ、いや、その、乱暴な言い方して悪かった。

くそっ、お、俺は、比企谷八幡だ。これでお互いの秘密を知ったって事で、俺達の関係は対等だ。

これならまあ、今の台詞も何も問題はない」

 

 アスナはちょこんと首をかしげた後、ハチマンの優しさに気が付くと、

満面の笑みを浮かべながら言った。

 

「うん、改めてよろしくね、ハチマン!」

 

(何この子、戸塚並の天使なの?そして少しあざとかわいい……男なのに……)

 

 そんな感想を抱きながら、ハチマンは、先ほどのアスナの質問に答える事にした。

 

「あー、さっきの質問だがな、パーティを組むと、画面の左上に、

パーティメンバーの名前が全部表示されるんだよ。その、いきなり名前で呼んですまなかった」

「なるほど、そういう事か」

「ああ、それじゃ自己紹介もすんだところで、簡単に戦闘のレクチャーだけやっとこう」

「うん、お願い」

 

 そして狩場に移動した後、ハチマンは、基本から説明をはじめた。

 

「基本的に、ソードスキルは自動で発動する。まず初動のモーションを起こして、少しためて、

ソードスキルが発動したのを感じたら一気に放つ、こんな感じか」

 

 ハチマンはそう言って、いくつかの短剣ソードスキルを実演して見せた。

アスナはどうやら覚えはいいらしく、先ず初動の構えをさせた後に、

ハチマンが、手足の位置を触って調整したら、

すぐに細剣スキル、《リニアー》を放てるようになった。

だがハチマンは、そのレクチャーの最中に、別の事を考えていた。

 

(なんだこれ……本当に中身は戸塚じゃないよな?なんでこんなに柔らかいんだ……

俺はもしかして、こっちでも新しい世界に踏み込んじゃうの?それともやっぱり戸塚なの?)

 

 ハチマンは、自分の心臓が、バクバクしている事を自覚していた、

だが本当に驚かされたのはその後の出来事にであった。

 

「先生!大分慣れてきたしそろそろ本気でいきます!」

「え?本気?一体何の……」

 

 最後まで言い終わらないうちに、目の前に閃光が走った。

ハチマンの全力には及ばないながらも、それは目で追うのがやっとなくらいの……

そう、まさしく閃光が走ったと表現するしかない、一瞬の出来事だった。

 

「こんな感じ?」

 

 少しドヤ顔なアスナを見て、ハチマンは、不覚にもこう思った。

 

(守りたい、この笑顔……なんだこれ、こいつ天才なのか?戸塚で天才なの?)

 

「なぁ、お前それ……っ、何だ!?」

 

 そう思った後、アスナに質問しようとした瞬間、

どこからか、剣呑な視線を感じ、ハチマンは反射的に武器を構えた。

 

(なんだこれ………上か?誰かがどこかから、俺達を見ているのか………?)

 

 その瞬間リンゴーン、リンゴーンという鐘の音が響き渡り、

二人は光に包まれ、広場に飛ばされていた。

プレイヤー全員がここにいるんじゃないかというくらいのすごい人数が、

その広場には集められていた。

 

 

 

 そしてこの世界は、この瞬間から生まれ変わった。



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第004話 やはりアスナとの出会いはまちがっていた

2017/10/29 修正


 広場は今や、すさまじい喧騒に包まれていた。当然だろう、正式サービスでこれはまずい。

ハチマンは、茅場は一体どうしたのかと、不安な気持ちになっていた。

 

(晶彦さんが開発から外されたとかは、まさか無いと思うが……)

 

 ハチマンは、昨日の夜、茅場と電話した時の事を思い出していた。

 

「迷ってたけど俺、ソードアート・オンラインを始める事にしました。

受験もあるので廃プレイとかは出来ないんですが」

「………そうか、君にとっての本物が見つかるといいな」

「晶彦さん、それはやめてください。本当に恥ずかしいんで……」

「ははは、ところで君は、本当に一人ぼっちなのかい?

話を聞いてると、にわかには信じられないんだが」

 

 その時八幡の脳裏には、ある二人の女生徒の顔が浮かんでいたのだが、

まだ正式に、友達申請をした訳ではないと、八幡は、その二人の顔を、頭の中から消した。

八幡は、自分が今、『まだ』正式に、と考えた事には気が付かないままだった。

 

「ええ、間違いないです。俺の友達は、戸塚一人だけです」

「そ、そうか………まあ君が抱えていた問題も解決したようで、何よりだよ」

「はい、ありがとうございます。俺が思っている、本物の正体については、

まだ漠然としすぎていて分からないんですが、

これからは極力逃げずに、もっと他人を知る努力をするつもりです」

 

 そんな八幡に、茅場は、予想外の言葉を告げた。

 

「………今の君が、少し羨ましいよ」

「そんな事無いです。俺なんかに、晶彦さんに羨ましがられる要素なんて、何一つ無いですよ」

「……この年になるとね、夢を追うのも大変なんだ。

それでも私にとっての本物を追い求めて、SAOを作っているんだが……」

「はい、SAOは、歴史に残る作品になると思います!断言できます!」

「歴史に残る……か。自分で言うのもなんだが、歴史には残ると思うよ」

「はい、絶対そうなります!

自分なりのペースになっちゃいますが、俺もクリア目指して頑張ります!」

「そうか……クリアを目指してもらえるなら、製作者としてこれ以上の喜びはないよ」

 

 八幡は、茅場から何か、言いたい事を言えないような、そんな気配を感じていたが、

サービス開始前日だからだろうと、深く考えてはいなかった。

 

「それじゃ晶彦さん、俺はそろそろ明日に備えて寝ますね。

また良かったら、お話しさせて下さい」

「ああ………八幡君、何があろうとも、君が私の元に辿り着いてくれると信じて待っているよ」

「晶彦さんレベルに辿り着くのは俺にはどうですかね、俺文系ですしね」

「ああ、そうか、そうだな。それじゃ……またな……八幡君」

「はい、それじゃまたです晶彦さん」

 

 ハチマンは、喧騒の収まらぬ群集の中で、一人考えていた。

 

(妙に感情の篭った、またな、だったよな……

そしてあのメッセージ……すまないとは言わない。君ならわかってくれるはずだ……)

 

 その刹那、何かの気配を感じたハチマンが空を見上げると、そこには、

真紅の市松模様に染め上げられていく、第二層の底があった。

驚愕に包まれたハチマンだったが、これでやっと運営からのアナウンスがあるのかと思い直し、

そのまま肩の力を抜きかけた。そして『ソレ』が、唐突に出現した。

出現したのは、真紅のフーデッドケープをつけた、身長二十メートルはある、巨人の姿だった。

その目を見た瞬間、ハチマンは、それが茅場だと確信した。

そして確かに、茅場と一瞬目が合ったと感じた。

 

「プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ」

 

 その後、その巨人――茅場晶彦から語られた内容はこうだった。ログアウトは出来ない事。

ゲーム内で死ぬか、外部の人間がナーヴギアを外そうとすると、

プレイヤーはナーヴギアの高出力マイクロウェーブによって死ぬ事。

電源切断は十分間、回線切断は二時間の猶予がある事。

 

(って事は、その間に現実世界の体を病院なりに運び込めって事か。

まったくよく考えたもんだな、晶彦さん)

 

 ハチマンは、あまり怒りがわいてこない自分を不思議に思いながらも、

自分にとって大切な人達の事を考えていた。

 

(小町、悲しませてごめんな。

戸塚、俺がいないからといって、材木座辺りと仲良くならないでくれよ……

雪ノ下と由比ヶ浜は悲しんでくれるのだろうか。

川崎、受験頑張れよ。

折本とは友達になれたかもしれないのにな。

そして平塚先生、だめな生徒ですみませんでした。

最後に陽乃さんなら、必ず俺の体を病院まで運んでくれる手配をしてくれるはずだと信じよう)

 

 考えるのは後でいい。今はそれよりも、この場をどうしのぐかだと、

ハチマンは自分に言い聞かせながら、なんとか冷静さを保っていた。

その後茅場は、全員にアイテムストレージを確認させ、そこに入っていた手鏡を使わせた。

その瞬間、群集は光に包まれ、その姿が変化した。

周りの会話から察するに、どういうカラクリか、おそらく全員が、リアルの姿に戻ったのだろう。

だが、ハチマンにとってはそれはどうでもいい事だった。

ハチマンの姿は正直あまり変化がないのを知っていたからだ。それよりも一番の問題は………

 

(まずいな、このままだと、下手をすると暴動が起きて、収拾がつかなくなる。

俺一人ならなんとでもなるが、知り合った以上、アスナを放置しておくわけにはいかない。

こいつニュービーだしな、俺がしっかりしないと)

 

 その直後に、既に二百十三名の死者が出ている事を、

茅場が証拠の映像付きで提示した瞬間に、群集が爆発した。

すさまじい喧騒の中、ハチマンは咄嗟に、隣にいる少年のフードを下げ、顔を隠すと、

その手を引いて、全力で走り出した。

 

(確か牛乳が飲み放題の風呂付きの宿があったはずだ。

とりあえずそこに逃げ込んで、後の事は落ち着いてから考えよう。

アスナもこのまま放置する事は出来ない。

シスコンな俺だが、こいつは弟みたいに感じるし、今日だけはブラコンも解禁だ)

 

「すまんアスナ、考えるのは後だ。俺は人に知られていない落ち着ける宿を知っている。

ここはやばい。下手をすると、このままここで、命を落とす危険性がある。

巻き込まれる前に、とりあえずそこまで走るぞ」

「う、うん………」

 

 アスナは放心しているようだったが、生存本能が働いたのか、

大人しくハチマンに手を引かれたまま、一緒に走り出した。

その頃キリトは、クラインと共に、ハチマンとは反対の方向へと走り出していた。

アインクラッドの運命を握る二人の少年と一人の少女の物語は、

この時点で一時的に分かれたのだった。

 

(しかしこいつ、よく俺の速度について来れるよな………とてもニュービーとは思えない。

これが本当の天才ってやつなのかな)

 

 ハチマンは、全力に近い速度で走りながら、後ろを走る少年を、内心賞賛していた。

だがまだ安心は出来ないと、ハチマンは、気を取り直して走り続けた。

その時視界の片隅に、顔にペイントを塗った女のプレイヤーの姿が映り、

ハチマンとそのプレイヤーは、確かに一瞬目が合った。

 

(アルゴか……こうなった以上、あまり警戒ばかりしているわけにもいかないな。

ここはある程度、協力関係を築くのが得策だな。

しかしアルゴの中の人、女の子だったんだな……男かもと思ってごめんなさい。

って、顔にペイントがあるだと!?この短い時間に、わざわざ自分で書いたのか?

あいつは本当に、変わった奴だな……後、俺よりも先にここにいたって事は、足も早そうだ)

 

 そんな事を考えつつ、ハチマンは、『風呂乳宿にいく』と、

おかしな日本語を一言書いただけのメッセージを、

全力で走りながらも何とか書き終え、アルゴに送った。

走りながらメッセージを書くのはこのくらいが限界だったが、

まああいつなら理解してくれるだろう、と考えたのだ。ちょっとセクハラっぽいが……

そもそもハチマンは、現実でもメールを送るのが得意ではないので、これ以上は望めない。

どうやら一度しか会った事のない情報屋の能力を、無条件に信頼できるほどには、

今のハチマンは、人を寄せ付けないぼっちでは無くなっていたようだったが、

ハチマン自身は、まだそんな自分の変化に、気づいてはいないようだった。

宿屋に着くと、ハチマンはすぐに契約を結び、自分達の定宿とする事に成功した。

これで一先ず安心だと思いソファーに倒れむと、

ハチマンは、うつ伏せのままアスナに話しかけた。

 

「その、悪かったな、なんかずっと走らせちまって」

「……うん」

「ちなみにここは、ほぼ誰にも知られていない、隠れ家的な宿でな、

牛乳が飲み放題な上に、一層では、ここにだけ風呂がついてるんだぜ。

しかもお値段はたったの一日八十コルだ。

一層では最高に安全かつ快適な環境で、落ち着ける場所なんだよ。

一先ずここを拠点にして、今後の事を考えようぜ。

男同士だから、プライベートが多少制限されるのは勘弁な」

 

「………ろ?」

 

 アスナが何か喋ったようだが、難聴系主人公ではないハチマンですら、

その声は小さくて聞き取れなかった。

もしかして、アスナがかなり動揺しているのかと思い、

ハチマンは、アスナの不安を取り除く為に、さらにまくしたてた。

 

「とりあえず落ち着いたら、今後の事を相談だな。

今後どうなるかだが、一緒に行動する事になろうが、別行動になろうが、

俺は出来る限り、お前のサポートはするつもりだ。

後な、ショックなのはわかるし俺もショックだ。だがとりあえず悪い事は考えるな。

もし可能なら何も考えなくていいまである。とにかくネガティブになるのは一番だめだ。

話はいくらでも聞くから、とりあえず可能な限り、気持ちは前向きにいこう」

 

 ハチマンは、アスナを励ましつつ、俺ってこんな奴だっけ?と疑問に思った。

小町の教育のせいもあるのだろう。

まあ他にも、あいつらのおかげもあるだろうなと、奉仕部の二人の事を考えつつ、

泣きたい気持ちを我慢して、ハチマンは、自分も落ち着こう、落ち着こうとしていた。

とりあえず風呂でも入って、心身をリラックスさせるように提案するかと、

ハチマンがそう考えた時、唐突に、その言葉がアスナから発せられた。

 

「お風呂!お風呂お風呂!お風呂入りたい!」

 

(あっれ、アスナが思ったより元気なのはいいんだけど、何だこの嫌な予感。

気のせいか、ちょっと、冷や汗も出てきたんですけど……)

 

 ハチマンは葛藤の末、あまりアスナを待たせてもいけないと思い、

不自然さの無いように心がけつつ振り向き、なんとか話しかけた。

 

「あ~、それがいいだろうな。風呂は心のせ…ん……た」

 

 その目の前には、きょとんと自分を見つめる、知らない女の子がいた。

ハチマンは思わず見蕩れてしまったが、混乱しつつもなんとか思考をまとめようとしていた。

 

(え、アスナだよな、いや待て、アスナは男の子で戸塚で弟みたいで、

あ、あれ?えーっと……)

 

 ハチマンはまだ混乱していたが、なんとか口を開く事に成功した。

 

「えーっと……………アスナ?さん?」

「え?そうだけど何で?」

 

 頭に疑問符を浮かべながら、アスナは改めて、自分の姿をじっと見つめた。

そこには先刻までの少年の姿はなく、本来の自分の姿を発見したアスナは、そこで我に返った。

 

「あ、あ、え~っと………ハチマン君、とりあえず、正座してみよっか?」

「ちなみに拒否権は………」

「あるわけないでしょ?」

「あ、はい、なんかすんませんでした………」

 

 知らなかったとはいえ、うっかりと、女の子を宿に連れ込んでしまった事は事実なのだ。

理不尽だと思いながら、アスナの迫力に押されつつも、ハチマンは、

そんな美しいアスナの姿から、目を放せない自分がいる事に、まだ気付いてはいなかった。



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第005話 アスナさんはあざとい?

2017/10/29 修正


 ハチマンは正座をしながら、何故こうなったのかと、必死に考え続けていた。

 

(いくらなんでも女の子と二人きりとか、俺にはハードルが高すぎだろ……つかどうしてこうなった)

 

「ハチマン君」

「あっ、ハイ」

 

 びくびくしているハチマンを見て、アスナは苦笑しつつも続けて言った。

 

「あの混乱から助けてくれて、本当に感謝しているけど、

女の子をいきなり宿に連れ込むのはどうかと思うよ?」

「そ、そうですね、反省してます……」

「でも安全なのは確かみたいだし、あの状況じゃ仕方なかったのもわかる。

色々教えてもらったしたくさん励ましてももらったし、だから…」

 

 そしてアスナは、何かを思い出しつつドヤ顔でこう言った。

 

「これでチャラにしましょう」

「あざとい……」

 

 ハチマンは、つい反射で、慣れ親しんだ返しをしてしまい、やばい、と思いながら固まった。

そんなハチマンにアスナは、頬を膨らませてこう言った。

 

「私、別にあざとくなんかないですし~」

「ぷっ」

 

 二人はお互い顔を見合わせ、どちらからともなく笑いだした。

しばらく笑い続けた後、ハチマンは立ち上がりながらこう切り出した。

 

「とりあえず交代で風呂に入ろうぜ。

部屋の扉は、パーティメンバーしか開けられないように変更しとくわ」

「うん、その後色々相談するとして、気分が落ち込む事も沢山出てくるだろうけど、

色々ありすぎたし、とりあえずは落ち着きたいよね」

「それじゃお先にどうぞ」

「うん、お先にいただきます」

 

 そう言って、風呂場に向かいかけたアスナだったが、何かを思い出したように振り返った。

 

「覗いたらどうなるかは、わかってるよね?」

「俺にそんな度胸は無いから」

「それならよろしい」

 

 そしてアスナは、今度こそ風呂場に入って行き、

一人になったハチマンは、やっと落ち着く事が出来た。

考える事はたくさんあった。茅場の事、デスゲームの事、そしてアスナの事。

そして、もう会えないかもしれない人達の事。

 

(とりあえず、俺はクリアを目指すとして、今の問題はアスナだ。アスナには確かに素質がある。

だが、自分の命がかかっているこの状況だと、

安全マージンを取りつつ、中堅プレイヤーとして、自分の命を守っていくのが得策だろう。

まずは一層を突破して、体術スキルを取らせるところからだな。あれは全体の底上げになる)

 

 その時だった。

 

「ふああああああああああああああああああああああ」

 

 風呂場から、突然大きな声が響き、ハチマンは、一瞬硬直した。

 

(びっくりした……まあリラックスは出来てるようだし、とりあえずは何よりだ)

 

 少しほっこりしつつ、バイト時代に茅場に説明された事を、色々と思い出しながら、

更にハチマンが考え込んでいると、突然「コンコンココーン」とドアがノックされた。

ハチマンはドアの前にいき、ノックの主に声をかけた。

 

「アルゴか?」

「なあハー坊、なんだいあのメッセージは。わかりにくいぞ?あとセクハラだな。訴えるゾ」

「いやいや、お前、しっかりここに来てるじゃねーかよ……あと本当にすみませんでした」

「まあそこはそれ、蛇の道は蛇ってやつだよ。まあ監獄入りは勘弁してやるよ。

とりあえず、中に入ってもいいカ?」

「ああ、今ドアを開ける」

 

 ドアを開けると、そこにはしっかりと顔にペイントをした、アルゴが立っていた。

アルゴをソファーへ案内すると、ハチマンは一番気になっていた事を聞いた。

 

「なあ、そのペイントどうやってやったんだよ……あれの直後にはもう塗ってたよな?」

「デリカシーが無いなぁハー坊。女の秘密ってやつだヨ」

「まじか、女の秘密すげえな」

 

 感心するハチマンに、アルゴは逆に聞き返した。

 

「ところで女の秘密って言えば、細剣使いの女の子はどうしたんダ?」

「え、あ、いや、女の子って何の事だ?」

「はぁ?だってさっき、女の子を連れて、すごい勢いで走ってたじゃないカ」

「いや、だから、なんで女の子だって」

「情報屋だからな、見ただけで性別くらいはわかるゾ?」

 

(まずいな、とりあえず誤解されないように、ちゃんと説明しないと)

 

「あ、あ~アレはアレだ……」

 

 ハチマンは焦ってちらりと風呂場の方を見た。

それを見逃さずに、アルゴは目をきゅぴっと光らせ、風呂場の方に突撃し、

ハチマンが止める間もなく、いきなりドアを開けた。

 

「こんばんわ~細剣使いさ………あ」

 

 ハチマンが焦って顔を上げると、固まるアルゴの向こうに、アスナがいるのが見えた。

幸い全裸ではなかったが、アスナの見えてはいけない所が、

ハチマンには色々と見えてしまった。

 

「きゃああああああああああああああああああああああ」

 

 アスナの大声が響き、アルゴはあわててドアを閉めた。そんなアルゴに、ハチマンは言った。

 

「なぁ……アルゴ」

「なんだいハー坊」

「あ、ありがとう?」

「………ハー坊」

 

 数分後、顔を赤くしたアスナが風呂場から出てきた。ハチマンとアルゴは、

アスナに言われるまでもなく、すぐにその場に正座をした。

 

「まずハチマン君」

「あっ、ハイ」

 

(このやり取り何度目だよ……やっぱりごみいちゃんはごみいちゃんなのか小町……)

 

「何か見た?」

「あ、ありがとう?」

 

 それを聞いた瞬間、アスナは頬を赤らめながらも、すごい目つきでハチマンを睨んだ。

 

「すみませんでした……」

「さっき見た物は、全部忘れる事、いい?」

「はい………」

 

 それからアスナは、しばらく目をつぶって、何事か考えこんでいた。

そしておもむろに、アルゴの方を向いて、自己紹介をはじめた。

 

「始めまして、私はアスナです」

「オレっちは情報屋のアルゴ。以後よろしくね、アーちゃん」

 

 アスナはそう呼ばれ、きょとんとしてアルゴに聞き返した。

 

「アー、ちゃん?」

「アスナだからアーちゃんだな。ちなみにハチマンはハー坊だぞ」

「そ、そうですか、で、何故ここに?」

「あ、ここに逃げてくる途中に、俺が連絡しといたんだよ。情報も欲しかったしな」

「なるほどね」

 

 ハチマンのその答えに、アスナは納得したように頷いた。

 

「で、外は今どうなってるんだ?」

「その情報は百コルだけど、今日のところはサービスしとくよ。

で、今の状況だけどはっきり言ってまずいな。

外は大混乱で、死人も沢山出てる。オレッチの予想だと、

後一週間くらいは、こんな感じで混乱したままだろうナ」

 

 死人が出ていると聞き、ハチマンは、鎮痛な表情で呟いた。

 

「やっぱりそうだよな……でもなんで晶彦さんはこんな事を……」

「晶彦さん?茅場晶彦?ハー坊茅場晶彦の知り合いなのカ?」

 

 アルゴはその言葉を聞き逃さなかった。

ハチマンは内心しまったと思ったが、平静を装い、そのまま言葉を続けた。

 

「ああ、前に言っただろ、β前にバイトしてたって。

その時知り合って、それなりに親しくさせてもらってたんだよ。

けどまさかこんな事を考えていたとはな……だがまあ思い当たる事もあるが」

「思い当たる事?」

「ああ、晶彦さんも俺と一緒で、本物ってのを求めていた。

そしてこのゲームで、本物を手に入れたいみたいな会話をした事があるんだよ」

 

 それを聞いていたアスナがいきなり立ち上がって言った。

 

「そんなの、そんなの全然わからないよ!

本物って何?そんな物のために、私たちはこんな目にあってるの?」

「落ち着け。そういう会話があったってだけだ。俺も詳しく理解しているわけじゃない」

 

 アスナは納得していないようだったが、とりあえずその場に座りなおした。

 

「まあこうなっちまったもんは仕方ないさ。で、二人はこれからどうすル?」

「俺はクリアを目指す。まあ自分の命が大事だから、無理はしない」

 

 アルゴはそれを聞き、目を細めながら、ハチマンに言った。

 

「本当か?さっきアーちゃんの手を引っ張って走ってたハー坊は、

とてもそんな風には見えなかったけどナ」

「ぐっ、それはだな……男だと思ってたし、成り行きとはいえ、

他人の世話はきちんと最後までしろって妹に教育されてるんだよ」

「いい妹さんだナ」

「ああ、妹の小町は世界一いい子でかわいいぞ」

「シスコン!?」

 

 それまで黙っていたアスナがいきなり突っ込んだ。

 

「ばっ、当たり前だろ、千葉の兄妹なんだからな」

「千葉って……そうなの?」

「まあまあ話を戻そうぜ。で、アーちゃんはどうするつもりダ?」

「私は……もうちょっと考えたい」

「そうだな、ニュービーのアーちゃんには、ちょっと展開が急すぎたから仕方ないよナ」

 

 ハチマンはその意見に頷き、アスナを安心させるように言った。

 

「とりあえずどうなるにしても、俺がしっかりサポートするから心配すんな。

うちの部活の理念でもあるからな」

「部活って、何の部活?」

「奉仕部だ」

「奉仕部って、エロいやつカ?」

「まったく違う。これは部長の受け売りだが、うちの理念はな、

飢えた人間に魚を与えるのではなく、魚の取り方を教えるっていう感じだな」

 

 二人はそれを聞いて、納得したようだった。

 

「なるほどな、思ったよりまじめな、いい部活なんだナ」

「うん、すごいと思う」

「お、おう…ありがとう。なんか嬉しいわ」

 

 今までやってきた事は間違いではないのだと、ハチマンは、頬が熱くなるのを感じた。

 

「それじゃ、情報交換を密にしてくって事で、とりあえず解散だな」

「それじゃオレっちは帰るけど、

ハー坊はオネーサンの見てないところでアーちゃんを襲うんじゃねえゾ」

「いや、ハラスメントコードがあるだろ。

俺なんか基本ぼっちだから、見てるだけで監獄に送られるまであるぞ……

っていうか、お前は女なんだし、ここにいればいいんじゃないか?外は危ないんだろ?」

「今のハー坊は、まったくぼっちじゃないと思うけどな。後、オレっちはもう、

宿は確保してあるから問題ないぞ。それじゃあナ」

「そうか、それじゃあまたな」

「またね、アルゴさん」

 

 三人はお互いにあいさつを交わし、その場はお開きとなった。

アスナとアルゴはフレンド登録をしたようだ。

 

「ハチマン君、私たちもフレンド登録しておきましょ。今後何かと便利だろうし」

 

 ハチマンは、フレンドという言葉に、内心激しく動揺していたが、

これは必要な事だ、ただの儀式みたいなもんだと自分に言い聞かせて、

深呼吸をした後、登録を承諾した。

 

「これからよろしくな、アスナさん」

「うんよろしくね、ハチマン君」

 

 改めて挨拶を交わした後、ハチマンは唐突に、こんな事を言い出した。

 

「それじゃアスナさん、俺もどっか宿探すから、明日また連絡するわ」

「え?ここでいいんじゃない?」

 

 ハチマンはその提案に、常識的な返事をした。

 

「え、それはちょっとまずいだろ」

「む~、何か変な事考えてる?ハラスメントコードがあるんだから実害はないんでしょ?」

「それはそうだが、やっぱり年頃の男女が一緒ってのはな……」

「衝立でも立てればいいんじゃないかな?

ちょっと恥ずかしいけど、間違いの起こりようもないんだし、

そもそも追い出すみたいで何か悪いよ。それに、今の外は危険すぎる」

 

 ハチマンは、少し悩んだが、アスナの言う事も一理あると思い、

その言葉に大人しく従う事にしたようだ。

 

「そうか……じゃあお言葉に甘えるわ。俺はソファーで寝るから、アスナさんはベッドな」

「ありがとう。あとさ、アルゴさんは呼び捨てなんだから、私もアスナでいいよ?」

「いやお前も君づけだろう?」

「男の子と女の子は違うの!」

「はぁーわかった、それじゃ、ア、アスナ」

「うんっ、ハチマン君!」

「それじゃ俺も風呂入っちゃうから、先に寝てていいぞ」

「わかった。おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 

 その後風呂に入りながら、今日の出来事を振り返っていたハチマンは、

あまりにも自分らしくない行動に、悶絶するのだった。



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第006話 ユキトキ

2017/10/29 修正


 ハチマンは風呂から出ると、とりあえず腰に手を当てて、牛乳を一気飲みした。

 

(この世界には、さすがに千葉のソウルドリンクは無いよな……はぁ、自作できねえかな)

 

 ハチマンは、料理スキルを取ろうかとも考えたが、

スキルスロットが絶望的に足りないので、しばらくは我慢する事にした。

ハチマンは、今日はさっさと寝ようかと思って横になったが、すぐには寝付けなかった。

基本人は寝る時には、とかく余計な事を考えてしまうものだからだ。

ハチマンの脳裏には、残してきた大切な人達や、新しくこの世界で会った人達の姿が、

浮かんでは消え、また浮かんでは消えていった。

 

「ハチマン君、まだ起きてる?」

 

 そんなハチマンに、突然アスナが声を掛けてきた。

 

「眠れないのか?」

「うん、さっきまでは平気だったんだけど、いざ寝ようとすると、

やっぱり余計な事ばかり考えちゃうんだよね」

 

 アスナは、そう言うと、突然自分の事を語り始めた。

リアルの事を話すのは、あまり褒められた事では無いが、とにかく不安なのだろう。

ハチマンは、黙ってアスナの話を聞く事にした。

名家に生まれた為、親の期待がすごい事。成績が落ちるのが怖くて仕方ない事。

子供の時から常に試験試験で勝利を義務づけられる苦しみ。

実のところハチマンには、それらの悩みは、まったく理解できなかった。

人は所詮、他人の痛みを、本当の意味で理解する事は出来ない。

 

(予想はしてたけど、やっぱりお嬢様なんだな…

でも同じお嬢様でも、雪ノ下とは正反対だな。どちらかというと、陽乃さんと同じか)

 

「ハチマン君は、これまで生きてきてどうだった?」

「……聞いても面白い話じゃないぞ。むしろその、気分が悪くなる話ばかりだと思うぞ」

「無理に言えとは言わないけど、どうしてそんなに他人に優しいのか、知りたいの」

 

 そのアスナの言葉を聞いたハチマンは、即座にそれを否定した。

 

「俺はそんな優しい男じゃない。全て自分のためにやってる事だからな」

「嘘ばっかり。それならあそこで私を見捨てた方が、はるかに楽だったはずだよね?」

「それは……」

「大丈夫だよ、私はあなたを傷つけたりはしない。恩人だもんね。

だから恩返しって訳じゃないけど、どんな話でも、ちゃんと聞くよ。

それでハチマン君の気持ちが少しでも楽になるなら、私はその手助けがしたいの」

 

 アスナは、ハチマンの過去に何かあったんだと察しながらも、ハッキリとそう言った。

そんなアスナの気持ちに感化されたのか、それとも雰囲気がそうさせたのか、

ハチマンは、自分がこれまで何をされ、どう思ったかを、ぽつぽつと話しはじめた。

アスナは、じっと黙ってそれを聞いていた。

 

(想像以上だった………安易に聞いちゃいけなかった)

 

 アスナはハチマンの過去に衝撃を受けたが、やはり全てを理解する事は出来なかった。

経験していない事をさも知ったように語る事だけなら出来る。

ただ、それを本当に理解する事は難しい。

それでもアスナは、ハチマンの事をもっと理解し、出来るだけ支えたいと思った。

自分を助けてくれたハチマンの優しさは、決して打算の産物では無いと、

理解していたからだった。

 

「お前、泣いてるのか?」

 

 気が付くとアスナは、涙を流していた。その涙は月の光を反射して輝いていた。

 

「ばっかお前、俺は好きで一人でいるんだよ。大体だな、ぼっちのどこが悪いんだ?

人はぼっちでいる限り、誰にも迷惑をかけない、究極のエコだ。

そもそも一人で頑張ってる奴が、みんなと一緒に頑張ってる奴より劣るなんて俺は認めない。

俺は一人で完結しているので、お前に泣いてもらう必要なんかこれっぽっちも無いんだよ」

 

 慰めようとしてくれているのかなと、アスナは涙を拭きながらくすっと笑った。

そんなアスナに、ハチマンは、普段から不満に思っていた事を、何故か話していた。

 

「人間関係に悩むなら、それ自体を壊してしまえば悩むことは無くなる。

負の連鎖ならもとから断ち切る。俺はそうやって生きてきた。

逃げちゃダメだなんて考えは、強者の驕りでしかない。

他人は変われとよく言うが、変わるのは現状からの逃げだ。

変わらないまま勝ちたいなら、強くなるしかない。

それは喧嘩が強いとかそういう事じゃなく、俺みたいに強い自己をしっかり保つ事だ。

ぼっちでも群れの一員でもいい。自分さえしっかり持っていれば、何も問題は無い」

「自分……目標とか?考え方とか?」

「目標でもいいし、変わらぬ強い気持ちでもいい。守りたいものでもいいな」

 

 アスナは、静かにハチマンの言葉を聞いていた。

さきほどまでは少し濁り気味だったアスナの瞳にも、力が戻ってきているようだった。

 

「後な、俺はアスナによく似た境遇の人を、一人知っている。

その人もアスナみたいに、家庭の事情で常勝を義務づけられてる人なんだが、

そのせいか、強くあろうとして、仮面をかぶって、絶対に他人に弱みを見せないんだよ。

それでいて、本人は隠してるつもりなんだろうが、すごい妹思いでな。

親に逆らえない、自分の意見を持たない妹をなんとか変えようと、

時にはすごい厳しいやり方をする事もあるが、あの手この手を使って、

妹に嫌われようが、何をしようが、とにかく頑張って、

妹を自立させようとしてる、そんなすごい人をな。ちなみにその妹は、うちの部の部長だ」

「大事な人に嫌われても頑張れるの?」

「いくらそいつから嫌われても、そいつが幸せなら俺も幸せだと思う時とかあるだろ?」

「うん、そういうのって、あるよね」

「だから俺なんかどうでもいいんだよ。俺なんかと一緒にいたら、変な目で見られちまうし、

例え俺が嫌われても、そのおかげで多くの人が幸せになれるなら、

それはとても効率的な救い方だ」

 

 アスナはその意見を聞き、ハチマンの事を、とても危うい人だと感じていた。

そして彼がいなくなった時の事を想像して、

とても悲しい気持ちになる自分がいる事に、気が付いてしまった。

そしてアスナは今、決意した。

 

「それも確かに、真実だと思うよ。でもね、ハチマン君」

 

 アスナは、覚悟を決めて、ハチマンの心に一歩踏み込んだ。

 

「それはね、ハチマン君が傷ついていい理由にはならないんだよ。

少なくとも私は、ハチマン君がいなくなるのは、すごく寂しい。

まだ知り合ったばっかりなのに、変でしょ?

もしかしたらこれが、吊り橋効果なのかもしれない。でもね、私はね、

ハチマン君と一緒に、喜びも、苦労も苦痛も、全て分かち合った上で、

胸を張って、現実世界へと帰還したいって、そう思う。

最後まで、一緒に戦おう、ハチマン君」

 

 アスナから聞かされた言葉は、まるで愛の告白のようだった。

クリスマスイベントを経た今、その言葉は、すんなりとハチマンの中に入ってきた。

クリスマスイベントで、八幡が玉縄に噛みついた後、

雪ノ下がまるで、ハチマンと共犯になるかのごとく、玉縄に噛みついたあの時から。

ハチマンは、自分と共に傷ついてくれる人がいる可能性を、心に刻み込まれてしまっていた。

基本一人だったハチマンと、一緒に歩む覚悟を決めた者。

状況のせいもあるのだろうが、そんな事は今は関係が無い。

その可能性を体現している者が、今まさに、ハチマンの目の前に存在しているのだ。

それはおそらく、現実世界にも、確実に二人……

 

(いつも俺が一人で守っていた小さな俺の心には、少しだけ空いている場所があって、

俺はずっと知らなかったんだな、二人でもいいんだって………)

 

それはまるで雪解けのようで……気が付くとハチマンは、子供のように泣いていた。

アスナは、そんなハチマンの頭をずっとなで続けていた。

 

「どう?現実世界に、あなたの居場所はあった?」

「ああ、確かにあったわ。どうしてもあの場所に戻らなくちゃいけない。

本物だったかもしれない物を、本物かどうか確かめないまま死ぬわけにはいかない。

あそこは俺がやっと手にいれた、とても居心地のいい場所なんだ。

もう一度あいつらに会って、一緒に笑いあえるまで俺は戦う。

今までも、本気で戦うつもりではあったが、この決意は、それとは違う」

「うん、私も一緒にいくよ。ところでそのあいつらの中に、私は入るのかな?」

 

 不意にかけられた言葉に、ハチマンは虚をつかれた。あの部屋に、アスナが入る?

雪ノ下、由比ヶ浜がいて、たまに一色がいて、そしてそこにアスナがいる光景を思い浮かべ、

ハチマンは、それがとても自然な光景に思えた。

 

「私も必ず帰って、親に文句の一つでも言ってみたい。もちろんただ逆らうんじゃなく、

やるべき事をやった上で、自分がやりたい事をしっかりと見つけて、それで、それで、

お父さんやお母さんにその事を認めさせたい。認めてもらうんじゃなく認めさせる。

そして奉仕部の人達と一緒に、ハチマン君の話をするの」

「帰ったら、必ずみんなを紹介してやるよ。きっと仲良くなれると思う」

 

 それは、ちょっと知り合いを紹介しますみたいな、軽い言い方だったが、

アスナはそれが実現する事を、もう疑ってはいなかった。

ハチマンから、何か大切な物をもらった気がして、

その大切なものを、ハチマンと一緒に、守ろうと思った。

 

「ハチマン君、もし良かったら………」

「その先は俺に言わせてくれ。俺もちょっとくらいは、かっこつけたいからな。

あんな過去を持ち、アスナの前で、醜態を晒した俺が言うのもアレなんだがな。

俺は目も腐ってるし、人と話すのが得意というわけじゃない。

基本どこかに出かけるのを面倒臭がるし、あと、目が腐ってる」

「腐ってるって、二回言ってるよ?もうそういうのはやめよ?」

「す、すまん……それで、だ」

「それじゃ、せっかくだから、一緒に言おうか?」

 

 アスナがそう提案し、ハチマンは頷いた。そして二人は、同時にその言葉を発した。

 

「俺と友達になってくれないか、アスナ」

「私と友達になってくれないかな、ハチマン君」

 

 こうしてハチマンは、生まれて初めての、異性の友達を手に入れた。

更に初めて、異性からも友達になる事を申し込まれるという、おまけつきだった。

 

「あ~、俺が泣いた事とか、その、秘密でたのむ」

 

 それを聞いたアスナは、いたずらっぽくこう答えた。

 

「うん、奉仕部の人たちと会った時までは、秘密にしとくね?」

「まじかよ………」

 

 この時から結城明日奈は、本当の意味で、細剣使い、アスナになった。

そして比企谷八幡は、仮の意味で、ぼっちをやめた。

 

「これから宜しくね、ハチマン君」

「ああ、必ずお互いの背中を守り抜き、二人揃って、現実世界に帰ろう」

「私もこれから、もっと強くならないとだね」

「俺も、今までの情けない自分とは、もうサヨナラだな」

 

 奇跡だけで出来た完全結晶などは存在しない、

クリスマスイベントまでの積み重ねがあってこそ起こった奇跡。

だからひとつづつゆっくりと積み重ねて、二人は手をつないでゆく。



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第007話 奉仕部の理念

2017/10/29 修正


 ハチマンが目を覚ますと、もう日は高く昇っていた。

昨日は色々な事がありすぎたせいか、思ったよりも疲れていたんだなと自己分析しつつ、

ハチマンは、アスナを起こさないように静かにソファーに座り、今後の予定を考え始めた。

 

(まずは武器の新調だな。その後は、アスナに戦闘の基本を叩き込むついでに、

強化素材を集めて、他には各種ポーションは常備しときたいところだよな。

後は俺の新しい宿探しか。さすがにこのまま一緒というのはまずい、

親しき仲にも礼儀ありだ)

 

 そんな風に考えをめぐらせていると、コンコンココーンとドアがノックされた。

昨日と同じ叩き方だったのでアルゴだろうと当たりをつけ、

ハチマンは、ドアの外に声をかけた。

 

「アルゴか?」

「ハー坊か。ちょっと話があるんだけど、中に入れてもらっていいカ?」

「ああ、今開ける」

 

 ハチマンはアルゴを中に入れ、ソファーに座るように促した後、

キッチンに行って牛乳の入ったコップを二つ持ってきた。

 

「つまらないものですが」

「お、ハー坊気が利くじゃないか。さてはオレっちに惚れたかぁ?」

「それは無い」

「即答カ……」

 

 アルゴは、ちょっと落ち込んだような仕草で言った。

 

「で、何の用事だ?」

「それなんだけど、出来ればアーちゃんにも一緒に聞いて欲しいんだよナ」

「アスナにもか。いい時間だしそろそろ起こすか。お~いアスナ、そろそろ起きろ~」

 

 ハチマンは衝立の向こうで寝ているアスナに声をかけた。

アスナもそれで目覚めたのか、寝惚け眼をこすりながら返事をした。

 

「ふぁぃ……今起きましゅ」

 

(何だこのあざと可愛い生き物は……)

 

 ハチマンはそんな寝惚けたアスナに、用件を伝えた。

 

「アルゴが来てるから、ちょっと着替えてこっちに来てもらっていいか?俺達に話があるそうだ」

「アルゴさんが来てるの?ちょっと待ってて」

 

 思ったよりしっかりした返事を確認したハチマンは、自然な動きで牛乳をもう一つ用意した。

そんな二人の様子を見たアルゴは、昨日とは少し違うなと思い、ハチマンに鎌をかける事にした。

 

「ところでハー坊。実際のところ、アーちゃんとオレっちとどっちが好きなんダ?」

「アスナだ」

「即答!?」

 

 ハチマンのあまりの即答っぷりに、思いっきり素で反応してしまったアルゴだったが、

そんなアルゴにまるで追い討ちをかけるように、ハチマンは続けて言った。

 

「アスナは友達だがアルゴは顔見知りだ。どっちが好きかは言うまでもないだろ」

 

 昨日とはまったく違うハチマンの態度に、アルゴはかなり驚いていた。

 

(友達?友達になったって事か?それは理解できるけど、それだけでこんなに変わるもんか?

目の光も何か違う気がするし、二人の間に、一体何があったんダ)

 

 そんなアルゴの動揺をよそに、衝立の向こうから声がかかった。

 

「ハチマン君聞こえてるからね?そ、その、ありがとう。でも恥ずかしいからやめてね?」

「す、すまん。女友達が出来た事なんて、一度もないんでな……その、気をつけるわ」

 

 しばらくして、アスナが衝立の後ろから出てきたが、アルゴはまだ動揺したままだった。

ハチマンは、アルゴの頬をぺちぺち叩きながら呼びかけた。

 

「おーいアルゴ、話があるんだろ?ほら目を覚ませ」

 

 アルゴは我に返ると、咳払いをした後、頭を切り替え、すぐに本題に入った。

 

「それで相談なんだけどな、初心者向けのガイドブックを作って、無料で配布しようと思うんダ」

「いいんじゃないか?このままだとかなり、死者が出るだろうしな」

 

 死者、という言葉が出た瞬間、アスナが緊張したのを感じたハチマンは、

アスナの肩をぽんぽんと叩きながら、二人に声をかけた。

 

「そうならないように、俺達も極力手伝う。それでいいか?話ってのもそれだよな?」

「さすがハー坊は話が早いナ」

「何が出来るかはわからないけど、私も出来る限り手伝うよ」

 

 そんなアスナにハチマンは、自分なりの意見を言った。

 

「アスナに求められているのはまあ、初心者の視点だな。

ガイドブックに記載してあるといいなと思う事は何かとか、まあそんな感じだろ」

「うん、それならお役にたてると思う」

 

(奉仕部の理念でもあるからな。魚を与えるのではなく、釣りの仕方を教えるって事だ)

 

 その後三人は、今後の予定について話し合った。

最低限載せなければいけない項目、なるべく急いで製作するためのスケジュール。

これから二人がどういう予定でいるか等々、これからやるべき事が、

驚くほどスムーズにまとめられていった。

 

「リアルの話を聞くのは野暮かもだけど、二人は高校生か?なんか会議慣れしてるっていうか、

生徒会活動でもやってたのカ?」

 

 アルゴがふと、そんな事を聞いた。ハチマンは、この二人には何も隠す気は無くなっており、

自然に自分の事を、話してしまっていた。

 

「俺は高二だな。ちょっと前に他校との交流会で嫌ってほど会議に参加させられてな……」

「私も高二かな。生徒会はやってなかったけど、学級委員とかは何度もやらされてた」

「なるほどな。二人ともおねえさん的にポイント高いナ」

「そういうとこお兄ちゃん的にはポイント低いけどな……」

 

 突然わけのわからない事を言い出したハチマンに、二人はきょとんとした。

ハチマンは、自分がつい反射的に口にした言葉に気付き、説明をした。

 

「なるほど、たまたま妹さんの口癖と一緒だったんだナ」

「ああ、ここに飛ばされたのが俺で幸いだったわ。もし小町だったらと思うとゾッとする」

「確かにヤバかっただろうな。ニュ-ビーなら尚更ナ」

 

 そんな会話をしていた最中、ハチマンは、ふと何かに気付いたように考え事を始めた。

二人は何事かと様子を伺っていた。ハチマンはぶつぶつと何かをつぶやいていたが、

考えがまとまったらしく、顔を上げてアルゴの方を向いた。

 

「なあアルゴ、頼みがある」

「内容にもよるけど手伝ってもらうお礼に依頼料はサービスしとくよ。で、なんダ?」

「おそらく街には、外に出る勇気のない大人が結構いると思うんだよ。

そういう大人に、それとなく教会の事を教えてやってくれ。

あそこには大人数が生活できる施設が整えられているはずだ。

その上で、街を彷徨っている子供達を集めてくれるよう頼めば、コミュニティが出来る。

戦闘向きではない人のコミュニティが出来れば、そういう人たちが安全に暮らしていける。

後は、ガイドブックでも何でもいいんだが、そこに、街の中でコルを稼ぐ方法を載せよう」

 

 その提案を聞いて、二人は感心した。

それは、こんな状況だとどうしても忘れがちな、人として大切な考え方に思えたからだ。

そしてここまでのやり取りは、ハチマンの言う、奉仕部とやらの理念にも合致するように思えた。

 

「素直にすごいよ。ますますハー坊に興味が出てきたヨ」

「私もそこまでは考えられなかった。ハチマン君すごいね!」

 

 ハチマンは、褒められ慣れていないせいか、顔を赤くして下を向いていた。

 

「それじゃオレっちは、仕事が山積みだからそろそろいくぜ。

あとハー坊、良かったら戦闘訓練の時は呼んでくれな。興味があるんでナ」

「ああ、わかった」

「なんか二人と一緒に行動していれば、オレっちも現実に帰れそうな気がするんだよな。

それじゃまたな、二人とも。絶対に死ぬなヨ」

 

 そう言い残して去っていくアルゴを見送った後、二人は出かける準備を始めた。

宿を出ると、ハチマンはアスナに滞在期間を延長させ、自分はすぐ近くの別の宿をとった。

アスナは多少渋っていたが、男女が一緒なのは友達でも良くないと説得し、納得してもらった。

 

「とりあえず今日のうちに武器を新調出来たら、明日からは少し遠出をする事になる。

今日のうちにしっかりコルを稼いで、あの宿は期間いっぱいまで延長しておいた方がいいな」

「なんで?」

「あそこ以上に設備の整った宿は無いからな。女の子的には風呂の有る無しは大事だろ?」

「他の人に悪い気もするけど、うん、正直そうかも……」

「これくらいしてもバチは当たらんだろ。それにな……なんて言えばいいか……

女性プレイヤーは確かに少ないが、いないわけじゃない。

女性プレイヤーにはきつい環境だし、コミュニティももう出来ているかもしれん」

「うん、そうだね」

「そしてアスナに、女性プレイヤーの友達が出来たとする。

そうすると、お泊り会とかもあるかもしれないだろ?

そんな時、そこが風呂のある部屋だったら、最高だろ?

そういう息抜きってのは、こういう場合必ず必要なんだよ。

女友達とかいた事ないから、ただの俺の勝手な妄想かもしれないけどな。

あとこれだけは必ず約束して欲しいんだが、ここは善人ばかりな世界じゃない。

だからそういうのは、必ず信頼できる相手とだけにしてくれ」

 

 アスナは驚いたようにハチマンを見つめた。

ハチマンは少し気恥ずかしいのか、顔を逸らしていた。

アスナはハチマンが向いている方に回り込み、ハチマンの顔を覗きこんで、満面の笑顔で言った。

 

「やっぱりハチマン君は優しいね。うん、約束する!」

「ばっかお前、俺が優しいとか、これはそんなんじゃねえよ。

これくらいの気遣いは、ぼっちには必須のスキルなんだよ。

もし俺が誰かに話しかけて、その誰かが俺なんかと友達だと周りに思われたら申し訳ないだろ?

だから絶対に俺からは他人に話しかけないとか、そういうのと同じ事だよ」

「ふぅん……」

 

 アスナは、早口でまくしたてるハチマンの顔をさらに近くで覗きこんだ。

 

(近い近い!勘違いするからやめてくれませんかね?うっかり好きになりそうになるだろ!

その後告白して振られるまである、って振られちゃうのかよ)

 

「もうぼっちじゃないんだから、お風呂うんぬんの事はともかく、

今早口で言ったようなスキルは必要なくなったね」

「あっ、ハイ」

「それじゃ早速、ドロップ武器を狙いにいこう!」

 

 ハチマンは、アスナにはかなわないなと思いながら、狩場への先導をするのだった。

二人は狩場に着くと、張り切って狩りを始めた。

短剣は、狩りを始めてからすぐにドロップしたが、細剣は中々ドロップしなかった。

出来れば今日中に終わらせたいと、アスナの中にわずかばかりの焦りが生まれていた。

その焦りが、少しばかりのピンチを生んだ。

通常は、刺突技《リニアー》を多用し、トドメの際もほとんど隙の無いアスナであったが、

焦りからか、瀕死の敵に対して必要の無い《リニアー》を使ってしまい、技後硬直していた。

丁度その瞬間を狙ったかのように、横から敵がつっこんできた。

アスナは衝撃に備えたが、ギン!という音がしただけで、いつまでたっても衝撃は来なかった。

硬直の解けたアスナが慌てて目をやると、そこにはハチマンの背中があった。

敵の攻撃を弾いたらしく、そのままハチマンは、棒立ちの敵の首を刎ねた。

 

「すまん、サポートが遅れた」

「ううん、ありがとうハチマン君。今の技は何?」

「ああ、パリィって言うんだよ。通常は敵の武器をカウンターぎみに弾いて硬直させるんだ

そうすると、大体次の攻撃でクリティカルが入る。あ、これはアスナにも覚えてもらうからな」

「うん、頑張る!」

「おっと、やっとドロップしたみたいだぜ、ほれ」

 

 どうやらハチマンのアイテムストレージに、お目当ての細剣がドロップしたようだ。

アスナはハチマンからアイテムを受け取り、実体化させた。

 

「それがアスナの新しい武器、ウィンドフルーレだ」

「綺麗………」

「苦労した甲斐があっただろ?」

 

 アスナは、言葉も出ないまま、自分の新しい武器の輝きに魅せられていた。

 

(どうやら気に入ってくれたようで何よりだよ)

 

「それじゃ明日から遠征で、その武器の強化素材集めと修行だな」

「うん、頑張ろう!」

「それじゃ帰るか」

 

 こうして、二人は、アインクラッドでの二日目を終えた。



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第008話 そして、残された者たちは宣言する

2017/10/29 修正


 その日も雪ノ下雪乃は、日課である、お気に入りの猫動画の巡回活動を行っていた。

一通り見終わり、とても満足した表情を浮かべた雪乃が、

お気に入りに新たな動画を追加すべく検索活動に入ろうとしたその時、携帯が鳴った。

 

(この長さはメールじゃないわね、由比ヶ浜さんかしら)

 

 姉からだったら無視しようと思いつつ、雪乃は携帯を手にとった。

表示は小町からだったので、少しほっとつつ、雪乃は通話ボタンを押した。

 

「もしもし小町さん?どうしたの?もしかして、また比企谷君が何かしでかしたのかしら?」

 

 小町からは、たまにあの目の腐った男関連で電話があるので、

あの男がまた何かやらかしたのかしら、と思いつつ、雪乃は小町にそう尋ねた。

その表情は、とても優しかった。

 

「雪乃さぁん……」

 

 その第一声で、どうやら小町が泣いているようだと気付き、雪乃は狼狽した。

 

「どうしたのかしら小町さん。またあの男に泣かされたの?」

「雪乃さぁん……今帰ったら、テレビでナーヴギアが……

それで慌てて部屋に見に行ったら、お兄ちゃんが……」

 

 泣いている小町の説明は、ちっとも要領を得なかった。

困り果てた雪乃は、とりあえずテレビをつけてみる事にした。

どのチャンネルを見ても、内容は同じだった。その雰囲気から、どうやら自分が知らない間に、

世間ではとんでもない事が起こったらしいと思った雪乃は、ニュースを注視した。

 

(ナーヴギア?猫ゲームのために購入を検討していたあれの事ね。

え?茅場晶彦?聞いた事がある名前だけど………

あ、この人、姉さんのお見合い相手で、見事に姉さんをふった人だわ……

あの時は、姉さんを振る人が、この世に存在したのかと、とても驚いたのだけれど……

ソードアート・オンライン?デスゲーム?どういう事?

ゲームから脱出できないって、まさか……比企谷君が?)

 

 雪乃はその時、劇的に関係が改善されたはずの奉仕部の今後に、

暗い陰が忍び寄る気配を感じて寒気を覚え、肩を抱いた。そして慌てて小町に話しかけた。

 

「小町さん、落ち着いて答えてちょうだい。もしかして、比企谷君は……

今、ソードアート・オンラインをプレイしているの?」

「はい、雪乃さん。お兄ちゃんが……お兄ちゃんが……」

「すぐ行くから待っててちょうだい。場所はうちの運転手が知ってると思うから。

とにかく落ち着いて、ご両親と、出来れば平塚先生に連絡をお願い」

 

 小町はその言葉に、多少落ち着いたようだった。

雪乃と連絡がとれて、少しは安心出来たのだろう。

 

「雪乃さん、ごめんなさい。今小町に頼れるのは雪乃さんだけなんです。お願いします」

「わかったわ、気をしっかり持って、今言った人達に連絡を入れて、待っててちょうだい」

「はいっ!」

 

 雪乃は電話を切ると、どうすればいいか考えた。思ったよりも冷静な自分に驚いた。

すぐ決断し、アドレス帳から姉の番号を慎重に選び、通話ボタンを押す。

数コールで通話が繋がり、携帯から、いつも通りの姉の声が聞こえた。

 

「ひゃっはろー!どうしたの雪乃ちゃん。雪乃ちゃんからかけてくるなんて珍しいね?」

「ごめんなさい姉さん、緊急事態なの。これから私の言う事をよく聞いて」

「ん?どしたの~?また比企谷君が何かしでかしたの~?」

 

 姉妹揃って同じ思考な所に、雪乃は頭痛を覚えたが、今はそんな余裕はない。

 

「姉さん、事情を説明する前に、まずテレビをつけてちょうだい。

チャンネルはどこでもかまわないわ」

「今勉強してたんだけどなぁ。テレビテレビっと、ちょっと待ってね~?」

「姉さん、急いで!」

「わかったわよ~。雪乃ちゃんは相変わらず、怒ると怖いなぁ」

 

 姉は、言われた通りテレビを見てくれているようだ。焦燥感で手に汗が滲む。

唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえた。

思ったより早く戻ってきた姉の声色は、さっきまでとはまるで別人のようだった。

 

「理解したわ。もしかして彼が?」

「ええ、比企谷君よ」

「すぐ行く、家の前にいて」

「何か必要な物は?」

「大丈夫」

 

 姉妹の通話はそれで終わった。雪乃は支度を整え、

自分のただ一人の友達に電話をかけながら外に出た。通話はワンコールですぐ繋がった。

 

「もしもし、ゆきのん?なんかテレビがすごいね。ソードなんとかってやつ」

「今まさにその件で電話をかけたのよ、落ち着いて聞いてちょうだい。

比企谷君が、今まさにそれをプレイしているの」

「え?それって……」

「既に姉さんに連絡して、色々手配してもらっているわ。詳細がわかり次第すぐ連絡するから、

出来れば由比ヶ浜さんは、どこにも出かけないで、私からの連絡を待っていてほしいの」

「………わかった。お願い、ゆきのん……ヒッキーをお願い!」

「まかせて由比ヶ浜さん。比企谷君は、大事なうちの部員だものね」

 

 結衣は話しながら、何も出来ない無力感に包まれていた。

そして雪乃に全てを託し、出かける準備をして、連絡を待つ事に決めた。

幸い迎えはすぐに来たため、雪乃は会話を切り上げて、車に乗り込んだ。

すぐに陽乃の鋭い指示がとぶ。

 

「都筑、全力で飛ばしてちょうだい」

「はい、陽乃お嬢様」

「姉さん、状況は?」

「どうやら少しの間だけなら、回線が切断されても平気らしいわ。

多分その間に病院へ運べという事だと思う。雪ノ下系列の病院に、既に全て手配したわ。

まったくやってくれるわあの男、お見合いの時、一発殴ってやれば良かった」

 

 陽乃は、冗談ぽくそう付け加えたが、その声色は、怒気をはらんだものだった。

 

「あの男、何かたくらんでる雰囲気があったのよ。

うさんくさかったから、こっちから断ろうとしたら、先に断られてしまったんだけどね」

 

 交通法規ぎりぎりまで速度を振り絞った車は、驚くほど早く比企谷家に到着した。

家の前で待っていた小町に案内されて、

雪乃と陽乃は、ナーヴギアをかぶったままベッドに寝ている八幡と対面した。

 

(こんな形で来る事になるとは思わなかったのだけれど……)

 

 その時陽乃も、まったく同じセリフを呟いた。

 

「まさかこんな形で来る事になるとは思わなかったなぁ」

 

(似た事を考えるものね。やっぱり姉妹って事なのかしら)

 

 その後陽乃が、全ての手配をすごい早さで済ませ、八幡は、病院に移送された。

雪乃はすぐに結衣に連絡し、結衣の到着を待つ事にした。

今はそれしか、雪乃に出来る事は、無いのであった。

数刻後、雪乃の携帯に、結衣から病院に着いたと連絡があった。

雪乃が外に迎えにいくと、結衣は手を振りながら雪乃に駆け寄った。

 

「ゆきのん、ヒッキーは今どうなってるの?」

「体調面は今のところまったく問題ないらしいわ。中には入れないのだけれども、

外から様子は見れるようだから、すぐ病室に向かいましょう」

「うん、ありがとうゆきのん。私じゃきっと何も出来なかった」

「全て手配をしたのは姉さんよ。今ほど、姉さんがいてくれて有難いと思った事はないわ」

「それじゃ陽乃さんにもお礼を言わないとね」

 

 そして二人は病室に向かった。

その途中エレベーターの中で、結衣が話し出した。

 

「ゆきのん。あのね。

こんな事があったのに、私まだ泣いてもいないんだよ。おかしいよね?」

「おかしくはないと思うわ、由比ヶ浜さん。だって私もそうだもの」

「なんか悲しいというより、すごいヒッキーらしいな~って。

手が届きそうになると、するって逃げちゃうの」

「そうね、比企谷君、逃げ足だけは早そうだものね」

 

 目的の階に着くと、二人は黙って病室に向かった。

そこには、ひたすら泣いている比企谷家の家族と、黙って八幡を見つめている陽乃がいた。

小町は二人を見つけるやいなや、すごい勢いで二人に飛びついてきた。

 

「雪乃さん結衣さん、お兄ちゃんが……お兄ちゃんが……」

「もう大丈夫よ、小町さん」

「もう大丈夫だよ、小町ちゃん」

 

 二人は小町が泣きやむまで、ずっと小町の頭を優しくなでていた。

ようやく小町が泣きやんだ頃、陽乃が口を開いた。

 

「明日になったら病室にも入れるみたいだから、今日のところは帰りましょう」

「はい、陽乃さん。お兄ちゃんのために、今日は本当にありがとうございました」

「わかったわ、本当にありがとう、姉さん」

「本当にありがとうございます、陽乃さん」

「三人とも、変な事考えちゃだめだぞ?今日は帰ってお風呂につかってゆっくり寝なさい」

 

 陽乃は、とびきりの笑顔でそう言った。

その笑顔に元気づけられたのか、小町と結衣は、しっかりとした足取りで帰っていった。

 

「それじゃ私達も帰りましょうか。雪乃ちゃん」

「そうね、行きましょう、姉さん」

 

 車に乗り込み、発車してしばらくしても、二人とも何も喋ろうとはしなかった。

あと数分で雪乃のマンションに着くかという頃に、雪乃が口を開いた。

 

「あの場面であの表情が出来るなんて、やっぱり姉さんはすごいわ」

 

 陽乃は答えなかった。雪乃は陽乃の方を見て、さらに続けた。

 

「でもね、姉さん。ここには私たちしかいないのよ。

ここではもう仮面を外してもいいんじゃないかしら」

「!……雪乃ちゃん、比企谷君が、比企谷君が…………」

 

 それは雪乃にとって、生まれて初めて見る陽乃の涙だった。

陽乃の目から、堰を切ったように涙が溢れ出す。

雪乃は優しい表情で、家に着くまで陽乃の頭をなで続けていた。

そして次の日の朝、ホームルームで、担任の静の口から、

八幡が、ソードアート・オンラインに囚われた事が知らされた。

悪口を言う者もいたが、葉山と三浦の一喝により、その声は無くなった。

噂は学校を駆け巡り、昼休みに教室に来ためぐりといろはは、

その場で人目もはばからず号泣した。

周りにとっては意外だったが、川崎と、相模も一緒に泣いていた。

葉山は何かを堪えるように上を向き、三浦はじっと八幡の机を見ていた。

戸部と海老名も、俯いて一言も話そうとはしなかった。

そして放課後、部活を休みにした奉仕部メンバーは、八幡の入院する病室へ来ていた。

メンバーは、静、雪乃、結衣、いろはの四人だった。

四人が病室に入ると、先に来ていた小町が立ち上がり、四人を迎え入れた。

 

「皆さん今日は、うちのお兄ちゃんのためにわざわざありがとうございます!」

「初めまして小町ちゃん。先輩の後輩で、生徒会長の一色いろはです」

「あ、初めまして!お兄ちゃんの妹の小町です!」

「あら、二人は初対面だったのね」

「二人とも初対面だったんだ」

 

 一通り挨拶が終わったあと、平塚がまず口を開いた。

 

「で、お兄さんの具合はどうなのかね?」

「お医者さんは、体の方は問題ないって、絶対に守ってくれるって言ってくれました」

「そうか、とりあえず良かったな、小町君」

「はい。それで、もう一つの方なんですが……ちょっと小町的に意外っていうか……」

「もう一つ?病院で医者以外に何かあるのかね?」

「はい、陽乃さんが派遣してくれた、技術者の方がですね、えっと、

中の様子をちょっと解析?って言うんですか、状態だけ調べてくれたみたいなんですよ」

 

 その言葉を聞いて、一同に緊張が走った。そんな中、代表して雪乃が口を開いた。

 

「それで、比企谷君に何か問題があったのかしら?」

「それがですね~雪乃さん。小町にもよくわからないんですけど、

どうやらうちのお兄ちゃん、

誰か知らない女の人と、ずっと二人で行動してるみたいなんですよ」

 

 あまりにも予想外な小町の言葉に、全員の思考が止まった。

気まずそうな小町を前に、四人はしばらく黙っていた。そんな中、まず平塚が沈黙を破った。

 

「やれやれ比企谷、まったくお前って奴は……」

 

 その言葉で思考が働き出したのか、残る三人は、八幡に詰め寄った。

 

「あなたと言う人は、これは一体どういう事なのかしら?

まことに遺憾ながら、この私がこれだけ心配しているというのに、

知らない女性相手に何をしているのかしら?エロヶ谷君」

「何それ信じらんない!ばか!えっち!ばか!」

「何ですかそれ口説いてるんですか?

他の女の影を散らつかせて私の気を引こうだなんて手口が当たり前すぎるので、

もうちょっと工夫してから出直してきてくださいごめんなさい」

 

 それを聞いた平塚は、やれやれといった感じで肩をすくめた。

三人は、顔を見合わせたかと思うと、誰からともなく笑い出した。

とまどい、驚き、呆れ、怒り、様々な感情で病室が満たされた。

もし今八幡の意識があったら、彼は何と答えたのだろう。

最初に静が、明日またこの件についての職員会議があり、朝が早いからと席を立った。

残された三人も帰ろうとしたが、その時小町が、雪乃と結衣を引き止めた。

 

「あの、雪乃さんと結衣さんに渡す物があるんです」

 

 二人は小町から、丁寧にラッピングされ、

雪ノ下、由比ヶ浜、と別々に書かれた小さな包みを受け取った。

二人が包みを開けてみると、その中にはピンクと青のシュシュが入っていた。

 

「小町さん、これは?」

「えーっとですね……

クリスマスイブの昼間にですね、珍しくお兄ちゃんがちょこっと出かけたんですけど、

帰ってきた時に、お兄ちゃんのバッグの中にそれが入ってるのが見えたんですよ。

なので名前も書いてあるし、間違いなく二人への贈り物だと思って、

小町、勝手に持ってきちゃいました!」

 

 小町は、てへっという感じであざとく自分の頭を叩いた。

 

「比企谷君がそんな事を……」

「なんか意外~!でも、私のが青でゆきのんのがピンクって、反対じゃない?」

「そうね、なんとなく反対な気もするわね」

「多分お兄ちゃんには、何か考えがあったんだと思います。

今となってはわからないんですけどね」

「ヒッキーが選んでくれたんだから、きっとこれでいいんだよ、ゆきのん!」

「そうね、きっとそうなのよね」

 

 そして二人は、その場でシュシュをつけた。

いろははどこか悔しそうに、それでいて羨ましそうに、二人のシュシュを見つめていた。

そしてそんな二人を見た小町が、決意のこもった口調で、雪乃に話しかけた。

 

「小町考えたんですけど、雪乃さん、良かったら小町に、勉強を教えてくれませんか?」

「それは別に構わないのだけれど、理由を聞いても?」

「小町、受験まであんま時間がないんですけど、もしここで小町が落ちちゃったら、

お兄ちゃん絶対自分を責めると思うんですよ。

だから小町、お兄ちゃんが帰ってきた時に自分を責めないために、

ここから受験の日まで本気で勉強しようと思うんです」

 

 それを聞いた雪乃は、即答で快諾した。

 

「わかったわ。その依頼、引き受けましょう」

「私も手伝うよ、小町ちゃん!」

「大丈夫よ由比ヶ浜さん。絶対に口を出さないで見守っていてね?絶対によ?」

「なんか言い方がひどい!?」

「それと、私からも一ついいかしら。まず由比ヶ浜さんと一色さんになのだけれど」

「うんゆきのん、何?」

「何ですか?雪ノ下先輩」

「奉仕部を三人で守りましょう。ここで奉仕部が無くなってしまったら、

きっと帰ってきた時に、比企谷君が自分を責めると思うの」

 

 三人は口々に、その意見に同意した。

 

「あ~、ヒッキーなら確かにそう思うかも…」

「そうですね、先輩ならそう思うかもしれませんね」

「お兄ちゃんならきっとそう思うと思います!」

「なので、少なくとも私たちが卒業するまでは、私たちで、彼の帰る場所を守りたいの」

「うん!私も一緒に守るよ!ゆきのん!」

「私も陰ながら協力しますね!もし存続が危ない時は入部しますので!」

「小町も必ず合格して入部しますね~!」

 

 雪乃はそれを聞くと、満足そうに頷いた。

 

「それじゃあ私からもゆきのんに一つ、いいかな?」

「何かしら?由比ヶ浜さん」

「ねぇゆきのん。この中でまだ、私達二人だけが、泣けてないじゃん?

だからヒッキーが帰ってきたら、その、一緒にいっぱい泣こう!」

「そうね、ちょっと恥ずかしいのだけれど、了解したわ、由比ヶ浜さん」

 

 いろはも、負けてなるものかと口をはさんだ。

 

「それじゃあ私からもお二人に一つだけ。勝負はまだついていませんからね!」

「あら、勝負と言われては負けるわけにはいかないわね」

「勝負なら仕方ないね!私も負けないよ!いろはちゃん!」

「うわー、ここにきてお義姉ちゃん大戦勃発!?

でも知らないお義姉ちゃんもいるみたいだしなぁ……

小町じゃ収拾がつかないから、とにかく早く帰ってきてよね、お兄ちゃん」

 

 四人は、顔を見合わせて、嬉しそうに、そして恥ずかしそうに笑い合った。

そして皆、タイミングを計ったかのように同時に、横たわる八幡を見た。

この光景は、言葉は、きちんと彼に届いたのだろうかと。

もしこの光景を、アスナやアルゴが見たら、一体どこがぼっちなのかと、

溜息をついたに違いない。それはそんな、とても優しい光景だった。

 

「これは必ず帰ってこないとだね、比企谷君。この私も泣かせたんだしね」

 

 出るに出られずその光景を隠れて見ていた陽乃は、羨ましそうにそうつぶやいた。



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第009話 ハチマンは備えている

2017/10/29 修正


次の日アルゴを呼び出したハチマンは、アスナと三人で、戦闘訓練に出かけた。

 

「それじゃ、やるか。まず最初はソードスキルの速度を上げるところからだな」

 

 そう言うとハチマンは、まずアルゴに、何種類かのソードスキルの発動を指示した。

そしてその後、自分も同じ技を使うので、なんとなくでいいから見比べていてほしいと頼んだ。

アルゴがいくつかのソードスキルを発動した後、続けてハチマンも同じ技を使った。

 

「どうだ?」

「発動から終わりまでの時間が、かなり短いナ」

「そうだ。ついでに硬直時間も短くなる。システムアシストに頼りきりなのと比べて、

初速とか途中の力加減で、やっぱ差が出てくるんだよな。ほんとよくできたゲームだわ」

「なるほどナ」

「特にアルゴは情報屋だから、ガチの攻略とちょっと色合いが違うだろ?

ダンジョンに調査にいくとしても、基本は一撃離脱スタイルになるはずだ。

アスナも細剣だから、そんな感じだしな。

だから、俺のアドバイスで改善できる余地があるなら、早めに教えておいた方が、

今後のためにもいいと思ったんだよ」

 

 二人が頷くのを確認したハチマンは、レクチャーを始めた。

 

「最初の溜めは、弓を引き絞る感じカ」

「さすがアルゴは飲み込みが早いな。今までも、普通よりは全然出来てたと思うんだが、

やっぱり職業がら、ずっと戦ってたわけでもないだろうしな」

 

 ハチマンは、二人がうまく発動出来た時は積極的に褒め、そのせいもあったのだろうか、

アルゴで八割、アスナでも半分ほどは成功するようになっていた。

 

「思ったよりスムーズにものにできたナ」

「私はもうちょっとかな」

「後はひたすら反復練習だな。威力もしっかり上がってるはずだ。

まあ、俺が考えるこれの一番の肝は、硬直時間の短縮なんだけどな」

「確かに前と硬直の感覚が違うな。早く慣れないとだナ」

 

 二人へのレクチャーは、次の段階に入った。

 

「それじゃ二人とも、武器を左手に持ち変えてくれ。

最低限いつもと違う方の腕でもソードスキルを発動できるようにな」

 

「それってどういう場面で必要なの?」

「ああ。具体的には例えば、モンスターに手首から先を切り落とされた時だな。

手首を切り落とされても痛いわけじゃないが、武器は持てなくなるだろう?

そういう時とっさに凌ぐための技術だな」

「手首から先が無くなる……」

 

 アスナは自分の右手を見ながら、閉じたり開いたりしてみた。

アルゴも同様に、右手を見ながら何事か考え込んでいる。

 

「なぁハー坊。それ、別の目論見もあるんじゃないのカ?」

 

 ハチマンはその言葉を受け、逡巡しつつも答えた。

 

「……なあ、二人とも。例えば今俺が、ふいをついて二人の右手を切り落としたとする、

その時お前ら、俺に対抗する手段って何かあるか?」

 

 アスナは首を横へ振り、アルゴもそういう事かと納得したように首を振った。

 

「これだけの人数がプレイしていると、そこには必ずおかしな奴が混ざってくる。

プレイヤーキルを楽しむようなサイコ野郎だって必ずいるはずだ。

ピンチになったとして、少しでも余計に耐えられれば、助けも間に合うかもしれない。

他にも想定されるケースはいくつかあるんだろうが、今のとこ俺が考え付くのが、

まずこの方法って事になる。わかってくれるか?」

 

 二人は真剣な顔で頷き、いつもとは逆の手でソードスキルの練習をはじめた。

数回発動に成功したところで、アルゴが街に戻る事になった。

 

「それじゃオレっちは先に街に戻るぜ。やる事はたくさんあるしナ」

「おう、おつかれさん」

「あとハー坊。リアル情報は絶対表に出すんじゃねえぞ。

オレっちみたいな付き合いの浅い奴にあんなに簡単に喋っちまってたけど。

オレっちが悪意を持ってたら、今頃とんでもない事になってたかもしれないゼ」

 

 その返事に、ハチマンは何故かきょとんとした後、顔を青くした。

 

「すまん。第一印象で、お前がプロ中のプロの情報屋だと思ったから、

そんな奴がリアル情報なんぞ扱うはずがないと勝手に思い込んじまってた。

付き合いは短いが、お前がそこらへんしっかりしてるのは今でこそちゃんとわかってる。

しかし確かに勘に頼るとかありえない軽率さだったわ。今後気をつける」

 

 アルゴはその言葉に少し驚いた。

 

「こんな短い時間で、思ったより信頼されてたんだな。

そんだけ信頼されてたなら、やっぱりオレっち達も友達なんじゃないのカ?」

「いや、お前は知り合いだ」

「アーちゃんとの線引きがわからないゾ……」

「うむ、正直俺もよくわからん」

 

 二人は顔を見合わせて、お互いに溜息をついた。

 

「それじゃ、情報が欲しい時はまた連絡くれヨ」

「ああ、またな」

 

 アルゴはそう言って走り去っていった。

 

「ハチマン君とアルゴさんって、本当に仲がいいよね」

 

 休んでいたアスナが、微妙な顔つきで話しかけてきた。

 

「普通に友達に見えるんだけどな」

「あー、なんつーか、キャパシティ低くていきなり複数とかまだ無理っていうかだな…」

「友達は私だけって、嬉しくないわけじゃないけど、なんか複雑」

「すまん、努力する……」

「まあちょっとづつでいいんじゃないかな?無理やり増やすのもちょっと違うと思うしね」

「ああ」

 

 近くの村を拠点にし、二人は武器の強化用素材を手に入れつつ、レベル上げに勤しんだ。

そしてレベルと素材にある程度までめどが立ち、アスナも入浴したがったため、

二人は一度、始まりの街に戻る事となった。

 

「中々の収穫だったね」

「おう、頑張ったな」

「明日はどうする?」

「そうだな、ここらで一日休みにするか。アスナもこの街の事まだよく知らないだろ?」

「そうだね、それじゃ私は色々まわってこようかな。教会の様子も気になるし」

「俺も俺なりに色々調べとくわ」

 

 二人は別れを告げ、それぞれの宿に向かった。

アスナはベッドに腰掛け、大きく伸びをしたあと、そのま後ろに倒れ込んだ。

体は心地よい疲労感につつまれている。

アスナにとって今までの人生は、ハードルを一つ越えればまた次のハードルが現れる、

ある意味終わりの無い道を延々と歩くようなものであったが、

この世界では努力がきちんと数値に表れる。

目標が目に見えるというのは、かなりモチベーションを保つ効果があるんだな、

等と考えつつ、早めに入浴をすませてしまおうと思い、

アスナは風呂場に向かい、湯船に浸かった。

 

「短い間に、色々な事があったな……私一人だったら、どうなってたんだろ……」

 

 生活もある程度は落ち着き、アスナは当初よりは、色々考えられる余裕が出てきていた。

そして、何もわからないこの世界に一人で放り出されていたら、

自分はもうこの世にいなかっただんだろうな、と漠然と感じた。

 

(ハチマン君か……助けてくれた時に私の事を男の子だと思ってたのは間違いないから、

最初からすんなり信頼はできたんだよね。

その後話を聞いて、いなくなったら悲しいと思って友達になったわけだけど、

同情とか依存とか、そういう気持ちがまったく無かったかと言われると自信がない)

 

 アスナは、そんな事を考えつつ、かぶりを振った。

 

(でもあの時一番強く感じた気持ちは……私は彼の言う、本物が羨ましかった。

今の私はまだ、彼に依存してしまっている。彼の言う本物にはなれていないと思う。

まずは、お互いの背中を守りあえるくらいにはなりたいな……

自分からも思う事をしっかり言えるようになって、そして、

自信をもって、本物だと思える友達になりたい。よし、頑張ろう!)

 

 決意を新たにしたアスナは、今度こそ本当にリラックスし、

明日はどうしようかと予定を立て始めるのであった。

 

 一方その頃ハチマンは、情報交換のため、アルゴと会っていた。

 

「ここ数日で得られた情報は、これくらいだな」

「ありがとな。それじゃこれ、情報料ダ」

 

 ハチマンはそれを受け取らず、ちょっと待てという感じで手のひらを前に出した。

 

「あーアルゴすまん、それを受け取る前に一つ情報が欲しい」

「ん?なんダ?」

「一層ボスの種族っつーか、そういう情報はあるか?」

「昔の情報で良ければあるけど、それでもいいカ?」

「ああ、かまわない」

「それじゃ差し引きチャラだな。イルファング・ザ・コボルドロードと、取り巻きだヨ」

「コボルドのでかいやつと、取り巻きって事か?……すまん助かる」

「βから色々変更されてる可能性もあるから、

情報としちゃそこまで価値があるわけじゃないが、いいのカ?」

「ああ。アスナに、対ボス戦用に経験をつませるのに、

どのモンスターを多めに相手にすればいいか、参考にしたかっただけだからな」

 

 その言葉に、アルゴは、なるほどと頷いた。

 

「やっぱりハー坊は、慎重だナ」

「あともう一つ、どうしても聞きたい事がある。もちろん情報料は払う」

「ああ、それならこっちからも一つ頼みがあるんだよ。ガイドブックが完成したので、

それを外の町や村に配るのを手伝ってくれないカ?」

「明日はオフにするつもりだったんだが、明後日でもかまわないか?

「うん、それで大丈夫だヨ」

「明後日は、北の方に行くつもりだったから、その方面は任されるわ」

「ああ、よろしく頼むな。で、聞きたい事って何ダ?」

「この世界に、コーヒーと練乳はあるか?」

 

 そしてその情報を確認したハチマンは、すぐさま料理スキルを取得した。



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第010話 新たな出会い

2017/10/29 修正


次の日の早朝、ハチマンは、アスナに連絡を取り、宿を訪れていた。

 

「ガイドブック、完成したんだ」

「ああ。明日は北の方に行くつもりなんだが、一緒にどうだ?」

「うん、わかった」

「あとすまないんだが、牛乳を少しわけてくれないか?」

「あ、うん、ちょっと待っててね」

 

 アスナが牛乳を取りに向かうと、後ろからハチマンがぶつぶつ言っているのが聞こえた。

 

「これでやっと……ソウル……クが………」

 

 アスナは、ソウルって何だろうと思いつつ、ハチマンに牛乳を渡した。

 

「おう、ありがとな。今日はこれから出かけるのか?」

「うん、まず教会を覗いてみて、それから町の探索かな」

「気をつけてな」

「うん、ハチマン君もね」

 

 ハチマンが帰っていく後ろ姿を見て、アスナは、何か上機嫌だなと感じた。

 

(何かいい事でもあったのかな)

 

 それをなんとなく嬉しく思いつつもアスナは、教会へと足を向けた。

窓から中を覗くと、年配の人や、アスナより少し年下であろう子供たち、

そして数人の穏やかそうな大人がいて、うまくやっているように見えた。

 

(良かった。今のところうまくいってるみたい)

 

 教会の入り口から話し声が聞こえ、アスナがそちらに目を向けると、

そこにはとても背が高く、体格のいい、黒人の青年がいた。

その青年は、入り口の中にいる人物と話をしているようだ。

 

「エギルさん、いつもすみません」

「いえいえ、これくらいしかお役にたてませんが……」

 

(あの人エギルっていうんだ、大きいなぁ。話からすると、きっと優しい人なんだろうな)

 

 アスナは、気は優しくて力持ちだね、と思いながら、エギルの名前を心に留めた。

そして足の向くまま、色々な店を見てまわった。

私服をいくつか見てまわり、露天で食べ物を買う。

 

(衣食住のうち、食だけはなんともいえないなぁ……

自分で料理スキルを上げたら、もっとおいしい物が作れるのかな)

 

 アスナは料理スキルをとろうと決め、宿に戻った。

 

(服もいっぱい買えたし、リフレッシュリフレッシュ)

 

 久々に穏やかな日を過ごせたアスナは、また明日から頑張るぞと気合をいれ、

その日は早めに眠りにつくのだった。

 

 

 一方その頃、一日試行錯誤していたハチマンは………

 

「ついに出来た………」

 

 念願のドリンクを完成させ、久しぶりの味わいに酔いしれていた。

 

 

 

 次の日二人は、予定通りに北を目指した。

途中いくつかの村にガイドブックを置きつつ、二人は谷あいの町、トールバーナに到着した。

 

「ここは結構広いから、手分けするか」

「そうだね、それじゃ私はあっちかな」

「俺はあっちに行くわ。終わったらそうだな……あそこの噴水に集合な」

「うん!それじゃ後でね!」

 

 アスナは順調にガイドブックを配っていった。

そして最後の道具屋にガイドブックを配り終えた時、突然プレイヤーに、声をかけられた。

 

「あの、それは何ですか?」

「あ、はい、色々な情報が載ったガイドブックです。宜しければ一つお持ち下さい」

 

 そう笑顔で答えるアスナの顔を、フードごしに見たそのプレイヤーは、驚いていた。

 

「女の子……」

 

 そのプレイヤーも、自分のフードの前を軽く開け、嬉しそうに自己紹介をした。

 

「はじめまして、あたしはリズベット。良かったら、リズって呼んでね!」

「はじめまして、私はアスナだよ。よろしくねリズ!」

「良かった~女の子がちっともいないから、ちょっと寂しかったんだ」

「うん、私も私も!」

 

 二人はすぐに意気投合したようで、久々のガールズトークに花を咲かせた。

内容はゲーム内の事ばっかりだったので、

それを本当に、ガールズトークと言っていいのかという問題はあったのだが。

気が付くと、結構な時間が経っていたようだ。

アスナは、遠くからハチマンが歩いてきているのに気が付き、

ちょっとまっててねリズ、と言ってハチマンに駆け寄っていった。

 

「ごめんハチマン君、待たせちゃったね」

「おう、何かあったかと思って、様子を見にきたわ」

 

 アスナはリズベットと知り合った事を説明し、ハチマンをリズベットの所へ連れていった。

 

「あ~、ハチマンだ。よろしくな、リズベット」

「あ、リズでいいよ、よろしくね、ハチマン!」

「わかった、リズだな」

 

 なんとなく、ハチマンをうさんくさいなと思ったリズベットは、

唐突に二人に質問をした。

 

「で、二人は付き合ってるの?」

「もう~からかわないでよ、リズ」

 

 困っているアスナをちらりと見て、ハチマンは、いつもの彼らしい説明を始めた。

 

「あー、なんていうか、ただの友達だな。

そもそも俺みたいなのが彼氏だと思われたら、アスナに悪いだろ」

「ハチマン君」

 

 アスナから怒気を感じ、ハチマンは、俺みたいなのの彼氏だと間違えられたら、

当然そうなりますよねといつもの通り思い、素直に謝る事にした。

 

「その、なんか悪いなアスナ、不愉快だっただろ」

「ハチマン君やっぱりわかってない。私が怒ってるのはハチマン君の勘違いにだよ」

 

 アスナはさらに言葉を続けた。

 

「ハチマン君、確かに私達は付き合ってるわけじゃないけど、

それを訂正するのに、ハチマン君が自分を悪く言うのは私は嫌。

私は少なくとも、ハチマン君を大切な友達だと思ってるよ。

だから、そういうのはもうやめよう?」

「………そうだなアスナ、俺が悪かった。

というわけで訂正する。アスナとは友達だ、リズ」

 

 その光景を見てリズベットは、自分が間違っていたと思い、楽しそうに笑った。

 

「おっけ~友達ね!アスナ、からかってごめんね?で、二人はこれからどうするの?」

「予定では、この周辺で探索と狩りかな?」

「そうだな、そんな感じだ」

「あの、それじゃあさ、迷惑じゃなければ、私も一緒に行ってもいいかな?

何度かパーティで狩りには行ったんだけど、変な男ばっかりでさ……」

「あ~、確かにリズは、、幸が薄そうだしな」

「ハチマンひどい!」

「ハチマン君、正座」

 

 本当に正座をしようとするハチマンをアスナが慌てて止め、

それを見たリズベットは大笑いした。

リズベットにとって、それは久しぶりの心からの笑いだった。

 

「で、どうかな?」

「俺は別に問題ないぞ。アスナはどうだ?」

「私も問題ないよ。よろしくね!リズ」

 

 こうしてその日は三人で行動する事になった。

 

「リズ、スイッチとPOTローテは分かるか?回復アイテムは足りてるか?」

「うん、前教わったから大丈夫。アイテムも問題ない」

「それじゃ行くか。あっとその前に、リズの武器って何だ?」

「今はメイスかな。なんかこれが一番しっくりきたの」

「しっくりか。もしかしたら鍛冶とか向いてるのかもな」

 

 リズベットはそんな事を言われたのは初めてだったので、意表を突かれた。

今までちょこちょことアドバイスをくれた人はいたが、戦闘に関してばかりで、

そういった別の視点でのアドバイスをもらったのは初めてだった。

今までは、ただ戦っていればいいのだと思っていたリズベットは、

この時はじめて、戦闘以外の事に目を向ける機会を得た。

 

「鍛冶かぁ……やってみようかな」

「おう、いいと思うぞ。こんな状態になっちまって、大変なのは確かだが、

クリアのためには、戦える人間だけが必要なわけじゃないからな。

情報を集める人。武器や防具を作る人。裁縫や料理で日常を支える人。

みんな大事で、攻略には無くてはならないからな」

「そうだね!私、頑張ってみる!」

「おう、その意気だ!それじゃインゴット系も落とす、ワーム狩りにするか。

あ~、二人とも、ちょっとコワモテのミミズとか平気か?」

「あはははは、ハチマンコワモテって。私は平気。アスナは?」

「私も平気だよ」

「ま、モグラ叩きみたいなもんだから気楽にいこう。それじゃこっちだ」

 

 その後三人は、周辺のクエストをこなしつつ、ワームでレベルを上げた。

ドロップしたインゴットは、全てリズベットがもらう事となった。

ハチマンとアスナからすれば、鍛冶師としての門出の祝いのつもりであった。

リズベットは最初遠慮していたが、二人の気持ちが嬉しくもあり、結局全て受け取った。

まだまだ素人レベルではあるが、こうしてリズベットは、彼女なりの第一歩を踏み出した。

日も落ちてきたので、三人はトールバーナに戻り、宿をとることにした。

ハチマンは一人で。アスナとリズベットは、同じ部屋という事になった。

 

「あーなんか久々楽しかった!あそこでアスナに声をかけた自分を褒めてあげたい!」

「リズが楽しそうだったから、私も楽しかったよ!」

 

 女の子同士の付き合いに飢えていたのか、二人は様々な話をした。

個人情報は伏せつつ、アスナがハチマンとの出会いから、

男だと間違われて宿に連れて行かれた話、友達になった話を聞かされて、

リズベットは、ドラマみたいと大笑いしていた。

そして話がお風呂の話題になると、リズベットが即座に食いついた。

 

「私もお風呂入りたい!」

「うん、いつでも来てねリズ」

 

 アスナは、以前ハチマンに言われた通りになったなと思いながら、その時の話をした。

そして話が一段落した時、リズベットが真面目な顔でアスナに語りかけた。

 

「アスナごめん。私、最初ハチマンの事を遠くから見た時、

アスナが変な男に騙されてるんじゃないかって一瞬思っちゃったんだ。

でも話してみて、一緒に行動して、今こうして話を聞かされて、

私の目は曇ってたんだなって本当に思った。ごめんなさい」

 

 アスナはぽかんとした後、笑い出した。

 

「ハチマンって、優しくていい奴だね」

「うん、捻くれてるけどね!大切なお友達なの!」

 

 とても嬉しそうに笑っているアスナを見てリズベットは、

今日のこの二人との出会いをとても喜ばしく思ったのだった。



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第011話 遺跡探索

2017/10/29 修正


 それからハチマンとアスナは、情報収集や更新されたガイドブックを配る手伝いをし、

時にはリズベットを交えて狩りに行ったり、料理をしたりと、

それなりに充実した日々を過ごしていた。

リズベットはよくアスナの部屋に泊まりに来るようで、

アスナはよくリズベットの話をするようになった。

アスナが楽しそうに話すのを聞くのが、ハチマンは好きだった。

ハチマンとアスナは、もう余裕でボスに挑めるくらいのレベルや装備を確保していたが、

アルゴから漏れ聞くところによると、

フィールドボスは既にある程度余裕をもって倒されているとの事であったが、

階層ボス戦に挑める状態を確保できているプレイヤーの数は、

まだ微妙に足りていないとの事であった。

アルゴの話だと、彼ら三人にリズベットを加えれば、

ボス部屋を発見する事は十分可能との事であったが、

今の段階だと、無理して挑もうとする者が多く含まれる可能性があるとの考えから、

まだ時期尚早だと二人の意見が一致し、ボスへ挑むのは、

他のプレイヤーが自力でボス部屋を見つけた後の方がいいという事になった。

 

「まあ、何事も最初は時間がかかっちまうもんなんだよな。

次の層からはもっと早く進行できると思うんだがな」

「まあそうだな。それよりもなハー坊、もっと深刻な問題があるんだヨ」

「ん、何かあんのか?」

「ゲーム内で、ボスの情報があまり出ていない」

 

 通常はクエスト等で出てくるはずのボスの情報が、

現状あまりにも足りていないとの事だった。βテスト時の情報はあるにはあるが、

どんな変更点が加えられているかわからない以上、

そんな情報に頼って攻略するのは、自殺行為だ。

 

「でな、昨日NPCから、やっとそれっぽい情報が聞けたんだよナ」

「なるほど、調査を手伝えと」

「ああ。依頼料も出すぜ。アーちゃんも加えて、一緒に遺跡に潜って欲しいんだヨ」

「リズが一緒でもいいか?アスナが喜びそうだし」

「リズっちか。本人がいいって言うならいいゼ」

「じゃあ二人に聞いてみるわ」

 

 こうして四人は、トールバーナから少し東に行った所にある遺跡を探索する事となった。

 

「で、どんな情報なんだ?」

「追放されたコボルド王の側近が、隠れ住んでいるらしいってサ」

「なんともいえないな、行ってみるしかないか」

 

 四人は、慎重に探索を進める事にした。

 

「俺が先頭、アスナとリズベットは真ん中、アルゴは後方の警戒な」

「オレっちが先頭の方が良くないカ?」

「まあ任せろって。っと、ストップだ。前方に罠がある」

「どこだ?オレっちには感知できないナ」

 

 ハチマンが、近くにあった小石を前方に放り投げると、落とし穴が発動した。

三人はあっけにとられてハチマンを見た。

 

「あー昔から俺は、観察眼と他人の視線を感じる事には定評があってだな」

「それにしても今のは、まるで周囲のデータ量の違いとかが見えてるみたいだったゾ」

 

 アルゴはそう言いながら落とし穴に近づいていった。

 

「このくらいの距離ならオレっちにもわかるんだけどナ」

「まあ、早めに気付けた方が対応も取りやすいしな」

「ハー坊は化け物か……」

「ハチマン君すごい……」

「人間業じゃないね……」

「そんなに褒めるな。照れるだろ」

 

 ハチマンは、ちっとも照れていないように見えたのだが、口に出してはそう言った。

 

「いや褒めてないんだけど!」

「まあ褒め言葉ではないナ」

「わ、私は褒めてるよ!」

「あーはいはい、俺の味方はアスナだけだな。それじゃ行くぞお前ら」

 

 その後も全ての罠や不意打ちがハチマンの手により封殺され、

一行は順調に奥へ探索の手を伸ばしていった。そして四日目、一行は豪華な扉の前にいた。

 

「ここで最後みたいだな、ちょっと覗いてみるか」

「気をつけてね、ハチマン君」

「おう、隙間からちょっと見るだけな」

 

 ハチマンが中を覗き見ると、遠くの方に、黒いコボルドらしき巨体が見えた。

 

「敵は黒いコボルドが一匹。HPバーは二本。

見た感じ、話に聞いたフィールドボスほどの大きさじゃない。

援軍の可能性もあるから、周囲は必ず警戒だな」

「フォーメーションはどうするの?」

「俺がまず敵を引き付ける。アルゴと俺がスイッチ、アスナとリズがスイッチだ。

後方に下がった奴が、追加沸きに備えて周囲の警戒だな。

ポーションを準備しておくのを、忘れるなよ」

 

 こうしてフォーメーションを確認した後、四人は部屋へと入っていった。

 

「ブラック・ルイン・コボルドセンチネルか。名前からすると、

階層ボスの取り巻きのちょっと強い奴って感じだナ」

「ボスの強さを計るにもちょうどいいかもね」

「私はちょっと緊張してるかも」

「大丈夫だリズ、きちんと周りがフォローする。それじゃ、行くぞ」

 

 四人が駆けだすと、敵は即座に戦闘態勢をとり、右手に持つ剣を振り上げた。

ハチマンは急加速し、敵が剣を振り下ろす前に敵の股間をスライディングで抜け、

右足にソードスキルを放った。

体重のかかっていた右足を攻撃されたためか、敵はそのまま転倒した。

 

「アスナ、今だ!」

 

ハチマンがそう叫ぶと、すかさずアスナが突進し、連続して《リニアー》を放った。

敵は立ち上がりつつ、剣を滅茶苦茶に振り回した。

滅茶苦茶ゆえに、その攻撃は何度かハチマンにかすっていたが、

ハチマンはしっかりと見極めた上、何度かパリィを決め、

その隙にアスナが再び攻撃を加え、初手でかなりのダメージを与える事に成功した。

そしてアルゴとリズベットにスイッチ。

アルゴはヒット&アウェイで確実にダメージを積み重ね、

リズベットも、無理をしないように、主に後方から、確実に打撃を与えていた。

四人はスムーズなコンビネーションを見せ、とても安定した戦闘を繰り広げていた。

 

「まもなく一本目が削り終わる。援軍が来るとしたら、ここか、HPバーが赤くなった時だ。

アルゴ、スイッチ!アスナとリズベットは安全が確認できるまで後方待機で頼む」

 

 ハチマンが前に出て、三人は周囲の警戒を強めた。

幸いその時は何も起こらず、四人はさきほどのように戦闘を続けた。

そして敵のHPがレッドゾーンに入ろうとした時、

一本目の時と同じように警戒していた三人は、新たな敵の出現を目にした。

 

「ハー坊、前方から敵が二匹くる。HPバーは一本。そいつよりは小さいナ」

 

敵は既に発狂モードに入り、攻撃は激しくなるばかりだった。

三人が迷っていると、ハチマンから指示が飛んだ。

 

「ちょっと無理をする事になるが、しばらく一人で支える。

三人でローテを組んで、追加の二匹を頼む」

「そんな!ハチマン君、一人で大丈夫なの?」

「大丈夫だ、無理はするが無茶は絶対にしない、約束する」

「わかった。すぐ助けに戻るから、待ってて!」

「ああ、なるべく早めに頼む」

 

 幸い大した強さの敵では無かったため、三人は多少攻撃をくらいはしたが、

程なくして二体を撃退し、急いでハチマンの元へと戻った。

そこで三人が見たものは、先ほどまでのパリィに加え、

敵が武器を振りかぶるか否かのタイミングに合わせて要所に攻撃を入れ、

敵に攻撃の余地をまったく与えていない、ハチマンの姿であった。

ハチマンはアルゴにスイッチしてもらい、後方に下がると、崩れるように腰を下ろした。

アスナがあわてて駆け寄ろうとしたが、ハチマンはそれを制した。

 

「俺は大丈夫だから、さくっとあいつ、やっちゃってくれ」

「ごめんね、すぐ戻るから」

 

 そして数分後、ついにブラック・ルイン・コボルドセンチネルは倒れた。

三人はすぐさまハチマンに駆け寄った。

 

「ハチマン君、具合はどう?」

「ああ。ダメージをくらったわけじゃないから、問題ないぞ」

「しかしすごかったな。あんな事が出来るなんて思ってもみなかったヨ」

「ねえハチマン。あれ、どうやってやってたの?」

「ああ、あれはな、罠を見つけるようなもんだ」

 

 三人の頭の上に、疑問符が並んだ。

 

「罠を見つける時言っただろ。なんとなくわかるって。

あれと同じで、敵の体を良く観察してな、

で、攻撃の気配がしたと思ったら、そこに攻撃を叩きこむ。

そうするとな、敵の攻撃が止まるんだよ。

通常はそこで攻撃も叩きこむんだが、今の条件じゃ無理だ。

まあ、ダメージと引き換えに無茶すればやれない事もなかったんだが……

それじゃあアスナとの約束を破る事になっちまうからな。安全第一だ」

 

 ハチマンは事もなげに言ったが、それがどれほどすごい技術であるのか。

三人には想像もつかなかった。

 

「約束、ちゃんと守ってくれたんだね」

「ああ。パーティリストのHPバーが大きく減ったら、余計な心配かけちまうしな。

更にそれに気を取られて、もし三人がピンチになったりしたらって考えたらな」

「ところでハチマン、ダメージが無かったのにすごい疲れてなかった?」

「あ~それはな、馬鹿みたいに集中するから、主に脳がすごい疲労するんだよ。

集中してる間はまだいいんだが、終わるとどっと疲れるんだよな」

「なるほどな……それじゃオレっちとリズっちで、周囲の探索をしてくるとするか。

アーちゃんは、もうちょっとハー坊についててやってくれよナ」

「うん、それがいいね。アスナ、ハチマンをよろしくー」

「うんわかったよ。何かあったらすぐに知らせてね」

 

 二人は周囲を調べに行き、アスナは、まだ心配そうにハチマンを見ていた。

 

「大丈夫?何か飲む?」

「あー、大丈夫だ。とっておきを出す」

 

 ハチマンはそう言うと、何か飲み物を取り出して、飲み始めた。

 

「何それ?」

「千葉県民のソウルドリンクだ。まだまだあるぞ。アスナも飲むか?」

「うん、飲んでみようかな」

 

 ハチマンは、アイテムストレージから飲み物を取り出し、アスナに渡した。

 

「それじゃいただきまーす、って、甘い!!」

「アスナには甘すぎたか?」

「うーん、大丈夫かな。むしろ好きな味かな」

「この良さをわかってくれるか……基本的に、昔お勧めした奴は皆、

甘すぎる甘すぎるって文句ばっかりだったから、なんかすげー嬉しいわ」

「確かに甘いけど、好きな味かな。疲れも取れそうだし」

「脳の疲労回復には甘いものが一番だしな」

 

 こうしてしばらく休んだ後、二人も探索に加わった。

奥には部屋があり、そこの宝箱には、沢山のポーションが入っていた。

そのポーションはアルゴに委託され、出所がわからないように工夫された上で、

ボス戦に参加する人に渡っていく事となる。

 

「壁画?」

「ああ、これで確定したな」

 

 その部屋の壁画に描いてあったのは、

イルファング・ザ・コボルドロードと、十二体のルイン・コボルドセンチネルの絵だった。

イルファング・ザ・コボルドロードの横には、種類はわからないが、

何本かの武器が入った箱が描いてあった。

 

「ボスと、取り巻きが十二体出るって事でいいのか?

あと、ボスが途中で武器を持ち変えるイメージなのか、これ」

「そういう事だナ」

 

 無事探索を終えた一行は街に戻り、アルゴのおごりで軽い打ち上げを行った。

打ち上げと聞いたハチマンは、最初はしぶっていたが、

アスナの必殺技、上目遣いでお願い攻撃をくらい、一発で撃沈した。

そして数日後、アルゴから、ついにボス部屋が発見されたとの連絡が入り、

その二日後、トールバーナの広場にて、第一回ボス攻略会議の開催が決定された。




膝枕と間接キスフラグはどこへいった。


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第012話 第一層攻略会議の顛末

2017/10/31 修正


 そしてついに、攻略会議の朝が訪れた。

リズベットは、まだ階層ボス戦に参加するのは、少しつらいだろうという事になり、

今回は不参加という事になった。

 

「ごめんね、二人とも」

「ううん、リズ、別に謝る事なんてないよ」

「そうそう、リズはリズに出来る事を頑張ってくれればいいんだ。

それが結果的に、俺たちの助けになるはずだ。

前も言ったと思うが、直接戦う奴だけがえらいなんて事は、まったく無い」

「うん、ありがと。二人の武器は私がきっちりメンテナンスするから、

だから二人とも、必ず勝って戻ってきてね」

「ああ、約束だ」

「うん、約束する」

 

 簡単な話し合いの結果、アスナ一人が、先に会場へと向かう事となった。

ハチマンは、アルゴが頑張って今日に間に合わせた、

ボス編のガイドブックを、道具屋にこっそりと置いてから、会場に向かった。

後方にポツリと座るアスナの姿を確認し、ハチマンは、アスナの隣に腰掛けると、

ここまでの進行がどうなっているのかの説明を、アスナに求めた。

アスナはやや暗い表情で、ここまでに何があったかを、説明し始めた。

 

「まとめ役は、あのディアベルって人みたい。

気持ちの上ではナイトやってますって言ってたかな」

 

(ナイトか……俺も気持ちの上ではシャドウアサシンですとか言ってみたいが)

 

 ハチマンは、それを聞き、中二病が再発しそうになった。

アスナはそんなハチマンの内心には微塵も気づかず、説明を続けた。

 

「そしたら、あのキバオウって名前の変な髪形の人が……」

「変な髪形?ああ、あいつか」

「うん。あの人ね、いきなり会議の前に、βテスターども出て来い!

お前らのせいで二千人も死んだんや!きっちり責任とれや!って言い出して……」

「はぁ?何だそいつは」

 

 八幡は、呆れた顔でそう言った。

 

「で、その後に、あのエギルって大きな黒人の人が、情報はきちんとあったって言い出して、

それで一応場が収まった感じかな。あのエギルって人、前教会で見かけた事があるんだけど、

なんかいい人そうだった」

「なるほど」

 

 その後、流れを詳しく説明してもらったハチマンは、自分の想定の甘さを悔いた。

そしてボス編のガイドブックの内容を思い出して、顔面蒼白になった。

 

(しまった……確定情報の、敵の数と武器変更の可能性についての言及はいいが、

敵の使うソードスキルや推定HP量、ダメージ量の各データと、

この情報はβテスト時のものであり、製品版では変更の可能性がありますっていう、

あの文はまずい。アルゴはこうなるのを承知で書いたのか?あいつめ……

ここまでニュービーとβテスターとの間に溝があるとは、俺には想定外だった。

一つ確実にいえるのは、このままではアルゴが危険だって事だ)

 

「ハチマン君、何かあったの?」

 

 ハチマンの暗い表情を見て、アスナが心配そうに尋ねた。

ハチマンは焦燥を抑えつつ、今自分が考えた事を、アスナに説明した。

 

「アルゴさんが危険な立場に……」

「ああ、このままだと、その可能性が高い」

「ディアベルさ~ん」

 

 その時一人のプレイヤーが、慌てて会場に駆け込んできた。

 

「ディアベルさん、こんな物が今、道具屋に!」

「ん?これは……鼠の本のボス編!?」

「ボス部屋は見つかったばかりだぞ?どうしてこんなに早く……」

「こんなに細かく……さすがだな……

うん、これならいけるな、数値的にはそこまで強いわけじゃなさそうだ」

 

 だが、本の内容を見て、盛り上がる場をしり目に、またキバオウが騒ぎ出した。

 

「ほれ見い!あの女、やっぱりβテスターと関わりがあるんや!

奴自身もβテスターに違いないで!これは詳しく話を聞かんとあかんな!」

 

 何人かが、そうだそうだ!と同意し、場の雰囲気が、一気にβテスター批判に傾いた。

ハチマンは、どうすればこの場を収める事が出来るのか、必死に考えていた。

 

(まずこの場の怒りを俺に向ける。これはキバオウ批判でいいだろう。

それには、誰もが理屈では納得できるような、正当な理由がなくてはならない)

 

 クリスマスイベントを経てこのゲームに囚われ、多少前向きになったとはいえ、

やはりハチマンのこういう場合の対応は、とっさであればあるほど、

自己犠牲の上に成り立つものになってしまう様だった。

事前にもっと、考える時間があれば、また別の道もあったのだろうが、

いかんせん今回は、時間も準備もまったく足りていなかった。

ハチマンが、意を決して前に出ようとすると、それを止めるように、

アスナが、ハチマンの袖を掴んだ。何事かと振り返ると、

そこにはハチマンの目をじっと見つめる、アスナの姿があった。

ハチマンは、思わず目を逸らす。その様子を確認したアスナは、こう呟いた。

 

「やっぱり……」

 

 ハチマンは、自分の考えがバレたのかと思い、

どう言い繕おうかと考えている隙に、いきなりアスナが、キバオウの前に踊り出た。

キバオウは、突然アスナが目の前に出てきた事に意表をつかれ、

周りのプレイヤーたちも、何事かと静まり返った。

そしてその静寂の中、アスナが言葉を発した。

 

「あなたはここから出たくはないの?どうして有用な情報に、素直に感謝出来ないの?」

 

 その辛辣な言葉を発したのが女の子だと気付き、キバオウは絶句し、固まった。

同時に、女の子だ、というざわめきが、徐々に周囲に広がっていった。

それをきっかけに、場の雰囲気は、急速に変わっていった。

 

(そうだ、これは体育祭の時と同じだ。感情には感情。あの時の事を思い出せ)

 

 ハチマンはここで流れを変えるべく、素早く考えをまとめた。

 

(今がチャンスだ。アスナの話だと、頼りになりそうなのはエギルとディアベルか)

 

 ハチマンは、まだ周囲がざわつく中、まるでかばうかのように、アスナの前に立った。

アスナは再びハチマンの袖を掴み、ハチマンは、小さな声でアスナに囁いた。

 

「後は任せろ」

「大丈夫?変な事はしない?」

「ああ」

 

 短くそう答えたハチマンは、冷静さを保つように心がけつつ、キバオウに話しかけた。

 

「キバオウさんよ、俺からも一ついいか?」

「ん、なんや」

 

 ハチマンは、慎重に言葉を選びつつ、そのまま話を続けた。

 

「あんたの中に、割り切れない気持ちがあるのは理解できる。

ここで無条件に考えを変えろとは言わない。だがな」

 

 そこで一度間を置いて、ハチマンは周囲を見渡す。

 

「ここにいる皆は、何とかこの悪夢を乗り越えようと決意して、ここに集まっているはずだ。

そして今、目の前に、必要な情報と仲間が揃った。

俺はこの状況に、深く感謝をしたいと思う。なあ、エギルはどう思う?」

 

 突然ハチマンから話しかけられたエギルは、ハッと何かに気づき、この流れに乗った。

 

「ああ。俺も早く現実世界に帰還したい。大切な人が待っているんでな。あんたと同じだ」

 

 その落ち着いたバリトンの声は、説得力を伴って、周囲に響いた。

 

「ディアベルはどうだ?」

 

 更にハチマンは、ディアベルに、この場を纏める事を促すように、話しかけた。

 

「そ、そうだな。俺達の敵はβテスターじゃない。階層ボスだ。

今は黙って、この情報に感謝しよう。キバオウさんも、それでいいかな?」

 

 キバオウは、やはりまだ納得出来ないようではあったが、

それでも場の雰囲気の変化を敏感にを感じ取ったのか、口に出してはこう言った。

 

「こ、この場はそれで納得したるわ」

「ありがとう、キバオウさん」

 

 ディアベルは爽やかな笑顔を浮かべ、キバオウに感謝の言葉を述べた。

周囲のプレイヤー達からも、それに釣られたのか、賛同の言葉があがった。

 

 ハチマンは、ディアベルの持つ雰囲気に葉山と同じものを感じ、

場を整えるのがうまいな、と思いながら、アスナと共に、元の場所へと腰をおろした。

 

「ハチマン君、うまくいったね」

「ああ。アスナはすごいな。あれで場の雰囲気が一変したからな」

「またハチマン君が、自己犠牲に走ろうとしてた気がしたからね。

勝手な事をしてごめんね?でも、ああすればきっと、ハチマン君が、

私の後を受けて、この事態を何とかしてくれるって、そう思ったの」

 

 ハチマンには、その事でアスナを責める気などは当然無く、

逆にアスナに感謝した。

 

「俺だけじゃ絶対無理だったわ。ありがとうな、アスナ」

「うん、どういたしまして」

 

 会議はなおも続き、次に、レイドを構成するためのパーティを組む事となった。

 

「アスナ、俺達はどうする?」

「参加者は全部で四十五人って言ってたから、三人パーティが一つできる事になるのかな。

とりあえず、一人でいるプレイヤーがどこかにいたら、誘ってみる?」

 

 それを聞いて、ハチマンは周囲をぐるっと見回した。

ちらほらとこちらに目を向けてくる者もいたが、遠慮しているのか声をかけては来ない。

よく見ると、どうやらほとんどの者が、知り合い同士でパーティを組んでいるようで、

周りでは、どんどん六人パーティが出来上がっていった。

ハチマンは、まだ焦る段階じゃないと思い、そのまま周囲の観察を続けていたのだが、

その時ハチマンの目に、一人でまごまごしている、とあるプレイヤーの姿が映った。

 

(ん、どうやら余ってるいのはあいつだな)

 

 ハチマンは、その事をアスナに説明し、あいつをパーティに誘ってもいいかと尋ねた。

そして無事にアスナの承諾が得られたため、ハチマンは、その人物の方へと向かった。

その人物も、どうやらハチマンの意図に気付いたのか、こちらに向かって歩いてきた。

 

「よっ、お互いあぶれもん同士みたいだし、俺達と一緒にパーティを組まないか?」

 

 そのハチマンの言葉を聞き、その人物は、面白そうだと思ったのか、笑顔でこう答えた。

 

「ああ、俺で良ければ宜しく頼む」

 

 ハチマンは、その人物を伴ってアスナの元へ戻り、三人はそこで簡単に自己紹介をした。

 

「俺はハチマンだ」

「私はアスナだよ」

「俺はキリトだ。宜しくな二人とも」

 

 そのキリトという名前を聞いて、ハチマンは、記憶が刺激されるのを感じた。

確かあれはそう、最初の頃、街の外で……

 

「なぁ、キリト、もしかして最初の頃、クラなんとかって人に、

戦闘方法をレクチャーしたりしてなかったか?」

 

 キリトはそれを聞き、一瞬つらそうな表情をしたが、

直後に何かを思い出したように、ハチマンに答えた。

 

「それはクラインの事だな。あ、どこかで見た顔だと思ったら、

やっぱりハチマンは、あの時横にいた人か」

「ああ、すごい偶然だよな」

「ははっ、本当にな」

 

 ハチマンから、その時のキリトの様子を聞いて、

どうやらアスナも、キリトの事を、信頼に足る人物だと思ったようだった。

その後、合同演習と本番の予定が決まったところで、会議は解散になった。

三人パーティという事もあり、雑魚担当が確定している上に、

ハチマンがめんどくさがったため、三人は合同演習への参加は見送った。

これからどうしようかと三人は相談していたが、そこへ、一人の男が近付いてきた。

その男、エギルは、笑顔を浮かべながら、ハチマンに手を差し出した。

 

「よう、うまくやったな」

「エギルか、さっきは上手く俺の意図を読み取ってくれて、本当にありがとな」

「ん、もしかして、どこかで会ったか?」

「ああ、前教会に居ただろ?その時にな、こっちの」

 

 ハチマンはそこで一旦言葉を切り、アスナの方を見つめた。

 

「アスナだよ、宜しくね、エギルさん」

 

 アスナはその視線を受け、エギルに自己紹介をした。

 

「このアスナが、その時たまたまあんたの事を見掛けたらしく、

いい人そうだって褒めてたのを覚えていてな。

だから今回、あんたの事を利用させてもらった。迷惑をかけたなら、すまん」

 

 そのハチマンの言葉を聞き、エギルは照れつつも、笑顔で、問題ないと答えた。

その後、ハチマンとキリトも自己紹介を終え、四人は握手をかわした。

 

「明日はお互い頑張ろうぜ」

「おう」

「うん」

「だな」

 

 エギルはそう言って去っていき、

フォーメーションを確認しておこうと決めた三人は、そのまま街の外へと向かった。

そして街の外で、キリトの戦いぶりを見たハチマンは、驚愕していた。

 

(こいつはすごいな……一発でこっちに合わせてくるのか……

自分で言うのもなんだが、俺達の戦闘は、かなりコンビネーションのいい高速戦闘だ。

それに簡単にあわせるだけじゃなく、攻撃力も半端ない。

今、SAOの全プレイヤーの中で最強なのは、このキリトじゃないのか?)

 

 一方キリトはキリトで、逆に驚いていた。

 

(なんだこの高速のコンビネーション、β時代のトッププレイヤー並の速さじゃないか)

 

 こうして一通りフォーメーションを確認出来た三人は、

そのまま明日に備え、今日は解散という事になった。

その時キリトが、躊躇いがちに、ハチマンに話し掛けてきた。

 

「実は、二人の噂は聞いた事があったんだよ。面白くて強い二人組がいるって程度だけどな。

それが誰の事かは分からなかったけど、今の戦闘を見て確信したよ。

アルゴが言っていたのは、二人の事だったんだなって」

 

 キリトの口からアルゴの名前が出た為、知り合いなのだろうが、

ハチマンは、一応その事を、キリトに確認した。

 

「キリトもアルゴと知り合いだったのか?」

「ああ、その通りだ。それにしても、今日はその……ありがとう」

 

 キリトは、何に対してのお礼かは口にしなかったが、

ハチマンはその言葉の意味を、何となく察していた。

 

「こっちの都合でやった事だから、気にすんなよ。キ-坊」

「なっ、なんでその呼び方を……」

「なんだ、もしかしたらと思ったけど、やっぱりそうなのか。

あいつな、俺の事も、ハー坊って呼ぶんだよ」

「まじか、お互い大変だな」

「まったくだ」

 

 二人は大声で笑い、アスナもそれに釣られて楽しそうに笑った。

即席パーティを組んでからそれほど時間は経っていなかったが、

三人の中には既に、しっかりとした絆が生まれていた。

 

「それじゃ、明日は宜しく頼むな、二人とも」

「うん、宜しくね、キリト君」

「宜しくな、キリト。そうだ、明日の戦闘の後、一緒にアルゴにおしおきしようぜ」

「いいなそれ、乗った!」

「じゃあ私も乗った!」

 

 三人は、そこで別れの挨拶を交わし、キリトはとても楽しげな様子で去っていった。

ハチマンは、よく知らない他人とも、普通に気安く喋る事が出来ている自分に驚いたが、

同時にそんな自分に、心地よさも感じていた。

アスナは、そんなハチマンの様子に気付いたからだろうか、ハチマンに、こんな質問をした。

 

「どう?友達になれそう?」

「どうだろうな、正直まだわからない。でもなんか、悪くない気分だ」

「そっか」

 

 こうして三人は出会い、そしてついに、最初の階層ボス攻略の日を迎える事となった。



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第013話 嵐の中、ボス戦は終わりを告げる

 ついに訪れた一層の階層ボス攻略の朝ハチマンは、

残してきた大切な人々の事を思い浮かべていた。

 

(今日が本当の意味での最初の第一歩になる。みんな、守ってくれよな……必ず帰るから)

 

 その大切な人々の中に含まれていない人物の声が、我も、我もと聞こえた気がしたが、

ハチマンはそれについては考えないようにした。

 

 

 

「お早う、二人とも」

「うっす」

「よっ」

「それじゃまあ、あいつらの後をのんびり付いて行くとしますか。

三人の俺達があんま出しゃばるのもあれだしな」

 

 アスナとキリトは、確かに目立つ必要はないとばかりに肩をすくめつつ、

ハチマンの後をついていった。

これだけの数がまとまっているだけあって、道中は何事もなく進み、

途中何度かの戦闘を挟みつつも、ついに一行はボス部屋の前に辿り着いた。

 

 作戦の概要の確認が成された後、ディアベルは何か質問はあるかなと皆に問いかけた。

それを受けて、ハチマンとキリトが手を上げた。

昨日の印象もあったのだろうか、まずハチマンが指名された。

 

「戦闘中のボスの挙動が、情報と大きく違った場合の対応を聞いておきたい。

場合によっては撤退も視野に入れるとして、

その判断と指示は、あんたがしてくれるって事でいいのか?」

「もちろん安全第一だ。シミュレーションは完璧だから、

誰も危険な目にあわせるつもりは無いけどね」

 

 次にキリトが質問内容を尋ねられたが、内容は同じだった。

 

「合同演習にも参加せん奴らが偉そうに口出しすなや。

こいつらの事なんぞ相手にせんでええで、ディアベルはん。

あんさんの指揮ぶりを知っとったら、そないな心配あるわけあらへん」

 

 二人はそのキバオウの言葉には反応せず、納得した旨を伝えて引き下がったが、

その後にハチマンとキリトは、今のキバオウの態度について、ひそひそと会話を交わしていた。

 

「ハチマンどう思った?」

「ああ、なんか昨日とちょっと違うな」

「言い方はあれだが、内容は随分と丸くなってるよな」

「まあこれで、戦闘中に仲間割れとかの危険は減ったと思っていいのかね」

「心配事が一つ減ったって感じか」

 

 そしてディアベルは、そのキバオウの言葉を受けて全員に言った。

 

「信頼ありがとう。今回は初めての階層ボス戦に挑むわけだが、

現状考えうる最高のメンバーが集まってくれた。

みんなで勝とうぜ!………さあ、行こう!」

 

 一行は雄叫びを上げ、ボス部屋へと突入を開始した。

エギルはちらっと後ろを振り向くと、三人に向けて拳を突き出し、親指を立てた。

三人は同じように拳を突き出し、親指を立ててそれに応えた。

 

「おお、なんか本場の合図って感じだわ」

「そうだな、なんかあいつかっこいいぞ」

「あははは、そうだね」

 

 多少は緊張していた三人であったが、いい感じに緊張が解れたようだ。

 

「なあ。キリト、アスナ。もしかしたら今回、犠牲が出るかもしれない。

俺はまだ人が死んだとことか見た事ないから、

もしそれを目にしたらショックを受けてしまうかもしれん。

そしたら俺の頬を引っ叩いて目覚めさせてくれ。

もし三人ともがショックを受けたら、一番最初に気が付いた奴が、

他の二人を引っ叩く。絶対に三人で生き残って、そしてクリアしよう」

「うん、わかった」

「ああ」

 

 三人はそう言葉を交わし、ボス部屋に突入していった。

 

 

 

 やがて徐々にボスの姿が見え、誰かがそれを見て呟いた。

 

「あれが第一層のボス、イルファング・ザ・コボルドロードか……」

 

 さすがは階層ボスとも言うべき威容である。

一同に緊張が走ったが、その緊張は、ディアベルの声によってかき消された。

 

「右手に骨斧、左手に湾刀。取り巻きは三体。全て情報通りだ、いけるぞ!

臆するな、声を上げろ!みんな、行くぞ!」

 

 ディアベルの叫びを受け、皆は、応!!!と応じ、突撃を開始した。

編成はABのボス用タンク隊とC~Gの各攻撃隊。

そして、三人パーティーの遊撃隊で構成されていた。

最初は三人の出番は無かったが、戦闘が進むに連れ、徐々に押される隊も出てきていた。

 

「A隊から、B隊にスイッチ!」

「C隊は後退準備を!F隊、スイッチの準備頼む!」

「G隊負傷者二名、一旦下がる!遊撃隊、しばらく支えてくれ!」

「遊撃隊、了解!」

 

 三人は指示を受け、初戦闘に挑む事となった。

三人の戦闘はまだ誰も見た事が無く、やはり人数が少ない事もあって、

他の隊は皆、所詮繋ぎの隊程度の認識しか持っていなかった。

負傷した二人のプレイヤーはポーションを使い、下を向いて回復するのを待っていた。

その間に他の者達は、何かあったら飛び出そうと遊撃隊の方を心配そうに眺めていた。

やがてHPも完全に回復し、その二人は同じ隊の仲間に呼びかけた。

 

「もう大丈夫だ、いける!」

「遊撃隊は大丈夫か?」

 

 ちょうどその時、遊撃隊の戦闘を見ていた他の仲間達が息を呑み、驚きの声を上げた。

それは純粋に驚きの声であり、悲鳴とかでは無かったため、

何かまずい事が起こったわけでは無さそうだと思いつつ、二人は仲間達に尋ねた。

 

「おい、どうしたんだ?」

「いや、あ、あれ……」

 

 仲間が指差す方を見た二人は、遊撃に任せた取り巻きの一体が、

ガラスが砕けるようなエフェクトと共に消滅するのを目撃した。

 

「え?おい、今何があった?」

「いや、何って……遊撃隊が、取り巻きを倒したって事じゃねーの……」

「え、だって、他はまだ最初の敵と戦ってるだろ………?」

「いや、そうだけどさ……」

「遊撃隊、任務完了。後退する」

 

 G隊のメンバーは放心していたが、ハチマンに視線を向けられると、慌てたように応えた。

 

「了解!こちらは他の隊の援護に入る」

 

 

 

 三人は当初からの予定通り、まずキリトとアスナが前衛に立った。

キリトの攻撃は速く、そして重かった。

アスナの突きは、目で追えるか追えないかの凄まじい速さを誇り、

取り巻きのHPは、恐るべき早さで削られていった。

 

「アスナ、スイッチ!」

「了解!」

 

 次にハチマンが前に出た。ハチマンの戦闘は一見地味に見えたが、

その実、ほとんどの攻撃をパリィしていた。

その恩恵を受け、キリトの削りが更に加速した。アスナから声が飛ぶ。

 

「スイッチ!」

「任せた!」

 

 その声を合図に、キリトが一旦後退した。

ハチマンとアスナは、恐ろしいほどのコンビネーションの冴えを見せ、

そしてほどなく、敵の撃破に成功した。

 

「遊撃隊、任務完了。後退する」

 

 ハチマンはそう叫んだが、G隊からの反応は無かった。

ハチマンが疑問に思い、G隊の方を見ると、G隊から慌てたような返事があった。

それを確認した二人は、キリトの元へと集合した。

 

「どうだアスナ、大丈夫だったか?」

「うんハチマン君、何も問題なし!」

「しっかしキリトよ、お前やっぱすげ~な……」

「それはこっちのセリフだよ、ハチマン。なんか昨日と動きが違うし」

「あ~、悪い、俺のスタイルだと、武器を持った人型の敵のが得意なんだよ」

「あれを見せられてそれを聞いたら、納得だな」

 

 たまたま後方でそれを見ていたエギルは、素直に感心していた。

目の前に明るい光が見えたような気がして、エギルは改めて気合を入れなおした。

同じようにそれを目撃していたキバオウも、

最初は他の人と同じように放心していたが、

すぐに我に返ると、三人を憎々しげに睨みつつ、再出撃に備えた。

そして再出撃の番が来ると、キバオウはわざわざ三人の横を通り、

すれ違いざまに三人に言葉を投げかけた。

 

「あんま調子こくなよ。あのくらいわいらにも出来るんや。

ええか、あんましゃしゃり出んと、大人しゅうしとけや」

 

 だが三人は相談もしていないのに、ぴったり揃ってキバオウに笑顔を向けた。

キバオウはその顔を見て、

 

「くそっ、なんやっちゅーねん」

 

 と、吐き捨てて仲間の元へ走っていった。

 

 

 

 要所要所での遊撃隊の活躍もあり、誰一人として死者が出ないまま、

ついにボスのHPは、残り一本となった。

今ボスは斧を失い、湾刀のみで戦っているような状態である。

そして最後の取り巻きと戦っていた三人が首尾よくとどめを刺し、後方へ下がると、

そのタイミングで本隊の方から大歓声があがった。

 

「よし、ボスの武器を両方とも奪ったぞ!」

「今がチャンスだ!D隊、俺に続け!」

 

 そんな叫びと共に、ディアベルのD隊がボスに突撃していった。

ディアベルは高揚していたためか気付いていないようだったが、

観察力に優れるハチマンの目には、ボスが何かを取りだそうとしているように見え、

ディアベルがかなりボスに近づいた辺りで、それが何かはっきりと見えた。

 

「おいキリト、あれ……刀じゃないか?」

「何だって?………あっ、まずい!」

 

 ハチマンにそう言われてボスの姿を観察したキリトは、

慌ててディアベルの方に駆け出そうとしたが、それはキバオウに邪魔された。

 

「なんやおんどれ、大人しゅう下がっとれ」

「邪魔するな!ボスが新しい武器を取り出そうとしてる、あれは刀だ!スタンするんだよ!」

 

 それでキバオウも今何が起こっているのか悟り、慌てたように振り向いた。

 

「ディアベエエエエエエエエル!刀だ!逃げろおおおおおおお!」

 

 キリトがそう叫び、ディアベルはキリトの声に反応して顔を上げた。

見るとボスの手には、新たに刀が握られていた。

誰にも言ってはいなかったが、実際のところディアベルもβテスターであり、

刀を使う敵を相手にした経験もあったため、落ち着いて敵の攻撃に対応しようとした。

だがその行動は一歩遅かった。次の瞬間に放たれたボスの一撃で、

D隊の全員がスタンさせられたのだ。

そして一番前にいたディアベルは、ボスの追撃で飛ばされた。

後方で見ていた隊から悲鳴があがる。

 

「くそっ、アスナ、あのボスを少しの間、俺と一緒に抑えてくれるか?」

 

 アスナはハチマンの声を受け、笑顔で即座に答えた。

 

「ハチマン君と一緒なら、大丈夫だよ」

「危険な目にあわせてごめんな」

 

 そして次にハチマンは、キリトに向かって叫んだ。

 

「キリト、少しの間、ディアベルの代わりに戦闘指揮を頼む!!

俺とアスナは少しの間ボスを抑える、

指示を出し終わったらキリトもすぐこっちに合流してくれ」

 

 ハチマンに声をかけられ、キリトは弾かれたように各隊に指示を出しはじめた。

 

「A隊B隊はスタンしたD隊を運び出せ!C隊E隊はその援護!

F隊G隊はいつでもボスに攻撃できるように準備して側面待機!ボスは俺達が抑える!」

 

 その指示を聞き、エギルが心配そうに声をかけてきた。

 

「おい、三人ともそんな軽装なのに、大丈夫なのか?」

「ハチマンとアスナならきっと大丈夫、俺もすぐ向かう!」

 

 ハチマンは必死に敵の攻撃を弾き、止め、また弾いていた。

だがさすがにこのクラスの相手の攻撃を、今のハチマンが全て封じる事は不可能だ。

何度も敵の攻撃がかすり、その積み重ねで、ハチマンは徐々にHPを削られていく。

しかし、ポイントごとにアスナがヒット&アウェイで敵の気を引き、

ついに二人は、キリトが到着するまで敵の攻撃を防ぎきった。

キリトは二人を下がらせ、一人でボスと対峙していた。

 

「キリト、絶対に死ぬなよ!」

 

 下がりしなにハチマンはキリトにそう声をかけた。

 

「ディアベルさんは大丈夫だ!誰かポーションを!」

 

 丁度その時後方からそんな声が聞こえ、キリトは安堵し、

あと少しの我慢だと思い、目の前の敵に集中した。

無難に敵の攻撃をさばいていたキリトだったが、

ソードスキル後の一瞬の硬直時に、敵のHPが丁度レッドゾーンに達した。

その為ボスの攻撃がいきなり激しさを増し、無防備なキリトに迫る。

 

「しまった……」

 

 キリトは、大ダメージをくらう覚悟をした。

その瞬間にハチマンが飛び込んできて、ボスの攻撃を弾き、

アスナがキリトを後ろに引っ張った。

 

「すまん、ちょっと待たせたか」

「いや、まだまだ余裕だったよ、相棒」

「はっ、しまったとか言ってた癖に」

「聞いてたのかよ!」

 

 そこにD隊を避難させ終わったエギル達タンク隊が駆けつけ、三人の前に出た。

 

「後は俺達が抑える!三人は下がってくれ!」

「悪い、頼む!」

 

 その時突然ディアベルの声が聞こえた。

 

「よし、俺がボスの喉を撃つ、これで決めるぞ!」

「え?」

「おい、何を言ってるんだあいつは!」

 

 見るとディアベルが、丁度ソードスキルのモーションに入ったところだった。

そんな一同の目の前で、ボスがディアベルの声に反応したのか、そちらの方を向いた。

それを受けるディアベルのHPは……まだ二割ほどしか回復していなかった。

 

「くそっ、ディアベル!ボスがそっちを向いているぞ!逃げろ!頼む、逃げてくれ!」

 

 だがキリトの叫びも虚しく、ボスの刀が振り下ろされ、

無防備なディアベルに直撃したボスの攻撃は、あっさりとディアベルのHPを全損させ、

ディアベルはそのままエフェクトと共に砕け散った。

誰も何もする事は出来ない、それは一瞬の出来事であった。

ハチマンとアスナにとって、誰かが死ぬ所を見るのは、これが初めての経験だった。

ハチマンは、ここでは人はこんなに簡単に死ぬのかと、呆然としつつ怒りを覚えていた。

アスナは、その安っぽいエフェクトを見て、

あんまりだ、こんなの人の死に方じゃない、と震えていた。

キリトは歯を食いしばり、ディアベルがいたはずの場所を見つめていた。

一時の楽観ムードは鳴りを潜め、全員が死というものを再認識させられていたのだ。

そんな雰囲気の中、最初に自分を取り戻したのはキリトだった。

過去にキリトは、今装備している片手直剣を得るためのクエストの最中に、

プレイヤーが死ぬのを目にした事があったからだ。

それは決して幸運と言ってはいけない類の出来事だ。

だが今この瞬間だけは、それを幸運と呼ぶ事にしよう。

キリトは事前の打ち合わせ通りにハチマンとアスナの頬を叩き、

その痛みで二人も我に返り、三人は顔を見合わせると、同時に声を張り上げた。

 

「みんな、目を覚ませ!タンク隊、ボスを抑えろ!」

「攻撃隊は側面に回り込んで一斉攻撃だ!」

「HPが減っている人は後方に下がって!」

 

 ショックの大きさからまだ立ち直ってはいなかったが、

その声に弾かれるように全員が動き出し、そしてそのまま最後の総攻撃が開始された。

しかし発狂状態になったボスは意外に手強く、中々HPを削りきる事は出来なかった。

そんな中、ハチマンがアスナとキリトに何か耳打ちし、三人は即座に行動を開始した。

まずアスナがボスの背後に回り込み、

ボスが武器を振り上げた瞬間にボスの左膝目掛けてリニアーを放つ。

武器を振りかぶっていたボスの体制がそのままわずかに崩れ、

次の瞬間にハチマンが凄まじい速さで、振りかぶったままだったボスの刀めがけて突撃し、

その根元に痛撃を加えた。ボスは二人の攻撃によって大きく体制を崩し、

そしてボスの正面にいたエギルに、キリトのこんな声が届いた。

 

「エギル、伏せろ!」

 

 そう言われて反射的に伏せたエギルの背中を踏み台にし、キリトが高く跳んだ。

 

「これで終わりだああああああああああ!」

 

 そのままキリトは渾身の力を込め、ボスを頭から真っ二つにした。

一瞬の静寂の後にボスの体が光りだし、そのままエフェクトとなって弾ける、

CONGRATULATIONの文字と共に。

 

 

 こうしてゲーム開始から一ヶ月、ディアベルを失う事となったが、

ついにプレイヤーの到達階層が、一つ更新される事となった。



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第014話 二人の気持ち、一人の気持ち

 ボスが倒れた後、一瞬の静寂と共に全員の喜びが爆発した。

皆手を取り合い、お互いの健闘を称え合った。

その一時的なお祭り騒ぎが収まった後、まとめる者がいないためか、

皆ある程度の知り合い同士で適当に集まり、バラバラに休み始めていた。

 

 ハチマンもさすがに疲れたのか、端の方で腰を下ろし、例のドリンクを飲んでいた。

アスナがハチマンの元へ向かい、同じように腰を下ろすと、

ハチマンは飲み物を取り出し、アスナにすっと手渡した。

キリトも疲れたようにハチマンの元へ向かい、隣に腰を下ろしたが、

二人が何か飲んでいるのに気付いて、ハチマンに尋ねた。

 

「それ、何飲んでるんだ?」

「これか?これは、擬似的なアレだ」

 

 ハチマンが商品名を告げると、どうやらキリトは知っていたようで、

アレ本当苦手なんだよ俺……と一言呟いた後、

自分のストレージから自前で飲み物を取り出し、同じように飲み始めた。

 

「最初の一歩だな、ハチマン」

「まだたった一層だけどな」

「でも、大事な一歩だよね」

「ああ、これから始まるんだ」

「……ハチマン、このまま何事もなく終わると思うか?」

「無理だろうな……失った物が大きすぎる。俺としてはさっさと帰って寝たいんだが、な」

 

 案の定キバオウが音頭をとって、一部のプレイヤーと共に騒ぎ始めた。

 

「なんでディアベルはんが、死ななあかんかったんや!」

 

 キバオウはまずその矛先を、キリトに向けた。

キリトが刀の事を知っていたのに隠していたのではないのかと。

そしてキリトがβテスターなのはもう間違いないと。

ディアベルという柱を失った直後だったからだろうか。その事と合わさり、

場の雰囲気はまた徐々に、βテスター批判に傾いていった。

 

「どうしよう、ハチマン君」

「正直正論で全て論破するくらいしか思いつかないんだが、

納得してもらえるかどうかはちょっとな。逆に更なる反感を買うまである」

 

 キバオウの話がまた会議の時のように、

やっぱりβテスターは汚い、という論調になった。

そして攻撃の矛先が、ハチマンやアスナに向かおうとしたその時、

突然キリトが立ち上がり、そしてキバオウに、一気にまくしたてた。

 

「お前らなんでそんなβテスターを持ち上げるんだ?

あいつらは常に先をいっていてずるい、って、実は持ち上げてるようにも聞こえる。

いいか、お前らの知ってる通り、βテスターは千人の狭き門だ。

その中に、VRではないとしても、他のMMOのトップ連中が何人いたと思ってるんだ?

βテスターだからといって、みんなすごいという事なんてまったく無いんだよ。

だが俺は違う。俺は常に誰よりも先に行き、誰よりも上の階へと進んだ。

お前らの知らない知識も知っている。ただのβテスターごときと一緒にすんな」

 

 その言葉を聞き、群衆から、口々に声があがる。

 

「何だよそれ、反則だ!」

「チートじゃねえか!」

「βテスターでチート、ビーターだ!」

「ビーター!ビーター!」

 

 キリトはメニューを操作すると、黒いコート姿になり、言った。

 

「これが今ボスからドロップした装備だ。

どうだ、お前らが言う、ビーターに相応しい姿だろう?

このために、素人にしちゃそこそこ腕が立ちそうなそこの二人も、利用させてもらった。

そいつらは、自分達が利用されてるなんてちっとも思っていない甘ちゃんだったけどな。

転移門は俺がアクティベートしといてやる。街へ帰って大人しくしてろ」

 

 そういい残し、キリトは一人、第二層への階段を上っていった。

 

「ふざけんな、ビーター!ディアベルさんに謝れよおおおおおおおお」

 

 誰かが叫び、皆それに合わせて口々に去っていくキリトの後姿に罵声を浴びせた。

が、なぜかキバオウは、微妙そうな顔をしていた。

それは、憎しみと疑問がまじったような、不思議な表情だった。

突然のキリトの行動に困惑していたハチマンとアスナは、ひそひそと言葉を交わしていた。

 

「ハチマン君……あれって……やっぱりそういう事?」

「ああ。それで合ってると思うぞ。昔の俺と同じだ」

「どうするの?」

「今のこの大きなマイナスを、少しのマイナス程度にする事は可能だ。

この状況で皆に話を聞いてもらえるかどうかだけが問題だな……」

「何かインパクトが必要なのかな」

「そうだな……怒りから目を逸らせるような、よほどの出来事が必要だな」

 

 ハチマンは考えをまとめようと、持っていたドリンクを口に含んだ。

そんなハチマンに、アスナは不意打ちのように尋ねた。

 

「ねぇ、ハチマン君。初めて私の顔を見た時、どう思った?」

 

 その言葉を聞き、ハチマンは口に含んだ飲み物を噴いた。

 

「え、あ、それ、今必要な事か?」

「あ、うん。べ、別に変な意味じゃないからね?」

「お、おう、そうか。その……すごいびっくりした。色んな意味で……」

「色んな意味は後で問い詰めるとして、そっか、びっくりしてくれたならいけるかな」

 

 ハチマンは少し顔を赤くしていたが、その言葉を聞き、今度は顔を青くした。

 

「あ、おい。お前まさか……」

「よく顔を知らない人の話は、みんなちゃんと聞いてくれないと思うんだ。

ハチマン君が話さえ出来れば、多少良くなるかもしれないんでしょ?

だから今はとにかく、ハチマン君の話を皆に聞いてもらえるようにしないと」

「それはそうなんだが、アスナに余計な負担を負わせるのは……」

「今の私には、ハチマン君が一番大切な友達なんだよ。

だから、私達二人のどちらかに、もし何か負担がかかってしまう時は、二人で背負おう。

二人で皆に頭を下げて、二人で真っ直ぐ相手を見つめよう。行こう、ハチマン君!」

「やっぱりアスナにはかなわないな……わかった。正面から行くか」

 

 二人は中央に立ち、声を張り上げた。

 

「すまん、ちょっと俺達の話を聞いてくれないか」

「お願いします、私達の話を聞いて下さい」

「なんだよお前ら、本当はあいつの仲間じゃないのか?」

「今更何を聞く事があるんだよ!」

 

 どちらかというと注目が集まったのは、やはりアスナに対してだった。

まずハチマンが、かぶっていたフードを外した。

だが陰の薄さゆえか、目立った反応は無かった。

しかし次にアスナがフードを外した瞬間、急に辺りが静かになった。

そこには、十人中十人が美しいと答えるであろう、一人の女性プレイヤーの姿があった。

注目を集める事に成功した二人は、同時に頭を下げた。

 

「今皆さんの気持ちが高ぶっているのは仕方が無い事だと思います。

話なんか何も聞きたくないかもしれません。しかし、そこをなんとかお願いします。

どうか私達の話を聞いて下さい」

 

 二人は真摯に頭を下げ続けた。その時沈黙を守っていたキバオウが、口を開いた。

 

「聞くだけならええんやないか。こない丁寧に頭を下げとるんやし」

 

 批判の急先鋒だったキバオウがそう告げた事により、場はある程度落ち着き、

やっと話を聞いてもらえる事となった。

 

 

 

「まず自己紹介をさせてもらう。俺は、ハチマンだ」

「私は、アスナです」

「さっきの奴と一緒に、遊撃隊をやっていた。

この中には、俺達もグルなんじゃないのかと思ってる人もいるんじゃないかと思う。

だから、誰でも納得出来る事だけを出来るだけ客観的に話したいと思う。

俺は見た通り、人前で話をするのは得意じゃないから、失礼があるかもしれないが、

そこは先に謝っておく。申し訳ない」

 

 ハチマンはまず、誠実さを心がけ、出来るだけ事実だけを話すように勤めた。

 

「まず最初に俺が何故、こうして話を聞いて欲しいと思ったかだが、それは、

どうしても説明できないいくつかの疑問があるからだ」

「疑問?なんや?」

「まず、βテスターの話だ。おそらくなんだが……ここにはβテスターはそんなにいない。

それは先ほどまでの雰囲気でなんとなく証明されているだろう?

そこでだ。ここには何故、βテスターがこんなにもいないんだ?」

 

 その言葉に皆、こいつ何を言ってるんだろうと思ったが、次の言葉を聞いて納得した。

 

「だって考えてもみてくれ。βテスターってどんどん先に進んでたんだろ?

だから当然、この場にいるのは本来ほとんどが、

βテスターじゃないとおかしいんじゃないのか?」

 

 確かに、と、ぽつぽつと賛同の声が上がった。

 

「βテスター嫌いの奴に反論したいわけじゃないと、先に言っておく。その上でだ。

俺自身、β上がりのプレイヤーはすごいんだろうと、漠然と思っていた。

だが実際蓋を開けてみたら、現状はこうなっている。だから俺はこう考えたんだ。

実はβテスターも、一般プレイヤーと、それほど変わりはないんじゃないかと。

知識だけはあるから情報は出せるが、それがそこまで有利という事はなく、

逆に中途半端に知ってしまっているからこそ、

変更されている事に気付かずに突っ走って、高い確率で死んでいってしまってるのかもとな」

 

 何人かは、確かにそうかもしれないと思ったようだ。

 

「βテスター批判は仕方ない一面もあるから、その事はあまり言うつもりはない。

ただ、世の中にいい奴と悪い奴がいるように、全てのプレイヤーもそうなんだと思う。

だから、出来ればそういうのを超えて、ありのままのその人を見て判断して欲しい。

そしてだ……戦闘中にあいつを見て、皆どう思ったか教えて欲しいんだ」

 

 一堂は沈黙していたが、ぽつぽつと意見が出始めた。

 

「あいつの強さだけは、本物だった」

「最後ああ言ってたけど、俺も何度も助けてもらったな」

「でもビーターだぞ!」

「でも実際、一人で上の階層にどんどん進むってこのゲームじゃ不可能じゃね?」

 

 冷静に考えたら、何かおかしい、と皆が思い始めていた。

それでは何故、あいつはあんな事をしたのか。

 

「あいつが何を考えてああいう事をしたのか、いくつか考えは浮かぶんだが、

それは各自で考えてみて欲しい。正直正解はわからない。それよりもだ。

一番気になるのは、ディアベルがスタンさせられた時だ。あいつはこう言った。

思い出してほしい。スタンするから逃げろ、とあいつは言った。

最初から他人を利用しようとしてた人間が、そんな迂闊な発言をするだろうか。

自分がβテスターだと自ら告白しているようなものじゃないか?

そこはむしろ、保身のために平気で見殺しにするんじゃないだろうか。

しかしあいつは、その後もディアベルに変わって指示を出し、

更に自分を何度も危険に晒していた」

 

 皆は何も言えなかった。戦闘中の行動と、さっきの行動が、あまりにも矛盾している。

 

「最後に一つつらい事を言わせてもらう。ディアベルが死んだ時の事だ。

ディアベルは、何故死んだんだ?」

 

 その言葉に、一瞬で場は沸騰した。

皆口々に、それこそビーターのせいだとか、守れなかったくせに、と叫びだす。

それが収まるのを待って、ハチマンは言葉を続けた。

 

「思い出して欲しいんだ。あの時誰かがディアベルに、攻撃指示を出してたか?」

 

 その時の事を思い出し、またもや場は沈黙した。

あれは確か、気が付いたらディアベルが自分から……

その事に気付いたせいか、皆困惑したようにハチマンを見つめた。

 

「そうなんだ。HPが少ないのに、ディアベルは自分から前に出たんだ。

そのせいでボスの攻撃に耐えられなかった。

いきなり突っ込んできたディアベルの前に出て盾になるのは、誰にとっても不可能だった」

 

 皆それぞれ、納得できる理由を探していたが、誰も答える事は出来なかった。

 

「ここからはあくまで推測なんだが、ディアベルは、βテスターだったんじゃないだろうか」

「なんやと?ディアベルはんがβテスターやと?」

「ボスを倒せそうだったあの瞬間、ディアベルは自分から動いた。

ボスに止めを刺した奴には、特別な装備なり何なりが、ドロップするらしいしな。

あの黒いコートがその証明だ。あいつもボスからのドロップと言っていた」

「まさか、ディアベルさんはそれを狙って……」

「意識してだったのか、反射だったのか、これが事実かどうかも俺にはわからない。

ただ、その説明しか、納得できる理由が思いつかないんだ。

あそこでディアベルが下がったままだったとしても、ボスは普通に倒せただろう?」

 

 ハチマンは、息を呑む一堂を見渡して、さらに言った。

 

「ここで最初に戻るんだが、仮にディアベルが、βテスターだったからといって、

皆、ディアベルが嫌いか?」

「んなわけあるわけあらへん!」

「そうだそうだ、ディアベルさんはすごい頑張ってた!」

「そういう事なんだよ、俺もディアベルはすごいと思ってた。それは誰にも否定できない。

だから、本来βテスターだとかそんな事はどうでもいいんだ。

大事なのは、そいつがどんな行いをして、どれだけ頑張ったかだと、俺は思う。

今日のあいつの最後の行動を、認めてやってくれとは言わない。

だがこれからのあいつの頑張りは、フェアに見てやって欲しい。この通りだ」

 

 ハチマンとアスナは、また丁寧に頭を下げた。

静まり返る一堂を代表するかのように、キバオウが言った。

 

「おたくらの言いたい事はよーわかった。だが、納得は出来へん」

「ああ。最後まで聞いてくれただけで十分だ。ありがとうな」

「おたくらは、この後あいつを追うんか?」

「ああ。俺達にとっては、あいつはやっぱり仲間だからな」

「三人で笑ろてたとこ見てわかっとったわ。利用されてるようには見えへんてな。

あいつに伝えてや。二層のボスでもこき使うたるってな」

「ああ、伝えるよ」

 

 その場のギスギスした雰囲気は、今は鳴りを潜めていた。

納得していない人もやはりかなりいると思う。

だが、二人が伝えたい事は、ちゃんと全て伝える事が出来た。

 

「皆さん、最後まで話を聞いてくれてありがとうございました」

 

 アスナが最後に微笑んで伝え、そして二人は、キリトの後を追った。

エギルの横を通る時、彼は一言だけ、あいつによろしくな、と声をかけてきた。

二人は駆け足で階段を上る。

ハチマンには、今後嫉妬や僻みといった感情ばかりが向けらるだろうし、

先ほどからもかなりそんな視線が向けられるのを感じていたが、

ハチマンはそれを、仕方が無いなと割り切った。

 

「ハチマン君、これで良かったのかな?」

「どうだろうな、でも言いたい事は全部言ったつもりだ。後はあいつら次第だな」

「慣れてないはずなのに、あんなに長く喋って大丈夫?」

「すげー疲れたし、緊張した……

それよりも、俺が言った事で何か気に入らない部分とかあったか?大丈夫だったか?」

「ううん。私にもハチマン君の気持ちはちゃんと伝わったし、いいと思った」

「そうか……それなら頑張った甲斐があったわ」

「キリト君に追いついたらどうしよっか?」

「そうだな……まずは二人でキリトにおしおきだ」

 

 残された者達も思い思いに立ち上がり、街に戻り始めた。

ハチマンの言い分は、伝わる人には伝わり、納得できない人にはそのままだったが、

しかし皆一様に、今回の出来事について、真面目に考えているのは間違いないようだ。

 

 

 こうしてやっと本当の意味で、第一層の階層ボス戦の全てが、終了した。



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第015話 天駆ける漆黒の堕天使

 階段を駆け上がる二人の前方に、キリトの後ろ姿が見えてきた。

その後ろ姿は、遠くから見てもかなり落ち込んでいる事がわかったが、

ハチマンとアスナは容赦する気は微塵も無かった。

足音が聞こえたのか、キリトが後ろを振り向いた。

二人の姿を見つけて、慌てて逃げようとしたキリトは、

すがさず二人に取り押さえられた。

最初に口火を切ったのは、ハチマンだった。

 

「おい、なんで逃げるんだよ。天駆ける漆黒の堕天使」

「……え?」

「ん?どうかしたのか?天駆ける漆黒の堕天使」

「………」

「何で黙るんだよ、天駆ける漆黒の堕天使」

「い、いや……その……」

「言いたい事があるなら気にせず何でも言えよ、天駆ける漆黒の堕天使」

「ごめんなさい……」

「何だよ俺達の仲じゃないか。何か謝る事でもあったのか?天駆ける漆黒の堕天使」

「ア、アスナ………」

 

 キリトは助けを求るようにアスナの方を見た。

アスナは、輝くようなドス黒い満面の笑みを浮かべていた。

 

「私がどうかした?天駆ける漆黒の堕天使君」

「あ……」

「どうしたの?ぽかんとしちゃって。天駆ける漆黒の堕天使君」

「二人とも……その……」

「おいアスナ、なんか天駆ける漆黒の堕天使は疲れてるみたいだな」

「そうだね、天駆ける漆黒の堕天使君は疲れてるみたいだから、特製ドリンクが必要だね」

 

 ハチマンは厳かに、例の物を二つ取り出し、一つはアスナに渡した。

 

「なあ天駆ける漆黒の堕天使。これは俺が天駆ける漆黒の堕天使のために作った、

特製ドリンクだ。是非絶対強制で飲んでくれ天駆ける漆黒の堕天使」

「そうだよ天駆ける漆黒の堕天使君。ハチマン君がせっかく用意してくれたんだから、

是非絶対強制で飲んでね。天駆ける漆黒の堕天使君」

「大好きだって言ってたから丹精込めて作ったぜ。天駆ける漆黒の堕天使」

「大好きだって言ってたから沢山用意したよ。天駆ける漆黒の堕天使君」

 

 キリトは自主的に正座をし、二人から差し出された天駆ける漆黒の堕天使用ドリンクを、

二つ一気に飲み干して、こう言った。

 

「ごめんなさいもうしません許してください」

 

 差し出されたその飲み物は、苦手なはずだったのに、

とても美味しく感じられたのが、キリトには不思議だった。

 

「まあ口が疲れたしこのくらいで勘弁してやるか」

「そうだね、早口言葉みたいでちょっと大変だったよ」

 

 そして二人は、口を揃えて言った。

 

「もうやんなよ。天駆ける漆黒の堕天使」

「もうやらないでね。天駆ける漆黒の堕天使君」

「は、はい……」

「んじゃまあ、積もる話もあるわけだが、とりあえず先に第二層に行けるようにしようぜ」

「そうだね、きっとみんなの希望になるだろうしね」

 

 

 

 第二層の主街区ウルバス。

テーブルマウンテンを、外周だけ残して繰り抜いて作られた街である。

 

「何これ。火口の中みたいだね」

「おお~なんつーか、絶景だな」

「多分もうすぐ鐘が鳴るんじゃないか?」

 

 その言葉を待っていたかのように、カラ~ンコロ~ンと鐘の音が響いた。

それはまるで三人を歓迎しているかのようだった。

 

「おいキリト」

「ん、どうした?ハチマン」

「腹減ったわ……飯おごれ」

「飯おごれ!」

 

 アスナもそれに便乗した。

 

「あ、ああ。それじゃこっちだ」

 

 キリトの案内によって三人は、少し歩いた所にある、

牛のマークの看板がかかったレストランに入った。

 

「え、何牛肉食わせてくれるの?キリトお前大富豪なの?」

「いや、このエリアは野牛型モンスターが多いからこれ系の店が多いんだよ。

そういうコンセプトなんじゃないかな。アメリカっぽいみたいな?」

「カウボーイとかああいうのか、なるほど」

「私も今はがっつり食べたかったし丁度いいかな。

甘味も捨てがたいけど、そっちはさっき補給したしね」

「お前らほんとあれ好きだよな……」

「そういうお前もさっきは普通に飲めてたっぽいけどな」

 

 先ほどの自分の事を思い出し、キリトは答えた。

 

「ああ、なんかさっきは美味く感じたんだよな……なんでだろうな」

「よしえらいぞキリト。お前に名誉千葉県民の称号を与えよう」

「ははーっありがたき幸せ」

「ハチマン君、私は?私は?」

「アスナには、名誉ミス東京ドイツ村の称号を与えよう」

「千葉じゃない……」

「あ、いや、東京ドイツ村は千葉にあるんだよ」

「東京ディスティニーランドみたいなもんか」

 

 三人は、ゆるい会話を楽しみつつ、食事を楽しんだ。

食べ終わった三人は、食後にコーヒーを頼み、情報の刷り合わせを始めた。

 

「ま、あれからどうなったかは、こんな感じだな」

「そっか……俺のやった事は無駄だったんだな……」

「いやそんな事はまったくないぞキリト。なんでそうなる」

「え、そうなのか?」

「お前がもし何もしなかったら、あー、そのままアスナのご威光をお借りしてだな、

皆に話をしたとすんだろ。そうするとな、ディアベルの事はともかく、

何故前線にβテスターが少ないのかとか、そこらへんの話は出来なかったはずなんだよ」

「普通にハチマンが気付いたんじゃないのか?」

「いや、お前の痛いセリフが無かったら、気付いてなかっただろうな」

「痛いは余計だよ!」

「私はその時置き物状態だったから、もちろん無理だったよ」

「でも、そうか。ハチマンはすごいな」

「いや、すごいのはアスナだと思うぞ」

「そんな事ないと思うけど……」

「アスナに背中を押されて、正面から誠実に接したのが良かったと思う。

俺一人なら多分、聞いてもらえたとしても、正論正論で押す事しか思いつかんし、

相手にもっと嫌われて状況を悪化させるまであっただろうな」

「そ、そうなのか……」

「まあ、まだ知り合って一日だけど、三人のコンビネーションが良かったって事だね!」

「たまたま噛み合ったってのが強いけどな」

「でも二人とも本当にごめん」

「今度なんかあったら事前に相談してくれよ」

「そうそう」

「ああ。もう勝手はしないさ。後……俺がβテスターだって黙っててすまなかった」

 

 それを聞いて、ハチマンとアスナは顔を見合わせて、ため息をついた。

 

「お前馬鹿なの?天駆ける漆黒の堕天使」

「また飲まされたいのかな?天駆ける漆黒の堕天使君」

「もうその呼び方は勘弁してくれ!」

「いいか、お前がβテスターだと、俺達になんか不都合があんのか?」

「え?えーっと……」

「分かったか?何も無いんだよ」

「はい……」

「だから俺達の前で、そんな事気にすんなよ。正直どうでもいい」

 

 横で見ていたアスナが、どや顔でキリトに告げた。

 

「そうそう、どうでもいいのだよキリト君。分かればよろしい」

「ああ。何か二人の前だと、自分はつまらない事で悩んでたんだなって本当に思うよ」

「あ、あと、エギルが宜しく言ってたぞ」

「そっか、エギルが……」

 

 そしてハチマンは、低い声で、さらにキリトに告げた。

 

「よくも踏み台にしやがったな、後で絶対捕まえる。とも言ってたな」

「え……まじか……?」

「まあそれは冗談だ」

「良かった……街中で捕まったら逃げられる気がしないからな……」

「あいつ見た目からしていかにも強そうだしな……」

「二層のボスでもこき使うたる」

 

 キリトは、そんなアスナのいきなりの言葉にびくりとした。

 

「これはキバオウさんからね」

「キバオウがそんな事を?」

「ああ、あいつ嫌なやつだけど、意外と見るとこ見てたみたいでな。嫌なやつだけど」

「ハチマン君そんなに嫌いなんだ……」

「後は……ディアベルか」

 

 場の雰囲気が、ややしんみりとした。

 

「ディアベルがβテスターだったかも、か……」

「まあ、俺は別にどっちでも気にならないんだけどな」

「確かにそれっぽい感じはしてたけど、

言われてみると確かに状況からはそうとしか思えないのは確かだな」

「でも、死んでいい理由なんかまったく無かった」

「そうだな……」

「私は、あれを見て、やっぱりショックだった……

あんな死に方、人間の死に方じゃないよって思った……」

「もう犠牲者、出したくないな」

「ああ」

「うん、とにかく慎重に頑張るしかないね」

 

  その後も雑談まじりに色々な話をした三人は、

疲れていた事もあり、そのまま解散する事となった。

キリトはそのまま二層の宿に入り、ハチマンとアスナは、一層の宿に戻る事にした。

 

「それじゃあ二人とも、またな」

「おうお疲れさん」

「お疲れ様!」

 

 そのまま二人は、連れ立って宿の方へと向かった。

 

「そうだアスナ、リズが心配してるだろうから、早めに連絡しておけよ」

「うん。リズとアルゴさんにはもう送った」

「仕事が早いな」

「ねぇ、ハチマン君。私達、ついにやったんだよね」

「ああ。最初の一層さえ超えれば、後は少しのレベル上げと探索でボスに挑めるから、

今後はペースも上がっていくはずだ」

「色々な事があったね」

「そうだな……」

「ハチマン君、色々助けてくれてありがとう。これからもよろしくね」

「いや、俺の方こそ助けられてばっかりだったよ。ありがとな」

「明日はどうする?」

「そうだな……一日中ごろごろ休みたい……」

「相変わらずだね!それじゃ私はリズと一緒に二層の街の中でもまわってくるよ」

「おう、じゃあな」

「うん、またね」

 

 アスナと別れた後、ハチマンが宿の前に着いた時、入り口に人影が見えた。

 

「気配も消さずに珍しいな、アルゴ」

「無事に倒せたみたいだな、ハー坊」

「……今後はお前の仕事も多少やりやすくなるはずだ。これからも色々頼むわ」

「ハー坊、今回の事は……」

「気にすんな。キリトにはちゃんとお礼を言っとけよ。後、今度おしおきな」

「ははっ、ハー坊は変わらないな。その…ありがとな、ハー坊」

 

 ハチマンはそれには答えず、ひらひらと手を振って宿に入っていった。

 

「ふう……」

 

 ハチマンはそのままベッドに横たわった。

 

(今日はもう何もしたくねえ……大丈夫だとは思うが、リズにアスナのケアだけ頼むか)

 

 ハチマンはリズベットに、簡単な詳細付きで、

出来ればアスナの所に泊まりにいってくれとメッセージを送り、眠りについた。



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第016話 体術スキルを取ろう

 次の日は予定通り、アスナとリズベットは街の探索へ、

ハチマンは……一日ごろごろして過ごす……つもりだったのだが、

 

「この世界には娯楽がない……せめて本でもあれば……」

 

 一日寝て過ごしても良かったのだが、さすがに何もない状態だときつかったのか、

ハチマンは予定を変えて外出する事にした。

折しもアスナから明日どうしようかと連絡があったので、

そのままハチマンも、アスナとリズベットと合流する事にした。

 

「何か面白いものでもあったか?」

「全体としてはそこまで真新しいものはなかったかな?」

「そうだねリズ。あ、あれなんだろう」

 

 アスナは何かに興味を引かれたのか、露天の方に、走っていった。

ハチマンとリズベットもそちらに向かったが、

ちょうどいい機会だと思い、ハチマンはリズベットに、

昨日はどうだったかと尋ねてみる事にした。

 

「やっぱ犠牲が出た事にショック受けてたみたいだから、

詳しい話は聞かずに明るい会話中心に話しといたよ」

「そか、ありがとな」

「攻略の話で聞いたのは、三人パーティで頑張った、程度かな」

「まあ、そんな感じだな」

「アスナが言ってたんだけど、戦闘が終わった後の話し合いで、

ハチマン君が極力人の名前を言わないように気をつけてたから、

攻略関係で今後どんな事があるかわからないし、

アスナも普段は極力前線の人の名前とか出さないように気をつける事にしたっぽいよ」

 

(まあ前線だとこれからも色々あるだろうしな……

しかしなんだかんだ色々観察してるんだよな、アスナの奴。

キリトの名前くらい出してもいいと思うが、ま、今度紹介する機会があった時でいいか)

 

「ハチマン君、リズ、こっち~」

「あいよ」

 

 アスナが早く早く、という感じで手を振ってきたので、

二人は小走りでアスナの方へと向かった。

 

「新しい層に着いたわけだが、二人は今後の事とかなんか考えてるのか?」

「私はあんまりかわらないかなーまだ鍛治関係でも出来る事少ないし。

ちょこちょこ素材目当てで探索しながら鍛治スキルとレベル上げてく感じ」

「私は武器をもうちょっと強化して、普通にレベル上げかな」

「それじゃ、しばらくはレベル上げ優先だな」

「攻略ペースも上がりそうだしね」

「それじゃ明日様子見がてらレベル上げと素材集めにでも行ってみるか」

「そうだねー二人が良ければ」

「私はもちろん問題ないよ、リズ」

 

 

 

 次の日三人は、ひたすら戦闘にあけくれた。

レベルも上がり、強化素材もかなり集まり、

リズベットの鍛治スキルを上げるための材料も、順調に揃っていった。

アスナは、自分の武器の次の段階の強化をリズベットに頼むつもりでいたため、

積極的に素材集めに協力していた。

その頃街では、プレイヤー初の鍛治職人誕生!と言われるくらい、

腕がいい職人の噂が流れていた。

その職人は、露天で積極的に仕事を請け、かなりの早さで熟練度を上げたようだ。

リズベットは、一人で街中で仕事をする気はまだまったくないらしく、

今のところハチマンとアスナの専属のようになっていた。

 

(いずれは他のプレイヤーの仕事も受ける事になるかもしれないが、

知らないプレイヤー相手に仮に失敗したら気まずいだろうしな。

失敗しても問題ない内輪でしばらく鍛えた方がいいかもしれない)

 

 その日の狩りを終えた帰り道で、ハチマンは、数日留守にする事を二人に告げた。

 

「あー二人とも。俺はちょっと明日から数日留守にするぞ。やる事があるんでな」

「それ、私が一緒に行くのは駄目な用事?」

 

 アスナが内容も聞かずに尋ねてきた。ハチマンは内心嬉しい気持ちもあったが、

今回ばかりはハチマンにも譲れない、とある理由があった。

 

「あーすまんアスナ。駄目とかな用事じゃないんだが、今回は一人で行く事にする。

二人はしばらく狩りなり情報収集なり好きにしていてくれ」

 

 ハチマンとのこれだけ長い別行動は初めてだったので、アスナは少し寂しさを感じたが、

同時に目的を言わないハチマンの態度を、これは怪しい、と感じた。

いつものハチマンなら明確に目標を定め、しっかり内容を伝えてくるからだ。

 

「うんわかった。それじゃ色々やってるよ」

「すまないな。何か緊急事態が発生したら、連絡してくれ」

「気をつけてね~ハチマン」

「おう、リズも頑張れよ」

 

 その日の夜ハチマンはアルゴを呼び出し、体術スキルクエストの発生位置情報を買った。

前に話した時、体術スキルの存在を知っているようであったので、

ハチマンは既に場所まで知っているものだと思っていたアルゴは、

ハチマンの知識は少し偏ってるんだなと心に留めた。

 

 

 

 次の日ハチマンは、東にある岩山の上にいた。

マップを見ながら岩壁を登り、洞窟を抜け、地下水路を滑り、

途中何度か敵にも遭遇したが、自前の気配遮断スキルに加え日ごろの要領の良さを発揮し、

数十分ほどで目的の場所に着く事が出来ていた。

そこにぽつんと立っている小屋の中でクエストを受けた後、ハチマンは気合を入れた。

体術スキルを取得するために、巨大な岩を素手で割る必要があるからだ。

 

(昔一度やらされたけど、これはコツがあるんですよっと)

 

 それからハチマンは、延々と岩を殴り続けた。一度やっているだけあって、

中々早いペースで割る事が出来ているようだ。

そして次の日、半ばまで岩にヒビを入れていたハチマンは、突然視線を感じ、飛びすさった。

 

(何だ……ここは安全地帯だからモンスターではないはずだが、誰か来たのか?

……小屋の陰に誰かいるな。しかも複数か)

 

 ハチマンは、そろりそろりと慎重に小屋に近づいていった。

そして、小屋の裏手からこっそりと覗き見た。

 

(リズだと………リズが一人でここに来れるはずが…………あ、まさか)

 

 その瞬間、小屋の上から、ダンッという音がして、背後に誰かが着地した。

ハチマンは、その人物に後ろから両肩を捕まれた。

 

「リズ~、捕まえたよ~」

「おっけ~今いく~」

 

 その声は、ここ最近ほぼ毎日聞いていた、とても聞き覚えのある声だった。

ハチマンは頭をかかえてその場にしゃがみこみ、震える声を抑えつつその人物に話しかけた。

 

「ア、アスナさん。何故こちらに?」

「ハチマン君があからさまに怪しかったから、

アルゴさんからハチマン君の居場所の情報を買おうとしたんだけど、

本人の承諾がないと教えられないと言われたの。だから別の情報を買ったの。

ハチマン君が買ったのと同じ地図もしくは情報を、売って下さいって」

 

(アルゴてめええええええええええ)

 

「で、地図をもらったんだけど、距離的にはすぐ近くだったから、

情報収集のついでに立ち寄ってみたって感じかな」

「こ、行動的っすね……」

「本当はただの興味本位だったし、迷惑がかかるかもしれないから、

まあ話してくれるまで待ってればいいやって思ってたんだけどね。

地図をくれた時アルゴさんが、すごいにやにやしながら、毎度あり~って」

 

(アルゴおおおおおおおおおおおお)

 

 頭をかかえて座り込んだまま動かないハチマンの姿を見て不安になったのか、

アスナは恐る恐るハチマンに尋ねた。 

 

「勢いで来ちゃったけど、ごめんね……もしかして、迷惑だったかな……」

「い、いえ、別にそんな事は無いですよアスナさん」

「あれ~?ハチマンどうしたの?」

「お、おう、リズベットさんお久しぶりデス」

「やっぱり何か怪しい……」

「いえ、別に特に怪しい顔なんかしてないですよ、アスナさん」

「顔?」

 

 ハチマンは動揺しすぎてまたしても墓穴を掘ってしまったようだ。

二人は頷き合い、ハチマンを後ろにひっくり返そうとし始めた。

 

「おわ、ちょ、待てお前ら」

「リズ、せーのでいくよ」

「うん。せーの!」

 

 掛け声と共に、ハチマンはひっくり返った。そしてその顔には………

見事なヒゲが書いてあった。あえて誤解を恐れず表現するなら、それはまさに、

 

「ハチえもん!?」

 

 であった。その後、二人はさすがに笑いを堪えられず、長時間笑い転げていた。

 

 

 

「だから言いたくなかったんだよ……」

 

 ハチマンが涙目で言った。

 

「ご、ごめんね。まさかこういう事だったなんて」

「ごめんねハチマン」

「でもよく見ると、アルゴさんにそっくり」

「あ、ほんとだ」

「多分あれだ。アルゴはこれがクリア出来なくて、

そのままあれがトレードマークみたいになっちまったんだろうな。知らんけど」

「体術かぁ。これってどんな内容?」

「まずクエストを受けると、顔がこうなる。で、クリアするまでは絶対に消えない。

そしてそのクリア内容は」

 

 ハチマンは、半ばまでヒビが入った岩を、コンコンと叩き、

 

「これを素手で割る」

 

 と言いながら、岩にパンチを入れた。

 

「うっわ、固そう……」

「痛みは無いんだろうけど、これは根気がいるね……」

「ま、そんなわけで、多分明日の夜くらいまでかかっちまう。

俺の事は心配しないで、二人は色々やっててくれ」

「これって私達もやった方がいいのかな?」

 

 ふとアスナが尋ねた。

 

「あ~、アスナはいずれもうちょっとレベルが上がってから、

時間のある時にやった方がいいな。

リズは、最前線に立ち続けるような事でもない限り、別にやらなくてもいいと思うぞ」

「じゃあ、いずれまた、かな」

「だな」

「それじゃ私達は帰ろっか、アスナ」

「そうだね。ハチマン君頑張って」

「おう、終わったら連絡するわ」

 

(また黒歴史が増えてしまった……)

 

 恥ずかしさのあまり、岩にやつ当たりぎみに攻撃を打ち込み続けたハチマンは、

予定よりやや早く、次の日の夕方には、岩を割る事に成功した。

達成感と共に、ハチマンは一刻も早く帰ろうとしたが、どうやらまた誰か来たらしい。

 

(なんでこんなとこに何度も人が来るんだよ……って、キリトじゃねえか)

 

 またアルゴの仕業かと思ったハチマンは、物陰に隠れて様子を伺っていた。

総合的な隠密力はハチマンの方が上のようで、気付かれてはいないようだ。

しばらく観察して、どうやらキリトは、

ここにハチマンがいると思って来たわけではないらしい事が判明した。

キリトは何かを探すそぶりも一切見せず、

普通にクエストを受け、ヒゲを描かれて呆然とし、内容に落ち込んでいるようだった。

 

(あれ、あいつ内容とか何も聞かないままクエスト受けに来たのか……

アルゴは教えてくれなかったんだろうな)

 

 キリトが大岩を殴りだしたのを見てハチマンは、

彼を激励して帰る事に決め、キリトの後ろに飛び出した。

 

「よっ、キリえもん!先は長いがしっかり割れよ。キリえもん!」

 

 突然声をかけられ、固まるキリトを前にハチマンは、親指を立て、微笑んだ。

キリトが声にならない叫びを上げるのを確認するとハチマンは、

一目散に走り去ったのであった。



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第017話 誰も幸せになれない

 ハチマンは街に辿り着いた後、アスナに短く帰還の報告を入れた。

一層への転移門へ向かおうと歩き出したハチマンの視界に、

どうやら武器強化を依頼しているであろうプレイヤーの姿が映った。

 

(あれが噂の職人か。どれ、ちょっと見学でもするか)

 

 目立たないようにベンチに腰を下ろし、ハチマンはその様子を見学する事にした。

 

(何であいつ、あんなに辛そうな顔してるんだ?

あれ、今何か不自然な動きをしたか?あと依頼した武器が何か……違和感がある)

 

 その違和感が何かは分からなかった。

そして次の瞬間、澄んだ金属音と共に武器が砕け散った。

 

(は?なんだ?強化で武器破壊なんて聞いた事が無いぞ。一応アルゴに確認するか)

 

 ハチマンはアルゴに詳細を書いたメッセージを送り、

とりあえずそのまま宿に戻り、休憩する事にした。

ハチマンはベッドに横たわり、先ほどの出来事について考えていた。

 

(何度もリズが武器を強化する所を見てきたが、それと比べると何かが違った。

だがそれが何かはわからない。一体どういう事なんだ)

 

 そうやって考え事をしていたが、ふとメッセージが二通来ている事に気付いた。

一つはアスナからで、明日ハチマンの武器の強化素材を取りに行こうというものだった。

もう一つはアルゴからで、最近それ関係の情報を求められる事が多いので、

ハチマンからの情報も踏まえ、こちらでも詳しく調べてみるとの事だった。

その日は疲れていたのでアスナに返信だけして、ハチマンは眠りについた。

 

 

 

 次の日ハチマンとアスナは、ハチマンの体術スキル取得のため滞っていた、

ハチマンの武器強化用の素材収集を一気に終わらせ、街へと戻ってきた。

どうやらハチマンがクエストを行っている間に、

リズベットの鍛治スキルの熟練度は、武器強化を頼むのに十分な数値に達したらしい。

 

「アスナの武器は、もうすぐにでも強化できるのか?」

「えっとね。後はハチ系のモンスターから低確率で落とす素材が必要なんだけど、

リズの武器の相性が、ハチとはちょっと悪くてね。

だから、ハチマン君が戻ってきたら一緒に行ってくればいいんじゃないかってリズが」

「なるほどな。それじゃ明日一気に終わらせるか」

「うん、お願いします」

 

 二人が話していると、前方から背の高い人影が近づいてくるのが見えた。

 

「おっ、久しぶりだな二人とも」

「エギルさん!」

「久しぶりだな、エギル」

 

 それは、ボス戦で交流を深めたエギルだった。

エギルは、攻略についての近況を話してくれた。

キバオウが、いずれギルドを作る事を前提にアインクラッド解放隊を作った事。

リンドというプレイヤーがディアベルの跡を継ぎ、対抗グループを作った事。

今日これからフィールドボスの偵察が行われる事。

 

「やっぱ、一から何もかも始めなくちゃいけなかった一層と比べて、攻略速度が上がったな」

「ああ。お前らも参加するか?」

「いや、その段階だと途中から出しゃばってるように見えるかもしれないし、

フィールドボスは遠慮するわ。階層ボス戦には参加するつもりだけどな」

「私もそれでいい」

「そうか。ここだけの話、正直俺もあいつらとはあまり気が合わないんでな、

偵察には参加するが、フィールドボス戦には参加しないつもりだ」

 

 その後教会の話をしたり、軽く雑多な情報交換等を終え、

後日の再会を約束して、エギルは去っていった。

もうかなり辺りも暗くなってきてたので、二人は解散して帰ろうとしたのだが、

ちょうどそこにアルゴがやってきた。

 

「今度はアルゴか」

「よ~うお二人さん。ちょっと話があるんだが、いいカ?」

「別に構わないぞ」

「うん、大丈夫」

「昨日の鍛治屋の話なんだけどな、ハー坊」

「鍛治屋さん?」

「調べてみたんだが、どうもキナ臭いんだよナ」

 

 ハチマンは、事情のわかっていないアスナに、昨日の経緯を簡単に説明した。

 

「強化失敗でのロストなんて、リズもそんな事一言も言ってなかったけど、ありうるの?」

「オレっちが調べたところによると、確定でロストするケースが一つだけあル」

「どんな時だ?」

「強化試行回数が残ってない武器を、更に強化しようとして失敗した時だナ」

「成功した場合はロストしないのか?」

「ああ、強化もされないが、ロストもしないナ」

「なるほど、そういうのもあるんだね。で、今回のケースは?」

「ありえないな。オレっちの調べた限り、そんな事例が報告されたケースはない。

実際問題、あの職人以外には、そういった事はまったく起こっていないナ」

 

 アルゴはさらにつけ加えた。

 

「最も、他人の依頼を受けるほどの腕の職人は、表に出てるのはまだあいつしかいないから、

失敗してもまあそういう事もあるんだろうなって事になっちまってるって感じだナ」

 

 ハチマンは考え込んだが、まだ情報が足りない。

 

「他にあいつ絡みの情報はないのか?」

「あの職人、Nezhaで、ネズハって言うんだがな。

レジェンドオブブレイブスってチームの一員なんだヨ」

「伝説の英雄達か」

「ああ、で、どうもそのチームの羽振りが最近いいらしいんだヨ」

「アルゴさんそれってまさか……」

「ああ。なんらかの手段で武器を摩り替えて、その武器を売って稼いでいる可能性がナ」

「そういう事か……」

「ひどい!それって詐欺じゃない!」

 

 アスナはかなり憤っていた。

もし自分が大切にしている武器がそんな手段で奪われたらと考えたら、

そんなのは絶対許せないと、怒りを覚えたのだろう。

 

「まあ待ってくれアスナ。あいつの肩を持つわけじゃないんだが、

俺が初めてあいつを見た時、あいつなんかすごいつらそうにしてたんだよな」

「それって脅されてやってる可能性もあるって事?」

「もしくは、何か負い目があってやっているが、

内心はこんな事やりたくないって思ってる可能性があるって感じか」

「それでもそんな事は許される事じゃないよね」

「ああ。アルゴ、何か考えはあるのか?」

「オレっちも実際に見てみたいし、ハー坊にも近くでよく観察してほしいから、

一つこっちから仕掛けてみたいと思うんだが、協力してくれないカ?」

「わかった。何をすればいい?」

「これの強化を、オレっちの変わりにハー坊に依頼しにいって欲しいんだヨ」

 

 そう言って、アルゴは一本の片手直剣を取り出した。

 

「これは、検証のためにオレっちが自分の手持ち素材で強化した武器なんだヨ」

「行くのは構わないが、どうやって詐欺を証明するんだ?」

「強化を頼んでも、その後オレっちが別の武器を装備しない限り、

所有権はまだオレっちにあるだろ?

だから、終わった後別の場所に移動して実体化させてみる。

失敗したら、武器破壊はありうるって事になる。成功したら、詐欺確定だナ」

「それじゃ、終わったら私の使ってるあの宿に移動しよう。一番広いしね」

 

 アスナがそう提案し、段取りが決まった所で、三人は計画を実行する事にした。

 

「なあ、ちょっと頼みたい事があるんだが、今いいか?」

「はい。お買い物ですか?それともメンテナンスですか?」

「強化を頼みたい。素材は持ち込みで」

「……はい、それでは武器を拝見します」

 

 その顔を見てハチマンは、やっぱりやりたくないのか、と漠然と思った。

そういえばこいつ、最初に買い物かメンテかとしか聞かなかったな、とも思った。

 

「プロパティはどうしますか?」

「スピードで頼む」

 

 そして想定通り、武器は砕け散った。

ハチマンは終わった後、驚愕と悲しみの演技をするつもりで準備していたのだが、

自分の武器ではないはずなのにいざ目の前でそれが起こると、

演技をするまでもなくとても心が痛くなると感じていた。

 

 

 

「それじゃ、武器を出してみるゼ」

 

 あっけなく、失われたはずのそれは現れた。

 

「これで確定だな」

「ああ。ありがとな、ハー坊」

「ハチマン君、他に何かわかった?」

「そうだな……あいつ、左手でこっそり何かのメニュー操作をしていたと思う」

「操作……こんな感じカ?」

 

 アルゴは可能な限り速くメニューを操作し、武器を持ち替えた。

 

「違うな、もっと全然速かった。ボタンを一つか二つ押しただけって感じだった」

「まさかとは思うが……クイックチェンジかもしれないナ」

「クイックチェンジ?」

「ああ、アスナも前、スキルの熟練度があがった時、硬直時間短縮を選んだだろ?

それのカテゴリーで、クイックチェンジって武器を一発で変えるオプションがあるんだよ。

しかし鍛治屋がクイックチェンジ?ありうるのか?」

「どうやら最初から鍛治職人を目指してたわけじゃないらしいんだよナ」

「そうなのか?」

「ああ。今日はありがとな二人とも。その線でもうちょっと調べてみるヨ」

「わかった。とりあえず何か協力できる事があったら言ってくれ」

「今回の件でハー坊は面が割れちまったから、次はキー坊に頼むつもりだけどナ」

「そうだな。それ以外に何かあったらいつでも言ってくれ」

 

 アルゴは二人にお礼を言い、去っていった。

残された二人は、なんともいえない雰囲気に包まれていた。

 

「どうしてあんな事するんだろうね、ハチマン君」

「そうだな……何かしら理由はあるんだろうけど、な。

最初あいつ、買い物かメンテかって聞いたんだよ。

多分強化という言葉は言いたくなかったんだろう。

で、強化を頼んだら、すごい悲しそうな表情になってな……

で、依頼が終わった後、俺の方もな。その…俺の武器じゃないはずなのに、

失敗した瞬間は、なんかすごいつらかったわ」

「誰も幸せになれないって事なんだろうね」

「ああ。アルゴとキリトなら、何とかしてくれると信じるしかないな」

「そうだね、あの二人はすごいもんね!」

 

 それで多少気は晴れたのだろうか。

次の日の予定を相談し、ハチマンはそのまま自分の宿へと戻った。



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第018話 武器の魂

 次の日二人は、競うようにハチを狩っていた。何故こうなったかというと、話は少し遡る。

 

 

 

「ハチマン君、トレンブル・ショートケーキって知ってる?」

「何だそれ?」

「アルゴさんのガイドブックに書いてあったんだよね。なんか、とても美味しいんだって」

「そうか。で、それがどうしたんだ?」

「私達は、これからハチ狩りをします。そこで提案があります」

「ああ」

「どっちが多く狩れるか、勝負しましょう。

私が勝ったらハチマン君が私にケーキを奢ってくれる。

ハチマン君が勝ったら、仕方ないから自分で払います」

「俺にメリットが何も無い気がするんですけどね……」

「男の子が細かい事を気にしないの!それじゃレッツゴー!」

「はいはい」

 

 

 

 結果は、言うまでもなくアスナの圧勝だった。

甘いものがかかると、女の子は強さが増すようである。

 

「それじゃ、ハチマン君の奢りって事で」

「お、おう……」

 

 店に着き、ハチマンはメニューを見て驚愕した。

 

「なんだこれ、高っけぇ……」

 

 そして出てきたケーキを見て、さらに驚愕した。

 

「なんだこれ……ショートケーキ?ショートの意味わかってんのか?」

 

 それはとても巨大なケーキだった。

切り分けられてはいるが、どう見てもそれは、食べきれる量だとは思えなかった。

 

「これはさすがに私一人じゃ食べきれないみたい。取り分けてあげるから待っててね」

「お、おう。それでも三分の二は自分で食べるんですね……」

 

 そしてケーキを口にした二人は、顔をほころばせた。

 

「うめえ……」

「すごい美味し~い!」

「このまろやかなクリームの口当たり……」

「くどくないぎりぎりのラインを保ってる、しっかりとした甘さだね!」

「高いだけの価値はあったな」

 

 二人は時々顔を見合わせ、ケーキを心ゆくまで味わった。

 

「そういえばハチマン君って、男の子のわりに甘いもの平気だよね」

「おう、俺は甘いもの好きだぞ」

「私も好き!」

「まあ、女の子で嫌いな奴はいなさそうだけどな」

「あ、ねえ見て!幸運の値があがってるよ?そうだ!今のうちに武器強化しない?」

「リズが食べないと効果が無い気もするが、そうだな、いいかもな」

「それじゃ善は急げだね!やろう!」

 

 アスナがリズベットに連絡をし、そのまま二人はリズベットの元へと向かった。

まずはハチマンの短剣から強化を開始する事になった。

ハチマンは気付かなかったが、いざ強化を開始しようという時、

アスナはこっそりと、ちょこん、とハチマンの服の裾をつまんでいた。

 

(幸福のお裾わけ、かな。友達なんだからこれくらいはいいよね)

 

 アスナは気付いてはいなかったが、それはリズベットにしっかり見られていた。

 

(おやぁ、これはこれは……初々しいですなあ。ハチマンは気付いていないみたいだけど)

 

 リズベットは、絶対成功させようと気合を入れてハンマーを振った。

そして無事それは成功し、次はアスナのウィンドフルーレの番となった。

もちろん今回もアスナは、ハチマンの服の裾をちょこんとつまんでいた。

ハチマンは終始気付かないままであった。

その甲斐もあったのだろうか、今回も無事に成功した。

強化された剣を受け取り、アスナはそれをとても大切そうに撫でていた。

それを見ていたハチマンは、少し考えつつ、アスナに話しかけた。

 

「なあアスナ、ちょっといいか?」

「どうしたの?」

「その剣なんだけどな、その、すげー大切そうだから言いにくいんだが、

多分強さ的に、四層くらいまでしか使えないと思うんだよ。

で、だ。その時アスナはどうするのかと思ってな」

 

 アスナは、自分がこの剣を手放す姿が想像できなくて、狼狽した。

 

「すまん。俺の言い方が悪かった。

新しい武器を手に入れる方法なんだが……敵から取るか、宝箱から取るか、そしてもう一つ」

「もう一つ?」

「その武器をインゴットに戻して、他の素材と共に、新しい武器を作る」

「インゴットに……」

「アスナがとても大切にしているその武器の魂を、新しい武器に受け継がせるって感じか。

もしアスナがそうしたいなら、その、俺も何でも手伝うわ」

「武器の魂を……うん、私それがいい!大変でもそれを目指したい!」

「そうか」

 

 ぶっきらぼうに言いつつも、ハチマンの目はとても優しかった。

それを見てリズベットも、とても嬉しくなった。

 

「私もアスナのためにもっと頑張るよ!」

「ありがとうリズ!」

 

 こうして、第二層到達から数えて六日目の夜はふけていった。

 

 

 

 次の日は、エギルから聞いていたフィールドボス討伐の日だった。

二人は参加する気はなかったが、見学だけでもという話になり、現地へ向かう事となった。

途中タランの町に立ち寄った時、アスナがとある屋台を指差して、言った。

 

「ハチマン君、タラン饅頭だって。名物みたいなものなのかな?」

「聞いた事ないな……せっかくだし、買ってってボス戦見物中にでも食べてみるか」

「そうしよっか」

 

 二人はタラン饅頭を購入し、戦場予定地へと向かった。

聞いていた通りエギルはいなかった。そこには三つの集団がいた。

 

「キバオウがいるな。あっちが解放隊ってやつだな」

「もう片方の中心にいる人が、リンドって人みたいだね」

「もう一つの集団は何だろうな。ソロとかの集まりか?」

「それにしちゃまとまってるよね」

「お、始まるみたいだな」

「それじゃ始めようか。俺はリンド。みんなよろしく。

こちらの人達は、急遽参加を希望してくれた、レジェンドオブブレイブスのメンバーだ」

 

 リンドがそう紹介するのを聞いて、ハチマンとアスナは顔を見合わせた。

 

「おいアスナ、聞こえたか?」

「うん。あれが昨日聞いたレジェンドオブブレイブスの人達みたいだね……」

「とりあえず、見てみるか」

「うん」

 

 その後戦闘が始まったが、慎重に、かつ安全第一で進められたようで、

若干時間はかかったが、フィールドボスはピンチというピンチもなく無く討伐された。

レジェンドオブブレイブスのメンバーは、

レベルこそ若干足りていないようではあったが、

要所要所できっちりと大事な働きをしていたようだった。

第一層の攻略では見かけなかった者ばかりだったので、

最近急速に力を伸ばしてきたのだろうと推測された。……おそらく装備の力で。

 

「やっぱりそういう事みたいだな」

「……そうだね」

 

 討伐隊のメンバーは、そのままに町に戻るようだった。

ハチマンとアスナは、牛人タイプの敵であるトーラス族相手の経験を積むために、

そのまま迷宮区へと向かう事にした。

 

「そういや、饅頭買ったんだったな」

「あ、そうだね。歩きながら食べよっか」

 

 そして二人は、タラン饅頭を口にした。

そして、なんとも言えない表情になった。

 

「おいアスナ、これって……」

「クリームに、イチゴみたいなのが入ってる……しかも温かいね……」

「知ってた上で食べるなら、まあ悪くはないと思うが……」

「うんわかるよ。私も肉まんみたいなのだと思ってたよ……」

「……行くか」

「………うん」

 

 迷宮区に一番乗りし、トーラスと初遭遇したアスナだったが、その姿を見て絶句した。

 

「ハチマン君」

「ん、どうかしたか?」

「セクハラだよ!!!!」

「え、あ、お、おう……俺なんかしちまったか?」

「違うよ。あれだよあれ!あんなの牛じゃないよ!」

 

 アスナはトーラスを指差した。

トーラスは、言われてみれば確かに、上半身裸で腰ミノだけの姿だった。

 

「あ、あー……これはもう、慣れてくれとしか言えないわ、すまん」

「うー………」

 

 そんなこんなで狩りが開始された。

主な目的は、トーラス族の使う特殊技への対処の練習をするためである。

その技、ナミング・インパクトは、一度くらうとスタンしてしまい、

連続でくらうと麻痺してしまう範囲攻撃である。

 

「どうだアスナ、対処できそうか?」

「もう何回かでいけると思う」

「雑魚の使うやつとボスの使うのは、まあ範囲の広さが全然違うらしいんだが、

タイミングは一緒らしいからな。ここでしっかり掴んどこうぜ」

 

 その後きっちりと対処できるようになった二人は、今日の収穫を確認する事にした。

第二層迷宮区はまだ誰も入った事が無かったためか、

箱の数も多く、収穫はなかなか豊富なものとなった。

その中にハチマンは、珍しい物がいくつか入っているのを見つけた。

 

「チャクラムか……」

「何それ?」

「わかりやすく言うと、丸いブーメランだな」

「へぇー。ハチマン君は使えるの?」

「いや、体術スキルに加えて投擲スキルも持ってないと駄目だったと思う。

投擲スキルって微妙だし、取ってる奴いないと思うから、

現状は誰もこれを装備して投げられる奴はいないんじゃないか?」

「なるほどね」

「後はこれか。マイティ・ストラップ・オブ・レザー。

マジック効果つきのストラップ系鎧だな。防御が高く、筋力にボーナスがつくな」

「いい性能みたいだけど、ストラップ系って?」

「あー、上半身が、帯を巻いた半裸姿になる……んだ……が」

 

 そう言ってアスナを見たハチマンの顔が赤くそまり、それを見たアスナは、

 

「ハチマン君。今何を想像したの?」

「いえ……何も想像してないです……そ、そうだ。これ、エギルに似合うんじゃないか?」

「むぅ~。絶対ごまかしてる!エギルさんか、エギルさんね。サマにはなりそうだけどね」

 

 ハチマンは、その話題が蒸し返されないうちに、そろそろ戻ろうと提案した。



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第019話 走れ

街に戻った二人は、偶然キリトと遭遇した。

 

「お~いキリト~」

「キリト君、久しぶり!」

「久しぶりだな。二人はどっかからの帰りか?」

「ちょっと迷宮区にな」

「ああ、フィールドボスが倒されたんだったか。今回は早かったよな」

「キリトはいつ戻ってきたんだ?」

「昨日の夜かな。さすがに疲れたから、今日は昼まで寝てた」

「それじゃそんなお疲れのキリトに、おみやげをやろう」

「くれるってんならもらうけど、何だ?」

 

 ハチマンは何も言わずに、キリトにチャクラムを渡した。

 

「これか……正直いらないんだが……」

「さっきもらうって言ったよな」

「はめられた……はぁ、ありがとうな。ハチマン」

「無理にありがとうって言わなくてもいいんだぞ。キリえもん」

「キリえもんって言うな」

「あ、キリト君も体術スキル取りにいってたんだね。大丈夫。私もハチえもんを見たから」

「ハチえもんって言うな」

 

 三人は笑い出した。

 

「一応聞くけどキリト。こっちはいるか?」

「マイティ・ストラップ・オブ・レザーってあれかよ!

エギルにでもあげればいいんじゃないか?似合うし」

「やっぱりお前もそう思うか」

「ああ。むしろあいつ以外に似合う奴が思いつかない」

「やっぱりそうだよね」

 

 三人は再び笑い合った。

 

「ところでキリト。アルゴから何か聞いたか?」

「あ、そうだった。アルゴに呼び出されて、今から向かうところだったんだよ」

「そうか。事情はアルゴが話すと思うが、ちょっとやっかいだぞ」

「そうなのか?まあアルゴから聞くよ」

「ああ」

 

 キリトと別れた後二人はそのまま解散し、明日の事は明日決める事にした。

迷宮区に長くいたためか、さすがに二人とも早く休みたかったようだ。

 

「それじゃおやすみ、アスナ」

「うん、おやすみなさい」

 

 ハチマンが宿で休んでいると、アルゴからメッセージがきた。

明日会って話がしたいのと、一つ頼みがあるらしい。

ハチマンは快諾し、そのまま眠りについた。

 

 

 

 第二層が開放されてから八日目の朝。

ハチマンとアルゴは、アスナの宿に集合していた。

 

「で、今日はどうしたんだ?」

「用件は二つ。まず、昨日の夜の話からだな。

ここまで関わった以上、二人に何も説明しないわけにもいかないと思ってナ」

 

 あの後キリトは、アルゴの依頼で武器の強化をしに行ったようだ。

ネズハはハチマンの事があった後も、他の町へ移動して依頼を受け続けていたらしい。

武器が壊れた後、目の前で武器を出現させ、現場を押さえる形となったようだ。

その時聞いた話は、要約するとこんな感じだった。

 

 

 

 彼は最初は戦闘職だったが、ナーヴギアに視覚が完全にはマッチングせず、

遠近感が掴めなかったらしい。そのために出遅れ、仲間に迷惑をかけてしまったようだ。

仲間への負い目があったため、ある時出会ったポンチョを着た不思議なプレイヤーに、

今回のやり方を教わり、話に乗ってしまった。

今はキリトのアドバイスに従い、新しい強さを身につけるべく、

鍛治スキルを捨てて体術スキルを取りにいく事になり、

今まさに、岩を殴っている最中のようだ。

 

「ポンチョの男、ね」

「まったく情報が掴めないんだが、まともな人間じゃなさそうな感じだナ」

 

 ハチマンは、更に疑問をぶつけた。

 

「しかし、遠近感が掴めないのに体術って、大丈夫なのか?」

「それがな、彼、投擲スキルも上げてたみたいなんだヨ」

「そういう事か。投擲武器なら遠近感の影響は少ない。もっとも投擲は運用がな……

待てよ、そうか。まさかチャクラムか?」

「そのまさかだよ。ハー坊いい仕事したよナ」

「邪魔だから押し付けただけだったんだが、何が幸いするかわからないもんだな……」

「なんか、奇跡的な偶然だね」

「あと、ネズハって呼び方は、本当は正しくないみたいだな。

まあ本人は、その呼び方でいいって言ってたが、正確には、ナジャもしくはナタクだナ」

「なるほど……あいつもやっぱり、英雄たろうとした男ではあったんだな」

「ハチマン君、ナタクって?」

「古い中国の話に出てくる英雄の名前なんだよ」

「そうなんだ。じゃあこれで後は、武器を取られた人の事をなんとかすれば解決なのかな?」

「正直それが一番どうしようもなく難しい問題なんだよナ」

「まあそうだよね……」

「謝ればいいって問題じゃないからナ」

「今回は事が犯罪行為だけに、いくら本人達が謝って誠意を見せたとしても、

こればっかりは許してもらえるかどうか俺にもなんとも言えん」

「後は本人達次第なんだね」

「ああ。もうそれしかないって感じだな。それでアルゴ、もう一つの用件って何だ?」

 

 ハチマンは頷きつつ、アルゴにもう一つの用件について尋ねた。

 

「実はな、今回はボスの情報が前回よりも比較的順調に出てきてるんだが、

別に一つ、どうしても気になるクエストがあるんだヨ」

「どう気になるんだ?」

「なんかボスに繋がってるというか、情報屋の勘なんだけどナ」

「そのクエストを私達が手伝えばいいのかな?」

「ああ。実はお使いクエストって奴で、あちこち走り回らないといけないんだよナ」

「俺はかまわないぞ」

「私も構わないかな。すぐ始める?」

「二人が良ければ、よろしく頼むヨ」

「キリトは参加しないのか?」

「キー坊は、今ネズハを体術クエストの場所まで案内してる。

その後は、もしクエストで有用な情報があった場合の繋ぎの役をしてもらうために、

攻略会議の方に行ってもらおうと思ってるんだよ。

オレっちの情報だと、もう間もなくボス部屋まで到達すると思うんだよナ」

「それじゃ急いだ方がいいね」

「よし、それじゃあ行くか。目的地は迷宮区近くの密林だヨ」

 

 こうして三人は、密林に向かい、それから密林の中を延々と走り続ける事になった。

 

 

 

 一方キリトは、ネズハを体術スキルクエストの発生場所まで案内した後、

しばらくその様子を観察していた。

 

(鬼気迫るって奴か……これなら相当早くクエストをクリア出来そうではあるが……)

 

 キリトはその日はそのままそこに留まった。ネズハは休まずずっと岩を殴っていた。

それを見守っていたキリトは、次の日の朝街へと戻った。

そしてたまたま会ったエギルに、ボス部屋への到達と、

攻略会議の開催を知らされたキリトは、そのまま参加する事にした。

会議は何事もなく終わり、キリトはエギルのパーティに入れてもらう事となった。

 

「エギル、今回はありがとうな」

「それは構わないんだが、それよりあいつらどうしたんだ?姿が見えなかったが」

「今は、ボスの情報をもっと集めるために必死で走り回ってくれてるらしい」

「そうか……あいつら二人ともいい奴だよな」

「ああ。一層では俺なんかのために必死になってくれたし、

もしあの二人のために出来る事があるのなら、俺は何でもするつもりだ」

「そうか。二人に報いるためにも明日は頑張ろうぜ」

「ああ、明日は宜しくな。エギル」

 

 

 

 その頃アルゴは、キリトから攻略会議開催と終了の連絡を受け、焦っていた。

 

(こっちは明日の昼くらいまでかかるかもしれないな、まずいゾ)

 

「ハー坊。アーちゃん。攻略会議が開催されて、今終わったらしい」

「そうか、思ったより早かったな。こっちはまだまだかかるっぽいが」

「最悪間に合わなかったら、終わり次第迷宮区まで突入だね」

「マップデータは持ってるから、まあなんとかなるかナ」

「まあとにかく頑張るしかない。次いくぞ」

 

 

 

 その日の夕方、寝食を忘れて岩を殴っていたネズハは、

とんでもない早さで大岩を割る事に成功していた。

そのまま下山し、続けてチャクラムの練習に入ったようだ。

途中少し寝て食事もとったようだが、そのまま次の日の朝まで練習は続けられた。

そして昼近くまでかかってやっと思うようにチャクラムを操れるようになったネズハは、

迷宮区を目指して歩き出した。

 

 

 

 次の日の昼前、ついに三人は、クエスト終了一歩手前まで到達していた。

 

「ふう、次でやっと終わりか」

「長かったね」

「二人ともありがとナ」

「よし、これで終了だ」

「どれどれっと……ハー坊、アーちゃん、まずいゾ!」

「どうしたアルゴ」

「ボスの情報が間違ってるみたいダ」

「え?」

「正確には、もう一体追加で出てくるらしい。アステリオス・ザ・トーラスキング」

「すぐにキリトに連絡だ」

 

 アルゴはキリトにメッセージを送ろうとしたが、メッセージは届かなかった。

メッセージは、ダンジョン内のプレイヤーには届かない。

もうすでに本隊は、迷宮区に入ってしまったようだった。

 

「アルゴ、すぐにボスの情報をまとめてくれ。俺達は準備が出来次第迷宮区へと突入する」

「今回はオレっちも一緒に行くぜ。人手はどれくらいあってもいいだろうからナ」

「わかった。準備を急ごう」

 

 三人は急ぎ準備を整え、迷宮区へと向かった。

 

「ん?誰かいるぞ?」

「おやぁ?あれは……ネズハだナ」

「どうしたんだろうね。クエストはクリアしたみたいだけど」

 

 アスナはネズハの顔を見て言った。確かにヒゲは書いてないようだ。

三人は、話しかけてみる事にした。

 

「おい、どうしたんだ、ネズハ」

「あなたは……っ、そうか、あなたもキリトさんの仲間だったんですね」

「ああ。すまなかったな」

「いいえ、全て悪いのは僕なので、お気になさらないで下さい」

「で、どうしたんだ?」

「はい。無事にクエストをクリアし、チャクラムの修行も終えたので、

こんな僕にも何かお役にたてないかと思ってここまで来たのですが、

迷宮区には入った事が無くて、どうしようかと困ってしまって……」

 

 そこにアルゴが割り込んできた。

 

「ネズハの存在が、この件の救世主になるかもしれないゾ」

「どういう事だ?」

「説明は走りながらだな。ネズハ、オレっち達は今からボスの部屋を目指すんだが、

ネズハも一緒に行かないカ?」

「はい!是非ご一緒させて下さい!」

「よし、そうと決まったらみんな行くぞ!」

「みんな、急ごう!」

「罠とか敵の接近の見極めは頼むぜハー坊」

「任せとけ」

 

 こうして、今日最大の山場に向け、役者が徐々に揃い始めたのであった。



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第020話 独りぼっちの英雄

 今回のボス戦に参加するのは、全部で四十七人。

編成は、レイドリーダーをクジで引き当てたリンド率いるABC隊と、

キバオウ率いるDEFのアインクラッド解放隊。

そしてレジェンドオブブレイブスの五人によるG隊、リーダーはオルランドといった。

そして前回中立を保ったエギル率いるH隊。という編成になっていた。

ABC隊は、ドラゴンナイツブリゲードと呼称するようになっていた。

 

(レジェンドオブブレイブス……装備のせいか迫力はあるが、

どこかびくびくしているような……あ、そういう事か)

 

 ネズハが急に姿を消した事で、自分達の悪事がバラされるかもしれないと、

びくびくしているのかもしれないな、とキリトは納得した。

彼らには余りいい印象を持っていなかったキリトは、

まあそんなの俺の知ったこっちゃないがな、と、内心で付け加えた。

 

 当初GHの二隊は、取り巻きのナト・ザ・カーネルトーラス、

通称ナト大佐担当とされていた。

しかしオルランドが、強硬に自分達も、ボスモンスターである、

バラン・ザ・ジェネラルトーラス。通称バラン将軍、担当にしてくれと主張し、

話し合いの末、G隊もボス担当という事になった。

 

(ネズハがいなくなった事で、今後の事に不安を覚えたのか……

ここで一気に攻略隊のトップに躍り出るつもりだな。

それはさておき、ナト大佐に一隊で対処はなぁ……)

 

 抗議しようとしたキリトを押しとどめ、エギルが落ち着いた声で意見した。

 

「ナト大佐は中ボスクラスだと聞いている。

さすがに俺達だけでは荷が重い可能性があるんだが」

「事前情報と違った場合、対処できなそうならもう一隊そちらに送る。

すまないが今はそれで我慢してもらえないだろうか」

 

 一応抗議したエギルは、肩を竦めて引き下がった。

 

 

 

 ボス戦が開始された当初、討伐隊の面々は、思ったより手応えが無いと感じていた。

最初は麻痺する者の多さに一時撤退も検討されたが、そこから踏ん張った。

そして戦いが進むにつれ段々慣れてきたのか、

麻痺する者こそ未だに一定数出てしまってはいるが、その数は徐々に減っていた。

 

「エギル、どうだ?」

「前回よりは確実に楽だが……」

「そうなんだよな……まだ何があるかわからないしな」

「おう」

「ナト大佐のHPが赤くなったぞ」

「よし、このまま慎重にいこう」

 

 その時コロシアムの反対から、プレイヤーが一斉に叫ぶのが聞こえた。

キリトはギクリとしたが、それはどうやら歓声のようであった。

見ると、ついにバラン将軍のHPが黄色くなっていた。

キリトは安堵し、目の前の敵に集中しようとした。しかしその時、それは起こった。

 

 

 

 広場の奥にあるステージが、せり上がっていた。上空の景色が揺らいでいく。

キリトはこの光景を知っていた。これは、大型モンスターのPOPする合図だ。

空間の揺らぎは大きくなっていき、その漆黒に見える空間から、巨大な何かが出現した。

 

「アステリオス・ザ・トーラスキングだって……」

 

 六本角を持ち、王冠をかぶった巨大なトーラスが、

雷光のエフェクトと共についにその姿を見せた。

あまりの出来事に、咄嗟に対応できるチームは無い。

そもそもバラン将軍を相手にしているチームにも、そこまでの余裕は無いのであった。

 

「まずいぞ!全力攻撃!」

 

 リーダーであるエギルを差し置いて、キリトが咄嗟に指示を出す。

もはや一刻の猶予も無かった。まずはこの敵を倒さなくてはならない。

 

「多少無理してでも額の弱点を狙え!」

 

 そこからは死闘だった。まずキリトが高く飛び上がり、額に強力な一撃を与えた。

そのため、ナト大佐の攻撃を若干遅延させる事に成功した。

 

「今だ!みんな頼む!」

 

全員が次々にソードスキルを放つ。

キリトの硬直が切れた頃、同時にナト大佐の遅延も解けた。

普通はそこで下がるキリトだったが、この場面で引く事はできない。

キリトは再び高々と跳びあがり、渾身の《ホリゾンタル》を、ナト大佐の顔面に当て、

同時に奥の手である、体術ソ-ドスキル《弦月》を左足で放った。

武器のカテゴリーが違えば、ソードスキルの後の硬直を無視できる事を、

キリトは研究によって、発見していた。

その一撃により、ついにナト大佐が大量のポリゴン片となって砕け散った。

 

「みんなすぐポーションを飲め!エギル、あの化け物の様子はどうだ?」

「どうやら移動速度は遅いようだな。まだ若干こちらに来るまでに時間がありそうだ」

「それじゃ……すぐ本隊を助けにいかないとな」

「よし、それじゃみんな移動するぞ!急げ!」

 

 エギルの指示により、全員バラン将軍の方へと駆けだした。

 

「右から回り込んで攻撃するか?」

「そうだな。エギル、指揮を頼む。まずバラン将軍を倒そう。

もし倒しきる前にあの化け物がこっちに来たら、

攻撃を当てて全力で遠くに移動しよう。出来るだけ引っ張るんだ」

 

 キリトはそう言うと加速し、その勢いをもって高く跳びあがった。

同時に突撃技である《ソニックリープ》を放つ。

そのすさまじい速さの攻撃は見事にバラン将軍の額を撃ち、バラン将軍は爆散した。

 

「間に合ったか……」

 

 そう呟いたキリトが見たものは、

大きく息を吸うようなモーションを見せている、トーラス王の姿であった。

その直後、トーラス王は紫色のブレスを吐いた。

 

「しまっ………」

 

 最後まで言い終える事は出来なかった。

一気にHPバーが二割ほど減り、同時に緑色のマークが表示された。

それは、今日何度も見かけたマーク……麻痺を示すものだった。

前衛陣は皆麻痺の状態になり、満足に口も開けない有様だった。

 

「みんな……麻痺……治療のポー……ション…を」

 

キリトは諦めず、皆にポーションを使うように声をかけた。

回復速度が多少早まるだけだが、だからといって使えなければ待つのは確実な死だ。

その声に皆、何とか麻痺を治そうと試み始めたが、

麻痺しているので、手はゆっくりとしか動かす事は出来ない。

 

 そこに威厳を持って、トーラス王の足音が迫ってきた。

誰もが、これから起こるであろう大虐殺の光景を想像し、恐怖していた。

自分達はこれから、動く事さえも許されないまま、王の鉄槌を受けるのだと。

王はまず、一番前にいた、キリトとリンドとキバオウに目を向けた。

 

「くそ……ハチマン、アスナ、ごめん……」

 

 もう一度、あの二人に会いたいと思った。

トーラス王が武器を振り上げ、キリトが死を覚悟したその時キリトは、

王の額に向けて、入り口の方から白い一筋の光が走り、王がぐらつくのを目撃した。

 

 

 

 

 

 その少し前、じりじりと焦る気持ちがわいてくる中、

ハチマン一行は、すさまじいペースで奥へ奥へと進んでいた。

罠も敵もほとんどを回避し、回避できない敵は奇襲で粉砕していく。

マップの恩恵を受けているとはいえ、それはとてもつもない早さであった。

 

「相変わらずハー坊はすごいナ」

「雑魚トーラスがまだPOPしていないせいで、随分と楽させてもらってるからな」

「ボス部屋が見えたよ、みんな」

「よし、何があっても決して慌てず、きっちり仕事を果たそうぜ」

「はい!」

 

 四人がボス部屋に入った瞬間、バラン将軍らしき敵が爆散するのが見えた。

幸い、ナト大佐の姿は見えなかったが、

既に真のボスである、トーラス王がPOPしており、

次の瞬間、トーラス王がブレスを吐くのが見えた。

 

「やばい、あのでかぶつに追撃させるなネズハ!アルゴ!パーティを解散しろ!」

 

 ネズハで四十八人になるため、パーティのままではネズハはボスに攻撃はできない。

アルゴは素早くパーティを解散した。

それを確認したネズハは狙いを定め、全力でチャクラムを投擲した。

 

「アスナ、全員を鼓舞して元気な奴に救助活動をさせてくれ。

アルゴはキバオウ達に情報を伝えろ。俺は麻痺ってる奴らにポーションを飲ませる」

 

 ネズハの放ったチャクラムは白い光となって、

今まさに武器を振りおろそうとする、トーラス王の額の王冠に命中した。

 

 

 

 

 

 キリトが見たその光を、全員が目撃していた。

それが何なのか、その場の誰にも分からなかった。

その光はトーラス王の額に命中し、ガン!と金属音を立てたかと思うと、

また入り口の方に戻っていった。

その音で全員は我に返り、入り口の方を見た。そこには、四人の人影があった。

同様に、衝撃による短い行動遅延から立ち直った王も、

ギロリと入り口に目を向け、そちらに向けて歩き出した。

実際の所そのネズハの一撃が、ボスに対するファーストアタックであったためだろう。

トーラス王の目にはもう、先ほどまで目の前にいた者達の姿は一切入っていないようだった。

 

「元気な人は、倒れている仲間を後方に引っ張って下さい!

しばらくは時間を稼げるはずです!みんな落ち着いて!みんなしっかりして!」

 

 アスナの凛とした声が周囲に響き渡った。

後方で固まっていた者達も、その声を聞いて動き出した。

 

「飲め、キリト」

「ハチマン……」

「すまん、遅くなった」

「いいさ、俺達の仲じゃないか」

「本当に間に合って良かった」

 

 キリトはハチマンの肩を借りて立ち上がった。

 

「エギル、キリトを一時後方へ頼む」

「くそっすまん。俺とした事が竦んじまってた。後は任せろ!」

「頼む!俺は他の奴らにポーションを飲ませてくる!」

 

 その頃アルゴはキバオウとリンドを救出し、二人と話していた。

 

「二人ともオレっちに思うところはあるだろうが、今はおいといてくれ。

撤退するなら、おそらく今なら全員無事に脱出できる。

だがもし戦うなら………あのボスの情報をついさっき仕入れた。

今なら特別にタダにしといてやるヨ」

 

 アルゴにとって驚きだったのは、二人がすぐに戦闘続行を決断した事だった。

あれほどの死に直面していたにも関わらず、二人が即答した事で、

アルゴは二人に対する認識を、少し改める事にした。

 

 回復したキリトは、戻ってきたハチマンと話していた。

 

「あれはネズハか。間に合ったんだな」

「ああ」

「この短期間にチャクラムまで使いこなしているとは、ちょっと驚いたよ」

 

 一人で粘っているネズハの方を見たキリトは、

今まさに、トーラス王がブレスを吐こうとしているのに気付いた。

 

「まずい、ブレスだ!ネズハが危ない!」

「大丈夫だキリト。まあ見てろって」

 

 ハチマンの言葉通り、ネズハは余裕を持ってブレスを避けた。

ちょうどその時、リンドの声が周囲に響き渡った。

 

「たった今ボスの情報提供を受けた。遅いって苦情は無しだ。

その人達は、ぎりぎりまで情報を求めた後そのままこちらに駆け着けてくれたんだ。

その内容を今から説明する!まず、ボスのブレスが来る前に、必ず目が光る!」

「そういう事か。だからネズハはあんなに簡単に避けられるんだな」

「ああ。今も一人で戦線を支えている、すごい奴だよ」

 

 その後もリンドは、ボスの行動の情報を素早く提供していった。

さすがにネズハ一人にボスを維持させるのも、限界が近い。

体制を整えた攻略隊のメンバーは、すぐ戦闘を開始した。

まず最初に、リンド、キバオウの二つのチームのタンクを担うA隊D隊が、

トーラス王の足に突っ込んでいった。

 

「それじゃ、俺とアスナは後ろで見てるわ。頑張れよ、キリト」

「キリト君、頑張ってね!」

「え?戦ってくれないのか?」

「いやお前、だってもうネズハで四十八人揃っちゃってるだろ」

「あ……そうか………」

「まあもしお前が麻痺したら、俺とアスナで後方に引っ張るくらいはしてやるよ」

「お、おう。ありがとう」

 

 A隊D隊の頑張りで、ようやくボスのターゲットがネズハから外れると、

緊張がとけたのか、ネズハは少しふらついた。

 

「大丈夫か?」

 

 キリトが声をかけると、ネズハは弱弱しくも力のこもった瞳を見せ、武器を高く掲げた。

 

「僕は大丈夫です!こんな僕がボス戦でこんなに活躍できるのが、

今本当にとても嬉しいんです!皆さんも僕の事は気にせず、攻撃に参加して下さい!」

 

 その声を受けて、エギルの掛け声と共に、エギル隊も戦場へと向かった。

ボスの目が光る度に、ネズハがチャクラムを投げる。それが命中すると、どこからともなく、

 

「ナイス!」

 

 という声がかかった。

 

「見てるだけってのはやっぱ寂しいものがあるな」

「まあ、裏方も大事だよ!」

「しかし雰囲気は明るいな。まあ、何も問題がないようにしっかり俺達が見とこうぜ」

「もし何かあった時は、全力で救助活動だね」

 

 戦況はとても安定している。それは主に、ネズハの力である。

しかし未だにネズハはソロのままだった。

今五人パーティなのは、レジェンドオブブレイブスだ。

レジェンドオブブレイブスのメンバーは、誰もネズハの元には駆け寄って来ず、

ひたすらボスの近くで攻撃を続けていた。

おそらく装備のせいだろう。他のパーティに比べて麻痺率がかなり低い。

そのためかリンドも、後退命令を出すのが躊躇われるようだった。

 

「俺達がリンドなりに要請するのもちょっと違うしな……」

「そうだね……やっぱりもう色々駄目なんだろうね、あのチーム」

「どうなんだろうな……正直俺達にはもうどうする事も出来ないよな」

「まあネズハ君にはもっといいチームがいくらでもありそうだよね」

「そうなんだが、まだ罪を償ってないからな……どんな形で落ち着くんだろうな」

「そうだよね……この中にも被害にあった人がいるかもしれないしね」

「まあそれはさておき、あいつらにボスからのドロップアイテムを渡すの、嫌だよな」

「うん、それは私も嫌かな」

「よし、今度キリトが下がったら、発破をかけてくるわ」

「うん、お願い!」

 

 ボスに猛攻を加えていたキリトは、一度後方に下がる事にしたのだが、

その瞬間ハチマンは、キリトを捕まえて、耳元で囁いた。

 

「奴らにMVP、取らせたくないよな」

 

 ハチマンは、そのままスッと後方に下がっていった。

キリトはネズハの頑張りを見て、言われなくてもそのつもりだったのだが、

ハチマンの言葉で、それが絶対に失敗できないミッションに変わった事を自覚した。

 

(戦闘に参加できない二人の分も俺がやってやる)

 

 その後も攻略隊は一切崩れる事もなく、ついにボスのHPがレッドゾーンに達した。

おそらく次の一斉攻撃で倒れるだろう。キリトは気合を入れ、慎重に機会を伺っていた。

そして、今日何度目かのネズハの攻撃により、ボスが仰け反った瞬間に、

畳み掛けるように、最大威力の片手直剣からの体術のコンボを決めた。

その攻撃で、見事にボスは爆散したのだった。

 

「さっすがキリト君!」

「きっちり期待に応えるところがさすがだな」

 

 

 

 第一層にひき続き、波乱の展開となった第二層のボス攻略は、こうして完遂された。

まだ問題が全て解決したわけではなかったが。



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第021話 罪には罰を

 CONGRATULATIONの文字が空に浮かび、わずか十日で二層はクリアされた。

この戦いの功労者は、誰がどう見てもネズハであった。

リンドはネズハを労おうとしたが、未だネズハがソロであった事に気付いて、謝罪した。

 

「すまない、ごたごたがあったとはいえ、君をレイドメンバーにも加えず、

ソロのまま戦わせてしまった。本当に申し訳ない。ところで君は……」

「リンドさん。そいつ、最近噂になってた鍛治屋だぜ」

 

 リンドがネズハに素性を問いかけようとした矢先、隣にいた男が横から声を掛けてきた。

ハチマンはそれを見て、以前ネズハに武器強化を頼み、失敗した男である事に気が付いた。

 

(あれは確か最初にネズハを見かけた時の依頼主か。

このままうやむやになればそれはそれでと思ったが、やっぱそういう訳にもいかないよな)

 

 その男、どうやらシヴァタというらしい、は、そのままネズハと話し始めた。

 

「お前、この前俺が武器強化を頼んだ鍛治屋だよな?なんでいきなり戦闘職やってるんだ?

なんでいきなりそんなレアなドロップ武器持ってるんだ?

そもそも鍛治屋だけでそんなに儲けられるもんなのか?」

 

 ハチマンはその言葉を聞き、シヴァタが既にネズハを疑っている事に気が付いた。

 

(こうなるとこれはもう、何らかの責任が追及されるのは確定だな。

最悪の状況だけはなんとしても避けないといけないが)

 

 ハチマンの想定する最悪とは、もちろんここにいるメンバーによる、ネズハの処刑だった。

それだけは何としても避けなければならない。

だが、これだけの犯罪行為を安易に擁護するわけにもいかない。

この状況で、俺が守りたいものはなんだ、と考えながら、

ハチマンはさりげなくレジェンドオブブレイブスのメンバーの隣に移動した。

アスナとキリトもハチマンに続き、三人は事の成り行きを見守っていた。

 

「アスナとキリトはどう思う?」

「私は、この件に関わった人が皆納得できればいいと思う。難しいのかもしれないけど」

「俺はネズハの頑張りを知ってるからな……何らかの償いが終わった後に、

心機一転他のチームでやり直して欲しい」

「被害者には必ずなんらかの助けが必要だよな……心を救うって難しいな」

 

 全員が注視する中、ネズハはシヴァタに土下座し、自分の罪を全て告白した。

レジェンドオブブレイブスの仲間達の事は全て伏せたままで。

 

「ふざけんな!お前のせいでここに来れなかった奴が何人もいるんだぞ!」

「この裏切り者!」

 

 場は一時騒然としたが、シヴァタが軽く手を上げ、それを制した。

周囲は重苦しい雰囲気に包まれていた。

当事者であるシヴァタの言葉を待っているかのように。

 

「俺の剣はまだ残っているのか?」

「すみません、全部売ってコルに変えてしまいました……」

「では、コルでの金銭的な保証は可能か?」

 

 ハチマンは、その言葉に驚いた。

 

(まじかよすごいな。怒鳴り散らしてもおかしくないのに、強いな)

 

「すみません、飲み食いや高い宿に泊まって全部使ってしまいました……」

「そうか……」

「いい加減にしろ!豪遊してただけだっていうのかよ!」

「お前何様のつもりだよ!」

 

(あいつ、やっぱり一人で全部かぶるつもりなんだな)

 

 再び場は荒れた。ハチマンがちらりと横を向くと、

レジェンドオブブレイブスのメンバー達は、顔面蒼白だったが、動く気配は無かった。

 

(ちっ、こいつらには期待できないか)

 

 ハチマンは、アスナとキリトを呼び、こっそりと話しかけた。

 

「アスナ、キリト。落とし所をどう思う?」

「連帯責任しかない」

「私ももうそれしかないと思う」

「でもネズハは多分、仲間をかばいたがってるよな」

「そこなんだよな……ネズハ一人が仲間のために罪を全て引き受けようとしているのに、

俺達が余計な事をしてあいつの気持ちを裏切るのもな……」

「ネズハ君、大丈夫かな?」

「穏便な処置なら静観でいいかもしれん。納得は出来ないけどな。

だが、エスカレートするようなら……」

「何か手はあるのか?」

「無い事もない。とりあえず隣のあいつらを自首させる」

「出来るのか?」

「ああ。とりあえず二人とも、俺が何か聞いたらちょっと大きめの声で答えてくれ」

 

 二人は頷き、その後ハチマンが、隣に聞こえる程度の大きさで言った。

 

「なあ、アスナ、キリト。お前らその武器、いくらでなら売る?」

「俺はそうだな……二十万コルくらいか」

 

(おう、ふっかけやがったなこいつ)

 

「私は絶対売ら……あっ……そうだね、私もそのくらいかも」

 

 ハチマンに目配せされ、アスナは慌てて言いかえた。

 

「そうだよな。そのくらいにはなるよなやっぱ。

しかしそんな大金飲み食いと宿だけで使えるもんかね?」

「そうだな……使ったっていうなら使えるんじゃなのか?」

「ちょっと私達じゃ想像もつかないよねー」

 

(うまいぞ二人とも)

 

「今度鼠に調べてもらうか。俺もちょっと興味あるわ」

 

 その三人の会話を聞いて、心なしか、隣から息を呑む気配がした。

 

(よし、種だけは蒔いた)

 

 前方に目を戻すと、どうやらリンドが、穏便な解決方法を示そうとしているようだった。

 

「それじゃ、とりあえず今後徐々に返してもらうとして、

これからは攻略でしっかりと働いて……」

 

 その時、キバオウ隊の中から誰が突然叫んだ。

 

「待ってくれよリンドさん!俺聞いた事あるぜ!

そいつのせいで武器を失って、弱い武器で無理をして死んだプレイヤーの噂!」

 

(くっ、想定はしていたが、やっぱりこうなるのか)

 

 そのプレイヤーの一声で、その場は一気に断罪の場に変わった。

 

「なんだよそれ!人殺しじゃないか!この人殺し!」

「PK野郎!死んで償え!」

「死ね!」

 

 この場はもはや、ネズハが犠牲にならないと収拾がつけられない雰囲気で満たされていた。

 

「ハチマン君……」

 

 アスナが泣きそうな目でハチマンを見つめていた。

 

「アスナ、大丈夫だって。ハチマンがいるじゃないか」

 

 キリトは落ち着いていた。ハチマンを信頼しているように。

 

「こういうのは俺に任せろ。その代わり戦闘じゃ、お前を一番信頼してるぜ。相棒」

 

 ハチマンはキリトにそう声をかけ、アスナの頭を軽くなで、前に出ていった。

ハチマンは、まずリンドに話しかけた。

 

「ちょっといいか?」

「あ、ああ、ハチマンか。すまん礼を言うのが遅くなった。今回はありがとう、助かったよ」

「いや、こっちこそ、情報がぎりぎりになってしまい、すまなかった。

みんなを危険な目にあわせてしまった」

 

 ハチマンは、ぐるっと周囲を見回し、軽く頭を下げた。

周囲の目は、どうやらハチマンに好意的に見えた。

ハチマンは、これならなんとかなりそうだと思った。

 

「横からすまん。皆も知っての通り、そいつを連れてきたのは俺達だ。

一時的にでも一緒に戦ったせいで、こいつに助けられた事も何度かあった。

あ、いや、勘違いしないでくれ。正直今の話を聞いたら、こいつをかばう気にはなれない。

だがそういった事情で、そいつにはいくつか借りがある。そこでだ。一つ提案がしたい」

 

 今回の功労者の一人であるハチマンに言われたためか、一応聞こうという雰囲気になった。

 

「こいつを罰したい気持ちはよくわかる。が、俺は正直目の前で人が死ぬのを見たくない。

そこでだ。ここからが提案なんだが、お~い、鼠!ちょっと来てくれ」

 

 ハチマンはアルゴを呼び出し、一堂に聞こえるように言った。

 

「武器が破壊された奴のリストを、今俺に渡してくれ」

「そんなもの、あるのか……?」

「まさか鼠とグルなんじゃ……」

「実はな、俺も武器強化の失敗で武器が壊れるところを見た事があってな。

だから、そんな可能性があるのかどうか、鼠に依頼して調べてもらってたんだよ。

俺もちょうど強化したかったからな。まあ頼んだのは、何件くらいあったかだけだが」

「その調査なら確かにもう済んでるぞ。ボス絡みのゴタゴタで、渡しそびれてたけどナ」

 

 アルゴに今回の件の調査を頼んだのは事実だったせいか、その話はスムーズに進んだ。

 

「今回聞きたいのはその先の情報だ。みんなも知っている通り、この鼠はプロだ。

この中にも何人か、情報を買った者がいると思うが、情報は全て正確だったはずだ。

そして、まだあいまいな情報が取り扱われた事は無かったものと思う。そこでだ。

鼠、強化に失敗した人間の、その後の情報はあるか?」

「あるぞ。情報料は、今回はタダにしといてやるよ。

ボスの情報集めを手伝ってもらったのと、相殺だナ」

 

 その返事を聞き、ハチマンはみんなに語りかけた。

 

「これでおそらく、誰か死んだ者がいるかどうか確実な情報が得られると思う。

これを見てから判断しようじゃないか。もしあれだったら、追加調査で……」

 

 ハチマンが核心の言葉を発し、レジェンドオブブレイブスの方をちらりと見た。

リーダーのオルランドは、追加調査という言葉が出たか否かのタイミングで、

意を決したように、こちらに歩いてくるところだった。

 

(よし、決断したようだな。しかしネズハを殺す可能性もある。近くで警戒するか。

犠牲者がいないのはアルゴに聞いて知ってるしな)

 

 ハチマンは一歩後ろに下がり、リンドに目配せをして、

レジェンドオブブレイブスをあごでさした。リンドはそれに気付き、尋ねた。

 

「今度は君達か。どうかしたのか?」

 

 レジェンドオブブレイブスの五人は、ネズハの横で同じように土下座をし、

自分達も仲間だから一緒に裁いてくれと、罪を告白し始めた。

 

「ハチマン、お疲れ」

「ハチマン君、ありがとう」

「おう、今すぐ帰って休みたい気分だわ」

「相変わらずだな」

「ハチマン君らしいね」

「しかし、あのタイミングだと、あいつら俺のブラフが効いたのか、

自主的に出てきたのか、何とも言えない感じだな」

「私は、自主的だって信じたいかな」

「そうだな、ハチマンも、もうそういう事でいいんじゃないか?」

「そうだな、悪い気分じゃない」

 

 結局誰かが死んだという事実は無く、言葉を発した者も噂で聞いただけだったため、

レジェンドオブブレイブスの所持していた装備を全て被害者に譲渡し、

損害以上の金額を弁済するという事で落ち着いた。

少なくとも価値の面からすれば、被害を受けた以上の額になるようだ。

彼らはこれからどうするのか。一からやり直すのかどうか、それはわからない。

この噂もすぐ広まるだろうから、彼らがやり直すとしても、それは苦難の道になるだろう。

 

 チャクラムはネズハ以外に使える者がおらず、

レアリティはあっても金銭的価値は無いに等しかったため、

そのままネズハの手元に残される事となった。

今後ネズハがレジェンドオブブレイブスに残るのかどうかはわからないが、

少なくとも攻略には参加し、元気な姿を見せ続けてくれる事だろう。

 

 こうして、第一層にひき続き波乱含みとなった第二層の攻略は、ここに全て完了した。



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第022話 キャンペーンクエスト

いつも誤字報告を下さる方、ありがとうございます!


 攻略も無事終了し、一行はリンドの提案で全員で第三層へと向かう事となった。

仲間意識を強調したかったのであろう。

ネズハは仲間達と何事か話しながら手を取り合っているようだ。

 

「レジェンドオブブレイブス、続けるみたいだな」

「そうみたいだね。うん、良かったね」

「まあ、悪くはないな」

 

 三人も第三層へと続く階段へと向かおうとしたが、

そこへしばらく黙っていたキバオウが近づいてきた。キバオウは、ハチマンとアスナには、

 

「おおきに」

 

 と短く声をかけた。そしてキリトに対しては中々声をかけられないようであったが、結局、

 

「次もこき使うたる」

 

 とだけ言い残して、仲間達と共に階段を上っていった。

 

「次もちゃんと来いってさ」

「らしいな」

「なら次も頑張らなきゃね」

 

 そこへ、今度はネズハが走ってきた。

ネズハはまず頭を下げ、今度は僕が仲間を支えてみせますと言って微笑んだ。

三人は応援し、ネズハは仲間の元へと戻っていった。

第三層への長い階段を上り始めたその後ろに、いつの間にかアルゴがいた。

 

「ハー坊、最後はうまくまとめたよナ」

「俺は自分のやれる事を、効率よくやっただけだぞ」

「ハチマンがいなかったら今回は相当やばかったと思うけどな」

「まあハチマン君らしいけどね」

「相変わらず自己評価が低いんだよナ……」

「ばっかやろう、お前らの俺に対する評価が高すぎんだよ」

 

 そしてついに第三層へと到着した一行が見たものは、一面に広がる森であった。

 

「辺り一面ひたすら森か……」

「そしてあそこに見えるのが、第三層の主街区、ズムフトだナ」

「とりあえず俺は休みたい……さすがに疲れた……」

「私も安心したからか、どっと疲れが……」

「二人はオレっちのせいで二日近くほとんど休まずに走らせちまったからナ」

 

 ハチマンとアスナはへたり込み、ネズハも糸が切れたかのように座り込んだ。

ネズハの消耗が一番激しかったので、キリトは肩を貸し、

ブレイブスのメンバーが集まっている方へとネズハを連れていった。

 

「それじゃ俺達も最後の一踏ん張りといきますかね」

 

 リンドとキバオウに転移門をアクティベートしてもらい、一行は家路についた。

キリトは第二層の宿へと向かい、

ハチマンとアスナは第一層の、二人がいつも使っている宿へと向かった。

アルゴは二人に報酬の一部だナ、と言って第三層のガイドブックを渡して、

どこへともなく去っていった。

 

「アスナ、風呂で寝ないようにな」

「うん……あんまり自信はないかな」

「本当に気を付けてくれ」

 

 ハチマンはアスナを宿へと送り届けた後、

自分の宿に辿り着いた瞬間ベッドへと倒れ込み、そのまま眠りについた。

 

 

 

 次の日昼過ぎまで、ハチマンは起き上がる事ができなかった。

起き上がりたくないという気持ちも相当強かったようである。

確かにSAOに囚われてからのハチマンは、働きすぎかもしれない。

 

「ここで一生分の労働意欲を使い果たしちまうかもしれないな……」

 

 ハチマンは寝直そうとしたが、アスナからのメッセージが来ている事に気が付いた。

メッセージには、今日は休みにするとしても、

ちょっとだけガイドブックを見ながら話さないかとの提案が書いてあった。

まあすぐ近くだし構わないかと思い、ハチマンは承諾の旨をメッセージにしたため、

返事を確認後、起き上がって準備をはじめた。

 

 

 

 ハチマンがアスナの宿に着くと、アスナはガイドブックを取り出し、話し始めた。

 

「ちょっとリズと一緒にズムフトにいって、軽く見回ってきたんだけどね」

「元気だな……」

「途中でキリト君とネズハ君に会ってね、それでちょっと話したんだよね」

「ネズハも俺より疲れてたはずなのに元気だな……」

「そしたら、ガイドブックに書いてあるこれ、

このキャンペーンクエストってのを二人でやりにいくんだって」

「これか……報酬も良さそうだし、難易度は高そうだがやってみてもいいんじゃないか」

「うん、私もそう思ったんだよね。明日あたり行ってみない?」

「そうだな……俺としてはその前にまず、森での戦闘をもうちょっとやってみたいな。

明日はリズベットを連れてこの層の敵や地形に慣れるためにレベル上げにして、

そのキャンペーンは明後日からってのはどうだ?」

「確かに私達、前の層の最後は走り回ってただけだしね。

それじゃ、そうしよっか!リズには私から聞いてみるね」

「ああ、頼む。それじゃ俺はもうちょっと寝てくる」

「うん!それじゃ後で連絡入れとくね」

「おう、頼むわ」

 

 

 

 次の日は、三人で移動狩りをしながら森での注意点を話し合っていった。

 

「視界が狭くなってるせいか、奇襲されないように余計に気をつけないといけないな」

「ハンマーもちょっと振りにくいなぁ」

「私も咄嗟に振り向いたりとか厳しいかも」

「基本広場みたいなところを拠点にしないとだめだなこれは」

 

 三人は移動しながら更に狩りを続け、ある程度満足した結果も得られたため、

その日の戦闘は終わる事にした。

 

「明日は私達は、

ガイドブックに載ってるキャンペーンクエストってのをやってみようと思ってるんだけど、

リズはどうする?良かったら一緒にやらない?」

「うーん必要そうなレベルに全然届いてないし、私は遠慮しておこうかな」

「そっか、わかった」

「二人とも気を付けてね」

「ああ。それじゃまたな、二人とも」

 

 

 

 そしてキャンペーンシナリオ開始当日、二人は開始予定地へと向かっていた。

 

「クエスト開始地点は、迷い霧の森ってとこらしいね」

「霧で方向感覚がおかしくなるのか。気をつけないとな」

「キリト君の話だと、まず最初フォレストエルフとダークエルフの人が争ってるんだって。

で、私達が介入する事になるんだけど、どっちもすごい強くて、

私達じゃとてもかなわないんだって」

「おいアスナそれ、こっちのHPが全損する可能性もあるって事か?」

「私も気になって聞いたんだけど、私達どっちかのHPゲージが半分になった瞬間、

味方した方の人が奇跡の力で相手を倒してくれて、そのまま自分も死んじゃうんだって」

「なるほどな。結局どっちも死ぬんだな……」

「うん。それで味方した方のシナリオで固定されて、

ドロップしたアイテムを、加担した方のエルフ族の拠点に届けるらしいね」

「どっちの味方をするかでどんな差があるんだろうな」

「どうなんだろうね」

 

 結局どっちの味方をするかはその場に着いたらという事になり、

アスナも、それでいいんじゃないかなと同意した。

二人は迷い霧の森の力に惑わされ、何度も迷いつつも、ついに目的地らしき場所を見つけた。

 

「ハチマン君、あれじゃない?」

「そうみたいだな。いくか」

 

 目的地に着くと話に聞いていた通り、

頭の上にクエスト開始マークである【!】が表示された二人のNPCが争っていた。

フォレストエルフは男で、ダークエルフは……女だった。

 

「ハチマン君」

「ダークエルフの味方をしたいんだろ?俺もこの状況で男の味方をするのはちょっとな」

「ありがとう」

 

 二人が飛び出すと、NPCの頭上のマークが、進行中を示す【?】に変化した。

 

「人族がこんな森の中にいるとは!」

「そなたたち何者だ!」

 

 二人は黙ってダークエルフに背中を向け、フォレストエルフに武器を向けた。

フォレストエルフのカーソルは、恐ろしく黒に近い赤だった。

敵のカーソルは、自分から見て弱い敵ほど明るい色で表示される。

これほどまでに黒くみえるカーソルの敵には、通常どうやってもかなわない。

 

「貴様ら、ダークエルフ族の味方をするか!お前らも我が剣の錆にしてくれる!」

「錆になるのはあなたよ、このDV野郎!」

 

(あっれ~アスナさん目茶目茶熱くなってませんかね……)

 

「お、おい、アスナ。防御主体な、防御主体」

「わかってるよハチマン君。防御主体で絶対に倒す」

 

(まじか~本気でやるしかないか……さぼったら絶対後で怒られる……

まあ聞いた感じからして、こっちはすぐにやられちまうと思うが)

 

 

 

 そして十数分後………二人の目の前で、フォレストエルフが、光となって、消えた。

 

「まじか……なんか倒せちまった……」

「さすがは対人型モンスター特化のハチマン君だね」

「いや、そりゃもう必死でしたからね……」

「お二人のご協力に感謝する」

 

 突然声を掛けられた二人は振り向き、その声の主を見た。

頭の上のマークは【?】のままで、どうやら無事クエストは進行しているようだ。

カーソルの色は、味方NPCを表す黄色に変化していた。

 

「私の名はキズメル。そなたらのおかげで、秘鍵を守る事ができた」

 

その声の主はキズメルと名乗った。

キズメルは、フォレストエルフが倒れた場所に落ちていた布袋を大切そうにを拾い、

それを胸にかき抱いた後、そっと呟いた。

 

「これで一先ず聖堂は守られた」

 

 その瞳は、色々な感情を秘めているように見えた。

 

「改めて感謝する。我らが司令からも褒章があろう。是非我らの野営地まで同行して欲しい」

「それじゃお言葉に甘えます」

「あ、アスナ、NPCにはYESかNOかを明確に言わないと……」

「わかった。それでは案内しよう。着いてきてくれ」

 

 アスナの答えを聞き、ハチマンは訂正をしようとしたのだが、

驚いた事にキズメルは、アスナの言葉を正確に理解したらしい。

二人はキズメルによって、ダークエルフの野営地まで案内される事となった。

同時にパーティメンバーの加入を告げるメッセージが表示され、

キズメルが、パーティメンバーとなった。

二人は、キズメルがプレイヤーとまったく区別がつかない事に驚いていた。

 

「ハチマン君。私詳しくないからわからないんだけど、これってプログラムで動いてるの?」

「俺も驚いてるんだが……まるで高性能のAIみたいだな。というかそうとしか思えん」

「すごいね……まるで普通の人みたいだよ」

 

 どうやらダークエルフは迷いの霧の森の中を普通に歩けるようだ。

出てくる敵は片っ端からキズメルが一刀両断し、

三人はあっという間にダークエルフの野営地に到着した。



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第023話 星の無い空

 野営地に案内された二人は、早速司令の元に案内される事となった。

司令の天幕は、物々しい雰囲気に包まれ、その前には、

ダークエルフの衛兵が、薙刀を立てて並んでいた。

 

「ハチマン君。これ、襲われたりしないよね?」

「まあさすがにそれは大丈夫だろ。

それよりここ、インスタンスマップだと思うが、すげー広いな」

「インス?タンス?」

「ああ、こういうイベントの時とかに一時的に作られるマップでな。

要するに強制的に独立したエリアに移動させられた感じだな」

「それじゃ、今いるここは正確には第三層じゃないんだね」

「そうだな、他のプレイヤーも絶対に入ってこない」

 

 そして二人は、司令の天幕の中に案内された。

 

「よくぞ我が同胞を助けてくれた、人族の子らよ。心からの感謝を」

 

 司令は物々しく言い、報酬として、いくつかのアイテムが提示された。

二人は迷いながらも、更新が滞っていた軽鎧を選んだようだ。

 

「さらにこれを。この指輪を持つ者は、この野営地に自由に出入りする事が出来る」

 

 司令はそう言いながら、ダークエルフの紋章の入った二つの指輪を差し出してきた。

ハチマンは、何も考えずに左手の薬指にその指輪をはめようとして、

同じように指輪をどこにはめようか悩んでいるアスナに気付き、狼狽した。

 

(お揃いの指輪を薬指に付けようとするとか何やってんだ俺は……

ここは無難に人差し指にでも……そう、どうという事はない。

これはお揃いだがただのイベントアイテムだ。恥ずかしいそぶりとかも絶対禁止だ)

 

 ハチマンはそう考え、左手の人差し指に指輪をはめた。

アスナはそれを見習ったのか偶然なのかはわからないが、

同じように左手の人差し指に指輪をはめた。

アスナが特に何とも思っていないようだったので、ハチマンはほっとし、

司令の話の続きを聞く事にした。司令の頭の上には【?】マークが表示されていた。

どうやらクエストの続きが始まったようだ。

 

「それでは今日は、この天幕を利用してくれ。多少狭いかもしれないが」

 

 クエストは明日開始のようだ。

二人は一度街に戻ろうかと思ったが、キズメルの勧めに従い、

今日はそのまま野営地に泊まる事とした。

キズメルが、風呂もあるぞと言ったのが、どうやら決め手になったようだ。

 

(同じ天幕か……衝立でも借りてくるか)

 

 案内された天幕は、狭いと言われたがかなりの広さだった。

アスナはキズメルと話したいようで、ハチマンに先に風呂に入るように言ってきた。

ハチマンは大人しく勧めに従い、先に風呂に入る事にした。

ハチマンからすれば、久々の入浴だった。

いくら入浴をする必要がないといっても、たまには湯に浸かりたいものだ。

ハチマンは久々の風呂を堪能し、とてもリラックス出来た。

風呂からあがると、上機嫌で例のドリンクを取り出し、飲み始めた。

キズメルと何か話していたアスナがそれに気付き、欲しがったため、

ハチマンはもう一つ取り出し、アスナに差し出した。

 

「キズメルと仲良くなったんだな」

「うん!」

「それじゃ俺はあっちの隅で先に寝てるから、アスナも風呂に入ったら好きに寝てくれ」

「わかった!それじゃハチマン君、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 

 ハチマンは、自分のベッドの横にしっかりと衝立を立てて、

横になりながら今日の出来事について考え始めた。

 

(これが通常のクエストのルートなのか、俺にはわからないが……

かなり特殊な状況かもしれないな。裏シナリオの可能性もある。

今度先行しているであろうキリト達に会ったら確認してみよう)

 

 そんな事を考えているうちに、いつの間にかハチマンは寝ていたようだ。

風呂からあがったアスナが、布団を掛けてくれた事には気付かないまま、

ハチマンは深い眠りについた。

 

 

 

 次の日の朝、キズメルが二人を起こしにきた。

ハチマンは、明るい場所でキズメルを見るのは初めてだと思いながら、

なんとなしにキズメルをじっと見つめていた。

そしてキズメルが、とても綺麗ですごくスタイルがいい事に改めて気が付いた。

 

「ハチマン君。どこをじっと見ているのかな?」

「お、おう……おはよう」

「む~」

 

リラックス出来たせいか、二人の目覚めはとても良かったので、

そのまますぐにクエストに出かける事になった。

どうやら西の方に聖樹と呼ばれる木があり、その根元に別の秘鍵があるようだ。

道中では、相変わらずキズメルが一刀で敵を屠り、

その度に勝手に経験値とアイテムが入ってきた。

 

「楽だけど、これってズルだよね……」

「まあそうなんだが……昨日頑張ったご褒美って事でいいだろ」

「まあそれもそうだね」

 

 遠くに目的の、聖樹らしきものが見えた。

同時にハチマンは、そこに接近するフォレストエルフらしき人影も見つけていた。

 

「キズメル、あれ、敵じゃないか?」

「そうだな、まずいな。あれを敵に奪われるわけにはいかない。走ろう」

 

 三人は全力で走りだした。それに気付いたのか、敵も全力疾走を始めたようだ。

 

「俺は足止めしつつ徐々にそっちに後退する。二人は先に鍵を頼む」

「わかった、任せて」

「無理はするなよ、ハチマン」

 

 ハチマンは、自然にキズメルに話しかけている自分に気付いてはいなかった。

実際のところ、キズメルはここまで一度も、

自分をNPCだと思わせるようなそぶりを見せていなかったのだから。

この瞬間、キズメルがNPCだという意識は、二人の中には無かった。

 

「ハチマン君、見つけたよ!」

 

 アスナが鍵を確保したのを確認したのか、システム的にそういうフラグが立ったためか、

敵はそのまま後退していった。

 

「ふう、戦闘にならなくて助かったな」

「そうだね、もう一度昨日と同じ事が出来るかどうか、わからないもんね」

「ん、あの敵のいた辺りに、何か落ちてるな」

「何だろうね、これ。鍵?かな?」

 

 それを拾った瞬間、キズメルが二人に話しかけてきた。 

 

「ちょっと待ってくれ二人とも。あっちから同胞の気配を感じる」

 

 気が付くと、キズメルの頭の上に【!】マークが表示されていた。

どうやらこの鍵は、派生クエストの発生アイテムのようだ。

二人はキズメルに案内されて、その方角へと向かった。

一見何も無さそうだったが、調べてみると、木に小さな鍵穴が空いているのを発見した。

 

「どうやらこれの鍵みたいだね」

 

 鍵穴に鍵を差し込むと、そこに穴が空き、奥に人影が見えた。

どうやらそれは、キズメルの知り合いのようだった。

キズメルがその人物を救出し、この派生イベントは終了となった。

このクエストにはどんな意味があったのだろうか、と考えつつ、

第二のイベントは、こうして思ったよりあっさりとクリア出来た。

 

「次のクエスト開始にはちょっと時間があるみたいだね。

露店でも見てみる?武器屋さんとかもあるみたいだし」

「そうだな、何か掘り出し物でもあればいいんだが」

 

 二人は空いた時間を、野営地内の散策にあてた。

そこで二人は、この場にはそぐわない、おかしな装備を見つけた。

 

「ねぇ……これって水着じゃない?」

「ああ。なんつーか……これだけここで浮いてるよな」

「あからさまに怪しいよね」

「もしかしたら水に入らないといけない事でもあるのかもな。一応買っておくか?」

「そうだね……なんでも備えはあった方がいいよね」

 

 二人が水着を買うと、ちょうどキズメルが近づいてきた。

どうやら次のクエストが開始されるようだ。

次は東の大樹近くにある、敵の拠点への潜入クエストであるようだ。

どうやらダークエルフは、姿を一定時間隠せる装備を持っているらしい。

発動にはダークエルフの持つ何らかの力が必要のようなので、

それを一時的に借りたプレイヤーが、街で悪用する事は出来ないようだ。

拠点に侵入し、姿隠しの効果が切れるまでの間に、

次の秘鍵を見つけて持ち出せばクリアとなるようだ。

 

 

 

 このクエストは、終わってみればハチマンの独壇場であった。

観察力に優れるハチマンは、あっさりと目的の鍵を見つけ出した。

キズメルは、ハチマンを賞賛した。

 

「ハチマンは、人族なのにすごい実力を持っているのだな」

「お、おう……褒めても何も出ないけどな」

「ハチマン君、さすがにそれは理解できないんじゃないかな……」

 

 ところが驚いた事にキズメルは、そんなハチマンの言葉にもしっかりと対応してきた。

 

「はは、謙遜する事はないぞ。素直に関心するよ、ハチマン」

「まじか……アスナ、俺にはもうキズメルがNPCだとはまったく思えないんだが」

「うん、私ももうキズメルは、普通に仲間の人だと思う事にするよ……」

 

 こうして第三のクエストまであっさりとクリアした三人は、

再び司令に謁見し、報酬として、かなりの量の各種素材とコルと、

それとは別に、幹部専用の露天風呂の使用許可をもらった。

どうやら秘鍵は全部で三つのようで、これで全て揃った事になる。

次のクエスト開始は、明日の朝のようだ。

 

「露天風呂の使用許可、か。アスナには嬉しいんじゃないか?」

「うん。素直に嬉しい」

 

 そんな時キズメルが、とんでもない事を言いだした。

 

「私にも許可が出たから、三人で一緒に入らないか?」

 

 二人は固まってしまった。それはさすがに断ろうと思ったのだが、

 

「私は嬉しいのだ。こうして人族の二人と共に手を取り合い、

そして共に仲間を救い、秘鍵を三つも手に入れられた事が。

是非今まで以上に二人と交流を深めたいと思うのだが、どうだろうか」

 

 二人は、明らかに他意の無さそうな、キズメルの純粋な願いを断るのも躊躇われ、

さりとてどうしたものかと頭を悩ませていたが、そこでアスナが昼間の事を思い出した。

 

「そうだ!ハチマン君、水着だよ水着!

キズメルにも水着を着てもらえば、それで問題ないんじゃないかな?」

「水着か……確かにあったな……仕方ないか、もうそれしかないな」

 

(俺にはそれでもハードルが高すぎるんですけどね……)

 

「うん、恥ずかしいからあんまり見ないでね」

「ああ、もちろんだ」

 

 露天風呂は、思ったほど広くはなかった。

まずハチマンが先に入り、二人のいる方向に背を向けた。

二人が入ってくる気配がして、ハチマンは身を固くした。

 

「水着を着て風呂に入るとは、人族の慣習とは不思議なものだな」

「そ、そうなの。人族の慣習なんだ」

 

 アスナは必死でごまかそうとしていた。

ハチマンは絶対にそちらを見ないように、知らんぷりをしていた。

 

「ところで水着を着たのは初めてなのだが、似合っているだろうか、ハチマン」

「そうなのか?」

 

 そのキズメルの問いかけに、反射でくるっと振り向いてしまったハチマンの目に、

二人の水着姿が飛び込んできた。

キズメルは紫のビキニ、アスナは、白いワンピースタイプの水着だった。

ハチマンは、目を泳がせながらもそれに答えた。

 

「よ……よく似合ってるぞ」

 

 それだけ何とか言い終えると、ハチマンは再び二人から目を背けた。

ちらっと見えたアスナの顔は真っ赤になっていた。

申し訳ない事をしてしまったとハチマンは思い、アスナに声をかけた。

 

「アスナ、その、つい反射で振り向いちまった……すまん」

「う、うん。今のは仕方ないんじゃないかな。で、その……似合ってるかな?」

「す、すごい似合ってたぞ」

「あ、ありがとう」

 

 アスナの表情は見えなかったが、どうやら怒ってはいないようで、ハチマンは安堵した。

ふと上を見ると、空は真っ暗だった。

 

(そういえば、アインクラッドの空には星は無いんだったな)

 

 どうやらアスナも同じ事を考えていたらしく、少し残念そうな顔をしているのが見えた。

 

「ハチマン君、いつかみんなで一緒に星空を見られればいいね」

「ああ」

 

 三人の時は穏やかに流れていき、

こうしてキャンペーンクエスト二日目の夜は、静かに更けていった。



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第024話 受け継がれるもの

プログレッシヴではキリトとアスナが一緒に行動しているため
必然的に、ハチマンとアスナの行動に自由度を与えられないでいます
早く当初の構想に戻したいので、残るストックを消費して、
駆け足でプログレッシヴの範囲(三層、四層)の投稿をしてしまう事にしました
ちなみに第五層は先に繋げられないので、飛ばす予定でいます
今後とも宜しくお願いします





 翌朝、再びキズメルがやってきた。

今日は女王蜘蛛の洞窟という場所で、女王蜘蛛と戦闘をするらしい。

女王蜘蛛は、誰かに操られているようで、ダークエルフを専門に狙っているのだという。

どうやら毒持ちのようで、毒消しを多めに持って行く事にした。

キズメルは、毒対策は問題がないようだった。

どうやら、何度でも使える解毒アイテムを持っているらしい。

 

「女王蜘蛛か……名前だけでも強そうだな……」

「まあキズメルも、強敵だけど大丈夫って言ってたし、大丈夫じゃないかな」

「そうだといいんだが。アスナは蜘蛛とか平気なのか?」

「うん、大丈夫だよ」

 

(アスナって意外とこういうの平気っぽいんだよな……)

 

 三人は例によって敵をあっさり殲滅しながら目的地に向かっていった。

女王蜘蛛の洞窟らしきものが見えたあたりでハチマンは、

中からプレイヤーが数人走り出てくる気配を感じた。

 

(おそらくドラゴンナイツか解放隊のどちらかだと思うが、ちょっと隠れて様子を見るか。

まずい、もうそこまで来てるな)

 

 ハチマンはキズメルに隠れるように言い、アスナの手を引き、物陰に走りこんだ。

アスナが声を出そうとしたので、ハチマンは咄嗟に手でアスナの口を塞ごうとした。

結果的に後ろからアスナを抱いてしまう形となった。

 

「アスナ、あれ見ろあれ。誰か来る」

「んーんー」

「す、すまん」

 

 ハチマンは慌ててアスナを離し、謝罪したが、

今のは確実にハラスメントコードに引っかかっているはずだ。

だが予想に反してアスナがウィンドウを操作するそぶりは見えなかった。

 

(あれ、今のはセーフだったのか?慌てていたとはいえ、気をつけないとだ……)

 

「ハチマン君、誰か出てくるね」

「ああ。どうやらあれは……解放隊か?」

「あっ、キバオウさんもいるね」

「情報交換した方がいいと思うか?」

 

 アスナは、うーんという風に悩むそぶりを見せた。

 

「あんな化け物がいるなんて聞いてねえぞ!」

「目的の護符は手に入れたぞ!」

「よし、撤収や」

 

 どうやら彼らの会話を聞いている限り、二人とは内容が違っているようだ。

 

「なんか私達のやってるクエストと、内容が違うみたいだね」

「そうだな……やっぱりキズメルの存在のせいか、通常とは別物なのかもしれないな」

「まあ、ここはこのまま隠れてればいいんじゃないかな」

「そうするか……」

 

 開放隊の一行が立ち去った後、三人は洞窟の中に入った。

 

(化け物と戦って倒せって事になるのか……難易度上がってませんかねこれ……)

 

 女王蜘蛛は、とても巨大だった。

お尻の先から糸を出すから、それに気を付ける事。

目が光ったら口から毒を吐くから、くらったらすぐ毒消しを使う事、など。

三人は軽く打ち合わせをして、女王蜘蛛に攻撃を始めた。

 

 結果的に、討伐自体はキズメルの力が大きく、問題なく終わった。

序盤こそ蜘蛛の出す糸に苦しめられたが、

尻尾の先の糸を出す部分を切り落とす事に成功してからは、一方的な展開となった。

巣を調べ、四つ目の秘鍵を手にいれた時、再びキズメルの頭の上に【!】が表示された。

 

「また何かのクエストみたいだな」

「キズメルがいないと開始されないクエストなのかな?」

「ああ。多分そうだな」

 

 キズメルは、蜘蛛の巣の奥の方から、エルフの力を感じると言った。

三人が奥に進むと、そこには繭のようなものがあった。

 

「この中だ」

 

 キズメルの言葉に従い、二人が繭を切り裂いて中を見ると、

そこには青く輝く不思議な金属があった。

 

「エルヴンインゴット?」

「おお、なんかいいやつっぽいな」

「何がどうってわけじゃないんだけど、すごい惹かれる気がする……」

 

 アスナはその金属に魅せられたようだった。

 

「アスナ、以前言ってた武器の魂の継承を、その金属でやってみたらどうだ?」

「え、それは悪いよ。二人で見つけたんだし」

「俺達の戦闘スタイルだと、基本アタッカーはアスナだ。

アスナが強くなれば、俺達の安全度も格段に上がるんじゃないか?」

「そうなのかな」

「それにな、俺はこのクエストが始まる時、楽をしたくて、

無理に敵を倒そうとはしなかった。アスナが決めたおかげで、今これが手に入ったんだ」

「うん……わかった、ありがとう」

 

 三人は首尾よく目的を達成したため、そのまま野営地に戻った。

難易度のせいか、不思議とキャンペーン中だと思われるプレイヤーの姿を見る事は無かった。

今回初めて解放隊に遭遇したが、どうやら進めているのは数組しかいないようだ。

 

 

 

 野営地に戻ったハチマンとアスナは、キズメルに鍛治屋の場所を尋ねた。

 

「さっきのインゴットで新しい武器を作るのか。

実はこの前助けた友人も鍛治屋なんだが、ちょっと変わり者でな。

恐ろしく強い武器を打つ事もあれば、なまくらを打つ事もある。

普段営業している鍛治屋は、平均的にいい武器を打ってくれる。

どちらにも紹介できるが、どうする?」

 

(あれはこのフラグだったか……キズメルがいなかったら発生してなかったんだろうな)

 

「おい、アスナこれ……」

「うん。あの助けた人に頼もう。きっとそういう事なんだと思う」

 

 助けた鍛治屋のところに案内されると、その鍛治屋はこちらをぎろっと見て、言った。

 

「フン、この前は助かったぜ。ありがとな」

「今日は武器の製作をお願いしたいんです。材料はこの剣とこの金属で。

プロパティはスピードタイプで」

 

 そう言うとアスナは、別れをおしむようにウィンドフルーレを撫でると、

両手で大切そうに差し出した。

ハチマンは、鍛治屋が、フンとでも言うのかと思って見ていたが、

予想に反してその鍛治屋は、とても丁寧にそれを扱った。

そしてウィンドフルーレをインゴットにして、

エルヴンインゴットとそのインゴットを一つの金属に変えた。

通常、SAOでの武器製作は、決まったレシピで決まった武器が出来るわけではなく、

基本ランダムに生成される。その際叩いた回数で、武器の強さが決まる。

平均で二十五回といったところだ。つまり、元の金属の性能からして、

二十五回を超えれば問題なく前の武器より強い武器が完成する。

 

「ハチマン、アスナの左手を握れ。私は右手を握る」

 

 キズメルが突然、こんな事を言い出した。

キズメルの説明だと、強い気持ちが強い武器を産む。

三人分あわされば、きっととても強い武器が出来るに違いないとの事だ。

ハチマンが躊躇う間もなく、アスナが真剣な顔で、二人の手を握った。

そして武器製作が始まった。ハンマーが金属を叩く音だけが辺りに響く。

十回、十五回、二十回。そしてついに、目標の二十五回を超えた。

まだ武器が生成される気配はない。ハチマンの手を握るアスナの手に、力がこもった。

つられてハチマンも、しっかりと手に力をこめた。

三人が固唾を飲んで見守る中、さらに数える事、合計四十回。インゴットが眩い光を放ち、

ついにアスナの新しい武器が、その姿を現した。

 

「……いい剣だ。魂がこもってる」

 

 鍛治屋は感嘆したようにそう言い、アスナに剣を渡してきた。

 

「すごい……」

「ああ。これはすごいな……」

「これはすごい業物だな。おめでとう、アスナ」

 

 キズメルも感嘆しているようだ。ハチマンは、武器の性能を見て驚愕した。

 

(なんだこれ……四層どころか六層くらいまで使えるんじゃないのか……

それにこの強化可能回数、十五回?どのくらい強くなるのかまったく底が見えないぞ)

 

「シバルリック・レイピア……」

 

 アスナは武器の名前を呟き、構えをとると《リニアー》を放ってみた。

それはまさに、閃光が走ったとしか言えない迫力に満ちていた。

 

「気に入ったか、アスナ」

「うん、ありがとうハチマン君。ありがとう、キズメル」

 

 そしてアスナは鍛治屋にとても丁寧に頭を下げた。

今度こそ、フン、と一言だけ発した鍛治屋は、自分の仕事に戻っていった。

 

 

 

 蜘蛛討伐の報告を終えると、どうやら次のクエストの開始はしばらく後のようだった。

それまでは、武器を強化するための素材を集めようという事になり、

キズメルの的確な案内と、クエスト報酬の素材を有効に使い、

シバルリック・レイピアを、五段階強化する事に成功した。

驚いた事に、キズメルのレベルも上がるらしい。

ハチマンが気付いた時には、キズメルのレベルは最初に会った時より一つ上がっていた。

 

「しかしやっぱりすごいなその武器。攻撃力だけでもキリト並なんじゃないか?」

「キリト君も絶対強くなってるから、そこまではどうかな」

「そういえばずっと篭りきりで、誰にも連絡してなかったな。ちょっとまずいか?」

「そうだね、心配かけちゃってるかもしれないから、一度街に戻ろうか」

「ああ。それじゃ……ちょっと待て、何かいい争ってる声がする。

様子を見てくるからアスナとキズメルはここで待っててくれ」

「わかった」

 

 ハチマンは、慎重に隠密スキルを使いながら、その声の方へと進んでいった。



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第025話 闇の気配と光の予感

ハチマンは、その争う声の元へと近づいた。

どうやらそれは、ドラゴンナイツと解放隊のようだった。

 

(キバオウと……リンドもいるのか。何を揉めてるんだ?)

 

「こういうのは先着順だろう?出来ればここは引いてくれないか?」

「先着って言ってもわずか数十秒じゃないか!」

「そうだそうだ!」

「それでも先着は先着だ。道理は守って欲しいな」

「お高くとまってんじゃねーよ!エリート集団が!」

 

(どうやらキャンペーンクエストの発生ポイントをどっちが使うかでもめてるのか?

確かにどちらかが進行させると、ここのポイントは他の場所に移動するが……

ん?どうやらどっちもギルドクエストを終えて、正式にギルドとして登録したのか)

 

 ハチマンは、二チームの面々がギルドの紋章を付けている事に気が付いた。

そういやギルドクエストはこの層だったかと、ガイドブックの記述を思い出した。

ちょうどその時、道理、という言葉に反応したのか、黙っていたキバオウが叫んだ。

 

「道理?道理やて?ならワイも言うたるわ。

このクエが階層ボス攻略に必須やっちゅーことを、あんた、ずーっと隠しとったやろ!」

 

 は……?という声が漏れそうになり、ハチマンは思わず自分の口を押さえた。

そんな話はどこにも無かったはずだ。

何より、このクエストを経験済なキリトや、アルゴからもそんな話は聞いていない。

どこかのNPCがそんな事を言ってたのだろうか。

 

「あんた、このあいだの会議の時にひとっ言も説明せんかったやろが!

それのどこに道理があるっちゅうんや!」

 

 キバオウは、絶対の自信を持って発言しているようだ。

 

「違う!そんな情報は知らない!俺達がこのキャンペーンを進めているのは、

報酬でギルドを強化するためだ!」

「そないな事信じられるかい!」

 

 二人は相当熱くなっているようだ。このままだとまずい。

仕方なくハチマンは、姿を現す事にした。

 

「おい、お前ら喧嘩すんな」

「ハチマン君か」

「なんや、最近見かけんと思うとったら、こんなとこにおったんかい」

「事情はよくわからないが、キャンペーン絡みだろ?

俺も今進めているが、そんな話は聞いた事が無いんだが」

 

 その時、解放隊のメンバーから声があがった。ハチマンはその声に聞き覚えがあった。

 

「俺知ってる!そいついつも陰でこそこそしていい所だけ持ってってるんだ!

そもそもソロでキャンペーンを進められるわけがないだろ!

ここのポイントも横から掻っ攫うつもりに違いないぜ!」

 

(こいつ、あの時ネズハのせいで死んだ奴がいるって叫んだやつか)

 

「ジョー、ちっと黙っとれや」

 

 その男は、ジョー、という名前らしい。ハチマンはその名前をしっかりと記憶した。

 

「ハチマン君はソロじゃないわよ」

 

 そこに、どうやら様子を見に来たらしいアスナが現れた。

アスナの腰に差してあるシバルリック・レイピアが、強烈な存在感を放つ。

その迫力を感じ取ったのか、誰も言葉を発する事が出来なかった。

ハチマンは、その機会を逃さなかった。

 

「どっちがどっちサイドでのクエストを進めてるのかは知らないが、

もしそんな情報があるっていうなら、二チームともクリアしてみればいいんじゃないのか?

せっかくトップ二人が揃ってるんだし、どっちがその情報を得ても対等の手柄って事で。

こっちも何か情報があったらすぐ伝えると約束する。ちなみにダークエルフシナリオだ」

「うちはダークエルフや」

「こっちはフォレストエルフだな」

「今ここで問題になってるのは、その順番だろ?

こっちには有能な案内人がいるから、数分で次の場所に案内すると約束する。

その上で先着順って事で、この場はドラゴンナイツに場所を譲るってのじゃだめか?」

 

(さてあいつはまた騒ぐのかな)

 

 ハチマンの思った通り、またあのジョーという男が騒ぎ出した。

 

「そんなの信じられるか!お前らやっぱりドラゴンナイツと組んでるじゃないか!」

「ジョー、ちっと黙らんかい!」

 

 キバオウは思ったより冷静に見えた。

 

「次の場所がすぐ分かるっちゅー保証がどこにあるんや」

「今すぐ証明する。キズメル」

 

 ハチマンはキズメルに声をかけた。キズメルは姿を隠すのをやめ、姿を現した。

その瞬間に、ドラゴンナイツから悲鳴があがった。

 

「なっ、なんだその化け物は!」

「カーソルが黒いぞ……殺される!」

「なんや、そんなにやばいんか?」

「ああ、ここにいる全員でもかなわないんじゃないか?ハチマン君、その人は?」

「俺達と行動を共にしているダークエルフのキズメルだ。

最初の遭遇の時に、フォレストエルフを倒したら、仲間になった」

「君達、あれを倒したのか……?」

 

 嘘だろ、というざわめきが広まる中、ハチマンは言葉を続けた。

 

「キズメル、今のこの場所みたいな雰囲気の場所、すぐ見つけられるか?」

「たやすい事だ」

「だ、そうだ。これが保証だな」

 

 キバオウは、少し考えていたが、この提案を承諾した。

納得は出来ないが、情報が確実にあるという証拠は提示出来ないからとの事だった。

情報の出元は、案の定、あのジョーという男からの情報であるらしい。

森を探索していた時に会ったNPCに教えてもらったようだ。

迷っていたから場所は特定できないらしい。

 

(こいつ、わざと色んな対立を煽ってやがるのか?ちょっと気を付けるか……)

 

 解放隊を案内した後キズメルと別れた二人は、久々に街へと戻ってきた。

どうやらリズベットが相当心配していたようで、アスナはすぐリズベットの元へと向かった。

ハチマンはまずアルゴにいくつか質問を送り、キリトに連絡をとった。

キリトは既にこの層の分のキャンペーンは全て終了しているようで、話を聞く事ができた。

 

「まじか、あれを倒したのか……」

「キリトも実は本気でやれば勝てたんじゃないのか?

俺も最初は適当にやろうと思ってたんだが、アスナが妙に燃えてな……」

「確かに最初からそういうもんだと思っちまってたかもしれないな。先入観って奴か」

「お、すまんちょっと待ってくれ。アルゴからメッセージだ」

 

 そのメッセージを読んだハチマンは、やっぱりかと呟き、キリトとの会話に戻った。

 

「キリトの時は、キズメルっていう女エルフが最初に出てきたのか?」

「ああ。βで見たのと同じ、キズメルっていうダークエルフだったな」

「それなんだが、どうやらアルゴの情報だと、俺達の後にクエストを開始した奴らは、

キズメルを見ていないらしいんだよな」

「どういう事だ?」

「どうやら、俺達のせいでキズメルが、なんていうかスタンドアローンになった?

とでも言うのか?ダークエルフの戦士は男に代わってるらしいんだよ」

「なるほど……」

「今度キリトにも会ってみて欲しいんだが、どう見てもNPCには見えないんだよ……

受け答えも例えば、お言葉に甘えますって一発で理解してくるみたいな感じでな」

「それじゃまるで、高性能のAIの対応じゃないか」

「ああ。もう色々と普通じゃない」

 

 その後も二人はクエストの内容について情報を交換した。

やはりキズメルルートの内容は、まったく別物のようだった。

そして話が最後のギルド間対立のところにきた時、

 

「はぁ?ボス攻略に必須な情報?」

「ああ。そんな情報あったか?」

「少なくともダークエルフ側にはそんなものは無かったぞ」

「可能性があるとしたら、俺達のルートって事か」

「その可能性は低いと思うけどな……あるいはキズメルに直接聞いてみた方が、

案外それっぽい情報が聞ける可能性が高いんじゃないか?」

「それは盲点だった……」

 

 そんな時、ハチマンの元にアスナからメッセージが来た。

 

「アスナが合流するみたいだ。ちょっと待っててくれないか?」

 

 アスナが到着すると、まずハチマンは、

アスナのシバルリック・レイピアをキリトに見てもらう事を提案した。

 

「これなんだけど」

「これがキズメル限定ルートの過程で完成した武器だな」

「何だこれ、すごいな……」

 

 それは、キリトをして感嘆させる業物であったらしい。

キリトは、もしこれをフルに強化したら、

下手すると十層くらいまで通用するかもしれないと太鼓判を押した。

 

「そっか。頑張って良かった」

 

 そんなアスナを二人は暖かい目で見ていた。

 

「それじゃ、とりあえずこっちももう少しで終わると思うから、

そしたら三人で攻略にいこうぜ」

「ネズハ君も一緒に行ければいいんだけどな」

「キャンペーンクエストで多少強化されたから、大丈夫じゃないかな」

「よし、それじゃ落ち着いたらメッセージ入れるわ」

「おう、またな!二人とも!」

「キリト君、またね!」

 

 二人はそのまままた野営地に戻る事にした。

 

「リズに怒られちゃったよ」

「何日も連絡しなかったのはまずかったな」

「うん、今度からは気を付けるよ」

 

 ギルド間の対立など、問題はいくつか残っていたが、

二人は自分達が出来る事を着実に進めていく。この先に明るい未来が必ずあると信じて。



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第026話 秘鍵の約束

「我らが君達に頼み事をするのは、これが最後となるだろう」

 

 以前から、終わりをほのめかす言葉はあったが、

今回はっきりと、終わりを示唆する司令の言葉から、クエストは始まった。

どうやらキャンペーンクエスト第三層最後のクエストで間違いないようだ。

もっとも特殊なルートゆえ、全体としてこれが最後になる可能性もあるが、

まあその可能性は今は置いておけばよいだろう。

 

「前回女王蜘蛛を操っていた者の正体がわかった。

古の時代、我らと分かれた闇のエルフ族の残党が、未だに生き残っていたのだ」

 

 こんな言葉から始まった最後のクエストは、

隠された迷宮の奥にいる、フォールンエルフと呼ばれる者を倒せというものらしい。

しっかり準備をして三人は出発した。別のNPCの戦士も三人別に同行してくれるようだ。

合計六人で、隠し迷宮に突撃した。

 

(これもしかして、本来のバランスは、プレイヤー一人とNPC三人なのかもな)

 

さすがに六人と戦力は豊富だったので、戦闘は五人に任せてハチマンが主に偵察に出る事で、

数時間でボス部屋らしき部屋を発見出来た。

中にいたのは、サソリとクモを足したような奇怪な昆虫の姿をしたボスだった。

 

「ハチマン君。あれって、何?」

「ちょっと自信はないが、多分ウデムシって奴かな。世界三大奇虫の一つだったと思う」

「そんなのよく知ってるね」

「男には誰でも、世界何大なんとかってのに憧れる時期があるんだよ」

「そ、そうなんだ」

 

 微妙な空気になってしまったが、三人は気をとりなおしてウデムシボスに挑んだ。

幸い強さは大したものではなく、キズメルとアスナの圧倒的な強さの前に、

ボスはあっさりと沈んだ。

ハチマンには相性がいい敵では無かったので、あまり活躍する事は出来なかったのだが。

 

 

 

 そのまま奥に進み、基本同じパターンで戦闘を繰り返し、

ついにフォールンエルフのアジトらしき小屋を発見した。

中には、黒緑色の肌をした戦士らしき風貌のエルフが五人ほどいた。

ハチマン一行は、奇襲でまず二人の敵を倒し、そのまま二対一の戦闘に持ち込んだ。

体制を整えられてからは多少時間がかかったが、問題なく犠牲者無しで戦闘を終えた。

その小屋の後ろで、洞窟を発見した一行は、そのまま奥へと進む。

 

 

 

 そしてついに、敵のボスらしきエルフと、その取り巻き三人を発見し、

最後のボス【フォールン・エルフ・コマンダー】との戦闘が開始された。

 

「我らが周りの敵を抑える!キズメル殿達はあの司令官を!」

 

 三人の戦士は、うまい事取り巻き三人を引き離し、一対一に持ち込んだようだ。

その隙にまずハチマンが前に出る。

司令官は、どうやら最初に倒したフォレストエルフの戦士よりも、強いようだった。

だがあの時とは、キズメルのレベルも、アスナの武器も違う。

そして人タイプの敵が相手となると、やはりハチマンは強かった。

鉄壁の防御で、相手の攻撃を弾き、潰し、敵の体制が崩れた瞬間に、

キズメルとアスナが威力の高い攻撃を叩き込んでいく。

もしこれが、同じ人型でももっと巨大なモンスターだったら、

かなり被弾もしてしまうのだが、このサイズの敵相手だとほぼ問題は無いようだ。

そしてそんな連携を何度か繰り返していると、ついにボスは倒れた。

その後三人は周りに加勢し、順番に取り巻きを倒していった。

そしてついに、全ての敵の殲滅を終えた。

 

「これが、目的の品かな?」

「そうみたいだな。フォールンエルフの密書か」

「それじゃ、はい、キズメル、これ」

「ありがとう二人とも。これでフォールンエルフの計画の全貌が明らかになるだろう」

 

 無事クエストを終えた六人は、そのまま野営地に帰還した。

さすがにクエストクリアの報酬は破格で、数多くのお宝が手に入った。

かなり遅い時間だったので、その日も二人はそのまま野営地に宿泊する事にした。

 

 

 

 その日の夜遅く、ハチマンは人の気配を感じて目を覚ました。

インスタンスエリアのため、他のプレイヤーの可能性は無い。

おそらくキズメルだろうと当たりをつけ、ハチマンは声を掛けた。

 

「キズメルか?」

「ああ。夜遅くにすまない。少し話があってな」

 

 その会話でどうやらアスナも目を覚ましたようだ。

 

「あれ、キズメル?こんな時間にどうしたの?」

 

 明かりをつけると、そこにはフル装備のキズメルが立っていた。

 

「今日はお別れを言いにきた」

「お別れ?キズメルはどこかに行っちゃうの?」

「あの密書を調べた結果、フォールンエルフどもが、

あそこに見える天柱の塔を上ったところにある、

我らの聖堂を襲撃する計画を立てている事がわかったのだ」

「天柱の塔って」

「おそらく迷宮区だな」

「つまり、四層に行くって事なんだね」

「そこで、二人に渡しておくものがある」

 

 そう言ってキズメルは、秘鍵を二つ取り出し、ハチマンとアスナに渡した。

 

「その二つの鍵と、私の持つ一つの鍵。三つ揃わないと聖堂の扉を開く事は出来ない。

私は聖堂の前でハチマンとアスナが来るのを待っている」

 

 アスナはキズメルに抱きつき、

 

「うん。必ず行くから、だからまた必ず会おうね、キズメル」

 

 と言った。

ハチマンも、言葉短かに、

 

「必ず行く」

 

 と答えた。

キズメルはハチマンをじっと見つめていたが、突然ハチマンにハグをした。

 

「アスナの真似をしてみた。人族の慣習なのだろう?」

 

 そう言って、キズメルは去って行こうとしたが、

そのキズメルに、顔を赤くしていたハチマンが慌てて問いかけた。

 

「そうだキズメル。あの天柱の塔にいる、このフロアの主と戦う時、

何か気をつけないといけない事はあるか?」

「そうだな、ほとんど全てが毒の攻撃だと聞いている。他には特に無いな。

二人なら必ず倒せるだろう」

「……そうか、ありがとう、キズメル」

「ああ。二人と共にいるのはとても楽しかったぞ」

 

 そういい残して、キズメルはどこへともなく去っていった。

 

「また会えるよね」

「ああ。必ず次の層で再会しよう」

 

 二人は秘鍵に誓い、決意も新たに、その日は眠りにつく事にした。

 

 

 

 次の日二人は、鍛治屋に別れを告げに行った。

もしかしたら武器の強化でまたここに来る事になるかもしれないが、

それまでにリズベットが成長するかもしれない。

そう考えると、またここに来る保証は無かったためだ。

NPC相手だが、アスナはとても丁寧に頭を下げた。

 

「素晴らしい剣をありがとうございました。大切にします」

 

 そんなアスナの言葉に、鍛治屋は、フン、と言った後、一言付け加えた。

 

「その武器に負けない戦士になれよ」

 

 そういい残して、鍛治屋は奥に消えていった。

 

 

 

 そして二人は、本格的に街へと戻る事にした。まずアルゴに連絡をとると、

どうやら昨日のうちに、フィールドボスは退治されたようだ。

今日は、キャンペーンクエストを進めていたチームを集めての軽い会議があるらしい。

ハチマンは、アスナを帰らせ、自分だけその会議に出席する事にした。

 

 

 

 会議自体は何ともあっけなく終わった。

まずドラゴンナイツと解放隊のクエスト担当チームが、

これは予想通りだったが、何も情報は無かったという報告をした。

一堂は落胆したが、次の瞬間期待のこもった目でハチマンを見つめた。

ハチマンは気まずそうに、話し始めた。

 

「あー期待してもらってるみたいで悪いんだが、

やはりこっちにも、クエスト自体にはボス絡みの情報はまったく無かった」

 

 一堂はさらに落胆したが、ハチマンはそこにこう付け加えた。

 

「確かにクエスト自体には何も無かったんだが、

この前見ただろう、ダークエルフの女戦士から、少しだけ有益な情報は聞けた」

 

 一堂は顔を上げ、今度こそと期待のこもった目でハチマンを見つめたが、

 

「あー、ボスの攻撃はほとんどが毒攻撃だから、毒消しを大量に持っていくように。

後、他に特殊な攻撃は無いから、問題なく勝てるだろう、だそうだ」

 

 それを聞いた一堂は、

 

「それだけか……」

「いや、事前に準備できるならとても有効な情報じゃないか?」

「いやいやしかしな……」

 

 ハチマンは、伝えるべき事は伝えたとばかり、その場を後にした。

 

(おそらく明日から本格的な迷宮区の攻略が始まるだろう。

だが、キズメルの言葉の通り、案外あっけなく終わるのではないだろうか。

油断は決して出来ないが)

 

 

 

 ハチマンは予定通り、アスナ、キリト、ネズハとパーティを組み、

迷宮区の攻略、並びにボス戦に参加した。

今回のボス戦に参加したのは、ドラゴンナイツ十八人、解放隊十八人、

エギルチーム四人、そしてハチマンチームの四人の、計四十四人だった。

ボスは毒攻撃を頻発してきたが、豊富な毒消しの数の前にはほとんど意味がなく、

ハチマンの予想通り、第一層、第二層とは比べ物にならないくらいあっさりと、

第三層の攻略は終了したのだった。



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第027話 驚愕の変化

 無事にボス戦を終えた一行は、四層への階段を上り始めた。

 

「キリト、次の層ってどんな所か聞いてもいいか?」

「確か、何も無い乾いた層だったかな。店とかは全部高層フロアにある、

遺跡っぽいエリアだったと思う」

「そうなんだ。なんか埃っぽそうな所だね」

 

 そんな事を話しながら階段を上っていくと、

どうやらまもなく四層に到着するようだ。

前方から、歓声が聞こえ、皆走り出しているようだ。

四人も釣られて走り出し、ついに四層に到着したのだが……

 

「なんだこれ……」

 

 キリトは呆然として呟いた。

そこに広がるのは、一面の水、水、水であった。

 

「店が高い所にあるってこのためか……」

「つまりどういうこと?」

「βテストの時は、これを見据えてマップを作ってたけど、

水に関するプログラムが間に合わなかったとかかもしれないな」

「なるほど」

 

 その時ネズハが素朴な疑問を発した。

 

「ここ、島みたいですけど、どうやってこの川を越えるんですかね」

 

 四人はそれを聞いて考え込んでしまった。

周囲からも、辺りを調べろ!何かあるはずだ!という声が聞こえる。

四人も協力して周辺を調べる事にした。

 

「キリト、βの時は無かったものって何か無いのか?」

「うーん、この木くらいかな……」

「これか?」

 

 その木は、ドーナツ型の実が生っている、ヤシの木に似た木であった。

ドーナツのような実を眺めていた二人は、何かひらめいたようだ。

 

「もしかしてこれ」

「浮き輪か?」

 

 試しに実を落としてみた二人は、とりあえず使えるか試してみる事にした。

 

「これ、装備が重いと沈んだりとか、あるか?」

「どうだろう……」

「よし、まずは俺が水着で試してみる」

「ハチマン水着なんか持ってるのか……」

「ああ。エルフの野営地で売ってたから、怪しいと思って買っといたんだよ」

「なるほどな」

「キリト、離すなよ!絶対離すなよ!」

「フリか」

 

 ハチマンは装備を水着に変え、実を浮き輪のように使い、水に入ってみた。

どうやら問題なく浮くようだ。

ハチマンはその状態で、徐々に装備を増やしていったが、

どうやらかなりの重さにまで耐えられるようだった。

その情報を周囲に広め、一行は川を渡り始めた。

誰かが欲張って、実を大量に採取していたようだったが、問題なく全員に渡ったようだ。

途中何度かモンスターに襲われそうになったが、全てネズハがチャクラムで処理した。

 

「ネズハ、ここの敵と相性いいんじゃないか?」

「なんかそうみたいです!」

 

 そして川を渡りきった一行は、そのまま街へと向かい始めた。

第四層の主街区は、ロービアという名前のようだ。

そこでレイドは解散となり、いい時間だった事もあってか、とりあえず宿に戻る事になった。

キリトは四層で宿を探し、ネズハは一度ブレイブスの仲間の元へと戻るようだ。

アスナは、風呂に入りたいから少し遠いが一層まで戻ると言った。

ハチマンは、少しだけ街を見てみると言って、四層の街中に消えていった。

少したった後、ハチマンはアルゴに、とある情報を渡した。

 

 

 

 次の日、四人にアルゴを加えた面々は、四層の転移門前に集合していた。

 

「それじゃとりあえずクエスト関連から探索してみるか?」

 

 キリトの提案に従い、五人は分かれてクエストを探す事になった。

情報は全てアルゴに集約し、

もし何か変わった情報があった場合は、全員に連絡が行く手はずとなった。

四人は散っていこうとしたが、アルゴがアスナを呼びとめた。

 

「そうだアーちゃん。昨日、この層の風呂付き物件の情報が入ったんだが、買うカ?」

「買う!一層まで毎回戻るの、ちょっと不便だなって思ってたしね」

 

 アスナは即答した。

アルゴはハチマンの方を向き、にや~っと嫌らしい笑顔を浮かべた。

アスナはそれに気付いてはいないようだった。ハチマンはスルーしていた。

 

「それじゃ、オレっちが現地に案内するヨ」

 

 そう言ってアルゴは、アスナを先導して歩き始めた。

 

「それじゃ俺達は行くか」

「わかりました!」

「また後で落ち合おう」

 

 街中には、縦横無尽に水路が走っていた。

各自定期便のゴンドラ等も利用して、水路の分街の面積が狭い事もあり、

数時間で大体の情報が集まったようだ。

そしてアルゴから皆に呼び出しがかかったので、転移門前に再び集合する事となった。

 

「大体こんな感じだな」

 

 アルゴがマップに手書きで【!】マークを入れた。

 

「ちょっとそれ、見せてくれないか、アルゴ」

 

 キリトが何かに気付いたように身を乗り出し、マップの一点を指差した。

 

「これはβ時代には無かったクエのはずだ。多分ここに何かあると思う」

 

 その言葉を聞き、一行はまずそこに向かう事になった。

アルゴはガイドブックを製作しなくてはいけないからと、別行動になった。

四人が現地に到着すると、そこには寂れた小屋の中に一人の老人がいた。

四人はクエストを受けようと、何かお困りですか?等色々と声を掛けたが、

その老人、ロモロはまったく反応をしなかった。

 

「うーん、頭に【!】があるからクエには間違いないはずなんだけどな……」

「最初に掛ける声の内容が違うのかな?」

「よし、ちょっと小屋の中を調べてみるか」

 

 四人は小屋の中を調べ始めたが、

見つけられたのは、変な形のネジと、いくつかの工具だけだった。

 

「このネジなんだろう」

「うーん」

「ちょっと根本から考え直してみるか」

「フロアが変化した事で、追加される要素…水路…」

 

 その時キリトが、何か天啓を得たように叫んだ。

 

「そうだ!船だよ!船が無いとこの層の移動はめんどくさすぎる」

 

 おおっ、と三人が声をあげ、キリトはロモロに声をかけた。

 

「私達に船を造ってもらえませんか?」

 

 その声と共に、ロモロの頭の上のマークが【?】に変化した。どうやら正解だったようだ。

その後ロモロから船の材料と仕様を聞き、

キャンペーンが別な関係で二手に分かれる事を考慮して、

二人乗りの船を二隻造る事に決めた一行は、材料集めを開始した。

基本ロモロの指示通りに動けばいいので、それほど大変では無かったが、

最後のアイテムが、やや難関であった。

 

「あれを倒すのか……」

「でかいな……」

 

 最後のアイテムを持っているのは、巨大なクマ型モンスターだった。

名を、マグナテリウムと言った。

 

「なんか絶滅動物でそんな名前のがいた気がするな」

「動きは遅そうだけど、パワーはすごそうだね」

「とりあえずネズハの遠隔攻撃から開始だな」

「はいっ」

 

 マグナテリウムは基本、突進突進で攻撃してくるタイプだったようで、

生えている木を盾にしながら戦闘は終始有利に進んだ。

一匹倒すと複数個必要アイテムをドロップしたので、

余った分は、ブレイブス専用の船のためネズハに一つと、

後は適当に知り合いに配る事にした。

戦闘で発生した倒木の影に隠れた時、その倒木も素材扱いだという事が判明していたので、

一行はついでにその倒木をストレージに入れ、ロモロの元に戻った。

 

「どうやら船は一隻づつしか造れないみたいだな」

「それじゃ発見したキリトとネズハの船を先に造ろうぜ」

「おっけー、それじゃ終わったら連絡するよ。多分数時間だと思うし」

 

 予定が決まったため、そこで一旦解散となった。

三時間後、キリトから連絡が入ったので、

次はハチマンとアスナの船の製作に入る事となった。

その際、倒木が、船首に付ける、衝角というオプション武器になるから付けた方がいいと、

キリトからアドバイスがあった。

キリトとネズハは先行して、キャンペーンクエストの続きを探すようだ。

二人は製作を依頼し、その場で休憩する事にした。

 

 

 

 そして三時間後、ついに船が完成した。

どうやら名前を付けなくてはいけないらしく、二人は悩んだが、

アスナの武器にちなんでシバルリー号にしようという事になった。

 

「これ、自分達で操作するのかな?」

「って事は、実質三人乗れるのか」

「まあ、キズメルにも乗ってもらう事になるかもしれないし、ちょうどいいかな?」

 

 交互に練習し、船の操作にも習熟したため、二人も探索に出る事になった。

その日は特に情報もなく、二人は宿に戻る事にした。

 

「ハチマン君も四層に移動すれば?」

「そうだな、ちょっと遠いしな」

「うん!お風呂のある宿も確保できたから、リズもこっちに呼ぼうかな」

「それがいいんじゃないか。移動だけならこの船に三人乗れるから、問題ないしな」

 

 その後二人は別れ、ハチマンも近場で適当な宿を見つけ、そこに転がり込んだ。

どうやら他のプレイヤーの間では、造船ラッシュが始まっているようだ。

中型船や大型船も製作されているという。

移動が楽になる分攻略自体は早まるかもしれないなと思いつつ、ハチマンは眠りについた。



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第028話 フォールンエルフの企て

 次の日は、とりあえず一日他のクエストを消化してしまおうという事になった。

キャンペーンの続きを発生させるのに、

そのあたりのクエストがフラグになっている可能性があるという事になったからだ。

キリトとネズハにも連絡し、

分担してクエストの攻略情報を交換しながら進める事にした四人は、

一日かけて街中のほとんど全てのクエストを攻略し終えた。

夕方になって、フィールドボスが早くも発見されたという情報が入り、

明日の朝早速会議が開かれ、その後そのまま攻略という事になったようだ。

 

 

 

 そして次の日、フィールドボスとの戦闘が始まった。

注目すべきは、キリトとネズハのコンビだった。

キリトが船を操作している時は、ネズハが遠くからチャクラムで確実に削り、

ネズハが船を操作している時は、キリトが様子を見ながらしっかりと削っていた。

 

「やっぱりネズハの遠隔攻撃は、この層にすごいマッチしてるよな」

「すごいね、ネズハ君!私達も頑張らなくちゃだね」

 

ハチマンとアスナは、基本ハチマンが船の操作で、削りはアスナが担当した。

船上の戦いだと、リーチの短い武器はどうしても不利なようだ。

その後も皆無難に戦闘を繰り広げ、特に特筆すべき出来事も無く、

あっさりとフィールドボスは討伐された。

 

 

 

 その後、再び探索が開始された。

どうやらキリトの記憶によると、

以前は南にあるダークエルフの城で、イベントが発生していたとの事だったので、

その周辺を重点的に調べてみようという事になった。

 

「どうやらあの城にかかっている霧は、迷いの霧の森以上の幻惑ギミックだな。

このままだと島に行く事は出来ないみたいだ」

「周辺の岸に何かあるかもですね」

「そんな難しい条件じゃないはずだし、何か見落としがありそうだよな」

「三層で野営地に出入りしていた時は……」

 

 そんな時、アスナが何かに気付いたようだ。

 

「指輪じゃない?あれが無いと野営地に入れなかったし」

「そうか!あれからずっと外したままだったな。試してみるか」

 

 どうやらキリトとネズハも同じ指輪をもらっていたようで、

一行は指輪をつけ、再び城へと近づいていった。

するとまず、先行していたキリトとネズハの姿が、船ごと消えた。

 

「キリト君!ネズハ君!」

「どうやらこれは、インスタンスエリアに飛ばされたんじゃないか?」

「あ、そうか!それじゃあ正解だったのかも」

 

 アスナがそう答えた瞬間、二人の視界が開け、正面に城の桟橋のようなものが見えた。

どうやら桟橋に立っている者がいるようだ。

近づいていくとそれは、数日前に第三層で別れたキズメルだった。

 

「キズメル~」

 

 アスナが嬉しそうに手を振り、船が桟橋に近づくと、

アスナは待ち切れないかのように船から飛び降り、キズメルに抱きついた。

ハチマンは船のロープを桟橋の舫に取りつけ、

しっかり固定されたのを確認した後、船を下りて二人に近づいていった。

 

「よく来たな二人とも。待ちかねたぞ」

「ごめんね、ここに来るために、指輪をする事に気が付かなくって」

「そうか、説明しておけば良かったな。すまなかった」

 

 キズメルは頭を下げた。相変わらずNPCとは思えない、自然な対応だった。

 

「よう」

「ハチマンも元気そうで何よりだ。早速で悪いのだが、少し問題が発生していてな」

 

 その声と共に、キズメルの頭の上に【!】が表示された。

どうやらここからキャンペーンクエストの続きが始まるようだ。

二人はキズメルに、城の家老の元へと案内される事になった。

 

「城主の元へじゃないんだな」

「城主さまは聖堂にこもって、祈りを捧げておられるのだ」

 

(なるほど、最終的には聖堂に行ってその城主様に会うか何かするのか)

 

 ハチマンはそう推測しつつ、キズメルについていった。

 

「そなたらが、秘鍵を集めてくれた者達か。この度はご足労願って申し訳ない」

「いえ。それで、一体何があったのでしょうか」

「実はな……」

 

 家老の話だと、どうやら人族の海運ギルドが、

こちらに対して何かを仕掛けようと企んでいるとの情報が入ったそうだ。

ハチマンとアスナは、再びキズメルと行動を共にし、その調査を行う事になった。

 

「この布を船に被せれば、しばらくの間船の姿を隠す事が出来よう。頼んだぞ」

 

(時間限定の潜入ミッションか)

 

 三人は暗くなるのを待ち、海運ギルドの定期便に何かが運び込まれ、

出航したのを確認すると、その船の後をそっと追い始めた。

 

 

 

 船が到着したのは、巧妙に偽装してある小さな島の拠点だった。

海運ギルドの船は積み荷を下ろすと、そのまま街の方へと戻っていった。

三人はこっそり船を桟橋につけ、もらった布をかぶせて船を隠し、

キズメルに三人の姿を隠してもらって、拠点の中に侵入した。

 

「まずは積み荷の確認だな」

 

 三人は、慎重に倉庫らしき建物へと向かった。

そこにあったのは、船のパーツらしき部品の入ったいくつかの箱と、

頑丈だが空っぽの、沢山のただの箱だった。

 

「もう中身は運び出されたのか?そんな様子には見えなかったが」

「とりあえず次はどうしようか?」

「あっちに何かの作業場のような大きい建物があるからそこに行ってみよう」

「わかった」

 

 入り口には見張りがいるようだったので、三人は中が覗ける場所を探した。

どうやら倉庫の隣にある木から、高所にある窓の所に行けるのを発見し、

その窓から中の様子を覗きこんだ。

そこにいたのは、数人のフードをかぶった男だった。

 

「完成した船はこれで何隻だ?」

「まもなく十隻、残り二隻も明後日までには完成の予定です」

 

 どうやらその集団は、ここで船を製作しているようだ。

 

「禁忌さえ無ければ、人族の手など借りる事もなく船を全て完成させ、

地下水路を通ってフォレストエルフに船を提供し、

もっと早くにダークエルフ城を攻めさせる事が出来たのだが……」

 

 そう言いながらフードを外したその人物の顔は、

以前見たフォールンエルフの物だった。

 

「禁忌って何だ?」

「我らは、自分達で木を切り倒したりする事が出来ないのだ。

しかしまさか、フォールンエルフが裏にいたとは……」

 

 

 そうキズメルが呟くと、キズメルの頭の上のマークが【?】に変化した。

どうやら必要な情報は全て得られたようだ。

 

「よし、情報も得られたし退却だ」

 

 ハチマンのその指示で、三人はシバルリー号の元へと急いだ。

まもなく船が見えるという所で、

三人はちょうど新たな積み荷が届くところに出くわしてしまった。

道が積み荷で塞がれ、前に進む事が出来ない。

 

「アスナ、キズメル、先行して船を動かしてくれ。

俺はこいつらを一瞬足止めした後にその船に跳び乗る」

「わかった。気をつけてね」

 

 二人は姿が見つかるのを覚悟で、荷物を飛び越してシバルリー号の方へと走り出した。

大きな音がして、二人の姿隠しの効果が切れた。

 

「誰かいるぞ!捕らえろ!」

 

 ハチマンは、声を出した船員の背後から襲い掛かり、船員を吹っ飛ばしたが、

船員達の中に一人、フォールンエルフがまじっていたようだ。

船を背にしていたハチマンは、

このまま振り返って走っても、追いつかれる可能性があると考え、

意を決してそのフォールンエルフに斬りかかった。

数合斬りあった所でパリィして、前蹴りで相手を吹っ飛ばす事に成功したが、

その瞬間横合いから船員の一人が体当たりをしてきた。このままだとまずい。

そう思った瞬間、その船員は、突然現れたキズメルによって、気絶させられた。

どうやらキズメルは、姿を隠して戻ってきていたようだ。

 

「キズメル悪い、助かった」

「二人とも、跳び乗って!」

 

 アスナの声が聞こえ、二人は振り向きざま全力で走り、そのままの勢いで船に飛び乗った。

船には勢いがついていたため、そのまま逃げ切る事が出来たようだ。

こうして襲撃の情報を得た三人は、そのままダークエルフ城へと無事帰還し、

家老に、得られた情報を全て報告した。

 

「明後日には、フォレストエルフの軍勢が攻めて来ると言う事か」

「はい、どうやらそのようです」

 

 アスナが代表して説明を始めた。

 

「しかしあの者たちの城とは水路が繋がっていないはずなのだが……」

「地下水路を通ると言っていました」

「そんなものが……」

 

 その瞬間に家老の頭に【!】が表示された。

 

「三人には明日、聖堂のあるダンジョンへと向かってもらいたい。

そこで祈りを捧げている我らが城主を連れてきて欲しいのだ。

ダンジョン近くにもう一隻迎えの船を用意しておく。頼んだぞ」

「わかりました。私達にお任せ下さい」

 

(アスナはこういうの様になるよなぁ……俺がやってもいまいち決まらないんだよな)

 

 こうして明日から三人で、聖堂ダンジョンを攻略する事になった。



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第029話 思いがけない援軍

予告通り、第四層の最後まで投稿します


 次の日の朝早く、三人は聖堂ダンジョンへと出発した。

あまり時間の猶予はない。遅くとも明日にはダークエルフ城への攻撃が始まってしまう。

三人が偵察の際見つかってしまったため、ペナルティで攻撃が早まる可能性すらある。

三人は可能な限り道中を急ぎ、適当な場所に船を泊めた。

一緒に付いてきた、子爵用の船の船員に、必ず戻ると伝え、

そこからは陸路で聖堂ダンジョンへと突入した。

 

 

 

 ずっと一緒に戦い続けてきたため、三人での連携を磨き続けてきた事もあり、

通常の雑魚敵の相手に関しては、まったく問題が無かった。

一番の問題は、ダンジョンの広さであった。

キズメルの話だと、どうやらこの聖堂ダンジョンは、

一層しかないのにとても複雑で広い造りとなっているらしい。

それでも三人は、マッピングをしながらひたすら奥へと進んだ。

途中何度かフォールン・エルフ・ソルジャーという敵とも遭遇したが、

三人は問題なく撃破し、ついに最終目的地だと思われる広場に突入した。

ここまで要した時間は十二時間ほど。帰りの事を考えると、もうあまり時間が無い。

 

「何者だ。配下の者がいない隙を狙ってくるとは、卑怯な!」

 

 聖堂へと続くと思われる扉の前に、フォールンエルフが一人立っていた。

カーソルの色は、かなりドス黒い。口ぶりからすると、本来は配下の者が数人いたようだが、

その姿はどこにも見えなかった。

当然ここで引く事はできないため、三人はそのフォールンエルフに戦いを挑んだ。

 

(フォールン・エルフ・ジェネラルだと……)

 

 さすがはジェネラルを名乗るだけあって、その敵は強敵だった。

剣技は速く、鋭い。威力もかなりのものがあった。

それでもじわじわと敵のHPを削っていき、敵のHPが赤色になった瞬間、

突然敵の速度が上がった。

それは、ハチマンをもってしても、防ぎ切れない速さであり、

じわじわとHPも削られて、このままでは敗北の可能性すらあるかもしれなかった。

 

「アスナ、キズメル!俺が敵の体制を大きく崩す!

その瞬間に、二人で最大威力の攻撃を叩きこめ!」

 

 ハチマンは限界まで集中して、その瞬間を待った。

筋肉の微妙な動きに反応し、ハチマンは一気に敵の懐に飛び込み、

今まさに敵が武器を振り上げようとする直前に、敵の武器を下からパリィし、

さらに左手で体術ソードスキルを使い、敵の右肩を撃った。

敵は、時計まわりに半回転し、こちらに背中を向ける格好となった。

その瞬間左右から飛び込んだ二人が、渾身の攻撃を加えた。

しかし、のけぞらせた分こちらの攻撃が浅かったのか、

わずか数ドット敵のHPが残ってしまった。

ハチマンはそれを見逃さず、トドメを刺しに突っ込もうとしたが、

その瞬間ハチマンは、のけぞらせたはずの敵が思ったより早く立ち直っており、

そのままこちらから見て左にいるキズメルに向けて、

武器を持つ右手を振り下ろそうとしているのを見た。

 

(しまった、このモードだと、敵の速さが上がるだけじゃなく硬直も短くなるのか)

 

 カウンターをくらう事になるため、

下手すればキズメルが死ぬかもしれないと考えたハチマンの視界の隅に、

どこかで見たような流れる白い光の筋が映った。

ガキン!という音と共に、敵が何故か再びよろけた。

次の瞬間、横から突っ込んできた黒いコートの男が、敵に止めをさした。

 

「キリト!」

「キリト君!」

 

 そのままキリトは剣を一閃し、敵を屠った。

 

「どうやら間に合ったな」

「皆さん大丈夫ですか~?」

 

 遠くから、ネズハが走ってくる姿も見えた。

 

「まじ助かったわ。ありがとな。キリト、ネズハ」

「良かった……キズメルが死んじゃうかと思った……」

「私なら大丈夫だ、アスナ」

 

 アスナは泣きそうな顔をしていた。よほど堪えたのだろう。

 

「ところでどうしてここにいるんだ?」

 

 ハチマンの質問にキリトは、自分達もキャンペーンでここに来た事。

ワンフロア隣でフォールンエルフを数人倒した後、そこで目的を達成し、

近くを通りかかったら剣戟の音が聞こえたので様子を見に来たら、

戦闘中の三人を見つけた事、等の説明をした。

 

「道理で取り巻きがいなかったわけだ」

「ああ、多分俺達が倒したのがその取り巻きだったんだろうな」

「なるほど。インスタンスエリアじゃないから、そんな事もあるわけか」

「ああ。それで三人が問題なく勝てそうだったから様子を見ていたんだが、

敵が突然速くなったから、いつでも飛び込めるように二人で準備していたんだ」

「そうか……ありがとな、二人とも」

「本当に……ありがとう」

「ああ、とにかく良かったよ。ところで……」

 

 そう言いながら、キリトはキズメルの方をちらりと見た。

 

「そうだった。前紹介するって言ったよな」

「お二人の助力に感謝を。私の名はキズメルと言う」

 

 黙っていたキズメルも、その視線に反応したのか、二人に頭を下げた。

ネズハはちょっとびくびくしていたが、キリトは、嬉しそうに手を差し出した。

 

「一度も助けられた事が無かったから、今度はあなたを助けられて良かったよ。

一度普通に話してみたかったんだ、キズメル」

「ふむ、どこかでお会いした事があっただろうか」

「ああ。遠い以前に一度、少し前に一度、会ってるんだよな。

こんな事言ってもわからないかもしれないが」

「……遠い昔に、どこかであなたを見た事がある気がする。

私の命が失われていこうとするのを悲しそうに見つめるあなたの顔を」

「!まさか、βの時の記憶が……いや、まさかな……」

 

 ハチマンとアスナの目には、キリトとキズメルが、

遠い昔に離れた友人同士が再び出会ったかのように見えていた。

 

「聞いていた通り、どう見てもプレイヤーにしか見えないな……」

「だろう?」

「で、そっちもキャンペーンクエストでここに?」

「そうだった。やばい、こっちには時間があまり無いんだった」

「どういう事だ?」

 

 ハチマンは、キリトに今までのクエストの流れをざっと説明した。

やはりキリト達のルートとはかけ離れているようだった。

 

「俺達には見えないが、ここに鍵穴が三つあるのか」

「ああ。今から領主様を救出して、戦争に参加する事になるんだと思う」

「それじゃ、急いだ方がいいな。

どうやらこっちのキャンペーンは次の層以降まで続いてるみたいなんだが、

そっちはここで終わりみたいだし、最大の山場になるだろうな。

最終クエストが、聖堂絡みのクエストだからな。

とりあえずここからはインスタンスエリアになるだろうから、俺達はここで待ってるよ。

シナリオ自体の手伝いは無理だろうけど、脱出の手伝いは出来るからな」

「すまん。それじゃ行ってくる」 

「ありがとう、二人とも!」

 

 

 

 三人は鍵を取り出し、三つの鍵穴に差し込んだ。

その瞬間に三人の姿が、キリトとネズハの目の前から消えた。

中に入った三人が見たものは、

一人の豪華な鎧を来たダークエルフが、一心に祈りを捧る姿だった。

 

「お久しぶりですヨフィリス子爵」

「これは……キズメルではありませんか。何か緊急の用事ですか?」

「はっ。我等の調査の結果、近日中に、

フォレストエルフの軍勢が城に襲来するとの情報が得られましたので、報告に参りました」

「フォールンエルフの差し金ですか……」

「ご存知でしたか」

「ええ。私は、フォールンエルフの蠢動を知り、

フォレストエルフとダークエルフの融和を願ってここで祈りを捧げていましたからね」

「もはや一刻の猶予もありません。是非城へお戻り下さい」

「ここに至っては一戦は避けられないようですね……ところで、そこのお二人は?」

「はい。ずっと私と共に戦ってくれている、人族の戦士です」

「なるほど……ご助力感謝します。時間も余り無いようなので、急ぎ城に戻りましょう」

「はい」

 

 外へ出た一行は、子爵にキリトとネズハを紹介し、六人パーティを編成して、

急ぎ迷宮の外へと向かい始めた。

 

「おいハチマン。あの子爵様、強いなんてもんじゃないな」

「ああ。相当レベルが高いな」

「僕も正直足が震えます」

「三人とも、急いで!」

 

 出会う敵はほぼ瞬殺し、一行は来た時の半分以下の時間で、脱出に成功した。

キリトとネズハが船を泊めた位置は別の方角だったので、二人はそこで別れる事になった。

去り際にキリトは、ボスが発見され、

まもなく攻略が開始される可能性がある事を、二人に教えてくれた。

 

 

 

 四人が船に到着すると、迎えの船で待機していたダークエルフの兵が焦ったように、

まもなく戦争が始まりそうだと伝えてきた。

 

「まずいですね。急ぎましょう、皆さん」

「はい!」

 

 一行が城を包む霧を抜けると、もう戦端が開かれ、

かなり押されているダークエルフ軍の姿があった。

端の方の戦力が薄そうな所を狙って突撃し、包囲網を背後から突破して、

ついに一行は、城へと辿り着いた。

 

「子爵様!」

「お待たせしましたね皆さん。私が戻ったからにはもう大丈夫です」

 

 子爵がそう言った瞬間、全員に強力なバフがついた。

ここから、ダークエルフ軍の反撃が始まった。



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第030話 融和

 ヨフィリス子爵の到着により、戦況は俄然ダークエルフ有利に傾いた。

当初は上陸一歩手前で、一進一退の攻防を繰り広げていたようだ。

最初ハチマンは、敵が上陸しないようにあちこち走り回ってフォローをしていたのだが、

その過程である事に気が付いた。ほとんど死者が出ていないようなのである。

どういう理屈かはわからないか、水に落ちたエルフは戦闘に復帰しないらしい。

基本的にお互いのHPが多く、一般の兵士は強力なソードスキルも使えないようで、

そのために、HP全損まではいかないようになっているようだ。

ヨフィリス子爵のつけてくれたバフには、ノックバック効果を上げるものもあったので、

それにも起因しているようだったが。

 

(融和、なるほど、融和がテーマか……)

 

 何度目かの波状攻撃を防ぎきり、場が一時的に落ち着いたところで、

三人は船に乗り、敵の迎撃に出る事にした。

目的は、敵をどんどん船から叩き落とす事であった。

幸いノックバック効果が上がっている事もあり、

元々敵の体勢を崩す事が得意なハチマンと、突き主体のアスナのコンビネーションが、

それはもう面白いようにこの場にはまった。

 

「今ので何隻目だっけ?」

「中型船三隻目だな」

「順調だね!」

 

 敵を全て叩き落とした船は味方がそのまま乗り移って使用し、

聞いたところによると、最初の戦力比は十二隻対十六隻であったようだが、

九隻対九隻の五分にまで持ち直す事となった。

勢いからすると、完全にダークエルフの方が有利だった。

どうやら押されている事が判ったのか、

フォレストエルフの軍勢は、まとまって行動し始めた。

こうなると、中々今までのようにはいかない。

 

「さてどうするかな」

「こうなっちゃうと、お互い決め手に欠けるのかな」

「出来ればこのまま戦況を傾けていって、

最終的には犠牲者をほぼ出さずに終わらすつもりだったんだがな」

「二人とも、どうやら子爵様が出撃なさるようだ。まあ見ているがいい」

 

 二人が後方に目をやると、どうやら子爵の乗っているらしい船が見えた。

その方向からいきなり白い光が発せられ、前方のフォレストエルフの船に突き刺さった。

その衝撃で、三隻分の船の乗員が、一気に船から叩き落とされたようだ。

 

「ハチマン君、今の……ソードスキル?」

「ああ。確か名前は《フラッシング・ペネトレイター》

いずれアスナも使う事になる最上級細剣ソードスキルだな」

「あれを私が……」

 

 アスナはぶるっと震えて、自分の手を見つめた。

自分が使うところを想像して、武者震いを起こしたようだ。

 

「子爵様!」

 

 子爵を呼ぶ声がして、ハチマンは再び子爵の船の方を見た。

 

「あれは、硬直してるのか」

 

 さすが最上級のソードスキルだけあって、硬直時間も長いらしい。

この機会を逃すものかと思ったのであろう。

敵の旗艦らしき船が、子爵の船の方へ突進していった。

 

「いくぞ二人とも」

 

 ハチマンは咄嗟にシバルリー号を間に滑りこませ、子爵の盾となる形をとった。

 

「邪魔するな、人族!

我等の城に攻めこもうとするダークエルフに船を提供するするだけでは飽き足らず、

直接我が前に立ちふさがるのか!」

「は?何の話だ?」

「しらを切るつもりか!我らの使っている船は、

お前達がダークエルフのために造っていたものを、奪ったものだ!」

 

(なるほど、フォールンエルフの計画はこれだったか……)

 

「それはフォールンエルフの策略だ。我等は侵略を計画してなどいない」

 

 その時やっと立ち上がった子爵が、声をかけてきた。

見るとその頭の上には【!】マークがついていた。

どうやらこのタイミングで派生クエが発生したようだ。

 

「そんな事が信じられるか!」

「それではこうしよう。

もしその人族達にそなたが敗北したら、話だけでも聞いてもらいたい。どうだ?

もし我等が嘘を言っているのなら、勝利した我等がわざわざ話をする理由など無いはずだ」

「わかった。その勝負、受けよう」

 

(これは、水に叩き落とせって事でいいんだよな……)

 

「アスナ、どうやら二人であいつを水に叩き落とさないといけないみたいだ」

「そうだね。この戦争、私達が終わらせよう」

 

 その敵は、フォレストエルヴン・インフェリアナイトと言うらしかった。

そして激しい戦いが始まった。

 

 

 

 ハチマンは何度か敵の攻撃を武器で受けてみたが、想像以上に敵の攻撃が重く、

即反撃に出る事も出来なかったため、攻めあぐんでいた。

 

(しかもまずいな、このままだと先に武器が壊れるかもしれん)

 

 聖堂ダンジョンから、整備もしないままずっと酷使させてきたせいか、

武器の耐久度の限界が近い。

二人はスイッチを繰り返しつつ相手の隙を伺っていたが、

そんな隙はまったく発見できなかった。

いよいよ武器が限界だと悟ったハチマンは、アスナに指示を出した。

 

「アスナ、次のスイッチで全力のリニアーを頼む」

「わかった。無理しないでね」

 

 ここまでくると、パリィは即武器破壊に繋がるので、

ハチマンはここまでパリィを使わずになんとか受け流してきたのだが、

それがかえって相手の頭から、

パリィされるという警戒心を取り除く事になっていたのも幸いしたのだろう。

ハチマンは、相手が武器を振りかぶった瞬間、渾身のパリィをかました。

武器の消滅と引き換えに、相手が大きくのけぞる。

 

(パリィとリニアーだけじゃ恐らく落とせない。ここは……これだ)

 

 ハチマンはそのまま、体術スキルの後方宙返り蹴り《弦月》を放ち、

相手の体を宙に浮かせた。

 

「アスナ、スイッチ!」

 

 その声と共に、アスナが渾身の《リニアー》を放つ。

さすがのフォレストエルヴン・インフェリアナイトも、

空中に浮かされては如何ともしがたく、そのまま水に落ちた。二人の勝利である。

 

「俺の負けか」

 

 悔しそうに呟く彼に手を差し伸べ、ハチマンは言った。

 

「約束通り、こっちの大将の話を聞いてやってくれないか」

「……わかった」

 

 戦争はこの戦いをもって終結した。

その後お互いの代表同士の話し合いによって、完全な講和とはいかないまでも、

共同でフォールンエルフの陰謀に関しての調査が行われる事となった。

 

「ハチマン君。私ちょっと外に出て、

攻略がどうなってるかだけアルゴさんに確認してくるね」

「了解だ。俺はちょっと今は動きたくない」

 

 アスナはそう言い、外へと向かった。

そのまま休んでいるハチマンの元へ、ヨフィリス子爵とキズメルが近づいてきた。

 

「ありがとう。そなた達のおかげで戦争が終わり、二つの種族の融和への道筋も出来た」

「ハチマン、ありがとう」

「いえ、俺はやらなくてはいけない事をやっただけなので」

「この戦いでのそなた達の働きは、素晴らしかったように思う。

そこで、通常の報酬とは別に、もう一つ褒賞を与えようと思っているのだが」

「あ、ありがとうございます。アスナが戻ってきたら、二人で選ばせてもらいます」

 

 ちょうどその時、いいタイミングでアスナが戻ってきた。何やら慌てているようだ。

 

「ハチマン君。ボス討伐、もう出発したって!」

「まじか。って事は戦力は足りてるのか?」

「四十二人の七パーティみたい。

どうやら偵察も同時に出来ちゃったみたいで、それなら補給だけ近くの村で済ませて、

このまま攻略に行ったろうやないかい!って意見が出たらしいよ」

「あいつ……それじゃ任せるしかないか。キリトやネズハも行ってるんだろう?」

「うん、そうみたい」

「それならまあ大丈夫だとは思うが……」

 

 一抹の不安はあったが、特に新しい情報があるわけでもない。

そう思っていた二人に、キズメルが問いかけた。

 

「ハチマン、アスナ。二人は天柱の塔の守護獣に挑むのか?」

「あ、うん。仲間が今挑もうとして、塔を上ってる最中らしいんだよ」

「そうか。あのキリトとかいう戦士もいるなら、問題ないと思うが、確か」

 

 そのキズメルの言葉を、子爵が引き継いだ。

 

「我等の伝承だとあの守護獣は、どんな土地でも水没させてしまう力を持っているとか。

倒すには水に浮く呪いが必要だという」

 

 それを聞いて二人は顔面蒼白になった。

 

「アスナ、アルゴはそんな事言ってたか?」

「ううん、そんな事は言ってなかった」

「まずいな……俺達も向かうか。最初の浮き輪を皆が持っててくれればまだいいんだが」

「水没するって事は、つまり脱出は出来ないって事だよね?」

「多分な……外から扉を開けないとだめな気がする。

武器は予備を使うとして、とりあえず行くか」

 

 二人は子爵とキズメルに挨拶をして、すぐに迷宮区へ向かおうとした。

 

「ごめんなさい。私達今すぐ行かなくちゃ。後でまた必ず戻ってきますから」

「それなら私も同行するぞ、アスナ」

 

 突然キズメルが言い出した。

 

「それはすごい助かるけど、いいの?」

「ああ。戦争も終わり、しばらくやるべき仕事も無い。

我等の為に力を尽くしてくれた二人に協力するのは、当然の事だ」

「それでは私も行きましょう」

「ええええええええええ」

 

 子爵もそう言い出し、四人で迷宮区へと向かう事になった。

中型船を出してもらい、四人は迷宮区へと突入した。

案の定、子爵の力は絶大で、ほとんど止まる事も無く、

すぐにボス部屋の前に辿り着く事が出来た。見ると、扉から水が漏れている。

ハチマンは三人に、正面に立たないように伝え、扉を開けた。

 

 

 

 扉を開けると、数人のプレイヤーが流されて出てきた。その中にキリトもいた。

キリトは、何が起こったのかわからないようであったが、

ハチマンとアスナを見て、笑顔で言った。

 

「よう!遅かったな!」

 

 キリトの説明によると、どうやらキバオウが、大量の浮き輪を所持していたらしい。

そういえば誰かが大量に浮き輪を取ってたなーと、ハチマンは思い出した。

ガイドブックと敵の見た目が違うので、一応キリトやエギルが進言はしたようだったが、

聞きいれられなかったのだという。

 

「キリト君、犠牲者は出てるの?」

「いや、幸い誰も犠牲者は出ていない。何とかしのいでるってだけだったけど、

皆成長しているって事なのかな」

「扉はやっぱり中からは開かないんだな」

「ああ。だがこうやって外から開ければ、あの攻撃も問題なさそうだ」

「よし、それじゃその役目は俺に任せろ」

「ハチマンは戦わないのか?」

「実は戦争で武器を失っちまって、予備しか無いんだよ……」

「激しい戦いだったんだな……あ、そういえば、キズメルも来てくれたんだな」

 

 キリトはキズメルを見て、嬉しそうにした。そして、その後ろにいる人物を見て固まった。

 

「ヨフィリス子爵も、来てくださって、あ、ありがとうございます……」

「先日は世話になったな、人族の戦士よ」

 

 そんなキリトに、ハチマンが囁いた。

「見たらびびるぞ。やっぱり恐ろしく強かったわ……」

 

 部屋の中に入ったハチマンとアスナを見て、キバオウが声をかけてきた。

 

「なんや、遅かったやないか!」

「すまん、遅れた。その代わり、援軍を連れてきたぞ」

「援軍?援軍ってなんや……ね……」

 

 そう言い掛けたキバオウは、キズメルを見て固まり、子爵を見てさらに固まった。

リンドは遠くで必死に指示を出していた。

そんな中、子爵が前に出て、大きな声を張り上げた。

 

「人族の戦士達よ!我が名はヨフィリス!盟約により、助勢するために参上した!」

 

 その声を聞いて、何事かとこちらを見た攻略レイドのメンバーは、

子爵が放つ強者のオーラに気おされたのか、皆驚愕しているようだった。

しかし次の瞬間、全員に数種類のバフがかかり、大歓声があがった。

 

「水没しそうになったら俺が扉を開ける。キバオウ、浮き輪ナイスだったぜ」

 

 ハチマンはそう言って表に出た。

後は水が滲み出てきたら扉を開けるだけの簡単な作業だ。何ならまめに開閉してもいい。

そしてしばらくして、ボスは問題なく倒されたようだ。

皆、恐る恐るだが、子爵やキズメルに握手を求めたりもしていたようだ。

勝利に盛り上がる集団の輪にも入らず、ハチマンは外に一人でいたままだった。

 

(やっぱり集団に参加するのは、まだ慣れないんだよな)

 

しばらくして、アスナとキズメルと子爵の三人が、中から出てきた。

アスナが何か言おうとしたが、ハチマンはそれを遮り、

 

「それじゃ戻りますか」

 

 と一言だけ言った。四人はそのままダークエルフの城へと帰還した。

ハチマンは褒賞で短剣を選び、壊れた武器の代わりもしっかりと確保できた。

そして、ついに別れの時がやってきた、と二人は思っていたのだが、

どうやらキズメルは、今後湖畔の隠された小さな家に移るようだ。

指輪さえあればまたいつでも会えると知って、アスナは嬉しそうだった。

 

 

 

 こうして、三層からまたがる二人の特殊キャンペーンは一先ず終わりとなった。

この先の層で続きがあるのかはわからない。

だがそれは二人にとっては大した問題ではないようだ。

シバルリー号は、キズメルに預かってもらえる事になった。

こうして第四層の攻略も、犠牲者を一人も出さずに終了したのだった。




ここまでで、プログレッシヴ要素をからめるのは終了となります


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第031話 リズベットは頑張っている

 現在最前線は、十層まで達していた。

幸いあれから安定して攻略を続ける事が出来ていた。

例の解放隊のジョーという男が、何かと揉め事の種を蒔こうとしてはいたのだが、

今のところ大きな揉め事には発展していなかった。

キリトはその強さゆえか、やや他人から距離を置かれている印象があったが、

エギルがうまく間に入ってくれているようだ。

アスナは最近、閃光のアスナと呼ばれるようになっていた。

その名声は、既に不動のものとして確立していた。

アスナのシバルリックレイピアは、プラス十三まで強化されていたが、

さすがに現役でいられるのは、良くて一、二層先までだろう。

 

「ぐぬぬ」

「どうだ?リズ」

「強さの幅を考慮しても、メインになる金属が少し弱い」

「そうか……俺も色々と調べてはいるんだがな」

 

 アスナにシバルリックレイピアを見せてもらった時、

リズベットは相当ショックを受けたようだ。

あの時点では熟練度の関係で絶対に不可能だったのだが、

いずれ自分にもこんな武器が本当に作れるのかどうか。

せめて強化くらいはしてあげたかったが、当初はそれすらも無理だったようだ。

それからリズベットはかなり努力した。

ハチマンも、陰日向と手伝っていたのだが、

やっとつい先日、問題なく強化を行える熟練度に達したようだ。

そこで二人は、アスナの次の武器の作成をリズベットが行うという想定で、

メインとなる金属の選択に、頭を悩ませているところなのだった。

 

「シバルリックレイピアをインゴットにして、それをメインにするのはどうなんだ?」

「あの剣は奇跡みたいなもので、金属のレベルだけ見れば、

今流通してきている金属類の方がまだ上なんだよね。

だから、サブにしか使えないと思う」

「なるほどな」

「しかし参ったなぁ、そろそろストレージも限界なんだよね」

「かなり色々試作したからな」

「でね、今度私、露店をやってみようと思ってるんだよね」

「なるほどな。資金もかなり稼げるだろうし、

過剰な在庫もなんとか出来そうだから、いいんじゃないか?

これなんかかなりいい出来だから、誰かに使ってほしいしな」

 

 そう言ってハチマンは、ひょいっと一本の細剣を取り出した。

強化回数こそ八回だが、その性能は、シバルリックレイピアと同等くらいに見えた。

 

「今のところそれが一番の出来なんだよね。前線でもまあギリギリいけるくらい」

「シバルリックレイピアと比べると確かにそうなんだが、

前線組の大半の武器は、プレイヤーメイドの武器がまだあまり流通してないせいで、

基本NPCから買うかドロップに期待するしかないから、こんなもんだぞ」

「なるほどね」

 

 実際のところ、商人プレイヤーと職人プレイヤーの数は、かなり増えてきていた。

しかしまだ素材の流通も多いとはいえず、

リズベットのように、協力してくれる前線プレイヤーが側にいない限り、

なかなかその裾野が広がるのには、もう少し時間がかかりそうだった。

 

「で、ハチマンに聞きたいんだけど、露店を出す上で気をつけないといけない事って何?」

「まずは料金設定だな。ぼったくりは論外だが、あまり低すぎるのもトラブルの原因になる。

あとは強化の値段設定とある程度の在庫確保か。

強化素材が持ち込みか、それとも店側で準備するかでも変わるし、

成功率もきっちり表示した方がいいな。メンテに関しては問題ないだろ」

「ほえ~、やっぱ大変なんだねぇ」

「どうする?商人プレイヤーにそのまま卸しても別にいいと思うが」

「ううん。私最近、自分の店を持ちたいって思うようになってきたんだ。

だからそのためにも、ちょっと頑張ってみるよ」

「そうか。わからない事があったらいつでも聞いてくれ」

「うん、ありがとう」

「俺ももうちょっとメインに出来るような金属の情報を集めてみる」

「わかった。気をつけてね」

「おう。それじゃまたな」

「またね、ハチマン」

 

 それから数日。攻略を進めながら、ハチマンはひたすら情報収集に努めていた。

そんな時リズベットから、露店を出す準備が出来たと連絡があった。

ハチマンは、色々アドバイスした事もあり、様子を見に行く事にした。

 

(お~収納機能付きの大型カーペットか。そういや昔同じようなのをネズハも使ってたな)

 

 遠くから見た感じ、リズベットはうまくやっているようだ。

中にはクレームをつけてくる客もいたようだが、懇切丁寧に説明して、

ちゃんと納得してもらっているようで、大きなトラブルはなさそうだ。

 

(ま、それでもおかしな客は一定数いるからな)

 

 そう思いつつハチマンは、リズベットの方に近づいていった。

 

「あ、ハチマ~ン」

「おう、調子はどうだ?」

「初日だからいっぱいいっぱいだけど、なんとかやっていけそう」

「そうか」

「さっきまでアスナもいたんだよ。準備を手伝ってもらったの」

「アスナ、な……」

 

 そういえばここ数日アスナの姿を見ていないなとハチマンは思った。

攻略開始初期から比べると、確かに二人が一緒に行動する時間は減っていた。

 

(ま、自分でやりたい事が増えてきたって事なんだろうな。

アスナの名声も高まってきたから、実際色々なところから誘いも来るだろうしな)

 

 実際のところ、そうした誘いをアスナは全て断っており、

基本何かしたい時は、真っ先にハチマンに声をかけていたのだが、

ハチマンはそういった事情は理解していなかったようである。

ハチマンがちょこちょこ断っていたのもあるが、

実際そういう時は、アスナはソロか、キリトやネズハ、エギルらと行動を共にしていた。

それでも今も三日に一度は必ず行動を共にしていたのだったが、

ここ最近金属探しに奔走し、良い結果が得られていなかったためか、

前回一緒に行動したのが、遠い過去のように感じられていたのだった。

 

「ん?アスナがどうかしたの?」

「いや、早く金属素材を見つけないとなって思ってな」

「何か情報はあった?」

「いや、さっぱりだ……」

「そっか……」

「そろそろ行くわ。変な奴もいるかもだから、まあしっかりな」

「うん、ありがとうね!」

 

 それから数日、リズベットは熟練度上げと商売に精を出した。

一度トラブルがあったようだが、それを聞いてから、

ハチマンが露店の後方の見えない所で昼寝をしている姿がたまに見かけられるようになった。

リズベットは気付いていなかったようだ。

 

(最近トラブルになりかけると、お客さんが後ろを見て、そのまま大人しくなるんだよなぁ。

一度見に行ったけど何も無かったし……ま、いっか。とにかく頑張ろう)

 

 そんなある日、ついに求めていた情報が来た。

ネズハの使っていた商売用のカーペットは、キリト経由でエギルに渡っており、

エギルもそれを利用して、最近ちょこちょこ商売を試みていたのだったが、

そんなエギルが、最近レアっぽい鉱石を仕入れたという。

ハチマンは急ぎエギルの下へと向かった。

 

「エギル、いい金属が入ったんだって?」

「おう、ハチマンか。それならこれだ」

 

 その金属は、深い藍色をした美しい金属だった。

 

「これ、いくらだ?」

「ん、そうだな。加工できる奴も周りにほとんどいないし、こんなもんでどうだ」

「安いな。こんなもんでいいのか?」

「日ごろ世話になってるし、ちゃんと仕入れ値を割らないようにしてるから、大丈夫だ」

「そうか、すまん。助かる」

「なぁに、役にたつならそれでいいさ。また今度一緒に狩りにでも行こうぜ」

「ああ」

 

 ハチマンは、はやる気持ちを抑えながら、リズベットの商売が終わるのを待ち、

手に入れた金属を見せた。

 

「これ、これならいけるよ、ハチマン!」

「そうか。よし、他に必要な物は何かあるか?」

「えーと、触媒にこれと、あとこれかな」

「それなら持ってる、使ってくれ」

「これで準備は出来たかな。それじゃ今夜、決行ね!」

「ああ。時間が決まったら連絡してくれ」

「うん。アスナには連絡しとく」

「頼んだ。あ~……あと」

 

 ハチマンは、頭をかきながら言った。

 

「アスナには、これはリズが伝手で手に入れた事にしておいてくれないか?」

「わかってるって。いつも階層更新する度に、アスナがお風呂付きの部屋の情報を、

誰よりも早く手に入れられるのも、実はハチマンが手を回してるんでしょ?」

 

(バレてたのかよ……)

 

「いいっていいって。アスナには絶対言わないし。

ハチマンって、なんていうか勝手に色々やってる印象もあるけど、

実はほとんどが誰かのためになる事ばっかりだし。

でも、そういうのを他人に知られるのは嫌いなんでしょ?

それなりの付き合いなんだし、なんとなく見ててわかるよ」

「……俺はそんないい奴じゃねーよ」

「まあ、他人にいい顔したいだけだろーとか、そう言う人もいそうだけど」

「そうそう、俺はそういう奴だよ」

「でも、ハチマンはそうじゃないと思う。うまく説明出来ないけど」

「……」

「ハチマンはそうやって他人の事ばかりだけど、たまには我儘を言ってもいいと思うけどな」

「まあ、努力する」

「努力する気なんか無いくせに」

「お、おう……」

「それじゃ後でね!」

「また後でな」

 

 その日の夜、三人は集まり、リズベットがアスナに事情を話すと、

アスナはすぐ武器の更新を決断した。

 

「またこの子の魂を受け継ぐ剣に出会えるんだね」

「そうだな」

「それじゃリズ、お願いします」

 

 槌を打つ音だけが響き、ほどなくして、素材は光を放ち、美しいレイピアの形をとった。

 

「よし、バッチリ!我ながらいい出来だと思う」

「ありがとう、リズ!」

 

 リズベットは、ついに自分の手でアスナの剣を作る事が出来て、本当に嬉しそうだった。

ハチマンは、これで今後もアスナの武器を安定して更新出来る目処がたったと安心していた。

アスナは完成した剣を手に持ち、嬉しそうに尋ねた。

 

「リズ、ところでこの剣の名前は?」

「それはね………」



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第032話 怖いの

 CONGRATULATULATIONの文字と共に、

第十八層の階層ボスが爆散し、歓声が上がった。

最近は最前線のプレイヤーは、誰からともなく攻略組と呼ばれるようになっていた。

このところの攻略組の活躍は目覚しかった。

もはや快進撃と言えるペースで、どんどん到達階層を更新していった。

SAOの開始から、現在は六ヶ月ほどが過ぎている。

相変わらず何かと火種を蒔こうとする解放隊のジョーに加えて、

最近はドラゴンナイツの何とか言うメンバーが対抗して騒ぎ出す事もあったが、

その事は快進撃の影に隠れてしまっていた。

 

 

 

 

 第十九層の転移門がアクティベートされた後、

アスナはリズベットと何か約束があるらしく、すぐ下層へと戻っていった。

ハチマンは、キリトと一緒に少し街を回ってみる事にした。

 

「なあハチマン、さっきから思ってたんだけど、NPCが一人も歩いてないよな」

「ああ、とても居心地がいいな」

 

 そのハチマンの言葉を聞き、キリトはバッと振り返った。

 

「ハチマンは、最近地が出てるっていうか、色々取り繕わなくなってきたよな」

「元々俺はこういう奴だからな」

 

 キリトは面白そうな顔をして、言葉を続けた。

 

「実は俺もこういう街の方が気楽なんだよな」

「そうだろうな。基本ソロ嗜好のプレイヤーは大体そんなもんだろ」

「ああ、違いない」

 

 そんな会話を交わしながら、二人はクエストNPCの場所等をメモし、

街の探索を続けていた。

開いている店の数もやや少なめで、基本的にほとんどの家の扉は閉ざされていた。

 

「なんか、廃墟マニアの気持ちが少しわかる気がする」

「おお、キリトもそう思ったか」

「ああ。なんかこういう人のいない街を探索するのってわくわくするな」

「あ、ちょっと待っててくれ。ちょっとそこの宿の施設を調べてくる」

「……風呂がついてるかどうか、いつも通り調べてるんだな」

「ばっかお前何言ってるんだよ。ただの調査の一環だっつの」

「はいはい」

 

 尚も二人で歩き回っているとキリトが、とても雰囲気の怪しい酒場のような店を見つけた。

 

「ハチマン見てくれよ。何ていうか、

いかにも裏家業の人間が集まってますみたいな店じゃないか?」

「おお、すげーいいなここ」

「男同士で軽く何かつまみながら密談するのにいかにもいい感じの雰囲気だな」

「要チェックだな」

 

 街中の主だったところはほぼ回れたと思われ、

次は街の外の狩場になりそうな所をいくつか見てみる事になった。

何ヶ所かで試しにモンスターを倒してみて、

ドロップアイテムや得られる経験の目星もある程度ついたので、

明日朝集合という事にして、その日はそこでお開きという事になった。

 

「それじゃあキリト、明日は三人で狩りにでも出るか」

「そうだな。情報をまとめて渡すためにアルゴも呼んどくか」

「了解だ。じゃあまた明日な」

「おう、また明日」

 

 キリトは手を振りながら去っていった。

ハチマンは、さきほど見つけておいた風呂付きの宿に泊まる事にした。

もちろんアルゴには、その宿の情報は既に送信済だったわけだが。

 

 

 

 次の日の朝、ハチマンは、集合時間ぎりぎりに宿の契約を終わらせた。、

その後四人は予定通り集合して情報を交換した。

もうβ時代の知識は使えないため、素早く正確な情報を集め、

いかに早くガイドブックを出すがが、とても大事になってきていた。

アスナはもう恒例となった、風呂付きの宿の情報をアルゴから買っていた。

どうやら今のうちに予約するようだ。

やはりアルゴは忙しいらしく、そのまま去っていった。

三人は、その宿を経由して、そのまま直接街の外に向かう事にした。

 

「なんか静かな街だね」

「ああ。NPCも一人もいないしな」

「それにしても、最近は攻略も順調になってきたね」

「そうだな。まあいいんじゃないかな」

「ちょっと早すぎる気もするけどな」

「ハチマン君、早いと何か問題でもあるの?」

「そうだな、基本的にはいい事なんだが、

今は各層の調査が完全じゃないままどんどん先に進んでるだろ。

そうすると、何か大事な情報が誰にも見つからないまま埋もれてしまう可能性がある」

「それはあるだろうな」

「たまに、前の層の探索が甘そうなところを調べる日を作ってもいいかもね」

「ああ」

 

 

 

 さすがにまだ人も少なく、三人はあちこちを転戦しながら狩りを続けた。

何となく外も全体的に寂しい雰囲気がする。そういったコンセプトの層なのだろうか。

何ヶ所か回っているうちに暗くなってきたので、三人は街に戻る事にした。

 

「しかし、このゲームは別にいつ活動してもいいのに、

なんか暗くなると家に帰ろうってなっちゃうよな」

「俺達くらいの年齢だと、どうしてもそういうのが習慣になってるんだろうな」

「それあるよね」

「キリトは宿はどうするんだ?」

「前のとこ、まだ契約残ってるからしばらくはそこだな」

「私はさっき予約した宿に泊まるけど、ハチマン君は?昨日ここの街に泊まったんだよね?」

「お、おう。昨日の部屋はちょっといまいちでな。適当にどっか探すわ」

「そうなんだ」

「そうなんだ」

「何だよキリト」

「いや、別に何も」

 

 

 

 解散した後、ハチマンは宿をどこにしようかとぶらぶら歩いていたが、

昨日見つけた怪しい店が遠くに見えてきた頃、

数人のプレイヤーらしき人影が店に入っていくのを見た。

 

「NPCはこの周辺に一人もいなかったし、プレイヤー、だよな……」

 

 ハチマンは何かキナ臭いものを感じ、隠密スキルをフル稼働させてから、

ゆっくりと店に近づいていった。

そっと中を覗くと、そこには三人の男がいた。

 

(あれは、ジョーか……もう一人は……あれはドラゴンナイツの)

 

 もう一人は、ドラゴンナイツのメンバーで、

最近ジョーとよくやりあっているプレイヤーだった。

 

(あいつらグルだったのか?そしてもう一人は……ポンチョを着た、見た事もない……

ん、ポンチョ?確か、ネズハ達におかしな事を吹き込んだのがそうだったような)

 

 ハチマンは背筋が寒くなるのを感じた。何か裏で陰謀が進んでいるのだろうか。

 

(これはアルゴに調査を依頼……いや、危険かもしれん。

俺の方でそれとなく気をつけていくしかないか。

それにしてもあのポンチョの男の雰囲気は、あれはやばい。

うまく説明は出来ないが、とにかくやばい事だけはわかる)

 

 ハチマンは今見た事を心に留め、とりあえずそっとそこから離れた。

その後は再び宿を求めてぶらぶらしていた。

と、その時アスナから連絡が入ってきた。

どうやらアスナの泊まる宿まで来て欲しいらしい。

 

(ん、何か用事でもあんのかな)

 

 あまり待たせるのもあれだったので、

とりあえずハチマンは急ぎアスナの宿に向かう事にした。

 

「どうかしたのか?」

「あ、うん。ちょっと話でもと思って。もう今夜の宿は決めたの?」

「いや、ちょうど探してたとこだな」

「そうなんだ」

 

 それを聞いてアスナがちょっとほっとしたように見えたが、

ハチマンは気のせいだと思いそのまま会話を続けた。

 

「で、話って何だ?相談でもあるのか?」

「ううん、そうじゃないんだけどね。それにしてもこの街って何か寂しいよね」

「そうだな」

 

 その後もとりとめの無い会話が続き、

ハチマンは、何か煮え切らないアスナの態度に、疑問を覚えた。

普通の男なら、ここで告白でも始まっちゃうのかと身構えるところだが、

良くも悪くもハチマンにはその発想は無かった。

まあ誰かとなんとなく会話でもしたかったのだろうと思い、

ハチマンは、そろそろここを出て、宿探しに戻ろうかと考え始めた。

 

「それじゃ時間も遅くなってきたし、そろそろ俺は宿探しに戻るわ」

「あっ……ま、まだいいんじゃないかな。別に門限とかあるわけじゃないんだし」

「いや、それはまあそうなんだが、さすがにもういい時間だしな」

「う~」

「ん、やっぱり何か相談したい事でもあるのか?

誰にも言わないから、話くらいはちゃんと聞くぞ」

「………の」

「ん?すまんよく聞こえなかった」

 

 難聴系ではないハチマンをもってしても、その声は聞き取れなかった。

 

「オバケが怖い……の」

「オバケ?」

「もう!この街、なんか誰もいなくてオバケが出そうで怖いの!」

 

 アスナは泣きそうな顔で、そう言った。

 

「ああ、そういう……つかお前、虫とかは平気なのに、そういうのは駄目なのな」

「せっかくとった宿だしもったいないし今更移動もやだしそもそも外は不気味だし、

だからハチマン君に一緒に泊まってほしいの!」

 

 アスナは一気にまくしたてた。

 

「お、おう、すまん……いや、しかしお前、年頃の男女がだな」

「前にもあったじゃない!」

「いや、まあそれはそうなんだが……はぁ、わかったよ。衝立みたいなのはあるか?」

「うん。準備しといた」

「そこらへんはぬかりないのな……」

「ごめんね。なんかお風呂に入ってたら、想像以上に静かで怖くなっちゃって……」

「なるほどな。んじゃまあ、さっさと寝るとするか。こっちのソファー使うぞ」

「うん。ほんといきなりごめんね?」

「気にすんな。誰にでも怖いものの一つや二つある」

 

 その後は、本当にとりとめの無い会話が続いた。

しばらくしてアスナは寝てしまったのか、静かになったので、ハチマンも目を閉じた。 



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第033話 森と水のフロア

連続する話になるので、18時にもう1話投稿します


「共用ストレージ?」

「うん。私達って、基本一緒に行動する事が多いじゃない。

で、基本ハチマン君の方がダメージをくらう回数も多いし、ポーションの使用量も多いから、

共用ストレージを作っておいて、消耗品を入れておけば便利なんじゃないかって」

「あーまあそうだな、そこらへんは任せるわ」

「うん!それじゃ今日は気分転換に散歩を楽しもう!」

「はいはい」

 

 ここ、二十二層は、自然の豊かな明るい森と水のフロアだった。

主街区はコラルの村といい、それほど広くはないのだが、

フィールドに雑魚モンスターがわかないため、現在の最前線であるにも関わらず、

ある種オアシスのような役割を果たしているようだ。

解放後まだあまり日数も経っていないのだが、

採集系プレイヤーや、癒しを求めて来る観光目的のプレイヤー等、

多くの住人がここを訪れているようだ。

 

「なんか、今までのフロアと全然雰囲気が違うよね。すごくなんていうか、和やかだね」

「ああ。昼寝に良さそうな所だな」

「ハチマン君は相変わらずだね」

「おう」

「でも、最初の頃より自然体って感じでいいんじゃないかな」

 

 今日は攻略を休みにしたため、ハチマンは一日のんびりするつもりだったのだが、

アスナが散歩に行こうとメッセージを送ってきた。

ハチマンはいつもの通り渋るかと思われたが、

外を歩いているだけでものんびりできるフロアだった事もあり、

結局二人でぶらぶらと散歩をする事になったのだった。

 

「ところで最近キリト君を見ないけど、何かあったのかな?」

「ああ、最近キリトの奴、下の階層で中堅ギルドとつるんで何かやってるらしいな。

そのギルドに加入したって噂もちらほらと聞こえてくるぞ」

「へぇ~、何かいい出会いでもあったのかな?」

「どうだろうな。どこかのギルドに所属してるキリトなんて想像もつかないが」

「ふふ、まあそうだね」

 

 辺りには暖かな日差しが降り注ぎ、気候も穏やかで、緑が満ちあふれていた。

ハチマンは、久しぶりに落ち着いた休日が過ごせそうだと感じた。

このところハチマンは、攻略を進めながらも、

合間合間に十六層の怪しい店で見かけた三人組の事を調べていた。

わかったのは、ドラゴンナイツのメンバーが、モルテという名前だという事だけだった。

他の情報はまったくと言っていいほど出てこず、若干の焦りも感じていたため、

ハチマンにとっては久々にいい気分転換となったようだ。

 

「あ、ハチマン君、こんなところにもプレイヤーハウスがあるよ」

 

 そこは、少し道から外れたところにある、

こじんまりとしたログハウス風のプレイヤーハウスだった。

 

「ここに来るまでにもちょこちょこ売りに出されてるプレイヤーハウスを見かけたが、

ここが一番良さそうな雰囲気の家だな。

何より人がほとんど来なさそうなのがいい」

「いい雰囲気だよね。私もいずれこんな家を買いたいな」

「俺は今でも買おうと思えば買えるけどな」

「ハチマン君そんなに持ってるの?」

「基本あまり金は使わないからな、俺は」

「それじゃ、ハチマン君ここ買っちゃおうか!」

「いや買わないから……」

 

 それからしばらく二人は、色々なところを見て回った。

釣りをしているプレイヤーがいた時は驚かされた。

採取をしているプレイヤーも沢山みかけたし、

時々他のプレイヤーとすれ違う事もあったが、

せっかくの気持ちのいいフロアだからと、アスナがずっとフードを外している事もあり、

皆必ずアスナを見て、憧れや恋愛感情のこもった視線を向けてきた。

そしてその直後に隣にいるハチマンを見て、嫉妬のこもった視線や、

何でこんな奴がという疑問のこもった視を投げかけてくるのが常であった。

 

(そりゃ俺みたいなのがアスナみたいな有名人の隣にいたら、そう思うよな。

明らかに釣りあってない組み合わせだしな)

 

 ハチマンはそんな事を思いながらも、マイペースに視線を受け流していた。

実際のところ、誰かとすれ違い、そういう視線を向けられるたびに、

アスナがハチマンの服をそっと摘んでいたせいでもあったのだが、

当然ハチマンはそんな事にはまったく気付いていない。

アスナにとってもそれは無意識の行動だったのだが、

どうもそれがアスナの癖になってしまっているようだった。

 

「アスナはしばらくこの層に拠点を置くのか?」

「うん、しばらくはそうするつもり」

「そろそろ選択の幅も広がって、一層ごとに上に引っ越す意味も無くなってきたしな」

「ハチマン君は?」

「そうだな、プレイヤーホームはともかく、

そろそろプレイヤールームくらいは購入してもいいかもしれないな」

「いい部屋があったら私もそうしようかな」

「まあ、その方が色々いじれて楽しいかもしれないな」

「あまり人の出入りが多くないところがいいな」

「まあここの主街区は狭いせいで宿は少ないからな。

少し街外れに行けば、いい部屋もあるかもしれないな」

「そうなんだよね、ここ宿は少ないんだよね。私よくお風呂付きの部屋を確保できたなぁ。

いつも情報をくれるアルゴさんにも感謝しなきゃ。

あれ、でもアルゴさんって階層更新直後はいつもいないはずなのに、

次の日調査を開始する前に、もう既にお風呂付きの物件情報が、

アルゴさんに届いてる気が……」

 

(やっべ……)

 

「人がいないってなら、十九層が一番人の出入りが少ないと思うぞ」

「もう~ハチマン君のいじわる!」

 

(危ない危ない、うまく話を逸らせたな)

 

 そんな会話をしながら散歩を続けるうちに、

やや日も傾いてきたので、二人はとりあえず街に戻る事にした。

その後しばらく街中で良さそうな部屋が無いか探した後、そこでお開きとなった。

 

 

 

(今日は楽しかったな)

 

 アスナは風呂に入りながら、今日の事を思い出していた。

このところ、攻略組のメンバーは、ほとんどが多忙を極めていた。

一気に攻略階層も進み、二十二層というオアシス的な層に辿り着けたためもあって、

一度ここで各自しっかり武器の強化やレベル上げをしようという話も出ていた。

そんな理由もあり、攻略組が羽を休める一方、職人クラスの者は逆に多忙を極めていた。

素材の供給も追いつかなくなってきたため、

下の層で素材を狩る中堅ギルドも活況を呈していた。

攻略組に続く層も厚くなりつつあり、職人も増え、

二十二層はまさに皆にとって救いの層となっていたのであった。

 

(キリト君もギルドに入ったみたいな話だったし、私もそろそろ考えた方がいいのかな……

でも今あるあの二つのギルドには入りたくないし、

かといって、他にまともに攻略に参加しているギルドの心当たりもない。

ハチマン君がギルドを作ってくれないかな……そうなったらすぐ入るんだけど、

きっとそういうの嫌がるだろうしな)

 

 ハチマンは当然ギルド設立などまったく考えてはいなかった。

実はアスナに頼まれたら作っていた可能性は否定できない。

なぜならハチマンは、その事も想定してギルドクエストを密かにやっていたからだ。

だが、結局この可能性は実現する事は無かった。

 

(もし私だけがどこかのギルドに入ったら、ほとんど一緒にいられなくなるのかな……

まあいいや、考えても仕方ないや。今日はもう寝よう)

 

 アスナは考えるのをやめ、その日はもう寝る事にした。

 

 

 

(拠点か……とりあえず本格的にどこかの部屋を購入する事も検討しないとな)

 

 ハチマンは、今日のアスナとの会話がきっかけで、

どこかに部屋を購入するのもいいかなと本気で考えはじめていた。

隠れ家っていいよな、という中二病的発想が根底にあったのも否めない。

実際宿だと、なんとなくただ一晩過ごすためだけの仮の住みかという感じが否めないが、

購入した部屋は、帰る場所という感じがしていた。

 

(本格的に探してみるか、俺の帰る場所を)

 

 

 

 次の日から、ハチマンの部屋探しがはじまった。

二十二層を一番の候補と考えつつも、色々な層を走り回った結果は収穫無しだった。

ハチマンは気分転換にと、街の周囲を歩いてみたが、

近くにある湖のほとりに、三階建てくらいの高さの塔が建っているのを発見した。

人気はまったく無いが、どうやらぎりぎりコラルの村の圏内のようだ。

 

「なんだこれ、入り口も何もないけど、ただのオブジェなのか?

もしこんな塔の上に家があったら面白いのにな」

 

 思わず口に出して言ったハチマンだったが、

その声に反応するように、突然家の購入画面が表示された。

 

「うお、まさか本当に家だったとは……」

 

 隠し拠点扱いだったのだろうか、値段もかなりお手ごろというか安かったので、

間取りや設備面も気に入った事もあって、ハチマンは即決してその家を購入した。

どうやらキーを持ってない者には入り口すら見えないらしい。

鉄壁の要塞と言うべき隠れ家だった。

景色は最高で、キッチンと風呂付き、

間取りはリビングの他に四部屋ほど、それに離れの小屋が一つと、想像以上に広かった。

正直そんな広さはまったく必要なかったが、何より秘密基地っぽいのが良かった。

ハチマンは浮かれて、家具やら何やらを集め始めるのであった。



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第034話 秘密基地

 いつものように鍛治に精を出していたリズベットは、アスナに呼び出された。

 

「リズ、なんか最近ハチマン君が怪しいの」

「ハチマンが怪しいのはまあいつもじゃない?」

「そうなんだけど、なんかいつもと違うんだよ」

 

 アスナは、最近ハチマンが、

普段は絶対に行かないような小物やら家具やらの店を、

やたらと見てまわっているのを怪しんでいた。

リズベットは最初、ハチマンが怪しいのはいつもじゃないかな、と思っていたが、

話を聞くと、確かにいつもとは違う。

 

(むむむ、女の気配?いやいやハチマンに限ってそれはない。うーん何だろう)

 

「確かに今までのハチマンの怪しさとは正反対に怪しい」

「でしょ?」

「よし、アスナ。ハチマンの後をつけよう」

「ええっ?ハチマン君の後をつけるとか無理じゃない?絶対気付かれるよ」

「大丈夫よアスナ。我に秘策あり!」

 

 リズベットは何故かノリノリで、そう宣言した。

 

「で、オレっちに何か用事カ?」

 

 リズベットの秘策とは、どうやらアルゴだったようだ。

 

「一応聞くけどアルゴさん、ハチマン君の行動が最近怪しい理由とかの情報ってある?」

「いや、特に何もないな。ハー坊が何か怪しいのカ?」

 

 アスナは、最近のハチマンの行動をアルゴに説明した。

 

「確かにハー坊らしくないというか、怪しいとしか言えない行動だナ」

「というわけで、アルゴさんに依頼をお願いします。ハチマン君を尾行して下さい」

「面白そうだな。その依頼引き受けたゾ」

 

 こうしてハチマンの知らぬ間に、ハチマン包囲網が出来あがったのだった。

そんな事も露知らず、ハチマンはうかれながらも着々と家の設備を整えていた。

それをアルゴが全部見ていたとも知らずに。

 

 

 

 数日後アルゴから、調査結果が報告された。

 

「どうやら二十二区の街の圏内の、とある塔周辺に入り浸ってるみたいなんだが、

その塔の近くにハー坊が行くと、何故かそこで姿が消えるんだよナ」

「そのあたりに何かあるのかな?」

「それが調べてみたけど何も無いんだヨ」

「むむむ、やっぱりこれは怪しいよアスナ」

「どうすればいいかな?」

「これはもう待ち伏せて現場を押さえるしかないんじゃないカ?」

「うーんハチマン君に気付かれないかな?」

 

 三人は知恵を振り絞ってどうすればいいか考えた。

その結果、なんとかいけそうな案が一つ浮上した。

 

「いいか二人とも。一番まずいのは、遠くから発見されて、

近づいて来ないまま逃げられる事ダ」

「ふむふむ」

「そこで、あえて向こうから見えるように、あからさまな隠れ方をする。

具体的には誰かがいるのはわかるが、誰かはわからないようにする」

「うーん、つまりどういう事?」

「具体的には、目立つ布を被って近くに隠れておくんだよ。

そうすれば、罠にしちゃ目立ちすぎてるし、かといって放置するわけにもいかなくて、

必ずハー坊はこっちに近づいてきて中を確認しようとするはずだ。

あからさまだってのがポイントだナ」

「わかった、やってみる!」

「で、近づいてきた瞬間に二人で取り押さえれば終了だナ」

「それじゃそれでやってみよう、アスナ」

「結果が出て、教えられるものなら後で教えてくれよナ」

「うん、ありがとうアルゴさん!」

 

 こうして二人は、タイミングを見計らって塔の近くまで近づいた。

 

「これかー、確かに何もないただのオブジェみたいな塔に見えるけど……」

「どこかに何かの秘密があるんだろうねきっと」

「それじゃそろそろハチマンが来ると思うし隠れようか」

「うん」

 

 こうして二人は潜み、しばらくたった頃、遠くにハチマンの姿が見えた。

ハチマンはこちらを見てぎょっとしたが、おそるおそる近づいてきていた。

 

「さすがに慎重になってるみたいだね」

「うん。あんまり早く出すぎると逃げられちゃうかもね」

「アスナ、ギリギリまで引きつけよう」

 

 息を潜めてハチマンを待つ二人。じりじりと近づくハチマン。

どれだけの時間が経っただろうか、ついにハチマンが布に手をかけた。

 

「今だ!アスナ!」

「うん!」

 

 その瞬間に二人は飛び出し、ハチマンを捕まえようとした。が、わずかに届かなかった。

 

「お、お前ら何でここに……くそっ、やっぱり罠か」

 

 ハチマンは、そのままきびすを返して街の方へと逃げはじめた。

だがアスナもまったく油断はしていなかったようだ。

アスナはいつの間にか装備していた武器で、

ハチマンの背中に容赦なく《リニアー》を放った。

圏内なのでダメージは発生しないが、ハチマンは吹っ飛ばされて倒れた。

そこをリズベットが確保して、どや顔で決めゼリフを放った。

 

「さあハチマン。ハラスメントで監獄に飛ばされたくなかったら大人しくしなさい」

「お、お前ら本当に容赦ねえな………」

 

 

 

「で、ハチマンはここで何をしていたの?」

「ぐっ、い、いずれ話すつもりだったんだよ機会があれば」

「機会があれば、ねぇ……その機会は本当に来る予定だったのかな?」

「うぐっ、た、多分?」

「ごめんねハチマン君、痛かったでしょう?」

「いやまあ痛くはないけど、お前あれ本気だっただろ」

「気のせいじゃないかな」

「そ、そうですね」

 

 アスナの笑顔がまったく笑っていなかったため、ハチマンはつい敬語になった。

 

「で、ここには何があるの?」

「はぁ……仕方ない、こっちだ」

 

 ハチマンがウィンドウを操作すると、塔の側面に扉が開いた。

 

「え?何これ?悪の組織の秘密基地かなんか?」

「あー……ここは……俺の家だ」

「ハチマンの家!?」

「ハチマン君の家!?」

 

 二人はあまりの予想外の返事に驚愕したが、とりあえず中に入ってみる事にしたようだ。

中に入ると、そこには螺旋階段があり、上へと続いていた。

 

「へぇ~、なんかおしゃれな感じかも。

アスナ、よく見てみたいからちょっと私の代わりにハチマンを押さえてて。

逃げようとしたらハラスメントコード発動で」

「あっごめんリズ。

私、ハチマン君相手のハラスメントってとっくに表示しないように設定してて……」

「え?」

「は?」

 

 ハチマンとリズベットは揃ってポカーンとしてしまった。

 

(だから前アスナに触れた時ハラスメントコードに抵触した気配が無かったのか……)

 

 リズベットもすぐ我に返ったようだ。

 

「ハチマン、ハチマンは今、何も聞かなかった。オーケー?」

「お、オーケー……」

「それじゃまあ、上に行ってみよう。ハチマン案内お願い」

「お、オーケー……」

 

 上に出ると、二人はまず予想外の広さにまず驚いた。

そして設備を見て驚き、離れを見て驚いた。

 

「いつの間にこんな豪華な家を……」

「ハチマン君、こんな家買ってたんだ……」

「なんかこの前アスナと出かけた日の夜に盛り上がっちまって、

色々探してたら隠されてたここを偶然にも見つけちまったんだよ。

そしたらもうここ、買うしかないだろ?」

「まあ、ここなら私でも買いたくなるかも……」

「なんかすごい景色もいいよね……」

「で、どうしてこそこそしていたの?」

「いやほらこれ秘密基地だから、男のロマンだから」

「もう秘密じゃないね、リズ」

「もう秘密じゃないよね、アスナ」

「もう秘密じゃないですね……」

 

 アスナとリズベットは、こそこそと何か相談していたが、何かの同意に至ったらしい。

二人とも笑顔で、ハチマンの方に手を差し出した。

 

「えーと、その手は……?」

「私ここの鍵、欲しいな。ハチマン君」

「私あの離れを作業場に使いたいな、ハチマン」

「う…………ちなみに拒否権は」

「拒否してもいいけど、ここの情報をアルゴさんも知りたがってたんだよね」

「拒否してもいいけど、私ハラスメントコード有効にしてあるんだよね」

「うす…………どうぞ」

 

 二人は鍵をもらい、とても喜んでいるように見えた。

 

「住みつくとかは勘弁してくれよ」

「うん、そこはまあ節度を持ってだよ!」

「泊まってもいいけど、出来れば二人セットで頼むわ」

「オッケーオッケー。ハチマン太っ腹!」

「あー、部屋は一応三つ余ってるから、二人同じ部屋でも別でもいいから、

家具は適当に好きに運び込んでくれ。決まったら、本人しか開けられないように設定しとく」

「うん!それじゃ早速買いにいこうか、リズ!」

「どうしよっかー。あ、ハチマン離れに鍛治道具置いといてもいい?」

「おう、あそこは使う予定無かったから、好きに使ってかまわないぞ」

「ありがとう!それじゃアスナ、行こう!」

 

 こうしてハチマンの隠れ家は速攻二人にバレてしまった。

 

(まあ、これはこれで悪くはない、のか、な)

 

 昔から変わらず押しに弱い自分と、

昔とは変わって他人があまり苦手じゃなくなった自分を発見して、

ハチマンは、今後も自分はどう変わっていくのかと、未来の自分に思いを馳せるのだった。




今後は昼12時に投稿し、2話投稿の時はその時間を記載しようと思っています
今後とも宜しくお願いします


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第035話 突然の崩壊

今日も18時にもう1話投稿します


ハチマンが、秘密基地ともいえる自らの拠点を手に入れてから、

一ヶ月ほどの時間が経過していた。

攻略は順調に進み、つい先ほど二十四層の攻略も無事終えたところだったのだが、

そこで問題が発生した。

毎回の事ながら、ジョーとモルテの言い合いが始まったのだが、

今回それが、リンドとキバオウの言い争いにまで発展してしまったのだ。

 

「エギル、何があったんだ?」

「ああ、ハチマン。ボスへのとどめの時に最近いつも解放隊がないがしろにされてると、

あのジョーってやつが言い出してな。リンドがそれに反論したみたいなんだが、

どうやら言い方が悪かったらしく、キバオウがそれに切れたみたいなんだ」

「そんな理由でか……」

「あんまりラストアタックにこだわらないハチマンや、俺達にはそうかもしれないが、

大手のギルドには主導権争いとか色々あるんだろうさ」

 

 その場は一応収まったが、火種はどうやら燻り続けているらしかった。

その日の夜、一応お疲れ様会という事で、ハチマンの家にアスナとリズベットが訪れた。

 

「ハチマン、アスナ、攻略お疲れ様」

「リズ、今回はほんとに疲れたよ」

「主に攻略後にだけどな」

「攻略そのものじゃなくて、攻略が終わってからなの?」

「ああ。どうしても人が集まると、もめごとが起こっちまうからな」

「やっぱりそういうのあるんだね」

 

 何とかしようにも、こればかりはハチマンにもどうしようもなかった。

本来は一つの組織としてまとまってくれれば何の問題も無いんだが、

いまさらそれは不可能だろう。

 

(今のところ攻略自体に支障は出ていないが……)

 

 考えても仕方ないと思い、ハチマンは話題を変える事にした。

 

「リズ、そういや最近髪型とか服装、変えたんだな」

「うん、アスナに色々いじられちゃって」

「そうなのか」

「リズは絶対こういうのが似合うと思ったんだ」

「ああ、まあ、悪くないんじゃねえの」

「こういうの苦手な方だったんだけど、でも悔しい事に、

アスナに色々されてからの方が明らかに露店の売り上げが多いんだよね……」

「でしょでしょ!」

 

 リズベットの髪は、少し前までは茶色だったのだが、今はピンク寄りの茶色になっていた。

服も、少し派手目な赤いワンピースになっていた。

商売の時は、そこに白いエプロンをつけているようだ。

本来ピンクや緑や青などといった髪の色は、どうしても不自然に見えてしまうものだが、

ゲーム内だからという事もあるのだろうか、不思議と違和感は感じられなかった。

 

「ハチマン君の髪とかもいじってあげようか?」

「絶対にやめてくれ……」

「じゃあ普段着とか」

「ああ、それならまあ頼む事は無くもないな。実際現実だとほとんど妹任せだったしな」

「それじゃ今度機会があったら見にいこう!」

「お、おう……」

 

 その後も雑談をし、その日はお開きになった。

二人とも気を遣っているのか、まだ一度も泊まった事はなく、

ハチマンは二人のその配慮に感謝していた。

もっともしっかりと部屋は二つ確保し、各自でコーディネイトしているようだった。

リズベットは泊まりこそしないものの、ちょくちょく離れで鍛治仕事をしているようだ。

きっちり連絡を入れてから来るので、バッタリ鉢合わせということはない。

たまに素材調達を頼まれたり、一緒に狩りに行く事もあるが、

その距離感はしっかり保たれていて、ハチマンにとっては特に苦痛という事も無かった。

 

「それじゃ、二人ともまたな」

「またね、ハチマン君」

「明日昼ごろまた鍛治をしに来るから宜しくね、ハチマン」

「ああ、了解だ、リズ」

 

 二人が帰るとハチマンは、そのまま風呂に入って寝る事にした。

 

 

 

 それから数日後、今回も攻略は順調に進み、

二十五層の突破も時間の問題だと思われた頃、その事件は起こった。

ハチマンは、自宅に突然アルゴとアスナの訪問を受けた。

ちなみにアルゴには、守秘義務を徹底するのと引き換えに、家の事を話していた。

いつか自然にバレるよりは最初から言って口止めした方がいいとの考えからだ。

 

「なんかアルゴさんが、私達に話があるんだって」

「しかし相変わらずここはいい家だよな。オレっちが欲しいくらいだヨ」

「絶対譲らないぞ。で、今日は何の用だ?」

「ハー坊、アーちゃん、心して聞いてくれ。ついさっき、解放隊が壊滅した」

「……………は?」

「………え?」

 

 ハチマンは、たっぷり数十秒時間をかけた後、

やっと言葉の意味を理解したのか、呆然とアルゴに聞き返した。

 

「おい、どういう事だよ。一体何があった?」

「解放隊が少し前にボス部屋を発見したらしいんだが、

あいつらその情報を隠して単独でボスに挑んだみたいなんだヨ」

「単独って、なんでそんな事を」

「生き残りの話だと、どうやらボスに対しての有効な情報が手に入ったから、

単独でいけるとふんで突撃したらしいんだけどな、

その情報がでたらめだった上に、ボスの強さが今までとぜんぜん違ったらしいんだよナ」

「生き残りって……」

 

 生き残り、という言葉に不吉な響きを感じたのだろう。アスナはハチマンの方を見た。

ハチマンは、意を決してアルゴに問いかけた。

 

「……何人参加して、何人生き残ったんだ?」

「七パーティ四十二人が参加して、生き残りは……八人だよ、ハー坊」

 

 その数字を聞かされ、二人は絶句した。ハチマンが先に立ち直り、アルゴに質問を続けた。

 

「七パーティって、それ適正レベルに届いていないメンバーも結構いたんじゃないのか?」

「ああ、二パーティくらいは若干低レベルだったみたいだナ」

「キバオウはどうなった?」

「何とか生き残ったみたいだゾ」

「………まさか、あのジョーってやつがまた何かしたのか?」

「生き残りの話だと、ボスの攻略情報はそいつが持ってきたらしいナ」

「くそっ、くそっ」

 

 ハチマンは机を何度も叩き、悔しがった。

自分がもっと気をつけていれば。自分がどうにか手を打てていれば。

後悔が後から後から押し寄せてくる。

そんなハチマンの様子を心配したのか、アスナはハチマンに声をかけた。

 

「ハチマン君、別にハチマン君のせいじゃないよ」

「違うんだアスナ、俺はジョーって奴絡みの情報を持っていたんだ。

もしかしたらなんとか出来たかもしれないのに、俺は何も出来なかったんだ」

 

 ハチマンは、以前見た事を、アスナとアルゴに話した。

 

「なるほど、そんな事があったのカ」

「ああ。下手に手を出すと、危険かもしれないと思って、誰にも言えないでいた。

それが完全に裏目に出た」

「ハチマン君……」

「ハー坊、気持ちはわかるけどな、さすがに今回の事はどうしようも無いと思うゾ」

「そうかもしれないが……くそっ」

「ハチマン君は何でも一人で背負おうとしすぎだよ。

私達に出来る事を考えて、みんなでやってくしかないよ」

「くっ…………」

 

 アスナはしばらくハチマンの頭をなでていた。

アルゴは何も言わなかったが、やはりハチマンを気遣っているようだ。

ハチマンはしばらく慟哭していたが、何かを決意したように顔を上げた。

 

「すまん二人とも。もう大丈夫だ。今後の事を一緒に考えよう」

 

 自分の無力さを感じつつも、ハチマンは前を向く事を決断したようだ。

 

「まずいくつか聞きたい。ジョーって奴はどうなった?」

「それは確認してある。生き残った後、すぐに姿を消したみたいダ」

「解放隊の生き残りで戦えるメンバーは何人残った?」

「ボス戦に参加できそうな強さを持ってるのは、いいとこ六人くらいだろうナ」

「ドラゴンナイツはどうしてるんだ?」

「どうやら人集めに奔走しているらしいな。攻略が続けられるかの瀬戸際だからナ」

「ここでしばらく足止めになりそうだな……」

「一日や二日でどうにかなる問題じゃないからナ」

「………キリトは?」

「まだ知らせてないぞ。このところずっと下層で戦ってるみたいだしナ」

「最近攻略に顔を出してこなかったから、忙しいんだと思って連絡してなかったが、

キリトにも手伝ってもらわないと今回ばかりは駄目だろうな」

「キリト君ならきっと来てくれるよ」

 

 その後も色々と情報をまとめていったが、やはり問題は戦力の増強だった。

ドラゴンナイツが出せて二十四人、エギルチームとハチマン中心の勢力が八人くらい。

解放隊の生き残りはほぼ当てに出来ないだろう。すっかり心を折られているように見えた。

やはり戦力がぜんぜん足りない。

改めてアルゴにジョーとモルテとポンチョの男についての調査を頼み、

その日の話し合いはそこまでとなった。

 

 

 

 後日アルゴから報告が入った。情報は何も無し、目撃情報すら無し。

モルテも同時に姿をくらましたそうだ。

三人がどこに潜んでいるのか、まったく情報は出てこなかった。

戦力増強も思うように進まず、事態は停滞していた。

 

 

 

「久しぶりだな、キリト」

「ハチマン、久しぶり」

 

 ハチマンとキリトは、久しぶりに会って話をしていた。

 

「話は聞いたか?」

「ああ。大変な事になったな」

「人さえいれば攻略は目指せるんだが、戦力の事はどうしても、な」

「俺に何か出来る事は無いか?」

「ボス攻略に参加してもらえれば、それで大丈夫だ。とにかく今の問題は戦力だからな」

「そうか……しばらく参加してなくて、すまん」

「いや、キリトが謝る事なんて何もないだろ。

実際うまくいってたんだし、別にキリトも遊んでたわけじゃないだろ」

「それはそうなんだが……」

「ギルド、入ったんだろ?」

「……ああ」

「今はそっちに集中していればいい。いずれ助けを借りる事になるが、それは今じゃない」

「そうか」

 

 ハチマンは、キリトに笑顔を向けた。

 

「その代わり、本番では頼むぜ」

「ああ、全力で手伝うぜ」

 

 二人はハイタッチをかわし、そのまま別れた。



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第036話 血盟騎士団

「ハチマン君じゃないか」

「シヴァタさん、お久しぶりです」

 

 その日ハチマンに声をかけてきたのは、ドラゴンナイツのシヴァタだった。

ハチマンの持つシヴァタの印象は、穏やかな良識派、といった感じで、

悪い印象はまったく無かった。

 

「ドラゴンナイツの増強、どうなってますか?」

「正直思わしくないね……」

「そうですか」

 

 重苦しい雰囲気を嫌ったのか、シヴァタが話題を変えた。

 

「そういえば解放隊、今度名前を変えるらしいよ」

「このタイミングで名称変更ですか?」

「どうやら、下層で活動しているギルドと合併して、キバオウ君はリーダーを降りるらしい」

「次のリーダーは誰が?」

「シンカーという人だそうだ。その合併先のギルドは、

主に戦闘に向かない人の支援活動を、下層でしていたギルドらしい」

「なるほど、支援系ギルドに転向するって事ですかね」

「僕もそう思っていたんだが、新名称は、アインクラッド解放軍だそうだ」

「軍ですか。その合併内容だと、何かイメージとまったく違いますね……」

「副リーダーに就任したキバオウ君が、どうしてもって言い張ったらしいね」

「あいつらしいといえばらしいですね」

「キバオウ君も、当初より大分丸くなってきてたと思ってたんだけどな……」

「俺もそう思わないでもなかったんで、今回の事は残念でした」

「まあ、早く戦力を立て直すしかないな」

「はい、お互い頑張りましょう」

「ああ、今後もよろしく頼むよ」

 

 

 

 それからさらに数日が過ぎたが、まだ状況は好転していない。

そんな中、アルゴからハチマンとアスナに一つ報告が入った。

どうやら、中堅ギルドで最近急激に勢力を伸ばしてきたギルドがあるらしい。

二人は、詳しい話を聞くためにアルゴと直接会う事になった。

 

「で、そのギルド、血盟騎士団って言うんだけどナ」

「聞いた事ないな」

「赤と白の制服まで揃えて、中々しっかりと運営してるチームらしいゾ」

「その制服、私何度か見た事あるかも」

「その血盟騎士団なんだが、攻略組に参加する気はあるらしいんだが、

一つ問題があるらしいんだヨ」

「どんな問題だ」

「そこのリーダー、ヒースクリフってユニークスキル持ちなんだけどな」

「まじかよユニークスキル持ちかよ」

「アルゴさん、ユニークスキルって?」

「全プレイヤーの中で、おそらく一人しか持てない特別なスキルだな。

エクストラスキルの中に、条件が記載されてない物があるらしいんだ。

他の種類が存在するかどうかはまだ確認されてないナ」

「そういえばガイドブックで昔見た気もする」

「で、そのユニークスキルが神聖剣って言うらしいんだけどな、

いわゆる防御特化らしいんだよ」

「で、何が問題なんだ?」

「チームに強力なアタッカーがいない」

「そういう事か……」

「可能なら誰か紹介してもらえれば、ボス攻略に参加する事も問題ないそうダ」

「と言ってもキリトくらいしか思いつかないが、キリトはなぁ」

 

 ハチマンの知る強力なアタッカーといえばキリトだが、

さすがにギルドに入ってうまくやっているらしいキリトにそんな事は頼めない。

本当はもう一人候補がいるはずだったが、ハチマンはその事を考えもしなかった。

 

「で、当てはあるのか?ドラゴンナイツとかから引っ張ってくるとか」

「さすがにそれは無理じゃないかナ」

 

 まあ無理だよな、と思いつつハチマンは考え込んだ。

しかしいい考えはまったく浮かんでこなかった。

 

(最悪俺を売り込んでみるか……)

 

 ハチマンは結局、そう結論づけた。

 

「とりあえずそのヒースクリフと話をする事は出来るか?」

「セッティングするのは可能だナ」

「それじゃ、頼む。どんな奴か話してみないとなんともいえん」

「それじゃ聞いてみるヨ」

 

 

 

 次の日、ヒースクリフの元へと向かったのは、

ハチマンとアルゴと……アスナだった。

 

「アスナは別についてこなくていいんだぞ」

「私も行くよ」

「いや、別に話すだけだから大丈夫なんだがな」

 

 アスナは、ハチマンが自分の名前を決して出そうとしない事に気付いていた。

気を遣っているわけではないようだから、考えもしていないのだろう。

もしくは、無意識に考えないようにしているのだろう。

そう考えると、ハチマンがヒースクリフに提案するのは……

 

(絶対にハチマン君は、自分でいいかと提案するつもりのはず)

 

 アスナは、もしそうなったら自分が立候補する事を、既に決めていた。

アスナはあの解放隊壊滅の日以来ずっと、

ハチマンが自分を責め続けているような気がしていた。

このままの状況が続くと、いずれ必ずハチマンの身に良くない事が起きる。

アスナはそう確信していた。

だからといって、ハチマンの代わりに仕方なく、という意識はまったく無かった。

話を聞いていてアスナは、以前自分がどこかのギルドへの参加を考えていた事、

そして、この血盟騎士団というギルドがそのギルドであるのではないかと、

根拠もなく確信していた。

ハチマンには自由でいて欲しい、その上で、私は私の道をゆくためにギルドに入る。

今のアスナは、そんな決意に満ちていた。

 

 

 

「はじめまして。私がヒースクリフだ」

 

 その男の目を見た瞬間、ハチマンは衝撃を受けた。

 

(晶彦さんの目に似ている……しかしまさか、ゲームのプレイヤーとして参加?

ありえない、ありえないと思うが、でも似ている……確信は持てないが)

 

 ハチマンは、気をとりなおして自己紹介する事にした。

 

「はじめまして。ハチマンだ」

「私はアスナです」

「攻略組の中で名だたるお二人にお会い出来て光栄に思うよ。で、用件は何だろうか」

「単刀直入に言う。ヒースクリフさん。血盟騎士団に足りないアタッカー、俺じゃ駄目か?」

 

(ハチマン君、やっぱり……)

 

「君か……確かに派手さはないが、君も強力なアタッカーだ。

それならそれでこちらとしては願ってもない申し出なんだが、

私としては、そちらのアスナさんの参加を打診されるものとばかり思っていたんだがね」

「アスナが血盟騎士団に?そんな事考えた事もない」

 

 ハチマンは、心底不思議そうな顔をして、そう答えた。

その時ヒースクリフが、二人の顔を見比べながら言った。

 

「考えた事がないのではなく、考えたくなかったのではないかね?

どうやらアスナさんは分かっているようだが」

 

 ハチマンはその言葉に、頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。

 

(考えた事がないのではなく、考えたくなかった、だと……だがしかし……俺は……)

 

 やや混乱しているハチマンをよそに、アスナが一歩前へ進み出た。

 

「ハチマン君の申し出は無かった事にして下さい。血盟騎士団には私が入ります」

 

 ハチマンはそのアスナの言葉に、何も反応する事は出来なかった。

 

「もちろん歓迎させてもらうが、それでいいのかい?」

「はい、自分の意思で決めた事ですから、問題ありません」

「だめだ!」

 

 ハチマンが突然、大きな声で叫んだ。

 

「アスナが参加なんて、そんなのは駄目だ。

今日の話は無かったって事で、帰ろう、アスナ」

「ハチマン君」

「まあ待ちたまえ。アスナ君を手放したくないという君の気持ちもわからないではないが、

それは君のエゴではないのかね?」

「エゴ?エゴだと?これのどこがエゴなんだ、ヒースクリフ!」

「それがエゴじゃなければ何だと言うんだい?

君はそもそも、アスナ君を候補にすら考えていなかったんだろう?

理屈で言えば、それが一番ベストな選択だというのにも関わらずだ」

「それは……」

「そして自分の意思だというアスナ君の気持ちもないがしろにしている」

 

 ハチマンは黙り込んでしまい、ヒースクリフもそのまま静観していた。

最初に言葉を発したのは、アスナだった。

 

「ハチマン君。私、ハチマン君の代わりにとか、そんな事思って決めたんじゃないよ。

確かにハチマン君には自由でいて欲しいのも確かだし、

この前からハチマン君が自分を責め続けて、一人で何とかしようって思ってるのも知ってる。

でもね、そんな事とは関係なく、これは、私のやりたい事でもあるの。

私、攻略のためにいずれどこかのギルドに入ろうかって、漠然と考えてた。

でも、ハチマン君達と一緒に行動するのが楽しくて、その気持ちを封印しちゃってた。

でも今回の話を聞いた時、うまく言えないんだけど、これだって思ったの。

いつまでもハチマン君に頼ってないで、自分の道を自分で選ぼうって、

そしてそれは今なんだってそう思ったの」

「アスナ……」

「心配しなくても、どこにも行ったりしないから。

どうせちょこちょこ秘密基地には行くしね」

 

 そう言いながら、アスナはハチマンに微笑んだ。

ハチマンはその顔を見て、ヒースクリフに言った。

 

「ヒースクリフ、アスナをその……宜しく頼む」

「わかった。本当は君にも参謀として入団して欲しかったが、

どうやら君はフリーで動く方が全体のためになるようだし、今回は諦めよう。

気がかわったら、いつでも言ってくれて構わないがね」

「ああ、その時は宜しく頼む」

 

 こうしてアスナは血盟騎士団に入団し、副団長に就任する事が決まった。

二十五層の攻略は、こうして再び動き出す。



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第037話 再始動

18時にもう1話投稿します


 アスナが血盟騎士団に入団したその日の夜、ハチマンが家に帰ると、

何故かそこにはアスナがいた。連絡無しで来るのは初めてだった。

 

「で、何でアスナがここにいるんだよ」

「え?だって、どうせまたすぐ秘密基地に行くって言ったじゃない」

「すぐとは言ってない」

「そうだっけ?まあ男の子が細かい事を気にしないの」

「へぇへぇ分かりましたよ副団長様。

せっかくのさっきまでの感動のシーンが台無しじゃねーかよ……」

「あ、夕食作っといたから」

「おう、料理スキル結構上がったのか?」

「まあ、問題なく人に振舞える程度には、ね」

 

 今後はどうなるかわからないが、結局二人の関係はほとんど変わっていないようだ。

ハチマンは、アスナにはやっぱりかなわないな、と思った。

 

「あ、あと今日泊まってくからよろしくね」

 

 アスナがいきなり言い出し、ハチマンは驚いた。

 

「はぁ?お前いきなり何言っちゃってんの?」

「あ、あと今日泊まってくからよろしくね?」

「いや内容はわかってるから……

はぁ……友達といえども節度を持ってだな、ってこんな会話、前もした気がするな」

「大丈夫、リズもすぐ来るから!今日はお祝いね!」

「はいはい、了解だよ副団長様」

 

 その後すぐにリズベットも到着した。

どうやらこれから、アスナの血盟騎士団入団と、副団長就任のお祝いの会を開催するらしい。

 

(どうして女子はこう、何かとお祝いしたがるのかね)

 

 ハチマンはそれでもまあ、今日くらいはアスナの好きにさせてやろうと思っていた。

 

 

 

 会はまず、アスナの制服のお披露目から始まった。

 

「じゃーん!これが私の新しい制服です!」

「アスナ、かわいい~」

 

 どうやらアスナは、もらった制服を見せたくて仕方がなかったようだ。

その制服は、防御力もしっかりとした、鎧タイプの制服であるようだった。

 

(これならまあ、性能的にも安心だな)

 

 アスナは何かを期待するようにハチマンに聞いてきた。

 

「ハチマン君、これどうかな?」

「ああ、防御力もしっかりしてそうだし、いいと思うぞ」

 

 そのハチマンの答えは、誰が聞いても落第といえるものだった。

 

「ハチマン君……」

「ハチマンさあ……」

「な、何だよ……」

「もう一度やり直し」

「お、おう……」

「それでは改めまして、ハチマン君、どうかな?」

「に、似合ってるんじゃないか。悪くないと思うぞ」

「ありがとう!」

 

 こんな調子で夜も更けていき、ハチマンは早々に自室へと退散した。

二人は一緒にお風呂に入り、そのまま今日は一緒に寝るようだ。

 

(はぁ、今日は色々あったな……)

 

 ハチマンは今日、自分の駄目なところを散々見せつけられ、少しへこんでいた。

 

(俺はアスナを自分の物扱いしていたのかな……

友達の事をそんな風に思うなんて、俺はやっぱだめな奴だな……はぁ……)

 

 友達いない期間長かったしな……と考えながら、ハチマンは眠りについた。

 

 

 

「ねえアスナ、本当に良かったの?」

「ん、何が?」

「本当はアスナ、ハチマンの作るギルドに入りたかったんじゃないの?」

「あー、リズもやっぱわかってたんだ」

「そりゃねぇ……」

「でも、もしそうなったらハチマン君、メンバーのために自分を犠牲にしそうじゃない?」

「あー………それはありそう」

「だから、これで良かったんだよ。

血盟騎士団の話を聞いて、これだって思ったのは間違いないんだし」

「まあ、アスナが納得してるならいいけどさ」

「うん」

「ところで、アスナはハチマンの事が好きなの?」

「え?ハチマン君は友達だよ?好きとかそういうんじゃないよ」

 

(うわぁだめだ~この二人よっぽどの事がない限り自覚しないわ~)

 

 リズベットは頭を抱えた。

こうして初めての三人の夜は更けていった。

 

 

 

 そして夜が明けた。

 

「二人とも、昨日はよく眠れたか?」

「うん、大丈夫」

「ハチマンとアスナは今日はどうするの?」

「俺は攻略会議の開催の手配だな。後はまあ、各所に連絡と報告だな」

「私はギルドの方に顔を出して、フォーメーションとかの練習とか色々かな」

「それじゃ私は今日も鍛冶に精を出しますか!」

 

 その後ハチマンは関係各方面に連絡をしまくった。

ドラゴンナイツには、攻略会議開催の要請を。

血盟騎士団には、今までの攻略のルールやフォーメーション等の説明をし、

キリトやネズハ、エギルらに連絡をとった。

そしてついに次の日、久々の攻略会議が開催された。

 

「ハチマン君、何か進展があったのかい?」

 

 まず最初に、先日会ったシヴァタがハチマンに声をかけてきた。

 

「ああ、シヴァタさん。やっと解決の糸口が掴めました」

「そうか、戦力さえなんとかなれば、攻略自体は出来るはずだしな」

「幸い、って言っちゃいけないんでしょうが、情報はありますからね」

「この層に限ってはほとんど回りつくしたしな」

 

 そこに、リンドもやってきて、会話に加わった。

 

「リンド、すまない。勝手に会議を召集しちまって」

「いや、それは構わないよ。どうせこのままじゃ当面打つ手も無かったし」

 

 リンドはハチマンにそう答えた。リンドも精神的にかなり参っていたようだ。

 

「とりあえず戦力はなんとかした。後は細かいところの調整とかになると思う」

「血盟騎士団だっけ?実力はどうなんだ?リーダーがユニークスキル持ちだと聞いているが」

「防御に関しては格段に上がると思う。攻撃に関しては、まあ隠し玉があるしな」

「なるほど」

 

(まあプラスマイナスでトータルの攻撃力は上がらないんですけどね)

 

 その後エギルにも声をかけ、会議が始った。

会議の冒頭、まずハチマンがあいさつした。

 

「皆、いきなり集まってもらって申し訳ない。

今日集まってもらったのは、まず新しい戦力の紹介をするためだ。

紹介しよう、血盟騎士団だ」

 

 その言葉と同時に、血盟騎士団の面々が入場してきた。

揃いの制服を着て、統一されたその動きは、かなり迫力のあるものだった。

皆は興味深く眺めているようだったが、

アスナが入ってきたところで、やはり驚きの声があがった。

 

「私は、血盟騎士団の団長、ヒースクリフ。隣にいるのは副団長の、閃光のアスナさんだ」

「アスナです。改めまして、宜しくお願いします」

 

 ハチマンは、閃光、と呼ばれたところでアスナの眉がピクッと上下したのに気付いたが、

アスナに睨まれたので、見えなかったふりをした。

 

「我々血盟騎士団のメンバー十七人、攻略組への参加を希望する」

 

 ヒースクリフが堂々と名乗りをあげ、皆もこれを歓迎した。

皆が期待に盛り上がる中、後ろの方にいたキリトが、ハチマンに話しかけてきた。

 

「どういう経緯でアスナが血盟騎士団に入る事になったんだ?」

「ああ、アスナの希望なんだよな、実は」

「ん、そうか。無理やりとかじゃないんだな」

「ああ、もちろんだ」

「……ハチマンはそれで良かったのか?」

「何がだよ」

「いや、ハチマンがいいならいいんだよ。頑張ろうぜ」

「おう、頼りにしてるぜ」

 

 

 

 こうして戦力も揃い、再びボスへと挑む事が決定した。

第二十五層に到達してから、実に一ヶ月がたっていた。

今回の編成は、フルレイドとなる。

ドラゴンナイツが二十四人の四パーティ、血盟騎士団が十七人の三パーティ、

エギル軍団四人に加え、キリトとネズハで一パーティ。総勢四十八人。

ハチマンは、血盟騎士団のパーティでアスナとコンビを組む事になっていた。

模擬戦の結果、血盟騎士団のメンバーの中には、アスナの速さに合わせられる者がおらず、

ハチマンとアスナのコンビで組ませるのが最適だとヒースクリフが判断したためだった。

そのコンビネーションは、始めて見る血盟騎士団の団員を、戦慄させた。

団外の団員として、誰もハチマンを侮る者はいなかった。

 

 

 

 こうした紆余曲折を経て、再び二十五層の階層ボスとの戦闘が始まった。

話に聞いていた通り、ボスは恐ろしく速く、重い攻撃を仕掛けてきた。

だが、そんな強いボスの攻撃を、ヒースクリフがほとんど封殺していた。

皆、神聖剣の強さを目の当たりにして驚きを隠せないようだった。

 

「ハチマン君、なんかすごいね」

「ああ。なんであんな奴が今まで表に出てこなかったんだろうな」

「不思議だよね」

「お、どうやらボスのHPがレッドゾーンに突入するぞ。

こっちもここらできっちりと、存在感見せとくか」

「うん、行こう。私達二人なら絶対負けないよ」

 

 戦いはその後も熾烈なものとなったが、犠牲者を出す事なく無事終了した。

やはり目立ったのは、血盟騎士団の堅実な戦いぶりと、

ヒースクリフの超人的な防御力だった。

そして今まで攻撃力不足だった部分も、アスナの加入により、解消された。

血盟騎士団の名は確固たるものとなり、今後の攻略を引っ張っていくのは確実と思われた。

 

 こうして今後の攻略のめどがたち、再び攻略組の快進撃が始まる。



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第038話 それぞれの絆

二十五層が突破されて数日後、

ハチマンは、久しぶりにキリトと二人でレベル上げに勤しんでいた。

 

「キリトから誘ってくるなんて珍しいな」

「最近前線で戦ってなかったから、ちょっとレベルが、な。

それに、アスナがいないとハチマンも背中を守る奴がいなくて困ってるだろうと思ってな」

「べ、別にさびしがってなんかいねえっつーの」

「いや、俺はそこまでは言ってないからな」

「んじゃま、やるとしますか」

「そうだな、久しぶりに全力だ」

 

(ん?久しぶりってどういう事だ?ギルドで全力は出していないって事か?

まあ中級ギルドに一人だけ突出した奴がいるのも色々難しいんだろうな……)

 

 ハチマンとアスナのコンビに負けず劣らず、

ハチマンとキリトのコンビもすさまじい息の合い方をしていた。

殲滅速度だけならこちらの方が速いかもしれない。

ボス戦以外の戦闘は久しぶりだったので、ハチマンも思い切りやっているようだ。

ある程度戦闘の回数を重ね、そろそろ一度休憩するかという話になった頃、

ハチマンは、後方から近づいてくる一団を発見した。

 

「キリト、誰か来るぞ」

「まあ、仮に襲われても俺達なら返り討ちにできるだろうし、

このままのんびり通り過ぎるのを待てばいいんじゃないか」

「おいキリトいきなり物騒だな」

「ははっ、まあそれくらいのつもりで平気なくらい余裕だろって事さ」

「まあ、実際のとこ事実なんだけどな」

 

 二人がのんびりと座りながら水分補給を行っていると、

その一団がついにはっきりと見えるところまで近づいてきた。

どうやらその一団の中に、キリトの知ってる顔がいたようだ。

キリトは一瞬辛そうな顔をしたが、その男に声をかけた。

 

「よう、クライン。久しぶりだな」

「お?おお?お前キリトじゃねーか!初日ぶりだなおい」

 

 ハチマンは、クラインという名前には聞き覚えが有るような無いような、

むずむずする気がしていたが、初日という言葉ではっきりと思い出した。

 

(あー、クラインって、初日にキリトにレクチャーしてもらってたあいつか)

 

「噂は聞いてるぜ。攻略組の黒の剣士ってな」

「う……そんな呼び名で呼ばれてたのか……」

「で、えーっとそちらの方は?」

「あー、確か初日に会ったかな」

「へ?初日?初日ってその顔、あ、隣で練習してた奴か?俺はクライン。以後ヨロシク!」

「お、おう、宜しくな、俺はハチマンだ」

 

(元気というか軽いというか、でも憎めないな。なんかいい奴みたいだ)

 

「ハチマンって攻略組のハチマンか?」

「多分そのハチマンだ。一応聞くけど、俺には変な二つ名はついてないよな?」

「ああ、それは聞いた事がないな」

 

 クラインの言葉を聞いて、ハチマンは、

 

「だ、そうだ。黒の剣士様」

「くっ……」

 

 とキリトをからかった。

その様子を見て、クラインは、

 

「キリトとハチマンは、友達なのか?」

 

 と聞いた。

 

「ああ、友だ……ち」

「そうかー!良かったー!俺キリトに友達がいるのかどうかって今までホントに心配でなぁ」

「な、なんか心配かけたな、クライン」

 

 キリトが答えようとした途中で、

クラインは食いぎみにキリトを抱きしめそう言い、泣き始めた。

それは本当に嬉しそうだったので、ハチマンは、やっぱりこいつはいい奴だ、と思っていた。

キリトもキリトで、最初はクラインに何か負い目がありそうな雰囲気だったが、

クラインの明るい笑顔に釣られて、自然と笑顔を見せていた。

 

「で、これが俺の仲間だ。風林火山ってギルドを作ったんだよ」

「よろしく、キリトだ」

「ハチマンだ」

 

 どうやらクラインの仲間もクライン同様いい奴ばかりだったようで、

終始和やかな雰囲気で、雑談に花が咲いた。

クラインの要望で、ハチマンとキリトの戦闘の様子を見学させてもらった一堂は、

あまりの戦闘の凄まじさに驚いていた。

 

「キリトが強いのは分かってたけど、ハチマンもすげーな!さすが攻略組って感じだぜ!」

 

 その後、風林火山の面々に少しコツ等をレクチャーして、そこで分かれる事になった。

 

「それじゃまたどこかでなー!何かあったら連絡くれよな!」

「おう、またな、クライン」

 

 珍しくキリトが、別れを惜しむそぶりを見せた。

ハチマンは、やっぱ友達っていいもんなんだな、と思っていた。

その後二人は狩りを続け、レベルもある程度上がったところで、その日の狩りを終了した。

 

 

 

 二週間後、現在の最前線は、二十八層に到達していたが、

二十五層のボス戦の後、キリトはまったく姿を見せていなかった。

皆気にしていないわけではなかったのだが、実際あまり心配する者はいなかった。

先日エギルの露店で買い物をした時も、こんな感じの会話だった。

 

「最近キリトを見ないな」

「まあ二十五層の前もしばらく来てなかったしな。忙しいんじゃねーの」

「まあ下の方にいるなら、キリトがピンチになったりするわけないか」

「ああ」

 

 最近、アスナもかなり忙しそうにしていた。

ギルドの押さえた宿舎に住み、そこからチームで狩りに行く。

帰ったら帰ったで、ミーティングやら何やらをこなす毎日のようだ。

組織に入るという事は、そういう事なのだろう。

そんなわけで、ハチマンとアスナも、やや疎遠になりつつあった。

 

 

 

 その日ハチマンは、久しぶりにソロでダンジョンに潜る事を決め、

今は二十六区の迷宮区にいた。

特に問題もなく進んでいたが、中層に差し掛かった頃、前方に、戦っている人影を発見した。

 

「あれは、キリトか。お~いキリト」

 

 声をかけたハチマンだったが、どうやら聞こえていないらしい。

よく見てみると、キリトの様子が何かおかしい。

まるで、いつ死んでもいいかのような、無茶な戦いを続けているかのような……

その様子に、声をかけられないでいると、敵を殲滅し終わったキリトが、そのまま倒れた。

ハチマンはあわてて駆け寄り、キリトが気を失ってるのを確認すると、

そのままキリトを背負って、自宅へと連れ帰ったのだった。

 

 

 

 しばらくして、キリトが目を覚ました。

 

「っ…………ここは?」

「おう起きたか。俺の家だよ、キリト」

「ハチマン!何故俺はここに?」

「お前が迷宮の中でぶっ倒れたのを見つけたから、担いできたんだよ」

「そうか……」

「腹減ってるか?」

「……………」

 

 答えようとしないキリトを見て、ハチマンはそれ以上何も聞かず、料理を始めた。

そして十分後、完成したスープを黙ってキリトに差し出した。

キリトは少しためらった後、それを口にした。

 

「………まずい」

「うるせーよ、最近はアスナもまったく来ないから、いい食材のストックが無いんだよ」

「ははっ……」

 

 キリトは精一杯の笑顔を見せた。

 

「………何も聞かないのか?」

「興味が無い」

「そうか」

 

 そのまま二人は長い沈黙を続けていたが、先に口を開いたのは、キリトの方だった。

 

「ハチマンは、アスナがいなくて寂しくないのか?」

「あ?別に寂しくなんかねーよ。連絡しようと思えばすぐだしな。しねーけど」

「連絡しようと思えばすぐとれる、か……」

 

 ハチマンは、キリトがその何気ない言葉に、何か思いをこめていると感じた。

 

「今日はもう寝ちまえ。部屋はそこな」

「ありがとう、ハチマン」

「気にすんな」

 

 実のところ、数日迷宮に篭りっぱなしだったキリトは、

何日ぶりかで暖かいベッドで眠りについた。

 

 

 

 次の日ハチマンは、キリトに自宅の自慢を始めた。

 

「どうだキリト、すげーだろ」

「ここ、二十二層の圏内じゃないかよ。

まさかこんな所にプレイヤーハウスがあったとはな……よく見つけたな」

「まあ、日ごろの行いだろ」

「いや、それなら絶対見つかるわけないと思うぞ」

「あ?」

「でも本当にここはいいな……」

「ああ。秘密基地っぽいだろ?」

「くそ、絶対もっといいとこ見つけてやる」

 

 キリトも多少は元気が出たようだ。おそらく根本的には何も解決してないのだろうが。

 

「とりあえず一宿一飯の貸しは絶対返せよ、借り逃げすんな」

「……ああ、わかったよ、ハチマン。返すまではもう、死のうとか思わないさ」

「おう」

 

 ハチマンの言葉の裏を読み、キリトははっきりとそう答えた。

 

「しかし本当にいい家だよな」

「ああ。正直見つけられたのは奇跡に近いだろうな」

「アスナもたまに来るのか?」

「ちょっと前まではちょこちょことな。最近はさっぱりだ」

「そうか」

 

 二人はしばらくそのまま景色を見ていたが、先にキリトが動いた。

 

「それじゃ俺は、そろそろ行くよハチマン。明日からは、前線復帰だ」

「ああ」

 

 ただハチマンに慰められただけのようで、少し悔しかったキリトは、

帰り際にハチマンに言った。

 

「アスナに会ったら、ハチマンが泣いて寂しがってたってちゃんと言っといてやるからなー」

「おいこら」

 

(キリトが負った心の傷がどんなものなのかはわからないが、

その傷がいつ癒えるかは、本人次第だろうな。

まあ、最悪の状態は脱したみたいだから、良しとするか)

 

 こうしてキリトは、また前線での戦いへと戻ったのだった。



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第039話 気晴らしのおまけ

今日も18時にもう1話投稿します


 現在の最前線の第三十五層には、迷いの森と呼ばれる森がある。

なぜ迷いの森かは、入ってみればわかるだろう。

太陽の光の一切入らない深い森というのは、

慣れない者の方向感覚を失わさせる。だが、中には騙されない者もいる。

ハチマンは、その少ない一人だった。

 

「何でハチマンは騙されないの?」

「それは俺の持つ真実を見抜く目がだな」

「あーはいはい、捻くれてるからね」

「ちっ」

「おっ、ここらへんが良さそうじゃないか?」

「それじゃここらへん拠点にして少し狩ってみるか」

 

 ハチマンは、何故かエギルとリズベットと共に狩りにきていた。

少し前、エギルの露店前でこんな会話があったのだ。

 

「エギル~久しぶり~」

「お、リズ、何か入り用か?」

「ううん、ただの通りがかりかな。あ、あれってハチマンじゃない?お~いハチマ~ン」

 

 その声に気付き、ハチマンが早足で向かってきた。

 

「おい、街中ででかい声で俺の名前を呼ぶな」

「別にいいじゃなーい。ねね、ハチマン暇なんだったら一緒に狩りに行かない?」

「あ?なんでだよ……」

「最近ちょっとレベル上げさぼってたから、ここらへんで上げといた方がいいかなって」

 

 ハチマンは、めんどくさかったので、適当な言い訳を考えようとしたのだが、

やはり口から出たのは、慣れ親しんだこの言葉だった。

 

「あーすまん、ちょっとアレがアレで忙しい」

「おっけー、それじゃ、早速行こう」

「おい、俺は断ったはずなんだが」

「え?だってハチマンのその言い方、暇な時の言い方じゃない」

「ちっ……仕方ない、ちょっとだけだぞ」

「ありがとー!」

「おい二人とも。それ、俺も一緒に行ってもいいか?」

「あ?別にかまわないけどエギルもレベル上げがしたいのか?」

「まあ、そうだな。最近商売ばっかりで、次の階層ボス戦がちょっと不安なんだよ」

「それじゃ、三人で行くか。エギル、店じまいだ」

「あいよ」

「それじゃ三人でれっつごー!」

 

 とまあこんなわけなのである。

 

「それじゃ俺が敵を引っ張ってくるわ」

「すまん、頼む」

「ハチマンよろしくー」

 

 ハチマンは、迷いの森などなんでもないようなしっかりとした足取りで、

森の中へ消えていった。

 

「エギル、最近商売の調子はどう?」

「正直迷いの森産の品が全然不足してるな」

「あーやっぱそうなんだ。ここ、最前線な上に、敵がまとまって行動してるらしいしねぇ」

「実力的にも中層以下の冒険者には厳しいところだしな。

ソロで潜れるのは数人しかいないだろうな」

「いやー、ハチマンがいてくれて良かったよねほんと」

「そうだな、絶対迷わないし、敵の数もうまいこと調節してくれるだろうしな」

「あ、来たみたい」

「おう」

「三匹来る。二匹抑えるから二人は一匹づつ確実に仕留めてくれ」

「了解」

 

 ハチマンが森の中から飛び出し、そう言った直後、

俊敏なゴリラとも言うべきモンスターが三匹、ハチマンを追いかけてきた。

ハチマンは二匹の敵をうまいこと抑えていた。

エギルとリズベットはどちらもパワー系なので、交互に強力な一撃を叩きこんでいた。

ほどなくして一匹が倒れ、エギルとリズベットが次の一匹に襲い掛かったため、

ハチマンは残りの一匹をソロで倒し、最後の一匹もすぐ沈んだ。

 

「これくらいなら余裕なんだよね」

「そうだな、多めに来てもまあ、地形を利用して何とかするから、

確実に一つずつ仕留めてくれればいい」

「任せろ!」

 

 ハチマンにとって、この二人と過ごす時間はかなり気が楽だった。

二人ともしっかり気を遣える上に、距離を感じるような事もしない。

絶妙な距離感を保ってくるのだ。さすがは商売人と言うべきだろうか。

 

「それじゃ次いくぞー」

「いつでもこい!」

 

 こうしてしばらく狩りを続け、レベルもそこそこ上がり、

素材も大量に獲得した一行は、ほくほく顔で戻ろうとしたのだが、

その時ハチマンが何か思い出したように提案してきた。

 

「そういやさっき面白いものを見つけたんだよな。ちょっと見に行かないか?」

 

 二人はその言葉に従い、ハチマンの後をついていった。

そのまま少し歩くと、開けた広場の真ん中に、ぽつんと木が立っているのを見つけた。

 

「これは、モミの木か。でかいな」

「モミの木って、クリスマスツリーのあれ?」

「そうだな。いかにも怪しい感じの広場に、モミの木。

もしかしたら、クリスマス限定の敵とかがここに出るんじゃないか?」

「そうかもしれないな」

「ま、見せたかったのはこれだけなんだがな。

それじゃまあ、少し休んで帰りますかね。ここには敵はPOPしないみたいだし」

 

 こうして少し休憩した後、三人は帰路で遭遇した敵を殲滅しつつ、街へと戻っていった。

 

 

 

 数日後、ハチマンは、キリトに呼び出された。

久しぶりに会ったキリトは、表面上はもうすっかり元気に見えたが、

やはりなんとなく、まだ色々と引きずってるように見えた。

実はキリトから見たハチマンも、微妙に色々引きずってるように見えてたのだが。

 

「よう、今日はどうしたんだ?」

「実はエギルから聞いたんだが」

 

 そう言ってキリトが切り出したのは、先日見かけた巨大なモミの木の話だった。

その話を聞いて、キリトもそこを目指してみたようなのだが、

どうやら中々辿り着けないらしい。

ちょっと観光のつもりで案内してくれよという事だった。

 

(あー、あそこちょっとわかりにくいしな)

 

 ハチマンはちょうど攻略もひと段落ついたところだったので、

キリトの誘いに乗る事にした。

二人は遭遇する敵を瞬殺し、どんどん奥へと進んでいった。

一度だけハチマンのミスで、十数匹のゴリラもどきに襲われた事があったのが

あえて言うなら最大のピンチと言えるくらいだろうか。

もっとも敵がかわいそうなくらいの蹂躙劇が繰り広げられただけだったが。

そしてまもなく例の広場に着くという時、いきなりハチマンが周囲を警戒しだした。

 

「キリト待て、何かいる」

「ハチマンが警戒するって事は、中ボスクラスか?」

「ああ。少なくともただの雑魚じゃないらしい」

 

 二人はその方向に慎重に進んでいった。

 

「あれだな」

「あれか、木が立っているようにしか見えないな。トレントってやつか」

「擬態してるんだろうな。とりあえず、やるか」

 

 二人はそのトレントに奇襲をかけた。

だが敵も即座に対応し、しなる腕を何本もふりまわして反撃してきた。

そのため、中々近寄る事が出来ない。

 

「キリトどうだ、あの腕、斬れるか?俺だとリーチの関係でちょっとやりにくい」

「ああ、問題ない」

「それじゃ選手交代だな。キリトがあの腕を切り落とした隙に、俺が連撃を加える」

「了解」

 

 キリトはそう言うと、トレントに向かって走り出した。

当然トレントも腕を伸ばして反撃に出てきたが、キリトの狙いは最初から腕だけだったので、

逆に容易に切り落とす事が出来た。

その瞬間にハチマンが飛び込み、《ファッドエッジ》から《弦月》へのコンボを繋げた。

この攻撃で、トレントのHPは一気に二割ほど減り、

何度か繰り返す事によって、十数分後にトレントは光となって消えた。

 

「ふー、そこそこ時間がかかったな、ハチマン」

「中ボスクラスっぽいからリポップはしないと思うが、もしそうなら、

少人数のパーティが遭遇した時危ないかもしれないな。一応アルゴに報告しとくか」

「お、何かドロップしてるな……ミラージュスフィア、だってよ」

「何だそれ?聞いた事ないな」

「結構沢山ドロップしてるから、半分ずつ分けようぜ」

「どれどれ……ん~、これは、持ってるマップとリンクさせて、立体化させる?」

「よくわからないな、目的の場所はおそらく敵がPOPしないエリアみたいから、

そこで試しに使ってみようぜ。何度でも使えるぽいし」

 

 二人はそのまま、モミの木広場へと移動を開始した。

 

「これか……ははっ、なんだあのでかいモミの木」

「こんな殺伐としたゲームなのに、仮にあれがイルミネーションで飾られるとしたら、

ちょっと笑っちまうだろうな」

「それじゃハチマン。さっきのアイテムを早速使ってみようぜ」

 

 二人はミラージュスフィアを試してみる事にした。

幻想的な二つの球状のマップがその場で明るく輝く。

 

「何だこれ、面白いな」

「道順とか説明するのに、いいかもしれないな」

「ただの散歩のつもりだったけど、これは思わぬ収穫だったな」

「キッチリ全部のマップデータを集めたくなるなこれ」

「わかるわかる。男ってそういうとこあるよな。集めるのが好きっていうか」

「しかもこれ、敵がリポップしないようなら他の誰も手に入れられないって事だな」

 

 二人は、楽しそうに笑い合った。

 

(これでキリトの気が少しでも晴れてくれればいいんだが)

(これでハチマンもいい気晴らしになってくれればいいんだけどな)

 

 こうして三十五層でのとある一日が終わった。

今後このミラージュスフィアは、垂涎のアイテムとされ、

攻略組の人間にも重宝されていく事となるのであった。



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第040話 アスナの誕生日

「そういや明日って、アスナの誕生日らしいよ」

 

 鍛治のため、秘密基地を訪れていたリズベットが、いきなりこんな事を言い出した。

 

「………いきなり何だよ」

「たまたま思い出したんだけど、前にそういう会話をした事があったんだよね。

ハチマンは多分知らないんじゃないかと思ってさ」

「確かに知らないですけど、つまり何が言いたいんですかね」

「二人でどこか行けば?」

「いやなんでだよ」

「じゃあせめて何かあげるとか?」

「ぐっ、どうせアスナも血盟騎士団で用事があるだろ」

「あー、まあそう言われるとそうかもなんだよね……」

「まあ、そういうこった。

それにこんなところで、誕生日だのなんだのを祝ってる奴って、ほとんどいないだろ」

「ちなみにハチマンの誕生日は?」

「八月八日だな」

「もう過ぎちゃったんだ。でもそっかぁ、ここじゃあんまりお祝いしないかぁ……」

 

 しかし実はこの時、ハチマンの必要以上に他人に気を遣う悪い癖が出てしまっていた。

 

(知らなければ気にしなかったんだろうが、知ってしまった以上何もしないのもな。

しかしこの世界でプレゼントとかハードル高すぎませんかね……)

 

 この世界で娯楽と言えるものは、食事くらいのものだろう。

贈り物といっても、装備くらいしかない。

ハチマンは久々に、攻略以外の事で頭を悩ませていた。

 

(いや、これは誕生日プレゼントとかじゃなく、

日頃の感謝の気持ちをこめた、友達へのただの贈り物だ。何も特別な事はない。

うんそういう事だな。なので実用的な物で問題ないはずだ)

 

 そうはいったものの、ハチマンは延々と悩んでいた。

 

「さっきからうんうん唸ってるけど、やっぱり何かあげる事にしたの?」

「うっ、知っちまった以上、例え渡せないとしても何も用意しないのもちょっとな」

「とりあえずアスナに明日の予定だけ聞いてみれば?」

「お、おう、そうだな」

 

 その提案に従い、アスナにメッセージを送ろうとしたハチマンだったが、

いざメッセージの記入欄を開いても、何を書けばいいかまったく思いつかなかった。

 

「……何を固まってるの?」

「いやほらお前、今明日の予定なんか聞いたら、

誕生日だから誘ってるんだとか、おかしな誤解をされるかもしれないだろ。

それで向こうに予定があったりなんかしたら、ますます気まずいじゃねーかよ」

「……ハチマンってやっぱりめんどくさいね」

「………」

「はぁ、仕方ないなあ。私が予定だけ聞いてあげるよ」

「……すまん」

 

 リズベットはウィンドウを操作し、アスナにメッセージを送った。

返事はすぐに来たようだ。

 

「あ~、今遠征中みたいね。帰りは明日か明後日かわからないみたい」

「……そか、それじゃあ悩むまでも無かったな。わざわざありがとな」

「うー、なんかもやもやする」

「誰が悪いわけでもないんだから、あんまり気に病むなよ」

 

 その話は結局そこで終わりとなった。

次の日ハチマンは、結局いつも通りソロで狩りをしたり、探索をしたりして過ごした。

 

(ふう、今日はこんなもんか。使わない素材はエギルに卸すとして、

そうだ、この前ドロップしたミラージュスフィアをついでに見てもらうか)

 

 ハチマンはそう考え、エギルの露店に向かった。

 

「おうハチマン!この前はありがとな。いやーやっぱり迷いの森の素材は高く売れるぜ」

「安値で売ってるくせに何言ってんだよお前は」

「ははっ。で、今日は何の用だ?」

「ああ、まずは余った素材の売却だな」

「よし、それじゃあ早速見せてくれ……っと、これは多いな」

「まあこんなもんだろ」

 

 その予想以上の数に、エギルは驚いていた。

以前ハチマンとアスナが一緒にいた時よりも、明らかに素材の持ち込み量が増えている。

 

「なあハチマン。無理とかしてないよな?」

「無理ってどういう事だ?」

「なんていうか……アスナが血盟騎士団に入ってから、

明らかに素材の持ち込み量が多くなってると思ってな」

「ああ……狩りに行く回数自体は確かに増えたかもな。

まあ、無理はしちゃいねえよ。問題ない」

「そうか、それならまあいいんだがな」

 

 エギルは素材の買取価格の計算をはじめ、ほどなくして取引は成立した。

 

「最初に、まずは、って言ってたよな。他に何かあるのか?」

「ああ、これは売り物ってわけじゃないんだがな。ちょっと人目につかない場所は無いか?」

「おいおい、なんかやばいやつか?うちは健全なのが売りなんだがな」

「ばっかそういうんじゃねえよ。使うとちょっと目立つんだよこれ」

「そうか。そういう事なら、こっちだ」

 

 二人は店の裏の人通りの無い小道に入っていった。

 

「で、どれだ?」

「エギル、一番よくマップを覚えてる層ってどこだ?」

「なんだよいきなり。そうだな……やっぱり一番長く停滞してた、二十五層だろうな」

「二十五層だな……よしこれだ」

 

 ハチマンは、二十五層のマップをセットして、ミラージュスフィアを展開した。

 

「うおお、何だこれ?」

「おい声がでかい。よく見てみろ。これにどこか見覚えはないか?」

「あ、これ、二十五層のマップじゃないか!なんだこれ、すげえな」

「ああ、とっておきだ」

「こ、これ、いくらなら売ってくれるんだ?」

「だから売らねーって」

「くそー、なんかすげえ欲しいぞ、これ」

「羨ましいか?実はこいつを落としたモンスター、リポップは確認されてないんだぜ」

「それってまじレアもんじゃねーか!絶対欲しい!」

「だが……やらん」

 

 ハチマンのどや顔を見て、エギルは絶叫した。

 

「自慢したかっただけかよ!」

「だから声がでかいって」

「ちくしょ、でもこれほんとすげーよ。綺麗だし女の子が喜びそうなデザインだよな」

「女の子が、喜びそうな、デザイン?……あー」

「あ?どうかしたのか?」

「エギル、でかした」

「何だよいきなり」

「お礼にこれはお前にやるよ。全部で五つ持ってるからな俺は」

「まじか、本当にいいんだな?もう返さないからな!」

「その代わり、絶対に売らないで、チームで活用してくれよな」

「ハチマン!お前本当はいい奴だったんだな!」

 

 エギルは感極まったように、ハチマンに抱きついた。

 

「本当はってのがちょっとひっかかるが、まあそれはほんのお礼だ。

こっちこそいいヒントをもらったよ。その、ありがとな」

「よく分からないがこっちこそありがとな!また何かあったら宜しく頼むぜ!」

「おう、またな」

 

 ハチマンはエギルに別れを告げ、とりあえず自宅へと戻った。

 

「さて、後はいつどうやって渡すか、だな」

 

 ハチマンは、アイテム欄のミラージュスフィアを眺めていたが、

ふとその横に、昔よく使っていたが、

今はもうまったく使わなくなった、とある空っぽのフォルダの存在に気が付いた。

ハチマンは、しばらく何か操作をしていたが、

その後一言だけアスナにメッセージを送り、眠りについた。

 

 

 

 同じ頃アスナは、遠征先の宿のベッドで横になっていた。

 

(今日も頑張ったな。今回の遠征もうまくいきそうで良かった)

 

 アスナは、う~んと伸びをして、そのまま入浴する事にした。

風呂付きの宿を割り当ててもらっているのが、アスナの特権だった。

風呂から出て、以前ハチマンに作り方を教えてもらったドリンクを飲んでいると、

そのハチマンからメッセージが届いているのに気が付いた。それは、

 

「誕生日おめでとう」

 

と、一言だけ書いてある、シンプルなものだった。

 

(ハチマン君らしいな……)

 

 アスナは最近ほとんど会えていない、友達の事を考えた。

もしかしてまだ一緒に行動していたら、何かプレゼントでも用意してくれたのだろうか。

きっと彼は、目を逸らしてぶっきらぼうに渡してくるんだろうな。

 

(そういえば、ハチマン君の誕生日って知らないな)

 

 そんな事を考えながらアスナは、

何かハチマンにあげられるような物はあっただろうかと、何気なくアイテム欄を開いてみた。

 

(男の子にプレゼントとかした事ないし、何がいいかとかよくわかんないや)

 

 アスナはアイテム欄を閉じようとしたが、

たまたまハチマンの事を考えていたためだろうか。

血盟騎士団に入団した時に空っぽにして、

そのままなんとなく残しておいた、ハチマンとの共用フォルダに目がいった。

 

(そういえば、これを使わなくなってから結構たつな……)

 

 アスナは何気なくそのフォルダを開いてみた。

そしてそこに、何かアイテムが収納されているのを見つけた。

 

(何だろこれ。一度空にしたから、ハチマン君が入れたんだろうけど)

 

 アスナはそれを取り出してみた。

 

「ミラージュスフィア?………ここのボタンを押せばいいのかな」

 

 アスナがボタンを押すと、そこには美しい光の球が現れた。

 

「これって、二十二層のマップ……?綺麗……」

 

 それはかつて二人で歩いた、そして秘密基地のある、あの二十二層のマップのようだ。

よく見ると、メッセージが添えてあった。

 

「余り物で悪いが、好きに使ってくれ」

 

 アスナは、私が気付かなかったらどうするつもりだったんだろ、と思いながら、

ずっとミラージュスフィアとメッセージを眺め続けていた。

 

(もう、本当に不器用なんだから……)

 

 そんなアスナの顔は、とても嬉しそうだった。



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第041話 キリトの戦い

 現在の最前線は、第四十六層まで達していた。

ハチマンとキリトは、二人でクエストを消化していたのだが、

その途中でハチマンが、おかしな事に気が付いた。

 

「おいキリト、こんなところにNPCなんていたか?」

「いや、記憶にないな」

「イベントNPCか?ちょっと調べてみようぜ」

「わかった」

 

 しばらくして、二人は情報を持ち寄ったのだが、そこで判明したのは……

 

「クリスマスイベントで」

「ボスからドロップするアイテムが」

「蘇生アイテム、だと……」

 

 それを聞いたキリトの顔色が変わるところを、ハチマンは見てしまった。

これはあの荒れていた時のキリトの顔だ。

ハチマンはその顔を見て、もうキリトを説得する事は出来ないなと感じた。

 

「やるのか?」

「ああ」

「それじゃ俺とアスナとで……」

「ハチマン、これは俺一人でやらせてくれないか?」

「お前さすがにそれは無茶だろ」

「どうしても一人でやらなくちゃいけないんだ」

「………はぁ、わかったよ。ただし条件をつけるぞ」

「条件?」

「お前はこれから攻略も休んでひたすらレベルを上げろ。反論は認めん」

「………わかった」

「あと約束は絶対忘れるなよ。一宿一飯の恩は必ず返せ」

「ハチマンは、絶対に何も受け取らないじゃないか」

「当たり前だろ。だってお前、家持ってないじゃないか」

「くっ……」

「まあそういう事だ。それを約束出来るなら、干渉はしないさ」

 

(まあ裏で介入はするけどな)

 

「わかった、約束するよ」

「それじゃこの話は終わりだな。今日のところはさっさと受けたクエ、消化しちまおうぜ」

 

 

 

 そして二週間後、クリスマスイベントまで、後四日。

現在の最前線は、第四十八層まで達していた。

キリトはハチマンに言われた通り、極限までレベルを上げるため、攻略には参加していない。

現在は第四十七層の、アリの谷という所でひたすら戦闘を繰り返していた。

どうやらそこに、クラインが行ったようだ。

ハチマンは、今、そのクラインに呼び出されて、話を聞いていた。

 

「なあハチマン。頼むからあいつを止めてくれよぉ」

「なんで俺に言うんだよ」

「だってよぉ、俺じゃ駄目だったんだよ。あいつに何か言えるのはお前しかいないんだよぉ」

「その話なら、もう済んでるぞ。あいつに干渉はしない」

「なんでだよ!あいつが死んでもいいって言うのかよ!」

「あいつは死なない。というか、俺が死なせない」

「どういう事だよハチマン」

「今可能な限り手をうっているところだ。クライン、お前達にも大事な役割を頼みたい」

 

 

 

 少し後、ハチマンは、血盟騎士団の本部を訪れていた。

そして、アスナを通してヒースクリフに面会を申し込んだ。

今この部屋には、ヒースクリフとアスナしかいなかった。ハチマンが人払いを頼んだためだ。

団員がしぶるかとも思われたが、彼らはハチマンに一目置いていたせいか、

素直に引き下がったのだった。

 

「それで、用件は何だい?ハチマン君」

「今日はお前に取引を持ちかけにきた、ヒースクリフ」

「取引、か。話を聞こう」

「まず、これを見てくれ」

「これは、先日アスナ君がどこかから手に入れたという、ミラージュスフィアか。

そうか、これは君がアスナ君に」

 

 アスナはその事を内緒にしていたらしく、少し頬を赤らめていた。

 

「で、これがどうしたんだい?」

「これを一つ、血盟騎士団に提供しよう」

「それは、複数チームで動くためにも願ってもない申し出だが、条件は何だい?」

「クリスマスの夜に、アスナを俺に貸してもらいたい」

 

 そのハチマンの言葉を聞いた瞬間、アスナの顔が真っ赤に染まった。

 

「あの……その……ハチマン君?」

「………まさかいきなり愛の告白をしてくるとは、さすがに私にも予想外だったよ」

「ああ?お前何わけのわかんない事を言ってるんだよ。

クリスマスの夜に、俺達にとってとても大事な戦いがある。

出番があるかはわからないが、そのためにアスナの力が必要になる可能性があるって事だ」

「なるほど……噂のクリスマスイベントの蘇生アイテムの件か。

団としては動いていないが、うちのメンバーも数人争奪戦に参加すると聞いている」

 

 アスナは自分の勘違いに気付き、さらに顔を赤くしていたが、

話の内容を理解して、冷静になろうと努めていた。

 

「いいだろう、うちとしても願ってもない好条件だ。それでは取引成立という事で」

「助かるよヒースクリフ」

「それでは話は以上かね?いずれまた戦場で会おう、ハチマン君」

「ああ、またな」

 

 ハチマンとアスナは、別室で打ち合わせをする事にした。

 

「というわけだ」

「キリト君が……」

「ああ。そこで俺達の役割だが、当日まずアスナは、午後十二時にどこかの転移門で待機。

俺から連絡があったら、そこに転移して合流した後、キリトの尾行だ」

「尾行するだけでいいの?」

「いや。状況がやばかったら即介入する。あいつは絶対に死なせない」

「わかった。キリト君は怒るかもしれないけどね」

「そしたら悪いが、俺に付き合って一緒に土下座してくれ」

 

 アスナはそんなハチマンに微笑み、

 

「うん。それじゃ二人で土下座だね!」

 

 と言った。

 

「ちなみにおそらく戦場は、迷いの森だ」

「迷いの森……前言ってた、モミの木の所?」

「ああ。あそこは他の場所とは雰囲気が違う。一番可能性があるのはあそこだ。

おそらくキリトもそう考えているはずだ」

「わかった。フル装備で待機してるね」

「ああ、頼むわ」

 

 

 

 次にハチマンは、アリの谷のキリトのところへと出向いた。

 

「どうだキリト、レベルはいくつになった?」

「……ハチマンか。今六十九だな」

「七十までいけるか?」

「正直少し厳しいかもしれない」

「そうか……よし、やるか」

「ハチマン?」

「さっさと行くぞ。二人のが全然早いからな」

「………ありがとうな、ハチマン」

「別にいいさ」

 

 二人揃ったせいで、狩りのペースは倍以上になった。

経験値こそ半分になるが、今までよりも早いペースで稼げているようだ。

三日かけて、キリトのレベルはついに七十に到達した。

ちなみにハチマンのレベルは六十八だった。

 

「よし、それじゃお前はもう帰って寝ろ。体調を整えるのも重要だ」

「ありがとうな、ハチマン」

「あとこれ、持ってけ」

 

 それは、二十個ばかりの回復結晶だった。

 

「大丈夫だ。五つは持ってる」

「何言ってんだお前は。お前の決意はそんなもんか?絶対に負けられないんだろ?

それなら使える物は全て使うくらいのつもりでいなくてどうするんだよ」

「……そうだな……俺が間違ってたよ。ありがたくもらっとく」

「んじゃ帰るか」

 

 

 

 そしてついにクリスマス当日。

キリトは予想通り、迷いの森の奥へと向かっていった。

それを確認したハチマンは、アスナと風林火山に集合をかけた。

 

「ア、アスナさんじゃないですか!」

「俺達ファンなんですよ!」

「握手して下さい!」

「お前らちょっと黙れ」

 

 アスナは驚いたのか、ハチマンの後ろに隠れて、

いつものようにハチマンの服を摘んでいた。どうやら癖は直っていないようだ。

 

「それじゃ手はず通りにな。クライン、相手をうまく煽れよ」

「お、おう。でも本当に来るのか?」

「絶対来る。俺を信じろ」

「わ、わかった」

 

 ハチマンとアスナはキリトを追って、森の奥へと消えていった。

 

「ハチマンって何者なんだよ……」

「とりあえずアスナさんと仲がいいのは良く分かった」

「アスナさん、ハチマンの服を摘んでたぞ」

「くそーなんて羨ましい」

 

 そんな弛緩した雰囲気を破るかのように、転移門に複数の人影が現れた。

それは、聖竜連合の鼻つまみ者の集まりだった。

彼らは自分達の利益のためなら、カーソルが犯罪者を表すオレンジ色に染まるのも辞さない。、

嫌われ者の集団であった。

 

「お前ら、風林火山とかいう連中か。黒の剣士はどこだ?」

「へっ、聞きたかったら俺達を倒してからにしろよ。出来るもんならな」

「俺達とやる気か?」

「かといって殺し合いをするわけにもいかないだろうから、一つ提案がある。

俺と、お前らの代表でのデュエルだ。負けた方は大人しく引き下がる。それでどうだ?

もっともデュエルで勝てないって思うなら、このまま全員でやり合ってもいいぜ」

「お前ごときが俺達に勝てるつもりかよ。いいだろう、その勝負受けてたつ」

 

(うわー全部ハチマンの言う通りかよ。あいつだけは怒らせないようにしよう)

 

 

 

 午後十二時、予想通り【背教者ニコラス】が姿を現した。

キリトは雄たけびを上げ、ニコラスと戦い始めた。

ハチマンとアスナは、隠れてその戦いを観察していた。

 

「おいおい何だあの化け物は。あれと戦えてるってだけでもキリトはやっぱすげえな」

「ハチマン君も、ここまでの色々な準備とか、すごいと思うけどね」

「今回復結晶を十個使った。キリトの手持ちは後十五個だ。

残りが無くなったら、俺が指示を出すから全力で突撃だ」

「そこまで把握してるんだ……」

「出来る事はなんでもやっておくタイプなんだよ俺は」

 

 そしてキリトの戦いは続き、ついに最後の回復結晶が消費された。

ニコラスのHPも、後何回か攻撃を加えれば無くなるというとこまできていた。

 

(ギリギリか……出来ればキリトの手で倒させてやりたいが)

 

「ハチマン君、まだ?」

「もう少しだ」

「でも、でも……」

「かなりギリギリの戦いだが……仕方ない、行くぞ」

「了解!」

 

 ハチマンとアスナは全力で飛び出した。

その瞬間、キリトは渾身の一撃を叩き込み、ニコラスを天へと返した。

 

「ふう、いらん世話だったな」

「でも、あと一回攻撃されてたら間に合わなかったと思うから、

タイミングとしてはいいんじゃないかな」

 

 キリトはドロップアイテムを確認していたようだったが、

その二人の声に気付いたのか、こちらに振り向いた。その顔は、無力感に満ちていた。

二人は、どうやら蘇生アイテムは無かったのだろうと思っていたのだが。

 

「ハチマン。これ、やるよ。ありがとうな」

 

 そう言って渡されたアイテムは、還魂の聖晶石という、本物の蘇生アイテムだった。

 

「おい、キリトこれ」

「説明を見てみてくれよ」

 

 説明だとどうやらこのアイテムは、

対象者が死んでから十秒以内に使わないといけないらしい。

要するに、ゲームの中で死んでから十秒で、

ナーヴギアがマイクロウェーブを発するんだなとハチマンは理解した。

 

「俺がやった事は、何も意味が無かったのかな」

「それはお前自身で決めればいいさ」

「そうだな……二人ともずっと見ててくれたんだな」

「悪いとは思ったけどな、まあ、気にすんな」

 

 キリトは黙って去っていった。二人はそれ以上何も言えず、その日は帰る事になった。

途中、風林火山の面々と合流した。

クラインは、どうやらデュエルに無事勝利したようだ。

 

「クラインも、みんなも、ありがとうな」

「俺が負けるとは思わなかったのかよ」

「あ?お前らがあんな雑魚集団に負けるわけがないだろ」

 

 その言葉を聞いた風林火山のメンバーは、嬉しそうだった。

 

「で、キリトは?」

「ああ、無事だ。だが、望んでいた結果は得られなかったみたいだ」

「そうか……」

「まあ、キリトが無事だったんだから、それでよしとしよう」

 

 こうして全てが終わり、解散する事になった。

アスナは今日はハチマンの家に泊まるようだ。

ハチマンにも思うところがあったのか、この日は何も言わなかった。

家に着いてから、二人は少し話をした。

 

「キリト君、大丈夫かな」

「どうだろうな……まあ、あいつを信じるしかないだろうな」

「……もし私が死んだら、ハチマン君もああなるのかな?」

「お前は死なないし、俺も死なない。それでいいだろ」

「うん………」

「それじゃもう寝るわ。風呂は好きに使っていいから、アスナも早く寝ろよ」

「うん、ありがとう」

 

 

 

 次の日、予想外にもキリトが家に尋ねてきた。

出迎えたハチマンは、キリトの顔が少し明るいのを見て、ほっとした。

 

「いきなりで悪いな」

「別に構わないぞ。アスナもいるから、今起こすわ」

「それはちょうど良かった。二人に話があったんだよ」

「わかった」

 

 ハチマンはアスナを起こし、二人はキリトが話を始めるのを待った。

 

「共用ストレージに、時限式のメッセージが入ってたんだよ。

それを聞いたらなんか、少し落ち着けたみたいだ」

「そうか……」

「二人には心配かけたな。」

「ううん」

「まあ、俺は最初から心配なんかしてなかったけどな」

「ハチマン君、嘘ばっかり」

「ははっ、二人とも、これからも宜しくな」

「ああ」

「うん!」

 

 こうして一連の事件は幕を閉じ、また攻略の日々が始まる。 



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第042話 あのピンクか

 四十七層の主街区フローリア。

花の咲き乱れるこの街は、現在カップルのメッカとなっていた。

 

(どこにこんなに沢山の女性プレイヤーがいたんだろうな)

 

 思わずハチマンがそうぼやく程、周辺には沢山のカップルがいた。

横を通りすぎるカップルが皆ハチマンを見て、

なんでこいつこんなところに一人でいるんだ、という視線を向けてくるので、

ハチマンはとても居心地が悪い思いをしていた。

 

(アスナの奴、なんでこんなとこを待ち合わせ場所に指定してきたんだ……)

 

 その時、その待ち合わせの相手が、遠くから声をかけてきた。

 

「ハチマンく~ん!こっちこっち~!」

 

 その声は想像以上に大きく、人目を引いた。

血盟騎士団の制服はさすがに着ていないとはいえ、

なんというか逆の意味で普段着の方が普通に目立っているかもしれない。

その声に反応してアスナを見た者は多く、周囲は騒然となった。

 

「おい、あれ、アスナさんじゃないか!」

「閃光だ!すげえ!」

 

そんな人達も、アスナの待っていた相手がハチマンだと知ると、

やはりお決まりの、嫉妬や疑問の視線を投げかけてくるところまでが定番だった。

 

 

「ばっかお前、こんなところで大きな声を出すなっつの」

「ごめん、つい」

 

 アスナは、てへっといった感じで頭をこつんと叩いた。

久々にあざとアスナを見たハチマンは、これがこいつの場合素なんだよな……と思いながら、

アスナに今日の予定を聞いた。

 

「で、今日はどうするんだ?」

「うん、それは内緒」

「はぁ?」

「とりあえずこっちこっち。ついてきて」

 

 アスナに導かれるままついていったハチマンだったが、

どうやら街の商店街のような所へ行くようだ。

そして着いたのは、なんというか、ハチマンには似合つかわしくない服屋だった。

 

「え、何?ここどこ?これどういうこと?」

「いいから早く入るの」

 

 一瞬逃げ出しそうな気配を見せたハチマンに気付いたのか、、

アスナはハチマンの手を引っ張り、そのまま店の中に入った。

 

「アシュレイさん、連れてきたよ~」

「あらアスナ、待ってたわよ」

「アシュレイの店?ああ、そういや聞いた事あるわ」

 

 そこは、裁縫スキルを最速でマックスにしたという、カリスマお針子の店のようだ。

ハチマンはもちろん服になどまったく気はつかわないが、

アシュレイの情報は聞いた事があったのである。。

 

「で、その子が噂のアスナのハチマン君?」

「別に噂にもなってないし、私のでもないけど、ハチマン君だよ」

「それにしちゃ、仲が良さそうだけどねぇ」

 

 アシュレイは、二人の繋がれている手を見て、そう言った。

 

「これは、こうしないとハチマン君が逃げちゃうから!」

 

 アスナは慌てて手を離した。

まあ、繋がれてなかったらとっくに逃げてたのは合ってますけどね、と思いつつ、

ハチマンは一応自己紹介をする事にした。

 

「あー、どうしてここに連れてこられたかはよくわからないが、ハチマンだ。」

「私はここの店主のアシュレイよ、よろしくね」

「で、どうかな?」

 

 アスナがわけのわからない事を言い出し、アシュレイはハチマンをじっと見つめた。

 

「んー、目が腐ってるけど、顔立ちは整ってるわね」

「いきなり失礼だな……まあ、よく言われるが」

「まあ、私の顧客の判断基準は顔じゃないから、まあそこは気にしないんだけどね」

「はぁ」

 

 ハチマンはわけもわからずただ成り行きを見守る事しかできなかった。

ここは彼にとっての敵地なのだ。完全にアウェーの雰囲気である。

 

「うん、まあ合格かしら」

「やったー!それじゃこれ」

 

 アスナは、いきなりストレージから高級布材らしき物を出して、並べ始めた。

 

「後はお任せで!」

「それじゃ、一時間後くらいに来てちょうだい。あの目に合う服……やる気が出てきたわ」

「それじゃまた来ま~す」

 

 二人が店を出て次に向かったのは、

いかにもハチマンが苦手そうな、明るい雰囲気のデザートを出す店だった。

ハチマンは、やはりこの層は俺の鬼門だな、と思った。

 

「この店も俺に似合うとは思えないんだが……」

「いいえハチマン君。私はここの店の人気のケーキが食べたいのです」

「お、おう。まあ俺も甘い物にはちょっとはうるさいが」

「うん、知ってる。今日は誕生日のお礼に私がおごります」

「いや、あれは余ったから渡しただけであってだな」

「はいはい。それじゃ入るよ」

 

 今日のハチマンは、アスナに完全に押されているようだ。

どうも調子が出ないな、と思いながら、ハチマンはメニューを眺めた。

 

「私はこのケーキセットにするよ」

「じゃあ俺はこれとこれとこれと……」

「何でそんなに頼んでるの……」

「たまに無性に甘い物が食べたくなるんだよ。あとおごりだからな」

「それじゃまあ、注文するね」

 

 品物は一瞬で出てきた。

 

「うん、やっぱりおいしい」

「ああ。なんていうか、フロアの雰囲気にもよく合ってるな。明るい味っていうか」

「明るい味って良く分からないなぁ。私にもちょっと分けて」

「おう、好きに取っていいぞ」

 

 アスナは普段はちゃんと距離を取ってくれる。

今日はその距離感が多少あいまいなようだが、先日の事もあったしまあ多少は許容範囲だ。

 

「で、さっきのあれは何だったんだ?」

「あれはね、本当に今更なんだけど、ハチマン君へのお誕生日プレゼントのつもり」

「……は?誕生日?」

「八月八日だよね?」

「おい、何で俺の誕生日知ってんだよ……」

「ハチマン君の近くに、優秀なスパイがいるのです」

「あのピンクか………」

「で、何がいいかなって考えたんだけど、結局服とかしか考えつかなくて、

で、懇意にしてるお針子さんにお願いしてみたの」

「確か、オーダーメイドは気に入った奴からの依頼しか受けないんだったか」

「うん」

「俺のどこに気に入る要素があったんですかね……」

 

 一時間が過ぎ、アシュレイの店に戻ったハチマンは、

完成した服を着て、というか着せられて、鏡を見てみた。

 

「お、おお……誰だこれ」

「よく似合ってるよ!」

「ここまで化けるとは、作った私でも予想できなかったよ」

 

 そこには、ハチマンが見た事もない好青年がいた。

アシュレイの作った服は、ゲーム内衣装だけあって、多少派手なものだったが、

嫌味な感じがまったく無い、スマートな仕上がりになっていた。

 

「その、なんかありがとな」

「いえいえ、どういたしまして」

「アシュレイさんも、俺のどこが気に入ったのかわからないけど、ありがとうございます」

「いえいえ、今後ともご贔屓にね」

 

 店を出ると、また注目を集めたが、

今度はアスナだけではなく、ハチマンも注目を集めていた。

馬子にも衣装ということわざを考えた人は、きっとこういう時に思いついたんだろうな、

等と考えつつ、二人はとりあえず、転移門へ向かった。

どうやらアスナは、リズベットにもハチマンを見てもらいたいらしく、

呼び出しのメッセージを入れたらしい。

四十八層の主街区、リンダースへと移動する事になった。

リンダースは、街中に水車付きの家が多い、のどかな街である。

転移門を抜けると、リズベットの姿が見えた。

リズベットはアスナに気が付いて手を振りながら走ってきた。

 

「アスナ~!」

「リズ~こっちこっち~」

「あ、こんにちは!初めまして!アスナの友達のリズベットです!」

「ん?」

「アスナ、ハチマンは?あと、こちらの方は?」

「おい、お前それまじで言ってんのか?」

「え?………え?もしかしてハチマン?」

「もしかしなくてもハチマンだろうが」

「いやーごめんごめん?本当にハチマン?」

「まだ信じてないような口ぶりだな」

「え、だってねぇ……」

「どう?リズ。びっくりした?」

「いやーまさかのまさかだよ。もうまったく別人だよっていうか別人だよね?」

「まあ、実際俺も否定はできん……」

 

 リズベットは心底驚いているようだ。

ハチマンも逆に、この反応にびっくりしていたのだが。

 

「あ、そうそう!二人に見てもらいたいものがあるの!ちょっとこっちに来て!」

 

 そう言われてリズベットについていった二人の見たものは、

水車のついた、こじんまりとした綺麗な家だった。

 

「どう思う?」

「なんかいい感じだな。洒落た小物とか売ってそうだ」

「うん」

「あのねあのね、私、この家がどうしても欲しいの!

ここで、武具屋を開きたいの!だからお願いします!手伝ってください!」

 

 リズベットは、街中をぶらぶらしている時に、この家を見つけたらしい。

そして、どうしてもこの家が欲しくなってしまったようだ。

この日から、ハチマンとアスナの全面的な協力を得てだが、

リズベットのコル稼ぎの日々が始まった。お値段は、三百万コルだった。



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第043話 心のセルフケア

五十層はサラっと……


 クォーターポイント、という言葉がある。

第二十五層のボスが特に強力だったため、

第五十層と第七十五層のボスも、また相当強力なボスなのではないか、とう考え方である。

現在まさにその五十層を攻略中のため、未だ証明されてはいないのだが、

おそらくその可能性が濃厚だという推測の元、攻略組は準備を進めていた。

結果的には、その推測は正しかったが、肝心の準備が足りなかった。

いや、その言い方はおかしいかもしれない。ボスが強すぎたのだ。

 

 

 

「私がしばらく支える。今のうちにアスナ君はハチマン君と協力して体制を立て直すんだ!」

 

 第五十層のボス攻略に参加したのは、血盟騎士団十八人、聖竜連合十八人に加え、

ハチマン、エギルを中心とする十二人の、合計四十八人のフルレイドだった。

だがしかし、今現在戦場にいるのは、半数にやや満たない。

主に中盤からのボスの激しい攻撃により、十二人ほどの死者が出た。

その後はかなり粘ったが、豊富に用意していたはずの回復アイテムが切れる者が続出し、

今はヒースクリフが、一人でひたすらボスの攻撃を防いでいる間に、

回復の手段の無い者を転移結晶で離脱させつつ、再編成を行っているところだった。

ボスのHPは残り一本。ここがまさに正念場だった。

 

「アスナ、やばそうな連中は転移結晶で全員離脱させた」

「了解」

「血盟騎士団は何人残った?」

「十二人ってところかな」

「リンド、そっちはどうだ?」

「すまん、こちらは六人が限界だった」

「よし、俺のパーティが残りの連中を統合して五人、合計二十三人が今残された戦力だ」

 

 血盟騎士団は、やはり普段からヒースクリフとアスナに鍛えられているためか、

しっかりと過半数を維持していた。

聖竜連合は、半数以上がすでに離脱していたが、

リンドとシヴァタの他、ハチマンはあまり親しくはないが、

主要メンバーの副団長のハフナー、タンクのシュミット等は健在だったので、

戦闘力はちゃんと維持されているようだ。

ハチマンチームは、ハチマン、キリト、ネズハに加え、

最近攻略に参加するようになったクラインと、エギルの五人が残っていた。

 

「いけると思うか?」

「ヒースクリフの化け物っぷりと、ボスの残りHPから計算すると、

おそらくギリギリだが、今のメンバーで倒せる」

「よし、君がそう言うならその言葉を信じる」

「ハチマンの状況読みは、かなり正確だからな」

 

 どうやらハチマンも、攻略組の中ではかなり信頼されているようだ。

 

「ヒースクリフはどうやら崩れる心配はない。

あいつ一人に負担をかけるのは申し訳ないが、その分俺達でしっかりとボスを削るぞ」

「ハチマン君、何か意見はある?」

「タンクを並べて左右から接近、範囲攻撃を防ぎ、直後に攻撃陣が一撃離脱だ」

「堅実だね」

「ああ。幸いヒースクリフのおかげで、強力な攻撃はこちらには来ない。

範囲攻撃だけなら他のタンク連中でもなんとか防げるからな。

 

 アスナがそれを受けて全体に戦術を指示すると、さすがよりすぐりの精鋭なだけあって、

すぐに散開し、攻撃を再開する事が出来た。

 

「範囲攻撃が来るぞ!タンクは備えろ!他の者はタンクの後ろで突撃準備!」

「おう!!!」

 

 ボスの範囲攻撃をタンクが防いだ直後、アタッカー陣が強力な攻撃を叩きこみ、

その後すぐまたタンクの後ろに戻っていく。

回復結晶はタンクに集中させ、タンクは範囲攻撃でくらうダメージを計算しながら、

効率的に残された回復結晶を使っていく。

 

「ボスのHPが赤くなったぞ!少し下がるんだ!」

 

 だが驚くべき事に、ヒースクリフは下がらなかった。

まだヒースクリフのHPは、一度もイエローにすらなっていない。

そのまま発狂状態のボスをも抑えきり、

ついにキリトの一撃により、ボスは爆発し、四散した。

 

 

 

 大歓声があがり、皆お互いの健闘を称えあった。

その後落ち着いたのか、皆座り込んでしまい、そのまま休憩のような雰囲気になった。

実際のところ、かかった時間は一時間程度ではあったが、犠牲は大きかった。

しばらくの間、攻略ペースは確実に今までよりは落ちるだろう。

 

「おいキリト、ボスからのドロップ何だった?」

「エリュシデータっていう片手直剣だな。性能はこうだ」

「おお、すげーな。これ当分使い続けられるんじゃないか?」

「ああ。これでしばらく武器に強化以外の金をかけなくてすむ」

「そっちかよ」

 

 ハチマンとキリトは、二人で他の人から少し離れた壁際に座り、そんな話をしていた。

基本的に二人とも、他人とはドロップアイテム等の話は絶対にしないのだが、

二人だけの時は、たまにこういうやりとりをしていた。

アスナはちらちらとこちらを見ているようだったが、

まだ副団長としての責務があるようで、こちらに来る気配は無かった。

 

「これでしばらく攻略も休みになりそうだな」

「嬉しそうだな、ハチマン」

「さて、五十一層の転移門のアクティベートは誰かに任せるとして、俺は先に戻るわ」

「おう。それじゃまたな、ハチマン」

 

 ハチマンはアスナに先に帰る事を告げ、転移結晶でコラルの村に戻った。

さすがに疲れたのだろう。ハチマンは、そのまま泥のように眠りについた。

 

 

 

 現在は戦力の再編成が急務なため、

ハチマンの予想通り、しばらく攻略はストップする事になった。

この機会に、各自結晶アイテムを集め直したり、装備の強化を行う者が多いようだ。

数日後、多少は落ち着いたようで、アスナから第五十層突破の慰労会の誘いがあった。

場所は、五十層の主街区であるアルゲードで行われるようだ。

ハチマンは、行けたらいくわ、といつも通りの返事をしたのだが、

行かないと後で必ずアスナに怒られるのは間違いないので、

時間を調整して少し遅めに会場に向かう事にした。

 

 

 

 当日になり、そろそろ会が始まるという時間になった。

アスナから、いつ着くのというメッセージが来たため、

ハチマンはそろそろ行くかと思いつつ、その旨を送信した。

すると、予想外にすぐ返事がきた。どうやら以前贈られたあの服を着てきて欲しいようだ。

まあ、こんな時くらいしか着る機会無いしな、と思いつつ、

ハチマンは、あまり深く考えずにその指示に従う事にした。

 

「すまん、少し遅れた」

 

 今回の参加メンバーは、何というか、完全に内輪の集まりのようで、

ハチマン、アスナ、キリト、クライン、エギル、そして、アルゴだった。

 

「アルゴがこういう席にいるなんて珍しいな。というか完全に内輪だけなのな」

 

 そのハチマンの言葉に、アスナは何も答えず、にこにこしているだけだった。

何だこいつ、と思ったハチマンは、場の雰囲気がおかしい事に気がついた。

そのままハチマンは、一堂の顔をぐるっと眺めていたが、

静寂を破り、まずこの中では一番社交的であろう、エギルが口を開いた。

 

「初めまして。俺はエギルと言います。アスナさんのお知り合いですか?」

 

 その言葉に皆ハッとしたのか、次々に自己紹介を始めた。

 

「クラインです!宜しく!」

「俺はキリトだ」

「情報屋のアルゴだ。どこかで会ったカ?」

 

(おい、またこのパターンかよ)

 

 ハチマンがアスナを見ると、アスナは、笑いを堪えているのかぷるぷると震えていた。

あーこれどうすればいいんですかね、と思っていると、アルゴが尋ねてきた。

 

「血盟騎士団、のメンバーにしちゃ、知らない顔だな。攻略組でも見た事がないナ」

「あ、うん、血盟騎士団のメンバーではないね」

「それじゃ、アスナさんの知り合いっスか?」

「そ、そうだね……知り合いだね」

 

 アスナがぷるぷるしながらそれに答えた。

ハチマンはため息をつきながら、まだぷるぷるしているアスナに声をかけた。

 

「おいアスナ、お前後でおしおきな」

 

 アスナはそれを聞くと、バッと顔を上げて、叫んだ。

 

「えー!ハチマン君そんなぁ」

 

 その言葉を四人が理解するまで、またしばらく時間がかかった。

 

「え、ハチマン……?」

「え、ハチマン……なのか?」

「ハチマン!?まじかよ!?」

「オレっちもそんな情報は知らないゾ……」

「はぁ……お前ら揃いも揃って馬鹿なのか?」

「ああ、ハチマンだ……」

「その言い方はハチマンだな」

「ハチマン!?まじかよ!?」

「確かにこれはハー坊みたいだナ……」

 

 クラインだけは、いまだに脳内がループしているようだったが、

一堂はどうやら納得したらしく、このハチマンは確かにハチマンだと納得したようだ。

ハチマンは、やれやれと肩を竦め、アスナの隣に座った。

 

「改めて、すまん。少し遅くなった」

「お、おう。というか、その格好は……?」

「これはおそらくアシュレイのオーダーメイド品だナ」

「アシュレイってあのカリスマお針子の?」

「この中で、アシュレイに伝手がありそうなのは……」

 

 四人はアスナをじっと見つめた。

 

「うん。ちょっと前にアシュレイさんに頼んで作ってもらったんだ。

今日はどうしてもハチマン君のこの姿をみんなに見て欲しかったの」

「なるほど、アスナの差し金だったか……」

「ああキリト。俺が自分でこういうの選べるわけないだろ」

「ハチマンが服装に気を遣えるわけねーしな!」

「おいクライン、事実だが少しはフォローしろ」

「最初誰かと思って営業用の態度をとっちまったよ」

「お前はそういうとこさすがだよな、エギル」

「この情報はいくらになるかナ」

「アルゴ、料金設定を考えるのはすぐやめろ」

「ほら、この受け答えは間違いなくハチマン君でしょ?」

「アスナは、これで確認出来ましたね?みたいに言うのをやめような」

 

 四人はまあ、経緯はどうあれハチマンだと納得したようだ。

 

「しかし、慰労の会って聞いてたから、もっと大人数の派手な会だと思ってたんだが、

おかしなメンバーしかいないんだな」

「一番おかしいのはハチマンだと思うが……」

「俺はアスナの指示に従ってこれを着てきただけだ」

「しかし、普通に街ですれ違っても絶対に気付かないよな!」

 

 その後もハチマンについての話が続き、そのまま会は、色々な話題で盛り上がった。

犠牲者が出た事による悲しみによって、今後の攻略に暗い気持ちを抱かないように、

それは攻略組なりの、心のセルフケアなのだろう。

彼らの戦いは、まだやっと折り返し地点を通過したところなのだから。



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第044話 二人なら

リズベットが家を買う宣言をしてから三ヶ月。

ハチマンやアスナの協力もあり、

どうやらリズベットは、目標の金額を貯める事に成功したようだ。

リズベットらしい事に、内装やらの、室内にかかる経費の事は忘れていたようで、

結局ハチマンに、決して安くは無い金額を借りる事になったのだが。

 

「店の名前は決まったのか?」

「うん。普通にリズベット武具店に決めた」

「いいんじゃないかな。なんかしっくりくるよ」

「残ってる仕事は何だ?」

「商品のストックがちょっと足りないかな」

「それじゃちょっと素材を集めに行くか」

「ありがとう!」

 

 こうして店としての体裁も完全に整い、ついにオープンの日がやってきた。

宣伝をしているわけではないので、いきなり沢山の客が殺到する事はなかったが、

アスナの伝手で血盟騎士団のメンバーが数人訪れたり、

露店時代からの常連が数人訪れてくれたりしたので、店の滑り出しは上々と言えた。

今後もハチマンが、安価で素材を供給し続けるはずなので、店の将来も明るい事だろう。

 

 

 

 数日後、珍しくエギルからハチマンに連絡があった。どうやら相談があるようだ。

ハチマンは、エギルの露店へと向かった。

 

「よお、悪いな。わざわざ来てもらって」

「いや、特に問題はない」

「今日来てもらったのは、ほら、先日リズが店を開いただろう?

それで俺も、そろそろ自分の店を持ちたくなってな」

「なるほどな」

「で、いくつか目をつけてる場所があるんだが、ハチマンの目から見てどうか、

一緒に回ってアドバイスをして欲しいんだよ」

「俺にどこまでアドバイスが出来るかわからないが、別に構わないぞ」

「すまん、助かるぜ」

 

 二人はいくつかの候補地をまわり、色々話し合った。

その結果、プレイヤーハウスよりは、どこかの建物の一室の方がいいだろうという話となり、

五十層の主街区アルゲードにある、とある建物の中の一室を二人とも気に入ったため、

結局そのままそこに決定する事になった。

 

「金はあるのか?」

「元々家も考慮に入れてたからな。この規模ならまあ余裕だな」

「しかし知り合いが連続して正式に店を開く事になるとは、何か感慨深いな」

「そろそろ職人プレイヤーも揃ってきたし、前線を支える体制は整ってきたな」

「まあ、いくつか危惧してる事はあるんだがな」

「何だ?」

「このまま、この世界にいるのもいいんじゃないかと思う奴が増えてくる可能性だな」

「……確かにな。特に下層の連中に、そういう奴が多い気もするな」

「この世界が永遠に続くなら、そういう選択肢があってもいいんだ。だがな」

 

 ハチマンは、少し暗い表情になり、話を続けた。

 

「なあエギル、現実世界での俺達の体ってどうなってると思う?」

「そりゃあ、死んでないわけだから、恐らく病院にでも収容されてるんだろうな」

「まあそうだな。そこでだ。

人が病院でずっと寝たまま、点滴のみでずっと栄養を補給されるだけでいたら、どうなる?」

「そりゃぁ……」

「おそらく、死なないとしても、必ずどこかがおかしくなる」

「そう……だよな」

「ああ。この世界には、そう言った意味で、多分限界があるんだよ。

俺達は、心だけで成立している生き物ではないからな」

「可能な限り早く攻略しないと、いずれ全滅、か……」

「更には、その事に思い至って自暴自棄になり、

無差別にプレイヤーを殺して回る奴が現れないとも限らない。

もちろん好んでそういう事をする奴もいるだろうがな」

「なるほど………」

「なんか暗い話になっちまったな、すまん」

「いや、俺も最近そういう事をまったく考えないようになってたからな。

思い出させてもらって、逆に助かったよ」

「俺達に出来る事は攻略しかないから、戦い続けるしかないな」

「ああ、そうだな」

「それじゃ、店の開店準備頑張れよ。何かあったらいつでも連絡してくれ」

「おう、すまなかったな、ハチマン。ありがとな!」

 

 ハチマンはひらひらと手を振り、自宅へと戻っていった。

 

 

 

 攻略も無事再開されて、数ヶ月。今の最前線は五十八層だった。

その日の攻略を終え、家でゆっくりしていたハチマンに、アルゴから連絡があった。

どうやら何か事件があり、手伝ってほしいようだ。

話を聞くと、最近三十台の層で、PKが多発しているらしい。

 

「オレっちの推測だと、これは組織的な動きだナ」

「根拠は何かあるのか?」

「どのケースも、一度に複数の人間が死んでるんだヨ」

 

 ハチマンは考え込んだ。

 

「つまり、ある程度の人数で囲んて殺したとかそういう事を言いたいのか?」

「まあ、そうだナ」

「しかし、パーティとパーティのぶつかり合いになると、

そう簡単に死者は出ないんじゃないのか?それよりは、俺やキリトみたいなのが、

パーティ全員をまとめて殲滅してるって方がしっくりくる考えな気もするんだが」

「例え中層とはいえ、今それが出来るの力があるのは、攻略組の中でも数人だヨ」

「可能性としてはまずありえないって事か」

「そういうこっタ」

 

 ハチマンは再び考え込んだが、何かに気付いたように言った。

 

「なるほど、つまりどんなに可能性が低くても、

それが可能な人間は存在する。つまり、キリトが犯人だ。今すぐ捕まえるぞ」

「ハー坊……」

「冗談だよ。それじゃ、何か事件に共通する部分とかないのか?」

「いくつかの案件で、数回同じ人物だけが生き残ってる」

「なるほど、囮か」

「スパイみたいな奴が、襲いやすい地形に誘導してるのかもしれないナ」

「そいつをマークすればいいか?」

「まあ、まずはそこから始めるしか無さそうなよナ」

「そいつの名前は?」

「ロザリアって奴だな。ハー坊の嫌いなタイプだよ」

「嫌いなタイプねぇ……まあちょっと調べてみるわ」

「すまないが頼むヨ」

 

 ハチマンは調査を開始し、ほどなくして目的の人物を見つけた。

ハチマンの観察の結果、ロザリアは確かにハチマンの嫌いなタイプだった。

 

(自分に自信を持ってて、なおかつ嫉妬深い。確かに嫌いなタイプだ)

 

 ハチマンは、しばらくロザリアを尾行する事にした。

どうやら四十七層に拠点を持っているようだ。

 

(ここか……あからさまだな。いかにも私は普通のプレイヤーで、

こういう場所が好きですってアピールしてるようにしか見えないが)

 

 ハチマンは、その後もずっとロザリアを観察し続けた。

とある日ロザリアが、フードで顔を隠して家を出たのを見て、ハチマンは、

どうやら手がかりが掴めそうだと思い、そのまま尾行する事にした。

ロザリアは、十九層へと転移したようだ。

 

(いかにもって感じだよな……っと、あいつは確か……そうか、ここで繋がるのか)

 

 ハチマンが見たのは、ずっと行方不明になっていたジョーと会うロザリアだった。

どうやらこれで間違いないらしい。

ずっと見失っていたあの連中と繋がった事で、ハチマンはロザリアが犯人一味だと確信した。

 

 

 

 ロザリアは最近、シルバーフラグスというギルドに接触しているらしかった。

ロザリアは、その連中と一緒に何度か狩りに行っていたが、

誰かに襲われるというような気配はまだまったく無かった。

ハチマンは今日も、ロザリアを徹底マークしていたが、その日はどうやら動きがないようだ。

尚もロザリアの動向を見張っていたハチマンの元に、アルゴから急報が入った。

どうやらシルバーフラグスのメンバーが、リーダー一人を残して全滅したらしい。

 

(まさか……ロザリアは今日はまったく動いてないぞ)

 

「アルゴ、何があった」

「一人生き残ったリーダーに話を聞いたんだが、

どうやらロザリアに、いくつか実入りのいい狩場の情報を教えてもらってたらしくてな、

そのうちの一つに行った時、急に襲われたらしい。

巧妙な事に、他の狩場は実際確かにいい狩場だったから、

恐らく一ヶ所でずっと待ち伏せしてたんだと思うが、確実な証拠は残してないんだよナ」

「くそっ、マークするべきはそっちだったか。俺の失態だ……」

「いや、オレっちもそこまでは予測できなかった。

今回はオレっちの失態でもあるんだよ。そこで、次の手だナ」

「何かあるのか?」

「よお、ハチマン。話は全部聞いたよ」

「キリト……」

「ハー坊には、そのままロザリアのマークをしてもらう。

そして、現地にキー坊を派遣する。これで絶対に次は無いはずダ」

「キリト、俺は……」

「ハチマン一人で何でも背負おうとするなって。二人なら絶対負けない、そうだろ?」

「あ、ああ、そうだな。キリト頼む、力を貸してくれ」

「どうやら生き残ったリーダーが、あいつらを牢獄に入れてくれと、

回廊結晶を持って五十一層で訴えてるらしいゾ」

「殺してくれ、じゃなく、牢獄に入れてくれ、か」

「そいつらを殺したくてたまらないだろうにな。そのリーダーはすごいな」

「その気持ちに応えるためにも、その依頼、俺達で受けよう、キリト」

「ああ。アルゴ、そいつらのギルドの名前は調べがついてるのか?」

「オレンジギルド、タイタンズハンドって言うらしいゾ」

「よし、俺達二人で必ず、タイタンズハンドを潰すぞ」



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第045話 本当の悪

「次の目標は、どうやらあのパーティみたいだな」

「そうだな……ん、おい見ろキリト、あの小さいの。あれ、なんだ?」

「あれは……使い魔か?珍しいな」

「そういえば竜使いとかいうプレイヤーの噂なら聞いた事があったな、あれがそうか。

確か名前は、シリカ、だったと思う」

 

 あれからハチマンとキリトはロザリアを徹底マークし、

数日後ロザリアが、新しい獲物に目をつけた事を知った。

ロザリアは、竜使いシリカがいるパーティと、しばらく行動を共にするようだ。

 

「しばらくは、俺があのパーティをマークするよ」

「それじゃ、俺はその間、街で情報収集だな」

「ああ。何かあったらすぐ連絡する」

「了解だ」

 

 ところがその何かは想像以上に早く、その日のうちに動きがあった。 

ハチマンは、パーティの監視をキリトに任せ、十九層周辺を捜索していたのだが、

狩りがそろそろ終わったであろうくらいの時間に、キリトから緊急メッセージが入った。

どうやらロザリアの監視を交代して欲しいらしい。

ハチマンは、何かあったのだろうと思い、今日の狩場であった迷いの森へと急行し、

森から出てくるロザリアの姿を確認すると、すぐにキリトに、

ロザリアの監視引継ぎ完了、と連絡を入れた。

 

(パーティに、シリカだけがいないな)

 

 ハチマンは、まさか襲われたのだろうかと一瞬思ったが、シリカがいないだけで、

他のメンバーには特におかしな様子も無いように見えたので、

どうやら何かがあって、別行動になったのだろうと当たりをつけた。

時々メンバーが、ロザリアに目をやりつつ心配そうに後ろを振り向く様子が見えたので、

多分ロザリアとシリカが揉めたのだろう。

 

(ロザリアは、いかにもシリカが気に入らない様子だったしな。

キリトはどうやらシリカを追いかけたのか)

 

 ハチマンはそのままパーティの監視を続けていた。

街に戻ってしばらくすると、キリトとシリカが森の方から一緒に戻ってきて、

それを見つけたロザリアが、シリカにからみ始めた。

キリトはハチマンの姿を見つけたようで、密かにこちらに合図した後ロザリアに何か言い、

そのままシリカを伴って、どこかに消えていった。

ハチマンは、そのままロザリアの尾行を続けつつ、キリトからの連絡を待った。

ロザリアは、ぶつぶつと呟きながら、キリト達の尾行をしているようだった。

 

(今、あの女気に入らない、って聞こえたな。

こっちに聞こえるくらいの声で言うとか、相当むかついてるんだな。予想以上の嫉妬深さだ)

 

 キリトからの連絡は、すぐに来た。予想通り、ロザリアとシリカが言い争いになり、

シリカがパーティを飛び出してしまったらしい。

慌てたキリトはすぐにハチマンに連絡し、

監視の引継ぎが終わるや否や、すぐにシリカを追いかけたそうなのだが、

シリカ本人の救助は間一髪間にあったが、使い魔の子竜は死んでしまったらしい。

 

(そうか……あいつ死んじまったのか……

まあ、キリトも蘇生の方法は知ってるはずだし、問題はないか)

 

キリトは明日、シリカが使い魔蘇生のアイテムを四十七層で取るための、

付き添いをするようだ。

これから宿で、シリカにミラージュスフィアを使って場所の説明をするらしい。

その時ハチマンは、ロザリアがキリトたちの入った宿に入っていくのを確認した。

その後のハチマンとキリトの遣り取りを、会話風に表現すると、

 

「キリト、今そこにロザリアが入ってったぞ。多分部屋の外で盗み聞きするつもりだ」

「そうか……で、どうする?」

「とりあえず誘いをかけよう。大きめの声で、目的地を説明してくれ。

その後、いかにも今気付いた風に、ドアを開けて外を確認してくれ」

「了解」

「ロザリアは、相当シリカの事が嫌いみたいだぞ」

「シリカもロザリアが嫌いみたいだ」

「まあそうだろうな。とりあえず後は俺がロザリアを尾行して、どう動くか確認する」

 

 外に出てきたロザリアは、何かウィンドウを操作していたが、

その後はまっすぐに自分の拠点へと戻った。

ハチマンは、ロザリアが現地にいる場合といない場合の二つのケースを想定する事にした。

 

 

 

 次の日ハチマンは、ロザリアが四十七層の拠点から、

転移門を使わずにそのまま街の外へと向かったのを確認し、後をつけていった。

ロザリアはそのまましばらく歩いていたが、どうやら待ち合わせをしていたのだろう。

人目につかない岩の陰に集まっていた仲間と合流し、思い出の丘方面へ移動を始めた。

 

(ついに見つけたぞ、タイタンズハンド)

 

 ハチマンは、どうやらロザリアは自分の手でシリカを襲うつもりのようだ、

と、キリトにメッセージを送った。

そのまま一味の監視を続けていたが、しばらく後、キリトから連絡がきた。

 

(キリト達は、思い出の丘に着いたようだな)

 

 目的を達成したのでこれから街へと戻るという、キリトからのメッセージを確認した後、

ハチマンはロザリア達が、おそらくそこで襲うつもりなのだろう、

思い出の丘から街へのルートの途中にある、木陰に潜むのを確認し、

その襲撃予想地点の位置情報をキリトへと送った。

キリトは、レベル差から考えても、問題なく一人で対処出来ると言ってきたので、

ハチマンはそのまま監獄へ移動し、ロザリアを尋問するため待機する事にした。

 

 

 

 監獄エリアは、いわゆる牢屋のような部屋が並ぶ、犯罪者を隔離するためのエリアだ。

グリーンプレイヤーは出入り自由だが、

過去に一度でもオレンジネームになった事があるプレイヤーは、

エリアの外に出られないようになっている。

回廊結晶さえ使えば、故意にプレイヤーを閉じ込める事も可能だが、

回廊結晶はとても高い上に希少価値もあるので、

今のところそのような事例は報告されていなかった。

ここに入れられた犯罪者は、エリア内ならどこにでも移動出来る。

個室の扉は、個人認証さえすればその者にしか開けられないため、

最低限のプライバシーも守られる。食事も一日三回しっかりと支給される。

ちなみにグリーンプレイヤーが個室に個人認証をしてしまうと、

そのプレイヤーはここから出られなくなる。

ただ生きていくためだけなら、ここを利用するのもありだろう。

ちなみにハラスメントコールで移動させられたプレイヤーは、

その重さに応じて一定期間外に出られないシステムになっている。

通報する女性側の裁量次第という事だ。

 

(お、来たか)

 

 しらばくして回廊が開き、タイタンズハンドの連中が送り込まれてきた。

連中がとても大人しいのでハチマンは、

 

(おいキリト、お前何やったんだよ)

 

 と、苦笑してしまった。

ハチマンは話を聞くためロザリアに近づいていった。

 

「始めましてだな、俺はハチマンと言う。早速だが、お前らの黒幕は誰なんだ?」

「………」

「ジョーって男と会ってたよな。やはりあいつらが黒幕か?」

 

 その言葉を聞いた瞬間ロザリアは、ハチマンに襲い掛かった。

その瞬間、ハチマンはロザリアの後ろに回り込んだ。

ロザリアは、突然ハチマンの姿が消えたので、狼狽していたが、

 

「どこ見てるんだ。後ろだ後ろ」

 

 と、声をかけられ、慌てて振り向き、再び襲い掛かってきた。

だが次の瞬間、再びハチマンがロザリアの後ろに回り、

ロザリアの背中に全力の攻撃を放った。

監獄エリアは圏内のため、ダメージはまったく負わなかったロザリアだったが、

その衝撃で数メートル前方に吹っ飛ばされた。

 

「あと何回吹っ飛びたいんだ?」

「……攻略組ってのは化け物の集まりなのね」

「否定はしないが、俺とキリトはその中でも特殊な方だけどな」

「わかったわよ、知ってる事は全部話すわ」

 

 ロザリアは本当に心を折られたのだろう。聞いていない情報まで、全て喋りだした。

それを確認したハチマンは、ロザリアをその場に放置し、監獄エリアを出た。

 

 

 

「おいキリト。お前、どうやってあいつらの心を折ったんだ?

ロザリア以外は、全員大人しかったぞ」

「ああ、まず、全員の攻撃を無防備で受けたんだが、

自然回復の数値以上のダメージは負わなかった。

その後ロザリアに接近して、首に剣を突きつけた」

「簡単に言ってるが、相手に好きにさせて無敵アピールとか、お前鬼だな」

「ハチマンの話だと、ロザリアは反抗したのか?」

「ああ。攻撃しようとしてきやがったんで、二度背後に回って、

死角から全力で攻撃してぶっ飛ばした」

「お前も、容赦ないな……」

「で、得られた情報がいくつかある。正直事態はもっと深刻だった」

 

 ハチマンとキリトは、アルゴを交え、得られた情報を共有する事にした。

 

「ラフィンコフィン?」

「ああ。それが奴らの上位ギルドの名前らしい」

「笑う棺桶?趣味の悪い名前だナ」

「リーダーは、ポンチョを着た男。名前は、PoHというそうだ」

「プー、か?何かの略なのかな」

「キー坊、そいつは多分、ブレイブスに詐欺のやり方を教えた奴と同一人物じゃないかナ」

「……そうか、あの時の話に出てきたポンチョの男か」

「そして、構成員でわかっているのは、モルテとジョー、他にはザザって奴が幹部らしい」

「二十五層から姿を消したあいつらか……ザザって奴は聞いた事がないな」

「どうやら、裏でやばい組織が出来上がっているみたいだ」

「一応オレっちが、主だったギルドに注意するように連絡を入れとくカ?」

「そうだな。気をつけるにこした事はない。

ラフィンコフインは、ロザリアの話だと……純粋な殺人ギルドだ」

 

 

 

 今回の問題は確かに解決出来たが、更に大きな問題が発覚してしまった。

いずれ、ラフィンコフィンのメンバーと戦う時がくるかもしれない。

多かれ少なかれ、攻略組の人間は皆、死に対する価値観が変わってしまっている。

現実に帰還する事が出来たら、その事が問題になる可能性もある。

もし彼らと戦う事になり、相手を無力化する事が出来なかったら、

自分はその時どうするのだろうか。もし仲間が危険に晒された時は……

ハチマンは心の中で、覚悟を決めた。



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第046話 卒業

今日は、総武高校の卒業式の日だった。

八幡がSAOに囚われてから、もう一年と三ヶ月が過ぎていた。

雪乃は国の最高学府に合格が決まり、

結衣も東京の私立大学に、何とか合格する事が出来た。

いろはは結局生徒会長を二年続けた。これは総武高校創設以来初めての事だったようだ。

小町は無事総武高校に合格し、生徒会活動に参加していた。来年は役員に就任するようだ。

 

「平塚先生、長い間お世話になりました」

「先生!今までありがとうございました!」

「うむ。二人とも無事大学に合格してくれて、こっちとしても嬉しいよ。

本当はもう一人も笑顔で送り出したかったんだがな」

 

 三人は、今日この場にいるはずだった八幡の事を考え、少し寂しくなった。

 

「二人はこの後どうするんだ?」

「はい、いろはさんと三人で、比企谷君の病室に行きます」

「そうか……」

「先生も行きますか?」

「今日はちょっと仕事がたてこんでいるので、また後日にでも改めて行く事にするよ」

 

 

 

 葉山と戸部は、八幡と関わりがあった人達のところを回り、

八幡宛ての寄せ書きを集めてくれていた。

その寄せ書きを持って三人は、八幡の病室を訪れた。

雪乃と結衣といろはは、今までもよく三人で八幡の病室を訪れていた。

学校で何か出来事がある度に、三人のうちの誰かが、

それじゃ八幡に報告に行こう、と言い出すのが、三人の定番となっていた。

何も答える事の出来ない八幡に向かって、三人が順番に話しかけるその姿は、

病院の医師や看護婦の間では、もう当たり前の日常になっており、

皆それを優しい目で見つめていた。

 

「比企谷君、私達、今日卒業したわ」

「卒業したよ!」

 

 二人は寄せ書きを、病室に飾った。

 

「前は何も考えずに、ヒッキーと三人で卒業するんだなって思ってたんだけどね」

「そうね、あの頃は、その事に関しては何の疑問も持ってはいなかったわね。

まあ、比企谷君が素行不良で留年する心配は少ししていたのだけれど」

「あ、あは……」

「でもさすがに進学してしまうと、今までのように気軽にここに来る事も出来なくなるわね」

「そうだねゆきのん。私もさすがに今のペースでは来れないかも」

「私は普通に来ますけどね」

「いろはさん。誠に遺憾ではあるのだけれど、

比企谷君のメインの監視は、あなたにお願いする事になってしまうわね」

 

 そこに、どうやら着替えを持ってきたらしい小町が入ってきた。

 

「皆さんいらっしゃってたんですか」

「小町さん。今来年以降の話をしていたところなの」

「あー、お二人は、少し遠くへ進学ですもんね」

「来れる時は来るけどね!」

「今まで一年間ありがとうございました。これからも出来る範囲で構わないので、

どうか兄を見に来てやってください」

「この四人で集まれる機会も、しばらく無くなっちゃうのかなぁ」

「あ、それなんですけどぉ、お二人は、ALOって知ってますか?」

 

 数ヶ月前、SAOを発売したアーガスは、巨額の負債を抱えて倒産していた。

SAOのサーバー管理は、レクト・プログレスという会社に引き継がれており、

そのレクト・プログレスは、ナーヴギアの次世代機である、

絶対安全を売りにしたアミュスフィアというハードの発売に合わせて、 

SAOのサーバーをコピーして製作したVRMMORPG、

アルヴヘイム・オンライン、通称ALOを発売していた。

 

「あーなんかSAOみたいなやつだね。この前CMで見た!」

「それなんですけどぉ、良かったら四人でやってみませんか?」

「いろはさん、それはどういう事かしら?」

「考えたんですけどぉ、例えば現実で離れた所にいても、

ゲームの中だとすぐ集まれるじゃないですか。だから、そうやって集まるのもありかなって」

「確かに、それなら移動時間も省けるし、効率的かもしれないわね……」

「ですよねー。それに、同じではないですけど、先輩が見てる物を私も見てみたいなって」

 

 その言葉に皆も共感したようで、その方向で少し各自で検討してみる事になった。

その時ノックの音がして、男が一人病室に入ってきた。

 

「おっと、皆さんお揃いでしたか」

「菊岡さん、やっはろー!」

「や、やっはろー」

 

 菊岡誠二郎は、総務省通信ネットワーク内仮想空間管理課の職員である。

八幡がSAOに囚われてから何度か病室を訪れていたので、四人とは顔見知りであった。

結衣に合わせて挨拶を返す所を見ても、コミュニケーション能力は高いようである。

 

「こんにちは、菊岡さん。何か進展はありましたか?」

「そうだねぇ。正直八幡君の解放に関しては、外から打てる手はもう無く、

ゲーム内での攻略を待つしかない状況だね」

「やはり、そうなのですね……」

「役にたてなくて本当にすまない」

「いえ、戻ってきた後の事とか、菊岡さんには本当にお世話になっていますから」

 

 小町は、もし八幡が戻ってきたら、

その後被害者だけを集めた学校が用意される事を菊岡から聞かされており、

その事に菊岡が尽力してくれた事を知っていたので、感謝の言葉を述べた。

 

「それくらいしか出来ないのが、こちらとしてもつらいところなんだけどね」

「ところで今日は何かあったんですか?」

「ああ、丁度近くに来たんで、八幡君の様子を見に来たんだよね」

「そういえば菊岡さんって、兄のところによく来てくれますけど、

被害者全員の所を回っているんですか?」

「いや、うーんこれ言っていいのかなぁ。ま、いいや。実はね、僕が回っているのは、

ゲームクリアのためにキーになると思われるプレイヤーの所だけなんだ」

「比企谷君も、そのキーの一人だと?」

「ああ。せっかくだし、教えられる範囲の事を教えておこうかな」

「お願いします」

「今のSAO内は、半分以上のプレイヤーが、最初の街に留まっているだけの状態だ。

そして千人ほどのプレイヤーは、中層あたりで活動しているらしい。そして八幡君は……」

「ヒッキーは?」

「一握りのプレイヤーで構成された、攻略集団に参加していると思われる。その数約百人。

レベル的に見ても、トップクラスだ」

「兄がトップクラスの攻略集団に……」

「更に言うと、彼のそばにはよく、二人のプレイヤーがいるね」

「二人、ですか」

「ああ。一人はSAOで一番レベルの高い男性プレイヤー。

もう一人は前にも言ったかな、最初から行動を共にしている女性プレイヤーだ。

この三人が、今のSAOの中でレベルのトップスリーとなる。ハチマン君は、二番目だね」

「ヒッキーは、こっちに戻ってくるために戦ってくれてるんだね……」

「そんなわけで、この三人の動向にはこちらとしても注目してるってわけ」

「あの、あの、その女性の方ってどんな人なんですかあ?」

 

 いろはが焦ったように菊岡に尋ねた。

菊岡はちょっと困った様子で何か考えていたが、話せる部分だけ話す事にしたようだ。

 

「八幡君と同い年で、とてもかわいらしいお嬢さん、かな」

「比企谷君……帰ったら色々話を聞かせてもらうわよ」

「ヒッキー、その人と付き合ってるのかな……」

「お兄ちゃんのお嫁さん候補が増えるのは、基本小町賛成なんですけど、

正直今回ばかりは実際に会ってみないとなんともですね」

「ひどい小町ちゃん!お義姉ちゃんを裏切るの?」

「いろは先輩は多分まだ兄の中では、少し仲のいい後輩ポジションだと思いますけどね……」

 

 菊岡は、八幡の状態チェックも終えたようで、四人に挨拶をして帰っていった。

 

「あのなまけものの比企谷君が、最前線で一生懸命戦っているなんてね」

「でも、危なくないのかな?ちょっと心配だよ」

「先輩ならなんとかしてくれそうな気もしますけど、やっぱり心配ですぅ」

「お兄ちゃん、小町信じてるからね。お兄ちゃんなら何とかしてくれるって」

「でもさっきの菊岡さんの話を聞いて、私も比企谷君の見ている世界を、

見てみたくなったわね。ALO、やってみようかしら」

「ゆきのん!私も私も!」

「それじゃ、みんなで前向きに検討してみますか!」

「お父さん、頼んだら買ってくれるかなぁ……小町に甘いから大丈夫かな……」

 

 そろそろ時間も遅くなってきたので、四人は八幡にお別れをし、それぞれ家路についた。

 

 

 

 家に着き、ALOの事を調べていた雪乃は、携帯が鳴っているのに気が付いた。

電話に出ると、それは姉の陽乃だった。

八幡がSAOに囚われてからは、二人の仲はかなり良好になっていた。

 

「姉さん、何か用事かしら?」

「雪乃ちゃん。姉さんね、雪ノ下家の関連会社に就職するの、やめる事にしたから」

「そんな事、よく母さんが許したわね」

「そこはほら、社会生活の第一歩を身内と関係ないところで始めるのも、

将来父と母どちらかの跡を継ぐ私には必要な経験じゃないかなって一生懸命説得したのよ」

「それで、どこに就職する事にしたの?」

「レクトよ」

「レクトって、あの?」

「そう。今比企谷君の命を間接的に管理している、レクト・プログレスの親会社よ」

「姉さん、それは……」

「比企谷君が無事に戻ってこれるように、

内部からしっかりサポートしたいって思ったのもあるんだけど、

あの茅場晶彦が作った世界を見てみたいっていう気持ちも、少しあったんだよね」

「そう……姉さんが決めたのなら、それでいいんじゃないかしら」

「まあ、レクトの結城家とは、以前社交の場での面識もあるしね」

「さすが姉さん、顔が広いのね」

「どうやらあそこのお嬢さんもSAOの中にいるらしくてね、

レベルトップスリーの一角に入ってるらしくって、随分心配していたわ」

 

 雪乃は、その言葉を聞いた瞬間に固まった。

レベルトップスリ-に入る女性といえば、比企谷君の……

 

「姉さん、そのお嬢さんってどういう方なのかしら」

「んー、一度見た事はあるけど、美人だったかなー」

「そう、やっぱり美人なのね……」

「何?その子が比企谷君のそばにでもいるの?

焦る気持ちもわかるけど、私達は出来る事をやるしかないのよ」

「私は別に何も焦ってなんか……って」

 

 その姉の言葉を聞き、雪乃は、はたと気付いた。

 

「……姉さん、知っててわざと言ったのね」

「そりゃあ、政府とは別にうちでも独自に解析はしてるからねー」

「どうして今そんな事を私に?」

「最近の雪乃ちゃん、ちっともお姉ちゃんを構ってくれないから、

ちょっといじわるみたいな?」

「…………姉さん」

「雪乃ちゃん怖ーい!それじゃそろそろ切るね。

レクトに入るための就職活動も、来月から始めないといけないしね」

「もう………就職活動、頑張ってね」

「そうそう雪乃ちゃん。卒業おめでとう」

「……色々とありがとう、姉さん」

 

 電話を切った雪乃は、アミュスフィアとALOの注文をした。



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第047話 狂気のラフィンコフィン

 あれから数日が経ち、主にアルゴによって情報収集が進められ、

殺人ギルド、ラフィンコフィンの概要が段々明らかになってきた。

リーダーは、プーという黒いポンチョを着た男。

そして幹部と目されるのが、ジョー。正式名前はジョニーブラック。

皆略称しか知らなかったが、解放軍のメンバーから、その旨の情報の開示があった。

そして赤目のザザと、元ドラゴンナイツのモルテだ。

ザザは、遭遇した時の生き残りの話だと、理由はわからないが真っ赤な目をしていたらしい。

そのためその特徴と共に、赤目のザザと暫定的に呼ばれる事となっていた。

ガイドブックに、要注意プレイヤーとしてその四人の情報と、

組織名、ギルドの紋章が開示され、

何か重要な情報が入った場合はアルゴに集約され、その権限によって、

対策会議が開かれる事等が決定された。

 

 

 

 ハチマンはここ数日、五層にあるカルマ回復クエストの受注場所の最寄の町周辺で、

ほぼ休まずに張り込みを続けていた。

カーソルの色がオレンジになったプレイヤーは街に入れず、転移門を利用できないため、

ラフィンコフィンのメンバーのフロア間の移動は、

おそらく転移結晶の転移場所を圏外にある村に設定して行われていると推測された。

それには、必ずグリーンカーソルのメンバーの協力が必要になるため、

定期的にメンバーはカルマを回復に来ていると予想された事から、

カルマ回復クエストを受けにくるオレンジカーソルのプレイヤーをマークし続ければ、

必ずラフィンコフィンに辿り着けるとハチマンは考えていた。

 

(また外れっぽいな……)

 

 間違って味方に攻撃を当ててしまうと簡単にオレンジーカーソルになってしまうため、

クエストを受けに来るプレイヤーはかなり多かった。

外れはほとんど昼に訪れたプレイヤーばかりだったので、

ハチマンは、監視の時間を深夜中心に変更する事にした。

 

(お、こいつは明らさまに怪しそうな挙動をしてるな)

 

 ハチマンは、深夜にこそこそとクエストを受けに来た一人のプレイヤーに目を付けた。

通常、クエストを終えたプレイヤーは街へと向かうものだが、

そのプレイヤーは街とは正反対の方向に向かっていた。

そしてその男を尾行する事によって、アジトらしきものを見つける事が出来た。

 

(どうやらここがアジトのようだが、ここが本命とは限らないから、

しばらく人の出入りを監視するか)

 

 ハチマンはしばらくそのアジトを監視していたが、どうやらここは、

いくつかあるであろうアジトのうちの一つらしい。

とりあえず援軍を呼んで、このアジトを潰してしまおうかと考えていたその時、

見た事のある顔がアジトに入っていくのを発見した。

 

(あれは……モルテか。今中にいるのはおそらく三人程度。どうする……)

 

 ハチマンは少し迷ったが、装備から見ても敵のレベルはこちらより低いと考え、

キリト、クライン、エギルにのみ連絡をとり、モルテを捕まえる事にした。

会議の招集を要請している時間が無かった事もあり、

速度重視での、少数での突入となった。

 

「どうだハチマン。モルテはまだいるか?」

「ああ、まだ中にいる。今中にいるのはモルテを入れて三人だな」

「よし、全員お縄にしてやろうぜ!」

「ああ。あいつらを野放しにはできないな」

「クラインとエギルも、こんな事をいきなり頼んじまって、悪いな」

「ハチマン、気にすんなって」

「悪い。それじゃ早速行くか。エギルは入り口で他の奴が来ないか見張ってくれ」

「了解」

「敵のレベルは低いからこちらに危険は少ない。全員きっちり捕まえてやろうぜ」

 

 エギルを入り口に残し、三人は奥へと進んでいった。

奥からは、数人のプレイヤーが会話をする声が聞こえてくる。

 

「次の獲物は噂だと大物みたいっすね!」

「ああ。リーダーと幹部全員でかかる予定だな。詳しい話は俺も聞いてないが」

「そこまでの敵っすか!すげえ!」

「……ちょっと待て、今何か……」

 

(まずい、気付かれたか?)

 

 三人は頷き合い、即モルテらの確保に動いた。

モルテはさすがに行動が素早かったが、

残りの二人はあっけなくキリトとクラインによって取り押さえられた。

ハチマンは、モルテと対峙していた。

 

「てめえら……いつの間に」

「久しぶりだなぁモルテ」

「ちっ、ロザリアが何か情報を漏らしたかもしれないと思っちゃいたが、

こうも動きが早いとはな」

「大人しく投降しろ。お前に勝ち目はない」

「ハッ、やってみないとわからないだろうがよ!」

 

 モルテはハチマンに斬りかかった。ハチマンは、まったく避けずに攻撃を受けた。

 

「鈍ったんじゃねえか?ハチマンさんよぉ」

「お前は馬鹿か。これでお前のカーソルはオレンジ。

これでこっちも遠慮なく攻撃できるって事だ」

「ちっ」

 

 ハチマンは即座にモルテの懐に飛び込み《ファッドエッジ》を放つ。

カウンターぎみに入ったその攻撃は、一瞬でモルテのHPを三割ほど削った。

 

「お前こそ、攻略組をやめるのが早すぎたんじゃないか?明らかに昔より弱く見えるぞ」

「てめえ……」

 

 その後もモルテは悪あがきを続け、ついにHPはレッドゾーンに突入した。

ハチマンも多少攻撃をくらったが、まだ七割ほどのHPをキープしていた。

 

「いい加減諦めろって」

「くそっ、くそっ」

「ハチマン、こっちは終わったぞ」

 

 その時、クラインに二人の監視を頼んだキリトが、こちらに合流してきた。

 

「これでこっちは二人だ。まだ続けるのか?」

「ちっ、お前らごときに捕まる俺じゃ無えんだよおおおおおお」

 

 モルテは次の瞬間、自分に武器を突き刺した。

二人はいきなりの出来事に驚き、まったく動けなかった。

そして二人の目の前で、モルテはエフェクトと共に爆散した。

 

「なんだよこれ……」

「狂ってやがる……」

 

 キリトとクラインは、茫然と呟いた。ハチマンは、何も言う事が出来なかった。

三人はとりあえず、見張りをしていたエギルに事の次第を伝え、

捕まえた二人を監獄へと送り、尋問したが、

メンバーが全部で三十人くらいだと言う事以外、何の情報も得られなかった。

 

 

 

 ハチマンは、アルゴに事の次第を報告し、対策会議を開くよう要請した。

ハチマンは密かにヒースクリフに連絡を取り、アスナには概要だけ伝え、

会議には参加させないように依頼していた。そのためアスナは今ここにはいない。

そして会議が始まった。集まったメンバーは事の顛末を聞き、戦慄したようだ。

 

「どうやらあいつらは、自殺する事も厭わないほどの頭のイカレた奴らの集まりだ。

仮に将来討伐隊が組まれる事になったとして、死者が何人出るか見当もつかない」

「それでも俺達は、やるしかないんだろう?」

 

 リンドが、つらそうに発言した。

 

「そうだな、放置しておけば、今後もっと犠牲者が出るだろうな」

「でも人を殺すなんて……」

「そうだそうだ!」

「でも仲間が被害にあうくらいなら……」

 

 様々な発言が飛び出し、一時会議は騒然としたが、その時ハチマンが一つ提案をした。

 

「俺だってこんなのはもううんざりだ。だが、俺は仲間に被害が出るのだけは我慢できない。

なのでこの件は、各ギルドで覚悟の決まった者だけを選抜して行うように提案したい」

 

 その発言で場は落ち着き、皆色々と考えて込んでいたが、結局その方向で話はまとまった。

その後、モルテの装備と攻撃力から敵の幹部連中の実力が確認され、

ラフィンコフィンの構成員のおおよその人数の開示と、

近々大物を狙うと話していたという、漠然な情報が伝えられたところで、

その日の会議は終わりとなった。

 

 

 

「とりあえずこんなもんか」

「ああ。後は今後の情報待ちだな」

「そういえば聞きそびれていたが、あのシリカって女の子の使い魔は復活したんだよな?」

「ああ、復活したぞ」

「そうか、良かったな」

 

 ハチマンはぶっきらぼうに言ったが、その後何かに気付いたように付け加えた。

 

「なあキリト、しばらくあの子から目を離すなよ」

「……もしかしたらタイタンズハンドの捕縛に関係していたと思われて、

狙われるかもしれないって事か?」

「まあそんな感じだな。もっとも、下部組織の細かな動向まで把握してたとは思えないが」

「……ハチマン、明日から何日か、暇か?」

「ああ。まあ何も無いっちゃ無いが、何かあるのか?」

「明日から数日、シリカのレベルの底上げを兼ねて、

シリカに短剣の使い方のレクチャーをしてくれないか?

少し上の階層でパワーレベリングする感じにしたいから、戦力が欲しいってのもある」

「そういう事か。別に構わないぞ。何ならその間だけ、二人でうちに泊まっても構わない。

なんならアスナも呼ぶか。最近こういった事に呼ばれなくて、少しすねてるみたいだしな」

 

 リズベットは家を購入したため、ハチマンの家から家財道具を引き払っていた。

今後泊まる時は、アスナの部屋に一緒に泊まるつもりのようだ。

なので今は、二部屋が空いている状態だった。

ハチマンは誰か来た時の事を考え、その二部屋にも自前で最低限の家具を用意していた。

 

「あそこなら確かに絶対安全だな。よし、その線でシリカに話してみるよ」

「それじゃ、決まったら今夜からでも構わないから連絡してくれ。

今回は、一宿一飯の恩は返さなくていいからな」

「くっ……俺もいつか自分の家を……」

「お前は趣味装備に金を使いすぎだ。それじゃ後でな」

 

 こうして、明日からしばらくシリカのレベルの底上げを行う事が決定された。



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第048話 シリカは驚愕する

 キリトから誘いを受けたシリカは、二つ返事でオーケーした。

知らない人の家に泊まる事に対して不安が無かったわけではないが、

キリトへの信頼の方が上回ったのだ。

案内されたのは、何もない二十二層の主街区の外れにある塔だった。

シリカは、ここに何があるんだろうかと少し不安になったが、

塔の中から人が出てきたので、とても驚いた。

 

「ハチマン、連れてきたぞ」

「はじめまして!シリカです!」

「おう、この前は大変だったな。使い魔、ピナだっけ?蘇生できて良かったな」

「はい!」

 

(ぶっきらぼうだけど、優しい人なのかな……)

 

「ハチマンさんにもご協力頂いたそうで、ありがとうございます」

「ああーあれはほとんどキリトのおかげだろ。俺は大した事はしてねえよ」

「それでもです!」

「お、おう、そうか」

 

 シリカはハチマンに案内されて家の中に入ると、

すごいすごいといって、あちこちをうろうろし始めた。

ハチマンは、自分の家が褒められた事を嬉しく思ったようだ。

自分からシリカに短剣の使い方をレクチャーし始めた。

レクチャーも終わり、シリカを風呂に案内した後、

三人は、明日に備えて寝る事になった。明日は五人での狩りになるようだ。

シリカは、こんなに狩りが楽しみなのは初めてだなと、リラックスして眠る事が出来た。

 

 

 

 次の日シリカは、集まったメンバーを見て、心臓が止まる思いをした。

 

「よぉ、ヒースクリフ」

「私の参加を認めてくれて、感謝する」

「まあ戦力は多い方がいいしな」

「でも、どういう経緯でこうなったんだ?」

「うん。休みの申請をしようと思って話をしたら、団長も是非って」

「ヒースクリフがこういうのに参加するなんて、珍しいというか初めてだな」

「なぁに、私もたまには組織と関係ない所で羽根を伸ばしたくなってね」

「ああ、そういうのたまにあるよな」

「お前はいつもだろ、ハチマン」

 

 そこには、よく噂で耳にする攻略組のトップが顔を揃えていた。

当然シリカは、キリト以外との面識は無い。それどころか遠くから見た事すら無かった。

血盟騎士団の団長、神聖剣のヒースクリフ。

副団長の、攻略の鬼、閃光アスナ。

そして黒の剣士キリト。

ハチマンの名前は昨日まで聞いた事が無かったが、

このメンバーの中で自然に振舞えて、昨日の短剣の使い方を見る限り、

きっとこの人もすごい人なんだな、とシリカは思った。

 

「今日はどこへ行く予定だったんだい?」

「最初は五十五層くらいかなって思ってたんだけどな」

 

(ええっ、そんなの私にはとても無理ですキリトさん!)

 

「このメンバーなら最前線でいいんじゃないのか?

確か街から少し遠いが、まだ未踏破のダンジョンがあっただろ」

「そうだな、私もそこで問題ないと思う」

「まあ、そうだな」

「それじゃ、そこにしよう」

 

(えええええええええええ)

 

「シリカ、それじゃ最前線のダンジョンに行くけど、問題無いから気楽にな」

「は、はい……」

 

 もちろんシリカには、それを断る事は出来なかった。

 

 

 

 キリトがタイタンズハンドの連中と戦う所を見ていたシリカだったが、

正確にはあれは戦いと呼べるものでは無かっただろう。

シリカは今日、本当のトップクラスの戦いというものを、目の当たりにした。

 

「奥から牛人タイプが三匹くる」

「分かった。私が最初に全部の相手の足を止める」

「アスナは右から一匹を殲滅」

「了解」

「キリトは一撃与えたらシリカにスイッチ。シリカは最大威力の攻撃を叩きこめ。

そしたらすぐキリトにスイッチだ。キリト、下がってもシリカから目を離すなよ」

「分かった。シリカ、来るぞ!」

「は、はいっ」

「それじゃ俺は次の敵を持ってくる」

 

 目まぐるしい高速戦闘が続き、シリカのレベルはどんどん上がっていった。

時々敵が枯れて時間が空くと、そういった時間にハチマンが、

積極的にシリカに短剣術のレクチャーをしてくれた。

他の三人も、立ち回りや、探索のコツなどを教えてくれた。

 

「しかし初めて体験したが、使い魔というのはすごいものだな」

「ピナのおかげで連戦できてるってのもあるよね!」

 

 シリカはピナに指示を出して、HP回復の効果があるブレスを上手く使っていた。

 

「ああ。シリカの指示が的確なんだよな」

「私なんて、必死でやってるだけで……」

「謙遜すんなって。ピナの力も含めて、それは全部シリカの力なんだからな」

「はい、ありがとうございます!」

「レベルはいくつ上がったんだ?」

「もう四つも上がりました!」

「まじかよ、早いな」

 

 その言葉を受けてヒースクリフが、この方法なら底上げが、

いやしかしこのメンバーじゃないと、とぶつぶつ言い出した。

 

「ヒースクリフ、気持ちは分かるが、今日くらいは仕事の事は忘れろよ」

「あ、ああ、すまない。つい癖でな」

「それじゃ次いくぞ。お前ら準備はいいか?」

「いつでもいいよ!」

「それじゃ次持ってくるわ」

 

 その後もシリカは、ひたすら戦い続けた。

忙しくはあったが、それは今まで自分が経験してきた戦闘とは全然違い、

それぞれが自分の役割をしっかり理解してお互いをフォローし、

何があっても対応できるぞという、安心感すら感じられるものだった。

そして気がつけば、また二つレベルが上がっていた。

 

「一日で六つもレベルがあがるなんて初めてです!」

「まあ、シリカの適正レベルよりかなり上の狩場だしな……」

「メンバーのせいでペースもすごいしね」

「それでは、そろそろ終わりにするかね?」

「どうやらボス部屋っぽい部屋を見つけたんだが。せっかくだから最後に行くか?」

「ふむ、まあ、それで問題無いのではないかな」

「団長がそう言うなら大丈夫なんじゃないかな?」

 

(ええええええええええええええ)

 

 結局特に何も問題は無くボスは倒され、

シリカは、ボスって何だっけ……と頭を抱えるのであった。

その後キリトが見つけたという、ラーメンぽい料理を出す店に全員で行ったのだが、

その味は、醤油抜き東京風しょうゆラーメンというべきものであり、

全員とても微妙な表情で麺をすする事になった。

ちなみにこの時アスナは、いつか自分の手で味噌と醤油を作ってやると決意した。

 

 

 

「今日は久しぶりにいい気分転換になったよ、ありがとう」

「おう、あんま根をつめるなよ、ヒースクリフ」

「色々教えて頂きありがとうございました、ヒースクリフさん!」

「ああ。君も元気でな」

「それじゃ俺は家に帰るが、お前達はどうするんだ?」

「俺はちょっと用事があるんだよな」

「そうか。アスナとシリカはどうする?」

「もし良かったら、シリカちゃんと二人でハチマン君の家に行ってもいいかな?」

「別にまあ構わねえけど、随分と仲良くなったもんだな」

「だって、女の子のプレイヤーと知り合う機会って滅多にないんだもん」

「私もアスナさんくらいの年齢の方の知り合いは初めてなので、仲良くしたいです!」

「それじゃまあ、俺は部屋でゆっくりしてるから、二人は好きにしてくれ」

 

 キリトはそこで別れ、三人は二十二層に転移した。

家に着くと、ハチマンは予告通り部屋に入ってのんびりしていた。

アスナとシリカはお風呂に一緒に入り、その後色々と話をしていた。

 

「そっか、最初はやっぱり苦労したんだね」

「はい。もうどうしていいかわからなくて、最初はずっと始まりの街にいたんですよ」

「私には最初からハチマン君がいたから、その点は恵まれてたのかな」

「元々知り合いだったんですか?」

「ううん。最初はね……」

 

 アスナは、差し障りの無い程度に、ハチマンとの出会いを語って聞かせた。

シリカは、とても興味深そうに聞いていたが、羨ましくなったらしい。

 

「私にも最初からキリトさんみたいな人がいればなぁ……」

 

 と、ぼそっと呟いた。

 

「シリカちゃんは、キリト君が好きなの?」

「どうなんですかね……もし私にお兄ちゃんがいたらあんな感じかなとは思いますけど」

 

 シリカはあわあわしていたが、その顔は少し赤かった。

 

「まあキリト君もハチマン君も、確かにそんなとこあるよね」

「あ、はい。ハチマンさんもぶっきらぼうだけど、なんかそんな感じがします!」

「私も最初は頼ってばかりだったんだけど、

このままじゃ駄目だって思って、血盟騎士団に入ったんだよね。

でもなんだかんだ今でも色々と頼っちゃうんだけど」

 

 アスナの嬉しそうな顔を見て、シリカは、やっぱり少し羨ましいなと思った。

そして、私もいつかキリトさんの役にたてればいいな、と思った。

 

 

 

 次の日の朝、二人が帰ろうとした時ハチマンは、

少し迷ったそぶりをみせたが、シリカに家の鍵を渡した。

 

「あー、何かあった時、ここに逃げ込めばしのげるだろ。まあ保険だ保険」

「あ、ありがとうございます!」

「その上でキリトを呼べば、高見の見物をしながら安全を確保できる」

「ハチマン君……」

「あ、あは……」

「それじゃ、気をつけてな」

 

 二人はハチマンの家を辞し、転移門の方へと向かっていったが、

歩きながらアスナが、面白そうに言った。

 

「シリカちゃん、鍵貰えたね。

あれって多分、ハチマン君の中で、身内認定されたって事なんだよ」

「そうなんですか!」

「あそこの鍵を持ってるのって、私とキリト君と、リズっていう私の友達と、

あと、シリカちゃんの四人だけなんだよ。私達は、秘密基地って呼んでるけどね」

「なんか、すごい嬉しいです」

「まあ緊急時以外で尋ねる時は、事前に連絡してあげてね。

いきなりとかは、やっぱりちょっと慣れないみたいだから」

「はい!」

「それじゃシリカちゃん、また狩りにでも行こうね」

「はい、ありがとうございましたアスナさん!」

 

 アスナはそのまま血盟騎士団本部に戻ろうとしたが、

その前に、昨日の収穫をエギルの所に売ってしまおうと思いついた。

エギルの店に着くと、そこにはキリトがいた。

 

「ようアスナ。アスナも昨日の戦利品を売りにきたのか?」

「うん。意外と量が多くて、ストレージがちょっとね」

「何だ何だ、昨日どこかに行ったのか?」

 

 エギルはその話を聞き、メンバーの豪華さに呆れ気味で言った。

 

「お前らそれ、少し下の方の階層ボスなら楽勝で勝てそうだよな……」

「違いない」

 

 無事取引も終わり、店を出た時、キリトが思いついたように言った。

 

「そういえばアスナ、この後ちょっと暇か?」

「多少なら平気だけど、何かあるの?」

「実はな……アルゴ情報なんだが、五十七層にあるNPCレストランが、

醤油っぽい調味料を使ってるらしいんだよ。で、アスナの意見も聞きたくてな」

「あー、キリト君ももしかして、昨日のラーメンもどきを食べて思った?」

「ああ。味噌、醤油、ここらへんがやはり欲しい。ハチマンも呼ぶか?」

「うーん、ちょっと疲れてるようにも見えたし、

内緒で作ってびっくりさせてあげたいから、今日はいいかな」

「なるほどな。それじゃ行くか」

 

 二人は五十七層に転移し、店に向かおうとした。

その時、街中に悲鳴が沸き起こった。俗に言う、圏内事件の発生である。



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第049話 名探偵ハチマン

「キリト君、今の」

「ああ、行くぞ、アスナ」

 

 駆けつけた二人が遭遇したのは、圏内で消滅した一人のプレイヤーの姿であった。

周囲を見回したが、デュエルのリザルト画面の表示も無い。

二人は、死んだ男(カインズという名らしい)の知り合いのヨルコという女性に話を聞き、

この事件についての調査を始める事にした。

まずは圏内で人を殺す事が可能かどうかの検証だが、これは実に難航していた。

色々な事に詳しいヒースクリフにまで話を聞いたが、得られた情報は皆無だった。

ただ、ヒースクリフは別れ際に一言、

 

「実際に目で見た情報だけを信じたまえ」

 

 というアドバイスのようなものをくれた。

ちなみにハチマンはまだ寝ているようで、何の反応も無かった。

捜査中、聖竜騎士団のタンク隊の隊長であるシュミットに色々と聞かれたため、

もしかしたら関係者なのかもしれないと思い尋ねてみたが、

シュミットは、言葉を濁すばかりで、肝心な事は何も言わなかった。

仕方なく二人は、ヨルコにもう一度話を聞く事にした。

 

「シュミット、ですか?」

「ええ。名前に聞き覚えが?」

「昔の仲間です」

 

 ヨルコから、過去に所属していたギルド【黄金林檎】の情報を聞く事が出来た二人は、

シュミットを呼び出し、四人で話をする事にした。

 

 

 

 その頃ハチマンは、ちょっと寝過ぎたか、と思いながら、ベッドから体を起こした。

視界の端に、チカチカする光が見えた。どうやら何通かメッセージが来ているようだ。

 

「圏内での殺人、ねえ」

 

 ハチマンは頭を掻きながら、脳を活性化させるために、飲み物を取り出し一気に飲んだ。

落ち着いたところでハチマンは、アスナからのメッセージを読みはじめた。

 

(黄金林檎というギルドで、レアな指輪がドロップしたのが始まりかもしれない、か。

売りに行く途中でリーダーのグリセルダが死亡、指輪は行方不明、ギルドは解散か……)

 

 ハチマンは、頭の中で登場人物を整理しながら、更に読み進めた。

 

(カインズが圏内で死亡。死因は継続貫通ダメージだと?

犯行に使われたのは、グリセルダの夫のグリムロックという奴が作った槍か。

二人はこいつを疑っているのか。

そして、シュミット……?あいつは確か、聖竜連合へは途中入隊だったはずだ。

あそこの基準は厳しいから、中堅ギルドにいたシュミットがすぐ入隊できたって事は……)

 

「シュミットは何らかの形で、グリセルダの死に関わっているのは確定だな」

 

 ハチマンは口に出してそう呟き、再び考え始めた。

 

(圏内で死亡なぁ。生命の碑で確認したらしいが、これは保留だな。

ヒースクリフは……目で見た物だけを信じろ、か)

 

 生命の碑とは、ゲーム内プレイヤーの全リストであり、

更にゲーム内で死んだ者の、日付と死因が分かるもので、

始まりの街に存在していた。

その時アスナから、新たなメッセージが入った。

どうやらたった今、二人の目の前で、ヨルコが殺されたらしい。

犯人は転移結晶を使ったらしく、取り逃がしたようだ。

 

(転移結晶、圏内殺人、あー……)

 

 ハチマンはアスナに、今起きたと連絡し、二人を家に呼び出した。

 

「よお、悪いな、ちょっと寝過ぎちまった」

「ハチマン君!ヨルコさんが、ヨルコさんが……」

「まあ落ち着け。お前ら根本的に色々勘違いしてるぞ」

「勘違い?どういう事だ、ハチマン」

「実際に目の前で見ちまったから、余計にそう思い込んだのかもしれないがな。

いいか二人とも。圏内でそんな殺人は犯せない」

「だが、実際に目の前で……」

「そうだよハチマン君!目の前で二人の人が消滅したんだよ!」

「つまりそういう事だ。二人は実際に見ちまったせいで、

他の可能性を最初から無意識に排除しちまったんだよ」

 

 ハチマンは、説明を続けた。

 

「ヒースクリフにも言われたんだろ?実際に見たものだけを信じろって」

「ああ」

「よく分からなかったけどね」

「俺みたいに話を聞いただけなら、あるいは二人ともすぐ気付いたはずだ。

まず、そのエフェクトが発生するのは、どんな時だ?」

「えーと、モンスターを倒した時、人が死んだ時、それから」

「それから?」

「あ……まさか……」

 

 キリトが何かに気付いたようだ。

 

「アイテムの耐久値が切れた時、か?」

「そうだ。まあお前らには、余りなじみが無いかもしれない。だが俺は何度も見てるんだよ。

風呂あがりに飲もうと思って置いておいたお気に入りのドリンクが、

うっかりうとうとしてしまったために何度も目の前で消える所をな」

「そうか、盲点だった!ヒースクリフが言ったのは、この可能性を示唆したものだったのか」

「どういう事?」

「つまりこういう事だ。ヨルコとカインズは、装備品の耐久力を故意に消滅させ、

その瞬間転移結晶でどこかへ飛んだ。つまり、まだ生きている」

「でも、カインズって人は確かに今日、継続貫通ダメージが原因で死んでたよ」

「そのカインズだがな。一つだけ思いついた事があるんだが、

お前らが生命の碑で確認した名前は、本当にそのカインズか?綴りは合ってるか?」

「あ、そういえばさっき、元メンバー全員の名前を生命の碑で調べようとして、

シュミットに書いてもらったんだ」

 

 二人は、リストを取り出し確認した。

 

「そんな……私達が確認した名前と違う」

「やっぱりか。キリトならわかると思うがな、こういうゲームにはよくあるんだよ。

他のゲームの有名な主人公の名前を、多くの人間が、色々な綴りで使う事がな」

「確かにMMOだとよくある話だな」

「そういう事だ。今回の場合、そんな偶然あるわけないから、

おそらくそのカインズが死んだ日付は、一年前の今日だろうな」

 

 それを聞き、キリトは何かに思い当たったようだ。

 

「………なあ、ハチマン。まさかこれ」

「そのまさかだ。これはおそらく、その名前を偶然見つけた時に思いついたであろう、

ヨルコとカインズによる計画だろう。使用した武器からして、グリムロックも噛んでいる」

「何でそんな計画を?何か意味があるって事なのかな?」

「とりあえず、お前らが四人で話した時の内容を聞かせてくれ」

 

 アスナとキリトは、ヨルコが死ぬ直前の会話を説明し始めた。

ヨルコの一連の発言、グリセルダの死について、シュミットを疑っていた事。

グリムロックなら、グリセルダを殺した可能性のある全員に復讐する権利があると言った事。

もしかしたら、グリセルダの亡霊が犯人に復讐しようとしているかもしれない事。

それらの話を聞いて、まずハチマンが言ったのは、一見的外れに聞こえる質問だった。

 

「そういえばシュミットはどうした?」

「グリセルダに謝るとかなんとかぶつぶつ言いながら立ち去っていったぞ」

「まあシュミットは限りなく黒だろうから、その態度は理解できる」

「シュミットさんが?」

 

 ハチマンは、先ほど考えた事を、アスナとキリトに伝えた。

 

「確かに巨額のコルをいきなり手に入れないと、聖竜連合に即入団するのは難しいだろうな」

「そんな……」

「実際に手を下したかどうかはわからないが、関係してるのは間違いない」

「そうだな、否定できる材料が見当たらない」

「最後の質問だ。グリセルダは、どんなリーダーだった?」

「すごく強くて、頼りになるリーダーだったって。だからお墓も作ったみたい」

 

 ハチマンは少し考え込んだ。

 

「そんなに強かったなら、例え不意をついたとしても、

黄金林檎のメンバーがグリセルダを簡単に殺せたとも思えない。

可能性が一番高いのは、殺人に慣れた外部の組織の関与だな」

「犯人が依頼したって事?」

「まあそういう事だな」

「シュミットさんは、殺人とか依頼する人じゃないと思うけどな」

「おそらく、直接は関わっていないんだろう。だが明らかに疑わしい。

だからヨルコとカインズは、シュミットをグリセルダの墓に行かせるように仕向けて、

そこで自白でもさせるつもりで今回の計画を立てたんだろう」

「確かにそれしか考えられない流れになってるな」

「だが、何か忘れている気がする。グリセルダ殺しの真犯人……殺人ギルドの関与……

そういえばラフィンコフィン絡みで、大物がなんとかいう話が……しまった!」

 

 ハチマンはいきなり立ち上がった。

 

「ヨルコにすぐ連絡が取れたって事は、どっちかがフレンド登録をしたか?」

「あ、私がしたよ!そうか、これを見れば生きてるってすぐわかったんだ」

「フレンドリストから今どこにいるかが検索できるはずだ。どこにいる?」

「十九層みたい」

「説明は後でする。キリトはすぐそこへ急行してくれ。

毒耐性ポーションと回復結晶を有るだけ持っていってくれ。

もし戦闘になったら、防御主体でとにかく粘れ」

 

 二人はその戦闘という言葉に、緊張した。

 

「緊急事態なんだね、ハチマン君」

「ああ。アスナは血盟騎士団に召集をかけて、即現場へ向かえ」

「わかった」

「俺は聖竜騎士団に連絡後、すぐキリトの後を追う。

おそらく今回の敵は……ラフィンコフィンの幹部どもだ」



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第050話 歪んだ愛情

 ハチマンがああ言い切るのだから、必ず敵はいる。そう思い、キリトは全力で走っていた。

やがて前方に見えてきたのは、倒れているシュミットと、へたり込んでいる二人組。

 

(やっぱり生きていたんだな)

 

 それはヨルコと、おそらくカインズと思われる男性だった。

もしかしたらグリムロックかもしれないが、どうやら一人足りない。

まずいと思いながらキリトは、敵と三人の間に割って入った。

 

「よお、ジョー。久しぶりだな。

なんで頭から袋を被ってるんだ?顔を隠してるつもりか?」

 

 キリトはとりあえず会話から入り、少しでも時間を稼ごうとした。

今キリトの前には、三人の男が立っている。

一人は今言ったジョー。ジョーは、全身黒ずくめのレザー装備をまとい、

目の部分だけを丸く繰り抜いた、頭陀袋のようなものを頭から被っていた。

武器は黒く塗られた短剣。そして二人目は、

 

「なるほど、赤目のザザとはよく言ったもんだな」

 

 ザザは、顔に髑髏のマスクをつけていたが、、その目は確かに赤く光っていた。

こちらの武器は、エストックと呼ばれる刺突剣だ。問題は、その二人の後ろにいる男だった。

黒いポンチョを着たその男は、他の二人と違い、あからさまな敵意は見せていない。

だが、その男にただ見られているだけで、キリトは、背筋が寒くなるのを感じた。

 

「お前がプーか」

「ヒュウ!黒の剣士様に名前を覚えて頂いているとは光栄だな」

「キリトよぉ、いくらお前でも、三人相手に勝てると思ってるのか?」

「どうだろうな、正直分が悪いのは確かだがな」

 

 ザザは、何も言わずにただたたずんでいるだけだった。

 

「とりあえず、イッツ・ショータイムといくか」

 

 プーはそう言い、まるで中華包丁のような、赤黒い大型ダガーを取り出した。

 

「何だその包丁、随分と物騒な色をしているな」

「ハッ、COOLだろ?メイト・チョッパーって言う、俺のお気に入りの武器さ」

「メイト・チョッパー?友達の首でも刎ねるのか?

その二人の首を刎ねてくれたら楽なんだけどな」

 

 キリトはそう言いながら、耐毒ポーションを飲んだ。

 

「てめえ、今何を飲みやがった」

「ただの耐毒ポーションだよ。そんなに俺が怖いのか?ジョー。

まあ回復結晶も大量に持ってきてるし、十分やそこらは三人相手でも持たせられると思うぜ」

 

 そう言ってキリトは、エリュシデータを抜いた。

エリュシデータから威圧感を感じたのか、ジョーが一歩後ろに下がった。

 

「十分持ったら何だって言うんだ?黒の剣士さんよぉ」

「ああ。もうすぐ援軍が来るからな。俺は時間を稼ぐだけだよ。

お前らは、何十人もの攻略組相手に勝てるのか?」

「スナフー。お前らここは引くぞ」

「ヘッド!こいつの言ってる事が本当とは限らないっすよぉ」

「馬鹿野郎。お前らまだ気付いてないのか?」

「相変わらずまぬけだな、ジョー」

 

 その声と共に、プーの背後から、ハチマンが近づいてきた。

 

「ハチマン、てめえ」

「WOW!お前が噂のハチマンか。

わざわざ攻略組のトップ二人にお相手してもらえるとは、今日はHAPPYな日だぜ」

「結果もハッピーだと俺としては楽で助かるんだがな」

「チッ、てめーは絶対殺す」

「お前に出来るのか、ジョー」

 

 ジョーは、ハチマンを睨みつけていた。プーは、面白そうにハチマンを見ていた。

 

「黒の剣士も美味そうだと思ったが、お前は想像以上だったよ、ハチマン」

「ああん?何言ってんだお前。どう見てもキリトの方が強そうだろ」

「ハッ、モンスター相手なら確かにそうだろうさ」

 

 プーはそう言った瞬間に、口笛を吹いた。

それが合図だったのだろう。ザザとジョーが、素早く近くの茂みに向かい、

そこに隠れていたらしい一人の男を連れ、その男に武器を突きつけた。

ハチマンとキリトはプーに牽制され、一歩出遅れた。

 

「グリムロックさん……」

 

 ずっと黙っていたヨルコが、その男の名前をそう呼んだ。

どうやら、グリセルダの夫のグリムロックだったらしい。

 

「さあ、ここで黒幕様のご登場だ。イッツ・ショー・タイム」

「そんな!グリムロックさんが黒幕だなんて!」

「HAHA!お前らは、こいつが黒幕だと知っても、見殺しには決して出来ない。

そうだろう?黒の剣士に、ハチマンさんよお」

「チッ」

 

 ハチマンの舌打ちを聞き、プーは愉快そうに笑った。

 

「ここは痛み分けといこうぜ兄弟!決着はいずれまたの機会にな!」

 

 そう言って三人は転移結晶を使い、いずこかへと消えていった。

 

「くそっ、逃がしたか」

「ま、こんなもんだろ」

「落ち着いてるな、ハチマン」

「ああ、いくつかわかった事もあるしな」

「ハチマン君!キリト君!」

 

 その時アスナ率いる血盟騎士団数名が駆けつけてきた。

 

「すまんアスナ、まんまと逃げられちまった」

「逃げられたって事は、やっぱり敵がいたんだね」

「ああ。ラフィンコフィンのトップスリーがな」

 

 

 

 その後、元黄金林檎のメンバーは、四人だけで話をしたようだ。

後に聞かせてもらった話だと、やはりグリムロックが、

グリセルダを殺すようにラフィンコフィンに依頼をした犯人だった。

驚いた事にグリムロックは、現実世界でもグリセルダと夫婦だった。

現実世界ではどちらかというと大人しかった妻が、

ここでは自分よりもはるかに強く、強力なリーダーシップを発揮した事で、

このまま現実世界に戻れたとしても、妻は強い女のままなのではないか、

いつか離婚を切り出されるのではないかと、そんな事ばかり考えるようになってしまい、

そうさせないために、妻をこの世界で自分だけの物にすべく、殺害を決意したらしい。

シュミットは、加害者でもあったが、被害者でもあったようで、

とりあえずお咎め無しとなったようだ。

 

「そうか、指輪はストレージにしまってたから、グリセルダが死んだ時点で、

自動的にグリムロックの所有アイテムになったんだな」

「夫婦のストレージは共用だしね」

「指輪を売って稼いだコルの半分はシュミットに渡したが、

残りはまったく使ってなかったみたいだ」

「お金目当てじゃなかったって事だね……」

「シュミットはグリセルダの部屋に忍び込み、その部屋に回廊結晶の出口を設定して、

ギルドの共用ストレージに入れただけらしい。まあ、立派な殺人幇助なんだがな」

「そうか、それを使ってあいつらが部屋に侵入して、

そのままグリセルダを圏外に引きずり出したのか」

「シュミットさんも、グリセルダさんを殺す気なんかまったく無かったみたいだし、

あの二人が許したならそれでいいんだけど、でもやっぱりちょっとね……」

「まあ、な」

 

 三人は、夫婦間での殺人という結果に、やはり後味の悪さを感じていたようだ。

 

「結婚か……いい事ばかりじゃないのかな」

「グリセルダは、ギルドマスターの指輪と結婚指輪を、片時も外さなかったそうじゃないか。

そんなグリセルダを信じられなかった、グリムロックが全て悪いだろ」

「まあそういう事だ。信頼があれば、まあ、結婚もいいんじゃねえの。

結婚した事ないから知らんけど」

「ハチマン君は結婚しないの?」

「おい、何だその質問は。まあ、なんだ、俺なんかを好きになるやつなんかどこにも……」

 

 ハチマンは、アスナから怒りの気配を感じて、その先を続けるのをやめた。

何となくアスナの気持ちに気付いてはいたが、

やはり長年培われた習性のためか、どうしてもそれ以上は考えられないハチマンだった。

 

 その気配を察したのか、キリトが話題を変えた。 

 

「で、そろそろハチマンがどういう推理をしたか聞かせてくれないか」

「あ、ああ。まず、ヨルコとカインズとグリムロックが圏内殺人を偽装したとして、

その目的は、シュミットを呼び出して、罪の告白をさせるためだろう?」

「そうだな」

「他のメンバーの中に、もしかしたらグリセルダ殺しの真犯人がいたかもしれないが、

それはこの際置いておくとしてだ。まず、シュミットが関わっていたのは間違いない。

ここまではいいか?」

「うん」

「俺は今回の件に真犯人が関わっている可能性は、かなり高いと思っていた。

なぜならば真犯人は罪の発覚を恐れているため、

もしこういった状況になったら必ず自分もそこに参加し、

罪の発覚を防ごうとするはずだからだ」

「なるほどな」

 

 キリトは大きく頷いた。

 

「あの四人の中に真犯人がいたとしよう。そいつは殺人ギルドと繋がりを持っている。

という事は、犯人が次に打つ手は」

「……口封じか?」

「そうだ。他の三人が、人気の無い場所に勝手に集まってくれるんだ。

その時を狙って殺人ギルドに依頼し、全員殺す。そうすればそいつはもう安全だからな」

「ちょっと怖いね……」

「そして先日の事件。これは自信があったわけじゃないが、誰か大物が狙われるという話。

この件は、それにぴったり当てはまる。という事は、ラフィンコフィンが来る可能性が高い」

「話を聞いてみると、ちゃんと筋が通ってるな」

「あの時はもう時間が無かった。ちゃんと説明しないで悪かったな、二人とも」

 

 二人は、納得がいったというようにハチマンを賞賛した。

 

「やっぱりすごいな、ハチマン」

「ハチマン君、すごいね!」

「まあ、国語は得意だからな。俺は行間までちゃんと読む。

だがアスナは、何でも俺を持ち上げるのをやめろ。俺はそんなにすごい奴じゃない」

「俺はいいのかよ」

「お前は俺に借りがある。だから常に褒めろ」

「あはははは」

 

 凄惨な事件の後だが、三人はまだ笑う事が出来ていた。

それはきっと、喜ばしい事なのだろう。

 

 今回の事件を切欠にして、ラフィンコフィン討伐は、大きく進展を見せる事になった。



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第051話 ラフィンコフィン討伐戦

今日は18時にもう1話投稿します


 数日後、ハチマンの呼びかけで、緊急会議が開催された。

 

「新たな進展があったので、皆に連絡させてもらった。

毎度の事ながら、いきなりですまない」

「ラフィンコフィンの幹部に遭遇したんだろ?もう奴らを野放しには出来ないし、

みんなの安全にも関わる事なんだから、気にしないでくれ」

「ああ。詳細は省くが、先日ある事件があり、

その際にいくつか情報を収集する事に成功した。今回はその報告をしたいと思う」

「頼む」

 

 さすがに自分の命がかかっている事もあり、皆真剣に話を聞いていた。

 

「まず、これは以前から推測されていた事だが、

やはり奴らは、犯行時には仮面やマスクをかぶり、普段はそれを外して、

何気なく街中を闊歩しているようだ」

「以前から言われてた事だな」

「そして次、ザザの目だが、おそらく仮面を外しても、目の色は赤いままだ」

「それもまあ、情報としては裏づけが取れた程度か」

「ああ。ここまでは確認みたいなもんだ。ここからが本題なんだが」

 

 ハチマンは、皆の顔を見回してから、ゆっくりと口を開いた。

 

「プーは、おそらく体格のいい外人だ」

 

 皆が、意表をつかれたように一瞬ぽかんとした。

 

「何故わかったのかを説明したいと思う。先日俺は、キリトと二人で奴と対峙した。

その時、あいつは言った。スナフー、とな。

これは、某国の軍で使うスラングだ。意味はまあ、くそったれ、とでも訳せばいい」

「そ、そうか、それで……」

「これは大変危険だ。要するに奴は、プロの軍人と推測される」

 

 一瞬ざわついたが、その言葉の意味を理解したのだろう。場は静まり返った。

 

「つまり、武器の扱いにはかなり長けているはずだ。

下手するとスキルに関係なく格闘術まで使ってくるかもしれない。

ちなみに奴の武器は、メイト・チョッパーという名前の、中華包丁のような短剣だ」

「なるほど……」

「危険だな……」

「俺達に対抗できるのか?」

「ああ。ここはゲームの中だからな。軍人が強いのは、その技術もあるが、

鍛えているという部分が大きい。だが、力や早さは、レベルとステータスが全てだ。

高レベルの者が複数でかかれば、問題はないと思う」

 

 そのハチマンの言葉に、何人かがほっとした。

 

「そして最後に対策だが、俺がこのゲームの中で会った体格のいい外人は、

エギルしかいない。誰か他に見た奴はいるか?」

 

 その問いに、誰も答える者はいなかった。

 

「つまり、あいつはほぼ街には来ていないという事だ。

つまり、もし今後街中でエギル以外でそういう外人を見つけたら、それがプーだ」

 

 おおっ、という声があがる。

 

「ジョーの似顔絵と、ザザの赤い目、体格のいい外人もしくは黒ポンチョを着た人物。

これを見かけてすぐ連絡をくれた者には、確認がとれ次第賞金を渡す事にしよう。

エギルが通報されないように注意しないといけないがな」

 

 エギルは苦笑し、周りからも軽く笑いが起こった。

 

「そうすれば全プレイヤーが、幹部の監視を行う事になる。

更にカルマ回復クエを受けた時に、おかしな方向に向かう奴をみかけたら、

それも通報してもらえばいい。こっちはまあ嘘を言う奴がいないとも限らないから、

報酬については考えなくてはいけないかもしれないが」

 

 今度は、さきほどより大きく、おおっという声が上がった。

 

「それを実行すれば、ラフィンコフィンには大きな痛手になるんじゃないか?」

「ああ。かなり効果はあると思う」

「よし、その線で話をまとめていこう!」

「おう!!!」

 

 こうして、ラフィンコフィン包囲網が、加速度的に構築されていった。

 

 

 

「またか……」

「今週になってから、捕まったのは二人です」

「ちっ、ハチマンの差し金か。あいつくっそうぜーよ、やっちまおうぜ、ヘッド」

「……さすがにこれ以上人数が減るのはまずい」

 

 普段ほとんど喋らないザザですら、小さな声で意見を述べた。

 

「チッ、今残ってるメンバーは何人だ?」

「二十数人っすね」

「血盟騎士団に送り込んだ毒から何か報告はあったか?」

「それがどうやら、情報は幹部までできっちり統制されているらしくて、

どうにもなんないみたいっすね」

「このまま衰弱してただ捕まるのを待つだけってのは面白くねえよなあ」

「おびき寄せてまとめてやっちまいましょうよヘッド!」

「……」

 

 ザザも黙って頷いたのを見てプーは、新たな指示を出した。

 

 

 

 現在の最前線である、第六十五層の迷宮区の探索を切り上げ、

街へと戻ったハチマンとキリトの元に、アルゴからメッセージが届いた。

どうやら何か進展があったのか、ラフィンコフィン対策会議が開かれるらしい。

前回の会議から、二週間ほどの日数が経っていた。

 

「どうやら何か進展があったみたいだな、ハチマン」

「兵糧攻めみたいになってるからな。そろそろ何か動きがあってもおかしくないだろうよ」

 

 いつもの会議は一部の幹部連中だけが参加していたが、

今回の会議には、攻略組全員が集められているようだった。

会議が始まると、驚くべき情報が開示された。

どうやらラフィンコフィンの本部が発見されたらしい。

血盟騎士団のクラディールという男の知り合いが、

第三十七層の荒地で複数のオレンジカーソルのプレイヤーを見たらしく、

その報告を受けた斥候隊が、数日その周辺で、張り込みを行ったようだ。

斥候隊は、何人かのオレンジプレイヤーを確認し、

そのプレイヤーが向かった方の探索を慎重に進め、

ついに幹部を含む複数のプレイヤーが頻繁に出入りしている洞窟を見つけ、

そこを本部と断定する事になったらしい。

 

「というわけで、討伐隊を編成したいと思う。

覚悟の出来ない人間は、この場から去ってくれ。何も責めはしない」

 

(アスナは参加させたく無かったんだがな……)

 

 全体会議だったので、いつもは参加しないアスナもその会議の場にいた。

本人も参加する事を希望したため、ハチマンには止める事が出来なかった。

 

「おいキリト、アスナの事なんだが……」

「ああ、わかってるよ。手を汚すのは俺達だけで十分だ」

 

 ハチマンは立ち上がり、いくつかの提案を行った。

可能な限り死者を減らすため、徹底して相手の腕の切断を狙う事。

そうすれば、戦闘力を奪った上で、相手が死ぬ可能性を減らす事が出来る。

そのため刺突系の武器を持つ者は、基本洞窟入り口の見張りに回す事。

その意見は採用され、アスナが見張り隊の隊長に選ばれた。

アスナは不満そうだったが、その場にいる者は大部分が、

ハチマンのその提案が、アスナを戦闘に直接参加させないための意見だと分かっており、

積極的に賛成してくれたため、結局アスナもそれを了承した。

 

 

 

 会議も終わり、メンバーは準備のために、それぞれの拠点へと戻っていった。

アスナに捕まるのを恐れたのか、ハチマンも先に帰ったようだ。

アスナは残っていたキリトを捕まえて、少し泣きそうな目で話しかけた。

 

「お願いキリト君。私の代わりにハチマン君の背中を守って」

 

 アスナは、自分でやるつもりだったであろう役割を、キリトに託したようだ。

 

「ああ。任せろ」

 

 

 

 そしてついに討伐の日が訪れた。

ラフィンコフィンの本部に突入した討伐組は、慎重に奥へと進んでいったが、

すぐ脇に、落下したら死亡は免れないであろう、

深い断崖のある広場にさしかかろうとした所で奇襲を受け、迎撃戦の真っ最中であった。

 

「落ち着け!敵はこちらよりも少ないぞ!」

「隊列を組んで対応しろ!」

 

 奇襲を受けたため、その指示はあまり行き届かなかったようだ。

情報が事前に漏れていた可能性が高かったのと、地の利も敵にあったため、

各自バラバラな状態での戦闘が続いていた。

痛みは無いとわかっていても、他人の腕を落とす事が躊躇われる者もおり、

そういった者は、その隙をつかれて攻撃され死亡したり、

他のケースでは、敵は複数の味方を道連れにして崖から飛び降りた。

キリトとハチマンも複数のプレイヤーに囲まれる事が多く、

既に二人とも、何人かのプレイヤーを殺していた。

 

(エフェクトだけだから実感は少ないとはいえ、やはりこれはきついな……)

 

 味方の方が数が多いため、討伐組は徐々に優勢になっていたが、

その時奥の方から、見た事のある二人組が歩いてきた。

 

「会いたかったぜえ、ハチマンさんよぉ」

「……」

 

 ジョーの足はハチマンの方へと向かい、ザザは黙ってキリトの方へと向かった。

 

「俺は別にお前なんかに会いたくないけどな」

「昔は一緒に戦った仲だってのに、つれないねえ」

「まあ、お前と会うのもこれで最後だから、少しだけ付き合ってやるよ」

「てめーだけはここで絶対に殺す!」

 

 ハチマンとジョーの戦いが始まり、キリトとザザも、無言で戦い始めた。

もっとも他人の邪魔が入らないこんな状況での一対一では、

勝敗は始まる前から明らかだったのだが。

 

 

 

 キリトは相手の攻撃を軽くいなし、ザザがソードスキルを放つのを待っていた。

恐らくこういう戦いでは、

硬直の少ない《リニアー》を多用してくるだろうとキリトは読んでおり、

ザザも実際そうしていた。キリトはわざと隙を見せ、

相手が何度目かの《リニアー》を放つ瞬間を見極め横に飛び、

超反応でその突き出された相手の腕を叩き落とした。

キリトはそのままもう片方の腕も切り落とし、ザザを無力化した。

蹲るザザを味方に任せ、キリトはまだ戦っているハチマンの方へと向かった。

 

「お前のやり方はよくわかってるんだよおおおお」

 

 その言葉通り、ジョーは意外と善戦していた。

ハチマンのパリィをとことん警戒し、隙が出来ないようにしていた。

もっともその為攻撃力がガタ落ちになっていたのだが、

ハチマンと互角に戦えていると思っていたジョーは、その事に気付いていなかった。

そこにキリトが歩いてきた。

 

「に、二対一とは卑怯だぞ!」

「はぁ?キリトは別に手は出さないぞ」

「はっ、そんな事信じられるかよ。俺はずっと見てたんだぞ。

お前らがさっきから何人も人を殺してる所をな!お前らはもう、俺と同類なんだよ!」

 

 そう叫び、ぎゃははと笑うジョーを前にして、ハチマンは、考えを改めたようだ。

 

「おいキリト、気が変わった。お前にも一発殴らせてやるよ」

「まじか、前からこいつ殴りたいって思ってたんだよ」

「まあ、俺もそう思ってたしな」

「はぁ?お前ら何言って……」

 

 その瞬間ハチマンはジョーの懐に飛び込み、相手の武器を持つ腕を脇に抱え込んだ。

そこへ同じようにキリトも飛び込み、

手加減して体術ソードスキル《閃打》を相手の顔面に叩きこんだ。

よろめくジョーの顔面に向けて、ハチマンも同じように《閃打》を叩きこむ。

そして二人は、同時にジョーの左右の手首を切り落とし、完全に無力化した。

 

「よし、他も終わったようだ。残るはプーだけだな」

 

 その後隅々まで探索が行われたが、結局、プーの姿はどこにも発見出来なかった。

 

「まあ、あいつ一人じゃやれる事にも限界があるだろうし、この際仕方ないか」

「まあ、警戒だけは続けるしかないな」

 

 その後もずっと警戒は続けられたのだが、

皆がSAOから解放されるその日まで、プーがその姿を現す事は、結局一度も無かった。

この日をもって、殺人ギルド【ラフィンコフィン】は、事実上壊滅した。



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第052話 疑惑と証明

 ラフィンコフィンの生き残りメンバーは、全員監獄へと送られた。

生き残った攻略組のメンバーの反応は様々だった。

戦いが終わった事に安堵する者。亡くなった仲間を悼む者。

敵に怒りをぶつける者。黙って座り込む者。

場の雰囲気は、さすがに暗かった。

キリトもさすがに暗い表情で、ハチマンに声をかけてきた。

 

「終わったな」

「ああ」

「ハチマンは何人だ?」

 

 キリトは、やや言葉を濁しながら尋ねた。

 

「四人だな」

「俺も四人だ。全体で十五人らしいから、俺とハチマンで半分超えてるな」

 

 敵の幹部を倒し、今日の戦いを終わらせた立役者でもあるハチマンとキリトは、

その強さゆえに、より多くの敵と戦う事になったせいか、

他の者よりも多くのプレイヤーを殺す結果となっていたのだった。

そんな暗い雰囲気の中、突然クラインが立ち上がって大きな声をあげた。

 

「俺達は確かに敵を殺した。でもそれと同時に、今後犠牲になる誰かを守ったんだ!

皆、それを忘れないようにしようぜ!」

 

 それは、今の攻略組にとっての救いの言葉だった。

ただの言葉遊びかもしれないが、それは確かに事実なのだから。

 

「確かにその通りだ!」

「俺達は守りたい人達を守ったんだ!」

「みんな!顔を上げよう!」

 

 皆少しは元気を取り戻せたようで、あちこちから賛同の声が上がる。

座り込んでいた者たちも、立ち上がり、顔を上げ、順番に洞窟の外へと向かい始めた。

外に出ると、アスナが心配そうに駆け寄ってきた。

 

「二人とも、無事で良かった」

「ああ」

「プーはいなかったって聞いたけど」

「ああ。多分最初から、部下を囮にするつもりだったのかもしれないな」

「まあ、一人じゃ出来る事なんてたかが知れてるだろ。警戒を怠らないようにすればいい」

 

 そこにクラインとエギルも合流し、五人は街へと歩き始めた。

最初に口を開いたのは、エギルだった。

 

「二人ともすまん。本来こういう事は、大人である俺達の仕事なのに、

お前達により大きな負担をかける事になってしまった」

 

 キリトはその言葉を聞き、

 

「エギル、それは言いっこ無しだ。たまたま今回そうなっただけで、

これは全員で話し合って全員で決断した事だ。

俺が言うのもなんだけど、全員で等しく背負う事なんだから、気にしないでくれ」

 

 と答えた。クラインは、うんうんと頷いていた。

ハチマンは無言だった。それ自体はさほど珍しい事ではないのだが、

今のハチマンは何というか、心ここにあらずという風に見えた。

 

「ハチマン君……?」

「お、おう、どうかしたか?」

「ううん、他の人は暗い表情を見せる事があるのに、ハチマン君は何か……」

「俺達そんなに暗い表情をしてるか?」

「うん。クラインさんは明るく振舞おうとしてるのが見え見えだし、

エギルさんは、商売柄顔にはあまり出ないんだろうけど、顔が強張ってる。

キリト君は、そのまんまずーんって言葉が背後に見えてる感じ?」

 

 その言葉を聞いた三人は、

 

「なんか……」

「最近のアスナって……」

「ハチマンに似てきてねえか!?」

「おいお前ら、人を何だと思ってやがる」

 

 一瞬我に返ったのか、ハチマンが突っ込んだ。

アスナはそんな三人の言葉を聞いて、慌てて謝った。

 

「ごめんなさい、さっきまですごく心配してたんだけど、

みんなの顔を見たらなんか安心しちゃってつい……」

「おいアスナ、お前それフォローじゃないからな」

 

 五人はそんな二人のやりとりに、やっと笑顔を見せた。

 

「本当に二人には救われるよ」

「ああ。なんか安心するよな」

「ハチマンはブレねーよな」

 

 アスナはそれを聞いて、表情をやや暗くした。

 

「私はその場にいなかったから、

みんなすごいつらかったんだろうって、想像は出来るんだけど、

そのつらさを本当には理解出来ないというか、

だから、明るく振舞う事くらいしか、逆に出来ないっていうか……」

「アスナはそれでいいいんだよ。皆、アスナの暗い顔なんか見たくないんだよ」

「そうそう。そのおかげで、俺達も救われてる部分もあるんだしな」

「アスナさんにはやっぱ笑ってて欲しいんすよ!」

 

 三人は口々にそう言った。

 

「うん。みんなごめんなさい、ありがとう」

 

 アスナは、三人に頭を下げた。

 

「この後どうする?飯でも食ってくか?」

「そうだな、ハチマンはどうする?」

 

 その問いに、ハチマンは無言だった。

今のハチマンからはまた、心ここにあらずと言った感じを受ける。

 

「ハチマン……君?」

 

 アスナはハチマンを揺すった。

 

「お、おう、飯か?そうだな、今日のところは俺は遠慮しとくわ」

「そうか」

「それじゃ俺達はそろそろ行くか」

「え、あ、アスナさんは?」

「クライン……」

 

 キリトはクラインを引き寄せ、小さな声で囁いた。

 

「おいクライン、アスナをよく見ろよ」

「お?……あ」

 

 アスナは、揺すった時の手を離さず、心配そうにハチマンの服を摘んでいた。

それはアスナが、ハチマンを気にかけたり、何か不安に思っている時のサインだった。

 

「それじゃまたな!」

「おう」

 

 三人は、街の繁華街へと向かって歩き出した。

 

「アスナは行かないのか?」

「あ、うん。キリト君ちょっと待って」

 

 その言葉を聞き、ハチマンはアスナも食事に行くと理解したのか、

背を向けて一人で転移門へと歩き出した。

アスナはそれを気にしつつ、キリトに駆け寄り、お礼を言った。

 

「キリト君、ハチマン君の背中を守ってくれて、本当にありがとう」

「ああ、約束したからな。ほら、ハチマンが気づかずに行っちまうぞ。早く行けよ」

「うん」

 

 そう言って、アスナはハチマンを追いかけていった。

三人は歩きながら、ハチマンについて話をしていた。

 

「気づいたか?エギル」

「ああ。ハチマンの様子が何かおかしかった」

「え、そうか?いつもあんなもんじゃねーか?」

「言葉は確かにそうなんだがな、ぼーっとしてるっていうか」

「俺には、心ここにあらずって感じに見えたな」

「そう言われると、確かにそんな感じだったかもしれねーな」

「アスナも何か感じてたみたいだし、まあ任せといて問題ないだろ」

「ま、そうだな。アスナさんは、ハチマン担当だからな」

「何だそれ、ちょっと羨ましいな!」

「クライン……」

 

 

 

 ハチマンは気が付くと自分の家のソファーに座っていた。

隣にはアスナがいて、アスナはハチマンの手を握っていた。

 

「え、これどういう状況だ??ってかアスナ、その手……」

「その手、じゃないよハチマン君。やっと目が覚めたのかな?」

 

 アスナはハチマンの手を離し、ハチマンの目の前で手を振った。

 

「……俺、どんな感じだったんだ?」

「呼びかけても気付かないみたいで、心ここにあらずって感じ?」

「そうか……」

「大丈夫?」

「ああ。何となく思い出してきたわ」

「やっぱり今日の事で何かあったの?

ハチマン君だけあんまり暗い感じがしなかったから、

平気なのかなって思ってたんだけど」

「そうだな……その平気ってのが、多分、問題だったんだと思う」

 

 ハチマンは、自分が感じた事を、ぽつぽつと話し始めた。

 

「確かに戦う前は、覚悟をしたとはいえ、人を殺す事が嫌で仕方なかった。

だが、終わってみて思ったんだ。ああ、こんなもんかって。

確かにこの世界の殺人は、一瞬エフェクトが発生するだけのもので、

現実世界とは根本的に違う。だが、こんなもんかってのはおかしいだろう?

確かにこれで安心だなと思った。傷つく人が減るとも思った。

だが、それは人を殺した上で出る感想じゃないんじゃないか?

普通はもっと落ち込んだり、苦しんだりするんじゃないか?

その時気付いたんだ。もしかして、もう俺の心は壊れているんじゃないかと。

そしたら目の前が真っ暗になって、その後の事はよく覚えてないんだよ」

 

 ハチマンは、深い溜息をついた。

 

「なあアスナ、今の俺は、本当に普通の人間なのか?

ここにいる俺はただのプログラムで、本当の俺はもう死んでるんじゃないのか?」

「違う!」

 

 アスナが突然叫び、ハチマンの頭を胸に抱きしめた。

 

「だってハチマン君、今泣いてるじゃない。プログラムは涙なんか流さないよ」

「え、あ、俺、泣いてたのか……」

 

 ハチマンは自分がいつの間にか涙を流していた事に気が付いた。

 

「だから、今ここにいるハチマン君は、プログラムでもロボットでもない、

いつも冷静で頼りになるけど、自己評価が低くてめんどくさがりで、

時々何言ってるかわからない、いつものハチマン君だよ」

「お、おう……後半はまったく褒めてないが、そうか。俺はまだ生きてるんだな」

 

 ハチマンは、少し安心したように見えた。

 

「今は少し感覚が麻痺しちゃってるだけだよ。

攻略組のみんなだって、誰でも少しはそうなってきてると思う」

「麻痺、な……」

「でも涙を流せる限り、ハチマン君はきっと大丈夫だよ。

もし迷ってそうだったら、私が泣かせればいいんだしね!」

「おい、それは何か違う。だがまあその時は、お手柔らかに頼むわ」

 

 やっぱりアスナにはかなわないな、と、ハチマンはそう思った。

 

(俺に無い強さを持っているアスナがいてくれるおかげで、

俺は最後まで、俺のままでいられるかもしれないな)

 

「その、いつもありがとな」

「私だってハチマン君にいつも助けられてるよ。ううん、きっと最初からずっと」

「そうか」

「そろそろ落ち着いた?」

「ああ、もう大丈夫だ。だからその、そろそろ顔に当たってるそれを……」

「それ?」

 

 そう言ったハチマンの顔が真っ赤になっていたため、

アスナは今自分が何をしているかに気が付いた。

 

「ハチマン君のエッチ!」

 

 そう言うや否や、アスナはハチマンからばっと離れ、ハチマンの顔に平手打ちをした。

 

「おお、ガツンときた……今の一発でまじ目が覚めたわ」

「あっ、ごめん……でも今のはハチマン君が悪いんだからね!」

「いや、今のはお前から……」

「何?」

「何でもないです……」

「でもほら、今ので、自分がちゃんと生きてるって感じられたでしょう?」

「おう。その、これからも何かあったらもっかい今の頼むわ」

「今のって、もちろん平手打ちだよね?」

「当たり前だろ」

 

 ハチマンが元気になったため安心したのか、アスナは少ししてから帰っていった。

今回の事件は凄惨なもので、まだ完全に解決したわけでは無かったが、

心の問題も、二人でいる限りは大丈夫だと思えた事が、

ハチマンにとっては、何よりの収穫だった。



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第053話 新たな力

 その頃食事に行った三人は、当然のようにハチマンの話題で盛り上がっていた。

 

「キリトとエギルは、ハチマンとは一層からの付き合いなんだよな?」

「ああ、まあそうだな」

「どんな出会いだったんだ?」

「俺は最初は、面白い奴がいるなって程度だったな。最初から親しかったわけじゃないな」

「俺は、一層の攻略会議でハチマンとアスナにパーティに誘われてからの付き合いだな」

「まじかよ、あの二人最初から一緒だったのかよ。リアルで知り合いなのか?」

「いや、聞いた話だと違うらしいぞ」

 

 キリトは、差し触りの無い程度にクラインに説明をした。

 

「かーっ、ハチマンいい奴だな!見ず知らずの男の子を保護するために走り出すとかよぉ!

そしてそれが実は女の子だったなんて、思いっきりドラマみたいじゃねーか」

 

 エギルもそれに同意した。

 

「俺もその話を聞いた時、こいつ格好いいなって思ったな」

「ああ、なんかいい話だよな」

「で、それからキリトもずっとハチマンとつるんでるわけだろ?何か理由でもあったのか?」

 

 その問いに、キリトは少し考えつつ答えた。

 

「なんか、ハチマンといると楽だったんだよな……」

「楽って、戦闘がか?」

「それもあるけど、何ていうか、人の心に無闇に踏み込んでこないっていうか、

俺が俺のままでいられるって感じだな。自然体で付き合えるっていうか」

「ソロ嗜好同士ってのもあるかもしれないな」

「ああ、まあ、それはあるかもな」

「でもそれだけでずっとつるめるもんか?」

「うーん、何か楽しいんだよな。色々理由は付けられるけど、それが一番だな。

戦闘面でも、全力で戦っても安心して背中を任せられるし、まあ、そんな感じだな」

「確かに二人が揃うと、無敵な感じがあるよな。意思疎通もスムーズだしな。

アスナさんと三人だと、ヒースクリフすら瞬殺出来そうだ」

 

 エギルが重々しくそう言うと、それを受けてクラインが付け加えた。

 

「戦闘と言えばよぉ、ハチマンは人相手にはめちゃめちゃ強ええよな!」

「あれでも全力じゃないらしいぞ。何かが足りないって言ってたな」

 

 クラインはそれを聞き、呆然と呟いた。

 

「まじかよ……キリトとは別の意味での化け物だな」

「おいクライン、さらっと人を化け物扱いするな」

「今のハチマンぽいな!キリトも影響受けてんじゃねーか?さっきのアスナさんみたいに」

「まじか……否定出来ない……」

「でもそうなんだよな。影響を受けるくらいアスナさんはずっと傍にいるんだよなぁ」

 

 それを聞き、キリトはちょっとずれた答えを返した。

 

「確かにそうだな。アスナの戦闘スタイルも、

かなりハチマンに合わせたものになってるかもしれない」

「そういう意味じゃなくてよぉ」

「どういう意味だよ」

 

 きょとんとするキリトに、クラインはにやにやしながら言った。

 

「もちろん男女の仲的な奴に決まってんじゃねーかよ。

ああー俺も早くアスナさんみたいな素敵な女性に巡り会いたいぜ!

さっきアスナさんが、ハチマンの服をちょこんと摘んでいるのを見た時は、

目茶目茶ヤキモチを焼いちまったぜ!」

「ああ、あれな……たまにやってるんだよな。本人は自覚が無いみたいだが」

「まじかよ、あれ無自覚なのかよ!でもいいよなぁアスナさん。エギルもそう思うだろ?」

「ん、ああ、俺は現実ではもう結婚してるからな」

 

 その言葉に、キリトとクラインは驚いた。

 

「まじかよ!この裏切り者!」

「クラインうるさいぞ。そうか、エギルは結婚してるのか」

「ああ。だからまあ、巡り会いたいとかは無いんだが」

 

 エギルはそうは言ったものの、話には加わりたかったらしい。

 

「しかしあの二人はあんなにお似合いなのに、なんであの二人の間から、

恋愛関係の話がまったく伝わってこないのか、アインクラッド一番の謎だな」

 

 エギルのその言葉に、キリトは少し考えた後、

 

「ハチマンは、妙に自分を低く見るところがあるから、

アスナに好かれてるって何となくは思ってても、

これは自分の妄想だって片付けちゃうんじゃないか?」

 

 と答えた。

 

「あー……」

「確かに……」

 

 二人はその言葉に、かなり納得した。

 

「アスナもアスナで、ハチマンのそういうとこや、繊細な性格を理解してるだろうし、

よほど大きな事でもないと、これ以上進展はしないんじゃないか?」

「まじかよーこのままじゃハチマンの奴、誰かにアスナさんを取られちまうんじゃないか?」

「いやいや無い無い」

「ああ、無いな」

「まあ、無いよな」

 

 クラインも本気で言ってたわけではないようで、一緒に頷いていた。

 

「まあ今のままでも十分お似合いだから別にいいんだけどよぉ。

あの二人には、本当の意味で幸せになって欲しいじゃねえかよ」

「ああ」

「本当にそうだな」

「それじゃ、俺達の大好きなあの二人に改めて乾杯といこうぜ!」

「おう!」

「乾杯!」

 

 その後も二人の話題でひとしきり盛り上がった後、その日は解散する事になった。

昼間の出来事についての話は、まったく出なかった。

誰もが思い出したくはない類の出来事であり、

暗黙の了解で、今後もその話が普段の会話で出る事は無いのだろう。

 

「それじゃ二人とも、またな」

「おう、またな」

「またなー!」

 

 

 

 キリトは適当に宿をとり、先ほどの会話について、考えていた。

もっとも、戦闘面の事というのがキリトらしいのだったが。

 

「化け物か……俺があそこから更に強くなったハチマンを相手にするには、

やっぱりスキル構成から考えないとだめか……」

 

 そう言って、スキル画面を呼び出したキリトは、そこに見慣れないスキル名を見つけた。

 

「なんだこれ……いつから覚えてたんだ?」

 

 そのスキルの説明を見たキリトは、しばらく何事か考えていたが、

しばらくしてからハチマンにメッセージを送った。

 

 

 

 次の日ハチマンは、キリトの訪問を受けていた。

 

「よう、昨日は悪かったな」

「もう平気なのか?」

「ああ。ちょっと自分を見失ってたみたいでな、アスナに助けてもらったわ」

「そうか、さすがはハチマン番のアスナだな」

「なんだよハチマン番って……」

「で、今日は相談があって来たんだよ」

「わざわざここに来るって事は、人に聞かれたくない話か」

「ああ」

 

 二人はソファーに腰掛け、キリトはハチマンに、昨日見つけたスキルの事を話し始めた。

 

「二刀流?」

「ああ」

「ゲームじゃよくあるスキル名だが、SAOでは聞いた事が無いな」

「取得条件が書いてないんだよ、これ」

「まじか、ユニークスキルかよ」

「多分そうだな……」

 

 ハチマンはその言葉を受けて、しばらく考え込んでいた。

 

「ハチマン、どうすればいいと思う?」

「まあ、今のところは絶対に他人に知られないようにしないとだな」

「やっぱそうだよな……」

「ヒースクリフのように、ギルドの後ろ盾がある奴ならまだしも、俺達はソロだからな。

余計ないざこざを防ぐためにも、その方がいい」

「でも訓練は必要だよな?」

「ああ。うちの庭で練習すればいい。誰にも見られる事は無いしな」

「じゃあ、しばらく庭を借りる事にするよ」

「ソードスキルはあるのか?」

「ああ」

「それじゃ、ソードスキルをマスターするのが優先だな。

慣れたらどこかでこっそり実戦だ。出来ればインスタンスエリアが望ましいな」

「なるほど、それなら誰にも見られないな」

 

 キリトは、何か適当なクエストはあっただろうかと考え始めた。

 

「でも、それだけじゃ駄目だな」

「他に何かあるのか?」

「ああ。そのスキルを生かすには、もう一本エリュシデータ並の武器が必要になる。

そうじゃないと、バランスが悪すぎる」

「そうか……しかしこれくらいの武器ってなるとな……」

「プレイヤーメイドで作ってみてもいいんじゃないか?リズに頼んでみろよ」

「リズ?誰だそれ?」

 

 その答えに、ハチマンは少し戸惑った。

 

(あれ、そういやキリトとリズって面識無かったか?

そういえば一緒にいる所を見た事がないな……

今の返事だと、名前すら聞いた事が無いみたいだが、会話に出た事も無かったのか。

これは思わぬ盲点だったな。まあ面白そうだから、このまま黙っておこう)

 

 ハチマンはそう考え、悪そうな表情が出ないように気を付けながら、キリトに言った。

 

「すまん。リズってのは、鍛冶屋の名前だ。アスナのランベントライトを作った奴だ」

 

 アスナの武器は、今はランベントライトという、

リズベットの作った高性能の剣だった。

 

「まじかよ、あれはかなりすごい武器だぞ」

「だから腕の方は信頼出来るぞ。そういや最近、最高傑作が出来たとか言ってた気がする。

店の場所を教えてやるから、行ってみたらどうだ?」

「ありがとな。それじゃ明日にでも早速行ってみるよ」

「ああ、場所は四十八層の……」

 

 キリトが帰るとハチマンは、リズベットの店へ向かった。

 

「あれハチマン、久しぶりじゃない」

「おう、ちょっと武器のメンテを頼むわ」

「わかったー仕事が立て込んでるから、ちょっと待っててね」

 

 どうやら仕事も順調のようで、ハチマンは安心した。

 

「繁盛してるみたいだな」

「ハチマンとアスナのお陰でね」

「俺達なんて宣伝くらいしかしてねえよ。リズの腕のおかげだろ。もっと誇っていいぞ」

「うん、ありがとう!」

「そういや最近、武器の素材に関する新たなクエストが見つかったらしいな」

「そうなんだ?どんなクエスト?」

「五十五層の雪原エリアがあるだろ。あそこの山の上に、白竜ってのがいるらしいんだが、

そいつが、クリスタライトインゴットってのを持ってるらしい」

 

 リズベットは、その名前には聞き覚えがあったようだ。

 

「それ、かなり高位のインゴットだね。でも流通したって話は聞かないなぁ」

「ああ。確かにそこに存在するって情報ははっきり示されてるのに、

まだ誰も入手出来た事が無いんだと。もしかしたら他に条件があるのかもしれないな。

マスタークラスの鍛冶屋が一緒じゃないと駄目だとかな」

「なるほどね。でも五十五層かぁ。今の最前線は六十三層だっけ?」

「ああ」

「それくらいなら、ハチマンでもその白竜っての、ソロで倒せる?」

「特に問題はないな」

「なるほど、それくらいの強さなんだ。今度取りにいってみる?」

「そうだな、今度行ってみるか」

 

 そうやってしばらく雑談をしていたが、武器のメンテが終わったので、

ハチマンは店を辞した。

リズベットは、たった今聞いた情報について考えていた。

それがハチマンの計画通りだとは、当然気付いていなかった。

 

 

 

 そして次の日。

 

「ごめん下さ~い」

 

 と、店の方からのんびりとした声が聞こえた。どうやら来客のようだ。

リズベットは、今日も頑張ろうと思い、張り切って店に顔を出した。

 

「いらっしゃいませ!今日はどんな武器をお求めですか?」

「オーダーメイドで、予算は気にしなくていいので、今出来る最高の武器をお願いします」



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第054話 迷子の二人

今日は22時くらいにもう1話投稿します


 その日の深夜、アスナが焦ったようにハチマンに連絡してきた。

ハチマンはとりあえずアスナの指定通り、リズベット武具店へと向かった。

 

(まああの件だと思うが……それにしても慌て方が普通じゃなかったな)

 

 店の前に着くと、アスナが慌てたようにハチマンに駆け寄ってきた。

 

「ハチマン君、リズがどこかのダンジョンにいるみたいで、連絡が取れないの!

居場所もわからないし……」

「ダンジョン?」

 

 ハチマンも、フレンドリストを確認したが、

確かに二人は連絡の届かない所にいるようだった。

ハチマンはクエストの詳細を思い出したが、ダンジョンがあった記憶は無い。

 

「うん。メッセージが届かないから、多分ダンジョンだと思うんだよね」

「……あそこにダンジョンなんか無いはずなんだけどな」

「ハチマン君、リズの居場所を知ってるの?」

「ああ。キリトも今メッセージが届かない状態だろ?多分あの二人一緒だと思うんだよな」

「どういう事?」

 

 ハチマンは二刀流の事はうまく伏せつつ、

キリトがおそらくリズベットに武器の製作を頼んだ事と、

昨日リズベットにクリスタライトインゴットという素材の話をした事を説明した。

 

「なるほどね、それじゃ二人は五十五層にいるんだね」

「ああ。だがその付近には、ダンジョンなんか無いはずなんだよ」

「どうしようか?」

「キリトがいれば大丈夫だと思うんだがな」

「まあ五十五層なら戦闘で苦労する事は無いだろうが、一応追跡モードで確認してみるか」

「うん」

 

 アスナがリズベットの足跡を追跡し、ハチマンがキリトの足跡を追跡したが、

二つの足跡は、やはり同一方向へと向かっていた。

 

「やっぱり二人で山の方に向かってるみたいだね」

「ああ。とりあえずこのまま追跡するか」

 

 途中で何度か狼系や雪男系の敵を蹴散らしつつ、二人は山頂と思しき地点に到着した。

 

「リズの足跡、ここの氷柱付近で途切れてる……」

「キリトのは、ここで途切れてるな……おいアスナ、ちょっと来てくれ」

「何かわかった?」

「どうやらここからこの穴の中に飛んだらしい」

「ええっ!?」

「この崖の角に足跡がある。おそらくリズがドラゴンのブレスか何かで飛ばされて、

それをキリトがキャッチして、そのまま落ちたんじゃないか」

「この高さから落ちて大丈夫なのかな?」

「今生きてるって事は、大丈夫だったんだろうな」

 

 ハチマンは下を覗き込んだが、底はまったく見えない。

 

「ロープでも取ってくる?」

「一体どれくらいの長さが必要になるかわからんが、現状それしか無いかもしれん」

「それじゃ、一度戻ろうか」

「ああ。NPCショップの開く時間になったら集合だな。

でもロープの接続なんて可能なのか?」

「あー……」

「仕方ない、アルゴあたりと相談するとして、今日は一度戻ろう」

「そうだね……リズ、キリト君、待っててね」

 

 アスナは心配そうに後ろを振り向きながらも、下山を承諾した。

 

 

 

 街に着くと、もう明るくなろうとしている時間だった。

二人はアルゴに連絡を取り、さすがに朝早かったためか、

連絡が取れたのは数時間経ってからだったが、すぐにロープの準備を開始した。

まもなく準備が終わろうと言う頃に、いきなりリズベットとキリトが連絡可能状態になった。

二人にすぐ連絡を取ると、リズベット武具店に向かっているとの事だったので、

ハチマンとアスナはアルゴに礼を言い、すぐに四十八層へと向かった。

 

「リズ~心配したよ~」

 

 アスナはそう言い、リズベットに抱きついた。

何故かリズベットは、アスナをなだめつつ、こちらを気にしていた。

 

(ん、何だリズの奴、見てるのは……キリトか。まあいいか)

 

 とりあえずハチマンはキリトに、昨日の詳細を聞く事にした。

 

「まじかよ、あれって白竜のうんこなのか……」

「あ、ああ。ストレートにそう言われると、何か恥ずかしくなるけどな……」

「しかも穴の下にあるとか、そりゃ誰にも見つけられないわけだわ」

「見つけたのはほんとラッキーだったよ。落とされたリズのおかげだな」

 

(リズ?一晩で随分と仲良くなったもんだな)

 

 二人が話しているのを見て、アスナとリズベットもこちらにやって来たようだ。

 

「あれ、ハチマンとキリトは知り合いなの?」

 

(おう、こいつもキリト呼ばわりか……)

 

「ああ。キリトとはリズより前からの知り合いで、ずっとつるんでるんだが、

正直二人が未だに面識が無かったのには驚いたわ」

「え……もしかして、キリトって黒の剣士?」

「なんだ、知ってるのか」

「いや、ハチマンと黒の剣士がつるんでるって噂を何度か聞いてただけだけど、

確かに直接紹介されたりとかは一度も無かったかも」

「そういえば、私もリズの前でキリト君の話をした事無かったんだね」

「一応攻略組の名前は安易に出さないって最初の頃決めたルールがあったじゃない。

あれのせいじゃないかな。紹介される機会が無かったわけじゃないと思うけど、

めぐり合わせが悪かったんだねきっと」

「まあ、これで晴れて知り合いになったんだし、

これからよろしくって事でいいんじゃないか」

「そうだな、俺も今後武器を作ってもらう事もあるだろうし、知り合えて良かったよ」

「いきなり私の最高傑作を叩き折られて、最初はすごい嫌な奴って思ったんだけどね」

「おいキリト、お前いきなり何やってんだよ……」

「あ、あは……」

 

 そんなキリトを前にして、リズベットは何故か怒っている気配は微塵も無く、

どちらかと言うと嬉しそうに見えた。

 

「で、武器はこれから作るの?」

「うん。気合入ってるからすごいのを作っちゃうよ」

「それじゃ、四人で……」

「あーアスナ」

 

 リズベットの反応を見て、何となく色々と察したハチマンは、アスナの言葉を遮った。

 

「せっかくロープを作ったんだし、俺も武器を新調したいんで、

ちょっとそのインゴットを取りに行くのを手伝ってくれないか?」

「別にいいけど」

「よし、それじゃ行くか」

「あっ、ちょっと待ってよハチマン君!もう、それじゃ二人とも、頑張ってね」

「うん、アスナも気を付けて!」

「ハチマン、落ちるなよ」

「おお。それじゃまたな」

 

 ハチマンは珍しく自分からアスナの手を握り、転移門の方へと歩いていった。

 

「ハチマン君待って!」

「ん、あ、すまん……」

 

 ハチマンは、慌ててアスナの手を離し、リズベットの態度の事を説明した。

 

「それって……」

「ああ。なんとなくリズが、キリトに惚れてるような気がしたんでな、

二人きりの方が、リズにもっと気合が入っていい武器が作れるんじゃなかと思ってな」

「私、全然気付かなかったよ……」

「そりゃまあお前はリズに抱き着いて、わんわん泣いてたからな。

その時リズが、ちらちらとこっちを見てたのにはさすがに気付かなかっただろうよ」

「リズ、そんな分かりやすかったんだ……」

 

 アスナは、親友のそんな姿は初めてだったので、今度じっくり見てみようと思った。

 

「で、インゴット、本当に取りにいくの?」

「ああ。それなんだが、頼みたいのは本当なんだが、さすがに少し眠い。

一度お互い帰ってから少し寝て、夕方からでもいいか?」

「今日は攻略は休みだから、まあ平気かな」

「それじゃ、そういう事で頼むわ」

「うん、それじゃ後でね!」

 

 

 

 夕方になって再合流した二人は、白竜の巣を目指した。

クエストMOBだけあって、もう復活していた白竜を二人は叩きのめし、

そのままロープを使って下に降りた。 

辺りをくまなく調べた結果、運よくインゴットを二つ手に入れる事が出来た。

 

「私にはこれがあるし、ハチマン君二つとも使っていいよ」

 

 アスナは自分の武器をぽんぽんと叩いてそう言った。

 

「そうか?うーん、もうアレは手に入らなさそうだし、

この際妥協して、左手に付ける小型の盾でも作るか……」

「アレって何?ハチマン君、盾を使うの?」

「あー、ちょっと口では説明しにくいから、

代替品の盾が完成したら、実地で説明するって事でいいか?」

「うん」

「そうか。それじゃ登って帰るとしますか。今日はありがとな、アスナ」

「ううん。いい武器が出来るといいね」

「ああ」

 

 

 

 次の日の朝リズベット武具店に、四人が集まっていた。

アスナは攻略の日だったが、まだ時間があるので見に来たようだ。

まず、キリトの新しい武器がお披露目された。美しく輝く白い剣、ダークリパルサー。

それは確かに、エリュシデータと比べても遜色の無い出来に見えた。

 

「リズ、いい仕事したね!」

「うん、ありがとうアスナ」

「どうだキリト」

「ああ。重くてすごいいい剣だよ」

 

 その時アスナが、なんとなく尋ねた。

 

「でも、キリト君にはエリュシデータがあるのに、それはいつ使うの?」

「あ、ああ。一本だと、いざと言う時対応できないから、

ど、どうしてももう一本同じくらいの強さの武器が欲しかったんだよ」

「なるほどね」

 

 キリトが誤魔化すように答え、キリトの武器コレクターぶりを知っていたアスナは、

どうやらそれをそのまま信じたようだ。リズベットは、訝しそうにキリトを見ていた。

その気配を察したハチマンは、すぐに自分の武器を作ってもらう事にした。

 

「それじゃリズ、今度は俺のを頼む」

「うん!まず短剣からね!」

 

 さすがのリズベットでも、連続してハイクオリティな武器を作るのは難しかったのか、

高性能だがそこそこ、と言った感じの物が完成した。リズベットは残念そうだったが、

ハチマンは、今の武器よりも強かったので、それで満足だった。

 

「うーん、いまいちかなぁ?」

「最近お前の設定してるハードルは高すぎるぞ。十分いい武器だろこれ」

「そうなんだけどさ……」

「俺としては、次が本番なんだから、まあ、頼むぜ」



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第055話 最高の鍛治師

「ハチマン、短剣以外に何か作るのか?」

 

 詳しい話を聞いていなかったキリトとリズベットは、首をかしげていた。

 

「ああ。ちょっと腕に装着するタイプの軽い盾が欲しくてな」

「今からスタイルを変えるのか?大丈夫なのか?」

 

 その問いはもっともなものだった。

武器のみ装備の速度特化の戦い方から、盾を使う防御重視のスタイルに変えるのは、

セオリーから言ってもあまりメリットの無い事だったからだ。

 

「いや、そうじゃない。探し物があまりにも見つからないから、

ちょっとプレイヤーズメイドの装備で似たような物が出来ないか、

賭けてみようかと思ってな」

「ああ、前言ってたやつか。何か目処が付いたのか?」

「いやまあ、目処が立たないから、仕方なく試してみる感じだな」

「なるほどな」

「ハチマン、準備出来たよ」

 

 リズベットの言葉を受けハチマンは、求めるプロパティを告げた。

 

「触媒は盾タイプの物を使うが、素材は短剣製作用の物を使いたい。出来るか?」

「え?」

 

 通常そんなおかしな依頼は、よっぽどの信頼関係を結べた職人にしか頼めない。

通常は必ず失敗するため、断られるような依頼だからだ。

だがリズベットはその言葉を受け、可能なのかどうか真剣に検討を始めた。

リズベットの知る限り、確かにSAOの職人システムはかなり融通の利くものだが、

今回の依頼のようなやり方を試した事のある職人は存在しないはずだ。

なので成功する保証は無い。もしくは、確実に失敗する。

色々と検討した上でのリズベットの答えは、至極真っ当なものだった。

 

「やっぱり、やってみないとわからない」

「だろうな。まあ、駄目で元々だし、宜しく頼む」

「うんわかった。全力でやるよ」

 

 リズベットは、細心の注意を払いつつも全身全霊をこめて作業を進めていった。

駄目で元々と言いつつも、ハチマンがどこか期待しているように見えたからだ。

そんなハチマンのために、偶然でも神頼みでもいいから必ず完成させてあげたい、

そんな気持ちで、リズベットは槌を振り上げた。

リズベットが気持ちをこめて槌を振り下ろすと、カーン、と澄んだ音がした。

その最初の一振りで突然インゴットが輝き始め、武器が生成され始めた。

四人は仰天した。通常こんな事は絶対にありえないからだ。

リズベットは、やはり失敗だったのかと今にも泣き出しそうだった。

そして光が収まり、そこには一つの防具が残されていた。

 

「出来たけど……失敗なのかな……」

「盾には見えるから、一応成功なんじゃないか?」

「でも一回で生成されるなんて、聞いた事がないよ」

 

(あれはまさか……)

 

 リズベットが作った物を見た時、ハチマンの鼓動が跳ね上がった。

その防具は、腕にはめるタイプの小型の盾だった。

だが、盾にしてはかなり小さく、紡錘形の細長い物だった。

 

(まさか一発で出来たのか?いや落ち着け。まだアレだと決まったわけではない)

 

「名前は……アハトファウスト?」

「ドイツ語でアハトは八だな。ファウストは、拳」

 

 キリトがゲーマーらしいコメントをした。ハチマンはその名前を聞き、

全身が歓喜に震えるのを感じた。

 

「盾なのに拳なんだ……八つの拳?」

 

(落ち着け。まずは性能の確認だ)

 

「リズ、性能はどんな感じだ?」

「あ、うん。えーと……何これ、盾じゃなくて体術スキル装備?そんなのあったんだ」

「何だって?格闘系の装備に関しては、

ソードアートという名前にそぐわないから実装しなかったって記事を見た事があるぞ」

「キリト詳しいね」

「リズ、他には?」

「攻撃力は……ほぼ最低値。よって装備条件も無いに等しくて、

え?防御力は低いけど、耐久値だけすごい高い」

「何だよそれ、どうやって使うんだよ……」

 

 アスナは、ハチマンがずっと静かなのに気が付き、ハチマンの方を見た。

ハチマンは、何かを思い出しているかのような、遠い目をしていた。

 

 

 

「ハチマン君。八幡拳の実装はやはり無理みたいだ」

「晶彦さん……その呼び方はちょっと……」

 

 ハチマンの要望に基づき、茅場が遊びで作った装備は、

ハチマン以外の者にはまったく使いこなせない代物だった。

茅場は冗談のつもりでその武器に、八幡拳と名前を付けていた。

 

「やはりソードアートという名前にそぐわないのと、

そもそも君にしか使えない装備にソースを割くのはね」

「ええ、当然の判断だと思います」

「まあ、もし実装されたら、ユニーク装備とでも呼ばれる物になるだろうね」

「確かにユニークですからね」

 

 その頃の八幡は、ユニークスキルやユニーク装備という物の存在を知らなかったため、

茅場の使った表現をそのまま意味で解釈し、感想を述べた。

 

「しかし、よくあんな装備を使いこなせると関心するよ」

「はぁ、まあ、何でですかね、単純に俺に合ってるんだと思います」

「あれを装備した君を基準にして難易度の調整をすると、

他のプレイヤーが困ってしまうな」

「すみません。本当に実装とかは望まないんで、気にしないで下さい」

「もし仮に実装するとしたら、入手方法は、そうだな……

君がもし今後、今の君に足りない物を手に入れた時のご褒美とでもしようか」

 

 その言葉に、ハチマンは今の自分に足りない物は何かと真剣に考え始めた。

 

「足りない物……友達ですね。いや、それ以前に知人……」

「友達か」

「あ、いやすみません、冗談なんで……」

「ふむ、友達ね……」

 

 

 

 ハチマンは、茅場とのそんな会話を思い出していた。

その過去の思い出が、今まさに実体化し、目の前に存在していた。

 

(なんだよこの名前、八幡拳をドイツ語にしただけかよ!

幡の字はさすがにどうしようも無かったみたいだが、八拳ってなぁ。

感謝はするけどどんなやっつけ仕事だよ、晶彦さん)

 

「ははっ……」

 

(俺に友達が出来た時のご褒美って、確かにこんな依頼、

友達にしか頼めないようなおかしな依頼だが、

それだけじゃ、生成条件を満たせない気もする。

もしかすると、アスナの存在が鍵なのか?今の俺とアスナの関係なら、

晶彦さんも何の文句も無いはずだ。まさか、どこかで俺の事を見ているんだろうか。

まあしかし、こんなに上手くいくとは、もう笑うしかないな)

 

「ははは、はははは……」

「ハチマン君?」

「もう、笑うしかないな」

 

 いつの間にかハチマンは、下を向いて笑っていた。

笑うしかないという言葉から、ハチマンの求める装備では無かったのだと判断した三人は、

口々にハチマンへ、慰めの言葉をかけ、あるいは謝った。

 

「ハチマン君、失敗だったのは残念だけど、元気出して?」

「そうだぞハチマン。次があるさ」

「ごめんね……ハチマン……」

「はぁ?何言ってんだよお前ら、はははははははは」

 

 ハチマンはいきなり顔を上げ、嬉しくてたまらないという風に笑い出した。

 

「おい何泣いてるんだよリズ」

「だって……」

「ああ、まさか失敗だと思ってたのか?やれやれだな。

とりあえず持ち上げるぞリズ。よっ、と」

 

 ハチマンは、掛け声と共にリズの脇の下を手で支えて持ち上げ、くるくると回り始めた。

 

「ははは、すごいぞリズ!やっぱりお前は、アインクラッド一の鍛治職人だ!」

「え、え?ちょっと、どうしたのハチマン」

 

 何周か回ってからリズベットを下ろしたハチマンは、今度はキリトに駆け寄った。

ハチマンはキリトの手を握ってぶんぶん振り回した。

 

「キリト、ついにやったぞ!あれが俺の欲しかった物で間違いない!」

 

 最後にハチマンは、アスナに駆け寄って、正面からアスナを抱きしめた。

 

「ちょ、ハチマン君?」

「アスナ、ありがとうな!おそらく全部お前のおかげだ!愛してるぞ!」

「えええええええええええ」

 

 キリトとリズベットは、そんなハチマンの姿を見て、完全にフリーズした。

アスナも別の理由でフリーズした。当然先ほどのハチマンの言葉を聞いたせいである。

しばらくしてハチマンは、多少は落ち着いたのか、

固まったままの三人に気が付き、その頬を叩いて正気に戻そうとした。

 

「おい、お前ら何固まってんだ。起きろ、ほら」

「お、おう……」

「あ、あは……は……」

「すまん、二人とも。ちょっと気持ちが高ぶっちまった」

「いや……ちょっとびっくりしただけだからな……普段とのギャップに」

「こんなハチマン初めて見たよ……私を持ち上げてくるくる回るとか……」

「う……本当にすまん、俺もこんなのは生まれて初めてだ」

 

 二人は立ち直ったようだが、アスナはまだ、顔を赤くして固まっていた。

 

「おいアスナ、何でお前だけまだ固まってるんだよ」

 

 なおもアスナの頬をぺちぺち叩いているハチマンに、二人が言った。

 

「いやだってハチマン……」

「お前さっき、アスナに愛してるって言ってたぞ……」

「はぁ?…………あ」

 

 ハチマンは、自分がアスナに何を言ったかを思い出したようだ。

ハチマンは、かつてないほどに狼狽した。

 

「ち、違うんだアスナ、さっきのあれは比喩的なものであってだな、

そう、挨拶!挨拶なんだ!だから早く目を覚ませ!」

 

 その言葉で、アスナの魂がやっと現実に帰還したようだ。

 

「そ、そうだよね。こんな場面をたまに想像しないでもなかったんだけど、

今は心の準備も出来てない所にいきなりだったから、うっかり固まっちゃったよ。

よく考えたら普通にウェルカムな状況のはずなのに」

「おいアスナ、わけのわからん事を言ってるぞ。とりあえず落ち着け」

「うん大丈夫、大丈夫だよ。

でもそれくらい喜んだって事は、これは成功って事でいいんだよね?」

「ああ」

「さっき、これが俺の欲しかった物って言ってたよな。これがそうなのか?」

「おうキリト。最初見た時にまさかとは思ってたが、確かにこれで合ってたわ」

「良かった……私、成功してたんだ……」

「ああ。リズ。さっきも言ったがやはりお前はアインクラッド一の鍛治職人だ」

「ありがとう。なんか、すごい嬉しい」

「リズ、良かったね」

「うん!」

「ハチマン、早速装備してみてくれよ」

「ああ」

 

 ハチマンがそれを装備すると、左手に、銀色の盾のような物が現れた。

その姿は何かこう、しっくりくるというか、似合っているというか、

失った半身が戻ってきたかのような印象を、三人に与えた。

 

「この部分な、実は拳の開閉に合わせて前後に動くんだよ」

 

 ハチマンはそう言うと、盾の部分を前後にスライドさせて見せた。

 

「武器になったり防具になったりしてるみたいに見える……」

「攻撃力は無いんだけどな。これは、左手で敵の武器や攻撃をはじくための物だからな。

その代わり、多少無茶をしても決して壊れない」

「……確かに今までのハチマンは、攻撃もパリィも行動阻害も、

全部右手一本でやってたよな」

「そう。敵の行動を左手のこれで封殺し、

全部の攻撃にカウンターを乗せるのが、俺の本来のスタイルだ」

「全部の攻撃に……」

「カウンター……」

「まじかよ」

「よしキリト、実際にやってみるか」

「うー、見たいけど私はもう攻略の時間が……」

 

 アスナはそろそろ攻略に向かわないといけない時間のようだ。

 

「アスナはまた後でな。キリト、リズ、俺の家に行けるか?」

「俺は問題ないぞ」

「他に気になる事もあるし、私もいいよ!今日はお店はお休みにする!」

「よし、それじゃ行くか」

「必ず私にも後で見せてね」

「おう。気を付けて行ってこい」

 

 三人はそのまま、ハチマンの秘密基地へと向かった。



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第056話 お披露目

「さて、それじゃ早速見せてもらうとするか」

「ああ」

「まあ、使い方を軽く聞くだけだから、デュエルモードとかじゃなくてもいいな」

「そうだな。よしキリト、いつでもかかってきていいぞ」

「それじゃまずは小手調べな感じで」

 

 二人は向かい合い、構えをとった。

まずキリトが武器を振り上げ、ようとした瞬間、

キリトの視界に銀色の閃光が走り、武器を持っていた右肩に衝撃が走った。

その衝撃のせいで、右半身が少し後ろに流れた直後に、

キリトの首に、ハチマンの短剣が突きつけられていた。

 

「攻撃を事前に潰すのはこんな感じだな」

「おいおい、前と違って、防御と攻撃が同じタイミングで来るぞ」

「まあ、そのための装備だからな」

 

 キリトは、これはやりにくいと感じていた。同時に、自身の血が沸き立つのも感じていた。

 

「次はパリィだな。普通のは最初のとあまり変わらないから裏技的なやつな」

「裏技、ねぇ……」

 

 キリトは、自分がわくわくしているのに気が付いた。

ハチマンの戦闘スタイルは、何が出てくるかわからないびっくり箱のような物で、

確かに戦闘狂の一面を持つキリトからしてみれば、わくわくするのは確かだろう。

 

「キリト、普通に斜め上から斬りかかってきてくれ」

「了解」

 

 キリトはフェイントを混ぜつつ、攻撃のタイミングがわからないように気をつけながら、

ハチマンを袈裟斬りにするイメージで攻撃した。

エリュシデータの刃が、ハチマンの肩口に迫る。

 

(もうパリィは間に合わない、だろっ!)

 

 キリトはハチマンに攻撃が当たる事を確信したが、

その瞬間ハチマンは、一瞬シールド部分を前へスライドし、キリトの顔に向けて突き出した。

キリトは顔への攻撃に一瞬ひるみつつも、ダメージは少ないはずだと思い、

そのまま攻撃を当てようとしたが、

次の瞬間シールド部分が後ろにスライドし、その後ろの部分がキリトの攻撃をパリィした。

予想外のタイミングで攻撃をパリィされたキリトの体は開いてしまい、

次の瞬間、再びキリトの首に、短剣が押し付けられた。

 

「おいおいまじかよ。今のタイミングで弾かれるとは思わなかったぞ」

「まあ、こんな感じだな」

「なるほどな、前後どちらでもパリィ出来るんだな」

「ああ。後ろでパリィした瞬間に前にスライドさせて《閃打》を当てて、

大きく体制を崩したら《ファッドエッジ》をくらわせて、

次に相手が体を起こそうとしたら、また《閃打》からの《ファッドエッジ》とか出来るぞ」

「それ永久コンボじゃないかよ……その武器はずるいぞ!」

 

 ハチマンは肩を竦めた。

 

「これにも弱点はあるんだよ。例えば、左右からの強力な連打には対応が難しい。

後、盾相手だと、パリィ効果が弱くてカウンターになりにくい」

「なるほどな」

「どうだリズ、こんな感じなんだが」

 

 リズベットからは返事が無かった。

 

「ん、どうかしたか?」

 

 ハチマンはずっと黙っているリズベットの方を見た。

そこには、口を大きく開けてぽかーんとしているリズベットがいた。

 

「……何やってんのお前」

「い、い」

「い?」

「今の何よ!」

「何と言われても、なぁ……キリト」

「ああ。普通に模擬戦もどきをやっただけだよな」

「私、攻略組をかなり誤解してたかも……だって攻撃が見えないんだよ。

何あれアスナもあんな感じなの?あんなの初めて見たよ……」

「おーい、ぶつぶつ言ってないで、こっちに戻ってこーい」

 

 リズベットはぶつぶつ言い続けていた。

仕方なくキリトが、リズベットの頭にチョップをかました。

 

「ハチマンが感想を求めてたぞ」

「あ、うん、何かすごいね?」

「おう、お前の作ってくれた武器は最高だろ?」

「うん!こんなすごいなんて思わなかったよ。

それにしてもそれって、あんな変わった使い方をするんだね。どこで習ったの?」

「あー……企業秘密だ」

「ま、詮索するのもあれだし、別にいいけどね」

「すまん」

「でもあんなにトリッキーなのに、ハチマンはよく使いこなせるよね」

「ハチマンのすごい所は、的確にどこからでもパリィしたり出来る、その目なんだよな。

だからあんなにピーキーな武器でも使いこなせる」

「あ、それはなんとなくわかる」

「まあ、確かにそこは生命線かもしれん」

「あ、そういえばそれとは別の話なんだけどさ」

 

 何かを思い出したようにリズベットが言った。

 

「キリトは何を隠してるの?」

「何を、って何だ?」

「ダークリパルサーを作ったのは何で?」

「それはさっき説明した通り……」

「うん。でもあれは嘘だよね?」

 

 その言葉に、キリトは軽く狼狽した。

 

(おいおい女の勘ってやつか?まあキリトの演技が下手すぎってのもあるが……)

 

 キリトはわかりやすいんだよな、とハチマンは思いながら、キリトに声をかけた。

 

「キリト、これからも色々頼むんだし、リズにはちゃんと教えといた方がいいぞ。

武器を作る時、その背景を知っているのと知らないのとでは、やはり違うだろうしな」

「………確かに言われてみれば、そうかもしれないな」

「おいリズ」

「何?ハチマン」

「お前、キリトの恥ずかしい秘密を必ず守ると誓えるか?」

「恥ずかしいの!?うん、わかった!だから早く教えて!」

「ハチマン……」

「よしキリト、とりあえず練習中のあれだ」

「まだ最後までいけた事無いんだけど、今使える中ではあれが一番派手かな」

 

 キリトはウィンドウをしばらく操作していたが、操作が終わった瞬間、

ダークリパルサーが左手に出現した。もちろん右手にはエリュシデータを持っている。

 

「え?え?クリパとリュシって二つ同時に装備出来るものなの?

アハトの場合は特殊だからわかるけど……」

「何だよその略し方……まあいいから見てろって」

 

 キリトは深呼吸をし、二刀を持って構えた。

 

「いくぞリズ。スターバースト・ストリーム!」

 

 次の瞬間、キリトが閃光のエフェクトと共に、二刀を使ったソードスキルを放った。

リズベットにはなんとなくしかわからなかったが、十連撃くらいは放ったように見えた。

 

「くっ、まだこのくらいが限界か」

「もうちょっと練習しないと駄目だな」

「何、今の………」

「二刀流だ」

「何それ?そんなスキルあったっけ?」

「ユニークスキルだよ、リズ」

「……ユニークスキルって、ええええええええ?」

 

 キリトは、このスキルを見つけた経緯と、

その時からここでいつも練習している事を、リズベットに説明した。

 

「なるほどね、確かにこんなスキルが他人にバレたらちょっとまずいかもね」

「ああ。ダークリパルサーを作った理由もこれで分かったか?」

「うん。この事はアスナは知ってるの?」

「アスナには教えてないな。というか、基本俺とハチマンは、

お互い以外にスキルを教える事はしないからな」

「まあいずれバレると思うけど、その時まではそのままの方がいいかもね」

「そうだな」

 

 それからハチマンとキリトは、お互いベストの状態で模擬戦を繰り返した。

勝敗は、三対一くらいの割合で、やはりキリトの方が上だった。

ハチマンは、高速で前後にスライドさせる事によって、

二刀を同時にパリィする練習をしていたが、未だ形にはなっていない。

もっとも、キリト以外が相手なら、ハチマンは問題なくこなすだろうと思われる。

キリトは模擬戦終了後、日課の型の練習に入った。ハチマンも色々アドバイスをしていた。

それをリズベットは、羨ましそうに見ていた。

 

「どうしたリズ。物欲しそうな顔してるぞ。腹でも減ったか?」

「ちっがーう!私は戦闘の事でアドバイスとか出来ないから、ちょっと羨ましかっただけ!」

「まあ、俺達とお前では、役割が違うからな」

「それはそうなんだけどさ……やっぱりもっと役に立ちたいじゃない」

「お前の作ったあの剣、キリトはすごい気に入ってるぞ。立派に役にたってるだろ」

 

 リズベットは、その言葉にとても喜んでいるように見えた。

 

「それにその……俺もリズには、アスナの次くらいには、感謝してるぞ」

「アスナの次なんだ」

「アスナはシードだからな」

「ううん、そういう意味じゃなくってさ。

ハチマンから見てのアスナの次って、完全に二番手じゃない。だからびっくりしたの」

「お、おう……まあ、間違ってはいないんじゃねーの」

「うん!素直に喜んどく!」

 

 その後合流したアスナと戦ったハチマンは、実戦形式でアスナにアハトの説明を始めた。

アスナは何故か、アハトでパリィされる度に喜んでいた。曲芸みたいで面白いのだそうだ。

ハチマンは、それだけパリィしているにも関わらず、アスナに負け越していたので、

刺突剣相手もやや苦手だという事が判明したかもしれない。

 

「うー、やりづれえ……やっぱ刺突系は苦手だわ」

「ハチマン、お前さっきからパリィしまくってるくせに何言ってんだよ……」

「パリィしてもアスナには一切追撃してないよね……」

「そんな事は無い。攻撃する努力はちゃんとしている。

そうしようとする時に、ちょっと体が麻痺したように動かないだけだ」

「アスナは、対ハチマン特化の麻痺属性持ちなのね……」

 

 実際は、アスナ相手だと、まったく攻撃が出来ないだけだったようだ。

アスナが喜んでいたので、まあハチマンにとっては良かったのだろう。

ハチマンの新装備と、キリトのリズへの二刀流のお披露目は、こうして終わった。



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第057話 S級食材

 最近ハチマンは、情報収集をメインに行っていたので、

ボス戦にはしばらく参加していなかったのだが、

現在の最前線である第七十三層では、珍しくスムーズに情報が出揃ったので、

ハチマンは久しぶりにボス戦に参加する事にした。

 

「よぉ、ハチマン。なんか久しぶりじゃねえか?」

「おう、クライン。今回は珍しく早く手があいたんでな、まあ気分だ気分」

 

 ハチマンは、ラフィンコフィンの一件以来、

攻略組の面々とはしばらく顔を合わせていなかった。完全に裏方に徹していたためだ。

そのため、ハチマンのアハトファウストを見た事がある者は、

この場ではキリトとアスナだけだった。

クラインは、ハチマンの腕に装着されているアハトファウストに気が付いた。

 

「あれ、ハチマンその盾、いつの間に戦闘スタイルを変えたんだ?」

「ああ、ちょっと色々試してみようと思ってな」

「珍しい形の盾だけど、名前は何て言うんだ?」

「アハトファウストだな」

「ファウストって、なんだったっけかな」

「まあ、直接の意味は拳だな」

「え、どう見ても盾だろ?」

 

 その後、エギルやネズハと話した時も、同じような会話が繰り広げられた。

 

(これを手に入れたのは結構前なんだが、そんなに長い間俺は攻略に参加してなかったのか。

今後はもうちょっと攻略にも参加するか……)

 

 ハチマンはスライド機構を使わず、無難に戦闘をこなしていた。

この機構を公開するのは、もう少し様子を見てからの方がいいと思ったからだ。

討伐は特に何も問題もなくスムーズに終わり、

次の層へと向かう道中で、ハチマンはたまたまヒースクリフと話す機会を得た。

 

「ハチマン君、しばらく見ない間に戦闘スタイルを変えたのかね?」

「ああ。色々試してみようと思ってな」

「その装備はあまり見ないタイプの物だな。名前は何と言うのかね?」

「アハトファウストだな」

「何というか、不思議な武器だな」

「まあな」

 

 ハチマンはなんとなく違和感を感じたが、疲れていたせいもあって、

あまり深く考えようとはしなかった。

これで最前線はついに七十四層。やっと終わりが見えてきた事もあり、

攻略組の士気は、とても高まっていた。

 

 

 

 数日後、キリトは七十四層の迷宮区に来ていた。

強敵であるリザードキングを倒した所で、そろそろ戻ろうかと考えたキリトは、

迷宮区を出て、のんびりと街へと向かって歩き出した。

森の近くに差し掛かった時、キリトの視界の隅に、小さな動物のような物が映った。

 

(あれは……ラグーラビットじゃないか、初めて見たな)

 

 ラグーラビットは、滅多に見る事が出来ないモンスターだ。

逃げ足は相当速く、こちらに襲い掛かってくる事も無いため、倒すのはほぼ不可能だ。

ラグーラビットからドロップする肉は、

その討伐難易度に比例してか、S級食材に認定されている。

キリトはそっとウィンドウを開き、投擲用の針を取り出した。

 

(まさかこんな時にこれが役にたつ事になるとはな)

 

 それは、キリトが趣味で集めている武器の中の一つだった。

 

(頼むから当たってくれよ……)

 

 キリトは、運を天に任せてラグーラビット目掛けて針を投げつけた。

残念ながら命中こそしなかったが、ラグーラビットは驚き、上に跳ねた。

キリトはしめたと思い、空中で身動きが出来ないラグーラビットを、武器で一閃した。

 

「よし!」

 

 ストレージを確認すると、そこにはラグーラビットの肉がしっかりとドロップしていた。

キリトは思わずガッツポーズをした。

 

「さて、食うか、売るか……とりあえずエギルの店に行ってから考えるか……」

 

 キリトはそう呟き、エギルの店に向かった。

 

 

 

「まじかよ……S級食材じゃねえか」

 

 エギルも、ラグーラビットの肉は初めて見たようだ。

 

「おい、これどうするんだ?食うか?食うよな?」

「うーん、さすがにこのクラスの食材を料理する腕は、俺には無いんだよな……」

 

 そこに、買い物にでも来たのだろうか、護衛を伴ってアスナが現れた。

血盟騎士団は、ラフィンコフィンの一件以来、幹部に護衛を付ける事にしたらしい。

 

「二人とも、どうかしたの?」

「アスナ……あっ」

 

 キリトは、アスナの料理スキルが相当高い事を思い出した。

 

「アスナ、料理スキルは今いくつだ?」

「カンストしてるけど」

「まじか!ちょ、ちょっとこれを見てくれよ」

「あ、これ、ラグーラビットの肉じゃない」

 

 アスナはあまり驚いた様子も無く、平然と言った。

 

「おい……ラグーラビットだぞ、S級食材だぞ!」

「うん」

「アスナ、すまないがこれを料理してくれないか?俺食った事無いんだよ!」

「別にいいけど、それじゃハチマン君の家にでも行く?」

「いいのか?是非頼む!」

 

 キリトは、感極まってアスナの手を握った。

その時アスナの護衛が咳払いをして、キリトを睨み付けながら言った。

 

「昔からアスナ様に付きまとっている奴がいるという話は聞いていたが、お前か」

「あ?」

「クラディール、今日の護衛はここまでで」

「ですがアスナ様!」

「本部には私から連絡しておきます」

「……わかりました」

 

 そのクラディールと呼ばれた男は、悔しそうに去っていった。

 

「アスナ、何だあいつ?」

「団長が、どうしても必要だって言って私に付けた護衛なんだけど、いつもあんな感じなの」

「ハチマンがよく思わないんじゃないか?」

「……やっぱりそう思う?」

「うーん、ハチマンもああいう性格だから、必ずしもそうとは言えないかもしれないが、

あいつ考えてる事読めないし、内心どう思うかはちょっと俺にはわからないな」

「ハチマン君、嫌な事があっても表に出さないからね……」

「まあ、とりあえず今から行くんだし、反応を見てみるしかないな」

「それじゃまあ、料理しに行こっか」

「お願いします!」

 

 そこにエギルが、焦ったように割り込んできた。

 

「おい、俺の分は?肉一つで四人分作れないのか?」

「うーん、三人までが限界かなぁ」

「そういうわけだエギル。それじゃまたな」

「そんなあああああ」

 

 泣きながら崩れ落ちるエギルを残し、二人はハチマンの家へと向かった。

ハチマンはこの日は、たまたま家で寛いでいたようだ。

 

「何かあったのか?」

「ハチマン、実はラグーラビットの肉が手に入ってな。

アスナに料理を頼んだら、ハチマンの家に行こうって」

 

 二人は、ここに来た経緯をハチマンに説明した。

 

「ここなら私の揃えた料理道具が使えるからね」

「いつの間にそんな物を……」

「そういう事か。別にかまわないぞ」

「本当はエギルさんもすごい食べたがってたんだけど、

四人分作るには肉一つじゃちょっと足りないかなって」

「なるほどな。ラグーラビットの肉ならたくさんあるから、エギルも呼んでいいぞ」

「まじかよ!S級食材だぞ!たくさんって何だよ!」

 

 その言葉を聞き、キリトは驚いた。

 

「あーやっぱり持ってたんだね。前も持ってたから、もしかしたらって思ってたんだけどね」

「お前ら食べた事あったのか?だからアスナは平然としてたんだな」

「うん、まあそういう事」

「それじゃキリト、エギルに連絡してやれよ」

「そうだな、あんなに泣いてたもんな」

 

 エギルは連絡を受けた瞬間、すぐに店を閉めて走ってきたらしい。

驚くほどのスピードで到着した。

エギルはハチマンの家に来た事が無かったので、家のある塔の周りをうろうろとしていた。

キリトが下に迎えに行き、エギルを家の中に案内したのだが、

エギルもここがプレイヤーハウスだとは思っていなかったらしく、驚いていた。

 

「ハチマン!ありがとう!!!」

 

 ハチマンの顔を見た瞬間、エギルが九十度のおじぎをした。

 

「お、おう……そんなに食べてみたかったんだな」

「ああ。本当にハチマンには感謝してるぜ!それにしてもこの家すごいな!」

 

 ハチマンは、家の事を褒められ、機嫌が良くなったようだ。

 

「ああ、俺の一番の自慢だな。来る機会はあまり無いかもしれないが、

とりあえずここの鍵をやるから、俺に用事があったらここに訪ねてきてくれ」

「おう、重ねてありがとう!ハチマン!」

「これでエギルも、ハチマンファミリーの一員だな」

「いつそんなファミリーが出来たんだよ……」

「お、まじか。嬉しいんだが、つまり今までは俺は他人扱いだったって事か?」

「いやそうじゃないだろうけど、今まではいい機会が無かったって事だな」

「そろそろ料理が出来るよー」

「よし、お前ら多めに肉を食わせてやるからさっさと配膳しろ」

「おう!」

 

 

 

 ハチマンの提供した肉は二つだったので、四人は腹いっぱい食べる事が出来た。

 

「まじ美味え……」」

「俺このまま死んでもいい……」

「まあ、確かに美味いよな、これ」

「お粗末さまでした」

「ハチマンとアスナは、これ何度も食べてるのか?」

「うん。ハチマン君がよく取ってきてたから……」

「まじかよ」

「情報収集で色々走り回ってると、そこそこ見つかるんだよな、あれ」

 

 その後、四人は食休みも兼ねて雑談に興じた。

アスナは、ちょうどいい機会だと思い、ハチマンに護衛の話をした。

 

「そうか、護衛を付ける事になったのか」

「うん」

「まあ確かにその方が安全かもしれないな」

 

 アスナは、ハチマンの様子が案外普通だったので、拍子抜けしたが、

ハチマンの事だからまだ分からないと、内心を読もうと頑張った。

 

「ま、それでアスナの安全が確保されるならいいんじゃねーの」

「安全はともかく、あの男は俺は好きになれそうにないな」

 

 キリトが横から口をはさんできた。

 

「別の奴に変えてもらった方がいいんじゃないか」

「私もあの人は正直ちょっと苦手なんだよね」

 

 アスナも、やはりクラディールにはいい印象を持っていなかったようだ。

 

「アスナに嫌われるって相当だなそいつ。

まあ、それならヒースクリフに話してみた方がいいかもな。何なら俺が言う」

 

 その言葉を聞きアスナは、あ、やっぱりちょっと不機嫌そう、と思った。

 

「うん、それじゃそうする」

「んじゃそんな感じで、いい時間だしそろそろお開きにするか?」

「おう」

「明日は私、ギルドの攻略無いんだけど、何かする?」

「そうだな、迷宮区にでも行くか?キリトとエギルもどうだ?」

「すまん、明日は俺は店の用事があるんだよな」

「俺は行けるぞ」

「それじゃ、三人で転移門前で待ち合わせでいいかな?」

「ああ」

「おう」

「じゃあまたな!今日は本当にありがとな!ハチマン!」

「また明日な」

「私も後片付けだけして帰ろうかな」

 

 キリトとエギルは、ハチマンに別れを告げ帰っていった。

アスナはぱぱっと使った道具を片付け、ハチマンの隣に座った。

 

「ハチマン君は、護衛の事本当はどう思ってる?」

「護衛自体はまあ必要と言えば必要だろうな。

護衛に付いてる奴の事は、会った事ないからなんとも言えん」

「まあそうだよね」

 

 アスナは、これ以上反応を探るのは無理だと思い、

ハチマンに別れの挨拶をして、そのまま帰る事にした。



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第058話 もしかして

 次の日の朝、ハチマンとキリトは、転移門の前でアスナを待っていた。

 

「アスナが遅れるなんて珍しいな」

「ああ。いつもこれでもかってくらい時間に正確なんだけどな」

 

 二人は、そろそろアスナに連絡してみるかと話していたが、

その時転移門から人が出てくる気配がした。

 

「どいてどいて!」

「お?」

 

 次の瞬間転移門の中から、アスナが飛び出してきた。

かなり高くジャンプしながら門に突入したようで、

アスナは、このままではハチマンに上から圧し掛かる形になってしまうと気付き、

警告の声を発したようだ。だがそんなアスナの声に動じる事も無く、

ハチマンは、アスナを衝撃が無いように柔らかい動作で、横抱きに受け止めた。

 

「よっと」

 

 それは、いわゆるお姫様抱っこの形であり、

それを見たキリトは、ナイスキャッチ!という声を上げた。

 

「おいアスナ、危ないだろ。俺以外だったら確実にぶつかってるぞ。

廊下は走っちゃいけませんって先生に教わらなかったのか?」

「あっ、ごめんなさい先生」

「誰が先生だよ」

 

 今の格好は、アスナにとってはかなり恥ずかしいものであるはずだったが、

それにも気付かないほど、アスナは転移門の方を気にしていた。

ハチマンとキリトも、そんなアスナにつられて転移門の方を見た。

その時別の人物が、新たに転移してきた。

 

「アスナ様!勝手な事をされては困り……何だお前は!アスナ様を放せ!」

 

 それは、アスナの護衛をしているクラディールだった。

護衛が護衛対象と行動を共にするのは当然の事だが、

今日の活動内容に、護衛は不要だ。なのでそもそも、護衛は断ったはずだ。

それなのに、何故かクラディールがここにいた。

 

「ああん?お前らの副団長様が怪我をしないように、

転びそうだったのをしっかりとキャッチしてやったんだろ」

「何?それはすまなかっ……じゃない!その姿を見て、そんな事信じられるか!」

「その姿……?」

 

 アスナはその言葉に、今自分がハチマンに何をされているか気が付いたようだ。

慌てて自分の足で立ち、咳払いをしながらクラディールに言った。

 

「クラディール、今彼の言った事は事実だから、何も問題ないよ」

「はっ、ですがしかし……」

「それよりも、なんでアンタ朝から家の前で張り込んでるのよ!」

「こんな事もあろうかと、一ヶ月前からアスナ様の家の前の早朝警護を行っておりました」

「い……」

「一ヶ月ぅ?」

 

 その言葉を聞いた三人の頭には、ストーカー、という文字が浮かんだようだ。

同時にハチマンの表情が、いつにも増してめんどくさそうになった事に、アスナは気付いた。

 

「それ、団長の指示じゃないわよね……?」

「私の任務はアスナ様の護衛です!それには当然自宅の監視も……」

「含まれるわけないだろ」

「また貴様か!アスナ様の周りをうろつく羽虫が!」

 

 アスナの代わりに、キリトがそれに突っ込んだ。

クラディールはその言葉でキリトの存在に気付き、罵声を浴びせ始めた。

 

「何でお前みたいな奴がアスナ様と噂に……」

「はぁ?昨日も思ったけど、何か勘違いしてるんじゃないか?

俺とアスナは過去に一度も噂になった事なんかないぞ」

「何だと?じゃあ一体誰が」

 

 アスナはその言葉を聞いて、思わずハチマンを見た。

キリトも同じようにハチマンを見た。

 

「おい、何で二人とも俺を見る」

「だって、ねぇ」

「ああ。それってハチマン以外にありえないだろ」

「貴様かあああああああ!」

 

 クラディールはどうやら噂の主がハチマンだと気付いたらしい。

その大きな声で騒ぎに気付いたのか、周りに群集も集まりだしていた。

 

「おい、あれ閃光のアスナさんじゃないか?」

「本物だ!」

「何だ何だ、痴話喧嘩か?」

 

 周辺が騒がしくなってきたのを感じ、ハチマンが言った。

 

「はぁ……本当に心底めんどくさい」

「おいハチマン」

 

 ハチマンは、キリトを手の平で制し、いきなりアスナの腰を抱き寄せた。

 

「ハ、ハチマン君?」

「ハチマン!?」

 

 アスナとキリトは、そのハチマンの行動に心底驚いた。

 

「なっ、き、貴様!何をしている!」

「おい、クラディール?だったか?その噂は噂じゃない、事実だ。

アスナとずっと一緒にいる奴というのは、間違いなくこの俺だ」

「え?ハチマン君?」

 

 アスナは、あまりにもいつもと違うハチマンの行動にびっくりし、

ハチマンに声をかけたが、ハチマンは気にせずそのまま続けた。

 

「見ろ、こんな状況でも、お前の大切な副団長様は別に嫌がってないだろう?」

「くっ、アスナ様!早くそんなつまらない男から離れてください」

「つまらない男?」

 

 その言葉にムッとしたのか、アスナは自分からハチマンに抱きついた。

キリトはそれを面白そうに見ていた。

周りで見ていた群集からは、ひゅぅ、と口笛や冷やかしの声があがった。

 

「理解したか?お前が聞いたのは、噂じゃなくてただの事実だ」

「ぐっ……」

「そして、アスナにはお前みたいな弱い護衛は必要ない。俺がずっと隣にいるからな」

「俺が弱いだと?貴様、攻略組でも無いくせに、この俺よりも強いつもりか!」

「はぁ?」

「え?」

 

 その言葉を聞いた三人は、わけがわからなかったが、

次のクラディールの言葉を聞いて、そういう事かと納得した。

 

「お前なんか今まで一度も前線で見た事がない!この前初めて攻略に参加したようだが、

その時もまったく活躍してなかったじゃないか!」

「あー、そういう事か」

「クラディールが攻略に参加し始めたのって、確か六十五層前後からだった気がするよ」

「ハチマンは、確かにそれくらいの時は攻略に参加してなかったしな」

「こいつやっぱり、俺の事はまったく知らないんだな」

 

 ハチマンは納得し、そのままクラディールに話しかけた。

 

「あー、もうその事はどうでもいいわ。

とにかくお前が弱いってのは分かったから、さっさと消えろ」

「何だと!俺は弱くなんかない!貴様にデュエルを申し込む!」

「そうか、わかった。そのデュエル、受けるわ」

 

 ハチマンが嫌にあっさりと承諾したので、アスナとキリトは驚愕した。

いつものめんどくさがり屋のハチマンがとる態度ではなかったからだ。

 

「おいクラディール、半減決着モードでいいな」

「ああ」

「アスナはキリトのとこで待っててくれ」

「うん、わかった」

 

 アスナはハチマンを気にしつつ、キリトの隣へと走っていった。

もちろん気にしていたのは勝敗ではなく、ハチマンのおかしな様子だった。

 

「ねぇキリト君、もしかしたらなんだけど、ハチマン君のあれって……」

「ん、何か気が付いたのか?」

「ううん。やっぱり終わってからでいいや」

「そうだな、すぐ終わるだろうしな。一分くらいか?」

「うん、でも……」

「あれ、あいつ人前でアレを使うつもりか?」

 

 ハチマンは、アハトファウストのシールド部分を最初から前にスライドさせた状態で、

開始の時を待っていた。それを見たアスナが、

 

「あっ……やっぱり今のハチマン君って……」

 

 と、何か言いかけたが、言い終わる前にデュエルが始まった。

カウントが進み、開始の合図が表示された瞬間、ハチマンの姿が消えた。

次の瞬間クラディールの顔が弾けた。どうやらハチマンに殴られたようだ。

後ろに倒れていくクラディールの体に、ソードスキルの光が走る。

そしてハチマンがクラディールの上に馬乗りになり、目の前に短剣を突き付けた所で、

WINNER表示と共にハチマンの勝利が宣言された。その間わずか三秒ほど。

 

「俺でもはっきりとは見えない速さで瞬殺かよ……

ところでアスナ、さっき言いかけたのって何だ?」

「うん……ねぇキリト君。やっぱり今のハチマン君ってさ、

すごいめんどくさそうに見えたけど、あれってもしかしたら、キレてるのかも」

「えっ、ハチマンってキレるとああなるのか?」

「怒った所さえほとんど見た事ないからわからないけど、

明らかに不機嫌そうな時も同じような顔してたから、もしかしたらって思ってたの」

「まじかよ……」

 

 ハチマンはクラディールから離れ、アスナに手招きをした。

アスナがやってくるとハチマンは、クラディールに見せ付けるように、

また先ほどのようにアスナの腰を引き寄せた。キリトはそれを見て、

 

(うっわ、あれ本当にキレてるわ……みじめな敗者に更に追い討ちか)

 

 と、さきほどのアスナの考えは正解なんだなと実感した。

ハチマンはその状態のまま、倒れたまま呆然としているクラディールに言い放った。

 

「自分がどれほど弱いか分かったか?分かったならとっとと消えろ。

百歩譲って血盟騎士団としての活動の時は目を瞑ってやってもいいが、ストーカーは認めん。

後、随分と噂を気にしてたようだがな、本来のアスナの居場所は、ここだ」

 

 そう言ってハチマンは、アスナを強く自分の方に抱き寄せた。

アスナは顔を赤くはしていたが、恥ずかしさよりも、

どちらかと言うととまどいの方が大きかった。

 

(こんなハチマン君、初めて見た)

 

 それは、ハチマンが初めて自分に見せた独占欲の表れだったかもしれない。

だがアスナはそれを、素直に嬉しいと感じていた。

クラディールは悔しそうにハチマンを見ていたが、

往生際が悪い事に、なおも抗弁しようとした。

 

「くそっ、確かに負けはしたが、私はあくまで職務を遂行しているだけだ!」

「職務を言い訳にしてストーカー行為を正当化してんじゃねえよ」

「なっ、私は純粋に!」

「もういいクラディール。私の権限で、護衛の任を解きます。

本部に戻って団長にありのままを報告し、以後は団長の指示に従いなさい」

 

 アスナから、最後通告とも言うべき言葉が発せられ、

クラディールはそのまま黙って転移門へと消えていった。

 

「なんかすげえもの見たな!」

「格好いいぞ!ハチマンって人!」

「アスナさんって決まった相手がいたのか……」

「くそー、俺ファンだったのに!」

 

 群集は一連の出来事の決着を見て、やんややんやと喝采していた。

中にはアスナの熱狂的ファンと思われる者の、落胆の声も混じっていたようだ。

三人は場の盛り上がりに気が付き、慌ててその場から逃げ出した。

ちなみにたまたま通りかかったクライン一行も最初からその様子を見ていたのだが、

三人はそれには気付かなかったようだ。

 

 

 

「しかしあんなハチマン初めて見たよ。なんかすごかった」

「うん、私もびっくりした」

「あ?何がだよ」

「だってお前、さっき明らかにキレてただろ」

「何がだよ、俺は別にキレてなんか……あ?」

 

 街を離れ、迷宮区へと向かう途中で、どうやらハチマンは、我に返ったようだ。

 

「ん?お?あー………」

 

 ハチマンは、いつもの冷静さをやっと取り戻したようで、

さきほどまでの自分の一連の行動をはっきりと認識したようだ。

 

「お、おいお前ら、さっきのはだな……」

「わかってるよ。我を忘れるほど怒ってたんだろ?」

「いや、まあ多分そうなんだが……」

「いつから怒ってたのかは俺にはちょっとわからなかったが、まあいいじゃないか。

アスナも機嫌が良さそうだし」

「ア、アスナ?その、さっきのは……」

 

 アスナは、にっこりと笑ってハチマンに言った。

 

「本来のアスナの居場所は、ここだ」

「うわあああああああああ」

 

 そしてアスナはそのまま、ハチマンの横に自分からぴったりとくっついた。

ハチマンはそのアスナの行動を受け、ビシッという音をたてて硬直した。

 

「もうリズやシリカちゃんには、報告したからね」

「アスナ、お前容赦ないな……」

「そんな事ないよ。アルゴさんに報告するのは勘弁してあげたしね」

「だってよハチマン。アスナに感謝しないとな?」

「お、おう……ありがとう?」

「どういたしまして?」

「って、リズとシリカには言ってんじゃねーかよ。次会った時に何を言われるか……」

 

 もっとも、既にアルゴはこの情報を掴んでいたので、

この時のアスナの気遣いは、結果的に無駄だった。

ハチマンは落ち込んでいたが、そんなハチマンにキリトが声をかけた。

 

「でも、さっきのハチマンすげー格好良かったぞ」

「いや、でもな……俺らしくないだろ。それにその……恥ずかしいし」

「ハチマンらしいって何だよ。あれもハチマンだろ?

自分の大切な人に一緒にいて欲しいってのは、すごく当たり前な感情だろ。

ハチマンは前から自分の感情を殺す所があるけど、

もっと素直に感情を出してくれてもいいんだよ。

俺もアスナも、ハチマンが好きでこうして一緒にいるんだからな」

「素直に、か……」

「私の居場所は、確かにここだしね」

 

 アスナも、満面の笑顔でそう言った。

ずっと曖昧だったアスナとの関係だったが、ハチマンはその笑顔を見て、

一歩前へ踏み出す覚悟を決めたようだ。相変わらず捻くれた表現ではあったが。

 

「あー……アスナ。今日の探索が終わったら、もしアスナがそうしたいんだったらだが、

とりあえずうちに引っ越して来てもいいぞ。そうすればあの馬鹿ももう何も出来ないだろ。

あくまでアスナの安全のための提案だけどな。保険だ保険。

あ、ちゃんと節度は保つってのが条件な」

 

 アスナはその言葉の意味を理解し、あわあわとし始めた。

キリトはにやにやしながらそれを眺めていた。

しばらくあわあわしていたアスナだったが、やはり嬉しかったのだろう。

 

「えっと、それじゃ、お世話になります」

 

 と答えた。

 

「よし、それじゃ今度みんなを集めて引越し祝いの宴会でもするか!」

 

 キリトが楽しそうにそう提案した。

 

「そうだな、それもいいかもしれないな」

 

 ハチマンも、めんどくさがりな彼にしては妙に素直に、それに賛成した。

SAOに囚われてからのハチマンの行動や態度は、もう昔と比べるとまったくの別物だ。

それがいい事なのかどうかはわからないが、

それでもハチマンは、こんな自分も悪くはないな、と感じていたのだった。



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第059話 軍との遭遇

今日は22時にもう1話投稿します


 クラディールの乱入により時間を取られてしまったが、

三人は予定通り、迷宮区の探索を始める事にした。

中層まではおおよそ攻略は済んでいるので、上層を目指す事になるわけだが、

何かノルマがあるわけでもないので、三人は丁寧にマップを埋めながら、

のんびりと奥へ奥へと進んでいた、はずだった。

 

「なあ、これどう見てもボス部屋じゃないか?」

「みたいだな」

「何故か着いちゃったね……」

 

 三人が戦闘に要する時間は、一般的なパーティに比べると大幅に短いので、

三人は予想以上に早く、ボス部屋まで到達してしまった。

 

「どうする?入ってみる?」

「そうだな……何があるかわからないから、役割を分担しよう。

アスナは扉からあまり遠くない位置で遠目に見る感じで、

もし扉が閉まりそうになったら外に出て、また扉を開けてくれ」

「わかった」

「俺達は慎重に前へ進み、敵がわいたらキリトは武器のタイプを確認してくれ。

俺は名前とHPバーの本数を確認する」

「了解」

 

 三人はハチマンの指示に従い、慎重に中へと入っていった。

ハチマンとキリトが中ほどまで進んだ時、広場の奥にボスが姿を現した。

 

「名前は【グリームアイズ】HPバーは四本」

「敵の武器は、巨大な片手剣!タイプはあれは……悪魔タイプか?」

「入り口の扉は特に何も変化無しだね」

 

 次の瞬間グリームアイズの目が妖しく光り、こちらへ向けてすごいスピードで走り出した。

 

「やばい、逃げろ!」

 

 三人はハチマンの声に従い慌ててボス部屋を飛び出した。

中に誰もいなくなったため、ボスの姿が消えていき、扉が重々しく閉まり始めた。

 

「ふう、でかい図体の割りに結構素早かったな」

「なんかいかにもパワータイプって感じの敵だったね」

「武器は片手にしか持ってなかったが、特殊攻撃もありそうだな」

「まあ、タンクを多めにした編成で、ちょっとづつ調査してくしかなさそうだ」

 

 得られた情報を報告しあったところで、三人は少し手前にあった安全地帯に戻り、

食事を兼ねて休憩する事にした。どうやらアスナが色々と軽食を作ってきてくれたようで、

その料理に舌鼓を打ちながら、この後どうするかの相談をしていた。

その時ハチマンが、数人の集団が接近して来ている事に気が付いた。

キリトも気付いたようで、二人は立ち上がり、

何があっても問題ないように備えつつ、その集団を待ち構えた。

一応アスナにはフードを被ってもらい、後方に下がってもらっていた。

 

「キリト、どうやら警戒する必要は無かったみたいだ」

「知り合いか?」

「あれはどうやらクライン達だな」

「なんだ、クラインかよ」

 

 しばらくして、クライン達もこちらに気付いたようだ。

最初こそ警戒していたようだが、ハチマンとキリトに気付いたようで、

手を振りながらこちらに近付いてきた。アスナがいる事には気付いていないようだ。

 

「ハチマン!キリト!」

「よぉクライン。お前達も探索か?」

「ああ。レベル上げも兼ねてな」

「ついさっき、ボス部屋を見付けたぞ」

「まじかよ!結構早かったな」

「ああ。街に戻ったら各所に報告して、偵察戦の相談だな」

 

 三人は情報を交換し、キリトはクラインに、今まで探索した分のマップを渡した。

 

「マップなんかもらっちゃっていいのかよ」

「ああ。俺達は、マップで商売する気は無いからな」

「ありがとな!」

 

 後方に下がっていたアスナも、どうやらクラインだと気付いたようで、

こちらに向けて歩いて来ていた。

それには気付かずにクラインが、にやにやしながらハチマンに言った。

 

「そういえばハチマンよぉ、なんかすごかったなおい!」

「あ?何がだよ」

 

 クラインは、顔をキリっとさせて言った。

 

「本来のアスナの居場所は、ここだ」

 

 ハチマンのすぐ後ろまで来ていたアスナは、その言葉を聞いて、ピタっと止まった。

どんな表情をしているかは、フードのせいで見えなかったが、

どうやらまたぷるぷるしているようだ。

 

「お前ら見てたのか……」

「おう!迷宮区に行こうと思って転移門から出たら人が集まってたから、

何事かと思って見てみたら、ハチマンがデュエルをしてたからびっくりしたぜ!

で、そのまま見物してたんだが、いやー、あれはすごかったな!」

「あの時のハチマンは、ブチ切れてたからな」

 

 横からキリトが解説した。

 

「まじかよ!ハチマンめっちゃ怖えって思ったけど、あれブチ切れてたのかよ!」

「う……その事についてはあまり触れない方向で頼む」

「いやー、しかしやっぱその後のセリフが一番だな!

消えろ!アスナの居場所はここだ!なんつって、あれはぐっと来たぜ!」

 

 その後もクラインは、興奮ぎみにその時の事を語り続けた。

クラインにとっては、よほど衝撃的な出来事だったのだろう。

ハチマンはさすがに恥ずかしいのか、目を背けながら頭を掻いていた。

キリトは、アスナがすぐ後ろまで来ていた事に気が付き、

慌ててクラインを止めようとしたのだが、次の瞬間アスナがフードを外して前に出た。

 

「クラインさん」

 

 クラインはその声を聞いてやっとアスナに気が付き、

アスナにもその時の自分の興奮を伝えようとしたのだが、アスナの表情を見て固まった。

それは羞恥の表情でありながら、不穏な気配のする表情だった。

クラインはなんとか声を振り絞り、アスナに話しかけた。

 

「ア、アスナさん、その、今の話はですね……」

「うん、続きはとりあえず、一撃入れてから聞かせてもらうね」

 

 そう言いながらアスナが武器を抜き始め、キリトとクラインは戦慄した。

風林火山の面々は口々に、

 

「あ、これリーダー死んだわ」

「まあいつもの事だから仕方無いよな」

「骨は拾ってやるからなー」

 

 等と遠くから声をかけていた。

アスナがクラインに攻撃しようとしたその時、ハチマンがアスナの頭にぽんと手を置いた。

 

「アスナ、そのくらいで許してやれ」

「はぁ……まあ事実だし仕方ないかな」

 

 アスナはその言葉に素直に従い、剣を腰に戻した。

 

「た、助かったぜハチマン!」

「お前はもっと周りに気を付けろ」

 

 皆その言葉を聞き、うんうんと頷いた。そしてその後、笑い始めた。

アスナも一緒になって笑っていた。

 

「まあ今日の所は許してあげます」

「すんませんっした!」

 

 クラインはアスナの許しをもらい、頭を下げた。その時キリトが、助け船を出した。

 

「まあ、クラインの気持ちもわかるよ。あの時のハチマンとアスナは、

まるでドラマの主人公みたいだったしな」

「そうなんだよ!多分今頃、街ではすごい噂になってるぞ!」

「え、そうなの……?」

「まじかよ……」

 

 ハチマンとアスナは、街に戻ってからの事を想像し、頭を抱えた。

 

「まあそのうち噂も収まるだろ。それまでの我慢だよ」

「ああ、まあ、甘んじて受けるしかない……ん?」

 

 その時ハチマンが、何かに気付いたように遠くを見た。

 

「おいお前ら、話は終わりだ。すぐに集合してフォーメーションを組め」

 

 いきなりハチマンの指示が飛んだ。全員その言葉に従い、警戒態勢をとった。

この中には、ハチマンの感覚を疑う者は一人としていない。

しばらくして他の者にも、かなりの人数がこちらに歩いてくるのが確認出来た。

 

「おい、あれは解放軍の制服じゃないか?」

「あ、最近噂になってたよ。なんか解放軍の一部が、多分キバオウさんの一派だと思うけど、

下層に甘んじているのに嫌気がさして、前線に復帰しようとしてるって」

「キバオウか……最近どうしてるかは知らないが、

あいつの攻略への意欲は本物だったんだよな。

まああいつは、周りの奴に変な影響を受けて、色々と問題を起こす欠点があるけどな……」

 

 どうやらアスナの聞いた噂からも、解放軍の攻略部隊なのは間違いが無いようだ。

さすがにいきなり襲い掛かってくる事も無いだろうと思われたが、

一応警戒は解かないままで、その部隊を待ち構える事にした。

 

「私は、アインクラッド解放軍のコーバッツ大佐だ」

 

(うわ、軍とか言うだけあって、階級制なのかよ……)

 

 ハチマンはうんざりし、無難な返事をする事にした。

 

「俺達は攻略組の者だ」

「君達は、この先まで攻略しているのか?」

「ああ。ついさっきボス部屋を発見した所だな」

「では、そのマップデータを提供して貰いたい」

「ああん?タダでよこせってか?マッピングがどんだけ大変だと思ってるんだ」

 

 クラインが、コーバッツの言葉に噛み付いた。コーバッツはそれに答え、

 

「我々は、君ら一般プレイヤーの解放のために戦っている!

ゆえに、諸君が我々に協力するのは、義務である!」

 

 と、言い放った。皆絶句したが、ハチマンは気にせず、素直にマップデータを提供した。

 

 解放軍はそれを受け、そのまま奥へと進んでいった。

 

「ハチマンよぉ、マップデータをタダで渡しちまって、良かったのか?」

「ああ。どうせ街に戻ったら公開するつもりのデータだしな。

あいつらも、さすがにあの人数でボス部屋に突入したりはしないだろ。

二パーティで十二人くらいしかいなかったしな。

それにあんな態度じゃ、どうせ攻略会議から締め出されて、以後何も出来ないだろ」

 

「まあ、確かにそうかもしれねーけどよぉ……」

 

 この時ハチマンは、自分が解放軍の心情を読み誤っていた事に気が付かなかった。

彼らが高圧的な態度をとったのは、このままでは解放軍の存在が、

今後もずっと低く見られ続けるという焦りの裏返しだったのだが、

キバオウの過去の言動をよく知るがゆえに、

ハチマンは、あれが解放軍の基本の考え方なんだろうと思い込んでしまっていた。

 

「ねえハチマン君」

 

 そんな中、立場上他のギルドとの折衝に当たる事が多く、

解放軍と一番多く接する機会のあるアスナが、恒例となったハチマンの服を摘みながら、

心配そうにハチマンに意見を述べた。

 

「なんか解放軍の人達、焦ってるように見えなかった?」

「アスナにはそう見えたのか?」

「うん。私ね、たまに解放軍の人とも話す機会があるんだけど、

全体的になんか焦ってるっていうか、忘れられるのを恐れてるっていうか、

そんな気配をたまに感じてたんだよね」

「焦ってる、か……そうか、その可能性には気付かなかったな。ありがとな、アスナ」

 

 ハチマンはアスナの頭をぽんぽんと叩き、アスナに礼を述べた。

 

「これからも俺が間違ってたり、何か見落としてると思ったら、すぐに言ってくれな」

「うん!」

 

 アスナは、ハチマンの役に立てた事が、とても嬉しいようだった。

 

「お前ら方針変更だ。すまんが、俺に付き合ってボス部屋に一緒に行ってくれ。

あいつら、功を焦って単独でボス部屋に突入するかもしれん」

「おう!!!」

 

 全員がそれに答え、一行は急ぎ、ボス部屋へと向かった。

ボス部屋に着くと、予想通りに扉が開いていた。

 

「くそっ、あいつらやっぱり突入しやがった」

 

 誰かが毒づいた瞬間、扉の中から悲鳴があがった。



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第060話 英雄の誕生

 慌てて部屋に飛び込んだ一行が見た物は、

今まさに壊滅しようとしている解放軍の姿だった。

敵のHPバーが一本半削れているのを見ると、思ったより健闘はしたようだが、

いかんせん人数が少なすぎる。ほぼ全員のHPゲージが、レッドゾーンに達していた。

 

「くそ、何で転移結晶を使わないんだ。まさか用意していないのか?」

 

 キリトがそう毒づく。

 

「ボスの攻撃が激しくて使ってる暇が無かったのかもしれん。

俺達三人でしばらく敵の攻撃を抑えよう。一応毒と麻痺対策もしておいた方がいいだろうな。

クラインは、風林火山の連中を連れて軍の救助に当たってくれ」

 

 ハチマンが指示を出したその瞬間、

ボスの攻撃を受けたのだろう、コーバッツがこちらに飛ばされてきた。

 

「おい、大丈夫か!」

「ば……馬鹿な……」

 

 コーバッツはその一言と共に、目の前でエフェクトと共に爆散した。

 

「馬鹿はてめーだよ!くそっ、お前ら行くぞ!」

 

 クラインはそう叫び、軍の連中を救助するために走っていった。

三人はボスへの攻撃を開始した。

 

「くっ、さすがにボスクラスの攻撃は重いな」

 

 予想以上に敵の攻撃は重く、ハチマンは、パリィをしづらそうにしていた。

それでもしっかりと敵の攻撃を遅延させる事には成功しており、

タンク不在のこの状況でも、比較的安全に戦闘を行っていた。

その時救助を行っていたクラインが叫んだ。

 

「ハチマンまずいぞ!ここは、結晶の使用禁止エリアだ!」

「何だと……」

 

 今までは、ボスの部屋で結晶アイテムが使えない事は一度もなかった。

ハチマンは、こういう可能性をまったく考えていなかった自分を呪った。

 

「くそっ、仕方ない。クラインはこっちを手伝ってくれ!

残りの連中は、軍の奴らを入り口まで運んでくれ!」

「わかった、今行く!」

 

(とは言ったものの、さすがに回復結晶無しだと長くはもたない。

俺達のHPももう七割程度しかない。いっそこいつらを見捨てて逃げ出すのも有りか?)

 

 そう考えながら、ハチマンはキリトとアスナを見た。

そんなハチマンの考えを読んだのだろう。キリトは、

 

「ハチマンに任せる」

 

 と言い、アスナは困った顔を見せた。

 

(アスナは助けたいみたいだな。ここはやるしか無いか)

 

「クライン!アスナ!二人で十秒ほど時間を稼いでくれ!無理はするなよ」

「おう!」

「うん!」

 

 そう指示したハチマンは、スイッチで後ろに下がっていたキリトの所へと向かった。

 

「おいキリト、もうアレを使うしかないようだぞ」

「そうだな、今俺もそれを考えていた」

「お前、あいつのHPを、大技一発で何本削れる?」

「今まで与えたダメージから推測すると、一本半はいけると思う」

「よし、準備が出来たら合図してくれ。お前を危険な目にあわせる事になるが。すまん」

「気にすんなって。早く行けよ」

「おう」

 

 ハチマンは二人とスイッチし、一人でボスと対峙した。

敵のHPは、残り二本と二割くらいまで減っていた。

 

「いいぞ、ハチマン!」

 

 キリトの声が届き、ハチマンは最後の攻撃を敢行する事にした。

 

「アスナ!クライン!俺が敵をぶっ飛ばしたら、二人は最大威力の攻撃を叩きこめ!」

硬直が解けたら即離脱だ!いくぞ!」

 

 ハチマンは、渾身の力を込めて敵の武器をパリィし、

さらに、敵の武器を持っていない方の肩に【閃打】を食らわせ、そのままの勢いで、

敵の顔面に、八連攻撃技【アクセルレイド】を放った。

敵は大きくのけぞり、その瞬間にアスナとクラインが、渾身の攻撃を放った。

この一連の攻撃で、敵の残りHPは一本半まで減った。

 

「よし、キリト、出番だ!」

 

 最初に硬直が解けたハチマンは、無理をしたせいで動かない体を無理やり動かし、

立ち直りつつあった敵の武器をもう一度パリィしてから離脱した。

その間に硬直が解けたアスナとクラインも離脱した。

そこに、キリトがすさまじいスピードで飛び込んできた。

右手にはエリュシデータが、そして左手には、ダークリパルサーが握られていた。

 

「スターバーストストリーム!」

 

 キリトはそう叫び、先日やっとマスターする事に成功した、

スターバーストストリームを放った。

アスナとクラインは何が起こっているのか理解出来ず、

呆気に取られて、その光景を見つめていた。

ハチマンも【閃打】からの【アクセルレイド】は相当負担が高かったのか、動けずにいた。

三人が祈るように見つめる中、敵とキリトのHPがすさまじい勢いで減っていく。

ハチマンの見立てでは、問題なく倒せそうに見えたので、

ハチマンは、あえて二人に再突撃の指示は出さなかった。

最後のパリィが効果的だったのだろう。ボスが爆散し、

キリトのHPは、ぎりぎりレッドゾーンになるかならないかという所で止まっていた。

 

「よし……」

 

 そう一言だけ言うと、無理がたたったせいか、ハチマンはその場に崩れ落ちた。

同時にキリトもその場に崩れ落ちた。

 

「ハチマン君!キリト君!」

「おい、二人とも!しっかりしろ!」

 

 

 

 どこからか自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がして、ハチマンは意識を取り戻した。

どうやら何か枕のような物に頭を乗せられているようだ。

目を開けると、すぐ近くにアスナの顔があった。

 

「うおっ」

「あっクラインさん、ハチマン君が目を覚ましたよ」

 

 どうやらハチマンは、自分がアスナに膝枕をされているらしいと気が付いた。

体を起こそうとしたが、まだ動く事は出来なかった。

 

「お、キリト!目を覚ましたか!」

 

 クラインの声が響き、ハチマンはそちらの方を見た。

 

「あれ、俺、倒れてたのか」

 

 キリトがそう声をあげ、次の瞬間、

 

「な、何だこりゃ!」

 

 と、更におかしな声を上げた。よく見るとキリトは、クラインに膝枕されていた。

 

「キリト、起きたのか」

「ハチマン、そっちは大丈夫か?」

「ああ。だが体が動かん」

「俺の方は動けるみたいだな」

 

 そう言ってキリトは体を起こし、クラインに尋ねた。

 

「で、なんでお前が俺に膝枕する事になったんだ?」

 

 クラインは、にやにやしながら答えた。

 

「だってよぉ、ハチマンがアスナさんに膝枕されてるのに、

お前だけそのまま寝かせとくのはなんかかわいそうだろ?」

「お前に膝枕されるくらいなら、そのままの方が良かったよ……」

 

 キリトはため息をつき、ハチマンの方へと歩いてきた。

 

「かなり無理したんだな、ハチマン」

「無理はしてねえよ。ただちょっと後先考えなかっただけだ」

「まあ、そのおかげでアスナに膝枕してもらってるんだから、問題ないな」

「う……アスナ、その、俺はもう大丈夫だから」

「もう動けるの?」

「いや、それはまだだが」

「じゃあ、しばらくこのままだね」

 

 アスナはどうやら膝枕をやめるつもりは無いようだ。

ハチマンはそれ以上は何も言えず、そのままでいる事を受け入れた。

 

「それよりキリトよぉ、さっきのは何だ?すごかったなアレ!」

「う……に、二刀流だ。多分、ユニークスキルだ」

「まじかよ!出現条件書いてないのか?」

「ああ」

 

 その言葉に、遠巻きにこちらを見守っていた他の者達から、どよめきがあがった。

 

「水臭えなあ。そんなすごいスキルの事を黙ってるなんてよぉ」

「私も知らなかった。ハチマン君は知ってたみたいだけど」

「俺とキリトの間には、お互いのスキルの事は、

二人だけの秘密にするっていう暗黙のルールがあってだな。その、教えなくてすまん」

「ううん。確かに私も、ハチマン君のスキル構成は知らないもんね」

「まあ他にも、こんなスキルを持ってる事が万が一にも漏れたなら、

危険かもしれないって二人で話し合ったんだよ。言えなくて悪かった、二人とも」

 

 キリトのその言葉に、二人は納得したようだ。

 

「まあそれはいいとしてよぉ、今回の事なんだが……」

 

 そう言って、クラインは軍の連中の方を見た。

ハチマンは、クラインの代わりに軍の連中に声をかけた。

 

「お前ら、自力で街まで戻れるか?」

「はい、外に出れば転移結晶も使えるし、大丈夫です」

 

 代表して、一人のプレイヤーが答えた。

 

「そうか。それならお前ら、帰ったら上の連中に伝えてくれ。

これで二度目だ、次は無いってな。もしまともに攻略に参加する気があるんだったら、

きちんとした手順を踏んで、筋を通せと」

「はい、必ず伝えます。その、今回は本当にありがとうございました」

「礼ならそこのキリトに言ってくれ」

 

 軍の連中はキリトに礼を言い、そのまま外に出て、転移結晶を使って戻っていった。

 

「そろそろ俺の体も動くみたいだ。アスナ、その、ありがとな」

「どういたしまして」

「それじゃ、とりあえず帰るか」

「門のアクティベートは俺達がやっとくぜ」

「悪い、頼むわ」

「おう。それじゃまたな!」

 

 クライン達は、そのまま上への階段を上っていった。

 

「ねえ二人とも、考えたんだけど、私、しばらくギルドを休む事にする」

 

 アスナが突然そんな事を言い出した。

 

「ん、どうしたんだいきなり」

 

 キリトがそう尋ねるとアスナは、ためらいがちに答えた。

 

「今日、うちのクラディールの態度を見たでしょう?

さっき軍の様子を見てて思ったんだけど、血盟騎士団も、

最初の時から比べると少し変わって来てる気がするの」

「ふむ」

「だから少し外から血盟騎士団を見てみたいなって。後、引越しの準備もあるしね」

「まあ、ヒースクリフが認めてくれたらだな」

「うん。とりあえず団長に話してみるよ」

「そうだな。それじゃ帰るか」

「うん」

 

 第七十四層は、こうしてまったく誰も予想しない形でクリアされた。

この日からしばらくの間、街は、新たなユニークスキル持ちの英雄キリトと、

ハチマンとアスナの関係についての噂話で持ちきりとなった。



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第061話 未来への布石

 アスナは、ヒースクリフと話をするために血盟騎士団の本部へと向かった。

キリトはエギルの店へと向かったようだ。ハチマンは、外でアスナを待っていた。

しばらくたった後、アスナが慌てたように飛び出してきた。

 

「ハチマン君大変なの!団長がハチマン君と戦うって」

「はぁ?」

 

 よく話を聞いてみると、アスナはヒースクリフに、

デュエルで自分に勝つ事が出来たら退団を認めると言われたようだ。

 

「とりあえず、団長が部屋まで来てくれって」

「わかった」

 

 ヒースクリフの部屋に入ったハチマンは、開口一番にこう切り出した。

 

「ギルドを抜けるのに条件なんか必要か?個人の自由じゃないのか?」

「言いたい事は分かるが、うちにとっては多少なりともなリスクが生じる問題だからね。

簡単にはいそうですかと認めるわけにはいかないさ」

「まあ、その言い分は理解できないでもないがな……」

「団長、私は別にギルドを抜けたいわけではなく、

しばらく距離を置いて色々考えたいだけなのですが……」

「もちろんその事は理解しているとも。今回の件の本当の目的はね、

私がその武器を装備したハチマン君と戦う事なんだ。

この前見せてもらった時から、その武器にはずっと興味を抱いていた。

だから、その目的を達成するために、今回の件に便乗させてもらったというわけなんだ」

「お前意外と戦闘狂なのな……」

 

 ハチマンは、どうしたもんかと考え始めた。

色々と考えているうちにハチマンは、とある矛盾に気が付いた。

 

(この前の戦闘で、俺はアハトファウストを武器に見えるようには使用していない。

ではなぜこいつはこれを武器だと認識している?

確か先日も、最初から武器だと認識し、何の疑問も抱いていなかったように見えた。

これはどう見ても、腕に装備するタイプの小型の盾にしか見えないはずだ。

名前は確かに言ったが、例え名前の意味がわかっても、

これを最初から武器として認識した奴は誰もいなかった。つまり……)

 

 ハチマンは、自分が辿り着いたその答えに戦慄した。

 

(まさか……ヒースクリフは、晶彦さんなのか?

まさかとは思うが、そうとしか考えられない。確かに最初、目が似ていると思ったが……)

 

 ハチマンは、その疑念を踏まえた上で、これからどうするべきか深く考え始めた。

 

「ハチマン君?」

「ハチマン君、随分と考え込んでいるようだが、そろそろ考えはまとまったかね?」

 

 一定の考えがまとまったのか、ハチマンはヒースクリフに、

もう一度アスナの退団条件を聞いた。

 

「もし私にデュエルで勝つ事が出来たら、アスナ君の退団を認めよう」

「その言葉に二言は無いな?」

「ああ、もちろんだ」

「わかった。その勝負、受けよう」

 

 アスナはおろおろしていたが、次のハチマンの言葉に驚いた。

 

「ただし相手は俺じゃない、キリトだ」

「……何だって?」

 

 ヒースクリフは、理解出来ないという風にハチマンに聞き返した。

 

「お前は今、私に勝てばと言った。だが、誰がとは一言も言わなかった。そうだろう?」

「……なるほど、確かに私はそう言ったな。これは一本取られたよ」

「まあ確かに詭弁と言えなくもない。だから代わりに、そちらに利益がある提案をしたい」

「聞かせてもらおうか」

「もしキリトが負けたら、俺がアスナの護衛兼参謀として、血盟騎士団に入る。」

「ハチマン君!?」

 

 アスナが、悲鳴のような叫びをあげた。

 

「ほう」

 

 ヒースクリフは、面白そうにハチマンを見つめた。

 

「さらにもうひとつ。すぐ噂になるだろうからあえて言うが、

キリトは、二刀流というユニークスキルを持っている。

二刀流 VS 神聖剣。このデュエルの興行を、血盟騎士団に任せる。

入場料を取れば、元手無しでかなりの利益が出るはずだ」

 

「ふむ……」

「最後に、もしキリトが負けた場合でも、アスナに一日休暇を与えてやってくれ。

実はアスナは俺の家に引っ越すんでな。そのための準備の時間が必要だ」

「ほう、それはそれは、おめでとう」

 

 話の流れに付いていけていなかったアスナは、突然そんな事を言われ、顔を赤くした。

 

「クラディールから報告は聞いたんだろう?あいつがどんな報告をしたかは知らないが、

お前の事だから、既に事実関係の調査はさせたはずだ。

なので、その尻拭いを俺が代わりにしたってだけだ」

「そうか。彼の事は本当にすまなかったと思っている。

その謝罪も込めて、君の提案、全て受けようじゃないか」

「交渉成立だな。それじゃ俺達はもう行くぜ。

詳しい場所と日程が決まったら、また連絡してくれ」

「分かった。早急に手配する」

 

 外に出るとアスナは、ハチマンに尋ねた。

 

「ハチマン君、どうしてあんな提案を?ハチマン君がそこまでする事は……」

「話は後だアスナ。すぐにキリトとアルゴを呼び出して、俺の家に集合だ」

 

 そのハチマンの言葉に、アスナは只ならぬ響きを感じたのか、それ以上聞くのをやめた。

 

 

 

 四人がハチマンの家に集合し終わると、ハチマンは、先ほどの経緯を説明した。

 

「と、いうわけでな。俺の代わりにヒースクリフと戦ってもらいたい」

「それは別に構わないんだが……」

「ハー坊、裏事情もちゃんと聞かせてくれよナ」

「裏事情?」

 

 アスナはきょとんとした。ハチマンは頷き、説明を続けた。

 

「俺の推測が間違っている可能性はあるんだが、お前ら、驚かないで聞いてくれ。

ヒースクリフは、もしかしたら茅場晶彦かもしれない」

「何だって?」

「ええっ、団長が?」

 

 ハチマンは先ほどの経緯と、アハトファウストの件を、三人に説明した。

 

「でもそれだけじゃ、理由としてはちょっと弱い気もするナ」

「ああ。だから、いくつか条件を出した。

まず、キリトが勝った場合は、単純にアスナの希望が満たされる事になるからそれでいい」

「そうだな」

「そしてキリトが負けた場合、俺が血盟騎士団に入団する事になり、

内部からヒースクリフを観察する立場になれる」

「確かにそれなら他に証拠が見つかるかもしれないナ」

「最後に、お前の戦闘を間近で見て、強さを実感すれば、

二刀流の事が知られた後でも、もう誰もお前に手出ししようとは思わなくなるだろう」

「ハチマン君、あの短い時間でそこまで考えてたんだね……」

「でもハチマン、その説明だと、まだ分からない事が……」

 

 ハチマンは、そんなキリトを制して言った。

 

「ここまでの話の中で、キリトが疑問に思ったであろう事を、先に説明するぞ。

俺と茅場晶彦の関係についてだ」

 

 キリトは、やはりそこが分からなかったのか、大きく頷いた。

 

「実は俺は、晶彦さん、茅場晶彦と面識がある。βテストが始まる少し前の事だ」

 

 ハチマンは、茅場との出会いからSAOに囚われるまでの事を、キリトに話し始めた。

 

「なるほどな。最初の頃から、ハチマンは妙にゲーム内の知識を持ってたり、

やけに戦闘に詳しかったりと、不思議な所が多かったよな。

無理に聞こうとは思ってなかったけど、そういう事情だったのか」

「私とアルゴさんは聞いてたけど、改めて言われると、知らなかったら確かに不思議だよね」

「そうすると尚更、この話には信憑性が出てきたな」

「可能性としてはあると思うゾ」

「俺も思った事があるんだよ。茅場は今の状況に満足してるのかなって」

「どういう事だ?」

 

 キリトは自身が抱いていた、とある疑問について話し始めた。

 

「なあハチマン。お前が茅場だったとして、自分の作った世界を観察するとするだろ?

中にはカメラのような物があるいはあるのかもしれないし、

ポイントポイントの映像を見る事は出来る仕組みなのかもしれないが、

そんなの面白いと思うか?」

「オレっちだったらそんなのつまらないナ」

 

 キリトはアルゴに頷いた。

 

「自分の努力の成果を一番実感できるのは、自分がゲームの中に入って、

他のプレイヤーと一緒に色々な事を体験している時じゃないか?って俺は思うんだよ」

「確かに、そうかもしれないな。外部に表示されるのは、言ってみればただのデータだしな」

「そう考えた時、思ったんだ。茅場はこの世界のどこかで、

プレイヤーの振りをしながら俺達を見ているんじゃないかってな」

 

 四人は、その想像は多分合っているだろうと感じていた。

 

「で、なんで俺をヒースクリフの相手に指名したんだ?」

「そうだな。このまま百層クリアを目指すとするだろ。

あのヒースクリフが、いざクリアという時まで、

大人しくプレイヤーの一員として振る舞い続けると思うか?」

「どういう事だ?」

「そんなの、ゲームの全てを知っている人間がクリアに手を貸してるような、

ある意味接待プレイみたいなもんだろ?そんな事、あの人は多分しない。

多分途中で戦死を装うか、あるいは……」

「あるいは?」

「自分をラスボスに設定している可能性すらあると、俺は思ってる」

「団長がラスボス……」

 

 その言葉に、三人は考え込んだ。

 

「……無いとは断言できないナ」

「もしその時、あいつの前に最後に立つ事になるのは、多分お前だ、キリト」

「俺?」

「ああ。俺はヒースクリフ相手だと、相性が多少悪い。

そして俺は、今後も大きな成長は望めない。

テストプレイヤー時代の癖がしみついちまってるからな。

それは多分ヒースクリフも同じだと思う。下手に全てを知ってしまってるがためにな」

「そうだな、知りすぎちまってると、逆に発想が硬直するって事はあるナ」

 

 アルゴがその意見に同意した。

 

「だが、お前は違う。お前は、無限の可能性を秘めていると俺は思ってる。

だからこの戦いで、ヒースクリフの力量をしっかりと見て、体感して、

その上であいつを超える方法を考えて欲しいんだ。未来への布石って奴だな」

「おいおいハチマン、俺に期待しすぎだぞ」

「高いハードルを設定されたな、キー坊」

「別に負けてもいいからな」

「キリト君、頑張って!」

「更にプレッシャーが……」

「アルゴには、ヒースクリフが茅場だとした前提での情報収集を頼みたい」

「分かった。この件については商売抜きでやってやル」

 

 その後ヒースクリフから連絡があり、

さきほど更新されたばかりの七十五層でコロシアムが発見されたため、

勝負は明日そこで行うという事が正式に決定した。



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第062話 矛と盾

 第七十五層のコロシアム周辺は、空前の人手で賑わっていた。

基本的に、SAOには娯楽と呼べるコンテンツは存在しない。

そのため、今回のようなイベントは、プレイヤーにとっては、

初めての娯楽と呼べるコンテンツなのである。

コロシアムの周辺はプレイヤーの露店で埋め尽くされ、まるで祭のような活況を呈していた。

 

「キリト、調子はどうだ?」

「まあ、普通かな」

「そうか」

 

 ハチマンは、キリトが特に気負う事もなく自然体でいる事に感心していた。

 

(これならキリトが勝つかもしれん。何よりもその方が楽だ。

その時は、血盟騎士団に潜入するのはアスナの復帰と同じタイミングにして、

それまではしばらくのんびりさせてもらうか。先はまだ長いしな)

 

 ハチマンはそんな不謹慎な事を考えていたのだが、もちろんキリトは気付いていなかった。

もっともハチマンがそんな理由付けをしたのは、

実は無意識に、キリトが負ける所など見たくはなかったためであるのだが、

当のハチマン自身がそれに気付いていない。

こういう所がハチマンらしいといえば、らしいのだろう。

 

「まあ俺としては、あいつの弱点の一つでも見付けてもらえれば御の字なんだけどな」

「あいつに弱点なんかあるのか?」

「どうだろうな。あいつの戦い方は、とにかく堅実だからな。

まあ今回のルールは、一撃終了ルールらしいからな。

どうやって相手の体制を崩すか、もしくはどうやって相手の虚を衝くかの勝負になるな」

「虚を衝く、ねぇ……」

「まあ、弱攻撃を上手く当て続けて、半減決着を狙うのもありかもしれないがな」

 

 一撃終了ルールとは、どちらかが相手に強攻撃を当てた時点で勝敗が決まるルールだ。

弱攻撃を当てるだけでは、わずかにHPバーが減るだけで、勝敗は決しない。

もしどちらも有効な強攻撃を当てられないままずるずると試合が進んだ場合、

そのダメージの積み重ねによって、どちらかのHPバーが半分に達した時、

そこで勝者が決まるというルールだった。

 

「まあハチマンの期待通り、この試合で何かを掴むつもりでやってくるよ」

「すまんが頼む」

「任せとけって」

 

 ハチマンはキリトとの話を終え、客席のアスナとアルゴの所へ向かった。

そこには、偶然会ったらしい、エギルとクラインもいた。

 

「エギル、クライン」

「よぉハチマン。面白い事になってるじゃねえかよ」

「あの二人、どっちが強いんだろうな」

「俺にもわからん。それより二人とも、頼みがある」

「ん、何だ?」

「俺とアスナの盾になる位置で観戦してくれ」

 

 そのハチマンの頼みに、二人は首をかしげた。

 

「実際に現場にいたクラインはまあいいとして、

エギルも俺とアスナの噂くらいは聞いただろ?」

「あー、あれか。実際のとこ、あの噂は事実なのか?」

「まあ、そうだな」

「やっぱすげえなハチマンは」

「まあ、その、あれだ。そういう訳だから、すまんが二人でガードしてくれ」

「お安い御用だぜ!」

「任せろ」

「ごめんね、ありがとう二人とも」

「アスナさんのためっすから!任せて下さい!」

「そういえば二人とも、何で私をさん付けで呼ぶの?私の事は呼び捨てでいいんだけどな」

「ま、まあそこらへんはそのうちって事で!」

「そうだな、なんとなく敬語を使いたくなるんだよな。嫌なら直すように努力する」

「うん」

 

 二人に盾役を頼んだハチマンは、その死角をうまく利用して、

目立たないようにアルゴに尋ねた。

 

「どうだアルゴ。気になる情報はあったか?」

「さすがにガードが固いな。特におかしな情報は見当たらないナ」

「そうか」

「まああえて言うなら、ヒースクリフは今まで一度もHPが黄色になった事がないそうだゾ」

「まじか。確かに俺も一度も見た事が無いかもしれん」

「だから、あるいはそこらへんにヒントがあるかもしれないナ」

 

 絶対に耐久が半分を割らない。その言葉に、ハチマンは記憶が刺激されるのを感じた。

 

(昔テストプレイ中に何かあったような……あっ)

 

「それだ」

「何だ?ハー坊」

「昔テストプレイ中に見た事がある。ゲームマスター権限を持つプレイヤーのHPは、

絶対にHPが黄色にならないんだ。もしHPが黄色になるような攻撃を受けた場合は、

イモータルオブジェクトって表示が出て、ダメージが通らないんだ」

「そうか。それじゃ、この試合はすごく大事だって事だナ」

「よし、俺はもう一回キリトの所に行ってくる」

「わかった。半減決着に持ち込むように言うんだナ」

「ああ」

 

 ハチマンは、再びキリトの下へと戻った。

 

「ん?何だハチマン、忘れ物でもしたのか?」

「いいかキリト、よく聞け」

 

 ハチマンは、先ほどのアルゴとの会話の内容を、キリトに説明した。

 

「なるほど……」

「これでHPが黄色になるようだったら、ヒースクリフは茅場晶彦じゃないかもしれない。

それを確認するためにも、半減決着を狙ってくれ」

「わかった、やってみる」

「ハードルを上げちまったかもしれないな、すまん」

「まあ何とかなるだろ」

 

 

 

 そしてついに試合が始まった。

まずキリトが、低い体勢からヒースクリフへと突進した。

直前で体を捻り、右手の剣を叩き付ける。その攻撃はヒースクリフの十字盾に防がれたが、

キリトは次の瞬間、左手の剣を盾の内側に滑り込ませた。

しかしその攻撃も、ガキン!という音と共にヒースクリフの剣に阻まれた。

 

「さすがに防御が固いな」

「それだけが取り得でね」

 

 そう言いながら、今度はヒースクリフが盾を構えて突進してきた。

右手の剣に注意を払っていたキリトは、その盾が発光している事に気が付いた。

ヒースクリフの持つ盾が、光のエフェクトと共に猛然とキリトに迫る。

 

「うおっ」

 

 キリトはその攻撃を、辛うじて両手の剣をクロスさせて防いだ。

 

「盾にまでソードスキルが設定されてんのかよ。それじゃまるで二刀流じゃないか」

「まあ、お返しって所か、なっ」

 

 ヒースクリフは、無防備なキリトの腹に向けて、思いっきり剣を突き出してきた。

キリトはそれを察知し、既に後方へと飛んでいた。

 

「さて、あいさつも済んだ所でそろそろお互い本気でいこうじゃないか」

「ああ」

 

 お互い何度か連続技を繰り出すも、決定打には至らない。

こちらの攻撃も防がれるが、あちらの攻撃も全て避けるか受け止めている。

だがキリトは、敵の連続技の後の硬直時に強攻撃を当てれば、例え防御されたとしても、

わずかに敵のHPが減る事に気が付いた。

 

「素晴らしい反応速度だな」

「お前こそ防御が固すぎるぞ。予想以上だ」

 

 そんな会話を交わしつつ、キリトは考えていた。

 

(どうやら手数で押すのが得策だな)

 

 キリトは、多段攻撃メインに切り替え、敵のHPを徐々に削っていく。

しかしキリトの方も、硬直時間がやや長い攻撃をメインで使っているため、

たまに被弾し、徐々にHPを削られていった。

気が付くと、お互いのHPがもうまもなくイエローゾーンに到達しようとしていた。

その時ヒースクリフの表情に、初めて焦りの色が見えた。

 

(やっぱりハチマンの言った通り、HPが黄色になると都合が悪いみたいだな)

 

 キリトは覚悟を決め、慎重に敵の隙を探し始めた。

 

(隙が見えた瞬間に、例え盾の上からでも全力で攻撃を叩きこむ。

今なら先制さえ出来れば、敵のHPを一気にイエローゾーンまで持っていける。

それでこの勝負も終わりだ)

 

「くっ」

 

 キリトは硬直時間の短い攻撃を仕掛けつつ、敵の隙を伺っていたが、

何度目かの盾での防御の後、ヒースクリフの攻撃がわずかに遅れたような気がした。

ここだと思ったキリトは、防御を捨てて全力で攻撃を開始した。

 

「スターバーストストリーム!」

 

 キリトの動きが急加速した。さすがのヒースクリフも、

防御に専念する事にしたようだ。ヒースクリフは反撃する事がまったく出来ていない。

このままいけば、確実にHPを黄色に出来る。

そう確信したキリトが、最後の一撃を放とうとした瞬間、空間がブレた気がした。

気が付くと最後の攻撃は、完全に空振っていた。あの状態で避けられる事はありえない。

キリトはそう思ったが、すでに技後の硬直が始まっていた。

そこにヒースクリフがソードスキルを叩き込み、ついにキリトのHPが黄色くなった。

 

「くそっ」

 

 【WINNER】の表示と共に、ヒースクリフの勝ちが宣言され、

コロシアムは大歓声に包まれた。皆口々に、両者を褒め称えていた。

そんな中、ハチマンは最後の瞬間のヒースクリフの動きを見て、

ヒースクリフはやはり茅場だと確信していた。

 

「システムアシスト……」

 

 そう口に出した瞬間、ヒースクリフが焦った様子でハチマンの方を見た気がした。

ハチマンは咄嗟に、頭を抱えて、キリトの負けにショックを受けている振りをした。

ちらりとヒースクリフの様子を伺ったが、どうやら気付かれなかったようだ。

ヒースクリフは、安心した表情でキリトに話しかけていた。

キリトも違和感を感じていたはずだが、あちらも咄嗟に誤魔化す事に成功したらしい。

 

「ハー坊、システムアシストって何だ?」

 

 アルゴが周りに気を配りながら、小声で話しかけてきた。

 

「システムの力で強制的にキャラを動かすんだよ。やはりヒースクリフは、茅場晶彦だ」



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第063話 大切な決断

 その日の夜は、秘密基地で宴会が行われた。名目は、

ハチマンの血盟騎士団入団祝いとキリトの残念会、そしてアスナの引っ越し祝いである。

まず最初に、会社でよく幹事をやらされていたというクラインが音頭を取って、乾杯した。

庭に置いたテーブルにはアスナが作った料理が並べられ、

交流を深めるための雑談が、あちこちで行われるだけのシンプルな宴会だったが、

それでも皆楽しそうにしていた。

ちなみにこの日の参加者は、ハチマン、アスナ、キリト、リズベット、シリカに加え、

クライン、エギル、アルゴの八人であった。

 

「醤油だ……」

「味噌もあるぞ!」

「アスナ、ついに完成させたんだな」

「やっと味の再現に成功したよ。どう?ハチマン君」

「おお……完璧だ。次は是非ラーメンを頼む」

 

 この日は、アスナが苦労の末に開発に成功した醤油味と味噌味の調味料を使った料理が、

サプライズとして振舞われていた。

一同は、懐かしさのあまりしばらく目を潤ませながら食事に没頭していた。

その後はいくつかのグループに分かれて雑談タイムとなった。

アスナの紹介で武器を作ってもらった事以外、ほぼ接点の無かったシリカとリズベットは、

キリトを挟んで楽しそうに談笑していた。

残りの四人は、どうやらアスナを囲んで先ほどの調味料について話をしているらしい。

アルゴはアスナに高額の情報量を払い、レシピを拡散する許可を得たようだ。

エギルとクラインは、しきりにアスナの料理の腕を褒め称えていた。

そしてハチマンは、どこで手に入れたのかはわからないが、

ビーチチェアのようなものを取り出し、そこに寝そべっていた。

 

(平和だな……)

 

 最近のハチマンはヒースクリフ関連の問題で色々と考える事が多く、

頭の休まる暇が無かったため、トロピカルドリンクの代わりに例のドリンクを飲みながら、

頭を休める事にしたようだ。

 

 

 

「………君……マン君」

 

 誰かに呼ばれたような気がして、ハチマンは目を覚ました。

どうやらあのまま寝てしまったようだ。

 

「あ、起きたみたいだね」

「ようやく起きたのか、ハチマン」

「疲れてたみたいだったから起こさなかったけど、よく寝れたか?」

「あんまり一人で根をつめるなよ!」

 

 皆、ハチマンを気遣うそぶりをみせていた。

 

(こいつらいとも簡単に俺に踏み込んできやがる……だが俺もそれを許しちまってるな)

 

 仲間の顔を順番に眺めたハチマンの脳裏に、残してきた人達の顔が浮かんできた。

 

(雪ノ下、由比ヶ浜。本物と呼んでいいのかは分からないが、俺にも大切な仲間が出来たぞ。

お前達は今どうしてるんだ?小町は総武高校に合格できただろうか。

一色は今年受験か。俺がいなくなって、生徒会活動で苦労させちまったかもしれないな。

ああ、平塚先生と一緒にラーメン食べにいかないとだった……)

 

 ハチマンは彼女達の顔を思い浮かべ、決意を新たにした。

 

(必ず戻って、多分昔よりは多少ましになったはずの、今の俺を見てもらいたい。

そしてここで出来た仲間をあいつらに紹介して……最後に……)

 

 最後にハチマンは、ただの仲間ではありえない、自分にとって特別な人、

目の前でこちらを見ているアスナの事を考えた。

 

(雪ノ下は何とも言えないが、由比ヶ浜はもしかしたら、俺の事が好きだったかもしれない。

ここに来なければ最終的にどういう関係になったかは分からないが、

少なくともあの時点では、俺の中ではあの二人はそういう関係じゃなく、

信頼出来る仲間だという意識の方が明らかに強かった。だが……)

 

 ハチマンは、アスナをじっと見つめた。アスナは、何かな?という風に首を傾げた。

 

(アスナは明らかにそれとは違う。ゲーム開始からずっと一緒にいて、

血盟騎士団に入団してからも、アスナが俺から離れる事は一度も無かった。

友達だからと結論付けるのは簡単だが、それは逃げだろう。

さすがの俺も、そんな理由ではないと今ははっきりと自覚している。

どんな時でもしっかりと俺を見つめて、一緒に喜び、悲しみ、時には叱ってくれる。

アスナはきっと、こんな欠点だらけな男である俺の事が好きなのだろう。そして俺も……)

 

「ハチマン君。そろそろみんな帰るって」

 

 ハチマンが、それに続く言葉を考える前に、アスナが話しかけてきた。

ハチマンはその言葉を聞き、ここで色々とはっきりさせようと決断した。

ここにはちょうど今、彼の大切な仲間が全員揃っているのだ。

 

「ああ、わかった。その前に俺から大事な話をする。全員リビングに集合してくれ」

 

 その言葉を聞いた皆は、ハチマンの指示に素直に従い、リビングへ向かい始めた。

 

「おいお前ら、何でそんな素直に俺の言う事を聞くんだよ」

「いや、だってなぁ」

「ハチマンの言う事だしね」

 

 そう言って皆は、笑いながら歩いていった。

 

(まったくこいつらは……)

 

 やれやれと肩を竦めつつもハチマンは、すぐにその後を追った。

 

 

 

「まずこの機会に、クラインとアルゴにも鍵を渡しておく。

これで今ここにいるのは、全員がこの家への侵入を許可された者だけという事になる」

「何かおかしな言い方だな。まあありがたくもらっておくヨ」

「ありがとな、ハチマン!」

「侵入うんぬんってのは、まあ、あれだ。今ここにいる全員が、俺が信頼する……

つまりその……大切な仲間だって事を言いたかったんだ」

 

 そのハチマンの言葉を聞き、場が静寂に包まれた。あのアスナでさえ一言も喋らなかった。

考えていた反応と違ったので、少し動揺しつつハチマンは、恐る恐る皆の様子を伺った。

最初に動いたのは、当然アスナだった。アスナはハチマンに、正面から抱きついた。

 

「ハチマン君!」

 

 それを皮切りに、全員がハチマンに抱きついてきた。

キリトやクラインや、エギルさえもがそうしていた。

 

「……は?何これ?」

「当たり前だよ。普段絶対にそんな事は言わないハチマン君が自分から言ったんだよ?

その事を知ってるから、本当の気持ちが聞けて、全員すごく喜んでるんだよ」

 

 そのアスナの言葉に、一堂は頷いた。

 

「お、おう、そうか……今までちゃんと言えなくて、その、悪かったな……」

「気にすんなよハチマン」

「そんな事分かった上で付き合ってんだからいいんだよ!」

「そうそう、ハチマンは気にしすぎ!」

「こういうハー坊も新鮮でいいナ」

 

 ハチマンはそのまま囲まれていたが、少しして落ち着いたのか、解放してもらえたようだ。

 

「よし、話を戻すぞ。そんな信頼するお前達に、今回の経緯について、全て話す」

 

 ハチマンはそう言って、詳しい説明を始めた。

 

 

 

 ハチマンの長い説明が終わり、知らなかった者は皆その内容に驚愕した。

 

「まさか……まじなのか?」

「ヒースクリフって攻略組のリーダーみたいな人なんだよね?」

 

 それはやはり衝撃的すぎる内容だったようだ。

皆が落ち着いた頃を見計らって、ハチマンは説明を続けた。

 

「つまり俺達はこれから、そういう前提で動く事になる。

危険もあるかもしれないが、ここに来てからもう二年だ。そろそろ時間が無い。

なので、隙を見てヒースクリフの正体をバラすように仕向け、

その上でどんな反応を見せるかを見極め、場合によってはその場であの人を倒す」

 

 キリトは少し考え込み、疑問を呈した。

 

「……それで全て終わるか?」

「そうだな。考えられるのは二つ。その場でラスボスとして振舞うか、

姿を消して第百層で待ち構えるか、だけだと思う。俺は前者だと思ってる」

「根拠はあるのか?」

「ああ。姿を消したら、自分の作った世界での、

プレイヤーの行く末をもう観察出来ないだろう?

それに多分あの人の性格上、よくぞ見破った、褒美だとか言い出して、

そのまま私を倒したらクリアにしてやろうとか言い出すに違いない。

そして多分、負けたら自身も死ぬ設定でここに潜っているはずだ」

 

 その言葉に、一堂は息を呑んだ

 

「まさか……」

「そこは確信がある。自分だけが安全なんて卑怯な事をする人じゃない。

もっとも最後の決戦までは、万が一モンスターに倒されたりしないように、

今は一時的に不死状態にしていると思うがな」

「強引な考えの気もするが、知り合いのハチマンが言うんだからそうなのかもしれないな」

「もっとも上手く行けば、あの人も死ななくてすむんだよな」

「何か手があるのか?」

「まあな。蘇生アイテムの説明文からも、

おそらくここで死んだ後十秒が経過するまでは、現実でも死ぬ事はない」

「そうか、あの説明文は確かにそういう意味だよな」

「ああ。だから攻略組の皆は、覚悟をしていてくれ。何が起こっても動じるな。

もし誰かが倒れたその時は、十秒以内にクリアする事だけを考えろ」

 

 ハチマンの言葉に、攻略組の四人は頷いた。

 

「これは絶対に失敗が出来ないミッションとなる。決行がいつになるかは分からないが、

必ずやりとげなければならない。リズとシリカは、成功を祈っててくれ」

 

 その言葉に、リズベットとシリカも頷いた。

 

「アルゴは裏側からのサポートを頼む」

「分かった。このアルゴ様が全力でサポートしてやるヨ」

「みんなすまない」

 

 ハチマンは、頭を下げた。

 

「このまま普通に攻略を続けていてもいいのかもしれない。

だがこのままいくと、百層が近付くほど、皆ヒースクリフに依存してしまうかもしれない。

そうなったらもうクリアは絶対に不可能だ。

だから、まだそうなりきっていない今のうちに、手を打っておきたいんだ」

「おう!やってやろうぜ!」

「絶対に一人も欠ける事なく現実へ帰還しようぜ!」

「おう!」

「私達は待つ事しか出来ないけど、出来るだけ事前のサポートはするよ!」

「はい、頑張りましょうリズさん!」

 

 ハチマンは頭を上げ、そのまま話を続けた。

ハチマンは、先ほどまでよりもかなり緊張しているように見えた。。

 

「もう一つ、ここにいる全員の前で俺が言わなくてはいけない事がある」

 

 そんなハチマンの様子に、皆これは只事ではないと感じたようだ。

 

「とりあえず話してくれよ」

「お、おう……それじゃアスナ、ちょっとこっちに来てくれ」

「う、うん」

「あー……皆も知っての通り、アスナはここに住む事になった」

 

 ハチマンの言葉は、先ほどまでとは方向性がまったく違う発言だったので、皆驚いた。

 

「それで、だ。さすがの俺も、これはアスナの安全のためだとか、

そんな馬鹿な言い訳を続けるのはもうやめる事にした」

「……っ」

 

 アスナの顔が、何かを期待する表情に変わった。皆それを見て、お、ついにか?と思い、

それでも誰も冷やかしもせず、真剣に話を聞いていた。

 

「あー………………」

 

 ハチマンはしかし、緊張して何も言い出せないようだった。

 

「おいハチマンしっかりしろ」

「男でしょ!」

「お前ここで言わなくてどうするんだよ!」

「ハー坊、格好悪いぞ」

「ハチマン君、しっかり!」

 

 当のアスナにまで励まされてしまい、ハチマンは顔を赤くしながら続けた。

 

「分かってるよ。ちっ、俺はこういうのが上手くいった事が一度も無いんだよ。

当然緊張するし、怖いに決まってるだろ」

「大丈夫、大丈夫だからハチマン君!きっと上手くいくから!」

 

 さすがにそのアスナの言葉には、全員から突っ込みが入った。

 

「アスナ、お前何言ってんだよ……」

「アスナはハチマンが絡むと時々おかしくなるよね……」

 

 アスナも突っ込まれて気が付いたのか、顔を赤くした。

そんなアスナを見たハチマンは、深呼吸をして、ついにその言葉をアスナに告げた。

 

「こんな欠点だらけで情けない俺だが、その、これからもずっと一緒にいてくれないか。

アスナ、俺はお前の事が好きだ」

「やっと言ってもらえた……」

 

 アスナは嬉し涙を流しながら、はっきりと返事をした。

 

「うん!私も大好きよ、ハチマン君!」

 

 その光景に、場は今日一番の盛り上がりを見せた。

 

「よくやったぞハチマン!」

「やったなハチマン!」

「ハチマン、格好いいぞ!」

「ハー坊、男を見せたナ」

「私はずっと知ってたけどね」

「羨ましいです!おめでとうございます、お二人とも!」

 

 二人はしっかりと手を繋ぎ、並んでお礼を言った。

 

「お、おう……ありがとな」

「ありがとう!」

 

 盛大な拍手が巻き起こり、ついにハチマンとアスナは、正式に付き合う事になった。

だがその直後、アルゴから爆弾発言が投下された。

 

「それでは次に、二人の結婚式を執り行うとするカ」

「なっ……」

「け、結婚?」

「オレっち思うんだが、今後誰かに余計な茶々を入れられないためにも、

はっきりと形にしちまった方が面倒も無くていいんじゃないのカ?」

「確かにそうかもしれないが、結婚か……」

「結婚かぁ」

 

 ハチマンは考え込み、アスナは考えるまでもないと言わんばかりに、

ハチマンをじっと見つめていた。

 

「何だ、ハー坊は嫌なのカ?」

「そんなわけないだろ」

「そんなわけないよ」

「何故そこでアスナが答える……」

 

 キリトがすかさず突っ込み、アルゴが皆に問いかけた。

 

「みんなも大賛成だよナ?」

「二人がそうしたいなら、いいと思う」

「賛成!賛成!」

「いいんじゃないか?」

「いきなりすぎる気もするけど、本人達がいいならいいんじゃない?

 

 この世界での結婚は、現実世界とは微妙に意味合いが違う。

この世界でストレージを共有すると言う事は、相手に全てを委ねる事にもなる。

つまり、お互いの気持ちも大事だが、命を預けるくらいの覚悟も必要になるのだ。

ハチマンは、結婚は段階を踏んでと思っていたので、やや困っていた。

そんなハチマンを見てアスナが猛然と、押しの一手に出た。

 

「せっかくハチマン君が勇気を出して告白してくれたんだから、

それに負けないように今度は私がしっかりと勇気を出さないとね!

もしプロポーズしてくれるなら、私喜んで受けるよ!ハチマン君!」

「アスナ、さすがにそれは強引すぎだろ……」

「アーちゃんやるなぁ……ハー坊はこうなったら絶対断れないゾ」

「ハチマンを落とすには、とにかく押しが大事って教育した甲斐があったよ」

「リズ、いつの間にそんな教育を……」

「はぁ……やっぱり段階とか余計な事を考える必要は無かったな。

最初から自分の気持ちを余す事なく伝えれば、自然とそうなるに決まってるよな。

俺もまだまだ未熟だって事だ……よし……もう一回やり直すぞ、アスナ」

 

 ハチマンはそう言い、アスナをしっかりと抱き締めて言った。

 

「俺は歯の浮くようなセリフは言えないからな。言うのは一言だけだ。

愛してる。俺と結婚してくれ」

「はい。こんな私でも良ければ、ずっとあなたの傍にいさせて下さい」

「こんな俺でもいいなら、ずっと離さん」

 

 そして二人は仲間達の前で、誓いの口付けを交わした。

その後ハチマンがウィンドウを操作し、アスナに結婚を申し込んだ。

アスナもウィンドウを操作し、それを受諾した。

その瞬間二人のアイテムストレージに指輪が出現し、二人はその指輪を交換して、

お互いの指に、それをはめた。

その瞬間、先ほどよりもはるかに大きな歓声と拍手が沸き起こった。

皆泣きながら、とても嬉しそうに二人を祝福していた。

この日ハチマンとアスナは、アスナがぐいぐい押す形だったのは否定できないが、

ともかくお互いの気持ちをしっかりと確かめあい、ついに夫婦となったのであった。



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第064話 休暇を取ろう

「なあ、どうせなら、しばらく血盟騎士団の活動を休んだらどうだ?」

 

 キリトから、当然のようにそんな声が上がった。皆も口々にそれに同意した。

 

「いや、だがまあこんな状況だしな」

「いいじゃねーかよ。今まで散々頑張ってきたんだから、

少なくとも七十五層のボス戦までは休んだって罰は当たらねーよ」

「そうだそうだ!」

 

 ハチマンは、そんな皆の態度は素直に嬉しかったが、それはさすがに躊躇われた。

 

「まあさすがに、ヒースクリフとの約束を反故にするのもな。

そういう条件でお前にデュエルしてもらった訳だしな」

「やっぱりまあ、そうだよな……」

「まあ結婚を理由にってのはありかもしれないが……」

「それなら手柄をたてて、それを口実にするのはどうダ?」

「手柄?」

 

 突然アルゴが、そんな事を言い出した。

 

「実は、ヒースクリフの調査をしてる時に偶然得た情報があるんだよ。

ハー坊は当事者なんで、本人にだけ伝えるつもりだったんだが、

まあそれをここで開示する事にするサ」

 

 アルゴのもったいぶった言い方に、一体どんな情報だろうと思っていたハチマンは、

その情報を聞いて、驚きつつも、ある意味納得していた。

 

「クラディールが、ラフィンコフィンの元メンバーもしくは関係者だと?」

「ああ。偶然あいつがこそこそと二人の男と会ってるのを見付けたんだ。

その相手を尾行して観察してたら、そいつら何度か、

ラフィンコフィンって言葉を会話の中で出したんだヨ」

「……あいつの狂気めいたアスナへの執着は、

確かにラフィンコフィンのメンバーどもと似ている気もしたが、そうか……」

「あくまで可能性だが、罠でもはって確認すればいいんじゃないか?

ハー坊は、そういうの得意だロ?」

「お前は人を何だと……」

 

 ハチマンが抗議する間もなく、他の者が口々に同意した。

 

「ハチマン君、そういうの得意だからきっと大丈夫だと思う」

「ハチマンなら絶対いい作戦を考え付くよ」

「間違いないな」

「お前らまで……はぁ……わかった。どちらにしろ放置は出来ない。

休むための出来レースみたいでアレだが、あいつを……クラディールを罠にかけるぞ」

「さっすがハチマンだぜ!」

「やっぱハチマンはこうでなくっちゃな」

 

 そうハチマンが宣言し、今日の宴は解散という事になった。

皆二人を祝福しながら一人、また一人と帰っていき、

その場には、ハチマンとアスナだけが残された。

 

「あー、アスナ、いきなりでその、悪かったな。まあ、今後とも宜しくな」

「もう~、ほんと突然でびっくりしたよ。

まあ心の準備は前からしてあったから、まだ平気だったけど」

「そうなのか?」

「まあ、私だってハチマン君の事はしっかり見てたからね。

最近私に対する態度が前と少し違うなとも感じてたしね」

「まじか……そんなに分かりやすかったか?」

「ううん。他の人にはわからないと思う。私もなんとなくだったし」

「そっか。やっぱりアスナには敵わないな」

 

 二人はソファーに腰掛け、目を瞑りながらそっと寄り添った。

 

「なあ、アスナはいつから俺の事が好きだったんだ?」

「どうだろう、ずっと一緒にいたから、

最初から好きだったのに気が付いてなかっただけかもしれないし、

何か他にキッカケがあったのかもしれないけど、正確には分からないや。ハチマン君は?」

「そうだな、俺もそんな感じだな。

何度かは、アスナを好きなのかと思った事もあったと思うが、

友達だからと自分に言い聞かせて、それで考えないようにしてたって感じだったと思う」

「そっか……」

「まあもういいだろ。今はこうして二人一緒なんだし、その、けっ、結婚したんだし」

「そうだね……私達、結婚したんだよね……」

「おう……色々とすっ飛ばした感はあるけどな」

 

 落ち着いたせいでやっと実感が出てきたのか、二人はやや緊張してしまったようだ。

そんな空気の中、とりあえずといった感じでアスナが切り出した。

 

「とりあえずもういい時間だけど、軽く何か食べる?それとも寝る?

あ、お風呂にも入らなくちゃだね」

「お、おう、そんなに腹は減ってないが、アスナが減ってるなら付き合うぞ。

で、風呂か、寝る………か」

「あっ……」

 

 そのアスナの言葉は、男女関係に慣れていない二人には、地雷だったようだ。

先ほどまでよりも更にもじもじした二人は、黙り込んでしまった。

確かに風呂は二人で入れるくらいの大きさはあるし、

ベッドも二人で寝るには十分な広さがある。

沈黙が気まずかったのか、ハチマンが意を決して先に口を開いた。

 

「そ、そうだな……前一緒に風呂に入った事はあるし、

今日も水着を着て一緒に入ればいいんじゃないか。時間の節約にもなるしな」

「う、うん、そうだね、そうしよっか!」

 

 とりあえずの妥協点と言った感じでハチマンが提案し、

とりあえずはそういう事になったようだ。だが、問題はやはりその後だった。

 

「それじゃ……寝る、か」

「うん、そうだね」

「……それじゃ、おやすみ」

 

 ハチマンは、さすがにいきなり一緒に寝ようとも言い出せず、

一人で寝室に向かおうとしたが、そんなハチマンの服をアスナがそっと摘んだ。

さすがのハチマンも、顔を赤くしているアスナを見て、色々と察したのか、

若干の勇気を必要としながらも、はっきりと口に出して言った。

 

「そ、そうだな、一緒に寝るか。俺達もう夫婦なんだしな」

「うん!」

 

 二人はそのままベッドに横たわり、手を繋いだ。その温もりがとても嬉しかった。

二人は自然と向き合い、そのままどちらからともなくしっかりと抱き合った。

 

「こういうのがやっぱ、幸せって言うのかね」

「そうだね、私今、とっても幸せだよ」

「おう、俺も今、すげー幸せだぞ」

 

 そしてアスナはためらいがちに、その日一番の勇気を必要とする発言をした。

 

「ねぇハチマン君。ここでもその、そういう事が出来る方法があるの、知ってる?」

「ああ。アスナは誰かに聞いたのか?アルゴか?それともあのピンクか?」

「さっきアルゴさんが帰り際に教えてくれたんだよね」

「あいつめ、余計な事を……」

「ハチマン君は嫌?」

「そんなわけないだろ。でもやっぱり少し恥ずかしい」

「まあそうなんだけど」

 

 赤くなりながらそんな事を言うアスナを愛おしいと思ったのか、

ハチマンはアスナに、長い長いキスをした。

その長いキスが終わったあと、二人はずっと見詰め合っていたが、

やがてどちらからともなくウィンドウを操作し、全ての装備を解除した。

 

「愛してるよ、ハチマン君」

「俺も愛してるぞ」

「もしあの時ハチマン君が、私の手をとって走り出してくれなかったら、

今頃どうなってたんだろ。私もう、死んじゃってたかもしれないね」

「あの時の自分の行動を褒めてやりたいな」

「うん、私の旦那様はやっぱり優しいね」

 

 こうして夜は更けていき、こんな虚構の世界でではあるが、二人は結ばれる事となった。

 

 

 

 次の日の朝ハチマンが目を覚ますと、隣にはもうアスナはいなかった。

どうやらキッチンで、朝食の準備をしているようだ。

 

「あ、おはよう!そろそろ起こそうと思ってたんだけど、起きたんだね」

「おう、おはよう」

 

 その笑顔を見てハチマンは、絶対俺が守らなくてはと決意を新たにした。

これから大事な仕事がある。気を引き締めねばと、ハチマンは気合を入れた。

 

「朝ご飯作ったから、食べ終わったら一緒に本部に向かおっか」

「そうだな。まだいい作戦は浮かんでないが、

本部で色々と見たり聞いたりすれば、何か思い付くだろうしな」

 

 二人はそのまま本部へと向かい、

ハチマンは、血盟騎士団としての新たな一歩を踏み出した。

初日だったので、まずはヒースクリフから皆に紹介される事となった。

 

「皆も知っての通り、昨日の勝負で私が勝ったため、

ここにいるハチマン君が、我が血盟騎士団に入団する事になった。

役職としては、アスナ君の護衛兼参謀という事になる」

 

 そのいきなりの抜擢に、皆驚いた。反発する者もいたが、

ハチマンをよく知る者ほど、当然という顔でそれを受け入れていた。

反発する者の中に、ゴドフリーというプレイヤーがいた。

一見恰幅のいい親父、といった感じの男で、実戦部隊の指揮をとる事が多いプレイヤーだ。

そのゴドフリーが、ハチマンの実力が見たいと強行に主張した。

どうやら五十五層あたりの迷宮区を数人で突破して、その力を見極めたいとの事らしい。

 

「しかし、ハチマン君の実力は、君ならばよく知っているだろう?」

「ですが、それが我が隊になじむかどうかはまた別の話です。

実戦部隊を指揮する身として、きちんと把握すべき事は把握しておきたいのです。

いざという時に使えない戦力では困りますからな」

 

 使えない、という言葉を聞いた時、アスナの眉がピクリと動いた。

 

(あ、アスナの奴、かなり怒ってんなこれ)

 

 そう察したハチマンは、一歩前に出ようとしたアスナを静止した。

 

「アスナ、いい考えが浮かんだ。俺に任せておけ」

「……うん」

 

 アスナにそう耳打ちしたハチマンは、ゴドフリーに話しかけた。

 

「ゴドフリーの言う事は、確かに正しい。

低階層だから一気に駆け抜ける事になってしまうが、ちゃんと俺について来れるか?」

「もちろんだ!」

 

 ゴドフリーは顔を赤くして、ハチマンの挑発に乗ってきた。

 

「それじゃ、打ち合わせをしようぜ。ヒースクリフ、それでいいか?」

「ああ。君がそれでいいなら構わないが」

「それじゃ行こうぜ、ゴドフリー」

 

 ハチマンの気安い態度をいぶかしみながらも、

ゴドフリーはハチマンと一緒に会議室へと消えていった。

そしてしばらく後に、日程と参加者が発表された。

参加者は、ゴドフリー、ハチマン、そして、クラディールであった。

 

「ハチマン君、よくクラディールをメンバーに入れられたね」

「ああ。あいつとは以前揉めてしまったから、ゴドフリーの力で仲裁して欲しいと頼んだら、

あいつあっさりとその話に乗ってきて、熱心にクラディールの説得を始めたぞ」

「ゴドフリーさん……」

「それに一つ種を蒔いておいた。結晶アイテムの所持を禁止するという提案だ。

その方がピンチの時の対応を見れるだろうって理由でな」

「なんでそんな事を?」

「結晶アイテムが何も無い前提で、もしアスナなら、俺を動けなくするために何をする?」

「それは……麻痺毒を飲ませるくらいしか……あっ」

「まあそういう事だ。そんなわけで作戦を伝える。アスナは密かに俺達を尾行。

キリトとクラインとエギルは、アルゴに案内をさせて、

ラフィンコフィンの残党と思われる二人組の捕縛だ」

「了解!うまくいくといいね、旦那様」

「今アルゴに、クラディールを尾行させている。

その結果を見て準備を終えたら、明日決行だ。バックアップを頼むぜ、奥様」

 

 しばらく経った後、アルゴから連絡が来た。

ハチマンの目論見通りにクラディールが麻痺毒を購入したらしい。

アルゴはメッセージの最後で、

やっぱりハー坊だけは敵に回したくないナと締めくくっていた。

その連絡をもって、クラディール捕縛作戦が明日実行される事が決定した。



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第065話 さよならクラディール

次の日の朝、三人は五十五層の転移門前に集合した。

 

「それじゃ今日は宜しく頼む」

「今日はしっかりと見極めさせてもらうぞ」

「その前に、ハチマンさん……以前はすみませんでした。反省してます」

 

 クラディールがまず、ハチマンに頭を下げた。

ゴドフリーはそれを見て、うんうんと頷いていたが、

ハチマンは、それが演技だとしっかりと見抜いていた。

 

(まずこちらの警戒感を解きにきたか。まあ、セオリーだな)

 

「丁寧な挨拶に痛み入る。出来れば水に流してもらえると助かる。

俺も貴方を一瞬で倒してしまったため、恥をかかせたかもと反省していた。すまなかった」

 

(こんな感じの演技でいいか、ちょっと時代がかってるが、煽りも入れたし)

 

 このセリフを隠れて聞いていたアスナは、

後でこの時のハチマンのセリフを、丁寧に喧嘩を売ってたよね、と表現した。

まさにその言葉通り、クラディールはその言葉を聞いた瞬間にピクッと反応したが、

顔はなんとか笑顔を保っていた。

 

「それじゃ、和解も済んだ事だし行くとしよう」

「了解だ」

 

 三人はそのまま、迷宮区へと向かって歩き始めた。

途中出現する雑魚は、めんどくさそうにハチマンが瞬殺していた。

これはクラディールに対して、まともにやっても無駄だから、

ちゃんと麻痺毒を使えよという、アピールも兼ねての行動だった。

そしてチャンスがやってきた。

迷宮区を前にして、ゴドフリーが、入る前に一度休憩を入れようと言い出したのだ。

 

「異論は無いが、すまない、結晶アイテムを出す時に、

一緒に飲み物も全て出してしまったようだ」

 

 そのハチマンのセリフを受け、ゴドフリーが何か言おうとした瞬間、

それに先んじて、クラディールが話し出した。

 

「それなら私が余分に持っています。ゴドフリーさんもどうですか?」

 

 そのクラディールのセリフを聞き、

自分のアイテムストレージから飲み物を取りだそうとしていたゴドフリーはその手を止め、

クラディールから飲み物をもらう事にしたようだ。

ハチマンもそれを受け取り、ゴドフリーと一緒に飲み始めた。

クラディールは、それをじっと見つめていた。

 

(麻痺毒を飲むってのは、あんまり気持ちのいいものじゃないよななやっぱ)

 

 効果は一瞬だった。ハチマンとゴドフリーの頭の上に、

麻痺を示すカーソルが表示され、二人はそのまま倒れた。

 

(さて、演技を開始するか)

 

「なっ、なんだこれは……クラディール貴様、何をした!」

 

 ゴドフリーがまず叫びを上げた。

 

「何だこれは……クラディール、どういう事だ!」

 

(自然に自然に……)

 

「クッ……ククッ……クハッ、ヒャッ、ヒャハハハハハハハ!」

 

 その様子がおかしくてたまらないという風に、クラディールが哄笑した。

 

「どういう事だクラディール!」

「あんたは前から気に入らなかったんだよ、ゴドフリーさんよぉ。

弱いくせにあーだこーだと一々指図しやがって!」

 

 そう言って、クラディールがゴドフリーに剣を突き刺した。

ハチマンは頭の中でゴドフリーに詫びつつも、

うまく自白させようと、話を誘導する事にした。

 

「やめろクラディール!お前このままだと、

あのラフィンコフィンのメンバーみたいになっちまうぞ!」

 

(いかん。少しあざとかったか?)

 

「ああん?」

 

 その言葉を聞き、クラディールは今度はハチマンに近付き、剣を突き刺した。

 

「それの何が悪いんだ?麻痺毒を使った殺しのテクを俺に教えてくれた人達だぜ?」

 

(よし、かかった)

 

「何だと?どういう事だクラディール!」

 

 ゴドフリーは驚き、クラディールに尋ねた。

 

「そんなの決まってるだろう?俺が、ラフィンコフィンのメンバーだからだよ!

まあ、もうラフィンコフィンは解散してるから、精神的にだけどな!」

 

 そう言ってクラディールは、腕の装備を外し、笑う棺桶の刺青を二人に見せた。

 

「クラディールお前……」

「ラフィンコフィンか!」

「ああ。お前らが討伐隊を組んでアジトを急襲した時に、仲間に情報を流したのも俺だぁ」

「そうか、あれはお前が……くそっ」

「クラディーーーーーーール!貴様ああああああ!」

「うるせえんだよジジイ!」

 

 ゴドフリーが大声を上げ、クラディールは、煩わしそうにゴドフリーの頭を踏みつけた。

 

「やめろクラディール!こんな事をしでかして、今後どうするつもりだ!」

 

 ハチマンの叫びを聞き、クラディールは得意げに話し始めた。

 

「俺のシナリオはこうだぁ。五十五層を進軍していた俺達三人は、

突然大量の犯罪者に囲まれ、二人が死亡。

唯一生き残った俺は、なんとか敵を撃退し、脱出に成功。

その際に俺は、テメーの遺品をなんとか持ち帰り、我らが副団長様に届ける。

俺に感謝しつつも悲しむ副団長を俺が慰め、そしてそのままモノにする!」

「てめぇ……」

「あの女は俺がねんごろにしてやるから、後の事は心配しなくていいぜ、ハチマンさんよぉ」

「くそっ、クラディール!なんでもするからアスナには手を出すな!

いや、出さないで下さいお願いします……」

「ヒャハハハハハハハ、みっともねえなぁハチマンさんよぉ。

まずは恨み重なるお前から殺してやるよ!」

 

 クラディールはそう言い、ハチマンに止めを刺そうと近付いてきた。

 

「おらおらさっさと命乞いをしろよ、新しい参謀様よぉ。まあ結局殺すんだけどな!

ついでにそのポストも俺がもらってやるよ!あの女の護衛もなぁ!それじゃ死ねええええ」

「馬鹿かお前は」

 

 次の瞬間ハチマンは、密かに握りこんでおいた結晶アイテムを二つ使った。

一瞬で、ハチマンのHPが全回復し、麻痺のマークが消えた。

驚くクラディールの前からハチマンの姿が消え、クラディールは一瞬でぶっ飛ばされた。

 

「なっなんで……」

「お前はとっくに俺にマークされてたんだよ。こんな素人演技にひっかかりやがって。

お前の馬鹿さにやってるこっちも恥ずかしくなってきちまったよ、クラディール」

「くっ、くそっ、こうなったらジジイを人質に……」

「クラディール、人質が何?」

「アスナ……様……一体なぜここに……」

 

 ゴドフリーはいつの間にか現れていたアスナに既に救助されていた。

そのゴドフリーは、怒りに溢れた目でクラディールを見ていた。

 

「そんなの、私と彼が夫婦だからに決まってるでしょ。彼のいる所には、常に私がいるのよ」

 

 そう言ってアスナは、左手の薬指の指輪をクラディールに見せびらかした。

 

「そ、そんな事があってたまるかあああああああ」

「少しは現実を見ろよ、クラディール」

 

 ハチマンはそう言って、クラディールを踏みつけ、

左手の薬指の指輪をクラディールの目の前に持っていき、これでもかと見せ付けた。

 

「ぐっ…………」

「気付かなかったか?お前を煽るつもりで、一応見えるようにはしておいたんだがな。

それにしても、何でお前が俺の代わりにアスナの隣に立てると思ったんだ?

そんな事何が起きようとあるわけないだろ」

「うん、例えハチマン君が死んでも、それは絶対に無いね」

 

 アスナはハチマンの隣に立ち、ハチマンに抱きついた。

ハチマンもアスナも、実はかなり怒っていたようだ。

うなだれるクラディールに、更に追い討ちをかけていた。

そのせいで多少気が晴れたのか、ハチマンがゴドフリーに声をかけた。

 

「大丈夫かゴドフリー。計画を内緒にしててすまなかった。

どこに敵がいるか分からなかったから、打ち明けられなかったんだ」

「いやいや参謀、それに副団長、二人は俺の命の恩人だ。助かった!ありがとう!」

「これでゴドフリーも、ハチマン君の事、認めてくれるかな?」

「ああ、もちろんだ。今まですまなかった」

「これからは、仲間として宜しく頼むぜ」

「おう!で、こいつはどうする?」

「準備はしてきた。アスナ、やってくれ」

「うん」

 

 アスナが監獄行きの回廊結晶を展開し、ハチマンはクラディールをそこに叩きこんだ。

 

「もう会う事は無いだろうな。永遠にさよならだ、クラディール」

 

 回廊結晶が閉じ、クラディールは二人の前から永久に姿を消す事になった。

丁度キリトからも連絡が入り、仲間と思しき二人組も無事捕獲し、監獄に送ったようだ。

 

「それじゃ、少し経緯を説明しておこうか」

「すまん、頼む」

「たまたま鼠が、怪しい奴らと密談してるこいつを見付けたのが事の始まりなんだ」

 

 ハチマンは、言えない部分を省きつつ、ゴドフリーに経緯の説明をした。

 

「なるほど、獅子身中の虫を入団前から取り払う計画だったのか……さすがは参謀!」

「お、おう……まあな」

「このゴドフリー、感服しました!これからは敬意を持って接しますぞ!参謀!」

「いや、ゴドフリーは明らかに年上なんだし、普通に呼び捨てにしてくれよ……」

「わかったハチマン!だが最低限の敬意は払うぞ!」

「まあ、それくらいなら……」

「ふふっ、ゴドフリーさんもハチマン君の事認めてくれたみたいだし、

妻としては鼻が高いね」

 

 その言葉に、ゴドフリーは、ハッとした感じで付け加えた。

 

「そうそれよ。二人は結婚したんだな。おめでとう!」

「おう。まあ、そんな感じだ」

「ふふっ、ありがとう、ゴドフリー」

「実にお似合いで、俺も見てて嬉しくなってくるぞ」

「そうだ、その件で一つ相談があるんだが」

「ん、何だ?」

「見ての通り俺達は新婚なわけだが、俺としてはこの機会にだな、

少しはアスナにその、休んでもらって、その間ずっと優しくしてやりたいと思ってるんだ。

だから、ヒースクリフに、次のボス攻略までの短い間だけでいいから、

休暇を申請する後押しをしてもらえないだろうか」

「愛だな!もちろんいいぞ!副団長に優しくするためという所が気に入った!

俺も前から、副団長はちょっと働きすぎだと思わないでもなかったんでな。

このゴドフリー、喜んで後押ししよう」

「ありがとう、ゴドフリー」

「なぁに、副団長には幸せになってほしいからな」

「ありがとな、ゴドフリー」

「うむ、それじゃ早速報告も兼ねて団長の所に行くとするか」

 

 

 

 街に戻った三人は、本部のヒースクリフの前に並んでいた。

 

「三人揃ってどうしたのかね?もう訓練は終わったのかい?」

「それなんだが団長、大事な報告がある」

「ふむ、聞こうか」

 

 ゴドフリーが事の経緯を説明し、ヒースクリフは、ハチマンに頭を下げた。

 

「すまない、クラディールについてはもっと詳しく調べ、

こちらで厳しい処分をするべきだった。

一歩間違えたら、君を危険な目に合わせる所だった。私のミスだ」

「いや、そう思ってくれるのは有難いが、まあ、今回の事はこちらが勝手にやった事だ。

事前に報告もしないで、逆にすまなかった」

「すみませんでした、団長」

「まあ、二人が無事で何よりだった。それじゃこの件は公表して終わりという事にしよう」

「ああ。それとは別にヒースクリフ、相談がある。

勝負に負けた俺がこんな事を言い出すのは筋が違うとは思うんだが……」

「休暇の申請かい?」

「なんで分かるんだよ」

「二人の指輪に私が気付かないはずがないだろう?」

「しっかり見てやがったのか……」

 

 どうやらヒースクリフは、二人の結婚に既に気付いていたようだ。

 

「ボス討伐までの間だけで構わないんだが、頼めないか?」

「お願いします団長」

「俺も賛成しますぞ、団長」

「まあ、実は私もそれを既に検討していたからね、もちろん構わないよ」

「まじか」

「私もさすがにそこまで鬼じゃないよ。遅ればせながら、おめでとう、二人とも」

「おう、ありがとな」

「ありがとうございます団長」

「それでは、いい新婚生活を」

 

 二人は、目の前の男は敵であると理解してはいたが、

敵ではあっても嫌いにはなれないと改めて思ってしまった。

特にハチマンは、昔よく話していた時の茅場の姿を重ねてしまっていた。

その時が来たら躊躇はしないつもりだが、今は素直に感謝する事にしよう。

そう思い、二人は血盟騎士団の本部を後にした。

この直後にクラディール事件の概要と、二人の休暇入りが正式に発表された。

こうして二人はしばしの間、新婚生活を満喫する事となった。



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第066話 私達、結婚しました

 休暇が始まり、まず二人がやった事は、知人達への挨拶回りだった。

二人が最初に向かったのは、最近ご無沙汰だった、ネズハの所だった。

ネズハは最近は、攻略にはあまり参加せず、

ブレイブスのメンバーと共に行動する事が多くなっていた。

ブレイブスは、ネズハの力もあってか、今や立派に立ち直り、

中堅ギルドの雄として名を馳せていた。

 

「お二人とも、お久しぶりです!」

「よぉ、元気か?」

「はい!おかげさまでブレイブスも完全に復活しました!」

「ネズハ君、頑張ってたもんね」

「本当にお二人とキリトさんには感謝してます!」

 

 ネズハはとても元気そうで、仲間との仲も上手くいってるようだった。

 

「元気そうで何よりだ。今日はな、お前に報告があって顔を出したんだよ」

「報告ですか?」

「ああ。その……俺達、結婚したんだ」

「おお、ついに結婚ですか!お二人とも、おめでとうございます!」

「ありがとう、ネズハ君!」

「ありがとな、ネズハ」

「いえ、お二人は似合いだなってずっと思ってたんで、僕もとても嬉しいです!」

 

 

 

 ネズハの祝福を受けた後、二人が次に向かったのは、

第四十七層の主街区フローリアにある、アシュレイの店だった。

 

「アシュレイさん、こんにちは~」

「お久しぶりです」

「あら、アスナじゃない。それにハチマン君も。君がここに来るなんて珍しいね。

今日は二人揃って、何か買い物かい?」

「いえ、今日は報告に来ました!」

「報告?」

「はい!えーっとですね」

 

 アスナはちらりとハチマンを見た。その視線を受けて、ハチマンが前に出た。

 

「アシュレイさんお久しぶりです。今日は、アスナとの結婚の報告に来ました」

 

 ハチマンがそうい言い、二人はアシュレイに、結婚指輪を見せた。

アシュレイは、最初はきょとんとしていたが、

次の瞬間二人の手を取り、驚くほどの喜びを見せた。

 

「おめでとう二人とも!私も本当にすごくすごく嬉しい!」

「あ、ありがとうございます」

「アシュレイさん、ありがとう!」

 

 二人はアシュレイの大変な喜び様に、少しびっくりしていたのだが、

祝福されているのは間違いないので、顔を見合わせて笑った。

だが、次のセリフを聞いて、ぽかーんとなった。

 

「だがこれは想定の範囲内だ!さすがは私!まさに天才!」

 

「……あの、何がさすがなんですか?」

 

 ハチマンが尋ねたが、アシュレイは答えず、

アスナの手をとって強引に奥へと引っ張っていった。

 

「ハチマン君少し待っててね。アスナ、ちょっとこっちに来なさい」

「あ、はい」

「え?え?」

 

 逆らえる雰囲気では無かったので、ハチマンはアシュレイの言葉に従い、

アスナは奥の部屋へと連れていかれた。

ハチマンは待っている間、店内に飾ってある装備を見てまわる事にした。

 

(アスナに服でも買ってやりたいが、そうするとオーダーメイドになるんだよな。

裁縫系の素材狩りに行かないとな。手が空いた時にでも集めてみるか)

 

 そんな事を考えていると、奥の部屋からハチマンを呼ぶ声がした。

 

「ハチマン君もういいわよ、こっちに来て~」

「あ、はい、今行きます」

 

 ハチマンが奥の部屋に入ると、

そこには純白のウェディングドレスに身を包んだアスナが、恥ずかしそうに立っていた。

 

「お、おお……天使がいる」

「ど、どうかな……」

「お、おう……よく似合ってるしその、すごく綺麗だ。まさに天使だな」

「あ、ありがとう……」

 

 いつもは嬉しそうに笑顔で答えるアスナだが、

今は恥ずかしそうにもじもじしているだけだった。

そんなアスナをハチマンは、とても愛おしいと思った。

 

「でもアシュレイさん、いつの間にこんな物を?」

「実は先日レア素材が手に入ってね、

店の看板として、店内に飾るための何かを作ろうと思ってたんだけどね、

せっかくだから、一度くらいは誰かに着てほしいと思って、

私の知り合いの中で、一番衣装栄えするのは誰かなって考えたんだが、

そこで真っ先に頭に浮かんだのが、アスナだったのよ」

「まあ、俺のアスナは世界一かわいいんで、当然ですね」

「俺のアスナ……俺のアスナ……」

 

 アスナは恥じらいながらも、そのハチマンの言葉をぶつぶつと連呼していた。

 

「ほらアスナ、戻ってきなさい!

それでね、アスナに着せる衣装で一番いいのは何かって考えた時、

君の顔が頭に浮かんでね、これだって思って、こんなドレスを作ってみたってわけ」

「だから調整もしてないのに私にピッタリのサイズなんだ」

「なるほど。だから、さすが私、ですか」

「うん!いやーこういう事があるから、この商売はやめられないんだよね」

「アシュレイさん、ナイスです」

 

 ハチマンは親指を立て、アシュレイも同じように親指を立てて、それに応えた。

 

「しかし、俺のアスナねぇ。前来た時は確か、アスナのハチマン君って言ったら、

アスナに否定された気がするんだけど、変われば変わるもんだね」

「え?私そんな事言ったっけ?ハチマン君は昔から私のハチマン君だよ?」

「アスナお前、俺が絡むと時々ポンコツになるよな……まあそこもいいんだが」

「はいはい、仲が良くて羨ましいねぇ。

ところで、せっかくだから二人並んだ記念写真を撮りたいんだけど、

ハチマン君の衣装はどうしよっかね。

ちょうどいい素材が無くて、まだそっちには手を付けてないんだよね」

「そうですね、前に作ってもらった服でもいいですかね?

もしくは、血盟騎士団の参謀用の制服なら持ってますけど」

「あーそういえば、ハチマン君は血盟騎士団に入ったんだったわね。

参謀……いきなり幹部扱いか、さすがだね」

「いや、そんな大したもんじゃないですけどね」

「それじゃその服、ちょっと着てみてくれるかい?」

「はい」

 

 ハチマンはウィンドウを操作して、装備を変更した。

 

「それじゃ、ちょっと並んでみてもらえるかな」

 

 二人は並んで立ち、アスナはハチマンの腕に手を添えた。

 

「いいじゃないか!せっかくだから、両方の服で記録しておこう」

「あ、それじゃ、俺記録結晶いくつか持ってるんで、そっちでもお願いしていいですか?」

「もちろんさ。それじゃ記録するよ!二人とも笑って!」

 

 こうして、とても幸せそうな二人の姿が、記録に残された。

この写真のデータは、外部の解析班の手を経由して陽乃の元へと送られる事になるのだが、

いずれハチマンは、その事に深く感謝する事になる。

 

 

 

 二人が最後に向かったのは、第四層のキズメルの所だった。

二人がダークエルフの城に入ると、そこにはすでにキズメルが居た。

どうやら境界を越えた際に気づいたようだ。

 

「キズメル、久しぶり!」

「よぉ、元気か?」

「よく来てくれた、二人とも。二人揃ってここに来るのは一年ぶりくらいか?」

「悪いな、あんまり来れなくて」

「悪くなどないさ。二人揃ってとはいかないまでも、

二人はたまにここに顔を出してくれていたじゃないか。

だが、今回は久しぶりに三人揃う事で出来て、とても嬉しいのは確かだな」

 

 ハチマンとアスナが、二人でここを訪れるのは、実に一年ぶりだった。

二人とも、下層に用事がある度に、よくここを訪れてはいたのだが、

三人が揃うのは、本当に久しぶりの事であった。

 

「ところで今日は珍しく二人揃ってどうしたんだ?何かあったのか?」

「ああ。報告したい事があるんだが、子爵様はいるか?」

「ああ。それでは早速子爵様の下へと向かうとしよう」

 

 子爵の部屋に着くと、子爵は嬉しそうに二人に笑顔を見せてくれた。

 

「よく来てくれましたね」

「お久しぶりです、子爵様」

「二人とも、本当に強くなったのですね。もう私ではとてもかなわないでしょう」

 

 二人のレベルがわかるのか、子爵はそんな事を言った。

 

「はい、頑張りました!今は天柱の塔の七十五層で戦っています」

「もうすぐ頂上ですね。そこに何があるのかはさすがに知りませんが、

頑張ってください二人とも」

「ありがとうございます」

「それで子爵様、それにキズメル。今日は二人に報告があって来たんです」

 

 そう言って二人は、左手の指輪を二人に見せた。

 

「それは……誓いの精霊の指輪。そうか、二人は精霊の絆を結んだのだな」

 

 精霊の絆というのは、おそらく結婚の事だろうと思った二人は、

キズメルの言葉に頷いた。

 

「うん!」

「おお、おめでとうございます二人とも」

「おめでとう二人とも」

「ありがとうございます!」

「それじゃ、二人はとりあえず私の天幕にでも来るか?」

「うん!」

「それでは私は執務に戻りますか。ゆっくりしていって下さい二人とも」

「ありがとうございました、子爵様」

「またいつでもいらして下さい」

 

 三人は子爵の下を辞し、キズメルの天幕へと向かった。

アスナはキズメルに嬉しそうに話しかけ、キズメルは微笑みながらその話を聞いていた。

ハチマンもその光景を見て、時に話し、時に黙って頷いていた。

三人は久しぶりに昔に戻ったような心地よい時間を過ごす事が出来たようだ。

いつの間にか日が暮れる時間になっており、二人は家に帰る事にした。

帰り際にキズメルが、何かに気づいたように宙の一点を見て言った。

 

「今、精霊がハチマンとアスナをを見ていた。そしてすぐに上へと上っていった」

 

(何だ?キズメルが反応するって事は、システム関連の何かだと思うが……)

 

「キズメル、その精霊から、何か悪い感じは受けたか?」

「いや、悪い感じはまったくしなかった。

おそらく最下層の街の中にある迷宮で生まれた精霊が二人に興味を持ち、

二人の家の場所に上っていったんだろう」

「始まりの街に迷宮?アスナ、聞いた事あるか?」

「そういえば、アルゴさんが何か言ってたような気がする」

「そうか……まあ後でアルゴから情報を買えばいいな。

それよりもキズメル、何故その精霊は、俺達の家の事を知ってるんだ?」

「何故知っているかまでは分からないが、精霊から伝わってきたイメージが、

前に聞いた事のある、二人の家の説明とピッタリ同じ風景に見えたのだ」

「なるほど……ありがとうキズメル。とりあえず俺達は家に帰ってみる」

「ああ、また会おう、二人とも」

「また会いにくるからね、キズメル!」

「またな、キズメル」

「ああ。また二人に会えるのを楽しみにしているぞ」

 

 二人はダークエルフの城を辞し、転移門へと急いだ。

転移門をくぐり、家へと向かった二人が見たものは、

家の前に倒れている、一人の少女の姿だった。



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第067話 精霊の少女

「ハチマン君見て。女の子が倒れてる」

「そうだな。ん、ちょっと待てアスナ」

 

 ハチマンは、倒れている人物に駆け寄ろうとしていたアスナを静止した。

 

「よく見てみろ。カーソルが表示されていない。

どうやらあれが、キズメルの言ってた精霊みたいだな」

「あの子が?でも確かに、カーソルが見えないね」

「ああ」

 

 キズメルから、悪い感じはしないと聞いてはいたが、

一応二人は警戒しつつ、その倒れている少女に近付いていった。

 

「子供みたいだな」

「とてもかわいくて小っちゃな女の子だね」

「さすがにこのままにしておく訳にもいかないな。とりあえず家に運ぶか」

「うん、お願いね」

 

 ハチマンはその少女を抱き上げた。なんとなく面影がアスナに似ているなと思いながら、

ハチマンはその少女を家へと運び、ベッドに寝かせた。

 

「情報が無さすぎて何も分からないな。どうしたもんか」

「とりあえず、この子の意識が戻ってから話を聞いてみるしかないね」

「そうだな。それじゃ今のうちにアルゴを呼ぶか。一応キリトも呼んどくかな」

「それじゃ私はベッドの横であの子を見てるね」

「頼む」

 

 ハチマンは二人に連絡し、少女を見守っているアスナの所へと向かった。

 

「なんかこの子、ハチマン君にどこか似てる気がする」

「ん?俺はアスナに似てると思ったんだけどな」

「そうかな?やっぱりハチマン君に似てない?」

「どう見てもアスナ似だろ」

 

 二人がそんな会話をしているうちに、アルゴとキリトが到着した。

 

「新婚早々何かあったのカ?」

「いきなり呼び出してすまないな二人とも。

早速だが、ちょっとこの子を見てくれ。家の前に倒れてたんだ」

「子供……?」

「ああ。よく見てみろ。カーソルが無い」

「カーソルが無いって、つまりプレイヤーでもNPCでも無いって事か……」

「二人とも、何か心当たりは無いか?βテスト時代の事でもいいんだが」

 

 二人は考え込んだが、残念ながら何も浮かばないようだった。

 

「ちょっと分からないな」

「そうだな、覚えはないナ」

「そうか……実は少し前に、キズメルの所に行ったんだが」

 

 ハチマンは、先ほどキズメルと交わした会話の事を、二人に説明した。

 

「精霊ねぇ……」

「ああ。この子はキズメル曰く、精霊だそうだ。まずはアルゴに確認したい。

始まりの街の迷宮について何か心当たりはないか?」

「その情報なら、無くもないナ」

「やっぱり本当に存在するのか。その情報、いくらだ?」

「まだ確認出来てないから、タダでいいぞ。その代わり、何か分かったら教えてくれヨ」

「わかった。で、どんな情報なんだ?」

「オレっちもまだ小耳に挟んだ程度なんだけどな、始まりの街に黒鉄宮ってあるだロ?」

「監獄エリアや生命の碑のあるとこだな」

「あそこの地下に、最近迷宮が発見されたって話がちらほら聞こえてくるんだよナ」

「あんな所に迷宮か……」

「どうやら地下水路が、いつの間にか迷宮になってたって話だナ」

「攻略階層で変化する迷宮かなんかなのかな」

 

 その時アスナが、ハチマンに声を掛けてきた。

 

「ハチマン君、目を覚ましたよ」

 

 それを聞いた三人は寝室に向かい、とりあえずその少女の話を聞く事にした。

ユイを見たキリトとアルゴは、顔を見合わせた。

 

「なあアルゴ、この子ってあれだよな」

「ああ。どう見ても……」

「ん?二人とも何か分かったのか?」

「いや……その子どう見てもさ……」

「ママ!」

 

 キリトのそのセリフは、少女の叫びにかき消された。

 

「ママ!ママ!怖いの!」

 

 その少女はアスナをママと呼び、必死にアスナに抱き付いてきた。

アスナは母性本能を刺激されたのか、少女を抱きしめ、頭をなでていた。

 

「大丈夫、ママはここにいるよ。怖い夢でも見たの?」

「おい、アスナ……」

 

 ハチマンがアスナに声を掛けた。その声を聞き、ハチマンを見た少女は、

今度はハチマンに向かって言った。

 

「あっ、パパ!」

 

 そして少女は、今度はハチマンの下へ駆け寄り、ハチマンに抱きついた。

 

「お、おう。大丈夫、パパもちゃんとここに居るからな」

 

 ハチマンも場の雰囲気に流され、なんとなく父親っぽい態度をとってしまった。

 

「ほらやっぱり」

「そうだった。二人とも、何か気が付いたのか?」

「ああ。その子さ、どこからどう見てもさ」

「ハー坊とアーちゃんの娘にしか見えないぞ。二人によく似てるヨ」

「え?」

「はぁ?」

 

 二人はそう言われ、その少女をよく見てみた。

確かにさっきは、ハチマンはアスナに、アスナはハチマンに似ていると言ったが、

つまり、それは二人に似ているという事なのだ。

 

「この子が俺とアスナの娘?いや、確かに心当たりはあるが、しかし……」

 

 ハチマンがぶつぶつと言い出し、それを聞いたアルゴは、ニヤニヤし始めた。

ちなみにキリトは、こういう話に慣れていないため、赤くなっていた。

 

「どうやら心当たりがあるようじゃないか。ハー坊、アーちゃん」

「うっ……」

「……」

 

 二人は真っ赤になった。そこにアルゴが、追い討ちをかけるかのように言った。

 

「夕べはお楽しみだったみた………」

「お、お、お名前は何て言うのかな?」

「ユイ!」

 

 慌てたアスナは、その先を言わせまいとして、少女に尋ねた。

その少女、ユイは、アスナに向かって元気にそう答えた。

 

「そうか、ユイって名前なのか」

「うん!」

 

(由比ヶ浜と一緒か。何か変な気分だな。もっともあいつとは全然似てないが)

 

「パパとママのお名前は?」

 

 ユイも、二人に尋ねてきた。

 

「ユイちゃん、私はアスナだよ」

「俺はハチマンだ」

 

「アスナママ!ハチマンパパ!」

「パパとママだけでいいよ、ユイちゃん」

「わかった!パパ!ママ!」

 

 アスナはどうやら、ユイを完全に自分の娘認定したらしい。

アスナがそう決めたのなら、ハチマンにも何の異議も無いようだ。

 

「そうだな、ユイ、俺がパパだ」

「パパー!」

 

 ハチマンは、ユイを高く抱き上げた。

その三人の姿はもう、どこから見ても親子にしか見えなかった。

アルゴも毒気を抜かれてしまったのか、それ以上二人をからかうのをやめた。

 

「もう完全に本当の親子にしか見えないな」

 

 キリトはその三人の姿に、感嘆しつつ言った。

 

「すごくお似合いだし、まあいいんじゃないカ?」

「ああ」

「ハー坊、アーちゃん、とりあえずユイちゃんに話を聞こうぜ」

「お、おう、そうだな。ユイ、あっちの部屋に行くぞ」

「うん!パパ!」

 

 とりあえず皆リビングに移動し、ユイに話を聞く事になった。

ユイは、キリトとアルゴを見て、二人に尋ねた。

 

「二人はパパとママのお友達?」

「そうだよユイちゃん。俺はキリトだ」

「オレっちはアルゴだヨ」

「ユイ、キリトおじさんと、アルゴおばさんだ」

「うん!キリトおじさん!アルゴおばさん!」

「ぐっ……ハー坊」

「おいハチマン!俺は何もからかったりしてないぞ!」

「キリトはまあ、ついでだ。苦情はアルゴに言え。

アルゴは自業自得だな。さてと、なあユイ、パパの質問に答えてくれないか?」

「うん!」

 

 ハチマンはユイに顔を向け、質問を開始した。

 

「ユイはうちの前に倒れてたんだが、何か覚えてるか?」

「うーん、ユイね、最初はとっても苦しかったの。

そんな時、すごくぽかぽかして暖かい物があるのに気が付いて、上に向かったんだけど、

気が付いたらベッドに寝てて、起きたらパパとママがいたの」

 

 ユイはそう言うと、アスナに甘え始めた。

ハチマンはユイの事をアスナに任せ、キリトとアルゴに意見を求めた。

 

「二人は今の話、どう思った?」

「漠然としすぎてて何とも言えないが、キズメルの言った通り、

始まりの街の迷宮にいたのは間違い無さそうだよな」

「しかも一瞬で移動している事から、システムの一部だと考えて間違いないナ」

「ハチマンとアスナに似てるのは、アバターを生成する時に二人の姿を参考にしたからかな」

 

 ハチマンは二人の言葉を聞き、しばらく考え込んでいたが、

どうやら考えがまとまったようだ。もっとも選択肢は多くはない。

 

「やっぱり始まりの街に行くしかないわ。アルゴ、その迷宮の難易度は分かるか?」

「まったく情報が無い。まあ、キー坊と三人で行けば何とかなるとは思うけどナ」

「キリト、頼めるか?」

「ああ。問題ない」

「アルゴは引き続き情報収集を頼む」

「わかった。何かわかったらすぐ連絡するヨ」

「さて、二人とも今日はどうする?泊まってくか?」

 

 そのハチマンの言葉に、二人は顔を見合わせ、にやにやしながら言った。

 

「家族の団欒を邪魔するわけにはいかないから、とりあえず帰るよ」

「今日はちゃんと三人で川の字になって寝るんだゾ」

「ぐっ……うるせえよ、おじさんおばさん」

 

 こうして二人は帰っていった。ユイはその後も二人から離れようとしなかったので、

そのまま三人で、アルゴの言葉通り川の字で寝る事になった。

 

 

 

 次の日の朝、ハチマンが起きると、そこにはユイだけがいた。

アスナは早起きして、お弁当と朝食を作っているようだ。

 

「ユイ、朝だぞ」

「う~ん、あっパパ、おはようございます」

「おう、おはよう、ユイ」

「パパとママのおかげで、何だかとってもよく眠れました」

「そうか」

 

(あれ、何か昨日より大人っぽいというか、成長している気がするな)

 

「ユイ、ママがご飯を作ってるから、あっちの部屋に行くか」

「ご飯、って何ですか?」

「あー……」

 

(ユイは食事を必要としないのか。アスナが残念がるだろうな)

 

「いや、何でもない。ママの所へいこう」

 

 二人は手を繋いでリビングへと向かった。

 

「おはよう、アスナ」

「ママ、おはようございます」

「二人とも、おはよう」

「アスナすまん、どうやらユイは、食事の必要が無いみたいだ」

「あっ、そうなんだ……」

 

 アスナは三人で一緒に朝食を食べたかったのだろう。少し残念そうな顔をしていた。

ハチマンは、そんなアスナの頭を優しく撫でた。

三人は、雑談しながらキリトを待っていたのだが、

どうやらアスナもユイが成長している事に気が付いたようだ。

 

「ユイちゃん、何だか成長してるみたいだね」

「ああ、さすがは俺達の娘だな」

「うん、そうだね!」

 

 しばらくそうしているうちに、キリトが到着した。

 

「あっ、キリトおじさんおはようございます!」

「あ、ああ。おはよう、ユイ」

 

 キリトはまだおじさん呼ばわりに納得出来ないという顔をしていたが、

しっかりとした挨拶が出来るようになったユイに驚いていた。

そして四人は、始まりの街にある黒鉄宮へと向かって歩き始めた。



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第068話 銀影

「あっ、ごめん二人とも、ちょっと寄りたい所があるんだけどいいかな?」

 

 まもなく黒鉄宮が見えてくるという所で、アスナがそんな事を言い出した。

 

「別に構わないが、どこに行くんだ?」

「最近全然来てなかったから、ちょっと教会の様子が気になって」

「あー、そういえば、ここからだとすぐ近くだな」

 

 教会は黒鉄宮へ行く途中にあり、時間的にもほぼロスは無い。

もっともどんなに遠くても、アスナの願いを断るハチマンでは無いのだが。

 

「キリトもそれでいいか?」

「ああ」

「ありがとう、二人とも」

 

 それから少し歩き、まもなく教会に着くという所で、ユイが立ち止まった。

 

「ん、どうした?ユイ」

「パパ、あっちからすごい嫌な感じがする」

 

(何か感じているのか?とりあえず街中なら危険は無いだろうし、行ってみるか)

 

 三人は頷き合い、ユイが指差す方向へと向かった。少し歩くと、前方に人影が見えた。

 

「あ、あれ、前に教会で見た女の人だよ」

「それにあれは……軍の連中か?」

 

 そこにはその女性と一緒に、数人の子供がいた。

そしてどうやら、その女性達を軍の連中が取り囲み、何事か話し掛けているようだ。

四人が近づいていくと、会話が聞こえてきた。

 

「税金が払えないって言うなら、ここは通せないぜ」

「私達は別に軍の助けなんか必要としていません。

そもそもあなた達は、どんな権利があって税金なんかを集めているんですか?」

「払えないってんならここを通さないだけだから、別に構わないけどな」

 

 SAOのシステムだと、プレイヤーに道を塞がれると、

他のプレイヤーはそこを通る事が出来ないようになっている。

ハチマンとキリトは一歩前に出ようとしたが、

その時には、すでにアスナが抜刀して走り出していた。

 

「パパ!ママが!」

「大丈夫だユイ。ママは強いんだぞ」

「むしろ相手が気の毒だな。まあ自業自得だから、少しは痛い目を見ればいいさ」

「ああ」

「しかし噂には聞いていたが、軍は本当にもう駄目なんだな」

「ああ。腐ってやがるな」

「リーダーのシンカーってのは、まともな人だって聞いたんだけどな」

「多分、キバオウの一派なんだろうよ」

 

 キバオウの名前が出ると、二人は遠い目をした。

 

「あいつにはあまりいい思い出はないけど、

それでも昔のあいつはあいつなりに、真剣に攻略を目指していたはずなんだけどな」

「ラフィンコフィンに嵌められたあの時から、何もかも変わっちまったんだろうさ」

「ある意味あいつも犠牲者なんだよな。かと言ってこんな事をさせている以上、

まったく同情する気にもならないがな」

「アスナのお仕置を受けるんだから、まあ少しはこりるだろ」

 

 そのアスナは、目に怒りを浮かべながら軍の男達の前に立った。

 

「ああん?何だお前」

「女が武器なんか持って何のつもりだ?お前らは黙って俺達に守られてりゃいいんだよ。

もちろん税金は払ってもらうがなぁ」

「ひゃはははは、こいつびびっちまってるのか、震えてやがるぞ」

 

 ハチマンとキリトは、そのアスナの震えの正体が怒りだと知っていたので、

心の中で、男達の冥福を祈る事にした。

 

「その汚い口を閉じなさい」

 

 アスナはそう言い、手加減無しの《リニアー》を、男達全員に放った。

当然男達のHPは減らないが、その衝撃はすさまじく、男達は吹き飛ばされた。

その男達の目の前に、アスナの剣が突きつけられる。

 

「で?」

「あ……いや、その……」

「あ、あんたまさか……噂の閃光じゃ……」

 

 この男達のレベルは一桁だ。当然アスナの顔を見る機会など無かったため、

アスナの顔は知らない。それどころか、攻略組の人間を見た事すら無いだろう。

彼らは、攻略組の力というものを今回初めて体験する事になり、震える事しか出来なかった。

そんな震えている男達の中で、一人だけ動けた者がいた。

その男は逃げだそうと走り出したが、その瞬間正面から攻撃を受け、

元の場所まで吹き飛ばされた。

 

「ハチマン君!」

 

 そこには仁王立ちしているハチマンの姿があった。

 

「何黙って逃げようとしてんだお前。

俺のかわいい嫁がせっかく声を掛けて下さってるんだから、少し大人しくしてろ」

「おいハチマン……何故そこでイチャつく……」

「かわいい嫁……」

 

 アスナは頬が緩みそうになったが、ギリギリのところで堪え、男達を睨みつけた。

 

「あなたたち、私の素敵な旦那様の手を煩わせるような事をして、

当然覚悟はできてるんでしょうね」

「おいアスナもか……」

 

 ハチマンも当然照れていたが、そんな事はおくびにも出さず、男達に問いかけた。

 

「お前ら、いつもこんな事やってんのか?」

「あ、あの……はい、命令なので……」

「キバオウか?」

「はい」

「キバオウに言っとけ。七十四層のボス部屋で、次は無いって言ったはずだとな」

「えっ……それじゃあなた達があの……」

「どんな伝わり方してんのかは知らないが、まあ、ボスを倒したのは俺達だな」

 

 それを聞いた男達は震え上がり、土下座を始めた。

それを見た三人は、深いため息をついた。

 

「何か文句があるんだったら、血盟騎士団のハチマンにいつでも言いに来い。

もうこんな事はやめろ。とりあえず帰ってよし」

「は、はい、すみませんでした……」

 

 男達が逃げ出した後、アスナが助けた女性がアスナに話しかけてきた。

 

「あの、ありがとうございました」

「いえ、あんなの許せませんから!ところで貴方はいつも教会にいらっしゃる方ですよね?」

「はい、私はサーシャと言います。こういった子供達を保護して、

教会で細々と暮らしています」

「私は血盟騎士団のアスナと言います。こちらは私の夫のハチマン君」

「血盟騎士団のハチマンだ」

「そしてこちらがキリト君。黒の剣士って言えばわかるかな」

「キリトだ。よろしく」

「そんなすごい方々だったんですね。本当にありがとうございました」

 

 その後三人はサーシャに、最近の軍の横暴っぷりを聞き、憤ったが、

同時にその話に疑問も感じていた。

 

「軍のトップのシンカーさんは、何もしてくれないんですか?

常識的で穏やかな人って聞いてますけど」

「いえ、それがその、最近どうも姿を見かけないんですよ。

軍の行動がエスカレートしてきたのも、そのくらいからですね」

「何かあったのかな」

「どうなんでしょうね……シンカーさんの副官のユリエールさんが、

心配してたまに見にきてくれてたんですけど、最近それも……」

「サーシャ!」

「あっ、噂をすれば、あれがユリエールさんです」

 

 丁度その時、ユリエールと呼ばれた女性がこちらに走ってきた。

 

「サーシャすまない、下の連中が教会に向かったと聞いて、

慌てて飛んで来たんだが、大丈夫だったか?」

「ええ、大丈夫ですよ。たった今、こちらの方々が助けてくださいましたから」

「そうですか。あの、サーシャ達を助けて下さって、ありがとうございます」

「お、おお、ハチマンだ、よろしく」

「その参謀服……もしかして、あなたが銀影?

ずっと空席だった血盟騎士団の参謀に、

ついに表舞台に出てきた銀影が就任したと聞いてました。お会いできて光栄です」

「お、おう?」

 

(銀影って何だ?)

 

「なあ、この参謀服って有名なのか?何度か言われてるんだが」

「ガイドブックに載ってるんですよ。誰も見た事が無い幻の制服だって有名ですね」

「なるほどな」

「そちらの貴方はもしかして、閃光のアスナさん?」

「はい、そのアスナです」

「そちらの方は、黒の剣士さん?」

「ああ。キリトだ。よろしく、ユリエールさん」

「すごい……今のアインクラッドの四天王のうち、三人がここにいるなんて……」

「おいちょっと待て、四天王って何だ」

 

 ユリエールは、首を傾げながら答えた。

 

「アインクラッド四天王と言えば、神聖剣のヒースクリフ、閃光のアスナ、黒の剣士、

そして滅多に表に出てこない、銀影と呼ばれる短剣使いの四人なのでは?」

「銀影……え、何だそれ。まさか俺の二つ名?攻略組の間でも聞いた事が無いんだが」

「普段は影のように振る舞い、滅多に表に出てこない銀影は、

全てを見通す目を持つ稀代の策略家にして、いざ戦闘となると、

敵の攻撃を全てパリィし、その直後に銀の光が走り敵の首が落ちる事から付いた名だと、

中層から下層にかけての戦闘系ギルドの間で評判になっているのですが」

 

 ハチマンは絶句し、キリトとアスナを見た。

だが二人は、さほど驚いてはいないようだ。

 

「おい、なんで二人とも、そんなに反応薄いんだよ」

「いや……だってさぁ……大体合ってるじゃないか」

「うん、大体合ってるよね……」

「まじか……俺のイメージってそんなんだったのか……」

「まあ大体合ってるし、褒められてるんだから、いいんじゃないか?」

「そうですよ!私だってずっと尊敬してたんですよ!」

 

 ユリエールは、冷静沈着で怜悧な女性に見えるが、実はミーハーな面もあるようだ。

ユリエールはここぞとばかりに同意し、ハチマンの手を握ってきた。

それは、一般人が芸能人に対するような感激の表現だったのだが、

アスナはそうは思わなかったようだ。

 

「ユリエールさん、ハチマン君は、私の夫なので」

 

 そう言ってアスナは、ハチマンの手をユリエールから奪い返し、

そのままハチマンの腕に抱きついた。

 

「あっと、すみませんそんな気は無かったんですが。

っていうかお二人は夫婦だったんですね。なんかすごいお似合いで、羨ましいです!」

 

 ユリエールは、更に感激しているようだ。

 

「ありがとうございます!自慢の夫です!」

 

 アスナもとても喜んでいた。

ハチマンとキリトは肩を竦め、話を戻す事にした。

 

「ところでユリエールさん。最近シンカーさんの姿が見えないと、

こちらのサーシャさんから聞いたんですが」

「あ!はい、そうなんです!実は……」

 

 サーシャの話だと、シンカーは、三人がこれから行こうとしている迷宮の奥にいるらしい。

キバオウの罠に嵌り、迷宮の奥の安全地帯に一人で取り残されているようだ。

周りには強力な敵が多く、一人で脱出できるような場所ではないらしい。

 

「またキバオウか。あの野郎……」

「ユリエールさん。私達これからそこに行く予定だったんですけど、

良かったら一緒に行きますか?」

「いいのですか?是非同行させて下さい!」

「まあ、せっかくだしな」

「そうだな。シンカーさんもこの際助けちまおう」

「ありがとうございます!」

 

 こうして五人になった一行は、ユリエールの案内で、黒鉄宮の地下迷宮へと突入した。



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第069話 死神の鎌

「ところでそちらの少女は?」

 

 ユリエールはどうやら、ユイの事がずっと気になっていたようだ。

 

「この子は私とハチマン君の娘のユイちゃんだよ」

「む、娘、ですか……?」

 

 その返答は、ユリエールの想像の埒外だったようだ。まあ無理もないだろう。

本当の娘にしては大きすぎるし、SAOの中で子供が作れるはずもない。

 

「それは、いわゆる養子的な意味でですか?」

「いや、まあ色々あってな」

「はぁ……まあ事情は人それぞれですしね。

でもこんな場所に連れてきちゃって、危なくないですか?」

「大丈夫。私が守るから」

「まあそういう事だな。よほどの強敵でも出ない限り、

戦闘は基本俺とキリトの二人で余裕だしな」

 

 ユリエールはその言葉を聞き、目を輝かせて言った。

 

「まさか四天王の戦闘を生で見られるとは思ってもいませんでした」

「周りの気配からするとしばらく強い敵も出なさそうだし、

戦闘自体は一瞬で終わるだろうから、あまり面白くはなさそうだけどな」

「それでもです!」

「それならまあ、いくらでも好きなだけ見てくれ」

「はい!勉強させてもらいます!」

 

 実際の所、今二人が軽く殲滅しているカエルモンスターは、

レベル六十層付近の雑魚モンスターくらいの強さを持っていた。

そのためユリエールからは、そこそこ強い敵に見えていたようなのだが、

二人の戦いぶりからはまったくそうは見えず、ほぼ瞬殺と言っていい状態だったので、

ユリエールは、さすがは四天王と呼ばれるだけの事はあると感心していた。

そんな二人は今、まったく別の問題に直面していた。

 

「おいキリト。アイテムストレージがやばくないか?」

「ああ。こいつ必ず肉をドロップするみたいだな。

一度戦闘をやめて、アイテムを整理しないと確かにやばいな」

「ただ捨てるのもアレだし、とりあえず食えるかどうかアスナに聞いてみるか」

「そうだな」

 

 醜悪なカエル型モンスター相手でも、特にアスナは嫌がる素振りを見せていなかったので、

ハチマンはアスナの目の前にドロップアイテムであるカエルの肉を差し出し聞いてみた。

 

「なあアスナ。これ料理とか出来るもんなのか?」

「ん?何それ?」

「さっきから倒しまくってるカエルの肉だ」

「さっきからドロップしまくるんだよな、ほら」

 

 そう言いながらキリトは、大量のカエルの肉を取り出して腕に抱え、アスナに見せた。

 

「ひっ……」

 

アスナはそれを見た瞬間に青ざめ、突然悲鳴をあげた。

 

「きゃああああああああああ」

 

 そんなアスナの様子に、ハチマンは狼狽して尋ねた。

 

「すまん。戦闘中も平気そうだったから大丈夫だと思って聞いたんだが、苦手だったか?」

「戦うのと食べるのではまったく違うの!想像するだけで気持ち悪い……」

 

 それを聞いたハチマンは、即座に手の平を返した。

 

「そうだぞキリト。戦うのと食うのは別だ。そんな事も分からないのか!」

「おい……」

 

 キリトがあまりにも見事なハチマンの手の平返しに呆然とする中、

ハチマンは、キリトの持っていた肉を片っ端から遠くに投げ始めた。

自身のストレージの中の肉は、既に全て削除したようだ。

全ての肉を処分した後、ハチマンはアスナに駆け寄り頭を撫で始めた。

 

「よしよし。もう気持ち悪い肉はどこにも存在しないからな。何も心配するな」

「うん。ハチマン君ありがとう」

 

 アスナはやっと落ち着いたのか、頬笑みを浮かべながらハチマンに抱きついた。

そんな二人を見て、ユイも嬉しそうに言った。

 

「パパとママはとっても仲良しなんですね」

「いや、ユイと三人で仲良しだぞ」

「そうだよユイちゃん」

「パパ!ママ!」

 

 ユイは嬉しそうに二人に抱き付いた。

そんな三人の姿を見て、キリトとユリエールは溜息をついていた。

 

「まさかあの二人がこんなバカップルだったとは……」

「まあ、前線での二人の噂だけ聞いてたら、こんな姿は想像すら出来ないよな……

もっともこうなったのは、つい先日からなんだけどな」

「ま、まあ、トッププレイヤー同士の仲が良いのはいい事です!」

「まあそうなんだけどな。さすがに今までとのギャップがな……」

「いいなぁ……私もいつかシンカーとあんな風に……」

 

 三人の姿を羨ましそうに眺めながら、ユリエールがぼそっと呟いた。

 

「ユリエールは、シンカーさんが好きなのか?」

「えっ、あ、私何か言ってました?その……はい……」

「そっか。うまくいくといいな」

「はい、頑張ります!あの……キリトさんは誰か気になる方はいないのですか?」

「俺に力をくれた人に恩返しはしたいって思ってるけど、

それが好きなのかどうかはまだよく分からないかな」

「そうですか」

 

 左手のダークリパルサーをじっと見つめながら語るキリトを見て、

ユリエールは、キリトさんにも必ず幸せがきますよと、心の中で呟いていた。

 

「それじゃ、先に進むとするか」

「はい。シンカーのいる位置までもうすぐだと思います」

 

 ユリエールはウィンドウをチェックしながら言った。

確かにシンカーを示す光点は、さほど遠くない位置に静止していた。

 

「なあユリエール、シンカーってどんな奴だ?」

「そうですね……とても優しい人です。

ここに来る前は、MMO攻略の大手サイトの管理人をしていたとか言ってました」

「大手サイト……シンカー……そうか、MMOトゥデイの管理人のシンカーか!」

「キリト君知ってるの?」

「ああ。俺達の間じゃ有名人だからな。俺も何度かメールの遣り取りをした事がある。

すごく穏やかそうな人だったけど、そうか、彼もここに……」

 

 ちなみにハチマンとキリトは、この会話中も戦闘を継続していた。

敵を殲滅し終わったところでハチマンが、ふと思いついたという感じでユリエールに尋ねた。

 

「なあユリエール、このあたりの敵を相手にするのって、つらくないか?」

「そうですね、私一人だと確実に無理です。今の軍はかなり弱体化してるんで、

残されたメンバーの中から精鋭を集めたとしても、

ここまで来るには二パーティくらいは必要かもしれません」

「軍はこの場所の存在を前から知ってたんだな」

「いえ、どうやらキバオウの一派の者が偶然発見して、

狩場を独占しようとしてたみたいなんですけど、敵が強すぎて無理だったみたいです」

「なるほどな。しかしシンカーのいる所はかなり奥の方だがよくそこまで行けたな」

「はい。斥候が頑張って奥までいって、回廊結晶のポイントを登録したみたいですね」

「そのせいで、今回の犯行を行う気になったって事か……キバオウの奴……」

「キバオウさんも、最初は軍を立て直そうと頑張ってたんですけどね……

あっ、あそこに人が見えます。多分シンカーです!」

 

 遠くに人影が見え、ユリエールはそちらに向かって走っていった。

そのときユイがハチマンに警告を発した。

 

「パパ!何か怖い物がいます!」

「まずい!ユリエール、戻れ!」

 

 ハチマンとキリトはそう呼びかけた後、全力でユリエールの後を追った。

ユリエールもその声が聞こえたらしく、立ち止まって振り返った。

そのユリエールの背後に、黒い巨大な何かが現れた。

その巨大な何かは鎌を振り上げ、今まさにユリエール目掛けて振り下ろそうとした。

 

「ユリエール、伏せろ!」

「!?」

 

 咄嗟に伏せたユリエールの頭の上を、ぶんっという音をたてて鎌が通り過ぎた。

その振り下ろしの体制を狙って二人は跳躍し、

敵に一撃を与えた後、ユリエールを連れて離脱した。

 

「キリト、敵の姿を見たか?」

「ああ、死神タイプだな。カーソルが真っ黒だったから、九十層クラスの敵かもしれない」

「とりあえず安全地帯を目指して、その後の事はそれから考えるか」

「了解」

「俺達が敵を引き付ける!三人はとりあえずシンカーさんのいる所に向かってくれ」

 

 アスナは指示通り、ユリエールとユイを連れてシンカーの元へと向かった。

 

「二人とも、気をつけてね!私もすぐにフォローに戻るから」

「頼む」

 

 アスナ達が後方へと下がり、ハチマンとキリトはボスの前に立ちふさがった。

 

「さて、下がりながらスイッチしつつ俺達も後退するか」

「ああ。さすがにあいつにはまだ勝てそうにもないな」

「まだ、な。もうちょっと先の層まで攻略が進んでレベルが上がったら、リベンジだな」

「ああ」

 

 二人は通常のスイッチとは逆に、交互に下がっていった。

このまま逃げ切れるかと思われた頃、後方からアスナが二人をフォローする為に走ってきた。

ハチマンはアスナに一瞬だけ視線を向け、

再び前方へと目を向けたのだが、そこにボスの姿は無かった。

 

「何だ?」

「ハチマン!ボスが影の中に潜った!」

「ハチマン君、後ろ!」

 

 まるでハチマンが一瞬視線を切るタイミングを狙っていたかのように、

ボスは自らの影に沈み、後退中のハチマンの影の中から突然出現していた。

そして今まさに、ハチマンに向けて鎌を振り下ろそうとしていた。

何が起こったのか、唯一全体を把握していたアスナは、そう声を掛けつつ加速していた。

 

「間に合って!」

 

 アスナは全力で走り、ギリギリのタイミングでハチマンを押し倒す事に成功し、

からくもボスの攻撃を回避した。キリトは倒れた二人を助けようとしたが、

一瞬早くボスが二人に向け、手に持つ鎌を振り下ろしたのだった。



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第070話 ユイ

「くそっ、せめてアスナだけでも……」

 

 死神の鎌が二人に迫り、ハチマンは咄嗟にアスナと体を入れ替え、

自らの大切な人を守ろうとした。アスナもそのままハチマンに抱きついた。

キリトも諦めず、せめて傷を浅くしようと死神の腕を斬り上げようとした。

その瞬間死神の目の前に光の玉が発生し、死神は吹き飛ばされた。

 

「一体何が……」

「パパ!ママ!」

「ユイ!」

「ユイちゃん!」

 

 その光の正体は、いつの間にか現れていたユイだった。

 

「パパ、ママ。私、全てを思い出しました」

 

 そう言いながらユイは、再び攻撃しようとしてきた死神に向けて、手を翳した。

 

「《オブジェクト・イレーサー》」

 

 そのユイの言葉と共に死神は消滅し、辺りには静寂が戻った。

同時にユイの放っていた光が消え、ユイはそのまま落下し始めた。

ハチマンは慌ててそれを受け止めた。ユイはとても苦しそうにしていた。

 

「大丈夫か、ユイ」

「パパ、私が指差す方向に、私を連れて行って下さい」

「分かった」

 

 その方向に進むと、そこは何も無い行き止まりだったが、

ユイが手を一振りすると、そこに機械のような物が現れた。

そのおかげなのか、ユイの呼吸が少し落ち着いたように見えた。

 

「落ち着いたか、ユイ」

「ユイちゃん具合は大丈夫?」

「先ほどの戦闘で、通常与えられている権限以上の力を使ったため、

私だけではもうこの体を維持する事ができません。

そのため、XとZの二つのMHCPの助けを借りて、なんとか今の状態を保っています」

「MHCP?X?Z?」

「メディカルヘルス・カウンセリングプログラムの略です、ママ。

三基あるMHCPの中の【Y・Utility・Interface】頭文字をとってユイ。

それが私です。私の仕事は、主に攻略を担当しているプレイヤーの精神面のケアでした」

「SAOの全てをコントロールしている、カーディナルシステムの一部って事か」

「はい、パパ」

 

 ユイの話によると、三つのMHCP、X、Y、Zは、

通常はXが始まりの町に残っている大多数のプレイヤーのメンタルケアを、

そしてZが、犯罪者と呼ばれるプレイヤーのメンタルケアを担当しているようだ。

一番多くの人数のケアをしないといけないXには常にかなりの負荷がかかっており、

通常Xのサポートをする余裕があるはずのZは、

ラフィンコフィンの一件ですさまじい負荷がかかり、

少し前まで細かな部分の修復作業を行っていて、休眠状態だったようだ。

 

「そんなわけで、私がXのサポートもしていたためかなりの負荷がかかってしまい、

Zの修復完了に合わせて一時休眠状態に入っていたんです。

暗闇の中で彷徨っているような状態だった私は、

偶然MHCPの情報収集機能を持つ端末NPCの一人を通して、

とても暖かい光のようなものを感知したんです」

「多分それはキズメルの事なんだろうな……」

「はい。そして私は感知した光の暖かさに引き寄せられ、無意識にアバターを生成し、

パパとママの家の前に移動したんですが、その段階でかなり無理をしてしまったようで、

人に例えると記憶喪失になったような状態で、

パパとママに助けてもらったというわけなんです」

「その、俺とアスナをパパとママと呼ぶのは何でなんだ?」

「パパとママの心の光を、自分を助けてくれる親みたいなものだと認識したんだと思います。

MHCPとしての機能はほぼ休眠状態だったので、その認識だけで動いていた状態ですね」

「なんとなくだが経緯は理解した。で、もうユイの状態は問題ないのか?」

「そうだよ。XとZの力を借りて、復活出来たんだよね?」

「お前の正体が何であろうと、俺達の大切な娘な事に変わりはないんだからな」

 

 こんな話を聞いた後でもハチマンとアスナは、ユイを自分達の大切な娘だと思っていた。

ユイはそんな二人からまた、暖かい光のようなものを感知して嬉しかったが、

その反面今から自分が告げる事実が二人の光を消してしまうかもしれないと悲しくなった。

 

「パパ、ママ、ごめんなさい……私はもうすぐ消えてしまうと思います」

「なっ……」

「無理なアバターの生成と先ほどの戦闘のせいで、

システムに致命的なダメージを負ってしまいました。おそらくあと少ししかもちません」

「そんな……」

「くそっ、何か手はないのか……」

「わずかだが、可能性はある。うまくいけばユイちゃんは助かる」

「キリト!何か手があるのか?」

「ユイのプログラムをシステムから切り離す」

「パパ、ママ、そ…ろそろ……お別…れか…もです……」

「ユイ!」

「ユイちゃん!」

 

 そろそろ限界が近いのだろう。ユイの体が少しづつ消え始めた。

ハチマンとアスナは、少しでも引きとめようと、ユイをしっかりと抱きしめていた。

キリトはコンソールに飛びつき、すごい速さで何事か操作をし始めた。

 

「ユイ!ユイの管理者としてのIDを俺に教えてくれ!」

「は……い……私の……ID…は…ユ……イで……す」

「よし、これでいけるはずだ!間に合ええええええ」

 

 二人の腕の中のユイが消えるのと同時に、

キリトが最後の操作を完了させた。ハチマンとアスナが固唾を呑んで見守る中、

キリトがコンソールから、一つの宝石のようなアイテムを取り出した。

 

「宝石……?」

「キリト……それは……?」

「ユイのプログラムをシステムから切り離して、この宝石に移した。

ユイは既に休眠状態ではあるが、確かにこの中にいる」

「キリトおおお!」

「ありがとう、キリト君!」

「間一髪だったけど、間に合って本当に良かった」

 

 二人はキリトからその宝石を受け取り、大切そうに話しかけた。

 

「ユイ、聞こえるか?どんな姿になってもユイは俺とアスナの大切な娘だぞ」

「ずっと一緒だよユイちゃん。きっとまた会えるよ!」

 

 その宝石には【Y・U・I】という名前がついていた。

二人はその宝石を、大切そうにアイテムストレージに収納した。

 

「キリト、本当にありがとうな」

「キリト君、ユイちゃんを助けてくれてありがとう」

「まあ俺にとっても、ユイはかわいい妹みたいなものだしな」

「妹なのか?姪だろ?キリトおじさん」

「ちっ、調子に乗るなよハチマンパパ」

「それじゃ二人とも、そろそろシンカーさん達と合流しよう!」

「そうするか」

「正直すっかり忘れてたな」

 

 丁度その時、ユリエールがシンカーを伴ってこちらに走ってくる姿が見えた。

 

「皆さん、ユイちゃんが、ユイちゃんが!」

「ユイの姿がいきなり消えて驚いたんだろう?はっきりと言ってなくてすまなかった。

ユイはどうやらシステムの一部だったみたいなんだ」

「そ、そうなんですか……?その……ユイちゃんは今はどこに?」

「大丈夫だよユリエールさん。ユイちゃんは、ずっと私達と一緒にいるから」

 

 アスナはそう言い、胸に手を当てながらとても嬉しそうに微笑んだ。

ユリエールは事情を詮索するような事はせず、一言だけ言った。

 

「そうですか。皆さんがそんな笑顔を浮かべているという事は、

きっと良い出来事があったんですね」

 

 三人は、とても嬉しそうにユリエールに頷いたのだった。

 

「皆さん、この度は本当にありがとうございました。

僕は解放軍のリーダーをしているシンカーと言います」

 

 三人も自己紹介をしたが、シンカーも、

この場に所謂四天王のうちの三人が揃っている事に驚いたようだ。

 

「ユリエールに先ほど概要は聞きましたが、まさか本当だったとは……」

「シンカーさん、信じてなかったんですか?」

「いや、普通そのまま鵜呑みには出来ないだろう?」

「まあ確かに私も説明してて現実味が無いなとはちょっと思ってましたけど……」

「ところでシンカーさんって、MMOトゥデイの管理人をやってたシンカーさんなのか?」

 

 キリトがそう尋ね、シンカーは少し考えるそぶりを見せた後、キリトに話しかけた。

 

「そうか、キリトさんて方と以前、何度かメールで遣り取りをした事がありましたが……」

「ああ。そのキリトで合ってるよ」

「何か、久しぶりに古い友人に会ったような嬉しい気分です」

「俺もそんな感じだ」

 

 キリトとシンカーは笑いあった。

その後、五人でまずここを脱出し、今後の事について話す事になった。

シンカーは、道中から脱出するまでずっと、自分の迂闊さを嘆いていた。

 

「MMOトゥデイでMPKに対する注意を何度も呼びかけていたのに、

いざ自分がその立場になったらこの様ですよ。本当にお恥ずかしい」

「とにかくシンカーさんが無事で良かったよ」

「はい、ありがとうございます」

「これから軍はどうするんだ?」

「キバオウ君の一派を除名した後、解散して新しい組織を作ります」

 

 シンカーは即答した。

 

「まあ、それしかないだろうな」

「はい。正直もう軍は限界です。攻略の足を引っ張り、

弱者救済どころか弱者をいたぶるような状態になっているこんな組織は、

もう存在価値がまったく無くなっていると思います。

解体した後に信頼できる仲間を集めて新しく互助専門の組織を作るつもりです」

「頑張って!シンカーさん!ユリエールさん!」

「何か困った事があったらいつでも相談してくれ」

「ありがとうございます」

「皆さんシンカーを助けて下さって、本当にありがとうございました」

 

 こうしてキズメルが発端となった一連の事件は、思わぬ形で幕を降ろした。

この事件でハチマンとアスナは新しい家族を得、キリトには夜にお礼と言う形で、

ラグーラビットを使った料理が再び振舞われる事となった。



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第071話 眩しい

 リズベットが、キラキラした目でずっとハチマンを見つめていた。

 

「おいピンク、一体どうした。脳みそまでピンクになったのか?」

「ちょっとやめてよねハチマン!あんたのせいで、最近アスナやキリトまでたまに、

ピ……リズ、って言うんだからね!」

「お、おう、それはすまない」

「分かればいいのよ分かれば」

 

 リズベットはそう言うと、再びハチマンをキラキラした目で見つめ始めた。

 

「う……やっぱどこかおかしいぞピンク」

「ハチマン!また!」

 

 

 

 話は少し前へと遡る。事件が収束し、家へと向かう途中での事だ。

 

「なあ、食事の前に、武器のメンテだけリズに頼んでおかないか?」

「確かにさっきの戦闘でかなり武器にも負担をかけたからな」

「せっかくだしリズも食事に誘う?」

「アスナの好きにしていいぞ」

「まあリズも忙しいかもだし、行ってからかな」

「ああ」

 

 普通ラグーラビットの料理を振舞うとなれば、

誰もが是非誘って欲しいと懇願するほどのものなのだが、

二人からするとラグーラビットはそこまで特別な食材では無いため、

二人の会話も自然とこんな感じになるのだった。

リズベット武具店に着くと、案の定リズベットは忙しそうに働いていた。

 

「あら、三人揃ってどうしたの?武器のメンテ?」

「ああ。今回は俺とハチマンの二人分なんだけどな」

「ちょっと見せてみて」

 

 リズベットは二人の武器を見て、少し驚いたそぶりを見せた。

 

「これ、ちょっと前にメンテしたばっかりのはずなのに、一体この短期間に何をしたの?」

「ああ、実はな……」

 

 ハチマンは今日あった出来事をリズベットに説明し、

これからキリトと一緒に三人で飯を食うんだが、一緒にどうだとリズベットを誘った。

 

「うーん、行きたいんだけど最近忙しくて仕事の量がちょっとね……」

「そっかぁ、残念」

「ごめんねアスナ。また今度誘ってね」

「うん」

「なあ、リズ」

「何?キリト」

「今日の献立は、ラグーラビットだぞ」

 

 それを聞いた瞬間、リズベットの動きが加速した。

目にも止まらぬ速さで動いているが、見た感じ一切手を抜いているようには見えない。

それはまさしくプロを超えたプロの動きだった。三人は呆気にとられてそれを見ていたが、

しばらく経つとリズベットはピタリと動くのをやめた。

そしておもむろにハチマンの方をキラキラした目で見つめ、こう言った。

 

「ハチマン、仕事終わったよ!」

「お、おう……」

 

 そして話は冒頭のシーンへと戻る。

 

「おい……」

「………」(キラキラ)

「あー、その……」

「………」(キラキラ)

「良かったらこれから飯でもどうだ?」

「喜んで!」

「そ、そうか……」

 

 リズベットはとてもいい笑顔で即答した。

アスナは笑いを堪えながらそれを見ていた。キリトは微笑ましそうにしていた。

 

「ごめんリズ、ラグーラビットって結構うちじゃ普通に食べてるから、

普通はそういう反応になるって考えがすっかり頭から抜けちゃってたよ」

「な、なんて羨ましい……」

「俺に感謝するんだぞ、リズ」

 

 キリトは、リズベットをからかうつもりでドヤ顔でそう言った。

 

「うん、ありがとうねキリト!愛してる!」

「あ、愛……?」

 

 その返しは想定していなかったらしく、キリトはかなり動揺した。

 

「ちょっとリズ!少し前のハチマン君みたいになってるよ!」

「え?あ……ご、ごめんつい……」

「い、いや……」

 

(確かに少し前の俺みたいだな……)

 

 ハチマンはそんな二人を見て、少し前の自分とアスナの事を思い出していた。

少しほっこりしつつも、暖かく見守る事にしたハチマンは、

場の雰囲気を和ませようとしてこう言った。

 

「良かったなリズ。もし今出したのが俺の名前だったら、

お前今頃アスナに粛清されてたところだぞ」

「粛清!?あ、アスナはそんな事しないよね?」

「当たり前でしょリズ……」

 

 アスナは、さも心外だというように溜息をついた。

 

「ちょっと離れに呼び出して、小一時間じっくりと話し合うくらいだよ」

「あ、アスナ……?」

「ふふっ、良かったねリズ、相手がキリト君で」

「は、はい、良かったです……」

「まあとりあえず行こうぜ」

「そうだね!じゃあみんなで我が家へゴー!」

 

 家に着くとアスナは、早速料理の準備にとりかかった。

三人は思い思いにくつろいでいたが、

ハチマンは、キリトとリズベットがまだ少しお互いを意識していると感じたのか、

少しだけおせっかいをする事にした。

 

「おいリズ、何か手伝う事がないか、一緒に行ってアスナに聞いてみようぜ。

キリトは今日は完全にお客様だから、とりあえず座っててくれ」

「そうだね、そうしよっか」

「俺も手伝うよ」

「人手が足りなかったら呼ぶからまあのんびりしててくれ」

「そうか、それじゃ、お言葉に甘える事にするよ」

 

 そしてハチマンは、キッチンまでの短い距離の間に素早くリズベットに耳打ちした。

 

「おいリズ。お前がダークリパルサーに込めた気持ちを、

キリトはうっすらとだがちゃんと理解している。

それにお前の明るさと誠実さはあいつに絶対必要なものだと俺は思う」

「は、ハチマン?」

「お前はアスナの次にいい女だ。もっと自分に自信を持てよ」

「うん!ありがとう!後、ハチマンだってキリトの次にいい男だよ!」

「言ってろバーカ」

 

 ハチマンはリズベットをアスナの手伝いとして残し、キリトの所へと戻っていった。

キリトの隣に腰掛けたハチマンは、そのままキリトに話しかけた。

 

「なあキリト。お前、時々ダークリパルサーをじっと見つめている事があるよな」

「ああ。アハトを持つハチマンなら俺の気持ちが分かるだろ?」

「そうだな……時々思うんだよ。もしリズがいなかったらってな」

「リズがいなかったらか……」

「キリトも俺も、相棒と呼べる武器を手に入れる事は多分出来なかっただろうな」

「そう……だよな。本当にリズがいてくれて良かったと思う」

「俺はアスナ一人を守るので手一杯だ。もし今後リズに何か危険が迫ったとしたら……」

「そうだな。その時は俺が必ず守るさ」

「頼んだぞ、キリト」

「ああ」

 

 ほどなくして料理も出来上がり、四人はその料理に舌鼓を打った。

リズベットはずっと笑顔を絶やさずに明るく振舞っており、

キリトはそれを眩しそうに見ていた。

四人は色々な話で盛り上がり、キリトとリズはそのまま泊まる事になった。

 

 

 

 夜もふけた頃キリトは、なんとなく庭に出て横になっていた。

 

「俺が必ず守る、か……」

 

 とその時、家から誰かが出てくる気配がした。どうやらリズベットのようだ。

リズベットはキリトには気付いていないようで、

キリトから少し離れた所にキリトと同じように横になった。

 

「ハチマンとアスナは本当に仲が良くて羨しいな……いつか私もキリトと……」

 

 いきなり自分の名前が出たキリトはビクッとしたが、

その内容を理解すると、うっかり聞いてしまった罪悪感と恥ずかしさでいっぱいになった。

 

「もうこうなったらいっそ、既成事実を……」

 

 直後にリズベットが不穏な事を言い出したので、キリトは慌ててそれを止めに入った。

 

「リズ、ちょっと待て!ストップストップ!」

「へ?キリト?あっ……いや、今のはその!アレがアレだから!」

「わかった、わかったから少し落ち着け」

「ううー……」

 

 涙目なリズベットをなんとか落ち着かせようとしたキリトは、

ハチマンのやり方を真似する事にした。何もハチマンを参考にする事はないと思うが、

ここらへんはキリトもやはり不器用なのであった。

キリトはリズベットを軽く抱きしめ、ぽんぽんと背中を叩いた。

リズベットはいきなり抱きしめられて驚いたようだったが、

顔を赤くしつつもそのままキリトに身を任せていた。

 

「キリト、あの、その……なんかごめん」

「気にするなって。俺もなんか盗み聞きみたいになっちゃってごめんな」

「や、それはいいんだけどその……恥ずかしいって言うか……」

「なあ、リズ」

 

 キリトはリズベットを離し、その瞳をじっと見つめながら言った。

 

「リズの気持ちは正直とても嬉しい。でも、俺にはまだやらなきゃいけない事がある。

俺はハチマンほど器用じゃないから、攻略と恋愛を両立させられる自信がない。だから」

「だから?」

「俺達はこの戦いに必ず勝利する。そして現実世界に戻ったら必ずリズに会いにいくから、

それまで少しだけ、返事は待ってくれないか?」

「うん……私、待ってる!」

「ごめんな」

「ううん。こっちこそこんな時期に余計な負担をかけちゃってごめんね」

「いや、まあ、時間の問題だった気もするし……それは別に……」

「え?」

「い、いや、なんでもない」

 

 リズベットは聞き返しはしたが、そのキリトのセリフをしっかりと聞いていたので、

嬉しさと恥ずかしさを誤魔化すために、そのままキリトの胸に顔を埋めた。

キリトは黙ってそれを優しく受け止めていた。

窓からそれをこっそりと見ていたハチマンとアスナは、

顔を見合わせて満足そうに微笑んだのだった。



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第072話 色気と食い気

 休暇三日目の朝、キリトが目を覚ましリビングへと向かうと、そこには誰もいなかった。

 

「あ、あれ?お~い誰もいないのか?」

 

 そう呼びかけながらキリトは家の中をうろついたが、やはり誰もいない。

首をかしげるキリトの耳に、どこからか話し声が聞こえた。

 

「今の声は……そうか、三人とも庭にいるのか」

 

 キリトは外に出て庭に向かい、三人に声をかけた。

 

「おはよう。三人とも庭で何を……し……て……」

 

 そんなキリトの目に映ったのは、水着姿でサングラスをかけ、

ビーチチェアに寝そべってトロピカルドリンクを飲む三人の姿だった。

 

「え、何だこれ……」

「お、起きたかキリト。お前の分もあるぞ。さっさと水着になれ」

「キリト君、アロハ~!」

「キリト、アロハ~!」

「あ、アロハ~……じゃない!何でいきなりこんな事になってるんだよ!」

「ハチマン君がだらだらしたいって言うから、その、ノリで?」

「大丈夫だよキリト。これはこれですごくいい感じ!」

「いや、まあそうかもしれないけどなリ……ズ……」

 

 キリトはリズベットの水着姿をまじまじと見つめた後、恥ずかしそうに顔を背けた。

 

「おいキリト。今リズを見てから顔を背けるまで、かなり時間があったよな」

「なっ……」

「大丈夫だよキリト君。ハチマン君はさっき私の事を、その三倍くらい長く見つめてたから」

「それは比較対象がおかしい」

「まあまあ気にしない気にしない。ほら、キリトの場所はここ!」

 

 リズベットは空いているビーチチェアをぽんぽんと叩き、キリトを呼んだ。

 

「はぁ……わかったよ」

 

 キリトはそう言い、水着に着替えてビーチチェアに寝そべって、

ハチマンからもらったトロピカルドリンクを飲んでみた。

 

「お……」

「どう?悪くないでしょ?」

「ああ。いい感じにのんびりできるな」

「はいこれ、朝食のサンドイッチね」

「あ、ありがとう、リズ」

「今日は私が作りました!えへん!」

 

 どうやらそのサンドイッチはリズベットが作ったようだ。

 

「そうなのか。それじゃ、いただきます!」

 

 キリトはそう言い、サンドイッチにかぶりついた。肝心の味は……

 

「うん、普通にうまい」

「良かった~!最近料理とかあんまりしてなかったから、

スキル的にもちょっと不安だったんだよね」

「いや、これ普通にうまいぞ。ありがとうな」

「うんっ」

 

 そんな二人を見て、ハチマンのいたずら心がやや疼いたようだ。

 

「おいキリト。リズの水着が見れたのは、俺がだらだらしたいって言ったからだからな。

そのところを十分理解した上で、俺に感謝するように」

「ぐっ……突然えらそうに……」

「楽しいんだからいいじゃない。こんなの滅多に無い事なんだしね」

「まあそうだなリズ」

「ところでキリト君、何か忘れてない?」

 

 突然アスナがそんな事を言い出した。

キリトは何の話かさっぱりわからず、首をかしげるばかりだった。

 

「すまん、何の事かさっぱりだ……」

「はぁ……仕方ないなぁ……ハチマン君、さっきのシーンを再現しようか」

「おう、わかった。それでは再現VTRをどうぞ」

 

 二人は立ち上がり、いきなり寸劇のようなものを始めた。

 

「アスナ、今日は出来ればビーチチェアとかに寝そべってだらだらしたいんだが」

「いいね、それじゃそれっぽいドリンクを用意して、ついでに水着も着ようか」

「おお、まさにそれっぽいな。それじゃ準備するか」

「おはよう二人とも。何の話?」

 

 その寸劇を見ていたリズが、ノリで途中からいきなり参加した。

 

「あ、リズ。かくかくしかじかと言うわけなの」

「おーいいね!」

「ちょっと待っててね、すぐ準備しちゃうから」

「そしてアスナの準備が終わった。おい、こっちも準備出来たぞ」

「それじゃ全員水着に着替えよっか」

「おー!」

「アスナ……その水着、すごい似合ってるぞ。さすがは俺のアスナだ!」

「ありがとうハチマン君!」

「ねぇねぇ、私のはどうかな?」

「おう、リズも似合ってるんじゃないかな多分知らんけど」

「うっわ、適当だなぁ」

「リズ、ハチマン君はこう言いたいんだよ。俺は俺の大切なアスナを褒めるので忙しいから、

お前は別の奴にちゃんと褒めてもらえよって」

「アスナの対ハチマン通訳モードは高性能だね……まあ、内容は理解したよ。なるほどね!」

 

 そして三人は同時にキリトをじっと見つめた。

 

「じー……」

「じー……」

「忘れてた事、思い出したか?」

「お、おう……リズ、その水着、すごい似合ってるよ」

「うん!何か無理に言わせたみたいな感じだけど、それでも嬉しい!ありがとう!」

「どういたしまして」

「よし、これにて一件落着だな」

「それじゃ引き続きのんびりしよう!」

「そうだな、たまにはこういうのもいいな」

 

 その後四人は本当に一日だらだらし、夕方にはキリトとリズベットは帰っていった。

 

 

 

「ねぇハチマン君」

「ん、どうした?」

「その……昨日から何か盛り上がっちゃったけど、シリカちゃんの事は良かったのかな?」

「ああ、その事か。それなら昨日のうちにメッセージで確認済だ」

「えっ、いつの間に……」

「シリカとアルゴには、事前にちゃんと話はしておかないといけないからな」

「えっ、アルゴさんも?」

 

 それを聞いたアスナは、想定外の言葉だったのか、かなり驚いたようだ。

 

「何だ、気付いてなかったのか」

「うん、そっちはまったく……」

「まああれだ、シリカは恋愛感情というより、

キリトを兄だと思っている部分の方が大きいとメッセージでは言ってたな」

「まあそれは何となくわかるよ」

「アルゴは……情報屋は特定個人に特別な感情を抱いちゃいけないと言っていた」

「それって……でも……」

「まあ、アルゴにも譲れないものがあるんだろうよ」

「でも本当にそれでいいのかな……」

「別に関係が確定したわけでもないし、後は本人達に任せればいい」

「うん……」

「まあ、もしあれだったら今夜シリカとアルゴを夕食にでも招待すればいいんじゃないか。

ラグーラビットのストックもその分くらいはまだ残ってるしな」

「うん!そうする!」

 

 アスナが二人に連絡すると、どうやらOKが出たようで、

二日連続で食事会のようなものが開かれる事が決定した。

 

「ラグーラビットのシチューもいいんだが、和風ステーキ風にするとどうなるんだ?」

「うーん、多分それもすごく美味しいと思う」

「それじゃ今日はそれで頼む」

「うん」

 

 その時すぐ後ろから突然、コンコンという音がした。二人が慌てて振り向くとそこには、

ナイフとフォークを握り、目を輝かせてリビングの椅子に座っているアルゴがいた。

先ほどのコンコンという音はどうやら、

アルゴがナイフとフォークの柄をテーブルに打ち付けている音だったようだ。

 

「おい……」

「ん?どうしたハー坊。飯はまだカ?」

「今連絡したばっかりなのに、何でもうそこにいるんだよ」

「オレっちは連絡を受けてから普通に走ってきただけだぞ……全力デ」

「そんなに食べたかったんだね……」

「心配しなくても、マイナイフとマイフォークは持参してきたゾ」

「そんな心配別にしてねーよ……」

「ちなみにシリカの嬢ちゃんももういるぞ」

「えっ?」

 

 それを聞いた二人はきょろきょろと辺りを見回し、

入り口のドアの影からこちらをこそっと見ているシリカを発見した。

 

「シリカ、お前もか」

「すっすみません、声をかけるタイミングを逃してしまいました!

あ、マイナイフとマイフォークは持参してきたので心配ないです!」

「いやだから、そんな心配別にしてねーって……

つーかそのマイナイフとマイフォークって流行ってんのか?」

「あれっ、言わなかったっけ?」

 

 その問いに答えたのは、意外にもアスナだった。

どうやら買い物の時にアスナが、デザインのいいナイフとフォークのセットを見つけて、

ハチマン組の女性チーム全員に配ったようだ。

 

「なるほど、アスナが選んだのか。実にセンスのいいナイフとフォークだな」

「でしょでしょ?最初見た時、これは!って思ったんだよね」

「お前ら常にそれを持ち歩いて、オレの嫁のセンスの良さを宣伝するんだぞ」

「さっきまでこっちが優位だったのに、いつの間にか押されてるナ……」

「恐るべしですね!」

 

 その後アスナが料理を作り、テーブルにはかなりの量の料理が並んだ。

 

「いただきます!」

「うまそうだな、いただきまス」

 

 二人はすごい勢いで食事を始め、ハチマンとアスナは呆気にとられた。

やはり二人とも、何か思うところがあったのだろう。

アルゴとシリカはそのまま食べすぎで動けなくなった。

そんな二人をハチマンとアスナは、優しく介護していた。

さすがに今日は帰るのはつらいという事で、二人は泊まる事になったのだが、

どうやら女性陣は一部屋に集まって、夜を徹して女子トークをするらしい。

 

「それじゃまあ、俺は寝るから三人は楽しんでくれよな」

「うん、おやすみ、ハチマン君」

「ハー坊、今日はありがとナ」

「ハチマンさん、ありがとうございました!」

「おう」

 

 その後どんな会話が繰り広げられたのかはハチマンには分からなかったが、

次の日シリカとアルゴが晴れやかな顔をしていたのでハチマンは安心し、

やはり俺の嫁は最高だなと、少しずれた感想を抱いたのだった。



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第073話 お姉ちゃん候補達+の衝撃

すみません予約時間を間違えました


 三浦優美子はその日たまたま八幡の病室にいた。

高校の時の仲間達で地元に残っている者はほぼおらず、

たまたま病院のすぐ近くにある大学に進学した三浦は、

八幡の病室を見舞いに来る事が結構あるのだった。

見た目は派手だがつくづくおかん体質ないい人、それが三浦だった。

 

「ヒキオ、この前ね……」

 

 三浦は八幡の病室に来ると、いつも八幡に話しかけていた。

特に決まった話題があるわけでもなく、世間話をするようなものだったが、

不思議と在学中よりも今の方が二人は仲の良い友達に見えるのが不思議だった。

三浦は三浦なりに、八幡がSAOに囚われた後、

八幡が自分達のグループのために何をしてくれたか、

そして葉山の進路を聞くためにどれだけ無理をしたのかを聞いて、感謝していたのだった。

ちなみにその葉山には、卒業式の日に告白して玉砕していた。

そんな穏やかな空気の中、ノックの音と共にガラッと病室の扉が開いた。

入ってきたのは、すっかり顔見知りになった陽乃だった。

 

「あれ三浦ちゃん、今日も来てたんだ。

まめだねぇ、もしかして比企谷君に惚れちゃったのかな?」

「あーはいはいそうですね」

「もう、適当だなぁ」

「そりゃ毎回そう言われてりゃね……」

「ちょっと今日は招集かけてるから、モニターの設置とかの作業をするけど、

三浦ちゃんは気にせず比企谷君に話しかけてくれてていいからね」

 

 三浦がいる時は、不思議と陽乃が来る事が多く、

二人で八幡に話しかける事も多かったため、

二人の間では、八幡に話しかけるのはもう自然な出来事になっていた。

 

「そういえば招集って、誰か来るんですか?」

「ん?関係者がほぼ全員来るよ。もちろん全員三浦ちゃんの知り合いだけどね」

「あ、それじゃ邪魔になっちゃ悪いから、あーしはそろそろ……」

「三浦ちゃんは、今比企谷君がどうなってるか興味ない?」

「えっ、そんな事分かるんですか?」

「まあそうだね、内容は全員集合してからのお楽しみだから、

もし知りたかったら三浦ちゃんも参加してね」

「そういう事なら少し興味もあるし、あーしも待ってようかな」

「うん、もうすぐ集まると思うから、ちょっと待っててね」

 

 まず最初に現れたのは、いろはと小町の生徒会コンビだった。

 

「あっ三浦センパーイ!お久しぶりですぅ!」

「いろは、久しぶりだね」

「優美子さん、いつも兄を見舞って頂いてありがとうございます!」

「あーしは学校が近くだから来てるだけだし、気にしなくていいし」

「雪乃さんと結衣さんもあまり来れなくなってしまって、兄も寂しがってるはずなので、

優美子さんが兄を訪ねてくれるのは小町的にとても嬉しいです!」

「んーまあ、あーしとヒキオはそんなに仲が良かったわけじゃないんだけどね」

「それでもです!兄は優美子さんの事最初は苦手だったと思いますけど、

SAOに囚われる少し前に一度だけ、面倒見が良くて優しい奴だって家で言ってました!」

「ヒキオがそんな事を……」

「あの先輩が人を褒めるなんて珍しい……まさか少しは三浦先輩を意識していた!?

でも先輩の本命はきっと私のはず……」

「いや、多分会長は意識される段階にすら達してないと思いますよ……」

「小町ちゃん何か言った?」

「いえいえ~、あ!雪乃さんと結衣さんも来たみたいですよ」

 

 二人が仲良く歩いて来るのを見付けた小町が、そちらを指差した。

二人も小町に気付いたようで、手を振りながら病院の入り口に入っていった。

ほどなくして二人は病室に着き、まず三浦を見て驚いた。

 

「優美子も来てたんだ!久しぶりだね!」

「三浦さんはどうしてここに?」

「あー、あーし学校がすぐ近くだから、ちょこちょこ見舞いに来てんだよね。

今日はたまたま招集とやらに出くわしたって感じ」

「そう……私達はあまり来れなくなってしまったから……」

「うん……やっぱり中々ね」

「気にすんなし。あーしもちょこちょこ様子は見に来るし」

「ありがとう三浦さん」

「ありがとね、優美子!」

 

 その後二人はいろはと小町とも会話を交わし、近況を報告しあった。

その間に陽乃の準備が終わったようで、陽乃は全員をモニターの前に集めた。

 

「それじゃ、今日集まってもらった理由を順番に説明してくよ~。

何か質問があったら気軽に言ってね~」

 

 全員頷いたが、SAO内の八幡の事を何も知らない三浦は特に興味津々のようだった。

 

「それじゃ、何も知らない三浦ちゃんのために少しだけおさらいをしておこうか」

「あ、いや、あーしの事は別に」

「またまたぁ。興味津々な顔をしてるよ?」

「まあ、多少は……」

 

 三浦もやはり気になるのは確かだったようで、陽乃はそのまま説明を続けた。

 

「まず確定しているのは、比企谷君が最前線で今も戦い続けている事。

そしてレベルのトップスリーに入っている事。それは今も変わらないね~」

「えっ……あのヒキオが?」

 

 三浦はそれを聞いてかなり驚いたようだ。

クラスでのイメージとは確かに合わないので、それもまあ当然だろう。

 

「そして、基本的に明日奈さんがずっと一緒なのも変化なしね」

「明日奈さん?結衣、誰?」

 

 三浦は聞き覚えの無い女の子の名前が出てきた事にまた驚かされたようだ。

 

「あー……えーっと……ヒッキーとずっと一緒に行動してるらしい人、かな……」

「えええええええええ」

 

 三浦は、あのヒキオが……と絶句した。

 

「姉さん、今の所真新しい情報は何も無いようだけれど、

招集をかけたからには何か大きな変化があったって事なのよね?」

「そうね。その前に別の報告が一つ。私のレクトへの就職が正式に決まりました」

 

 おお、というどよめきと共に、拍手が起こった。

もっとも就職自体はかなり前から内定していたのだが、

発表するのに丁度いい機会が今日まで無かっただけだった。

 

「レクトって……何の会社?」

「SAOのサーバー管理をしてる会社の親会社だよ。

今私達がやってるALOってゲームの運営も、

そのSAOのサーバー管理をやってる会社がやってるんだよね」

「結衣達、あのゲームやってたんだ」

「良かったら優美子もやってみる?」

「うん、興味はあったから、みんながやってるならちょっと真面目に考えてみる」

「もしやるなら歓迎するわ、三浦さん」

「うん、雪ノ下さん、その時は宜しくね」

 

 高校の時は、獄炎の女王と氷の女王と呼ばれた二人も、今は打ち解けているようだ。

これは間接的に八幡のおかげだった。

もし八幡が今のこの光景を見たら、一体どんな感想を抱くのだろうか。

そして陽乃が、今日の本題となる話を始めた。

 

「それで今日みんなに招集をかけたのは、先日ものすごいデータが発見されたからなんだよ」

「ものすごいデータ……」

 

 誰かがごくりと唾を飲み込む音がした。

 

「さて、心の準備はいいかな?特に雪乃ちゃんとガハマちゃんと会長ちゃん」

「その三人の名前を出すと言う事は、つまりそういう事なのね」

「ちょっと怖いですぅ……」

「もう散々話し合った事だし、きっと耐えられるよ!」

「いいわ姉さん。それじゃ、その内容を話してちょうだい」

「ううん。今日は話すとかじゃなくて、映像で見れるんだよね」

「映像?もしかして中の様子が見られるの?」

「写真だけどね。それじゃ映すよー。三、二、一、はい!」

 

 その瞬間病室に設置された大きなモニターに映し出されたのは、

ハチマンとアスナがアシュレイに撮ってもらった、例の写真のデータだった。

それは、八幡が血盟騎士団の参謀服を着たバージョンの写真だった。

 

「う……」

「想像してたのと全然違った……」

 

 そこに映された映像は、一同のド肝を抜いたようだ。雪乃がまず口を開いた。

 

「これは……悔しいけれど、すごくお似合いだわ……

こんな比企谷君の表情は初めて見たかもしれないわね」

「ヒッキー……あの頃と全然変わってないね」

「うわ、先輩の相手の人も、初めて見たけど超綺麗じゃないですかぁ。

これ現実と同じ顔なんですよね?」

「そだよー。確かにこれは結城家の明日奈さんだね。前に見た顔と一緒だもの」

「これが小町の新しいお姉ちゃん……はっ、陽乃さん、写真撮ってもいいですか?

小町今すぐお父さんとお母さんに報告しないと!」

「ん?身内だけに見せるなら別にいいんじゃないかな。拡散とかはNGね」

「わかりました!必ずそう伝えます!」

「ヒキオ……なんかかっこいい」

「え?」

 

 その声を聞いた一同が振り返ると、そこには少し頬を赤らめた三浦優美子の姿があった。

 

「優美子ちょっと待ってちょっと待って!何その反応!」

「おやおや、いつも言ってる冗談が本当になったかな?

実はもう一枚あるんだよね、比企谷君の服装が違うやつが」

「姉さん、もったいぶらないで早く見せてちょうだい」

「そうですよぉ、早く早く!」

「んーこれはねぇ、別の意味ですごい衝撃だと思うから、本当に覚悟してね」

 

 そして陽乃の手によって、もう一枚の写真が画面に映された。

それはもちろん、アシュレイの手による渾身の作を着た八幡と、

その隣でウェディングドレスを着て微笑むアスナの姿だった。

 

「これ、本当に比企谷君なのかしら?もしそうだとしたらちょっと……」

 

 雪乃は、頬を赤らめてもじもじしていた。

おそらく雪乃のこんな姿を見た者は、かつて誰もいない事だろう。

そんな雪乃と他の者の反応は、あまり大差が無いものだった。

 

「やばっ、ヒッキーまるで別人じゃん!なんか見てるだけでドキドキする!」

「はわわわわ、この先輩の破壊力はやばいですぅ……」

「お兄ちゃん……小町は信じてたよ、お兄ちゃんは磨けば必ず光る素材なんだって!」

「これが本当のヒキオ……」

「やっぱりこうなったか……」

「やっぱりって事は、姉さんもそうだったって事でいいのかしら?」

「どうかなぁ、まあかなり衝撃を受けた事は確かだけどね」

 

 そう言いながら陽乃は、さりげなく横に置いてあった携帯を手に持ち、しまおうとした。

雪乃はその動きに何かピンときたらしい。

 

「みんな、今すぐ姉さんを押さえて!」

「ちょっ、雪乃ちゃん一体何を……」

「その携帯がとても怪しいわ。ちょっと中を確認させてもらうわ」

 

 その言葉を聞いて何かに気付いたのか、全員が陽乃を押さえつけた。

そして雪乃が陽乃の携帯を没収し、待ち受け画面を確認すると、そこには……

 

「姉さん、これはどういう事かしら?」

 

 そこには、さきほどからモニターに映されている八幡の姿があった。

 

「あ、あは……」

「抜け駆けとは感心しないわね、姉さん」

「ごめんなさい、あまりの衝撃に思わず待ち受けにしてしばらく一人で独占してました……」

「陽乃さんずるいですぅ!」

「まったくもう……私達も待ち受けにするわよ、文句は無いわね姉さん」

「はい……」

「それじゃみんな、許可が出たから各自で好きなように設定しましょう」

「はい!」

 

 小町はもちろん写真全体を待ち受けにしたのだが、

残りの四人は八幡の姿だけを待ち受けに設定したようだ。

 

「ところで三浦さん、何故あなたまでちゃっかり比企谷君を待ち受けにしているのかしら?」

「べ、別にいいっしょ、芸能人の写真を待ち受けにするのと変わらないっしょ」

「……あの三浦さんが、比企谷君と芸能人を同列に語る時が来るなんてね……」

 

 その言葉を受け、六人はもう一度映し出されている写真を見つめた。

 

「まだ諦めるには早いよね、ゆきのん」

「そうね、私達が簡単に諦めなければならない理由も特に無いわね」

「先輩!帰ってきたら覚悟しててくださいね!」

「お姉ちゃんにもワンチャンあるかも?」

「ヒキオがあーしの彼氏……?うん、ありかも」

「お姉ちゃん候補がまた増えた!でもこのお兄ちゃんの写真を見ちゃうとなぁ……

小町もうどうしていいのかわからないよ……」

 

 こうして決意を新たにした一同は、にやにやと携帯を見つめる時間が長くなり、

周りの人間に気味悪がられるのだが、それはまた別の話である。

ちなみに完全に出遅れている川崎は、後日小町から写真の提供を受けた後、

携帯をにやにやしながら延々と見つめていたため、

心配した大志から小町に相談のメールが来るという事件が勃発した。



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第074話 思わぬ再会

「アスナ、今日はちょっと散歩に出てみないか?」

「そうだね、このところちょっとだらだらしすぎた気もするし、今日はお出かけしよう!」

 

 アルゴとシリカを送り出した後、ハチマンの提案で、

二人は久しぶりに二十二層を散策する事にした。

相変わらず森と水に囲まれたこのフロアはとても穏やかな雰囲気で、

最前線が七十五層に達し、数多くの街が開放された今でもいまだに沢山の人が訪れていた。

 

「う~ん今日も気持ちのいい日だね」

「そうだな、ずっと住んでるせいですっかり慣れちゃってたが、

改めてこうやって歩いてみると、ほんとこのフロアの良さを実感できるな」

「でも少し心配な事もあるんだよね」

「ん、どんな心配だ?」

「こんな常春な気候に慣れちゃうと、現実世界に戻った後に、

日本の四季に体がついていけるのかなって」

「あー……確かにSAOの中だと、気候の変化は基本フロア移動でしか起こらないしな」

「まがりなりにも色々なフロアで気候の変化を体験している私達ですらこうなんだから、

始まりの街にずっといる人達は、リハビリが大変そうだよね……」

 

 そんな会話を交わしながら、二人はのんびりと散策を続けた。

 

「あっハチマン君、遠くに綺麗な川が見えるよ。人もいるみたいだけど、よく見えないな」

「よしアスナ、肩車してやろう」

「……私、重いかもよ?」

「アスナが重いわけないだろ!羽根みたいに軽いぞ!」

「そ、そうかな」

「さすがに片手で持ち上げろとか言われると筋力値が不安だが、

肩車くらいなら何の問題もないから心配するな」

「うん、それじゃお言葉に甘えて……」

 

 アスナはハチマンに肩車をしてもらい、再び川の方を見てみた。

 

「うわぁ、高い高い!」

「どうだ、よく見えるか?」

「うん!どうやら川のところにいる人達は、釣りをしているみたいだね」

「釣りか……今度俺達もやってみるか」

「そうだね、それじゃリズに釣り竿を作ってもらおっか」

「あいつ、釣り竿なんか作れるのか?」

「この前キリト君に頼まれて作ったみたいだよ」

「キリトの奴釣りなんかやってたのか……それじゃ今度、リズの所に行くか」

 

 二人はそのまま川に向かって歩いていった。

二人に気付いた一人の釣り人がこちらに向かって手を振ってきたので、

アスナは嬉しそうにそれに応えて手を振り返していた。

ハチマンも、少し気恥ずかしさを覚えつつも手を振り返してみた。

その釣り人は初老の男性で、

ハチマンは、こんな年齢の人もこのゲームをやっていたのかと少し驚いた。

 

「やぁこんにちは、お二人は散歩ですか?」

「はい!私達つい先日結婚したばかりなんですけど、今日は散歩でもと思って!」

「そうですか、それはおめでとう」

「ありがとうございます!」

 

 ハチマンは、その男性の顔と声に覚えがあるような気がしていた。

まじまじと男性の顔を見つめたハチマンは記憶を探り、とある名前を思い出した。

 

「あ、あの……もしかして、ニシダさんですか?」

「あれ、ハチマン君、知り合い?」

「ん?ハチマン……ハチマン君?もしかしてハチマン君かい?」

「はい、お久しぶりですニシダさん!」

 

 ハチマンとニシダは以前少し面識があった。

ハチマンがバイトをしていた頃、食堂で何度か同席した程度の関係だが、

ハチマンの記憶だとニシダは他会社からの出向で、回線保守が仕事だったはずだ。

 

「あの、ニシダさんは何故ここに?ニシダさんの仕事って回線の保守でしたよね?」

「ああ。自分の仕事の成果を自分で見てみたくなってログインしたんだけどね……」

「そういう事ですか……」

「私はずっと始まりの街にいたんだけど、このフロアの話を聞いてね、

敵も出ないという事だったから、勇気を出して来てみたんだよ。

そしたらこんなに美しい川があるじゃないか。これはもう釣りをするしかないってね」

「そういえばニシダさんは、釣りが大好きだって言ってましたね」

「戦う意欲もわかなかったし、大人しく始まりの街で、

ゲームがクリアされるのを待とうと思っていたんだけどね」

「釣りキチの血がうずいちゃったんですね」

「まあ、そういう事かな」

 

 ニシダは朗らかに笑った。ハチマンはニシダにアスナを紹介する事にした。

 

「ニシダさん、さっきも少し言いましたけど、これが俺の妻のアスナです」

「始めましてニシダさん」

「新婚だって言ってたね。そうか……二人は今幸せかい?」

「はい!」

「はい」

「良かった……私の関わった仕事が人を不幸にするだけのものじゃなくて、本当に良かった」

「ニシダさん……」

「ははは、今日はいい日だ。ハチマン君と再会できて、幸せそうな姿も見れた。

後はゲームがクリアさえされれば……」

「ニシダさん、俺達今血盟騎士団にいるんですよ。今は休暇中なんですが」

「そうか、最前線に……あっ、もしかしてアスナさんは、閃光のアスナさんかい?」

「は、はい」

 

 アスナはやはり、閃光と呼ばれるのはいまだに気恥ずかしさがあるようで、

少しもじもじとしながらニシダに答えた。

 

「アスナさんと一緒に行動している最前線プレイヤー……もしかして、ハチマン君が銀影?」

「うわ、その呼び名、ニシダさんも知ってたんですか……

俺、つい先日まで知らなかったんですよね」

「私も噂で聞いた程度だけどね」

「そんなわけで、俺達がいずれ必ずこのゲームをクリアします。

だからニシダさんは、それまで釣りを楽しんでいて下さい」

「しかし君達が戦っているのにそれは……」

「いえ、誰かのために戦う方が、俺達もより多くの力を発揮できますから。

それに、その誰かが笑っていてくれた方が、やる気も出るってもんですよ」

「そうですよニシダさん!私の旦那様はすごいんですから、

ここはどーんと任せちゃってください!」

「そうか……うん、そうだね、ハチマン君、アスナさん、すまないが、宜しく頼むよ」

「はい!」

 

 ニシダが涙ぐみながら、二人の手をしっかりと握った。

二人は微笑みながら、ニシダに頷いた。

 

「そうだニシダさん、ここって初心者でも釣りは出来ますか?」

「うん、問題ないよ。私もここから始めたからね」

「実は俺達さっき、釣りをやってみようかなって話してたんですよ」

「おお、それなら私が最初に使ってた竿があるからこれを君たちにあげよう」

「いいんですか?ありがとうございます」

 

 ニシダはストレージから竿を取り出し、二人に差し出してきた。

二人はニシダにレクチャーしてもらい、釣りを楽しんだ。

何匹か釣り上げた後、少し休憩しようという事になった時、

ニシダが何かをストレージから取り出した。

 

「ニシダさん、それは?」

「これはね、焚き火タイプの調理道具なんだよね。

最初は釣った魚を売る事しか出来なかったんだけど、こうして、ほら」

「うわ、本当に焚き火で魚を焼いてるように見えますね」

「釣った魚を売ってコルをためて、少し前にやっと買ったんだよ。

どうだい、なんかそれっぽくていい感じだろう?」

「アスナ、これはもうアレを使うしかないぞ」

「そうだね、ここはアレの出番だね」

「アレ?」

「ニシダさん、アスナは料理スキルカンストしてるんですよ。

ここはちょっとアスナに任せてみてくれませんか?」

「アスナさんは料理が得意なんだね。ハチマン君はいいお嫁さんをもらったなぁ」

「はい、自慢の嫁です!」

 

 アスナは頬を赤らめながら調理を開始した。

ストレージからいくつかの調味料を取り出し、何事か作業をしていたが、

少しして完成したのか、焼きあがった魚をニシダに差し出した。

 

「ニシダさん、どうぞ」

「ありがとう、それじゃ早速頂くよ……こっ、これは……」

「はい、醤油です」

「醤油……醤油だ……美味い、本当に美味いよ……」

 

 ニシダは涙を流しながら焼き魚を食べていた。やはり醤油の効果は抜群だ。

 

「アスナ、まだ醤油と、それに味噌も結構残ってるよな?」

「うん」

「ニシダさん、良かったら醤油と味噌をいくつか差し上げますので、是非使ってください」

「いいのかい?ありがとう、ありがとう……」

「いえ、色々と教えてもらったお礼です」

 

 ニシダは、やはり魚は釣りたてに限ると力説し、

二人もそれに同意しながら自分達の釣った魚に舌鼓をうった。

その後も釣りは続けられた。時間の過ぎるのはあっという間だった。

気が付くとそろそろ日が暮れる時間となっていたので、

その日の釣りはそこで終わりという事になった。

ハチマンはニシダと連絡先を交換し、後日の再会を約して別れたのだった。

 

 

 

「今日は楽しかったね」

「そうだな、つい時間が過ぎるのも忘れちまったな」

「現実に帰還した後にもやってみたいな」

「アスナ、ミミズとか掴めるのか?」

「うっ……どうだろう……」

「まあそこらへんは俺がやってもいいしな。機会があったらやってみるのもいいかもな」

「現実に戻ったら、かぁ」

 

 アスナはそう呟くと、少し不安そうな顔をした。

 

「現実に戻っても、ハチマン君は私と一緒にいてくれる?」

「当たり前だろ。障害も多いかもしれないが、必ずアスナに会いに行くと約束する。

必要なら苦手な数学とかもしっかり勉強して、絶対にアスナに相応しい男になる」

 

 その返事を聞いたアスナは、とても嬉しそうだった。

 

「連絡先も交換しないとだね」

「あー……俺、自分の携帯のアドレスも番号ももう忘れちまったな……

そもそも滅多に使ってなかったし」

「私もうろ覚えかも……何か連絡をとる方法を考えないとだね」

「そうだな、まあ他の奴らとも相談だな」

 

 そんな事を話していると、どうやらハチマンに、アルゴから連絡が入ったようだ。

ハチマンはそのメッセージを見て、アスナに言った。

 

「よしアスナ、明日は温泉旅行だ」



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第075話 キズメル

「温泉?」

「ああ。今アルゴから連絡があって、七十二層に温泉宿が発見されたそうだ。

せっかくだから二人で行ってきなとの事だ」

「そうなんだ!でもあのアルゴさんがタダで情報を教えてくれるなんて珍しいね」

「いや、昨日の飯の代金だそうだ。プロらしく借りは作らないって事だろうな」

「あーそういう事なんだ。アルゴさんらしいね」

「というわけで、明日は新婚旅行の変わりに温泉だな」

「やった!ありがとう、ハチマン君!」

「礼ならアルゴに言っとけよ」

「うん!」

 

 アスナは早速アルゴにお礼のメッセージを送り始めた。

早速返信が来たようだが、アスナはそれを見て顔を赤くしていた。

 

「まったくもう、アルゴさんったら」

「ん?どうかしたのか?」

「露天の家族風呂があるから、二人きりで入ればって」

「ああ、それは俺も聞いたな。別にいいんじゃないか?」

「…………ハチマン君のえっち」

「今だって風呂は一緒に入ってるじゃないか」

「まあそう言われるとその通りなんだけどね」

 

 

 

 次の日の朝になり、朝食中に、アスナがキズメルの所に寄りたいと言い出した。

 

「ほら、キズメルにユイちゃんの事を教えてもらったじゃない?

それで、一言お礼が言いたいなって思って」

「おお、そうだな。大して時間のかかるような事でもないし、ちょっと寄ってくか」

「うん!」

 

 二人はまず最初にダークエルフの城に向かう事にした。

城に入ると、案の定キズメルが既に待ち構えていた。

 

「やぁ、二人とも、今日はどうしたんだ?」

「キズメル!」

 

 アスナが嬉しそうにキズメルに抱きついた。

キズメルも嬉しそうにアスナを受け止めた。

 

「おいおいどうしたんだアスナ。何かいい事でもあったのか?」

「うん、キズメルのおかげでね!」

「私のおかげ?」

 

 アスナはキズメルに、ユイの事を説明した。

 

「そうか……精霊が二人の娘に……」

「ああ。今ユイ……精霊はここで眠っている」

 

 ハチマンは共用ストレージからユイのデータが入った宝石を取り出し、キズメルに見せた。

 

「なるほど、確かに精霊の力を感じるな」

「やっぱりキズメルには分かるんだね」

「ああ。今は眠っているようだが、すごい力を感じる」

「さすがは俺達の娘だな」

「そうだね」

「まあ二人にとってこの精霊との出会いが良い事だったというなら、

教えた私としてもとても喜ばしいと思う」

「本当にありがとうね、キズメル!」

「ありがとな。キズメルのおかげで家族が一人増えた」

「本当に二人は嬉しそうだな。少し羨ましい」

「キズメル?」

 

 そんなキズメルの言葉を聞いて、アスナは、ん?という風に首を傾げた。

 

「私は今何を言ったんだろうな。私はこの精霊を羨ましいと言ったのか?」

「キズメルだって、私達の家族だよ!」

 

 アスナが再びキズメルに抱きついた。

ハチマンは、そのアスナとキズメルをまとめて抱きしめた。

 

「そうだぞキズメル。キズメルだって俺達の大切な家族だ」

「ありがとう二人とも。これが幸せという感情なのだろうか。

私は今、とても大きな嬉しさに包まれているのを感じる。

私もこの精霊のようになれればいいのだが……」

「キズメルが、宝石に……?」

 

 キズメルが突然、そんな事を言い出した。

 

「でもそうなったら、もうこんな風にキズメルに触れる事が出来なくなっちゃうよ!」

「アスナ、最近私は思うのだ。いずれこの世界は解放される事だろう。

もしそうなれば、二人ともそのままお別れという事になるだろう。

だがもし私がその宝石の中に入れば、いずれまた二人に会えるのではないかと、

なんとなくそんな気がするんだ」

「キズメルの勘か?」

「そうだな、勘と言っていいと思う。何も根拠は無いのだが、

私の中の何かが囁くんだ。絶対にそうするべきだと」

「ハチマン君……」

「アスナ、キリトを呼ぶぞ」

 

 ハチマンはどうやら、そのキズメルの言葉に何かを感じたようだ。

キリトを呼び出し、今のキズメルの言葉について相談する事になった。

ほどなくしてキリトが到着し、二人はキリトに今の出来事について話した。

 

「なるほどな。またあの場所に行けば、おそらく可能だと思う」

「黒鉄宮のダンジョンのあのコンソールか。キリトは賛成なのか?」

「これだけ高度なAIが出した結論だ。多分何か意味があるんじゃないかと思う」

「アスナはどう思う?」

「私は……このままだと別れが確実だと言うのなら、可能性に賭けてみたい」

「キズメルは?」

「望むところだ」

「よし、それじゃ行くか。キリト、すまないが頼めるか?」

「わかった、任せろ」

 

 四人は黒鉄宮に向かい、ユイを宝石の中に封じたコンソールに辿り着いた。

もちろん街の中では、キズメルは姿を隠していた。

 

「これは……とても強く精霊の力を感じる場所だな」

「ここでキズメルは、その身を宝石の中に宿す事になる。今のうちにお別れを」

「別れというか、これからもずっと一緒だけどな」

「そうだったな、すまん」

 

 四人は笑いあい、キズメルは順番に三人を抱きしめた。

 

「これで私もずっと二人と一緒にいられる、そんな気持ちがとても強くなった」

「キズメル……」

「ずっと一緒だ、キズメル」

「ありがとう、二人とも。二人と出会えた事を、精霊の神に感謝したいと思う」

 

 別れを惜しみつつ、ハチマンがキリトに言った。

 

「それじゃキリト、宜しく頼む」

「ああ」

 

 ハチマンとアスナは、ずっとキズメルと手を繋いでいた。

そして三人の目の前で、キズメルは光となって消えた。

そこには美しい宝石が一つ残されていた。

アスナはそれを、大切そうに共用ストレージにしまった。

外へと向かいながら、三人はキズメルの事を話していた。

 

「これでいつかまた、キズメルに会えるのかな?」

「キズメルがそう言うなら、多分そうなんだろうな」

「どんな形での再会になるか、すごく楽しみだね」

「ああ」

 

 そして少しして、三人は黒鉄宮の外に出た。

 

「それじゃ二人とも、そろそろ俺は行くよ」

「ありがとうな、キリト」

「キリト君、本当にありがとうね!」

「いつかまたキズメルに会えるといいな」

「うん!」

「それじゃ二人とも、また後でな」

「うん、またね!」

「おう、またな」

 

 キリトはそう言って去っていき、二人は予定通り七十二層へと向かった。

 

 

 

「ここか」

「なんか、いかにも温泉って雰囲気のある、いい宿だね」

「古き良き時代の建物って感じだな」

「それじゃ入ってみよう!」

「おう」

 

 二人が中に入ると、NPCの女将さんが出てきて、二人に話しかけてきた。

 

「いらっしゃいませ。今日はお二人で宿泊で宜しいですか?」

「あっ、はい」

「おお、何かすごい本格的だな……」

「そうだね」

「それでは部屋にご案内しますね」

「お願いします」

 

 二人は女将に案内されて、広めの和室に案内された。

その部屋には、情報通り露天の家族風呂がついていた。女将の話だと、大浴場もあるようだ。

二人は興奮しながら部屋の中や、外の景色を見ていた。

 

「何かすげーなここ。ここまで本格的な作りになってるとは思いもしなかったな」

「そうだね!これからどうしよっか。まずお風呂?」

「夕食は普通にメニューから選べるみたいだし、先に大浴場に行ってみるか」

「うん!」

 

 二人はまず大浴場へと向かったのだった。

どうやら先客がいるようで、ハチマンは少し緊張した。

女湯にも先客がいたようだったが、アスナは特に何も気にしなかった。

このあたりは二人の性格の差なのだろう。

ハチマンは男湯に入り、その光景に愕然としてアスナに話しかけた。

 

「……おいアスナ、そっちもか?」

「……うん」

「やっぱりいたか……」

「もうびっくりだよ……」

 

 男湯にいたメンバーは、キリト、クライン、エギルの三人だった。

 

「だからさっき、また後でなって言ったじゃないか」

「あれはそういう事かよ……」

「たまには裸の付き合いもいいもんだろ!」

「おいクラインにエギル、あんまり俺に近付くな。お前ら俺が好きすぎだろ。

キリトまで手をわきわきさせながらこっちに来るんじゃねえ!」

「いいじゃないかよー背中くらい流させろよ」

「そもそもアバターは汚れないからな」

「気分だよ気分!日本人なら背中の流し合いっこだろ!」

「まあそれは否定しないが……」

 

 一方女湯のメンバーは、リズベットとシリカだった。

 

「男湯は騒がしいね」

「まあ楽しそうだからいいんじゃないですかね」

「それにしても、中に入ったらいきなり二人がいてびっくりしたよ~」

「まあ事前に知らせてたらサプライズにならないしね」

「アルゴさんはいないんだね」

「なんか、プロはただ情報を提供するのみとか言ってたよ」

「アルゴさんらしい」

「しかしアスナは相変わらずスタイルいいよね~」

 

 リズベットがそう言うと、男湯の喧騒がピタリと止まった。

 

「この胸が今やハチマンの物に……これは許せませんな」

 

 リズベットがそう言いながら、いきなりアスナの胸を揉んだ。

 

「きゃあ!リズ、胸を揉まないで!」

「良いではないか良いではないか」

「リズ!?」

「ハチマンめ、これを独占しているとは許せませんな」

 

 男湯も、再び騒がしくなった。

 

「おい、お前らやめろ、俺を叩くんじゃねえ」

「うるせえ!幸せ税だっつの!」

「ハン、悔しかったらお前もさっさと相手を見つけてみろ」

「ちくしょー!正論だけに何も言い返せねえ!」

「もっともアスナ以上にできた嫁はこの世には存在しないだろうがなって、痛い痛い痛い」

 

 そんな声が男湯から聞こえてきて、女湯組は笑い出した。

 

「何か男湯がすごい事になってるみたいだけど」

「ちょっとアスナ、旦那のピンチだよ。何とかしてあげたら?」

 

 そう言いながら、リズベットが再びアスナの体を弄び始めた。

 

「ちょっとリズ、それ以上は駄目~!これは全部ハチマン君の物なんだから!」

 

 そのアスナの声に、男湯が再びざわついた。

 

「アスナ!火に油を注ぐな!痛い痛い痛い、おいこらやめろ、クライン!

キリトも便乗するんじゃねえ!エギル、何とかしろ!」

「うっせえ!ハチマンの幸せ税はたった今から増額されたんだよ!」

「すまんハチマン。さすがにこれは俺にも止められない」

「お前ら覚えてろおおお」

 

 こうして予想外に賑やかに、温泉宿の夜は更けていくのだった。



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第076話 クラインの希望

「皆様、大部屋でお食事の用意が出来ております」

 

 七人が風呂からあがると、女将NPCがそう話しかけてきた。

 

「ん、誰か頼んだのか?」

「はいはい!俺俺!」

 

 そのハチマンの問いに、クラインが手を上げた。

 

「やっぱり温泉といえば大部屋でみんなで食事だろ?」

「お、おう……」

 

 そんなクラインの温泉へのこだわりに多少引きつつも、

悪い事ではないので皆大人しく従い、大部屋へと向かった。

ちなみにアメニティ扱いで、浴衣がしっかりと用意されていた。

これはこれで家で重宝するので、特にアスナはとても喜んでいた。

ハチマンも、これで家でもアスナの浴衣姿が見られると喜んでいたのだが、

もちろんそんな態度はおくびにも出さなかった。

 

「おおー、ここもいい感じの部屋だな」

「いかにも温泉って感じだね」

「私、温泉とか行った事ないんですごく新鮮です!」

「そうか、現実に戻ったらシリカもいつか本物の温泉に連れてってやるからな」

「ハチマンさんありがとうございます!」

「おい、ハチマンだって温泉とか何度も行った事があるわけじゃないだろう……」

「行った事の有る無しの間には、超えられない壁があるから別にいいだろ」

「それは確かにそうだけどさ……」

 

 ハチマンは周りを見渡し、この中で温泉に行った事のある者に挙手を促した。

手を上げたのは、なんとエギルだけだった。

ハチマンはエギルに駆け寄り、手を取って賞賛した。

 

「さすがエギル、日本人の心がよく分かってるな!」

「ハチマンが日本人代表みたいな事を言ってる……」

 

 エギルはハチマンのその言葉に少し首を傾げつつ、何かに気付いたように答えた。

 

「ああ、言った事無かったか?俺は日本生まれの日本育ちのチャキチャキの江戸っ子だぞ」

「そうなのか!」

「そうだったんですね!」

「おう」

 

 そのエギルの言葉を聞いた一同は、ややエギルとの距離を詰めたようだ。

そのいかにも日本人的な反応は、エギルにとっては慣れ親しんだものだった。

日本人は、見た目がいかにも外人という場合やや怖がるケースが多いが、

生まれが日本だと聞くと安心して距離を詰める部分が確かにある。

それはさておき、一気にヒーロー扱いになったエギルを見て、

クラインは対抗意識を燃やしたのか、前に出て宣言した。

 

「よし、俺が日本伝統の裸踊りの芸をする!」

「おい……クラインそれはさすがに」

 

 キリトが即座に突っ込み、止めようという素振りを見せたが、ハチマンはそれを止めた。

 

「いいんだキリト。クラインは日本男児の心意気を見せたいだけなんだ。

だからそれを止める理由は俺達には無い」

 

 そう言うのと同時にハチマンはアスナに目配せをし、

アスナがリズベットとシリカに何か耳打ちしたが、男連中は誰も気付いていなかった。

 

「よしクライン、全力でお前の魂の篭った裸踊りを披露しろ!行け!クライン!」

「任せろ!俺の生き様、見せてやるぜ!」

 

 クラインは張り切って前に出て、いざ服を脱ごうとした。その瞬間にハチマンが叫んだ。

 

「よし、アスナ、リズ、シリカ!ハラスメントコードを発動させろ!

この馬鹿を監獄送りにしてやれ!」

「おいいいいいいいいいい」

 

 クラインはギリギリのところで服を脱ぐのを止める事に成功した。

 

「ちっ、もう少し遅くに叫べば良かったか」

「ハチマン!てめえ今何て事をしようとしやがった!」

「いや、今のは明らかにクラインが悪いと思うぞ……」

「まあ、クラインが悪いな」

 

 キリトとエギルは上手に空気を読み、ハチマンに味方した。

クラインはぐぬぬとなりながらも、泣きながら裸踊りを諦めたようだ。

そんなクラインは、泣きながらいきなり独白を始めた。

 

「くそ、俺はどうすればヒーローになれるんだ。

格好つけても決まらないし、笑いを取ろうとしてもすべっちまう。

いつになったら俺に春が訪れるんだよ……」

 

 それはクラインの魂の篭った独白だった。さすがのハチマンも思う所があったのだろう。

少しだけクラインに優しくする事にしたようだ。

 

「あー……すまんクライン、つい俺も悪ノリしちまったようだ」

「いや、いいんだハチマン。俺はきっとこういう星の下に生まれた男なんだ」

 

 ハチマンは頭をぼりぼりと掻きながら、まず女性陣に質問した。

 

「なあお前ら、お世辞とかを抜きにして、クラインの事をどう思う?」

「うーん、明るくて前向きでいいと思うよ」

「ちょっとお調子者すぎる所はあるけどね」

「本当はすごく真面目で誠実な人なんじゃないですかね?」

「お、意外と高評価だな。じゃあ、お前らから見るとどうだ?」

 

 ハチマンは、今度はキリトとエギルに尋ねた。

 

「仲間想いで面倒見がいい?」

「ムードメーカーだな」

「こっちも中々高評価じゃないか。なんでこんなクラインに彼女が出来ないんだ?」

「うーん、女の目から見ると、彼女が欲しいオーラを出しすぎている気はしますね」

「なるほど。でもちゃんと見ると、全体的にはいい奴って事でいいのか?」

「いい人って、正直私達に言わせると、褒め言葉とも言い切れないんだけどね」

 

 シリカとリズベットがそんな事を言い、アスナがそこに言葉を付け加えた。

 

「まあ、ハチマン君には全体的に劣るかな」

「おいアスナ、俺が大好きなのは分かったから、とりあえず静かにしていような」

「はーい」

 

 ハチマンは今の意見を参考に、深く、それはもう深く考え込んだ。

何か葛藤しているようにも見える。

やがて結論が出たのか、皆が注視する中、ハチマンはクラインに質問を始めた。

 

「クライン、お前今いくつだ?」

「多分今は二十六になってるはずだ」

「お前年上は好きか?」

「むしろ年上が好きだな」

「喫煙者でちょっと私生活にだらしない所がある女性をどう思う?」

「俺はそんなの気にしない」

「おっさんくさい部分がある女性とかどう思う?」

「それもその人の魅力だろ」

「ふむ……その人が決して美人とは呼べない見た目の人でも気にしないか?」

「俺は、俺をちゃんと見て好きになってくれる人なら、そんなの気にしねえ!」

「そうか……」

 

 ハチマンが思い浮かべていたのは当然平塚静の事だった。

最後の質問は、いわばクラインを試すためのフェイクの質問だったが、

どうやらクラインは、それも無事クリアしたようだ。

 

「分かった。もし現実に帰還できたら、俺が今言った条件に当てはまる女性を紹介してやる」

「まじかハチマン!」

「大マジだ。ただし二年前の話だから、今はもしかしたら決まった人がいるかもしれない。

その時はスッパリと諦めろ」

「分かった」

「ちなみにその人は、俺にとってはとても大切な人だ。もし泣かせるような事があったら、

俺はあらゆる手を使ってお前を社会的に抹殺する」

「ハチマンが言うとマジで洒落にならねーなおい!だが俺は絶対にそんな事はしねえ!」

「それじゃクライン。お前はそれを希望に思って、これからもっと攻略を頑張れ。

そして俺達の手で絶対にこのゲームをクリアして、全員で現実に帰還しよう」

「おう!」

 

 残りの五人もそれを唱和し、改めて一同は、現実への帰還を誓った。

 

「それじゃ飯にしようぜ。今日はちょっと豪勢にいくか」

「よし、ここは俺が奢るぜ!」

「当たり前だろ」

「お、おう……」

 

 その夜はまたも宴会となり、一同は楽しい時間を過ごす事が出来たようだ。

同時に現実へ帰還した後の集合場所も、エギルの店と決定された。

御徒町にある、ダイシーカフェという店らしい。

もしかしたらもう潰れている可能性もあるが、

そこらへんは政府が上手くやってくれていると信じようという事になった。

そして宴会も終わり、ハチマンとアスナは二人で家族風呂に入っていた。

 

「今日も楽しかったね」

「ああ。二人で温泉に行くのは宿題って事にするか。現実世界で行けばいいんだしな」

「そうだね」

「そういえばうちは一般的な共働きのサラリーマンの家庭だが、

アスナのご両親は何の仕事をしてるんだ?」

「えーとね、レクトっていう会社のCEOをやってるよ」

「うげ……めっちゃ大手の電機メーカーじゃねーか……しかもCEOか?

これは本格的にそっちの勉強もしないと、アスナのご両親に認めてもらえないっぽいな」

「頑張ってね、私の旦那様」

「おう!」

 

 ハチマンは決意を新たにした。そんなハチマンを微笑みながら見つめていたアスナは、

なんとなしにハチマンに尋ねた。

 

「そういえば、ハチマン君は千葉に住んでるんだっけ」

「ああ」

「千葉で知ってる人って、雪ノ下さんくらいかなぁ……」

「え?雪ノ下って、名前は?」

「知ってるって言うか、面識があるくらいだけど、雪ノ下陽乃さんて人」

「まじかよ……」

 

 ハチマンは、雪ノ下陽乃と自分の関係を、簡単にアスナに説明した。

 

「世間って思ったより狭いんだねぇ」

「だがこれは朗報と言えるな。いざとなったら陽乃さん経由でアスナに連絡がとれる」

「あっ、そうだね!」

「とにかく、まずは二人一緒に現実世界に帰還しないとな」

「クラインさんに女の人を紹介しないといけないしね。

あれってハチマン君が前話してくれた、先生の事だよね?」

「ああ、話した事があったのか。そうだな、俺が一番尊敬する人だ」

「でも、美人って話じゃなかったっけ?」

「ああそれはな、クラインが美人じゃなきゃ嫌だとかぬかしやがったら、

この話は無しにするつもりだったからな」

「なるほどね」

「まあとにかくだ」

 

 そう言いながら、ハチマンはアスナを抱き寄せた。

二人とも裸だったのでアスナは恥ずかしく思ったが、どうやら嬉しさの方が勝ったようだ。

 

「これからも宜しくな、アスナ」

「うん、これからも宜しくね、ハチマン君」

 

 そして二人はそのまま唇を重ねた。

プログラムされた無機質な夜空だけが、それを見ていたのだった。



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第077話 休暇の終わり

 温泉宿でのんびりとした次の日の朝。

ハチマンの下に、ニシダから一通のメッセージが届いた。

ハチマンはそれを見て、キリトとリズベットを呼び出した。

 

「二人とも、連日呼び出してしまって本当にすまん」

「それは別にいいけど、何かあったのか?」

「私まで呼び出すなんて、只事じゃない感じ?」

「それを今から説明する」

 

 少し緊張した様子の二人にハチマンは、今日呼び出した理由を語りだした。

 

「実は……今日、ヌシが沸くとの情報がニシダさんから寄せられた」

「ニシダさんって誰?」

「つい最近再会した俺の知り合いで、釣りマスターの人だな」

「あっ」

 

 その言葉にキリトが反応した。

 

「ニシダさんって、五十歳くらいの温厚そうな人で、よくこの層で釣りをしてる人か?」

「そうだ。キリトも知り合いか?」

「ああ、よく一緒に釣りをしてたよ」

「まあ、その釣りマスターのニシダさんからの救援要請だ。どうやら今日ヌシが沸くらしい」

「ヌシって、釣りのか?」

 

 ハチマンは、そのキリトの問いに頷いた。

 

「どうやらヒットさせるのは、釣りスキル依存で問題無いらしいんだが、

釣り上げるのはSTR依存らしいんだ。で、ニシダさんは、

ヒットはさせられるんだが、どうしても釣り上げる事が出来ないらしい。

ここまで言えばキリトを呼んだ理由がわかるか?」

「つまり、ニシダさんがヒットさせたら俺がスイッチして釣り上げろ、と」

「そういう事だ」

「ハチマンじゃ駄目なのか?」

「正直俺にも何とも言えないので、今回は確実性を求める事にしたわけだ」

「なるほど……」

「話はわかったけど、私の出番は?」

「リズにはニシダさんの釣り竿のメンテを頼みたい。もちろん金は俺が出す。

可能なら強化してくれても全然構わない」

「なるほどね」

「ちなみに俺とアスナは応援と弁当係だ」

「今お弁当作ってるからね!」

 

 キッチンからアスナも声をかけてきた。

 

「まるでピクニックみたいだな」

「まあ、実際そうだからな」

「しかしヌシか……釣り系のボスは初めて見るな」

「一体どんなのが釣れるんだろうな」

「燃えてきたぞ……俺もマイロッドでチャレンジしてみるか」

「おう、挑戦してみろしてみろ」

「なんか二人とも楽しそうだね」

「男なら誰でも一度は魚の図鑑を見て心をときめかせるものなんだよ」

「そうなんだ……」

 

 アスナが弁当を作り終わったため、四人はニシダに指定された釣り場へと移動を開始した。

 

「ニシダさ~ん」

「ハチマン君!おや、キリト君も一緒かい、久しぶりだね」

「お久しぶりですニシダさん」

「ハチマン君とキリト君が知り合いだったとはね」

「俺も、ニシダさんとハチマンが知り合いだって聞いて驚きました」

「偶然もあるもんだねぇ」

「そうですね」

 

 ハチマンは頷き、次にリズベットの紹介を始めた。

 

「こちらがニシダさんの竿を見てもらうために連れてきた、鍛治師のリズベットです」

「リズベットです!こんにちはニシダさん!」

「これは元気なお嬢さんだ。宜しくね、リズベットさん」

「はい、早速ですが竿を見せて頂いても宜しいですか?」

「これなんだが、どうかな」

「それではちょっと拝見します……これなら少しメンテナンスすれば問題ないと思います。

ついでに軽量化と強化もしちゃいますね」

「あ、ニシダさん、料金は俺が払いますので」

「そんな、悪いよハチマン君」

「いえいえ、その代わりにヌシの姿をバッチリと俺達に見せて下さいよ」

「釣り上げるのはキリト君頼みになるけど、これは気合が入るね、絶対に掛けてみせるよ」

「はい、今日は頑張りましょう!」

 

 リズベットはニシダの竿の調整をぱぱっと終えた。

さすがはハチマンが認めるところのアインクラッド一の鍛治師と言える仕事ぶりだった。

ニシダは何度か竿を振り、すごいすごいと子供のようにはしゃいでいた。

それを見た三人は、とても心が温かくなるのを感じた。ニシダの人格のせいもあるだろう。

ヌシが沸くとされる時間まではまだ時間があったため、

五人は釣りを楽しんだりお弁当を食べたりしながらのんびりと過ごした。

 

「これどうやってやればいいの?」

「そうだな、お~いキリト、リズに釣りのやり方を教えてやれよ」

「そうだな、それじゃリズ、こっちに来てくれ」

「うん!」

 

 リズベットは嬉しそうにキリトの下へと走っていった。

ハチマンとアスナも覚えたてではあるが、それなりに釣り上げる事が出来ていた。

しばらくそうしていると、突然周りに人が集まり出してきた。

二~三十人はいるだろうか。そのプレイヤー達は全員釣り竿を持っていた。

 

「釣り師ってこんなにいたんですね……」

 

 ハチマンはそれを見て、感慨深そうにそう言った。

 

「そうだね、ここのヌシは釣り師の間じゃ結構有名だから、

いつもヌシの時間になると、アインクラッド中の釣り師がここに集まるんだよね」

「そうなんですか……これは燃えてきましたねニシダさん」

「そうだねハチマン君!絶対釣り上げよう!」

「はい!」

「ニシダさん、頑張って下さいね!」

「ありがとうアスナさん。これは絶対負けられないね。あ、そろそろ時間かな」

 

 そのニシダの言葉と同時に集まった釣り師達は、一斉に川に向かって竿を振り下ろした。

誰かの竿に獲物がかかる度に歓声があがるのだが、

まだ誰の竿にもヌシはヒットしていなかった。

 

「う~ん、いつもなら誰かしらの竿にヌシがかかってお祭り騒ぎになるんだが、

今日は少し遅いみたいだね」

「そうなんですか……ん?」

 

 その時ハチマンが、釣り場の一点を鋭い目で見つめた。どうやら何か感じたようだ。

 

「ニシダさん、あっちのあの倒木っぽいの、見えます?」

「ああ」

「あっちから、何か巨大な気配を感じます。強さはそうでもないんですが、とにかく大きい」

「よし、それじゃあのあたりを狙って投げてみるよ」

「はい」

 

 ハチマンはニシダにそう伝え、ニシダは正確なキャスティングで、

ハチマンが指示したポイントに寸分たがわずエサを打ち込んだ。

 

「さすがはニシダさん、完璧ですね」

「いや~、まあ長くやってるからね……って、これは……」

 

 ニシダの竿に何かがヒットした。竿が大きくたわみ、左右に激しく動き出した。

 

「来たーーーー!」

 

 ニシダが叫び、ハチマンはアスナにキリトを呼んでくるように頼んだ。

 

「ニシダさん、とりあえずキリトが来るまで頑張って下さい」

「任せておいてよ。弱らせるくらいなら私にも出来る」

 

 ニシダの叫びを聞いたのか、釣り師達が続々と集まってきた。

キリトとリズベットが到着し、キリトがニシダとスイッチして竿を握った。

 

「ニシダさん、細かい指示をお願いします」

「うんわかった。キリト君、頑張って」

「はい!」

「キリト!頑張れ!」

 

 リズベットがキリトに声援を飛ばした。

他の釣り師達も皆、少年のように目を輝かせながら、キリトを応援し始めた。

キリトもその声援を受け、頑張っていたのだが、

さすがはヌシだけの事はあり、キリトの筋力でも簡単には釣り上げられない。

だがニシダの的確な指示もあり、キリトはヌシを徐々に弱らせていった。

そしてついに根負けしたのか、徐々にヌシの動きが弱くなり、

段々岸に寄ってくるのが目視でもハッキリと確認出来るようになった。

そんな時、ハチマンに誰かからのメッセージが届いた。

 

「こんな時にメッセージか。すまんアスナ、武器を用意して待機しといてくれ」

「分かった」

 

 ハチマンがメッセージを確認していると、ニシダが大きな声を上げた。

 

「よしキリト君、今だ!」

「うおおおおおお!」

 

 キリトは気合を入れて竿を持ち上げた。その瞬間川の中から巨大な何かが飛び出してきた。

それは、どう説明すればいいのだろうか。

ウーパールーパーをごつくしたような感じの、手足の生えた奇怪な魚……ヌシだった。

そのヌシの目はとても大きく、鋭い歯が沢山生えていた。

キリトとニシダの前に着地したそのヌシは二人をぎょろっと見つめると、

意外と俊敏な動きで、二人に向かって走り出した。

 

「う、うおおおおお」

「うわあああああ」

 

 ニシダはそれを見て慌てて逃げ出した。キリトも反射で逃げてしまったようだ。

大して強くないのがすぐ分かるため、リズベットは大笑いしながらそれを見ていた。

そんなヌシと二人の間に、アスナが颯爽と立ちふさがった。

 

「《リニアー》」

 

 アスナはその声と共に、愛剣を軽く突き出した。

ヌシはその攻撃を受け、あっさりと地に落ちた。どうやら消滅はしないらしい。

 

「やったああああああああああ」

 

 ニシダが喜びを爆発させ、周りの者もそれに追随し、大歓声があがった。

キリトはリズベットとハイタッチし、

メッセージを見ていたはずのハチマンはいつの間にかアスナの隣にいて、

その肩をそっと抱き、その光景を見つめていた。

歓声が落ち着くとニシダは、全員に向かって聞こえるようにこう叫んだ。

 

「それでは皆さん記念撮影といきませんか?」

 

 どうやらニシダは、この日のために頑張って記録結晶も手に入れていたらしい。

まずその場にいた全員の集合写真の撮影が行われた。

その後ハチマンの持つ記録結晶を使い、ニシダと四人の撮影が行われた。

その撮影が終わると、周囲で見ていた者の中から数人が、アスナに駆け寄ってきた。

 

「あの、閃光のアスナさんですよね?俺達ファンなんです!これからも頑張って下さい!」

「結婚されてたんですね、おめでとうございます!」

「えっ、あのその、はい、ありがとうございます!」

 

 そう言いながらアスナは、ハチマンの腕に抱きついた。

周囲から冷やかしと祝福の言葉がかけられ、ハチマンも照れたように頭を掻いた。

キリトとリズベットは遠くからそれを見ていたが、その二人をハチマンが手招きして呼んだ。

 

「どうかしたのか?」

「こんな時に言いたくはなかったが、どうやら休暇も終わりみたいだ」

「どういう事だ?」

「七十五層のボス部屋が発見されたとの連絡が、今ヒースクリフから来た」

「そうか……」

「先行した偵察部隊二十人のうち、十人が中に入ったらしいんだが、

中央付近に到達した瞬間扉が閉まって開かなくなり、

再び扉が開いた時には中には誰もいなかったそうだ」

「なんてこった……十人の死亡は確認されたのか?」

「ああ。どうやら結晶無効化空間な上、入ると扉が外からも中からも開けられないみたいだ」

「やっかいだな」

「それでヒースクリフが、キリトにも一緒に本部に来て欲しいとさ」

「分かった」

「ハチマン君、今の話は……」

 

 横で話を聞いていたニシダが、苦しそうな顔でハチマンに尋ねてきた。

 

「はいニシダさん。俺達の休暇もついに終わりの時が来たみたいです」

「……すまない、君達にばかり負担をかけてしまい、本当にすまない……」

「大丈夫です。これでも俺達は、四天王なんて言われてるくらい強いんですよ」

「それじゃあ、キリト君も?」

「ええ、キリトも四天王って呼ばれてるうちの一人ですね」

 

 ハチマンはそう言いながら血盟騎士団の参謀服に着替え、

これから少し決意を述べると三人に告げた。

ハチマンがそんな事を言い出すのは初めてだったので三人は少し驚いたが、

ハチマンの目を見たアスナとキリトは、その場で戦闘用の服に着替えた。

その姿を見て、周囲にいた群衆がどよめいた。

 

「あれって血盟騎士団の制服だよな」

「アスナさんのは見た事あるけど、もう一人の服は見た事のないデザインだな」

「俺ガイドブックで見た事あるぜ。あれって唯一誰も就任してなかった参謀用の制服だろ」

「おい、それって……」

「あれって噂の黒の剣士じゃないか?全身黒ずくめだし」

 

 

 そんな周囲の喧騒を聞きながら、ハチマンが群集に向かって声を発した。

 

「皆さん、いきなりですみません。ご覧の通り私とここにいるアスナは新婚のため、

団長から休暇をもらい今日のこの場に参加していました。

ですが先ほど団長から連絡があり、ここにいる三人、

私こと血盟騎士団参謀、銀影のハチマンと副団長の閃光のアスナ、

そして黒の剣士キリトは本日をもって休暇を終え、七十五層のボス戦に赴く事になりました。

私達は、隣にいるアインクラッド一の鍛治師リズベットの作った武器を持ち、

皆さんの分まで戦い、絶対に勝ってきます。そしていつか必ず皆さんをここから解放します。

その日までどうか応援を宜しくお願いします」

 

 それはいつものハチマンには似合つかわしくない、堂々とした振る舞いだった。

ハチマンは昔からは想像もつかないほどに成長しているようだ。

この姿を総武高校の面々が見たら、一体どんな感想を抱くのだろうか。

そんなハチマンの言葉と四人の姿に、その場にいた者達は大きな声援を贈った。

ニシダは泣きながら四人と握手して、後日必ず再会しようと約束をした。

そして四人はその場を辞し、血盟騎士団の本部へと向かった。

もっともリズベットはハチマンの依頼により、秘密基地へと向かう事になっていた。

ちなみにリズベットには、残りのメンバーを集合させるというミッションも与えられていた。

 

「しかしハチマン、いきなりどうしたんだ?」

「ニシダさんや他の人達を見てたら、少しは安心させてあげたいって思っちまってな……」

「でもハチマン君、すごい堂々としてたね。格好良かったよ!」

 

 アスナは先ほどのハチマンの姿を思い出し、うっとりとしていた。

 

「いや、もうまじで足とか震えてたからな」

「それでもだよ。さすがは私の旦那様だね」

「そう言ってもらえるのは有難いんだがな、自分を鼓舞する意味もあったんだよな。

正直ここから先は何が起こるかわからなくて、俺自身不安だらけなんだよ」

「そっか、完璧に見えるハチマンも、やっぱ人の子だったって事だね!」

「失礼だなリズ、俺は立派な人の子だぞ」

「あはは、いつものハチマンに戻ったみたいじゃない」

「ん?そういえば足の震えも止まってるな。やっぱりリズはすごいな」

「私にはそれくらいしか出来ないからね」

 

 リズベットは少ししょんぼりしているように見えた。

それを見たキリトはしっかりとリズベットをフォローした。

 

「そんな事は無いぞリズ。さっきハチマンもちゃんと言ってただろ。

ここにいる三人とも、リズの作った武器を持って戦うんだ。

リズがいなかったら俺達は今ここにいなかったかもしれない。だから自信を持て」

「そうだよリズ、みんなリズには感謝してるんだからね」

「うん、わかった!七十五層だからかなりの強敵が待ってると思うけど、

みんな必ず無事に戻ってきてね!私とシリカとアルゴさん、三人で待ってるからね!」

「おう」

「任せて、リズ」

「それじゃ俺達は本部に向かうから、リズは手はず通り全員を集めておいてくれ」

「分かった」

 

 こうしてハチマンとアスナは休暇を終え、再び戦場へと舞い戻る事となったのだった。



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第078話 表と裏

「来てくれたのか、三人ともすまない。

出来えばもう少し休暇を楽しんでもらえる予定だったんだが」

「非常事態だろ。仕方ないさ」

 

(まあ晶彦さんはタイミングはともかく犠牲については織り込み済みだったと思うけどな)

 

 ハチマンはそんな事を考えていたが、表にはまったく出さなかった。

 

「で、どんな状況なんだ?」

「メッセージで説明した通りだ。もはや偵察する事は不可能だと分かったので、

精鋭を集めて明日全体会議を行い、明後日に本攻略を行う事になった」

「まあ、もうそれしかないか。結晶アイテムも使えないって事は、

回復はポーション頼みになると思うが、数は揃ってるのか?」

「各自のストレージに入りきらない程度には集めておいたよ」

「了解だ」

「キリト君にもわざわざご足労願った事だし、

詳しい経緯を私の口からもう一度説明しておこう」

「頼む」

 

 そう言ってヒースクリフは、より詳細な経緯を語り始めた。

 

「その状況だと、結晶アイテムが使えないのは間違いないと考えていいな」

「ああ。どんな敵かは確認されていないが、少なくとも扉が閉まる直前までは、

何も現れていなかったのは間違いないようだ」

「しかし扉が閉まったと言う事は、何かのフラグが成立したという事のはずだ。

そしてそれはボス部屋では、ボスの出現以外にはありえない」

 

 そのハチマンの発言を、キリトが補足した。

 

「つまりその時点で扉の外にいた者からは見えなかったが、

出現自体はおそらくしていたって事か」

「そういう事になるな」

「なるほど、理屈は通っているね」

「さすがは私のハチマン君だね!」

「あ、ああ……そうだねアスナ君」

 

 ヒースクリフはこんなアスナを見るのは初めてだったようで、少しとまどっているようだ。

 

「で、全体の指揮は俺って事でいいのか?」

「ああ。初めての指揮が厳しい層になってしまって申し訳なく思う」

「まあ今までもよく口出ししてたしな、問題ない」

「まあ私のハチマン君なら何の問題も無いよ団長!」

「そ、そうだねアスナ君」

 

 ヒースクリフはやはりとまどっているようで、キリトにこっそりと耳打ちしてきた。

 

「キリト君、アスナ君はいつからこうなんだい?」

「ん?ヒースクリフが知らなかっただけで、かなり前からこうだぞ」

「そうか……」

「それじゃ明日の会議の詰めに入ろうぜ、団長」

「ああ」

 

 四人は想定される事態、準備する物、編成等について相談していった。

ハチマンは誰かが発言する度に、こっそりとヒースクリフの反応を確認していた。

そして合同会議に向けての話し合いは問題無く終わり、そのまま解散という事になった。

 

「それじゃ団長、また明日」

「お疲れ様でした!」

「またな、ヒースクリフ」

「ああ、三人とも、また明日」

 

 三人は外に出ると、そのまま秘密基地へと向かった。

 

「すまん、待たせたか」

「問題ない」

「俺達も少し前に来たところだぜ!」

「そうか、それじゃ早速会議を始める」

「おう!何か大変な事になってるみたいだな」

「ああ」

 

 ハチマンはまず今回の件についての経緯を説明した。

 

「……かなりきつそうだけど、大丈夫なの?」

「そうだな、もう少し情報が欲しいのは確かだな。アルゴ、何か無いか?」

「あちこち走り回った感じだと、どうやら人型の敵ではないな。

そういった種族の情報は皆無だったゾ」

「それなら迷宮区の敵の発展型な可能性が高いな。今回の迷宮区の敵の傾向は?」

「虫タイプ六十%、人型の敵が三十%、後はバラバラだナ」

「それなら虫タイプのボスの可能性が高いな。そしてボスはおそらく上から来るだろう」

「そこまでわかるの?」

「入り口から正面と左右、どこにもボスの姿が見えなかったのなら、

必然的にそうなるだろうな。さすがに姿がまったく見えない敵は設定しないだろう」

「そうかもしれないな」

「なあ、虫で天井にはりつく奴って、どんなのを思いつく?」

「黒い悪魔……」

 

 リズベットが、とても嫌そうにそう発言した。

 

「黒い悪魔だけは勘弁して欲しい所だよな……」

「ああ、あれは俺も生理的に無理だ」

 

 クラインがそう言い、エギルも同意した。

 

「他に何かあるか?」

「ん~、ムカデとか?」

「後はクモかな?」

「ハチとかの空を飛ぶ系のボスの可能性もあるよね」

「そうだな……」

「これじゃキリがないね」

「キリトとアスナは何かさっきの話し合いで気付いた事はあるか?」

「そうだな、妙に少数精鋭に拘っていた気はしたな。

フルレイドにする事も不可能じゃないだろう?」

「確かに節目の層なのに、数じゃなく質を求めていた気はしたね」

「少数精鋭じゃないと厳しい、もしくは犠牲が増える敵って事か」

 

 ハチマンは考え込み、ある一つの結論に至った。

 

「よし、今回の敵はムカデかクモ、もしくはそれに類する敵という前提で話を進める」

「根拠は?」

「大人数だと攻略自体厳しいとヒースクリフが考えたとしたら、

おそらく敵は同時に多くの者を攻撃できる手段があるという事になる。

そう考えると虫タイプで候補にあがるのは、手足の多い類の奴だ」

「確かにハチとかだと、大人数で散開した方が良さそうだよな」

 

 ハチマンは頷き、話を続けた。

 

「基本方針としては、まず俺が中央に走ってボスをわかせる。

戦闘に参加する四人はさりげなく上を見ててくれ。

ボスのわきを確認したら全力で下がるので、タンク部隊に盾を上向きに持たせて前進させる。

後の配置は敵の姿を見てからだな」

「了解」

「それじゃ次に、今日の本題だ」

「今までのは本題じゃ無かったの?」

「ああ。正直ボス戦に関しては、そこまで心配はしていない」

「何でダ?」

「俺達にはもうあまり時間が残されていないのは分かるな?」

 

 一同はその言葉に頷いた。

 

「お前達がもしヒースクリフなら、どう考える?

こんな所で壊滅的な打撃を受けたら、立て直すのにどれだけの時間がかかる?」

「おそらく数ヶ月、いやもっとかかるかもしれないな」

「そうなるともう、クリア前に死ぬ奴も出てくるんじゃないか?」

「確かにな」

「そういう事だ。そしてそれはヒースクリフにとってはとても都合が悪いと思わないか?」

「……そうか、ヒースクリフが見たいのは、もっと先……」

「ああ。おそらく九十層くらいまでは特に問題もなくいけると俺はふんでいる。

もちろん油断はしないがな。後はそこからヒースクリフがどう演出してくるかだが」

 

 ハチマンはここで一度言葉を切り、深呼吸した後、核心に触れた。

 

「俺はそこまで時間をかけるつもりは一切無い。このフロアで勝負をかける」

 

 その言葉に、一同はごくりと唾を飲み込んだ。

 

「俺の考えはこうだ。おそらく九十層くらいまで、いや、もう少し先までかもしれないが、

おそらくそれくらいまでで、一番きついのがこの七十五層だと思う。

とするとこの先しばらくヒースクリフのHPが、

戦闘中に半分近くまで落ち込むチャンスは訪れないと推測される」

「確かにそうかもしれない」

「要するに、今回のボス戦で団長のHPをギリギリまで減らすって事だね」

「ああ。絶対に半分以下にはならないように設定してあると思うから、

一番きつい部分はヒースクリフに丸投げする。奴も俺達に正体がバレるとまずいから、

上手い事半分を割らないように調整してくるはずだ」

「確かにそうだな。敵を信頼するってのも変な話だけどな」

「ヒースクリフは、俺の指示のせいで戦闘中かなり気を遣うはずだ。

そして戦闘が終わる。さすがのあいつも、そこで気を抜くと思う」

「ハチマンがそう仕向けるのならそうなるだろうな」

「その後俺がゴドフリーのおっさんなりに頼んで、ヒースクリフに声をかけさせる。

あいつがこっちに背を向けた時がチャンスだ。まず、キリト」

「おう」

「全力であいつに攻撃をしかけろ」

「了解」

「おそらく正体がバレた後のあいつは、全員を動けないようにして、

褒美だなんだと理由をつけて誰かとのタイマンを提案すると思う」

「そこらへんは、茅場をよく知るハチマンならではの推測か」

「ああ。そしておそらく全員を動けないようにする手段は、麻痺だろうな。

実際その類の状態異常はSAOには他に存在しない。そして次、クラインとエギル」

「おう!」

「やっと俺達の出番か」

「二人は俺とアスナの前に出て、俺達を隠せ。麻痺回復ポーションも一応持っておいてくれ」

「隠すだけでいいのか?」

「ああ。その間に俺とアスナがヒースクリフの死角で麻痺を治し、

ここぞという時に戦闘に介入し、三人がかりで一気にヒースクリフを倒す。

俺達が飛び込む直前に、二人は麻痺回復ポーションを使ってその後に備えろ」

「さすがハチマン、やっぱり敵に回したくはねえな……」

「二人を盾にするのは、万が一にも俺とアスナが動ける事があいつにバレないための保険だ。

作戦はこうだが、何か質問はあるか?」

 

 アスナが、おずおずと言う感じでハチマンに尋ねた。

 

「ねぇハチマン君、茅場さんとは一応知り合いなんでしょう?確かに私達も覚悟はしたけど、

でもやっぱり色々と考えるよね?その……殺す事になるとか……」

「あの人を倒した時点でゲームがクリアになるから、

あの人も死ぬ事にはならないと思う。だからあまり気にしないでいこう」

「そっか、確かにそうだね」

「他に何かあるか?」

 

 次にキリトが、ニヤリとしながら言った。

 

「もちろん俺がそのまま倒しちまってもいいんだよな?」

「ああ。もちろん構わないぞ。むしろその方が俺が楽を出来て助かるな」

「キリト、頑張って!」

「ヒースクリフも以前のキリトとのデュエルから、かなり成長し対策もとっているはずだ。

そう簡単にはいかないと思うが、頼むぞキリト」

「おう、やばかったらHPを出来るだけ削るスタイルに変更するよ」

「他に何も無ければ、最後に一つどうしても言わないといけない事がある。

俺達三人のうち、誰かが死んだ場合だ」

 

 ハチマンのその言葉に、一同は少し顔を青ざめさせた。

 

「その場合は全員で一斉に飛び掛って、絶対に十秒以内に奴を倒せ。

そうすれば死んだ奴も助かる。ただし絶対に焦るな。十秒をフルに使い切ってでも、

確実にあいつを追い詰めて倒すんだ。どんな卑怯な手を使ってもいい。

とにかくそれだけは忘れないでくれ」

「わかった」

「任せろい!」

「冷静にいこうぜ」

「絶対に団長を倒すよ!」

「みんな必ず生き残ってね!」

「私達、祈ってますから!」

「みんな、頼むゾ」

 

 こうして表と裏の話し合いは終わった。

次の日の攻略会議も無事に終わり、総勢三十二名で七十五層のボスに挑む事が決定した。



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第079話 血盟騎士団参謀、ハチマンの戦い

「それでは今から回廊結晶を使う。諸君の健闘を期待する」

 

 ヒースクリフの宣言と共に、ボス部屋の前に設定した回廊が口を開け、

選ばれた精鋭達が次々と移動していった。

全員の移動が確認され、討伐隊はそのままボス部屋の門をくぐり、中に入った。

情報通りボスの姿はなく、まだ扉も閉まってはいない。

 

「まず俺が中央まで進む。みんな、扉が閉まったら周囲を警戒だ。特に上に気を付けてくれ」

 

 そう言うと、ハチマンは奥へと慎重に進んでいった。

ある程度進んだ所で、扉が閉まり、それと同時に、アスナが声をあげた。

 

「いた、上!」

 

 それを聞いた瞬間にハチマンは入り口の方へと全力で走った。

ボスはハチマン目掛けて飛び降りたがハチマンの速度の方が勝り、

ハチマンの背後に着地する形で、ついにボスがその姿を現した。

 

「《ザ・スカル・リーパー》」

「ムカデはムカデでも、骨のムカデだったか」

「あの両手の鎌は攻撃力が恐ろしく高そうだ。絶対に直撃は避けてくれ!

他の足もどうやらかなり鋭い刃状になってるみたいだ。

横から攻撃する者はそれを常に頭に入れておいてくれ」

 

 ハチマンの予測が概ね当たっていた事に、キリト、クライン、エギルは舌をまいた。

アスナだけはいつもの通り、さすがは私のハチマン君だねとぶつぶつ呟いていた。

 

「タンク部隊、ヒースクリフを中心に半円状に展開!

敵の攻撃力がどんなものか、正面から当たって確認してくれ!

他の者は左右から遠巻きに敵の動きをチェック!

下半身がおかしな動をするそぶりを見せたらすぐに報告!」

「了解!」

「タンク部隊、前へ!」

 

 ヒースクリフがハチマンの言葉を受け前に出た。

そのヒースクリフに鎌が振り下ろされ、ヒースクリフはその攻撃を盾で受け止めた。

ヒースクリフは微動だにしなかったが、もう片方の鎌を受けた者は、後方に飛ばされた。

 

「横にスライドして開いた穴をすぐ埋めてくれ!」

 

 そう言いながらハチマンは飛ばされたタンクの下に駆け寄り、

ポーションを飲ませながら尋ねた。

 

「敵の攻撃を受けた感じはどうだった?」

「めちゃめちゃ重い攻撃だった。直撃したら一瞬でHPが0になる可能性もあると思う」

「そうか……完全に回復するまで待ってから復帰してくれ」

「おう!」

 

 ハチマンは声を張り上げ、注意を喚起した。

 

「あの鎌の攻撃はやばい。直撃したら即死の可能性もある!

慎重に敵の攻撃を受け止めながら、ヒット&アウェイで少しずつ削っていこう」

 

 一撃で即死と聞いて一瞬緊張が走ったが、さすがは選ばれた精鋭達である。

誰も怖気づく者はおらず、皆やる気に満ちた表情をしていた。

 

「左右は大きな動きは特に無いです!側面の足は基本迎撃用だとおもわれます!」

「なるほどな。それなら片側を捨てるのもありだな」

 

 ハチマンはその情報を元に即座に指示を飛ばした。

 

「ヒースクリフ、右の鎌を抑えてくれ!敵が右に向かおうとしたらけん制してくれ」

「簡単に言ってくれるね」

 

 ヒースクリフは戦いながら、苦笑した……ように見えた。

 

「やばかったらすぐに言ってくれ。頼むぜ団長」

「心得た」

「左の鎌は聖竜連合のメインタンク部隊に任せる。抑えるだけでいい。

基本左に受け流す感じで、正面から攻撃を受け止めるな!」

「分かった!」

「残りのタンク部隊は敵の右側面に防御を集中させろ!左は捨てる!

アタッカーは敵が刃を振り下ろしたタイミングに合わせて一撃離脱!

決してその場に踏みとどまるな!硬直時間の短い技を確実に当てろ!」

「おう!」

 

 次にハチマンは、ネズハに指示を出した。

 

「ネズハ!お前はヒースクリフの後方からとことん奴の頭を攻撃しろ!

上手くいけばスタンさせられるかもしれん」

「わかりました、ハチマンさん!」

 

 戦況は安定していたが、ボスの鎌担当のタンク部隊は、

敵の攻撃を受け止めるだけでもかなりのダメージが蓄積されていく。

左担当のタンク部隊はまめにスイッチしてポーションを飲んでいたのだが、

ヒースクリフはさすがと言うべきか、一人で長時間敵の攻撃を防いでいた。

それだけではなく、敵が向きを変えようとする度にうまく防いでいた。

 

(これはキリトとのタイマンは相当やばい戦いになりそうだな。

明らかに以前と比べて腕が上がっている)

 

 ヒースクリフのHPの減り方から逆算して、最終段階で出来るだけHPを減らすために、

一度ヒースクリフに後退指示を出す事にしたハチマンは、まずアスナを呼んだ。

 

「アスナ、しばらく指揮は交代だ。くれぐれも安全第一で頼むぞ」

「わかった。団長と交代するの?」

「ああ」

「くれぐれも無理はしないでね」

「まあアスナを一週間で未亡人にするわけにはいかないからな」

「もしそうなったら、私もすぐ後を追うけどね」

「これは絶対に死ねなくなったな。ヒースクリフ、交代だ!

そんなに長くはもたないから、回復し次第スイッチを頼む!」

 

 ハチマンはそう言い、ヒースクリフとスイッチした。

今回相手にするのは敵の鎌一つであったため、

人型のモンスターを相手にするのとさほど変わらない感覚で戦う事が出来たハチマンは、

さすがにパリィを仕掛けるには敵の攻撃が重すぎたので、

とにかく敵の攻撃に重さが乗る前に的確に打撃を与え、敵の攻撃を潰しまくった。

具体的には超接近戦を挑み、とにかく鎌の付け根を狙っていた。

時々逆の鎌がハチマンを狙おうとしていたが、

シュミットがその攻撃をことごとく防いでくれた。

 

「シュミット、サンキュー、な」

「ハチマンには、借りが、あるからな。絶対に、俺が、守って、やるぜ」

 

 二人は敵の攻撃を防ぎながら、断続的に会話を交わしていた。

ハチマンがタンク役になった事での副産物もあった。敵の攻撃を潰しまくっていたため、

ちょうどそのタイミングでネズハの攻撃がクリティカルヒットし、敵がスタンしたのだ。

 

「全員総攻撃!足の何本かを切り落としてやれ!

タンク部隊は隊列を崩さず敵の復活に備えてくれ!敵のスタンがとけたら俺が合図する!

キリトは大技を放て!エギルとクラインは、キリトが硬直したら後方に運び出せ!」

 

 ちょうどヒースクリフが回復を終えて前に出てきたので、

ハチマンはスイッチし、右側面に回った。

ヒースクリフは早速右の鎌の隣の足を斬り飛ばしていた。

キリトとハチマンも数本の足を切り落としたが、さすがに他の者には難しいようだった。

アスナは攻撃力は申し分はないが、レイピア使いのため、切断には向いていない。

ボスの頭のスタンマークが消えた瞬間ハチマンが指示を出した。

 

「隊列を元に戻せ!」

 

 その言葉に、そろそろスタンがとけるだろうと備えていたのであろう、

一同は即座に対応し、素早く元の陣形に戻った。皆集中出来ているようだ。

足の数が減った分味方の攻撃回数が増えたためか、ボスのHPは順調に減っていった。

特にキリトとアスナの活躍は凄まじかった。

キリトは硬直の短い多段技を短いスパンで放ちまくり、

アスナは元々ヒット&アウェイが得意なため、こちらもかなりの回数攻撃を叩きこんでいた。

そしてまもなくボスが発狂するというところまで削った時、再びハチマンから指示が飛んだ。

 

「左タンク部隊は俺と交代だ。一応シュミットだけは残って俺の左側を守ってくれ!

残りの者は右側面に展開してくれ!リンド、統率を頼む」

「了解!」

「ヒースクリフ、ネズハの攻撃に合わせて少し強めにパリィを狙ってくれ!

こっちもタイミングを合わせて敵を仰け反らせる」

「これまた簡単に言ってくれるね」

「やれるだろ?」

「まあ努力しよう」

「回復させてやれなくて悪いが、最後だと思って踏ん張ってくれ」

「ああ」

 

 そしてハチマンは、全員に聞こえるように叫んだ。

 

「いいかみんな、こいつが発狂モードになる前に、スタンさせて一気に削りきる!

ボスの頭にスタンマークがついた瞬間タンク陣も全力で攻撃だ!」

「おお!」

「ネズハ、行け!」

「はいっ!」

 

 ネズハは全力で攻撃し、着弾の寸前にヒースクリフが盾でソードスキルを放った。

同時にハチマンも渾身の力を込めて鎌の攻撃を潰し、今度はそこで攻撃の手を止めず、

そのまま前に出てアハトファウストで鎌に追撃をかけた。

ボスはバンザイをする格好となり、完全に無防備状態に陥った。

その瞬間ネズハの攻撃が着弾し、ボスはハチマンの目論見通りスタン状態となった。

 

「いけえええええええええええええ!」

「おおおおおおおおおおおお!」

 

 色とりどりのソードスキルの光が辺り一面を覆い、

ボスのHPが見る見るうちに減っていった。

そしてスタンから回復する事も無いまま、ボスは光に包まれ、爆散した。

《CONGRATULATIONS!》の文字が現れ、攻略組は三度目にして始めて、

クォーターポイントのボスを犠牲者無しで攻略する事に成功した。



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第080話 これが最後だ

「おおおおおおおおおおおおお!」

「やった!やったぞ!」

「俺達の勝利だ!」

「さすがは四天王!」

 

 あちこちから大歓声があがったが、この日一番の賞賛は、やはりハチマンに向けられた。

そのハチマンはと言うと、アスナがジャンピングハグをしてきたので、

それを受け止めるのに必死だった。それを見てほとんどの者が驚いていた。

どうやら二人の関係を知らない者の方が多い事にハチマンは気付いた。

 

「あー、すまん言ってなかったな。俺とアスナは先日結婚した」

 

 それを聞いた者の反応は、納得する者が数割、

残りは主に悲しみと嫉妬の入り混じった反応を見せた。

そしてアスナが、さも当然というようにドヤ顔で、皆に言った。

 

「ほらみんな、私の愛する旦那様はこんなにすごいんだよ!」

 

 その言葉を聞き、一部の者達はまたかと頭を抱え、他の者達はぽかんとした。

 

「おいアスナ、こんな時までそれはちょっと恥ずかしいからさすがにやめような」

「でも、本当の事だし」

「わかったわかった」

 

 ハチマンは、優しい表情でアスナの頭をなでなでした。

アスナはそんなハチマンにしっかりと抱きついていた。

 

 その言葉と姿に我に返った一同は、口々に叫び始めた。

 

「ちくしょー!見せつけやがって!」

「アスナさ~ん、そんなぁ……」

「まあ俺は二人がお似合いだって昔から思ってたけどな」

「俺も俺も!」

「まあここは皆で二人の結婚を祝おうぜ」

「そうだな!」

「ありがとう、みんな!」

「その、ありがとな」

 

 ハチマンはそう言いながら全員の顔を見渡し、その過程でしっかりと、

ヒースクリフのHPが半分近くまで減っている事を確認し、アスナに耳打ちした。

 

「アスナ、俺はちょっとネズハの所にいってくる。全員を配置につかせた後、

ヒースクリフに話しかけて、ポーションを使わせないようにうまく誘導してくれ」

「……いよいよだね、わかった」

 

 そしてハチマンは、わざとヒースクリフに聞こえるように言った。

 

「それじゃ、俺はまずネズハを労ってくるわ。あいつ一度も休んでないしな」

「はーい」

 

 ハチマンはネズハの下へ向かい、表面上は労っているように見えるように、

肩をぽんぽんと叩きながら、握手をするふりをして麻痺回復ポーションを握らせた。

驚くネズハの表情をヒースクリフから隠しつつ、ハチマンはネズハに言った。

 

「ネズハ、自然な表情で聞いてくれ。時間が無いので詳しく説明している暇はないが、

この後ある事件が起こる。その時お前はそのアイテムを有効に活用し、

タイミングを見て攻撃してくれ。何の事かわからないと思うがすぐ分かる。すまん」

「いえ、わかりました」

 

 ネズハは詳しい説明を求めず、ハチマンに従った。

今まで積み重ねてきたハチマンへの信頼はとても大きかったようだ。

 

「本当にすまん。とりあえず休んでいてくれ。そのアイテムは絶対に手に持ったままだ」

「はい」

 

 ハチマンは引き返し、アスナと交代でヒースクリフの前に立った。

 

「後半休ませてやれなくてすまなかったな」

「何、最高の結果が出せたじゃないか。これくらいどうってことはないさ」

 

 ハチマンはその言葉に頷いた。

 

「それじゃ俺も少し休憩するぞ。お~いゴドフリー!」

 

 ハチマンに呼ばれて、ゴドフリーが走ってきた。

 

「ゴドフリーも団長を労ってやってくれ」

「おう、そうだな!団長、お疲れ様でした!」

 

 ハチマンはゴドフリーがヒースクリフに話しかけたのを確認すると、

エギルとクラインの後ろに回り、キリトにゴーサインを出した。

キリトはそれを見て、ヒースクリフに向けて全力で突撃した。

 

「むっ」

 

 最初に気付いたのはゴドフリーだった。

そのゴドフリーの視線に気付いたヒースクリフは振り向き、

突撃してくるキリトの姿を見て咄嗟に防御しようとしたが、ギリギリ間に会わなかった。

ガキン!と言う大きな音を聞いて振り向いた皆が見た物は、

ヒースクリフに攻撃を仕掛けたキリトの姿と、その頭の上に表示された、

《IMMORTAL OBJECT》の文字だった。

 

「お前いきなり団長に何しやがるんだよ!」

「おいちょっと待て、あれって……」

「え……?」

「不死属性……団長?」

 

 ヒースクリフは、長い長い溜息をついた。

 

「ふう…………」

 

 一同が注視する中、ヒースクリフがキリトに尋ねた。

 

「どうして気付いたのかねキリト君。もし私の正体に気付く者がいるとしたら、

それはおそらくハチマン君だろうと推測していたんだがね」

「いや、お前の推測は合ってるぞ。最初に気付いたのはハチマンだ。

ヒースクリフ。いや、茅場晶彦!」

 

 そのキリトの言葉を聞いた瞬間、周囲がざわついた。

 

「ヒースクリフが茅場?まさかそんな事が……」

「でも今の表示、不死属性って出てたのを見ただろ?」

「まさか……まさか……」

「団長!」

「団長、まさか本当にあなたが茅場晶彦なのですか?」

 

 最後にゴドフリーがそう尋ね、ヒースクリフがそれに答えた。

 

「まさかこんなに早くバレてしまうとは想定外だったがね。そうだ。私は茅場晶彦だ」

 

 そう言いながらヒースクリフはウィンドウを操作した。

次の瞬間、全員が麻痺状態に陥った。

 

「ぐあっ……何だ……?」

「団長……」

「さて、これで落ち着いて話せるね。ハチマン君、いつ気付いたのかね?」

「この前俺の前で、システムアシストを使ったでしょう?

前から疑いは持ってたけど、確信したのはその時ですね」

「……やはりあの時か。あの時はキリト君のあまりの攻撃の鋭さにまずいと思って、

咄嗟にシステムアシストを使ってしまったんだ。

君には気付かれていないと思ったのだが、あれは演技だったのだね」

「ええ、まあ」

「私とした事が、これは一本とられたようだ。いや、さすがと言うべきか」

「うかつでしたね」

「まったくだよ。もうちょっと君達と一緒に冒険を楽しみたかったのだがね」

「団長!」

「嘘だと言って下さい、団長!」

 

 血盟騎士団の団員達は、まだこの事態が信じられないというように、

必死にヒースクリフに声をかけていた。そんな団員達に向けヒースクリフは言った。

 

「最初から私は、九十五層あたりで自ら正体をバラして、

百層のボスとして君達の前に立ちはだかる予定だったんだがね」

「まあ、最後はそうするつもりなんじゃないかと思ってました」

「そこまで推測してたのか、さすがだねハチマン君。

とても残念だが、私はこのまま百層で君達を待つ事にするよ。

しかしまあ、ここでただ立ち去るだけと言うのもつまらない。

ここは一つ、君達に最後のプレゼントをしようじゃないか」

「プレゼント?」

「ああ。ここで誰か一人、代表の者と私がデュエルを行う。

もし私に勝てたら、このゲームをクリアしたものと認めようじゃないか」

「……わかりました。その話、乗ります」

 

 キリトとクライン、そしてエギルはこの一連の流れに驚いていた。

ハチマンの推測通りに話が進んでいたからだ。

もちろんアスナの反応はいつも通りだったが、そこはあえて触れないでおこう。

 

「で、今度こそハチマン君が私の相手をしてくれるのかい?」

「いや、どう考えても俺のスタイルだと勝つのは無理ですね」

「それじゃ、キリト君と再戦という事になるね」

「そうですね。それじゃ頼んだぞ、キリト」

「ああ」

「それでは私とキリト君のHPを全快させて、キリト君の麻痺を解除しよう。

完全決着モードでデュエルだ。もちろん私の不死属性も解除しておく」

「やっと決着がつけられるな、ヒースクリフ」

「そうだな、今度こそちゃんと決着をつけようじゃないか」

 

 そしてキリトが、その場にいる者だけではなく、もちろん声は届かないのだが、

気持ちの上ではアインクラッドにいる者全員に聞かせるようなつもりで叫んだ。

 

「俺はここに囚われている全ての人達の想いを背負って戦う。

そして必ず皆を解放してみせる。ヒースクリフ、お前がこの世界そのものだとするならば、

俺はその世界そのものを、みんなの想いの力で超えてやる」

「システムを意思の力で超える、か。そんな事が出来るのならば、是非見せてもらおう」

「いくぞ」

「ああ」

 

(意思の力でシステムを超える、か……こっちもそろそろ準備しないとな)

 

 ハチマンは二人が構えたのを見て、クラインとエギルに素早く耳打ちした。

 

「手はず通りに二人は俺とアスナが飛び出した瞬間に麻痺回復ポーションを使ってくれ。

俺達はデュエルが始まった瞬間に使用する。これが本当に最後の戦いだ。頼むぞみんな」

「おう」

「やってやろうぜ」

「絶対にここできめよう」

 

 そして合図と共についに運命のデュエルが開始された。



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第081話 激戦

 カウントがスタートし、一同はデュエルの開始を固唾を飲んで待ち構えていた。

そしてデュエルが開始された瞬間、キリトの姿が消えた……ように見えた。

もちろんハチマンやアスナには見えていたのだが、

その場にいた多くの者の目には、消えたように映っていた。

大きな金属音と共にヒースクリフの持つ盾がやや横にずれたかと思うと、

次の瞬間ヒースクリフの頬に、一筋の線が走った。

 

「まずは挨拶代わりだ」

「なるほど、ご丁寧な挨拶痛み入る」

「挨拶返しは必要ないぞ」

「それは残念だ。それでは返礼は、最終的な勝利をもってする事にしよう」

 

 ハチマンとアスナは既に麻痺回復ポーションを使用し、

今まさに麻痺から回復している真っ最中だった。

これから介入のタイミングを計らなくてはいけないため、

ハチマンは、集中して二人の戦いを見つめていた。

 

「相変わらず防御が固いな、ヒースクリフ」

「キリト君こそ相変わらずすさまじい反応速度だね」

 

 二人の戦いは、まさに一進一退というべきものになった。

当然のように派手な技は一切飛び交わない、とても地味な戦闘になった。

とにかくカウンターで相手を徐々に傷つけようとするヒースクリフと、

盾の上からでも強烈な攻撃を与え、その衝撃でHPを削っていくキリトの、

それは我慢の戦いでもあった。

キリトは二連撃程度の発動の早いソードスキルを何度か試したが、

それらは全て、モーション開始の段階から読まれていた。

おそらくヒースクリフは、もしこういう機会が訪れるとしたら、

自分の相手はハチマンではなくキリトになるだろうと予測し、

全ての片手直剣ソードスキルの対策を綿密に練っていたのだろうと思われた。

おそらく二刀流のソードスキルも完璧に防がれるに違いない。

キリトはそう思い、慎重に敵のHPを削る作業に専念していた。

 

「達人同士の戦いは、得てしてこういう感じになるんだよな」

「そうだね。派手な技は結局隙も多いもんね」

「おいハチマンよう、今はどっちが有利なんだ?俺にはまったく分からねえ」

「ヒースクリフだな」

 

 ハチマンはクラインに、そう断言した。

 

「まじかよ、互角にしか見えないぞ」

「動きの差だな。明らかにキリトの方が運動量が多い。

いずれじりじりと差が出てくるだろう」

「まずいじゃねーか。どうするよ」

「もう少し様子見だ。キリトはおそらくまだ何かを隠している」

 

 その言葉通り突然キリトは左手を後方に隠し、やや隙の大きなソードスキルである、

片手直剣四連撃《バーチカルスクエア》を放った。

それを見たヒースクリフは、当然キリトの硬直を狙ってカウンターを放とうとした。

その瞬間キリトは、逆にカウンターでヒースクリフにタックルをかまし、

そのままヒースクリフに向けて、二連撃《バーチカルアーク》を放った。

その攻撃はカウンターとなって一気にヒースクリフのHPを一割ほど削り、

HPの面で比較すると、キリトが完全に有利な体制になった。

一瞬虚を突かれたような顔をしたヒースクリフはすぐ立ち直り、キリトに反撃してきたが、

キリトは後方に飛んでそれを逃れていた。

 

「ハチマン、何だ今の?両手に剣を持っていて体術スキルを発動出来るものなのか?」

「よく見ろクライン。あいつどうやら、クイックチェンジを使って左手の剣を消して、

体術スキルを使えるようにしてから攻撃したみたいだぞ」

「だから左手を後ろに隠したのか!やるじゃねーかキリトの奴!」

「ああ」

「キリト君すごいね!ハチマン君の次にすごいね!」

「お前はほんとブレないな、アスナ」

 

 一方ヒースクリフもキリトに話しかけていた。

 

「これは驚いた。まさかクイックチェンジをそんな風に使うとはね」

「人間は工夫をする生き物なのさ」

 

 そう言ってキリトは再び剣を出現させ、ヒースクリフに斬りかかった。

ヒースクリフは再び固い守りを見せていたが、キリトが再び左手を後ろに隠すのを見て、

一瞬迷ってしまった。ヒースクリフにカウンター攻撃をさせる事なく、

キリトは安全を確保し、そのまま重い攻撃を盾に叩きつけた。

 

「表と見せて裏、裏と見せて表か。さすがだ」

「お褒めに預かり光栄です、団長」

「私は君の団長では無いんだがな」

「細かい事は気にするな」

 

 キリトはすぐに攻撃を再開した。このまま行けば確実にキリトが勝利する。

だがさすがにヒースクリフは、このゲームを知り尽くしていた。

基本待ちの体制だったヒースクリフが、突如攻撃に転じた。

右手の剣を使い、刺突系のソードスキルをほぼ硬直無しに連続して放ってきた。

 

「くっ」

 

 あまりにもソードスキルが連続したため、キリトは何発か攻撃をくらってしまった。

たまらず距離をとったキリトは、ヒースクリフに言った。

 

「何だよその盾、反則だろう」

「ほう、今の一瞬で見破ったのか。さすがとしか言いようがないな」

 

 ヒースクリフはキリトを賞賛したが、他の者は、盾?と首を傾げるばかりで、

何の事かまったく理解出来ていなかった。

 

「ハチマン、今のは?」

「盾を使ったソードスキルをキャンセルにならないギリギリの長さで発動させて、

剣のソードスキルによる硬直をキャンセルし、連続で攻撃しているみたいだな。

多分油断すると、盾のソードスキルがそのまま飛んでくるぞ」

「何だよそれ……下手すると延々と続くんじゃないか?」

「そうだな、今のでまたヒースクリフが優位に立った。そろそろ介入の準備をするぞ」

「うん」

 

 ハチマンの言葉通り、やや劣勢に立たされたキリトはそれでも諦めずに、

フェイントを織り交ぜながら重さを重視した攻撃を続けたが、ヒースクリフは崩れない。

それどころか、キリトのフェイントにも徐々に対応し始めていた。

 

「体を動かすのも得意だったのか?」

「私も自分がここまで出来るとは知らなくてね、少し驚いているよ」

「はっ、どうだかな」

 

 なおも戦い続けていた二人だったが、ふいにヒースクリフが明らかな隙を見せた。

キリトは剣士の習性か、つい反射的にそれにつられ、大技のモーションを開始してしまった。

 

「くそっ」

「それは私には通用しないよ、キリト君」

 

 キリトが繰り出したのは二刀流最上級技、二十七連撃《ジ・イクリプス》だった。

 

「まずい、キリトが釣られた。アスナいくぞ!」

「了解!」

「あの技は一度だけ見せてもらった事がある。確か二十七連撃だ。

なので硬直時間がめちゃめちゃ長い。今キリトが止めを刺されたら、

十秒以内に俺達二人であいつを倒しきるのは不可能だ。何としてもキリトを守るぞ」

 

 ハチマンは走りながらアスナにそう言った。

そしてまもなくヒースクリフを射程に捕らえるという距離まで近付いた時、

すぐ後ろを走っていたアスナが突然叫んだ。

 

「ハチマン君、伏せて!」

「むっ……」

 

 ハチマンはまったく伏せる気は無かったのだが、つい反射で伏せてしまった。

今までアスナの言う事には素直に従っていたせいもあっただろう。

伏せたハチマンの上をアスナが飛び越し、今まさに硬直を開始し、

ヒースクリフに止めを刺されようとしていたキリトの前に立ちはだかった。

ヒースクリフの剣はそのままアスナを貫いた。

 

「むっ、アスナ君か。麻痺対策をとっていると予想はしていたが、

てっきりハチマン君が突っ込んでくるとばかり思っていたが……」

 

 ハチマンと違い常に前線で戦っており、戦闘後のポーションだけでは、

半分程度までしかHPを回復出来ていなかったアスナのHPは、その一撃で全損した。

 

「なっ……ア、アスナ?アスナぁぁぁあああ!!」

 

 アスナはハチマンの目の前で、ハチマンに笑顔を向けながらエフェクトと共に消滅した。

 

「くそっ、十秒だ。冷静になれ。十秒以内にケリをつける」

 

 ハチマンは着地するとそのまま真っ直ぐヒースクリフに突進し、斬りつけた。

それは直線的な動きであったため、ハチマンも簡単にヒースクリフの突きに貫かれた。

ボス戦ではあまりHPが減らなかったため、ポーションで全快していたハチマンのHPは、

その一撃で全損こそしなかったが、すごい速さで減少していた。

おそらく貫通ダメージがかなり大きいのだろう。

 

「……いくら何でも簡単すぎる。ハチマン君、まさか君は、自ら貫かれたのか?」

「おいキリト、硬直だろうが何だろうが、死ぬ気で克服してみせろ!

その手に持っている剣をリズだと思え!リズがお前を見ているぞ!」

 

 そう言うとハチマンは、ヒースクリフの剣を根元まで自分の体に刺し、

そのままヒースクリフに抱き付き、剣の動きを完全に封じた。

 

「まさかこんな手が……だがキリト君は当分動けまい!先に君が全損するはずだ!

それで私の勝利が確定する!」

「キリト!」

「ぐっ……リズ……」

 

 キリトはハチマンの叫びに応え、リズベットの名前を呼んだ。

そのリズベットは、今まさにキリトのために祈っているはずだった。

左手のダークリパルサーが輝いたように見え、キリトは硬直中だというのに動き出した。

 

「何だと……本当に意思の力でシステムを超えたと言うのか?だが、まだ手はある!」

 

 ヒースクリフはそう叫び、キリトのに向けて盾のソードスキルを放とうとした。

その瞬間にヒースクリフの額に何かが命中し、ヒースクリフは大きく仰け反った。

 

「よくやった、ネズハ!」

 

 それは、ネズハの遠隔攻撃だった。

ネズハはハチマンの期待通りの働きを、立派にこなしてくれたようだ。

 

「キリト、最短距離で攻撃しろ!俺ごとヒースクリフを貫け!」

「おおおおおおおおおおおおお」

 

 動き出したキリトは、そのハチマンの言葉通り、最短距離で二人を貫いた。

その攻撃は二人のHPを消し飛ばし、二人はエフェクトと共に砕け散った。

それを確認した瞬間キリトも力尽きたのか、意識を失い倒れた。

辺りに一瞬の静寂が走ったが、次の瞬間、周囲に無機質なシステム音が響いた。

 

《ゲームはクリアされました》

《順次、ログアウト処理が実行されます》

 

 そのシステム音が響き渡った瞬間に事態を理解したのか、周りから大歓声が沸き起こった。

そしてその大歓声の中、一人また一人と、その場から消えるように姿を消していった。

どうやら順番にログアウトしていっているようだ。

 

 

 

 残されたアルゴとリズベットとシリカはずっと祈り続けていたのだが、

リズベットが突然立ち上がり、上を向いてこう叫んだ。

 

「キリトが呼んでる!」

 

 そう言うとリズベットは外に向かって駆け出した。

驚いた二人はすぐにその後を追った。リズベットは外に出ると、空に向かって叫んだ。

 

「キリト、頑張れ!」

 

 そして少し後、突然無機質なシステム音が辺りに響き渡った。

 

《ゲームはクリアされました》

《順次、ログアウト処理が実行されます》

 

 それを聞いた三人は歓声をあげ、泣きながら抱き合った。

そして抱き合ったまま、三人とも消えていった。

 

 

 

 ゲーム開始から実に二年三ヶ月、ついに今日、

ソードアート・オンラインは、キリトの手によってクリアされたのだった。




十秒が長いのは、お約束という事で!


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第082話 エピローグ~SAOにて

 気付くとハチマンは、暗闇の中を彷徨っていた。

覚えているのは、視界が砕け散った後に意識を失ったという事だけだった。

そんな時ふと、どこからか聞いた事のあるような声が聞こえ、ハチマンは目を覚ました。

 

「ここは……」

 

 そこは見た事も無い場所だった。夕焼け空がどこまでも広がり、

地面は水晶のような素材で構成されていた。

更によく見ると、どうやらここは水晶で出来た円盤の上のようだ。

そしてハチマンの足元には、アスナが横たわっていた。

 

「アスナ……」

 

 ハチマンは、アスナを優しく抱き上げた。

 

「俺達は間に合ったのか?それともここが死後の世界ってやつなのか?

まあこうしてアスナがいてくれるんだから、どっちでも構わないか。ずっと一緒だ、アスナ」

 

 ハチマンがそう言った時、アスナの頬がやや緩み、にやけたようになったのだが、

ハチマンがそれに気付く前に、誰かが後ろからハチマンに声をかけた。

 

「どうやら俺達はまだ死んでないみたいだぜ」

 

 その声は、キリトの声だった。

ハチマンが振り向くと、そこには疲れたような顔をしたキリトが座っていた。

 

「何か根拠はあるのか?」

「お前こんな時でも冷静なのな……ウィンドウを開いてみろよ」

「おう」

 

 ハチマンはアスナを抱えたまま、器用にウィンドウを開いた。

その際に気が付いたのだが、服装も最後の戦闘の時のままのようだ。

表示されたウィンドウにはメニュー等は何も存在せず、

《最終フェイズ実行中 現在3356/6147》と表示されていた。

 

「これは、右が生き残った人数で、左がログアウトした人数って事なのか」

「おそらくそうだな。どうやら俺達は、全員無事に生き残れたんだと思う」

「で、この場所は何なんだ?」

 

 その問いにキリトは、棒読みでこう答えた。

 

「その前にアスナを起コソウ」

「何で棒読みなんだよ。まあそうするか。おいアスナ、とりあえず目を覚ませ」

 

 ハチマンはアスナを揺すったが、起きる気配はない。

 

「王子様がキスでもしないと起きないんじゃナイカナ」

 

 キリトが、さも言わされていますという風にまた言った。

 

「おい……」

「もうわかるだろ。アスナの顔を見てみろよ……」

 

 そう言われてハチマンがアスナを見ると、

そこにはキスをせがむように唇を突き出したアスナの姿があった。

 

「はぁ……」

 

 ハチマンは大きく息を吸ってから、アスナにキスをした。

アスナは最初はとてもにやにやとしていたが、いつまでもハチマンが口を離さないので、

次第に苦しくなってきたのか、ハチマンの背中をバンバンと叩いた。

ハチマンは仕方なく口を離し、アスナを開放した。

 

「はぁ……ひどいよハチマン君!」

「それはこっちのセリフだ。お前らこんな時に一体何をやっていやがる」

「仕方ないでしょ!こんなおとぎ話みたいなシチュエーション、

人生で二度と無いかもしれないんだから!」

「仕方ないだろ!ハチマンが寝ている間、アスナが死んでからの事を説明してたら、

そう、キリト君がハチマン君を殺したんだねっていきなりアスナがキレ始めたから、

許してもらう代わりに協力するしかなかったんだよ!」

「お、おう、そうか。なんかすまん」

 

 ハチマンは二人の剣幕に押され、そう答えるしか無かった。

 

「まあ事情は分かった。……それは置いといてだな。おいアスナ、何であんな事をした?」

「ごめん……あの時は咄嗟だったんだけど、私が生き残るより、

ハチマン君が生き残った方が、勝利の可能性が上がると思ったの」

「俺のHPはまだ余裕があっただろ」

「そうなんだけど……目の前でハチマン君が死ぬところなんて見たくなかったし……」

「俺だって目の前でアスナが死ぬところなんか見たくなかったよ」

 

 ハチマンは、そう言ってアスナの頭を優しくなでた。

 

「でも、無事でいてくれて、本当に良かった……」

「アスナ、あの後ハチマン、すごく取り乱してたぞ」

「ごめん……」

「いやまあ、アスナが悪いってわけじゃない。実際全員こうして生き残ったんだ。

今はこの幸運を素直に喜ぼうぜ。ハチマンも、もういいだろ?」

「もう二度とあんな心配させないでくれよアスナ。俺も気を付けるから」

「うん」

「さて、ここでログアウトを待つ事になるのかな。まあ、それまで勝利を祝っとくか」

 

 キリトがそう提案し、三人は並んで腰を下ろした。その時後ろから三人に声がかけられた。

 

「勝利を祝っている最中にすまないが、敗北した私も話に混ぜてもらってもいいかい?」

 

 三人が振り向くと、そこにはヒースクリフの姿ではなく、

本来の研究者としての白衣姿の茅場が立っていた。

 

「三人にはうまくやられてしまったね。やっぱりすごいな、君達は」

「一番活躍したのはネズハでしたけどね」

「それもハチマン君の指示だろう?」

「まあそうですけど、最後に限界を超えてくれたのはキリトですし、

俺は結局、キリトに全てを委ねる事しか出来ませんでした」

「それも基本全て君の計画だろう?私は君への賞賛を惜しまないよ」

「ほら団長、私の旦那様はすごいって言ったじゃないですか」

「……二人は本当に仲がいいね。昔のハチマン君の姿からは正直想像も出来ないよ」

「晶彦さん、昔の事は……」

「これはすまないね。お詫びにいいものを見せようか」

 

 茅場はそう言い、指を鳴らした。

その瞬間、浮遊城アインクラッドが上空にその姿を現した。

どうやら下の方から徐々に崩れていっているようだ。

 

「これはすごいな」

「森や湖が見えるな、あれは……二十二層か?」

「秘密基地が崩れていくね……」

「あの家のおかげで色々と助けられたよな」

「うん」

 

 三人は崩れ行くアインクラッドを見つめていたが、そんな中キリトが茅場に尋ねた。

 

「なあ、何でこんな事をしたんだ?」

「……何故だろうな。きっかけはフルダイブ環境システムの開発を知ったからだが、

原点はおそらく、子供の時に想像していた、空に浮かぶ鉄の城のイメージなのだろうね。

そのイメージはずっと私の中から消えず、むしろ年をとるごとにどんどん膨らんでいった」

「それを実現できる環境を手に入れちまったって事か」

「まあそうだね。そしてハチマン君と出会い、本物という言葉を聞かされた時、

私はとても衝撃を受けたんだよ。私にとっての本物は一体何なのかとね」

 

 それを聞いて、ハチマンは狼狽した。

 

「えっ……もしかして俺のせいですか?」

「いや、その頃にはもう引き返せないところまで開発が進んでいたからね。

君のせいというわけじゃないよ」

「そうですか」

 

 ハチマンは安心し、アスナとキリトはハチマンの背中をぽんぽんと叩いた。

 

「私は本物を求めてついにこの世界を完成させた。だが君達は、

その世界の理のさらに上をいってくれた。それを見れただけでも、私は満足だ。

ハチマン君、君は本物を見つけられたかい?」

「どうですかね、仲間との絆、アスナとの出会い、それらは全て本物だと思います。

でも今晶彦さん自身が言ったじゃないですか。俺達が晶彦さんの本物を越えたって。

だから、今本物と思えるものの先に、また次の本物があって、

俺はずっとそれを求め続ける事になるんじゃないかと思うんです」

「もしかしたら永遠に手に入らないかもしれないが、それでもずっと求め続ければ、

いつかは手に入るかもしれない。そういう事かな?」

「はい」

「私の本物は今こうして目の前で崩れ去っているが、私はまだ信じているんだよ。

どこか別の世界にはまだ、本当にあの城が存在し続けているんじゃないかとね」

 

 三人はそれを聞いた時、奇妙な感慨にとらわれた。

どこか別の世界でまた仲間達が出会い、恋をし、そして秘密基地に集まって……

そんな光景が自然と思い浮かんだ。そしてハチマンの口から、肯定の言葉が口をついて出た。

 

「……そうだといいですね」

「ああ」

 

 もしこういう風に茅場に会う機会があったら、色々言いたい事はあった。

だが三人とも何も言う事が出来ず、逆に茅場に同意してしまっていた。

茅場のした事は決して許される事ではないが、心情的には理解出来なくもない。

そんな矛盾した感覚を、三人は感じていた。

 

「……そう言えば言い忘れていたな。三人とも、ゲームクリアおめでとう」

 

 三人はその言葉を聞き、改めて自分達はついに成し遂げたのだという実感を得た。

その茅場はウィンドウをちらっと見て、一瞬ハッとしたそぶりを見せた。

その後ちらりとハチマンを見た。ハチマンは何事かと思ったが、

茅場はそれには触れず、口に出してはこう言った。

 

「さて、まもなく最終処理が完了する。君達ともお別れだね」

「お前ら、ダイシーカフェ集合だからな」

「ああ。必ず行く」

「ハチマン君、これからもずっと一緒だよね?」

「当たり前だろ。また現実でな」

「うん!」

「ではさらばだ」

 

 茅場の言葉と共に、アスナとキリトの姿が消えた。

 

「ま、そうですよね」

「なんだ、驚かないんだな」

「ええ、まあ、何か俺に話したそうにしてましたしね。ところで今後はどうするんですか?」

「今後?」

「逃げるんですか?それとも大人しく捕まって刑務所に?」

「……私は敗者だよ。敗者は黙って死ぬだけさ」

「でも、今こうして話す事が出来てるじゃないですか。

つまりクリアの時点で晶彦さんもSAOから解放されたんでしょう?」

「そうか、君にまったくためらいが無かったのはそう考えていたからか」

「さすがの俺も、まったくためらわずに知り合いを殺すのは無理ですからね。

ちなみにアスナとキリトにも、この事は事前にこっそりと伝えておきました」

「そうか。こちらはためらいが無くて申し訳ないね」

「人それぞれですよ」

「それに関して、謝らないといけない事がある」

 

 茅場は、少し悲しそうな顔でハチマンに話しかけた。

 

「君とはもっと色々な事を話したかったんだがね、その時間は残されてはいないんだ」

「どういう事ですか?」

「この後、私は脳を大出力でスキャンされる事になっている。

もし成功すれば、私は意識だけの存在となって、ネットの海を漂う事になるだろうね。

そして成否に関わらず、私は死ぬ事になるだろう」

「そんなっ、何故そんな事を!」

「まだ自分が見た事の無い物を見るため、次の本物を探すためかな」

「晶彦さん……」

 

 ハチマンは、泣きそうな顔を見せた。

 

「そんな顔をするんじゃない。またどこかで会う可能性も無い訳じゃないだろう?」

「……はい」

「次に、君の今後に関わる重大な事を告げないといけない」

 

 茅場は、ウィンドウらしき物を操作しながらそう言った。

 

「さっきも見てたみたいですけど、今もまた見ているそのウィンドウの事ですか?」

「ああ。最終処理は終わったが、そのうちの百人のナーヴギアから反応が返ってこない」

「どういう事ですか?」

「原因は不明だ。おそらく外部からの干渉の可能性が高いが、正直何とも言えない。

おそらくその百人は、目覚める事は無いだろう。

そしてその中に、アスナ君も含まれているのをたった今確認した」

「そんな!……それじゃあアスナは」

「ハチマン君。犯人を見つけて必ずアスナ君を救うんだ。

そしていつか私に二人の結婚式の写真を見せてくれ。もっとも私の意識が残ればの話だがね」

「分かりました。犯人は絶対に俺の手で見つけます。

そしてアスナを必ずこの手に取り戻します」

「私の作ったSAOの最後をこんな形で汚されるのは許せない。

頼むよハチマン君。それではそろそろお別れだ」

「……晶彦さん」

「最後に一つ。《ヒースクリフ》この名前を絶対に忘れないでくれよ。

いつか必ず君の役にたつだろう。ではさらばだ」

「……また、いつかどこかで」

「……そうだな。また会おう」

 

 その言葉を最後に、ハチマンの意識は暗転した。

誰もいなくなった後、崩壊中だったアインクラッドは誰にも観測されないまま完全に崩壊し、

それと共にその場の全ての物が消滅し、SAOは完全に終焉を迎えたのだった。



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第083話 エピローグ~ALOにて

SAO編最終話となります。
長い間お付き合いありがとうございました。


「みんな、送った写真は見てくれたかしら」

「先輩達と一緒に、知らない二人組が写ってましたね」

「見ました見ました!大きい生き物でしたねぇ」

「釣り竿を持ってるって事は、魚なのかな?」

「そうかもしれないわね」

 

 雪乃、結衣、小町、いろはの四人は、ALO内で雑談をしていた。

ここは四人がよく集まっている、中立都市、央都アルンにある仮の拠点のような場所だった。

央都アルンは、ALOのグランドクエストの目的地である世界樹の根元に広がる街で、

積層構造を持つ巨大な街であった。

ちなみにグランドクエストは、出現する敵の攻撃のあまりの激しさに、

まだどの種族もクリアする事が出来ていない。

四人は、どの勢力にも属していない独立パーティの一つとして、そこそこ有名な存在だった。

ちなみに雪乃はユキノ、結衣はユイユイ、小町はコマチ、いろははイロハ、

という、ド直球なプレイヤーネームを使用していたのだが、

ALO開始時点で初心者だった彼女らにとっては、仕方のない事だったであろう。

ちなみにユキノにだけは二つ名が付いていて、その名を、《絶対零度》と言う。

初めて他人にそう呼ばれた時のユキノの憮然とした顔を見た三人は、

その二つ名では絶対に呼ばないように気を付けていた。

 

「ユイユイ、三浦さんはどうなっているのかしら?」

「あと二ヶ月くらいでアミュスフィア買えそうだって!今頑張ってバイトしてるみたい!」

「そう、楽しみね」

「三浦先輩本気だったんですね~」

「そうね、私も少し意外だったわ。比企谷君の事はともかく、

ログイン出来たらみんなで歓迎しましょう」

「はい!」

「ところでユイユイ経由で、シルフ領主のサクヤさんからこんな依頼を受けたのだけれども」

「まあ私もリーファ経由で相談された話なんだけどね!」

 

 ユキノが切り出したのは、二ヶ月後くらいに予定されている、

シルフとケットシーの同盟の調印式での護衛の依頼の話だった。

ユイユイはシルフだったので、ユキノへの繋ぎ役として、

友達であるリーファというプレイヤーを介してこの手の依頼の窓口となる事が多いのだった。

ちなみにユキノはウンディーネ、コマチとイロハはケットシーである。

 

「私達はケットシーですし、ユキノさんがいいなら全然おっけーです!」

「私もユキノ先輩がおっけーならおっけーでーす!」

「それじゃ、受ける方向で話を進めましょうか」

「は~い」

「ありがとう、ユキノン!」

「まあ、サクヤさんと、ケットシー領主のアリシャさんとは友好的な関係を築けているし、

よほどの事が無い限り断る理由も無いわね」

「アリシャさんは、他種族であるユキノさんとユイユイさんにも公平に接してくれてますし、

何かあったら手伝うくらいの事はしたいですしね」

「そうね、最初の頃私もあの二人にはお世話になった事だし」

 

 実はユキノは、ゲーム開始時にウンディーネを選んでしまったため、

他の三人とはかなり離れた場所からのスタートとなってしまっていた。

現実世界で連絡をとりつつ、なんとか合流しようとシルフ領に向かっていたのだが、

その途中でサラマンダーのパーティに襲われ、

そこをサクヤとアリシャに救われた事があったのだ。

二人とはそれ以来、友好的に付き合っているのだった。

 

「しかし、あの二人は兄とどんな関係なんですかね」

 

 話が一段落したところで写真の事を思い出したコマチが、そう切り出した。

 

「どうやらもう一人の男性が、レベルトップスリーのもう一人らしいわ」

「あーそういえばトップスリーとか言ってましたね。

そうするとあの女性は、その人の彼女さんか何かなんですね」

「かもしれないわね」

「まあ、元気そうな兄の姿を見れて、コマチはとっても満足です!」

「確か今七十五層だったわよね。仮に一層を五日くらいで突破するとしたら、

約四ヶ月後には比企谷君と再会出来る計算になるわね」

「……それまで兄の体は持つんですかね」

「姉さんもうちのスタッフも、全力を尽くしてくれるみたいだし、

そこは信じるしかないわね。大丈夫よコマチさん。かならず比企谷君は帰ってくるわ」

「はいっ!」

 

 ユキノはコマチの頭を優しくなでていた。

それはまるで姉妹のように見え、ユイユイとイロハも対抗心を燃やしたのか、

コマチの頭をなではじめた。

 

「わわっ、何ですかいきなり!」

「むーっ、なんか二人とも仲の良い姉妹みたいだし」

「コマチちゃん、本当のお姉ちゃんはここにいますからね~」

「はぁ……まあ結局決めるのは兄なんで、

外堀を埋めようとしても結局どうにもなりませんけどね」

「コマチちゃんがやさぐれた!」

「いえ、まあよくよく考えてみると、たまに兄の事、

このハーレム野郎って思う事も多々あるんですよね……」

「そうね……一体何人の女性が、彼の帰還を待ちわびているのかしらね」

「コマチはもう嬉しいやらとまどうやらで、誰にも肩入れするわけにもいかず、

毎日が針のムシロなのです!」

「まあ、今はとりあえず彼の無事を祈りましょう」

「はい」

 

 返事をしたコマチは、上を向きながら、こう呟いた。

 

「しかし、七十五層って、どのくらいの高さなんですかね」

「一層あたり百メートルとしても、七千五百メートルになるわね」

「それって百層まで行ったら一万メートルじゃん!空気無いじゃん!」

「成層圏まで行っちゃってますね……」

「まあ、イメージとしてはそんな感じかしら」

「……私達も、四人がかりならかなりの高さまで飛べますかね?」

「……そうだね、少しはヒッキーに近付けるかもしれないね」

「……今日は特にやる事も無いし、試しにやってみますか?」

「そうね……もしかしたらグランドクエスト無しに、

世界樹の上まで到達できる可能性も、無くは無いわね」

「とりあえず、上がどうなってるか撮影してみてもいいね!」

 

 なんとなくそんな会話をしていた四人は、本当になんとなく準備を始めていた。

そしてなんとなく郊外に移動し、なんとなく飛ぶ順番を決めていた。

下から、ユイユイ、ユキノ、イロハ、コマチの順番であった。

 

「なんとなくここまで来てしまったわね。まあ、やるからにはベストを尽くしましょう」

「そうですね、兄に少しでも近付けるかもしれないですしね!」

「小町さん、先にこれを渡しておくわ」

「これって撮影用の課金アイテムですよね。普通のスクショより解像度がいいっていう」

「そうよ、やるからにはベストを、ね」

「わっかりましたぁ!小町がバッチリいい写真を撮ってみせます!」

「案外上空に、アインクラッドが浮いていないかしらね」

「もし本当にあったらいいね!」

「まあその可能性は零なのだけれど、夢を見るのは自由よね」

「そうですね、ユキノ先輩!」

「それじゃみんな、本気でいくわよ」

「はい!」

「頑張ろー!」

「おー!」

 

 ユイユイの上にユキノ、イロハ、コマチが順番に乗っていき、

上の三人は軽く翼をはためかせ、ユイユイの補助をした。

ユイユイは全力で翼に力をこめ、力強く羽ばたき、四人は舞い上がった。

 

「ごめんユキノン、そろそろ限界っ」

「下で休んでいてちょうだい。次は私が推進力となるわ」

 

 まずユイユイが離脱し、残った三人はぐんぐんと上に上がっていった。

遠くに世界樹の枝が見える。そのまましばらく飛び、ユキノにも限界が訪れた。

 

「イロハさん、交代よ!後はお願い!」

「はいっ、先輩目掛けて飛びます!」

 

 ユキノはイロハに後を託し、そのまま地面へと滑空していった。

二人は尚も、ぐんぐんと上に向かって飛んでいった。

さきほどまでかなり遠くに見えていた枝が、近付いてきているのがはっきりと見える。

しかしそこで、イロハにも限界が訪れた。

 

「コマチちゃん、先輩目掛けて飛んで!」

「はいっ!お兄ちゃ~ん!」

 

 コマチは全力で翼をはためかせ、上へ上へと上っていった。

だが、ほどなくして限界が訪れようとしていた。ギリギリ枝には届かないようだ。

 

「だめだ、届かないか……あ、あれ?何か鳥篭のようなものが……

中に誰かいる?こっちを見てる?せめて写真を!」

 

 コマチは用意していた撮影アイテムをその鳥篭の方に向け、写真を撮りまくった。

かなりの枚数を撮る事が出来たが、ついに限界が訪れ、

コマチもそのまま下へと滑空していった。下では三人が待ち構えていた。

 

「コマチさん、首尾はどうかしら」

「すみませんユキノさん、ぎりぎり届きませんでした」

「残念~!」

「まあ、先輩のいる所に少しは近付けた気がします!」

「もしかしたら、リーファさんの助けを借りれば届くかしらね」

「今度試してみようか!」

「そうね、検討してみましょう」

「あっ、それでですね、何か鳥篭……」

 

 その時いきなりシステムメッセージが表示され、臨時メンテに入る旨が告知された。

 

「いきなり何?」

「まさか、今の私達の行動のせいかしら。それにしては動きが早い気もするけど、

思ったよりこのゲームの運営は有能なのかしら……それとも何かを恐れた……」

「まあ、リーファちゃんがいたら本当に届きそうでしたしね!」

「まあ、メンテが終わったら詳細も分かると思うし、拠点に戻ってログアウトしましょうか」

「はい!」

 

 ログアウトした小町は、一人で夕飯を食べていた。

そんな時突然、小町の携帯が着信を告げた。どうやら陽乃からのようだ。

 

「もしもし小町です。陽乃さん、どうかしましたか?」

「小町ちゃん、すぐに病院に来て!比企谷君が、比企谷君が、今目を覚ましたの!」

 

 小町はそれを聞いた瞬間、返事もせずに通話を終了し、すぐに病院へと向かった。

向かう途中に親に連絡を入れ、病院に着くと面会時間ぎりぎりだったが、

どうやら待っていてくれたのだろう、陽乃が小町に駆け寄ってきた。

小町は陽乃と共に病室へと向かい、扉を開けた。



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第二章 ALO編
第084話 それぞれの目覚め


SAO編、かなり長くなりました。
本日からALO編になります。宜しくお願いします。


 アスナは開放感に包まれながら目を覚ましたのだが、

そこは予想していた通りの病室のベッド……ではなく鳥篭のような場所で、

アスナはどうやらそこに閉じ込められているようだった。

 

「えっ……何ここ……まさかまだSAOの中なの?」

 

 周囲は一面の空、空、空。そして巨大な木。

アスナの入っている鳥篭は、どうやらその巨大な木にぶら下がっているようだ。

 

「ハチマン君!キリト君!……茅場さん?」

 

 アスナは動揺していたが、せめて落ち着こうと深呼吸をした。

 

(ハチマン君がよく言っていた。どんな時でも冷静であれと。

こんな時こそ落ち着いて落ち着いて、まず周囲の観察から……)

 

 まず周囲の景色の観察を行おうと思い、アスナは鳥篭から下を覗き込んだ。

地面は遠すぎて見えないようだ。ここはかなりの高所なのだろう。

次にアスナは、自分の体を観察した。

 

(この体はアバターだね。という事は、ここは何か他のゲームの中……?

SAOでは無い……と思う。どの階層にもこんな高い場所は無いはず)

 

 アスナはこの状況から、自分はSAOから直接ここに移動させられたのだろうと推測した。

おそらく……囚人に近い形で。

 

(私が誰かに囚われたのだとしたら、私の目覚めを知って誰かがここに来るかもしれない。

今はそれを待つしかないかな……)

 

 そのアスナの考えはどうやら正しかったようだ。

鳥篭から木に通じる通路の方から、人影が走ってくるのが見えた。

その人影はかなり派手な服装をしていた。

アスナは漠然と、古代のギリシャかローマの人みたいな格好だな、と思った。

 

「報告を受けてすぐにログインして走ってきたが、まさか本当にいるとはね」

 

(ログイン……やっぱりここはゲームか何かの中なんだね)

 

「あなたは誰?ここはどこなの?」

「おやぁ?私とあなたは何度も面識があるんですが、こんな姿では分かりませんか?」

 

 アスナはそう言われ、知り合いの顔を色々と思い浮かべてみたが、該当する顔は無かった。

まあこれは、相手のアバターが正確に顔を再現しているとは限らないので仕方ないだろう。

 

「ごめんなさい記憶に無いわ。この場所もどこなのか、まったく分からない」

 

 そう言いながら振り向き周囲を眺めたアスナは、下の方に動く黒い点がある事に気付いた。

アスナは不思議そうにそれを見つめ、それにつられてその男も下を覗き込んだ。

 

「なっ、あれは……プレイヤーか?どうやってここまで飛んできたんだ。

ALOの仕様でこんなに高くまで飛べるはずがない!」

「あれは……羽根の生えた人?プレイヤー?」

「あの動きは……まさかこちらを撮影しているのか?

くそっ、下を覗き込むな、後ろに下がるんだ!」

 

 アスナはその言葉を聞き、これはこの男にとって都合が悪い事態なのだと悟り、

一心不乱にそのプレイヤーに手を振り、呼びかけた。

 

「私はここにいるよ!気付いて!」

「やめろ!」

 

 男は鳥篭の中に入ってきて、アスナを後ろに引き倒した。

アスナはそれでも抵抗し、必死にその人物に姿を見せようとした。

だがその努力も空しく、その人影は力尽きたのか、下へと舞い戻っていった。

 

「くそっ、よりによって、まさかこのタイミングでこんな事が起こるとは……」

 

 その男はウィンドウらしきものを開き、どこかに連絡をとっているようなそぶりを見せた。

 

「今から緊急メンテを行って、すぐに対策をとらないといけません。

後ほどまた話をしに来ますよ、アスナさん」

「あなた……誰?」

「まあ隠す意味も余り無いですねぇ。私はあなたのお父上の部下の、須郷ですよ」

「須郷……さん?そう、須郷さんだったのね。この事を父は知っているの?ALOって何?」

「色々疑問なのは分かりますが、ちょっと急いでいるのでね、その話はいずれまた」

 

 須郷はそう言ってすぐに消えていった。よほど慌てていたのだろう。

アスナは今の出来事について考えようと思ったが、

臨時メンテが開始されたせいか、そのまま急速に意識を失った。

 

 

 

 キリトが覚醒すると、目の前は真っ暗だった。

 

「あ、そうか」

 

 ナーヴギアをかぶっていた事を思い出し、キリトはナーヴギアをゆっくりと外した。

周囲を見渡したキリトは、やはり病院のようだと思いながら体を起こし、

これからどうしようかと考えた。

 

(立てるかな……)

 

 試しにキリトは立ってみる事にした。腕には点滴の管が繋がっていたので、

慎重に立ち上がったキリトは、少しよろけながらも、立つ事が出来た。

 

「うわ、これはきついな。かなり筋力も落ちているみたいだ」

 

 そう言いながら改めて自分の体を見たキリトは、その痩せ方に背筋が寒くなった。

 

「これは……百層まで行ってたら、やっぱりその前に死んでたかもしれないな……」

 

 キリトはそう呟き、ベッドに腰を下ろした。

 

「さて、やるべき事、やりたい事はいくつかあるが、まあまずはこれだよな」

 

 そう言いながらキリトは、ナースコールのボタンを押した。

 

 

 

 クライン、アルゴ、シリカの目覚めも同じようなものだった。

一番幸運だったのは、エギルであった。

エギルが目覚めた時、目の前にあったのは、何度も夢に見た、愛する妻の姿だった。

 

「あなた!」

 

 たまたま見舞いに来ていたエギルの妻は、ぽろぽろと泣きながら、エギルに抱きついた。

 

「ごめん……ただいま」

「お帰りなさい」

 

 二人は医師と看護婦が来るまで、もう離れないという風に、ずっと抱き合って泣いていた。

 

 

 

 覚醒したリズベットは、夢の中でずっと暗闇の中を彷徨っていた。

 

「キリト、キリトー!」

 

 いくら呼んでも当然キリトが姿を現す事は無かった。

私は確かにSAOがクリアされたのを確認したのに、一体ここはどこなんだろう。

もしかして、今まであった事は全部夢で、本当の私は実はもう死んでいるのだろうか。

そんな事を考えながらも、リズベットはそれでも諦めずにキリトの姿を求めて歩き続け、

そして再び完全に意識を失った。

 

 

 

 三浦優美子はその日も八幡の見舞いに来ていた。面会時間がまもなく終わるので、

そろそろ帰ろうかと席を立った三浦は病室の扉を開けようとしたが、

ふと背後の方から物音がしたような気がして、振り返った。

そこには、きょとんとした顔をしてこちらを見る、八幡の姿があった。

 

「あっ……」

「え、何これ。何で最初に見るのがあーしさん?もしかしてまだ夢の中なのか?」

「ヒキオ!」

 

 三浦は泣きながら、八幡の顔を胸に抱いた。

 

「あれ、なんか柔らかい……夢じゃないのか?もしかして本物のあーしさんか?」

「あーしさん言うなし」

 

 そう言いながらも、三浦は八幡を離そうとはしなかった。

八幡は困りながらも、三浦の好きにさせたまま話しかけた。

 

「ここ、病院だよな。もしかして見舞いに来てくれてたのか?」

 

 三浦はその冷静な八幡の声に少し驚き、やっと八幡を解放した。

 

(昔のヒキオだったら、こんな事されたら絶対に恥ずかしがってきょどってたはずなのに)

 

 そう考えた三浦は、八幡の顔をまじまじと見つめた。

八幡の目の腐りが、ほぼ無くなっているように見える。

 

「ヒキオさ、なんか格好良くなったね。少しやせすぎだけど」

「おい、何でいきなり俺を褒めてんだよ。ドッキリか何かなのか?あと早く質問に答えろ」

「あはは、そういうとこ変わらないね。うん、ここは病院だよ。

あーしさ、今この病院の近くの大学に通ってるから、たまにあんたの事見に来てたんだよね」

「そうなのか。長い間すまん。ありがとな、三浦」

「ううん、おかえり、ヒキオ」

「ああ」

 

 三浦は涙を拭き、八幡に笑顔を見せた。

 

「今ナースコールするから待ってて。後は……まずは陽乃さんに連絡かな」

「三浦は陽乃さんと知り合いになってたのか。という事は、ここは雪ノ下関係の病院か?」

「そうだよ。陽乃さん、ヒキオのためにすごい頑張ってたよ。会ったらお礼を言っときな」

「そうか……わかった、そうする」

「まあ、他にも色々あんたの情報を教えてくれたりもしてくれたんだけどね」

「情報?」

「後ろの壁、見てみな」

「後ろ?……うおっ」

 

 そこには引き伸ばされた、ハチマンとアスナの結婚写真が貼られていた。

 

「おい……何でこれがここにある?」

「データを抜き出してうんぬんとか言ってたかな。あーしには難しくてわからないけど」

「まじかよ……何この公開処刑」

「ちなみに全員の同意を得て飾ってるから、外しちゃだめだからね」

「全員って誰だよ……」

「雪ノ下さん、結衣、いろは、小町ちゃん、川崎さん、あーし」

「ほぼ俺の知り合い全員か……」

「ねえ、それがあんたの好きな人なんでしょ?」

「はぁ……そうだよ。これが俺の妻のアスナだよ」

 

 三浦はその返事を予想していたのか、頷きながら話を変えた。

 

「ヒキオさ、結衣や雪ノ下さんの気持ちにはなんとなく気付いてたんでしょ?」

「あいつらの気持ち、な……」

「うん」

「なんとなくそうなのかなと思ってはいたが、

あの頃の俺はそういうのからとことん逃げてたからな」

「もう逃げないの?あの二人、これを悔しそうに見てたよ。

あ、おまけでいろはとあーしもね」

「三浦も?おい、葉山はどうした」

「優美子でいいよ。隼人とは、卒業式の時ふられてそれきりかな」

「そうか……」

「まあそんなわけで、結構な回数あんたの見舞いに来てたあーしは、

先日その写真を見せられたんだけど、その時なんか、格好いいとか思っちゃったんだよね」

「それは一時の気の迷いだ。それに俺にはもうアスナが……」

「まあそう言うとは思ってたけど、

あーしは隙があったらガンガンいくから覚悟しておきな。多分残りのみんなもね」

「まじかよ……寝てる間にモテ期が到来してやがったのか。

まあ俺の気持ちが変わるとも思わないが、それでも誠実に向き合う覚悟はしておく。

色々と教えてくれてほんとありがとな……優美子」

「えっ」

 

 三浦は八幡に優美子と呼ばれた事に、かなり驚いたようだ。

 

「あんた、やっぱりすごく変わったね」

「お世話になった人に優美子と呼べって言われたらな、やっぱそうしないとな」

「まあ、いいんじゃないかな?」

 

 三浦は、満面の笑顔で八幡に微笑んだ。

そして医師と看護婦が到着し、八幡は軽い診察を受ける事になった。

 

「お医者さんも来た事だし、あーしは一度帰るね。また見舞いに来るから」

「その、目が覚めた時一人じゃなくて、なんか嬉しかったわ。またな、優美子」

「またね……八幡」

 

 三浦は手を振りながら病室から出ていった。

 

(優美子、か。普通に呼べたな。俺ももう昔とは違うって事なんだろうな)

 

 八幡は、医師の診察を受け終え、安静を言い渡されて、再びベッドに横になった。

そしてしばらくしてから、再び病室の扉が開いた。



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第085話 お見舞いラッシュ

 病室の扉を開けて入ってきたのは、陽乃と、そして小町だった。

陽乃は小町の背中を軽く前に押した。

 

「ほら、小町ちゃん。本当に本物のお兄さんだよ」

 

 小町は押されるまま八幡に駆け寄り、泣きながらしっかりと抱きついた。

 

「お兄ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃん!」

「小町……少し背が伸びたか?」

「お兄ちゃんはちょっと痩せたね」

「そうだな」

「おかえりなさい!小町、きっとお兄ちゃんは無事に帰ってくるって信じてたよ!」

「ああ、ただいま。長い間待たせてごめんな」

 

 小町は八幡からずっと離れず、泣き続けていた。八幡も小町の頭をずっとなで続けていた。

陽乃も優しい目でその姿をずっと見つめていた。

ほどなくして八幡の両親も到着し、せっかくだから親子水入らずでという事で、

陽乃は先に帰ると言い出した。

 

「比企谷君、他の人には今日は遠慮するように言っておいたから、

今日は家族水入らずでのんびりしてちょうだい。

その代わり明日は面会ラッシュになると思うから覚悟してね。

あと政府関係者の人も来ると思うけど、その時は私も同席するからね」

「色々とありがとうございます、陽乃さん。ちゃんとしたお礼はまた明日にでも」

「うん、そうだね。それでは比企谷さん、本日は本当におめでとうございました」

 

 今までどれほどお世話になった事か、感謝しても感謝し足りないといった感じで、

八幡の両親は陽乃に頭を下げた。陽乃は笑顔でそれに応え、帰っていった。

その日八幡は、久しぶりに会った家族に、色々な話をした。

両親が一番興味を示したのは、目の前にでかでかと貼ってある写真の事だった。

 

「それにしても最初にこの写真を見せてもらった時はびっくりしたよ。

八幡はこの子が好きなのかい?」

「まあ、そうかな」

「あなた、あの八幡がこんなにはっきりと!」

「そうだな、一時は八幡の将来が心配で仕方が無かったが、

この分ならもう大丈夫かもしれないな!」

「八幡、初孫の顔を早く見せてね!」

「そしたら小町もおばさんだね!」

「この馬鹿家族は……まだ直接会った事が無いんだから、これからどうなるかわからないよ」

「絶対に逃がしちゃだめよ!これからの人生で八幡の事を好きになってくれる人なんて……

あれ、結構沢山いるんだっけ?小町?」

「うん、小町のお姉ちゃん候補は、小町の知ってるだけでも、

このアスナさんを入れて全部で六人いるよ」

「そうか、八幡が誰を選ぶかはわからないが、決して後悔しないようにな」

「わかってるよ。絶対に誰に対しても不誠実な態度はとらない」

「八幡、立派になって……」

 

(そういえばうちは基本放任主義だが、こんな家族だった……)

 

 こんな調子ではあったが、久々に家族との時間を過ごせて、八幡はとても嬉しかった。

そして時間も遅くなってきたので三人は帰る事になり、

八幡もさすがに疲れたので、その日は早めに寝る事にした。

寝る時に看護婦が話してくれたが、世間はどうやらSAOのクリアの話で大騒ぎのようだ。

 

(仲間におかしな影響が無ければいいが、俺に何が出来るわけでもない。

それよりもまずはアスナをこの手に取り戻す事だけを考えよう)

 

 そう思い、八幡は眠りについた。

 

 

 

 次の日最初に尋ねてきたのは、いろはと小町だった。

 

「せーんぱい!お帰りなさい!」

「おう、一色か。お前にも心配かけちまったな」

「ほんとですよぉ。生徒会の仕事を押し付け……相談する相手もいなくなっちゃいましたし、

大変だったけど、小町ちゃんと一緒に頑張ったんですよぉ~」

「別に言い直さなくていいからな」

「そういえばちゃんと言ってなかったねお兄ちゃん。小町、総武高校に無事合格したよ!」

「……それが心配だったんだよ。俺のせいで小町が受験に失敗してないかってな。

よく頑張ったな、おめでとう、小町」

「うん、そう思ったから小町必死に頑張ったよ!」

「えらいぞ小町。さすがは世界で二番目にかわいい、世界一の妹だ」

「先輩!もちろん世界一かわいいのは、この私ですよね?」

「あ?そんなのアスナに決まってるだろ。何をいきなりわけのわからない事を言ってやがる」

「ぐっ、さすがに手ごわい……やっぱりこれは少しずつ距離を詰めていかないと……」

「まあしかし、お前が全然変わってなくて、ちょっとほっとしたわ。

俺がいなくなった後こっちがどうなってるか、かなり不安だったからな」

「先輩に心配かけないように……みんなで頑張りましたからね」

 

 いろははそう言いながら頬を染めた。八幡は優しい目でそれを見つめていた。

その後も三人は色々な話をした。主に学校関係の話題が多かった。

そして二人が訪ねてきてから約二時間が経過する頃、いろはがこんな事を言った。

 

「今日は先輩に負担をかけないように、

お見舞いは一人二時間までってみんなで話し合って決めたんですよ。

というわけで、そろそろ交代の時間です。また来ますね、先輩!」

「そうなのか。それじゃまたな」

「はいっ」

 

 そう言いながらもいろはは、すぐには帰ろうとせずに逆に八幡に近付き、耳元で囁いた。

 

「私だって、先輩の事まだ諦めたわけじゃないんですからね。

責任もとってもらわないといけませんしね」

「あー……優美子の言ってた通り、やっぱりお前もそうなのか。

あまりにも昔のままだったから、案外勘違いじゃないかと思ってたんだがな」

「優美子!?」

 

 いろはと小町は、八幡が三浦を名前で呼んだ事に驚愕した。

 

「せ、せせせ先輩、いつから三浦先輩を名前で呼んでるんですか?」

「ん?昨日からだぞ」

「しまった、ここで押したら完全に二番煎じに……三浦先輩侮りがたし!」

「小町的に優美子さんのポイントが爆上がりだよ!」

「お前らなんか見てるだけで面白いな」

「くっ、今に見てろです!」

「あっ、いろは先輩!」

 

 いろはが悔しそうに外に飛び出し、小町はその後を追いかけていった。

八幡は、深い溜息をついた。

 

「まさかこういうのが延々と続くのか……まあ覚悟を決めるか……」

 

 

 

 次に病室を訪れたのは、平塚と川崎、それに戸塚だった。

 

「戸塚あああああああ」

「八幡!」

「会いたかったぞ戸塚!」

「僕もだよ。ほんと無事で良かった……」

「戸塚、俺戸塚以外にもやっと友達が出来たんだよ。そのうち紹介するからな!」

「本当?嬉しいな、是非紹介してね」

「おう!」

「こほん。私達もいるのだがね」

「あっとすみません。しかしこれはまた、珍しい組み合わせですね」

「どうやら元気そうじゃないか。本当に良かったよ。

私もやっと宿題を終えたような、そんな気分だな」

「そういえばすみません、学校、結局卒業出来ませんでしたね」

「まあ無事なのが一番さ。それに卒業出来なかったのは君のせいじゃないしな」

「川崎は進学出来たのか?」

「うん、まあ、なんとかなったよ」

「そうか」

「あんたがスカラシップの事を教えてくれたおかげかな」

「役にたてたなら何よりだ。改めて三人とも、ただいま」

「おかえり」

「おかえり八幡!」

「おかえり比企谷。よく頑張ったな」

 

 ちなみにこの会話中、川崎は一度も八幡と目を合わせていない。

その顔は真っ赤だったので、八幡は気を遣ってつっこまないでいた。

 

「で、しばらく見ないうちに随分と面白い物が飾ってあるじゃないか。

これが君のパートナーかね?」

「そうですね。いつか先生にも紹介出来ればいいんですけどね」

「八幡の彼女?」

「SAOの中で結婚してた。こっちではどうなるか分からないけどな」

「いつ見てもお似合いだよね」

「ほほう、川崎はこの写真の事を知っていたのかね」

「ええ、まあ」

「お前も貼るのに同意したって聞いたけど、本当なのか?」

「うん、本当だよ。あんたに好きな人がいるのも知ってた」

「そうか……」

「わっ、私はっ、あんたの……事が、す、好きっ、だけ、ど」

 

 川崎は、そこまで言った後、深呼吸をした。

 

「でも、この写真に映ってる二人を見たら、素直に応援したくなっちゃうよ。

本当に心から幸せそうだからさ」

「川崎……」

「私は私で、あんたを好きなままでいるかもしれないし、他の人をすぐ好きになるかもだし、

だからあんたは気にせず、自分の思うようにすればいいんじゃないかな。

それに好きとか関係なく、今はあんたが生きて帰ってきてくれて、とても嬉しい」

「ありがとな。見舞いにも来てくれたんだろ?

おかげでやっと帰ってこれたよ。これからも宜しくな、川崎」

「うん」

「八幡、僕も僕も!」

「当たり前だろ。それに先生も、今後とも宜しくお願いします」

「ラーメンを食べにいく約束もあったしな。元気になったら一緒に行こう」

「はい」

「でも、この写真、ほんといい写真だね」

 

 戸塚が感嘆したように言った。

 

「いつか戸塚にも紹介するよ。こっちで会った後の結果次第なとこもあるけどな」

「何か問題でもあるの?」

「まあ、家庭の問題とかもあるからな……お嬢様みたいだしな」

「そっか、頑張れ八幡!」

「おう」

「比企谷、ついでに私にも誰か紹介してくれてもいいんだぞ」

「あっ……先生、まだフリーですか?」

 

 その言葉を聞き、平塚は八幡のこめかみをぐりぐりした。

 

「フリーで悪かったな。君は幸せそうで羨ましいな?あ?」

「違うんです。先生に紹介したい奴がいるんです。

で、今先生がフリーかどうか確認したかっただけなんです」

 

 平塚は、ピタッと動きを止めた。

 

「……本当かね?」

「はい。まあそいつと連絡がとれたらの話になるんですけど、先生さえ良ければ」

「比企谷、君という奴は!」

 

 平塚は、満面の笑みで八幡の頭を胸に抱いた。

 

「うわっ、戸塚助け……うぐっ、呼吸が出来ん」

「先生先生!八幡が死んじゃう!川崎さん、八幡を助けなきゃ!」

「まあ先生にもやっと春が来るかもしれないんだ。あんたもそれくらい我慢しなよ」

「おい……」

 

 八幡はしばらくもがいていたが、さすがに限界が近くなったのか、平塚に懇願した。

 

「先生ギブですギブです、まだ体が弱ってるんでそろそろ勘弁して下さい」

「む、すまん、つい興奮してしまったようだ。つい胸を君の顔に押し付けてしまった」

「はあ、まあ苦しかっただけなんで、問題ないですよ」

 

 平塚は八幡に謝ったが、胸に顔を押し付けられていたにも関わらず、

八幡が恥ずかしがる様子もなく平然としているのに気付き、一言言いたくなったようだ。

 

「それにしても、今の君は昔と比べて随分と女性慣れしているようだな。生意気な」

「はぁ、まあ、色々あったんで……」

「まあ良かろう。とにかく紹介の件、頼んだぞ!」

「はい、約束します」

 

 そのやりとりを楽しそうに見ていた戸塚は時間を確認し、平塚に話しかけた。

 

「あ、先生、そろそろ時間です」

「そうか戸塚、もう二時間経ってしまったか」

「交代の時間なんですね」

「次が君にとっての本番だよ、比企谷」

「……って事は、次はあの二人が来るんですね」

「まあ、頑張りたまえ。それでは私達はそろそろ行こうか」

「八幡、またね!」

「また来るから」

「おう、二人ともまたな。先生、ちょっと時間がかかるかもしれないですが、

必ず紹介するんで、待っててくださいね」

「楽しみに待ってるよ。それではまたな」

「はい」

 

 こうして三人は去っていった。次はついに雪ノ下と由比ヶ浜が来る。

八幡は早く二人に会いたくて、そわそわしながらその時を待った。



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第086話 待ち望んでいた再会と予期せぬ再会

 コンコン、というノックの音が聞こえた瞬間、八幡の心臓がドクンと跳ねた。

 

「……どうぞ」

 

 八幡は少し緊張しながら返事をしたが、誰も入ってくる気配が無かった。

耳をすますと扉の向こうから懐かしい声が聞こえたので、

八幡はベッドを降り、転ばないように扉に向かって慎重に歩いていった。

 

「……ゆきのん、入らないの?」

「……あなたこそ入らないのかしら?」

「えー、だってほら、手とか震えてるし」

「実は私も緊張のせいで、不覚にもこんなに手が震えているわ」

「それじゃ二人で一緒に開けようか」

「そうね、それじゃ、せーのでいくわよ」

 

 八幡はそれを聞き、黙って扉を開けた。

二人は驚いたのか、八幡を見つめたまま固まっていた。

 

「……お前ら寒いから早く入れ。あと歩くのを手伝え」

「あっ……」

「ゆきのん、反対から支えて!」

「ええ、分かったわ、ゆいゆい」

 

(ゆいゆい!?今雪ノ下の奴、ゆいゆいって言ったか?)

 

 八幡はやや混乱したが、二人に支えられながらとりあえずベッドに戻り、

とりあえず落ち着こうと深呼吸をした。二人もそれにつられて深呼吸をした。

 

「……ははっ」

「……ふふっ」

「あはははは」

 

 三人は顔を見合わせて笑い合うと、改めて挨拶を交わした。

 

「久しぶりだな、二人とも」

「そうね、二年ぶりね」

「ヒッキー!」

「あー、何から言えばいいのか分からないが、とりあえず、ただいま」

「おかえりなさい」

「おかえり!」

 

 二人はそのまま八幡を挟むようにベッドに腰掛け、左右から八幡に抱き付いた。

 

(やれやれ、まあここは二人の好きにさせておくか……)

 

 八幡は黙って二人の背中に手を回した。三人はしばらくそうしていたが、

そろそろ離してもらおうと思ったのか、八幡が二人に声をかけた。

 

「あー、そろそろ離れてくれると話しやすいんだが」

「嫌よ」

「嫌!」

「おい……」

「二年間私達を心配させたんだから、二時間くらい我慢なさい」

「……本当にすみませんでした」

「でもなんかヒッキー、全然恥ずかしがらないんだね」

「お、おう。少しは俺も成長したって事だ」

「……これはいい意味での成長と言えるのかしら」

「なんかヒッキーが女たらしになった!?」

「おい、せめて包容力がついたとかマイルドに表現しろ」

「でもこの姿は、確実にアスナさんには言い訳出来ないわよ」

「ぐっ、お前らそういえば、アスナの事知ってるんだったな」

「そもそも写真が貼ってあるじゃない」

「そう、それだ。何でこんなの貼る事にしたんだよお前ら」

「ヒッキーをからかうためだよ!」

「え、まじで?そんな理由なの?」

「……これを毎回見せられても、くじけない人だけがあなたを想い続けてもいい、

これはそういう理由でここに貼ってあるのよ」

「何だそれは……」

 

 雪乃と結衣は、顔を見合わせて頷き合った。

 

「比企谷君。私はあなたが好きよ」

「ヒッキー、私はヒッキーが好き」

「……その気持ちはとても嬉しいんだが、俺には……」

「分かっているわ。でもね比企谷君、これは私達にとって必要な事でもあるのよ。

これでやっと私達も、前に進む事が出来る」

「……けじめみたいなもんか」

「違うわ。これで諦められるとか、そういう事じゃないのよ。

三浦さんに言われたのだけれどね、相手を好きな気持ちを無理に抑える必要はない。

私達は相手に選んでもらうために、精一杯自分を磨き続けるだけだ、ってね」

「相手に選んでもらえない可能性が高くても、か?」

「うん!もし選んでもらえなくても、自分を磨く事は絶対に無駄じゃないって、

そのおかげでまた素敵な出会いに恵まれるかもしれないって、優美子が」

「そうか……」

「あなたは自分の思う通り、アスナさんを想い続ければいい。

私達におかしな気を遣う必要は無いわ。私達はただ、

あなたに素敵だと思ってもらえるような、そんな存在であり続けられるよう努力するだけよ」

 

 八幡はその言葉を聞き、深い溜息をついた。

 

「それは男の側にも言える事だな」

「そうね、あなたがその努力を怠ったら、

私達だけじゃなく、アスナさんも離れていくかもしれないわね」

「まったくその通りだな」

「だからお互いにこれからも頑張りましょう」

「ああ」

「それじゃ、お互いあの後どうなったかを報告し合いましょうか」

「そうだね、話したい事いっぱいあるしね!」

「その前にそろそろ離してもらうってのは……」

「嫌よ」

「うん、やだ!」

「由比ヶ浜はまだわかるが、雪ノ下は昔と全然違う気が……」

「私も昔のままの私じゃないというだけの話よ。

それじゃ私達から話すわね。そちらの話は長くなりそうだし」

「お、おう、それじゃ頼む」

 

 そして二人は交互に、あれから学校生活がどうなったかを八幡に説明した。

二人が奉仕部を守り通してくれた事を聞いた八幡は、それをとても嬉しく思った。

 

「……そうか、奉仕部はちゃんと最後まで存続したんだな」

「うん、特例で部員の補充をしなくても良くなったの。優美子と姫菜も協力してくれた!」

「そっか、今度お礼を言わないとな」

「あとこれ、隼人君が集めてくれた、ヒッキーへの寄せ書き!」

「葉山がか……」

「隼人君達、明日ここに来るって言ってたよ!」

「そっか、それじゃその時にでもお礼を言うとするよ」

「あと、私達もこれのお礼を言わないとね、由比ヶ浜さん」

「あっ、そうだねゆきのん!」

 

 そう言って二人は八幡に、お揃いのシュシュを見せた。

 

「ん?……あ、もしかして……」

 

 八幡は、以前自分が二人のためにシュシュを買った事をすっかり忘れていたようだ。

 

「それ、俺が買っておいたやつか。今まですっかり忘れてた。気付かなくてすまん」

「仕方ないわよ。これは小町さんに渡されたのだものね」

「ヒッキーが直接渡してくれたのなら、さすがにヒッキーも覚えてたと思うけどね」

「そうか、小町が気付いて渡してくれてたんだな」

「私達のために用意してくれたものって事で良かったのよね?」

「ああ、間違いない」

「ヒッキー、改めてありがとね!」

「ありがとう、比企谷君」

「こっちこそお礼を言わないとな。ずっと大事にしてくれてたんだな」

「これは私達の心の支えでもあったのよ」

「うん!これを見る度に、頑張ろうって思った!」

「そうか……小町に感謝だな」

「それじゃ、そろそろあなたの話を聞かせてもらおうかしら」

「そうだな、あまり詳しくはあれだから、簡単に説明するぞ」

「ええ」

「うん!」

 

 簡単にとは言ったものの、八幡の話は想像以上にすさまじいものだった。

八幡が平然と話すので勘違いしそうになるが、それらは全て自分の命のかかった冒険なのだ。

その事に思い至り、その上で八幡の態度を見た二人は、

八幡が昔とはまったく別の強さを持っている事に気が付かざるを得なかった。

 

「月並みな事しか言えないのだけれども、本当に大変だったのね……」

「大変、な。まあ、もうそれが日常になっちまってたからな」

「そう……やっぱりあなた色々と変わったわね。特にその目が」

「ん、そういや鏡を見てないが、どう変わってるんだ?」

「うんとね、目が腐ってない!」

「お、おう、そうか……」

「まあ悪い事ではないのだし、ね」

「そうだな」

「ニュースで言っていたのだけれど、四千人近くの人が死んだのよね」

「……ああ。そのうち何人かは、俺がこの手で殺した」

 

 話を聞いて予想はしていたが、その言葉はやはり雪乃と結衣の心に深くのしかかった。

 

「そう……」

「これは俺が一生背負っていかなきゃいけない十字架だ」

「罪には問われないという話だけれども……」

「それでもだ。俺は自分が生き残るために、他人をこの手にかけた。

その事は一生忘れてはいけないと思う」

「その感覚はおそらく私には一生縁が無いと思うけど、これだけは言えるわ。

そこまでしてでも生き残ってくれて、ありがとう」

「無事に帰ってきてくれて、ありがとう、ヒッキー」

 

 そう言って二人は震えだした。どうやら泣いているようだ。

そして八幡は、いつの間にか自分も泣いている事に気が付いた。

 

「おいお前ら、泣くな」

「あなただって泣いているわよ」

「ヒッキー、私達ね、ヒッキーがいなくなった後、どうしても泣く事が出来なかったんだ。

だからヒッキーが無事に帰ってきたら、その時二人で思いっきり泣こうって約束してたんだ」

「そうか」

「やっと約束を果たせるわね」

「うん」

「……お前らには本当に心配かけた。帰ってくるのに二年もかかっちまってすまん」

「待たせすぎよ。でも今あなたはこうしてここにいる」

「やっとまた三人揃ったね」

「ああ」

 

 そのまま三人はずっと泣き続けていた。

そして、約束の二時間が経過した頃八幡は、入り口の扉が少し開いている事に気が付いた。

どうやら誰かがこちらの様子をうかがっているようだ。

その人物の正体に気が付いた八幡は、無視する事に決めた。

その頃には二人も泣きやみ、時間を見てそろそろ帰る事にしたようだ。

 

「そろそろ時間だし、今日の所は帰るわね」

「また来るよ、ヒッキー!もっとお話ししたいし!」

「そうね、まだまだ話したい事がたくさんあるわね」

「まあ学業優先で、ほどほどにな」

「あなたも大変だと思うけど、リハビリ頑張ってね」

「ああ。せめて普通に歩けるようにならないとな」

「ヒッキー、頑張って!」

「比企谷君、また、後日」

「ヒッキーまたね!」

「おう、またな」

 

 二人を見送った八幡は、その場にいたであろう人物に声をかけた。

 

「もう出てきていいぞ、材木座」

「ぬぬっ、さすがは我が友!気付いておったのか!」

「まあ中に入れ。色々聞きたい事もある」

「分かった。久しぶりだな、八幡」

 

 久しぶりに見た友人は、どうやら泣いているようだった。

 

「お前……泣いてんのか?」

「当たり前だ!我とお主も友であろう!その友の帰還を喜んで何が悪い!」

「……そうか、ありがとな、材木座」

「うむ!さあ、久しぶりに語り合おうではないか!」

「ああ」

 

 材木座を病室に招きいれた八幡は、材木座に色々と質問をした。

 

「そうか、今はフリーターやってんのか」

「うむ。今は主に情報収集をしながら日銭を稼いでいる毎日だな」

「なあ、アーガスはどうなった?」

「潰れたぞ。その後SAOのサーバーを管理しているのは、レクトだな」

「レクトだと?そうか、レクトか……」

「正確にはレクトの子会社の、レクト・プログレスだな。

我もそこでバイトしようか丁度検討していたところだ」

「まじか。材木座、可能ならそこでバイトをしてくれないか?」

「元よりそのつもりだったが……何かあるのか?」

「ああ。まだ確信は無いが、いずれとても重要な意味を持つかもしれん。

お前しか頼める相手がいないんだ。どうだ、頼めるか?」

「我が受かるかわからないが、努力はしよう。それより八幡、この写真は……」

「ああ、実は俺、SAOの中で結婚してたんだよ。これは妻の明日奈だ」

「なん……だと……」

「ちなみにレクトのCEOの令嬢だ」

「ぐぬぬぬぬぬ、八幡がいつの間にかリア充に……」

「明日奈のためにも、俺にはどうしても、やらないといけない事があるんだ。

バイトの話はその布石だ。材木座頼む、力を貸してくれ」

「……それは八幡にとって、とても大事な事なのだな?」

「分かるか?」

「ああ。そんな八幡の顔、初めて見たからな。

よかろう!我に出来る事があるなら、喜んで協力しよう!」

「ありがとう材木座。恩にきる」

「なぁに、友の頼みは断れないさ」

「材木座!」

「八幡!」

 

 二人は抱き合い友情を確かめあった、ように見えた。

八幡には打算があったのだが、そこには触れないでおく。

八幡が材木座に友情を感じていたのは、まあ間違いないからだ。

こうして八幡は、材木座という思わぬ協力者を得る事に成功した。



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第087話 茅場の行方と目覚めぬ者達

「やぁ」

「おう、葉山か。久しぶりだな」

「ヒキタニ君!お帰り!」

「戸部、相変わらず軽……元気そうで何よりだ」

「私もいるよ」

「海老名さんは、あー、相変わらずか?」

「そうだね、まあ相変わらずかな、ふふっ」

 

(これはやっぱり、相変わらず腐ってるって事なんだろうな……)

 

 次の日八幡の下を訪れたのは、この三人だった。

親しかったと言える関係であったかは微妙なところだったが、

それでも会いに来てくれた事が、八幡は嬉しかった。

 

「寄せ書き、由比ヶ浜から渡されたよ。集めてくれたんだろ?ありがとな、葉山」

「本当は一緒に卒業したかったんだけどな」

「そうだな……それだけは確かに心残りだわ」

「でもヒキタニ君が無事で、本当に良かったわぁ」

「ありがとな、戸部」

「それにこの写真、まじぱねーっしょ!ヒキタニ君はやっぱヒキタニさんだわぁ」

「う……それな……そのうち外してもらうつもりなんだが……」

「まあいいじゃないか。すごくお似合いだよ」

「お、おう、そう言ってもらえると素直に嬉しいわ」

「ヒキタニ君の裏切り者、ヒキタニ君の裏切り者……」

「海老名さん……」

「どうして写真の相手が男じゃないの?これはもう裏切りと言うしかないよ!」

「ご期待に添えなくて申し訳ない……」

「姫菜、そのへんで」

「そうだよ姫菜、今日はお祝いの席だべ?」

「ごめん、つい本音が……」

「やっぱ相変わらずだな……」

「まあでも、私だってすごい心配してたんだよ」

 

 海老名は少し目を潤ませながら、八幡に言った。

 

「お帰り、比企谷君」

「いえーいお帰り~!」

「お帰り、比企谷」

「三人とも、ほんとありがとな。心配かけてすまん」

 

 八幡は三人に頭を下げ、三人は嬉しそうに八幡に笑顔を見せた。

三人がSAOの話を聞きたがったので、八幡は中での生活がどうだったかを軽く説明した。

八幡は平然と話していたが、やはり三人にとってはショッキングな内容だったようだ。

三人は驚き、悲しみ、時には八幡を励ましながら話を聞いていた。

そしてあっという間に二時間が経過した。

 

「それじゃこの後政府の人が来るみたいだし、俺達はそろそろお暇するか」

「ヒキタニ君、また来るから!」

「比企谷君、またね!」

「あ、海老名さん、ちょっといいか?」

「ん?」

 

 八幡は海老名を呼び止めた。

 

「なぁ、優美……三浦はもうグループから外れてるのか?」

「今優美子を名前で呼ぼうとしなかった?」

「……そう呼べって言われてな」

「へぇ~、優美子が比企谷君の見舞いに来てるのは知ってたけど、

そんな親しくなってたなんて意外だねぇ。

で、こっちの話だけど、私と結衣は何も変わらないけど、隼人君とかとはどうしてもね」

「やっぱそうなのか……」

「まあ気にしないでいいよ。どうせ進学したらバラバラになるのは確定してたんだし」

「まあ、変なこじれ方をしていないならそれでいい」

「うん、大丈夫」

「それじゃまたな、海老名さん」

「うん、またね!」

 

 

 

 三人が帰ってしばらくした後、扉がノックされた。

 

「はい、どうぞ」

「じゃじゃーん、真打ち登場!」

 

 陽乃はそう言うと、八幡の頭を抱きしめた。

 

「いきなり何するんですか……」

「静ちゃんが、比企谷には色じかけは通用しないぞ、って言うから、本当かなと思って」

「ああ……まあそうですね。気が済んだらそろそろ離して欲しいんですが。

恥ずかしいかと言われればやっぱ恥ずかしいんで」

「いいじゃない、早く比企谷君に会いたいのを我慢して、他の人に順番を譲ったんだから」

 

 陽乃は少し拗ねた感じでそう言ったが、仕方ないといった感じで八幡から離れた。

 

「改めて御礼を言います。俺の為に陽乃さんがすごい頑張ってくれたって聞きました。

本当にありがとうございます。今俺がこうしてここにいるのも陽乃さんのおかげです」

「私達の仲じゃない。そんなにかしこまらなくていいよ?」

「本当にすごく感謝してるんで、お礼はしっかりと言いたいんですよ」

「なら、私とけっこ……」

「すみませんそれとこれとは話が別です勘弁して下さい」

 

 八幡は、陽乃が不穏な言葉を口にする気配を察して、被せるように素早く言った。

 

「もう、比企谷君はつれないなぁ。ま、冗談だけどね」

「目が本気に見えるんですが、気のせいですよね」

「うん、気のせいだよ。だから私とけっこ……」

「おい、どこが冗談だ。どう見ても本気じゃないか」

「そんなワイルドな比企谷君もいいね!」

「はぁ……」

「あのーそろそろ入ってもいいですかね」

 

 二人がそんな会話をしていると、外で待っていたらしい人物から声がかかった。

 

「あ、ごめんなさい菊岡さん」

「いえいえ、こちらこそせっかくの感動の再会を邪魔しちゃって申し訳ない」

「あ、政府関係の方ですか?」

「総務省通信ネットワーク内仮想空間管理課の菊岡です。はじめまして、比企谷八幡君」

「色々と良くして下さったと妹から話は聞いてます。どうもありがとうございました」

 

 菊岡は、少し困ったような顔をして八幡に言った。

 

「いやいや、こちらこそ君達をあんな目にあわせてしまって本当にすまないと思っている。

我々は中の様子を位置情報とステータス等の情報で把握するのが精一杯で、

君達を助けるために何もする事が出来なかった。

こうして君が無事に帰ってきてくれた事を、本当に嬉しく思うよ」

「いえ、俺の体に関しても、残された家族に関しても、

きちんと対応して下さったと聞いています。本当にありがとうございます」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。こちらとしても、

被害者の方々のために出来る事は何でもするつもりでいるよ。

本当は君が目覚めたと聞いて真っ先に来たかったんだがね、

想定外の事があって、そちらの調査で時間をとられてしまったんだよ」

「真っ先に、ですか……なるほど。それじゃ話を始めましょうか。

俺と茅場晶彦、晶彦さんの関係はもちろん調べてあるんですよね?

で、聞きたいのって、晶彦さんの居場所か、その後について何か知らないか、ですよね?」

 

 その八幡の言葉に、菊岡は驚きと感心がまざったような顔をした。

 

「さすがは陽乃さんのお気に入りだけの事はあるね。話が早い。あ、録音してもいいかい?」

「はい、どうぞお好きなようになさって下さい。で、結論から言うと、

どこにいるかは知りません。でもどうなったかは知っています」

「どうなったんだい?」

「……死んだと思います」

「……そうか」

「ゲームをクリアした後、ゲーム内の別の場所に飛ばされて、

晶彦さんと少し話す機会があったんです。

その時に今後どうするのか聞いたら、返ってきた答えがそれでした」

「詳しい話をお願いしてもいいかな」

「はい。ゲームクリアしてから少しの間は確実に生きていたはずです。

ですが、直後に脳をスキャンするので、確実に死ぬと言ってました。

成功していたら、意識だけの存在としてまだネットの中に存在しているかもしれません」

「何だって?そんな事が可能なのかい?」

「本人の話だと、そうみたいですね」

「なるほど……天才の名は伊達じゃないって事か……

しかしそうなると、逮捕するのはもう不可能って事になるね」

「そうですね。俺の勘だと、またどこかで会う気もしてるんですけどね」

「あのデスゲームを戦い抜いた君の勘だ。そういう勘は得てして当たるものだよ。

要するに我々は、いつまでも彼に対して備えをしておかないといけないって事か……」

「心中お察しします。存在するかわからない物に備えるって、大変ですよね」

「まあ、それも仕事のうちさ。対策がとれる事なのかどうかは分からないけどね」

 

 菊岡は肩をすくめながらそう言った。

 

「さて、次の話なんだが……」

 

 菊岡は、どう言っていいものか悩むようなそぶりを見せた。

八幡は、アレの事だろうなと思いながら、菊岡に尋ねた。

 

「話しにくそうですね。まだ目覚めない人達の事ですか?」

 

 八幡のその言葉は、菊岡をかなり驚かせたようだ。

菊岡は口をぱくぱくさせながら陽乃に振り返った。それを見た陽乃は、顔を横に振った。

 

「私は彼には何も言ってませんよ。比企谷君、誰に聞いたの?」

「晶彦さんに直接聞いたんです。どうやら外部からの干渉があったようだと」

「外部……茅場はそう言ったのかい?」

「はい」

「そうか……実は君の言う通り、まだ目覚めないプレイヤーがかなりいるんだよ。

君達の行動の結果だという可能性も検討していたから、正直聞きづらかったんだよね」

「晶彦さんは、おそらく目覚めない者が百人いると言ってました」

「人数まで知っているんだね。これで君が茅場と最後に話した事が証明された事になる。

君の話の信憑性がほぼ確保されたね」

「この件に関しては、犯人は晶彦さんじゃなく別の人間の仕業だと思います。

俺は晶彦さんに、犯人を絶対見つけ出すと約束しました。

晶彦さんは、SAOの最後をこんな形で汚されるのは許せないと言ってました。

俺も同感です。絶対に犯人を見つけて、アスナをこの手に取り戻します」

 

 八幡の決意のこもった目を見て、菊岡は頷いた。

 

「アスナというのは、結城明日奈さんの事だね。確かに彼女はまだ目覚めてはいないね。

この写真の通り、君達はとても親しい関係だったようだし、気持ちもよく分かるよ。

政府としても全面的に協力するつもりだ。だが今はとにかく情報が足りないんだ。

君の体調も考慮すると、あまり時間をとらせるのは本意ではないんだが、

可能な限りの情報提供をお願いしたい」

「大丈夫です。何でも聞いて下さい」

「それじゃあ君がどんな経験をしてきたのか、

必要だと思う事を順を追って説明してくれないか。

僕は疑問点があったら質問する事にするよ。出来れば陽乃さんも僕と一緒に質問して欲しい。

僕一人じゃ見逃しちゃう事もあるかもしれないからね」

「ええ。それじゃ比企谷君、お願い」

「分かりました」

 

 こうして、八幡の長い話が始まった。



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第088話 八幡は顛末を語る

「それではまず、七十五層で解放された経緯についてですが……」

「それだよそれ!うちとしても七十五層まで到達していたのは知ってたんだが、

まさかそのままゲームがクリアされるなんてまったくの想定外だったから、

理由を早く聞いてこいって上がうるさくてね」

 

 菊岡は、上に色々言われていたのだろう、身を乗り出して話を聞く体制をとった。

 

「まず最初に、これはあんまり話したくはないんですが……」

「嫌な事は無理に話さなくてもいいんだよ、比企谷君」

「いや、そういうんじゃなくてですね、その、俺の黒歴史になるというか……」

「あー、レベルトップスリーの一角だったせい?三人の勇者、みたいな?」

 

 それを聞いた八幡は、きょとんとした。

 

「え?俺達は四天王と呼ばれてたんですが……」

「なんだって?本当かい?」

 

 菊岡が八幡に詰め寄った。陽乃も初耳だという風に八幡を見つめた。

 

「え?外からレベルとかは観測してたんですよね?」

「ああ。だが我々の調査だと、集団のトップと目されていたのは、

君とアスナさん、そしてキリト君の三人のプレイヤーだね。他に誰かいたのかい?」

「あー……そういう事ですか……」

「何か心当たりでも?」

「攻略組には二つの大きな勢力がありました。ひとつは聖竜連合、リーダーはリンド。

そしてもう一つは俺とアスナも所属していた血盟騎士団、団長はヒースクリフ。

俺の参加は七十五層からですが、副団長はアスナ、俺は参謀ですね」

「あー」

 

 陽乃はそれを聞き、何かに思い当たったようだ。

 

「もしかして、結婚写真の赤と白の派手な服が血盟騎士団の制服とかかな?」

「そっちのデータも入手してたんですね。そうです。

俺があの時着ていた服が、血盟騎士団の参謀服です。

七十五層まで参謀不在だったんで、プレイヤーの間でかなり話題になったみたいですね」

「参謀か。比企谷君にはお似合いの役職だね。今までの話の流れからすると、

その二人のどちらかが四天王の残り一人なんだね。おそらくヒースクリフかな」

「はい。四天王と呼ばれていたのは、神聖剣のヒースクリフ、閃光のアスナ、

黒の剣士キリト、そして俺です」

「はい比企谷君往生際が悪い!やり直し!」

「ぐっ……ちくしょう、銀影のハチマン、です」

「銀の影?格好いいじゃない。早速拡散拡散っと」

「おい馬鹿やめろお願いします特に妹さんには絶対内緒でお願いします」

「そんなに雪乃ちゃんが怖いんだ……仕方ないなあ」

「ふう……それじゃあ話を続けますね。

つまりヒースクリフの存在は、こちらでは観測されていなかったって事ですよね?」

 

 菊岡は、何かの端末を操作しながらそれに答えた。

 

「ああ。今調べたが、そんな名前のプレイヤーの存在は確認されていない」

「まあそうでしょうね。ヒースクリフはそもそも、病院には収容されていないでしょうから」

「病院に収容されていない?まさかヒースクリフというのは……」

「はい、晶彦さんです。ヒースクリフは、茅場晶彦本人でした」

「そうか、我々はナーブギアからデータをとる事しか出来なかったから、

病院にいない人物のデータを確認する事は不可能だった。そうか、そうだったのか……」

 

 菊岡は納得したようで、八幡に話の続きを促した。

 

「七十四層で俺達は、とある団体の暴走のせいで少人数でボスと戦う事になりました。

まあその辺りの話は重要じゃないんで省きますね」

「君がそう判断したなら問題ないよ」

「で、その時は主にキリトの力によって、何とかボスを倒す事に成功しました。

その時からキリトは英雄と呼ばれるようになりました。問題はその後です」

「ふむふむ」

「その戦闘の後アスナが、しばらく団を抜けて色々考えたいって言い出して、

まあその日の朝に、アスナの護衛役の団員が暴走したせいもあるんですが、

それを受けてアスナが、ヒースクリフの所に直談判に行ったんですよ。

そしたらヒースクリフが、決闘で私に勝てたら認めようとか言い出してですね……」

「うわぁ、あの男もベタな展開が好きだねぇ」

「で、俺はその時点で、ヒースクリフが晶彦さんじゃないかってちょっと疑ってたんで、

キリトに代役を頼んでその決闘の様子をじっくり観察したんですよ。

そしたら戦闘の最後で負けそうになったヒースクリフが咄嗟にシステムアシストっていう、

ゲームマスターにしか使えない行動をとったんで、

それでヒースクリフが晶彦さんだと確信したんです。

俺が正体に気付いた事を、相手に気付かれないように演技するのが大変でした」

 

 菊岡と陽乃はその光景を想像して、八幡の冷静さと周到さに驚いた。

 

「君はゲームの途中で、ほぼ独力で茅場の正体にたどり着いたのか……」

「いや、まあ頼りになる仲間がいたおかげですね。俺一人じゃ疑惑は疑惑のままでした」

「それでも君は十分すごいよ……」

「で、勝負に負けたら俺が血盟騎士団に入るって約束してたんで、そこで入団しました。

その直後に、さっき暴走したって言ったアスナの護衛に殺されかけました」

「うわ……痴情のもつれかい?」

「正直ストーカーみたいに思い込みの激しい奴でしたね。

で、幸いそいつが殺人ギルドのメンバーだって情報を事前に掴んでたんで、

そのまま罠にはめて監獄送りにしてやったんですよ」

 

 それを聞いた陽乃は笑い出した。

 

「あはははは、比企谷君がさすがすぎる」

「優秀な情報屋が仲間にいたおかげですね。で、その事件をきっかけに、

俺とアスナが結婚する事になったんで、そのまま休暇をもらいました」

「それじゃあこの写真は」

 

 そう言って菊岡は壁の写真を眺めた後、八幡に向き直った。

 

「その時に撮られたものなんだね」

「はい」

「でもそれってかなり最近の事だよね?そこから何でいきなりゲームクリアに?」

「ここからは結構複雑なんで、出来るだけ簡単に説明しますね。

休暇中に俺は、とある計画をたてました。七十五層のボス戦の後に晶彦さんを倒し、

一気にケリをつけようとしたんです。俺は仲間達と相談し、ボス戦に挑みました」

「計画、ね」

「ボス戦で俺は、ヒースクリフのHPを出来るだけ削るような指揮をしました。

おそらくHPが半分を割らないような設定にしてあると推測したからです。

その結果、うまい事ヒースクリフのHPを半分近くまで減らす事に成功したので、

配置についた後、キリトに頼んで奇襲をかけました。

その結果、ヒースクリフが不死設定の存在だという事を暴く事が出来ました」

 

 菊岡は、首をかしげながら八幡に尋ねた。

 

「不死なのに倒せたのかい?」

「晶彦さんの性格上正体がバレた後、俺達が百層に到達するのを待つよりは、

その場で決闘とか言い出して、勝ったらゲームクリアと認めようとか言うんじゃないか、

そんな推測をたてていたんです。実際その通りになりました。あれは実際賭けでしたね」

「で、君がそれに勝利したと?」

「いえ、戦ったのはキリトです。俺達は麻痺によって行動出来なくなってたんですが、

それも予想して事前にその対策をたてておきました。

その上で、様子を見ながら全員で飛び掛って倒す予定だったんですよ」

「比企谷君は簡単に言ってるけど、普通そこまで読めないからね?」

「運がこっちに味方してくれたんですよ。で、いざ決闘が始まったんですけど、

後半キリトがやや不利になってしまって、その段階で俺とアスナが先行して突っ込みました。

そしてまず、アスナがキリトをかばって死にました」

「えっ……?」

 

 菊岡も陽乃も、どうやら頭がこんがらがってきたようだ。

八幡は説明の必要を感じ、簡単に説明する事にした。

 

「SAOには、蘇生アイテムが一つだけ存在していたんです。

その条件は、死んでから十秒以内での使用。

つまり、プレイヤーがゲーム内で死んでからナーヴギアが脳を焼くまでは、

十秒の余裕がある事が事前にわかっていたんです」

「なるほど、確かにそうなるね」

「そして次に俺がヒースクリフの剣にわざと刺され、そのまま抱きついて動きを封じました。

ちなみにキリトは、大技を放った直後で長い硬直状態に陥っていました。

ヒースクリフは左手の盾でキリトを倒そうとしたんですが、

保険のつもりで俺は、事前にネズハっていうプレイヤーに攻撃だけ指示しておいたんです。

そして指示通りネズハの遠隔攻撃が見事に決まり、

ヒースクリフの盾での攻撃を妨害する事に成功しました」

「他にも手をうっていたのか」

「キリトはまだ動けなかったはずですが、俺はキリトに無茶を言いました。

システムの制限を超えて動け、俺ごとヒースクリフを刺せと。

キリトはその期待に見事に答え、動けないはずだったのに動いてくれました。

そして俺とヒースクリフはキリトの剣で同時に貫かれ、二人ともそこで死にました。

そしてSAOがクリアされました」

 

 菊岡と陽乃は驚愕していた。

綿密に計画を立て、運もあっただろうが自分の身を捨ててまで見事に目的を達成した八幡。

キリトを身を挺して守ったアスナ。八幡の期待に見事に応えたネズハ。

そして、本来はシステム的に動けないはずなのに、それを見事に乗り越えたキリト。

年端もいかない少年少女達の戦いぶりに、二人は心の中で惜しみない拍手をおくった。

 

「……事情はわかった。何というか、すごい戦いだったんだね」

「そうですね、正直運が良すぎました」

「運も実力のうちさ。とにかく君達は六千人以上の人間を救ったんだ。そこは誇っていい」

「そうですね。まだ戦いは終わっていませんが」

「ちょっとここまでの情報を先に報告してきてもいいかい?少し休憩という事にしないか?」

「はい、分かりました」

「ごめんね、ちょっと行ってくるよ」

 

 菊岡は外に出て、情報を送信しつつどこかに連絡をとっているようだ。

陽乃はベッドに腰掛け、八幡の目を覗き込んだ。

 

「陽乃さん近いです」

「強い意思の宿った目をしているね」

「……そうですか?」

「うん、いい男になったね、比企谷君!」

 

 陽乃は八幡の背中をパンと叩いた。

八幡は陽乃に認めてもらった自分を、誇らしく思ったのだった。



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第089話 共犯者

「丁度いいか。陽乃さん、ちょっとお願いがあるんですが」

「ん?何かな?」

「今後は俺の事、比企谷じゃなく八幡って呼んでもらえませんか?

他の奴らにも言うつもりなんですが、二年もハチマンって呼ばれ続けてると、

どうしても苗字で呼ばれる事に違和感を感じちゃうんですよね」

「それってプロポーズだよね?それじゃ私とけっこ……」

「いえ、やっぱりいいです。無茶なお願いでした」

「もう~今のは本当に冗談だよ、八幡君」

「ところで陽乃さんは大学を卒業した後はどうするんですか?」

「言ってなかったっけ?私は八幡君を守るために、この度レクトに就職が決定しました!

まあ結果的に空振りに終わったんだけどね。八幡君、私の就職前に自力で脱出してきたし」

「えっ……まじですか?」

「うん、まじだよ~」

 

 陽乃はあっけらかんとした感じで軽く答えた。

 

「よくお母さんが承知しましたね。私より怖いって昔言ってませんでしたっけ?」

「ふふっ、どうしたか聞きたい?」

「そうですね、興味はあります」

「最初は、政治家になるにしろ会社を継ぐにしろ、社会人経験は必要ですって言ったの。

で、お父さんは好きにしろって言ってくれたんだけど、お母さんは納得しなくてね。

なので、認めないなら雪乃ちゃんと一緒に家を出るわよって言っちゃった、てへっ」

「うわ……良かったんですか?」

「お父さんは大笑いしながらお母さんに、お前の負けだよって言ってたかな。

お母さんもしぶしぶといった感じで最後は承諾してくれたよ」

「何か俺のせいで色々すみません……陽乃さんの進路まで……」

 

 陽乃は、どうやらしょげているらしい八幡を後ろから抱きしめた。

 

「私ね、実はSAOをやってみようかなってちょっと考えてたんだよね。

だから八幡君がSAOに囚われたって聞いた時、最初に思ったの。

どうして私はSAOをやらなかったんだろう。

そうすれば何のしがらみも無い世界で八幡君と二人で冒険して、

二人で助け合ってゲームを攻略して、そして現実世界に帰還したら……」

「陽乃さん」

「…………」

「それは、とても素敵な想像ですね」

「素敵、かな?」

「はい、陽乃さんがいてくれたら、俺ももっと楽出来たと思いますしね」

「八幡君……」

「だけど実際にはそうはならなかった。そして俺はアスナに出会ってしまった。

陽乃さんは俺にとっては姉みたいな存在です。それ以上には考えられません。

でも特別なのは確かです。俺はそんな姉を心から尊敬し、大切に思っています」

 

 陽乃はしばらく黙っていたが、溜息をついたかと思うと、八幡を抱く手に力を込めた。

 

「仕方ないなあ、それで勘弁してあげるよ」

「ありがとうございます」

「そうなると、アスナさんが私の妹って事になるね」

「そうですね」

「そっか……必ず助けよう、八幡君」

「はい、絶対に」

「まずは情報収集だね。私はレクト本社に就職したから、

その線から内部に何か情報が無いか探ってみるね。

その間、八幡君は必死でリハビリだね。アスナさんの居場所は私が知ってるから、

歩けるようになったら一緒に明日奈さんの眠る病院に行きましょう」

 

 八幡はそれを聞いた瞬間、バッと振り向いた。

陽乃は慌てて手を離したが、八幡の顔は陽乃の顔にとても近かった。

陽乃は少し赤くなったが、八幡は気にせずその距離を保ったまま陽乃に質問した。

 

「アスナの居場所がわかるんですか?もしかして、結城家と雪ノ下家は関係あるんですか?」

「関係っていうか、一般的な企業同士の付き合いだね。

まあアスナさんのお父さんの彰三さんとは何度も顔を合わせてるし、

就職の時にもそのコネを最大限利用したから、お見舞いも特に問題ないよ」

「……陽乃さんだったらコネが無くても軽く就職を決めたとしか思えませんけどね」

「まあその自信はあったけど、顔繋ぎをしておく事が目的だったからね。

おかげで多少は我侭も聞いてもらえるような環境は確保したのよ」

「さすがですね」

「ふふっ、私達、共犯者みたいだね。それじゃ契約の証っと」

 

 そう言うやいなや陽乃は、八幡の頬にキスをした。

八幡は呆気にとられていたが、何とか言葉を搾り出した。

 

「……くっそ、完全に油断した」

「ふふっ、まだまだ私に対抗するのは二年は早いわね」

「嫌に具体的な数字ですね」

「八幡君がこれから政府の用意する学校に通いなおすとして、

卒業するのがおそらくそれくらい後になるだろうからね。

そしたら進学するにしろ就職するにしろ、とりあえずは対等だと認めてあげる」

「えっ、俺また学校に通えるんですか?……それはちょっと嬉しいです。

あと、早く陽乃さんに認めてもらえるように頑張ります」

「うん、宜しい」

「あの、そろそろ僕、中に入ってもいいですかね?」

 

 その声を聞いた瞬間、陽乃は慌てて八幡から距離をとった。

 

「何かいい雰囲気だったのに申し訳ない。

ところでその共犯者ってやつ、僕も混ぜてもらってもいいですかね?」

「え?菊岡さん?」

「実は今、上から八幡君と協力して必ず事件を解決するようにって言われちゃってね」

「まじですか」

「そういう事なんで、必ず残された百人を解放しよう。我々はこれから同志という事で。

あ、非合法なのはなるべく勘弁して下さいよ」

 

 そう言いながら菊岡は、八幡に右手を差し出した。

八幡はその手をしっかりと握り、二人は固い握手を交わした。

 

「願ってもないです、宜しくお願いします」

「それじゃ話の続きいいかな?

もっとももう話すべき事は、そんなには無いかもしれないけど」

「そうですね、その前に一つ聞きたいんですが、俺のスマホは今どうなっていますか?」

 

 菊岡はその問いはあらかじめ想定していたようで、淀みなくその質問に返事をした。

 

「君達のスマホや携帯の契約は一時休止となっていたんだが、

先ほどそれも解除されたはずだ。なのでもう使えるようになっているよ。

もちろんメールアドレスや番号はそのままでね」

「陽乃さん、俺の携帯を持ってくるように、今度小町に伝えてもらっていいですか?」

「了解!すぐすむし、今連絡するね」

 

 そう言うと陽乃は小町に電話をかけた。そしてその場で陽乃は小町に、

今度八幡のスマホを持ってきてくれるように頼んでくれた。

 

「おっけー」

「ありがとうございます陽乃さん。あと、菊岡さん」

「うん」

「……俺はSAOの中で人を殺しました。それは罪に問われるんでしょうか」

「問われない事になっているよ」

「そうですか……」

「君だって、好きでやったわけじゃないだろう?基本自衛目的のはずだ」

「SAOの中には、快楽殺人者のような奴らもいましたけどね」

「そういう連中は、証言が集まった後、しばらく公安の監視下に置かれる事になると思う。

まあ罪に問われる事は、残念ながら無いんだけどね」

「証言、ですか。俺もその類の情報を伝えた方がいいですかね?」

「思い出したくもないだろうが、情報があるなら是非お願いしたい」

「……わかりました」

 

 八幡が菊岡に告げたのは、

プー、ジョニーブラック、ザザ、クラディール、ロザリアの名前だった。

それ以外の者の名は覚えていなかったようだ。

菊岡はその名前をメモし、すぐにリストと照合を始めた。

その結果、プーの名前だけがリストに存在しない事が発覚した。

 

「くそ、よりにもよってあいつかよ……」

「危険な奴なのかい?」

「殺人ギルド、ラフィン・コフィンのリーダーだった外人です。

おそらく軍隊経験者、もしくは現役の軍人ですね」

「……軍関係なら情報が秘匿されていても不思議ではないね。

一般人ならともかく、軍の関係者がゲーム内とはいえ、

万が一殺人を繰り返した等という事が発覚したら、罪には問われなくとも問題視はされる。

その事を一応想定して、最初から秘匿するという可能性は高いと思う」

「まあしかし、居場所が海外なら問題無さそうな気もするわね」

「そうですね。とりあえず伝えるべきだと思う情報はそれくらいです」

「そうだね、こちらとしても、欲しい情報はほぼ手に入ったと思う」

 

 八幡は他に伝えるべき事はないかと考え込んだが、特に思いつかなかった。

思いついたのは、まったく別の事だった。

 

「ところで菊岡さん、俺の仲間の連絡先とかを教えてもらうわけにはいかないですよね?」

「すまない、それは禁止されているんだ。君の事は信用しているが、

お礼参りというか、そういう事を考える者もいるだろうからね」

「個人情報保護法もありますし、やっぱりそうですよね。

一応仲間内での連絡の方法は決めてあるんで、そこらへんはまあ問題ないです。

それじゃあ次に、目覚めない者の中に仲間がいるかどうかを聞く事は可能ですか?」

「それくらいなら事件解決のために必要だという事で、可能だよ」

「それじゃあ確認をお願いします。

キリト、リズベット、シリカ、エギル、クライン、アルゴ、この六人の安否を。

あ、ネズハは……あいつには連絡方法を伝えてないんだよな。

まあいずれ学校で会えると思うし、安否だけお願いします」

 

 菊岡は再び端末を操作していたが、さっと顔を曇らせ、八幡に告げた。

 

「……一人まだ目覚めていない人がいるね」

「……誰ですか?」

「リズベットさんだね」

「リズ……リズか……くそっ、キリトが悲しむだろうな……」

「もしかして、キリト君の恋人なのかい?」

「まだ未満ですけどね」

「連絡先を教える事は出来ないが、僕はこの後キリト君の所に行く事になっている。

何か伝言があったら伝える事くらいは出来るよ?」

「本当ですか?それじゃあ、可能ならアスナとリズの事を教えてやってください。

後、二ヶ月を目安に死ぬ気でリハビリをしろと伝えて下さい。

あ、陽乃さん。俺、自分のアドレス覚えてないんですけど、俺のアドレスってわかります?」

「うん、わかるよ」

「それをメモってもらって、菊岡さんに渡してもらってもいいですか?」

「おっけー、今書くね」

「菊岡さん、そのメモをあいつに渡して下さい。お願いします」

「それくらいならお安い御用さ。後はいいかな?」

「はい。現時点では大丈夫です」

「それじゃ、当面僕と陽乃さんはとにかく情報収集だね」

「お願いします。俺はしばらく必死でリハビリを頑張ります」

 

 こうしてその日の話は終わり、その日から八幡のリハビリ生活が始まった。



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第090話 リハビリ開始

今後出るかはわかりませんが、ゲスト回です


「それじゃ、ゆっくり歩いてちょうだい」

「お、おう」

 

 次の日から八幡のリハビリ生活が始まった。

もっとも八幡の場合は筋力を戻すだけなので、通常のリハビリよりは楽であった。

その日は朝から雪乃が見舞いに来ていた。雪乃は職員に手伝いをかって出たため、

こうして今、八幡は雪乃に手を引かれて歩いているのだった。

 

「なあ、助かるんだが学校の方はいいのか?」

「何を言っているの、今は三月よ。つまり今大学は休みなの」

「あーそうか、すまん、そういった感覚がすっかり抜け落ちてたわ。

何しろあそこは、フロアごとの季節の違いはあったんだが、

基本的に四季なんてものは無かったからな」

「四季の無い世界って、日本人には想像しにくいわね」

「そうだな、やっぱり四季があるっていいよな」

 

 二人は微笑みあい、リハビリを続けた。

しばらくして職員からそろそろ休むように指示があり、二人はベンチに腰を下ろした。

 

「調子はどうかしら」

「やっぱ体が重く感じるな……このギャップを埋めるのは大変そうだ」

「そう……やっぱりゲームの中だと、思考速度も関係してくるのかしらね」

「あと反射速度だな」

「そうよね、確かに私も……」

「私も何だ?」

「あ、いや、なんでもないわ」

「そうか」

 

(解放直後でVRMMOに忌避感があるかもだし、

私達がALOをやってる事を話すタイミングは、慎重に考えないといけないわね)

 

「そうだ雪ノ下、もし可能なら、俺の事は八幡って呼んでくれないか?理由は……」

「二年近くもハチマンって呼ばれてたから、苗字で呼ばれるのに違和感があるのかしら?」

「おう、お前の理解力は相変わらずだな。何か懐かしいわ」

「これはもうプロポーズと受け取っていいわよね?それじゃ私とけっこ……」

「おい待て、その遣り取りには覚えがあるぞ!陽乃さんに話を聞いてたのかよ!」

「ふふっ、ごめんなさい、その通りよ」

「まったく姉妹揃って……で、呼び方なんだが、どうだ?」

「そうね……それじゃ試しに……八幡君、八幡君」

「昔なら違和感がすごかったのかもしれないが、今だと普通なのが不思議だな」

「それじゃ私の事も雪乃でいいわ。姉さんが陽乃さんなのに私が雪ノ下なのは、

やっぱりちょっと変な感じがするものね」

「了解だ、雪乃」

「私をそう呼ぶのに少しも躊躇が無いのはやはり驚きね。

それにしても、あなたが私を雪乃って呼ぶ日が来るなんてね。雪乃、雪乃、ふふっ」

 

 雪乃は楽しそうに自分の名前を何度も呟いた。

 

「ところで由比ヶ浜さんはどうするのかしら?」

「由比ヶ浜な……ヒッキーって呼ばれるのは、元があだ名だけに、特に違和感ないんだよな。

まあ話してみた上で、あいつの好きに呼ばせるさ。一色は別にほっといていいな」

「名前でも何でもなく、先輩、だものね」

「何かあいつといると、高校時代に戻った気がするんだよな。

あっ……そうだ雪乃、俺、また学校に通えるみたいなんだよ。

詳しくは聞いてないんだが、政府が被害者のために学校の準備をしているとか何とか」

「その話なら聞いているわ。あなた達の頑張りでクリアが早まったせいで、

校舎の建設がまだ間に合っていないみたいだけれども」

「まさかまた学校に通えるなんて思ってもいなかったから、正直すげー嬉しいわ」

「ふふっ、本当に嬉しそうね。でも少し悔しいのも確かね。出来れば一緒に卒業したかった」

「……そうだな、それは本当にそう思うわ」

「私も大学をやめて、もう一回その学校に入ろうかしら……」

「おい」

「ふふっ、冗談よ。可能なら保護者としてあなたの卒業式に参列するわ」

 

 雪乃はそう言って、楽しそうに笑った。

 

「保護者かよ」

 

 八幡はその一連の遣り取りで、雪乃も変わったんだなと改めて実感した。

 

「なあ、雪乃は冗談を言う事も増えたし、よく笑うようになったよな」

「確かにね。おかしいかしら?」

「いや、いいんじゃないか?俺がいなくなった事での悪い影響が出てないってよく分かるし、

なんかほっとしたっていうか嬉しいっていうか、そんな感じだな」

「不謹慎かもしれないけど、あなたがいなくなったおかげで、

姉さんも含めて他の人との距離が縮まったのは確かだと思う」

「苦労した甲斐はあったな」

「ふふっ、ありがとう、八幡君」

「比企谷君、雪ノ下さん、そろそろ再開しましょうか」

「あ、はい、宜しくお願いします」

 

 二人の様子を隣で微笑ましそうに眺めていたリハビリ担当の職員が、

八幡にそう声をかけてきた。八幡は雪乃に補助してもらい、立ち上がった。

 

「それじゃ頑張りましょう。雪ノ下さんは引き続き、八幡君の補助をお願いします」

「はい」

「お母さ~ん、お見舞い終わったから帰るね~」

 

 その時、その職員の娘らしき少女が現れ、声をかけてきた。

 

「あらごめんなさい、今日は娘が友達のお見舞いに来てたんだけど、

どうやら私の所に顔だけ出しに来たみたいね」

「八幡君は私が見てますから、どうぞ娘さんの所に行ってあげて下さい」

「ごめんなさい、すぐ戻るわね。ちょっと待ってて留美、今行くわ」

「留美?」

 

 八幡はその名前を聞き、職員の娘を改めてじっと見つめた。

よく見ると、どこか見覚えのある少女がそこにいた。

その少女も八幡に気付いたのか、目を見張りながらこちらに近付いてきた。

 

「もしかして、八幡?」

「やっぱり留美か。随分背が伸びたな、ちらっと見ただけじゃまったく分からなかったわ」

「久しぶり!二年ぶりくらい?」

 

 留美は笑顔で八幡に話しかけた。

 

「あ、留美さんってキャンプとクリスマスイベントの時の……」

 

 雪乃もどうやら留美の事を思い出したようだ。

留美も雪乃の事を思い出したらしく、ぺこりと頭を下げた。

 

「あら、三人は知り合いだったのかしら?」

「あ、はい。二年前の夏休みとクリスマスイベントの二回会っただけですけど」

「あー、留美が前言ってた、お世話になった高校生のお兄さんて八幡君の事だったのね。

不思議な縁もあるものね。私は鶴見久美。この留美の母親よ」

「自己紹介の時に、確かに鶴見さんって聞いてましたけど、

さすがにこれは想像もしてませんでしたね」

「ふふっ、比企谷君と違って、よくある苗字だからね」

「お母さん、私が話すの!」

「はいはいごめんなさい。リハビリ再開は少し後にして、一度ベンチに戻りましょうか」

「そうですね」

 

 八幡は苦笑しながらそれに同意した。

八幡は、雪乃と留美を交互に見ながら、ぼそっと呟いた。

 

「大きいルミルミ、小さいゆきのんか……」

「ルミルミ言うな!」

「何よその、標語みたいな言い方は……」

「すまん、二人を見てたらつい言いたくなった」

 

 八幡はそう言いながらベンチに腰掛けた。

ベンチに座るやいなや、留美は待ちきれなかったとばかりに八幡に話しかけた。

 

「二年ぶりくらいかな?」

「そうだな。留美は今中学二年か?まあ五歳も離れてると接点なんかほとんど無いから、

二年くらい会う機会が無いのも当然と言えば当然なんだろうな」

「八幡、すごい痩せたね。病気?大丈夫?」

「ああ。ちょっと体が弱ってるだけだな」

「お母さん、八幡は大丈夫なの?」

 

 留美はそう言いながら、久美の顔を見た。

 

「あー……えーっとね……」

「ねえ、どうなの?」

 

 久美には守秘義務があるため、困っていたのだが、

留美はそんな事はまったく知らないので、しつこく久美に返事を促した。

その事に気付いた八幡は、自分から話す事にした。

 

「留美、お母さんが困ってるぞ。これはな、お母さんの口からは言えない話なんだよ」

「えっ……まさか重い病気とかなの?」

「そういうんじゃないんだよな。鶴見さん、俺から話す分には問題ないですかね?」

「それは問題ないと思うわ。ごめんなさい、私にはこの件に関しては守秘義務があるのよね」

「ですよね。なあ留美、これから俺が話す事を、絶対誰にも話さないと約束出来るか?」

「うん、約束する」

「よし、それじゃ、あっちの端っこのベンチに行くぞ」

 

 四人は人のいない隅のベンチに移動し、八幡は留美に説明を始めた。

 

「まあ、もったいぶったような感じになったが、実は説明は一言で済むんだ」

「そうなの?」

「ああ。留美、俺は二年間な、ずっとゲームをやってたんだよ」

「ゲーム?遊びすぎて体を壊したの?」

「俺がやってたのはな、ニュースで見たかもしれないが、SAOなんだよ、留美」

「あ…………」

 

 その言葉に、留美はやっと事情を理解したようだ。

 

「だから病気とかじゃないから心配するな」

「ごめん、私そんな事ちっとも知らなかった」

「ははっ、学年も五つ離れてるし、連絡先だって知らないんだ。

知らないのは当たり前だろ。謝るような事は何も無いぞ」

「うん……」

「まあ、こうして俺はちゃんと生きている。後は筋力さえ戻れば何も問題は無いんだ」

「……死にそうになったの?」

「そうだな……何度も死にそうになったが、仲間と一緒に頑張って、こうして戻ってきた」

「良かった……」

 

 留美はそう言うと、八幡に抱き付き、震えだした。

八幡は困ったような顔をして久美の顔を見たが、久美は頷くだけだった。

八幡は留美に向き直ったが、どうやら留美が声を殺しながら泣いている事に気が付いた。

他の患者さん達に迷惑をかけないように、必死に声を殺しているのだろう。

八幡はそう思い、留美の頭を優しくなで、背中をぽんぽんと叩いた。

しばらくその体勢のまま、留美は泣き続けていた。

 

 

 

「そろそろ落ち着いたか?」

「うん!ごめんね八幡、ありがとう」

「こっちこそ、俺のために泣いてくれて、ありがとうな」

「あっ、もうこんな時間……友達と約束があるんだった。

それじゃ八幡、今度改めてお見舞いに来るね」

「おう。またな。友達と仲良くな」

「うん!」

 

 留美は手を振りながら帰っていった。友達とも仲良くしているようで、八幡は安心した。

そして八幡は再びリハビリを再開した。

 

「しかしまさか留美が八幡君と知り合いだとはね。世間は狭いって言うけど本当ね」

「そうですね、びっくりしました」

「留美さんの事は二年前の事しか知らないけど、

あの頃と比べると随分と明るくなっていたわね。本当に良かったわ」

「二人が留美に初めて会ったのって、丁度留美が一人ぼっちだった時なのよね?」

「あっ、ごめんなさい鶴見さん……無神経な発言でした」

「ううん違うのよ。むしろ私は感謝しているのよ。

二年前、毎日とても暗い顔をしていた娘が、

夏休みからクリスマスを経て、どんどん明るさを取り戻していった。

あなたたちのおかげだったのね。本当にありがとう」

「少しでもお役にたてたのならいいんですが……」

「あ、そういえばね」

 

 久美が、何か思い出したように言った。

 

「あの子、クリスマスイベントの時の写真を、今でも時々見てるのよね。

その中にどうしても見せてくれない写真が一枚だけあるんだけど、

もしかしたらそこには比企谷君が写ってるのかしらね」

「そういえば八幡君、留美さんと二人で写真を撮ってなかったかしら?」

「そういえば、留美に頼まれて撮った気もするな」

「やっぱりね。まあ私がこう言うのもちょっと複雑なんだけど、

出来ればあの子が傷つかないようにふってあげてね」

「またいきなりですね……」

「だって私もあの結婚写真は見てるし、

お見舞いに来てる女の子達の事も何度も見てるからね」

「まあ、そうですよね……」

「最初は、何だこのハーレム野郎はって思わないでもなかったけど、

こうして実際に接してみると、比企谷君がそんな子じゃないのはすぐ分かったしね」

「恥ずかしいんでそれくらいで勘弁して下さい……」

「まあ留美ももう子供じゃないんだし、母親の私が言うのも何だけど、

あの子は雪ノ下さんに似て美人だし、これからいくらでもいい出会いがあると思うしね。

あ、変な男に引っかかりそうになったら、助けてあげてね」

「私と留美さん、そんなに似ているかしら」

「ああ、似てる似てる。特に気の強いところとかそっくりだろ」

「……それはどういう意味かしらね、八幡君」

 

 雪乃から急に殺気を感じた八幡は、ごまかすようにこう答えた。

 

「それくらい凛とした美人だって事だよ」

「そ、そう……美人、美人ね。それならいいのだけれど」

 

(ふう、雪乃から強烈なプレッシャーを感じるのも久しぶりだな。危ない危ない)

 

 八幡は、なんとか命拾いをしたなとほっとし、その後もリハビリに励んだのだった。



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第091話 だから人生は面白い

今日から一気に話が進んでいきます


 リハビリを終え、病室に帰った二人の所に、結衣と優美子が尋ねてきた。

 

「ヒッキーゆきのんやっほー!」

「あら、二人も来たのね」

「うん!ヒッキーのリハビリの具合はどうかなって」

「今日からだよね。調子はどう?」

「順調だ。雪乃にも助けてもらったしな」

「あんたは運動神経は良かったみたいだし、すぐまた自由に動けるようになるよ、八幡」

「まあ頑張るよ。ありがとうな、由比ヶ浜、優美子」

 

 それを聞いた結衣は、ビシッと音をたてて固まった。

結衣は今の遣り取りについて、二人に尋ねた。

 

「い、いつからみんな、お互いの事名前で呼び合ってるの?」

「優美子は目覚めた日からだな。雪乃は今日からだ。で、その事でお前にも話があるんだよ」

「う、うん」

「俺はゲームの中ではずっとハチマンって呼ばれてたんだよ。でな、二年もそうされてると、

さすがに比企谷って呼ばれる方が違和感を感じるようになっていてな」

「あー、そういう事なんだ」

「だから、色々な人に名前で呼んでくれるようにお願いしてるんだよ。

まあ優美子の場合は優美子からだったが、自分からも言うつもりだったから問題ない。

俺が相手をどう呼ぶかは、まあ相手次第だな。で、問題はお前だ、由比ヶ浜」

「ヒッキーって呼び方の事?」

「そうだ。ヒッキーってのは元々あだ名だから、俺としては特に違和感はない。

だからそのまま呼んでくれても構わないし、名前で呼んでくれてもいい」

「名前で……八幡、ヒッキー、八幡、ヒッキー、うーん」

 

 結衣はかなり悩んでいたが、どうやら結論が出たようだ。

 

「うん、今まで通りヒッキーで!」

「どうやって決めたんだ?」

「他の人が全員名前で呼ぶとしたら、ヒッキーの方がなんか特別っぽいから!」

「結衣らしいね」

「そうね、ゆい……ヶ浜さんらしいわね」

「俺は何て呼べばいいんだ?由比ヶ浜のままでいいのか?」

「なっななっ、名前でお願いします!」

 

 結衣は、緊張しながらも即答した。

 

「結衣、なぜ敬語……」

「わかった。名前だな。それじゃあ……」

 

 結衣はわくわくしながら八幡に呼ばれるのを待っていた。

だが八幡が選択したのは、予想外の呼び方だった。

 

「ゆいゆい、ゆいゆいだな。ははっ、何かかわいいなこの呼び方」

「八幡、さすがにそれは……」

 

 優美子はたしなめようとしたが、雪乃と結衣の反応は予想外のものだった。

 

「ヒッキー!どこでその呼び方を……」

「え?結衣?」

「八幡君、どこでその呼び方を?」

「雪ノ下さんまで……」

「前に雪乃が由比ヶ浜の事をゆいゆいって呼んでたからな。

普段はそう呼んでるんじゃないかって思ってたんだよ」

「う……この私とした事が……」

「というわけで、俺もゆいゆいと呼ぶ事に決定だ」

「うー、いいんだけどなんか複雑な感じ!」

「まあ、とっくにバレていたようだし、もう諦めましょう、ゆいゆい」

「嫌なら結衣って呼ぶぞ」

「うーん……」

 

 結衣は少し考えた後、八幡にこう頼んだ。

 

「ヒッキー、試しにちょっと私の目を見ながらゆいゆいって呼んでみて」

「わかった。これでいいか?ゆいゆい」

「うわ……」

 

 結衣は頬を赤らめながら、ぶつぶつと呟き始めた。

 

「うん、これは悪くない、というか、すごくいい。ゆいゆい、ゆいゆい……」

「お、おい……」

「ゆいゆいはどうやら違う世界に旅立ってしまったようね」

「結衣……」

「まあ、そのうち戻ってくるだろ」

「そうそう八幡、これ、小町ちゃんに渡すように頼まれた八幡のスマホ」

「おお……ありがとな。小町は忙しいのか?」

「小町さんは、生徒会の副会長をやっているのよ、八幡君」

「まじか。小町は総武高校の影の支配者になったのか……」

「その表現は当たらずとも遠からずって所ね。

選挙の時、私は会長になる事を薦めたのだけれど、その時小町さん、

小町はお兄ちゃんに似て主役よりも黒幕が好きなんです!って言っていたわ」

「まじか……」

「ええ、一言一句間違いないわね」

「俺は小町にそんな風に思われていたのか……」

「ふふっ、まあいいじゃない。それだけ小町さんは、あなたの事が好きなのよ」

「そう、なのかな」

「ええ、そうよ」

「えへへ、当たり前じゃんヒッキー!小町ちゃんだけじゃなく、みんなそうだよ!」

 

 その時結衣がいきなり会話に割り込んできた。どうやら別の世界から戻ってきたらしい。

 

「おお、おかえり、ゆいゆい」

「ただいま!って何が?」

「いや、いいんだ。ゆいゆいはいつも明るくていいな。髪がピンクだからだな」

「それまったく関係無いし!」

「俺の仲間にそういう奴がいたんだよ。ピンクは明るくて元気、これが真理だ」

「真理なんだ……」

「おう」

 

 八幡と結衣はそのまま雑談を続けた。

雪乃は何かを思いついたような顔をして、優美子に話しかけた。

 

「ところで三浦さん、私の事も、雪乃って呼んでもらえないかしら。

三浦さんは姉の事をさんづけで呼んでいるのに、

私の事を苗字で呼ぶのはちょっとおかしい気もするのだけれど」

「確かにね、それじゃ、雪乃って呼び捨てでもいい?

あーし、雪乃とはもっと仲良くなりたいし」

「構わないわ。私もあなたの事、優美子さんって呼んでもいいかしら。

ちょっと性格的に、さんづけがどうしても抜けないからそこは申し訳ないのだけれども」

「いつか呼び捨てになる日が来るのかな?」

「そうね、いつか私もそう呼べる日が来るかもしれないわね、ふふっ」

「あんたとあーしがこんな関係になるなんて、人生何が起こるかわからないね、雪乃」

「そうね、だから面白いのではないかしら、優美子さん」

 

 その後四人はしばらく雑談を続けていたが、雪乃はそろそろ帰宅する事にしたようだ。

 

「私はそろそろ帰るけど、二人はどうするのかしら」

「あーしもそろそろ帰らないとかも」

「あー、私もそろそろかなぁ」

「そうか。三人とも今日はありがとな。良かったらまた遊びに来てくれ」

「あら、私はしばらくリハビリに付き合うわよ」

「私も来れる時は手伝いに来るね!」

「あーしもまめに顔は出すかな。ねえ八幡、何か欲しいものとかあったら、

あーしのアドレスをスマホに入れといたから、そこに連絡して」

「優美子、いつの間に!」

「やはりあなどれないわね……」

「それじゃまたね、八幡」

「八幡君、また明日」

「ヒッキー、またね!」

「おう、またな!」

 

 こうして三人は帰っていった。

 

「さてと……」

 

 八幡は先ず、スマホをチェックする事にした。

知らないアドレスからメールが来ていたので、八幡はそのメールを開き、中を確認した。

メールにはキリトの名前と電話番号が書かれていたので、

八幡は即座にその番号に電話をかけた。

 

「はい」

「キリトか?俺だ」

「おっ、もしかしてハチマンか?」

「ああ、始めましてだな。比企谷八幡だ」

「俺は桐ヶ谷和人。よろしくな、ハチマン」

「よろしくな、和人。それともキリトのままの方がいいか?」

「ハチマンには、二年間キリトって呼ばれてたからなぁ……キリトの方がしっくりくるな」

「それじゃ、今まで通りって事でいいな」

「ああ」

 

 お互いの呼び方を確認した後、八幡は本題に入った。

 

「SAOの最後にあった事、覚えているか?」

「四人で話した事か?」

「ああ。実はあの後、晶彦さんと二人だけで少し話をしたんだよ。

その時に、百人の人間がまだ解放されていないって事を告げられたんだ。

どうやら外部からの干渉らしい」

「菊岡さんから大体の話は聞いてるよ」

「……アスナとリズの事も聞いたか?」

「全部聞いた。犯人は絶対に許さない」

「そうだな、どんな理由で行ったのかはわからないが、絶対に許さん」

「で、どうする?」

「SAOのサーバーを今管理しているのがどこか、知ってるか?」

「レクト・プログレスって聞いたな」

「そのレクトの本社に一人、強力な味方がいる。当面はその人に情報を収集してもらう。

もしかしたらプログレスの方にもバイトとして一人入り込めるかもしれん」

「もう手を打ってんのか……さすがだな、ハチマン。

しかしそのハチマンが強力って表現するなんて、その味方って人は本当にすごそうだな……」

「ああ。わかりやすく言うと、魔王だ。ラスボスだ」

 

 その八幡の答えを聞いたキリトは、息を呑んだ。

 

「……そこまでか」

「ああ。ちなみにすごい美人だ。そして大金持ちのお嬢様だ」

「何だそのバグキャラは……まさしくチートじゃないかよ」

「そういうわけだから、当面俺達は早く体力を戻すのが仕事って事になるな」

「さすがに二ヶ月で戻す自信は無いんだが……」

「死ぬ気でやれ」

「……そうだな、ここでやらなくていつやるって感じだよな」

「俺も頑張るから、問題なく外出出来るようになったらどこかで落ち合おうぜ」

「そうだな」

 

 とりあえずリハビリを頑張るという方針を確認した後、

二人は今回の事件について、意見を交換した。

 

「で、ハチマンは今回の件、どう見てる?」

「レクト・プログレスの内部に犯人がいる」

「根拠は?」

「SAOのサーバーの管理を任されるほどの会社だ。

外部から易々と侵入を許すはずがない。政府の目だって光ってたはずだ」

「まあ、道理だよな」

「それに、七十五層でクリアになるなんて、誰にも予想がつかなかったはずだ。

つまり、いつでも今回の犯罪を実行できるように、ずっと準備されていたはずだ。

それを行えるのは、レクト・プログレスの内部の人間以外にありえない。

更に言うと、組織的な犯行かもしれん」

「確かにそう言われると、犯人はそれ以外ありえないって気がするな」

 

 キリトは納得し、頷いているようだった。

 

「ところが一つ、ここに疑問点が浮かび上がる」

「どんな疑問?」

「うわっ」

 

 八幡はいきなり背後から声をかけられ、驚いて声を上げた。

 

「ハチマンどうした?うわっ、誰だお前ら!」

 

 同じくキリトも、何かに驚いたような声を上げた。

八幡は、まさか敵の襲撃かと思い、恐る恐る振り向いた。



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第092話 待っててくれよな

「で、誰が魔王でラスボスなのかな?」

「あっ、その、誰なんですかね。俺にはちょっとわからないです」

「ふ~ん」

「まったく記憶にございません」

「殴れば思い出すかな?」

「ノーノー!暴力反対!」

「それじゃあ力ではなく言論で戦いましょう」

「あの、その、いつからそこに?」

「陽乃、愛してるよって言ってた辺りからかな」

「おい、俺の発言を勝手に捏造すんな。うわっ、ごめんなさいごめんなさい許して下さい」

 

 八幡はつい突っ込んでしまったが、直後に陽乃が鬼の形相になったので、

すぐさま頭を床にこすりつけて謝罪した。

 

「はぁ……仕方ないから二時間ほど私と雑談する事で許してあげましょう」

「わかりました、仰せの通りに」

 

 八幡はそれを了承し、キリトとの会話を一旦終わらせようとスマホを手に取ったが、

通話はすでに切れていた。八幡はキリトの身を案じたが、おそらく敵の襲撃とかではなく、

陽乃の差し金だろうと推測し、黙っている事にした。

陽乃はSAOでの面白エピソードを語る事を八幡に求め、八幡もそれに応えた。

そして二時間が経った頃、病室のドアがノックされた。

 

「あ、来たみたい。どうぞ~」

「誰か来る予定だったんですか?だから時間潰しを?」

「正解。外にいるのはあなたもよく知ってる人よ」

 

 そしてドアが開かれ、そこに立っていたのはとても見慣れた顔だった。

 

「え、何これ、何でお前がここにいるんだよ、キリト」

「……拉致された」

「陽乃さん、何やってんすか!」

「ひどいなぁ、ちゃんと手続きはふんだよ?本人には話してなかっただけで。

そういうわけで、今日からキリト君は、八幡君の隣の病室に引越しで~す!

キリト君、私は雪ノ下陽乃。私の事は陽乃って呼んでね」

「あ、はい陽乃さん」

 

 その会話を聞いた八幡は絶句した。

キリトも何とも言えない顔をしていたが、ぽつんと一言だけ呟いた。

 

「……ハチマンの言ってた事は正しかった」

「……身をもって理解したか?」

「ああ」

「ん?二人とも、まだ私を魔王だとかラスボスだとか言いたいのかな?」

 

 それを聞いた途端にキリトが、饒舌になった。

 

「いえ、陽乃さんは美人でお金持ちのご令嬢で、とても素敵な方だと思います。

おいハチマン、お前こんな素敵な人に何言ってんだよ!」

「おいキリト、この裏切り者!」

「裏切ってなんかいない。表返っただけだ!」

「どんな敵相手でも怯まず戦う、それがお前だろ!キリト!」

「何言ってんだよ、このプレッシャーは【グリームアイズ】以上じゃないか!

俺は無謀な戦いはしない主義だ!それはお前もだろ、ハチマン!」

「お前の中で【グリームアイズ】がかなり印象深いのだけは理解した」

「あはははは、【グリームアイズ】ってのが何か分からないけど、

二人の息は本当にピッタリだねぇ」

 

 八幡とキリトは顔を見合わせ、陽乃は楽しそうにそれを見ていた。

 

「陽乃さん、このサプライズは一体どういう意図なんですか?」

「そうだねぇ、菊岡さんとも話したんだけど、

私達は君達二人が事件解決に向けてのキーパーソンになると判断したの。

だから連絡を密にするために、キリト君をこちらの病院に移動させました」

「そういう事ですか……まあキリトといつでも話せるのは、俺も助かります」

「まあ、改めて宜しくな、ハチマン」

「おう、始めましてだな!」

 

 二人は固い握手を交わした。

 

「さて、キリト君は八幡君のベッドに座って。立っているのはつらいでしょう?」

「あ、はい、お気遣いありがとうございます」

「それじゃ陽乃さん、さっきの続きを話せばいいですか?」

「さすがは八幡君、切り替えが早いね。最初の方の話の内容は理解したし、納得もした。

その上での疑問ってのを、話してみてくれない?」

「大した事じゃないんですよ。アスナについてです。

もし会社ぐるみの犯行だとしたら、アスナがまだ目覚めていないのは明らかにおかしい」

「ん、何でだ?」

 

 八幡は、アスナの素性をキリトに説明する事にした。

 

「キリト、アスナはな、レクトのCEOの娘なんだ」

「うげっ……ハチマンも色々大変だな」

「俺が大変なのはさておき、レクトのCEOは結城章三さんでしたっけ?

会社ぐるみの犯行だとしても、娘にこれ以上の犠牲を強いる必要がまったく無い」

「章三さんは、娘ラブだからね」

「レクト本社でそんな計画が持ち上がっていたら、CEOの耳に入らないわけがない。

つまり怪しいのは、レクト・プログレスという事になる」

「政府は動けないのか?」

「それは何かキッカケが無いと厳しいわね。強制捜査を行う理由もまったく無いしね」

「つまり、レクト・プログレスが事件に関わりがあるっていう証拠集めが、

俺達の当面の目標って事になる」

「私も頑張るつもりだけど、何度も支社に足を運ぶのは、中々難しいのよね」

「それなんですが陽乃さん、材木座って覚えてますか?」

「えーっと確か、あの変な喋り方をする、大きな子?」

「そうです。あいつがレクト・プログレスでバイトをする手はずになってるんですよ。

その後押しって出来ませんかね?」

「バイトの一人くらいなら何とかなると思う」

「それじゃ、あいつの潜入待ちって事で、俺とキリトはそれまで頑張ってリハビリします」

「二人一緒なら、リハビリも捗るかもしれないね」

「よし、明日から頑張ろうぜ、ハチマン」

「おう!」

 

 

 

 次の日から、ハチマンとキリトは一緒にリハビリに励んだ。

キリトは雪乃や結衣ら、お見舞いに来る者達とすぐに仲良くなった。

 

「なあハチマン。何でお前の周りはこんなに美人ばかりいるんだ?

お前ぼっちだって言ってなかったか?」

「……そのはずだったんだが、気が付いたらこうなっていた」

「ハチマンが、無自覚系天然ジゴロだなんて思いもしなかったよ」

「おい」

「事実だろ?」

「ぐっ……」

 

 

 

 こんな会話もあったが、リハビリは順調に進み、ついに二人は退院出来る事になった。

あれから二ヶ月近くたったが、未だに事件の糸口は掴めていない。

材木座は無事にバイトの面接に合格し、色々と調べてくれているようだが、

妙に閉鎖的な部署があるくらいの情報しか得られていなかった。

ちなみにそれは、ALOのサーバー管理をしている部署らしかった。

 

「というわけで、二人は退院するだけならいつでも可能という事になったわ」

「長かったな……」

「ああ、そうだな……」

「でも、出来れば二人には、もう少しここにいてほしいのよ」

「あー、確かにそうですね」

「なのでもう少しこの病院に留まって欲しいのだけど、構わない?もちろん外出は自由よ」

「俺は問題ないです」

「俺も問題ないですね」

「それじゃ、その方向でもう少しだけ我慢してね。実は、少し気になる情報があるのよ」

「情報、ですか」

「二人とも、ALOって知ってる?」

「はい、一応二人で概要は調べました」

「そのゲーム内で撮られたSSを最近入手したんだけど、

そこに、アスナさんらしき人物が写ってたのよね」

「本当ですか?」

 

 八幡はそれを聞き、陽乃に詰め寄った。

 

「落ち着いて。今その写真の人物を、この結婚写真のアスナさんと比較させているの。

夜までには結果が出ると思うわ」

「初の手がかりですね。しかも予想外の所から……」

「そんなわけだから夜まで待って頂戴。で、それまで二人が良かったら、

これからアスナさんのいる病院まで一緒に行かない?」

「いいんですか?」

「ええ、社長……章三さんにも話は通しておいたわ」

「お願いします、連れてって下さい!」

「キリト君も行く?」

「はい、俺も一緒に行きます。アスナは大事な仲間ですしね」

「それじゃ、行きましょうか」

 

 

 

 アスナの眠る病院は、所沢にある結城系列の病院だった。

三人が通されたのは、明らかに他の病室とは設備の違う、特別な病室だった。

窓から見えるアスナの姿も、痩せすぎという事も無く、比較的健康的なものだった。

 

「アスナ……」

「目覚めた当初の俺達よりも健康に見えるな」

「どうやらかなりお金をかけてるみたいよ」

「さすが大企業……」

「それじゃ、入りましょう」

 

 病室に入った三人は、ベッドの脇の椅子に座った。

八幡はアスナに駆け寄りたいのを必死に我慢していた。

思ったよりもアスナの状態が良い事に、八幡はひたすら安堵していた。

 

「やっと会えたな、ハチマン」

「ああ、状態も良さそうだし、ちょっと安心したわ」

「良かったわね、八幡君」

「はい、ありがとうございます、陽乃さん」

 

 その時病室の扉が開き、二人の男が入ってきた。

それを見た三人は立ち上がり、陽乃が年配の方の男に挨拶をした。

 

「社長、お見舞いを許可して頂いて、ありがとうございます」

「陽乃君、来てくれたんだね。で、そちらが話に聞いていたハチマン君とキリト君かい?」

「はじめまして、比企谷八幡です」

「桐ヶ谷和人です」

 

 その男、結城章三は、二人の手を取って感謝の言葉を述べた。

 

「二人の事は政府の人や陽乃君から聞いていたよ。

ずっと明日奈の事を守ってくれていたんだろう?

明日奈はまだ目覚めてはいないが、二年間娘を守ってくれた事、とても感謝する」

「守っていたのは主にこのハチマンです」

「そうか。ハチマン君は娘と一緒に暮らしていたんだろう?

親としては複雑な気分ではあるが、まあゲーム内での事だしね。とにかくありがとう」

「娘さんを目覚めさせられなくて、すみません」

「何、それは君達のせいではないと聞いているよ。気にしないでくれたまえ」

「それでも、すみません……」

 

 章三は、尚も謝る八幡の背中をぽんぽんと叩いた。

八幡は涙が出そうになるのを必死に堪えていた。

その光景をよそに、章三の連れの若い男が話に参加してきた。

 

「社長、僕の事も紹介して頂いても宜しいですか?」

「おっとすまん。紹介しよう、我が社のフルダイブ研究部門の主任をしている須郷君だ。

今はレクト・プログレスの方に出向してもらっている」

「須郷です。君達二人の話は聞いています、お会い出来て光栄だ。

英雄キリト君、そしてハチマン君」

「はじめまして」

「須郷、こちらは我が社に今度入社した、雪ノ下陽乃君だ。雪ノ下家のお嬢さんだよ」

「はじめまして須郷主任。今後とも宜しくお願いします」

「雪ノ下家の……とても優秀だという噂はかねがね聞いていましたが、

こんなに素敵な女性だとは思ってもいませんでした」

 

 そう言いながら須郷は、とても嫌らしい視線を陽乃に投げかけた。

陽乃はいつも通り、表向きは平然としていたが、内心では恐らくイライラしているだろう。

 

「社長、こんな時に何ですが、あの話を進めて頂いても宜しいですか?

明日奈さんが今の美しい姿のうちに、ドレスを着せてあげたいのです」

「……そうだな、そろそろ覚悟を決めないといけない時期なのかもしれない」

 

 その不穏な言葉を聞き、陽乃が代表して章三に質問した。

 

「社長、良いお話のようですが、何かあるんですか?」

「ああ、この須郷を明日奈の夫にと思ってね。

このまま明日奈はずっと目覚めないかもしれない。

だからせめて明日奈が美しいうちに、この話を進めておきたいと思ってね」

「なるほど……それはおめでとうございます」

 

 八幡は顔面蒼白になっていた。キリトはそんな八幡の様子を見て、八幡に耳打ちした。

 

「落ち着け。こういう時にこそ何とかするのがお前だろ?」

 

 八幡はそれを聞き、深呼吸した。

 

「すまんキリト。もう落ち着いた。陽乃さん、ちょっと耳を……」

「ん?」

 

 八幡は、章三と須郷が話している隙に陽乃に何ごとか耳打ちした。

 

「そういえば社長、ちょっと政府関係の事で内密のお話が」

「ん、分かった陽乃君。ちょっと外に行こうか」

「はい、すみません社長」

 

 二人は一旦外へと出ていった。そして残された八幡とキリトに、須郷が話しかけてきた。

 

「ハチマン君は、ゲーム内で明日奈さんと一緒に暮らしていたんだよね?

この話は君にとってさぞ悔しい事だと思うが、勘弁してくれよ」

「はあ、まあそうですね」

「でも、本人の意思を確認しないまま、そんな事が可能なんですか?」

 

 キリトが須郷に尋ねた。

 

「法的な入籍は出来ないね。まあ形としては、僕が結城家の養子になるというだけさ」

「なるほど」

「ここだけの話、この話は僕にとってはとても都合が良かった。

僕は明日奈さんには嫌われていたからね」

「はあ、そうなんですか?」

「興味が無さそうだね、ハチマン君」

「まあ、そうですね」

「もしかしてあなたは、この状況を利用するつもりですか?」

 

 ハチマンよりもキリトが、その言葉に反応して激しく須郷を糾弾し始めた。

 

「君達も知っているだろう?SAOのサーバーを今管理しているのは僕の部署だ。

つまり今、明日奈さんの命を握っているのはこの僕という事になる。

ならば、少しくらいの見返りがあっても構わないだろう?」

「あんたって人は……」

 

 キリトは尚も須郷に詰め寄ろうとしたが、八幡はそれを止めた。

 

「さっきから色々話してますけど、俺達が章三さんに告げ口したらどうするんですか?」

「私は社長から絶大な信頼を得ているからね、どちらの言葉を信じるかは明白さ」

「なるほど」

 

 先ほどからハチマンが興味無さそうにしているのが気になっていたキリトは、

とある事実を思い出し、背筋が凍るのを感じた。

 

「しかしハチマン君は、明日奈さんと一緒に暮らしていたわりには興味が無さそうだね。

元々割り切った関係だったのか、それともただの遊びの関係だったのかい?」

「ひっ」

「ん、キリト君どうかしたかい?」

「い、いいえ……」

「で、どうなんだい、ハチマン君」

「まあ、ご想像にお任せします」

「そうか、まあ話は分かっただろう?なので今後はもうここには来ないでくれないか?

もう君達にはどうしようもない話なんだよ。

なので二人は、せめて今日だけは、明日奈さんとの最後の別れを楽しんでくれたまえ」

 

 そう言って須郷は外に出ていった。そして入れ替わるように陽乃が中に入ってきた。

 

「陽乃さん、どうですか?」

「うん、八幡君に言われた通りに言ったら、予想通りの反応をしたよ」

「何かしたのか?」

「まあな。外の声、聞こえるだろ?」

 

 キリトが耳をすますと、外から章三と須郷の声が聞こえてきた。

 

「社長、やっぱり結婚は無しって、どういう事ですか!?」

「やはり時期尚早だと考え直したんだ。この話は当分お蔵入りという事に決めた。

理解してくれ、須郷。私としても熟考した結果なんだ」

「……わかりました」

「それじゃ、私は先に社に戻るよ」

「はい……」

 

 章三は去っていったようで、直後に病室の扉が乱暴に開けられた。

 

「お前ら何をしたあああああ」

 

 そこには、ひどく醜い顔をした須郷が立っていた。

 

「ん、何の事ですか?どうかしたんですか?」

「とぼけるな!今社長から、結婚の件はしばらく延期だと言われた!

お前らが何かしたに決まってる!」

「いや、そんな事言われても、なぁ」

「私は政府からの情報を伝えただけですし、何の事かわかりませんね、主任」

「くそっ、今に見てろ!切り札はこっちの手にあるんだ!」

 

 そう捨て台詞を残し、須郷は去っていった。

誰もいなくなったため、八幡は遠慮なくアスナの手を握り、優しく話しかけた。

 

「アスナ、あの馬鹿は俺が必ず何とかする。結婚も延期させてやった。

その間に必ずお前を救い出すから、もう少しだけ待っててくれよな」

 

 その言葉が聞こえたわけではないだろうが、

三人は、眠るアスナの顔が少し笑顔になったような気がしたのだった。



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第093話 確信

「あのクソ男、いつか絶対に泣かす」

「陽乃さん怖いです。でも、いつもながら完璧な外面でしたね」

「まあ、昔から鍛えられてたからね」

「それよりキリト、何でそんな隅っこにいるんだよ」

「いや、だってさ……」

 

 アスナの病室を辞し、病院に戻った後、

キリトは部屋の隅で八幡の様子をちらちらと窺っていた。

 

「だって何だよ。そういえば途中で悲鳴を上げてたみたいだったが、一体どうしたんだ?」

「だってハチマン、あの時明らかにキレてたじゃないかよ!悲鳴くらい上げるだろ!」

「八幡君、キレてたの?」

「あ、はい、確かにキレてましたね」

「いつから?」

「多分、陽乃さんに耳打ちするちょっと前からですね」

「まったく気付かなかったわ……」

「陽乃さん、キレるとハチマンは、何に対してもすごいめんどくさそうな態度をとるんです。

で、一度爆発すると恐ろしく攻撃的になるんですよ……」

「そうなんだ、前にもそういう事があったの?」

「おいキリト、それ以上言ったらどうなるかわかってるよな?」

「キリト君、わかってるよね?」

「前キレた時は、アスナの護衛を三秒でぶちのめしたあげく、

アスナを抱き寄せて高らかに自分の物宣言をしてました!」

 

 キリトはまったく迷わずに、ハチマンの過去の所業を暴露した。

 

「うわぁ……ちょっと八幡君の見方が変わったわ」

「キリト、てめえ!」

「残念だったなハチマン。俺は強い方につく」

「くっそ、絶対リズにチクってやる」

「おい、リズは関係無いだろ!」

「二人とも、仲がいいのは分かったからそのくらいで」

「ところで、どうやって結婚をやめさせたんだ?まるで魔法を見てるみたいだったぞ」

 

 キリトはその事がずっと気になっていたようだ。

 

「あれか。陽乃さん経由でアスナのお父さんにこう言ってもらったんだ。

政府が本気で動いてるから、アスナさんはもうすぐ目覚めるかもしれませんね。

そうすると、結婚を勝手に決めた社長は、

アスナさんに一生口を聞いてもらえないかもしれませんね、ってな」

「聞いてみれば普通の事だな」

「アスナのお父さんも、不安だからああいう結論に至ったんだと思うんだよ。

それを払拭しただけだから、まあ楽なもんだ。娘ラブな人らしいしな」

「確かにそうかもしれないな」

 

 その時ドアがノックされた。訪ねて来たのは菊岡だった。

 

「例の写真の解析結果が出たよ」

「さすが菊岡さん、仕事が速い!」

「で、結果はどうだったんですか?」

「うん、まずはこの写真を見てくれ」

 

 そう言って、菊岡は数枚の写真を二人に見せた。

 

「これは……」

「アスナ!」

 

 突然八幡が叫んだ。菊岡は、やはりという顔をした。

 

「間違いないかい?」

「はい。アスナの事は絶対に見間違えたりなんかしません。これは間違いなくアスナです」

「ハチマンがそう言うなら、間違いないだろうな」

「こちらの解析の結果もほぼ間違いなし。同一人物だと判定されたよ」

「私が結婚写真のデータを解析で入手しておいたおかげだね!」

「陽乃さん、本当にその通りです。心の底から本気の本気で感謝します。

そうか、アスナはALOの中にいるのか……」

「そうするとやっぱり怪しいのは」

「あのクソ野郎ね」

「ん?犯人の目星がついたのかい?」

「レクトのフルダイブ研究部門の主任です、名前は須郷」

「そうか、それじゃこっちでも内偵を進めてみるとするよ」

「お願いします」

「後、この写真を見て何か気付かないかい?」

「アスナの格好が全部違う……まるでこちらに向かって何かを訴えかけているような」

「これ、アスナは確実に意識を保った状態で捕まってるな」

 

 二人の指摘通り、確かにアスナはこちらを意識して、

必死に合図を送ろうとしているように見えた。

 

「だがこれだけじゃ証拠としては弱い。

どうにかしてアスナさんとコンタクトが取れないもんかな」

「このアスナの服装、何なんですかね。ここらへんに何かヒントが無いですかね」

「この写真を提供してくれた知り合いに聞いたんだけど、どうやらアスナさんの服装は、

ALOのグランドクエストに登場するティターニアという妖精の女王の姿らしいよ八幡君」

「……つまりグランドクエストをクリアすればアスナに会える可能性があると?」

「話はそう単純ではないと思うが可能性はあるね。ところがこのグランドクエスト、

あまりの難易度の高さにまだ誰もクリアしていないという代物なんだよね」

「あ、それ見ました。世界樹の上を目指すって奴ですよね。

クリアした種族はアルフという種族に生まれ変わり、ずっと飛べるようになるとか」

「そうだね。だが世界樹に出てくる敵の数が多すぎて、どうしようもないらしいね」

「そもそもその仕様、何か納得いかないんですよね」

「と、言うと?」

「だってそうじゃないですか。どこかの種族がクリアしたとします。

そしたら新規プレイヤーは全員その種族で始めますよね。

で、今プレイ中のプレイヤーも、大部分がキャラを作り直すんじゃないですか?

それくらいのアドバンテージですよ。でもそうなると、ゲームとしては死んだも同然です」

「……確かにそうかもしれない。いまだに誰もクリア出来ていないのには裏がありそうだね」

「そうですね。あの、菊岡さん、ALOのゲームソフトを用意してもらう事は出来ますか?

ナーヴギアでも動くんですよね?」

 

 菊岡はその頼みを予想していたのだろう。ALOのソフトを二本取りだした。

 

「もう用意してあるよ。でもいいのかい?またアレを被る事になるんだが大丈夫かい?」

「俺は大丈夫です。どうしても取り戻したい人がいますからね」

「俺も大丈夫です。こうなったらもうやるしかないですしね」

「分かった。それじゃ本格的な攻略は後日にするとして、とりあえず少し潜ってみるかい?」

「そうですね、そうしますか」

「待って、私の知り合いのパーティにバックアップをさせるわ。

二人はどの種族で始めるか、もう決めてるの?」

 

 八幡とキリトは、同時に言った。

 

「スプリガンにしようかと」

「スプリガンですね」

「……何でスプリガンなのかな?」

「黒いからです」

「闇っぽいからです」

「そ、そう……シルフとかじゃ駄目なのかな?私の一押しなんだけどな」

「シルフとか絶対に俺とキリトには似合いませんね」

「さすがにシルフは無いかな、うん、無いな」

「……わかったわ。知り合いに連絡をとるから少し時間を頂戴」

「僕はここで一度お暇するよ。内偵の準備もあるのでね」

「はい、それじゃ俺達はここで待ってますね」

 

(出来れば雪乃ちゃん達がよく拠点にしているシルフ領から始めてもらうつもりだったけど、

どうも無理っぽい……雪乃ちゃん達にサプライズでバックアップさせる予定だったけど、

まあスプリガン領なら何とかなるかな。雪乃ちゃん達は世界樹の所にいるはずだし)

 

 

 

 数日前、総武高校のメンバーは久しぶりにALOに集合していた。

 

「八幡君のリハビリも、もうすぐ終わりね。みんなご苦労様」

「四月になって学校が始まってからはあまり病院に行けなくなっちゃったけど、

交代で行ってた分、こっちで集まるのも久しぶりだね」

「あっ、そういえば!」

 

 コマチが何かに気付いたように言った。

 

「この前撮った写真、お兄ちゃんの件ですっかり忘れてました!」

「そういえばそうだねコマチちゃん。それじゃ今からみんなで見てみませんか?」

 

 イロハがそう提案し、四人は前回撮った写真を見てみる事にした。

 

「これ、世界樹の枝だね。かなり近い」

「そうね。かなり惜しい所まで行けたのね」

「みなさんこれ、これを見て下さい!この鳥籠みたいなやつです!」

「誰かしらこれ……もしかしてティターニア?」

「服装からするとそれっぽいですね。ユキノ先輩、これはスクープですよ!」

 

 そんな時、写真をじっと見つめていたユイユイが、ユキノにこんな事を言った。

 

「……ねえユキノン、これ誰かに似てない?」

「そういえば、どこか見覚えがあるような……」

「どれどれ……あれっ、これ、アスナさんに似てませんか?」

「そう言われると、確かにそっくりに見えるわね」

「アスナさんって、眠ったまま目覚めてないんですよね。まさかとは思いますけど……」

「まさかアスナさんはあの世界樹の上に?そんな事あるのかしら……

ALO、SAO、管理会社は一緒……サーバー……」

 

 ユキノは何か考え込んでいたが、どうやら考えがまとまったようだ。

 

「みんな、この写真をすぐに姉さんに送るわ。公表はしない方向で」

「わかりました。これはちょっと犯罪の匂いがぷんぷんしますね」

「もしかしたら、八幡君とキリト君がALOに来る事になるかもしれないわね。

その時は私達が全力でバックアップするわよ」

「はい!お兄ちゃんのためにもコマチやります!」

「頑張ろー!」

「おー!」

「まずはこの写真の解析待ちね。とりあえず今日はログアウトしましょう。

後日私からみんなに連絡を入れるわね」

 

 

 

 数日前、こうした経緯で写真が陽乃の手に渡り、今に至るのだった。

そして今、陽乃は雪乃に電話を入れ、二人がスプリガンで始める事を告げた。

 

「スプリガンを選んだのね……まあ土地勘が無い分若干時間はかかるけど、問題ないわ」

「ごめんね、どうしてもシルフは嫌みたいでね……似合わないからって。

とりあえず今から試しにインする事になったから、どうすればいいかだけ教えて」

「最初の町周辺でスキル上げかしら。私達も今からすぐそちらに向かうわ。

二人だけで世界樹の街、アルンに向かうのはちょっと不可能だと思うし」

「そう……それじゃそう伝えるわ」

「スプリガン領の近くの中立都市に着いたら改めて連絡を入れるから、

そしたらそこで落ち合う事にしましょう」

「分かったわ。頑張って、雪乃ちゃん」

「ええ」

 

 

 

「ごめんごめん、連絡がとれたよー。

とりあえずインしたら、町の近くでスキル上げをしててほしいんだって。

その間にスプリガン領近くの中立都市に向かうから、後ほどそこで集合だって」

「確かに初期状態からスタートでしょうし、スキルを上げないと何も出来ませんからね」

「飛ぶのにも慣れないといけないしな」

「まあとりあえず、インだけしてみますね。陽乃さんはコーヒーでも飲んで待ってて下さい」

「うん、気を付けてね二人とも」

「なぁに、死んでも死なないなんてぬるすぎますよ。なぁ、キリト」

「そうだな。よし、やるか」

 

 二人は同じベッドに横たわり、二年数ヶ月ぶりに、その言葉を発した。

 

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第094話 狂った男の狂った研究

ご不快な気分にさせてしまったら申し訳ありません
おまわりさんいけないのはこいつです!


 アスナは今日も代わり映えのしない空を眺めていた。

ここに囚われてからどのくらい経ったのだろう。

きっとハチマンが助けに来てくれる、そう思いながらもアスナは、

自分が何をすればいいか分からず、ただそこにいるだけの生活を送っていた。

そんなアスナに声をかける者がいた。

 

「相変わらず憂いを帯びた、泣きそうな表情をしていますねティターニア。

だがあなたはその顔をしている時が一番美しい」

「……私の事を変な名前で呼ぶのはやめて、オベイロン。いえ、須郷さん」

 

 須郷はやれやれと肩を竦めながら、話を続けた。

 

「やれやれ、いつになったら私に心を開いてくれるんですかね」

「私をこんな所に閉じ込めておいてよく言うわね。

そんな日が来る事は、永遠に無いと思うけどね」

「誰かが助けに来るとでも思っているんですか?

そういえばこの前、あなたの知り合いらしい若者が二人、あなたの病室を訪ねてきましたよ」

 

 その言葉を聞いた瞬間にアスナの表情が変化したのを見て、

須郷は面白くなさそうに舌打ちをした。

 

「やはりあなたの希望はその二人のどちらかですか。英雄キリト君かな?

それともあなたと一緒に暮らしていたという、ハチマン君かな?」

 

(ハチマン君、大丈夫だろうとは思っていたけどやっぱり生きていてくれた。

そしてもう、私の入院してる病院まで辿り着いてくれてたんだ)

 

「なるほど、ハチマン君の方ですか。さすがに妬けますねぇ」

 

 須郷はアスナの表情の変化を微妙に感じ取り、アスナの希望の源がハチマンだと断定した。

 

「もっとも彼は、その日から一度も病室には来てないけどね。

彼、私があなたと結婚する予定だって聞いても、興味が無さそうに返事をするだけで、

あなたの事を大切に思っているとはとても思えませんでしたよ?」

「ハチマン君が、興味が無さそうにしていた?」

「ええ。それがどうかしましたか?落胆しちゃいましたか?これは申し訳ない事をしました」

 

 須郷は、アスナを落胆させるためにわざとそう言ったのだが、その顔はとても歪んでいた。

一方アスナはその言葉を聞いて、別の事を考えていた。

 

(ハチマン君、その時完全にキレてたよね。でも結婚って何の事かしら。

これはうまく話をさせるように仕向けないと)

 

 アスナはそう考え、ことさらに落胆したような表情を作って須郷に質問を開始した。

 

「ところで結婚って何の事かしら?」

「もちろんあなたと私の結婚の事ですよ」

「は?」

 

 この時ばかりはあまりの馬鹿らしさに、アスナは演技するのを忘れて素の反応を見せた。

 

「随分な反応ですね、言った通りですよ。眠り続けるあなたと私が結婚するんです。

ちなみにもう社長の了承は得てありますからね」

 

(残念だけど、お父さんはもう私の事を諦めているのかもしれない。

でもキレたハチマン君がそんな事をすんなり許すはずがない。それにさっきのあの顔……)

 

 アスナはそう考え、あえて断定的にそれを否定した。

 

「嘘ね」

「……何故ですか?あなたに何が分かるんですかね?」

「あなたは今ハチマン君の事を話した時、すごい憎しみのこもった顔をしていた。

すんなりと結婚が決まったならそんな顔をするはずがないわ」

「ちっ、かわいげのない」

「褒め言葉だと思っておくわ」

「本当にかわいげの無い女だ。そうですよ、あの小僧が何をやったのかは知らないが、

社長は一度はオーケーしたものの、直後に結婚は無しだと言ってきました。

まあ時間の問題なんですけどね。あなたをどういう状態でいつ目覚めさせるかは、

結局全て私次第なんですからねぇ」

「そう上手くいくかしら?」

「上手くいったら私は結城家の跡取りだ。

そうなってしまえばもうこの事が露見する心配はないだろう。

もし上手くいかなくても、私の研究はほとんど完成しているのでね、

この成果を他の企業に高く売って、そのまま高飛びするだけさ。

どうだい、完璧な計画だろう?本当に君達は、いい研究材料だよ」

 

 アスナはその須郷の言葉で、相手が実は自分にあまり興味が無い事を知った。

 

「……私は結局あなたにとってはおまけなのね」

「ああそうさ、君は私にとっては美しいだけのおもちゃみたいなもんさ。

もっとも手に入った以上は、十分楽しませてもらうつもりだけどねぇ」

 

 須郷はそう言いながら、いやらしい顔で舌なめずりをした。

アスナはすさまじい嫌悪感を感じながらも、気丈にも更に問いかけた。

 

「一体あなたは何がしたいの?あなたは確かに優秀だわ。

そんなあなたは一体どんな研究を完成させたの?」

 

 優秀という言葉に気を良くしたらしく、須郷はペラペラと自分の研究内容を語りだした。

 

「ふふん、やっと私の優秀さを認めましたか。フルダイブ技術の一歩先ですよ、アスナさん」

「一歩……先?」

「この技術はゲームなんていうつまらない物のためにあるんじゃない。

本質は、脳に過剰な仮想の環境信号を与える事によって、思考、感情、記憶、

全てを人為的に制御する事にあるんですよ」

「そんな……そんな事って」

「これはもう既に各国で研究されている事なんですよ、それが現実です。

だが完成度では、今まさに私が世界のトップなんですよ。何故だかわかりますか?」

「…………」

「この研究にはね、人体実験が欠かせないんですよ。

だがもちろんそんな事が許されるはずがない。

でもねぇ、SAOのサーバー管理を任された時に思いついたんですよ。

目の前に、こんなに実験材料があるじゃないかってねえええええ」

 

 アスナはこみあげる怒りを抑えるのに必死だった。

そんなアスナを見て気分を良くしたのか、須郷はさらに続けた。

 

「茅場先輩は確かに優秀だった。だが馬鹿だ。大馬鹿だ!

あの才能をたかだかゲームの世界の創造ごときにつぎ込んでそれで満足するなんて、

研究者としては三流もいいとこさ。この僕の足元にもおよばない!」

「……あなた、茅場晶彦の後輩だったのね」

「さすがにあの人の作ったものは素晴らしい出来でね、

SAOのサーバーに直接手をつける事は私にも出来なかったが、

その一部をこの世界に拉致出来るように細工をするくらいなら、そう難しくはなかったよ。

そしてついに、私の待ち望んだ時が来たんだ。あなた自身と、そのお仲間のおかげでねぇ!」

 

 アスナはそれを聞き、悔しそうに呟いた。

 

「私達のおかげ……」

「ああそうさ。そう考えるとあの馬鹿な少年達にも感謝しないといけないね。

先日の無礼も大目に見ようじゃないか!彼らのおかげで私の研究は飛躍的に進んだ。

人の記憶の操作、そして誘導。まさに神の御業と言うべきだね。はははははははは」

 

 記憶、という言葉を聞いて、アスナは最悪の想像をした。

 

「まさかあなたは……私の記憶を……」

「あれ、気付いちゃいましたか?そう、あなたがいくら抵抗しても無駄なんですよ。

何故ならあなたが目覚める時、今のあなたの記憶は消去され、

残っているのは私に対する愛情だけになるんですからねぇ」

「……気持ち悪い」

 

 アスナはもう完全に演技をする事を忘れていた。

 

「私も人形のようなあなたを相手にするのはつまらないのでね。

いつまでも私に対して従順にならないと言うなら、

この世界であなたをとことん陵辱してもいいんですよ?

私は紳士なんで、出来ればそんな事はしたくないんですけどねぇ」

 

 アスナはその言葉に恐怖を感じたが、かろうじて踏みとどまっていた。

だが、その言葉を黙って聞く以上の事は出来なかった。

この男は完全に狂っている。だが父が知ったら必ず止めるはずだ。

そう思いアスナは、気力を振り絞って父の関与について須郷に尋ねる事にした。

 

「……そんな事を父が許すはずがない。父はこの事を知っているの?」

「知ってるわけないじゃないですか。この事を知っている者は片手にも満たない人数ですよ。

そうじゃないとこの研究の成果を売る時に分け前が減ってしまいますからねぇ」

「……あなたって人は」

「申し訳ないがそろそろ時間のようですね。これでも私はとても忙しい身なんですよ。

次に会う時はもう少し従順になっていてくれると助かりますねぇ、私のティターニア」

 

 そう言って須郷は立ち去っていった。

アスナはベッドの上に崩れ落ち、自分の体を抱いた。

 

「本当に気持ち悪い……でも、絶対に負けるわけにはいかない。

もし何かされても、絶対に心まであいつの物になったりはしない。

よく考えよく観察し、打てる手は全て打って、絶対にこの世界から脱出してみせる。

ハチマン君も私を助けようと色々してくれているはず。私、頑張るよ」

 

 敵はこの世界では強大だが、アスナは戦う事を決してやめない事を誓った。

 

「応援しててね、ハチマン君、ハチマン君……」

 

 アスナは戦い続ける勇気を持つために、ハチマンの名を呼び続けたのだった。

そしてその頃ハチマンは……

 

「おいキリト、何だこれ」

「スタート地点はスプリガンの領都じゃなかったのかよ!なんでこんな空の上なんだよ!」

「そのはずなんだがな」

 

 キリトと二人で落下中であった。



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第095話 復活

「おいキリト、この羽根どうやって動かすんだ?」

「わからない!」

「こういう場合のセオリーとか無いのか?」

「背中に意識を集中させてなんとかかんとか!」

「よし、やってみるか」

「何でお前そんなに冷静なんだよ!」

「いいからお前もさっさとやれ」

「くそ!動け!俺の羽根!」

 

 そのキリトの叫びが天に届いたのか、二人の落下速度が少し弱まった。

 

「少し落下速度が落ちたか?」

「……そうか!おいハチマン、飛べって強く意識してみろ。この際羽根はどうでもいい」

「了解だ。よし、飛べ!」

 

 その瞬間二人の落下速度が目に見えて遅くなり、二人は何とか空中で停止した。

 

「よし、出来たな」

「やっぱりか」

「どういう事だ?」

「例えば人間に天使の羽根が生えてても、実際は重くて飛べないだろ?

同じ理由でこんな小さな羽根じゃ、実際のところ飛べるはずはない」

「ふむ、つまり?」

「この羽根はあくまで補助のためのものであって、

一番大事なのは飛ぼうとする意思じゃないかって思ったんだけど、正解だったみたいだな」

「そう言われると、確かに物理法則とかゲームの中じゃあまり関係ないよな」

「後は意識の使い方で、自由自在に飛べるようになるんじゃないか。

コントローラーもあるみたいだが、そんなの一々使いたくないしな」

「そうだな、練習あるのみか。とりあえずこのままゆっくり降りよう」

「了解」

 

 二人はそろりそろりという感じで下に降りていった。

地面に到達すると二人は、大きな溜息をついて座り込んだ。

 

「はぁ……さすがにびびったな」

「スタート地点が空中に設定されるとか、こんな話マニュアルにも書いてなかったぞ。

色々記事も見たはずだが、こんな記述は皆無だった」

「まあまずは何が出来るのか確認しようぜ。ウィンドウってどうやって出すんだ?」

「SAOと一緒らしいぞ。まあ初期状態のはずだし、

出来る事なんかほとんど無いだろうけどな。さて、まずはあれの有無の確認だ」

「そうだな……」

 

 二人は緊張しながら、真っ先にログアウトボタンの有無を確認した。

 

「ログアウトボタンがある……」

「ああ、あるな……」

「正直俺、ちょっとびびってたわ」

「ハチマンもか、実は俺もだ」

「まあこれで安心だな。さて、今のスキルはっと……」

 

 次にスキルの数値を確認しようとした二人は、数値を見て呆然とした。

「……おい」

「……ああ」

「何だこれ?」

「意味が分からん……」

 

 二人のスキルの数値は、ほとんどがマックス近くまで到達していた。

二人は黙ってその数値を見ていたが、キリトが何かに気付いたようにハチマンに言った。

 

「なあ、俺この数値に見覚えがあるんだけど、ハチマンはどうだ?」

「奇遇だな、俺もだ」

「……SAOの最終スキルの数値と同じか?」

「ああ。まったく一緒だな」

「どう思う?」

「そうだな、おそらくSAOとALOのフォーマットは同じなんだろう。

だからナーヴギアにセーブされていたデータがそのまま上書きされたんじゃないか?」

「うわ、この所持金の額を見ろよ。俺達最初から大金持ちだぞ」

「HPやMPは上書きされないみたいだな。フォーマットが違うんだろうな」

 

 二人は一通りスキルをチェックした。

 

「……アイテムはどうかな」

「さすがに無理じゃないか。俺達が今装備してるのって、

どう見てもマニュアルに載ってた初期装備だしな。

もし上書きされているなら、違う見た目の装備になってるはずだ」

「どれ……」

 

 二人は恐る恐るアイテム欄を開いてみた。

二人は少し期待していたのだが、その期待は予想通り裏切られたようだ。

キリトは残念そうに溜息をつき、横でハチマンも同じように溜息をついた。

 

「やっぱりだめか……初期装備以外全部文字化けしてるな。ハチマンも全滅か?」

「ああ、見事に全滅だな」

「これ、消した方がいいかな?」

「そうだな、バグだと判断されたら少しやっかいだな。仕方ない、消すか」

「……そう……だな」

「……気持ちはわかるぞ」

 

 二人はアイテムを消去するボタンを押そうとしたが、中々押せなかった。

それもそうだろう。文字化けしていて判別は出来ないが、

どれも二人にとっては思い入れのある装備なのだ。かといってどうなるものでもない。

二人はためらいつつもなんとか消去のボタンを押す事が出来た。

アイテム欄が空になったのを見て、二人は先ほどよりも深い深い溜息をついた。

 

「なんか、やっぱ寂しいものがあるよな」

「男ってコレクターな部分がどうしてもあるしな」

「まあキリトの場合はまだましだろ。武器は普通の剣で問題ないはずだしな。

俺の場合はアハトファウストがな……この世界にあれは……無い、よな?」

「おそらく無いな。何かで代用するしかないだろう」

「フォーマットが同じなんだ。もしかしたらあるかもしれないだろ?」

「往生際が悪いぞハチマン、諦めろ」

「ぐっ……ちくしょう」

 

 ハチマンは少し涙目になった。キリトはなんとなくスキル欄を眺めていたが、

何かを思い出したのか、ハチマンに言った。

 

「なあハチマン、そういえば二刀流スキルが無いんだが、

この世界だと二刀流ってどういう扱いなんだろうな」

「あ、言い忘れてたわ。この世界だと、片手用武器なら特に制限なく両手で使えるらしいぞ」

「まじか、それは助かる」

「あ」

 

 ハチマンは今の会話で何かに気付いたようだ。

 

「どうした?」

「よく考えたら俺も両手に武器を装備出来るって事じゃないか。

左手にもう一本短剣を持てば全て解決だ。まあ多少の練習は必要だろうけどな」

「そうか、やったなハチマン!これで解決だな!」

「元々あれは、なんちゃって二刀流のための苦肉の装備だったしな」

「あ」

 

 今度はキリトが、何かに気付いたように声を上げた。

 

「どうした?」

「ハチマン、お前もう一つ特別なアイテム用のフォルダを持ってなかったか?」

「……そうだ、ユイとキズメルの宝石だけ別の場所に保管しておいたんだった。

どこだ……これか!あった、あったぞキリト!」

「中はどうなってるんだろうな」

 

 ハチマンは、緊張しながらそのフォルダを開いてみた。

 

「これは……おい見ろよキリト。文字化けしてないぞ!」

 

 ハチマンは、興奮しながらキリトに画面を見せた。

 

「まじか、やったな!よし、二つともタップしてみようぜ」

「ああ」

 

 ハチマンは、ユイとキズメルが収納されているはずの二つの宝石をタップした。

キズメルの収納された宝石は残念ながら反応が無かったが、

ユイの収納された宝石は辺りに羽根をまき散らし、光りながら人の形をとりはじめた。

 

「おい、まじか!」

「これはあの時のままのユイだ!やったぞ!お前のおかげだキリト!」

 

 光がおさまると、そこにはあの頃とまったく同じ姿のユイがいた。

 

「ユイ、ユイ!」

 

 ハチマンが何度も呼びかけると、ユイはゆっくりと目を開いた。

 

「パパ……?」

「ああそうだ、パパだぞ、ユイ!」

「パパ!」

 

 ユイは意識がはっきりしたのか、嬉しそうにハチマンに抱きついた。

 

「また会えました!」

「そうだな、全部キリトのおかげだ」

「良かったな、ハチマン!」

「キリトおじさん?あっ、キリトおじさんもいるんですね」

「久しぶりだな、ユイ」

「はい!絶対にまた会えるって信じてました!ところでパパ、ママはどこですか?」

「ユイ、ママはこの世界で誰かに捕まっているみたいなんだ。

ママを助けるために、力を貸してくれないか?」

「そんな、ママが……わかりましたパパ!」

「ユイ、アスナの気配を感じたりしないか?」

「この近くにはいないという事しかわからないです……」

「そうか……それじゃ、わかる範囲でいいので質問に答えてくれ」

「はいっ!」

「まずここがどこか分かるか?後、キズメルが起きないんだが理由が分かるか?」

「ちょっと待って下さいね、パパ」

 

 ユイは耳に手を当てて、何かを探るような仕草をした。

しばらくしてユイは現在の状況を把握したのか、分かった事をハチマンに教えた。

 

「パパ、どうやらここはSAOのサーバーのコピーみたいです」

「まじか、フォーマットだけじゃなくサーバーそのものが同じなのか」

「基幹プログラムやグラフィック形式はまったく同じみたいですね」

「なあユイ、俺達のスキルがSAOの時のままの数値なんだが、これは大丈夫かな?」

「システム的には問題ありません」

「というか、ユイの存在も大丈夫なのか?」

「どうやら今の私は、ナビゲーションピクシーという物に分類されるようです。

他のプレイヤーにこの姿を見られるのは問題があると思うので、その姿になりますね、パパ」

「お、おう」

 

 ユイはそう言うと、十センチほどの小さな妖精の姿に変化した。

 

「おお、かわいい……」

 

 ハチマンはユイをつんつんつつき、ユイはくすぐったそうにしていたが、

やがて嬉しそうにハチマンの周りを飛び始めた。キリトは興味深そうにそれを見ていた。

しばらく飛び回っていたユイは、何かを思い出したようにハチマンの肩に乗った。

 

「ごめんなさいパパ、説明の途中でした」

「そういえばそうだったな。で、他にわかった事はあるか?」

「そのキズメルという名前のAIの事ですが、私のように適応する体が存在しないため、

今は休止状態のままになっているみたいです。

おそらく今後、適応する何かが導入された時に目覚める事になるんじゃないかと思います」

「そうか……その時を待つしかないか。もうちょっと眠って待っててくれな、キズメル」

 

 ハチマンは、キズメルを大切そうにフォルダの中に収納した。



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第096話 イレギュラー

「ところでユイ、ちょっと聞きたいんだが」

「はいパパ、何でしょう?」

「通常新しくゲームを始めるとな、その種族の領都からスタートになるんだが、

俺とキリトはこの真上、かなり高い所からスタートになったんだよ、どう思う?」

「そうですね、パパとキリトおじさんは、SAOの最後の時はどこにいたんですか?」

「最後って……あ」

「そうか、つまりはそういう事か……」

「どうしたんですか?」

「ユイ、その質問で大体理解した。俺達はな、七十五層のボス部屋にいたんだ」

「なるほど、多分そのせいだと思います。

ボス部屋は高所にありますし、その座標がALOだとここの真上なんだと思います」

 

 二人はユイのその言葉を聞き、上を見上げた。

 

「なあハチマン、面白い事を思いついたんだが」

「分かってる。エギルとクラインには絶対内緒な」

 

 二人は顔を見合わせて、芝居がかった笑い方をした。

 

「お主も悪よのう、くっくっく」

「なぁに、お代官様にはかないませんよ、へっへっへ」

「……パパ、キリトおじさん、一体何をしているんですか?」

「ユイ、これが伝統芸ってやつだ」

「なるほど、伝統芸ですか!覚えましたパパ!」

「ところで空中からスタートする事になった謎は解けたとして、

これから俺達どうするんだ?」

 

 キリトがハチマンに質問し、ハチマンは考え込んだ。

 

「一応予定だと、スプリガンの領都の近くでスキル上げをしながら、

陽乃さんの知り合いのパーティを待つはずだったんだが」

「でもスキル上げの必要はもう無くなっちまったよな」

「そもそもここがどこかわからん。ユイ、分かるか?」

「ちょっと待って下さいね、えーとここは……

分かりました、ここはシルフ領とサラマンダー領の境目あたりです」

「まじか……」

 

 それを聞いたハチマンは、焦ったような声を上げた。

 

「何かまずいのか?」

「ああ。ここは合流予定地点からは、世界樹を挟んで正反対の場所だ」

「うわ、それはまずいな」

「さすがにこれはイレギュラーすぎるな、一度ログアウトして陽乃さんの指示を仰ごう」

「そうだな、それがいいと思う。それじゃすぐにログアウトするか」

「それが駄目なんだ、キリト」

「ん、何か問題があるのか?」

「ALOの場合、こういった中立フィールドでログアウトすると、

かなりの時間キャラがそのまま残っちまうんだよ。もしそこを襲われたら確実に死ぬ。

なので例えばこういう状況で休憩したりする場合、ローテアウトって言って、

交互に落ちて残った奴が仲間の体を守るらしいぞ」

「なるほど、そんなシステムなんだな……」

「なので一人だけ落ちるって手もあるが、どうせ最終的には二人とも落ちる事になるんだ。

多少時間をロスする事になるが、二人で近くの中立都市か安全地帯に向かおう。

ユイ、この近くにそういった場所はあるか?」

「ここからだと……東に十五分くらい行った所に安全地帯があります、パパ」

 

 そう言ってユイは、その方向を指差した。

 

「東って事はサラマンダー領方面か。まあ仕方ない、とりあえずそっちに向かうか」

「了解」

「それじゃ行きましょう!」

 

 二人は飛行訓練をしながらその方角を目指した。その甲斐あってか、

安全地帯に到着する頃には、二人はかなり自由に飛びまわれるようになっていた。

どうやら二人ともこういった事は得意のようだ。

 

「よし、それじゃ一旦落ちるか」

「ああ。それじゃまた後でな、ユイ」

「はいっ」

 

 二人は一旦ログアウトし、現実世界へと帰還した。

 

 

 

 陽乃はハチマンに言われた通り、病室でコーヒーを飲みながらのんびりとしていた。

二人が潜ってからまだ三十分しか経っていない。

 

「あの二人上手く飛べたかしら。あれにはちょっとしたコツがあるのよね……」

 

 陽乃はそう言いながら伸びをしたが、丁度その時、

ゲーム中のはずのハチマンとキリトの体が動くのが見えた。

陽乃はすぐ二人が戻った事に気付いたが、さすがに早すぎると思い、二人に尋ねた。

 

「あら?随分早かったみたいだけど、二人ともどうかした?」

「陽乃さん大変です。イレギュラーが発生したので一度報告に戻りました」

「イレギュラー?」

「はい、実はですね……」

 

 ハチマンは陽乃に、今あった出来事を筋道だてて説明した。

 

「あちゃあ、さすがにそんな事が起こるとは想像もつかなかったわね」

「スキル上げの手間が省けたのは良かったんで、全体としてはプラマイゼロですかね」

「まあそう言われるとそうなんだけどね。それじゃあちょっと知り合いに連絡してくるね」

「はい、お願いします」

 

 陽乃はそう言って外に出ていった。

 

「こんな状況じゃ、今日はさすがにここまでだな」

「中途半端な時間になっちまったけど、仕方ないか」

「だがまあ、やる事が無いわけじゃない」

「何かあるのか?」

「どうやらスキル面の問題は解決した。次に俺達がやらなきゃいけない事はだな」

「事は?」

「魔法の呪文を覚える事だ」

「おお!魔法か!」

「今の俺達は、いわゆる脳筋だ。なのでそれをふまえた上で、

近接戦闘の役にたちそうな魔法だけ暗記しておいた方がいいと思う」

「SAOには魔法が無かったからな。

ちょっとした魔法が使えるだけでも戦闘に幅が出そうだな」

「それじゃ、ちょっとマニュアルを見ながら考えてみようぜ」

「おう!なんかわくわくするな!」

「だな!」

 

 二人はそのまま魔法の勉強に入った。

一方陽乃は、雪乃に何度も電話をかけていたが当然繋がらなかった。

 

「雪乃ちゃん達は当然まだALOの中だよね……とりあえずメールだけ入れておきましょう」

 

 陽乃は雪乃に簡単な説明メールを送り、連絡を待つ事にしたのだが、

四人が張り切っていたのが逆に仇となってしまったようだ。

結果的に雪乃と連絡がとれたのはその日の深夜遅くだった。

 

 

 

 ユキノ達四人はひたすらスプリガン領の中立都市へと向かっていた。

ローテアウトでの休憩の時間すら惜しみ、全員ゲーム内で羽根を休めつつ飛び続けていた。

その結果、ぎりぎり日付が変わる前に目的地へと到達する事が出来た。

 

「それじゃ一度全員で落ちて休憩しましょう。私はその間に姉さんに連絡をとるわ」

 

 四人はログアウトし、それぞれ休憩に入った。

雪乃は陽乃に電話をかけようと携帯を取り出したが、メールが来ている事に気付き、

その内容を確認して呆気にとられた。

 

「なんて事……さすがにこれは想定外すぎるわね。時間的に今から戻るわけにもいかないし、

とりあえず早く全員にこの事を伝えないと」

 

 雪乃からの連絡を受け、残りの三人は休憩を取りやめにして、すぐにゲームの中に戻った。

ゲームの中で再集合した後、ハチマン達に起こった出来事を聞いた三人の反応は、

完全にゲーマーとしての感想ばかりだった。

 

「うわ、何ですかそれ!」

「それじゃあ先輩とキリト君は、下手すると私達より強いかもしれないんですね」

「そうね、おそらく魔法スキルはゼロのままだと思うから、

二人とも完全に近接戦闘タイプね。ユージーン将軍とどっちが強いのかしら」

「最初から比較対象がサラマンダー最強のプレイヤーなんだ!?」

「お兄ちゃんはどういう戦い方をするんだろう」

「正直プレイヤーとしてすごく興味があるわね」

「で、これからどうするの?ユキノン」

「仕方ないからとりあえずリーファさんに頼んで、明日二人を迎えに行ってもらうわ。

私達は今日のところはここで終わりましょう。明日一日かけてアルンに戻って、

明後日のうちに出来ればスイルベーンに到達出来ればと思うのだけれど、

結果的にみんなには余計な負担をかける事になってしまったわ。本当にごめんなさい」

 

 ユキノは今後の予定を告げた後、三人に頭を下げた。

 

「仕方ないよ!だってこんな事になるなんて、誰にも想像がつくわけないもん!」

「ですです、ユキノ先輩は何も悪くないですよぉ」

「とりあえずコマチは明日暇なんで、

病院にいってお兄ちゃんの戦い方に探りを入れてみます!」

「それ、私も行こうかしら。とても興味があるわ」

「じゃあ私も行く!」

「もちろん私も行きます!」

「それじゃ四人で行きましょうか」

 

 今後の予定が決まったため、ユキノ以外の三人はそのままログアウトした。

ユキノは残ってリーファにメッセージを送り、事情を説明して協力を仰いだ。

ユキノの二人についての説明は、どうしても要領を得ないものになってしまった。

初心者でありながら、既にスキルがカンストしているのだから無理もないだろう。

それでもリーファは何か事情があるのだろうと考えてくれたのか、快く承諾してくれた。

リーファがユキノの事を深く信頼していたせいであろう。

ユキノはリーファにお礼のメッセージを送り、そのままログアウトした。

リーファもその日はそのままログアウトした。

 

 

 

 ベッドで目を覚ますと、リーファは頭からアミュスフィアを外し、大きく伸びをした。

 

「明日は病院を変わってから始めての和人お兄ちゃんのお見舞いだし、

今日はお風呂に入ってすぐ寝ようかな。

まったくいきなり千葉の病院に移ったからお見舞いが大変だよ。

まあその分環境はかなりいいらしいし、やっぱり感謝しないとなのかな」

 

 リーファ~桐ヶ谷直葉はそう呟くと、和人に明日見舞いに行くとメールを入れた後、

お風呂に入るために階段を下りていった。



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第097話 恋心

 その日、八幡とキリトは朝から少し疲れていた。

前の日の夜再びALOにログインし直した二人は、魔法を使うのが楽しくて仕方なく、

ユイにアドバイスを受けながら、ついつい深夜過ぎまで魔法の練習をしてしまったのだった。

おかげで何種類かの魔法を実戦レベルで運用出来るようになったのだが、

当然その疲れがまだ残っている状態だった。もっとも、主に脳の疲れなのだが。

 

「昨日はちょっと調子に乗りすぎたか」

「そうだな……でも楽しかった」

「いくつかの魔法を戦闘に組み入れる目処も立ったな」

「効果はまだまだだけどな。でもまあ、かく乱系なら今のスキルでも十分使えそうだな」

 

 八幡の部屋に集まって朝食を食べていた二人は、

疲れた顔ではあったが魔法について楽しそうに語り合っていた。

 

「どうやら陽乃さんの話だと、知り合いのパーティがこっちに着くのは明日になるらしい」

「予想外の事とはいえ、正反対の方角に向かわせちゃったからな」

「今度会ったら謝らないとな」

「そうだな。ところでそのパーティの人達の名前は?」

 

 八幡はそれを聞き、しまったという顔をした。

 

「……すまん、聞くのを忘れてた」

「まあ今度会った時でいいだろ。どうせ明日になるんだしな」

「変わりに別の人が今日、俺達を迎えに来てくれるらしいぞ。

その人の名前は聞いた。リーファって人らしい」

「おお、他のプレイヤーに会うのは初めてだな。色々教えてもらわないとな」

「その人に頼んでシルフの領都、スイルベーンだったか?に出来れば案内してもらって、

武器や防具も買ったりしないといけないな」

「それじゃ食事が終わったら少し運動をして、その後軽く寝ておくか?」

「そうだな、そうするか」

 

 今後の予定も決まった所で二人は食事を終え、外へと向かった。

そして庭で健康的に体を動かした後、それぞれの部屋に戻って昼寝を始めた。

 

 

 

 直葉は電車を乗り継ぎ、兄である和人の入院している病院に到着した。

かかった時間はおよそ一時間半。直葉はぶつぶつ言いながら受付に向かった。

 

「ここに来るのは初めてだけど、やっぱりこの遠さがなぁ……

あ、すみません、桐ヶ谷和人の病室の場所を知りたいんですが」

「はい、ちょっと待って下さいね」

 

 受付の看護婦はそう答えると、病室を調べ始めた。

直葉は何となくきょろきょろと辺りを見回していたが、

よく目立つ四人の若い女性が病院に入ってくるのに気が付いた。

 

(友達のお見舞いかな?それぞれ違うタイプの美人だなぁ)

 

 そんな事を考えていると、調べ終わったのだろう、看護婦が声をかけてきた。

 

「お待たせしました、桐ヶ谷和人さんの病室は……」

 

 直葉は和人の病室の場所を聞くと、お礼を言い、エレベーターの方へと向かった。

片方のエレベーターにはさきほどの四人の女性が乗っていたが、

そちらはもう扉が閉まる寸前だったので、直葉は隣のエレベーターに乗り込んだ。

エレベーターが目的の階に到着すると、直葉は外に出てきょろきょろと辺りを見回した。

 

(あれ、さっきの人達もこの階の人のお見舞いなんだ)

 

 遠くにある部屋に先ほどの四人が入っていくのが見えた直葉は、

和人の病室を探しながら、なんとなくそちらの方向へと向かった。

 

「あ、ここだ」

 

 その病室は、先ほど女性達が入った部屋の隣だった。

直葉はすごい偶然もあるもんだなと思いながら、部屋をノックした。

しばらく直葉はそのまま待っていたが、いつまで経っても返事がない。

もしかして寝ているのかもしれないと思った直葉は、そっと扉を開けた。

中を覗くと案の定、和人は寝ているようだった。

直葉は中に入ってそっと扉を閉め、ベッドの脇の椅子に座り、和人の顔を眺めた。

 

(気持ち良さそうに寝てる……)

 

 直葉は、自分の頬が段々熱くなってくるのを感じていた。

実は直葉と和人は血が繋がっていない。

その事を直葉は、和人がSAOに囚われてから一年後に両親から告げられていた。

 

 

 

 和人が囚われてから一年、直葉は目に見えて衰弱していた。

そんな直葉の姿を見かねたのか、ある日両親がこう尋ねてきた。

 

「直葉、お前は和人の事が好きなのかい?」

 

 両親にそう聞かれた直葉は、それが事実だったため、すぐに返事をする事が出来なかった。

心臓が早鐘のように鳴っている。直葉は目に涙を浮かべながら、

何と返事をすればいいのかずっと考え続けていた。

 

「ちょっと待ちなさい直葉。私達は別にお前を責めたいわけじゃないんだよ」

 

 和人がいなくなってからの直葉の姿はもう見ていられないからと夫婦で話し合い、

今まで隠していた事も話す事に決めたらしい。そして両親が話してくれたのは、

直葉が和人を好きなのはなんとなく知っていた、実は直葉と和人は血が繋がっていない、

そして二人の事は二人に任せる事に決めた、といった内容だった。

 

「いいかい直葉、いくらお前が和人を好きでも、

和人の方はお前の事をそういう風には多分見ていないと思う。

私達は何か干渉しようとは思わないが、お前の気持ちを否定しようとも思わない。

お前は和人に気持ちを伝えてもいいし、伝えなくてもいい。お前の好きにしなさい。

ただ和人が今のお前を見たら、確実に自分を責めるはずだ。その上で和人は、

責任を感じて自分の気持ちを殺し、黙ってお前の気持ちを受け入れるかもしれない。

だがそんなのはお前も嫌だろう?だから直葉、月並みだが元気を出しなさい。

いつか和人が目覚めた時、笑顔で迎えてあげられるようにね」

 

 その日から直葉は、このままじゃ駄目だと自覚したのだった。

直葉はどんどん元気を取り戻していった。そして一年後、和人がついに目覚めた。

だがその日から今日まで、直葉はまだ自分の気持ちを和人に伝えてはいなかった。

 

 

 

(あ、動いた)

 

 和人が身じろぎしたのを見て、直葉はその頬をつんつんつついてみた。

 

(起きないかな、起きないみたい。……ちょ、ちょっとくらい別にいいよね……)

 

 直葉はつつくのをやめ、和人の頬に自らの唇をそっと近付けていった。

直葉の心臓は、両親と話した時以上に大きく早く、早鐘のように鳴っていた。

その瞬間、和人が目を覚ました。直葉は顔を真っ赤にしながら慌てて和人から離れた。

直後に和人は直葉の方を向き、直葉に話しかけた。

 

「ようスグ、来てたのか。せっかく連絡もらってたのに、

いい天気だからすっかり熟睡しちまってた、ごめんな」

 

(良かった、気付いてないみたい)

 

 その言葉を聞いた直葉は安心し、和人に返事をした。

 

「私こそごめんなさい。声をかけたんだけど返事が無かったから勝手に入っちゃった」

「おう、気にしなくていいぞ、家族なんだからな」

 

(家族か……私とお兄ちゃんの考える家族は、微妙に意味が違うんだけどな……)

 

 直葉が何も言わないので和人は不思議に思い、直葉に尋ねた。

 

「ん、どうかしたか?」

 

 直葉は焦り、何とか話題を捻り出そうとして、先ほどの四人の女性の事を思い出した。

 

「ううん、実はさっきね、隣の病室に女の人が四人入っていくのを見てね、

どんな人が入院してるのかなって気になっちゃって」

「ああ、隣に入院しているのは俺の友達だぞ」

「えっ、そうなの?」

「ああ。スグもあいつに興味があるのか?」

「あいつって、男の人なの?」

「そうだな、俺の親友だ」

「親友……」

 

 お兄ちゃんに親友なんていたっけか、等と失礼な事を考えながら直葉は、

親友ってどんな人なんだろうと想像し始めた。

それをどう勘違いしたのか、和人は焦ったように直葉に言った。

 

「だ、だめだぞ、あいつは無自覚系天然ジゴロだからな!近付いたら危険だ!」

「お兄ちゃん、いきなり何言ってるの……」

「う……すまん。あいつは何故かすごいもてるんだよ。お前もさっき見たんだろ?」

「え?まさか四人ともその人の事が好きなの?」

「一人は多分妹だと思うが、あいつの事を好きな女はそれ以外にも星の数ほどいるらしい」

「えええ、そんなにもてる人なんだ……お兄ちゃんとは大違いだね」

「ぐっ、言うようになったな直葉……」

「ふふっ」

「まああいつの心には一人しか住んでないんだけどな。そして俺にも……リズ……」

 

 そう呟くと同時に、キリトの表情が突然変わった。

その表情は、悲しさと寂しさと、強い決意が同居したような、不思議な表情だった。

 

(お兄ちゃんのこんな表情、始めて見た……もしかしてお兄ちゃんにはもう……)

 

 直葉は、心臓がしめつけられるような気持ちになった。

 

「……お兄ちゃん、私そろそろ帰るね」

「ん、そうか?父さんと母さんに宜しくな」

「うん」

 

 そう言って直葉は、逃げ出すように病室の外に出た。

 

「きゃっ」

「あっ、ごめんなさい」

「びっくりした、あれ、来てたんだね直葉ちゃん」

「あ、陽乃さん」

 

 直葉は陽乃と面識があった。和人が病院を移る時に家にあいさつに来たからだ。

 

「どうしたの?何かあった?」

「いえ、何でもないです。急に飛び出してごめんなさい」

「どうかしたのかスグ、って陽乃さんか」

「大丈夫、何でもないわ。ね、直葉ちゃん」

「はい、すみません陽乃さん。ごめんねお兄ちゃん、ちょっと扉の開け方が乱暴すぎた」

「気を付けろよ。そうだ、せっかくだし隣に挨拶でもするか?」

「え、あ、うん、それじゃそうしようかな……」

 

 直葉は帰るタイミングを逃してしまったため、曖昧にそう返事をした。

 

「それじゃこっちだ」

「うん」

「入るよ~」

 

 キリトが扉をノックしようとする前に、陽乃はいきなり扉を開けようとした。

 

「陽乃さん、ノックノック」

「え~?」

 

 和人がそう言った時にはもう、扉は開けられた後だった。

三人が部屋を覗くと、中では結衣が八幡をベッドに押し倒している真っ最中だった。

それを見た直葉は顔を赤くし、失礼しました!と言ってその場から走り去った。

和人は固まり、陽乃は、おやぁ?という風ににやにやとその光景を眺めていた。

すぐに我に返った和人は慌てて直葉を追おうとしたが、

直葉の姿はどこにも見えなかった。どうやらもう病院を出てしまったらしい。

 

「やれやれ、紹介は今度でいいか」

 

 そう呟いたキリトは、改めて八幡に事情を尋ねる事にした。



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第098話 つまりそういう事

ほとんど最後の日常パートなので、この日の昼の話は少し話数がかかる予定です



 キリトと別れた後、部屋で熟睡していた八幡は、突然意識が覚醒するのを感じた。

八幡は、目をつぶったまま周囲の気配を探った。

どうやら誰かが見舞いに来ているようだ。そう理解した八幡は、

特に危険な気配は感じられなかった事もあり、とりあえずその会話に耳を傾ける事にした。

 

「先輩、寝てますかあ?」

「お兄ちゃんはどうやらぐっすりお昼寝してるみたいですね。起こしますか?」

 

(実はもう起きてるんですけどね)

 

「起こす事はすぐ出来るのだし、寝ている間に何か出来ないか考えるというのはどうかしら」

 

(おい雪乃、何かって何だ何かって。おかしな方向に話を誘導するな)

 

「こういう時の定番って、足にはめたギプスに落書きするとかだよね?」

 

(確かに定番だが、足に直接マジックで書くとかはやめてねゆいゆい)

 

「さすがに今の状態だとそれは無理ね……これ、折ってしまおうかしら」

「ノーノー!何て恐ろしい事を相談してやがるんだお前ら」

 

 八幡はさすがに看過出来ず、慌てて飛び起きた。

 

「あら、やっぱり狸寝入りだったのね、八幡君」

「ぐっ、気付いてやがったのか。あれはわざとか」

「当たり前じゃない。いくら私でも、ギプスに落書きをするためだけに足を折ろうなんて、

確かにそういうのに憧れた事もあったけど……みんな、やっぱり折りましょう」

「おい馬鹿やめろ、小町、雪乃を抑えろ!」

「お兄ちゃん、小町はね、お兄ちゃんの事が大好きだけど、雪乃さんの事も大好きなの。

だからどちらかの味方をするわけにはいかないんだよ。諦めて」

「くっそ……ゆいゆい、お前は俺の味方だよな?」

 

 八幡のその問いかけに対し、結衣は目を逸らしながら答えた。

 

「えーっと……私もちょっとそういうのに憧れてたっていうか……」

「一色!生徒会長の権限で止めてくれ!」

「いつまでも私の事を苗字でしか呼ばない先輩なんか知りません!

ついでに私はもう生徒会長じゃありませんよ?進学祝いだってしてもらってません!」

 

 いろはは頬を膨らませて、ぷいっと顔を背けた。

 

「あ……」

 

 八幡はその言葉を聞き、見事な土下座をした。

 

「すまん一色、いや、いろは。お前の進学の事は完全に忘れてた。

今回の事件が終わったら、必ず俺主催でお祝いをするから勘弁してくれ」

 

 その八幡の態度に、いろはは逆に慌ててしまった。

 

「ちょ、先輩、嘘ですよ嘘!今が大変な時なのは分かってますから!」

「しかしな……」

「いいんです先輩!その気持ちだけで嬉しいです!

お祝いの事は落ち着いたらまた考えてくれる程度でいいので、顔を上げて下さい!」

「任せておけ。盛大に祝うからな」

「はい、期待しないで待ってますね、先輩!」

 

 八幡は立ち上がってベッドに座り直し、改めて四人に言った。

 

「とりあえずみんな、見舞いに来てくれてたんだな、ありがとな。

それにしても四人で見舞いなんて久々じゃないか?」

「あー、うん」

「えーっと……」

「ん?何か特別な用事でもあったのか?」

「雪乃さん……」

 

 小町はすがるように雪乃に呼びかけた。結衣といろはも同様だった。

 

「そうね、ここは正直にいきましょう。八幡君、実はちょっと聞きたい事があるのよ」

「おう、何だ?」

「実は昨日、四人で集まった時に出た話で盛り上がってしまって、

それで是非本人に直接聞こうという事になったの」

「お、おう、そうか」

「で、その話の内容というのが、八幡君のSAOでの戦闘スタイルの事なのだけれど」

「俺の戦闘スタイル?」

 

 八幡はその言葉に意表をつかれた。

 

「ええ。迷惑だったら答えなくてもいいのだけれど、差し支えなければ教えてもらっても?」

「別に構わないぞ。お前らが興味を引かれる要素はそんなに無いと思うけどな」

「ただの興味本位、そう、興味本位なの」

「興味本位な、まあいいや。で、俺の戦闘スタイルだが、

そうだな……分かりやすく言うと、基本パリィした後無防備な敵の首を刎ねる、

もしくは敵の攻撃が出る瞬間を見極め、その攻撃を潰して即首を刎ねる、だな」

「とりあえず首は刎ねるんだね……」

「パリィはともかく、攻撃が出る瞬間うんぬんってのが分からないわ」

「それじゃ試しにやってみるか。そうだな……

ゆいゆい、ちょっと俺に攻撃してきてくれないか?何か武器を持ってるイメージで頼む」

「私でいいの?」

「ああ」

 

(気になる事はあるが、これでまあはっきりするだろう)

 

「うーん、わかった!やってみるね!」

 

 そう言うと結衣は構えをとった。その構えはかなり様になっていた。

 

「よし、いつでもいいぞ」

「行くよ…………あっ」

 

 結衣は攻撃しようと右手を振りかぶろうとしたが、

その瞬間に八幡に右肩を止められ、少し後ろによろめいた。

その瞬間に八幡の手刀が、結衣の首に添えられた。

 

「やっぱりゲームの中みたいに速くは動けないな。今はこれが精一杯だ」

「嘘……」

「先輩、何ですか今のは……」

「ちょっとにわかには信じがたいわね。まるで姉さんを見ているようだったわ」

「おい、陽乃さんはどんだけ強いんだよ……」

「言わなかったかしら?姉さんは合気道の免許皆伝よ?」

「まじか……」

「むーん、何か悔しい……えいっ」

「ちょ、ゆいゆいやめ、おわっ」

「きゃっ」

 

 結衣は悔しかったのか、いきなり八幡に攻撃をしようとした。

八幡は辛うじてその攻撃を受け止めたが、勢いあまって背中からベッドに倒れこんだ。

結衣は八幡を押し倒す格好となり、その時病室の扉がガラッと開いた。

 

「陽乃さん、ノックノック!」

「え~?」

「あ……」

 

 入り口を見ると、そこには陽乃とキリトと見知らぬ少女が立っていた。

その見知らぬ少女は、顔を真っ赤にしてこう言った。

 

「失礼しました!」

 

 そして少女は走り去った。陽乃はにやにやこちらを見ていた。

キリトは固まっていたが、我に返ったかと思うとすぐさま外へ飛び出した。

キリトはしばらく外できょろきょろしていたが、やがて諦めたのか病室に戻り、こう呟いた。

 

「やれやれ、紹介は今度でいいか」

 

 そう言ってキリトは、今度は顔を赤くしながら八幡の方を向き、八幡に尋ねた。

 

「で、これはどうなってるんだ?」

「その前にゆいゆい、色々とまずいんでとりあえず俺の上からどいてくれ」

「あっ、ごめん」

 

 結衣は顔を赤くしながら慌てて八幡から離れた。

 

「ふう」

 

(危なかった。さすがに破壊力は抜群だ……)

 

 八幡は、結衣のある特定の部位に一瞬だけ視線を走らせると、

陽乃とキリトの方を向き、事情を話し始めた。

 

「………………と、いう訳ですね」

「なるほどねぇ」

「ところでさっきの女の子は?」

「あ、あれは俺の妹の直葉だよ。八幡に紹介しようとしてたんだ」

「そういえば前に言ってたか」

「話した事はあったよな。あれがスグ……直葉だよ」

「頼む、誤解は解いておいてくれ」

「ああ、わかった」

 

 キリトは笑いながらそう答えた。八幡はそれを聞いて安心したようだ。

 

「ねえ雪乃ちゃん、事情も変わった事だし、もう話しちゃった方がいいと思うんだけど」

 

 突然陽乃がそんな事を言い出した。

 

「……そうね、その方がいいかもしれないわ」

 

 雪乃もそれに同意した。

 

「何の事だ?」

 

 キリトが不思議そうに尋ねた。その問いに答えたのは、何と八幡だった。

 

「雪乃達がALOをやってて俺達と明日合流する、つまりそういう事だろ?」

「えっ……」

「ヒッキー、知ってたの?」

「いや……まあ推測しただけだが」

「いつ気付いたのかしら?」

「ついさっきの雪乃との遣り取りだな」

「そう……私、何か迂闊な事を言ったかしら」

「そうだな、かなり迂闊だったと思うぞ」

「……説明してくれるかしら」

 

 雪乃は自覚が無かったのだろう、少し悔しそうにそう言った。

陽乃とキリトはさっきの遣り取りを聞いていなかったため、興味深そうに耳を傾けていた。

 

「昔の雪乃だったらこんな事にはならなかったと思うけどな、

なあお前、実はかなりALOをやりこんでるだろ?」

「……っ」

「そもそも戦闘に色々なスタイルがあるなんて、ゲームをやってる人間にしかわからない」

「それは……」

「パリィと言っただけで意味が理解出来るってのもそうだな。

まあこれは他の三人の誰からも質問されなかったんだけどな」

 

 結衣、小町、いろはの三人は、しまったという顔をした。

 

「やるなぁお兄ちゃん」

「先輩が何かすごい……」

「最後に、ゆいゆいの構えは素人の構えじゃなかった。

この四人の中じゃ、お前が一番戦いとかに無縁なイメージがあったからな。

そのお前が実に堂々とした構えをとった。それでまあ、決まりだなって確信したな」

「そっかぁ……だから私を選んだんだね」

「ああ。更にお前、盾までイメージしてただろ。素人のはずがない」

「う……いつもの癖で……」

「あはははは、これはみんな一本取られたね」

「そうね……さすがは銀え……」

「陽乃さん!妹さんには絶対内緒でってお願いしたじゃないですか!」

「ん~?ごめんなさ~い、記憶にございませ~ん」

「ぐっ、とぼけやがって……」

 

 雪乃はその遣り取りを聞き、少しは溜飲を下げたらしい。

 

「ふふっ、一本取り返せたかしらね」

「ああ、降参だ」

 

 八幡は両手を上げ降参のポーズをとり、場は笑いに包まれた。

ひとしきり笑って落ち着いた後、再び陽乃が音頭をとった。

 

「そういうわけで、今後の話をしましょう」



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第099話 ストップ雪乃ちゃん

ALOへの突入は、第100話の最後になります。そこからが本番ですね!
あと、第095話でユイが目覚めた後、アスナについて言及するシーンを数行追加しました


「しかしみんながALOをやってたなんて、想像もしなかったよ」

 

 キリトがそんな事を言ったが、八幡はそれをバッサリと切り捨てた。

 

「多分キリトもこの場にいたらすぐに気付いたと思うぞ。

その程度にはまあ、わかり易かった」

 

 それを聞いた四人は、ぐぬぬという感じで悔しそうにしていたが、

まず雪乃が立ち直り、咳払いをした。

 

「こほん。それでは情報交換といきましょうか。まずは私達から自己紹介するわね。

私はユキノ。主にヒーラーをやっているわ。種族はウンディーネ」

「ユイユイ!重戦士!種族はシルフ!」

「コマチです!種族はケットシーで、主に斥候をしています!」

「イロハです。ケットシーで、基本攻撃魔法担当です、先輩!」

 

 四人はゲーム内の名を名乗ったのだが、どうやら八幡はそうは思わなかったようだ。

 

「おう、で、ゲーム内の名前は?」

「えっ?」

「いや、その……」

 

 八幡のそのセリフのせいで、場を気まずい沈黙が支配した。

 

「えーっと……」

「おい八幡、もしかして今のって……」

「お兄ちゃん、空気読んで!」

「あ?あー……そうか、そういう事か」

「要するにお前と同じって事だよ」

 

 キリトが面白そうにそう言い、八幡は頭をかいた。

 

「すまん、まさか全員そのまんまの名前だとは思ってなかった。

実際俺も人の事は言えないからな。その、すまなかった」

「あなたが謝る事ではないわ。実際私達もゲームを始めてしばらくしてから、

その事に思い当たってしまったと思ったもの」

「まあALOはキャラの顔がアバターだからまだいいだろ。

俺の場合はな……外で名乗ってそれが元SAOプレイヤーだったら、

一発でバレちまうレベルだからな……」

「まあ、攻略組以外にはそんなに俺達の顔は知られてないはずだし、大丈夫だろ」

「まあそうだな。すまん、話を続けてくれ」

「そうね、それじゃ話を続けるわ。

もっとも伝えるべき情報がそんなにあるわけではないのだけれども」

「雪乃ちゃん、ストップ」

 

 その雪乃の言葉に、陽乃が突然ストップをかけた。

 

「……何かしら、姉さん」

 

 陽乃は八幡を指差してこう言った。

 

「銀影」

「ぐっ……」

 

 次に陽乃は、キリトを指差して言った。

 

「黒の剣士、英雄」

「真顔でそう言われるとちょっと恥ずかしいな……」

 

 キリトはそう言って頭をかいた。

更に陽乃は、飾ってある写真のアスナを指差して言った。

 

「閃光」

 

 最後に陽乃はとてもいい笑顔で雪乃を指差し、そのままの形で静止した。

 

「……何のつもりかしら」

「雪乃ちゃん、分かってるくせに」

「……」

 

 場は静寂に包まれていたが、八幡が何かに気付いたように雪乃に尋ねた。

 

「もしかして、雪乃にも何か二つ名があるのか?」

 

 その問いに対し、雪乃は早口でこうまくしたてた。

 

「何を言っているのかしら比企谷君、

少しは人の気持ちが分かるようになったと思っていたけど、

それは私の勘違いだったみたいね比企谷菌。

何故私にそのような名前がついていると考えたのかしら?

やはりあなたはいつになってもおかしな考え方をするのが直らないみたいね。

謝罪と賠償を要求したいところだけど、このような場でもある事だし、

それは後日の課題にすると言う事でこの場は納めましょう。これでこの話も終わりよ。

少し格好よくなったからといって、いいえ、とても格好よくなったからといって、

調子に乗るのはやめてもらえないかしら。いえ、たまになら良いのだけれど、

毎回というのは私としても恥ずかしいというか、とにかく色々と察しなさい」

「おい雪乃、呼び方が比企谷君に戻ってるぞ。

あと後半は意味がわからん、とにかく落ち着け」

「何かしら、もうこの件について話す事は何も無いはずよ。さあ、話を続けましょう」

「やれやれ……」

 

 八幡は肩を竦め、いきなり雪乃の頭をなでた。

 

「っ……何のつもりかしら……」

「大丈夫、恥ずかしい事なんか何も無いからな。むしろすごいじゃないか。

雪乃がそれだけ活躍してるって事だろう?

そんなすごいプレイヤーに助けてもらえるなんて、すげー心強いぞ。ありがとな、雪乃」

「なっ……八幡君、ずるいわ……」

 

 雪乃は嬉しさと恥ずかしさの間で葛藤しているようだったが、やがてぽつりと呟いた。

 

「………度」

「ん?」

 

 八幡は難聴系主人公ではないため、本当に聞こえなかったようだ。

雪乃はぷるぷると震えていたが、やがて意を決したようにハッキリと言った。

 

「絶対零度、それが私の二つ名よ」

「……そうか、氷の魔法が得意とかなのか?」

「おい、八幡!」

「あ?」

「雪乃さんはさっきヒーラーだって」

「あっ……」

 

 八幡は慌てて雪乃の顔を見た。先ほどまでは恥じらいで赤くなっていた雪乃の顔は、

今は怒りで赤くなっているようだ。その事に気付いた八幡は、自分の迂闊さを呪った。

 

「あ……違うんだ雪乃、ほらアレだ、アレがアレしてちょっと勘違いしただけなんだよ。

つまりアレだ、俺は悪くない」

「お兄ちゃん、その言い訳は小町的にどうかと思うな……」

「先輩、男ならいさぎよく制裁を受けた方がいいですよ!」

「うん、今のはヒッキーが悪い!」

「八幡君はやっぱりまだまだ修行が足りないみたいだねぇ」

「陽乃さん……妹さんを何とかなだめて下さい!」

「ん~?ごめん、無理!」

「そんな……」

 

 その時キリトが八幡の肩をぽんぽんと叩いた。八幡はすがるような目でキリトを見たが、

キリトはとてもいい笑顔でこう言った。

 

「八幡、歯をくいしばっといたほうがいいぞ」

「くそ、何だそのいい笑顔は……」

 

 その瞬間に雪乃が手を振りかぶった。八幡は咄嗟に目をつぶり、歯をくいしばった。

だがいつまで待っても衝撃は来なかった。

そのかわりに八幡は、頬に柔らかい物が触れるのを感じた。

慌てて目を開けた八幡は、顔のすぐ横に雪乃の顔があるのを見つけて、事情を悟った。

雪乃は八幡から離れ、してやったりという風に言った。

 

「ガードが甘いわね、隙だらけよ」

「ぐっ、また油断した……」

「ひゃぁ~、小町お兄ちゃんのキスシーンを見るのはさすがに恥ずかしいなぁ」

「あらあら、雪乃ちゃんやるぅ!」

「ゆきのんが策士だ!」

「雪乃先輩やりますね……

ハッ、さっき結衣先輩も先輩を押し倒したし、私だけ出遅れてる!?」

 

 そう言っていろはは、慌てて八幡の反対の頬にキスをしようとしたが、

それは八幡に頭を掴まれ、阻止された。

 

「させるかっ」

「うー、ひどいです先輩!」

「いろはさんもまだまだね。この男のガードはそれくらいじゃ崩れないのよ。

私みたいに完全に不意打ちしないとね」

「くっそ、お前怒ってたんじゃないのかよ!」

 

 八幡は雪乃に激しく抗議した。

 

「何を言っているのかしら。あなたの失言なんか折り込み済みに決まっているじゃない。

その上で策を立てる事なんか簡単な事ではないかしら」

「八幡がよくやってる事だよな」

「それはそうだが、はぁ……参った、降参だ」

「あなたは常に狙われる立場にあるという事を、もっと自覚するべきね」

「俺の鉄壁のガードはそう簡単に抜けられないはずなんだが、どうも調子が狂うな」

「まあいいのではないかしら。それだけあなたが私達に心を許しているという事なのだから」

「そうか……そうだな。よし、それじゃあ改めて話し合いをするか」

 

 八幡がそう言い、話は今後の事へと移った。まず話を切り出したのはキリトだった。

 

「それで結局、合流はいつになるんだ?」

「明後日ね。私達の現在位置は、スプリガン領の中立都市。

そこから央都アルンに戻るまで、どんなに頑張っても今夜いっぱいかかるわ。

今夜はそこまでで、明後日にあなた達のいる方角へと飛ぶ事になるわね」

「ALOの移動って不便なんだな……」

「リアルさを追求した結果だと思うのだけれど、まあ不便なのは確かね」

「俺達も今夜アルンってとこに向かえばいいんじゃないのか?」

 

 八幡はそう尋ねたが、雪乃はそれを否定した。

 

「ALOでは、プレイヤーは一定以上の高度には飛べないのよ。

そしてあなた達がアルンに向かう途中には、越えられない高い山脈があるの。

だからどうしてもルグルー回廊っていう洞窟を突破する必要があるわ。

あなた達は最初から相当強い状態でスタートする事になったと聞いているけど、

地理に不案内なのはどうしようもないでしょう?」

「確かにな」

「だから知り合いに案内をお願いする事にしたわ。

そしてまずはシルフの領都スイルベーンで装備を揃えて欲しいの。

さすがに初期装備のままというのは危険だわ。

後は自由自在に飛べるようになれば、ほぼ長距離移動に必要な条件は満たされる。

もしサラマンダーあたりと戦闘になる事になっても、

よほどの大人数が相手でもない限り問題ないでしょう」

「わかった。それを今夜一日で達成すればいいんだな」

「そうね。そうすれば明後日、その人の案内でルグルー回廊を突破する事になるのだけれど、

その頃には私達も、距離的に丁度ルグルー回廊の出口に到達出来ると思うわ。

なのでそこで合流する事になるのだけれど……」

「何か気になる事でもあるのか?」

「そうね……あなた達はおそらく世界樹の上に行くために、

グランドクエストに挑むつもりなのよね?でも合流してアルンに向かい、

今いるメンバーでグランドクエストに挑んだとしても、ただ無駄死にするだけよ」

 

 雪乃は八幡とキリトに、そう言い放ったのだった。



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第100話 そして準備は整った

ありがとうございます。なんとか区切りの百話まで来る事が出来ました。
読んで下さっている方々に心から感謝し、今後ともしっかりと書いていきたいと思います。



「まあ、やっぱりそうだよな」

「ええ。私達も一度だけあの戦闘に参加した事があるわ。あれは異常よ。

まるで無限に湧く敵を相手にしているような、そんな感じだったわ」

「そこまでか」

「ええ、そこまでの敵よ。とにかく数が多いのよ」

「なるほどな、だが引くわけにはいかない。そうだよな、キリト」

「ああ。俺の目的を達成するためにも、アスナは必ず救い出す」

「……二人の決意は固いのね」

「ああ」

「無駄だとわかっていても?」

「条件が整えば可能性はゼロじゃない。俺はそう思ってる」

 

 雪乃はその言葉に、どうやら意表をつかれたようだ。

 

「何か作戦があるの?」

「その前にな、おそらくグランドクエストは未実装だと思うぞ」

「……何ですって?」

「ヒッキー、それってどういう事?」

「そうですよ先輩、さすがにそんな事あるわけが……」

「何か根拠はあるのか、八幡」

「よく考えてもみろよ。今のアスナはティターニアなんだぜ。

もし万が一にでもグランドクエストをクリアされちまったら、

プレイヤーの前にアスナが姿を現す事になるんだぜ?

あの須郷がそのリスクを考えないわけがないだろう?」

「でも……そんな……」

「もしクリア可能な仕様になっているとしたら、アスナをティターニアにする意味は無い。

そんなの自分の身を危なくするだけだ。もし俺が須郷だったら、心配で夜も眠れないだろう。

だがあいつはそんな心配をしているようにはまったく見えなかった。

それどころか絶対の自信があるような態度をとっていたからな」

 

 他の者は、それぞれ今の八幡の言葉について考えているようだったが、

誰もその考えを否定する事は出来なかった。

 

「確かにその推測はありうるわね」

「それに前菊岡さんにも言ったけどな、クリア報酬の設定がおかしい。

最初に到達した種族だけが無限に空を飛べるようになるなんてクソ仕様、

商業的には絶対に成り立たない。何故なら一度グランドクエストがクリアされてしまったら、

その後ほぼ全てのプレイヤーが、そのアルフとやらでプレイを開始する事になるからだ。

他の種族でプレイしているプレイヤーも、ほとんどが種族を変更するだろうな。

そうなったらALOの存在価値は、空を飛べる事だけだ」

「それについては疑問を持つ事すら無かったけど、言われてみれば確かにそうね……

でもそれだと、アスナさんを助ける手段は存在しない事になるのではないかしら」

 

 一同はその雪乃の言葉にうんうんと頷いた。

 

「そうだな、基本的にはゲームの中からアスナを解放するのは不可能に近いと思う。

だが、材木座が上手くやってくれれば多少は勝算が出てくる」

「材木座君?彼がどうしたの?」

「今あいつは、レクト・プログレスでバイトをしているんだ」

「え?あの材木座君が?」

「よく面接に受かったわね……」

「陽乃さんに裏から手をまわしてもらった」

「あ~」

 

 キリト以外の者は、その言葉を聞いて納得したようだ。

キリトはよくわからないので黙っていた。

 

「材木座には少しでも高位のIDを探り出してもらう。そして次はユイの出番だ」

「私!?」

 

 結衣は急に自分の名前が出たので驚いたようだ。

 

「すまん、ユイってのは俺達の切り札だ。

今はナビゲーションピクシーとして俺達と行動を共にしているんだが、

具体的にはSAOのメンタルケアプログラムであり、俺とアスナの娘でもある」

「えっ……」

「娘!?小町もうおばさんなの!?」

「先輩!どういう事ですか?」

「そうだな、ちょっと長くなるが、とりあえず説明する」

 

 そう言って八幡は、ユイとの出会いから別れを経て、再び出会うまでの説明をした。

 

「結婚だけならまだしも娘もいたんだ……」

「ますます勝ち目が無いですよぉ」

「まあ娘うんぬんはともかく、いまいちピンとこない説明ね」

「まあわからなくても仕方がないよな。あれは一種の奇跡みたいなもんだ」

「管理者IDさえあればGM権限を行使できる仲間がいる、って言えば分かるか?」

「それならなんとなく分かるかも!」

「そうね、それならなんとなくだけど理解出来るわ」

「あともう一つ確認しておきたいんだが、空高く飛んだらアスナが見えた、

って事で間違いないんだよな?」

「そうだよお兄ちゃん」

「って事は、エリア的にはアスナのいる場所と通常フィールドは恐らく地続きだよな?」

 

 雪乃は少し考えていたが、それを肯定した。

 

「そうね、飛んでる最中にエリアチェンジしたという事も無かったし、その通りね」

「って事は、アスナのいるエリアと通常エリアは、単純に世界樹の内部に壁があって、

そこで仕切られているだけなんじゃないか?」

「……その可能性は高いと思うわ」

「それなら、その壁に近付く事が出来れば今のユイの力でもIDさえ手に入れられれば、

おそらくその壁を抜ける事は可能だ。近付ければだが……」

「そこでグランドクエストに戻るわけね」

「ここにいるメンバーでその戦闘フィールドの天辺に行くだけなら可能か?」

 

 雪乃はまた考え込んだが、今度はそれを否定した。

 

「無理ね。おそらく途中で力尽きる事になるわ」

「そうか……」

 

 八幡は落胆したが、雪乃の言葉はそこで終わりでは無かった。

 

「でも、可能性が無いわけじゃないわ」

「まじか。何か手があるのか?」

「サラマンダーに与するか、シルフとケットシーに与するか、二つに一つね」

「どちらかの種族の力を借りるって事か」

「実は私達は、今度開かれるシルフとケットシーの同盟の護衛依頼を受けているのよ。

もしあなた達がその同盟の力を借りる事が出来たら、可能性は格段に上がると思う」

「なるほど」

「顔繋ぎだけは出来るのだけれども、そこからはあなた達次第という事になるわね」

「サラマンダーの方はどうなんだ?」

「そちらには伝手が無いわ。だから実現性の高いのは、

どちらかというとシルフとケットシーの同盟の方ね」

 

 八幡は、考えるまでもないという風に即答した。

 

「それじゃそれでいこう。キリトもそれでいいよな?」

「ああ。というかそれしか選択肢は無さそうだ」

「味方につけられる勝算はあるの?」

「わからん、が、俺もキリトも金ならあるぞ」

「え?」

「実はな、SAOのアイテムで、唯一所持金だけは持ち越されてたんだよ。

ALOだとユルドって言うんだったか?それがかなりある」

「どれくらいあるのかしら」

「んんー足すと数億ユルド?」

「ええええええええええええ」

「成金お兄ちゃん?」

「先輩すごいです!それならいけるんじゃないですかね?」

「そうね、それだけあれば確実に交渉材料になるわ。どうやら可能性が見えてきたわね」

「材木座待ちになるんだけどな。正直そこが一番のネックだ」

「それならこっちにも手が無いわけじゃないわね」

 

 それまで静観していた陽乃が、ここで口を開いた。

 

「何か手があるんですか?陽乃さん」

「私っていうより菊岡さんがね、そっち方面に強い人物に協力を依頼してるみたい」

「おお」

「でもその人との交渉がちょっと難航してるみたいなんだよね」

「そうなんですか……まあそっちは菊岡さんに任せましょう」

「そうね、あの人そういう交渉事は得意そうだしね」

「それじゃ明後日合流した後は、シルフとケットシーの同盟締結現場に向かいましょう」

「ああ、それで頼む。あと陽乃さん、別にもう一つお願いがあるんですが」

 

 八幡は陽乃にもう一つ、戦力増強の可能性に賭けて頼み事をする事にした。

 

「ん?何?」

「菊岡さん経由で連絡をとって欲しい仲間がいるんです。

もちろん俺の携帯番号を渡してくれればそれでいいんですが、

出来れば俺の名前を出した上で陽乃さんの連絡先を教えてもらって、

反応があったら説明をしてもらえればと。

俺達が潜ってる間に連絡があったら困るんで……すみません。

名前はクライン、エギル、シリカ、アルゴです。

本当はダイシーカフェって所に集まる予定だったんですけど、

そうも言ってられない状況になっちゃったんで……」

 

(本当はネズハにも声をかけたいんだが、視覚の問題があるしな……

ALOに同じような投擲武器があるかどうかわからないし、今回は無しか……)

 

「なるほど、八幡君の頼みなんだからもちろん受けるわ。どーんとお姉さんに任せなさい!」

「ありがとうございます。経過の説明と、

出来ればALOに来られるかどうかの確認をお願いします」

「もし了解が得られたら、ナーヴギアでログインしてもらえばいいのよね」

「はい。もし処分しちゃったようなら諦めます。

ナーヴギアをかぶる事に抵抗があるかもしれないんで、無理強いは無しでお願いします」

「分かったわ。ログイン位置は全員二人と同じ所なのかな?」

「クラインとエギルは上空で、シリカとアルゴはその近くの地上だと思います。

まあクラインとエギルにその事を教えてもフォローは出来ないんで、

対応はあいつらに任せるしかないんですけどね」

「それじゃあそこらへんは調整しておくわ。案内役にも心当たりがあるから任せておいて」

「さすが陽乃さん、話が早くて助かります」

「それじゃ、菊岡さんに連絡するわね」

 

 そう言って陽乃は、菊岡に電話をかけた。

 

「はい、菊岡です」

「あ、もしもし菊岡さん?ちょっとお願いがあるんだけど。

八幡君が何人かのプレイヤーに至急連絡を取りたいらしいのよ。

名前はクライン、エギル、シリカ、アルゴね」

「あー……そういう事ならちょっと待って下さいね、

今ハンズフリーにするんで……お待たせしました」

 

 陽乃は菊岡に事情を説明し、協力を依頼した。

 

「事情はわかりました。それくらいおやすい御用ですよ。至急手配しますね」

「ありがとう菊岡さん。ところで協力を依頼した人との交渉はまとまったのかしら?」

「あ、それなら今まさに交渉中だったんですけど、今の電話の間に話がまとまりました」

「え、交渉中だったの?」

「ええ。あ、はい、ありがとうございます。やっぱり聞かせたのは正解でしたね」

 

 菊岡はその人物と何か話した後、そんな事を言った。

 

「無事交渉成立です。これからすぐに行動を開始するとの事です」

「やった!八幡君、さっき言ってた人、交渉成立だって。

今あっちはハンズフリーらしいから、お礼を言っておくとよいよ」

「あ、そうなんですか?ありがとうございます。必ずこの恩はお返しします」

 

 八幡は携帯に向けてお礼を言った。

そして陽乃が通話を終わらせ、今日の話し合いはそこで終わりとなった。

夜のログインに向けてみな自宅に戻る事になり、

八幡とキリトもログインの準備をする事にした。

そしていざログインするという時になって、不意に八幡がキリトに尋ねた。

 

「なあキリト、そういえばリズへの連絡はどうなってるんだ?」

「ああ、それなら菊岡さんに頼んで、

俺の名前と携帯番号を書いたメモをリズの枕元に置いてもらってるよ」

「そうか……早くかかってくるといいな」

「ああ」

 

 それを聞いてキリトは、少し照れながら同意した。

 

「それじゃ、大切な人を取り戻すための戦いを始めようぜ」

「そうだな、今日からが本格的なスタートだ。死ぬ気でいくぞ、キリト」

「おう!」

「「リンク・スタート!」」



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第101話 あの高い木を目指せ

今後の展開を鑑みて、主となる原作をSAOに変更しました。


「ユイ、ただいま」

「ただいま、ユイちゃん」

「お帰りなさい、パパ、キリトおじさん!」

 

 ALOにインしたハチマンとキリトを、ユイが出迎えた。

ハチマンは何か気になったのか、ユイに尋ねた。

 

「そういや俺達が落ちてる時、ユイはどういう状態なんだ?

もしかして自由に動き回れたりするのか?」

「この姿になった時点でパパのアカウントに紐付けされたので、

パパが落ちた瞬間に私も意識を失っています。おそらく消えていると思います。

中立フィ-ルドでログアウトした場合、体が残っている間は私も自由に動けるはずです」

「なるほどな。ん?という事は、今はアスナのアカウントからは切り離されているのか?」

「はいパパ。私がママのアカウントと再び繋がるためには、

パパとママがもう一度ここで結婚する必要があるみたいです」

「そうか……まあ何にせよ、ユイが一人寂しくこの場に残ってるわけじゃなくて、良かった」

「パパ!」

 

 ユイはそのハチマンの言葉が嬉しかったのか、ハチマンの周りをふよふよと飛び回った。

 

「あーところでユイ、仮に俺がユイに高位の管理者IDを教えたら、

例えば壁を抜けてその先にワープしたりする事は可能か?」

「今の私の状態だと、直接その壁に手を触れていれば可能です、パパ」

「やっぱり近距離限定になるのか」

「どこかの壁を抜ける必要があるんですか?」

「そうだな、ママを助けるために必要なんだ」

「ママを助けるため……パパ、絶対にママを助けましょう!」

「ああ。絶対に助けるさ」

「ユイちゃんは、そういえばリズとは面識が無いんだったか」

 

 キリトが不意にそんな事を言った。

 

「リズさん、ですか?ちょっとわからないです。私が知っているのは、

アルゴおばさんとユリエールさん、後はシンカーさんです。ごめんなさいキリトおじさん」

「だよな。いいんだユイちゃん、気にしないでくれ」

「もしかして、そのリズさんという方もここに捕まっているんですか?」

「この中にいるかどうかはわからないんだが、捕まっているのは確かだな」

「キリトおじさん、絶対にリズさんも助けましょう!」

「おう!」

 

 キリトはユイにそう言われ、改めて気合を入れた。

 

「ところでユイちゃん、俺の事はそろそろキリトお兄ちゃんって呼んでみないか?」

「何だキリト、お前のお兄ちゃんスキルが疼くのか?さっき妹に会ったせいか?」

「あー、ハチマンだから言うけど、実は直葉は妹じゃなくていとこなんだよ。

直葉は多分今でもその事は知らないんだけどな。

もっとも今じゃすっかり実の妹みたいに感じてるけどな」

「そうだったのか。まあ色々あるよな」

「で、話を戻すけど、実際ユイちゃんにおじさんって呼ばれるのは、まんざらでもないんだ。

だけどなぁ……同時にやっぱり複雑な気分でもあるんだよな……」

 

 キリトはまるで、究極の選択をしているような苦渋の表情をした。

 

「確か、俺がキリトをおじさんって呼ばせたのは、アルゴのとばっちりだったよな……

よしユイ、今後キリトの事を、キリ兄って呼んでやってくれないか?」

「わかりましたパパ!キリ兄!キリ兄!」

 

 ユイはその呼び方が気に入ったのか、今度はキリトの周りをふよふよと飛び回った。

どうやらキリトもその呼び方を気に入ったようで、

二人はキリ兄、ユイちゃん、と呼び合っていた。

 

「さてと、それじゃまずは待ち合わせ場所を探すか」

「あんまり長くここにいると、うっかり他のプレイヤーと遭遇して、

余計ないざこざが発生するかもしれないしな」

 

 ハチマンはそのキリトの言葉に頷き、ユイに尋ねた。

 

「西の森の一番高い木の下でリーファって人と待ち合わせてるんだが、場所はわかるか?」

「今調べてみますね……一番高い木というのはちょっと距離的にわからないですパパ。

でもあっちにそれっぽい森があります!」

「よし、それじゃそっちにいくか」

「おう」

 

 二人はユイが指し示した方角へと向かった。まだ安全地帯が近いためか、

森への道中では敵はまったく出なかった。

そんな中キリトが、思い出したようにハチマンに話しかけた。

 

「そういえばハチマン、ずっと聞きたかったんだが、何か迷ってないか?」

「……そう見えるのか?」

「ああ。そもそもあの二人に対するガードが甘すぎる。SAOの時とは全然違う気がする」

「二人って、ユキノとユイユイか?」

「まあ、そうだな」

「…………誰にも言うなよ」

「わかった」

「……怖いんだ」

「え?」

 

 ハチマンは、苦しそうに話を続けた。

 

「あの二人は、人生で始めて俺と正面から向き合ってくれた。

そしてそれは二年もの長い間離れていても変わらなかった。

俺にはアスナがいる。それを理由にあの二人を拒絶するのは簡単だ。

だがそうする事で、あの二人が離れていくかもしれないと思うと、たまらなく怖いんだ……」

「ああ……なるほど」

「だから無意識にあいつらに対してのガードが甘くなる。

そんな俺の気持ちを感じ取ってるのかはわからないが、あいつらも自然と距離を詰めてくる。

それを駄目だと思っても体がすくんじまう。どうすればいいのかわからないんだ……」

 

 キリトはハチマンの言葉を神妙な顔で聞いていた。

そんなキリトが口に出したのは、こんな一言だった。

 

「ハチマンって、馬鹿だったんだな」

「なっ……」

「いつもはあんなに頭が回るくせに、考えすぎな上に不器用なんだよな。

最初に自分で言ってたじゃないか。二年も離れてたのに何も変わらないって。

そんな二人がハチマンにふられたくらいで離れてくわけないじゃないか。

むしろアスナといい友達になって、一生付き合ってくようになるんじゃないか?」

「…………俺、余計な事を考えすぎてたか?」

「考えを巡らすのはハチマンの長所だと思うけど、

自分の事になると、とたんに思考が駄目になるよな。はっきりいって馬鹿だ」

 

 ハチマンは飛びながらうつむいていたが、やがて顔を上げると、不敵な顔を見せた。

 

「キリトに馬鹿と言われる日がくるとはな」

「まあ俺くらいしかハチマンにそういう事を言う奴はいないだろうしな」

「サンキューキリト。何か目が覚めたような気分だわ」

「頭のもやもやは取れたのか?」

「ああ、もうふらふらしたりはしない。俺はアスナだけを見てまっすぐ進む。

あいつらの攻撃なんざ、完璧に防いでみせるさ」

「おっ、SAOの時のハチマンと同じ雰囲気になってきたな」

「キリト、心配かけてすまなかった。これからは大船に乗ったつもりでいてくれ。

アスナもリズも必ず俺が、いや、俺達が救う」

「おう!やっぱりハチマンは自信満々じゃないとな!」

「よしいくぞ、森の中にある一番高い木を目指せ!」

 

 それから二人はひたすら飛び続けた。

しばらく進むと、前方にうっそうと茂る森が見えてきた。

 

「あそこです、パパ」

「森ってのはあれか……どうやら中心あたりに高い木が一本見えるな。

多分あの木が待ち合わせ場所だ。ユイ、あの木の座標を見失わないように出来るか?」

「はいパパ、大丈夫です」

「よし、それじゃ下りるか。どうやら森の上を飛ぶのは高度的に無理っぽい。

かといって木をよけながら中途半端な高さを飛ぶのは効率が悪いしな」

「ついでにちょっとモンスターがいたら殴ってみようぜ。まだ一度も戦ってないしな」

「そういやそうだな。ユイ、この辺りの敵の強さってどのくらいだ?」

「今のパパとキリ兄なら一撃です。それに敵が一定の距離まで近付いたらすぐ分かります」

「索敵も可能なんだな。よし、それじゃ低空飛行といくか。ユイ、先導してくれ」

「はい!」

 

 二人はユイに先導してもらい、目印の木へと向かって飛び続けた。

二人は途中何度か敵と遭遇したが、問題なく一撃で斬り捨てていった。

 

「あ」

 

 何度目かの戦闘の後、ハチマンが何かに気付いたように声を上げた。

 

「どうした?」

「なあキリト、状態異常系の魔法あるだろ。今の俺達だと目くらましとか幻を見せるやつ」

「ああ。それがどうかしたか?」

「ここの敵は確かに雑魚だが、初期モンスターと比べたらぜんぜん強いんだよな?ユイ」

「そうですね、パパとキリ兄が強すぎるだけだと思います。

少なくともゲーム開始直後の初期状態で勝てる敵ではありません」

「だよな。負ける要素は無いんだし、これから戦闘の度に積極的に敵に魔法をかけようぜ。

普通スキル制のゲームでスキルを効率よく上げるには、敵に魔法をかけるのが一番だよな?」

「確かにそうだな。よし、次からそうしようぜ」

「それじゃユイ、また先導を頼む」

「はいっ」

 

 その後二人は、積極的に敵に魔法をかけていった。

最初のうちはレジストばかりだったが、体感上は徐々に成功率が上がっているようだ。

二人はその地道な作業を淡々とこなしていった。

単純作業を苦にしないのが二人の強みである。

それはMMORPGで大成するには必須のプレイヤースキルなのだ。

そうこうしているうちに、二人は無事に目的地へと到達する事が出来た。

 

「さてユイ、近くにプレイヤーの反応はあるか?」

「うーん、感知出来る範囲には誰もいません、パパ」

「そうか。リーファさんが来るとしたらおそらく西からだろうから、

西で雑魚狩りでもしながら待ってようぜ。ユイ、プレイヤーを発見したらすぐ教えてくれ」

「はい!」

 

 そうしてしばらく二人は雑魚狩りをしていた。

一時間ほどたった頃、ユイがプレイヤーを見つけたと言ってきた。

 

「お、待ち人が来たかな」

「うーん、でもパパ、どうやら複数のプレイヤーがいるみたいです」

「何人くらいだ?」

「全部で六人です」

「ふむ……キリト、どうする?」

「何とか近付いて確認するしかないな。

とりあえず暗視と隠蔽の魔法を使って慎重に近付こうぜ」

「了解だ。ユイ、見つからないように俺の懐に入って案内を頼む」

「はいパパ」

 

 二人は魔法をかけ、ユイの案内に従い慎重に進んでいった。

しばらく進むと、二人の目に魔法のエフェクトが飛び込んできた。

どうやら前方では戦闘が行われているらしい。

 

「まずいな、もしかしたらリーファさんが襲われているのかもしれない」

「誰かに見つかっても構わないから、とにかく急ごう」

「ああ」

 

 二人は見つかるのを覚悟で速度を上げた。

そして現場に着いた二人が見たものは、一人奮戦するシルフの少女と、

それを襲うサラマンダーのパーティだった。



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第102話 リーファの危機

「はぁ、とんでもないものを見てしまった……」

 

 直葉は病院を出ると、真っ直ぐ駅へと向かった。先ほどの光景が目に焼きついて離れない。

 

(いつか私もお兄ちゃんとあんな風に……いやいや無理無理っ。

ああいうのは私にはまだハードルが高すぎる)

 

 直葉は顔を赤くしたまま駅に着くと、電車を乗り継いで自宅へと戻った。

その間の事はあまり覚えていない。それほどまでに病院での出来事は、直葉には衝撃だった。

自宅に着くと直葉は真っ直ぐ自分の部屋に向かい、ベッドに倒れこんだ。

 

「やっと落ち着けた……まさかあんな場面に遭遇するなんて、びっくりしたな……

お兄ちゃんの言う通り、本当にもてる人なんだな、あの人」

 

 家に着いた事で、なんとか落ち着く事に成功した直葉だったが、

そうなると逆に思い出されるのは、兄のなんともいえない表情についてだった。

 

「それにしてもお兄ちゃん、一度も見た事が無い表情をしてたな……それにあのセリフ……

リズって人の事が好きなのかな……私はどうすればいいんだろ」

 

 直葉は先ほどの事を思い出し、あれこれ色々と考えていたが、考えは纏まらなかった。

いつの間にか辺りはすっかり暗くなっていた。

母から夕食に呼ばれた直葉はその事に気付き、慌てて下へと下りていき、食事をとった。

 

(今日はユキノからの依頼があるんだから、切り替えよう)

 

 食事をとってすっかり落ち着いた直葉は、ささっと入浴を済ませた後自室に戻り、

予定時間より少し遅れてしまったが、ALOにログインした。

 

「ちょっと遅れちゃったかな、急がないとまずいかも」

「あっ、リーファちゃ~ん」

「レコン、やっほー」

 

 そんなリーファを目ざとく見つけたレコンが手を振りながら近付いてきたので、

リーファはレコンに軽く挨拶を返した。

レコンはリアルでの同級生であり、ALOを始めた時からの長い付き合いの友達だった。

 

「リーファちゃん、今日はどうする?シグルド達と一緒に狩りにでも行く?」

「あー……」

 

 一瞬レコンに依頼の手伝いを頼もうかと思ったリーファは、

ユキノの依頼が訳ありのようだった事を思い出し、レコンを誘うのをやめた。

 

「ごめん、今日はちょっと約束があるんだよね」

「そっかぁ残念。それじゃまた今度ね、リーファちゃん!」

「うん、またねレコン」

 

 リーファはレコンと別れ、待ち合わせ場所に指定した森へと向けて飛び立っていった。

しばらくは何事もなく平穏無事に進む事が出来たリーファであったが、

目的地に近付くにつれ、何かおかしい事に気が付いた。

妙にパーティ単位で動いているサラマンダーが多いのだ。

 

(いつもこんな場所にはプレイヤーはほとんどいないのに、

今日は何故かサラマンダーのパーティによく遭遇する……何かあるのかしら)

 

 リーファは漠然とした不安を感じたが、理由についてはまったく分からなかった。

 

(どうしよう……ハチマン君とキリト君だっけな、スキルは高いけど素人だって話だし、

もしパーティ単位で襲われでもしてたらまずいよね……よしっ)

 

 リーファは覚悟を決め、飛ぶスピードを上げた。もちろん注意は怠ってはいない。

これでもリーファは、シルフの五傑と言われるほどの実力を持つ魔法剣士なのだ。

しばらく慎重に、かつ出来るだけ速く飛んでいたリーファであったが、

その甲斐あってか、無事に目的の木を視認する事が出来た。

だが、その事で多少気が緩んでしまった事は誰にも責められないだろう。

リーファは、自分の姿が敵の斥候に発見された事に気が付かなかった。

そして目的地に到着した瞬間に、リーファは敵の奇襲を受けた。

 

「……っち、しまった、見つかってたのか」

 

 リーファはその奇襲で、少なからずダメージを受けてしまった。

そんなリーファに、相手が声をかけてきた。

 

「こんな所にシルフの五傑が一人でいるとはね、これはとんだラッキーだな」

「あなた、私の事を知ってるのね。それならわかるでしょ?

私は六対一でもそう簡単にはやられないわよ」

 

 そう言いつつもリーファは、ユキノからの依頼が達成出来ないかもしれないと思い、

焦りを感じていた。だがここはやるしかない。そう思いリーファは、迎撃体制をとった。

 

「さすがに強気だな、六対一だが手は抜いたりしない。ここで仕留めさせてもらうぜ」

 

 そう言いながら男達は、一斉にリーファに襲い掛かった。

リーファも何とか抵抗していたが、多勢に無勢な事もあり、徐々に劣勢に立たされていた。

 

(ごめんユキノ、依頼が果たせないかもしれない。でも必ず何人かは道連れにしてみせる)

 

 そう覚悟を決めたリーファであったが、その瞬間リーファと敵の間に、

どこから現れたのか、プレイヤーが高速で飛来し、降り立った。

そのプレイヤーは、開口一番にこう言った。

 

「女の子一人に男が六人がかりとか、ちょっと格好悪くないか?」

「ちっ、もう一人いたのか……ってその格好、もしかしてニュービーか?これはお笑いだな。

初期装備の奴にそんな事を言われるとはな。バカかお前。

こちらから見れば、獲物が増えてラッキーってだけなんだけどな」

 

 そう言って男達は下卑た笑い方をした。だがリーファは別の事に思い当たったようだ。

 

「あなた……もしかしてユキノが言ってた人?」

 

 その問いを受け、キリトはリーファの方に振り向いた。

リーファはキリトの顔を見た瞬間、何故かドキッとした自分に気が付いた。

 

「やっぱりリーファさんだったか。俺はキリト、以後宜しくな。

俺達の依頼のせいで危険な目にあわせてごめんな」

「い、いえ、こちらも助かったわ。それじゃあ二人で協力して戦いましょう」

「いや、ここは俺達に任せてくれていいぞ。リーファさんは自分の回復に専念しててくれ」

「えっ?」

 

 リーファは、スキルこそ高いのかもしれないが、

明らかに初期装備のキリトにそう言われて困惑した。

何か自信があるのかもしれないが、戦闘はそんなに甘いものではない。

リーファは自分も戦うと主張しようとしたが、その瞬間に敵が襲い掛かってきた。

 

「キリト君後ろ!六人同時に襲ってくるわ!」

「ん?六人もいないだろ?」

「え?」

 

 そのキリトの言葉と同時に後方にいた敵のプレイヤーが二人、

エフェクトと共に消滅し炎の形となった。この炎はリメインライトと呼ばれるものだ。

プレイヤーは死ぬと、一分間この炎の形をとる事になる。

その間に蘇生を受ける事が出来れば、ペナルティも無くその場で復活する事が可能だが、

そうでない場合一分後に、ペナルティを受けた上で自分たちの領都へと飛ばされる事になる。

つまりこの表示が現れたという事は、敵が一瞬で二人倒されたという事に他ならない。

その事実を理解したリーファは、驚いてキリトに尋ねた。

 

「え……キリト君、今のは何?」

「俺達が二人組だってのは聞いてるだろ?」

「それじゃあ今のは……もしかしてハチマン君が?」

 

 男達も、突然の出来事に狼狽していた。

 

「何だよ今の」

「何で二人もやられてるんだよ!」

「さあ何だろうな。それより自分達の事を心配しなくてもいいのか?」

「くそっ、やるぞ!」

 

 キリトのその言葉で我に返った男達は、改めてキリトに向かって襲い掛かろうとした。

その瞬間にキリトの姿が消え、男達は再び狼狽した。

 

「なっ……どこだ!?」

「遅い」

 

 キリトの声が後ろから聞こえ、次の瞬間更に二人の男が炎となった。

 

「な……何なんだよお前は」

「お前らは、だぞ」

 

 そう言った男の背後にいつの間にか立っていたハチマンが、そう声をかけた。

慌てて振り向いた男は、ハチマンの姿を見る事なくそのまま炎となった。

残された男は、何が起こったのかまだ理解出来ていないようだった。

 

「何だよこれ……お前らニュービーじゃないのかよ!」

「さあな、世の中には不思議な事が沢山あるんだろ」

「さて、残るはお前一人だ。覚悟は決まったか?」

「くそっ、覚えてろ!」

 

 男は捨てセリフを吐き、その場から逃げようとした。

それを追おうとしたキリトを、ハチマンが制した。

 

「おいハチマン、あいつ逃げちまうぞ」

「まあ待てキリト。どうやらリーファさんも、あいつに仕返しをしたいみたいだぜ」

「お?おお、やるなぁリーファさん、いつの間に」

 

 ハチマンの言葉通り、いつの間にかリーファが相手の後ろに回りこんでいた。

 

「散々いたぶってくれたお礼はきっちりと自分の手でしないとね」

「くそおおおおお」

 

 そう言ってリーファは鋭い太刀筋で剣を振るい、最後に残された男も爆散した。

キリトは拍手をし、ハチマンはヒュ~、と口笛を吹いた。

こうして三人は、無事に合流を果たしたのだった。



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第103話 二つ名の由来

 リーファは最後の一人に止めをさすと、嬉しそうに二人にかけよってきた。

リーファが手の平をこちらに向けて手を上げていたので、

ハチマンとキリトはリーファとハイタッチをした。

 

「いえ~い!」

「すごかったね二人とも」

「リーファさんこそ、いつの間に敵の後ろに回りこんだんだ?全然気付かなかったよ」

「私の事はリーファでいいよ。二人はハチマン君とキリト君で合ってるよね?」

「ああ。俺はハチマンだ、宜しくな、リーファ」

「俺はキリト、宜しく」

「とりあえず詳しい話は後にしましょう。

ここに来る途中にいくつかサラマンダーのパーティを見かけたわ。

今倒した連中が、そのパーティに連絡をしているかもしれない。

まずは急いでここを離れましょう」

「了解」

「それじゃこっちよ」

 

 リーファはそう言って飛びたった。ハチマンとキリトもその後に続いた。

三人は森を抜け、なおも飛び続けていたが、リーファが下を指差して着地したため、

二人もそれに習ってリーファの横に着地した。

 

「ふう、この辺りまで来れば一先ず安心かな」

「敵が近付いてきたら、私がすぐ分かるので安心して下さい!」

「えっ?え?え?これ、もしかしてプライベートピクシー?」

「私はユイと言います!宜しくお願いしますリーファさん!」

「あ、よ、宜しくね」

 

 リーファは反射で握手をするために手を差し出したが、当然サイズが違う。

だがユイは気にせず、リーファの人差し指を握って上下に振った。

リーファはそんなユイをかわいいと思い、見蕩れていたが、

ハチマンとキリトが自分を生暖かい目で見ている事に気付き、顔を赤くして手を引っ込めた。

 

「プライベートピクシーって、確かALOの販売前の販促キャンペーンで、

抽選で何人かに配布されたんだったっけ?私、始めて見たよ」

「あ、あー……そうだな、うん、その通りだ」

 

 ハチマンはそこまで詳しく知らなかったため、曖昧な返事をした。

 

「って事は、二人はかなり早い段階からプレイしてたのね。

一気にキャラを強くして、しばらく休止してたのかな?それならあの強さも納得かな」

「お、おう、まあそんな感じだ」

「ユキノが初心者って言ってたから、てっきりスキル上げだけ誰かにやってもらって、

そこからキャラだけ引き継いで始めたプレイヤーなのかなとか思ってたんだけど、

よく考えたらユキノはそういうの嫌いだと思うし、シルフ領の初心者って事だったのかな」

「お、おう、まあそんな感じだ」

「おいハチマン、さっきとセリフが一緒だぞ」

 

 ハチマンのセリフを聞いて、キリトがハチマンにそっと耳打ちした。

 

「すまん、そのあたりの設定を何も考えてなかったからちょっと焦った」

「まあ特に問題は無さそうだから、このままの設定でいこうぜ」

「おう」

「二人とも、どうかした?」

 

 リーファが首をかしげながらそう尋ねてきた。

 

「すまん、何でもない」

「それよりリーファもすごい強いんだな。あの太刀筋、びっくりしたよ」

「キリト君、太刀筋とかわかるんだ。でもびっくりしたのはこっちの方だよ。

しゃがむと同時に地面を蹴って敵の後方に回り込んで、

そのまま二人まとめてなで斬りとか、目で追うのが大変だったよ」

「へぇ~、あれが見えてたのか」

「まあすぐ目の前だったしね。

ハチマン君が何をしていたかは、遠くてちょっと分からなかったかな」

「俺はそっと背後から近付いて不意打ちしただけだから、大した事はしてないぞ」

「そうなんだ……でも二人とも、ほぼ一撃で敵を倒してたよね」

「リーファが敵のHPをある程度削っておいてくれたおかげだよ。

むしろ一人で全員にあれだけのダメージを与えてたなんて、すごいと思う」

「あは、死ぬ前に絶対何人か道連れにしてやろうと思って、すごく頑張ったからかな」

 

 それを聞いたハチマンとキリトは、顔を見合わせてリーファに頭を下げた。

それを見たユイも、同じように一緒に頭を下げた。

 

「ちょ、ちょっと、いきなり何?」

「今回は急な依頼を受けてくれて、本当にありがとう。

そして危険な目に合わせて本当に申し訳なかった」

「俺達二人じゃ右も左もわからなかったから、本当に助かるよ。ありがとう、リーファ」

「二人とも気にしないで。ユキノには本当に色々とお世話になってるから、

こういう時くらいじゃないとその恩を返せないのよ」

「恩、か。なあ、一つ聞いていいか?話せるならでいいんだが」

「ん?何?」

「何でユキノの二つ名が、絶対零度になったんだ?」

「あー……」

 

 リーファは少し迷った末に、こう聞き返してきた。

 

「ねえ、何で由来を聞きたいの?」

「まさか悪口じゃないかとちょっと心配になってな」

「……もし悪口だったらどうするの?」

「二つ名を最初につけた奴を潰す。その後広まったルートを辿って、全員徹底的に潰す」

「えっ」

「そうだな、俺も手伝うぜ、ハチマン」

 

 リーファは二人の反応が予想外の物だったので、とても驚いた。

同時におかしさがこみあげてきたのか、腹を抱えて笑い出した。

 

「あはははは、潰すって、全員って」

「一応言っておくけど本気だからな」

「うん、分かってる分かってる。本当に本気っぽかったから、素直にすごいなって思って。

そしたら何かおかしくなっちゃったの。ごめんね?」

「お、おう、そうか」

「別に悪口じゃないから安心して。どちらかというと、畏怖されてる感じかな」

「そうなのか」

「うん。きっかけはね、シルフとケットシーの抗争なんだよ」

 

 そう言ってリーファは、ユキノの二つ名の由来を話してくれた。

 

「同盟を結ぼうとしてるくらいなのに、前は争ってたのか?」

「うん。当初は全部の種族が仲が悪くてね、

隣り合う領地を持つシルフとケットシーも例外じゃなかったの。

その頃はサラマンダーが急速に勢力を伸ばしていてね、

本当ならその時同盟を結べれば良かったんだけど、それまで派手に戦ってたわけじゃない。

なので、とりあえずサラマンダーに対抗するために相談しようって事になってね」

「まあ殺し合ってた二人が直後にすぐ仲良くなるとかは、マンガの世界だけだよな」

「そういう事。それでね、シルフ領主のサクヤさんとケットシー領主のアリシャさんが、

それぞれ軍勢を率いて話し合いをする事になったんだけど、

いわゆるお互いの幹部連中が主導権争いを始めちゃって、

サクヤさんとアリシャさんもそれに乗っかっちゃって、大規模な戦いが始まっちゃったのよ。

私もその場にいたんだけど、雰囲気に呑まれて一緒に戦ってた」

「なるほど」

「で、ユキノはウンディーネじゃない。でもユイユイはシルフ、

イロハとコマチはケットシーだから、三人の頼みで何とか仲裁しようとしてたんだけど、

サクヤさんもアリシャさんも引くに引けなくなっちゃってたみたいで、

領主同士の一騎打ちを始めちゃったのね。それでユキノがね、その、キレちゃったみたいで」

「ユキノをキレさすとか、お前ら色々とすごいな」

 

 リーファはその言葉を聞くと、震えが止まらないという風に自分を抱いた。

 

「その時の事を思い出したらちょっと寒気が……」

「まじか……何があったんだよ」

「ユキノはまず、イロハに頼んで空中に派手な大規模魔法を打たせたの。

で、何事かと一瞬動きが止まったサクヤさんとアリシャさんの頭を掴んで正座させたの。

で、表情をまったく変えないまま延々と説教したの。目がすごく怖かったのを覚えてる。

周りのみんなも割って入ろうとしたんだけど、その目で睨まれて結局動けなかった。

おかげで戦闘は止まり、説教をするユキノの声だけがその場に響いてたわ。

で、二人は何度か反論したんだけど、ユキノは表情一つ変えずに全部秒殺で論破したの。

二人は何も言えなくなって、顔を上げる事も出来ないほど打ちのめされたわ」

「確かにすさまじいけど、それだけだと絶対零度って名前にはならないよな……」

「その後にユキノは大声で叫んだわ。文句がある者は私を論破してみせなさいと」

「ユキノを論破か……そりゃハードルが高いなんてもんじゃないな」

「沢山の人がユキノに挑んだんだけど、全員ユキノに論破されたわ。

ユキノはここまで顔色一つ変えなかった。で、戦いを完全に終わらせようとしたのか、

ユキノは傷ついた者を一箇所にまとめて範囲回復魔法を使ったの。

でもその魔法がなんていうか、ユキノの雰囲気のせいなのか、

周囲が凍りついたように感じられる回復魔法でね」

「ああ……」

 

 ハチマンが、やっと話が見えたという風に頷き、リーファのセリフを引き継いだ。

 

「で、ついた二つ名が絶対零度ってわけか」

「うん」

「すごいな……どんな回復魔法なんだ」

「うーん、今思うと、あれはまったく普通の範囲回復魔法だったと思うの。

でもあの時は何て言うか、ユキノの雰囲気のせいなのか、温度が下がった気がしたんだよね」

「システムの力を超えたのかもな……」

「まあそんなイメージかな。でもそのおかげでシルフとケットシーの戦いが終わったの。

まずサクヤさんとアリシャさんが、論破された者同士の連帯感で親友になって、

で、今度対等の同盟を結ぶって話になったわけ。

だからシルフとケットシーの間では、ユキノは畏怖される以上に尊敬されてるのよ。

その後私はサクヤさんとユキノの間の連絡係みたいな事をやるようになって、

それで私もユキノ達ととても仲良くなれたの」

「そうか、なんていうかやっぱりユキノはすごいんだな」

「俺、ユキノさんだけは絶対に怒らせないようにする……」

「まあそんなユキノの頼みだから、私も二人を全力でサポートするね」

「すまないが、宜しく頼む」

「ありがとう、リーファ」

 

 ハチマンはリーファに頭を下げ、キリトはリーファに微笑んだ。

リーファはそんなキリトを見て、何故か心臓の鼓動が早くなるのを感じていた。

私が好きなのはお兄ちゃんなのに、この気持ちは何なんだろう。

リーファはそんな困惑を振り払うように、笑顔で言った。

 

「任せといて!まずはシルフの領都、スイルベーンに向かいましょう!」



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第104話 翡翠の都

「ここがスイルベーンか……」

「でかいな……」

「ええ、ここが私達シルフの領都スイルベーン。別名【翡翠の都】よ」

 

 ハチマンとキリトは関心したように、辺りをきょろきょろと見回していた。

本来領都に別の種族が訪れた場合、攻撃される可能性もあるのだが、

幸い名の通ったプレイヤーであるリーファが一緒だったせいか、

特に絡まれたりするような事は無かった。

ハチマンとキリトは、リーファに聞こえないようにヒソヒソと言葉を交わした。

 

「何か、SAOの街と全然違うよな」

「これぞファンタジーって感じだな」

「ん?何か言った?」

 

 ハチマンは慌てて誤魔化そうとした。

 

「いや、何ていうか、すごく綺麗な街だなって」

「中央にある塔が一番高いみたいだな」

「あの塔は風の塔って言うのよ。長距離を移動する時は、

必ずあの塔から飛び立って距離を稼ぐの」

「周りにも小さな塔が沢山あるんだな。あの塔と塔を繋いでる部分は通れるのか?」

「ええ、あそこが通路になってて、自由に通行出来るようになってるの」

「なるほどな。何か圧倒されちまうな……」

「スプリガンの領都は古代都市がモチーフなんだっけ?そんなに違う?」

 

 二人はその質問に少し慌てた。当然行ったことが無いからだ。

ハチマンはとりあえず、無難な返事を返す事にした。

 

「ここと比べると規模は変わらないが、まあここよりはちょっと地味な感じだな」

「なるほどね。いつか行ってみたいなぁ。機会があったら案内してくれない?」

「お、おう、機会があったらな」

「その時は宜しくね」

 

 リーファはそう言って微笑んだ。ハチマンとキリトは少し罪悪感を感じていたが、

それを察したのか、目立たないようにハチマンのポケットに入っていたユイが、

こっそりと二人に耳打ちしてきた。

 

「パパ、キリ兄、近くまで行く事が出来れば私が案内出来るので、心配ないですよ」

「おお……さすがユイ」

「とりあえず機会があるかどうかはわからないけど、すごい助かるよ」

「任せて下さい!」

 

 おそらく行く機会は無いだろう。有ったとしても、全てが終わった後の話になると思うが、

とりあえずリーファの期待は裏切らなくてすみそうだと、二人は安堵した。

 

「それじゃ、まず装備を揃えましょう。店に案内するけど、予算はどれくらい?」

「あー、とりあえず無制限で」

 

 その言葉を聞いて、リーファはポカンとした。

 

「二人ともお金持ちなんだ。休止する前に相当やりこんでたのね……」

「まあそんな感じだな」

「それじゃ、一番高性能な装備が置いてある店に案内するね」

「ありがとう、リーファ」

「二人はユキノの友達なんでしょう?という事は、もう私とも友達って事じゃない。

だからお礼なんか言わなくていいよ。友達の頼みなんだしね」

「まあでもお礼くらい言わせてくれよ」

「そう?それじゃ、どういたしまして」

 

 三人は連れ立って、装備を売っている店へと向かった。

ハチマンとキリトもやはり男なので、こういった店に行くとテンションが上がるようだ。

あーでもないこうでもないと、色々な装備を手にとって楽しそうに選んでいた。

リーファも装備を見るのは大好きなようで、楽しそうにそこに参加していた。

 

「二人とも決まった?武器は一応あっちのスペースで試し振りが出来るけどどうする?」

「そうなのか。どうするキリト、ちょっと振ってみないか?」

「そうだな、いくつか試しに振ってみないと、後で違和感が出たら困るしな」

「それじゃ行きましょう」

 

 リーファは二人を、店に併設された広場のような所に案内した。

 

「それじゃ、二人ともご自由にどうぞ。私は防具のコーナーにいるね」

「悪いな、あまり待たせないようにするからちょっと我慢しててくれ」

「大丈夫よキリト君。こういうのはしっかりと時間をかけて、

自分にピッタリ合う武器を選ばないといけないしね」

 

 そう言ってリーファは店の中へと戻っていった。

 

「それじゃ、ちょっと振ってみるか」

「エリュシデータとダークリパルサーに似たバランスの武器を選んだつもりだけど、

こればっかりはなぁ……スターバーストストリーム、システムアシスト無しでやってみるか」

「丁度誰も見てないし、やるなら今のうちだぞキリト。

もし誰かに見られたら、悪目立ちしちまうかもしれないからな」

「よし……」

 

 かつてキリトは少しでも剣を振る速度を上げるために、システムアシストに頼らずに、

何百回、何千回と色々なソードスキルの型を練習していた。

その経験があったためか、体が技をしっかりと覚えていたようだ。

キリトは問題なく、スターバーストストリームの太刀筋を再現する事が出来た。

 

「おお、さすがはキリト。特に問題は無さそうか?」

「ALOにはソードスキルは無いから、まずスムーズに攻撃と攻撃を繋げる事を重視して、

後は敵の動き次第で臨機応変に変化させてく事になりそうだ」

「攻撃力とかの補正が無いのが痛いくらいか。バランスはどうだ?」

「武器の重さのバランスもいいと思う。すごく懐かしい感じがする」

「あの頃と比べても、見ていてほとんど違和感を感じなかったな」

「ハチマンの方はどうなんだ?」

「俺の場合は、あまり重さとか関係無いからまあ問題ない。

左だけ敵の攻撃に力負けしないように、やや重いのを持つくらいだな」

「その短剣に決めるのか?」

「そのつもりだ。しかしキリトの武器、ちょっと大きくないか?」

「いやー、重さで決めたらちょっとサイズが大き目になっちまったんだよな。

まあリーチが伸びた事だけしっかりイメージしとけば大丈夫だと思う」

「なるほどな。でもそれだと、一本しか背中に背負えないな」

「まあ仕方ないさ。本番の時はあらかじめもう一本出しておくよ」

 

 そう言ってキリトは、支払いを済ませた後に片方の剣をストレージに収納し、

もう片方の剣を背中に背負った。

 

「でも二人とも一発で決まるなんて、お互いそういう感覚は錆び付いてないみたいだな」

「体が覚えててくれて良かったよな。それじゃリーファの所に戻ろうぜ」

「了解」

 

 二人はリーファと合流し、今度は防具を選び始めたのだが、

二人ともデザインよりは、動きやすさと色を重視で選んだため、

こちらはあっさりと決まった。言うまでもなく二人とも黒い装備を選んでいた。

 

「二人とも、防具は黒いのを選んだのね」

「キリトはともかく、俺は実用性も考えて黒にしたんだけどな。基本暗殺タイプだしな」

「暗殺タイプ、ね……」

「さっき俺の戦闘スタイルは見ただろ?」

「確かにはっきりと目撃したわけじゃないけど、闇にまぎれて敵を討つみたいな、

そんな感じだったねハチマン君は」

「キリトは基本ガチンコタイプだから、色が黒なのは完全に趣味だよな、趣味」

「そうなんだ」

「ま、まあそれは否定出来ない……」

「ふふっ、それじゃ装備も整ったみたいだし、風の塔にでも行ってみましょうか」

「おう。出来れば一度飛んでみたいところだな」

「男の子なんだから、二人とも高さにびびったりしないでよね」

「だってよキリト。びびるなよ」

「ハチマンこそびびるなよ」

「あは、それじゃこっちよ」

 

 二人はリーファに案内されて、風の塔を上っていった。

頂上に着くと、そこにはまさに絶景と呼べる景色が広がっていた。

 

「うわ、さすがにここまで来るとすごい景色だな」

「翡翠の都か……名前の通り、美しい街だよな」

「自慢の都だからね!」

「ああ、確かにこれは自慢していいな……ん?」

「ハチマン君、どうしたの?」

「誰かがこっちに近付いてきてるぞ」

 

 その言葉を聞いたキリトとリーファは、先ほど上ってきた階段の方を見た。

人影は見当たらなかったが、しばらくすると、数人の男が階段を上ってくるのが見えた。

 

「驚いた、随分遠くからわかるのね、ハチマン君」

「まあ、それが取り柄だからな」

「リーファちゃ~ん!」

「あれ、レコン?シグルド達も一緒なのね」

 

 どうやら上ってきたのはリーファの知り合いのようだった。

ハチマンとキリトは会釈をして、後方へと下がった。

 

「リーファちゃん、ここにいたんだね」

「レコン達はこれから狩り?」

「うん、まあそんな感じ」

「おいリーファ、お前俺達の誘いを断って、スプリガンごときと一緒に何をしてるんだ?」

 

 リーファはその言い方にカチンと来たが、とりあえず事情を説明しようとした。

 

「これはユキノの……」

 

 そんなリーファの返事を待たずに、シグルドは言葉を被せてきた。

 

「お前は俺のパーティメンバーだ。いつも勝手な事ばかりしてんじゃねえよ」

「なっ……」

 

 場の雰囲気が険悪になりそうなのを察知して、レコンが慌てて割って入った。

 

「リ、リーファちゃん、明日は狩りに参加出来るんだよね?」

「……ごめん、明日もこの二人を案内しないといけないの」

 

 その返事を聞いたシグルドは、苛立たしげにリーファに向かって言った。

 

「おいふざけるなよ。お前は黙って俺の言う事を聞いてりゃいいんだよ」

 

 この言葉にはさすがに頭にきたのか、リーファはシグルドに食ってかかろうとした。

だがそのリーファとシグルドの間に割って入った者がいた。それはキリトだった。

 

「キリト君、危ないから下がってて」

「大丈夫だ」

 

 キリトはリーファにそう声をかけると、シグルドに向かって言った。

 

「そっちこそふざけるな、リーファはお前の道具じゃないぞ」



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第105話 頑張れレコン

ルグルーの街の位置を、回廊のこちら側ではなくあちら側に変更してあります。


「薄汚いスプリガンごときが、王子様にでもなったつもりか?」

「白馬には乗ってないけどな」

 

 キリトとシグルドは、まさに一触即発という感じで睨み合っていた。

シグルドのパーティメンバーは、リーファとシグルドを交互に見ながら狼狽していた。

ハチマンはいつでも動ける体制のまま、二人のやりとりを傍観していた。

ちなみにリーファとレコンは……

 

「王子様?キリト君が王子様?どうしよう、私お姫様になっちゃった……」

「リーファちゃんの王子様……その役目はこのレコンが……」

 

 と、二人ともちょっとずれた反応をしていた。

 

「ここでお前達を殺せば、お前達はスプリガンの領都に逆戻りだな。

そうすればスイルベーンも少しは綺麗になるだろう」

「はっ、お前みたいに心の汚い奴が、スイルベーンを汚してるんじゃないのか?」

「ちっ、おいリーファ、お前はどうするつもりだ。あくまでこいつらを庇うのか?」

「えっ?」

 

 リーファはその言葉を聞き、やっと我に返った。

 

「そもそもパーティに入る時、私が束縛されるのは嫌だって言ったら、

あなたはいつ抜けるのも自由だし、用事がある時は参加しなくていいって言ってたじゃない」

「ふざけるな。俺達のパーティはシルフの中では一番有名なパーティだ。

そのメンバーであるお前が、パーティとは別行動で勝手な事ばかりしていたら、

リーダーの俺の顔に泥を塗る事になるのが分からないのか?」

「泥を塗るって……」

 

 さすがにリーファはそのシグルドの言い草には納得出来なかったようだ。

 

「武道大会で私がシグルドを破って優勝した後、わざわざ自分でスカウトに来たくせに、

随分身勝手な事を言うのね、シグルド」

「ああ、そういう事か」

 

 それまで黙っていたハチマンが、納得したという風にそう呟いた。

 

「ハチマン、どういう事だ?」

「要するにそいつはな、自分より強いリーファを自分のパーティに加える事によって、

ちっぽけなプライドを守ろうとしたんだろ。自分の方が上だってな」

「ああ、そういう事か。それなら納得だな」

「貴様ら……言わせておけば……」

「もういい、良く分かったわ」

「リーファちゃん!」

 

 レコンはリーファの決意を察したのか、止めに入ろうとした。

だがリーファはそんなレコンを制し、きっぱりとシグルドに言った。

 

「言っておくけどシグルド、この二人はユキノの仲間よ」

「なっ……ユキノにこんな仲間がいるなんて聞いた事が無いぞ」

「この二人は復帰組だからね。なので私が明日ユキノの所に案内する事になってるの。

この二人に手を出したら、ユキノが黙っていないと思うわよ。

あなたもあの場にいたんだから、それがどういう意味か分かるでしょう?」

「くっ……」

「そして私も黙ってはいない。ここであなたを斬るわ」

「……それはパーティを正式に抜けるって事でいいんだな?」

「ええ、そうとってくれて構わないわ。もううんざりなの」

「リーファちゃん、そんなぁ……」

「そうか……」

 

 シグルドは、目をつぶって何か考え込むそぶりを見せた。

思ったよりシグルドが冷静だったので、リーファはそれを不思議に思った。

 

「パパ、あの人からすごい怒りを感じます。一見冷静そうですが、あれは演技だと思います」

「わかるのか、ユイ」

「はい」

「まあ確かに目をつぶる直前に、一瞬すごい怒りのこもった目が見えたからな」

「パパ、どうしますか?」

「あいつに監視を付けたいな。あのレコンって奴が適任なんだが……」

 

 ハチマンはそう呟き、リーファに話しかけた。

 

「なあリーファ、あのレコンって奴とは仲がいいのか?」

「レコン?レコンはね、リアルでの同級生なの」

「ほうほう、なるほどな」

「同級生とVRMMOって、何かいいな」

「キリトと俺もいずれそうなるんじゃないか?」

「あー、そうかもな」

 

 そんな会話をしていると、シグルドが顔を上げ、妙に落ち着いた声で話しかけてきた。

 

「リーファ、ユキノとはどこで合流するんだ?」

「そんな事聞いてどうするの?ルグルー回廊の向こう側だけど」

「ふん、もしかしてその後は、同盟の調印式に参加するのか?」

「ええそうよ。あなたも行くんでしょう?」

「いや、俺はここの留守をサクヤに任されているからな」

「へぇ~、そうなんだ」

「話は分かった。お前のパーティ離脱の件も了解した。邪魔をして悪かったな」

「えっ、あ、うん」

 

 そう言ってシグルドは、仲間達と共に去っていった。

レコンはおろおろしていたが、やがて決心したようにリーファに話しかけた。

 

「よし、それじゃあ僕もリーファちゃんと一緒にパーティを抜け……」

「おいレコン、ちょっと話がある」

「えっ?えっ?」

 

 そんなレコンをハチマンが制し、肩に手を回して少し離れた場所へと連れていった。

 

「何あれ……一体どうしたのかしら」

「ああ、ハチマンに任せとけば大丈夫だ。きっと何か思いついたんだろう」

「キリト君は、ハチマン君の事をすごく信頼してるんだね」

「あいつは今回かなり本気を出してるからな。まあ俺もだけどな。

俺達には、ALOの中でどうしても成し遂げないといけない事があるんだよ」

 

 そう言ってキリトは、どこかで見た事があるような表情を浮かべた。

 

「あっ……」

 

 リーファはそのキリトの表情に、無意識に兄の表情を重ねていた。

 

(どうしてお兄ちゃんの顔が浮かぶんだろう。あの表情……何か強い決意を秘めていて、

それでいてどこか悲しそうなあの顔……)

 

 リーファは兄の事を想い、そしてキリトの事を想った。

私はもしかして、キリト君の事を好きになりかけているのだろうか。

リーファは自分の気持ちがよく分からなくなり、ただキリトの横顔を見つめていた。

そしてその頃ハチマンとレコンは、少し離れた所で立ち止まり、話をしていた。

 

「い、一体僕に何の用があるんですか?」

「おう。まずあれだ、お前、リーファの事が好きなんだろう?」

「なっ……何でそれを……」

 

(まあさっき、リーファの王子様は僕がみたいな事を言ってたのが聞こえたからな)

 

「まあそれは置いておいてだ。お前、リーファに感謝されたくはないか?」

「えっ?」

「ちなみに俺と、あそこにいるキリトは相当強い。

お前がパーティに合流しても、戦闘とかで目立つのはおそらく無理だ」

「そ、そうなんですか……それじゃリーファちゃん、

お二人のどちらかを好きになっちゃったりするかもしれませんね……」

「あー、俺とキリトにはお互い決まった相手がいるから、そこらへんは安心しろ。

例えそうなっても進展はしない、はずだ」

「そうなんですか!?」

 

 それを聞いたレコンは急に元気になった。ハチマンはレコンを現金な奴だなと思ったが、

これから自分の指示通りに動いてもらう必要があったので、都合が良いとほくそえんだ。

 

「ああ。でな、さっきのシグルドって奴の態度、お前はどう思った?」

「はぁ、いつもと違って、妙に冷静だなと」

「なるほどな。やっぱりらしくないんだな」

「はい、いつもなら怒り狂って攻撃を仕掛けてきてもおかしくない場面でしたね」

「いいかレコンよく聞け。さっきのシグルドの態度、あれな、多分全部演技だ。

あいつ目をつぶっただろ?その直前に、すごい怒りのこもった目をしてたのが見えた」

「えっ?」

「何かを考えていたのは確かだと思うが、

あいつ多分、ずっとはらわたが煮えくりかえってたと思うぞ。

目をつぶったのは咄嗟にそれを隠そうとしたんだろうな」

「そういえば確かにシグルドは、目に感情が出やすいってよく言われてました……」

「そんなあいつが必死で冷静さを装った。そして俺達の今後の予定を聞いてきた。

どうだ、すごく怪しいと思わないか?」

「確かにすごく怪しいです。絶対に何かたくらんでますね」

「だろ?そこでだ」

 

 ハチマンはそこで一つ呼吸を入れ、本題を切り出した。

 

「お前はこのままシグルドのパーティに残って、あいつの監視をしてくれないか?

多分あいつはこの後絶対に怪しい動きをすると思う。それをリーファに伝えれば、

リーファはお前の活躍にすごく感謝してくれるんじゃないか?」

「確かに……」

「さっきも言ったが、お前がこのまま俺達についてきても、

リーファは道中でお前に感謝したりはしないだろう。だが今言った事を実行すれば、

確実にリーファはお前に感謝する事になる。どうだ、いいポイント稼ぎになるだろう?」

「はっ、はい、すごくいいと思います!」

「そうだろうそうだろう。それじゃそういう方向で一つ宜しく頼む」

 

 ハチマンはニヤリとして、レコンにそう言った。

レコンもニヤリとし、二人は固い握手を交わした。

 

「俺達はお前から情報を得て、対策を取れる。お前はリーファのポイントを稼げる」

「ウィンウィンですね!」

「そうだ。よし、それじゃあいつらの所に戻るか」

「はいっ」

 

 二人は話を終え、キリトとリーファの所に向かった。

 

「リーファちゃ~ん」

「あっ、話は終わったの?」

「僕、このままシグルドのパーティに、スパイとして残る事にした!」

「えっ、スパイ?」

「今説明する」

 

 ハチマンは、先ほどレコンに説明した事をキリトとリーファにも説明した。

もちろんポイント云々の話はしていない。

 

「確かにいきなり静かになって、不自然だとは思ったな」

「いつものシグルドなら絶対にありえないから、おかしいとは思ったんだよね」

「リーファちゃん、僕、頑張るから期待しててね!」

「あ、うん」

 

 レコンはキラキラした目でリーファを見つめていた。

リーファは戸惑っていたが、そんなリーファにハチマンがそっと耳打ちした。

 

「リーファ、レコンに笑顔で頑張れって言ってみてくれ。レコンをうまく乗せるんだ」

「あー……うん分かった、やってみる」

 

 リーファはにこりと笑い、レコンにこう言った。

 

「レコンだけが頼りよ、頑張って!」

「うん!リーファちゃん、任せて!」

 

 そう言うとレコンは、すごいスピードでシグルド達の去った方へと走っていった。

 

「ナイスだリーファ。よし、それじゃとりあえず一度塔から飛んでみようぜ。

飛んだ先でとりあえずさっきの事についての話し合いだ」

「了解!」

 

 そして三人は風の塔から飛び立ったのだった。



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第106話 嵐の前

明日からいよいよ長い一日の始まりです


「うひょおおおおおお」

「おおおおおおおおお」

 

 ハチマンとキリトは、叫びながらも楽しそうに滑空していた。

 

「二人とも上手いじゃない」

「ジェットコースターみたいだな」

「爽快感がはんぱないな」

「ふふ、二人とも高所恐怖症じゃなくて良かったね。あ、そろそろ着地に備えてね」

「おう」

「了解だ」

 

 三人は徐々にスピードを落とし、そのまま地面に着地した。

 

「着地も上手いじゃない。普通はもっとてこずるのよ」

「まあ、飛ぶのも着地も特に問題はないよな」

「ああ、まあそうだな。あのまま飛び続けるのも平気そうだな」

「順応が早いね。あー!そういえば二人とも昔かなりやってたんだっけ、

それじゃあまあ当たり前なのかな」

「あ、あー……まあそうだな、思い出すだけだしな」

「そ、そうだな、うん」

「なるほどね」

 

 リーファに本当の事を話していいのかどうかの判断がまだついていないため、

二人はとりあえず誤魔化す事にしたようだ。

そして三人は車座になって座り、さきほどの事についての話し合いをする事にした。

 

「なあリーファ、仮にリーファが今回の状況でユキノ達を襲うとしたら、どうする?」

「うーん……シルフだけじゃ絶対に無理。誰もついてきてくれないと思う」

「……二つ名がついた時の出来事のせいか?」

「うん。シルフとケットシーの間じゃ相当有名な話だからね。

その二つの種族はユキノを襲うなんて言ったらみんな断ると思うよ」

「それじゃあ可能性としては、やっぱりサラマンダーにこっそり情報を流すとかか?」

「襲う前提だと、多分それ以外に方法はないんだよね……

シグルドがそこまでやるとは考えたくないけど……」

 

 一応シグルドとは、パーティ活動を通してそれなりに楽しい思い出もあったため、

リーファは少しつらそうにそう言った。

 

「まあ、やっぱりこっちが本線だとは思うんだけどな」

「それって、狙われる対象が俺達って事だよな?」

「ああ。ユキノ達と合流する場所を聞いておいて、合流前に俺達を潰す。

いかにもありそうな話だよな」

「確かにそっちの方が現実的な気がするよね」

「やっぱりリーファもそう思うか?」

「うん。私が相手なら、多分シルフの中にも参加する人はいるんじゃないかな?

武道大会で私が倒した人とかね。顔さえ隠せば誰がやったのかわからないと思うし」

「ネームバリューから言っても、ユキノほど恐ろしくはない、って事でいいのか?」

「うん。まあそんな感じかな」

「両方同時に襲う可能性も無くはないよな。サラマンダーがユキノ達担当、

シルフが俺達担当みたいに。もちろん両方サラマンダーの可能性もあるが」

「そうだね、ありうると思うよ」

「それじゃ、そういう前提で少し考えるわ」

「おう」

 

 ハチマンはそう言って、考えをまとめるためなのだろう、目をつぶった。

リーファはそれを興味深そうに眺めていた。

ちなみにキリトは慣れているのでのんびりしていた。

 

「ねえキリト君、いつもこんな感じで、ハチマン君が頭脳担当なの?」

「そうだな。あ、別に俺が考えるのがめんどくさいとかそういう訳じゃないぞ?

ハチマンが頼りになりすぎるせいで、考える機会があまり無いだけだ」

「そうなんだ」

「ちなみにハチマンは戦っても強いぞ。まあ俺も負けるつもりはまったく無いけどな」

「うん、二人が強いのは、この前の戦闘でよく分かった。

そんな二人が一緒だなんて、襲う相手が逆にかわいそうな気もするよ」

「今はリーファも一緒だしな。ユキノさん達と合流したら、もう無敵じゃないか?」

「そうだな、敵の数が分からない以上、やっぱりそれしかないな」

 

 唐突にハチマンが目を開け、そう言った。

 

「お、考えが纏まったのか?早いな」

「まあ今回は、そんなに難しい話じゃないからな」

「で、どうする?」

「シグルドに故意に情報を流して操作し、その間にユキノ達と合流する。その後は殲滅だ」

「分かりやすくていいな」

「ああ。なあリーファ、回廊のこっち側で合流するのに都合がいいのはどこだ?」

「それならやっぱりルグルーの街じゃないかなぁ」

「回廊の向こう側からルグルーの街までどのくらい時間が必要だ?」

「ユキノ達のパーティなら、二時間くらいでいけると思うよ」

「そうか。それじゃリーファ、ユキノにローテアウトするように連絡を入れてくれないか?

俺も一旦落ちて、直接電話で事情を説明する」

「確かにその方が早そうだね。ちょっと待っててね」

「頼む。俺は向こうで待機しとくわ」

「分かった」

 

 ハチマンはそこでログアウトし、リーファは素早くユキノにメッセージを送った。

ユキノは仲間達に断ってすぐにログアウトし、ハチマンに電話をかけた。

 

「おう、わざわざすまないな。ちょっと事情が変わってな」

「問題ないわ。で、何があったのかしら?」

「実はな……」

 

 ハチマンは、先ほどあった出来事を、出来るだけ詳しくユキノに説明した。

 

「そう……あの男がね」

「シグルドと面識はあったのか?」

「一度パーティに誘われたわ。もちろん断ったけどね」

「既に内輪でパーティを組んでたわけだしな。ちなみにあいつについて何か気付いた事は?」

「そうね、自分の名声を高めるために私を誘っているのが見え見えだったわ」

「やっぱりあいつはそういう奴なんだな」

「あの男なら、この機会に私達も一緒に排除しようとしても不思議は無いと思うわ」

「何か心当たりがあるのか?」

「断る時公衆の面前で、他の人より手厳しくあしらったくらいね」

「それはまた……」

「ちなみにあっちが公衆の面前で自信満々に誘ってきたのよ」

「自業自得か……」

「なのでまあ、私を憎んでいるのは間違いないと思うのよね」

「オーケーだ。それじゃ実務面を詰めようぜ。俺としては敵の数が分からない以上、

ルグルーの街で予定より早めに合流して、逆に相手を殲滅したいと思ってるんだがどうだ?」

「そうね、私もそれでいいと思うわ」

 

 ユキノはハチマンの提案にすぐ賛成した。

 

「私達のパーティの弱点は、前衛の薄さなのよ。そしてそちらには強力な前衛が揃っている。

合流さえすれば、倍の敵相手でも殲滅が可能だと思うわ」

「倍っていうと、単純計算で十四人か」

「……ごめんなさい。ちょっと計算を間違えたかもしれないわ」

「ん?やっぱり十四人はきついか?」

「多分三十人くらいまでは余裕でいけると思うわ」

「さっ……三十?」

「場合によってはもっといけるかもしれないわね。もっともその場合は、

地形とか敵の編成も計算に入れないといけないのだけれどね」

「おいおい、随分強気なんだな……」

 

 そう言いつつもハチマンは、ユキノが言うなら多分そうなのだろうと思っていた。

ユキノは出来ない事を出来るとは言わないはずだからだ。

 

「前衛はユイユイを中心にキリト君とリーファさんが両翼を固める。

後衛は私とイロハさんを中心に小町さんとあなたがガードしつつ遊撃。

これ以上の布陣があるのかしら?」

「……ユキノはヒーラーだったよな。一人でMPとか持つのか?」

「その辺りの管理は任せて頂戴。完璧にこなしてみせるわ」

「お前がそう言うと信頼感が半端ないな」

「それじゃあ私達は、明日一気にルグルーの街まで行くわ」

「それじゃ俺達は適当に交代で姿を見せて、まだ街にいますよアピールでもしておくか」

「こっちはまもなくアルンの街に着くから、少し休憩したらさらに飛んで、

少しでも距離を詰める事にするわね。途中の安全地帯までは何とか到達してみせるわ」

「疲れてるのになんかすまないな……」

「気にしないで。私達の目的のために、降りかかる火の粉を払うだけの話よ」

「ありがとな、ユキノ。みんなにもお礼を言っといてくれ。それじゃ宜しく頼む」

「ええ」

 

 電話を終えてゲーム内に戻ると、ハチマンはユキノとの話し合いの内容を二人に伝えた。

リ-ファはレコンにメッセージを送り、明日の正確な予定を伝えた後、

シグルドにその時間よりもかなり遅い時間に到着するという偽情報を伝えるように頼んだ。

その後三人は、安全にログアウトするためにスイルベーンへと戻った。

 

「しかしこれだけやって何も無かったらちょっと笑えるな」

「まあその時は楽でいいじゃないか」

「それじゃ二人とも、明日も宜しくね!」

「ああ、またな」

「リーファ、また明日」

 

 そう挨拶を交わし、三人はそのままログアウトした。

ログアウトの瞬間、フードを被ったプレイヤーが遠くから走ってきて、

三人に声をかけようとしていたのだが、残念ながら間に合わなかったようだ。

そのプレイヤーは辺りをきょろきょろ見回した後、残念そうに肩を落とした。

 

「間に合わなかった……まあ明日必ず会えるんだし、楽しみは後にとっておけばいいか」

 

 そう呟くと、そのプレイヤーはどこへともなく去っていったのだった。



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第107話 集結の日~合流~

長い一日の始まりです


 次の日、運動のノルマを終えた二人は、ログイン準備を着々と進めていた。

 

「そういえばクライン達はどうなったんだろうな」

「陽乃さんに聞いた話だと、連絡はとれたみたいだ。あいつらにももうすぐ会えるな」

「おお!ALOにはログイン出来そうなのか?」

「ソフトの方も手配してくれたみたいだから、まもなくイン出来るって話だぞ」

「やったぜ!チームハチマンがALOで復活だな!」

「いつの間にそんなチーム名が……」

「仮だよ仮。そうだハチマン、全ての片がついたら、ALOでギルドを作ってみないか?

SAOでは俺もアスナも、多分リズも、本当はハチマンの作るギルドに入りたかったんだよ」

「やっぱりそうなのか……なんかすまん」

「いや、まああの時は状況が状況だったし、仕方ないだろ。

もし嫌じゃなかったら、今度は頼むぜ」

「おう、今度調べとくわ」

「正直設立する事自体よりも、ギルドの名前を考えるのが一番迷うよな」

「そうなんだよな……俺そういうの、すごく迷うタイプなんだよ……」

「さて、そろそろリーファとの約束の時間だな。

今日は多分イベントが盛りだくさんだろうから、気合いれてこうぜ。

アスナとリズを助けるための、第一歩だ」

「よし、それじゃあ張り切って行くとするか」

 

 やがてリーファとの約束の時間が来たため、二人はALOにログインした。

宿の外で待っていると、リーファが手を振りながら走ってきた。

 

「二人とも、今日はハードな日になるわよ。体調は整えてきた?」

「おう、バッチリだぜ!」

「俺も問題ない」

「キリト君は元気だね。ハチマン君は相変わらず冷静だね」

「いや、こう見えても少し緊張してるぞ」

「そうなの?」

「この後戦闘と、同盟締結の場での交渉が控えてるからな」

「あ、そうそう、レコンから報告よ。時間をさりげなく伝えた後、

シグルドはこっそりとどこかに連絡してたみたい。その後は妙に上機嫌だったって」

「真っ黒だな。やはり戦闘になるのは避けられそうにないな」

「レコンは、まだ気になる事があるからそのままスパイを続けるって」

「レコンには感謝しないとな。それじゃ二人とも、そろそろ出発しようぜ」

「了解だ」

 

 三人は風の塔を上り、天辺に到着した。そこから見る景色は、やはり絶景だった。

 

「二人とも、私に付いてこれるかしら?」

「リーファこそ、俺達に付いてこれるのか?」

「言うわね、それじゃ行くわよ!」

「よーし、練習の成果を見せてやる!」

「キリト、ペース配分を間違えるなよ」

「わかってるって。それじゃ行こうぜ」

 

 こうして三人は、ルグルーの街の方向へと飛翔した。

言うだけの事はあり、リーファは確かに速かった。

だがハチマンとキリトも余裕で隣に並んで飛んでいたので、

リーファは飛びながら少し落ち込んでいた。

 

「飛ぶ事には自信があったんだけどなぁ」

「まあそう言うなって。俺達も結構いっぱいいっぱいだぞ」

「そうなの?」

「ああ。ハチマンもそうだろ?」

「そうだな、飛ぶだけならいいんだが、俺達はリーファよりも余計な動作が多いだろうから、

羽根の疲労がたまるのがリーファより早いんじゃないか」

「相変わらず冷静な分析だね」

「だが、トップスピードなら負けん」

「えっ?」

 

 ハチマンはそう言うと、スピードを上げた。

 

「よーし、負けないぞ!」

 

 キリトもそれに合わせてスピードを上げた。

リーファも慌ててスピードを上げたが、徐々に二人に離されていった。

 

「うー、本当に速い……やっぱりちょっと悔しい」

 

 リーファはそれでも必死に二人の後を追いかけた。だがそれも長くは続かなかった。

しばらく飛んだ後、ハチマンとキリトが着地をしたからだ。

どうやら羽根の疲労がたまったようで、リーファも隣に着地した。

 

「ハチマンの言った通りだったな」

「確かにそうかも。私はまだもう少し飛べるかな」

「かなり距離は稼げたと思うが、やっぱりその分疲労のたまりも早いな」

「まあ、しばらく休憩しましょうか」

 

 その時ユイが、何かに気付いたように警告を発した。

 

「パパ!私達を追いかけてくる人達がいます」

「追っ手か尾行かどっちかかな。ユイ、何人くらいだ?」

「二人です、パパ」

「二人か……どうやらただの尾行だな。ユイ、そいつらはこの場所まで来そうか?」

「いいえ、どうやら後方に着地したようです」

「やはり尾行だな。まあ、シグルドを引っ掛けるためにも、

ルグルーに着くまではしっかりと付いてきてもらわないとな」

「仕掛けてこないならまあ何の危険も無いだろうしな」

「こっちに来ないなら、気にせず休みましょ」

 

 三人はしばらく休憩していたが、やがて羽根の疲労が抜けたため、再び飛び立った。

何度かそんな事を繰り返すうちに、ついに前方に街のようなものが見えてきた。

 

「あれがルグルーの街よ」

「おお、やっとか」

「思ったより早くなかったか?」

「まあ、途中で妨害とかが何も無かったからね」

「ユイ、あいつらはちゃんとついてきてるか?」

「はいパパ、付かず離れずという感じです」

「よし、それじゃ街に入ろうぜ。リーファはとりあえずユキノ達とコンタクトをとってくれ」

 

 三人はそのままルグルーの街に入った。

リーファは先ほどの二人組が到着する前に、ユキノ達の所へと向かった。

 

「パパ、さっきの人達が追いついてきたみたいです。宿の陰と、パパの後方の木の後ろです」

「ユイ、そいつらがこっちを観察してるかどうか、そっと確認してくれ」

「はいパパ」

 

 ユイはそっとハチマンの胸ポケットから出て肩へ登り、チラっと様子を観察した。

 

「チラチラとこっちを見ています。やっぱり監視役みたいですね」

「俺達がログインするのを待って、更に長距離を尾行後に即監視とか、ご苦労なこったな」

「お、リーファが戻ってきたみたいだぞ」

 

 キリトがそう言いながらリーファに手を振った。

それを見たリーファも手を振りながらこちらに走ってきた。 

 

「予定通りユキノ達も到着してたよ。今から案内するね」

「ちょっと待ってくれ。さっきの奴らがこっちを見てるんでな」

「え、どこどこ?」

「ユイが言うには宿の陰と俺の後方の木の後ろらしい」

 

 リーファが慌ててそっちを見ようとしたので、ハチマンはそれを止めた。

 

「リーファ、とりあえずそっちを見ないようにな。

視線がバレないように、頬を叩くか何かして指の隙間からでも確認してみてくれ。

もし監視役が見覚えのある奴だったら、俺に分かるように伸びをしてみてくれないか?」

「わかった。……さーて、気合を入れますか!」

 

 リーファはハチマンに言われた通りにそう言い、頬を叩くような仕草をして、

指の間から様子を探った。相手が誰か確認出来たようで、リーファはすぐに伸びをした。

それを見たハチマンは、辺りに聞こえるようにこう言った。

 

「よし、それじゃ予定通りに一時間後にルグルー回廊に出発しようぜ。

ユキノ達も俺達が回廊を突破するくらいの時間に向こう側に到着するはずだ」

 

 キリトとリーファも頷きながら、時間を強調しつつ返事をした。

 

「わかった、一時間後だな」

「おっけー!一時間後ね」

 

 それを聞いた二人は、どこかに連絡をするそぶりを見せたあと、去っていった。

 

「よし、仕込みはオーケーだ」

「あの二人、シグルドの腰巾着だよ。パーティメンバーじゃないけど何度か見た事あるもの」

「シグルドは本当に仕掛けてくると思うか?」

「どうだろうね。まあわざわざこっちの予定を確認するためだけに、

人を張り込ませてたとは考えにくいから、やっぱり仕掛けてくるんじゃないかな」

「あいつをよく知るリーファがそう言うんだから、多分そうなんだろうな」

「まあ一時間しか無いんだし、まずユキノ達と合流しましょう」

「それじゃすまないがリーファ、案内を宜しく頼む」

「こっちよ。回廊への出口近くの宿で全員入れる広めの部屋を確保したみたい」

 

 ハチマンとキリトは、リーファの案内で宿へと向かった。

ハチマンはユイと共に一応周囲を警戒していたが、

宿に着くまで怪しい人物はまったく見かけなかった。

こうして一行は、作戦通り無事に合流を果たす事になった。

 

「みんな、無理をさせたみたいで本当にすまない」

「本当に申し訳ない」

 

 まずハチマンとキリトが、四人に頭を下げた。

 

「お兄ちゃん、キリトさん、気にしないで!コマチもっと頑張れるよ!」

「先輩!キリト君!私も全然へっちゃらですからね!」

「ヒ……ハチマン、キリト君、本番はこれからだよ!頑張ろー!」

「二人とも顔を上げて頂戴。これは私達がやりたい事でもあるのだから、気にしないで。

私達は今後、ハチマン君の指示に従い、あなた達と共に全力を尽くすわ。

もちろんおかしいと思ったら私なりに意見は言うから、丸投げはしないつもりよ」

「みんな……その……言葉が出ないな。あ、ありがとな」

 

 キリトはそんなハチマンの背中をぽんぽんと叩いた。

リーファはその姿を、羨ましそうに見つめていた。



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第108話 集結の日~それぞれの決意~

「あの……」

「ん、どうしたリーファ」

「お兄ちゃん、先輩って、もしかしてみんなはリアルでの知り合いなの?」

 

 ユキノはそれを聞いてハッとし、慌てて説明を始めた。

 

「ごめんなさいリーファさん、まだ説明してなかったわね。

その通り、私達は全員リアルでの知り合いなの。

ハチマン君とキリト君とは、事情があってしばらく離れていたのだけれど、

最近再び合流する事が出来たのよ」

「なるほどね。そういう事だったんだ」

「ごめんなさい、隠すつもりは無かったのだけれども」

「あ、ううん、違うのユキノ。実はね、ちょっと羨ましいなって思って」

 

 羨ましい、と聞いてユキノは、ある一人のプレイヤーの事を思い出し、リーファに尋ねた。

 

「……リーファさんとレコン君も、リアルでの知り合いじゃなかったかしら」

「あー、うん、確かにレコンとはリアル繋がりなんだけどね。

まあでもレコンとは、ただの腐れ縁かな。みんなから感じる絆の強さと比べるとちょっとね」

 

 それを聞いた一同は、どうやらみなレコンに同情したようだ。

 

(レコン、ドンマイだ)

(レコン……報われない奴……)

(レコン君、いつかきっと報われる時が来る……かもしれないわ)

(レコン君、かわいそう)

(これは完全に友達認定ですね)

(レコンって誰だっけ……)

 

「あっ……」

 

 そんな中、ユキノが再び何かに気付いたように声を上げた。

 

「ん、どうしたの、ユキノ」

「そういえば私がリーファさんにお願いしたのは、

二人と私達が合流するための案内、って事だったわよね」

「あ、そういえばそうだったかも」

「ここからは多少危険が伴うわ。これ以上リーファさんに無理を言うのは……」

「あー、そういう事ね。気にしないでユキノ。シグルド達とも決別したし、

私はこれからは私の意思で、みんなに協力する事にしたから」

「……ありがとう、リーファさん」

「リーファ、ありがとな」

「頼りにしてるぜ、リーファ!」

 

 リーファはキリトの笑顔を見てドキッとしたのだが、

それを悟られないように、慌てて全員に笑顔を向けた。

 

「というわけで、これからも宜しくね!」

 

 それを聞いて、みな口々によろしくと挨拶を返した。

そして引き続き、ユキノがリーファに話しかけた。

 

「リーファさん、リーファさんも知っていると思うけど、

私達のパーティは、今までずっとどこの勢力にも加担せず、極力中立を保ってきたわ。

でもその方針を貫くのは、この瞬間に終わりという事になったわ。

私達は今後、このハチマン君と共に歩む事を、ついさっきみんなで話し合って決めたの。

その事をまずあなたに伝えておくわね」

「えっ?」

「もちろん俺もずっとハチマンと一緒だぞ」

「お前ら……」

「そっか、ユキノじゃなくて、ハチマン君がみんなの中心なんだね」

「お、おう……なんかそうみたいだな」

「ふふっ、何でハチマン君がそんなに自信無さげなのよ。

でもそっかぁ……私はどうしようかな……」

 

 そんなリーファの様子を見て、キリトが何気なくこう言った。

 

「リーファは今のところ、どこにも行くあてが無いんだろ?

それならとりあえず、何かが決まるまで俺達と一緒にいればいいんじゃないかな」

「……いいの?」

「もちろんいいに決まってるさ。なあ、ハチマン」

「ああ。リーファもこの前言ってただろ。友達の友達なんだから、もう私達も友達だって。

リーファがそれでいいなら、何も遠慮する事は無いぞ」

「ありがとう……うん、何かやる気が出てきた!改めてよろしくね!」

「こうしてチームハチマンの勢力は、どんどん拡大されていくのであった」

「おいキリト、何ナレーター口調で言ってるんだよ。それにチームハチマンって」

「絶望的にセンスの無い名前ね。もう少しまともな名前を考えておきなさい、ハチマン君」

「そうだよお兄ちゃん、コマチも妹としてちょっと恥ずかしいよ」

「私はまあそれでもいいと思うけどね」

「ユイユイ先輩、それは無いです」

「う……いずれギルドも設立するつもりだから、その時までの宿題って事で頼む」

「格好いい名前を頼むぜ、ハチマン!」

「お、おう……苦手なんだけどなそういうの……」

 

 その時、会話を聞いていて我慢出来なくなったのか、

ハチマンのポケットからユイが飛び出し、くるくると周囲を飛び始めた。

 

「私もいますよパパ!私もチームハチマンの一員なのです!」

「あら、あなたが噂のユイさんね。始めまして、私はユキノよ」

 

 ユキノが最初にそう言い、他の者も口々に自己紹介をした。

 

「私はユイです!パパの娘です!」

 

 そう言ってユイはハチマンの頭の上に乗り、腰に手を当てて仁王立ちのポーズをとった。

ユイは明らかにドヤ顔だったのだが、その姿がとてもかわいく感じられたのか、

女性陣は口々にユイに話しかけ、楽しそうにしていた。

しばらくして場が落ち着くと、まずリーファがハチマンに話しかけた。

 

「で、これからどうするの?まず敵を殲滅してから、同盟の締結地点に向かうのよね?

てっきりユキノ達が受けた同盟締結現場の護衛の依頼のためだと思っていたんだけど」

「ん、そうか、そう思ってたんだな。まあ基本的にはそれで間違いないぞ」

「基本的にはって事は、他に何かあるの?」

「ああ。まずシルフとケットシーの領主に多額の金銭と引き換えに、協力を依頼する。

その金で装備を整えてもらって、アルンへと向かい、グランドクエストに挑む。

それが俺達の当面の目的だな」

「グランドクエストお?」

「ああ。なあリーファ、リーファはグランドクエストの仕様に疑問を感じた事は無いか?」

「どういう事?」

 

 ハチマンは、以前から感じていたグランドクエストの仕様についての疑問を、

リーファに丁寧に説明した。リーファもどうやら以前から思うところがあったようだ。

 

「そうか、私が何となくグランドクエスト関連で、もやもやしてたのって、

多分そういう事だったのかもしれない」

「言われてみると、色々とおかしいだろ?」

「うん。まるでゲームの運営を長く続ける気が無いように思える」

 

 その言葉を聞いたハチマンは、呆然としたように呟いた。

 

「ゲームの運営を長く続ける気が無い……だと」

「あ、ごめん、ただの感想だから気にしないで」

「いや、正直その視点が抜けてたよ。すごい参考になったわ。ありがとうな、リーファ」

「あ、うん、どういたしまして」

「まあそんな訳でだな、いつまでもいがみあってないで、異なる種族同士で協力しあって、

共同でクリアを目指してみるのはアリだと思わないか?」

「確かにアリかも」

「で、とりあえずユキノの伝手で協力を依頼できそうなのが、

シルフとケットシーだったって訳だ。まあキッカケはそんな感じだな」

「そっかぁ……私も前あれで悔しい思いをしたから、また挑戦出来るのは嬉しいかも」

「本当はサラマンダーにも協力を依頼出来たら最高だったんだけどな。

もし今日敵にまわす事になったら難しいだろうな」

「うん、まあそうだよね」

「よし、それじゃあみんなで細かいところを詰めてこうぜ。何せ今は時間がない」

 

 一同は頷き、当面の計画を立て始めた。

まずユキノ達が先行して回廊に入り、途中で敵の正体を確認してハチマンに連絡を入れる。

そのためまずは、ハチマンとキリトは全員とフレンド登録をする事にした。

そしてハチマン達はそれまで街に留まり、まだここにいますよとアピールを続け、

ユキノ達から連絡が入り次第回廊に入り、合流して敵を殲滅する。

そういった段取りが素早く決められ、ユキノ達は目立たないようにフードを被り、

先行して回廊へと入っていった。

 

「さて、俺達も表に出るか」

「敵はシルフなのかな、サラマンダーなのかな」

「どっちなんだろうな……」

「出来ればサラマンダーの方が私としては助かるんだけどなぁ」

「まあ、普通に考えてそうだよな……もし敵がシルフだったら、

リーファには迷惑をかける事になるかもしれないな」

「ううん、もう私自身で決めた事だからね。

今までお世話になったサクヤには本当に悪いと思うんだけど、私はシルフの街を出るよ」

「そうか……」

「それにあなた達と一緒の方が楽しそうっていうか、

まだ見た事がない物を色々と見れそうじゃない?そういうのってわくわくするよね」

「おう、わくわくするよな!」

「だよね!」

 

 キリトとリーファは楽しそうにそう話していた。

そんな時、ハチマンの下にユキノからメッセージが届いたようだ。

ハチマンはメッセージを確認し、リーファに尋ねた。

 

「なあリーファ、回廊の中で、湖に橋がかかってる場所って分かるか?」

「あ、うん、回廊の出口側だね」

「どうやらそこで敵が待ち伏せをしているみたいだ。

もしユキノ達が回廊を抜けた先にいない事が分かれば、そっちにもし敵がいた場合、

その戦力も同時に相手にしなきゃいけないかもしれないな」

「うーん、橋が戦場だとするとね、回廊内だと飛べないから、

大人数の展開は出来ない事になるのよね。だからどちらかというとこっちの方が有利かもね」

「確かにそうだな。挟撃さえされなければいけるな」

「まあ敵が何人いようと、俺とリーファは目の前の敵をただ殲滅していくだけだな」

「ふふっ、そうだねキリト君。で、結局敵はどっちだったの?」

「安心してくれリーファ。今回の敵は……サラマンダーだ」



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第109話 集結の日~サラマンダーの軍勢~

「ユイ、周囲に俺達を監視している奴はいるか?」

「見当たらないみたいです、パパ」

「そうか。やっぱり追撃の心配はしなくて良さそうだな」

「それじゃ、心置きなく前へ前へ、だな」

「よし、ユキノ達と合流だ。行こうぜ二人とも」

 

 ハチマンはそう二人に声をかけたのだが、

リーファは首をかしげながらウィンドウを操作したまま動かなかった。

 

「ん、リーファ、どうかしたのか?」

「うんそれがね、新しい情報が無いか聞こうと思って、

さっきからレコンにメッセージを送ってるんだけど、ずっと返事が無いんだよね」

「休憩とかで落ちてる可能性とかは無いのか?」

「うーん、表示だとゲーム内にいるんだよね……」

「確かにちょっと気になるが、まあレコンからの連絡を待つしかないな」

「そうだね……まあいっか、それじゃ行こう」

「おう」

 

 三人はレコンとのコンタクトを諦め、ルグルー回廊に突入した。

 

「ハチマンは後方の警戒を頼む。リーファは案内があるから先頭かな」

「モンスターが出たら、なるべく瞬殺ね」

「リーファ、キリト、その時は二人に任せた」

「了解」

「まあこの辺りの敵はそんなに強くないしね」

 

 どうやらリーファの話だと、この辺りのモンスターも問題なく倒せそうだ。

だがハチマンは、出来るものならモンスターを回避して進みたかったので、

ユイに周囲の敵の状況を尋ねる事にした。

 

「ユイ、周囲にモンスターはかなりいるのか?」

「いいえパパ、どうやらこの辺りのモンスターは、ほぼ狩りつくされているみたいです」

「なあ、ユイは壁の向こうの敵も感知出来るのか?」

「はい、それは問題ないです」

「もしかして、ユキノ達が倒したのかな。なあリーファ、普段この辺りには、

モンスターはどのくらいいるもんなんだ?」

「うーんそうだね……少なくとも四人で狩りつくせるような数ではないかも」

「何だと?」

 

 その答えを聞いたハチマンは、嫌な予感がした。

 

「何か気になるの?」

「なあリーファ、大体でいいんだが、リーファの体感だと、

どのくらいの人数がいればこんなに敵が少なくなると思う?」

「うーん、ユイちゃん、今私達の周囲には、敵がまったくいないの?範囲はどれくらい?」

「そうですね……感知するだけなら、百メートルってところですね」

「このマップの地形で百メートル以内に敵がいない、か……

なんとなく、十パーティくらいいないとそうはならない気もする……あっ」

 

 リーファもなんとなく、ハチマンの言いたい事が分かったようだ。

 

「そういう事だ。サラマンダーの大部隊が動いているな。

しかもどうやら、リーファの感覚が正しければ、十パーティ以上の大軍勢だ」

「でも、たかだか七人を倒すために、そんな大人数を動員するもんなのか?」

「うーん……いくらユキノが恐れられてるって言っても、確かに過剰な戦力かも」

「やっぱり嫌な予感がするな。モンスターがいないなら周囲を気にする必要も無いし、

ペースを上げてとにかく早くユキノ達と合流しよう」

 

 三人はとにかく移動を最優先とし、走る速度を上げた。

その甲斐あってか、しばらく進むとリーファが、まもなく湖に着くと言ってきた。

同時にユイも、ユキノ達を感知したようだ。

三人はユイに案内役を任せ、無事に魔法で隠れていた四人と合流する事が出来た。

 

「すまん、待たせたか?」

「いいえ、予想よりかなり早かったと思うわよ」

「モンスターにまったく遭遇しなかったんでな」

「……何ですって?」

「ユキノ達はモンスターに遭遇しなかったのか?」

「私達は何度か遭遇したわよ。橋の方を偵察して、その後はずっとここに隠れてたから、

多分その間に敵が増員されたのか、あるいは通過したのね。

ごめんなさい、もう少し気を付けて観察すべきだったわ」

「橋には何人くらいの敵がいたんだ?」

「さっき確認した限りでは、三十人ほどね」

「リーファの推測だと、十パーティ以上いるかもしれないらしいぞ」

「じゅっ……」

 

 ユキノが珍しく言葉に詰まり、焦ったような顔を見せた。

 

「それだと、最終的には百人以上になるかもしれないわね」

「まあ、全員が待ち伏せしてる可能性は少ないだろ。明らかに過剰戦力だしな」

「……そうね。何故そんなに動員されてるのかはわからないけど、

今はとにかく目の前の敵に集中しましょう」

 

 ハチマンは頷き、ユキノに色々と状況を確認する事にした。

 

「ところで奇襲とかは出来そうか?」

「無理ね。地形的に正面からぶつかる事になるわ」

「そうか……キリト、リーファ、二人は移動で疲れてないか?」

「俺は問題ないぜ、ハチマン」

「私も平気よ。今すぐ戦えるわ」

「了解だ。よし……それじゃすぐにでも行くか」

「おう!」

「ヒ……ハチマン、頑張ろうね!」

「ユイユイ、ゲーム内ではハチマンだぞ。そろそろ慣れろ」

「う、うん」

「お兄ちゃん、ほら行くよ!」

「先輩、早く早く」

「お、おう、何かお前ら好戦的になったんだな……」

「みんな成長したのよ」

「成長の方向が間違ってる気もするが……まあいいか。いくぞ!」

 

 こうして七人は、堂々と橋へと歩き出した。フォーメーションは事前に決めていた通り、

前衛中央がユイユイ、その左右にキリトとリーファ、

全体の中央にユキノとイロハが陣取り、左右をハチマンとコマチが固めていた。

すぐにハチマン達に気付いたのか、サラマンダーの軍勢が橋の上に姿を現した。

どうやら事前情報通り、敵は三十人ほどのようだ。

 

「なあユキノ、一応相手に探りを入れてみた方がいいか?それともいきなり攻撃するか?」

「そうね、情報は多いにこしたことはないし、

とりあえずある程度名が売れている私から話してみるわ」

「確かに無名な俺が何か言っても相手にされないだろうしな。内容は好きにしてくれ」

「わかったわ、任せて頂戴。この際私の二つ名も有効に利用させてもらうわ」

「いいのか?嫌いなんだろ?」

「有効な手段があるのに、感情でそれを使わないのは愚か者のする事よね」

「ははっ、そういうとこ、いかにもお前らしいな。それじゃ任せるわ」

「ええ」

 

 ユキノは一歩前に出て、堂々と名乗りを上げた。

 

「始めまして、サラマンダーの皆さん。私の名はユキノ。【絶対零度】のユキノよ」

「これはご丁寧な挨拶痛み入るね。俺の名はカゲムネ。サラマンダー軍の指揮官の一人だ」

「あら、てっきり返答無しに襲い掛かってくるものだとばかり思っていたけど意外だわ。

一応聞くけど、あなた達は私達を待ち伏せていたって事でいいのかしら?」

「ああ。残念ながらその通りだ」

「そう。【絶対零度】を倒したという名声狙いなのかしら?

それにしては随分と人数を集めたみたいだけど、それで本当に名声が高まるのかしらね」

「まあ名声のためなら、そちらと同じ人数で正々堂々と挑まなくては意味が無いだろうね」

「あら、大の男が女性を取り囲んで倒そうとするなんて、

とても恥ずかしい事だという自覚はあるのね」

「返す言葉も無いが、こちらにも色々と事情があるんでね」

 

(思ったより冷静ね。色々な事情ねぇ……もう少しつついてみるべきかしらね)

 

「ご存知の通り、私はか弱いヒーラーよ。

おたくのユージーン将軍のように、一人で戦局を一変させる力は無いわ。

私に出来るのは、仲間が長い時間戦えるように戦線を維持する事くらいよ。

その私をここで足止めしようとする事に、どんな意味があるのかしらね」

「まあ俺は上の指示に従うだけだから、その辺りの事情は残念ながらよくわからない」

 

 カゲムネは、誘導尋問には乗らないよ、という風にそれだけ言った。

 

「分かったわ。あなたの時間稼ぎにこれ以上付き合うわけにもいかないし、

ここは戦って通らせてもらう事にしましょう。

どうやらその方が、あなた達にはとても都合が悪いようだしね」

「何だ、時間稼ぎだって、最初から分かってたんだな。

まあバレているなら仕方ない、これから全力でお前らを足止めさせてもらう。

絶対零度のパーティに、あのリーファが加わるのは確かに脅威だと思うが、

こちらも事前に情報を得て、入念に対策は立ててきたのでな。

そこの男二人が何者かは知らないが、所詮無名のプレイヤー、特に大きな影響は無いだろう。

例えお前らを倒す事が出来なくても、きっちり足止めだけはさせてもらうぜ」

「あら、無知ってやっぱり怖いわね。二人が何者かは身をもって味わいなさい。

そして死んで街に戻ってから、自分の愚かさを悔いるといいわ」

 

 カゲムネはそれには答えず、黙って右手を上げ、前へと振り下ろした。

その合図と共に、後方から重装備に身を固めたサラマンダーの部隊が前に出てきた。

その部隊は何と、全員両手に盾を持っていた。

 

「完全に防御に徹して時間稼ぎをするつもりなのね。

そこまでして私達を先に進ませたくない理由にとても興味が出てきたわ。

さあみんな、あの愚か者どもに鉄槌を下すわよ!」

 

 そのユキノの言葉に、おう!と答えたチームハチマンの面々は、戦闘体制をとった。

こうして、一部の者にとっては悪夢となる、ルグルー回廊の湖上での戦いが始まった。



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第110話 集結の日~明かされた実力~

 この戦いにおいて、キリトは武器を一本しか持っていなかった。

戦場がやや狭いので、フレンドリーファイアを防ぐ為である。

そのキリトは、大剣を高く掲げて敵陣へと斬り込んでいった。

 

「おおおおおおお」

 

 キリトは裂帛の気合と共に、敵の盾目掛けて大剣を振り下ろした。

その攻撃を受けた重戦士は衝撃に耐えられず、後方へと数メートル飛ばされた。

 

「なっ、何だこの攻撃の重さは」

「お前らが軽いだけじゃないのか?」

「ふざけるな!盾二つ分の重量が加わってるんだぞ!」

「はあ?ただ盾を構えればいいとでも思ってるのか?ああ、そういう事か」

 

 キリトは大剣を肩にかついで振り返り、ハチマンに言った。

 

「お~いハチマン、こいつら即席で重戦士やってるだけの素人だ。

ちょっと手伝ってくれよ。二人で殲滅しようぜ。武器すら持ってないから楽勝だぞ」

「なっ……」

 

 その男は、あるいは何故それを、とでも言うつもりだったのかもしれないが、

一瞬で振り返ったキリトが、油断していたであろう、その男を一刀両断にした。

それを見たサラマンダーの面々は、あまりの凄まじさに凍りついた。

 

「うわ、キリト君すごっ」

「もしかしてお兄ちゃんも同じような事が出来るのかな……」

「先輩、どうするんですか?」

「そうだな、せっかくのキリトのお誘いだし、ちょっと殲滅してくるわ。

どうやら奥にいる奴らが本命みたいだしな。ユキノ、それでいいか?」

 

 ハチマンはユキノにそう尋ね、ユキノはそれを快諾した。

 

「いいんじゃないかしら。確かに素人っぽい動きではあったものね」

「オーケーだ。おーいキリト、ちょっと待っててくれ」

「おう」

「とりあえず牽制は任せるわ。隙があったら無理せずどんどん倒しちまっていいからな」

 

 そう言うとハチマンは、素早くキリトの横へと移動した。

 

「よし、後方のあいつらがこっちに来ないうちに、さっさと片付けようぜ」

「おう、とりあえず攻撃される心配は無いみたいだし、キリトは好きに暴れてくれ。

俺は隙が出来た奴を、片っ端から倒してくわ」

「オーケーオーケー」

「こうして二人で肩を並べて戦うのも久しぶりだな」

「ああ、何か懐かしいな」

「よし、行くか」

「おう」

 

 その言葉を聞いて、我に返ったのだろう、敵の第一列目を構成する重戦士達が、

両手の盾をかざして二人を押さえ込みにきた。時を同じくして、カゲムネが指示を飛ばした。

 

「前衛はとにかく耐えろ!ヒーラー隊は前衛を回復だ!

魔導師隊は味方への誤射を防ぐため、敵の後衛にだけ攻撃を加えろ!

俺達はこれからすぐに前衛部隊の援護に向かう!

後衛部隊の守りが薄くなるから、後衛部隊は敵の接近に注意しろ!」

 

 カゲムネが指示をしている間も、キリトは向かってくる敵を片っ端からぶっ飛ばし、

ハチマンはその敵の懐に入り、片っ端から斬り刻んでいた。

それを見て身を竦ませ、盾を下げた者はみな、そのままキリトに両断されていた。

 

「ひっ……」

 

 さらに何人かが恐怖のあまり、無防備でユキノ達に背を向けた。

リーファとユイユイはその隙を逃さず、背後から攻撃を加えた。

 

「どこを見てるの?背中ががら空きよ」

「えいっ、えいっ」

 

 リーファは的確に相手の急所を狙い、ユイユイは掛け声こそのんびりしたものだったが、

その攻撃はとても鋭く、重いものだった。

 

「お前ら結構やるじゃないか」

「あなた達にそう言われてもねぇ……」

「っていうか、二人はどう見てもおかしーし!」

「そうか?普通だよな、ハチマン」

「まあ、普通だな」

 

 一方ユキノとイロハはMP温存のため、

周囲を警戒しつつもみんなの戦いぶりを眺めているだけだった。

 

「強いだろうとは思ってましたけど、これほどまでとは予想外でしたね、ユキノ先輩」

「私達の出番はもう少し先みたいだし、それまでは全部任せてしまいましょう」

「うー、コマチは完全に出遅れました!このまま後方を警戒します!」

 

 ハチマンとキリトは、さながら暴風のようだった。

その横で、ユイユイとリーファも隙のできた敵を確実に倒していった。

結果、カゲムネ達が到着する前に、前衛集団はあっさりと全滅する事となった。

ハチマンは後方に下がり、ユイユイを中心にキリトとリーファが左右を固め、

即座に最初と同じフォーメーションを形成した。

それを見たカゲムネ達も走るのをやめて停止し、その場でフォーメーションを形成した。

 

「くそっ、お前らみたいな奴がユキノのパーティにいるなんて聞いてないぞ」

「そりゃまあ、言ってないからな」

「何でその強さで、今まで誰にも知られないままでいられたんだ」

「まあ、世界は広いって事だな」

「くそっ、あいつらに慣れない盾役をやらせたのは、完全に俺のミスだ。

だがここからはそうはいかない。残りは全員本職の重戦士だからな」

 

 敵を観察すると、なるほどカゲムネがそう言うだけの事はあり、

残った者は、先ほどの敵より堂に入った構えをしていた。

 

「ユイはユキノの近くにいてくれ。後方から近付く敵がいたら、すぐユキノに報告を頼む」

「わかりましたパパ。ご武運を!」

「さすがにあの守りを抜くのには多少手こずりそうだな」

「そうね、横から回り込むのは不可能だし、飛び越したとしても、

後方の魔導師に狙い撃たれるだけね」

「とりあえず少し戦ってみて、ラチがあかないようなら奥の手を使うさ」

「奥の手?」

「ユキノ、ちょっと耳を貸してくれ」

 

 そう言うとハチマンは、ユキノに何か耳打ちした。

 

「……あの魔法はスキルが低いと使い物にならないと聞いているのだけれど」

「その点は大丈夫だ。キリトがどうなるかは俺が確認済だ」

「……あなたの方はどうなの?」

「それなんだが、キリトがどうしても教えてくれないんだよな。

だがまあ、問題ないと太鼓判は押されてる」

「そう、それじゃあ戦術に組み入れましょう」

「巻き込まれると危ないんで、その時はあいつらをすぐに下がらせてくれよな」

「わかったわ」

 

 二人が簡単に打ち合わせを終えた後、すぐに戦闘が開始された。

キリトは先ほどと同じように敵前衛に攻撃を加えたが、今度は耐えられてしまった。

 

「おおう、さすが本職って言うだけの事はあるな」

「キリト君、どうする?」

「こうなると、本当は後衛から先に潰したいところなんだけどな」

 

 そう言ってキリトは敵後衛に視線を走らせた。そのキリト目掛けて、火球が飛んできた。

 

「おっと」

 

 キリトは軽々とそれを避けたが、敵が遠いため、当然反撃をする事は出来ない。

このままでは遠距離から狙い撃ちされるだけだと思われたが、その時イロハが魔法を放った。

 

「致命傷を与える事は出来ないですが、せめて邪魔させてもらいます!」

 

 イロハは威力こそ小さいが、発動の早い攻撃魔法を連続して敵後衛に放っていた。

おかげである程度、敵の魔法攻撃や回復魔法の発動を邪魔する事が出来た。

 

「とりあえず前衛を崩せないかやってみようぜ」

「うん」

 

 前衛の三人はそのまま攻撃を続けた。攻撃中、キリトは少し驚いていた。

 

(おいおい、常にヒールが欲しいと思う直前に回復魔法が飛んでくるぞ。

バフも計ったように切れる瞬間に飛んでくるし、

ユキノさんの脳内では一体どんな処理が行われてるんだよ……)

 

 前衛陣は頑張っていたが、その健闘も空しく、場は消耗戦の様相を呈して来た。

ハチマンはそろそろ頃合いだと思い、ユキノに声をかけた。

 

「ユキノ、さすがにここままじゃジリ貧だ。あのカゲムネって奴、中々やるよ。

さすがにこのままだと負けないにしても犠牲が出るかもしれん。そろそろアレをやるぞ」

「このまま犠牲が出るのを覚悟で全員で強引に中央突破をして、

まず後衛から攻撃する手もあるのだけれど」

 

 確かに今の戦力だと、そのやり方で勝利する事は十分可能だと思われたが、

ハチマンとキリトは、パーティメンバーが一人でも倒れる事を許容出来なかった。

 

「すまん、俺もキリトも、パーティメンバーが誰か一人でも倒れるのを許容出来ないんだ」

「そう……分かったわ。それでは奥の手を出して頂戴」

 

 ユキノは、蘇生が可能な以上、ハチマン達の考えが効率的ではない事を十分承知した上で、

そのままハチマンの意見を受け入れた。きっと二人には譲れないものがあるのだろう。

そう思ったユキノは、それが発動する時をじっと待った。

 

「キリト、アレをやるぞ!準備しろ!」

「おっ、ついにアレの出番か。リーファ、ユイユイ、すまないが少し時間を稼いでくれ」

「うん、わかった!」

「何をするかはわからないけど任せといて!」

 

 二人の返事を聞いた後すぐに、キリトは魔法の詠唱を始めた。

同時にハチマンも魔法の詠唱を始めた。まず先にハチマンの魔法が発動し、

ハチマンを中心に、回廊全体を覆う勢いで黒煙が発生した。

その瞬間に、ユキノが叫んだ。

 

「みんな、危ないからすぐにこちらに下がって!」

 

 一方カゲムネも、同様に叫んでいた。

 

「これは幻惑範囲魔法か?敵が突っ込んでくるかもしれん。気を付けろ!」

 

 カゲムネは指示を飛ばした後、周りに神経を集中させた。

そんなカゲムネの耳に、何人もの味方の悲鳴が聞こえてきた。

 

「敵が突っ込んできたのか?陣形を崩さないようにして、落ち着いて対処しろ!」

「カ、カゲムネさん、違うんです。何か巨大なものが!」

「巨大なもの?」

 

 辺りを包む黒煙は徐々に晴れてきていた。

同時にカゲムネの視界に、はっきりと巨大な影のようなものが姿を見せていた。

 

「何だあれ……」

「ひい、バ、バケモノ!カゲムネさん、前方にバケモ……ぎゃっ」

「おい、どうした!」

 

 そしてまもなく完全に黒煙が晴れ、カゲムネははっきりとそれを目撃した。

そこにいたのは、山羊のような角を生やした、悪魔にも似た巨大な生き物だった。



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第111話 集結の日~ルグルーの悪夢~

「バッ……バケモノ……」

「うわああああ、逃げろ!」

「お前ら落ち着け、これはスプリガンの幻影魔法だ!

リーチが長くなっただけで、強くなった訳ではない!」

 

 カゲムネはさすが司令官だけあり、そのバケモノの正体を正確に看破し、

味方を落ち着かせようと懸命に努力していたが、

キリトの変身した【グリームアイズ】はジャンプして敵のド真ん中に着地し、

巨大な武器の一振りごとに、まとめて数人のプレイヤーを吹き飛ばし続けていたため、

直面したプレイヤーは冷静になる事など当然出来ず、

むしろ根源的な恐怖のためかその場で硬直し、何も出来ないままキリトに倒されていった。

 

「くそっ、くそっ、こんなはずでは……」

 

 カゲムネは歯軋りし、どうすればいいかを必死で考えていた。

こうなっては、出来るだけ損害を抑える事を考えるしかない、

カゲムネはそう思い、味方に逃げるように叫んだ。

 

「お前達、どっちの方向にでもいい、とにかく逃げろ、逃げてくれ!」

 

 それを聞いた敵の前衛陣は、ハッとしてルグルーの街方面に逃げようとした。

だがその前に、ユキノとリーファ、それにユイユイとイロハの四人が立ち塞がった。

 

「あら、私は死んで街に戻ってその愚かさを悔いなさいと言ったのよ。

私に約束を破るような真似をさせないでもらえるかしら。イロハさん、お願い」

「はいっ」

 

 その言葉と同時にイロハが火球を放った。着弾と同時に、混乱した敵に向かって、

リーファとユイユイが斬り込んでいった。

多少抵抗はあったが、フォーメーションの崩れた重戦士達はバタバタと倒れていき、

やがてあっけなく全滅した。

 

「こっちは片付いたわ。次はあなた達の番よ」

「おう、任せろ」

 

 ユキノがそう声を上げ、ハチマンがそれに答えた。

あたふたしていた敵の後衛達は、その声が自分達の背後から聞こえた為、慌てて振り向いた。

 

「よっ、やっと気付いたか」

「なっ……いつの間に……」

「さっきの煙幕の時に移動したんだが、気付かなかったんだな」

「くそっ、攻撃だ!あいつを攻撃して退路を開け!」

「そうはいかないんだなぁこれが」

 

 再び背後から声が聞こえ、振り向く間もなく魔導師達がバタバタと倒れた。

 

「んなっ……」

「おうコマチ、やるじゃないか。さすがは俺の妹だな」

「コマチこの戦いで最初全然活躍してなかったからね!

お兄ちゃんもキリト君と一緒に変身するかと思って最初は様子を見てたんだけど、

途中で詠唱をやめたのが見えたから手伝いに来たよ!」

「よく見てたな、すごいぞコマチ。俺もそのつもりでここまで来たんだが、

キリトがあの調子で大暴れしてるだろ?

俺まで変身したら明らかにオーバーキルだと思って、途中で魔法を使うのをやめたんだよ」

「お兄ちゃん、ナイス判断!」

 

 コマチは、まだ大暴れしているキリトにチラッと目を向けてそう言った。

 

「さて、あっちは片付いたみたいだし、こっちもさっさと片付けるか」

「うん!」

 

 前衛も魔導師も失い、誰も守る者のいなくなったヒーラー達は、

ヒーラーなりに戦えるとはいえ当然ただの木偶であり、

数瞬後に二人の手によってあっさりと全滅し、その場にはカゲムネだけが残された。

 

「何だよこれは……こんなの戦闘じゃない……」

「まあ色々と勉強になっただろ、次の機会に今回の教訓を生かせよ」

「お前らさえいなければ、十分時間稼ぎは出来たはずだ。お前ら二人さえいなければ……」

「実際いるんだから仕方がないだろ。さてどうする?このまま捕虜になるか?

まあその場合、ユキノ自らお前を尋問する事になると思うが」

「うっ……し、司令官が、おめおめとこのまま捕虜になるわけにはいかん!」

「……まさかユキノが怖いわけじゃないよな?」

「なっ……そ、そそそんな事はない!カゲムネ、いざ参る!」

「まあいいか、とりあえず捕虜になってもらうぜ……ってキリト!ストップストップ!」

 

 その瞬間にカゲムネの背後にキリトが降り立ち、カゲムネをその大きな口でくわえた。

 

「うっ、うわあああああああああああ」

「あちゃあ……」

 

 辺りにカゲムネの悲鳴が響き渡ったが、キリトはそのまま口を閉じ、カゲムネを咀嚼した。

 

「うわっ、キリト君グロ……」

「おいキリト……さすがの俺もそれにはちょっと引くわ……」

「どうやらあの状態のキリト君は、意識がはっきりとはしていないのかしら。

夢を見ているような状態なのかしらね」

 

 戦闘を終え、合流してきたユキノがそんな推測を述べた。

 

「おう、来たのか。お疲れさん」

「私達は大した事はしていないわ。二人とも本当に強いのね。正直驚いたわ」

「相手にとっちゃ、俺達の存在は完全に計算違いだっただろうな」

「ええ、特に今のキリト君は、あちらからしてみたら本当に悪夢そのものだったと思うわ」

「ははっ、違いない」

「しかし随分派手にやったものね。これ、いつ元の姿に戻るのかしら」

「敵対する者がいなくなったから、そろそろ元の姿に戻るんじゃないか。

MPもほとんど残ってないだろうしな」

 

 そのハチマンの言葉通り、キリトは徐々に小さくなり、元の姿に戻っていった。

 

「キリト君!」

 

 リーファが真っ先にキリトに駆け寄り、声をかけた。

 

「おう、リーファ。どうやら全部片付いたみたいだな」

「うん。まさかキリト君があんな姿になるなんてね。変身してる時ってどんな気分なの?」

「あ、それ私も気になる!」

「私も気になります!」

 

 イロハとユイユイも、興味深そうにそう尋ねた。

ユキノとコマチも、口には出さないが、興味津々そうな目でキリトを見ていた。

 

「あーそうだな、自分がとても大きくなった気がして、武器も大きくなったし、

とにかくまとめてぶっ飛ばそうと思って夢中で剣を振るったんだが、いやー爽快だったわ」

「お前、最後あのカゲムネって奴を食ってたぞ」

 

 ハチマンにそう言われたキリトは、きょとんとした後、

何かを思い出すようなそぶりをした。

 

「あ、あー、そう言えば、口の中に何か肉を食べたような感触というか、後味が……」

「うえええええええ」

「ちょっ、おま……」

 

 それを聞いた一同は、思わずズサーッと後退った。

 

「ん?どうしたんだ?」

「い、いや……まあ問題ない」

 

 ハチマンがまず立ち直り、キリトにそう声をかけた。続いてユキノが発言した。

 

「本当は彼は捕虜にしたかったのだけれど、まあ仕方ないわね」

「おっとすまん、変身中はちょっと意識が曖昧でさ」

「問題ないわ。とりあえずこの回廊を抜けて、外に出ましょう。

外で敵が待ち伏せている可能性もあるから、慎重にね」

 

 一同はそのユキノの指示通り、回廊を抜けて外に出た。

外にはサラマンダーの姿はまったく見えなかった為、

一同はそれぞれ適当な場所へと腰を下ろし、今後の事を相談する事にした。

 

「さてみんな、最初の関門は越えたわ。とりあえず休憩しながら話しましょう」

「まずは、残りのサラマンダーがどこにいるかだな」

「そうね……まあ二つに一つだと思うわ」

「同盟締結の場を襲っているか、あるいはアルンを目指しているか、か?」

「ええっ!?」

「まずいじゃないですか!急いでサクヤさんやアリシャさん達と合流しないと!」

「そうね、多分状況からいって、そっちが本線だと思って間違いないと思うわ」

「もう少し情報が欲しいところだが、そう言ってもいられないだろうな」

「あっ、ちょっと待って。レコンに聞いてみる」

 

 リーファは思い出したようにそう言うと、ウィンドウを操作し始めた。

 

「あれ……いない」

「メッセージとかも何も入ってないのか?さっきまでゲーム内にいたんだよな?」

「うん……」

「メッセージすら送れない状況のまま、ログアウトした可能性があるな」

「一体何が……私、ちょっとログアウトして直接聞いてくる。みんなはその間休んでて」

「それじゃリーファさん、申し訳ないけどお願いするわ」

「うん!すぐに戻るから待ってて!」

 

 リーファはそのまますぐにログアウトした。

ベッドの上で目を覚ましたリーファは、携帯を手にとり、すぐに履歴を確認した。

 

「うわ……何これ。やっぱり何かあったんだ」

 

 携帯の着信履歴には、レコンの本名がずらりと並んでいた。

リーファは急いでレコンに電話をかけたが、レコンはすぐに電話に出た。

 

「一体何があったの?」

「リーファちゃん無事だったんだね、良かった……実は、シグルドが裏切ったんだよ!」

「知ってるわよ。たった今サラマンダーの軍勢三十人ほどを返り討ちにしたところだもの。

幸い犠牲者ゼロで済んだから、本当に良かったわ」

「良かった……でもその数相手に犠牲者無しって、ちょっとびっくりだよ……」

「こっちにはユキノ達に加えて、今はあたしとキリト君とハチマン君がいるのよ。

そこまで驚くような事じゃないんじゃない?」

「リーファちゃんはそう言うけど、十分驚く事だって。感覚が麻痺してるんじゃない?」

「そう言われると確かに否定できないかも」

「それよりリーファちゃん、話はそれだけじゃないんだよ。

僕はずっと姿を隠してシグルドを尾行してたんだよ。そしたらあいつ、

一人になった時にこっそり街の外へ出て、サラマンダー達と密会してたんだよ!」

「信じたくはなかったけどやっぱりそうなんだ……」

「そこであいつは……同盟締結の時間と場所の情報を、サラマンダーに売ったんだ!

サラマンダーがグランドクエストをクリアするのを邪魔されないように、

そしてクリア後に、自分がサラマンダーに転生した時便宜を計ってもらえるように、

あいつは仲間を敵に売ったんだよ!」

「やっぱりユキノ達の推測通りなのね……くっ、シグルド、絶対に許さないわ」

「へっ、予想通り?」

 

 レコンはその返事が意外だったのか、間の抜けた声でそう言った。

 

「レコン、ずっとメッセージへの返信が無かったけど、

今あなたの体はゲーム内ではどうなっているの?」

「ごめん、実はシグルドが去った後、もうちょっとサラマンダーから情報を得ようとして、

しばらくその場に残ってたんだけど、うっかり音を立てて見つかっちゃって、

今は麻痺させられて、サラマンダーに捕まってる」

「そう、大変な目にあわせてしまってごめんねレコン。

でもこれで予想の裏付けがとれたわ。ありがとう!」

「僕、リーファちゃんの役にたてたのかな?」

「もちろんよレコン、これからも宜しくね!」

「うん!」

 

 レコンはその一言で、今までの苦労が全部報われた気がした。

ハチマンの思惑はともかく、レコンにとっては十分幸せであったといえよう。

 

「私達はこれからすぐにサクヤ達の下へ向かうわ。

そっちに助けには行けないけど、ごめんねレコン!」

「大丈夫、多分リーファちゃん達がサラマンダー達の思惑をぶっ潰してくれたら、

僕もその時点で解放されるか殺されるかすると思う。こっちは一人で大丈夫だから、

リーファちゃん達は、サクヤさん達の事をお願い!」

「任せといて!それじゃ行ってくる!」

「うん!僕も今からインしてみるよ!」

 

 二人はそこで通話を終え、再びゲームへとログインした。

レコンがログインすると、既に敵はどこにもいなかった。

実は少し前に、ハチマン達に全滅させられた部隊からの連絡を受け、

レコンを捕まえていたチームは既にその場から撤退していたのだった。

自由の身になったレコンは、今シグルドがいるであろう、領主の館の方をキッと見上げ、

決意を秘めた表情で、そちらへ向かって歩き始めた。



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第112話 集結の日~二人の援軍~

 リーファがいない間、一同はさっきのキリトの姿について話していた。

 

「ねえキリト君、さっきのあなたの姿って、何かモデルがあるのかしら?」

「あー、ハチマン、俺って今回も【グリームアイズ】の姿になってたのか?」

「そうだぞ」

「やっぱりそうなのか……俺の中ではやっぱりあいつが一番心に残ってる敵なんだな」

「前、陽乃さんを【グリームアイズ】と比較してたくらいだしな」

「と、いうわけで【グリームアイズ】があの姿のモデルだな。SAOの七十四層のボスだな」

「七十四層……確か、とある団体のせいで少人数で挑む事になったボス、だったかしら」

「よく覚えてるな」

「私としても、印象に残る話だったのよね」

「私、全然覚えてないや……」

「コマチはお兄ちゃんのピンチの話は全部覚えてますよ!」

「私はなんとなくそんな話も聞いたかも、くらいですかね」

「まあそんなわけで、印象に残る敵だったんだよ。一歩間違えたら死んでたしな。

ちなみにハチマンが何に変身するかは、後のお楽しみだな。

まあ次の戦闘で嫌ってほど見れるはずだから、期待して待っててくれ」

「一体どんな姿になるのかしらね……」

「ちょっと怖いかも」

「まあ、それも含めてお楽しみって事で」

 

 そんな話をしているうちに、どうやらリーファが戻ってきたようだ。

 

「お、おかえりリーファ」

「ただいま!今レコンに話を聞いてきたんだけど、

やっぱり同盟の締結場所を襲う計画みたい。シグルドが裏切ったんだって」

「シグルドは、やっぱり信用ならない男だったわね」

「うん。ちょっと複雑な部分もあったけど、そういう事なら話は別よ。絶対に許さない」

「とりあえずサクヤさんに、あと十分だけ耐えるようにとメッセージを送るわ」

「もう襲われてるかもしれないし、急ごうぜ」

「十分か、全力飛行だな、ハチマン」

「ユキノ、俺達二人が先行する。案内はユイに任せる」

「わかりましたパパ!ユキノさん、場所を教えて下さい!」

「あなたたち、そんなに速く飛べるの?」

「少なくとも私よりは速かったよ」

「リーファさんより速く……わかったわ。二人ともお願い、サクヤさん達を助けてあげて」

「ああ、任せろ!」

「大船に乗った気でいてくれていいぞ。いきなり変身して暴れるからな」

 

 一同は頷きあうと、目的地目掛けて飛び立った。

ハチマンとキリトは、徐々に他の者を引き離し、先行していった。

その頃サクヤとアリシャは、既にサラマンダーの大軍勢に襲われていた。

シルフ軍が十人、ケットシー軍も十人なのに対して、

サラマンダー軍は百人近い人数を動員していた。

 

「くそっ、どこから情報が漏れたんだ。尾行されないように慎重に進んできたはずなんだが」

「多分私達の中に裏切り者がいるね。無事帰れたら、徹底的に洗い出そう」

「ああ、無事に帰れたら、な」

 

 シルフとケットシーの連合軍は、崖を背に円陣を組んで、何とか敵の攻撃に耐えていた。

 

「まだ何とかなってはいるが、あの男が参戦してきたら、

いよいよ全滅する覚悟をしなくてはならないだろうな」

「ユージーンね」

「私とアリシャの二人がかりでかかっても、相打ちがやっとというところかな」

「最悪負けるかもしれないよ、サクヤちゃん」

「しかし、ここで同盟締結を邪魔したとしても、時間稼ぎにしかならないと思うんだがな」

「多分、その間にグランドクエストをクリア出来る自信があるんじゃないかな」

「なるほど……だがここであっさりやられるのも癪だな。

せめて精一杯抵抗してやろうじゃないか」

「そうだねサクヤちゃん、私達にも意地ってものがあるしね」

「ん、待てアリシャ、ユキノからメッセージだ」

 

 その時サクヤの下に、ユキノからメッセージが届いた。

サクヤはすぐに、メッセージを確認した。

 

「ユキノ達に護衛を依頼してたんだっけ?」

「ああ。本当はここまでの道中も護衛を頼みたかったんだが、用事があるらしくてな、

でもまあ本来なら、そろそろここに到着する予定だったんだ。

おっ、喜べアリシャ!あと十分ほどでここに到着するらしいぞ!」

「これで四人戦力が増えるね。それでも多勢に無勢だけど」

「いや、リーファも一緒らしい」

「おっ」

「さらに、本当か嘘かは分からないが、最強クラスのプレイヤーが二人一緒にいるらしい」

「最強クラスって、あそこにいるユージーン並に強いって事?」

「分からん……そんなプレイヤーにはまったく心当たりがないな。

だがあのユキノが言うんだ。ここは一つ期待して待とうじゃないか」

「希望が見えてきたね!ここはしっかりと守り抜こう!」

「ああ」

 

 一方その頃ユージーンの下にも、カゲムネから連絡が入っていた。

 

「何だと……」

「何かあったんですか?ユージーン将軍」

「カゲムネの部隊が、ユキノ達のパーティによって全滅させられた」

「全滅するのが早すぎませんか?敵の四倍の兵力を動員した上で、勝てればよし、

もし勝てないまでも、時間稼ぎに徹する予定だったはずでは」

「恐ろしく強いスプリガンの二人組にやられたらしい」

「スプリガンにもそんな強者が?それにしても四倍の兵力は……」

「まずいな、ルグルー回廊からここまでは、十分くらいの距離だ。

正直こういうなぶり殺しのような戦いは好かんので部下に全部任せていたが、

さすがにこうなったらそんな事は言ってられんな。

犠牲を覚悟で、一気に力押しするぞ。例え何人かやられたとしても、

残りの人数でかかれば、どれほどユキノ達が強くとも問題なく倒せるだろう」

「将軍もいますしね」

「よし、全軍に突撃命令を出せ。一気にあいつらを殲滅する」

「はっ!」

 

 こうしてサラマンダーの全軍が動き出した。先頭はもちろんユージーンだった。

 

「アリシャ、どうやらあちらにも、ユキノ達の接近の情報が伝わったようだ」

「いきなりのあの動きは多分そうだね。どうする?」

「とりあえずMPの事は気にせず、全力で弾幕を張ろう。あとは信じて待つだけだ」

「オーケー!弾幕といえば、あのセリフも一度は言ってみたかったけど、

さすがに今はそんな事してる場合じゃないね」

「気持ちはわかるが、私達も詠唱でいっぱいいっぱいだしな。掛け声だけで我慢してくれ」

「それじゃいくね。みんな!ユキノ達がもうすぐ到着するわ!

それまで何としても耐えるのよ!魔法攻撃開始!全力で弾幕を張れ!」

 

 ユキノの名前が出ると、連合軍の間から大歓声が上がった。

そしてアリシャの掛け声と共に、連合軍は全力で弾幕を張った。

これにはさすがのサラマンダー軍も、停止して防御せざるを得なかった。

弾幕には思わぬ副産物があった。ハチマンとキリトが、遠くからそれを視認したのだ。

 

「おいハチマン、見えるか?」

「ああ。察するに、魔法攻撃で弾幕を張ってなんとか耐えているって感じだな」

「あの分だとすぐにMPが尽きるだろうな。急ごう」

「キリト、すまんが敵とすれ違いざまに幻惑範囲魔法を頼む。

俺はその隙に乗じて変身し、敵を出来るだけ倒す」

「お前があの姿で暴れたら、多分敵は大混乱に陥るだろうな」

「おい、俺は一体何に変身するんだよ」

「SSくらいとっといてやるから後で自分の目で見てみろって」

「……了解」

「まもなく到着だな。やってやろうぜ!」

「おう!」

 

 連合軍は必死で弾幕を張り続けていたが、そろそろMPの限界が近付いていた。

その事に気付いて焦るサクヤの目に、遠くから近付いてくる二つの人影が映った。

少なくともサラマンダーには見えなかったので、サクヤはそれが援軍だと確信し、

味方を鼓舞するために力いっぱい叫んだ。

 

「援軍が来たぞ!みんな、もう少しだ!最後の力を振り絞れ!」

 

 一方その言葉を聞いたユージーンは、攻め切れなかった事にやや焦りを感じていた。

 

「くそっ、これだけ抵抗されるとやはり厳しいか」

 

 そう呟き後方に目をやったユージーンは、援軍がたった二人だと気が付き、

連合軍の士気を挫くために、まずその二人を血祭りにあげる事にした。

 

「敵の援軍はたった二人だ!まずあの二人を血祭りにあげろ!」

 

 ユージーンがそう叫んだ瞬間、その二人組を中心に、爆発的に黒煙が広がった。

その黒煙によって、サラマンダー軍の視界が完全に閉ざされた。

次の瞬間、ユージーンの脇を何かが通り過ぎていった。

慌てて煙を抜け出し、連合軍へと目を向けたユージーンが見たものは、

大剣を二刀流で構えるキリトの姿だった。

 

「貴様、かなりの使い手だな。何者だ!」

「そういうお前もかなりの使い手みたいだな。俺の名はキリト。今からお前を倒す男だ」

「お前は俺の事を知らないのか?俺の名はユージーン。ALOで最強の男だと自負している」

「最強ねぇ、まあこの戦闘が終わったら、お前は三番以下になるんだけどな」

「面白い事を言う奴だ、だが嫌いではないな。一対一で勝負だ。

俺は強い奴と戦うのが大好きなんでな」

「それは奇遇だな、俺もだよ、ユージーン」

「ちょっとちょっと、キリト君?だっけ?あなたはユキノの仲間って事でいいんだよね?

あ、私はケットシー領主のアリシャ。助けに来てくれてありがとね」

「ああ、ユキノさん達もまもなくここに着くぞ。よろしくな、アリシャ」

「私はシルフ領主のサクヤだ。あのユージーンの持つ武器は魔剣グラムという。

気を付けろ、あの剣の攻撃は、アビリティによってこちらの武器を擦り抜けてくるぞ」

「常時って訳じゃないんだろ?それならまあ問題ない。

残りの敵は俺の相棒が何とかする。しばらく休んでてくれていいぞ」

「何だと?」

「おっ、丁度ユキノさん達も来たようだぜ」

 

 次の瞬間黒煙を突き破って、ユキノ達五人が姿を現した。

 

「くそっ、もう着いたのか、ユキノ」

「お久しぶりね、ユージーン将軍。私が来たからには、もうあなた達の好きにはさせないわ」

「これだけ数を揃えたんだ。今回ばかりは勝たせてもらうぞ」

「おっと、お前の相手は俺だろ?」

「分かっているさ。ユキノ、お前らの相手は俺の部下達に任せる事にする。

百人近い大軍勢だ、覚悟しておくんだな」

「どうかしらね、あなたの部下達は、既に死地にいるように見えるのだけれど」

「何だと?」

「そういえば一緒に飛んできたキリト君の仲間はどこ?」

 

 アリシャが思い出したようにキリトに尋ねた。

 

「あの煙の中だ。もうすぐ見えるぞ」

 

 そのキリトの返事と同時に、サラマンダーのものと思しき悲鳴が辺りに響き渡った。

その声を聞き、ユージーンは慌てて振り返った。黒煙の中を巨大な何かが飛び回っている。

その何かが動く度に、沢山の悲鳴が聞こえてきた。そしてついに、黒煙が完全に晴れた。

 

「えっ?」

「あれってサンタクロース?」

「あの笑顔、少し寒気がするわね」

 

 煙が晴れた後、サラマンダーの軍勢は既に十人ほど人数を減らしていた。

ハチマンが変身した【背教者ニコラス】という名の死の暴風が、煙の中から姿を現した。



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第113話 集結の日~その名はメビウス~

 そのサンタの口は笑った形で固定され、時々不気味な笑い声を発していた。

ハチマンの脳内でどう処理されているのかはわからないが、その目は左右別々に動いていた。

そのサンタはガニ股で、足を交互に踏みしめながら飛んでいた。

その動きのままスーッと狙った獲物に近付くので、狙われた者は遠近感が掴めず、

簡単に接近を許してしまっているようだった。

そんな感じでサラマンダーは一人、また一人とたて続けに撃墜されていった。

サラマンダー軍はその不気味さに大混乱に陥り、まったく統制がとれていない状態になった。

一度こうなると、ユージーンが指揮をしなくてはどうしようもないのだが、

そのユージーンはキリトと睨み合っていたため動けなかった。

 

「そのサイズの大剣で二刀流とはな、どうやらハッタリじゃ無さそうだな」

「俺に合う重さの剣が、このサイズしか無かったんでね」

「今まで会った二刀流の使い手は、ただ武器を二本持っているだけの奴ばかりだった。

お前はどうなんだ?俺をちゃんと楽しませてくれるのか?」

「あんたの期待に答えるためにも、全力でいかせてもらうさ」

 

 そして呼吸を合わせたかのように、唐突に二人の戦いが始まった。

まずユージーンが、キリトの首を横なぎにしようとした。

キリトは剣を立ててそれを防ごうとしたが、魔剣グラムは攻撃の際に、敵の剣を透過する。

ユージーンの攻撃は、キリトが立てた剣をそのまま透過し、そのままキリトの首に迫った。

 

「もらった!」

 

 ユージーンはそう叫んだが、既にキリトの首はそこには存在しなかった。

キリトは剣の位置は変えないまま下に飛んでおり、

次の瞬間もう一本の剣がユージーンの胴に迫った。

だがユージーンもそれを読んでいたのか、すぐに後方へと飛んでいた。

 

「まずは軽い挨拶といったところか。実に面白いな」

「あんたも中々やるじゃないか。今のは絶対ヒットしたと思ったんだがな」

 

 キリトはそう言うと、今度は自ら攻撃を仕掛けた。

ユージーンはキリトの二刀の攻撃をさばきながら、隙を見て反撃に転じてきた。

それをキリトは避けて攻撃する、そしてまた避ける。

受けるユージーンと避けるキリトの戦いは、どんどん激しさを増していった。

 

 

 

 一方その頃ハチマンは、好き放題に敵を蹂躪していた。

既にサラマンダー軍は、ハチマンの手によって七割近くまで数を減らされていた。

だがそのハチマンにも、ついに限界が訪れようとしていた。

それを最初に察知したのは、ハチマンの状態をモニターし続けていたユイだった。

ユイはハチマンの残りMPを把握した上で、残りの変身していられる時間を計算すると、

ハチマンの下を離れてユキノの下へと飛んでいった。

 

「ユキノさん、パパがあの姿でいられるのは、あと一分が限界です。

多分元の姿に戻った瞬間に一瞬意識が混濁して、隙が出来てしまうと思います。

そのタイミングで、パパのフォローをお願いします」

「わかったわ。みんな、ハチマン君の下に向かう準備をして!リミットは一分よ!」

 

 ユキノ達はそのままハチマンの下へと向かおうとしたが、そこで思わぬ邪魔が入った。

目端のきく、地上に避難していたサラマンダーのパーティが、

このタイミングでユキノ達に攻撃を仕掛けてきたのだった。

それは偶然とはいえ賞賛されるべきタイミングであった。

そして時間は無情にも過ぎていき、ハチマンの変身が解け、

一瞬意識の混濁したハチマンは、そのまま落下を始めた。

 

「お兄ちゃん!」

「コマチさん、ハチマン君の所に行ってちょうだい!」

「ここは私達に任せて!」

「コマチちゃん、先輩をお願い!」

「はいっ」

 

 パーティの中で一番すばしっこいコマチが、

単独で戦闘から抜け出し、ハチマンの下へと向かった。

だが悪い事は続くものだ。ハチマンが元の姿に戻った事で、

落ち着きを取り戻しつつあった何人かの敵が、

目の前で落下していくハチマンに向けて攻撃魔法を放った。

コマチの目の前で、今まさにハチマンは、魔法攻撃を一身に受けようとしていた。

 

「お兄ちゃん!」

 

 コマチは泣きそうになりながらも、諦めずに全力で飛び続けた。

そんなコマチを嘲笑うように、魔法はハチマンに全弾命中した……ように見えた。

実際当たったのだが、それは光輝く防御壁に全て防がれていた。

 

「これは……防御魔法?しかもかなり高位の……」

 

 コマチはわけがわからなかったが、そのまま飛び続けてハチマンをキャッチし、

そのまま後方へと一気に後退した。

その目の前を、いつの間に現れたのか、見た事もないプレイヤーが三人通り過ぎていった。

その三人は、ノーム、ケットシー、そして……サラマンダーだった。

 

「何だお前ら!」

「こんなところに何でノームが?」

「お前、サラマンダーじゃないか!この裏切り者め!」

「んなもん知るか!俺はただ、ダチを助けにきただけだ!」

「まあそういう事だ。仲間のピンチを見過ごすわけにはいかない」

「ハチマンさんは私達が守ります!」

 

 その三人組はそう叫ぶと、そのままサラマンダー軍に襲い掛かっていった。

三人は恐ろしい強さを見せ、十分にハチマンの抜けた穴を埋めていた。

一方コマチは、ハチマンを確保した後地上に降り、ハチマンの頬を叩いていた。

 

「お兄ちゃん、起きて!朝だよ!」

「ん……すまんコマチ、一瞬意識が飛んでたみたいだ。助けてくれたのか?ありがとな」

「ううん、お兄ちゃんを助けたのは私じゃなくて、多分知らない人なの!」

「知らない人?誰だ?」

「あなたを助けたのは、私だよ」

 

 突然上から声が聞こえ、一人のウンディーネの少女が二人の横に着地した。

 

「あー、どこの誰かは知りませんが、ありがとうございました。えーと、俺はハチマンです」

「私はコマチです!兄を助けてくれて、本当にありがとうございます!」

「私の名はメビウス。危なかったね、間に合って良かったよ……」

 

 そう言ったメビウスは何故か泣いていた。

ハチマンはそれを見て焦り、メビウスに事情を尋ねようとした。

 

「あの、その、どうして泣いているんですか?メビウスさん」

「うん、やっと……君にやっと会えたからだよ」

 

 メビウスはそう言うと、ハチマンに抱きついた。

今後女性からの接触は全てガードするつもりだったハチマンも、

メビウスのただならぬ様子に、黙って受け止める事しか出来なかった。

ハチマンはコマチの顔を見たが、コマチも首をひねるばかりだった。

そこに、首尾よく敵パーティを撃破したユキノ達が近付いてきたが、

この光景を見てギョッとした。

 

「ハチマン君、一体何がどうなっているの?この女性は誰なのかしら?」

「いや、それがな……この人が俺を助けてくれたんだが、

どうやらこの人、俺の事知ってるみたいなんだよな」

「えっ?それはリアルでのあなたを知っているという事かしら」

「ああ……」

 

 リーファ以外の三人は、それを聞いて目を丸くしていた。

 

「どうやら何か事情があるみたいだし、私はサクヤ達の所に行ってるね」

「ありがとうリーファさん」

 

 リーファは何か訳有りなのだろうと思ったのか、気を遣い、サクヤ達の下へ飛んでいった。

ハチマンも気を取り直し、改めてメビウスに尋ねた。

 

「さて、ここにいるのは全員俺のリアル知り合いだけになりました。

なので今は気兼ねなく話が出来ますよ。あなたは一体誰なんですか?」

 

 その言葉で少しは落ち着いたのだろう、メビウスは泣くのをやめ、

全員の顔を見ながらこう言った。

 

「今ならここには知ってる人しかいないから、呼び方は昔通りでいいね。

そっちは雪ノ下さんに由比ヶ浜さん、一色さんに、小町ちゃんかな。

みんな久しぶり!そして比企谷君、お帰り!私今海外に留学してるから、

会いに行けなくて本当にごめんね。本当は電話すれば良かったんだけど、

やっぱり直接会ってお帰りって言いたかったの」

「海外に留学ですって?もしかしてあなたは……」

「心当たりがあるのか?」

「ええ、でもその人がALOをやってるなんて話は聞いた事が……でもまさか……」

「そのまさかだよ。私はめぐり、城廻めぐり!みんな、久しぶり!」

「城廻先輩!?」

「比企谷君、私すごく心配してたんだよ。生きて帰ってきてくれて、本当に良かったよ……」

 

 そう言うとめぐりはハチマンを抱く手に力を込め、再び泣き始めた。

ハチマンは困って他の者を見たが、四人は頷きながら、口々に言った。

 

「こういう時くらい、男らしさを見せなさい」

「ヒッキー、ちゃんとするんだよ!」

「お兄ちゃん、いつまでも女性を泣かせてちゃだめだよ!」

「そうですよ先輩!ここはバシっと決めて下さい!」

「お、おう」

 

 ハチマンはめぐりの頭を優しくなでながら言った。

 

「もうどこにも行きませんから、泣くのをやめて下さい。なんとか無事に帰って来れました。

もう俺は大丈夫ですから、安心して下さい、城廻先輩」

 

 それを聞いためぐりは、涙をぬぐいながら、ハチマンに聞いた。

 

「本当に?」

「はい」

「本当の本当に?」

「はい、約束します」

「分かった。その言葉を信じるよ!」

 

 そう言ってめぐりは、本当に嬉しそうにハチマンに微笑んだのだった。



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第114話 集結の日~走れ~

「はぁ……」

 

 城廻めぐりは、今日も携帯電話の前でため息をついていた。

 

「比企谷君に電話をかけて、自分の耳で無事を確かめたい……

でもどうせなら、直接会って話をしたい……」

 

 めぐりはこの二ヶ月間、毎日ずっと葛藤していた。

そういう時は、得てして余計な事を考えてしまうものだ。

もし電話をしたとして、忘れられていたらどうしよう。迷惑がられたらどうしよう。

もしいきなり会いにいって、変な女だと思われたらどうしよう。

そういった通常ではありえない思考が、頭の中をぐるぐると回る。

めぐりはまさに、ネガティブな思考の罠に捕らえられていた。

 

 

 

 その日も相変わらずめぐりは、携帯電話の前で葛藤していた。

 

(いつものように、このまま電話をかけられないで終わるんだろうな)

 

 めぐりはそう思い携帯を置こうとしたが、その瞬間に誰かからの着信が入った。

 

「わっ、びっくりした……あっ、ハルさんからだ」

 

 めぐりは陽乃と話すのも久しぶりだなと思いながら、

もしかしたら比企谷君の近況が聞けるかもしれないねと、

少しウキウキとした気分で通話ボタンを押した。

 

「もしもしハルさん?しばらくぶりです~!」

「あ、めぐり?今時間は大丈夫?」

「はい、大丈夫ですよ」

「えーとね、いくつか聞きたい事があるんだけど」

「何ですか?」

「アミュスフィアとALOのソフトはそっちに持ってってるわよね?

今度指定した時間にログインして、人を迎えにいって欲しいんだけど」

「最近インしてなかったけど大丈夫ですよ。でも何かあったんですか?」

「実はね……」

 

 陽乃は、今までの経緯をめぐりに説明した。それを聞いためぐりは仰天した。

 

「まさかそんな事になってるなんて……」

「驚くのも仕方がないと思うけど、奇跡かって思うくらい、色々うまくいってるのよね。

正直誰か神様みたいな存在が介入してるんじゃないかという気がするわ」

「比企谷君の大切な人が偶然SSから見つかるとか、

ナーヴギアでログインしたらステータスがSAOのままだったとか、

確かに普通じゃ考えられない奇跡ですね」

「まあこの際奇跡でも何でも構わない。私は今の状況を全て利用して、

必ず八幡君が幸せになれるようにしてみせるわ」

 

 めぐりはそこで始めて、陽乃がいつの間にか彼の事を、

比企谷君ではなく八幡君と呼ぶようになっている事に気が付いた。

 

「あの、ハルさんはいつから比企谷君の事を八幡君と呼んでるんですか?」

「ちょっと前からだよん。めぐりも羨ましかったらそう呼んでいいか聞いてみれば?

きっと彼、快くオッケーしてくれると思うわよ」

「いきなりそんな……だって私、まだ彼にお帰りすら言えてないんですよ?」

「そう、それよ」

「どれですか?」

「さっき言ったじゃない、人を迎えにいってほしいって。

その人達は八幡君の仲間で、絶対に必要な戦力となるであろうSAOサバイバーよ。

そしてめぐり、あなたにもそのまま彼の手伝いをお願いしたいの。彼の力になってあげて」

「彼の力になる……ALOの中で……あっそうか!

そうすれば直接彼に、お帰りって言えますね、ハルさん!」

「うんうん、ALOの中でだったら、海外にいても問題なく会いにいけるでしょ?」

「わかりました!私、全力で比企谷君を助けます!」

 

 めぐりは、海外にいる自分でも力になれると知って、気分が高揚するのを感じた。

 

「全力で、か。私も今は彼のサポートを全力でやってるんだよね。

正直全力を出すのって、生まれて始めてかもしれないわ」

「ハルさんは、比企谷君の事が好きなんですか?」

 

 めぐりは陽乃に普通にそう尋ねた。さすが無敵の天然っぷりである。

 

「ストレートに聞くなぁ、さすがはめぐりだね。そうだなぁ……好きかと言われれば好きよ。

でも何ていうか今は男女の関係というよりは、手のかかる弟って感じが強いかな。

ほら、雪乃ちゃんは確かにずっと私の後をついてきていたけれど、

基本まったく手のかからない子だったわけよ。その点彼はすごく手がかかるから、

何ていうか、世話を焼けるって事がすごく嬉しいのよね。こんな気持ち生まれて始めてかも」

「あー、なんかすごく納得です、ハルさん」

「だからめぐり、八幡君の事をお願いね」

「わかりました!私も彼の事は好きですし、全力の全力でお手伝いします!」

「ありがとうめぐり。それじゃ詳しい事を説明するわね」

「はいっ」

 

 

 

 そして数日後、めぐり~メビウスは、スイルベーンの街にいた。

今ここにハチマン達がいると、陽乃に教えてもらったからだ。

メビウスは街中をうろうろし、それっぽい人物を探し歩いた。

そしてついに、リーファという単語がメビウスの耳に入った。

 

(比企谷君……いや、ゲーム内だとハチマン君か。

今ハチマン君の仲間の名前が確かに聞こえたよね、どこだろ)

 

 メビウスはきょろきょろと辺りを見回し、ついにそれっぽい三人組を発見した。

しかし喜び勇んでそちらに向かおうとしたメビウスの目の前で、三人はログアウトした。

 

「間に合わなかった……まあ明日必ず会えるんだし、楽しみは後にとっておけばいいか」

 

 そう呟くとメビウスも、一旦ログアウトする事にした。

そして次の日の朝メビウスは、陽乃に指定された待ち合わせ場所へと向かった。

 

「ハルさんの話だとこの辺りなんだけど……あっ、あれかな?」

 

 めぐりはまず地上にケットシーの女性プレイヤーが姿を現したのを発見し、声をかけた。

 

「えーと、もしかしてあなたがシリカさん?」

「はいそうです!あなたがメビウスさんですか?」

「うん!宜しくね!」

「宜しくお願いします!」

「詳しい話は他の二人を見つけてからにしましょう。

二人は空中に出現するって聞いてるんだけど、一緒に探してもらっていいかな?」

「はい!」

 

 二人は空を見上げ、必死に人影を探した。

 

「あっ、メビウスさん、あそこ!」

「あっあれだね。ちょっと捕まえてくるから、ここで待っててね」

 

 メビウスはそうシリカに声をかけ、落下中の二人めがけて飛んでいった。

 

「うわあああああああああ」

「落ちるううううううう」

「二人とも、心を落ち着かせて自分は飛べるんだってイメージしてみて!」

 

 メビウスはそう言うと、左右の手で二人の手を掴み、落下速度を軽減させた。

 

「エギル、イメージだってよ!」

「クライン、イメージだぞ!」

 

 二人は落下速度が落ちたためか、多少落ち着きを取り戻し、必死に飛ぶ事をイメージした。

その甲斐あってか目に見えて落下速度が落ち、二人はふわふわと浮く事が出来た。

 

「うんうん上手い上手い!それじゃあこのままそっと地上に降りましょう」

 

 三人はそのまま地上に降り、シリカと合流した。

 

「えーと、ノームのあなたがエギルさんで、

サラマンダーのあなたがクラインさんでいいのかな?」

「はい、俺はエギルです。宜しくお願いします、えーっとメビウスさん」

「クラインです!宜しくっす!」

「改めましてシリカです!宜しくお願いします!」

「私はメビウスだよ。ハチマン君の高校の元先輩かな」

「はい、陽乃さんから大体話は聞いてます」

「まさかアスナとリズがそんな事になってたなんてな」

「お二人との再会をのんびり祝ってる暇は無さそうですね」

「そうだなシリカ、そういうのは後にしようぜ」

「それじゃ、とりあえず飛ぶ訓練からだね。話は休憩の時にしましょう」

「「「お願いします!」」」

 

 こうしてメビウスはまず三人に飛び方を教え、ある程度ものになった所で、

陽乃に言われて用意しておいた武器を三人に渡した。

エギルには両手持ちの斧が、クラインには刀が、そしてシリカには短剣が指定されていた。

そして羽根の疲労が回復するまでの間に、四人は色々な話をした。

SAOでのハチマンの話を聞いたメビウスは圧倒されたが、話が聞けた事自体は嬉しかった。

クライン、エギル、シリカの三人は、改めて再会を祝いつつ近況を報告しあった。

そして問題なく飛行も戦闘もこなせるようになった四人は、ルグルー回廊を目指した。

 

「ここで始めての戦闘になるんですかね」

「うん、多分そのはずなんだけどね……うーん」

「どうかしたんですか?」

「普通これくらい進むと、何度かモンスターに遭遇してるはずなんだよね」

「ここまで一度もモンスターは出てきてないっすよねぇ」

「これはどうやら少し前に、大人数がここを通過してるね」

「もしかして敵ですか?」

「うーんそうだねシリカちゃん、多分その可能性が高いと思う。みんな、急ごう」

 

 四人は敵に対して警戒するのをやめて全力で走り出し、あっけなくルグルー回廊を抜けた。

そして四人はハチマンとキリトがいるであろう方角に向かって、全力で飛んだ。

しばらく飛ぶと、前方に黒煙が広がるのが見えた。

 

「あそこだね!」

「ハチマンとキリトはどこだ」

「おわっ、まさかあれ……ちょっと待ってくれエギル」

「クラインさん、どうかしたんですか?」

「メビウスさん、ちょっと止まってもらっていいすか?」

「う、うん」

 

 クラインは前方を注視しながら、四人に止まるように頼んだ。

 

「シルフとケットシーの前でサラマンダーと戦ってるのが多分キリトだろ。見えるか?」

「ああ、あれは確かにキリトだな」

「うわ、あっちに巨大なサンタっぽいのがいますね。何か気持ち悪い動き方……」

「本当だ……多分あれ、幻影魔法だよ。幻影魔法って姿が変わるだけで、

強さは元のままのはずだから、すごく強い人が変身してるんだと思う」

「それっす。ハチマンが見当たらないって事は、多分あれがハチマンだと思うんっすよ」

 

 それを聞いた三人は、クラインとサンタの顔を何度も交互に見た。

 

「ハチマン君ってあんなに強いんだ……」

「まあハチマンもキリトも、SAOじゃ四天王って呼ばれてたほどの強者ですからね」

「でも何でサンタなんですかね?」

「それなんだけどよ、エギル、シリカ、【背教者ニコラス】って聞いた事あるか?」

 

 シリカは知らないようだったが、エギルはどうやらその名前に聞き覚えがあったようだ。

 

「おい、まさかあれ、クリスマスイベントのボスなのか?」

「あっ、キリトさんがソロで倒したあのボス、そんな名前だったんですね」

「ああ、俺も直接そいつの姿を見たわけじゃないんだが、

ハチマンがサンタに変身してるってなら、【背教者ニコラス】で間違いないと思うんだよ」

「あれってSAOのボスの姿なんだね。で、クライン君が気になる事は何かな?」

「俺が心配してるのは、今介入したら俺達もアレに攻撃されるんじゃないかって事なんすよ」

「確かに不思議な動きをしてるしな……メビウスさん、実際その魔法ってどうなんですか?」

「うーん、完全に制御出来てるかどうかはなんともだね。

まだ魔法スキルも低いだろうし、確かに攻撃される可能性はあるよ」

「どうすればいいですかね?」

「そうだなぁ、もう少し近付いて、魔法が切れた瞬間に介入しましょうか」

「よし、いつでも飛び込めるように準備しようぜ!」

「SAOじゃ役にたてなかった分、私、頑張ります!」

「俺もだ。いつもあいつらに助けてもらってばかりだったしな」

「アスナとリズのためにも、やってやろうぜ!」

 

 そして数分後、ハチマンの魔法が切れた瞬間に、彼らは戦場へと飛び込んだのだった。



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第115話 集結の日~決着~

「さてそんなわけで、私もハチマン君のお手伝いをしに来たよ!」

「ありがとうございます、め……ビウスさん」

「あと、ハチマン君の昔の仲間を三人案内してきたからね!」

「えっ?」

 

 ハチマンはそう言われて始めて、

三人のプレイヤーがサラマンダーと戦っている事に気が付いた。

三人ともすさまじい強さを見せており、サラマンダー軍は戦意を失いつつあるように見えた。

 

「あれは……まさか……」

「姉さんが言ってた援軍みたいね」

「そうか……ははっ、あいつら来てくれたんだな」

 

 ハチマンは、涙腺が緩むのを必死にこらえながらそう言った。

 

「敵が総崩れな今のうちに、一度こちらも戦力を再編しましょう」

「その前に聞きたいんだが、俺は一体どんな姿をしてたんだ?」

 

 ハチマンがそう尋ねると、みな目を逸らしながら、口々に言った。

 

「サンタね」

「サンタだった!」

「サンタですね」

「お兄ちゃんはいつまでクリスマス気分なの?コマチ恥ずかしいよ……」

「サンタ?サンタ……まさか……確かにキリトとアレの戦闘は、

神経をすり減らしながらずっと観察してたが……」

「納得したなら、再編を開始するわよ」

「おっとすまん。コマチはリーファを呼んできてくれ。サクヤさん達はMPも無いだろうし、

そのまま警戒しつつ休んでてもらっててくれ」

「分かった!コマチ行ってくるね!」

「さて、それじゃあいつらと合流するか。お~いお前ら、一度こっちに来てくれ!」

 

 ハチマンの声が聞こえたのか、クライン達三人は敵を威嚇しながらこちらに下がってきた。

三人は満面の笑顔で、ハチマンに呼びかけた。

 

「会いたかったぜニコラス!」

「久しぶりだなぁニコラス!俺達も一緒に戦うぜ!」

「えっと……ハチマンさん、お久しぶりです!」

「俺の癒しはシリカだけだな……つーかやっぱり俺はニコラスに変身してたのか……」

 

 そんなハチマンを、三人は笑顔で見つめていた。

ハチマンはその視線に気付き、改めて三人の手をとり、感謝の言葉を述べた。

 

「三人とも、よく来てくれたな。本当にありがとな」

「仲間のピンチだっていうのに黙ってられないからな」

「アスナとリズを助け出すためなんだろ、気にすんなよハチマン」

「そうですよ、当たり前の事です!」

「やっぱりお前らは最高の仲間だよ。すまないが、しばらく俺に力を貸してくれ」

 

 四人は再会を喜び合い、その間にコマチとリーファも合流を果たした。

サラマンダーの生き残りはおよそ六十人ほどまで減っていたが、

戦意を失っているらしく、こちらに向かってこようとする者は今のところいなかった。

 

「ハチマン君、まずこの方達を、私達に紹介してもらえないかしら」

「おう、そうだな、この三人は、俺とキリトの昔の仲間だ」

「俺はクライン!以後宜しく!」

「エギルだ、宜しく頼む」

「シリカです!宜しくお願いします!」

「そしてメビウスさんは、言うまでも無いが俺達の頼りになる先輩だ」

「メビウスだよ、宜しくね!」

 

 その挨拶を受け、ユキノ達も口々に自己紹介をした。

それが終わった後、おずおずと言った感じで、リーファがメビウスに尋ねた。

 

「あの、さっきから気になってたんですけど、

もしかしてメビウスさんて、ウンディーネの領主のメビウスさんですか?」

「えっ?」

 

 それを聞いて、ウンディーネであるユキノは、きょとんとした。

 

「おいユキノ、お前ウンディーネだろ。何でお前が、えっ、て言うんだよ」

「ごめんなさい、私はゲーム開始直後からずっと、

アルンからシルフ、ケットシー領あたりで活動していたから、

ウンディーネ領の事はまったく調べていないのよ」

「ああ、そういう事か。それで先輩、本当のとこどうなんですか?」

「うん、私はウンディーネの領主だよ」

 

 メビウスはその質問に、あっけらかんとそう答えた。

 

「まじっすか……」

「でもしばらくインしてなかったから、もう解任されてるかもね」

「確かにそういう話はあったみたいですけど、まだ解任まではいってないみたいですよ」

 

 リーファはサクヤに聞いた事があるらしく、メビウスにそう言った。

 

「そうなんだ、それじゃやっぱり領主って事で合ってるね」

「まさかの展開だな……」

「それじゃ、話も済んだところでサラマンダーへの攻撃を開始しましょうか」

「それなんだが、あいつらもう戦意を喪失しているように見えないか?

まったくこっちに手出しして来ないしな。

もしかすると、キリトがあのユージーンって奴を倒せばこの戦闘は終わるんじゃないか?」

「そうね、確かにそうかもしれないわ。キリト君次第ではあるけれど、可能性は高そうね」

 

 その時クラインが、キリトの方をちらりと見て、思い出したように言った。

 

「そういえばキリトが相手してるあのサラマンダー、随分強そうな奴だったな」

「あれはユージーン将軍と言って、サラマンダーの領主の弟よ。

魔剣グラムの所有者にして、ALOで最強のプレイヤーと言われているわね」

「まじっすか!そんな強い奴なんすね!」

 

 クラインの驚きをよそに、ハチマンが言った。

 

「まあ気の毒だが、その称号も今日までだな」

 

 その意味を理解したのか、エギルが同意した。

 

「そうだな、キリトが負けるわけないしな」

「みんな、本当にキリト君の事を信じてるんだね!」

「信じてるっていうかな、そもそも疑う余地が無いんだよな」

「ハチマンも強かったけど、やっぱり俺達の中で最強って言ったらあいつだからな」

「キリト君の強さって、そこまでなのね」

「ああ」

 

 ハチマンは頷きながら、キリトに向けて叫んだ。

 

「お~いキリト、クラインとエギルとシリカが来てくれたぞ!

お前ももたもたしてないで、さっさとそいつを倒しちまえよ!」

 

 そのハチマンの言葉が聞こえたのか、キリトはこちらを見ると、

嬉しそうに顔をほころばせ、剣を高く掲げた。

 

「了解、だってよ」

「それじゃあ私達は、戦わないまでも、サラマンダー軍をけん制しておきましょうか」

「もし襲ってきたら、別に全滅させてしまっても構わないだろ?」

「そうね、まあ状況次第ね」

 

 ユキノがそう言い、一同はサラマンダー軍の前面に展開した。

 

 

 

 ここで話は少しさかのぼる。

キリトとユージーンは、一対一で熾烈な戦いを繰り広げていた。

 

「おいユージーンさんよ、味方がどんどんやられてるみたいだけどいいのか?」

「くっ、お前だけじゃなくあいつも恐ろしい強さだな。

こうなったらもう一刻も早くお前を倒すしかないな」

「まあ勝つのは俺だけど、なっ!」

 

 キリトはその声と共に剣を振り下ろした。二人はしばらく斬り結んでいたが、

キリトはいつの間にか周囲から戦闘の音が消えている事に気が付いた。

 

「ハチマンの変身がとけたのか……ん、味方っぽいプレイヤーが四人増えてるな」

「たかだか四人増えたところで何が出来る」

「そういうそっちはかなり人数が減ってるんじゃないか?」

 

 それを聞いたユージーンは少し後退し、味方の人数を確認した。

確かにざっと見て戦力が六割くらいまで減少しているように見えた。

 

「くっ、四割ほどやられたか。だがもう幻影魔法を使う事は出来まい。有利なのはこちらだ」

「確かにそうだがな、あいつは普通に戦っても強いぞ。ユキノさん達もいるしな」

「それでも五倍の兵力だ。負けるはずがない」

「本当にそうか?お前の部下はもう戦意を失いかけているように見えるぞ。

ここでお前を倒せば、案外そのまま戦争が終わるんじゃないか?」

「ハッ、やれるものならやってみろ」

「もちろんそのつもりだ」

 

 二人は再び刃を交えようとしたが、丁度その時キリトは、ハチマンの叫び声を聞いた。

 

「お~いキリト、クラインとエギルとシリカが来てくれたぞ!

お前ももたもたしてないで、さっさとそいつを倒しちまえよ!」

 

 それを聞いたキリトは味方の方にちらりと視線を走らせ状況を理解し、歓喜を爆発させた。

 

「そうか、ついにあいつらが来たんだな、ハチマン!」

 

 キリトは剣を高く掲げてハチマンに答え、ユージーンに向かって叫んだ。

 

「悪いがもうお前にはまったく負ける気がしないな!行くぞ!」

「来い!」

 

 そして二人は再び、激しい斬り合いを再開した。

だが先ほどまでとは違い、明らかにキリトの方が押していた。

 

「明らかにさっきまでと違う……何だこの強さは……」

「あんたは武器に頼りすぎなんだよ。そもそもその武器のアビリティはリスキーすぎる。

敵の武器を透過した瞬間に避けられてそのまま攻撃されたら、

間違いなくカウンターで大ダメージをくらうだろ。

そもそも敵が相打ち覚悟で来たら、絶対に成功しちまうんじゃないか?」

「ぐっ……」

「それにもう、透過出来る時間は掴んだからな。一刀目が透過したら二刀目で確実に防げる。

一刀目で受け止められたら二刀目で攻撃を当てる。どっちにしろもう詰んでるんだよ」

 

 その言葉通り、キリトは確実に攻撃を当てるようになってきていた。

ユージーンは焦り、何とかしようと攻撃が大振りになってきていた。

もちろんその隙を見逃すキリトではなかった。ユージーンが渾身の攻撃を繰り出した瞬間、

多少ダメージをくらうのを覚悟で、キリトは思い切り武器を振りぬいた。

折悪くユージーンはアビリティによって武器を透過させていたので、

その攻撃はカウンターとなり、ユージーンに痛撃を与えた。

結果ユージーンの攻撃は空振りとなり、それを追撃する形でキリトは、

スターバーストストリームをなぞる形で、システムアシスト無しに連続攻撃を開始した。

 

「これで終わりだ!」

「う、うおおおおおおおお」

 

 キリトの攻撃により、ユージーンの体に命中を示すいくつもの筋が走り、

ユージーンのHPはどんどん削られていった。

そしてほどなく全てのHPを削り取られたユージーンは爆散し、

そこにはリメインライトの炎だけが残った。

 

「天晴れ!」

「キリト君すごいすごい!」

 

 サクヤとアリシャはそれを見て、大声でキリトを賞賛し、連合軍から大歓声が上がった。

ユキノはこの期を逃すまいとすぐに降伏勧告を行い、サラマンダー軍はそれを受け入れた。

こうして戦いは終わり、即ユージーンの蘇生が行われ、戦後処理が開始される事になった。



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第116話 集結の日~俺に力を貸してくれ~

「ふう、参った参った完敗だ。本当にお前は強いな。俺もまだまだだと思い知らされたよ」

 

 蘇生されたユージーンは、開口一番にキリトにそう言った。

 

「あんたも中々強かったぜ」

 

 キリトはそう言うと、ユージーンに右手を差し出した。

 

「機会があったらまたやろう」

 

 ユージーンはそう答え、キリトと固い握手を交わした。

その会話にサクヤとアリシャが加わり、二人は熱心にキリトの勧誘を始めた。

 

「キリト君、良かったらケットシーに雇われない?好待遇を約束するよ」

「待てアリシャ、彼は私が護衛を頼んだユキノの連れだ。優先交渉権は当然シルフにある」

「え?あーいや、俺には色々とやる事が……」

「そ、そこをなんとか!」

 

 そう言うとアリシャは、キリトの顔に胸をおしつけた。

 

「色仕掛けはずるいぞアリシャ!それなら私だって……」

 

 サクヤはそれを見て、慌ててキリトの反対側の顔に胸をおしつけた。

キリトは何とか振りほどこうともがいていたが、いきなり後ろから冷たい声が掛けられた。

 

「あなた達、私達の大切な仲間に何をしているのかしらね」

「ヒッ」

「ユ、ユキノ……」

 

 二人が振り向くと、そこには冷たい目で二人を見下ろすユキノの姿があった。

二人は慌ててキリトから離れ、声を合わせてユキノにごめんなさいと言った。

ユキノはため息をついたが、そんなユキノにユージーンが話しかけた。

 

「今回はほとんど全部お前達にしてやられたな、ユキノ。

正直お前達さえいなければ、俺達の勝利で終わっていたと思うんだがな」

「お久しぶりね、ユージーン将軍。そうね、私も多分そうなっていたと思うわ。

もっとも私達初期メンバーの四人とリ-ファさんだけでは、

戦局をひっくり返すまでには至らなかったと思うのだけれども」

「確かにそうかもしれないな。しばらく見ないうちに、随分と強い仲間が増えたんだな」

「私が集めたわけではないのだけれど、ちょうどいいからこの機会に宣言しておこうかしら」

「宣言?」

「ええ。ここには丁度、私と関係の深い四つの種族の代表が集まっている事だしね」

「四つの種族?」

「そうよ」

 

 そう言うとユキノは、ハチマンとメビウスに目で合図をした。

ハチマンとメビウスはそれに答え、こちらに向かって飛んできた。

そしてメビウスがまず、サクヤ達に声をかけた。

 

「サクヤちゃんアリシャちゃん、そしてユージーン君、久しぶりだねっ」

「あ、あなたはメビウスさんじゃないですか!」

「メビウスちゃん、久しぶり!」

「メビウスか、まさかウンディーネの領主まで一緒だったとは……」

「四つとはつまりそういう事よ。そして私はここに宣言するわ。

私達は今まで中立を貫いてきたけど、それももう終わり。

私達はたった今この瞬間から、このハチマン君の旗の下に集結するわ」

「えっ?」

「ユキノ、本当なの?」

「もちろんよ。私達は今後ずっと彼と共に歩み、彼の方針に従う。

リーダーはハチマン君、副リーダーはキリト君、私は三番手以下という事になるわね」

「私もウンディーネの領主をやめて、ハチマン君のチームに入るよ!」

 

 突然メビウスがそんな事を言い出した。総武高校のメンバーは、めぐりなら当然だと思い、

その言葉を平然と受け入れていたが、他の者は当然の事ながら仰天した。

 

「まさかそんな……」

「そこまで本気なのか……」

「人数はともかく、種族の垣根を越えた一大勢力の誕生だな……」

 

 代表の三人だけではなく、周囲のプレイヤーもざわつき始めた。

 

 ハチマンは、何か大事になっちまったなと思いながら、頭をかきつつ挨拶をした。

 

「あー、どうやらまあそういう事らしいんで、これから宜しく頼む」

 

 そして真面目な表情になると、サクヤ、アリシャ、ユージーンの三人に改めて話しかけた。

 

「早速だが、各種族の代表の三人に話があるんだ。

良かったら聞くだけでも聞いてもらえないだろうか」

 

 そして次にメビウスに、ウンディーネの事は想定してなかったんで、と前置きした上で、

話を聞くだけ聞いてくれるようにお願いした。

 

「わかったよ、ハチマン君」

 

 ハチマンの言葉を受け、まずメビウスが頷いた。

 

「私は助けてもらった立場だし、もちろん聞くよ!」

「私も同様だ」

「俺は敗者だからな、聞けと命令してくれても構わんぞ」

「命令ってのは性に合わないんで、せめて要請くらいに受け止めてもらっていいか?」

「ふっ、わかった、ではその要請を受諾しよう」

 

 こうして残りの三人の同意も得られたため、ハチマンは三人に頭を下げ、説明を始めた。

 

「すまん、助かる。まず俺達の目的なんだが、グランドクエストをクリアする事だ」

「うん?何か平凡な目的だね?」

「正確には、世界樹のグランドクエストの間の最奥まで到達したいんだ。

おそらくグランドクエストは、未実装だろうからな」

「……何だと?」

「どういう事?」

「何か根拠はあるのかね?」

「まずグランドクエストの基本仕様なんだが……」

 

 ハチマンは、最初にグランドクエストをクリアした種族だけが、

アルフに生まれ変わる事への疑問点を四人に丁寧に説明した。

 

「むむむ」

「にわかには同意できないが、さりとて無視出来る意見でもない」

「確かに他の種族に先を越されたら、俺もキャラクターを作り直すかもしれん」

「この仕様だと、グランドクエストがクリアされた瞬間にゲーム自体が終わってしまう。

クリアした以外の種族はどんどん衰退し、やがていなくなるだろう。

要するに種族の意味が無くなり、空を飛べる以外の楽しみがまったく無くなる。

これだけ人気のあるゲームなんだ。そんな事は運営的にありえないと思わないか?」

「だが今のところ、仮説でしかない。俺個人としてはお前の意見に賛成だ。

だが、今日の戦闘で負けはしたが、戦力的にはシルフとケットシーの連合軍より、

まだ我がサラマンダー軍の方が戦力が上だ。そんな状況で兄貴を説得するのは正直難しい」

「ユージーン君、そこにウンディーネが加わったらどうかな?」

 

 突然メビウスが、そんな事を言い出した。

 

「三種族連合か……それなら確かに脅威だな。だがこう言っては悪いがメビウス、

お前は引退の噂が囁かれるほど、今回久しぶりにログインしたはずだ。

その状況でウンディーネ内部の意見をまとめるのは、かなり時間がかかるんじゃないのか?」

「確かにそれはあるかも……」

「おそらく兄貴なら、その間にサラマンダーだけでクリアだ、とか言う可能性が高い」

「……あなたのお兄さんを拉致監禁すべきかしらね」

 

 それを聞いたハチマンは、慌ててユキノを制止しようとした。

 

「おい馬鹿やめろ、ユキノ、もちろん冗談だよな?」

「まあ半分くらいは冗談よ。話を続けて頂戴、ハチマン君」

「半分かよ……」

 

 半分とは言いつつ、さすがに本気じゃないよな?と考えたのか、

ハチマンとユージーンは、ほっと胸をなでおろした。

二人はお互いの行動に気付き、顔を見合わせて苦笑した。

 

「まずサクヤさんとアリシャさんと交渉がしたい。

俺達と一緒にグランドクエストに挑んでもらえないだろうか。

こちらが提示出来る条件は、軍資金の提供だ。具体的にはこれくらいだな」

 

 ハチマンは二人に金額をそっと耳打ちした。

 

「そんなにか!?」

「……本当に?」

「ああ」

 

 サクヤとアリシャは考え込んだが、すぐに答えは出たようだ。

 

「シルフ軍は、君に協力する事を約束しよう」

「ケットシー軍も協力を約束するよ!」

「ありがとう、二人とも」

 

 ハチマンは二人と握手を交わした。

 

「さて、残るはサラマンダーだが……今の状況じゃ難しいんだろうな」

「兄貴に話はすると約束しよう。だがあまり期待は出来ないとだけ言っておく」

「ちょっと待って、ユージーンくん」

 

 その時メビウスが、ウィンドウを操作しながら突然ユージーンに声をかけた。

 

「どうやら、正式にウンディーネ軍はハチマン君に協力する事に決まりそうだよ」

「……何か証明は出来るのか?」

「うん……一応話は聞いてたんだけど、来れるかどうか分からないって話でね、

今メッセージが来て、どうやら間に合ったみたい。ほらあそこ……来るよ」

 

 メビウスはそんなよく分からない事を言って、空の一点を指差した。

その瞬間空に稲妻が走り、轟音と共に落雷が大量に発生した。

その場にいた全ての者は、このいきなりの出来事に恐れ慄いた。

 

「うおっ、何だ」

「あそこ、誰かいる」

「まさか……これは……」

 

 全ての者の注目を集めながら、その人物は空から降下し、ハチマンの前に立った。

 

「じゃ~ん!私の名はソレイユ!来ちゃった、てへっ」

 

 そう言ってソレイユはハチマンに抱き付こうとしたが、ハチマンはそれを完璧にガードし、

ソレイユの頭にアイアンクローをかました。

 

「おい誰だお前は、いきなり何をする」

「うう~ひどいなぁ、せっかくハチマン君を助けに来たのに」

「えっ?俺の事を知ってるのか?アルゴ……じゃないよな?」

 

 ハチマンは唯一ここにいない仲間の名前を一応出してみたが、

目の前の女性はどう考えても言動や行動がアルゴらしくないなと思い直した。

そんなハチマンにユキノが、何かに思い当たったといった感じで、

こめかみを押さえながら話しかけた。

 

「ハチマン君、ソレイユというのはね、フランス語で太陽という意味よ」

「太陽?……おい、まさか」

「そのまさかでしょうね。メビウスさんがいた時点で気付くべきだったわ。

あなたもALOをプレイしていたのね……姉さん」

「うげっ」

「ええええええええええええええ」

 

 ハチマンはのけぞり、キリトと総武高校組は驚きの声を上げた。

クライン達は事前に知っていたのか、魔法の威力には驚いたようだが、

登場した事自体には驚いていないようだった。

サクヤとアリシャとユージーンとリーファは、何故かフリーズしていた。

 

「さすがユキノちゃん、気付くのが早いね。まあ私が来たからにはもう安心よ」

 

 ソレイユはそう言って、ハチマンにアイアンクローをされたまま、

ドヤ顔で胸を張ったのだった。



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第117話 集結の日~ソレイユ~

「マジっすか……」

「大マジだよハチマン君。だからそろそろこの手を離してくれないかな」

「え、嫌ですよ。この手を離したら、また抱き付いてくるじゃないですか」

 

 ハチマンはそう言って、ソレイユの頭から手を離すのを頑なに拒否した。

 

「はぁ……仕方ないなあ、何もしないって約束するから」

「絶対に約束ですからね」

 

 ハチマンはそう言うと、ソレイユの頭から手を離したが、またすぐ掴んだ。

案の定再びハチマンに抱き付こうとしたソレイユは、

そのハチマンの手によってピタッと動きを止めた。

 

「……何で分かったの」

「はぁ、まあ予想は出来たんで、じっくり観察してましたからね」

 

 ソレイユはそれを聞くと、自身の豊満な胸を抱き、こう言った。

 

「私の胸をじっくり観察してただなんて、私の体が目当てだったのね!?」

「おいこら色々と誤解を生むんでちょっと黙ってもらえませんかね」

「姉さん、いい加減にしなさい。もぐわよ」

 

 ユキノはソレイユに冷たい目を向け、そう言い放った。

 

「は~い、確かにこんな事してる場合じゃなかったわね、ごめんなさい」

 

 今度こそソレイユは本当に反省しているようだったので、ハチマンは手を離した。

ソレイユは一歩前に出て、旧知の人達に挨拶をした。

 

「と、いうわけでお久しぶりね、サクヤちゃん、アリシャちゃん、ユージーン君」

 

 その挨拶を受け、やっとフリーズが解けた三人は、ソレイユに挨拶を返した。

 

「こ、ここここんにちは、ソレイユさん」

「お、おおおおお久しぶりですソレイユさん」

「ま、またお会いできて、こここ光栄ですソレイユさん」

「一体何なんだお前ら……」

 

 三人があまりにも動揺しているように見えたので、ハチマンはそう尋ねた。

 

「ソレイユさん、ちょっと失礼しますね」

 

 三人はそう言うと、ハチマンの手を引き、後方へと連れていった。

 

「一体何だって言うんだよ……」

「おいハチマン、お前ソレイユさんとどういう関係だよ」

「あの人の頭に平然とアイアンクローをかますなんて、常識じゃ考えられないよ!」

「お、おう、ユキノ自身がさっき言ってたからここで言ってもいいと思うが、ユキノの姉だ」

 

 それを聞いたユージーンは、呆然と呟いた。

 

「絶対零度の姉が、絶対暴君だと……」

「おい、何だその呼び方は……」

「知らないの?ソレイユさんの二つ名だよ」

「うへ、アリシャさん、それマジか?」

「アリシャでいいよ。私達とあなたはもう対等。オーケー?」

「オ、オーケー」

「それでは私の事も、気軽にサクヤと呼ぶがよい」

「俺もユージーンでいいぜ、ハチマン」

「お、おう、改めて宜しくな、三人とも」

「で、話の続きだけど、あのソレイユさんは、ALOの全種族の中で、

一番最初に領主の座についた人なんだよね」

「つまり、メビウスさんの前のウンディーネ領主って事か?」

「そうだ」

「なるほど……で、当時から暴れまくっていたと」

 

 それを聞いた三人は、思い出すのも恐ろしいという感じで、震えながら説明を続けた。

 

「あの人に喧嘩を売って生きてた奴は、今まで一人もいないんだ」

「個人でも集団でも、ね」

「数十人でかかった奴らもいたようだが、一人相手に瞬殺されたと聞いている」

「いつしかついた二つ名が、絶対暴君ソレイユよ」

「あの人が領主の座を穏やかなメビウスさんに譲って引退した時は、

誰もがホッと胸をなでおろしたもんだ」

「メビウスさんは確かに正反対だな」

「今だってほら、私まだ震えてるでしょ?それくらいあの人は伝説クラスの人なのよ」

「今でこそ俺も最強プレイヤーとか呼ばれているが、

あの人を前にすると、その俺ですら震えが止まらん」

「そんな人がまさかあのユキノの姉だったとはね……」

「お前らそこまであの人が怖いのか……」

 

 それを聞いた三人は顔を見合わせて、ハチマンに尋ねた。

 

「ハチマン君は怖くないの?」

「いや、まあ俺はあの人に弟みたいに思われてると思うしな」

「そういえばさっき、あのソレイユさんがハチマン君に甘えるような仕草をしてたような」

「弟っていうより、好きな人に対するような感じじゃなかった?」

「そうだな、俺にもそう見えたな」

「ハチマン君、どうなの?」

「あー……まあ確かにそれは否定出来ん……本気かどうか判断しにくいんだが……」

 

 三人はそれを聞き、頭を抱えた。

 

「絶対暴君の想い人か……」

「これは絶対に敵対出来ないわ」

「シルフとケットシーはとりあえずセーフかな」

「これはもう絶対に兄貴を説得するしかないな。

というかソレイユさんの事を話せば間違いなくハチマンに協力する事を選ぶと思うが」

「お前らいくらなんでも怖がりすぎだろ……確かにあの人は何でも出来る完璧超人だが、

ちょっとかわいい所もあるし、面倒見もいいとても優しい人なんだけどな。

ああ、でも興味が無い奴にはとことん興味を示さない人ではあるかもだけどな」

「うんまあ大体合ってるかな。さすがに私の事が良く分かってるじゃない、ハチマン君。

恐ろしく美人でスタイルも良くて性格もいいだなんてね。で、そろそろ話は終わったかな?」

「ひいいいいいいいい」

 

 いつの間にか背後に立っていたソレイユがいきなり声をかけてきたので、

ハチマン以外の三人は悲鳴を上げ、ガタガタと震えだした。

 

「あんまり驚かさないで下さいよソレイユさん。あとさりげなく俺の発言を捏造すんな」

「はいはいごめんなさい。というわけでユージーン君」

「はっ、はいっ」

「この私が保証するわ。ウンディーネ軍は今回のグランドクエストに限り、

このハチマン君の傘下に入る事とする。そうお兄さんに伝えなさい。

もし協力出来ないというなら、私が直接話をつけに行ってもいいと」

「わかりました!必ず兄に伝えます!というかサラマンダーも協力を約束します!」

「あら、勝手に決めちゃっていいの?」

「問題ありません!」

「そう」

 

 ソレイユはにっこり微笑むと、ハチマンに向き直った。

 

「こんなもんでいいかな?」

「ありがとうございます、ソレイユさん。このご恩はいつか必ず返します」

「私はグランドクエスト本番の時は参加出来ないけど、舞台は整えたつもりよ。

後はあなた次第ね、ハチマン君」

「はい」

「あなた達もお願いね。私の代わりに絶対に彼を守ってね」

「はっ、はいです!」

「心得ました」

「この身に代えても必ず」

「おっおい、お前ら……」

「だってあのソレイユさんがここまで言うんだよ。これは頑張るしかないじゃない」

「ああ、腕が鳴るな」

「何か理由があるんだろ?いつか俺にも聞かせてくれよな」

「すまん、恩にきる」

 

 ハチマンは三人に、深々と頭を下げた。

 

「はい、それじゃみんな集合!」

 

 ソレイユはそう言って、パチンと手を叩いた。それを聞いて仲間達が集まってきた。

 

「グランドクエスト当日は、私には私の戦いがある。その舞台はここではなくリアルだから、

私はここでの戦いには参加は出来ません。その分あなた達の奮戦に期待します。

そしてこれは一部の人にだけ分かってもらえればいいんだけど、

あなた達にはもう一人、ここに来ていない大切な仲間がいるはずです。

その人は事情があってここにはいないけど、リアルであなた達と一緒に戦っています。

だから何も心配しないで、心おきなくグランドクエストに挑みなさい」

 

 その言葉にSAO組はハッとした。ここに来ていない大切な仲間、

それは当然アルゴ以外にはありえない。

あのアルゴもどこかで一緒に戦ってくれている、そう思った一同は、

その気持ちに応えるためにも、絶対にこの戦いに勝つ事を改めて誓った。

 

「それじゃあ私は先にここで落ちるね。みんな、後の事は宜しくね」

「はい!」

 

 全員がそう唱和し、満足そうに頷いたソレイユはログアウトしようとしたが、

それをリーファが止めた。

 

「あっ、ソレイユさん、もう一つお願いがあるんですけど……」

「ん?なぁに?」

「ちょっと待ってて下さいね、ねえ、サクヤ、

実はもう一つ決着をつけないといけない事があるんだよね」

「何かあったのか?」

「シグルドの事なんだけど」

「ふむ、話を聞こう」

 

 リーファは、シグルドの裏切りについて、自分が知る限りの事を全てサクヤに話した。

 

「そうか、あいつが……ユージーン、話を聞いてもいいか?」

「言いたい事はわかるが、俺の立場からは何も言えん。仁義というものがあるからな」

「確かにそうだな、つまらない事を言った、忘れてくれ」

「まあ一般論で言わせてもらえば、俺はああいう奴は好かんから、

あいつがどうなろうと知った事ではない」

「ははっ、ユージーンはそういうタイプっぽいよな」

「ああ。お前みたいな奴は大好きだぞ、キリト」

「俺もだよ」

 

 そんな二人を微笑ましく見つめた後、サクヤは決断したのか、きっぱりと言った。

 

「アリシャ、すまないが月光鏡の魔法を使ってくれないか?

そしてソレイユさん、あいつを脅す協力をお願い出来ませんか?

私があいつに直接話をして、引導を渡します」



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第118話 集結の日~罪と罰~

 シグルドは、スイルベーンの領主の部屋で留守番をしながら、

そろそろサクヤが死んでここに転送されてくるだろうと漠然と考えていた。

 

(サクヤが戻ってきたら、とりあえず慰めるふりをしつつ、

今度はケットシーの中に裏切り者がいるかもしれないとでも吹き込むとするか……

それでまあある程度の時間が稼げるだろうしな。

その間にサラマンダーがグランドクエストをクリアすれば、それでシルフともおさらばだ)

 

 自身の明るい未来を想像し、シグルドは、にやつきを抑える事が出来なかった。

 

(何もかもが上手くいっている。計画は順調すぎるくらい順調だな)

 

 レコンが捕まったのはシグルドが去ってから少し後であり、

その時接触していたサラマンダー達も、直後にハチマン達を待ち伏せしていたチームから、

壊滅したと連絡が入ったせいで、シグルドに連絡する暇が無かったため、

シグルドはレコンから情報が伝わっている事には未だにまったく気付いてはいなかった。

シグルドは領主の椅子にどっかと腰を下ろし、テーブルの上に足を投げ出して、

目をつぶって頭の後ろで手を組みながら、機嫌良さそうに鼻歌を歌っていた。

 

「随分機嫌が良さそうじゃないか。何かいい事でもあったのか?シグルド」

 

 いきなりそう声をかけられたシグルドは、その声がとても聞き覚えのある声だったため、

驚愕して辺りをきょろきょろと見回した。

実はこの時、閉めたはずの部屋の扉が少し開いていたのだが、

シグルドはその事にはまったく気付かなかった。シグルドは正面の壁に、

月光鏡の魔法で映し出されたのだろう、映像が映し出されているのに気が付いた。

そこには先ほどそろそろ死んでいるだろうと予想していたサクヤが、

健在のまま映し出されており、そのサクヤが、シグルドの方をじっと見つめていた。

 

「さ、サクヤか……びっくりするじゃないか。会談は上手くいったのか?」

「驚かせてしまったみたいだな、すまない。会談は……予定通りにはいかなかった」

「そうか」

 

 シグルドは、予定と違ってサクヤは何故か死んでいないようだが、

予定通り会談そのものは失敗したのだと思い、内心でほくそえんだ。

だがそんな気持ちはおくびにも出さず、残念そうな表情を作り、サクヤに話し掛けた。

 

「今回は残念だったな。もしかしたらケットシーの中にスパイがいたのかもしれない。

しっかりと調査をした上でまた機会を待てばいいんじゃないか?」

「ほう?ケットシーの中にスパイがねぇ」

「ああ。我々シルフの中に裏切り者なんかいるはずがないし、そう考えるのが妥当だろう?」

「そうだな、シルフの中に裏切り者がいるはずが無いな。

お前はサラマンダーになりたいシルフだから正確にはシルフとは言えないだろうしな」

「なっ……」

 

 そのサクヤの辛辣な言葉の内容を理解し、シグルドは二の句が継げなかった。

 

「先ほど私は、会談が予定通りにはいかなかったと言ったな。

お前はそれを失敗だと思ったらしいが、それはまったく逆でな、

実際は、シルフとケットシーとウンディーネとサラマンダーの四種族が共闘する事になった」

「馬鹿な!そんな事は絶対にありえない!」

 

 シグルドは、さすがにその言葉を信じる事は出来なかった。他の種族ならまだしも、

今まであれだけ争ってきたサラマンダーが融和路線を取るなどどう考えてもありえない。

 

「まあ、そう思うのが当然だろうな。彼らがいなかったらな」

「彼らだと?」

「俺達だよ、シグルド」

「よう、まだちっぽけなプライドにしがみついて、現実逃避してんのか?」

 

 その二人の顔になんとなく見覚えがあったシグルドは、

二人といつ会ったのか思い出し、画面に向かって叫んだ。

 

「お前らは確か、リーファと一緒にいた二人組か!」

「キリトだ、宜しくな」

「俺はハチマン。ウンディーネの領主と先代領主が俺の知り合いでな、

ウンディーネに関してはまあ、そういう理由で共闘する事になった」

「先代だと……まさかお前、絶対暴君と知り合いなのか!?」

「うわ……お前自殺志願なの?そんなに死にたいの?」

「い、一体何を」

「ふ~ん、君、私に向かってそんな事を言っちゃうんだ」

「ひいっ……」

 

 そう言って画面に入ってきたのが、確かに昔一度だけ見た事があるソレイユだったので、

シグルドは言葉を失い顔面蒼白になった。

 

「まあまあソレイユさん、どうせこいつにはもう未来は無いんでそのへんで」

「それもそうね、まあ後は任せたわ。もっとも、どこかで見かけたらその時は……ね」

 

 ソレイユは笑顔でそう言って画面の中から消えたのだが、

シグルドは恐怖のあまり、まったく動けなかった。次に説明を始めたのはキリトだった。

 

「サラマンダーに関しては、まず俺がユージーンにタイマンで勝って、

その後ソレイユさんがダメ押しをして、それで共闘する事になったって感じだな」

「ユージーン将軍に勝っただと……」

 

 シグルドは、次から次へと伝えられる驚愕の事実に、頭がまったくついていかなかった。

 

「それじゃあ後はサクヤさんにきっちり引導を渡してもらえ……ん?おお、やるじゃねーか」

 

 ハチマンが突然訳のわからない事を言い出したので、シグルドは思わず聞き返した。

 

「お前は一体何を言ってるんだ!」

「あー、お前に言ってるんじゃないんだよ。よし、いいぞ、やれ!」

 

 ハチマンがそう言った瞬間、シグルドは首にすさまじい衝撃を感じた。

そして視界がぐるりと回転し、どんどん下へと下がっていった。

 

「あれ、俺の体……」

 

 シグルドは、首の無い自分の体が立っているのを見た。その背後に、誰かが立っていた。

よく見ると、それは自分がよく知っているプレイヤーだった。

 

「レコン……」

 

 その言葉を最後に、シグルドは消滅し、そこにはリメインライトが一つ残された。

 

「ハチマンさん、俺、やりました!」

「おう、やるじゃねーか、ちょっと驚いたぞレコン。やっぱ裏切り者には死を、だよな!」

「はい!絶対に許せなかったんで、頑張って忍びこみました!」

「うむ、我々の代わりによくやってくれたな、レコン」

「はい、サクヤさん!」

「よし、後は私に任せろ。おいシグルド、その状態でも私の声はちゃんと聞こえているな?

お前はどうしてもシルフでいるのが嫌なようだから、その希望を私が叶えてやる事にしよう。

今この瞬間から、お前はシルフ領から追放だ。どこへなりと、お前の好きな所へ行くがいい」

 

 シグルドのリメインライトは、抗議するように瞬いた後、きっちり一分後に消滅した。

今後シグルドは、シルフ領を追放された者として、

あてもなく各地を彷徨い続ける事になるのだろう。

 

「ふう、やはりあまり気分のいいものではないな。レコン、ご苦労だったな。

話は聞いていたと思うが、いずれ大きな戦いがある。

すまないが、そのままアルンへ向かってくれないか?」

「分かりました、サクヤさん!」

「レコン、私達の変わりにシグルドに罰を与えてくれて、ありがとう」

 

 次にレコンに話し掛けたのは、リーファだった。

 

「リーファちゃん……」

「今回レコンは本当に良くやったわ、えらいえらい!」

「あ、ありがとう!」

「それじゃ、一足先にアルンで待ってるね」

「うん!」

 

 レコンは、リーファに感謝してもらえた事が何よりも嬉しかった。

これもハチマンのアドバイスのおかげだな、そう思ったレコンは、

いずれ必ずこの恩を返そうと、密かに心に誓った。

 

 

 

 戦いの後の話し合いを終えた一同は、それぞれ準備のために散っていった。

シルフとケットシーは、ハチマンとキリトから軍資金を提供され、

これで装備をきっちりと揃える事が出来ると喜んだ。

サクヤはシグルドの件の後始末があるらしく、先に去っていった。

アリシャはどうやら隠し玉があるらしく、期待しててね、と言って去っていった。

ユージーンは、軍資金を提供されるのを断った。

どうやらサラマンダーの軍備は、もうほとんど整っているらしい。

ユージーンは、後は兄貴に事情を説明するだけだと言い、笑いながら去っていった。

メビウスとソレイユには、クライン達の手持ちから軍資金が提供された。

これから速攻で軍を編成し、装備を整えるのだと言う。

ウンディーネ側からすれば寝耳に水なのだろうが、

この二人ならきっちり間に合わせるんだろうなと思いつつ、

ハチマンはウンディーネ側の事は全て二人に丸投げする事にした。

こうしてその場に残ったのは、ハチマン、キリト、リーファ、ユキノ、ユイユイ、コマチ、

イロハ、クライン、エギル、シリカの十名となり、

その十名は、最終目的地であるアルンへ向けて飛び立ったのだった。



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第119話 ここに集結す

 あれからアスナは、何とか檻から抜け出せないかと試行錯誤していた。

一番現実的なのは、檻の鍵の番号を何とか盗み見る事だ、

そう思ったアスナは、須郷に鏡くらい用意してくれと要求し、

それを使って番号を盗み見る事に成功していた。

須郷の話だと、今日は須郷はいないらしく、脱出を試みるには絶好のチャンスの日であった。

 

「さて、それじゃあ始めるとしますか」

 

 アスナは、緊張を解きほぐそうとして、あえて声に出してそう言った。

 

「六……二…………っと、よし、開いた」

 

 首尾よく檻の鍵を外したアスナは、慎重に奥へと進んでいった。

世界樹の中は、思ったよりも広く、通路はかなり先まで続いていた。

途中のドアには、【データ閲覧室】【仮眠室】などのプレートがつけられており、

たまに中を覗くと、そこはまさに研究所といった感じの設備が並んでいた。

 

(随分本格的に作り込んだんだね……外で他人に見られるわけにはいかないから、

中に研究所を丸ごと持ってきた感じなのかな……)

 

 アスナはそう思いながら、なおも探索を続けた。

そんなアスナの目に、【実験体格納室】という文字が飛び込んできた。

 

「実験体……人間を何だと思っているの……」

 

 アスナは怒りを覚え、その部屋をそっと覗いてみた。

中にはナメクジのような生き物が二匹いて、あちこち動き回っていた。

 

(あれは須郷の仲間の研究員かな?見つかるのはまずいね。

でもこの部屋なら、ログアウトするためのコンソールがある気もする……)

 

 アスナは少し悩んだ後、意を決して部屋に忍びこんだ。

見つからないように、慎重にディスプレイを覗きこんでいく。

そしてアスナはついに、【転送】と名前のついたコンソールを見つけた。

 

(【転送】……今まで見た中だとこれが一番それっぽい……)

 

 アスナはそう思い、そっとその文字に触れた。その瞬間に、小さな電子音が鳴った。

 

「ん、誰かいるのか?」

 

(しまった……まさか音がするタイプだったなんて……)

 

 アスナは焦り、見つかるのを覚悟で必死にログアウトするための文字を探した。

 

(あった!これだ!)

 

 アスナはついに、【仮想ラボ離脱】という文字を見つけ、それを押した。

【仮想ラボから離脱しますか?】【はい】【いいえ】という文字が現れ、

アスナは必死に【はい】を押そうとしたが、その瞬間にアスナの手に、触手が巻きつき、

そのままアスナは、コンソールから引き離された。

 

「くっ」

「危ない危ない、君もしかして、須郷さんが檻の中で飼ってる人かな?」

「多分そうだな。おい、どうする?」

 

 飼ってる、という言葉を聞いて、カチンときたアスナは、そのナメクジ達に言った。

 

「飼ってる、だなんて、あなた達は自分達が何をしているのか分かっているの?」

「もちろん分かっているさ。とりあえず須郷さんに連絡して指示をあおぐか」

「それじゃ、俺が行ってくる。ちょっと待っててくれ」

 

 片方のナメクジが、アスナが表示させた【はい】のボタンを押し、姿を消した。

 

「さっき、もちろん分かってるって言ってたわよね。

こんな非人道的な事をしてまで、お金が欲しいの?」

「もちろん欲しいさ。研究ももうすぐ完成する予定だし、会社が売れたら、

分け前をもらって海外に高飛びして、悠々自適の生活を送るつもりさ」

「そう、結局お金なのね……最低」

「最低で結構。最低ついでに、ちょっと君で遊ばせてもらおうかな」

「なっ……」

 

 そう言うとそのナメクジは、触手でアスナの足首を掴んで持ち上げた。

 

「うん、いい眺めになったな」

 

 アスナは衣服がまくれるのを片手で必死に押さえていた。

 

「うーん、もう一本触手があればなぁ……もう片方の手も拘束出来るんだけどな」

「くっ……やめ……」

「おい、須郷さんに怒られるぞ」

 

 その時、須郷に報告にいっていたもう一匹のナメクジが戻ってきて、そう言った。

 

「おっと、戻ってきたのか。須郷さん、何だって?」

「かなり怒ってたな。檻に戻して鍵の番号を変えとけってさ」

「はぁ……それじゃ戻しにいくか」

「須郷さんが、この後みんなで飲みに行こうってさ。研究が完成する前祝いだそうだ」

「おっ、それじゃさっさとすませて行こうぜ」

「おう」

 

 その会話の最中も、アスナは必死に打開策を探していた。

そしてアスナは、コンソールの横に一枚のIDカードが置いてある事に気が付いた。

 

(役にたつかはわからないけど、せめてあのカードを……)

 

 アスナは何とか足を伸ばし、足の指でそのカードを掴もうとした。

 

(もう少し……)

 

 そしてアスナは、何とかそのカードを足の指で掴む事に成功した。

 

(よし!)

 

 アスナは足を曲げ、空いていた手で素早くカードを回収した。

アスナはそのまま連行され、再び檻に戻された。

 

(とりあえずカードは見つからなかったかな)

 

 そうほっとしたのも束の間、檻に入ったアスナに、触手が二本伸びてきた。

 

「なっ……」

 

 その触手は、アスナの体中をまさぐり、アスナが隠していたカードを掴んだ。

 

「役得役得っと。手癖の悪い子だね、このカードは返してもらうよ」

 

 アスナはそれを聞き、悔しそうに言った。

 

「……気付いてたのね」

「まあね。君がカードを足で掴んだ時は、思わず拍手しそうになっちゃったよ。

まったく油断も隙もないな。逆に感動すら覚えたね」

「くっ……」

「まあ諦めるんだね。それじゃ、お疲れさま」

「……」

 

 アスナは悔しさで涙が出そうになるのを必死に堪えていた。

こんな奴らの前では絶対に泣かない、そう思ったアスナは、必死に泣くのを我慢していた。

やがて二匹のナメクジはいなくなり、辺りは静寂に包まれた。

 

「駄目だった……もう少しだったのに、悔しい……」

 

 アスナはそう呟くと、その場に泣き崩れた。

 

 

 

 アスナを檻に戻した二人は、そのままログアウトした。

その部屋には二人の他に、今日の深夜番のGMのバイトが一人だけ残っていた。

 

「さて、それじゃあ須郷さん達と合流しようぜ」

「本当はここに誰もいなくなるのはまずいんだが、須郷さんの誘いだし別にいいか」

「おいバイト、一人だからってサボるなよ」

「あっはい、お疲れさまです」

「二時間後くらいに他の奴が来ると思うから、俺達の事は適当に誤魔化しとけよ」

「はい……二時間くらい任せて下さい」

 

 二人が姿を消すと、そのバイトはどこかに電話をかけはじめた。

そして十分後、一人の女性が部屋に入ってきた。

その女性はバイトと話した後、そのままコンソールを操作し、仮想ラボへと潜っていった。

 

 

 

 アスナは思いっきり泣いた後、気を取り直し、次の作戦を考えていた。

 

「いつまでも悲しんでいるわけにはいかないね。他の脱出の手段を考えないと」

 

 そう呟いたアスナは、再びあのナメクジが近付いてくるのに気が付いた。

 

「何か用?忘れ物でもしたの?」

「ああ、忘れ物を届けにきたというか、届け物をしに来たゾ」

「届け物?」

「これだぞ、アーちゃん」

「アー……ちゃん……?」

 

 そう言ってナメクジが差し出してきたのは、先ほどのIDカードだった。

そのカードを受け取ったアスナは、震える声でナメクジに尋ねた。

 

「今、アーちゃんって……もしかしてあなた……」

「そのまさかだぞ、待たせたな、アーちゃん」

「アルゴさん!」

「時間が無いから手短に言う。もうすぐこの下に、ハー坊達が来るゾ」

「ハチマン君達がここに来てるの?」

「ああ。アーちゃんを助けるために、みんなここに来てるぞ。リズっち以外ナ」

「リズ以外?」

「リズっちは、アーちゃんと同じようにここに捕まってるんダ」

「そんな……リズもここに……」

「そのカードは、そのままだと恐らくすぐに須郷に取り上げられる。

その前に、下に来たハー坊めがけてそのカードを落とすんダ」

「分かった。ここから落とせばいいんだね」

「ああ。そのカードは、ここと下とを繋ぐ鍵になる。ユイちゃんの力によってナ」

「えっ?まさかユイちゃんもここに?」

「ああ。共用ストレージに収納されてた、ユイちゃんのアイテムが使用出来たらしい」

「そっか……ユイちゃんにまた会えるんだ……」

 

 アスナは、ユイの名前を聞いて、とても嬉しそうに言った。

 

「そろそろ時間がヤバイから、オレっちは戻るな。必ずみんなで助けるから、頑張るんだゾ」

「うん!ありがとう、アルゴさん!」

 

 アルゴはそう言うと、姿を消した。

アスナはハチマンがすぐ近くに来ていると知り、全身が喜びに震えるのを感じた。

 

「よし、頑張ろう」

 

 アスナは希望が見えてきた為、改めて気合を入れ、その時を待つ事にした。

 

 

 

 アルゴは仮想ラボからログアウトすると、内通者であるバイトに声をかけた。

 

「終わったぞ、将軍」

「アルゴさん、その呼び方はちょっと恥ずかしいんですが……」

「それじゃあ材木っちでいいカ?」

「まあまだその方がいいです。で、首尾はどうでありますか?」

「成功だ、オレっちはこのまま撤収するゾ」

「良かった……了解であります!お気をつけて!」

「ああ、それじゃあまたナ」

「はい!」

 

 アルゴは素早く撤収し、後には材木座だけが残された。

 

「八幡よ、後はお主に全て任せるぞ。こちらのミッションは終了した」

 

 材木座はそう呟き、心の中で友にエールを送るのだった。



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第120話 不思議村

「なあ、何か前方に、柱のようなものが見えないか?」

 

 飛びながらハチマンが、そんな事を言った。

一同が目をこらして前を見ると、確かにうっすらと何かが見えるような気がした。

 

「んー確かに何かがうっすらと見えるな」

「あなた、この距離からよく見えたわね……そうよ、あれがアルンの世界樹よ」

「おお」

「あれがアルンか……」

「あれ、世界樹っていう木なんだろ?本当にでかいな……」

「目的地まであと数時間といったところかしら」

「げ、まだそんなに距離があるのかよ」

「さすがにちょっと疲れたかも」

「確かにそうね……この辺りで一度休憩をとった方がいいかもしれないわね」

「そうだな、それじゃこの辺りで交代で休憩をとろう」

 

 ハチマンがそう決断し、一行はその場で休憩する事になった。

 

「ところでこの辺りにはモンスターは出ないのか?」

「そうだね、アルン近くにはモンスターはいないかな」

 

 キリトの問いに、リーファがそう答えた。

 

「なるほどな」

「でも先日アルンの地下に、邪神級のモンスターが沢山いる、

ヨツンヘイムっていうハイレベルなダンジョンが導入されたんだけどね」

「ほうほう、巨人タイプのモンスターが多いとかなのか?」

「まだ行った事ないから分からないけど、何でそう思うの?」

「ヨツンヘイムって、北欧神話に出てくる、

巨人達の住む世界から名前をとったんだと思うんだよな」

「そうなんだ、キリト君って博識なんだね」

「ん、ああ、まあ、普通かな」

 

 そんなキリトを見てリーファは、まるでお兄ちゃんみたいだなと感じていた。

お兄ちゃんもそういうおかしな知識を沢山持ってたなと思いつつリーファは、

気が付くと兄とキリトを比べている事に気が付き、頭をふってその考えを振り払った。

 

(お兄ちゃんはお兄ちゃん、キリト君はキリト君。でも……)

 

 リーファは、今の自分が和人よりもキリトの方をより気にしている事を自覚していた。

 

(お兄ちゃんはこの前、リズって人の名前を口に出していた。その時のあの表情……

多分リズって人が、お兄ちゃんの好きな人なんだろうな……それならいっそ……)

 

 リーファはそう考えつつも結局考えがまとまらず、今はその事を忘れる事にした。

今はハチマン君とキリト君の目的のために頑張ろう。

全てが終わったらその時また考えればいい、そう思ったリーファは、

グランドクエストの攻略の事だけを考える事にしたのだが、その時ある事に気が付いた。

 

(え、ちょっと待って。ハチマン君は、おそらくグランドクエストは未実装だと言った。

でもこれだけの戦力を集めて、本気でクリアしようとしているように見える。

どういう事なんだろ……うん、アルンに着いたら聞いてみよう)

 

 そして交代で休憩をとりおわった一行は、再びアルンを目指して飛び立った。

だが次の瞬間、ハチマンが鋭く静止の声を飛ばした。

 

「すまん、ちょっとストップだ」

「どうしたんだ?ハチマン」

「みんな、あれを見てくれ」

 

 ハチマンが指差したその先に、いつの間にか小さな村が出現していた。

 

「あんな村、絶対にさっきまで存在してなかった」

「……そうね、こんな所に村があるなんて聞いた事がないわ。リーファさんは覚えがある?」

「ううん、私もあんな村、聞いた事も見た事もないよ」

「とりあえずもう少し近付いて、ユイに遠くから調べてもらうか」

「はいパパ、もう少し近付けば多分何かわかると思います」

「よし、周囲を警戒しながら近付いてみよう」

 

 一同は慎重に村へと近付いていった。

 

「どうだユイ、何か感じるか?」

「どうやらNPCは一人もいないようです。プレイヤーもいません」

「そうか」

「あそこの宿屋っぽい建物から、モンスターの反応があります。かなり強い反応です」

「あれか……つまりこの村は、大きな罠って事になるのか」

「かもしれません、パパ」

「俺達十人で勝てそうな相手か?」

「多少時間はかかるかもしれませんが、問題ないですパパ」

「うーん、お前らはどう思う?別にほっといてもいいんだが、

位置的にサクヤさんやアリシャさん達が罠にかかる可能性も捨てきれない」

「そうね……戦力が揃うまでまだ時間はあるのだし、倒してしまえばいいのではないかしら」

 

 その言葉に他の者も頷いた。

 

「よし、それじゃやるか……イロハ、一発きついのを最初にぶちかませ!」

「はいっ先輩!」

「微力ながら私とリーファさんも加わった方がいいかもしれないわね」

「うん、一緒にやろう」

 

 こうして三人は、攻撃魔法の詠唱を始めた。

やがて呪文は完成し、炎、風、雷の三種類の魔法が渦を巻きながら宿屋に向けて放たれた。

呪文が着弾するのと同時に、宿屋はプルンッと揺れたかと思うと、

像のようなクラゲのような巨大なモンスターに姿を変えた。

 

「うおっ、何だこれ」

「像……クラゲ?」

「でかいな」

「こんな敵見た事ないよ。もしかしたら邪神なのかも」

「邪神か……相手にとって不足はないな」

「よし、戦闘開始だ!」

 

 ハチマンがそう指示を出したが、ユイが何かに気付き、それを静止した。

 

「んっ、ちょっと待って下さい、パパ!」

「ん、ユイ、どうした?」

「どうやらこの子に敵意は無いようです」

「攻撃を加えたのに敵意が無い、だと?そんな事ありうるのか?」

「それは私にも……」

 

 その像クラゲは少し横にずれたかと思うと、

触手を動かしこちらに向けて手招きをするような仕草を見せた。

像クラゲのいた所には穴が開いており、どうやらそこに来るようにと言っているようだ。

 

「……ユイ、あいつに敵意は無いんだよな?」

「はいパパ、それは間違いないです」

「そうか……よし」

 

 ハチマンは意を決してその穴の方に歩いていった。他の者も同様にハチマンの後に続いた。

一同がその穴を覗きこむと、その奥には恐ろしく広大な世界が広がっていた。

 

「あれって……もしかしてヨツンヘイム?」

「まじか」

「あー、こんな感じの画像、公式で見た事あるかも」

 

 その像クラゲは、誰が一番強いのか分かるのか、キリトに一番興味を示し、

しきりに背中と穴を交互に指し示していた。

 

「背中に乗って一緒に行こう、みたいにアピールしているように見えるな」

「どうやらキリトさんがお気に入りみたいですね」

「こいつ何かかわいいな、でもごめんな、俺にはまだやる事があるから、

お前と一緒に行く事は出来ないんだ、トンキー」

「トンキー?」

「あっとすまん、何かこいつを見てると、戦争の時に殺された象の話を思い出して、

ついそう呼びたくなっちまった」

「上野動物園のあれね……」

「あ、それ知ってる。確かうちに絵本があったかも」

「リーファの家にもあったのか。うちにもあったんだよな」

「キリト君の家にもあったんだ、偶然だね」

「ああ」

「まあ、名前はそれでいいんじゃないか?ちょっと縁起が悪い気もするが。

それ以前にこいつが名前の事を理解しているかどうかも分からないんだけどな」

 

 ハチマンがそう言うと、キリトは嬉しそうにトンキーに話し掛けた。

 

「よし、お前の名前は今日からトンキーだ!今は一緒に行く事は出来ないけど、

いつか必ずヨツンヘイムに行くから、その時まで俺達の事を忘れないでいてくれよ」

 

 トンキーがそのキリトの言葉を理解したのかどうかは分からなかったがトンキーは、

嬉しそうでいて、どこか寂しそうに穴に入っていき、そのまま姿を消した。

やがて穴も塞がり、同時に村は消滅し、ただの空き地に戻った。

 

「……結局今のは何だったんだろうな」

「おそらく、プレイヤーをヨツンヘイムに強制的に移動させる罠だと思うのだけれど、

それにしては随分と人間くさいモンスターだったわね」

「まあ、縁があったらいつかまた会えるんじゃないか」

「そうだな。よし、気を取り直してアルンに向かうか」

 

 ハチマンがそう言い、一行は改めてアルンに向けて飛び立った。

先ほどまではかなり遠くに見えた世界樹が、どんどん近付いてくる。

それに連れて、他のプレイヤーの姿も段々と目立つようになっていた。

一行はその度に一応警戒していたが、一度も襲われる事は無かった。

それどころか、ユキノの姿を見て敬遠されているようにも見えた。

 

「無敵のユキノディフェンスか……」

 

 ハチマンは思わず、ぼそっと呟いた。

 

「ハチマン君、何か言ったかしら?」

「い、いえ……何も言ってないです……」

「そう、ならいいのだけれども」

 

 こうして一行は、ついに目的地であるアルンへと到着した。

その瞬間、ユイが何かに気付き、ハチマンに向けて叫んだ。

 

「このIDは……パパ!この真上にママがいます!」



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第121話 待たせてごめん

「このIDは……パパ!この真上にママがいます!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ハチマンは凄まじい勢いで上空へと飛び上がった。

咄嗟の事でもあり、誰もそれに反応する事は出来なかった。

そのハチマンの行動にハッとし、最初に動いたのはキリトだった。

 

「クライン、エギル、ハチマンを追うぞ!他のみんなは下で待機しててくれ!」

「お、おう!」

「わかった、行こう」

 

 クラインとエギルもキリトの言葉で我に返り、

三人はハチマンを追って、ぐんぐん上昇していった。

 

「……確か私達が写真を撮ったせいで、上との間に壁が作られたはずよね」

「……ねぇユキノン、私達があんな事をやらなかったら、

今ここにいる全員で一緒に飛べば、そのまま上に行けたのかな?」

「そうね、確かにその可能性は高いわ。でもコマチさんが上の様子を撮影しなかったら、

今この段階でそんな事をしようとは誰も思わなかったと思うわ」

「そもそも先輩達、ここにいませんでしたよね」

「なのであの時の私達の行動は、結果的に正解だったと思うわ。

だからおかしな事を考えないようにね、ユイユイ」

「う、うん……」

「ねえ、私、疑問に思ってる事があるんだけど、聞いていいかな?」

 

 一人状況が掴めていなかったリーファが、おずおずとユキノにそう言った。

 

「別に構わないわよ、何でも聞いて頂戴、リーファさん」

「あのさ、ハチマン君が言ってたじゃない、グランドクエストの事……」

 

 リーファは、つい先ほど自分が抱いた疑問を、正直にユキノに話した。

ユキノは、なるほどねと頷きながら、リーファに事情を説明した。

 

「実は私達の目的は、グランドクエストをどうにかしようとか、そういう事ではないのよ」

「えっ?」

「グランドクエストに挑むというのは間違ってはいないわ。

でもおそらく、内容はあなたが思っているのとは少し違う。

私達の本当の目的は、ハチマン君と、可能なら他の何人かを世界樹の上まで送り届ける事よ。

その為に、あのグランドクエストの広間の一番奥まで行きたいの」

「ハチマン君の仮説が正しかったら、そこは行き止まりなんじゃないの?」

「確かにそうね、でもあと一つ条件が揃えば、その問題はクリアされるのよ」

「条件?」

「この続きは、私から話していいものかどうか、ちょっと判断出来ないの。

なので、ハチマン君が上から戻ったら、どこまで話していいのか聞いてみる事にしましょう」

「うん分かった。何か複雑な事情があるみたいね」

「ごめんなさい、あなたを仲間外れにするとか、そんな気はまったく無いのだけれど、

ここから先は、リアルの事情も絡んでくるデリケートな部分なのよ」

「ううん、気にしないでユキノ。例えどんな事情でも、私はあなた達に協力するつもりだし」

「ありがとう、リーファさん」

「ううん、それにしても……」

 

 リーファは、上を見ながら言った。

 

「上にママがいます、って言ってたよね。その直後のハチマン君の様子は普通じゃなかった。

多分キリト君と、エギルさん、クラインさん、シリカちゃんの様子も……」

「そうね、その辺りの事も、多分後で話してくれると思うわ。とりあえず今は待ちましょう」

 

 

 

 一方ハチマンとユイは、見えない壁に阻まれて上に行く事が出来ないでいた。

 

「くそっ、開け!邪魔すんなよ!」

「ママ!ママ!」

 

 二人は見えない壁を必死で叩いていたが、壁はびくともせず、二人の侵入を阻んでいた。

そんな二人を、やっと追いついたキリト達が制止した。

 

「おい、ハチマン!」

「ハチマン、落ち着け」

「ユイ、落ち着くんだ」

 

 エギルとクラインはハチマンを抑え、キリトはユイをなだめた。

三人のおかげで少し落ち着いたのか、やがて二人は大人しくなった。

 

「すまん、我を忘れた」

「ごめんなさい、キリ兄」

 

 ハチマンとユイは、三人に素直に謝罪した。

 

「まあ気持ちは分かるよ、ハチマン」

「とりあえず落ち着いたみたいで良かったよ」

「なあ、この上にアスナがいるのか?」

「はい、間違いなくこのプレイヤーIDはママのものです!」

「とりあえず疑惑が確信になったな。ハチマン、どうする?」

 

 ハチマンは少し考えた後、ユイに向かって尋ねた。

 

「なあユイ、上にいるアスナに声を届かせる方法って何か無いか?

せめて俺達が来てるって知らせられれば、多少アスナを安心させる事が出来ると思うんだ」

 

 そんなハチマンの言葉に、キリトが頷きながら同意した。

 

「そうだな、アスナは二ヶ月も一人で耐えてきたんだろうから、

もし可能なら、早く安心させてやりたいよな」

「俺はアスナさんの精神状態がちょっと心配だな。

こんな所に二ヶ月も一人で閉じ込められたら、俺だってきつい」

「くそっ、須郷って野郎、絶対に許さねえぞ……早く安心させてやらないとな」

 

 ユイはハチマンの問いを受け、可能性を模索していたが、どうやら何か思いついたようだ。

 

「パパ、もしかしたら、警告モードで話しかければ上に届くかもしれません」

「警告モード……よし、やってみてくれ、ユイ」

「はいっ」

 

 ユイは、警告モードに切り替えて必死に上に向かって呼びかけ始めた。

 

「ママ!ユイです、ママ!」

 

 

 

 その頃アスナは、アルゴに言われた指示について考えていた。

 

「はぁ……このIDカードは絶対にハチマン君に届けないといけない。

でもよく考えたら、ハチマン君が下に来たとしてもそれを知る術が無い……どうしよう……」

 

 考えても考えてもいい手段は何も思い浮かばなかった。

おそらく期限は須郷が再びここを訪れるまでであり、

もしそれまでにいい方法を思いつかなかった場合は、運を天に任せて、

須郷が来た瞬間にカードを下に落とすしかない。

 

「その場合、このカードがハチマン君の手に渡る確率はどのくらいだろ……はぁ……」

 

 アスナは、アルゴと別れてから何度目かの溜息をついた。

そんなアスナの耳にどこからか、女の子の声が聞こえてきた。

 

「今、何か声が……」

 

 アスナは耳をすませ、声がどこから聞こえたのか探ろうとした。

どうやら声は、下の方から聞こえてくるようだ。アスナは必死に耳をすませた。

 

「………マ……ママ……」

「ママ?まさか……ユイちゃん?」

 

 声はか細く、ユイの声だという証拠は何も無かったが、アスナはユイの声だと確信した。

 

「下にハチマン君がいるんだ!早くカードを落とさなきゃ!」

 

 アスナは、私はここにいるよという気持ちを込め、カードを下に落とした。

 

 

 

「ん、何だ?」

 

 上を見ながらユイの声が届くように祈っていたハチマンは、

何かが落ちてくる事に気が付き、必死でそれを掴んだ。

 

「これは……何かのカードみたいだが……」

「パパ!それ、ALOのIDカードみたいです!」

「まじか、つまりアスナがこれを落としたって事か?」

「はい、多分」

「なあハチマン、それってアスナが、俺達の目的を知ってるって事になるんじゃないのか?」

「多分そうだな。って事は、誰かがアスナとの接触に成功したって事かもしれないな」

「菊岡さんが前に言ってた、協力者って人かな?」

「かもしれん。ユイ、そのIDで、この透明な壁を突破する事は可能か?」

「……無理ですパパ、どうもこれは誰も通れない特殊な壁みたいです。でもその代わり……」

「その代わり?」

「ママとの交信が可能です、パパ!」

「でかした、ユイ!」

 

 ユイのその言葉に、ハチマンは歓喜した。

 

「時間制限はありますが、すぐ繋ぎます、パパ」

「すまん、頼む。アスナ、聞こえるか、アスナ」

「……ハチマン君?ハチマン君なの?」

 

 アスナはハチマンの声を聞き、歓喜に震えた。

 

「私もいます、ママ!」

「俺もいるぜ」

「俺も俺も!」

「クライン、うるさいぞ。アスナさん、大丈夫か?」

「ユイちゃんにキリト君!それに、もしかしてクラインさんとエギルさん?」

「ああ、下にシリカもいるぞ。残念ながらリズとアルゴはいないが……」

「それならついさっきアルゴさんに聞いたよ。リズもここに捕まってるって」

「アルゴ?アルゴがそこに来たのか?そうか、協力者ってアルゴの事だったのか」

「うん、ハチマン君がもうすぐ下に来るはずだからって、カードを渡してくれて、

それを落とせって教えてもらったの」

「そうか……長い間待たせてごめんな、すぐ助けるから、もう少しだけ待っててくれ」

「うん、ありがとうハチマン君、みんなもありがとう」

「アスナ、一つだけ聞かせてくれ。犯人は、須郷で間違いないんだな?」

「うん、あの人が……須郷が犯人だよ。

人を思い通りに動かすための人体実験をしてるんだって自慢げに話してた」

「……あのクソ野郎」

「パパ、そろそろ時間が……」

「くっ、すまんアスナ、どうやらこうやって話すのには時間制限があるみたいでな、

明日アスナのいる場所になんとしてもたどり着くから、それまで待っててくれ!」

「うん!」

「必ず助ける!」

 

 そこで交信が途絶えたようで、ユイは首を横に振った。

 

「明日が決戦だな、ハチマン」

「ああ、絶対にあそこへたどり着く。そしてアスナとリズは絶対に取り返す」

「頑張ろうぜ!」

「やってやるぜ!」

「早くママに会いたいです!」

「そうだなユイ。よし、そろそろ羽根も限界だし、下に降りよう。

下で待っててくれてるみんなにも報告しないといけないしな」

 

 四人はそのまま降下していった。アスナはハチマンと会話出来た事に心を躍らせていたが、

ここで油断するわけにはいかないと、改めて気を引き締めた。

 

「何があっても平静に平静に、落ち着いて観察する。最後まで気を抜かない。

気を抜くのは全てが終わって、ハチマン君に会ってからでいい。

明日が勝負、よし、頑張ろう!」

 

 

 

 一方ハチマン達は、無事に仲間と合流していた。

 

「すまん、心配かけた」

「大丈夫よ。で、どうだったの?」

「ああ、かなり進展があった。色々と報告しなきゃいけない事がある」

「そう、こちらもリーファさんの事で話したい事があるのよ」

「ん、何かあったのか?」

「ええ」

 

 ユキノはハチマンに、先ほどのリーファとの話の内容を説明した。

 

「すまんリーファ、結果的に隠し事をしてるみたいになっちまってたな」

「ううん、そんな風に思ってないから大丈夫」

「この後こっちの事情も含めて何もかもまとめて全部話す。

とりあえずアルンの街中に、どこか落ち着ける場所ってあるか?」

「案内するわ。とりあえず移動しましょうか」

「すまん、宜しく頼む」

 

 一行はそのままアルンへと入り、落ち着いて話せる場所へと向かったのだった。



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第122話 涙

「さて、何から話せばいいかな」

「まず目的から話すのが一番いいのではないかしらね、後はそこに肉付けしてく感じで」

「そうだな、リーファ、ちょっと分かりにくいかもしれないけど勘弁な」

「うん、分からなかったら途中で聞くから大丈夫だよ」

「ああ、いつでも話をさえぎって質問してくれ。まず最初に俺達の本当の目的なんだが、

この世界樹の上にいる、ティターニアを救い出す事だ」

「えっ?」

 

 リーファは、ハチマンがいきなりおかしな事を言い出したので、少し混乱した。

 

「まあそういう反応になるよな。あー、分かりやすく言うとな、

今のティターニアは、NPCじゃなくプレイヤーなんだ。中の人がいるんだよ」

「中の……人?え?え?」

「ああ。ティターニアの中の人はな、自分の意思に反して、

ずっとあそこに閉じ込められてるんだ」

「えっ、だって、ティターニアは妖精の女王で、当然NPC……あれ?」

「常識で考えればそうなんだよな。キッカケはな、このユキノ達が撮ったSSなんだよ」

「スクリーンショット?」

「ああ。少し前にプレイヤー数人が、外周から世界樹の上に行こうとした事件があっただろ?

それをやったのが、ここにいるユキノ、ユイユイ、イロハ、コマチの四人なんだ」

「え、あれをやったのって、ユキノ達だったんだ?」

「ええ、実はそうなのよ、リーファさん」

「で、その時にコマチが上空でSSを撮ったんだが、その写真の人物が、

俺の知り合いのとある人に酷似していてな、それを確かめるために、

どうしてもグランドクエストをクリアする必要があったんだよ」

「でも、グランドクエストは未実装って……あっ、もしかして、

未実装だからこそティターニアがNPCじゃなくても誰にもバレる心配が無い……?

だから難易度をあそこまで高くして、誰にもクリア出来ないようにした……?」

 

 ハチマンは、リーファの勘の良さに少し驚いた。

 

「すごいなリーファ、おそらくその通りだ。

難易度については、未実装なのがバレないようにだろうな。

そして奴らはその裏で違法行為を行っている」

「違法行為……」

「違法行為って言い方じゃ足りないな。重大な犯罪行為だ」

「そこまでなの?一体この上に捕まっているのは誰なの?」

「この上に捕まっているのはな……SAOのプレイヤーだ」

「えっ、それって……」

「リーファも知ってるだろ?SAOに囚われたまま、

まだ目覚めない百人のプレイヤーの事を」

「まさか……そんな……」

「そのまさかだ。目覚めない百人のうち、少なくとも一人は、確実にこの上に囚われている。

さっき俺が上に飛び上がった時、話す事が出来たんだ。間違いなく本人だった」

「何ですって?会話が出来たの?」

 

 横で話を聞いていたユキノが、驚いてそう尋ねてきた。

 

「実はさっきな、ALOのIDカードを手に入れたんだ。

それをユイが使う事によって、上との交信が一時的に可能になったんだよ」

「そういう事だったのね……という事はつまり、

グランドクエストの部屋の奥の壁を抜けられる目処もこれでついたのかしら」

「壁を……抜ける!?」

「ああ。リーファ、このユイはな、元々SAOのカーディナルシステムの一部なんだ。

だからALOのIDさえ入手出来れば、壁を抜けて上に行く事が出来る。

何故ならこのALOに使われているサーバーは、SAOのサーバーのコピーだからだ。

俺達がグランドクエストにこだわっているのは、つまりそういう事なんだ」

「そんな……そんな事って……」

「信じられないかもしれないが、全て事実だ。

始めてALOにログインした直後から、俺達のスキルはほぼカンストしていた。

おそらくナーヴギアにセーブされていたSAOのデータが適用されたんだろうな」

「それじゃあ、あなた達はもしかして……」

「ああ。俺、キリト、クライン、エギル、シリカの五人は、

ナーヴギアでログインしているSAOサバイバーなんだ」

 

 リーファは、SAOサバイバー、という言葉を聞き、心臓の鼓動が早まるのを感じた。

この人達はもしかして兄の知り合いだったりするのだろうか。それともまさか……

リーファは改めてキリトをじっと見つめた。

もし上にいるのがあのリズって人なのだとしたら……もしかしたらキリト君は……

 

「あ、あの……上にいる人って、何て人……なのかな?」

「上にいるのはアスナって言って、ハチマンと結婚してた人だよ」

 

 ハチマンの代わりにキリトがそう答え、リーファは少しホッとしたが、

言葉の意味を理解し、驚いて聞き返した。

 

「結婚!?ハチマン君の奥さん!?」

「ああ。SAOにはそういうシステムがあったんだよ」

「まあ、そういう事だ。俺は、アスナを救い出すためにここに来たんだ」

「そのためにあのナーヴギアをもう一度かぶったの?怖くなかったの?」

「怖くなかったと言えば嘘になるな。でも、かぶらないという選択肢は俺には無かった」

「そう、なんだ……すごいね」

「俺一人じゃ勇気が出なかったかもしれないが、俺には頼れる仲間がいたからな」

 

 ハチマンはそう言い、仲間達の顔を見回した。皆それを見て、嬉しそうに頷いた。

 

「ここにいる仲間の他に、外部から協力してくれているアルゴって仲間がいる。

アスナにIDカードを渡してくれたのも、そのアルゴらしい」

「もしかして、政府の協力者っていうのがそのアルゴさんなのかしら」

「ああ。俺も驚いたんだが、どうもそうらしいな」

「ハチマン君の仲間はどのくらいいるの?」

「そうだなリーファ、SAO時代、俺には七人の仲間がいた。

キリト、クライン、エギル、シリカ、アルゴ、そして上にいるアスナ、

残りの一人は、実は囚われた百人の中に入っちまってるんだ。

ゲーム内では存在は確認されていないんだが、おそらくアスナを解放する事が出来れば、

後はアスナの証言によって政府が動き、それによってその仲間も解放されるはずだ。

だからとりあえず今は、アスナを全力で助け出す事だけを考えればいい」

「ああ。絶対にアスナは助ける。そしてリズも必ず解放する」

 

 そのキリトの言葉を聞き、リーファの心臓がドクンと大きな音をたてた。

リズ……今キリト君は確かにリズと言った。それではやはりキリト君は……

 

「あの……キリト君……」

「ん、どうした、リーファ?」

「キリト君は……もしかして、その……和人……お兄ちゃん……?」

「えっ?あれ……もしかして、リーファって、スグ……なのか?」

「おお?」

「この前一瞬だけ病室で会ったキリト君の妹さん?」

 

 一同がざわつく中、リーファは頷き、キリトに言った。

 

「うん、スグだよ……お兄ちゃん」

「まじか……全然気付かなかった……」

「うん……そう……だね……私はでも……あれ、なんか……

おかしいな、何で私泣いてるんだろ……」

 

 リーファはいつの間にか、自分が泣いている事に気が付いた。

それを見たキリトは、おろおろする事しか出来なかった。

 

「ご、ごめん、ちょっと今日は落ちるね……」

 

 そういうとリーファはログアウトしていった。

キリトは困ったように仲間の顔を見回したが、そんなキリトに、

何かを察したのだろう、女性陣が口々に言った。

 

「キリト君、一度自宅に戻って妹さんと話した方がいいかもしれないわ」

「うん、この時間ならまだ間に合うはず。急いだ方がいいかも」

「早く行ってあげて下さい!」

「わかった。ハチマンすまん、ちょっと行ってくる」

「あー……なるほどな、うん、急いだ方がいい、道中気を付けてな」

 

 キリトはログアウトすると、すぐに病院に外出許可をとり、自宅へと向かった。

残された者達の中では、クラインだけが未だに事態を飲み込めていないようだった。

 

「なぁ、結局どういう事だ?」

「俺は何となく分かったぞ、クライン」

「私も察しましたよ、クラインさん」

「エギルとシリカは分かったのか……」

「クライン、多分リーファは、キリトの事が好きだったんじゃないかな。

それが兄だと知ってショックを受けたんじゃないか」

「あー……」

 

 そのハチマンの推測は微妙に間違っていたのだが、

さすがにリーファが既にキリトをいとこだと知っていると予想するのは、

いくらハチマンでも現実で直葉とちゃんと話した事が無かったため、無理だった。

 

「まあ、こればっかりはな、俺達には口が出せない問題だから、キリトに任せよう」

「そうね、私達はとりあえず、実務面の話をしておきましょう」

 

 

 

 和人は電車に揺られながら、直葉の事を考えていた。

直葉の涙については、正直心当たりは無かった。

 

(いや、俺と直葉の間に心当たりは無くても、キリトとリーファの間にならあるいは……)

 

 和人は、八幡が推測したのと同じような事を考えていた。

だが恋愛経験が決して豊富とは言えない和人は、

直葉に会ってから自分がどうすればいいのか、まったく分からなかった。

 

(とにかくちゃんと話すしかないな……)

 

 自宅に着くと、両親は今日は遅いようで、まだ帰っていなかった。

和人は深呼吸をして、直葉の部屋のドアをノックした。



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第123話 兄妹

すみません予約時刻が明日になってました……


「……どうぞ」

 

 部屋の中から直葉の返事が聞こえ、和人は恐る恐るドアを開けた。

直葉はベッドに座ったまま俯いており、和人の方を見ようとはしなかった。

 

「スグ……その……」

「うん……」

 

 和人は直葉に話しかけようとしたが、それ以上言葉が出てこなかった。

直葉も何も言おうとはせず、ただ時だけが流れていった。

このままではいけないと思った和人は、言うべき言葉を必死に探していたが、

その和人より先に、直葉が重い口を開いた。

 

「ねえお兄ちゃん……」

「うん」

「ナーヴギアをもう一回かぶる事になったじゃない。その……怖くなかったの?」

「そうだな……まったく怖くなかったと言ったら嘘になるけど、躊躇はまったく無かったな。

むしろ、これで一歩前進出来るっていう喜びの気持ちの方が強かった」

「喜び……」

「やっと仲間を助ける手がかりが掴めたからな」

「仲間……」

「ああ」

 

 直葉は、キリトの言う仲間の中に、果たして自分も含まれているのかと考えていた。

私と、そのリズという人とでは、どれほどの違いがあるのだろう。

直葉は不安になりながらも、思い切って和人に尋ねた。

 

「お兄ちゃんにとって、リズって人は、どんな存在なの?」

「え、何でその名前を知ってるんだ?リズの事、スグに話した事あったっけか?」

 

 和人は、直葉の言葉が想像と違ったため、やや混乱した。

 

「ううん、前にお兄ちゃんが病室で呟いたのを聞いてただけ」

「ああ、そういう事か。俺はあの時リズの名前を呟いてたのか……」

「うん。で、どうなのかな……?」

「リズか、俺にとってのリズは、そうだな……ひまわり、かな?」

「え?」

「リズは、ひまわりみたいな奴だな。俺やハチマンは、どうしてもなんていうか、

影っぽいところがあるだろ?影?闇、何て言えばいいのかな……」

「ううん、何となくわかるよ」

「それと比べると、あいつはひまわりみたいな奴なんだよ。

いつも太陽の方を向いている、そんな感じの奴だ」

「そうなんだ……」

 

 和人はリズの事を話す時、どこか眩しそうな顔をしていた。

 

「で、リズがどうかしたのか?」

「あの……えっと……」

「うん」

 

 直葉は、こんな事を聞くのはルール違反なんだろうなと思いつつ、その問いを発した。

 

「もしSAOをクリアした後、目覚めないのが私だったら、お兄ちゃんはどうした……?」

「助けるさ。どんな手段を使ってもな」

「そ、そう……それじゃあ、リズさんと私だったら、どっちを先に助けた……?」

「後先なんかないな。二人とも助ける」

 

 キリトは、その問いに即答した。

 

「例えリズとクラインだろうが、スグとハチマンだろうが、全員助ける。当たり前だろ?」

「当たり前……うん、そうだね」

「ああ」

「ご、ごめん……変な事を聞いちゃったね」

「まあたった一人の妹だからな。そんなの別に構わないさ」

「妹……だから……?」

「ん?」

 

 妹、という言葉が出た瞬間、直葉の雰囲気が変わった事に、和人は気付かなかった。

そして直葉は、ためらいながらもはっきりと和人にこう告げた。

 

「お兄ちゃん、私もう知ってるの。私とお兄ちゃんが、本当は血が繋がってないって事」

 

 和人はそれを聞いて始めて、この問題がキリトとリーファの間だけの問題ではなく、

和人と直葉の間の問題でもあったのだと理解した。

 

「そうか……知ってたのか……父さんと母さんから聞いたのか?」

「うん。私ね、昔からお兄ちゃんの事を一人の男性として好きだった。

でもやっぱり兄妹だからって、自分の気持ちをずっと封印してきた。

そんな時、お兄ちゃんがSAOから戻ってこれなくなって、

心配でどんどん衰弱していく私を見かねたのか、お父さんとお母さんが教えてくれたの。

私とお兄ちゃんは、本当は血が繋がってないって。それからずっと考えてた。

私はお兄ちゃんを好きでいてもいいのかもしれないって。

そしてお兄ちゃんが戻ってきてくれて、これからどうしようって迷っていた時に、

私の前にキリト君が現れた。私はどんどんキリト君に惹かれていった。

当たり前だよね、二人は同じ人だったんだから」

「スグ……」

「私はお兄ちゃんの事が好きだったはずなのに、キリト君の事も好きになっていた。

お兄ちゃんに、リズさんって相手がいるのを知ってから、その気持ちは更に強くなった。

多分私はキリト君に逃げようとした。だから、こんなずるい私に罰がくだったんだと思う」

「違う!」

 

 まるで懺悔をするような直葉の言葉を、和人は即座に否定した。

 

「俺なんかがえらそうに言える事じゃないとおもうが、人を好きになる事に罪も罰も無い!」

「そう……なのかな」

「俺が言っていい事じゃないかもしれないけど、

でもスグが自分を責めるのは絶対に間違ってる」

「……お兄ちゃんは、リズさんのどこを好きになったの?」

「分からない」

「えっ?」

「ただ、一緒にいたいってそう思った。

きっとそういうバランスとタイミングだったんだと思う」

「バランスとタイミングかぁ……」

「自分でもおかしな事を言ってる気はするけど、でも他に言いようがない」

「ふふっ」

 

 直葉は突然笑い出した。和人はそれを見て、少しとまどった。

 

「何だよ」

「ううん、あのお兄ちゃんが一生懸命恋愛について語ってるのがおかしくて」

「自分でも似合わないのは分かってるけどな」

「ううん、そういう事じゃなくて、お兄ちゃんはやっぱお兄ちゃんなんだなって」

「どういう事だ?」

「何にでも一生懸命で、SAOで何度も危険な目にあったはずなのに、

それでも昔からほとんど変わらないのがお兄ちゃんらしいなってそう思ったの」

「……成長してなくて悪かったな」

「ううん、お兄ちゃん、すごく成長したと思うよ。ずっと見てきた私には分かる。

お兄ちゃんは、根っこは変わらないけど、何かやっぱり大人になった」

「よく分からないけど……そういうもんか?」

「うん」

「そっか」

 

 和人は、理屈はよく分からないが、とにかく直葉が明るさを取り戻した事に安堵した。

そんな和人に、直葉はしっかりとした口調で言った。

 

「お兄ちゃん、私も一緒に戦うよ。アスナさんとリズさんを絶対に助けだそう。

もっともその後私がこっちでリズさんと直接会って、

お兄ちゃんにふさわしい人かどうかチェックするので覚悟しておいてね」

「……その言い方だと、覚悟するのはリズなんじゃないのか?」

「まあ、お兄ちゃんの話を聞く限り、きっと合格しちゃうんだろうなって気がする。

でもそれだとやっぱ悔しいから、私がリズさんにこう言うの。

私とお兄ちゃんは血が繋がってないから、もしリズさんが今後お兄ちゃんを裏切ったら、

私がお兄ちゃんを取っちゃいますよって」

「……お手柔らかにな」

「ふふ、頑張ろうね、お兄ちゃん」

「ありがとな、スグ」

「お礼なんかいいよ。案外素敵なお姉ちゃんが出来て、私的に嬉しい事になるかもだしね」

「そうなってくれればいいんだけどな」

「そんな弱気でどうするの。絶対なるくらい言わないと!」

「分かったよ。絶対にそうなるから、だから一緒に戦ってくれ、スグ!」

「うん!」

 

 こうして和人と直葉の話し合いは、一応穏便に終わった。

直葉は前を向く事を選択したと言う事なのだろう。

和人は自分がうまく話せた気はまったくしていなかったが、

改めて女心の難しさというものを感じたのだった。

そしてこの後どうするかという話になり、和人は少し考えた後に言った。

 

「今頃話し合いも終わってるだろうし、病院には明日戻るとして、

今日はこのまま自分の部屋で寝るかな。とりあえず八幡に連絡を入れとくか……」

「あっ、でもお兄ちゃん、今日いきなり帰ってきたから布団とか全然用意出来てないかも」

「あー……」

 

 和人の困った顔を見て、直葉は少しもじもじしながらこう言った。

 

「お兄ちゃん、もし良かったら、今日だけでも昔みたいに一緒に寝ない……?」

「え、いやーさすがにそれはどうだろう」

「リズさんの話ももっと聞きたいし、ハチマン君とアスナさんの話も興味があるし……

だからお兄ちゃん、今日くらいはお願い!」

「……まあいいか。途中で寝ちまったら勘弁な」

「ありがとうお兄ちゃん、私も寝ちゃうかもしれないし、大丈夫だよ」

 

 その後和人は直葉と、何年かぶりに同じベッドで寝ながら色々な話をした。

一日中激しい戦いを繰り広げたせいか、二人は宣言通りそのまま寝てしまったようだ。

今後二人の関係がどうなるのかは分からないが、

今の二人の姿は、遊び疲れて寝てしまった子供の頃の姿を彷彿とさせるものだった。

こうして激動の一日が終わり、いよいよ明日、仲間達は最後の決戦の日を迎える事となる。



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第124話 ざわつく央都

昨日は予約投稿の日にちを一日間違えてしまい、本当にすみませんでした


 その日、アルンにいたプレイヤー達は、不穏な気配を感じ、囁きあっていた。

 

「おい見たか?サラマンダー軍の奴らが大挙してアルンに押し寄せてきてるぞ」

「見た見た、ユージーン将軍も来てるみたいだぞ。まさか近くで戦争でもするつもりか?」

「あっちでシルフ領主とケットシー領主が何か話していたぞ。

周囲にはかなりの数の軍勢が展開してた。これはまじで戦争待ったなしかもな」

 

「嘘じゃねーって、確かにあれは【絶対暴君】だって。昨日街を通過する所を見たんだって」

「信じてないわけじゃないけどよ、さすがにな……っておい、あれ見ろ!

あれってウンディーネの領主のメビウスさんじゃないか?」

「まさかここにきて、ウンディーネも参戦するのか?

どこが組んでてどこが敵対してるのか、さっぱり分からねえ」

「メビウスさん、俺ファンなんだよなぁ……ああ……癒される……」

「分かる分かる、メビウスさんマジ女神だよな!それにしても、

これだけ色々な種族の軍が集まってるのに、まったく争う気配が無いのはどういう事だ?」

「本当にどうなってるんだろうな。中立都市の中での戦闘は禁止だからともかく、

小競り合いの一つも起こってないなんて、明らかにおかしい」

 

 また別の場所では、新たに到着したとあるパーティの事が噂になっていた。

 

「おい、ついに【絶対零度】が中立を捨ててどこかの勢力に肩入れする事にしたらしいぞ」

「俺が聞いた話だと、スプリガンの傘下に入ったって話だったんだけどな」

「え?まじで?【絶対零度】がスプリガンとつるんでる所なんか見た事無いんだが」

「俺知ってるぜ、軍の傘下とかじゃなく、個人の傘下に入ったらしい。

そいつのバックは、あの【絶対暴君】だって話だぜ」

「まじかよ……一旦アルンから逃げといた方がいいのか?

巻き込まれるなんて真っ平ごめんだぞ」

「それがどうもそういった心配は無いらしいんだよ。

知り合いの話だと、戦争はしないって上から通達があったらしいんだよな」

「たった一晩で一体何があったんだよ……」

「謎の指導者が現れて、またたく間に主だった勢力を傘下におさめたって事なんだろうな」

 

 一方その謎の指導者は、四人の領主とユキノに囲まれて困惑していた。

 

「なあ……何なんだこの街の雰囲気は」

「当たり前じゃない、つい昨日まで激しく争っていた勢力が一堂に会しているのに、

何の小競り合いも起こってないのだから」

 

 ユキノの言葉に、ユージーンが頷きながらつけ加えた。

 

「俺自身、昨日まで争っていた奴らと、今こうして談笑している事が信じられんからな」

「そうそう、昨日までなら、サーチアンドデストロイ!って感じだったよねサクヤちゃん」

「そうだなアリシャ、たった一つのキッカケで、こうまで環境が変わるとは驚きだな」

「三人とも仲がいいみたいで良かったよ。これもハチマン君のおかげだね!」

「いや、メビウスさん、これは主にソレイユさんの力だと思いますよ……」

「もう、私はハチマン君の配下なんだから、メビウスって呼び捨てにしなきゃだめだよ?」

「あ、すみません」

 

 そんなハチマンの姿を見て、ユキノはハチマンに活を入れた。

 

「あなたがそう思うのは仕方がないと思うけど、

そもそも今回姉さんが動いたのは、あなた達の強い意思の力に動かされたからだと思うわ。

だからもっと自信を持って、ここにいる五人をうまく使いなさい」

「使うってな……俺はお願いする立場だと思うんだがな……」

「お前が今回のリーダーなんだ、しっかりしろ!」

「ユージーン……よし……すまん、もう大丈夫だ」

 

 ハチマンは深呼吸し、まっすぐ五人の顔をみつめた。まずアリシャがハチマンに尋ねた。

 

「ところで確認したいんだけど、今回はとりあえず、

グランドクエストのクリアを目指すって感じでいいの?

君の話だと、未実装な可能性が高いわけじゃない?

まあもしそうだとしたら、確かに奥まで到達するだけでも価値がある。

運営に、どうなってるんだってはっきりと文句を言う事も出来るだろうしね」

 

 そのアリシャの問いを受け、ハチマンは少し悩んだ後、ユキノの顔を見た。

ユキノはハチマンに頷き、ハチマンは、覚悟を決めたようにこう切り出した。

 

「ここにいる四人に、大事な話がある」

 

 ハチマンの雰囲気が変わった事に気付いたのか、場が少し緊張した。

 

「そうか、まだその話には続きがあるんだな」

「グランドクエストが未実装だと証明したいだけじゃないだろうとは思っていたが」

「それって私達を信頼してくれたって事なんでしょ?ちょっと嬉しいかも」

「私はハチマン君に付いていくだけだから問題ないよ!」

「私は言うまでもないわね」

「すまんみんな。これから話す事は絶対秘密にしてくれ。まず事の起こりはな……」

 

 そしてハチマンは、自身がSAOサバイバーである事や、

ここに来た目的について、説明を始めた。

 

「まさか……いや、でも筋は通っているが……」

「ねえ、警察はその事を知っているの?」

「ああ。おそらくソレイユさんが外部でやる事があるって言ったのは、その事だと思う」

「これは大事になってきたな……」

「だが、ゲーマーとしては絶対に許せん。いや、人として許せん」

「これからの私達の行動が、その犯罪を暴くための第一歩になるんだね」

「ハチマン君とキリト君の大切な人がそんな事に……

私、こんなに怒ったのは生まれて始めてかも」

「メビウスさんが怒ってるところなんて、想像もつかないわね……」

「ユキノさん、私だってこういう時はさすがに怒るよ!」

「ご、ごめんなさい……」

「まあまあ、正直俺もかなり怒りを覚えている。人体実験などは絶対に許せないし、

グランドクエストを目指すALOプレイヤーの心を踏みにじる行為も許せん。

サラマンダー軍としても個人としても、お前に協力する事を約束する」

「シルフ軍も同様だ」

「ケットシーもね!」

「ウンディーネも!」

「小さな勢力ではあるけれど、もちろん私達も全面的にあなたを支持するわ」

「俺の勝手な想いにみんなを付き合わせてすまん。本当にありがとうな……」

 

 ハチマンは、五人の力強い宣言を聞き、不覚にも涙が出そうになった。

五人はハチマンの肩をぽんぽんと叩き、頷いた。

そしてその後実際の戦闘の進め方等が話し合われる事となった。

 

「ユキノ達を中心に、右翼にシルフ、左翼にサラマンダーが展開。

敵は基本上から来るから、ウンディーネ部隊は全体の後方を幅広くカバーしてくれ」

「私達ケットシーの虎の子の竜騎士部隊は、上空だね」

「アリシャ、装備は間に合ったのか?」

「うん、レプラコーンの職人達に頑張ってもらったよ。準備はバッチリ!」

「後は正面だな」

「サラマンダーの指揮はカゲムネに任せるつもりだ。俺がお前達の露払いを引き受けよう」

「ユージーン、すまんが頼む」

「俺の武器は対モンスター戦でこそ力を発揮するからな。片っ端から斬り伏せてやるさ」

「敵の時は嫌な奴だと思っていたけど、味方にすると頼もしいね!」

「それはこっちも同じだな」

「それじゃ残りの正面担当は……」

「それは当然俺達だろ、ハチマン」

「私もやるわよ、正面担当」

「キリト、リーファ!」

 

 部屋の入り口に、いつの間にかキリトとリーファが立っていた。

二人はハチマンに親指を立て、そのまま会話に加わった。

 

「すまん、ちょっと遅れた」

「別に不安には思ってなかったけどな」

「みんな、心配かけてごめん」

「リーファさん、スッキリした顔をしているわね。どうやら何も心配する事は無さそうね」

「うん、任せといて。露払いは、私とキリト君と、ユージーンの三人でやろう」

「ぼ、僕も加えて下さい!」

「レコン!?」

 

 突然そんな声が聞こえ、一同がそちらを振り向くと、

そこにいたのは昨日の殊勲者であるレコンだった。

 

「おお、レコン、アルンに到着したんだな。今回はよくやってくれた」

「はい、サクヤさん。シグルドはあの後どこへともなく去っていったみたいです」

「レコン、男を見せたな、格好良かったぞ」

「ああ、正直ちょっと惚れたな」

「ハチマンさん、キリトさん……」

「レコン、頑張ったわね」

「リーファちゃん……うん、ありがとう!」

「よし、これで準備は大体整った。みんなは自分の軍を纏め上げてくれ。

戦闘開始は一時間後くらいって事で、問題ないか?」

 

 一同は声を揃えて、おう!と叫び、散っていった。

その場に残っていたのは、ハチマンとキリトだけだった。

 

「いよいよだな」

「ああ」

「あと、ログインする前に陽乃さんからハチマンへの伝言を預かってきた。

展開完了、だそうだ。どういう意味だ?」

「アスナが目覚め次第証言をとって、容疑を固めるらしい。そしたら須郷も終わりだな」

「そっか、陽乃さんが現地にいるなら安心だな」

「ちなみに俺も今、アスナの入院している病院の近くに移動して、

そこからログインしているんだ」

「まじかよ……病院の自分の部屋からログインしたから気が付かなかった……」

「これが最後だ。絶対に勝とうぜ、キリト」

「ああ」

 

 そして一時間後、連合軍はグランドクエストの間へと突入した。



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第125話 友のため、好きな人のため

 グランドクエストの間の前の広場に、とてつもない数の軍勢が集まっていた。

噂が噂を呼び、多くの野次馬が、その周りを取り囲んでいた。

そんな多くのプレイヤーが見守る中、数人のプレイヤーの集団が中央へと歩いていった。

その集団は、ユージーン将軍や【絶対零度】、そして各領主らで構成されており、

当然その中の誰かが指導者の役割を果たしているのだろうと思われたが、

予想に反してその役目を与えられていたのは、誰も見た事がない無名のプレイヤーだった。

連合軍のメンバーは、誰もその事に苦情を述べたり異議を唱えようとはしなかった。

事前に各領主から周知されていたのだろう。

そしてその無名のプレイヤーは、右手を振り上げ、まっすぐ正面へと振り下ろした。

 

「全軍突入!」

 

 その無名のプレイヤー、当然それはハチマンであったが、

ハチマンの掛け声と共に、連合軍は鬨の声を上げ、グランドクエストの間へ突入を開始した。

それを見ていた群集からも、大歓声が上がった。

群衆が見守る中、最初に突入したのはサラマンダー軍、シルフ軍だった。

次にケットシー軍が中に入り、騎竜を召喚した。

ケットシー軍が騎竜に乗り込み配置についた後、

後方にウンディーネ軍が展開し、バックアップ体制を整えた。

そして最後、中央にユージーン将軍を先頭に、ハチマン達が配置についた。

それは実に壮観な眺めであり、その場にいる者達は、

自分達が今この場に立っている事を誇りに思ったのだった。

 

「先鋒はキリト、リーファ、レコン、ユージーンの四人で頼む。

左右の軍は敵を近付けさせるな。竜騎士隊は正面をけん制しながら本隊の侵攻を助けてくれ」

「レコン、背中は任せたわよ」

「う、うん、リーファちゃんは僕が絶対に守るよ!」

「あんたとこうして肩を並べて戦う事になるなんてな」

「運命とは不思議なものだな。全て終わったら、また一対一でやろう」

「おう、また勝たせてもらうけどな」

「よし、全軍、前へ!」

 

 フォーメーションが整ったところで、ハチマンは前進の指示を出した。

後の細かい指示は現場の指揮官に任せればいいだろう。

一同は、前進しながら敵の出現を今か今かと待ち構えていた。

そしてある程度進んだ時、壁面にポッポッと光の玉が現れ、

その中から天使のような敵が現れ始めた。その光はすさまじい勢いで全周に広がり、

気が付くと連合軍は、無数の敵に囲まれていた。

 

「おいおい、話には聞いていたが、こんなに多いのかよユージーン」

「ああ、一体一体の強さは大した事が無いんだがな」

「とにかく飽和攻撃をしてくるわけか。あの馬鹿が考えそうな事だな」

「あの馬鹿?」

「ああ、この事件の黒幕だよ」

「そうか……なら我らの強さを思い知らせてやろう、行くぞ、キリト!」

「おう!」

「私達も行くよレコン!」

「うん!」

 

 キリト達四人がなおも前進すると、周囲の敵が一斉に動き出した。

 

「竜騎士隊第一陣、ブレス!」

「サラマンダー隊前衛、エクストラスキルを放て!」

「シルフ隊前衛、同じくエクストラスキルを!」

 

 敵めがけて一斉に遠距離攻撃が放たれ、轟音と共に着弾した。

その攻撃により、敵の第一陣は殲滅されたが、次の瞬間に壁面に光点が現れ、

再び大量の敵が姿を現した。

 

「なるほど、これはとにかく周囲の敵を抑えている間に精鋭で奥まで突入するしかないな」

「ある程度まではこのまま進み、一気に駆け抜けられる距離まで近付いたら、

そのまま本隊だけで突撃だな」

「全軍、交代で弾幕を張りつつそのまま前進!」

 

 連合軍は、ブレスやエクストラスキルのクールタイムを考慮しつつ、

交代で弾幕を張り、徐々に前進していった。

たまに弾幕を抜けてくる敵がいたが、問題なく処理されていった。

被弾した者達はすぐ後方に下がり、ウンディーネ隊の治療を受けると、

即元の場所へと復帰していった。

 

「さすがにこれだけ味方を集めると、敵が多くても何とかなるな」

「兵数ってやっぱり大事なのね。不敗の魔術師の苦労がしのばれるわ」

「そんなネタが出てくるとは、余裕あるじゃないか」

「今のところはね。でもそろそろ本隊にも敵が殺到して来るのではないかしら、見て」

 

 そう言ってユキノは上を指差した。ハチマンが上を見ると、

天頂方向はまるで全体が光っているかのようにすさまじい数の光点に覆われていた。

 

「いよいよか……頼むぞ、みんな」

 

 ハチマンは仲間達に声をかけた。

 

「やっと出番だな!」 とクラインが、

「腕がなるぜ!」とエギルが、

「今度こそ私も一緒に戦います!」とシリカが、

「悪い奴らをやっつけよう!」とユイユイが、

「未来のお姉ちゃん、待っててね!」とコマチが、

「今度こそ私の存在価値を見せつけますよ!」とイロハが応え、最後にユキノが、

 

「即死しなければ私が即癒すわ。私達の力を見せてあげましょう!」

 

 と締めくくった。

 

「よし、全軍、全力で前へ!」

 

 そしてハチマンが、ついに全力攻撃の指示を出した。

 

「今こそサラマンダーの力を見せろ!」

「シルフの底力を見せてやれ!」

「竜騎士隊!天空の覇者は誰なのか、あの天使達に教えてやれ!」

「ウンディーネ隊は、各隊に散らばって範囲回復魔法を中心に全力で仲間を守れ!」

 

 全軍は一丸となって前へと突撃を開始した。そこに敵の集団が、正面からぶつかった。

それは例えて言うなら、氷の塊に、水道の水をかけ続けているようなものだった。

氷を持ち上げるのと同時に、蛇口も捻られ、水量が段々増えていく。

このままだと氷はどんどん小さくなり、いつしか消えて無くなるだろう。

連合軍は今まさにそんな状態だった。

 

「まさかここまでとは……これは我らだけでは到底無理だったな……」

「弱音を吐くなユージーン!また俺とやるんだろ!」

「ユキノン、シルフ軍がそろそろ限界かも!」

「さっきメビウスさんが向かうのが見えたわ。それで少しは持つと思うわ。

ハチマン君、どうする?私達はまだ健在だけど、両翼が落とされるとさすがにまずいわ」

「ここからだと奥まで届かない可能性が高い、もう少し我慢だな」

「わかったわ、タイミングは任せる」

「みんなすまん、もう少し耐えてくれ!」

 

 

 

 一方その頃レクト・プログレス社では……

 

「こんばんわ、ご注文の弁当をお持ちしました~」

「おう、来たか。よし、それじゃあ俺達は先に食っちまうから、

材木座は交代まで一人で留守番を頼むな。あ、受け取りのサインも頼む」

「あっ、はい、わかりました」

 

 そう言うと社員連中は、弁当を持って別室へと移動していった。

材木座はその扉の前に立ち、中の様子を監視する体制をとると、弁当屋に手で合図をした。

弁当屋はその合図と同時に、コンソールを操作し始めた。

 

「待っててくれよ……今オレっちも手伝うからナ」

 

 そのまま色々操作を続けていた弁当屋は、どうやらやるべき事を終えたらしく、

材木座に手招きして呼び寄せた。

 

「材木っち、ここを押せば、ハー坊達を少しは楽にしてやれるぞ。

その役目は材木っちに任せる事にするゾ」

「そ、そんな大事な事を我がやってもよろしいのでありますか?」

「……相変わらず面白い喋り方をするなぁ材木っち。ハー坊を助けたいんだろ?

気にせず押しちゃってくれよ。押したら二人でトンズラすんゾ」

「わかりました……八幡、今我が助けるぞ!」

 

 材木座は今まさに必死で戦っているであろう友の顔を思い浮かべ、

そのパネルのボタンを押した。

 

 

 

「そろそろ突っ込む。ここからはなるべく前面の敵を中心に攻撃してくれ」

 

 ハチマンの指示を受けて、本隊の面々は正面に攻撃を集中させた。

だが、中々前に進む事は出来なかった。

 

「リーファちゃん、大丈夫?」

「大丈夫じゃないわね、でもここは絶対に突破しなくちゃだめなの。

例え私が倒れても、絶対に前に進むのよ。いいわね、レコン」

「リーファちゃん……」

 

 レコンはリーファの表情から、断固たる決意を見てとった。

それを見て、レコンは自分に何が出来るかを考え、腹をくくった。

 

「リーファちゃん、僕がチャンスを作るよ。だからその隙を絶対に逃さないでね」

「レコン?」

「ハチマンさん、僕が正面の敵を一瞬蹴散らします。その隙に突入して下さい!」

「レコン、一体何をするつもりだ?」

「僕だって、仲間ですから!」

「……分かった、任せた!」

 

 レコンはそのまま、強引に正面に突っ込んでいった。

敵の攻撃がレコンに集中し、レコンのHPがどんどん削られていく。

 

「ハチマン君!レコンを助けないと!」

 

 リーファが焦ったようにハチマンに言った。

 

「レコンは何かするつもりらしい。あいつだって男だ。俺はあいつの言葉を信じる」

「……そうだね。それじゃあせめて私は……」

 

 リーファはそう言うと、大きな声で叫んだ。

 

「レコン!頑張れ!」

 

 レコンはリーファからの声援を聞き、己を奮い立たせた。

今詠唱中の呪文はどれだけ攻撃されても、絶対に完成させてやる。

レコンは呪文の詠唱を切らさないように集中しながら攻撃に耐え続け、前へと進んでいった。

そしてついにレコンは、呪文の詠唱を終えた。

その瞬間にレコンは自爆し、周囲の敵は爆発に巻き込まれ、消滅した。

そしてハチマン達の正面に、ぽっかりと通路が口を開いたのだった。



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第126話 突入

「今だ!突撃!」

 

 レコンを信じていたハチマンは、その隙を逃さず、突入の指示を出した。

 

「すごいねレコン……私も負けないよ!」

 

 リーファはレコンの行動に驚きながらも、自分も負けてはいられないと思い、

先頭をきってその穴へと突撃した。

穴をふさごうと、敵が殺到し始めたその瞬間、唐突に敵のPOPが停止した。

 

「何だ?外からの干渉か……?アルゴ……材木座?陽乃さん?」

「ハチマン、今がチャンスだ。我らもつっこもう」

「そうだな、ユージーン、露払いを頼む!」

「私達もいくわよ!みんな、これが正念場よ!」

「エギル、あの壁に張り付いて、円形にハチマンをガードするぞ!」

「背後の守りは私が!先輩!行って下さい!」

「ユイ、転送準備だ!壁にはりついた瞬間に、俺とキリトと、

可能なら他に何人かを飛ばしてくれ!」

「はいパパ!」

「みんな、行くぞおおおおおおおおお!」

 

 一同は一丸となって開いた穴へと突っ込んだ。

防御は完全に無視で、回復の全てをユキノに託し、ひたすら最奥を目指す。

その甲斐あってか、正面の敵はほぼ殲滅され、後は追撃してくる敵の大群がいるだけだった。

そしてついに一同は、グランドクエストの間の最奥の壁に到達した。

 

「よしユイ、頼む!アスナの所へ行くぞ!」

「はい!」

「ハチマンには絶対に近付けさせないぞ!」

「二人とも、アスナとリズの事は任せたぜ!」

「今度は私が守ります!」

「ハチマン君、こっちの事は任されたわ」

「ヒ……ハチマン、キリト君、頑張って!」

「お兄ちゃん、未来のお姉ちゃんをお願いね!」

「先輩、先輩!」

「キリトよ、俺以外に絶対に負けるんじゃないぞ」

「ハチマン君、お兄……ううん、キリト君、必ず二人の目的を達成してきてね!」

「任せろ!みんなの分もやってやるぜ!」

「ああ、絶対にやりとげる!」

「準備が完了しました。転送します!」

 

 ユイがそう叫び、その場から二人の姿が消えた。

その瞬間、いきなり全ての敵が消滅し、辺りは静寂に包まれた。

 

「何だ……?」

「敵が消えた……」

「もしかして、世界樹にプレイヤーが進入したから、とかか?」

「はは、やった、やったね!」

 

 一同は歓声を上げ、下の方からも、生き残りのプレイヤーが大歓声を上げた。

 

「どうやら私達の仕事はここまでね、あとはあの二人に任せましょう」

「ちょっと待って、人数が足りなくない?」

「そういえば、ハチマンとキリトの他に可能なら何人か転送するって言ってたな」

「誰がいないんだ?」

 

 残された者達は、誰がいないかを確認する事にした。

すぐにそれは判明し、一同はある意味その人選に納得した。

最もユイには選ぶ暇が無かったので、ランダムに一人飛ばしただけなのだったが。

 

「なるほどね」

「妥当と言えば妥当なのかもしれないね」

「あとはあの三人に全て託そう」

「おーいおーい、みんな、やったね!」

 

 その時メビウスが、下の方から手を振りながら呼びかけてきた。

 

「それじゃあみんな、メビウスさん達が呼んでるみたいだから、行きましょうか。

そうだリーファさん、レコン君に連絡してもらえないかしら。

あなたのおかげで作戦の第一段階は成功したってね」

「そうだねユキノ。あれだけ頑張ってくれたんだし、早く知らせてあげないとね」

 

 

 

 一方その頃、レクト・プログレス社は大騒ぎになっていた。

 

「おい、どういう事だ?世界樹にプレイヤーが入ってるぞ!」

「俺達二人しかいない時によりによってこんなトラブルかよ……」

「とりあえず俺が須郷さんに連絡するわ」

「おい材木座!材木座!……っち、どこ行ったんだあいつ」

「須郷さん、自宅からすぐにログインするってよ」

「それじゃ、サーバーを落とすのはまずいか」

「こ~んば~んは~?」

「うわっびっくりした……あれ、君は確か本社の……」

「雪ノ下陽乃で~っす、陣中見舞いに来ました~!」

「今取り込んでるんだ、すまないが、今日は帰ってくれないか?」

「何かトラブルですかぁ?」

「あ、ああ、まあそんな感じだ」

「なるほどなるほどぉ……でも私としてもぉ、

あなた達に余計な事をさせるわけにはいかないからぁ、

ここを動くわけにはいかないんですよねぇ」

 

 そして陽乃の雰囲気が突然変わった。

 

「あんた達の事は前から調査してたのよ。ほんとふざけた事をしてくれたわね」

 

 その陽乃の表情は、まさに肉食獣が突然牙を剥いたような怒りの表情だった。

二人は気おされつつも、顔を見合わせ、そのままやけになって陽乃に襲い掛かった。

次の瞬間、二人は陽乃によって投げ飛ばされ、床に叩きつけられていた。

 

「ぐあっ!」

「ごめんねぇ、私、こう見えても合気道の免許皆伝なんだよね」

 

 そう言うと陽乃は、内線のボタンを押し、どこかに連絡をとりはじめた。

 

「あ、ガードマンさん?さっき言った通り、ちゃんと防犯カメラを見ててくれた?

そうそう、いきなり二人が襲い掛かってきたからとりあえず制圧しといたわ。

早くこっちに来て、この二人を拘束してちょうだい。

ちょっと予定より早いけど、すぐに警察にも突入してもらうから、それまでお願いね」

「お前……最初からそのつもりで……」

「あんた達はもう終わりよ、そして須郷も……八幡君、こっちは終わったわ。

後はあなた達次第……もっとも八幡君達が失敗したとしても、須郷は私が逃がさないけどね。

でも出来る事なら成功して欲しいかな……頑張れ、弟。私の妹を絶対に助けるんだよ」

 

 八幡とアスナを、自分の弟妹のように思っていた陽乃は、

そう呟きながら外で待機しているのだろう警察に電話をかけた後、

さらに別の場所に電話を掛け始めた。

 

「あ、私だけど、そろそろ説明した通りの配置で待機をお願い。うん、彼の事、お願いね」

 

 

 

 そしてその頃ハチマンは、ついに世界樹の内部への侵入に成功していた。

 

「ふう、何とか成功したな。ユイ、キリトはどこだ?」

「ごめんなさいパパ、誰が来てくれたのかはまだわからないですけど、

もう一人転送させたせいで、少し三人の座標がズレちゃいました。

キリ兄達は、私達よりママに近いところにいます」

「そうか、もう一人送り込んでくれたんだな、えらいぞユイ!」

「はいっ、頑張りました!」

「ユイ、ママがどっちにいるか分かるか?」

「あっちです、パパ。あと、ママの近くに正体不明のプレイヤーがいます。

もう一人の人は……これは……パパ、誰が来てくれたか分かりました!」

「誰が来てるんだ?」

「………です!」

「そうか、あいつならきっとうまく動いてくれるはずだ。よし、俺達も向かおう」

「はい!」

 

 ハチマンとユイは、他の二人と合流すべく、通路を進んでいった。

二人が【実験体格納室】の前に差し掛かった時、突然ユイがハチマンに叫んだ。

 

「パパ、パパ!今この部屋の中から一瞬【グランドマスター】の気配が!」

「【グランドマスター】?まさかそれって……くそっ」

 

(すまん、少し遅れる……頼むぞ、二人とも)

 

 さすがにその言葉を無視出来なかったのか、ハチマンは【実験体格納室】の扉を開けた。

 

「晶彦さん……?ここにいるのか……?」

 

 ハチマンは部屋に入り、そう呼びかけたが返事は無かった。

ハチマンは慎重に探索を進めていったが、あるモニターの前で見覚えのある名前を発見した。

 

「リズ……やっぱりここにいたのか!」

 

 そのモニターには、確かにリズベットという名前が表示されていた。

 

「ユイ、このリズベットってプレイヤーを解放する事は可能か?」

「待って下さい……駄目です、今の私だと権限が足りません」

「そうか……くそっ、すまんリズ、もう少し待っててくれな、必ず助ける」

 

 そして再びハチマンは探索を続行したが、あるモニターの前でユイが反応した。

 

「パパ、ここです!ここから気配がします!」

「ここか……」

 

 ハチマンはそのモニターをじっと見つめた。

モニターの画像は、何の変哲もないデータの羅列だったが、その画像が突然乱れた。

そしてモニターの中に、一人の男の顔が表示されていった。

 

(ジジッ……ジッ…………)

 

「晶彦さん……?」

 

(……とうごう……すま…な……わたしの……な…………ディーを……つか………え)

 

 その男の顔は、そう言い残すと、消えていった。

 

「おい、晶彦さん、晶彦さん!」

「気配が消えました、パパ」

「くっ、これ以上ここにいても無駄か、行くぞ、ユイ!」

「はいっ!」

 

 ハチマンとユイは通路に戻り、奥へと進んでいった。

 

「な?ディー?とか聞こえたよな。ユイ、何の事か分かるか?」

「ディー、に該当する用語は、IDくらいしか思いつかないです、パパ」

「ID?……まさか……いや、確かにサーバーは一緒なんだから、ありうるのか……?」

 

 そのまましばらく進むと、前方に広場のようなものが見えてきた。

その奥には、鳥籠のようなものも見える。ハチマンは立ち止まり、深呼吸をした。

 

「パパ、あそこにママがいます」

「ふう……よし、見つからないように、まず状況を把握するぞ」

 

 ハチマンは心を落ち着けて、広場を慎重に覗き込んだ。

中の様子を確認した瞬間、ハチマンは前言をひるがえし、ユイに隠れているように言うと、

通路を飛び出して、鳥籠へ向かって走り出した。



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第127話 メッキの王様

 気が付くとキリトは、見知らぬ通路に立っていた。

 

「よし、転移は成功したな、ってハチマン?」

 

 キリトは周囲に誰もいない事に気付き、少し悩んだが、とりあえず進む事にした。

 

「とりあえず移動するか……よし、こっちだ」

 

 キリトは進む方向を勘で決め、そちらに進んでいった。

何となく嫌な奴の気配がしたからだが、さすが歴戦であるキリトの勘は正しかった。

前方に鳥籠のようなものが見え、キリトは慎重に前に進んでいった。

奥から聞き覚えのある男女の声が聞こえ、キリトは足を止めた。

 

(この声は……アスナと須郷か……)

 

「一体何の用かしら」

「どうやらあなたのお友達がここに侵入したみたいなんでね、

ここで待たせてもらいますよ、アスナさん」

「ハチマン君が来てるの!?」

「何ですかその希望に満ちた顔は……気に入らねーなおい!」

「きゃっ」

「アスナ!」

 

 キリトはアスナの悲鳴を聞き、思わず飛び出してしまっていた。

見るとアスナは、檻の中で触手のようなもので手足を拘束され、ぶら下げられていた。

 

「キリト君!」

「やはり貴様達か……一体どうやってここに入ったんだ?クソがあ!」

「……しばらく見ないうちに随分下品になったんだな、須郷」

「ああん?さんをつけろよクソガキが!」

「もうお前は終わりだ、素直にログアウトして自首した方がいいんじゃないのか?」

「口の減らないガキめ……どうせ残りの二人の中に、

あのハチマンとかいうガキも入っているんだろう?

心配しなくても侵入者を三人まとめて拘束し、ログアウト不可状態にしてから、

そのまま海外に高飛びさせてもらうつもりさ!」

「三人?そうか、もう一人誰か来てるのか……まあとりあえず、

うっかり飛び出しちまった事だし、ハチマンが来るまで出来る事をやってみるか……」

 

 キリトはそう呟くと、武器を構えた。

 

「おやぁ?やる気なのかい?いいだろう、少し相手をしてやろう。

オブジェクトID【エクスキャリバー】をリジェネート!」

 

 須郷はそう叫ぶと、巨大な剣を呼び出し、見せびらかすように言った。

 

「どうだい?これが最強の剣【エクスキャリバー】さ。

ここでは私が神だから、こんな事も自由自在なんだよ!」

「はっ、神気取りかよ、お前にまともに武器が振れるのか?ちょっと構えてみろよ」

「とことん口の減らないガキめ!」

 

 須郷は【エクスキャリバー】を構え、キリトの方にじりじりと進んでいった。

キリトはそれを見て、須郷が戦闘に関してはド素人だと看破したが、

それゆえにまともに斬り合ってはこないだろうと思い、警戒を強めた。

その瞬間にキリトは、すごい力で地面に押し付けられた。

 

「ぐあっ」

「キリト君!」

「ハハハハハ、神が無様に剣で戦うわけがないだろう!

そんな事をしなくても、お前ごときはどうとでも出来るんだよ!」

「これは……重力を操る魔法か!」

「しかも無詠唱でね!これが神の力さ!」

「相変わらず汚い男ね、この卑怯者!」

 

 アスナが須郷にそう叫んだ。

 

「ああん?誰が卑怯だって?これはただの神の力さ!そうだ、いい事を思いついたぞ」

 

 そう言うと須郷は、アスナの入っていた檻の扉を開け、アスナに近付いたかと思うと、

アスナに平手打ちをした。

 

「須郷てめぇ、アスナに何をするつもりだ!」

「よく見ていろガキが。どうですアスナさん、このままだと痛くないですよねぇ?

ところがこうすると……システムコマンド!ペインアブソーバをレベル8に変更!」

 

 須郷はそう叫ぶと、再びアスナの頬を叩いた。

 

「痛っ……」

「ハハハハハ、どうです?痛いでしょう?通常は痛みを感じないはずですから、

少し痛くなるように変更させてもらいましたよ!」

「いくらでも殴ればいいじゃない!何をされても私はあなたには屈しない!」

「須郷、お前とことん下種野郎だな……」

「お前らが神に逆らうからだろうがあ!」

 

 須郷は突然そう叫ぶと、今度はキリトの元に向かい、

その手に【エクスキャリバー】突き刺した。

 

「ぐっ……」

「どうだ?痛いか?ヒャハハハハ、所詮お前ごときは神の前では何も出来ないんだよ!

せっかくだから、この女を陵辱しながら、あのハチマンってガキを待つ事にするさ!」

「ぐあっ」

 

 須郷はキリトに蹴りを入れ、再びアスナに近付いていった。

アスナは須郷を睨みながら、気丈にも言った。

 

「好きにすればいいじゃない、どうせあなたはこの中でしか威張れない、

メッキの王様でしかないじゃない。何をされようと、私は傷つかない!」

 

 それを聞いた須郷は、激高して叫んだ。

 

「それなら高飛びする前に、お前の病室に寄ってお前の体をとことん好きにしてやるよ!

それでも平気でいられるのか、このクソアマあ!」

「その汚い口を閉じて、さっさとアスナから離れろよ、須郷」

「ハチマン君!」

「ハチマン!」

 

 そう言いながら飛び込んできたハチマンを見て、須郷はニヤニヤとしながら言った。

 

「おやぁ?やっと来たのかい?遅かったじゃないか、ハチマン君。

ちょうど今からこの生意気な女を陵辱するところだ、君は黙ってそこで見ているといい」

 

 次の瞬間、ハチマンの体もすごい力で地面に押し付けられた。

 

「うおっ」

「ハチマン君!」

 

 アスナはハチマンも重力で拘束されたのを見て、焦ったように叫んだ。

そんなアスナの耳に、知らない女性の声が聞こえてきた。

 

(大丈夫、あの顔は絶対に何か策がある顔だから、心配しないで下さい。

今拘束を解きますから、ちょっと待ってて下さいね)

(!?……うん、分かったよ。で、あなたは誰?)

(私はですね……)

 

 須郷は、そんな会話が後方で交わされている事には一切気付かず、得意げに叫んでいた。

 

「ハハハハハ、二人揃って無様な格好だな!」

「……これがお前の奥の手か?」

「神の力らしいぞ、ハチマン」

「ハッ、これが神の力?こんなのピンチの中に入らねーよ、なあキリト」

「そうだな」

「いい加減飽きたし、さっさと終わりにしようぜ」

「ああ」

 

 そう言うと、二人は歯を食いしばって重力に逆らい、少しずつ立ち上がり始めた。

 

「馬鹿な……何故立てる!」

「そりゃあ……お前の……力が……まがいもの……だからだろ?」

「システムの力……なんか……に……簡単に負けて……たまるかよ」

「そんなはずは……」

 

 その瞬間、ハチマンの耳に、懐かしい声が聞こえた。

 

(そうだ、それでいい……)

 

 次の瞬間ハチマンの脳裏に、複雑な英数字の羅列と、いくつかのコマンドが浮かんだ。

 

(最後のパーツが揃ったな、ありがとう……)

 

 ハチマンは声の主に感謝し、コマンドを叫んだ。 

 

「システムログイン。ID【ヒースクリフ】パスワード……」

 

 ハチマンは、先ほど脳裏に浮かんだ英数字の羅列をそのまま叫んだ。

更にハチマンは、同時に頭に浮かんだコマンドを、即座に使用した。

 

「システムコマンド、スーパーバイザ権限変更。IDオベイロンをレベル1に」

「なっ……お前、一体何をした!」

 

 須郷はずっと開きっぱなしだったウィンドウが消えたため、

狼狽しながら手を振り、必死にウィンドウを呼び出そうとしていた。

 

「ハチマン、それヒースクリフのIDか?よくパスワードが分かったな」

 

 重力魔法が消え、体が軽くなったキリトが、

刺された手を閉じたり開いたりしながらハチマンに声をかけた。

 

「ああ、色々あってな。ユイ、もうこっちに来てもいいぞ」

「はい!」

「ハチマン君!ユイちゃん!」

 

 次の瞬間、アスナが須郷の横を駆け抜け、ハチマンに飛びついた。

ハチマンは両手を広げ、しっかりとアスナを受け止めた。

ユイはその周りを嬉しそうに飛び回っていた。

須郷はアスナの拘束がいつの間にか解かれていた事に驚愕した。

 

「そんな……一体どうして……」

「は~い、それは私がやりました!」

 

 背後からそう声が聞こえ、須郷は慌てて振り向いた。

「だ、誰だお前は……いつの間にそこに……」

「私は斥候ですからね、ちょっと前から隠れながら移動してました!

須郷さんでしたっけ?ちょっと油断しすぎなんじゃないですかねぇ?

ド素人ですか?自分の作ったゲームなのに、ちゃんとプレイした事無いんですか?」

「なっ……」

「それと、私の未来のお姉ちゃんに、色々ひどい事を言ってくれてたけど、

コマチ、絶対に許しませんからね!」

「未来のお姉ちゃん、だと?」

「待ってたぞ、よくやったなコマチ」

「お兄ちゃん、お待たせ!あとキリトさん、助けられなくてごめんなさい」

「おう、全然大丈夫だよコマチちゃん、俺もまったく気付かなかったよ、すごいな」

「えっへん、お兄ちゃんの妹ですから!」

 

 須郷はその会話を聞き、顔を真っ赤にして叫び始めた。

 

「何なんだお前ら!ザコのくせに、もう終わったようなのんびりとした会話をしやがって!」

「あ?どう見てももう終わってんじゃないかよ」

「あなた、ここから何か出来るつもりなの?」

「ラスボス気取りで実はザコだった須郷さん、うちのお兄ちゃんは容赦ないですよ?」

「そうだな……ここからは、お仕置きの時間だ」

 

 ハチマンは須郷に向かって、高らかにそう宣言した。



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第128話 チャンスをやろう

人によってはご不快になるかもしれない表現があります。ご注意下さい。


「アスナすまん、ここまで来るのに二ヶ月以上かかっちまった……」

「ううん、絶対来てくれるって信じてたから……」

 

 そこに、隠れていたユイも合流し、アスナの周りを飛びまわり始めた。

 

「ママ!やっと会えましたね!」

「ユイちゃん……本当にユイちゃんなんだね。また会えてすごく嬉しい」

「ここがSAOのサーバーのコピーを元に作られていたおかげだな」

「そうだなキリト。逆に言うと、こいつはきっと、自力じゃ作れなかったんだろうな」

 

 ハチマンがそう言うと、三人の視線は自然と須郷に向かった。

須郷は呆然と立ち竦んでおり、ハチマンの嫌味も聞こえなかったようだった。

 

「お~いコマチ、とりあえずこっちに来てくれ。

どうやらそいつはもう抜け殻みたいになってるから、特に危険も無いだろ」

「うん!」

 

 コマチは元気よく返事をし、須郷の横を平然と通り、こちらに走ってきた。

コマチは嬉しそうにアスナを見つめた後、満面の笑顔でアスナに挨拶をした。

 

「改めまして、コマチです!お兄ちゃんの妹です!

つまりアスナさんの将来の妹です!宜しくお願いします!」

「私の妹……」

 

 アスナには兄しかいなかったため、妹が出来るのが嬉しくて仕方がないようで、

おもむろにコマチを抱きしめ、ハチマンに言った。

 

「ハチマン君、私にこんなかわいい妹をくれてありがとう!」

「お、おう」

「うはぁ、情熱的なお姉ちゃんだなぁ」

「ははっ、アスナはよっぽど嬉しいんだろうな」

 

 四人は和やかに会話を続けていた。須郷はいまだに呆然としたままだったが、

さすがにそろそろ決着を着けなくてはならない、そう思ったハチマンは、

会話を切り上げ須郷と正面から向かい合った。

 

「さて、そろそろこいつを何とかしないといけないわけだが、

正直今ならどんなひどい目にもあわせ放題なんだよな」

 

 それを聞いた須郷はビクッとし、恐る恐るといった感じでハチマンを見た。

 

「まあとりあえず、こいつと違って権限を振りかざして一方的にいためつけるってのは、

俺の趣味じゃないんだよな。というわけでみんな、こいつにチャンスをやってもいいか?」

「どんなチャンスだ?」

「これから俺達四人とこいつとでタイマンしてもらう。

ペイン・アブソーバはレベルゼロにしておいてやろう、うん、痛いのは嫌だからな」

「おい、レベルゼロって一番痛いんじゃなかったか?」

「気のせいだろ、レベルゼロなんだから、低い気がする。うん、きっとそのはずだ」

「まあいいか」

「うん、いいんじゃないかな」

「コマチも異議無し!」

 

 三人はうんうんと頷きながら、ハチマンの意見に賛成した。

 

「ダメージカット率は九十九%カットにしといてやろう。

その方がいくらでも攻撃出来……ゴホン、百%だと緊張感が出ないしな」

 

 再び三人は、うんうんと頷いた。

 

「後は何かあるか?」

「武器はあのままにしといてやろうぜ。どうせなら強い奴と戦いたいしな」

「そうだな、新世界の神らしいからな、さぞかし手ごたえがあるだろうな」

「新世界なんて言ってたっけ?」

「どうだったかな、まあ似たようなもんだろ」

「お兄ちゃん、天使のように優しいコマチとしては、

私達の誰か一人にでも勝てたら、許してあげてもいいんじゃないかなって思うんだけど」

「おお、さすがコマチは優しいな。よし、それでいこう。

聞いたか須郷、世界一優しい俺の妹に感謝しろよ」

「そういえばさっきこいつ、現実に戻ったら寝てるアスナを陵辱してから高飛びだとか、

おかしな事を言ってやがったぞ」

 

 キリトが、思い出したようにそう言った。

 

「そうなのか、アスナがノーガードで寝てるとか思ってたんだな、この脳みそお花畑神は」

「アスナの部屋は、今か今かとアスナの目覚めを待ってる警察の人でいっぱいなのにな」

「あー、もう手を回してあったんだね」

 

 アスナは、何故ハチマンが怒らないのか少し疑問に思っていたのだが、

それを聞いて納得したようだ。

 

「当たり前だろ」

「ふふっ、何だかSAOの時みたいだね」

「こういうとこ、やっぱりハチマンはハチマンだよな」

「うわー、お兄ちゃん、こんな事ばっかりしてたんだね……」

「そんなに褒めるなよコマチ、お兄ちゃん照れちゃうだろ」

「コマチちゃん、私のハチマン君はすごいんだよ!」

「うわー、コマチこれから毎日こんな会話を聞かされるんだね……」

「警察の人が待ってるなら、とりあえずさっさと始めないとかな?」

「そうだな、よし、順番だが……コマチ、アスナ、キリト、俺、でいいか?」

 

 三人はそれに同意し、まずコマチが須郷に近付き、須郷の頬をペチペチと叩いた。

 

「お~い聞いてましたか?そろそろ始めたいんですけど」

 

 須郷はそれで我に返ったのか、血走った目で四人を見つめた。

 

「全てのスキルがカンストしていて、最強の武器を持っているこの俺相手に、

調子に乗ってんじゃねーぞガキどもが!」

「お兄ちゃん、神がどうやらやる気になったみたいだよ~」

「設定はオーケーだ。いつでも始めていいぞ」

「それじゃあ最初は私がお相手しますね、最強の神様」

 

 コマチはそう言うと、武器を構えた。須郷も構えをとり、

武器を振り上げると、そのままコマチに向けて振り下ろした。

 

「死ねええええええええええ」

「は?どこに向かって攻撃してるんですか?コマチもう後ろにいるんですけど」

「何っ!?」

 

 次の瞬間、須郷の背中に何度も衝撃が走り、そのすさまじい痛みに須郷は絶叫した。

 

「うぎゃあああああああああああああ」

「おいおい、何を大げさに痛がってるんだよ、ペインアブソーバはレベルゼロだぞ?」

「レッ……レベルゼロだと?」

「何だよ、さっき言っただろ?痛いのは嫌だから、ペインアブソーバはレベルゼロ、

ダメージカット率は九十九%だってな」

「なっ……それは痛みのレベルが最大じゃ……」

「あ、ちなみにお前、HPがゼロにならないとログアウト出来ないようにしてあるからな。

よし、それじゃあ試合を続行だ」

「神様、そろそろ立たないと、コマチ攻撃しちゃいますよ?」

「くっ……くそおおおおお!」

 

 須郷は痛みに耐えながら振り向きざまに剣をふるったが、コマチはもうそこにはいない。

 

「何度同じ事をやってるんですか?相手の動きを全然見てないんですか?

さっきも言いましたけど、自分の作ったゲームなのに、まったくプレイしてないんですね。

少しでもやってれば、コマチに攻撃をかすらせるくらいは出来るはずなんですけどね。

あなたの方がスキルも武器の強さも上なんですから」

 

 コマチはそう言うと、須郷の背中を再び切り裂いた。

 

「うぎゃああああああああああああ」

 

 須郷はすさまじい悲鳴を上げ、蹲ったまま立ち上がろうとはしなかった。

コマチは須郷の正面に回り、須郷のアゴを掴んでぐいっと顔を起こした。

 

「まあコマチは優しいからこのくらいにしておいてあげるけど、

その程度の動きしか出来ない人が、神とか言って調子にのってんじゃねえよクソ野郎」

 

 そう言うとコマチは、須郷の顔を十字に切り裂いた。

 

「があああああああああああっ」

 

 須郷は顔を抑え、ごろごろと転げまわった。

コマチはその姿を見ようともせず、そのままハチマン達の下へと戻った。

ハチマンはポカンとした顔で、コマチに言った。

 

「コマチちゃん、いつそんなガラの悪い言葉を覚えたの?お兄ちゃんちょっと怖いんだけど」

「やだなぁお兄ちゃん、演技に決まってるよ演技。

もっともお姉ちゃんにひどい事をしたこいつには本当にむかついてたけどね」

「そ、そうか……」

「次はお姉ちゃんの番だね。ほらお兄ちゃん、お姉ちゃんに武器を出してあげて」

「そういえばそうだった。今出すわ」

 

 ハチマンはレイピアを出現させ、アスナに渡した。

アスナは久しぶりにレイピアを持ったため、練習のつもりで軽くそれを振ってみた。

 

「あ、ちなみに多分アスナも、スキルはSAOの時のままだと思うから、そのつもりでな」

「うん分かった。今の感じ、確かに昔とほとんど変わらなかったみたい」

「よし、それじゃ二戦目開始な」

「うん」

 

 アスナは須郷に向けてレイピアを構えた。

須郷は多少痛みが治まったのか、のろのろと立ち上がり、怯えた目でアスナを見た。

 

「今まで散々いたぶってきた私相手に何を怖がっているの?

やっぱりあなたはまともな女性には相手にもされず、

権力を使って屈服させた女性に無理やり何かをする事しか出来ない哀れな人なのかしら」

 

 そのアスナの言葉にさすがに頭にきたのか、須郷は叫びながら、アスナに攻撃を仕掛けた。

だが剣を振りかぶった瞬間、須郷の全身に痛みが走り、須郷は攻撃する事が出来なかった。

 

「あああああああああああ」

 

 アスナは須郷が倒れないように絶妙な力加減で、延々と突きを須郷の全身に放ち続けた。

 

「剣筋も読めないド素人が最強を名乗るなんて、おこがましいとは思わないのかな。

どこが最強の男なの?冗談だよね?あなたに負けるプレイヤーなんているのかしら」

 

 その言葉と共に、アスナは渾身の一撃を放ち、須郷はそのまま後方に倒れ込んだ。

 

「こんなもんかな、次はキリト君の番だね」

「ああ」

 

 キリトはアスナの代わりに前に出て、須郷を立たせると、ぼそっと言った。

 

「まあ、俺は腕一本でいいか」

 

 キリトはそのまますさまじい速度で剣を振るい、一撃で須郷の左腕を落とした。

須郷は声にならない叫びを上げ、剣を持った右手で左腕のあった場所を探ったが、

そこには当然何も無く、須郷は叫びながら再び蹲った。

 

「じぶんがかんがえてつくったさいきょうのまほう、が使えないと、本当に雑魚なんだな」

「う、うう……」

 

 キリトはそう言うと、きびすを返した。

 

「嫌に簡単にすませたな、キリト」

「さすがに雑魚すぎてな……それに本気でやったらダメージ九十九%カットでも、

簡単にHPがゼロになっちまうだろうから、ハチマンの出番が無くなっちまうだろ。

十分気は晴れたから特に問題ない」

「オーケー、それじゃ最後は俺の番だな」

 

 ハチマンはそう言うと、須郷の下へと歩いていった。



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第129話 戦いの終わり

前回に引き続き、一部の方にはご不快かもしれない表現があります。ご注意下さい。


「さて、今の気分はどうだ?茅場晶彦の功績を自分の物だと偽る事しか出来ない須郷さん」

「…………」

「ぼくのかんがえたさいきょうのまほう、が無いと何も出来なかったな、須郷さん」

「ガキが…………」

「スキルも武器も最強なんだよな?誰にも手も足も出なかった須郷さん」

「うるさい!……生意気なクソガキが!」

「それしか言えないのか……哀れだな」

「んなっ……」

「はぁ……可哀想だから、俺に一太刀でもあびせられたらあんたの勝ちって事でいいよ」

「ふ、ふざけるな!」

「あ?あんたここまでボロボロにやられて、まだ俺に勝てるつもりなのか?」

「くそっ、も、もうそれでいい!今日は一太刀で勘弁してやる!」

「……おい、今の聞いたか?」

「ある意味清清しいな」

「さすがに今のはちょっとね……」

「お兄ちゃん、大人になるってこういう事ならコマチ大人になりたくない!」

「まあせっかく須郷さんがこう仰って下さった事だし、ここは俺が代表でお礼を言っとくか。

神よ、恐悦至極に存じます。私ごときのご提案を受けて頂き感謝の念に堪えません」

 

 ハチマンはそう言うと、須郷に向けて平伏した。

 

「馬鹿が!調子に乗りやがって!思い知らせてやる!」

 

 須郷はそれを好機と見たのか、ドヤ顔でハチマンに向けて剣を振り下ろした。

しかしその剣はあっさりとハチマンにはじかれ、須郷はたたらを踏んだ。

 

「今なら当てる事くらい出来るだろうとか思ったのか?」

「な、何故当たらない!お前は下を向いてたじゃないか!」

「この体制なら、お前がどういう軌道で攻撃してくるのか簡単に予想出来るしな。

そんな事も分からなかったのか?これはゲームであって遊びじゃないんだよ」

「くっ、次は当ててやる!」

「はぁ、正直俺は拷問みたいなのはちょっと苦手なんだよな。

ほんとお前と向かい合ってるのがゲームの中で良かったわ。

少しはためらいなく攻撃出来……」

「く、くらえ!」

 

 須郷はハチマンの言葉を最後まで聞かず、めちゃめちゃに剣を振り回した。

ハチマンはつまらなさそうにその攻撃を全てパリィしていた。

コマチはそのハチマンの技術を見て感心し、キリトとアスナにこう尋ねた。

 

「キリトさん、お姉ちゃん、あれが噂のお兄ちゃんの得意技ですか?

ただ受けるんじゃなくて、全部即カウンターが撃てるパリィ状態になってるみたいですけど」

 

「そうだな、あれがハチマンの基本スタイルだよ」

「本当は左腕にギミックの仕込まれた盾を装備するんだけどね、ほら、ここには無いから」

「そうなんですか……何をやっても全部カウンターで返ってくるってすごい嫌ですね……」

「まあ今はカウンターを入れてないみたいだけど、

さすがにそろそろ相手をするのがめんどくさくなって、一気に畳み掛けるんじゃないか?」

「あ、見て、今ハチマン君あくびした」

「お兄ちゃん、飽きてきたんですかね……」

「まあこのままただで済ますわけはないだろうけどな」

「時間もあれだし、そろそろ終わらせるわ」

 

 ハチマンはそう言うと、タイミングを見計らって、強烈なカウンターをくらわせた。

須郷は数メートル後ろに飛ばされ、地面に大の字で転がった。

 

「があああああ!」

「はいおしまいっと」

 

 ハチマンは【エクスキャリバー】を遠くに蹴り飛ばし、須郷の腹を踏みつけた。

そして思ったより穏やかな表情で、須郷に語りかけた。

 

「左手を失って、すごい激痛だろうに、よく意識を保ってられるな、

ほんのちょっとだけあんたを見直したよ。主にその執念を、だが」

「当たり前だ!俺は神なんだからな!」

「まだ言うか……それさえ無ければ案外あんたとはいい友達に……は絶対にならないが、

とりあえずあんたには、いくつか話しておかないとな」

「……」

「もう既にあんたのやった事はほぼ全部、政府にバレてるぜ。

この後アスナの証言がとれ次第、レクト・プログレス社に警察がなだれ込むだろうな」

「くそっ……お前さえいなければ……」

「あー、高く評価してくれるのは有難いんだがな、

例え俺がやらなくても、そこにいるキリトが必ずやった。

キリトがやらなくても必ず残りのSAOサバイバーのうちの誰かがやった。

あんたは色々と上手くやったつもりだろうが、

俺達の二年間は、あんたなんかにいいようにされるほど軽いもんじゃないんだよ」

「……」

「ところでこいつがこのまま逮捕されたら、どのくらいの罪になるんだ?誰かわかるか?」

 

 ハチマンは振り返り、三人に尋ねた。

 

「うーん……殺人罪には問われないし、未成年の拉致監禁?」

「巨額の賠償を背負わされるのは間違いないんだろうけど、罪っていうならどうなんだろ」

「現行法じゃ対応出来ない可能性もあるんじゃないですかね?」

「そうか……まあそこらへんは、陽乃さんに任せるとして、

こいつがおかしな事を考えないように、ちょっとクギは刺しとくか。

お~いアスナ、コマチ、ちょっと目をつぶって耳を塞いどいてくれ」

「う、うん……」

「お兄ちゃん、一体何をするつもりなの……」

 

 二人が目と耳を塞いだのを確認すると、ハチマンはおもむろに、

須郷の股間目掛けて武器を突き刺した。

 

「ぎゃああああああああああああああああ」

「おいハチマン!俺にだけ変なもん見せるなよ!」

「俺だって嫌なんだが、こいつがまた別の女性に対しておかしな事を考えないように、

きついのをお見舞いしといた方がいいって思ったんだよ。付き合わせて悪い」

「くそ……しばらく夢に見そうだ……」

「すまんすまん、今度何か奢るから勘弁な」

「約束だぞ!」

「それじゃキリト、アスナとコマチにもういいぞって合図してくれ」

「ああ」

 

 キリトによって合図をされた二人は、今やピクピクと痙攣するだけになった須郷を見て、

ハチマンが何をやったのかなんとなく想像がついたが、

決してその話題に触れようとはしなかった。

 

「さて、トドメをさすか。それともアスナがやるか?」

「ううん、ハチマン君に任せるよ。もうそんな男、見たくもないから」

「分かった。おい須郷、お前は自宅にいるんだろ?

まだそっちまで警察は行ってないと思うから、少しでも良心があるなら、そのまま自首しろ。

後一応言っておくが、俺は今、アスナの病院のすぐ近くからログインしてるから、

お前がアスナに何かしようとしても無駄だ。

もっともさっきも言ったが、アスナの病室には警察の人が詰めてるはずなんだけどな。

それじゃあさよならだ、冷たい刑務所の中で、自分の愚かさを悔いろ」

 

 そう言うとハチマンは、須郷の左目に剣を突き刺した。

須郷の体はビクッと痙攣したが、叫び声を上げる事は無かった。

あえて目を狙ったのは、残りのHPを全損させるために、クリティカルを狙ったためだった。

ハチマンの計算通り、その攻撃で須郷のHPは消し飛び、

最初に設定した通り、須郷はそのままログアウトして消えていった。

その瞬間、いきなりALO全体に【オベイロンが討伐されました】

というシステムメッセージが流れた。

今回の戦闘に参加した全ての者は、生き残った者も戦闘で倒れた者も、

等しくそれを見て大歓声を上げ、勝利を喜んだ。

 

「うお、何だこのメッセージ」

「こんなメッセージが設定してあったのか……」

「でもこれで、下のみんなに勝利が伝わったと思うから、良かったね、お兄ちゃん!」

「そうだな、俺達の勝利だ!」

「おう!」

「お姉ちゃん、遠慮しないでお兄ちゃんに抱きついていいよ?」

「うん、コマチちゃんありがとう……ハチマン君!」

 

 アスナはハチマンに駆け寄り、目を潤ませながら、その胸に顔を埋めた。

ハチマンはアスナの頭を撫でながら、三人にこう言った。

 

「こうして終わってみて思うんだが、須郷も実は被害者なのかもな。

ずっと茅場晶彦という天才と比べられて、劣等感を抱き続けてきたんだろうな」

「まあそうかもしれないが、あいつのやった事は決して許される事じゃないからな……」

「もうこういうのは最後にしたいよな。人をいたぶるのはやっぱ好きになれないわ。

もっともまたアスナがこんな目にあったら、俺は同じ事をするだろうけどな」

「ハチマン君、ごめんね……」

「お姉ちゃんが謝る事なんか何も無いですよ!」

「そうだぞ。とりあえずログアウトしたら、その場にいる警察に須郷の事を告発してくれ。

俺は今、アスナのすぐ近くからインしてるから、

ここを出たらすぐ会いに行く。それまでもうちょっとだけ待っててくれよな」

「うん……ありがとうハチマン君、ありがとう、キリト君、コマチちゃん」

「よし、それじゃあログアウトするか!」

「そうですね、コマチもお姉ちゃんの病院に行きたいけど、この時間だとさすがになぁ」

「明日連れてってやるよコマチ。とりあえず今日は寝とけ。

キリトは今日は、携帯の前で徹夜だけどな」

「そうだな……うん、徹夜だな」

「何かあるの?」

「ああ、こいつな、リズの枕元に、自分の名前と携帯の番号を書いたメモを、

ずっと置いてもらってるんだよ」

「あ、そういう事なんだね」

「とりあえず明日みんなと連絡を取り合って、アスナの見舞いの予定も立てないとな」

「それじゃあコマチは先に落ちて、ユキノさんや他のみんなに詳細を伝えてくる!」

「あ、俺も先にリーファに説明しないとだな、それじゃみんな、また明日な!」

「私も早く落ちて、警察の人に説明しないとだね、ハチマン君、後でね!

ユイちゃんも、必ずまた会いに来るからそれまで待っててね」

「はいママ、また今度です!」

「おう、また後でな」

 

 そう言って、アスナとキリトとコマチの三人は、ログアウトした。

残されたハチマンは、大声で空に向かって呼びかけた。

 

「ここにいるんだろ?晶彦さん」



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第130話 人の繋がり

 ハチマンはそう呼びかけたが、それに答えたのはユイだった。

 

「パパ、あっちから何か来ます!この気配は……グランドマスターです!」

「分かった、ありがとうな、ユイ」

 

 ハチマンは、通路の方を注視した。そしてそこから出てきたのは、

ハチマンは知らなかったが、以前アスナを捕え、アルゴも使用した、

ナメクジタイプのアバターだった。ハチマンはそれを見て、面白そうに言った。

 

「晶彦さん、いつの間にそんな姿に……色男が台無しですよ」

「すまないね、すぐに使えるアバターがこれしか無かったんだ。久しぶりだね。

それと、せっかくだから私の事は、親しみを込めてヒースクリフと呼んでくれないか?」

「わかったよヒースクリフ」

 

 ハチマンは茅場の意をくんで、口調もかつて仲間だった時のように戻す事にした。

 

「手伝うのが遅れてすまなかった、意識を統合できたのが、ついさっきだったんだ」

「……ヒースクリフ、結局お前は今どういう状態なんだ?」

「そうだね、今ここにいる私は、茅場晶彦という男の残像だ。エコーと言ってもいい」

「……キリトなら分かるかもしれないが、俺にはさっぱりな例えだな」

「まあ、いずれ消えるかもしれない、はかない存在だと思ってくれればいい」

「そうか……」

 

 ハチマンは、ヒースクリフの隣に越しかけ、二人は一緒に空を眺めた。

 

「美しい景色だね」

「これも結局元を辿れば、あんたが作った空なんだけどな。

須郷はそれにちょっと手を加えただけだ」

「正直彼の事は、ほとんど記憶に無いんだ」

 

 それを聞いたハチマンは、面白そうにこう言った。

 

「これはヤツメウナギの吸血鬼の言葉なんだが、

多分ヒースクリフの人を見るモノサシは、一メートル単位でしか物を計れないんだと思う。

須郷は、ヒースクリフにとっては観測できるほど大きくない、

ほんの数ミリほどの存在だったって事なんだろうさ」

「……なるほど、そうかもしれないね」

 

 そう言うと、ヒースクリフはナメクジの触手をハチマンの頭の上に乗せ、なではじめた。

 

「お、おい……」

「私の最後の作品を汚す者を倒してくれて、本当に感謝する。

これでやっとケジメがつけられたな」

「……ああ」

 

 ハチマンは、そのままナメクジになでられる事を許容した。

それは二年以上前の二人の関係を彷彿とさせた。

そんな時、ふと思いついたといった感じで、ヒースクリフがハチマンに話し掛けた。。

 

「そういえば君が連れているそのピクシーは、

私の作ったカーディナルシステムの一部のようだね」

「メディカルヘルス・カウンセリングプログラムの、

【Y・Utility・Interface】通称ユイです!グランドマスター!」

「その名前も、ヒースクリフが付けたんだろ?」

「ああ、そうだな……どうやらちゃんとこの世界で自立出来ているようだね。

私の作ったSAOの一部は、こうしてずっと君の傍に残り続けるんだな」

「ヒースクリフ……」

「ハチマン君、ユイ君を通じて、これを君のナーヴギアのストレージに送っておいた」

 

 そう言うとヒースクリフは、銀色の卵のような物を取り出した。

 

「それは?」

「世界の種子だよ。どういう物かは、キリト君やアルゴ君あたりと一緒に調べるといい。

それをどうするかの判断は、君達に任せるよ」

「……分かった」

「それでは私はもう行くよ」

「どこへ行くんだ?」

「まだ見ぬ世界へ、さ。もし運命が重なり合ったら、その時にまた会おう……弟よ」

「晶……彦……さん」

「ではさらばだ。アスナ君と仲良くな」

 

 そう言うと、ヒースクリフ~茅場晶彦は、消えていった。

 

「パパ、グランドマスターの気配が消えました」

「そうか……ところでユイ、よく考えたら、ここでログアウトしたらどうなるんだ?」

「えーと、次に再出現する座標は、グランドクエストの間の扉の前になります」

「そうか、それじゃあ安心だな。よしユイ、パパはママを迎えにいってくるよ」

「はいパパ、二人が戻ってくるのを待ってますね!」

「寂しい思いをさせてごめんな」

「いいえパパ、前も言いましたが、今の私はパパのIDに紐付けされているので、

パパがいない間、私の意識は眠りについています。

なので、次会う時までは一瞬です、パパ!」

「そうか、そうだったな。それじゃ……行ってくる」

「はい!ママに会えるのを楽しみにしていますね!」

「またな、ユイ」

「はい、またです!」

 

 そしてハチマンは、ログアウトボタンを押した。

意識が一瞬ブラックアウトし、すぐに意識を取り戻した八幡は、

荷物はそのままに、すぐにその部屋を出て、外へと向かった。

明日奈のいる病院は、駐車場を挟んですぐ目の前だ。

 

(ヒースクリフと話していた分遅れちまった、急がないとな)

 

 八幡はそう考え、病院の駐車場を抜け、エントランスへ向かおうとした。

そこに、ふいに一台の車が入ってきた。車はハチマンに向け、まっすぐ進んできた。

八幡は危ないなと思いながら避けようとしたが、

車は八幡の動く方に方向を変え、なおも突っ込んできた。

 

「おわっ」

 

 八幡は必死でそれを避け、何とか身をかわす事に成功した。

その車は壁に激突して止まり、中から、見覚えのある男が降りてきた。

 

「お前は……須郷!」

「ちょこまかと避けやがって……ガキが!」

「お前、何でここに……」

「お前が言ってただろう、あの女の病室に向かうってな!

病室には確かに警察がいるんだろうが、お前には警察はついていない、

そう思って急いで車を走らせてきたんだが、案の定だったな!」

 

 そう言いながら須郷は、ナイフを取り出した。

 

「俺は捕まるかもしれないが、お前は絶対にここで殺す。目がまだ痛みで疼くんだよ!」

 

 よく見ると、須郷の左目は真っ赤に充血していた。

ちなみに須郷はやや内股になっており、股間も痛いのだろうと思われたが、

さすがにそれを指摘する事は躊躇われたため、八幡はそこには触れない事にした。

 

(まさかこうくるとは……ここは逃げの一手か?だがあいつは病院まで追いかけてきて、

絶対に看護婦さん達にまで危害を加えるよな……)

 

 八幡は、何とか避けつつ助けを呼ぶ方法を考えたが、にわかには思いつかなかった。

須郷はそんな八幡にはお構いなしに、スタスタと八幡に近寄り、ナイフを振り上げた。

八幡は攻撃がどこに来るかは分かるため、いつものようにそれを避けようとしたが、

ゲームの中とは感覚が違うため、なんとか避ける事には成功したが、

足をもつれさせて転んでしまった。

 

「くそ、しまった」

「どうやらゲームの中のように、素早くは動けないみたいだな。

お前はそのままここで死ね!」

 

 須郷は再びナイフを振り上げ、八幡に向けて突き出した。

八幡は転がってその攻撃から必死に逃れようとしたが、

次の瞬間、突然二人組が現れ、片方は須郷に体当たりをし、

もう一人がナイフを持っていた手を蹴り飛ばし、須郷のナイフは遠くに転がっていった。

その人物は、ニカッと笑いながら、八幡に話し掛けた。

 

「ヒキタニ君、危なかったな」

「戸部!それじゃあそっちは……」

「陽乃さんに言われて、一応ここで待機してたんだが、まさか本当に暴漢が現れるとはな。

まったくあの人にはほんとかなわないよ」

「葉山!」

 

 そこにいたのは、葉山と戸部だった。二人は素早く須郷を拘束した。

 

「まじ助かったわ……やっぱり現実だと、体が重くてな……」

「いいっていいって、ヒキタニ君、病み上がりみたいなもんだべ?

こういうのは俺達に任せとけって」

「比企谷、すまないが、警察に連絡してくれないか。

見ての通り、こっちは手が塞がってるんでな」

「おう、そこの病院にいるはずだから、すぐ連絡する。ちょっと待っててくれ」

「それにしても何だこいつ?ちょっと気持ち悪いんだが……」

「ちょっとっていうか、かなりだべ、隼人君」

 

 葉山と戸部に拘束されている須郷は、虚ろな目で、

ぶつぶつとわけのわからない事を呟いていた。

八幡は、病室にいるはずの菊岡に連絡を終えると、葉山と戸部に説明を始めた。

 

「まだSAOから戻らない人が、百人いるってニュースは知ってるだろ?

その犯人がそいつだ。やっと全員助けられたよ。本当にありがとな、二人とも」

「まじかよ……」

「すげー!やっぱヒキタニ君はヒキタニさんだわ!」

「俺だけの力じゃないさ。葉山や戸部、それに一緒に戦ってくれたみんなのおかげだ」

「そうか……お、警察の人が来てくれたみたいだぞ」

「八幡君、大丈夫かい?気付かなくてすまなかった」

「菊岡さん、俺も予想外だったんで気にしないで下さい」

「明日奈さんが目を覚ましたぞ。こいつの事は僕達に任せて、早く行ってあげるといい」

「ありがとうございます、宜しくお願いします菊岡さん」

「いいっていいって、お礼を言うのはこっちの方さ。

事件の解決に、多大な貢献をしてもらったんだからね」

「それじゃ行ってきます」

 

 八幡は菊岡に頭を下げると、次に葉山と戸部に言った。

 

「よし、葉山、戸部、一緒に行こう」

「え、いいのか?感動の再会なんだろ?」

「そうだよヒキタニ君、一人で行けって」

「確かにそうなんだが、明日奈に俺の友達を紹介したいんだよ」

「友達……」

「友達か……」

 

 戸部は葉山に、素早く耳打ちした。

 

「隼人君、俺ヒキタニ君に友達って言ってもらって、超感動してるんだけど」

「ああ、俺もだよ、戸部……とりあえず病室の前まで一緒に行って、

最初は二人きりになってもらって、後でその人を紹介してもらう事にしよう」

「だな!」

「すまん、いきなり友達だなんて言って、その、迷惑だったか……?」

 

 八幡は、おずおずと二人に尋ねた。二人は笑顔で八幡にこう答えた。

 

「そんな事ないって、気にすんなよヒキタニ君。俺達友達だべ?」

「早くその人を俺達に紹介してくれよ、比企谷」

「お、おう、それじゃ行こう」

 

 こうして三人は、病室へと向かっていった。

葉山と戸部は、打ち合わせ通り最初は病室の前で待っていると主張し、

八幡は、緊張しながら明日奈の病室の扉をノックした。



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第131話 人生で一番長い二ヶ月

明日の投稿で、第二部は終了となります。
新生アインクラッドは、第三部での登場となります。
第三部の開始予定は五月十日くらいを予定しています。
しばらく空いてしまいますが、お許し下さい。


「はい」

 

 病室の中から聞き覚えのある声が聞こえ、八幡の心臓はオーケストラのように、

大きな音をたてていた。八幡は深呼吸をし、扉の向こうに呼びかけた。

 

「俺だ」

「どうぞ、中に入って」

 

 八幡は緊張を抑えようと、もう一度深呼吸をしてから扉を開け、中に入った。

病室の中は、相変わらず清浄な空気で満たされており、

ベッドの上には、八幡が求めてやまなかった明日奈の姿があった。

だが明日奈は、八幡が近付けないように手で制し、顔が見えないように窓の方を向いていた。

八幡は、おずおずと明日奈に尋ねた。

 

「す、すまん……遅くなった事を怒ってるのか?」

「う、ううん、そうじゃないんだけど……私ずっとお風呂に入ってないし、その……」

「ああ……」

 

 八幡は、明日奈がどうやら自分の匂いを気にしているようだと当たりをつけた。

よく見ると、明日奈は耳まで真っ赤になっており、とても恥ずかしがっているようだった。

八幡は、明日奈を安心させようと、にっこりと笑顔で言った。

 

「大丈夫だ、俺が毎日明日奈の体を隅々まで綺麗に拭いてたからな」

「ええええええええええ」

 

 明日奈はその八幡の言葉にまんまと引っかかり、慌てたようにこちらに振り向いた。

八幡は、してやったりという顔をしながら明日奈に言った。

 

「まあ、もちろん嘘だけどな」

「なっ……」

 

 八幡は、明日奈にそれ以上何も言わせまいとして、明日奈を抱きしめた。

 

「大丈夫、明日奈の状態は、ご両親が完璧に維持してくれてたはずだぞ。

いい匂いしかしないし、それに俺やキリトほど痩せてもいない、美人のままだ」

「本当に?」

「ああ、本当に本当だ。ここまでくるのに二ヶ月もかかっちまった。ごめんな」

「ううん、必死で頑張ってくれたって分かってるもん」

「やっとあの時の約束を果たせるな。これからはずっと一緒だ、明日奈」

「八幡君!」

 

 明日奈は号泣し、八幡も号泣していた。SAOがクリアされてから二ヶ月と少し。

二人はついに、現実世界での邂逅を果たす事が出来たのだった。

 

 

 

 しばらくそうしていた二人だったが、

八幡は、廊下で待たせている二人の事を思い出し、明日奈に話し掛けた。

 

「そうだ、実はここに来る前、病院の駐車場でな、須郷に襲われたんだよ」

「えっ、大丈夫だったの?って、大丈夫だったから今ここにいるんだよね。

あっ……だから警察の人が慌てて出てったんだね。

すぐそこに暴漢が出たとしか言ってなかったから……」

「実はその時友達に助けてもらったんだよ。今外にいるから紹介したいんだけど、いいか?」

「う、うん、大丈夫」

 

 八幡は扉を開け、待たせた事を二人に謝りながら二人を病室に招き入れた。

 

「はじめまして、葉山隼人です」

「戸部翔っす!」

「結城明日奈です、こんな格好でごめんなさい」

「いや、こちらこそいきなり押しかけちゃって申し訳ない」

「ううん、あの、八幡君を助けてくれて、ありがとう!」

「くぅ~明日奈さんマジ女神だわぁ、やっぱヒキタニ君はヒキタニさんだわ!」

「えっ?」

「あっ、ごめん、ヒキタニ君じゃなくて、ヒキガヤ君ね!」

 

 それを聞いた八幡は、ぽかんとした顔で戸部に言った。

 

「戸部、お前、俺の正しい苗字、知ってたんだな」

「当たり前っしょ!ヒキタニ君って呼び方が、

何かスペシャルっぽくて良くね?って思ったから、そのままにしてたっしょ!」

「お、おう、戸部はヒキタニ君のままでいいわ、うん」

「ふふっ」

 

 明日奈はその遣り取りを聞き、花のように微笑んだ。

それを見た戸部は、頬を赤らめながら見とれていた。

あの葉山でさえも、少し顔を赤くしているようだった。

それを見た八幡は、少し調子にのったらしく、

明日奈の頭をなでながら、得意げに二人に言った。

 

「どうだ二人とも、俺の彼女はかわいいだろ」

 

 それを聞いた二人はぽかんとしていたが、葉山が面白そうに、八幡に返事をした。

 

「あ、ああ……確かにすごい美人で驚いたというか、

比企谷がそんな事を言った事に驚いたというか……」

「うっわぁ~、ヒキタニさんまじぱねーわ!もうガチリスペクトだわ!」

「でしょ!私の八幡君はすごいでしょ!」

 

 突然明日奈がそんな事を言いだした。明日奈は戸部をドヤ顔で見て、えっへんしていた。

どうやら変なスイッチが入ったらしい。

 

「おい明日奈、恥ずかしいからそのくらいで……」

「あ、うんごめん、つい嬉しくなっちゃって」

「あははははははは」

「明日奈さんもまじリスペクトだわ!二人とも最強にお似合いっしょ!」

 

 葉山が笑い、戸部も楽しそうにそう言った。

八幡と明日奈もつられて笑い、病室は四人の笑い声で満たされた。

そんな中、誰かが病室の扉をノックした。そこにいたのは菊岡だった。

 

「随分楽しそうだね」

「菊岡さん」

「菊岡さん、ありがとうございました」

「これで事件も全て解決だ。二人とも、本当に良かったね」

「はい!」

「ありがとうございます」

「それじゃあ明日奈さん、もうちょっとだけ、いくつか質問したいんだけど、いいかな?」

「あ、それじゃ俺達はこれで。明日奈、また明日くるけど、

とりあえずこれ、俺の携帯のアドレスと番号な」

「あ、うん、私の携帯が届いたらすぐ連絡するね。

あと葉山君と戸部君も、今日は本当にありがとう」

「元気になったらみんなでどこか行くっしょ!」

「そうだな。それじゃ明日奈さん、またいずれ」

「二人とも、またね!八幡君は明日ね!」

 

 三人は病室を辞し、そのまま外に出た。

外に出た瞬間、戸部が八幡にヘッドロックを仕掛けた。

 

「うおっ」

「このこの!ヒキタニ君、羨ましいっしょ!」

「戸部……」

 

 葉山は、呆れたように戸部の名前を呼んだ。

 

「だってよぉ、隼人君も、明日奈さんまじ美人だって驚いたっしょ?」

「まあ、それは確かにな」

「でも俺、ヒキタニ君が幸せそうなのを見て、本当に嬉しかったんよ」

「戸部……そろそろ離せ!……おい、戸部?」

 

 八幡は、戸部の声の調子がおかしかったので、

自力で何とかヘッドロックを外して、戸部の顔を見た。よく見ると、戸部は号泣していた。

 

「おい戸部……」

「ヒキタニ君、本当に良かったっしょ……本当に……」

 

 そんな戸部を見て、困った八幡は、すがるように葉山の顔を見た。

だが、その葉山も静かに泣いていた。

 

「おい、お前ら……」

「すまん、人前じゃ泣かない主義の俺だが、さすがにくるものがあってな……」

「二人とも、俺なんかのために泣いてくれてありがとな」

 

 八幡も、感極まったのか、二人と一緒に泣き出した。

 

「やっと大切な人を取り戻す事が出来たよ。

ここまでの二ヶ月が、今までの人生の中で一番長かった……本当に長かった……」

「やったぜヒキタニ君、やっぱこういう時は、勝利宣言っしょ!」

 

 戸部は涙を拭いて、いきなりそんな事を言い出した。八幡も涙を拭き、戸部に応えた。

 

「そ、そうだな。よし……勝った!俺達はついに勝ったぞ!」

「おおー!」

「おお!」

 

 三人は子供っぽく雄たけびを上げた。

そんな三人の姿に気付いた明日奈は、病室の窓からそれを笑顔で見つめていた。

 

 

 

 和人は、携帯を握りしめたままひたすらその時を待っていた。

さすがに明日奈の目覚めと比べると、時間がかかるだろう事は分かっていたが、

和人は携帯を手放す気になれず、ひたすら待ち続けていた。

どれほど待っただろう、ついにその時が訪れた。

携帯が振動した瞬間、和人は誰からの着信かも確認せず、すぐに通話ボタンを押した。

 

「もしもし、桐ヶ谷和人です」

「あ、えーっと……私?」

「リズ、リズだな、俺だ、キリトだ」

「キリト……本当にキリトなんだ……」

「体の方は大丈夫か?目覚めたばっかりだろ?」

「うん、何か、長い夢を見てた感じ……つらい夢もあったし、嬉しい夢もあったかな」

「夢の時間は俺たちみんなで終わらせた。もう大丈夫だ、リズ」

「みんな、いるんだね」

「ああ。元気になったら、またみんなで集まろう」

「うん……うん!私、早く元気になる!」

「調子を取り戻してきたみたいだな。とりあえず事情も話したいし、明日そっちに行くよ。

リズが今どこの病院にいるか教えてくれよ」

「来てくれるの?」

「当たり前だろ。俺はまだ、リズに返事もしてないんだからな」

「キリト……うん、うん、待ってるね!えっと、ここはね……」

 

 こうして二人はついに目覚め、クリア時に生き残っていたプレイヤーは、全員解放された。

リズベット~篠崎里香の入院していた病院は、和人の実家に近かったため、

和人は退院し、まめにその病院に通い、里香のリハビリを手伝っていた。

明日奈は、両親が今回の事件の事後処理に追われていたため、

陽乃が薦めた事もあり、八幡達が入院していた雪ノ下系の病院に移る事になった。

八幡の存在も大きかっただろう。

明日奈の両親は、今回の事件での八幡の功績を陽乃に聞かされていたため、

娘のためならばと明日奈の転院を許し、明日奈のリハビリには毎日八幡が付き添っていた。

こうして、二ヶ月の時が過ぎ、ついに明日奈と里香の退院の日が訪れた。



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第132話 エピローグ~二人が得たものは

第二章ALO編は、これにて終了となります。
ここまでお付き合い頂いた皆様に、心から感謝致します。
昨日の予告通り、第三章の開始は五月十日の十二時を予定しています。
今後とも宜しくお付き合いのほど、宜しくお願いします。


 いわゆるSAOサバイバーと呼ばれる人達が全て開放されてから二ヶ月。

当初、明日奈の父、結城章三がCEOの留任を決めた時は、

かなりマスコミや、世間から叩かれていたが、

取材が進むにつれ、事件が全て須郷の独断であった事がわかり、

更にレクト本社が、章三氏の指揮の下、

内部留保を全て吐き出す勢いで被害者への救済を始めた事もあり、

世間はこれこそ正しい責任の取り方、という論調に変わっていった。

こうして事態は急速に沈静化していき、

そしてついに今日、明日奈はリハビリを終え、退院の日を迎える事になったのだった。

 

「よし明日奈、行こうか」

「もう仲がいい二人の姿を見れなくなると思うと、少し寂しいね。

二ヶ月よく頑張ったね、退院おめでとう、明日奈さん」

「明日奈ちゃん、お幸せに!そして退院おめでとう!」

「おめでとう!」

「先生、看護婦の皆さん、本当にありがとうございました」

 

 明日奈の退院の付き添いは八幡だけであり、両親は来ていなかったが、

前日に、とても忙しいはずの両親が八幡を伴って病室を訪れ、

今日の事は既に打ち合わせ済みだったため、明日奈は特にその事を気にしてはいなかった。

病院を出ると八幡は、明日奈の手を引いて、駐車場の方へと連れていった。

 

「あれ、八幡君どこに行くの?」

「ん、ああ……ここだ。さあ、乗ってくれ」

「えっ?」

 

 八幡は、駐車場に止めてあった、一台の白い車のドアを開け、

明日奈を助手席に乗せると、自分は運転席に乗り込んだ。

 

「え?え?いつの間に車の免許を?」

「実は明日奈のリハビリを手伝いがてら、近くの教習所に通ってたんだよ。

学校もまだ始まらないし、多少手が空いてたんでな」

「なるほどね」

「教習所とは別に、ハル姉さんの家の庭で、執事の都築さんに散々しごかれたよ。

ストレートで卒業しないと、今日に間に合わなかったからな」

「そうなんだ……ハチマン君はこっそりそんな努力を……で、この車は?」

「買った」

「うわ、相変わらず行動が素早い……」

「貯金だけじゃちょっと足りなかったから、出世払いでハル姉さんに少し借りたけどな。

安物の車だが、間違いなく俺の車だ。助手席は明日奈専用だな。

あ、もしかしたら小町を乗せなきゃならない事もあるかもしれないけど、基本明日奈専用な」

「うん!」

 

 明日奈は目をキラキラさせながら、シートベルトを締めた。

これからここが自分の席になるんだと思い、嬉しくなった明日奈は、

八幡の頬に口付けしようとしたが、シートベルトのせいで届かなかった。

 

「むむむむむ、届かない……」

「ははっ」

 

 明日奈は八幡にクイックイッと手招きをし、

八幡はやれやれと思いながら、顔を明日奈の方に近付けた。

そのおかげで明日奈は目的を果たす事が出来、満足したようだった。

 

「むふ~」

「むふ~ってお前、子供じゃないんだから」

「いいの!さあ、レッツゴー!」

「はいはい」

 

 八幡はキーを回し、エンジンを始動させた。

 

「それじゃ、ダイシーカフェに向かうぞ」

「うん!みんな元気かな?」

「やっとリズに会えるな、明日奈」

「うん!他の人とはお見舞いに来てくれた時に会えたけど、

リズとはまあ、お互いリバビリがあったし、ゲームの中では会ったけど、

直接会うのは初めてだから、すごい楽しみ!」

「アルゴは来れるかどうか微妙らしいけどな」

「ハル姉さんもアルゴさんも忙しそうだもんね……」

 

 レクト・プログレスは解体され、ALOの運営は、雪ノ下系列の新会社に移行していた。

しばらくは引継ぎ作業もあるため、橋渡しをしたのが陽乃だった事もあり、

新会社との連絡役もこなしながら、陽乃はとても忙しい毎日を送っているようだった。

そしてアルゴは、陽乃が個人で雇う事が決定しており、

政府にも協力しつつ、アルゴは陽乃にいいようにこき使われているのだった。

八幡が一度、何故アルゴを雇ったのか聞いた時、陽乃はとても悪い顔をしながらこう言った。

 

「だって、何かその方が面白そうじゃない」

 

 そんな事を話しているうちに、目的地に着いた為、

八幡は駐車場に、少してこずりつつも車を止め、エギルに今着いたと連絡を入れた。

そして二人は、ダイシーカフェへと歩いて向かったのだった。

 

「ここだ」

「うわぁ、何か雰囲気があるお店だねぇ」

「エギルっぽいだろ?」

「うん、上手く説明は出来ないけど、何かエギルさんっぽい」

「よし、入るか。みんなもう集まっているだろうしな。

あ、今日は当然ゲーム内の名前で呼び合う事になってるから、宜しくな」

「うん!」

 

 二人は店の扉を開け、おそるおそる中を覗き込んだ。

 

「すまん、待たせたか……って、あれ?」

「誰もいないね?」

 

 テーブルには料理や、飲みかけの飲み物が雑多に並んでいたが、室内には誰もおらず、

二人は首をかしげながらおずおずと中に入った。

その瞬間に、カウンターの中や扉の陰に隠れていた仲間達が、

次々と飛び出してきて、一斉にクラッカーを鳴らした。

 

「遅いぞハチマン!」

「ハチマン君、アスナさん!」

「おうハチマン、ちゃんと運転出来たか?」

「アスナさん、相変わらず美人っすね!まあここにいる全員美人なんだけどな!

まったくハチマンの周りはどうしてこう……」

「アスナさん、お久しぶりです!」

「アスナさん、とても元気そうで良かったわ」

「ハチマン!アスナ!遅~い!」

「お兄ちゃん!お姉ちゃん!」

「ぐぬぬ、先輩、やっぱりお似合いです……」

 

 ハチマンは呆気にとられていたが、とりあえず謝る事にした。

 

「お、おう、車にあまり慣れてなくてな。まあ主に駐車場でまごついたわ、すまん」

「みんな、久しぶり!」

 

 ちなみに今日の参加メンバーは、発言順に、

キリト、リーファ、エギル、クライン、シリカ、ユキノ、ユイユイ、コマチ、イロハ、

そしてまだ発言していないリズベットに加え、今到着したハチマンとアスナだった。

 

 そんな中、後ろに隠れていたリズベットが、おずおずといった感じで前に出てきた。

 

「リズ!」

「アスナ!はじめまして、かな?」

 

 リズベットはアスナの名前を呼びながら、アスナに抱きついた。

アスナもリズベットをしっかりと抱きしめ、二人はやっと会えたと喜んだ。

そして、宴会のようなものが始まった。ようなもの、というのは、

男性陣と女性陣がきっちり分かれていたからであった。別に男女の仲が悪いわけではなく、

チーム・ハチマンの女性陣が全員集まるのが初めてだったからであり、

女性陣は積極的に会話を交わしながら、交流を深めていた。

ハチマンは女性陣をちらりと観察し、どうやら全員うまくやれてるらしいと思い、安心した。

男性陣は男性陣で、クライン以外は皆落ち着いていた。

エギルは妻帯者であり、キリトからは、リズベットと交際一歩手前との話を聞いていた。

ハチマンは言うに及ばず、この中で完全にフリー状態なのは、クラインだけなのであった。

 

「ハチマン、例の話なんだが……」

「おう、あっちもお待ちかねだぞ。そろそろ仕事の方は落ち着いたのか?」

「待たせちまって本当にすまねえ、そろそろ余裕も出てきたし、もういつでも大丈夫だ」

 

 クラインは、リハビリが終わったとはいえ、

以前と同様のポテンシャルで働くのはまだ難しかったらしく、

ハチマンに平塚を紹介してもらうのを、少し待ってもらっていた。

せっかく紹介してもらうのだから、しっかりとした状態で会いたいという、

それはクラインの、男の意地だった。平塚もそのクラインの話を聞き、快く了承していた。

 

「よし、それじゃあ先方の都合に合わせるから、セッティングを頼んでもいいか?」

「ああ。そこらへんは任せてくれ」

「さて、クラインに春が来るのかどうか、おいキリト、賭けるか?」

「うーん、賭けるなら、上手くいく方に賭けるかな」

「おお、我が心の友よ!そこまで俺の事を買っていてくれたのか!」

「いや、俺は大穴狙いだからな……」

「おいい?」

「何の話かしら?」

 

 クラインの大声を聞きつけ、女性陣もこちらに集まってきた。

 

「ああ、実はな、クラインを、平塚先生に紹介するって約束をしててだな……」

「あの平塚先生を?」

「おい、気持ちは分かるが、あのって言うな」

「うーん、あの平塚先生とクラインさんかー」

「ユイユイお前もか」

「ハチマン、俺、何か不安になってきちまったんだが……

あ、勘違いすんなよ、別に相手に不満があるとかじゃなくてだな、

女性と接した経験の少ない俺が、相手をちゃんとリード出来るのか、

そういう面で少し不安になったというかだな……」

「ふむ、いいかクライン、確かに平塚先生には、多少問題がある。

例えば必要以上に相手に自分を良く見せようとしてしまう所とか、

少しでもメールの返事が遅れると、つい長文で何通も送りつけてくる所とかだが、

そのあたりは俺がきっちり言い聞かせる。お前は素のままぶつかってくれればいい。

俺はお前なら絶対にやってくれると信じてるぞ、頑張れ」

「お、おう!任せろ!」

「ハチマン君、あなたもかなりすごい事を言っている気がするのだけれど」

「まあ、クラインならなんとかするだろ。あんまり外野が口を出すもんじゃないゾ」

「まあ、確かにそうだな」

「あ、エギル、オレっちはホットミルクな」

「あいよ」

「あ、エギル、それじゃあ俺にも頼むわ。一息つきたいしな」

「おう、待っててくれ」

 

 ホットミルクが二つカウンターに置かれ、ハチマンはそれを飲み、ほっと一息入れた。

隣の人は猫舌らしく、ふーふーしながらホットミルクを美味しそうに飲んでいた。

 

「何となくイメージ通りの猫舌なんだな」

「昔から暑いのは苦手でナ」

「熱いのって、駄目な人は本当に駄目だよな、アルゴ……って、アルゴ!?いつの間に!?」

「おお?」

「おい、アルゴじゃねーか!久しぶりだな!」

「よぉ、少し手が空いたから来てみたゾ」

「アルゴさん!」

 

 アスナは、嬉しそうにアルゴに抱き付いた。

 

「おお?どうしたアーちゃん、随分情熱的だナ?」

「だって、だって……捕まっていた私に、希望をくれたじゃない。

ずっとお礼が言いたかったんだよ」

「よしよし、よく頑張ったな、アーちゃん」

 

 ハチマンは、とりあえず二人はそのままに、ユキノ達ALO組にアルゴの事を説明した。

もちろん皆アルゴを歓迎し、場は一気に盛り上がった。

そんな状態の中、キリトはリーファがリズベットにとても懐いているようだったので、

密かに安堵していた。ハチマンも同じように、

ユキノとユイユイがアスナと楽しそうに話しているのを見て、安堵していた。

二人はお互いの考えている事を察したのだろう、顔を見合わせて、ニヒルに笑った。

もちろんその笑いは、二人にはまったく似合っていなかったのだが。

そして気が付くと、いつの間にか三時間が経過していた。

ハチマンは、終了のあいさつをしようと思い、立ち上がって皆に言った。

 

「さて、宴もたけなわだが、そろそろ解散の時間だ。

ここにいるメンバーは、皆俺の大切な仲間であり、友達だ。

あー……すまん、気の利いたセリフは思いつかない。月並みだが、これからも宜しく頼む」

 

 こうしてハチマンとアスナは、高校生活の二年間をSAOに拘束され、

それと引き換えに、かけがえのない仲間を、友達を得た。

今後二人は、ALOを中心に活動していく事になるのだが、

たくさんの仲間達が、彼らと共にある事だろう。

 

 

 

 こうしてSAOに端を発する一連の事件は幕を下ろしたが、

ハチマンとアスナの物語は、この後も続いていく。



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第三章 ALO~アフター~編
第133話 影の功労者


2018/03/11 句読点や細かい部分を修正


「おい菊岡さんよ、そろそろオレっちを退院させてくれてもいいんじゃないのカ?」

「それについては本当に申し訳なく思っているんだが……

もしかしたら、君のハッカーとしての腕が必要になるかもしれない状況なんだよね……」

 

 アルゴは菊岡の手によって、入院という名の軟禁状態にあった。

最もそれは、菊岡が犯罪を犯しているという事ではなく、

過去のアルゴの行いによるものだった。

アルゴは過去に何度も色々な組織のサーバーに進入しており、

データを盗み出す等の犯罪行為は犯してはいなかったものの、

情報を閲覧する事が三度の飯より大好きという、行き過ぎた知識欲を持っている人物として、

菊岡が公安に所属していた時からずっと菊岡にマークされていた存在だった。

菊岡は、今回の事件の被害者の中にアルゴがいたのを利用して、

いち早く彼女の身柄を押さえ、彼女の情報が外に漏れないようにしていた。

もちろんいずれ何かの時に利用させてもらうつもりで、

病院の手配等、諸々の事でアルゴに貸しを作るのが目的だったのだが。

そしてついにその時が来た。ハチマンらの手によって、アスナがALO内にいる事が発覚し、

レクト・プログレスを調査する必要性が出てきたのだ。

菊岡が真っ先に白羽の矢を立てたのがこのアルゴだったのだが、

アルゴは菊岡に不信感を持っていたため、口先の説明だけではその事を信用せず、

菊岡はアルゴを説得するための材料を持ち、今まさにアルゴを説得している最中であった。

 

「……これじゃ足りませんかね」

「写真を用意するくらいならいくらでも出来るだロ?」

「まあそうですよね……これはもう直接話してもらうしかないのかなぁ」

 

 アルゴはアスナらしき人物が写った写真や、ハチマンらの写真を見せられても納得せず、

菊岡はいよいよ本人達に会わせるしかないかと考えていたのだが、

その時菊岡の携帯が鳴った。

 

「ちょっと失礼……はい、菊岡です。ああ、陽乃さん、はい、はい、

わかりました、ちょっとハンズフリーにするのでお待ち下さい……もう大丈夫です」

 

 菊岡は、いいタイミングだと思いながら通話がアルゴにも聞こえるようにした。

アルゴは腕を組みながら、大人しくその会話を聞いていた。

 

「と、いうわけで、ハチマン君が、何人かの仲間に連絡をとってほしいんだって。

名前をもう一回言うわね。クライン、エギル、シリカ、アルゴの四人よ。

本当はダイシーカフェって所に集合予定だったらしいんだけどね、

状況が変わって、どうしても助けが欲しい状況になっちゃったのよね」

 

 その名前が出た瞬間、アルゴはピクリと反応したが、表向きは興味が無さそうにしていた。

菊岡はそれを見てほくそ笑み、会話を続けた。

 

「なるほど、ハチマン君が是非連絡をとってほしいと、そういう事でいいんですね?」

「はい、菊岡さん」

「お、ハチマン君もそこにいたんだね」

「はい。俺とキリトも全力を尽くすつもりでいますが、

打てる手は全て打っておきたいんです。アスナを助けるために、

俺が心から信頼出来る仲間達の助けをどうしても借りたいんです」

 

 アルゴは、ハチマンの声と内容から本人だと確認し、

菊岡に、もういいという風に合図を送った。

 

「事情はわかりました。それくらいおやすい御用ですよ、至急手配しますね」

「ありがとう菊岡さん。ところで協力を依頼した人との交渉はまとまったのかしら?」

「あ、それなら今まさに交渉中だったんですけど、今の電話の間に話がまとまりました」

「え、交渉中だったの?」

「はい、ありがとうございます。やっぱり聞かせたのは正解でしたね」

「もういいぞ菊岡さん。アーちゃんの為に、オレっちは全力を尽くすと約束するぞ。

すぐに動くから、機材を手配してくれよナ」

 

 菊岡はアルゴに頷き、電話に向けて報告をした。

 

「無事交渉成立です。これからすぐに行動を開始するとの事です」

「やった!八幡君、さっき言ってた人、交渉成立だって。

今あっちはハンズフリーらしいから、お礼を言っておくとよいよ」

「あ、そうなんですか?ありがとうございます。必ずこの恩はお返しします」

 

 その懐かしい声を聞いたアルゴは心の中で、ハチマンに返事をした。

 

(絶対アーちゃんを助けような、ハー坊、キー坊。オレっちも全力を尽くすゾ)

 

 こうしてアルゴは菊岡の依頼を引き受ける事を決断し、ついに動き出したのだった。

 

 

 

 まず最初にアルゴは、協力者だという二人の人物に会う事になった。

一人はハチマンの友達で、もう一人はハチマンの姉的存在の人物だという。

アルゴは与えられたマンションの一室に、菊岡を含む三人を迎え入れた。

 

「アルゴ君、お待たせ。連れてきたよ」

「オレっちはアルゴ、宣しくナ……お願いします」

 

 いつもの通り、軽い感じで挨拶をしようとしたアルゴは、

陽乃を見た瞬間、思わず丁寧な言葉遣いで挨拶を言い直してしまった。

 

(ハー坊の姉的存在?そんないいもんか、やべー、やべーよ、こいつは絶対にやばい奴ダ)

 

 陽乃はしばらくアルゴをじっと見つめていたが、

いきなり笑顔になったかと思うと、アルゴの背中をバンバン叩いた。

 

「やだなぁ、そんなに緊張しなくてもいいんだよ?

私は雪ノ下陽乃、よろしくね、アルゴちゃん」

「我は材木座義輝!宜しくお願いするであります!」

「よ、宜しく……」

 

(ハー坊の周りはこんなのばっかりなのカ!?)

 

「私の事は、親しみを込めてさえあれば、どう呼んでもいいからね、アルゴちゃん。

材木座君の事は……うん、好きにしてね」

「はぁ……それじゃボスと材木っちデ」

「ええ~?その呼び方はかわいくない~!お姉さん悲しい~!」

「いや、そういうのは別にいいんで……相手の実力は大体分かるんデ……」

「実力?」

「だってボスは、普通に戦える人ダロ?」

「へぇ~、そういうの分かるんだ」

 

 陽乃は目を細めながらアルゴに言った。

 

「菊岡さんと材木っちと三人でかかっても、まったく勝てる気がしないナ」

「そう……菊岡さん、もう帰ってもらって大丈夫よ。後はこの三人で話すわ」

「……分かりました。それじゃ、連絡だけ密にお願いしますね」

「はいは~い」

 

 陽乃はひらひらと手を振り、菊岡はそのまま帰っていった。

アルゴは陽乃が菊岡を追い出した事を理解しており、戦々恐々としていた。

 

「さてアルゴちゃん」

「はい、ボス」

「あ、今後はずっと、好きな喋り方でいいからね」

「分かったぞ、ボス」

 

 そして陽乃は唐突にアルゴにこう尋ねた。

 

「で、アルゴちゃんは、ハチマン君のために死ねるのかしら?」

「無理だナ」

「ほほう?」

「オレっちが死んだらハー坊が絶対に悲しむ。だからオレっちは絶対に死ねない。

結果的に死ぬ事はあっても、自分からは死ねない。だから答えはノーだゾ」

 

 それを聞いた陽乃は、我が意を得たりという風に頷いた。

 

「オッケー、ごうかーく!」

「そんなんでいいのカ?」

「当然よ。私も材木座君も、彼の事が好きでずっと一緒にいたいと思っているわ。

だから安易に死ぬ道を選ぶ事はしないし許されない。

あなたが今言った通り、彼が悲しむからよ。生きて生きて、必ず彼の笑顔を見る。

そのためにあなたの力を私達に貸して頂戴」

「ハー坊だけじゃなく、仲間達全員のためでいいなラ」

「ハチマン君のためにって言ったのはまあ、言葉の綾みたいなものだから問題ないわ」

 

 その遣り取りを聞いていた義輝は、目をうるうるさせながら言った。

 

「我は今、とても感動している!」

「相変わらず暑苦しいなぁ、材木座君」

「材木っちは面白いな、これから宜しく頼むゾ」

「承った!」

「それじゃ、今後の事を相談しましょう」

 

 

 

 それからの三人は、基本裏方に徹し、ハチマンの動きに合わせて、

ポイントポイントで重要な役割を果たす事となった。

 

 

 

「アルゴちゃん、潜入可能な日が決まったわ、材木座君の連絡を待って頂戴」

「よし、ここからフルダイブする。材木っち、何かあったらすぐにオレっちを戻してくれナ」

「了解!」

 

 

 

「……ボス、中でアーちゃんを確認、首尾よくIDカードを渡す事に成功したゾ」

 

 

 

「弁当の出前を取るみたいです!それに乗じて潜入を!」

「材木っち、ここを押せば、ハー坊達を少しは楽にしてやれるぞ。

その役目は材木っちに任せる事にするゾ」

「八幡、今我が助けるぞ!」

 

 

 

「ボス、作戦は成功したぞ。すぐに二人で離脱する。無理しないでくれヨ」

「残っているのは二人だけなんでしょう?余裕余裕。でもまあ油断はしないようにするわ。

ありがとね、アルゴちゃん」

 

 

 

「乾杯!二人とも、本当にご苦労様。私達の勝利よ!」

「うぅ……我はやったぞ!八幡!」

「アルゴちゃん、今後も私の下で働かない?会社としてじゃなく、個人としてね。

材木座君も、望むなら就職のお世話くらいはするわよ。今回の働きは見事だったわ」

 

 今回この三人の果たした役割は、とても大きなものだった。

その功績は、ハチマンを中心とした仲間達しか知らないが、

ALO事件の一番の功労者が、彼らであった事は間違いない。



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第134話 明日奈の転院

2018/06/10 句読点や細かい部分を修正


 明日奈が現実世界に帰還してから二ヶ月が経過していた。

若干回復が遅れていた明日奈だったが、この頃には体力もかなり戻っており、

もうすぐリハビリも開始出来そうだ。

八幡は、明日奈が解放されてから、今日まで一日も欠かさず明日奈の病院に通っていたため、

その日も明日奈は、八幡が到着するのを今か今かと待ちわびていた。

そしてあと三十分で約束の時間という頃、病室の扉がノックされ、

明日奈は八幡が早く来たのだと思い、扉に向かって、どうぞと声を掛けた。

だが残念な事に、扉を開けて入ってきたのは年上の見知らぬ女性だった。

 

「こんにちは~!」

「あ、こんにちは。えーっとごめんなさい、失礼ですが、どちら様ですか?」

「初めまして、私の名前は雪ノ下陽乃。あなたのお姉さんになる女よ!」

「ほええ?」

 

 いきなりそう言われても、明日奈にはまったく意味が分からなかったが、

落ち着いて考えると兄の恋人なのかもしれないと思い当たり、

明日奈は陽乃に事実関係を確認する事にした。

ちなみに内心では、兄にこんな美人の彼女が出来るはずがないと確信してはいたのだが。

 

「あの、もしかして、兄の彼女さんとかですか?もしくは婚約者とか」

「ん?ああ~浩一郎さん?彼とは同僚だし、面識もあるけど残念ながら違うわよ」

「あ、レクトの方なんですね」

「今日は仕事で来たんじゃないけど、まあ確かにその通りよ。

それでは答えの発表です!正解は、八幡君のお姉さんでした!」

「ほええ?」

「その反応は今日二回目だね、明日奈ちゃん」

「八幡君のお姉さん?あれ?えーっと、八幡君にお姉さんなんかいましたっけ?」

 

 明日奈の記憶では八幡に姉はいないはずだ。それは間違いない。

陽乃は人差し指を立て、チッチッと横に振り、明日奈に説明を始めた。

 

「ノンノン、私は八幡君の義理の姉……うーんちょっと違うな、

魂の姉?心の姉?うーん……あ、そうだ、姉的存在?みたいな?」

「姉的存在……あっ、もしかして今回色々と助けて下さった方ですか?思い出しました!

八幡君が前教えてくれた陽乃さんだ!今回は本当にありがとうございます!」

「いいのよ、妹のためなんだから」

「んん~?」

「よく考えてごらんなさい。私は八幡君のお姉さん。つまり、あなたのお姉さんでしょ?」

「あっ」

 

 明日奈は陽乃の言葉の意味を理解した瞬間、満面の笑みを浮かべ、陽乃に言った。

 

「八幡君が、私にこんな素敵なお姉さんをくれた!」

「え?」

「陽乃姉さん……ちょっと語呂が悪い……ハル姉さん、うん、これだ!」

「えーっと……」

「ハル姉さん、ハル姉さん、私は結城明日奈です!末永く宜しくお願いします!」

 

 陽乃は、いつの間にか主導権を握られた事にぽかんとしたが、

直ぐに面白そうに笑い出した。

 

「あはははは、さすがは八幡君の選んだ人だね。でも知らない人を簡単に信用しちゃ駄目だよ?

もしかしたら私は、明日奈ちゃんを誘拐しようと忍び込んできた、悪人かもしれないよ?」

「あっ……ごめんなさいハル姉さん」

「ううん、いいのよ」

 

 陽乃は謝る明日奈をなだめつつ、こんな疑問を口にした。

 

「明日奈ちゃんは慎重そうに見えるのに、一瞬で私の事を信用しちゃったけど、何で?」

「ハル姉さんから、八幡君がたまに出す雰囲気に似た気配を感じたからです」

「ほほう?」

「相手を見極めようと観察しているような、それでいてどこか優しい、そんな雰囲気です」

「観察……なるほど……」

「だから疑う気には、まったくなれませんでした!

でも今度からはもう少し気を付けます、ごめんなさい、ハル姉さん」

 

 その天使のような明日奈の微笑みを見て、どうやら陽乃は我慢出来なくなったようだ。

 

「もう~、かわいいなぁ!」

「きゃっ」

 

 そう言って陽乃は、いきなり明日奈を押し倒した。

 

「よいではないかよいではないか!」

「え、ええ~……」

 

 陽乃は明日奈に馬乗りになり、徐々に明日奈の顔に、自分の顔を近付けていった。

次の瞬間、扉がノックされ、明日奈が返事をする前に陽乃が返事をした。

 

「はい、どうぞ~」

「明日奈、具合はどうだ……って、一体何をやってるんすか……」

 

 八幡はベッドの上の光景を見て、こめかみを押さえながら言った。

 

「えーっと、悪代官ごっこ?」

「何すかそれ……」

「よいではないかよいではないか!」

 

 陽乃はそんな八幡を無視し、再び唇を付き出して明日奈に顔を近付けていった。

それを見た八幡は、咄嗟に口走った。

 

「おい馬鹿やめろ、それは俺の役目だ」

 

 それを聞いた陽乃はピタッと動きを止め、八幡の顔を見てニタァっと笑った。

明日奈は、いやいやという風に陽乃の攻撃を防いでいたが、

その八幡の言葉を聞き、顔を真っ赤にしてフリーズした。

 

「あっ、いや、今のは間違い……ではないな、えーっと……アレがアレだ」

 

 陽乃は明日奈をチラッと見ると、再び八幡の顔を見てニヤニヤした。

 

「あっ、ちっきしょ、わざとだな!陽乃さん、俺が来るのを分かってて、わざとやったな!」

「ノンノン、ハ・ル・ね・え・さ・ん」

「あ?」

「リピートアフターミー、ハ・ル・ね・え・さ・ん」

「ハ、ハル姉さん?」

「うん、よろしい」

 

 陽乃はそう言うと明日奈を開放し、ベッド脇の椅子に座って、

隣の椅子をぽんぽんと叩き、八幡に座るように促した。

 

「で、ハル姉さんって何ですか?」

「明日奈ちゃんが決めた、私の呼び方よ。

つまり、これから八幡君も私の事をそう呼ぶって決まったって事よ」

「そうなのか?明日奈……あれ、お~い、明日奈」

 

 八幡は明日奈の頬をぺちぺちと叩いた。

そのおかげで明日奈はやっと我に返り、八幡の顔を見ると、何故か唇を付き出してきた。

 

「ん~っ」

「おい明日奈、まだ頭が寝てるのか?」

「えっ?八幡君の役目は?」

「うっ……こ、今度ハル姉さんがいない時にな」

 

 陽乃はそれを聞き、八幡に抗議した。

 

「え~?私の事は気にしないでいいのに」

「いいえ、気にします。明日奈も早く目を覚ませ」

「もう、私の事も気にしないでいいのに」

 

 明日奈もそれを聞き、八幡に抗議した。

 

「明日奈は一度落ち着こうな。まったく、やっかいなのが二人に増えた気がする……」

「姉妹なんだから普通じゃない?」

「そうそう、姉妹なんだから普通だよ?八幡君」

「二人とも随分仲が良くなったんだな……で、今日はどうしたんですか?陽乃さん」

「あ、そうそう、実はね、明日奈ちゃんに病院を移ってもらおうと思ってね。

明日奈ちゃんのご両親は今ほら、とても忙しいじゃない?

なのでうちの系列の、具体的には八幡君とキリト君がリハビリをしていた病院で、

リハビリをしてもらうのがいいんじゃないかって思ってね」

 

 その至極真っ当な提案に、八幡は頷いた。

 

「なるほど」

「ハル姉さん、いいの?」

「設備的にはそんなに変わらないんだけど、あっちの方が八幡君の家に近いからね。

その方が明日奈ちゃんも心強いでしょ?」

「はい!」

 

 八幡は、さすがにお世話になりっぱなしなのが心苦しかったのか、

陽乃に頭を下げながら言った。

 

「何から何まですみません、陽乃さん」

「ちょっと前なら八幡君とキリト君もいたんだけど、先日退院しちゃったのよね。

なので、八幡君の使ってた部屋に、そのまま入ってもらう事になるわ。

ちなみに部屋の中は全てそのままにしてあるわ。

もちろんベッドのシーツもまだ洗ってないわよ、明日奈ちゃん」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ピキーンと明日奈の瞳が輝いた………気がした。

 

「今すぐ行きましょう早く行きましょう、さあ行くよ、八幡君!」

「おい明日奈…………」

 

 八幡がドン引きしているのに気付いた明日奈は、慌てて今の自分の言葉を否定した。

 

「も、もちろん冗談だよ、私は別に、

八幡君の匂いのするベッドでごろごろしたいなんて思ってないよ!」

「明日奈、目が泳いでるぞ」

「き、気のせいだよ」

 

 明日奈はやれやれという風に、八幡に向けて肩を竦めたが、

明日奈が陽乃にウィンクで何か合図を送ったのを、八幡はしっかりと目撃していた。

 

「まあ……別にいいけどな」

「さっすが八幡君、心が広いねぇ!」

「よっ、さすがは私の八幡君!」

「もうそういうのはいいから……で、陽乃さん、いつ移動するんですか?」

「もうご両親には話を通してあるし、準備が出来次第かな」

 

 その言葉に明日奈は即答した。

 

「ハル姉さん、準備出来ました」

「それじゃ行きましょうか」

「え……明日奈、本当に準備はいいのか?」

「だって、私の私物って、ここにはまったく無いもの。服は全部病院のだし、

移動してから着替えてこっちに送り返せばいいしね。あえて言うならナーヴギアくらいだね」

「あー……まあ確かにそうだよな。それじゃ行くか」

「それじゃ八幡君、明日奈ちゃんをお姫様抱っこして、そこの車椅子まで運んでね」

「了解です」

「八幡君、抱っこ!」

「はいはい」

 

 八幡は、特に恥ずかしがる事も躊躇する事もなく、そのまま明日奈を抱え上げた。

 

「明日奈は軽いな。今の俺の筋力でもいつまでも持ち上げていられそうだ」

「う、うん、さすがにダイエットしすぎだよね」

「まあ、一緒にリハビリを頑張ろうぜ、俺も毎日手伝うからさ」

「うん!ありがとう!」

 

 八幡は明日奈をそっと車椅子に乗せ、揺らさないように気をつけながら、

明日奈を外に駐車してあった雪ノ下家のリムジンのところまで連れていった。

こうして明日奈は、八幡が入院していた部屋へと移動する事になったのだった。



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第135話 スクリーンショット

2018/06/10 句読点や細かい部分を修正


 病院に着いた八幡達を出迎えてくれたのは、リハビリ担当の鶴見先生だった。

 

「八幡君、こっちこっち。患者さんはこの車椅子にお願い」

「はい」

 

 八幡は再び明日奈を抱き上げ、そっと車椅子に乗せた。

 

「明日奈、こちらの方がリハビリ担当の鶴見先生だ」

「結城明日奈です、先生、宜しくお願いします」

「初めまして、鶴見です、こちらこそ宜しくね、明日奈さん。

明日から一緒にリハビリを頑張りましょう」

「はい」

「それじゃ八幡君、このまま病室に向かいましょう」

 

 一同は、そのまま八幡が先日まで入院していた病室へと向かった。

病室の前に着くと、鶴見はまだ仕事があるらしく、また明日ねと言って去っていった。

八幡は扉を開けようとしたが、壁に貼られていたSSの事を思い出し、

扉を開けるのを中断し、慌ててこっそりと陽乃にSSの事を尋ねた。

 

「陽乃さん、あのSSはどうしました?」

「ん~?新しいSSと入れ替えてあるよ。ほら、グランドクエストに突入する直前の奴」

「あー、あれですか」

「うん、だから安心していいよ」

「いや、俺は別に……」

「さすがにいきなりあれは、恥ずかしいだろうと思うしねぇ」

「……ありがとうございます」

「いえいえ~」

 

 実は八幡は、グランドクエストが開始される直前に何枚か、

仲間達のSSを撮影していたのだった。

もちろん明日奈に見せようと思い、撮ったSSだった。

そして中に入ると、その時の写真が綺麗に整理されて一枚のパネルとして飾られていた。

 

「八幡君、これって……」

「ああ、明日奈を助ける為の戦闘に集まってくれた、仲間達の写真だ」

 

 その人数の多さに、さすがの明日奈も驚いたようだ。

 

「うわぁ、すごいなぁ」

「ちなみにこれがキリトだ」

「あっ、確かにキリト君っぽいね」

「あとこれがリーファだな。驚け、キリトの妹だ」

「あっ、そういえば妹がいるって聞いた事があるかも」

「そしてこれが、クラインとエギルとシリカだな」

 

 その瞬間に明日奈の興奮が、いきなり最高潮に達した。

 

「シ、シリカちゃんに猫耳が!」

「食いつくとこ、そこかよ」

「だって猫耳だよ?あのかわいいシリカちゃんに、猫耳がついてるんだよ?」

「はいはい、次の説明に移るぞ。ここからは明日奈の知らない人だからな」

 

 八幡は、興奮状態の明日奈をなだめつつ、説明を続けた。

 

「これは分かるな」

「うん!我が愛しの妹コマチちゃん!そして猫耳!」

「そしてこれが、陽乃さんの妹のユキノだ。高校の部活仲間だな」

「奉仕部の人なんだね」

「こっちがユイユイ、同じく高校の部活仲間だな」

「話に聞いてた二人かな?早く会ってみたいなぁ」

 

 この二人の事は何度も聞いていた為、明日奈はわくわくした顔でそう言った。

 

「すぐに会えるさ。そしてこれはイロハだ。元生徒会長で俺の後輩だな」

「八幡君と生徒会って、なんだかイメージが沸かないなぁ」

「こっちはメビウス先輩、元生徒会長で、ウンディーネの領主だな」

「って事は、二代続けて生徒会長と知り合いなのかな?」

「ああ、部活で色々と生徒会の手伝いをな。とりあえずここまでが、内輪の仲間だ」

 

 そして陽乃が明日奈にこう尋ねた。

 

「ねぇ明日奈ちゃん、ここまでで何か気付かない?」

「ん?ハル姉さん、俺の説明で、何か気になる事でもありましたか?」

「ほら、明日奈ちゃんには包み隠さず事実を知らせないとね」

「事実、ですか?」

「えーっと……」

 

 明日奈はSSをじっと見ながら考え込んだ。

そしてある事実に思い当たったのか、ポンと手を叩き、陽乃に返事をした。

 

「ハル姉さん、八幡君のSAO以外の知り合いが、女性しかいません!」

「正解~!」

「おいこらいきなり誤解を生むような事を……」

「で、どう思う?」

「やっぱり私の八幡君は、女性に人気なんだなって実感しました!」

「でしょう?私も含めて、みんな八幡君の事が大好きなんだよ!」

「はい!とても嬉しいですハル姉さん!」

 

 八幡は陽乃に抗議をしかけていたが、その明日奈の言葉を聞いてビシッと固まった。

 

「八幡君、何を固まっているの?」

「いや、明日奈の脳内理論に俺の脳が付いていかないというかですね……」

「私はね、明日奈ちゃんは絶対にヤキモチを焼かないって思ってたよ」

 

 陽乃が突然そんな事を言い、明日奈はきょとんとした顔で陽乃に言った。

 

「えっ?ヤキモチですか?私はそういうのは特には……むしろ想定内というか、

彼氏がもてるのは誇らしいです!」

「明日奈ちゃんはやっぱりすごいなぁ、普通はヤキモチを焼く場面なんだけどね」

「あ~、まあ二年間ずっと一緒にいて、ずっと八幡君を見てきたので、

何て言えばいいのかな……八幡君は女性に対しては不器用ですけど、

とても優しいですから、その分かりにくい優しさをちゃんと理解して、

八幡君を好きになる女性は多いんじゃないかって思ってましたしね。

八幡君、SAOの中では、約束した事はちゃんと守ってくれたんですよ。

そんな八幡君が、SAOの最後でずっと一緒だって約束してくれたんです。

だから何も心配する事は無いっていうか、何かあったとしても、

それは私の早とちりや勘違いだと思うから、だから私は大丈夫なんです、ハル姉さん」

「明日奈ちゃんは、すごいというか、強いんだね。羨ましいなぁ」

「あ、ありがとうございます」

 

 ちなみにいずれ起こる死銃事件の際には、八幡の周りに女性が大量に増えた為、

明日奈はその女性達を飴と鞭を使って上手く制御していく事となる。

 

「でもね、そういう女は、得てして男にとっては便利な女になりがちなのも確かよ。

だからたまには、思いっきりヤキモチを焼いたり、わがままも言ってあげなさい。

それが円満の秘訣よ、明日奈ちゃん」

「あっ、そうですね、それじゃあ早速……これはどういう事なの八幡君!ぷんぷん!」

「ぷんぷんってお前……」

「じゃあ、えーっと、ぷいっ」

「かわいいな、おい」

「はい、私に見せ付けるのはそこまで!」

 

 さすがに予想外の流れに耐えられなくなったのか、陽乃は二人にストップをかけた。

そんな中八幡は、一応明日奈に弁明をする事にした。

 

「明日奈、ALOをやっていたのがたまたま奉仕部繋がりのメンバーだっただけで、

俺の周りが女性だけって事は無いんだぞ。実際この前、葉山と戸部に会っただろ?」

「あっ……ごめんなさい、確かにその通りだね」

「ああ、そういえば隼人に会ったのね」

「うん!」

 

 次に八幡は携帯を操作し、明日奈に写真を見せた。

 

「あとこういうのもいる。アルゴと一緒に外部からフォローしてくれた、材木座だ」

「うわ、大きな人だねぇ」

「あと、これが戸塚だ」

「え?これは女の子でしょ?」

「いや、正真正銘戸塚は男の子だからな」

「ええっ?この美少女が!?」

 

 明日奈はそう言って探るような目つきで陽乃の顔を見た。

 

「あ、うん、確かに戸塚君は男の子だよ、明日奈ちゃん」

「そうなんだ……」

 

 そんな明日奈に八幡は困った顔で抗議した。

 

「おい明日奈、さっきは俺の事、信じてるみたいな事を言ってなかったか?」

「そんな事言ってませ~ん、約束は守るって言っただけですぅ」

「あー、まあ確かにそうだったな」

「八幡君、時間も遅いし、残りの人の事もぱぱっと説明して、そろそろお開きにしましょう」

「確かにそうですね、よし明日奈、少し脱線しちまったが、続けるぞ」

「うん」

「これがレコンだ、リーファのクラスメイトだそうだ。

ちょっとなよっとしてはいるが、中々男気がある奴で、俺は気に入ってるぞ」

「そうなんだ」

「こっちはユージーン、キリトに負けるまで、ALOで最強と言われていた男だ。

サラマンダーの領主の弟だそうだ。こっちはシルフ領主のサクヤさん、

あとこっちが、ケットシー領主のアリシャさんだな」

「そんなに沢山えらい人と繋がりがあるんだね。短い期間だったはずなのに、すごいなぁ」

 

 八幡はSSの説明を終えると、最後に陽乃の方を見てこう言った。

 

「次が最後になる。SSは無いんだが、この人が、事実上ALOで最強のプレイヤー、

陽乃さんこと、ウンディーネの元領主のソレイユさんだ」

「はい、私がソレイユでーっす!」

「ハル姉さんが最強?すごい!」

「半分引退してるような状態だけどね。ところで明日奈ちゃん、

またナーヴギアを被る勇気はある?」

「はい、大丈夫です。つらい思い出もあるけど、でもやっぱり、

私と八幡君が出会うキッカケになってくれたマシンですから、怖くありません。

というわけで、もう兄には絶対に返しません、私が使います」

「オッケーオッケー、それじゃあ昼のリハビリと平行して、

夜にプレイ出来るように、ALOのソフトを用意しておくね」

「はい、ありがとうございます、ハル姉さん!」

 

 その日はそこでお開きとなり、八幡と陽乃は帰っていった。

明日奈は一人でSSを見ながら、ALOにインした時の事を考え、

自由自在に飛ぶ自分の姿を想像し、少し興奮してしまったため、すぐには寝れなかった。

ベッドから八幡の匂いがしていたという理由もあったのだが、

それは明日奈の名誉のためにも触れないでおく。

そんな時明日奈は、枕元に、一枚のメモと共に何かのスイッチが置いてあるのを発見した。

そのメモには、明日奈ちゃんにプレゼントだよ、という文字が書いてあった。

 

「これ、陽乃さんかな……とりあえず押してみよう」

 

 明日奈がそのボタンを押すと、壁の写真が捲れ、その下から、

ハチマンとアスナの結婚写真が現れた。

 

「あっ……このSSのデータ、残ってたんだ……どうしよう、すごく嬉しい」

 

 明日奈は、二度と見れないと思っていたSSを再び見る事が出来たため、

幸せいっぱいな気分に包まれ、そのままいつしか眠りについたのだった。



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第136話 落ちる

2018/06/10 句読点や細かい部分を修正


「お~いキリト、ここだここだ」

「ハチマン!」

 

 その日ハチマンとキリトは、スイルベーンで待ち合わせをしていた。

もう少ししたら、アスナとリズベットがALOにログインしてくる為、

二人はそれを迎えに来たのだった。

 

「それじゃ、行くとするか」

「おう」

 

 二人は飛び立ち、かつて自分達が出現した座標へと向かっていった。

 

「リズの調子はどうだ?」

「うん、まあ俺達もそうだったけど、結局筋力を取り戻せばいいだけだしな。

おかしな病気とかも無かったみたいだし、すごく元気だよ」

「そうか……アスナはハル姉さんの影響をかなり受けていてな……」

「ハル姉さん?陽乃さんの事か?」

「ああ、アスナがそう呼ぶ事に決めたらしくてな……

アスナの奴、随分と陽乃さんに気に入られたみたいだ」

「……ハチマン、アスナを絶対に怒らせるなよ。

もしそうなったら、絶対に陽乃さんも敵にまわるぞ」

「……心しておく」

 

 二人はそんな雑談をしながら飛び続けていた。

 

「確かこの辺りだったよな?」

「うん、見覚えがある、この辺りだな」

 

 そして二人は、SAOのクリア時のアスナとリズベットの位置の事を考え、

二手に分かれる事にした。

 

「それじゃ俺は上だな」

「俺は下だな。ハチマン、アスナを落とすなよ」

「おう、まあ頑張って見つけるさ」

「アスナの事だから、案外俺達みたいに自力で飛ぶかもしれないけどな」

「まあ陽乃さんに色々と質問してたみたいだし、その可能性は高いけどな」

「それじゃそろそろ時間だ、健闘を祈る」

「おう、首尾よく合流したら、そうだな、あの木の所で待ち合わせな」

 

 そう言ってハチマンは、少し離れた所に立っている木を指差した。

 

「オーケー。それじゃ後でな」

「おう」

 

 ハチマンはキリトと別れると、上へ向かった。

そしてウィンドウに表示されているリアル時間を見つめながら、アスナの到着を待った。

やがて時間になり、ハチマンは周囲を見回し、アスナを必死に探した。

 

「んっ……あれか」

 

 遠くに人影が見え、ハチマンは、そちらに向かって飛んでいった。

その人影は、安定はしていないみたいだが、何とか自力で飛べているようだ。

 

「どうやら平気みたいだな。とりあえず安心か。

……おっ、アスナもこっちを見付けたみたいだな」

 

 ハチマンは、アスナがちらりとこっちを見たのを確認し、そう判断したが、

次の瞬間、突然アスナが叫んだ。

 

「あ~れ~、落ちる~~~~~」

「うおい、何だその棒読みは、って本当に落ちてるのか?

くそっ、どっちなのか分からないが、とにかくまずい!」

 

 突然アスナが落下し始めたため、ハチマンは速度を上げ、アスナをしっかりと受け止めた。

お姫様抱っこであった事は言うまでもない。

 

「ありがとうハチマン君、でもびっくりしたせいか、まだちょっと力が入らないの。

もし迷惑じゃなかったら、このままリズの所に連れてって」

「大丈夫か?」

「うん、多分少ししたら復活すると思う」

「そうか、よし、それじゃあこのまま待ち合わせ場所に向かうぞ」

「うん」

 

 約束の木の下に着くと、そこには既に、キリトとリズベットがいた。

アスナはリズベットを見ると、突然元気になったのか、

ハチマンの腕の中から飛び降り、リズベットに抱き付いた。

 

「リズ!」

「アスナ!」

 

 二人は抱き合い、ハチマンとキリトはその光景を微笑ましそうに眺めていた。

そしてアスナはリズベットの耳元で何かを囁いた。

その直後にリズベットがキリトに、飛び方を教えてくれと頼んできた。

 

「浮く事は出来るんだけどね、ほら」

 

 その言葉と共に、リズベットは凄い速度で上空へ上っていった。

それはとても浮くといった表現では納まらないものだった。

 

「うおっ」

 

 キリトは慌ててその後を追った。そしてその直後に上空から、

リズベットの棒読みの声が聞こえてきた。

 

「あ~れ~、落ちる~~~~~」

 

 その声を聞いたハチマンは、バッと振り向いてアスナの顔を見た。

アスナは自然体を装いつつも、ハチマンから目を背けていた。

 

「な、なぁアスナ…」

「ん、ど、どうしたの、ハチマン君」

「俺はこの光景に見覚えがあるんだが……このやり口は……ハル姉さんか!

おいアスナ、奴に一体何を吹き込まれた!?」

「な、何の事かな、何か証拠はあるのかな?」

「ぐっ……」

 

 その直後に、リズベットをお姫様抱っこしたキリトが上から降りてきた。

 

「ふう、びっくりしたな、気を付けろよ、リズ」

「うん!」

 

 リズベットはキリトの腕の中から飛び降り、嬉しそうにアスナに駆け寄った。

 

「ありがとうアスナ、アスナの言った通りやったらバッチリだったよ!」

「ちょっ、リズ、それは言っちゃ駄目!」

 

 アスナは慌ててリズベットの口を塞いだが、もう手遅れだった。

 

「……アスナ」

「な、何かな、ハチマン君」

 

 ハチマンはアスナに、おいでおいでと手招きをしていた。

アスナはいやいやと首を振って、リズの後ろに隠れた。

そんな中、事情が分かっていないキリトがハチマンに尋ねた。

 

「ハチマン、何かあったのか?」

「おいキリト、ちょっと耳を貸せ」

「あ、うん」

 

 ハチマンはキリトの耳元で、ごにょごにょと今までの経緯を説明した。

それを聞いたキリトもバッと振り向き、リズベットの顔をじっと見つめた。

リズベットは、しまったという顔をしながら、慌ててキリトから目を背けた。

 

「……おいリズ」

「な、何?キリト」

 

 キリトもリズに、おいでおいでと手招きをしていた。

それを見たリズベットは慌てて自分の後ろにいたアスナの背後に隠れた。

 

「仕方ないな、おいキリト、こっちから行こうぜ」

「ああ」

 

 二人はゆっくりと、アスナとリズベットの方へと向かって歩き出した。

 

「ひいっ」

「ふ、二人とも落ち着いて、うん、話し合おう」

「おう、話し合おう、じっくりとな」

「どうしたリズ?隠れてないでじっくりと話し合おうぜ」

 

 ハチマンとキリトは、そう言いながらじりじりとアスナとリズに近付いていった。

 

「アスナ、どうする?」

「リズ、逃げるよ!」

 

 アスナはそう言うと、リズベットの手を引っ張って飛び上がり、すごい速度で逃げ出した。

 

「お前ら、やっぱり飛べるんじゃないか!」

「待てええええええええ」

 

 ハチマンとキリトも直ぐに飛びあがり、全速力で二人を追いかけた。

どんどん距離が縮まり、二人に手が届くかと思われた瞬間、

アスナとリズは見事なアクロバット飛行を披露し、その手を回避した。

 

「何っ!?」

「何でいきなりそんな飛び方が出来るんだよ!」

「ハル姉さんにコツを教わったの」

「陽乃さんにコツを教わったの」

 

 二人は同時にそう答え、再び全力で逃げ出した。

 

「コツを教わっただけであれか……やっぱりハル姉さんは化け物か……」

「おいハチマン、陽乃さんがどこかで聞いてるかもしれないぞ。滅多な事を言うな!」

「まじか!?」

 

 そしてハチマンとキリトは慌てて周囲を見回し、

周囲に誰もいない事を確認すると、ほっと胸をなでおろした。

 

「って、追いかけないと」

「そうだった、行くぞ、キリト!」

 

 この鬼ごっこはしばらく続き、そのおかげで四人は、

飛行の技術を更に上達させる事になったのだった。

 

「や、やっと捕まえた……」

「お前ら飛行の上達が早すぎだろ……」

「あーあ、ついに捕まっちゃったねリズ」

「うん、捕まっちゃったね、アスナ」

「でもやっぱりハル姉さんの言った通りになったね」

「うん、陽乃さんはすごいね」

 

 それを聞いたハチマンとキリトは、まだ何かあるのかと身構えた。

 

「おい……まだ何かあるのか?」

「ん?ハチマン君、今の私達の状態が、その答えだよ」

「今の、状態?」

 

 ハチマンとキリトは、改めて自分達が今どうなっているか確認した。

捕まえる事に夢中であまり意識はしていなかったのだが、

今ハチマンは、アスナが逃げられないようにしっかりと抱きしめている状態で、

キリトとリズベットも同様の状態だった。

ハチマンとキリトはその事に今更ながら気付き、顔を赤くして、慌てて二人から離れた。

 

「うおっ」

「わ、悪い、リズ」

「やっと分かったみたいだね、ハチマン君、キリト君」

「二人はずっと、陽乃さんの手の上で踊らされていたのだよ、分かったかね?」

「くっそ……やっぱりあの人は怖えな」

「ハチマン、絶対に敵に回すなよ、絶対だぞ!」

「誰が怖いって?」

「うわあああああああああああ」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 突然上から陽乃の声がして、ハチマンとキリトはその場に土下座した。

いつの間に現れたのか、そこには陽乃~ソレイユの姿があった。

 

「ハル姉さん、言われた通りにやったら上手くいきました!」

「ありがとうございます、陽乃さん!」

「それは良かったわ。それからここではソレイユって呼んでね、二人とも」

「はい!ソレイユ姉さん!」

「分かりました、ソレイユさん!」

 

 そしてソレイユは、きょとんとした顔でハチマンとキリトを見た。

 

「で、どうして二人は土下座なんかしているの?」

「お怒りかもしれませんが、平に、平に……」

「俺は何も言ってません、言ったのは全てハチマンです!」

「あっ、キリト、お前裏切るのか!」

「事実、俺は何も言ってない!」

 

 そんな言い争いを続ける二人を尻目に、ソレイユはアスナとリズベットに言った。

 

「それじゃ、とりあえずアルンを目指しましょうか」

 

 そしてソレイユは、続けてハチマンとキリトにも声を掛けた。

 

「ほら二人とも、さっさと行くわよ」

「あっ、はい」

「今行きます!」

 

 二人はソレイユに声をかけられ、ほっと胸をなでおろしたが、飛び立つ直前、

ソレイユがとてもいい笑顔で二人にこう言った。

 

「二人とも、明日ちょっと私と一緒にお出かけしましょうね。

もちろん拒否権は認めないわ。迎えにいくから家で待ってなさい」

「あっ、はい……」

「わ、わわわわかりました」

 

 こうして五人は、アルンへと向かって飛び立った。



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第137話 ハチマンと仲間達

2018/06/10 句読点や細かい部分を修正


「お姉ちゃ~ん!」

「コマチちゃん!」

 

 アルンに着いた五人を、ユキノとコマチが出迎えた。

コマチは嬉しそうにアスナに駆け寄り、思う存分甘えているようだ。

それを見たハチマンは、危機感を持ったのか、おずおずとコマチに尋ねた。

 

「お、おいコマチ……コマチはお兄ちゃんとお姉ちゃん、どっちが好きなんだ?」

「はあ?」

 

 コマチがとても嫌そうにハチマンに返事をしたため、ハチマンは泣きそうになったが、

次の瞬間コマチが満面の笑みを浮かべてハチマンに近付いてきたので、

ハチマンは感動し、両手を広げてコマチをハグしようとした。

だがコマチはそれをスルリとかわし、ハチマンに言った。

 

「そんなのお姉ちゃんに決まってるでしょ、ゴミいちゃん」

「ぐはっ」

 

 ハチマンはそれを聞き、その場に崩れ落ちた。

さすがにそれを見てかわいそうだと思ったのか、コマチはこうつけ加えた。

 

「そもそも聞き方が悪いよ、どっちが好きか、じゃなくて、

どっちも好きだよな?って聞かれたら、うんって答えたのに」

 

 それを聞いたハチマンは少し立ち直り、コマチに向かってもう一度質問した。

 

「そ、そうか、そうだな。よしコマチ、お兄ちゃんとお姉ちゃん、どっちも好きだよな?」

「うん、かなり差は開いてるけど、どっちも好きだよ、お兄ちゃん!」

「そ、そうか。まあ好きには違いないな。コマチ、俺もお前の事を、とても愛してるぞ!」

「うん、コマチはそうでもないけど、でもありがとう、お兄ちゃん!」

 

 コマチはそれで話は終わったといわんばかりにアスナの下へと戻っていった。

だがハチマンが満足したようだったので、それはそれで良かったのだろう。

そんな二人を見て、珍しくいたずら心が沸いたのか、突然ユキノがコマチに尋ねた。

 

「ちなみにコマチさん、私とハチマン君ではどちらが好きなのかしら?」

「ユキノさん!」

「ユイユイとハチマン君とでは?」

「ユイユイさん!」

「イロハさんとハチマン君とでは?」

「イロハ先輩!」

「お、おい、コマチ……」

「よく分かったわ、ありがとう、コマチさん」

「はいっ!」

 

 ユキノはにっこりと微笑み、満足そうに後ろに下がった。

ハチマンは目に見えて落ち込んでおり、

キリトとリズは、ハチマンを慰めるようにハチマンの肩をぽんと叩いた。

 

「お前ら……」

 

 ハチマンは、救われたような気持ちで二人の顔を見た。

そこにあったのは、ニヤニヤとした笑顔であり、ハチマンは絶叫した。

 

「お前らもかああああああああ!」

「ハチマン君、静かになさい。事実なのだから、これはもう仕方がない事なのよ」

「ぐっ、ユキノ……」

「さて、それじゃあそろそろ自己紹介といきましょうか。

私はユキノ、アスナさん、リズさん、初めまして」

「私はコマチです!リズさん、初めまして!」

「アスナです、宜しくお願いします」

「リズです、鍛治師をやってます、よろしくね!」

 

 コマチはそんなリズベットの姿を見て、興味深そうな顔をした。

どうやらレプラコーンを見た事がほとんど無かったようだ。

 

「リズさんはレプラコーンなんですね」

「うん、マニュアルを見たら、鍛治とかが得意だって書いてあったから、

これだ!って思ったんだよね」

「なるほど、それじゃあ今度みんなで素材とかを取りにいきましょう」

「うん!」

 

 コマチとリズは、すぐに意気投合したようだ。

ハチマンは、まさかと思いつつも、もう一度コマチに尋ねた。

 

「コマチ……まさかとは思うが、俺とリズ、どっちが好きだ……?」

「リズさん!」

「何……だと……」

 

 ハチマンは再び崩れ落ちた。ソレイユはそのハチマンの襟首を掴み、

ずるずると引きずりながらユキノに言った。

 

「ユキノちゃん、それじゃあ仮の拠点に案内して頂戴」

「ええ、それじゃあ行きましょうか」

 

 一同はユキノの後を追い、歩き始めた。

ちなみにハチマンはソレイユに引きずられたままだった。

それを見たアスナはコマチに近付き、こっそりとこう尋ねた。

 

「コマチちゃん、本当はハチマン君の事、大好きなんでしょう?」

「もちろんです!でも面と向かってそう言うと、

お兄ちゃんはコマチに好かれる努力をしなくなるかもだから、

簡単には言ってあげません!」

「なるほどね、ソレイユ姉さんも同じような事を言ってたかも」

「円満の秘訣ですね!」

「そうだね」

 

 ユキノが案内してくれた家は、町外れのこじんまりとした一軒家だった。

仮の拠点としては十分な広さがあるように見える。

 

「ちゃんとした物件を探すのは、ハチマン君がギルドを設立した後の話になるわね」

「それまでの仮の拠点としては、十分だな」

「あなたは早く、ギルドの名前を考えなさい」

「お、おう……頑張る」

 

 そして一同は中に入り、とりあえず落ち着く事にした。

 

「あと二時間くらいしたら全員集まると思うのだけれど、それまでどうしましょうか」

「ちなみに今日集まるのは、どんなメンバーなんだ?」

「ハチマン君の作るギルドに入る予定のメンバーよ、キリト君」

「なるほどな、これから一緒に冒険をする仲間って事だな」

「毎回全員が集まるのは無理だと思うのだけれど、今日は調整して集まってもらったわ」

「ん、という事は……」

 

 ハチマンは、ソレイユをじっと見つめた。

 

「きゃぁ、ハチマン君が獣のような目で私を見てる!助けて、アスナちゃん!」

「ハチマン君……」

「あーはいはい、俺が聞きたいのは、ソレイユさんもメンバーの一人なのかって事だよ」

「え?当たり前じゃない。もっともほとんど参加は出来ないけどね……

ハチマン君のせいで私、とても忙しくなっちゃったから……」

「あ……う……す、すみません、ソレイユさん」

「ハチマン君、また姉さんのペースにはまっているわよ」

「う……」

「まあでも忙しくなったのは確かだし、しばらくは仕事を頑張らないとかな」

「ハチマン君、気にしなくてもいいのよ。今の姉さんはとても楽しそうだもの」

「そうだね、こんなかわいい妹もいるしね」

 

 そう言ってソレイユは、再びアスナに抱き付いた。

それを見たユキノの眉がピクッと動いたのを、ハチマンは見逃さなかった。

 

(ユキノはやっぱりアスナに、何か思うところがあるのか……?

俺の立場で言うのは難しいが、何とかしないとだな……)

 

「話が途中で反れたわね。今日ここに集まるのは、クラインさん、エギルさん、

シリカさん、リーファさん、レコン君、ユイユイ、イロハさん、メビウスさん、

あとはえーと、私は知らない人なのだけれど、アルゴさんよ」

 

 その予想外の名前に、三人はとても驚いた。

 

「アルゴさん!?」

「アルゴが来るのか?」

「そうか、アルゴが……」

「もっともアルゴちゃんも、仕事が忙しくてほとんど来れないと思うけどね」

「いや、たまに話が出来るくらいでも十分だよ」

「そうだな……そうすると総勢……十六人か?」

「今後増えるかもだけど、最大でも二十人くらいでしょうね」

「結構な規模だな、頑張れ、ハチマン」

「お、おう……」

 

 ちなみにハチマンのギルドのメンバーは、二十人を遥かに超える規模となる。

 

 

 

 そしてその後、続々と人が集まってきた。

クライン、エギル、シリカの三人は、リズとの再会を喜び、近況を報告し合っていた。

メビウスは、ハチマンの隣でSAO時代の話を聞いているようだ。

リーファはキリトにリズベットの事を聞いており、

リズベットと早く仲良くなろうと努力している様子が伺えた。

そして扉がノックされ、二人のプレイヤーが入ってきた。

 

「ごめん、お待たせー」

「いやー、やっと到着しましたね」

「ユイユイ、イロハ、遅かったな」

「いやー、ちょっとウンディーネの領都まで行ってたんだよね~」

「何故そんなところに?」

「人を迎えに行ったんだよ。ユミー、こっちこっち」

「ユミー?」

「こっちですよ、先輩」

「先輩?」

 

 二人に案内されて、一人の女性プレイヤーが、おずおずと中に入ってきた。

全員が見守る中、そのプレイヤーは挨拶を始めた。

 

「えーっと、あーしは、ユミー、です、宜しくお願いします」

「えっ?三浦さん!?」

「まさか三浦なのか?」

「あ、三浦さんか!」

 

 総武高校組に加え、面識のあったキリトも、それが誰なのか分かったようだ。

 

「ついに三浦……ユミーもVRMMOデビューか、どんな感じだ?」

「うん……リアルすぎてちょっとびっくり……

魔法を使うってのも、すごく新鮮な体験だったかな」

「そうか……えーっと、俺の元同級生の、ユミーだ。

初心者だから、みんな色々と教えてやってくれ」

 

 ハチマンがそう紹介し、一同は口々にユミーに挨拶をした。

ユミーは普段とはまったく違う様子で、おずおずと挨拶を返していた。

 

「ユミーさん、大丈夫?いつもと性格がまったく違うみたいだけど」

「ユキノ……そりゃあ、あーしだって緊張くらいするし」

「まあすぐに慣れるわ。大丈夫、ここには変な人はいないから」

「レコン以外はね」

 

 リーファがそう茶々を入れ、レコンはリーファに抗議した。

 

「リーファちゃん、ひどいよ!」

 

 そんなレコンをハチマンがフォローした。

 

「まあまあ、俺はお前の事をかなり高く評価してるぞ、レコン」

「ハ、ハチマンさん……僕、僕……」

 

 ハチマンはそんなレコンの肩をぽんぽんと叩き、レコンは感動したように頷いた。

 

「そんなわけで、これで全員揃ったな。みんな、これからも宜しく頼む」

「待って待って、アルゴさんは?」

「オレっちならここだぞ、アーちゃん」

「きゃあ!」

 

 いつの間にか、アスナの後ろにアルゴが立っていた。

ハチマンは気付いていたようだが、どうやら黙っていたらしい。

ちなみにコマチも気付いていたが、ハチマンが何も言わないので黙っていたようだ。

 

「まあそういう事だ。みんな、これからも宜しくな」

 

 こうして現時点でハチマンのギルドに入る予定のメンバーが全員揃った。

彼らは今後、様々な冒険を繰り広げていく事になる。



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第138話 闘技場

2018/06/10 句読点や細かい部分を修正


「今日は時間もあまり無いし、とりあえず街中に、インスタンスエリアの闘技場があるよな。

あそこに行って、仲間内でやりあってみないか?ユミーの能力も上げないとだしな」

「なるほど、いいかもしれないわね」

「それじゃあ早速行ってみよう」

 

 そんなハチマンに、キリトがこう提案した。

 

「なあハチマン、ユージーンも誘おうぜ」

「あいつと再戦したいのか?四十人くらいまでは入れたはずだし、いいんじゃないか?」

「今十八人か、まだまだ余裕だな」

「サクヤさんとアリシャさんは?」

「どうやら二人とも、領都に戻っているようね」

 

 すかさずユキノがウィンドウを見ながらそう言った。

 

「それじゃあとりあえず、今日はそのメンバーで行ってみるか」

 

 そして一同は家を出て、そのまま闘技場へと向かった。

幸い闘技場には空きがあり、すぐにでも利用出来るようだった。

 

「それじゃ、早速入るとするか」

「ちょっと待って、ハチマン君」

「ソレイユさん、どうかしましたか?」

「ほら見て、このギャラリーの数」

「確かにすごい数ですが、それが何か?」

 

 ここまでの道中、すごい数のプレイヤーが、一行の後を遠巻きに付いてきていた。

ソレイユ、メビウス、ユキノに加え、ユージーンを破ったキリトと、

途中でそのユージーン本人も合流したのだ。話題にならないはずはない。

 

「ハチマン君、他にも何人か誘っていい?知らない人が入るのはまずい?」

「いや、別に構いませんけど、どうするんですか?」

「まあ、任せといて」

 

 ソレイユはそう言うと、群集に向かって叫んだ。

 

「これから、私達の模擬戦を見学したい人を何人か募集します。

撮影禁止、見学者同士の会話はOK。私達に話しかけるのは基本禁止、戦闘参加は応相談。

あくまでうちわの会なので、無礼な態度をとったプレイヤーは、

私が直々に制裁を加えた後、外へ叩き出します。

オークション形式で、そうね……余り多くても困るかもだし、とりあえず六人くらいかしら、

ちなみに一千万ユグド出す人は無条件で中に入れます。

その場合は早い者勝ちね。はい、スタート!」

 

 その言葉に一瞬静まり返った群集は、我も我もと入札を開始した。

 

「一千万出すぞ!」

 

 そんな中、一人の男がそう宣言した。それはカゲムネだった。

 

「お、カゲムネじゃないか、久しぶりだな」

「はい、お一人様決定!」

「お、俺も一千万出すぞ!」

「俺もだ!」

「はいさらに二名決定!残りは後三人!ちなみに私達も忙しいから、

このメンバーが集まるのは最初で最後かもしれないよ。特に私」

 

 残りの三人の金額もまたたく間に釣り上がり、結局一千万まで到達した。

 

「はい、終了!」

 

 こうして中に入れる六人が決定し、ソレイユは、売り上げを全てハチマンに渡した。

 

「それじゃあこれ、ギルド設立の足しにしてね」

「あ、ありがとうございます、ソレイユさん」

「ソレイユ姉さん、すごい!」

「さすがというか、こういう所は見習わないといけないわね……姉さん」

「それじゃ、中に入りましょう、ハチマン君」

「あっ、はい」

 

 闘技場に入ると、まずキリトが前に出て、ユージーンを呼んだ。

 

「ユージーン、早速再戦といこうぜ」

「望む所だ」

 

 それは、メインイベントが最初に来たようなものであった。

二人は激しい戦いを繰り広げ、観客は熱狂した。

結果はキリトの勝利であり、ユージーンはキリトと握手を交わした。

 

「やはりまだ勝てないな」

「あれからまだそんなに経ってないしな」

「それでもやはり、悔しいものだな」

「ユージーンは経験が足りないだけじゃないか?戦い方が綺麗すぎる気もするしな」

「むっ、これでもゲーム開始からずっとやっているんだがな……

さすがにお前達と比べると、経験が足りてないと言われるのも頷ける」

 

 そしてキリトは、突然ハチマンに声を掛けた。

 

「あー……ハチマン、ちょっといいか?」

「ん、どうしたキリト?」

「ハチマンは、ユージーンがもっと強くなるにはどうすればいいと思う?」

 

 キリトはどうやら、ユージーンにもっと強くなってほしいようだ。

 

「そうだな、おいアスナ、ちょっとこっちに来てくれ」

「どうしたの?ハチマン君」

「アスナ、今の戦いを見てただろ。それで相談なんだが、

ちょっとこのユージーンと、試しに戦ってみないか?」

「何だと?俺はてっきり、やるならお前が相手なのだとばかり思っていたのだが」

「うん、分かった」

 

 ユージーンの質問をよそに、アスナはハチマンの申し出を快く承諾した。

 

「で、こちらの女性は?」

「あ、私はハチマン君の彼女のアスナです、元ティターニアって言えば分かるかな、

初めましてユージーンさん。最後の戦いの時、一緒に戦ってくれたんですよね、

本当にありがとうございます。こうして無事に帰還する事が出来ました」

「おお、それでは君が……そうか、こうして自分達のやった事の結果を見せられると、

とても嬉しいものだな。本当に良かった……」

「それでだ、ユージーン」

「おっとすまん、で、お前がやらせるからには、このアスナさんも強いのだな?」

「俺とキリトとアスナは、SAOの中では、四天王って呼ばれてたんだぜ。

要するに、生き残った六千人の中の頂点だな」

「おおおお」

「ユージーンの周りには、今まで自分より強い奴はいなかったんだろ?

強くなるには、強い奴と戦うのが一番だ。というわけで、アスナと戦ってみるといい」

「願ってもない!」

 

 こうしてユージーンとアスナの試合が始まった。

最初は無名のアスナが相手だと知って、落胆していた観客達は、

いざ試合が始まると、先ほどの試合と同じように熱狂した。

 

 

 

「カゲムネさん、どう?楽しんでる?」

「カゲムネさん、お久しぶりです」

「リーファとレコンか。この二試合だけ見ても、一千万出した甲斐があったぞ」

 

 試合を見ながら興奮したようにそう言うカゲムネに、二人は頷いた。

 

「すごいよね、アスナさん。あのユージーンと互角に戦ってる」

「むしろ押してるように見えるね、リーファちゃん」

「どこがどうとは言えないんだけどね、剣技だけなら私の方が上な気もするし。

でも私じゃ勝てない気がする。とにかく戦い慣れているって感じ、凄いね」

 

 そしてカゲムネは、苦笑しながら言った。

 

「俺に言わせると、凄すぎて参考にすらならないがな」

「カゲムネさんだって強いじゃない」

「俺はまだ、ユージーンさんが目標だからな。

上には上がいる事をこの目で確かめられただけでも良かったよ」

「お互い頑張りましょう、カゲムネさん」

 

 そしてレコンは、アピールするようにリーファに言った。

 

「ぼっ、僕も!」

「レコンが参考にするのは、ハチマンじゃないかな」

「そっか、確かにそうかもしれない。でも僕、ハチマンさんの戦ってるとこって、

一度も見た事が無いんだよね」

「これからいくらでも見られるわよ。頑張れ、レコン」

「うん!」

 

 終わってみると、結局試合はアスナの圧勝だった。

ユージーンも頑張ったが、とにかくアスナの手数と攻撃の速さはすさまじく、

ユージーンは自分の武器の特性を生かしきる事が出来なかった。

更にアスナは、途中から回復魔法まで併用しだし、まったく手がつけられない状態だった。

 

「メビウス先輩、どう思います?」

「ヒーラーとしての技術なら私達の方が上だと思うけど、総合力が違いすぎるね。

私達も色々と参考にしないといけないね、ユキノさん」

「そうですね……自分の身くらいは守れますけど、攻撃までは中々手が回らないですしね」

「お互い頑張ろう!」

「はい」

 

 アスナは、倒れたユージーンに手を差し出し、立ち上がるのに手を貸していた。

 

「うーむ、見事だ……あのすさまじい攻撃の最中に、回復魔法まで併用してくるとはな」

「まだ不慣れだけどね」

「どうだユージーン、アスナは強いだろ?」

「ああ。次はお前と戦ってみたいが」

「疲れただろ?少し休めって。その代わり、俺の戦いを見ておくといい。

俺だけがそっちのスタイルを知ってるのは、不公平だからな」

「そうか、それでは少し休憩させてもらうとするか」

 

 ハチマンが指名したのは、クラインとエギル、それにレコンだった。

 

「ちっくしょー、三対一かよ!」

「まあまあクライン、勝ってハチマンの鼻をあかしてやろうぜ」

「すまん、全力でやるのに、女の子を指名するのはちょっとな」

「ハチマンさん、全力でいきますね!」

「おう、レコン、しっかりと受け止めてやるよ」

 

 そして試合が開始され、クラインとエギルは、いきなりハチマンに襲い掛かった。

 

「先制攻撃だ!」

「くらえ!」

 

 二人は武器を振り下ろそうとしたが、その瞬間に武器を弾かれ、

バランスを崩して後ろに倒れそうになった。

 

「えっ」

 

 レコンは呆気にとられ、一瞬二人の方を見た後、ハチマンに視線を戻した。

だがそこに、ハチマンの姿は無かった。

 

「えっ、えっ?」

「ここだ、レコン」

 

 背後からハチマンの声が聞こえ、レコンは慌てて振り返ろうとしたが、

その瞬間に肩に衝撃が走り、レコンは振り返る事が出来ないまま、背中から攻撃を受けた。

 

「さすがに一撃で首をはねるのもどうかと思うしな」

 

 レコンはそれを聞き、これでも手加減してもらってるんだなと思いながら、

必死で体制を立て直そうとした。その間に、ハチマンの背後から、

先に体制を立て直したクラインとエギルが再び攻撃しようとしたが、

ハチマンは、そちらを見ようともしないまま、後ろ手で二人の武器を弾くと、

コマのように回転してカウンターでクラインとエギルに攻撃を加え、

そのまま後方に飛び上がって、背後にいたレコンの更に背後に着地すると、

そのままレコンを背後から攻撃し、三人はどっと地面に倒れたのだった。



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第139話 ストレス

2018/06/10 句読点や細かい部分を修正


「おいキリト、何だあのでたらめな動きは」

「すごいだろ、あれがハチマンのスタイルだよ、ユージーン。

中途半端な攻撃は全部弾かれて、全てカウンターが返ってくる。

ユージーンのその武器相手だと多分、攻撃しようとした瞬間に、

武器じゃなく、例えば腕や肩を攻撃されて、バランスを崩した瞬間に、

そのままカウンターが飛んでくると思う」

「そんなのどうしろって言うんだ……」

「ははっ、悩め悩め、悩む事でお前はもっと強くなるさ」

「そうか……そうだな、よし、いつか絶対に攻略してやる」

「これからもたまに遊ぼうぜ、ユージーン」

「ああ。お前達とこうして知り合えた事が、俺にとって一番の収穫だったよ。

これからも宜しくな、キリト」

 

 そして初心者のユミーは、ひたすら驚いていた。

 

「ソレイユさん、あーし、何も分かってなかったみたい」

「ん?ユミーちゃん、どうしたの?」

「あれは人間の動きじゃない……ハチマンが生きてきたのは、ああいう世界なんですね」

「そうだね、私も想像する事しか出来ないけど、あそこまで強くならないと、

生きていけない世界だったんだろうね」

「あーし、ここに来たのは遊びのつもりだったけど、

こんなあーしがあいつと一緒にいてもいいのかどうか……」

「いいに決まってるだろ」

「ハチマン君」

「ハチマン……」

 

 そこには、いつの間に来たのか、ハチマンとアスナが立っていた。

 

「難しく考えすぎだぞ、ユミー。俺も、ここにいるアスナだって、

元々遊ぶつもりでSAOを始めたんだ。結果的にああいう事になったわけだが、

今は本来の状態に戻っただけだ」

「そうだよユミーさん、私、もっとユミーさんと仲良くなって、一緒に楽しく遊びたい」

「ユミーでいいよアスナ。そっか、考えすぎか……

うん、あーし、みんなと一緒に楽しく遊ぶために、頑張って強くなるし!」

「そうそう、あくまで目的は、楽しく遊ぶ事だからな」

「ユミー、あっちで一緒に特訓しよう!」

「ありがとうアスナ、それじゃお願いするし!」

 

 アスナとユミーは、連れ立って闘技場の隅の方へと走っていった。

 

「うん、やっぱり楽しいのが一番だね、ハチマン君」

「ですね」

「姉さん、とても楽しそうね」

「ユキノちゃん」

 

 残された二人に、ユキノが話し掛けてきた。

 

「みんな、とても楽しそうで良かったわ」

「ああ、そうだな」

 

 いつの間にか闘技場のあちこちで、戦いが繰り広げられていた。

クラインとエギルとレコンは、先ほどの負けがよほど悔しかったのか、

三つ巴で戦い、少しでも強くなろうとしているようだった。

ユイユイとコマチは、リズベットとシリカを相手に、コンビ同士で戦っていた。

イロハはメビウス相手に魔法戦闘を挑み、リーファは何と、ユージーンと戦っていた。

 

「それにしても姉さんは、アスナさんの事が大分気に入ったみたいね」

「うん、妹だからね!」

「妹……」

 

 ユキノの表情が険しくなるのを見て、ハチマンはいい機会だと思い、

ユキノに質問する事にした。

 

「なぁ、ユキノはやっぱりアスナに何か思うところがあるのか?」

「別に無いわよ。何故そんな事を聞くのかしら?」

「あれ……そうなのか?」

「私が思うところがあるのは、姉さんによ」

「私に?一体どうしたの、ユキノちゃん」

「それは……」

 

 そう呟いたユキノの顔は真っ赤であり、体はプルプルと震えていた。

 

「何で…………よ」

「え?」

「何で実の妹はちっともかまわないのよ!」

「え、ええ~……」

「ユキノちゃん……」

 

 ハチマンの見る所、今のユキノは明らかに平衡を欠いていた。

 

(こうなったのは、おそらくアスナが解放された後だろうな。

だが攻略中からおそらく種は蒔かれていたはずだ。これを何とか出来るのは……)

 

 ハチマンは、困ったようにソレイユの方を見た。

ソレイユは分かってると言わんばかりに頷き、ハチマンに推測を述べた。

 

「最近ちょっと、ユキノちゃんの前で、ハリキリすぎちゃったかな、

私が思いっきり頑張ったせいで、私の事を頑張って追いかけてた時の状態に、

精神が少し逆行してるのかもしれないわ」

「しかしまさか、あのユキノが……」

「小学校に上がるくらいから、私はユキノちゃんをまったく甘やかさなくなったからね。

多分ずっと隠れたストレスになってたんだと思う。

で、最近私がアスナちゃんをとことん可愛がってるのを見て、

そのストレスが無意識に増大したのではないかしら」

「なるほど、何とかなりますか?」

「うん、まあここはお姉さんに任せなさい」

「お願いします」

 

 ソレイユはユキノにゆっくりと近付き、ユキノをいきなり抱きしめた。

 

「ユキノちゃんの事はかわいいに決まってるじゃない。たった一人の実の妹なんだもの。

でもそのせいで、私がユキノちゃんを大好きだって、わざわざ態度で示さなくても、

ユキノちゃんは分かってるはずだって思ってたのは私のミスね。

これからはもっと、二人でお出掛けしたりしましょう。普通の姉妹みたいにね」

 

 ユキノはそれを聞いて、コクコクと頷いた。

だがソレイユは、当然それで話を終えるような、甘い人間では無かった。

 

「分かってもらえて良かったわ。ところで、ユキノちゃん、

さっきからハチマン君が、あなたの恥ずかしい姿をじっと観察しているわよ」

「えっ?ハチマン君が?」

 

 ユキノはハチマンをきょとんと見つめた後、いきなり我に返ったのか、

今までの自分の言葉や態度をはっきりと思い出し、口をパクパクさせながら、

慌ててソレイユから離れ、ハチマンをキッと睨んだ。

 

「何か言いたい事でも?」

「い、いや……」

「そう。ところであなたは何故そんな所でつっ立っているのかしら。

他の人達が一生懸命戦っているというのに。

リーダーの自覚が足りないと言わざるを得ないわね。悔い改めなさい」

「お、おう……」

「とはいえ、本当に遺憾なのだけれど、あなたに一定の人望がある事は認めざるを得ないわ。

というわけで、今後への期待も込めて、今回の件は不問にしましょう」

「おう、あ、ありがとな……」

「もちろん言わなくても分かっているとは思うのだけれど、今回の件は不問にする代わりに、

今の事は忘れなさい。いいわね、忘れるのよ。ここでは何も無かった。オーケー?」

「オ、オーケー」

「よろしい」

 

 そこまで言った後、ユキノはハチマンに背を向け、仲間達の方を眺め始めた。

だがユキノの耳は未だに真っ赤であり、ハチマンはそれを見て、

何となくユキノの頭をなで始めた。

 

「……一体何のつもりかしら」

「何となく」

「そう……」

 

 ユキノはハチマンの手を振り払ったりはせず、なでられるのに任せていた。

 

「なあユキノ」

「何かしら」

「ソレイユ姉さんには今回沢山助けられたが、今後はログインの頻度も減るだろうし、

そういう事はもうほとんど無いはずだ。なので、今後はお前が俺を助けてくれよな」

「もちろんそのつもりよ」

「頼りにしてるからな」

「ええ、姉さん以上にしっかりと支えてみせるわ」

 

 そんなユキノにソレイユは言った。

 

「ユキノちゃん」

「何かしら、姉さん」

「私の代わりが出来るのは、結局何だかんだ言ってもあなたしかいないのよ」

「姉さん……」

「もっと自信を持ちなさい。私に出来る事は、必ずあなたにも出来る。

私達は、実の姉妹なんだからね」

「……はい」

 

 こうして姉妹の危機は去ったかと思われたが、直後に事態は急変した。

ユミーとの特訓がひと段落したアスナがやってきたのだ。

 

「あーっずるい!ハチマン君、私の頭も!」

「お、アスナ、ユミーはどうした?」

「あっちで休憩してるよ」

「そうか」

 

 そしてハチマンは、もう片方の手でアスナをなで始めた。

 

「で、なでてもらえるのは嬉しいんだけど、何かあったの?」

「そうなの、聞いてよアスナちゃん、ユキノちゃんがね、

最近私がアスナちゃんばっかりかまうもんだから、ちょっとすねちゃってね、

それでハチマン君と二人でなだめてたのよ」

「なっ……姉さん……裏切ったわね」

「私は何も約束していないですし~」

「くっ……」

「そうなんですか!それじゃあ私が、もっともっとユキノちゃんと仲良くなります!」

「えっ?」

 

 アスナはそう言うと、いきなりユキノに抱きついた。

 

「ちょっ、アスナさん」

「ア・ス・ナ」

「えっ?」

「ユキノさんが他人をさん付けで呼ぶのは知ってるけど、私の事は、アスナって呼んで。

その代わりに私もユキノさんの事、今度からユキノって呼ぶから」

 

 ユキノはそう言われて、困ったようにハチマンとソレイユを見たが、

二人はユキノに笑顔を向けるだけで、何も言わなかった。

ユキノはため息をつくと、恐る恐るアスナに呼びかけた。

 

「あ、アスナ……さん」

「もう、ユキノったら」

「頑張ってみるからお願い、もう少し待って頂戴、アスナ……さん」

「仕方ないなぁ、ちょっとだけだよ?」

 

 こうしてアスナが、ユキノとの距離を強引に力技で縮めた所で、

この日の活動は終了となった。

ちなみに一度も戦わなかったアルゴは、新しい仲間の情報収集に専念していたようだ。

同じく戦わなかったソレイユは、最後に戦いたがったのだが、

全員がそれを謹んで辞退した事は言うまでもない。



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第140話 世界の種子

2018/06/10 句読点や細かい部分を修正


 次の日の朝、八幡と和人は予告通り陽乃に呼び出され、

そのまま車でいずこかへ向かっている最中だった。

 

「陽乃さん、一体どこに向かってるんですか?」

「ん~?言わなかったっけ?ダイシーカフェだよ」

「ダイシーカフェですか」

「そういえば昨日、エギルに大体の場所だけ教えてもらったっけ」

「これで正確な場所が分かるなら、まあ良かったのかもな」

 

 そしてしばらく走った後、車はとあるビルの横で停車した。

 

「このビルだよん。さあ二人とも、降りて降りて。

都築、後でまた連絡するからそしたら迎えをお願いね」

「はい、陽乃お嬢様」

 

 三人は車を降り、陽乃の先導によって、ビルの中へと入った。

 

「おっ、あそこじゃないか」

「確かにダイシーカフェって書いてあるな」

「俺、こういう店に来るのは初めてだから、ちょっと緊張するな」

「確かにお酒を出す店に来るのは初めてだな。もっともまだ飲めないけどな」

「それじゃ入りましょう」

 

 三人がドアを開けると、エギルが三人を笑顔で出迎えた。

 

「よぉ、こっちじゃ初めましてだな」

「そうだな。初めまして、比企谷八幡だ」

「桐ヶ谷和人だ」

「俺はアンドリュー・ギルバート・ミルズだ。宜しくな、二人とも」

「アン……?」

「ギル……?」

「今まで通り、エギルでいいぜ」

「おう、分かった」

「それじゃあ俺もキリトで」

「了解だ。オレっちもアルゴでいいゾ」

 

 最後のその言葉に、二人は慌てて振り向いた。

そこにはいつの間にかアルゴが立っており、アルゴは、何食わぬ顔でカウンターに座った。

 

「二人とも、さっさと座れヨ」

「お、おう」

「アルゴも陽乃さんに呼び出されたんだな」

「いや、むしろ呼び出したのはオレっちだゾ」

「ああ、そうなんですか?陽乃さん」

「そうよ。今日は大事な話があるから、貸し切りにさせてもらったわ」

 

 それを聞いた瞬間、二人の顔色が変わった。

 

「ま、まさか貸し切りにしてまで俺達にお仕置きを……?」

「お、俺は何も言ってません!全部ハチマンが言いました!」

「き、キリト……こういう時は連帯責任だろ?俺とお前は友達だよな?」

「初めまして、ハチマンさんでしたっけ?」

「ぐっ……裏切り者め」

「やだなぁ二人とも、あんな事くらいで目くじら立てて怒ったりしないから安心して。

今日はね、ハチマン君のナーヴギアに収納されていたプログラムの事で話があるのよ」

「あ」

「ああ!」

 

 二人はその言葉を聞くと、真面目な顔になり、大人しくカウンターに座った。

 

「晶彦さんから渡された、あのプログラムの事ですね」

「ええそうよ。アルゴちゃんからやっと解析が終了したって聞いてね、

それで今日、こうして集まってもらったの」

「何の話だ?」

「エギルにはまだ説明してなかったよな。実はな……」

 

 八幡は、明日奈を救出した後に茅場と遭遇した事と、

その時にあった出来事を、エギルに説明した。

 

「茅場晶彦の遺産って事か……」

「まだどこかで活動してるのかもしれないけどな」

「それじゃあアルゴちゃん、報告をお願いね」

 

 そしてアルゴの報告が始まった。

 

「ああ。結論から言うと、あれはVRMMOの種みたいなもんだったゾ」

「VR?」

「MMOの?」

「種ぇ?」

「ああ。分かりやすく言うと、SAOやALOのサーバーみたいな大規模サーバーでないと、

制御が難しかったカーディナルシステムを、小規模サーバーでも使用できるようにし、

その上で稼動するゲームの開発支援機能を同時に含むプログラムだゾ」 

 

 和人はその説明を聞いて、自分なりにこう結論付けたようだ。

 

「なるほど、要するに、RPGツクールみたいなものって事でいいか?」

「あー……まあそれでいいカ」

「つまり、このプログラムがあると、最低限の環境さえ整えれば、

SAOやALOのようなVRMMOが作り放題って事でいいんだよな?」

 

 アルゴは頷きつつも、更にこう補足した。

 

「実はそれだけじゃないんだゾ」

「他にも何かあるのか?」

「このプログラムを使って作られたゲーム同士で、キャラの移動が出来る。

これは解除する事が出来ない。つまり、発売された直後のゲームに、

正確にはそのゲームの運営を始めて三ヶ月後からなんだが、ALOのキャラを移動させて、

強くてニューゲームを実現する事が可能なんだ。もちろんALOに戻る事も可能だナ」

「互換性があるって事か……それはすごいな」

「そうだな。これが拡散したら、本当に世界が変わるゾ」

「さて、そういう訳なんだけど、ハチマン君、どうする?」

 

 陽乃は、いつになく真面目な顔をして、八幡に問いかけた。

 

「どうする、とは?」

「これは本当に、世界を一変させるほどの大変なプログラムなのよ。

ゲームだけでなく、医療分野や軍事部門にまで応用出来る、

画期的なプログラムと言えるわ。そしてその持ち主は、あなたという事になる。

これをどうするかはあなたが決めるのよ」

「これを俺が……」

「ちなみにライセンス料をかなり低く見積もっても、

このプログラムをライセンス販売すれば、あなたは億万長者になれるわ。

あなたの大好きな、働きたくないでござる、が実現できるわよ」

「なん……だと……」

 

 ハチマンはそれを聞き、呆然と呟いた。

 

「さあどうする?下手をすると、あなたの名前が歴史に残るわよ」

「俺の名前が歴史に!?」

「ハチマンの名前が教科書に載るかもしれないな」

「え?」

「ハチマンの名前が試験に出るのか……」

「お、おう……覚えにくい名前で、何かすまん……」

「気にするのそこかよ!」

 

 その八幡の言葉に、和人はそう突っ込んだ。

 

「まあ冗談じゃなく、それくらい大変なものだって事ね」

「は、はぁ……それじゃあ……」

「いらないわよ」

 

 陽乃は機先を制し、八幡が何か言おうとしたのを止めた。

 

「……まだ何も言ってません」

「今あなた、これを私に管理させようとしたでしょう?」

「バレてやがる……」

「しかもタダで譲ろうとした」

「陽乃さん、前から思ってたけど、エスパーですか?テレパシーとか使えません?」

「あ、バレた?昨日の八幡君の妄想とか、公開した方がいい?」

「ちょ、ま、それはやめて下さい、ごめんなさいもうしません」

「……今のはほんの冗談だったんだけど、本当に妄想してたの?」

「…………」

「ハチマン……」

「何だよキリト」

「ハチマン……」

「何だよエギル」

 

 二人は八幡を正面と左から挟み、肩をぽんと叩くと、

とてもいい笑顔で八幡に微笑んだ。

 

「お前らよせ!そんないい笑顔で俺を見るな!おいアルゴ、携帯を置け!

アスナにチクろうとすんな!」

「よく見てるなぁ、ハー坊」

 

 八幡は、ハァハァと激しい呼吸を繰り返していたが、

深呼吸し、呼吸を落ち着けると、真面目な顔で陽乃とアルゴに尋ねた。

 

「もし仮に、仮にですよ、これをライセンス公開したとして、

こっそり拡散させた場合と比較して、軍需産業への影響はどのくらいになると思いますか?」

「そうねぇ……そういう所はもう独自にVRを導入してるから、

そこまで大きな影響は無いんじゃないかしら」

「そうだな、そういう技術を持たない小国にとっては大きいかもしれないが、

これのせいで、世界が劇的に危機に陥るような事は無いとおもうゾ」

「そうですか……よし、それじゃあこれは、正体不明の人物の仕業って事で、

全世界に拡散してもらえませんか?」

「……本当にそれでいいの?」

「ええ。晶彦さんの望みが何だったのか、今となっては分かりませんが、

俺がもらった以上、俺が決めます。これは全世界に拡散します」

「分かったわ。それじゃアルゴちゃん、宜しくね」

「了解」

 

 八幡は、更に思いついたように付け加えた。

 

「あ、ついでに陽乃さん、ALOのカーディナルシステムも、

このプログラムに変更しません?そしたらライセンス料絡みの問題もクリアになって、

完全にレクトの紐付きじゃなくなりますよね?ALOから他のゲームにも行きやすくなるし、

いい事ずくめじゃないですか?」

 

 その八幡の提案に、陽乃は少し考え込んだ後にこう言った。

 

「そうねぇ、ライセンス料はいらないってレクトからは言われてるんだけど、

その方が後々問題にならなくて、いいかもしれないわね、アルゴちゃん」

「はいはい、オレっちがやればいいんだロ?」

「ごめんねぇ、あっちの方も忙しいと思うけど、頑張って」

「あっち?」

「ああ、それは企業秘密だから、公開出来るようになったら教えてあげるわ」

「ああ、そうですね、ネタバレは良くないですしね」

「早くオレっち以外の優秀な技術者を確保してくれよな、ボス」

「レクト・プログレスの元技術者の中から、

まともな人間を回してもらう事になってるから、

もう少し待っててね。この後、その連中を集めての会合の予定だから、

そこでしっかりと人員を確保して、なるべく早く体制を整えるわ。

ちなみに旧アーガスの人間もいるんだけどね。これがそのリストよ」

 

 八幡の位置からは、そのリストは見えなかったが、

何気なくそのリストを見た和人が、驚いたようにそのリストを引ったくり、

じっと見つめたかと思うと、顔を上げ、陽乃に言った。

 

「陽乃さん、その会合、俺とハチマンも連れてって下さい!」



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第141話 罪を背負って

2018/06/10 句読点や細かい部分を修正


「お、おいキリト、俺の髪型変じゃないか?」

「大丈夫、普通だ。っていうか、お前は乙女か!」

 

 二人は陽乃に頼み込み、面接会場の外で待機していた。

これは、採用に関しての公私混同を避ける為、

二人が会いたい人物が誰なのかが、陽乃に分からないようにと、二人が言い出した事だった。

もっとも陽乃は、今日呼んだ人間は、面接でよっぽどおかしな態度をとらない限り、

全員採用するつもりだったので、この提案は実は意味の無いものであったが、

二人の意思を尊重し、陽乃は二人に好きにするように言ったのだった。

 

「なあハチマン、どうやって声を掛ける?」

「うーんそうだな、まあ普通でいいんじゃないか?」

「サプライズとかの準備をする時間は無いか……」

「普通にしてるだけで、十分サプライズだと思うぞ」

「そうか……そうだよな」

 

 そしてついにビルの入り口から、二人の目当ての人物が現れた。

二人はすぐに、その人物へと走り寄っていった。

 

「ニシダさん!」

「ニシダさ~ん!」

「ん?おお、ハチマン君!キリト君!」

 

 和人が見付けた名前は、ニシダのものであった。

どうやらニシダは、陽乃の下で人生の再出発を決めたらしく、

二人はどうしても会いたいと思い、陽乃に頼み込んで同行させてもらったのだった。

 

「二人とも、無事だったんだね。本当に良かった」

「はい、アスナだけはまだ入院してますが、全員無事です」

「そうか……そうか……」

「あ、ここじゃあアレなんで、ちょっと移動しましょうか」

「ソウビさん、私はこの子達と話があるので、お先に失礼しますね」

「……は、はい、ニシダ課長」

 

 二人からは見えていなかったが、ニシダには連れがいたようだ。

二人はその女性に会釈し、ニシダと共に移動しようとしたのだが、

八幡が急に、何かを思い出したかのように目を細め、立ち止まった。

八幡が振り向くと、ニシダの連れの女性は、足早に立ち去ろうとしている所だった。

……まるで何かから逃げるかのように。

 

「ソウビ……ソウビ……まさかな……」

「どうした?ハチマン」

「すみません、ちょっと先に行っててください、すぐに合流します」

「おい、ハチマン!」

「すまん、後で連絡する!」

 

 八幡はそう言うと、ソウビという名の女性の後を追った。

八幡は、通行人を避けながら、ついにその女性に追いつき、声をかけた。

 

「あのーすみません、ソウビさん、でしたっけ?以前お会いしましたよね?」

 

 ソウビは、ビクッとして足を止めたが、決して振り向こうとはしなかった。

八幡はソウビの肩に手をかけ、ゆっくりとこちらに振り向かせた。

 

「ああ、やっぱり。久しぶりだな、ロザリア」

「ヒイッ……」

「おい、そんなに怯えた顔をすんなよ。心配しなくても何もしないって」

「ほ、本当に?」

 

 ロザリアは、昔の姿からは想像もつかないほど、気の弱そうな表情を見せた。

 

「ああ、約束する。少し話がしたかっただけだ」

「わ、分かったわ」

「とりあえずあそこの公園にでも移動するか。人に聞かせるような話にはならないだろうし」

「そうね」

 

 二人は近くにあった、人気の無い公園へと移動した。

 

「ソウビって、薔薇って書くんだろ?なるほど、だからロザリアなんだな」

「そ、そうよ、悪い?」

「いや、綺麗な名前じゃないか。いいと思うぞ」

「そ、そう……」

「あの後、あそこにはヤバイ奴らが沢山送り込まれただろ?無事だったんだな」

 

 あそこ、というのはもちろん監獄エリアの事だったが、

ロザリアにはそれで十分通じたようだ。

 

「そうね……あの後あそこに、ラフコフのメンバーが何人も送られて来たわ。

やっぱりあなたのせいだったのね」

「まあ、俺一人の力じゃ無かったけどな」

「あいつらに会ったのがあそこで、本当に良かったわ。正直それには救われたわね」

「仲間じゃなかったのか?」

「仲間ですって?あいつらが私を見て、最初に言った言葉はこうよ。

『お前もいずれ殺すつもりだったが、命拾いしたな』ですって」

「……そうか」

「私は確かに許されざる事をした、それは否定しない。

でも、あの人達と一緒にされたくはない」

「まあ、お前が言うならそうなんだろうな」

 

 八幡の淡々とした答えを聞き、ロザリアは、少し驚いたように八幡を見つめた。

 

「ん?俺の顔に何かついてるか?」

「いえ、てっきりあなたは、私なんかの話は全否定すると思ってたから。

そもそも私を責めるために追いかけて来たのではないの?」

 

 八幡はロザリアの顔をじっと見つめ、少しためらいがちに言った。

 

「多分お前、もう改心したか、もしくは監視下に置かれてがんじがらめな状態だろ?

そんな人間にあーだこーだ言えるほど、俺も上等な事をしてきたわけじゃないからな」

 

 ロザリアは、予想外の八幡の言葉にきょとんとし、聞き返した。

 

「あなたは何故そう思うの?」

「だってお前、ハル……乃さんに雇われる事になったんだろ?

あの人は、問題のある奴を簡単に雇うような、そんな生易しい人間じゃない」

 

 ロザリアは、陽乃の鋭い目付きを思い出して納得し、

八幡の言葉から、二人は親しいのだと考え、経緯をきちんと話す事にした。

 

「……私は、私の持つSAO時代のコネクションを生かして、

何かあった時にあの人に情報を知らせる為に囲われたのよ。

確かにまとまった金額の補償はしてもらったけど、何もしないで生きていける額じゃないし、

私のような罪人を、簡単に雇ってくれるような企業はほとんど存在しない」

「普通の企業は、お前が何をしたかなんて分からないだろ」

「してなかった証明は出来ないじゃない。そうすると、就職する為には政府の保証がいる。

でも私達の立場だと、なかなかそんな保証はもらえないのが現実よ」

「なるほど……」

「そこに出てきたのが、あの陽乃って人だった。私は彼女の提案に飛びついたわ」

 

 八幡は、陽乃の人間の大きさに、改めて感嘆した。

 

「本当に、あの人はさすがというか何というか……」

「でも私は救われたわ。その事には素直に感謝したいと思う。例え条件付きであってもね」

「そうか……」

「結果的に、あなた達が私を捕らえてくれた事で、私は生き延びた。

SAOをクリアしたのも、あなた達なんでしょう?

つまりあなた達は、二重の意味で私の命の恩人という事になる」

 

 恩人、と言われた八幡は、そんな意図は無かったんだがなと思いつつ、

ここは素直にロザリアの言葉に乗る事にした。

 

「まあ、結果的にはそういう事になるのかもな」

「私は、せっかく拾ったこの命を大事にしたい。

私が命を奪ってしまった人達には申し訳ないと思うけど、それはもうどうしようもない。

私は私の罪を、一生背負って生きていくわ。今日は声を掛けてくれてありがとう。

恩人にお礼が言えて、少しは気が楽になれたわ」

 

 そう言って、ロザリアは踵を返した。そのロザリアの背中に向け、八幡は言った。

 

「俺もお前と同じ罪を背負ってるから、立場はお前と一緒みたいなもんだ。

お互いその罪を、一生忘れないようにしようぜ。お前が陽乃さんの下についたなら、

今後何かあった時、また会う事もあるだろうから、またな、ロザリア。

つらい事もあるかもしれないが、それでもお互い頑張って生きていこうぜ」

 

 ロザリアは驚いたように振り向くと、八幡の顔をじっと見つめた後、

八幡に向けて深くおじぎをして、そのまま去っていった。

八幡はキリトに電話をし、二人の居場所を確認すると、

急いで二人がいるという、居酒屋へと向かった。

 

「すみません、遅れました」

「遅いぞハチマン!こっちはもうすっかり出来上がってるぞ!」

「ってお前、それどう見てもウーロン茶だろうが」

「ハチマン君、久しぶりだね」

「はい、ニシダさん、お久しぶりです」

 

 八幡はニシダに挨拶をし、そのまま席についた。

そして三人は、色々な話をして盛り上がった。

後日明日奈のいる病院に、ニシダを案内する事になり、

三人はその日はそのまま別れる事となった。別れ際にニシダは、二人にこう言った。

 

「私が今こうしてここにいる事が出来るのは、二人や攻略組のみんなのおかげだ。

本当にありがとう。二人が陽乃さんの知り合いだったのには驚いたが、

これも何かの縁だ、これからも宜しくね、二人とも」

「はい、ニシダさん!」

「今日は偶然お会い出来て、本当に嬉しかったです」

 

 ニシダは二人と握手し、本当に嬉しそうに付け加えた。

 

「いやぁ、今日は人生でもベストスリーに入る、良い一日だったよ」

「ちなみに残りの二つは?」

「妻と結婚した日と、孫が生まれた日かな」

「なるほど……」

「それじゃあ二人とも、またね!」

「はい、またです!」

「またです、ニシダさん!」

 

 ニシダと別れた後、和人は八幡に、用事が何だったのか尋ねた。

 

「ああ、ニシダさんと一緒にいたあの女性、あれ、ロザリアだったわ」

「まじか」

「どうやら陽乃さんの下について、ニシダさんの部下をやるみたいだな」

 

 ニシダの部下、と聞いた和人は、当然心配になり、八幡に尋ねた。

 

「……大丈夫なのか?」

「ああ、大丈夫だ」

 

 八幡が断言したため、和人は納得し、八幡に言った。

 

「そうか、ハチマンがそう言うなら信じるよ」

「もしあそこにいたのが、クラディールだったら、今でも絶対に許さないんだけどな」

「違いない」

 

 二人はそう言って笑い合い、家路へとついたのだった。



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第142話 先生、釣りがしたいです

2018/06/10 句読点や細かい部分を修正


「やぁ、アスナさん、久しぶりだね。また会えて本当に嬉しいよ」

「ニシダさん、お待ちしてました。私も嬉しいです!」

「どうだい?体の調子は」

「はい、ハチマン君が色々と手伝ってくれるので、とても順調に回復しています」

「うんうん、良かった良かった」

「はい!」

 

 その日は、先日約束した、西田が明日奈の見舞いに来る日だった。

明日奈は八幡から、西田に再会したと教えられてから、

この日をずっと心待ちにしていたのだった。

 

「あの件については私は、ニュースでやってる程度の話しか知らないんだけど、

今回は本当に災難だったね」

 

 西田の言うあの件とは、当然須郷のしでかした、ALOの件についてだ。

ちなみに須郷は、ぽつぽつと事件についての供述を始め、

それに伴い世間から猛バッシングをくらっている最中で、

悪い意味で、今日本で一番有名な男となっていた。

 

「はい、すごく大変でした……でもハチマン君達が助けてくれました!」

「うんうん、いい恋人を持って、アスナさんは幸せだね」

「はいっ、とても幸せです!」

「あー、ところでニシダさん、釣りは今もやってるんですか?」

 

 八幡は、さすがに恥ずかしくなってきたのか、話題を変える事にしたようだ。

 

「ああ、釣りね。やっとリハビリも終わり、就職先も無事決まったしね、

そろそろまた始めようと思ってるんだよね」

「あっ、そういえば就職おめでとうございます!」

「ありがとう。こんなおいぼれを拾ってくれて、本当に陽乃さんには頭が上がらないよ」

「ニシダさんは、ALOの回線保守をする事になったんですよね?」

「そうだね、SAOの時は、仕事を全うする事が出来なかったから、

今度はしっかりと与えられた仕事を全うしたいと思っているよ。

だから安心してALOで遊んでね、二人とも」

「はい!」

「ありがとうございます、ニシダさん」

 

 二人は西田の言葉に、嬉しそうに頷いた。

 

「ところでニシダさん、お聞きしたい事が……」

「ん、アスナさん、何を聞きたいんだい?私に答えられる事ならいいんだが」

「女の子でも釣りは出来ますか?私、こっちでも釣りをやってみたいんです」

 

 突然明日奈がそんな事を言い出し、西田は少し考え込んだ。

 

「うーんそうだね、女性の釣り人もたまに見るから、大丈夫じゃないかな。

いくつか問題はあると思うけど、特にエサ関連でね」

「それなら大丈夫です!私が体力を取り戻したら、みんなで釣りにいきましょう!」

「私は別に構わないんだが……」

 

 西田はチラッと八幡を見た。そうは言うものの、明日奈が生エサに触れるか、

少し不安があったからだった。八幡はその疑問を把握し、明日奈に尋ねた。

 

「アスナ、ミミズとかをエサに使うんだけど、そこらへんは本当に大丈夫なのか?」

「うん、ミミズもウジ虫もゴカイも川虫もハチマン君が全部付けてくれるから大丈夫!」

「おい……」

「あ、練り餌とかは自分で出来るよ!サツマイモをふかした奴とかも大丈夫!」

 

 八幡はその言葉に、少し面食らった。

 

「お、おう、詳しいんだな、アスナ」

「実はね、ハチマン君に、ニシダさんの話を聞いた時から、

実際に釣りをしてみたいなって思うようになってね」

「釣りか……いいかもな」

「うん!ルアーは何とかなると思うんだけど、毛バリは敷居が高い気がするんだよね。

流すだけならいけそうだけど、川面をちょんちょん叩くようにとか、

どうしても想像出来ないんですよね……ニシダさん、私に出来ますかね?」

 

 西田は、ポカンと明日奈を見つめていたが、

やがてとても楽しそうに、大声で笑い始めた。

 

「あはははは、最初はエサ釣りから地道にやればいいんじゃないかな。

でもアスナさんなら何でもすぐに出来るようになると思うけどね。

確かにエサはハチマン君につけてもらえば問題ないだろうしね」

「はい、頑張ります!キャッチ&リリース!あ、でも魚拓はとってみたいかも」

 

 八幡は、明日奈が次から次へと話すのを聞き、呆然と言った。

 

「嬉しそうだな……しかしアスナ、いつの間にそんなに釣りについて、詳しくなったんだ?

釣りとかやった事ないって言ってたよな?」

「あ、うん。実はマンガで読んだんだよ」

「何のマンガだよ……」

「釣りキチ三平!先日電子書籍で全部読んだの!」

 

 八幡は、その予想外の言葉に面食らった。

 

(あの長さを全部だと……)

 

「あれは俺も確かに好きだけどな……一気に全部とか、頑張りすぎだろ……」

「もちろん平成版まで全部読んだよ、褒めて、ハチマン君!」

「はいはいえらいえらい」

「クニマスが西湖で実際に見つかったって話を聞いた時は、感動を抑えられなかったよ!」

「って、そんな関連情報まで調べたのかよ……」

「むふー」

 

 明日奈は、得意げに鼻をならした。

八幡は苦笑しながら、とりあえず一旦明日奈を止める事にした。

 

「分かった分かった、とりあえずそのくらいにしとこうな」

「むー、もっと沢山話したい事があるのに……」

「はまったのか……後でちゃんと聞いてやるから」

「うん!」

「あははははは」

 

 西田は二人の遣り取りを聞き、堪えきれず、楽しそうに笑った。

 

「どうやらやる気まんまんのようだし、ハチマン君と一緒に計画だけ立てておくよ。

まあその前に、まずは体力を早く取り戻す為に頑張らないとだね。

とりあえずそんな予定でいいかい?」

「はい!お願いします!ハチマン君もお願いね!」

「はいはい」

 

 西田はそんな二人を見ながら、改めて言った。

 

「二人が幸せそうで、本当に良かったよ」

「はい、今はとても幸せです!」

「そうですね、幸せだと思います」

 

 西田は更に、目を細めて言った。

 

「二人は私にとっては、本当の孫みたいなものだから、とても嬉しいね。

あ、キリト君とリズベットさんを入れると四人かな」

 

 八幡はその言葉で、まだリズベットの事を話していなかった事に気が付いた。

 

「あ、そうだ、まだニシダさんには話してなかったと思いますけど、

リズも実は、アスナと同じく解放が遅れた百人の中の一人だったんですよ。

もし良かったら、リズの所にもお見舞いに行ってもらえたら、リズも喜ぶと思うんですが」

 

 西田はそれを聞いて、かなり驚いたようだったが、すぐにこう言った。

 

「そうだったのか、もちろんだよ。後でどこの病院か、教えてもらってもいいかい?」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます。リズもきっと喜びます!」

「ああ、そうだな。それじゃあえーっと、病院の場所はですね……」

 

 八幡は西田に、リズベットの入院している病院の場所を教えた。

 

「ああ、そこなら、丁度家に帰る途中の駅だね。

まだ時間はあるし、今日お見舞いにいけるかな。まあ、先方の都合が合えば、だけどね」

「ちなみに尋ねる時は、篠崎里香の病室だと伝えてもらえれば大丈夫です」

「私、今リズに聞いてみます!」

 

 明日奈はそれを聞いてすぐに、里香に電話をかけた。

 

「もしもし、あ、リズ?えっとね、今ニシダさんがお見舞いに来てくれててね、

それでもし良かったらなんだけど、この後……」

 

 明日奈は里香に、西田の事を説明をした。

そして明日奈は電話をしながら、手で丸を作った。どうやら大丈夫のようだ。

和人も一緒にいるらしく、直後に八幡の携帯に、和人からメールが届いた。

 

「キリトからも今メールがありました。今一緒にいるらしいです」

「です!」

「そうか、それじゃあ行ってみようかな。またお見舞いに来させてもらうよ、二人とも」

「はい、いつでもお待ちしてますね!」

「一緒に釣りに行ける時を楽しみにしているよ。それじゃあ二人とも、またね」

「はい、またです、ニシダさん」

「リハビリ頑張りますね!またです!」

 

 西田が帰った後、明日奈は楽しそうに八幡に話し掛けた。

 

「ニシダさんも幸せそうで、良かったね、ハチマン君」

「ああ。本当に元気そうで、嬉しかったな」

「釣りも楽しみだよ!」

「それまでに釣り竿も用意しないとだな」

 

 明日奈は、いっけない、というように舌をペロッと出し、八幡に言った。

 

「そうだね、その事をすっかり忘れてた」

「どのくらいの長さがいいかとか、今度ニシダさんに聞いておくか」

「そこらへんはハチマン君に任せるね。それでね、ハチマン君」

「ん?」

 

 明日奈は今日一番真剣な顔をして、八幡にこう言った。

 

「タキタロウって、本当にいると思う?」

 

 八幡はそれを聞き、深い溜息をついた。

 

「本当に、はまったんだな……」

「うん!今夜は寝かさないよ!」

「いや、そんな色っぽい言い方をしても駄目だぞ。話は聞くけどちゃんと帰るからな」

 

 八幡はその後、面会終了時間まで、明日奈の話に付き合った。

そして、家に帰って食事をし、風呂に入ってベッドに横たわった頃、

和人から八幡に、電話が掛かってきた。

 

「おう、キリト、ニシダさんと会えたか?」

「あ、うん、リズも喜んでたよ」

「そうか、良かったな」

「で、その後なんだけど……」

 

 和人が深刻そうな声を出した為、八幡は心配し、こう尋ねた。

 

「何かあったのか?」

「リズが……」

「リズが?」

「私も釣りに行きたい!その時は俺にエサをつけろ!って言うんだよ!」

 

 八幡は、お前もかリズ、と思いながら、和人に返事をした。

 

「別にいいじゃないか。アスナの分は俺がつけるぞ」

「俺、虫とか苦手なんだよ!」

「諦めて虫に慣れろ」

「くっ……後、アスナに何か言われたのか、釣りキチ三平を全部読めって言うんだよ!」

「あれはいいものだ。さっさと読め」

「まじか……」

「話はそれだけだな、それじゃあ俺は寝るぞ」

「あっ、ちょっ……」

 

 八幡は和人の言葉に対し、強引に話を打ち切って電話を切ると、

そのままベッドに横たわり、眠りについたのだった。



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第143話 クラインの意地

2018/06/10 句読点や細かい部分を修正


 その日、午前中のリハビリを順調に終えた後、

八幡は明日奈に、午後のリハビリは付き合えない事を謝罪していた。

 

「別にそれはいいんだけど、何か用事?」

「ああ、実はこれから、例の紹介の件でクラインと会う約束があるんだよ」

「ついにクラインさんにも春が……」

「というわけで、すまないがちょっと行ってくる」

「うん、気を付けてね。あ、ハチマン君、今度私も平塚先生に会ってみたい!」

「おう、それじゃあ今度連れてくるわ」

「うん、楽しみにしとく!」

 

 クライン~遼太郎と八幡はその日、ダイシーカフェで待ち合わせをしていた。

八幡が入店すると、エギルが笑顔で八幡を迎えた。

 

「おう、クラインがお待ちかねだぜ」

 

 店には既に遼太郎が先に来ており、カウンターで八幡に手を振っていた。

八幡は頷き、遼太郎の横に座った。

 

「よぉ、悪いなハチマン、呼び出しちまって。俺が車を出しても良かったんだけどな」

「クラインは免許を持ってたのか……確かにあれば便利だよな」

「都会じゃあれだけど、世界が違って見えるのは確かだぜ」

「確かにそうなんだよな……」

 

 ちなみにこの時の何気ない会話のせいで、八幡は免許を取る事を決断した。

 

「で、今日は例の件についてでいいんだよな?」

「それなんだけどよぉ……以前お前と約束した、平塚さんを紹介してもらうって話な」

「それならそろそろセッティングしようと思ってたところだ」

「その話なんだが、出来れば延期して欲しいんだよ」

 

 それを聞いた八幡は、あの女好きの遼太郎が延期?と意外に思い、

遼太郎をじっと見つめた後、こう言った。

 

「何でだ?他に好きな人でも出来たか?」

「んなわけねーだろ!実はちょっと仕事の方がな……」

 

 まだ働いた事が無い八幡はなるほどと思い、素直に聞き返した。

 

「あ、もしかして、仕事が忙しいのか?」

「いや……問題があるのは俺の方なんだ」

「どういう事だ?」

「ほら、二ヶ月リハビリをしただろう?それで体の方はまあ問題ないんだよ。

でもな、仕事ってのは、体が動けばいいってもんじゃないんだよ」

「ふむ」

「二年以上のブランクがあるせいで、前は簡単に出来てた事が、

どうしても上手くいかないんだよな……」

「そういう事か……」

 

 八幡は遼太郎の言いたい事を何となく理解した。

遼太郎の体の動かし方にも、まだ問題があるのかもしれないが、問題は手際なのだろう。

取引先との人間関係をもう一度構築し直す必要もあるのかもしれない。

 

(あー、こういう話を聞くと、まじで働きたくない、ないんだが……

明日奈のためにもそういうわけにはいかないな。俺も頑張らないとな)

 

 その時、黙って会話を聞いていたエギルが、遼太郎に尋ねた。

 

「で、それが紹介を遅らせる事と何の関係があるんだ?」

「言われてみると確かに……そこらへんはどうなんだ?クライン」

 

 その問いに遼太郎は、少し照れたような笑顔を浮かべ、しかしはっきりと二人に答えた。

 

「だってよぉ、いざ交際するとなったら、やっぱり相手には、

頼りがいがあるって所を見せたいだろ?

被害者面して会社に甘えているような、こんな状態のままじゃ、情けないじゃないかよ」

「クライン……」

「今の俺は、仕事も思うように出来ない、いわば半端もんだ。

こんな俺が今、しっかりした頼れる女性だっていう、平塚さんに会ってしまったら、

俺は甘えて前に進めなくなっちまうかもしれねえ。

だからその前に、俺は平塚さんの隣に並んで立てるような男にならないといけないんだよ!」

 

 八幡はそれを聞き、改めて遼太郎を見直した。

 

「そうか……話は良く分かった」

 

 八幡は嬉しさを隠し切れないように、とても晴れやかな顔で遼太郎の肩をぽんと叩いた。

 

「今から平塚先生の所に行って、お前の言葉を一言一句違わず伝えてくるわ。

お前の誠意をしっかりと先生に伝えてくるからな、任せてくれ」

「すまん、頼む」

「おう!」

 

 八幡はそう言うと、ダイシーカフェを出ていった。

まだ鼻息の荒い遼太郎に、エギルが感心したように声を掛けた。

 

「まだ顔も見た事がない女性に対して、そこまで真面目に考えられるなんて、

クラインも昔と比べて変わったよな」

「ん?あー……そういえば俺、平塚さんの事をまだ何も知らないな……」

「少しは知っておいた方がいいんじゃないか?好みとかは大事だろ?」

「確かに……」

 

 遼太郎は、自分のミスに気が付き、頭を抱えた。

 

「俺の都合で会うのを待ってもらう事と、相手の事を多少なりとも知る事は、

確かにまったく別問題だよな……さっきハチマンに、少しくらい聞いておくべきだった……」

「ははっ、このままいくと、お見合いみたいな感じになるのは確かだろうな」

 

 お見合い、と聞いた遼太郎の顔は、かなりの迷いを見せていた。

 

「お見合いか……それもいい、いいんだが、やはり恋愛をしたい……うーむ」

 

 エギルはやれやれと思いながら、遼太郎の肩をぽんと叩いた。

 

「まあ、また改めてハチマンに聞けばいいだろ。

それより今は、仕事の方を何とか出来るように頑張れって」

「そうだな、よし、一刻も早くやりとげてみせるぜ!」

「その意気だ。頑張れよ」

「おう、サンキューな、エギル」

 

 遼太郎は、迷いが無くなったようで、ぶつぶつと呟きながら、気合を入れていた。

エギルは、上手くいけばいいなと思いながら、そんな遼太郎を暖かく見つめていた。

その時店の入り口から、二人の女性が中に入ってきた。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 その二人は、エギルに会釈をすると、興味深そうに店内を眺めていた。

 

「うわー、格好いいお店だねぇ」

「そうね、とても落ち着くわ。とりあえずカウンターでいいかしら?」

「うん!」

 

 二人は、テーブル席が空いているにも関わらず、

真っ直ぐカウンターへと進み、そこに腰を下ろした。

 

「とりあえずジンジャーエールを二つお願いします」

「はい、かしこまりました」

 

 エギルは美人の二人組だなと思いながら、飲み物を手際よく用意し、二人に差し出した。

 

「お待たせしました、ジンジャーエールです」

「近くに来たから寄ってみたのだけど、聞いてた通り、とても素敵なお店ですね」

「うん、すごくいい感じ!」

「ありがとうございます。失礼ですが、この店の事はどなたに?」

「ハチマン君に聞きました……エギルさん」

 

 黒髪の女性がそう答え、もう一人のピンクの髪の女性は、横でうんうんと頷いていた。

 

「やっぱりそうだったか」

 

 エギルはニカッと笑い、そう言った。

 

「あら、まったく驚かないのね」

「いや、こう言っちゃなんだが、店を再開したばっかりで宣伝も何もしてないし、

今来るのは関係者ばっかりってのが現状なんだよな。だから予想はしてたんだ」

「なるほど」

「初めましてだな、ユキノさんにユイユイさん……だよな?」

「初めまして、エギルさん、私はユキノです。

もしかしてそちらで何か気合を入れてるのはクラインさん?」

「ああ。おいクライン、早くこっちの世界に戻って来い!」

「初めまして!ユイユイです!クラインさんもいたんだ~偶然だね!」

 

 遼太郎は、エギルに呼ばれ、やっと我に返ったようだ。

 

「エギル、何か言ったか?って、すみません、今お二人に気が付きました!」

 

 遼太郎は、いつの間にか女性が横に座っている事に気が付き、慌てて二人に頭を下げた。

そして顔を上げた遼太郎は、改めて二人の顔を見て、

顔を赤くしながら、二人とエギルを交互に見つめた。

エギルは遼太郎が何を考えているかを悟り、クラインに言った。

 

「ユキノさんとユイユイさんだ」

「えっ……ま、まじか!初めまして、クラインです!」

「初めまして、ユキノです」

「ユイユイです!」

 

 遼太郎は、女性慣れしていないせいで、何を言っていいのか分からなかったが、

何とか無難な質問をする事に成功した。

 

「えと、今日はどうしてここに?」

「ちょっとユイユイと一緒に、近くに買い物に来たものだから、ね?」

「うん、せっかくだから、これから何度も来る事になるだろうし、

ちょっと寄ってみようかなって!」

「なるほど、偶然っすね!あ、さっきまでハチマンもここにいたんですけど、

入れ違いになっちゃいましたね!」

「あら、そうだったのね……彼は何故ここに?」

「あ~、実はっすね……」

 

 遼太郎は、ここまでの経緯を、二人に説明した。

 

「なるほど、平塚先生と……先生にもついに春が来るかもしれないと、そういう事なのね」

「やったね!」

「そういう事なら、ハチマン君の許可が出たらだけど、

少し平塚先生について、私達から説明しましょうか?」

「え、いいんですか?」

「ちょっと待ってもらえるかしら……今聞いてみるわ」

 

 雪乃はそう言うと、八幡へ電話をかけ、何事か話していたが、

どうやら問題なく許可がとれたようで、遼太郎に言った。

 

「とりあえず、差し障りが無いと私が判断した部分は全部話していいそうよ」

「あざっす!」

「さて、まずはこれを見てもらえるかしら」

 

 そう言って雪乃が見せてきたのは、平塚の写真だった。



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第144話 春の足音

2018/06/10 句読点や細かい部分を修正


「そ、それはまさか……」

「ええ、そのまさかよ。これを見たら、もう後戻りは出来ないわ。

その覚悟があるならこれを見せましょう」

 

 そう言われ、遼太郎はゴクリと唾を飲み込んだ。

普通の写真であれば、雪乃はこんな事は言わないだろう。

遼太郎は戦慄しつつも、腹をくくり、雪乃に言った。

 

「大丈夫だ、ひと思いにやってくれ」

 

 そんな遼太郎の覚悟を悟ったのか、雪乃はフッと笑い、遼太郎に言った。

 

「いい目をしているわね、それではまずこれを見てちょうだい」

 

 そう言って雪乃が見せてきたのは、いつ撮影したのだろう、

八幡を殴り飛ばす平塚の写真だった。

ちなみに写真だと、平塚の顔は見切れていてちゃんと写ってはいない。

 

「これ、ハチマンだよな?それにしてもよく飛んでるな……」

「このように、先生は鉄拳制裁を頻繁に行っていたわ。

もっとも彼以外に拳をふるっている所を見た事は無いのだけれども」

「……これはつまり、受け止める覚悟をしろって事か」

 

 雪乃と結衣は、この返答を聞き、とある一つの疑念を抱いた。

雪乃は気を遣って口には出さなかったが、結衣はその疑問をストレートに口に出した。

 

「もしかして、クラインさんって……ドM?」

 

 結衣にそう言われた瞬間、遼太郎は顔を青くして即座に否定した。

 

「ちっ、違う!俺はそんな性癖は持ってねえ!」

「必死に否定する所がまた怪しい……」

「勘弁してくれよぉ……俺はノーマルだって。信じてくれよぉ……」

「お前が受け止めるなんて言うからだろ、クライン」

 

 エギルが呆れた顔をして、遼太郎に突っ込んだ。

 

「だってよぉ……そんな状況になったとしたら、絶対に俺が悪いに決まってるじゃねーかよ。

そしたらやっぱり言い訳せずに反省して、素直に受け止めるのが男ってもんじゃねーか?」

「ドMね」

「ドMだね!」

「ドMだな」

「うわあああ、もう勘弁してくれ!」

 

 遼太郎は、すぐさま三人にツッコミをくらい、絶叫した。

その様子を見ながら、雪乃は相好を崩すと、遼太郎に言った。

 

「ほんの軽い冗談よ。ちなみに平塚先生は、

あなたが自分の言いなりになるような事は望んでないと思うわ。

もしそんな状況になったら、自分の意見をしっかり伝えた上で、

きっちりと話し合った方がいい結果になると思う」

「なるほど……」

 

 遼太郎は、その言葉を脳内にしっかりと記憶した。

 

「それでは次の写真は、これよ」

 

 次に雪乃が見せてきたのは、ラーメンの丼を持ち上げ、

豪快にツユを飲み干す平塚の写真だった。当然顔は丼に隠れて見えない。

 

「これは修学旅行の時、平塚先生と一緒にこっそりとラーメンを食べに行った時の写真よ。

ちなみに私達がせがんだわけではなく、先生がホテルからこっそり抜けだそうとした時に、

たまたまそれを目撃してしまった私達が、口止めとして連れていかれたのよね」

 

 遼太郎はその写真を見ると、嬉しそうに言った。

 

「厳しいだけじゃないって事だろ?後、俺もラーメンは大好きだぜ!」

 

 そんな遼太郎を見て、雪乃は探るような口調で付け加えた。

 

「ちなみに先生はこの時、替え玉を二回頼んだわよ?」

「豪快でいいじゃねーか。俺は好きだぜ!」

「そう……それならいいのだけれど」

 

 雪乃は遼太郎の懐の深さに少し感心した。

あるいはこの人なら本当に……そう考えた雪乃に、結衣が一枚の写真を見せてきた。

 

「ねえユキノン、この写真も見てもらった方がいいよね?」

「これは……そうね、その方がいいわね」

 

 その写真を見た雪乃は、見せる事に賛同した。

ある意味その写真は、平塚静という女性の本質を表している写真だったからだ。

 

「クラインさん、次はこれよ!」

「じゃーん!平塚先生特製の焼肉丼だよ!」

 

 結衣が見せた写真は、嫁度対決で平塚が作った料理の写真だった。

ご飯の上に焼いた肉を乗せ、焼肉のタレをかけただけのその料理の写真は、

上手く説明する事は出来ないのだが、妙な迫力に満ちていた。

遼太郎はその写真を見て、首を傾げた。

 

「普通に見えるけど、これが何かあるのか?」

「平塚先生の得意料理!ご飯の上に焼いた肉を乗せて、焼肉のタレをかけただけなのに、

なんかすごく美味しかったの!」

「なあ、これは料理と言っていいのか……?」

 

 エギルが恐る恐るそう尋ねてきたが、確かにその通りだろう。

だが、遼太郎の反応はまったく別だった。

 

「でも美味いんだろ?美味いは正義だ!」

「まあ、それは確かにそうなんだが……料理……料理な……」

 

 それに対するエギルの反応は、認めたいが認めたくないという、微妙なものだった。

これは商売で料理を作っているエギルにしてみれば、当然の反応である。

 

「それに、毎日これって事はさすがに無いだろ?」

 

 遼太郎はそう言うと、同意を求めるように雪乃と結衣を見たが、

二人は遼太郎が、さすがに、と言ったあたりで既に顔を背けていた。

 

「お、おい……さすがに無いだろ?無いよな?」

 

 おろおろする遼太郎を、さすがに気の毒に思ったのか、

雪乃は遼太郎を見ながら、笑顔で言った。

 

「牛肉が豚肉に変わって、焼肉のタレが、別の会社の焼肉のタレに変わったら、

それはもう別の料理と言ってもいいと思うわ。だから大丈夫よ」

「そ、そうだよな!それなら大丈……夫?」

 

 遼太郎は食いぎみに雪乃に同意したが、同意の途中で、言葉の意味を理解したらしく、

頭を抱えてその場にへたり込んだ。三人に生暖かい目で見守られながら、数分が経過した頃、

遼太郎が急に再起動し、立ち上がった。

 

「ひらめいた!定期的に一緒に料理をする日を作れば問題ない!

二人で作れば失敗しても怖くない!だろ?」

「ハハッ、お前らしいな」

 

 遼太郎と付き合いの長いエギルは、その意見を聞き、遼太郎らしいと笑った。

雪乃と結衣は、遼太郎の前向きな姿勢に驚いていた。

二人の遼太郎への好感度は、今の遣り取りで、かなり上がっていた。

雪乃は微笑みながら、結衣に話し掛けた。

 

「ユイユイ、どう思う?」

「うん、これはもう合格って事でいいと思う!」

「そうね……私達の大好きな平塚先生に、春をプレゼントしましょう」

「そうだね!」

 

 二人は笑顔で遼太郎に向き直り、今後注意した方がいい点をアドバイスすると申し出た。

 

「クラインさん、先生は相手に自分を良く見せようとしすぎて失敗する所があるから、

下手に洒落たお店とかに行こうとしたら、止めてあげてちょうだい」

「先生の書くメールって、妙に大人ぶった書き方で長文になる上に、

ちょっとでも返信が遅れると、連続して何通も送ってくる傾向があるから、

ちゃんと二人で話し合ってルールを決めた方がいいかも!」

「ああ見えて先生は、かなりのスピード狂なのよ。頑張ってセーブしてあげて」

「先生は酔うとおっさんみたいになるらしいから、幻滅しないであげて!」

「よ~し、気合が入ってきたぜ!貴重な情報をありがとな、二人とも!」

 

 遼太郎は、二人のアドバイスを心に留め、まだ見ぬ平塚の事を考えながら、

ここが自分の人生のクライマックスかもしれないと、闘志を燃やした。

 

「さて、最後にクラインさんにプレゼントよ」

「携帯を見てみて!小町ちゃんからヒッキー経由でメールが来てるはず!」

 

 二人はアドバイスと同時に八幡に連絡し、

小町の持っていたとある写真を八幡経由で遼太郎に送ってもらっていた。

遼太郎がメールを受信すると、そこには、

 

『先生を宜しく頼む』

 

 という本文と共に、一枚の写真が添付されていた。

それを見た遼太郎は、驚きのあまり、完全に固まった。

 

「おいクライン、どうした」

「え、エギル……これを……」

 

 そう言って遼太郎はエギルに、八幡から送られてきた写真を見せた。

その写真は、嫁度対決の時の、ウェディングドレスを着た平塚の写真だった。

 

「おお……」

「な、なあ、俺、この人と釣り合ってるか?どう見ても俺には過ぎた相手に思えるんだが」

 

 遼太郎は、嬉しさと自信の無さが入り混じった、複雑な顔をしていた。

そんな遼太郎の背中を結衣が力一杯叩き、こう言った。

 

「大丈夫!平塚先生は、言い方は悪いかもしれないけど、今はかなりちょろいから!」

 

 遼太郎は、その言葉の意味をすぐには理解出来ず、ポカンとした。

 

「ちょ、ちょろい?」

「そうね……あまりこういう事を言うのは、私としても少し気が引けるのだけれど、

今の平塚先生は、かなり結婚というものに焦りを感じているわ。

それにつけこむという表現はどうかと思うのだけれど、

でもクラインさんにとっては、平塚先生と付き合いたいなら、

今が最大のチャンスだと断言できるわ」

 

 結衣が口走ったちょろいという表現に、雪乃も乗った。

 

「私達は、先生がクラインさんと付き合ったら、絶対に幸せになれると思っているから、

あえてこういう言い方をさせてもらったわ。失礼な言い方でごめんなさい」

「あたしもごめんなさい。でも先生には幸せになって欲しいの。ううん、絶対になれるよ!」

「そうだぞクライン。お前がこんな美人と知り合える機会なんて、もう無いかもしれない。

だからここで一生分頑張れよ、男だろ?」

 

 遼太郎は、最初は腰が引けぎみだったが、三人に激励され、

駄目で元々だと思い、自分に活を入れた。

 

(例えここでふられたからといって、何だって話だよな。

俺には失う物なんて何も無いじゃねーか。やってやる、一生分頑張ってやる)

 

「三人とも、情けない姿を見せちまってすまねえ。ありがとな、元気が出たぜ!

よーし、俺はやるぞ!とりあえずエギル、今から平塚さんにメッセージを送りたいから、

俺の姿をムービーで撮影してくれ!」

「よしきた、任せろ!」

「頑張って、クラインさん!」

「大丈夫、絶対いけるよ!」

 

 そして遼太郎は、もうしばらく待ってて欲しい、かならず会いに行きますと、

自分の今の気持ちを誠実に語り、そのムービーを八幡に託した。

事情の説明のため、平塚の下を訪れていた八幡は、すぐにそのムービーを平塚に見せた。

八幡が後日遼太郎に語った説明によると、その時の平塚が泣きながら見せた笑顔は、

未だかつて見た事の無い、眩しい笑顔だったそうだ。

今の季節はそろそろ春ももう終わる頃であったが、遼太郎こと壷井遼太郎と平塚静には、

遅ればせながら、春の足音がゆっくりと、だが確実に近付いていた。



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第145話 免許を取ろう

2018/06/11 句読点や細かい部分を修正


「父さん、母さん、ちょっと相談があるんだけど……」

 

 とある日の夜、珍しく両親が揃っていた為、

八幡は丁度いい機会だと思い、車の免許を取りたいと両親に相談する事にした。

さすがの八幡も、この時ばかりは丁寧な言葉遣いを心がけていたようだったが、

違和感に耐えられなかったのだろう、早速小町が八幡にツッコミを入れた。

 

「お兄ちゃん、言葉遣いが気持ち悪い」

「いや、さすがに真面目な相談をする時に、父ちゃん母ちゃん相談があるんだが、

とは言えないだろ……」

 

 ちなみに今後八幡は、明日奈の前で、

両親の事を父ちゃん母ちゃんと呼ぶのが気恥ずかしく感じられた為か、

普通に両親の呼び方が、父さん母さんに変化していく事になるのだが、それは後の話である。

 

「実は、学校もまだ始まらないし、この機会に車の免許を取ろうかと思うんだけど……」

 

 八幡は気を取り直し、両親に向かってそう切り出した。

 

「ん、別にいいんじゃないか?」

「そうね、八幡ももう十九になるし、明日奈さんの所に通う以外の時間は暇なんだから、

タイミングとしてはベストかもしれないわね」

 

二人は特に反対する事も無く、あっさりとそれを承諾した。ちなみに資金に関しては、

政府からある程度まとまった金額が補償として支払われていた事もあり、

教習所に通った上で、働き始めるまでの駐車場代くらいは、問題なく捻出出来る。

ちなみに両親は、そのお金を全て八幡に管理させていた。

昔のだらしなかった頃とは違って、SAOから生還した後の、

息子の成長を肌で感じていたせいもあっただろう、

お金の使い道に関しては、無駄遣いする事は無いだろうと思っており、

特に何か口を出したりしようとはしなかった。

ただ、免許の取得に際し、両親はたった一つだけ条件を付けた。

それは、明日奈を今度家に連れてきなさいという条件だった。

八幡がその理由を尋ねると、両親は、見た事もないような満面の笑顔でこう答えた。

 

「私達のかわいい娘なんだから、毎日でも会いたいのは当然でしょ?」

「この件に関しては、本当に良くやったぞ、八幡」

 

 ちなみに二人は、明日奈がALOから解放された直後に小町から明日奈の写真を見せられ、

大喜びしたあげく、すぐ次の日に、仕事を休んで八幡と一緒に明日奈の見舞いに訪れていた。

そして明日奈に会った直後、二人は嬉しさのあまり、号泣しながら八幡を褒めたのだった。

 

「でかした!でかしたぞ、八幡!」

「こんな素敵な娘が、小町以外に出来るなんて、夢にも思わなかったわ」

 

 そんな二人を見て、さすがに恥ずかしかったのだろう、八幡は、明日奈に謝った。

 

「すまん、まさかうちの親が、こんな風になるなんて思ってもみなかった」

 

 だが当の明日奈は、八幡の言葉を聞いておらず、ぶつぶつと何かを呟いていた。

八幡がそんな明日奈の様子を不審に思い、耳を近付け、明日奈の呟きを聞き取ろうとした。

 

「私が八幡君のお嫁さん、私が八幡君のお嫁さん……」

「お、おい、明日奈……」

 

 そして明日奈は、いきなり八幡の両親に向かってこう言ったのだった。

 

「ふ、ふつつか者ですが、末永く宜しくお願いします、お父さん、お母さん!」

 

 その日以来二人は、明日奈の事が大のお気に入りなのであった。

ちなみに二人と小町の手によって、使っていなかった部屋が、

既に明日奈用の部屋として、着々と整備されつつあった。

それはさておき、こうして八幡は、免許を取得する事をあっさりと許可されたのだった。

八幡はまず陽乃にアドバイスを受けようと考えたのだが、

陽乃はそれを、執事の都築に丸投げした。

実は都築は過去に教習所の教官をやっていたらしく、こういう事は元プロに任せると、

陽乃は八幡に説明し、八幡もその説明を聞いて納得した。

こうして八幡は都築のレッスンを受けつつ、色々とアドバイスを受ける事にしたのだった。

 

「都築さん、オートマ限定でいいんですか?」

「ええ。今の日本で走ってる車は、ほとんどがオートマですからね。

マニュアルの新車も、もうほとんど作られていないんですよ、八幡様」

「なるほど」

「今回の場合、とにかく時間がギリギリですので、とにかく取得を優先して、

いずれマニュアル車を運転する必要が出た時点で、限定解除をすればいいと思います。

もっとも家や職場に古い車が無い限り、そんな機会は普通無いんですけどね」

「なるほど、すごく分かりやすいです」

 

 八幡は都築の説明を聞き、さすがは元プロだと尊敬の念を抱いた。

 

「それにしても都築さん、急にこんな事をお願いしちゃって本当にすみません」

「いえいえ、私も楽しんでやっておりますので、どうかお気になさらず」

 

 そう言った後に都築は、少し言い辛そうに言葉を続けた。

 

「それに私は昔、あなたを傷つけてしまいましたからね。

その罪滅ぼしという訳ではありませんが、時間の許す限り、

車の運転についてしっかりとお教えしたいと思います、八幡様」

「やめて下さい、あれは完全に俺が悪いんですから。

でもありがとうございます、都築さん。しばらくお世話になります。

後、出来れば二人の時くらいは、俺の事は、せめて君付けで呼んでもらえれば……」

「分かりました。では八幡君、これから一緒に頑張りましょう」

「はい、宜しくお願いします」

 

 こうして、八幡の修行の日々が始まった。

 

「学科に関しては、とにかく限界までスケジュールを入れましょう。

内容は覚えなくても問題ないですが、途中で寝るのだけは避けて下さい。

学科試験に関しては、引っ掛け問題に気を付けるだけですので、

直前にそういった練習問題をこなせば問題ないでしょう」

 

「実技に関しては、とにかくしつこいくらい確認をする事が大事です。

教官が見ているのは、あなたの顔の向きだと思って下さい」

 

「キープレフトで、道路のやや左よりをきっちりキープしながら走って下さい」

 

「大事なのは車両感覚です。車の幅をしっかりと把握出来るようにしましょう。

停車する時は、最初は感覚だけではなくサイドミラーも見ながら、

きっちりと端に寄せていきましょう」

 

「信号の無い横断歩道は歩行者優先です。教官はちゃんと見ていますから、

見落としの無いように気を付けましょう」

 

 ちなみにこの教習は、雪ノ下家の敷地内の練習コ-スで、

雪ノ下家の所有する教習車を使って行われていた。

八幡は、こんなものまで個人で所有しているのかと最初はかなり驚いたものだった。

八幡は都築の厳しいながらも優しさあふれる指導により、

着々と運転技術を習得していった。教習所の教官は、八幡の運転技術に皆驚き、

口々に八幡の事を褒め称えたが、まさか個人の家にある練習コースで、

内容をある程度先取りして練習していると言う訳にもいかず、

多少気恥ずかしい思いをしながらも、八幡は明日奈の喜ぶ顔を思い浮かべながら、

頑張ってきついスケジュールをこなしていった。

 

「都築さん、車の運転って楽しいですね」

「ええ、そうですね」

 

 都築は微笑みながら八幡にそう答え、更にもう一言付け加えた。

 

「ちなみに隣に好きな人が乗っているともっと楽しいですよ」

「それはすごく楽しそうですね」

「ええ。ただ隣に人を乗せるという事は、その人の命を預かるという事です。

その事だけは、忘れないようにして下さいね」

「はい!」

 

 そしてついに八幡は、卒業検定の日を迎える事となった。

 

「八幡君、卒業検定は、適切なコース取りと、しっかりとした確認と、

停車の寄せですからね。頑張って下さいね」

「はい、必ず合格してみせます」

「どうやら緊張はしていないみたいですね。合格の連絡を待っていますよ」

「はい、終わったらすぐに連絡を入れますね」

 

 そして卒業検定が始まり、八幡は、都築との練習の日々を思い出しながら、

順調に決められたコースを進んでいった。

そして卒業検定はあっけなく終わり、八幡はこの日、無事に教習所を卒業した。

八幡はすぐに都築に電話を掛け、合格した事を報告した。

 

「都築さん、無事に合格しました。長い間本当にありがとうございました」

「おめでとう、頑張った甲斐がありましたね、八幡君。

ただ、これでもう八幡君と一緒に走れないと思うと、ちょっと寂しい気持ちになりますね」

「俺も寂しいです。次に一緒に乗るとしたら、多分都築さんの運転で、

ハル姉さんと一緒って事になりそうですね」

「そうかもしれませんね。ちなみに免許をとった後に他人の運転する車に乗ると、

それはそれで、また色々と新しい発見があったりして楽しいものですよ」

「そうなんですか。それじゃあ都築さんの運転する車に乗せてもらうのを、

楽しみに待ってますね。とりあえず明日試験場に行って、早速免許を取ってきます」

「頑張って下さい、そして卒業おめでとう、八幡君」

「本当にありがとうございました……都築先生」

 

 次の日八幡は、問題なく試験に合格し、ついに目標だった運転免許を取得した。

そして陽乃の手配で数日後に納車をしてもらい、小町を乗せて何度か車を走らせてみた。

ちなみに小町は毎回、助手席ではなく後部座席に乗っていた。

これは決して八幡の運転技術を信用していなかったからではなく、

助手席に最初に乗るのは明日奈お姉ちゃんだから、と小町が主張したからであった。

そして明日奈の退院の日を迎えた八幡は、万全の体制で車に乗り込み、キーを回し、

明日奈を迎えに病院へと車を走らせたのだった。



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第146話 帰還者用学校、ついに開校す

2018/06/11 句読点や細かい部分を修正


 アスナが病院を退院してから今日で半年。

その間二人は順調に交際を続けつつ、この日の為に準備していた。

SAO帰還者の内、学校に通う必要のある者達は少し前に全員リハビリを終えており、

それをもって、ついに今日、念願の帰還者用の学校が開校される事となったのである。

当時中学一、二年生だった者達は、特別カリキュラムを受けてから、

その達成度次第で、通常クラスに編入される事になっていた。

元中学生は全て、特例で義務教育は終えたものと認定された。

中学三年生~高校二年生だった者達は、最初から通常クラスでの開始であった。

ちなみに学校の場所は、用地取得の関係から、都内寄りの千葉県内であり、

八幡以外の四人は寮生活を開始する事が決定していた。

ちなみにその四人とは、アスナ、キリト、リズベット、シリカである。

更に言うと、何故千葉なのかというと、用地を提供したのが雪ノ下家だったからだった。

 

「よっ、みんな同じクラスみたいだな」

 

 クラス分けが貼り出されている掲示板の前にいた八幡と明日奈に、和人が声をかけてきた。

後ろにはリズベットこと篠崎里香も居り、里香は嬉しそうに明日奈に抱き付いた。

 

「一緒のクラスだね、明日奈!」

「あ、う、うん」

 

 明日奈は確かに嬉しそうではあったが、どこか曖昧な表情を見せた。

それを疑問に思った和人と里香はいぶかしげな顔をしたが、

それを見た八幡が二人に手招きし、状況を説明した。

 

「実は俺も今朝菊岡さんに聞かされて、さっき明日奈に伝えたんだがな、

どうやらこのクラス分けは、ある程度SAO内での人間関係を考慮して、

問題が出来るだけ起きないように決められているらしいんだよ。

だから多分、こうなるんじゃないかなって話してたんだが、案の定だったって感じだな」

「ああ~、事前にネタバレされちゃってたから、明日奈は変な顔をしてたんだね」

「うん、そんな感じ」

「あ、いた!みなさ~ん!」

 

 そこにシリカこと、綾野珪子が満面の笑みで駆け寄ってきた。

珪子は先ほどの里香が明日奈にしたように、明日奈と里香に抱き付き、

とても嬉しそうに、同じクラスですね!と喜びを伝えた。

里香は身をもって明日奈と同じ体験をしたため、こういう事かと思い、苦笑した。

 

「さっきの明日奈の気持ちが良く分かったわ」

「だ、だよね?分かってくれるよね?」

「え?何かあったんですか?」

 

 きょとんとする珪子に、八幡は先ほどと同じ説明をした。

 

「……と、いう訳だ」

「そういう事ですか!でも、良かったですよね!」

 

 珪子が嬉しそうにそう言い、皆それに同意した。

その直後に校内放送が流れた。どうやら入学式が始まるようだ。

ちなみに保護者は誰も参加していはいない。保護者への説明会は、事前に何度も開催され、

当日は参加しない事とされていたからだ。これは。万が一保護者からマスコミに情報が流れ、

面白おかしく報道されるのを防ぐ狙いもあった。

もっともマスコミ各社はこの件については、下手な報道をすると世論から袋叩きにあう為、

プライバシーに十分配慮し、慎重に報道する方針であったため、

何か問題が起こる可能性は、実はほぼ皆無なのであった。

五人は講堂へと向かったのだが、中に入った瞬間、五人に周囲の視線が集中した。

というか、その視線のほとんどが明日奈に集中した。

これはまあ当たり前だろう。閃光のアスナの顔と名は、知らぬ者がいないほどであり、

始まりの街にずっと留まっていた者達にも、その顔と名はSS等で知れ渡っていたのだ。

 

「うわ、やっぱりすごいな」

 

 和人がそう言い、八幡は、ニヤニヤしながら和人に言った。

 

「お前の顔と名が広がるのも、時間の問題だと思うけどな」

「うっ、それは正直勘弁してほしいんだが……」

「多少は我慢しろって。お前が俺達全員を救ったのは確かなんだし、

お礼を言いたい奴も多いんじゃないか?」

「お礼なんか別にいらないんだけどな……」

「相手が女子でもか?」

「いや、まあ男女関係なく、えらそうにする気は無いって事で……」

 

 ちなみに八幡達のクラスの女子の数は、四十人中三人だった。つまりこの三人である。

ちなみに他のクラスの女子の数も、三~四人であった。

これは八幡が想像していたよりも、かなり多い数字だった。数字上は一割弱である。

それなのに、攻略組には女性プレイヤーがアスナしかいなかった事を考えると、

いかにアスナが特殊な存在だったかが分かるというものだろう。

ちなみにクラスは全部で二十クラス有る。

ちなみに来年は新入生は入って来ない。そして今いる二十クラス分の生徒が卒業した後、

通常の学校として新たに、毎年五クラス分の生徒を募集する予定になっていた。

 

「全部で二十クラスあって、女子が各クラス三、四人とすると、

大体女子の総数は七十人くらいになるのか。モテモテだな、和人」

 

 八幡がそう言った瞬間、和人が何か言い掛けたが、

それよりも早く、里香の肘打ちが和人の脇腹に突き刺さり、和人は悶絶した。

 

「ふんっ、天罰!」

「うぐっ……俺はまったく肯定していないのに、理不尽だ……」

 

 そんな五人の様子を、周囲は唖然とした目で見ていたが、

そろそろ式が開始されるとアナウンスがあった為、

五人を含めて全員が襟を正し、割り当てられたクラスのスペースに、自由に着席した。

そして式が始まり、来賓からの挨拶が続いた。

参加者の健康に配慮し、挨拶は可能な限り短くスピーディに進められたが、

その来賓の中に、予想外の人物が混じっていた。

 

「それでは次に、理事長の雪ノ下さんからご挨拶を賜ります」

「おい、まさか……」

 

 一瞬また陽乃かと思った八幡は、壇上の人物をじっと見つめた。

八幡の知る二人に似てはいるが、よく見るとその人物は、年齢がかなり上に見えた。

そして八幡は、その人物が誰なのかに思い当たった。会った事は無いが、多分間違いない。

昔花火の時、陽乃に聞かされた言葉を思い出し、八幡は冷や汗をかいた。

 

「まさかの隠しボスの登場か……」

 

 理事長を見て思う所があったらしく、明日奈が声を潜めて八幡に尋ねた。

 

「八幡君、雪ノ下って、もしかしてハル姉さんと雪乃の関係者?」

 

 今明日奈が雪乃を呼び捨てにしたように、最近仲間内では、

お互いの名前をかなりフランクに呼び合うようになっていた。

もっとも明らかな年上が相手だと、必ずしもそうでは無かったが。

 

「ああ、あの人は多分、ハル姉さんと雪乃の母親だよ、似てるだろ?ある意味隠しボスだな」

「隠しボスって……あれ?もしかして八幡君、冷汗をかいてる?」

 

 八幡は確かに冷汗をかいており、搾り出すような声で明日奈に言った。

 

「あの人はな……昔ハル姉さんに聞いた話だと、ハル姉さんより怖いらしいぞ」

「あっ……そういう事……」

「うおっ」

「ど、どうしたの?」

 

 八幡が突然おかしな声をあげた為、明日奈は驚いて、声を潜めたまま八幡に質問した。

 

「あの人、俺と目が合ってから、ずっと視線を外さないんだよ……」

「えっ?」

 

 明日奈が改めて壇上を見ると、

確かに八幡の方をじっと見つめたまま話をしているように見えた。

話はすぐに終わったが、八幡にはそれまでの短い時間がとても長く感じられた。

やがて式が終わり、しばらく休憩を挟みつつ、生徒は各教室へと向かう事になったのだが、

講堂を出ようとした八幡を待ち構えていた人物がいた。

 

「貴方が比企谷君よね?申し訳ないのだけれど、少しお時間を頂けるかしら?」

 

 その人物は、先ほどずっと八幡から視線を外さなかった、雪ノ下理事長その人だった。

八幡は当然断る事は出来ず、仲間達に先に行っていてくれと声を掛け、

大人しく理事長の後に続き、そのまま二人は、理事長室へと入った。

 

「ごめんなさいね、いきなり呼び出したりして」

「いえ……その、初めまして。お噂はかねがね……」

「あらやだ、どんな噂を誰に聞いたのかしらね。雪乃?それとも陽乃かしら」

「あ、その……陽乃さんです」

 

 八幡は緊張しつつも何とかそう返事をした。

そんな八幡をじっと見つめていた理事長は、突然ふっと顔を綻ばせた。

 

「緊張しないでいいのよ。別にとって食おうなんて思ってはいませんからね」

「はい……」

「本当に、ちょっと貴方とお話がしたかっただけなの。突然ごめんなさいね」

「い、いえ、それは全然構わないんですが、お話、ですか?」

「ええ」

 

 そういうと、理事長は、陽乃から聞いていた話からは想像もつかないような、

自然な笑顔で微笑んだ。八幡はそれを見て、怒られるわけではなさそうだと安堵した。

 

「その前に、先ずはお礼を言わせて頂戴」

「お礼、ですか?」

「ええ、陽乃と雪乃の事でね」

「ハル姉さんと……す、すみません、陽乃さんと雪乃さんの事、ですか?」

「そう、まさにそれよ!」

 

 理事長が、八幡の言葉に食いぎみに被せながらそう言った為、八幡は少し面食らった。

 

「貴方なら、昔の陽乃と雪乃の関係について、多分何となく理解しているでしょう?」

 

 八幡はいきなりそう聞かれ、とまどいつつも、とりあえず無難な返事をした。

 

「あ、はい、まあ、合ってるかは分かりませんが、なんとなくは……」

 

 理事長はそれに頷きつつ、続けて、と言った。

八幡は相手が何を求めているのか分からず、何を言えばいいのか正直困っていたが、

ここで取り繕った事を言うのは何となくまずい気がすると思い、

言葉を選びながらも、自分なりに感じていた事を正直に言った。

 

「昔の陽乃さんは、完璧に見えましたけど、逆に何ていうか、

サイボーグみたいだった印象がありました。強化外骨格を纏っているみたいな……」

「正直で、逆に気持ちがいいわね」

「す、すみません……雪乃さんも、体力以外は完璧に見えました。

一番の違いは、他人とのコミュニケーション能力ですかね」

「それは確かにね。後は?」

 

 八幡は少し考えながら、続けて言った。

 

「雪乃さんは最初、陽乃さんの背中を追いかけているようにも見えましたが、

秋辺りから、追いかけるのをやめたようにも感じました。

俺が知っているのはそこまでです」

「そしてその直後に、貴方は二人の前からいなくなってしまった」

「す、すみません……」

 

 八幡は、何か申し訳ない気持ちになり、反射で謝った。

そんな八幡に、理事長は優しい声で言った。

 

「貴方が謝るような事ではないわ。貴方は被害者ですもの。

月並みな言い方になってしまうけれど、本当によく頑張ったわね」

「は、はい」

 

 理事長は優しい目で八幡を見つめた後、こう語った。

 

「昔の陽乃は、私の目から見ても、出来すぎなくらいよく出来た娘だったわ。

非の打ち所の無い完璧な娘。でもどこか冷めている、面白味の無い娘よ」

 

 八幡は、面白味の無いという表現に驚きつつも、何とか言葉を搾り出した。

 

「それは……」

 

 理事長は、八幡に頷きつつ、話を続けた。

 

「そして雪乃は確かに、陽乃の後を必死に追いかけていた。

雪乃が一人暮らしを始めてからの事は、正直私にはよく分からないわ。

私が久しぶりに雪乃に会ったのは、年末、貴方がいなくなった直後だもの。

だから、雪乃が陽乃の後を追いかけるのをやめたというのは私には分からない。

でも、貴方がそう言うという事は、その頃から変化の兆候が見えていたのでしょう」

「変化、ですか?」

「ええ、そうよ。二人が突然私達夫婦の下にやってきて、

二人揃って頭を下げたのよ。貴方をうちの系列の病院に搬送した直後の話」

 

 そして理事長は、それ以降何があったのか、八幡に語り始めたのだった。




クリスマスイベント直後に巻き込まれた為、八幡と雪ノ下母の間には面識は無い設定で書いています。


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第147話 理事長が語るのは

2018/06/11 句読点や細かい部分を修正


「二人が私達に頼んできたのは、俗っぽい事を言ってしまうと、お金の事よ。

二人で必ず雪ノ下家を今よりも大きくするから、貴方を全面的にバックアップしてくれと、

二人の願いはそれだけだったわ。最初私達は、その言葉には懐疑的だった。

でも二人に揃ってお願いをされるのは初めての経験だったから、

私達は夫婦で相談して、結局その頼みを受け入れたわ」

「そ、それは……」

 

 八幡は顔を青くし、何か言おうとしたが、理事長はそれを制して話を続けた。

 

「お金の事は別にいいのよ。あの二人がそう言うのだから、必ずそうなる。

親の欲目と言われるのを覚悟の上で、また俗っぽい言い方をしてしまうけれど、

私達は、二人の自慢の娘と、貴方の三人に投資をしたの」

「投資、ですか……」

「ええ、投資よ」

 

 理事長はにっこりと微笑み、更に話を続けた。

 

「二人はまだ学生だったけど、それからは積極的に会社の経営に関わり始めたわ。

主に私へのアドバイスという形だったのだけれどね。

そして二人が相談をして決めた案件は、ことごとく会社に利益をもたらしたの。

そうして一年くらい経った頃、二人がもたらした利益の合計は、

投資した分の金額を、はるかに超える額になっていたわ」

「す、すごいですね……」

 

 八幡はその話を聞き、あの二人なら確かにやるかもしれないと思いつつ、

そんな平凡な言葉を発する事しか出来なかった。

 

「私から見ても、あの二人はすごかったわ。特に陽乃ね。

私はそれまで陽乃の事を、確かに優秀だと評価はしていたの。

そしてその優秀な陽乃が、貴方を失った事でついに本気を出した、

そう思っていたのだけれど、それは間違いだった」

「間違い、ですか……」

「その間違いに気付かされたのは、陽乃のレクト入りを渋々認めて、しばらくしてからね」

「その話は聞きました。理事長は反対したんですよね?まあ当然だと思いますけど」

「陽乃には、政治家か会社の社長、どちらかを継いでもらわないといけなかったから、

私の立場だとどうしても反対せざるを得なかったのだけれど、

陽乃は軽々と、私達の想定の上をいったわ。

陽乃は眠り続ける貴方の体のバックアップをしつつ、先ず政府との太いパイプを構築した。

そして貴方が目覚めてからは、貴方が大切な人を取り戻す為のバックアップをしつつ、

まったく違う職種である、レクトとうちの会社との提携を実現させ、

被害者の支援を、レクトと共にうちの会社に全面的に協力させる事で、

会社の名声を不動のものとし、その上でレクトの社員としての本分もきっちり果たし、

損害賠償を上回る利益をレクトにもたらしている。

一体どうやったらそんな事が出来るのか、正直我が娘ながら恐ろしいわね」

「そうやって改めて話を聞くと、本当にとんでもないですね……」

 

 八幡はその話を聞いて驚くと共に、陽乃への尊敬の気持ちを、更に確固たるものにした。

 

「話が長くなってしまってごめんなさいね。説明はここまでだから安心してね」

「あ、いえ、大丈夫です。それよりもお礼って、俺はほとんど寝てただけなんですが……」

「確かにそうかもしれないけど、貴方がキッカケである事は間違いないのよ。

というか、貴方があの二人の中心なの。利益云々は正直どうでもいい。

それよりも私は母として、あの二人が力を合わせる姿を見る事が出来たのが本当に嬉しいの。

それに、ふふっ、私に逆らって、その上で私の想像をはるかに超える実績を収めた事もね。

あら嫌だ、私ったら、結局利益の事を言ってしまっているわね」

 

 そんな理事長の姿を見て八幡は、やっぱりこの人も、経営者の前に母親なんだなと、

深い感慨を抱いた。その上で八幡はこう返事をした。

 

「それで娘さん達の成長を実感出来たなら、利益の事を言ったっていいんじゃないですか?

確かに物差しの一つではありますしね。

あ、何か分かったような、生意気な事を言っちゃってすみません」

 

 謝った八幡に、理事長は微笑みながら言った。

 

「それもこれも、貴方のおかげね。本当にありがとう」

「いえ、俺なんか、二人と比べたら何もしていませんし……」

「貴方は本当に頑張って、大切な人を取り戻したんでしょう?

この前会った時、二人が嬉しそうに話してくれたわ。

その事が、うちにとってもかなりプラスに働いた事も、また紛れもない事実なのよ」

「仲間達の力があってこそですけどね」

「それでもよ。さっきも言ったけど、中心はあなたなのよ」

「は、はい」

 

 理事長は八幡の手をとり、更にこう言った。

 

「さっき言ったでしょう?ハル姉さんって。

陽乃が貴方と明日奈さんには、その呼び方を許している。それは実はすごく大事な事なのよ。

陽乃にとって、あなた達はもう完全に身内なの。最近のあの子は本当に楽しそう。

雪乃もそう。あの子の笑顔を見るのなんて、何年ぶりか分からないくらい。

ありがとう比企谷君。あなたがいてくれて、本当に良かった」

「こちらこそ、俺の体を守ってくれて、本当に感謝しています」

 

 八幡はそう言い、理事長の手を握ったまま、深く頭を下げた。

二人の話はそれで終わったのだが、帰り際に理事長は、八幡にウィンクしながら、

一言だけ言葉を付け加えた。

 

「貴方には本当は、陽乃か雪乃のどちらかと結婚してもらって、

本当の意味で身内になって欲しかったんだけど、こればっかりは仕方がないわね。

貴方の事を息子と呼べなくて本当に残念。ふふっ、明日奈さんとお幸せにね、比企谷君」

 

 八幡はそれを聞き、頭をかきながら、少し頬を赤らめつつこう返した。

 

「ご期待に応えられなくて本当にすみません。

その代わり、いずれ俺はハル姉さんの下で働くつもりなので、

その時は俺を自分の息子だと思って、沢山こき使って下さい」

 

 それを聞いた理事長は嬉しそうに微笑み、八幡に手を振った。

 

「それではまたね、比企谷君」

「はい、いずれまた」

 

 そして八幡は、そのまま理事長室を出た。

八幡は、理事長は想像していたよりも柔らかい人だったなと思いながら、

自分に可能な限りの恩返しはしようと、改めて決意した。

心地よい出会いの余韻を楽しみながら、自分の教室へと向かった八幡であったが、

教室の前には人だかりが出来ていた為、中に入るのに苦労すると思われた。

だが目ざとく八幡の姿を見つけた明日奈が、八幡の名前を呼び、手を振った瞬間、

その人だかりは真っ二つに割れ、道が出来た。

八幡は、勘弁してくれと思いながらも、そのチャンスを逃さずにスッと中へ入った。

教室に入ると、そこはまるで、少し前に見た光景が再現されているような状態になっていた。

明日奈を中心に、それを遠巻きに眺めるクラスメイトの図である、

要するに教室は、入学式直前の講堂と、ほぼ同じ状態となっていた。

 

「すまん、待たせた」

「お帰り、理事長はどうだった?」

 

 明日奈は興味深そうに八幡に質問した。

 

「事前の情報と違って、すげーいい人だった……」

「そっか、うん、良かったね、八幡君」

 

 明日奈は安心したように、笑顔を見せ、八幡もつられて笑顔を見せた。

 

「理事長と話してみて、改めて俺が受けた恩は返さなくちゃいけないなって痛感したよ」

「そっか……私もハル姉さんにはかなりお世話になったし、

二人で頑張って恩返しをしなくちゃだね」

「そうだな。で、これ、席順ってどうなってるんだ?」

 

 八幡は、とりあえず座りたいと思い、きょろきょろと辺りを見回しながら言った。

 

「八幡の席は、窓際の一番後ろかな。右が明日奈で、前が俺。

その右が里香で、俺の前が珪子って感じだな」

「何だよそのご都合主義的な席順は……」

 

 キリトの説明を聞き、八幡は少し呆れたように言った。

 

「いや、それがさ、最初は生徒の間で好きな場所に名前を書き込むようになってたんだけど、

皆こっちをチラチラと見るばっかりで、誰も選ぼうとしなかったんだよ。

だから仕方なく俺達が率先して席を選んだんだけど、

まあそのついでにベストポジションを確保させてもらったって感じかな」

「そういう事か……うーん、あんまり色々と遠慮されても、逆に困るんだが……」

 

 八幡はそう言い、周囲を見渡したが、

クラスメート達は、曖昧な笑顔を向けるだけで、決して近付いて来ようとはしなかった。

 

「ちょっと他のクラスも覗いてみたんだけど、どうやら攻略組の連中は、

少人数ごとに各クラスに散ってるみたいなんだよな。だからまあ何ていうか、

俺達に気さくに話しかけてくるような人間は、ここにはいないって思った方がいいかもな」

「私はもっと、他の人とも仲良くしたいんだけどな……」

 

 明日奈が少し寂しそうに、そう呟いた。

 

「まあ、時間が解決してくれるだろ。とりあえず学校生活を皆で楽しもうぜ」

「そうそう、先ずは五人で仲良く!」

「せっかく違う年齢なのに、同じクラスになれたんですしね!」

 

 里香が八幡に同意し、珪子も嬉しそうにそう付け加えた。

こうしてSAO内での力関係の影響を色濃く残したままではあったが、

五人の学校生活がスタートする事になった。



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第148話 このラブレターの山を見よ

2018/06/11 句読点や細かい部分を修正


 入学式から数日経ったある日の夜、里香と珪子は、

お泊り会という名目で明日奈の部屋に押しかけていた。

そこで二人が見たものは、手紙に埋もれながら手紙を書いている明日奈の姿だった。

 

「……ちょっと、何これ」

「えーっと……ラブレター?」

「……これが全部ですか?」

「う、うん」

 

 ラブレターは百通近くあるように見え、里香と珪子は絶句した。

事前の予想よりかなり多かった為に固まってしまったが、

二人は手紙が多い事自体には納得していた。二人が納得いかなかったのは、

今まさに、明日奈が行っている作業についてだった。

 

「あの、明日奈さん、もしかして、全員に返事を書いてるんですか?」

「うん」

 

 珪子は、まさかと思いつつも一応質問したが、明日奈はあっさりとそう答えた。

 

「明日奈……あんたねぇ……」

 

 里香は、頭痛を抑えるような仕草をしながら明日奈に言った。

 

「まさか、直接渡された分まで律儀に返事を書いてるんじゃないでしょうね?」

「そ、そうだけど……」

 

 里香はやっぱりかと思いながら、強い口調で明日奈に言った。

 

「そんなのその場で直ぐに断りなさい!」

「で、でも……失礼じゃない?」

 

 明日奈はおどおどしながら上目遣いで里香を見た。

里香は深い溜息を付きながら、明日奈に言った。

 

「例えば下駄箱とかに入れられていたり、友達経由で渡されたとかの場合なら、

断る為に出向いたり、返事を書いたりする必要があるかもしれない。

でも、直接渡された場合、もしその場で断らないと、

相手の立場からしてみれば、希望を与えてしまう事にもなりかねない。

でも明日奈は絶対に断るんでしょ?それって逆に失礼じゃない?」

「そう言われるとそうかもしれないけど……」

「明日奈の性格的に、きちんと返事をしたいっていう気持ちがあるのも分かるよ。

でもそれが逆に相手にとっては、より残酷な結果になる事だってあるのよ」

「うん……ごめんなさい」

 

 明日奈はどうやら、かなり反省しているように見えた。

里香はここで更に駄目押しをする事にした。

 

「珪子、心の声の役をアドリブでお願い。いい、アスナ、よく見ているのよ」

「こ、心の声ですか?よく分からないけど分かりました!」

 

 そして里香は、突然一人で小芝居を始めた。

 

「(八幡)明日奈、帰りにどこかに寄っていかないか?」

「(明日奈)ごめんなさい、ちょっとラブレターの返事を書かないといけないの。

あ、もちろん断りの返事だよ!」

「(八幡)そうか、それじゃあ仕方ないな。(珪子!心の声!)」

「は、はい!(八幡の心の声)明日奈は最近そればっかりだな……少し寂しい……」

 

 明日奈は珪子の台詞を聞き、焦ったように言った。

 

「ご、ごめんなさい八幡君、寂しがらせるつもりなんか無かったの!本当だよ!」

 

 明日奈が乗ってきたのを見て、里香はしめしめと思いつつ、小芝居を続けた。

 

「(八幡)明日奈、今日はどうだ?」

「(明日奈)ごめんなさい、頑張って断ってるんだけど、どんどん増えちゃって……」

「(八幡)そ、そうか……明日奈はもてるから仕方ないか……(珪子!)」

 

 珪子は少し調子に乗ったのか、ノリノリで心の声を演じた。

 

「(八幡の心の声)明日奈は俺だけにもててればいいのに、くそっ、なんだか面白くない」

 

 明日奈は少し顔を青くしながら、必死に主張した。

 

「も、もちろん私も同じ気持ちだよ!ううぅぅぅ……」

 

 明日奈の様子を見て、里香はこれがトドメとばかりに最後の小芝居を始めた。

 

「(見知らぬ女生徒)あの、八幡君、良かったらこの後、どこかに寄ってかない?」

 

「えっ、だ、誰?」

 

 明日奈は突然の展開に驚きの声をあげたが、その顔は少し青ざめていた。

里香はそんな明日奈は気にせず、演技を続行した。

 

「(八幡)そうだな……本来なら、今日も明日奈と一緒にいれるはずだったんだが、

どうしようかな(珪子!最後にきついやつ!)」

「任せて下さい!(八幡の心の声)明日奈はずっと、返事を書くのに忙しそうだから、

今日も特に予定も無いし、暇なのに簡単に断るのも失礼かもしれないな。

まあ、とりあえずオーケーしとくか。どこかに寄るだけなら、浮気にはならないだろうしな」

「(八幡)オーケー、それじゃあどこかに……」

「嫌あああああああ!駄目えええええええええええええ!」

 

 明日奈は叫びながら里香に掴みかかり、その体を激しく揺さぶった。

里香はちょっとやりすぎたかなと思いつつ、明日奈をなだめた。

 

「明日奈、落ち着いて。どーどー」

「里香さん、馬をなだめてるみたいになってますよ……

明日奈さん、落ち着いて下さい!……駄目か……明日奈さん、どーどー」

 

 珪子は最初、普通に明日奈をなだめようとしたのだが、

あまり効果が無いと分かると、里香と同じように、明日奈をなだめにかかった。

その甲斐あってか、やがて明日奈は徐々に落ち着きを取り戻し、

里香はタイミングを見計らって手をパチンと打ち合わせた後に言った。

 

「はい、ここまで!」

 

 その音と言葉で明日奈は我に返ったのか、ハッと二人を見つめた。

そんな明日奈に里香が言った。

 

「どう?明日奈、今のがもしかしたらあるかもしれない未来のワンシーンよ」

「うぅ……嫌だ……どうしよう……」

「ラブレターがどんどん増え続けてるこの状況だと、

その場で断るってだけじゃ、根本的な問題の解決にはならないだろうしなぁ……

あ、ちなみに明日奈、まさかメアドとか、相手に安易に教えたりはしてないわよね?」

「うん、それは大丈夫。番号もメアドも、一切誰にも教えてないよ」

 

 その明日奈の返事を聞いた里香は、ホッと胸を撫で下ろした。

 

「とりあえず、今ある分のラブレターに関しては頑張って断りを入れるしかないとして、

その後はどうしたもんかな。珪子、何かアイデアは無い?」

 

 珪子はうーんと考えていたが、どうやら何か思いついたらしく、

ポンと手を叩き、里香に言った。

 

「里香さん、木を隠すなら森の中!郷に入っては郷に従え!

ここは一つ、男性の立場からの意見を、和人さんに電話で聞いてみましょう!」

「その例えはちょっと違う気もするけど、そうだね、聞いてみる」

 

 里香は携帯を取り出し、スピーカーモードにすると、和人に電話を掛けた。

すぐに電話に出た和人に、里香はいきなり尋ねた。

 

「もしもし?何かあったの……」

「あ、和人?ちょっと聞きたいんだけど、私にラブレターが沢山来たとして、

それを来ないようにするには、どうすればいいと思う?」

 

 その里香の質問の仕方に、珪子は内心、それは誤解されるのではと焦った。

里香は、和人が返事をしやすいようにと余計な事を考え、自分を例として挙げたのだったが、

里香の予想に反して、和人はしばらく何も言わなかった。

珪子は電話の向こうの和人の表情を想像し、まあ何も言えないだろうなぁと考え、

和人にきちんと事の経緯を説明しようとしたが、

先に里香が口を開いたため、そのタイミングを逃してしまった。

 

「もしもし和人?聞いてる?」

「あ、ああ……えーと……里香にそんなに沢山のラブレターが来てるのか?

えと……当然、すぐに断ってくれてるんだよな……?」

「え?私は別に断ったりはしてないんだけど」

 

 里香は例え話のつもりで言った為、当然そんな事実は無いので、

安易にそう返事をしたが、さすがにそれを聞いた珪子が、慌てて会話に介入した。

 

「ストップ!ストップです!」

「珪子?一体どう……」

 

 里香は、突然珪子がそう叫んだので、訝しげに珪子に尋ねようとしたが、

珪子は里香を手で制し、電話の向こうの和人に話し掛けた。

 

「里香さんストップです!和人さん、今から私がちゃんと説明するので、

落ち着いて聞いて下さい!」

 

 そして珪子は、事実だけを淡々と和人に説明し、今の里香の台詞が誤解だと指摘した。

 

「そういう事か。すごいびっくりしたぞ、里香」

「ごめん……言われてみると、確かに誤解されるよね」

「ま、まあ、俺はもちろん信じてたけどな」

「和人さん、余計な事は言わない方が長生き出来ますよ」

「ごめんなさい」

 

 和人の言葉に珪子が即ツッコミを入れ、和人はすぐに謝った。

 

「で、どうですか?何かいいアイデアはありませんか?」

「そうだな、男の立場から考えるとか言うまでもなく、そんなの簡単に解決出来ると思うぞ」

「そうなの?」

 

 里香が意外そうに、そう和人に聞き返した。それに対して和人はこう答えた。

 

「ああ、簡単な事さ。先ずは、各クラスの攻略組の連中に手を回して、

八幡と明日奈が固い絆で結ばれていると喧伝してもらう。

あいつらは八幡に心酔してる奴ばっかりだから、問題無く協力してくれると思う。

その上で、明日奈が今よりも余計に八幡にくっついて、

二人がカップルだって所を、周りに見せ付ければいい。

そうすれば明日奈にラブレターを出そうと考える奴なんて、すぐにいなくなると思うぞ」

 

 その和人の意見を聞いた明日奈は、もじもじしながら言った。

 

「え、でも、そんなの恥ずかしい……人前でいちゃいちゃするなんて……」

 

 その明日奈の台詞には、即座に和人と珪子からツッコミが入った。

 

「おい明日奈……お前が言うな。おまゆうだ、おまゆう!」

「明日奈さん、どう考えてもその発言はダウトですよ、ダウト!」

 

 そして里香に至っては、物理的にツッコミを入れていた。

 

「明日奈、どの口がそれを言うのかな?かな?」

 

 里香は明日奈のほっぺたを摘んで左右に引っ張り、明日奈は涙目で里香に抗議した。

 

「りひゃ、ほっぺひゃをつねるのはらめぇ!わひゃった、わひゃったひゃらぁ!」

 

 明日奈はほっぺたを里香に摘まれたまま作戦の実行に同意し、

次の日から作戦が実行に移される事となった。もちろん八幡には何も知らされていない。




明日と明後日の前半で、ゲストが登場しますが、今後活躍の機会はほとんど無いと思います


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第149話 彼女の事情

2018/06/11 句読点や細かい部分を修正


 結局その日の三人のお泊り会は中止となった。

これは、里香と珪子が明日奈に色々と吹き込んだ結果、

明日奈が、ふんすっ、と鼻息を荒くして、朝一で比企谷家に向かうと宣言したからであった。

明日奈は小町に連絡を入れ、家の場所を確認すると、明日に備えて早めに眠りについた。

そして次の日の朝早く、明日奈は目を覚ますと、ごそごそと色々準備を始めた。

準備を終えた明日奈は荷物を確認し、制服に着替えると、

寮を出て電車に乗り、比企谷家の最寄駅に降り立ち、

携帯で地図を見ながら、目的地を目指して歩き始めた。

 

「ここが八幡君の住んでいる町かぁ……」

 

 明日奈は興味深げに辺りを見ながら歩き、ついに目的地近くへとたどり着いた。

 

「多分この辺り……八幡君の家は、えーっと……」

 

 その明日奈の呟きが聞こえたのか、直前にすれ違った女性が、

ピタリと足を止めて明日奈に話しかけてきた。

 

「ごめん、ちょっといいかな?今呟いてた八幡って、もしかしたら比企谷八幡の事?」

「あっ、うん」

 

 明日奈は、八幡君の知り合いかな、と思いながら、その同年代に見える女性に返事をした。

 

「やっぱりそうなんだ~。あ、私は折本かおり、比企谷の中学の同級生かな。

もし比企谷の家を探してるんだったら、良かったら私が案内しようか?

その変わり、ちょっとお願いがあるんだけど……」

「あ、私は結城明日奈です」

 

 明日奈は、案内してもらえるのは助かるなと思いつつも、

どんなお願いなのか、少し警戒しつつ、かおりに質問をした。

 

「えっと、お願いの内容次第、かな?」

 

 それを聞いたかおりは、表情をやや真面目なものに変え、こう言った。

 

「もし貴方が、これから比企谷の家に行って、比企谷に会うのなら、

ちょっとだけ私にも会わせて欲しいの。絶対に迷惑はかけないって約束するから、お願い!」

 

 かおりはそう言って、明日奈に頭を下げた。明日奈はとまどいつつも、

かおりの事は八幡から聞いた事が無かった為、詳しく説明してくれとかおりに頼んだ。

 

「えっとね、私と比企谷は、中学こそ一緒だったけど高校は別だったし、

特に親しいわけじゃなかったの。でも二年前のクリスマスイベントをキッカケに、

普通に言葉を交わせる程度には仲良くなれたと私は思ってたの。

ところがその直後に、比企谷はその……ゲームから出られなくなっちゃったじゃない?

私がその事を聞いたのは、少し後だったんだけどね。

で、先日、プレイヤーが皆解放されたってニュースを見て、

比企谷が無事だったのかすごく気になって、

たまたま番号を知っていた一色さんって人に電話をして、

安否を知っているか尋ねたら、無事だったって教えてもらえてね」

 

 明日奈はいろはの名前が出てきた為、知り合いというのは本当だろうと思った。

ちなみに、もしかしたら恋のライバル登場?という警戒感が同時に芽生えたのは、

年頃の女の子にとっては、仕方が無い事だろう。

 

「でね、それを聞いて、すごく安心したんだけど、

そうしたら次は、せめて直接おかえりって言いたいなって思っちゃってね、

中学の時の同級生の男の子に比企谷の家の場所を聞いて、

何度か家の前まで行ったりしたんだよね。

でも、そんなに親しくもなかった私が、いきなり家に押しかけるのもなぁ、

なんて毎回思っちゃって、いつも呼び鈴を押す勇気が出なかったの。

だから貴方と一緒なら、私も勇気が出るかもって思って」

「なるほど……」

 

 明日奈は事情を聞いて納得した。同時にかおりの表情を観察し、

どうやら恋のライバルでは無さそうだと安心した為、かおりに案内を頼む事にした。

 

「分かりました!それじゃ一緒に行きましょう!」

「ありがとう!それじゃあ案内するね。こっちこっち!」

「うん!」

 

 二人は会話をしながら、連れ立って八幡の家へと向かった。

 

「私の事は、かおりって呼んでね」

「あ、それじゃあ、私の事も明日奈で」

「よろしくね、明日奈!」

「うん、よろしくね、かおり!」

「それでね、ちょっと聞きたい事があったんだよね」

「うん、何でも聞いて!」

「えっとね……」

 

 かおりは、明日奈にいくつか質問したい事があったようで、

少しためらいながらも、明日奈に尋ねた。

 

「答えにくかったら別に答えなくてもいいんだけどさ、

こんな朝早くに、比企谷の家に何の用事があるのかなって思って」

「あー、確かにそう思うよね。えっとね、八幡君と一緒に学校に行こうと思ったの」

「あ……」

 

 かおりは何かに気付いたのか、ピタッと足を止め、明日奈に言った。

 

「その制服、見た事無いなって思ってたけど、比企谷と一緒にって事は……」

「うん、SAOの帰還者が通う学校の制服だよ」

「そっか、それじゃあ明日奈もあのゲームを……」

「うん」

「ごめん、私、明日奈に無神経な質問を……」

 

 かおりの表情が申し訳無さそうな表情に変化していくのを見て、

明日奈は慌ててかおりに言った。

 

「そんな顔しないで。確かにつらい事も多かったけど、楽しい事だっていっぱいあったんだ。

八幡君に出会えたのもそのおかげだしね。だから、普通に接してくれると嬉しいな。

質問も普通にしてくれた方が嬉しい」

 

 かおりはそれを聞き、自分の頬を両手でパチンと叩くと、明日奈に言った。

 

「分かった。変な事を言ってごめんね、明日奈」

「ううん、気にしないで何でも質問してね、かおり」

「うん!」

 

 かおりがやっと笑顔を見せた為、明日奈もつられて微笑んだ。

そしてかおりは、明日奈に質問を続ける事にした。

 

「登校のお誘いって事は、明日奈はもしかして、比企谷の彼女なの?」

 

 それはかなりストレートな質問だったが、明日奈はとても嬉しそうに即答した。

 

「うん!」

 

 かおりは、そんな明日奈を眩しそうに見つめた後、感慨深げに言った。

 

「そっかぁ、あの比企谷にもついに彼女が……うん、何か私もすごく嬉しい!

ねぇ明日奈、今の比企谷ってどんな感じなの?」

「とっても頼りになって、とっても優しいよ。私も何度も助けてもらったよ。

まあ、普段は基本的に、とってもぶっきらぼうなんだけどね」

「あ、それあるー!」

 

 かおりは昔何度も見た、八幡のぶっきらぼうな態度を思い出し、

懐かしさを覚え、そう言った。

 

「でも、比企谷と明日奈が二人とも無事で、本当に良かったって思う!」

 

 それを聞いた明日奈は、嬉しそうにかおりに言った。

 

「八幡君と、その友達の和人君と、それと沢山の仲間と一緒に頑張ったから、

ゲームをクリアする事が出来たんだよね。

おかげで今日、こうしてかおりと出会う事も出来たよ」

 

 それを聞いたかおりは、巷で流れている噂を思い出した。

 

「あっ、そういえばこの前噂で聞いたんだけど、ゲームのクリアに最も貢献したっていう、

三人のプレイヤーの一人が、比企谷だったりするの?」

「えっ?そんな話が噂になってるんだ……私が今言った事は、絶対内緒でお願い!」

 

 明日奈はまさか、そんな噂が流れているとは思っていなかった為、

焦ったようにかおりに言った。

 

「うん、もちろんだよ!そっかぁ、比企谷が……で、もう一人がその和人って人で、

後一人はもしかして明日奈だったり?」

「う、うん、噂が三人ってなってるなら、最後の一人は多分私かも……」

 

 かおりは冗談のつもりで言ったのだが、明日奈が肯定した為、驚愕した。

 

「あ、明日奈って強いんだ……」

「あ、うん、ま、まあ」

 

 明日奈が頬を染めてそう答えたのを見て、かおりは嬉しくなったのか、

いきなり明日奈の手を握り、ぶんぶんと上下に振った。

 

「すごいすごい!」

 

 かおりは、満面の笑みを見せ、更にこう言った。

 

「明日奈、私と友達になってよ!それで今度、もし良かったら、

楽しかった方の話を、いっぱい聞かせて!」

 

 そのかおりの申し出に、明日奈も自然と笑顔になり、言葉が自然と口をついて出た。

 

「うん!」

 

 そして二人はついに比企谷家の前に到着し、明日奈は少し緊張しながら呼び鈴を押した。

次の瞬間、すぐにドアが開き、中から小町が飛び出してきた。

 

「お姉ちゃん!待ってました!」

 

 小町は明日奈に抱き付いたが、その小町の顔のすぐ目の前に、

明日奈のすぐ後ろに立っていたかおりの顔があり、二人の目が合った。

 

「あ、あれ?もしかして、かおりさんですか?」

「あ、あは……小町ちゃん、久しぶり」

 

 その後明日奈とかおりは、小町に事の経緯を説明し、

小町も以前八幡から聞かされたクリスマスイベントの時の話を思い出し、

中学時代のように、かおりが八幡を傷付けるような事はもうしないだろうと判断した為、

無事にかおりも、比企谷家に入る事が許されたのだった。



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第150話 さすがはお姉ちゃん

2018/06/11 句読点や細かい部分を修正


「お、お邪魔します」

「お邪魔しま~す」

 

 明日奈とかおりは家に入ると、やや緊張しながらリビングのソファーに腰掛けた。

そこには他に誰もいなかった為、明日奈は小町に尋ねた。

 

「小町ちゃん、お父様とお母様と八幡君は?」

「ふひっ」

「小町ちゃん?」

 

 小町が変な声をあげた為、明日奈は小町の様子をうかがった。

小町はぷるぷると震えながら、携帯を取り出し、何か操作したかと思うと、

携帯の画面を明日奈に向けながらこう言った。

 

「お、お姉ちゃん、今の台詞をこの画面に向かってもう一回お願いします!」

「え、あ、うん。えーっと、小町ちゃん、お父様とお母様と八幡君は?」

「ありがとうございます!お父様お母様頂きました!」

 

 小町が興奮ぎみにそう言い、明日奈は目が点になった。

かおりも状況が分かっていなかったが、今のやり取りを面白いと思ったのか、

笑いをこらえつつ、その様子を観察していた。

 

「こ、小町ちゃん、一体どうしたの?」

「最初から説明します。お父さんとお母さんは、明日奈さんが来ると知って、

仕事に行きたくない今日は休むと、二人揃ってだだをごねたので、小町が追い出しました。

その代わりに、お姉ちゃんの事を動画に撮って、後で見せてあげると約束したのです!」

「そ、そうなんだ」

「今の動画を見た瞬間、二人とも狂喜するに違いないのです。

これで小町のお小遣いもアップする事間違いなしの、ウィンウィンなのです!イェーイ!」

「それある!イェーイ!」

 

 小町につられたのか、かおりが小町に親指を立て、そう言った。

小町も親指を立てながら、イェーイとかおりに返した。

その直後に、声を聞きつけたのか、二階から八幡が降りてきた。

 

「小町、随分と楽しそうだけど、どうした?お兄ちゃん、まだ眠いんだが」

 

 八幡は、パジャマのままポリポリと頭をかきながら、リビングのドアを開けつつ言った。

そして中の様子を見た八幡は、ん?という風に首をかしげながら、再び小町に言った。

 

「小町、お兄ちゃんには部屋に明日奈がいるように見えてるんだが、

どうやらお兄ちゃん、まだ夢を見てるみたいだから、ちょっともう一回寝てくる……」

 

 そう言ってくるりと身を翻し、ドアを閉めようとした八幡の手を、明日奈が掴んだ。

 

「八幡君おはよう!ほら、私だよ私、本物本物!」

 

 明日奈は八幡に、必死で本物アピールをしたが、八幡はまだぼーっとしているようだった。

明日奈はどうしようかと考えた。今は人目もある為、抱きついたりするのはNGである。

それじゃあここは、あの手でいこうかな、と決断した明日奈は、

八幡に向けて、鋭い声で言った。

 

「ハチマン君、スイッチ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、八幡の意識は一気に覚醒した。

八幡は戦闘態勢をとり、敵の姿を求めて辺りに鋭い視線を飛ばしたが、

ここがリビングである事を認識したのか、八幡はすぐに戦闘態勢を解き、明日奈に言った。

 

「おどかすなよアスナ……って、明日奈?」

「おはよう、八幡君!」

「おう、おはよう」

 

 そんな二人を見て、小町が呟いた。

 

「さすがはお姉ちゃん……あの寝起きの悪いお兄ちゃんをこんなに簡単に起こすなんて……」

「何かすごかったね……」

 

 かおりもそう呟き、その声を聞いた八幡は、ぐるりと明日奈を見て、小町を見て、

その視線が、かおりの顔を見て静止した。

 

「んっ、あれ?もしかして折本か?」

「うん、比企谷、久しぶり!」

「お、おう、久しぶり……ん~、今の状況が、まったく理解出来ないんだが……」

 

 八幡は、何とか状況を理解しようと考え込んだが、当然思いつくはずもない。

そんな八幡に、折本が嬉しそうに言った。

 

「ごめん、たまたまこの家を探してた明日奈と知り合って、

案内ついでに私が勝手に押しかけちゃったんだ。

クリスマスイベント以来だね。本当に無事で良かった。お帰り、比企谷」

 

 かおりの笑顔が心からの笑顔に思えた為、

八幡はきょとんとしつつも、きちんとかおりにお礼を言った。

 

「ありがとな、折本。まだ完全には状況が分かってないんだが、

もしかして、それを言う為にわざわざ来てくれたのか?」

「うん!家の前には何回か来たんだけど、そんなに親しくない私としては、

どうしても呼び鈴を押す勇気が出なくてね……」

「そうか、なんかすまん」

 

 八幡は、穏やかな口調でかおりにそう言った。

過去のいきさつはどうあれ、クリスマスイベントで少し話せるようになり、

こうして今また来てくれた事が、八幡は素直に嬉しかった。

 

「それじゃあ部外者の私があんまり長居するのもあれだから、私はそろそろ行くね」

「おう、そうか?今日は本当にありがとな、折本」

「うん!あ、そうだ、明日奈、比企谷、良かったらアドレスを教えてくれない?

今度もし機会があったら、また話したいしね!」

 

 そのかおりの申し出を受けて、二人はかおりと連絡先を交換した。

交換を終えると、かおりは満足そうな笑みを浮かべながら玄関を出て、

くるっと振り返ると、三人に手を振った。

 

「それじゃまたね!」

「おう、またな」

「かおり、またね!」

「かおりさん、お気をつけて!」

 

 そして後に残った三人はリビングへと戻り、ソファーへと腰掛けた。

 

「折本は相変わらず元気いっぱいだったな。ちっとも変わってなかったわ。

それにしても、気がついたら明日奈と折本が目の前にいたから、

ちょっとびっくりしたな。今日は一体どうしたんだ?明日奈」

「えっとね、八幡君と一緒に学校に行こうと思って、早起きしてここまで来てみたの」

 

 それを聞いた八幡は、ぽかんとしながら言った。

 

「それでわざわざ寮からここまで?嬉しいんだが、

そういう事なら今度は俺が迎えにいくから、あまり無理するなよ、明日奈」

「さすがに毎日だと大変だけど、たまになら大丈夫。

いい運動にもなったし、八幡君の住んでいる町も見れたしね!」

「ん、そうか。まあそれなら構わないんだけどな」

 

 その後八幡は、小さな声でボソッと言った。

 

「俺も嬉しいしな」

 

 その声は明日奈には届かず、明日奈は、ん?と首を傾げただけだったが、

しっかりと聞いていた小町が、即座に明日奈に言った。

 

「お姉ちゃん、お兄ちゃんは今ボソッと、俺も嬉しいしなって言ってました!」

「そうなんだ!うん、私も嬉しいよ!」

 

 明日奈はそう答え、恥ずかしくなった八幡は、小町に恨みがましい目を向けながら言った。

 

「小町ちゃん、お兄ちゃん恥ずかしいから、たまには気を遣ってスルーしてあげてね」

「え~、だって小町、お兄ちゃんよりお姉ちゃんの方が好きだから、

お姉ちゃんが喜ぶ事はきちんと伝えないと」

 

 それを聞いた八幡は当然落ち込んだが、小町はそんな八幡には目もくれなかった。

 

「そうそう、それでねお姉ちゃん、ちょっと見てもらいたい部屋があるの」

 

 小町は明日奈の手をとり、明日奈を二階にある、とある部屋へと案内した。

 

「小町ちゃん、ここは?」

「じゃ~ん、ここは、お姉ちゃんの部屋になる予定の部屋です!」

「えっ、そうなの?」

「うちの両親が、楽しそうに基本的な家具だけ揃えました!

なので、いつ泊まりに来てくれても小町的には全然オッケーです!」

「ここが、私の部屋……」

 

 その部屋は、まだベッドと洋服ダンスと鏡台があるだけの、

本当にシンプルな状態だったが、明日奈はとても嬉しくなり、興奮ぎみに言った。

 

「うわぁ……うわぁ……ありがとう、小町ちゃん!」

「気に入ってもらえると、小町も嬉しいです、お姉ちゃん!

今度一緒に、細かいものを色々と買いに行きましょう!」

「うん!」

 

 そして二人がリビングに戻ると、そこでは八幡が、簡単な朝食を三人分料理していた。

 

「時間的にまだ二人とも何も食べてないだろ?今朝食が出来るから、待っててくれ」

 

 それを聞いた明日奈は、ハッとしながら言った。

 

「そうだ、実は私も朝食を作ろうと思って、材料を持ってきたんだよね」

「そうか、それじゃあそれは、明日にでも頼むわ」

「明日?」

「あ……」

 

 八幡はしまったと思い、慌てて明日奈に言い訳をした。

 

「すまん、つい昔一緒に暮らしてた時のノリで、つい明日とか言っちまった」

 

 明日奈はそれを聞くと、即座に決断し、八幡に言った。

 

「うん、そうする!今夜泊まりに来るね!」

「えっ……」

「やったー!お姉ちゃんが初めてのお泊りだ!」

 

 明日奈がいきなりそんな事を言い、八幡は絶句し、小町はとても喜んだ。

 

「いや、しかしだな、明日奈のご両親がどう思うか……」

「大丈夫、八幡君のご両親も一緒だし、ちゃんと説得するから」

「でもな……」

「大丈夫、ちゃんと説得するから」

「あっ、はい……」

 

 八幡は、明日奈の迫力に押され、ついに引き下がった。

そして三人は仲良く会話をしながら朝食を終え、学校へと向かう事にしたのだった。



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第151話 作戦開始

2018/06/11 句読点や細かい部分を修正


 バスに乗り、駅に着くと、小町がまずそこで別れる事になった。

 

「それじゃお姉ちゃん、今夜は家で待ってますね!」

「うん!」

 

 家を出てからここまで、会話をしていたのは主に明日奈と小町であり、

八幡はやや蚊帳の外状態だったため、

八幡はここぞとばかりに小町に対してお兄ちゃんアピールをした。

 

「小町、くれぐれも気を付けてな。もし何かあったら、すぐにお兄ちゃんに連絡するんだぞ」

 

 それに対して小町は、かなり適当に返事をした。

 

「あーはいはい、うん、気を付ける~」

 

 次に小町は、少し真面目な顔になり、続けて八幡に言った。

 

「お兄ちゃんはお義姉ちゃんが万が一にも危険な目にあわないように、しっかりしてね。

もしお義姉ちゃんに何かあって、今夜来られないような事になったら……」

 

 最後に小町がとんでもない殺気を放ちながらそう言い、

八幡はゴクリと唾を飲み込みながら、恐る恐る小町に聞き返した。

 

「なったら……?」

「小町の知る限りのお兄ちゃんの女関係の話を、全部お義姉ちゃんにバラすからね」

「そんなの俺にあるわけ……」

 

 小町がドスのきいた声でそう言い、

八幡は、心当たりが無いと抗議しようとしたが、明日奈がそれに食いついた。

 

「えっえっ?何それ小町ちゃん、お義姉ちゃん今すぐ聞きたいな?」

 

 小町はその迫力にやや気圧されつつも、何とか笑顔を作って明日奈に言った。

 

「大丈夫ですお義姉ちゃん、全てフラれた話ですから!」

 

 明日奈はそれを聞き、納得したように頷きながら、小町に言った。

 

「あー、そっかそっか、まったく男を見る目が無い、愚かな人達の話か。

それならまあ聞く価値も特に無いね。

まあ私も興味が無いわけじゃないから、八幡君に対しては有効な手札なのは間違いないね。

ごめんね小町ちゃん、お義姉ちゃんちょっと勘違いして、

思わず相手を潰しに行く所だったよ、ふふっ」

 

 そのとても黒い明日奈の発言を聞いた比企谷兄妹は、震え上がった。

 

「おい小町、明日奈の変なスイッチを押すのはやめてくれ……」

「う、うん、こんな黒いお義姉ちゃんも小町大好きだけど、でも気を付ける……」

 

 そして小町は二人に手を振りながら去っていき、

明日奈と八幡は別の電車に乗り、学校の最寄り駅へと到着した。

 

「よし、予定時間ピッタリ!」

 

 明日奈がそう言い、八幡は何だろうと思い、明日奈に尋ねた。

 

「ん、時間って、何か用事でもあったのか?」

「あ、えーっと……学校に着くのに丁度いい時間って意味」

「あ、ああ、そういう事か」

 

 八幡はその答えに納得し、特に深く追求したりはしなかったが、

実は明日奈が言った予定時間とは、里香との待ち合わせの時間だった。

駅から出てきた二人を、待ち構えていた里香がロックオンした。

 

「来た来た、ほら和人、明日奈が作戦通りにちゃんと出来るかじっくりと見届けるわよ」

「何かトラブルが起こったら、即介入すればいいんだろ?」

「うん、和人、しっかり周囲を監視して!」

「何で俺がこんな事を……珪子じゃ駄目だったのか?」

「珪子には別の役目があるの!」

 

 そこには里香の他に、里香に無理やりつき合わさせられたらしい、和人がいた。

 

「あの二人の平穏の為よ、我慢しなさい!」

「まあ、別にいいけどな」

 

 こうして八幡と明日奈を、里香と和人が尾行する形が出来上がり、

駅から学校までの、明日奈に与えられた最初のミッションが開始された。

明日奈はまず、歩きながら八幡の腕をそっと抱き、

その後ぐいっと自分の胸を、八幡の腕に押し付けた。

 

「お、おい、ちょっ、明日奈?」

 

 八幡は恥ずかしかったのか、慌てて明日奈に声をかけた。

 

「えへへ」

「おい、明日奈……」

「えへへ」

「明日……」

「えへへ」

「な、何でもない……」

「えへへ」

 

 そんな明日奈の脳裏には、昨日里香から作戦を授けられた時の光景が浮かんでいた。

 

「明日奈、いい?まずは基本中の基本、二人で腕を組みながら学校に登校、よ!」

「でも里香、もしかして八幡君、恥ずかしがって離れちゃったりしないかな?」

「とりあえず絶対に腕を放しちゃ駄目。その上で、八幡が何か言ってきたら、

明日奈は、えへへ、と八幡に笑いかけるのよ!何を言われても、それで通しなさい!」

 

 明日奈はそれでいいのかと疑問に思ったのか、里香に聞き返した。

 

「本当にそれで大丈夫なの?」

 

 里香はニヤリとし、明日奈に言った。

 

「八幡は、絶対に最初は、自分から無理に明日奈を引き離そうとはしない。

先ずは、おろおろしながら明日奈に何か話しかけようとするはずよ。

その上で、八幡が何を言おうとも、明日奈が嬉しそうな顔をずっと見せ続けたら、

八幡はそこで必ず引き下がるはず。更に言うと、八幡はムッツリスケベだから、

密かに明日奈の胸の感触を喜んでいるはずよ!」

「う、うん、分かった!」

 

 実際その通りの展開になり、八幡は予想通り引き下がった。

本当にムッツリスケベなのかどうかは、明日奈には判別する事が出来なかったが、

少なくとも自分が腕に抱き付く事で、喜んでくれてはいるようだと、漠然と感じていた。

そして二人は腕を組んだまま学校へと向かった。

駅の近くでは、まだ同じ学校の生徒の姿はまばらだったが、

学校が近付くに連れて生徒の数が増えていき、それと同時に二人の注目度も上がっていた。

 

「どうやら順調だな、里香」

「そうだね和人。あ、また一人、カバンから手紙を取り出そうとしてるけど、

八幡の姿が目に入った瞬間に諦めたね」

「おいおい、まるで映画のモーゼの十戒だな……」

 

 和人は、面白そうにそう呟いた。寮住まいの明日奈が駅の方から通学してくるとは、

夢にも思っていなかったのであろう、何人かの男子生徒が、

明日奈の姿を見た瞬間に、慌ててカバンからラブレターと思しき手紙を取り出し、

渡そうと試みるのはいいのだが、明日奈しか見えていなかったのだろう、

直後に明日奈が八幡の腕に抱き付いている事に気が付き、

八幡の放つ強者のオーラと、明日奈の幸せそうな姿に打ちのめされ、

その場に崩れ落ちる光景が、先ほどから何回か見受けられた。

 

「しかしこのご時勢にラブレターとか、うちの学校の男どもはどうなってるんだ?」

 

 その和人の当然の疑問に、里香はこう答えた。

 

「だって明日奈、絶対に自分の連絡先とか男子に教えたりしないもの。

八幡が参加しない遊びの誘いも、絶対に受けないしね。

後、廊下とかで知らない人に話しかけられても、基本サラっと流して相手にしないしね」

「そうか、だからラブレターみたいな古風な方法をとらざるを得ないんだな……」

「ちなみにラブレターを書いてるのって、百%始まりの街にずっといたような人達なのよ。

中層以上で戦ってたような人達は、やっぱり八幡と明日奈の噂くらい、

聞いた事があったと思うしね」

「ああ、確かに元血盟騎士団の奴等とかは、むしろ影で二人をガードしてるよな。

それでも沢山ラブレターが届くってのは、さすがに驚きだけどな……」

「その影のガードを、多少オープンにするのも、今回の作戦のキモなんだけどね」

 

 二人がそんな会話をしている間にも、沢山の男子が撃沈していった。

撃沈した者同士で慰めあったりしている光景も見られ、

二人の歩く道筋は、とてもカオスな状況になっていた。

ちなみに八幡には、今日は話しかけてきそうなそぶりを見せる奴が妙に多いが、

結局誰も話しかけてこない、おかしな日だな、程度の認識しか無かった。

明日奈は何も考えずに、ひたすら八幡に甘えていた。

こうして最初の作戦は大成功を収め、二人は学校に到着した。

そんな二人を出迎えたのは珪子だった。

珪子に与えられた別の役割とは、明日奈の下駄箱をガードする事だった。

そのおかげで、その日は明日奈の下駄箱には、

一通のラブレターも入ってはおらず、明日奈は珪子に感謝した。

その後、教室へと向かう際は、さすがに校内で腕を組んだままでいるのは躊躇われたらしく、

明日奈は八幡と、手を繋ぐだけにとどめていた。

八幡はそれだけでもかなり恥ずかしさを覚えていたが、

明日奈のえへへ攻撃の前に敗北し、そのまま教室へ向かうという、

ある種罰ゲームのような状況を、許容せざるを得なかった。

 

「おい、見ろよあれ……」

「まじかぁ……さすがに諦めるか……」

「明日奈様、そんなぁ……」

「明日奈さん、すごく嬉しそう。私もあんな彼氏が欲しいなぁ……」

「おっ、ついに八幡さんと明日奈さんが、全校公認カップルへの道を歩き始めたのか」

「さすがは副団長に参謀!他を寄せ付けない圧倒的なオーラ!」

 

 廊下のあちこちから、自分達に関する沢山の声が聞こえ、

八幡は、普段はまったく意識していなかった、そんな周囲の声に驚きを覚えていた。

そして改めて、自分と明日奈は有名人なんだと自覚した。

明日奈が嬉しそうなんだから、多少の恥ずかしさは問題ではない、

八幡は自分に何度もそう言い聞かせ、明日奈と共に教室へと向かった。

教室の扉を開けると、クラスメート達は一瞬驚きの視線をこちらに向けてきたが、

すぐに興味を失い、二人から視線を逸らした。

教室では明日奈は、結構八幡に甘えまくっている為、

さすがにクラスメート達は、しっかりと訓練されていたようだ。

そして授業が始まり、昼休みになった瞬間、明日奈は作戦通り、

八幡に次の爆弾を落としてきた。

 

「八幡君、今日は私、八幡君の分のお弁当も作ってきたから、屋上で一緒に食べよう」



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第152話 ピンクな屋上

2018/06/11 句読点や細かい部分を修正


 明日奈がそう言った途端、さすがの訓練されていたクラスメート達もどよめいた。

明日奈もそれにはやや驚いたようだったが、あくまで基本に忠実に、

さも当然だと謂わんばかりに、にこにこと笑顔を崩さず、八幡に笑顔を向け続けた。

八幡は、今日の明日奈は随分ぐいぐいと押してくるなと思いつつも、

断る理由などがあるはずもなく、むしろ喜んでそれを承諾した。

 

「よし、それじゃあ和人、今日は屋上で五人……」

「八幡、今日は俺達は食堂だから、たまには二人で行ってこいよ」

 

 和人は里香に前もって言い含められていた通り、

その先は言わせるものかとばかりに早口でそう言った。

 

「それなら購買で何か買って一緒に……」

「いやー、今日は何を食べようかな、よし、早速行こうぜ、里香、珪子」

「それじゃ二人とも、また後でね~」

「お先です!」

「あ、おい……」

 

 和人が再び被せるようにそう言い、サッと教室を出て、二人もその後に続いた。

八幡は三人の背中に声をかけようとしたが、三人の行動はそれよりも素早かった。

そして八幡は気を取り直し、明日奈に言った。

 

「あいつら妙に素早いな。それじゃ、俺達も行くとしますかね」

「うん、そうだね」

 

 そして二人はそのまま屋上へと向かった。昼休み開始から間もない事もあり、

屋上の人影はまだまばらだった。より目立たない場所に座ろうかと考えた八幡だったが、

明日奈が先に歩き出し、屋上全体からよく見える中央に近いベンチに座り、

八幡に手招きした為、八幡は仕方なく、そのいかにも目立つであろう場所へと足を運んだ。

 

「な、なあ明日奈、本当にここでいいのか?」

「うん、どうして?」

「い、いや、明日奈がいいなら問題ない」

 

 既に屋上全体からの視線に晒されており、動揺していた八幡は、

まあこの視線もそのうち減るだろうと、半ば諦め気味に明日奈の隣に腰を下ろした。

まあ、明日奈もあまり気にしてはいないようだし、俺さえ気にしなければ問題ない、

そう考えた八幡は、素直にこの状況を楽しもうと考え、明日奈の取り出す弁当を、

わくわくしながら期待のこもった目で見つめていた。

そして八幡が見つめる中、明日奈は三つの弁当箱を取り出した。

 

「お?弁当箱が三つ?」

「あ、えっとね、八幡君のお弁当は、特別製でご飯とおかずを分けてあるんだ」

「なるほど、特別製なのか。早速開けてみてもいいか?」

「うん!」

「よし……それじゃあご飯を……う、うおっ!」

 

 周囲の生徒達は、八幡がどんな反応を示すのか、興味津々で様子を伺っていたが、

いざ弁当箱を開いた瞬間、不覚にも八幡は、

目立たないようにしようと思っていた事などすっかり忘れたかのように大声を上げてしまい、

一瞬にして、その場にいた生徒全員の注目をを集めてしまった。

その沢山の生徒の視線には気付かないまま、八幡はさらにこう言った。

 

「ま、まさかこれ、ラグーラビットか?」

「うん!」

 

 その言葉が響いた瞬間、周囲の生徒は驚愕した。

 

「ら、ラグーラビット?」

「あのS級食材の?」

「え、まさか実在すんの?嘘だろ?」

「見せて見せて!」

 

 周囲の生徒達は、二人の都合などはお構いなしにその弁当に殺到し、中を覗き込んだ。

八幡と明日奈はさすがにびっくりしたが、これは八幡がいけないだろう。

いきなりラグーラビットなどと、今ここにいる者達の間では周知であり、

特別な意味を持つ、有名な食材の名前を叫んでしまったのだ。

周囲の生徒達が慌てて集まるのも無理はなかった。

 

「こ、これは……」

「これがラグーラビット?誰か見た事のある人は?」

「どれどれ……」

「やばっ、これすげーな!」

 

 もちろんラグーラビット料理が現実に存在するはずもなく、

どんな肉料理なのだろうかと思いながら、弁当箱を覗き込んだ生徒達の期待は、

当然のごとく裏切られたのだったが、だがしかし、確かに八幡の言葉は真実だった。

その弁当のご飯の部分には、ふりかけのような物を使って、

かわいくデフォルメされたラグーラビットの、とてもカラフルな絵が描かれていたのだ。

それを見た一同は、どれほどの時間がかかったのか想像も出来ず、ただひたすら感嘆した。

 

「俺、一度だけ遭遇した事があるぜ!これは確かにラグーラビットだ!」

「こ、これがラグーラビット?なんかかわいい!あとすごいカラフル!」

「すげえな閃光……感動すら覚えるぞ」

「副団長、さすがです!」

 

 二人は固まっていたが、先に我に返った八幡が、生徒達に控えめな口調で言った。

 

「あー、すまん、気持ちは俺も同じだからよく分かるんだが、

そろそろ飯にしたいんだがいいか?」

 

 その言葉を聞いた一同も我に返ったのか、ぺこぺこと頭を下げながら、

それぞれの定位置に戻り、屋上は表向き、平穏を取り戻した。

 

「な、なんかすごい注目を集めちゃったね、八幡君」

「すまん、俺が思わず叫んじまったせいだ……」

 

 八幡がそう謝ったが、明日奈は逆に嬉しそうに言った。

 

「あは、八幡君があそこまでびっくりしてくれたんだから、頑張って作った甲斐があったよ」

「確かにあまりの絵の上手さにびっくりしたな……よし、次はおかずだな。

今度は変な声を出さないように、落ち着いて開けるように気を付ける」

「あっ……」

「ん、どうした?」

 

 八幡が、おかずと言った瞬間に、明日奈は顔を真っ赤にし、おずおずと言った。

 

「う、ううん、そっちは他の人に見られたら、ちょっと恥ずかしいなって思っただけ」

「そ、そうか」

 

 八幡は、一体中はどうなっているのだろうと、ドキドキしながら、そっと蓋を開けた。

中に入っていたのは、ハート型のハンバーグ、ハート型の玉子焼き、ハート型の……

とにかく全てがハート型のおかずだった。八幡はそれを見た瞬間、真っ赤になった。

 

「あ……そ、その……ありがとう」

「ど、どういたしまして」

「……それじゃあ早速一緒に食べるか」

「う、うん」

 

 そして二人は、並んでお弁当を食べ始めた。

 

「明日奈の弁当は、普通なんだな」

「まあ、さすがに自分の分はね」

「ん、美味い!」

「ふふっ」

 

 八幡が、本当に美味しそうに食事をする姿を見て、明日奈は幸せに包まれていた。

そして明日奈は次の作戦を実行する事にした。

 

「えっと、八幡君、ちょっといい?」

 

 明日奈は距離を詰め、二人はピッタリとくっつく形となり、再び周囲がざわついた。

 

「お、おう、いきなりどうした?」

「えっとね」

 

 そう言うと明日奈は、八幡のお弁当のおかずを、自分の箸でつまみ上げた。

そのおかずの形だけは、遠くからでもバッチリ確認出来た為、

周囲の者達は皆、ハートだ、ハートだな、ハートね、と囁き合っていた。

そして明日奈は、そのおかずを八幡の口の近くに持っていき、いきなり言った。

 

「はい、あ~ん」

「あ、う……」

「あ~ん」

「う、うう……」

 

 八幡は、いきなりの事におろおろしていたが、明日奈はあ~んと言い続けた。

これは当然里香からの指示であった。里香の指示は二つ。

あ~んをする時は、必ず明日奈の使った箸を使う事、そして八幡が何を言っても、

どんな態度をとっても、あ~ん以外の言葉は絶対に使わない事。

 

「いい明日奈、これが必殺技、自分の箸であ~ん、よ!

ちゃんと実行出来れば、ムッツリスケベの八幡が内心喜ぶ上、周囲へのアピールも完璧よ!」

 

 昨日の夜、里香は明日奈にそう力説したのだった。

その言葉通りに八幡は、絶対に回避出来ない明日奈の必殺技に対抗出来ず、

あ~んと口を大きく開け、明日奈の差し出したおかずを食べた。

ちなみにムッツリスケベかどうかは分からないが、八幡が内心で喜んでいたのは間違いない。

そしてその瞬間、周囲にいた女子生徒の間から、きゃ~っという黄色い声が上がり、

男子生徒からは、多くの落ち込んだ声と、少数の祝福の声が上がった。

八幡がすごく照れながらも、どこか嬉しそうにおかずを頬張る姿を見て、

八幡君がすごくかわいいと思った明日奈は、

次のおかずを箸で摘んで八幡の口元に持っていき、再び、あ~ん、と言った。

それを見た周囲の生徒からも再び、ハートだ、またハートか、全部ハートなんじゃないか?

という声が上がり、もう恥ずかしさに慣れたのか、それとも開き直ったのか、

八幡は今度はそれを平然と食べ、再び周囲の女子生徒の間から黄色い声が上がった。

ちなみにほとんどの男子生徒は、もはやお通夜状態であった。

そんな周囲の状況をよそに、八幡は明日奈に言った。

 

「うん、どれも美味いな。やっぱり明日奈は料理が上手だな」

 

 明日奈はその感想を受け、得意げに胸を張った。

 

「料理スキルはカンストだしね!」

「ははっ」

 

 八幡は笑いながら明日奈に言った。

 

「さすがにそれは、こっちじゃ関係ないけどな」

「あ、やっぱり?」

 

 明日奈は、いたずらが見つかった子供のようにそう言った。

 

「でもまあ、本当にそれくらい美味いと思う。ありがとな、明日奈」

「えへへ、そう言ってもらえると、本当に嬉しい」

 

 その後も二人の周りには、ピンク色の空間が形成され続け、

周囲にいた者達は、その甘さに砂糖を吐きそうな気持ちになった。

この屋上での出来事は、その者達がそれぞれの教室に戻った後、またたく間に拡散された。

そして放課後、五人は下駄箱の前にいた。今日は明日奈の下駄箱には、

一通のラブレターも入ってはおらず、女子三人は、作戦は成功だねと囁き合っていた。

 

「で、今日はどうする?どこか寄ってくか?」

 

和人がそう言い、里香と珪子は、う~んと考え込んだのだが、

その時明日奈が、里香ですらまったく予想もしていなかった、本日最大の爆弾を落とした。

 

「あ、ごめん。えっとね、今日は八幡君の家に泊まる事になってるから、

真っ直ぐ帰って、途中で夕飯の買い物とかしたいんだよね」



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第153話 比企谷家の団欒

2018/06/11 句読点や細かい部分を修正


 何の前置きも無く、いきなり明日奈がそう言った為、

八幡以外の三人は色々な想像をし、激しく動揺していた。

 

「あ、あああ明日奈、どういう事?お母さんは何も聞いてないわよ!」

「うん、言いたい事は何となく分かるけど、とりあえず里香は私のお母さんじゃないよね」

 

 まず最初に発せられた里香の問いに、明日奈はそう答えた。

次に珪子が、顔を真っ赤にしながら言った。

 

「も、もしかして、ついに大人の階段を……?」

 

 それに対しては明日奈は、何か言おうとしたようだったが、何かを妄想してしまったのか、

結局顔を赤くしたまま何も答えず、二人はお互い赤い顔のまま見つめ合っていた。

それを見た八幡は、溜息をつきながら明日奈に言った。

 

「おい明日奈、誤解されるからとりあえず深呼吸な、深呼吸」

 

 その声で我に返った明日奈は、言われた通りに深呼吸をしてから珪子に言った。

 

「大丈夫、今日のところはただ泊まるだけだよ、珪子ちゃん」

「今日のところは、ですか!」

「ごほん……んっんっ」

 

 八幡は咳払いをし、再び明日奈に言った。

 

「明日奈、後は俺が説明するから」

「う、うん」

 

 そして最後に和人が、焦ったように八幡に詰め寄った。

 

「お、おい八幡、ついにか、ついになんだな!」

「お前は今まで何を聞いていたんだ……」

 

 八幡はまず三人を落ち着かせようと思い、明日奈の頭にポンと手を置き、言った。

 

「お前ら、落ち着いてよく考えろ。これはまったく普段と変わりない明日奈だ。

ここが現実だと思うから余計な事を考えちまうんだ。ここが秘密基地だと思って、

もう一度明日奈の言葉や態度をよく思い出してみろ」

 

 八幡のその言葉を聞き、三人は胸に手を当てて、冷静に考えてみた。

そして三人は、過去の明日奈の行動や言動に思い当たったのか、同時に言った。

 

「あ、普通だった」

「まったく普通ね」

「普通ですね!」

「むぅ、当たり前じゃない、私はいつも、まったく普通の常識的な女の子だよ?」

 

 明日奈は少し頬を膨らませながら、三人に抗議したが、

三人は、明日奈の肩をポンと叩くだけで、それ以上何も言おうとはしなかった。

明日奈は納得出来ないような表情を見せたが、その場は引き下がり、

代わりに八幡が経緯を説明し始めた。

 

「あー、実はな、今朝明日奈が俺を迎えにわざわざ俺の家まで来てくれたんだが、

実はうちには、うちの両親が調子に乗って用意した明日奈の部屋があってな、

今日小町が明日奈をそこに案内したんだが、明日奈が妙にその部屋を……」

「一目見て気に入って、すぐにでも私の部屋に泊まってみたいと思ったの!私の部屋に!わ・た・し・の・へ・や・に!」

 

 明日奈が興奮しながら八幡の説明を引き継ぎ、私の部屋、という部分をドヤ顔で強調した。

 

「……という訳だ。だからその、明日奈がうちに泊まりに来るからといって、

俺の部屋に泊まるとか、何か間違いが起こるとか、そういう事はまったく無い」

 

 その八幡の説明で、事情は正確に三人に伝わったようだ。

三人はそういう事ならと、快く二人を送り出した。

ちなみに今の会話は、周囲にいたかなりの数の生徒が聞いていた。

おかげで八幡の家に、既に明日奈の部屋がある事は、次の日には学校中に拡散するのだが、

これがトドメとなり、その日から明日奈に対する男子生徒からの告白が全て無くなった。

ちなみにこれは後に分かった事だったが、明日奈に対するあまりの告白の多さに、

イライラしていた一部の攻略組のメンバーの手により、

より過激な八幡と明日奈を守る計画が立案されており、

数日後には開始される予定になっていたらしい。

従って、今回完璧にふられた連中は、結果的に命拾いをしたようだ。

ともあれ八幡と明日奈は、学校全体の公認のカップルとして、

学校内だけでなく周辺校の間でも有名な存在となるのだが、それはまた別の話である。

 

「八幡君、ごめん、ちょっと待っててもらっていいかな?

一度寮に戻って色々と準備したいの。その……着替えとか」

「あ、そうだな。それじゃあこの辺りでのんびり待ってるわ」

「うん、すぐ戻るね」

 

 明日奈の姿が寮の中へと消えていった後、八幡は自分も準備を進めておこうと思い、

小町に連絡を入れる事にした。八幡が電話をかけると、小町はすぐに電話に出た。

 

「もしもしお兄ちゃん、どうかした?……まさか小町の期待に応えられず、

お姉ちゃんが来れなくなったとかだったら、わかってるよね……?」

「だ、大丈夫だ。今明日奈が、寮に着替えとかを取りに行っててな、

今のうちに俺も、俺なりに色々と出来る事をやっておこうと思って、小町に連絡したんだよ」

「出来る事?何かあるの?」

「そうだな、俺が思い付いたのは、とりあえず買い物関係だな。

おそらく俺達がそっちの駅に着くのは、一時間後くらいになると思う。

なので、それくらいの時間に小町に駅で待っててもらえれば、そのまま明日奈と三人で、

夕飯の買い物に行けるんじゃないかと思ってな」

 

 八幡がそう言うと小町は、ちょっと待ってねと言いながら、

すぐ近くにいるらしい、誰かと会話をしていた。もしかして友達と一緒なのかと思った八幡は、

それならそれで、二人で買い物をして帰ればいいかと考えていたのだが、

小町は戻るなり、いきなり予想外の台詞を八幡に言った。

 

「今お父さんとお母さんから軍資金をもらったから、夕飯の買い物の前に、

お姉ちゃんの身の回りの物も三人で買いに行こうよ、もちろんお兄ちゃんは荷物持ちね」

「え……何で二人がそこにいるの、小町ちゃん、一体どういうこと?」

 

 そう動揺しながらおかしな言葉遣いで尋ねてきた八幡に、

小町はさも当たり前だという風にこう言った。

 

「そんなの決まってるじゃない、二人とも、お姉ちゃんが来るからって、

頑張っていつもよりずっと早くに帰って来たんだよ。というか、実は二人とも、

職場でお姉ちゃんの写真を同僚に見せまくって自慢しまくってたら、

うざいからさっさと帰れって言われたらしいよ。あはははは」

 

 小町はそう言って笑ったのだが、後ろから両親の笑い声も聞こえたので、

八幡は呆れながら、待ち合わせの場所と時間を確認し、電話を切った。

ほどなくして明日奈が戻って来た為、八幡は事情を説明し、二人は駅へと向かった。

そして一時間後、二人は小町と合流し、楽しくショッピングをした後、

まあ八幡は、ひたすら二人が買い物をする姿を見ながら荷物を持っていただけなのだったが、

スーパーへと向かい、夕飯用の食材を買う事にした。

 

「そういえば、献立はどうしよっか。八幡君は何が食べたい?」

「そうだな……うーん……肉じゃが?」

「お兄ちゃん、何で肉じゃが?」

 

 その八幡の平凡なチョイスに、小町はなんとなく理由を尋ねた。

それに対する八幡の返事はこうだった。

 

「あー……せっかく母ちゃ……母さんがいるんだったら、

この機会にうちの肉じゃがの味を明日奈に覚えてもらえばいいんじゃないかって、

何となく思いついたから、とりあえず言ってみた」

 

 それを聞いた明日奈の反応は、驚くほど激しかった。

明日奈は鼻息を荒くして、腕をガッツポーズの形にすると、高らかにこう宣言した。

 

「分かった。私、比企谷家の嫁として、バッチリ今日中に、

比企谷家伝来の肉じゃがを作れるようになるよ!」

 

 小町はその明日奈の宣言を聞くと、感心したように八幡に向けて言った。

 

「さすが帰ってきた後のお兄ちゃんは、昔とは一味も二味も違うね。

小町もあのゴミいちゃんが、こんなに神いちゃんになってくれて、すごく嬉しいよ……」

「ゴミいちゃんって何か懐かしいな、神いちゃんってのは始めて聞いたが……」

 

 八幡は小町にそう返事をしたのだが、ノリノリになった二人はまったく聞いておらず、

スーパーに入ると、小町の指示で、必要なものを熱心に買い始めた。

そして買い物が終わり、家に帰ると、小町が母親に事情を説明し、

三人は楽しそうに料理を始めた。途中、仲間外れにされた父親が、

俺も俺もと台所に向かい、何度も追い返されるという出来事があったが、

それほど待たされる事もなく、スムーズに夕飯の準備が終わり、

初めて明日奈を交えての、比企谷家の家族の団欒が開始された。

 

「八幡君、どうかな?」

 

 明日奈が恐る恐る、八幡に肉じゃがの味について尋ねると、八幡は笑顔で明日奈に言った。

 

「うん、いつものうちの味だな。普通に美味い」

「お兄ちゃん、もっと上手い褒め方があるでしょ!」

 

 それを聞いた小町が即座に八幡に突っ込んだが、

案に相違して、明日奈はとても嬉しそうにこう言った。

 

「やった、八幡君からのお墨付きが出たよ、小町ちゃん!」

「あ……そ、そうだね、やったねお姉ちゃん!……ごめん、お兄ちゃん、小町が間違ってた」

 

 小町は、そんな明日奈の様子を見て自分の考え違いに気付き、素直に八幡に謝った。

八幡は頷き、五人はその日、本当の家族になった……

というのは、その後両親が熱心に主張した台詞であったが、

とにかくその日、五人は幸せな一家団欒のひとときを過ごす事が出来たのだった。



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第154話 これからは私がいる

2018/06/12 句読点や細かい部分を修正


「よし、それじゃあとりあえず風呂に入っちまうとしようぜ。

三人が料理してた間に、風呂は俺がいれといたからな」

 

 食事を終えた後、八幡がそう提案した瞬間に、明日奈が顔を赤くしてビシッと固まった。

 

(明日奈の奴、また何か勘違いしてるな)

 

 八幡は明日奈の態度からそう察し、訂正しようと考えたのだが、

その八幡より先に口を開いたのは小町だった。

 

「お兄ちゃん、もちろん変な意味じゃないよね?」

「当たり前だ。俺がおかしな事を考えるわけが無いだろ」

「そうだよね。お兄ちゃんに限って、お姉ちゃんに一人でお風呂に入れなんて、

そんな冷たい事を絶対に言う訳がないよね。当然お姉ちゃんを一人にはしないよね。

お兄ちゃんを疑った小町が悪い子でした、ごめんなさい」

「おう、分かればいいんだ分かれば……あ?」

 

 その瞬間、しょぼんとしていたように見えた小町が豹変した。

 

「はい、言質頂きました!お姉ちゃん、今日のクライマックスだよ、頑張って!」

「う、うん、頑張るよ!八幡君、ふつつか者ですが、宜しくお願いします」

 

 八幡は呆れた顔で両親を見たが、両親は、ついに初孫が、とか、式はいつにする?とか、

そんな事を言うばかりであり、八幡は完全に孤立していた。

 

「はぁ……めんどくさい……めんどくさいが、まあ仕方ない……」

「お兄ちゃん、何か言った?」

「おい小町、ちょっとさっきの自分の台詞を思い出してみろ」

 

 小町は少し考えた後、先ほどの自分の台詞を、出来るだけ正確に再現した。

 

「お兄ちゃんに限って、お姉ちゃんに一人でお風呂に入れなんて、

そんな冷たい事を絶対に言う訳がないよね。当然お姉ちゃんを一人にはしないよね」

「そうだな、小町の言う通りだ。分かったらさっさと明日奈と一緒に風呂に入ってこい」

「えっ?」

「確かに俺は、明日奈に一人で入れなんて言わない。当然明日奈と一緒だ、小町がな。

俺は明日奈が誰と一緒に入るかについては、一言も触れてはいない」

 

 小町は自分の顎に手を当てて、んん~?と考え込み、

明日奈も頭を抱えて、ノー!と叫んだのだが、理論武装した八幡に敵うはずもなかった。

小町はぷるぷると震えながら、最後の抵抗とばかりに八幡に抗議した。

 

「お兄ちゃん、ずるい!小町はお兄ちゃんのそんな大人ぶった面を見たくはなかったよ!」

「ああん?今のは完全に小町のミスだろ。他人に何か策略を仕掛ける時は、

二重三重に罠をしかけておかないと、敵によってはそれを逆手にとって、

今の俺みたいに逆襲してくる事があるもんだ。今後はもう少し言葉の使い方に気を付けろ」

「ぐぬぬ……さすがは元血盟騎士団参謀……」

 

 小町は悔しがったが、自分のミスのせいもあるので、それ以上は何も言えなかった。

明日奈は残念そうではあったが、さすがに恥ずかしかったのだろう、

どこかほっとしたような顔をしているようにも見えた。

 

「まあ小町も、我ながら無茶を言ってるって気もしないでもなかったし、

今回は仕方ないかぁ。それじゃお姉ちゃん、今日は小町と二人でお風呂に入りましょう!

そしてお兄ちゃんが後悔するくらい、二人でいちゃいちゃしましょう!」

「あ、う、うん、残念だけど、仕方ないね」

「それじゃあレッツゴーです!」

「うん、レッツゴー!」

 

 八幡は、明日奈が意外とあっさりと引き下がった為、ホッと胸を撫で下ろしていた。

もし明日奈にごねられていたら、さすがの八幡も、うっかりオーケーしたかもしれなかった。

八幡が明日奈に対して甘いのは、周知の事実である。

 

(まあもしそうなった場合は、昔のように、水着を着て入るだけだけどな)

 

 八幡は、明日奈と一緒に水着を着て露天風呂に入った時の事を思い出し、

懐かしさを感じると共に、今度一緒に温泉に行くのも悪くないなと考えた。

同時に、その時一緒だった、もう一人の仲間、キズメルの事を考えた。

キズメルを復活させる為には何が必要か、今度アルゴに相談してみよう、

とんでもない公私混同になるかもしれないが、それくらいは勘弁してもらおう。

そんな事を考えながら、八幡は、想像以上にガックリしていた両親をそのまま放置し、

自分の部屋へと向かい、読書をしながら、二人が風呂から出てくるのを待つ事にした。

しばらくして廊下から二人の声が聞こえ、部屋がノックされた。

 

「明日奈か?いつでも開けていいぞ」

 

 八幡が返事をすると、パジャマを着た、風呂上りの明日奈が入ってきた。

八幡はそんな明日奈に色気を感じ、少しドキっとしたが、

その前に明日奈の着ているパジャマがとても気になり、明日奈に尋ねた。

 

「あれ、明日奈、そのパジャマって男物だよな?しかもどこかで見た事があるような……」

「あ、うん、これ、八幡君が中学の時に着てたパジャマだって」

 

 明日奈が着ていたのが、どう見ても男物のパジャマだったので、

八幡は疑問に思ったのだが、どうやらそれは八幡のお古だったようだ。

 

「そうか、だから見覚えがあったのか、懐かしいな。でも何でそんな物を……」

「夕方に買い物をした時にね、パジャマを忘れた事に気が付いて、慌てて買おうとしたら、

小町ちゃんが、お兄ちゃんのお古で良ければありますよって言ってくれたから、

あまりの嬉しさに、それがいいってすぐに叫んじゃってね、それでねそれでね……」

 

 明日奈がまた変なモードに入りそうになった為、八幡は慌ててそれを制した。

そして明日奈に適当に本でも読んでてくれと言った後、八幡も風呂へと向かう事にした。

ちなみにこの時明日奈が選んだ作品は、

後日、ALO内でのとある出来事に関係してくる事になる。

八幡は明日奈が選んだ作品を見て、その作品のアニメが録画してあるDVDの場所を、

一応明日奈に教えてから風呂へと向かった。八幡が風呂から上がり、部屋に戻ってくると、

明日奈は八幡のベッドに腰掛けて、その作品を熱心に視聴中だった。

 

「何だ明日奈、随分熱心に見てるみたいだけど、気に入ったのか?」

「うん!特にこの猫ちゃんがかわいくてかわいくて!特に目が!」

「あの目な……かわいい、かわいいのか……?まあ明日奈が気に入ったならいいか」

「もうちょっと見てていい?」

「ああ、別に構わないぞ。好きな所まで見ればいいさ。

まあ今日中には絶対に見終わらないと思うから、続きが見たいならDVDも貸してやるよ」

「うん、ありがとう!」

 

 明日奈は八幡にお礼を言うと、また熱心に視聴を続行し始めた。

八幡は明日奈の後ろにごろんと横になり、何となく一緒に画面を見ていた。

途中で小町も合流し、明日奈と小町は、一緒に笑ったり泣いたり、会話をしたりしながら、

とても楽しそうにそのアニメを視聴していた。

その二人を見る八幡の表情には、いつの間か何らかの感情が浮かんでいたようだ。

明日奈は八幡の顔を見てそれに気付いたのか、何気なく八幡に質問してきた。

 

「八幡君、何か説明し難い表情をしてるけど、今は何を考えていたの?」

 

 明日奈にそう尋ねられて、八幡は、自分は今どんな表情をしていたのだろうと思いながら、

その時考えていた事を、素直に明日奈に説明した。

 

「ん、特におかしな事を考えていたわけじゃないんだけどな、

今二人を見ていて、ちょっと羨ましいって思ったっていうか、

俺も初見の時に、そうやって一緒に見てくれる友達がいたら、

俺の中学生活も、少しは違ったものになったのかなって思ってな」

 

 その八幡の説明を聞いた明日奈は後ろに倒れ込み、

寝そべっている八幡のお腹の上に頭を乗せると、八幡の顔を見ながら笑顔でこう言った。

 

「昔にはもう戻れないけど、これからは私がいるじゃない、ねっ?

そういう機会は、これから沢山あるよきっと」

「ああ、そうだな、本当にそうだ……」

 

 八幡は嬉しくなり、その体勢のまま、再び画面に向かった明日奈の頭を優しくなでた。

そして時間が経ち、時計の針が十二時を回ろうとしたした頃、

小町がそろそろ寝ると言い出し、まず最初に部屋を出た。

明日奈もうとうとしていたようだったので、八幡は、明日奈を起こさないように、

そっと明日奈を抱き上げて部屋へと向かい、明日奈をベッドに横たえて布団をかけると、

そのままそっと部屋を出ようとしたが、その時明日奈が、こんな寝言を言った。

 

「八幡君……高貴な妖であるこの私が、ずっと一緒だからね……」

 

 八幡は、噴き出しそうになるのを必死で堪え、こう呟いた。

 

「影響を受けすぎだろ、アスにゃんこ先生……そうだな、これからも宜しくな、明日奈」

 

 そして八幡も自分の部屋に戻り、そのまま眠りについた。

そして次の日の朝、両親はもう出勤していた為、明日奈が三人分の朝食を作っていたのだが、

そこに小町が慌てた顔をしながら走り込んできた。

 

「あ、お兄ちゃん、お姉ちゃん、ALOのアップデート情報がさっき更新されたみたい。

こんな時間なのにご苦労様だよね」

 

 二人が小町の差し出してきたスマホの画面を見ると、

それは、ALOの次のアップデート情報だった。

 

「どれどれ……お、遂にか……」

「ええっ?これって本当なの?」

 

 その画面には、シンプルに一言だけ、こう書かれてあった。

 

『次のアップデートで、ALOに、あのアインクラッドが降臨!』

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、アインクラッドって、何?」

「そうか、小町はSAOって名前は知ってても、アインクラッドって言葉は知らなかったか」

「えっ、SAO絡みの用語なの?」

「そうだよ。私達が二年間戦ってきたSAOの舞台、それが浮遊城アインクラッドなの」

「話は軽く聞いてたが、遂に来たかって感じだな。

よし、今日の夜、早速全員に集合をかけるぞ」

 

 こうして二人は、再びアインクラッドの地を踏む事となったのだった。



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第155話 懐かしきアインクラッド

2018/06/12 句読点や細かい部分を修正


「今日は緊急の議題があって、みんなに集まってもらった。いきなりで申し訳なく思う」

 

 緊急招集は、そんなハチマンの挨拶から始まった。

そしてユキノから、次のバージョンアップ関連の情報が報告された。

メンバーの反応は、驚く者と、既に知っていたのであろう、黙って頷いた者が半々だった。

 

「公開されている以上の情報を、例え仲間だと言っても、

直接ソレイユさんやアルゴに聞くのはフェアじゃないと思うから、

とりあえず二人は今日はここには呼んではいない。連絡はしておいたけどな。

で、それとは別に、幸いここにはSAOについて詳しい者が多くいる。

なので、ちょっと話をしておこうと思って集まってもらったって感じだな」

 

 ハチマンがそう説明し、一同は頷いた。

 

「先ず公開されている情報から、おさらいをしたいと思う」

 

 そしてハチマンは、いくつかの項目を箇条書きであげた。

一つ、空は飛べないという事。

一つ、基本的にマップは変わっていないという事。

一つ、ソードスキルは存在しないという事。

一つ、魔法はそのまま使えるという事。

 

 そして最後に、これは推測だがと前置きした上で八幡は言った。

 

「各層のボスについての推測を述べると、現状のALOのシステムだと、

スキル上限が枷となって、必ずしも上の階に上がる度にボスの強さが増すとは限らない。

スキルがカンストしていると、味方の強さが、装備以外で劇的に上がる事は無いからだ。

ALOのシステムとの相性によって、とんでもなく攻略が楽になる敵もいると思う。

特に魔法の有無が大きい。SAOでは回復手段はアイテムだけだったから、

基本スイッチといって、前衛後衛を入れ替えて、交代で回復アイテムを使っていたんだが、

回復魔法があればその手間は無くなる。これは大きい」

「あ!」

 

 それを聞いたコマチが、突然大きな声を上げた。

 

「スイッチってそういう事だったんだね、お姉ちゃん!」

 

 一同はその言葉の意味が分からなかったようなので、コマチは得意げに説明を始めた。

 

「この前お姉ちゃんが、朝お兄ちゃんを迎えに家まで来た時、

お姉ちゃんが、寝ぼけたお兄ちゃんを起こす時に叫んだ言葉が、スイッチだったのです!」

 

 それを聞いた旧SAO組の面々は、じと目で二人を見つめた。

二人はその視線を避けるように顔を逸らし、視線を合わせないようにしていた。

 

「ぷっ……くっ……」

 

 その時どこかから、忍び笑いが聞こえたが、その犯人はキリトだった。

 

「ハチマンは、まだその言葉に反応しちまうんだな。まあ気持ちは分かるけど」

 

 そう言いながら、笑いを堪えるキリトだったが、

そのキリトに対し、リズベットが突然大きな声で叫んだ。

 

「キリト、スイッチ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、キリトは反射的に後ろに下がり、無意識に背中に手を回した。

その動作はおそらく、背負っていた剣を咄嗟に抜こうとしたものだと思われた。

我に返り、やべっという顔をしたキリトに向かって、リズベットがドヤ顔で言った。

 

「あんたもハチマンと同類よ、キリト」

「くっ……い、いきなりは卑怯だぞ、リズ!」

 

 キリトは必死にリズベットに抗議したが、反応してしまった事実はもう覆らない。

そんなキリトを指差して、クラインとエギルが大笑いしていたが、

何を隠そうこの二人も、今のリズベットの言葉に、咄嗟に反応しそうになっていた。

呼ばれたのが自分の名前だったなら、この二人も必ず反応していたであろう。

リズベットの叫びがスイッチだけでは無かった事に、二人は感謝すべきなのだが、

実際問題目立った反応をしたのがキリトだけだった為、

二人は何とかこの場を切り抜ける事が出来たのだった。

 

「それでアインクラッドに突入したとして、先ず何を目標にするのかしら」

 

 ユキノが冷静に、その場を落ち着かせようと話を元に戻した。

 

「そうだな、先ずは情報収集と、拠点の確保だな」

「拠点に出来そうな場所に心当たりはあるのかしら?」

「それは任せてくれ。俺とアスナが先行して、きっちり抑えておくさ」

 

 ハチマンはユキノのその質問に、とある宿を思い浮かべながらそう答えた。

アスナとキリトは当然どの宿の事か理解していた為、二人は懐かしさに目を細めた。

 

「とりあえず他の分担を決めよう。先ず情報収集だが、戦闘面の情報収集は、キリト、頼む」

「おう!」

「メンバーは、リーファ、コマチ、イロハ、ユイユイ、ユミー、レコン、メビウスさんで」

「どういう意図のメンバーだ?」

 

 そのキリトの問いに、ハチマンは頷きながら答えた。

 

「キリトがリーダーなのはいいとして、戦闘も回復もこなせる万能タイプのリーファに、

斥候のコマチ、レコンはコマチと一緒にアインクラッドの雰囲気を斥候視点で掴んでくれ。

そして魔法の検証でイロハ、タンクの検証でユイユイ、

ユミーは今の実力で、どこまでやれるかを無理の無いように確認してくれ。

最後に回復役として、専属でメビウスさんって感じだな」

「なるほどな、検証したい項目も大体分かったよ」

 

 キリトは納得し、次にハチマンは、残りのメンバーを、街の探索チームに指名した。

ユキノ、エギル、クライン、リズベット、シリカの五人に、宿を確保した二人が合流する。

質問してきたのは、ユキノだった。

 

「他の人達についてはよく分かるのだけれど、何故私だけ街担当なのかしら」

「俺達経験者だけだと気付かない事もあると思うしな。

その場合、ユキペディアさんに活躍してもらうのが一番いいと思ったんでな」

「人をおかしな呼び方で呼ぶのはやめなさい、ハチマン君。

でもその呼び方、懐かしいわね……」

「まあそんな感じで考えてみたんだが、何か意見があったらどんどん言ってくれ」

 

 チームの分け方には特に異論が無かった為、その話はそこで終わりとなった。

 

「次にギルドの事なんだが……今回のアインクラッドの導入っていうサプライズのせいで、

ちょっといくつか思いついた事があるので、聞いてほしい」

 

 ハチマンはそう言い、メンバー全員に、自分の考えを説明し始めた。

 

「実は、アインクラッドの二十二層に、俺達がかつて拠点にしていた場所がある。

俺達は秘密基地と呼んでいたんだが、その理由は見てもらえば分かると思う。

俺はその拠点を、ギルドのホームにしたいと考えている。

なので、ギルドの設立は、そのタイミングでやろうと思うんだが、どうだろう」

 

 今特に何か困っているわけでもなかった為、皆は特にその意見に異論も無く、

ハチマンの話はそのまま受け入れられた。

 

「次に活動内容だが、最終的にはアインクラッドの百層を、今度こそクリアしたい。

だが当面は二十二層に到達し、ギルドを設立した後は、

ヨツンヘイム方面の事もきっちり考えながら、バランスよく攻略しつつ、

その時参加出来るメンバーで無理なく楽しく遊んでいければいいと、そう思ってる」

「楽しくってのが一番大事だな」

 

 キリトがそう言い、皆口々に、それに同意した。

 

「リアル生活に支障が出るような事が無いように、全ての活動は自由参加って事で、

後は何か不満や要望、もしくはギルドでやりたい事があったら、すぐに言ってほしい。

当面の活動については、そんな方針でいきたいと思ってるんだが、どうだろう」

「賛成!」

「問題なし!」

 

 メンバーは再び口々に賛同し、この日の話し合いは終わる事になったのだが、

そこにとある人物が、いきなり乱入してきた。

 

「じゃじゃ~ん!ここでいきなり私参上!」

「ソレイユさん……」

「ソレイユ姉さんだ!」

 

 どうやらソレイユは、かなり頑張って仕事を片付けてきたようで、

ギリギリ話し合いの解散の時間に間に合ったのだった。

 

「良かったぁ、ギリギリ間に合ったみたいだね」

「今まさに、解散する所でしたけどね」

「で、話し合いはどうなったの?」

 

 そのソレイユの質問に対して、ハチマンはざっと今日の話し合いの内容を説明した。

それを聞いたソレイユは、自分も街の探索に加わると言い出した。

 

「私も今回のアインクラッドの中身については、ほとんど知らないんだよね。

ほとんどアルゴちゃんに任せちゃってるからね。

それに、ハチマン君や、みんなが暮らしていた世界を一度見てみたいしね」

 

 そう語るソレイユの表情を見て、ハチマンは、

かつて病室でソレイユが語った台詞を思い出していた。

 

『私ね、実はSAOをやってみようかなってちょっと考えてたんだよね。

だから八幡君がSAOに囚われたって聞いた時、最初に思ったの。

どうして私はSAOをやらなかったんだろう。

そうすれば何のしがらみも無い世界で八幡君と二人で冒険して、

二人で助け合ってゲームを攻略して、そして現実世界に帰還したら……』

 

 こうしてソレイユも、街の探索チームへと編入される事となった。



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第156話 ハチマン・パレード

2018/06/12 句読点や細かい部分を修正


 某月某日、ハチマンと仲間達は、アルンの郊外に集結していた。

その周囲にはかなりの数のプレイヤーがひしめきあっており、

そこにいる全員が、その時を今か今かと待ちわびていた。

今日は待ちに待った、アインクラッドが開放される日なのであった。

 

「時間だな、よし、そろそろ上空で待機しよう」

 

 ハチマンがそう言い、一同ははぐれないように固まって飛び上がった。

それを皮切りに、周囲のプレイヤー達も飛び上がり始めた。

何人かのプレイヤーは、楽しそうに周囲をくるくると飛び回ったりしていたが、

例外なく全てのプレイヤーが、期待のこもった目で空を眺め続けていた。

それから数分後、ソレイユが、申し訳なさそうに仲間達に言った。

 

「待たせちゃってごめんねぇ、私も正確な時間は聞いてないんだよね」

「いやいや、俺達だけが優遇されるわけにもいきませんしね」

「待つのも楽しいもんッスよ!」

 

 混雑を避ける為、公式の告知時間もあいまいだったせいか、

アインクラッドは中々その姿を現さなかった。

そして周囲の雰囲気がやや弛緩し始めた頃、突然ハチマンが仲間を集め、こう言った。

 

「そろそろ出現するみたいだ。俺が合図したら、全員全力で俺に付いて来てくれ」

 

 仲間達はその言葉を聞いて空を見上げたが、どこにもそんな気配は無かった。

そんな中、アスナが何かを思い出したようにハチマンに尋ねた。

 

「あ、もしかしてハチマン君、見えたの?」

「ああ。何となくだけどな」

「なるほどね」

「アスナ、どういう事だ?」

 

 そのキリトの当然の問いに、アスナはこう答えた。

 

「キリト君なら分かると思うんだけど、前にもこんな事があったよね?

ほら、ダンジョンの中でどこに罠があるか、とか」

「ああ!あったあった!そうか、そういう事か!」

 

 キリトは言われて思い出したのか、納得したようにそう声を上げた。

 

「ねぇねぇ、どういう事?」

 

 困惑する仲間達を代表して、ソレイユが三人にそう尋ねた。

キリトはソレイユに頷き、事情を知らないメンバー全員に、昔あった事の説明を始めた。

 

「昔、ダンジョンを探索してた時の話なんだけど、

ハチマンは、普通じゃ見つけられない隠された罠を見付ける名人だったんだよ。

その理由が、推測なんだけど、普通の壁と、罠の仕掛けられている壁の、

わずかなデータ量の差が感じられるんじゃないかって、そういう話があったんだよ」

 

 皆はその説明を聞き、ぽかんとした。最初に口を開いたのはコマチだった。

 

「じ、じゃあもしかして、この空のどこかに、そういう場所が見えたって事?」

「まあ、感覚でなんとなくだけどな」

「どうしよう、お兄ちゃんがいつの間にか人間じゃなくなってた……」

「おいコマチ、お兄ちゃん泣いちゃうから、そのくらいにしとこうな」

 

 ハチマンは、泣きそうな顔でコマチにそう答えた。

そこに追い討ちをかけたのは、案の定ユキノだった。ユキノは笑顔でコマチに言った。

 

「コマチさん、ハチマン君は昔ちょっと捻くれてた分、物の見え方が人と違うだけなのよ。

でもちょっと変わってはいるけれども、生物学的には間違いなく人間だから大丈夫よ」

「は、はい、ユキノさん!」

「おい、お前それまったくフォローになってないからな」

 

 ハチマンはユキノにそう言いながら、再び空の一点をじっと見つめた。

それに釣られて仲間達もその方向を見たが、特に変わった部分は無かった。

 

「どうやら時間が無さそうだ。間違えたらすまないって事で、

全員とりあえず全力で飛ぶ準備を頼む」

 

 その言葉を聞いて、エギルがニカッと笑いながら言った。

 

「いいんじゃないか?仮に失敗しても、少し進入時の混雑に巻き込まれるだけだしな。

リスクは拠点の確保だけだろ。でももし成功したら……」

「俺達が一番乗りだぜ!」

 

 クラインがその言葉を引き継いでそう言った。

一同はその言葉に頷き、ハチマンの周囲に集まり、全力を出す準備をした。

そしてハチマンは最後に、ユミーを見ながらこう言った。

 

「ユミーはまだ飛ぶのに慣れてない部分もあると思うから、

ソレイユさんと……そうだな、キリトとリーファでフォローを頼む」

「ユミーちゃんはお姉さんが引き受けた!」

「ああ、了解だ、ハチマン」

「飛ぶのは得意よ、任せて!」

 

 ハチマンは三人に礼を言うと、再び上を見ながらカウントを開始した。

 

「行くぞ!三、二、一……」

「行っけ~~~!」

 

 ソレイユがそう叫び、仲間達は、全力で先頭を飛ぶハチマンの後を追った。

その前方には何も無かった為、周りのプレイヤー達は、後を追うのを躊躇した。

そして先頭を行くハチマンは、珍しく茶目っ毛を出したのか、飛びながら魔法の詠唱を始め、

次の瞬間、エフェクトと共に、背教者ニコラスの姿に変化した。

それを見た仲間達は笑いながら、ある者は花火のように魔法を放ち、

またある者は、神聖系の魔法の光を纏いながら、ぐるぐると螺旋状に飛び、

まるでパレードのように、仲間達の飛行を演出した。

その幻想的な光景に、周囲のプレイヤー達はどよめいた。

そしてソレイユが、とどめとばかりに水平方向に雷魔法を放った瞬間、ついにソレが現れた。

ご~ん、ご~んと鐘のような音が辺りに鳴り響き、

ハチマンの正面に、誰もが一度は写真等で見た事があるであろう、

浮遊城アインクラッドが、その巨大な姿を現したのだった。

それを見て他のプレイヤー達も慌ててハチマン達の後を追ったのだが、

その距離の差は何をどうしようとも埋められるようなものではなく、

ハチマン達は、パレード状態のまま、無事アインクラッドへの一番乗りを果たしたのだった。

 

「よっしゃ!俺達の勝利だぜ!」

「やった!一番乗り!」

「いえ~い!」

 

 アインクラッドの最下部には広い通路が口を開けており、

一同がそこに入ると、通路の壁には鏡のような装飾が施されていた。

 

「うーん、もしかして、これに触れって事か?」

 

 いつの間にか通常の姿に戻っていたハチマンが、そう言いながらその鏡に触れた瞬間、

いきなりハチマンの姿が消えた。どうやら中に転送されたようだ。

それを見た仲間達も同様に鏡に触れ、次々と中へ転送されていった。

そんな一同が転送されたのは、とある広場であった。

そこがどこなのか、すぐに理解したSAO組の七人は、感慨深げだった。

 

「まあ、ここが妥当だよな」

「そうだね、ハチマン君」

「全ての始まりの場所だしな」

「あの時はびっくりしたよね」

「おお、何か懐かしいな……」

「さっすがアルゴの奴、よく分かってるじゃねえか!」

「まさか茅場さんが出てきたりしませんよね?」

 

 転送された先は、茅場が最初に全員を集めた、あの広場であった。

確かにこの広場が、新たなる冒険の始まりの場所には一番ふさわしい。

そう思いながら、ハチマンは他の者達に説明を始めた。

 

「この場所は、SAOのサービス開始からしばらく後に、

プレイヤー全員が強制的に集められ、茅場晶彦がデスゲームの開始を宣言した広場なんだ。

要するに、ここから全てが始……」

「ちなみにね、そっちの通路の先に、屋台が並んでる所があったんだけど、

そこが私とハチマン君の、初めての出会いの場なんだよ!

ちなみにその時私は、男の子の姿をしていたんだけどね!」

 

 ハチマンは、最後まで説明する事が出来なかった。

やや興奮ぎみのアスナが、そう言ってハチマンの言葉を遮ったからだ。

 

「そういえば、二人の出会いの詳しい話は聞いた事が無かったわね」

 

 ユキノもハチマンの説明をそっちのけでアスナの言葉に乗っかり、

リズベットとシリカ以外の女性陣も、興味深げにアスナの周りに集まった。

ハチマンは、調子に乗って説明を始めようとしたアスナの口を、

背中側から抱きしめる形で塞ぎ、ため息をついた後に、

抗議するようにもごもごと何か言おうとしているアスナを抑えながら言った。

 

「あ~、ガールズトークはまた後でな。とりあえず他のプレイヤーが到着する前に、

手はず通りに予定をこなしちまおう。戦闘検証チームはキリトの後に続いてくれ。

街の探索チームは、とりあえず俺達が合流するまでは、エギルがリーダーとなって、

街中を探索しつつ、第一層の攻略会議が開かれた、あの広場で待っててくれ。

俺とアスナも拠点を確保してからすぐにそこに向かう」

「了解」

「おう、待ってるぞ、二人とも!」

 

 キリトとエギルはそう返事をすると、それぞれの目的の方向へと歩き出した。

残りのメンバー達もその後に続き、その場には、ハチマンとアスナの二人だけが残された。

 

「よし、それじゃ、俺達もダッシュであの宿へと向かうか」

「ん~ん~」

「おっと、まだ口を塞いだままだったか、アスナ、すまん」

 

 ハチマンはそう言い、アスナの口から手を離そうとしたが、

アスナはそのハチマンの左手を右手で握り、その手を離さないままクルっと回って、

ハチマンの腕の中から飛び出すと、そのままハチマンの手を引いて走り出した。

いきなりだった為、ハチマンは少し慌てたが、そのままアスナと一緒に走り出した。

 

「お、おいアスナ」

「ふふっ、あの時と逆だよ、ハチマン君!」

 

 アスナの言う通り、立場は逆であったが、それはまさに、あの時の再現であった。

ハチマンは懐かしく思いながら、アスナにこう言った。

 

「そうか、これがあの時アスナの見ていた光景なんだな」

 

 それに対してアスナは、笑顔でこう返した。

 

「これがあの時ハチマン君の見ていた光景なんだね」

 

 二人は顔を見合わせて笑い合い、しっかりと手を繋いだまま、

懐かしきあの宿へ向かって走り続けたのだった。



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第157話 はじまりの三人

2018/06/12 句読点や細かい部分を修正


「よし、無事確保完了だ」

「やったね!」

 

 頑張った甲斐もあり、二人は無事に拠点の確保に成功した。

ハチマンは懐かしそうに目を細めながら、農家の二階に設定されたその宿を見ていたのだが、

そんなハチマンにアスナは、中に入ってみようと提案した。

 

「中の設備について、一番詳しいのってやっぱり私達だし、一応昔と何か違いがあるのか、

チェックしておいた方がいいんじゃないかなって思ったんだよね」

「確かにそれが合理的かもしれないな」

 

 ハチマンは、その提案には一理あると思い、アスナと共に室内に入る事にしたのだが、

中に入るとアスナの視線が浴室から離れない事に気付いた。

 

「おいアスナ、まさかとは思うが、中に入りたがった理由って、

風呂に入りたかったから、なんて事は無いよな?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、アスナは毛が逆立った猫のように直立し、

ギギギ、と音が聞こえるかのような動作で振り返った。

 

「ま、まさかぁ。こんな時に、そんな不埒な事を考えるわけが無いじゃない。

わ、私にだってそれくらいの分別はあるよ」

 

 その言葉と態度を見て、色々と察してしまったハチマンは、

まあ一瞬で湯も沸く事だし、体や髪を拭く手間も無いからいいかと思いつつ、

一応クギを刺しておく事にした。

 

「そうか、俺は分別とか無いから、気にせず普通に風呂に入る事にするわ」

「えっ?えっ?」

「アスナと一緒に入れないのは残念だけど、まあ一人でも十分だしな。

それじゃあ残りの部屋のチェックは頼むな」

 

 ハチマンがそう言って風呂場に一歩足を踏み出した瞬間、アスナがいきなり叫んだ。

 

「わ、私もハチマン君と一緒にお風呂に入る!」

 

 それを聞いたハチマンは、アスナに振り返り、とてもいい笑顔で言った。

 

「そうか、ざっと設備に違いが無いか見るだけだから一人でいいかと思ってたんだが、

アスナがそこまで言うなら別に一緒でもいいか。それじゃあ、さっさとやっちまおう」

「えっ?えっ?」

 

 ハチマンは、戸惑うアスナを尻目に、風呂の中に入って設備にどんな違いがあるか、

丁寧にチェックを開始した。アスナはそれを、呆然と眺めていたのだが、

やがて真っ赤な顔で下を向き、ぷるぷると震えだしたアスナは、

ハチマンに近付くと、両手をグーにして、ハチマンの背中をぽかぽかと叩き始めた。

 

「ハチマン君の意地悪!」

 

 ハチマンは、しばらくアスナに叩かれるままにしていたが、

やがて調査を終えると、くるっと振り返り、そのままアスナを抱きしめながら言った。

 

「仕方ないな、十分だけだぞ」

「えっ?えっ?」

「風呂に入りたかったんだろ?」

「あ、えっと……う、うん」

「だから十分だけな」

 

 やっとハチマンの言葉の意味を理解したアスナは、もじもじしながらハチマンに言った。

 

「えっと……い、一緒に?」

 

 そのアスナの問いに、ハチマンは即答した。

 

「そんな訳ないだろ」

「ええええええええ?」

「それじゃあ、俺は他の設備をチェックしてるから、ごゆっくりな」

 

 そう言ってハチマンは、風呂場から出ていった。

アスナはハチマンの手の上でコロコロと転がされた事に気付き、

しばらくの間、ぐぬぬ状態であったが、時間もあまり無いと気を取り直し、

ハチマンの好意に甘えてそのまま風呂に入る事にした。

一方ハチマンは、室内が昔とほとんど変わっていない事を確認し終わり、

懐かしさを覚えながら、ソファーに腰掛け、アスナが出てくるのを待つ事にしたのだが、

その時唐突に、入り口の扉が、コンコンココーンとノックされた。

ハチマンはその叩き方には覚えがあった為、迷う事なく扉を開けた。

 

「おう、アルゴか。やっとログイン出来たんだな」

 

 アルゴは返事も無しにいきなり扉が開くとは思っていなかったらしく、

しばらく硬直した後に目をパチクリさせ、ハチマンに言った。

 

「さすがに今のはちょっと無用心じゃないか?ハー坊」

「ん、だって今のは『アルゴノック』じゃないか。何度も聞いてるから耳が覚えちまったよ」

「何だその呼び方は、まあ何でもいいけどな。ところでアーちゃんは一緒じゃないのカ?」

 

 アルゴにそう尋ねられたハチマンは、黙って浴室を指差した。

それを見たアルゴが、ハチマンが止める間もなくいきなりそちらに突撃したので、

ハチマンは、慌てて扉に背中を向けた。

その直後に、浴室からアスナの悲鳴とアルゴの笑い声が聞こえたのだが、

昔と違い、今回は、見えてはいけないものが見える事もなく、

ハチマンは、アスナからのお仕置きを間一髪で回避する事に成功したのだった。

 

「ふう……いきなりだったから、本当にびっくりしたよ……」

 

 数分後、三人は改めてリビングのソファーに腰掛け、会話を交わしていた。

アスナがため息をつきつつも、どこか満足したような声でそう言うと、

アルゴが懐かしさに目を細めながら、返事をした。

 

「思えばオレっちがアーちゃんと初めて会ったのは、この部屋の、あの浴室なんだよナ」

「うん、本当に懐かしいね。でもあの時は、扉を開けられただけだったけど、

今日はいきなり全裸のアルゴさんが湯船に飛び込んできたから、

別の意味であの時よりもびっくりしたんだけどね」

「はぁ?」

 

 そのアスナの説明を聞いたハチマンは、驚きのあまりアスナとアルゴを何度も交互に見た。

アルゴは照れたような口調で、ハチマンに言った。

 

「いやぁ、オレっちとした事が、ハー坊にサービスしすぎちまったナ」

 

 そのアルゴの台詞を聞いた瞬間、ハチマンはアスナに押し倒され、

ハチマンの両目の前に、アスナの指先が突きつけられたので、ハチマンは慌てて弁解した。

 

「お、おいアルゴ、冗談でもそういう事を言うな!俺の目が本当にやばいから!

いいかアスナ、俺はすぐ背中を向けたから、何も見ていない。本当だ、信じてくれ」

 

 そのハチマンの弁解を聞いたアスナは、本当に?と伺うように、アルゴを見た。

アルゴは首を振りながら、アスナにこう答えた。

 

「その時はオレっち、ハー坊に背中を向けてたから、本当かどうかはわからないゼ」

「アルゴおおおおおおおおお!」

 

 そのアルゴの返答に、ハチマンは絶叫した。アスナは目を細めながらハチマンを見たが、

やがてすぐにハチマンを解放した。それが嫌にあっさりした解放の仕方だったので、

ハチマンはほっとすると同時に、もっときついお仕置きがくるのではないかと、

少し警戒するそぶりを見せた。そんなハチマンに、アスナはいたずらっぽい笑顔を見せた。

 

「うんまあ、アルゴさんが装備を解除した瞬間にハチマン君が背中を向けてたのは、

私の位置からはしっかり見えてたから、ハチマン君が無実なのは知ってたんだけどね」

「アスナああああああああああ!」

 

 ハチマンはそれを聞き、再び絶叫した。

 

「ふふっ、さっきのお返し、だよ?」

 

 アスナは、右手の人差し指を立てて左右に振り、片目を瞑りながらハチマンに言った。

ハチマンは、何とか呼吸を整えると、少し悔しそうに、こう言った。

 

「くっ、きょ、今日のところは引き分けにしとく」

 

 そんなハチマンを見てアルゴは大笑いし、アスナも、仕方ないなあと言いながら、

改めてハチマンの隣に座り直した。ハチマンは、ばつが悪かったのか、

話題を変えようと、平静を装ってアルゴに話しかけた。

 

「ところでアルゴ、今日は忙しいんじゃないかと思ってたけど、よくログイン出来たよな」

「オレっちも再びアインクラッドに来れるのを楽しみにしてたから、

無理を言ってちょっとだけ抜けさせてもらったんだゾ」

「なるほどな」

 

 ハチマンは頷きながら、更にアルゴに質問した。

 

「しばらくは、ずっとアインクラッドの階層の更新で忙しいのか?」

「そろそろ材木っちや下の連中が育ってきたから、ALOの運営からは、

もう少ししたら手を引けるんじゃないかと思うゾ」

「材木座か……そういえばまだあいつにお礼を言えてないな」

「あっ、そうだね。ねぇハチマン君、今度二人でお礼を言わないとだね」

 

 アスナがそのハチマンの言葉に頷きながら、そう提案した。

 

「よし、それじゃあ今度あいつに会いに行くか」

「うん!」

 

 そんな二人に、アルゴがこう言った。

 

「それじゃあオレっちが、落ちた後に材木っちに話だけしといてやるヨ」

「すまんアルゴ、宜しく頼む」

「ところでアインクラッドがどう変わったか、説明した方がいいカ?」

 

 アルゴのその提案に、ハチマンは首を振りながらこう答えた。

 

「さすがにそれはちょっとずるい気がするからいいわ。

まあ今みんなで情報収集をしている所だから、その辺りは問題ないと思う。

うちのメンバーは皆とんでもなく優秀だし、経験者も多いしな」

 

 アルゴは、確かにナ、と呟きながら、ハチマンに頷いた。

 

「まあそれなら問題ないな。それじゃあオレっちはそろそろ落ちるゾ」

「ああ、それじゃあ落ち着いた頃にまた、一緒に冒険しようぜ」

「今度こそ百層クリア、だね!」

「だな。それじゃハー坊、アーちゃん、またな!」

 

 アルゴは手を振りながら二人にそう挨拶し、そのままログアウトした。

残された二人も、アルゴの姿が消えるのを見届けた後に、確保した宿を出て、

そのまま仲間達の待つ、攻略会議が開催された、あの広場へと向かったのだった。



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第158話 クラインの男の道

2018/06/12 句読点や細かい部分を修正


「すまんみんな、待たせたな」

「ごめ~ん、お待たせ!」

 

 数分後、ハチマンとアスナは、かつて最初に攻略会議が開催されたあの広場で、

無事に街探索チームの仲間達と合流していた。

二人が合流した直後にリズベットが、冗談のつもりで、笑顔でアスナに言った。

 

「どうせアスナの事だから、お風呂に入りたいってハチマンに駄々をこねてたんでしょ」

 

 アスナはリズベットに向かって笑顔で駆け寄ろうとしていた最中だったのだが、

そのリズベットの言葉を聞いた瞬間、ピタッと停止したかと思うと、そのまま顔を背け、

頭の後ろに両手を回して、鳴らない口笛を吹き始めた。

 

「えっ?……ちょっとアスナ?」

 

 そのリズベットの怪訝そうな問いに、アスナは必死にこう返事をした。

 

「ち、違うのリズ!ちょっとだけ使い心地を確認しようと思っただけなの!

これはあくまで公益性を優先しようと思っただけで、私は全然悪くないの!」

「アスナ……その言い回し、ハチマンそっくりよ……」

「えっ……?そ、そうかな?そんな、ハチマン君と一緒だなんて恥ずかしいけど嬉しい」

 

 リズベットはもちろん呆れてそう言っただけだったのだが、

アスナは何を勘違いしたのか、恥ずかしそうに頬を赤らめ、くねくねと身をよじらせ始めた。

リズベットは愕然とし、助けを求めるように周囲の仲間達を見たが、

全員すぐに顔を背け、決してリズベットと目を合わせようとはしなかった。

それを見たハチマンは、話を元に戻す為に、仕方なく助け船を出す事にした。

 

「あ~……アスナ、風呂の調子は問題無かったのか?」

「うん!」

「そうか、それなら今日の探索が終わった後、女性陣みんなで観光気分で一緒に入ればいい」

「そうだね、みんな、そうしよう!」

 

 リズベット、シリカ、ユキノ、ソレイユは、う、うん、といった感じで曖昧に頷き、

そこでこの話はとりあえず終わりとなった。

次にハチマンは表情を引き締め、街の探索状況を仲間達に尋ねた。

 

 

「どうだ?街の様子に何か大きな違いはあったか?」

 

 仲間達は、思い思いに気が付いた事を述べ始めた。

 

「黒鉄宮の迷宮はやっぱりまだ解放されてないみたいで、存在も未確認かな」

「監獄エリアは無くなってたな。まあハラスメント対応くらいにしか使い道が無いしな」

「基本街の施設は前と一緒だったと思うぜ!」

「生命の碑だけが、どう変化してるのかわからなかったです」

「生命の碑?」

「それは一体何なのかしら?」

 

 雪ノ下姉妹が同時にそう尋ねてきたので、ハチマンは生命の碑の事を説明した。

 

「そう……墓標、という訳ね」

 

 ユキノが少し悲痛な声でそう言った。同じように悲痛な表情を見せていたソレイユは、

やや暗くなりかけた雰囲気を明るくしようと思ったのか、こう提案してきた。

 

「とりあえず一旦それは置いておいて、後で全員揃った時にお参りしましょう」

 

 一同はその提案に乗る事にし、とりあえず情報交換を続ける事にしたのだが、

さすがに始まりの街は、最大の広さを誇る街だけあり、

SAO組も、かつて街を全て回ったとは言い難かった為、さしたる情報は得られなかったが、

おおよそ知っている範囲を回った結果得られた分の情報から、

以前とほぼ同じ状態だと推測される、という結論で落ち着いた。

 

「まあとりあえずこっちに関しては問題無さそうだな。さて、それじゃあ最後にクライン」

「ん?どうしたハチマン?」

「一発殴らせろ」

「何でだよ!」

 

 そのいきなりのハチマンの言葉に、クラインは即そうツッコミをした。

 

「まあ待て、別にふざけて言っている訳じゃないんだ。昔と同じかどうか、

俺達にはもう一つどうしても確認しておかないといけない事があるだろう?」

「圏内の扱いについてだな」

 

 エギルが重々しい声でそう言い、クラインは、ああ、という風に頷いた。

 

「なるほどな、それは確かに検証が必要だよな。

って、それは分かるけどよぉ、何で俺が殴られる役なんだよ!」

「ん、何となく?」

「何となくかよ!」

 

 そのクラインの抗議を聞いたユキノが、にっこりと笑いながら、こう提案してきた。

 

「それなら、女性陣の誰かが鉄拳制裁をするというのはどうかしら。

いずれあなたもその洗礼を浴びる事になるかもだし」

「えっ?」

「ああ~、静ちゃんならやりそうだね!」

 

 きょとんとしたクラインに、ソレイユが平塚の事を説明すると、クラインは葛藤し始めた。

 

「確かにその洗礼を浴びる事になるかと聞かれると、高確率でそうなるかもしれないが……」

「否定はしないんだね……」

 

 ソレイユが、かわいそうな人を見るような目でクラインを見つめながらそう言った。

クラインは、その視線に気押されながらも、毅然とした態度で言った。

 

「自分でも気付かないうちに、相手を怒らせちまう時ってあるからな。特に俺はな。

そういう時には、やっぱり男として、しっかり罰を受けないといけないだろ?」

「クラインは確かに色々とやらかしそうではあるな」

「だろ?やっぱり男だったら反省の意味もこめて、しっかり相手の拳を受け止めないとな!」

 

 エギルの感想に対し、クラインは何故か得意げにそう言った。

それを見たハチマンは、その機会を逃さす、畳み掛けるようにクラインに言った。

 

「俺もかつて、先生の鉄拳制裁は何度もくらった事があるが、

最初の時は心構えが無かった分、やっぱりきつかったからな。

クラインも、そういう意味で一度経験しておくと、後々多少は楽になるかもしれないよな」

「そうなのか!それじゃあやっぱりここは俺の出番だよな!」

 

 クラインは当初から、徐々に自分が攻撃される事を許容し始めていたが、

ここに至ってそれは、さらに前向きなものとなった。

 

「よしクライン、未来の幸せの為に、男を見せてくれ。いや、魅せてくれ」

「おう!任せろい!男の生き様、魅せてやるぜ!」

 

 ハチマンは、クラインの肩をぽんぽんと叩きながら、女性陣に向き直った。

 

「さて、先生の鉄拳の威力に近いのは誰かな。なあ、ユキノはどう思う?」

「何故それを私に聞くのかしら?」

「まあ、俺が実際に殴られている所を一番多く見ているのはユキノだろうからな」

 

 ユキノは、納得したという風な反応を見せ、少し考え込んだ。

 

「そうね……ゲームの中だと、強さの基準が現実世界とは少し違うから、

中々断定し難いというのが正直なところかしらね」

「まあそうだよな……正確を期す為には、複数のサンプルが必要か?」

「そうね、何通りか試してみればいいかもしれないわね」

「と、いう事なんだがクライン、それでいいか?」

「おう、何発でもどんとこいだぜ!」

 

 調子に乗ったクラインは、精神的に無敵状態だった。

それを見たハチマンは、まず最初にユキノを指名した。

 

「やっぱり最初は、一番近接攻撃力の低そうなユキノからだな」

「私は人をグーで殴った事は無いのだけれど……」

「ユキノちゃん、こういう機会は今後一生無いかもしれないから、

後学の為にも、この際一度やってみてもいいんじゃないかな」

 

 ソレイユがユキノにそう言い、ユキノは溜息をつきながら言った。

 

「分かったわ姉さん、それならまあ、やってみるわ」

 

 ユキノは覚悟を決めたのか、恐る恐るといった感じでクラインの前に出て、

慣れないのは確かなのだろうが、しかし不思議と様になる構えをとった。

クラインはそんなユキノの構えには気付かずに、余裕そうな態度を見せながら言った。

 

「さあ、思いっきりやってくれ!」

「え、ええ……それじゃあいくわ」

「あっ、やっべ……」

 

 ユキノの構えに気付いたハチマンがボソッとそう呟いたのを、アスナは聞き逃さなかった。

 

「ハチマン君、どうしたの?」

「ああ、実はな……」

 

 クラインは知らなかった。ユキノは体力が無いだけで、運動神経は抜群だという事を。

幼い頃から姉の背中を必死で追っていたユキノである。

当然姉に倣い、武道も一通りかじっていた。ハチマンはユキノの立ち姿を見て、

その事を思い出したと、アスナに説明した。

実際ハチマンも、ゲームの中でのユキノの印象が強かった為、

すっかりその事を失念していたのだった。

 

「ユキノってそんなに強いんだ」

「ま、まあ、死にはしないだろ多分……」

 

 ユキノは普段はヒーラーに徹しており、基本的に攻撃も魔法メインで行うのだが、

近接攻撃に必要なステータスも、真面目な彼女らしく、そこそこ高い数値を誇っていた。

そんなユキノが、拳のダメージも気にする必要がないゲームの中で、

思いっきり拳を振りぬくと、果たしてどうなるのか。

ちなみに力ではなく技の部分で、ユキノの拳の威力はきっちりと底上げされていた。

 

「破っ!!!!」

 

 ユキノは気合の篭った掛け声と共に、クラインの腹に攻撃をした。

一同が、その思ったよりもしっかりとした掛け声を聞いて驚く暇も無く、

クラインは、その攻撃によって、ぐほっという悲鳴を上げ、

体をくの字に曲げた状態のまま、後方へとぶっ飛ばされ、

少し遅れて、攻撃不可とのメッセージがその場に表示された。

 

「………」

「………」

「………」

 

 エギル、リズベット、シリカの三人は、ユキノの攻撃の威力を見て、

目を点にしたまま絶句していた。直前に話を聞いていたアスナも、その威力に驚いたようだ。

ハチマンとソレイユは、ゲーム内でも決してユキノを怒らせないようにしようと、

目と目で合図を交わしていた。ちなみにユキノは、攻撃の直後からずっとおろおろしていた。

しばらくその場を沈黙が支配していたが、やがてハチマンが、咳払いをしながら言った。

 

「ど、どうやら街の仕様は昔と同じみたいだな。おいクライン、生きてるか?」

 

 その声で我に返ったのか、一同は慌てて倒れたままのクラインに駆け寄ったが、

予想に反してクラインは、自力で立ち上がり、拳を振り上げながらこう言った。

 

「静さんの拳に、何とか耐えきってみせたぜ……」

 

 一同は、そんなクラインに、心からの惜しみない拍手を送った。

そして誰も、次は誰が攻撃するかとは言い出さなかった。

その直後にハチマンの元に、キリトからのメッセージが入った。

それを見たハチマンは、呆然としながら皆に言った。

 

「キリトの奴、フィールドボスを倒しやがったみたいだ」



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第159話 リーダーの決断

 話は少し前まで遡る。キリトの指揮する戦闘検証チームは、

最初の頃は慎重すぎるくらい慎重に、街の周辺で、敵の強さがどのくらいなのか、

全員で一匹に挑んでみたり、わざと敵の攻撃をくらってみたり、攻撃魔法を試したり、

回復魔法の存在が、過去と比べてどのくらいのアドバンテージになるのかを調べたりと、

検証のお手本のような地味な作業を繰り返していた。

当初から、どうも敵が弱いなと感じていた一行だったが、

それがはっきりしたのは、ユミーがソロであっさりと敵を圧倒した時であった。

 

「ねぇ、あーしが敵をこんなに簡単に倒せるって事は、この層の難易度って、かなり低い?

まあ最初だからかもしれないけどさ」

「うーん」

 

 キリトは、腕組みをしながら、ここまで得られたデータを受け、検証のまとめを始めた。

 

「俺の体感だと、敵同士の強さのバランスというか、比較は昔と変わっていない気がする」

 

 その言葉に、一番説明して聞かせるのが難しいと思われているユイユイが、

案の定首をかしげながらキリトに尋ねた。

 

「ん~、それってどういう事?」

「要するにこれはさ、SAOのサーバーデータをALOに流用してあるだろ?

で、多分だけど、敵の強さを調整する際に、個々のモンスターデータをいじってたら、

とてもじゃないが手間がかかって仕方ないだろ?」

「うん」

「で、実際どうやって調整してるかの仮定だけど、多分ボスの強さだけを、

上位のプレイヤーが数パーティで倒せるような難易度に調整して、

残りの敵は、例えばボスの強さを倍にしたとしたら、他の敵も倍、

半分にしたなら、他の敵も半分、みたいに、そのまま細かい調整をしなかったんだと思う」

「ああ!」

 

 ユイユイは、その説明でどうやら理解出来たようで、ポン!と手を叩きながら言った。

 

「つまり一層は、始まりの層だけあって、他の層と比べると、

敵の強さの上下の幅がかなり広いからこうなってるって事だね!」

 

 そのユイユイの的確な返答に、一同はかなり驚いた。

特に一番驚いたのは、ユイユイと一番付き合いの長い、ユミーだった。

 

「ユイユイ?本当に中の人もユイユイ?」

「ユミー、どしたの?当たり前だし!」

「そ、そう……随分的確な答えだったから、ちょっと驚いた」

「あたしも、それなりに長くゲームしてるしね!」

 

 そんな驚きの出来事もあったが、その後、全員で意見を出し合った結果、

特にキリトの仮説を否定する材料も見当たらなかった為、

とりあえずもう少し強めの敵がいる場所へと向かうべく、

一行は、迷宮区の方へと向かう事にした。

 

「そういえば、この辺りに何かいたような……」

 

 キリトがそう呟いた瞬間、斥候としてかなり先に進んでいたレコンとコマチの二人が、

かなり慌てた様子で前方から走ってきた。

 

「どうした二人とも、何かあったのか?」

「キリトさん、すごく大きい人型のモンスターが前方にいます!

名前は《イルファング・コボルト・ゲートキーパー》!」

「あ……」

 

 キリトは、その報告を受けて始めて、フィールドボスの事を思い出した。

キリトは第一層のフィールドボス戦には参加していなかったから、これは仕方ないだろう。

 

「みんなすまん、フィールドボスの事をすっかり忘れてた。

俺もハチマンもアスナも、ここのフィールドボスとは戦った事が無いから、

存在自体すっかり忘れてた……エギルくらいかな、戦った事があるのは」

「で、どうする?」

 

 年上であり、比較的落ち着いているメビウスが、冷静な声でそう言った。

それを受けてキリトは、仲間達の顔をぐるっと見回した後、こう即決した。

 

「よし、俺達で倒しちまおう」

「やりますか!」

「やりましょう!」

 

 どうやらコマチとイロハの後輩コンビは、やる気満々のようだ。

 

「でも、大丈夫かな?」

「今のあーしのスキルで通用するのかな……」

 

 対して、ユイユイとユミーは、どちらかというと慎重論を唱えた。

だが、それに対してキリトは、こう即答した。

 

「大丈夫だ、問題ない」

「そう即答するって事は、何か根拠があるんですよね?キリトさん」

 

 そのコマチの言葉を受け、キリトは自分の意見を説明した。

 

「俺は直接戦った事は無いけど、誰がその戦闘に参加したかは知ってるんだよな。

そのメンバーから類推すると、今のこのメンバーで問題なく倒せるはずだ」

「ボス戦とは違うメンバーだったの?」

「人数で言えば半分くらい、しかも、俺とハチマンとアスナがいなかった上に、

仲間内でいがみあっていたけど、それでも倒せた。こう言えばある程度は想像出来るだろ?」

 

 その説明を聞いた一同は納得した。その上で、キリトの自信満々な態度に皆安心し、

慎重だったメンバーも、戦う方へと気持ちが傾いていった。

更にキリトが、少し表情を改め、皆にこう言った。

 

「正直あの頃はさ、死んだらもうその人は戻ってこなかったから、

すぐ立て直すとかは一切出来なかったんだよ。一度二十五層で壊滅した事があってさ、

その時は、立て直すまで一ヶ月以上かかったんだよな」

 

 そしてキリトは、笑顔でこう続けた。

 

「だけど今は違う。やばかったら逃げればいいし、蘇生魔法もある。

だから、強敵との戦闘を楽しむつもりで気楽にいこうぜ!」

「まあ、なんだかんだ一番楽しむのはお兄ちゃんだよね」

「そうだなリーファ、それは間違いない」

 

 その二人の遣り取りに、皆笑顔を見せ、フィールドボスへの挑戦が全員一致で決定された。

 

 

 

「……で、戦ってみたんだけど、これがなんか思ったより弱くてさ……いや、違うな。

スイッチ無しで、前線から動かずに全員で攻撃しまくれるってのは、

俺の想像以上に凶悪だったよ」

 

 連絡を受け、戦闘検証チームに合流した街探索チームに、キリトはそう語った。

 

「つまりこういう事だろ?スイッチする必要が無い分、何ていうのかな、

下がってアイテムで回復してる時間は、実質何もしてないのと同じだから、

その時間が無くなった上に、更に回復魔法の力もあって、戦闘効率は以前の倍以上だと」

「そうそう、そんな感じだよ、ハチマン」

「ふ~む」

 

 ハチマンは腕組みすると、キリトに質問を続けた。

 

「なぁキリト、戦った感じ、最低何人でフィールドボスを倒せたと予想する?」

「そうだな……俺とハチマンとアスナのうちから二人、それにヒーラーが一人でいけたな」

「一層の敵の強さの調整の問題もあるんだろうが、その程度か……」

 

 次にハチマンは、エギルに質問した。

 

「なぁエギル、フィールドボスと、ボスの取り巻き、どっちの方が強かった?」

「それならさすがにフィールドボスだと思う」

「そうか……」

 

 考え込むハチマンに、ユキノとキリトが同時に尋ねた。

 

「ハチマン君、もしかして、とんでもない事を考えていないかしら」

「ハチマン、もしかして、とんでもない事を考えてるよな?考えてるだろ?」

 

 慎重そうなユキノと比べ、キリトは何かを期待するように、

わくわくした様子でそうハチマンに尋ねた。

 

「ちょっとキリト、あんた何でそんなにわくわくしてんのよ」

 

 リズベットが眉をひそめながらそう言うと、キリトは目を輝かせながらそれに答えた。

 

「何言ってるんだよリズ、普通分かるだろ?

何でハチマンが、わざわざボスの取り巻きの話を引き合いに出して、

エギルにあんな質問をしたと思ってるんだよ。そんなの答えは一つじゃないか」

「何でってそりゃあ、戦う事になった時の為……に……って、えっ、まさか」

「やっぱりそういう事なのね」

 

 とまどうリズベットの言葉を、ユキノが引き継いだ。

 

「ハチマン君、あなた、このままボスに突撃しようと思っているのね」

 

 ハチマンは、ユキノににやりと笑いながら言った。

 

「敵の強さは予想より弱いと判明し、行動パターンも把握している。

まあ、敵の強さに関しては、俺達が当時のボス攻略チームと比べて、

全然強いっていう理由もあると思うけどな」

 

 ユキノは頷きながら、それには同意した。

 

「まあ、それは確かにそうなのよね」

 

 それを聞いたハチマンは、畳み掛けるように言った。

 

「そして今ここには、奇跡的にうちのチームのメンバーが、全員揃っている。

ここまでお膳立てされれば、今後全員揃う事があるかどうかは分からないから、

今やらなくていつやるんだって話になるだろ?。

ソレイユ姉さん、すみませんがアルゴにもう一度ログインするように伝えてもらえますか?」

「おっけ~、待ってて!」

 

 ソレイユはそれを聞いて、アルゴを呼ぶ為に即ログアウトした。

 

「よ~しお前ら、うちのチームの記念すべき初戦は、雑魚戦はまあカウントしないとして、

第一層のボス《イルファング・ザ・コボルド・ロード》って事に決まりだ」

 

 ユキノはそのハチマンの決断を受け、表情を改め、覚悟のこもった表情で言った。

 

「そうね、分かったわ。さあ皆、リーダーの決断が下されたわ。

総力を持って、ボスを血祭りにあげるわよ!」

 

 ユキノの言葉の後に、メンバーの大歓声が続いた。

 

「よっしゃああああああ!」

「盛り上がってきたぜ!」

「やるぞおおおおお!」

「男連中はすごく嬉しそうね……」

「でも、何かこういうのっていいですよね」

「私達も頑張ろうね!」

「お兄ちゃん強気だなぁ」

「ヒ……ハチマン、昔と全然違うよね」

「先輩変わりましたね」

「まあ、いいのではないかしら。こういうのはやっぱり楽しいものよね」

「僕、このチームに入れて本当に良かったよ、リーファちゃん」

「死ぬ気で頑張るのよ、レコン」

「あーしも足を引っ張らないように頑張らなくちゃ」

「ユミーちゃん、何かあっても私が頑張って回復するから一緒に頑張ろう!」

 

 アルゴもソレイユからの呼び出しを受けて無事に合流し、

こうして一同は、ボス部屋へと向かって歩き始めた。



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第160話 アスナの雄叫び

2018/06/13 句読点や細かい部分を修正


「久しぶりだな!≪イルファング・ザ・コボルド・ロード≫!」

 

 クラインがボスを指差し、勇ましく言った。

だが当然のごとく、そんなクラインに周りから総ツッコミが入った。

 

「いやいや、クラインはあの場にいなかっただろ」

「うん、確かにクラインさんはいなかったね。この場にいる人の中では、

私とハチマン君、キリト君に、エギルさんだけじゃなかったかな」

「俺の記憶の中にもクラインはいないな」

「実は俺達の知らない所でこっそりと参加してたとかか?

あの時、はみだし者は全員、俺のパーティに集まっていたはずなんだけどな」

 

 四人から総攻撃を受けたクラインは、顔を真っ赤にしながら抗議した。

 

「うるせー!気分だよ気分!確かにあの時俺は、

仲間達と一緒に周辺地域で試行錯誤してた段階だったけどよ!

いずれは俺達も最前線にって、しっかりと前を向いて進んでいたんだぜ!」

 

 そんなクラインに、キリトは笑顔で言った。

 

「確かにクラインは、最終的にはしっかりと攻略組の一角を占めていたからすごいと思う。

だがしかしあの場にクラインがいなかったのは厳然たる事実だからな」

「くっそ、いい笑顔で辛辣な……お前らノリが悪いぞ!」

「確かにノリは悪いかもしれないわね」

 

 そんな会話をしているSAO組を尻目に、ユキノが軽やかな足取りで少し前に出た。

一同は、一体どうしたのだろうとユキノの姿を眺めていたが、

ユキノは突然、≪イルファング・ザ・コボルド・ロード≫を指差しながら言った。

 

「初めましてね、≪イルファング・ザ・コボルド・ロード≫

でも本当に申し訳ないのだけれど、まもなくあなたとはお別れね。

再びこの世に生を受けてから、まだほとんど時間が経っていないと思うのだけれど、

せめて精一杯私達に抵抗する事で、その短い生を、少しでも彩ってから死になさい」

 

 ユキノは一息でそう言い終えると、少し紅潮した顔でハチマンを見つめた。

ハチマンはポカンとしていたが、そんなハチマンに、ソレイユがこっそり耳打ちしてきた。

 

「ねぇ、もしかしてユキノちゃん、実はかなりテンション上がってるんじゃないの?

多分ここで乗っておかないと、後で拗ねるんじゃない?」

「まじすか……分かりました。や、やります」

 

 ハチマンはそのソレイユの言葉を受け、やや引き攣りながらもユキノに笑顔を返し、

深呼吸をして覚悟を決めると、ユキノの前に出て、短剣を高くかかげた。

 

「久しぶりだな、≪イルファング・ザ・コボルド・ロード≫

お前の命、再びもらい受けに来た!あの頃より更に強化された我が軍団の力に瞠目し、

その短い生をここで終えるがいい!皆、雄叫びを上げろ!」

「「「「「「「「「「「「「「「「おお!」」」」」」」」」」」」」」」

 

 結局全員乗せられたのか、一同はノリノリで雄叫びを上げた。

多分気のせいだとは思うが、今度は負けないと、

≪イルファング・ザ・コボルド・ロード≫の眼光が訴えているように見えた。

 

「ユイユイとメビウスさんは、俺と共にボスの担当を!次に取り巻き三体の担当だ!

一匹目はアスナとコマチ、それにソレイユさん、二匹目はリーファとレコン、それにイロハ。

ここまでは抑えるだけでいい。コマチとレコンはけん制しつつ基本回避!

ソレイユさんとイロハは離れた所から魔法でけん制を!

アスナとリーファは、うまくヒールを回してくれ!

残りのメンバーは主攻を担うキリトパーティだ!

取り巻きを順番に、一匹づつ倒していってくれ!」

 

 その指示を受け、各パーティはそれぞれ集まり、軽く打ち合わせを始めた。

 

「キリトパーティの打ち合わせが終わったらスタートだ、終わったら教えてくれ」

 

 キリトパーティ以外の三組は人数も少ない事もあり、あっさりと話し合いは終わっていた。

ユイユイは、ハチマンのサポートを受けるにしろ、ボスの抑えという大役を任され、

やや入れ込んでいるように見えたが、緊張はしていないようで、

いい感じにモチベーションを保っているように見えた。

レコンはリーファにいい所を見せようと思うあまり、緊張しすぎているようだったが、

そこはイロハが横からちょっかいを出す事によって、うまく緊張をほぐしていた。

さすがイロハは、レコンのようなタイプを転がすのはお手の物のようだった。

問題は、アスナ、コマチ、ソレイユの、比企谷家三姉妹(仮)であった。

話し合いが終わった後、コマチが少し青い顔で、ハチマンに話しかけてきた。

 

「どうしようお兄ちゃん、私、あの二人を抑える自信が無いよ……」

「抑えるのは敵だけでいいんだけどな……何かあったのか?」

「一応話し合いはしたんだけど、その内容はたった一言、

『キリト君達より先に絶対取り巻きを倒す』だったの……」

 

 ハチマンは、多分そうなるだろうなと予想はしていたので、さほど驚かなかったが、

コマチが不安そうなのを見かねて、一つアドバイスをする事にした。

 

「いいかコマチ、二人に、

『コマチ、ちゃんと出来るか不安なので、お姉ちゃん達にコマチの命を預けます』

って言ってみろ。多分それで、多少抑えぎみになると思うぞ」

 

(まあ、実際本当に多少だろうけどな……)

 

 コマチはそれを聞くと、アスナとソレイユの下へ戻り、何事か話していたが、

どうやら上手くいったようで、こっそりとハチマンに、成功の合図をしてきた。

ハチマンはそれを見てコマチに頷くと、キリトパーティの方に向けて話しかけた。

 

「話はまとまったか?どんな戦法でいくんだ?」

「ここのメンバーは、俺、アルゴ、リズ、シリカ、クライン、エギル、ユミー、ユキノ。

ユミーはどうやら魔法に興味があるようだから、遠くから魔法を撃ってもらう。

残りのメンバーは、とにかく殴る。多少くらっても、ユキノが何とかしてくれる。以上!」

「大雑把だな……まあ、キリトが言うならそれで問題無いんだろうな」

 

 ハチマンは呆れつつも、戦闘に関してはキリトを完璧に信用していたので、

特に何か口を挟むつもりは無かった。そんなハチマンに、キリトの方から話しかけてきた。

 

「なぁ、取り巻きの数がいじられてるって可能性は無いのか?

アルゴに聞くのは卑怯だと思うから、あくまでハチマンの推測でいいんだけどさ」

「そうだな……」

 

 ハチマンはアルゴをチラっと見て、にやにやしながら言った。

 

「まあ、それは無いだろ。アルゴのスケジュールはチラッと聞いたけど、

今日までは完璧にデスマーチだったからな、とてもそんな部分をいじる余裕は無かったはずだ」

「くっ……」

 

 アルゴは、そういった面に関しては、我関せずという態度をずっと貫いていたが、

この時ばかりは図星を突かれたようで、悔しそうな声を出した。

そんなアルゴを見て、キリトも納得したようで、アルゴの肩をポンと叩いて引き下がった。

 

「よし、それじゃあ準備も整ったようだし、そろそろいくか」

 

 ハチマンはそう言って前に出ると、武器を構えた。

他のメンバーも思い思いに構えを取り、一同は徐々に前へ前へと進んでいった。

そして一同が中央付近に差し掛かった時、ボスの目が光り、

ついに≪イルファング・ザ・コボルド・ロード≫が動き出し、それと同時に、

取り巻きが三体姿を現し、こちらへと走ってくるのが見えた。

 

「行くぞ!なぎ払え!」

 

 一同は接敵し、ついに初めての、ハチマンとその仲間達の、

アインクラッドにおけるボス戦が開始されたのだった。

当然の事なのだが、キリトチームの削りが一番早かった。

多少被弾もしているようだったが、そのダメージは即座にユキノが癒していた。

アスナはその様子を、少し後方で、歯噛みしながら眺めていた。

いくらソレイユが強いとはいえ、こういう戦闘だと、範囲魔法をぶっぱなす事も出来ず、

敵の攻撃を回避しながら単体攻撃魔法で攻撃する形になる為、

どうしても人数の多いチームに比べると、若干削りが遅くなるのが現状だった。

 

「回復と攻撃の両立……コマチちゃんをしっかりと守りつつ、攻撃もする……

その為にはどうすればいいか……」

 

 アスナは考え抜いた末に、一つの結論に達した。

 

「詠唱速度を調節して、常に回復魔法をスタンバイしながら、そのまま攻撃する!」

 

 そう決断したアスナは、魔法の詠唱をしたまま敵に突っ込んでいった。

 

「お、お姉ちゃん?」

 

 回復魔法の詠唱を続けている為、戸惑うコマチに返事をする事が出来なかったアスナは、

変わりにコマチに、大丈夫だという風にウィンクして、そのまま敵に猛攻撃を加え始めた。

 

「やるねぇ、さすがは我が妹。これは私も負けてられないね」

 

 アスナが攻撃に参加する事により、ソレイユに対する敵の攻撃が減り、

ソレイユは、足を止めて攻撃に集中する事が可能になった。

 

「これはもうコマチもやるしかない!」

 

 突っ込むアスナに気を取られて、コマチはやや被弾したのだが、

次の瞬間アスナからヒールが飛び、コマチのダメージはすぐ癒された。

その間もアスナはずっと攻撃を続けていた為、

コマチはうちのお姉ちゃんはすごいなと感動しながら、攻撃に集中し始めた。

キリトチームは人数の多さに多少油断があった為、

アスナチームの削りの早さが爆発的に上がった事に気付いていなかった。

その機に乗じ、アスナチームはキリトチームを抜き、先に敵を瀕死にさせていた。

ここに来て、もう回復はいらないと判断したアスナは、魔法の詠唱を止め、

雄叫びを上げながら、トドメとばかりにすさまじい攻撃を繰り出し、

ついにアスナチームは、キリトチームより先に取り巻きの一体を打倒する事に成功した。

それによって他の者達は、初めてアスナの状態に気付き、口々に言った。

 

「おい……アスナが叫びながら攻撃してるぞ」

「でも、直前まではしっかりヒールもしてたみたいよ。みんな被弾してないもの」

「まるでバーサーカー……でも、ヒーラー?」

「バーサクヒーラー!?新しいなおい!」

「バーサクヒーラーだ!」

 

 これが所謂、≪バーサクヒーラー≫アスナの誕生の瞬間であった。



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第161話 いつか隣に立とう

2018/06/13 句読点や細かい部分を修正


 アスナの雄叫びと共に、取り巻きの一匹は撃破された。

直後にキリトチーム担当の敵も、光のエフェクトと共に消滅し、

残るはリーファチームが担当している一匹だけとなった。

一応フォローしておくと、リーファ達は、終始優位に戦っていた。

削りの速度も、三人にしては並以上であり、順調にいけば、おそらくこのまま倒せたはずだ。

今回の場合は、アスナチームが異常だったと言わざるを得ない。

そんな訳で、善戦するリーファの隣にアスナが駆けつけた時、リーファは驚愕した。

 

「リーファちゃん、お待たせ!」

「えっ?えっ?担当の敵は?」

「うん、倒してきたよ!」

「えええええっ?」

 

 リーファがチラリと周囲に目をやると、既に他の敵の姿はなく、

後方からキリト達が走ってくるのが見えた。

 

「レコン!ちょっとだけ一人で支えてて!」

「う、うん、分かった!」

 

 リーファはレコンにそう頼むと、イロハを伴い、少し涙目でアスナに尋ねた。

 

「わ、私達、倒す速度がかなり遅い?」

「もしかして、私達って弱いですか?」

「二人とも、そんな事無いよ!」

 

 リーファとイロハの焦りを含んだ問いを、アスナは即座に否定した。

そこに合流したキリトチームの面々も、同じようにその言葉を否定した。

 

「リーファ達はまったく普通だろ。むしろ並以上だと思うぜ!」

「そうそう、このバーサクヒーラー様が異常なんだって」

「アスナのバーサクっぷりには、さすがの私もちょっと驚いたかな……」

「ちょっと、キリト君?リズ?一体何を言ってるの?」

 

 アスナは、本当に訳が分からないといった感じで二人に聞き返したが、

二人は曖昧に頷くだけで、直接その事には言及しなかった。

 

「え?え?シリカちゃん?」

「あ、いや~、うん、アスナさんすごかったです……」

「クラインさん?」

「いやぁ、あはははは、さすがっす!」

「エギルさん?」

「あー……確かにアスナと比べると、キリトが大人しく見えたかもな」

「あ、アルゴさん?」

「オレっちは何も見てない、オレっちは何も見てないゾ……」

 

 ちなみにこの間、レコンは一人で敵相手に激しい戦闘を繰り広げていた。

アスナはおろおろしながら、最後の頼みとばかりにユキノに尋ねた。

 

「ゆ、ユキノ?私何かおかしかった?ねぇ、どうだった?」

 

 ユキノはその問いに、少し困ったようにこう答えた。

 

「私、ああいうのは普段の姉さんで結構見慣れてるから、大丈夫よ」

「それはフォローになってない!」

 

 アスナは絶叫し、助けを求めて一緒に戦っていた二人に尋ねた。

 

「コマチちゃん!」

「コマチはお姉ちゃんの味方だから、お姉ちゃんが何をしても大丈夫です!」

「それもフォローになってない!」

 

 アスナは再び絶叫し、最後に期待のこもった目でソレイユを見た。

ソレイユは、うんうんと頷きながら、アスナの肩をポンと叩いた。

 

「アスナちゃんがあんなに激しいなんて、お姉さん予想外だったなぁ」

「嫌ああああああああああ」

 

 アスナは再び絶叫し、その場に崩れ落ちた。

ちなみにレコンは未だに一人で敵と戦っていたが、さすがにそろそろつらくなってきたようだ。

 

「り、リーファちゃん、そろそろ……」

「ちょっと待ってねレコン、もう少し!」

「わ、分かった……」

 

 一人で戦い続けるレコンを放置し、一同はアスナを交代で慰め、

一応仲間内では、バーサクヒーラーという呼び名は自主規制される事となった。

だがしかし、アスナはその後、ボス戦等に参加する度に同じような戦い方をしたため、

バーサクヒーラーの呼び名を知らない者達からもバーサクヒーラーと呼ばれるようになり、

アスナ自身も次第にその呼び名に慣れてしまい、まったく気にしないようになる。

 

「り、リーファちゃん、もうやば……あ」

 

 レコンは、未だに一人で奮闘中であったが、徐々に劣勢に立たされていた。

何とか隙を見て、リーファに声をかけたレコンであったが、

その瞬間に敵の攻撃が、レコン目がけて振り下ろされた。

 

「あ、まずい!レコン!」

 

 レコンがまさに敵の攻撃をくらおうとする瞬間、レコンの体が回復魔法の光に包まれた。

 

「大丈夫よ、ちゃんと見ているから」

 

 そう言ったのはユキノだった。ユキノはこんな状態でも、レコンが死なないように、

しっかりと戦闘の様子をチェックしていたようだった。

 

「もっともレコン君にはこの機会に、自分の限界まで頑張ってもらおうと思って、

少しドキリとさせてしまったかもしれないわね、ごめんなさい」

「ううん、ユキノさん、ありがとう!」

 

 レコンはユキノが見ていてくれた事に素直に感謝し、同時に不思議な安心感を得た。

 

(そうか、ヒーラーを信頼するってこういう事なんだな)

 

 シグルド達と組んでいた時にはまったく感じた事の無かったその安心感に、

レコンは、新たな仲間達との出会いと、そこに参加出来る事に、喜びを感じていた。

同時に、これだけ安心出来る環境なら、もう少し思い切って、

リーファにいい所を見せられるかもしれないなと打算的な事を考えながら、

レコンは疲労した体に鞭打ち、再び敵へと立ち向かおうとした。

だが次の瞬間、キリトを先頭に、アスナが、リーファが、ソレイユが、

戦場に乱入し、敵をタコ殴りにし始めた為、緊張の糸が切れたレコンはその場に座りこんだ。

 

「あは……僕の苦労は一体……」

 

 そう呟くレコンの肩を、誰かがポンと叩いた。

 

「よく頑張ったわね、レコン」

「リーファちゃん!」

 

 レコンの肩を叩いたのはリーファだった。レコンは内心とても嬉しかったが、

自分の実力が、仲間達と比較して、若干劣る事も自覚していた為、

必要以上に虚勢を張りながら、リーファに答えた。

 

「まだ全然やれたけどね、ちょっと休んだら、僕もまたすぐ戦闘に参加するからね!」

 

 そんなレコンの隣にリーファは腰を下ろし、そのままレコンに話しかけた。

 

「ねぇレコン、あの人達と私達の違いって、考えた事ある?」

 

 レコンはその問いが想定外だった為、すぐには何も答えられなかった。

 

「観察してると、技は私の方が上だって思うんだよね。

でも、例えばガチでお兄ちゃんとやり合ったとして、最後に立っているのは、

やっぱりお兄ちゃんだと思うんだよね。レコンはどう思う?」

 

 レコンは躊躇いながらも、その問いに対し、正直に答えた。

 

「う、うん、リーファちゃんには悪いけど、やっぱり僕もそう思う」

「だよね!」

 

 リーファは何故か嬉しそうに言った。

 

「やっぱり戦闘経験の差なのかな……前は目標とする人って、ユージーンくらいだったけど、

今は周りにすごい人が多いせいで、目標とかそういう意識が、すっかり飛んじゃったよ」

「リーファちゃん……」

「ねぇレコン、あの人達の隣に、本当の意味で立ってみたいって思わない?」

「思う!」

 

 レコンは、そのリーファの問いに、身を乗り出して即答した。

 

「やっぱりそうだよね、よし、早くあの人達に追いつけるように、一緒に頑張ろう。

これからも宜しくね、レコン!」

「うん、僕も誰が相手でも、リーファちゃんの背中をしっかりと守れるように頑張るよ!」

「その意気その意気。あ、見て、そろそろ終わるよ」

 

 リーファの言葉通り、敵のHPは、今まさに無くなろうとしていた。

そして次の瞬間、誰の攻撃がトドメになったかは分からないが、

三体目の取り巻きの姿は、エフェクトと共に消滅した。

 

「よし、雑魚の殲滅はこれで完了だ!ダメージを負っている者は、今のうちに回復を!

元気な者から、順次ボスへの攻撃を開始しよう!」

 

 キリトがテキパキと指示を出し、一同はコンディションを整え、

ボスへと向かって突撃を始めた。

だが、次の瞬間≪CONGRATULATIONS≫の文字が空に表示され、

一同は、遠くで消滅していくボスの姿と、その前に立ち塞がるハチマンの姿、

そして、その後方でガッツポーズを取って喜んでいる、ユイユイとメビウスの姿を見た。

慌ててハチマンらに駆け寄った一同に向けて、ハチマンはドヤ顔でこう言った。

 

「別に倒してしまっても構わんのだろう?」

「構わんのだろう?」

「構わない……よね?」

 

 ユイユイもドヤ顔でハチマンに追従し、メビウスも、問いかけるようにそう追従した。

 

「そのセリフ、一度言ってみたかっただけだろ!くそう……せめて俺も一撃くらいは……」

 

 どうやら一太刀でもあびせたかったのだろう、キリトはその場に崩れ落ち、

他の者は倒す早さに驚いたようで、口々にハチマンに尋ねた。

 

「おいハチマン、さすがに早くねーか?一体どうやったんだよ!」

「さっすが私のハチマン君!」

「お兄ちゃんは、本当にお兄ちゃんなの?コマチちょっと信じられないんだけど」

「そういえば、ハチマンが得意としてるのって、人型のモンスターじゃなかった?」

「あー……」

「でもそれだけじゃないような……」

「リーファちゃん、僕達この人達に追いつけるのかな……?」

「あ、あは……」

 

 ハチマンはそんな仲間達に向けて、頭をかきながら言った。

 

「すまん、俺もちょっとテンションが上がりすぎてたみたいで、つい倒しちまった。

今度また、取り巻きのいないタイプのボスに挑んで、皆で一緒に倒そう」

「約束だぞ!約束だからな、ハチマン!」

 

 キリトは立ち上がると、ハチマンに向けて詰め寄った。

そんなキリトに、おう、とか、もちろんだ、とか言っていたハチマンは、

仲間達を見渡しながら、言った。

 

「とにかく、俺達は勝利した。このまま二層の門をアクティベートして、凱旋だ!」

「うおおおお!!」

「やった、やったんだね!」

「一層だけあって、予想以上に楽勝だったな!」

「このまま二層に一番乗りだぜ!」

 

 一同は、改めて勝利を自覚したのか、喜びを爆発させた。

こうしてハチマン達の手によって、実装初日に、新生アインクラッドの一層はクリアされた。



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第162話 ハチマンの、参考にならない対ボス戦法

2018/06/11 句読点や細かい部分を修正


「よし、それじゃあ皆、こっちだ。この階段を上ると第二層に到達する。

そこにある転移門をアクティベートすれば、一層から二層へと一瞬で移動出来るようになる」

「ここを上るのは二度目だね」

「懐かしいよな」

 

 誰一人欠ける事無く、無事にボスを撃破した一同は、

ハチマンの案内で二層への階段を上っていた。

 

「今日と違って回復魔法も無い、死んだら次は無い、周りが全員味方とは限らない、

そんな状態で、これを七十四回ね……」

 

 ソレイユが、ボソッとそう呟いた。その言葉がキッカケになったのか、

今日初めてアインクラッドを訪れた者達は、その困難さを改めて実感したようだ。

特に顕著な反応を示したのは、コマチだった。

コマチは、先頭を歩くハチマンとアスナの後ろからいきなり二人に抱きつくと、

涙まじりの声で二人に向かって言った。

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、本当によく無事で帰ってきてくれたね……」

 

 ハチマンは足を止めて振り返ると、黙ってコマチの頭を撫で、

アスナはコマチを優しく抱き返し、穏やかな声でコマチに語りかけた。

 

「大丈夫、私達は今ここに居て、どこかに行ったりはしないから。

コマチちゃんを、もう決して一人になんかしないからね」

 

 一同は、その光景を、優しい目で見つめていた。

一方、もう一人の妹的存在であるリーファであったが、

実のところリーファも、コマチと同じような感情にとらわれていた。

だが性格の違いもあるのだろう、リーファはキリトの後姿を見つめながら、

手を伸ばしかけては戻し、また手を伸ばすという動作を繰り返していた。

皆コマチの方に気を取られていた為、そのリーファの仕草に気が付いていなかったのだが、

その事に気付いた者が二人いた。そのうちの一人であるリズベットは、

リーファの手を優しく握り、キリトの方へと誘った。

そしてもう一人、レコンが、リーファの背中を優しくそっと押した。

リーファはあたふたしながら二人の顔を交互に見たが、

やがて覚悟が決まったのか、二人に頷き、深呼吸をした後にキリトの方へと向かった。

そしてリーファはおずおずとキリトの服の袖に手を伸ばし、

今度は伸ばした手を戻さずに、ちょんちょんっとキリトの袖を引っ張った。

それに気付いたキリトは、ん?という感じで振り向いたが、

リーファの顔を見てその意図に気が付き、努めて明るい顔で言った。

 

「リーファ、改めて心配かけてごめんな。俺ももう大丈夫だから、安心してくれよな」

 

 そう言いながら頭を撫でてくれたキリトに、リーファははにかみながら微笑んだ。

そんな二組の兄妹に、クラインが場を和ませようとしたのかこう言った。

 

「ハチマンにキリトよぉ、それでもいつかは二人とも嫁に行って、

最終的には家を出る事になるんだぜ?」

 

 そんなクラインに、二人は光の速さで即答した。

 

「コマチは嫁には行かん」

「リーファは嫁には行かさないぞ」

「ハチマン君……さすがにそれはどうかと思う」

「キリト、あんたさぁ……実はハチマン並のシスコン?」

 

 そう突っ込んだアスナとリズベットの冷たい視線を受け、二人は再び同時に言った。

 

「わ、分かった。俺にタイマンで勝った奴が相手なら、認めるのもやぶさかではないな」

「うう、仕方ない……俺に勝てた奴が相手なら、認めてやってもいい」

 

 それを聞いたアスナとリズベットは、ハチマンとキリトの頬をつねり、

いい加減にしなさいと説教を始めた。ちなみにレコンは明らさまに焦っていた。

それを見ていた他の者達は、その条件って無理ゲーじゃないか?と思い、

更にハードルが高くなったレコンに対して深く同情していた。

二人の妹はその光景を見て同時に笑い出した。

 

「あはははは、お兄ちゃん、コマチは例えお兄ちゃんより弱い人が相手でも、

好きになったらお兄ちゃんの意見は無視して自分の意思で家を出るよ」

「ふふっ、心配しなくても、私はそんな事考えた事も無いですよーだ」

 

 そんな二人に釣られて皆笑い出した。しばらく場は笑いに包まれていたが、

やっとアスナに許してもらったのだろう、ハチマンの号令によって、

一同は再び二層への階段を上がり始めた。

 

「ところでハチマン、どうやってあんなに早くボスを倒したんだ?」

 

 キリトが興味津々といった感じでハチマンに尋ねた。

どうやら他の者達もその話を聞きたがっているようだった。

 

「確かにハチマンは人型の敵を相手にするのが得意のはずだけど、敵があのサイズだと、

通常サイズの敵を相手にする時みたいには上手くカウンターも取れないはずだよな?」

「確かにそうだな。やはり一番の問題は、敵の大きさなんだよな」

 

 ハチマンはキリトに頷きながら、次にとんでもない事を言った。

 

「だったら、同じサイズになればいい、と、俺は考えた」

「同じ!?」

「サイズ!?」

 

 皆が驚く中、ハチマンはニヤリとしながら魔法を唱え始めた。

そして次の瞬間、ハチマンはもはや定番となった背教者ニコラスの姿に変化した。

 

「あ~!」

「制御出来るようになったのか?いつの間に魔法スキルを上げたんだよ……」

「えっ、何これ?あーし初めて見るんだけど」

「ここに来る時に、ハチマンが何かに変身してただろ?それがこの姿なんだよな」

「あ、あーしは後ろにいたからよく見えてなかったんだよね」

 

 ハチマンは、すぐに元の姿に戻り、ニカっと笑いながら言った。

 

「今の姿で、ユイユイと二人で敵を挟んで、敵が背中を向けている時はとことん急所狙い、

敵がこっちを向いたら、こっちのサイズを生かして通常攻撃も含めて、

全ての攻撃にカウンターをくらわす、よろめいたら三人がかりで攻撃、

多少のダメージはメビウスさんが癒してくれたから、

足を止めたまま延々とそれを繰り返す。な、簡単な仕事だろ?」

「簡単だろって……」

「通常攻撃を含めて全ての攻撃にカウンター……」

「それって敵は何も出来ないんじゃ……」

「それが出来るのはハー坊だけだと思うけどナ」

 

 全員から突っ込みをくらいながらもハチマンは、冷静に言葉を続けた。

 

「もっとも、サイズは大きくなっても強さは変わらないから、

これが出来るのは、精々五層くらいまでじゃないか?

まあしばらくは、強さの調整的にボス戦でも有効だとは思うけど、

この戦法が有効でなくなるのも時間の問題だろうな。だから今だけだ」

「まあ、それはそうかもしれないけど……」

「でも、久しぶりに攻撃しまくれて、あたしはすごい楽しかった!」

 

 ユイユイは、先ほどの戦闘の事を思い出しながら、とても嬉しそうにそう言った。

普段は仲間内で唯一の純タンクとして、地味な役回りが多いユイユイは、

今回ボスを三人で討伐するという快挙を成し遂げ、気分が未だに高揚しているようだった。

 

「そうだな、まあ、楽しいのが一番だ」

「うん!」

 

 ハチマンが綺麗に纏め、とりあえずボスの早期妥当のからくりに関しては、

一応皆が納得したようだった。

 

「それにしても、チラッと視界に入っただけだが、

アスナ達の方もすごかったんじゃないか?見えたのはアスナが前に出た辺りだけだが」

「あ、うん……」

「あっ……」

「お兄ちゃん!」

「ん?」

 

 それを聞いた瞬間、アスナの目から光が消えた。

ハチマンは何事かと疑問に思ったが、そんなハチマンに、コマチがこっそりと、

先ほどの経緯について耳打ちした。

 

「あー……バー……おほん、超攻撃的ヒーラー、うん、まああれだ、

新機軸でいいんじゃないか?俺はいいと思うぞ」

「そ、そう……かな?」

 

 ハチマンに褒められて少し気分を良くしたのか、アスナはやや明るい声で言った。

アスナから見えない所にいる者達は、ハチマンに、

あと一押しだ、何とかしろというアピールを行っていたが、

それを見て、空気を読んだハチマンは、アスナに対して、続けてこう言った。

 

「ああ、攻防一体、俺のカウンターに通じる物があるよな」

 

 更に、トドメ!トドメ!というコマチのアピールを見て、ハチマンは最後にこう言った。

 

「あ~……やっぱりいつも一緒にいるから、どうしても戦闘スタイルが似通っちまうのかな」

「さすがは『うちの』お姉ちゃんだよね!」

「やっぱり?うん、そうだよね、やっぱりいつも一緒だからそうなるよね!」

 

 コマチが、間髪入れずにその流れに乗って、『うちの』お姉ちゃんアピールをし、

アスナがすっかり機嫌を直してそれに乗っかったのを見て、皆安堵した。

そしてその後、雑談をしながら階段を上り続けていた一同の目の前に、

ついに二層の主街区がその姿を現した。横には転移門らしき物も見える。

 

「お、あれが次の街かな?」

「隣にあるのが、転移門って奴?くぐる時どんな感覚なのか、あーし興味あるわ」

 

 そのユイユイとユミーの言葉を聞いて、ハチマンは、今更ながらある事に気が付いた。

 

「そうか、転移門に似たシステムは、ALOでは初めてなのか」

 

 ユミーはまだそこまでALOをやりこんでいないので、

何となくイメージで言っただけだったが、ユイユイは、その通り!という感じで頷いた。

 

「まあとりあえずだ、皆、二層へようこそ。ここが二層の主街区『ウルバス』だ」



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第163話 幸運な二人と不運な一人

2018/06/13 句読点や細かい部分を修正


 SAOでの昔話や雑談をしながら歩く一行のまえに、

重々しいレリーフの掘られた門と、懐かしい街並みが見えてきた。

目の前に広がっているのは、第二層の主街区ウルバス。

テーブルマウンテンを、外周だけ残して繰り抜いて作られた街である。

 

「懐かしいな……あの時と同じだ」

「うん!」

「よし、ハチマン、とりあえず転移門をアクティベートしちゃおうぜ」

「おう」

 

 ハチマンは、キリトに促されて扉に触れ、門を開いた。

ウルバスの地形は特殊な為、コマチが興味深そうにハチマンに言った。

 

「何この街。何か火口の中にいるみたいだね、お兄ちゃん」

 

 コマチのそのセリフは、かつてアスナが言ったセリフと、内容的にはそっくりだった。

そして今回はアスナが、かつてハチマンが言ったセリフを、代わりに言った。

 

「もうすぐ鐘が鳴るんじゃないかな」

 

 その言葉の直後に、街全体に、まるでプレイヤー達の再訪を祝福するかのように、

カランコロンと、澄んだ鐘の音が響き渡った。

 

「おお~」

「これは粋な演出ね」

「よ~し、二層への一番乗り、達成だね!」

 

 こうして、新生アインクラッドの一層の攻略は、

ハチマン一行の手によって、すさまじい速度で完了した。

 

「よし、それじゃあ少しだけ、各自で街を見て回ってもらうとして、

一時間後にここに集合の後、全員で、一層の生命の碑に向かおう。

一応目的は、慰霊の祈りを捧げる事なんだが、皆、それでいいか?」

 

 生命の碑に慰霊の祈りを捧げようという、先ほどのソレイユの提案を知らなかった者達も、

それはいいアイデアだと同意し、とりあえずしばらくは、観光がてらの自由時間となった。

女性陣は、アスナの案内によって、トレンブルショートケーキを食べに行く事になった。

男性陣はそれに対抗してか、肉料理を食べに行く事にしたようだ。

もっとも甘い物に目が無いハチマンだけは、

トレンブルショートケーキを食べたそうな気配を漂わせていたのだが、、

さすがに女性陣の中に一人だけ男が混じる事は、はばかられたようだった。

 

 

 

「何これ、すごい……」

「ショートケーキなのに、すごく大きいですね!」

 

 女性陣は、トレンブルショートケーキのボリュームに驚いていたようだったが、

そこは年頃の女の子である。多い者だと丸ごと一つ、少ない者でも半分は平らげたようだ。

一番皆が驚いたのは、ユキノがその巨大なケーキを一人で丸ごと平らげた事だった。

ちなみに同じく魔法メインで戦闘をしていたイロハが六割、

ソレイユとメビウスも、半分ほどしか食べなかったので、よりユキノの食欲が強調されていた。

ユキノは必死で、疲れた脳が糖分を欲していただけと言い訳していたのだが、

他の者達は皆、ユキノを生暖かい目で見詰めていた。

そして一時間後、再び集合した一行は、一層へと転移した。

ちなみにこの頃になると、目敏いプレイヤーの何人かが既に二層に現れており、

一層とはまったく雰囲気の違う二層の景色に驚きつつも、探索を進めているようだった。

 

「よし、着いたぞ。あれがかつて、生命の碑って言われてた物だ……って、おお?」

 

 突然ハチマンが、心底驚いたという様子で、生命の碑を二度見した。

釣られて仲間達も、生命の碑を見上げたのだが、その左上の、空白だった部分に、

新たな文字列が書き加えられている事に、皆気が付いた。

 

「え~っと……おお?あれって俺達の名前じゃね~か?」

「さっきまでは、何も表示されてなかったよね?」

「ああ、確かにさっき来た時は、何も書かれていない、ただの石碑だったな」

「全員の名前じゃなくて、七人の名前……?」

「最初の三人が、うちのパーティ、しかも誘った順か、なるほどな……」

 

 そこには確かに、『Floor1』の文字と共に、七人の名前が書き込まれていた。

ハチマン、アスナ、ユイユイ、リーファ、レコン、キリト、リズベット。

仲間達の総数、十七人中の、七人の名前である。そして皆の目が、自然とアルゴに向いた。

全員から視線を向けられたアルゴは、肩を竦めながら、説明を始めた。

 

「生命の碑は、今は剣士の碑って名前になってるんだよ。

表示されるのは、各層ごとにボスを倒したパーティの中から七人まで。

パーティリーダーと、後は誘った順番に数人って感じだな。

まあハー坊は、オレっちが言うまでもなく、ある程度の状況が分かったように見えたけどナ」

「まあ、何となくだけどな。これはしかし……」

 

 ハチマンは、その碑をじっと見つめながら、何事か考えていたようだったが、

とりあえず先に皆で、生命の碑……今は剣士の碑と言うとの事だが、

その碑に、かつての死者達を悼んで、鎮魂の祈りを捧げる事にした。

そしてそれが終わった後、ハチマンが皆にこう提案した。

 

「どうもそういう事らしい。せっかくだから、三層まで俺達で速攻クリアして、

記念に全員の名前を碑に残そうと思うんだが、皆どう思う?」

「賛成!」

「そういう事なら、やるしかないっしょ!」

「同じチームだって分かるように、三回とも先頭はハチマンの名前にしてくれよ」

 

 ハチマンはその事は考えていなかったらしく、少しきょとんとしながら言った。

 

「そうか、そうじゃないと全員仲間だって分からないのか。

そうすると、二層までで名前を載せられるのは十三人、三層で十九人か?

二人分余裕があるな、どうするか、誰か知り合いでも誘うか?」

 

 そのハチマンの言葉に、ユキノが先ずこう答えた。

 

「今までの付き合いから考えると、順当な所だとサクヤさんとアリシャさんなのだけれど」

「それだとユージーンが黙っていないだろうな」

「他に関わったプレイヤーっていうと、シグルド?無いね、うん、却下!」

「候補は三人か……」

「でもユージーンを誘ったとしても、残り一人はサクヤかアリシャだろ?

そうすると、尚更角が立つんじゃないか?」

「無理に誘うとしたら、カゲムネさん辺りになるんだろうけど……」

「こうなったらジャンケンでもしてもらうか?」

 

 仲間達の様々な意見を聞きながら、ハチマンは黙って考え込んでいたが、

さぼど悩む事も無く決断したのか、スッキリとした顔で言った。

 

「よし、誰かサクヤさんとアリシャさんに連絡を取ってくれ。

ユージーンは、まあ、自前の戦力で何とでもするだろ。

それにもしユージーンに文句を言われても、キリトが肉体言語で黙らせればいい」

「ははっ、了解!」

「それじゃあ決まりだね!」

 

 初日にいきなり一層ボスが倒された事は、プレイヤーの間で若干話題になっていたが、

剣士の碑の事は、少数のSAO経験者の間以外では、まったく話題になってはいなかった。

だが次の日の内に二層がクリアされるに至って、一体どんな集団がクリアしてるんだと、

さすがに無視出来なくなったのか、多くのプレイヤー達が情報を集め始めた。

そして剣士の碑の話が伝わると、その話題は一気に広がった。

その話題を受けて、剣士の碑を見に行ったプレイヤーの中にユージーンがいた。

ユージーンは、剣士の碑に表示された見覚えのある名前を見て、

慌ててハチマンとキリトに、その事について尋ねるメッセージを送ったのだが、

いくら待っても返事が来る気配はまったく無かった。

焦るユージーンだったが、しばらく経ってから、ついに待ち望んだキリトからの返信が来た。

 

『すまん、戦闘中だった。剣士の碑なら、ボスを倒したメンバーの中から、

七人の名前が表示されるらしいぞ』

 

 そのメッセージを見て愕然としたユージーンの横で、剣士の碑の文字が変化し始めた。

 

『Floor1 ハチマン、アスナ、ユイユイ、リーファ、レコン、キリト、リズベット』

『Floor2 ハチマン、ユキノ、コマチ、イロハ、ソレイユ、メビウス、ユミー』

 

 その下に、新たな文字列が加わり始めたのだ。

 

「おい見ろ!剣士の碑に、新しい名前が書き加えられていくぞ!」

 

 そのプレイヤーの声を聞き、慌てて剣士の碑を見たユージーンの目に、

彼の知るハチマンの仲間達の他に二つ、見知った名前が飛び込んできた。

 

『Floor3 ハチマン、クライン、エギル、シリカ、アルゴ、サクヤ、アリシャ』

 

「何……だと……」

 

 その二人の名前を見たユージーンは再び愕然とし、

自分の置かれている状況を、ある程度感覚で理解した。

そしてユージーンは、何かにハッと気付いたそぶりを見せると、

慌てて転移門へ向かって走り出した。そして門の転移先リストに四層が出現した瞬間、

ユージーンは必ずそこにハチマン達がいると推測し、四層へと転移した。

 

 

 

「よし、目的の三層クリアはこれで達成だ」

「でもこれ、確実に私達がSAOサバイバーだってバレちゃうよね、ハチマン君」

「まあ俺達は名前も前のままだし、見る人が見れば、

直ぐにSAOの元四天王だって分かっちまうからな。

命の危険がある訳でも無いし、別に構わないだろ」

「まあ、それもそうだね」

「やったねサクヤちゃん、これで私達の名前もあそこに表示されたね!」

「うむ、名誉な事だな」

「いや~、誘ってくれた皆には感謝だよ!ユージーン君には悪いけど、本当にありがとね!」

 

 その言葉通り、サクヤとアリシャは、ユージーンが誘われなかった事は既に知っていた。

それはさておき、盛り上がる一行は、そのまま四層に向かい、

恒例の、転移門のアクティベートを行う事にした。

ちなみにエルフの戦争キャンペーンシナリオは、ハチマンとアスナが代表で見に行った。

かつてキズメルと出会ったあの場所で、二人は隠れて待機していたのだが、

緊張する二人の目の前に登場してきたのは、

事前にある程度予想していた通りキズメルでは無かった。

それだけ確認すると、二人はくるりと背を向け、その場から黙って去っていった。

二人にとってのキャンペーンシナリオの登場人物は、

ハチマンのアイテムストレージで未だに眠り続ける、キズメル以外にはありえないのだ。

 

「さて、それじゃあ転移門をアクティベートするわ」

 

 四層に到着し、ハチマンが転移門をアクティベートした瞬間に、

誰かが転移門から転移してくる気配がした。ハチマンは反射的に身構えてしまったが、

門から飛び出してきたのは、よく知っている、そして今回誘えなかった人物だった。

その人物、ユージーンはいきなり絶叫した。

 

「お前ら!何故俺を誘わない!!!!」

「ユージーンか。今回は、仲間の人数の関係でどうしても誘えなかったんだ。

まあユージーンなら、サラマンダーの仲間と一緒に、ボスくらい自前で倒せるって」

「ハチマン!やっぱりそういう事なのか!」

「よっ、ユージーン、戦闘中だったから返信出来なかったけど、

メッセージの返事なら、ついさっきしたぞ。後、ハチマンの言った通り、誘えなくてスマン」

「キリトおおおおおおお」

 

 ハチマンとキリトの軽い感じの謝罪の後、

サクヤとアリシャがニヤニヤしながらユージーンに声を掛けた。

 

「すまんユージーン、お前を差し置いて、私達が先に歴史に名を刻んでしまったようだ」

「ごめんねぇ、抜け駆けみたいになっちゃったけど、今回はアンラッキーだったと思って、

自分のチームで頑張ってね、ユージーン君!」

「くそおおおお、貴様らだけずるいぞおおおおおおおおおお!

俺だってハチマン達と並んで名前を載せたかったのに!」

 

 ユージーンの絶叫と共に、ハチマン達のボス戦ラッシュは、

一段落という事で、とりあえずここまでという事になった。

ユージーンはその事で奮起したのだが、攻略がハチマン達のように超速で進む訳も無く、

それから一週間後に、サラマンダーの仲間達と共に、四層のボスを倒す事に辛くも成功し、

ギリギリハチマンの次に、ボスを倒したグループのリーダーになる栄誉を確保したのだった。



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第164話 紹介します

2018/06/13 句読点や細かい部分を修正


 その日、材木座義輝は、朝から企業見学の案内をする役目を言い渡され、

これは明らかな人選ミスではなかろうかと、胃を痛くしながら見学の開始時間を待っていた。

その姿をたまたま見掛け、様子がおかしい事に気が付いたのか、義輝に声を掛ける者がいた。

 

「義輝君、大丈夫かい?具合が悪そうだけど」

「西田さん、おはようございます……すみません、体調不良というほどではないのですが、

我はどうも、企業見学の案内のような、社交的な仕事には向いていないので、

ちょっと胃の調子がですね……うぅ……社の内部の人が相手なら、平気なんですが……」

 

 義輝も、社会で揉まれるうちに、他人との一般的な会話はこなせるようになったようだ。

その辺り、成長の跡が伺えるのだが、自分を我と呼ぶ癖と、

まったくの他人相手に人見知りが激しい所は、未だに改善の余地がありそうだ。

そんな義輝の様子が平気では無さそうに見えたのか、西田は心配そうに義輝に言った。

 

「もしあれなら、誰か他の人に代わってもらうとか……」

「いや、それがですね……今回の話は、ボスからのトップダウンの指示らしいんですよ……」

「ああ……そういう……」

「はい……」

 

 最初にこの話を聞いた時、義輝は、当然何かしら理由を付けて断ろうとしたのだが、

メッセンジャーを仰せつかったらしい薔薇~ロザリア~が、義輝にこう言ったのだった。

 

「詳しい理由は聞いていないけど、この件はどうやら、

あなたに対しての、ボスからの名指しでの『お願い』みたいよ」

「お……『お願い』ですか……わかりました……」

 

 ボス~もちろん陽乃の事だが~の『お願い』は、

この会社では、何よりも優先される事になっていたため、

そこで義輝は、この話を断る事を、スッパリと諦めたのだった。

 

「でも、我はこういうのは本当に無理なんですよ……今回に限って何故我が……」

「まあまあ待ちなさい義輝君。陽乃さんだって、そんな事は承知の上なんじゃないかな」

「……と、言いますと?」

「陽乃さんは私達の事を、いつもちゃんと気に掛けてくれていると思うんだよ。

だから、今回の『お願い』にも何か意味があるんじゃないかってね」

 

 義輝はそれを聞き、確かにボスは理不尽の塊のような存在だが、

~~この事を考えた時、義輝の背筋が一瞬寒くなったのは気のせいだろう、多分~~

いじめのように、無理難題を押し付けてくるような人ではないのは確かだなと思い直し、

今回の役目が自分に回ってきた、裏の事情を考え始めた。

実際の所、今回の件は、陽乃が八幡と義輝の為に時間を作ってくれようとしただけなのだが、

そんな事実はまったくもって義輝の想像の埒外であった。

そう、今からここに見学に来るのは八幡なのだ。正確には八幡『一行』なのだ。

ちなみに今回のメンバーは、八幡、明日奈、雪乃、結衣、優美子、いろはという、

義輝にとっては鬼門と呼べるメンバーであった。

陽乃は、八幡が明日奈以外に誰を連れてくるかは知らなかった為、これが結果的に、

義輝にとっての死刑宣告に等しい指令になってしまった事は、陽乃のせいでは決してない。

 

「もしかして、見学に来るのが君の知り合いとか?」

「ははっ、もしそうなら八幡くらいですが、それなら我も少しは気が楽になりますね」

「そういえば義輝君は、高校の時八幡君と親しかったんだよね?

八幡君はどんな子だったんだい?」

 

 西田は義輝に、本当に何となくそう尋ねたのだが、それに対して義輝は、

苦虫を噛み潰したような顔でこう答えた。

 

「そうですね……八幡の周りには、何故か常に美人の女子生徒がいました……

正直当時は、我と八幡との間にどれほどの違いがあるのかと、悩んだ事もありました」

「……そうなのかい?」

 

 西田は明日奈と共にいる八幡の姿しか知らなかった為、少し意外に思ったが、

同時に職場では真面目な堅物で通っている義輝にも、

色々と溜め込んでいる物があるんだなと考え、義輝を、今度飲みにでも誘おうかと考えた。

丁度その時西田は、入り口から、予想通り八幡が入ってくるのに気が付き、

そちらに笑顔で手を振った後、その事を義輝に教えようとしたのだが、

義輝はそれには気付かずに、下を向いたまま、ぶつぶつと何事か呟いていた。

 

「そう、我と八幡との間には、そこまで違いは無かったはず……あるとすれば、

八幡の方が、我より多少勉強が出来て、多少スポーツが出来て、

多少ルックスが良くて、多少社交的で、多少スリムな体型をしていた事くらい……

それなのに、八幡の周りには、雪ノ下嬢、由比ヶ浜嬢、一色嬢という、

そうそうたる美少女軍団が常に顔を揃えていた……何故だ、いつからそうなったのだ……」

「あなたが今言った事は、十分違いと呼べる物だと思うのだけれど……」

「ひいっ」

 

 西田は小声で、義輝君、後ろ後ろ!と必死で呼びかけていたのだが、結局それは届かず、

義輝は、背後からの雪乃の急襲をまともに受ける形となったのだった。

 

「ゆ、雪ノ下嬢……」

「そんな呼び方で呼ばれたのは、生まれて初めてなのだけれども、

あなたが何故女性に対してそんな呼び方をするようになったのか、少し興味があるわね」

 

 その当然の問いに対し、義輝は困った顔で言った。

 

「女性をさんづけで呼ぶのは、ちょっと気がひけてですね……その、なんとなく……」

「嬢、とつける事の方が、ハードルが高そうに聞こえるのは気のせいかしらね」

「そ、それは……」

 

 このままだと話が変な方向に進むと思ったのか、結衣がフォローに入った。

 

「まあまあゆきのん、さっきの話だと、私達の事を褒めてくれてたみたいだし、

そこらへんはまあいいんじゃない?」

 

 その結衣の言葉に、いろはが笑顔で同意した。

 

「そうですよぉ、雪乃先輩。美少女軍団とまで言ってくれたんですから、

ここは大目に見てあげましょうよぉ」

「そ、そうね、まあこの話はこれくらいにしましょうか」

 

 美少女軍団という単語が出ると、その言葉を少し意識してしまったのか、

雪乃は少し頬を赤らめながら、義輝に話し掛けるのを一旦終わりにした。

ちなみに先ほどの義輝の言葉を聞いた瞬間の結衣といろはは、

顔を見合わせながらにやにやしていたので、まあこの二人も素直に嬉しかったのだろう。

昔ならともかく、義輝に感謝の気持ちを抱いている今の状況では、

どうやら義輝の言葉を素直に受け入れられるようだ。

だがこの話はここで終わりでは無かった。終わらせなかったのは優美子であった。

 

「さっき、あーしの名前が出なかったんだけど、

あーしはその美少女軍団とやらには入っていないって事?」

「ひ、ひぃ……」

 

 義輝は、何故三浦嬢がここに?という疑問を抱く間もなく、

その優美子の剣幕に、完全に萎縮した。それを見た八幡は、さすがに助け舟を出す事にした。

 

「あの頃優美子は、俺との接点が、この三人ほどには無かったんだから、

まあそこらへんは仕方ないんじゃないか?

優美子も材木座とは、まったく接点は無かっただろ?」

「それはそうだけど……」

「まあ今日はお礼を言いに来たんだし、あんまり材木座をいじめないでやってくれよ」

「八幡がそう言うなら……」

 

 八幡は、優美子が素直に納得してくれた事に顔を綻ばせ、義輝に向き直った。

 

「材木座には、確か説明していなかったかな。実は優美子も、今は俺の仲間なんだよ。

久しぶりだな、挨拶に来るのが遅れてすまん。今回お前には本当に助けられたよ。

本当にありがとな。やっぱりお前は俺の親友だ」

「あなたのおかげで私達が勝利する事が出来たわ。本当にありがとう」

「ありがとね、材木座君!」

「ありがとうございます、材木座先輩!」

「あーしは直接関わってないんだけど、今のあーし達があるのはあんたのおかげなんだね。

その事については素直にお礼を言っとく。その……あ、ありがと」

「あ、ど、どういたしまして」

 

 義輝はいきなり四人の美少女にお礼を言われ、口をぱくぱくさせながらも、

何とか普通の返事をする事に成功した。

そんな中、後ろに控えていた五人目の少女が、八幡に促され、義輝の前に出た。

 

「初めまして、結城明日奈です。今回は、私の命を助けてくれて、本当にありがとう。

これからも仲良くしてね、材木座君」

「はっ、はい、こちらこそ!」

 

 固まっていた義輝は、明日奈の笑顔にどぎまぎしながらも、しっかりと返事をした。

そんな義輝に対し、八幡が、明日奈の事を正式に紹介した。

 

「あ~、話には聞いていたと思うが、そんな訳で、俺の彼女の明日奈だ。

これから長い付き合いになると思うが、俺共々今後とも宜しくな、材木座」

「宜しくね、材木座君」

「よ、宜しくお願いします!」

 

 材木座は、ここまでずっと、緊張した様子で返事をしていたが、

明日奈の柔らかい雰囲気に、徐々に緊張がほぐれてきたのか、

西田も交えて皆で話しているうちに、いつの間にか普通に話す事が出来るようになっていた。

義輝は、五人の美少女からの会社に関する質問に、想像以上にハキハキと説明をしていた。

八幡はそんな義輝を見て、こいつもすごく成長したなぁと、深い感慨を抱いていた。

そんな中、一歩下がってその会話に耳を傾けていた八幡の肩に、何かが当たった。

振り返ってもそこには誰もいない。いぶかしんで周囲を見回した八幡は、

足元に消しゴムが落ちているのを見つけた。その消しゴムは紐で繋がれており、

その紐を辿ると、その先には物陰から手招きをしている薔薇の姿があったのだった。



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第165話 薔薇の今

2018/06/13 句読点や細かい部分を修正


「子供か」

「し、仕方ないじゃない。あなただけならともかく、閃光のアスナ様の前に、

平気な顔をして出ていけるほど、私の神経は図太くはないんだから」

 

 薔薇は八幡に、小声で抗議をした。

八幡はその抗議を無視して、薔薇に消しゴムを差し出した。

 

「いや、しかしどう考えてもこれはな。何だよこれ、まるで………あ」

 

 八幡は、かつての薔薇がどんな武器を持っていたのかを思い出し、

まさかなと思いつつも、薔薇に尋ねた。

 

「なぁ、これ……まさか鞭のつもり……なのか?」

 

 八幡にそう言われた薔薇は、顔を真っ赤にしながら、小声で一気にまくしたてた。

 

「し、仕方ないじゃない……普段から鞭を持ち歩いている女なんて、

現実世界じゃ女王様扱いか、いいとこ仕事人扱いしかされないのよ。

だからこういう物で代用するしかないの。好きでこんなまがい物を持っている訳じゃないわ」

「お、おう……とりあえず鞭を持ち歩く事には、疑問の余地は無いんだな……」

 

 薔薇は尚も顔を真っ赤にしたまま、言い訳を続けた。

 

「この前だって、偶然子犬が道路に飛び出そうとしている所に遭遇して、

咄嗟にこれを使って助けたら、その子犬の飼い主からは変な顔をされたし、

それをたまたま見ていた風俗のスカウトマンから、本職の女王になって、

夜の世界でナンバーワンを目指してみないかった言われたわ……

別にこれは、そういう用途の為に持ってるわけじゃないのに……」

「じゃあどんな用途の為に持ってるんだよ……」

 

 八幡は、少し呆れたように薔薇に聞いた。

 

「ふ、不安だから……」

「は?」

「いざという時に、自分の身を守れる物が無いと不安じゃない?

別に今の生活に、ほとんど危険が無い事は分かってるわよ。でも、とにかく不安なの……」

「その気持ちは分からなくもないけどな。ほれ」

 

 そう言って八幡は、どこからか伸縮するタイプの警棒を取り出し、薔薇に見せた。

 

「多少いきすぎなのかもしれないが、俺も一応こういう物を持ってるからな。

確かにこれが、俺の精神の安定に、一役かっている事は間違いないだろう。

自分の身を守る事に神経を使うのはまあ、悪い事じゃない。

でもさすがにそれは、気休め以外の何物でもないだろ。

何か法に触れない程度に使えそうな物があるかどうか、今度探しておいてやるよ」

「あ……あり……がと」

「と、いう訳で、ほれ」

「えっ?」

 

 八幡は無造作に自分の携帯を取り出すと、薔薇に渡した。

 

「えっと、どういう事?」

「連絡先が分からないと、何かと不便だからな。そこにお前の連絡先を入れておいてくれ」

「わ、私が入れるんだ……それにしても、よく自分の携帯を、平気で人に渡せるわね」

 

 その薔薇のセリフに、八幡は懐かしそうに目を細めながら、

しかしあの時とはまったく違うセリフを返した。

 

「見られたら困るメールとかデータが沢山あるから、絶対に見るなよ」

「はいはい、あんたがもてるのは分かってるつもりだから、もちろん気を付けるわよ」

 

 そう言いながら、八幡のアドレス帳を見た薔薇は、あまりの女性の名前の多さに、

自分が八幡の女性関係を、本当に分かっていた『つもり』だった事を理解させられた。

 

「何これ……もてるにもほどがあるでしょ……」

「よく見ろ、男の名前もちゃんとあるだろ。それにそこに名前のある女性達と、

必要以上に接したりしているという事もないし、やましい所は何も無い」

「それはそうだけど、ぱっと見た感じ、女性の名前がずらりと並んでるとしか見えないわよ。

はい、それじゃあこれ、私のアドレスを入力しておいたわ。

それにしても、こんな状態でアスナ様がよく怒らないわね」

「さっきも言ったが、やましい事は何も無いからな。

それにしても、やっぱり気のせいじゃなかったな。

なあお前、何で明日奈の事を様付けで呼ぶんだ?

SAOの時は、確か明日奈とほとんど接点は無かったよな?」

 

 先ほどはスルーしたが八幡は、薔薇が明日奈の事を様付けで呼んでいる事に改めて気付き、

それに違和感を感じたのか、その理由を尋ねた。

それに対する薔薇の答えは、斜め上にぶっ飛んだ物だった。

 

「……私が言ったって事は絶対に秘密よ?」

「ん?何か問題でもあるのか?」

「……ええ」

「……分かった、どうしても必要にならない限り、誰にも喋らないと約束する」

「じゃあ、話すわ」

「ああ」

 

 薔薇は少しためらいつつも、その理由を、ぽつぽつと八幡に語り始めた。

 

「あなた、私の役職は知っているわよね?」

「ハル姉さんの、秘書っぽい事をやっているんだろ?」

「実際には使い走りだけどね」

 

 薔薇は八幡に頷きつつ、そう補足した。

 

「で、それがどう関係してくるんだ?」

「えっとね、つまりそのせいで、私は基本、ボスと一緒に行動する事が多い訳よ」

「まあ、当然だな」

「でね、ついこの前、貴方達、新生アインクラッドの三層まで、

仲間だけで一気に攻略したでしょう?」

「知ってたのか。尊敬してもいいんだぞ。いや、むしろ尊敬しろ」

 

 八幡はドヤ顔で薔薇にそう言った。

 

「そうね、正直本当にすごいと思ったわ。で、それなんだけどね……その動画をね……」

「ちょっと待て、動画?あの時の動画なんか有るのか?」

「ええ……ボスの個人的なコレクションよ」

「まじか……まったくあの人は……」

「で、その動画を、ボスは常に傍にいる私に、強制的に何度も見せてくるのよ……」

「お、おう……それはまあ、あれだ……」

 

 八幡は、何度も何度も同じ動画を見せながら、嬉しそうに動画の解説をする陽乃と、

それを正座しながら見ている薔薇の姿を想像し、さすがに薔薇に同情したのだが、

直後に薔薇が、何故かうっとりとしながら、早口でこうまくしたてた。

 

「ボスは、バーサクヒーラーと呼ばれていた女性が一番のお気に入りみたいでね、

彼女の活躍するシーンを、とにかく何度もリプレイで見せてくるのよ。

私は最初の頃は、機械的にすごいすごいって言っていたんだけど、

何度も見てるうちに何ていうか、他の人の戦闘シーンと、自然と比較するようになって、

段々そのすごさが分かるようになってきてね。まあ私がALOの戦闘システムを理解して、

バーサクヒーラー様がやっている事がどれだけすごいのかという事を、

ちゃんと理解出来るようになったってのも大きかったと思うんだけどね。

で、私はすっかりその、バーサクヒーラー様のファンになっちゃったんだけど、

後で彼女が、SAO時代に閃光のアスナと呼ばれていたプレイヤー、その人だって聞いて、

今ではすっかりアスナ様の虜になったって感じかしらね」

 

 その薔薇のカミングアウトに、八幡は、彼女に同情するのを一瞬でやめた。

そして深い溜息をつくと、おもむろに携帯を操作し、どこかへ電話を掛け始めた。

それをきょとんと見つめる薔薇の前で、八幡は電話の相手にこう言い放った。

 

「ハル姉さん、隠し持っている動画を提出して下さい。

あと一週間明日奈に近付くのを禁止します」

 

 それを聞いた薔薇は、一瞬固まった後、言葉の意味を理解し、

八幡に恨みのこもった視線を向けながら叫んだ。

 

「あんた、いきなり何て事をしてくれちゃってるのよ!この裏切り者!」

「うるさい、今がさっき言った必要な時だ。

むしろお前に同情して、少しは労ってやろうと思った俺の純粋な気持ちを返せ」

「虜になってしまったものは仕方がないじゃない!」

「うるさい。お前とハル姉さんは、しばらく明日奈に近付くのは禁止だ」

「べ、別に私はアスナ様の知り合いって訳じゃないし、何も変わらないわ!

ああっ、でもどうしよう、どう考えてもボスに殺される未来しか見えない……」

「自業自得だ、諦めろ」

「そ、そんなぁ……」

 

 直後に薔薇の携帯に、おそらく陽乃からであろう着信が入り、

薔薇は泣きそうな目で八幡をじっと見つめた。八幡は、ぽりぽりと頭をかきながら、

薔薇の方に手を差し出し、携帯を渡すように言った。

 

「……一体何をするつもり?」

 

 涙目で尋ねてきた薔薇に対し、八幡は肩をすくめながらこう答えた。

 

「このままだとちょっと寝覚めが悪くなりそうだから、

俺が電話に出て、お前をいじめないようにハル姉さんに言ってやる。

その代わりに、確か前も言ったと思うが、

ラフコフの残党どもに何か動きがあったら、ちゃんと情報を流せよ。

これはあくまで俺と明日奈の安全の為であって、断じてお前の為ではないから、

絶対に勘違いするなよ。いいな、絶対に勘違いするなよ」

「あ……うん……ありがと……」

 

 そして八幡は、差し出された薔薇の携帯をぶっきらぼうに受け取り、電話に出た。

 

「あ~、さっきは言い忘れましたが、こいつをいじめるのも禁止です。

理由ですか?こいつの情報が、俺と明日奈の平穏に繋がってるからって事で」

 

 電話の向こうでは、それを聞いた陽乃が何かわめいていたが、

八幡はそれを無視し、そのまま電話を切った。

 

「あんた、すごいのね……あのボスに対してそんな態度をとれるなんて……」

「ん、まあ、慣れだ慣れ」

「慣れるっていう類のものなのかしら……」

「まあいいだろ、実際に問題無いんだからな。と言う訳で、何か情報があったら頼むな」

「それよそれ」

「ん?」

 

 薔薇が、何かを思い出したかのようにそう声を上げた。

八幡がいぶかしげなのを見て、薔薇は八幡に説明を始めた。

 

「あのね、そもそも私があんたに合図を送ったのは、

仕入れた情報を、早く伝えようと思ったからだったのよね」

「おい、それってすごく大事な事じゃないか。何故早く言わない」

「ごめんなさい、私もその……友達が多い方だとはとても言えないから、

久しぶりに他人と気安く話せるのが嬉しくて……つい言いそびれてしまったの」

「もう分かった、お前の境遇はよく分かったから、話を続けてくれ」

 

 八幡は薔薇のおどおどする態度を見ていられなくなり、薔薇に話の続きを促した。

 

「これが大事な情報かどうかは分からない、正直どうでもいい情報かもしれないけど、

判断はあんたに任せて、私は報告だけするわ。

私はラフコフのメンバーとは、今はもうまったくと言っていいほど繋がりが無いんだけど、

昨日、そっちと微妙にまだ付き合いがある、元タイタンズハンドのメンバーと、

久しぶりに電話で話す機会があったのね。で、その時に雑談として出た話なんだけど、

あ、もちろん元メンバー達と一緒に、何か悪い事とかを企んだりとか、

そういう事はもう絶対してないから、そこは信用してね。

で、その人に聞いた話なんだけど、どうやらラフコフの幹部が、誰かは分からないけど、

今度新しく、GGOってゲームを始める事にしたらしいわよ」




ロザリアをあえて再登場させたのは、この話のためでした。
GGO事件が起きるのは、この数ヶ月後なので、もう少し今の章が続きます。


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第166話 もたらされた情報

2018/06/13 句読点や細かい部分を修正


「GGO?」

 

 八幡は、その名前にはまったく聞き覚えが無かった為、薔薇に詳しい説明を求めた。

 

「聞いた話だと、今度新しくリリースされる、『ザ・シード』規格のFPSらしいわね」

「FPSか……まあ確かにVR環境だと、本人視点のゲームになるよな。

で、そのゲームについて、他に何か情報はあるか?」

 

 八幡の問いに、薔薇は少し考え込んでからこう答えた。

 

「ごめんなさい、私はその手の情報にはあまり詳しくないのよね。

あ、でももしかしたら、材木座さんならもっと詳しく知ってるかもしれないわ」

「そっか、それじゃあ後でそれとなく話を振ってみるわ。それにしても、材木座さん、か。

実際の所どうなんだ?あいつはこの職場で上手くやれているのか?」

 

 少し心配そうにそう尋ねてきた八幡の表情を見て、薔薇は微笑みながらそれに答えた。

 

「そうね、少なくとも、材木座さんの事を悪く言う人間は見た事が無いわよ」

「そうか」

 

 その答えに、あからさまにホッとした表情を見せた八幡を見て、

薔薇は微笑みを絶やさないまま、逆に八幡に問いかけた。

 

「そんなに材木座さんの事が心配だったの?」

「ばっ、何言ってんだお前、俺があいつの心配をする訳無いだろ。

ただちょっと、昔は人付き合いに問題がある奴だったから、それが心配だっただけだ」

「何動揺してるのよあんた……今自分で、心配だったって言ったわよ……」

「気のせいだ」

 

 八幡は一言だけそう言うと、薔薇から目を背け、薔薇は声を殺しながら笑った。

 

「材木座さんはね、その……年齢の割りに見た目が落ち着いてるっていうか、

自分からはあまり喋らないけど、何か質問すると丁寧に答えてくれるし、評判はいいと思う」

「そうか」

 

(年の割りに落ち着いてるってのは、ふけてるって事で、

自分からは喋らないのは昔からだし、質問すると丁寧にってのは、

てんぱって必要以上にくどく説明してるともとれるが……社会人補正だろうか)

 

 八幡は表面上は頷きながらも、そんな失礼な事を考えていた。

しかし遠目に見ても、天敵に囲まれているはずの義輝が、

話しかけられた時に目を背けるような事も無く、聞かれた事にはきっちり答えている姿に、

八幡は正直感動を覚えていた。

 

「あいつも昔と比べると、かなりいい方に変わったみたいだな」

「まあ、昔の事は知らないけど、今は何も問題無いと思うから、安心していいわよ」

「別に心配なんかしてなかったけどな」

「あんたさっきから、矛盾しまくってるわよ……」

 

 そして二人はしばらく義輝の雄姿を眺めていたが、しばらくして八幡が薔薇に言った。

 

「それじゃあそろそろ戻るわ、貴重な情報をありがとな」

 

 薔薇は八幡に頷くと、どうやら気になっていたのだろう、最後に一つ、質問をした。

 

「ねえあんた、もしかして、GGOをやってみようとか思ってる?」

「どうだろうな、まあ、その可能性は否定出来ないが」

「……多分危険は無いと思うけど、でも相手が相手なんだから、一応気を付けなさいよ」

 

 それを聞いた八幡は、堪え切れなかったのか、プッと噴き出した。

 

「な、何よ」

「いやすまん、まさかお前に心配される日が来るなんてって思ったら、

ちょっとおかしくなっちまってな」

「わ、私だって、他人の心配くらいするわよ」

「そうだな、すまんすまん、それじゃまたな、薔薇」

「ええ、またね……八幡」

 

 薔薇はそう言うと、踵を返し、去っていった。

八幡はその薔薇の背中に、頑張れよと呟きながら、義輝達の方へと歩いていった。

 

 

 

「盛り上がってるみたいだな」

「八幡君!」

「八幡!何故我を一人にする!」

 

 八幡の名を呼び、駆け寄ろうとした明日奈だったが、

その機先を制し、義輝が真っ先に八幡に駆け寄った。

明日奈はその義輝の素早さに、きょとんとして立ち止まったが、

八幡と義輝の仲のいい姿を見て、素直に引き下がり、一歩下がって手を後ろで組みながら、

その光景を微笑ましそうに見ていた。

 

「材木座、お前、女子と普通に話せるようになったんだな。それにしても……」

 

 八幡は義輝の耳に口を近付け、声を潜めて言った。

 

「今ここにいるのって、高校時代のお前にとっては天敵と呼べる奴だらけだろ。

正直お前がこの面子の中で普通に話せるとは思っていなかったわ。すごいなお前」

「我も成長したのだよ、八幡!まあしかし、我としては、

そんな連中と普通につるんでいる八幡の方が驚きなのだが……特にあの獄炎の……」

「あ~、まあ、慣れだ慣れ」

「慣れか……やはり逃げているだけでは、何も変わらないのだな……」

「それが分かっただけでもいいんじゃないか?」

「そ、そうかな?」

「ああ」

 

 そして八幡と義輝は、顔を見合わせながら楽しそうに笑った。

その姿を見て、二人の話が一段落したと思ったのか、

明日奈を筆頭に、他の者たちもわらわらと二人の周りに集まってきた。

そして再び雑談が始まったのだったが、八幡は丁度いいチャンスだと思ったのか、

先ほど薔薇に教えられた、GGOというゲームについての話を、義輝に尋ねた。

 

「ところでこの前、『ザ・シード』関連がどうなってるかと思ってちょっと調べたんだが、

最近どうなんだ?評判がいいゲームもいくつか出てきてるみたいだけど、

そうだな、例えばGGOとかどんなゲームなんだ?材木座、知ってるか?」

 

 この八幡のセリフを聞いた明日奈は一瞬硬直したが、

次の瞬間明日奈は、何でもないような表情を作り、

表面的には興味深そうに義輝の返事を待つそぶりを見せた。

 

(今、八幡君、自然さを装いながら、確信犯的に話を振った、私には分かる。

自分で言うのもアレだけど、妻の勘って奴。

でもやましい事があるようには見えない。こういう時の八幡君は、

多分何かしっかりとした目的を持って行動しているはず。例えば私を守る為とか……

ってのは自意識過剰かもしれないけど、ここは八幡君の邪魔をしないようにしよう。

でもGGOか……ゲームの名前らしいけど、そのゲームに、一体何があるんだろう)

 

 明日奈はそう考え、GGOの名前を心に留めた。

 

「GGOか……八幡はどこまで知っているのだ?」

「いや、まったく分からん。名前とFPSって事と、評判は悪くないらしいって事くらいだ」

「そうか。GGO、正式名称は、ガンゲイル・オンライン。今八幡が言った通り、FPSだ」

「ねぇ、ちょっと聞いてもいい?FPSって何?」

 

 優美子が、きょとんとしながら八幡に尋ねた。よく見ると、他の者たちも、

よくわからないという顔をしていたので、八幡は、簡単に説明した。

 

「一言で言うと、銃で撃ち合うゲームだな」

「ああ~、そういうの、ゲーセンにもあったかも」

「サバイバルゲームみたいなものなのかしらね」

「サバゲーですね!」

「まあ、そうだな。材木座、続きを頼む」

 

 八幡は、皆が理解したのを見て、材木座に説明を続けるように求めた。

 

「世の中にはFPSなんてものは沢山あるが、GGOには強力な売りがある。

GGOでは、プレイヤーがゲーム内で稼いだお金を、リアルマネーと交換出来るのだ」

「ああ、昔あったな、そういうゲーム」

「何とかライフって奴?」

 

 義輝は頷きながら、もう一言付け加えた。

 

「大会なんかもあるらしいし、プレイヤー間の殺し合いもALO並に自由だから、

我が思うに、そういった、なんというか殺伐とした面が、

今の社会状況的に人気の原因になっているのではなかろうか」

「なるほど、そういうゲームか」

 

(聞くだけじゃ完全には理解出来そうにもないが、確かにあいつら好みのゲームかもしれん。

とりあえず一応キャラを作って、潜入調査をしてみる必要があるか……)

 

 八幡は義輝の説明を聞き、GGOを始める事を決意した。

明日奈はそんな八幡の姿を静かに見つめていた。

 

(何をするつもりか分からないけど、危ない事はしないでね、八幡君……)

 

 その後、全員でサイゼに行って食事をし、その日の見学はそこで終わりとなった。

義輝は、久々に八幡と会えた上に、過去に自分が苦手としていた者達とも、

ある程度普通に会話をする事が出来た為、それが自信にもなったのだろう、

とても晴れやかな顔をしながら、一行を見送った。

そして帰り道、八幡は明日奈を寮まで車で送っていたのだが、

寮の前に着いた時、八幡は、自分から明日奈にGGOの話を持ち出した。

 

「なぁ明日奈、さっき気になってたみたいだけど、GGOの事なんだけどな」

「あ、うん」

「まあその……あれだ、心配しないでくれ。ただの取り越し苦労で終わるかもしれないし、

今はまだ何とも言えないんだ。もし問題がありそうだったら、詳しい事はその時に話すから」

「うん分かった。それにしても、よくあの一瞬で私の反応に気が付いたね」

 

 明日奈は八幡の顔を覗き込みながらそう言った。

 

「俺は明日奈の視線には敏感だからな」

 

 その言葉に喜びながらも、明日奈は少し心配そうな表情で言った。

 

「危ない事はしないでね?」

「ああ、約束する」

 

 八幡はその明日奈の言葉に、しっかりと頷いた。

 

「それじゃあ今日の所はまあ、それでいいかな。

もっとも何も言われなければ、その事には触れないつもりだったんだけど、

ちゃんと私に話してくれたのは、ちょっと嬉しいかな」

「なんかすまん」

 

 そんな謝る八幡の頬に、明日奈は笑顔で軽くキスをした。

 

「それじゃあまたね、八幡君。送ってくれてありがとう!」

「ああ、またな、明日奈」

 

 明日奈はそう言って、手を振りながら、寮の中へと入っていった。

残った八幡は、GGOについて考えを巡らせながら、帰途についたのだった。



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第167話 やじ馬達の絶叫

2018/06/13 句読点や細かい部分を修正


「お待たせ~」

「お休みのところ、わざわざすみませんハル姉さん。それにしても、すごい車ですね……」

「大丈夫よ、私も興味あったしね。車は言われた通り、一番速いのを選んで来たよ!」

 

 この日八幡は、わざわざ陽乃を運転手として呼び出していた。

先日の、陽乃に対する『禁明日奈』を解除するという条件でである。

ちなみに本日のメンバーは、八幡、明日奈、雪乃の三人であった。

その車をじっと見つめていた雪乃が、八幡と明日奈の服の袖をちょんちょんと引っ張った。

どうやら雪乃は、二人に何か話があるらしい。

 

「雪乃、どうしたの?」

「二人とも、今のうちに覚悟を決めておきなさい。

姉さんがこの車を持ち出すなんて、かなり本気の証拠よ」

「……そんなにやばいのか?」

 

 雪乃はその問いに、少し顔を青くしながら答えた。

 

「この車の名前はトランザム。排気量は実に六リットルを誇るわ。

それを姉さんが、あの平塚先生に対抗する為に本気で運転するのよ。想像出来るでしょ?」

「六リットル……」

「まあ、ハル姉さんの運転なら大丈夫じゃないかな、うんきっとそう」

「事故とかの心配はいらないのだけれど、問題は、加速時とカーブを曲がる時のGね」

「よく分からないけど、Gってそんなにすごいの?」

「ええ、だからまあ、覚悟だけはしておいた方がいいわ」

 

 二人は雪乃のその言葉に、こくこくと激しく頷いた。今日がどういう状況かというと、

実は数日前、ついにクラインこと、壷井遼太郎と静がデートをする事になったのだが、

心配でこっそり後をつけようと、車で尾行しようとしていた八幡達は、

見事に静にちぎられてしまったのだった。それはもうぶっちぎりであった。

八幡が静に着いていけたのは街中だけである。

なんだかんだ普通に運転してはいるが、八幡はまだ初心者なのだ。

ちなみにその日のデートはある意味失敗に終わっていた。

最初の顔合わせの後、八幡達の尾行に気付いた静が、郊外に出た瞬間に加速し、

そのまま調子に乗って、かなり遠くまでそのままドライブしてしまったらしい。

もっともそれでも遼太郎は、とても楽しかったようだ。

車内で会話もはずんだらしく、二人の距離は、開始前と比べて確実に縮まっていた。

そして今日が、仕切りなおしの二度目のデートという訳なのだ。

 

「う~ん、これを運転するのは久々だなぁ。まあ、静ちゃんに対抗出来る車は、

うちにはこれしか無いんだけどね」

「確かにそうね」

 

 雪乃は陽乃に頷き、更に、とんでもない一言を付け加えた。

 

「ちなみに二人とも、この車は人工知能搭載で、喋るわよ」

「ええっ?」

「おい、まじかよ……もしかしてこの車、大昔にやってたアメリカのドラマのアレなのか?」

「あなた、そんな事よく知ってるわね……そうよ。あのドラマに影響を受けて、

父さんが趣味全開で作り上げたのが、この車よ。見た目も改造して同じにしてあるわ。

ちなみに名称はQUEEN2000.通称は、QUETT~キットよ。

当然分かると思うけど、クイーンは母さんの事ね。

正直略語としては間違っているのだけれど、ここは父さんの顔を立てて、

二人も是非キットって呼んであげて頂戴」

 

 雪乃にそう言われ、八幡と明日奈は、困ったように顔を見合わせた。

 

「呼んであげて頂戴と言われてもな……」

「うん……」

『私の事は、どうぞお気軽に、キットとお呼び下さい』

「きゃっ」

「おっと」

 

 突然車が二人に話しかけ、それに驚いた明日奈は八幡に抱きつき、

八幡はそんな明日奈を咄嗟に受け止めた。

 

『失礼、驚かせてしまいましたね。大丈夫ですか?』

「う、うん、大丈夫だよ」

「お、おお……本当に喋ってる……しかも礼儀正しい……」

「なんかすごいね!」

 

 二人は目を輝かせてキットに話し掛けた。

 

「まずは自己紹介だな。俺は八幡。宜しくな、キット」

「私は明日奈です。はじめまして、キット」

 

 二人はとても興味深そうに、キットに自己紹介をした。

 

『はい、八幡に明日奈。お二人とも、本日は宜しくお願いします』

 

 キットは、あくまで八幡の主観だが、久しぶりに外に出る事が出来て嬉しそうに見えた。

明日奈はまるで飼い犬をなでるように、キットをずっとなでていた。

そして頃合だと思ったのか、陽乃がやってきて、キットに話しかけた。

 

「さあキット、そろそろ出発するわよ。コンディションはどう?」

『はい陽乃、オールグリーンです。全て問題ありません。

さあ皆さん、どうぞ私に乗って下さい」

 

 キットがそう言うと、キットのドアが、『上に』開いた。まさかのガルウィングである。

 

「あ、あれ、この車ってガルウィングだったか?」

「外装を変える時に、一緒に改造したのよ百パーセント父さんの趣味よ」

「まじかよ……」

「キット、すごく格好いい!」

『ありがとうございます、明日奈』

 

 キットは明日奈に褒められて、嬉しそうにお礼を言った。

そしていざ車に乗り込む事になった時、助手席に乗ろうとした八幡を見て陽乃が言った。

 

「あ、あ~……全員後ろに乗った方がいいかもしれないわね」

「何かあるんですか?」

「いやね、助手席だと怖いんじゃないかと思って」

 

 その陽乃の言葉を、八幡は笑い飛ばした。

 

「ははっ、何度も死ぬような目にあってきた俺ですよ、まったく問題ないですよ」

「本当にぃ?」

 

 陽乃は、そんな八幡を、じとっとした視線で見つめた。

八幡はそんな陽乃に気圧され、こう付け加えた。

 

「で、でも今日は始めてですし、後部座席に乗ろうかな……」

「そう?自信がありそうだったから、助手席でもいいかなって思ったんだけどなぁ」

「は、はは……もちろん何の問題も無いですよ。でもまあ一応です一応」

 

 八幡はそう言うと、これ以上突っ込まれないようにだろうか、

急ぎ足で後部座席へと乗り込んだ。雪乃は、八幡の隣に明日奈を座らせるべく、

少し後ろで待機していたのだが、そんな雪乃の背を、明日奈が押した。

 

「雪乃、八幡君の隣に座って座って」

「え?で、でも……」

「いいからいいから。私は反対の隣に座るから、ね?」

「わ、分かったわ。その……ありがとう」

 

 雪乃は少し頬を赤らめながら、八幡の隣に乗り込んだ。それを見た陽乃は、ぼそっと呟いた。

 

「正妻の余裕ね……」

 

 そんな余裕を見せた明日奈は、反対側のドアから車に乗り込み、

四人は、いざ遼太郎と静の待ち合わせ場所へと向かう事となった。

車を走らせる事十数分、前方に見覚えのあるスポーツカーが見えた所で陽乃は車を止め、

四人は前方の様子をこっそりと伺った。

前方では、今着いたばかりなのであろう静に、遼太郎が何か話しかけており、

その言葉を聞いた静が、激しく顔を赤くしつつも、嬉しそうにしている姿が見えた。

 

「平塚先生のあんな姿は、初めて見るかもしれないわね」

「俺は見た事があるが、しかし何というか、クラインもやるもんだなぁ」

「何かすごくお似合いだね!」

 

 そして二人は静の車に乗り込んだ。どうやら出発するようだ。

 

「よしみんな、行くよ!」

「あ、安全運転でお願いします」

「それは静ちゃん次第だね」

「安全運転にならないの、確定じゃないっすか……」

「大丈夫、私の中では安全だから!」

 

 その陽乃の言葉を聞き、八幡は何とも言えない表情をした。

 

『大丈夫ですよ八幡、私が決して事故らせませんから』

「おお、まじで頼むぜキット、明日奈、怖いと思ったらすぐに俺に捕まるんだぞ」

「うん!雪乃も遠慮なく八幡君に捕まってね!」

 

 突然明日奈がそんな事を言い出し、雪乃はどぎまぎしながら言った。

 

「わ、私は大丈夫よ。安易に他人に頼ったりはしないから」

「そう?う~ん、でもなぁ……」

 

 明日奈は自分の右頬を、立てた人差し指の腹でトントンと叩きながら、言った。

 

「えっとね、これは、さっき陽乃さんが言ったような、正妻の余裕とかのつもりは無いの。

ただ何となくね、このポジショニングが必要になるんじゃないかって、

そんな気がしてるんだよね。だから雪乃、もしその時が来たら、躊躇しないでね」

「明日奈ちゃん、聞こえてたんだ……」

「預言者かよ……」

 

 その明日奈の真面目な表情を見て、雪乃は躊躇いながらも言った。

 

「わ、分かったわ。もしその時が来たら、躊躇しないと約束するわ」

「うん!」

 

 そして数十分後、街を出た瞬間に、その予言は現実のものとなった。

 

「うわあああ、怖い怖い怖い怖い怖い」

「姉さん!ちょっと姉さん!」

 

 二人は躊躇なく左右から八幡に抱き付き、涙目でそう連呼していた。

対照的に、陽乃は鼻歌を歌いながら運転しており、八幡も平気そうな顔に見えた。

しかし実際の所、八幡も、やや体制を低くし、足をしっかりとふんばりながら、

二人を左右の手でしっかりと抱きしめており、その顔色は、やや青ざめていたのであった。




ネタが古い……


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第168話 遼太郎と静

2018/06/13 句読点や細かい部分を修正


 八幡達の絶叫から一週間ほど前のとある日、遼太郎は、とある駅前で、

そわそわしながら、きょろきょろと周囲を見回していた。

そう、この日は待ち望んだ、静との最初のデートの日なのであった。

 

「やべぇ……緊張で胃が痛くなってきた……俺、上手くやれるんかなぁ……」

 

 この日を迎えるにあたり、遼太郎は八幡から、いくつかのアドバイスを受けていた。

一つ、見栄を張って、普段絶対に行かないような場所には行かない。

一つ、静に明らかなお世辞は言わない、ありのままの彼女を見る。

一つ、年の話題と、静のおやじっぽい部分に触れるのは厳禁。

等々、八幡は、遼太郎が静に変な幻想を抱かないようにと、

口をすっぱくして注意点を遼太郎に伝えていた。

遼太郎は、その注意点を復唱しながら、今日はどう静をエスコートしようかと、

必死に頭の中で考えていたのだったが、そんな彼に近付く人影があった。

 

「ごめ~ん、待ったあ?」

 

 その、明らかな裏声での棒読みの声を聞いた遼太郎は、

かなり引いた顔で、うわぁ、と、口に出して言った。

 

「何だよその、いかにもドン引きしましたって反応は。

せっかく俺が、お前の為に平塚先生が来た時の練習をさせてやろうと思ったのに」

 

 二人の初めての顔合わせの仲介の為にやってきた八幡が、そう不満げに遼太郎に言った。

 

「いやいや、今のにそういう意図があったなんて、普通はわかんねーよ!

そもそも八幡相手じゃ、どう考えても練習にはなんねーだろ!」

 

 その遼太郎の言葉を聞き、八幡は、やれやれと呟きながら、

後方に控えていた明日奈に振り向き、言った。

 

「仕方ない、今日は特別だぞ。明日奈、ちょっと今の俺と同じ感じでやってみてくれ」

「は~い、明日奈、行きま~す!」

 

 明日奈は片手を上げ、元気にそう言うと、少し離れた場所へと歩いていき、振り向いた。

そして満面の笑みを浮かべると、手を振りながら遼太郎の下へと駆け寄り、

先ほどの八幡と同じセリフを言った。

 

「ごめ~ん、待ったぁ?」

「ぐふっ……」

 

 そんな明日奈の仕草を目の当たりにした遼太郎は、吐血したような声を上げ、

その場にへなへなと崩れ落ちた。そんな遼太郎を見て、明日奈が慌てて遼太郎に駆け寄った。

ちなみに八幡は、遼太郎の身に何が起ったのか把握したようで、

 

「しまった、クライン相手だと、刺激が強すぎたか……」

 

 と、ぶつぶつ呟いていた。

 

「クラインさん、大丈夫?」

「あ、明日奈さんすみません、え~っと、もう少し控えめな感じでお願いします」

「えっ、あ、ごめんなさい、ちょっとイメージと合わなかった?」

 

 明日奈は、今のはちょっと静のイメージに合わなかったかなと反省し、クラインに謝った。

それを見たクラインは、慌てて明日奈に言った。

 

「ち、違うんすよ。ちょっと俺みたいに女性に縁の薄い男には、今のは衝撃的すぎたんで、

そんな俺が耐えられるくらいの、もう少し抑え目な感じでって意味っす!

今の明日奈さんは最高だったんで、誤解しないでくれっす!」

「あ、そっか、今のはいつも八幡君相手にやってる感じでやっちゃったから……」

 

 その明日奈の言葉を聞いた遼太郎は、驚愕の表情を浮かべ、八幡の方にバッと振り向いた。

 

「は、八幡……お前ら、いつもあんな感じなのか?」

「お、おう……まあそうだな」

「すげぇ……すげぇよ八幡、いや、八幡さん!、もうさんづけで呼ぶしかねーよ!」

「いや、気持ち悪いからそれは絶対にやめろ」

 

 八幡は心底嫌そうにそう言った。

 

「それじゃ明日奈、もう一回だ」

「分かった!」

 

 明日奈はそう言って、再び少し離れた位置へと走っていき、振り向いた。

そして、先ほどよりは控えめな態度で遼太郎に駆け寄り、言った。

 

「ごめん、待った?」

「い、いや、今来たとこっす、全然待ってないっすよ!」

 

 遼太郎は、少してんぱりながらも、何とかそのセリフを言い切った。

それを見た八幡は、満足そうにうんうんと頷き、遼太郎に言った。

 

「よしよし、いい感じだな。少しは緊張もほぐれたか?」

 

 遼太郎は、そう言われ、肩をぐるんぐるん回した後、震えの具合を確かめるように、

自らの腕や脚を触り、ニカっと笑って言った。

 

「お?震えも止まってるな。ありがとな、ちょっとリラックス出来たみたいだ」

「それならまあ良かったわ。さて時間だ、そろそろ平塚先生が来る頃だな」

 

 八幡はそう言い、左右をきょろきょろと見渡した。

と、八幡の目に、遠くから見覚えのあるスポーツカーが走ってくるのが見えた。

 

「お、あれだな。紹介した後は任せるから、後は頑張れよ、クライン」

「おう、任せとけい!」

「八幡君、ちゃんと私の事も紹介してね」

「ああ、分かってるよ明日奈」

 

 そうこうしているうちに、静の運転するスポーツカーはどんどん近付いて来て、

三人から少し離れた場所に停車した。そして車から降りてきた静は、

落ち着こうとしているのだろうか、その場で深呼吸した後、

満面の笑みを浮かべながらこちらに小走りで向かいつつ、明らかに作った声で、言った。

 

「ごめぇん、待ったぁ?」

 

 それを聞いた八幡は、静の前に手を広げて立ちふさがり、冷たい声で言った。

 

「チェンジで」

 

 そう言われた静は、自分でも自覚があったのか、しまったという顔で八幡に懇願した。

 

「ま、待ってくれ、せめてリテイクにしてくれ!」

「……あげるチャンスは一度きりですからね」

「わ、分かった……」

 

 そして静はすごすごと車へと戻り、今度は、いつも学校で見せていた、

貫禄たっぷりの姿でこちらへと歩いてきた。

 

「すまん、待たせたかね?」

 

 その、大人の魅力たっぷりの静の姿を見た遼太郎は、八幡を押しのけて前に出ると、

先ほど練習したセリフをしっかりと口にした。

 

「いえ、全然待ってないっす。今来たとこっす。はじめまして、壷井遼太郎です!

今日は俺なんかの誘いを受けて頂いて、ありがとうございます!」

「いやいや、こちらこそ、私なんかを誘ってくれて、その……あ、ありがとうございます。

私は平塚靜です。こちらこそ宜しくお願いします、壷井さん」

 

 静は少し照れながら、遼太郎に笑顔で答えた。遼太郎は、静に出会えた事に喜びを抱き、

更には静を紹介してくれた八幡と出会えた事を、心から神に感謝した。

 

「しかしまさか比企谷に、こうして男性を紹介してもらう日が来るとはな……」

「ええ、俺もまさか、今でも先生が独りだなんて……ぐふっ」

 

 八幡はそのセリフを最後まで言う事が出来なかった。

静の神速のボディブローが、八幡の腹を直撃したからだ。

八幡は久しぶりに味わう静の鉄拳を懐かしく思うと同時に、

その攻撃の速さにある意味驚愕していた。

 

(一応備えといたのにこれかよ……この攻撃は、キリトクラスだな……)

 

 一方、無防備に攻撃を食らった八幡の姿を見て、明日奈と遼太郎も驚愕していた。

 

「まさか、あの八幡君が反応すら出来ないなんて……」

「まじかよ、まばたきしてる間に攻撃が終わってたぞ……」

 

 明日奈は、ありえない光景に目を疑っていた。遼太郎はそれに加えて、

いずれ我が身も同じ目に遭うであろう事を、しっかりと覚悟した。

 

「何か言い訳はあるかね?」

 

 静が八幡にそう言うと、八幡は涙目で、それでもめげずに静に言った。

 

「待って下さい最後まで話を聞いて下さい。決して悪い意図で言おうと思った訳じゃなく、

俺は嬉しかったんですよ。俺がいない間に尊敬する先生が、どこの馬の骨とも分からない、

おかしな奴と付き合ったりしてなくて、ほっとしたんです。

おかげで、自信を持って先生にこいつを紹介出来るわけですからね。

先ほど自己紹介していましたが、改めて、こいつが俺の大切な友人の、壷井遼太郎です。

生死を共にした、俺の大切な仲間です」

 

 それを聞いた静は、遼太郎の手を取り、真面目な表情で言った。

 

「壷井さん、私の大切な教え子を助けてくれて、本当にありがとうございます」

「いえいえ、俺の方こそ、八幡にはすごく助けてもらって……

こうして生きて静さんに会えたのも、こいつのおかげなんで、

俺の方こそ、こいつにはいくら感謝しても感謝し足りないくらいですよ。

あ……すんません、俺、勝手に静さんなんて、名前で呼んじゃいましたね」

 

 静はそれを聞き、頬を赤らめながら言った。

 

「あ……で、出来ればそのままで……」

 

 遼太郎は静のその姿に、かなりクラッときた。

 

「ありがとうございます、静さん!出来れば俺の事も、遼太郎でお願いします!」

「あ、はい……り、遼太郎……さん」

 

 遼太郎は、自分の名前を静に呼ばれ、天にも昇る心地だった。

そして遼太郎は八幡の手を握り、何度も何度もお礼を言った。

 

「ありがとな、本当にありがとな、八幡」

「おう、後はお前次第だ、頑張れよ」

「頑張って、クラインさん!」

「明日奈さんもあざっす!」

 

 明日奈の名前が出たところで、静が八幡におずおずと尋ねた。

 

「あ~、比企谷、そちらが噂の君の彼女かね?出来れば紹介してくれると嬉しいのだが」

「あ、そうですね。明日奈、ちょっとこっちに」

 

 八幡が手招きすると、明日奈は少し緊張しながら静の前に歩み出て、自己紹介をした。

 

「平塚先生、始めまして。八幡君とお付き合いさせて頂いている、結城明日奈です。

今後とも宜しくお願いします」

 

 そう言って明日奈は、静ににこりと笑った。静は挨拶を返すと、嬉しそうに八幡に言った。

 

「何というかまあ、君に彼女を紹介してもらえる日が来ようとは、感無量とはこの事だな」

「そうですね、そういえば、昔ラーメンを一緒に食べる約束をしてましたっけ。

今度四人でどこかに食べに行きますか」

「いいな、是非そうしよう」

 

 そして静は、八幡の耳に口を寄せた。

 

「絶対に彼女を離すんじゃないぞ。とてもいい子じゃないか。

そしてとてもお似合いだ……必ず幸せになりたまえ」

 

 静は八幡にそう言った後、明日奈の方に向き直ると、あらたまった口調で言った。

 

「結城君、私が言うまでもないと思うが、こいつはとてもめんどくさい男だ。

だが、とても優しい男でもある。どうか今後とも、比企谷の事を宜しく頼む」

「はい、引き受けました!」

 

 明日奈はその言葉に、とてもいい笑顔でそう答えたのだった。



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第169話 最後の教え?

2018/06/13 句読点や細かい部分を修正


「さて、顔合わせも済んだようだし、後は二人にお任せします」

 

 そろそろ頃合いだと思ったのだろう、八幡は二人にそう言った。

 

「今日はわざわざすまないな、比企谷。本当にありがとう」

「ありがとな、二人とも!」

「いえ、どうって事ないですよ」

「クラインさん、頑張って!」

「明日奈さん、あざっす!」

「それじゃ俺達はそろそろ行きますね。先生、ラーメンの件、また連絡します」

「ああ、比企谷、楽しみにしているよ。結城君もまたな」

「はい、またです!」

 

 こうして八幡と明日奈は、二人を見送り、帰途についた……ように見えたのだが、

八幡は、自らの愛車の所に着くと、唐突に明日奈に言った。

 

「よし、このまま隠れて二人の後を追うぞ」

「あ、やっぱり?」

 

 明日奈は、その展開を、半ば予想していた為、そう言った。

 

「何だ、予想してたのか?」

「うん、だって八幡君、平塚先生の事が大好きそうだったし、

多分心配で、こっそり着いていくんじゃないかなって」

 

 八幡はその言葉を聞き、少し焦ったように言った。

 

「だ、大好きとかじゃなく、あくまで尊敬だ、尊敬。一番好きなのは、当然明日奈だ」

 

 明日奈はその八幡の言葉に、顔を赤くしつつも表情を綻ばせて言った。

 

「もう、分かってるって。私も大好きよ、八幡君」

「お、おう……」

 

 明日奈に笑顔でそう返された八幡は、かなり照れながら、そのまま明日奈を助手席に乗せ、

遼太郎と静のいる方へと車をスタートさせた。

そして、目立たない場所に車を止め、遠くから二人の様子を伺った。

 

 

 

「あの、静さんは、車の運転が好きなんですよね?」

「そうですね、車を運転するのはまあ、好きですね」

「それじゃ最初はとりあえず、適当にドライブしてみませんか?

事前に色々考えてはいたんですけど、正直俺、まだ静さんの事何も知らないし、

最初は静さんの好きな事を一緒に楽しみたいって思うんですよ。

それにドライブしながら色々話すのも楽しそうですしね」

 

 静はその提案に対し、こう返事をした。

 

「遼太郎さんがそれでいいなら」

「もちろんですよ!正直、静さんと一緒にいるだけで俺は嬉しいです!」

「あ、その……ありがとうございます」

 

 静はその遼太郎の言葉に、目に見えて赤くなった。

そして二人は静の車に乗り込み、特に目的を設定する事もなく、車を走らせる事になった。

 

「とりあえず、市街地を出ましょうか」

「はい、そうしましょう!」

 

 遼太郎は、楽しそうに鼻歌を歌っていた。

静はその鼻歌が気になり、何の歌なのか、遼太郎に尋ねた。

 

「あ、これは、SAOのテーマソングですね。crossing fields」

「SAO……ですか」

 

 静はちらりちらりと遼太郎の方を見ながら、何事か思案しているようだったが、

やがて意を決したのか、遼太郎に尋ねた。

 

「あの……」

「はい!何ですか?」

「遼太郎さん、その……SAOって、どんな所だったんですか?

大変だったとは聞いていますけど、正直実感がわかなくて……」

「あ~、まあ、実感はわかないでしょうね」

 

 遼太郎は、苦笑しながらそう答えた。

 

「まあ、現実世界に人を殺す事を目的とした動物がうろうろしていて、一歩街を出ると、

そいつらが全て襲ってくるようなもんですかね。自衛の手段が無いと、すぐ死にますね」

「……」

「まあ、無理をしなければ大体大丈夫っす。頼りになる仲間もいましたし」

 

 仲間、と聞いて、静の脳裏に、先ほど別れた二人の顔が浮かんだ。

 

「比企谷とか、結城君……ですか?」

「まあそうですね。八幡と明日奈さんは、SAOの四天王って呼ばれてましたからね。

一緒の時は、本当に頼りになる奴らでしたよ」

「そうですか、比企谷だけじゃなく、結城君も……」

「あの二人は、ゲーム開始当初から、偶然一緒にいたらしいですよ。

それから基本的にずっと一緒に行動してましたね。まあ要するに、八幡は明日奈さんを、

最初から最後まで守り通したって事になるんでしょうね」

「あの比企谷が……」

 

 静は感無量といった感じで天を仰いだ。そして静は、偶然巻き込まれた危険な世界で、

立派に一人の女の子を守り通した自分の教え子を、とても誇りに思った。

 

「どうやら今度のラーメンは、おごってやらないといけませんね」

「ははっ、昔は問題児だったみたいですけど、今は褒めてやって下さい」

「ええ、そうですね」

「でも……」

 

 静はそう言うと、少し間を置いた後に、言った。

 

「教え子に、教える事が無くなるというのも、少し寂しいものですね」

 

 静の脳裏に、腐った魚のような目をした、それでいてどこか寂しそうな、

高校時代の八幡の姿が浮かんだ。そして今の八幡の、いかにも頼り甲斐のありそうな、

立派に成長した姿がそこに重なり、気が付くと静は、知らないうちに涙を流していた。

その涙に気付いた遼太郎は、慌てて静に言った。

 

「す、すんません、どうか泣かないで下さい!八幡はもう大丈夫、大丈夫ですから!」

「いえ、そうじゃないんです。ただ、とても嬉しくて……」

「嬉しい……ですか?」

「はい、あの比企谷が、危険を顧みず、一人の女の子の為に、

全てを掛けて戦い抜いたと思ったら、つい涙が……すみませんご心配をおかけして」

 

 遼太郎は涙を流しながらも、とても嬉しそうな静の姿を見て、

この人は、心の底から本物の教師なんだなと、静に尊敬の念を抱くと共に、

静をずっと守りたいと思う気持ちが、自分の心の中で膨らんでいくのを感じていた。

 

「俺も学生時代、静さんのような先生に教わりたかったですよ」

「いや、私なんか……」

 

 静は謙遜したが、遼太郎は、首を左右に振りながら言った。

 

「八幡は、最初からすげー真っ直ぐで、意思が強くて、いい奴でしたよ。

それはきっと、全部じゃないかもしれないですけど、静さんの教えのおかげです。

静さんの教えは、きっと今もあいつの中に、立派に根づいてますよ!」

「……そうですか、はい……はい、だといいんですが」

 

 静は涙をぬぐいながら、笑顔で遼太郎に言った。

それが少し照れくさくて、外を向いた遼太郎の視界の隅に、見覚えのある車の姿が映った。

遼太郎は、ん?と思いながら、後ろに振り返り、後方を確認すると、

後ろを走っている車の運転席で、やべっという顔をした八幡と目が合った。

ちなみに明日奈は平気な顔で、笑顔で遼太郎に手を振っていた。

それを見た遼太郎は、堪えきれないようにくっくっと笑いながら、静に言った。

 

「静さん」

「あ、はい」

「どうやら八幡も、静さんの事が心配みたいで、車でこっちの後をつけてきてるみたいっす」

「ええっ!?」

「まあ、興味本位かもしれないですけどね」

 

 静は慌ててバックミラーを確認した。後方の車の運転席に、確かに見慣れた顔が見え、

静はその顔をじっと見つめた後、何かにハッと気付いたように、遼太郎に言った。

 

「遼太郎さん、まだ私にも、あいつに教えられる事があったみたいです」

 

 遼太郎は、その嬉しそうな静の声を聞き、これまた嬉しそうに、問いかけた。

 

「そうっすか、それは良かったっすね!で、何を教えるんですか?」

「比企谷に、世の中には決して越えられない壁があるって事を、教えてやろうと思うんです」

「超えられない壁、ですか……具体的には?」

「初心者マークごときが、私についてこようなどとは百年早いと教えてやります」

「えっ?」

 

 遼太郎は、今感じた嫌な予感に冷や汗を流しながら、静に聞き返した。

 

「えーっと、つまりそれは……」

「もうすぐこの車は市街地を出ます。そしたら、一瞬であいつの視界に、

この車が映らないようにしてやるつもりです。それが、比企谷に対する私の最後の授業です」

「まじっすか……」

「ええ。もう私には、これくらいしかやれる事は無さそうですしね」

 

 不敵な笑みを浮かべながら、そう言い放った静を見て、遼太郎は、覚悟を決めた。

 

「わ……分かったっす。静さんの好きにして下さい。オーケー、いつでもいいっすよ!」

 

 そう言うと遼太郎は、しっかりと足を踏ん張り、シートベルトをぎゅっと握った。

そしてその直後に遼太郎の視界が開けた。どうやら市街地を出たようだ。

その瞬間、静は笑いながら、アクセルをベタ踏みした。

静の運転する車が加速し、一瞬にして、八幡達の視界から静達の姿が消えた。

 

「う、うおおおおおお」

「あはははははは、未熟者め!」

「静さん!静さん!」

「あははははは、はははははは」

 

 遼太郎は必死に静に呼びかけたが、大声で笑う静はそれに気付かない。

やがて怖さを通り越したのか、遼太郎も、いつの間にか、静に合わせて笑い始めていた。

 

「あははははははは」

「ははっ、はは、ははははは」

 

 ひとしきり笑った後、遼太郎は、とても楽しそうに笑う静に向かって言った。

 

「静さん、今日はもうこのままとことん突っ走りましょう!」

「はい、遼太郎さん!あはっ、ははははは」

「俺はそんなあなたと、ずっと一緒にいますから」

「え?遼太郎さん、何か言いました?」

「何でもないっす!」

 

 こうして遼太郎との最初のデートで、静は八幡に、

最後の強烈なパンチをお見舞いしたのだった。




交通ルールは守りましょう!


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第170話 明日奈の思惑

2018/06/13 句読点や細かい部分を修正


 と、いう訳で、場面は現在へと戻る。八幡は両足を踏ん張り、左右のGに耐えていた。

陽乃は後部座席の状況に気を配る事も出来ず、運転に集中していた。

つまりそれほどまでに、静が強敵だという事だろう。

八幡はこの状況で、自分達に何が出来るのか、必死に考えていた。

静達に無くて、自分達にあるもの。一つはキットの存在、そしてもう一つ……

助手席で、ただひたすら踏ん張っているであろう、クラインとは違い、

自分達には、三人だからこそやれる事がある。そう考えた八幡は、明日奈と雪乃に言った。

 

「明日奈、雪乃、絶対に俺を離すんじゃないぞ。

これから俺は、状況を見て左右に体重移動をする。

二人が怪我をしないように、俺が必ず守るから、なるべく俺の動きに合わせてくれ」

「分かった、任せる!ほら雪乃、もっとしっかり抱き付いて!」

 

 明日奈にそう言われ、余裕の無さそうな雪乃の口から、

雪乃自身も意図しない言葉が、思わず口をついて出た。

 

「ね……ねぇ明日奈、やっぱりそれは、ひゃぁっ、せ、正妻の余裕なのではないかしら」

 

 明日奈はその悲鳴まじりの雪乃の言葉に、一瞬きょとんとした後、微笑みながら言った。

 

「ふふっ、確かにそう言われると、そうかもしれないね。

それにしても雪乃、初めて私の事、呼び捨てにしてくれたね。ふふっ、何か嬉しい」

 

 そう言われて、初めて自分が発した言葉の意味を理解した雪乃は、

恥じらいの表情を見せながら、明日奈に言った。

 

「くっ……私とした事が……」

「それだけ余裕が無いんだよな」

 

 八幡が割って入り、雪乃の頭をなでながらそう言った。

 

「あっ、ずるい!八幡君、私にも!」

 

 それを見ながら明日奈が羨ましそうに言った為、八幡は、明日奈の頭もなでた。

 

「こ、これくらい別に余裕よ」

「本当か?」

「う……た、確かに少しきついのは否定出来ないわね」

「少し、ね」

 

 八幡は、そう言いながらも青ざめた表情で必死に足を踏ん張っている雪乃の姿を見て、

苦笑しながらそう呟いた。更に八幡は、表情を改めながら、こう口にした。

 

「正直こっちに戻って来て、雪乃と再会してから、少し物足りないって思ってたんだよな」

「物足りない、ですって?」

「ああ。昔のお前と違って、今のお前はどこか俺に遠慮したような態度をとる事があるだろ?

毒舌もすっかり封印してしまっているみたいじゃないか」

「確かに最近の雪乃ちゃんは、すごく大人しいね!」

 

 激しくステアリングを操作しながらも、会話を聞いていたのだろう陽乃が、

横からそう雪乃に言った。

 

「姉さんはしっかり運転に集中しなさい」

「は~い」

 

 雪乃にそう言われた陽乃は、舌をペロッと出しながら、再び運転に意識を集中させた。

次に明日奈が雪乃に話し掛けた。

 

「私もね、正直、雪乃の性格が、八幡君から聞いてたのと違うなって思ってたんだよね。

だからもしかして、まだ私に心を許してくれていないのか、もしくは遠慮してるのかなって、

そう思ってたんだよね」

「雪乃、そうなのか?」

 

 八幡はその辺りには無頓着だったので、そういった事には気が付いていなかったのか、

きょとんとしながら雪乃に尋ねた。

 

「べ、別にそういう訳じゃ……明日奈さんの事は……その……好ましいと思っているわ」

「だってよ」

 

 八幡が明日奈にそう言うと、明日奈は目を輝かせながら言った。

 

「本当?それじゃあそろそろその他人行儀な呼び方はやめて、私の事は、

これからはちゃんと明日奈って呼び捨てにして欲しいな」

「わ、分かったわ、私もやっと覚悟を決めたわ、これからはそうする、その……明日……奈」

「うん!ありがとう、雪乃!」

「え、ええ」

 

 それを見ていた八幡が、面白そうな顔をして、更に言った。

 

「俺の事も、八幡って呼び捨てにしても別に構わないぞ」

「それは無理ね」

 

 雪乃は八幡に、にっこりと笑いながら即答した。

 

「即答かよ」

「ええ、そこまで馴れ馴れしくするのは、今の私には無理ね」

 

 その会話を聞いた明日奈は、ハッと何かに気付いたような表情を浮かべると、

唐突に、こんな事を言い出した。

 

「無理なんだ、ふ~ん」

「い、いきなりどうしたの?明日奈」

 

 その明日奈のいきなりの、挑発めいた言い方に、雪乃は困ったような表情を見せた。

 

「正妻の私としては、それくらい別に構わないんだけどな。

うん、正妻としてはね。ほら、敵は手ごわい方が倒し甲斐があるって言うじゃない」

「お、おい明日奈、一体何を……」

 

 いきなり何を言い始めるのかと、焦った調子で八幡が明日奈に尋ねたのだが、

明日奈はそんな八幡を、じろりと睨みながら言った。

 

「八幡君は少し黙ってて」

「あっ、はい……」

 

 八幡は、明日奈の迫力に負け、しばらく様子を見る事にした。。

 

「あ、明日奈、いきなりどうしたの?」

「ほら、女は競い合ってこそ華だって言うじゃない。

私も今のまま、ただ安穏と八幡君の隣にいるってのもどうかなって、

最近少し思うんだよね。だから、雪乃もあまり遠慮せず、

もっと強気な態度でいて欲しいなって、そう思うんだよね」

「あら……明日奈も中々言うじゃない」

 

 雪乃は負けず嫌いの血が疼いたのか、その明日奈の挑発に乗った。

 

「でもそれだと私は、今よりももっと、八幡君と親しくなってしまうかもしれないけれど、

明日奈はそれでいいのかしら?そうなると、ゆいゆいや優美子やいろはさんも、

多分黙っていないと思うわよ」

「大丈夫、八幡君は私にベタ惚れだから、絶対に浮気とかはしないから」

「あら、随分と自信たっぷりね」

「それはまあ、外堀ももう、ほとんど埋まってるわけだしね」

「お、おいお前ら、何でいきなりこんな事になってるんだよ」

 

 さすがに見かねた八幡が、二人の間に入ろうとしたのだが、

そんな八幡に、雪乃は冷たく言い放った。

 

「少し黙っていなさい、比企谷菌」

「お、おう……久々に聞いたなそのフレーズ」

 

 八幡はその雪乃の言葉を聞いて、再び沈黙した。

 

「何それ?あははははは、比企谷菌って」

 

 その言い回しがツボにはまったのだろう、明日奈がいきなり笑い出した。

そして明日奈は、八幡ごしに、ぎゅっと雪乃の手を握り、満面の笑顔で雪乃に言った。

 

「うん、今の雪乃は、まさに聞いてた通りの雪乃だね。

恋愛面で譲る気はまったく無いけど、そういう所は、もっと普通にして欲しいなって思うの。

だって私、雪乃やゆいゆいや、他の皆の事が、大好きなんだもん。

私、素の状態の皆ともっともっと仲良くなりたいの!」

「明日奈……あなたずるいわ」

 

 雪乃は、そう言いながらも、その表情は、とまどいつつもとても嬉しそうに見えた。

 

「そんな顔でそんな事を言われたら、断る訳にはいかないじゃない。

それに、言われなくても私もゆいゆいも、あなたの事が大好きなのよ。

こちらからもお願いするわ、明日奈。今後とも、宜しく」

「うん、宜しくね、雪乃!」

 

 二人がうって変わって笑顔になった所で、やっと八幡が口を挟んだ。

 

「一時はどうなる事かと思ったが、うまく話がまとまったみたいだな」

 

 それを聞いた雪乃は、少し考え込みながら言った。

 

「これは……どうやら明日奈の演技に、まんまと乗せられてしまったようね。

でも明日奈、どうしていきなりこんな事を?」

 

 明日奈はその問いに対し、真面目な顔で説明を始めた。

 

「最近漠然と感じていたんだけど、何て言うのかな、やっぱりほら、

八幡君の古くからの知り合い組と、SAO組って、まだ完全には打ち解けていないじゃない?

このままだと、まあ可能性は低いと思うけど、八幡君のチームの中に、

二つの派閥が出来る可能性も、無くはないと思うの。でね、ほら……」

 

 明日奈は、前方を走る車を指差した。

 

「あの二人は、まさにその二つの集まりを繋ぐ、絆を結ぼうとしている訳じゃない。

それならこの機会に、そんな可能性を完全に無くす為に、まず私が率先して、

もっともっと雪乃やゆいゆいや、他の人達と、仲良くしなきゃって思ったんだ。

で、さっきの二人のやりとりを聞いて、昔八幡君が、雪乃の負けず嫌いな部分について、

熱弁をふるってたのを思い出したから、この機会にちょっと煽ってみようかなって……

きゃっ、雪乃、頭をぽかぽか叩かないで!ごめんなさいごめんなさい」

 

 雪乃は、もちろん痛くないように気を付けながらも、明日奈の頭をぽかぽかと叩き、

その後、満面の笑みを浮かべながら、八幡を、昔の呼び方で呼んだ。

 

「比企谷君」

「は、はい」

 

 それを聞いた八幡は、背筋を凍らせながら、かしこまって返事をした。

その直後に雪乃は、笑顔を崩さないまま、八幡に言った。

 

「あなたのふるったという熱弁について、ちょっと話があるわ。後で覚悟しておきなさい」

「あっ……はい……」

 

 八幡は泣きそうな顔でそう返事をし、それを見た陽乃と明日奈は、

八幡を見ながら、楽しそうに笑った。つられて雪乃も笑い声を上げた。

それからしばらく車内には、三人の笑い声が響いていたが、

八幡が咳払いをした為、三人は笑うのをやめた。

 

「おほん。よし、それじゃあさっきの作戦を実行する。雪乃、いけるよな?」

「誰に向かって物を言っているのかしら?」

「誰に向かって物を言っているのかね、八幡君」

「す、すみません……って違う!」

 

 雪乃に加え、明日奈にもそう言われた八幡は、反射でつい謝ったが、すぐさま立ち直った。

 

「よし、次はキット、聞こえるか?」

『はい、とても楽しそうな会話を聞かせて頂きました、八幡』

「お、おう……それは何よりだ。まあそれはさておきキット、

今俺達は、前の車についていくのが精一杯な状態だ。そこでこれから、俺が中心になって、

少しでも曲がる時に車体が安定するように、三人がかりで重心を上手く移動させる。

キットは、陽乃さんが限界以上の力を引き出せるように、電子的なサポートを頼む」

 

 その八幡の言葉を聞いたキットは、一瞬沈黙すると、まるで人間のように、

とても嬉しそうな声で返事をした。

 

『分かりました。私もそろそろ、あの生意気な車を抜きたいと思っていた所です。

そのあなたの提案に乗ります』

「よし、それでこそ俺達のキットだ!勝負に勝ったらハイオク満タンな!」

『ありがとうございます、八幡』

 

 そして八幡は満足そうに頷きながら三人に言った。

 

「よし、それじゃあミッションを開始する。明日奈、雪乃、しっかり俺に捕まってくれよ。

重心の移動は俺がするから、二人は上手くそれに合わせてくれ」

「了解!」

「任されたわ」

「雪乃ちゃん、いいなぁ……」

 

 合法的に八幡に抱き付く雪乃をじとっと眺めながら、陽乃がそう言ったのだが、

雪乃はそれを完全にスルーし、陽乃に言った。

 

「姉さん、いつでもいいわよ。さっきから先生にやられっぱなしじゃない、

少しは私達にいい所を見せなさい」

「は~い。それじゃあキット、行くよ!」

『いつでもどうぞ、陽乃』

 

 こうして、一体となった四人による、怒涛の追撃が始まったのだった。



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第171話 決着

2018/06/13 句読点や細かい部分を修正


「遼太郎さ~ん!」

「し、静さん、おはようございます」

 

 静はこの日、遼太郎との約束の時間の一時間前から待ち合わせ場所で待機していた。

そして遼太郎の姿を見付けると、嬉しそうに手を振りながら、そちらへと駆け寄っていった。

多少キャラを作っていた事は否めないが、そこは大目に見てあげて欲しい。

静も、楽しかったとはいえ、前回はやはりちょっと失敗したかもしれないと思っていた為、

彼女なりに反省し、その失点を取り戻そうと必死なのだ。

幸い今の静の姿を八幡が見ても、ギリギリ、本当にギリギリセーフなレベルだったので、

遼太郎はその静の姿に、何ら悪い印象を持たなかった。

もっとも遼太郎が、そんな事は気にしない心の広い男だというのは間違いないので、

本来はまったく問題が無いはずなのだが、男女関係に絶対は無いのである。

 

「あ……ご、ごめんなさい、私ったらつい……」

 

 静はその経験から、遼太郎が少し引きぎみかもしれないと思い、咄嗟に軌道を修正した。

静の脳裏に、過去に付き合ってきた男達の姿が走馬灯のように浮かび、

静は密かに背中に冷たい汗がつたうのを感じた。だが、それはもちろん静の杞憂だった。

遼太郎は、そんな静にいきなり頭を下げたのだった。

 

「早めに出てきたつもりだったんですけど、待たせちゃったみたいですね。

本当にすみません、静さん!」

 

 静はいきなり遼太郎に謝られて、面食らうと同時に、罪悪感を覚えていた。

今は待ち合わせの時間の三十分前である。遼太郎に一切非は無いのだ。

 

「そ、それは違います遼太郎さん。私が早く来すぎただけです。謝らないで下さい」

「え、あ~いや、それはそうかもですけどね、う~ん」

 

 遼太郎は、少し悩むそぶりを見せた後、ニカっと笑いながら言った。

 

「それじゃあ、予定よりも三十分長く一緒にいられるから、ラッキーって事で、

これからの事だけ考えましょう!」

 

 遼太郎は、いや~楽しみだな~と言いながら、そんな事を言った。

静はそんな前向きな遼太郎に、改めて好意を抱いた。

 

「八幡の車も見当たらないし、今日はあいつら、来てないみたいっすね。

それじゃあ静さん、とりあえず出発しましょうか」

「はい、遼太郎さん」

 

 二人はそのまま車に乗り込み、二度目のデートが開始された。

遼太郎は、車に乗った直後に、しっかりと静の服装を褒めており、

それに気を良くした静も、楽しそうに遼太郎に話しかけていた。

こうしてしばらくの間は、二人の間で楽しそうな会話が繰り広げられた。

 

「ここらへんに来るのは初めてですけど、車で一度も行った事が無い所に行くと、

妙に時間が長く感じますよね。二度目は早く感じるのに」

 

 無邪気にそう言った遼太郎に、静はクスッと笑いながら同意した。

 

「そうですね、あれは何でなんですかね、ふふっ」

「ほんと不思議っすよね!」

 

 遼太郎は、興味深げにきょろきょろと周りを見回しながら言った。

そして信号待ちの際、たまたま後ろの景色を見ようと振り返った遼太郎は、

後方に黒光りする一台のスポーツカーが止まっている事に気が付き、

静ならきっと詳しいだろうなと思い、話題を提供するつもりで、何となく静に尋ねた。

 

「静さん、すぐ後ろに、随分と格好いい車が止まってますけど、あれって何て車ですか?

日本車じゃ無さそうですけど」

「え?え~っと……」

 

 遼太郎との会話が楽しくて、そちらにあまり注意を向けていなかった静は、そう聞かれ、

チラリとバックミラーに目をやったのだったが、直後に突然ハッとして、

何かを確認するかのように慌てて振り返り、後方へと鋭い視線を向けた。

その静の仕草に、もしかして、レアな車なんだろうかと思った遼太郎は、無邪気に言った。

 

「もしかして、珍しい車でした?何か独特の雰囲気がありますよね」

 

 静はその問いに、すぐには答えなかった。気のせいか、ステアリングを握る静の手が、

わなわなと振るえているように見え、遼太郎は、何事かと思いつつも、

やっぱり珍しい車なんだなと思い、辛抱強く、静の返事を待つ事にした。

静はその直後、ぶつぶつと何か独り言を言い出した。

 

「あれはまさか……いや、でも間違いない、まさかこんな所にあれが走っているなんて……

しかもよく見えないが、まさかガルウィングなのか……?すごい………………欲しい」

 

 最後の一言で、静の願望がだだ漏れになっていた。遼太郎は苦笑しながら、

あれいくらすんのかな、俺の給料何か月分かなと、とりとめもない事を考えていた。

静が尚もぶつぶつと何事か呟いていたので、遼太郎は静に、恐る恐る声を掛ける事にした。

 

「あの……静さん?」

 

 その遼太郎の呼びかけに、静はハッと意識を取り戻し、興奮した様子で説明を始めた。

 

「ご、ごめんなさい、つい興奮してしまって。あれはトランザムっていう車ですね。

本当はああいう見た目じゃないんですけど、外見をかなりいじってあるはずです。

昔やってた古いアメリカドラマの仕様ですね。車が喋るんですよね。

ドアもよく見えないけど多分、ガルウィングに改造してるみたいです」

「昔のドラマ……喋る車……あ~、深夜テレビで再放送してるのを見た事があるかも?

確か、ナイト……」

「あ、はい、それですそれです!」

 

 静は遼太郎の言葉に頷いた。

 

「確かガルウィングって、ドアが上に開く奴ですよね?

いやぁ、マニアのこだわりってすげーなぁ……」

 

 感心したようにそう呟いた遼太郎に、静は楽しそうに言った。

 

「ふふっ、ドラマじゃガルウィングじゃ無かったですけどね」

 

 遼太郎は、記憶を呼び起こそうと一瞬考えた後、思い出したかのように言った。

 

「あ~、確かに違いましたね!しかしあれ、すごいお金かかってそうっすね……」

「そうですね、あんな風にトランザムを改造出来るのは、それこそ雪ノ下の家みたいな……」

 

 そう言いながら静は、何かに気付いたようにハッとした後、

もう一度振り返り、そのトランザムをじっと見つめ、そこに見覚えのある顔を複数発見し、

一瞬ポカンとした後に、クックッと、楽しそうに笑った。

 

「クックッ……そうか、そういう事か……」

「し、静さん、どうかしたっすか?」

 

 突然表情を変え、笑い出した静に、遼太郎は気押されながら質問した。

そんな遼太郎に、静はニヤリとしながら答えた。

 

「遼太郎さん、あの車は、どうやら比企谷のリベンジらしいです」

「え?は、八幡っすか?」

 

 慌てて振り向き、トランザムの中をじっと見詰めた遼太郎は、運転席に陽乃の姿を発見し、

更に後部座席から、八幡らが手を振っているのを確認し、仰天した。

 

「うわ、本当だ……八幡と、明日奈、陽乃さん、それにあれは……雪乃っすね」

「比企谷め、どうやら自分の腕と車ではどうしようもないと思って、

陽乃達に助っ人を頼んだみたいですね。しかしあの、

何でも一人で解決しようとしてきた比企谷が、こうしてすぐに他人を頼るとは……」

 

 静は感慨深げに天を仰いだ後、遼太郎に言った。

 

「遼太郎さん、比企谷に対する私の教えは、前回で最後にするつもりでしたけど、

どうやらもう一度相手をしないといけないみたいです。どうか、お付き合いをお願いします」

「あ、はい!」

 

 そんな静に、遼太郎は力強く頷いた。こうして、リベンジマッチが開始された。

最初こそ静の方が優勢であったのだが、八幡達が一体となった後、形勢は劇的に変わった。

 

「よし、右だ。三秒後に左。雪乃、お前スタミナに不安があっただろ、大丈夫か?」

「大丈夫、まだいけるわ、虚言は吐かないから安心して。あれから少しは鍛えてあるのよ」

「そういえば、確かに昔より、少し足が太く……」

 

 そう八幡が言い掛けた瞬間、雪乃は八幡の脇腹をつねり、八幡は悶絶した。

 

「雪乃、痛い、痛いって。明日奈は平気か?」

 

「うん、毎朝走ってるからね、もう脚力も昔以上だから、問題無いよ」

「そうか、確かに明日奈も最近足が太く……」

 

 そう八幡が言い掛けた瞬間、明日奈も八幡の脇腹をつねり、八幡は再び悶絶した。

 

「明日奈、い、痛いって。違うんだ二人とも、俺は、健康的でいいなって言いたかったんだ」

「へぇ~」

「ふ~ん」

 

 二人のその反応にいたたまれなくなったのか、八幡は素直に謝罪した。

 

「お、俺が悪かった、すまん」

 

 こんな遣り取りもあったが、その間も、スムーズな体重移動と、陽乃の本気に加え、

ブレーキの利き等の細かい所の調整は、キットが完璧に行い、

八幡達はぐんぐんと追い上げていき、ついに静の車の隣に並んだ。

そして次のカーブで、ついに八幡達は、静の車を抜き去る事に成功した。

その直後、静は降参だという風に二度パッシングをすると、左ウィンカーを一瞬点灯させ、

それに従い、二台は左へと進路を変え、そこにあった休憩所のような所に車を駐車させた。

そして車から降りた静がこちらへと近付いて来た。遼太郎は近付いては来ず、

それを後ろで見ているだけだった。

その二人の様子を見た八幡は、全員を車から降ろした後に、三人をそこで待機させ、

一人で静の方へと歩いていった。そして静と八幡は、二人きりで対峙した。




現実には、こんなバトルはありません!安全運転を!


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第172話 勝負の後の平穏

2018/06/13 句読点や細かい部分を修正


 八幡と静は黙って対峙していたが、最初に口を開いたのは静だった。

 

「よぉ比企谷、やるじゃないか。よほど前回の負けが悔しかったと見えるな」

「先生こそ、そろそろヤンチャはやめた方がいいと思いますよ」

「言うようになったじゃないか、比企谷。

まあそうだな……そろそろこっちも潮時かもな……私にもついに……」

 

 静は八幡にそう言われ、天を仰ぎながら呟いたが、

静のその言葉はしっかりと八幡の耳に届いていた。静はこう言ったのだ。

『私にもついに、ずっと一緒にいたい人が出来たしな、安全第一で行かないと』と。

 

 それを聞いた八幡は、何も言わず、静の次の言葉を待っていた。

そんな八幡を見て、静はにっこりと微笑みながら言った。

 

「それにしても比企谷、やっと君も、素直に他人を頼れるようになったんだな」

「そうですね、何かあった時は、とりあえず最初は、

極力自分の力で何とかしようとは思うんですが、

それをするにはあまりに相手が強すぎました。晶彦さん、そして、前回の先生も」

「ははっ、あの茅場晶彦と同列に語られるとは、私もえらくなったもんだな」

 

 静は面白そうにそう言うと、表情を改め、真顔で八幡に言った。

 

「比企谷、遼太郎さんから、話は少しだけ聞いたよ。

君は明日奈君を、最初から最後まで守り通したんだってな、仲がいいのも頷けるよ」

「俺は明日奈を、本当に守り通せた、んですかね」

 

 そんな八幡の肩をぽんと叩き、静は満面の笑顔になった。

 

「君はその後も、ALOから、彼女をしっかりと救い出したじゃないか。

少しは自分を誇りたまえ。ちなみに私は君の事を、とても誇りに思っている。

だが、まだ終わりじゃないぞ。これからも彼女の事は、しっかりと君が守るんだ」

「はい……」

 

 八幡は、鼻の奥がツンとなり、下を向きながら言った。

 

「比企谷、君は自分一人では敵わない敵の存在を知り、

そしてそれを倒す為に、信頼する仲間の力を借りる事を覚えた。

君へのレッスンも全て終了だな。もう私が君に教えられる事は何も無い。卒業だ、比企谷」

「先生……」

 

 泣き顔を見られるのも気にせず、八幡は顔を上げ、静の顔を見た。

そこで八幡は、予想とは違う静の表情に気が付き、泣きながら吹き出した。

 

「ぐっ……ぷっ……」

「い、一体何がおかしいのかね、感動的な場面なのに」

「だって先生、その表情、どう見ても、すごい悔しそうにしか見えないですよ」

「くっ……悔しいに決まってるじゃないか。あんな車、反則だろう!ずるいぞ比企谷!」

「子供かよ……」

 

 二人は顔を見合わせると、とてもおかしそうに、腹を抱えながら笑った。

仲間達もそれを見て、嬉しそうに二人に近付いてきた。

八幡は、自分は今とても幸せなんだなと思いながら、仲間達の顔を見回した後、

遼太郎に近付き、その首にがしっと腕を回すと、遼太郎の耳に口を近付けて、小声で言った。

 

「クライン、俺は今日で先生から卒業だ。これからは、先生の事、頼むな」

「お、おう、任せとけい!」

「とりあえずさっさと決着をつけろよ、出来れば今日中にな」

「も、もちろんそのつもりだぜ!」

 

 こうして無事に卒業を終え、八幡ら四人は帰ろうとしたのだが、

遠くにラーメン屋を見付けた静が、せめて昼だけでも一緒に食べていこうと提案した為、

せっかくの機会なので、六人はそのまま遠くに見えるラーメン屋へと向かう事にした。

 

「今日は私がおごろう。好きな物を好きなだけ注文したまえ」

 

 静は胸を張ってそう宣言した。陽乃には特におごってもらう理由は無かったのだが、

静の面子を潰さない為に、どうやら黙っておごってもらうようだ。

遼太郎はその言葉に一瞬迷ったようだったのだが、同じ理由で口出しするのをやめた。

当然次の機会には、自分がおごる気まんまんであったが。

 

「わぁ、私、ラーメン屋さんとか来るの初めてだ」

 

 ふいに明日奈がそんな事を言った。どうやら明日奈は、

今までこういう機会が無かったらしく、興味津々な様子で店内をきょろきょろと眺めていた。

 

「明日奈ちゃんは初めてなんだね。あれ、でもあのラーメンが大好きな八幡君が、

明日奈ちゃんを連れて行った事が無いなんて、ちょっと意外だなぁ」

 

 そう言われ、陽乃に視線を向けられた八幡の返事は、至極真っ当なものだった。

 

「あ~、それはですね、一応まだ退院してからそれほど経ってないんで、

食事関係にはちょっと気を遣ってるんですよ。まあ今日はそんな野暮は言いませんけどね」

「あ~、そういう事、なるほどねぇ。私は静ちゃんに、色々な店に連れていかれたなぁ。

でもよく考えると、静ちゃん以外の人と一緒に入るのは初めてかも。

家族でラーメンを食べに行った記憶も無いしなぁ……

あ、って事は、もしかして雪乃ちゃんも初めてだったりするの?」

「いいえ姉さん、私は二回目よ。一度、八幡君と先生と三人で行った事があるわ」

「そうなんだ」

 

 陽乃は意外そうにそう言うと、続けて雪乃にこう尋ねた。

 

「やっぱり静ちゃんが絡んでるんだね。あれ、でもそれって、高校生の時の話よね?

あの頃に、静ちゃんと三人でお出かけ?それとも二人一緒の所に静ちゃんが合流?

八幡君と雪乃ちゃんが、ラーメン屋に一緒に行くような関係だった記憶は無いんだけど、

二人の仲が改善したのって、クリスマス前後でしょう?

その直後にアレがあったし、う~ん、考えても分からないや、それっていつの話?」

「修学旅行の夜の話よ」

「修学?」

「旅行の?」

「夜?」

 

 遼太郎と明日奈と陽乃は、きょとんとしながら順番にそう言った。

静は三人に視線を向けられると、何も聞こえないという風に口笛を吹きながら顔を背けた。

次に視線を向けられたのは八幡だったが、八幡は懐かしそうに目を細めながら、

雪乃の顔を見つつ、こう答えた。

 

「ああ、あの時か、懐かしいな。たまたま夜に、ホテルの売店の前で、

パンさんグッズをすごく真剣に吟味している雪乃に会ってな」

「へぇ~、雪乃って、パンさんが大好きなんだね!」

「えっと……」

 

 明日奈にキラキラした目でじっと見つめられながらそう言われ、観念したのだろうか、

雪乃は少し恥ずかしそうに、だがはっきりとそれを肯定した。

 

「ええ、大好きよ」

「それじゃあ今度、ゆいゆい達も誘って、一緒にディスティニーランドに行こうよ!」

「それはとても楽しそうね。帰ったら早速予定を立てましょうか」

「うんっ!」

 

 雪乃と明日奈が順調に仲良くなっている事に喜びを感じつつ、八幡は説明を続けた。

 

「で、たまたまそこに、他の先生達には内緒で、

こっそりとラーメンを食べに出かけようとしていた平塚先生が通りかかってな、

口止めって事で、そのまま三人で一緒にラーメンを食べに行く事になったって訳だな」

 

 その説明を聞いた陽乃は、静をじとっと見ながら言った。

 

「静ちゃん……あなたって人は……」

「し、仕方ないじゃないか、どうしても食べたくなってしまったんだから」

「はぁ……まあ、いいけどね」

 

 静は陽乃に抗議しつつも、遼太郎の反応が気になるのか、

ちらりとそちらに視線を走らせた。

当の遼太郎は、腕を組みながら、うんうんと一人で何か頷いていた。

 

「あの……遼太郎さん?」

 

 静が恐る恐る遼太郎に話しかけると、遼太郎は、ニカッと笑いながら言った。

 

「その気持ち、よく分かりますよ、静さん!俺もラーメンは大好きっす!」

「あ……は、はい!」

 

 静はその遼太郎の言葉に安堵し、嬉しそうに返事をした。

そして話がひと段落した所で、六人は店に入って席につき、注文をする事になった。

明日奈は、本当にいいのかと何度も聞かれながらも、八幡と同じ物を頼み、

目の前に丼が置かれた瞬間、戸惑ったように八幡の顔を見つめた。

その丼の中身は、ひたすら油、油、油であった。

八幡はそんな明日奈に頷くと、黙って雪乃の前にある丼を指差した。

明日奈がつられてそちらを見ると、雪乃の目の前の丼も、同じような状態であった。

明日奈の視線に気が付いた雪乃は、笑顔で明日奈に言った。

 

「大丈夫、最初はびっくりするかもしれないけど、でもとてもおいしいわよ」

 

 自分よりも食が細そうに見える雪乃にそう言われた明日奈は、

他の人の丼を見たが、どれも見た目は大差無い物だったので、

明日奈は箸を取り、恐る恐る、そのラーメンを口にした。

 

「あっ……美味しい……」

「だろ?」

 

 八幡はそれを聞き、嬉しそうに明日奈に言った。

雪乃も、ほら言ったでしょう、と、笑顔で明日奈に頷いていた。

こうして、和やかな雰囲気のまま食事を終えた一行は店を出たのだが、

そんな一行に、話しかける者がいた。

 

『楽しい食事だったみたいですね、良かったです、八幡』

 

 その声の主の姿がどこにも見えなかった為、

遼太郎と静はきょろきょろと辺りを見回したのだが、周囲には誰もいない。

 

「お前にも食べさせてやりたかったよ、キット。

約束通り、後でハイオクマンタンにしてやるから、それで勘弁な」

「はい、ありがとうございます」

「ハイオクマンタン?」

「し、静さん、これってまさか、さっき話してたドラマの……」

 

 その、どう聞いても人間相手ではありえないセリフを聞いた二人は、まさかと思いながら、

陽乃達が先ほどまで乗っていた、そのトランザムをじっと見つめた。

その視線に気付いたのか、キットはドアを上下に動かしながら挨拶をした。

 

『初めまして、お二人とも、私はキットと言います』

 

 その丁寧な挨拶にきょとんとした後、一瞬の間を置いて、二人は驚きと共に叫んだ。

 

「ほ、本物~~~~?」

「マジか!すっげえ!」

 

 二人にとっては、それがこの日一番のサプライズとなったようだ。

そして四人はキットに乗って帰っていき、その場には、遼太郎と静だけが残されたのだった。



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第173話 ありのまま

2018/06/12 句読点や細かい部分を修正


 こうして八幡達は去っていき、その場には、遼太郎と静だけが残された。

改めて二人きりになった事を自覚した静は、

ここからは絶対に失敗出来ないと、かなり緊張しており、

その為、静のいつもの悪い部分が顔を覗かせようとしていた。

自分を偽り、相手に出来るだけ自分を良く見せようと、無理に背伸びをしてしまう、

そのせいでいつも静が失敗してきた、あの部分である。

一方遼太郎は、残念ながらその事に気が付いてはいなかった。

八幡達とレースまがいな事をした後に、一緒にラーメンを食べるという一連の流れのせいで、

自分なりに考えていたデートの予定が全部パーになってしまい、遼太郎は、

これからどうすればいいか、とても悩んでいたのだった。

静はそんな悩む遼太郎の決断を、完全に受け身な状態で待っていた。

こういった経験の少ない遼太郎は、俺がしっかりしなくてはと、

使命感にも似た思いを抱きながら、一人で考え込んでいたのだったが、結論は出ない。

そんな焦る遼太郎の脳裏に、先ほどの静の言葉が浮かんできた。

 

『比企谷、君は自分一人では敵わない敵の存在を知り、

そしてそれを倒す為に、信頼する仲間の力を借りる事を覚えた。

君へのレッスンも全て終了だな。もう私が君に教えられる事は何も無い、卒業だ、比企谷』

 

(そうか……あの言葉は、八幡だけじゃなく、今の俺にも……)

 

 そして遼太郎は一人で悩むのをやめ、静と相談しようと思い、話し掛けた。

 

「静さん、これからの事なんですが……」

「は、はい、遼太郎さんの行きたい所に行きましょう」

「俺一人だと決めきれないので……って、静さん?」

「は、はい、遼太郎さん、次はどこに行けばいいですか?どこにでも着いていきます」

「え……?」

 

 そこで初めて遼太郎は、静の様子がおかしい事に気が付いた。

静の目が、まるで死んだ魚のような目に見えたのだ。

 

「し、静さん……?」

「何ですか?遼太郎さん」

 

 静は遼太郎の方を向いて返事をしたものの、その顔の動きは、

まるで、ギギギという音が聞こえてきそうな不自然なものだった。

遼太郎は、静を正気に戻す為にはどうすればいいか考えたが、いいアイデアは浮かばず、

結局八幡に電話する事にした。

 

「静さんすみません、八幡に電話するんで、ほんのちょっとだけ待ってて下さい」

「はい、待ってますね」

 

 遼太郎は、静の事を心配しながらも、急いで八幡に電話を掛けた。

幸い八幡がすぐに電話に出てくれた為、遼太郎は、とりあえず八幡に状況を説明した。

 

「……なるほど、どうやら先生は、フォースの負の面に落ちたっぽいな。

多分お前と二人きりになって、ここからが勝負だと、必要以上に入れ込んじまってるんだな。

さて、その状態の先生を元に戻す方法か……」

「自分でも情けないと思うんだが、いい案が思い浮かばねえ。頼む八幡、お前だけが頼りだ」

「まあ、まだお互いの事を良く知らないのに、

全部自分で解決しろってのも酷な話ではあるか。分かった、ちょっと待ってくれ」

 

 八幡は、少し考え込んだ後、遼太郎に言った。

 

「……そうだな、とりあえず衝撃を与えてみよう。クライン、今すぐ先生の胸を揉め。

って、痛ってぇ!おい馬鹿やめろ、いやいや明日奈、今のはほんの冗談だって。

おい雪乃、その凶器はどこから出したんだよ!お前の凶器はその言葉だろ!

そういった物理的手段を併用するのはやめてくれ!」

「は、八幡?おい八幡?生きてるか?」

 

 電話の向こうでは、ドタバタする音と共に、陽乃の笑い声と、

明日奈と雪乃が八幡に説教しているような言葉が聞こえてきた。

そしてしばらくすると、電話の向こうが静かになり、八幡は、遼太郎に返事をした。

 

「すまん、今のはほんの冗談だ。俺の命が危ないから、絶対に実行に移さないでくれ」

 

 八幡の、恐怖に満ちたその声に、遼太郎は当然といった感じで答えた。

 

「あったり前だ!そもそも俺は、そんなセクハラは出来ねぇよ!」

「お、おう、そうか、それは何ていうか、クラインらしからぬ真っ当な返事だな。

で、代案なんだが、ちょっと先生と電話を代わってくれないか?」

「わ、分かった。今度こそ頼むぜおい」

「大丈夫だ、一発で先生を目覚めさせてやるから」

「一発ってお前……ちなみにどんな手段で?」

 

 その自信満々な八幡の言葉に、遼太郎は恐る恐ると言った感じで質問した。

八幡はその問いに、簡潔にこう答えた。

 

「キットに煽らせる」

 

 遼太郎はその、煽るという言葉に、やや不安を覚えたが、

だがしかし、有効なのは間違いなさそうなので、その案を実行してもらう覚悟を決めた。

 

「分かった、何かあっても、それくらいは頑張って何とかするから、ガツンとやってくれ」

『分かりました、お任せ下さい』

 

 いきなりキットにそう言われた遼太郎は、反射的に、敬語で返事をした。

 

「あ、キットさんですか?お手数をおかけしますが宜しくお願いします」

「おい、何でお前、いきなり敬語なんだよ……」

 

 その遣り取りを聞いていたらしい八幡が、横から呆れたように遼太郎に言った。

 

「だ、だってよ、キットさんって明らかに、俺より格上っぽいじゃないかよ!」

「お、おう……まあそう言われると、一概には否定出来ないが……」

「とにかく頼む!今静さんに代わる!」

『了解しました』

 

 そして遼太郎は、静に電話を差し出した。

 

「キットさんが、静さんと話したいそうです」

「はい、遼太郎さん」

 

 静は、状況を理解しているのか分からないようなぎこちない動きで、電話を受け取った。

そして電話に出てしばらくした後、急に静の目に光が灯った。

そして静は、電話の向こうのキットに向かって、とても悔しそうに言った。

 

「こ、これで勝ったと思うなよおおおおお」

 

 遼太郎はその少し子供っぽい静の叫びを聞き、

笑いを堪えながらも、静が元に戻った事を確信し、心の中でキットに感謝したのだが、

次の瞬間、静は誰かに何か言われたのか、顔を真っ赤にしながら遼太郎の方を見た。

直後に静が遼太郎に電話を差し出してきたので、遼太郎は何事かと思いながらも、

その電話を受け取り、電話に向かって話し掛けた。

 

「もしもし?」

「おうクライン、『心配しなくても、クラインは先生にベタ惚れですよ』

って、今言っておいたから、後はお前に丸投げするわ。ちゃんと結果を出せよ」

「おいいい!そこまで言ったなら、せめてちょっとだけでも、何かアドバイスをくれよ!」

 

 その遼太郎の泣き言を聞いた八幡は、電話の向こうでため息をつきながら言った。

 

「やれやれ仕方ない、そうだな、その場所からなら、千葉……あ~、千葉駅前にでも出て、

後は好きな所を適当に回ればいいんじゃないか?」

「適当だなおい!」

「あながち適当って訳でもないんだがな、後は自分で考えろ」

「おい、八幡……?」

「それじゃ、後は二人でごゆっくりって事で」

「お、おい、八幡?八幡?」

 

 八幡はそう言い残すとあっさりと電話を切った。

遼太郎は八幡の残した言葉について必死で考え、

そして何かを思いついたようにハッとした顔をした。

静はまだもじもじしていたのだが、そんな静に遼太郎は語りかけた。

 

「あの、静さん、一つ俺から提案があるんですが」

「は、はい!」

「八幡達の乱入で、予定がすっかり狂っちゃったじゃないですか。

本当は、これからどうするか、静さんと相談して決めたいって思ってたんですけど、

八幡のアドバイスを聞いて、一つ思い付いた事があるんです」

「アドバイス、ですか……?」

「簡単に言うと、千葉に出て、適当に回れ、ってアドバイスです」

「千葉……千葉駅前ですか」

 

 静はそれを聞き、八幡の言葉の意味を考え始めたが、

静が何かを思い付く前に、遼太郎は静に言った。

 

「とりあえず今からそこに、一緒に行きましょう。

で、興味がある所を交互にでも選んで、そこに入りませんか?」

「普通ですね。あっ……ご、ごめんなさい私ったら」

「いや、いいんです、その通りです、普通っす!」

 

 静はその提案を聞き、思った事をうっかりそのまま口に出して言ったが、

それを遼太郎は笑顔で肯定した。

 

「多分それが、静さんの事をもっと良く知る為には、一番いい方法だと思うんです。

余所行きの場所に行くのは、少なくとも今じゃないって思うんっすよね」

「確かに……それなら私も、もっと遼太郎さんの事を色々理解出来るかも……」

 

 静は頷きながら、遼太郎に同意した。

 

「あざっす!それじゃあそうと決まったら、早速行きますか!」

「はい、遼太郎さん!」

 

 静は、花のように微笑みながら、遼太郎に言った。

こうして二人は、まったく背伸びをせず、自分達が興味を引かれた店に次々と入り、

時には何か買い物をし、時には何かに感動し、時には何かに怒りをぶつけた。

ちなみに夕食はサイゼだった。遼太郎はサイゼに入るのは初めてだったようで、

美味い美味いと言いながら、とても楽しそうに食事をしていた。

静はそんな遼太郎の姿を好ましく思いながら、

まったく緊張する事無く純粋に食事を楽しむ事が出来た。

 

「さて、次はどこに行きましょうか」

 

 食事を終え、店を出た後、満足そうにそう言った遼太郎に、静が遠慮がちに切り出した。

 

「あ、あの、遼太郎さん」

「はい、静さん!」

「ちょっと遼太郎さんを案内したい場所があるんですが」

 

 静の顔が真剣だった為、遼太郎は二つ返事でその提案をオーケーした。

 

「分かりました!どこへなりと、喜んでお供します!」



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第174話 二人の時

2018/06/13 句読点や細かい部分を修正


 遼太郎が車に乗り込むと、静は静かに車をスタートさせた。

遼太郎は、静から何か説明があるかなと思い、その言葉を待っていた。

だが案に相違して、静は機嫌は悪くは無さそうだったが、特に話し掛けてはこなかった。

 

(静さんと楽しくお喋りするのは当然楽しいとして、

こういう静さんを見ているだけでも問題なく楽しいし、まあ、こういう時間も必要かな)

 

 そう考えた遼太郎は、静の息遣いを感じながら、心地よい時間を過ごしていた。

静は車の運転は得意であり、という事は、車の事を良く知っているという事でもある。

ちなみに静は、かつて某マンガに影響を受け、

満タンにしたコップの水をこぼさないように運転をする訓練をしていた時期がある。

そんな静は、まったくの自然体で運転を続けているだけだったのだが、その訓練のせいか、

車はとても滑らかな挙動で走り続けており、いつしか遼太郎は、

深い眠りの世界へと誘われてしまったのだった。

 

 

 

 どれくらい時間が経ったのだろう、遼太郎は、唇に何かが触れた気がして、

ぼんやりと目を覚ました。どうやらいつの間にか、車は停車しているようだ。

遼太郎は重い瞼を頑張って開くと、そこにはこちらを覗き込んでいる静の顔があった。

心なしか、その顔は少し紅潮しているように見えた。

 

「あ……すみません、俺、寝ちまってました?」

「すすすすすすみません、ちょっと魔がさしただけなんですうううう」

「へ?」

 

 遼太郎は、きょとんとしながら首をかしげた。

それを見た静は慌てながら、何でもないです!と言うと、車のドアを開け、外に出た。

遼太郎はそれを見て、同じく車のドアを開け、外に出た。

遠くに新都心らしき明かりが見え、周囲には潮の香りが漂っていた。

遼太郎は興味深げに、更に周囲を注意深く観察した。

 

「ここは……橋の上……?」

 

 どうやらここは、東京湾河口にある橋の上のようだ。

橋の欄干は、カップル達の落書きだらけで、遼太郎はそれを見て、かつての八幡と同じく、

けっ、と思ったが、直ぐに、そういえば今の自分達もカップルなんだったと思い直した。

遼太郎が振り向くと、そこには静の姿は無かった。

どうやら少し離れた所にある自動販売機で、何かを買っているらしい。

そして戻ってきた静は、遼太郎に一声掛けると、缶コーヒーを放ってきた。

遼太郎はそれを片手で簡単にキャッチすると、静の方へと歩み寄った。

静は橋の欄干にもたれかかり、じっと海の方を見つめていた。

遼太郎は静の隣に並び、同じように欄干にもたれかかると、静に言った。

 

「あざっす、静さん。ここが目的の場所ですか?」

「はい、遼太郎さん」

 

 静はそう答えると、少し遠い目をした。

遼太郎はそんな静を見て、昔ここで何かがあったのかなと思いながらも、

それが悪い話ではない事を祈りつつ、大人しく静の言葉を待つ事にした。

 

「……懐かしい」

「懐かしい、ですか?」

「ここに来るのは久しぶりなんですよ、前は一番のお気に入りの場所だったんですけどね」

「そうなんですか。しばらく来なかった理由を聞いてもいいんですかね?」

「はい。実はここは……あの事件が起こる直前に、比企谷と二人で話した場所なんですよ」

 

 静はそう言うと、遼太郎の方を向いた。

 

「生徒会長だった一色に、他校との合同クリスマスイベントの手伝いを頼まれた比企谷は、

何とかそのイベントを成功させようと、一人であがいていました。

その時は、雪ノ下と由比ヶ浜との関係が少しおかしくなっていた時期でもあり、

私の目には比企谷は、今にも壊れそうなガラスのように見えていました。

なのでここに連れてきて、少し話をしました。その甲斐があったのか、

比企谷は雪ノ下や由比ヶ浜との関係を改善し、そのイベントを立派にやりとげました。

その直後です、比企谷がいなくなったのは」

「そう、ですか……」

 

 遼太郎は、その時の静の気持ちを考え、胸が締め付けられる思いをした。

 

「それ以来、私はここに来るとどうしても、悲しみと同時に、

怒りをおぼえてしまうようになったんです」

「怒り、ですか?」

 

 遼太郎は、怒りと聞いて少し戸惑ったが、次の静の言葉を聞いて納得した。

 

「はい、神は何故、幸せになろうとする比企谷の邪魔をするのかと、

一体比企谷が、どんな悪い事をしたのかと、この時ばかりは、

いるはずもない、運命の神などというものに、心から怒りを覚えました」

「はい……」

「それから何度かは、一人でここを訪れてみたんですが、

結局私は、ここに来るのをやめました。

私にとっては、一番心が落ち着くお気に入りの場所だったんですけどね、

ここに来るとどうしても、私のアドバイスを聞いた後、帰り間際に、

空を見上げながら、どこか困惑したような、それでいてどこか晴れやかな、

何とも言えない表情をした比企谷の顔が頭に浮かんできて、

どうしても怒りや悲しみといった感情を抑えられなくなってしまって」

 

 静は話を一旦そこで切ると、遼太郎の目をまっすぐ見つめながら、話を続けた。

 

「私は結局、この場所にいるのがつらくて、逃げたのかもしれませんね。

あれだけ熱心にやっていた婚活も、まったくやる気が起きませんでした」

「静さん、それは……」

 

 静は首を横に振ると、

 

「そしてついに比企谷は、自力で私達の下へと帰ってきてくれました。

比企谷は、過酷な環境の中にいながらも、とても立派に成長してくれていました。

それを今日、きちんと確認出来た私は、ふと思ったんです。

今ここに来たら、私は何を感じるのかと。でもやっぱりちょっと怖くて、

遼太郎さんに一緒に来てもらうようにお願いする事で、やっと勇気が出ました」

「なるほど……で、どうでしたか?」

 

 静はそれまでの深刻そうな表情を改め、笑顔で言った。

 

「やっぱり神様に文句を言いたくなりました。

結果的には良かったものの、ちょっと厳しすぎる試練じゃありませんでしたか?って」

「ははっ、まあ確かに、俺達にとっては、すげーきつい試練でしたね」

「あと、比企谷や遼太郎さんにはちょっと申し訳ないですけど、お礼も言いたくなりました」

「お礼、ですか?奇遇っすね、俺もっすよ」

 

 そして、二人は同時にこう言った。

 

「静さんに出会う事が出来たっす!」

「遼太郎さんに出会う事が出来ました」

 

 二人はお互いの言葉を聞き、顔を見合わせると、少し照れながらも微笑みあった。

遼太郎は、ここではっきりと自分の気持ちを伝えられないのは男じゃねえ、

と思いながら、意を決して静に言った。

 

「静さん、さっき、逃げたって言ってたじゃないですか」

「は、はい」

「俺個人としては、そういう時もあるよなって思いますけど、

静さんがそれを許せないって言うなら、次からは俺が、静さんが逃げないように、支えます。

一人なら耐えられないような事でも、二人ならきっと耐えられます。

もっともそこまでつらい事なんか、起こらない方がいいんですけどね。

っと、すみません。話が少し反れました」

 

 静はその前置きで、遼太郎の言いたい事を察したのか、かなり緊張している様子で、

何も言葉を発する事が出来ず、真っ赤になりながらも静かに遼太郎の顔を見つめていた。

 

「俺はまだ会社でもペーペーですし、静さんに苦労をかけるかもしれません。

でもその代わり、静さんの背中は必ず俺が守ります。

今日一日、ありのままの静さんの姿を見て、それでも俺の気持ちは変わりませんでした。

俺にはあなたが必要なんです。あなたしかいません。

静さん、あなたの事が大好きです。俺と、結婚を前提にお付き合いして頂けないでしょうか」

 

 背中を守る、という言い回しは、この場には微妙に不適切な気もするが、

その言葉は、SAOから生還した遼太郎にとってはとても大事な言葉であった。

それを察した静は、嬉しさのあまり、しばらく口が聞けなかったが、

やがて静は、大粒の涙をぽろぽろと流し始めた。それを見た遼太郎は、かなり慌てた。

 

「し、静さんごめんなさい、俺、何かまずい事を言っちゃいましたか?」

「いえ、ごめんなさい遼太郎さん、これは違うんです」

 

 静は涙をぬぐいながら、遼太郎に笑顔を向けた。

 

「誰かに必要とされる事がこんなに嬉しいなんて知らなかったので、

少しびっくりしてしまって、それで涙が」

「そ、それじゃあ……」

 

 そして静は、この日一番の笑顔で遼太郎に言った。

 

「はい、もちろんお受けします。遼太郎さん、私もあなたが大好きです」

「静さん」

「遼太郎さん」

 

 二人は固く抱き合い、そのまま見つめあった二人は、そっとキスをした。

キスを終えた二人は、とても幸せな気分で、お互いのぬくもりを感じていた。

同時に遼太郎は、今の静の唇の感触に、確かに覚えがある事に気が付き、

からかうように静に言った。

 

「静さんとは二度目のキスになりますね」

「あっ……き、気付いてたんですか?」

「ここに着いた時、唇に何かが触れた感触があったんですよね。

あの時は良く分からなかったけど、今のキスで分かりました」

「うぅ……遼太郎さんの、意地悪」

 

 そんなじゃれあう二人の姿を、月が祝福するように明るく照らしていた。

こうして遼太郎の彼女いない歴は終わりを告げ、

静はついに、婚活生活に終止符をうつ事となったのだった。



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第175話 なるほど、それで?

2018/06/13 句読点や細かい部分を修正


 その日明日奈は、たまたま八幡の家に遊びに来ていた。

明日奈は八幡のベッドの上でごろごろしながら、八幡お勧めのラノベを読んでいた。

そんな明日奈に、八幡は立ち上がりながら声を掛けた。

 

「明日奈すまん、ちょっとトイレに行ってくる」

「は~い」

 

 八幡はそう言うと、部屋のドアを開け、階段を下りていったのだが、

明日奈はひき続きごろごろしながら、そのまま読書を続けていた。

そんな時、いきなり八幡の携帯の着信音が鳴った。

明日奈は、慣れた様子で八幡の携帯の画面に表示された名前を確認すると、

慣れた手付きで通話ボタンを押し、電話の向こうに呼びかけた。

 

「もしもし」

「あ、あれ……すみません、間違えましタ」

「え?間違ってないよ、アルゴさん」

「……もしかして、アーちゃんカ?」

「うん」

「……」

「アルゴさん?どうかしたの?」

 

 アルゴが明日奈の名前を確認した途端に無言になった為、

明日奈は何事かと思い、アルゴにそう尋ねたのだが、

アルゴは戸惑った様子で、逆に明日奈に聞き返してきた。

 

「な、なあアーちゃん、この番号、ハー坊の携帯の番号で間違いないよナ?」

「うん、あってるよ」

「そうカ……」

「ああ!八幡君に掛けたつもりが、電話に出たのが私だったから、

もしかして番号を掛け間違えたのかと思ったのかな?」

 

 明日奈は、これが八幡の携帯だと今さらながら思い出し、

いかにも盲点だったという感じでそう言った。

 

「まあ、ちょっとずれてるけど大体それであってるゾ」

 

 アルゴの本来の疑問は、何故八幡の携帯への着信に対して、

普通に明日奈が出るのかという事だったのだが、それを直接明日奈に聞く事は躊躇われた為、

アルゴはとりあえず、八幡が今何をしているのか、明日奈に尋ねる事にした。

 

「で、ハー坊はそこにいるのカ?」

「ついさっきトイレに行ったんだよね。ちなみに今は八幡君の部屋だよ。

あ、今戻ってきたみたい、ちょっと待っててね。八幡君、アルゴさんから電話~」

 

 電話の向こうから、足音と共に八幡の返事が聞こえ、すぐに八幡が電話に出た。

 

「おう、アルゴか?何かあったか?」

「その前に聞きたいんだけど、何でハー坊の携帯への着信を、

アーちゃんが普通にとってるんだ?まあ別に何かこっちに不都合がある訳じゃないけどサ」

「お?ああ、すまん、それは疑問に思うよな」

 

 八幡は、アルゴの疑問は当然だと思い、そう言った。

そして八幡はアルゴに、経緯の説明を始めた。

 

「簡単に言うとな、今俺の携帯に入ってるアドレスは、全員明日奈の知り合いなんだよ」

「ふむふむ」

「そうなると、俺の携帯にかかってきた電話に明日奈が出ても、何も問題はないだろ?

だから俺がその場にいない時は、明日奈にとってくれって言ってあるんだよ」

 

 アルゴはその八幡の説明に、微妙な気分になりながらも、口に出してはこう言った。

 

「それはまあ……男らしい、のカ?」

「おう、もっと褒めてくれ。俺はあまり他人に褒められた事が無いんでな」

 

 その八幡の言葉に、アルゴはため息をつきながらこう答えた。

 

「はぁ……まあ、交友関係の狭さには触れないでおいてやるカ」

「おい、お前それ、バッチリ言っちゃってるからな」

「まあ、狭くて太い関係の女子が多いって事で」

「失礼だな、男もいるぞ。え~と……家族以外で八人くらいは」

「うお、予想よりよりはるかに多いナ」

 

 アルゴはそう言うと、キリト、材木座、エギル、クライン、レコンの顔を思い浮かべた。

 

「五人までは分かるけど、あと三人がわからないな。八人って、見栄を張ってないカ?」

「失礼な、本当だぞ。残りの三人は、戸塚と、葉山、それに戸部だ」

 

 アルゴは前に材木座から、戸塚の名前を聞いた事があるのを思い出した。

 

「ああ~戸塚王子の名前は、前に材木っちから聞いた事があるな。

残りの二人の名前は聞いた事が無いけどな。高校の同級生カ?」

「王子ってお前な……まあいいや、

病院で須郷に襲われた時に、助けてくれたのが、その二人だな」

 

 アルゴはその話を聞き、その二人の事を、以前八幡に聞かされた事があるのを思い出した。

 

「ああ~!そういえば聞いた事があったあった。ちなみに、女子の人数は何人なんダ?」

「企業秘密だ」

「ふ~ん、家族の小町ちゃんを抜いて、十三人って所カ」

 

 アルゴは、ALOのメンバーの数を素早く計算し、そう言った。

 

「残念、十六人だ。その中でアルゴが知ってそうなのは、アスナ、リズベット、シリカ、

リーファ、ユキノ、ユイユイ、イロハ、ソレイユ、メビウス、ユミー、

後、この前説明した、クラインの彼女の平塚先生に、アルゴを足すと……あれ、十二人だな」

「ハー坊、オレっち、薔薇ちゃんとは同じ職場の同僚だゾ」

 

 八幡は、そういえばそうだったなと思いつつも、

知り合いだという事をアルゴに言った事は無いと思い、その事について尋ねた。

 

「正解なんだが、何で俺と薔薇が番号を交換してあるって知ってるんだ?」

「ああ、それは先日、珍しく薔薇ちゃんが、材木っちにキレててな、

その時携帯を取り出しながら『八幡に言いつけるわよ!』って言ってたのを見たんだゾ」

「何やってんだあいつら……」

 

 八幡は、そのアルゴの説明に頭痛を覚えたが、とりあえずスルーする事にした。

 

「まあそれで十三人か、さすがに計算が速いな、アルゴ」

「で、オレっちの知らない残りの三人は、浮気相手か何かカ?」

「んな訳ねーだろ、川崎、海老名、折本っていう、SAO以前の知り合いだな。

ちなみに全員明日奈と面識がある」

 

 明日奈と姫菜は、優美子の紹介で一度一緒に遊びにいった事があった。

ちなみにその時、姫菜が強引に誘って連れてきたのが沙希だった。

 

「ふむふむ、なるほど、ハー坊の企業秘密、しっかりとメモっておいたゾ」

「あれ……お、おい……」

「まさかちょっと煽ったくらいで、こんなに簡単に全員の名前を喋ってくれるとはナ」

「なん……だと……」

 

 八幡はアルゴの巧妙な煽りに上手く乗せられ、

全員の名前を教えてしまった事に気が付き、愕然とした。

だがそこは八幡である。転んでもタダでは起きない。

 

「まあ知られちまったなら仕方がないな。よし、情報料をよこせ」

 

 八幡はアルゴから見えないのをいい事に、ドヤ顔でそう言ったのだが、

そんな八幡にアルゴは、同じくドヤ顔で言った。

 

「なぁハー坊、情報料を払ってもいいんだが、その前に、

オレっちの情報屋としてのルール、覚えてるカ?」

「お前の情報屋としてのルール?……確かあれは……あ」

 

 アルゴの言葉を受け、その内容を思い出した八幡は、

自分が劣勢に立たされている事を自覚せざるを得なかった。

 

「どうやら気が付いたようだな。オレっちは、無償で得た情報は公開しない。

だが、対価を支払って得た情報は、遠慮なく商売のタネにするんだゾ」

「くっ……」

「つまり、ここでハー坊がオレっちから情報料を受け取った瞬間、

さっきの情報は、オレっちの商売のタネになるんだゾ」

「お、俺の情報なんか、買う奴はいないだろ」

 

 八幡は、最後の抵抗とばかりにそう言ったのだが、

少しの沈黙の後、電話の向こうから、アルゴが誰かと会話する声が聞こえた。

 

「お~い二人とも、ちょっといいか?

今、ハー坊のヒミツの情報を仕入れたんだけど、良かったら買ってみないカ?」

「アルゴ殿、今何と……八幡のヒミツの情報って言いましたか?

これは八幡に対して優位に立てるかもしれない絶好のチャンス!よし、言い値で買った!」

「えっ、えっ、本当に?買う買う、絶対買うわ、もちろん私も言い値で!

ふふふ、私だっていつまでもやられっぱなしじゃないわよ、

ついにあいつに一泡ふかせられるチャンス!」

「すまん俺が悪かった、そんな大した情報だとは思わないが、それでも勘弁してくれ」

 

 八幡は、電話の向こうの義輝と薔薇の声を聞き、すぐに折れた。

この勝負、八幡の完全敗北である。そんな八幡にアルゴが言った。

 

「まあそういう事なら今回は、特別に勘弁してやるゾ」

「お、おう、頼むわ」

 

 そこでこの話は終わりかと思われたが、その時アルゴが唐突に言った。

 

「……ハー坊、二人がハー坊に、何か言いたいみたいなんだガ」

「お?何かあったのか?別に構わないぞ」

「んじゃ今スピーカーで全員に聞こえるようにするゾ」

 

 その瞬間に、電話から材木座と薔薇の大声が聞こえてきた。

 

「八幡!!!!!」

「ちょっとあんた!!!!」

「お、おう……どうした?」

 

 電話の向こうの二人は、すごい剣幕でどうやら何かに怒っているように感じられ、

八幡は動揺し、単純に聞き返す事しか出来なかった。

 

「アルゴ殿との会話が少し聞こえてきたが、ふざけるなよ八幡!」

「そうよそうよ、ふざけるんじゃないわよ!」

「おい……お前ら一体どうしたんだよ……何か俺、怒らせるような事をしちまったか?」

「二十四人もアドレス帳に入ってるとか、リア充に成り下がったか、この裏切り者!」

「二十四人もアドレス帳に入ってるとか、一体私の何倍なのよ!ぶっとばすわよ!」

「す、すみませんでした……」

 

 電話の向こうから引き続き、ぶつぶつ呟く二人の声が聞こえてきた為、

八幡は素直に謝った。それでも二人の呪詛の声は止まらなかった為、

八幡は、内心恐怖を感じながら、二人に言った。

 

「わ、わかった……今度何かあったらちゃんと二人も誘うから、本当に勘弁してくれ……」

「本当だな、八幡!」

「本当ね?約束よ!」

「お、おう……任せろ」

 

 八幡は二人の剣幕に押され、とりあえずそんな約束をした。

それで満足したのか、二人はどうやら、大人しく仕事に戻ったようだ。

八幡は安堵したのだが、そんな八幡の肩を、明日奈がちょんちょんとつついた。

 

「ん?どうかしたか?」

「ふふっ、八幡君、そろそろアルゴさんにいじられ終わった?」

「ぐっ……まあそうだな」

 

 明日奈はそれを聞くと、上目遣いで八幡にお願いをした。

 

「それじゃあちょっと、私の声がアルゴさんに聞こえるようにして?」

「分かった」

 

 八幡は、明日奈の事をあざとかわいいと思いながら携帯を操作し、明日奈の言う通りにした。

 

「アルゴさん、聞こえる?」

「お?どうしたアーちゃん、何か用事カ?」

「そろそろ今日の本題について聞きたいんだけど、

多分進展、あったんだよね?ユイちゃんとキズメルの事」

「おお、さすがアーちゃんは勘が鋭いな、そうそう、今日はその事で連絡したんだゾ」

「本当かアルゴ、もうユイは大丈夫なのか?」

 

 二人の話を聞いていた八幡は、食いぎみに横から会話に参加した。

かなり脱線してしまったが、今日アルゴが八幡に連絡をとったのは、

最近姿が見えないユイとキズメルに関して話があったからだった。

 

「二人とも、心配だったろうに、長く待たせちまってすまなかったな。

やっとユイちゃんとキズメル復活の目処が立ったんだゾ」



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第176話 カーディナルシステム

2018/06/13 句読点や細かい部分を修正


 ここで話は少し前へと遡る。

 

 アインクラッドのALOへの導入が決まった日の午後、

アルゴは、ザ・シード規格のカーディナルシステムを精査していた。

 

「やっぱすげぇな茅場晶彦……これを一から作れって言われても、

オレっちだと何年かかるか想像もつかないナ」

 

 そうぶつぶつと呟きながら、画面を凝視していたアルゴは、

とある名称のプログラムを見付け、一瞬で顔を青くすると、どこかへ連絡をとった。

 

 

 

 数時間後、アルゴに呼び出された八幡と明日奈は、ダイシーカフェにいた。

 

「よぉ、二人とも、よく来たな。それにしても珍しいな、こんな時間に」

「エギル、アルゴはいるか?」

 

 八幡は、挨拶もそこそこに、いきなりそう切り出した。

 

「アルゴ?いや、来てないな。待ち合わせでもしてるのか?」

「うん、何か緊急の用事みたいで、呼び出されたんだよね、私達」

「ふむ……」

 

 丁度その時、カランコロンとドアのベルが鳴り響き、アルゴが姿を現した。

 

「お、噂をすればだな、アルゴ。やけに焦ってたみたいだったけど、何かあったのか?」

「ハー坊、アーちゃん、すまん、想定外の問題が発生したんだゾ」

「想定外……とりあえず話を聞かせてくれ」

 

 三人はカウンターに座ると、まずアルゴが話を切り出した。

 

「次のバージョンアップのニュースはもう見たカ?」

「おう、見たぜ、アインクラッドだろ?まさかと思って二度見しちまったぜ」

 

 カウンターの中でグラスを拭いていたエギルが、興奮ぎみに言った。

顔に疑問符を浮かべている八幡と明日奈に、アルゴは説明を始めた。

 

「今度のバージョンアップで、ALOに浮遊城アインクラッドが登場する予定なんだゾ」

「あれな、見た見た、で、あれはどういう事だ?記憶から可能な限り再現したとかか?」

「いや、実物だ。ちゃんと百層まであるんだゾ」

「ええええ?」

「おい、まじかよ、どんな裏技を使ったんだ?」

 

 驚愕する二人に対し、アルゴは淡々と言った。

 

「別に何も。レクト内部を調査したら、アインクラッドのデータが出てきたってだけだナ」

「なるほど……そういう事か……すげーなおい!」

「すごいすごい!」

 

 二人は話を聞き、かなり興奮していたが、次のアルゴの言葉を聞き、頭が真っ白になった。

 

「でも今のままでそれをやると、ユイちゃんが消滅しちまう可能性が高いんだゾ」

 

 二人はしばらく固まっていたが、やがて再起動した二人は、アルゴに詰め寄った。

 

「ど、どういう事だ?何でここでユイの名前が出てくるんだ?」

「そうだよ、うちの娘をどうするつもり?」

 

 アルゴは、まぁまぁと二人を宥めながら、こう質問してきた。

 

「そもそもだ、ユイちゃんって、どういう存在ダ?」

「俺達の娘だな」

「私達の娘だよ」

「いや、そういう事じゃなくてだナ……」

 

 アルゴは少し困った顔で、二人にこう言った。

 

「メディカルヘルス・カウンセリングプログラムの、

【Y・Utility・Interface】、この言葉に聞き覚えがあるだロ?」

「それは確かにユイの正式名称だが……まさか、そういう事なのか?」

「八幡君、どういう事?」

 

 明日奈も当然その言葉は知っていたのだが、それが何を意味するかは、

さすがにすぐには分からなかったようだ。

八幡は、今思いついた最悪の推測を、アルゴにぶつけた。

 

「まさかとは思うが、お前の見付けたアインクラッドの中にも、ユイがいたのか?」

「正解だぞ。考えてみれば当然だよな、今の、自我と呼べるレベルの意識を持たない、

素の状態のユイちゃんを、ついさっき見付けたんだゾ。

そしてもし、アインクラッドが正式に導入され、今のALOのカーディナルシステムが、

ザ・シード規格のカーディナルシステムに置き換わったら、どうなると思ウ?」

「まさか……同じ存在だから、上書きされちまう……のか……?」

 

 八幡のその呟きに、アルゴが頷いた為、八幡は、やっぱりかと肩を落とした。

明日奈もその遣り取りを見て、泣きそうな顔でうつむいた。

しばらく二人は下を向いていたのだが、ほどなくして二人は同時に顔を上げると、

すごい剣幕でアルゴに詰め寄った。

 

「もちろん手はあるんだろ?何とかなるよな?」

「アルゴさん、私、信じてるからね!絶対だよ!」

「なぁ、オレっちが死刑宣告をする為にわざわざ二人を呼び出したとでも思ったのか?

当たり前だろ、二人とも落ち込みすぎだゾ」

 

 アルゴが少し呆れたようにそう言うと、二人は安堵のため息をついた。

 

「な、なあ、ちょっといいか?ユイちゃんって、何か特殊な存在だったりするのか?」

 

 その時、一人蚊帳の外だったエギルが、タイミングを見計らってこう質問してきた。

 

「あ……すまん、エギルにはそこまで詳しく説明してなかったっけか」

「ああ、高性能のプライベートピクシーとしか」

「そうか、後日全員に正式に話すつもりだが、先に説明しておく」

 

 八幡はそう言うと、ユイの出自について、詳しく説明をした。

 

「そういう事だったのか……確かにそれだと、上書きされる可能性は否定出来ないな。

というか、間違いなくそうなるだろうな」

「すまん、当面は何の問題も無いからと、そのままにしておいたオレっちの責任だ」

「いや、俺も問題意識が欠けてたわ。そもそも今思えば、何故ユイが復活出来たのかすら、

ちゃんとは理解出来てなかったからな」

「私もだよ……」

 

 四人は腕組みをしながらため息をついた。

 

「で、ユイはどうなるんだ?」

 

 アルゴに大丈夫だと言われたとはいえ、少し心配そうな口調で、八幡が言った。

 

「そうだな、二人には申し訳ないが、ユイちゃんはしばらく封印って形をとらせてもらうゾ」

「封印か、それで何とかなるのか?」

「ああ。それで、カーディナルシステムからの一切の干渉をまず排除する。

その間に、ハウジングと絡めて、プライベートピクシーの仕様を大幅に変更して、

ユイちゃんとキズメルを、そこに紐付けるつもりだゾ」

「お、ついにか」

「え?キズメルも?」

 

 ここで予想外にキズメルの名前が出てきた為、明日奈は驚きながら言った。

 

「ほら、MMOには、どうしてもソロプレイがメインになる層ってのがあるだろ?

その層への救済策って訳でもないんだが、少しソロプレイヤー寄りの追加要素が欲しくてな、

かといって、緩和しすぎるのもどうかって事になって、

で、家を買ったプレイヤーが対象で、自分より少し弱いくらいのピクシーを、最大二体まで、

つき従わさせられるようにするつもりなんだゾ」

「おお、大盤振る舞いだな」

 

 その、予想外にご都合主義な感じの設定を聞き、八幡は感心したように言った。

 

「ちなみに熟練度を複数マックスにする事で二体目が解放される仕組みだぞ。

ハー坊はもう、その条件はクリアしてるな。

外見は、サイズも含めて色々とカスタマイズ可能になるから、ユイちゃんもキズメルも、

元の姿のままでの完全復活が可能だぞ。ちなみに途中変更も可能だから、

ピクシーの姿にいつでも変身可能だゾ」

「なんだアルゴ、お前が神か」

「アルゴさん、好きな物を注文していいよ!私がおごるからね!

エギルさん、メニューをお願い!」

「おう、毎度あり!」

 

 アルゴはそれを聞き、メニューを開くと、ためらいなく一番高い料理を注文した。

八幡と明日奈は、よほど嬉しかったのだろう、アルゴの為に、

更に一番高いデザートまで注文する歓待っぷりを見せた。

 

「ユイとしばらく会えなくなるのは寂しいが、まあ仕方ないか。

問題は、ユイが寂しい思いをしないかって部分なんだが、どうなんだ?」

「そうだな、目を閉じて、開いたら、もう新しい自分になってるって感じかな。

ユイちゃんの体感だと、一瞬だとおもうゾ」

「そうか……それなら反対する理由は何も無いか。

帰ったらログインして、ユイに事情を説明しないとな」

 

 八幡と明日奈は、顔を見合わせて頷いた。

寂しいが仕方ない、二人の目は、そう言っているようだった。

 

「今回の件に関しては、ボスがリーダーシップをとるって言ってたぞ。

万が一にも何かあったらいけないって事でナ」

「ハル姉さんが?」

「ハル姉さん……」

 

 ここで、基本無表情なアルゴは、珍しく笑顔を見せながら、二人に言った。

 

「二人の幸せの為に、全力を尽くすそうだゾ」

「これは何かお礼をしないといけないな、明日奈」

「うん、何か考えてみよう」

「二人の為なら、全力で公私混同をする宣言までしてたからナ」

「……それっていいのか?」

 

 八幡は、どう反応していいのか分からないという感じでそう言った。

アルゴは、ニャハハ、と笑いながら八幡に言った。

 

「ユイちゃんやキズメルの問題が片付いたら、もう公私混同する機会もほぼ無いだろうから、

別に構わないと思うゾ」

「まあ、それもそうか」

 

 八幡はその答えに納得した。

 

「残る問題は一つだナ」

「何だ?」

「さっき言っただろ?家を手に入れる事だゾ」

「家か……まあ、あそこだな」

「私達にとっては、あそこ以外には考えられないよね」

「よし、今度みんなで集まって、計画だけ立てておこうぜ!」

 

 こうしてアルゴから話を聞かされた日の夜、二人は、ユイと話す為にログインした。



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第177話 大丈夫、準備済だ

2018/06/13 句読点や細かい部分を修正


「ユイ!」

「ユイちゃん!」

 

 ハチマンとアスナが、前回ログアウトした宿屋の一室にログインした瞬間、

その場にユイが現れた。光を纏いながら、くるりんと回転しながら現れたユイに、

二人は矢継ぎ早に声を掛けた。

 

「ユイ、寂しくなかったか、大丈夫か?」

「ユイちゃん、いつも一人にしてごめんね」

「パパ?ママ?私はパパのアカウントに紐付けされているから、

前回お別れしてから、今パパとママに再会するまで、一瞬でしたよ?」

 

 ユイは、いつもと少し違う二人の様子に、キョトンとしながらそう言った。

それでも二人は、決してユイの傍を離れようとはせず、

交互にユイの頭をなでたりしていたので、ユイは疑問に思いつつも、

思う存分二人に甘える事にした。しばらくそうしていた三人だったが、

やがてユイは満足したのか、おずおずと二人に話し掛けた。

 

「その、パパ、ママ、もしかして、私に何か話があったんじゃないんですか?」

 

 ユイはどうやら、二人の様子から、そう判断したようだ。

それを聞いたハチマンは、何とも言えない表情で、ユイに話し掛けた。

 

「ユイ、説明しないといけない事が、いくつかあるんだ」

「今日の本題ですね、パパ、お願いします」

 

 ユイは、少し緊張した表情でそう言った。

それを受けてハチマンは、ユイに先ほどアルゴから聞いた話の説明を始めた。

 

「ユイ、実はな……もうすぐこの世界に、アインクラッドが現れる事になったんだ」

「そうなんですか!?」

 

 ユイも、そんな事はまったく予想をしていなかったのか、とても驚いた顔でそう言った。

 

「ああ、どうやらアインクラッドのデータが、丸々レクト社に残っていたらしいんだよ。

でな、それと同時に、ザ・シード規格のカーディナルシステムを、

新たにここに導入する事になったらしいんだが……そっちの中に、

ユイと同じタイプのMHCPがあったらしいんだ」

「あっ……つまり、それによって、私が消滅する事になるかもしれないって、

パパとママは心配してくれたんですね」

 

 ユイはさすが理解が早く、すぐにその事に気が付いたようだ。

 

「さすがユイ、話が早いな。で、実際の所、どうなんだ?やはり上書きされてしまうのか?」

「そうですね……今の私の状態はとても不安定なので、多分そうなると思います。

でも今ある索敵機能とかの、カーディナルシステム由来の能力を全て切り離せば、

単体で自立し続ける事は可能です、パパ、ママ」

「そ、そうなのか……?」

「はい!」

 

 ユイは、多分ドヤ顔なのだろう、得意げな顔で、そう言った。

ハチマンとアスナは驚きの表情のまま顔を見合わせたのだが、

とりあえずアルゴから聞いた説明を続ける事にした。

 

「次に、良い知らせの方なんだが、実はアルゴがな……」

 

 ハチマンはユイに、アルゴに言われた内容通りの説明をした。

それを聞いたユイは、目を輝かせながら、満面の笑顔で二人に言った。

 

「すごいです、すごいです!私、絶対そっちの方がいいです!」

「そうか、でも、長期間封印される事になって、寂しくないか?」

「そうだよ、しばらくお別れになっちゃうんだよ?」

「パパ、ママ、アルゴさんも言ってた通り、私にとっては一瞬なので、大丈夫です。

でもそんなに私を大切に思ってくれて、ありがとうございます!」

 

 ユイはそう言うと、二人の顔に飛びつき、交互に頬ずりをした。

二人はそんなユイを愛おしく思いながらも、寂しさを感じていた。

 

「俺は……しばらくユイに会えなくなるかと思うと、やっぱり寂しいぞ」

「私も……」

「パパ、ママ……」

 

 ユイはそんな二人の姿を見て、より一層甘え始めた。

 

「大丈夫、大丈夫ですから、二人は存分に、アインクラッドを楽しんで来て下さいね。

次に会う時は、秘密基地の中で笑顔で再会ですよ!パパ、ママ、約束ですよ!」

「お、おう、任せろ、約束だ!」

「待っててね、ユイちゃん、ママが最速で手に入れてあげるからね!」

「はい!」

 

 こうして、ユイに励まされた二人は、笑顔でユイとの別れを済ませ、そして今に至る。

 

 

 

「二人とも、心配だったろうに、長く待たせちまってすまなかったな。

やっとユイちゃんとキズメル復活の目処が立ったんだゾ」

「おお、アレがついに完成したのか?」

「ああ、なんとか二十二層の実装に間に合わせたゾ」

「アルゴさん、本当にありがとう」

 

 明日奈は目を潤ませながら、電話の向こうのアルゴにお礼を言った。

 

「気にすんなよアーちゃん、これがオレっちの仕事でもあるしな。

それよりそっちの準備の方はどうなんだ?最速で二十二層に到達出来るのカ?」

「任せろ、事前に二十一層の攻略計画を作成して、既に全員に配布済みだ」

 

 その返答に虚を突かれたアルゴは、呆れた口調で言った。

 

「そんなのよく覚えてたナ……」

「集合知って奴だな。経験者全員の知識を持ち寄って、何とか細部まで詰める事が出来た」

「家の購入資金は大丈夫カ?」

 

 八幡は、この日の為に、思い付く限りの準備を整えており、

それは当然資金面にも及んでいた。八幡はアルゴに、自信満々にこう答えた。

 

「あの時の購入金額と、当時の相場との比較を元に、

ALOの市場調査を行い、綿密な計算をして、その倍の金額を集めてあるぞ」

「……リズっちが、相当頑張ったのカ」

 

 アルゴは仲間達の中で、唯一金策が可能なスキルを持つリズベットが、

おそらくフル稼働したのだと推測し、その苦労に少し同情しつつ、そう言った。

ところがそれに対する八幡の返答は、予想外のものだった。

 

「いや実はそうでもないんだよな。よく考えてみろ、

俺とキリトの資金は、須郷を倒す時にほとんど使い切っちまったが、

SAO時代に豊富な資金を持ち、その資産が手付かずだった人物が一人いるだろ?

そのおかげで、稼ぎ直した金額は、そこまで莫大な額じゃないんだよな」

「SAO時代に金持ちだったプレイヤー……?商売をしてた、エギルの旦那……?

いや、でもエギルの旦那は、その資金のほとんどを、

中層プレイヤーの育成につぎ込んでいたはずだしナ……」

「えへんおほん、んっんっ、んーん」

「ああ!」

 

 アルゴは少し悩んだのだが、明日奈のわざとらしい咳払いで、それが誰の事か理解した。

 

「お、気付いたか」

「まあ、本人が激しくアピールしてきたからな。

当時はそんな贅沢してるようにはまったく見えなかったから、盲点だったゾ」

「はい!実はお金持ちだったのは、私でした~!」

 

 明日奈は、アルゴからは見えなかったが、手を上げながらそう言った。

 

「そうかそうか、確かにアーちゃんなら、そのくらい貯めてそうだよナ」

「SAOの時は、借りてた家の設備と服くらいにしか使い道が無かったけど、

家の方は途中から秘密基地に移ったから、たまる一方だったしね。

武器に関してはリズがいたし、防具はギルドからの支給だったしね」

「確かにナ」

 

 アルゴは、とりあえずそっちについては問題無さそうだと思い、

次の問題点を八幡にぶつけてみた。

 

「ちなみに二十一層のボスクラスになると、かなり手強いと思うけど、

戦力は大丈夫なのか?オレっちとボスは、当日は多分参加出来ないゾ」

 

 その問いに対し、八幡は再び余裕そうな口調でこう答えた。

 

「大丈夫だ、まず、キリトと戦う権利をエサに、ユージーンを雇った。

その流れで、カゲムネも参加する事になった」

「キー坊を生贄に差し出したのか……」

「次に、リーファとユキノに泣き落としをさせて、

サクヤさんとアリシャさんに手伝いを頼んだ」

「……あの二人、絶対に泣かなさそうだから、効果抜群だったろうナ」

「最後に、パワーレベリングでクリスハイトを促成栽培した」

「菊岡の旦那も災難な……」

「いや、菊岡さん結構ノリノリだったよ?」

「そうなのか……仕事柄、ストレスを貯めてたのかもナ」

 

 アインクラッドが導入されて少しした頃、菊岡が、情報収集の一環としてと言いながら、

クリスハイトというキャラで、ハチマンの仲間になりたいと申し出て来た。

仲間達に事情を話して相談した結果、クリスハイトの加入は快諾された為、

今ではクリスハイトも、すっかりチーム・ハチマンの一員となっていた。

 

「と、いう訳で、全て問題ない。こっちの準備はバッチリだ」

「オーケー、ハー坊、アーちゃん、こっちの事は任せてくれ。そっちの事は頼むぞ。

オレっちも、ユイちゃんの事は大好きだからナ」

「おう!今日はわざわざ連絡ありがとな」

「ありがとう!全力で頑張るよ!」

 

 こうしてアルゴからの連絡を受けた二人は、仲間達に連絡を回し、

全ての根回しを終え、その日を楽しみに待つのだった。



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第178話 制服とエンブレム

2018/06/14 句読点や細かい部分を修正


 比企谷家に泊まった明日奈は、次の日の朝、八幡と二人きりで朝食を食べていた。

八幡の両親は、毎度の事ながら、既に仕事に出掛けていた。

いつもは二人と一緒に朝食を食べている小町も、今日は生徒会の用事があるとの事で、

つい先ほど家を出ており、今は久しぶりの、二人での朝食なのだった。

食事を終えた後、八幡は明日奈に言った。

 

「それじゃあ明日奈、俺はちょっと用事があるから一緒にログインは出来ないんだが、

三人に、制服についての意見を聞いておいてくれよな」

「うん、任せておいて」

「あんまり派手じゃなくていいからな、シンプルなのがいいな」

 

 明日奈はこの日、たまたま都合のついた者達と、ALO内で待ち合わせをしていた。

今日の参加メンバーは、奇しくも同じ学年の女子で固められていた。

ユキノ、ユイユイ、ユミー、リズベットに、アスナを加えた五人である。

目的は、今度新しく揃える事にした、ギルドの制服のデザインを確認する為である。

ユイユイとユミーがいる為、おかしなデザインの場合は、ちゃんと却下されるはずだ。

役割の面から言っても、タンク、重装アタッカー、軽装アタッカー、魔法使い、ヒーラーの、

五種類のジョブが綺麗に揃っており、デザインを考慮する上でのバランス的にも理想的だ。

明日奈は、仮拠点として使用している宿屋に備え付けられている機能を使い、

外部にアクセスし、八幡に指示されたメールを呼び出した。

 

「今回のデザインは、海老名さんに頼んだらしいよ」

 

 明日奈が何となしにそう言うと、リズベット以外の三人は、硬直した。

 

「ちょ、ユミー、大丈夫かな?」

「さすがに後でお仕置きされるのが分かってて、とんでもないデザインにはしてないって、

あーしも信じたいけど、でもあの姫菜だしね……」

「ねぇアスナ、このデザイン、八幡君はチェックしたのかしら?」

 

 ユキノのその問いに、アスナは笑顔で答えた。

 

「『どうせこのメールを見ても、俺のセンスじゃ良し悪しの判断は出来っこないから、

全て五人に任せる』って、開く前に言ってたから、チェックとかしてないと思うよ」

「そう……まあとりあえず、見てみましょうか」

 

 ユキノはそれを聞き、達観した表情でコンソールを操作し、メールを開いた。

 

「あれ、ユキノとユイユイとユミーの名前がついてるファイルがあるね」

 

 デザイン案らしき添付ファイルをひょいっと覗き込んだリズベットがそう言い、

三人は、何ともいえない嫌な予感に包まれた。

どのファイルから開くか、しばらく目で牽制し合っていた三人だったが、

アスナが横から、ひょいっとユイユイの名前の付いたファイルを開いた。

その中身のデザイン画を見た五人は、ビシッと固まった。

そこには、必要以上に露出の激しい、胸の部分が強調された、

ビキニアーマーのようなデザインの服が表示されていた。ちなみに色はピンクだった。

ちなみに下には、『やっぱユイユイはこれっしょ!』と、姫菜の字らしき文が書いてあった。

 

「え、えっと……」

 

 一番最初に我に返ったアスナは、困ったようにそう言うと、黙ってファイルを閉じた。

 

「はぁ……」

「ねぇユミー、あたしって、姫菜から見るとこんなイメージなのかな?」

「大丈夫、まだギリギリ成長期だから。うん、諦めるのはまだ早い」

「私の遺伝子も、そろそろまともに仕事をしてくれないかしらね……」

 

 ユミーは、ため息をつきながら肩を竦め、

ユイユイは、そんなユミーに焦ったように問いかけていた。

リズベットはぶつぶつと呟いており、ユキノは自分の遺伝子に文句を言っていた。

 

「い、今のはさすがにちょっと、ね?」

「そうね、残りの二枚も、おそらくそういう路線だと思うから、ネタとして見てみましょう」

 

 そのユキノの言葉に、四人はうんうんと頷いた。

そしてアスナは次に、ユミーと書いてあるファイルを開いた。

 

「え……ツインテール?」

「普通ね……」

「そういえば昔姫菜に、ツインテールで変なコスプレをさせられそうになった記憶が……」

 

 それは、実は某青髪のボーカロイドに限りなく似たデザインであったのだが、

この中には、その存在を知る者はいなかった。

 

「あら、何か説明書きのような物が書いてあるわね……可動型ツインテールアーマー?」

 

 ユキノの言う通り、確かにそこには、可動型ツインテールアーマーと書いてあった。

そしてその下には、『敵の遠距離攻撃を感知すると、自動で髪が回転して防御する』

と書いてあり、ユミーは頭痛をこらえるようにこめかみを押さえた。

 

「姫菜の思考があーしには分からない……」

「まあまあユミー、でもデザイン自体は普通じゃない?あたし好きだな、こういうの」

「半袖ネクタイに、ミニスカートって、何かかわいいね」

「コンセプトはありかもしれないわね」

「うん、かわいいかも!」

 

 可動型ツインテールアーマーの是非はともかく、デザイン自体は五人には好評であり、

最終候補に残される事になったのだが、後日八幡に、即却下される事となる。

主に版権の問題から、これはやめた方がいいと判断したのであろう。

 

「さて、最後はユキノのファイルだね」

「ちょっと見るのが怖いわ……」

「それじゃ開いてみるね」

 

 アスナがファイルを開き、ユキノ用のデザインが公開された瞬間、ユキノが言った。

 

「これは採用せざるを得ないわね」

「えええええええええ」

「待って待ってユキノン、気持ちは分かるけどストップストップ!」

「ユキノって、こういうのが好きなんだ?」

「へぇ、ちょっと意外」

 

 それは、かつて雪乃がメイド喫茶で着せられたメイド服に酷似していた。

ただ一点違う所があるとすれば、その頭には、ネコミミが燦然と輝いているという事だった。

ちなみに雪乃がメイド服に忌避感が少ないのは、かつてこの姿を八幡の前で披露した時、

彼の反応が良かったという記憶が、頭の片隅に残っていた為である。

ネコミミに関しては言わずもがなである。

 

「あなた達、一体何を言っているの?最高のデザインじゃない」

「誰か、ユキノを止めて!」

「ユキノ、さすがのあーしも興味が無いではないけど、うん、やっぱ無理」

「駄目よ、これは候補として残すわ」

「一度こうなったユキノンは、テコでも動かないかも!」

「あはははは、ユキノにこんな一面があったなんて、知らなかったなぁ」

「リズ、笑ってないで、ユキノを止めるのを手伝って!」

 

 こうしてすったもんだの末、このデザインも、一応最終候補に残される事となった。

後日これを見たハチマンは、一瞬手を止め、葛藤するような表情を見せたのだが、

断腸の思いでこれを却下した。だがやはり少し未練があったのだろう、

その時隣にいた明日奈に、試しに一度、この格好をしてみないかと尋ねてみたのだが、

顔を真っ赤にした明日奈に正座をさせられ、お説教をされる事になる。

もっとも後日明日奈は、まったく予想外の形でメイド服を着る事になるのであった。

その後、姫菜が真面目に考えた、数点のデザイン画が公開され、

それを元に五人が頭を悩ませた結果、八幡の、シンプルにという意見も考慮され、

装甲があしらわれたレザータイプの制服が、本命候補として決定された。

色は八幡の指定で黒であった。これはキリトのイメージカラーを考慮に入れた結果だろう。

尚、肩の部分は、各人でアレンジ出来るよう、特に何も付けない事とされた。

 

「でも、さすがに地味すぎる気もするのだけれど、大丈夫なのかしら」

 

 ユキノが素直に、そんな感想を述べた。

 

「あ、えっとね、左胸の所にギルドのエンブレムを入れて、その下に、

各人がデザインした個人マークを入れるようにするみたい。えっとね……こんな感じ」

 

 アスナがコンソールを操作すると、立体化されたデザイン画の左胸の部分に、

ギルドのエンブレムが浮かび上がった。それは先日八幡が、メンバーに先行公開した物で、

刃が下向きになった、赤と白の剣が二本交差した形のエンブレムであり、

その上に、おそらく明日奈の個人マークなのであろう、

レイピアが十字に組まれたマークが表示された。

 

「あら」

「何か格好いい!」

「いいじゃん」

「いい感じだね、アスナって感じ」

「あ、ねぇリズ、あのマーク、あたしの盾にもお願い!」

「オッケーユイユイ、任せて!」

 

 四人は、感心したように、口々にそう言った。

先ほどまではとても地味に見えた服が、今はまるで違う服に見えるのだ。

 

「なるほど、マーク一つでこんなに変わるものなのね」

 

 ユキノの言葉に同意し、皆、うんうんと頷いた。

 

「という訳で、一週間を目安に、自分のマークを考えておいてほしいんだって」

「分かったわ。まあ私は猫のシルエットって、もう決めているのだけれど」

「あたしはどうしよっかなぁ……」

「あーしもこういうの決める時、すごい悩むタイプなんだよね」

「私は鍛冶師のハンマーを、うまい事アレンジしようかな」

「ところで、ギルドの名前はもう決まったのかしら?」

 

 ユキノのその問いに、アスナは少し困った表情で言った。

 

「私はもう知ってるんだけど、多分八幡君は、自分の口で伝えたいって思ってると思うから、

制服を作り終わって、その後全員が集まった時に発表するって感じになるんじゃないかな」

「なるほど、了解したわ。ちなみにおかしな名前だったりはしない?大丈夫?」

「うん、大丈夫!」

「アスナがそう言うなら大丈夫ね、安心したわ」

 

 こうしてこの日の目的は、一応達成され、五人は雑談に入った。

しばらく和気あいあいと雑談に興じた後、リズベットが、突然思い出したように言った。

 

「あっ、そうだ!ねぇねぇみんな、GGOってゲーム、知ってる?」

「確か、ザ・シード規格のFPSじゃなかったかしら。少し前に広告を見た気がするわ」

「あーしの記憶だと、FPSって、自分視点で銃で撃ち合うゲーム、だよね?」

「あたし、そのゲームの広告なら見た事ある!」

「で、リズ、それがどうしたの?」

「確か今、そのGGOってゲームの、初めての公式大会が開かれているはずなんだよね。

ここでも見れるよね?ちょっと試しに見てみない?」




男子の制服のイメージは、フロートテンプルに殴りこみをかけた、デコース君の服の肩から先の部分を取るのが一番近いイメージになると思います。
女子の制服のイメージは、血盟騎士団のアスナの制服の黒バージョンの胸の部分に、
上記のデコース君の装備の胸の部分を流用した感じの服装が一番近いイメージになるのではないかと思われます。
最後の数行の部分、迷いに迷いましたが、GGO編ではなく、こちらに持ってくる事にしました。GGO編は当初、「第一回」バレットオブバレッツ(原作の2つ前の大会)から始めようかと漠然と考えていましたが、結局本エピソードに突っ込む事にしました。その為投稿がやや遅めになってしまいました、申し訳ありません。


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第179話 第一回バレットオブバレッツ

2018/06/14 句読点や細かい部分を修正


 リズベットのその言葉に、四人は興味を引かれたのか、すぐに頷いた。

アスナはALOの宿屋の機能を使って外部に接続し、

GGO関連の、それっぽいサイトを探し始めたが、それはすぐに見つかった。

 

「え~っと……第一回バレットオブバレッツ公式中継?リズ、これかな?」

「そう、それそれ!」

「それじゃあ今、映してみるね」

 

 アスナが再びコンソールを操作すると、五人の目の前のモニターに、

大会の舞台なのだろう、荒涼とした市街地の風景が表示された。

画面の中では、二人のプレイヤーが対峙していた。

 

「ねぇこれ、銃で撃ち合うゲームなんだよね?でも何か二人とも、ナイフ持ってない?」

 

 その二人の装備を見て、ユイユイが首をかしげながら言った。

一人はナイフとハンドガンを装備し、もう一人は両手にナイフを装備していた。

そのプレイヤーの背後には、長い銃が転がっている。

 

「おそらくスナイパーの所にもう一人が接近して、近接戦に移った所なのでしょうね。

どうやらこのゲーム、銃だけじゃなく、ナイフや剣を使う事もあるみたい」

 

 顎に手を当て、考え込むような格好でユキノはそう言った。

そんなユキノに、ユイユイが初歩的な質問をした。

 

「ねぇユキノン、スナイパーって、遠くから攻撃する職だっけ?」

 

 そんなユイユイに答えを返したのはアスナだった。

 

「確かそう。前に八幡君と一緒に見た映画に出てきたのを見た事あるけど、

すごい遠くから銃で狙撃する役目の人だね」

「それじゃあ銃を持ってない今、シャナって人の方が、やっぱり不利なのかな?」

「常識的に考えれば、そうなんじゃね?後ろの長い銃を拾ってる暇は無さそうだし」

「でも、サトライザーって人は動かないね。圧倒的に有利に見えるのに、何でだろ?」

 

 画面をよく見ると、ナイフとハンドガンを持ったプレイヤーの名前はサトライザー、

そしてナイフを二本持ったスナイパーのプレイヤーの名前は、シャナというようだ。

と、画面の隅に、二人に近付くプレイヤーの姿が表示された。名前は、ゼクシード。

どうやら、サトライザーとシャナが睨み合っているのをいい事に、

ゼクシードは、漁夫の利を狙って、隙を見て二人を倒そうと画策しているようだ。

当の二人はゼクシードに気付いているのかいないのか、お互いに目を離そうとはしない。

ゼクシードは銃を構えながら、自らの持つ銃の確実な命中圏内に二人を捕らえようと、

じわりじわりと前に出ていった。そんな時、それは起こった。

まずサトライザーが、シャナから目を離さないまま、いきなりゼクシード目掛けて発砲した。

その銃弾は、しかしながらわずかに反れ、ゼクシードは咄嗟に銃を構えようとした。

だが驚くべきは、その直後に起こった出来事だった。

ゼクシードが慌てながらサトライザーに発砲しようとした瞬間、

その銃は、飛び込んできたシャナによって踏みつけられ、

シャナはそのままの勢いで更に飛び上がり、ゼクシードの背後に着地した。

そしてゼクシードは、そのままシャナに、脳天から真っ二つにされた。

ゼクシードはそのままその場に倒れ、その頭の上にはDEADマークが表示されたが、

そんなゼクシードの方をまったく見る事なく、シャナはサトライザーから目を離さない。

そんなシャナにサトライザーが何か話し掛け、シャナもそれに答えたが、

その声は小さく、何と言ったのか、聞き取る事は出来なかった。

そんな時、ユキノが突然口を開いた。

 

「『とんだ邪魔が入っちまったな』『ああ、まったくだ』」

 

「ユキノン!?今の会話、聞き取れたの!?」

 

 驚くユイユイに、ユキノは事も無げに言った。

 

「いいえ、唇の動きを読んだのよ」

「それってもしかして、読唇術ってやつ!?」

「あんた、相変わらずデタラメにすごいね……」

 

 ユキノの答えにリズベットは驚き、ユミーは呆れながらもユキノを賞賛した。

なおも二人の会話は続き、ユキノはそれを実況していた。

 

「『暇つぶしで参加した大会だったが、世の中にはとんでもない化け物がいるもんだ』

『その言葉、そっくり返すぞ。あんた、アメリカかどっかの軍人上がりだろ?

しかも相当人を殺してるはずだ』

『ほう、分かるのか?』

『思い出したくはないが、昔、あんたと似たような目をした奴と戦った事があるんでね』

『お前、軍人だったのか?それとも傭兵崩れか何かか?』

『いや、俺はただの……』」

 

 そこでカメラの角度が変わり、二人の口元が見えなくなった為、

ユキノは二人の会話を実況する事を止めた。

 

「何かすごかったね……」

「そうね、どうやらサトライザーって人は、本物の軍人みたいね。

シャナって人は、どうやら違うようね。あの動き、一体何者なのかしらね。

ゼクシードという人は、何というか……無様ね」

「まあ、大会に出るくらいだから、あのゼクシードってのも、相当腕は立つんだろうけど、

素人のあーしが見ても、根本的にレベルが違うって気がした」

「鍛冶師の視点だと、シャナって人の武器は量産品に見えたから、やっぱり腕なのかな」

「まだ話してるわね、何を話しているのかしら」

「気になるよね!」

 

 どうやらユキノは会話が気になって仕方がないようで、他の者もそれに同意した。

 

「ねぇアスナ、中継カメラの位置をこちらから変える事は出来ないのかしらね。

ねぇアスナ……聞いてる?ねぇ……アス、ナ?」

 

 ユキノの怪訝そうな声を聞き、他の者達もアスナの方を見た。

そのアスナは、何事かぶつぶつと呟いていた。

 

「まさかサトライザーって、あいつ……?ううん、会話からするとおそらく、

似たような目の奴ってのがあいつの事だ……私の印象でも、確かに違う気がする……」

「アスナ?ちょっとアスナ?何かあったの?」

 

 リズベットに揺すられ、アスナは今気が付いたかのように、ハッと四人の顔を見た。

そしてアスナは、首を振りながら言った。

 

「ううん、ごめんね。どうやら勘違いだったみたい」

「そう、それならいいのだけれど、何か困った事があったなら、すぐに言って頂戴」

「そうそう、あたし達、仲間なんだしね」

 

 まずユキノがそう言い、リズベットが言葉を繋ぐ。

そしてユイユイとユミーも、アスナに笑顔を向けた。

アスナはその気持ちをとても嬉しく思い、四人に笑顔で言った。

 

「うん!ごめんね、実はあのサトライザーって人が、もしかしたら、

SAOにいた殺人ギルドのリーダーなんじゃないかって思ったの。

でも、どうやら勘違いだったみたい」

「ええっ?それってPoHの事?」

 

 PoHの事をよく知るリズベットは、驚きながらそう言った。

残りの三人は、PoHに関する知識は無い為、そのやり取りを見守っていたが、

三人とも、殺人ギルドという言葉を聞き、少し不安そうな顔を見せていた。

そんな三人に、アスナとリズベットはPoHの事を説明した。

 

「そう……そんな人が……まさに狂人と言うべきね」

「価値観が全然違うみたいな?」

「あーしもさすがに気持ち悪いと思うけど、まあ生まれ育った環境が違うんだろうね」

「で、何でアスナは、あれがPoHじゃないって分かったの?」

 

 そのリズベットの問いに、アスナは曖昧な答えを返した。

 

「勘……かな……」

「勘なの?」

「うん……何となくとしか」

「まあ、アスナがそう言うのなら、多分正しいのだと思うわ」

「ユキノ、信じてくれるの?」

 

 アスナがきょとんとしながらユキノにそう尋ねた。そこにユミーが割って入った。

 

「へぇ~、あんたなら、『そんな非科学的な事、信じられるはずがないじゃない。

根拠を理論的に示してもらえないかしら』

とか言うと思った。あーしの記憶だと、昔はそんな感じじゃなかった?」

 

 それを聞いたユキノは、頬をふくらませ、少しすねたように言った。

 

「それは私の真似なのかしら?そうね……

昔の私なら、確かに似たような事を口にしたかもしれないわ。

でも、今はそうじゃない事を知っている。

ちょっと気取った言い方だけど、私も戦いに身を置くようになってから、

似たような経験を何度もしてきたもの。頭ごなしに否定する事は、もう出来ないわ。

それがどれだけ非科学的な事であってもね」

「なるほどねぇ」

「特にアスナは、私なんかよりも、もっときつい状況で戦い続けてきたんだもの。

その勘はおそらく、非科学的な訳じゃなく、経験に裏打ちされたものなのではないかしら」

「経験、ね」

「確かにそういうのは、あるかもね」

 

 アスナはそのユキノの論評に、深く頷いた。その時突然リズベットが叫んだ。

 

「見て!戦いが始まったよ!」

 

 残りの四人はその言葉を聞いて、慌ててモニターを見た。

モニターの中では、サトライザーとシャナの壮絶な戦いが繰り広げられていた。

その二人の戦いは、キリトやハチマンの戦いを見慣れた五人の目から見ても、

まったく遜色の無いものだった。それから何分経っただろうか、ついに決着の時が来た。

ハンドガンの有無が、やはり結果的に大きかったのか、

サトライザーの銃弾が、ついにシャナを捕らえた。シャナは地面にどっと倒れ、

サトライザーもその場に座り込んだ。そして、ユキノの実況が、再び始まった。

 

「『ふう、紙一重だな』

『あんた、本当に強ぇな。この借りはいずれ返す』

『ハッ、もしまたこんな機会があったら、また返り討ちにしてやるぜ』

『それじゃああばよ、サトライザー』

『ああ、あばよ、シャナ』」

 

 その言葉と共に、シャナの頭の上にDEADマークが点灯し、

サトライザーは次の獲物を求めて消えていった。

その後もサトライザーの戦闘は、何度かモニターに映ったが、

それは全て、虐殺と言っていいほど一方的な蹂躙劇であった。

五人の目から見ると、最初の戦いが実質決勝戦のようなものだった。

そしてそのまま、サトライザーが優勝という結果で、

第一回バレットオブバレッツは幕を閉じる事となる。




何とも言えませんが、残り十話以内で次の章に突入します。
デスガンが登場するのは、第三回バレットオブバレッツになりますが、
この作品は、第二回の大会前からなんとなく時系列順に進んでいく事になる予定です。
原作とは、大会の構成も少し違う感じになります。ちなみにサトライザーはもう出ません!出るとしても名前だけになります。


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第180話 なのかニャン?

2018/06/14 句読点や細かい部分を修正


 中継が終わると同時に、五人は深いため息をついた。

 

「なんかすごかったね……」

「ええ、そうね……」

「あーし、ああいうガチなのは苦手かも」

 

 ユイユイ、ユキノ、ユミーの三人は、やや表情を固くしながらそう言った。

それを見たリズベットは、場を明るくさせようとしたのか、こんな事を言った。

 

「よし、私、鉄砲鍛治になる!」

 

 アスナも空気を読み、その言葉に乗った。

 

「本当に?それじゃあ私、ガンヒーラーになるよ!こう、回復魔法を銃で飛ばすの!」

「そ、それじゃああたしは、ガンタンクになる!」

「じゃああーしは……ねぇユキノ、あーしは何?」

「あなた達は、一体何を言っているのかしら……」

 

 そして五人は顔を見合わせると、楽しそうに笑い出した。

先ほどまでの張り詰めた空気は既に無く、場は元の明るさを取り戻していた。

 

「そろそろいい時間だし、今日はこのくらいでお開きかな」

「そうね、話し合いの結果の報告は、アスナにお願いしてもいいのかしら」

「うん!任せて!」

 

 こうしてこの日の集まりは、ここでお開きとなり、

明日奈は比企谷家の自分の部屋のベッドの上で現実へと帰還した。

 

「さてと……八幡君は、多分自分の部屋かな」

 

 ログイン前、八幡は、今日は用事があるからと言っていた。

それは、決して八幡が自室にいる事を意味するものではないが、

明日奈は八幡が部屋にいる事を確信していた。

先ほどの集まりで、明日奈が仲間達に言わなかった事が一つある。

それは、あのシャナというプレイヤーについてだった。

明日奈は、シャナがゼクシードを両断した時の事を思い出す。

敵の武器を踏み台にして背後に回りこむ、あの動きを、明日奈は知っていた。

他の者には分からないで、明日奈だけが知る事実。

それはかつて、SAOをプレイしていた頃の序盤、二人が雑魚狩りをしていた時の事だった。

 

「ねぇハチマン君、敵に囲まれた時、うまい事抜け出せる、いい方法って無い?」

「無くも無いが、俺のは我流だからな、ちょっと難しいぞ」

「どうやるの?」

「そうだな、次に敵に遭遇した時、見せてやるよ、アスナ」

 

 そう言って八幡が明日奈に披露したのがあの動きだった。八幡が言うには、

 

『横から回り込むと、敵が武器を持っていた場合、運悪く攻撃をくらう可能性があるが、

武器を踏みつけて飛べば、敵は攻撃出来ないから、絶対安全だろ』

 

 という、とても乱暴な理論に基づくものだった。

その後、二人が強くなると、敵に囲まれる事もほとんど無くなり、

八幡がその技を披露する機会はほぼ無くなっていた為、

明日奈以外は、八幡がそんな事を出来る事すら知らないであろう。

シャナの動きは、その時の八幡の姿とピッタリ重なった。

明日奈がサトライザーからPoHの事を連想したというのも、

実はその事が背景にあったからだった。

明日奈はシャナの正体が八幡だと確信しつつも、もし八幡に何か事情があった場合、

八幡に迷惑がかかる事を恐れ、その事を他の者には言わなかったのだった。

八幡が素直に事情を話してくれるとは限らないが、

それでも明日奈は八幡の部屋へと向かう事にしたのだった。

 

「八幡君、いる?」

 

 明日奈はドアを軽くノックし、八幡に呼びかけた。だが少し待っても返事は無い。

試しにドアノブをひねると、ドアはすんなりと開いた。

明日奈が部屋の中を覗き込むと、案の定そこには、ナーヴギアをかぶった八幡の姿があった。

明日奈は、とりあえずといった感じで八幡が横たわるベッドに腰掛け、

八幡が目覚めるのを待つ事にしたが、八幡は中々目覚めない。

明日奈は、待っている間どうしようかと思い、きょろきょろと周囲を見回した。

と、机の上に、見た事がないゲームソフトのような物が置いてある事に気が付いた。

 

「これって……あ、GGOのソフトだ。でも、二本?」

 

 それは、開封されたGGOのソフトと、未開封のGGOのソフトだった。

 

「まさか、未開封の分は、私が使う用とか……なんてね」

 

 明日奈はそう呟くと、ソフトと一緒に置いてあったGGOのマニュアルを手にとり、

再び八幡の横たわるベッドに腰掛けた。

そのままマニュアルを読みながらごろごろしていた明日奈だったが、

明日奈にとって、GGOの世界観はまったく馴染みのないものだった為、

いつしか明日奈はうとうとと船を漕ぎ始め、そのまま眠りへと落ちていった。

 

 

 

 気が付くと隣に八幡の姿は無く、

明日奈は自分の体にタオルケットが掛けてある事に気が付いた。

そっと室内を見渡すと、八幡はゲーム内で明日奈達が作成した、

制服の最終候補の一覧を眺め、何事か考えているようだった。

そんな時、マウスを操作していた八幡の手が一瞬止まった。

 

「これは……正直見てみたい、見てみたいが、ま、まあ、却下だな、うん」

 

 八幡がその時見ていたのは、例のネコミミメイドのデザイン画だった。

それを確認した明日奈は、声を出さないように、ぷくくと笑いながら、

忍び足で八幡の背後へと忍び寄った。だが、次の瞬間八幡が、椅子をぐるんと回転させ、

明日奈の方を向いた為、明日奈は忍び足のままの、少し間抜けな格好で固まった。

 

「当然気が付いてるからな、明日奈」

 

 明日奈はそう言われ、悔しそうにぐぬぬと立ち上がると、

腕組みをし、真っ直ぐに八幡の目を見ながら言った。

 

「か、勘のいいガキは嫌いだよ!」

「お前それ、ハル姉さんの真似か?」

「あ、あら貴方、よく気が付いたわね。ミジンコ並の知性しか無いと思っていたけれど、

どうやらギリギリ霊長類の範疇には入っているようね」

 

 それを見た八幡は、腕組みしながらニッコリと笑顔で言った。

 

「ねぇ明日奈、それは私の真似のつもりかしら?謝罪と賠償を要求するわよ?」

「うぅ……」

 

 明日奈の渾身の、陽乃から雪乃への姉妹コンボも、

八幡の雪乃返しの前には、まったく通用しなかった。

 

「ヒッキー、ひどい!」

「明日奈にそう呼ばれるのは何か新鮮だな」

「あ、あーしだって、たまには傷付いたりするんだからね!」

「優美子が時々乙女になるのを、よく観察してるな」

「比企谷、貴様という奴は!」

 

 明日奈はついに、実力行使に出ようと、八幡のボディにへろへろのパンチを放った。

八幡はそのパンチを片手で難なく受け止めた。

 

「先生、パンチに腰が入ってませんね、そんなんじゃもう、俺は倒せませんよ」

「ぐぬぬぬぬ」

 

 悔しがる明日奈の頭に、天啓がひらめいた。

 

(これならいける。ソースはいろはちゃん)

 

 一瞬でプランを決めた明日奈は、まず八幡に、軽い言葉のジャブを放った。

 

「なぁハー坊、余裕を見せているが、これで本当に明日奈ちゃんが終わったと思うのカ?」

「語尾がなんとなくカタカナに聞こえる気がする。それにしてもお前、明日奈ちゃんて……」

 

 八幡が苦笑し、一瞬気を抜いた瞬間、明日奈は正面から八幡の上に腰掛け、

両手を開いて自分の頭の上に持っていき、ヒラヒラさせながら言った。

 

「ご主人様は、ネコミミメイドがお気に入りなのかニャン?もし私に着せたいのなら」

 

 更に明日奈は、そのままニャン?ニャン?と言いながら、

徐々に八幡の顔に自分の顔を近付け、八幡の耳元で、囁くように言った。

 

「責任……とって、下さいね」

「いいっ……」

 

 さすがの八幡も、これには顔を真っ赤にし、うろたえながら言った。

 

「いろはに聞いたのか?それはずるいぞ明日奈!あとこの体制はまずいからな!」

「何がまずいのかニャン?さっき見てたデザイン画の事かニャン?」

「わ、分かった分かった、俺の負けだ」

「分かればいいのニャン」

 

 八幡が負けを認め、明日奈がご満悦でそう言った瞬間、部屋のドアがガチャッと開いた。

 

「お兄ちゃん、制服のデザインの件はどう……あっ」

 

 どうやら制服の事が気になり、急いで帰ってきたようで、

気がせいたあまり、うっかりノックをしないままドアを開けてしまった小町は、

八幡と明日奈の体勢を見ると、一瞬固まった後、もじもじしながら言った。

 

「ご、ごめんお兄ちゃんお義姉ちゃん、小町ついうっかり……ご、ごゆっくり!」

 

 小町はドアをバタンを閉め、パタパタと自分の部屋に駆け込んでいった。

そしてドアの向こうからは、小町のこんな声が聞こえてきた。

 

「小町もこの年で、ついにおばさんかぁ……嬉しいような悲しいような」

 

 小町にいちゃついている所を見られ、しばらく顔を赤くしたまま固まっていた二人は、

顔を見合わせると、自分達が今どんな体勢でいるか気が付き、小町の言葉から、

自分達が今、どんな誤解をされたのか理解した。

二人は顔を青くすると、慌てて部屋の外に出て、小町の部屋のドアを叩いた。

 

「ちょ、待て小町、話を聞け!」

「待って小町ちゃん、誤解よ誤解!お義姉ちゃんの話を聞いて!」

 

 その後二人から、何故ああなったのか、態々行動と会話の全ての再現までされながら、

詳しく説明を受けた小町は、泣きながら明日奈に抗議した。

 

「お義姉ちゃん、どうして小町の真似はしてくれなかったの?」

「え、そっち?」

「おい、そっちかよ」

 

 明日奈は小町の頭を優しくなでながら、次はちゃんと小町の真似をするからと約束し、

とりあえずこの場は収まった。今日も比企谷家は平和なのであった。



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第181話 チーム・比企谷

2018/06/14 句読点や細かい部分を修正


「事情は分かったよ。つまり、お兄ちゃんとお義姉ちゃんが、バカップルだって事だよね」

「……俺としては、その言い方はあまり認めたくはないんだが」

「こんなにお似合いな二人なのに、ゴミいちゃん、ひどい!」

 

 ちなみに最後のセリフは、明日奈が言ったセリフである。

それを聞いた小町は、目をキラ~ンとさせながら、明日奈に言った。

 

「お義姉ちゃん!早速小町の真似をしてくれたんだね!」

「小町ちゃん、いぇ~い!」

「お義姉ちゃん、いぇ~い!」

 

 互いに呼び合いながら、ハイタッチをする二人を見て、八幡は肩を竦めた。

 

「いやいや、俺が言ってるのは『バ』の部分についてだからな。

あと、さりげなくお兄ちゃんを傷付けるのはやめような」

「そもそもお兄ちゃんがコソコソしてるからいけないんでしょ?

ほら、やっぱりゴミいちゃんで合ってるじゃない」

「まあ、それには色々と事情があってだな……」

「まぁまぁ小町ちゃん、多分八幡君にも、色々とその……ね?」

 

 明日奈はそんな小町をなだめながら、早く説明しないと、というメッセージを込めて、

八幡にチラリチラリと目配せした。

 

「お義姉ちゃんがそう言うなら……じゃあさっさと説明して、お兄ちゃん」

「お、おう……」

 

 八幡は、事の次第を最初からきちんと二人に説明する事にした。

二人は仲良く隣り合ってベッドに腰掛け、八幡の言葉に耳を傾けた。

 

「事の次第は、ラフコフの元幹部どもが、GGOをプレイするという情報が、

薔薇からもたらされた事だった。俺は偵察を兼ねて、GGOをやってみる事にした」

「薔薇?誰?」

「あ、小町は知らなかったよな。え~っと……」

 

 八幡が、薔薇~ロザリアの事を、ストレートに小町に説明していいものか、それとも、

多少マイルドに説明すべきか迷っているうちに、明日奈が横から小町に説明を始めた。

 

「え~っとね、昔シリカちゃんを殺そうとしたり、実際に人を殺したり、

散々悪い事ばっかりして、キリト君と八幡君にきついお仕置きをされた人だよ」

「完全に悪人じゃん!お兄ちゃん、何でそんな人と交流してるの?」

「う……」

 

 こうして改めて聞くと、確かに薔薇については、

かばう余地がほとんど無い悪人のように聞こえた。小町が怒るのも無理はない。

さすがの八幡もそう考え、薔薇の事をどうフォローしようか悩んだ。

だがそんな薔薇に関して、明日奈は更に説明を続けた。

 

「でも、何ていうのかな、今薔薇さんは、ハル姉さんの部下になってるんだけど、

ちゃんと人の心を取り戻したように見えるって言うか、うん、ギリギリ戻ってきたみたいな、

そんな感じかな。だからそんなに心配しなくても大丈夫だよ、小町ちゃん」

 

 その明日奈の言葉を聞き、八幡は小町の真意に気が付いた。

小町はどうやら、怒っているというより、八幡の身を心配してくれていたようだ。

明日奈の言葉を聞き、そっか、と安心したような小町の姿を見て、

八幡は、やっぱり明日奈にはかなわないなと思った。

だが明日奈の説明は、それで終わりでは無かった。

 

「それにね小町ちゃん、薔薇さんは、八幡君に依存している上に、私に心酔してるから、

絶対に裏切る事は無いから、安心してね」

「そうなんですか!それなら安心ですね、って、え?依存?心酔?

格好いいお義姉ちゃんに心酔するのは分かるけど、お兄ちゃんに依存?しかもリアルで?」

「依存……してるか?」

 

 小町のその疑問に、八幡も首をかしげたが、明日奈は引かなかった。

 

「目を見れば分かるじゃない。どこか八幡君の顔色を伺うような、あの目。

それでいて、八幡君に話しかけられると、どこかほっとしたような感じに見えるし、

最初は恋してるのかと勘違いしたけど、あれは間違いなく依存だね、うん。

さすがは八幡君、他人の精神支配はお手のものだね」

「あ、明日奈、それはさすがに人聞きが悪いと思うんですが……」

 

 後半何故か敬語になってしまった八幡は、控えめに明日奈に抗議したが、

明日奈はガンとして聞き入れなかった。

 

「疑問に思うなら、今度試しに、少し無理目な感じで強引に誘ってみるといいよ。

あ、浮気になりそうな誘いは、絶対に許しませんからね!

その時の薔薇さんの様子を、しっかりと観察してみてね、八幡君」

「お、おう……もしそんな機会があったらな」

 

 八幡のその答えに、満足そうに頷いた明日奈は、更に付け加えた。

 

「そもそも八幡君は、いずれハル姉さんの片腕になるわけじゃない。

そしたら薔薇さんは、八幡君の部下になる訳でしょう?

その時に備えて、今のうちに絶対に裏切らないように教育しておかないとね!」

「あっはい……そうですね……」

 

 立ち上がり、うふふふふと笑いを漏らしながら力説する明日奈をよそに、

小町は八幡の下へ、とととっと駆け寄った。

 

(どうしようお兄ちゃん、お義姉ちゃんがとっても黒いよ!)

(ハル姉さんの影響か?まあ昔から明日奈は、俺の事になると目の色が変わる事があるし、

大丈夫、何も問題ない、問題ないはずだ。とりあえず話を戻すぞ)

(うん、お兄ちゃん、お願い!)

 

 そして元の位置に戻った二人は、何事も無かったかのように会話を続けた。

 

「で、お兄ちゃん、そろそろ話の続きをお願い。お義姉ちゃんもほら、座って座って」

「あ、うん、八幡君、お願い」

 

 明日奈が落ち着いたのを確認し、八幡は説明を続ける事にした。

 

「でな、薔薇からの情報を得て、試しにGGOをやってみたのはいいんだが……

ラフコフの奴らが本当にいるのかどうかが、正直まったく分からん」

 

 その八幡の言い方に、二人はベッドの上でずっこけた。

 

「そ、そうなの?」

「ああ。そもそもSAOやALOみたいなゲームならともかくだ、

武器を直接振るうのと、銃を撃つのとでは、動きが違いすぎてな……

さすがの俺も、銃を撃つ姿を見て、あいつらだと判断するのは不可能だった」

「ああ~」

「なるほど~」

「会話を手がかりにしようとしても、何というか、

はなからロールプレイをしている感じの奴が多くてな、

そっちからも、まったく手がかりになりそうな情報は得られなかった」

 

 そこまで言い切って、八幡は押し黙った。確かの八幡の言う通り、

仮にGGOが剣の世界だったら、多少のヒントは得られたかもしれないが、

剣と銃では、そもそもの基本体系が違いすぎる。

明日奈と小町も、そっかぁと言いながら押し黙り、再び八幡が話し出すのを待った。

 

「それでまあ、惰性でプレイを続けていた訳なんだけどな、

そんな時、たまたまいい狙撃銃が手に入ってな。M82A1って奴なんだが、

それで、スナイパーに転向する事にしたんだよ」

「糸で絡めとるの?」

「小町ちゃん、それはスパイダー!」

 

 小町のボケに、明日奈が素早く突っ込んだ。

 

「スナイパーだ、スナイパー、狙撃手な。

それでまあ、対人専門のチームとかを遠距離から狩って、遊んでいた訳なんだが」

「あ、八幡君、そういう人達の事嫌いそうだもんね」

「そもそもそういうゲームなんだから、好き嫌いだけの問題なんだけどな、

確かに好きか嫌いかと言われれば、嫌いかもしれん」

 

 八幡は明日奈に頷きながら言った。

 

「で、そんな時、大会が開かれるって話を聞いてな、試しに参加してみる事にした」

「バレットオブバレッツ」

「お?明日奈、GGOの大会の名前なんか、よく知ってるな」

「うん、まあさっきみんなで見てたからね、シャナ」

 

 明日奈がそう言うと、八幡は、あちゃぁという風に顔を覆いながら言った。

 

「シャナ?お義姉ちゃん、シャナって?」

「多分、八幡君の、GGOでのプレイヤーネーム、だよね?」

「はぁ……正解だ。ちなみに八幡大菩薩から、源氏へと連想して、

そこから源義経に行って、最後にその幼名の、遮那王からとった名前だな。

で、シャナが俺だって、もう皆知ってるのか?」

「ううん、気付いたのは私だけのはずだし、他の人にも言わなかったからね」

 

 それを聞いた八幡は、ホッとしたように見えた。

 

「別に隠すような事じゃないんだが、やっぱり何かちょっと、な」

「八幡君、仲間の為に偵察してます~みたいなのがバレるの、嫌いだもんね」

 

 明日奈がニコニコしながらそう言い、八幡は少し顔を赤らめながら、そっぽを向いた。

 

「しかし、リプレイで自分が映ってる所は見たが、よくあれだけで俺だって分かったな」

「それはまあ、あの動きには覚えがあったからね。それにほら、私、八幡君の妻だから!

あれが八幡君だって、愛の力ですぐに分かったよ!」

「おお~!」

 

 小町はそれを聞き、明日奈に盛大な拍手をした。明日奈はドヤ顔で立っていた。

八幡はそれを華麗にスルーし、話を続けた。

 

「そうか。GGOでは、近接戦闘に持ち込まれた事は今まで一度も無いから、

他のプレイヤーにも知られていない技術だったんだけどな、

そのまま隠しておきたかったんだが、今回はちょっと相手がアレで、熱くなっちまってな」

 

 それを聞いた明日奈は、一瞬で真顔になった。

 

「で、やっぱりあれ、PoHとは別人?」

「やっぱり明日奈も感じたか。そうだな、多分違う。

上手く説明は出来ないが、あいつとは何か違う、もっとプロの軍人って感じだった」

「そっか、やっぱ負けて悔しい?」

「ああ」

 

 小町は他の者よりも二人と話す機会が多かった為、

PoHの名前と、彼がどういう人物かは多少知っていた。

その為小町は、少し心細そうに八幡に尋ねた。

 

「ねぇお兄ちゃん、本当の本当に、大丈夫?」

 

 八幡はそんな小町の頭をなでながら、力強く断言した。

 

「大丈夫だ、安心しろ。リアル住所を知られでもしない限り、何も問題はない。

そしてその可能性は、ゲーム内でバラさない限り皆無だ」

「うん!」

 

 そう説明された小町は、安心したように八幡に微笑んだ。

明日奈もそんな小町を横から抱き締め、小町を安心させようとした。

そして小町が落ち着いた頃、明日奈が八幡に質問した。

 

「話は大体分かったんだけど、八幡君、あのソフトは?」

 

 そう言って明日奈は、机の上の二本のソフトを指差した。

 

「ああ、あれな……実はな、しばらくプレイしてみて、ちっとも手がかりが得られないから、

これはラフコフのメンバーにある程度詳しくて、更に俺よりも遥かに社交的な、

明日奈に協力を仰ぐべきかと考えて、ソフトをもう一本買ったんだが……」

「だが?」

「その……明日奈にこういうゲームをプレイしてもらうのは、教育上悪いかなって……」

 

 八幡がおずおずとそう言い、明日奈と小町は思わず噴き出した。

 

「あ、あはははは、八幡君がパパになった!」

「お兄ちゃん、お義姉ちゃんが大好きなのは分かるけど、いくらなんでも過保護すぎでしょ!」

「そ、そうか?」

 

 八幡は照れながら、頭をかいた。

 

「ちなみに助けを求めるのは、キリト君でも良かったんじゃ?」

「それも考えたんだが、俺とキリトだけでこそこそプレイしてると、

何か浮気を疑われそうでちょっとな……」

「あははは、また考えすぎ!」

「で、それだと今度は、次は明日奈、次はリズってなし崩し的に人が増えそうだったから、

さすがにそれはやめといたって感じだな」

「そっかぁ」

 

 明日奈はその八幡の説明に、一応は納得した。確かにキリトとリズベットに、

学校生活に加えてゲームの掛け持ちを頼むのは、少し悪い気がしたからだ。

だが八幡を一人にするのも躊躇われる。そして明日奈は一瞬で決断した。

 

「よし決めた、私もGGOをプレイするよ!」

 

 明日奈はいきなり二人にそう宣言をした。

 

「そ、それは助かるが、本当にいいのか?」

「夫の背中を守るのは、妻の役目です!」

「いや、それ普通逆だからな……」

 

 八幡は、即座にそう突っ込んだ。

 

「そして、兄夫婦を守るのは、妹の役目です!」

「小町、それも逆っぽい気がするぞ。っていうか、お前もGGOをやるつもりか?」

「当然!ここは比企谷家の、家族の絆を示す時だよ!」

「だよ!三人の力で、サトライザーを倒せ!」

「ぐっ……そこには触れてくれるな……本当に悔しいんだからな」

 

 そんな二人の盛り上がっている様子を見て、八幡も覚悟を決めたようだ。

 

「分かった、今からソフトをもう一本買ってくるから、二人はマニュアルでも見ててくれ」

「うん!」

「当然お金はお兄ちゃん持ちでお願い!」

「当たり前だろ、ちゃんと分かってるって」

 

 こうして明日奈と小町の、GGOへの参戦が決定した。

ちなみに三人は、毎回サトライザーがいるかどうか、かなり真剣に探したのだが、

ついに彼がその姿を現す事は一度も無かった。

これは、アメリカからの接続を、運営がシャットアウトした為だったのだが、

その事実を八幡が知るのは少し先の事だった。




GGO編に入る為の準備エピソードが、これで一通り終わった……はず……


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第182話 ギルドの旗揚げ

2018/06/14 句読点や細かい部分を修正


 ついにこの日、念願の、アインクラッドの二十一層から二十五層までが解放された。

過去の多くのMMORPGから得た教訓により、バージョンアップ後の混乱を避ける為、

通常は、メンテナンス終了からきっかり一日後に、次の層へと転送が可能になる。

そしてつい先ほど、転移門の転送先に、二十一層が表示された。

多くのプレイヤーが二十一層へと殺到しており、転移門広場は、いつも以上に混雑していた。

それは、ほとんどの攻略ギルドが集結している為だった。

 

「二十二層は、敵が出現しない、森と水のフロアだってまじか?」

「そうらしいな。どうやらハウジング狙いで、かなり多くの攻略ギルドが動いてるみたいだ」

 

 元SAOプレイヤーからの情報提供もあったのだろう、

数日前から、二十二層に関する噂が、かなり多く流れており、

ギルド間での情報交換も、活発に行われているようだ。

そんな中、さすがに混雑に耐えかねたのか、広場の中央で声が上がった。

 

「おい、ただでさえ狭いんだから、押すなって。

何だよこれ、さすがにひどくないか?いくらなんでもこの混み方は無いだろ。

って、あそこのスペースが開いてるじゃないかよ、なあ、あそこに移動しようぜ」

 

 この日の混雑には、人の多さ以外にも別の理由があった。

転移門広場の一角に、誰も近寄ろうとはしない、空白地帯があったからだ。

それに気付いた者が、そのスペースを指差しながら、仲間達に移動しようと提案したのだが、

仲間達は慌てて首を振り、その提案者を止めた。

 

「馬っ鹿お前、あそこにいる奴らをよく見ろって」

「あん?誰がいるって?……って、ユージーンとカゲムネに、サクヤにアリシャ?

あいつら敵対してるんじゃないのかよ……」

「分かんねーけど、触らぬ神に祟り無しだろ、何かあった時、巻き込まれるのは勘弁だぜ」

「確かにな」

 

 ほとんどの者が、同じ事を考えているのだろう、その四人には、誰も近寄る事は無く、

さりとてその四人が特に揉めたりする様子も無かった為、

広場は、奇妙な緊張感に包まれていた。

その均衡を破ったのは、突如現れた、黒ずくめの集団だった。

その集団は、周囲の者が止める間も無く、堂々と四人に近付いていった。

その数、総勢十六名。ハチマンを先頭に、両脇をアスナとユキノが固め、その後ろには、

無骨な格好のクライン、エギルと共に、レコン、クリスハイトの軽装チームが続き、

更にその後方には、リーファ、ユイユイ、イロハ、コマチ、ユミー、メビウス、

シリカ、リズベットの女性陣が彩りを添え、最後尾では、

巨大な剣を背中にさした、キリトが殿を務めていた。

ちなみに、ただでさえ女性プレイヤーが少ないこのゲームにおいて、

ここまで女性比率が高いギルドは、他には存在しない。

ここにいないソレイユとアルゴを加えれば、実に三分の二が女性である。

従って、いきなり現れたこの集団は、そういった意味でも注目を浴び、

広場にいたほとんどのプレイヤーは、ここで一体何が始まるのかと、

事の成り行きを、固唾を飲んで見守っていた。

そんな中、先頭を歩いていたハチマンが四人の前に到着し、その目の前で足を止めた。

四人は他のプレイヤーと同様に呆然としているように見えたのだが、

まず最初にユージーンが我に返り、ハチマンに話し掛けた。

 

「よう、随分と派手な登場だな。その格好、ギルドの制服か?ついに立ち上げたんだな」

「すまない、ギルドを立ち上げるのは始めてでな、慣れないせいで、少し手間取っちまった」

「気にするな、俺とお前らの仲じゃないか」

 

 そう言ってハチマンと親しげに握手をするユージーンの姿に、周囲がどよめいた。

 

 ユージーンのイメージといえば、どちらかというと、恐怖の象徴だ。

そのユージーンが、あれだけ気安い態度で接するこの集団は一体何者なのだろう、

プレイヤー達は、改めてそのメンバーに注目した。

 

「おい……あれ、よく見たら、絶対零度とバーサクヒーラーじゃないか」

「シルフ四天王のリーファもいるぞ……その後ろは絶対零度のパーティメンバーだろ?」

「あそこにいるのは、引退したって噂になってた、ウンディーネ領主のメビウスさんか?」

「最後尾にいるあいつ、すぐに二つ名が付くんじゃないかって噂の、

最近売り出し中の黒の剣士だぞ。何なんだこの強力なメンバーはよ」

 

 その話は瞬く間にプレイヤー達の間を駆け巡り、

周囲を埋め尽くすプレイヤー達のどよめきは、一向に静まる気配が無かった。

そんな中、注目を浴びた事でやっと我に返ったのか、サクヤとアリシャが再起動した。

二人はハチマンに駆け寄り、そのままハチマンに密着した。

 

「ハチマン君、もしかして、ついにギルドを立ち上げたの?」

「あ、はい、ようやくって感じですけどね。

あとアリシャさん、ちょっと距離が近いので離れて下さい」

「そうか、ついに決断したんだね。お揃いの制服が、とても似合っているよ。

私はそういうのは持って無いから、少し羨ましいよ」

「ありがとうございます。いいデザインの制服を選んでくれた仲間に感謝ですね。

あとサクヤさん、近いので離れて下さい」

 

 二人は必要以上にハチマンに近付き、至近距離から話し掛けていた。

それは端から見ると、まるでアリシャとサクヤがハチマンを取り合っているように見えた。

事実そうだったのだが、そんな状態は、当然長くは続かなかった。

 

「はい、二人とも、そこまでよ」

「その距離は、既に私達の縄張りの中だからね」

「おいアスナ、縄張りって……」

 

 ユキノが二人とハチマンの間にスッと入り、アスナは鼻息も荒く縄張りを主張した。

ハチマンは、そのアスナの、縄張りという表現に苦笑したのだが、

どうやらアリシャとサクヤは、別の印象を持ったようだ。

 

「さすがはハーレム王……」

「いずれ私達も落とされちゃうのかな、サクヤちゃん」

「私は別に構わないがな」

「あっ、抜け駆け?私も別に構わないよ!」

 

 ハチマンはその二人の言葉に、またたわいもない冗談を、と肩をすくめかけたが、

今の会話を聞いた周囲のプレイヤーに、いらぬ誤解を与えるかもしれないと考え直し、

急いで二人を制止しようとしたのだが、それは少し遅かった。

アリシャとサクヤが微妙に本気で言っていたのも、この場合はマイナス要素だった。

 

「おい、聞いたかよ……」

「随分女性比率が多い集団だと思ってたけど、まさかのハーレムか……」

「ハーレム王とか、何て羨ま……ふざけた野郎だ」

「いや、ちょっ、違……」

 

 ハチマンはいきなりの風評被害に慌て、ジト目で元凶の二人を見たが、

二人は早々と視線を逸らし、口笛を吹いていた。

 

「くっそ、絶対後でこき使ってやるからな……」

 

 ハチマンはそう呟き、どうしたものかと考え始めた。

こういう場合は、ネームバリューのあるユージーン辺りに間に入ってもらえるといいのだが、

ユージーンはキリトとさえ戦えればいいようで、我関せずという態度を貫いていた。

 

「仕方ない……よし、このままここで旗揚げだ」

 

 ハチマンの決断は、至ってシンプルだった。ハチマンは、拠点を手に入れてから、

うちわだけで行う予定だった旗揚げ式を前倒して、この場で行う事にした。

こうなったら派手にいくか、そう考えたハチマンは、キリトに声を掛けた。

 

「キリト!」

「了解!」

 

 さすがはハチマンの一番の相棒たるキリトである。

即座にハチマンの意思を汲み取り、行動を開始した。

キリトは背中に背負う大剣を振り回し、ダン!と地面に突き刺した。

その迫力に、周囲のプレイヤー達は一瞬で沈黙した。

仁王立ちするキリトの両脇を、他の者達が固めていく。

最後に、いわゆる月面宙返りで、一同の背後からハチマンとアスナが飛び、

ヒラリとメンバーの前に着地した。

そしてハチマンが一歩前に出て、周囲のプレイヤーに語りかけた。

 

「騒がせてしまってすまない。俺達は、ギルド『ヴァルハラ・リゾート』のメンバーだ。

俺はリーダーのハチマン。そして隣にいるのが、副団長のアスナだ」

 

 その紹介と同時に、アスナが優雅なカーテシーを見せ、直後にハチマンに寄り添った。

 

「そして同じく副団長の、キリトとユキノだ」

 

 キリトは再び大剣で、ダン!と地面を叩き、ユキノは静かに微笑んでいた。

 

「残りのメンバーの紹介は、すまないが、割愛させてもらう」

 

 メンバーは、思い思いに民衆に手を振ったり、ポーズを付けたりしてアピールした。

 

「俺達は、一応百層クリアを目的としているが、基本的にはエンジョイ系のギルドだ。

だが今回は、とある事情で、最速で二十二層に到達する事を目的としている。

それが面白くない奴も沢山いるだろう。そういった奴らの挑戦は、受けて立つつもりだ。

だが覚悟しておいてくれ。俺達のギルドは、ALOで最強だと自負している」

 

 その言葉にプレイヤー達はどよめいた。殺気だった視線をハチマンに向ける者もいる。

その時、沈黙を守っていたユージーンが、一歩前に進み出た。

 

「ハチマンの言ってる事は、遺憾ながら事実だ。サラマンダー軍は、こいつらに負けた」

 

 周囲のどよめきが、驚愕めいたものに変わる。

だがその言葉を素直に信じない者もまだ沢山いた。

ユージーンはその気配を感じ取り、決定的な一言を付け加えた。

 

「ちなみに今はいないが、絶対暴君も、『ヴァルハラ・リゾート』のメンバーだからな。

あの絶対暴君を差し置いて、このハチマンがリーダーをやっている、

お前ら、その意味が分かるか?こいつらに文句があるなら、覚悟をしておくんだな」

 

 そのセリフの意味を理解した瞬間、プレイヤー達の殺気は一瞬で霧散した。

 

「まあそういう事だ。という訳で、ちょっと急ぐんでな、ここで失礼させてもらう。

いずれまた、敵なり味方なりになる事もあると思うが、宜しく頼む」

 

 そう言うと、ハチマンはクルリと背を向け、迷宮区の方へと歩き去った。

その腕にアスナがすがりつき、その後を、談笑しながら残りのメンバーが追いかけていく。

その後を、ユージーンとカゲムネ、アリシャとサクヤの四人が慌てて追いかけていく。

こうしてこの日、ハチマンのギルド『ヴァルハラ・リゾート』は誕生し、

しばらくの間、プレイヤー達の話題を独占する事となった。

ちなみにこの後ハチマンは、『ザ・ルーラー~支配者』と呼ばれる事となる。



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第183話 送れ

2018/06/14 句読点や細かい部分を修正


「こちらハチマン、感度はどうか、送れ」

「こちらキリト、問題なし、送れ」

「了解、アスナはどうか、送れ」

 

 パーティチャットからそんな声が聞こえ、アスナは慌てて会話モードを切り替えた。

 

「え、えっと……?こちらアスナ、大丈夫、聞こえるよ、お、送れ?」

 

 アスナは、多分ちゃんと聞こえるかどうか聞きたいんだろうなと考え、

二人の真似をしつつ、そう答えた。ハチマンはそれを聞くと、すぐに報告を始めた。

 

「たった今、俺が担当のフィールドボスフラグを全てクリアした、送れ」

「あ、こっちも全部クリアしたよ!……送れ?」

「了解……対象を確認中……発見、これより戦闘に入る、送れ」

 

 報告を受けたキリトが、遠くで待機していたレコンにハンドサインを送る。

それを見たレコンは、何かを探すそぶりを見せ、発見したのか、すぐにハンドサインを返す。

どうやら問題なくフィールドボスのPOPを確認したようだ。

それを聞いていたユキノが、呆れたように横から会話に参加した。

 

「あなた達はさっきから、一体何をやっているのかしら……」

「ユキノの乱入を確認、言い訳は任せた、これより帰投す、交信終了」

 

 間髪入れず、ハチマンはそう言うと、会話を終了した。

 

「なっ……お、おい、ハチマン!ずるいぞ、ハチマン!」

「キリト君、任せたよ!こっちも戻るね、交信終了!」

「アスナまでハチマンの真似すんなよ!おい、おい!」

「聞いているのかしら?……キリト君?」

「はっ、はい!」

 

 キリトは、ギギギギッという音を立てながらユキノの方へと振り返った。

 

「ユキノ、前と比べてちょっと性格変わってないか?」

「その言い方は正確では無いわね。前と比べてと言うなら、本来はこちらが素よ。

この前あの二人に、ありのままでいるようにって言ってもらったの」

「うん、ユキノンは、本来こんな感じだよ!」

「そっか、なるほどな。それじゃそういう事で!」

 

 ユイユイが嬉しそうに、ユキノの隣に駆け寄ってそう言い、

キリトはそれに合わせ、手をシュピッと上げると、そのまま立ち去ろうとした。

 

「ユイユイ、捕まえて」

「おっけー!」

 

 ユイユイはユキノにそう頼まれ、キリトの襟首をぐいっと掴み、そのまま持ち上げた。

キリトは何とか逃れようとしたが、こう見えてユイユイは、キリト並のパワーを誇っている。

いかにキリトとはいえ、そんな体制でユイユイから逃れる事は不可能だった。

キリトは借りてきた猫のようにユイユイに首根っこを掴まれ、

しどろもどろになりながら、説明を始めた。

 

「えっと、昨日たまたま、ハチマンとレコンと一緒になってですね、

宿屋でとあるアニメの一挙放送を一緒に見たんですけど、

その時の自衛隊の方々の無線での遣り取りとか、ハンドサインがツボにはまって、

それでついノリで練習してみたというか……そういう事です、はい」

「何故いきなり敬語なのかしら。でも、昨日の一挙放送って、まさかとは思うのだけれど、

遠くから魔法を撃たせて、弾ちゃ~く、今!とかやろうとはしていないわよね?」

「ユキノも見たのかよ!」

 

 キリトはその予想外の言葉に、思わず突っ込んだ。

ユキノは虚を突かれたのか、一瞬ぽかんとし、直後に顔を赤らめながら、

もじもじと言い訳がましく説明を始めた。

 

「いえ、その……ハチマン君が入院中に、何度かアニメを見ている事があって、

私もたまに一緒に見ていたのだけれど、その中に、その作品があったのよ」

「なるほど……」

 

 ユキノの説明に、キリトは納得したように呟いた。

 

「お、おほん、そういう訳で、この話はここで終わりにしましょう、

さっさとフィールドボスを倒すわよ、指揮はキリト君に任せるわね」

 

 ユキノは露骨に話題を変え、そう提案した。

 

「そうだな……よし、やるか!ってユイユイ、そろそろ俺を降ろしてくれ」

「あっ!」

 

 ユイユイは突然そう言われ、慌てて手を離した為、キリトはそのまま地面に激突した。

 

「痛っ!」

「ご、ごめん!」

「いや、だ、大丈夫だ」

「ふふっ、あなた達、何をやっているの」

 

 倒れたキリトに、ユキノがそう言いながら手を差し出した。

キリトはその手を掴み、立ち上がろうとしたのだが、

そんなキリトに、ユキノはこの日一番の笑顔で言った。

 

「弾ちゃ~く、今!は、私に言わせて頂戴。一度言ってみたかったのよね」

 

 突然そんな事を言われ、ユキノの笑顔をぽかんと見つめるキリトに、

同じくぽかんとしていたユイユイが、こっそり囁いた。

 

「さっきはああ言ったけど、ユキノン、やっぱりちょっと性格変わったかも」

「実はハチマンに、かなり影響受けてるのか?」

「もしかしたらそうかも。でもまあこんなユキノンも悪くないよね」

「違いない」

「ほらあなた達、さっさと行くわよ」

 

 ユキノにそう声を掛けられ、二人は気を取り直し、すぐに返事をした。

 

「お、おう!」

「今行く!」

 

 前方を見ると、他のメンバーは既に集結していた。

キリトはそれを見ると、背中の大剣を抜き、真っ直ぐにフィールドボスのいる方向を示した。

 

「よし、ヴァルハラ・リゾート、出撃だ!」

 

 続いてユキノが指示を出す。

 

「まず敵が見える所まで移動しましょう。敵に感知されないように気を付けて」

 

 それに、おう!と返事をした一同は、そのままフィールドボスへと向かって歩き出した。

やがてフィールドボスが姿を現し、一同は戦闘体制をとった。

 

「まずはリーファさん、イロハさん、ユミー、クリスハイトさんの四人で魔法攻撃を。

私が、今!と叫んだら、ユイユイを先頭に、全員で突撃よ!

敵のヘイトを取りすぎたと思ったら、その人は一時的に下がるのを徹底する事。

私は右翼を、メビウスさんは左翼をカバーでお願い」

「聞いた通りだ、行くぞ!魔法攻撃用意!」

 

 ユキノの指示の後、キリトがそう声を掛け、四人は魔法の詠唱を開始した。

四人は他の者の詠唱に合わせ、うまく発射のタイミングを調整していく。

そして頃合だと見たのか、キリトが合図を出した。

 

「攻撃開始!」

 

 それを聞いた四人が、同時に魔法を発動させる。

リーファの風、イロハの炎、ユミーの雷、クリスハイトの光、

四属性の攻撃魔法が、絡み合いながらボスへと向かっていく。

 

「弾ちゃ~く…………今!」

「行っくよ~!おおおお!」

 

 ユキノのその言葉と同時に、ユイユイが雄たけびをあげながら突撃し、

他の者もその後に続いて走り出し、攻撃を開始した。

ゲストとして呼ばれたユージーン、カゲムネ、アリシャ、サクヤの四人も、

何度も一緒に行動している為か、他のメンバーとしっかり呼吸を合わせ、

その実力をいかんなく発揮していた。

別行動でフィールドボスのフラグをクリアしたハチマンとアスナは、

途中で合流し、仲間達の下へ向かって全力で走っていたのだが、

その二人が到着する頃には、既にフィールドボスは爆散していた。

 

「くそ、間に合わなかったか」

「みんな、倒すのがすごい早いね!」

 

 そう言う二人に向かって、一同は思い思いに親指を立てたり、手を振ったりした。

 

「それじゃあこのまま少し休憩して、その後は迷宮区に突撃だ」

 

 そのハチマンの指示に従い、一同は休憩に入り、

トイレに行ったり水分を補給する為に、交代でロールアウトする事にした。

ハチマンは脳内に迷宮区のマップを思い浮かべ、攻略ルートをチェックしていたのだが、

そんなハチマンにユージーンが声を掛けてきた。

 

「信じられないくらいスムーズだな、ハチマン」

「お、ユージーンか、今日は手伝ってもらって、本当にありがとな」

「いや、お前達と一緒に行動するのは楽しいから、何も問題は無いさ」

 

 ユージーンは機嫌良さそうにそう答えた。

 

「今日はこのまま二十二層を目指すのか?」

「ああ、そのつもりだ。その先に行く予定は、今の所無い。

まあ、個人単位でのボス攻略への参加は自由だって、皆には言ってあるけどな」

「そういえば詳しく聞いてなかったな、二十二層に、何かあるのか?」

「それは俺も聞いておきたい」

「それ、私も聞きたい!」

「差し支えなければ、私にも説明を頼む」

 

 いつの間に来たのか、カゲムネ、アリシャ、サクヤも、ハチマンにそう尋ねてきた。

ハチマンは丁度いい機会だと思い、四人に今回の行動についての説明を始めた。

 

「……そういえば、あのピクシーの娘の姿を、最近見ていなかったな」

「そうか、そういう事か」

「ねぇ、ユイちゃんって、ハチマン君にとって、どういう存在なのかな~?」

「確か、娘と言っていたように思うが」

「ああ、それはな……」

 

 ハチマンは、この四人なら、ペラペラと他人に漏らしたりしないだろうと思い、

かつてSAOであった出来事を、かいつまんで説明した。

それを聞いたユージーンは、目をうるうるさせながらハチマンの肩を叩き、

カゲムネは黙って頷いた。アリシャとサクヤは、少し離れたアスナの所に行き、

アスナの手を握りながら何事か話し掛け始め、アスナは笑顔でそれに答えていた。

 

「しかし、お前達がかつてホームにしていたその塔は、どうやら特殊な拠点のようだな」

「ああ、多分、隠しホームなんだと思う。見つけたのは偶然だけどな」

「……もしかして、そういう場所が他にもあるのかもしれんな」

「ジンさん、俺達も探してみますか?」

「そうだな、それもいいかもしれん」

 

 ユージーンは、笑顔でカゲムネにそう答えた。

 

「しかしお前らは、本当に強いな」

「まあ、SAO時代のアドバンテージがあるからそう見えるんだろうな」

「多分それだけじゃないさ」

 

 ユージーンはそう言うと、眩しそうにハチマンの仲間達を眺めた。

 

「お前達をみていると、種族ごとにいがみあっていた昔の自分達が、馬鹿みたいに感じる」

「まあ、そういう仕様だったんだから、仕方ないだろ」

「それはそうなんだが、アインクラッドに来てから、まあちょっと、な」

 

 ユージーンは空を見上げながらそう言った。

 

「ここでは種族ごとの争いなんて、あまり意味が無いからな」

「この後もこうやって一緒に遊ぶ事もあれば、戦わなくてはいけない時もあるだろうさ、

これからも宜しくな、ユージーン、カゲムネ」

「ああ、今度は負けないぞ」

 

 ハチマンとユージーンは握手を交わし、カゲムネもそれに混じった。

二十一層の攻略は、尚も続く。



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第184話 待ち望んだ時

2018/06/14 句読点や細かい部分を修正


「よし、着いたぞ。ここがボスの部屋だ」

 

 迷宮の奥にあった豪華な扉の前に到着するなり、ハチマンは振り向き、仲間達にそう告げた。

 

「さあみんな、さくっと倒して二十二層に行くよ!」

 

ハチマンの隣を歩いていたアスナも振り向き、間髪入れずにそう言った。

ハチマンは無言で手を回し、背後からアスナの口を塞ぐと、改めて仲間達に言った。

 

「そんな訳ないだろ。とりあえず休憩って事で宜しく頼むわ」

「ん~ん~ん~」

 

 アスナはどうやら抗議しているようだが、ハチマンはまったく取り合わず、

他の者も笑いながら二人を見ると、そのまま休憩に入った。

アスナもやがて納得したのか、大人しくなり、ハチマンはアスナの口から手を離すと、

仲間達の輪の中心に腰を下ろし、アスナもそれに従った。

 

「気持ちは分かるが、猪突猛進は俺の主義じゃない。まあ落ち着いてな」

「う、うん、ごめん」

「まあ気持ちは分かるから、気にするなよ、アスナ」

 

 キリトがアスナをフォローし、仲間達も頷いた。

アスナは気をとりなおしつつも、生来の生真面目さからか、

手伝いに来てくれている四人の下へ、謝りに行った。

 

「みんな、ごめんなさい、ちょっと焦りすぎました」

 

 そう頭を下げるアスナに対し、四人とも、まったく気にしていないという態度を見せた。

 

「まあ、ちょっと疲れたのは確かだけどね。アインクラッドの実装直後に、

誘ってもらった時よりも、更に早いペースでの進軍だったからね」

「サクヤちゃんもかぁ、私もここまでハイペースの進軍は始めてだったから、

少し休みたいとは思ってたんだよねぇ」

 

 サクヤとアリシャがそう言うと、それを聞いていたユージーンが、

横から馬鹿にしたように言った。

 

「ふん、鍛え方が足りんな」

「ユージーン君やキリト君と一緒にしないでよね、この戦闘狂!」

「褒められたと思っておこう、なぁ、キリトよ」

「一緒にすんな!」

 

 キリトがユージーンにそう返した瞬間、場がシンと静まりかえった。

キリトは、え?俺ってそんな感じ?と周囲の者に聞いて回ったが、

聞かれた者達は、曖昧に笑い返したり、あからさまに目を背けた為、

キリトは少し落ち込んだ様子でリズベットの隣に腰を下ろした。

そんなキリトの頭をぽんぽんとなでながら、リズベットは言った。

 

「はいはい、あんたはそれだけが取り柄なんだから、元気出しなさいよね」

 

 そんな二人の微笑ましい光景をよそに、ユージーンがハチマンに話しかけた。

 

「しかしハチマン、本気を出したお前達は、やはりすさまじいな」

「まあ、この層限定だけどな。他の層では、こんなネタバレみたいな事をするつもりはない。

ボス戦に関しても、あるいは俺達がまとまって参加しなくちゃならないのは、

多分二十五層、五十層、七十五層くらいだろうしな」

「その層に何かあるのか?」

「あ~……」

 

 ハチマンは、あまりネタバレするべきではないと思いつつも、

まあこれくらいはと思い、ユージーン達に、クォーター・ポイントの説明をする事にした。

 

「……と、いう訳で、ボスの強さが桁違いで、多くの犠牲者が出たのがその層なんだ」

「なるほど、俺達はたまに攻略にも参加しているし、覚えておこう」

「私達はあまり熱心に攻略はしていないから、平気かな、サクヤちゃん」

「まあそうだが、仲間の誰かが参加するかもしれないし、

少ない戦力で無駄死にさせるのも忍びないから、噂を流すくらいはしておくべきだろうな」

「なるほど、その手があったか!さっすがサクヤちゃん!」

「異議あり!」

 

 拗ねていたはずのキリトが、突然大声を出した為、皆何事かと思い、キリトに注目した。

キリトはハチマンの下へ行き、熱く主張し始めた。

 

「キリト、いきなりどうした?」

「ハチマン、その三つのフロアだけじゃなく、もう一つ大事な層があるだろ!」

「大事な層?アスナ、そんなのあったか?」

「どこの事だろう……」

 

 アスナは困ったように、元SAO組の方を見たが、皆首を傾げるばかりだった。

その時ユキノが、控えめにハチマンに声を掛けた。

 

「ハチマン君、もしかしたら、前話してもらった、あの層の事ではないのかしら。

ほら、実質キリト君が一人で倒したっていう……」

「「「「「「ああ~!」」」」」」

 

 その場にいたSAO組の六人は、同時にそう言った。

 

「七十四層のグリームアイズか、キリトはまたあいつと戦いたいのか?」

「だってよ、どうやらあいつは、俺の心の中に今でも居座ってるみたいじゃないかよ。

だったらまた俺が倒してやるのが筋だろ?」

「お、おう、分かるような分からないような理屈だが、一応理解した。

それじゃ皆すまないが、いつか実装される七十四層の攻略にも参加してくれ」

 

 そのハチマンの呼びかけに、一同は、おう!と返事をした。

 

「ハチマンよ、七十四層というのは、何か特殊な層なのか?」

「いや、何と言ったらいいか、昔な、バカが暴走して、

少人数でボス部屋に突撃するって事件があってな」

「なるほど、キリトが暴走したんだな」

「何でだよ!」

「む、今、バカが暴走したと……」

 

 ユージーンに真顔でそう言われ、キリトはパクパクと口を開閉させたが、

抗議の言葉は中々出てこなかった。それを見たハチマンは、キリトをフォローする事にした。

 

「確かにキリトは戦闘バカだけどな、それとはまったく違う種類のバカの話だな。

……まあ本人が死んでるから、バカって言い方はやめておくか。

アインクラッド解放軍っていうギルドに、無謀な指揮官がいてな、

少人数で、下調べもしないままボス部屋に突入するって事件があったんだよ。

で、たまたまそこに居合わせた、俺とキリト、アスナ、クラインと、

他に数名の仲間が助けに入ったんだが、そのボスを、キリトが一人で倒したって話だな」

「さすがは戦闘バカ……」

「違う!俺が一人で削りきれる所まで、ちゃんと皆に削ってもらった上での撃破だからな!」

 

 キリトは慌ててそう主張し、ハチマンも頷いた。

 

「ちなみにカゲムネ、お前は七十四層のボスと一度戦ってるぞ」

「えっ?」

 

 ハチマンは、ニヤニヤしながらそう言った。

 

 カゲムネはきょとんとしたが、そのカゲムネの視界に、気まずそうなキリトの姿が映った。

カゲムネはまさかと思い、震えた口調でキリトに尋ねた。

 

「キ、キリト、まさかそれってルグルーの……」

「あ、ああ、そのまさかだ……あれがグリームアイズな」

「うわあああああああ」

 

 カゲムネはいきなり絶叫した。どうやらキリトが変身したグリームアイズに、

頭からボリボリと咀嚼された時の記憶が蘇ったらしい。

 

「ごめんって、あの時は本当に悪かったよ」

 

 キリトはカゲムネに平謝りし、事情を知らない者達は、ハチマンに事情を聞かされ、

カゲムネに心から同情する事となった。

そしてその後、二十一層のボス戦に挑む事となったのだが、

汚名返上とばかりに張り切ったキリトの活躍もあり、二十一層のボスは、

あっさりと攻略される事となったのだった。

 

「よし、俺とアスナが先行し、ホームを確保する。

残りの皆は、のんびりと二十二層へと向かい、のんびりと門をアクティベートしてくれ。

ある意味、今のボス戦以上の、今日の最大の山場だ、頼むぞ」

「後はお願いね!」

「任せとけって」

 

 ハチマンとアスナの呼びかけに、キリトが代表して返事をした。

ハチマンとアスナは、仲間達にしっかりと頷くと、全速力で階段を上り始めた。

その速度はすさまじく、二人の姿は一瞬で見えなくなった。

 

「うわ、すご……」

「あの二人が本気で走ると、やっぱ半端ねーな……」

「まあ、私達が門をアクティベートしない限り、他のプレイヤーは来れないのだから、

本当はそんなに急ぐ必要も無いのだけれども……事情が事情だから仕方が無いわね」

「だな、ホームの事も、ユイちゃんの事、キズメルの事も、

全てあの二人が待ち望んだ事だからな。それじゃ俺達も行こう!」

 

 そしてキリトの号令で、一行は二十二層への階段を上り始めた。

その頃既に二人は二十二層へと到達していた。すさまじい速さである。

 

「はぁはぁ……アスナ、大丈夫か?」

「うん……だ、大丈夫……」

「さすがに一息いれるか。アスナ見てみろよ、ほら、あそこ」

 

 ハチマンの指差す先に見えるのは、白い塔の上の部分であった。そう、それは……

 

「本当だ、あれ、秘密基地だよね?」

「周囲の光景も、すげー懐かしいな」

「うん、全然変わってないね!」

「ついに帰ってきたんだな、俺達」

「ただいま!みんな、ただいま!」

 

 アスナは感極まったのか、町のNPCにそう声を掛けまくっていた。

NPCは当然定型文しか返さなかったのだが、それでもアスナは満足そうだった。

ハチマンとアスナは、どちらからともなく手を繋ぎ、秘密基地の方へと歩き出した。

そして秘密基地の塔の根元に着いた二人は、かつて入り口があった付近で、

隠された、家を購入する為のパネルを難なく発見し、そのまま占有した。

ハチマンとアスナは頷き、二人で家の購入の決定ボタンを押した。

すると、昔は無かったとある入力欄が現れ、二人は顔を見合わせた。

 

「家の名前を決めて下さい、だってよ」

「こんな機能が追加されたんだね」

「正式に名称を付けられるとは聞いてなかったが、まあちゃんと事前に決めてあったし、

その名前をそのまま入れるとするか」

「うん!私達のホーム、新たな秘密基地『ヴァルハラ・ガーデン』だね!」

 

 ハチマンが家の名前の入力を終えると、チリン、とベルのような効果音が鳴った。

どうやらハチマンのストレージに、家の鍵が入った音のようだ。

ハチマンはそれを、ギルドメンバーの人数分複製し、ついでにゲスト用の鍵を四つ作成した。

 

「アスナ、それじゃあこれ」

「やった、ありがとう!」

「最初はアスナが開けるか?」

「いいの?それじゃあ開けるね」

 

 アスナがキーをかざすと、塔の壁が音も無くスライドし、隠された入り口が現れた。

二人は中に入ると、螺旋階段を上り、塔の上部にある白い建物へと入った。

 

「うわぁ、何も変わってないね」

「ああ、昔のままだな。もっとも今の人数だと手狭だから、このまま一気に拡張しちまうぞ」

「うん!どうなるのかな?楽しみだね!」

「アルゴの話だと、塔の外見は変わらないまま、インスタンスエリア扱いで、

室内のフロアが増えるらしいぞ」

「そうなんだ、じゃあ、上を見てるね」

「分かった。それじゃ、とりあえずやってみるか」

「うん!」

 

 ハチマンは、家に備え付きのコンソールを呼び出し、操作を始めた。

 

「個室は全部で……あれ、アスナ、今何人だ?」

「えっと……ハチマン君、私、キリト君、リーファちゃん、レコン君、リズ、シリカちゃん、

ハル姉さん、メビウスさん、ユキノ、ユイユイ、ユミー、イロハちゃん、コマチちゃん、

アルゴさん、クラインさん、エギルさん、クリスハイトさんで、十八人?」

 

 アスナは指を折りながら、メンバーの名前を上げていった。

 

「ゲストの部屋も考慮して、三十部屋くらいにしとくか」

「それくらいかな?」

「追加設備は、展望台、バー併設の大広間、大型の外部モニター、くらいでいいか?」

「また何かあったら増やせばいいしね」

「庭で訓練が出来るように、観客席付きの簡易闘技場も作るか」

「ビーチチェアも忘れずにね!」

「それはこのコンソールじゃ無理だな、今度買ってくるか」

 

 ハチマンが操作する度に、目の前で室内が拡張されていく。

アスナはその度に、うわぁ、うわぁ、と、楽しげな声を上げた。

 

「よし、完了だ。後は……今日のクライマックスだな。ユイとキズメルを復活させるぞ」

「うん!お願い!」

「よし……これだな、後はストレージ内のアイテムを関連付けて……これでいけるはずだ」

「ユイちゃん!キズメル!」

 

 ハチマンが、最後の仕上げとばかりにコンソールを操作すると、

ハチマンのアイテムストレージの中に大切にしまわれていた、関連アイテムが消え、

目の前にユイとキズメルが出現し、アスナは即座に二人に抱き付いた。

 

「ママ!ただいま!」

 

 ユイはかつてのSAO時代と同じ姿で、嬉しそうにアスナに抱きついた。

キズメルはデフォルト設定なのか、何故かメイド服姿だった。

キズメルは最初はきょとんとしながら戸惑っていたように見えたが、

やがてアスナをじっと見つめると、何かに気が付いたのか、驚きの表情をした。

 

「姿は前と違うが、もしかして、アスナ……アスナ、なのか?」

「うん、私だよ、キズメル!お帰りなさい!」

「そうか……私はまた、お前達と一緒にいられるのだな」

「待たせてごめんね、これからはずっと一緒だよ、キズメル」

 

 アスナにそう言われたキズメルは、笑顔を返した。

 

「また会えて、本当に嬉しいよ、アスナ」

「私も、嬉しいよ、キズメル!ユイちゃん!」

「ママ!ママ!」

 

 三人は固く抱き合い、ハチマンはそれを満足そうに見つめていたのだった。



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第185話 家族の絆、プレイヤーの絆

2018/06/14 句読点や細かい部分を修正


「お帰り、ユイ。久しぶりだな、キズメル」

「パパ!」

「姿は違うが、その気配はハチマンか。また会えて嬉しく思う」

 

 ユイは嬉しそうにハチマンに抱き付いた。一方キズメルは、ハチマンの下に駆け寄り、

そのまま抱き付くかと思われたのだが、チラッとアスナの方を見て、その手を止めた。

それを見たハチマンとアスナは、ん?と思い、顔を見合わせた。

キズメルは何かを葛藤しているように見え、アスナはこっそりとハチマンに耳打ちした。

 

「キズメルって、前はもっと開けっぴろげな感じじゃなかった?」

「そうだな、恥じらいとかは、特に何も感じてなかったように見えたのは確かだな」

「でもあれ、抱き付きたいのを我慢しているように見えない?」

「確かにそんな感じだよな」

 

 ハチマンは、アスナのその意見に同意した。

そしてアスナは少し心配そうにハチマンに言った。

 

「まさか……バグ?もしくは何か制限がかかってる?」

「そんな事は無いと思うが……ハラスメント関係の問題か?」

「どうなんだろうね……ちょっと聞いてみようか」

「だな」

 

 アスナは、極力何でもない風を装って、キズメルに話し掛けた。

 

「ねぇキズメル、どうしたの?何を躊躇っているの?」

「自分でもこの気持ちが良く分からないのだが、アスナとハチマンは、つがいなのだろう?」

「え?う、うん」

 

 アスナは、そのいきなりの質問に面食らったが、

キズメルにとっては大事な質問なのだろうと思い、素直に答える事にした。

 

「人の世では、番になった男女が別の異性に接触する事は、不愉快な行為なのだろう?

私は何度か、色々な人間を観察して、そう推測していた。

なので今私がハチマンに抱き付きたいと感じている事は、

アスナにとっては不愉快な行為なのではないかと思ってな」

「え?ハチマン君、これって……」

「ああ、間違いない。AIが進化している」

 

 二人は驚きと共に、そう結論付けた。ハチマンは、

何故キズメルにだけこんな高性能のAIが搭載されているのか疑問に思ったが、

その答えはいくら考えても浮かばかなった。

 

(晶彦さん、貴方はAIを、どんな方向に導きたかったんですか?

そういう話も、もっともっとしてみたかった……)

 

 茅場晶彦が目指したAIが、どんな物だったかは結局分からず仕舞だったが、

このキズメルに搭載されたAIは、いずれとある事件を経て、

とある少女の中で結実する事となる。

そんな考えを巡らすハチマンをよそに、アスナはキズメルに声を掛けた。

 

「えっとね、キズメル」

「ああ」

「私達は確かに番だけど、こうしてユイちゃんはハチマン君に抱き付いているでしょう?

それは家族だからなんだよ。そしてキズメルも私達の家族なんだから、

同じようにしても、何も問題は無いんだよ」

 

 キズメルはその言葉を聞いて、言われてみればと思い、ユイの方を見た。

ユイはキズメルに、こくこくと頷いた。

 

「なるほど、家族か……そうか、私達は家族になれたのだな」

「うん!あ、でも、キズメルの家族は私達だけなんだから、

他の人にそういう事をしちゃだめだからね?」

「ああ、分かった」

 

 アスナに頷いたキズメルは、おずおずとハチマンの下に向かい、その背中に両手を回した。

ハチマンはキズメルに正面から抱きしめられる形となり、

まごまごしながらアスナの方を見た。アスナはにっこりと笑いながら、

ハチマンとキズメルの両方の背中に両手を回し、二人を同時に抱き締めた。

ハチマンもそれを見て、二人の背中に両手を回した。

 

「家族の再会だよ」

「そうだな」

「パパ!ママ!キズメルお姉ちゃん!」

「お姉ちゃんか……うん、家族というのは、とてもいいな」

 

 この中ではキズメルが一番年上に見えるのだが、この時ばかりはキズメルも、

まるで二人の娘のように見えた。血の繋がりどころか、

四人のうち二人はバーチャルな存在だったが、そこには確かに家族の絆が存在した。

 

 

 

 一方その頃、残りのメンバー達は、のんびりと二十二層に到達し、

今まさに、門のアクティベートを終えた所だった。

 

「よし、アクティベート、完了だ」

「それじゃあ皆、こっちだよ。分かりにくいから案内するね」

 

 キリトが門のアクティベートを終え、リズベットが先導すべく、そう声を掛けた。

その瞬間、誰かが転移してくる気配がした。

そして次の瞬間、門から、一人のシルフの少女が飛び出してきた。

 

「よっと!噂を聞いて門の前で待機してたけど、

まさかこんなに早く二十二層が解放されるなんてね。

おかげで誰もいなかったし、私大勝利!ってね」

 

 その少女を見て、最初に声を掛けたのはサクヤだった。

 

「なんだ、フカ次郎じゃないか。たった今門をアクティベートしたばかりなのに、目聡いな」

「サクヤさん!どもどもっす!さすがですねぇ!」

 

 その、フカ次郎と言う変わった名前の少女は、元気よくサクヤに挨拶した。

そんなフカ次郎に次に声を掛けたのは、顔見知りなのだろう、リーファとレコンだった。

 

「フカちゃん、久しぶり!」

「フカさん、こんにちは」

「リーファ、レコン!ずるいよ!何でいきなりこんな……」

 

 そう言うと、フカ次郎はぐるりと周りを見回しながら、言葉を続けた。

 

「すごい人達の仲間になってるの?」

「え、え~っと……」

「あ、あは……」

 

 どう説明したものかと困るリーファとレコンを無視して、フカ次郎は更に続けた。

 

「『ヴァルハラ・リゾート』だっけ?出来たばっかりなのに、既に最強って噂になってるよ?

あのバーサクヒーラーに、絶……ユキノがいて、今はいないみたいだけど、リーダーの人と、

そう、この人!キリト君だっけ?ユージーン将軍より強いんでしょ?

そこに更に、絶……ソレイユさんが加わるなんて、一体どんなチートギルドなのよ!」

 

 フカ次郎はキリトを指差しながら、そう一気にまくしたてたが、

さすがにユキノの前で、その二つ名を呼ぶ事を避ける程度の冷静さはあったらしい。

キリトはその勢いにたじたじとなりながらも、リーファに尋ねた。

 

「なぁリーファ、この人は?」

「あ、フカ次郎ちゃんは、シルフ四天王の一人で私の友達だよ」

「フカ次郎でっす!宜しくお願いします!」

「よ、宜しく……」

 

 その後も挨拶をして回るフカ次郎を横目で見ながら、キリトはユージーンに尋ねた。

 

「なぁ、あいつの事、知ってるのか?」

「ああ、あいつは中々強いぞ。まあ俺には及ばないがな」

「へぇ~」

 

 一通り挨拶を終えたフカ次郎は、そのままリーファ達と会話を続けていたが、

ハチマン達を待たせている事もあり、とりあえずキリトは、移動の指示を出す事にした。

 

「それじゃあそろそろ、新拠点に向かうとしよう」

「新拠点!?」

 

 当然フカ次郎は、その言葉に食いついた。このままだとついてきそうな勢いだったので、

困ったキリトは、ユキノに相談する事にした。

 

「えっと……どうしよう?」

「そうね……いずれ知れ渡る事だから、別にほっとけばいいとは思うけど、

幸い今ここには、まだ他のプレイヤーの影は無いのだから、ハチマン君に断った上で、

拠点に連れていって、その代わりという条件で口止めをすればいいのではないかしらね」

「なるほど、それじゃそうするか」

 

 そして直ぐに通信でハチマンの許可を得て、

フカ次郎は運よくゲスト扱いを受けられる事となった。

フカ次郎は興味津々でリーファの隣を歩いていたが、興味津々なのは他の者も同じだった。

旧SAO組でさえ、秘密基地がどう変化しているか気になっていた。

そしてリズベットの案内で、一同はついに町外れの塔の前に到着した。

 

「えっと……本当にここ?何も無いように見えるよ?」

「入り口の無い塔みたいなオブジェくらいにしか、あーしにも思えないけど」

 

 ユイユイは周囲を見回しながらそう言い、ユミーもそれに同調した。

他の者も、戸惑うようにキリトを見ていた。キリトは気にせず、塔の前に向かった。

 

「なぁ、確か、この辺りだよな?」

「ああ、間違いないぜ!懐かしいなぁ」

「ちょっとクライン、余計な事言わないの!」

「あっと……」

 

 うっかりと、懐かしい、という言葉を発してしまい、

しまった、という顔でフカ次郎の顔を見たクラインの様子を見て、

フカ次郎は、何でもないかのように言った。

 

「あ~、もうこの中の何人かが、SAO出身の人だって噂は聞いてるんで、

そこまで気にしなくてもいいんじゃないかな、少なくとも私には」

「そ、そうなのか?」

「クライン、ハチマンはそれも織り込み済みだから、気にするなって。

むしろ、気付かれない事の方がありえないって言ってたぞ」

「まじかよキリト」

「うん、まあそんな感じ?」

 

 フカ次郎が、そのキリトの意見に同意した。

 

「今一番ホットな話題は、この中に何人か、SAOで四天王って呼ばれてた人がいるって、

そんな眉唾な噂なんだよね~……で、それって本当なの?」

 

 フカ次郎のその物怖じしない質問に、キリトは苦笑しながらリーファとサクヤの方を見た。

 

「フカ次郎、約束通り、ここで見たり聞いたりした事は、絶対に秘密だぞ」

「サクヤさん、もちろん!私は仲間を売ったりはしないよ!」

「まあそこらへんは信用してるよ、長い付き合いだしね」

「リーファ、ありがとう!」

 

 二人が問題無いという風に頷いた為、キリトはフカ次郎に言った。

 

「それは多分、元SAOのプレイヤーが流した噂だろうな。

SAOの時と名前も一緒だし、噂になるのもまあ当然だな」

「えっと……それじゃあ?」

「このギルドには、いわゆる四天王のうち、三人が所属している。一人は俺だ」

 

 三人、と聞いた時のフカ次郎の顔は見ものだった。

フカ次郎は、ポカンとした顔で固まっていたが、しばらくして我に返った。

 

「噂は本当だったんだ……しかも三人もいるんだ……

そりゃ最強に決まってるわ……えっと、残りの一人は?」

「今はもう、どこにもいない」

「あ……ごめんなさい」

「いや、いいんだ」

 

 フカ次郎は、そのキリトの言葉の意味を理解し、思わず素に戻って謝罪したが、

キリトは何でもないという風に頷いた。

 

「……で、その三人の、残りの二人は」

「俺と」

「私だよ」

「ハチマン、アスナ!」

 

 どこからか突然声が聞こえ、一同はきょろきょろと辺りを見回した。

いつの間にか、塔の根元に入り口が開いており、そこに、ハチマンとアスナがいた。

 

「遅かったな、黒の剣士」

 

 ハチマンが、ニヤニヤしながらキリトにそう言った。

何か言い返そうとしたキリトの機先を制して二人に問いかけたのは、フカ次郎だった。

 

「タンクには見えないし、神聖剣じゃない。も、もしかして、銀影に、閃光?

そしてキリト君が黒の剣士!本当だったんだ……すごい」

「……あんたがフカ次郎か、どこでその名前を?」

 

 ハチマンは虚を突かれたが、表面上は冷静に問いかけた。

 

「ネットの噂!都市伝説ってやつ!」

「なるほどな……やはり人の口に戸は立てられないって事だな」

「でもでも、キャラネームまではどこにも書かれて無かったの。

本当かどうかは分からないけど、ゲームの中から助けてくれた英雄で、命の恩人だから、

名前は絶対に出さないんだって。いい話だよね!」

「そうか……」

 

 ハチマンはそれを聞き、涙腺が緩むのを感じたが、上を見上げ、必死に我慢した。

アスナはそんなハチマンにそっと寄り添い、他のSAO組の者達も嬉しそうにしていた。

そしてハチマンは気を取り直し、その場にいる者達に言った。

 

「メンバーの皆、そしてゲストの五人も、よく来てくれた。

ここが俺達の新しい拠点にして、終の棲家『ヴァルハラ・ガーデン』だ」



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第186話 特別なギルド

2018/06/14 句読点や細かい部分を修正


「こんな所に入り口が……」

「うわ、先輩、すごいです!というか、よくこんな所を見付けましたね!」

「おう、存分に褒めてくれ。そして中に入ったらもっと褒めてくれ」

 

 『ヴァルハラ・ガーデン』に、始めて足を踏み入れた者達は、興奮状態であった。

普通のハウジングにはあり得ない、隠された扉、広大なスペース、そして秘密基地感。

螺旋階段を上る間に、その期待は嫌が応にも高まっていく。

ところが姿を現したのは、こじんまりとした、平屋の質素な建物だった。

 

「おお~懐かしいな、昔のまんまじゃねーか!」

「だな!」

「でもこの人数だと少し狭いのではないかしら」

「かも?」

「まあそれは、中に入ってからのお楽しみだ」

 

 単純に懐かしむ者、狭さを危惧する者、そんな感想を聞きながらも、

ハチマンは平気な顔で、正式な鍵とゲスト用の鍵を、順番に配っていった。

鍵を受け取った者達は、順番に中へと入っていく。

そして全員が中に入った後、ハチマンとアスナも中に入ったのだが、

そんな二人を迎えたのは、興奮するメンバーの姿であった。

 

「何だこれ、すっげー!」

「中がこんなに広いなんて!」

「まさかこれほどとは……完全に物理法則を無視しているわね」

「ユキノン、きっとインスタンス扱いなんだよ!」

「う、羨ましい……」

「ハチマン、よくやった!」

 

 その熱狂ぶりを平然と受け止めたハチマンは、皆を静かにさせると、厳かにこう宣言した。

 

「全員分個室も用意してあるから、後で部屋割りを決めよう。室内の設備は、各自で調整で」

 

 その言葉を聞いたメンバーから、大歓声が上がった。

ゲストの五人は、その姿をとても羨ましそうに見つめていた。

 

「とりあえず、他の設備を案内する前に、二人ほど紹介したい人がいる。

といっても、当然ユイとキズメルなんだがな。まずユイ、こっちに来てくれ」

「はいパパ!」

 

 その声と共に、奥のキッチンスペースからユイが飛び出してきた。

フェアリータイプではなく、昔のままのユイの姿に、キリト以外の者達は、

事前に聞いてはいたものの、いざそれを目にして、とても驚いたようだ。

 

「ユイちゃん、かわいい!」

「それが本当の姿なのね」

「あーし、家に連れて帰りたい……」

「やったね!おめでとう、ユイちゃん!」

 

 そして次にハチマンは、キズメルを呼んだ。

 

「そして二人目、俺とアスナの大切な友人だった、キズメルだ」

 

 その言葉を受け、キズメルが奥から出てきて、自己紹介をした。

 

「私はキズメルだ。ハチマンの大切な仲間達に会えて、本当に嬉しく思う」

 

 そう微笑みながら自己紹介をするキズメルを見て、一同は衝撃を受けた。

 

「ダークエルフのメイド服……だと……」

「うわ、うわ、すっごい綺麗な人……」

「先輩、さすがというか、そのチョイスは破壊力が抜群ですねぇ……」

「あ~、一応言っておくが、この服装は俺の趣味じゃないからな、デフォルトだからな」

 

 ハチマンはそう言ったが、仲間達の疑念は晴れなかった。

 

「本当に?」

「それじゃあユイちゃんは?」

「ユイのこの姿は、昔の服装が適用されてるだけだな。

ユイ、すまないが、ちょっと服装をデフォルト設定にしてみてくれ」

「はい!」

 

 そう言うとユイは、驚いた事に何かコンソールのような物を呼び出し、

ぱぱっと操作したかと思うと、一瞬にしてメイド服姿になった。

 

「おお~」

「かわいい……」

 

 期せずして、その姿を見た一同から拍手が起こった。

ユイは嬉しそうにその拍手に応えていた。

 

「それと実はな、服装だけじゃなく、外見のタイプも自由に変えられるらしいんだよ。

ユイ、キズメル、すまないが、ちょっとあの姿になってみてくれないか」

「はいパパ!」

「あの姿にはまだ慣れないが、徐々に慣れないといけないな」

 

 ユイとキズメルは、自分の意思でコンソールを呼び出し、操作し始めた。

その光景に、一同は改めて驚いたが、次の瞬間、二人が小さな妖精形態になると、

場の熱狂は最高潮に達した。

 

「おおお」

「更に破壊力が増しましたね!」

「あーし、絶対二人とも連れて帰る……」

「ユミー、落ち着いて!」

 

 熱狂する一同に、ハチマンは詳しく説明する事にした。

 

「あ~、前ちょっと言ったと思うが、妖精形態と通常形態は、自由に変更可能って事らしい。

本来はマスターが操作しないといけないらしいんだが、これは言っていいのかどうか……」

 

 ハチマンは、一瞬ゲストの五人の事をチラッと見つめた。

 

「……まあいいか、これも前に説明したと思うが、ユイとキズメルは、特別な存在だ。

なので、他のNPCではありえない行動が可能になっている。

要するに……自律行動をする事が出来る。これはまあ、適用されているAIの差だな。

そしてこのAIはどうやら……成長するみたいなんだ」

 

 その言葉に一同は息を呑んだ。ゲストの五人も、その言葉に驚愕した。

それはそうだろう、そんな高度なAIを、ハウジングピクシーに一々搭載していては、

とてもじゃないが運営が対応出来ない。ちなみにユイはドヤ顔をしていた。

 

「まあこの二人は、茅場晶彦の遺産だとでも思ってくれればいい」

 

 その言葉で一同は一応納得した。茅場晶彦の仕事なら、まあありうるか、

その名前には、そう思わせるだけの何かがあった。

 

「という訳で、通常の仕様だと、ピクシーのオーナーが指示をした上で、

ある程度のシンプルな自律行動しか出来ない事になってるみたいなんだが、

この二人は、自分でコンソールを呼び出し、操作する事が可能になっている。

まあ紹介はこのくらいだな、皆、これからも二人の事、宜しく頼む」

 

 そのハチマンの呼びかけに、皆は歓声を上げ、二人を歓迎した。

初対面の者は、キズメルに対して自己紹介を行った。

唯一既知であるキリトは、拠点の機能を確認したりしていたが、

そんな中、ボソッと呟いた者がいた。

この中で唯一、ハチマン達の事をよく知らなかったフカ次郎である。

フカ次郎は、あまりの展開に放心ぎみであったが、

どうやらやっと再起動を果たしたらしく、その最初の呟きは、ただただ感嘆に溢れていた。

 

「これって現実……?私の知らない、こんなすごい世界があったんだ……」

「フカ次郎、勘違いするなよ。ハチマン達は、本当に特別だからな。

何しろゲームの中だけじゃなく、リアルに英雄なのだからな」

「英雄……」

 

 サクヤにそう言われ、フカ次郎は、内から湧き出る衝動を抑えられなくなったのか、

ハチマンに駆け寄ると、その手をとり、いきなり頭を下げた。

 

「最初から決めてました!私をこのギルドに入れて下さい!」

「最初からって……あ~、すまん、このギルドは、実はリアル繋がりの集まりでな、

新規加入は基本、それが条件になってるんだよな」

「私は篠原美優!北海道在住の……」

「おいこらちょっと待て、とりあえず落ち着け!」

 

 ハチマンは、いきなり自分のリアル情報を喋りだしたフカ次郎の口を慌てて塞いだ。

一同はそんなフカ次郎の姿を、ぽかんとしながら見つめていた。

 

「おいリーファ、こいつはいつも、こんなに勢いだけで突っ走るタイプなのか?」

「ううん、そんなはずは無いんだけど……確かに熱心にプレイしているとは思うけど、

ここまで暴走した姿を見るのは始めてかも」

「そうか……」

 

 ハチマンは、フカ次郎の口を押さえながら何事か考えていたが、

やがて何か思いついたのか、じたばたするフカ次郎にこんな提案をした。

 

「実はついさっき、ここの庭に、戦闘が出来る簡単な闘技場のような物を作ったんだが、

そこで特別に入団テストを行おう。キリトとアスナと俺と順番に戦って、

誰かのHPを八割まで削る事が出来たら合格だ。その時は入団を認める。

もしそれが駄目だったら、今は諦めろ。モードは半減決着モード、魔法は無しとする」

「そ、それでお願いします!ありがとう!」

 

 そのハチマンの言葉を聞いた一同は、これは入団させるつもりは無いなと思い、

フカ次郎に同情したが、ハチマンの事だから、何か考えがあるのだろうと思い、

誰もハチマンの決定に、口を挟むような事はしなかった。

アスナだけは、思わせぶりな視線をハチマンに向けたが、

そんなアスナも、何かを口に出す事は無かった。

こうしてデュエルが三試合行われる事になったが、結果的に、フカ次郎は敗北した。

初戦は何とかキリトに攻撃を数発当てる事は出来たが、全てかする程度であり、

キリトの圧倒的な攻撃力の前に、あっさりと敗北した。

二戦目は、アスナのあまりの攻撃の早さに、何も出来ずに敗北した。

最後のハチマン戦では、全ての攻撃をパリィされ、カウンターを入れられ、一瞬で敗北した。

三人とも、一切手加減無しであった。フカ次郎は当然どんよりと落ち込んだが、

そんな落ち込むフカ次郎に声を掛ける者がいた。アスナである。

 

「ねぇフカ次郎さん、私が言うのも何だけど、元気を出して?」

「うん……」

 

 アスナにどんよりとした目を向けるフカ次郎に対し、アスナは笑顔で言った。

 

「さっきハチマン君が言ったセリフをよく思い出してみて。

ハチマン君は、『今は』諦めろって言ったんだよ?」

「今は……?あっ!?」

「ネタばらしが早いぞ、アスナ」

「だって、ねぇ?」

 

 ハチマンは、頭をぽりぽりと掻きながら言った。

 

「なぁフカ次郎、とりあえず落ち着いて考えてみろ。

リアル情報を教えられて、顔を合わせたとしても、

それだけで入団ってのはさすがに無理だ。だから先ずは、

俺達に自分を知ってもらう事から始めればいいんじゃないか?」

「それって……」

「何かあったらまあ、誘うくらいの事はするから、しばらく俺達と一緒に行動してみろ。

その上で今よりもっと仲良くなれたら、その時にまた入団の事は考える。それでいいか?」

「そ、それで!是非その方向でお願いします!」

「それじゃあまあ、頑張って俺達についてきてくれ。

それにはもう少し強くならないとかもだけどな」

「分かった!本気で頑張る!」

 

 そんな喜ぶフカ次郎に、リーファが歩み寄り、ポン、とその肩を叩いた。

 

「良かったね、フカちゃん」

「うん!待っててねリーファ、私絶対に入団してみせるよ!」

「待ってるからね!」

 

 こうしてフカ次郎はこの時から、今まで以上に強くなる事に貪欲となり、

後に見事に『ヴァルハラ・リゾート』への入団を果たす事となるのだが、

この時手に入れた強さは、いずれGGOで、彼女の友人の助けとなる事となった。




すみません、この話で終わりと書きましたが、次話のエピローグで第三章は終了となります。気がつくと第二章より長くなってしまいましたね……


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第187話 エピローグ~背負う覚悟

2018/06/14 句読点や細かい部分を修正


 次の日八幡は、無事にギルドの創設と、拠点の確保、並びに、

ユイとキズメルの復活に成功した事を陽乃に報告する為、彼女のオフィスを訪れていた。

薔薇の案内で陽乃の部屋に入り、一通り報告をしたものの、当然陽乃に散々いじられ、

疲れた顔で部屋を出てきた八幡の目に、入った時と変わらず、

何故かそこで待ち続けていた薔薇の姿が目に入った。

八幡は、何か用事でもあるのかと思い、薔薇に話し掛けた。

 

「ん、俺を待ってたのか?何か用事でもあるのか?」

「……まあ、聞きたい事は無くも無いけど、用事は別に」

 

 そう言いながらも薔薇は、チラチラと八幡の方を見ており、

何か用事があるのは明らかだと思われた。と、その時、お昼を告げるチャイムが鳴った。

その途端、薔薇の挙動が怪しくなった。時計と八幡を、交互にをチラチラと見始めたのだ。

八幡は薔薇の意図が分からず、とりあえず無難な話をする事にした。

 

「ちょうど十二時なのか、そういや昼飯の事はまったく考えてなかったな」

「そ、そうね、もし良かったら、この辺りに詳しい私が……」

 

 薔薇がそう言い掛けた瞬間、八幡の後ろの扉がガチャッと開き、中から陽乃が顔を出した。

 

「八幡君、丁度お昼みたいだから、良かったら一緒に……あ、あら?」

 

 薔薇は陽乃の顔を見た瞬間、慌てて視線を逸らした。

それを見た陽乃は、目を細め、値踏みするようにじっと薔薇を見つめた。

やがて何かに納得したのか、陽乃は背後から、八幡の耳に口を近付け、そっと囁いた。

 

「この機会に完全に掌握しておきなさい。いずれあなたの部下になるんだから」

「明日奈も同じような事を言ってましたけど、依存……って。いいんですか?

雪乃の時は、ハル姉さん、あれだけ嫌がってたじゃないですか」

「別に家族じゃないし?それに雪乃ちゃんの時とは違って、その方が本人も幸せでしょ」

 

 八幡はそれを聞き、小さくため息をついた。

 

「俺にこいつを背負えと?」

「それくらいの度量は見せて欲しいなぁ」

「まあ本当にそうなのか、自分の目で判断してから決めますよ。それでいいですか?」

「うん、それでいいよ?」

 

 八幡は、どうしようかと頭を悩ませたが、前に明日奈に言われた通り、

少し強引な手法でいく事に決めた。

 

「すみませんハル姉さん、今日はこいつと先約があるんですよ。

おい、お前の言ってたお奨めの店に、早く案内しろよ」

「あ、そうなんだ、それは残念、それじゃまた今度ね」

「はい、すみません。ほら薔薇、さっさと行くぞ」

 

 それに対する薔薇の反応は、明らかに恋する乙女のものでは無かった。

八幡にそう言われ、口をパクパクとさせた薔薇は、

先ず八幡の顔色を伺い、怒っているようなそぶりが見えない事を確認すると、

次に陽乃の顔色を伺い、陽乃が笑顔を崩さないのを確認すると、ホッとしつつも、

少しおどおどとした様子で言った。

 

「そ、そうね、それじゃこっちよ」

「おう」

 

 八幡は振り返り、薔薇に聞こえないように、陽乃に囁いた。

 

「なるほど、確かに明日奈とハル姉さんの言う通り、これは恋愛感情とかじゃないですね」

「もし恋愛感情だったら、かわいい義妹の為に、私が速攻潰してるに決まってるじゃない」

「はいはいそうですね。それじゃ行ってきます」

 

 八幡は薔薇の後を追い掛け、陽乃はその八幡の背に声を掛けた。

 

「上手くやりなさい」

 

 八幡は振り返らず、顔の横で手をヒラヒラと振った。

 

「えっと、確かこっち……」

「おい、詳しいんじゃなかったのかよ」

「く、詳しいわよ!誰かと一緒に食事に行くシミュレーションは、何度もしてたわよ!」

「実際に行った事は無いのかよ……」

 

 八幡が呆れたようにそう言うと、薔薇は顔を真っ赤にして反論した。

 

「し、仕方ないじゃない、私はボス付きなのよ!いつ無茶振りをされるか分からないし、

気軽に外で食事なんて、出来ないわよ!」

「お、おう、俺が悪かった、確かにその通りだわ」

 

 八幡は、確かにその通りだと思い、素直に謝罪した。

だが薔薇の気は、それでは収まらなかったようだ。

 

「悪いと思ってんなら、私をさっさとあんたの直属にしなさいよ!

今の学校を卒業して、大学に行って、それまで六年?長いわよ!……あっ、ご、ごめん」

 

 喋っている途中で、八幡の目がスッと細くなったのを見た薔薇は、

途端にトーンダウンし、即八幡に謝罪した。

 

「お前、ハル姉さんに言われたからじゃなく、自分の意思で、俺の直属になりたいのか?」

 

 そう言われた薔薇は、ビクッとしながらも、ぼそぼそと返事をした。

 

「別にあんたの事は嫌いじゃないし、頼り甲斐もあるし、何より命の恩人だし……」

「恩返しなら別にいらないぞ。俺は、俺自身と、俺の仲間達の為に戦っただけだからな」

「確かに私は仲間じゃなく、敵だったけど……」

「なら、どうしてだ?」

 

 薔薇は、苦渋に満ちた顔で、絞り出すように言った。

 

「……よく悪夢を見るの」

「悪夢?どんな内容の?」

「ラフコフの奴らに、笑われながら切り刻まれる夢よ」

「……それが、部下になりたいのとどう関係するんだ?」

「……あんたと会ったり電話で話したりした日には、一度も悪夢を見た事が無いから」

 

 八幡はその返事を聞き、自分の背中にずっしりと、重い物が圧し掛かってくる気がした。

八幡は何と言うべきか悩んだが、とりあえず一番大事な、

それでいて、とても残酷な言葉を薔薇に告げた。

 

「俺はお前と付き合ったりとかは出来ないし、

夜、お前が寂しい時とかに、一緒にいてやったりとかも、絶対に出来ないぞ。

俺にとってのお前は、拾ってきた子犬みたいなもんだ」

「そんなの当然分かってるわよ!でも仕方ないじゃない!

私には、あんたしかいないんだから!拾った子犬なら、餌くらいやりなさいよ!」

「逆ギレかよ……」

「そうですが、何か?」

「はぁ……」

 

 八幡は、俺はどこかで何か間違えただろうかと自省しながら、

あの時、ロザリアをぶちのめす以外の選択肢は無かったよなと思い、

自分のやった事に対して出た結果に、責任をとる覚悟を決めた。

 

「分かったよ、俺がお前に一生餌をやり続けてやる。だからお前は、俺と明日奈の役にたて」

 

 それを聞いた薔薇は、プイと顔を背けつつも、嬉しさを隠しきれない声で言った。

 

「し、仕方ないわね、あんたの言う通りにしてあげるわ!」

「へいへい、ありがとうよ」

「わ、分かればいいのよ」

「それじゃあさっさと飯にしようぜ。お前、何か俺に聞きたい事があるんだろ?」

 

 こうして薔薇が案内したのは、何故かサイゼだった。

しかもいつ予約をとったのかは分からないが、個室の予約席だった。

 

「……何でサイゼ?」

「何よ、好きなんでしょう?文句あるの?」

「リサーチ済かよ。しかし、サイゼに個室なんてあったんだな」

「今はそういうご時勢みたいで、試験的に作ったみたいよ」

「なるほど……」

 

 二人は個室に案内され、薔薇はメニューを見始めたが、

八幡はまったくメニューを見ようとはしない。薔薇がその事を尋ねても、

八幡は、必要無いの一点張りだった。そしていざ注文をする段になると、

八幡はすらすらといくつかのメニューを注文し、薔薇は呆気にとられた。

 

「……何であんた、季節メニューまでバッチリ記憶してんのよ」

「あん?お前、事前にリサーチしたんだろ?俺のサイゼ愛をなめるなよ」

「そんな重いサイゼ愛の情報は、さすがに持ってないわよ……」

 

 ほどなくして注文の品も運ばれてきた為、二人は食事をしながら本題に入る事にした。

 

「で?」

「えっと……あんた、シャナ……よね?」

 

 八幡は、その質問はまったく予想していなかったが、

たった数分の映像でよく見破ったなと、少し薔薇を見直した。

 

「よく分かったな」

「だって、あんな事が出来る人間を、私はあんた以外に知らないし」

「根拠はそれだけかよ……」

 

 八幡は、再び薔薇の評価を下方修正した。

 

「以前情報を伝えてからかなりたつけど、結局あいつらは、あそこにいたの?」

「いや、それらしいプレイヤーは、まだ見付かってはいない」

「サトライザーは?」

「あれはどうやら別物だ。あくまで勘だけどな」

「そう……あんたがそう言うなら、きっと正しいわね」

「ああ……そうか」

 

 八幡はふと、今回の件を薔薇が知っていた事で、新たな可能性に気が付いた。

 

「今思いついたんだが、あの短い映像からお前が分かったくらいだ。あるいはあいつらも、

シャナが俺だという可能性に辿り着くかもしれないな。

俺はBoBで思いがけずあんな事になってから、極力表に出ないようにしていたが

俺のいない所で、おかしな噂が広まったり、変な動きをする奴も出てくるかもしれない」

「まあ、そうかもね」

「そこでだ」

 

 八幡は、真っ直ぐに薔薇を見つめながら言った。

 

「お前に早速命令する。SAOのキャラを、GGOにコンバートしろ。

その上で、別にまともにプレイしなくていいから、情報収集をしてくれ」

「それは構わないけど、一から始めなくていいの?」

「明らかに初期状態のキャラが聞きこみをしていたら、変に思われるかもしれないからな。

SAO時代のお前くらいの強さが、いかにも中堅って感じで、理想だな」

「なるほど、分かったわ。任せて!」

 

 薔薇は命令された事には何の疑問も抱かず、むしろとても嬉しそうに、そう胸を張った。

その胸のボリュームを見て八幡は、何でこいつがモテないんだろうかと疑問に思った。

それと同時に八幡は……

 

(こうなった以上、こいつは俺のもんだ、誰にも渡さん。

言い方は悪いが、どうやら完全に、薔薇を支配下に置く事には成功したな)

 

 と、完全に悪役チックな事を考えていた。明日奈と陽乃に思考を誘導されたとはいえ、

端から見ると真っ黒である。だが所詮八幡である。結局情が移り、いずれは薔薇の事を、

大切な仲間の一人として見るようになる時が来てしまうのかもしれない。

だが薔薇はむしろ、こっちの状態の方が、本人にとってはとても幸せな状態である為、

八幡の薔薇に対する態度は、内心はともかく、表面上は変わらないのであろう。

これは少し歪んだ形の、ウィンウィンな関係であった。

 

「初期装備のままじゃまずいだろうしな、ゲーム内で多少の援助はする」

「うん、お願い。今夜はボスに頼まれた仕事があるから、明日から早速活動を開始するわ」

「連絡は密にな」

「ええ」

 

 こうして首尾よく薔薇を手駒に加えた八幡は、明日奈と小町と四人体制で、

GGOをプレイする事になったのだった。

そしてその日の夜、久しぶりにGGOにログインした八幡~シャナの出現の瞬間に、

たまたま居合わせたプレイヤーがいた。そのプレイヤーは、目に喜色を浮かべ、呟いた。

 

「やった、ついに見付けた……」

「ん?何か見付けたのか?」

「エム、あそこを見て。間違いない……シャナよ」




ここで、薔薇の事を少し書いておこうと思います。
当初はここまで出る予定はありませんでしたが、GGO編に行く為に、八幡の配下的なポジションの人物を確保したいと考えました。
ところが登場人物は、基本八幡とは対等な人ばかりです。とても配下扱いは出来ません。ギリで可能なのが、後輩のいろはあたりでしょうか。
だがそれだと、話的に普通すぎました。そこで白羽の矢が立ったのが、薔薇ことロザリアでした。
ロザリアであれば、以前八幡にぶっ飛ばされている為、配下的な扱いをされても不思議ではありません。
そして、薔薇を登場させ、書いているうちに、何か楽しくなってしまい、色々な属性を付けてしまいました。中々面白いキャラに仕上がった気がします。
と言う訳で、残念?ヒロイン、ロザリアさんの活躍を、ご期待下さい!
(と、言うほど出てこないかもしれませんが)
次話から、第四章GGO編に入ります。
そのうちスランプで筆が遅くなる時が来るかもしれませんが、頑張って書きますので、
今後とも宜しくお願いします。


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第四章 GGO編
第188話 シャナを探す女


2018/02/08 句読点や細かい部分を修正


久々にGGOにログインしたシャナは、その瞬間、背中に鳥肌が立つのを感じた。

 

(誰かに見られている……この視線の持ち主は、何かヤバイ気がする)

 

 そう感じたシャナは、極力自然な態度を装い、近くにあった狭い路地に入っていった。

そのまま迷路のような廃墟のフィールドの裏路地をどんどん奥に進んでいったシャナは、

尾行の気配が無くならない為、いくつ目かの角を曲がった瞬間に上へと飛び上がり、

廃ビルの二階の窓に手をかけると、強引に体を引き上げ、

その窓から中に入り、そのまま通路を監視した。

そして通路を凝視するシャナの目に、二人のプレイヤーがそっと顔を覗かせる姿が映った。

一人はかなり背が高く、茶色の髪をしたごつい男、

そしてもう一人は、全身筋肉で出来ているような体をした長髪で細身の男だった。

 

(暗くて顔がよく見えないが、一体何者なんだ?)

 

 シャナは息を殺し、上から二人の監視を続けた。

二人はシャナの姿を見失った事に気が付くと、慌てて周囲の探索を始めたが、

やがて諦めたのだろう、がっくりと肩を落として立ち止まった。

シャナは、これで会話でもしてくれれば少しは情報が得られるんだがと、

聞き耳をたてていたのだが、その期待は完全に裏切られた。

細身の男が、いきなりごつい男を殴ったからだ。

 

(は?)

 

 シャナは戸惑ったが、その殴打はしばらく続き、聞こえてくるのは、

罵声らしき声だけだった。よく聞くとそれは、お前のせいで、とか、トロいんだよ、

と聞こえ、シャナは細身の男がごつい男に八つ当たりをしているんだと推測した。

やがて殴るのに飽きたのか、細身の男が喋りだした。

 

「……せっかく確認するチャンスだったのに、なんであんたはそんなにトロいのよ、エム」

 

 シャナはそのセリフを聞き、細身の男が、実は女だった事に気が付いた。

 

「すまん、ピト」

 

 どうやら女の方がピト、男の方はエムという名前らしい。

 

(ピト……女でピトなら、思い当たる名前が一つあるな。確か、ピトフーイと言ったか)

 

 ピトフーイは、実力はあるが、性格に問題があるプレイヤーとして、

古参プレイヤーの間では有名な存在だった。

自分が生き残る為なら平気で仲間を犠牲にする為、誰からも嫌われている、

ピトフーイはそういうプレイヤーだった。

 

(あのピトフーイが、まったく関わった事が無い俺を探していた……?

理由は大会のVTRを見たせいだとしか思えないが、

あれに映っていた物を見たとしたら、どっちだ……ナイフか、それともM82か……

もう少し情報を収集したい所なんだが、あのエムってのもかなり腕はたちそうだ。

戦ったとしても、さすがに二人相手だと、負けないにしろ万が一があるからな……)

 

 シャナは二人を制圧し、情報を直接聞き出そうかと考えたが、

ピトフーイが噂通りの実力を誇り、更にそこに、実力が未知数のエムが加わったとしたら、

今の自分でも、制圧に『ほんの少し』手こずるかもしれないと考え、

もう少し様子を見る事にした。どうやらエムは完全に指示待ちらしく、その場に座り込み、

ピトフーイはその前を、何か考えているのか、腕組みしながらうろうろしていた。

やがて考えが纏まったのか、ピトフーイはシャナの潜むビルを指差しながらエムに言った。

 

「よし、しばらくこの周辺で張り込んでみようか。とりあえず今日はそのビルの中に入って、

目立たない所でそのまま落ちよう」

「分かった」

 

 どうやら二人は今日はログアウトする事にしたらしく、

シャナは、それならそれでいいと考え、このまま二人をやりすごす事に決めた。

 

「それじゃあ落ちるとするか」

「ええ」

 

 二人はコンソールを操作し、同時にログアウトするかと思われた。

そして、二人の指がログアウトボタンを押したように思われたが、

実際にログアウトしたのはエムだけだった。

ピトフーイはログアウトボタンを押す直前に手を引っ込め、そのまま後ろで手を組み、

ビルの入り口の方へと振り返ってため息をついた。ピトフーイはそのままボソッと呟いた。

 

「さすがに一筋縄ではいかないか、あのナイフの腕……

もしかしたら話が聞けるんじゃないかって期待したんだけどな」

 

(何の話が聞きたいのかは分からないが、ナイフの方だったか。今あいつは一人……よし)

 

 そのセリフを聞いた瞬間、シャナは一人になったピトフーイを制圧する事を即決した。

音も無くピトフーイの正面に降り立ったシャナは、

振り返った体制のままのピトフーイが再びこちらを向く前に、そのまま正面から、

両腕が使えないようにピトフーイを左手で抱きすくめ、右手にナイフを持ち、

ピトフーイの首筋にそれを押し当てたのだが、予想に反してピトフーイは、

一瞬ビクッとはしたものの、一切抵抗する気配を見せなかった。

ピトフーイはゆっくりと正面に向き直り、シャナの顔を見て、ニッコリと笑った。

 

(こいつ……今までの行動は、わざとか)

 

 シャナは、これは失敗したかもしれないと思いつつ、

安易に主導権を渡さないように、慎重に言葉を選びながらピトフーイに声を掛けた。

 

「すまん、少し待たせたか?」

「ううん、来てくれただけで嬉しいわ。出来れば仲良くお話ししたいから、

そのナイフは引っ込めてもらえると嬉しいんだけど」

「俺は気が弱いんで、お前が怒ってるんじゃないかと思ったら、ちょっと怖くてな」

「ううん、気にしないで。私も似たような事を思っていたから」

 

 にっこりと微笑んだピトフーイは、両手を拘束されたまま、右手の肘から先だけを動かし、

笑顔のままスッと、その手の先をシャナの脇腹へと突き出した。

シャナはその瞬間、自然な動作でピトフーイの体から手を離すと、左半身を引き、

そのまま空いた左手でピトフーイの右手を掴んだ。

シャナがその手を強く握ると、カランカランと音を立て、ピトフーイの右手から、

いつの間に隠し持っていたのだろうか……ナイフが落ちた。

だが、同時にピトフーイも、自由になった左手でナイフを持つシャナの右手を掴んでいた。

 

「もう少し色っぽい展開になると思っていたんだがな」

「あら、十分色っぽくて、刺激的な展開じゃない」

「生憎と、俺にはそういう趣味は全く無い」

「あら、残念」

 

 二人はそう言葉を交わすと、お互いの手を同時に離した。

 

「で、俺を探していたみたいだが、何か用でもあるのか?」

 

 ピトフーイは落ちていたナイフを拾い、シャナからよく見えるように、

ナイフをストレージに仕舞ってから返事をした。

 

「そうね、聞きたい事が色々あるのは確かだけど、とにかく会いたかったというのが本音ね」

 

 シャナはそれを聞き、自らもナイフを仕舞うと、ゆっくりと首を横に振った。

 

「俺は浮気はしない主義なんだ」

 

 ピトフーイは腕を組んで人差し指を顎に当て、トントンと叩きながら、ふむ、と呟いた。

 

「シャナはリアルで結婚している、もしくは付き合っている人がいる、と」

「おう、俺の彼女は世界一かわいいぞ」

 

 ピトフーイはそう言われた瞬間、トントンしていた指をピタっと止め、シャナを見つめた。

 

「随分あっさりとバラすのね」

「リアルを変に隠そうとする奴ほど、余計な事を口走って墓穴を掘るもんだ」

「なるほどねぇ、あらかじめ話していい事と悪い事の線引きは、きっちりしてあるのね」

「そういう事だ」

 

 ピトフーイは、目に面白そうな光を湛えながら、確認するようにシャナに尋ねた。

 

「一応私と会話をしてくれる気はあると思っていいの?」

「どうやら戦意は無さそうだからな。さっきの攻撃も本気じゃ無かっただろ?」

「あら、分かるの?」

「だってお前、俺と同じSTRタイプだろ?

それがあんなに簡単にナイフを落としたりするかよ」

 

 ピトフーイはそう言われ、筋肉質で、女性らしい所の一切無い、

鍛え抜かれた戦士のような自分の肉体をアピールしながら言った。

 

「その判断はどこから?私がこんな見た目だから?」

「見た目と能力が比例するなんて考える奴は、早死にするだけだろうな」

「それには全面的に同意するわ」

「種を明かすと、口から出まかせを言っただけだ」

「あら、只の情報収集だったの?それとも私に個人的な興味があるの?」

「いや、全く」

 

 シャナは首を横に振り、続けてピトフーイに言った。

 

「そろそろ本題に入ったらどうだ?」

「ひどい男ね、それじゃあ……」

 

 ピトフーイは、深呼吸を一つすると、シャナの目をじっと見つめた。

その目は、絶対に嘘は見逃さないという、それでいて何かを追い求めるような、

不思議な光を湛えた眼差しをしていた。

 

「貴方は、SAOサバイバーなのかしら?」

 

 シャナはその問いに虚を突かれたが、内心の驚きを悟られないように、すぐ質問を返した。

 

「それを聞いてどうするんだ?」

「教えて欲しい事があるのよ。今まで何人かのSAOサバイバーを自称する男どもに、

まったく同じ質問をしたんだけど、ある意味全員外れだった。

確かにSAOサバイバーは何人か存在したけど、

どれも中層までをうろうろしていただけの、小物ばっかりだったわ」

「自称?そんな事をして何の意味がある?」

 

 シャナが呆れたようにそう言うと、ピトフーイも同意するように肩を竦めた。

 

「どうやらSAOサバイバーだって事を、ステータスか何かだと勘違いしているみたい」

「ステータスなぁ……」

「まあ、以前の名前さえバレなければ特にリスクがある訳ではないし、

箔がつくと思ってる男は、かなり多かったわよ」

 

 シャナはALOでは、まあ名前のせいが大きいのだが、

一部のプレイヤーには、完全に正体がバレちまってるよなと思いながら、

GGOでは極力慎重に行動しようと、改めて心の中で誓った。だが、条件次第では、

自分からバラさないといけなくなる事もあるだろうという覚悟だけはしておく事にした。

 

「しかしそいつらも、よく馬鹿正直にお前の質問に答えてくれたもんだな」

「拷問したからね」

 

 ピトフーイはそう言いながら、シャナにウィンクをした。

シャナは、絶対にこいつとは深く関わりたくないと思いながらも、ぐっと我慢し、

自分の目的との整合性を考え、今後を見据えて情報交換が出来ないか考えた。

何故かSAOサバイバーを探しているという、このピトフーイなら、

あるいは今後、自分の求める情報を持ってくる可能性がある。

シャナは、この話の落とし所を考えたが、それには情報が少なすぎた。

シャナは、出来れば絶対に邪魔の入らない所で話したいと思い、ピトフーイにこう尋ねた。

 

「長話をしている間に、お前がいつまでもログアウトしない事で、

不信感を覚えたお前の仲間がこの場所に戻ってくる可能性がある。

そんなゴタゴタは避けたい所だが、話をするのにどこかいい場所はあるか?」

「教えてくれるの?」

 

 シャナはその問いに、首を横に振った。

 

「まずお前の話を聞いてから判断する」

「分かったわ、それじゃあとりあえず街に戻って、

二人の同意が無いと、他人が絶対に入れない部屋を借りましょう」

「ああ、それでいい」

 

 シャナはピトフーイの提案を受け、ついでとばかりにピトフーイに軽口を叩いた。

 

「しかし、さっきそこで落ちた仲間は、お前の恋人か何かなんだな。

お前がログアウトしない事がすぐ分かるって事は、

少なくともお前らは、同じ家もしくは部屋からログインしている訳だ」

 

 ピトフーイは、目をパチクリすると、シャナに流し目を送りながら言った。

 

「あら、やっぱり私に個人的に興味があるの?

話の内容次第では、リアルで会ってあげてもいいわよ?」

「浮気はしないと言っただろ。ただお互いの持つ相手の情報を、イーブンに戻しただけだ」

「あら残念。それじゃあエムが戻って来ない間に、さっさと行きましょう」

 

 そう言うとピトフーイは、上機嫌で鼻歌を歌いながら街へと歩き出した。

どうやらシャナの事が気に入ったらしい。

シャナは、気に入られたらしい事にゲンナリとしながらも、ピトフーイと共に歩き出した。




この頃のピトフーイは、まだ原作ほど強くはありません


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第189話 彼女が望む物

2018/02/08 句読点や細かい部分を修正


「ここでいい?」

「問題ない」

 

 主にプレイヤー同士の集まりに使われるレンタルスペースを確保した二人は、

そのまま中へ入った。シャナはソファーに腰を下ろし、ピトフーイが話し始めるのを待った。

ピトフーイは、少しもじもじしながら、シャナの顔を熱っぽく見つめていた。

 

「……何だよ」

「今度こそ『当たり』かと思って、期待しているのよ」

「当たり、ねぇ……何をもって、当たりと外れを区別するんだ?」

「私が得た情報だと、最後の戦いに参加した人数は三十人前後だったはず。

つまり、生き残った六千人中、トップと呼ばれる人は、

全人口のたった0.5パーセントしかいないって事じゃない。

そんな数少ない『当たり』に遭遇出来る確率は、ほぼゼロに等しいと思わない?」

「要するにお前、そのトップ連中に接触したいわけか。まあ、確率的にはそうだろうな」

 

 シャナは、その意見に同意した。

 

「そして、更にその上、トップに君臨した四人のプレイヤー。

二つ名しか伝わってこないけど、出来ればそのうちの誰かに話を聞けたら最高ね。

もっともそんな確率は、ほぼどころか、完全にゼロなのかもしれないけどね」

「そんな偶然は、ありえないな」

 

(実際はここにいるんだけどな)

 

「で、結局お前はどんな情報を求めているんだ?」

「あそこで一体何が起こっていたのかとか、まあ色々ね」

「何がって……要するにデスゲームだろ?」

「だから色々よ。例えば……プレイヤー同士の争いとかね」

 

(こいつ……俺の正体を探ろうと、鎌をかけてる訳じゃないよな。

そもそもラフコフに女のメンバーはいなかったはずだ。とすると、ただの興味本位か?)

 

「確かにそういう噂も流れていたな。真偽はどうか分からないが」

「で、どうなの?」

「知らない奴同士が集まると、必ず争いが起きるってのは、人類の歴史上の常識だろ?」

 

 ピトフーイはそれには答えず、じっとシャナを見つめた。

シャナは、そのピトフーイの瞳を真っ直ぐ見つめ返し、その場にはしばらく沈黙が流れた。

先に口を開いたのはピトフーイだった。ピトフーイは、埒があかないと思ったのか、

はっきりとした声でシャナに言った。

 

「貴方に一つ、情報を開示するわ」

「何の情報だ?」

「私が何故SAOに拘るのか、その理由よ」

「ふむ」

 

 シャナはその理由には余り興味が無かったが、

ラフコフのメンバーが絡んでいる可能性を考え、大人しく話を聞く事にした。

 

「で?」

「私はSAOのβテスターだったのよ。でも、どうしても外せない理由があって、

サービス開始当日に、製品版にログインする事が出来なかった、SAOルーザーなのよ」

「ルーザー、ねぇ……失敗した人間、失敗者って事か。

でもおかげで命拾い出来たんだろ?何か問題があるか?」

「私はSAOで、魂を焦がすような、命のやり取りがしたかったのよ!」

 

 突然ピトフーイが叫んだ。その叫びを聞いたシャナは、

ピトフーイがどれほど無念だったのかを何となく悟ったが、

至極真っ当な価値観を持つシャナは、それにまったく共感出来なかった。

 

(こいつがSAOにいなくて本当に良かった。

ラフコフに入団していた可能性が高かったからな。

しかしこうなると、とりあえずこいつは、ラフコフとは無関係……か)

 

「だから私は、とにかくSAOの話を詳しく聞きたいと思って、

SAOサバイバーと思われるプレイヤーを、片っ端から拷問しまくったって訳」

「だが、仮に詳しい話を聞けたとしても、お前の無念は晴れないだろ?

むしろ更に無念さが増すだけじゃないのか?」

「確かにそうかもしれないけど、それでも私は、当事者に話を聞きたい」

 

 頑なにそう主張するピトフーイに対し、シャナは、呆れたように言った。

 

「やっぱりお前、破滅願望の塊だな、正直壊れてるようにしか思えん」

「失礼ね、これでもちゃんと、常識的な価値観くらい持ち合わせているわよ。

ゲーム内の事を、リアルに持ち出さないくらいの分別はあるのよ」

 

 シャナはその言葉を聞くと、吐き捨てるように言った。

 

「それなのに、魂を焦がすような命のやり取り?

お前は結局合法的に殺人がしたいだけなのか?」

「違う!私は別に、人を殺したいなんて思っていない!」

「だが、プレイヤー相手に命のやり取りをするってのは、他人を殺す覚悟をするって事だ」

「それは……」

 

 ピトフーイはその矛盾に対し、何も答える事は出来なかった。

シャナはソファーから腰を浮かせながら、冷たい声でピトフーイに言った。

 

「どんな話かと思ったら、ただの殺人願望を聞かされるだけだったとはな。

本当につまらない時間だったわ。話はそれで終わりか?それならそろそろ俺は帰るぞ」

「待って!」

「待たない」

 

 そのまま帰ろうとするシャナに、ピトフーイは、縋り付きながら懇願した。

 

「お願い!プレイヤー相手の殺し合いは、ゲームの中だけで我慢するって約束するから!」

「そもそも実際に殺し合いが出来るようなゲームは、もう存在しない。

だからそんな約束は、俺にとっては何の意味も無い。当たり前の事だからな。

その上で一つ言っておく。俺も噂レベルで聞いただけだが、

お前の言う0.5%のプレイヤーは、多かれ少なかれ、プレイヤー同士の争いを経験し、

その上でそんな世界に嫌気がさして、頑張ってゲームをクリアしてきた奴らのはずだ。

だから断言しよう。お前のその願望を聞いた上で、

お前にSAOの話をしてくれるような奴は、誰一人として存在しない。

だからお前には、一生SAOの話を誰かからしてもらえるような機会は訪れない」

「そ、そんな……」

「例えお前がSAOをプレイしていたとしても、

魂を焦がすような暇も無く、一瞬でモブに倒されて死んでいただろうな」

「……」

 

 シャナは、あえてピトフーイに厳しい言葉を投げかけ続けた。

 

(こいつは多分、何を言っても根っこでは考えを改めない、危ない奴だ。

ならとことん追い詰めて、誰からも話が聞けないと思わせ、

その上で小出しに話をしてやって、俺にある程度依存させる。

その為には、俺の正体を明かす事も必要になると思うが、

それはこいつの弱みを握るか何かして、絶対的に優位になってからだな。

そうなれば、こいつから情報を引き出すのも楽になるだろう)

 

 シャナは、とても正義とは思えない黒い思考を巡らせていた。

当然である。シャナは正義の味方ではなく、自分とアスナと家族と、仲間達の味方なのだ。

そんなシャナの考えはつゆ知らず、ピトフーイは泣きそうな顔でうな垂れていた。

そんなピトフーイに対し、シャナは止めの一言を投げかけた。

 

「そもそもお前、本気でSAOの話を聞きたいのか?興味本位じゃないのか?」

「話を聞きたいのは本当に本気よ!それだけは間違いないわ!」

「で?」

 

 ピトフーイは、そう促され、一瞬で自分を捨てる覚悟を決めた。

 

「私、貴方に賭けるわ」

「賭ける?何をだ?」

「私のプライベートを賭けるわ」

「お前のプライベートが、俺にとって何の価値があるんだ?」

「会えば分かる」

「はぁ?」

「会えば、分かる」

「……」

 

 ピトフーイは、どうやら本気でそう思っているようだ。

そう考えたシャナは、これでこいつに枷を嵌められると、心の中でほくそ笑みながら、

会った後に自分達に害が及ばないように、どんな条件を付けるのか考え始めたが、

ふと別のリスクについて思い出し、その事について触れた。

 

「お前さっき、自分には分別があるって言ってたよな。

でもお前の分別が発揮されるのは、プライベート以外でなら……だろ?」

「いきなり何よ……何でそう思うのよ」

「だってお前、さっきあのエムって奴を殴ってたじゃないか。

もしかすると、名前の通りの性癖を持っているのかもしれないが、

あの様子だと、お前は家で日常的に、ああいう事をしてるだろ?」

 

 ピトフーイは、少し拗ねたようにシャナに言った。

 

「よく見てるのね。あれだけ私を貶めた上に、お説教でもしたいの?」

「いや、正直それはどうでもいい、好きにしろ。

ただし、俺に火の粉が飛ぶような事は絶対に許さん」

「分かったわ、約束する」

 

 ピトフーイはそう答えたが、シャナは何も言わない。

それどころか、ピトフーイの言葉を待っているように見受けられ、

ピトフーイは目をパチクリさせると、次の瞬間、シャナの言葉の意味に気が付いた。

 

「火の粉を飛ばすな、って、もしかして、会って話してくれる気になったの?」

「お前が一人で来るのが絶対条件だ。こっちは何人かに、遠くから俺達の様子を監視させる。

何かあった時以外に、そいつらがお前に近付く事は決して無いと約束する。

もっとも証明する事は出来ないから、俺を信じてもらうしか無いがな」

「信じるわ」

 

 ピトフーイは、何の疑問も抱かずに即答した。

シャナは、これはこれで問題がありそうだと思いながらも、自身の目的を優先する事にした。

 

「よし、それじゃあ早速、今から指定する場所に来れるか?時間は二時間後でどうだ?」

「大丈夫よ、行けるわ」

「ところで、お前にとってエムってどういう存在なんだ?」

「え?いきなり何?私にとってのエムは……サンドバッグ?それとも下僕……かしら?」

 

 シャナは、その言葉を自分なりに理解すると、最後にピトフーイに念押しする事にした。

 

「そういう奴に限って、主人の為とか言って、正義感と使命感に燃えて、

余計な事をしたがるもんなんだよな。きっちりエムの尾行は巻いておけよ」

 

 ピトフーイはその言葉を聞くと、プッと噴出し、大笑いを始めたのだった。




情報を持つシャナと、どうしても聞きたいピトの交渉なので、やはりシャナの優位は揺るぎません!それにしてもシャナさん、黒いですね!


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第190話 二つの顔

2018/02/08 句読点や細かい部分を修正


 ピトフーイはずっと笑い続けていた。

 

「あはっ、あはははははは」

「笑いすぎだろ……」

「だって……だって……あはははは、面白すぎる!」

「何がそんなに面白いんだよ……」

 

 シャナが呆れたようにそう言うと、ピトフーイは、腹を押さえたまま苦しそうに言った。

 

「だって……エムなら本当にやりそうだって思ったらつい……」

「それってそんなに笑うような事か?」

「だってエムは、元々私のストーカーだったんだもの」

「はあああああ?」

 

 シャナは、そのピトフーイのカミングアウトに、さすがに驚きの声を隠せなかった。

 

「私を落とした手管といい、何でそんなに色々分かるの?あんた神なの?神なんでしょ?」

「俺はただの善良な人間だ。あとお前、いきなりあんた呼ばわりかよ」

「あははははははは」

「だから笑いすぎだって……」

 

 ピトフーイはその後もしばらく笑い続けていたが、やがて落ち着いたのか、

とてもスッキリとした顔で、突然こんな事を言い出した。

 

「うん、私、あんたがSAOサバイバーだろうとなかろうと、もうどうでもいい!

私、絶対あんたと友達になる!」

「断る」

 

 シャナはそのピトフーイの宣言にかぶせるように、マッハで断りを入れた。

 

「ええええええ、いくら何でも即答すぎない?」

「お前みたいな危ない奴と、友達になるのは御免だ」

「じゃあ、恋人……とか?」

「世界一の彼女がいるのに、何故世界で二番目以下の奴と新たに恋人になる必要がある」

「私と会ったら、私が一番になるかもしれないわよ?」

「絶対に変わらん、断言する」

「はぁ……それじゃあ愛人で手を打つわ」

「俺は浮気はしない」

「もう~、だったらどんな関係だったら認めてくれるのよ」

「そうだな、いいとこ主人と下僕じゃないか?」

 

 シャナは冗談のつもりでそう言ったのだが、それを聞いたピトフーイは目を輝かせた。

 

「じゃあそれで!」

「は?お前馬鹿なの?」

「何よ!あんたから言い出した事じゃない」

「それはそうだが」

「なら決まりね。男なら、吐いた唾を飲み込むんじゃないわよ?」

「いつから俺が男だと錯覚していた?」

「あら、もしかして女だったの?ならこうしても問題ないわよね?

大丈夫よ、私、男も女もいける口だから」

 

 ピトフーイはそう言うやいなや、いきなりシャナに抱きついた。

 

「おい……は、な、れ、ろ」

「い、や、よ」

 

 シャナは、力ずくでピトフーイを引き離そうとしたが、

ピトフーイはかなり筋力があった為、どうしても引き離す事は出来なかった。

 

「この馬鹿力め……は、な、れ、ろ!」

「い、や、よ」

「会ってやらな……」

「え?何の事?」

 

 ピトフーイは、シャナがそう言い終える前に素早くシャナから離れ、

何事も無かったかのように、すました顔で言った。

 

「さあ、さっさとログアウトしましょう、時間がもったいないわ」

「お前、いい性格してんな……」

「いきなり褒めるなんて、もしかして私の事、好きになった?」

「いや、褒めてねえし、好きになんかなんねえよ」

「それじゃ、また後でね!」

 

 そう言ってシャナにウィンクをすると、ピトフーイはログアウトしていった。

残されたシャナは頭を抱えた。

 

「はぁ……明日奈、もしかしたら俺、色々ミスったかもしれねえわ……」

 

 シャナは立ち上がると、再びはぁ、とため息をつきながらログアウトした。

こうして現実に帰還した八幡は、いの一番に薔薇に電話を掛けた。

ピトフーイと会うのに際し、八幡は、複数の人間に監視させると言いはしたが、

実際問題、八幡が自由に動かす事が出来、仮に変な事に巻き込まれても胸が痛まないと、

『八幡が自分に言い聞かせられる』のは、薔薇しかいなかった為であった。

薔薇は八幡からの着信に、ノータイムで電話に出た。

 

「……」

「……」

「……もしもし?」

「うわ、びっくりした……あれ、おい今、着信音鳴ったか?」

「だってすぐに電話に出たもの」

「早すぎだろ……」

「べ、別にあんたからの着信を待ってた訳じゃないわよ、たまたまよ、たまたま!」

「お、おう、そうか……で、いきなりで悪いんだが、今からちょっと外に出てこれるか?」

「準備は出来てるわ、どこに行けばいい?」

「だから早いんだよ……」

 

(こいつはこいつで俺を必要としすぎだろ……やはり将来が心配だ……

こいつに今から女と会うなんて言ったら、おかしな誤解をされそうだが……

まあ背に腹は変えられん。よし……)

 

「実は今からよく知らない女と二人きりで会うので、ちょっと出てきて欲しいんだよ」

 

 八幡は、何らやましい事は無いと示すように、堂々と薔薇に用件を語った。

 

「なるほど、どうやら私が手伝うまでもなく、手がかりが掴めたのね」

「少し違うんだが、ラフコフへ通じる可能性がある案件だ。

しかし今の言い方でよく誤解しなかったな」

「当たり前よ、私はあんたの部下一号だもの。それにあんたには、明日奈様がいるしね」

 

 電話の向こうで、その大きな胸を張っているであろう、

薔薇の姿を想像し、八幡はとても複雑な気分になった。

 

「自分で一号とか言うなよ」

 

(こいつはこいつで、有能なのか、俺への信頼がすごすぎるのか、よく分からん……)

 

「じゃあ、筆頭!」

「お前、何か変な物でも食ったのか?」

「えっ?も、もしかして私、あんたの一人目の部下じゃないの?」

「いや、まあ、俺には部下と呼べるのは、お前しかいないが」

「ならいいわ。さあ、具体的に指示をお願い」

「分かった、今から説明する」

 

 そして二時間後、八幡は薔薇と共に、陽乃のオフィスの窓から外を監視していた。

八幡が待ち合わせ場所に指定したのは、そのビルの前だった。

ここなら、あくまでも仕事中のビジネスマンを装って監視が出来る。

何かあってもすぐに応援も呼べるだろう、そう考えての選択だった。

そして一人の女性が現れ、八幡の指定した場所に陣取ると、時計を見ながら、

きょろきょろと辺りを見回し始めた。八幡は、どうやらあれがピトフーイだなと思いながら、

薔薇に行ってくると声を掛けようとしたのだが、

薔薇はその女性を見て、何故かわなわなと震えていた。

 

「おい、どうかしたか?」

「ね、ねぇ……あれって変装はしてるみたいだけど、もしかして神崎エルザじゃないの?」

「神崎エルザ?どこかで聞いた名前だな」

「あんた知らないの?すごい人気で、チケットがほとんど入手出来ないっていう、

今話題のアーティストよ?」

 

 アーティストと聞いて、八幡は、先日明日奈に聞かせてもらった曲が、

まさに神崎エルザの新曲だった事を思い出した。

八幡は携帯をいじり、その曲を薔薇に聞かせた。

 

「もしかして、これか?」

「そうそう!これがあそこにいる、神崎エルザの新曲よ!」

「まじかよ……」

 

 呆然とする八幡に、薔薇は呆れたように言った。

 

「あんた、そんな有名人を、冗談のつもりでも下僕扱いしたの?

あまつさえ、相手がそれを承諾したって……」

「そういう事になるよな……」

 

 八幡は、まさかこんな展開になるとは思ってもいなかった為、狼狽したが、

まだあれが神崎エルザ本人だと確定した訳ではないと思い直し、開き直った。

 

「まあいいか、とりあえず他に誰もいないようだし、ちょっと行ってくるわ」

「私も後をつけて、周囲に気を配っておくけど、くれぐれも気を付けて」

「おう、頼むわ」

 

 八幡はそう言うと、ビルを出て、ピトフーイに近付いていった。

心細そうに待っていたピトフーイは、八幡の姿を見付けると、一瞬ビクッとした後、

探るような目付きでこちらを観察してきたのだが、八幡が軽く手を振ると、

どうやら八幡がシャナだと当たりをつけたのか、手を振り返してきた。

 

「尾行はちゃんと巻いたんだろうな」

「うん、バッチリ!」

「本当に尾行してきてたんだな……」

「あはははは、シャナの予想通りだったね!」

 

 丁度その時、八幡の携帯が着信を告げた。どうやら薔薇からのようだ。

八幡はピトフーイに断りを入れ、直ぐに電話に出た。

 

「何かあったか?」

「さっきは気付かなかったけど、尾行が一人いるわ。

あんたの姿を見て、どうやらうっかり姿を見せてしまったみたいね」

「分かった、今後はそいつの監視を頼む」

「了解」

 

 八幡は電話を切ると、ピトフーイの手を握り、移動を開始した。

 

「それじゃあこっちだ」

 

 八幡は、そのまま今来た道を引き返し、ビルの中へと入った。

八幡は顔パスなので、同行者がいても問題なく通れるが、

おそらく尾行してきたエムは、ここを通る事は出来ないだろう。

ちなみにこの入り口は、盗聴器を付けられていた場合、発見する事が出来る優れものだ。

八幡は盗聴器の有無を確認し、そのまま最短ルートで裏口へと向かうと、

すぐ近くにあった地下鉄の入り口へと入り、そのまま電車に乗った。

次の駅で降りた八幡は、そのまま連絡口へと向かい、別の路線へ乗り換え、次の駅で降りた。

八幡は一応薔薇に電話を入れ、エムが今、完全に八幡達を見失っている事を確認した。

 

「よし、もう大丈夫だ」

「何が大丈夫なの?」

「お前、エムに尾行されてたぞ」

「え?本当に?あいつ、明日帰ったらお仕置きだわ」

「あ~、まあ、お手柔らかにな」

 

 八幡は、お仕置きという単語に気を取られ、

ピトフーイが、明日帰ると言った事には気が付かなかった。

 

「さて、密談するならここか」

「カラオケボックス?」

「ああ、個室な上に、外に声が漏れる心配もないからな」

「まあ、それもそうだね」

 

 二人はそのままカラオケボックスに入り、軽い食べ物と飲み物を注文すると、

そのまま椅子に座って一息ついた。

 

「ふう……」

「ごめんねシャナ、尾行はちゃんと巻いたつもりだったんだけどなぁ」

「まあ、エムがプロだって事だろ、気にすんなって」

 

 八幡はそう言いながら、リモコンを操作し、とある曲をリクエストした。

 

「あれ、話す前に一曲歌うの?」

「いや、ちょっと違う」

 

 そして曲が流れ出すと、ピトフーイは、ハッとした顔で言った。

 

「これって……」

「そうだ、お前の曲だろ?神崎エルザ」

 

 そう告げた八幡の顔を、じっと見つめる神崎エルザの後ろで、

モニターに映し出された、まったく同じ顔の少女が、こちらを笑顔で見つめていた。




タイトルの二つの顔とは、ピトフーイと神崎エルザの事であり、
神崎エルザと、モニターの中の神埼エルザの事でもあります。
しかしまぁ、薔薇さんもピトさんも、いい性格をしていますね……


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第191話 強運というより豪運

2018/02/18 句読点や細かい部分を修正


「どういうつもり?」

「ただの確認だよ、あんたが本物の神崎エルザだって事のな」

 

 それを聞いたエルザは、ほんの少し嬉しそうな表情を見せた。

 

「ほら、会えば分かるって言ったのは本当だったでしょ?」

「まあリスクを考えると、俺よりお前の方が遥かに上なのは認める」

「良かった、認めてもらえて」

 

 そう言うとエルザはマイクを手に取り、カラオケに合わせて歌を歌い始めた。

本人が歌っている為、当然とても上手かったのは言うまでも無い。

曲が終わると、八幡はエルザに心からの拍手を送ったが、

ついでに八幡は、余計な一言を付け加えた。

 

「こうしてると、お前があのピトフーイだなんて、まったく信じられん」

「何言ってんの。喋り方や性格はまったく一緒だよ?」

「……この前の方が多少おしとやかだった気がするが」

「さすがの私も、人にお願いをする時くらいは多少丁寧に喋るわよ」

「まあ、そう言われるとそうなんだけどな」

 

 エルザはそのまま椅子に座り、バッグをごそごそと漁ると、一枚の紙を八幡に差し出した。

 

「それじゃあ、はい、これ、受け取って」

「おいお前、何だよこれ……」

「見て分からない?免許証のコピーだけど」

 

 それは、紛うことなき神崎エルザの個人情報が満載の、免許証のコピーだった。

 

「それは分かるけどな、一体何のつもりだ?」

「これで私はあんたを裏切れないでしょ?私なりの誠意よ」

 

 八幡は少し考えた後に、それを素直に受け取った。

 

「分かった、これは絶対に他人に漏れないように、万全の体制で管理しておく」

「ありがと」

 

 エルザはそう言うと、はにかむような笑顔を見せた。

八幡はその笑顔を見て、こいつも薔薇と一緒で、

黙ってれば見た目はいいのにな、等と失礼な事を考えていた。

 

「で、私はあんたに、期待してもいいの?」

「そうだな……さすがにここまで誠意を見せられるとな」

 

 それを聞いたエルザは、期待に目を輝かせた。

 

「じゃあ……」

「でも言えない事もあるからな、そこらへんは理解しろよ。

あと、俺が言う事を信じるも信じないもお前の勝手だ。証明は出来ないぞ」

「うん!」

「それじゃあまずは、おめでとう」

「え?」

 

 八幡がそう言い、いきなり拍手を始めたので、エルザは、訳が分からず、きょとんとした。

 

「え~っと、ありがとう?」

「おう、どういたしまして」

「え~っと……」

「まあ、普通は訳が分からないよな」

「う、うん」

 

 八幡は、覚悟を決めるように、深い息を吐くと、エルザに言った。

 

「お前が引いたのは、例の三十人じゃない」

「あ……そっか、そうなんだ……」

 

 エルザはそれを聞き、一瞬悲しそうな表情を見せたが、すぐに明るい笑顔に戻った。

 

「でもさっきも言ったけど、私はこうしてあんたと話せるだけで……

って、あれ?でもさっきあんた、確かにおめでとうって……」

「ああ。お前が引いたのは、三十人じゃない。数字で言うなら、四なんだ」

「え?え?……四!?四ってまさか……」

 

 驚愕と共に、エルザの顔に理解の光が広がった。

エルザは、今度こそ期待に満ちた目で八幡の言葉を待った。

 

「どうやら分かったみたいだな、俺は銀影だ。その二つ名はよく知ってるんだろ?」

「そんな……そんな事って……神聖剣、黒の剣士、閃光、そして……銀影」

「まあ今回は、俺が運悪く恐ろしい強敵に遭遇しちまって、

その戦いを動画に撮られちまってたせいなのが大きいとは思うが、

それにしても俺がログインしたのはあの日以来だからな。強運というより、豪運……」

 

 そのセリフを言い終える間もなく、エルザはいきなり八幡に抱き付いてきた。

 

「だからいきなり抱きつくなっつ~の。とりあえず、は、な、れ、ろ」

「い、や、よ」

「まあここはゲーム内じゃないから、引き離すのも余裕だけどな」

 

 そう言うと八幡は、今度はあっさりと、力でエルザを引き離した。

エルザは不満そうに口をすぼめながらも、ここは譲らないとばかりに八幡の隣に座った。

そんなエルザの第一声は、こうだった。

 

「どうして教えてくれたの?三十人の一人だって、誤魔化す事も出来たよね?」

「まあ、あんまりお前ばかりにリスクを背負わせるのもちょっとな」

「そっか、少し怖かったけど、私のやった事は無駄じゃ無かったんだ」

「もう二度とこんな事はするなよ」

「うん!もうシャナ以外にはしないよ!」

「俺にもすんな」

「う~……」

 

 エルザは不満そうな顔を見せたが、八幡に逆らう気はもうまったく無くなったようで、

結局八幡に、素直に頷いてみせた。

 

「さて、何から聞きたい?」

「えっと、プレイヤー同士の争いについてって言いたい所なんだけど、

せっかく銀影が相手なんだから……どうしよう、何から聞こうかな。

こんなの想定してなかったから、ちょっと迷っちゃうよ」

「その前に一つ言っておく。これから話す事は、絶対に他人に喋らないと誓え」

「うん、誓う」

「よし、オーケーだ」

 

 エルザは八幡に頷くと、最初の質問を切り出した。

 

「それじゃあ聞くね。えっと、他の四天王の人はどうなったの?」

「一人はもう、この世にはいない」

「あ……そうなんだ」

「ちなみに残りの二人は、今でも一緒にいるぞ」

「そうなんだ!ちなみに、誰なのか聞いてもいい?」

「黒の剣士と閃光だ」

「そっか、欠けたのは神聖剣だったかぁ」

「ああ」

 

 エルザは、何か想像しているらしく、遠い目をしながらそう言った。

 

「やっぱり、私もプレイしてみたかったな、SAO……」

「駄目だ」

「何でよ!」

「そうなった時、お前はラフコフに入った可能性があるからな」

 

 エルザはそれを聞き、首を傾げながら八幡に聞き返した。

 

「ラフコフって?」

「お前が一番聞きたがっていた奴らの事だ」

「えっ……」

「分かるだろ?殺人ギルドだ」

 

 そして八幡は、ラフコフに関する情報の、ほんの触り程度をエルザに話したのだが、

その事を一番聞きたがっていたはずのエルザは、何故か表情を歪めた。

 

「それ、違うわ……」

「ん?何がだ?」

「私はもっと正々堂々とした、ギリギリの戦いの末にそういう事が起こったんだと、

勝手にそう思い込んでた。でもあんたの話だと、そいつらはただの犯罪者じゃない!

そんなの、私が体験したかった、魂を焦がすような戦いとはぜんぜん違う!」

「そうか、俺がさっき、お前にイラついていた理由が分かったか?」

「うん、ごめん、そこは私が間違ってた」

 

 エルザが素直に謝罪した為、八幡はエルザの評価を少し改めた。

だが、正々堂々ならいいのかという問題は、今後も彼女の周りに付き纏うのであろう。

 

「そこで、だ。俺からもお前に頼みがあるんだがな」

「頼み?下僕なんだし命令でもいいよ?」

「いや、まだ確信が持てないから、頼みくらいが丁度いい」

「そうなの?まあ、どっちでも構わないけど……」

 

 承諾が得られた事で、八幡はエルザに、自分の目的を明かす事にした。

 

「実はな、GGOに、さっき説明したラフコフのメンバーが、おそらく参加している」

「そうなの!?」

「ああ、確かな筋の情報だ」

「そうなんだ……で、頼みって?」

 

 どうやらエルザは、八幡に全面的に協力するつもりのようで、話の続きを八幡にせがんだ。

 

「今まで通り、SAOサバイバー探しを続けて欲しい。男限定で、強そうな奴を中心にだ。

そして、もしお前の目から見て怪しい奴がいたら、俺に教えて欲しい」

「いいけど、その条件は何で?」

「ラフコフに女はいなかった、まあ下部組織にはいたがな。

あと、俺が探してるのはラフコフの元幹部どもだ、当然強い。

放置しておいてもいいんだが、万が一にも俺達に害が及ぶような事は避けたいんでな。

まあ情報収集の一環だと思ってくれればいい」

 

 エルザはそれを聞いて納得したのか、力強く宣言した。

 

「分かった、拷問は私に任せて!」

「……その顔でそう言われると、微妙にくるものがあるな」

「だから中身は変わんないんだってば。それとも私に惚れちゃって、

そういう事をしてほしくないのかな?」

「だから無えよ。それにお前には、エムっていう立派な彼氏がいるだろ」

「だからエムは彼氏じゃなくて、下僕だってば!」

「あーはいはい、とりあえず黙れ」

「う~」

 

 エルザは隙あらばという感じで、ぐいぐいと八幡に迫っていくのだが、

八幡はまともに相手をしようとはしない。エルザはそれが少し悔しそうだった。

 

「さて、まだまだ俺に聞きたい事は沢山あると思うが、もう終電も近い。

お前も予想外の展開で、聞きたい事が上手く纏まってはいないだろ。

とりあえずこのくらいで、今日はお開きにしておこうぜ」

「え?私、今日はあんたと一緒に泊まるつもりで、着替えまで持ってきたんだけど」

「はあ?何でそうなるんだよ」

「だって私、さっき言ったよね?エムにお仕置きするのは明日にするって」

「そういえばそんな気もするが……」

「ね!」

「だが断る」

「え~?いいじゃない!」

「断る」

「いいじゃない!」

「断るっつってんだろ」

 

 こうしてしばらく押し問答をしているうちに、

いつの間にか終電の時間が過ぎている事に気が付いた八幡は、エルザをじろっと見つめた。

 

「お前、わざと時間稼ぎしやがったな」

「え~?何の事~?」

「はぁ……」

「いいじゃない、ここは一つ、ハチにでも刺されたと思ってさぁ。あ、あんたは刺す方か!」

「その顔でおやじかよ……まあいい、ちょっと待ってろ」

「ほえ?」

 

 八幡はそう言うと、どこかに電話を掛けた。そして数分後、一台の車が二人の前に停車し、

八幡は有無を言わさずその車にエルザを乗せ、その隣に自分も乗り込んだのだった。



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第192話 ロザリアとピトフーイ、そして

2018/02/18 句読点や細かい部分を修正


「ちょっと、私をどこへ連れていくつもり?きゃ~、さらってさらって~!

あ、運転手さんそこを右に曲がって!いいホテル街があるから!」

「ロザリア、相手にするなよ」

「へぇ~、運転手さんはロザリアちゃんって言うんだ~!私はピトフーイ、宜しくね!」

 

 八幡が呼び出したのは薔薇だった。

薔薇はエムの尾行を終えた後、近くで待機していたようで、

八幡からの呼び出しを受け、オフィスに停めてあった八幡の車を運転し、

こうして二人の回収に来たのだった。

 

「一応紹介しておくが、こいつはロザリア。

俺がいない時に、GGOで情報収集を担当してもらう予定だ」

「そうなんだ~!ロザリアちゃん、あっちでも宜しくね!」

「あ、はい、宜しくお願いします」

 

 次に八幡は、エルザの事を正式に薔薇に紹介しておく事にした。

当然、神崎エルザとして紹介するような事はしない。

 

「ロザリア、こいつはピトフーイ。毒を持った鳥だ」

「毒を持った鳥?」

 

 エルザは、八幡が自分の事を知っていた事が嬉しかったらしく、

楽しげな、弾んだ声で言った。

 

「シャナは私の事、前から知ってたんだ?あれ、そういえば私、GGOで自己紹介したっけ?

初めて名前で呼んでもらった気がするんだけど、そこまで気にしてなかったなぁ」

「お前がどう思ってるかは知らないが、お前は俺達古参の間だと、結構な有名人だからな。

当然名前も知ってるし、その名前の由来も聞いてるさ」

「なるほどなるほど、そんなに昔から私の事が好きだったんだ」

 

 エルザは納得したように、うんうんと頷いた。

 

「言っておくが、お前の評判は、全部悪評だからな」

「え~?」

「お前な、自分のどこに、いい評判が流れる要素があるって思ったんだ?」

「これでも女ってだけで声をかけてくるプレイヤーは多いんだよ!

正直ちょっとうざいんだけどね。知らない奴に話し掛けられると、殺したくなっちゃうし」

「ほら、やっぱりお前、自分から悪評が立つようにしてんじゃねーかよ」

「確かにそうだけど!」

 

(こうして話してると、そんな悪い奴には見えないんだが、実際に問題なのは、

こいつの中に見え隠れする狂気なんだよなぁ……俺が抑えているうちはいいかもだが、

俺がいなくなった後が問題だよな……まあ、いいか)

 

 この時危惧したように、第三回BoBの後、八幡があまりログインしなくなったせいで、

エルザはレンという少女と出会い、敗北するまでの間、

かなり荒れた精神状態に置かれる事となる。

リアルでの連絡先を交換しておかなかったのも、その一因となったのであろう。

もっともその後、仲間経由でそれを知ったシャナが、後にピトフーイに大説教をかまし、

エルザの精神状態は、再び安定を見る事になるのだが、それは後のお話である。

 

「大体お前は、俺にとっては世界で二番目以下だって言ったろ」

「ええ~?こうして実際に会っても?」

「ああ」

「が~~~ん」

 

 エルザは少し落ち込んだようで、弱々しく薔薇に尋ねた。

 

「ねぇ、ロザリアちゃん、シャナの言ってる事は、本当?

私のアプローチを断る為の、エア彼女だったりしない?」

「いえ、実在してますよ。世界一ってのも本当ですよ」

「まじで!?」

「はい」

「が~~~ん」

 

 エルザは、今度は目に見えて落ち込んだ。

 

「もしかして……シャナの彼女って……ロザリア……ちゃん?」

「いえ、違いますよ。私が世界一だなんて、さすがに世界に失礼じゃないですか」

「そっかぁ……あ~あ、もっと早くにシャナと出会ってたらなぁ……

それこそSAOの中で出会ってたら……」

 

 そう言いながら、未練がましくチラチラとこちらを見るエルザに対し、八幡は言った。

 

「いや、それも無理だな」

「ええ~?」

「俺があいつと出会ったのは、SAOにログインした直後だからな」

「ええ~……」

 

 エルザは、更に深く落ち込んだ。

 

「というか、プレイヤー仲間なんだ……」

 

(明日奈もGGOをやるしな、いずれこいつと出会う事になっちまうだろうし、

ここで多少なりとも印象を良くしておいた方がいいかもしれないな。

小町はまあ、あの性格だから問題無いだろう)

 

「そうだな、そのうち紹介してやるよ」

「えっ?いいの?」

「シャナ、いいんですか?」

「あいつもGGOに参戦する予定だから、そこで紹介する分には問題無いだろ。

そもそもピトフーイ、お前は俺の彼女の事を既に知っているぞ」

「ほえ?」

 

 ピトフーイはその言葉を聞いて、考え込んだ。

ピトフーイが知るSAOのプレイヤーと言えば、拷問した連中の他には、四人しかいない。

 

「え、もしかして、シャナの彼女って、黒の剣士か閃光なの?っていうか、女性なの!?」

「黒の剣士は男だぞ。閃光だ」

「閃光って女の子だったんだ……その子がGGOに来る?やった!殺し合いが出来る!」

「お前な……いくらなんでもそれは無理だ。コンバートはしないから、基本能力の差がな」

 

 それを聞いたピトフーイは、目をパチクリとした後、

訳がわからないという顔で、首をかしげた。

 

「え~?何でコンバートじゃないの~?」

「そりゃお前、コンバートなんかしたら、ラフコフの残党に名前でバレるかもしれないだろ」

「あっ……それじゃあシャナも?」

「ああ、このキャラは、数ヶ月前に新規で作ったキャラだな」

「そうなんだ……」

「だから、もし閃光と戦いたいなら、そうだな……」

 

 シャナは、いい事を思いついたという風にニヤリと笑った。

 

「閃光ともう一人の仲間が後日参戦する予定なんだが、お前、その経験値稼ぎを手伝え」

「うん、喜んで!」

 

 ピトフーイは即答し、シャナは、これで多少は楽が出来るとほくそえんだ。

ピトフーイは性格破綻者だが、その実力は、かなり高い。

 

「じゃあその時は、エムは置いてくるね」

「俺は別に、エムが一緒でも構わないが」

「だって、私はあなたにプライベートを捧げたけど、エムは違うじゃない。

秘密を共有する者は、少ない方がいい。でしょ?」

「お、おう……意外としっかり考えてんのな」

「うん!もっと褒めて褒めて!」

「調子に乗るな」

「はぁい」

 

(本当は、シャナと一緒にいる時間を、エムに邪魔されたくないからだけどね)

 

「ところでさ~、シャナ達がコンバートしないのは分かったけど、ロザリアちゃんは?」

「あ、私はコンバート組ですよ」

「それじゃあロザリアちゃんは、そのラフコフと関わってないんだ?」

「あ、いや、それは……」

「こいつはバリバリの関係者だぞ」

 

 シャナは、言い澱んだロザリアの代わりに、ハッキリとそう宣言した。

 

「え?そうなの?」

「まあこいつが今、俺と繋がってるなんて事は、想像もつかないだろうからな、

接触してきてくれたら、それはそれで儲け物って感じだしな」

「え?え?どゆこと?」

「簡単に言うと、こいつは昔、ラフコフの傘下の組織のトップだった。

それを俺がボコった。今は俺の部下だ。以上だな」

「下僕です!筆頭の!」

 

 ロザリアがいきなり口を挟み、そのひどい内容に、シャナは頭を抱えた。

 

「お前、下僕って何だよ……筆頭の、部、下、だ」

「なるほどね。でも私、それには異論があるよ」

 

 ピトフーイが突然そんな事を言い出し、二人の頭の上に、ハテナマークが浮かんだ。

 

「異論?何がだ?」

「下僕の筆頭は、私だから!」

「お前もかよ!何なのお前ら、何でそんな事で張り合ってるの?馬鹿なの?」

「大事な事なの!」

「大事な事よ!」

「そ、そうか……」

 

 シャナは、その二人の勢いに押され、そう言う事しか出来なかった。

そして薔薇は、人気の無い道端に車を止め、表に出た。エルザも好戦的な表情でそれに続いた。

 

「私はシャナに、自分の免許証のコピーを渡しているわよ、その意味は分かるよね?

もう私の生殺与奪はシャナの思いのまま!これはもう陵辱されるしかないわ!」

「ピトフーイ、お前は今すぐ病院に行け」

「私はシャナにこれをもらったわ。これはもう、私を叩く気が満々な証拠よ!」

「ロザリア、それはそういう用途に使う物じゃない。ただのお守りもしくは護身用だからな」

 

 薔薇がエルザに見せたのは、以前八幡が、薔薇にプレゼントすると約束し、

実際に探してきた、伸縮可能な鞭だった。本人が言うように当然護身用だった。

 

「ロザリアちゃん、やるね!」

「有名人相手でも、そう簡単には引かないわよ」

「お前ら、変態自慢もいい加減にしろ」

「痛ぁぁい!」

「痛っっっ!」

 

 八幡が、少し本気で二人の脳天に拳骨を落とすと、二人はその場に蹲った。

 

「はぁ……おいピトフーイ、お前の家はこの近くだろ。さっさと帰ってエムで遊んでろ。

ロザリアは、仕方ないから俺が車で家まで送ってやる」

「えっ、家まで送ってくれないの?」

「ここから歩いて一分くらいだろ、住所で分かってるぞ。それにエムに見つかると面倒臭い」

「そんなぁ……」

「よし、ロザリア、さっさと帰るぞ」

「あ、うん」

 

 八幡はそう言って、さっさと運転席に乗り込んだ。

薔薇は、エルザがさすがにかわいそうだと思ったのか、エルザに近寄り、その耳元で囁いた。

 

「ああ見えてあの人、私達みたいなのを絶対にほっとけないから、

距離感を間違えなければ、きっと一生私達の相手をしてくれると思うわよ」

「本当に!?分かった、上手くやるよ!ロザリアちゃん、あんたいい人だったんだね!」

「それじゃあ、今日の所は私の勝ちって事でいいわよね」

「ぐぬぬ、やっぱり全然いい人じゃなかった……」

「それじゃあまたGGOで!」

「あ、うん、またね~!」

 

 二人の乗る車が見えなくなるまで、エルザはそちらに手を振り続けた。

 

「今日は人生で、一番くらいにいい日だったなぁ……これから楽しくなりそう。

はぁ……早くシャナに、もっと色々な話を聞きたいなぁ……凄く楽しみ」

 

 エルザはそう呟くと、自分のマンションに向かって歩き出した。

 

 

 

 薔薇を家に送り届けた八幡は、家に帰ると、再びGGOにログインした。

そもそも今日ログインしたのは、明日奈と小町のログインを控え、ブランクを考え、

それまでにスナイパーとしての勘を、少し取り戻しておこうと考えたからであり、

せっかくなので、寝る前に少しやっておこうと思ったからだった。

 

「狩場は近場でいいか……モブでもいいんだが、プレイヤー狩りのチームでもいれば、

それはそれでいい的になるんだが」

「シャナ!」

「うおっ……」

 

 そんなシャナの背中に声を掛け、とても嬉しそうに飛びつく者がいた。

満面の笑みを浮かべたピトフーイである。

 

「お前、何でいるんだよ……」

「え~?だってあんな話を聞いたせいで目が冴えちゃってさ、眠れないの」

「そうか……俺はちょっと、狙撃の勘を取り戻そうと思ってな。

お前らに遭遇しちまったからあれだが、今日の本来の目的はそれだったんだよな」

「そっか、シャナは長距離専門のスナイパーでもあったんだっけ、まだ珍しいよね」

「大会の動画で、俺の後ろに転がってた銃を見たのか?」

「うん!」

 

 この時期、GGOでの長距離スナイパーは、まだ希少な存在だった。

中距離で狙撃をする者はかなり存在したが、長距離を専門とする者は、

知られている限り皆無なのだった。それは主に、銃の供給が皆無なのが理由であった。

 

「それじゃあどこに行く?もちろん私も行くよ!」

 

 ピトフーイは、当然という顔でそう言った。

 

「別に構わないが、俺はプレイヤー狩りを狩るのが専門だぞ」

「ん?プレイヤーを狩っていい気になってる奴らを更にこちらが殲滅する、最高じゃない。

あ、そういえばさっき、そんな奴らを見かけたかも」

「お、どこに行ったか分かるか?案内してくれ」

「オッケー!早速行きましょ!」

 

 こうして二人は連れ立って、ピトフーイの案内で、狩場へと向かった。

そして、今まさに、モブ狩りチームを襲おうとしているプレイヤーの一団を発見したのだが、

その中に、今回初めて中距離狙撃に挑戦する事になった、一人の中堅プレイヤーがいた。

そのプレイヤーは、ショートカットの水色の髪をした、

GGOでは珍しい女性プレイヤーだった。



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第193話 やっちまった

2018/02/18 句読点や細かい部分を修正


「いたわ、あそこよ。この方角」

「了解だ」

 

 シャナは地面に伏せ、M82のスコープを覗き込んだ。そこには、今まさに、

モブ狩りをしていたプレイヤーの一団を狙っている集団の姿が映し出された。

ピトフーイもシャナの横へと寝そべり、目を細めながらそちらを観察していた。

そんなピトフーイを見て、シャナは何かのアイテムを実体化させ、ピトフーイに渡した。

 

「おいピトフーイ、ほれ」

「おっ、ありがと」

 

 シャナがピトフーイに渡したのは、距離計測機能の付いた単眼鏡だった。

ピトフーイはそれを覗き込むと、シャナに言った。

 

「うん、あの六人組が、私が見た集団で間違いないね。

ほら、左端に水色の髪の女の子がいるでしょ?珍しいなって思ったから、覚えてたんだ」

「それは確かに珍しいな」

「でもあんたの周りには、もうすぐそのレアな女性プレイヤーが、

三人も集まる事になるんだよね、私と、閃光さんと、ロザリアちゃん」

「もう一人も、女性のプレイヤーだぞ」

 

 それを聞いたピトフーイは、呆れた顔でシャナに言った。

 

「そうなの?あんた、どれだけ貴重な資源を独り占めするつもり?このハーレム野郎」

 

 ハーレム野郎と言われ、多少自覚があったのか、シャナは、少しムキになって反論した。

 

「資源って何だよ。あと、ちゃっかりそのハーレムとやらに自分を入れるんじゃねえ。

ちなみに彼女と身内と下僕が二人だから、ハーレムじゃねえ」

「あ、もう一人は身内なんだ」

「手を出したらリアルに殺すぞ」

「あんた、さっきと言ってる事が違うじゃない!」

 

 シャナはそう言われ、肩を竦めながら言った。

 

「それとこれとは別だ、極めて普通だろ」

「普通じゃないよ!でもそんな訳のわからないシャナが好き!」

「いいから黙って見てろ」

「は~い」

 

 そう言われ、ピトフーイは、自分の持つ単眼鏡を覗き込んだ。

そして何かに気付いたのか、シャナに声を掛けた。

 

「ねぇ」

「何だ?ピトフーイ」

「あっ、私の事は、ピトでいいわよ。だって、ピトフーイって言いにくいでしょ?」

「確かにな……それじゃ遠慮なく、何だ?ピト」

 

 ピトフーイはその問いをスルーし、ガッツポーズを取りながら言った。

 

「わ~い、シャナにピトって呼んでもらった!」

「お前な……いいからさっさと用件を言え」

「あ、そうだった。ねぇ、あの水色の髪の女の子、素人かな?」

「ん?何かあったか?」

「あれって多分、狙撃のレクチャーを受けてるんじゃない?」

「ふむ」

 

 シャナはスコープごしに、その水色の髪の女性プレイヤーを観察したが、

確かにそんな感じに見えた。

だが、その女の子の持っていた狙撃銃が、そこそこ筋力値を必要とする物だった為、

おそらくまったくの素人ではないと判断した。

 

「持ってる銃のランクからして、ズブの素人じゃないだろうな。

待ってろ、今何を言ってるか確認する」

「え、そんなの分かるの!?」

 

 ピトフーイは、それを聞いてとても驚いた。

 

「ああ、読唇術って奴だな」

「そんなのどこで勉強したの?」

「習った」

「誰に?」

「義理の姉だ」

「お兄さんでもいるの?」

「いや?」

「閃光さんのお姉さん?」

「いや?」

 

 ピトフーイは、義理の姉が出来るケースには、他にどんな物があったか頭を悩ませたが、

いくら考えても答えは出なかった。

 

「全然分からないんだけど、どういう事?」

「姉的存在って奴だ」

「あ、なるほど。義理の姉って言うからにはよっぽど親しいんだね。どんな人?」

「魔王だ」

 

 ピトフーイは一瞬フリーズしたかと思うと、次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。

 

「何それ、あはははははは、シャナってやっぱり面白い!」

「限りなく正確に答えたつもりなんだがな」

「え……」

 

 ピトフーイはピタッと笑うのをやめ、ひそひそとシャナに囁いた。

 

「マジで?」

「マジだ」

「私と比べると?」

「お前が二等兵だとしたら、あっちは大元帥だな」

「マジでぇ?」

「大マジだ」

「うひぃ!」

 

 ピトフーイは仰け反るのを通り越し、そのまま後ろに引っくり返ると、

感慨深そうにシャナに言った。

 

「ねぇシャナ」

「何だ?」

「世界って、まだまだ私の知らない事がいっぱいあるんだね」

「そうだな」

「シャナと一緒にいたら、少しはそういうの、見れるかな?」

「さぁ、どうかな」

「そっかぁ……私、シャナに会ってから、世界が変わった気がするよ」

「気のせいだ」

「もう!拾った子犬には餌くらいやりなさいよね!」

 

 そのピトフーイの言葉を聞いたシャナは、バッと顔を上げ、

ピトフーイの顔をまじまじと見つめた後、笑い出した。

 

「ははっ、何だよそれ、お前らそういう所、実は似てるのな」

「何それ?」

「まったく同じ事を、この前ロザリアに言われたんだよ。拾った子犬には餌をやれってな」

「ぐぬぬ、先を越された……ロザリアちゃん、やるなぁ」

「初めてだから上手く出来るか分からないけど、頑張ってみる」

「んん~?」

「さっき、何を喋ってるか読むって言ったろ」

「あ!」

 

 シャナにそう言われ、ピトフーイは、自分達が今何をしていたのかを思い出した。

ピトフーイは単眼鏡を覗き込み、興味深そうにその女性プレイヤーを見た。

 

「へぇ~、只でさえレアな女性プレイヤーなのに、その上レアなスナイパーねぇ」

「銃さえ供給されれば、遠距離のスナイパーも、もっと増えると思うけどな」

「そうだよね、私、シャナのライフルを見るまでは、

そのクラスの遠距離狙撃に対応した銃なんか、まったく見た事無かったもん」

「対物ライフルって奴だな。まあそんな訳で、あいつは狙撃対象から外すぞ」

「え、もしかして、女の子だから?」

「それもあるが、何よりスナイパー的には、いずれライバルになるかもしれないだろ?

そうなってから改めて戦う方が、ずっと面白いと思わないか?」

「あ、その気持ちはちょっと分かるかも」

 

 ピトフーイは、そのシャナの言葉に理解を示した。

 

「さて、それじゃあピトは、そのまま見物でもしててくれ」

「観測手をしなくていいの?まあ私、そんな事出来ないけどさ」

「確かに狙撃には、観測手が付いててくれた方がいいんだろうが、

まあこれはゲームだからな。一人でも問題ない」

「殺す事は気にならないんだ?」

 

 ピトフーイは、先ほどのお返しとばかりにシャナをからかった。

 

「ゲームだとちゃんと割り切れるなら問題ない。

お前が駄目な理由は、言わなくても分かるよな?」

「薮蛇だった!」

「それじゃあやるか、先頭の奴から順番にな」

「うん、それじゃあ私は見物してるね!」

 

 シャナはそう言うと、何気ない動作であっさりと引き金を引いた。

ピトフーイは慌てて単眼鏡を覗き込んだが、その瞬間に狙撃対象の頭が弾け飛んだ。

そして立て続けに三人のプレイヤーが頭を撃ち抜かれ、

ピトフーイは、シャナの動きの滑らかさと自然さに、背筋が凍る思いがした。

更に驚いたのは、おそらく相手には、バレットラインが一瞬しか見えていないだろうという事だ。

GGOにおいては、誰かに銃で狙われた場合、バレットラインという線が表示される。

それによって敵の弾道を予測する事が可能なのである。

ちなみに誰かに狙われた場合、初撃に関しては、バレットラインが表示されない。

撃つ者が視認されて初めて、バレットラインが表示される。

だからこそスナイパーには、基本隠密行動が求められるのだ。

ちなみにバレットラインは、プレイヤーが引き金に指を接触させた時に表示される。

それと同時に、撃つ側の視界には、バレットサークルという円が表示され、

それは、心臓の鼓動に連動して大きくなったり小さくなったりを繰り返し、

引き金を引いた瞬間、弾はその時表示されていた円のどこかにランダムで命中するのだ。

つまり、バレットラインが表示されないと言う事は、敵に弾を命中させるのに、

極力システムのサポートを、廃しているという事になる。

 

「ねぇ、何でバレットラインがほとんど見えないの?」

「反射神経の問題だな。心臓の鼓動に合わせてトリガーに指を触れ、

その瞬間に、表示された小さい円を中心に合わせるように一瞬で微調整し、引き金を引く。

ちなみに実弾演習もかなりやらされたぞ」

 

 ピトフーイは、実弾演習と聞いて目を剥き、

やらされたと聞いて、何かに思い当たったのか、シャナに尋ねた。

 

「……魔王に?」

「ああ」

「魔王すげえええええ!」

「すごいだろ、まさに魔王だろ?」

「今度会わせて!」

「やめとけ、他人には本当に怖い人だからな」

「それでもいい!」

「まあ、機会があったらな」

「お願い!」

 

 シャナはそう言うと、銃のスコープに目を戻し、

次のターゲットに狙いを付けると、一瞬で射殺した。

 

「四人目っと。あと一人か」

 

 シャナは、最後の一人に狙いを定め、何気なく引き金を引こうとしたのだが、

次の瞬間、ピトフーイが叫んだ。

 

「あっ、シャナ、あの女の子が立った!」

 

 そしてスコープを水色の影が塞ぎ、シャナは咄嗟に指を止めようとしたが、

それは少し間に合わず、既に弾は発射された後だった。

二人のプレイヤーが、その一発の弾で連続して頭を撃ち抜かれ、その六人は全滅した。

 

「やっちゃった?」

「やっちまった……」

「ちょっと気を抜いちゃった?」

「それは否定出来ん。俺もまだまだ未熟だな」

「あっ、シャナ、見て!あの女の子の狙撃銃がドロップしちゃってる」

「まじか、消える前に急いで回収だ。ピト、走るぞ!」

「分かった!」

 

 そして二人は全速力で走り出し、その銃を、何とか消える前に回収する事に成功した。

プレイヤーがフィールドで倒された時、稀に所持品を、強制的に落としてしまう事がある。

仲間が回収してくれた場合は問題無いのだが、今のケースのように、

遠距離から襲われて全滅した場合、

その武器は基本消滅してしまう事になるのだ。シャナはほっと胸を撫で下ろした。

 

「あ、危なかった……」

「ねぇそれ、どうするの?」

「持ち主に返す」

「えええええええ」

「さすがに今のは寝覚めが悪いからな」

「何で他人には餌をあげるのよ!私にもプリーズ!」

「うるさい、それじゃ急いで街に戻るぞ」

「あ、ごめん、私は街に戻ったらすぐに落ちるよ。実は明日、ミニライブがあるんだよね」

 

 その言葉を聞いたシャナは、ピトフーイの顔を、ぽか~んと見つめながら言った。

 

「お前、明日ライブがあるのに、今日は泊まるとか言ってやがったのか?」

「えへっ」

「えへっ、じゃねえ!俺が見ててやるから、ここでさっさと落ちろ」

「ラジャー!」

 

 そしてログアウトしようとするピトフーイに、

ふと何かを思いついたのか、シャナが最後に声を掛けた。

 

「あ、それとな、お前さっき、男に声を掛けられてイライラするって言ってたよな」

「あ、うん」

「それじゃあ……顔に刺青でも入れてみたらどうだ?

迫力満点になって、多分、声を掛けられる頻度はかなり減ると思うぞ」

「ん~、いいアイデアかも。シャナが言うならそうする!あ、それってもしかして、餌?」

「まあ、餌って事にしとけ」

「やった!」

 

 ピトフーイはそう言うと、笑顔でシャナに手を振りながらログアウトした。

 

「ピトフーイのストレスになるような事は、極力排除するに越した事は無いからな。

さて、あの水色の髪の子を探さないとか……まだいてくれればいいが」

 

 そう言うとシャナは、街へと全力で走り出した。



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第194話 お前、スナイパーに向いてるよ

2018/02/18 句読点や細かい部分を修正


 シノンこと浅田詩乃は、十一歳の時、偶然に偶然が重なって、銃で人を殺した。

幼い頃に父を亡くし、そのせいか母の精神状態もおかしくなってしまい、

詩乃は、幼い頃からそんな母を支えようと必死に生きてきた。

そしてたまたま銀行強盗に遭遇し、たまたまその銃を奪う事になり、

そしてたまたまその男を射殺したのだが、それ以来詩乃は、

銃に対してトラウマを抱くようになった。映画等で銃を見る度に吐いてしまうのだ。

そんな詩乃は、ある日街で、偶然にも新川恭二という男と遭遇した。

恭二はかつての詩乃の同級生だった。いじめが原因で学校を退学した恭二と、

何となく義務的な会話をした詩乃だったが、その時たまたまGGOの話を聞き、

もしかしたらそこでなら、銃へのトラウマを克服出来るかもしれないと、

そう考えた詩乃は、恭二の勧めもあり、GGOを試しにプレイしてみる事にした。

詩乃の目論見通り、そこでは銃に対する恐怖心は顔を覗かせる事は無く、

詩乃は、当初の目的を忘れた訳では無かったが、次第にGGOへと没頭していった。

そして八幡がエルザと出会ったその日、詩乃~シノンは、

恭二~シュピーゲルに誘われ、モブ狩りチームを狩る為にフィールドにいた。

 

「ねぇシュピーゲル、本当に私がスナイパーをやってもいいの?

確かにやってみたかったし、有難いんだけど、私、今回が初めてだし、

他の人に迷惑がかからないかな?」

「大丈夫だって。事前に仲間に話はしてあるし、そもそも五人でも楽勝な相手だからさ、

練習のつもりで、まあやってみなよ」

「そっか、ありがと」

「まあ、気楽にね」

「初めてだから、上手く出来るか分からないけど、頑張ってみる」

 

 詩乃はシュピーゲルとそんな会話を交わした後、

事前にチュートリアルで学んだ通りの手順を踏み、

初めての狙撃に臨もうと、スコープを覗いていた。そんな時、それは突然起こった。

 

「よし、みんな。突撃しよ……」

 

 パーティのリーダーがそう声を掛けようとした瞬間、その眉間に、

被弾した事を示すエフェクトが表示され、リーダーはそのまま死亡した。

 

「え?」

 

 詩乃は最初、何が起こっているのかまったく分からなかったが、顔を上げると、

次々と、どこからか放たれた巨大な弾丸が仲間の頭に命中する光景を目撃し、

今何が起こっているのか朧気に把握した。

 

「すごい……」

 

 詩乃は、仲間が次々と倒されていく光景を見て、恐れよりも畏れを感じた。

詩乃は、まだ見ぬ狙撃手がどんな人間なのか、出来れば見てみたいと思ったが、

その間にまた一人、仲間が倒された。

今や生き残っているのは、シノンとシュピーゲルのたった二人だけだった。

 

「シノン、超長距離からの狙撃だ!これは多分シャナの仕業だ、やばい!」

「シャナ?シャナって、現在唯一確認されている対物ライフル持ちの、あのシャナ?」

 

 先日行われたBoBの映像が、突然シノンの脳裏にフラッシュバックした。

人間業とは思えないナイフでの応酬、そして、その後ろに転がっていた対物ライフル。

その動画をシノンは何度も見ており、シャナの事は、会った事は無いがよく知っていた。

シノンは思わず立ち上がったが、次の瞬間、頭に衝撃を受け、シノンの視界は暗転した。

 

 

 

 

 シャナが相手なら仕方が無い、今回は運が悪かった。

街に戻り、他のメンバーと、そんな反省会のようなをした後、

シノンは、自分が頑張って買った狙撃銃が無い事に気が付いた。

シュピーゲルからは、このまま仲間と共に他の狩場に一緒に行こうと誘われたのだが、

シノンは銃を失った事をどうしても話せなかった為、その誘いを断った。

意気消沈し、トボトボと街を歩いていたシノンは、何となく目についた酒場に入り、

何となく飲んだくれながら、今まさに、一人でくだを巻いている真っ最中だった。

ちなみにVRとはいえ、飲み物にアルコールは入っていない。

そんなくだを巻くシノンに、一人の男が、ほっとした様子で声を掛けた。

 

「良かった、いてくれたか。なぁ、ここ、座ってもいいか?」

「別に好きに座ったら?私は今、超ブルーなんだから。

もう~、何でよりによって、買ったばかりの狙撃銃をドロップしちゃうかな……

あれ、高かったのに……何でよりによって、このタイミングで私達を狙うかなぁ……

馬鹿馬鹿、シャナの馬鹿!私の銃を返せ!」

「本当にすまん、お前を狙うつもりは無かったんだが、

俺もちょっと気が緩んでたのか、お前がいきなり立ち上がるのを察知出来なかった。

本当にすまなかったな、これ、拾っといたから返すわ」

「狙うつもりが無かったなら、ちゃんと外しなさいよね!

まあ銃を返してくれるなら、今回の事は大目に……」

 

 そう言い掛けたシノンは、一体自分は何を言っているのだろうと思い、そっと顔を上げた。

そこには、会うのは初めてだが顔はとてもよく知っている、一人の男がいた。

シノンはその男~シャナが、とてもすまなそうな顔で自分の前に座っている事に気が付いた。

シノンは口をパクパクさせながらも、何とか言葉を絞り出した。

 

「あんた……もしかしてシャナ?え、本物!?」

「ん?分かってて話し掛けてたんじゃないのか?」

「そんな訳無いじゃない!」

「まさか今の会話は全部お前の一人言だったのか?」

 

 図星を突かれたシノンは、プイッと横を向くと、どもりながら言った。

 

「べ、別にそんなんじゃ……た、ただちょっと愚痴というか……」

 

 そう言ってシャナの方をちらっと見たシノンの目に映ったのは、

黙って銃を差し出すシャナの姿だった。

シノンは戸惑いながらも、それを素直に受け取った。

 

「あ、あり……がと」

「拾った物を持ち主に返すのは、拾った者の責務だからな」

「あは、何それ」

「ただの常識だ。じゃあな、確かに渡したぞ」

「あ……」

 

 そう言って踵を返したシャナの背中に、シノンは無意識に手を伸ばしながら言った。

 

「ん?どうかしたか」

「あ、えと……」

 

 シノンは、その自分の無意識の行動に対する理由を、必死で考えようとした。

そして何とか引っ張り出したのは、こんな言葉だった。

 

「あんた、武器を返すのが責務なら、私個人に対する借りは、まだ返していないでしょ?

もし良かったら、ちょっと話に付き合いなさいよ」

「はぁ?……何で今日はこう、気の強い女とばかり関わるんだ……へいへい、仰せの通りに」

「わ、分かればいいのよ」

 

 そんなシノンにシャナは言った。

 

「俺に何か聞きたい事でもあるのか?言っておくが、言える事と言えない事があるからな」

「分かってるわよ。今話す内容を考えてるんだから、ちょっと静かにしててよね」

「何も考えてなかったのかよ……」

 

 シャナは眠気を我慢しながら、辛抱強くシノンが話し出すのを待っていた。

そして考えた末に、シノンが最初にシャナに尋ねたのは、とてもありきたりな質問だった。

 

「ねぇ、何で私に銃を届けてくれたの?」

「ん?拾った物を持ち主に届けるのは、当然の事だってさっき言っただろ?」

 

 そう返事をしたシャナを、シノンは何も言わないままじっと見つめ続けていた。

シャナは居心地が悪くなり、さっきピトフーイに話した内容を、そのまま伝える事にした。

 

「俺のミスで、撃つ気が無かった奴を撃っちまったのに、

そのまま知らんぷりってのは俺的に寝覚めが悪い。以上だ」

「それだけ?」

「そうだな、あえて付け加えるとしたら、只でさえ貴重なスナイパー候補が、

俺のせいでスナイパーを目指すのをやめちまったら、やっぱり寝覚めが悪いって感じか」

「まあ確かに、銃が戻って来なかったら、スナイパーをやってみるのはもうやめたかもね」

「だろ?」

 

 シノンはシャナに頷き、次の質問を考え始めた。

BoBでのシャナの姿がやはり一番印象的だったシノンは、次の質問を決めた。

 

「ねぇ、あのナイフの業って」

「……やっぱりあれ、噂とかになってんのか?」

「う~ん、まあでも、ここにいる人達って基本銃オタクじゃない。

だから私の周りだと、どっちかっていうとあんたの対物ライフルの方が話題になってるかな」

「そうか」

 

 少しホッとしたようなシャナの姿に、シノンは、

もしかしてナイフの事は隠したいのかなと考えたが、やはり興味があった為、

映像を見た時から気になっていた事を尋ねる事にした。

 

「ねぇ、あんたって、やっぱりALOとかのファンタジー系のゲーム出身なの?」

「何でそう思うんだ?」

「私の周りにも、ナイフをサブウェポンとして持っている人が何人かいるけど、

そういった人達のナイフの使い方と、あんたの使い方は、根本的に違う気がする。

でも何ていうか、それだけじゃ説明出来ないような気もする」

「どう説明出来ないんだ?」

「う~ん、うまく言えないけど、ナイフで戦うのが生活の一部みたいな?」

「なるほど、面白いな、お前」

 

 シャナはシノンの観察眼と、その勘の鋭さに素直に関心した。

シノンはまだ色々と質問したいようだったが、シャナが眠そうなのを見て遠慮したのか、

この話の続きは、後日偶然に出会った時にという約束を取り付けると、

今日はこのままログアウトすると宣言した。

そしてシノンが落ちる寸前に、シャナがこう声を掛けた。

 

「お前多分、スナイパーに向いてると思うぞ」

「本当に?あのシャナにそう言ってもらえるなんて、ちょっと嬉しいかな」

「言っておくが、お世辞じゃないからな」

「うん、ありがと」

 

 シノンはシャナにそうお礼を言った後、最後に一つだけと前置きし、シャナに質問した。

 

「いざこれから狙撃するって時、シャナは何を考えてるの?」

「何も」

「何も……か」

「何か参考になったか?」

「うん、とっても」

「そうか」

「それじゃまたね、シャナ」

 

 そう言って、手を振りながらログアウトしようとしたシノンに、

シャナは何かを思いついたのか、慌てて声を掛けた。

 

「あ、ちょっと待て」

「え?どうしたの?」

「俺とした事が、まだお前の名前を聞いてない」

「あ」

 

 二人は顔を見合わせると、クスクスと笑った。

 

「私はシノン、宜しくね、シャナ」

「こちらこそ宜しくな、シノン」

「それじゃあ、またね」

「ああ、またな」

 

 その会話を最後に、シノンは再びシャナに手を振り、今度こそ本当にログアウトした。

シャナはシノンに軽く手を振り返すと、さすがに疲れたのだろう、

同じくログアウトし、そのまますぐにベッドに潜り込み、眠りについたのだった。

こうしてシャナは、ピトフーイとシノンという、二人のプレイヤーと関わる事となった。



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第195話 本当の姉妹のように

2018/02/18 句読点や細かい部分を修正


 八幡が神崎エルザと会った日の朝、明日奈と小町は、

雪ノ下家の陽乃の下に、三人で集まっていた。人呼んで、比企谷家の魔王女子会である。

ちなみに他称ではなく、陽乃の自称である。何故こんな呼び方をしているかというと、

事あるごとに八幡が、陽乃の事を魔王呼ばわりする為、陽乃が少し拗ねて、

八幡への当てつけとして付けた名称なのであった。

 

「で、私を訪ねてくるなんて、二人とも今日はどうしたの?」

「あ、えっと、姉さんにちょっと聞きたい事があって」

「ですです、陽乃姉さんは、銃での戦い方のコツとか、

銃を持って戦う上での必須技能とか、知ってたりしませんかね?」

 

 それを聞いた陽乃は、即座に近くに控えていた都築に声を掛けた。

 

「都築、至急病院を手配して!救急セット、救急セットはどこ!?」

「わ!待って下さい、私達どこもおかしくないですから!」

「都築さん、待って!何でもないですから!誰か姉さんを止めて~!」

 

 ……というドタバタがあったのだが、とりあえず落ち着いた陽乃は、

詳しい事情を二人から聞く事にした。といっても、八幡に実弾演習をさせたくらいなので、

陽乃が薄々事情を分かっていたのは間違いない。

が、当然二人に実弾演習をさせるつもりは無く、様式美として都築に振っただけであった。

しかしまあ、八幡から二人の事を相談された訳では無かった為、

陽乃は、とりあえず二人から事情聴取をする事にした。

 

「なるほどね、それで二人は、八幡君の足を出来るだけ引っ張らないように、

事前に何か出来る事は無いかと思って、私に相談に来た訳ね」

「うん、姉さん、何かアドバイスとか無いかな?」

「これは出来た方がいい、とか、一般人でも出来るレベルで何か無いですかね?」

「そうねぇ……」

 

 陽乃は何かを考えるそぶりを見せた後、おもむろにスマホを操作しだした。

 

「銃を持って戦場を駆けるゲームなんだよね?それなら例えばこういうのとか」

 

 そう言って陽乃が見せたのは、懸垂降下の動画であった。

 

「あ、これ、知ってる!」

「ビルの上からロープを使って、ト~ント~ンって、壁を蹴って降りる奴ですね」

「あと、それの別バージョンがこれ」

「え、何これ?無理無理無理!」

「お、お義姉ちゃん、この人達、向きが逆だよ!地面に向かって壁を走ってるよ!」

「別に現実でこれをやれなんて、さすがの私も言わないわよ?」

 

 陽乃は二人のテンパりぶりを見て、笑いながらそう言った。

 

「ALOで練習すればいいのよ」

「あっ!」

「なるほど!」

「いい?二人とも、そもそもVR技術ってのは、

そういう方面で活用するのが本来のあるべき姿なのよ。という訳で、今から特訓よ!」

「お~!」

「やりますか!」

 

 こうして二人は、ナーブギアとアミュスフィアを取りに一旦家に戻り、

その後再び雪ノ下家に向かうと、三人でALOへとログインした。

 

「さて、それじゃあ最初は壁に立つ事から始めましょう。

ポイントは恐怖心を無くす事よ。落ちそうになったら飛べばいいんだしね」

「ソレイユさん、これ、やっぱり最初はちょっと怖いね」

「ちなみにこれ、ハチマン君は出来るわよ」

「えっ?本当に?」

「実は前に、一人で練習してる所を見ちゃったんだよね」

 

 そう言った陽乃は、その時の事を思い出していた。

 

 

 

「……ねぇ、さっきから一人で何やってるの?」

「えっと、自衛隊に入ろうと思って」

「な、に、を、や、っ、て、る、の、?」

「えっと、懸垂降下って奴ですね。ロープを使って崖とかを素早く降ります」

「……それ、何かの役にたつの?」

「まあ、多分」

「ふ~ん」

 

 そう言って黙々と練習に励むハチマンを、ソレイユは、飽きもせず見つめていた。

時には素人考えながら、アドバイスをしたり、足をすべらせたハチマンを笑ったり、

珍しく二人きりの、そんな貴重な時間が、ソレイユにとってはとても楽しかった。

そしてついにハチマンが、その技術を完全に習得した時、

ソレイユはその事が我が事のように嬉しかった。

そして今、二人の妹が同じ事に挑戦しようとしている。

ソレイユは、出来るだけ二人の力になろうと、

ハチマンの時に聞いたコツや力加減等を、惜しみなく二人に教えていた。

 

「姉さん、出来た!」

「コマチも出来ました!」

「え……は、早くない?ハチマン君は半日くらいかかってたけど」

 

 二人はその技術を、三時間ほどで会得していた。

考えてみれば、ソレイユがハチマンから聞いた情報を伝えていた訳で、

度胸さえあれば、それだけ習得も早くなる道理である。

 

「姉さん、他に何か、持っていた方がいいっていう技術って無いかな?」

「そうねぇ……ちょっと都築に聞いてみるわ。彼、軍人上がりだから。

と言っても、元傭兵ってだけなんだけどね」

「ええええええええええ」

「まじですか!」

 

 二人もこれには、さすがに驚きを隠せなかったようだ。

まさか身近に、そんな過去を持つ人がいるなどとは普通思わない。

ここは平和な日本なのだ。その時陽乃が、いきなり何かを思い出したのか、あっ、と叫んだ。

 

「そういえば、先日都築とハチマン君が、二人でコソコソしていたような……」

「も、もしかしてハチマン君も、都築さんの教えを受けた可能性が?」

「お兄ちゃんって、確か免許を取る時、都築さんに教わってましたよね?

その時に都築さんから、昔傭兵をやってたって聞いたのかも?」

「ありうるわね。二人とも、一旦ログアウトするわよ」

「うん!」

「了解です!」

 

 そしてログアウトした三人は、都築に話を聞く事になった。

 

 

 

「はい、確かに八幡君には、そのような指導をしました」

「やっぱり!お兄ちゃんめ……」

「都築さん、是非私達にも、同じような指導をお願いします!」

「指導……ですか。私は基本的な事を教えただけなんですけどねぇ」

「そうなんですか?それじゃあ一体八幡君には何を?」

「屋内への突入の仕方とか、懸垂降下のやり方、後、様々な乗り物の運転方法、

フリークライミング、その場にある適当な物を使っての防御陣地の構築、

後は、常に正しい射撃体勢をとる事、等でしょうか」

 

 都築にそう教えられると、二人は、どうすればいいか悩み始めた。

どう見ても、運転技術の習得等は時間が足りそうになく、

フリークライミングをやるには、基本的な筋力が足りそうにない。

その事を伝えると、都築は笑いながら言った。

 

「お二人は、もっとゲーム的なアプローチを考えた方がいいと思いますよ。

例えば運転、これは交通ルール等は覚える必要が無く、ただ動かせればいいんです。

ゲームの中に、信号があったり歩行者がいる訳では無いですからね。

逆に敵なら、車やバイクで轢いてしまっても何の問題も無いはずです。

それにフリークライミングは、高さ三メートルくらいの所で練習すればいいんですよ。

ゲーム内では疲労もしませんし、力だって、現実よりはよほどあるでしょう?

だから、コツさえ掴めば問題ありませんよ」

「あっ!」

「そっか、確かにそうですね」

 

 都築は、それなら自分達にも出来そうだと、盛り上がる二人を見て、

穏やかな眼差しを見せると、笑顔で言った。

 

「後は、常に正しい射撃姿勢をとれる事にするくらいでしょうか。

そんな感じで良ければ、私が指導致しますが」

「はい、お願いします!」

「宜しくお願いします!」

「それじゃあ、今日一日一緒に頑張りましょう」

 

 こうして二人は様々な技術の習得を目指し、都築の指導を受けた。

モデルガンを持ち、障害物のあるコースを走る、走る、走る。

都築が笛を鳴らしたら、即座に射撃体勢をとる。

その都度、そのままの体制で停止し、正しい姿勢がとれているかチェックしてもらう。

雪ノ下家の敷地内で、車やバイクを運転する。これなら免許も必要無い。

唯一問題だったのは、車がオートマ車しか無かった事なのだが、

これは機会があったらマニュアル操作を学んでおいた方がいいとアドバイスされた。

そして二人は調子に乗って、モーターボートの操作方法まで座学で学んだ。

さすがに雪ノ下家の敷地とはいえ、ボートを操縦出来るような水場は存在しない。

離れを使い、突入の訓練をする。そのついでに二人は、

八幡も知っているからと聞き、ハンドサインも覚える事にしたようだ。

防御陣地の組み方については、さすがにいい素材が家の敷地内に転がっているはずもなく、

とりあえず座学を受けただけだった。ついでに基本的な銃の扱い方も、一緒に教わった。

こうして二人は、GGOにおけるスキル外スキルを、着実に習得していった。

もっとも本来、若い女の子が習得する必要のあるような技術では無いのだが、

二人は八幡の足を引っ張りたくないとの一心で、頑張ってメニューをこなした。

そして日が暮れ、ついにレッスンの終わりの時が来た。

 

「「都築さん、今日はありがとうございました!」」

 

 仲良く頭を下げた二人に、都築はにこやかに言った。

 

「お二人とも、ゲームなんですから、楽しんできて下さいね」

「はい!」

「本当にありがとうございました!」

 

 二人は改めて都築にお礼を言い、見学していた陽乃のはからいで、

疲れを癒す為に雪ノ下家のお風呂に入る事になった。

 

「うわぁ、大きいお風呂」

「お義姉ちゃん、運動した後に入るお風呂っていいよね!」

「もう手も足もパンパンだよ」

「でも、ちょっと痩せたかも」

「あっ、そういえばそうかも。やったね!」

 

 大きいお風呂に感動しながら喜び合う二人の下に、少し遅れて陽乃も合流した。

 

「二人とも、今日はお疲れ様」

「陽乃姉さん、今日はありがとうございました!」

「そういえば、姉さんは、雪乃と一緒にお風呂に入ったりはしないの?」

「う~ん、小さい頃はよく一緒に入って、背中の流しっこをしたりしてたんだけどね、

中学生になった頃から、あんまり一緒には入らなくなっちゃったなぁ」

 

 少し残念そうにそう語る陽乃を見て、明日奈は言った。

 

「それじゃあ今日は、私が姉さんの背中を流すよ!」

「じゃあ私が、お義姉ちゃんの背中を流すね」

「それじゃあ三人で並びましょうか」

 

 こうして三人は、並んで背中を洗い始めた。

明日奈は後ろから陽乃の胸を見ながら、少し羨ましそうに言った。

 

「やっぱり姉さん、胸が大きいなぁ……」

「お義姉ちゃんだって、十分けしからん胸をしていると思うけど」

「あっ、ちょっと小町ちゃん、どこ触ってるの!」

「ほら二人とも、さっさと洗って湯船につかるわよ」

「「は~い」」

 

 小町の背中は、陽乃と明日奈が二人がかりで洗った。

そして三人は、並んで湯船につかり、ふう~っと満足そうな息を吐いた。

血の繋がりこそ無い三人だが、その並んだ姿は、まるで本当の姉妹のように見えた。

そして三人は、その後も楽しそうに会話を続け、のぼせないように気を付けながら、

しっかりと疲れを癒したのだった。



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第196話 激突、正妻vs自称愛人

2018/02/18 句読点や細かい部分を修正


 GGOのスタート地点、新規プレイヤーが最初に出現するそのスポットに、

深くフードを被り、顔を隠した一人の男が佇んでいた。もちろんシャナである。

 

「そろそろ時間か」

 

 シャナは、コンソールの現実時間を確認しながらそう呟いた。

そして約束の時間ピッタリに、二人のプレイヤーがその場に出現した。

一人は長身長髪で、目元がキリっとした、少し冷たい印象を与える美人であり、

もう一人はかなり背の小さい、そばかすが特徴なショートカットの女性であった。

シャナは、おそらくこの二人が明日奈と小町なのだろうと思いつつも、

人違いの可能性も一応考慮し、相手が声を掛けてくるのを待っていた。

二人はお互いの顔を見ると、きゃーきゃー騒ぎながら、こんな会話を始めた。

 

「キリッとして格好いいね、シズカ!」

「ベンケイは、名前と違って小さくてかわいい!」

 

(シズカにベンケイ?二人とも俺に合わせたのか……それにしても小町の奴、

どう見てもベンケイって感じじゃないな。まあ見た目はランダムだから仕方ないが)

 

 ちなみに二人は、GGOの中では、誰が相手であっても名前を呼び捨てにしよう、

仲間内ならなるべく短く愛称で呼び合おう、と事前に相談していた。

もっとも相手によっては、結局いつも通りの呼び方に戻ってしまうのだが。

そして次に二人は、きょろきょろと何かを探し始めた。

シャナは、多分俺を探してるんだろうなと思い、それとなくフードを上げ、

自分の顔が二人に見えるようにした。

それを見たシズカがシャナの方を指差し、二人は小走りにシャナに駆け寄ってきた。

シャナは立ち上がりこそしたものの、自分から二人に手を振ったりはしなかった。

どうやら念には念を入れ、声を掛けられるのを待つ事にしたようだった。

当然それは杞憂であり、二人は当然のようにシャナに声を掛けようとした。

 

「シャ……」

「シャナ、見~付けた!」

 

 その瞬間、いきなり後方から声がかかり、誰かがシャナの背中に抱き付いた。

シャナは完全に油断していたのか、前方につんのめって倒れそうになったのだが、

それに慌てた後方の人物が、すごい力でシャナを支えた為、結果倒れずにすんだ。

シャナはその力強さに、後方にいる人物が誰なのか理解し、前を向いたまま声を掛けた。

 

「おいピト、さっさと離せ」

「え~?せっかく偶然会えたんだから、これくらいいいじゃない?」

「いいからさっさと離せ。でないとお前、もしかしたら死ぬぞ」

「へ?」

 

 訳が分からないという風に首を傾げるピトを、強引に引き離したシャナは、

前方から近付いてくるシズカに説明をしようとしたのだが、

先に声を発したのはシズカだった。ちなみにベンケイは、巻き添えを恐れたのか、

コソコソとシズカの後ろからこちらを覗いていた。

 

「ねぇシャナ、そちらの方は、どなたなのかな?かな?ん?」

 

(やべ、これは怒ってる時の喋り方だぞ……しかもこれは俺に怒ってるんじゃなく、

ピトフーイに怒ってる時の反応だ……)

 

 シャナはそう思い、シズカにピトフーイの事を説明しようと試みた。

 

「こ、こいつはピトフーイ、本当は後で呼ぼうと思ってたんだが、

レベル上げの手伝いをしてくれる、ただの協力者だ」

 

 シャナは、ただの、の部分を強調しながらそう言った。

ピトフーイはその二人の会話を聞き、シズカの正体に気が付いたのだが、

やはり戦闘狂の血が騒いだのか、そのままシズカに喧嘩を売るような事を言った。

 

「始めまして、私はピトフーイ。シャナの下僕にして愛人候補だよ!」

「へぇ?」

 

 シズカは目を細めると、値踏みするようにじっとピトフーイを見つめた。

その怜悧な外見とあやまって、その視線は、まるで抜き身の刀のような鋭さを伴っており、

ピトフーイはその視線を受け、背中がぞくぞくするのを感じた。

当然恐怖を感じていた訳ではなく、興奮していた為であった。

 

「シャナは優しいから、少し目を離すと、すぐにこういう人が現れるんだよね。

誤解されやすいっていうのかな、まあそこが魅力でもあるんだけど、

正妻としては時々相手の扱いに困るのは確かなんだよね、自称愛人さん」

「へぇ、すごく自信たっぷりなんだ」

「当たり前じゃない、シャナは私にベタ惚れなんだから。もっともそれは私もだけどね」

 

 ベンケイはいつの間にか、シャナの後ろに隠れる位置に移動しており、

後ろでシャナに、うわぁ、これが修羅場かぁ、頑張って、と声を掛けていた。

その声が聞こえたのか、シズカはベンケイの方に向き直ると、ニッコリと笑顔で言った。

 

「ベンケイ、こんなの修羅場じゃないよ、ただの教育だよ。上下関係のね」

「あら言うじゃない。とりあえず白黒つける?」

「いいよ、誰かと本気で戦うのは久しぶりだけど、まあ問題無いだろうし」

「戦う前からもう言い訳?」

「ううん、手加減の仕方を忘れちゃったかなって」

 

 それを聞いたピトフーイは目を剥くと、次の瞬間腹を抱えて笑い出した。

 

「あはははははは、さすがというか、本当にすごい自信だね」

「さすがに銃での撃ち合いは私にはまだ無理だから、近接戦闘でいいよね?」

「別に構わないわ」

「それじゃあさっさとやりましょう。シャナ、ナイフを二本貸して。それで条件は対等だね」

「……それは別に構わないが、お前、初期能力のままだろ?

それにナイフの扱いも、得意という訳じゃないだろう?」

「うん、まあ、このアバターはリーチも長いみたいだし、

いつもより少し踏み込む感じでやれば、まあそこらへんは問題無いんじゃないかな」

「そ、そうか……」

 

 これ以上何を言っても無駄だと思ったシャナは、黙ってナイフを二本取り出し、

二人に差し出した。それを受け取った二人は、ピトフーイの案内で訓練場へと移動した。

 

「ちょっとシャナ、大丈夫なの?」

「まあ、シズカがああ言うなら大丈夫なんだろ」

「本当に?」

「いいかベンケイ、今からお前が見るのは、多分本当に本気のシズカだ。

何度も死線を超えるって事が、どれほど残酷に人を成長させるのか、

この機会によく見ておくといい」

「え……う、うん」

 

 そのシャナの言葉に、ベンケイは頷く事しか出来なかった。

逆に言えば、SAOではほぼ敵無しだったシズカにとってもこの戦いは、

その能力値の違いによって、それほどの激戦になるのだと、ベンケイは漠然と理解した。

 

「頑張れシズカ~!」

「死ぬなよ、ピト!」

「え?」

「ん?」

 

 二人はその認識の違いに、顔を見合わせた。

 

「え?え?だってシャナ……」

「そうか、お前は常に回復魔法を備えながら戦っているシズカの姿しか知らないんだったな。

その集中力が全て武器による攻撃に回るんだぞ、まあ見てるといい」

「う、うん……」

 

(そっか、お兄ちゃんは、お義姉ちゃんが苦戦するとすら思ってないんだ……)

 

 そのシャナの言葉通り、シズカとピトの女の意地を掛けた戦いは、一方的な物となった。

 

「それじゃあ始めようか」

「うん、いつでも構わないからかかって……」

 

 ピトフーイが、そう言い終える間も無く、ピトフーイの目の前に、シズカがいた。

シズカは、無造作にピトフーイの心臓にナイフを突き立てようとしたが、

ピトフーイは、ほうほうの体でその初撃を何とかかわす事が出来た。

 

(何この速度、初期キャラのくせに反則じゃない?危なかったー!)

 

 このシズカの攻撃の速さは、単に反射神経の問題であった。

実際の速度は完全に能力依存だが、瞬発力に関しては、個々の反射神経による所が大きい。

ちなみにそれを一番体現しているのがキリトである。

キリトが、ほぼSTR全振りなのに、その攻撃の速さもすさまじいのはそんな理由である。

ピトフーイが危なかったと認識した瞬間、既にシズカの次の攻撃がピトフーイに迫っていた。

ピトフーイは慌ててまた回避しようとしたが、回避しようとした瞬間に次の攻撃が来る。

ピトフーイは、避けながら反撃しようとしたが、シズカの攻撃は、

それが出来ないような位置に的確に繰り出される為、結局ピトフーイは何も出来ず、

じりじりとHPを減らしていった。

 

「こんなの、絶対に、私の知ってる、ナイフの、使い方じゃ、ない!」

 

 ピトフーイは、息も絶えだえに何とかそう言った。

ナイフを両手でぽんぽんと交互に持ち替えるなど、二流のやる事だ。

一流の兵士は、構えもせず、抜き撃ちでいきなり相手の喉笛を切り裂く。

もし突いた場合、相手の筋肉に絡めとられ、抜けなくなったりする可能性がある為だ。

シズカの戦い方は、そういったセオリーに当てはまらないただの我流だ。

だがこれはゲームなのだ、ゲームにはゲームの戦い方がある。

突きが体に捕らえられる事も無ければ、骨に当たって滑る事も無い。

事実、エムに実戦でのナイフでの戦い方を教わったにも関わらず、

ピトフーイはシズカに反撃する事すら一度も出来ていない。

ピトフーイは、現実が全て正しいと思い込んでいた過去の自分を恥じた。

シャナもシズカも、実際にゲームの中で、二年以上もの間試行錯誤し、

すさまじい実績を残してきた者達なのだ。

そんな人達と関われる事にピトフーイは狂気し、

シズカに腹を貫かれた瞬間、そのまま自分から距離を詰め、シズカに抱き付いた。

ちなみにピトフーイは、下手に避けようとせず、最初から相打ち覚悟で攻撃を受け、

そのまま同じだけのダメージをシズカに与えていれば、実は楽に勝てたのだが、

そんな能力頼みの戦闘をする事は、ピトフーイのプライドが許さなかったようだ。

 

「すごい……完全にやられた、私の負け」

「とりあえず、ごめんなさいは?」

「ごめんなさい」

「うん、分かれば宜しい」

 

 そう言うとシズカは、ピトフーイのHPが継続ダメージで全損する前にナイフを抜き、

それを受けてピトフーイは緊急治療セットを自分に注射し、自前でHPを回復させた。

 

「へぇ~、回復ってそうやってやるんだ。これから私達に色々教えてね、ピト」

 

 いきなり愛称でそう呼ばれたピトフーイは、意外そうな顔でシズカを見ると、

その言葉に満面の笑顔で答えた。ピトフーイがシズカの軍門に下った瞬間である。

 

「うん、私に任せてよ、正妻様!」

「あとこれからは、シャナに抱き付く時は、必ず私の許可をとる事、いい?」

「うん、正妻様!」

「あ、私の事は、シズカって呼んでね。あっちにいるのはベンケイだよ、これから宜しくね」

「シャナって、遮那王の遮那だったんだ、だから鎌倉時代繋がりの名前にしたんだね!」

 

 ピトフーイは、意外と教養もあるようで、即座にそう言った。

 

「ちなみにうちの猫の名前もカマクラだ。だからチームの名前もカマクラにするかな」

「え?そうなの?」

「ああ、今決めた」

「あはははは、何それ」

 

 ピトフーイはそれを聞き、楽しそうに笑った。

その後、軽く挨拶をし、各自の呼び方は、シャナ、シズ、ケイ、ピト、で統一された。

そして次に四人は、ピトフーイがお勧めだと言うショップに向かい、

シャナの持つ資金を使って二人の装備を揃えた。

ちなみに全員ナイフを持ち、シズカはピトフーイの勧めで、

P90という、アサルトライフルとサブマシンガンの中間のような武器を選択し、

ベンケイは、その名前とは対照的に、斥候系の仕事が多くなると思われた為、

取り回しの良い、自衛隊が使用している9mm機関けん銃、M9を選択した。

更にシャナの指示で全員が光学銃を購入し、他に緊急回復キットや、

食べ物等も用意され、装備が揃った所で、いきなりシャナがこう宣言した。

 

「よし、GGOの一般的なセオリーとは少し違うんだが、

これから四人で、冒険の旅に出かける事とする」



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第197話 ピトフーイはまた一つ、真実を知った

作中で車の運転に関する記述がありますが、設定上、少し近未来の話となっている為、
一般社会では、車の運転は、自動運転かオートマが主流となっており、
マニュアル操作の車を動かせる者は、ほとんどいない設定となっております。

2018/02/18 句読点や細かい部分を修正


「冒険~?」

「ああ」

「要するにモブ狩りでしょ?確かにレベルを上げるには最適だと思うけど」

 

 ピトフーイの平凡な感想に、シャナは黙って首を振った。

 

「冒険って言ったら、未知の探求に決まってるだろ。モブ狩りはそのついでだ」

「んん~?良く分からないんだけど」

「お前よくそんなんで、魂を焦がすような云々って言えたもんだな」

「うぐっ」

 

 ピトフーイは、シャナの矛先が先日の自分の失態に向いた為か、ぎゃふんという顔をした。

 

「この続きは、とりあえず誰もいない街の郊外で話そう」

 

 シャナのその提案により、四人は場所を移動し、街から外へ出た。

そこでシャナは、ピトフーイにいきなり質問を始めた。

 

「ところでお前さ、GGOを何だと思ってるんだ?」

「えっと、ストレス発散の道具?」

「どうやって発散するんだ?」

「気に入らない奴を、圧倒的な力で片っ端からぶっ殺す!」

「その為にお前、メジャーな効率重視の狩場へ行って、モブ狩りをしてレベルを上げたよな?

で、成長した後は、主に対人戦ばっかりやってきたんだろ?

ついでにお前、ゲーム内コインをリアルマネーで買ってるだろ」

「あ、うん……その……やっぱりコインを買うのは、シャナ的に駄目だった?」

 

 ピトフーイは、その事をシャナに責められているのかと思い、

少しうな垂れた調子で、上目遣いでシャナの様子を伺った。

 

「別に駄目じゃない。現実で金銭に余裕がある奴が、

手っ取り早くゲームを楽しむ為にリアルマネーをつぎ込む事は、

ゲーム内の経済を上手く回すためにも必要な事だ」

「で、でしょ?」

「お前の職業柄、プレイがとことん効率重視になるのも頷ける。

モブ狩りプレイヤーも、それを狩る奴らも、基本メジャーな狩場に行くから、

お前も基本、街とそことの往復ばかりしていたんだろ?」

「うん、大体そんな感じ」

 

 そしてシャナはピトフーイをじっと見つめると、冷たい目でこう宣言した。

 

「断言しよう、お前はこのゲームを一%も遊べていない。

ほんの一部の要素だけを触ってみて、遊んだ気になっているだけだ。

好き勝手な事をしてストレス解消をしたつもりでも、実はそんな気分になっているだけで、

実際にはほとんどストレスは解消出来ていない。だからすぐにストレスがたまり、

再び好き勝手なプレイに走る事になる、お前はそんな悪循環を繰り返しているだけだ」

 

 ピトフーイは、そのきつい言葉にカッとなったのか、シャナに向かって叫んだ。

 

「じ、じゃあ、シャナなら私のこのどうしようもないストレスを、綺麗に消してくれるの?」

「そんなのは俺にも無理だ。だがお前の望みを少しだけ叶えてやる事は出来る」

「どうやって?」

「お前、茅場晶彦の事は当然知ってるよな?」

 

 シャナがいきなりそう話題を変えた。ピトフーイは戸惑いながらも頷いた。

 

「SAOを作った人」

「その茅場が、死ぬ直前に何をしたか知っているか?」

「確か、自分で脳を焼き切って自殺したとか何とか……」

「報道だとそうだな。だが、それは少し違う」

 

 ピトフーイはそのシャナの言葉で、シャナが自分に、

自分が求めていると言った真実の一部を話してくれようとしている事に気が付いた。

何と言っても実際にSAOをクリアした人物なのだ。その言葉が作り話であるはずがない。

ピトフーイは一言も聞き逃すまいと、シャナの言葉に黙って耳を傾けた。

 

「茅場は死ぬ間際に、自分の脳を大出力でスキャンした。

だから茅場の精神は、多分今もネットの中のどこかで生き続けている」

「えっ……嘘……」

 

 作り話であるはずがないと思いながらも、ピトフーイはそう言わずにはいられなかった。

だがピトフーイが本当に衝撃を受けたのは、次の言葉だった。

 

「そして俺は、その茅場の残った精神から、『ザ・シード』を受け取った。

それを俺は、仲間の力を借りて拡散した。そして生まれたのが、新生ALOや、このGGOだ。

『ザ・シード』については、説明の必要は無いよな?」

「嘘……」

 

 ピトフーイは、そのすさまじい内容に絶句し、そう繰り返す事しか出来なかった。

と言う事はつまり、シャナの言いたい事はもしかして……

 

「そ、それじゃあGGOって」

「そう、少し飛躍した言い方をすれば、SAOの亜種と言えなくもない。

なのでお前は、SAOをプレイしたいという望みを、斜め上な方法で既に叶えている」

「で、でも、ゲーム性が全然違うし……」

「何故そう決め付ける」

 

 シャナは真面目な顔でそう言った。

 

「このゲームの設定をよく思い出してみろ。この世界は、最終戦争が起こった後に、

宇宙に脱出した俺達がこの星に戻ってきて、戦っているみたいな設定だろ?

本来銃は、設定のメインじゃないんだよ。つまりだ」

「うん」

「この世界はな、お前が考えているよりも、ずっとずっと広いんだよ。

お前が見たのは、世界全体のほんの一部にしか過ぎない、だからこその冒険だ。

それはSAOで未知の世界を冒険する事と、まったく変わらない。

お前の知らない物も沢山ある。ピト、俺達と一緒に、この広い世界を一緒に冒険しよう」

 

 そう言いながら、シャナはピトフーイに手を差し出した。

ピトフーイは顔を紅潮させながら、その手をしっかりと掴んだ。

 

「事情は分からないけど、話が纏まったみたいだね」

「おっと、すまん二人とも。軽く説明だけしておくわ」

「あ、シャナ、自分でするから」

「そうか?じゃあ任せた」

 

 ピトフーイはそう言うと、かつて自分がSAOをプレイしようとして、

果たせなかった経緯を二人に説明した。

 

「そっか、それじゃあピトは、もしかしたら攻略組の、

二人目の女性プレイヤーになってたかもしれないんだね」

「攻略組?」

「お前の言う、三十人のトッププレイヤーの呼び方だ」

「へぇ、攻略組って呼ばれてたんだ」

 

 ピトフーイは、SAOの話が色々聞けるのが嬉しいようで、弾んだ声でそう言った。

 

「まあ、いくつかのギルドの集まりなんだけどね。血盟騎士団とか、聖龍連合とかね」

「三人は、どこかのギルドに入ってたの?」

「最終的には血盟騎士団だな。俺が参謀で、シズカが副団長だ。

リーダーは神聖剣で、黒の剣士は最後まで無所属だった。

ちなみにケイは、SAOはやっていない」

「あ、そうなんだ。シャナとシズカが無事で、本当に良かったね、ケイ」

「うん、ありがとう、ピト!」

 

 ピトフーイは、意外にもそんな気を遣う発言をし、ケイは素直にピトにお礼を言った。

そんな一連の会話に対し、シズカが当然の疑問を投げかけた。

 

「ところでシャナ、色々話しちゃってるけど、いいの?」

 

 シャナがそうしているのだから平気なのだろうと思いつつ、

シズカは一応シャナにそう確認した。シャナは頷くと、ピトフーイの方を見ながら言った。

 

「こいつは俺には逆らえない事になってるからな、絶対に大丈夫だ」

「本当に?」

「ああ、リアルできっちり弱みを握ってあるからな」

「うん、握られてるから信用してね!」

「そっか、ロザリアさんのポジションか……」

 

 そのやり取りを聞いたシズカは、そう呟いた。さすがに理解が早い。

かつては純真だった明日奈も、段々八幡を取り巻く雰囲気に染まってきているようだ。

 

「それじゃあ出発するとするか。車の用意をしてくるから、三人は少し待っててくれ」

「え、車があるの?」

「ああ、今時マニュアル車の運転免許なんて、持ってる奴の方が少ないから、

そもそも動かせる奴もほとんどいないんだが、街でレンタル出来るぞ。

まあそうは言っても、実は俺もこの前限定解除するまでオートマしか乗れなかったけどな。

ちなみに今から用意する車は俺の持ち物だ。

さすがに歩いて回るには、この世界は広すぎるからな」

 

 そう言うとシャナは一人で街へと戻っていき、その場には女性三人が残された。

三人は意気投合したのか、楽しく会話を続けていたのだが、

偶然そこに、とある一人の女性プレイヤーが通りかかった。

モブ相手に狙撃の練習をしようとしていたシノンである。

シノンは三人を見て少し警戒するそぶりを見せた。

特にピトフーイの事を噂で聞いていたのか、あからさまにピトフーイを警戒していた。

しかし三人は、ちらっとこちらを見ただけで、

シノンに攻撃をしようとするそぶりを一切見せず、

本当に楽しそうに会話を続けていた為、シノンは逆に気になり、

しばらく立ち止まってその三人を眺めていた。

よく観察すると、その三人全てが女性プレイヤーな事に、シノンは驚いた。

シノンの知り合いには、互助会のメンバー以外の女性プレイヤーは一人もいないからだ。

ちなみにそんなシノンが、唯一野良の女性プレイヤーとして知っていたのがピトフーイだった。

そこに街の方から大きな車が走ってきた。シャナの駆るハンヴィーである。

 

「え、あれって、街のレンタル屋に並んでる車じゃない」

 

 シノンは、いきなりの大型ジープの登場に少し驚いた。

実際にこの車が走っている所なぞ、一度も見た事が無いからだった。

シノンは運転しているのが誰なのか気になり、尚も観察を続けたのだが、

車の運転席から姿を現したのがシャナだった為、シノンは驚愕した。

そんなシノンに気付いたのか、シャナはシノンをじっと見つめた。

だが、シノンが狩りに行く途中だと思ったのか、シャナは軽く手を振っただけで、

特にシノンに話し掛けようとはしなかった。

 

「あれってシャナじゃない。しかも女性プレイヤーを三人も連れてるって……

しかも一人はあのピトフーイだし……」

 

 シノンはどういう事情なのか知りたいと思ったが、声を掛ける勇気は出なかった。

逆にシノンが、ずっとこっちを見つめている事が気になったシズカが、

シャナと何か話したかと思うと、いきなりシノンの方へと向けて歩き出した為、

シノンはその場を去る事も出来ず、ただ近付いてくるシズカを見つめていた。

 

「こんにちは!」

「あ、こ、こんにちは」

「えっと、シノンさん、だよね?先日シャナに、間違って狙撃された。

私はシズカ、今日キャラを作ったばかりの新人だよ」

「そうなんだ、私はシノン、宜しくね、シズカ」

「うん、宜しくね!でね、えっと、これから私達、あの車で遠征に出るんだけど、

もし迷惑じゃ無かったら、貴方も一緒に行かない?」

 

 そのシズカの意外な申し出に、シノンは興味を引かれたのか、咄嗟に頷いた。

 

「えっと、うん、私なんかで良ければ……」

「やった、それじゃこっちだよ、シノン!今仲間を紹介するね」

 

 こうしてシノンを加え、五人になった一行は、世界の果てへと向け、冒険を開始した。




こうして作者も、斜め上の展開へと走り出すのです(汗


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第198話 私はあんたを信用出来ない

2018/02/18 句読点や細かい部分を修正


「ねぇシャナ、勢いで何となく乗っちゃったけど、これってどういうメンバーなの?

何でこんなに女の子が多いの?まるであんたのハーレムじゃない」

「その言い方だと、お前もそのハーレムの一員だって事になるからな」

「あんたね、勝手に私をあんたのハーレムメンバー扱いするんじゃないわよ」

「お前が今、自分で言ったんだろうが……」

 

 シャナは、話にならないという風に、ため息をつきながら言った。

ちなみに席順は、運転席ににシャナ、助手席にシズカ、

後部座席は、左からピトフーイ、ベンケイ、シノンの順であった。

ちなみにこのハンヴィーは、ここが日本サーバーという事もあり、右ハンドルである。

 

「とりあえず、これはどういう関係の集まりなのかだけ教えてくれない?」

「そうだな、しばらく行動を共にする事になった訳だし、自己紹介でもしておくか」

 

 シャナにそう促され、助手席に座っていたシズカが後ろへ振り返り、シノンに挨拶した。

 

「私はシズカ、シズって呼んでね。さっき言った通り、今日始めたてほやほやの新人だよ!」

 

 シズカはそのきつく見える外見には似合わず、随分と柔らかい性格のようだ。

シノンはそう思いながらも、シズカにシャナとの関係を聞いた。

 

「二人はどういう関係なの?」

「えっと、その……し、将来を誓い合った仲?」

 

 さすがのシズカも、身内以外に対して正妻宣言をするのははばかられたらしく、

いつもより婉曲な表現で、そう言った。

シノンはその意味を理解すると、確認するようにシズカに尋ねた。

 

「ふ、二人は恋人同士なんだ……」

 

 ちなみにその自分の声に、少し残念そうな響きが混じっていた事には、

シノン自身はまったく気付いていなかった。

 

「当然大人の関係だよ!」

「おっ……大人……?」

 

 ピトフーイがそう混ぜっ返し、シノンは何かを想像したのか、顔を赤くして俯いた。

 

「おいピト、余計な事を言うな」

「え~?私、そういうのを当てるのには自信があるんだけどなぁ」

「いいから黙れ」

「はぁい」

 

 そして次にシャナは、シノンと同じように、

実はさっきから顔を赤くして俯いていたシズカに言った。

 

「シズカも、もっとポーカーフェイスを身に付けような。その、俺も恥ずかしいから……」

 

 そのシャナの声が、とても優しい声だったので、

シノンは、やっぱりそうなんだと思いながらも、少し面白くないという表情をした。

当然本人は気付いていない。ピトフーイは、自分に対してとはまったく違う、

そのシャナの態度に拗ねたのか、プイッと横を向いた。

 

「次は私の番だね!私はベンケイ!ケイって呼んでね、同じく新人だよ!

え~っと、シャナとの関係は……いも……ん~……一緒に暮らしてる仲?」

 

 それを聞いたシノンは、やっぱり、という顔で、シャナの顔を睨んだ。

 

「あんたね……」

「違う、ケイは俺の妹だ」

「えっ、妹?」

「シャナ、言っちゃっていいの?」

 

 ベンケイは、普段は身内と言うばかりで、

シャナが一度も自分の事を妹だと言った事が無かった為、

その表現は使わないように気を遣っていたのだった。

もっとも一緒に暮らしているという表現が、適切だったかどうかは別問題である。

 

「まあ、この二人が相手なら、別にいいだろ」

 

 それを聞いたピトフーイは、すぐに機嫌を直し、シノンも信用された事を嬉しく感じた。

 

「まあシャナがそう言うんなら改めて、シャナの妹のベンケイです!

お二人とも、宜しくお願いしますね!」

 

 ベンケイは、シャナのお許しが出たと思ったのか、慣れない口調から、

普段通りの妹感に溢れる話し方に戻す事にしたようだ。

 

「おお、ケイ!我が妹!」

 

 ピトフーイは、ベンケイがシャナの妹だと知ると、外堀を埋めるつもりなのか、

ベンケイに笑顔を向けながら、いきなり抱き付いた。

 

「おい、ケイは確かに俺の自慢の妹であり、もはや世界の妹と呼べる存在かもしれないが、

それでもピト、お前に妹と呼ばれる筋合いはまったく無い。さっさとケイから離れろ」

「お兄ちゃん、シスコンぽい。って言うか、はっきり言って気持ち悪い」

「うっ……」

 

 思わず素に戻って放たれたベンケイの言葉に、シャナは落ち込んだ。

 

「それにピトも、私の関心を買おうとしても無駄です。

最近のお兄ちゃんは、何故かグレードの高い方々にモテまくっているから、

ピトがそれを望むなら、それらのライバルを、全て倒さなくてはいけないのです」

「えっ?他にも私の知らない強敵が?具体的には?」

「具体的、ですか……」

 

 ベンケイは、少し考えながら、いくつかの名前を羅列した。

 

「えっと、シズは言うまでもなく、氷の女王に獄炎の女王、

ゆ……え~っと、て、鉄壁の胸と……あざと会長と……あ、多分ロザリアさんもそうか……」

「お前、鉄壁の胸って何だよ……」

 

 シャナは呆れた顔でベンケイに言った。

それに対してベンケイは、顔を赤くして反論した。

 

「だって、他に表現が!」

「お、おう、まあ、あいつには二つ名がついてる訳じゃないからな」

「そんなにライバルがいるの……?」

「他にも多分、何人かいますけどね。あ、肝心な人を忘れてた!」

 

 ベンケイは、周りに誰もいないのを確認するように、

きょろきょろと辺りを見回してから、その名前を言った。

 

「魔王」

「魔王きたああああああああ!」

 

 ピトフーイは、興奮ぎみに、そう叫んだ。

 

「魔王を知ってるんですか?」

「あ、うん、存在はね。シャナに聞いた~!」

 

 ピトフーイがそう答えると、シズカとベンケイは、シャナをジト目で見つめた。

 

「……これは、魔王に報告の必要があるかな?」

「ですね……」

「お、おい馬鹿やめろ、早まるな、話せば分かる」

 

 尚も二人のジト目が止まらなかった為、シャナは汗をだらだらとたらしながら、

二人の顔色を伺うように、自分から言った。

 

「ケ、ケーキ食べ放題でいい、です……か?」

 

 それを聞いた二人は、途端に喜色満面な顔で言った。

 

「今、私は何も聞きませんでした」

「うん、今ここでは、何もありませんでした」

「あ、ありがとな……」

「あはははははは」

 

 いきなり笑い声が聞こえ、残りの四人は、その笑い声の主を見た。

その主は、今まで静かにしていたシノンだった。

シノンは、ベンケイが何人もの名前を羅列していた辺りでは、

呆れたような目でシャナを見つめていたのだが、

今のやり取りを聞いた瞬間、どうやら笑いを堪えきれなくなったようだった。

 

「あ、あんた達、いつもそんな漫才みたいな会話をしてるの?」

「失礼な」

 

 シャナは真顔でシノンに言った。

 

「たまにだ」

「あはははははは、たまにって、十分多いわよ。後、あんたモテすぎ」

 

 シノンは普段、こういう風に笑う事はほとんど無い。

GGOを始めてからもそれは同じだった。

シノンは本当に久しぶりに、心の底から笑う事が出来た自分に、少し驚いていた。

それと同時にシノンは、成り行きとはいえ、

もう少しこのメンバーに付き合ってみるのも悪くないかな、と思った。

そんなシノンを見て、ピトフーイが言った。

 

「オーケーオーケー、今度シャナのおごりで、ここにいる全員でケーキ屋さんに行こう!」

「何をいきなり訳の分からない事を言ってるんだよ、ピト」

「私は別に構わないけど?」

「私もです!」

 

 シャナがピトフーイのリアルを知っているような事を言っていたのを、

先ほどの会話で聞いていたシズカとベンケイは、即座にそれに同意した。

シノンは、すぐにはその意見に同意する事は出来なかった。

それも当然だろう、ゲームの中でリアルを晒すような事をするのは、とてもリスクが高い。

どれだけシャナを信頼しているのか、即決出来るシズカとベンケイがおかしいのだ。

このメンバーならリアルでも会ってみてもいいかなと、シノンは思わないでも無かったが、

それには一つ、大きな問題があった。ピトフーイの存在である。

 

「……ねぇピト、あんたさ、はっきり言って、評判最悪よね」

「いきなり何?ハッキリ言うなぁ、シノノン」

 

 いきなりそんな愛称まがいの呼び方をされ、シノンは驚き、ピトフーイに聞き返した。

 

「シ、シノノン?」

「うん、シノノン、かわいいでしょ?」

「まあ、かわいく無くは無いけど……」

 

 シノンは、とことんフレンドリーな、今のピトフーイに戸惑っていた。

あまりにも聞いた噂と違うのだ。

 

「ねぇピト、あんた、以前知らない人と狩りに出かけて、やばいモブが出てきた時、

その仲間を盾にして自分だけ逃げたりした?」

「うん!」

「気に入らない事を言ったプレイヤーを、笑いながら銃で射殺したりした?」

「うん!」

「やっぱりピトは、あのピトフーイなんだ……」

「ピトフーイなんて名前のプレイヤー、私しかいないでしょ。毒鳥だよ、毒鳥!」

「だよね……」

 

 シノンは、やはりという思いで、そのピトフーイの言葉を聞いた。

 

「ピトって、そんな事をしてたんだ……」

「まさに悪って感じですね!」

「みんなと一緒の時は、絶対にしないけどね!」

 

 シノンは、二人にそう笑顔で答えるピトフーイの姿を見て、

そのギャップに苦しみつつも、はっきりとピトフーイに言った。

 

「短い付き合いだけど、あんた達と一緒にいるのも、正直悪くないなって思った。

だから正体を明かさないって条件で、ケーキ屋に行くのもまあ、有りかなって思う。

シャナ以外は全員女の子だしね。だけどやっぱり私は、あんたを信用しきれないよ、ピト」

「まあそうだよね。でもシャナがいる限り、それは無いから安心していいよ、シノノン」

「シャナがいる限り?」

 

 シノンはそれが何の保証になるのかと首を傾げた。

影でピトフーイが何かをしても、シャナには分からない。

そんなシノンに、ピトフーイは自己紹介を始めた。

 

「まだ自己紹介の途中だったね。私はピトフーイ、ピトって呼んでね。

趣味は気に入らない奴を罠にはめる事、特技は気に入らない奴を殺す事。

そんな私はシャナの下僕一号です!」

 

 ロザリアがいたら怒り出しそうな事を、ピトフーイは平気で言った。

ロザリアは今はいないのだから、言った物勝ちだと判断したのだろう。

それを聞いたシノンは、再びシャナをジト目で見ながら言った。

 

「下僕って……あんた、やっぱり……」

「あ、違うよシノノン、そうじゃない、シャナは何もしてない。

私が勝手にシャナの下に押し掛けただけだよ」

「え、そうなの?」

「うん、シャナの事が気に入っちゃったの。これはもう好きって言ってもいいよ!

ただし、シズがシャナの一番で、私はあくまで下僕だけどね!」

「何それ……」

 

 シノンは、呆れた顔で、シャナに言った。

 

「あんた、これって一体どうなってるの……?」

「仕方ないだろ、聞いた通り、俺の冗談を真に受けて、一方的に押し掛けてきたんだよ。

こいつは下僕の癖に、その事については、俺が何を言っても言う事を聞かないんだよ」

「押し掛けられた、ねぇ……まあそういう事にしておいてあげるけど、

でもそれって、別にリアルで会っても問題がない理由にはならないんじゃない?」

「あ、シノノン、それは心配無用だよ」

 

 ピトフーイはシノンにニヤリと笑いかけると、次に堂々と宣言した。

 

「私、車の運転免許証のコピーを、自発的にシャナに渡してあるの。

だから、私を煮るも焼くも犯すも……あっごめんなさいシズ、冗談、

冗談だから、叩かないで!えっとつまり、私のリアルは完全にシャナに支配されてるの!

だからシャナが、シノノンに迷惑をかけるなって言ったら、私はそれを忠実に守るよ!」

 

 それはこの日一番の、ピトフーイのカミングアウトであった。



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第199話 シャナの処方箋

2018/02/18 句読点や細かい部分を修正


「ええっ?本当に?」

「何ですかそれ、いくらヘタレのお兄ちゃん相手とはいえ、さすがにやばくないですか?」

「おいケイ、さりげなくお兄ちゃんをディスるのはやめような」

 

 シズカもその事実には、さすがに驚きを隠せないようだった。

ベンケイも完全に素に戻っていた。シノンも目を見張りながら、ピトフーイに言った。

 

「あんた、完全に頭がイカレてるんじゃない?」

「いやぁ、そんなに褒められても、私困っちゃう」

「褒めてない」

「え~?褒めてるよぉ?」

「あんたは何を言って……」

「だって、頭がイカレてないんだったら、例えばシノノンはさ、

正気のままで、人を銃で撃ってるの?」

「っ……」

 

 その主張は明らかに強引な理論だったが、さりとて無視出来ない響きを伴っていた。

 

「正気のまま人を銃で撃つの?正気のまま人をナイフで切り裂くの?

そんな事、私には出来ないよ。だって私、常識人だもん。それならイカレてる方が健全よ」

「それは……」

 

 シノンはその問いに対し、明確な答えを返す事が出来なかった。

そんなシノンに助け船を出したのは、シャナであった。

 

「おいピト、意図的に話をずらすんじゃない。それはあくまで現実世界での話だ」

「あ、バレた?」

 

 ピトフーイは、ペロっと舌を出した。

 

「おいシノン、こいつに惑わされるなよ。現実でのお前は、人を銃で殺したりはしないし、

ナイフで他人を傷付けたりしない。それはあくまでゲームでの話だ。

だからお前、自分がおかしいんじゃないかとか、余計な事を考えるなよ」

 

 普通の者が相手であれば、そのシャナの言葉は一定の説得力を持ったかもしれない。

だが、シノンは違う。シノンは過去に、現実世界で人を射殺した経験を持つのだ。

それがシャナにとっての誤算となった。

 

「私……私は……」

 

 シャナは、シノンの顔が一瞬で顔面蒼白になるのを見て、焦りを感じた。

目も虚ろで、今にも意識を失いそうに見える。シノンはぶつぶつと何かを呟いていた。

 

「私……私は昔、人を……」

 

 それを聞いたシャナは、目を見開いた。

 

(しまった、こいつ何らかの事情で、過去に人を殺した事があったのか?

まずい、どうする……どうする……)

 

「シャナ、これって」

「ああ、アミュスフィアの安全装置が働いて、強制切断される前兆だ。心神喪失状態だな」

「ど、どうしよう……」

 

 焦るシズカに対し、シャナはチラっとピトフーイを一瞥すると、

何かを決断したような表情で言った。

 

「声を掛けて呼び戻す」

「ど、どうやって?」

「正直ピトフーイにはまだ聞かせたくなかったんだがな、俺の罪について話す」

「シャナの罪って……まさか」

「そのまさかだ。おいシノン、聞こえるか?お前にもハードな過去がありそうだが、

それは俺も同じだ。俺はかつて、SAOというゲームの中で四人の人間を殺している。

更にその後も、直接じゃないが、一人殺している」

 

 その声が届いたのかどうかは分からない。だがシノンは、その言葉が発せられた直後に、

薄く目を見開いて意識を取り戻した。シノンはハァハァと荒い息を吐きながら、

シャナの目をまっすぐ見つめた。

 

「あ、あんたは一体、何者なの?」

「俺はSAOサバイバーだ。あのゲームの中には、殺人を楽しむ奴らの集まりがあってな、

俺達はある日、そいつらの討伐に向かった。

そこで俺は、名も知らぬプレイヤーを四人殺した。確かに直後は罪の意識に苛まれた。

だが俺は、罪も無い人々を助ける為だったと自分に言い訳する事で、

心の平衡を保つ事に成功した。だが罪は罪だ、一生背負う。

そして俺は、頼れる仲間達と共に、更に一人のプレイヤーを死に追いやり、

そのおかげで現実へと帰還した。これが俺の罪であり、SAOの真実だ」

「それがSAOの真実?報道だと、偶然七十五層でクリア扱いになったとか聞いたけど」

「実際は偶然じゃない。攻略の途中に俺は、ある一人のプレイヤーに目を付けた。

そいつが実は茅場晶彦なんじゃないかとな。そしてそれを実際に証明し、

仲間達と共に戦いを挑み、ついにそいつを打ち倒し、

六千人のプレイヤーをSAOから解放する事に成功した。

その時俺達が殺したのが、四天王の最後の一人だ」

「それってまさか神聖剣!?そんな、そんな事って……」

 

 ピトフーイはシャナの言葉を受け、呆然と呟いた。

 

「ピト、誰にも言うなよ。出来ればシノンも、この事は誰にも話さないでくれ」

「うん、もちろん言わないよ、例えエムにでもね!」

 

 シノンも、どこかでSAOの四天王の話を噂で聞いた事があるらしく、

その事をシャナに尋ねた。

 

「SAOからプレイヤーを解放したって、もしかしてあんた……噂の四天王の誰かなの?

黒の剣士?銀影?それとも閃光?」

「そうだ、俺は銀影だ」

「あんた、本当の英雄じゃない。すごいね……私、私は……」

 

 シノンはシャナに視線を向けられると、目を逸らしながら言った。

 

「私、子供の頃、銀行強盗に遭遇して、そいつの持っていた銃でその男を射殺したの」

「そうか」

「私もいつか、あんたみたいに強くなれるかな?」

「多分いつかは、な」

「本当に?」

 

 そう問いかけられ、シャナは少し考えながら言った。

 

「そうだな……いつかお前が、これだと思うプレイヤーと出会ったら、

その時そいつにその事を話してみろ。

俺達じゃ駄目だ、俺達はもうお前の事情を知ってしまっているからな。

そしてその出会いによって、お前はきっと、その呪縛から解放されると断言しよう」

「断言するんだ」

「ああ、英雄の……いや、俺の言葉を信じろ」

「うん、分かった……信じる」

 

 その言葉でシノンは、自分の背負っていた物が少し軽くなった気がした。

 

「その為にも、今はゲームを楽しむんだ。次に冒険に出る時は、また俺達が誘ってやるから」

「まだ最初の冒険も、始まってもいないけどね」

 

 シノンはクスリと笑い、シャナにそう言った。

そんなシノンの頭を、シズカがしっかりと抱きしめた。

シノンは目をつぶると、晴れやかな顔でシズカに身を任せていた。

二人はしばらくそのままの体制のまま動かなかった。

ケイはそれを嬉しそうに見つめていた。

シャナはそれを見届けると、車に戻って運転席に腰を下し、目を瞑ると、

頭の後ろで腕を組んだ。どうやら少し疲れたようだ。

 

「ふぅ……これで上手くいけばいいんだが」

「シャナ!」

 

 そう呟くシャナに、後を付いて来たのか、ピトフーイが声を掛けた。

 

「ピトか、どうした?」

「シャナを労おうと思って。頑張ったね、あれって暗示でしょ?」

「よく分かったな、ピト。お前、意外に頭がいいのな」

「意外は余計だよっ!」

 

 シャナが狙っていたのは、シノンに暗示をかける事だった。

真実を話す事で、自分が英雄だとシノンに認めさせ、そこで救済方法を提示し、

それが達成された瞬間、シノンに自分の罪が許されたと思い込ませる。

それがシャナが考えた、シノンに対する心理学的な、心の治療といえる物だった。

 

「そしてごめんなさい、私がふざけたばっかりに……」

 

 どうやら心から反省しているように見えるピトフーイの頭を、シャナはポンとなでた。

 

「あれは仕方ない、あんな事が起きると想像出来る奴がいたら、そいつはもう神だろ」

「うん……」

「もし自分が許せないなら、今度集まる時のシノンの分のケーキの代金はピトが払え。

ま、それくらいでいいだろ」

「う、うん!」

 

 ピトフーイはその言葉に頷いた。もっともシャナはこの事を忘れ、

自分が奢ってしまう事になるのだが、それはいつもの事だ。

 

「本当に?それじゃあ一番高いのをお願いね、ピト」

 

 そんな二人に突然声を掛けて来る者がいた。シノンである。

 

「シノノン!ごめん、ごめんね……」

「別にいいよ、悪気があった訳じゃないんだろうしさ」

「でも……」

「その代わり、今度一番高いケーキをおごってもらうから、覚悟しておいてね」

「うん!分かった!」

 

 こうしてケーキ食べ放題オフ会の開催が決定した。

この頃のピトフーイは、シャナの存在が大きかったのか、少し子供っぽい所を見せていた。

第三回BoBの後、いくつかの、スクワッドジャムと呼ばれるチーム対抗戦を経た後、

シノンが久しぶりにGGOでピトフーイと再会した時、

シャナを失ったピトフーイは、荒れに荒れていた。

その言葉遣いの荒れ方や、態度の乱暴さ、自暴自棄さにシノンは驚き、

慌ててハチマンにその事を告げた。そしてハチマンは、以前も記述した通り、

GGOへと一時的に舞い戻り、ピトフーイに大説教をかます事となる。

その事がきっかけで、ピトフーイは後日、エムにも内緒で密かにALOを購入し、

そのまま『ヴァルハラ・リゾート』の一員となるのだが、その話は後日語られる事になる。

 

「よし、それじゃあ出発しよう」

 

 シャナの号令で、再び車に乗り込んだ一同は、まっすぐに北を目指していた。

公式マップ上だと、そこにあるのは宇宙船の墓場と呼ばれる地域だった。

出てくる敵も恐ろしく強く、数も多い為、

間違っても新人まじりのパーティが、安易に来ていい場所では無いのだが、

その事を指摘したピトフーイに、シャナは事もなげに言った。

 

「ここは俺専用の狩り場だからな、まったく問題はない。まあ、最初だし、気楽にいこう」



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第200話 無限地獄の秘密

皆様のお陰で、無事に(実質)二百話まで到達する事が出来ました。
今後とも頑張りますので、宜しくお願いします。

2018/02/18 句読点や細かい部分を修正


「ちょっとシャナ、本気なの?ここって例の無限地獄じゃないの?

確かにこの宇宙船の艦橋に陣取れば、最初は一方的に下の敵を攻撃する事が可能だけど、

一度攻撃を仕掛けたら、その時下にいる全部の敵が上に上ってきて、

更には部屋の中にまで敵がPOPするせいで、

例えパーティで狩りに来たとしても銃での乱戦になっちゃうから、

フレンドリーファイアだらけになって結局全滅しちゃうっていう、

いわく付きの狩場じゃない!

壁を背にして戦おうとしたチームもあるみたいだけど、まったく敵が途切れないから、

結局弾切れで全滅したって聞いてるけど」

「おお、テンプレの説明的セリフだな、ピト。おかげで手間が省けた」

 

 そのピトフーイの長いセリフのお陰で、残りの三人も、ここがどういう狩場か理解した。

 

「まあとりあえず俺に付いてきてくれ。艦橋部分に陣取るぞ」

 

 五人はそのままシャナの案内で、宇宙船の残骸へと進入した。

船の中には敵はいない為、戦闘になる事も無く、安全に艦橋へと辿り着く事が出来た。

 

「で、これからどうするの?」

「当然下の敵を攻撃する。長い射程の銃も必要無い。まあ、練習だ、練習。

シノンは狙撃の練習で、出来るだけ遠くにいる敵を狙えばいいし、ピトは好きにしてくれ。

シズとケイは、とにかく動いている敵に、確実に弾を当てる事を覚えればいい」

「たったそれだけ?それだと結局、数の力に押し潰されちゃうだけなんじゃないの?」

 

 シノンがそう、当然の疑問をシャナにぶつけてきた。

 

「まあそうだな。そこで一つ、絶対に守って欲しい事がある。

俺が指示をしたら、そこからは一切、銃を撃つのをやめてくれ。

ちなみにそれとは関係なく、フレンドリーファイア対策として、

この部屋の中で銃を使うのは禁止な、絶対だぞ」

 

 四人はその指示に、こくこくと頷いた。そして戦闘が開始された。

 

「敵は人型のロボットタイプだ。急所は人と同じ、頭、首筋、心臓あたりだから、

落ち着いてしっかり狙ってな」

「「「「了解!」」」」

 

 四人はとりあえずセオリー通りに光学銃を使い、窓から顔を出すと、

下にいる敵に攻撃を開始した。敵には反撃の手段も無い為、安心して撃つ事が出来る。

そして最初の攻撃が命中した瞬間、下にいた敵が、一斉に船へ向けて移動し始めた。

 

「来たよシャナ、そろそろここにも敵が沸くかも。どうする?」

「俺が全て斬り倒す。皆は銃での攻撃に集中していてくれ」

「わ、分かった」

 

 四人はそのまま射撃に集中した。下で倒す事が出来た敵は問題無いのだが、

やはり何体かは、ダメージを負ったままではあるが、船の中に進入してきており、

敵がこの部屋に突入してくるのも時間の問題と思われた。

 

「今の所はまだ敵が沸いてないけど、ここも危険になってきたかな?ねぇ、シャナ」

 

 そう言ったピトフーイの背後で、シュッという音が聞こえ、

ピトフーイは何事かと思い、慌てて後ろを向いた。そのすぐ目の前に、機械の顔があった。

ピトフーイは慌ててそちらに銃を向けようとしたのだが、その瞬間、

先ほどのシャナの言葉がピトフーイの頭をよぎり、ピトフーイは、銃を撃つのをやめた。

代わりにピトフーイは、シャナに向けて叫んだ。

 

「シャナ、敵が!」

 

 その言葉と共に、目の前の敵の首が、コロンと落ち、

その敵の姿が、ポリゴンの光となって消滅した。

その向こうには、ナイフを構えたシャナの姿が見えた。

他の三人も、何事かとこちらを見たのだが、大丈夫そうだと分かると、再び射撃を開始した。

 

「おう、ちゃんと見てるからな、安心して射撃に集中してくれていい、ぞっと」

 

 そう言うとシャナは、振り向き様にナイフを振るい、

後方に沸いたばかりの敵の首を刎ねた。その直後に、部屋の入り口から敵が姿を見せ始め、

その瞬間にシャナから、指示がとんだ。

 

「よしみんな、一度攻撃を中断してくれ。例え敵がわいても、

下手に部屋の中で、ナイフとかを振り回さないでくれよ。俺が攻撃をくらっちまうからな」

「シャナ、手伝おっか?」

 

 人並みにナイフを使えるピトフーイが、そうシャナに声を掛けた。

シャナは、入り口から迫ってくる敵の首を刎ねながら、少し考えた後に言った。

 

「いや、ピトとはコンビネーションに不安があるからな、そうだな、シズ、ちょっと頼む」

「うん、分かった」

「シズには多分、こっちの方がいいよな。これを使ってくれ」

「シャナ、レイピアなんて持ってたんだ」

 

 シャナがそう言ってシズの方に投げてきたのは、一本のレイピアだった。

 

「急ごしらえだが、NPCの職人に作ってもらった、シズ用の武器だな。

ピトとの決闘の前に渡しても良かったんだが、それだとハンデがちょっとな」

「どゆこと?」

 

 きょとんとするピトフーイに、シャナが言った。

 

「シズの本来のメインウェポンはレイピアだからな。

もし決闘の時、シズがそれを使ってたら、お前多分、数秒で沈んでたぞ」

「いやいや、さすがにそれは……え、本当に?」

「まあ、見てれば分かる」

「は~い」

 

 そしてシャナとシズは背中合わせの体制になり、残りの三人は部屋の隅へと避難した。

 

「それじゃ久々に、やるか」

「うん」

 

 そのシズカの返事と共に、新たな敵が三体、部屋になだれ込んできた。

シャナは先頭の敵を踏み台にして、奥の二体へ向かって飛んだ。

次の瞬間、先頭の敵は、シズの連撃に貫かれて動きを止めた。

シャナは着地と共に、左右の手を横に振り、同時に二体の首を刎ねていた。

そしてシャナはすぐに振り返ると、シズに向かってナイフを投げた。

 

「ちょっ」

 

 ピトフーイは、慌ててそう叫んだが、ナイフはシズの横を擦り抜け、

いつの間に沸いていたのか、シズの背後に立っていた敵に突き刺さった。

ピトフーイが感心する暇も無く、シズはそのまま前方に突撃し、シャナの横を擦り抜け、

今まさに入り口から現れようとしていた敵の首を貫いた。

シャナはシャナで、シズのいた方向へと突進し、先ほどナイフを投げた敵が消滅した瞬間に、

空中に残ったナイフを掴むと、そのまま左に向けて大きく手を振るった。

その瞬間に、左にPOPしたばかりの敵の首が宙を舞った。

 

「す、すご……」

 

 呆然と呟くピトフーイの横で、同じくシノンが呆然と呟いた。

 

「何これ……シャナは分かるけど、シズって何者?」

「あ、知らなかったんだ。シズは閃光だよ、シノノン」

「閃光!?閃光って、あの?っていうか、閃光って女の子だったの!?」

「ですです」

 

 ケイがそう答え、シノンは激しく戦う二人の姿を見ながら言った。

 

「そうなんだ……すごいね……」

 

 シノンは、噂の中でしか聞いた事の無い、知る人ぞ知る有名人が、

立て続けに自分の前に現れた事に、ただひたすら驚愕する事しか出来なかった。

二人はまるで舞うように絶妙のコンビネーションを見せ、どんどん敵を葬っていく。

それを眺めていたピトフーイとシノンは、放心ぎみに呟いた。

 

「なんか、すごく綺麗だね」

「息がピッタリ……二人ともお互いをほとんど見てないね」

 

 二人は顔を見合わせ、再びシャナとシズへと目を向けた。

 

「よしシズ、とりあえずここまでだ」

「了解!」

 

 気が付くと戦闘は終わっており、二人は無傷でこちらへと歩いてくる所だった。

無限に敵が押し寄せてくるはずの場所なのに、一向に敵が現れる気配が無い。

疑問に思ったピトフーイが、シャナに尋ねた。

 

「あれ、シャナ、敵は?」

「とりあえずこれで全滅だな」

「え?そんな事あるの?ここって無限地獄でしょ?」

「そうだな、説明が必要だよな」

 

 そう言うとシャナは、ストレージから飲み物を五つ取り出し、配り始めた。

四人はそれを飲み、ほっと一息つくと、シャナの言葉に耳を傾けた。

 

「実はここの敵はな、無限に沸く訳じゃないんだよ」

「え?でも……」

「前提が違うんだよ。ちょっと下を見てみてくれ」

 

 そう言われ、四人は下を見た。

そこには戦闘開始前と同じように、敵が闊歩している姿が見えた。

 

「こっちに気付いてる気配はまったく無いけど、普通に敵が歩いてる」

「部屋の中にも、まったく敵が沸く気配が無いね」

「だろ?要するにだ」

 

 シャナは少し間を置くと、分かりやすいように説明を始めた。

 

「あ~、モブはどうやってプレイヤーを見つけると思う?」

「そりゃぁ、直接見て?」

「じゃあ、地面の中からいきなり攻撃を仕掛けてくる敵は?」

「それは……足音、とか?」

「だな。要するにモブごとに、敵をどう判別しているかの基準が違うんだよ」

「あ!」

 

 これはGGOをプレイしている層が、

ALOをプレイしている層とほとんどかぶっていないが故の盲点であった。

ファンタジー系のゲームだと、敵がこちらを感知する方法は、視覚や聴覚である事が多い。

もっともほとんどの敵は、基本視覚に設定されている。

 

「ここの敵はな、光学銃や実弾銃等の、音に反応するように設定されているんだよ。

だから銃を撃つのをやめれば、それ以降に沸いた敵は、こっちには反応しない。

そして、いわゆるアクティブな敵を全滅させれば、部屋に沸く事も無くなるって寸法だ」

「そんなのよく分かったね。今まで誰にも分からなかったのに」

「それはまあ、俺の持っている、このナイフのせいだろうな」

 

 シャナはそう言うと、手に持っているナイフを強調するように、四人に見せた。

 

「えっと、どういう事?」

「あ、そっか!」

 

 その時シノンが、何かに気付いたように声を出した。

シノンは、BoBの映像を何度も見ている為、

シャナと他のプレイヤーのナイフを使う技量が隔絶している事を理解していた。

 

「シノノン?何か分かったの?」

「うんピト、考えてもみてよ。普通のプレイヤーは、敵が接近してきたら、

銃を使って待ち伏せようとか、そういった事を考えるでしょ。

もちろん弾切れになったら、あるいはナイフを使うかもだけど、

シャナやシズのように、敵を瞬殺する技量を持っているプレイヤーは、ほぼ皆無。

だから例え近接戦闘を挑んでも、迫りくる敵を全滅させるような事は出来ない」

 

 シャナはシノンに頷き、詳しい説明を始めた。

 

「正解だ。俺がここでソロ狩りが出来るのも、そういう理由だな。

最初ここに来た時、さすがの俺も銃だけじゃ対処出来なくなってな、

途中から頑張って、ナイフで延々と敵を殲滅する事になった。

そしてそろそろきついかなと思った頃、突然敵からの攻撃がやんだんだ。

それでもしかしたらと思って色々試してみた結果、さっき言った結論にたどり着いた」

「そっかぁ」

「偶然とはいえ、やるなぁ、お兄ちゃん」

「シャナ、すごいね!」

「それは確かに、あんたにしか出来ないわ」

 

 四人は説明を聞き、口々にシャナを賞賛した。

 

「ちなみに普段は、光学マシンガンを使って、弾切れまで全部撃ったら、

その後は武器をしまって、ここで待ち伏せる事にしてる」

「なるほど」

「それじゃ理解してもらった所で、次のセットにいくか。

一定時間で攻撃をやめる事を考慮して、弾込めの時間を省く為に、

いくつかの武器を交互に使ってもいいと思う。そこらへんはまあ、個人で工夫してくれよな」

 

 こうして次の狩りが開始され、五人はまた同じように、無傷で大量の敵を葬った。

それを何セットか繰り返して、この日の狩りは終了した。

 

「すごい……もうこんなにレベルが上がってる」

「これはちょっと反則だよね。まあシャナやシズクラスの人がいないと、

まったく成り立たない戦法だけどね」

「BoBまで一度もシャナの名前を聞いた事が無かったのは、こういう事だったんだ」

「昔からシャナは、ソロ気質だったからね」

 

 そして口々に狩りの感想を述べる四人に、シャナは言った。

 

「ところで戦利品についてだが、今回はパーティで来てるから、

戦利品をプールしているウィンドウが、実はすごい事になっている。まあ見てみてくれ」

 

 そう言われ、ウィンドウを開いた四人は、驚きの声を上げた。

 

「な、何これ……」

「銃がいくつかと、弾のセットに、各種アイテムがすごい数……あ、これレアな銃」

「シャナ、こんな事をずっとやってたって事は、もしかしてお金持ち?」

「自慢する訳じゃないが、かなり持ってる。

リアルマネー換算で、まあ、百万くらいにはなるだろうな」

「ひゃっ……百!?」

「ちょっ……」

 

 この頃のトッププレイヤーの月収は、十万~二十万であった。

シャナがプレイを始めてから、実はまだ一ヶ月。これは異常な数字であった。

 

「という訳で、ケーキ食べ放題の金は心配しなくてもいい。

もっとも金目当てでやってる訳じゃないし、あまり現金化する気も無いけどな」

「余裕ね……」

「身の丈に合わない額の金を持つと自分がダメになりそうだから、まあ戒めだ、戒め」

 

 そもそもピトフーイはお金に困ってはいないし、お嬢様であるシズカもそうだ。

ベンケイは常識的な観点から、シャナと同じような意見を持っていたし、

シノンも稼げればそれはそれで嬉しいが、お金に飲まれるような性格はしていなかった。

とりあえず五人はその場で相談し、いわゆる消耗品の類はそのまま山分けし、

残りの銃等は、全て売り払った後で山分けする事に決めた。

それでも一人あたりの取り分は、三万円程度になった。大金という程では無いが、

さりとて十分な額である。その為ベンケイとシノンは、思わぬ臨時収入に喜ぶ事となった。

 

「いや~、今日は撃ちまくったなぁ」

「うん、かなり成長出来たし、楽しかった!」

「冒険バンザイですね!」

「みんな、今日は誘ってくれて本当にありがとう」

「思った以上に上手くいったようで何よりだ。次も何日か後に冒険に出るつもりだから、

またその時は、召集をかけるかもしれないが、その時暇だったら、また宜しくな」

 

 そして五人はお互いフレンド登録を済ませると、それぞれログアウトしていった。

ちなみにケーキ食べ放題は、予定が決まり次第、GGO内でメッセージを入れる事となった。



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第201話 全ては勘の賜物

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「……という訳で、一応調査を頼みたい」

「ふむ」

 

 八幡はGGOからログアウトすると、まずアルゴに連絡をとった。

 

「要するに、二人の人間の身辺調査をして欲しいんだナ?」

 

 アルゴにそう言われ、八幡は微妙な声で返事をした。

 

「本人達についてはまあ……特に問題が無いと思ってる。問題なのは、その交友関係だな」

「交友関係だけでいいのか?どういう事ダ?」

「エルザに関して言えば、芸能界は伏魔殿だからな。

おかしな奴が周りにいて、巡り巡ってこっちに何か害が及ぶようだと困るって感じだな。

シノンについてはそんな事は無いと思うが、まあ一応な。

シノンみたいな境遇だと、おかしな宗教団体とかが声を掛けてきてもおかしくないしな」

「五、六年前に、銀行強盗を間違って射殺してしまった少女ねぇ……

まあ調べるのは簡単だろうな。神崎エルザに関しては言うまでも無いナ」

「有名人だからな」

「それにしても、なぁハー坊」

 

 アルゴは呆れた声で八幡に言った。

 

「ん?」

「何でいきなり芸能人の知り合いが出来てるんだ?しかもあの神崎エルザ?

神崎エルザは、今一番注目されてるシンガーじゃないか。ちょっと信じられないゾ」

「会う事になったのは成り行きだ。正体を明かすつもりも探るつもりも無かったんだが、

そこであいつ、とんでもない行動に出やがったからな」

「とんでもない行動?」

 

 八幡は、思い出すのも疲れるといった感じで、深いため息を一つついた。

 

「いきなり免許証のコピーを渡してきやがったんだよあいつ」

「はあ?何だそれ?頭がいかれてんのカ?」

「まあ普通そう思うよな……」

 

 アルゴのその言葉に、八幡は深く同意した。

 

「まあ関わっちまったもんは仕方が無いし、今のところ俺には絶対服従……

って事はまったく無いが、俺の不利益になる事は絶対しないから、まあ問題ない」

「絶対服従……鬼畜かハー坊。アーちゃんにチクるゾ」

「明日奈も既に、事情は知ってる」

「そうなのカ」

「まあそんな訳で、調査の方、宜しく頼むわ。さすがに受け取った免許証の情報を、

お前に伝えるわけにはいかないから、そこはすまないが」

「いいっていいって、事務所の周辺を調べるだけだからナ」

「すまん、恩にきる」

「今度何か甘い物でも奢ってくれればいいゾ」

「了解だ」

 

 アルゴとの会話を終えた八幡は、次に薔薇に電話をした。

八幡はもしかしたら、薔薇もGGOにログインしているかもしれないなと思ったが、

どうやら違ったようで、薔薇は直ぐに電話に出た。

 

「もしもし」

「おう、どうだ、GGOにコンバート出来たか?」

「ええ、問題無いわ。少し街も歩いてみたけど、ナンパがすごくて困ったわ。

私なんかに声を掛けるなんて、あそこって本当に女性プレイヤーが少ないのね」

 

 私なんかと言いつつも少し自慢げなその薔薇の言葉に、八幡は平然とした声でこう答えた。

 

「あそこだと、性別だけが大事で、中身は全く問題にされないからな」

 

 その言葉の意味を直ぐに理解した薔薇は、八幡に抗議をした。

 

「失礼ね!私だって、まだ十分いい女でしょうが!」

「ああ、お前はいい女だと思うぞ」

「えっ?本当に?」

 

 薔薇はいきなり八幡にそう言われ、少し弾んだ声でそう聞き返した。

八幡は、とても優しい声でそれに答えた。

 

「ああ、本当だ。俺の基準だと、いい女ってのは絶対に俺と敵対しないか、

あるいは俺の役に立つ女の事だからな」

「……そうね、ええ、分かってたわよ。わざわざ聞き返した私が馬鹿なのよね」

「いい加減俺の事を分かれ」

「分かってるわよ」

 

(本当は、こんな私にも、すごく優しいって事とか、ね)

 

 薔薇がその言葉を口に出さず、こっそり呟いたりもしなかったのは、

多分どんな小声でも八幡は聞き取ってしまうだろうと、そう考えたからであった。

この辺りは確かに八幡の事をよく理解している部分であろう。

 

「で、本題なんだが、今ちょっと時間とれるか?」

「大丈夫よ」

「それじゃあGGOの中で、資金提供を済ませてしまいたいんだが」

「ええ、分かったわ。どこで待ち合わせする?」

「そうだな、初めてログインした場所でいいんじゃないか?」

「了解、すぐに行くわ」

「おう、それじゃあ後でな」

「ええ」

 

 八幡は電話を切ると、早速GGOへと再ログインした。

そしてシャナは待ち合わせの場所へ向かおうと歩き出したが、即座にクルリと向きを変えた。

向かう先にピトフーイの姿を発見した為だった。隣には、エムの姿も見える。

ピトフーイはエムと何か会話を交わしているようだった。

一瞬ピトフーイの目がチラリとこちらを見たような気がし、シャナは反射的に身構えた。

ところがこちらには気が付かなかったのか、特に何かしてくるという事も無かったので、

シャナは安心し、そのまま目的地へと向かおうとして、

少し回り道にはなるが、ピトフーイに背を向けたまま反対方向へと歩き出した。

そして次の角を曲がった時、今度は前方に、最近見慣れる事になった水色の髪の少女が、

友人らしきプレイヤーと何か会話を交わしているのが見えた。

 

「今度はシノンかよ……ったく、二人ともさっさと寝ろってんだよ」

 

 同じように起きているシャナにそんな事を言う資格が無いのは言うまでも無いが、

結果的にシャナは二人に挟まれる格好になり、どうしたものかと頭を悩ませたが、

フードを被っている事もあり、とりあえず道路を渡り、反対側の歩道を歩く事にした。

ちなみに何故ピトフーイの時に同じ事をしなかったのかというと、

ピトフーイの場合は、例えフードで顔を隠していても、

鋭い勘でこちらの存在を見破り、すぐに駆け寄ってくるような気がしていたからだった。

ちなみにその考えは、困った事に大正解であった。

ピトフーイは先ほどの一瞬で、当たり前のようにシャナの事に気が付いており、

今はエムに買い物を指示し、シャナの事を尾行している真っ最中だった。

いつもはその尾行に気付くシャナがその事に気が付かなかったのは、

シノン達の横を通った時に、その方角から聞こえてきた会話に気をとられたからだった。

シャナはシノン達からピトフーイという名前が聞こえてきた為、

そのまま横道に入り、二人の会話に耳を傾けていた。

 

「だから、新しく出来た友達と狩りに行ってきただけだって言ってるでしょ」

「でも、あのピトフーイと一緒だったのを見たって人がいたから、心配でさ……」

「それなら大丈夫、思ったより悪くない奴だったわ。もっとも条件付きだけどね」

「条件?それじゃあその条件以外の時は、やっぱり危ないんじゃ……」

「その条件以外であいつとつるむ事は無いから、本当に大丈夫だってば。

明日も学校だし、私も眠いからそろそろ落ちたいんだけど」

「あ、ごめん……そうだよね」

「……ごめん、心配してくれているのに、私も少し言いすぎたかも。

とにかく大丈夫だから安心してね。それじゃ、また明日ね」

「うん、また明日」

 

 そしてシノンはログアウトし、その場には、その少年だけが残された。

 

「上手く誤魔化してくれたか。痴話喧嘩みたいだったが、まあ特に問題は無さそうだな」

「それはどうかなぁ?」

「うわっ」

 

 いつの間に忍び寄ったのか、シャナの背中にいきなり誰かがおぶさってきた。

シャナはその声を聞き、それが誰なのか即座に理解した。

 

「お前な……エムはどうしたんだよ」

「ん~?買い物を頼むって口実で追い払った」

「あの一瞬で、俺に気付いたのか?」

「うん、私の子宮にビビッときたからね」

「この変態め……」

 

 シャナはそのピトフーイの変態的な勘に脱帽し、ため息をついた。

 

「それよりさ、あいつの事なんだけど」

 

 ピトフーイはシャナにおぶさったまま、

まだその場に残っていた、シノンの友達らしき少年を指差しながら言った。

 

「そういえばさっき何か言ってたな。あいつがどうかしたのか?」

「あいつの名前は確かシュピーゲル、何度か殺したから、名前だけは覚えてるんだけど」

「嫌な覚え方だな」

 

 シャナにそう言われながらも、ピトフーイは気にせず会話を続けた。

 

「シノノンとつるんでるのは知らなかったけど、大して強い奴じゃないから、

別に興味を持ってた訳じゃないんだけどさ、あいつ、多分エムと同じかも」

「はぁ?どういう事だ?シノンの下僕とでも言いたいのか?」

 

 ピトフーイはそのシャナの軽口にも動じず、真面目な顔でシャナに言った。

 

「そっちじゃない、ストーカーの方」

「あ?」

「目付きがね、私をストークしてた時のエムにそっくり」

「ゲーム内でそこまで分かるもんなのか?」

「まあ、勘と言えば勘かな」

「お前の勘か……」

 

 シャナは、ピトフーイの変態的な勘の鋭さを思い知らされたばっかりだったので、

もしかしたらそれは本当なのかもしれないと感じた。

 

「私はほら、こんな性格だからさ、エムとの関係もそれなりに落ち着いてるけど、

シノノンは一般人な訳じゃない。もしかしたらいずれ、ひと悶着あるかもよ?」

 

 それを聞いたシャナは意外に思い、ピトフーイに質問した。

 

「お前もしかして、シノンの事を心配してるのか?」

「うん」

「はぁ、何かお前、噂とは全然違うんだな」

「ううん、シャナの知り合い限定だよ。私は本当に噂通りの奴だよ」

「そうか」

 

 シャナはそれを聞き、ピトフーイは変人だが、悪人じゃないんだよなと改めて実感した。

そして二人の目の前でシュピーゲルもログアウトし、二人はそれを見て横道を出た。

 

「お前の意見は本当に参考になったわ。ありがとな、ピト」

「シャナに褒められた!やった!」

「調子に乗るな」

 

 シャナは、背中におぶさっていたピトフーイを下に下ろすと、

ピトフーイの頬をつねって、左右に引っ張った。

 

「ヒャナ、いひゃい」

「気にするな、愛の鞭だ」

「ひょれならいい!」

 

 それを聞いたシャナは、慌ててピトフーイの頬から手を離した。

ピトフーイは解放された後、してやったりという風にニヤニヤしていた。

 

「いい加減にしろ、変態。はぁ……おいピト、エムはまだ来ないのか?」

「ん~?わざわざ遠くの店を指定しておいたから、しばらく戻らないんじゃないかな」

「それじゃあ少し付き合え。これからロザリアと合流するから、顔を繋いでおけ」

「アイアイサー!」

 

 嬉しそうにそう答えるピトフーイを見て、シャナは決して悪い気はしなかった。

ピトフーイが、良くも悪くもとても真っ直ぐだと感じたからだ。

 

「それじゃ行くか」

「うん!」

 

 そして目的地へと近付き、最初に二人の目に飛び込んできたのは、

大人しそうな女性プレイヤーと、それに話し掛ける、どこかで見たプレイヤーの姿だった。




ちなみに最後に出てきたのは、エムではありません念の為!


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第202話 さんを付けろよデコ助野郎

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「友達と待ち合わせの最中なんですよ、本当にごめんなさい」

「少しくらいいいじゃんよ~、どうせ大した奴じゃないんだろ?あんたの相手はさ」

「い、いえ、そこそこ強いんじゃないかと……」

「そこそこねぇ。そんな平凡な奴はほっとけって。

俺はあのBoBの決勝にも出たくらいの超有名人だぜ?

俺より強い奴なんか、このゲーム内には数えるほどしかいないって。

きっとあんたの友達も、俺が相手ならって、喜んで身を引くに違いないぜ?」

「あの……本当に無理です、ごめんなさい……」

 

 ピトフーイは、そんな会話を交わしている二人を指差しながら、シャナに話し掛けた。

 

「ねぇシャナ、何かもめてるみたいだけど、まさかあれがロザリアちゃんじゃないよね?

何か話し方も全然違うんだけど、他にそれっぽい人は、この辺りにはいないよね」

「どうだかな、俺もまだロザリアの外見は知らないんだよな」

 

 その言い寄られている女性プレイヤーは、つややかなストレートの長髪と、

少したれ目の優しげな目をした、とてもお淑やかそうに見える女性だった。

更に付け加えると、とても大きな胸をしていた。

 

「確かに胸は一致するが、他がまったく違うな、正直何とも言えん」

 

 その女性を観察し、そう言った瞬間、ピトフーイから殺気が迸った為、シャナは慌てた。

 

「おい、いきなり何だよ」

「あの女……胸でシャナの気を引くなんて絶対に許せない。

私には出来ないのに……ちくしょう、絶対にここで殺す」

 

 そのピトフーイの形相を見たシャナは、慌ててピトフーイを止めに入った。

 

「待て待て待て、相手を間違えるな。それに俺は女性を胸の大きさで区別したりはしない」

「……本当に?」

「ああ、シズだって普通だぞ、本当だ。だから落ち着け」

「分かった!ごめんねびっくりさせて!」

「お、おう……」

 

 ピトフーイは機嫌を直したのか、明るい声で言った。

 

(こいつは本当に、ころころ気分が変わるよな。

何がこいつを刺激するのか、これから少しずつ見極めていかないとな……)

 

 シャナはそんな、まるでピトフーイの保護者になったかのような事を考えながら、

これからどうしようかと考えた。女性を助けるのは間違いないとして、

もし人違いだった時の事を考えると、シャナとしてはあまり矢面に立ちたくはなかった。

 

(もうこれ以上、知らない女と知り合いになるのは勘弁だからな……)

 

 そのシャナの考えを敏感に察知したのか、率先してピトフーイが前に出た。

 

「シャナ、それじゃあ私があの子を助けてくるね」

「すまん、頼めるか?」

「うん!それに、同じ女の子同士の方が、角も立たないだろうしね!」

「それじゃあ宜しく頼むわ」

「任せて!」

 

 ピトフーイはそう言うと、その二人の方へと近付いていき、ストレートに声を掛けた。

 

「もしかして、ロザリアちゃん?」

「えっ……はい、そうです。え~っとあなたは……」

 

 ロザリアがそう聞き返すのを遮り、男が、ロザリアとピトフーイの間に割って入った。

 

「あ?何だてめえは。今この子とは、このゼクシード様が話している最中……

って、お、お前、ピトフーイか!」

 

 いきなりそう名前で呼ばれたピトフーイは、

自分の名前を知っていたその男の顔を、じっと見つめながら言った。

 

「あんた誰?何で私の事知ってるの?って、ゼクシード?どこかで聞いたような……」

「お前みたいな悪評高い奴、知ってるに決まってるだろ……

もっとも俺はお前にやられた事は一度も無いけどな!」

「うん、確かに私も、あんたみたいな奴を殺した記憶は無いね。

でもどこかで見た事ある顔なんだよなぁ……う~ん」

 

 ピトフーイは腕を組みながら首を傾げた。そんなピトフーイに、ゼクシードは言った。

 

「当たり前だ、俺はあのBoBの決勝に出たほどの男だからな!」

「あ!」

 

 ピトフーイはそれで思い出したのか、再びゼクシードの顔をじっと見つめると、

直後に我慢出来ないという風にプッと噴き出し、そのまま大笑いを始めた。

 

「そうだそうだ、あはははは!漁夫の利を得ようとして、

シャナに一瞬でやられた糞雑魚が、確かそんな名前だった!」

「く、糞雑魚だと!?」

「あははははは、そうそう、確かこの顔。

動画は何度も見たはずなのに、まったく印象に残って無かったわ、本当にごめんねぇ?」

「うるせえ!お前こそ、卑怯なだけのただの雑魚じゃないかよ、ピトフーイ!」

「あら、卑怯なだけかどうか、試してみてもいいのよ?坊や」

 

 突然ピトフーイが、妖艶な仕草でそんな事を言い、

ゼクシードはその迫力に押されたのか、押し黙った。

そんなゼクシードを見て、鼻で笑ったピトフーイは、くるっと振り向くと、

後方に向かって手を振りながら言った。

 

「シャナ~、やっぱりロザリアちゃんだったよ~」

 

 それを聞いたゼクシードは、驚いたように言った。

 

「なっ……シャナだと!?お前、いつからシャナとつるんでるんだよ!」

 

 ゼクシードは慌ててピトフーイの向いた方を眺めたが、そこには誰もいなかった。

 

「って、誰もいないじゃないかよ、ただのハッタリかよ」

「あれ?シャナ?」

「俺ならここだ」

「シャナ、いつの間に!」

 

 突然ゼクシードの背後から声が聞こえ、ピトフーイは嬉しそうに振り向いた。

釣られてゼクシードも慌てて振り向いたのだが、その顔は何者かにガッと掴まれた。

 

「て、てめえ……シャナ……」

「あ?さんを付けろよデコ助野郎。お前、俺にもう一度真っ二つにされたいのか?」

 

 シャナはゼクシードに、そんなどこかで聞いたような台詞を言った。

どうやらシャナ的には、いつか機会があったら言ってみたい台詞だったらしい。

ちなみにシャナも二人の会話を聞いて、やっとゼクシードの事を思い出した所だった。

そしてシャナはそのまま腕を引き、ロザリアとピトフーイから引き離すように、

ゼクシードを後方へと投げ飛ばすと、そのまま振り向き、二人を守るように立ちはだかった。

そのシャナの左右の腕に、ピトフーイとロザリアが抱き付いた。

この状況でシャナが二人を引き剥がす事は、ゼクシードに対抗する意味でも得策ではない。

シャナならそう判断すると思い、二人はこの機会を逃さずに、

思う存分シャナにくっつく事にしたのだった。計算高いピトフーイはともかく、

ロザリアも、普段はあんなに自分を低く見ているのに、こういった機会は逃さないのである。

やる時はやるロザリアであった。

 

「くっそ、これ見よがしに女を侍らせやがって、シャナ、お前はいつか殺す!」

「はいはい、お前のその未熟な腕で出来るもんなら、いつでもかかってこいよ」

 

 シャナは、サトライザーとの勝負を邪魔したゼクシードの事が気に入らなかった為、

ここぞとばかりにゼクシードを煽った。シャナは時々こんな子供っぽい所を見せる。

そんな部分に惹かれる女性は多いのだが、本人は別に意図してやっている訳ではない。

だが、まさに今一緒にいるピトフーイとロザリアには、効果はてきめんだったようだ。

ロザリアはゼクシードに見せつけるように、これみよがしに胸を押し付け、

ピトフーイはシャナの首に腕を回しながら、笑顔で言った。

 

「負け犬はさっさと消えなって。それとも今度は、私が殺してやろうか?」

 

 そのピトフーイの笑顔は、シャナに薦められて入れた刺青の効果もあったのか、

とても凄みのある笑顔であり、それにびびったゼクシードは慌てて立ち上がり、

お決まりの捨て台詞を吐きながら走り去った。

 

「くそ、覚えてろよ!」

「はいはい、お決まりの台詞を、ご苦労様~」

「もう二度と私に話し掛けないで下さい!」

 

 そしてゼクシードがいなくなると、シャナは途端に態度をひるがえし、

右腕と首にまとわりつく二人を振り払った。

 

「お前ら、いい加減に離れろ」

「ふ~、堪能したわ」

「ご、ごめんなさい、シャナ」

「ったく、俺がお前らを振りほどけないと思って、ここぞとばかりにくっつきやがって」

 

 シャナはそう言いつつも、少し赤い顔をしていた。

それを見た二人は、顔を見合わせて、含み笑いを交わした。

それを敏感に察知したシャナは、二人の頭に拳骨を落とした。

 

「痛い痛い!」

「ちょっとあんた、痛いじゃない!」

「ピトは自業自得だろ、我慢しろ。それにしても、やっと普段の調子に戻ったか、ロザリア。

話し方を聞いて、本当にお前なのか全然確信が持てなかったぞ。あれはどういう事だ?」

 

 シャナにそう尋ねられたロザリアは、完全に素に戻り、あっけらかんと言った。

 

「だって、私があんたに頼まれたのは情報収集じゃない。

そんな私が目立つ訳にはいかないでしょ?

出来るだけ影を薄く、そして控えめに、そこに私がいるのが自然な事のように振舞う。

そう、臨時の師匠に教わったんだもの。だから絶対にキャラを崩さないようにしてたの」

「臨時の師匠、ねぇ」

 

 そう聞いたシャナの脳裏に、ニャハッと笑うアルゴの顔が浮かんだ。

シャナはそういう事かと納得し、とりあえずピトフーイとロザリアを互いに紹介した。

 

「それじゃ、こっちがピトフーイで、こっちがロザリアだ。

お前らちゃんと仲良くしろよ。あともし何かに気付いたら、しっかり連絡を密に頼むぞ」

「ええ」

「は~い!」

 

 二人の返事を確認したシャナは、何かに気付いたような風を装い、ピトフーイに言った。

 

「それじゃピト、そろそろエムも戻ってくる頃だろ、そろそろお前も戻った方がいいぞ」

「あ、そうだね。それじゃロザリアちゃん、またね!シャナもまたね!」

 

 そう言ってピトフーイは、手を振りながら去っていった。

ピトフーイがいなくなったのを確認すると、いつの間に撮影したのか、

シャナはロザリアに、二枚のSSのデータを渡しながら言った。

 

「さて、邪魔者も追い払った事だし、本題に入るぞ。

ロザリア、当面のお前のターゲットは二人。一人はシュピーゲルという男。

そしてもう一人はエムという男だ。この写真のこいつがシュピーゲル、隣はシノンと言う。

そしてこのピトと一緒に写ってるのがエムだ」

「この二人が、ラフコフの奴らと関係がありそうなの?」

「いや、単にGGOで始めて知り合った、このシノンとピトの相方ってだけだな」

「そうなんだ」

 

 ロザリアはシャナに頷くと、話の続きを目で促した。

 

「二人のリアルについてはアルゴに調査を頼んだ。

なのでゲーム内の二人の交友関係については、お前に頼みたい」

「それはいいんだけど、何か気になる事でもあるの?」

「いや、基本的には自衛の為だな。個人的には、シノンとピトの事は信用してる。

だが周りの奴に関しては、必ずしもそうは言いきれない。だから念の為に調査を頼むのさ」

「そういう事ね、分かった、やってみる」

「リアルを割ろうとか、そんな事は考えなくてもいいからな。

怪しい奴と関わってはいないか、俺達に害を与える可能性はあるか、

その辺りだけを調べてくれればいい」

「うん」

 

 ロザリアは力強く頷くと、続けて言った。

 

「要するにあんたと、あんたの仲間の安全の為って事でいいのよね」

「ああ、それで間違いない」

「本当にあんたって仲間思いなのね……ちょっと羨ましい」

「はぁ?」

 

 シャナが呆れた声でそう言ったので、ロザリアはビクッとした。

 

「お前だってとっくにその一員だっての。あんまり自分を下に見るのもいい加減にしろ」

 

 その言葉に一瞬明るい顔を見せたロザリアは、次の瞬間再び下を向き、ポツリと言った。

 

「でも、私はまだ……」

「まだ、何だよ」

「シリカに謝ってない……」

 

 その言葉にシャナは意表を突かれた。

シャナとした事が、その事をすっかり失念していたのだ。

 

「そうか……すまん、俺もその事はすっかり失念していた。

よし、今度セッティングしてやるから、お前シリカに直接会って謝ってみろ」

 

 シャナにそう言われ、ロザリアは少しおどおどしたが、

直後にキッと真面目な表情になり、シャナに言った。

 

「うん、お願い。私はあんたや他の人達と一緒に前に進みたい。

その為にも直接シリカに会って、きちんと頭を下げて、自分の口で謝るわ」

 

 そんなロザリアを見て、シャナは優しい目をしながらその頭に手を乗せ、

恥ずかしがるロザリアをよそに、その頭をなで続けたのだった。



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第203話 たまにはいいんじゃない?

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「……と、言う訳なんだ」

「なるほど」

 

 八幡は珪子と薔薇の対面のセッティングをどうするか、明日奈に相談していた。

 

「確かにそれは重要な問題かも。最近は私も薔薇さんの事を普通に身内扱いしてたけど、

よく考えると、まだ珪子と薔薇さんって絡んだ事は一度も無いんだよね」

「やっぱり自分を殺そうとした相手にいきなり会わされて、

それで謝られたからといって、はいそうですか、とはならないよな」

「どうだろう、実際問題珪子は、まったく気にしてない気もするんだよね」

 

 その明日奈の言葉を聞いた八幡はきょとんとした。

 

「だってあの時って、結局危なかったのは最初だけで、

それだって、珪子が自分からパーティを抜けたせいだと言えなくもないじゃない。

で、その後はずっとキリト君が傍にいたせいで、危ない場面なんか一度も無かったよね?」

「……そう言われると、確かにそうかもしれないな」

「嫌いなのは間違いないと思うけど、そこまで意識しているとはとても思えないよ」

「そうか……」

 

 八幡はその明日奈の意見を聞き、余計に方針を決めかねていた。

二人はいいアイデアも浮かばず、う~んと唸っていた。

 

「お兄ちゃんお義姉ちゃん、そんな格好で唸っても、ちっとも深刻そうに見えないんだけど」

 

 だらしなくソファーに寝転び、お菓子を食べながらテレビを見ていた小町が、

いきなり二人に突っ込んだ。そう、ここは実は比企谷家のリビングである。

そして当の二人がどんな格好かと言うと、明日奈の膝枕で寝転んだ八幡に、

明日奈が耳かきをしている真っ最中なのであった。

 

「そういや小町、お前は珪子と大の仲良しだろ?今の話を聞いてどう思った?」

 

 帰還者学校で同じクラスの為、忘れられがちだが、実際の年齢で比較すると、

八幡と明日奈と里香が同じ年齢で、和人は一つ下、そして珪子は更にその一つ下である。

そう、小町と珪子は同い年なのである。その為二人は親友と言えるほど仲がいい。

 

「ん~?珪子は見た目のせいで幼く見られがちだけど、中身はすごい大人だから、

気にせずストレートに事情を話して、その上で珪子を遊びにでも連れてってあげれば?」

「ストレートに事情を話す、か」

「もうそれでいいんじゃない?考えすぎるのも良くないと思うし」

 

 明日奈もその小町の意見に同意し、これで八幡の方針も決まる事となった。

 

「よし、それでいくか。まあ少し小細工はするがな」

「どんな小細工?」

「名目を俺がロザリアに教育するって事にして、それに珪子も参加してもらう。

要するに、俺と珪子の二人でロザリアに色々いい含めるって形式になるかな。

その報酬として遊びに連れていくという形にするのはどうだろう」

「うん、いいんじゃないかな」

「珪子もそれなら遠慮しなくても良さそうだね」

 

 二人の同意を得られた為、八幡はその方針で話を進める事にした。

 

「それじゃあ二人で楽しんできてね」

「明日奈?」

「お義姉ちゃん?」

 

 八幡と小町の理解では、最初は何人かで遊びにいった後に、

八幡と珪子が二人で薔薇の下へと向かうという予定だったのだが、

どうやら明日奈の考えは違ったようだった。

二人のいぶかしげな視線を受け、明日奈は自分の考えを披露した。

 

「学校で五人でいる時、私と八幡君、和人君と里香がセットになる事があるじゃない。

そんな時ね、たまに珪子がすごく羨ましそうにこっちを見ている事があるの。

嫉妬とかじゃなく、何かに憧れているような、そんな視線。

だからこの機会に、八幡君に珪子と二人で遊びにいってもらいたいなって」

「明日奈がそう言うならまあ、それでもいいけどな」

「そうだね、それじゃあお兄ちゃんは、ちゃんと珪子をお姫様にしてあげてね」

「それなら俺より和人の方が適役な気もするが……」

 

 そう難しい顔をする八幡に、明日奈は諭すように言った。

 

「そりゃあ珪子は、確かに和人君の事が好きだったのかもしれないけど、

それと同じくらい八幡君に憧れてたと思うんだよね」

「俺に憧れる要素なんかあったか?」

「私が言うのもあれだけど、私を傍に置いて、最後まで守り通しながら、

最後の戦いの参加者全員を生還させ、多くの人達を解放し、

今はALOで、多くの個性的なメンバーを強力にまとめあげている、

そんな人に憧れないで誰に憧れるの?」

「いや、まあ、それはな……」

 

 尚も難しい顔をやめない八幡に、明日奈はため息をつきながら言った。

 

「これはあんまり言いたくなかったんだけど、八幡君は今、

うちの学校で王子様扱いされてるんだからね」

「はぁ?」

「ちなみに和人君もね。実力も伴った、学園のダブル王子だよ」

「何だそりゃ?」

「だって当たり前じゃない、うちの学校の人達は、みんな二人に助けられた訳だし」

「あ~……」

 

 八幡はその言葉にまったく反論出来ず、頭を抱えた。どう考えても自分の柄ではない。

 

「まあそんな訳で、珪子には私から色々言い含めておくから、明日学校で誘ってみたら?」

「……はぁ、分かった、そうしてみる」

「うん!」

 

 そんな二人のやりとりを聞いていた小町は、ただひたすら驚愕していた。

 

「あのお兄ちゃんが王子とか、時代は変わったなぁ。

それにしてもお義姉ちゃんの正妻力は、やはりすさまじい……

というよりこれはむしろ、学園の影の支配者なのでは……」

 

 そして次の日の昼休み、八幡は明日奈に促され、珪子の下へと向かった。

珪子の机の横に立った八幡は、周囲の視線を感じて悶絶しながらも、

勇気を振り絞って珪子に言った。

 

「なぁ珪子、ちょっと話があるんだが、一緒に屋上で昼飯でも食わないか?」

 

 珪子はやはり明日奈に何か言い含められていたのか、

待ってましたといった感じで元気に返事をした。

 

「はい、それじゃあ早速行きましょう!」

 

 そう言うと珪子は、いきなり八幡の腕に自分の腕を絡めた。

一部のクラスメート達が動揺する中、珪子は嬉しそうに、八幡は戸惑いながら、

二人は腕を組みながら屋上へと向かった。事情を知っていた里香は、明日奈に囁いた。

 

「ちょっと明日奈、やりすぎじゃない?」

「まあ、珪子が嬉しそうなんだから、たまにはいいんじゃないかな」

 

 どうやら自分の目の届く範囲で自分の彼氏がもてるのは、明日奈的に嬉しいらしい。

自分の目が届くという事はつまり、自分が制御出来る範囲内なら、という事である。

こういう面から見ても、やはり八幡は、いずれ明日奈の尻に敷かれる運命であるようだ。

ちなみに動揺したのは、『シリカちゃんを生暖かく見守る会』のメンバー達である。

他のクラスメイト達は、まあ王子のやる事だからで済ませてしまっていた。

これは、『副団長と参謀命の会』や、『銀影と閃光を讃える会』等の、

急進的なグループが常に目を光らせている為、

基本八幡達の行動に文句をつけようとする者はいないという事でもあった。

ちなみに和人は、事前に里香にきつく言われていた為、不干渉を貫いていた。

そんな教室の状態はつゆ知らず、屋上へと向かう階段で、八幡は珪子に言った。

 

「なぁ、明日奈に何を言われたかは知らないが、無理にこんな事をしなくてもいいんだぞ?」

「え?確かに許可はもらいましたけど、私はこれ、好きでやってるんですけど」

「そ、そうか……」

「はい!くっついてもいいって言われたので、好きにしてみました!」

「それならまあ、いいけどな……」

 

 八幡は諦めたようにそう言った。明日奈を愛するが故の、八幡のジレンマであった。

 

「で、話というのはな……」

 

 屋上に着き、珪子と二人でベンチに座ると、八幡は早速本題に入った。

珪子は八幡の話を聞くと、神妙そうな顔で頷いた。

 

「そうですか、あのロザリアさんが……うん、いいですよ。

むしろそんな程度の事で遊びに連れてってもらえるなら、望むところです!」

「あんまり会いたくないだろうに、何かすまないな」

「え?」

 

 珪子はその言葉にきょとんとした。

 

「私は別に、ロザリアさんに会いたくないなんて事はまったく無いですよ?

それに私、ロザリアさんを責めるつもりもまったく無いですよ?」

「そうなのか?」

「はい!実は私、アルゴさんからあの人の事は聞いていたんですよ。

今はもう別人のように、八幡さんの為に色々働いてるって。

それで思ったんです。ロザリアさんも、私と同じように八幡さんの事が好きなんだなって。

そう思ったら何か親近感が沸いちゃって。

あ、違いますよ、恋愛とかそういう好きじゃなくて、とにかく好きなんです!

えっと、憧れてるみたいな?えへっ」

 

 それを聞いた八幡は、小町や明日奈の分析が正しかった事を知った。

 

「そうか、それじゃあ一緒に色々教育するってのはまあ、やめとくか。

普通に謝ってもらって、その後三人で何か甘い物でも食べに行く事にするか」

「はい、それでいいです!むしろそれがいいです!

変わったっていうロザリアさんを見てみたいし、話もしてみたいです!」

 

 珪子はとても嬉しそうに、心からの笑顔を八幡に向けたのだった。

そして次の休日に八幡は、珪子との待ち合わせの場所に車で横付けした。

明日奈の許可が出た為、珪子は初めて八幡の隣に座る事になっていた。

ちなみに珪子は男とデートをするのも始めてであり、当然車での出迎えも初めてであった。

珪子はいつもとは違い、少し大人びた服装で待ち合わせ場所に現れた。

その笑顔はとても嬉しそうで、八幡は、たまにはこういうのもいいかと思い、

同じく笑顔で珪子を出迎えた。当然服装を褒める事も忘れない。

 

(俺も変わったよな……こんな俺を、例えば戸部あたりが見たら、一体どう思うんだろう)

 

 八幡はそんな事を考えながらも、珪子の為に助手席の扉を開け、珪子を迎え入れた。

珪子はそのお姫様のような扱いに、頬を赤らめながら助手席に乗り込んだ。

続いて八幡も運転席に乗り込んだ。

 

「さて、一応色々考えてはあるが、あくまで一応だからな。

珪子がどこか行きたい所があるならそこに行くけど、どうする?」

「あ、えっと……」

 

 珪子はどうやら行きたい所があるようだが、言い出せないらしい。

そう思った八幡は、遠慮しないようにと珪子に言った。

珪子はもじもじしながら、恥ずかしそうに言った。

 

「えっと、子供っぽいと思われるかもですけど、ディスティニーランドに行きたい……です」

「別に子供っぽくはないだろ。それに丁度ここに入場券が二枚あるぞ」

「本当ですか!?八幡さん、やっぱり何でも分かっちゃうんですね」

「お前も俺を過大評価しすぎだろ……たまたまだって」

「たまたまでも何かすごいです!」

「はいはい、それじゃ、早速行こうか」

「はい!」

 

 二人はこうしてディスティニーランドへと車で向かったのだった。




ここからは、シリカのターン!(多分


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第204話 珪子のハートウォーミングな一日

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「八幡さん、こっちこっち!」

「おい、走ると危ないぞ」

「だって、どこもすごく楽しそうなんですもん」

「せめて転ばないように気を付けるんだぞ」

「大丈夫です!私だって、いつまでもとろいままじゃないんですよ……きゃあ!」

 

 案の定、珪子は何も無い所で躓き、転びかけた。

八幡はやれやれと思いながら、珪子を助け起こす為に、そちらに一歩を踏み出したのだが、

珪子は素晴らしいバランス感覚を発揮し、体勢を完璧に立て直した。

八幡はそれを見て少し感心した。SAOからALOにかけての戦いの日々で、

以前は少し頼りない所があった珪子も、かなり成長しているんだなと実感し、

八幡は少し嬉しくなった。珪子は転ばなかった事で、ふふんとドヤ顔をしていたが、

そもそもつまづいている時点で珪子もまだまだだ。

しかし八幡は、ここは素直に珪子の成長を褒める事にした。

世界の妹候補に、こんなつまらない事で苦言を呈する事は、八幡には出来なかったのだ。

 

「よく体勢を立て直したな、やるじゃないか」

「戦いの時に転んだりしたら、すぐに敵から大ダメージをくらっちゃいますからね、

よく転ぶ私としては、それに対する対策もバッチリなんです!」

 

 それを聞いた八幡は、そもそも転ばないという選択肢は無いのかよと思い、

やっぱり何か言っておくべきかと考えたが、珪子が上機嫌だったので何も言わなかった。

 

「あっ、八幡さん、今度はあれに乗りたいです!パンさんのバンブーファイト!」

「パンさんか」

「はい、私、パンさんが大好きなんですよ!」

 

 八幡は、そういえば雪乃もパンさんが大好きだったなと思い、その事を珪子に伝えてみた。

 

「そういえば雪乃もパンさんが大好きだぞ」

「そうなんですか!?今度雪乃さんと、パンさんについて話してみます!」

「あいつはやばいぞ、覚悟だけはしておけよ」

 

 珪子はそれを聞くと、んん?と首を傾げた。

どうやらパンさんの何がやばいのか、想像がつかなかったようだ。

 

「あいつのパンさん愛は、例えて言うならそうだな、ユキペディアが、万に到達する程だな」

 

 珪子は八幡が、よく雪乃にユキペディアと言っている為、その意味は理解していた。

その上で珪子は、一万字くらいならそこまでじゃないようなと思い、八幡に尋ねた。

 

「一万字、ですか?でもそれくらいなら、普通にありえる気もするんですけど」

「一万字?ああ、違う違う、項目の数だ」

「こ、項目ですか!?」

「それくらい、あいつのパンさんへの愛は重い。もはや地球を救えるレベルだな」

「ち、地球を救いますか……」

 

 珪子はさすがに驚いたのか、呆然と呟いたが、逆にそれが楽しみだとも思ったようで、

今度絶対に雪乃さんとお話しします!と息巻いていた。

 

…………ちなみに珪子は有限実行とばかりに、後日雪乃にパンさんネタで話し掛け、

そのまま六時間ぶっ続けでパンさんの話を聞かされ、

八幡の話が誇張でも何でもなく真実だったという事を、嫌という程思い知らされた。

珪子は更に後日、たまたま八幡にその事を話す機会があったのだが、

それを聞いた八幡は珪子に、俺がお手本を見せてやるから参考にしろと言い、

珪子が見守る中、果敢にも雪乃に近付き、パンさんネタを振った。

これはその時の会話記録である。

 

「なぁ雪乃、ちょっとパンさんの事について聞きたい事があるんだが」

「あら、貴方もやっとパンさんの魅力に気付いたのかしら、別にいいわよ。何かしら?」

「パンさんの……についてなんだが」

「それは……ね。ちなみに」

「そうか、やっと長年の謎が解けた、さすがは雪乃だな。

もう世界一パンさんの事に詳しいと言っても過言じゃないんじゃないのか?」

「そ、そうかしら、そう言われるのは嬉しいけど、私なんかまだまだよ。で、パンさ」

「いやいや、お前ほどのパンさニストは、世界広しと言えどもお前だけだ。

その知識と知見を存分に生かして俺をこれからも助けてくれよな。頼りにしてるぜ」

「え、ええ、もちろんよ、任せて頂戴」

「本当にありがとな、で、話は変わるが、現在の世界情勢についてどう思う?」

 

 その会話を横で聞いていたシリカは心の中で拍手をし、

ますます八幡への尊敬を深める事になったのだが、それはまた別のお話である。

 

「次はあれに乗りたいです!」

「絶叫マシンか、珪子はああいうのは平気なのか?」

「はい!すごく好きです!」

「それじゃあ乗ってみるか」

「はい!」

 

 ………

 

「次はどれにしようかな、う~ん、あ、あれ!すごく楽しそう!」

「また絶叫マシンか、ま、まあ珪子がいいなら乗るか」

「ささ、行きましょう行きましょう!」

 

 ………

 

「八幡さん、次はあれですよ、あれ!」

「……お、おう(また絶叫マシンか……)」

 

 ………

 

「八幡さん、今度は……」

「な、なぁ珪子、そろそろお腹がすいたんじゃないか?何か軽く食べに行かないか?」

「あっ、そうですね!それじゃあそうしましょっか!あれに乗るのは後でいいです!」

「そ、そうだな……」

 

(結局乗る事になるのか……食べ過ぎないようにしないと吐くかもしれん……)

 

 そんな流れで絶叫マシンのハシゴをさせられた八幡は、少しフラフラしていた。

対照的に珪子はとても元気いっぱいだった。

 

「八幡さん、ちょっとお疲れみたいですね、あそこのベンチに座りましょう」

「別に疲れてなんかいないが、ここは珪子の顔を立てて座る事にする」

「まったく、ここには敵や仲間がいる訳じゃないんですから、

別に弱音を吐いてもいいんですよ。そもそも八幡さんは常に気を張りすぎです!」

 

 八幡は、珪子にそう言われた事が予想外だったらしく、

ベンチに腰を下ろすと、隣に座った珪子に尋ねた。

 

「俺、そんな風に見えるか?」

「そうですね、たまに完璧すぎて、ちょっと怖い事があるのは確かです」

「そうか……」

「別にそれが悪いって言ってるんじゃないですよ。

ただ八幡さんは、みんなの保護者をやる義務なんか無いんですから、

もっと気楽に振舞ってもいいんじゃないかとは思います」

 

 八幡は珪子にそうはっきり言われ、苦笑した。

 

「耳が痛いな」

「私だって、八幡さんが無理してるんじゃないかって、心が痛いですよ!」

「大丈夫、無理はしていない。だけど昔の俺は、確かにもっと面倒臭がりだった気もする」

「いいですね!もっと色々他人に任せて、もっと楽をしちゃいましょう!

皆もその方が安心するんじゃないかって思いますよ」

「そうかな?」

「ええ、少なくとも私はそう思います!」

「そっか……」

 

 八幡は、そんなにこにこしている珪子を見て、

確かに最近の俺は昔みたいに何でも一人でやろうとしすぎてたかもしれないと反省した。

自分では色々他人に相談してきたり、仕事を任せてきたつもりだったが、

珪子がそう言うのなら、確かに最近の自分は頑張りすぎていた部分もあるのだろう。

 

(もう少し気楽に、色々と楽しんでやってみるか)

 

 八幡はそう思い、珪子にこう提案した。

 

「ありがとな、俺ももう少し肩の力を抜く事にするよ。丁度パレードが始まるみたいだし、

今日は珪子と一緒にとことん気楽に楽しんでみるさ。さて、それじゃあ行くか」

「はい!」

 

 こうして二人は、閉園の時間まで遊び倒した。

そして薔薇との約束の時間が近付き、八幡は珪子を連れ、

既に閉店しているはずのダイシーカフェへと向かっていた。

他人がいる所でする話でも無いだろうと思い、八幡が事前にエギルに頼んでいたからだ。

ダイシーカフェに着き、入り口のドアを開けると、エギルがこちらに声を掛けてきた。

 

「おう、今日はどうだった?楽しかったか?」

「おう」

「はい、とっても!」

「そうか、良かったな」

 

 エギルはニカッと笑うと、奥のテーブル席を顎で示した。

そこには薔薇が、緊張した面持ちで座っていた。

珪子は笑顔で八幡に頷いた後、そちらの方へタタッと走っていった。

八幡はそのままカウンターに腰掛け、エギルと共に遠くから二人の様子を眺めていた。

薔薇は珪子に声を掛けられると、そこで初めて珪子の存在に気付いたようで、

ハッと珪子を見つめると、いきなり立ち上がり、しきりに頭を下げていた。

珪子はそれを焦ったようになだめた後、二人はテーブルに座り、会話を始めた。

 

「さて、話が上手く纏まってくれればいいんだがな」

「あの様子なら、問題ないだろ」

 

 エギルは八幡の隣に座ると、カウンターに片肘をつきながらそう言った。

昔の事を話しているのだろうか、珪子が薔薇に何かを言い、それを聞いた薔薇が恐縮し、

それを慌てて珪子が宥めているように見える。珪子はずっと笑顔を絶やさず、

薔薇もそれに釣られ、段々と笑顔が増えていった。

 

「問題無いみたいだな、これでまた一つ、肩の荷がおりたな」

「おい八幡、お前は大丈夫か?最近色々と肩に乗せすぎじゃないか?」

 

 八幡はそのエギルの言葉に、やはり最近の俺はそんな風に見えていたのかと実感した。

 

「お前も俺を、そんな風に見てたんだな」

「お前、も?他の誰かに同じような事を言われたのか?」

「今日その事で珪子に怒られてな、俺もこれからはもう少し、肩の力を抜こうと思う。

お前にも心配を掛けちまった、すまなかった」

「いちいち謝るなって。こっちこそ色々任せっきりにしちまって悪かったよ」

「俺としても、任せっきりにされたつもりは無かったんだが、

知らず知らずのうちに、気負っちまってたのかもな」

「まあ、義務じゃないんだから、楽しくいこうぜ。

実はな、俺も明日奈に聞いて、初めてその事に気が付いたんだよ。

だから今回の事も、多分明日奈はそこまで考えて、

珪子とのデートをセッティングしたんじゃないのかな」

「ああ……そういう事か……まったくあいつは、俺にはもったいないくらいのいい彼女だよ」

「あっちも案外そう思ってそうだけどな」

 

 二人がそんな会話を交わしている間に、珪子と薔薇の話も終わったようで、

珪子が嬉しそうに八幡に駆け寄ってきた。

 

「八幡さん、私、やっとロザリア……薔薇さんと、お友達になれました!

これから男受けがいいメイクの仕方とか、出来る女に見える仕草とか、

声を掛けてくるうざい男のあしらい方とかを、教えてもらいます!」

 

 それを聞いた八幡は、ガタッと席を立つと、薔薇に向かって呼びかけた。

 

「おいこら薔薇、お前ちょっとこっちに来い」

 

 薔薇は八幡にそう呼ばれ、一瞬ビクッとしたが、そのまま立ち上がると、

精一杯虚勢を張った表情を作り、八幡の方へと歩いてきた。

 

「な、何かしら」

「何かしら、じゃねえ。お前うちの珪子に一体何を教えようとしてやがるんだ」

「お、女の子には、いつか絶対に必要になる事なのよ!」

「百歩譲ってそうだとしても、いつも俺の前だとおどおどしているお前が、

本当にそんな事を教える事が出来るのか?」

「で、出来るわよ!こう見えても私、職場では出来る女で通ってるのよ!」

「本当か?」

「ほ、本当よ!」

「ちょっと待ってろ」

 

 八幡はそう言うと、どこかへ電話を掛け始めた。

そんな二人のやり取りを見た珪子は、そっとエギルに話し掛けた。

 

「八幡さんって、本当に薔薇さんの事を、完璧に従えてるんですね。

八幡さんのこういう姿はギルドではまったく見た事が無いから、少しびっくりです」

「おう、俺も最初見た時、目を疑ったからな」

「でも薔薇さんも、反論こそしてるけど、顔はとっても嬉しそう」

「そうなんだよ、だからあれはあれで上手くいってるんだろうな、明日奈も公認らしいし」

「なんか、大人の世界って感じですね」

 

 珪子がそう呟いたちょうどその時、八幡の電話が終わった。

 

「……今材木座に、お前の評判を確認した。信じられないが事実のようだな」

「でしょ?分かればいいのよ分かれば」

「ちっ、まあいい、教えるからにはきちんと教えるんだぞ」

「言われなくても分かってるわよ!もう二度と珪子に、嫌な思いなんかさせないわよ!」

 

 それを聞いた珪子は目を見開くと、薔薇に駆け寄り、そのまま抱きついた。

 

「薔薇さん、ありがとう!」

「あ……う、ううん、これくらいは当然よ」

「でもでも、やっぱり薔薇さんにそう言ってもらえて、私嬉しいです!」

「……私も嬉しいわ」

 

 そんな二人は仲のいい姉妹のように見え、八幡とエギルは顔を見合わせ、頷きあった。

珪子は顔を上げると、今度は八幡の方を向き、こんな質問をした。

 

「八幡さん、これから薔薇さんに色々教えてもらったら、私にもいつか、

八幡さんや和人さんみたいな、素敵な彼氏が出来ますかね?」

「出来るだろ、ただし俺と和人が事前に審査はするがな」

「はい、私が変な男に引っかからないように、その時はお願いします!」

「おう、任せろ」

 

 エギルは、その審査とやらに通る男が簡単にいる訳が無いと思い、

珪子の春は遠そうだと思った。そして同じく会話を聞いた薔薇も、おずおずと八幡に尋ねた。

 

「わ、私にも、その、あんたみたいな……」

「無理だ」

「ちょっと、人の話は最後まで聞きなさいよ!」

「うるさい、それ以上喋るな」

「横暴!」

「あはははははは」

 

 それからしばらくダイシーカフェは、四人の明るい笑い声で満たされていた。

こうして珪子と薔薇は、二年の時を経て、ついに和解する事となった。

ちなみにこの後八幡は、事前にエギルに頼み込み、

買っておいてもらったお高いデザートの山を、二人に振舞ったのだった。

次の日の朝、珪子と薔薇が体重計に乗って顔を青くした事も付け加えておく。




まあ実際の所、八幡がやる事はまだまだ多く、それほど楽になったという事はありませんが、
気持ちの上では楽になった事は間違いないようです。


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第205話 懐かしきその名

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「おいピト、お前、こんな事やってる暇があるのか?

今は、あ~、仕事で全国を回ってる真っ最中なんだろ?」

「大丈夫大丈夫、息抜きは必要でしょ?それに私、シャナに会うと逆に元気が出るから!」

「まあ無理はするなよ」

「シャナに心配してもらった!嬉しい!」

「……」

 

 ピトフーイは毎回こんな調子なので、最近のシャナは、

その類のピトフーイの発言に、一々突っ込む事はしなくなっていた。

シャナが否定しない為に調子に乗ったのか、ピトフーイは続けてこんな事を言った。

 

「ねぇシズ、どうやらシャナも、大分私の事を大切に思ってきたみたいだし、

今度三人で、くんずほぐれつホテルにでも……」

「ホッ……ホテ……」

 

 シズカはそのピトフーイのとんでもない提案に、一瞬絶句した後、

両手を前に出してブンブンと左右に振りながら、焦った口調でピトフーイに言った。

 

「じょ、冗談なんだろうけど、そんなの絶対無理無理無理っ!」

「え~?大丈夫だって、私、男も女もイケる口だから!」

「調子に乗るな」

「痛ったあ~~~い!」

 

 シャナが呆れた顔でピトフーイの頭に拳骨を落とし、ピトフーイは涙目で蹲った。

それを見たベンケイは、そっとシノンに近寄ると、三人をチラ見しながら言った。

 

「ねぇシノノン、大人になるって、ああいう事なのかな?」

「わ、私に聞かないでよ、そんなの知らないわよ!」

 

 シノンはそう答えると、顔を赤くしながらそっぽを向いた。

今日は、五人は、ツアー中であるピトフーイが、

少し時間が出来たからと言ってログインしてきた為、クエストモブを狩る為に集まっていた。

ちなみにケーキ食べ放題は、ピトフーイが東京に戻ってきた後に行く事になっていた。

 

「さて、そろそろ目的地に着くな。ベンケイ、周囲に他のプレイヤーの姿はあるか?」

「今は大丈夫なんだけど、それとは別にね、う~ん……」

 

 ベンケイは、何か気になる事があるようだ。

 

「お兄ちゃん、街でさ、何か視線を感じなかった?」

「そんなの最近はずっとだな」

「そっか、実は街でさ、ほら、BoBでお兄ちゃんに真っ二つにされた人がいたじゃない」

「ゼクシードか」

「そうそう、その人がね、物陰からこっちの様子を伺ってるのを見ちゃったんだよね」

「あいつがか」

 

 シャナは、ふむ、と考え込む仕草をし、それを受けてシノンが言った。

 

「ゼクシードなら私も見たかも」

「シノンはゼクシードを知ってるのか?」

「一緒になった事は一度も無いんだけど、私もほら、シャナの動画はよく見てたからね。

あいつの顔はもうすっかり覚えちゃった」

「負けた動画なんて恥ずかしいから、あまり何度も見ないでくれ……」

 

 そんなシャナの珍しい姿に、四人は顔を見合わせ、むふふっと笑った。

その笑いを無視し、シャナはシノンに話の続きを促した。

 

「それでシノン、ゼクシードの奴はどんな感じだった?」

「う~ん、どこかと連絡をとっていたように見えたかな。

今は姿が見えないってなら、後日どこかで、こっちを襲撃してくるかもね」

「そうか……よし、ロザリアに監視させるか」

「ロザリア?」

 

 この中で唯一ロザリアの事を知らないシノンが、鸚鵡返しにそう聞き返してきた。

ちなみにベンケイも、どういう人物かは知っているが、会った事は無い。

シノンの問いに答えたのは、シャナではなくピトフーイだった。

 

「ロザリアちゃんは、私のライバルだよ」

「ライバル?昔からいる人?強いの?」

「ううん、シャナの下僕一号にどっちがなるかっていう、宿命のライバルだよ」

「はぁ?」

 

 シノンは冷たい目でシャナの方を見た。

 

「お前もそろそろ分かってきただろ?こいつらが勝手に言っているだけだぞ」

「あ~……またいつものパターンなのね……」

 

 シノンは頭に手を当て、頭痛を抑えるような仕草をした。

ピトフーイは気にせず、尚もシノンに言った。

 

「シャナの寵愛は二人とも受けられてるからそこはいいんだけど、

ここでどっちの序列が上になるかで、愛される時間が変わるからね!

これは女のプライドを賭けた戦いだから、頑張らないといけないのよ!」

「ねぇピト、あんた頑張るとこ間違えてない!?」

「ここで頑張らなくていつ頑張るって言うの!ふざけないで!」

「逆ギレ!?」

 

 そんな二人の間に、シャナが割って入った。

 

「やめろシノン、分かるだろ?こいつはこういう奴なんだよ。

当然俺の寵愛なんてものは存在しないし、愛される云々も妄想だ。

むしろ俺は、常識人なお前の事を一番評価している。お前だけが頼りだ。

だからまともにこいつの相手をするな」

「わっ、私を一番……?そ、そう、まあそういう事なら」

「あーっ!またもライバル出現?仕方ないなぁ、シノノンも一緒にホテル行く?」

「行かないわよ!!!」

「はい、そこまで!」

 

 そろそろ頃合いだと思ったシズカが、そこに割って入った。

 

「二人とも、もうすぐ戦闘だよ、そろそろ準備しよう」

「は~い」

「了解」

 

 シズカの言葉を聞いた途端に、二人とも戦士の顔になった。

どうやらモードが切り替わったらしい。

シャナの見た感じ、シノンも今の会話に本気で腹を立てている訳ではなく、

案外楽しんでいるようだ。ピトフーイは言わずもがな。

 

(ま、普段はこれくらいゆるい方が、この関係も長続きしそうだから、これはこれでいいか)

 

 シャナはそう考え、五人はそのままクエスト用に用意された、

インスタンスエリアへと侵入していった。

 

「うわ、何あれ」

「大きい亀?ガ○ラ?」

「確か名前は、アスピドケロンとか言ったか」

「うわ、定番すぎる名前!」

「まあ、オリジナルの名前を新たに考えるのが面倒臭かったんだろ。さて、作戦だが」

 

 クエストモブは、頭まで硬い甲羅で覆われた、巨大な亀だった。

 

「最終的にはあの頭を破壊すればオーケーだ。

俺は遠距離からあの頭を狙って、出来るだけ甲羅を破壊する。

シズ、ケイ、ピトの三人は、ローテーションを組んで、

あいつの前足を一本づつ徹底的に狙ってくれ。前足を両方破壊する事が出来れば、

あいつはそのまま前に倒れるから、その後に頭を集中的に狙えばそれで終了だ。

シノンは中距離から前衛の三人のフォローをしてくれ。

やばそうな時は、前足の付け根を攻撃すれば、一瞬足の動きが鈍る。

もっとも敵の攻撃が直撃しても、一発で死ぬほどの攻撃力は無いから、

まあ狙撃の練習だと思って、気楽にな」

「「「「了解!」」」」

 

 こうして戦闘が始まった。先ずはシャナの狙撃から開始された。

シャナは地面に伏せ、M82を構えると、あっさりと亀の頭に攻撃を命中させた。

巨大な亀はその攻撃を受け、のそりとこちらの方を向いた。

そこに横合いから、シズカとベンケイが突撃し、足への集中攻撃を開始した。

どうやら最初はピトフーイはフォローに回るようだ。

シノンは亀の前足の動きを注視し、落ち着いた様子で正確に足の付け根を狙っていた。

 

(まあ、動きも鈍い、楽な敵を選んだからな、特に問題も無さそうだ)

 

 その考えの通り、ほどなくして亀の前足の一本が破壊された。

シズカら三人は、それを見て一旦下がると、今度は反対方向から、

もう一本の前足に集中攻撃を開始した。シノンはマイペースで狙撃を続け、

もう一本の足が破壊される前に、シャナも頭の甲羅を完全に破壊する事に成功した。

そしてついにもう一本の足も破壊され、アスピドケロンはズズッと前方に倒れ、

その無防備な頭をさらけ出した。そこに前衛三人が集中砲火をくらわせ、

そのまま頭を破壊されたアスピドケロンは、あっさりと消滅した。

 

「やった!」

「レベルアップです!」

「思ったより簡単だったね」

「う~ん、昔やった時は、もっとてこずったような……」

 

 シズカ、ベンケイは、どうやらレベルアップしたようだ。

シノンも思ったより戦闘が楽だった事に、少し拍子抜けしたようだ。

ピトフーイは、シャナが近付いてくるのを待ってシャナに尋ねた。

 

「ねぇシャナ、こいつの前足ってさ、二本破壊した後、また再生しなかったっけ?」

「ああ、そうだな、頭に一定ダメージが入ると復活する」

「でも今は復活しなかったよね、何で~?」

「正確には、頭の甲羅に一定ダメージが入ると、だな。

だから普段はこんなに簡単にはいかないはずだ。足が再生する度に、

段々と敵の攻撃も激しくなるしな」

「あ~!だから先に、頭の甲羅を割ったんだね」

「ま、そういう事だ」

 

 ピトフーイはそれを聞いて納得したが、次の疑問が生まれたようだ。

 

「あれ、でもどうして他の人達は、そうしないの?」

「普通の狙撃銃だと、頭の甲羅を破壊するまでに、相当時間がかかるから、だろうな」

「ああ~、つまりこれって、そのハチニーちゃんのおかげか!」

「ハチニーちゃん?これの事か?」

「うん、それ、M82でしょ?だからそのまんまハチニーちゃん」

「ハチニーちゃん、な」

 

 幼い頃、シャナ~八幡はベンケイ~小町に、そう呼ばれていた事を思い出していた。

小町はかつて、八幡の事を、八兄ちゃん八兄ちゃんと呼んでいたのだった。

ベンケイもその事を思い出したのか、顔に疑問符を浮かべるシズカの耳に、

そっとその事を告げたようで、シズカはシャナを見ながら納得の表情を浮かべた。

 

「ハチニーちゃんが、どうかした?」

 

 同じように顔に疑問符を浮かべていたピトフーイが、シャナにそう尋ねた。

シャナは頭を振り、ピトフーイに返事をした。

 

「何でもない。後な、ピト、この銃の愛称はもう別にあるんだよ」

「え?何々?聞いてもいい?」

「この銃はたった今、アハトと名付けた」

「今なんだ!?」

 

 その言葉を聞いた四人の中で、シズカだけがハッとした。

そしてシズカは、シャナがそれほどまでに、この銃の事を大切に思っているのだと、

心の底から理解した。かつての相棒の名前をつけるほどに。

こうしてこの日、シャナのM82に新しい名前が付けられる事になった。

もっともシャナは、誰にも分かりやすいようにと基本M82とそのまま呼び続けた為、

その名前は別の武器に冠せられる事となるのだが、それは別のお話である。



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第206話 シノンの変化

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


 五人の会話はまだ続いていた。

ピトフーイは、アハトアハトと呟きながら、シャナにその由来を質問した。

 

「アハト?どんな意味?」

「ドイツ語の八だな」

「へぇ~、グーテンモルゲン!」

「何言ってるんだお前……」

「シルブプレ?」

「それはフランス語だからな……」

「そうだっけ?」

 

 呆れるシャナを無視して、ピトフーイは尚も言った。

 

「ところで二は?二はどこ?」

「……旅にでも出たんじゃないか」

「へぇ~、かわいい子には旅をさせろって奴だね!」

「ああ、だからお前は、絶対に旅になんか出なくていいからな」

「ムキー!」

 

 二人の漫才のような会話を聞きながら、次にシノンがシャナに質問した。

 

「ねぇシャナ、あんた今、もう別にあるって言ったわよね。

その銃の名前、今付けたばっかりのはずなのに、別に何か由来があるの?」

「そうだな……」

 

 その質問に対し、シャナは何かを懐かしむような表情をした。

その表情を見たシノンは、不覚にもドキッとした。

 

「アハトは、正確にはアハト・ファウストと言う。

俺がSAO時代に使っていた、おそらくサーバーにたった一つしか存在しなかった、

盾と格闘武器の中間みたいな存在の装備だ」

「そうなんだ」

 

 シノンはそれ以上、何も言わなかった。

シャナがどれだけ、その装備の事を大切にしていたか、何となく理解した為だった。

だが、ピトフーイはその性格故か、当然黙ってはいなかった。

 

「そうなんだ!うん、アハト、いいね!その銃にピッタリの素敵な名前だね!」

「お前さっき、二はどこだとか、グーテンモルゲンとか言ってたよな」

「え~?そんな事言ったっけ?シャナの気のせいだよ~」

 

 それを聞いたシャナは、黙ってピトフーイの頭に拳骨を落とし、

ピトフーイはその痛さに、黙ってその場に蹲った。

そんなシャナに、シノンが別の質問をした。

 

「ねぇシャナ、話は変わるけどさ、もしかして今のアスピドケロンって、

アハトがあれば、シャナ一人で倒せたよね?」

「そうだな、実際倒したからな」

「やっぱり……本当に反則だね、その銃」

「敵の感知範囲外から、つまり距離さえしっかりとって攻撃すれば、

敵に襲われる事も無く、一方的に攻撃出来るからな」

 

 シノンはふむふむと頷きながら、他にいくつか狙撃についてシャナに質問した。

 

「このフィールドだと、端からなら攻撃はくらわないの?」

「ああ、狭いフィールドだと、お手上げだけどな」

「このタイプの敵って、他にも存在するの?私にも出来るかな?」

「他にもいるぞ、今度案内してやろう。まあ敵によっては、お前の今持ってる銃でも、

そういう事が可能な敵もいるかもしれないが、

少しでも勝率を上げる為に、いっそもうちょっと射程の長い銃を買ってみるか?」

「考えてみる」

 

 シノンは狙撃手を目指すと決意した時から、すごい向上心を見せていた。

もはやシノンは、シャナの弟子といってもいいレベルであり、

シャナもそんなシノンを、好ましく思っていた。

さっき冗談めかして言った、一番評価しているという言葉も、あながち冗談では無い。

そこに、蹲った体勢のままのピトフーイが会話に加わった。

 

「ねぇシャナ、対物ライフルの出物が無いのって、やっぱりそういう理由なのかな?

確かにピーキーな武器だけど、はまると強すぎるから?」

「それは……あるかもしれないが、どうなんだろうな」

「シャナはその銃、どうやって手に入れたの?」

「アハトか……これはな……」

 

 シャナは、思い出すのもつらそうに話を始めた。

 

「おいピト、街の地下に、恐ろしく強い敵がいるのは知ってるか?」

「あ~、その噂、聞いた事があるかも!」

「前にな、街の地下を探索していた時に、たまたまその中の一体に遭遇してな……」

「え?一人で?」

「ああ」

「うわぁ、よく無事だったね、っていうか、よく倒せたね、一人で弾は足りたの?」

「いや、無理だった……」

 

 シャナは本当につらそうにそう言った。

 

「でな、弾も無くなり、さすがにここで死ぬしかないかと思った俺に、

最後に残されたのが、このナイフでな」

 

 シャナはピトに、ナイフを二本、ひらひらと振って見せた。

 

「こいつを持って特攻して、二時間戦い続けてやっと倒す事が出来たって訳だ。

そしてその敵から、このアハトがドロップした」

 

 それを聞いた四人は、そんな事はシャナにしか出来ないと思い、

どれほど困難な道だったのかを想像し、絶句した。

 

「……よく死ななかったね」

 

 やっと言葉を発したシズカに、シャナは言った。

 

「幸いその敵は人型だったんでな。一度でもくらったら死んでただろうが、

まあ、何とかなったわ」

「あ、人型だったんだ」

「銃を乱射してくるたちの悪い敵だったけどな、何とか懐に入れたから、

後はいつも通りにやるだけだったな。長時間神経を使い続けるのは、本当にきつかった」

「そっか、じゃあまあ、勝つ可能性は少しはあったんだね」

「まあ、そういう事だ」

 

 その会話を理解していたのは、シズカとベンケイだけだっただろう。

シノンは訳が分からないという風に黙り込み、こういう時に遠慮しないピトフーイが、

代表してシャナに質問をした。

 

「人型だと、何かあるの?」

「ん?ああ、俺は人型相手は、昔から得意なんでな」

「得意って……それだけで勝てるもの?」

「そういやお前とは、結局まともには戦ってないよな。

そうだな、試しにやってみるか。おいピト、ナイフを持って俺に攻撃してこい」

「うん、分かった」

 

 そしてピトフーイはナイフを構え、シャナと対峙した。

それをシノンは興味深そうに見学していた。

そしてピトフーイが攻撃目標を決め、動き出そうとした瞬間、

ピトフーイのナイフが弾かれ、ピトフーイの首にナイフが突きつけられた。

ピトフーイは体勢を立て直す事も出来ず、何もする事が出来なかった。

シノンはその一連の動きを見て、首を傾げた。

 

「ねぇピト、あんた何で今、無防備にシャナの攻撃を受けたの?」

「ち、違うよシノノン、今私、確かに攻撃しようとしたんだよ!」

「え?そんな風には、ちっとも見えなかったけど」

「とにかく違うの!」

 

 ピトフーイはシノンにそう抗議を続けたが、シノンは理解出来なかった。

そんなシノンにシャナが言った。

 

「それじゃあシノン、次はお前がやってみろ」

「あ、うん。ナイフにはあんまり慣れてないけど」

 

 シノンは、ピトフーイからナイフを借りると、ぎこちなく構えを取り、

シャナに攻撃をしようとした。そう、しようとした。

その瞬間に、攻撃をしようとしていたナイフがいきなり後方に弾かれ、

シノンは何も出来ない体勢のまま、シャナにナイフを突きつけられた。

シノンは今、自分の身に何が起こったのか漠然と理解し、ピトフーイに言った。

 

「ピト、ごめん、あんたの言った通りだった」

「でしょでしょ?もう訳がわかんないでしょ?

私もシノノンも、攻撃しようって筋肉に力を入れた瞬間に武器を弾かれたみたいな?」

「うん、そんな感じ」

「まあ、大体それで合ってる」

 

 シャナがそう言い、二人は唖然としてシャナを見つめた。

 

「これが……シャナが四天王って言われた秘密?」

「別に秘密じゃないが、大体そんな感じだ」

「……人相手だと、ほぼ無敵って訳ね」

「俺は基本、カウンター使いだからな。もっともそんな俺でも、勝てない奴もいる。

神聖剣とか、黒の剣士とか、閃光とかな」

「全員四天王じゃないの……」

「あいつらやシズカの戦闘スタイルとは、相性が悪いんだよ。

まあ、ほとんどの奴には負けないけどな」

「なるほど……すごいね、シズカ」

「シズカの突きは、俺でも完全に見切るのは難しいからな。

たまに成功しても、結局手数でやられちまう」

「そっかぁ……そっかぁ……」

 

 とにかく強い者に憧れる傾向のあるピトフーイは、

改めてシズカとシャナを尊敬の目で見つめた。

シノンでさえも、似たような目で二人を見つめていた。

 

「まあそんな訳で、俺は随分苦労はしたが、このアハトを手に入れたって訳だ。

だからシノンも、もし対物ライフルが欲しいなら、どんな時も決して諦めるな。

最後まであがいてあがいてあがき続けろ。多分その先に、まだ見ぬお前の武器がある」

「うん、すごく参考になる話だった。ありがとう、シャナ」

 

 この時のシャナの話を、シノンは決して忘れなかった。

とりあえずシノンはこの日、銃を新調する事を決め、

その為にしばらくはシャナ達と一緒に行動する事を決めた。

シノンはこの後、シュピーゲルと前ほど一緒に行動しなくなり、

その事が後の事件の遠因となっていくのだが、この時は誰もそんな事は理解していなかった。

今のシノンはとにかく、最近知り合ったこの四人と一緒に行動するのがとても楽しかった。




明日から、GGO世界を一時離れ、暴走ぎみな中編エピソードが始まります。


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第207話 同窓会ぃ?

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「ねぇヒッキー、ゆきのん、なんかね、

知り合いの伝手で集めた同窓会っぽいのをやるみたいなんだけど、来る?」

 

 久しぶりに三人で集まった席で、唐突に結衣がそう言い出した。

 

「ぽいって、学年全体から適当に集めるのか?俺は行かないぞ」

「私も行かないわよ」

「即答!?」

 

 当然八幡と雪乃がそんなイベントに興味がある訳もなく、二人はそう即答した。

 

「ええ~?たまにはいいじゃ~ん。ヒッキーはさ、

もう隼人君や戸部っちとも仲良くなったんでしょ?あ、彩ちゃんも来るってよ!」

「やっぱり行く」

「やった!」

 

 八幡は、明日奈を救い出した時の、あの病院での葉山や戸部との交流を思い出し、

久しぶりに話もしたいなと思い、行く事に決めた。

もっとも実際は、戸塚の参加が行く理由の九十九%を占めていた事は間違いない。

 

「ゆきのん、駄目?」

 

 結衣のその、上目遣いでのお願いを受け、雪乃もしぶしぶと参加を承諾した。

 

「はぁ……仕方ないわね、少しだけよ」

「やった、それじゃあ明日ね!優美子も来るから、

もし迷惑じゃ無かったら、ヒッキーの車で行かない?」

「明日だと!?それを最初に言えよ……」

「それはまた、唐突な話ね……」

「ごめんね、あたしも聞いたのが今朝だったんだぁ。

で、今日中に人数が分からないと予約がとれないって話でさぁ……

えっと、もしかして、用事とかあったりした?」

 

 結衣はかなり恐縮した様子で二人に問いかけた。

 

「私は別に問題ないわ。八幡君は?」

「俺は……」

 

 実は前日、GGOで、こんな会話があった。

 

「あ、いたいた、シャナ、シズ~」

「ピトか、偶然だな」

「ピト、どうしたの?」

「えっと、実はね、今日は仕事の最終日でね、さっき東京に帰ってきたんだけど、

おみやげを買ってきたからさ、もし良かったら、明日時間があるならそこで渡すから、

是非二人に食べて欲しいなって思って」

 

 二人はそのピトフーイの心遣いに喜び、有難く受け取る事にしたのだが、

生憎その日は、明日奈は両親と久々に食事に行く予定があった為、

八幡が一人で受け取りにいく事になったのだった。

 

(まあ、おみやげを受け取って少し話すだけなら、時間的にも問題は無いか)

 

 そう考えた八幡は結衣に、俺も問題ないと答えた。

 

「良かったぁ、それじゃ、明日の待ち合わせ場所が決まったら連絡するね!」

「おう」

「ええ、分かったわ」

 

 こうして八幡は、同窓会っぽい集まりに参加する事となったのであった。

そして次の日八幡は、ピトフーイに指定された場所に行き、おみやげを受け取っていた。

 

「わざわざすまないな」

「ううん、気にしないで。シャナはこれから時間はあるの?」

「いや、実はな……」

 

 八幡は、急遽同窓会っぽい集まりに参加する事になった事をピトフーイに告げた。

 

「そうなんだ~、いいなぁ、私も行きたいなぁ」

「お前は別に同窓生じゃないだろ」

「そうだけどね~」

「まあ今回の集まりは、適当に横の繋がりで声を掛けた集まりみたいだから、

そんな厳密に、同窓生ばかりじゃない可能性もあるけどな」

「ふ~ん」

 

 八幡は、そういう理由で急いで行かなくてはならないとピトフーイに謝り、

ピトフーイはそれを見送った。

その際に、ピトフーイがこう呟いた事には八幡は気付かなかった。

 

「今シャナは、来ちゃ駄目って命令してこなかったな。これって前フリかなぁ?」

 

 そして三人との待ち合わせ場所に着いた八幡は、困り果てていた。

前日に明日奈に、助手席に誰かを乗せる許可は得たのだが、

その助手席に誰が乗るかで、三人が火花を散らしていたからだった。

 

「ここはやはり、副団長の私が乗るべきじゃないかしら」

「いやいや、ここはやっぱり誘ったあたしが!」

「二人は八幡との付き合いが長いんだから、今日はあーしに譲ってくれてもいいんじゃ?」

「……お前ら、別にそんな事はどうでも良くないか?」

「「「良くない!!!」」」

「お、おう、すまん……」

 

 困り果てた八幡は明日奈に連絡し、意見を聞く事にした。

明日奈の答えは、とてもシンプルかつ公平なものだった。

それをそのまま採用し、八幡は三人にこう宣言した。

 

「よしお前ら、明日奈の審判が下った。ジャンケンで決めろ」

「ジャンケン……」

「まあ、それが一番公平よね」

「あーし、ここぞという時はジャンケンで負けた事が無いんだよね」

「あら、それは私に対する挑戦かしら」

「ここはあたしも引かないよ!最初はぐー!ジャ~ンケ~ン!」

「「「ポン!」」」

 

 そのジャンケンの結果、勝者が誰になったかと言うと……

 

「ふふん、さすがあーし、勝負強い!」

「くっ……この私とした事が……」

「優美子がこんなにジャンケンが強いなんて……」

「よしお前ら、決まったのならさっさと行くぞ」

「「「は~い」」」

 

 そのピッタリ合った返事を聞き、八幡は、呆れたように言った。

 

「お前ら本当に、仲良しだよな……」

 

 そして車が発車し、優美子はとても嬉しそうに八幡に話し掛けた。

 

「こんな機会はもう二度と訪れないかもしれないから、勝てて良かったわ」

「まあ、確かにそうかもしれないけどね」

「でもあんたが同窓会に来るなんて、なんか珍しいよね。こういうの嫌いだよね?」

「まあ、話したいと思える奴もいなかったしな」

 

 八幡はその問いに頷くと、続けて今日参加する事に決めた理由をシンプルに言った。

 

「まあ今日は、戸塚が来るからな」

 

 それを聞いた優美子は、昔の事を思い出し、納得した。

 

「あ~……すごい納得したわ。あんた昔から、戸塚の事大好きだもんね」

「まあ正直、今は昔ほど盲目的に戸塚戸塚って言ってる訳じゃないがな。

戸塚同様に、今じゃ葉山も戸部も大事な友達だ」

「あんた……本当に変わったよね」

 

 優美子は感心したように八幡に言った。

 

「まあ、あーしも変わったけどね。まさかあーしが、こうしてあんたの隣に座ってるなんて、

高校の時は思いもしなかったし」

「確かにあの頃のお前は、俺の事大嫌いだっただろうしな」

「最初は確かにね。でも途中からは、嫌いなりにちゃんとあんたの事は認めてたけどね」

「そうか……まあ、お互い変わったって事だな」

「いい方にね」

「本当にいいのかどうかは分からないけどな」

「いいんだって。少なくともあーしは今の方がいい」

 

 そんな二人の弾む会話とは対照的に、雪乃と結衣はひそひそと会話をしていた。

 

「ゆきのん、なんかあの二人、いい感じなんですけど……」

「仕方ないわ、私達は負け犬なのよ。

ここは大人しく二人の会話を邪魔しないようにしましょう」

 

 そんなひそひそ声で会話をする二人の声が聞こえたのか、呆れたように八幡が言った。

 

「お前ら、馬鹿な事を言ってないで会話に加われよ。大体雪乃は昔から極端なんだよ」

「え?いいの?優美子は?」

「別に席順以外で勝負はしてないっしょ」

「やった!ゆきのん、会話に参加してもいいって!」

 

 それを聞いた雪乃は、コホン、と一つ咳払いをすると、優美子に言った。

 

「そう、敵に塩を送ろうなんてね。まあここは有難く受ける事にするわ」

「あんたのそういうとこ、すごく面倒臭い……」

「ははっ」

 

 突然八幡が笑い出し、釣られて他の三人も笑い始めた。

 

「本当に高校の時は、こんな日が来るなんて思いもしなかったよ」

「そうね、まあ私達はともかく、あの優美子がね」

「うん、多分これが、今日の一番のサプライズになるんじゃないかな?」

「あ~……まあ、確かにそうかも」

 

 こうして三人は、会場に着くまで、昔の思い出話に花を咲かせたのだった。

そして会場に着くと、そこでは葉山と戸部が待ち構えていた。

 

「ヒキタニ君!」

「比企谷、久しぶり」

「おお、二人とも元気そうだな。あ~……明日奈の時は、その……本当にありがとな」

「いいっていいって、あれは俺らにとっても輝ける青春の一ページっしょ!」

「はは、まあそれには同意だな。あの時の事は本当にいい思い出だよ」

 

 この三人の会話を聞き、優美子は首を傾げながら会話に加わった。

 

「何?どういう事?」

「優美子、久しぶり」

「うん、隼人も元気そうだね」

「あれ、優美子には言ってなかったっけ?俺と隼人君とヒキタニ君の華麗な活躍の事!」

「それは知らないかも。っていうか、あんた達三人が仲良くなった理由も、

今思えば詳しく聞いてなかった気がする」

「そういえばあたしも知らないかも?」

「私も詳しくは聞いてないわね」

 

 雪乃と結衣もその話は初耳だったようで、興味深そうに会話に参加してきた。

 

「それな!ヒキタニ君、俺が説明してもいい?」

 

 八幡が頷いた為、戸部が代表して、三人に当時の事を説明した。

 

「……ってな訳で、最後に俺達は三人で、勝ちどきを上げたっしょ!」

「そんな事があったんだ……それで今、こんなに三人は仲がいいんだね」

「すごいすご~い!」

「そう、あの須郷をね……ここは素直に賞賛しておくわ」

「それよりも俺は、あの優美子が、

今はヒキタニ君にベッタリな事が信じられないんですけど」

 

 突然戸部が優美子にそう言った。

優美子は口をパクパクさせると、頬を赤らめながら、ただ下を向いていた。

その優美子らしくない仕草は葉山と戸部を驚かせたが、

八幡は平然と優美子に近寄り、そのまま優しい言葉を掛けた。

 

「強気な方がお前には似合ってるぞ。今日はせっかくの同窓会なんだ。

昔みたいに格好いいお前の姿を皆に見せてやろうぜ」

「う、うん、そうだね、ありがと」

 

 優美子はその八幡の言葉にぱっと顔を上げ、嬉しそうにそうお礼を言った。

それを見た葉山と戸部は、更なる衝撃を受けた。

 

「うっわ、ヒキタニ君、マジリスペクトだわ!」

「すごいな比企谷、まさかあの優美子がこうなるとはね……」

「べ、別にいいでしょ!あーしだって、昔とは違うし!」

「まあまあ、それじゃそろそろ会場に入ろうぜ」

「その前に、海老名さんは今日はいないのか?」

 

 八幡は、着いた時から気になっていた事を戸部に尋ねた。

戸部は気まずそうな顔でそれに答えた。

 

「いや~、姫菜の奴、今日はすごく大事なイベントがあるらしくってさ、

何かの即売会とか何とか……」

「オーケー、もう言わなくていい。それで分かった、それなら仕方ない」

 

 戸部はその八幡の言葉を受け、ニカっと微笑むと、気を取り直して奥へと案内し始めた。

 

「こっちこっち、今日は貸切りっしょ!」

 

 そして戸部の案内で皆、会場へと移動を始めた。

会場は熱気でざわついていたが、一行が中に入ると、その喧騒がピタリと止まった。




嵐の前の静けさ


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第208話 変わる者、変わらない者

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「え、何この静寂、どういう事?」

「戸部、当たり前っしょ。あーし達が卒業した時、八幡はまだSAOの中。

つまりここにいる皆は、戻ってきた八幡を初めて見た訳」

「あ~そういう事か、まあ特に気にしなくてもいいっしょ!さ、とりあえず座るべ」

 

 一行は空いているテーブルに陣取り、周囲を気にする事なく、

和気藹々と会話を始めた。それに釣られ、周りの者達も元の喧騒を取り戻し、

一行はそこでやっと一息つく事が出来た。ところがここで、また一悶着あった。

八幡の左右の席は当然二つ。そしてその座を狙う者が、三人いるのである。

その三人が再びバトルを始め、ヒートアップした末に、

周囲の呆気にとられたような視線も何のそのの、激しいジャンケン勝負が繰り広げられた。

そしてその結果はどうなったかというと……

 

「うっしゃあ!あーし最強!」

「まあ、妥当な結果ね」

「う~、納得いかないし……」

 

 勝者となったのは、優美子、雪乃の二人であった。

優美子は両手を天に掲げ、雄たけびを上げ、

雪乃は勝った瞬間に珍しくガッツポ-ズを見せ、周囲を仰天させた。

結衣は負けはしたものの、気を利かせた戸部が八幡の正面の席を譲ってくれた為、

それで一応納得したようだ。ちなみに八幡も、帰りは助手席に乗っていいからとフォローし、

こうしてとりあえずの席順が決まった。

 

「しかしすごい光景だな……」

「ヒキタニ君、両手と正面に花っしょ!」

 

 そこに登場したのが、遅れてきた戸塚であった。

戸塚はきょきょろと辺りを見回し、八幡の姿を見付けると、嬉しそうに手を振った。

 

「八幡、久しぶり!」

「と、戸塚、久しぶりだな!」

 

 戸塚は昔よりも大人びた雰囲気を漂わせながらも、

昔と同じようにとてとてっと八幡に駆け寄り、その手を握った。

八幡はとても嬉しそうだったが、昔ほど妄想を暴走させる事もなく、

大切な友人の一人として、戸塚を自分と対等な存在として扱っていた。

それが嬉しかったのか、戸塚は笑顔で八幡に言った。

 

「八幡、なんか大人っぽくなったね」

「お?そうか?」

「うん、すごくいい感じ」

 

 戸塚に褒められた事が一番嬉しいのか、八幡は照れた様子で言った。

 

「そうか、ありがとな、戸塚」

「僕は正直に思った事を言っただけだよ。それに何か格好良くなったね。

そうだ、あとは昔よりも社交的になった気がする」

「あーしの教育の賜物だし」

「私の教育の賜物ね」

「お前らは、何もしてないだろ……」

 

 同時にそう言った二人に、八幡は即座に反論した。

結衣は位置的に出遅れた為、ぐぬぬと唸っていた。

それを見た戸塚は、改めて八幡の周囲を見回した。

そしてそこにいる顔ぶれを見て、わずかに目を見開いた。

 

「あれ、このメンバーって、いつの間に仲良くなったの?」

「よくぞ聞いてくれました!そこはこの俺、戸部が説明するっしょ!」

 

 戸塚はその説明を聞き、感動したのか、少し目を潤ませながら八幡の手をとった。

 

「頑張ったね、八幡!」

「……ああ」

 

 その八幡の返事には万感の思いが詰まっており、

八幡は、自分の頑張りを戸塚に褒めてもらえた事がとても嬉しかった。

 

「あれ、でも、葉山君と戸部君と、雪ノ下さんと由比ヶ浜さんについてはまあ分かるけど、

三浦さんが、八幡の隣なんだ?」

「そもそも八幡が目覚めた時、あーしはその場にいたかんね」

「そうなの?って、八幡の事を呼び捨てにしてるんだ!?」

 

 驚いた戸塚を見て、優美子は調子に乗ったのか、

八幡の腕に自分の腕をからませると、更なる爆弾を落とした。

 

「そして今のあーしは八幡の愛人だし」

「ええええええええ」

「おい優美子、冗談にもほどがあるだろ。周囲にも色々と勘違いされるからやめろ」

「八幡も優美子呼ばわり!?」

「あ、いや、それはその……」

 

 八幡は、自ら火に油を注いでしまった気がしていたが、

さりとて今更呼び方を変える訳にもいかず、おろおろした。

そんな八幡をフォローするつもりだろうか、雪乃と結衣が立ち上がった。

 

「戸塚君、優美子の言う事を信じてはだめよ」

「そうだよ彩ちゃん、真に受けちゃ駄目だし!」

「あ、うん、もちろん冗談だよね。

それにしても、雪ノ下さんも、三浦さんを名前で呼んでるんだね」

「呼び方については、私達も今は親友と言える関係なのだから、まあそれも当然かしらね」

「そうなんだ、何かすごくいいね!」

 

 雪乃は優美子を見てにっこりと微笑むと、続けて言った。

 

「そしてさっきの話だけど、八幡君の本当の愛人は、優美子じゃなくこの私よ」

「ええええええええ」

「違う違う彩ちゃん、ヒッキーの愛人はあたしだよ!」

「ええええええええ」

「戸塚、驚きすぎだ……当然全部嘘だからな」

 

 八幡は呆れたようにそう言うと、じろっと三人を睨んだ。

三人は、さすがに悪ノリが過ぎたと思ったのか、大人しく元の場所へと座り、

戸塚はポカンと口を開いたかと思うと、おもむろに笑い出した。

 

「あははははは、すごいね八幡、本当に大人になったんだね」

「おい戸塚、その言い方は色々と誤解を生じるからやめような」

「あは、ごめんごめん、でもそっか、今の八幡は沢山の人に囲まれてるんだね」

「おう、皆俺の大切な……その、友達だ」

 

 それを聞いた五人は、思い思いの反応を見せた。

葉山はニカッと笑い、戸部は親指を立て、結衣はえへへとはにかみ、

雪乃は静かに微笑み、優美子は顔を赤くしながら下を向いた。

戸塚はそれを見て、八幡が幸せそうなのをとても嬉しく思ったのだった。

そんな和気藹々の雰囲気の中、どこからか声が聞こえた。

その声は、たまたま店内が一瞬静まった時に発せられた為、店中によく響いた。

 

「学校一の嫌われ者が、ちょっとゲームをしてたってだけで被害者ぶって、

いいご身分だよね、何様のつもりなのかな?」

「周りもちやほやしちゃって馬っ鹿みたい。うちの学校の元トップも落ちたもんだね~」

 

 その声のせいで、店内はシンと静まった。

 

「ああん?ねぇ二人とも、今何か聞こえなかった?」

「そうね、随分と聞き捨てならない台詞が聞こえた気がしたわね」

「うん、あたしにも確かに聞こえた」

「お、おい三人とも、俺なら別に気にしないから」

 

 ここに来ると決めた時から、そういう声もあるだろうという事は予想していたので、

八幡は慌てて三人を制止しようとした。だが、八幡を侮辱された三人が止まるはずもなく、

三人はそのまま声を発した二人の前に立った。

 

「あら、あなた達は確か、ゆっことか遥とか呼ばれてた人達だったかしらね」

 

 雪乃は過去の記憶を探り、その二人の名前を呼んだ。

 

「他にも取り巻きが何人かいるみたいだけど、あーし達に何か文句でも?」

 

 それを聞いたゆっこと遥と数人の女子のグループは、好戦的な態度で立ち上がった。

 

「私達はもう高校生じゃない、あんた達が何をどうしようがもう怖くなんかないよ」

「そうそう、私達は、思った事をそのまま素直に言っただけ」

 

 どうやら二人は引く気は無いらしく、取り巻きの者達も、そうだそうだと囃し立てた。

 

「八幡の苦労も知らないで、よくあーだこーだ言えるもんだね、あんた達」

 

 優美子が、怒気を強めながらそう言った。

 

「苦労?何を苦労したって言うの?ただ二年間遊んでただけでしょう?

それで国とかから沢山お金をもらって、今は学生やってるんでしょ?いいご身分じゃない」

「そうだよ、運良くゲームをクリアしてくれた、一部の人に助けられただけじゃない」

「はぁ?」

「え?」

「あなた達は一体何を言っているのかしら?」

 

 三人はそれを聞いてぽかんとした。そしてどうやらこの二人は、事情を何も知らないで、

憶測だけで文句を言っているらしいと理解した。そこに八幡から声が掛かった。

 

「三人とも、もういいからこっちに戻ってこいって」

 

 それを聞いた三人は、その女子の集団を睨みながらも、

素直に八幡の言う事を聞き、自分の席へと大人しく戻っていった。

だが、三人とも、決して納得はいっていないという顔をしていた。

 

「ふ~ん、逃げるんだ?」

「私達に反論出来ないからって、黙って引き下がるの?」

 

 二人は、相手にされていないように感じ、怒りを爆発させたのか、

つかつかとこちらに歩み寄り、八幡の前に立った。

 

「ちょっと、あんたも黙ってないで何か言ってみなさいよ」

「そうよそうよ、女を矢面に立たせて恥ずかしくないの?」

「そう言われてもな……だってお前ら、ワイドショーレベルの話しか知らないだろ?

まあ、情報統制されてるから、当たり前なんだけどな」

「あんただって、結局何も知らないくせに!」

「どうせゲーム中も昔みたいに、何もしないで文句ばっかり言ってたんでしょ?」

 

 それを聞き、再び立ち上がりかけた女性陣を抑え、次に前に出たのは葉山と戸部だった。

二人は、決して脅しにならいように、少し抑えた調子で諭すように言った。

 

「お前ら、何か勘違いしてんべ?」

「比企谷は、SAOをクリアした、言わば英雄だぞ?」

「おいお前ら、その事は……」

 

 八幡は、面倒臭いのが嫌だったのか、それ以上は言うなという風に、二人に言った。

だが二人は、自分達の思い出を汚されたと思ったのか、八幡に首を振った。

 

「は?英雄?何それ、誰かそれを証明出来るの?本人がそう言ってるだけじゃないの?」

「馬っ鹿じゃないの?こんな奴が英雄なら、私達だって皆英雄よ」

「あ、あの……」

 

 突然そこに、横から誰かが声を掛けた。皆の視線がそちらに集まる。

そこに立っていたのは、つい先ほど揉め始めた頃に到着したばかりで、

後ろで黙って話を聞いていたらしい相模南だった。




また斜め上の話を書いてしまいました。
このエピソードは、前話を含め、五~六話くらいの長さになりそうです。


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第209話 相模南が告げた名は

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「なんだ、南じゃない」

「いたんだ」

「ひ、久しぶり……」

 

 二人は南に対し、冷たい口調でそう言った。南が挨拶を返しても完全に無視である。

どうやらもう、この二人と南との縁は、完全に切れているようだった。

南は少し震えながらも、決して下がる事はせず、八幡の下へと歩み寄った。

それを見た周囲の者は、もしかしたら南も八幡に突っかかるのか、

それとも何か別の用事があるのか判断出来ず、場は奇妙な静寂に包まれていた。

そんな中八幡は、少し警戒しつつも懐かしく思ったのか、普通に南に挨拶した。

 

「お、相模か、久しぶりだな」

「う、うん、久しぶり」

 

 特に突っかかってくる様子もなく、普通に接してくる南の姿を見て、

八幡は疑問を覚えたが、そんな八幡に、隣に座っていた優美子がそっと耳打ちした。

 

「八幡、南は確か、八幡がいなくなった時、その話を聞いて教室で泣いてたよ」

「え?そうなの?まじで?」

 

 八幡はあまりの驚きに、つい昔のような口調でそう言った。

 

「ちなみにあの後、南はクラスで孤立ぎみだったよ。まあ、あーしはそういうの嫌いだから、

たまにうちらのグループに混ぜたりしてあげてたんだけどね」

「なるほど」

「でも決してグループになじむ事は無かったんだよね。

まあそれは、何か家族が入院してるとかで、よく病院に行ってたからなんだけどね」

「そうなのか」

 

 八幡は優美子から事情を聞き、改めて南の顔をじっと見つめた。

南は何か言いたそうに、八幡の目を見つめていた。

 

「どうした?俺に何か用事か?昔の文句なら……」

「違うの。ちょっとあんたに聞きたい事があるの」

 

 南は八幡の言葉を遮ってそう言った。

その態度から、どうやら何か真面目な話があるらしいと思った八幡は、

居住まいをただし、南の話を聞く体勢になった。だが、それを快く思わない者もいた。

 

「ちょっと南、今こいつとは、私達が話してるんだけど」

「そうだよ、邪魔しないでくれる?」

「その話に関係がある事だから」

 

 その南の言葉に意表を突かれたのか、ゆっこと遥は沈黙した。

 

「で、質問、いい?」

「ああ、俺に答えられる事ならな」

「あのね、うちのお父さん、いい年してゲームとかが大好きなの」

「……は?」

 

 八幡は、その南の唐突な言葉に、こいつはいきなり何を言い出すのか、

一体何がしたいのかと疑問を抱いた。

 

「ごめん、いきなりすぎるよね。でもお願いだから、うちの話を聞いて欲しいの。

あんたにしか聞けない事だから……」

「……そうか、分かった。話してみてくれ」

 

 八幡はその南の言葉を聞き、大人しく話を聞く事にした。

 

「ありがと。でね、えっと、高校の時うちの父親がね、その……SAOをプレイして……」

「おい、それってまさか」

「うん、そのまさか」

「まじかよ……」

 

 八幡はその言葉の意味を理解し、愕然とした。

周りの者達も、初めて聞くその話に驚いたようだ。

 

「で、あんたの話を聞いて、つい父親の事を考えちゃって、教室で泣いたりもしたんだけど」

「あ~、あんたがあの時泣いたのって、そのせいだったんだ」

「あ、うん」

 

 優美子が横から口を出し、南はそう答えた。

 

(相模が俺の為に泣いたなんて、おかしいと思ったよ)

 

 八幡はそう思い、先ほど優美子から聞いた話の真実に、とても納得した。

 

「でね、うちのお父さんも、あんたと同じ時期に無事に帰ってきてくれたんだけどね」

「そうか、それは良かったな」

「うん、ありがとう。でね、本題はここからなんだけどさ……

ハチマン、ってプレイヤーは、その、あんた……だったりするの?」

「……それを聞いて、お前はどうしたいんだ?」

 

 八幡は、その南の言葉に少し警戒した。

南はその八幡の反応を見て、首を振った後におずおずと言った。

 

「あ、あのね、うちのお父さんが、その人に助けてもらったって、

すごく嬉しそうにうちに話してくれたからさ」

「何だと?」

 

 八幡はその言葉を聞いて、すごい偶然だなと驚くと同時に、

誰なのかは分からないが、同級生の父親を助ける事が出来て、本当に良かったと思った。

そんな八幡に、南は続けて別の人物の名前を出した。

 

「後ね、アスナって人の事は知ってる?」

 

 その名前を聞いて、雪乃や結衣、優美子はもとより、葉山と戸部もハッとした。

八幡はもう警戒する事はやめ、普通に聞き返した。

 

「その名前も、親父さんが言ってたのか?」

「うん、うちのお父さんね、その二人の事を毎日のように褒めるんだよね。

何かね、うちのお父さん、ゲームの中で、その二人の部下だったみたいでさ」

「……は?」

 

 八幡はまさかと思い、血盟騎士団のメンバーの顔を順番に思い浮かべた。

部下と言うからには、あの中の誰かに違いない。そう思った八幡は、意を決して、

南に父親のプレイヤーネームを尋ねる事にした。

 

「なあ相模、親父さんから、SAO時代のプレイヤーネームって聞いてるか?」

「うちのお父さんの?」

「ああ」

「えっとね、確かゴドフリー」

「ゴドフリー!?」

「え、う、うん、そうだけど……やっぱり知ってるの?」

「お、おう……」

「やっぱり知ってたんだ。あのね、うち今日、お父さんに車で送ってもらったんだけど、

まだ近くにいるはずだから、その……うちのお父さんに会ってみる?」

「分かった、親父さんに会おう。今ここに呼べるか?」

 

 八幡はその問いに即答し、そう聞き返した。

 

「うん、大丈夫」

「よし、こっちもすぐに手配する」

「え?手配?」

 

 八幡はいきなり携帯を取り出すと、どこかへ電話を掛け始めた。

戸惑う南をよそに、八幡は電話の相手に言った。

 

「明日奈、ゴドフリーが俺達に会いたいそうだ。食事会は終わったか?

うんうん、そうか、タクシー代は俺が出すから、今から言う場所にすぐに来てくれ」

 

 そんな八幡を見て、すぐに状況を理解したのか、南もどこかに電話を掛け始めた。

 

「あ、お父さん?ちょっとうちの所まで来てくれる?ちょっと会わせたい人がいるの。

彼氏?違う違う、そういうんじゃないから、とにかくすぐに来て」

 

 周囲の者は、いきなりのこの状況に只ならぬ気配を感じたのか、誰も何も言わず、

ただ事の成り行きを見守っていた。そんな中、戸部が八幡に話し掛けた。

 

「ヒキタニ君、今から明日奈さんが、ここに来るん?」

「ああ」

「そっか!元気になった後の明日奈さんにはまだ会った事が無いから、楽しみっしょ!」

「そうか、そう言われると確かにそうだな」

 

 葉山もそう相槌をうち、八幡も、そういえばそうだなと頷いた。

 

「戸部君もその人と知り合いなの?」

 

 きょとんとしながら南がそう尋ねてきた。戸部は嬉しそうに南に返事をした。

 

「明日奈さんは、ヒキタニ君の大切な彼女っしょ!」

「え?本当に?そ、そうだったんだ……」

 

 周囲の同窓生達も皆、驚きの表情で八幡を見つめた。

やはり何かとんでもない事が起こっている、皆がそう思う中、ついに明日奈が到着した。

 

「八幡君!」

「明日奈、何だその格好」

「えへ、似合う?」

「おお、このまま連れて帰りたいくらいだな」

 

 明日奈は何故か、ドレス姿でこの場に現れた。

話を聞くと、どうやら食事会の時の服装のまま、直接ここに向かったらしい。

明日奈はとても嬉しそうに八幡に抱き付き、八幡も嬉しそうにそれを受け止めた。

いきなりのドレス姿の美女の登場に、場は騒然とした。二人はとてもお似合いであり、

その態度からも、固い絆で結ばれている事が一目瞭然であった。

 

「明日奈さん、お久しぶり」

「明日奈さん、久しぶりっしょ!」

「葉山君、戸部君!久しぶり!」

 

 明日奈は二人の事をちゃんと覚えていたらしく、笑顔で二人に挨拶を返した。

 

「今日はいきなり押しかけてごめんなさい、雪乃にゆいゆいに優美子も、ほんとごめんね?」

「気にしないで、明日奈。あなたならいつでも歓迎よ」

 

 結衣と優美子もそれに頷き、南はそれを見ながら呆然と呟いた。

 

「他の皆も、知り合いだったんだ……」

「まああーし達は、明日奈とは親友だかんね」

「そうなんだ……」

 

 そして直後に店の扉が開き、体格のいい中年男性が中に入ってきた。

 

「お父さん!」

「どうした南、何かあったのか?」

 

 八幡と明日奈は、その懐かしい顔を見て、それがゴドフリーだと確信した。

ゲームの中の姿と比べると少し痩せている感じがしたが、それは仕方が無いだろう。

南は八幡を指差しながら、父親に話し掛けた。

 

「お父さん、この人の事、分かる?」

「ん?」

 

 ゴドフリーは、南の指の示す先をゆっくりと見た。

そしてそれが誰か理解した瞬間、大きな声を上げて八幡の方へと突進してきた。

周囲の女子から悲鳴が上がる中、ゴドフリーはそのまま八幡に抱き付いた。

 

「おおおおおおおおおおお、参謀!ハチマン参謀じゃないですか!」

「久しぶりだなゴドフリー。あと痛いから離せ」

「おっとすみません、それにしても、会いたかった、本当に会いたかったですぞ!」

 

 ゴドフリーは泣きながら八幡にそう言った。

 

「ははっ、すごい偶然だな、まさかゴドフリーの娘さんが俺の元同級生だったなんてな」

 

 それを聞いたゴドフリーは、南の顔を見ると、確認するように言った。

 

「そ、そうなのか?南」

「うん、本当だよ、お父さん」

「そうか、何という偶然か!俺は今、猛烈に感動している!」

「ちょっとお父さん、恥ずかしいよ」

 

 そんなゴドフリーの背中を、明日奈がちょんちょんとつついた。

 

「ん?誰だ?今は感動の再会の真っ最中……ふ、副団長?副団長じゃないですか!」

「ゴドフリーさん、久しぶりだね」

「おおお、参謀と副団長は今も一緒にいるんですか!」

「うん、恋人同士だよ」

「そうですか……本当に、本当に良かった……」

 

 ゴドフリーは人目もはばからず号泣した。

そんなゴドフリーの肩を、八幡と明日奈はぽんぽんと叩き、

ゴドフリーは泣きながら、とてもいい笑顔を見せたのだった。




第008話の相模が泣いた伏線を、やっと回収


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第210話 次から次へと

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


その場にいる者達は、男泣きを続けるゴドフリーに圧倒されていた。

大の大人が、はばかる事もなく元同級生にすがりつき、

まるで子供のように泣き笑いを続けている姿は、

確かに普通に生活している分には、お目にかかれない光景だろう。

だがゴドフリーの涙は、とても純粋な感情の発露であり、

その光景を、気持ち悪いとかみっともないと思う者は、

この場には、ゆっこと遥の一派以外には誰もいなかった。

その一派の者達は、このある種異様な光景を見て、葉山の言った事は本当かもしれないと、

少し焦りに似た感情を抱き始め、すがるような目でゆっこと遥を見つめた。

二人は今更後には引けないと思ったのか、

引き続き八幡と、八幡にずっと抱き付いているゴドフリーを中傷し始めた。

 

「いいおっさんが、みっともないとは思わないの?」

「あんた、こいつと誰かを勘違いしてない?

こいつはね、高校の時、学校中から嫌われてたやっかい者だよ?」

 

 その言葉を聞いたゴドフリーは、ピタッと泣くのをやめると、

むくりと立ち上がり、二人と正面から向かい合った。

そしてゴドフリーは、とても静かな口調で二人に言った。

 

「それがどうした」

 

 その言葉には殺気のようなものが含まれており、

その瞬間に、ゴドフリーの存在感が、まるで山のように膨れ上がった。

SAOサバイバーの中でも、攻略組の者達は特別な存在である。

その者達は皆、多かれ少なかれ、人の社会から逸脱した面を持つ。

普段はそういった面を決して他人には見せない事で、何とか社会に適合している、

現実世界に復帰した攻略組の面々は、基本そういった存在だった。

そのゴドフリーが、自らに課した枷を外し、本気の怒りを見せたのだ。

並の大学生程度では、その迫力の前には立っている事すら出来ないであろう。

それなりに修羅場をくぐっているはずの雪乃達ですら、耐えるのが精一杯であり、

実の娘である南も、初めて見るそんな父の姿を見て、その場にへたりこんだ。

中には失禁した者もいたかもしれないが、その事には触れないでおこう。

そしてそんな状態の中、八幡と明日奈だけが平然としていた。

八幡と明日奈は、まるで普段とは変わらない口調でゴドフリーに言った。

 

「そのくらいにしておいてやれよ、ゴドフリー」

「まあまあ、子供の言った事じゃない、気にしない気にしない」

 

 二人が発した言葉は、字面だけ見ると本当に何気ない物だったが、

そんな二人の発する気配は、ゴドフリーのそれよりもはるかに強大であり、

その何でもないような表情からは、王の威厳のようなものが感じられた。

ゴドフリーはその言葉を受け、二人に向き直り、笑顔で頷いた。

 

「それもそうですな、参謀、副団長」

 

 その場にいた者達は、これで嫌でも理解した。先ほど葉山の言った事は本当なのだと。

そしてゴドフリーは南に手を差し伸べ、優しく立ち上がらせると、

まるで子供に諭すように素の口調で南に言った。

 

「いいか南、よく聞くんだ。この人達はな、俺の命の恩人だ。

ゲームをクリアしてくれたからとか、それも間違ってはいないが、

文字通り俺の事を、敵の手から身を挺して助けてくれた、本当の恩人だ」

「う、うん」

「もしこの人達がいなかったらな、俺は今、こうやって南と話す事は出来なかった。

俺は敵の仕掛けた罠にはまり、確実に死んでいたと断言出来る」

「うん……」

「だから俺もお前も、この人達への感謝を決して忘れてはいけない。

それだけは覚えておいてくれ」

「うん、分かった」

 

 南はその父親の言葉に、殊勝な態度で頷いた。

そしてゴドフリーは、ゆっこと遥の方に向き直り、話を続けた。

 

「俺はお前らと参謀達との間に何があったかは知らん。だが一つ覚えておくといい。

俺達が閉じ込められた世界はな、例えて言うなら、街中を殺人鬼が武器を持って徘徊し、

街の外には、虎やライオンが闊歩するような、そんな世界だ。

少しでも気を抜いたら確実に死ぬ。だがこの二人は、そんな世界で、

ただ自分達が生き残る為だけじゃなく、他人を助け、多くの仲間達を指揮し、

真の敵の正体を暴き出し、そしてついにその敵を倒す事に成功し、

六千人もの人々の命を救ったんだ。そんな事が出来る一般人が他にいるか?

この二人はな、本当の意味での英雄なんだよ。それが絶対的な真実だ。ソースは俺」

 

 八幡と明日奈は、ゴドフリーの言葉を黙って聞いていたが、

ソースは俺というゴドフリーの最後の台詞を聞き、プッと噴き出した。

その瞬間に、三人から発せられていた雰囲気が霧散し、

周りを囲んでいた者達は、やっと一息つく事が出来た。

 

「すごい迫力だったわね……」

「あーしもマジびびった……」

「あたしも一歩も動けなかったし……」

「改めて当事者から話を聞くと、ヒキタニ君まじぱねー!マックスリスペクトだわ!」

「比企谷はやっぱりすごいな……」

「さすがは八幡だね、すごいすごい!」

「おいお前ら、さすがに恥ずかしいから、あまり持ち上げないでくれ」

 

 ただ友達と話したいだけだった八幡は、困った顔でそう言った。

今思えば、ゴドフリーとは店の外で会えば良かったと、八幡は少し反省していた。

周りの者達も今の話を聞き、八幡を讃える雰囲気になっていたのだが、

それに逆行するようにヒステリックに叫ぶ者がいた。ゆっこと遥である。

 

「何よ……何よ何よ何よ!別に私が何かこいつに助けてもらった訳じゃない。

私にはそんなの一切関係ない。六千人を救った英雄?それが私に何の関係があるの?

私はとにかくこいつが嫌いなだけよ。嫌いな奴を嫌いと言って何が悪いのよ!」

「そもそもゲームの中でちょっと活躍したからって、それが現実で何の意味があるのよ。

私達は大学生だけど、こいつはまだのんびりと高校生をやってるじゃない。

結局こいつは負け犬なのよ、人生の負け犬よ!」

 

 八幡はその二人の台詞を聞き、ある意味二人を見直した。

あのゴドフリーを見た後でのこの態度。取り巻きは皆、戦意を喪失したとばかりに、

二人からはもう距離をとっているにも関わらず、それをまったく気にしない厚顔無恥さ。

おそらく自暴自棄になっているのだろうが、それでもこの胆力は中々すごいと、

八幡は二人の事を、そう評価した。

だが、さすがにその二人の言葉は看過出来なかったのか、

葉山と戸部が、同時にゆっくりと立ち上がった。

雪乃や結衣、優美子も、顔に青筋を立て、怒りに任せてゆっこの方へと向かおうとした。

戸塚も珍しく怒っているような表情を浮かべていた。

ゴドフリーは、さすがに自分は部外者だと自覚している為か、

自分からは動こうとはせず、八幡と明日奈の出方を伺っていた。

そんな中、スッと前に進み出た者がいた。明日奈である。

その背中を見た瞬間、八幡は慌てて振り返ると、親しい者達を手招きして集め、

小声だが、それでいてとても焦ったような声で仲間達に言った。

 

「やばい、明日奈がキレた……しかもこれは、過去最大級にやばいやつだ」

「えっ、ヒキタニ君、マジでぇ?」

「本当に?」

「見た所、ニコニコしながら前に出たようにしか見えないのだけれど」

 

 その明日奈は、雪乃の言う通りニコニコと笑顔を浮かべていた為、

ゆっこと遥は、部外者が何か文句でもあるのかと、明日奈をじろっと睨んだ。

 

「何?あんたは部外者でしょ?口出ししないでよ」

「そうよそうよ、ちょっと美人だからって、いい気になるんじゃないわよ!」

 

 それに対しての明日奈の返事は、

普段の明日奈なら、絶対に言わない台詞のオンパレードだった。

 

「それって自分達が美人じゃないって、遠まわしに自爆してるの?

あ、もしかして、男の子にまったくモテないのかな?

それとも私の彼氏がすごく格好良くて、将来性もあるから悔しいの?

まあそれは、貴方達の心が醜いせいだから仕方がないと思うの。

その辺りを自覚して少しは努力しようね?

ところで何で私が部外者?へぇ~、大切な彼氏が、

ただのモブからまったく的外れな侮辱をされたのに?ふ~ん」

 

 その言葉を聞いた仲間達は、八幡の判断が正しかった事を嫌でも理解した。

 

「うわ、マジでやっべえっしょ……」

「ど、どうすればいい?」

「何があっても絶対に明日奈に逆らうな。もし暴力沙汰になりそうだったら、

俺が何とかする。とりあえずそんな感じで頼む」

「う、うん」

「分かったわ……」

 

 一同はとりあえず、何があっても即応出来る体勢をとった。

そして明日奈が何か言おうとした瞬間、突然何者かがその場に乱入してきた。

そしてもう一人が、その何者かを慌てたように追いかけてきた。

更にもう一人がきょろきょろと、興味深げに辺りを見回しながら店に入ってきた。

 

「ちょ、ちょっとあんた、まずいよ、これは絶対まずいって」

「え~?さすがにここでダンマリは、私達の立場的に無くない?」

「そ、それは確かにそうだけど、ここにいる事がバレたら絶対怒られるって!」

「もうバレてるんだから、別にいいじゃん?」

「それはあんたのせいでしょ!もう、部長もこの子を止めるのを手伝って下さいよ」

「オレっちは、ただの興味本位で着いてきただけだゾ」

「あっ、やっほー!言われた通り来たよー!」

「あ……ち、違うの、これはその……あの……」

 

 二人は八幡と目が合うと、そう言った。もう一人はニヤニヤしながらそれを傍観していた。

八幡は、どうしてこう厄介事というのは重なるんだと思いながら、その三人に言った。

 

「言われた通りって何だよ。っつーかお前ら、何でここにいるんだよ……」

 

 それは、先ほど別れたばかりのエルザと、

どうやらそれを止めに来たらしい薔薇と、

滅多に外に出たがらないアルゴだった。

本来はただの同窓会のはずなのだが、事態は加速的に、その混乱具合を増しつつあった。



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第211話 情報源はあいつ

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「あっ、アルゴさん!」

「お~うアーちゃん、何か怒ってるみたいだけど、またハー坊が何かやらかしたのか?

ってか、何でここにいるんダ?」

「アルゴさんこそ何でここに?実は八幡君の同窓生?」

「いや、オレっちはただのやじ馬だナ」

「そうなんだ」

 

 明日奈は三人の中に、顔見知りであるアルゴの姿を見付け、声を掛けた。

次にアスナはエルザと薔薇を一瞥すると、表面上は笑顔のまま八幡の方を向いた。

 

「ねぇ八幡君、その二人は誰なのかな?

もし良かったら、『大切な彼女』の私に、是非紹介してくれないかな?」

 

 明日奈は、『大切な彼女』の部分を強調しながら、八幡にそう言った。

八幡は、明日奈がまだお怒りモードのままだと悟り、何とか事態の収拾をはかろうとした。

八幡は最初に、薔薇に指示を飛ばした。

 

「おい薔薇、あそこの空いたテーブルにその二人を連れていけ。そこで待機だ」

「あっ、うん」

 

 その八幡の呼び掛けを聞いた明日奈は、あれが薔薇さんなんだと理解し、肩の力を抜いた。

八幡はその、明日奈の怒りが一瞬弛緩した隙を突き、明日奈を背後からそっと抱き締めた。

 

「えっ、えっ?」

 

 戸惑いつつも、こんな所でもう、甘えんぼうさんなんだから、と、

頬を染める明日奈の耳元に口を寄せ、八幡はそっと囁いた。

 

「明日奈、あれがピトだ。何故あいつがここにいるのかは分からないが、

もしかしたら、さっきおみやげを受け取る為に会った時に、

俺が明確にここに来る事を禁止しなかったせいかもしれん」

「あ、あの人ピトだったんだ!でもどこかで見た事があるような……」

「まあな、あいつは歌手の神崎エルザだからな」

「ええっ!?」

 

 明日奈は思わず大きな声を出してしまい、慌てて自分の口を塞いだ。

周囲の者達は何事かと思ったが、二人の会話で聞こえたのは、その明日奈の声だけだった為、

事情が分かる者は当然皆無だった。ただ二人の表情からすると、

どうやら明日奈の怒りは霧散したようだと、周りの者達はほっと胸をなでおろした。

 

「と、いう訳で明日奈、緊急事態だ。お前はあの三人と合流し、

決してGGOでの名前を呼ばないようにピトに言い含めてくれ。あと情報収集な。

俺達の名前がピトにバレるのはもう仕方がない。まああいつの名前は分かってるんだし、

あいつは俺を裏切らないから特に問題は無いはずだ。と、いう訳で、頼んだ」

「うん、任せて」

 

 明日奈はそう言うと、三人が待つテーブルへと歩み寄っていった。

そうなると、当然ゆっこと遥の矢面に、再び八幡が立つ事になる。

八幡は穏やかな口調で、粘り強く二人を説得しようと試みたが、

先ほど明日奈に言われた事がよほど頭にきたのだろう、頑として話を聞こうとはしない。

 

「なぁ、結局お前らは、俺に文句が言いたかっただけなんだろ?

別にそれでいいから、もうこれで終わりにしないか?」

「何よあんた、やっぱり逃げるの?」

「だから……」

 

 二人はもう、モンスタークレーマーとでも言うべき存在になっており、

正直本人達ももう、自分達が何をしているのか分かっていないと思われた。

先ほどまで二人に同調していた者達も、二人からは距離を置いていた。

そして乱入してきた三人の下に向かった明日奈は、情報収集に励んでいるかと思いきや、

楽しそうに、自己紹介を行っていた。

 

「薔薇さんは初めましてですね。結城明日奈です」

「は、はい、宜しくお願いします」

 

 明日奈は知らない事だが、薔薇は明日奈の大ファンだったので、かなり緊張していた。

次に明日奈はエルザの方を向き、じろじろとエルザの顔を見た。

エルザも同様に、明日奈の顔をじろじろと見ると、開口一番にこう言った。

 

「シズだよね?すっごい美人!これはさすがに勝てないわ、もう無理無理~って感じ!

他にも何人か、シャナの周りには美人さんがいるみたいだし、

ねぇ薔薇ちゃん、やっぱり私達には愛人くらいがお似合いかなぁ?」

「あんたね、当たり前じゃない、明日奈様に敵う存在がこの世にいる訳ないでしょ!」

 

 明日奈は薔薇にいきなり様付けで呼ばれた為、やはり以前誰かから聞かされた、

薔薇が自分の事を崇拝しているという話は真実だったと感じたが、

さすがにこの状況では、直接は何も言わなかった。

エルザは普通に引いていた為無言であり、アルゴは職場で聞き慣れていた為、

この場には、薔薇に突っ込む者は誰もいないのであった。

明日奈は気を取り直し、エルザに注意も兼ね、話し掛けた

 

「私の事は明日奈って呼んでね。あとここではシズって呼ぶのは禁止だよ、エルザさん」

 

 エルザは、心得たという風に自分の胸を叩いた。

 

「うん、分かった!じゃあシャナの事はなんて呼べばいいの?」

「彼の名前は、比企谷八幡だよ」

「八幡、八幡、そっかぁ、ふふっ」

 

 エルザは、八幡の名前を教えてもらった事がとても嬉しかったようだ。

 

「ところで明日奈は、私の事知ってたんだ?」

「そりゃあまあ、ねぇ」

 

 明日奈はそう言うと、自分の携帯をとりだし、エルザに見せた。

その画面にはエルザの曲が表示されており、エルザはとても喜んだ。

 

「私の曲だ!聞いててくれたんだね」

「うん、何かこれを聞いてると、何故かSAOで戦っていた時の事を思い出すんだよね」

「それはそうだよ。だってその曲、そのまんまSAOをイメージして作った曲だからね」

「ええっ?」

「マジかヨ」

「そうなの?」

 

 三人はそれを聞き、さすがに驚いた。

 

「私の曲の半分くらいは、そんなイメージだよ。

ちなみに今度の新曲は、四天王をイメージしてみたよ!」

「そ、そうなんだ……」

 

 明日奈は、自分の事が曲になると知って、

嬉しさと気恥ずかしさが同居したような気分になった。

 

「頑張って歌うから、必ず聞いてね、明日奈」

「うん、約束する!」

 

 それでもやはり楽しみなのか、明日奈は笑顔でそう約束した。

次に明日奈は、何故三人がここに来たのか理由を尋ねる事にした。

 

「でも三人とも、よくこの場所が分かったね。というか、何故ここに?」

「えっとね、ちょっと前にね、八幡におみやげを渡したんだけど」

「あっ、そうだ、本当にありがとね、エルザ」

「うん、どういたしまして!」

 

 明日奈はお礼を言う事を忘れていた事に気が付き、エルザにお礼を言った。

 

「でね、その時に同窓会の話を聞いたんだけど、

その時に八幡が私にね、来るなって言わなかったから、行ってもいいのかなって思ってね、

駄目元で、初めて八幡に会った場所に行ってみたの」

「ちなみにうちの会社です」

「ああ、そういう事なんだ」

 

 薔薇が横から口を挟み、明日奈はそれを聞いて、

点と点が、徐々に線になっていくのを感じた。

 

「で、そしたら、薔薇ちゃんがいるのを見付けてね」

「ちなみに私の名前も、その時にバレました」

「そ、それは……」

「まあ全て、たまたま一緒にいた、材木座さんのせいなんですけどね。

それはもうペラペラと、止める間もなくバラしてくれました」

「あ!」

 

 明日奈は、これで繋がったと思った。

材木座なら、同窓会が開催されている場所を知っているはずだからだ。

 

「どうやら材木座っちはな、神崎エルザの大ファンみたいで、

エルザの全ての質問に、喜んで答えてたんだゾ」

「あ、あは……」

「ちなみにオレっちもたまたまその場にいたんだけどな、

面白そうだから着いてきたって訳だナ」

「なるほど、そういう事か……」

 

 明日奈は、これで一通りの事情を知る事が出来たかなと思いながら、

チラッと八幡の方を見た。八幡が苦労している姿を見た明日奈は、

また怒りの感情が沸きあがってきたのか、凄惨な笑みを見せ、

その明日奈の表情を見たエルザは『すごく喜び』明日奈に言った。

 

「ねぇ明日奈、あいつらを殺すんでしょ?それならいい考えがあるよ!」

「エルザ、何を思い付いたの?」

「アーちゃん、せめて殺すって言葉くらいは否定しろヨ……」

 

 アルゴは、常識的な対応として明日奈に突っ込んだ。

それに対し、明日奈はあっさりとこう答えた。

 

「まあ、似たようなものだし?」

「犯罪行為はやめてくれよナ」

 

 少し心配そうにそう言うアルゴに、エルザは言った。

 

「大丈夫、私の提案はもっと斜め上な感じだから!」

「そうか?それならまあ、いいけどナ」

「薔薇ちゃんとアルゴちゃんも、手伝ってね」

 

 エルザは突然二人にそうお願いした。二人は消極的にではあるが、

ここで断ると明日奈が怖そうだと思ったのか、一応了承した。

 

「さて、二人の言質もとった事だし」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、一体私達に何をさせるつもり?」

「それじゃあ説明するね!三人ともちょっと耳を貸して?」



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第212話 ヒキタニ君ショー

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「オレっちにそれをやれと……?ま、たまにはストレートに動いてみるのもいいカ」

「その話、乗った!」

 

 アルゴと薔薇はエルザの提案を聞き、正反対の反応を示した。

明日奈は話の内容を吟味するように、何事か考え込んでいた。

 

「もちろん明日奈が嫌だったら、この提案は無し!

でも暴力は駄目だし、人の話を聞かない人達みたいだし、

そんな相手にダメージを与えるには、ねぇ」

「よし、やろう」

 

 そのエルザの言葉に後押しされたのかどうかは分からないが、明日奈はキッパリと言った。

 

「私の彼氏が今はどれほどのリア充になったのか、あの二人に思い知らせよう」

 

 かつての同級生達がその言葉を聞いたら、

かつての八幡に一番似合わない言葉だと答えるのは間違いない。

もし本人に同じ言葉をぶつけたとしても、八幡はとまどいを覚えるだけだろう。

八幡の自己評価は未だに低いままなのだ。

それは八幡の美徳の一つでもあるのだが、彼女としては、たまに歯痒さも覚えるのだろう。

そんな明日奈の、八幡の彼女としてのプライドが、

どうやらエルザの提案でくすぐられたらしい。

 

「薔薇ちゃんとアルゴちゃんは、さっき協力するって言ってくれたからいいとして」

「確かに言ったガ……」

「はい、喜んで!」

「あそこにいる人達にも、協力して欲しいなぁ」

 

 エルザは、雪乃達三人を指差しながら言った。

 

「説得は私に任せて。といってもまあ、あの三人は絶対に断ったりはしないはずだけどね」

 

 明日奈は、少し腹黒さが見え隠れする表情でエルザにそう言うと、

三人の下へと向かい、何事か説明を始めた。

先ほどの言葉の通り、三人は明日奈の提案にうんうんと頷いており、

どうやら話を承諾したのは間違いないようだ。

こうして明日奈の下に、八幡派と目される者達が全員集められた。

その中には、何故か相模父娘まで混じっていた。

 

「え……うちがそれをやるの?」

「うちの南が参謀のお傍に?これは必ず撮影しておかねば……」

「何か恩返しと微妙にずれてる気もするけど……うん、まあいっか、やるよ、うち!」

 

 そして明日奈からエルザが正式に紹介されると、仲間達はどよめいた。

 

「どこかで見た顔だと思ったら……八幡君は、いつの間にエルザさんとお知り合いに?」

「えっと……」

「あ、えっとね、実はエルザさん、SAOのβテストに参加してたんだって」

「あ、うん、そうそう、そうなんだよね~」

 

 エルザは正直に答えていいものか迷い、明日奈の顔を見た。

その視線を受け、明日奈はGGOの事をここでバラすのは良くないと思い、

咄嗟にそう言った。確かにそれは事実だったので、何も嘘は言っていない。

普段の雪乃なら、明日奈のその態度に引っかかりを覚えたかもしれないが、

この時の雪乃は驚きが先に立ち、その明日奈の態度には気が付かなかった。

明日奈は、仲間達に勝手に想像させる事で、GGOの事を隠す事に成功したのだった。

ちなみにキリトやリズベットがこの場にいなかった事が、明日奈には幸いした。

二人は、八幡がβテストには参加しておらず、

その前の段階のテストに参加していただけな事を知っていたからだった。

もし二人がこの場にいたら、その場では何も言わずとも、確実に後で突っ込んできただろう。

 

「え?まじで?ヒキタニ君はもう、リスペクトとかそういうレベルじゃないわぁ、

これはもうゴッドヒキタニ君だわぁ」

「あ、後でサインして下さい、ファンなんです!」

「結衣、あんた、あーしの分の色紙もちゃんと買ってくるし」

 

 ゆっこと遥を相手に孤軍奮闘していた八幡は、その仲間達の動きに気が付き、

心の中で、何かやるなら早くしてくれと思い、チラチラとそちらの様子を伺っていた。

やがて明日奈が立ち上がり、何か合図を出した為、八幡は安心したのだが、

それは彼にとっては、ある意味拷問のような時間の始まりだった。

 

「あーテステス、うし、オッケーっしょ!それじゃ、ヒキタニ君ショーの、最初のお二人は」

「は?何だそれ……おい戸部、一体何を……」

 

 八幡にとっては、それはまったくの想定外であり、

戸部にどうなっているのか尋ねようとしたのだが、

戸部は八幡にウィンクを一つすると、そのままアナウンスを継続した。

 

「謎の美少女アルゴちゃんと、我等が実行委員長、相模南!」

「よし、やるか、さがみン」

「うん、アルゴさん、だっけ?宜しくね!」

 

 そのアナウンスと共に、一歩前に出た二人は、大胆にも八幡の両腕に抱き付いた。

 

「え、相模って比企谷の事嫌いじゃなかったっけ?」

「あの知らない子も、なんかかわいくないか?」

 

 周囲の者達は、いきなりのその展開にどよめいた。

 

「お前ら、一体何を……」

「別にいいだろ、せっかくアーちゃんから許可が出てるんだし、

たまにはオレっちにも役得があってもヨ」

「役得?役得って何だよ」

「皆まで言わせんなよ、この朴念仁メ」

 

 八幡は、そんなアルゴに何か言おうとしたが、横から南が八幡に話し掛けた。

 

「ねぇ比企谷、私のお父さんを助けてくれて、本当にありがとう」

 

 その心からの感謝のこもった視線を受け、八幡は優しげな瞳をし、南に言った。

 

「良かったな、相模」

「うん、あんたのおかげ!あの、だ、だから、これは感謝の印ね!」

 

 南はそう言うと、八幡の頬に口付けをした。

 

 その瞬間、周囲は更にどよめき、ゴドフリーは嬉しそうにその写真をとっていた。

 

「やるなさがみん、それじゃオレっちも遠慮なク」

 

 そう言ってアルゴも八幡の頬に口付けをし、棒立ちになった八幡を残し、

二人は後ろへと下がっていった。次に戸部が再びアナウンスをした。

 

「そしてお次は謎の美女、ロザリアさんと、由比ヶ浜結衣のツインピークス!」

「ツイン……何?」

「こういう事」

 

 きょとんとする結衣に対して薔薇は、お手本とばかりに八幡の腕を取り、

その腕を、自身の豊満な胸に挟んだ。

 

「ああ!」

 

 結衣はそのお手本の通り、忠実に薔薇の真似をした。八幡は下手に動く事も出来ず、

さりとて何を言っていいのかも分からず、完全にフリーズしていた。

薔薇がここぞとばかりに胸を押し付け、結衣もそれに対抗していた。

周囲の男子の目もそこに釘付けになっており、女子からひんしゅくを買っていた。

そして雪乃が、もういいでしょという冷たい視線で戸部を睨んできたので、

戸部は慌てて二人の胸から視線を外し、二人に呼びかけた。

 

「はい、とてもいい物をお持ちのお二人でした!男性陣は拍手!」

 

 その瞬間、周囲の男達から万雷の拍手が巻き起こった。

ちなみにこの瞬間が、今までの薔薇の人生の最盛期であった。

まあ今後どうなるかは分からないので、ここでは一応、今までの、としておく。

一方結衣にとってはどうかというと……後ろに下がった結衣の肩を、ぽんと叩く者がいた。

もちろん雪乃である。結衣は一瞬ビクッとしたが、雪乃の表情が普通だった為、

ほっと胸を撫で下ろした。そう、胸を撫で下ろしたのである。

その瞬間に雪乃のこめかみからビキッという音が聞こえ、雪乃は結衣に言った。

 

「ゆいゆい、最近少し太ったかなって気にしていたわよね。

私、ダイエットに最適な方法を知っているのだけれど、知りたいかしら?」

「えっ、本当に?教えて教えて!」

 

 結衣は雪乃の変化には気付かず、無邪気に雪乃に尋ねた。

 

「もぐのよ」

「……えっ?」

「脂肪を減らせば体重が減るのは当然でしょ?今すぐもぐのよ」

「えっと……何……を?」

「その無駄に大きな脂肪の塊に決まってるじゃない。本当は分かっているんでしょう?」

「ちょ、調子に乗ってすみませんでした!」

 

 結衣は一瞬で雪乃に頭を下げ、それを見た戸部は、雪乃の背後から、

ドス黒いオーラが出ているような気がした為、焦ったように次のアナウンスをした。

 

「次は我が校の誇るツインクイーン、氷の……えっ、明日奈さん、これマジで読むの?

あっ、はい、分かりました……氷の女王と、獄炎の女王だぁ!」

 

 戸部は明日奈に睨まれ、ヤケクソになって渡されたメモを読み上げた。

その瞬間、雪乃と優美子はジロッと戸部を睨んだのだが、その視線を受けた戸部は、

その場から逃げたい気持ちを何とか抑え、二人にそっと囁いた。

 

「明日奈さんが怖いんだからしゃーないっしょ……それにこれ、ヒキタニ君の為だべ?

二人とも、しゃっす!しゃっすしゃっす!」

 

 二人は、未だにフリーズしたままの八幡の姿をチラッと見ると、次に互いに睨み合った。

 

「仕方ないわね、言っておくけどここは引かないわよ。絶対に負けないわ」

「あーしも全力でいくかんね」

 

 二人はライバル意識をむき出しにし、八幡の下へと歩いていった。

薔薇と結衣のパフォーマンスで盛り上がっていた者達は、それを見て一瞬で沈黙した。

先手を取ったのは優美子だった。優美子は、いきなり八幡の足に自分の足を絡ませると、

全身を使い、八幡に熱い抱擁をした。その二人の姿は思ったよりも似合っており、

周囲の者達は改めて、八幡の見た目が実は整っていた事に気付かされた。

 

「なんか似合ってるな……」

「さっきから思ってたけど、三浦さん、いつの間に比企谷君と仲良くなったんだろ」

「比企谷君、さっきからモテモテじゃない?でも確かによく見ると、格好良いかも……」

 

 優美子はただ自分の欲望に忠実に振舞っただけだったのだが、

高校の時の二人の関係とのギャップもあるのだろう、八幡に対する周囲の評価を、

本人も意図しないまま劇的に改善する事に成功した。

一方その周囲の反応を敏感に感じ取った雪乃は、自分も何かパフォーマンスをしつつ、

八幡のフォローをしなくてはと考えた。私は何をすべきだろう……私の特性は……

 

(切れ味鋭い発言、そして並ぶ者が無い、猫の知識)

 

 実際にはただの毒舌な上、猫好きは趣味でしかないのだが、

雪乃はそんな事は露とも考えず、その思考に忠実に行動した。

 

「にゃ……にゃぁ……」

 

 雪乃は恥じらいながらも、必死ににゃぁにゃぁ言いながら八幡の腕にすがりつくと、

いきなり八幡の耳をカリッとかじった。その瞬間に八幡の意識が覚醒し、

八幡はぎょっとした顔で雪乃の方を向き、その顔をまじまじと見つめた。

その顔の近さに驚いた雪乃は、咄嗟に八幡の頬に自分の頬を擦り付けながら正面を向き、

この展開に付いていけずに棒立ち状態の、ゆっこと遥に向けて言った。

 

「ど、どう?私達の中心にいる彼は、こんなに女の子にモテるんだ……にゃん」

 

 その瞬間、場の空気が完全に固まった。八幡ですら固まった。

唯一明日奈だけが、よくやったわね雪乃、また一つ自分の殻を破ったわね、

とでも言いたいのか(あくまで他人から見た感想である)雪乃に対し、親指を立てていた。

周りの者達は呆気に取られつつも、口々に囁きだした。

 

「雪ノ下さんってああいうキャラじゃないよね?」

「ああ、絶対に違う。要するにあの変化は全て、比企谷のせいって事か?」

「すげぇ、比企谷君は、比企谷さんだったのか……」

 

(お前はどこの戸部だよ)

 

 八幡は内心でその男子生徒にそう突っ込むと、改めて左右の二人に話し掛けた。

 

「おいお前ら、一体何が起こってるんだ?」

「エルザさんが、あなたの凄さをあの人達に知らしめようって言うから」

「それが何でこうなる」

「タイプの違う色々な女性にモテる男って、すごいって思うでしょ?って言ってたし」

「エルザめ……」

 

 八幡は、非難を込めた瞳でじろっとエルザを見た。

エルザは、その視線はご褒美ですとでも言いたいのか、ゾクゾクとしたような、

恍惚な表情を見せた後に、次は真打ち登場だよと宣言し、明日奈と二人で前に出た。

それを見た雪乃と優美子は後ろに下がり、代わりに明日奈とエルザが八幡の横に立った。

 

「おいエルザ、お前ドSじゃなかったのかよ、何だその表情は」

「えっと……八幡限定?」

「この変態が……で、明日奈、これから何をするつもりだ?」

「即興のパフォーマンスだよ」

「うんとね、明日奈がよくカラオケで、私の曲を振り付きで歌ってるって聞いたからさ~」

「お、そうなのか?今度見せてくれよ……って違う、おい、お前らまさか……」

「せっかく私がいるんだし、八幡が芸能人にもモテるって事も、

あの二人に教え込んでやらないといけないでしょ?戸部君、ミュージック、スタート!」

 

 そのエルザの合図で、戸部が店の人に何かを頼み、

次の瞬間店内に、大音量で神崎エルザの曲が流れ始めたのだった。



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第213話 そして新たな局面の扉が開く 

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


 神崎エルザは基本的に、テレビ出演の仕事は全て断っている。

雑誌等の取材を受ける場合も、基本的にほとんど顔を出す事は無い。

これは、『ミステリアスな方が、話題になるでしょ?』という、本人の方針のせいでもある。

この方針のせいで、神崎エルザの顔を見る事が出来るのは、公式PVのみなのであった。

その為か、この場にいる者達の中で、神埼エルザの顔を、

はっきりとこの顔だと認識している者は、まったくいなかった。

いきなり店内に神崎エルザの曲が流れ出した時も、ほとんどの者のイメージは、

『あ、この曲って、今話題になっている曲だ』くらいの認識であった。

 

「これって、神崎エルザの新曲だよね?」

「PVが超格好良かったよね~」

 

 最初はそんな月並みな感想を並べていた聴衆達は、

明日奈とエルザがいきなり二人で歌いながら踊りだした為、そちらへと注目した。

 

「……あの二人、何かすごくない?」

「あの比企谷の彼女だっていう明日奈って子、

時々振り付けを間違えるけど、動きのキレがすげえ……」

「それよりもあの隣の子がすげーんだって、ほら、このPVと寸分たがわ……え?あれ?」

「おい、どうした?」

 

 スマホを操作し、神崎エルザのPVの画面を呼び出し、

それと二人の姿を見比べていた者が、突然疑問の声を上げた。

隣に立っていた者が、そのスマホの画面を覗き込みながら、呆然と呟いた。

 

「おい……これ……」

「だよな……それじゃあの子はまさか……」

「「ほ、本物!?」」

 

 そう同時に叫んだ二人に、当然注目が集まった。

周りの者達も次々とスマホを取り出し、同じようにPVとエルザの姿を見比べ始めた。

 

「さっきから思ってたけど、あの子の歌声って、完全に曲とシンクロしてるよね?」

「むしろ、同じ声にしか聞こえなくね?」

「って事はやっぱり……本物?」

「本物の神崎エルザだ!」

「まじか!」

「うおおおおおおおおお」

 

 場は熱狂し、そこはさながらライブハウスのような状態になった。

エルザは場を盛り上げつつも、明日奈が決して埋没しないように、

上手に明日奈の姿もクローズアップしていた。

明日奈は明日奈で、エルザに負けないパフォーマンスと、綺麗な歌声を披露しており、

観衆は二人の姿に魅せられ、曲が終わった後も、二人の姿から目が離せなかった。

 

「エルザは当然だが、明日奈もすごいな……」

 

 曲が終わった後、八幡は、そんな二人の姿を見て呆然と呟いた。

そんな八幡に駆け寄った明日奈は、いきなり八幡の唇を奪った。

周囲から黄色い声が上がったが、明日奈はそんな事は気にせず、

思う存分に八幡の唇を貪っており、八幡は少し面食らいつつも、

黙ってそのまま明日奈の行為を受け入れた。

 

「ふう、ごちそうさま」

「おい明日奈、実はお前、少しやりすぎたって後悔してたんじゃないのか?」

「まあ確かに、他の人が八幡君にくっついてる姿を見て少し妬けたけど、

その分はちゃんと今回収したから大丈夫だよ。八幡君の唇は私だけのものだしね」

「お前、真顔であんまり恥ずかしい事を言うなよ……」

 

 八幡は羞恥で顔を真っ赤にしたが、そんな二人の姿を見たエルザは、

とても羨ましそうに明日奈に訴えた。

 

「明日奈、ご褒美!私にもご褒美をプリーズ!」

「あ、そうだね、それじゃあえっと、『ほっぺにちゅう』でいい?」

「やったー!ありがとう!」

 

 そうお礼を言い、喜び勇んで八幡の頬にキスをしようとしたエルザを、

明日奈が黙って制止した。

 

「え?あれ?」

「違う違う、さあエルザ、八幡君に頬を向けてみて?」

「あっ!」

 

 その意図を一瞬で理解したエルザは、ドキドキしながら八幡に頬を向けた。

 

「え……まじでやるの?」

「臣下に褒美をあげるのは、王の責務でしょ?」

「何だその理論は……」

 

 そう言いながらも八幡は、明日奈からのプレッシャーに耐えられず、

黙ってエルザの頬にキスをした。その瞬間にエルザは、恍惚とした顔で引っくり返った。

 

「きゅぅ……」

「お、おいエルザ、どうした?」

 

 どうやらエルザは、興奮しすぎるとこうやって気絶してしまうらしい。

そう思った八幡はエルザを抱え上げ、ソファーに寝かせると、

今後GGOでは、エルザをあまり興奮させすぎないように気を付けないといけないなと、

心のメモ帳に記載した。余談ではあるが、第二回スクワッド・ジャムで、

ピトフーイがレンとの絡みで気絶した時の出来事が、まさにこれに当たる。

そんな時、雪乃、結衣、優美子、アルゴ、薔薇の五人が、焦ったように明日奈に言った。

 

「私へのご褒美はその……無いのかしら」

「あ、あたしにもその、何か……」

「あーしもせっかくだから、一応……」

「それじゃあオレっちも便乗してみるカ」

「この唯一の機会を逃す訳には!」

「あ~……それじゃ八幡君、お願い」

「え……おい、お前らな……」

 

 八幡はそう言いつつも、五人からのプレッシャーに耐えられず、

順番に五人の頬にキスをした。自分の意思では無いにしろ、いかに押しに弱い八幡とは言え、

周囲から見ると、これはさすがにとんでもないハーレム野郎であった。

だが周りを囲む者達は、ただ熱狂していただけで、

八幡に対し、特に悪い感情をぶつけようとはしなかった。

これは先ほど八幡が、ゆっこと遥に対し、悪口のような事や感情的な反論等を一切せず、

話し合いをしようと謙虚に努力していた姿を、皆が見ていた為だった。

さらに言えば八幡は、俺ってモテるだろ?といった類の事は一言たりとも言わず、

基本女性相手だと、昔と変わらずおどおどとしていた所が好感触だったのも間違いない。

周りの者達は、そんな八幡の姿に業を煮やした女性陣が暴走した為こうなったのだと、

きちんと理解してくれていたのだった。

 

「さて、で、誰が負け犬だって?」

 

 明日奈は、戻ってきた八幡と腕を組みながら、ゆっこと遥に言った。

周りの者達はもう、八幡を馬鹿にする気は一切無かった。

かつては八幡批判の急先鋒であった相模ですら、あの体たらくなのである。

ただ何となく噂を聞いただけで、八幡への悪いイメージを持っていただけの、

かつての同窓生達にとっては、こうやって目に見える結果を見せつけられただけで、

判断材料としてはもう十分なのだった。

そもそもかつてのトップカーストが、全て八幡サイドに与しているのだ。

もはや八幡こそが、実質的な学年のトップなのだと、皆はそう思い始めていた。

一方のゆっこと遥だが、二人は有名な歌手すら臣下と言い切る明日奈を前に、

最初は何も言えなかった。二人の顔が、怒りと屈辱で真っ赤に染まるのを見て、

八幡は、相手にはまだ引く気は無さそうだと思い、どうしたものかと頭を悩ませ始めた。

 

(俺は別に、仲間さえいれば何も問題は無い訳だし、何を言われようが構わないんだが、

さすがにそれをここで言っても、何の解決にもならないよな……)

 

 先に口を開いたのは遥だった。

 

「女にモテるだけで、それが勝ち組だってどうして言えるの?

それを言ったら、ホストは全員勝ち組なの?おかしいでしょ。

私もゆっこも、もう既に一流企業に就職が内定しているわ。

大事なのは今後の将来設計であって、今モテるかどうかとか、そういう事じゃない!」

「お、そうなのか、それはおめでとうだな」

 

 突然八幡にそんな事を言われ、二人は面食らった。

その時いきなり店の入り口の扉が開き、乱入してくる者がいた。

その女性はこっそりと話を聞いていたのだろう、八幡の前に仁王立ちすると、

怒りをこめた口調でゆっこと遥に言った。

 

「いい加減に自分達が只のモブだって自覚したらどうですかね。

今の先輩の台詞、聞きましたか?あそこであの台詞が出る理由、分かってますか?

先輩はあなた方に何を言われようと、そんなの気にしてないんですよ。

何でかって?決まってるじゃないですか、先輩の人生にとってあなた達は、

何の価値も無い存在だからですよ。だから普通にあの台詞が出るんです」

 

 早口でそうまくし立てたのは、何を隠そう伝説の生徒会長、一色いろはだった。

いろはは、言ってやりましたよ先輩という風に、ドヤ顔で八幡に振り返った。

 

「お前、何でここにいるんだよ」

「え~?そんなの、同窓会の噂を聞いて、せめて終わったらご一緒しようかと、

ずっと機会を伺ってたからに決まってるじゃないですかぁ。

本当は最後まで我慢していようかと思ったんですけど、何ていうか、

先輩の大らかさに付け込むこのモブ達に、さすがにイライラが最高潮に達したっていうか、

あっ……もしかして、そうやって私を焦らすだけ焦らして、限界になった私を店内に入れて、

そこで盛大に私といちゃいちゃする所をこの二人に見せ付けようとしていたんですか?

そこまで深読みするのはさすがに無理だったので、今から改めてでいいですので、

是非その方向でお願いします!是非お願いします!ごめんなさい」

 

 そう言って頭を下げるいろはの姿に呆れたのか、八幡はいろはに言った。

 

「お前、よく昔から同じような事を何度も言ってたけど、

改めてちゃんと聞くと、全然断ってなかったのな……」

「もう、気付くのが遅いですよぉ、本当に先輩ったらぁ……」

 

 そう言って、しっかりと明日奈の許可を得た上で、

八幡に『ほっぺにちゅう』をしてもらい、ご満悦ないろはの姿を見て、場は更に混乱した。

 

「あれ、会長って確か、葉山君狙いだったんじゃ?」

「今の話だと、高校の時から比企谷の事が好きだったような」

「まじかよ……」

 

 そんな周囲の喧騒をよそに、八幡はアルゴと薔薇に質問をした。

 

「お前らが来た時から、もうこいつは外にいたのか?」

「ええ、確かにいたわよ」

「そうだな、確かにその時から、中の様子を仲良く一緒に伺ってたぞ」

「そういう事は早く言えよな……」

 

 そしていろはは、再びゆっこと遥に目をやると、八幡の顔を見ながら言った。 

 

「ところで先輩、今この人達が、就職云々の話をしてましたけど、

それを言ったら先輩だって、既に就職先は決まってますよね?」

「ん?ああ、『ソレイユ・コーポレーション』な」

「え?」

「あの急成長中の?」

 

 驚くゆっこと遥をよそに、いろはは尚も話を続けた。

 

「しかも入社直後から、もう部長待遇とか」

「詳しくは知らないが、そうらしいな」

「どうですか?今の言葉、聞きましたか?」

 

 いろはは、ドヤ顔で二人に向けて言った。二人は顔を青くしながら八幡に反論した。

 

「そんな事ある訳ないでしょう!私達ですら落ちたのに」

「あそこに採用されるのは、本当に一部の優秀な人だけなのよ。

あんたみたいな高校も卒業していないような奴が、簡単に入れる会社じゃないの!」

「あ、なるほど、受けたけど落ちたんですね」

 

 いろははそれを聞き、冷たい口調でそう言った。

 

「何よ、それくらい狭き門なのよ。それともその男の入社が決定している事を、

誰かが証明出来るの?あんたはその証拠でも見せてもらったの?」

「証拠っていうかですね……」

 

 いろはは、陽乃の話を出していいものか迷い、八幡の顔を見つめた。

八幡も困ったようにいろはの顔を見つめ返したが、その時アルゴと薔薇が前に進み出た。

二人は名刺を差し出すと、ゆっこと遥に自己紹介した。

 

「オレっちは、『ソレイユ・コーポレーション』のメディア対策部長の、アルゴだゾ」

「私は彼の秘書の薔薇と言います。証拠はここに」

「は?おい薔薇、お前いきなり何言っちゃってるの?」

「それはこれを」

 

 薔薇はもう一枚名刺を取り出すと、八幡に渡した。

その名刺には、『VR事業部部長、比企谷八幡』と書いてあり、

薔薇の名刺には、『VR事業部部長、比企谷八幡付秘書』の肩書きが書いてあった。

それには八幡だけじゃなく、他の者も仰天した。

 

「何だよこれ……」

「それくらいボスは、あなたが来るのを楽しみに待っているって事なのよ、分かるでしょ?」

「それにしてもこれは……」

「まあそれ、本当は正確じゃないみたいだけどナ」

「は?まだ何かあるのか?」

「その先は、この私が説明しちゃおっかなぁ」

 

 その時入り口の方から、八幡が今もっとも聞きたくなかった、

とある女性の声が響き渡った。その声の主が誰なのか理解した八幡は、愕然とアルゴを見た。

 

「だからさっき、『中の様子を仲良く一緒に伺ってた』って言っただロ?」

「あれってお前らと一緒にって事じゃないのかよ!説明はもっと正確にしろよ!」

 

 八幡のその叫びを聞き、ソファーに横になっていたエルザが覚醒した。

 

「え……何?」

 

 エルザはよたよたとこちらに歩み寄ると、八幡に言った。

 

「ごめん八幡、私、興奮のあまり意識が飛んじゃってた!で、今はどんな状況?」

「今は俺の、『ソレイユ・コーポレーション』への就職の話をしてたんだがな」

 

 そう言って八幡は、持っていた二枚の名刺をエルザに見せた。

 

「あ、この会社知ってる!すごいね、八幡ってここの部長なんだ!」

「いや、俺はSAOの帰還者用学校に通ってるだけの、ただの高校生だぞ」

「ほえ?じゃあこれは?」

「それを今からあの人が説明するらしい」

 

 その八幡の視線の先にいる女性を見たエルザは、背筋がぶるっと寒くなるのを感じた。

 

「だ、誰……?」

「魔王だ」

「魔王来たあああああああ!」

 

 エルザは大歓喜し、八幡はエルザが気を失わないように、慌ててエルザをなだめた。

その女性はエルザの前に来ると、自己紹介をした。

 

「初めまして、神崎エルザちゃん。私は彼の義理の姉の魔王というべき存在であり、

『ソレイユ・コーポレーション』の社長、雪ノ下陽乃だよ」

 

 陽乃が魔王を自称した事で、八幡も顔色を失ったのだった。



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第214話 魔王降臨と八幡伝説

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


 陽乃は何かを薔薇に渡すと、こちらに向かって真っ直ぐに近付いてきた。

ゆっこと遥は、新たに乱入してきたその人物の顔に見覚えがあった。

その人物は、先日二人の面接を行った、当の本人だったからである。

 

「二人とも、その節はどうも。まあ結果は残念なものだったけどね」

「あ、いえ……」

「ど、どうも……」

 

 社会的な地位を伴う人物の登場に、二人はそれまでとは打って変わったように、

大人しめの態度で挨拶を返した。だが内心は忸怩たるものがあったのだろう、

ゆっこはおずおずと、陽乃に質問をした。

 

「あの……先日はありがとうございました。でも、あの、

私達の何がいけなかったのか、差し支えが無かったら、教えて頂いても宜しいですか?」

「あら、随分と殊勝なのね、さっきまでの態度はどうしたの?」

「そ、それは……」

 

 言いよどむゆっこの姿を見て、陽乃は肩を竦めながら、しかりハッキリと言った。

 

「全部よ」

「え……?」

「だから、全部」

「で、でも……書類選考の段階では、結構いい感触だったような……」

 

 ゆっこはそんな事を言い出し、陽乃に食い下がったが、陽乃はあっさりとこう言った。

 

「ああ、それはね、あなた達が、ここにいる八幡君と同窓生だったからよ。

あなた達はね、自分達のまったく預かり知らぬ所で、

彼というコネに頼っていたって事なのよ、この意味が分かるかしら?」

 

 ゆっこと遥はその一言であっさりと打ちのめされた。さすがは魔王である。

 

「更にあなた達が面接で言ったのは、グローバルだのなんだの、

どこかで聞いたような事ばかり。そもそもグローバルって何よ、うちはソフト産業なのよ?

あなた達の言っている事は、ただの受け売りでしょう?

複数の国に跨る仕事をする?それとも人件費の安い国に、生産拠点を移す?

そういう事が必要な企業もあるでしょう。

でもそんな事、うちの会社にはまったく関係が無い。それなのにあなた達は、

そういった発言しか出来なかった。だからうちはあなた達を必要としなかった、

要するにそういう事よ、納得出来たかしら?」

「は、はい……」

「すみませんでした……」

 

 相手はまがりなりにも、急成長していると評判の企業のトップである。

ゆっこと遥に対抗出来る訳がない。だが、二人はその点については納得したようだが、

八幡の事については納得していないようだった。

 

「そ、それじゃあこの人はどうして……」

「ん?うちの次期社長に何か文句でも?」

「次期!?」

「社長!?」

「「「「「「「「「「ええええええええええええええええ」」」」」」」」」」

 

 あちこちから驚きの声が上がり、陽乃はきょとんとしながら周囲を眺めた。

 

「え?私今、何か変な事を言った?」

「姉さん、さすがに今のは唐突すぎると思うのだけれど……」

「え?そう?じゃあ雪乃ちゃんは反対なの?」

「いいえ、大賛成よ」

 

 雪乃もキッパリとそう言い切った。ゆっこと遥は開いた口が塞がらないようで、

少しでも落ち着こうと深呼吸をすると、何とか口を開いた。

 

「ど、どうしてこんな奴が……」

「そうですよ、何でよりによってこいつなんですか?」

「あら、あなた達はさっきから一体何を聞いていたの?その耳は飾りなの?

それともその耳は、脳に繋がっていないのかしら?」

 

 陽乃は呆れた顔でそう言った。

 

「あなた達は知らないかもしれないけど、八幡君はリスクヘッジにすごく長けている。

そしてその発想は、常に斜め上をいく。どんな状況でも決して諦めずに、二年間戦い続け、

そして最後の戦いでは……ゴドフリー、説明しなさい」

 

 いきなり指名されたゴドフリーは、まるでそうするのが当たり前だというように、

直立不動の姿勢になり、陽乃の命令に答え、話し始めた。

 

「ハッ!参謀は、人材を適材適所に配置し、敵すらも己の駒として使いこなし、

難関と言われた七十五層の戦いを、誰一人犠牲を出す事無く乗り切ったのであります!

そして同時に、隠れた敵の正体を、自らの危険を省みる事もなく暴き出し、

ついに我ら全員を、現実世界へと帰還せしめた功労者なのであります!」

 

 ゴドフリーは敬礼をしながら、一息にそう答えた。

 

「ハル姉さん、何でゴドフリーの名前を……」

「まあ八幡君、今はそれはいいじゃない。ゴドフリー、ご苦労様」

「ハッ、光栄であります!」

 

 そのゴドフリーの説明を満足そうに聞いた陽乃は、次に葉山を近くに呼んだ。

 

「ねえ隼人、随分八幡君と仲良くなったみたいじゃない」

「ああ、色々と話を聞いたし、比企谷の戦う姿を実際にこの目で見たからね。

それに俺と戸部も、比企谷と一緒に戦った仲間だからね」

「ここにいる人達が相手なら、隼人から説明された方が、

私が話すよりも説得力があるだろうから、それに至る経緯を知る限り全て話しなさい」

 

 八幡はその事までバラすつもりは無かったのだが、

陽乃が何も考え無しにこんな事を言い出すはずもないと思い、沈黙を守る事にした。

 

「……分かった。皆、SAO事件が終結したと思われた直後に発生した、

百人の未帰還者の事件は知っているか?」

「知ってるよ、葉山君!」

「あれって、解決までに二ヶ月くらいかかったよね?」

「それがどうしたの?」

 

 周りから口々にそんな声が上がり、葉山は満足そうに頷いた。

 

「世間には一切発表されていないが、それを解決したのがこの比企谷だ」

 

 周りの者達は、一瞬言葉の意味が理解出来ず、沈黙したが、

その意味が段々と理解出来るに連れ、徐々に周りから歓声が上がっていった。

 

「す、すげえ!」

「これって本物の英雄って奴じゃね?」

「比企谷君、高校の時は変な噂を信じたりして、本当にごめん!」

「参謀があの事件で残された者達を救ったのですか!?さすがですな!」

 

 葉山はその喧騒を受け、静まるようにとゼスチャーをすると、話を続けた。

 

「比企谷は最初、SAOの中で親しくなり、結婚までしたこの明日奈さんが、

未だに目覚めない事に焦っていた」

「け、結婚?」

「アルゴ部長、あの写真を画面に出して」

「ほいきたボス、すぐに出来るゾ」

 

 いつの間に用意したのか、店内のモニターに、八幡と明日奈の結婚写真が映された。

それを初めて見る者も、既に見た事がある者も、その二人の幸せそうな姿を見て、

何か感じる物があったようだ。

 

「素敵……」

「比企谷、この幸せ者!」

「いいなぁ……すごくお似合い……」

「これがゲームの中で撮影され、奇跡的にサルベージされた、その時の写真だ」

 

 葉山は軽く説明を加えると、更に話を続けた。

 

「犯人は、SAOのサーバーを管理していた会社の一社員だった。

比企谷はその事を、わずかな手がかりから突きとめると、

『アルヴヘイム・オンライン』というゲームの中で、その悪事を暴く手段を見つけ、

当時ゲーム内で殺し合いばかりしていた、

『アルヴヘイム・オンライン』のトッププレイヤー達の勢力を結集して戦いを挑み、

そしてついに、この明日奈さんの下へとたどり着き、彼女を解放する事に成功した。

そして現実世界に帰還すると、彼や明日奈さんの命を直接奪おうとしてきたその犯人を、

俺と戸部と三人で力を合わせてねじ伏せ、ついに事件を完全に解決する事に成功した。

これがあの事件の真実であり、その証人が俺と戸部って訳だ。納得してくれたかな?」

 

 その瞬間に大歓声が起こり、皆口々に、納得したぜ、とか、すごい、等の声が飛び交った。

八幡は羞恥からか、顔を赤くして下を向いており、

そんな八幡に、明日奈はそっと寄り添っていた。

 

「さて、彼らの口から真実が語られた所で、続きは私が説明するわ。

この二つの事件に共通する物は何か。

一つ、彼はどんな状況になっても決して諦めない。

一つ、彼は普段はだらしないように思われるが、実は目的意識を持った彼は勤勉である。

一つ、他人が苦手だと思われていたはずの彼には、意外なほどの交渉力が備わっている。

一つ、彼の下に、多くの仲間や彼を慕う者が集まっている事実から分かる、カリスマ性。

どう?彼以外に、誰に社長の座を譲れって言うの?まさに適格者だと思わない?」

 

 それを聞いたゆっこと遥は、今度こそ何も言えなかった。

明らかに自分達より下だと思っていた存在が、実は自分達よりも高みにいたという事実は、

彼女達の小さなプライドを粉々にへし折ったのだった。

もちろんそれで終わる陽乃では無い。この程度で魔王の名が冠せられる事は無い。

 

「ところでさ、あなた達が内定をもらった会社の社長さん達って、私の知り合いなんだけど」

 

 それを聞いた瞬間に、二人の顔は引き攣った。

その目に怯えの光が宿ったのを見て、陽乃は満足そうに言葉を続けた。

 

「まあ今回の事は、特に何も言わないでおいてあげるわ。

あなた達はあなた達に相応しい、小さな幸せを見付けなさい。

そして他の人達にも言っておくわ。薔薇、あれを」

「はい、ボス」

 

 薔薇は陽乃に促され、ビデオカメラを取り出した。

 

「このビデオカメラには、今の一部始終が撮影されているわ。

つまり、あなた達の顔は、バッチリこのカメラに記憶されている。

それがどういう事か、今見せてあげましょう。アルゴ部長、それじゃあこの子でお願い」

 

 陽乃はゆっこを指差し、アルゴは、心得たという風に、PCを操作し出した。

そしてすぐにゆっこの耳元で、ゆっこの個人情報を囁き始めた。

 

「……えっ?……嫌、嫌!……もうやめて、それ以上私の個人情報をバラさないで!」

 

 そのゆっこの言葉を聞き、こんな短い時間で、初めて会った者の個人情報を、

簡単に知る事が出来る、この少女は何者なのかと周りの者達は慄然とした。

 

「……という訳で、うちの会社の力をもってすれば、あなた達全員の個人情報を、

一瞬で全世界に拡散する事が可能よ。もっともここで見た事や聞いた事を、

他の誰にも喋らないと誓いさえすれば、もちろんそんな事はしないわ。

だから安心してくれていいけど、仮にその情報が、匿名掲示板だろうと何だろうと、

どこかの媒体に流れた瞬間に、ここにいる全員の個人情報が世界中に拡散され、

必ずその犯人には人生を終了してもらう用意がある事だけは、忘れないでね」

 

 その場にいる全員が顔を青くし、その陽乃の言葉にこくこくと頷いた。

唯一違う反応を見せたのはエルザだった。

エルザはびくんびくんと痙攣しながら、息も絶え絶えに八幡に話し掛けた。

 

「は、八幡、やっぱり魔王って、すごいエクスタシーだね!」

「エクスタシーって何だよ、黙れ、この変態が」

 

 その八幡の罵声を聞いた瞬間に、エルザは恍惚の表情に包まれ、意識を失った。

ゆっこと遥は、目に恐怖の色を浮かべながら、すごすごと逃げ出すようにその場を後にし、

その姿をニヤニヤしながら一瞥した陽乃は、八幡と明日奈の下に歩み寄ると、

一転して子供のような表情を見せ、明日奈に懇願した。

 

「明日奈ちゃん、事件を立派に解決した私を褒めて!」

「さすがハル姉さん、完璧な力押しだったね!」

「でしょでしょ?それじゃあその……私にもご褒美を、ご褒美を一つ……」

「だってよ、八幡君」

「あんたもそれが目的だったのかよ!」

 

 陽乃をあんた呼ばわりしつつも、仕方なく陽乃の頬にキスをした八幡と、

それに無邪気に喜ぶ陽乃の姿を見た者達は、八幡の凄さを嫌というほど味あわされ、

こうしてこの日の同窓会は、参加した者達の間で伝説となったのだった。



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第215話 相模南の過去と現在

さがみんの過去です。現在部分は流しぎみです。
彼女絡みの話は、三話に渡ってお送りします。

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


 相模南はクリスマスイベントの日、その様子を物陰からこっそりと見つめていた。

イベントの進行は、傍目に見ていてもとてもしっかりとした物で、

新しい生徒会長の一色いろはが、就任後に初めて企画進行をしたイベントとしては、

とても上手くいっているように見えた。

 

「まあ、うちが言うのも何だけど、体育祭の時と比べると、同じくらいの出来かな、でも」

 

 そう呟きながら南は、イベントが終わった後、とあるスタッフの姿をじっと見つめた。

体育祭に無くて、クリスマスイベントにある物……

それを一番端的に表していたのが、あの嫌みっぽいぼっち男、比企谷八幡の、

いかにもやり遂げたとでも言いたそうな、満足げな表情だった。

 

「あいつの事は今でも嫌い、大っ嫌い……でも……」

 

 そう言いながらも南は、いつの間にか涙を流していた。

 

「……もし文化祭で間違わなければ、あいつはうちにもあんな顔を見せてくれたのかな。

そしてうちも、あんな顔で笑えたのかな……」

 

 南は寂しそうにそう呟くと、ごしごしと涙をぬぐいながら、ぽつりと言った。

 

「帰ろ……」

 

 そして南はたった一人で、とぼとぼと家路についたのだった。

その少し後に事件は起こる。買い物に出かけていた南の元に、母から電話が入ったのだ。

南は帰りに何か買ってきて欲しいのかなと思いながら、のんびりと電話をとった。

電話の向こうの母は、最初は何を言っているのか分からないくらい錯乱していた。

 

「お、お母さん、何を言ってるのかよく分からないよ、とにかく落ち着いて!」

 

 その南の声に多少落ち着いたのか、母は南に早く帰ってくるように告げた。

そして可能ならスマホでニュースを見るように、そう言って母は電話を切った。

多少面倒臭いなと思いながら、南はニュースサイトをいくつか見てみたのだが、

どのニュースサイトもSAOの文字一色だった。

詳細を読んで、南は顔面蒼白となった。南の父、相模自由は、

顔に似合わず無類のゲーム好きであり、南は、今日発売の最新ゲームとやらを、

今朝自由が嬉しそうに開封していた光景を思い出し、

まさかと思いながら、自宅に戻る為に電車に飛び乗った。

電車の中でも乗客の話題はSAO一色であり、南は電車の速度が遅く感じ、焦っていた。

そして電車を降りた南は、走りに走り、やっと自宅へとたどり着いたのだが、

そこで待っていたのは、家の前に止まるパトカーの姿であった。

 

「お母さん!」

「南!お父さんが、お父さんが……」

 

 そして数時間後、自由は救急車で病院へと搬送され、南は眠れぬ夜を過ごす事となった。

そして次の日の朝のホームルームで、南は八幡がSAOに囚われたという事を知った。

 

「うちのお父さんと同じだ……」

 

 南はその事を誰にも言い出す事が出来ず、八幡の話に自由の姿を重ねてしまい、

他の者とは違った理由で涙を流していた。

そして数ヶ月後、南はクラスで孤立していた。自由の見舞いに行かなくてはならなかった為、

友達と遊びに出掛ける事がまったく無くなったせいだった。

 

「お父さんの馬鹿……お父さんのせいで、うちにはもう、

仲良くしてくれる友達なんか、一人もいなくなっちゃったよ……」

 

 その現在の境遇に、南はつい自由を恨むような事を考えてしまったりもした。

だが結局南は、自身の行動を変える事をせず、淡々と自由の見舞いを続けていた。

自分が見舞いに行かなくなったら、自由が死んでしまうかもしれない、

南は何となくそう信じ込み、孤立への道を自ら進んで歩んでいった。

そんな南に声を掛けた者がいた。結衣である。

 

「ねぇさがみん、もしかして、何か悩みでもあるの?

あたしで良かったら、話くらい聞くよ?」

 

 その結衣の気持ちは嬉しかったが、結衣とは八幡との一件以来、

少しぎくしゃくした関係になっていた為、南は後ろ髪を引かれながらもその話を断った。

 

「ううん、そんなんじゃないの。ありがとう、心配かけてごめんね」

 

 そんな南を相手に、だが結衣は一歩も引かなかった。

 

「それじゃあ、せめて一緒にさ、お昼ご飯、食べよ?」

 

 南が咄嗟に返事を出来ないでいると、結衣はそれを承諾と受け取ったのか、

南の手を引いて歩き出し、二人は奉仕部の部室に着いた。

 

「ゆきのん、お待たせ~!」

「えっと、お邪魔します……」

 

 雪乃は、結衣が連れてきた南の姿を見て目を丸くしたが、

一言も文句を言わずに南を受け入れた。南は少し居心地の悪さを覚えながらも、

何となく一緒に昼食を共にし、何となく八幡の事を二人に聞いてみた。

 

「あ、あの……最近比企谷の調子はどう?」

「そうね、まだずっと眠り続けているわね」

「ちっとも起きないんだよね」

 

 そう答えた二人の顔はとても穏やかであり、同じように父を失った自分とは、

根本的に何かが違うような気がした。南はそれを疑問に思い、二人に尋ねた。

 

「ねぇ、気のせいだったらごめんね、二人は比企谷の事、心配じゃないの?」

「心配よ」

「心配だよ!」

「あ……だよね、ごめん、変な事を聞いて」

 

 恐縮する南を見て、雪乃はポケットから何かを取り出し、

それを見た結衣も、同じようにバッグの中から何かを取り出した。

 

「それは……お揃いのシュシュ?」

「うん!あのね、ヒッキーから勝手にもらったの!」

「勝手に?どういう事?」

「実はこれ、比企谷君がね、私達へのクリスマスプレゼントとして、

密かに用意してあった物らしいのよ。それを発見した妹の小町さんから、先日受け取ったの」

 

 南は、あの八幡がそんな事をと少し驚いた。そして同時に別の疑問が沸いてきた。

 

「そうなんだ。でもそんな大事な物を、どうしてうちに見せたの?

うちは自分で言うのも何だけど、三人には沢山迷惑をかけちゃったから、

てっきり嫌われてると思ってたし……」

 

 その当然の疑問に、雪乃は笑顔でこう答えた。

 

「それはあなたが、例え内心はどうであろうと、

最初に比企谷君の事を心配して尋ねてくれたからよ。

そしてあなたが、私達があまり悲しんでいない事を疑問に思ったような顔をしていたから、

その理由を説明しなくてはと思ったの」

「あ……うちやっぱり、顔に出てたんだ……」

 

 南はその事を少し恥ずかしく思ったが、雪乃は気にせず、話を続けた。

 

「私達は、彼が戻ってくるまでこの場所を皆で守ろうって決めたの。

そのキッカケの一つが、このシュシュなのよ」

「私のが青で、ゆきのんのがピンクって不思議じゃない?さがみんはどう思う?」

 

 結衣が突然そんな事を言い出し、南は見て感じた印象を、素直に口に出した。

 

「確かに逆な気もする」

「だよね、でもこれがヒッキーの選択だからさ、だからヒッキーが戻ってきたら、

二人で泣きながら、このシュシュをつけた姿をヒッキーに見てもらおうって、そう決めたの」

「だからその日まで泣くのはやめにしたのよ。

私達が泣いていたら、彼は安心して戦えないと思うから」

 

 それを聞いた南は、二人は強いなと思いながら、

自分もこんな強さを持てるだろうかと、自分自身に問いかけた。

だが、その答えはすぐには出なかった。南はそれは諦め、代わりに二人に言った。

 

「あの……もし良かったら、比企谷の事、もっと教えて欲しい……」

 

 南は、彼と彼女達の交流がどんなものだったかを知る事で、

もしかしたら自分が強くなる為のヒントが得られるかもしれないと、そう考えたのだった。

二人はそれを快諾し、それから南は、奉仕部の部室でお昼を食べたり、

時には教室で、結衣に連れられ、優美子達のグループと一緒にお昼を食べる事となり、

南の完全なる孤立は避けられた。優美子や結衣に遊びに誘われる事もあったが、

南は病院行きを理由にそれを全て断った。意外にも優美子は、その南の態度に理解を示し、

決して南を仲間外れにしようとはしなかった為、南は優美子の事が少し好きになった。

そして一年とちょっとが過ぎ、八幡も自由も解放されないまま、南は卒業の時を迎えた。

 

「結局比企谷は、帰ってこなかったね」

「でも奉仕部は最後まで守れたから、これで胸を張ってヒッキーと再会出来るかな」

「そうね、後は彼の帰りを大学で待つだけね」

「全員合格出来て、本当に良かったね」

「うん!」

 

 南も何とか志望校に合格する事が出来ていた。

お昼の後、たまに雪乃に勉強を見てもらっていたのが幸いしたのだろう。

南は雪乃の事も、普通に接し続けてくれた結衣の事も、少し好きになっていた。

二人と一緒にいる事のメリットは他にもあった。

ゲームの進行状況を、リアルタイムで知る事が出来たからだ。

といってもその情報は、現在の最高到達層くらいなのだが、

それでも南にとっては、父の生還を信じる材料として、とても有用な情報であった。

そして父の事を考える時、南の脳裏には、自然と八幡の姿も浮かぶようになっていた。

そのせいで南は、八幡の事も少し好きになっていた。

こうして南は、ゆっこと遥とは疎遠になったが、代わりに色々な人達の事を少し好きになり、

そんな状態で高校生活を終える事となった。

 

 

 

 そして大学生活が始まり、南はまた一人になった。だが高校の時程の寂しさは無かった。

高校の時程、厳密にクラスが分かれている訳でも無く、

一人でいる事に、何の支障も不自然さも無かった為だ。

雪乃や結衣ともたまに連絡を取り、一緒に八幡の見舞いに行ったりもした。

たまに地元に戻った時は、一人で八幡の見舞いに行く事もあったが、

その時は驚く程の確率で、優美子と遭遇する事となった。

 

「あーしは学校がすぐ近くにあっからね」

 

 そう言い訳する優美子の顔は、どこか恥ずかしそうだった。

 

 

 

 そして更に数ヶ月の時が過ぎた。前の日に少し夜更かしをした為、南は少し寝不足で、

頭がまだぼ~っとしていた。昨日は結衣と少し長電話をしてしまったのだ。

南は昨日、結衣と電話で話した際、今の到達階層が七十五層らしいと教えてもらっており、

ゲームのクリアまではあと一年くらいかなと、漠然と考えていた。

そんな時、突然南の携帯が鳴った。南は眠い目を擦りながら、携帯を手に取った。

画面の表示を見ると、そこには母の名前が表示されていた。

 

「もしもしお母さん?こんな朝早くからどうしたの?」

「南、お父さんが……お父さんが……」

 

 そう聞いた南の心臓がドクンと音を立てた。まだクリアには早すぎる、

まさか、まさか……そう思った南の耳に、信じられない言葉が飛び込んできた。

 

「お父さんが、目を覚ましたわよ!」

「ほ、本当に?分かった、すぐ行く!」

 

 意識が一気に覚醒し、母に即座にそう答えた南は、病院へと急いだ。

病室へ飛び込むと、母の言葉通りに自由が目覚めており、嬉しそうにこちらを見ていた。

自由は寝ていた時の姿と比べて、かなり痩せたように見え、

南は少し心配になったが、その自由の目の光がしっかりとしたものだったので、

南は安心し、久しぶりに自由に声を掛けた。

 

「お帰りなさい、お父さん」

「ああ、ただいま南。お父さんな、南の顔がもう一度見たくて、頑張って生きて帰ったぞ」

 

 南はそれを聞き、そのまま自由の胸に飛び込むと、

恥も外聞も泣く、ただひたすら泣き続けた。

自由は南が泣きやむまで、ただひたすら南の頭をなで続けていた。

泣きやんだ南は自由に、何故七十五層で解放されたのかと尋ねた。

自由は言葉を濁し、詳しい状況については話してくれなかった。

どうやら中で、何か大変な出来事があったのかもしれない、

南はそう思い、いつか自由がその事を話してくれる時を、辛抱強く待つ事にした。

ただ、すぐに話してくれた事もいくつかあった。

自由のプレイヤーネームがゴドフリーである事、命を助けてくれた人がいる事、

その人の部下として戦い続け、最後は動けない状態にされたのだが、

その人とその仲間だけが罠を乗り越え、最後のボスに勝ってくれた事、

だから自分は今ここにいるのだと、自由はぽつぽつと、南に話してくれた。

自由は最後に、とても嬉しそうに、その恩人の名前をポツリと言った。

 

「そう、あの人達がいたから俺はここに戻ってこれた。

銀影のハチマン参謀、閃光のアスナ副団長、そして黒の剣士キリトと、投刃使いのネズハ、

この四人のおかげで、俺は……俺は……」

「お父さん、ちょっと待って!」

 

 その自由の言葉を聞いた南の心臓が、ドクンと音を立てた。

 

「ん?どうかしたのか?」

「そのハチマンって人の事なんだけど……」

「ん?何だ、参謀に興味があるのか?まさかお前、参謀の事が好きなのか?

まあそれも当然か、参謀はとても格好いいからな。だけど諦めろ、もう参謀には、

副団長という決まった相手がいるからな、あの二人は本当にお似合いだよ、ははははは」

「ちょっとお父さん、まだゲームの中にいるつもりなの?」

 

 南にそう言われ、我に返ったのか、自由は頭をかきながら言った。

 

「そうだったな、すまん。で、参謀がどうかしたのか?」

「あ、ううん、気のせいだったかも」

 

 そのハチマンというプレイヤーは、どうやらとても格好いいらしい。

そう聞いた南は、人違いなのかなぁと思い、それ以上自由に質問するのをやめた。

実際の所、誰も明言しなかっただけで、八幡のプレイヤーネームがハチマンだと言う事は、

雪乃も結衣も知っていたのだから、これは完全に運命のいたずらというべきものだった。

その次の日のテレビで、まだ戻ってこない人が百人ほどいるという報道があり、

それを見た自由はとても憤っていたようだ。

茅場が、茅場がと、自由は何度も製作者の名前を連呼していたらしいのだが、

それが最後のボスだと知らなかった南は、まあそれは製作者に文句を言いたくもなるよねと、

一般的な感想を抱いただけだった。

 

 

 

 そして二ヶ月後、事件はついに収束した。

自由の安否を確認した後、南はすぐに結衣に電話を掛け、八幡の安否も確認していた。

その百人には気の毒だが、自分にとってはまあ関係ないかと南は思っていたのだが、

完全に事件が収束したと聞き、南はやっと、本当の意味で安堵する事が出来た。

そこで会いに行けば良かったのだが、南は自由のリハビリの手伝いもあり、

八幡に会いにいくタイミングを、完全に逃してしまっていた。

 

 

 

 そしてまた一年の時が過ぎた。

今では自由もすっかり元気を取り戻し、前の職場に復帰して、頑張って働いていた。

全ての心配が無くなった南は、学校でもそれなりに友達を作る事に成功しており、

いつしか八幡の事を、あまり思い出さなくなっていた。そんな時、結衣から連絡があった。

それは今度、横の友達繋がりで同窓会もどきを開催する事になった為、

南も来ないかという誘いだった。

それを聞いた南の脳裏に、閃光のように八幡の姿が浮かび上がった。

これは、自由の話を確認するチャンスかもしれない。そう思った南は、少し遅れたが、

同窓会が開催されている店の扉を開け、そっと中に入った。

 

「は?英雄?何それ、誰かそれを証明出来るの?本人がそう言ってるだけじゃないの?」

「馬っ鹿じゃないの?こんな奴が英雄なら、私達だって、皆英雄よ」

 

 突然南の耳に、そんな聞き覚えのある声が聞こえた。ゆっこと遥の声だ。

そしてその内容を聞いた南は、まさに今、自分が聞きたかった事が話題にされていると思い、

その言い争いの中に思い切って飛び込み、おずおずと声を掛けた。

 

「あ、あの……」

「なんだ、南じゃない」

「いたんだ」

「ひ、久しぶり……」

 

 二人は南に対し、冷たい口調でそう言った。南が挨拶を返しても、完全に無視である。

だがそんな二人とは違い、予想外にも八幡が、自分から南に声を掛けてきてくれた。

 

「何だ相模か、久しぶりだな」

「う、うん、久しぶり」

 

 南はそれを嬉しく思い、八幡に挨拶を返した。

その後、自分の知る限りの事を話し、自由のプレイヤーネ-ムを告げた瞬間、

南は八幡の顔色が変わるのを見た。そして八幡の口から明日奈という名前が出た瞬間、

南は、自由の命を救ってくれたのが八幡なのだと確信し、

涙がこぼれそうになるのを必死に我慢した。

そしてすぐに自由を呼び出した南は、明日奈が到着したと聞き、

父の命を救ってくれたお礼を言おうとしたのだが、

その姿を見た南は、明日奈に対して何も言う事は出来なかった。

 

(すごい美人じゃない……)

 

 南はそう思い、八幡と明日奈の仲が良さそうな姿を、ただ羨ましそうに見つめていた。

そして自由が到着すると、自由はいきなり八幡に抱き付き、おいおいと泣き始めた。

 

(お父さん、すごく嬉しそう……)

 

 その姿を見て、他の者達からは気付かれないままひっそりと、南も涙を流していた。

その後南はエルザの提案で、何故か八幡に抱きつく事になり、

八幡にお礼を言うと同時に、八幡の頬にキスをして、SAO事件の真実を知った。

そして今目の前で、ゆっこと遥がこそこそと逃げ帰ろうとしている。

かつては確かに友達だったはずなのだが、南はその姿に、今はもう何も感じなかった。

そしてその後、陽乃から提案があり、SAOサバイバー同士、積もる話もあるだろうと、

八幡、明日奈、自由の三人が別の店に移動する事になり、

南とエルザと陽乃が、何故かそれに付き合う事になったのだった。



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第216話 常識を超える男

エピローグが一話だけとは誰も言っていない!
すみません作者がアレなので、当然エピローグは一話じゃ終わりませんでした……

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「今日は久々に、参謀らしい権謀術数の限りを尽くす姿を見れて、とても良い日でした」

「いや、俺は何もしてな……」

「はっはっは、謙虚な所もさすがですな」

「いや、だから俺は何も……」

 

 場が落ち着いた後、ゴドフリーは、とても嬉しそうに八幡をベタ褒めしていた。

どうやら八幡が何を言おうと、それを全て肯定的に受け取ってしまうようだ。

 

(お父さん、比企谷の事が好きすぎでしょ……)

 

 南は内心でそう思い、父のその態度に若干引いた。

 

「儂同様、南も参謀の事が大好きみたいですからな、

これからもうちの南を宜しくお願いします、参謀」

「ひょえっ!?」

「どうした南、変な声を出して」

「う、ううん、何でも無い」

 

(私をお父さんと同列に扱わないで!でもまあ、今は確かにほんの少しは好きだけどさ)

 

 南はそう思い、改めて八幡の方を向くと、ペコリと頭を下げた。

八幡はその南の態度に戸惑いつつ、ゴドフリーにこう答えた。

 

「まあそう言われても、俺と相模にはまったく接点が無いからな、

こういう場でしか会う事も無いと思うが……まあその時は、普通に世間話でもしようぜ」

「あ、うん、比企谷が嫌じゃなければ」

「別に嫌じゃないさ、お前はあの、ゆっことか遥とかいう連中とは違うだろ」

「うん、さすがにあれと一緒にはされたくないというか、ああはなりたくないかも」

「ははっ、お前も中々言うよな」

 

(でも、昔のうちも、傍から見るとあんな感じに見えてたんだろうなぁ……はぁ……)

 

 内心そんな事を考え、少し落ち込む南をよそに、八幡は、尚もゴドフリーと会話を続けた。

 

「ところでゴドフリー、これからどうするんだ?」

「そうですな、特に用事は無いんですが、儂がこのままここにいるのも場違いですし、

とりあえず一度帰って、南から連絡があったらまた迎えに来ようかと」

「なるほど、それじゃあ相模、せっかくだから俺達と世間話でもするか」

「あ、う、うん」

 

 少し沈んだ顔で、それでも精一杯笑顔を作り、そう答えた南を見て、

いきなり陽乃がゴドフリーに声を掛けた。

 

「ゴドフリーさんは、すぐに帰らなくてはいけないという訳ではないんですよね?」

「ええ、まあそうですな」

「なるほど……隼人、ちょっといい?」

 

 陽乃は葉山を呼び、いきなりこう宣言した。

 

「陽乃さん、何か?」

「隼人、八幡君と明日奈ちゃんと南ちゃんを、しばらく借りるわよ」

「……理由を聞いても?」

「積もる話もあるだろうから、その三人と私とゴドフリーさんと、

後はここに置いておく訳にもいかないから、エルザちゃんも一緒に、別の店に一時避難をね」

「なるほど、そうだね、それがいいかもしれない」

 

 葉山はその説明を聞き、納得したようにそう答えた。

ゴドフリーも、八幡や明日奈とはまだ話し足りないようで、嬉しそうにそれを承諾した。

南は、何で私もと戸惑いながらも、特に反対の意思を示そうとはしなかった。

 

「それじゃ八幡君、あなたがこの子の保護者なんだから、エルザちゃんを運んで頂戴」

「今、ものすごく嫌な決め付けをされた気が……」

「違うの?」

「いえ……まあ俺に責任がありますよね。しかし……なぁ明日奈、変態って染らないよな?」

「ど、どうだろう……」

 

 明日奈はそう言いながら、逃げるように一歩下がろうとしたのだが、

八幡は、絶対に逃がさんと言わんばかりに、素早く明日奈の手を掴んだ。

 

「ちょ、やめて、変態が染っちゃう!」

「大丈夫、自分の彼女が多少変態になっても、俺は気にしない」

「比企谷、その発言はちょっと引くわ……」

「はっはっは、参謀は相変わらず懐が広いですな」

「お父さんは、比企谷の事が好きすぎだから!」

 

 南は黙っていられなくなったのか、そう絶叫した。

それに苦笑した八幡は、そのまま黙ってその場に腰を下ろし、

明日奈も何だかんだ言いながらも、その八幡の背中にエルザを乗せようとした。

 

「儂も手伝いますぞ、副団長」

「あ、うん、ありがとうゴドフリー」

 

 こうして無事にエルザを店から連れ出した一行は、

そのまま店を出て、八幡の車が停めてある駐車場へと向かった。

八幡と明日奈は、エルザを後部座席に寝かせると、陽乃にどこへ行くのかを確認した。

 

「場所は了解しました。ところでハル姉さん達は、何で移動するんですか?」

「これ」

「……これは?」

「あっ、これ、うちのギルドのエンブレムじゃない」

 

 陽乃が八幡に見せたのは、ヴァルハラ・リゾートのエンブレムの形をした、

小型のマイクのような物だった。

 

「なんか通信機みたいな」

「その通りよ、それはあなたが持っていなさい。まあ、いつか役にたつ時もあるでしょう。

あ、私の分は別にあるから、気にしなくていいからね」

「……これはどう使えば?」

「それに向かって呼びかけると、キットが来てくれるわ」

「おお……」

 

 八幡は、そういった未来的なシステムが大好きだったので、

わくわくしながら、その通信機に向かって呼びかけた。

 

「おいキット、聞こえるか?今俺のいる場所に、すぐに来てくれ」

「了解しました、八幡」

 

 マイクを通してキットの声が聞こえ、八幡は、まだかなまだかなと、

まるで子供のようにぶつぶつ言いながら、きょろきょろと辺りを見回した。

 

「……ねえ明日奈さん、比企谷は何をやってるの?」

「えっとね、もうすぐ相模さん達の乗る車が、ここに来てくれるんだよ」

「そうなんだ」

 

 南は、外人の運転手でも雇ってあるのかなと思いながら、同じように辺りを見回した。

そして遠くから、黒くて派手なスポーツカーが近付いてくるのを見つけた南は、

あれかなと思いながら車の運転席を見た。だがそこには誰も乗っていない。

 

「ひっ」

「どうした相模」

「あ、あの車……勝手に動いてる……」

 

 南の指差す先に、キットを見つけた八幡は、嬉しそうにキットに手を振った。

 

「お~いキット、ここだここだ!」

『久しぶりですね、八幡』

「キット、久しぶり!」

『久しぶりです、明日奈』

「く、車が喋った!?」

 

 もしかして、車の幽霊?と、ビクビクしていた南は、そのやり取りを見て驚愕した。

そしてゴドフリーは、キットを見ると、わなわなと震えだした。

 

「こ、これはまさか……」

「お、ゴドフリーは、キットの事を知ってるのか?もしかして、子供の頃に見てたか?」

「当然ですぞ、大ファンです!」

 

 ゴドフリーは、興奮ぎみにそう叫んだ。

 

「そうかそうか、これが現代に蘇った、あのキットだ」

「おおおおお、さすがは参謀、一生付いていきます!」

 

 南は呆然としながら、その光景を眺めていた。

今日初めて知った、今の八幡を取り巻く環境は、ことごとく南の常識を超えていた。

そんな南の残ったわずかな常識が作用したのだろうか、南はぽつりと八幡に言った。

 

「ねぇ、これ、道交法とか大丈夫なの?」

「あ……いや、あれ、確か最近大丈夫になったんだったか?」

「そうね、自動運転に対応する為、最近道交法が改正されたから、今はもう問題は無いわ」

「あ、そうなんですか」

 

 南はその説明にとりあえず納得し、八幡の周囲はこういうものなのだと、

諦めにも似た気持ちで現実を受け入れた。

そして陽乃と相模父娘はキットに乗り込み、八幡と明日奈も八幡の車に乗り込み、

二台の車は、陽乃が予約を入れた、個室完備の店へと向かった。

そして店に着くと、八幡はエルザの頬をペチペチと叩き、エルザを起こそうとした。

 

「うう~ん、シャナ、もっとぉ」

 

 それを聞いた瞬間、八幡は、とても嫌そうな顔をして明日奈に言った。

 

「明日奈、頼む」

 

 明日奈はそれを聞いた瞬間、ぶんぶんと首を振ったのだが、そのときエルザがこう呟いた。

 

「ほらぁ、シズもこっちに来て、一緒にシャナに罵声を浴びせてもらおう」

「い、嫌あああああああ!」

 

 明日奈はそれを聞いた瞬間に、エルザの頬を引っ叩いた。

そのおかげでエルザは覚醒し、そんなエルザに八幡が事情を話し、

一行はやっと店内へと入る事が出来た。

 

「ふう……何とか落ち着けたか……」

「参謀、お疲れですな!」

「まあ、あんな目に遭った後だからな……」

 

 八幡は、恨みのこもった目でエルザをちらっと見た。

エルザがそんな八幡に親指を立ててきた為、八幡はため息をつきながらエルザに言った。

 

「俺はああいうのは、別に望んでないんだが……」

「ええ~?だってだって、八幡が悪く言われるのは嫌だよ!」

 

 エルザがそう言いながら涙ぐんだのを見て、八幡は慌ててエルザをなだめた。

 

「す、すまん、俺の為に頑張ってくれたのに、今の言い方は無いよな。ありがとな、エルザ」

「う、うん」

 

 エルザは涙ぐんだまま八幡に頷き、下を向いた。

だが南は見てしまった。下を向いたエルザが、ニヤリとしながら舌を出す所を。

南は何か一言言うべきかと一瞬考えたのだが、

エルザが突然南の方を向き、とても魅力的な笑顔でウィンクをしてきた為、

南はクスリと笑うと、そのまま何も言わない事にした。

 

「まあいいじゃありませんか参謀。参謀がモテるのは、まったくもって事実なのですからな」

「いや、まあそうは言うがな、ゴド……っと、相模さん」

「私の事はゴドフリーでいいですぞ、参謀」

「まあ確かに、相模さんだと、相模とかぶるしな」

 

 そう言って八幡は、チラリと南の方を見た後、ゴドフリーに言った。

 

「ところでゴドフリーの本名は、何て言うんだ?」

「そういえば自己紹介をしていなかったですな。儂の本名は、相模自由と言います。

これからも末永く、宜しくお願いします」

「俺は比企谷八幡だ。こっちが、結城明日奈。

ついでにこちらが、俺の上司になる予定の雪ノ下陽乃さんで、これはおまけの神崎エルザな。

っと、こっちにも相模を紹介しないとか。こちらは相模南、俺の元同級生だ」

 

 八幡はそう全員の紹介をし、五人はそれぞれ会釈をした。

 

「ところでゴドフリー、フリーの部分は、自由って名前から来てるんだろうなって、

何となく分かるけど、ゴドの部分は何か意味があるの?」

「相模のガミの部分が神っぽいなと思って、ゴッド・フリー、から、ゴドフリーになったと、

まあ、そんなただの語呂合わせですぞ、副団長」

「なるほど、まあ本名でプレイしてた俺と明日奈に比べると、捻りがきいてるよな」

「いやいや、そのおかげで良い事もあったではありませんか」

「ん、何かあったか?」

 

 ゴドフリーのその言葉に、八幡と明日奈は首を傾げた。

 

「うちの南が、高校の同級生が参謀かもしれないと思ったのは、まさにそのおかげですぞ」

「あっ、確かにそうだね!」

「そう言われると、そうかもしれないな」

 

 三人は顔を見合わせ、楽しそうに笑い合った。

だが当の南は、高校の同級生という言葉が出た途端、体を固くした。

 

「ん、相模、どうかしたのか?何か悩みでもあるなら、俺で良ければ聞くぞ」

 

 そんな南の様子に気付いた八幡が、そう声を掛けた。南は何を言えばいいのか分からず、

無意識に救いを求めてか、きょろきょろと辺りを見回した。

そんな南に対し、陽乃が優しく話し掛けた。

 

「頑張りなさい。その為に、私はあなたをここに連れてきたんだから」

 

 その陽乃の言葉が、南の背中を押した。

 

「ねぇ比企谷、うちの話を聞いてくれる?」

「ああ」

「あのね、うち……うちね……」

「おう」

「昔の事を、今ここであんたに謝りたいの!」

 

 八幡は、その予想外の言葉に面食らった。それは自由も同じだったようだ。

 

「お、おい南、それはどういう……」

「お父さんにも、せっかくだから聞いて欲しいの。

うちが高校の時、どれだけ駄目な子だったのかを」

 

 その言葉を聞いた自由は、大人しく引き下がると、黙って腕を組み、

八幡は南の表情からその覚悟を見てとったのか、静かな口調で言った。

 

「分かった、それでお前の気が済むならいくらでも聞く」



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第217話 相模南は、星を掴んだ

相模南三部作?は、ここまでです。エピローグ自体はもうちょっと続きます。

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「お父さん、うち、高校二年の文化祭が終わった後から、

ずっと比企谷の悪口を、ある事ない事学校中に広めてたの」

 

 そう言った後、真っ直ぐに自分の目を見つめてくる南の顔を見て、自由は言った。

 

「……そうか、話を続けなさい、南」

「うん」

 

 そして南は深呼吸をした後、話を再開した。

 

「うちは高校一年の頃、クラスの中心にいたせいで、少し調子に乗ってたの。

でも二年になって、クラスの中心になったのは他の人だった。

うちは焦って文化祭の実行委員長に立候補したんだけど、まともに運営出来なくて、

結局仕事を全部他の人に押し付けて、最後の最後には逃げ出しちゃったの。

そんな私にハッキリと注意してくれたのは、比企谷だけだった。

あの頃の比企谷は、今なら良く分かるんだけど、とにかく自分を悪者にして、

他の人を助けようとする人だったから、その時の言い方は確かにひどい物だったけど、

言っている内容は正論だった。でもうちはその言葉に耳を貸す事もなく、

一方的に比企谷の事を恨んで、自分を被害者にして、それで自分の立場を守ろうとした、

本当に最低で最悪な人間だった。本当にごめんなさい」

 

 南はそう言って深々と頭を下げた。そんな南に八幡が声を掛けた。

 

「いやいや、でもお前、その後の体育祭の時は、前の失敗を反省して、

頑張って何とかしよう、何とかしようって頑張ってたじゃないかよ」

「でもあの時のうちは、結局あんたには一切謝ってない」

「それはまあそうかもだが……」

 

 南はその八幡の態度から、あの出来事は八幡の中では既に終わった話であり、

許す許さない等という問題ではないのだなと感じたのだが、

南はそれに甘えるのを良しとしなかった。出来る事ならハッキリと叱って欲しかった。

 

「さっきのゆっこと遥の姿が、きっと昔のうちの姿なんだと思う。

だからやっぱりうちは、あんたにちゃんと叱られたい。なぁなぁにしたくない。

そうじゃないと、これから先、うちはちゃんと前に進めない気がするの」

「いやいや、それでもお前、俺がいなくなった時に泣いてくれたんだろ?」

「あれは……あんたの姿がお父さんの姿と重なったから泣いただけで……」

「ほら、自分で言ってるじゃないか、『重なった』ってな。

それってつまり、俺の為にも泣いてくれたって事だろ?」

「え?」

 

 南はその八幡の言葉に意表を突かれた。当時の自分が何をどう考えたかは、

自分が一番理解しているつもりだったが、思えばあの時、自分はこう考えたはずだ。

ああ、比企谷『も』SAOに囚われたのだと。そこまで考えて南は、

あの時の自分が八幡の事も心配していたという事実に、今更ながら気が付いた。

 

「あ……」

「分かったか、お前は例え数パーセントだとしても、もう俺の為に泣いてくれてるんだよ。

それってもう、文化祭の時に俺に言われた事に対し、無意識に反省してたって事だろ。

それにあの時の事を言うなら、俺の言い方も適切だとは言えなかった、本当にごめんな」

「でも、うち、うちは……」

 

 中々次の言葉を発せられない南の姿を見て、横から自由が口を挟んだ。

 

「参謀、うちの南は確かに少し調子に乗る所があるので、罰は必要だと思いますぞ」

「そうは言ってもな……」

「罰の内容は参謀に任せますがな」

「丸投げかよ……」

 

 八幡は、困ったように明日奈の顔を見た。明日奈は、ただ黙って八幡に微笑んでいた。

 

「俺は別に、お前に何か罰が必要だとは思ってないんだが……」

「それじゃあ堂々巡りでしょ、いいからさっさと一思いにやりなさいよ!」

「逆ギレかよ……」

 

 その時八幡の視界にエルザの姿が映った。エルザは八幡の視線を感じ、

ん?と首を傾げたが、それを見た八幡の脳裏に、南を説得する為のアイデアが一つ浮かんだ。

 

「なぁ、自分から進んで罰を受けたいとか、お前もエルザと同じ変態なのか?」

 

 それを聞いた南はビシッと固まった。南は、ギギギという音が聞こえてくるような挙動で、

ゆっくりとエルザの方に顔を向けると、次の瞬間に、顔を真っ赤にして八幡に抗議した。

 

「やっぱりあんたなんか、大嫌い!」

「わ~い、仲間仲間!」

「う、うちはそういうんじゃないから!」

 

 エルザは南を仲間扱いし、南はさすがに有名人相手におかしな事は言えず、

困ったように手をわたわたさせた。八幡は、これで南も罰を受けたいとは言わないだろうと、

たかをくくっていたのだが、そんな八幡に南は言った。

 

「今のが罰?全然足りないわよ!もっと真面目に考えなさいよ!」

「まだ言うか……分かった、少し考えるから待ってろ、変態」

「ち、違うから!」

 

 抗議する南をよそに、八幡は腕を組み、しばらくの間う~んと唸っていたが、

どうやら何か思いついたようで、不意に真顔になり、じっと南の顔を見つめた。

 

「な、何よ」

「よし、決めた。俺の罰はかなりきついぞ、覚悟はいいか?」

「い、言っておくけど、えっちなのは駄目だからね」

「当たり前だろ……何を言ってるんだお前は……」

「ど、どうして当たり前なのよ!うちだって年頃の女の子なんだからね!」

「どっちだよ……まあいい、よし、言うぞ」

 

 八幡はそこで一呼吸置くと、南にこう宣言した。

 

「お前さっき、俺の事を大嫌いって言っただろう?お前はこれから、そんな俺と友達になれ。

期間は一生だ。お前は大嫌いな俺と、強制的にずっと友達で居続けないといけないという、

苦痛に満ちた人生を送らなくてはいけなくなる。これが俺がお前に与えるもっとも重い罰だ」

「なっ……何よそれ!」

「どうだ、きついだろ?全てお前が言い出した事だ、諦めろ」

「それのどこが罰なのよ!」

「罰の内容は、絶対に変えないからな」

「そ、そんなの……」

 

 南は罰じゃないと言おうとして、言葉に詰まった。

八幡がとても優しい目をしていたからだった。

南が自由を見ると、自由はにこにこと南に頷いており、

明日奈や陽乃、そしてエルザでさえも、南の事をニコニコと見つめていた。

南は泣きそうになるのをぐっと我慢し、八幡に頭を下げた。

 

「うちは喜んでその罰を受け入れます。これから末永く、友達として宜しくお願いします」

 

 こうして南は、その八幡の罰を受ける事となり、

こうして高校の時からの八幡と南の間のわだかまりも、完全に解消する事となったのだった。

 

「よし、それじゃあこの話は終わりだ」

「待って、私からも少しだけ、話、いい?」

「ん?」

 

 南はそう言うと、ぽつぽつと、八幡がいなくなった後の事を話し始めた。

 

「あんたがいなくなってから、うちはお父さんのお見舞いもあって、

誰とも遊びに行く事が無くなって、クラス内で完全に孤立してた。

でもそんなうちに、結衣ちゃんが最初に声を掛けてくれて、

雪ノ下さんと三人でご飯を食べるようになった。

そして二人はうちに、色々とあんたのとの思い出を話してくれた。

そしてその流れでうちは、たまに三浦さん達のグループにも混ぜてもらえる事になった。

うちは、相変わらず放課後の遊びの誘いとかをずっと断り続けてたけど、

三浦さんは、決してうちを仲間外れにしようとはしなかった。

だからうち、あの三人の事はちょっと好き。あんたの事は嫌いだったけど、

でもお父さんの事を考える時、必ずセットであんたの事が頭に浮かんだ。

だから、今ではあんたの事も、ほんのちょっとだけ好き」

「そうか……あいつらがな」

 

 八幡は、感じ入ったようにそう呟いた。

 

「本当の本当に、ちょっとだけだからね!」

 

 南は顔を赤くして、八幡にそう念押しした。八幡は平然とした顔で、南にこう言った。

 

「まあ三人とも、俺の自慢の仲間だからな」

「……それはちょっと羨ましいかも」

 

 八幡の自慢げな顔を見て、南はぼそっとそう言った。

そんな南の様子をじっくりと観察していた陽乃が、いきなりこう言った。

 

「うん、合格!」

「え?あ、あの……何がですか?」

 

 陽乃はその南の問いには答えず、懐から名刺を取り出し、そこに何か書き加えると、

その名刺を、スッと南に差し出した。

 

「はいこれ、私の名刺。これを見たら、必ず私に連絡を繋ぐように書いておいたから」

「えっ、えっ」

「確かに昔のあなたは、とんでもなく鼻持ちならない、

色々と勘違いした子だったのを覚えてるけど」

「文化祭の時は、色々とすみませんでした……」

 

 陽乃にそう言われ、南は昔の事を思い出しながらそう謝った。

だが次に陽乃が言ったのは、まったく予想外の台詞だった。

 

「でも、生まれ変わった今のあなたは、必ず八幡君の役にたつ。

元々優秀なはずだしね、なんたってあそこは、私の母校でもあるんだから。

で、話はここからだけど、南ちゃん、あなた、大学を卒業したら、

うちの会社に来て、八幡君の下で働きなさい。

この名刺を持って会社に来れば、即採用するように人事には言っておくから」

「え?ええっ!?」

「別に強制はしないわ。でもこれはあなたにとって、多分人生のターニングポイントよ。

普通に他の会社に就職して平凡な人生を送るか、それとも彼や、ここにいる皆と共に歩み、

波乱に満ちた人生を送るか、自分自身でよく考えなさい」

「う、うち……うちは……」

 

 南はそう言いながら、周りの者達の顔をぐるっと見渡した。

八幡と明日奈は南に頷き、エルザは羨ましそうに南を見ていた。

自由は声を出さずに涙を流していた。それを見て南の腹は決まった。

 

「うち、これからは、比企谷の部下になった時に役に立てるように、

大学ではそういう事を考えながら勉強をします。だから是非その話、受けさせて下さい」

 

 その言葉に周囲はわっと盛り上がり、こうして唐突ではあるが、

南の就職が内定する事となったのだった。

こうして相模南は、あの二人とは違い、自分自身に誠実である事で星を掴んだ。




そして明日、何かが起こる。


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第218話 お願い魔王様

斜め上はまだまだこれからです

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「まっ、魔王様!私の働きにも、何か褒美を下さいっっっ!」

 

 エルザが突然そう言いながら、陽乃の足にすがりついた。

その目は陽乃への尊敬に満ちており、キラキラと輝いていた。

陽乃は何も言わず、まるで飼い犬をなでるようにエルザの頭をなでながら、八幡に言った。

 

「そういえば八幡君、最近私の事を、魔王って呼ぶ人が増えている気がするんだけど、

一体誰のせいなのかしらね?」

「そっ……それはですね、親愛の情の発露とでも言いますか、

アレですよ、陽乃さんを称える俺の気持ちが、言葉になって溢れた結果というかですね……」

「あら、随分正直に自白するのね」

「ぐっ……」

 

 八幡は一瞬言い淀んだが、尚も反論を続けた。

 

「そもそも最近の日本では、魔王という言葉は、

必ずしもネガティブな意味だけを示す物では無いですよね?

それこそお茶の間に魔王がいたり、立派な為政者をやっていたり、

そのジャンルは多岐に渡り、それこそ多種多様です。

つまり俺が言いたいのは、魔王という言葉は、織田信長に代表されるように、

ただただ人の偉大さを表す言葉であり、だからこそ陽乃さんも、

自らが主催する女子会に魔王女子会と名付けたのであろうと、そう推察する訳であります」

「あれはただの、あなたへの当て付けなんだけど。あと日本語が変」

「ぐっ……」

 

 八幡は再び言い淀んだが、尚も反論を続け……なかった。

 

「本当にすみませんでした!」

 

 八幡は突然そう言うと、深々と頭を下げた。

それを見た陽乃は、何故か少し困った顔で八幡に言った。

 

「別に謝らなくてもいいのよ、私だって面白おかしく自称している面もある訳だしね。

ただ私は何となく思うのよ。世間では、ほとんど例外も無く、男も女も魔王扱いじゃない。

でもそれってどうなの?エリザベス女王様は、あくまで女王であって、国王とは言われない。

そう、つまり私の場合は、本来魔女王と呼ばれるべき存在なのではないかしら?」

「あんた、ずっと俺にプレッシャーをかけるが如く、思わせぶりな態度をとっておいて、

実際に考えてたのはそれかよ!」

 

 八幡はそう言って頭を抱え、陽乃はそれを見てケラケラと笑った。

どうやら陽乃は、八幡絡みで魔王と呼ばれる事についてはどうでもいいらしく、

ただ八幡をいじりたかっただけのようである。

 

「それで八幡君、この子の事だけど、どう思う?」

「う~ん……頑張ってくれたのは事実ですし、何かしら報いてやりたいとは思いますが」

「でも私、正直この子の事はよく知らないからねぇ」

 

 八幡は陽乃に頷き、重々しい口調で言った。

 

「変態なのは確かなんですが……」

「もう~それは褒めすぎだよぉ」

「こういう奴です」

「なるほど……」

 

 陽乃は胸の下で腕を組んで考え込んだ。その魔王クラスの胸を見たエルザは、

勢いよく陽乃に言った。

 

「魔王様!私もその、魔王クラスの胸が欲しいです!」

「牛乳飲め」

 

 八幡はそう即答し、陽乃は自分の胸を見ながら諭すようにエルザに言った。

 

「これは遺伝子の問題だから、私にどうこう出来る問題じゃないわね」

 

 エルザは身長も低く、細身の体つきをしている。

雪乃同様、ここから爆発的に胸が大きくなる可能性は低いと思われた。

 

「そっかぁ……」

 

 エルザはしょぼんとしながらそう呟いた。そんなエルザに八幡は言った。

 

「他に何か無いのか?」

 

 するとエルザは、パッと顔を輝かせ、八幡に言った。

 

「八幡の部下になりたい!」

 

 そんなエルザに、八幡は呆れた顔で言った。

 

「有名な歌手が何言ってんだよ。それにお前はもう、俺の自称下僕じゃないかよ」

「あ~、下僕から部下にランクダウンしちゃうよね……」

「お前の価値基準がまったく分からんのだが……」

 

 エルザのその考え方は、確かに一般人には理解不能であろう。

 

「それじゃあ、歌が上手くなりたい?」

「エルザさん、今でもすごく上手だよね?人気急上昇中な訳だし」

「そうだな、それでも不満なら、もっと練習しろ」

「うぅ……」

「あっ」

 

 その会話を聞いていた南が、何か思いついたようにそう叫んだ。

 

「あの、エルザさん、うちとその……握手してもらってもいいですか?」

「うん、いいよぉ!」

 

 南は嬉しそうにエルザの手を握り、それを見た周りの者達はほっこりした。

八幡もそれで落ち着いたのか、エルザにこう問いかけた。

 

「お前個人の願望とかそういうのは置いといて、

何かこう、漠然とでいいから、こうなったらいいなとか、困ってる事とかは無いのか?」

 

 それを聞いたエルザは、少し考えながら言った。

 

「う~ん、そういう話なら、最近ちょっと事務所と揉めてて、

独立したいかな~とは思うけど、それはさすがにどうしようもないじゃない?」

 

 そのエルザの何気ない一言を聞いた八幡と陽乃は、顔を見合わせた。

 

「……お前の事務所って、どこだ?」

「倉エージェンシーだよ~?今の社長はいい人なんだけど、

後継ぎの馬鹿が、何か私にご執心みたいで、会いたい会いたいって本当にうざいの」

「そうなのか。姉さん、何か聞いてますか?」

 

 八幡の言葉を受け、陽乃は少し考えながらこう口にした。

 

「確かに中堅クラスの事務所としては、頑張っていい仕事をしてきた会社だけど、

最近は、所属する女性アーティストからの評判が悪いという話は伝わってくるわね」

「それも多分そいつのせい!私の友達も言ってたもん!」

「なるほど、今の社長には特に含む所は無いんだな?」

「うん、今の社長はいい人だよ!」

「そうか……」

 

 八幡は、その辺りからどうにか出来ないものかと考え込んだが、

そんな八幡に明日奈が声を掛けた。

 

「ねぇ八幡君、私、多分その社長さんと会った事があるかも」

「そうなのか?」

「うん、かなり前に、お父さんに連れられて行ったパーティで紹介された事があるよ。

すごく温厚そうな人だった。あれ、でもそういえば……」

 

 明日奈は記憶を探るように、少し考え込むと、ハッとした顔で言った。

 

「あそこの息子さんもSAOサバイバーだって、今日の食事会の時に、

うちのお父さんが言ってたかも……そう、確かに倉さんの息子さんって言ってた。

最初は誰の事なのかよく思い出せなかったけど、

そうだそうだ、倉さんって、倉エージェンシーの社長さんの事だ。

あのね八幡君、後日お父さんから話があると思うんだけど、

その倉さんが、私達の事を知って、一度是非お礼が言いたいって言ってたよ」

 

 明日奈のその言葉に、一同は驚いた。

 

「それじゃあ、章三さんに倉さんを紹介してもらって、直接お願いすれば、

もしかしたら何とかなるのか……?」

「それだけだと少し弱いから、別の手土産も必要になるかもしれないわね」

 

 八幡と陽乃は、具体的にどうすればいいかを考え始めた。

 

「レクト、もしくはうちの会社で、倉エージェンシーと提携して、

ゲームのイメージソングを歌ってもらうとか」

「その辺りが無難な選択よね。エルザちゃんを失うリスクと天秤にかけても、

それなら十分あちらにリターンがあるはず」

「問題は、その息子とやらですね。そういう性格ならそいつが反対しそうですが」

「そもそも八幡君、その息子さんって、私達の知ってる人なのかな?

もし攻略組の人とかだったら、少しは話も出来るかもしれないよね」

 

 その明日奈の言葉を受け、八幡はエルザに尋ねた。

 

「エルザ、そいつが写ってる写真か何か、持ってないか?」

「え~?あんな馬鹿の写真、持ってない……あ、もしかして……」

 

 エルザは、何か思い出したように、自身のスマホを操作し出した。

そしてしばらくした後、目的の写真を見つけたのか、八幡に見せてきた。

 

「これこれ、この前会社主催のパーティで撮った写真なんだけど、

後ろに小さくあいつが写ってた。こいつなんだけど、見覚えあるかな?」

 

 八幡は、エルザからスマホを受け取り、その画面を覗き込んだ。

その男の顔を見た瞬間、八幡は一瞬固まったが、次の瞬間、深い深いため息をついた。

その八幡の顔が少し怖く感じられたエルザは、恐る恐る八幡に尋ねた。

 

「えっと……もしかして、やっぱり知り合いだった?」

「こいつを知り合いと表現していいのかどうか……おい、明日奈、ゴドフリー、

こいつの顔をよく見てみろ」

 

 そう言って八幡は、二人にスマホの画面を見せた。

それを見た明日奈は、嫌悪感で顔を歪め、ゴドフリーは怒りの表情を見せた。

陽乃は、そんな明日奈の顔を見たのは初めてだったので、驚いて明日奈に尋ねた。

 

「三人とも、一体どうしたの?その男は三人とどういう関係?」

 

 三人は直ぐにはそれには答えず、場は沈黙に包まれた。

 

「えっと……八……幡?」

 

 写真を見せた本人であるエルザが、八幡の顔を伺うように、そう尋ねると、

意外にも八幡は、笑顔でエルザに言った。

 

「おいエルザ、絶対にお前は独立させてやるからな。

こんな奴の下に、お前を置いておく訳にはいかない」

 

 そして即座に、明日奈とゴドフリーもそれに同意した。

 

「うん、まったくありえない。この人が次期社長?無理無理、絶対に潰そう。

確か優秀な弟さんがいたはずだから、その人に社長になってもらおう」

「久しぶりに反吐が出そうな気分になりましたな。まさかこいつとは」

 

 その言葉を聞いて、とまどう陽乃と南とエルザに、八幡は説明を始めた。

 

「こいつは元攻略組の裏切り者で、俺とゴドフリーを殺そうとした張本人だ。

明日奈に懸想して、俺を殺せば明日奈が自分の物になると信じ込んでいた、勘違い野郎だな」

「私と八幡君が、この人を罠にはめて監獄送りにしたんだよね」

「いいか南、さっき言った、お父さんが殺されかけたって話の、直接の犯人がこいつだ。

参謀と副団長の計略によって、ノコノコと炙り出された馬鹿者だ」

「そのせいで、ゴドフリーも危険な目に合わせちまったけどな」

 

 それを聞いたゴドフリーは、相好を崩しながら八幡に言った。

 

「何の何の、参謀はちゃんと、儂の安全についても配慮してくれていたではありませんか。

あのくらいのリスクを負うくらい、何でもありませんぞ」

 

 その会話を聞いていた南が、ぽつりと言った。

 

「そっか、こいつがお父さんを殺そうとした奴なんだ……」

 

 その南の肩を、八幡はポンと叩くと、エルザの方を向いて言った。

 

「こいつとは二度と会う事は無いと思っていたが、こうなったら話は別だ。

まだそんな事をやっているんだったら、こいつだけは絶対に潰す。

姉さん、そういったスタンスで話を進めたいんですが、いいですか?」

「少し詳しい事情を聞いてもいいかしら」

「ええ、長くなると思うので、ちょっと同窓会には戻れそうもないから、

葉山に連絡しておいた方がいいかもしれませんね」

「そうね、そうしましょう」

 

 こうして、八幡らSAOサバイバーである三人は、当時の事を話し始めた。



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第219話 同窓会を終えて~雪ノ下家とヴァルハラ

このクラディール関連のエピソードは、意外と長くなります。
少しだけ言うと、八幡は、二ヶ所遠出をする事になります。後は秘密という事で!

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「雪ノ下さん、結衣、優美子、比企谷から電話で、今日はちょっと戻れないそうだよ」

「あら、それは残念ね。まあ彼には高校時代の積もる話なんて、

特に無いのかもしれないけどね」

 

 雪乃は葉山からそう連絡を受け、ふふっと笑いながら言った。

 

「ヒッキーにとっては、昔よりは今って感じだしね!」

「あーしは、修学旅行の時とかの、きょどった感じの態度とかを、

からかいたい気分はあったんだけどなぁ」

 

 結衣と優美子は雪乃の言葉を受け、残念ながらも楽しそうにそう言った。

 

「あっ、でも帰りはどうしよう?」

 

 そう言った結衣に、葉山は続けて言った。

 

「それについても聞いているよ。雪ノ下さん、外に車を待たせてあるから、

帰りはそれに乗って帰ってくれとの事だよ」

「都築でも呼んだのかしら」

「かもしれないね」

 

 その葉山の言葉に、雪乃はそう推測した。

そして少し後に、外に出た雪乃達三人を待っていたのは、当然の事ながらキットであった。

 

『雪乃、こちらです』

「キット!そう、外で待っていてくれたのは、あなただったのね」

『八幡に、そう頼まれましたので』

 

 それを聞いた雪乃は、少し驚いたようにキットに尋ねた。

 

「頼まれたって、まさかあなたの所有権は、今は八幡君に移っているの?」

『今の私のグランドマスターは八幡になっています。次点が陽乃とあなたです』

 

 雪乃はその言葉に意表を突かれた。

 

「……よくあの父さんが、それを許したものね」

『陽乃の話だと、旦那様は、八幡が私を気に入ったと聞いて、喜んで譲ると言ったようで、

奥様も積極的にそれに同意したようです。法律上の所有権自体は陽乃のままですが、

マスター権限は全て八幡に譲り、それに伴い保険関係の問題も調整したようです』

「……まったく、父さんも母さんも、八幡君の事が好きすぎでしょう」

 

 奇しくも雪乃は、南と同じような事を呟き、三人はそのままキットに乗り込んだ。

運転席には、形式だけとはいえ雪乃が座った。

 

「あれ、さっき喋ってた運転手さんはどこ?ゆきのんが運転するの?」

「あんた、いつの間に免許をとってたの?」

 

 そう疑問を呈する二人に対し、キットがこう答えた。

 

『いいえ、運転するのは私です』

「ええっ?く、車が喋った!?」

『初めまして、私はキットと言います。今日はお二人を家までお送りするように、

八幡に命令された為、参上しました』

「な、何これ……なんかすごい」

 

 こうして驚きつつも、三人はキットの運転でそれぞれの家路へとついた。

ちなみにいろはは久しぶりに小町と遊びに行くらしく、先に帰ったようだ。

そのまま二人を送った後、久しぶりに自宅へと戻った雪乃は父親に言った。

 

「父さん、よくキットを手放す気になったのね、ちょっと驚いたわ」

「ははっ、雪乃のそんな顔を見るのも久しぶりだね。

あの車を八幡君がとても気に入ってくれたと聞いたから、即決したんだよ」

「父さんは、八幡君の事が好きすぎよ……」

「あら、お父さんだけじゃなくて、私もなのだけど」

「母さん」

 

 突然後ろからそんな声が聞こえ、雪乃は慌てて振り返った。

 

「彼は雪ノ下家の恩人なのだから、これくらいするのは当然よ。

あなた達姉妹の絆を、前向きにしっかりと結んでくれたのだから」

「……」

「という建前でね」

「建前なの!?」

 

 雪乃は珍しくそう突っ込んだ。こんな雪乃の姿は、滅多に見られるものではない。

 

「確かにそっちも感謝はしているわよ。陽乃の能力や態度にはまったく不満は無かったし、

あなたに関しても、その能力に関しては特に心配するような事は無かったわ。

彼がいなくても、あなた達ならば立派に雪ノ下の家を守ってくれたと思う。

でもそれは多分、ただの停滞でしか無かったのよ」

「母さん……」

「私達は間違っていたんだよ、それを思い知らせてくれたのは陽乃だった。

お前は知らないかもしれないが、陽乃はこの前こんな事を言ったんだ。

『いずれ雪ノ下の家も、私のソレイユ・コーポレーションの傘下に収めるわ。

そうすれば、誰が社長になっても立派に家を守った事にはなるでしょう?

その上で私は、ソレイユの社長に八幡君を据える。そうすれば私達は自由に動けるわ。

政治家になるかどうかはその時に決める。地盤さえしっかりしておけば、

政治家に私達の息のかかった人間を送り込んでもいいでしょう。

だから私達はそれまで自由に動き、とにかく力を蓄えるのよ』とね」

「姉さんがそんな事を……」

 

 二人は雪乃に頷き、尚も言った。

 

「だから私達は相談して、もうお前達に、自分達の都合を押し付けるのはやめようと、

そう決めたんだよ。そして今、それはこの上なくいい結果を出している。

お前達の顔も明るくなったし、何よりお前が家に帰ってきてくれるようになった」

「昔から私は、あなた達の進路を私が管理する事こそが、

二人の幸せに繋がるとそう考えてしまっていたわ。でもそれは間違いだった。

最初に二人が私達の下に押しかけてきた時は、確かに反発もあったけど、

でもあなた達は立派に結果を出し、私達の期待以上の働きをしてくれた。

そして今、私達のコントロールを離れ、あなた達は羽ばたこうとしているわ。

これも全て彼のおかげなのよね」

「父さん、母さん……」

 

 そう言葉を詰まらせた雪乃に対し、二人は一転していたずらめいた表情でこう言った。

 

「でも実際問題、キットを譲ったのは、私達が、彼の事が大好きだからなんだけどね」

「ええ、本当に彼は、人たらしというか、気が付いたらもう好きになっていたわよね」

「二人とも、本当に彼の事が好きすぎよね……」

 

 雪乃のその呟きに、二人はしかしこう反撃した。

 

「まあそのおかげで、お前達の婚期が遅れそうなのが困った問題なんだけどね」

「いっそ法律が改正されて、二人とも八幡君が、奥さんにもらってくれないかしらね」

 

 少し顔を赤くしながらそれを聞き流した雪乃は、口に出してはこう言った。

 

「姉さんの最終目標は、もしかしたらそこなのかもしれないわね」

 

 二人の言葉を受け、冗談でそう言った雪乃だったが、

雪乃はその自分の言葉に固まり、二人も同時に固まった。

 

「いや、でも、まさか……なぁ?」

「……案外ありえるのかしら」

「さすがにそれは……でも姉さんならあるいは……」

「ま、まあ、この話はやめておきましょう」

「そ、そうだね」

 

 三人は、その話はそこでやめる事にした。

話しているだけでそれが現実になるような、そんな気がしたからだった。

 

「しかし、二人の婚期が遅くなる、もしくは結婚しないなんて事になったら、

うちとしてはちょっと困ってしまうわね」

「もう一人か二人子供を作るべきか、ちょっと検討しようか」

「そうね、それじゃあ雪乃、私達はちょっと用事が出来たから、

あなたは自分の部屋で、ゆっくり休んでなさいね」

「ちょ、ちょっと、父さん、母さん、いきなり何を言っているの!?」

 

 そんな雪乃の言葉には耳を貸さず、二人は去っていき、

雪乃は、二人も変わったわと思いながら自分の部屋に戻った。

 

 

 

 ちなみにこの話はその場だけでは終わらず、二人はこの後も何かとその話題に触れた。

その話題の中に、こんな話があった。

もし双子の姉妹が生まれたら、どうしようかという話だった。

 

『一人は彩りのある人生が送れるように、彩乃と、

もう一人は、幸せになるように、幸乃と名付けよう。

あやのとさちの、二人のイメージカラーは、明日奈と八幡にちなんで、白と黒にしよう』

 

 そんなとりとめの無い会話の中で、その二人はいつしか、苗字から一文字と、

イメージカラーからの連想で、白雪姫と、黒雪姫と呼ばれるようになっていた。

両親がそう楽しそうに妄想する姿を、陽乃と雪乃は、呆れながら聞いていたものだった。

その話が現実になるかどうかは、今はまだ、誰にも分からない。

 

 

 

 部屋に戻ると雪乃は、何か予感があったのだろう、そのままALOへとダイブした。

そして『ヴァルハラ・ガーデン』に着いた雪乃を出迎えたユイとキズメルがこう言った。

 

「ユキノさん、ユイユイさんとユミーさんが、お待ちかねですよ」

「誘ってないけど、多分ユキノも来ると二人は言ってたが、まさか本当になるとはな」

「そう、わざわざの出迎え、ありがとうね二人とも。

こうして誰かに迎えてもらうのは、何だかとても嬉しいわ」

 

 ユキノはユイとキズメルにそう言うと、中へと入っていき、

ソファーに腰掛けている二人に言った。

 

「二人とも、こんな所でどうしたの?」

「ユキノン!あたしは何となく、寝るには少し早いなって思って、

で、ここなら誰かいるかもって思って、何となくログインしてみたの」

「あーしも何となくかな、まあ確かに、誰かしらいるだろうとは思ってたけどね」

「まあ実際私も、そんな感じなのだけれど」

 

 三人はそう言うと、キズメルの煎れてくれたお茶を飲み、ふぅっと一息ついた。

どうやらキズメルは、ユイに色々と教わっているようで、

メイドのような事も、ある程度出来るようになっていた。

 

「そうだ、せっかく知り合ったんだし、ちょっとエルザさんのPVでも見てみない?」

「あーし見た事ないから、ちょっと興味あるかも」

「私も見てみたいわ」

「それじゃ決まりね」

 

 ユイユイはそう言いながらコンソールを操作し、エルザの動画を呼び出した。

 

「うわ」

「歌、すごく上手いね」

「これがあの人と同一人物だなんて、ちょっと信じられないのだけれど」

「これは……」

 

 その時キズメルが、感心したように呟いた。

キズメルはコンソールを自ら操作すると、二層の主街区、ウルバスの風景を映し出した。

それを見た一同は、その風景と曲のマッチングに感心した。

 

「これは多分、ここの事を歌っているのではないかと思ったんだが……」

「なるほど、もしかしてエルザさんは、βテストの時にウルバスを訪れて、

その時の事を歌にしたのかしらね」

「確かにこれを同時に見ると、納得出来るかも」

 

 そう口々に感想を言う三人の耳に、チャイムのようなものが聞こえた。

ユイが外部モニターを操作すると、そこには、フカ次郎の姿があった。

 

「フカ次郎さんみたいです、どうしますか?」

「入ってもらっていいのではないかしらね、一応見習い扱いなのだし」

「分かりました、今案内してきますね!」

 

 そしてユイの案内で中に入ってきたフカ次郎は、軽い調子でこう挨拶をした。

 

「たのも~う!フカ次郎ちゃんが、また挑戦しに来ましたよ!」

「こんばんはフカさん、でも困ったわね、今日はハチマン君もアスナもキリト君も、

三人ともいないのよね」

「ありゃ、それは残念」

「とりあえずフカ次郎さん、お茶をどうぞ!」

「や、どもどもー!ユイちゃんはいつもかわいいね、

そしてキズメルさんは、うちの嫁に来て欲しいくらいに格好良い美しいね!」

 

 それを聞いたキズメルは、真顔でこう答えた。

 

「嫁?嫁とは伴侶の事か?それならもう、私はおそらく、ハチマンの下へ嫁いでいると、

そう言えるのではないだろうか」

「かーっ、羨ましい!あれ、って事はつまり世間では、

私もリーダーの下に嫁入りを願っているように見えてしまうと!?」

 

 フカ次郎のその言葉に、三人は平然とこう答えた。

 

「そうね、私達も、実はそう見られていると思うわ」

「間違いないね」

「まあフカちゃん、他人の言う事なんか気にしなくてもいいと思うよ。

まあもっとも、ここにはそれを嫌がる人なんか一人もいないんだけど」

「何ですと!」

 

 フカ次郎は驚き、三人にこう尋ねた。

 

「あの、その、リアルのリーダーの事を、差し支えない程度に教えて頂いても?」

 

 その言葉を聞いた三人は、少し自慢するかのように、さりとて差し支えない範囲で、

ハチマンの事をフカ次郎に教えてあげる事にした。

 

「昔はちょっと目が腐っていたのだけれど、今はそれも解消されて、

いわゆる『イケメン』扱いされる事が多いわね」

「ぶっきらぼうだけど、実はよく他人の事を見てて、すごく優しいし」

「今度、ある大きな会社の社長に就任するらしいよ!本人まだ学生なんだけどね!」

「何ですと!?!?!」

 

 フカ次郎は先ほどと同じ言葉を、より強い調子で繰り返した。

 

「若くてイケメンで社長に就任予定とか、すごい優良物件じゃないですか!!!!」

「え?ああ、私達はもう慣れてしまっているけれど」

「確かにそう言われると……」

「これ以上ない超優良物件かも!?」

「是非、是非私を、その末席に加えて下さいっっっ!」

 

 フカ次郎はそう懇願したのだが、ここにいる三人には、それはどうしようもない。

 

「あーしが思うに、アスナがいる限り、それは無理だとは思うけど」

「でも末席っていうかまあ、関わり方にも色々あるしね!」

「あなたは何よりも先ず、ギルド入りを達成する必要があるのではないかしら」

「分かりました!今よりも、もっともっと頑張りまっす!」

 

 フカ次郎は、最後のそのユキノの言葉を受け、全身にやる気が漲ってくるのを感じた。

こうしてはいられないと、フカ次郎はその場を後にしようとしたのだが、

ふとそんな時、流れている曲と映像に耳と目がいったフカ次郎は、足を止めた。

 

「えっと、ちなみに今流れているこの曲は……」

「これはね、神崎エルザさんの曲だよ!」

「ほうほう、何と言えばいいか、月並みですが、すごくいい曲ですな……」

「もうちょっとゆっくりして、聞いてけばいいんじゃね?」

「はい、そうしますです!」

 

 フカ次郎は即答し、ソファーに並んで腰を下ろした。

その後も四人は、色々と仲良くガールズトークを繰り広げ、

しばらくしてその集まりはお開きとなった。

そしてフカ次郎は、ログアウトするやいなや、東京にいる友達に電話を掛けた。

 

「あ、コヒー?今日ね、すごくいい曲を見つけたんだ、神崎エルザって人の曲!

是非聞いてみて欲しいんだけど、うんそう、それそれ。後ね後ね、最近すごく楽しいんだ、

すごい人達と知り合いになってさ、今はその人達の仲間に入れて欲しくて、

もっともっと強くなろうって頑張ってるんだよね。本当にリーダーの人がすごくてさぁ……」

 

 こうして三人娘とフカ次郎は、それぞれの一日を終えた。



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第220話 南はその作戦を、前向きに見守る

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「……とまあ、これが当時あった事件の全容だな」

「そんな事が……」

 

 雪乃達が『ヴァルハラ・ガーデン』でガールズトークを繰り広げている頃、

八幡達の説明も終わり、陽乃達三人は、SAO組の者達が、写真の男を嫌う理由を理解した。

 

「これがその、クラディールって訳ね」

「そんな奴だったんだ、これはもう、ぶちのめして支配下に置くしかないね!」

「支配下?」

 

 そのエルザの言葉に、南は目を丸くした。

八幡は南に、エルザも実はストーカー被害にあっていた事、今はその男を傍に置いている事、

等を軽く説明した。南はエルザを心配そうに見つめたが、

当のエルザがまるで問題の無さそうな態度をとっている為、南はそういう事もあるのかと、

何となく納得し、それ以上何か言うのをやめた。

 

「まああの時もケースもエルザのケースも、結局似たようなものなんだよな。

ストーカーされる方が、する方よりも遥かに強い場合は、油断さえしなければ、

最終的には簡単に解決出来るって、まあそんな理屈だけどな」

「現実だと中々そうはいかないよね」

「まあな」

 

 八幡はその南の言葉に重々しく頷いた。次に八幡は、エルザの方を向いて言った。

 

「あいつを支配下に置くつもりはない」

「え~?何で何で?」

 

 そのエルザの疑問に、八幡は子供っぽくこう言った。

 

「あいつの視線の触れる所に、明日奈を置く事は絶対に許さん。

あの蛇のような視線は正直気持ち悪い。とにかくあいつは嫌いだ」

「ほぉ~」

「へぇ~」

「ふ~ん」

「何だよお前ら」

 

 エルザは感心したように、陽乃は面白そうに、そして南は、少し拗ねたようにそう言った。

明日奈は両手を頬に当て、いやんいやんと体を揺すっていた。

そんな明日奈を見て、三人はアイコンタクトをとったかと思うと、

突然立ち上がり、いきなりジャンケンを始めた。

 

「やった、私が明日奈ちゃんだ!」

「私が比企谷だね」

「うわ~ん、クラディールを引いちゃった~」

「は?は?」

 

 何が起こっているのか理解できない八幡は、困ったようにゴドフリーの顔を見た。

ゴドフリーは大人らしく、落ち着いた態度で首を振った。そして寸劇が始まった。

 

み「ど、どうか、うちのアスナにだけは手を出さないで!何でもするから!」

エ「はっはぁ~、あの女は俺が好きにしてやるぜ、ずっとエロい事をやりまくりだ!」

み「ドカ~ン」

エ「ぎゃ~、お前、何で動けるんだ~」

み「そんなのお前が俺の罠にはまったからに決まってるだろ、この外道が!」

は「私もいるよっ!ゴドフリー、大丈夫?」

ゴ「お、おお?ふ、副団長?ありがとうございます?」

エ「副団長、何故ここに!」

は「そんなの決まってるじゃない、ハチマン君のいる所には、常にこの私、

  可憐で格好いい、アスナちゃんがいるのよ!」

 

 そう言いながら陽乃は、実際その指には何もはまっていないが、

左手の薬指の指輪をエルザにアピールするような仕草をし、ドヤ顔で八幡の顔を見た。

その陽乃のドヤ顔に、八幡の顔は引きつった。明日奈はもじもじと八幡の後ろに隠れた。

 

「大体合ってますな」

 

 ゴドフリーが重々しくそう宣言した。八幡は顔を赤くして四人に抗議した。

 

「ゴドフリーも、ちゃっかり小芝居に参加してるんじゃねえ!

それにお前ら、わざわざ演技してまで、一々あの場面を再現すんな!」

「だって、ねぇ……」

「うん」

「だよねぇ……」

「な、何だよお前ら」

 

 三人のジト目を受け、八幡は先ほどと同じ台詞を言った。

 

「あんな話を聞かされた後で独占アピールとか、羨ましくって砂糖を吐きそうなんですけど」

「お父さんの命を救ってくれた事には感謝するけど、

でも比企谷は、明日奈さんへの愛をアピールしすぎだから!」

「私決めた!生まれ変わって明日奈になる!」

「お前ら俺にどうしろと……」

 

 さすがに自覚はあるようだが、それでも納得がいかない八幡は、そう呟いた。

助け船を出したのはゴドフリーだった。

ゴドフリーは落ち着いた様子で、諭すように八幡に言った。

 

「まあまあ参謀、これもモテる男の宿命だと思って、ここはじっと我慢ですぞ。

かく言う私も、若い頃は……」

「お父さん、嘘はやめて」

「す、すまん南、見栄っぱりなお父さんを許してくれ」

「はぁ、お母さんには内緒にしておいてあげるね」

 

 その父娘の遣り取りで、場は一応落ち着き、本題へと戻る事となった。

 

「で、問題は、こいつをどうとっちめてやるかだけど」

「少なくとも犯罪には問えませんな、もし何か証拠があれば、儂が逮捕してやるものを」

「は?ゴドフリーの職業って、もしかして警察関係か何かなのか?」

「そういえば言ってなかったですな、儂はこういう者です」

 

 ゴドフリーはそう言うと、名刺を取り出し、八幡に渡した。

 

「警視正、相模自由って……これってかなりえらいんじゃ……」

「大きな警察署の署長くらいの役職ですな。あの事件で出世も遅れる事になりましたが」

「あら、ゴドフリーさんって、キャリアだったのね」

「まあ、そういう事ですな。なので何か事件性があれば、

例え上に睨まれようと、儂が何とかします」

 

 八幡はそんな自由を見て、呆然と呟いた。

 

「だからお前、あの頃からあんなにお堅い考え方をしてたんだな……」

「ゴドフリー、すごいすごい!」

「いやぁ、参謀と副団長にそう言われると、少し照れますな」

「俺は全然褒めてないけどな」

「それじゃあ、そっち方面はゴドフリーさんにに任せる事にしましょう」

 

 陽乃がそう話を締めくくったが、どうやら八幡には、別に何か心配事が生まれたようだ。

 

「しかしゴドフリー、これから俺達がやろうとしてる事って、脅迫罪か何かにならないか?」

 

 ゴドフリーはその問いに、少し考えながらハッキリと言った。

 

「そうですな、直接本人を脅したらそうなりますな。

なので、自主的に次期社長を降板するように仕向ければ、ギリギリ大丈夫だと思います。

実際に被害を受けている者もいる訳ですし、その辺りは許容範囲内という事で」

「なるほどな、それじゃあまず、章三さん経由でレクトにも一応話を振ってみて、

提携の話を進めてもらって、ある程度してから、そういえばって感じで、

俺達と社長との面会をセッティングしてもらって、その席にあいつを呼べばいいのか」

 

 八幡はそう考えを纏めると、更にこう言った。

 

「あいつの他に倉エージェンシーの後を継げる人材がいれば、更にベストなんだがな」

「あっ、それならさっきも言ったけど、あいつの弟がいいんじゃない?

お父さんに似てすごくまともな人だよ。

ちょっと上昇志向な所もあるみたいだから、そういう事なら最適じゃない?」

 

 エルザがそう言い、八幡は頷いた。

 

「そうか、それは最高の人材だな。よし、それでいこう」

「ついでにその場に弟も呼べばいいんじゃないかしら。当然弟への根回しはするけどね。

最初の話をその弟に持ち込むついでに、

SAO時代の兄の行動について、『事実だけを教えて』あげればいいわね」

「くれぐれも、犯罪性の無いように頼みますぞ」

「真実を教えるのは、犯罪にはならないわよね?」

「ええ、もちろんですとも」

 

 ゴドフリーのお墨付きが出た事で、こうして方針は決まり、

一同はそれに合わせて動き出す事となった。

 

「ところで最悪一度は、クラディールの前に明日奈ちゃんが出る事になる訳だけど、

八幡君的にそれはいいの?」

「う……」

 

 八幡は目に見えて葛藤していたが、そんな八幡に陽乃は再び言った。

 

「ハチマン君のいる所には、常にこの私、可憐で格好いい、アスナちゃんがいるのよ!」

「分かりました、今回は我慢しますから!もうそれはやめて下さい!

確かに俺と明日奈は常に一緒にいるのが当たり前ですから、当然今回も同行してもらいます」

「私も行くよ!」

 

 エルザがそう言い、八幡は、当然だという風に頷いた。

 

「まあお前は当事者だからな、一緒に行かない方が不自然だろう。

それに社長に、今までお世話になったお礼も言わないとな」

「うん」

「それなら儂も行きますぞ」

「ゴドフリーも?」

「儂はあいつの元同僚ですからな、同行する口実としては、問題ないでしょう。

それに儂が行って身分を明かせば、国家権力がその場にある事になる訳ですから、

あいつも何か暴力的な手段に訴えたりも出来なくなるでしょうし」

「見た目的にも怖いしね」

 

 明日奈は、ゴドフリーの頼もしい見た目に対し、そう言った。

 

「任せて下さい副団長、恩返しでもありますし、今度は私がちゃんとお守りしますぞ」

「うん!」

 

 そんな五人を、南は眩しそうに見つめていた。

そんな南に気が付いた八幡は、優しい声で南に言った。

 

「おい相模、今回はお前の出番は無いが、いずれまたこういう事があるかもしれん。

その時は、俺の片腕としてしっかり働いてもらうから、

今回は大人しく、俺達の勝利の報告を家で待っててくれよな」

「べ、別にうち、あんた達の事なんか、全然心配してないし!

でも……うん、そうなれるように、しっかり勉強して待ってるね」

 

 南はそう宣言し、ついでに八幡にこんな頼み事をした。

 

「い、いつまでもうちの事、相模って呼ぶのは、お父さんと混じって混乱するかもだから、

特別に今後はうちの事、南って呼んでもいいんだからね」

 

 八幡は、その言葉に苦笑すると、最後にこう言った。

 

「ああ、今後とも宜しくな、南」

「うんっ!」

 

 南はその言葉に、嬉しそうに返事をしたのだった。



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第221話 明日奈の真実

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「なぁ八幡、たまには一緒に晩飯でもどうだ?」

 

 学校で、そう和人に話し掛けられた八幡は、

とても申し訳なさそうな顔をして、その誘いを断った。

 

「すまん和人、実は今夜は、ハル姉さんと一緒に明日奈の実家に行かないといけないんだ」

「お、ついに二人は結婚秒読みか?

『お父さんお母さん、明日奈さんを僕に下さい』ってちゃんと言えるか?

もしあれなら、ここで練習してもいいんだぜ」

 

 その和人の言葉に、教室中は色めきたった。

当の明日奈は、いつの間にか八幡の後ろにおり、もじもじしながら、

八幡の肩越しに二人の様子をじっと見つめていた。

 

「いや、今日はそういうんじゃなくてな……あ~……和人、ちょっと耳を貸せ」

「ん?どうした?」

「実はな……」

 

 八幡はそっと和人の耳に口を寄せ、こう囁いた。

 

「実はな、この前偶然にもクラディールを見付けた。倉エージェンシーって知ってるか?」

「まじかよ、知ってる知ってる、芸能プロダクションだろ?」

「それじゃあ、神崎エルザって知ってるか?」

「それも知ってる。里香が大ファンとかで、俺も聞いてみたけど、何ていうかこう、

SAOの風景を思い出すような曲を歌う人だよな?俺も好きだよ、あの人の曲」

 

 どうやら和人と里香も、エルザのファンだったようで、

八幡は、現物を見たらどう思うのかなぁと思いつつ、話を続けた。

 

「でな、その神崎エルザと、ひょんな事から知り合ってな」

「まじかよ、今度会わせてくれよ」

「おう、相手も多分、お前に会いたがってると思うから、そのうち会わせてやるよ」

 

 その言葉に和人は戸惑った。和人はどうやら、冗談のつもりで会いたいと言ったらしく、

八幡からそんな答えが返ってくるとは思っていなかったようだ。

 

「え……そんなに簡単に言えちゃうくらい、親しいのか?」

「まあその辺りは任せてくれ。でな、その神崎エルザなんだが、

どうやら次期社長のセクハラまがいの誘いが嫌で、その事務所から独立したがってるんだよ」

「まじかよ、大スクープじゃないかよ」

「その事務所ってのが、さっき言った、倉エージェンシーでな」

「あ~、何となく話の展開が読めてきたな」

 

 和人はどうやら、八幡の話の趣旨が分かってきたらしく、そう言った。

 

「まあそういう事だ。その次期社長の写真を見せてもらったら、

何とそれが、あのクラディールだったんでな、エルザに全面的に協力する事にして、

これから明日奈の親父さんを巻き込んで、クラディール潰しの密談をするって訳だ」

「なるほど……何か手伝える事はあるか?」

 

 その和人の申し出を受け、八幡はニヤリと笑った。

 

「それはまあ、大丈夫だ。実はな、こっちにもすごい援軍がいるんだよ」

「誰だ?陽乃さんか?」

「ハル姉さんがいるのはまあ当然としてな、お前にとっても懐かしい名前だぞ。

ゴドフリーのおっさんだ」

「おお、あのおっさん、元気だったか?」

「ああ、すごい偶然なんだが、実は俺の同級生の親父さんが、あのゴドフリーでな、

先日会ったんだが、実はゴドフリーな、警察のお偉いさんだったんだよ」

 

 和人はその言葉にとても驚いたようだったが、

ゴドフリーの人相を思い出し、なるほどと納得した。

 

「それは似合いすぎな職業だな、そうか、ゴドフリーにも今度会えるかな?」

「ああ、今度セッティングするわ。まあそんな訳で、今夜はちょっと忙しいんだよな」

 

 和人は、また昔のように八幡が裏で動くのかと、少し懐かしい気分に捕らわれた。

そして和人は、それが当然であるかのようにこう言った。

 

「オーケーオーケー、八幡の敵が俺の敵だ。

何か協力出来る事があったら、いつでも連絡してくれよな」

「ああ、その時は頼むぜ、相棒」

「おう、それじゃまたな。明日奈のご両親にも宜しく伝えておいてくれ」

 

 和人はそう言うと、教室から出ていこうとし、そこでハタと立ち止まると、

再び八幡の下へと戻ってきて、ひそひそと八幡に言った。

 

「あ~、ところで八幡、その……里香が喜ぶと思うから、

もし可能なら、神崎エルザのサインが欲しいんだけど……あ、出来れば俺の分も……」

 

 その少し恥ずかしそうな和人の顔を見て、八幡は快くオーケーし、

今度こそ和人は教室から出ていった。

そんな八幡の背中から、明日奈がひょっこりと顔を出し、八幡の肩に顎を乗せ、言った。

 

「やっぱりエルザさんって、すごい人気なんだね」

「ああ、そうだな。ところで明日奈、皆が見てるから、ちょっと離れようか」

 

 明日奈は、その八幡の言葉で、

クラスメート達の視線が自分達に集中している事に気が付いた。

明日奈は八幡から離れると、そのクラスメート達に笑顔で手を振った。

 

「みんな~、残念ながら今日はプロポーズされる日じゃないんだけど、

代わりに今日、八幡君が、私の両親に挨拶しに来てくれるから、ちょっと行ってくるね!」

「お、おい……」

 

 その明日奈の言葉に、教室は大盛り上がりとなり、クラスメート達に祝福されながら、

二人は教室を後にする事となった。

 

「着々と外堀を埋められてる気がするな……」

「そ、そう?気のせいじゃないかな」

「まあいいか、今日はキットを呼んである。

途中で姉さんを拾って、そのまま明日奈の実家へと向かうか」

「うん」

 

 そして二人は、校門の前でキットを待った。

八幡は明日奈の顔をじっと見つめると、何となく最近思っていた事を明日奈に聞いた。

 

「なぁ明日奈、最近のお前、何か焦ってないか?

昔よりも、周りの女子達に、俺との接触を推奨している気がするんだが」

「えっと……あは、やっぱりそう思う?」

 

 明日奈は気まずそうな顔をすると、ぽつぽつと八幡に話し始めた。

 

「八幡君の周りには、素敵な女の子が沢山いるじゃない。私ね、正直言うと、目覚めてから、

最初に雪乃や結衣、それに優美子に会った時、衝撃を受けたの。

こんなの聞いてない、私のポジションは決して安泰なんかじゃないって。

だから最初は、頑張って正妻アピールをしてたんだけど、

最近はまた、薔薇さんやエルザさんが八幡君の隣にいるようになって、

そして今度は南さんが現れて、それで私思ったの。

アピールだけじゃ足りない、適度にガス抜きをしてもらわないと、

いつか皆が本気を出した時、私は八幡君を失うかもしれないって。だから、だから……」

 

 それ以上言葉が出ず、今にも泣きそうな明日奈を、

八幡は人目も気にせず、優しく抱き締めた。

 

「ごめんな、そりゃあ心配にもなるよな。確かに何か最近、急に周りに女子が増えたよな。

しかも皆、俺を持ち上げてきやがる、俺はそんな大層な人間じゃないにも関らず、な。

でも大丈夫だ。ほら、これから明日奈の家に、一緒に挨拶に行くんだろ?

それってもう、結婚も間近みたいなもんじゃないか。

だから明日奈は何も心配せずに、二人の将来の事を考えてくれよ。

例えどんな障害があっても、俺は必ずお前の下にたどり着くって約束するから、

だからもうそんな顔をするのはやめて、ずっと俺にお前の笑顔を見せ続けてくれ。

その為になら俺は、どんな汚い手段でも使ってやるさ」

「八幡君、最後の方、魔王みたいになってるよ」

 

 明日奈はクスッと笑うと、そのまま甘えるように八幡の胸に顔を埋めた。

 

「八幡君は、私の事が本当に大好きだよね」

「だから何度もそう言ってるだろ、いい加減にそれを分かれ」

「でも女の子はね、毎日でもそれを確認したい生き物なんだよ」

「じゃあ、毎日察してくれ」

「仕方ないなあ」

 

 そう言うと明日奈は、八幡の唇に自分の唇を重ねようとしたが、

八幡はその明日奈の顔に手を当て、それを止めた。

 

「もう、せっかくいい所だったのに、何で止めるの?八幡君」

「怖い人が見てるからな」

「えっ?」

 

 明日奈が慌てて振り返ると、そこには、ニコニコと笑う、雪ノ下理事長の姿があった。

 

「あらあら、若いっていいわねぇ……やっぱりうちも、もう何人か子供を作ろうかしらね」

「理事長、その冗談は、さすがに笑えません……」

「理事長、まだまだお若いですもんね」

 

 八幡と明日奈にそう言われ、理事長はまるで少女のように一瞬頬を赤らめると、

すぐに表情を改め、真面目な顔で二人に言った。

 

「二人とも、さすがに学校の近くでは、自重してね。

もしあなた達を退学にしなくてはならなくなったら、

私が陽乃と雪乃に殺されてしまいますからね」

「殺すって……」

「でも、あの二人なら本当にやりかねないでしょう?」

「え、あ、いや、はは……」

 

 八幡は、はっきりと肯定する訳にもいかず、曖昧な返事でお茶を濁した。

 

「それで今日は、これから二人でどこかへ行くの?」

「あ、はい、ハル姉さんと一緒に、明日奈の実家に」

「色々と仕事の事で、姉さんと一緒にうちに交渉に行くんですよ、理事長」

「……あなた達が陽乃の事を姉さんと呼ぶのは、

私としては、どうしてもちょっと複雑な気分になるわね」

 

 理事長が突然そんな事を言った為、二人は少し気まずい思いで理事長に尋ねた。

 

「あ、す、すみません、図々しかったですよね……」

「え?何を言ってるの、八幡君」

「は?あれ、違うんですか?てっきり俺は、不快なのかと……」

「あら、そんな訳ないじゃない」

 

 理事長は、きょとんとした顔でそう言った。

 

「私はね、二人ともうちの本当の子供になってくれないかって、そう思ってしまうから、

その欲望を抑えようと、複雑な気分になってしまうのよ」

「欲望って何だよ、あんた、昔とキャラが違うんじゃないのか!?」

 

 八幡が我慢出来ずにそう突っ込んだ。それを聞いた理事長は、とても嬉しそうに、

ころころと笑った。釣られて明日奈も、大声で笑い出した。

 

「ふふっ、私にそんな口のききかたをする人は、今まで誰もいなかったから、

とても新鮮な気分で、すごく面白いわ」

「八幡君、あはは、最近そういう突っ込みが増えたよね、あははは」

 

 八幡は恥じ入ったように、ぼそぼそと言った。

 

「最近、俺が突っ込まざるを得ないような事を言う奴が周りに沢山いるんで……」

「何よそれ、あなたの周りには、どれだけおかしな人が多いのよ」

「主にあなたのお嬢さんとかなんですけどね……特に大きい方の」

「あら、確かに陽乃の方が、胸も態度も大きいわね」

「胸の事じゃ無えよ、年の事だよ!」

 

 二人はそれを聞いて更に笑い出した。そしてひとしきり笑った後、理事長が言った。

 

「二人とも、気を付けて行ってらっしゃいね。もし何か困った事があったら、

いつでも私に相談してくるのよ。私もまだまだ、そういう事に関しては現役なんですからね」

「はい、ありがとうございます。人を威圧しなくてはいけない事態になったら、

必ず相談させてもらいます」

「あらあら、あなたも言うじゃない。それでこそ、うちの跡取りだわ」

「跡取り……ですか?」

 

 八幡は、その言葉にきょとんとした。

 

「あのね、陽乃がうちを、ソレイユ・コーポレーションの傘下にするって言い出してね、

だからつまり、あなたがうちの跡取りって事になるでしょう?」

「マジっすか……」

「ええ、それが本当に嬉しくてね」

「すごいすごい、八幡君、これは今以上に頑張らないとね」

 

 理事長と明日奈は、とても嬉しそうにそう言った。

それを聞いた八幡は、ため息をつきながらこう言った。

 

「はぁ……働きたくない、主夫最高ってのが、元々の俺のポリシーだったんですけどね」

 

 八幡は更にこう続けた。

 

「俺の代で、雪ノ下家と結城家の勢力が最大になったって、

将来、俺と明日奈の子供に、そう自慢出来るようにしてみせますよ」

 

 それを聞いた明日奈は、感極まったように八幡に抱き付き、

それに乗じて理事長も八幡に抱き付いた。

 

「ちょ、理事長、どさくさまぎれに何やってんですか」

「え~?たまにはいいわよね、ね、明日奈ちゃん」

「はい、私と同じくらい、理事長が嬉しいのがすごく分かるんで、許可します!」

「だ、そうよ、八幡君」

「おい明日奈、お前言ってる事とやってる事が正反対だぞ……ああ、もう好きにして下さい……」

 

 そしてその三人の抱擁は、キットが到着するまで続く事になったのだった。



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第222話 同窓会を終えて~しっかり者とお花畑達

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


 八幡と明日奈がキットを待っていた頃、

エルザは自らの下僕である、エムこと阿僧祇豪志にこう言った。

 

「ねぇ豪志、私ね、今度事務所から独立する事にしたから」

「は?」

 

 豪志は、いきなりのそのエルザの宣言に、面食らった。

 

「確かにそうなればいいと思いますけど」

「なればいいじゃなくて、やるんだよ。どうしてそれが分からないかな」

 

 そう言ってエルザは、豪志の腹に蹴りを入れた。

豪志はエルザに蹴られた事に喜びを感じながらも、

何故エルザがこのタイミングでそんな事を言い出したのか、慎重に考え始めた。

 

「た、確かにその話は前から出てましたけど、結局無理そうだと、

結論が出たんじゃありませんでしたか?」

「まあ、常識的に考えると普通はそう思うよね。でもね豪志、この世の中にはね、

そんな常識なんか、力づくでひっくり返しちゃうような一般人がいるんだよ」

 

 その言葉を聞いて、豪志は最近エルザの様子がおかしかった事を思い出した。

エルザがフラッと姿を消すのはいつもの事だったが、最近は特にそれが多い。

まるで誰かと密会しているかのように。

そこまで考えて、豪志は何日か前の事を思い出した。

それは豪志が、最初にエルザの行動に疑問を持ち、そして尾行を撒かれた日の事だった。

最初にエルザの様子がおかしいと思ったのは、免許証を持ち出した事だった。

エルザは免許こそ持ってはいるが、普段滅多に車の運転はしない。

もちろんその日も車を出したりはしなかった。

そして普段のエルザは、尾行に気付いたとしても、そんな事は気にせず、

自分の行きたい所へと気分に合わせて好きなように移動するのだ。

だがあの日のエルザは、最初から尾行を警戒しているようなそぶりを見せていた気がする。

つまり誰か、尾行を撒くようにエルザに指示した人物がいる。

そのタイミングは、おそらくエルザのログアウトが遅れたあの時しかない。

そしてその人物は、あのエルザに言う事を聞かせる事が出来るほどの実力者。

そこまで考えて、豪志は、その日に何があったかを思い出した。

 

「シャナ……」

 

 豪志がそう呟いた瞬間に、それを聞いたエルザが目を細くしたのを見て、

豪志はやっぱりそうだったかと確信した。

何があったかは分からないが、どうやらエルザはシャナの影響下にあるらしい。

そこまで考えた豪志は、まったくシャナの事を知らない為、どうすればいいか判断出来ず、

エルザに向かい、一言だけ口にした。

 

「分かりました、僕はあなたの為に、何をすればいいですか?」

「おおう、さすがはシャナだね、うん、豪志、合格」

 

 豪志はそのエルザの言葉の意味を理解出来ず、そのままエルザが話し始めるのを待った。

エルザはそんな豪志を満足そうに見つめると、詳しく説明を始めた。

 

「もう察しているようだけど、私はシャナと接触を持つ事に成功したのよ」

「はい、それは何となく分かりました」

「そこで私は、驚くべき事実を知った。その事は後で話すわ。シャナの許可も出た事だし」

「はい」

「とりあえず事実だけ言うと、あのシャナが、私の独立に協力してくれる事になった」

「協力……ですか」

 

 豪志は、そう簡単に独立出来たらこんなに苦労はしないと思ったが、

そんな考えはおくびにも出さず、再びエルザの言葉を辛抱強く待つ事にした。

 

「十分実現可能なプランだから、お前は何も心配せずに、独立する為の準備を進めてくれ、

これが、シャナから豪志への命令よ」

「あなたからの命令ではなく、シャナからの命令、でいいんですね?」

 

 エルザの頭ごしで、直接豪志に命令をしたという事でいいのかと、豪志は暗に尋ねた。

 

「うん、それでいいよ」

 

 この返事を聞いて、豪志はいくつかの事実関係を把握した。

自分の下僕である豪志を自由にさせるほど、エルザがシャナの言いなりであるという事。

豪志の仕事を知っていないと指示出来ない内容の為、おそらくエルザのプライベートは、

ほとんどシャナには丸裸状態であろうという事、

そしてエルザがそれを望んで容認しているであろう事だ。

今までエルザを一番近くで見てきた豪志は、エルザが自ら話したとは思わず、

強力な情報網の存在を疑ったが、もちろんそんな物は存在しない。

いや、正確に言えば、アルゴ絡みで似たような物は存在しているのだが、

今回の件についてアルゴが関ったのは、エルザやシノンが、

宗教やヤクザやらの、面倒なバックを持っていないという事だけだった。

そんな微妙に納得していないような顔をしている豪志の顔を見て、エルザは言った。

 

「シャナは私にこう言ったのよ。もし豪志が、私が独立すると言った後に、

ただ反論するだけでシャナの存在にすら気が付かないようなら、

お前の存在は無視して自分達で全ての話を進める事にするってね。

豪志が私のバックについたシャナの存在にたどり着いたとしても、

その上でその事に抗議し、自分の事だけをアピールしてくるようなら、

やっぱり豪志には何も仕事は任せる事は無いとも言ってたよ。だから豪志は合格だよ、

私が言うのも何だけど、やるじゃない豪志」

 

 エルザにそう言われ、豪志は内心喜んだのだが、やはり複雑な気持ちも存在した。

そんな豪志にエルザはこう言った。

 

「合格したなら全てを話してもいいってさ。さて豪志、まず最初に言っておくけど、

過去はともかく、今の私はあんたよりもシャナの方を、より大事に思ってるからね」

 

 その言葉を聞いた豪志は衝撃を受けた。さすがに会って数日しか経ってない人間より、

自分の方が下だと思われるのは納得がいかないからだ。

だが豪志はその後のエルザの説明を聞き、自分の方が下だと納得した。

 

「ついに望みが叶ったんですね、本当にすごい幸運です、おめでとうございます」

「うん、褒めて褒めて、私、えらいでしょ?」

「本当に凄いですよ。シャナの経歴にも、驚愕しかありません」

 

 エルザの話によると、シャナはまさに英雄と呼ぶに相応しい人物であった。

シャナ本人の話だけではなく、ちゃんと客観的に証明する人がいるというのも、

その話の内容が、信用するに足る物だという事を示している。

豪志は本当に素直にシャナの事を尊敬し、

そんな人が、エルザのバックについてくれた事をとても喜んだ。

普通の男なら、嫉妬の炎に焼かれるところだが、

豪志の考えだとエルザの幸せこそが第一であり、

シャナの登場は、確実にエルザの幸せに寄与しているのは間違いない。

更に今回の件に関しては、伝え聞く限り、シャナの性格や行動を分析すると、

自分がエルザを失う恐れはまったく無いと言っていいだろう。

その為豪志は、安心してシャナの指示に従う事を決断した。

 

「分かりました、それじゃあそういう方向で話を進めておきますね」

「うん!あ、後ね、いずれ豪志も、いやエムの方かな、シャナの仲間に加わって欲しいって。

その為に、無理ならまあいいらしいけど、

極力バレットラインを表示させないで、攻撃をする練習をして欲しいんだってさ」

「私がシャナのパーティにですか?いいんですか?それは本当に嬉しいです、心から」

「胸が高鳴るね、豪志」

「はい!それじゃあ独立の話が落ち着いたら、必ずそれは練習しておきますと、

シャナにお伝え下さい」

「うん分かった。それじゃそういう事で、これからも頑張ろう!」

「はい!」

 

 豪志は、自分とエルザの未来にも明るい光が差してきたと思い、シャナに感謝した。

更に、シャナと一緒に戦える事を楽しみに思う自分に気が付いたのだが、

豪志は、そんな浮かれた自分の気を引き締め、

淡々と自分の与えられた役割を果たす事にしたのだった。

 

 

 

 そして同じ頃、同窓会で打ちのめされたゆっこと遥は、

大学の授業を終え、とぼとぼと駅へと向かって歩いていた。

 

「ねぇ、何で私達、あんなに意地になっちゃったんだろうね……」

「よく考えると、私達にはまったく関係ない奴なんだよね……」

「就職、大丈夫かな?」

「どうだろ……」

「はぁ…………」

「はぁ…………」

 

 二人は内定が取り消されないかどうかとても心配になり、深い深いため息をついた。

二人はそのまま無言で歩き続けていたのだが、

駅へと向かう途中のビルに設置されている街頭ビジョンの前に差しかかった時、

そこにたまたまアミュスフィアのCMが映し出された。

二人は何となく足を止め、そのCMを何となく眺めていた。

そしてそのCMが終わった後、ゆっこが遥にこんな事を言った。

 

「ねぇ、遥」

「うん?」

「もしかしてああいうゲームの中でなら、合法的にあいつをやっつけられるんじゃない?」

「それはそうかもだけど、でもあいつって、英雄って言われるくらい強いんでしょ?」

「う~ん、でもさ」

 

 ゆっこは真顔で遥に向き直り、こう言った。

 

「今ここで私が刀を持ってたとして、目の前に、同じように刀を持った侍がいたら、

私は絶対に殺されるよね?」

「まあそうだね」

「でもさ、私が銃を持っていたとして、目の前に銃を持った有名な格闘家がいたとしてさ、

私が必ず負けるなんて事は無いよね?」

「あ~、それはそうかもしれない」

「要するに、ゲームの種類によっては私達にも勝ち目があるよね?」

 

 遥は少し考え込んだ後、その言葉に同意した。

 

「うん、確かにそうだね」

「私、何かやってみようかな」

「ええっ?でもあれって、そこそこいいお値段なんじゃなかったっけ?」

 

 驚く遥に、ゆっこはキッパリと言った。

 

「確か大学の友達が、ゲームの中で何万円か稼いだみたいな話をしてた。

だからそういうゲームを探せばいいんじゃないかな」

「すぐ取り返せばいいって訳ね。でもさ、そう上手くいくもんなのかな?」

「馬鹿な男に貢がせてもいいんじゃない?そういう男は沢山いると思うし」

「あ~、そっか、そうだね。それじゃあ私も思い切ってやてみようかな」

 

 二人はこういう事に関しては無知であった為、安易にそんな事を考え、

その場のノリでゲームショップに向かった。

そんな条件に該当するゲームは当然GGOしか存在せず、

二人は特に何も考えず、貯金をおろし、アミュスフィアとGGOを購入した。

 

「でもよく考えると、このゲームをあいつがやってるとは限らないよね」

「その時は、似たような奴を腹いせに撃てばいいんじゃないかな。

このゲームはそういうゲームだって、店員さんも言ってたじゃない」

「そっか、そうだね」

 

 こうして、頭がお花畑なのかと疑われるような浅はかな考えで、

二人はGGOをプレイする事となった。

二人がGGOの厳しさを知るのはもう少し先の事である。



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第223話 結城家への訪問

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


 明日奈と理事長の拘束から何とか逃れようと、

八幡はキットの到着を、今か今かと待ち構えていた。

そしてキットが見えた瞬間、八幡はこれでやっと解放されると安堵した。

 

「お~いキット、ここだここだ。さあ二人とも、キットも来た事ですし、

そろそろ離れてもらいますよ」

「あら、残念ね」

「仕方ないなあ、理事長、八幡君成分の補給は完了しましたか?」

「ええ、もうバッチリよ」

「それなら良かったです」

 

 八幡は、そんな会話を繰り広げている二人を華麗にスルーし、

嬉しそうにキットの運転席に乗り込んだ。ちなみにその嬉しさの元となっているのは、

羞恥プレイから解放された嬉しさと、自分の手でキットを運転出来る嬉しさの両方である。

キットはその見た目から、ただでさえ目立つ上に、ガルウィングなので、

確実に下校途中の生徒達の注目を集めていた。

女子生徒達は、キットに乗り込む八幡を憧れの目で見つめ、

男子生徒達は、八幡が乗り込むキットを憧れの目で見つめた。

対象は微妙に違えど、結局全ての生徒達に憧れの視線を向けられながら、

八幡は明日奈を助手席に乗せ、キットのエンジンをスタートさせた。

そしてそれを見送る理事長は、キットにこう命令した。

 

「キット、必ず二人を無事に送り届けるんですよ」

『はい奥様、心得ております』

 

 そのキットの声を聞き、驚いた生徒達は、次々とキットに群がり、二人に話し掛けた。

ちなみに女子生徒の会話は、大体こんな感じである。

 

「八幡様、今度私達も、その喋る車に乗せて下さい!」

「はぁ?様?あ、いや、この車はソレイユ・コーポレーションの社用車みたいなもんでな、

一応仕事専用な感じだから、それはちょっと無理なんだよな、すまん」

「仕事ですか!まだ学生なのにさすがです、八幡様!」

「お、おう……」

 

「明日奈、いいなぁ……すごく羨ましい」

「あは、私の自慢の旦那様の、自慢の車だからね」

 

 そして男子生徒の会話は、概ねこんな感じであった。

 

「参謀!その車、喋るんですね!すごいです、さすがです!」

「おう、お前らも、キットの良さを分かってくれるか?最高だろ?」

「はい!」

 

「副団長!今日こそ参謀を焚きつけて、婚約指輪を奪っちゃって下さい!」

「確かにそれは欲しいけど、でもその前に、普通の指輪も欲しいかな」

 

 そんな生徒達に囲まれる二人の姿を見た理事長は、

八幡なら、きっと雪ノ下家をもっともっと栄えさせてくれると確信した。

そしてそんな八幡を、明日奈がしっかりと支えるだろうという事も。

そして八幡は、そろそろ出発すると言って生徒達を離れさせると、

キットを発車させ、そのまま明日奈の家へと向かった。

 

「何かすごい騒ぎになっちゃったね」

「まあ、キットは目立つからな」

『確かに街中でも、よく見られますね』

「それはまあ、運転席に誰も乗ってないからな気もするけどな」

『その可能性は失念していました』

 

 二人と一台は、楽しくそんな会話をしながら、途中で陽乃を拾った後、

あっという間に明日奈の家に到着した。明日奈の父である結城章三と、母である結城京子が、

三人の到着をとても嬉しそうに出迎えた。

 

「お久しぶりです、章三さん、それに京子さん」

「お久しぶりです、あまり顔を出せなくてすみません」

「お父さん、お母さん、ただいま!」

「お帰り明日奈、そして二人とも、よく来てくれたね。さあ、中へ入ってくれ」

 

 こうして五人は結城家の居間へと通された。

応接室ではなく居間なのが、今の五人の関係を端的に表していると言えよう。

 

「ちなみにお二人に報告があります。この度ここにいる八幡君を、

私の後継として、うちの社の社長にする事を決断しました」

「おお」

「あらあら、八幡君はまだ学生なのに?陽乃さん、思い切ったわね」

「まあ彼が何かやらかしても、私がバックに控えてれば何も問題無いですしね」

「が、頑張ります……」

 

 その陽乃の報告に、章三と京子は顔を綻ばせ、八幡は緊張した顔でそう答えた。

 

「我が社としては、君を失うのは惜しかったが、

あの状況では、結果的にベストの選択だったように思う。

外部から、別会社としてALOの運営を引き受けてくれて、健全経営を行ってくれた事で、

確実にわが社の評判は救われた。あのままALO自体のサービス提供を終わらせた場合、

犯罪企業というレッテルを、以後も貼られ続ける可能性があったからね。

本当に感謝しているよ、陽乃君」

「まあ、全て彼の為にやった事なんですけどね」

 

 陽乃は八幡の方を見ながらそう言った。

それを聞いた章三と京子は、とても嬉しそうにこう言った。

 

「君にそこまでさせる八幡君が、私達の息子になってくれるなんて、本当に夢みたいだよ」

「私ももう、明日奈に勉強勉強って言わなくてもいいのね。

ねぇ八幡君、そろそろ私の事を、お義母さんって呼んでくれてもいいのよ?」

「え?あ、それはその……」

「ほらお母さん、いきなりすぎ。八幡君が困ってるじゃない。

それにお母さん、何か突然キャラが違いすぎじゃない?

明らかに昨日までの、口うるさい教育ママじゃ無くなっているんだけど」

 

 その明日奈の主張に、京子はこう反論した。

 

「今の陽乃さんの言葉を聞いたら当然でしょ?あなたは社長夫人になるのよ?

勉強をしなくていい訳では無いけれど、あまり口うるさく言う必要はもう無いじゃない。

あなたがこんな素敵でしっかりした旦那様を捕まえてきてくれたおかげで、

私はあなたの教育に関して、もうあれこれ言う必要が無くなったんだもの。

重圧から解放された訳だし、少しは性格も変わるわよ」

「お母さん、そんなに重圧を感じてたんだ……」

 

 明日奈は京子のその反論を聞き、意外そうな顔でそう言った。

 

「そりゃあねえ、私の実家は、東北で農業をやっていたような家柄だから。

本家の連中には、これだから家柄が低い嫁はと散々嫌味を言われてきた訳よ。

だから私には、明日奈をどこに出しても恥ずかしくない、

誰よりも優秀な娘に教育しなくてはという重圧があったって訳」

「本家、ですか?」

 

 八幡は、その京子の話は初耳だったらしく、そう尋ねた。

 

「まあ、その話はいずれ、ね」

「あ、はい」

 

 そこで話が一旦途切れたのを見て、次に章三がこんな事を言い出した。

 

「京子、ずるいぞ!八幡君、是非私の事も、お義父さんと呼んでくれたまえ」

「お父さんもお母さんも、八幡君の事が好きすぎだよ……まあ、別にいいんだけど」

「うちの両親もこんな感じなのよねぇ……

まったく、こんな人たらしに育てた覚えは無いんだけどな」

「奇遇だな、俺も姉さんに育てられた覚えは、一切無い」

 

 そのやり取りを受け、五人は楽しそうに笑った。

そして居間に着くと、八幡は、今日の本題について、真面目な顔で話し始めた。

 

「実はですね……」

 

 八幡は、クラディールという男がどういう人間かを、主観を交えず、

出来るだけ客観的に二人に説明した。そしてエルザだけではなく、

他のアーティスト達の為にもクラディールを排除したいという希望を二人に伝えた。

もちろん倉エージェンシーとの提携の話も忘れてはいない。

 

「何だそいつは!おい京子、ちょっとそのクラディールって奴を殺しに行ってくるぞ」

「あらあなた、私も行くわよ、そんな気持ち悪いストーカー男は、

その時の明日奈の気持ちを考えると、絶対にこの世に存在させておく訳にはいかないわ」

「お父さん、お母さん、落ち着いて!一応もうあいつには、八幡君が制裁を加え済だから!」

 

 いきなり殺害予告をした両親の姿を見て、明日奈は慌てて二人を止めた。

 

「大丈夫です、明日奈には指一本触れさせませんでしたから。

おまけにしっかりとぶちのめしておきました」

「おお、さすがは我が息子だ!」

「さすがね、八幡君!」

 

 二人はその八幡の言葉を聞いて落ち着いたのか、ソファーに座りなおし、

そのまま会話が続けられる事となった。

 

「神崎エルザか、今一番の注目株らしいね」

「まさか彼女が八幡君の友人だなんてねぇ、世間は狭いわね」

「友人というか、扱いとしては部下みたいなものですけどね」

 

 さすがに下僕とは言えず、八幡は無難にそう説明をした。

 

「ほうほう、部下とまで言うのかね。つまり、倉エージェンシーから独立するとは言え、

君の力があれば、独立後の彼女とも契約を結ぶ事が可能という訳かい?」

「はい、おそらく喜んで、レクトのゲームのイメージソングを歌ってくれると思います。

元々そういうのにはまってる奴なんで。家電関係に興味を示すかどうかは不明ですけどね」

「なるほど、どうやらわが社にとっても、その話はメリットしか無いようだ。

神崎エルザは、さっきも言ったが、今一番注目されているアーティストだからね、

我が社が他の社に先んじて契約を結べれば、当然大きな利益をわが社にもたらすだろう」

 

(実際はただの変態なんだけどな……)

 

 八幡は内心でそう思いつつも、その章三の言葉に頷いた。

 

「しかし一つ問題があってね……」

「問題、ですか?」

「おそらくその話は、結城本家が許さないと思う」

「ここで本家の話が出てくるんですね」

 

 八幡は、先ほどの京子の言葉を思い出し、そう言った。

章三は、少し渋い顔をしながら、八幡にこう質問をした。

 

「八幡君、私の名前はもちろん知っているよね。

その私の名前について、何か思う事は無いかい?」

 

 八幡は、その質問に意表を突かれたが、素直に思いついた事を言った。

 

「前から思ってたんですけど、もしかして章三さんは、三男なんですか?」

「そう、その通りなんだ。要するに問題はそこなんだよ。

さっき京子が言っていただろう?京子が東北の農家出身だとね。

実は私には、兄が二人いたんだ。そのせいで、私が家を継ぐ可能性はまったくは無いと思い、

小さい頃からほとんど家に縛られず、好きに生きてきた。

その為、お堅い本家の連中からは完全に無視されていたんだよ。

私は結城本家にとっては、いないも同然の人間だったんだ。

まあ私はそんな事は、まったく気にしていなかったんだけどね。

そして兄二人が、親に結婚相手を決められ、名家の令嬢とお見合いで結婚したのに対し、

私は当時付き合っていたこの京子と、大恋愛の末に結婚した。

当時は本当に、三男に生まれて良かったと思ったよ。親が勝手に決めた相手とではなく、

本当に自分の愛する人と結ばれる事が出来たんだからね」

「もう、あなたったら……」

 

 その仲が良い二人の姿を見て、八幡も本当に良かったと感じた。

 

「ところがその兄二人が、両親と共に事故で死んでしまってね、

会社を私が継ぐしかなかくなってしまったんだよ。

本家の人間は、今まで邪険に扱ってきた私がいきなり会社を継ぐ事になってしまい、

急に態度を変える事も出来なかったんだろうね、

そんな悪い関係を継続した状態で、そのまま今に至っていると、まあそういう訳なんだ」

「なるほど、そんな事情が……」

 

 章三はその八幡の言葉に頷くと、続けてこう言った。

 

「私がたまたま出会った茅場君と意気投合し、彼の協力を得て、

会社をとんでもなく大きくする事に成功して、結城本家以上の経済力を持つ事になった為、

余計に彼らとしては、プライドを傷付けられたんだろうね、

彼らは事あるごとに、うちの家に嫌味を言ってくるようになったんだよ。

卑しい成り上がり者だとか、家柄が低いくせに、とかね。

会社の規模からすると、もううちが本家みたいなものだし、

こちらとしては、もう縁を切ってしまってもいいと思うんだが、

あちらもそれなりにまだ力のある家だからね、中々ふんぎりがつかなくてね」

「なるほど……でも、その事と倉エージェンシーの事と、どう繋がるんですか?」

 

 その八幡の疑問に、章三はこう答えた。

 

「結城本家は、京都で大きな病院を経営しているんだ。結城総合病院と言うんだがね、

もちろん系列病院も沢山ある。で、そこの病院が昔から、

いくつかの大手の芸能プロダクションに出資していてね、

中堅で、特にバックを持たない倉エージェンシーと、うちが独自に契約を結ぶとなると、

おそらくそれに猛反対してくると思うんだよ」

「そういう事ですか」

 

 八幡はその説明を聞き、しがらみが多い家は大変だなと思ったが、

八幡にとっては、もうすぐ他人事では無くなる話でもある。

当然八幡の考えは絶縁一択であるのだが、そう簡単にいく問題でも無いのだろう。

八幡はとりあえず章三に、今この場にいない者の考えを聞く事にした。

 

「浩一郎さんはその事について、何て言ってるんですか?」

 

 明日奈の兄、結城浩一郎は、今はレクトの社員として働いていた。

浩一郎は、レクトの次の社長の予定のはずなので、

八幡は先ず、彼の考えを把握しておきたいと考えたのだった。

 

「浩一郎も私同様、本家なんかどうでもいいと思っているよ。

でも本家と表立って揉めると、うちの会社にもどうしても影響が出るんだよね」

 

 レクトはただのゲームメーカーでは無く、総合的に事業を展開している。

その中には、医学分野の機器も含まれている為、

かなりのお得意様でもある結城本家と、安易に敵対する事も出来ない。

その事を理解した八幡は、何かいい手は無いかと考え始めたが、

そんなに簡単に、いい解決方法を思いつく訳も無かった。

 

「ちなみに八幡君は、今の話を聞いて正直にどう思ったんだい?」

「そうですね……」

 

 八幡は、言葉を飾る事も無くハッキリとこう言った。

 

「理想を言えば、縁を切った上で、潰すか排除したいですね」



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第224話 突破口は遠い記憶の中に

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


 その言葉を聞いた章三は、一瞬固まった後、突然笑い出した。

 

「あはははは、さすがは八幡君、理由を聞いても?」

「理由も何も無いですよ。未来の義父と義母を侮辱されているのに、

そんな奴らをのさばらせておくなんて、俺には出来ないってだけですけどね」

「八幡君……いや、我が息子よ!」

「明日奈!すぐに八幡君と結婚しなさい、いい、すぐによ!」

「お父さん、お母さん、落ち着いてってば。せめて学生の期間が終わるまでは、ね?」

 

 明日奈にそう諭された二人は、それもそうだと思ったのか、とりあえず落ち着いた。

 

「しかし八幡君にそんな嬉しい事を言ってもらえるなんて、私達は本当に幸せ者だな」

「ええ、本当にね」

「こうなったら、例え実現性が低かろうが何だろうが、

少しでも八幡君へのヒントになるような情報を伝えないとね」

「と言うと、本家に関しての情報が、何かあるんですか?」

「まあ、少しというか、かなりどうしようもない話ではあるんだけどね」

 

 章三は、そう前置きをすると、その情報を披露した。

 

「八幡君、メディキュボイドという物を知っているかい?」

「……どこかで聞いたような気はするんですが、ハッキリとは分かりません」

「終末医療の一環らしいんだがね、要するに、重病患者を常時VRに接続状態にして、

痛みやら何やらをずっと感じさせないで、治療を行う技術らしいんだ」

「らしい、ですか。それなら、『ザ・シード』で代用出来そうにも思えますけどね」

 

 確かにそれは、正論に思えたが、章三は横に首を振りながら、八幡にこう言った。

 

「おそらく『ザ・シード』でも、それは無理だろう」

「どうしてですか?」

「なぁ八幡君、ナーヴギアとアミュスフィアの違いは何だと思う?」

「すぐに思いつくのは、安全装置の有無、ですかね」

 

 八幡のその答えに、章三は頷いた。

 

「ナーヴギアは、プレイヤーが現実世界で失神したら、ゲーム内でも同じように失神するが、

アミュスフィアの場合は、プレイヤーが失神したら即座にログアウトさせられる。

つまり八幡君が言いたいのは、そういう事でいいかい?」

「はい」

「確かにそれはそうなんだがね、実際の事情は少し違うんだ」

「……と、言いますと?」

 

 章三は、真剣な目をすると、八幡にこう答えた。

 

「アミュスフィアは、ナーヴギアに安全装置を付けた物、要するに発展型。

世間ではそういう事になっている。だが本当は、劣化ナーヴギアなんだよ」

「劣化……ですか」

「要するに実際はね、誰もあのナーヴギアの、失神しようが何をしようが、

ずっとゲームに接続し続ける機能を、再現する事が出来なかったんだ。

プレイヤーの意識がクリアなのが絶対条件なんだよ。さすがは天才茅場晶彦というべきだね」

「そうなんですか!?」

 

 八幡は、始めて聞かされたその真実に驚愕した。

そして章三が何を言いたいか、何となく理解した。

 

「要するにメディキュボイドを作る為には、ナーヴギアの中身についての理解が、

絶対に必要となるって事なんですね。前のナーヴギアの生産ラインを単純に利用しても、

そんな恐ろしい物は誰も利用したがる訳は無い、そんな事をしたら確実に会社が潰れる。

そして治療中の患者は、当然の事ながら、治療中に意識を無くしたり、

通常の精神状態を維持出来なかったりしてしまう。だからアミュスフィアは使えないと」

「その理解で合っているよ。要するに、問題はソフトではなくハードなんだ」

 

 章三はその八幡の言葉を肯定し、更にこう続けた。

 

「つまりね、メディキュボイドの技術を手に入れる事は、

医学界を牛耳れる程の、とんでもない可能性を秘めている事と同義なんだ」

「つまり、結城総合病院から得られる利益なんか、その技術の前には、ゴミみたいな物だと」

 

 八幡のその言葉に、章三は笑いながらこう答えた。

 

「ははっ、ハッキリ言うね。だが実際その通りなんだ。

そしてどうやら本家の長、結城清盛老のお孫さんが、かなりの難病にかかったらしく、

どうしてもその技術を手に入れようと、今結城本家は、

メディキュボイドの入手にかなりやっきになっているらしいんだよ」

「なるほど、その技術の使用許可をエサにちらつかせれば、

結城本家に不干渉を要求する事が出来ますし、

結城総合病院の系列にだけその使用許可を与えなければ、結城本家は壊滅しますね」

「まあ、そういう事になるね」

 

 八幡は、確かにそれなら必ず目的を達成出来ると考え、

メディキュボイドという言葉をどこで耳にしたのか、必死で思い出そうとした。

そんな八幡に、今まで無言だった陽乃が声を掛けた。

 

「ねぇ八幡君、私も菊岡さんからその話を聞いた事があるんだけど」

「菊岡さんから!?」

 

 驚く八幡に、陽乃は更に、こんな話をした。

 

「八幡君は、私が茅場とお見合いをしたのは知ってるでしょう?」

「あ、はい」

「その噂は本当だったのか。もし成立していれば、すごいカップルが誕生していたんだね」

「まあ、私がふられたんですけどね」

 

 陽乃は、その事には特に興味が無いようで、章三にそう言うと、続けて八幡に言った。

 

「菊岡さんはどうやら、茅場に一番近い人物とされる、そのメディキュボイドの研究者を、

必死になって探しているようだったわ。多分今もその人を探し続けていると思う。

茅場が死んだのはおそらく確実だと思うけど、その死体はまだ見つかっていない。

そしてその行方を知っているかもしれない唯一の人物がその人みたい。

その人が研究していたテーマがメディキュボイドだと、菊岡さんは言っていたわ。

要するに、ゲームにログインしていた間、茅場の体の面倒を見ていたのではないかと、

そう思われる人物だって事みたい。

菊岡さんは、私と茅場の関係から、もしかしたら私がその女性の事を、

茅場から聞かされてはいないかと思って、私にその事を聞いたらしいわ」

「その人、女性なんですね。俺は菊岡さんからそんな話をされた事は無いんですが……

晶彦さんとの関係から言ったら、俺に聞いてもいいような話ですけどね」

 

 その八幡の疑問に、陽乃はこう答えた。

 

「八幡君がもしその人と知り合いで、その人の行方を知っていたら、

何を置いてもその人に会いに行こうとしたんじゃない?

多分八幡君は、もう一度茅場に会いたいと思っているだろうしね。

だからまったくそんなそぶりを見せない八幡君の姿を見て、

菊岡さんは、八幡君は何も知らないんだと推測していたんだと思う。

それでも聞けばいいと思うんだけど、多分あの人、八幡君に気を遣ったのね。

これ以上茅場の亡霊に惑わされないように、ってとこかしらね」

「なるほど……」

 

 八幡は、その陽乃の推測に納得した。

確かに自分なら、その話を聞いたら、必死でその人の行方を探していたかもしれないし、

案外きめ細かい気配りをする菊岡なら、確かにそう考えるかもしれない。

そう考えた八幡は、何となく陽乃に、その人の名前を尋ねた。

 

「で、その人は、なんて名前なんですか?」

「えっとね、確か……何とか凛子、苗字は何だっけな……」

「え?」

 

 その陽乃の台詞で八幡は、メディキュボイドという言葉をどこで聞いたのか思い出した。

そしてその言葉を誰から聞いたのかも。

 

「あ……神代凛子……メディキュボイド……」

「そう、確かそんな名前……って、八幡君?」

 

 その八幡の反応を訝しげに見ていた陽乃は、ある可能性に気付き、目を見開いた。

 

「まさか八幡君、その人の事を知ってるの?」

「はい、晶彦さんに紹介されて一度会った事があります。

そうだ、その時確かに、メディキュボイドって言葉を聞いた覚えがあります。

実はその時に、妙に凛子さんに気に入られちゃったみたいで、連絡先も教えてもらいました」

「……菊岡さんは携帯会社に問い合わせて、神代凛子の携帯の番号も調べたけど、

既に解約されていたと言っていたけど」

「俺が教えてもらったのは、凛子さんの個人的な研究所の番号らしいんで、

菊岡さん達の調査で出てこなかったなら、別名義か何かの場所なんじゃないですかね。

まあ、今でもこの番号が繋がるかどうかは、正直なんともですが」

 

 八幡のその告白を聞いた陽乃は、困ったように章三の顔を見た。

 

「章三さん、これ、どうしたらいいのかな、さすがに私の手にも余るんだけど」

「普通に考えたら警察に通報とかになるんだろうが、事が事だしね……

とりあえず、菊岡さんに連絡してみたらいいんじゃないかい?」

「そっか、確かに菊岡さんなら、多少融通をきかせてくれそうだしね。

八幡君もそれでいい?」

「あ、は、はい」

 

 八幡は、茅場のその後について何か分かるかもしれないと思い、

自分の心臓が早鐘のように鳴り響くのを感じていた。

そんな八幡の手を明日奈はそっと握り、八幡は明日奈に微笑みかけた。

 

「八幡君、大丈夫?」

「ああ、どうやらかなり緊張はしているみたいだけど、大丈夫、俺は大丈夫だ」

「あんまり気を張り詰めすぎないでね」

「ああ、お前もな」

 

 八幡は、明日奈もどうやら緊張しているようだと気付き、そう声を掛けた。

明日奈にとっての茅場は、敵でありながらも、かつてのリーダーで戦友であった。

緊張するのも当然だろう。二人は菊岡が到着するまでずっと手を握り合っていた。

陽乃の連絡を受けた菊岡は、誰にも相談する事無く一人で結城邸を訪れた。

どうやら菊岡は、この件について政府の密命を受けているらしく、

出来れば凛子をただ罪に問うのではなく、可能なら取引をし、

その高い技術力を、主に医学方面で有効に活用してもらう方向で話を進めたいらしい。

菊岡は、オフレコでね、と笑いながら、八幡達にそう話してくれた。

そして八幡は、他の者達が見守る中、指先が震えるのを必死で抑えようとしながら、

凛子に教えられた番号を選ぶと、通話ボタンを押した。

 

『プルルルルルル……』

 

 電話が普通に発信音を鳴らした瞬間、八幡の緊張は頂点に達した。

どうやらまだこの番号は生きていたらしい。

そして数秒後に着信音が止まり、誰かが電話に出た。

八幡はゴクリと唾を飲み込むと、電話の向こうの相手に話し掛けた。

 

「もしもし、凛子さんですか?お久しぶりです、八幡です」

 

 相手はしばらく無言だったが、数秒後、その電話の相手、神代凛子は八幡にこう言った。

 

「随分この番号の事を思い出すまでに時間がかかったわね、八幡君、待ちくたびれたわよ」



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第225話 凛子の要求

原作だと、神代凛子の潜伏先は、アメリカだった気がしますが、
本作では、都合により国内に変更してあります。

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「まさか一年以上も待たされる事になるとは思わなかったわ。

そろそろこっちからあなたに連絡しようかと思っていたくらいよ。

八幡君、正直に言いなさい。実は私の事、忘れてたでしょ」

「あ、えっと……すみません、忘れてました……」

「うん、正直でよろしい。まあ私と君は一度しか会った事が無い訳だし、

それは仕方ないから気にしないで」

 

 凛子は、その事は特に問題無いという風にそう言った。

 

「で、このタイミングで私の事を思い出したという事は、

何か契機になるような事があったという事よね。どっちかしら……

ねぇ八幡君、ちょっとそこにいる警察の人に代わって欲しいんだけど」

 

 八幡はその、どっちかしらという言葉の意味が分からなかったが、

とりあえず、ここには警察関係者がいない事を凛子に告げた。

 

「いえ、警察には何も知らせていません。ただ、お世話になった政府の人なら、

一人だけここに同席してもらっています」

 

 それを聞いた凛子は、意外そうに言った。

 

「あら、私としては、ずっと隠れ続けるのにも飽きたし、

そろそろ警察に出頭しようかと思っていたのだけれど、何で警察を呼んでないのかしら?」

「さすがにこれは、俺の手に余る問題だと思って、でもいきなり警察にってのも、

ちょっと乱暴すぎるかなと思って、信頼出来る政府の人に、極秘に来てもらいました。

ちなみにSAO事件を担当していた人です」

「そう、そっちなのね。分かったわ、その人に代わって……いいえ、スピーカーで、

全員に会話が聞こえるようにしてもらえるかしら」

「あ、はい、分かりました。菊岡さん、お願いします」

 

 八幡は、言われた通りスマホをスピーカーモードに切り替えると、菊岡にそう言った。

 

「はじめまして、神代凛子さん、私は菊岡と言います」

「はじめまして、菊岡さん。もしかして、私の事、探してました?」

 

 凛子のその言葉に、菊岡は苦笑しながら言った。

 

「この一年、探しに探しましたけど、あなたの足取りはまったく掴めませんでしたよ。

でもまさか、こんなにあっさりとあなたとコンタクトがとれる機会を得られるとは、

八幡君の事は、自分なりに最大限評価していたつもりでしたけど、

どうやらまったく足りなかったようですね」

「あら、その言い方だと、あなたは八幡君の事がかなり好きみたいね」

「ええ、それはまあ、僕もALOで、彼の作ったギルドに所属しているくらいですからね」

 

 それを聞いた凛子は、おそらくきょとんとしたのだろう、一瞬無言になると、

直後にとても楽しそうに笑い始めた。

 

「あはははは、あなたはどうやら、本当に話が分かる人みたいね。

という事は、あなたの口から警察に連絡するような事は、本当にしていないのね」

「ええ、リーダーが私に寄せてくれた信頼を裏切る訳にはいきませんからね」

「本当に面白い、いえ、政府の人という事を考えると、変わった人というべきかしらね。

とりあえず私の居場所の座標を八幡君の携帯に送るから、

あなたと八幡君の二人で、ここに来てもらえるかしら?

もし八幡君が必要だと思うなら、何人か追加してもいいわよ?」

 

 その言葉に八幡は考え込んだ。そして八幡は、少し考えた後にこう言った。

 

「それじゃあ、アスナとキリトを」

「アスナさんとキリト君の事は晶彦から聞いているわ、問題無いわね」

 

 八幡は、メディキュボイドの事はとりあえず後回しだと思い、

とりあえず直接の当事者である、アスナとキリトの名前を挙げた。

凛子もそれを承諾し、こうしてメンバーが決まったかと思われた。

そのとき陽乃が横から口を挟んだ。

 

「私もそこに同席させてもらってもいいかしら、神代凛子さん」

 

 凛子は少し黙った後に、こう問いかけてきた。

 

「……あなたは?」

「雪ノ下陽乃よ。私が同席する事の根拠は、今から説明するわ」

 

 その名前にどうやら聞き覚えがあったのか、凛子はこう呟いた。

 

「そう、あなたが……話を続けて」

 

 凛子にそう促され、陽乃は続けて喋り出した。

 

「あなたはさっき、警察に出頭するつもりだったと言った。

そして自分から八幡君に連絡するつもりだったとも言った。

つまりそれは、警察に出頭する前に、彼に用事があったという事に他ならない。

でもそれなら事件の収束後、すぐに連絡をとっても良かったはず。

でもそうはならなかった、それは何故か。あなたはさっき、どっちかしらと言った。

それは多分、茅場の件についてか、もしくはメディキュボイドの事か、どちらかという意味。

そう、あなたはこの空白の期間を使い、メディキュボイドの研究をある程度完成させた。

その為にどうしても、直ぐに警察に出頭する訳にはいかなかった、こんな所かしらね」

「……少し違うけど、大体合ってるわね。

でもそれは、あなたが同席する事の根拠にはならないんじゃない?」

 

 凛子のその言葉に、陽乃は尚も説明を続けた。

 

「あなたはおそらく、自分が逮捕された後の事を考え、

信頼出来る八幡君に、研究結果を預かってもらおうとした。

刑期が何年になるかは分からないけど、それなら出所後に、研究を継続出来る。

資金も何も無い状態からの再開は、かなり困難が予想されると思うけど、

でも全て失うような事は絶対に避けたかった。そこで私の出番よ。

私なら、そのあなたに、研究の場所も資金も提供する事が出来る。

私はソレイユ・コーポレーションの社長だから」

「ソレイユ……」

 

 凛子の声に、少し警戒するような響きが混じった。

それを聞いた陽乃は、安心させるように凛子に言った。

 

「大丈夫、あなたの研究を盗むような事には絶対にならないわ。

なぜならうちの次の社長は、もうこの八幡君に内定しているのだから」

「八幡君が?そう……そういう事。分かったわ、あなたの同席を認めます。

ところで、晶彦とお見合いをしたのって、あなたなんでしょう?」

 

 陽乃はその言葉に、一瞬言葉を詰まらせた。

 

「……ええ」

「やっぱりね、どこかで聞いた名前だと思ってたのよ。

晶彦が言ってたわ、とても魅力的で聡明な、それでいて何かを諦めているような、

そんな女性だったってね。どう?彼に振られた者同士、一緒にお酒でも酌み交わさない?」

 

 その凛子の言葉に対し、陽乃はこう反論した。

 

「言っておきますけど、先に断られただけで、実質振ったのは私の方ですからね」

「それでもいいわよ、どう?」

「……分かったわ、楽しみにしとく」

 

 それを聞いた凛子は、楽しそうにこう言った。

 

「ええ、私も楽しみにしておくわ。それでは八幡君、そんな感じで手配をお願いするわ。

晶彦の遺体は冷凍保存してあるから、早く彼に会いにきてあげて」

「そうなんですか……分かりました、ちょっと待ってて下さい」

 

 八幡はそう言うと、とり急ぎ各人のスケジュールの調整を始めた。

八幡、明日奈、それに和人に関しては、学校を休めばいいだけの話だ。

菊岡もこの件が最優先なので、問題ないとの事だった。

陽乃も薔薇に連絡を入れ、どうやらスケジュールを空けたようだ。

 

「凛子さん、早速明日、そっちに行きます」

「決断が早いのね、さすがだわ。それじゃあ明日、待ってるわね」

「はい」

 

 ここで通話は終わり、明日八幡達が、凛子の下を訪れる事が決定した。

 

「で、場所はどこなんだい?」

「この座標だと……長野の山奥ですね」

「なるほど」

「明日はキットで行きましょう、各人、準備をお願いします。すまん明日奈、

ちょっと和人に連絡をして呼び出してくれないか?予定が変わったから、

良かったら一緒に飯でも食おうって事で。里香も一緒でも別に構わないぞ」

「分かった、直ぐに連絡するね」

 

 八幡は明日奈にそう頼むと、章三と京子に向き直り、こう言った。

 

「すみません、何かバタバタしちゃって。そういう事なんで、

食事会はまた改めてという事にして頂いても宜しいですか?」

「ああ、もちろんだとも、吉報を期待しているよ、八幡君」

「くれぐれも気を付けるのよ」

「はい、後日またお邪魔します」

 

 章三と京子は、そう言って八幡達を送り出した。

食事には、どうやら明日奈の兄、浩一郎を呼ぶ事にしたらしい。

菊岡は自分の車で帰り、八幡は陽乃を家に送り届けた後、

和人達との待ち合わせ場所にキットで乗り付けた。

和人はキットを見ると、目を丸くて、興奮ぎみに言った。

 

「おい八幡、何だよこれ、うわ、すっげー格好いい!」

「和人、ちょっと恥ずかしいから、いい加減にしてよ」

「いやいや里香、でも見ろよこれ、ガルウィングだぞ?すげええええええ!」

「はぁ、まったくいつまでたっても子供なんだから……」

 

 そんな里香を見て、八幡は、何かを思いついたのか、

イタズラめいた顔をして、キットにこう言った。

 

「おいキット、こっちが和人、こっちは里香な、二人とも俺の親友だ」

『和人、里香、初めまして、私はキットです。以後宜しくお願いします』

「車が!?」

「喋った!?」

 

 二人は驚愕し、和人の事を子供扱いしていた里香も、先ほどの和人と同じように、

すごいすごいと言いながら、キットをぺたぺたと撫で回し始めた。

そんな里香に八幡は言った。

 

「おい里香、お前も子供みたいになってるぞ、和人の事をあまり言えないな」

「う、うるさいわね、いくらなんでもあそこまで子供じゃないわよ」

 

 そう言いながらも里香は、キットの事が気になるのか、チラリチラリとそちらを見つめた。

そんな里香の肩を、明日奈はポンと叩くと、笑顔で言った。

 

「里香、どんまい」

「何よ明日奈まで!私は別に……うう……」

「大丈夫、和人君はきっと、そんな里香の事も大好きだから!」

「本当に?」

 

 そのままじっと和人を見つめる里香に対し、和人はこう答えた。

 

「当たり前だろ、そもそもこれを見て興奮しないような奴は、この世に存在しない!」

「そ、そうよね、別にこれくらい、普通よね」

 

 そう言うと二人は、仲良くキットをペタペタと撫で始めた。

そんな二人に八幡はこう言った。

 

「お前らはしゃぎすぎだ、そろそろ行こうぜ。今日はちょっと大事な話があるんでな」

 

 そして四人はそのまま車に乗り込み、予約していた店へと向かった。

それはもちろんサイゼであった。

 

「学生にはまあ、このくらいが丁度いいよな」

「私、サイゼは好きよ」

「私も私も」

「それじゃ、とりあえず座るか」

 

 四人は席に着くと、ドリンクバーと、個々に食べたい物を注文し、料理が来るのを待った。

そして料理が揃うと、八幡はこう言った。

 

「それじゃあ、事の経緯を説明する」

「今日は明日奈の家で食事会だったはずだよな、何があったんだ?」

「実はな……いいか、絶対におかしな態度をとったり、大きな声を出さないように、

くれぐれも気を付けてくれよ」

 

 和人と里香は少し緊張しながら、その言葉に頷いた。

 

「里香、すまないが、明日一日、もしかしたら明後日くらいまで和人を借りるぞ。

和人、明日俺達と一緒に長野の山奥まで行って欲しい。晶彦さんに会いに行くぞ」

 

 二人は事前に注意されていたにも関わらず、驚いて声を出そうとした。

それを事前に待ち構えていたのだろう、その瞬間に明日奈が二人の口を抑え、

辛うじて二人は、そのまま声を出さずに済んだ。

 

「ど、どういう事だ?何があったんだ?」

「ああ、それをこれから説明する」

 

 八幡は二人に、今日あった事の説明をし、二人はようやく事情を理解した。

 

「私はこの件に関してはあまり関わってないから、留守番だね」

「そうだな里香、すまないが今回はそうしてくれると助かる。

ネズハに連絡をとってもらっても良かったんだが、

ネズハはヒースクリフとそこまで関わりは無いからな。今回はスピード優先だ」

「そうだな、妥当だと思う」

「まあそんな事より早く食べようよ、私、お腹すいちゃったよ」

「そうだな、そうしようぜ!」

 

 こうして四人は、昔の思い出も交えながら、久々に四人で楽しい時を過ごしたのだった。



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第226話 天才はやはり天才

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「明日奈と陽乃さんは八幡の隣がいいだろ?仕方ないから俺が運転席に座るよ」

 

 翌日の朝、和人はいきなりこう言った。その結果、八幡は後部座席の中央に座り、

その右に明日奈、左に陽乃が座る事になった。当然菊岡は、残された助手席に座った。

ちなみに他の者達は、本当は和人が運転席に座りたいだけだという事を理解しており、

とても嬉しそうな和人を生暖かい目で見守っていたのだが、

そこは皆大人だったので、その事について触れる者は誰もいなかった。

 

『それでは行きましょう』

 

 その言葉を受け、各人がシートベルトを閉めたのを確認すると、キットは動き出した。

 

「さて、どうなる事やら……」

 

 八幡のその呟きに、菊岡がこう答えた。

 

「あの後、凛子さんと直接話して細部を詰めておいたから、

君達はただ、茅場の遺体と対面してくれればそれでいいと思うよ」

「そうなんですか?」

「ああ、あっちの事情を、今からかいつまんで説明するよ」

 

 菊岡はそう言うと、事の次第を説明し始めた。

 

「SAO事件が起こった時、彼女は彼が潜伏していると思われた、

まあ、今から向かっている所なんだが、そこに駆けつけたようだよ。

彼は彼女を黙って受け入れたようなんだが、しばらく経った後、

彼は彼女にこう頼んだようなんだ。自分もSAOの中に入りたいから、

その間、どうか彼の体の面倒を彼女に見て欲しい、とね。

その代わりに、彼の体を、彼女の研究のサンプルとして活用してくれて構わないと、

ついでにナーヴギアの基礎理論も提供するからと、そういう条件だったらしい。

メディキュボイドの研究は、どうやらそれでかなり進歩したようだね」

「ああ、晶彦さんはやっぱり途中参加だったんですね」

「まああれほどの実力者だったら、

第一層の攻略から参加してても不思議は無かったしな」

 

 八幡と和人の言葉に菊岡は頷き、話を続けた。

 

「でね、昨日の陽乃さんの推測だけどね、確かに一部は合ってるんだが、

彼女の言う通り、微妙に違うんだ。というより、少し足りないと言うべきかな。

確かに彼女は研究が中断に追い込まれる事を恐れていた。

だから今まで連絡してこようとはしなかった。それは正しいんだが、それだけじゃなく、

彼女はどうやら茅場に脅されていたらしくてね」

 

 その言葉に、八幡は仰天した。

 

「晶彦さんが脅し?いくらなんでもそれは……」

「ありえない、だろ?」

「はい、ありえないと思いますね」

 

 菊岡はその言葉に再び頷き、八幡に一つウィンクをした。

 

「まあその通り、そういう名目で、彼は彼女に首輪をはめたんだよ。

例え彼女が警察に追求されたとしても、彼女が罪に問われないようにね」

「それってどんな首輪なんですか?」

「ナーヴギアの首輪版、と言えば分かるかな」

「ああ、それは確かに、他ならぬ晶彦さんがそう言ったのなら、信じざるを得ませんね」

「だろ?これで警察への言い訳もバッチリって事さ」

 

 菊岡の言葉に一同は頷いた。

 

「まあ実際に、そういう機能がついているかどうかは問題ではなくてね、

茅場本人のその言葉が録音として残っているらしく、それを聞いたらさすがの警察も、

確かに脅されていたと納得せざるを得ないような、そんな配慮が成されていたようだね」

「なるほど、巧妙な自作自演ですね」

「で、それを解除する為には、八幡君の指紋認証が必要になるようなんだ」

「は?つまりどうあっても俺が凛子さんに会えるように、計画されていたって事ですか」

「まあそういう事だね」

 

 どうやら凛子は八幡の連絡先を消去したらしく、

実際は脳内にしっかりと記憶してあったらしいのだが、それを言い訳に、茅場が死んだ後も、

首輪の発動を恐れてその場所を離れられなかったと言い訳するつもりだったそうだ。

そして研究がほぼ形になった為、そろそろ自由に動きたいと思った矢先に、

今回八幡から連絡をもらったと、そういう事らしい。八幡はその説明を聞き、苦笑した。

 

「そんなの晶彦さんの死後に、すぐ警察に来てもらえば良かっただけの話じゃないですか。

もしくは晶彦さんがゲームの中に入った直後でも良かった訳で」

 

 それを聞いた菊岡は、面白そうにこう言った。

 

「そうなんだよね、例え彼女がどこかに連絡をしたとしても、ゲームの中にいた彼には、

その事を知る手段は無い。だから本来、助けを呼び放題だったはずなんだよね。

でも彼女はどうやら、その辺りの辻褄を合わせるのが面倒になったらしくてね、

本当に研究者っていうのは、そういう事に無頓着な人が多いよね。

最終的には、館に警察関係者が入った瞬間に首輪が発動するように設計されていたと、

適当な事を言うつもりだったらしいよ。だから今回、その手間が省けて助かったと、

彼女は嬉しそうに言っていたね」

「あははははは、本当に適当ですね、自分の研究以外には基本的に興味が無いんですね」

「そうかもしれないね。まあとにかくだ、例え彼女の言う事がどんな言い訳であろうと、

僕が適当に話の辻褄を合わせて、上が一応納得出来るような体裁を整えて、

今回は罪を問わないと、そういう方向で話は纏めておいたよ。

一応形だけの事情聴取はしないといけないけど、本当に形だけになるように、

既に地元の警察には要請済さ」

 

 八幡はその言葉に頷き、次にこう言った。

 

「それじゃあ後は、俺がその首輪を外せば全て解決なんですね」

「そうだね、彼女の身元引受人は陽乃さんにお願いしてあるから、

とっととメディキュボイドの技術と一緒に彼女を保護してあげてくれよ」

「メディキュボイドについては、政府主導で進めなくてもいいんですか?」

 

 その八幡の問いに、菊岡は真面目な顔でこう言った。

 

「ソレイユは日本企業なんだから、国としてはまったく問題無いさ。

むしろ国主導で進めると、その利権に群がろうと、各方面から色々と圧力がかかりそうだし、

さっさと一企業の主導で進めてもらった方が、国益になるってもんだろ?

今回の件は、表向きはあくまでSAO事件の事後処理の一環であって、

公式発表でも、長野の山の中で茅場晶彦の死体が発見されたって事で全て終わりさ。

脅されてその体を世話していた人の事なんか、世間は興味を持ったりしない。

いや、まあインタビューくらいは聞きたいかもだけどね、

一応国としても犯罪者扱いにはしない訳だし、あくまで被害者としての立場から、

プライバシー保護の為と言い張って、素性とかも一切公開しないしね。

精々証拠としてその首輪の写真を公開するくらいだね」

 

 それを聞いた八幡は、感心したような口調で言った。

 

「菊岡さんって本当に変わってますよね、官僚らしくないって言うか」

「僕みたいなのが何人か政府にいないと、息が詰まっちゃうだろ?」

「確かにそうですね」

 

 八幡は笑いながらそう答え、細かい事は全て菊岡に任せる事にしようと考えた。

 

「さて、そろそろ到着かな、神代博士が首を長くして待っているだろうね」

 

 その菊岡の言葉通り、辺りは既に、民家の一つも見えないほどの山奥であり、

道路も当然舗装はされておらず、そうそう人が立ち入る事は無いように思われた。

そしてキットがとある角を曲がった時、前方が行き止まりになっているのを見て、

八幡はキットに停止するように指示を出した。

 

「あれ……おいキット、一旦車を止めてくれ」

『分かりました』

「この先は、どう見ても行き止まりじゃないか。本当にこの道で合ってるのか?」

 

 そう疑問を呈した八幡に対し、キットはあっさりとこう言った。

 

『八幡、私のセンサーによると、前方に障害物はありません。

よって、あれは立体映像だと推測されます。実際あの奥に、確実に道は続いています』

「まじか……」

「普通そこまでするか!?」

「すごいすごい!」

 

 八幡は呆然とそう呟き、和人は驚愕し、明日奈は感心したようにそう言った。

陽乃と菊岡は言葉も出ないようで、ひたすらうめいていた。

 

「それじゃあキット、このまま進んでくれ」

『分かりました』

 

 そして車が進み、一同は、立体映像だと思いつつも、その壁に車が触れる瞬間に、

つい身を固くして衝撃に備えたのだが、当然何も起こらず、

キットはそのまま壁の向こうへと突き抜け、いきなり前方に近代的な建物が姿を現した。

そして建物の前で、一人の女性がこちらに手を振っている姿が見えた。

 

「ついにヒースクリフと再会だな」

「ここに茅場さんが眠ってるんだね」

「ああ、ここが晶彦さんの墓標になるんだろうな」

「やっとあの男に直接文句を言えるわね」

「ついにあの茅場晶彦との対面ですか。これで僕も肩の荷を少し降ろせるなぁ」

 

 そう思い思いの言葉を発した五人は、そのまま車を降り、そこに凛子が近付いてきた。

 

「随分派手な車で乗り付けてきたわね、ちょっと格好いいじゃない」

『お褒めに預かり光栄です、私の名はキットと言います、神代博士』

 

 そのキットの挨拶を聞いた凛子は、目を輝かせながら八幡に言った。

 

「車が喋った!?ちょっとこれ、どうなってるの?八幡君、分解してもいい?」

『助けて下さい八幡、私が分解されてしまいます』

「ははっ、やめて下さいよ凛子さん、とりあえずその首輪を解除しちゃいましょう」

 

 凛子は八幡にそう言われ、大人しく首を差し出した。

八幡は、指紋認証らしきセンサーを見つけると、そこに指を押し当てた。

その瞬間、首輪から懐かしい声が聞こえてきた。

 

『ついにここまで来たんだね、八幡君。

という事は、君は無事にゲームをクリアしたんだね、本当におめでとう。

そして私は、もうこの世にはいないんだね、君に二度と会えない事を寂しく思う。

あと凛子の事なんだが、彼女は私に脅されていただけだから、もし可能なら、

君の口から弁護してあげてくれないだろうか。宜しく頼むよ、八幡君。

そして凛子、長い間本当にすまなかった……本当にありがとう』

 

 その瞬間に、凛子の首にはまっていた首輪はカチリと音をたてて外れ、そのまま下に落ちた。

そしてその万感の思いの篭ったメッセージを聞いた凛子は、

我慢が限界を超えたのか、その場に蹲り、泣き始めた。

 

「私の気持ちは知ってた癖に、何が脳をスキャンしてくれよ。

死んでしまったら、もうどうしようも無いじゃない。

脳をスキャンした事にどんな意味があったって言うのよ。

本当にあなたってひどい男ね……」

 

 そう呟く凛子に向かい、八幡はこう言った。

 

「凛子さん、晶彦さんが死んだのは、ゲームがクリアされた直後なんですよね」

 

 凛子はその問いに対し、涙を拭うと、ハッキリとこう答えた。

 

「ええそうよ。彼は微笑みながら、でもとてもすまなそうな顔をして、

私にありがとうと言った後に、自分の脳をスキャンし、そのまま死んでいったわ。

彼の遺体はそのまま冷凍保存してあるんだけどね」

「あの、俺、その二ヶ月後に晶彦さんと話したんですよ。

その時晶彦さんに託されたのが、例の『ザ・シード』なんです」

「何ですって……!?」

 

 凛子は呆然とそう呟いた。

 

「あれはまだ未完成だったはず……もしかして、あなたがあれを完成させたの?

私はてっきり、あれを受け取った誰かが自力で完成させたのだと思って、

晶彦の他にも天才はいるんだなと感心していたのだけれど」

「いえ、もらった時には既に完成された状態でした」

 

 それを聞いた凛子は、驚きの表情を見せた。

 

「それじゃあ晶彦は、死んだ後にあれを完成までこぎつけ、

そのまま八幡君に渡したとでも言うの……?」

「そういう事になりますね」

 

 初めて聞くその凛子の言葉に、一同は戦慄した。

天才茅場晶彦は、死んだ後でもやはり天才なのであった。

凛子は、晶彦らしい、と一言呟くと、八幡に言った。

 

「それじゃあ、あの人の意識は、まだどこかに存在するのね。

脳をスキャンした事は無駄では無かったのね」

「はい、いつかまた、しれっと俺達の前に姿を現してくれるかもしれませんよ」

「そう……今はそれでよしとしよっか、ね、八幡君」

「はい!」

 

 その八幡の返事を満足そうに聞いた凛子は、改めて八幡達にこう挨拶をした。

 

「初めまして、私が神代凛子よ。それじゃあこれから、晶彦の所に皆さんを案内するわ」

 

 そう言った凛子の表情は、晶彦の死に、完全には納得してはいないのであろうが、

だがしかし、とても晴れやかな笑顔であった。



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第227話 死線を越えた三人

微妙に過去話になります。

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「ここよ」

 

 凛子はそう言うと、とある部屋の前で足を止めた。

凛子が扉に設置された電子キーを開けると、扉の隙間から冷えた空気が流れてきた。

そして凛子が扉を開けると、確かにそこには、ガラスのケースに入れられ、

静かに横たわる茅場晶彦の姿があった。八幡達三人はそのまま中に入ったが、

陽乃と菊岡は、その遺体を入り口から見つめるだけだった。

もしかしたら気を利かせてくれたのかもしれない。

近寄ってみると、晶彦の遺体には外傷の類は確認されず、

八幡達は、ほぼ生前の姿のままの茅場晶彦の遺体と対面する事となったのだった。

 

「晶彦さん……」

「ヒースクリフの顔とは、やっぱりまったく似てないよな」

「何となく面影がある気はするけどね」

 

 三人はそう思い思いの感想を言った後、日本人らしく、茅場の遺体に手を合わせた。

 

「なぁ八幡、俺達はともかく、お前は色々と話したい事があるんじゃないのか?

良かったら席を外そうか?」

 

 和人のその心遣いに対し、しかし八幡は、ハッキリと首を横に振った。

 

「いや……ここに晶彦さんはいないから大丈夫だ。言いたい事が無い訳じゃないが、

それは直接会った時にでも、言う事にするさ」

「そっか、また会えるといいな、八幡」

「ああ」

「きっとまた会えるよね」

「そうだな、明日奈。さあ行こう、ここにあるのは、ただの晶彦さんの抜け殻だ、

本体はきっと、今もどこかで俺達の事を、面白がって観察でもしてるだろうさ」

 

 そして三人はきびすを返し、そのまま茅場の墓所を後にした。

 

「お別れは済んだのかしら」

「お別れも何も、俺達はゲームクリア後に晶彦さんと話してますからね。

俺はまあ、その二ヶ月後にもですけどね」

「……ずるいわよ」

 

 その凛子の呟きを、しかし八幡は聞こえないフリをした。

今の彼女にその事で何か自分が声を掛けても、決して慰めにはならない、

八幡はそう考えたのだった。

 

「さて、とりあえず落ち着ける所で、今後の事を話しましょうか」

 

 菊岡が努めて明るく振舞い、そう言った。

そして凛子に応接室に案内された五人は、ソファーに腰掛け、一息ついた。

 

「それじゃあ何か飲み物でも用意するわね」

「あっ、私がやります!私はおまけみたいなものだし、凛子さんはここで話してて下さい」

「あらそう?それじゃあお願いしようかしら、アスナさん」

「そういえば自己紹介をしていませんでしたね、結城明日奈です、宜しくお願いします」

 

 その明日奈の言葉を聞き、和人も一応自己紹介をした。

陽乃と菊岡は先日名乗った為か、特に自己紹介等はしなかった。

 

「よく気がつくいい子ねぇ、あれが八幡君の彼女なのね」

 

 八幡は、そのいきなりの言葉にビクッとした。

 

「あら、何を驚いているの?晶彦から聞いたに決まってるじゃない」

「ですよね……」

「晶彦はね、自分の脳をスキャンする前に、

あなた達三人ともう一人に見事にやられたよって、楽しそうに話してくれたわよ。

八幡君には愛する彼女と幸せになって欲しいなぁ、ともね。

でもその時の事、詳しくは話してもらってないのよね、一体どうやって彼を倒したの?

しかも百層じゃなく七十五層なんでしょ?あの時は本当にいきなりだったから、驚いたわ」

 

 凛子はそう一気にまくしたてた。八幡と和人は顔を見合わせ苦笑すると、

明日奈が戻ってくるのを待ってから、その時の事を話し始めた。

 

「えっと、言葉の節々から、何となくヒースクリフが晶彦さんなんじゃないかと思って、

七十五層で罠を張って、襲う計画を立てたんです」

「……随分大雑把な説明ね」

「まあ、そこはおまけみたいな物ですからね」

 

 八幡はそう言うと、更に説明を続けた。

 

「で、ボス戦が終わった時点で、ヒースクリフのHPが半分くらいになるように、

わざときつい役目を押し付けた上で、戦闘後にキリトに奇襲をさせて、

ヒースクリフに不死属性が付加されている事を、攻略組全員の前で証明しました。

HPが半分を切ると、ダメージが通らなくなるんじゃないかと予想してたんですが、

バッチリ正解でしたね。で、その後ヒースクリフは、

全員を麻痺させた上で、代表者と一対一で戦い、もしその代表者が自分に勝てたら、

ゲームがクリアされたと認めるという条件を出してきました」

「あの人らしいわね」

 

 凛子が苦笑しながらそう言った。

 

「そして俺達は、キリトを代表に選びました。ちなみにその時俺は、

事前に何人かに、麻痺ポーションを手に握っておくように指示してあったんで、

全員で襲い掛かるつもりで、万全の体制を整えて事に当たりました」

「……そうなるって読んでたの?」

「さっき凛子さんも言ったじゃないですか、あの人らしいって。俺もそう思ったんですよ」

「なるほどね……」

 

 凛子はとりあえずそう頷いたものの、八幡の洞察力に感嘆していた。

 

(あの晶彦の裏をかくって事がどれほどすごいのか、この子は分かってるのかしらね。

やっぱりこの子に、私の今後の人生を預けるのが正解だわ。

うん、そんなこの子を気に入って、事前に連絡先を教えておいた、私大正解)

 

 そんな凛子の考えは露知らず、八幡は尚も説明を続けた。

 

「ところがそこで誤算がありまして……」

 

 八幡がそう言った瞬間、和人はビクッとした。

 

「キリトがヒースクリフに見事に釣られて、大技を繰り出しちまったんですよ。

その技は完全に読まれていて、硬直も長かったので、

焦った俺と明日奈は、予定を早めてヒースクリフへと突撃しました」

「本当にすまなかったって!」

 

 その瞬間に和人がそう言った。八幡は、穏やかな顔で和人に言った。

 

「お前以外だったら、もっと早くに倒されて終わってたさ。

それにお前、その後システムを越えるような根性を見せたじゃないか、だから気にするな」

 

 八幡はそう言った後、よくわからないという顔をしている凛子に、説明を続けた。

 

「話を戻すと、突っ込んだ俺に、いきなりアスナが言ったんですよ、『伏せて!』って。

俺はそれを聞いて、つい地面に伏せちまったんですが、その上をアスナが飛び越えて、

そのままキリトを庇ってヒースクリフの剣に貫かれ、HPを全損したんです」

「えっ?でも、明日奈ちゃんは生きて……あっ、まさか、その後十秒以内に決着したの?」

「やっぱり凛子さんも、その事は知ってたんですね。俺もそう確信してたんで、

焦って取り乱しましたけど、とにかく必ず十秒以内に倒そうって考えてました」

「でも何故十秒までなら安全だと確信を?普通そんな事、予想すら出来ないわよね」

 

 凛子の疑問はもっともだろう。八幡は凛子に、あっさりとこう言った。

 

「蘇生アイテムってのがあったんですけど、その説明文に、

死んでから十秒以内の使用でのみ効果を発揮って書いてあったんで、そこは確信してました」

「そんな物が……普通それだけで、そこまで考えつかないわよ……」

 

 凛子は再び八幡の洞察力に感心した。

 

「で、その後は?」

「俺も突っ込んで、わざとヒースクリフの剣で体を貫かせて、そのまま動きを封じました。

そこでこのキリトが、さっき言ったように根性を見せて、

硬直時間内にも関わらず、動き出す気配を見せたんですよ。

でもヒースクリフの方が一枚上手で、剣じゃなく盾でキリトにソードスキルを放とうとして、

やばい、このままだとキリトも倒されるって思ったその時に、

もう一人のネズハって仲間が、遠隔攻撃をヒースクリフの額に見事に命中させてくれて、

その隙にキリトが、俺の体ごと最短距離でヒースクリフに止めを刺してくれたんです。

これが最後の戦い、その全てですね」

 

 凛子はそれを聞いて絶句した。菊岡は少し涙ぐんでおり、陽乃は胸を押さえていた。

何度か聞いた話だったが、何度聞いても、陽乃にとっては胸が痛くなる話なのだろう。

 

「それじゃあ八幡君と明日奈さんは、一歩間違ったらその時に死んでたんじゃない」

「私、あのまま目の前で八幡君が倒されたら、多分終わりだって思ったんです。

でも私が先に死んでも、八幡君ならきっと何とかしてくれるって思って、つい……」

「もう二度とあんな事はするなよ、明日奈。

まあ実際俺も、明日奈がいない世界で一人で生きてくなんて気はまったく無かったから、

覚悟の上で、そのままキリトに俺ごとヒースクリフを攻撃させたんですけどね」

「私は直接は見てないんだけど、その後にキリト君が頑張ってくれて、本当に助かったよ」

「そうだな、えらいぞキリト」

 

 そう二人に言われた和人は、少し涙ぐみながらこう言った。

 

「確かに俺には、それでもリズが傍に残ってくれたかもしれないけど、

二人を失ってたら、俺は一生笑う事が出来なかったよ。本当に間に合って良かった」

 

 そして三人は当時の事を思い出したのか、泣きながら抱き合った。

そんな死線を越えた三人の絆を見せ付けられ、凛子はこう思った。

 

(そんなものを見せられたんじゃ、晶彦の考えが変わるのも当然よね。

人の意思が、システムを超えるかもしれないなんて、妄言だと思ってたけど、

晶彦が最後にそう言ったのも、それなら頷けるわね)

 

 凛子が無言なのを見て、八幡はあっと思い、慌てて凛子に言った。

 

「すみません凛子さん、俺達がその……晶彦さんを殺した事を、良かっただなんて……」

 

 凛子はその言葉にきょとんとしたが、直ぐにそれを否定した。

 

「え?それは違うわよ八幡君、分かってるでしょ?」

「俺達が倒した時点で、晶彦さんも解放されたって事ですよね?

それはそれ、これはこれですよ。俺達は本気で晶彦さんを殺すつもりで挑みましたから」

「それはまあ、感情だとそうかもだけど、

私達科学者は、そういうロジックで物を考える事は無いのよ。

あくまで結果が全て、分かるでしょ?」

「はい……」

「でもまあ、私の気持ちを大切に思ってくれたのよね?

それはそれでとても嬉しいわ。ありがとう八幡君」

 

 凛子はそう微笑み、SAOの話はこれで終わりとなった。

 

「さて凛子さん、この際ハッキリとさせておきたいんですが、

今後はソレイユにお世話になるって事で、話を進めていいんですよね?」

 

 菊岡のその問いに対し、凛子は陽乃の方を向きながら言った。

 

「その前に、一つ再確認させて欲しいんだけど、ねぇ陽乃、

いずれソレイユの社長に八幡君が就任するってのは、間違いないのね?」

 

 いきなり下の名前で呼び捨てにされた陽乃は、笑顔でこう返した。

 

「それで間違いないわよ凛子。誓約書でも書こうか?」

「いえ、それならいいのよ。菊岡さん、その方向で是非話を進めて頂戴。

私とメディキュボイドは、今後八幡君の主導で管理してもらう事にするわ。

その代わりに私は罪には問われない、そういう事でいいかしら?」

「日本政府の名の下に、それは保証します。

うちとしても、メディキュボイドの技術を海外にでも持っていかれたら困ってしまうのでね」

「オーケー、契約成立ね。これから宜しくね、ボス。そして未来のボス」

 

 凛子は陽乃と八幡にそう挨拶し、

こうしてあっさりと八幡は、メディキュボイドの技術を手にいれる事に成功した。

八幡は少し拍子抜けし、凛子にこう尋ねた。

 

「あの……なんで俺の事を、そんなに評価してくれているんですか?

最初会った時もそうでしたけど、そこが分からないんですが……」

「そんなの簡単よ、あの人嫌いで偏屈な晶彦が、あなたを傍に置いていた。

だから私も置く、本当にそれだけよ。

そしてあなたなら、晶彦の遺産とも言えるメディキュボイドを、

自分の利益の為だけに使おうとしたり、私をないがしろにしたりもしない。

他の企業はそこが信用出来ない、だから私はあなたの下に身を寄せる、オーケー?」

 

 その言葉に八幡は、少しまごまごしながら、しかし正直にこう答えた。

 

「え、いや、あの……実は俺、自分の目的の為に、

メディキュボイドを利用する気まんまんでここに来たんですけど……」

「そ、そうなの?」

 

 驚く凛子に、八幡は今回の経緯を説明した。

 

「そういう事、あはははは、いきなりそんな事を言うからビックリしちゃったわよ。

要するにその馬鹿に、死なない程度にお灸を据えたい訳ね。

オーケーオーケー、それならまったく問題は無いわ。それに八幡君、なんだかんだ言って、

そのお孫さんの事が心配なんでしょう?だから過程はどうであれ、

メディキュボイドをそのお孫さんの為に使うって、もう決めてるんでしょ?」

「いや、えっと、あの、俺はあくまで自分の目的の為にですね……」

 

 そう顔を赤くしながら、しどろもどろに答える八幡を見て、

ニコニコしながら明日奈が言った。

 

「凛子さん、八幡君は、こうやって褒められる事に慣れてないから、

ついこうやってツンツンしちゃうんですよ」

「お、おい、明日奈……」

 

 そして和人も続けてこう言った。

 

「八幡をデレさせるのは大変ですから、頑張って下さい」

「おいこら、和人までそういう事を言うな。俺は常に冷静だ」

「あははははは、そういう事、分かったわ、頑張ってみる。

ところで色仕掛けは通用するのかしら?」

「いや、それは多分中々難しいかと……」

「私の教育がいいんで!」

「あは、それは残念ね」

「い、いや、あの、凛子さん……」

「まったく、とんだツンデレさんなのね。

それじゃあ八幡君、私の事は、これからは凛子姉さんって呼んでくれてもいいのよ?」

 

 その言葉に、八幡は何か言おうとしたのだが、

それを遮って凛子の前に立ちはだかったのは、他に誰がいよう、陽乃だった。

 

「凛子、残念ながらその座はもう私の物よ」

「あら、いつから姉は一人じゃないといけないって事になったのかしらね。

菊岡さん、他に話が無いなら、その方向で話を進めてもらえるかしら。

これから私は、ちょっと陽乃と話をつけなくてはいけない用事が出来てしまったの」

「あ、はい、もう大丈夫です。残りの事務処理は任せて下さい」

 

 菊岡の言葉を聞いた二人は、そのままどっかとソファーに腰を下ろし、お互い睨みあった。




ちなみに喧嘩はしません!


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第228話 友達のいない二人

凛子は、原作よりも、少し姉御肌な女性に設定してあります。

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


 そんな二人を見て、どうしたものかと、残りの四人はまごまごしていたのだが、

凛子はそれに気付くと、今思いついたという風に四人に言った。

 

「今日は泊まっていくでしょう?そっちの奥に個室があるから、

そこで先にゆっくりしているといいわ。部屋の中のモニターにナビがついてるから、

それで調べてもらって、お風呂とかは好きに入っていいわよ。

ちなみに温泉なんだけど、当然混浴よ。でも湯浴み着も用意してあるから、

気にしないでみんなで入るといいわ。食事はどうしようかしらね……」

「あっ、それなら私が作りますよ。八幡君、和人君、手伝ってね」

「本当に?それは助かるわ、それじゃ、準備が出来たら呼んで頂戴ね」

「はい!」

 

 こうして、無事にメディキュボイドを入手する事が出来た八幡一行は、

長野の山奥で一泊する事になったのだった。

そして部屋に向かう途中、菊岡がおどけた調子で八幡に言った。

 

「八幡君にまた一人お姉さんが増えるのかな。

しかしあの二人、仲がいいんだか悪いんだか、まあ頑張ってくれよ、八幡君」

「相性は悪くないと思うんですけど、何の話をつけるんですかね」

 

 菊岡はその八幡の言葉に、何を言っているんだという調子でこう言った。

 

「それはあれだ、当然君の取り合いだろう?」

 

 その菊岡の言葉に、八幡は首を横に振った。

 

「多分それは口実ですね、凛子さんの方が、

ハル姉さんと二人っきりで何か話をしたかったような、そんな気配を感じましたね」

「あ、それ、私も思った」

 

 その八幡の言葉に、明日奈も同意した。

 

「明日奈もそう思ったか」

「うん、多分茅場さん絡みの事なんじゃないかな。

凛子さんは茅場さんの恋人だったみたいだし、

ハル姉さんは茅場さんとお見合いした訳でしょ?

だから凛子さんは、何かハル姉さんに言いたい事でもあったんじゃないかな」

「まじかよ、修羅場って奴か?俺、全然そんな事気が付かなかったよ」

 

 和人が少し落ち込んだようにそう言った。そんな和人に八幡は言った。

 

「そんなの分からない方がいいんだよ。お前は修羅場なんか経験せずに、

このまま自分の恋を全うしてくれ」

「う、うるさいな、言われなくても分かってるよ」

 

 和人は照れたようにそう言い、菊岡は、そんな若い三人を微笑ましく見つめていた。

 

「でも八幡も明日奈も、よくそういうのが分かるよな。

実は二人とも、修羅場ってほどの修羅場にはなってないだろ?

明日奈が、修羅場になる前に全部叩きつぶす訳だしさ」

「それはそうだけど、でもその代わり、八幡君に恋する人の視線には敏感になったから、

まあ今回の事はその延長だよ」

「なるほど、確かに明日奈も大変だよな……

まあ仲間内だと、完全に手綱を握ってるみたいだから、そこは問題無いだろうけどな」

 

 その和人の言葉に、明日奈は呆れたように言った。

 

「何言ってるの和人君。仲間内だけの話じゃなくてね、

実は里香だって、すごく苦労してるんだよ」

「え……まじで?」

「うん、だって八幡君も和人君も、うちの学校じゃ王子様って呼ばれてるし、

私も里香も、仲間内ならまあ問題無いんだけど、

次から次へと押し寄せる外部の女の子達を牽制するのが、すごく大変なんだよ?」

「王子様?何だよそれ」

「和人、知らなかったのか?実はな……」

 

 八幡は和人に、自分達が王子と呼ばれている事を説明した。

それを聞いていた菊岡は、思わず噴き出した。

 

「ぷっ……ごめんごめん、何か随分とすごい事になってるんだね」

「菊岡さん、笑い事じゃないです。おい、どういう事だよ明日奈」

「言葉通りだよ、学園のダブル王子、八幡君と和人君だよ。

だから、何とか二人とお近づきになろうとする子が沢山いて、私達も苦労してるんだよ」

 

 二人は明日奈のその言葉に呆然とした。

 

「俺もなのか……明日奈、なんかすまん……」

「まじかよ、今度里香に何かプレゼントでもしてやらないと……」

「まあ八幡君に関しては大丈夫。さすがに私は顔が売れてるから、

ちょっかいを出そうという子はそんなに多くないかも。でも里香はなぁ……

ねぇ和人君、今度里香に指輪でも送ってあげれば?

それを里香がアピールすれば、大分違うんじゃないかな」

「考えとく……」

 

 和人は知らなかったとはいえ、里香にそんな苦労をかけていた事を知り、少しへこんだ。

そんな和人に、八幡はニヤニヤしながら言った。

 

「せっかくだから、その指輪を左手の薬指にはめて、『里香、結婚してくれ!』

とか言ってみたらどうだ?もちろん学校の皆の前でな」

「そうだよ和人君、せっかくだから、『お父さんお母さん、里香を僕に下さい!』

って練習すればいいと思うよ?」

 

 明日奈もそれに乗っかり、それを聞いた和人は、顔を赤くしてこう言った。

 

「二人とも、この前俺が学校で言った事への仕返しかよ!」

「何の事だ?俺はただ、親切心で言ってるだけだぞ」

「そうそう、二人の幸せを願っての言葉だよ」

「ぐっ……」

 

 そんな二人に菊岡が、笑いながら言った。

 

「部屋に着いた事だし、二人とも、和人君をいじるのはそのくらいにしておいてあげなよ」

「ですね」

「は~い」

「いじってた事は否定しないのかよ!」

 

 そう和人に突っ込まれた八幡は、嬉しそうにこう言った。

 

「お、和人、いい突っ込みだな。最近は俺が突っ込み担当になってたから、

こうやって他人から突っ込まれるのは、何か新鮮ですごくいいぞ。

やっぱり俺の相棒は和人だけだな」

「それは別に嬉しく無いから!」

「おお……もう突っ込み王の称号は、和人の物だな」

「はぁ、じゃあもうそういう事でいいよ……」

「で、部屋割りなんだが、どうする?」

「いや、そこは突っ込めよ八幡!」

 

 明日奈と菊岡は、そのやり取りに大笑いした。

八幡と和人も、顔を見合わて楽しそうに笑った。

その後落ち着いた四人は、改めて部屋を確認し、考え込んだ。

 

「三部屋か、どうやって分ける?」

「俺と菊岡さんが一部屋、陽乃さんが一部屋、八幡と明日奈で一部屋だろ?」

 

 和人のその言葉に敏感に反応したのは、明日奈だった。

 

「か、和人君、そういうえっちなのは、まだ早いと思うんだ」

 

 そんな明日奈の頭をぽんと叩き、八幡は明日奈に諭すように言った。

 

「明日奈、和人はそこまで言ってない。ただ泊まるだけだと思って言ってるだけだぞ。

とりあえず落ち着け、な?」

 

 明日奈はその言葉で我に返ったのか、真っ赤な顔をして、八幡の後ろに隠れた。

和人はさすがにからかう事も出来ず、何と言っていいか分からないようで、

困った顔で八幡を見た。八幡は涼しい顔で事もなげに言った。

 

「俺と和人で一部屋、ハル姉さんと明日奈で一部屋、

俺達に聞かせられない政治的な話もあるだろうから、菊岡さんが一部屋、これでいいだろ」

「そ、そうだね、うん、それがいいと思うな!」

「そうだな、それがベストだな!」

 

 和人と明日奈は、気まずさを振り払うようにそう賛成し、菊岡もその意見に頷いた。

 

「それじゃ、荷物を置いたらご飯の準備ね。台所の場所も調べなきゃだね」

「だな、とりあえず菊岡さんは、部屋で事務手続きとかをしちゃってて下さい。

飯が出来たら呼びに来ますね」

「すまないね、八幡君。お言葉に甘えさせてもらうよ」

 

 こうして四人が各部屋に分かれた頃、陽乃と凛子は二人だけで話をしていた。

 

「あっちは楽しそうね」

 

 凛子のその呟きに、陽乃はこう答えた。

 

「あの三人は、言うならば戦友なんだしね、そりゃ仲良くもなるわよ」

「戦友、か……本当なら、私と晶彦もそのはずなんだけどね」

「で、話って何?もちろん姉云々の話じゃないんでしょ?」

「そうね……」

 

 凛子はしばらく黙った後、用件を話し始めた。

 

「昔晶彦がね、あなたの話をした事があったのよ。

あの人から女性の名前が出てくるなんて、すごく珍しい事でね、今でもハッキリ覚えてる」

「へぇ~、生意気そうな奴だったとか、気が強そうだったとか、そういう話?」

「ううん、あの人が言うにはね、あなたは、すごくつまらなそうな人だったって」

「へぇ~……」

 

 陽乃は、目を細めると、攻撃的な口調でこう言った。

 

「人の事をつまらない女だなんて、随分好き勝手な事を言っていたのね、あの男」

 

 その言葉を受け、凛子は慌ててこう言い直した。

 

「ごめんなさい、私の言い方が悪かったわ。

世の中の何もかもを、つまらなく感じているように見えた、彼はそう言っていたの」

「全然意味が違うじゃない。でもそうね……確かにそうだったかもしれないわ」

「でも今のあなたは本当に楽しそう。とても晶彦の言っていたような人には見えないわ」

 

 陽乃はその言葉にぐっと喉を詰まらせ、凛子の事を睨んでいたが、

やがてフッと力を抜いたかと思うと、凛子に言った。

 

「まあ、こんな事で突っ張ってても仕方が無いわね、その通りよ。

今の私は、毎日がとても刺激的で、楽しいわ」

「何があなたをそう変えたの?」

「そんなの決まってるじゃない、八幡君の存在よ」

 

 そう言い切った陽乃の顔を、凛子は黙ってじっと見つめていた。

その視線を受けて陽乃は、少しバツが悪そうにこう言った。

 

「……と、言いたい所なんだけど、それは多分、副次的な物なのかもしれないわね。

私は妹の頼みで彼を救おうと決意し、その過程で、私は彼の為だと自分に言い訳し、

妹と和解して、生まれて初めて親に逆らった。要するに親の敷いたレールから外れたの。

そしてそれは結果的に上手くいった。私達は、親に課された条件をクリアし、

そこで私は生まれて初めて自由になり、彼の為にありとあらゆる事をやったわ」

 

 陽乃はここで一息つき、凛子の反応をチラリと見ると、話を続けた。

 

「そして私は、モニター越しに、彼の成長を見守る事になった。

それはあくまで数値でしか無かったけれど、その数値の成長を見ながら、

私は色々な妄想をした。彼は今、何と戦っているのだろう、

もし私がそこにいたら、どうなっていただろう、とね。

そして私はいつしか、彼に恋をしてしまっている事に気が付いたわ。

そしてついに彼が戻ってきた。彼は戻ってからも、自分の大切な人を救おうと戦っていた。

そんな彼を見て、私は再び恋をした。ずっと我慢していた私は、

一度だけ我慢出来なくなって、彼に自分の妄想の事を話したわ。

そんな私を、彼は一切拒絶せず、とても素敵な想像ですねと言ってくれた。

その上で彼は、私の事を、特別で尊敬出来る大切な人だと言ってくれたわ。

それを聞いた時、私の恋は一応落ち着き、私は新たに大切な弟と妹を得た。

そして今、私は親の希望をも飲み込み、彼と共に更に羽ばたこうとしている。

だから今、とても楽しいわ。毎日が薔薇色に見える。どう?羨ましいでしょ?

あなたもそろそろ、色々な期待から解放された私を見習って、

茅場の亡霊から解放されてもいいと思うわ」

「……やっぱり、分かっちゃう?」

 

 凛子は搾り出すような声で、そう言った。

 

「私は好きな人に、こんな形だけど受け入れてもらった。でもあなたは違うものね。

もし私が八幡君に拒絶されてたらって想像したら、正直かなりしんどいもの。

あなたの場合は、受け入れてくれる人も解放してくれる人もいないから、

自分で自分を解放するしかない。それはとても大変な事よね」

「……私もあなたみたいに自由になれるかしらね」

 

 凛子のその問いに、陽乃はあっけらかんとこう答えた。

 

「私とあなたは違うから、正直何とも言えない。でもまあ研究に没頭してもいいし、

他に好きな人を作ってもいいでしょう。もしくは、またどこかで彼に会えると信じて、

その為に頑張ってみるのもいいんじゃないかしらね」

「また会えると信じて、か」

「まあ、その確率を一番高くする為には、八幡君の傍にいるのがベストでしょうね。

何たって彼、茅場の唯一のお気に入りですものね」

「ふふっ、確かにそうね。はぁ~、何かスッキリしたわ。

内緒の話を聞かせてくれて、本当にありがとね、陽乃」

 

 そう言われて、自分が何を話したのか思い出した陽乃は、珍しく頬を赤く染め、

軽く抗議するように凛子に言った。

 

「……何で私、あんたにあんな事を話しちゃったんだろ、本当に謎だわ」

「ふふっ、多分それは、私の事を対等な人間だと認めてくれたからじゃないかしら。

あなた、友達いないでしょ?」

 

 そう言われた陽乃は、ぐっと言葉に詰まると、こう反論した。

 

「それはあなただって同じでしょ?」

「ええ、そうよ」

 

 凛子にあっさりとそう返された陽乃は、それ以上何も言えず、

毒気を抜かれたように押し黙った。そんな陽乃に、凛子は笑顔で言った。

 

「ねぇ、それじゃあ陽乃、良かったら、私の友達になってくれない?

私も最近寂しいのよ、色々と愚痴を言ったり出来る相手もいないしね。

初めて話した時、あなたとなら上手くやっていける気がしたのよね。

あなたも私となら友達になれるんじゃないかって、本能で感じたから、

こうして色々と話してくれたんじゃない?」

「……そう、最初からそれが目的だったのね」

「嫌……なのかしら、それなら諦めるけど」

「そうね……」

 

 陽乃は俯いて考え込んだが、やがて顔を上げ、どこかスッキリした表情でこう言った。

 

「私のあだ名、魔王って言うのよ。それでもいいかしら?」

 

 そんな陽乃に、凛子はとても嬉しそうにこう言った。

 

「問題無いわ、これから宜しくね、魔王」

 

 そう言って差し出された凛子の手を、陽乃はしっかりと握り返した。

二人は以後、親友と呼べる関係になり、共に八幡を支えていく事になる。

そしてその頃、菊岡は一人ベッドに腰掛け、こう呟いていた。

 

「これで厚労省の依頼もクリアっと。ついでに経産省に頼まれている、

オーグマーとやらの開発に、凛子さんの協力が得られればなぁ……

まあそのうち、八幡君と陽乃さんに相談かな。今はとにかくメディキュボイドだしね。

それにしてもオーグマーか、何かあれ、うさんくさいんだよなぁ。

一応何かあった時の為に、監視だけはしておいた方がいいよなぁ……」

 

 八幡の知らぬ所で、他にも色々と、事態は動き続けているのであった。




最後のパートは、まあ開発時期がこれくらいかなと。


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第229話 長野の夜は終わらない

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「どうだ明日奈、何が作れそうだ?」

「う~ん、この材料だと、カレー……?」

「いいんじゃないか?キャンプみたいで楽しそうだし」

「まあ、他の選択肢は、ほとんど無いんだけどね」

 

 どうやら今夜のメニューは、ストックしてある食材から考えると、カレーになるようだ。

そして八幡と和人は、明日奈の指示に従って食材のカットを始めた。

二人とも、案外慣れた手付きで上手に包丁を使っている。

この辺りは、二人がソロ志向な事も関係しているのかもしれない。

まあ要するに、家に一人でいる事が多いというだけの話である。

 

「さて、後は煮込むだけだね。とりあえずちょっと休憩しようか」

 

 その明日奈の言葉に、和人はこう言った。

 

「それじゃあここは俺が見てるから、八幡と明日奈は外でも散歩してきたらどうだ?」

「そうか?それじゃあ明日奈、ちょっと外に出てみるか?」

「そうだね、それじゃ和人君、少しの間、ここをお願いね」

 

 そして二人は和人の言葉に従い、外に出る事にした。

空には満天の星が広がっており、八幡と明日奈はその光景に感動した。

 

「綺麗……」

「まあ関東に住んでると、こんな星空は見えないよな」

「見える場所もあるんだろうけどね」

 

 そう言って明日奈はクスリと笑った後、くしゃみをした。

 

「ちょっと寒いか?昼は暖かいのに、夜は思ったより冷えるんだな」

「そういえば、以前軽井沢に行った時、真夏だったけど、夜はひんやりしてた気がする」

「標高が高いとこうなのかもな。ほら、明日奈」

 

 八幡はそう言うと、ジャケットを脱ぎ、明日奈を抱き寄せると、

二人の肩にジャケットがかかるようにした。

 

「少し短いけど多少違うだろ」

「大丈夫、八幡君が暖かいから平気」

 

 明日奈は少し紅潮した顔で、八幡にそう言った。

 

「アインクラッドだと星空は見えないんだよな。あれはあれで嫌いじゃないが、

やっぱりこうして星空を見ると、現実に帰ってきたって実感するよな」

「さっきあんな話をしちゃった後だと、余計にね」

「そうだな……」

 

 二人はそう言いながら、そのまま星空を眺め続けた。

と、その時、一筋の流れ星が見え、八幡と明日奈は咄嗟にこう言った。

 

「ずっと明日奈と一緒にいられますように」

「ずっと八幡君と一緒にいられますように」

 

 二人はそう言うと、顔を見合わせてくすりと笑った。

 

「三回言わないといけないんだっけ?」

「二人で二回は言った訳だし、もう一回くらいはおまけしてくれるだろ」

 

 二人は再びクスリと笑い、明日奈は幸せそうに八幡に寄り添った。

 

「そういえば、さっき軽井沢に行ったって言ったじゃない。

その時は、丁度流星群が来てたんだよね」

「おお、どうだった?綺麗だったか?」

「うん、後から後からこう、流星が流れてきてね、本当にすごかった」

 

 明日奈はそう言うと、楽しそうに手を振り、そのせいか、少しよろけた。

 

「きゃっ」

「おっと」

 

 そんな明日奈を八幡は咄嗟に支え、そのせいで二人の顔が急接近した。

そして明日奈はそっと目を瞑り、八幡は、そんな明日奈にそっとキスをした。

二人はしばらくそのままでいたが、やがてどちらからともなく離れると、

再び明日奈は八幡に寄り添った。

 

「八幡君、えっと……愛してるよ」

「ああ、俺も愛してるよ、明日奈」

 

 二人はそう言うと、もう一度軽いキスを交わした。

 

「そろそろ戻ろっか、和人君も待ってるだろうしね」

「そうするか。そうだ明日奈、今度二人きりで、流星群がいつ来るか調べて、

どこかに見に行かないか?」

「いいの?やった!車もあるし、タイミングさえ合えばどこでも行けそうだね。

あ、ねぇ八幡君、私、ユイちゃんとキズメルにもこの星空を見せてあげたい」

 

 その明日奈の言葉を聞いた八幡は、盲点を突かれたのか、こう言った。

 

「そういえばあの二人は、星空を見た事なんか無いのかもしれないな」

「だよね、アインクラッドからは星空は見えないしね」

「何かいい方法は無いか、和人に相談してみるか」

「うん!」

 

 そして二人は、台所で待っている和人の所へと向かった。

和人は二人を見ると、からかうようにこう言った。

 

「おい八幡、唇に口紅が付いてるぞ」

 

 それを聞いた明日奈はドキっとしたが、八幡はまったく動じず、平然と言った。

 

「残念だったな和人、明日奈は口紅なんか使わなくても美人だから、

普段は口紅は使ってないんだよ。まあリップクリームは付けてるけどな」

「くっ……」

「まだまだ甘いな、和人」

「くそー、せっかくさっきの仕返しが出来ると思ったのに」

 

 和人は悔しそうにそう言った。そんな和人に、八幡は言った。

 

「なぁ和人、ちょっと相談があるんだが」

 

 そして八幡は、さっき明日奈と話した事を和人に相談した。

 

「実際に姿を映すとかじゃなければ、カメラとマイク、それにスピーカーさえあれば、

難しくはない気もするな。要はゲームの中と、直接会話出来る何かがあればいいんだよな」

「そういう事になるな」

「ちょっと考えてみるよ、アルゴとかにもアドバイスをしてもらえば、問題なさそうだし」

「すまんが宜しく頼む」

「任せとけって。しかしそれは盲点だったな、確かにユイちゃんやキズメルは、

星空ってものを、見た事が無いかもしれない」

 

 そう言って和人は、窓から星空を眺めた。

 

「この景色、あの二人に見せてあげたいよな」

「うん、きっと感動するんじゃないかなって思うの」

「二人は本当に優しいよな」

 

 和人はそう言って二人に微笑んだ。

そしてカレーもいい感じに完成し、明日奈に配膳を任せ、和人は菊岡を、

八幡は陽乃と凛子を呼びに向かった。その八幡の耳に、こんな言葉が飛び込んできた。

 

「ねぇ、それじゃあ陽乃、良かったら、私の友達になってくれない?」

 

 その後、出るに出られず、黙って二人の会話を聞いていた八幡は、

どうやら二人が友達になったのだと理解し、心の中で二人を祝福した。

 

(二人とも友達はいなさそうだし、まあ良かったんだろうな)

 

 そして八幡は、二人の会話が終わったタイミングを見計らい、

何気ない態度で二人を呼び、そして五人は、雑談をしながら楽しく食事をした。

 

「ふう~、食べた食べた、もうお腹いっぱい。

相変わらず明日奈ちゃんは、料理が上手よねぇ」

「ありがとう姉さん」

「ちなみにこれが、比企谷家の味なのかな?」

 

 八幡は陽乃にそう言われ、少し考えた後、こう言った。

 

「確かにそう言われるとそうかもしれませんね。いつもうちで食べてる味です」

 

 それを聞いた明日奈はガッツポーズをし、陽乃はそれを見てクスリと笑った。

 

「良かったわね明日奈ちゃん、八幡君のお墨付きが出たわよ」

「姉さん、私やったよ!」

「うんうん、えらいえらい」

 

 陽乃はそう言って、明日奈の頭を優しくなでた。

 

「さて、後はお風呂なんだけど、男女で分ける?それとも一緒に入る?

さっきも言ったけど、湯浴み着があるから、一緒でもまったく問題無いけど」

 

 凛子のその言葉に、八幡は当然のように言った。

 

「別に俺達は後でいいよな?女性陣から先にどうぞ」

「そう?それじゃあ明日奈ちゃん、凛子、八子ちゃん、行こっか」

「は?」

 

 そう言うと陽乃は、何故か八幡の手を引き、お風呂の方へと歩き出した。

明日奈も心得たもので、反対の手を握ると、同じように歩き出した。

 

「ちょ、ちょっと陽乃さん、離して下さいよ。明日奈も何やってんだよ」

「え?何?八子ちゃん、聞こえな~い」

「聞こえな~い」

「ちょ、待て、おい和人、見てないで何とかしろ、早く助けろ!」

 

 そう八幡に言われた和人は、自分が巻き込まれないように、すました顔でこう言った。

 

「何言ってるんだよ八子ちゃん、女性陣が先だって言っただろ?さっさと行ってこいって」

「う……」

 

 そして八幡はそのまま連行され、遠くから八幡の声だけが響いた。

 

「裏切り者~~~!」

 

 そんな八幡の声を受け、和人と菊岡は、顔を見合わせて苦笑した。

 

「八幡君は、本当にモテるよねぇ」

「まあ、こっちが巻き込まれなければ問題ないです」

「湯浴み着もあるらしいし、変な事にはならないだろうから、

僕たちはおもちゃにされた彼を、後で慰めてあげる事にしようか」

「ですね……」

 

 そして二人はそれぞれの部屋に入り、少し食休みをする事にした。

一方八幡は、脱衣所で追い詰められていた。

 

「ほら、八幡君が先に入るのよ。一分経ったら私達も中に入って脱ぎ始めるから、

急いだ方がいいと思うな」

「な、なんて卑怯な……凛子さん、黙って見てないで、この二人を止めて下さいよ」

「ん~?別に私は、君と一緒に入る事には別に抵抗は無いしねぇ」

「ぐっ……」

「はい、あと四十秒~」

「まさか四十秒で支度しなを、リアルでやる事になるとは……」

 

 八幡はそう言うと、手早く服を脱ぎ、湯浴み着を着て、急いで中に入った。

八幡は、なるべく女性陣を避けるように、こそこそと奥へと陣取った。

そして八幡は、手早く体を洗ってしまおうと、入り口に背を向けて全力で頑張った。

だが当然間に合うはずもなく、八幡の背に、誰かの手が触れた。

 

「うおっ」

「八幡君、私が背中を流してあげるよ」

「おお、良かった、明日奈だったか……」

 

 八幡は少しホッとしながらそう言った。

チラっと見ると、陽乃と凛子は、少し離れた所で自分の体を洗っていた。

湯浴み着は……着ていなかった。八幡は慌てて目を逸らし、明日奈の方を見た。

明日奈は湯浴み着を……ちゃんと着ていた為、八幡は心からホッとした。

 

「おい明日奈、何であの二人、裸なんだよ!」

「体を洗ってるからじゃないかな。大丈夫、お湯につかる時は、ちゃんとつけるから」

「頼むぞまじで……」

「それじゃ、背中を流してあげるね」

「おう、それじゃあお願いするわ」

 

 八幡は、陽乃と凛子が近付いてこない事に安心し、明日奈にそう頼んだ。

 

「うんしょ、うんしょっと、八幡君って、意外と背中が広いよね。

それに、思ったより筋肉がついてるんだね」

「そうか?まあさすがに明日奈と比べるとな。一応リハビリの後も、筋トレは続けてるしな」

「あ、そうなんだ、ちょっと意外」

「前の自分がどうだったか、あまり覚えてないんだよな……

だから不安で、ついついやっちまうんだよ」

 

 八幡のその言葉に不安を覚えたのか、明日奈は八幡にこう言った。

 

「私もちょっと、やってみようかな……八幡君の家に行った時にでも」

「あ~、まあ少しはやっておいた方がいいかもな。今度俺が見てやるよ」

「うん、お願い」

 

 そして明日奈が八幡の背中を流し終わった後、唐突に、陽乃と凛子が言った。

 

「それじゃ八幡君、次は私の背中を流してね」

「その次は私の背中な」

「いっ……」

 

 困惑する八幡に、明日奈がこう言った。

 

「その間に、私も前の方を洗っちゃうから、その次は私の背中もお願いね、八幡君」

「えっと、ちなみに拒否権は……」

「「「あるわけないでしょ」」」

「はい……」

 

 八幡は、諦めの気持ちで、陽乃と凛子の背中を順に流していった。

ちなみに視線は、焦点を合わせずぼんやりとさせておいた。

うっかり目の焦点を合わせると、凛子はともかく、陽乃の時はとてもまずい事になる。

八幡はとにかくそれだけは困ると思い、神経をすり減らしながら、

ついにそのミッションを完遂した。

そして二人は先に湯に漬かり、最後の明日奈の背中を流す番が訪れた。

 

「ふう……直視しないように、かなり神経を使ったわ……」

「ごめんね、私もちょっと調子に乗っちゃってたかも」

「いや、まあ、姉さんに逆らえる訳がないから、問題ない」

「私の背中を流す時は、神経を使わなくていいからね」

「ああ、そうさせてもらうわ……」

 

 その二人の熟年夫婦のような会話に、陽乃と凛子はこう言った。

 

「ねぇ二人とも、いつ結婚するの?もうすっかり夫婦みたいなんですけど」

「おうおう、妬けるねぇ」

「まあ、学生の間はさすがにちょっと、ね、八幡君」

「ちゃんと結婚式には呼びますから、心配しないで待ってて下さい」

「かーっ、だってよ、陽乃」

「若いっていいわよねぇ……」

 

 その二人の言葉に違和感を覚えた二人は、慌ててそちらを見た。

二人の目の前には酒瓶が置いてあり、二人は既に出来上がっているように見えた。

 

「げっ……」

「ど、どうしよう、八幡君」

「とりあえずさっさと温まって、あの二人を外に出そう」

「う、うん」

 

 八幡は、SAOの中で慣れていたのだろうか、慣れた手付きで明日奈の背中を流し、

二人で湯に漬かると、二人が飲みすぎないように、なんとか酒瓶を取り上げる事に成功した。

 

「もう、まだ飲み足りないのに」

「八幡君、横暴!」

「湯当たりしたらどうするんですか、ほら、もう十分温まったでしょう、早く出ますよ」

「まあいいわ、八幡君と、露天風呂じゃないけど、こうして一緒にお風呂に入れた訳だし」

 

 その言葉にピンときた八幡は、明日奈にこう尋ねた。

 

「なぁ明日奈、昔SAOの中で一緒に露天風呂に入った事、姉さんに話したか?」

「あ、うん、話したかも」

「そういう事か」

「そうそう、その話を聞いた時から、ちょっと憧れてたんだよね」

「姉さん……」

 

 明日奈はそう言うと、じっと八幡の顔を見た。

八幡は、ため息をつきながら、陽乃に言った。

 

「はぁ……もう少しだけですからね。あと、湯浴み着は絶対に脱がないで下さいよ」

「え~?それってフリよね?仕方ないなあ……」

「おい馬鹿やめろ、明日奈、姉さんを押さえろ!」

「う、うん、姉さん、正気に戻って!」

 

 それを見た凛子は、突然笑い出した。

 

「あはははは、三人とも、本当に仲がいいんだねぇ」

「何よ凛子、羨ましいの?」

「羨ましいに決まってるでしょ!まあ別にいいわよ、

絶対に私も、いつかその仲間に入れてもらうんだから!」

 

 こうして女性三人に囲まれながら、八幡の長野の夜は更けていったのだった。

ちなみにこの後八幡は、二人を運び出し、部屋まで送り届ける為にとても汗をかき、

再び風呂に入り直す事になったのは言うまでもない。



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第230話 男達の夜

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「この裏切り者どもめ……」

「おっ、八幡、また来たのか?実はお前、温泉好きだったんだな」

「裏切り者だなんてひどいなぁ、そもそも僕達が、

いつから君の味方だと錯覚していたんだい?」

「そうそう、俺達が、陽乃さんに逆らえる訳が無いじゃないかよ」

「ぐっ……俺もそうだから、何も言えん……」

 

 再び温泉に現れた八幡に、和人と菊岡はそう言い、八幡は肩を落としながらそう答えた。

八幡は黙ってシャワーで汗を流し、そのまま湯船に入り、和人の隣に座った。

 

「ふ~……しんどかった……」

「お疲れ様、八幡君」

「何だよ、本当に疲れてるみたいだな、そんなにひどかったのか?」

「いや、まあ、姉さんも照れ隠しでわざと乱暴に振舞ってる部分もあったみたいだから、

これも弟の努めだ、まあ問題ない」

「へぇ、あの陽乃さんがねぇ」

 

 和人が意外そうにそう言った。そしてその事で何か思いついたのか、続けてこう言った。

 

「そういえば八幡は、ソレイユの社長になるのか?寝耳に水だったから少し驚いたよ」

「そうだな……何か流されているような気がしないでもないんだが、

背負うって言っちまったからなぁ……」

 

 八幡の脳裏には、あの日の夜の、薔薇の言葉が浮かんでいた。

 

『拾った子犬なら、餌くらいやりなさいよ!』

 

 そして八幡は、自嘲ぎみに和人に言った。

 

「拾った子犬には、餌をやらないといけないからな」

「何だよそれ、意味が分からないぞ」

「この前薔薇が、俺にそう言ってきたんだよ。そして俺は、背負う覚悟を決めた訳だ。

しかしまあ、あの時は社長としてだなんて、まったく考えてはいなかったんだけどな」

「薔薇って、あのロザリアだよな?あいつがねぇ……変われば変わるもんだよな」

 

 そして和人は、何か思う所でもあったのか、少し考えた後にこう言った。

 

「ところで八幡はさ、狼に餌はやらないのか?」

「狼か……」

 

 八幡は和人の目をじっと見つめながら、こう答えた。

 

「狼は縛れないだろ。まあ、もちろん向こうから懐いてきてくれるなら、

喜んで餌をやるつもりなんだけど、な」

「なるほど、飼うつもりはあるんだな」

「そうなったらまあ、放し飼いだけどな」

 

 その八幡の言葉に、和人はニヤリとした。

 

「放し飼いにするつもりなのか?」

「狼を鎖に繋いでも、狼の長所を殺すだけだろうさ」

「狼は別に、鎖に繋がれてもいいと思ってるかもしれないぞ」

 

 八幡はその和人の言葉を聞くと、スッと目を細めて、真顔でこう言った。

 

「何?お前実はドMなの?」

「おいい?せっかく今、ハードボイルドで大人な感じの雰囲気だったのに、

何でいきなり素に戻ってんだよ!今は俺の就職の話だろうが!」

「落ち着け和人、お前も身も蓋もなく、ストレートに言っちまってるぞ」

 

 その和人の抗議にそう答えた後、八幡はまったく違う事を言った。

 

「もしかしたら、熊猫も来るかもしれないな」

「うわ、今会議中に、ふんぞり返る八幡の横で、辣腕を振るう熊猫の姿が目に浮かんだぞ。

大丈夫か?お前、あの二人の尻に敷かれるんじゃないか?あ、明日奈を入れれば三人か」

「まあ、そこらへんは上手く仕切ってみせるさ」

「まあ、実はまったく心配無いんだろうけど、一応頑張れって言っておくか。

本当に困ってたら俺が助けてやるから」

「ああ」

 

 そう言うと和人は右手の拳を上げ、八幡はその拳を、自分の拳でコツンと叩いた。

その二人の姿を見ていた菊岡は、羨ましそうな表情をしながらも、おずおずと八幡に言った。

 

「えっと、八幡君さ、狐にも餌を与える気はないかい?」

「狐はいらないです、狸と化かし合いでもしてて下さい。

その方が、うちにとっては都合がいいんで」

「まあ、そうだよね。うん、ちょっと聞いてみただけだから……」

 

 菊岡は、その答えを予想していたようだったが、あからさまに落ち込んだ様子で言った。

 

「菊岡さんは、役職的にはかなり上のはずですよね?それなのに、何でうちに?」

「……各方面からのプレッシャーがきついんだ。

今回も厚労省から、早く何とかしろ何とかしろって無言の圧力が凄かったんだよ?

幸い上手く解決したから良かったけど、最近はそのせいで、ちょっと胃が痛くてね」

「その割には、いつも飄々としてるように見えますけどね」

 

 その和人の言葉に、菊岡は胃を押さえながら言った。

 

「表面上はそう見せてないと、どんどん要求が激しくなってきちゃうから、

そこらへんはまあ、ね」

「菊岡さんも、苦労してるんですね」

 

 和人は気の毒そうに菊岡にそう言った。菊岡は頭をかきながら、

そんな和人に笑顔を向けたが、そんな二人に、八幡は淡々とこう言った。

 

「まあ今回の事で、和人と菊岡さんが、

姉さんにこき使われたいドMだという事はとても良く理解しました」

「ちょっ……」

「こっちに飛び火した!?」

「だって、そういう事になるじゃないですか」

 

 八幡は、ニヤニヤしながら菊岡にそう言い、菊岡は慌てて反論した。

 

「たっ、確かにそうかもしれないけど、僕はあくまで、君との関係を大切にしてるんだ」

「そ、そうだぞ八幡、これは友情だ、友情!」

「やだなぁ、冗談ですってば。菊岡さんには本当に感謝してますし、

俺、菊岡さんの事、すごく好きですよ。

それに和人とは、一生一緒にいる事になるだろうなって思ってますよ」

 

 二人はその言葉に少しうるっときたのか、八幡の手を握ってこう言った。

 

「八幡君……僕も同じように思ってるからね!」

「八幡、俺達、これからもずっと一緒だぞ!」

 

 八幡は、そんな二人に笑顔で言った。 

 

「だからちゃんと、二人の性癖の事は秘密にしておきますから、心配しないでいいですよ」

「違うからね!?」

「今すごくいい場面だっただろ、ぶち壊しだよ!」

 

 こうして二人との友情を深めつつ、八幡のこの日の夜は終了した。そして次の日の朝。

 

「八幡君、僕は他の人達が来るのを待たないといけないから、ここで一旦お別れだね」

「はい、菊岡さん、後はお任せしますね」

「凛子、とりあえずあなたの住む所は用意しておくから、

面倒臭い事は全部菊岡さんに押し付けてさっさと合流するのよ」

「ちょっ」

「分かったわ、お世話になるわね、陽乃」

 

 菊岡が何か声を上げかけたが、二人はそれを無視して会話を続けた。

八幡は、そんな陽乃と凛子の様子に少し驚いた。

 

「昨日の夜は睨み合ってたのに、二人は随分仲良くなったんですね」

「それはまあ、昨日友達になったしね」

「なるほど」

 

 その凛子の言葉を受け、昨夜の二人の様子を思い出した八幡は、

改めて陽乃の顔をまじまじと見つめた。その視線を受け、陽乃はあっさりとこう言った。

 

「ほら、お姉ちゃんって、誰とでもすぐに心から本当の友達になっちゃう性質だから」

「すみません、今までの自分の行いを思い返してから、もう一度発言してもらえますかね」

「ん~?」

 

 陽乃は頬に人差し指を当て、何度かトントンとした後、再び笑顔で言った。

 

「ほら、お姉ちゃんって、誰とでもすぐに心から本当の友達になっちゃう性質だから」

「友達いない癖に、見栄ばっか張ってんじゃねえっつってんだよ!」

 

 八幡は即座に突っ込み、それを聞いた陽乃は、頬をぷくっと膨らませながら反論した。

 

「ひど~い、八幡君、お姉ちゃんにだって、友達くらいいるわよ!」

「その分厚い強化外骨格に頼らなくていい友達は、何人いるんですか?」

 

 陽乃は、少し考えた後にこう答えた。

 

「明日奈ちゃん」

「それはカテゴリーとしては、妹ですね」

「雪乃ちゃん」

「それは正真正銘の妹です。後、ギルドメンバー以外でお願いします」

「薔薇」

「それは下僕以外の何者でもないですね」

「エルザちゃん」

「それは信者ですね、友達では無いです。向こうもそうは思っていないはずです」

 

 陽乃は更に頬をぷくっと膨らませ、八幡に言った。

 

「もう~、八幡君は、心が狭いなぁ」

「陽乃さんの友人関係よりは広いですよ」

 

 陽乃は悔しそうに八幡を見つめていたのだが、何か思いついたのか、真顔でこう言った。

 

「分かったわよ、友達ね。それじゃあえっと、やっぱり八幡君」

「だからギルドメンバー以外だとあれほど」

「八幡君」

「いや、だからですね」

「八幡君」

「え~っと……」

 

 予想外の展開に口ごもる八幡の頬を、そっと両手で挟み込み、

八幡の目をすぐ近くで見つめながら、陽乃は言った。

 

「八幡君が、私の一番の友達よ」

「えっと……ぁぅ……はい」

「よっしゃあ、私の勝ち!」

 

 八幡が目を伏せ、肯定した瞬間、陽乃はガッツポーズをした。

 

「姉さん、相変わらずの魔王パワープレイだね!」

「俺、八幡がこんなに簡単に負けるとこ、初めて見たよ」

「見事な逆転勝利でしたねぇ」

「二人は思った以上に仲良しさんなのね」

「凛子さん、それじゃあ先に帰って待ってますね、菊岡さん、凛子さんの事、お願いします」

 

 八幡は照れ隠しなのか、突然そう言い、キットの運転席に乗り込んだ。

そんな八幡の姿を見た五人は、含み笑いをした。

 

「八幡君、照れてるみたい」

「どう凛子、八幡君ってかわいいでしょ?」

「これは一刻も早く、合流して仲間に入れてもらわないといけないわね」

「お、おい八幡、帰りも俺を運転席に乗せてくれよ、ジャンケンだ、ジャンケン!」

「それじゃあ、こちらの事は任されました」

 

 ちなみにこの後のジャンケンでは、見事に和人が勝利した。

こうして帰りも運転席に座る事となった和人は、すっかりキットと仲良しになった。

 

「和人もまだまだ子供だな」

「ほらほら八幡君、姉さんに負けたからって、すねないの」

「明日奈、俺は負けてない。ちょっと姉さんに華を持たせただけだ」

「はいはい」

 

 明日奈はそう言うと、そっと八幡の肩に頭を乗せた。

八幡はまだ悔しいのか、明日奈が頭を乗せやすいように、肩の高さを調節しつつも、

少しすねた顔で、じっと窓の外を見つめていた。そんな八幡に明日奈が囁いた。

 

「帰ったら、今度は京都だね」

 

 八幡はその言葉を受け、明日奈の方を見ながら言った。

 

「材料は一応確保出来たし、章三さん達の予定が空き次第、

結城本家にしがらみを絶ちにいくぞ、明日奈」

「うん、ありがとう、八幡君」

 

 こうして無事に、メディキュボイドを凛子とセットで入手した八幡は、

京都にある結城本家へと、いよいよ乗り込む事となった。

 

 

 

その帰り道の事である。トイレ休憩の為に寄った高速のインターで、

突然八幡の携帯が鳴った。ちなみに今車内にいるのは八幡だけであった。

そこに表示されている名前は、『拾った子犬』となっており、八幡は、何だろうと思いつつ、

スマホの通話ボタンを押した。

 

「どうした薔薇、何かあったのか?」

「一応連絡しておこうと思って。ゼクシードが、シャナの首に賞金を掛けたわ。

酒場で仲間を集めて、シャナ達を襲撃しようとしているの」




最後にしれっと。


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第231話 信頼の証

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「そうか、あの馬鹿が動いたか。敵は何人くらいだ?」

「二十人くらいかしら、でもほとんどが新人ね。

ほら、あんたってBoBの決勝の動画が中継されるまでは、

まったくの無名だったじゃない。だから今も、あんたの情報はほとんど流れてないみたいで、

それを警戒してか、古参のプレイヤーはまだ動こうとはしていない感じね」

「なるほど、状況は分かった。後はこちらで対処する。

ご苦労だったな薔薇、俺達も後で合流するから、ひき続き監視を頼む」

「分かったわ、任せて」

 

 そこで薔薇との通話は終了した。丁度その時、明日奈が戻ってきた。

 

「八幡君、お待たせ!」

「ん、和人と姉さんは?」

「二人は飲み物を買うからって、売店に行ったよ」

「そうか……なあ明日奈、家に戻ったら、すぐにGGOに入れるか?」

 

 八幡が少し緊張した様子でそう言った為、明日奈はきょとんとしながらこう答えた。

 

「大丈夫だけど、何かあったの?」

「ああ、実は……」

 

 八幡の説明を聞いた明日奈は、どんと胸を叩いた。

 

「分かった、返り討ちにいくんだね、任せて!」

「いや、今回はあの三人に任せるつもりだ。俺達は基本手出し無用のバックアップだな」

「あ、そうなんだ?」

「特にシノンには、スナイパーとして成功してもらいたいからな。

ついでにピトにも、今の殻をある程度破って欲しいと思ってる。

そのために保険を一つ掛けておいたから、今回はそれを使おうと思う」

「へぇ~、どんな?」

「実はな……」

 

 その八幡の説明を聞いた明日奈は、少し驚いた。

 

「そっか、八幡君は、そこまであの二人の事を買ってるんだね」

「俺の目に狂いが無ければ、あいつらは化けるはずだ」

「なるほど……それじゃあ八幡君、二人が戻ってくる前に、小町ちゃんに連絡だね」

「ああ」

 

 そして八幡は小町に電話を掛けると、何事か指示を出し始めた。

一方その頃、GGOでは、丁度ピトフーイがシノンの姿を見付けた所だった。

 

「あっ、シノノンじゃん、やっほー!」

 

 ピトフーイはシノンに、軽い調子でそう呼びかけた。

それに対してシノンは、普通にピトフーイに手を振り返した。

この二人、もうすっかり友達である。

 

「ハァイ、ピト、今日はシャナ達は?」

「今日はまだ見かけてないなぁ。そろそろシャナ成分が切れちゃうよぉ!」

「ふ~ん、今日はどうする?集まったら皆で何かする?」

 

 シノンも心得たもので、そのピトフーイの言葉を華麗にスルーした。

 

「シノノン、スルーしないでよ!」

「え~?だってあんたがシャナ大好きなのは、今更だし……」

「シノノンだって、シャナ……」

「ピトさん、シノンさん!」

「ケイ、待ってたわ!」

 

 まさにちょうどその時、遠くからベンケイが走ってくるのが見えた。

シノンはピトフーイの言葉を遮るように、ベンケイにそう呼び掛けた。

 

「ケイ、今ちょうど、これからどうしようかって話してた所なの」

「そ、その事なんですが、ついさっき、お兄ちゃんから緊急連絡が」

「シャナから?」

「緊急連絡?」

 

 二人は頭に疑問符を浮かべながらそう言った。

ベンケイはそんな二人を、レンタルルームへと誘った。

 

「とりあえず誰かに聞かれると困るので、部屋を借りてそこで説明します」

 

 そのベンケイの言葉に剣呑な雰囲気を感じたのか、

二人は黙ってベンケイの後に続いた。レンタルルームに入ると、そこには先客がいた。

 

「ロザリアちゃん!」

「ロザリアさん、わざわざありがとうございます」

「あ、初めまして。えっと……誰?」

 

 ロザリアとは初対面のシノンに対し、ベンケイがこう説明した。

 

「ロザリアさんは、お兄ちゃんの、え~っと……専属情報屋です」

「綺麗に言い変えたねケイ。シノノン、ロザリアちゃんはね、シャナの次席の下僕だよ!」

「初めましてシノンさん、私はシャナの筆頭下僕であるロザリアです」

「筆頭は私だよ!」

「私です」

「あ~はいはい、分かったから、それは二人の時に存分にやりあってね」

 

 シノンは何となく二人の関係を察し、これ以上付き合えないとばかりにそう言った。

そしてベンケイが、ここぞとばかりに会話に割り込んだ。

 

「という訳で、ロザリアさんから説明してもらいます!ロザリアさん、どうぞ!」

「それでは説明します。私が集めた情報によると、ゼクシードというプレイヤーが、

シャナの首に賞金を掛けました。近日中に襲撃してくるものと思われます」

 

 その言葉を聞いたピトフーイとシノンは、あまりに予想外の話だった為、ぽかんとした。

 

「ゼクシードって、BoBでシャナに真っ二つにされた、あの?」

「あはははは、シノノンの認識もやっぱりそれなんだね。うん、あの糞雑魚だよ」

「BoBの決勝に残ったくらいだから、それなりに腕は立つんだろうけど、

やっぱりあの姿を何度も見ちゃうとねぇ」

 

 シノンはそう言って肩を竦めた。

 

「でもいくら賞金を掛けたと言っても、あのゼクシードに協力する人なんているのかなぁ?

あいつって、基本嫌われ者じゃない?」

「はい、古参のプレイヤーは誰も彼の呼びかけには答えませんでしたね。

集まったのは、お金に困ってる中堅プレイヤーと新人が二十人前後といった所です」

「うんうんうん、やっぱりかぁ」

 

 ピトフーイは、そのロザリアの言葉に激しく頷いた。

そして次に、シノンがロザリアに質問した。

 

「新人って、武器とか装備、まともに持ってないんじゃない?」

「はい、どうやらゼクシードが自腹で買い与えたようですね」

「そうなんだ、あいつ、案外お金持ちなんだね」

 

 シノンはその事実に、少し驚いたように言った。

 

「彼は今回、シャナを倒す為に、全財産をつぎ込む事にしたようです」

「嘘ぉ?あいつもしかして、想像以上に馬鹿なの?」

「一回倒す為だけに全財産って……」

「ね、死んでも街に戻って、それで終わりじゃんねぇ?」

「つまり、そこまでシャナに対し、恨みを持っているという事ですね」

 

 そのロザリアの言葉に、他の三人は腕組みをしながら考え込んだ。

 

「BoBは、一応最高峰の大会な訳じゃない、そこでいくら真っ二つにされたからって、

そこまで恨みに思うものなのかな?」

「どうですかね……」

「あ、もしかして、この前の件なんじゃない?ロザリアちゃん」

「あいつ絡みで何かあったの?」

 

 ロザリアはそのピトフーイの言葉に頷き、シノンはそれを見てそう質問した。

 

「以前シャナと待ち合わせをしていた時に、

ゼクシードが私を、それはしつこくナンパしようとしてきたんです」

「うわ、あいつやっぱりそういう奴なんだ」

「で、最初は人違いだと困るから、私がロザリアちゃんかどうか確かめたんだけど、

本人だって確認が出来たから、大声でシャナにそう報告したの」

「ふむふむ」

「そしたらシャナがいつの間にかいなくなっててね、

それであいつが、シャナなんかいないじゃないかって言った瞬間にね、

魔法みたいにシャナがあいつの後ろに現れて、あいつの首にナイフを突きつけたの」

 

 ピトフーイは、少しうっとりしながらそう言った。

 

「でね、あいつが、『て、てめえ……シャナ』って言った瞬間、シャナがあいつに言ったの。

『あ?さんを付けろよデコ助野郎。お前、俺にもう一度真っ二つにされたいのか?』って」

「うわ……それ、ちょっと見てみたかったな」

 

 シノンのその言葉に、ロザリアはハッとした顔でこう言った。

 

「あ、実はその時、情報収集に役立てようと、私、撮影してました」

「本当に!?見せて見せて!」

「ロザリアちゃん、私にも!」

「あ、それじゃあ私にも」

「分かりました」

 

 ロザリアはそう言って、レンタルルームのモニターで動画を再生した。

それを見た三人は、それぞれ別の反応を見せた。

 

「うわ、お兄ちゃん、完全に怒ってる……」

「本当に消えたみたいに見えるね……すごいなぁ」

「はぁ……やっぱりシャナ、格好いい……」

「この最後の台詞で、ゼクシードの顔が真っ赤になってるね、よっぽどむかついたのかな?」

 

 シノンはそう言いながらロザリアの方を見た。

ロザリアはその視線を受け、真顔でこう言った。

 

「ゼクシードはまだ若いと思われますが、デコ助に反応したように見えますし、

恐らく若ハゲなのでしょう」

 

 三人はその言葉を聞いて笑い転げた。

 

「ロザリアちゃん、面白い!座布団一枚持ってきて!」

「あははははは、確かにそうかもだけど、あははははは」

「ロザリアさん、ナイスジョークです!」

「えっ?いや、私は別にジョークのつもりは……」

 

 困惑するロザリアをよそに、三人はしばらく笑い続けた。

それを見ていたロザリアも、釣られて笑い始め、その場にはしばらくの間、

四人の笑い声が響き続けた。やがて笑い疲れたのか、ピトフーイがベンケイに言った。

 

「で、ケイ、シャナはこの事については何て?」

「あっ」

 

 ベンケイはその言葉で我に返ったのか、慌てて他の三人に言った。

 

「三人とも、ストップストップ!それに関して、シャナから伝言を預かっています!」

「えっ?」

「シャナから伝言?なんだって?」

 

 ベンケイは、少し間を置く為に深呼吸をし、落ち着いた声で言った。

 

「多分ゼクシードは仲間を集めた後、必ず一度は外に連れ出して、

最低限戦えるように教育しようとするはずだから、私とピトさんとシノンさんで、

そこを襲って全滅させろと、そうお兄ちゃんは言ってました」

「うわお、三人で、二十人相手に奇襲をかけて、全滅させろって?」

「新人が混じってるなら、そこまで大変じゃなさそうだけど、事故はありそうだよね」

「まあ誰かが死んでも、目的を達成出来ればいいのかな」

 

 そう言葉を交わす二人に対し、ベンケイが言った。

 

「それに伴い、お二人に、渡す物があります!」

「え?」

「ん?」

 

 そう言ってベンケイが取り出したのは、二振りの短剣と、そして……M82だった。

 

「そ、それって……」

「シャナのM82じゃない……」

「お兄ちゃんの愛剣と愛銃です。これをお二人に託します」

「ほ、本当に?」

「これを私達に?」

 

 ごくりと唾を飲み込みながら、そう言う二人に、ベンケイは厳かな声で言った。

 

「『むかつくあの馬鹿を、これで軽く捻ってこい』お兄ちゃんは、そう言いました」

「そんな……」

「もし私達がうっかり死んだら、

そのアイテムがドロップしちゃって、消滅するかもしれないじゃない」

「私もそう言ったんですけど、お兄ちゃんは、その心配は絶対に無いって言ってました」

 

 それは、シャナからの最大級の信頼の言葉だった。

その言葉を受け取った二人は、武者震いを止める事が出来なかった。

そしてピトフーイは、ベンケイから短剣を、シノンはM82を、黙って受け取った。

その二人の目はギラリと光を放っており、二人は、絶対にシャナの信頼に応えようと、

炎を発するが如く、激しく燃えていた。

 

 

 

 ……狩りの時間が始まる。



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第232話 荒野の蹂躙戦

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「私ちょっと、滅多に人が来ない近場で、これを試射してくる。

ロザリアさん、誰か来ないかどうか、見張っててもらえない?」

「分かりました」

「ケイ、ちょっと近接戦闘の練習に付き合って」

「いいですよ。シノンさん、時間が無いから一時間後にまたここに集合で」

「オーケーよ」

 

 こうして四人は慌しく動き出した。実は八幡は、もし誰かが死んでも、

ロザリアにドロップ品を回収するように指示を出していたのだが、

ロザリアはその事を言おうとはしなかった。八幡に口止めされていた為である。

小町もその事には薄々気付いていたが、何も言わなかった。

そして一時間後、四人は再集結し、ロザリア一人が情報収集の為に外に出た。

 

「シノノン、どうだった?」

「筋力は足りるけど、かなり重い。移動するのに問題は無いけど、

私にはまだ、固定砲台としてしか運用出来ないかも」

「十分ですよ。それじゃあシノンさんの遠距離狙撃で戦闘開始ですね。

最初に出来るだけ倒してもらって、混乱した敵を片っ端から狩りましょう」

「分かったわ、最初にゼクシードさえ倒せれば、後は問題ないだろうしね」

「はい!」

 

 そのベンケイの提案に、二人はすぐに同意した。

そしてシノンは、少しはリラックス出来たのか、ニヤニヤしながらピトフーイに言った。

 

「ねぇピト、もし間違って、あなたの頭を撃ち抜いちゃったらごめんね」

「えっ?まあそれならそれで、ちょっと興奮するかも……

って、駄目駄目、シャナの武器が無くなっちゃったら、私絶対に怒られる……

でもそれもかなり興奮するかも……」

 

 そう呟くピトフーイから、ベンケイとシノンはズザッと距離を取った。

 

「ちょっとちょっと、何で二人とも、そんなに遠くに移動するの?」

「へ、変態が染るのはちょっと……」

「私、最近あんたの事、全然普通じゃんって思ってたけど、やっぱり勘違いだったわ」

「シノノンだって、シャナ……」

「皆さん、今戻りました」

「ロザリアさん、待ってたわ!」

 

 まさにちょうどその時、ロザリアが入室してきた。

シノンはピトフーイの言葉を遮るように、ロザリアにそう呼び掛けた。

どこかで見たような光景である。

 

「今大雑把だけど、三人で作戦を決めてた所なの」

「後ね後ね、シノノンが実はシャナ……」

「ロザリアさん、何か報告があるんじゃないの?

さあ、ピトも雑談はそのくらいにして、ロザリアさんの話を聞きましょう」

「むぅ……中々手ごわい……」

 

 ピトフーイはそう呟いたが、時間が無いのは確かなので、ここは一旦引く事にしたようだ。

そしてロザリアが、シノンに促されて報告を始めた。

 

「こちらにも動きがありました。ついさっきゼクシードが、

集めた仲間を引き連れてモブ狩りに出かけました」

「オーケー、みんな、狩りの準備を始めましょう」

 

 ピトフーイは、その先ほどからの、ロザリアの丁寧な物言いに疑問を抱いたのか、

空気を読まずにロザリアにこう言った。

 

「ねぇ、さっきから思ってたけど、ロザリアちゃんは何でいつもとキャラが違うの?

確かに普段は控えめな態度でいるって話は聞いたけど、

最近私といる時は、もっとこう、婚期を逃しそうで、何とかいい男を捕まえて、

色仕掛けで既成事実を作ってしまおうと焦ってる、お局様みたいな態度だったじゃない?

もしかしてシノノンがいるから猫を被ってるの?それなら大丈夫だよ。

シノノンは、今度リアルでケーキ食べ放題に一緒に行こうとしてるくらい、

私と一緒でもうすっかりシャナの虜だから、信用して地を出しちゃってもいいんだよ?」

 

 そのピトフーイの言葉に、シノンは反論しようとしたのだが、

それより先に、ぷるぷると肩を震わせたロザリアがこう叫んだ。

 

「誰が婚期を逃しそうで、何とかシャナを相手に、

色仕掛けで既成事実を作ってしまおうとたまに思ってしまう、花の乙女なのよ!」

「うわ……ロザリアちゃん、本音がだだ漏れだよ。

あとこっそり最後を改変しないで。お局様だよ、お局様」

「ロザリアさんって、こういう人だったんだ……」

「これはお兄ちゃんに報告せねば……」

「ちょっ、ケイさん、それはやめて!もうお局様でいいから!」

 

 どうやらロザリアにとっては、お局様認定よりも、シャナへの報告の方が嫌なようだ。

そしてロザリアはベンケイに、ぺこぺこ頭を下げた。

 

「ごめんなさいごめんなさい、ちょっと調子に乗りすぎたわ。

今度何かプレゼントするから、シャナには内緒で、ね?」

「やった~、タナボタでプレゼントをゲット!

ロザリアさん、今度お兄ちゃん経由で、必ず連絡するね!」

「あっ……うん」

「シャナを経由してとか、ケイも意外と容赦ないわね。

完全に逃げ道を塞いでるじゃない……」

「そりゃあ、あのシャナの妹だからね」

「ああ、その言葉、すごくしっくりくるわ……」

 

 こうして多少のトラブルはあったものの、三人は、

ロザリアの案内で早速ゼクシード達の下へと向かう事にした。

 

「よ~し、殺すと書いて殺りにいくよ!野郎ども、今日は女子会だ!」

「「お~!」」

 

 そのピトフーイの言葉は、内容的には色々とおかしいものであったが、

ベンケイとシノンはそれに同調し、気勢をあげた。

そして四人は出撃し、ロザリアが案内を務めた。

そんな三人をこっそり見つめる者達がいた。シャナとシズカである。

 

「何とか間に合ったな」

「それじゃ、見つからないようにこっそり見学しよっか」

「まあ、多分あっさりと終わるだろうけどな」

 

 二人はそのまま、先行する四人の後をつけていった。

ちなみにその際は、姿が見えなくなるギリギリの距離から単眼鏡を使っていた。

それは何故かというと、当然の事ながら、ピトフーイのありえない勘に対する対策である。

 

「ゼクシード達はあそこか」

「ここって、かなり見通しのいい荒野だよね」

「まあ新人を連れてモブ狩りをするなら、

プレイヤー狩りが近付いてきた時にすぐ見つけられるように、

こういった開けた場所で戦うのはセオリーではある。ただし、狙撃される恐れが無ければな」

「シノノンのお手並み拝見だね」

「だな」

 

 一方その頃、先行していた四人は、少し離れた岩場で最後の確認を行っていた。

 

「それじゃあ私は戻るけど、あんた達、絶対に死ぬんじゃないわよ」

「ロザリアさん、やっぱり普段はそういう話し方なんだ」

「ロザリアでいいわよ、シノン。さっきまでの姿は、擬態よ擬態。

情報収集の基本なんだって。もっとも師匠の受け売りなんだけどね。

守ってあげたくなるような大人しい女性を前にすると、男は口が軽くなる、ってね」

「なるほど……」

「それじゃあ私は街へ戻るわ。勝利の報告、期待しているわよ」

 

 そう言ってロザリアは去っていった。もっとも実際は、シャナ達と合流しただけである。

 

「ロザリアさん、こっちこっち」

「あいつらの様子はどうだ?緊張したりしてないか?」

「大丈夫、やる気満々よ。でも変に入れ込んだりはしていない」

「理想的な状態だね」

「ええ」

 

 その間に、シノンはその場にある岩山へと上り、既に狙撃体制を整えていた。

 

「ケイ、ピト、どうやらゼクシードは、一人で指揮をしながら監視をしているみたい。

指揮している最中に進んで、監視状態になったら停止で、タイミングは私が指示するわ」

「「了解」」

 

 そしてベンケイとピトフーイは、いわゆるほふく前進で、じりじりと前へと進んでいった。

二人は、移動と停止を繰り返し、今や、敵から百メートルくらいの距離にまで近付いていた。

 

「これ以上はまずいわね、いつ見つかってもおかしくはない。

二人はもう、そのまま進んで頂戴。発見された瞬間に、私があいつを狙撃するわ」

「頑張れ、シノノン!」

「シノンさん、気楽にいきましょう!」

「任せて。私が狙撃したら、二人はそのまま攻撃開始よ」

 

 二人はそのままじりじりと進み、シノンはスコープごしに、

ゼクシードの一挙手一投足を、注意深く観察していた。

そしてついにその瞬間が訪れた。ゼクシードの表情が驚きに歪んだ瞬間、

シノンは銃のトリガーを、コトリと落とすように引いた。

その瞬間にゼクシードの頭が吹っ飛んだ。

周りの者達は、最初はその事に気が付かなかったが、

少し後に、慌てた顔でゼクシードの方を見た。どうやら遅れていた銃撃音が今届いたのだろう。

着弾の方が、音の伝わる速さよりも早いのだ。

 

「命中」

 

 シノンは極力感情を排した声でそう言うと、次の狙撃を開始し、

またたく間に三人のプレイヤーを死亡させた。

そしてその声を合図に、ベンケイとピトフーイも、近距離から銃撃を始めた。

その銃撃で、更に十人のプレイヤーが倒れ、敵の残りは六人となった。

その六人は、どうやらそこそこ目端がきくようで、何とか安全を確保しようと、

その場に伏せ、必死で退路を探していた。だが六人ともパニック状態に陥っていたようで、

一人が銃を撃ち始めると、それに釣られ、あらぬ方向へ、やみくもに銃を撃ち始めた。

 

「あの人達、どこに向かって銃を撃ってるんですかね」

「弾切れを狙うよ、あいつらは銃のリロードの技術が低い。ケイ、せっかく練習したんだし、

近接戦で決着をつけよう」

「了解!」

「狙撃で援護するわ、行って!」

「ありがとうシノノン」

 

 二人は短剣を抜き、そのまま生き残りの敵へと突っ込んだ。

シノンは、敵が落ち着いて銃に弾込めが出来ないように、敵が潜んでいそうな茂みに、

容赦なく銃弾を撃ち込んでいった。

 

「くそっ、くそっ、上手く弾込め出来ねえ……こうなったらこっちも接近戦を……」

「馬鹿、お前、近接武器なんか持ってないだろ、逃げるんだよ!」

「わ、分かった」

 

 そう言って、走って逃げようとした男二人は、そのままシノンに狙撃された。

残った四人のうちの二人は、既にケイとピトフーイの手により、首を刎ねられていた。

そして最後に残った二人は女性プレイヤーだったのだが、

震えながら抱き合っており、もはや戦意はまったく無いようだった。

 

「あんた達で最後ね、銃で撃たれるのと、短剣で切り裂かれるの、どっちがいい?」

 

 ピトフーイにそう言われた二人は、泣きながら土下座し、命乞いを始めた。

 

「ごめんなさい、私達はあの男の口車に乗って、つい付いてきちゃっただけなんです」

「そう、悪いのは全部あのゼクシードって男なんです、だからお願いします、

殺さないで下さい殺さないで下さい」

 

 ピトフーイは、その惨めな二人の姿を見て、一旦手を下ろした。

ベンケイも困ったように黙っていた。そこにシノンが合流し、

二人はそのまま、三人に見下ろされる格好になった。

 

「シャナのオーダーは全滅させろ、だったわよね。どうする?」

「こうなると、ちょっと哀れですよねぇ」

「普通なら考えるまでもないんだけどね。あなた達、名前は?」

「ユッコです」

「ハルカです」

 

 それを聞いた瞬間に、ピトフーイが目にも止まらぬ速さで動き、二人の首を刎ねた。

ベンケイとシノンは、そのいきなりのピトフーイの行為に驚いた。

 

「い、いきなりどうしたの?ピト」

 

 ピトフーイはその問いにはすぐには答えず、ベンケイにこう質問した。

 

「ケイ、あなたシャナから、先日の同窓会の話、聞いてない?」

「特に何も。うちのお兄ちゃん、そういう事はあんまり話してくれないんですよね」

「詳しくは今度オフで会った時にでも話してあげるけど、その時シャナを侮辱した、

馬鹿二人組の名前が、ゆっこと遥って二人組だったの。だからつい、ね」

「さすがに本人だって事は無いんじゃない?でもそういう事情なら仕方がないか」

「まあ、ミッションコンプリートです、さあ、帰りましょう!」

 

 こうして、シャナの信頼に応える為の三人の聖戦は、問題なく完遂された。

ユッコとハルカが、当然本人だった事は、言うまでもないだろう。




明日はゆっこと遥サイドの話になります。


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第233話 それぞれの思惑

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


 ゆっこと遥はこの日、特に深い考えも無いまま、初めてGGOに降り立っていた。

 

「えっと……ユッコでいいんだよね?」

「うん、そうだよハルカ、とりあえず、色々教えてくれそうで、

ついでにお金を貢いでくれそうな、お人よしの男を探そう」

 

 そして二人は、初めて経験するフルダイブ環境に、

驚きと戸惑いを感じながらも、観光気分で街の中をあちこち歩き回った。

 

「何かここって、随分荒廃した雰囲気の街だよね」

「これって一本横の道に入ったら、アブナイ人とかがたむろってたりするのかな?

どうする?試しに入ってみる?」

「え~?でも怖くない?」

「大丈夫、これはあくまでゲームなんだから」

「まあ、それもそっか」

 

 そして二人は、たまたま入った横道の奥で、たまたまゼクシードに声を掛けられ、

そのまま流されるように彼についていく事になった。

ちなみにゼクシードは、単に二人が女性だったから声を掛けただけである。

当然戦力になるだろうとは思ってはいない。

実際の所、シャナに対抗して、取り巻きの女性を確保しようとしただけだった。

 

(ピトフーイは、あれは女にはカウントしなくていいから、

これでこっちは女が二人、あっちはあの、ロザリアとかいう女が一人。

これで完全に俺の勝ちだな)

 

 ゼクシードはそう考え、一人ほくそ笑んでいた。

そして二人も、いいスポンサーが見つかったとほくそ笑んでいた。

 

「ねぇユッコ、この人大会に出るくらい強い人みたいね」

「ちょっと頭が悪そうだけど、そこがまたいいよね、簡単に貢いでくれそうだし」

「いいスポンサーが見つかったね」

「うん」

 

 二人がそんな会話を交わしているとは露知らず、そのままゼクシードは仲間を募り、

今こうしてユッコとハルカは、荒野に狩りに来ていた。

 

「シャナ討伐隊って、そのシャナって奴、そんなに強いのかな?」

「まあこっちは二十人もいるんだし、余裕でしょ。あっちは一人、多くて三人らしいし」

「囲んで銃を撃ちまくればいいだけだしね」

「さ、ハルカ、せっかく装備も一式買ってもらった事だし、私達も少しは楽しもうよ。

私、銃を撃つのって初めてなんだよね」

「当たり前じゃない、むしろユッコが経験者だったらドン引きだよ」

「あはははは、確かにね」

 

 そして二人は、ゼクシードにアドバイスをもらいつつ、モブに対しての攻撃に参加した。

二人は運動部出身だったせいか、案外いい動きを見せ、

ゼクシードは、これはいい拾い物だったと二人の事を少し見直した。

 

「ユッコ、私達イケてるよね?」

「うん、他の新人の人達よりも、いい動きが出来てるよね」

「これならお金もすぐにたまりそうだよね」

「だね!」

 

 そしてその瞬間にそれは起こった。ゼクシードの頭がいきなり吹っ飛ばされたのだ。

ユッコとハルカは、何が起こったのか分からず棒立ちになったが、

遅れて銃声が聞こえてきた為、それで二人は、今何が起こったのかを漠然と理解した。

 

「今のって、銃声?」

「え?え?敵の姿なんか、どこにも……」

「音が遅れて聞こえたから、かなり遠くから撃たれたんじゃない?」

「あ、花火と一緒か!」

 

 さすがは腐っても総武高校の卒業生である。それくらいの知識はあるようだ。

 

「ハルカ、危ない!」

 

 突然ユッコがハルカの頭を押さえ、二人は同時に地面へと倒れ込んだ。

次の瞬間、二人の頭の上を大量の銃弾が通過し、更に十人ほどの仲間が死亡した。

 

「ユッコ、今何があったの?」

「敵っぽいのが二人、あっちから走ってくるのが見えたから、危ないって思って……」

「あ、ありがとう、でもこれからどうすればいいんだろ」

「私にも分からないよ……」

「とりあえず逃げとく?」

「かな、このまま低い体勢で、他の人が撃たれてる間に逃げよう」

 

 だが、二人のその決断は、実行される事は無かった。もう遅すぎたのだ。

二人の目の前で、更に二人が銃で撃たれ、残りの二人もナイフで首を刎ねられた。

 

「ひいいいいい」

「やばいやばいやばい」

 

 それを見た二人はもう何もする気にはなれず、その場で抱き合って震えていた。

そんな二人の前に、顔に刺青をした、いかにも恐ろしげな風貌の女性が立ちはだかり、

その女性は二人に向かってこう言った。

 

「あんた達で最後ね、銃で撃たれるのと、短剣で切り裂かれるの、どっちがいい?」

 

 それを聞いた二人は、泣きながら顔を見合わせると、揃って土下座し、命乞いを始めた。

 

「ごめんなさい、私達は、あの男の口車に乗って、つい付いてきちゃっただけなんです」

「そう、悪いのは全部あのゼクシードって男なんです、だからお願いします、

殺さないで下さい殺さないで下さい何でもしますから!」

 

 その二人の言葉を聞いて、刺青の女性が武器を下ろしたのを見て、

二人はこれは助かったかなと思い、心から安堵した。

同じ女性が相手だったのも、二人にとっては、安心出来る要素の一つであった。

もっともそれは、ピトフーイの事を知らない、無知ゆえの間違った安心ではあったが。

そしてその後、遠くから、巨大な銃を持った女性のプレイヤーが歩いてくる姿が見えた。

それを見たハルカは疑問に思い、思わず刺青の女性にこう問いかけた。

 

「あれ、女性が三人……?あの、シャナって男の人はいないんですか?」

「捕虜は黙ってな、殺しちゃうよ?」

「はっ、はい、すみません!」

 

 その刺青女性の迫力にびびったハルカは、慌てて謝罪し、そのまま押し黙った。

隣のユッコがハルカを気遣うそぶりを見せたが、その間に巨大な銃を持った女性が合流し、

ユッコとハルカは三人に囲まれ、見下ろされる形となった。

 

「シャナのオーダーは、全滅させろ、だったわよね。どうする?」

 

 二人はその、巨大な銃を持った女性の言葉に震え上がった。

 

「こうなると、ちょっと哀れですよねぇ」

 

 次に二人は、その小柄な女性の言葉に安堵した。

 

「普通なら考えるまでもないんだけどね。あなた達、名前は?」

 

 あ、やっぱりこの人達、シャナって人の仲間なんだ、

そう思った二人は、そのまま素直に、その問いを受けて自分の名前を名乗った。

 

「ユッコです」

「ハルカです」

 

 その瞬間に、二人の意識は途絶えた。

二人が最後に見た光景は、何故かいきなり上下が逆になった自分達の視界と、

ナイフを握った刺青女性の姿だった。そして少ししてから、二人の意識は再び覚醒した。

 

「はぁ……はぁ……一体何が……」

「もしかして今私達、殺された?」

「あ、ハルカ!」

「ユッコ!」

 

 二人は、隣にお互いの姿を見つけ、ほっとした。

周りを見回すと、そこはどうやら二人が最初に降り立った、ゲームの開始地点だった。

 

「ハルカ、どこまで覚えてる?」

「えっと、上下が逆さまで、ナイフを構えるあの刺青の女の人が見えた」

「あ、私と一緒だ。って事は……」

 

 二人は話を総合し、刺青女性に首を刎ねられ、ここに戻されたのだろうと結論付けた。

そんな二人に声を掛けてくる者がいた、ゼクシードである。

 

「よぉ、遅かったな。結構生き延びたのか?すごいな、二人とも」

「あ、ど、どうも……」

「あの、他の人達は……」

 

 そう問われたゼクシードは、苦虫を噛み潰したような顔で言った。

 

「全員逃げちまった」

「あ、そうなんですか……」

 

 そして二人は、どうする?といった表情で顔を見合わせた。

それを見たゼクシードは即座に頭を下げ、二人に謝罪した。

 

「すまん、今回の事は、完全に俺のミスだ。

もっと見張りに人数を裂いておけば良かったのに、ついみんなの成長を優先してしまって、

そこらへんが疎かになってしまった。そしてユッコとハルカの戦う姿に見蕩れてしまって、

一瞬意識が反れた瞬間に遠くから撃たれちまった、本当にすまん!」

 

 ゼクシードは、せっかく確保した女性プレイヤー二人を手放す訳にはいかないと、

印象を悪くしないように、お世辞を混ぜながらそうまくしたてた。

 

「もし二人が良かったら、これからも俺と行動を共にして欲しい。もちろん十分な支援はする」

 

 それを聞いた二人は、再び顔を見合わせた。

 

「ちょっと二人で話してもいいですか?」

「ああ、もちろんだ」

 

 そう言ってユッコとハルカは、少し離れた所に移動し、ヒソヒソと小声で相談を始めた。

 

「ねぇ、どうする?」

「確かにひどい目にあったけど、別にあの人のせいじゃないよね?」

「謝ってくれたし、私達の事、褒めてくれたしね」

「もしかして惚れられちゃった?私達って実は魔性の女?」

「だね、間違いないよ!」

「戦い方や、自力でのお金の稼ぎ方とか、そういうノウハウを勉強する為と思って、

しばらく一緒に行動してもいいかもね」

「その間にあいつから、出来るだけお金も引き出せばいいね」

「だね、うちら魔性の女だし!」

 

 そう、色々と勘違いした自分本位な会話を交わした二人は、

ニコニコと笑顔を作り、ゼクシードの下へと戻った。

 

「やられっぱなしじゃ悔しいし、これからもお世話になります」

「一緒に頑張りましょう!」

「あ、ありがとう、これからも宜しくな、ユッコ、ハルカ。

良かったらお詫びに飯でも奢るよ、VRで飯を食った経験ってあるか?」

「無いです!すごく興味があります!」

「初めてです、ありがとうございます!」

「それじゃ早速行こうぜ、こっちだ」

 

 こうして、それぞれの思惑を抱えながら、三人は今後も行動を共にする事になった。

一方その頃、意気揚々と凱旋したベンケイ、ピトフーイ、シノンを、

先に戻っていたシャナ達一行が出迎えていた。

 

「よお、その様子だと見事にやり遂げたみたいだな。さすがは俺の見込んだ仲間達だな」

「お兄ちゃん、もう戻ってたんだ」

「シャナ!うん、蹂躙してやったよ!褒めて褒めて!」

「シャナ、こんな大事な物を託してくれてありがとう。やっぱりこれ、すごいね……」

 

 ベンケイは、ロザリアが一緒なのを見て、実はとっくに戻ってたんでしょ?

とでも言いたげな、疑わしそうな目をシャナに向けたままそう言い、

ピトフーイは、見た目はまるで豹が飼い主に甘えるかのようだったが、

言葉としてはとても子供っぽい事を言った。

そして最後にシノンが、大切そうに胸に抱えていたM82をそっとシャナに差し出しながら、

名残惜しそうな表情でそう言った。

とりあえずベンケイの表情については何も触れず、シャナは笑顔で三人に言った。

 

「それじゃあどこかの店で、飯でも食いながら話を聞かせてもらうか。

ああ、この時間だと晩飯に差し支えるか?それじゃあ甘い物でもいいな」

「やったー!シャナの奢り?」

「当然お兄ちゃんの奢りだね!」

「当たり前だろ。慰労も兼ねて、いくらでも好きな物を頼んでくれ」

 

 その言葉で、ベンケイの疑いの視線も霧散したようだ。現金なものである。

そんな喜ぶピトフーイとベンケイの横で、シノンはシャナに、ニヤリとしながら言った。

 

「私も今日は遠慮しないからね」

「おう、シノンは特に体力を使っただろうから、いくらでも好きな物を注文してくれ。

あれ、重かっただろ?」

「そうね、もう少し筋力が欲しいと感じたわ」

「それじゃあまた、皆で狩りにでも行くか」

「うん、その時は喜んで参加させてもらうわ」

 

 こうしてシャナ一行が向かった店は、偶然にも、ゼクシード達が入った店とは、

道を挟んで反対側にある高級店だった。ちなみにゼクシード達が入った店は、

そこまで高級という事は無く、普通の店である。お互いの姿は見えない位置だったので、

シャナもゼクシードも、相手がすぐ近くにいようとは、まったく想像すらしていなかった。




いやぁ、本当に偶然ですねぇ。


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第234話 勘違いと的外れ

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「そうなんですか、ゼクシードさん、すごいですね」

「いやぁ、それほどでも」

「いえいえ、すごいですよぉ、何万人の中の、一握りのトップじゃないですか」

「二人にそう言ってもらえると、何か自信がついちゃうなぁ」

 

 店に入ってから、ユッコとハルカは、ひたすらゼクシードを持ち上げようと、

しきりに彼の事を褒めまくっていた。それはあくまでゼクシードから、

出来るだけ多くの恩恵を得られるようにと、そう考えた為であったが、

ここには奇妙な逆転現象が存在した。ゼクシードは、確かにシャナから見れば、

ただの路傍の小石のような存在であったが、他の大多数のプレイヤーにとっては、

BoBに出て決勝まで残るようなプレイヤーというのは憧れの存在でもあるようで、

実際にこの店でも、ユッコとハルカは、自分達に向けられる憧れの視線を感じていた。

それはほとんどがゼクシードに向けられた視線だったのだが、

時折ユッコとハルカにも同じような視線を向けてくる者がおり、

そのほとんどが、少数ではあるが、しかし確かに存在している、

他の女性プレイヤーからの視線だった為、二人はゼクシードと一緒にいる自分達も、

他の者から見れば憧れの存在なのだと勘違いし、

ゼクシードを選んだ事は正解だったとほくそ笑んでいた。

一方その頃、通りを挟んだ向かいの店では、シャナ達が会話に花を咲かせていた。

ちなみに高級店だけの事はあり、最上階にある上に完全個室であり、

他の者からの視線はシャットアウトされていた。

 

「で、最初はシノノンの狙撃から開始する事にしたの」

「確かに最初に頭を潰すのはセオリーだな。特に今回は、相手は新人ばっかりな訳だしな」

「でしょでしょ。まあ仮に外したとしても、

私かケイが、確実にあいつを仕留めれば良かった訳だしね」

 

 そのピトフーイの発言に対し、シノンは頬を膨らませ、抗議した。

 

「あんな動かない的なんか、さすがに外さないわよ」

「シノノン、分かってるって、例えばだよ、例えば!」

「ですです、シノンさんはこの所、すごく狙撃の腕を上げてきてますしね」

「そ、そうかな……」

 

 そう言うとシノンは、ちらっとシャナの方を見た。

シャナはその視線に対し、頷きながら言った。

 

「俺のM82はすごいからな、この結果は当然だ」

「シャナ!」

 

 シズカはそんなシャナの頭を、めっと言いながら叩くと、

フォローするように、シャナの真似をしながらシノンにこう言った。

 

「ごめんねシノノン、シャナってほら、素直じゃないから……今のを訳すとね、

『俺のM82を使わせるくらいだぞ、当然腕を認めているに決まってるだろ』

って意味になるんだからね」

 

 シャナの言葉に一瞬しょぼんとしたように見えたシノンは、

その言葉の意味を理解し、すぐに立ち直り、シズカに笑顔を見せたのだが、

直後にジト目でシャナの方を見ながら言った。

 

「あんたね、たまには素直に相手を褒めてもいいんじゃない?」

「じ、自分から褒めた事だって何度もあるぞ」

「シャナはね、今のシノノンみたいに、感想を求められちゃうと、

ついつい捻くれた事を言っちゃうんだよね」

「私もシャナとはもうそこそこ長く付き合ってるし、それ、何となく分かるわ」

「おい、二人して俺にレッテルを貼ろうとするな、俺はいつも、とても素直で正直だ」

 

 そのシャナの発言に対し、ベンケイは呆れた顔で言った。

 

「あのねお兄ちゃん、自分でも信じていない事を、他人に主張するのはどうかと思うよ。

そもそもその、すぐ恥ずかしがって捻くれて誤魔化す所が、

今のお兄ちゃんの周りの、愛人志願者の乱立を招いているんだからね」

「お、おい、ケイまで……」

「はぁ、本当に苦労するよね、お義姉ちゃん」

「うん、基本的に天然だからね、天然ジゴロだよ、まったくもう」

 

 シズカはそう言って、ちらりとシノンの方を見た。シノンは何故か、少し俯いていたが、

そのシズカの視線に気付くと、急に笑顔を作り、それに同意した。

 

「本当に、どうしてこんな奴がモテるんだか、まったく理解出来……ないわ」

 

 シノンのその言葉は尻すぼみであった。そのまま笑顔を崩さず、

しかしシノンは、内心何かに葛藤するように、自分の考えに没頭していた。

それを見たシズカは、残りの女性陣にひそひそと話し掛けた。

 

「みんな、どう思う?」

「落ちてるね」

「落ちてるわね」

「やっぱり陥落してましたか」

 

 ピトフーイ、ロザリア、ベンケイが順番にそう言い、シズカは、ため息をついた。

 

「これはもう明日にでも、予定してたケーキ食べ放題に行って、

ハッキリと身内として引き込む必要があるね」

「明日なら空いてます」

「私も大丈夫」

「私とシャナは、私の両親と一緒に京都に行かないといけない用事があるんだけど、

どうせうちの両親の予定が空くまでにもう少しかかるし、こっちも問題無いよ。

せっかくだし、予定が空くならロザリアさんも参加したら?」

「え、いいの?」

「うん、もちろんだよ、皆でシャナに奢ってもらおう」

「やった、是非お願い!」

 

 その四人のひそひそ話に居心地が悪くなったのか、シャナが四人に声を掛けた。

 

「お、おいお前ら、一体何を……」

 

 その言葉を無視し、シズカは笑顔のまま考え込んでいるシノンに声を掛けた。

 

「ねぇシノノン、明日って何か、予定とか入ってる?」

 

 その言葉に我に返ったのか、シノンは慌ててこう答えた。

 

「えっ、あっ、ごめん、えっと、明日は特に何も予定は無いわ」

「それじゃあさ、もし良かったら、明日の放課後、

この前予定したケーキ食べ放題に、皆で行こうと思うんだけど」

 

 その言葉を聞いたシノンは、少しまごまごしながらシズカに聞き返した。

 

「それって、シャナももちろん来るんだよね?」

「うん、お財布だからね!」

「お財布な……」

 

 そのシズカの言葉に、シャナは少し落ち込んだ様子を見せた。

そんなシャナの様子を見て、シノンはまるで自分を納得させるかのようにこう言った。

 

「リアルで知らない男と会うのって、やっぱり色々問題があるかなって、

ちょこっと迷った部分もあるんだけど、

うん、シャナは男じゃない、お財布、お財布……大丈夫、うん、参加する」

「やった、それじゃ決まりね、えっと、待ち合わせ場所は……」

 

 その後、待ち合わせ場所も決まり、会話は再び今日の戦闘の話へと戻った。

 

「ユッコとハルカ?」

「うん、確かにそう名乗ったから、イラっとして首を刎ねちゃった、てへっ」

「てへっ、じゃねえよ、さすがに本人な訳ないだろ」

「でも、そんな偶然、逆にあるかなぁ?ユッコとハルカって組み合わせって、

そんなにありふれた名前じゃないと思うんだけど」

「それはまあ……確かにな」

「ねぇ、その二人って、どういう人なの?」

 

 そのシノンの問いに、ピトフーイは、固有名詞を上手にぼかしながら、

以前あった事をシノンに説明した。

 

「うわ、嫌な奴らね」

「でしょでしょ?人の話を聞かないで、自分の考えに凝り固まってるのって最悪だよね」

「まあ事情は了解したわ、本人の訳は無いと思うけど、顔も覚えてるし一応気にしとく」

「うん!」

「お前ら、あんまり赤の他人に迷惑をかけるなよ。

新人の女性プレイヤーをいびる趣味は、俺には無いからな」

 

 シャナのその言葉に、二人は頷いた。

 

「まあ確かにあの二人、完全に素人っぽかったしね」

「でも、ゼクシードに関しては、これで諦めるとも思えないし、今後も注意ね」

「私も彼の動向については、情報収集を進めておくわ」

「ロザリア、頼んだ」

「はい、それじゃあ注文した品も揃った事だし、今度はそっちも楽しもう」

 

 シズカのその提案を受け、六人はリラックスした雰囲気で食事を開始した。

ガッツリ食べる者、スイーツを楽しむ者、それぞれだったが、

皆に共通していたのは、その笑顔だった。

隣の店で、色々思惑を抱きながら、表情を作って会話していた三人と比べると、

こちらの六人は難しい事は考えず、ただひたすらその場の雰囲気を楽しんでいた。

 

「美味しかった!さすがは高級店!」

「すごく楽しかったわね」

「うん、VRの醍醐味って、こういう部分も、確かにあるよね」

「どんな遠くの人とでも、すぐに会えるしね」

 

 食事が終わり、そう楽しそうに話す一同にシャナは言った。

 

「それじゃあ俺はまとめて支払いをしておくから、先に外で待っててくれ。

といっても、今日はこのまま解散するだけだけどな」

「うん、分かった……あっ」

 

 その時シズカが何かに気付いたのか、店の入り口の横の、大きな窓の所に向かった。

 

「ここから見る景色って、何かすごいね」

「どれどれ」

「私も見たいです!」

 

 シノンとベンケイも興味を持ったのか、同じく窓の方へと近寄った。

 

「それじゃあ私は外で待ってますね」

「私も外にいるね」

 

 ピトフーイとロザリアは、そう言って先に外に出た。

他の三人は、窓から見える街のあちこちを指差し、色々と話していた。

ちなみにこの店は、雰囲気を重視する為、テーブルで料理を選んだ瞬間に、

同時に支払いが行われるタイプの店では無く、普通に現実と同じシステムになっていた。

いわゆる、わざわざ手間をかけさせる、高級店ならではの趣向である。

そして先に外に出たロザリアは、正面にも飲食店がある事に気が付いた。

 

「あら、あっちにもお店があるのね」

「うん、あっちは庶民的なお店だよ、普通私達が利用するなら、まああっちだよね」

「さすがはお財布付き……んっんっ、今のはシャナには内緒よ」

「うん、分かってるって……あれ?」

 

 ピトフーイはその時、向かいの店から、

見覚えのある三人の男女が出てきたのに気が付いた。

その相手のうち、二人の女性がこちらを見てギョッとした。

残る一人の男性も、ピトフーイとロザリアを見てギョッとした。

 

「ピトフーイ、それに確かロザリアだったか?随分羽振りがいいじゃねえか、たまの贅沢か?」

 

 その男、ゼクシードの言葉は、警戒を含みながらも比較的のんびりとした物だった。

そんなゼクシードに、慌てたような口調で、隣にいた二人の女性、ユッコとハルカが言った。

 

「ゼクシードさん、あの刺青女が、さっき私達を襲撃してきた奴です」

「はぁ?シャナの仕業じゃ無かったのか?」

 

 どうやら三人は、今日の戦闘については思い出したくも無かったのか、

その事については、まったく話していなかったらしく、

それを聞いたゼクシードは、挑発するようにピトフーイに言った。

 

「お前が首謀者かよ、今日はやってくれたなピトフーイ、必ずこの借りは返すぞ」

「首謀者は俺だぞ、まあ俺は戦闘には参加してなかったけどな。

それにしてもピトを倒す?出来もしない事を言うのはやめた方がいいな、ゼクシード」

「シャナ、てめえ、ここにいたのか」

 

 その時後ろの扉から、シャナが外に出てきて、ゼクシードに言った。

 

「シャナ、ゼクシード達はあっちの店で食事してたみたい」

「ああ、確かにそこは安くていい店だしな……こっちは高くていい店だが」

「おいシャナ……ちょっと金があるからっていい気になってるんじゃねえよ」

 

 周辺にいた他のプレイヤー達は、そのやり取りに剣呑な雰囲気を感じ、

遠巻きに、その二組のにらみ合いを見物していた。

 

「俺の首に賞金を掛けたんだってな、ゼクシード。自分一人じゃ何も出来ないのか?

俺はいつでもお前とのタイマンを受けてやるぞ。どんな距離でもな」

「はっ、今は確かにお前の方が上だろうさ、だがこのゲームは、基本チーム戦だ。

いずれこのユッコとハルカと共に、俺がお前を倒してナンバーワンとなる!」

「ユッコとハルカ、ねぇ……」

 

 シャナはそう言うと、二人をじっと見つめた。

二人はシャナの視線を受け、背筋が凍りつくのを感じたが、

それが同窓会の時に、ゴドフリーから受けたプレッシャーと同種の物だという事に、

未熟な二人はまったく気付く事が出来なかった。

そしてゼクシードは、ユッコとハルカを見つめるシャナを見て、

何を勘違いしたのか、シャナに向かってこう言い放った。

 

「どうだシャナ、その色気の無い男みたいな女は別として、お前の傍には女はロザリア一人、

こっちはユッコとハルカの美人コンビで二人だ。そっち方面では俺の完勝だな」

 

 ピトフーイはその言葉に、多少自覚はあったのか少し悲しそうな顔をした。

その瞬間、ゼクシードに対し、どうでもいいという反応をしていたシャナは、

ピトフーイのその表情を見て、イラっとした表情を見せた。




久々の告知になります。明日の投稿分は、かなり力を入れて書きました。
六千文字オーバーになります。タイトルは『シズカ、舞う』です。
基本いつも通りですが、好きな人は好きな話だと思います。
そこまで衝撃的な話ではないと思いますが……


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第235話 シズカ、舞う

十一月は、毎日更新する事が出来ました。
今後とも宜しくお願いします。

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「あぁ?」

 

 そのゼクシードのいきなりの言葉に、シャナはイラついたようにそう返すと、

チラリと後ろを見た。店の入り口の中では、何事かと様子を伺う三人の姿があったが、

どうやらゼクシードはそれには気付いていないらしい。

ユッコとハルカは、ゼクシードの女扱いされるのは嫌だったが、そこは空気を呼んで、

それっぽい態度をとっていた。こういう所はしたたかな二人である。

 

「お前……それが何か戦闘に関係があるのか?」

 

 シャナは何かにイラついたままそう言い、それを負け惜しみと思ったのか、

ゼクシードは更にシャナを挑発した。

 

「ぎゃはははは、負け惜しみかよシャナ、女にもてないってのは悲しいよなぁ」

「シャナに向かって……」

「女にもてないって……」

 

 ピトフーイとロザリアは、あまりにもシャナに似合わないその言葉に絶句し、

ゼクシードのとっている態度の滑稽さに呆れかえった。

ピトフーイは後ろを振り返ると、シズカに何事か目で合図し、シズカはそれに頷いた。

どうやら何かしらの意思疎通が行われたらしく、後ろの三人は外に出てこようとはしない。

そんな三人の事は気にせず、シャナは冷めた目でゼクシードを見つめると、

少し冷静さを取り戻した口調でゼクシードに言った。

 

「女の数とかはどうでもいい。お前も男なら、実力を示せよ」

「また負け惜しみか、シャナ」

 

 ユッコとハルカはその二人のやり取りに、自分達が優位だと感じていたのだが、

ふとおかしな事に気が付いた。店内とは違い、周りからの視線を一切感じないのだ。

よく見ると周りにいるプレイヤー達は、男女を問わず、

全員がシャナの方ばかり見つめているようで、誰もこちらを見てはいなかった。

 

「ねえユッコ、誰もこっちを見てなくない?」

「うん、私もそう思ってた。何か、あっちの方ばっかり見てるよね」

「何でだろ?ゼクシードさんって、BoBっていう大会で決勝まで残ったんでしょ?」

「うん、そう言ってたよね……」

「私、ちょっと周りの人に話を聞いてくる」

「あ、ちょっとハルカ」

 

 ハルカはそう言うと、こっそりとゼクシードの後ろから離れ、

近くにいた、ビデオカメラのような物を持った男性プレイヤーに話し掛けた。

 

「あの、すみません」

「はい?」

「どうしてあの、シャナって人の方ばかり見ているんですか?」

 

 そのプレイヤーは、ゼクシードの取り巻きと目されるハルカにそう聞かれ、

こいつは一体何を言ってるんだという目でハルカの方を見たが、

話しているうちに、ハルカが新人だと分かると、警戒を解いたのか、

突然シャナについて熱く語りだした。

 

「何でシャナばっか見てるかって?そりゃ、前回のBoBの決勝の映像を見た人なら、

誰だって見ちゃうと思うよ。知らないかもしれないけど、前回の大会はね、

サトライザーっていう恐ろしく強いプレイヤーがいて、そいつの独壇場だったんだよ。

そのサトライザーと、最初に遭遇したのがあのシャナでね、シャナはサトライザー相手にね、

結果的に負けはしたものの、何分も互角に戦った唯一のプレイヤーなんだよ。

しかも相手は銃と短剣で戦ってるのに、シャナは短剣のみでだよ?凄くない?

他のプレイヤーは皆、サトライザー相手に十秒と持たなかったから、

シャナの強さがどれほどのものか分かるだろ?で、その戦いで、二人の邪魔をしようとして、

シャナに一瞬で真っ二つにされたのが、あんたが一緒にいる、あのゼクシードって男さ。

そもそもシャナは、BoBに出てくるまでは、まったく存在を知られていない、

本当に無名のプレイヤーでね、今でも滅多に人前には姿を現さないって評判なんだよ。

分かってるのは、M82っていう、一キロくらい遠くから狙撃出来る、

すごい銃を持ってるって事と、短剣を使った戦闘が得意って事、後はそうだな、

あの顔に刺青のある女、あいつはピトフーイって言うんだけど、

実力はあるけど、ゲーム内一番の嫌われ者だったあのピトフーイを、

どうやったのか、いつの間にか自分の配下みたいにしちゃってさ、

それ以来ピトフーイは、まったくおかしな行動をとらなくなったし、

ピトフーイ本人は、自分はシャナの下僕だって嬉しそうに言ってるらしいんだけど、

あのピトフーイをそこまで心酔させるなんて、さすがはシャナだってすごい噂になってる訳。

まああの姿を見ると、どうやらそれも事実みたいだけど、とにかくシャナがいるんだったら、

シャナだけ見てればいいんだよ、これGGOの常識ね」

「あ、は、はい、分かりました……」

 

 その長い説明を聞いて、内容を理解したハルカは、呆然としながらも、

次に近くにいた女性プレイヤーに話し掛けた。

予想はしていたが、その女性プレイヤーも、前半は先ほどの男性と同じ話を始めた。

 

「す、すみません、BoBの話と、使ってる武器の話、

後、あのピトフーイって人の話は聞きました。他に何かありませんか?」

「そうね、このゲーム内の女性プレイヤーの少なさは、あんたも実感したよね?

まあ銃で撃ちあうゲームなんだから、当たり前だよね。

でね、その少ない女性の間にも、コミュニティって物があるんだよ。

その中で一番人気で、常に話題の中心にいるのがあのシャナだね。

女性プレイヤーの中ではシャナはね、初心者には親切だし、まああんまりしつこくすると、

やんわりと断られるって話だけど、勇気を出して質問したらちゃんと答えてくれた、とか、

握手を求めたら笑顔で応じてくれたとか、モブ狩り中にプレイヤーキラー集団に襲われた時、

狙撃で暴漢から守ってくれたとか、そういう話はいくらでもあるよ。

そんな中、あのピトフーイがシャナと行動を共にするようになって、

更にコミュニティの一員である、まああんまり参加はしてなかったけど、シノンって子が、

シャナのチームに入ったって聞いて、コミュニティ全体が色めきたったのよ。

孤高の人だと思っていたシャナの、仲間になるチャンスがあるかもしれないって。

何とかシャナの目に留まりたい、あの人の傍にいたい、

それが駄目なら、せめてその銃で私の頭を撃ちぬいて、ってね。

まあ最後のは、冗談みたいに聞こえるだろうけど、コミュニティのほとんど全員が、

そう思っているのは事実なのよね」

「そ、そうなんですか……」

 

 ハルカはショックを受け、よろよろとユッコの下へと戻った。

そんなハルカを見て、心配そうにユッコが言った。

 

「ハルカ、大丈夫?一体どうしたの?」

「ユッコ、やばい……あのシャナって人、あんまり認めたくはないんだけど、

あいつと同じ種類のプレイヤーだった……」

「あいつ?あいつって?」

「同窓会のさ……」

「それって比……」

「駄目だよユッコ、実名を出すのはさすがに問題がある、やめておこう」

「そ、そうだね……それはさすがにやっちゃいけないよね」

 

 どうやらこの二人にも、最低限の常識は備わっていたようだ。

 

「で、どういう事?」

「あのシャナって人、ここでのあいつだった。つまり、英雄っていうの?

女性プレイヤーからも一番人気なんだって」

「ま、まじで?」

「うん、しかもゼクシードさん、あの人に一瞬で真っ二つにされたって……

ちょっと後でさ、その映像を探して見てみようよ、話を聞いただけじゃ分からないしさ」

「うん……」

 

 まあ、本人なのだから当然なのであるが、ユッコとハルカはもちろんそれには気付かない。

二人はそう会話を交わした後、睨み合うシャナとゼクシードの姿を見比べた。

 

「でもさ、ゼクシードさんも、何か普通に親切な人だったよね」

「うん、そうだよね」

「それならまあ、こうなっちゃった以上、頑張ってみるしかないよね」

「だねだね、ポジティブシンキングって奴!」

「お金さえ稼げれば、それでサヨナラでいい訳だしね」

「それだ!」

 

 別にゼクシードの味方で居続ける必要は全く無いのだが、

二人はその事に気付く事もなく、そのまま今のこの状況に流される事となった。

この時、睨み合う二人の様子にもまた、変化があった。

 

「何も言い返せないのかよシャナ。やっぱりお前には、その男みたいな女がお似合いだわ」

 

 再びその言葉が発せられた瞬間、シャナの雰囲気が、今度は明確に変わった。

それを敏感に察知したシズカは、小さな声でシャナに言った。

 

「シャナ、私の事は気にしないで、ピトをお願い!」

 

 その言葉を受け、シャナは大きな声でこう叫んだ。

 

「ピト、お許しが出たぞ。二度目は許さん、さすがにむかついたわ」

 

 そしてシャナはいきなり、有無をいわさずピトフーイを抱き寄せた。

 

「え?え?シャナ?」

「おいゼクシード、お前、こいつの魅力にまったく気付かないのか?

こいつは確かに、こんな女っぽくない姿をしてはいるがな、

実際はすごく甘えん坊で、そして絶対に俺を裏切らない、好きな相手には純粋な女なんだぞ。

お前がこいつの事を悪く言うのは、逆に言えば、

お前がこいつのお眼鏡に適わなかったって事だ。

お前は女を、自分の都合のいい面でしか評価しないんだろうが、俺はお前とは違う。

俺はこいつを全力で肯定する。そしてこいつを侮辱した以上、俺はお前を徹底的に潰す」

「シャ、シャナぁ!私、私……」

「泣かないで笑ってろよ、ピト。いい女が台無しだからな」

「う、うん」

 

 ピトフーイは感極まったのか、シャナにしっかりと抱き付き、

涙を堪えるように、その胸に顔を埋めた。

その瞬間に、周りのプレイヤーから大きな拍手が巻き起こった。

ゼクシードは顔を真っ赤にしたが、その雰囲気の中では、

さすがに何も言い返す事は出来なかった。

そして今度はピトフーイが顔を上げ、ゼクシードに言った。

 

「ねえゼクシード、あんた、思いっきり勘違いしてるわよ」

「は?な、何をだよ」

「シャナがもてない?馬鹿じゃないの?さあシズ、シノン、ベンケイ、出番よ!」

 

 その言葉を受け、シズカを先頭に、シノンとベンケイがビルの中から姿を現した。

そのシズカの、長身長髪で切れ長の目をした美しい姿は、ある種の風格を感じさせ、

シノンとベンケイが左右を固めているその姿は、まるでおとぎ話に出てくる姫のようであり、

その姿にゼクシードでさえも、一瞬見蕩れた。そしてシズカはシャナの隣に並ぶと、

そっとシャナの顔に手を添え、その頬に軽くキスをした。

シャナはシズカの頭をそっと抱き寄せた、両手に花である。

その瞬間に、周囲から今日一番のどよめきが起こった。

 

「うわ、何だあの格好いい美人は」

「誰だよあれ、初めて見たぞ」

「ハラスメント警告も鳴ってないし、シャナの恋人なんじゃないか?」

「そういえば、ピトフーイの時も、鳴らなかったよな」

「まさか、あそこにいるの、全員シャナの女なのか?」

 

 そのどよめきをよそに、シズカは名残惜しそうにシャナから離れると、

ゼクシードに対し、自己紹介を始めた。

 

「初めまして、私はシズカ。彼の半身にして、彼と永遠に運命を共にする者。

ちなみにここにいるピトフーイ、ロザリア、そしてこちらのシノンとベンケイも、

同様に彼に選ばれ、彼と共に歩む者よ」

「わ、私は……」

 

 シノンは抗議をしようとしたのか、何か言いかけたのだが、すぐに押し黙り、

何かを決意した表情でシャナの前に立つと、ゼクシードに向かって言い放った。

 

「今シズカが言った通り、私も彼と運命を共にする者。

そしてさっき彼の銃を借りて、あなたの頭を撃ちぬいたのは、この私よ」

「なっ……お前には見覚えがあるぞ、そうか、お前もシャナとつるんでやがったのか」

 

 そして次に、ベンケイとロザリアが前に出た。

 

「そして私、このベンケイと」

「私の事は知ってるわよね、ロザリアよ」

「従者コンビです!」

 

 ベンケイは、その小さな体でシャナの右を守るように仁王立ちし、

ロザリアは、胸を強調する仕草でシャナの左を固めた。

実際は胸を強調しようとした訳ではなく、ただ腕組みをしただけなのだったが、

胸の上で手を組むのはつらかったのだろう、結果的にそうした仕草になり、

後でピトフーイに散々文句を言われる事となった。そしてシズカが再び前に出た。

シズカは舞うような仕草で、まるで扇を広げるかの如く手を振り、

そして魔法のように、その手の中に一振りのレイピアが現れた。

それはシャナの自作の品であり、実戦で役にたつかどうかは分からないが、

とりあえず護身用としては、慣れた形状の方がいいだろうという事で、

先日シズカにプレゼントされた、シズカのお気に入りの武器だった。

 

「とりあえずこれは、私からの挨拶よ」

 

 シズカはそう言い、目をつぶって深呼吸し、剣を顔の正面に立てて掲げると、

ギラリと目を開き、そして……一瞬でその姿を消した。そして次の瞬間、

道を挟んで正面にいたゼクシードの喉に、剣を突きつけるシズカの姿があった。

 

「これであなたは、一度死んだ」

「なっ……」

 

 ゼクシードは絶句し、周囲の者達は、そのありえない速度に驚嘆した。

 

「おい、何だよ今の動き、人間業とは思えねえ」

「BoBのシャナもすごかったけど、今のもかなり……」

「最強カップルだな」

 

 そんな周囲のどよめきをよそに、シズカは黙ってゼクシードの喉に剣を突き付け続けた。

だがゼクシードもさる者である。いきなり銃を抜き、

そのままシズカの顔に照準を合わせようと試みた。

だが、シズカは再び舞いを舞うようにくるりと回転し、

ゼクシードの真横につくと、そのこめかみに『銃』を突きつけた。

 

「これであなたは、二度死んだ」

「て、てめえ、いつの間に銃を……くっ……」

 

 そしてゼクシードは、シズカから少しでも離れようと、前を向いたまま後方にジャンプした。

シズカはゼクシードを追うようにト~ンと跳ぶと、優雅な仕草でその頭を掴み、

それを踏み台にして宙返りすると、ゼクシードの後方にヒラリと舞い降り、

後方からゼクシードの喉元に短剣を当てた。

 

「これであなたは、三度死んだ」

 

 今度こそゼクシードは、どうする事も出来ず、その場に立ち尽くした。

やがて緊張に耐えられなくなったのか、ゼクシードはへなへなとその場に崩れ落ち、

腰が抜けたのか、ユッコとハルカもその場に崩れ落ちた。

それを確認したシズカは、再び舞うような仕草で手を振り、短剣を消した。

その隣には、いつの間にかシャナが立っており、

周りからはまるで、シズカが魔法でシャナを呼び寄せたように見えた。

その幻想的な風景の中、シャナはゼクシードを見下ろしながら言った。

 

「次会った時は容赦しないぞ、ゼクシード。俺はお前を見つける度に、お前の頭を撃ちぬく。

俺がいない時は、俺の仲間達が必ずお前を叩き潰す。

それが俺の仲間を侮辱したお前の罪に対する俺からの罰だ。覚悟しておくんだな」

「今あなたは、一瞬で三度死んだ。もっとも今のはかりそめの死だったけど、

四度目は、今度こそ覚悟をしておきなさい」

 

 そう言うと二人は踵を返し、その場から堂々と去っていった。

残りの四人も、二人に話し掛けながら楽しそうにその場を去っていった。

そしてしばらくの静寂の後、その場は大歓声に包まれた。

 

「うおおおお、何だ今の」

「今までの人生で、一番すごいもんを見たわ……」

「おい、録画してた奴ら、必ずアップしろよ!っていうかアップして下さいお願いします」

「さすがは俺達のシャナだぜ、そこに痺れる憧れる!」

「シズカ姫、最高!」

「いや~、本当に今日は、偶然ここに来て良かったわ」

 

 そして徐々に群集もいなくなり、そこにはゼクシードとユッコとハルカが残された。

 

「あの……えっと……」

「ど、どんまいですよ、ゼクシードさん」

 

 二人はゼクシードにそう声を掛けた。あんな事があった後なのに、

ゼクシードの事を気遣う二人は、本当は心の優しい人間なのかもしれない。

だが実際は、その前に二人は目配せを交わしており、

自分達が利益を得る前に、潰れられたら困るという、ただその一点で、

二人はゼクシードに声を掛けただけだった。だが本当にそれだけだろうか、

その真実は、今後の二人の行動で示されていく事になるのだろう。

 

「ふっ、ふふっ、ふふふふふ、ははっ、ははははははは」

 

 いきなりゼクシードが笑い出し、二人はついにおかしくなったのかと、

慌ててゼクシードに駆け寄った。

 

「ゼ、ゼクシードさん、落ち着いて!」

「大丈夫、大丈夫ですから!」

 

 さすがの二人もここは真剣に心配になり、そう声を掛けたのだが、

そんな二人に、ゼクシードは笑顔を見せた。

 

「驚かせて悪いな、俺は大丈夫だ。今がどん底だから、

後はここから這い上がればいいだけだって思ったら、急に笑いたくなってな」

「そうですよゼクシードさん!」

「頑張りましょう!」

「おう、俺達だって、そう簡単にあいつらにやられたりはしないぜ!」

「目にもの見せてやりましょう!」

「そうだそうだ!」

 

 その三人の言葉は、誰もいない通りに響き渡った。

どうやらこの三人のメンタルの強さだけは本物のようである。

シャナと敵対し続ける事で、ゼクシードは結果的にシャナに鍛えられる事になり、

今後どんどん実力を増していく事になる。結局シャナには一度も勝てなかったが、

そのゼクシードの不屈の根性は、シャナが不在の中で開催された第二回BoBにおいて、

あくまで結果的にだが、ゼクシードの優勝という形で報われる事になる。

だがそれは同時に悲劇の始まりでもあった。




一応書いておくと、ゆっこと遥をいい人にするつもりは別にありませんし、仲間にもなりません。
まあ、等身大の人間らしさが書けたらいいと思っています。
そして再びの告知です。明日もかなり力を入れて書いたエピソードになります。
このままケーキ食べ放題に突入?いえ、そんな事は当然ありません。
タイトルは、『その日の放課後、詩乃は』お楽しみに!


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第236話 その日の放課後、詩乃は

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


 シノンこと朝田詩乃は、幼い頃の事件の影響で、

中学を卒業した後は、祖父母に引き取られるような形になっていた。

詩乃は中学を卒業後、就職する事を希望したのだが、祖父母の強い願いにより、

過去の影響が少ない東京で進学する事となり、高校では一人暮らしをしていたのだが、

引っ越してきた当初は当然友達もいなく、学校にもなじめなかった。

そんな詩乃に声を掛けた女子の三人グループがあった。リーダーの名前は遠藤という。

詩乃はそのグループに入り、しばらくは普通の女子高生らしい生活を送っていたのだが、

ある時その状況は一変した。遠藤達は、詩乃が一人暮らしだと知り、

詩乃の家をたまり場として利用する為に近付いただけだった。

そしてある日、自分の家の中から、遠藤達以外に知らない男の声が聞こえた瞬間、

詩乃は自分の家に知らない男がいる光景を想像し、その事で耐え難い気持ち悪さを覚えた。

そして詩乃は、直後に遠藤達と手を切ったのだが、

それ以来詩乃は、よく遠藤達に金銭をせびられるようになっていた。

どうやって調べたのか、詩乃が幼い頃に人を撃ち殺した事があると知った遠藤は、

詩乃のトラウマの元となっている銃のモデルガンを入手し、

それを見せられた詩乃は、世界史の授業中に教室で吐く事になった。

すぐにその元となる出来事もクラスメート達に伝わり、詩乃は教室で完全に孤立した。

その事があってから、そのモデルガンが詩乃の弱点になると確信した遠藤達は、

事あるごとに詩乃に金銭をせびるようになっていた。

だが詩乃は、まだ一度も遠藤達に金銭を渡すような事はしていなかった。

 

(こんな奴らには絶対に負けない、そしてお爺ちゃんお婆ちゃんの為にも、

絶対にこの学校をやめたりはしない)

 

 詩乃はそう考え、歯を食いしばって学校に通い続けた。

そんな詩乃は、その日の授業中、ずっとそわそわしていた。

 

(ああ、もうすぐ放課後だわ……どうしよう、

シャナは学校には黒いスポーツカーで迎えに来るって言ってたけど、

そんな所を見られたら、またあいつらが何を言ってくるか……

今から待ち合わせ場所を変えてもらう?でも連絡手段が無い……

ああもう、何で私、この学校の名前を口にしちゃったんだろ)

 

 前日の別れ際、シャナはシノンにこう言った。

 

「そうだシノン、明日なんだけどな、明日はお前の学校まで、

俺が一人で黒いスポーツカーで迎えに行くから、お前の学校の名前を教えてくれないか?」

 

 先ほどまでの熱狂のせいで、少し浮かれていた詩乃は、その問いにあっさりと答えた。

詩乃は学校名を口にした後、あっと思い、慌てて自分の口を塞いだが、後の祭りだった。

シャナはニヤリとすると、詩乃の学校名を口にし、そのままログアウトしていった。

そして授業終了のチャイムが鳴り、詩乃はガチガチに緊張しながら教室を出た。

昇降口で靴を履き替えた詩乃は、重い足を引きずりながら、そのまま校門へと向かった。

校門前には多くの生徒達がいたが、その一角に、妙に女子生徒の多い場所があった。

詩乃が何だろうと思って近付くと、その中心には一台の黒いスポーツカーが止まっており、

そこにもたれかかった一人の男性に、どうやら女子生徒達が群がっているようであった。

 

(あれってガルウィングって言うんだっけ?すごいなぁ、あの車、いくらするんだろ。

まさかあれがシャナ?いやいや、いくらシャナでもあそこまで格好いい訳が無いわよね)

 

 詩乃がそう評する通りその青年は、いかにも高そうで、

それでいてセンスのいい小奇麗なジャケットを着て、

困ったような顔で女子生徒達の相手をしていた。

まだ大人になりきれていないその風貌は、詩乃の好みにとても合っていた。

 

(あれがシャナだったらな……いやいや、そんな訳ないじゃない、

どう見てもあれは、すごく大きな会社の御曹司とか、そういった感じの人よね。

私が想像するシャナのイメージとは、似ても似つかない……のかな……

私が想像してたシャナの理想の姿って、ああいう人じゃなかったかな……

いやいや、うん、さすがにそれは無い。

さて、遠藤達に気付かれないうちにさっさとシャナを探そっと)

 

 そう考えながら、その車の横を黙って通り過ぎようとした詩乃に、

声を掛けてくる者がいた。それは何と、女子生徒達に囲まれていたあの青年であった。

 

「おい朝田、どこに行くんだよ、こっちだこっち」

「……え?」

 

 詩乃が慌てて振り向くと、そこには女子生徒達が横によけたせいか、道が出来ており、

その中心にいるあの青年が、こちらに向かって手を振っているのが見えた。

詩乃は少しそちらに近付くと、おずおずとその青年に言った。

 

「あ、あの……人違い……じゃ……?」

「ん?別に違わないだろ。俺が待ってたのは、確かにお前、朝田詩乃だ」

「そ、その喋り方……まさか……」

 

 その青年の喋り方は詩乃にとって、とても馴染みのある喋り方だった。

詩乃は、シャナ、と言い掛けて、慌ててそれを止めた。

他人をハンドルネームで呼ぶ事が躊躇われたからだ。

詩乃は驚きのあまり、腰を抜かしたようにその場に蹲った。

その青年はそんな詩乃に近付くと、詩乃の耳元で耳を疑うような事を言った。

 

「おい朝田、お前の心配事を一つ減らしてやる。遠藤ってのはどいつだ?」

 

 詩乃はその言葉に頭が真っ白になった。そして無意識に遠藤の事を指差していた。

 

「分かった、すぐ起こしてやるから、ちょっとそこで待っててくれな」

 

 そう言うとその青年は遠藤に話し掛け、その耳元で何事かを囁いた。

それに対する遠藤の反応は激烈だった。遠藤は、最初は嬉しそうにしていたのだが、

その青年に何かを囁かれると、恐怖のこもった視線で詩乃を一瞥し、

そのまま取り巻き達と一緒にどこかへと走り去っていった。

それを見たその青年は満足そうに頷くと、再び詩乃の下へと歩み寄り、

まだ立つ事が出来ない詩乃を、お姫様抱っこの形で抱き上げた。

 

「あ、あの……」

 

 困惑しつつも恥ずかしくなった詩乃は、その青年に声を掛けようとした。

だがその青年は、それを遮ると、とても優しい口調で詩乃に囁いた。

 

「まだ立てそうにないだろ?いいから俺が車まで運んでやるよ、朝田」

「わああ、いいなあ!」

「朝田さん、羨ましい!」

「きゃああああ」

 

 周囲から女子生徒達の黄色い声が上がったが、その青年は特に気にした様子も無く、

詩乃を抱き上げたまま助手席側に回り込み、唐突に車に向かって話し掛けた。

 

「キット、助手席のドアを開けてくれ」

『分かりました、八幡』

 

(八幡ってのが、もしかしてシャナの名前なのかな……って、あれ?今誰が返事をしたの?)

 

 詩乃はそう考え、車の中を見たのだが、そこには誰もいない。

そして青年は再び車へと話し掛けた。

 

「キット、少し乗せにくいな、助手席をもう少し倒してくれ」

『分かりました、このくらいでいいですか?八幡』

「ん~、もう少し倒してくれ」

『はい、それではこのくらいで』

「それでいい」

 

 そしてその青年、八幡は、詩乃の体を気遣うように、そっと詩乃を助手席に下ろした。

それと同時に周囲から驚きの声が上がった。

 

「い、今、車が喋ってなかった?」

「す、すげえ……これ、いくらするんだろ」

「俺もいつか、こんな車が欲しい」

 

 そして困惑する詩乃の隣に座った八幡は、ドアを閉め、再び車に話し掛けた。

 

「キット、周りの生徒達に、危ないから下がるように言ってくれ」

 

 そしてその言葉通り、キットは生徒達に注意をし、

生徒達が下がったのを確認した八幡は車をスタートさせ、どこかへ向かって走り出した。

 

「驚かせちまってすまないな、朝田。俺はシャナこと比企谷八幡だ、宜しくな」

「あ、うん、私は朝田詩乃……です、初めまして……って違う、ああもう、何がなんだか」

「ははっ、聞きたい事が沢山あるんだろ?全部ちゃんと答えてやるよ、朝田」

「私の事は詩乃でいい……ですよ。もう全部バレてるみたいですしね。

それじゃあ順番に聞きますね、まず、どこで私の顔と名前を知ったんですか?」

「それじゃあ詩乃で。え~っと詩乃、それに関しては謝らないといけないよな。

勝手に詩乃の事を調べたりして、本当にすまなかった」

 

 八幡は詩乃にそう謝った後、今回の経緯について説明を始めた。

 

「お前も知っての通り、俺には色々としがらみが多いんだよ。

自分で言うのもなんだが、俺の影響力はかなり大きい。

具体的にはまあ、六千人プラス、その家族の分だな」

「確かにそれは分かる……ります」

 

 詩乃はその八幡の言葉を正確に理解した。

確かに八幡が何か発言したら、彼に助けられた六千人のプレイヤーとその家族は、

無条件に彼の言う事に賛成してくれるのだろう。

 

「でな、今回知り合ったエル……あ~っと、ピトフーイと詩乃の周囲に、

変な勢力がいないかどうか、一応調べたんだよ。詩乃の顔と名前はその過程で知った。

具体的には聞きたくも無いだろうが、過去に詩乃が遭遇したっていう事件から調べた」

「別にいい……ですよ、そっか、そういう事ね」

「でな、一応と思って、学校での詩乃の事も調べさせたんだが、

それで詩乃に纏わりつく、羽虫どもの存在を知ってな」

「羽虫?それって、遠藤達の事……ですか?」

「そうだ、それでな、お節介かなとも思ったが、

大切な仲間がつらい目にあってるのを見て見ぬフリは、俺には出来なかったんでな、

あの遠藤って奴を、潰す事にした」

 

 詩乃はその言葉を聞き、焦ったように、いつものゲーム内での口調で八幡に言った。

 

「ちょ、ちょっと、それって犯罪じゃないでしょうね」

「さあ、どうかな」

「そうよ、それよ、ねえあんた、遠藤に何を言ったの?」

「ん~そうだな、俺は、あの遠藤って奴にこう言ったんだ。

『おい遠藤、お前最近、俺の大切な恋人の詩乃にちょっかいを出してるらしいな。

ところで話は変わるが、お前の父親の勤めてる会社は、

俺が社長に就任する予定の会社と関係があってな、

お前、家に帰ったら、解雇されそうになって焦る父親に思い切り怒られるから、

今日は覚悟して父親の帰りを待てよ』ってな」

「たっ……大切な恋人?」

 

 八幡は驚く詩乃に素直に謝った。

 

「それに関しては勘弁してくれよ、今回は話に信憑性を持たせる為に、仕方なくだな」

「恋人……恋人ね、ふふっ、それはまあ勘弁してあげるわ」

「ところで詩乃、お前さっきから、いつもの口調に戻ってきたみたいだな」

 

 詩乃に釣られて、八幡もいつしか詩乃の事を普通にお前呼ばわりしていたのだが、

詩乃はその事はまったく気にならなかった。

 

「そりゃ、これだけとんでもない事が続けばね、多少は耐性も出来るわよ」

「そうか、まあお前の印象は、ゲームの中よりもお淑やかに見えるし、

普段はそういう喋り方なのかもしれないけどな、

本当のお前はいつもみたいに砕けた話し方をするんじゃないのか?

もしそうなら、そっちの方が断然いいと思うぞ。何より親しみやすいのがいい」

「そ、そう……」

「ああ、そうだ」

 

 詩乃はその八幡の言葉に素直に嬉しさを感じていた。

そして改めて八幡の整った顔を見た詩乃は、先ほど自分が考えていた事を思い出した。

 

(私が想像してたシャナの理想の姿って、ああいう人じゃなかったかな……)

 

 それを思い出した詩乃は、頬が熱くなるのを自覚したが、

それを誤魔化す為に、詩乃は次の質問をした。

 

「えっと、さっき言ってた社長云々って、ギャグか何か?」

「あ~、それな。お前、ソレイユ・コーポレーションって会社、知ってるか?」

「ああ、えっと、アルヴなんとかってゲームを運営してる会社よね?」

「それだ。まあ、他にも色々手を出してるみたいだけどな」

「そうね、急成長してる会社だって聞いてるわ」

「まあそこなんだが、俺はそこの次期社長に、どうやら内定してるらしい」

「はぁ?」

 

 詩乃は思わず、その八幡の言葉に、思いっきり疑いの篭った口調でそう言った。

しかし八幡が何も言わない為、詩乃はまさかと思い、恐る恐る八幡に尋ねた。

 

「えっと……本当に?」

「お前に嘘を言ってどうするよ、全部本当の話だ」

「あっ……そういえば昨日ピトが、ゆっこと遥って人の話をした時、

そんな事を言ってた気がする」

「そう、あれはこの事だ。全部事実だな」

「そ、そうなんだ……じゃあ遠藤の父親に圧力を掛けたっていうのも?」

「ああ、全部本当の事だぞ。実際に俺が圧力を掛けた」

「うわぁ……」

 

 詩乃はその八幡の言葉を聞き、ただただ呆れる事しか出来なかった。

しかし同時におかしさもこみ上げてきた。

 

「ふふっ、ふふふふっ、あんたやっぱ頭がおかしいわ」

 

 それを聞いた八幡は、少し嬉しそうに言った。

 

「そうか、俺は正直言うとな、自分が他人から褒められる事にまったく慣れてないんだが、

最近は皆が俺を褒めてばかりだったから、内心ではかなり参ってたんだよ。

だからそう言ってもらえると、何か安心するわ」

「何よそれ、やっぱりあんた変」

「そんなに褒めるなよ、慣れてないって言ってるだろ」

「あはっ、あははははっ、まったく褒めてないって」

 

 詩乃は久しぶりに、心の底から笑った。

八幡達と出会ってから、ゲームの中で笑う事は増えたが、

リアルで笑うのは、詩乃にとっては本当に久しぶりの事だったのだ。

 

「それじゃあ次の質問ね、さっきこの車に話し掛けて、車がそれに答えてた気がしたけど」

『今私を呼びましたか?私の名前はキットと言います、初めまして、詩乃』

「うわっ、びっくりした……」

『すみません、驚かせてしまいましたね』

 

 そのキットの言葉を聞いた詩乃は、その人間臭さに、ただひたすら感嘆した。

今日八幡に会ってからの詩乃は、とにかく驚いたり感嘆したりととても忙しかった。

 

「すごい、本当に車が喋るんだ……」

「まあ、キットは特別製だからな」

『お褒めに預かり光栄です』

「すごく人間っぽいよね……」

『ありがとうございます、詩乃。ところでそろそろ詩乃の家に到着します』

「えっ、うちに?」

 

 慌てて詩乃が周りを見回すと、そこは確かに自分のアパートのすぐ近くだった。

 

「私服に着替えたいだろうと思ってな、ここに向かってたんだよ。

俺はここでいくらでも待ってるから、気にしないでゆっくり行って来いよ。

女性が支度に時間がかかるのは、当然の事なんだからな」

「あんた、私の家も調べてたんだね」

 

 その詩乃の言葉に、八幡は慌てた。

 

「す、すまん、そういえば何も考えずにここに向かってたわ。

そうだよな、家まで知られてるとかさすがに気持ち悪いよな、本当にすまなかった」

「え?別にそんな事、まったく思ってないわよ?

せっかくだから、上がってお茶でも飲んでいきなさいよ」

 

 そう言いながら詩乃は、自分の変化に驚いていた。

 

(あれ、私は確か、知らない男が自分の部屋にいるのが気持ち悪くて、

遠藤達と手を切ったんじゃ……ま、いいか、

八幡が家にいても、全然気持ち悪いとか思わないし)

 

 詩乃はそう考えていたのだが、八幡は、さすがにまずいとそれを固辞した。

 

「いや、それはあれだ、男が一人暮らしの女の子の家に上がり込むってのはな……」

「いいからさっさと来なさいよ。もし来ないんだったら、今すぐ悲鳴を上げるわよ」

「マジかよ……はぁ……それじゃあ上がらせてもらうわ」

「うん、分かればよろしい」

 

 そう言って詩乃は、嬉しそうに微笑んだのだった。

 

 

 

 蛇足ではあるが、部屋の中で起こったお約束を最後に記しておく。

前の日に洗濯物をしまうのを忘れていた詩乃は、

部屋に八幡を入れた瞬間、八幡が凍りつくのを目にし、

何かあったかなと思い、八幡の視線の先を目で追った。

そしてそこに自分の下着があるのを見つけた詩乃は、

思わず悲鳴を上げそうになったのだが、神反応を示した八幡に口を抑えられ、

辛うじて八幡が、周囲の住人に通報されずに済んだという事案が発生した。

この事を、二人はさすがに明日奈の前で喋る事は出来ず、

ここに二人の共犯関係が成立したのであった。

こうして多少のトラブルはあったものの、無事に着替え終わった詩乃は、

じろっと八幡を睨みながら言った。

 

「ところで八幡、あんた絶対に見たわよね、見たんでしょ?」

「あ~、えっと……ゲームの中のお前の髪の色と一緒なのな」

「ちょっ、あんた、殴るわよ!ちゃんと責任取りなさいよね!」

「って、痛ってぇよ、殴るわよってそのまんまの意味かよ!普通待つだろ!」

「あんたが余計な事を言うからよ!」

 

 そんなお約束を経て、詩乃は八幡と共に予約していた店へと向かう事となった。

そして店に着いた詩乃は、再び驚愕する事となる。



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第237話 私達、長い付き合いになりそうね

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「え?本当にここ……なの?」

「ああ、ここだぞ」

「そ、そう……」

 

 詩乃が八幡に連れられてきたのは、都内某所の一流ホテルだった。

詩乃は困惑し、本当にここでいいのか八幡に尋ねたのだが、どうやら間違いないようだ。

詩乃はその格調の高さに、自分だけが場違いな気がして、ぼそっと呟いた。

 

「私なんかがこんな店に来る事になるなんて……しかもこんな格好で」

 

 その詩乃の言葉が聞こえたのか、八幡は少し怒った声で言った。

 

「あ?お前、何を言ってるんだよ、お前が入れなかったら、

世界中のほとんどの女性が入れないって事になるだろ。お前は十分かわいいし、

服装だってちゃんとしてる。私なんかとか言うのは、そろそろ卒業しようぜ」

「ご、ごめんなさい、つい……」

「まあ、ついさっきまで、きつい環境で生活してたんだろうから、

その気持ちは分からなくもない。だがとりあえず、お前の高校生活に関する問題は、

俺がハッキリと潰したはずだ。残るは……まあそれは、ゆっくり直してこうぜ。

俺も全力で手伝うから、な?」

 

 詩乃は、その八幡の優しさに、再び頬が熱くなるのを感じた。

そして詩乃は、その感情を隠そうと、わざとおどけながら八幡に言った。

 

「そっちはあんたの予言した、その時が来たら解決するんじゃない?」

「そうだな、それでお前を取り巻く問題は、ほとんどが解決される事になるだろうな」

「ふふっ、そうだといいんだけど」

「いいんだけどじゃない、やるんだ、詩乃」

「あっ……う、うん、やる、そうだね、やるよ!」

 

 詩乃は八幡にそう言われ、決意を新たにし、力強く八幡に返事をした。

 

「そうだ、その意気だ、詩乃」

 

 それを聞いた八幡は、満足そうに詩乃にそう言った。

そして二人はエレベーターを使い、目的の店へと向かった。

店に着くと八幡は、店員に自分の名前を告げた。

 

「すみません、予約していた比企谷です」

「はい、お待ちしておりました比企谷様。お席までご案内しますね」

 

 そして移動の最中、八幡は詩乃にそっと囁いた。

 

「おい詩乃、着いたら多分、すごく驚くと思うけど、絶対に大きな声は出さないようにな」

「えっ……あんた、まだ何か隠してるの?」

「別に隠してる訳じゃない、俺だってその時は驚いたんだからな」

「そ、そうなんだ、まあうん、分かった、覚悟する」

 

 そして席に着いた詩乃は、当然のように大きな声を出しそうになり、

慌てて自分の口を抑え、何とか声を出さない事に成功した。

 

「か……神崎エルザ?」

「やっほー、シノノン。初めまして、私がピトフーイだよ」

「えっ……てっきりシズあたりだと思ったのに、よりによってピトなの?

うわ、私、人生観変わっちゃいそう」

 

 そんな失礼な事を言う詩乃に対し、エルザは嬉しそうな顔で言った。

 

「人生観?そんなのシャナに会った時から、とっくに感染して変わってるんじゃない?」

「あ……それは確かに……私ももう、とっくに感染してたみたい」

「おいお前ら、当たり前のように俺をばい菌扱いするんじゃねえ」

「ご、ごめんなさい……ぷぷっ」

 

 詩乃は謝りながらも、笑いを堪えるのに必死のようだった。

それを見たエルザは大声で笑い始めた。

 

「あははははは、やっぱりシャナは面白いね!シノノンも期待通りだよ」

 

 そのエルザの大きな声に危惧を覚えたのか、八幡はエルザに注意した。

 

「おいピト、あまり大きな声で笑うんじゃない。他のお客さんに迷惑になるだろ」

「え?だって、誰もいないよ?」

「は?」

 

 八幡はそう言われ、慌てて周囲を見回したが、確かに店内には誰もいなかった。

 

「おいシズ、これ、どうなってるんだ?」

「えっと、昨日姉さんにね、今日の話をしたんだけど、そしたら、

面白そうだから、店を丸ごと貸し切るわって……」

 

 それを聞いた八幡は、店内に向かっていきなり叫び始めた。

 

「おいこら姉!どこに隠れていやがる。いくらなんでも非常識すぎるだろ!」

 

 その八幡の台詞に思わず噴き出したのか、近くの植え込みの後ろのテーブルから、

聞き覚えのある笑い声が聞こえ、八幡は迷わずそちらへと向かった。

 

「やっぱりいたか、この馬鹿姉!」

「ぷっ……くくっ……あははははは、さっきから、何よそれ。

おいこら姉、この馬鹿姉って、面白すぎるでしょ、ぷっ、ぷぷっ……」

「誰のせいだと思ってんだよ!」

 

 八幡はハァハァと肩で息をしながら、少しでも落ち着こうとそのまま深呼吸をした。

 

「まあまあ落ち着いて、八幡君。実はここの店はね、私もよく利用するのよ。

で、今回の話をしたら、店のオーナーが、是非貸し切りにさせて下さいってね」

「あ?え?それって、先方からって事ですか?姉さん」

「ええそうよ、せっかくだから、今後の為にもオーナーを紹介しておくわね」

「あっ、はい」

 

 この展開は、さすがの八幡も予想すらしていなかったようで、

とりあえず八幡は席に着いて、オーナーが来るのを待つ事にした。

そんな八幡に詩乃が話し掛けた。

 

「ねぇ、あの綺麗な人は、八幡のお姉さんなの?」

「ああ、あの人は、ソレイユの現社長で、俺と明……シズカの精神的な姉みたいなもんだ」

「あ、そうそう、その事で提案があったんだったわ。

ねえ、今日は一応、素性を隠す為にゲーム内の呼び名でって話だったけど、

私以外は皆、お互いの本当の名前とかを知ってる訳じゃない。

だから今日も、普通に本名で呼び合う事にしない?」

「お前が良ければ別に問題は無いが……でもいいのか?」

「だって、私だけが皆の名前を知らないなんて寂しいじゃない。

私はこのメンバーなら、まったく問題はないわ」

「そうか、じゃあそうしよう」

 

 その詩乃の提案を聞いた八幡は、すぐに頷いた。

 

「それじゃあ早速初めまして。私はシノンこと、朝田詩乃よ」

「私はシズカこと、結城明日奈だよ、宜しくね、シノのん」

「あ、よく考えたら、私は結局シノのんなんだね……っていうか、シズ、かわいい」

「ふふっ、ありがとう、シノのん」

 

 そして次に、小町が自己紹介をした。

 

「ベンケイこと、比企谷小町です!お兄ちゃんの妹です!」

「あ、やっぱり?八幡に似てると思ったんだ」

「ああ……よく言われます」

「ねえ小町ちゃん、何でそこは棒読みなの?お兄ちゃんは悲しいわ」

「え~、だって、お兄ちゃんに似てるって言われてもなぁ……」

「え?」

 

 詩乃はその小町の言葉が意外だったのか、きょとんとした顔で小町に言った。

 

「そうなの?だって八幡はこんなに格好いいじゃない」

「え?」

 

 その言葉に、逆に小町がきょとんとした。そして八幡の顔をまじまじと見つめた後、

小町はあっと叫びながら、納得したように言った。

 

「お義姉ちゃん、今小町に、すごいパラダイムシフトが起こったよ!」

「パラダイムシフト?一体どうしたの、小町ちゃん」

「えっと、えっと、今のお兄ちゃんって、昔と違ってすごく格好いいから、

お兄ちゃんに似てるって言葉が、いつの間にか褒め言葉に変わってるの!」

「あ~!」

「おい小町、多分褒め言葉なんだろうけど、ちょっとお兄ちゃん、

悲しい気持ちになってきちゃったから、そのくらいでやめようね」

 

 八幡のその言葉に、一同は笑った。そして次にエルザが自己紹介をした。

 

「えっと、私は……」

「うん、エルザの事は、誰でも知ってるし、飛ばしてもいいね」

「ちょっ、シノのん、ひどい!」

「え~、だってそうだよね?」

 

 その詩乃の言葉に、他の者達は、うんうんと頷いた。

 

「う~……神崎エルザです!以上!」

「あ、エルザ、家宝にするから、後でサイン頂戴ね」

「えっ、本当に?うんうん、するする!これでシノのんも、エルゼストの仲間入りだね!」

「えっと……」

「ん、何?」

「エルゼストって……何?」

「え~?」

 

 エルザは、いかにも不本意ですという顔で説明を始めた。

 

「シノのん、ピアノを弾く人は?」

「ピアニスト」

「バイオリンは?」

「バイオリニスト」

「エルザを弾く人は?」

「弾くって何よ……エ……エルゼスト?」

「はい、正解!」

 

 嬉しそうにエルザにそう言われ、詩乃は困ったように八幡を見た。

 

「エルザがこういう奴だってのは、GGOで嫌っていう程分かってるだろ、

もう色々と手遅れだから、諦めろ、詩乃」

「う、うん……」

「八幡、それはさすがにひどいよ!」

「そう言いながらお前、何でそんなにニヤニヤしてるんだよ……」

「え~?私、そんなにニヤニヤしてるかなぁ?あ、本当だ、私今、興奮してるかも?」

「よし、次にいこう、ロザリア、出番だ」

「やっぱりひどい!でもそんなあなたがパラダイス!」

 

 八幡はそんなエルザを完全に無視し、薔薇の方を見た。

その視線を受け、薔薇が自己紹介を始めた。

 

「えっと、薔薇と書いてソウビと読みます、宜しくね」

 

 そしてその場を沈黙が支配した。

 

「えっと……」

「……なあ薔薇」

「な、何よ」

「今気が付いたんだが、俺、お前のフルネームを知らないんだが……」

「ま、まあそれは別にいいじゃない」

「いや、良くない。よし、命令だ薔薇、さっさと本名を言え」

「えっと……どうしても?」

「ああ」

 

 薔薇はその言葉に、かなりの葛藤を見せたが、主人である八幡の命令であり、

他の四人もわくわくしながら薔薇の事を見つめていたので、

薔薇は顔を赤くしながら小声で言った。

 

「………猫よ」

「あ?さすがに難聴系主人公じゃない俺でも、今のは聞こえなかったぞ」

 

 そして薔薇はやけになったのか、八幡に向かって大声で言った。

 

「小猫よ小猫!小さい猫で小猫!私のフルネームは、薔薇小猫よ!何か文句ある?

自分でもおかしな名前だって分かってるわよ、でも名前は自分じゃ決められないのよ!」

「そ……」

「そ?」

「薔薇って苗字だったのか……てっきり名前だと思ってたわ……」

 

 その八幡の言葉に、呆れた顔をした薔薇は、諭すように八幡に言った。

 

「あんたが最初に私の名前を知ったのは、私のネームプレートからでしょ?

そもそも会社のネームプレートに、自分の下の名前だけを書く社会人がどこにいるの?」

「お、おう、正論すぎてぐうの音も出ないわ」

 

 八幡が、そう言いながらスマホを操作し始めたので、

薔薇は何をしているのかと思い、八幡に尋ねた。

 

「……あんた、それ、何をしているの?」

「い、いやな……お前の登録名、拾った子犬にしてあったんだよ……

だからな、拾った小猫に変えようと思ってだな……」

「あ、あ、あ、あんたね、一体私を何だと思ってるのよ!」

「自分で言ったんだろ、拾った子犬……いや、小猫だ」

「分かったわよ、もうそれでいいわよ!」

「お、おう……じゃあ変えとくわ……」

 

 そして他の四人は、堪えきれないように笑い出した。

 

「ぷっ……」

「ぷぷっ……」

「うっ……ぷっ……」

「あはははは、皆、笑っちゃ悪いよ、あははははは」

「や、やっぱりおかしいわよね、小猫だなんて……うぅ……」

 

 そんな落ち込む薔薇の姿を見た明日奈が、慌てて薔薇に言った。

 

「ち、違うの、面白かったのは、今の二人のやり取りにだからね。

小猫って、とってもかわいくて素敵な名前だと思うから、

だから薔薇さん、何も気にしなくていいんだよ!」

「そうだよ薔薇ちゃん、むしろ私なんか、すごく羨ましいよ!」

「本当に……?」

 

 小町と詩乃も、そのエルザの言葉に同意し、薔薇は涙を拭いて笑顔を見せた。

こうして全員の自己紹介が終わった頃、陽乃と共に、店のオーナーが現れた。

 

「八幡君、明日奈ちゃん、この店のオーナーの、明星さんよ」

「明星です、あなたの事は娘からよく聞いてました。どうしても直接お礼が言いたくて、

是非お会いしたかったんですよ。本当にありがとう、八幡さん、明日奈さん」

「初めまして、比企谷八幡です」

「結城明日奈です。あの、よく聞いてたって事は、お嬢さんはもしかしてSAOに?」

「はい、あなた達のおかげで、また娘に会う事が出来ました。

おい、恥ずかしがってないで、早くこっちに来なさい」

「う、うん」

 

 厨房の方から、女性の返事が聞こえ、二人はそちらの方を見た。

その女性の顔を見た二人は、同時にその女性の名前を呼んだ。

 

「ヨルコさん!」

「ヨルコさんじゃないですか!」

「八幡さん、明日奈さん、お久しぶりです」

 

 明日奈とヨルコはしっかり抱き合い、八幡も、再会を喜ぶように二人の隣に立った。

 

「お二人には二度も命を救って頂きました。一度目はラフィンコフィンに襲われた時、

そして二度目はゲームをクリアした時です。SAOをクリアしてくれたのはあなた達ですよね?

あの時はいきなりで本当にびっくりしましたよ。でも本当にありがとうございました。

あ、私の本名は、そのまま明星夜子です。それと夫を紹介しますね。あなた、早く」

「待ってくれ、今行くから」

 

 そして次に姿を現したのは、やはりというか、カインズだった。

 

「カインズさん!」

「お二人は、結婚したんですね」

「はい、あの時は夫婦共々本当にお世話になりました」

「こんな所でお二人と再会出来るなんて、思ってもみませんでしたよ、

カインズさん、ヨルコさん」

 

 今度は八幡が、しっかりとカインズと抱き合った。。

カインズの本名は明星優というらしく、どうやら優が夜子の家に婿入りしたようだ。

二人は、直ぐにケーキをお持ちしますねと言って、厨房へと戻っていった。

そして二人の手によるいくつものケーキが振舞われ、八幡達は舌鼓をうった。

そして満足そうな八幡に、詩乃がこう言った。

 

「今なら、さっきあんたが言ってた言葉の意味がよく分かるわ。

本当にあちこちに、あんた達に命を救われた人がいるんだね」

「ああ、時々その重さに押しつぶされそうになるけどな」

「あんたには明日奈がいるじゃない。一人なら無理でも、二人なら大丈夫だよ」

 

 その会話に明日奈が加わってきた。

 

「二人でも無理な時も、いつか来るかもしれない。

でも私達の傍には、シノのんや、他の皆がいる。二人で駄目なら三人、

三人で駄目なら四人、そうすれば、押しつぶされそうになってもきっと大丈夫。

これからもずっと私達と一緒にいて、助け合っていこう、シノのん」

「そうだね、私達は仲間だもんね。何かあったら必ず仲間を助けよう」

「ふふっ、宜しくね、シノのん」

 

 そう言うと明日奈は、詩乃の耳元でこう囁いた。

 

「彼の隣は絶対に譲れないけど、それでも傍にいたいとシノのんが望む限り、

彼は一生シノのんの傍に、居続けてくれるはずだよ」

 

 それを聞いた詩乃は、不敵な表情で明日奈に言った。

 

「本当にそれでいいの?彼の隣を私に譲る事になっちゃうかもよ?」

「ふふっ、絶対に負けないわよ」

「私達、これから長い付き合いになりそうね」

「うん!」

 

 詩乃にライバル宣言をされたにも関わらず、

そう返事をした明日奈の顔は、とても嬉しそうだった。



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第238話 雪ノ下陽乃監督作品

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「ん、いつの間にか新着動画が来てたのか、って、既にすごい閲覧数ではないか……

波に乗り遅れるとは、この義輝、一生の不覚!」

 

 話は一旦、前日の夜まで遡る。

 

「ほうほう、おおっ?何だこの動きは……世の中にはまだまだすごい人がいるんだな……

しかし女性でこの動きは、噂に聞く明日奈さんクラスか……」

「何ぶつぶつ言ってるの?材木座君」

「おわっ、ボ、ボス!」

「何?またえっちな動画でも見てるの?」

「そ、そんなもの、職場では一度も見た事が無いです!」

「職場では、ね」

 

 その言葉に抗議しようとする義輝を制し、陽乃はその動画を覗き込んだ。

 

「ん~?んんんんん~……ちょっと義輝君、この動画、最初から見せて」

「あっ、はい。ボスはこの動画に興味が?」

「興味というか、ちょっと気になる事があるのよね。

ちょっと待っててね材木座君。お~いアルゴちゃん、ちょっとこっちに来て」

 

 陽乃はその動画の再生を一時停止させ、アルゴを呼んだ。

 

「何だ?ボス」

「ちょっとこの動画を見てみて欲しいの」

「動画?」

「義輝君、再生して」

「は、はい」

 

 そして動画が終わり、陽乃はアルゴに感想を聞いた。

 

「アルゴちゃん、どう思った?」

「どう思ったも何も、アーちゃんはやっぱりすごいなとしカ」

「あ、やっぱり?」

「ななな何ですと!?本人だったのか……」

 

 アルゴはあっさりとそう断定した。

 

「で、これは当然ハー坊で、これは薔薇だろ?

で、こっちの小さいのは、多分こまッチで、残りの二人は知らない奴だナ」

「むむむ、あいつめ、また新しい取り巻きの女性を増やしたのか……何と羨まけしからん!」

「なるほどねぇ……ありがとう。義輝君、この動画、保存して私に頂戴」

「分かりました。でも、一体何に使うんですか?」

「そんなの決まってるじゃない、くふふふふふ」

 

 その陽乃の表情を見て、絶対に良からぬ事を考えているなと思った義輝は、

心の中で八幡に謝罪した。

 

(すまん八幡、悪いとは思うが、社畜は上司には逆らえないのだ……ってかリア充爆発しろ!)

 

 

 

 そして話は再び現在へと戻る。八幡達六人が、ケーキの素晴らしい味を堪能し、

食後のお茶で一息ついていた時、突然それは起こった。

店内の照明が暗くなり、突然天井から、プロジェクターのスクリーンが降りてきたのだ。

 

「な、何だ?」

 

 そして唐突に、スクリーンに映像が映し出された。

最初の画面に映し出されたのは『雪ノ下陽乃 監督作品』の文字だった。

 

「えっ……?ハル姉さん?」

「嫌な予感しかしないんだが……」

 

 次にBGMと共に、日本刀を持っている八幡の姿と、

それをしげしげと見つめている明日奈の姿が映し出された。

 

「あっ、これ、前ハル姉さんの家に行った時、

飾ってあった日本刀を振らせてもらった時の映像じゃない?」

「こっそり録画してやがったのか……」

 

 そして、ナレーションが始まった。

 

≪愛する少女を守る為、刀を手に取った少年は、ボスとの戦いに勝利し、

愛する少女と共に、そのまま旅に出た≫

 

 そして画面には、キットに乗り込む八幡と明日奈の姿が映った。

 

「って、ただ車に乗ってるだけの映像じゃねーか……」

 

≪そして二人は長い放浪の末、とある惑星へとたどり着いた。

その惑星は刀が通用しない、銃の世界だった≫

 

「どこだ馬鹿姉!どうやって車で他の惑星にたどり着くんだよ!」

「八幡君、ま、まあ落ち着いて」

 

≪その惑星で、少年は、新たな仲間を得た≫

 

『俺と戸部も、比企谷と一緒に戦った仲間だからね』

 

「あっ、これ、同窓会の映像だ」

「そういえば、あの時録画してるって言ってたな……」

 

≪だがその二人は、この男に殺された≫

 

 そして画面の中の葉山と戸部の顔に×が付けられ、ゼクシードの顔がアップで映った。

 

「あれっ」

「何でゼクシードの映像が……」

 

≪しかし少年はめげずに、再び新たな仲間とめぐり合ったのだった≫

 

 そして画面には、昨日の夜、ゼクシード達と対峙した時の映像が映し出された。

 

「……え?」

「おい、何でこの映像が存在してるんだ?」

「そういえばあの時、何人かが撮影してたような気がしたわね」

「まじかよ小猫……」

「小猫って言うな!」

 

『お前……それが何か戦闘に関係があるのか?お前も男なら、実力を示せよ』

『ぎゃはははは、負け惜しみかよシャナ』

『二度目は許さん』

 

≪少年は、以前仲間を殺された時の事を思い出し、そう言った。

だが宿敵ゼクシードは、余裕の態度でシャナを挑発した≫

 

『シャナ、女にもてないってのは、悲しいよなぁ』

『おいゼクシード、さすがにイラついたわ、俺はお前を、徹底的に潰す』

 

≪こうして不利な状況の中、戦いが始まろうとしていたその時、

かつての仲間達が……ん~、アルゴちゃん、もうちょっとここ、捻れないかな?

何か八幡君が、もてないひがみを言ってるように見えちゃうわよね?≫

≪根本的に、素材が足りないぞ、ボス≫

≪ん~、まあいいや、めんどくさいし、後は編集無しでいっか!≫

≪死ね、リア充!≫

 

「……え~っと」

「アルゴと材木座も噛んでやがったか……」

 

 そして映像は、シズカ達がビルから飛び出して来た所から、普通に再生され始めた。

 

『初めまして、私はシズカ。彼の半身にして、彼と永遠に運命を共にする者』

 

 その自分の恥ずかしい姿を目の当たりにした明日奈は、いきなり絶叫した。

 

「きゃああああああああああああああ」

 

 そしてシズカがシャナの顔に手を添えた瞬間に、映像が途切れた。

 

「ん、編集無しじゃないのか?」

 

≪この場面は、教育上問題があるのでお見せ出来ません。

っていうか、独り身の私に、こんな刺激的な映像を見せるなんて……≫

 

「って愚痴かよ!」

「ちょっと姉さん、ここが肝心な所じゃない!」

「明日奈、気持ちは分かるが落ち着け」

「そうよ明日奈、落ち着きなさい」

「おい詩乃、他人事みたいに言ってるけどな、次は確かお前の出番だぞ」

 

 そしてその言葉通り、次にシノンの姿が映し出された。

 

『今シズカが言った通り、私も彼と運命を共にする者』

 

「あああああ、ち、違うから、これはそういう意味じゃないから!」

「分かってるって、明日奈に合わせたんだろ?別に誤解なんかしないから、安心しろ」

「ちょっとあんた、何で誤解しないのよ、ふざけるんじゃないわよ!」

「え、ええ~……何でいきなりキレてんだよ……意味が分からん」

 

 そして次に映し出されたのは、ベンケイとロザリアだったが、

当然二人は平然としていた。

 

「私達は平気ですよね、薔薇さん」

「ええ、これも日頃の行いかしらね」

 

 そんなのんびりとした事を言った薔薇に、エルザは凍りつくような冷たい声で言った。

 

「薔薇ちゃん、とても大事な話があります。

もぎますか?もぎます、もぐ時、もげばもごう」

「ちょっ……エルザ、一体何を……」

「ダイエットに協力してあげるから、そこを絶対に動かないで」

「ち、違うの、あれはわざとじゃなくて、胸の上で手を組むのがつらかったの……」

 

 だが、その薔薇の言葉は、当然火に油を注いだだけだった。

 

「ちっ、絶対に殺す」

「ひっ……」

 

 胸を強調する薔薇に、エルザの怒りが頂点に達するかと思われたその時、

モニターに、ピトフーイを抱き寄せるシャナの姿が映った。

ピトフーイは慌てて自分のスマホを取り出し、

シャナに抱かれるピトフーイの姿を、アップで撮影していた。

 

「おいエルザ、お前何やって……いや、何でもない……」

 

 八幡は、エルザがはぁはぁ荒い息を吐いているのを見て、それ以上何も言わない事にした。

どうやらこのまま自分の胸の事は誤魔化せそうだと、薔薇は心から安堵した。

そして映像の中では、いよいよシズカが剣を取り出した。

 

「あっ、お義姉ちゃん、どうやってやったのかと思ってたけど、実は空いてる左手で、

こっそりコンソールを操作してたんだね」

「あ、バレた?こうして映像で見ると、やっぱり分かっちゃうよね」

「でもすごいよお義姉ちゃん、私には絶対出来ないもん!」

「明日奈は器用なんだね」

「動くわよ」

 

 そう薔薇が言った瞬間、シズカの姿が画面から消えた。

 

「「「「は?」」」」

「お前ら落ち着け、撮影してた奴が目で追いきれなくて、明日奈が画面の外に出ただけだ」

「いや、それにしてもだよお兄ちゃん」

「結構引いて撮影してるのにね」

「一体どんなスピードよ」

「えへっ」

 

 明日奈はその言葉に、照れながらそう答えた。

そして次の瞬間、映像が巻き戻り、スロー再生が始まった。

 

「親切だなおい。ってか編集無しとか言ってたのはどうなった」

「多分ボスも、同じように明日奈の事が見えなかったんじゃないかしら」

「魔王でも見えないとか、さすがだね!」

「ここね、来るわよ」

 

 六人は、そのまま画面を注視した。だが、やはり明日奈の姿は見えなかった。

 

「……」

「あれ?」

「見えませんね……」

「見えないね……」

「あっ、また画面が戻って、今度はコマ送りに!」

 

 ほんの少しだけ映像が巻き戻ったかと思うと、今度はコマ送りでの再生が始まった。

さすがにコマ送りなので、そこには明日奈の姿がバッチリと捉えられていた。

ただし一コマだけ……

 

「えっと、一コマだけ映ってますね」

「でもこれ、映像がブレてるんだけど……」

「えへっ」

 

 再び照れる明日奈に、詩乃は呆れたように言った。

 

「ねぇ明日奈、あんた化け物だったんだね……」

「もう~シノのん、それは褒めすぎだよぉ……」

「私、褒めてないわよ!?」

 

 そして画面に、ゼクシードに剣を突きつけるシズカの姿が映し出された。

撮影者も、どうやら何が起こったのかやっと理解し、そちらにカメラを向けたらしい。

そしてシズカが、二度三度とゼクシードを追い詰めるその姿に、四人は興奮した。

 

「まさにシズカ姫ね、すごい……」

「綺麗ね……」

「やっぱりうちのお義姉ちゃんは最強!」

「私やっぱり、明日奈の娘になる!」

「おいピト、お前もう自分が何を言ってるか分かってないだろ……」

 

 そして最後に、シズカが短剣をしまった瞬間、そこにいきなりシャナが現れた。

 

「「「「「は?」」」」」

「何で八幡君まで驚いてるの……」

「いや、映像だとこう見えるのかって、ちょっと驚いた……」

「まあ、確かにね。でもこれなら多分、すぐにコマ送りが始まるんじゃないかな」

 

 その明日奈の言葉通り、すぐにコマ送りの映像が映し出された。

そこにはちゃんと、シャナの姿が映っていた……一コマだけ。

 

「また一コマ……」

「八幡、あんたも化け物だったんだね……」

「もう~シノのん、それは褒めすぎだよぉ……」

「八幡君、真似しないで!」

「あんたにシノのんって呼ばれると、違和感が半端ないわ……」

 

 そしてそこで映像が終わり、次にノーカット版が流れ始めた。

映像で見ると、シャナが、ピトフーイが侮辱された瞬間に完全にキレているのがよく分かり、

ピトフーイを抱き寄せる所では、全員が拍手をした。

 

「八幡君、えらい!」

「お兄ちゃん、よくやった!」

「やっぱりあんたって、優しいのよね」

「いいなぁ……って、別に羨ましがってなんかないわよ!?

仲間を大切にするその姿への感想だからね!」

「詩乃、言ってる意味がよくわからん、とりあえず落ち着け」

 

 そして最後に、エルザが目をうるうるさせながら八幡に言った。

 

「八幡、私の為に怒ってくれて、ありがとう!」

「まあ、当然の事だからな」

 

 そして映像が終わり、店の照明が明るくなった。

直後にパチパチパチと拍手が聞こえ、夜子と優が八幡達の方へと歩いてきた。

 

「いや~、何ていうか、さすがですね、八幡さん、明日奈さん」

「見てたんですね……」

 

 そう言う八幡の横で、明日奈は、恥ずかしそうに頬を押さえ、いやんいやんと呟いていた。

 

「八幡さん、陽乃さんが、あなたにこれを渡してくれと」

 

 優がそう言って差し出してきたのは、

この映像が録画されているのであろう、ブルーレイディスクだった。

 

「ちなみに陽乃さんは、そう言った後、逃げるように去っていきました」

「くそっ、どうも気配が無いと思ってたら、やはり逃亡した後だったか……」

「ははっ、でも、すごくいい物を見させてもらいましたよ。

やっぱり八幡さんは、すごく仲間を大切にしてるんですね」

 

 八幡はその言葉に照れた表情を見せ、残りの五人に散々からかわれる事となり、

その姿を、夜子と優が嬉しそうに眺めていた。

 

「それじゃあ八幡さん、明日奈さん、そして皆さん、またいつでもいらして下さい」

「今日はお会い出来て、本当に嬉しかったです」

「こちらこそ、お会い出来て嬉しかったです」

「お二人とも、お幸せに」

「「「「ごちそうさまでした」」」」

 

 こうして思わぬサプライズもあったが、六人はますます交流を深める事となった。

そして数日後、八幡と明日奈、章三、京子、陽乃、菊岡の六人は、

結城本家へと向かう為、新幹線で京都へと旅立っていった。

 

 

 

 一方その頃、ゆっこと遥は、BoB決勝の映像を二人で視聴していた。

 

「見事に……」

「真っ二つだね……」

 

 そして二人は初めて、シャナの本気の戦いをその目で見る事となった。

 

「うわ……」

「やばいね……」

「この人に、私達は勝たないといけないんだ……」

「どう考えても、無理なんじゃない?」

「う、うん……でもやるしかないよね……」

「だね……」

 

 へっぽこ二人組の、無謀な戦いは続く。



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第239話 そうだ、京都へ行こう

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「新幹線で本家に行くなんて、久しぶりだなぁ」

「俺も修学旅行以来だな」

「今度みんなでどこかに行きたいよね」

「そういや温泉って話もあったよな、今度話してみるか」

「そうだ、京都へ行こう!」

 

 そう言うと明日奈は上機嫌で、しかし他の乗客に迷惑がかからないような小さな声で、

MyFavoriteThingsを、口ずさみ始めた。

そんな二人を温かい目で見ながら、章三は八幡にこう尋ねた。

 

「八幡君、勝算はあるのかい?うちとしてはもう、一時的に損をするのを覚悟で、

完全に本家と縁を切ってしまっても構わないと思ってるんだが」

「そうなったら株主に、章三さんが突き上げられるかもしれないじゃないですか。

極力そうならないようにするつもりです。鍵になるのは次の理事長選挙ですね」

「結城総合病院の理事長選挙だね。清盛老の長男で親の言いなりの宗盛さんが、

完全に票を固めているみたいだけど、せめて次男の知盛が当選してくれれば、

交渉の余地も出てくるんだよね。彼とは子供の頃、よく一緒に悪さをした、

いわゆる悪友だったんだよ。でも彼には今の所、勝ち目がまったく無いんだよね」

「とりあえずその、結城清盛という人に会ってみましょう。

最初は普通に話を切り出してみて、まあ拒否されると思いますが、

そしたらメディキュボイドの話を出してみて、それで認められれば楽なんですが、

もし駄目だったらその場は黙って引き下がりましょう。

そしてその足で、そのまま知盛さんの下へと向かいましょう」

 

 実は八幡には一つの勝算があった。その情報は菊岡がもたらしたものだった。

菊岡は今回の話を聞き、話の中で知盛の名前が出た時、八幡の前で、とある独り言を言った。

八幡は、菊岡は根拠の無い事は言わないだろうと考え、内容に関しては考慮せず、

菊岡の言葉をそのまま受け入れ、基本方針とする事とした。

後は、会う予定の人達がどういう人物なのかを、自らの目で見極めるつもりだった。

そして八幡は、もう一つの懸案について陽乃に尋ねた。

 

「姉さん、倉エージェンシーへの根回しはどうなってます?」

「次男の朝景さんは、この話に大乗り気よ。

レクトとの提携が可能になったら、すぐにでも親を説得するみたい。

ちなみにうちも、得意分野で協力すると言ってあるわ。

そろそろVR関連でも、本格的なAI搭載のアイドルとかが出てきてもいい頃だしね。

ちなみにその協力を得る為に、今凛子が、恩師の重村教授に会いに行ってるわ」

「凛子さんの恩師ですか」

「茅場と須郷の恩師でもあるそうよ」

「うげ……晶彦さんはともかく、須郷もですか……」

「まあ、もうあいつと関わる事も無いんだし、そんな顔しないの」

「はぁ……」

 

 そんな八幡の顔を見て、章三がいきなり頭を下げた。

 

「あの時は、私に見る目が無かったばかりに、八幡君には本当に迷惑をかけた。

でも、凛子さんが会いにいったという重村教授は、本当に優秀な人だから、

協力してもらえたら、これほど心強い事は無いと思う」

「本当に気にしないで下さいって。それじゃあ姉さん、そっちは凛子さんに任せます」

 

 陽乃は頷き、更にもう一言付け加えた。

 

「ついでに朝景さんには、ちょっとした爆弾も渡しておいたわ」

「爆弾……ですか?」

「これよ」

 

 そう言って陽乃が見せてきたのは、八幡にとっても嫌な思い出しかないマークだった。

 

「それ、ラフコフのマークじゃないですか」

「これを兄であるクラディール……本名は景時って言うらしいけど、

彼に見せれば、絶大な効果を発揮するって説明してあるわ」

「まあ、確かに効果は絶大でしょうね……

ラフコフとの関係は、あいつにとっては抹消したい事実の一つでしょうし」

「ついでに最後は監獄にいたっていう証拠のデータも渡してあるわ。

朝景さんはお兄さんの事が大嫌いらしいから、上手く活用してくれると思うわ」

 

 八幡はその言葉を聞き、吐き捨てるように言った。

 

「あいつを好きな奴なんて、この世には存在しませんよ」

「はいはい、とりあえず彼にはこれで、芸能プロダクションの次期社長の座から、

『自主的に』転がり落ちてもらいましょう」

「『自主的に』ね。まあ俺も直接叩きにいくつもりですけど、

そういう『名目』なら、倉社長の面子も潰さないですみますしね」

「そういう事」

 

 そんな八幡達の会話を、菊岡は黙って聞いていた。

ちなみに菊岡が同行したのは、一応メディキュボイドの技術が、

八幡達の手の中に確かに存在するという証明の為だったが、

それは政府からの公式な書類か何かがあれば、実はそれでまったく問題は無い。

要するに菊岡は、伝える事は伝えた以上、後は自分にやれる事は何も無いが、

せっかくの機会だから、たまには京都で温泉にでもつかってのんびりしたいと、

そう考えただけなのであった。

 

「さて、そろそろ京都に着きますね、いよいよか……」

「ここに来て嫌な思いをするのは、本当にこれで最後にしたいよ……明日奈の為にもね」

「お父さん、私なら全然大丈夫だよ。八幡君が傍にいてくれるんだし、ね。

それよりも私はお母さんの方が心配だよ。お母さん、あんまりストレスをためないようにね」

「大丈夫よ明日奈、いくら嫌味を言われても、もう負け犬の遠吠えにしか聞こえないから」

 

 それを聞いた明日奈は、愕然とした顔で八幡に言った。

 

「は、八幡君、どうしよう、お母さんが武闘派になっちゃった……」

「言っておきますけど、あなたにも、私と同じ血が流れているんですからね」

「え、ええ~?は、八幡君、私は別に武闘派じゃないよね?」

 

 その明日奈の言葉に、八幡は気まずそうに顔を背けた。

 

「えっ?えっ?ちょ、ちょっと八幡君、何でこっちを見てくれないの?」

「い、いや……そうだな、明日奈はたまに好戦的になるだけだ、うん、たまにな」

「そんな事は無……」

「よし、もうすぐ着くみたいだ。行くぞ、明日奈」

「あ、待って八幡君、待って~!」

 

 そして新幹線は京都に到着し、八幡は、その会話をうやむやにする事に成功した。

 

「さて、僕と陽乃さんは、とりあえずホテルで待機ですかね」

 

 菊岡のその言葉に、陽乃も同意した。

 

「そうね、私達の出番はちょっと先になるだろうし、

とりあえず先にチェックインしておきましょうか」

「はい、相手の顔を拝んだらすぐに合流します」

 

 そしてタクシーを呼ぼうとした章三を、陽乃が制した。

「章三さん、実はもう、車は用意してあるのよね」

「そうなのかい?陽乃君」

「ええ、そろそろ到着すると思うわ。あ、来た来た」

 

 そしてその陽乃の言葉通り、遠くから、見覚えのある車が走ってきた。

その車を見た八幡は、驚きながら言った。

 

「あれ……キット?キットじゃないですか。一体どうやって……」

「昨日の夜から、先に単独で向かっててもらったのよ」

「ああ、そういう事ですか」

『驚きましたか?八幡』

「お、おう、キット、ここには一人で来たのか?」

『私にその一人称は、少しおかしいと思いますが、答えるとしたらその通りです、八幡』

「そうか、何にしろ、自由に動けるのは有難いな。キット、早速乗せてくれ」

『はい』

 

 そして八幡はキットの運転席に乗り込み、明日奈は当然のようにその隣に乗った。

後部座席には章三と京子が乗り込み、そのまま四人は結城本家へと向かう事となった。

そして車を走らせる事数十分、四人はついに、屋敷の門の前へと到着した。

章三がインターホンを使い、執事に連絡をとっている間、残りの三人はこんな会話をしていた。

 

「ここか……さすがに年季の入った立派な建物ですね、京子さん」

「まあ、由緒だけはある建物みたいだしね」

「なんか幽霊屋敷みたいだね」

「う~ん、確かに空気が淀んでいる気はしないでもないが……」

「確かにうちの親父は化け物みたいなものだから、その感想は正しいかもしれないな。

京子ちゃん、明日奈ちゃん、久しぶり。あっちにいるのは章三かな?」

 

 突然横からそんな声が聞こえ、三人は慌ててそちらを見た。

 

「あら、知盛さんじゃない、お久しぶりです。誰かと思って驚いちゃったわ」

「知盛おじさん、お久しぶりです!」

 

 京子と明日奈がそう声を掛けるのを聞いて、八幡は、これが次男の知盛さんかと思い、

軽く頭を下げ、自分が知盛に紹介されるのを待つ間、知盛を観察する事にした。

 

「明日奈ちゃんが無事で、本当に良かったよ。最初に話を聞いた時は、

背筋が凍る思いだったからね。見た感じ、もうすっかり元通りの美人に戻ったみたいだね。

元気そうで何よりだよ、明日奈ちゃん」

「はい、ご心配をおかけしました、ありがとうございます知盛さん」

「それにしても、何故ここに?」

 

 そう言った後、知盛は声を潜め、ひそひそと京子に言った。

 

「京子さんが自分からここに来るなんて、どうしちゃったのよ。

またくだらない嫌味を言われて、ストレスたまっちゃうんじゃないの、大丈夫?」

「ふふっ、大丈夫よ。今回はね、本家と喧嘩しに来たから、

最悪知盛さん以外の結城本家の人とは縁が切れるかもしれないけど、

もしそうなったらごめんなさいね」

 

 その京子の言葉を聞いた知盛は、とんでもない事を言い出した。

 

「ええっ、本当に?う~ん、それならいっそ、僕もそっちの仲間に入れてくれない?

正直親父がトップのうちはまだいいんだけどさ、

ほら、次の理事長選挙でさ、親父が引退するじゃない。

そうすると今のままだと、兄貴がトップになるのがほぼ確定でさ、

今のうちの勢力図ってね、兄貴派が四、俺派が三、

親父に忠実な、中立という名の兄貴を支援する派が三、みたいな感じなんだけど、

京子さんも知っての通り、兄貴はボンクラだから、優秀な僕の事が昔から大嫌いじゃない?

だから選挙後に、俺の味方は全員粛清されそうで、居心地が悪い事この上無い訳。

だから平医師としてでいいからさ、知り合いの病院に僕を推薦してくれないかな?」

「ごめん、無理」

 

 にべもなくそう答えた京子に、その答えを予想してたのか、知盛は笑顔で言った。

 

「あ、やっぱり?だよねぇ……いっそ海外にでも高飛びすっかなぁ……」

 

 そう呟く知盛に、京子は慌てて言った。

 

「違う違う、無理ってのはね、そういう意味じゃなくてね、

私達は、とある要求をしにここに来たんだけど、それが認められなかったら、

次善の策として、あなたに理事長になってもらうつもりなの。そういう意味での、無理、ね」

「ええっ、そうなの?」

「ええ、その為の秘密兵器として、今日はうちの婿を連れてきたわ。

遅ればせながら紹介するわね、将来うちの明日奈と結婚する予定の、比企谷八幡君よ」

 

 八幡は、そう紹介され、居住まいを正し、知盛に自己紹介をした。

 

「初めまして、比企谷八幡です、今後とも宜しくお願いします、知盛さん」

「おおう、これはこれはご丁寧に、初めまして。明日奈ちゃんの彼氏?婚約者?

そっかそっか、それはめでたい!こちらこそ宜しくね、八幡君」

 

 そう言うと知盛は握手を求めてきた。八幡もそれに応えて手を差し出し、

握手をしようと接近した時、知盛はそっと八幡の耳元で囁いた。

 

「後でうちに来てくれ、英雄八幡君。明日奈ちゃんを守ってくれて、本当にありがとうね」

 

 八幡は、いきなりのその言葉に、とりあえずとぼける事にした。

 

「何の事ですか?」

「とりあえずその話も後でね。あの京子さんが秘密兵器だと言う君と、話がしたい」

「実は最初からそのつもりでした」

「オーケー、待ってるよ」

 

 八幡は知盛の事を、ただの面白い人だけの人では無いなと思い、

この人が次の理事長になったら、話をいい方向へと進められるだろうと確信した。

そこに、執事と話をつけたのか、章三が戻ってきた。

 

「あれ、知盛じゃないか。いつからいたんだ?」

「ああ、たまたま通りかかってね、京子さんとちょっと立ち話をね」

「そうか、なぁ知盛、後でお邪魔したいんだが、今日は予定はどうなってる?」

「大丈夫、全部キャンセルするから、いつでも来てくれ」

「お、おい、いいのか?」

「ああ、大丈夫だ」

 

 知盛は、八幡の方を見ながらそう答えた。

 

「そうだ、紹介しよう、こちらは……」

「ああ、大丈夫、八幡君の事は、紹介してもらったから。

それより親父に会いに来たんだろ?ほら、待たせるとどんどん不機嫌になるぞ」

「そ、そうか、それじゃあ知盛、また後でな」

「ああ、また後で」

 

 そう言って知盛は去っていった。そして一行は、執事の案内で、

結城家当主、結城清盛と、ついに対面する事となった。



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第240話 偏屈じじい

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「叔父さん、章三です」

「入れ」

 

 執事に連れられて到着した、とある和室の前で、章三がそう声を掛けると、

中から重々しい返事が返ってきた。章三は少し緊張した様子で襖を開けた。

 

「久しいな章三。どうやら会社の危機は、上手く乗り切ったようだな」

「ええ、おかげさまで」

「まったくお前は運だけはいいようだな。で、今日は何の用だ」

 

 その男、結城清盛は、京子や明日奈には目もくれず、いきなりそう切り出した。

当然八幡の方は見ようともしない。

 

「今日は、報告があって参りました」

「何だ」

「はい、この度我が社は、倉エージェンシーという芸能プロダクションと、

業務提携を結ぶ予定で……」

 

 清盛は章三のその言葉を、最後まで聞かないうちに遮った。

 

「許さん」

「……いるんですが、そう仰ると思ってましたよ」

「結果が分かっているのにわざわざ東京からここに来たのか?ご苦労な事だな。

用事が済んだなら帰れ」

「一応こちらには、メ……ん?」

 

 八幡は、その一連のやり取りを見て、噂通りの偏屈じじいだなと思ったが、

このままメディキュボイドの存在だけをアピールして帰るのも癪だと思い、

メディキュボイドの事を話そうとした章三の足をトントンと叩き、それを制すと、

清盛を頭から真っ二つにする様子を強くイメ-ジし、わずかに腰を浮かせた。

それに対する清盛の反応は激烈だった。清盛は、脇に置いてあった日本刀を即座に掴み、

いきなりそれを抜くと、八幡に向けて振り下ろそうとしたのだ。

だが八幡は、いつの間に取り出したのか、護身用に持ち歩いている伸縮式の警棒で、

カウンターぎみにその日本刀の鍔をはじき、清盛にたたらを踏ませ、

次の瞬間、清盛の咽喉に、鋭く警棒を突きつけた。

章三と京子は何が起こったのか分からず、その場で硬直していたが、

さすが明日奈は、八幡の変化に気付いていたようで、

清盛が動いた瞬間にその側面に回り込み、

剣が無い為、代わりに手刀を清盛の首に突きつけていた。

清盛は、冷や汗を流しながらハチマンに尋ねた。

 

「……小僧、お前、どこぞの組織の刺客か何かか?

章三、お前は儂を殺す気でここに来たのか?」

「そんな訳無いだろじじい。あんたが俺の殺気に勝手に反応しただけだ」

 

 そして二人は武器を下ろし、立ったまま向かい合った。

明日奈はそれを見て、元の場所へと戻った。

 

「小僧、お前その年で、随分修羅場をくぐってきたみたいだな。名は?」

「比企谷八幡」

「それにそっちの……」

「結城明日奈です、大叔父さま」

「そういえばそんな名前だったな、ふむ」

 

 清盛は武器をしまい、再び元の場所へ戻ってあぐらをかいた。

八幡はその正面に腰を下ろし、同じくあぐらをかいた。

 

「おい小僧、お前、何者だ?」

「あんたの又甥になる予定の男ですよ、大叔父」

「なるほど……」

 

 そして清盛は章三に言った。

 

「おい章三、お前、随分といい後継者を見付けてきたようだな、え?」

 

 その呼び掛けに章三は、もうどうにでもなれという気持ちで答えた。

 

「ええ、うちもいい加減、いつまでも本家の顔色を伺ってばかりじゃいられませんからね」

「ふっ、あの遊び歩いていた子供が、いつの間にか大言を吐くようになったもんだな」

 

 清盛はそう言うと、再び八幡の方を見て、突然こう言った。

 

「なるほど、お前の強気の理由は、この英雄の小僧だったか」

「英雄?何の事だ?」

 

 八幡は、先ほどの知盛との会話に続き、ここでもとぼける事にした。

 

「うちの病院にも、あのゲームの被害者は沢山入院しておったからな。

その中の何人かがこう言っておったそうだ。

英雄である閃光のアスナと、その仲間のおかげで生きて帰ってくる事が出来たとな。

そして今の身のこなしを見れば、馬鹿でも分かるわ。

その閃光のアスナというのがお前だろ?明日奈よ。

そしてその仲間がお前だろ?小僧」

「はい、大叔父様」

「じじいにしては、中々いい推理だな」

「ふん、伊達に年はとっておらん」

 

 清盛はそう言って居住まいを正し、明日奈の方を向くと、そのまま頭を下げた。

その清盛の意外な行動に、一同は呆気にとられた。

 

「明日奈よ、さっきは失礼な態度をとってすまなかった。

よく帰ってきたな、そして、我が患者達を救ってくれた事に、心から感謝する」

「あ、は、はい」

 

 八幡は、その見事な謝罪を見てこう思った。

 

(このじじいは、ただ傲慢な馬鹿じゃないって事か。ちょっとやりにくいが、

まったく話が分からないって訳でも無さそうだな、どうするか)

 

 八幡は方針を決めかねていたが、そんな八幡より先に、口を開いたのは明日奈だった。

 

「でもその認識は、一つ間違っています、大叔父様」

「ほほう、どう間違っている?」

「彼は私の仲間ではありません、私が彼の仲間なんです。

ゲームをクリアに導いたのは、ほとんどが彼の力です。

彼はあまり表に出たがらなかったから、私ほど名前は知られていませんでしたが、

プレイヤーのトップにいた者達が一番にあげるのは、常に彼の名前です」

「そうか……お前がな。そんな男が息子になるのなら、章三が強気になるのも分かるわ」

 

 そう言うと清盛は、再び八幡を睨み付けながら言った。

 

「それで小僧、儂を説得する材料は、もちろんあるんだろうな?」

「メディキュボイド」

 

 清盛はその言葉を聞き、目付きを鋭くした。

 

「手に入れたのか?」

「ええ、開発者ごと」

「ふむ……」

 

 清盛はそう言って、少し考え込んだ後、首を振りながら言った。

 

「経子には悪いが、それでも儂は首を縦には振らん。

それくらい儂にとって、章三に頭を下げる事は面白くない。一族の者も皆そうだろう」

「そこまでですか……ところでその経子さんというのは?」

「儂の娘だ。そしてメディキュボイドを必要としているのは、その経子の娘だ」

「なるほど」

 

 その八幡の淡々とした受け答えを見て、清盛は言った。

 

「まったく表情を変えないんだな、小僧」

「まあ、そう言うだろうと思ってたんで」

「で、どうする?」

「とりあえず帰ります」

 

 その八幡の言葉に、清盛は少し意外そうな口調で言った。

 

「嫌に素直だな」

「まあまだ来たばっかりですし、温泉にも入りたいですしね。色々考えるのはその後にします」

「温泉……だと?」

「ええ、温泉です」

「そうか」

 

 清盛はそう言い、それ以上何も言おうとはしなかった。

 

「それではこれで。行きましょう、章三さん、京子さん、明日奈」

 

 八幡のその言葉で残りの三人も立ち上がり、挨拶をして部屋を出ていった。

そして最後に部屋を出ようとした八幡の背中に向け、清盛が言った。

 

「また来い、小僧」

 

 八幡は、その呼びかけには返事をせず、軽く頭を下げて部屋を出た。

外に出ると章三は、少し興奮した様子で八幡に言った。

 

「いやぁ、いきなり叔父さんが刀を抜いた時はどうなる事かと思ったが、

八幡君はさすがというか、その後も一歩も引かなかったね」

「あの時は俺もそれなりに驚いてましたけどね。

まさか殺気に気付くだけじゃなく、反撃までしてくるとは予想外でした」

「明日奈も気付いていたのかい?」

「うん、まあ、こういうのには慣れてるからね。

八幡君の雰囲気が変わったら、私にはすぐに分かるもの」

 

 その二人の言葉に、章三は何ともいえない表情で言った。

 

「正直明日奈は、普通の女の子に育ってくれれば、それで良かったんだけどなぁ。

まあそのおかげで八幡君と出会えた訳だし、良かったのかな?」

「いいに決まってるでしょあなた。私達の娘夫婦は、あの叔父様相手に一歩も引かない、

すごい胆力の持ち主なのよ。素晴らしいじゃない、早く孫の顔が見たいわ。ね、八幡君」

「は、はぁ……」

 

 何と答えていいのか困る八幡を見て、明日奈が言った。

 

「もう、お母さんったら、まだ早いってこの前も言ったじゃない。

八幡君も困ってるでしょ?さあ、とりあえず、ホテルに荷物を置いてから、

知盛叔父さんの所に行こう」

「そうだな、とりあえずホテルにチェックインして、

京子は部屋でゆっくりしているといいさ。後の事は私達に任せなさい」

「そうね、ちょっと疲れたし、そうさせてもらおうかしら」

「はい、後は任せて下さい、京子さん」

「本当に頼りにしてるわよ、八幡君」

 

 こうして四人は、陽乃と菊岡の待つホテルへと向かい、チェックインする事にした。

そこで八幡を待ち受けていたのは、とんでもない事実だった。

 

「俺と明日奈が同じ部屋!?し、しかもダブルだと?」

「そうだけど、何か問題ある?」

「むしろ問題だらけだろ、この馬鹿姉!」

 

 その八幡の抗議を受け、陽乃は諭すような口調で八幡に言った。

 

「だって仕方ないじゃない、予約の時点で、家族部屋は空いてなかったんだもの」

「それが何だよ」

「菊岡さんは、政府に領収書を提出するからシングル一部屋、これはいい?」

「ああ」

「残りはシングルとツインとダブルの部屋が、一部屋ずつしか空いていなかった。

章三さん達は、レクトの領収書で夫婦で一部屋だから、ツインかダブルなんだけど、

章三さんだけ帰りが遅くなるとかがあるから、ツインでしょ?

で、私はソレイユの領収書で落とすから、ダブルは選択出来なくて、シングルになる。

そうすると必然的に、残る部屋は、ダブルの部屋が一部屋だけになる訳。

メンバーの入れ替えは却下よ、泊まった人が別人だと、後で問題になるからね」

 

 その説明を聞いた八幡は、愕然と呟いた。

 

「くそ……大人の事情め……」

「まあそういう事。明日になればもう一部屋空くらしいから、今晩は我慢しなさいな」

「……分かりました」

 

 そんな八幡の後ろで、明日奈と章三と京子が、陽乃に、『ナイス!』

というサインを送っていた事には、八幡は気がつかなかった。

実際問題、八幡が自腹で部屋代を二部屋分出すからと言って、

陽乃と明日奈を同じ部屋に叩き込めば全て解決したのだが、

さすがの八幡も、そこまで頭が回らなかったようだ。

ついでに、予約の段階でという陽乃の言葉にも疑問を抱くべきだった。

これはつまり、章三と京子も事前に納得済みだという事になるからだ。

八幡は、明日奈の満面の笑みを見て、それ以上何も言うのをやめ、

大人しく部屋に荷物を置き、そのまま明日奈と共に部屋を出た。

そして京子と菊岡を残し、残りの四人は知盛の家へと向かう事となった。

知盛は待ちわびていたのか、四人を笑顔で出迎え、こうして密談が始まった。



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第241話 大きな前進

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「やぁやぁ、待ちわびたよ。早速そちらの凄い美人さんを紹介してもらってもいいかな?」

 

 知盛のその言葉に、陽乃は笑顔で自己紹介をした。

 

「初めまして、ソレイユ・コーポレーション社長、雪ノ下陽乃です。

ここには、八幡君と明日奈ちゃんの、魂の姉という立場で来ています」

 

 その魂の姉という造語を聞いた知盛は、感銘を受けたように言った。

 

「これはまた大物が……しかし、魂の姉ときましたか。

どうやら二人とは、とてもいい関係のようですね」

「ええ、彼のハーレムメンバーとして、明日奈ちゃんに公認されるくらいには」

「おいこら姉、最近本当に馬鹿になってないか?さすがにちょっと心配になってきたぞ」

 

 八幡は即座にそう突っ込んだが、陽乃はあっさりと受け流し、こう言った。

 

「と、まあこのように、彼は常に私の事を、とても気に掛けてくれています」

 

 再び突っ込もうとした八幡より先に、知盛が笑顔で言った。

 

「美人でスタイルもいい上に、実に個性的な方ですね、結城知盛です、宜しくお願いします」

「はい、宜しくお願いします」

 

 二人は握手をし、八幡は、とりあえずそれ以上突っ込むのをやめる事にした。

 

「で、八幡君、親父の印象はどうだった?何か言われなかったかい?」

「とても偏屈なじじいでしたね。だから面と向かって、じじいって呼んでやりました」

「ははっ、親父をじじい呼ばわりか、すごいな君は」

 

 その知盛の言葉に、八幡は、少しばつが悪そうに言った。

 

「すみません、実のお父さんに対して、ちょっと失礼な呼び方でしたね」

 

 それを聞いた知盛は、楽しそうに言った。

 

「いやぁ、君の胆力に感心しただけさ。気にしないでじじいのままでいいよ」

「分かりました。で、その後ですが、いきなり日本刀で斬りかかられました」

「ええっ?い、一体何があったんだい?」

 

 知盛は、さすがにそこまでは想定外だったようで、慌てた口調で八幡に尋ねた。

 

「最初に章三さんが、こっちの要求を伝えたんですよ。

まあ、レクトが今度、倉エージェンシーっていう芸能プロダクションと、

業務提携をするって話なんですけどね、でもまったく聞く耳を持たないって感じでした」

 

 それを聞いた知盛は、合点がいったという風に、嘆息しながら言った。

 

「ああ~、芸能関係だったかぁ……うちはほら、章三さんから聞いたかもだけど、

例えばアイドルが、人には言えない病気で入院するとか、

スキャンダルが発覚した時に緊急入院するとか、昔からそういう方面で関係が深いからね」

 

 八幡はそれを聞き、丁度いい機会だと思い、知盛にこんな質問をした。

 

「知盛さんは、提携についてはどう思います?」

「どう思うも何もさ、たかが提携一つで何か大きな変化がある訳でもないし、

うちが担ってきたそういう部分の需要が無くなる事も無い、まったく何の問題も無いよ」

「なるほど……」

 

(やっぱり知盛さんに、理事長になってもらうのが正解だな)

 

 八幡はそう思い、話を続けた。

 

「話が反れましたね。で、章三さんが、こちらからの条件を提示しようとしたんですけど、

どうせ言っても受け入れないという気がしましたし、まあ実際そうだったんですが、

ただ条件だけ提示して帰るのも癪だったんで、それを俺が止めてですね、

試しにあのじじいを真っ二つにするイメージで、殺気を飛ばしてみたんですけど」

「殺気!?」

「はい、そしたらあのじじい、こっちの殺気に直ぐに反応して、

いきなり日本刀で斬りかかってきたんですよ」

「う……うちの親父がすまない、八幡君、怪我は無かったかい?」

「問題無いです、護身用のこれで迎撃したんで」

 

 そう言って八幡は、護身用の警棒を知盛に見せた。

 

「それって警棒かい?ちなみにどうやって迎撃したんだい?」

「それはですね……知盛さん、ちょっとそのボールペンを日本刀に見立てて、

試しにこっちに斬りかかってきて下さい」

「ん、分かった」

 

 知盛は八幡にそう言われ、ボールペンを振りかぶり、八幡に斬りかかろうとした。

その瞬間に知盛の手は跳ね上げられ、知盛は大きく体勢を崩した。

その瞬間に、知盛の咽喉に警棒が突きつけられ、

ついでに首には明日奈の手刀が添えられていた。

 

「すみません、痛くなかったですか?」

 

 八幡のその心配をよそに、知盛は興奮した口調で八幡に言った。

 

「うわ……八幡君、今何やったの?いきなり体勢が崩れたんだけど、合気道か何か?

それに明日奈ちゃんも、いつの間に……まさかこれをそのまま親父に対してやったの?」

「はい、まんまこんな感じでしたね、明日奈も含めて。

ちなみに体勢が崩れたのは、ただのカウンターアタックの結果です」

「知盛さん、八幡君は、人相手だと、攻撃を全部弾いて相手の体勢を崩しまくって、

何もさせないまま倒すのが得意なんですよ」

「は、はは、あははははははは」

 

 いきなり知盛は笑い出した。知盛は、悪い笑顔で八幡に尋ねた。

 

「八幡君、親父はびびってたかい?」

「う~ん、冷や汗は流してましたけど、その後は案外普通でしたね」

「それ、絶対内心ではびびってたと思うよ」

 

 知盛は、とても愉快そうにそう言った。

そんな知盛に、八幡は気になっていた事を質問した。

 

「ところで知盛さん、SAOでの俺の事は、やっぱり患者さんから聞いたんですか?

あのじじいも、閃光のアスナの事は知ってたみたいですけど」

 

 知盛はその八幡からの質問に、真面目な顔になり、こう答えた。

 

「やっぱり君は、あのハチマン君だったんだね。

その言い方だと、親父は閃光のアスナの名前しか知らなかったのかな。

僕の見ていた患者さん達から出てきた名前も、閃光のアスナの他は、

黒の剣士、神聖剣、銀影って呼び名だけでね、明日奈ちゃんの事は知ってたから、

もしかしたらと思って、他の病院の患者さんにも色々聞いて回ったんだよね。

それで出てきた名前が、ヒースクリフ、キリト、そしてハチマンの、三人の名前だったんだ。

それじゃあやっぱり、閃光のアスナってのは、明日奈ちゃんの事だったんだね」

「う……やっぱり叔父さんにそう言われると、

他人に言われた時と比べてすごく恥ずかしいです……」

 

 そんな明日奈に知盛は、笑いながら謝罪した。

 

「ははっ、ごめんごめん、もう言わないよ。

それにしても章三、俺にくらいは教えてくれてもいいじゃないかよ。

前聞いた時は、知らないの一点張りだったよな?」

 

 そう言われた章三は、何かに思い当たったのか、こう言った。

 

「そうか、知盛にはこの事は言ってなかったよな。

実はあの時明日奈はな、まだSAOから解放されてはいなかったんだよ。

明日奈はあの最後の百人のうちの一人だったんだ。

だから前に聞かれた時には、その事を話す精神的余裕が無くてな……」

「ええっ?そうか……あの時歯切れが悪かったのはそのせいか……

無神経な事を聞いてしまってすまなかった。そういえば犯人は確か、章三の会社の……」

「ああ、あれが私の罪だ。そのせいで、危うく明日奈を失う所だった。

だが、この八幡君のおかげで、またこうして明日奈をこの腕に抱く事が出来た。

いくら感謝してもし足りないくらいだよ。

しかもそんな彼が、もうすぐ私の息子になるんだ、こんなに嬉しい事は無い。

どうだ知盛、羨ましいだろう?」

 

 それを聞いた知盛は、きょとんとした後、驚きの表情を浮かべた。

 

「確かに羨ましいけど、ええっ?それじゃまさか、あの事件を解決したのは……」

「ああ、ここにいる八幡君だ」

「どう?知盛さん、私の彼氏はすごいでしょ?」

「あ、ああ、そうだね。そうか……そうか……」

 

 知盛はそう呟くと、少し潤んだ目で、しっかりと八幡の手を握りながら言った。

 

「八幡君、明日奈ちゃんを助けてくれて、本当にありがとう……ありがとう……」

「知盛さん、明日奈を助けるのは、俺には当然の事なんで、

そこまで特別な事をした訳じゃないです」

「当然、な。それが言える奴は、そんなに多くないと思うけどね。

とにかくありがとう八幡君、本当にありがとう」

 

 知盛は、何度も何度も八幡にお礼を言い、明日奈は嬉しそうに八幡に寄り添っていた。

 

「話が大分反れてしまったね。で、結局君達は、何が目的で、

倉エージェンシーとの提携を何としても結びたいんだい?」

「実はですね……」

 

 八幡は、今回の事の経緯を、詳しく知盛に説明した。

それを聞いた知盛は、顔を赤くしながらこう言った。

 

「何だそのゴミ虫は。出来る事ならこの手で抹殺してやりたいよ」

「それについてはまあ、同感ですけどね」

「しかしまあ、君の持ってる力を考えた時、単純に叩き潰した方が簡単な気もするんだが、

それをしないのが君の欠点なんだろうね、僕から見ても、君は優しすぎる」

 

 八幡はその言葉に、目を伏せながら答えた。

 

「自覚はあります……」

「まあしかし、それが君の長所でもあるんだろう」

 

 知盛は笑顔でそう言った。

 

「話は分かった。僕が理事長になったら、親父に逆らってでも全面的に協力すると約束するよ」

「ありがとうございます。理事長選挙に勝つ為に、何か手立てはありますか?」

 

 八幡のその問いに、知盛は考え込んだ。

 

「う~ん、一番簡単なのは、経子姉さんと、国友義賢を説得する事なんだけどね」

「その二人が、例の中立組のキーパーソンなんですか?」

「ああ、そういう事だね」

 

 八幡はその答えに納得し、こう言った。

 

「経子さんについては、当てがあります」

「ん、経子姉さんの事を知ってるのかい?」

「はい、病気の娘さんがいるんですよね?」

「ああ、難病でね、正直あの子は、もう長くは無いだろうね……」

 

 知盛は、とてもつらそうにそう言った。

八幡も沈痛な表情をしながら、知盛にこう尋ねた。

 

「そんなに難しい病気なんですか?」

「ああ……正直手の施しようがない。せめてあれが手に入れば、

せめて最後の時を、安らかに迎えさせてやれるんだが……」

 

 八幡は、そんな知盛にそっと囁いた。

 

「えっと、それが当てです」

 

 知盛はその八幡の言葉を受け、バッと顔を上げ、八幡に尋ねた。

 

「まさか君、メディキュボイドを知っているのかい?」

「知っているというかですね」

「その技術は今、うちが保有しているのよ知盛さん。

ちなみにうちの次期社長はこの八幡君だから、

彼がいいと言えば、私は直ぐにでも、その技術を結城系の病院に提供出来るわ」

 

 その陽乃の言葉に知盛は驚愕した。

 

「まさかメディキュボイドの技術を保有していたなんてね……

そして八幡君が次期社長?やっぱり君はすごいな……」

 

 知盛はそう呟いた後、何かに気付いたように、愕然とした顔で言った。

 

「って、まさか、君が出した条件ってメディキュボイドなのかい?

そして親父は、その申し出を断ったのかい?」

「はい」

「あのクソじじい、今度会ったら絶対に殴ってやる……」

 

 知盛はその事に本気で腹をたてているようで、そう言った後、

懇願するように八幡と陽乃に言った。

 

「頼む、今から経子姉さんに会ってくれ。そして可能なら、メディキュボイドを、

経子姉さんの娘の楓ちゃんに、今すぐに使わせてやってくれ……」

 

 その言葉を受け、八幡は陽乃に尋ねた。

 

「姉さん、機材の手配はどうなってます?」

「もちろん手配済みよ。もうすぐこっちに届くと思うわ」

「本当かい!?」

「ええ、直ぐにでも、その楓ちゃんに使ってもらう事が可能よ」

 

 その陽乃の言葉を受け、知盛は経子に連絡をとった。

経子が直ぐに会うと返事をした為、一行は、経子の娘が収容されている、

その特殊な施設へ、急いで向かう事となった。

ちなみに章三は、どうやら話が進展しそうだと、倉エージェンシーとの提携話を進める為、

一旦一人でホテルへと戻る事となった。

そして八幡達はキットに乗り込み、目的地へと急いだ。

その目的地の施設の名は『SleepingForest』眠りの森、と言う。



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第242話 楓の願い

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「それじゃあ目的地へ案内するよ」

「目的地は何て所なんですか?」

「『SleepingForest』眠りの森っていう特殊な施設だね。

そこには、楓ちゃんみたいな難病の患者さんが沢山いるんだ」

「キット、場所は分かるか?」

『検索完了しました、最短ルートで到着出来ます』

「うわっ、く、車が喋った!?」

 

 知盛は、いきなり車が喋った事にとても驚いた。まあ誰もが通る道である。

八幡は道中で知盛に、キットの事を説明した。

 

「ああ、ソレイユの技術力のアピールも兼ねてるって事なのかな?

それにしても、本当に君達は規格外だよね……」

 

 実際はキットに関して、ソレイユは関係が無いのだが、

実は今のキットは、アルゴの手により、

茅場晶彦の残したAIプログラムの影響を色濃く受けており、

完全にソレイユと関係が無いかというと、そうでもないのだった。

 

「知盛!」

「姉さん」

「メディキュボイドは、メディキュボイドはどこ?」

「ちゃんと手配してあるから、とりあえず落ち着いて。ほら、お客さんの前だからね」

 

 知盛の姉、経子は、そう言われて改めて周りを見回すと、

こほんと咳払いをし、優雅な所作で、一行に自己紹介をした。

 

「初めまして、知盛の姉の経子です……って、明日奈ちゃん?明日奈ちゃんよね?」

「はい、経子おばさま、お久しぶりです」

 

 明日奈の中の経子のイメージは、挨拶をしても義務的に返してくるだけの、

お人形のような人だった。その為、経子がそっと明日奈を抱きしめた瞬間、

明日奈は訳が分からず混乱した。そんな明日奈に経子は言った。

 

「どうやら健康状態もまったく問題が無いようね。本当に心配したのよ。

よく帰ってきてくれたわね、明日奈ちゃん」

「あ、えっと……は、はい、ご心配をおかけしました」

「ん?どうかしたの?」

 

 戸惑いながら、何とかそう返事をした明日奈に、経子はきょとんとして尋ねた。

そんな経子に知盛が言った。

 

「姉さん、明日奈ちゃんは、親父が一緒の時にしか姉さんに会った事が無いから、

そのギャップに驚いているんだと思うよ」

「えっ?もしかして私、明日奈ちゃんに嫌われてた!?」

「多分……」

「えっ、やだ、本当に?」

「え~っと……」

 

 明日奈が気まずそうに目を背けるのを見て、

経子はあからさまにショックを受けたそぶりを見せた。

明日奈は訳が分からず戸惑っていたが、そんな明日奈に、知盛が説明を始めた。

 

「僕達は直系な事もあって、お客様の相手をする時は、とにかく無難に、

淡々と受け答えするようにしていたんだよ。まあ兄貴以外はだけどね。

あれはただ性格が悪いだけだから、今後も適当に相手をしておけばいい。

おっと、話が反れたね。で、下手に分家の人間に甘い態度をとると、

後で親父の雷が落ちるから、姉さんも、極力明日奈ちゃんには、

落ち着いて平常心でって自分に言い聞かせながら接してたんだと思うよ。

だって普段とはまったく態度が違うんだもの。普段の姉さんは、明日奈ちゃんの事を、

かわいいかわいいってすごく気に入って、僕に同意を求めてくるような人だったからね」

 

 その事実を聞いた明日奈は、とても驚いた。

 

「そ、そうだったんですか!?」

「そうよ、こんなにかわいい子をいじめるだなんて、とんでもない!

分家の馬鹿どもは、あなた達家族に冷たく当たる事が多いみたいだけど、

そのうち全員潰すから、安心してね、明日奈ちゃん」

「あ、あは……」

 

 明日奈は苦笑いしつつも、経子さんは私の味方だったんだと、

少し心が温かくなるのを感じた。

 

「姉さん、自己紹介の途中だけど、とりあえずこんな所じゃアレだし、

応接室にでも行って話さない?」

「そうね、お客様を立ったままにさせておく訳にはいかないものね。

とりあえず皆さん、どうぞこちらへ」

 

 その知盛の提案を受け、経子は一行を応接室へと案内した。

そして改めて自己紹介が始まった。

 

「それでは改めまして、この施設の園長をしております、結城経子です。

本日は私の娘の為にご足労頂き、本当にありがとうございます」

「雪ノ下陽乃です。ソレイユ・コーポレーションの社長をしています。

一応メディキュボイドは我が社の専権事項となっているので、私が参りました」

「比企谷八幡です」

 

 陽乃と八幡は、簡単にそう挨拶をした。

経子は陽乃の立場については理解したようだったが、

八幡についてはよく分からなかった為、きょとんと明日奈の方を見つめた。

 

「えっと、八幡君は私の一番大切な人で、いずれ経子叔母様の甥になる人、かな」

 

 その言葉を聞いた瞬間、経子の顔が、パァッと明るくなった。

 

「あらまあ、そういう事なのね。あなたが幸せそうで、私も本当に嬉しいわ」

「ありがとうございます、叔母様」

 

 今度こそ明日奈は、心から嬉しそうな表情でそう言った。

 

「ちなみにうちの次期社長であり、メディキュボイドをどうするかについての、

決定権を持つ人間でもあります」

 

 陽乃がそう付け加え、経子は驚きの表情を見せた。

 

「そうなのね……明日奈ちゃん、本当にいい人とめぐり合えたのね」

「はい、こう言うのはどうかとも思いますけど、SAOのおかげです」

「と、言う事は……」

 

 経子が何か言おうとするのを制し、知盛が先に経子に声を掛けた。

 

「閃光は、やっぱり明日奈ちゃんだったよ、姉さん。

そして八幡君は、いわゆる攻略の中心人物だったみたいだよ」

「あら、やっぱりそうだったのね。すごいわ明日奈ちゃん、それでこそ結城の女よ」

 

 経子はそう嬉しそうに頷いた。そして八幡は、今回の経緯について説明を始めた。

 

「何よそのゴミ虫は。出来る事ならこの手で抹殺してやりたいわ」

「ぷっ……」

「えっ、えっ?今私、何か変な事を言ったかしら」

 

 その経子の台詞に、明日奈が堪えきれずに噴き出し、知盛は頭をかきながら言った。

 

「姉さん、実はさっき、僕もまったく同じ事を言ったんだよね……」

「あらそうなの?まあ姉弟だし、似るのも当たり前って事ね」

 

 そして経子は更にこう付け加えた。

 

「要するに知盛の下克上を手伝えって事でいいのかしら。報酬はメディキュボイドと」

「まあ、そういう事になりますね」

 

 そして経子は少し考えた後、八幡にこう言った。

 

「分かったわ、他ならぬ明日奈ちゃんの為でもあるし、

娘の為でもある。私も全面的に協力する。ただし、それには条件があるわ」

「はい、何でしょう」

「国友義賢を何とか説得して頂戴。私としても、ここで下手に敗軍の将となって、

この施設を潰されたりするのは困るのよね」

「はい、当然そのつもりです」

 

 八幡は、その要求は想定していた為、問題なく頷いた。

 

「勝算はあるの?」

「まあ、無い事はないですね……」

 

 八幡は、菊岡の言葉だけが頼りだとは言えず、そう言葉を濁した。

 

「まあ、結果が分かったら直ぐに連絡して頂戴。それでメディキュボイドだけど……」

「それならまもなくここに到着すると思います」

「あらやだ、さすがはソレイユと言った所かしらね」

 

 経子はその行動の早さに、感心したように言った。

だが陽乃は、八幡の方をチラっと見て、経子にこう言った。

 

「まあ、交渉が纏まろうが決裂しようが、最初からここに提供するつもりでしたからね」

「えっ、そうなの?」

「はい、彼はそういう人なんですよ」

「ちょ、ちょっと姉さん、それは……」

 

 八幡は慌てたように陽乃に声を掛けたが、

そんな八幡の手を、経子はガッチリと握り締めた。

 

「そうだったんだ、君はとっても優しい子なんだね。

あなたみたいな人なら、明日奈ちゃんの夫として申し分が無いわ。

これから宜しくね、八幡君」

「あっ、はい、宜しくお願いします」

 

 こうして話も纏まり、もう遅い時間だからと、国友家に行くのは明日という事になった。

ここで知盛が、先ほど八幡から聞いた刃傷沙汰の話を披露し、

経子は詳しい話を聞きたがった為、八幡は再びその時の事を話し始めた。

先ほどと違ったのは、最後に八幡が、何となく思い出して付け加えた一言だった。

 

「あなたすごいわ……あのお父様に正面から喧嘩を売ってきたのね」

「あっ、でも結局最後には、『また来い』って言われたんですよね。

これってちゃんと喧嘩を売れてるんですかね?」

 

 その八幡の言葉に、知盛と経子は沈黙した。

そして二人は、直後に驚きの表情を浮かべ、八幡に詰め寄った。

 

「え、え、それ本当に?冗談とかじゃなくて?」

「嘘、私、お父様が他人にまた来いなんて言う所、見た事無いんだけど」

「えっ、そうなんですか?」

 

 きょとんとする八幡の顔を見て、二人は顔を見合わせた。

 

「これはもしかすると……」

「気に入られたのかな……?」

「ハハッ、まさか」

 

 この事で、八幡に対する興味が増した二人は、SAOでの話を聞きたがったのだが、

それに対して八幡は、経子の方を見ながらこう言った。

 

「それは今度にしましょう。明るく振舞ってますけど、経子さん、

ずっと娘さんの事を気にしてらっしゃいますよね?

俺達もお見舞いをしたいんで、もし良かったら、楓さんにお会い出来たらと」

「あ……」

 

 その八幡の言葉を聞いた瞬間、笑顔だった経子の顔がくしゃりと歪み、

経子の瞳から、涙が頬を伝って落ちた。八幡はハンカチを取り出し、その経子の涙を拭いた。

経子の涙はしばらく止まらず、八幡はそれを黙って拭き続けた。

やがて落ち着いたのか、経子は再び元の笑顔を取り戻し、八幡に言った。

 

「ありがとう、それじゃあ楓の所に案内するわね、こっちよ」

 

 どうやら楓の病気は感染する類のものでは無いらしく、

一行は楓の病室へと、そのまま入る事が出来た。

 

「お母さん、知盛さん」

「楓、具合はどう?」

「楓ちゃん、久しぶり」

 

 楓は嬉しそうに二人に声を掛けた後、八幡達の方を見てきょとんとした。

 

「えっと、お兄ちゃん達は誰?」

「初めまして楓ちゃん、私はあなたのいとこの、結城明日奈だよ」

「俺は比企谷八幡、この明日奈お姉ちゃんともうすぐ結婚する予定だから、

俺もまあ、楓のいとこみたいなものかな」

「私は雪ノ下陽乃よ。私の事も、お姉ちゃんだと思ってくれていいからね」

 

 その三人の挨拶に、楓は目を輝かせながら言った。

 

「うわぁ、うわぁ、お母さん、私にお姉ちゃんが二人と、お兄ちゃんが出来たの?」

「ええそうよ、楓、良かったわね」

「うん!他のいとこの人達はあんまり好きじゃないから、楓、凄く嬉しい」

 

 その言葉を聞いた八幡は、表情を硬くして、経子にそっと尋ねた。

 

「経子さん、他のいとこの連中って……」

「そうね、何度か視察に来る親戚連中に付き添って、来た事があるんだけど、

その時の態度は想像にお任せするわ」

「そうですか」

「ここはどうしても、場所的にそういったしがらみから逃れられないからね。

もう私と娘とここの患者さんを連れて、いっそどこか遠くに行きたいって思う事もあるわ」

 

 八幡はその言葉を聞き、突然こんな事質問をした。

 

「経子さん、あの、旦那さんは……?」

「五年ほど前に亡くなったわ」

「そ、そうでしたか、すみません」

「いいのよ八幡君、気にしないで」

 

 その経子に八幡は、更におずおずと質問をした。

 

「ここには今、何人くらいの子供がいるんですか?」

「そうね、全部で十人くらいかしらね」

「十人ですか……それくらいなら……」

 

 八幡はそう言うと、チラッと陽乃の顔を見た。

陽乃は八幡の意図を察したのか、それに対し、黙って頷いた。

 

「あの、経子さん、環境が良くないって言うなら、もし良かったら、

ここの子供達を連れて一緒に東京に来ませんか?場所はうちで用意します。

メディキュボイドの開発者もいますし、しがらみも断ち切れますし、

悪い事にはならないと思うんですが」

 

 その八幡の言葉に、経子は驚いた。

 

「それは願ってもない話だけど……いいの?」

「はい、まったく問題無いです。既に施設の建設は開始していますしね」

 

 ソレイユは既に、メディキュボイドの試験運用の為、施設の建設を開始していた。

それを聞いた経子の返事はこうだった。

 

「それじゃあお願いしようかしら。楓の最期を看取った後に、ね」

「そ、それは……」

 

 八幡は、その言葉に絶句した。

 

「いいのよ八幡君、もう楓は長くない。

だからお願い、最後に楓に楽しい夢を見せてあげて」

「……分かりました」

 

 八幡はそう言うと、泣きそうになるのを必死に堪えながら、

明日奈と楽しそうに会話している楓の下に向かい、笑顔でこう言った。

 

「楓、お兄ちゃん達は、楓に素敵な夢を見てもらう為にここに来たんだよ。

近いうちに準備が出来るから、そしたら一緒に思いっきり遊ぼうな」

「そうなの?やった、うん、私、お兄ちゃん達と一緒に遊びたい!」

 

 そして楓は、最後にこう付け加えた。

 

「お兄ちゃん、私、お爺ちゃんも一緒がいい!」

「お爺ちゃんも……?他の子達と一緒じゃなくてもいいのかい?」

「うん、ここの人達はちょっと年上だし、いつもモニター越しにいっぱいお喋りしてるから、

今はお兄ちゃんやお姉ちゃんや、お爺ちゃんと遊ぶの!」

「そっか、うん、お兄ちゃんが力ずくで、お爺ちゃんを連れてきてあげるからね」

「お兄ちゃん、お爺ちゃんより強いの?すごいすごい!楓、楽しみに待ってるね!」

「ああ、期待して待っててくれ」

 

 その八幡の言葉に、楓はとても嬉しそうに微笑んだのだった。



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第243話 病室の二人

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「それじゃあ楓、今度来る時はおみやげを持ってくるから、楽しみに待っててな」

「うん、お兄ちゃん、ありがとう!」

「楓ちゃん、またね」

「お姉ちゃん、またね!」

 

 八幡と明日奈はそう楓に挨拶をし、他の三人もそれぞれ挨拶をして外に出た。

その時陽乃の携帯に着信があった。

 

「あ、凛子?首尾はどう?うんうん、オーケー、それじゃあすぐにこっちに向かって頂戴」

 

 電話の相手はどうやら凛子のようだった。陽乃は通話を終えると、笑顔で経子に言った。

 

「経子さん、明日の午前中には、メディキュボイドの機材とその開発者が揃います。

早速明日、ここにメディキュボイドを設置しましょう。まあ簡易版なんですけどね」

「そんなに早く?陽乃さん、本当にありがとう」

「いえいえ、それじゃあ詳しい話は明日設置する時にでも」

「ええ」

 

 そして応接室に戻った後、明日奈が知盛と経子に請われ、

後回しにしていた、SAO内での八幡との出会いや、戦いの事を話し始めた。

八幡は、これは絶対にからかわれるなと思い、咄嗟にこう言った。

 

「それじゃあ俺は、ちょっとトイレをお借りしますね」

「あ、八幡君、トイレの場所はね……」

 

 そして八幡は、トイレに行くという名目で、一人で部屋を出た。

とりあえずといった感じで、教えられた通りに廊下を進む八幡だったが、

その耳に、どこからともなく掛け声のような物が聞こえてきた。

八幡は何となく、その声がする方へと進んでいった。

 

「えい、とう!」

 

 その勇ましい掛け声の後、パチパチパチという拍手が聞こえた。

八幡が、何だろうと思い、部屋を覗くと、そこには二人の、良く似た、

というより、そっくりな少女達がおり、

片方の少女が、綺麗な動作で木刀の素振りをしていた。

そしてもう一人の少女がベッドに腰掛け拍手をしていた。

 

「アイ、体の方は大丈夫そう?」

「今日は何だか調子がいいから大丈夫よ。ユウはどう?」

「うん、ボクも大丈夫かな」

「ちょっとでも体を動かして体力をつけておかないと、病気には勝てないからね」

「そうだね、次はボクにやらせてよ」

 

 その会話と見た目からすると、どうやら二人は双子の姉妹のようだった。

見た感じ、中学生か高校生になりたてにくらい見えるその二人は、

見た目はそれほど弱っているようには見えなかったが、

顔色はあまり良くなく、ここにいるからには、やはり重い病気なのだろうと思われた。

ユウと呼ばれた少女が素振りを始め、アイと呼ばれた少女がそれを見ていたのだが、

丁度そのアイの正面に部屋の入り口があった為、

どうやらアイは、八幡の存在に気付いたらしい。

アイは一瞬ビクッとしたかと思うと、スッと立ち上がり、

ユウに素振りをやめさせると、ユウをかばうように前に出ながら言った。

 

「あなた誰?」

 

 八幡はその言葉を受け、頭をかきながら部屋の中に入った。

 

「すまん、驚かせちまったか」

「まあ少しね。で、あなた誰?」

「あ~、お前、楓って知ってるか?」

「うん、知ってるけど……」

「俺はその楓の、親戚になる予定の男だ。俺の事は八幡と呼んでくれ」

「楓ちゃんの……そう、分かったわ、八幡」

 

 アイはそう言ったものの、中々警戒を解こうとはしなかった。

八幡は、おそらく分家の馬鹿どものせいなんだろうなと思い、

とりあえず二人の警戒を解こうと、無防備な体勢になる為に、

直接床に腰を下ろし、あぐらをかいた。

 

「この体勢ならすぐには起き上がれないから、多少安心だろ?

少しは警戒を解いてくれないか?」

 

 アイはその言葉に、少し考えるようなそぶりを見せたが、

手放しはしなかったものの、木刀を下ろし、ユウと一緒にベッドに腰掛けた。

 

「ありがとな。で、何で俺がここにいるかって言うとだな、

実は、俺の彼女、あ~、そっちが楓のいとこになるんだがな、

その彼女が経子さんに、俺との馴れ初めを話し始めたから、

からかわれるのは御免だと思って、トイレにいくって名目で逃げてきたんだよ。

で、まあ何となくトイレの方向に向かう途中で、

掛け声が聞こえたから、何となくこっちに来てみたって訳だ」

「なるほど……」

「もしかして八幡って、さっきあの車で来た?」

 

 ユウが突然そう尋ねてきた。

 

「車?悪い、ちょっと立つぞ」

 

 八幡はそう言って立ち上がり、窓から外の景色を見た。

そこには確かに、少し遠いが、キットが停車しているのが見えた。

 

「ここからだとちょっと遠いが、確かにあれは俺の車だな」

 

 八幡がそう肯定するのを聞いて、ユウは更にアイに言った。

 

「アイ、さっきこの人、知盛さんと二人の女の人と一緒に来たんだよ。

だから、警戒しなくてもいいと思う」

「ほう?こんなに遠いのに、見えたんだな」

「うん、ボク、目だけはいいんだ」

「なるほどな」

 

 そしてアイは、知盛さんが連れてきたならと納得し、今度こそ本当に警戒を解いた。

そんなアイに、八幡はこう質問した。

 

「なぁ、そこまで警戒するのって、やっぱり前に、結城の家の馬鹿に何かされたのか?」

 

 その八幡の言葉に、アイは呆れたように言った。

 

「楓ちゃんの親戚になるって事は、あなたももうすぐ結城家の人になるんでしょ?

そんな事言っていいの?」

「ああ、まったく問題無いな。何故なら俺の方が強いからだ」

 

 そうドヤ顔で言う八幡を見て、二人はプッと噴き出した。

 

「何それ」

「八幡、面白い!」

「よく言われるな」

「えっと、前にね……」

 

 アイは過去に、態度の悪い少年達に絡まれた事があると説明した。

八幡はやはりなと思い、二人にこう言った。

 

「二人は双子なんだよな?当然二人とも美人だから、

どうせそいつら、権力を嵩にきて、二人と仲良くなろうとでもしたんだろ。

自分一人じゃ何も出来ない癖にな。不愉快な思いをさせて本当にすまなかった」

「ううん、別にあんたは悪くないし」

「そうだよ、気にしないでよ」

「美人だってのは否定しないのかよ」

「まあそれはね」

「同じ顔だし」

 

 二人はそう言って楽しそうに笑った。

 

「ちなみにどっちが姉なんだ?」

「一応私よ」

「ボクが妹だね、一応」

 

 どうやらアイが姉で、ユウが妹らしい。そしてそんな二人に、八幡はこう切り出した。

 

「それじゃあお詫びと言っちゃ何だが、一つ芸を見せてやろう」

「芸?」

「ああ、あの車の方を見ててくれ」

 

 そう言うと八幡はスマホを取り出し、何か操作をしたかと思うと、

そのままスマホに話し掛けた。

 

「キット、そこから俺が見えるか?ああ、そうだ、それじゃあちょっとこっちに来てくれ」

「あっ」

 

 その言葉通り、キットがこちらに走ってきた。

二人は誰も運転席に乗っていないのが見えたのか、とても驚いたようだ。

 

「誰も乗ってないのに勝手に動いたね」

「どんな仕掛け?」

「企業秘密だ」

 

 そう言うと八幡は、ガルウィングを上下させたり、

キットにその場で一回転させたりし、その度に姉妹は驚きの声を上げた。

 

「どうだ?」

「すごいすごい、そのスマホに喋った事を、全部実行してるね」

「八幡って魔法使いか何か?」

「まあそんなもんだ。よしキット、ありがとな、元の場所に戻ってくれ」

 

 八幡がそう言うと、キットは元の場所へと戻っていき、

二人はそれを見てパチパチと拍手をした。

 

「楽しんでもらえたか?」

「うん!」

「何か予想以上にすごい芸だった!」

「それなら何よりだ」

 

 そして八幡は再び腰掛けると、ふと思いついた事をアイに尋ねた。

 

「なぁ、アイは剣道か何かをやってたのか?」

「あ、うん、小学校の時ちょっとだけね。でも何で分かったの?」

「ああ、実は俺の知り合いの妹がな、ずっと剣道をやってるんだが、

さっきの姿が、何となくその姿にダブったんだよな」

「あ、そういう事か、なるほどね。で、あんたは武道か何かをやってたの?

さっき自分の事を強いって言ってたけど」

「俺のは我流だな」

「へぇ~、ちょっと見せてよ」

「別に構わないが、俺は基本カウンター使いだからな、

こんな狭い部屋で相手をしてもらう訳にもいかないし……ああ、そうだ」

 

 八幡はそう言うと、スマホを取り出し、とある動画を呼び出して二人に見せた。

それは第一回BoBでの、シャナvsサトライザーの戦いの動画だった。

 

「これが俺だ、まあこの時は負けたんだけどな。

くそ、思い出したらむかついてきた、今度会ったら絶対に勝ってやる」

「これって、VRゲームか何か?」

「ああ、ここで邪魔が入るんだが、まあ見てろ」

「うん」

「うわっ」

 

 その言葉の直後にゼクシードが真っ二つになり、そのままサトライザーとの戦いが始まった。

二人は食い入るように画面に集中し、シャナが負けた瞬間に深い息を吐いた。

 

「ふう~~~」

「息をするのも忘れて見入っちゃったよ」

「どうだ、負けはしたものの、俺は強いだろ?」

 

 その八幡の問いに、二人は目を輝かせながら言った。

 

「うん、本当にすごかった……正直人間の動きとは思えなかった」

「八幡、すごいすごい!いいなぁ、ボクもやってみたいな……」

 

 そのユウの呟きを聞いた八幡は、内緒だぞと前置きした上で、二人にこんな事を言った。

 

「この施設な、もうすぐ無くなるんだが、あっ待て待て、そんな驚くなって、

最後まで聞いてくれ。ほら、お前らにちょっかいを出してきた馬鹿どもがいただろ?

ああいうのを排除する為に、今度この施設は破棄して、

東京にある俺の会社の施設に、全員で引っ越してもらう事になったんだよ。

で、そこにはな、メディキュボイドってのがあってな、医療用のVRマシンなんだが、

それを使えば二人とも、治療の為にああいったゲームをプレイ出来るぞ」

「そうなの?もうあいつらみたいなのが来なくなるの?」

「ああ」

「本当に?やった!」

 

 二人は引越しについては特に思う所は無いようで、単純に喜んでいるようだ。

 

「と、いう訳で、俺はそろそろ戻らないといけないから、

二人はこっそり引越しの準備を進めておいてくれな。

またタイミングが合えば、顔くらい出すわ」

「うん分かったわ、色々とありがとう、八幡」

「八幡、またね!」

「ああ、またな、アイ、ユウ」

 

 こうして八幡は応接室に戻り、丁度その頃には明日奈の話も終わっていた。

八幡は、自分に向けられる生温かい視線を無視し、その日はそのまま帰る事となった。

そして車に乗り込む瞬間、八幡は、チラリと姉妹のいた部屋の窓の方を見た。

その窓からあの姉妹が手を振っているのが見え、八幡は軽く手を振り返した後、

キットの運転席に乗り込み、車を発車させ、三人はそのままホテルに戻る事となった。




ううむ、この二人は一体誰なんですかね(しれっと)
ちなみにこの二人の病名は、HIVではありません。当時と今とでは、状況も違いますしね。
なので、今後も病名は、お茶を濁す感じでお願いします!


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第244話 凶暴な旨みですね!

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「そういえば、夕食はどうする?」

「あ~、章三さん達はどうしたんだろうな、明日奈、ちょっと聞いてみてくれ」

「うん、分かった」

 

 明日奈はそう言うと、章三へ電話を掛け始めた。

そして明日奈は通話を終えると、八幡に言った。

 

「私達の帰りが何時になるか分からなかったから、菊岡さんと一緒に先に食べたんだって」

「そうか……明日奈、姉さん、何か希望はありますか?」

「そうねぇ……私は別に何でも」

「私も別に……あっ」

 

 明日奈が、何か思いついたようにそう言った。

 

「何か食べたい物を思いついたのか?」

「うん、ラーメン!」

「ラーメン?」

「ほら、雪乃と静さんと一緒に、前に食べに行った事があるって」

「ああ」

 

 八幡はその時の事を思い出し、自分の腹の音が聞こえたような気がした。

 

「よし、そうするか……って、あの時は確かタクシーで行ったんだよな。

場所がいまいち思い出せん」

「え~、残念」

「静ちゃんに聞いてみる?」

「そうですね……」

『八幡、その店なら私が分かります』

 

 突然キットがそんな事を言い出した。

 

「え、キット、まじでか?」

『はい、いつかもう一度行ければいいなと、雪乃が私に場所をインプットしておいたので』

「ナイスだ雪乃」

「あの子らしいというか何というか」

「やだ、雪乃がすごくかわいい」

 

 三人は、雪乃が真面目な顔で、キットにラーメン屋の情報を伝える姿を想像し、

少しほっこりとした気分になった。

そしてキットに連れられて、三人は無事に目的のラーメン屋に到着する事が出来た。

 

「おお、懐かしいな」

「凶暴な旨みでしたね!」

「明日奈、雪乃に聞いたのか」

「うん!」

「まあその感想は食べてからな。さ、入りますか」

 

 店内は、少し遅めの時間のせいか、若干席に余裕があり、

三人は無事に並んで座る事が出来た。そして注文したラーメンを一口啜った明日奈は、

衝撃を受けた顔で、ぽつりと呟いた。

 

「凶暴な旨みだね……」

 

 八幡は、明日奈の横顔をチラリと見て、どうやらそれが雪乃の真似ではなく、

明日奈の本心からの言葉だという事が分かり、とても満足した。

陽乃はラーメンを食べるのは数年ぶりらしく、満足そうな顔で、黙々と麺を啜っていた。

そして食べ終わった三人が外に出た時、突然陽乃が、どこかに電話を掛け始めた。

八幡は、陽乃が何をしようとしているのか薄々感じていた。

そしてそれは案の定、雪乃への電話だった。

 

「もしもし、姉さん、どうかしたの?」

「あ、雪乃ちゃん?ほらほら明日奈ちゃん、せ~の」

「「凶暴な旨みでしたね!!」」

 

 雪乃はその二人の言葉を聞き、しばらく無言だったが、

やがて顔を赤くして、ぷるぷると震え出したかと思うと、

……というのは八幡の推測だったが、実は事実であった……陽乃に向かってこう言った。

 

「……姉さん、そこに八幡君はいるかしら」

「ええ、いるわよ」

「ちょっと代わってくれないかしら」

「うん、分かった」

 

 そして陽乃は、自身のスマホをスピーカーモードにして八幡に渡した。

 

「八幡君、雪乃ちゃんが話したいって」

「俺にですか?……おう雪乃、何か用か?」

「何か用か……ですって……?」

 

(あ、やべ、これは絶対怒ってる……)

 

「すみませんでした、雪乃さん」

 

 八幡は、神の速度でいきなりそう謝った。それを聞いた雪乃は、冷たい口調で言った。

 

「あら、いきなり謝るなんて、何か悪い事をしたという自覚があるみたいね」

 

(しまった、作戦をミスった……)

 

 八幡は少し顔を青くしながら、慌てて言った。

 

「いえ、決してそういう訳では無くですね、先ほどの私の電話に出た時の言葉遣いが、

女性に対するものでは無かったと、反省の弁を述べただけの事です、雪乃さん」

「誤魔化すのはやめなさい、悪い事をしたという自覚があるのね?」

「………………………………………………はい」

 

 八幡はどうしようかと迷い、長い沈黙の末にそう言った。

それを聞いた雪乃は、続けてこう言った。

 

「よろしい、では自分がどうすればいいかも分かってるわね」

「あ、はい、えっと……お土産に猫グッズを買っていけばいいですか」

「それは別腹よ、ごちそうさま」

 

 雪乃は間髪入れずにそう返事をした。八幡は、途方にくれながらこう呟いた。

 

「あ、はい……もちろん別腹ですよね……」

「ええそうよ。とりあえずあなたは、こっちに戻ってきたら、明日奈も一緒でいいから、

私をあなたの一押しのラーメン屋に連れていきなさい。いい、絶対よ?」

「はい、そのように手配致します……」

「ちなみにこの電話は、通話が終わると爆発するわ」

「いや、しねーから」

「ふふっ、それじゃあ楽しみにしているわ、お休みなさい、八幡君」

「おう、またな、雪乃」

 

 そして通話が終わると、明日奈と陽乃は笑い出した。

 

「あはははは、八幡君、やっぱり怒った雪乃ちゃんの事、ちょっと苦手なんだ」

「ふふっ、まるで弟がお姉さんに叱られてるみたいだったね」

「お、おう……何か高校時代の事を思い出しちまってな……」

 

 そして一行は、雪乃用の猫グッズを三人で選んだ後、やっとホテルへと戻る事となった。

 

「これでやっと一息つけるな……」

 

 だが八幡は忘れていた。自分が明日奈と二人部屋だという事を。

そして部屋に入り、明日奈が普通にその後に続いて部屋に入ってきた瞬間に、

八幡はその事を思い出し、一瞬で身を固くすると、ギギギという音が聞こえるような動作で、

そのまま畳に腰を下ろした。それに対して明日奈はとてもリラックスしていた。

 

「八幡君、お茶でも入れようか?」

「そ、そうですね、お願いします」

「もう、何で敬語?」

 

 そう言いながらも明日奈は、手際よくお湯を沸かし、二人分のお茶をいれた。

そして明日奈はテーブルにお茶を置くと、少し八幡から離れた場所に座った。

 

「はい、お待たせ、八幡君」

「お、おう、ありがとな」

 

 八幡はそれを疑問に思いつつも、湯飲みを手にとった。そして二人はずずっとお茶を啜った。

それで少しは落ち着いたのか、八幡は明日奈にこう尋ねた。

 

「さて、今日はもう予定は無いし、これからどうする?」

「普通に考えれば温泉だよね」

「まあそうだよな」

「でもその前に、歯磨きがしたいかな」

「歯磨き?まあ確かにそうかもしれないが、温泉に行った後でもいいんじゃないか?」

「そうなんだけど、その……」

 

 明日奈は、奥歯に物が挟まったような言い方で、おずおずと言った。

 

「今の私、多分ニンニク臭いと思うから……」

 

 八幡はその言葉で、明日奈が離れた場所に座った理由に思い当たった。

 

「だからそんなに遠くに座ったのか」

「う、うん……」

 

 明日奈は少し顔を赤くしながらそう言った。

八幡は明日奈との距離を詰め、明日奈の頭を抱くと、くんくんと匂いを嗅ぎ始めた。

 

「ちょ、八幡君、駄目!」

「ん~、いつもの明日奈のいい匂いしかしないけどな」

「もう、駄目だよぉ……」

 

 だが八幡は明日奈を離そうとはしなかったので、明日奈は困ったようにもじもじした。

 

「う~ん、やっぱり分からん。ま、いいか、とりあえず歯磨きをするか」

「うん」

 

 そして二人は浴室の隣にある洗面所で、仲良く歯磨きを始めた。

歯磨きの最中、明日奈が困ったようにもぞもぞしているのを見て、

八幡は何だろうと思い、明日奈に尋ねた。

 

「明日奈、どうかしたのか?」

「うん、多分ネギだと思うんだけど、歯の間に挟まって取れなくて……」

「何かないかな、お、使い捨ての歯間ブラシまで用意されてるんだな。

明日奈ほら、あ~んしろ、あ~ん」

「ええっ!?そんな高等なプレイ、私にはまだ早いよぉ……」

「プレイってお前な……」

 

 そして明日奈はおずおずと口を開き、八幡は、明日奈の歯のネギが挟まっている箇所に、

こしょこしょと歯間ブラシを差し込み、前後させた。

明日奈はそれが気持ちよかったのか、目を瞑ってだらしない表情をしていた。

「よし、取れたぞ、明日奈」

 

 明日奈はそれを聞き、舌で自分の歯の様子を確認していたが、

確かに取れたのを確認出来たのか、頬を赤らめながら言った。

 

「あ、ありがとう」

「おう」

「八幡君に、私の口の中を、いいように弄ばれちゃった……」

「おい明日奈、姉さんの影響なのか分からないが、さっきから微妙に言動がおかしいぞ」

「そ、そうかな?」

「ああ、間違いない。やはり姉は選ぶべきだな」

 

 八幡は、自分の事は棚にあげ、しれっとそんな事を言った。

そして明日奈は当然それを指摘した。

 

「って事は、八幡君も影響を受けてるんじゃ……」

「う……確かにそれはあるかもしれないな……」

「まあでも、姉さんの事はすごく尊敬してるし、影響を受けるのは仕方ないかな」

「違いない」

 

 そして二人は口をゆすぎ、歯磨きを終えた。

 

「しかし何か豪華な部屋だよな。寝室は独立してるし、和室もあるし」

「そうだよね……」

「そういえば確認してなかったけど、こっちは風呂なのかな」

「かな?」

 

 二人は浴室のドアらしきものを開け、中を確認した。

そして二人は中を見て、とても驚いた。

 

「何だこれは」

「結構広いね。それに上に星が見えるよ?これって露天っぽい家族風呂?

あ、ダブルベッドの部屋だから、カップル風呂?」

「これ、偶然じゃないよな、完全に狙って予約してるよな……絶対に章三さん達もグルだろ……」

「だよね……」

「まあこれなら、大浴場に行かなくてもここでいいか」

「うん」

「それじゃあ順番に入るか」

 

 八幡はそう提案したのだが、明日奈は返事をしない。八幡がちらりとそちらを見ると、

明日奈は何かを期待するような目で、じっと八幡の目を見つめていた。

八幡はそれで、明日奈が何を要求しているのか何となく悟った。

 

「……それじゃあ、一緒に入るか」

「うん!」

 

 そして準備が整い、二人は一緒に風呂に入る事にした。

八幡は、服を脱ぐ明日奈の方をなるべく見ないようにパパッと服を脱ぎ、先に中に入った。

明日奈は中々入ってこず、その間に八幡は体を洗い、先に広い湯船につかった。

そしてその時、明日奈が中に入ってくる音がした為、八幡は明日奈に言った。

 

「明日奈、遅かったな、何かあったのか?」

 

 そう言って明日奈の方を見た八幡の目に、一糸纏わぬ明日奈の姿が飛び込んできた為、

八幡は慌てて顔を背けた。そんな八幡に、明日奈は少し不満そうに言った。

 

「八幡君、さっきからずっとこっちを見ないようにしてるけど、今更じゃない?」

「ま、まあそれはそうなんだけどな……」

「ねぇ八幡君、良かったら、私の背中を流してほしいんだけど」

「お、おう……」

 

 そして目を背けつつも、ちらちらとそちらを見ながら明日奈の背中を流す八幡を見て、

明日奈はクスリと笑いながら八幡に言った。

 

「八幡君は、昔からずっと変わらないよね」

「まあさすがに彼女とはいえ、あんまりじろじろ見るのはな」

「ふふっ、まあそれが八幡君だよね」

 

 そして二人は仲良く星を見つめながら、並んで湯につかった。

 

「しかし本当に広い湯船だよな……」

「うん」

「こうして一緒に風呂に入るのは、何度目かな」

「何度目だっけ」

「まあ、忘れるくらいの回数は入ってるって事になるな」

「ふふっ、そうだね」

 

 そして二人はどちらからともなく手を繋ぎ、お互いの存在をしっかりと確かめあった。

 

「これからもずっと私の傍にいてね」

「ああ、もちろんだ」

 

 二人はしばらくそうしていたのだが、十分温まったのか、風呂から出ると、

並んで和室にごろんと横になった。

 

「ふう~、いいお風呂だったね」

「ああ、今日は少し疲れたから、かなり眠い」

「私は髪を乾かすのに少し時間がかかるから、八幡君、先にベッドの方に行ってていいよ」

「ああ、それじゃそうさせてもらうわ」

 

 そして明日奈は、ゆっくりと髪をかわかすと、少しドキドキしながら寝室へ向かった。

寝室のドアをそっと開けると、スゥスゥと、八幡の寝息が聞こえてきた。

明日奈は少し残念に思いながらも、本当に疲れてたんだなと思い、

八幡を起こさないように布団に入ると、小さな声で八幡に言った。

 

「今日は本当にお疲れ様、八幡君」

 

 そして明日奈はそのままそっと八幡に抱きつき、幸せな気分で眠りについた。



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第245話 いっぱい遊ぼう

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


 次の日の朝、八幡が目を覚ますと、目の前には明日奈の顔があった。

 

「……ああ、俺、いつの間にか寝ちまったのか」

 

 八幡はそう呟くと、明日奈を起こさないようにそっと体を起こした。

よく見ると明日奈の顔はだらしなく弛緩しており、あまつさえよだれまでたらしていた。

 

「ん~、これはレアだな。このまま放置するのはもったいなさすぎる」

 

 八幡は、ベッドの脇に置いてあった自分のスマホを手に取り、カメラを起動させ、

その明日奈の顔をパチリと写真に撮り、待ち受け画面に設定した。

 

「よし、実にいい写真が撮れたな」

 

 八幡はそう呟くと、満足そうに頷き、朝風呂に入ろうと風呂を沸かし始めた。

そしてそれを待っている間、とりあえず明日奈の顔でも見ていようと思い、

再びベッドに潜り込んだ。そんな八幡の気配を、寝ているはずの明日奈は敏感に察したのか、

ぎゅっと八幡に抱き付いてきた。八幡はそんな明日奈を愛おしく思い、

明日奈を優しく抱き返し、そのまましばらく明日奈のぬくもりを感じていた。

そしてしばらくして、遠くから風呂のお湯がたまった音が聞こえた為、

八幡はそろそろ明日奈にも起きてもらおうかと考え、優しく明日奈の体を揺さぶった。

 

「明日奈、そろそろ朝だぞ。お~い明日奈」

「ん……八幡君、おはよう」

 

 明日奈は今日は寝ぼける事もなく、しっかりと目を覚ましたようだ。

 

「俺は朝風呂に入るつもりだけど、明日奈はどうする?」

「あ、うん、せっかくだし、入ろうかな」

「それじゃあ行くか」

 

 そして二人は再び湯船につかると、同時に深いため息をついた。

 

「「はぁ~~~~~~」」

 

 二人はリラックスし、空を眺めた。そこには綺麗な青空が広がっていた。

 

「今日もいい天気になりそうだね、八幡君」

「だな」

「今日の予定はどうなってるんだろ」

「とりあえず凛子さんと合流して、眠りの森にメディキュボイドを設置したら、

その足で国友さんって人の家に行く事になるんじゃないか」

「大丈夫?説得出来る?」

「まあ、多分大丈夫だ」

 

 菊岡の予言めいた言葉の意味が、多分国友家を訪問した時か、

それに付随する何かのタイミングで分かるのだろうと、八幡は予感していた。

菊岡はこちらに来る前、八幡にこう言ったのだ。

 

「八幡君がいれば、特に何か策を考えなくても、問題なく事が達成出来るんじゃないかな」

 

 その言葉はやはり正しかったようで、八幡は、ここまで順調に事を運ぶ事が出来ていた。

 

(さて、いくつか予想は出来るが、一体ここに何が待ち受けているのやら)

 

 そして二人は風呂からあがると、そのまま何となくいちゃいちゃしていた。

八幡とて聖人という訳では無いので、何度も明日奈の裸を見て何も思わないはずは無い。

ただ、今は大きな問題が後に控えている為、どうしてもそちらが気になっているせいで、

二人のスキンシップも若干控えめなものになっていた。

それでも明日奈は八幡に甘える事が出来て、かなり満足したようだ。

八幡はそれを感じ、改めて、明日奈が傍にいてくれる事の幸せをかみしめた。

そしてその時、八幡のスマホに着信が入った。表示されている名前は、『馬鹿姉』

となっていた為、八幡は、凛子が着いたのかなと思いながら、

何気なくスマホを手に取った。それを見た瞬間、明日奈がおかしな声を上げた。

 

「ひょれっ」

 

(あっ、やっべぇ……)

 

 陽乃からの連絡は、やはり凛子の到着を告げるものだった。

ちなみに章三と京子は、レクトの関西支社に行く用事があるらしく、

既にそちらに向かったらしい。

そしてせっかくなので、凛子も交えて一緒に朝食をとろうという話になり、

通話を終えた八幡は、それらの事を明日奈に伝えた。

 

「あ、うん、分かった。ところでちょっと変な事を聞くけど、

八幡君のスマホの待ち受け画面って……」

「ん、これか?」

「あれ……」

「当然俺の待ち受け画面は、明日奈に決まってるだろ」

「う、うん、そうだよね」

 

 そこには、満面の笑顔をした明日奈の姿が映し出されていた。

さっきは確かに自分のおかしな顔が映っていた気がしたのにと、

明日奈は首を傾げた。八幡は、明日奈が大人しく引き下がったのを見て、

内心ほっとしながら、素早く待ち受け画面を、元の明日奈のだらしない寝顔に戻した。

その瞬間、明日奈の掛け声と共に、部屋に閃光が走った。

 

「リニアー!」

 

 八幡はすっかり油断していたのか、その掛け声と共に手を弾かれ、

その勢いのまま宙を舞った八幡のスマホは、明日奈の手にすっぽりと収まった。

そして明日奈が八幡のスマホにタッチした瞬間、その画面が表示され、

明日奈は呆然と目を見開き、わなわなと震えだした。

 

「な、な、な……」

 

 そんな明日奈に、八幡は表面上は冷静な口調で言った。

 

「違う、よく考えるんだ明日奈、明日奈は普段、こんな無防備かつ幸せそうな姿は、

俺にしか見せる事はない。つまりこれは、明日奈の俺に対する愛の証だ。

だから俺は、常にその画面を見て幸せになる事が出来るんだ、分かるよな?」

「う、うん、そうだよね……これは愛の証、そう、これは愛の証なんだよね!」

「ああ、その通りだ。これは二人の愛の証なんだ」

「って事でとりあえず、この画像は消去しておくね」

「ですよね……」

 

 明日奈はそう言うと、容赦なく画像を消去し、八幡はうな垂れた。

なんちゃってリニアーまで放った明日奈の勝利である……と、明日奈は思っただろうが、

既に八幡は、この画像を自宅のPCに送っていた。

そして後日、八幡のスマホを見た明日奈は、再びわなわなする事になる。

そして二人は外出する支度を整え、ホテル内にあるカフェに向かった。

 

「凛子さん、わざわざありがとうございます」

 

 その八幡のお礼に対し、凛子は首を振りながら言った。

 

「別にいいのよ、どう考えてもほっとけないでしょ」

 

 そしてそんな凛子に、明日奈が笑顔で言った。

 

「優しいんですね、凛子さん」

「本当に優しいのはあなたの八幡君でしょ?明日奈ちゃん」

「はい!」

「ところで昨日は、当然お楽しみだったのよね?」

「それが、八幡君はとっても疲れてたみたいで、

私が髪を乾かしている間に寝落ちちゃったんですよね」

「はぁ?」

 

 そして陽乃と凛子と明日奈は、じと目で八幡を見ながらこう言った。

 

「「「この甲斐性無し」」」

「何で明日奈まで……」

 

 そして朝食をとった一行は、そのまま『眠りの森』へと向かった。

着いた瞬間から、スタッフがどんどんセッティングを進めていく。

そしてあっという間に全ての準備が完了し、経子に連れられて楓が部屋に入ってきた。

楓は興味深そうにきょろきょろしていたが、八幡達を見つけると、

とても嬉しそうに声を掛けてきた。

 

「あっ、お兄ちゃん、お姉ちゃん、今日も楓に会いにきてくれたんだ」

「ああ、約束通り、今日はいっぱい遊ぼうな」

「うん!」

 

 楓はそう元気よく頷いた。だがてっきり外にでも行くと思っていたのか、

続けてベッドに寝かされた楓は、不安そうに八幡に尋ねた。

 

「お兄ちゃん、これは……?」

「大丈夫、合図したら『リンクスタート』って言ってごらん?

そしたら遊園地に出るから、そこでお兄ちゃんとお姉ちゃんが待ってるからな」

「う、うん」

 

 そして八幡と明日奈は、メディキュボイドに備え付けられたアミュスフィアを装着し、

一足先に、専用に作られたVR遊園地へとログインした。

二人の意識が一瞬途切れ、すぐに覚醒する。そこには、他の客の存在を演出する為に、

多数のNPCが闊歩する、遊園地の風景が広がっていた。

 

「随分リアルに作りこまれているな」

「さすがは姉さん、って所かな」

「こういうのを見せられると、ソレイユの底力がよく分かるな」

「そうだね……あっ、楓ちゃん!」

 

 そして二人の目の前に、楓の姿が出現した。

楓はきょとんとしながら辺りをきょろきょろと見回すと、目を輝かせた。

 

「うわぁ、うわぁ、本当に遊園地だ!それに何だか体がすごく軽いよ、

お兄ちゃん、お姉ちゃん!」

「そうか、良かったな、楓」

「うん!」

「さあ楓ちゃん、何から乗ろうか?」

「えっと、えっとね、ジェットコースター!」

 

 そう言った瞬間に、さりげなくジェットコースターを待つNPCの列が消滅した。

 

「本当によく考えられてるな……」

「お兄ちゃん、何か言った?」

「いや、何でもない。ほら楓、丁度すいてるみたいだから直ぐに乗れるぞ、さあ行こう」

「やった、行こう行こう!」

「楓ちゃんは、私と八幡君の真ん中ね」

「うん!」

 

 一方外では、経子が中の映像を見ながら、様々なデータを確認していた。

 

「特に何も問題無いようね、本当にありがとう、凛子さん。

あの子のあんなに楽しそうな姿を見るのは、何年ぶりかしらね……」

 

 その経子の言葉通り、モニターの中では、

八幡と明日奈に挟まれた楓がとても楽しそうにはしゃいでいる姿が映っており、

経子はそれを見て、目頭を熱くしていた。

周囲では、おそらく雪ノ下系列の病院から集められたのであろう、

医療系のソレイユのスタッフ達が、眠りの森の職員達に、様々な情報を伝えていた。

そして一通り使い方を伝え終わったのを見て、陽乃が経子に言った。

 

「それじゃ経子さんも、後は私達に任せて中へどうぞ」

「でも、私は……」

「大丈夫、何か問題が起きたら、容赦なくアミュスフィアをシャットダウンして、

戻ってきてもらうから」

 

 陽乃はそう言って経子にウィンクした。

経子は苦笑しながらも、その申し出を有難く受ける事にした。

 

「そう、それじゃあお言葉に甘えて、ちょっと楓の所に行かせてもらうわ」

「それがいいわ。やっぱり子供には母親が必要よ。まあ私達がちゃんと母親を得たのは、

ついこの間の事なんだけどね。これも八幡君のおかげかな……」

 

 その言葉の後半は、経子には聞こえなかった。

 

「お母さん!」

 

 楓は、遠くから経子が近付いてくるのを見付け、嬉しそうにそちらに駆け寄った。

 

「ごめんね楓、ちょっと遅くなっちゃったわ」

 

 経子は、楓に目線の高さを合わせてそう言った。

 

「お兄ちゃんとお姉ちゃんが一緒だったから大丈夫だよ、お母さん!」

「そう、楽しかった?」

「うん、本当に夢みたい!」

「そう、それは良かったわ」

 

 そして経子は、楓に求められるままに思いきり遊んだ。

楓は幼い頃から、病気の為に体が弱かったので、

経子はこうして楓と一緒に遊ぶのは、本当に始めての経験だった。

 

「お母さん、そろそろお昼だよ、楓、色々食べたい物があるの!」

 

 本来の楓は、食事制限がされている為、自由に好きな物を食べる事は出来ない。

その為楓は、園内のレストランのサンプルの前で、目を輝かせながらそう言った。

そして楓は、色々な種類の食べ物を少しずつ食べ、とても満足した。

こんな事が出来るのも、VRならではの事だろう。

そして楓は食事をして眠くなったのか……まあ実際に食事をした訳ではないのだが……

うとうとしながら経子に言った。

 

「お母さん、楓、なんだかちょっと眠くなっちゃった」

「そう、今日は楽しかった?」

「うん、とっても!」

「お母さんもとても楽しかったわ、楓」

「お母さん、私、今度はお爺ちゃんと一緒に遊びたい!そしたらもう何も思い残す事は無いよ」

「えっ……」

 

 薄々自分の病気の事を理解していたのだろう、楓はそう言うと、

経子の腕の中で、そのまま眠りに落ちた。

それと同時に周りの風景が、事前にリサーチしてあったのか、楓の部屋の風景に変わった。

経子は楓を抱き上げ、ベッドに運びながら、声を出さずに号泣した。

二人はそんな経子に何を言っていいか分からず、ただ立ち尽くしていた。

そんな二人に、経子は泣きながら笑顔で言った。

 

「今日は本当にありがとう。楓のあんな嬉しそうな顔を見たのは始めてよ」

「いえ、私に出来るのは、このくらいですし……」

「あの、経子さん、楓ちゃんの病名って……」

 

 その八幡の問いに対し、経子が告げた病名は、まったく聞いた事の無いものだった。

そしてログアウトした後、八幡達は、予定通り国友家に向かう事になったのだが、

八幡は出発を少し待ってもらうと、アルゴに連絡をとり、

楓のかかっている病気について、可能な限り情報を集めるように頼んだ。

おそらくそれは無駄になるのだろうが、このまま何もしないで手をこまねいている事は、

どうしても八幡には出来なかったのだった。

そして一行は移動を開始し、国友家の門を叩く事となったのだった。



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第246話 国友家の息子

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「初めまして、国友義賢です」

「初めまして、比企谷八幡です」

「ソレイユ・コーポレーション社長の、雪ノ下陽乃です」

「以前パーティでお会いしましたね、お久しぶりです、結城明日奈です」

 

 義賢は、陽乃ではなく八幡が最初に名乗った事で、一瞬意外そうな顔をしたが、

すぐに表面上は笑顔で八幡と握手をした。だがその目は笑ってはいなかった。

 

「どうぞお掛けください」

 

 そう言われ、三人は国友義賢の正面に並んで座った。そして義賢が話を切り出した。

 

「章三さんから連絡をもらった時は、何故私にと思いましたが、

清盛さんに会った後、直ぐに知盛さんの所に向かったと聞いて、

それで一つ思い当たる事がありました。あなたは菊岡さんという方をご存知ですか?」

 

 八幡はその言葉に、いきなりここでその名前が出てくるのかと驚いたが、

実際何も聞いてはいなかったので、その事を正直に義賢に告げた。

 

「確かに知ってますし、今度の旅にも同行してもらってますが、

こちらへの訪問に関しては、何も話してもらってないんですよね。

というかここに来たのは、知盛さんの所で話を聞いたからですしね」

 

 義賢はその八幡の言葉に、目を鋭くしてこう尋ねてきた。

 

「では、明日奈さんが一緒なのも、特に意味は無いと?」

 

 八幡は、ここで何故明日奈の名前が出てくるのか考えた。

義賢の知る明日奈の情報は、おそらくSAOサバイバーだという、その一点だろう。

八幡はそう考え、ここで対応を間違ってはいけないと、慎重に言葉を選びながら言った。

 

「ん、明日奈がどうかしましたか?明日奈がここにいるのは、

そもそも京都に来た目的が、結城清盛さんにとあるお願いをする為でしたので、

その流れでというのもありますが、ここに一緒に来たのは、実はそれは関係無くてですね、

こんな事をここで言うのは少し恥ずかしいのですが、俺の恋人だからです」

 

 義賢は驚いた顔をした後、ストレートに八幡に尋ねた。

 

「……ではもしかして、いずれ君がレクトの後継者となるのかい?」

 

 その質問には、陽乃が横から答えた。

 

「彼はうちの後継者ですよ、国友さん」

「ソレイユの?」

「ええ、既に決定済です」

「そうですか……」

 

 レクトではなくソレイユの後継者という事であれば、

結城病院系とは何のしがらみも発生しないはずだ。そう考えた義賢は、

自分が思い違いをしていた事を悟りながらも、確認するように八幡に尋ねた。

 

「……あなた方は理事長選挙で知盛さんに投票するように、

私に頼みに来たのではないのかい?」

「いや、それは合ってますよ。ただ説得する材料が無いのでどうしようかなと」

「材料が……無い?」

「ええ、こちらの事を聞いたのも昨日の事ですし、菊岡さんは何も教えてくれないし、

なので今日はとりあえず、あなたがどういう人なのか、

生意気な言い方をしますが、見定めようと思ってこちらにお邪魔しました」

「なるほど……」

 

 考え込んだ義賢を見て、八幡は、明日奈の存在を気にするくらいだから、

どうやら何かSAO絡みで警戒されていたようだと感じ、

やはり身内の中に、SAOサバイバーでもいたのかなと思いつつ、

その話を自分から切り出すのも印象が悪くなるだけだと考え、

今日はここまでかと思い、義賢にこう言った。

 

「お忙しい中、時間を作って頂いてありがとうございました。

また何か、あなたを説得出来るような材料を探して、再度こちらにお伺いします」

「そうですか、いや、ちょっとお待ち下さい、せめてお茶でも飲んでいきませんか?

今すぐに用意させますので」

 

 その突然の言葉に、八幡はいぶかしみながらも、その好意を素直に受ける事にした。

そして義賢は、内線でお茶を持ってくるようにどこかに連絡をしたのだが、

最後にこう付け加えた。

 

「それと、お茶は駒央に持ってこさせてくれ」

 

(駒央?)

 

 義賢は駒央と言った瞬間に、何かを確認するように明日奈の方をチラリと見た。

八幡ではなく明日奈の方をである。それで八幡は、その駒央というのが、

多分SAOサバイバーなんだろうなと推測し、

同時に、自分もSAOサバイバーだという事は、この人は知らないんだなと感じた。

そして明日奈は、もちろんそんな事は露とも思わず、

まったく表情を変えず、にこにこと笑顔を保っていた。

 

「失礼します、お茶をお持ちしました」

 

 そして入り口の扉が開き、一人の少年が、緊張した様子でお茶を持って入ってきた。

わざわざ自分を指名するとは、どこかのお偉いさんなのかと思ったのだろう、

少年は、傍目から見てもガチガチに緊張しており、ずっと下を向いていた。

八幡がチラリと義賢の方を見ると、義賢は、じっと観察するように、

明日奈の方だけを見つめていた。そしてその少年は、それぞれの前に無事にお茶を置き、

それで安心したのか、パッと顔を上げた。その顔を見た明日奈が急に目を見開いたのを見て、

義賢はやはりという顔をしたのだが、その横を別の者が擦り抜け、その少年に抱き付いた。

義賢は一瞬何が起こったのか分からず、慌ててそちらの方を見た。

そこで義賢が見たのは、自分の息子である駒央と八幡が、

お互い泣きながら固く抱き合っている光景だったので、義賢は仰天した。

 

「ネズハ、ネズハじゃないか!会いたかった、本当に会いたかったぞ」

「ハチマンさん、ハチマンさんじゃないですか、やっぱり無事だったんですね、

信じてましたけど、本当に……本当に生きていてくれたんですね」

「もちろんだ、俺がそう簡単にやられるわけがないだろ。ほら、アスナもそこにいるぞ」

「アスナさんも!?」

「ネズハ君、もちろん私も無事だからね」

 

 明日奈がそう声を掛け、駒央は再びぽろぽろと、涙を流し始めた。

 

「アスナさんが最初に砕け散った時は、本当に目の前が真っ暗になったんですよ。

菊岡さんから話だけは聞いていたんですが、やっぱり無事だったんですね……

そして今も、こうしてハチマンさんと一緒にいるんですね……

良かった……本当に良かったです」

「それでもお前は、ちゃんと自分の役割を果たしてくれたじゃないか。

そのおかげで俺達が勝利したんだ。そう、四人が力を合わせたおかげで、

今俺達はこうして再び出会えたって訳だな」

「はい!」

 

 そして二人は再び固く抱き合い、明日奈はそんな二人の肩に、そっと手を回した。

その光景を、義賢は呆然と見つめていた。そしてしばらくして落ち着いたのか、

義賢は、おずおずと駒央に尋ねた。

 

「駒央、どういう事だ?比企谷君とお前の間に、何があったんだ?」

「比企谷?ハチマンさんの事ですか?」

「ああ、そこにいる比企谷八幡君の事だ」

「ハチマンさんって本名だったんですね。僕は国友駒央です、八幡さん」

「俺は比企谷八幡だ」

「私は結城明日奈だよ」

「あ、やっぱりアスナさんは、結城家の明日奈さんだったんですね」

 

 そして五人はソファーに座りなおし、義賢に最後の戦いの経緯を説明した。

 

「そんな事が……駒央、お前そんな事、今まで一言も……」

「ごめん父さん、菊岡さんから、二人は無事だったって聞いてたんだけど、

状況が状況だったから、自分の目で見ないと安心出来なくて、

あの時の状況を口に出すと、どうしても心が不安でいっぱいになっちゃうから、

詳しい話をする気にならなかったんだ」

 

 義賢は、呆れた顔で駒央に言った。

 

「まったくお前は、最後の戦闘に参加した事と、結城家のお嬢さんかどうかは分からないが、

アスナという人が前線のアイドルだったという事しか言わなかったじゃないか。

まさかこんなに親しい間柄だったとはな。

だからお前、東京の医学部にどうしても進学したいって、絶対に譲らなかったんだな」

「だって、うちと明日奈さんの家は仲がいいとは言えないし、

明日奈さんの写真も無かったから、自分の目で確かめたいって思ったんだよ。

そしたらきっと、八幡さんやキリトさんとも会えるんじゃないかって思ってたし……

そうだ、キリトさん、キリトさんはどうなったんですか?」

「今でも一緒だぞ、駒央。エギルもクラインも、リズもシリカもアルゴも、皆一緒だ」

「そうですか……今でも皆さん一緒なんですね」

「これでお前も仲間入りだな。絶対にこっちに進学してこいよ」

「はい!」

 

 それを見た義賢は、肩を竦めながら陽乃に言った。

 

「やれやれ、これでは駒央の東京への進学を、認めない訳にはいきませんね」

「大丈夫、彼にとってはそれが一番いい道になりますよ。

何たって、共に命を掛けて戦った仲間が周りにいるんですからね。

特に八幡君との繋がりは、そういった感情を抜きにしても、

必ず彼やあなたの利益になると思います」

「それはどういう……」

「まあ、その話は追々に」

 

 義賢は、その言葉と今の状況を照らし合わせ、考え込んだ。

 

「最初はね、明日奈さんの存在を盾に、駒央を篭絡して、

それで私に言う事を聞かせるつもりかと思っていたんだよね」

「明日奈の方をよく見ていたのは、そういう事でしたか」

「ははっ、さすがにバレてたんだね。まあそれは間違いだったとこうして分かった訳だが」

 

 そしてその会話で結論が出たのか、義賢は八幡にこう言った。

 

「先ず比企谷君、うちの息子の事だけじゃなく、

うちの病院に入院していた他の患者さん達も救ってくれて、本当にありがとう」

「いえ俺は大した事は……」

「その代わりと言っては何だが、今回の事に関しては、私は知盛さんの味方を……」

「それはちょっと待って下さい」

 

 八幡は、そう言い掛けた義賢を制した。

 

「そのご好意はとても有難いんですが、そうなるとどうしても、

他の病院の方々を説得するには、理由としては弱いんじゃないですか?」

「その辺りは私の力で何とか……」

「でもそうなると国友さんが、結城本家や他の病院の人に、

悪く思われる可能性が高いですよね?」

「それはまあ、そうかもだが……」

「そこで一つお知らせしたい事があります、メディキュボイドの事です」

 

 その言葉を聞いた瞬間、義賢の顔付きが変わった。

 

「君はメディキュボイドの事を知っているのかい?」

「はい、知っているというか持ってます。そして昨日、眠りの森という施設で、

実験的にその運用を開始した所です」

「何だって!?」

 

 義賢はその言葉に仰天した。今まで必死で探し回っていたものが、

自分達の近くで既に運用されていたというその事実は、彼にとっては想定外すぎた。

義賢は先ほどの陽乃の言葉を思い出し、愕然と陽乃を見た。

陽乃はそれに対し、笑顔で頷いた。

 

「実は今回メディキュボイドを持ってきたのは、例外中の例外なんですよ。

何故ならあの偏屈じじい……おっと、清盛さんに、

お願いの対価としてこの話を持ちかけた時、

清盛さんは、章三さんに頭を下げるのは嫌だっていう感情論だけで、この話を蹴ったもんで」

「何だって!?あの人は、何て事を……」

 

 義賢は、初めて聞かされたその事実に呆然とした。

 

「でもその後、あれを必要としていた経子さんの娘の楓ちゃんと会って、

あの子にメディキュボイドは絶対に必要だと思ったんで、

勝手に機材を持ち込んで、勝手に運用する事にしました。

当然結城本家には何も話してません。

だからこの事がバレたら、あそこの施設はかなりまずい状況になると思います。

なのでうちは、眠りの森とその患者さんごと、すべてうちで引き取る事を決めました。

そんな訳で、今のままだと結城系列の病院には、

絶対にメディキュボイドが導入される事はありません」

「そ、それは……」

 

 義賢はその八幡の言葉を聞いて、難しい顔をした。やはり現場にいると、

終末医療でのメディキュボイドの必要性が、嫌という程分かるのだろう。

 

「その事を最初に言われていたら、私や他の病院の院長達は、

君の言う事を受け入れざるを得なかったと思うんだが」

「それって、面従腹背で、ですよね?」

「まあ、そうかもしれないが……」

「それじゃ困るんですよ、ここで結城家の悪い部分を断ち切らないと、

レクトと結城系の病院とは、完全に縁が切れる事になります。

それじゃあ、誰も幸せにならないんです。

章三さんや京子さんは清々とするかもしれませんが、それは根本的な解決にはなりません。

関係者の誰もが幸せになる為に、あの偏屈じじいは、文字通り俺が力ずくで引退させます」

 

(まあ関係者の誰もがと言っても、クラディール以外はだけどな)

 

 八幡はそう思ったが、何も口には出さなかった。

 

「力ずくで、ね……」

 

 義賢は、日本刀を振り回す清盛の姿を浮かべ、心配そうに八幡に言った。

 

「でも清盛さんの剣の腕は、かなりのものだと思うけど……

正直銃を持ってても、私はあの老人に勝てる気がしないんだが……」

「大丈夫です、実は先日、いきなり日本刀で襲われたんですが、

俺と明日奈できっちり取り押さえる事に成功したんで」

「なっ……」

 

 その言葉は駒央も意外だったようで、驚いた顔で八幡に言った。

 

「八幡さん、リアルでも強いんですね……」

「いや、そんな事はまったく無い。まあとりあえずカウンターをかまして、

その隙に相手を動けなくするくらいなら何とかなるって感じだな」

「そんな事、普通の人には出来ませんよ」

 

 駒央はそう言って、楽しそうに笑った。

それを見た義賢は心から納得し、八幡に言った。

 

「八幡君、私は知盛さんにではなく、そのバックについた君に乗る事にするよ。

その上で、必ず他の者達は私が説得すると約束する。

もちろん面従腹背にならないように、しっかりと配慮する事も約束する」

「知盛さんだって、話してみれば色々とよく分かってる人だと思いますよ。

どうかちゃんと正面から、色眼鏡無しに、知盛さんと話してみて下さい」

「分かった、君がそう言うなら、近いうちに必ず機会を設けるよ」

「ありがとうございます」

 

 こうして八幡は、理事長選挙の趨勢を、こちらに引き寄せる事に成功した。




駒央の名前は、木曽義仲の幼名の、駒王丸から来ていますが、特に深い意味はありません。苗字にはちょっとあります。


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第247話 大丈夫、僕はちゃんと分かってますから

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


 その後義賢は、早速他の院長達の説得に周る事になり、

メディキュボイドの説明の為、陽乃もそれに付いていく事となった。

要は三人に気を遣ったのであろう。そしてその場には、八幡達三人が残された。

 

「でも本当に久しぶりだな駒央。いや、この場には俺達しかいないんだし、

昔の名前で呼び合えばいいか。他の皆とは、残された百人事件の関係で、

すぐに連絡がとれたんだが、すまんネズハ、正直に言うと、

ネズハの視界がアミュスフィアで解決しているかどうかが分からなくて、

即戦力になるかどうかが疑問だったから、連絡するのを後回しにしてたんだよ。

で、そのまま菊岡さんに頼みづらくなって、ここまで引っ張っちまった。本当にすまん」

「でもこうして会えたじゃないですか。きっと本当に僕の力が必要だったなら、

菊岡さんがこっそり手引きしてくれてたと思いますよ」

 

 ネズハはそのハチマンの告白に、特に気分を害した様子も無くそう言った。

そしてネズハは、続けて少し寂しそうな顔でこう続けた。

 

「でも実際僕は、戦力にはならなかったと思います。

アミュスフィアでも、やっぱり遠近感に問題が出ちゃったんですよ」

「そうなのか……」

 

 ハチマンは苦い顔でそう言った。そんなハチマンに、ネズハはこう尋ねた。

 

「ところでその、残された百人事件って、アレの事ですよね?

あの時何かあったんですか?」

「ああ、実はな……」

 

 そしてハチマンは、アスナ救出に関する経緯をネズハに説明した。

ネズハはショックを受けたようで、とても悔しそうに言った。

 

「そんな事が……まさかナーヴギアを使えば、能力がそのまま持ち越せたなんて……

それならこんな僕でも、何かしら役にたてたかもしれないのに、僕は……」

「お前は何も知らなかったんだから気にするなって。

あんな雑魚は、俺がぱぱっと片付けておいたからな、どうだ、さすがは俺だろ?」

 

 ハチマンは、場を明るくしようとわざとそう言い、ネズハも笑顔に戻った。

そしてネズハは、ハチマンとアスナを見比べながら、明るい声で言った。

 

「でも本当に、こっちでもお二人の仲が良さそうで、本当に良かったですよ。

最後にキリトさんがあいつを倒した時、アスナさんはもう砕け散ってたじゃないですか。

そしてハチマンさんも、あいつと同時に砕け散って……

あの時はもう焦って焦って、アスナさんが砕け散った瞬間に武器を投げたんですけど、

偶然すごいタイミングで攻撃が当たって、すぐにクリアになって、

詳しい状況を確認出来ないままベッドの上で目覚める事になったんですよね。

だからその時は、嫌な汗が止まりませんでした。

で、その後少ししてから、菊岡さんに会った時にお二人の安否を聞いたんですけど、

無事だって話だけで、詳しい事は教えてもらえなかったんですよ。

だからやっぱりどうしても心配で……」

「本当にあの時は神がかったタイミングだったぞ、よくやったな、ネズハ。

お前がいなかったら俺達は皆、ヒースクリフに倒されていたのは間違いないと思うぞ」

「はい、ハチマンさん……」

 

 そう言って涙ぐむネズハの肩を、ハチマンはぽんぽんと叩いた。

 

「俺達は勝ったんだ、その結果だけが重要で、それ以外はどうでもいい、だろ?」

「はい!」

 

 ネズハは明るい声でそう返事をし、ハチマンとアスナも笑顔でそれに応えた。

 

「でも、お二人は何故ここに?まさか僕の事を知って、

会いに来てくれたとかじゃないですよね?さっきは確か、理事長選挙がどうとか……」

 

 そのネズハの疑問には、ハチマンが答えた。

 

「ああ、今回俺達は、知盛さんを理事長選挙に勝たせる為にここに来た。

その過程でこうしてネズハに会えた事は、幸運な副産物だったな」

「そうですか、知盛さんを……うん、何となく分かります。

少なくとも宗盛さんよりは頼りになりそうですし、

何よりあの人、すごく腕はいいですからね」

「そうなのか?」

「はい、前に医者志望の結城関係者の若手を集めて、

手術している所を公開した事があったんですけど、あれはもう鳥肌ものでしたね。

といっても、まだ医学の道を志す事に決めただけの、僕ごときの感想なんで、

長男の宗盛さんと比較して、段違いに凄いって事しか分かりませんけど」

「そうなのか、ちょっとアルゴに聞いてみるわ。

せっかくだしスピーカーモードにして、皆で話せるようにするか」

 

 そう言うとハチマンは、『ネズミネコ』という名前を選択し、電話を掛け始めた。

 

「よぉアルゴ、ちょっと聞きたいんだが」

「誰がネズミネコなんだ?オレっちはただのネズミだぞ。

いや、まあ確かに、オレっちはキリっとした美人さんだから、

ネコっぽく見えるかもしれないけどナ」

 

 そのアルゴの言葉に、ハチマンはドキリとした。

 

「キリっとした美人っていうその言葉はともかく……何の事だ?」

「薔薇の事は『拾った小猫』、ボスの事は『馬鹿姉』、オレっちの事は『ネズミネコ』、

って名前で登録してるみたいじゃないか、もう調査済だゾ」

「それ、シリーズものだったんだ……」

 

 アスナのその呟きを聞いたアルゴは、ハチマンにこう尋ねた。

 

「ん、他にそこに誰かいるのカ?」

「アスナとそれ以外にもう一人いるが、身内だから問題ない。

それよりもまじかよ……お前の情報網、はんぱないな」

「ふ~ん、身内ねエ」

 

 ハチマンはそう感想を述べつつも、先ほどのアルゴの言葉に、

確かに心臓の鼓動が早くなるのを感じた。そしてハチマンが何か言う前に、

突然アスナがアルゴに尋ねた。

 

「ねえアルゴさん、他の人の登録名は?」

「うっ……」

 

 焦るハチマンをよそに、アルゴは淡々とアスナにこう言った。

 

「その情報は一人百円だナ」

「うわ、お手頃サービス価格だね!とりあえずワンコイン、適当に五人分お願い!」

「あいよ、毎度ありだナ」

「お、おい、お前ら……」

 

 今回の情報は、アルゴが暇潰しに一人で調べたものである為、

情報売買に関するアルゴのルールには、どうやら抵触しないようだ。

 

「クラインは『先生を幸せにしなかったら殺す』ユキノは『怒らせるの禁止』

この辺りはどうやら、会話の途中で気にする事を書いてあるみたいだな。

変わったところだと、神崎エルザは『S変態M』菊岡さんは『腹黒メガネ』

そしてアーちゃんの登録名ハ……」

 

 その瞬間、ハチマンは叫んだ。

 

「待てアルゴ、その情報、言い値で買おう」

「えええええええ、待って、待ってアルゴさん、それ、私が言い値で買うから!」

 

 アルゴが返事をする前に、二人はそう言った。

そしてしばらく沈黙が続いた後、アルゴは重々しくこう答えた。

 

「よし、アーちゃんと契約するゾ」

「なんでだよ、俺の方が早かっただろ!」

「アーちゃんが買った情報は五人分だろ?オレっちはまだ四人の情報しか伝えてない。

それにハー坊は将来、間違いなくアーちゃんの尻に敷かれるだろ?

オレっちは権力者の側につくんだゾ」

「ぐっ……」

 

 そしてハチマンが顔面蒼白になる中、アルゴの口からその登録名が告げられた。

 

「アーちゃんの登録名は、『明日奈・H』」

「えっ……?そ、それって私がエッチだって事!?」

 

 アスナはそう言うと、何故かほんのりと頬を染め、ハチマンの顔を見た。

 

「あ、ああ、そ、そうだな……」

 

 ハチマンは盛大に目を泳がせながら、アスナにそう答えたので、

アスナはどうやら違うようだと理解した。ではどういう意味なんだろう?

そんなアスナの疑問に、アルゴが淡々と答えた。

 

「違う違う、アーちゃん、そのHは、比企谷のHだゾ」

「うわあああああ」

 

 それを聞いた瞬間に、ハチマンはそう叫び、頭を抱えた。

そんなハチマンにネズハが駆け寄り、優しく声を掛けた。

 

「ハチマンさん、大丈夫、僕はちゃんと、お二人の絆は理解してますから」

 

 そしてアスナは上気した顔で、ぶつぶつとその言葉を呟いていた。

 

「明日奈・Hは明日奈・比企谷……明日奈・Hは明日奈・比企谷……

そう、私の名は、比企谷明日奈、うん、これからはそう名乗ろう!」

「アーちゃん……嬉しいのは分かるが、暴走しすぎだゾ」

 

 その言葉に明日奈はハッと我に返り、もじもじしながらアルゴに言った。

 

「う、うん、ありがとうアルゴさん、こういうのはやっぱり、正式に結婚してからだよね。

よし、ハチマン君、今すぐ婚姻届にサインして!」

「アーちゃン……」

「じょ、冗談だから、私は大丈夫だから!」

 

 そんな二人の姿を見て、ネズハは嬉しそうに言った。

 

「あは、あの頃に戻ったような気がして、なんだかとても嬉しいです」

 

 その声を聞いたアルゴは、瞬時に声の主が誰か分かったのか、ネズハに話し掛けた。

 

「お~う、誰かと思ったら、その声はネズっちか。そうか、会えたんだナ」

「アルゴさん、お久しぶりです。はい、偶然なんですが、会う事が出来ました!」

「良かったな、ネズっち。ところでネズっち、話が盛大に横に反れちまったから、

そろそろハー坊を正気に戻してやってくれないカ?」

「あ、はい、分かりました」

 

 ネズハはそう返事をすると、ハチマンの頬をペチペチと叩き、アルゴの意思を伝えた。

 

「ハチマンさん、アルゴさんがそろそろ本題に入りたいと」

「お、おう……そうだよな」

 

 そしてハチマンは立ち上がり、咳払いを一つすると、アルゴに言った。

 

「えっとな、結城知盛さんの、医者としての評判が知りたいんだが、

アルゴは当然その情報は持ってるよな?」

「ああ、もちろんだぞ。医学研究に関してはそれなり、手術の腕は天才的らしい。

ただ一つ欠点があってナ」

「欠点?」

「他人の模倣は得意で、完璧にこなすが、前例の無い手術は苦手なんだそうダ」

「なるほど……」

「一方、経営的な事については、逆に革新的っていう、面白い人だナ」

 

 アルゴのその的確な説明を聞き、ハチマンは、彼の事を大体理解する事が出来た。

 

「あと、この前頼まれた病気の情報だけどな、かなりの難病である事は間違いないようだぞ。

手術の成功例は過去に三例だけらしい。ちなみに母数は万単位だな。

だがまあ逆に言えば、三例は、手術の成功例があるって事だナ」

「そこまでか……」

「そして、その最後の一例は、アーガス・アメリカのサポートの元、

動画も含めて詳細なデータがとられたらしいぞ。

それでその手術の難易度が下がるんじゃないかと、その時は話題になったらしいナ」

 

 その意外な名前に、ハチマンは驚いた。

 

「アーガスだと?じゃあそのデータは……」

「ああ、SAOの騒ぎでそっちも共倒れになったはずだな。

なので、その時のデータが残っているかどうかは不明だゾ」

「至急各方面に当たってみてくれ」

「分かった。もしかしたらレクトにそのデータが残ってるかもしれないからナ」

 

 そしてハチマンはアルゴとの通話を終え、再びネズハとの会話を続ける事にした。

 

「しかしまさか、ネズハが医者の家系だったとは予想外だったな。

まあそれを言ったら、家系的には明日奈もなんだが」

「ご先祖様は職人の家系なんで、まあそこまで大きく変わったとも言えないんですけどね」

「職人?何のだ?」

「鉄砲鍛治……ですかね」

 

 鉄砲鍛治、そして国友と聞いて、ハチマンには、一つ思い当たる名前があった。

 

「それってもしかして、戦国時代に鉄砲鍛治で名を馳せた、国友家の事か?

もしかしてネズハは、その子孫なのか?」

「はい、まあうちは分家の一つにすぎませんが、

それもあって、SAOでは鍛治をしてたんですよね。

元々何か物を作るのは大好きなんですよ」

「ふむ……」

 

 ハチマンは少し考え込んだ後、ネズハにこう言った。

 

「実は今、俺たちはALOをメインに活動してるんだが、

それとは別に、ラフコフ絡みでGGOをプレイしてるんだよ。GGOは分かるか?」

「ラフコフ絡み……それは穏やかじゃないですね。GGOは、名前だけは知ってますね」

 

 そしてハチマンは、GGOをプレイする事になった経緯をネズハに説明した。

 

「そうですか……あいつらまだ活動してるんですかね?」

「さすがに犯罪に手を染める可能性は低いと思うが、

出来ればマークくらいはしておきたいからな」

「なるほど……で、僕はGGOで職人をすればいいんですか?」

 

 ハチマンはそのネズハの言葉に感心した。

ネズハはハチマンの意図を正確に理解してくれたようだ。

 

「さすがに話が早いな、ネズハ。もし可能なら、GGOをプレイして、

俺達のチーム専属の鍛治師になってくれないか?その為に可能な限りのサポートはする。

お前の体に流れるその血を、GGOで開花させてみないか?」

「それなら視界の問題もクリア出来そうですね。

分かりました、今を生きる国友の男として、その頼みはこの国友駒央が引き受けます」

「ネズハ、いや、駒央、ありがとな。まあせっかくプレイするんだから、楽しくやろうぜ」

「ネズハ君、また宜しくね」

「はい、お二人とも、これからも宜しくお願いします!」

 

 こうしてネズハの、GGOへの電撃参戦が決定した。

 

「ところでさっき、ハチマンさんの携帯に、神崎エルザって名前があったような……

まさか本人じゃないと思いますけど、僕、ファンなんですよね」

「おおそうか、それなら今度、エルザ本人に会わせてやるよ。サインもしてもらうか?

あいつは今や、自らすすんで俺の下僕になってるからな」

「げ、下僕?えっ……ええっ?い、一体何があったんですか、ハチマンさん!」

 

 ハチマンとアスナとの再開や、諸々の話以上に、

そのハチマンの言葉は、ネズハにこの日一番の衝撃を与えたのだった。



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第248話 迎えにいこう

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「まああいつとは色々あってな……正直振り回されてばっかりだわ」

「そうなんですか」

「あいつのキャラの名前はピトフーイという。あと、シノンっていうスナイパーと、

ベンケイっていう俺の妹が一緒だから、宜しくな」

「妹さんですか!はい、確かに覚えました」

「あと情報担当で、ロザリアって奴もいるんだが」

 

 ネズハはその名前に聞き覚えがあった為、何気なくこう言った。

 

「偶然ですね、確か昔、シリカさんを殺そうとした人がそんな名前でしたよね。

監獄送りになったと記憶してますけど、解放された後、どうしてるんですかね」

「いや、そいつ本人だ」

「えっ?ええっ!?」

 

 ネズハは再び驚愕した。

 

「ちなみにロザリアも、ピトフーイに対抗して俺の下僕を名乗ってる」

「そ、そうですか……本当にさすがですね、ハチマンさん……」

「まあ、褒められた気にはまったくならないがな」

 

 そんな二人に、思いついたようにアスナが言った。

 

「そういえば、会社の持ち物なんだろうけど、アミュスフィアがあったよね?

それを使えば私達もログインする事は可能じゃない?」

「そうだな……よしネズハ、せっかくだし、一緒にGGOをプレイしてみるか?」

「あ、はい、今夜からでも直ぐにプレイを開始出来るようにしておきますね」

「さすがネズハ、仕事が早いな。とりあえずスタート地点で待ち合わせするか。

ところでいきなりだからまだ決めてないかもしれないが、キャラネームは何にする?」

「そうですね……あ、そういえば、ハチマンさんとアスナさんの、

GGOでの名前は何て言うんですか?SAOと一緒ですか?」

 

 そのネズハの質問に、ハチマンは、そういえばそうだったと頭をかいた。

 

「そんな肝心な事を忘れるなんてな、俺の名前はシャナ、アスナの名前はシズカという」

「ええっ?」

「どうしたネズハ」

「ネズハ君、何かあった?」

 

 ネズハは自分のスマホを取り出し、何か操作したかと思うと、二人に画面を見せてきた。

そこには、先日雪ノ下陽乃監督作品として鑑賞する事になった、

例の動画の元の動画が流れていた。

 

「これか……」

「噂になってたんで昨日たまたま見てみたんですけど、これってお二人ですよね?」

「……ああ」

「……うん」

 

 二人は気恥ずかしいのか、ためらいがちにそう肯定した。

だが、ネズハは目をキラキラさせながら、次の動画を見せてきた。

 

「そ、それじゃあこれもですよね?」

 

 それは第一回BoBの映像だった。

こちらはまあ恥ずかしくはないので、ハチマンは胸を張ってそれに答えた。

 

「それは俺だな、まあこの時は負けはしたが、次は負けるつもりはない」

「やっぱりですか!お二人ともさすがですね!これは僕も負けてられませんね、

必ずゲーム内で最高の鍛治師になってみせますよ!」

 

 ネズハは、全身にやる気を漲らせながらそう言った。

二人もそれに引きずられるように、積極的に今後の方針を相談し出した。

 

「基本ネズハの能力は、鍛治の為に、力と器用さのみを上げる形になるだろうな。

いわゆるSTRとDEXだな。

他のプレイヤーはそこまで思い切ったステータス振りは出来ないはずだから、

その時点で、ネズハがトップになる事はほぼ確定的と言える」

「やっぱり筋力も、ある程度必要になるんですね」

「ああ、高性能のハンマーほど、要求STRが高いんでな」

「なるほど」

 

 ステータスの成長方針も決まり、戦闘もパワーレベリングをする事に決まった。

素材に関しては、今ある素材は全て提供される事となり、

道具に関しても、初期投資分は、ハチマンの豊富な財力がある為、まったく問題無いだろう。

 

「こうなったらどこかに拠点を借りるか」

「秘密基地みたいなやつですね!」

「そうだな、決まった拠点を持とうとする奴は少ないんだが、

工房はやはりあった方がいいからな」

「だね、ついでにそこを集合場所にすればいいね」

「ああ」

 

 そして三人は待ち合わせ時間を決めた。同時にネズハのキャラネームも決まった。

 

「では、イコマで」

「イコマ?何か由来があるのか?」

「漢字で書くと、一駒になるんですかね、実はご先祖様に、一貫斎っていう偉人がいて、

二百年前くらいの人なんですけど、空気銃や、反射望遠鏡を作った人なんですよね。

なのでそれにあやかって、一駒斎にしようかと思ったんですけど、長いので縮めた感じです」

「まじかよ、さすがに歴史がある家は違うな……」

 

 こうして方針も決まり、二人はとりあえずホテルに戻る事となった。

そしてホテルに戻った二人の前に、ニヤニヤしながら菊岡が姿を現した。

八幡は菊岡に、いきなり苦情を言った。

 

「おい腹黒メガネ、ちょっとサプライズが過ぎるんじゃないのか?

まあ正直感謝はしてるけどな」

「は、腹黒メガネ!?いや、当たってるだけに文句が言いづらいけどさ……

でもその様子だと、無事にネズハ君には会えたみたいだね」

「まあ、タイミングとしては最高だったから、正直助かった。

これでこっちに来た目的はほぼ達成出来たから、後はあの偏屈じじいを叩きのめすだけだ」

「あの人はもうかなりのご高齢なんだから、お手柔らかにね」

「そんな事したらこっちがやられちまう。あのじじい、かなり強いぞ」

 

 八幡はそう答え、更に菊岡にこんな質問をした。

 

「で、その腹黒メガネは、こっちに来てから何をこそこそと動いてるんだ?」

 

 八幡は、自分達に一度も同行しようとしない菊岡をいぶかしく思っていた。

今回の旅に付いてきた理由がよく分からなかったからだった。

そんな八幡に、菊岡はあっさりとこう言った。

 

「それは買いかぶりだよ八幡君、僕はこっちに来てから、何も動いてはいない。

しいて言うなら観光かな」

「観光?……そうか、ただのサボリだったか」

「人聞きの悪い、ただちょっと、自主的に休暇をとっただけだよ」

「帰ったら仕事が山積みになってそうだけどな」

「あ~聞きたくない聞きたくない」

 

 菊岡はそう言って耳を塞ぎ、その場に蹲った。

そんな菊岡を放置して、八幡と明日奈は自分達の部屋へと戻った。

 

「さて、ここからアミュスフィアでログインするとして、

こうなっちまうと、今から部屋を分けてもらうのもちょっとな」

「そうだね、仕方ないよね、うん、仕方ない」

 

 明日奈は嬉しそうにそう言った。

八幡も、別にあえて明日奈を悲しませるような事はしたくなかったので、

結局部屋割りはこのままという事になった。

そして約束の時間が来た為、二人はダブルベッドに仲良く横たわり、GGOへログインした。

一瞬にして視界が変わり、二人の目の前に、何故かピトフーイの姿が現れた。

 

「……え?」

「……はぁ?おい、何でお前がここにいるんだよ、意味が分からないぞ」

「ふっ、予想通り!えっと、何となくシャナが入ってくる気配がしたから、

前回ログアウトした地点まで全力で走ってきたの!」

「え?本当に?」

「うん!」

「この変態め……」

「だからシャナ、毎度毎度私の事を褒めすぎだよぉ」

 

 シャナは、またそれかと思いながら、ピトフーイの顔をじっと見つめた。

ピトフーイが、突っ込んでもらいたくてうずうずしているように見えたシャナは、

満面の笑みでピトフーイに言った。

 

「ああ、お前の事は、いくら褒めても褒め足りないからな、

だからついつい何度も何度も褒めたくなっちまうんだよ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ピトフーイは愕然とした顔でシズカに駆け寄り、

その手を握ると、嬉しそうに上下させながら言った。

 

「シズ、聞いた?ついにシャナが落ちたよ!これはもう、私の大勝利だよね!」

「駄目か……」

 

 シャナは、この返しも効果なしかと肩を落とし、

シズカはその二人のやり取りを見て、苦笑しながら言った。

 

「シャナ、ピトの事はとりあえず置いといて、イコマを迎えに行かないと」

「お、そうだな、ちょっと急ぐか」

「え、何?新しい仲間が増えたの?どんな人?」

 

 ピトフーイはわくわくした顔で、その二人の会話に食いついた。

 

「そうだな、軽く説明しておくか」

「うん、お願い!」

 

 そしてシャナは、ピトフーイにイコマの素性を告げた。

 

「イコマは、まだお前が知らない、もう一人の、そして最後の英雄だ」

「もう一人の英雄?」

「そうだ。いいか、今から端的に、最後の戦いの事を教えてやる。ちゃんと理解しろよ」

「うん」

 

 そう言うとシャナは、一気にこうまくしたてた。

 

「黒の剣士VS神聖剣、黒の剣士硬直、閃光IN、かばって死亡。

時間制限は十秒、銀影IN、自分の体で神聖剣の武器を拘束、

黒の剣士再起動、神聖剣シールドバッシュ、額に遠隔攻撃で硬直、黒の剣士、

銀影ごと神聖剣を貫く、共に死亡、クリア、以上」

 

 ピトフーイはどうやら記憶力はいいらしく、

何故かラップ調でそのシャナの言葉をそのまま何度もなぞり、

状況を把握しようとしていたが、しばらくして、諦めたように言った。

 

「シャナ、私、今の説明、理解出来ないYO!」

「何でいきなりラップなんだよ……それにしてもお前、器用なのな」

「歌にすると覚えやすいんだよね、私の場合」

 

 その言葉を聞いたシズカは、感心した様子で、ピトフーイの事を褒めた。

 

「さっすがピト、まさに音楽の神だね!」

「えへっ」

「とりあえず、後で落ち着いたら詳しく説明してやるが、

その遠隔攻撃を放ったのが、今俺達の到着を待っているそいつだ。

ちなみにとある事情で、そいつは基本戦闘はしないが、うちの専属鍛冶師になる予定だ。

名はイコマという。お前の武器も強化してもらうといいぞ。という訳で宜しくな」

「おお、職人さん、しかも専属!大歓迎だよ!」

 

 イコマの事を褒められて気分を良くしたシャナは、鼻高々にこう言った。

 

「しかもイコマは、戦国時代から続く鉄砲鍛冶の家の人間だ。

つまりイコマには、今でもその職人魂が宿っているのだ」

「おおおおお、封印されし右手に宿る職人魂!胸が高鳴るぅ!」

「つまり、あいつが加入する事でのシナジー効果がだな」

「ピトだけじゃなく、シャナまでおかしく……」

「そんなのいつもでしょ」

「きゃっ」

 

 三人はいきなりそう声を掛けられ、慌てて振り向いた。その声の主はシノンだった。

 

「あんたたち、道の真ん中で、おかしな会話をしてるんじゃないわよ」

「し、シノノン、いつからそこに?」

「ピトの胸が高鳴ったくらいからかしらね」

「あ、じゃあたった今なんだ」

「まあそうね」

 

 そしてシノンは、呆れた顔でピトフーイを見ながら言った。

 

「まったくもう、ピトがいきなり『シャナの匂いがする!』とか言いながら、

すごいスピードで走っていくから、慌てて追いかけたんだけど、

まさか本当にシャナがいるとはね……」

「匂いって何だよ……」

 

 シャナは、色々と諦めた口調でそう言った。

 

「匂いは匂いだよ、シノノンは分からないの?シャナの匂い」

「分かる訳ないでしょ!」

「え~?愛が足りないんじゃない?」

「そんな愛は足りなくていいわよ!」

「じゃあ、どんな愛ならいいの?」

「そうねぇ、例えば……」

 

 シノンは何か言い掛けたのだが、そこで我に返ったのか、ハッとした顔をした。

よく見ると、ピトフーイとシズカが、ニヤニヤした顔でシノンの顔を見つめていた。

シノンは一瞬で顔を赤くし、拳を握ってぷるぷると震え出した。

そしてシノンは、いきなりシャナの腹にパンチをかました。

 

「ぐほっ、な、なんで俺に……」

「フン!」

「理不尽だ……」

 

 シャナはそう言うと、苦しそうにその場に崩れ落ちた。

そしてその体勢のまま、シャナはシズカにこう言った。

 

「悪いシズカ、ちょっと待たせちまってるから、先にイコマを迎えにいっててくれ……

今すぐ立つのは、今の俺にはちょっと無理だ……」

「あ~……シノノンもSTRタイプだもんね……うん、それじゃあ迎えに行ってくるね」

「頼む……」

 

 その会話を聞いたシノンは、おそるおそるシズカに尋ねた。

 

「あ……も、もしかして、誰かと待ち合わせとかだった?」

「そうなんだけど、向こうは私の顔も知ってるから、シャナがいなくても大丈夫。

一応シノノンはシャナについててあげて。ピト、行こう」

「うん!いやぁ、新しい仲間かぁ、楽しみだなぁ」

「え?ピト、それはどういう……」

 

 シノンはそのピトの言葉を聞き、事情を聞こうとしたのだが、

二人は既に待ち合わせの場所へと走り去っていた。

そしてその場には、シャナとシノンが残された。



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第249話 二人は仲良し

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「ねぇ、仲間ってどういう事?」

「その前に、ちょっと端の方に移動しようぜ、さすがにここだとちょっとな」

「それもそうね」

 

 シノンはきょろきょろと辺りを見回し、少し先に丁度いいベンチがあるのを見つけた。

 

「あそこがいいんじゃない?」

「そうだな、それじゃあ……」

 

 そう言って、何とか立ち上がろうとするシャナを、シノンがひょいっと持ち上げた。

いわゆるお姫様抱っこである。さすがはSTRタイプのシノンと言うべきであろう。

まあ問題はそこでは無いのだが。

 

「うおっ……お、おい、大丈夫だ、自分で歩けるから」

 

 今はまだ周囲に誰もいなかったが、シャナはいつ誰が来るか分からないので、

焦った口調でシノンに言った。だがシノンはそれには取り合わず、

そのままベンチに腰掛け、シャナに膝枕をすると、こう言った。

 

「フン、この間の仕返しよ。あれから私が、学校でどれほど質問攻めにあったと思ってるの?

次の日は本当に大変だったんだからね」

「す、すまん……」

「まったく、さすがにあそこまでやられると、さすがにただの友達ですとは言えないし、

仕方ないから……その……」

 

 シャナは、シノンがどういう言い訳をしたのか何となく察し、安心させるように言った。

 

「大丈夫、俺がもうお前の学校に行かなければ、それで問題は無い。

お前が友達にどんな説明をしていようが、まったく問題は無い」

「え……」

「え?」

 

 シノンは口をパクパクさせながら、怪しげな挙動をしていたが、

やがて言うべき事が決まったのか、何とか言葉を続けた。

 

「え、遠藤達は、あれから一切私に近寄らなくなったわ」

「そうか、それなら良かった。まあまた近付いてきたら、今度こそ本当に、

あいつの親は終わりになるかもしれないけどな」

「で、でも、かっ……彼氏って事の信憑性に疑問を持たれるかもしれないから、

たまに、むか、迎えに来てくれれば、その辺りも安心なんじゃないかしら」

「ん、別に平気じゃないか?圧力がかかったのは本当なんだしな」

「何よ、嫌なの?」

 

 そのシャナの言葉を聞いたシノンは、じろっとシャナを睨んだ。

その視線の圧力に抗えず、シャナはこう言わざるを得なかった。

 

「わ、分かった、たまにな……」

「うん、それならよろしい」

「お、おう、ありがとな……」

 

 シャナは、何故自分がお礼を言っているのか、理不尽さを感じていたが、

シノンは、もうこの話は終わりだと言わんばかりに慌てて話題を変えた。

 

「で、仲間ってどういう事?」

「おう、実はな、今俺達は京都にいるんだが、そこで偶然昔の仲間に再会したんだよ。

で、そいつをうちのチームの専属職人として、迎え入れる事にしたんでな、

今から待ち合わせ場所に向かおうとしてたって訳だ」

「専属の職人さんね、うん、いいんじゃない?」

 

 その話を聞いて、シノンが嬉しそうな顔をしたので、

シャナは、イコマの加入は問題無く受け入れられそうだと安心した。

 

「実はそいつは、アミュスフィアに視界がうまく適合しなくて、

遠近感があいまいになっちまうみたいでな、

なので今回は、専属職人としてオファーを出した訳なんだが、

やっぱりある程度レベルを上げて経験を稼がないと、ステータスとか足りないだろ?

だからシノンにも、そのレベル上げの手伝いを、たまにでもいいから頼めないか?」

「もちろん構わないわよ」

「そうか、ありがとな」

 

 そしてシノンは、わくわくした口調でこう言った。

 

「職人さんか……うん、頑張ってレベルを上げてもらって、いずれ私の武器も……」

「そうだな、射程を延ばしたりも出来るだろうし、

今よりも強くなれるのは間違いないだろうな」

「でしょでしょ?あはっ、夢が広がるね、シャナ」

「あ、ああ」

 

 シノンが無邪気にそう言いながら、シャナの顔を覗き込んできたので、

シャナは、その顔の近さにどぎまぎしながらそれに同意した。

その頃には普通に立ちあがれるようになっていた為、シャナはそのまま立ち上がり、

シノンは残念そうな顔をしつつも一緒に立ち上がった。

 

「よし、それじゃあ向かうか」

「うん」

 

 そして二人は待ち合わせ場所に向かう事になったのだが、

その時シャナが、思いついたようにシノンに言った。

 

「そういえば、京都のお土産は何がいい?何か希望はあるか?」

「う~ん、京都かぁ……私あんまり詳しくないからなぁ……

でもそうね、何か身に付けられる物がいいかな」

「え、お前は絶対食べ物を頼むと思ってたんだが……」

「あんたの中で、私はどれだけ食いしん坊なのよ!」

 

 シノンは即座にそう抗議したのだが、シャナは首を振りながらその意図を説明した。

 

「違う違う、お前は一人暮らしだろ?だったらおかずとかにも出来る名物とかの方が、

喜ぶんじゃないかって、そう思ったんだよ」

「あ、そっか、そこまで考えてくれてたんだ、気付かなくてごめんね」

「いや、まあおみやげなんだし、やっぱり本人が喜ぶ物の方がいいからな、

何でも好きな物を頼んでくれ」

「待って、今検討するから」

「お、おう」

 

 そしてシノンは真剣な表情で、ぶつぶつと何か呟き始めた。

 

「食べ物を頼んで、届けてもらうという名目でまた家に上がってもらう?うん、ありね。

一緒に食卓を囲むというのは、それが手料理であれば破壊力は抜群のはず。

でもおみやげだと既製品になっちゃうか……ううん、一手間加えるという手もある。

対して装飾品は……学校に行く時にも使える、常に身に纏う物で決まりね。

たまにしかつけないスペシャル感も重要だけど、常に一緒にいるという、

その擬似的な感覚の方が大事よね。さて、どっちにするか……」

 

 そしてシノンは悩みに悩んだ末に、ついに結論を出した。

 

「うん、装飾品で」

「そうか、了解だ。それじゃシズと相談して……」

「相談してもいいけど、最後はあんたが一人で選んでよね」

「……俺はそういうセンスは皆無なんだが」

「死ぬほど悩みなさい」

「分かりました、仰せの通りに……」

 

 シャナは、買い物に行ってから死ぬほど考えようと思い、

とりあえずシノンに、好きな色は何か尋ねた。

 

「なぁ、お前の好きな色って何色だ?」

「好きな色?そうねぇ……う~ん、この髪の色?」

 

 それを聞いたシャナは、ハッとした顔をして、一瞬シノンの足の方に目をやると、

慌ててそちらから目を背けた。だがその姿はシノンにバッチリ見られていた。

シノンは立ち止まり、ぷるぷる震えながらシャナに言った。

 

「……あんた今、変な事を思い出したりしてなかった?」

「き、気のせいだ、違う、別にお前の下着の事なんか……あ」

 

 シャナはその瞬間、すごい速度でバックステップした。

そのシャナの前髪を、シノンの拳が掠めていった。

 

「お、お、お、お前な、今のは明らかに、さっきのボディよりも威力があっただろ!」

「チッ」

「チッ、じゃねーよ、これ以上到着が遅れたらどうする!」

「うるさいわね、ちょっと記憶を飛ばしてやろうと思っただけよ。

それに今のはあんたが悪い」

「すみません俺が悪かったです、勘弁して下さい」

「フン」

 

 そして二人は、何事も無かったかのように再び走り出した。

なんだかんだ、いいコンビのようである。

 

「ところでお前、バイトとかしてるのか?」

 

 シャナが唐突にそう聞いてきた。シノンはきょとんとしながら返事をした。

 

「一応やってるわよ」

「何のバイトをやってるんだ?」

「ファーストフード、学生だからね」

「お前が接客?似合わないな……」

「はぁ?」

 

 シノンは再び立ち止まり、満面の笑顔でシャナに言った。

 

「いらっしゃいませ、ご注文を承ります!

今ならこちらのセットが大変お得になっているのでお勧めです!」

「あ……じゃ、じゃあそれで」

 

 うっかりそう言った後、シャナはハッとした顔でシノンを見つめた。

シノンは営業スマイルをやめ、勝ち誇った顔で、シャナをニヤニヤと見つめていた。

シャナは何か言われる前にと思い、サラッと話題を変えた。

 

「い、いやな、バイトの事を聞いたのは、色々誘っちまってるから、

お前がつらくないかなって思ってな」

 

 シャナのその言葉に対し、シノンは気を遣わせてしまうかなと少し悩みながらも、

正直にこう答えた。

 

「ああ、うん、確かに収入はちょっと減っちゃうかもしれないわね……

でも大丈夫、特に困ってる訳じゃないから」

「そうか……しかしな」

「本当に大丈夫だって。もし直接お金を渡そうなんて考えてるなら、また殴るわよ」

「さすがにそんな失礼な事はしない。でもな……あ、そうか、ちょっと待っててくれ」

 

 シャナは何か思いついたのか、どこかへメッセージを送り始めた。

どうやら直ぐに返事が来たらしく、シャナはそれを確認すると、

うんうんと頷きながら、周囲に人がいないかきょろきょろと辺りを見回した。

何人か通行人がいた為、シャナはシノンの腕を掴んでこう言った。

 

「ここは人目が多い、シノン、ちょっとこっちに来てくれ」

「あっ、ちょっと!」

 

 そして二人が移動したのは、人が二人で並んで歩くのもつらいような狭い路地だった。

当然かなり窮屈で、二人の距離がかなり近かった為、シノンはドキドキしていた。

 

「ふう、ここなら人目にはつかないな。おいシノン、今いいか?」

「えっ……」

 

 シノンの頭の中で、その『今いいか?』という言葉がぐるぐる回っていた。

そしてシノンは、顔を真っ赤にしながらこう言った。

 

「う、うん、いいよ」

 

 そしてシノンは、シャナの頭にそっと手を回すと、目をつぶり、顔を少し上げた。

シャナはシノンが何か勘違いをしている事を悟り、慌ててシノンに言った。

 

「ち、違う、落ち着け、なぁシノン、お前、うちでバイトをしてみないか?」

 

 それを聞いたシノンは目を開け、一瞬きょとんとした顔をすると、

自分の勘違いを悟ったらしく、顔を真っ赤にして下を向きながら、シャナに尋ねた。

 

「うちって……まさかソレイユ?」

「ああ、しかもアミュスフィアを使うから、自宅で働く事が可能だ。

通信費は全額うちでもつ。時間は大体一日二時間くらいで、週何日でもオーケーだ」

 

 その破格の条件に、シノンは恥ずかしさも忘れ、驚いた様子で顔を上げた。

 

「本当に?一日二時間……週五日働けば、月に四万弱、それぐらいなら何とか……」

「ん?どんな計算だよ」

「え?えっと、時給九百円で計算してみたけど、もっと安かった?」

「はぁ?ちょっと耳を貸せ、この仕事の時給はな……」

 

 シャナはシノンの耳元で、とある数字を囁いた。

 

「ふむふむ……えっ、さ、三千……嘘、高すぎない?それなら週三日でも……」

「まあ何日働くかは、好きにするといい」

「是非やらせて下さい、お願いします!」

「おう、それじゃあロザリアに話しとくわ」

 

 そして路地から出た瞬間、目の前にシズカ達三人がいた。

どうやら無事にイコマと合流し、戻ってきたらしい。

イコマは困ったように愛想笑いをしており、

ピトフーイは、ずるいずるいとぴょんぴょん跳ねていた。

そしてシズカは腕を組み、仁王立ちしたままシャナに言った。

 

「シャナ、そんな狭い路地で二人きりで、一体何をしていたのかな?かな?」

「ち、違う、誤解だシズ、俺の話を聞いてくれ」

「シノノン、一体何があったの?」

 

 シノンは、その質問に対し、おどおどしたそぶりでシズカに言った。

 

「その……いきなりシャナに、連れ込まれて……」

「こ、この裏切り者!」

「フン、私におかしな期待をさせた罰よ」

「それはお前が勝手に……」

「シャナ、とりあえず正座」

「う……わ、分かった……」

 

 そして誤解が解けるまで、シャナはその場に正座をし続けたのであった。



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第250話 イコマを成長させよう

2018/03/06 句読点や細かい部分を修正


 無事に誤解も解け、合流した一行は、シャナの案内で、

レンタル工房を手に入れる為に旧市街へと向かっていた。

旧市街はそういった施設の他に、商店が立ち並ぶ一角であり、

当然人も多く活気に満ちた街であった。

その中に、場違いな程に豪華なビルが一つ建っていた。

その中には誰も入れないようで、たまに近付く者はいたが、

その扉は頑として侵入者を拒んでいるようだった。

一体何のビルなんだろうといぶかしげに見つめる一行を前に、

シャナはそちらに平気な顔で近付くと、何かカードのような物を取り出し、

平然とその扉を開け、入り口から一同に手招きをした。

 

「シャナ、ここは?」

「ここは、一定以上の資産を持つ者しか入れない、会員制のビルだな。

ショップとかもあるぞ。で、この中に部屋のレンタルをしている一角があるんだよ」

「そんなのがあったんだ……」

「だから言ったろピト、お前が今いるこの世界は、

まだまだお前の知らない物で溢れているんだってな」

「うん、私、もっとこの世界の事を知りたい!」

 

 そして中へ入った後、シャナはイコマに様々な部屋を見せ、

イコマは職人的な見地から意見を述べた。

そしてとある部屋をイコマがいたく気に入った為、シャナはそこを借りる事にし、

他のメンバーの分の臨時パスを発行し、

こうして身内専用の工房兼拠点を無事に確保する事が出来た。

 

「うわぁ、ここが私達の拠点になるんだね」

「よく映画とかである、壁や壁の中のスペースに自分の銃を仕舞っておいて、

出撃の時にそこから取り出すなんて事も可能だぞ」

 

 そう言ってシャナは、武器庫らしき部屋の扉を開けた。

するとそこには、シャナが別に借りていた個人ストレージから自動で転送されたのか、

様々な武器弾薬が、ずらりと並べられていた。

 

「なっ……何これ……」

「さすがですね、シャナさん!」

「うわぁ、すごいすごい!」

「どうだイコマ、男のロマンだろ?」

「分かります、男はどうしても、こういうのを集めたくなりますよね!」

「だろ?これはお前が好きに改造してくれていい」

「おお、これは腕が鳴りますね……」

 

 そして改めてソファーに座り、落ち着いた五人は、今後の方針を話し合い始めた。

 

「とりあえず今から無限地獄にでも行って、ある程度イコマのレベルを上げない?

そうしたら、色々な事が出来るようになるだろうし、

どのスキルを取るかとかの選択肢もかなり増えると思う」

 

 シノンのその提案に、一同は頷いた。

 

「そうだな、あそこのモブ相手なら、遠近感も関係無いだろうしな」

「イコマ君、今夜はすごく悩むだろうから寝れないね」

「ですね……とりあえず得た経験をどう使うか、しっかり調べないと」

 

 イコマはこういうのは久々な為、とても嬉しそうにそう言った。

 

「イコマきゅん、私の武器も、そのうち改良して凄いのにしてね!」

「あ、はい……そうだ!ピ、ピトさん、その、今度もし良かったら、

サインをもらえませんか?大ファンなんです!」

 

 そのイコマの言葉に、ピトフーイはとても嬉しそうに答えた。

 

「私の歌、聞いてくれてるんだ、ありがとう!もちろんいくらでもサインするよ!」

「ありがとうございます!」

「こちらこそ、英雄のイコマきゅんにそう言ってもらえて、凄く嬉しい!」

「いや、僕なんかが英雄だなんて……」

「何言ってるんだよ、お前がいなかったら、俺もシズも、

今この場でこうして笑ってる事なんか出来なかったんだぞ、謙遜するな」

「は、はい!」

 

 イコマは照れた表情で頷いた。そしてシャナはシノンに一本の銃を提示した。

 

「シノン、今日はこれを使ってみろ。使用感が対物ライフルに近いからな。

射程もその分少し長めになっている」

「分かった、私専用の銃を手に入れた時の為の練習だと思って頑張ってみる」

「おう、その意気だ」

 

 そしてシャナ達は、お決まりの無限地獄へと出発した。

別の場所で素材を狙っても良かったのだが、イコマが初回という事もあり、

経験値の獲得を優先させたのである。

そんなシャナ達をたまたま見掛け、その後を追い掛ける者達がいた、ゼクシード一行である。

 

「ゼクシードさん、あれって……」

「シャナ……どうやらこっちには気付いてないみたいだな」

「リベンジのチャンス?」

「よし、追うぞ」

 

 そしてシャナ達が、宇宙船に入っていくのを見たゼクシードはほくそえんだ。

 

「あいつら多分、上からモブを射撃して、さばききれなくなったら逃げるつもりだな。

よし、それを狙ってここで待ち伏せだ。

とにかく入り口に集中して、あいつらが出てきたら即射撃だ」

「任せて」

「すぐ撃てばさすがに当たるよね」

 

 そして上からの銃声が響き渡り、それがしばらく続いたかと思うと、唐突にやんだ。

 

「よし、銃声がやんだな、そろそろ出てくるぞ。とにかく入り口に集中だ」

 

 そんな三人の後方から、ガチャリガチャリと、何か足音のようなものが聞こえ、

そちらを何となく見たハルカは、焦ったように叫んだ。

 

「ゼ、ゼクシードさん、後ろ後ろ!」

「ん?うおおおおお、撃て、撃て!」

 

 突然大量の敵が三人の後方から襲い掛かってきた為、

ゼクシード達は慌ててそちらに攻撃を開始した。だがゼクシード達は知らなかった。

銃を撃ち続ける限り、あちこちに敵が沸くという事を。

そして更にその背後から無傷の敵に襲われたゼクシード達は、一瞬にして死亡した。

こうしてシャナの知らぬ間に、ゼクシードの最初のリベンジは失敗に終わった。

一つ救いがあるとすれば、それなりの数の敵を倒した為、ロスト分を差し引いても、

そこそこの経験値がユッコとハルカに入った事だけだろう。

もっとも全て手負いだった為、その経験値は当然シャナ達にも還元されていたのだが。

ちなみに上ではシャナが、思ったより侵入してくる敵の数が少ない事に首を傾げていた。

 

「思ったより少ないな、読み違えたか?」

「ま、いいんじゃないかな、とりあえず次の射撃、いっとく?」

「そうだな、よし、続けよう」

 

 シャナはイコマにマシンガンを持たせ、

とにかく多くの敵に攻撃を当てる事を優先させていた。

さすがモブ戦という事もあり、武器が銃なのも幸いして、

懸念された視界の問題はほとんど影響が無く、イコマは順調にレベルを上げていった。

そして狩りが終わり、拠点に帰還した後、イコマは早速鍛冶関係の必須スキルをとった。

まだまだ経験値は大量に残っており、ログアウトした後イコマは、

その経験値で何のスキルをとるか、頭を悩ませる事になるのだろう。

 

「イコマ、どうだ?」

「そうですね、今の状態でも結構色々な事が出来るみたいです」

「今ある素材で何か出来るか?」

「そうですね、シノンさんのライフルの射程を延ばすのは可能みたいです。

後は……あ、銃だけじゃなく近接武器も作れるんですね、防具も結構あるな。

SAO時代に戻ったみたいで、何か懐かしい気がします」

「ふむふむ、シノン、とりあえずやってもらうか?」

「う、うん、皆が良ければ」

 

 当然他の者達に異論があるはずもなく、イコマの最初の仕事は、

シノンのライフルの射程延長となった。そしてそれは無事に成功し、

シノンは窓から銃を外に向け、スコープを覗き込んだ。

 

「あ、確かに前よりも、かなりスコープの目盛りの数値が大きくなってる。

さっき借りてた武器よりも遠くまで届くよ、シャナ」

 

 シノンはとても嬉しそうにそう言うと、イコマにお礼を言った。

 

「イコマ、本当にありがとう!」

「いえ、これが僕の仕事ですから」

「さっすがイコマきゅん、職人の鑑!」

「いえいえ、僕もこういうのは久々なんで、凄く楽しいですから」

「しばらくはイコマの為に稼ぎまくるか」

 

 そして次にイコマは、シズカからシャナのお手製のレイピアモドキを受け取り、

それをかなり美しい装飾を持つ、立派なレイピアへと生まれ変わらせた。

それはどこか、昔シズカが使っていたレイピアにも似ていた。

 

「うわ、こんな本格的な剣も存在したんだね」

「実際は形状を整えて、切れ味を鋭くするって作業をしてるだけなんですけどね。

どうやらこのゲーム、かなりこういった加工の自由度が高いみたいです」

「それじゃあこの装飾は、指定されてる中から選んでるとかじゃないのか?」

「あ、それは僕が、記憶を頼りにシズカさんの昔の武器を再現しようと思って」

「うん、似てる似てる、イコマ君、凄い!」

「いいセンスだな、さすがイコマだな」

「それじゃあ後はとりあえず、今日皆さんが使った武器のメンテナンスをしちゃいましょう」

 

 こうしてイコマを仲間に加えた一行は、しばらくはイコマの成長の為、

戦闘をしまくる事となった。一方あっけなく死亡したゼクシード達は、

シャナ達が自分達と同じように全滅し、戻ってくるだろうと考え、

そのシャナ達を馬鹿にしようと死亡からの復帰地点で待ち構えていた。

 

「俺達が死亡した事は気付かれていないはずだし、

せめて一方的に馬鹿にしてやらないと気がすまねえ」

「さすがゼクシードさん、小物界の大物!」

「よせよ、照れるじゃねえか」

 

 ゼクシードもそう言ったユッコも、それを褒め言葉だとでも思っているのか、

そんな会話を交わしていた。そんな二人に、たまたま後方を見ていたハルカが声を掛けた。

 

「ふ、二人とも、あれ……」

「ん?うおっ、何であいつら普通に戻ってきてやがる……」

 

 その視線の先には、意気揚々と凱旋してきたシャナ達の姿があった。

シャナ達はゼクシード達には気が付かず、どんどん先へと進んでいく。

三人は驚愕し、慌ててシャナ達の後を追い、

シャナ達がとあるビルの中へと入っていくのを確認した。

 

「ここがあいつらの拠点か……よし、中に入ってみるか」

 

 だがゼクシードにはその扉は開ける事が出来ず、ユッコとハルカにも当然無理だった。

 

「何だこのビルは……」

「一体何なんですかね……」

「何か条件でもあるのかな?」

「くっそ、ふざけんな、どうなってやがる!」

 

 そして三人は肩を落とし、とぼとぼと去っていく事となった。

ちなみに後日、たまたまこのビルに入っていく他のプレイヤーを見掛けたゼクシードは、

そのプレイヤーに声を掛け、このビルに入る条件を教えてもらい、再び絶叫する事となった。




まだ書いてはいないのですが、明日も大事な話になる予感がします。
タイトルは「一人じゃない」お楽しみに!


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第251話 一人じゃない

2018/03/06 句読点や細かい部分を修正


「ねぇシャナ、この新しい狙撃銃の試し撃ちをしてみたいんだけど、

ちょっとだけ付き合ってくれない?」

 

 シノンのその頼みに対し、シャナはちらりとシズカの方を見た。

シズカが頷いた為、シャナはその頼みを承諾する事にした。

 

「少しくらいなら別に構わないぞ」

「それじゃあ私は、姉さん達とちょっと話してくるね」

「おう」

 

 シズカはそう言ってログアウトしていき、

イコマも色々と製作関連の情報収集をしたいらしく、ピトフーイはレッスンがあるとかで、

結局その場にはシャナとシノンだけが残された。

 

「さて、どうするかな」

「ちょこっと試すだけだし、ここの地下で良くない?

私とあなたなら、まあ問題無いと思うし」

「そうだな……まあ何があるか分からないし、俺もお前と共通の弾が使える武器にして、

予備の弾も多めに持ってくか。それなら使い回しも出来るだろうしな」

「それじゃあちょっと余裕があるし、私が持っておくわ」

「すまん、任せた」

 

 こうして二人は、強めの敵が多く出るという街の地下へと潜っていった。

そして二人はかなり広い地下空洞を見つけ、その広場を一望出来る、

少し狭いが狙撃に適した場所を見つけ、そこに陣取ると、眼下の敵の観察を始めた。

 

「やっぱり強そうな敵が多いわね」

「まあ、遠くから狙撃する分には問題無いだろ。

背後の守りは俺に任せて、とりあえずそうだな……」

 

 シャナはそう言って銃を設置し、床に寝そべってスコープを覗いた。

シノンもそれに倣い、二人は並んで狙撃体勢をとった。

 

「あれだな、試しにあの、赤いトカゲっぽい奴を撃ってみてくれ」

「え?どこどこ?遠くて良く分からないわ」

「狭い所すまないが、ちょっと横にずれてくれ、今スコープを合わせる」

「あ、うん」

 

 そしてシノンは体を少しずらし、シャナはシノンのスコープを覗き込んだ。

シノンはその顔の近さに緊張し、心臓の鼓動が早くなるのを強く意識した。

 

(こ、これってある意味デートなんじゃ……)

 

 そう考えたシノンは、自分がまるで夢の中にいるような心地になった。

そしてその瞬間にそれは起こった。

 

「おい、シノン、しっかりしろ!」

 

 そのシャナのいきなりの言葉で、シノンは自分の意識が強く覚醒するのを感じた。

どうやら一瞬強制ログアウトしかけていたらしい。

まさかシャナがすぐ近くにいるだけでこうなるとは夢にも思わず、

シノンはどう誤魔化したものかと頭を悩ませたが、

特にいい言い訳も浮かばず、ただひたすら大丈夫を繰り返す事となった。

そんなシノンを見て、シャナは何か勘違いをしたのか、とても言いづらそうにこう言った。

 

「あ~……もしトイレとかなら、遠慮なく言ってくれ。

大丈夫、音とかはここには絶対に聞こえないから、とにかく気楽にな」

 

 シャナはシャナなりに気を遣ったのだろうが、それはいわゆる、一言多いという奴だった。

シノンは鬼の形相でシャナに向かって言った。

 

「違うわよ、あんたのせいなんだからね!」

「な、何で俺……」

「とにかくそうなの、分かった?まったくどうしてあんたは、普段はあんなに格好いいのに、

こういう時は全然駄目なのよ!」

「お、おう……悪かった」

 

 シャナは、相変わらず理不尽だと思いながらも、素直にそう謝った。

実際のところ、不用意に顔を近付けすぎたシャナのせいでもあるのは否定出来ないので、

この件に関してはどっちもどっちと言うべきだろう。

 

(まったくもう、どうして私はこんな奴を……)

 

 シノンはそう思いながら、改めてシャナの方を見た。

シャナは再びスコープを覗き、対象の敵をロックオンしようと細かく銃を動かしていた。

 

(さっきはあんなに格好悪かったのに……ん、格好悪い?あれ?)

 

 シノンの記憶だと、学校に迎えに来た時のシャナは完璧に好青年を演じていた。

その立ち振る舞いは、演技も入っていたのだろううが、とにかく隙の無いものだった。

昔とは違い、まったく知らない他人の中で長期間揉まれた事により、

今のシャナは順調に経験を重ね、そういった事も出来るようになっていたのだが、

最近出会ったばかりのシノンの目からすれば、シャナは最初から完璧に見えた。

しかし今思い返すと、自分の前では格好悪い所も多々見せていたように感じる。

そこまで考えて、シノンは初めてハッキリと自覚した。

自分がシャナの傍にいる事を、シャナ自身が許容してくれているという事を。

シャナはおそらく興味の無い者の前では、決してその仮面を外す事は無いのだろう。

だが自分の前ではそんな仮面はつけてはいない。

仲間として認めているからかもしれないが、しかしハッキリと、

彼は自分の意思を示してくれているのだと、シノンは唐突に理解した。

その瞬間、シノンの心にある変化が訪れた。

今までは好きだから一緒にいたいと、ただそれだけだったシャナへの思いが、

いて当然という気持ちに変化したのだ。その瞬間にシノンの心臓は落ち着きを取り戻した。

そして目の前のシャナがスコープから目を離し、シノンの方を向いて言った。

 

「よしここだ、覗いてみてくれ、赤いトカゲみたいな奴が見えるから」

「うん、分かった」

 

 シノンは平然と、自らの顔をシャナの顔のすぐ傍まで近付け、

スコープを覗きこみ、直ぐに対象の敵を見付けた。

 

「いたいた、こいつを撃ってみればいいのね」

「ああ、ちょっと距離があるから……」

 

 ターーーン。

 

 その瞬間に銃声が鳴り響いた。シャナは慌てて自分の銃のスコープを覗き込んだのだが、

敵は既に爆散し、その姿を消していた。

 

「随分あっさりと撃ったんだな」

「ええ、何となく外す気がしなかったの」

「そうか……よし、次はあれだ」

 

 シャナはそんなシノンを見て何かを察したようで、淡々と次の目標の指示を続けた。

そしてその敵の全てを、シノンはほとんど時間を掛けず、あっさりと撃破して見せた。

 

「どうやら一気にいくつかの壁を越えたみたいだな」

「うん、何かそんな感じがする」

「まあそういう事もあるよな。何かキッカケでもあったのか?」

「そうね、あえて言うとしたら……あんたが格好悪いって事かな」

 

 そうイタズラめいた顔で言うシノンに対し、シャナは、真顔で言った。

 

「やっと気付いたのか、俺はお前が思っているような格好いい男じゃない。

だからお前もそろそろ目を覚ましてだな……」

「目を覚ましてどうするの?」

 

 そう言ってシノンは、自分の顔をシャナの顔の至近距離まで近付けた。

 

「ねぇ、どうするの?」

 

 シノンは更に自分の唇を、シャナの唇と今にも触れんがばかりの距離まで近付けた。

シャナはピクリとも動く事が出来ず、それでも何とかその問いに答えた。

 

「どうもしない。寝ていようが目が覚めようが、俺とお前は並んで銃を持ち、

俺達の敵を狙撃しているだろうな」

 

 そのシャナの答えに対し、シノンはシャナの顔から自分の顔を離し、

上から見下ろすような感じでこう言った。

 

「フン、いくじなし」

「俺はこういう時は、勇敢さよりもいくじなしを選ぶ事にしてるからな」

「でも隣で狙撃はしてるんだね」

「当たり前だ、仲間だからな」

「そういうとこ、すごくあんたらしい」

 

 シノンはそれ以上押すのは一旦やめ、微笑みながらそう言った。

 

「本当にあんたは仲間を大事にするよね」

「当たり前だ、拾った子犬の面倒は最後まで見るもんだ」

「ん?それって、どこかで聞いたような話ね」

 

 そしてシノンは記憶を探り、その答えに思い当たった。

 

「ああ、それってもしかして、ロザリアの……」

 

 シャナはその言葉に頷きながら言った。

 

「ああ、あいつなんかがまさにそうだ。話した事無かったか?

あいつは昔、俺の仲間を殺そうとした事があって、

俺達の手で監獄送りにしてやった後、更に情報をとる為に俺がぶちのめしたんだ。

で、現実に帰還してから偶然再会したんだが、その縁で俺の下僕になったって訳だ」

「何ていうか、ロザリアも壮絶な人生を送ってるんだね……」

「まあ、拾ったからにはあいつは俺の物だ、だから誰にも渡さん。

嫁に出す時もうちから出す」

「うわ……まさに拾った子犬……じゃなかった、小猫ね」

 

 シノンはそう言った後、続けてこう言った。

 

「もしかして、私も拾われた事になるのかな?」

「ん?ピトはそんな感じだが、シノンは……」

「もしかして、私も拾われた事になるのかな?」

「だから……」

「もしかして、私も拾われた事になるのかな?」

「あ~、もう何か面倒臭いからそれでいいわ」

 

 シャナは本当に面倒臭くなったのか、特に深く考えず、迂闊にもそう言った。

それを聞いたシノンはとても嬉しそうにそう言った。

 

「それじゃあ私もシャナの物だね」

「う……」

 

 言葉に詰まったシャナに、シノンはぐいぐいと追い討ちをかけた。

 

「違うの?」

「それはもちろん違」

「私も拾ったのよね?ロザリアの時と何が違うの?」

「う……」

 

 そしてシノンは決め手となる一言を放った。

 

「それじゃあ『私が望む所に』ちゃんと嫁に出してくれるのよね?」

「お、おう……と、当然そうなるのか……?」

 

 シャナは嫁に出すの部分に気を取られ、それならいいのかと思い、

ついそう返事をしてしまった。その瞬間にシノンが、我が意を得たりという顔で言った。

 

「はい、言質頂きました!」

「何のだよ」

「『私が望む所に』ってちゃんと言ったじゃない」

「あ……お、おい……まさかお前……」

「もうシズには、宣戦布告はしてあるのよね」

「おいおい、まじかよ……」

「まああんまりいじめても仕方ないし、今日はこのくらいにしておいてあげるわ」

「まじで勘弁してくれ……」

「ふふっ、それじゃあそろそろ帰りましょ」

 

 だがこの日の出来事は、それで終わりでは無かった。

帰り道でシノンが、扉のような物を見付けたのだ。

 

「ねぇシャナ、この扉は?」

「扉?そんな物はどこにも……あ、まさかお前、それ……」

「でも確かにここに……」

「駄目だシノン、それに触るな!それは多分クエストの……」

「きゃっ」

「シノン!」

 

 シャナは慌ててシノンの手を掴もうとしたが、それは一歩遅かった。

シノンは吸い込まれるように、シャナから見ると、壁の奥に消えていった。

 

「しまった……これは多分、俺が受けていないクエストの入り口か。

そのせいで、俺には扉が見えなかったって事か……」

 

 シャナはそう呟くと、冷静に通信機を取り出し、顔に装着した。

 

「シノン、聞こえるかシノン!」

「聞こえるわ、シャナ」

「今どこだ?」

「分からない、でも遠くに巨大な敵が見えるわ」

「それは多分、クエストの対象モンスターだな、俺がそっちに行くには、

お前が受けたのと同じクエストを受けないと駄目なんだ。

そのクエスト、どこで受けたか覚えてるか?」

「……ごめん、さっぱり思い出せない」

「くっ、そうか……」

 

 シャナはどうしようかと考え込んだが、まったく答えは出ない。

そんなシャナに、シノンがこう尋ねてきた。

 

「ねぇ、あの敵を倒したらここから出られるのかな?」

「そうだな、クエストである以上、倒せば問題なく出られるはずだ。

もっともソロだとかなり厳しいと思うが」

「ここにいてもジリ貧だし、前にあんたが言ってた通り、

銃の射程ギリギリくらいの遠距離から狙撃すれば、ノーダメージで倒せたりしないかな?」

「お前の銃だとどうかな……待てよ、さっきイコマに射程を延ばしてもらったから、

可能性はあるかもしれないな」

 

 その言葉を聞いたシノンは覚悟を決め、シャナに言った。

 

「どうせ戻れないんだし、死ぬのを覚悟で試してみてもいい?」

「……それしかないか……くそっ」

 

 そのシャナの、仲間を死なせるかもしれないという、苦渋に満ちた言葉を聞いたシノンは、

少しでもシャナを安心させようとしてこんな事を言った。

 

「大丈夫、今の私はかなり調子がいいからね」

 

 そのシノンの言葉に、シャナは先ほどのシノンの姿を思い浮かべた。

 

「確かにそうだったな、よし、気楽にど~んと撃ってみろ」

「うん!」

「その前に、敵はどんな奴だ?」

「う~ん、あれは多分、ムカデ?」

「あれか……フィールドにいたな、それの強化版だろうな。

よしシノン、そいつの額に宝石のような物は見えるか?」

 

 シノンはその言葉を受け、その大ムカデを観察し、

その額に確かに宝石のような物があるのを発見した。

 

「うん、あるみたい」

「それが弱点だ、全ての攻撃をそこに集中するんだ」

「了解」

 

(大丈夫、私は一人じゃない、離れていても、今の私の隣にはシャナがいる)

 

 そしてシノンは、銃の射程ぎりぎりに銃座を設置し、慎重に狙いをつけ、

その大ムカデの額の宝石を狙撃した。

ターーーン、という音が聞こえ、シャナは通信機に向かって問いかけた。

 

「どうだシノン、敵に動きはあったか?」

「……無いみたい、とりあえず作戦は成功よ」

「おお、イコマ様々だな」

「ええ、本当にね。このまま狙撃を継続するわ、幸い弾は豊富にあるしね」

「それもラッキーだったな。しかしそれでも削りが足りるか不安だが、いけそうか?」

「……そうね、数発外すと足りないかも。まあその時は、死ぬ気で近接戦闘を挑むわ」

「そうならないように、頑張れ」

「うん」

 

 ターーーン。

 

 ターーーン。

 

 ターーーン。

 

 無造作ともいえるような間隔で銃声が続く。

シャナはやきもきしながら、黙ってその音を聞いていた。

そんなシャナにシノンが話しかけた。

 

 ターーーン。

 

「ねぇシャナ」

「どうかしたか?」

 

 ターーーン。

 

「もうすぐクリスマスよね」

「ああそうだな。ってか、話してて平気か?」

 

 ターーーン。

 

「大丈夫、むしろこの方が集中できるわ」

「ならいい」

 

 ターーーン。

 

「私ね、物心がついてから、クリスマスって大嫌いだったの。ほら、家庭の事情でさ」

「そうか」

 

 ターーーン。

 

「でも今の私には、あなたや皆がいる。ねぇ私、今年はちょっとは期待してもいいのかな?」

「そうだな、期待していいぞ。俺が好きな物をプレゼントしてやる」

 

 ターーーン。

 

「じゃあ、プレゼントはあんたで」

「おい……で、出来ればそれ以外で頼むわ……」

 

 ターーーン。

 

「冗談よ、内容は任せるわ」

「それが一番困るんだがな」

 

 ターーーン。

 

「ねぇ」

「おう」

 

 ターーーン。

 

「ハミングでいいから、ちょっとクリスマスっぽい曲を歌っててくれない?」

「……音程とか、あんまり期待するなよ」

「ありがと、シャナ」

 

 そしてシャナは、ジングルベルをハミングで歌い始めた。

 

 ターーーン。

 ターーーン。

 ターーーン。

 

 シャナの口ずさむリズムに乗り、弾の音が、軽快に続いていく。

そして何度目かのジングルベルが終わる頃、弾の音が止んだ。

 

「ここまで全弾命中」

「よくやったな」

「ハミング、上手かったわよ」

「ちょっとは役にたてたか?」

「うん、とっても。あんたと一緒の初めてのクリスマス、凄く期待してるわ」

「言っておくが、二人きりじゃないからな」

「それなら最高だったけど、まあ分かってるわよ、皆と一緒なのも楽しそうじゃない」

 

 そしてシノンは深呼吸をすると、シャナにこう言った。

 

「多分あと一撃で倒せるわ、そして残りの弾は一発しかない」

「クライマックスだな」

「ええ、これが私から私への、クリスマスプレゼントよ!」

 

 ターーーン。

 

 そして最後の銃声が響き渡り、辺りに静寂が訪れた。

 

「……命中」

「お前なら当然だな」

「ええ、当然ね」

 

 シャナは平然とそう言い、シノンもそれに平然と答えた。

 

「扉が開いたわ、多分そこの近くの地上に出れると思う。上で落ち合いましょう」

「了解だ」

 

 そして地上に出たシャナの前に、見慣れぬ巨大な銃を持ったシノンの姿が現れた。

 

「……ついにやったな、シノン」

「ええ、本当にクリスマスプレゼントになったわ、まあちょっと早いけどね」

「名前は?」

「ウルティマラティオ・ヘカートII」

「そうか……本当によくやったなシノン、最高だったぞ」

「シャナ!やった、私やったよ!」

 

 その瞬間にシノンは喜びを爆発させ、シャナに抱きついた。

さすがのシャナも、こんな時に野暮な事は言わず、黙ってシノンを受け止めると、

その体をしっかりと抱きしめ、そのままシノンの頭をなでた。

シノンはそのままシャナの唇を奪おうとしてきたので、

シャナはそんなシノンの頭をコツンと叩きながら言った。

 

「調子に乗るな」

「残念、もう少しだったのに」

「油断も隙も無えな……」

「今後は私の唇の狙撃から、頑張って自分の唇を守るのよ」

「へいへい」

 

 

 

 こうしてこの日、シノンは、本当の意味でスナイパーとなった。



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第252話 手がかりを掴む

2018/03/06 句読点や細かい部分を修正


「今日は本当にありがとう、シャナ」

「いや、ほとんどお前の力だろ」

「ううん、私一人じゃ絶対に無理だったと思う」

「そんな事は無いと思うが、まあ少しでも役にたてたなら良かったよ」

「今度またこういう事があったら、その時も私の傍にいてね」

「努力はするが、お前はもっと慎重さを身に付けろ」

「は~い」

 

 シノンは舌をペロッと出してそう答えた。そしてシノンは、ヘカートIIを得た喜びも相まって、

そのまま幸せな気分でログアウトした。

そしてシャナは、ロザリアとコンタクトをとろうとメッセージを送った。

 

「今どこだ?っと、よし、送信」

「ここです」

「うおっ」

 

 シャナがメッセージを送った瞬間、後ろからロザリアの声がした。

シャナは驚き、ロザリアにこう尋ねた。

 

「お前、いつからそこにいたんだよ……」

「シノンがシャナにキスをせがんでいる所からですね」

「相変わらずお前、ここではそのキャラなんだな……言っておくけど、何もしてないからな」

「もちろん見てたから知ってますよ、ただ抱擁しただけですね」

 

 シャナはさすがに誤解をといておこうと思い、ロザリアに理由を説明する事にした。

 

「おい、あれはだな……」

 

 だがシャナの説明を聞く前に、ロザリアは事の本質をズバリと言い当てた。

 

「大丈夫、シノンの持っていたあの銃、ついに念願の対物ライフルを手に入れたんですね。

そして抱擁は、シノンが喜びのあまり、感極まって抱きついただけで、

シャナはそれを優しく受け止めただけ。

逆にあの場面でシノンを拒んでたら、私はシャナの筆頭奴隷をピトに譲る所でしたよ」

「何ていうかすごく判断に困る、微妙なディスり方だな……

それになんかお前、ここではすごい有能なのな……」

「シャナの密偵ですからね、これくらいは当然です」

「そ、そうか……」

 

 そしてロザリアは、シャナの次の言葉を先取りしてこう言った。

 

「で、用事はシノンのバイトの事ですか?」

 

 シャナは呆気に取られ、思わずロザリアに文句を言った。

 

「お前、何でここでだけそんなに有能なの?何で現実だとあんなにポンコツなの?」

「気のせいです」

「明らかに気のせいじゃないと思うが……」

「バイトの件については任されました。

後、多分シズカが待っていると思われます、少し急いだ方が」

 

 シャナはそのロザリアの言い方に違和感を感じたが、とりあえずその言葉に従い、

速やかにログアウトする事にした。

 

「そういやかなり時間がかかっちまったな、それじゃあそっちはお前に任せたぞ」

「分かりました」

 

 そして二人はログアウトし、薔薇はアルゴに詩乃の連絡先を聞いた。

 

 

 

「ふう……」

 

 詩乃は現実へと帰還すると、アミュスフィアを外し、

ベッドの上で満足そうにため息をついた。

 

「ふふっ、ふふふっ、やった、やったわ!

全弾命中って凄くない?あなたもそう思うわよね、シャナ……八幡」

『ああ、良くやったな詩乃、えらいぞ』

 

 詩乃は、自分の中のエア八幡に向けてそう言った。

もちろん返事は無いが、詩乃の中のエア八幡は、しっかりと詩乃の事を褒めてくれた。

 

「はぁ、私、こんなに幸せでいいのかな……

八幡と出会ってから、世界が違って見える気がする。

学校の事もそうだし、バイトの事も……そして念願の対物ライフル、ヘカートII。

でもこういう時ほど、きっとどこかに落とし穴があるはず。気を付けないとね」

 

 詩乃があらためてそう自分を戒めた瞬間、詩乃の携帯が着信を告げた。

それは見た事の無い番号だった為、詩乃は一瞬無視しようかと思ったのだが、

大事な用件だったら困ると思い直し、そのまま電話に出る事にした。

 

「も、もしもし、朝田ですけど……」

「あ、詩乃?ごめんなさい、いきなり電話して。私、薔薇だけど」

 

 詩乃は薔薇に番号を教えた記憶が無かった為、驚きつつも返事をした。

 

「あ、薔薇さんですか?こんばんは、よくこの番号が分かりましたね」

「悪いと思ったんだけど、急ぎの用事だったから、

以前調べた情報を使わせてもらったわ、ごめんなさいね」

「それは別にいいんですけど、何かありましたか?」

「八幡から言われて、バイトの事で電話したのよね」

 

 そういえばさっきそう言ってたなと思いながら、詩乃は薔薇にお礼を言った。

 

「早速連絡してくれたんですね、ありがとうございます。

あ、あの、あんなに恵まれた条件で、本当にいいんですか?」

「実はうちのバイトは、一般からの募集は一切受け付けていないのよ。

だからその条件でまったく問題無いのよ」

「ええっ?」

「要するに、うちのボスか八幡が直接選んだ人しか働いてないって事なんだけどね。

あ、でも勘違いしないでね、うちは完全な能力至上主義よ。

つまりあなたは、それほどあの人に信頼されてるって事」

「あ……そ、そうなんですね」

 

 詩乃は、目頭が熱くなるのを感じながら、何とかそう答えた。

その声が少し涙声だった為、詩乃の状態を何となく悟った薔薇は、

優しい口調で詩乃に言った。

 

「分かるわ、あの人、基本そういう事は何も言わないものね。

でも後でその事が分かると凄く嬉しいのよね」

「は、はい!」

「それじゃあ詳しい条件を詰めましょうか」

「はい、宜しくお願いします!」

 

 

 

 

 八幡は、GGOからログアウトするなり、

緊張が解けたのか、ベッドに大の字になって深いため息をついた。

 

「ふう、一時はどうなる事かと思ったが、何とかなったか……」

「あ、八幡君、やっと戻ってきた!随分遅かったけど何かあったの?」

 

 どうやら八幡が戻った気配を察したのか、明日奈が部屋に入るなり、そう言った。

 

「おう、実はな……」

 

 その八幡の説明を聞き、明日奈はとても驚いた。

 

「うわ、全弾命中とか凄いね、シノのん覚醒?」

「そうだな、何があったかは知らないが、多分何か大きな心境の変化でもあったんだろうな。

確かに覚醒したとしか言いようの無い、凄い狙撃っぷりだったぞ」

「心境の変化、ねぇ……」

 

 明日奈は、多分八幡君絡みなんだろうなと思いながらも、

今までそう言った例はよく見てきたので、特に疑問には思わず、

八幡の隣に腰掛けると、そっとその肩に自分の頭を乗せながら言った。

 

「八幡君は、周りの人達をどんどんいい方向に変えていくんだね」

「今回俺は、特に何もしてないと思うが……」

「ううん、八幡君の色々な行動がどんどん積み重なって、

ある時それが他人の中で、ぽんっって花開くんだよ」

 

 こういうのは得てして本人には分からないものであるのか、

八幡は、その明日奈の言葉にまったく実感が無いらしく、首を傾げた。

 

「本当に今回俺がやったのは、狙撃中に歌を歌わさせられた事くらいなんだがな……」

「歌?」

「ああ、ジングルベルな」

「何でそんな事に?」

「頼まれたんだよ、クリスマスっぽい歌を何かハミングしてくれって。

まあそれは、あいつが覚醒した後の話なんだけどな」

「へぇ~」

「もうすぐクリスマスだろ?今まではほら、あいつ家庭の事情からして、

クリスマスの事が大嫌いだったらしいんだが、

今年は俺達が一緒だから、皆で集まれるかもって思ったらしくてな、

その事が、まあ物心ついてからって意味で、生まれて初めて楽しみに思えるとか、

そう嬉しそうに言ってたな」

 

 それを聞いた瞬間、明日奈はとても嬉しそうな顔で八幡に言った。

 

「そっか、うん、八幡君、それじゃあ頑張って企画しようね!」

「ああ、そうだな」

「ヴァルハラ・リゾートの集まりもあるから、私達と小町ちゃんは二回やる事になるね」

「ああそうか、さすがにそっちに詩乃を呼ぶのはまだちょっとな」

「いずれシノのんが、ALOを始めた時のお楽しみだね!」

 

 明日奈はそんな未来を夢見ながら、八幡に一つお願いをした。

 

「ねぇ、八幡君、私にも歌って、ジングルベル」

「ん?ああ、別に構わないけど、上手くはないからな」

「別にいいの」

「そうか」

 

 そう言って八幡は、今日何度目かのジングルベルを口ずさみはじめた。

明日奈はそれを幸せそうに聞いていたのだが、

途中から一緒に口ずさみはじめ、二人のハミングはしばらく続いた。

 

「あっ」

 

 突然明日奈がそんな声を上げ、そこで二人のハミングは終わった。

 

「どうかしたのか?」

「う、うん、私、大事な事を八幡君に伝え忘れてた……」

 

 その言葉を聞いた八幡は、先ほど薔薇が言っていた事を思い出した。

 

「ああ、薔薇が、明日奈が待ってるとか何とか言ってたのはその事か?」

「うん、多分そうだと思う。えっとね、例のアーガス・アメリカのデータが見つかったの」

「おお、どこにあったんだ?」

「えっとね、茅場さんのPCからだって、凛子さんが」

「晶彦さんの?」

 

 八幡は、これはまた意外にあったもんだと驚きを隠せなかった。

 

「うん、調べていったら、どうやら茅場さんがその企画に全面的に協力してたみたいで、

もしかしたらって思って調べたらビンゴだったんだって。

しかも詳細なVRでの記録も残ってたんだってよ」

「そういう事か……」

「その事で明日の朝、凛子さんが八幡君に眠りの森まで来て欲しいって」

「そうか、分かった」

 

 八幡は、楓の病気を何とかする為の手がかりが一つ得られたと、

心から安堵した。そのせいか、八幡は急に眠気が訪れるのを感じていた。

 

「急に眠くなったな……今日も色々あって疲れたからな」

「それじゃあさっさとお風呂に入って、すぐ寝よっか」

「ああ、そうしよう」

 

 そして脱衣所で服を脱ぎ始めた明日奈を見た八幡は、

何かに気付いたのか、突然こう声を掛けた。

 

「ん、明日奈、ちょっといいか?」

「どうかしたの?」

「ああ、ちょっとな」

 

 そう言って八幡は、そっと明日奈を抱きしめた。

 

「えっ、えっ?」

「やっぱりか、明日奈、最近ちょっと肉付きが良くなったか?」

 

 明日奈はその言葉を聞き、愕然とした顔で八幡の顔を見た。

 

「えええええ、ダ、ダイエットしなきゃ……」

「ん?別にいらんだろ」

「で、でも……」

 

 明日奈の困り顔を見て、八幡は明日奈にこんこんと言い聞かせた。

 

「いいか明日奈、冬ってのはそういうもんだ。

ある程度脂肪が増えないと寒さに耐えられないからな。

それに肌の露出は少ないし、こうやって年中明日奈の裸を見る機会のある俺以外に、

明日奈のそんな些細な違いに気が付く奴もいない。

もし気になるなら、それは夏前に何とかすればいいだけの事であって、

むしろSAOのクリア直後の、明日奈の痩せ細った状態を知っている俺としては、

今くらい健康的な方が凄く安心する。だから何の問題も無いんだ」

「う、うん……でも年中とか、そんなにストレートに言われるとちょっと恥ずかしいね」

 

 そう言って明日奈は、そのまま目の前にいる八幡にそっとキスをした。

二人はそのまま湯船につかり、明日奈も安心したのか、髪を乾かした直後に眠気に負け、

二人はそして今日も、昨日と同じようにくっついたまま眠りについた。

こうして京都の二日目の夜は、穏やかに過ぎていった。



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第253話 暴走魔王

2018/03/06 句読点や細かい部分を修正


 次の日八幡が目を覚ますと、明日奈は既に起きたらしく、その姿は無かった。

八幡は、和室の方にでもいるのかなと思いながらそちらへと続く扉に近付いたのだが、

その時八幡は、何か掛け声のようなものが聞こえる事に気が付き、

そっと扉を開け、外の様子をこっそりと窺った。

外のソファーでは、明日奈が腹筋をしている姿が見えた為、八幡はこっそりと風呂をわかし、

タオルを持つと、そのまま明日奈を生温かい目で見守った。

 

「ふう、まあこんなもんかな」

 

 明日奈はどうやら満足したらしく、少し汗ばんだ顔でそう言った。

そのタイミングで、八幡はそっと明日奈にタオルを差し出した。

 

「ほれ、タオル」

「あ、ありがとう、八幡君……って、八幡君!?い、いつから起きてたの?」

「そうだな……『ピーッ』丁度風呂が沸くくらい前からだな」

 

 丁度その時、風呂が沸いた音が聞こえた為、八幡はそう言った。

 

「そ……そんなに前から?」

「おう、明日奈の胸が何度も揺れる光景は、見てて中々楽しかったぞ」

「お、お、お……」

「お?」

「お腹じゃなくて?」

 

 八幡は、えっちとかスケベとか、そういった言葉が返ってくるものだと思っていた為、

その言葉に虚をつかれた。そして自分の言葉が想像以上に明日奈には衝撃だったのだと、

あらためて反省し、安心させようと明日奈のお腹をさすりながら言った。

 

「い、今は駄目だってば……」

「これのどこが太いんだよ、まったく訳がわからん。

いいか明日奈、俺は昨日、肉付きがいいと言っただけであって、太っているとは言ってない。

そもそも明日奈が太ってるんだったら、姉さんなんかデブだデブ、そりゃもう超デブだ」

「あっ、だ、駄目!それ以上は……」

「誰がデブだって?」

 

 その言葉が聞こえた瞬間、八幡は硬直した。

 

「だから駄目だって……」

「そっちの意味だったか……」

 

 八幡は、今日が俺の命日だったかと思いながら、諦めて陽乃の方を向き、

黙って土下座をした。

 

「誠に申し訳ございませんでした」

「どうして謝ってるの?八幡君は思った事を素直に言っただけでしょう?」

「誠に申し訳ございませんでした」

「とりあえず八幡君、そのまま黙って前に手を出しなさい」

「は、はい」

 

 八幡は黙ってその陽乃の指示に従った。

そんな八幡の手に、すべすべした手触りの物が当たった。

八幡が顔を上げると、右手には明日奈のお腹が、左手には陽乃のお腹が当てられていた。

 

「なっ……」

「ほら、確認しなさい」

「あっ、はい……」

 

 八幡はそう言うと、黙って二人のお腹をさすり、お茶の先生のような口調で言った。

 

「結構なお点前で……」

「だってよ明日奈ちゃん」

「良かった……」

「それじゃあ次はこっちね」

 

 そう言うと陽乃はとんでもない暴挙に出た。陽乃は八幡の両手を握ると、

それをぐいっと上に持ち上げ、明日奈と自分の胸に押し当てたのだった。

 

「おわっ」

「きゃっ」

「ほらほら、ちゃんとこっちも比べるのよ」

「ちょ、ちょっと姉さん……」

「どうかしら?八幡君」

 

 八幡は何もかも諦めたような顔で、黙々と二人の胸を揉んだ。

そして八幡は、正直にその感想を述べた。

 

「さすがに姉さんの方が大きいですね、俺は明日奈の胸の方が好きですが」

 

 それは八幡の精一杯の抵抗だったのだが、陽乃はそれを意に介さず、逆に八幡に質問をした。

 

「で、八幡君は、この違いがどこから来ると思う?」

「えっと……遺伝……とか?」

「それじゃあ雪乃ちゃんはどうなるのよ」

「か、可能性はあるんじゃないかと……」

「あら、八幡君は雪乃ちゃんに甘いのね、でも違うわ。

女の胸は、男に揉まれた回数で決まるのよ!

雪乃ちゃんの胸が成長しないのは、あなたが揉まなかったからなのよ!」

「雪乃にそんな恐ろしい事出来る訳が無いだろ、この馬鹿姉が!」

 

 八幡はたまらずそう突っ込んだ。陽乃はそれを無視し、明日奈の方を見ながら言った。

 

「明日奈ちゃん、この二日間、一度でも八幡君に胸を揉まれたかしら?」

「う、ううん、一度も」

「ほら見なさい、私と明日奈ちゃんのこの差は、全てあなたのせいなのよ!

私の胸をここまで大きく成長させたその手で、明日奈ちゃんの胸もしっかり成長させなさい」

「誤解を招くような事を言うんじゃねえよ、姉さんの胸を揉んだ記憶なんか一度も無えよ!」

 

 八幡は再び激しくそう突っ込んだ。

この時点で八幡は、完全に陽乃の手の平の上で踊らされていた。

 

「本当に?」

「本当に、いや絶対にだ」

「SAOの中にいた時も?」

「……は?」

 

 その陽乃の言葉に、八幡はきょとんとした。

 

「ベッドに寝ていたあなたの手を、私がこっそり自分の胸に当てていなかったとでも?

もしそんな事は無いと主張するなら、それを証明してみせなさい」

「な、な、な……」

「うわ、さすが姉さん、あの八幡君が絶句してるよ」

「いい?明日奈ちゃん、八幡君で遊ぶのはこうやってやるのよ。

ちなみに胸を揉ませるまでが全て計算ずくよ」

「さっすが姉さん!」

「い、いい加減に……」

「黙りなさい、この甲斐性無し」

 

 再び抗議しようとした八幡に、陽乃はピシャリと言った。

 

「んなっ……」

「せっかく私が二人を同じ部屋にしてあげたのに、あなたは一体何をやっているの?

これじゃあ私の壮大な計画が台無しじゃないのよ!」

 

 陽乃は逆ギレぎみに八幡にそう言った。八幡は気圧されつつも、陽乃に質問を返した。

 

「け、計画だと?」

「そうよ!ここで八幡君と明日奈ちゃんが、うっかり盛り上がって子供を作っちゃって、

そのまま結婚して幸せな家庭を築くじゃない。で、八幡君と結婚出来ない私が、

その二人の間に生まれた男の子と十八年後に結婚して、

その男の子の面影に八幡君を重ねて、やっと思いを遂げるっていう壮大な計画よ!」

「正気かよ馬鹿姉、却下だ却下!」

 

 八幡はとりつく島もなくそう言った。だが陽乃はめげず、次にこう言った。

 

「ならもう私が政治家になって、一夫多妻制を導入するしかないわね。

明日奈ちゃんはそれでもいい?」

「そうなったらそれはそれでいいんだけど、上限人数によっては凄い争いになりそうだね」

「そうね、十人は確保しないと血を見る事になるわね」

 

 そんな二人のやり取りを見て、八幡は諭すように明日奈に言った。

 

「おい明日奈、その馬鹿姉の相手を真面目にしなくてもいいからな」

「え、でも……姉さんなら本当にやりそうだし……」

「怖い事を言うなよ……」

 

 それでどうやらこの話もやっと終わったと判断したのか、

陽乃はサッと立ち上がると、二人に向けて言った。

 

「それじゃあ二人は、さっさと準備を済ませて凛子の所に行って頂戴。

私はさすがに会社の仕事が溜まってるから、今日は一日それを片付けてるから」

「というか、結局姉さんはここに何しに来たんだよ」

「そんなの、八幡君成分が切れたから、その補給をしに来たに決まってるじゃない」

「八幡君成分?」

 

 きょとんとする八幡をよそに、明日奈が心配そうに陽乃に声を掛けた。

 

「ああ、それはつらかったね、姉さん」

「さすが、明日奈ちゃんはよく分かってるね」

「うん、私も時々禁断症状が出るからね」

「お前ら何の話をしてるんだ……」

「それじゃあまたね、二人とも」

 

 こうして、朝の嵐は去っていった。

 

「はぁ……明日奈、とりあえず風呂に入るか……」

「そうだね、ちょっと急がないといけないかもね」

 

 そして二人は汗を流し、すばやく着替えを済ませると、凛子の元へと向かった。

朝食は途中でどこかのコンビニなりファーストフードにでも寄ろうという事になった。

そして二人はキットに運転を任せ、コンビニで買ったおにぎりをほお張りながら、

眠りの森の凛子の下へと到着した。二人を出迎えた凛子は、早速二人に当時の映像と、

それをVRで再現した物を二人に見せた。

 

「これ、本当にVRですか?現実にしか見えないんですが……」

「まあ、さすがは天才、茅場晶彦って事かしらね、

血管の一本一本から患部の様子まで、完璧にトレースされてるわ」

「凄いね……これを知盛さんに見せたらあるいは……」

「どうかしら、それは難しいんじゃないかしら」

 

 そこに経子が到着し、これで関係者が揃う事となった。

 

「経子さん」

「おはようございます」

「二人とも、わざわざありがとうね」

 

 そして経子は、彼女なりの所感を述べた。

 

「多分これだけだと足りないと思うわ。

所詮これは、遠くから手術の様子を見ているに過ぎない。

普段ならそれでもいけると思うけど、今回の手術の難易度は、それとは比べ物にならないの」

「そうですか……」

 

 そんな落ち込む一同に向け、凛子はニヤリとしながら言った。

 

「経子さん、私と晶彦の技術力を舐めてもらっては困るわ。実はね……」

 

 続けて凛子が言った言葉を聞いた経子は、驚きのあまり目を見開いた。

八幡は即座に知盛にアポをとり、そのまま明日奈と共に知盛の下を訪れた。

そしてその日から二日間、全ての公式の場から、知盛は姿を消す事となった。



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第254話 最期の時は

2018/03/06 句読点や細かい部分を修正


「さて、これで打てる手は全て打ったか?」

「そうだね、出来る事は全部やれたんじゃないかな」

「後は知盛さん次第だな……」

 

 知盛を眠りの森に送り届けた後、二人はそんな会話を交わしていた。

 

「さて、これからどうするかな」

「そうだね、楓ちゃんと遊ぶつもりだったけど、急に検査する事になっちゃったしね」

 

 経子は状況の変化に対応する為に、急ぎ楓の検査をする事を決めていた。

そんな時、明日奈の携帯に章三から着信が入った。

 

「もしもし、お父さん?どうかした?」

 

 そして明日奈はしばらく章三と会話をしていたのだが、

電話を切るなり八幡にこう言った。

 

「何かね、今兄さんがこっちに来てるみたいなんだけど、

レクトの系列会社の会合で、一緒に私も紹介したいから、

可能ならちょっと顔を出してくれないかって」

「人脈作りにもなるだろうし、いいんじゃないか?

うちにもいずれ関係してくる人もいるだろうし、明日奈の目で、

どの人がどんな性格かとかを見極めてきてくれると助かるかもな」

「そうだね、それじゃあ今後の為にもちょっと行ってくるね」

「俺は行かなくてもいいんだろ?」

「そうだね、お父さんは八幡君を連れてって、他の人に自慢したかったらしいんだけど、

八幡君はレクトの関係者というよりはソレイユの関係者だから、今回は諦めたみたい。

それに八幡君が行っちゃうと、うちの兄さんが目立たなくなっちゃうからね」

「それはまずいな」

 

 明日奈のその言葉に、八幡は苦笑しながらそう答えた。

 

「俺は適当に観光でもしておくから、明日奈はとりあえず行ってくるといい」

「うん、ごめんね」

 

 そしてほどなく迎えが来た為、明日奈は去っていった。

八幡は明日奈を見送った後、どうしたものかと考え、

先日会った双子の姉妹の事を思い出し、何となくそちらの方へと進んでいった。

二人は病室で暇を持て余していたようで、

八幡の姿を見付けると、嬉しそうに、ちらに駆け寄ってきた。

 

「よぉ、アイ、ユウ」

「八幡、また来てくれたんだ」

「朝、あの車が来たのは見てたんだけど、一度どこかに行っちゃったから、

今日はもう来ないのかって思ってたよ」

「そうか、ユウは気が付かなかったんだな、ほら、あそこに停車してるだろ」

「あっ、本当だ、お~い、お~い」

 

 ユウは無邪気にキットに手を振った。

そして何とキットは、ドアを上下に開閉させてユウに答えた。

八幡はキットの成長を喜びつつ、慎重に言葉を選んで二人に話し掛けた。

 

「二人は体調はどうなんだ?もうすぐ東京に行く事になるけど、

長距離を移動するのは平気なのか?」

「うん、大丈夫、この前教えてもらってから、もう楽しみで楽しみで元気いっぱいだよ」

「そうね、私も大丈夫かな、凄く楽しみ」

「あ、ボクちょっとトイレに行ってくるね」

「廊下は走るなよ」

「八幡は先生か!」

 

 そう言いながらも、八幡の言い付けを素直に守り、

ユウは走らずにトイレへと向かって歩いていった。

 

「あの子が誰かに懐くなんて、初めてかもしれないわね」

「お前は懐いてないのか?アイ」

 

 八幡は冗談めかしてそう言った。アイは頬を膨らませながら、八幡に抗議した。

 

「もう、初めて会った時の事を言ってるの?

私の立場だと、ユウを守る為に、そう簡単に他の人に気を許す訳にはいかないのよ」

「いいお姉さんしてるんだな」

「だって、多分私の方が、ユウより先にいなくなるもの」

「おい……」

「でも多分本当よ、私の方が症状の進みが早い気がするの」

 

 八幡は、困ったような顔でアイの方を見た。

 

「そんな事を言うな」

「それじゃああなたが、私達を救ってくれる?」

「……努力はする」

「無責任な言葉ね」

 

 アイのその言葉に、八幡は少し悔しそうにこう言った。

 

「これでも一応、楓の治療の目処は立てたんだぜ、もしかしたら楓を救えるかもしれない。

それくらいは俺にも出来る」

「そ、そうなの?」

「ああ」

「そう……楓ちゃん、助かる可能性が出てきたんだ」

「あくまでまだ可能性だけどな」

「それでも凄いわ」

 

 アイは少し考え込むと、先ほどよりは明るい表情で八幡に言った。

 

「それじゃあ、ちょっとは期待しておくわ」

「そうか」

「もし期待に応えてもらえたら、私達二人を、あなたのお嫁さんにしてあげてもいいわよ」

「生憎嫁は間に合ってるんだ」

「そういえばそうだったわね……」

 

 アイはそう呟くと、次にこう言った。

 

「それじゃあ……愛人?」

 

 八幡はそれを聞き、呆れたように言った。

 

「お前、いきなり何を訳の分からない事を言ってるんだよ」

「だってもう、それしか残ってないじゃない」

「友人っていう選択肢は無いのか?」

 

 その八幡の言葉に、アイはキッパリとそう答えた。

 

「男女の間に、友情なんか存在しないわ」

「お前、そういうとこは変にドライなのな……」

「ふふっ、せっかく繋いだ縁ですもの、あなたいい人そうだし、将来性もありそうだし、

この縁を私達の幸せに生かさないとね」

「更に計算高いのな」

 

 アイはそれを聞き、少し諦めたような口調で言った。

 

「だって仕方ないじゃない、この歳までずっと病気で、

まともに社会生活を送ってない私達を好きになってくれる人が、どこにいるって言うのよ」

「そんな奴、そこら中に沢山いるだろ、お前達は二人ともかわいいからな」

「かっ、かわいい?」

 

 アイは初めてそう言われたのか、頬を赤らめた。そんなアイに、八幡は続けて言った。

 

「それに大事なのは、誰に好きになってもらうかじゃない、お前達が誰を好きになるかだ」

 

 その言葉に、アイはニヤリとしながら言った。

 

「それなら尚更問題無いじゃない、私達は二人ともあなたの事が好きよ。

この前お別れした後、二人であなたの事を話したんだけど、

二人の意見は、あなたはまるで王子様みたいって事で完全に一致したもの」

「ここでも王子様扱いかよ……」

「え?本当にそう呼ばれたりしてるの?」

「ちょっと学校でな……」

「あは、そうなのね」

「何?随分楽しそうだけど何の話?」

 

 そこにユウがトイレから戻ってきて、話に加わった。

 

「八幡って、やっぱり学校で王子様って呼ばれてるらしいわよ」

「そうなんだ、この前話してた通りだったんだね」

「だからってお前らまで俺を王子様扱いするなよ、これでも困ってるんだからな」

「困ってるんだ?」

「まあ見れば分かるだろ、俺は王子様なんて柄じゃない」

「え?」

「どこからどう見ても」

「王子様に見えるんだけど」

「ね~?」

「うるさい、とにかく王子は無しだ」

 

 八幡は、同じ顔の二人に交互にそう言われながらも、頑なにそれを否定した。

 

「あと将来お嫁にもらってくれないかって言ったけど、あっさり断られたわ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ユウはとても悲しそうな顔で八幡に言った。

 

「ええ~?八幡は、ボク達の事が嫌いなの?」

「お前の中には、好きか嫌いかの二択しか無いのかよ」

「じゃあ好き?」

 

 八幡はその問いに淡々とこう答えた。

 

「普通だ普通。お前もそろそろ、友人という選択肢を選べる女になれよ」

 

 そう言われたユウは、呆れた顔でこう答えた。

 

「え~?男と女の間に友情なんて存在しないよ?」

 

 それを聞いた瞬間に、八幡はアイをじろっと見ながら言った。

 

「おいアイ、お前、ユウに色々吹き込みすぎだぞ」

「あ、バレた?」

「ユウはそういうタイプじゃなさそうだしな」

「あら、ユウの事をよく分かってるじゃない、やっぱり好きなんじゃないの?」

「普通だ」

「しょぼ~ん」

 

 ユウは、本当に落ち込んだようにそう声に出して言った。

その様子が本当に寂しそうだったので、八幡は慌ててこう言った。

 

「す、好きか嫌いの二択なら、まあ好きになるんだろうから、

そんなに寂しそうな顔をするなよユウ」

 

 その言葉を聞いたユウはパッと顔を上げ、明るい顔で八幡に言った。

 

「やっぱり八幡は優しいね、何だかお兄ちゃんって感じ」

「おう、俺には妹がいるからな、俺のお兄ちゃんスキルは中々のもんだぞ」

「そうなんだ、じゃあ遠慮なくお兄ちゃん扱いしてもいいね」

 

 そうニコニコするユウに、アイはニヤニヤしながら言った。

 

「あら、お嫁さんになるのは諦めるの?」

「だって八幡には彼女がいるんでしょ?」

「覚えてたのね、それじゃあ愛人は?」

「それは有り!」

「有りなのかよ……」

「だって八幡なら、ボクの最期を優しく看取ってくれそうだし」

 

 八幡とアイは、そのユウの言葉に直ぐには何も言えず、顔を見合わせた。

そして八幡は、真面目な顔でユウに言った。

 

「ユウ、そんな事言うなよ、俺もお前達の為に出来るだけの努力はするから、な?」

「本当に?それなら期待しないで待ってるね!」

「期待しろなんて無責任な事は言えないが、全力で努力する事は約束する」

「うん、それでも駄目なら、最期の時はボクの傍にいてくれる?」

 

 八幡は悔しい気持ちを押し殺しながら、笑顔を作り、こう答えた。

 

「分かった、お前もアイも、最期の時は俺のこの腕の中で迎えさせてやる。

だがこれだけは言っておくぞ、俺も諦めないから、お前らも絶対に諦めるな、約束だ」

 

 二人はその八幡の言葉に、頷き合いながらこう答えた。

 

「これで最期の時も、幸せな気持ちで死ねるかしらね」

「うん、何か凄く嬉しいかも」

 

 そして二人は同時に八幡に言った。

 

「「でも、絶対に諦めないって約束する」」

「ああ、東京に行ったら、皆で頑張ろうな」

「うん!」

「これからも宜しくね、八幡」

 

 そんな三人の様子を、いつの間に来ていたのか、そっと経子が見つめていた。

経子は、私も絶対に諦めないと改めて誓い、そっとその場を後にしたのだった。

そしてしばらく話した後、二人がやや疲れた様子を見せた為、

八幡は、今日はもう帰ると二人に告げた。そして八幡はキットの下へと向かい、

二人はそんな八幡を、再び病室から見送った。

帰り際、八幡が二人に手を振ると、二人も嬉しそうに八幡に手を振り返した。

八幡が車を発車させた後も、バックミラーに映る二人は、

その姿が見えなくなるまでずっと手を振り続けていた。

八幡は決意を新たにし、とりあえずこれからどうしようかと思い、

詩乃に頼まれていたおみやげの事を思い出し、繁華街へと向かった。




明日は思ったよりちょっと長くなりました。
久々のあの人と、初めてのあの人の二人組の登場です。


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第255話 旅先での再会

2018/03/06 句読点や細かい部分を修正


 八幡は、繁華街へとやってきたのはいいものの、

どこへ行けばいいかまったく分からず困り果てていた。

 

「そもそも女性用の身に付ける物ってのが、俺にはハードルが高すぎるんだよ。

せめてここが千葉なら、ららぽーとにでも行けば何とかなるんだが……」

 

 そう呟きながら八幡は、うろうろと辺りを歩き回った。

 

「う~む、やっぱり分からん、適当な店に入るか……」

 

 そう言って八幡は、今来た方へと戻ろうと体の向きを変えた。

そしてその瞬間、後ろから歩いてきた女性にぶつかってしまった。

 

「きゃっ」

「あっ、す、すみません、失礼しました」

「いえいえこちらこそ、連れが不注意ですみません、ほらかおり、立てる?」

 

 その倒れた女性の連れらしき女性が、丁寧な口調でそう言った。

その声に何となく聞き覚えがあった八幡は、

倒れた女性を助け起こそうとそちらの方を見た。

その瞬間にその女性とバッチリ目が合った八幡は、

驚きながらも、その女性の名前を口に出した。

 

「あれ……お前まさか折本か?それじゃあそっちは、え~っと確か……仲……仲町さんか?」

「え、嘘、比企谷じゃない。何で比企谷がこんな所にいるの?」

「それはこっちの台詞だっての。二人は旅行か何かか?」

「うん、千佳と一緒に冬の京都を楽しもうと思って、ほら千佳、比企谷の事は覚えてる?」

「えっと……」

 

 千佳は、咄嗟には八幡の事が思い出せなかったようで、じっと八幡の事を見つめた。

そしてその目が驚愕に見開かれた。

 

「えっ?比企谷君ってあの時の?嘘、昔と全然印象が違うんだけど」

「それはよく言われる。あ~……あの時は、不愉快な思いをさせて本当に申し訳なかった」

 

 八幡は昔の事を思い出し、千佳にそう頭を下げた。

千佳は恐縮した様子で、逆に八幡に謝ってきた。

 

「謝るのはこっちの方だよ、今考えると、あの時の私達は本当に最低だったと思う。

本当にごめんなさい、比企谷君」

「それじゃあお互い様って事で、仲直りって事でいいか?」

「うん、それでお願い。でも本当に変わったように見えるよね、何でだろ?」

「他の奴らが言うには、現実に帰還してから俺の目の腐りが取れたらしい」

「現実に……?あっ!」

 

 千佳はその言葉を聞いて、何かに気付いたのか、ハッとした様子で八幡に言った。

 

「お帰りなさい比企谷君、本当に無事で良かったね」

「あれ、仲町さんは学校が違うのに、俺がどうなってたか知ってたのか?」

「うん、かおりがすっごい泣きながら、私に教えてくれたからね」

「泣きながら、ねぇ」

 

 八幡はチラッとかおりの方を見た後にそう言った。

かおりは顔を真っ赤にしながら千佳に抗議した。

 

「もう、そんな恥ずかしい事言わないでよ、千佳」

「え~?じゃあ、比企谷君が無事だって聞いた時、

その時以上に大泣きしてた事も言っちゃ駄目?」

「言ってるじゃない!もう……」

「悪い折本、本当に心配かけてたんだな」

「ううん、別にいいよ、こうして無事に帰ってきてくれたんだからさ」

 

 かおりは笑顔でそう言い、千佳も八幡に微笑んだ。

 

「二人とも、ありがとな」

「お帰り、比企谷」

「お帰りなさい」

「ああ、ただいま」

 

 そして八幡は、何かを思いついたのか二人にこう尋ねた。

 

「そうだ、もし時間があるなら、ちょっと二人に頼みがあるんだよ。

女性が身に付けるようなお土産を売ってる店を、いくつか案内してくれないか?

俺はどうしてもこういうのは苦手で、困ってたんだよ」

「女性へのお土産?それって明日奈用の?」

「いや、別の奴だな。明日奈もこっちに来てるから、今日は会えなくて残念だったな、折本」

「あ、そうなんだ、久しぶりに明日奈に会いたかったのにな」

「まあたまには遊びに誘ってやってくれよ、きっと明日奈も喜ぶから」

「うん、私で良ければ!あ、千佳も一緒に遊ぼう!」

 

 そのかおりの言葉に、千佳は興味津々だったのか、こう聞き返してきた。

 

「ねぇかおり、明日奈って誰?」

「あ、明日奈は、比企谷の彼女だよ?」

 

 その言葉に千佳はとても驚いたようだ。

 

「えっ、本当に?」

「うん、あ、比企谷、明日奈の写真があるなら千佳に見せてあげてくれない?

ほら、いずれ待ち合わせをする事になるかもだしさ」

「そうだな、仲町さん、これが明日奈だ」

「あ、ありがとう、え~っと……うわ、この美人さんが比企谷君の彼女さん?」

「ああ」

「やったね比企谷君、かおりよりもよっぽど美人じゃない!」

 

 その言葉に、八幡は何と返していいかとても困ってしまった。

そしてかおりは、頬を膨らませながら千佳に文句を言った。

 

「千佳、確かに事実だけど一言多いよ!」

「あは、ごめんごめん、かおりもかわいいよ、うん」

「今更取って付けたみたいな事を言っても遅いから!」

「ま、まあまあそのくらいで……」

「そうだよかおり、とりあえず比企谷君を、色々な店に案内してあげよう」

「ん~、そうだね、それじゃ行こっか!」

「お世話になります」

 

 そして三人はいくつかの店を回り、色々な物を見て回った。

そして何軒目かの店で、八幡はとあるブローチに目がいった。

 

「ん、これは……」

「どれどれ?あ、これ、つまみ細工って奴だね」

 

 横からかおりが顔を覗かせてそう言った。

かおりが見ていたのは大きめの派手な物だったが、

八幡はその横にある小さな物を手に取り、かおりに尋ねた。

 

「なぁ折本、長めの黒髪をこう、顔の左右で白いリボンで縛ってたとするだろ?」

「ふむふむ」

「そのリボンにこの小さめの奴をつけるとしたら、どう見えると思う?」

「ん~、私はそれ、すごくかわいいと思うけど、千佳はどう思う?」

 

 千佳はその言葉を受け、八幡にこう尋ねた。

 

「その女の子って、大人しめの子だったりする?もしかして雪ノ下さん?」

「いや、雪乃じゃないが、まあ、見た目は大人しめだな」

「それなら確かに、こういう大きなのよりもそっちの方がいいかもしれないね。

うん、きっとすごくかわいいと思う」

「そうか……よし、これにするか」

 

 八幡はそう言うと、支払いをし、そのつまみ細工のブローチを綺麗に包装してもらうと、

ホッと安心したような顔で店を出た。

 

「ねぇ、一つでいいの?」

「ん、ああ、そうだな……最終的には、いくつだ……

雪乃、結衣、優美子、いろは、小町、珪子、エルザ、小猫、アルゴ、南辺りには、

こんな感じの奴が必要か……他の男どもは食べ物でいいか。里香と直葉はどうするか……

まあ残りは明日奈と相談しながら決めるから問題無い」

 

 その八幡の言葉に、二人はぽかんとした。

 

「ひ、比企谷、それって全員女の子だよね?随分女の子の友達が増えたんだね……」

「うん、ちょっと驚いた……」

「まあな。そうだ、そろそろ昼時だし、お礼も兼ねて飯は俺が奢るわ、

二人は何か食べたい物はあるか?」

「え、いいの?」

「やった、比企谷君、太っ腹!」

 

 そして二人はきょろきょろと辺りを見回しながら、何がいいかなと楽しそうに相談し始めた。

 

「京都といえば、やっぱりああいう懐石とかか?」

 

 八幡がどこかの店を指差し、二人はその店をよく確認もせずに、同意した。

 

「懐石ランチ、確かに京都ならありかもね」

「うんうん、いいかも。でも……」

 

 ちょっと値段が高いよねと千佳が言い掛けたのだが、それより先に八幡がこう言った。

 

「よし、それじゃあそこにしよう、早速行こうぜ、ちょっと腹が減っちまった」

「あ、その……」

 

 千佳は困った顔でかおりを見た。かおりは空気を読んで、千佳の代わりに八幡に言った。

 

「でも比企谷、あそこって、凄く値段が高いんだよね。

私達はもっと安いファーストフードとかで全然オッケーだから」

「ん?どれ……おお、ランチでこの値段か、逆に興味が沸くな、

大丈夫だから気にせず入ろうぜ。支払いの事なら心配しなくていいから」

「そ、そう……?」

「ああ、遠慮なんかしなくていいって、お礼なんだからな」

「う、うん……」

 

 そう言って八幡は店の中に入っていった。

かおりと千佳は、そんな八幡を見てひそひそと会話を交わした。

 

「ねぇかおり、比企谷君の家ってお金持ち?」

「ううん、まったく普通のはずなんだけど……」

「もしかしてちゃんと値段を見てなかったのかな?一人一万五千円だよ?」

「ううん、この値段かって言ってたし、確実に見てたと思う」

「まあ、せっかくああ言ってくれてる事だし、とりあえず私達も入る……?」

「う、うん、そうだね……」

 

 そして二人はおずおずと八幡の後に続いた。

席に案内されると八幡は、笑顔で二人に何を頼むか聞いた。

 

「それじゃ、遠慮しないで何でも頼んでくれ」

「う、うん」

「何でも、ね……」

 

 そして二人はメニューを開き、その値段に気が遠くなりそうになった。

 

「やっぱり高いね……」

「まあ本場の懐石ランチってなら、こんなもんじゃないか?」

「確かにそうかもだけど……」

 

 そんな二人のぎこちない態度を見て、八幡は首を傾げた。

 

「さっきから二人とも随分緊張してるみたいだが、何かあったのか?」

「あ、いや、緊張っていうか……」

「やっぱり値段がちょっと、ね」

「たまにはいいだろ、俺が払うんだし、二人は気にしないで好きな物をだな……ああ」

 

 八幡はそう言いながら、二人が何に対して緊張しているのか理解した。

 

「そうか、いきなりこんな所で好きな物を頼めと言われても、普通遠慮しちまうよな。

最近ちょっと金銭感覚が麻痺しちまってるのかもしれないな、すまん」

 

 そんな八幡に、かおりがこう質問してきた。

 

「えっと……もしかして比企谷、宝クジでも当たったの?」

「いや、ちょっと仕事関係でな……」

「あれ、比企谷って帰還者用学校の学生じゃなかったっけ?」

「ん~、俺はちょっと特殊でな、もう既にソレイユへの内定が決まってるんだよ」

 

 その八幡の言葉に、かおりはのけぞった。

少し驚きすぎだろと思った八幡は、次のかおりの言葉に自分がのけぞる事になった。

 

「それ、私と同じ会社……」

「え、まじで?」

「う、うん……比企谷もソレイユなの?」

「お、おう……まじか、まさかお前、社長秘書じゃないだろうな?」

「ううん、私は受付かな」

「そうか、俺の直属じゃ無かったか……」

「うん……」

 

 その会話を聞いた千佳は、目を見開いて八幡に尋ねた。

 

「ちょっとかおり、何普通に返事してんのよ、ねぇ八幡君、今直属って言わなかった?

社長秘書が直属の部下って……」

「え?え?あっ、普通に返事しちゃったけど、確かにそう聞こえたかも」

「お、おう……実は俺、何故かソレイユの次期社長って事にされてるんだよな」

 

 その言葉に、さすがの二人も驚きを隠せなかったようだ。

 

「ええっ!?」

「ど、どういう事?何でそんな事に?」

「う~ん、何て言ったらいいのか……なぁ折本、昔さ、葉山を紹介するって言って、

実際に紹介してくれた女性がいただろ?その人の顔、覚えてるか?」

「あっ、うん覚えてる覚えてる、凄い美人だったよね」

「私もその人なら覚えてるかも」

「あれがソレイユの社長だ。面接の時にいなかったか?」

 

 そう言われたかおりは、きょとんとした後、驚いて八幡に聞き返した。

 

「ええっ、あの人がソレイユの社長なの?ううん、私の時に面接してくれたのは、

顔にヒゲを書いた不思議な女の人だったかな。

他の人は皆落ちたらしくて、何故か私だけ採用されたんだよね。

てっきり落ちると思って駄目元で受けた所だったから、本当にびっくりだったよ」

「あの時は私も本当に驚いたんだけど、今回の旅行もそのお祝いを兼ねてるんだよね」

「そうか、アルゴの差し金か……ちょっと電話で聞いてみるわ」

「う、うん」

 

 八幡は二人にそう言うと、アルゴに電話を掛けた。

 

『ハー坊、今度はどうしタ?』

「おいアルゴ、お前、折本かおりって子の面接を担当したか?」

『ああ、あの時な、ボスがオレっちに面接を押し付けて逃げたから、

たまたま参加してた、ハー坊と中学で同じクラスだったその子を採用にしといたゾ』

「適当だなおい!分かった、忙しいとこすまなかったな」

『一応言っておくけど、それはあくまで最後の決め手だからナ』

「そうか……なるほどよく分かった、ありがとな」

『あいヨ』

 

 八幡は電話を切ると、何とも言えない表情でかおりに言った。

 

「あ~……どうやら折本が採用されたのは、最後の部分で俺のコネがきいてたらしいわ」

「あ、そうだったんだ、逆に凄い納得した。ありがとう比企谷!」

「あくまで最後の部分だから、それまでの過程ではいい感触だったんだと思うから、

それは誇っていいと思うぞ。でもそんなんで、本当に良かったのか……?」

 

 八幡は言いづらそうに、かおりにそう尋ねた。

 

「え?いいに決まってるじゃない、ねぇ、千佳」

「うんうん、比企谷君、ソレイユってね、学生の中じゃ、凄く人気で競争率が激高な、

かなり注目されてる企業なんだよ」

「そ、そうなのか……」

「うん、だから比企谷にはもう頭が上がらないよ、あの時は本当に嬉しかったもん」

「お祝いにこうして旅行に来るくらいね」

「そうか、それなら良かったよ、折本」

「うん!」

 

 そして八幡は、改めて二人にこう言った。

 

「まあそんな訳で、資金的にはまったく問題無いから、遠慮なく何でも頼んでくれ」

「まあ」

「そういう事なら、ね」

 

 そして二人は緊張が解けたようで、楽しそうに何を食べるか相談し始めた。

そして注文が終わった後、八幡はトイレに行くと言って席を立った。

八幡が部屋を出た後、千佳はかおりに言った。

 

「ねぇかおり」

「うん?」

「あんた分かってる?確かに就職で少し取り戻したけど、

あんたの人生、かなり失敗してるよね」

 

 そのストレートな指摘にかおりは苦笑した。

 

「あ~、それある……」

「あんたどうして中学の時、比企谷君と素直に付き合っておかなかったのよ。

彼、昔とは全然別人じゃない、見た目も凄く格好良くなったし、

財力も権力もある、まさにこれぞ勝ち組って感じ」

「だよね……別に嫌いな訳じゃ無かったし、当時は確かに付き合うのは無理だなと思ったけど、

後で話したら友達としてはありかなって思ったし、

そう考えると、もっとよく比企谷の事を見ていたら、付き合うのもありかなって思ったかも」

「まあ今更言っても仕方ないか、今夜は私が慰めてあげるよ」

「うん」

 

 そして食事が終わった後、しばらく一緒に観光をする事になり、

せっかくだから八幡の車で行こうという話になったので、三人はキットの下へと向かった。

そこでかおりと千佳は、お約束のように再び驚愕する事になった。

 

「うわ、凄いね……これは今夜慰め甲斐がありそう」

「言わないで……」

 

 そして三人は、元々かおり達が回る予定だった場所を回り、更に時間に余裕が出来た為、

キットの案内で他にも色々な場所を回る事が出来た。

そして夕方、そろそろお開きという事になり、八幡は二人を宿泊先のホテルに送り届けた。

 

「今日は楽しかった、本当にありがとね、比企谷」

「予定よりもたくさんの場所に行けて、凄く楽しかった」

「いや、こっちこそプレゼント選びで助けてもらったし、ありがとな、二人とも」

「比企谷はいつから働き始めるの?」

「そうだな、多分進学する事になるから、五~六年後くらいかな」

「そっか」

 

 かおりはそう言うと、姿勢を正し、八幡に頭を下げた。

 

「社長のお越しを、受付でお待ちしていますね」

「お、おう……」

「なんてね」

「かおり、比企谷君が来るまでクビにならないようにね」

「うん、頑張る!」

「あ、そういえば仲町さんも、もしかしてうちの会社を受けてたりとか……?」

 

 八幡は、もしそれで落ちてたら気まずいなと思い、恐る恐る千佳に尋ねた。

 

「あ、ううん、うちは花屋だから、卒業したらその後を継ぐ事になるかな。

もし良かったら、花が必要な時はうちに買いに来てね」

「そっか、それじゃあ機会があったら必ず」

「あは、宜しくね、比企谷君」

「それじゃあまた向こうでね、比企谷!」

「比企谷君、またね、キットもまたね!」

「ああ、また向こうで」

『かおり、千佳、いずれまたどこかで』

 

 そして八幡はキットと共に走り去り、二人はずっとその背中に手を振り続けていた。

 

「かおり、逃した魚は大きいよ?」

「うん、まあ仕方ないかな。明日奈は凄くいい子だし、二人はとてもお似合いだもん」

「本心は?」

「う~、比企谷格好良かったよね……中学に戻ってやり直したいよ」

「あは、本当に今夜は慰め甲斐がありそうね」

「うん、まじでお願い……」

 

 そしてかおりは、八幡が去っていった方向を何となく眺めた。

 

(羨ましいな、でも絶対幸せになってね、比企谷、明日奈)

 

 そして二人は笑いながらホテルへと入っていったのだった。



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第256話 かおりの助言

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


 ホテルの部屋に戻ると、八幡はソファーに横たわった。

 

「後は知盛さん次第だが、それとは別に、明日はあのじじいと対決する事になるか……

でもこれは楓の望みだから、絶対に叶えてやらないとな」

 

 そんな事を考えつつ、八幡はいつしか眠りに落ちていった。

 

 

 

 むにゅっ、とした手触りを感じ、八幡は目を覚ました。

既に外は暗くなっているようで、窓の外にはネオンの明かりが輝いていた。

 

(んっ、寝ちまったのか、それにしてもこれは……)

 

 どうやら部屋には誰かがいるらしく、

その人物が八幡の腕を持ち上げ、何かしているらしい。

そう理解した八幡は、そっと目を開けた。

 

「やっぱりこういうのは、ちゃんと朝晩やっておかないと……んっ、こんな感じかな」

 

(明日奈?)

 

 そして八幡が目にしたのは、自分の胸に八幡の手を押し当てている明日奈の姿だった。

明日奈の表情は真剣であり、八幡はどうしたものかと困り果てた。

そしてそんな八幡と明日奈の目が、お約束のようにバッチリ交差した。

明日奈はビシッと固まると、黙って八幡の手を下ろし、身だしなみを整えると、

何事も無かったかのように八幡に笑顔を向けた。

 

「あ、起きたんだ、おはよう、八幡君」

「…………なぁ、明日奈」

「何かな?八幡君」

「今お前……」

「何かな?八幡君」

「いや、何でもない」

「うんそうだね、何でもないよね」

 

 そしてソファーに並んで座った二人は、今日あった事を報告しあった。

 

「こっちは特に何も無かったかな、嫌な視線でじろじろ見てくる人は結構いたけど、

お父さんがさりげなく八幡君の事を説明して、ガードしてくれてたし」

「例の嫌な奴らか、まったく、駒央以外にはろくな奴がいないんだな」

「その駒央君も来てたんだけど、こっそりシノのんのヘカートIIの事を伝えておいたよ。

強化する気満々で、色々調べてみるって」

「そうか、それは丁度良かったな」

「八幡君はどうだった?」

 

 明日奈のその問いに、八幡はかおり達と偶然会った事を説明した。

 

「あっ、そうなんだ、ちょっと電話してみようかな」

「ああ、折本も喜ぶんじゃないか」

 

 そして明日奈はかおりに電話を掛け、しばらく楽しそうに喋っていたのだが、

ちょっと待ってねと言って、八幡にいきなりこう尋ねた。

 

「ねぇ八幡君、お昼に何かあった?」

「ん?あの二人に懐石ランチを奢ってやったけど、それがどうかしたか?」

「ああ~そういう事かぁ……」

「ん?どうかしたのか?」

「あのね、八幡君の奢りで夕食でも一緒にどう?って言ったんだけど、

すごく遠慮してくるから、どうしたのかなって思って」

「ああ、それは遠慮するよな。まあこんな機会は滅多に無いだろうから、

今日は気にせず黙って奢られろって伝えてやってくれ」

 

 明日奈はどうやらスピーカーモードにしていたらしく、

電話の向こうのかおりに向かって言った。

 

「だってさ、うん、やった、それじゃホテルまで迎えに行くから待っててね」

 

 そして電話を切った明日奈は、よそ行きの格好に着替え始めた。

八幡もそれに倣い、支度を始めた。といっても、財布を忘れないようにするくらいだったが。

そしてかおり達の宿泊するホテルに着くと、二人が外で待っていてくれた為、

明日奈は手を振りながら、かおりの方へと走っていった。

 

「明日奈!」

「かおり、久しぶり!あ、仲町さん初めまして、結城明日奈です。

私の事は明日奈って呼んでね」

「初めまして、仲町千佳です。それじゃあ私の事も千佳でお願い」

 

 三人はすぐに仲良くなったようで、

八幡は、明日奈に同世代の友人が増えた事を素直に喜んだ。

 

「よし、それじゃあ何を食べに行く?何でも構わないぞ」

「お昼は懐石を食べさせてもらっちゃったから、夜は多少重めの物がいいかな」

「それある!」

「ん~、私もそれで問題無いかな。実はお昼にパーティーに参加させられてたから、

あまり食べてないんだよね」

 

 パーティーという物に参加する事は、一般人には普通ありえない。

二人はもしかしてと思いながら、明日奈に尋ねた。

 

「えっと、実は明日奈って、どこかのお嬢様?」

「明日奈はレクトの社長の娘だぞ」

「う、うん、一応」

「ええっ!?」

「そうだったんだ!」

 

 確かに明日奈は上品な雰囲気を漂わせているので、二人はやはりと思いつつも、

そこまでの大企業の社長令嬢だとまでは思っていなかったようで、ひたすら驚いていた。

 

「うちの社長の奥さんが、レクトの社長令嬢かぁ、

いずれ合併とかいう話になったりするのかな?」

「どうだろうね……って、うちの?」

 

 明日奈は、そのかおりの言葉の頭の部分に引っかかりを覚えた。

うちのという事は、つまりそういう事だからだ。

 

「実はな、折本は、うちの会社の面接に受かって、受付をやる事に内定したらしい」

「あ、やっぱりそうなんだ!」

「まあ、比企谷のコネらしいんだけどね」

 

 かおりは苦笑しながらそう言った。

 

「コネ、らしい?」

 

 らしいとはどういう事だろうかと、明日奈がきょとんとした為、

八幡は明日奈に、事の経緯を説明した。

 

「ああ、その時の面接官は、どうやらアルゴだったらしいんだけどな、

俺と折本が中学でクラスが一緒だった事を、多分事前に調べてたんだろうな、

それでアッサリと、折本だけ採用する事に決めちまったらしいぞ。

俺も折本も知らなかったから、だから、らしい、だな」

「そういう事なんだ」

「まあさすがのアルゴも、適当に選ぶなんて事はしないはずだから、

同じくらいの条件の候補者の中から誰か一人選ぶのに、

最後の決め手になったとか、そんな理由だと思うぞ」

「ソレイユは実力主義だもんね」

 

 そんな訳で、かおりの内定祝いも兼ねて、ちょっと奮発する事になり、

四人はかなり値段の高い焼肉屋にいく事となった。

 

「そういえば俺、焼肉屋に来るのは初めてだな」

「あっ、私もかも」

「え、そうなの?」

「これはかおりが肉奉行をするしかないね!」

「分かった、任せて!」

 

 かおりはそう言うと、慣れた感じで注文し始めたのだが、

やはり遠慮したのか、それほど高い物は注文出来なかった。

それを八幡が、全て特上に変更するというハプニングもあったのだが、

四人は心ゆくまで肉、肉、肉三昧な時間を過ごした。

そして食後の雑談の席で、かおりが八幡にこんな質問をした。

 

「そういえばちゃんと聞いてなかったけど、二人は何で京都にいるの?」

「え~っと、どうやって説明すればいいのかな?」

「そうだな……」

 

 一言で説明するには、事情は複雑になりすぎていたのだが、

八幡は何とか要点を二つに絞り、二人に説明した。

 

「簡単に説明するのは難しいんだが、要するにお家騒動の解決と人助けだな」

「人助け?誰か怪我か病気でもしたの?」

「ああ、その子は楓といって、明日奈の親戚なんだが、実はかなりの難病にかかっててな、

一応俺も手は打ったんだが、果たして手術が成功するかどうか……

で、うちの特殊なVR技術を提供して、先日楓と、VR環境の中で一緒に遊んだんだよ。

そしたら楓が、おじいちゃんとも一緒に遊びたいって言うから、

その偏屈じじいを、力ずくでゲームの中に突っ込もうと、明日突撃する予定だ」

「力ずくって……」

「そこでさっきのお家騒動の話が出てくるんだよな。

実は明日奈の家は分家筋でな、その本家が京都にあるんだが、

そこの当主の偏屈じじいが今度引退するから、その後継者をこっち寄りの人にしちまおうと、

今色々と手を回してる所なんだよ」

「うわ、本物の権力争いだ」

「何それ、ウケるし」

「でもそのじじい、いきなり日本刀で斬りかかってくるような危ないじじいなんだよな」

「うわ、それはウケないわ」

「だ、大丈夫だったの?」

 

 千佳は心配そうに八幡にそう尋ねた。

八幡は、千佳に普段持ち歩いている護身用の警棒を見せると、

ニヤリとしながらこう言った。

 

「大丈夫だ、これを使って取り押さえた。ちなみに明日奈と二人でな」

「ええっ、二人とも、そんな事が出来るんだ……」

「ゲームの中だと余裕なんだけどな、現実だと、

上手く使えるように練習するのが、確かにちょっと大変だったな」

「私はまだ武器とかは上手には扱えないから手刀だったけど、まあ足運びくらいはね」

「うわ、何か二人とも凄い……」

「だって千佳、この二人はSAOを……あ、ごめん、な、なんでもない」

 

 明日奈はかおりが何を言い掛け、何に気を遣ってやめたのかを悟り、

八幡と顔を見合わせ、八幡が頷いた為、かおりに言った。

 

「かおり、別に言っちゃってもいいよ」

「えっ、いいの?」

「まあ実際のところ、うちの学校じゃ公然の事実だし、

千佳に教えるのはまったく問題無いと思う」

 

 その明日奈の言葉を聞いて、本当は千佳に教えたくてうずうずしていたのか、

かおりは嬉しそうに千佳に説明を始めた。

 

「そっか、えっとね千佳、この二人は、SAOのクリアに一番貢献した三人の中の二人なの」

「ええっ!?それって、ネットで英雄扱いされてるあの三人?」

「うん、それそれ」

「銀影、閃光、黒の剣士だっけ?」

「その呼び方はやっぱりちょっと恥ずかしいんだよな……俺は銀影で、明日奈は閃光だな」

「うわ、知り合いが英雄とか、

有名人が友達だって自慢する人の気持ちがちょっと分かっちゃったかも……」

 

 八幡はその千佳の言葉に苦笑しながら、ついでに一つ補足した。

 

「まあ実は、貢献したのは三人じゃなく四人なんだけどな」

「それは初耳かも」

「残りの一人は二つ名がついてなかったから、広まらなかったんだろうな。

ちなみにそいつとは、京都で先日再会したばっかりだ」

「おお、それは嬉しい出来事だね!」

「会えたのは偶然だったんだが、やっぱり嬉しいよな」

「それあるある!」

「で、何の話だったっけか……」

 

 そういえばと思い、四人は一瞬考え込んだのだが、直ぐにかおりがこう言った。

 

「日本刀を持ったじじいを叩きのめしてやったぜ!って比企谷が言った所からかな」

「そうだったな、実は明日、またそのじじいを叩きのめさないといけないんだよな。

もう一回本物の日本刀を相手にしないといけないかと思うと、少し面倒だな……」

「ねぇ、それって、ゲームの中じゃいけないの?」

 

 突然かおりがそんな事を言った。

 

「ゲームの……中?」

「うん、現実でやりあうなんて、やっぱり危ないじゃない。

だから、挑発するなり、相手に少し有利な条件をつけるなりして、

上手くゲームの中で戦えるように相手を誘導してさ、

そしたら比企谷は、ゲームの中でなら、多少不利な条件でも無敵なんだし、

そしたらこっちの圧勝なんじゃない?」

 

 その発想に、二人は意表を突かれた。

 

「それは思いつかなかったよ……」

「はっ、ははっ、ははははは、その発想は無かったわ、

さすが受付とはいえ、たった一人だけうちの内定をもらっただけの事はあるな、折本」

「はっ、社長、光栄であります!」

 

 かおりは冗談めかしてそう言うと、更にこう付け加えた。

 

「それにほら、そういう口実でゲームに接続させちゃえば、

もし万が一比企谷が負けても、その楓ちゃんと遊ばせるっていう目的は、

問題なく達成されるんじゃない?」

「折本、お前天才かよ……確かに最近ちょっと、力に頼りすぎていたかもしれないな、

これは反省しないといけない部分だな」

「役に立ちましたか?社長」

「ああ、金一封ものだぞ折本君」

「それは今日の二度の食事で十分であります、社長!」

 

 そして四人は顔を見合わせると、楽しそうに笑った。

 

「よし、そうと決まったら、明日は散々煽ってやるか」

「八幡君、煽るの得意だもんね」

「おう任せろ、得意分野だ」

「比企谷、頑張れ!」

「遠くから応援してるからね」

 

 こうしてかおりにヒントをもらう事が出来、この日の夕食は、

八幡にとってはリスクを避ける上で、とても有意義なものとなったのだった。




次回「八幡は牙をむき、そして戦いの鐘が鳴る」
戦いの開始までの経緯が語られます。八幡の本気をお楽しみに!


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第257話 八幡は牙をむき、そして戦いの鐘が鳴る

2018/03/06 句読点や細かい部分を修正


「二人とも、今日は凄く楽しかった。またあっちでも一緒に遊ぼうね」

「うん、また遊ぼうね!」

「今日は比企谷君と仲直り出来て本当に良かったよ。今後とも宜しくね、二人とも」

「折本、仲町さん、それじゃあまた千葉で」

「またね!」

「二人とも、明日は気を付けてね!」

 

 この日の出来事は、四人にとってとてもいい思い出となり、

千葉に戻った後も、たまにではあるが、四人の関係はしっかりと続いていく事となる。

そしてホテルに戻った二人は、いつものようにお風呂に入り、

いつものように並んでベッドに横たわった。

 

「今日は楽しかったね、八幡君」

「ああ、旅先での出会いって何かいいよな」

「うん!でもさすがに眠いね」

「そうだな、今日も色々あったからな」

 

 そして満腹だった事もあり、二人は抱き合いながら深い眠りへと落ちていった。

そして次の日の朝、八幡が目を覚ますと、再び手に柔らかい物が触れる気配がした。

 

(まあこの旅行の間だけだろうし、好きにさせるか)

 

 八幡はそう思い、黙って寝ているフリを続けた。

そして明日奈は満足そうに立ち上がると、部屋の外へ出ていき、

今度はどうやら腹筋を始めたようだ。

 

(まあ、さすがに昨日は俺もちょっと食べ過ぎたしな)

 

 そう思った八幡は、静かに起き上がると、明日奈の背後からそっと近付き、

明日奈の背中をそっと抱くと、その頬に軽いキスをした。

 

「えっえっ」

「おはよう、明日奈」

 

 八幡はそう言うと、黙って明日奈の足の上に座った。

 

「おはよう、八幡君!」

 

 明日奈はその八幡の気遣いを受け、嬉しそうにそう言うと、再び腹筋を開始した。

 

「さすがに昨日は食べすぎちまったし、俺もちょっとやっとくか」

「うん、じゃあ今度は私が上になるね」

「その前に、風呂を沸かしておこうぜ」

「あ、そうだね」

 

 そして二人は朝の軽い運動を終え、仲良く風呂に入った。

 

「今日は眠りの森に寄って、状況を確認したら、次はあのじじいの所か」

「かおりの助言通り、上手くいくかな?」

「まあ大丈夫だろ、こっちのフィールドに引きずり込めれば、その時点でこっちの勝ちだ」

「油断しないでね、八幡君」

「ああ、タイプ的には直葉を強くしたような感じだろうから、そのつもりで相手をするわ」

 

 そして二人は手早く朝食をとると、眠りの森へと向かった。

 

「二人とも、おはよう」

 

 二人を最初に出迎えたのは知盛だった。

知盛からは疲れたような雰囲気が伝わってきたが、その表情はとても明るかった。

 

「知盛さん、昨日はこっちに泊まったんですか?」

「移動の手間も惜しいからね、今はとにかく集中しないと」

 

 知盛は八幡の頼みに応え、とある作業にひたすら没頭していた。

 

「調子はどうですか?」

「うん、さすがにきついけど、段々とコツは分かってきたかな。

今日いっぱい時間を掛ければ、完全なものに仕上がると思うよ」

「お忙しい中、苦労をおかけして本当にすみません」

「何、僕にとってもとても大事な事だから、こんなの苦労のうちには入らないよ」

「ありがとうございます」

 

 そして八幡は、経子といくつか打ち合わせをした後、

一度ホテルに戻り、陽乃を捕まえると、その耳元で何事か囁いた。

 

「なるほど、そう判断したのね、分かったわ。

うちのスタッフからちょっと機材を借りてくる」

 

 そして陽乃はどこかへ連絡し、少ししてソレイユのスタッフらしき者が現れ、

陽乃に何かを手渡した。そして八幡は陽乃を伴い、明日奈と三人で結城本家へと乗り込んだ。

アポは事前に章三に頼んでいた為、三人はすんなりと清盛の前に立つ事が出来た。

 

「今日は何用だ小僧。儂を説得する為の材料でも他に見つかったのか?」

「いや?今日はそんな事の為に来たんじゃねえよクソじじい。

この前俺と明日奈に簡単に捻られて、さぞ悔しかっただろ?

だからリベンジの機会を与えてやろうと思って、わざわざこうして出向いてやったんだよ」

「ほう?」

 

 清盛はその挑発を受け、目を光らせると、常に傍らに置いている日本刀を手に取った。

 

「今度は手加減せんぞ」

「やれるもんならやってみろ」

 

 そして八幡は、無防備な体勢のまま前に進み出た。

八幡が、清盛とVR環境で勝負出来るように色々と挑発するだろうと思っていた明日奈は、

その八幡の行動をいぶかしく思ったが、陽乃がずっと無言でいるのを見て、

何か考えがあるのだろうと思い、黙ってその成り行きを見守った。

 

「小僧、何のつもりだ」

「見ての通りだ」

 

 そう言いながら八幡は、無防備なままどんどん前へと進んでいった。

 

「儂がお前を斬らないとでも思っているのか?」

「さあ、どうだろうな」

「あくまで前に進み続けるか、ならば…………死ね!」

 

 そして清盛は、目の前で棒立ち状態の八幡の頭に向けて日本刀を振り下ろした。

明日奈はドキリとし、一瞬目を閉じてしまったのだが、

目を開くと、明日奈の視界に、まったく表情を変えずに微動だにしていない八幡と、

寸止めしたのだろう、八幡の頭スレスレに日本刀を突きつけた清盛の姿が映った。

 

「まあそうだよな、普通斬れないよな」

「何故そう思う」

「それはあんたが、まだ結城総合病院の理事長だからだ。

引退して元理事長になったなら、病院とは関係無いと強弁する事も出来るだろうが、

現理事長が、俺を殺すどころか、その刀で少しでも俺を傷つけたりしただけでも、

その時点で結城系列の病院の評判はガタ落ちだ、最悪潰れるまであるだろう」

「フン」

 

 清盛は刀を鞘に納めると、元の場所に腰を下ろし、

八幡も前回と同じように、清盛の前であぐらをかいた。

 

「こんな小手先の勝負で儂に勝ったつもりになっているのか?小僧」

「そんな訳無いだろ、俺が言いたかったのは、日本刀をこれみよがしに振り回してるだけじゃ、

他の一族の奴らへのこけおどしにはなっても、

俺との本気の勝負なんかまともに出来ないだろって事だ」

「確かにそうかもしれんが、それでは小僧、お前はどうやって儂と勝負するつもりだ?

道場か何かで竹刀か木刀を使って、チャンバラごっこでもしろと言うのか?」

「今の衰えたあんたじゃ俺には絶対に勝てねえよ、勝負にもならん。

そこで提案だ、黙ってこれをかぶれ」

「ほう?」

 

 そう言って八幡が差し出したアミュスフィアを見て、清盛はつまらなそうに言った。

 

「そんなおもちゃで勝負だと?確かにそれを使えば、日本刀で斬りあう事も可能だろうが、

そんなのは所詮まやかしよ、痛みも伴わない勝負に何の意味がある?笑わせるなよ小僧」

「はっ、無知ってのはこれだからたちが悪いな、そんなんだから、

くだらない感情論でしか他人を評価出来ない、あんたみたいな老害が出来上がっちまうんだ。

いいかじじい、これの利点はそこじゃない、あんたに全盛期の力を出させる事が、

これを使う一番の理由なんだよ」

「全盛期の力だと?」

 

 清盛はその言葉に興味が沸いたのか、ピクリを眉を動かし、そう言った。

 

「そうだ、このおもちゃは、あんたが思った通りの動きを、

あんたが思った通りの力で再現してくれる。

もう今は、自分のイメージ通りに動く事なんか出来やしないんだろ?

そんな雑魚相手に勝ったとしても、あんたも俺も納得なんかしやしない。

お互い全力でぶつかってこそ、白黒つけられるってもんだろ」

「ほう、さすがに言いよるわ、どうやら全盛期の儂相手でも勝つ気まんまんのようじゃな」

「当たり前だろじじい、いくらじじいが若返っても、所詮じじいはじじいだ」

「良かろう、その勝負、受けてたとう」

 

 清盛は、おそらくあえてだろう、八幡の挑発に乗る事にしたようだ。

そして清盛は更にこう言った。

 

「もし儂が勝ったら小僧、お前は儂の養子になれ。そして一生儂には逆らわないと誓え。

もちろんそこにいる章三の娘との結婚は認めてやってもいい」

「いいだろう、その条件を飲もう。その代わりこっちも条件を出すぞ」

「当然じゃな、で、儂は、先日のお前達の申し出を素直に認めればいいのかの?」

「いや、もし俺が勝ったら、あんたは次の理事長選挙で絶対に引退すると約束しろ」

「……何じゃと?」

「俺はあんたの言った条件を無条件で承諾したぞ、当然あんたも無条件で承諾するよな?」

 

 清盛は鋭い目付きで八幡を見ると、八幡にこう尋ねた。

 

「小僧、最初からそれが目的じゃったな、いつから気付いておった?」

「最初会った時からこれまで、あんたはこっちの邪魔を一切してこなかったからな。

もし何か仕掛けてきてたら、俺も少し迷ったかもしれないが、

あんたは結局最後まで何も仕掛けてこなかった。それなら答えは一つだろ。

あんたは俺達が何をしようとも、確実にそれをひっくり返す事が出来る方法を知っていた。

考えれば簡単な事だ、一族の者や系列病院の院長達は、皆極度にあんたを恐れている。

だから俺達が何をしようとも、あんたがトップでいる限り、そいつらは結局あんたに従う。

その為には理事長選挙をとりやめて、あんたがずっとトップのままでいればいい」

「なるほど、確かに頭は切れるようじゃな、益々お前が欲しくなったわ。

だが小僧、たとえ儂が勝負に負けたとして、確実に約束を守るとでも思うのか?

だったら貴様はとんだあまちゃんじゃな」

「あまちゃんはどっちだろうな、姉さん、お願いします」

「オッケー、もう仕込みはバッチリよん」

 

 そう八幡に声を掛けられ、ここで初めて陽乃が動いた。

陽乃の手には、いつの間にか小型のビデオカメラらしき物が握られており、

清盛はそれを見て初めて狼狽した。

 

「小僧、貴様何をした!」

「明日奈がいたせいで、姉さんの行動にはまったく注意を割いていなかったみたいだな。

最初に会った時も、俺達には最初目もくれなかったから、絶対そうなると思ってたわ。

案外それがあんたの一番の弱点かもしれないな。

当事者以外には目もくれない、その傲慢さがな。

種を明かすと、今の俺達の会話は、既に一族や全ての系列病院の院長宅に配信中だ。

もちろんこれから行われる俺とあんたの勝負も、同じように配信される予定だ。

ちなみに公の動画サイトに流す事も一瞬で可能だ。うちの会社の実力を甘く見るなよ。

さあどうする?尻尾を巻いて逃げ出すか?もっともそんな事をしたら、

あんたの求心力は、限りなくゼロに近付く事になるだろうがな。

そうなったらもう、あんたなんか怖くも何ともない」

「くっ、小僧、貴様……」

「これでもう、あんたが権力を維持する為には、俺との勝負に勝つしかない。

もちろん勝つ自信があるんだろ?それとも何か、本当に尻尾を巻いて逃げ出すつもりか?」

 

 清盛は黙って八幡を睨み付けていたが、やがて腹をくくったのか、こう言った。

 

「よかろう、儂と小僧の直接対決で全ての決着をつけるとしよう」

「潔いな、そのあたりはさすがだと言っておこう」

「後でほえ面かくなよ、小僧」

「どっちがだよ、それじゃ姉さん、準備をお願いします」

 

 そして陽乃がテキパキと準備を進め、

八幡と清盛、それに明日奈はアミュスフィアを被り、

特別に作成された、アルゴ謹製の闘技場へとダイブした。

 

「ほう……こういうのは初めての経験だが、中々悪くないな」

 

 清盛は中に入るなり、そう言った。

 

「一応あんたの若い頃の写真を元に、外見も若い頃と同じにしてあるからな。

試しに軽く動いてみたらどうだ?武器はそこに日本刀がたくさんあるから、

自分に一番しっくりくるバランスの奴を使ってくれ」

「ふむ、至れり尽くせりじゃの」

 

 清盛はその八幡の言葉を受け、何本かの日本刀を手にとると、順に振り始めた。

その剣速はかなりのもので、八幡はそれを見て、絶対に油断しないようにと自分を戒めた。

 

「これだな、これが一番俺の手になじむ」

 

 清盛はそう言って一本の刀を選んだ。

心なしか、その言葉遣いまでもが若返っているように感じられた。

 

「儂じゃなく俺なんだな」

「そうだな、本当に若返ったような気がして、とてもいい気分だ」

 

 一人の侍がそこにいた。その侍の持つ迫力は、ユージーン辺りとは比べ物にならず、

完全にキリトやヒースクリフを彷彿とさせるものだった。

 

「俺の武器は決まったぞ、お前は何を選ぶつもりだ?」

「俺の武器はこの短剣と、もう一つ別の装備を使わせてもらうが、構わないか?」

「好きにしろ、お前にとって一番戦闘力が高まる装備を使うといい」

「それじゃあ遠慮なくそうさせてもらう。アルゴ、聞こえるか?

こいつはどうやら過去最大級の強敵みたいなんで予定を変更する。『アレ』を出してくれ」

 

 そしてその言葉と共に、八幡の腕に見慣れぬ装備が装着された。

それを間近で見ていた明日奈は息を呑んだ。

 

「よう、久しぶりだな、相棒」

「八幡君、それって」

「ああ、今回の勝負の為に、アルゴに頼んで再生してもらったんだ」

「小僧、何だその見慣れぬ武器は。いや、防具か?」

「これはな……」

 

 時を同じくして、国友家のリビングでは、義賢と駒央がこの勝負を観戦していた。

そして八幡の腕にその装備が現れた瞬間、駒央がいきなりこう呟いた。

 

「まさか……もう一度あれを見られるなんて……」

 

そして駒央が嗚咽をもらした為、義賢は何事かと思い、駒央に尋ねた。

 

「駒央、あの見慣れぬ装備が何か知っているのか?」

「うん、父さん、あの装備の名前はね」

 

 そして八幡と明日奈と駒央は、その装備の名前を同時に口に出した。

 

「「「アハト・ファウスト」」」

 

 こうして仮初めではあるが、かつて共に戦い、無敵を誇った八幡の専用装備が、

ついに再び八幡の腕に装着される事となったのだった。




次話「八幡は影となり、銀の光が煌く」


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第258話 八幡は影となり、銀の刃が煌く

2018/03/06 句読点や細かい部分を修正


「小僧、何だそれは、腕に付けるタイプの小型の盾か?それでもう準備は出来たのか?」

「ああ、これで俺の準備も完了だ。明日奈、開始の合図を頼む」

 

 そして明日奈は、戦闘の開始を高らかに宣言した。

 

「はじめ!!!」

 

 その明日奈の合図と共に、様子見のつもりなのか、清盛は、

無造作とも見える動作で、八幡の左肩目掛けて刀を振り下ろした。

八幡はそれをアハトで受けようとしたのだが、その瞬間、清盛の持つ刀の姿がブレた。

八幡は咄嗟に右足を引き、清盛の攻撃を、自身の右肩があった位置で受けた。

 

「面白い事をしてくれるじゃねーか、じじい」

「ほう、よく見切ったな、小僧」

 

 清盛はそう言うと、軽くバックステップをした。

そして着地と同時に地面を蹴り、再び八幡の左腕目掛けて刀を振り下ろした。

八幡はカウンターを取ろうと一歩踏み込み、刀の根元にアハトを叩きつけると、

右手の短剣を清盛の心臓目掛けて突き出した。いや、正確には突き出そうとした。

その瞬間に八幡は短剣を離し、咄嗟にしゃがみこんだ。

その頭の上を清盛の刀が通り過ぎ、手応えが無いと分かるや否や、

清盛はすぐさま後方へとバックステップし、刀を肩にかつぐと、感心したように言った。

 

「今のを避けるか、小僧」

 

 そして八幡は、一度離した短剣を空中で掴みなおすと、それに対抗するように言った。

 

「そっちこそ随分器用じゃないか、じじい。てっきりカウンターが入ったと思ったんだがな」

 

 その光景を見ていたほとんどの者が、何が起こったのかを理解していなかった。

その時突然その場にアナウンスが流れた。

 

「明日奈ちゃん、説明して」

 

 その言葉と共に、明日奈の手に突然マイクが現れた。

どうやら陽乃が明日奈を解説役に任命したようだ。

そして明日奈は、今の一連のやり取りについて解説した。

 

「簡単に言うと、八幡君がカウンターを取ろうと踏み込み、

左腕の装備で刀を弾いた瞬間、清盛さんはその力を利用して回転し、

横なぎに八幡君の首を刎ねようとしましたが、八幡君がそれに気が付き、

武器を離してその場に伏せた為、清盛さんは一度後方に下がり、

八幡君は離した武器をそのまま空中で受け止めたという流れになります」

 

 その解説が流れた瞬間、この戦闘を見ていた者達のモニターに、

今の一連の流れがスローで再生された。至れり尽くせりである。

 

「ちょっと知盛、若い頃の力を取り戻したお父様に対抗出来るなんて、

八幡君って一体何者なの?」

「なぁに、ただの英雄だよ、姉さん」

 

 眠りの森でこの戦いを観戦していた経子は知盛にそう尋ね、

知盛はあっけらかんとそう言った。

そして別の場所では、駒央がモニターを見ながら興奮していた。

 

「さすがは八幡さん、全然腕は錆付いていないみたいだ」

 

 義賢は今の一連のやり取りに驚愕し、駒央に尋ねた。

 

「お、おい、まさかお前もあんな事が出来るのか?」

「僕には無理だよ父さん。あんな事が出来るのは、あそこにいる二人と、

あともう一人くらいじゃないかな」

「章三さんのお嬢さんもあれくらい強いのか……

なるほど、SAOが予想より早くクリアされたのも、これを見せられれば納得だな」

 

 そして明日奈の解説も終わった所で、八幡と清盛は再び構えをとった。

 

「さて、次はどうする?」

「思ったほどじゃないな、次で決める」

「さて、そう上手くいくかな?」

「もちろんいくさ」

 

 八幡はそう言うと、無造作に前へと進み出た。

清盛は虚を突かれながらも、八幡を迎え撃とうと、刀を振り上げる為、筋肉に力を入れた。

その瞬間に八幡は清盛の下へとダッシュし、短剣を内から外へと渾身の力を込めて払い、

完璧なタイミングでカウンターを入れた。

 

「そう何度もくらうか!」

 

 清盛はそう叫ぶと、刀への衝撃を無理やり力で抑え込み、腕を折りたたむと、

左足を一歩踏み込み、無防備な八幡の顔面めがけて強烈な突きを放った。

 

「あっ」

 

 明日奈でさえ、その突きの鋭さに心臓の鼓動が跳ね上がった。

そして清盛の刀が八幡の顔面に突き刺ささった時、不意に八幡の姿が影となって消えた。

八幡は踏み込んだ清盛の左足を自身の右足で蹴り、

強引に体を反らしてその突きをかわしていた。

 

「やるな!だがその体勢では……」

『ガン!』

 

 何も出来まい、そう言おうとした瞬間に銀の閃光が走り、

清盛はその音と共に、刀に衝撃を感じた。

見ると、アハトが前へとスライドしており、清盛の刀は上へと押し上げられていた。

 

「ぬっ……?」

 

 そして八幡は左足で着地し、体を起こすと、

体の前面を守るようにアハトを前に押し出し、左肘を曲げた。

だがその体勢はまだ不安定であり、

それを見て取った清盛は、しっかりと刀を握り直すと、渾身の力を込め、

がら空きになった八幡の左脇を狙って刀を振り下ろした。

 

「もらった!」

『ガン!』

 

 その瞬間に、八幡はアハトを後ろにスライドさせ、

狙いすましたかのように清盛の刀を外へと弾き飛ばした。

 

「何だ!?」

『ガン!』

 

 そして次の瞬間に、再び前へとスライドしたアハトが清盛の顎にヒットし、

清盛は、無防備な首筋を八幡の前にさらす事になった。

そして八幡は右足を一歩踏み込むと、右手に持つ短剣を無造作に横に振った。

 

「いっ、今、何が起こった……」

 

 銀の影が閃光のように走ったとしか、清盛には認識出来なかった。

訳がわからないまま刀だけは何とか手放さないようにし、

目の前の攻撃出来そうな所に必死に刀を振るっていた清盛だったが、

その八幡の最後の一撃と共に、ついに刀が自分の言う事をきかなくなった。

そしてそう呟いた後、清盛の視界は急激に縦に回転し、

そこに自分の体らしき物や八幡の顔が、映っては消え、映っては消えていった。

そして頭に衝撃を感じた後、清盛の視界が上下逆で固定された。

清盛が最後に見た物は、自分の顔に手を伸ばし、上へと持ち上げる八幡の姿だった。

 

(そうか、俺は首を刎ねられたのか……)

 

 そして清盛の意識は、そこで一瞬途絶えた。

 

「うおおおおお、やっぱり八幡さんとアハトのコンビは最強!」

 

 国友家では、清盛の首が八幡の手によって刎ね飛ばされた瞬間、

駒央がガッツポーズをし、雄たけびを上げていた。

義賢は、その見慣れぬ自分の息子の姿に驚きつつも、

画面の中で今、何が起こったのか把握出来ずに呆然としていた。

八幡と清盛の今の戦いが、明日奈の解説と共にスロウ再生で流れ、

全てを理解した義賢は、これで一つの時代が終わったと天を仰いだ。

それを象徴するように、画面の中では明日奈が最後にこう締めくくった。

 

「という訳でこの勝負は、まあ当然なんですが、

このようにあっさりと私達の勝利に終わりました。

一瞬残酷な映像が流れたように見えたかもしれませんが、

これはあくまでゲームのようなものなので、ほら、もう全て元通りですからね。

そしてこの中継をご覧の皆さんの中で、まだ自分の立場を決めかねていた方は、

早く国友さんに連絡しないと大変な事になりますので、その事は忘れないで下さいね」

 

 その言葉通り、確かにその場には清盛が、

何もなかったかのように五体満足で横たわっていた。

そして明日奈は画面に向かって笑顔で手を振ると、

八幡の下へと走っていき、そこで中継は終了した。

それからしばらくの間、義賢の携帯は、

延々と着信を告げる音を鳴り響かせ続ける事となったのだった。

 

 

 

「……!」

 

 清盛は、自身の意識が急速に覚醒するのを感じた。

目を開くと、どうやら自分は地面に大の字に寝転がっているようで、

それを覗き込む八幡と明日奈の姿が目に映った。

 

「そうか、儂は負けたのか……」

「当たり前だろ、俺を誰だと思ってるんだよ」

 

 そう言いながら差し出された八幡の手を握り、清盛は立ち上がった。

見ると、自分の姿は現在の年老いた姿に戻っており、刀やら何やらは全て消えていた。

 

「くっ、儂はまだ負けておらんぞ」

「おいじじい、たった今、負けたのかって言ったばかりじゃないかよ」

「そんな事を言ったかの?どうも歳をとると、物忘れが激しくなっていかんのう」

「こういう時だけ老人面すんじゃねえよ」

「ところで小僧、最後は一体何をやったんじゃ?」

 

 清盛は唐突にそう話題を変えた。一瞬の出来事だった為、

どうやらあの時正確に何が起こったのか、理解出来なかったようだ。

 

「まあ自分の目で見てみるといい。アルゴ、聞こえるか?もう一回スロウ再生を頼む」

 

 そして清盛の前にモニターが出現したかと思うと、先ほどの戦いの様子が映し出された。

それを最後まで見た清盛は、アハトを見ながら悔しそうに八幡に言った。

 

「何じゃあれは、ずるいぞ小僧」

「何じゃと言われてもな、俺と一緒にSAOを戦いぬいてくれた、大切な相棒だよ」

「ぬっ、そうか……それならまあ仕方ないのう」

 

 清盛はそう言うと、八幡の目をじっと見ながら言った。

 

「改めてこの勝負、わしの負けじゃ。煮るなり焼くなり好きにするがいい」

「じじいを煮ても焼いても食えたもんじゃないが、まあそれなら一つ、遊びに付き合え」

「遊びだと?」

「楓、もう入って来てもいいぞ」

「うん!」

 

 その声に清盛は慌てて振り向いた。いつの間にか清盛の後方には扉が出現しており、

その中から楓が姿を現した。楓は清盛の姿を見て、

とても嬉しそうにこちらに駆け寄ってくると、そのまま清盛に抱きついた。

 

「お爺ちゃん!」

「か、楓……」

 

 清盛は、自分の意地を通す為、楓の為にメディキュボイドを手に入れる事を、

つい先日拒んだばかりだったので、どうしていいのか分からず、ただ呆然と立ち尽くした。

 

「おいじじい、いいからさっさと楓を抱いてやれよ」

「しかし儂は……儂は……」

「ほら、楓が困ってるじゃねーかよ、空気読め、じじい」

 

 その言葉通り、楓は清盛の顔を見てまごまごしていた。

そんな楓の姿を見て、清盛は涙を流し始めた。楓は驚いた顔をして、慌てて清盛に尋ねた。

 

「お爺ちゃん、何で泣いてるの?もしかして誰かにいじめられたの?」

「いや、儂が泣いているのはな、楓に会えて嬉しいからだよ」

「そうなの?楓もお爺ちゃんと会えて、とっても嬉しいよ!」

「そうかそうか」

 

 そして清盛は涙を拭くと、そっと楓を抱きしめ、笑顔を向けた。

その笑顔を見て楓は安心したのか、清盛にこう言った。

 

「ねえおじいちゃん、ここがどこか覚えてる?」

 

 その言葉で清盛は、いつの間にか周囲の光景が変わっている事に気が付いた。

そこがどこなのか、清盛はすぐに思い出したのか、楓の頭をなでながらこう言った。

 

「もちろん覚えてるさ、昔ここで、よく楓と一緒に遊んだだろ」

「そっか、覚えててくれたんだ!それじゃあ昔みたいに、ここで楓と一緒に遊んでくれる?」

「もちろんだとも」

 

 清盛はその楓のお願いを快く了承し、八幡と明日奈も交え、

楓が満足するまでひたすら一緒に遊んだ。

そしてどれくらいの時が過ぎただろうか、楓は満足したらしく、笑顔で清盛に言った。

 

「お爺ちゃん、今日は本当にありがとう、楓、本当に嬉しかった!」

「うんうん、お爺ちゃんも楽しかったよ、楓」

「これでもう、何も思い残す事は無いよ、お爺ちゃん。

もし楓がいなくなっても、お爺ちゃんはこれからもずっと笑っててね!

それが楓の、お爺ちゃんへの最後のお願いだよ!」

「じじい、泣くな、笑え」

 

 八幡が、咄嗟に清盛の耳元でそう囁いた。

清盛は必死に涙を堪えながら、楓に笑顔を向けながら言った。

 

「ああ、もちろんこれからもずっと笑っているとも」

「うん、約束だよ!」

 

 そこに、様子を見ながら新たにログインしてきたのか、経子が姿を現した。

 

「楓、迎えに来たわよ」

「お母さん!」

 

 楓は嬉しそうに経子の下へと駆け寄り、こちらに振り向くと、

手を振りながら別れの挨拶をした。

 

「それじゃお爺ちゃん、お兄ちゃんお姉ちゃん、楓はお母さんと一緒におうちに帰るね!」

「ああ、楓、気を付けてな」

「楓ちゃん、また遊ぼうね」

「楓、お爺ちゃんな、今日はとっても楽しかったぞ」

「うん、それじゃあまたね!」

 

 そして楓は経子に連れられ、仮想現実内の自宅へと帰っていった。

 

「よしじじい、一度戻るぞ」

「…………ああ」

「じじい、泣くなって」

「これはただの汗だ」

「はいはい、分かった分かった」

 

 そして清盛は、名残惜しそうに楓の去っていった方を眺めると、そのままログアウトした。

そして一瞬意識が途切れた後、清盛は、ログインする時に用意した布団の上で目を覚ました。

隣で誰がが体を起こす気配がした為、清盛はそちらを見ないままこう言った。

 

「小僧、楓の事、心から感謝する」

「賭けの内容についてもちゃんと守れよ、じじい」

「もちろんだ、今更その事について、ぐだぐだ言うつもりはないわい」

「よし、それじゃあそれとは別に、俺から頼みがある」

「聞こう」

「もしかしたら楓を救えるかもしれない。その為に手を貸せ」

 

 清盛はその言葉を聞き、驚いた顔で八幡の顔を見つめたのであった。



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第259話 逆鱗に触れる

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


「おい小僧、お主、一体何をするつもりじゃ?」

 

 清盛は、いぶかしげな表情で、八幡にそう問いかけた。

 

「明日、楓の手術を行う」

 

 清盛は、その言葉を聞き、憤慨したように八幡に言った。

 

「何を勝手な、そもそも一体誰に執刀させるつもりじゃ?」

「知盛さんだ」

「無理じゃな」

 

 清盛は、取り付く島も無くそう言った。

 

「あやつは確かに、儂の息子の中では一番優秀じゃが、

所詮他人のコピーしか出来ない男じゃ」

「そうらしいな」

「何じゃお主、その事が分かってて、あやつに執刀させるつもりかの?」

「その通りだ。じじい、これを見ろ」

 

 八幡はそう言うと、スマホを取り出し、とある映像を、清盛に見せた。

その映像をじっと見つめ、何の映像なのか把握した清盛は、仰天した。

 

「こ、これは、楓と同じ病気の患者の手術の映像じゃな?小僧、どこでこれを……」

「やっぱり分かるのか、伊達に大病院の理事長をやってる訳じゃないんだな。

この際だから正直に言うが、これは茅場晶彦のPCから発見された映像だよ、じじい」

「何と……」

 

 驚く清盛に、更に八幡は、こう言った。

 

「おいじじい、執刀医の顔をよく見てみろよ」

「ぬっ」

 

 そう言われた清盛は、目をこらし、その執刀医が誰なのか確認しようとした。

そして次の瞬間、驚いた顔で、八幡に言った。

 

「こ、これはまさか知盛なのか?あやつがこの手術の執刀経験があるなんて、

儂は今までまったく知らなかったぞ!」

「その答えは、じじい自身が、さっきまで体験してたんだけどな」

「何っ?そうか、そういう事じゃったか……しかしこれはどう見ても、本物にしか見えんぞ。

これが本当に、仮想現実の映像だと言うのか?」

 

 清盛は、驚くべき理解力を示し、正確に正解を言い当てた。

 

「だよな、俺もそう思う。まあ要するにだ、あんたも十分化け物じみてると思うが、

世の中には、俺達なんかの想像を遥かに超える、途方もない化け物がいるって事だな」

「確かにのう……」

 

 清盛は、感慨深げにそう言うと、続けて八幡にこう尋ねた。

 

「で、知盛は、モノになったのかの?」

「ああ、最初はオートで勝手に手が動く、トレースモードから始めて、

それから徐々に、動きの自由度を増やしてもらって、

今はもう、完全に自力で動けるようになったらしいぞ。

ちなみに昨日の朝からずっとこもりっきりで、延々とこれをやってもらってる」

「そんな事をして、知盛の体力はもつのか?」

 

 意外にも清盛は、知盛の体の事を心配したのか、そう尋ねてきた。

 

「肉体的な疲労は無いに等しいから、そこは大丈夫だ。

後は気力の問題なんだが、あんたの息子だけあって、そこらへんは問題無いそうだ」

「子供のころから、厳しくしてきたからの」

 

 清盛は八幡に頷くと、腕組みをしながら言った。

 

「それで小僧、お主は儂に、なにをさせるつもりじゃ?」

「あんたの命を俺にくれ」

「ぬっ……」

 

 清盛は、その八幡の言葉に虚を突かれた。

 

「どういう意味じゃ?」

「あんたも聞いただろ?楓が自分の事を、どう思ってるかを」

「あれか……」

 

 清盛の頭の中を、先ほど楓から投げかけられた言葉がリフレインした。

 

『これでもう、何も思い残す事は無いよ、お爺ちゃん。

もし楓がいなくなっても、お爺ちゃんはこれからも、ずっと笑っててね!』

 

 清盛は、当の楓がそう思っている限り、技術的には問題が無くても、

手術は成功しないかもしれないと、焦りにも似た気持ちを覚えた。

そんな清盛に、八幡は言った。

 

「実は楓は、昨日からずっと、メディキュボイドを使ってフルダイブしたままなんだ」

「そう……だったのか」

「今の楓には、現実と仮想世界の区別がついていないはずだ。

そこでじじいの出番だ。じじいには、これから楓と同じようにフルダイブしてもらって、

楓に、生きたいと思わせるように努力してもらいたい。

期限は明日の手術が終わるまでずっとという事になる。

じじいの年で、それだけの長い時間、フルダイブしっぱなしになるのは、

正直命の危険も伴うかもしれない程、過酷かもしれない。

あんたの命を俺にくれというのは、つまりそういう意味だ」

 

 清盛は、その言葉に、ギラリを目を光らせると、少し怒った顔で、八幡に言った。

 

「儂がその程度でくたばるものかよ、儂はお主に負けた身じゃ、

それがお主の願いであるならば、儂はそれを、無条件で引き受けよう」

「まあ、じじいの為でもあるから当然だな。

後、俺と明日奈もあんたに付き合って、一緒にダイブするから、

あんたが上手く、場を仕切ってくれよ」

「お主らもか」

「ああ、楓を救いたい気持ちは、あんたと同じだからな」

「そうか……感……いや」

 

 清盛は、感謝すると言い掛け、そのまま言葉を飲み込んだ。

その言葉は、手術が成功した時に言おう、そう思った清盛は、

助けられっぱなしなのも癪なので、八幡に一つ、アドバイスを送る事にした。

 

「ところでお主、気付いておるかの?」

「何にだ?」

「首を刎ねられるというのは、お主が思う以上に、驚きで心臓に負担がかかるもんじゃ。

若い奴ならともかく、儂のような老人には特にな。

いや、若者でも、人によっては危険な状態になる可能性が、無い訳じゃない。

その可能性を、常に忘れてはならぬ。

特にお主は、これから、大勢の社員の人生を背負って立つ立場になるんじゃろ?

そういう人間はな、どんなに機械が完璧だろうとも、そういうリスクについて、

常に頭の片隅に、入れておかねばならぬぞ」

 

 八幡は、その清盛の言葉を受け、目をつぶると、ぼそっと呟いた。

 

「折本といい、じじいといい、昨日から、忘れかけていた事を思い出させてもらってるな」

 

 そして八幡は、その場に正座をすると、清盛に頭を下げながら言った。

 

「清盛さん、そのご忠告、決して忘れないように、しっかりと、心に刻み付けます」

「うむ、これからも精進するのじゃぞ、八幡よ」

 

 この時、八幡も清盛も、始めてお互いの事を、名前で呼んだ。

明日奈は、その光景を、微笑ましそうに見ていたのだが、次の清盛の言葉で、顔色を変えた。

 

「ところで八幡、お主、楓と結婚して、正式に儂の孫にならんかの?」

「大叔父様、いきなり何を?」

 

 その明日奈の底冷えする声に、清盛は気圧されつつも、何とか虚勢を張った。

 

「な、何じゃ明日奈よ、老い先短い老人の頼みじゃぞ、少しは考えてくれても良かろう?」

「老い先短い……大叔父様、どの口がそれを言うのですか?」

 

 明日奈は清盛に、ニッコリとそう言った。

 

「ど、どう見ても儂は、死にかけの老人ではないか!」

「殺しても後二十年は死なないだろうという話なら聞いています、大叔父様」

「な、何と言われようとも、儂はそう簡単には諦めんぞ!」

「へぇ……」

 

 それを聞いた明日奈の目が鋭くなった。一歩も引こうとはしない清盛に対し、

明日奈は、こう宣言した。

 

「それならば、大叔父様の流儀に従い、戦いで決着をつけましょう」

「な、何だと?明日奈よ、あの戦いを見て尚、儂に勝てるつもりか?」

 

 明日奈はその問いには答えず、八幡の方を向いて言った。

 

「八幡君、準備」

「お、おう……」

「お主ら、一体何を……」

「せっかくだから、私達夫婦の恐ろしさを関係者全員に知らしめる為にも、中継しよっか」

「夫…………い、いや、そうだな」

 

 八幡は、冷や汗をかきながらそう答えると、清盛に足払いをし、

布団に尻餅をつかせ、容赦なくその頭に、アミュスフィアをかぶせた。

 

「いきなり何をする!」

「強制リンク開始」

 

 そして八幡は、アルゴに電話を掛け、こう言った。

 

「アルゴ、中継再開だ」

「お?いきなりどうしタ?」

「じじいがちょっと、明日奈の逆鱗に触れてな……」

「ああ……それじゃあ仕方ないナ」

 

 そして、一族や関係者の下に、中継が再開される事が告知され、

視聴可能な者達は、今度は何が起こるのかと少し緊張しながら、

再びモニターのスイッチを入れた。中継が始まった途端、携帯への着信が無くなり、

やっと一息つく事が出来た義賢は、画面に見入っている駒央に尋ねた。

 

「駒央、今度は何が始まるんだ?」

「清盛さんが出現したから、多分清盛さんと誰かが戦うんだと思うんだけど、

多分明日奈さんかな」

「明日奈……章三さんの娘さんだな、見た目は大人しそうに見えるが、

あの子は本当に強いのか?」

「まあ見てれば分かるよ、父さん」

 

 駒央はそう言うと、改めて画面に見入った。

そして明日奈が登場した瞬間、駒央は興奮のあまり、その場にぶっ倒れた。

 

「うおおおおお」

「ど、どうした駒央」

 

 義賢は、またかと思いながら、駒央にそう声を掛けた。

駒央は、モニターを指差しながら、興奮さめやらぬ口調で、義賢に言った。

 

「と、父さん、あれはね、SAOで、最強の名を欲しいままにしたギルド、

血盟騎士団の制服なんだよ。明日奈さんはそこの副団長だったからね。

って、まさか……まさか!うおおおおおおお!」

 

 再び駒央が、興奮して叫び出した。さすがの義賢も呆れ返り、

仕方なくといった感じで、駒央に尋ねた。

 

「今度は何だ?」

「あ、あの八幡さんの服装、あれは、本当に限られた人しか実際に目にした事が無い、

血盟騎士団の参謀服なんだよ。攻略組に限らず、戦ってた人達ほぼ全てが憧れていた、

伝説の制服なんだよ、父さん!」

「ほほう、伝説か」

 

 義賢も、実はそういうのが好きらしく、その説明に食いついた。

 

「赤と白が合わさって、最強に見えるな駒央」

「でしょ!さすが父さん、絶対に分かってくれると思ってた!」

「うむ、注目だな」

 

 一方八幡と明日奈は、ログインした瞬間、お互いの服装を見て、意表を突かれた。

 

「まさかこうくるとは、中々手回しがいいな、アルゴ」

『まあ、データは残ってるから、見た目を再現するだけなら簡単だったゾ』

 

 アルゴはそう言うと、清盛の手元に、先ほどと同じ日本刀を出現させた。

 

『清じいの武器は、またそれでいいカ?』

「清じい……儂の事か?馴れ馴れしい奴じゃのお主。ああ、これで構わん」

『アーちゃんはどうすル?』

「そうだねぇ……やっぱりランベントライト?」

 

 明日奈がそう言った瞬間、明日奈がゲームクリア時に使っていた、

リズベット作の名剣、ランベントライトが空中に出現し、明日奈の横に突き立った。

 

「見た目だけとはいえ、久しぶりだね」

 

 明日奈はそう言いながら、ランベントライトを軽く振った。

 

「でもこれだと慣れすぎちゃってるし、愛刀を使ってる訳じゃない大叔父様とは、

ハンデが大きすぎるかなぁ……八幡君、どう思う?」

「それはあるかもしれないな、老い先短い老人らしいから、手加減してやるといい」

 

 八幡のその言葉に、清盛は、ぐぬぬと唸ったが、

例え方便とは言え、自分で言った事なので、その言葉に反論する事は出来なかった。

 

「そっか、それじゃあアルゴさん、シバルリックレイピアって可能?」

『ちょっと待ってな……よし、いいぞ』

 

 そしてそのアルゴの言葉通り、再び空中に、一本の美しい剣が出現した。

月を宝石に溶かしたようなその輝きは、見ていた者達を魅了した。

 

「シバルリックレイピア、来たああああああああ!」

「あれはどんな武器なんだ、駒央」

「ダークエルフの鍛治師が鍛え上げた、序盤で最強と言われた、明日奈さんの武器だよ」

「そうか、最強か。それは素晴らしいな、駒央」

「うん、これで道具は揃ったね、ここからはもう目が離せないよ、父さん」

 

 義賢は、完全に駒央のペースに乗せられてしまっていた。

まあしかし、これも元々彼に備わっていた資質なのだろう。

伝説とまで言われた武器や防具を目にすると興奮する、やはり彼も、国友の男なのである。

 

「さて皆さん、とある事情で、ここにいる清盛さんと、うちの明日奈が戦う事になりました。

今回は、難しい事は何も考えず、ただ二人の楽しみをお楽しみ下さい」

 

 こうして、八幡のアナウンスを受け、二人は構えをとった。

 

「よし、始め!」

 

 その言葉と共に、明日奈は清盛へと突進した。

清盛は、八幡とは随分戦闘スタイルが違うなと思いながら、迎え撃つ体制をとった。

清盛は、最初に放たれた、明日奈の突きを、簡単に斬り払うと、

やはりこんなものかと、すぐに反撃しようとした。

その清盛の目の前に、明日奈の次の突きが迫っており、清盛は慌てて刀でそれを防いだ。

 

「うおっ……」

 

 焦る清盛をよそに、明日奈は続けて何度も突きを放っていく。

上かと思えば下、かと思えばフェイント、その変幻自在にして、

目で追うのもやっとな攻撃を、清盛は意地で何とか捌き続けた。

 

「我が一族に、お前のような剛の者がいたとは……だが、儂とてそう簡単にやられはせん!」

 

 そう言うと清盛は、何とか明日奈の懐に入ろうと、強引に明日奈のレイピアを、

右から左に強めに払った。その瞬間に明日奈は、流れに逆らわず、

清盛の刀の背を転がるように時計まわりに回転し、

清盛の咽喉に、レイピアの切っ先を突きつけた。

 

「はい、おしまい」

「ぐっ……」

 

 清盛は目を閉じ、天を仰ぐと、悔しそうにこう言った。

 

「仕方ない、さっきの件は諦めたわ!まあこの明日奈とて、儂の一族には変わりがないから、

うちの一族に、お主の血が入る事は確定だしの。今日はこのくらいで勘弁しておいてやるわ」

「でも私達家族は、大叔父様や一族の人には疎まれてるんで、

私としては、このまま縁を切った方がいいんじゃないかって思うんですよ、大叔父様」

「……分かった分かった、儂の負けじゃ、完敗じゃ!」

 

 八幡には、曖昧にしか、負けたと言わなかった清盛は、

ここで始めて、ハッキリと負けを認めた。

 

「これを見ている者達に告ぐ。今後、章三の家族の事を悪く言う事は、儂が許さん。

その旨、しかと皆に伝えよ。更にここにいるこの八幡が、異例ではあるが、

病院とは関係無く、結城一族の正式な後継者だという事も、ここに宣言しておく」

「えっ?それって当主を八幡君にするって事ですか?大叔父様」

「おいじじい、何を勝手な事を……」

「うるさいわ、老い先短いじじいの頼みを断るでない!

儂は今後、まだまだ何十年かは死なぬからの、

その頃にはお主は四十か五十くらいにはなってるじゃろ。

それくらいの歳までは、うちの事は気にせんでいいから、

儂が死んだ後の事くらいは引き受けよ」

「死ぬのか死なないのか、一体どっちなんだよじじい!」

「黙れ小僧、そんなのは儂の気分一つじゃ!」

 

 二人の口喧嘩はしばらく続き、関係者は全員、二人の仲の良さを嫌という程見せ付けられ、

暫定的にではあるが、八幡が後継者である事を、認めざるをえなかった。

そしてこの時を境に、明日奈とその家族に対する嫌がらせ等は、一切無くなる事となった。

八幡に負けただけであったのなら、清盛の態度は、ここまで軟化する事は無かっただろう。

それは、あくまで八幡個人が力を示しただけであり、

章三一家が、何かの力を示した事にはならないからだ。

それを明日奈は、そこまで計算していた訳では当然無いのだが、

直接戦って力を示す事により、一人でひっくり返した。

あくまで偶然ではあるが、これが明日奈の、この旅での最大の戦果となったのである。



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第260話 未来に向けて

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


『おいハー坊、楽しそうなところを悪いんだが、

そろそろ眠りの森の受け入れ準備が整うみたいだから、そちらに向かってくれヨ』

 

 アルゴが八幡にそう声を掛け、その声を合図に、二人はピタリと言い合いをやめた。

 

「おいアルゴ、俺とこのじじいは、まったく仲良くはない」

「そうじゃそうじゃ、言うならば犬猿の仲じゃな」

『そう言いながら、息はピッタリじゃねーカ』

 

 アルゴは呆れた声で、そう言った。

そして二人は、明日奈と共にログアウトし、今後の方針について、相談を始めた。

 

「じじい、今聞いた通り、楓の待つ世界にダイブするのは、眠りの森からという事になる」

「まあ当然じゃの」

「食事は無しで、点滴で済ませる事になるんだよね」

「ああ、飯は楓と一緒に中でとりたいしな。その時は経子さんにも同席してもらうとしよう。

とりあえず料理に関しては、楓が、経子さんと明日奈に教えてもらう形がいいかな」

「儂、和食以外は苦手なんじゃが……」

「何が出てきても、文句を言わずに喜んで食えよ、じじい」

 

 そして三人は、眠りの森へと到着すると、知盛と経子と対面した。

 

「お父様、今日は楓の為に、本当にありがとう」

「経子……今回儂は……儂は……」

「お父様は今、ここにいる、それで十分じゃないですか」

「すまん……」

 

 そんな殊勝な清盛を見て、知盛は面白そうに言った。

 

「まさか親父のこんな姿を見る事が出来るなんてな」

「知盛、もし手術に失敗したら、儂がお前の首を刎ねるからの」

 

 知盛は、その清盛の、恫喝まがいの言葉にも一切動じず、真面目な顔で言った。

「最善は尽くすさ。それより親父こそ、頼むぜ。

一番大事なのは、本人の生きる意思なんだからな」

「分かっとるわい」

「ところで八幡君を後継者に指名するとか、随分思い切った事をしたな、親父。

兄貴はその事に、納得してるのか?」

「あやつはここに来る途中、嬉々として連絡してきよったわ。

これでやっと、色々なしがらみから解放されて、清々するとな。

あやつからおぬしに伝言じゃ、『俺はアメリカに渡って、研究に没頭するから、

こっちの事はお前に任せる、悪く思うな』だとよ」

「うわ、汚ねぇ……」

 

 知盛は、こんなはずではと頭を抱えて落ち込んだ。

そんな知盛に、八幡が、追い討ちをかけた。

 

「あ、知盛さん、もしこのくそじじいが死んだら、

俺の権限で、知盛さんを、当主代行に任命しますね。

という訳で、形式上の当主は俺でもいいんで、後の事は全部お任せします」

 

 それを聞いた明日奈は、驚いた顔で八幡に言った。

 

「八幡君、名前だけとはいえ、あの頼み、受けるつもりなんだ。すごく意外」

「いや、そりゃまあ、じじいの遺言くらいは聞いてやらないと、

毎日恨みがましい目で、このじじいに枕元に立たれたら、気持ち悪いじゃないかよ」

「だから儂はそう簡単にはくたばらんと言っておるじゃろ!」

「でも、いざとなったらそれを遺言にするつもりなんだろ?」

「う……それはまあ……」

「だったらいきなり言われるより、今のうちに手をうっておいた方が、全然ましだろ。

そうじゃないと、知盛さんが、足場を固める時間が足りなくなっちまうしな」

 

(まあ本当は、今のうちから心構えをしてもらって、

もし本当にそうなっても、俺が逃げやすくする為なんだけどな)

 

 八幡のそんな考えは露知らず、清盛は、まあ受けてくれるならと、大人しく引き下がった。

八幡は内心ニヤリとしながらも、殊勝そうな顔で、黙って頷いた。

 

「よし……行くか」

 

 八幡がそう言い、三人は、特別に設置されたベッドに寝そべり、

楓が待つ世界へとログインした。楓はまだベッドの中におり、

清盛はそれを見て、一人涙した。

 

「じじい、泣くなって」

「だからこれは汗だと」

「この世界だとな、泣くのを我慢する事は出来ないんだよ。

だからまあ、そう主張するのは構わないが、楓の前で泣かないように、

感情を上手く制御してくれよ、じじい」

「そうなのか……分かった、そこは気を付けるわい」

 

 そして三人は、楓が起きるのを待つ間、茶の間で雑談をする事にした。

 

「しかし、まさかじじいと、こうやって顔を突き合わせて話をする事になるとはな」

「まあそういう縁だったという事じゃろ。とりあえず、SAOの話でもしてくれい」

「何だよじじい、興味があるのか?」

「まあなんだかんだ、それなりに心配はしておったからの」

 

 そう言いながら、清盛はチラリと明日奈の顔を見た。

明日奈はその視線を受け、ニコリと笑った。

 

「大叔父様は、素直じゃないだけなんですよね」

「うむ……そう言われると、反発したくもなるのじゃが、さすがに今回は、儂も反省した。

自分にとって大切な物が何かを、見誤ってはいかんの。

楓と一緒に遊ぶ事が出来て、それを痛感したわ」

「まあ仕方ないだろ、じじいに力ずくで言う事を聞かせられる奴なんか、

一族どころか関係者の中にも、誰もいなかっただろうからな」

「始めてそれを成し遂げたのが、皮肉にも、何の力も無いただの成り上がりだと思っていた、

章三の関係者だとは、皮肉なもんじゃがの」

 

 清盛はそう言いながらため息をついた後、八幡の方を見ながらこう言った。

 

「まあ、あ奴の一番の功績は、お主を我が一族に迎え入れる事に成功した事じゃな」

「俺の事を買いかぶりすぎだぞ、じじい。

そもそも功績って言うなら、それは全て、明日奈の功績だろ」

「確かにな。で、二人は一体どんな出会い方をして、どんな戦いを繰り広げてきたのかの?」

「そうだな、じじいには色々話しておかないといけないか、何せ、現当主様だからな」

「何か、他の者には話せない事もありそうな言い方じゃの」

「まあ、いくつかはな」

「あ、私、お茶の用意をしてくるね」

 

 明日奈はそう言って、席を立った。

 

「よく気が付くいい娘じゃの、それによく笑う」

「今までそれに気が付かなかったあんたの方に、俺は驚いているんだが」

「まあ……儂の目が曇っていたと言われれば、それはそうなんじゃが、

儂の前に立つ時のあの一家は、常に卑屈さを感じさせる、

儂にしてみれば、癇にさわる一家じゃったからの。

考えてみれば、それは伝統と格式を重んじ過ぎる、我が一族の方に問題があったのじゃろう」

「なるほどな」

「だからこれからは、無駄な慣習は排除し、色々な可能性を排除しない、

風通しの良い一族の姿を模索するつもりじゃ」

「本当に頼むぜじじい」

「ああ、儂が死ぬまでに、何とか成し遂げてみせるわ」

 

 八幡は、頑固じじいのくせに、一度反省すると、すごく柔軟になるんだなと、

清盛の事を、改めて見直した。その上で八幡は、清盛に、一つの要望を出した。

 

「なあじじい、一族の若手がな、眠りの森に視察に来て、

患者の子達にあまり良くない態度で接する事が、かなりあるみたいなんだよ。

なので、改革するにしても、締めるところはキッチリと締めてくれよな」

「ふむ」

「もしかしたら楓のあの考え方も、そういった奴らに影響を受けた可能性もあると、

俺は睨んでいる。例えば偶然そんな事を、立ち話で言っていたのを、楓が聞いてたとかな」

「何か思い当たるフシがあるのか?」

「いやな、他の患者とも、偶然話す機会があったんだがな、

その姉妹も、楓と同じように、自分達が死ぬ事を、さも当然のように言っていたんだよ。

だが、俺が経子さんや、スタッフの皆から感じたのは、

何としても患者を救いたいっていう、熱意だけでな、

そんなズレが生じる理由が、俺には他に思い当たらなくてな」

 

 清盛はそれを聞き、少し考え込むようなそぶりを見せたが、

やがて考えが纏まったのか、こう言った。

 

「なるほど……確かに筋は通っておるな、すぐに調査させよう。

そしてその結果次第では、儂がじきじきに、そやつらを矯正もしくは粛清しよう」

「まあお手柔らかにな。それとじじい、これは事後承諾になっちまってすまないんだが、

この眠りの森な、東京に持っていくぞ」

「何じゃと?」

「理由は二つ、東京に、メディキュボイドを試験運用する為の施設がもうすぐ完成する事、

そしてもう一つは、一族の馬鹿どもの心無い態度から、患者達を守る事だ」

「そうか、儂が態度を変えなかった時の為に、既に手は打ってあったんじゃな」

「まあ、一族の引き締めは、さっき言ってた通りで頼むぜ。

いずれ関西にも、同じような施設を作る事になるかもしれないからな」

「分かった、このじじいに任せておけい」

 

 そして丁度そのタイミングで、明日奈がお茶を持って戻ってきた。

清盛は、そのお茶を一口すすると、驚いた顔で明日奈に尋ねた。

 

「美味い……このお茶は、一体どうやって……」

「私は用意されていたお茶の葉を使っただけだから、

多分経子さん辺りのアドバイスで、そういう味の設定にしたんだと思います、大叔父様」

「そうか……これは経子の仕業じゃったか……懐かしい味じゃな」

 

 清盛は、感慨深げにそう呟くと、二人に向かって言った。

 

「それじゃあ、一息ついたところで、二人の話を聞かせてもらおうかの」

「おう」

 

 そして清盛は、八幡と明日奈の話を、時には頷き、時には驚きながら、

しかし楽しそうに聞いていた。

そんな清盛も、さすがにラフコフの話になると、表情を引き締めた。

 

「そんな奴らがおったのか……」

「ああ、そういった訳で、俺は確かにこの手で、人を殺したんだ」

「お主の肝の据わり方は、そういった背景もあったのじゃな」

「私は結果的に、人を殺す事無く終わったけど、でも、彼の背負った物は、

私が一生を掛けて、一緒に背負います」

「そうか……さすがは我が一族の娘じゃ。それにしても、

そんなお主の本質に気が付かないとは、儂の目は、本当に節穴だったんじゃのう」

「それは、私達の態度にも問題があったと思うので、どうか気に病まないで下さいね」

「そうは言われてもの……」

「その分は、これから取り返せばいいだろ、じじい」

「そうじゃな、何か困ったら、いつでも頼ってくれていいからの」

「はい、大叔父様」

 

 明日奈は嬉しそうに、そう微笑んだ。

そして話はついに、最後の戦いの場面へと差し掛かった。

 

「何と……では、最大の味方が最大の敵じゃったのか」

「ああ、この事は誰にも話すなよ、じじい。国からも秘密って言われてるからな」

「しかし、その敵の技術のおかげで、今こうして儂達が、

楓を救えるかもしれないところまで漕ぎ着けられたのかと思うと、複雑な気分になるのう」

「だから俺はあの人を、どうしても憎めないんだよ。

こうして明日奈に会えたのも、ある意味あの人のおかげだからな」

「確かにのう……しかし今日は、いい話を聞かせてもらった。

これで死んだ後、あの世で婆さんにしてやれる、土産話が出来たわい」

 

 八幡は、清盛に何か言おうとしたが、その瞬間に、楓が目覚めた事を示す音が鳴った。

 

「どうやら楓が目を覚ましたようだな、行くぞ、じじい」

「うむ、最後に一つ、お主に伝えておく事がある。

うちの婆さんも、実は楓と同じ病気で亡くなっとるんじゃよ。

だからこれは、うちの婆さんの弔い合戦でもあるんじゃ」

「そうだったのか……」

 

 八幡はその事実に、目を伏せながらそう言った。

そして八幡は、顔を上げ、清盛の目を真っ直ぐ見ながらこう言った。

 

「それじゃあじじい、婆さんに褒めてもらえるように、絶対に楓を助けないとな」

「そうじゃな、この勝負、絶対に勝つぞ、小僧」

 

 清盛は、その八幡の言葉に、力強く頷いたのだった。



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第261話 そこでは涙は我慢出来ない

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


「楓、よく眠れたか?そろそろ夕方だぞ」

「ん……ふあぁあぁ……あれ、お兄ちゃん?」

「楓ちゃん、おはよう」

「お姉ちゃんも!」

 

 八幡と明日奈は、目を覚ました楓に、そう声を掛けた。

楓は、寝起きはいい方なのか、元気よくベッドから飛び降りると、二人に抱き付いた。

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、おうちに来てくれたんだ、楓、とっても嬉しい」

「もう一人いるぞ、楓。ほら、こっちだ」

 

 楓は、きょとんとしながら、とてとてっと二人の後を追いかけた。

そして、居間でにこにこと笑っている清盛の姿を見付けた楓は、

満面の笑みを浮かべながら、清盛に抱きついた。

 

「お爺ちゃん、来てたんだ!」

「ああ、今日は久しぶりに、楓と一緒に夕飯を食べようと思ってな」

「本当に?やったぁ!」

 

 楓は喜び、ちょこんと清盛の膝の上に腰を下ろした。

そしてきょろきょろと辺りを見回すと、清盛に尋ねた。

 

「お爺ちゃん、お母さんは?」

「経子は今、買い物に行っておるよ。多分もうすぐ帰ってくるんじゃないかのう」

「そっかぁ、今日のご飯は何かな何かな」

 

 楓は、いかにも待ちきれないといった感じで、清盛の膝の上で、

楽しそうに体を左右にゆらゆらと揺らしていた。

そこにタイミングを計って、経子が姿を見せた。

 

「あらあら楓、今日はお爺ちゃんや、お兄ちゃん、お姉ちゃんがいるから、

とっても楽しそうね」

「うん!」

「楓ちゃん、今日は、私とお母さんと一緒に、お料理する?」

「する!」

 

 楓はわくわくした顔で、その明日奈の言葉に直ぐに頷いた。

 

「今日は何を作るの?」

「今日は、お婆ちゃんのカレーを作ろうと思うの。

そろそろ楓にも、お婆ちゃんのカレーを作れるようになって欲しいしね」

「う~ん、でも楓、もうすぐいなくなっちゃうしなぁ……」

 

 その言葉を聞いた八幡は、即座に楓に言った。

 

「おお、今日は楓が作ってくれるのか、すごく楽しみだな」

「お兄ちゃんは、楓にカレーを作って欲しいの?」

「ああ、お兄ちゃんは、楓のカレーが食べたいぞ」

「そっかぁ、それじゃあ楓、頑張るね!」

「おう、お爺ちゃんと一緒に待ってるからな」

「うん!」

 

 楓はそう言うと、経子と明日奈と共に、台所へと向かった。

幸い楓は、振り向く事は無かったが、もし振り向いていたら、

泣いている清盛の姿を発見し、多少騒ぎになった事だろう。

 

「……すまんな、小僧」

「今の不意打ちは仕方ないって。気にすんなよ、じじい。

俺もあらかじめ想定してなかったら、危ないところだったしな。

それにしても、何で楓は、あんなに達観してるんだろうな」

「そうじゃな……」

 

 八幡は清盛にそう声を掛け、清盛は、そう言った後、黙り込んだ。

その姿からは、いつものような迫力は感じられず、

八幡は、清盛がとても小さくなったように感じられた。

 

「まあ、手術の開始までには、何とか原因を見付けないとな」

「最悪直接尋ねる事になるかもしれんがのう」

 

 二人はそう言うと、いつ楓が戻ってきてもいいように、世間話を始めた。

案の定、少ししてから、楓が戻ってきた。

楓は再び清盛の膝に座ると、嬉しそうに、清盛に言った。

 

「お爺ちゃん、楓、お野菜を切ってきたよ!」

「おお、そうかそうか、上手に切れたかの?」

「うんと、いくつかは、ちょっと変な形になっちゃったかも……」

「いいんじゃよ、そういうのが美味いんじゃよ」

「そうなの?」

「ああ、食べてみれば分かる」

「うん!」

 

 そして、しばらくして、経子と明日奈が、完成したカレーを手に、戻ってきた。

楓はそれを一口食べるなり、目を輝かせながら言った。

 

「本当だ、すごく美味しいお婆ちゃんのカレーだ!」

「そうじゃろうそうじゃろう、このカレーには、カレーを美味しくしようという、

楓の優しさが沢山こもっているからの」

「気持ちで味が変わるの?」

「そうじゃな、気持ちはとても大事じゃぞ、楓」

「そっかぁ、気持ちが大事なのかぁ」

 

 楓は、何かに納得したように、うんうんと頷いた。

それを見た八幡は、これで多少は楓が前向きになってくれたらいいなと思った。

そして五人は、楽しく夕食を終え、しばらくテレビを見ながら、

のんびりと過ごしていたのだが、やがて楓は眠くなったようで、

清盛の膝の上で、うとうとと船を漕ぎ始めた。

清盛は、そっと楓を抱え上げると、ベッドまで運び、そこに楓をそっと横たえた。

こうしてその日は、穏やかな雰囲気のまま、終了する事となった。

 

「とりあえず、明日が勝負だな」

「ああ」

「頑張りましょう、大叔父様」

 

 そして次の日、八幡と明日奈は、明るい雰囲気の楓に起こされる事となった。

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、朝だよ!」

「おお、もう朝か、おはよう楓、今日は早起きなんだな」

「うん!でもいっぱい寝たから全然眠くないよ!」

「そうか、それなら良かった」

「楓ちゃん、おはよう」

「お姉ちゃん、おはよう!」

 

 そして三人は、居間に向かった。そこには既に清盛がおり、

清盛は、笑顔で楓に微笑み掛けた。

 

「おはよう楓、昨日はよく眠れたかの?」

「うん!」

「そうかそうか、それは良かった」

 

 そして、朝の食卓を囲んだ後、経子が仕事と称して手術に備えてログアウトする事となり、

残りの四人は、先日のように、公園に出かける事となった。

 

『ハー坊、もうすぐ手術の時間だぞ』

 

 楓以外にしか聞こえない声で、アルゴがそう話しかけてきた。

楓は、とても楽しそうに、明日奈や清盛と一緒に遊んでいた。

八幡は焦りを感じながらも、決して諦めず、楓の気持ちを前向きにしようと、

そんな楓の一挙手一投足に集中した。そして八幡は、楓が、大型トラックが横を通る度に、

少し緊張したようなそぶりを見せる事に気が付いた。

八幡は、何気ない風を装って、楓にその事を聞いてみた。

 

「ちょっと緊張してるみたいだけど、楓は大型トラックが苦手なのか?」

「う、うん……お父さんが、大型トラックに轢かれて死んだ時から、

楓、あれがちょっと怖いんだ」

「そうだったのか……悪い事を聞いちまったな、すまん、楓」

「ううん、大丈夫だよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんは、楓に変な事を言わないもんね」

「変な……事?」

「うん、お父さんのお葬式の時、親戚のお兄ちゃん達が話してたのを聞いちゃったんだ」

 

 八幡は、まさか推測通り、そういう事なのかと思い、

楓の気持ちが沈まないように、楓の頭をなでながら、そっと楓に尋ねた。

 

「そうか、そいつらは何て言ってたんだ?」

「うんとね、もうすぐ楓も病気で死ぬから、そしたら本家の血筋も終わりだなって。

だから楓はもうすぐ死ぬんだなって、その時に分かったの」

 

 八幡はその言葉を聞くと、清盛に目配せした。

清盛はその合図に、怒りの表情を見せながら頷いた。

 

「楓、確かに楓の病気は珍しくて、治すのは大変だけどな、

今知盛おじちゃんが、楓の病気を治そうと、必死に頑張ってくれてるんだぞ」

「でも、その人達、眠りの森でも同じ事を言ってたよ?」

 

 八幡は、キレそうになるのを必死に抑え、諭すように、楓に言った。

 

「楓、そんな人達の言う事なんか、信じなくていい。

お婆ちゃんのカレーを作った時、お爺ちゃんが言ってただろ?

一番大事なのは、楓の気持ちなんだよ、分かるか?」

「楓の気持ち?」

『ハー坊、知盛さんが言うには、バイタルが安定しなくて、

このままじゃ手術を始められないそうダ』

 

 同時にそうアルゴの声が聞こえ、八幡は、焦りながらも、

このまま何とか押し切ろうと、必死に楓に話し掛けた。

 

「そうだ、お爺ちゃんもお姉ちゃんも、楓の病気が必ず治ると、心から信じてるんだ。

もちろん俺もな。だからきっと、その気持ちが、カレーを美味しくした楓の気持ちみたいに、

きっと楓の病気も治してくれると思わないか?」

「あ……もしかして、駒お兄ちゃんが言ってたのと、同じ事かな?」

「駒お兄ちゃん?駒央の事か?」

「うん、その駒お兄ちゃん!駒お兄ちゃんはね、ついこの前までね、

悪い人に閉じ込められてたらしいんだけど、必ず帰れるって信じてたから、

本当に帰って来れたんだよって、ちょっと前に、楓に話してくれたの」

 

(駒央、ナイスすぎんぞ、お前が神か!)

 

 八幡は、このチャンスをものにしようと、明日奈を隣に呼び、笑顔で楓に話し掛けた。

 

「楓、実はお兄ちゃんとお姉ちゃんもな、駒お兄ちゃんと一緒に、

悪い奴に閉じ込められてたんだよ」

「そ、そうなの?」

 

 楓は、驚いた顔でそう言った。

 

「うん、本当だよ、楓ちゃん」

「そうだったんだ……」

「でもほら、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、こうして今、楓と一緒にいるだろ?

必ず帰れるって信じてたから帰ってこれたって、駒お兄ちゃんは言ってたみたいだけどな、

実はちょっと違うんだ、楓」

「そ、そうなの?」

「ああ、信じるだけじゃなく、戦って勝ったから、お兄ちゃん達は、こうして今ここにいる。

ちょっとその姿を、楓にだけ見せてやるよ」

「う、うん」

 

 八幡は楓にそう言うと、二人を清盛と戦った時の姿にするように、アルゴに要請した。

そして楓の目の前で、八幡と明日奈は、先日と同じように、血盟騎士団の制服姿になった。

それを見た楓は、目を丸くした。

 

「うわぁ、お兄ちゃんとお姉ちゃんが、変身したよ!」

「それだけじゃないぞ、見てろよ、楓」

 

 そう言うと、八幡と明日奈は、武器を手にとり、何合か剣を交えた。

いつの間にか清盛が、楓の隣に移動しており、清盛は、楓の頭をなでながらこう言った。

 

「どうじゃ楓、あの二人は凄く強いじゃろ?」

「うん、何か凄いね、お爺ちゃん!」

「信じて信じて頑張ったから、二人はあそこまで強くなれたんじゃよ」

「お爺ちゃんよりも?」

「ああ、お爺ちゃんよりも、あの二人は強いんじゃ」

「凄い凄い!」

 

 楓は、目を輝かせながらそう言った。そんな楓に、清盛は言った。

 

「どうだ楓、そろそろ本当の気持ちをお爺ちゃんに聞かせてくれないか?

楓は自分の病気を、どうしたいんじゃ?」

「私……私は……でも、やっぱりもうすぐ死んじゃうんじゃないかな……」

「本当にそう思うなら、何で今、楓は泣いとるんじゃ?」

「え?」

 

 清盛にそう言われ、楓は自分が今、泣いている事に気が付いた。

 

「あれ?あれ?どうして楓、泣いてるんだろ……」

 

 そんな楓に、清盛は、優しく語りかけた。

 

「なぁ楓、実はここではな、涙は我慢出来ないんじゃよ。

つまり今楓は、本当は悲しいと思ってるから、涙が出てるんじゃよ」

「悲……しい?楓は悲しんでるの?」

「そうだ……さあ、お爺ちゃんに、本当の気持ちを聞かせてごらん?」

「お爺ちゃん……楓……楓は……」

 

 そして楓は、清盛の胸に飛び込むと、わんわん泣きながら、清盛に訴えかけた。

 

「楓は死にたくない、死にたくないよ!これからもずっと、お母さんやお爺ちゃんや、

お兄ちゃんやお姉ちゃん達と、ずっと一緒にこうやって遊んだり、ご飯を食べたりしたい!」

「そうか……大丈夫、大丈夫じゃよ楓、楓には、このお爺ちゃんや、

あんなに強い、お兄ちゃんやお姉ちゃんが味方しておるんじゃ、

病気なんか、簡単にやっつけてやるさ」

「本当に?」

「ああ、本当にじゃ」

「そっか、それじゃあ楓も一緒に戦う!」

「それは心強いのう、楓が一緒に戦ってくれるなら、もう、絶対に負ける事は無いな」

「うん!」

『ハー坊、バイタルが安定したそうだ、これより手術を開始する』

 

 それを聞いた八幡は、楓の下へと歩み寄り、笑顔で楓に言った。

 

「えらいぞ、楓」

「うん、楓、えらいでしょ?」

「とってもえらいね、楓ちゃん」

「えへへぇ」

「それじゃあ今日はご褒美に、思いっきり楓と遊んでやろう」

「ご褒美?」

「ああ、ご褒美だ」

「やった、ありがとう!」

 

 それから手術が終わるまで、楓は決して笑顔を絶やす事は無かった。

そして手術が終わった頃、楓はさすがに疲れたのか、ベンチで寝てしまい、

丁度その時、再びアルゴから、アナウンスが流れた。

 

『手術は無事成功したそうだ、三人とも、よくやったゾ』

「よし!」

「やったぁ!」

「そうか……成功したか……よくやった、よくやったぞ知盛!」

 

 それを聞いた三人は、喜びを爆発させた。

そして楓も含め、四人はそのままログアウトした。

そしてしばらく後、楓は、眠りの森のベッドの上で、無事に目を覚ます事となった。



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第262話 いつかその場所で

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


「あれ……ここってもしかして、眠りの森……?

そっか、私、またここに戻る事になっちゃったんだ……」

 

 楓は、自宅で寝ていたと思い込んでいた為、そう勘違いし、

少し落ち込んだように、そう呟いた。

 

「せっかく生きようって決めたのに、あれは夢だったのかな……」

 

 楓はそう考え、泣きそうになったのだが、気丈にも、必死で涙を堪えた。

 

「でも、楓も一緒に戦うって決めたんだから、泣いてなんかいられないよね、うん」

 

 楓が決意も新たにそう言った瞬間、部屋の扉が開き、

清盛が、息を切らせながら中に入ってきた。

 

「楓!」

「お爺ちゃん!」

 

 清盛は、入ってくるなり楓を抱きしめ、おいおいと泣き出した。

楓は驚きながら、清盛に尋ねた。

 

「お爺ちゃん、どうして泣いてるの?

楓、夢の中で約束した通り、ちゃんと病気と戦うから、だから泣かないで?」

「違うんじゃ、違うんじゃよ楓、楓はもう、立派に病気と戦って、

そしてついに、その病気に勝ったんじゃよ」

「え……?」

 

 楓は最初、何を言われたのか分からず、首を傾げていたが、

やがて清盛の言葉の意味を理解すると、目を大きく見開き、

その目から、大粒の涙を流し始めた。そして自分の状態に気が付いた楓は、

慌てて清盛に、こう言った。

 

「あ、あれ?お爺ちゃんごめんなさい、楓、もう泣かないって決めたのに、

なのに、どうしてだろう、全然涙が止まらないよ……」

「いいんじゃ楓、それは嬉しい時に流れる涙じゃからの。

そういう時は、いくらでも泣いていいんじゃよ。

だから楓も、今まで悲しかった分、ここで思いっきり泣くといい」

「お爺ちゃん!」

 

 そして楓は、清盛の腕の中で、わんわんと泣き始めた。

状況は一緒だが、それは先日、同じように清盛の腕の中で、

死にたくないと叫びながら泣いた時の涙とは正反対の、喜びに満ちた涙であった。

そしてその光景を、経子と知盛が、微笑みながら見守っていた。

一方八幡と明日奈は、最初は家族だけでという事で遠慮し、ロビーで待っていた。

二人は特に何か会話をしている訳では無かったが、その表情は、満足げであった。

そして清盛が二人を呼びに来た。どうやら楓が二人を呼んでいるらしい。

そしてすれ違いざまに清盛は、八幡にこう言った。

 

「例の、楓に余計な事を吹き込んだ奴らの目星がついたぞい」

「そうか、どうするつもりなんだ?じじい」

「この世には、死ぬよりもつらい場所があるという事を、教えてやるわい」

「何をするつもりだよ、じじい……」

「なぁに、ちょっと一年ほど、結城塾に強制入塾してもらうだけじゃよ」

「は?何だそれ?」

 

 八幡は、その聞き慣れない言葉にきょとんとした。

そんな八幡に、明日奈がそっと耳打ちした。

 

「えっと、そういう色々な問題を抱えた人達を、矯正する為の施設みたいだよ。

噂でしか聞いた事が無いんだけど、その塾に入った人は、

どんな悪い人でも、一年後には、借りてきた猫みたいに大人しくなるんだって」

「そんなものまで経営してんのかよ……」

「まあ正直儂は、自らの手で制裁を加えたいと思っていたんじゃがの、

あそこのしごきは死ぬよりもつらいはずじゃから、まあこの辺りが落とし所じゃろ」

「まあ、正直俺も、そいつらに会ったら殺意を抑える自信が無かったから、

じじいがそこまで言うなら、任せるわ」

「ああ、任せておけい。さあ二人とも、楓が待っておるから、早く行ってやるといい」

「後で今後の相談をしに、じじいの家に行くからな」

「おう、待っておるぞ」

 

 そして二人は、楓の病室へと向かい、そこでニコニコ笑顔の楓に迎えられる事となった。

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃん!」

「楓!」

「楓ちゃん!」

 

 明日奈は楓の手を握って共に喜び、八幡は、楓の頭を優しくなでた。

 

「私、お兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒に、ちゃんと戦えたのかな?」

「ああ、楓がいてくれたから、とても心強かったぞ」

「楓ちゃんは本当に強かったよ。よくやったね、えらいね」

「そっか、やったね、お兄ちゃんお姉ちゃん!」

「やったな、楓!」

「やったね、楓ちゃん!」

 

 そして楓は、色々と検査があるようで、知盛に連れられていった。

八幡はそれを見送ると、少し困った顔で、経子に言った。

 

「経子さん、例の眠りの森の、東京移転の話なんですけど、

このままだと楓を、じじいから引き離す事になっちゃいますよね?

出来ればそれはちょっと避けたいですよね。さてどうしたもんか……」

「あら、それなら大丈夫よ、お父さん、もう公の場から完全に引退して、

東京で楓と一緒に余生を過ごす事にしたみたいよ」

「ええっ?」

「まじっすか……」

 

 その言葉を聞いた八幡は、さすがに驚きを隠せなかった。

 

「あのじじい、行動力だけはありやがるな……」

「まあ、たまに顔を出してあげればいいんじゃない?」

「元々言い出したのは俺だし、それくらいは仕方ないか……」

「ふふっ、ごめんなさいね、日本刀はちゃんと取り上げておくわね」

 

 そして八幡は、経子と今後の事について話す為、もう少しここに残る事にした。

一方明日奈は、もうすぐ東京に帰る事になるので、陽乃と一緒に、

仲間達用のおみやげを確保する為のショッピングに向かう事となった。

 

「明日奈、そっちの方は任せたぞ、男連中への土産は、適当な食い物でいいからな」

「うん、任せといて!」

「あ、それから、詩乃の分はもう買ってあるから、気にしなくていいからな」

「え、そうなんだ……八幡君、シノのんにだけ甘くない?」

「いやな、俺自身が選べって、この前念を押されちまったから、仕方なくな……」

「むぅ、やっぱりシノのんが、一番侮れない……それじゃ行ってくるね!」

「宜しく頼む」

 

 そして八幡は、経子から、移動する予定の患者達のデータを受け取り、

いくつかの注意点を聞き、それをしっかりメモした。

向こうに行ってしばらくは、三人の住む所の面倒を見る事や、

専門的なスタッフの確保の事等、確認すべき事をしっかりと確認した八幡は、

ふと何となく、どこかから見られている気がして、きょろきょろと辺りを見回した。

 

「あら、八幡君、どうかしたの?」

「いや、どこかから見られてる気がしたんで……」

「ああ、それならあれじゃないかしら」

 

 経子はそう言って、窓の外を指差した。

その指先には一つの窓があり、そこに見覚えのある顔が二つ並んでいた。

 

「あいつらか……」

「ふふっ、随分あの二人に懐かれたみたいね」

「そうなんですかね、まあ、嫌われるよりはいいですけどね」

「八幡君、あの二人の事なんだけどね」

「あ、はい」

「今は元気そうに見えるかもしれないけど、実は病状が、あまり思わしくないのよね。

まあそれは、他の子も一緒なんだけど」

「そう……ですか」

 

 八幡は、自分に出来る事があったら何でもしようと思いながら、

その言葉を、辛い気持ちで聞いていた。

 

「そこでね、東京に移転して、準備が出来次第、

ここの患者全員を、メディキュボイドに、常時接続状態にしたいと思うのよ」

「常時……ですか」

「それで確実に、皆の病気の進行を、一定程度抑える事が可能なの」

「なるほど……」

「なので、仮想現実の中で普通に生活出来るような、そんな場を作れないかなって思って」

「分かりました、ちょっと相談してみますね」

「ごめんなさいね、何でもかんでも頼ってしまって……」

 

 経子はとてもすまなそうに、八幡にそう言った。

八幡は首を振ると、力強い口調でこう言った。

 

「メディキュボイドがこちらの手の中にある以上、言い方は悪いですが、

そんな先行投資は、すぐに取り返せますし、いつか日本中の病院に、

メディキュボイドが設置されるようになった時の為にも、

そういった環境の整備は絶対に必要になる事なんで、気にしないで下さい」

 

 その八幡の言葉を聞いた経子は、微笑みながら言った。

 

「ふふっ、さすが次期当主様は頼りになるわね」

「からかわないで下さいよ、経子さん。

俺としては、知盛さんに押し付ける気満々なんですから」

「あなたに会ってから、何というか、急に目の前が開けた感じがするの。

未来に希望が見えてきたというか、そんな感じね。

八幡君、楓の事、本当にありがとう。この恩は、いつか必ず返すわ」

「恩だなんて、そんな事気にしないで下さいよ。もうすぐ親戚になる訳ですし」

「そういえばそうだったわね、結婚式には、呼んで頂戴ね」

「じじい以外は必ず」

「そんな事したら、お父さん、絶対に式に乱入するわよ」

 

 その八幡の言葉に、経子は楽しそうに笑った。そして八幡は、予定通り、

清盛の下へと向かう事にしたのだが、そんな八幡に、経子は言った。

 

「帰る前に、あの二人の所に顔を出さないと、多分あの二人、すごく拗ねるわよ」

「そういえばそうでした。あ、経子さん、その前に、ちょっとあの二人の病気について、

詳しく教えてもらってもいいですか?」

「ええ、もちろん構わないわよ。あの二人の病気はね……」

 

 そして八幡は、二人の病気について、詳しく聞いた後、二人の病室へと向かった。

 

「よお、待たせたか?」

「遅いわよ、八幡」

「もう、待ちくたびれたよ」

「す、すまん……」

 

 八幡は、いきなりそう言われ、素直に謝ったのだが、そんな八幡に、二人は微笑んだ。

 

「ふふっ、冗談よ」

「冗談だってば、八幡。ところで八幡、楓ちゃんの病気を治したって、本当?」

「ああ、本当だ。まあ、俺が治した訳じゃないんだけどな」

「うわぁ、やっぱり八幡は凄いなぁ」

「やっぱりメディキュボイドの力なのかしら」

「いや、まあ、確かにあれもその一つではあるんだが、まあ、色々だ」

「そっか、とにかく良かった良かった!」

「ええ、本当に良かったわね」

 

 二人は笑顔でそう言った。そんな二人に八幡は、真面目な顔で言った。

 

「二人とも、最近具合はどうなんだ?あまり良くないと聞いたが」

「う~ん、確かにちょっと体が重いかもね」

「そうね、確かにあまり良くはないわね」

「そうか……出来るだけ早く、メディキュボイドが使えるように、手配を急がせるから、

もう少しだけ我慢してくれよな。その上で、ちょっと言いにくいんだが……」

 

 そんな煮え切らない八幡を見て、二人は顔を見合わせた。

 

「どうかしたの?」

「気にせず何でも言っていいわよ?今更何を言われても、別に驚かないわ」

「いやな、東京に行ったら、二人の病気の進行を抑える為に、

多分メディキュボイドに、常時接続してもらう事になると思うんだよ。

まあ、快適に過ごせるように、拠点はちゃんと整備するつもりだが、

今のうちに、心構えだけしてもらえればと思ってな」

 

 二人はその言葉を聞いて、再び顔を見合わせた。

 

「なるほど、治療に集中する為には、その方がいいという事なのね」

「俺には詳しい事は分からないが、多分そういう事なんだと思う」

 

 そしてユウが、興味深げに八幡に尋ねてきた。

 

「ねぇ八幡、メディキュボイドの中って、どんな感じ?」

「それって、仮想現実の中の事か?」

「そうそう、それ!」

「ん~そうだな……まあ現実と、ほとんど変わらないかもな。

一部については、現実よりも便利だしな……」

「それって、長期間入りっぱなしでも、平気なものなの?」

 

 八幡は、そう問われ、二人を安心させる為に、あえて自分の素性の一部を晒す事にした。

 

「まあ、俺も二年以上中に入りっぱなしだったけど、平気だったな」

「二年以上?」

「もしかして八幡って、SAOサバイバーなの?」

「ああ、だから経験に基づいた意見だから、信用してくれていい」

「そうだったんだ……それじゃあ八幡が強いのも頷けるわね」

 

 二人はその八幡の言葉を、自然に受け入れたようだった。

以前、サトライザーとの戦いの映像を見た事があったのも、その一因であっただろう。

そしてユウは、アイに、こんな事を言った。

 

「そっかぁ……ねぇアイ、それじゃあボク達も、仲間と一緒に色々なゲームをしてみる?」

「そうね、それも楽しいかもしれないわね」

「いいんじゃないか?お勉強用のソフトなんかやっても、楽しくも何ともないだろうしな」

「それはある意味拷問よね……」

「まあ、たまにならいいけどね、ごくごくたまにはね!」

「で、八幡は、一体何のゲームをしているの?」

「俺は……」

 

 八幡は、ラフコフ絡みの事もある為、少し迷ったが、結局正直に話す事にした。

 

「主にALOとGGOっていう、二つのゲームをやってるな。

まあメインはALOなんだけどな」

「そうなのね、それじゃあユウ、その二つのゲームは最後に回しましょう」

「ええっ?ボク、八幡と一緒に遊びたいんだけど」

「あくまでも、そのALOってゲームだけの話よ。

色々なゲームをやってみて、八幡と一緒に戦えるくらい強くなったと思えたら、

その時に、ALOの中にいる、八幡に会いに行きましょう」

「そっか、うん、そうだね!」

「そうか、それじゃあALOで待ってるからな」

「ええ、楽しみにしていて頂戴。

あ、でも、たまには、仮想現実での私達の拠点に遊びに来なさいよね、ユウが寂しがるから」

「それはアイでしょ!」

「わ、私は別に……」

 

 もじもじしながらそう言うアイを見て、八幡は、肩を竦めた。

 

「へいへい、仰せの通りに」

「何よその言い方は、レディーに対する教育がなってないわよ」

「まあまあアイ、それじゃあ色々調べないとだね」

 

 そして八幡は、清盛の所に向かう為、そろそろ二人の病室から去る事にした。

 

「次に会うのは、多分東京でという事になりそうだ」

「八幡、もう東京に帰っちゃうんだ」

「まあ、正確には千葉なんだけどな」

「う~、向こうに行ったら、ちゃんとボク達に会いにきてよね!」

「ああ、約束だ」

「それじゃあ約束の印ね」

 

 そう言ってアイは、八幡の頬に軽くキスをした。

それを見たユウは、負けじと八幡の逆の頬に、軽くキスをした。

 

「ふふっ、これで約束は絶対になったわね」

「うん!」

「べ、別に俺は、約束を破ったりはしないぞ」

 

 八幡は、いきなりのその行為に焦りながらも、何とかそう言った。

そして部屋を出ていこうとする八幡に、二人はこう言った。

 

「もう一つの約束も、絶対に守るわよ」

「何があっても、ボク達、病気の事、絶対に諦めないからね」

 

 八幡はその言葉を聞くと、二人の下へと引き返し、二人の頭を抱えながら言った。

 

「ああ、約束通り、俺も最善を尽くす。絶対に絶対だ」

「うん、絶対ね」

「ええ、絶対よ」

 

 そして八幡は、二人に見送られながら病室を去り、今度こそ清盛の下へと向かった。



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第263話 さらば京都よ

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


「おう、じじい、待たせたな」

「まあお主にも、色々とやる事があるんじゃろうて、気にするんじゃないわい」

「最初の時と比べると、全然態度が違うのな……」

 

 八幡は、少し呆れながらそう言った。

 

「いきなり儂を殺そうとした癖に、何を言う!」

「ちょっと殺気を飛ばしただけだろうが、あれはどこからどう見ても、俺の正当防衛だ」

「ぐぬぬ、確かに事情を知らない者から見ると、そう見えたかもしれんの」

 

 そう言いながら清盛は、八幡に、ポンとメモのような物を放ってきた。

 

「何だこれは?」

「結城塾のカリキュラムじゃよ、興味があるじゃろ?」

「ほほう?」

 

 そして八幡は、そのメモの内容を確認すると、呆れた顔で言った。

 

「おいじじい、これ、本気か?」

「本気も何も、実際に行われている内容を、そのまま書いただけじゃぞ」

「東海道五十三次徒歩の旅……?」

「それは卒業旅行じゃな」

「食事は基本自給自足?」

「毎日の滝行も欠かせんじゃろ?」

「確かにこれを一年もやるとか、きついなんてもんじゃないな」

「毎日へとへとにさせると、人はおかしな事は考えなくなるもんなんじゃよ」

「まあ、この内容なら罰としては文句は無いな」

 

 八幡は、自業自得だと思い、そう切って捨てた。

 

「さて、それでは未来の話を始めようかの」

「未来ねぇ……こっちとしては、倉エージェンシーとの提携を進めさせてもらえれば、

それだけで良かったんだが、色々と大事になっちまったもんだな……」

「うむ、お主のせいじゃな」

「どう考えてもじじい、お前のせいだろうが!」

「ほっほ、最近物覚えが悪くなってのう」

 

 八幡は、そんな清盛を憎々しげに見つめると、ぼそっと呟いた。

 

「よし、じじいの家だけ、楓達と別にするからな」

「ま、待て、人質ならぬ、家質をとるとは卑怯だぞ、お主それでも結城の男か!」

「俺は結城の男じゃねえよ」

「ぐぬぬ……」

 

 清盛は、しばらく葛藤していたが、やがて諦めたように、

頭を下げながら、八幡に言った。

 

「儂が狭量じゃった、勘弁せい」

 

 その瞬間に、ガラッと襖が開き、見知らぬ男が部屋に入ってきた。

八幡は、誰かが近付いてきている事には気付いていたが、

一声掛けてくるだろうと予想していた為、少し面食らった。

その人物は、頭を下げる清盛の姿を見て、呆然と言った。

 

「と、父さんが人に頭を下げてる所を始めて見た……」

「何じゃ宗盛か、声くらい掛けんかい」

「ごめん、静かだったから、まさか誰かいるなんて思わなくてさ」

「ふん」

 

 八幡は、清盛の長男である宗盛に会うのはこれが初めてだったので、

そちらに向き直り、丁寧な挨拶をした。

 

「こちらから挨拶にも行かず、本当にすみません、比企谷八幡です」

「結城宗盛です、初めまして、期待の次期当主君」

 

 八幡は、宗盛の言葉からは、嫌味も何も感じられず、

むしろその言葉の端々に、嬉しさが滲んでいるように感じられた為、

やっぱり当主なんて、名目上だけでも引き受けるんじゃなかったかと、少し後悔した。

 

「宗盛よ、すぐにアメリカに旅立つのか?」

「ええ、僕なんかよりも、よっぽど頼りになる後継者も見つかった事ですし、

理事長も、知盛が上手くやってくれるでしょう。

僕は僕で、これからは製薬会社とも連携して、少しでも医学の進歩に貢献出来るように、

あっちで頑張るつもりです」

「そうか……まあ、好きにするがいい」

「それじゃあ父さんに挨拶も出来た事だし、僕はこれで。比企谷君、またいつかね」

 

 そう言って、宗盛は去っていった。

八幡は、少し気にしていた事があった為、清盛に一言断って、その後を追った。

 

「じじい、これまでほとんど話せなかったし、ちょっと宗盛さんを見送ってくるわ」

「む、そうか、それじゃあ儂は茶でも飲んで待ってるわい」

 

 そして八幡は、鼻歌を歌いながら家を出ようとした宗盛に追いつくと、声を掛けた。

 

「宗盛さん」

「ん、比企谷君、どうかしたのかい?」

「あの、今回の事、結果的に宗盛さんを追い出すような形になってしまって、

本当にすみませんでした」

「え?」

 

 宗盛はそれを聞くと、一瞬驚いたような顔をしたが、

やがて何かに納得したのか、苦笑すると、八幡に言った。

 

「別に追い出されたって意識は無いから、そんな事気にしなくていいよ。

僕はむしろ、君に感謝してるんだよ」

「感謝……ですか?」

「ああ、僕もあの戦いの映像は見ていたけどね、

見事に父さんの鼻っ柱をへし折ってくれたじゃないか。

さすがに父さんが現役のままだったら、僕もこんな事、決断出来なかったからね。

八幡君、僕はね、父さんに逆らわないように、目立たないようにって生きてきたから、

今までは自分のやりたい事を、何も出来なかったんだよ。

だけど今回、君という黒船が現れて、父さんに引退を確約させるという偉業を成し遂げた。

だから僕は、これ幸いと、知盛に全てを押し付けて、逃げ出す事にした、それだけさ」

 

 八幡は、その言葉に納得しつつも、やはり完全には、うしろめたさを拭えなかった。

 

「そう……ですか」

「とはいえ、うちの家と関係を絶つ訳じゃないし、

新しく理事長になる知盛ともちゃんと連携していくつもりだから、

僕達の関係には、そこまで大きな変化は無いから心配いらないよ。

ただ、特権意識を持っていた一部の一族の者は、粛清される事になると思うけどね」

「あ、宗盛さんも、その事は知ってるんですね」

「ああ、父さんに言われて、楓に余計な事を吹き込んだ馬鹿を特定したのは、僕だからね」

「そうだったんですか」

「調べてみて愕然としたよ、うちの一族は、こんなに腐ってたのかとね。

だからこれからは、僕が外、知盛が中から、うちの家を変えていくんだ。

そして生まれ変わった結城の家を、君に引き継いでもらう、最高じゃないか」

 

 八幡は宗盛にそう言われ、おずおずとこう返した。

 

「あ、あの、俺は、知盛さんに全部押し付ける気満々だったんですが……」

 

 宗盛はその言葉に、一瞬固まったかと思うと、とても楽しそうに笑い始めた。

 

「あはははは、そうなんだ、それじゃあ知盛に、死ぬほど苦労してもらう事にしようか。

まあ、名目上の当主は引き受けてくれるんだろう?

だったらまあ、知盛に何か相談された時に、アドバイスくらいはしてあげてよ」

「はい、それはもちろんです」

「今回は、一気にうちの家の風通しを良くしてくれて、本当にありがとう。

君がいてくれて、本当に良かったよ。明日奈ちゃんにも宜しく伝えておいてくれ」

「あ、あの、宗盛さん、ちょっとお願いがあるんですが」

「ん?」

 

 そう言って八幡は、懐から、経子に渡された、眠りの森の患者の病気に関してのメモを、

宗盛に差し出しながら言った。

 

「ちょっとこれを見てもらえますか?」

「これは……そうか、経子の患者さん達の……」

「あの、もし良かったら、ここに書いてあるリストの病気について、

何かあっちで医学的に進展があったら、俺に教えて欲しいんです。

もちろん守秘義務もあると思うんで、話せるようになったらで構わないんですが」

「そうか、君は楓だけじゃなく、他の子達も、助けたいんだね」

「はい、全員を救えるなんて、さすがに思ってはいませんが、

もし俺の手が届くなら、そこは全力で掴みたいって思うんです」

 

 宗盛は頷くと、八幡の手をしっかりと握りながら言った。

 

「分かった、当面僕も、このリストにある病気の治療をメインに考えて、

これから活動していく事にするよ」

「ありがとうございます、宗盛さん」

「何か分かったら必ず連絡する。それじゃあ八幡君、すまないが、

こっちでの眠りの森の患者さん達の事は、宜しく頼むよ」

「はい、メディキュボイドを有効活用して、最大限努力します」

 

 そして宗盛は去っていき、八幡はそれを見送ると、清盛の下へと戻った。

 

「随分長く話していたの、何か有意義な話でも出来たかの?」

「ああ、じじいと話しているよりは、よっぽどな」

「ふむ……なぁ小僧、儂は宗盛の、重荷になっていたのかのう……」

「じじいは一族の重荷だろ、過去の自分をしっかりと反省しろ」

「それはさすがに言い過ぎじゃろ!」

「まあ、頑固だったのは事実だろ」

「うぬ……」

 

 清盛は、少し落ち込んだ様子で黙り込んだ。そんな清盛に、八幡は言った。

 

「じじいはもっと肩の力を抜いて、他人に頼る事を覚えろよ。

俺だって、SAOじゃ、一人じゃ何も出来なかったんだからな。

これからはまあ、細かい事は他人に任せて、じじいは楓の為に、いいお爺ちゃんになれよな」

「言われんでもそうするわい!」

「それじゃ、俺達は明日帰るから、また向こうでな」

「おう、首を洗って待っとれい」

「再会を約束する言葉としては、どうなんだよそれ……」

 

 そして八幡は、明日奈達と合流し、残りのお土産選びに付き合う事となった。

 

「残りは誰の分なんだ?明日奈」

「えっとね、キリト君、クラインさん、ピトかな」

「キリトとクラインは、八ツ橋とかでいいんじゃないか?」

「実は八ツ橋はね、私が多めにまとめ買いして、小町ちゃんへの説明書きと共に、

既に八幡君の家に送ってあるのよ」

 

 その問いに、陽乃がこう答えた。

 

「だから今は、個人用に、ちょっとした物を選んでたんだよね」

「なるほどな、よし、それなら任せろ」

 

 八幡はそう言うと、近くの土産物屋にスタスタと入り、一本の模造刀を手にとった。

 

「よし、キリトはこれだな、あいつはこういうのが好きなはずだから、これでいい」

「ま、まあ、確かに好きそうだね……」

 

 そして次に八幡は、新撰組の羽織を二つ手に取った。

 

「クラインと静先生は、セットでこれでいい。

クラインがどう思うかより、静先生がどう思うかの方が重要だ。

多分先生は学生の頃、これが欲しくてたまらなかったはずだが、

友達の手前、さすがに買えなくて悔しい思いをしたはずだ」

「そ、そうなの……」

「ああ、間違いない」

 

 そして八幡は、その二つを自宅に送る手配をした後、

一本のかんざしを綺麗に包んでもらい、バッグに入れ、店から出てきた。

 

「それがピトへのおみやげ?」

「いや、ピトには、俺と明日奈がじじいと戦った時の映像を、DVDにでもして渡せばいい」

「あ~、確かにそれが一番かもね……」

「そしてこれは、うちの学校の理事長のための物だな。

今回ちょっと長く学校を休む事になっちまったから、まあ一応な」

「そっか、八幡君、気配りがえらい!」

「これをもらった時、どんな反応をするのか見てみたいわ」

 

 陽乃は、多分狂喜乱舞するんだろうなと思いつつも、そう言った。

 

「よし、それじゃあこのまま観光をした後、ホテルに戻って章三さん達と合流して、

明日の午前中に帰るとするか」

「理事長選挙の結果は見なくていいの?」

「どうやらそれは、無投票で知盛さんに決まるみたいだからな、見るまでもないだろ」

「そっか、そうだね」

「他にも色々な物を背負っちまったが、とりあえずこれで、こっちに来た目的は全て達成だ」

「後は向こうに戻ってから、最後の仕上げだね」

「ああ、いよいよ、クラディ-ルとご対面って事になる。

正直顔も見たくないんだが、多分、会うのも次が最後になるから、まあいいか」

 

 こうして次の日、一行は、沢山の出会いがあった京都を後にした。



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第264話 八幡、帰京す

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


「いやぁ、ここに来る前に、叔父さんの所に挨拶にいったんだが、

思わず、『誰ですか?』って言ったら、やっぱり怒鳴られたよ」

「お父さん、それは当たり前だから……」

 

 冗談なのかどうかは分からないが、章三がそう言い、

明日奈は呆れたように、章三に言った。

 

「いや、本当に、最初誰だか分からなかったんだって。

いやぁ、まさかあの叔父さんが、あんなに丸くなるとは、やっぱり八幡君は凄いんだねぇ」

「あれはまあ、上手くこっちの土俵に引っ張り込めたせいなんで、作戦勝ちって奴ですね」

「しかも、あの難しい、楓ちゃんの手術まで成功させるなんて、

医学会にも、メディキュボイドの可能性に、激震が走ったと思うよ」

「まあ確かに、各医師の手術の腕は、平均的に、どんどん上がっていく気がしますね」

 

 菊岡がそう言い、八幡は、皮肉っぽい口調で菊岡に言った。

 

「ずっと遊んでたのかと思ったら、情報収集はしっかりしてたんですね、菊岡さん」

「失礼な、ついでだよ、ついで」

 

 八幡は、遊びと情報収集の、どっちがついでなのだろうと思いつつも、

菊岡が、駒央に再会するキッカケを作ってくれたのは確かなので、

それ以上いじるのはやめる事にした。その代わり、次にこういう機会があったら、

とことん利用しつくしてやろうと、内心で黒い笑みを浮かべた。

 

「ところで八幡君、宗盛さんがやろうとしてる事に、補助金を出せないか、

今根回しを進めている所だから、もし駄目なら、君の方から支援してあげてね」

 

 八幡の内心を読んだかのように、いきなり菊岡がそう言った。

八幡は、これだからこの人は侮れないんだよなと思いつつ、その言葉に頷いた。

そして会話も一段落したと思われたその時、陽乃が爆弾を投下した。

 

「で、二人の間には、本当に何も無かったの?」

「そうだ明日奈、何て事をしてくれたんだ、お父さんは本当に悲しいよ」

「そうよ明日奈、私はあなたをそんな子に育てた覚えはありませんよ」

「お父さん、お母さん!」

 

 章三がとても残念そうにそう言い、京子もそれに同意した為、明日奈は慌ててそう言った。

他の乗客から見れば、若い二人が、両親に怒られているように見えたかもしれないが、

もちろん事実は逆である。章三も京子も、早く孫の顔を見たくて仕方がないようだ。

 

「章三さん、ちょっと待って下さい、それは違います」

 

 そこに陽乃が、そう口を挟んだ。明日奈は、陽乃が味方してくれるのかと思い、

パッと顔を明るくさせた。そして陽乃は、とても真面目な顔で、こう言った。

 

「何て事をしてくれたんだ、というのは、ちょっと違うと思います。

正確に言うなら、何で何もしてくれなかったんだ、

もしくは、何故強引に事を運ばなかったんだ、が、正しいと思います」

「姉さん!」

 

 明日奈は、裏切られたという表情で、愕然と陽乃の顔を見た。

その言葉に章三は、確かにそうだと頷き、菊岡は下を向いて笑いを堪えていた。

そして八幡は明日奈を庇うように、横からそっと口を挟んだ。

 

「今回は、予想外に色々な事があって、さすがに疲れちゃって無理でしたけど、

そのうち必ずお二人に、かわいい孫の姿を見せますから、のんびりと待ってて下さい」

「そ、そうだね、人生はまだ長いんだ、焦る事は無いか」

「明日奈、それまでしっかりと、八幡君と愛をはぐくむのよ!」

「う、うん、お父さん、お母さん、ありがとう」

「チッ」

 

 章三と京子は、八幡のその言葉に落ち着いたのか、明日奈に笑顔で話し掛けたのだが、

八幡は、陽乃がそう舌打ちするのを聞き逃さなかった。

 

「おい馬鹿姉、まさかこの前のアレ、本気だったんじゃないだろうな?」

「うるさいわね、乙女の夢を邪魔するんじゃないわよ」

「おい……」

「もうこうなったら、睡眠薬で眠らせてる間に事におよんで、

子供だけ授かるという手も……もしあれなら他の子達とも協力して……」

「おいこら、それは犯罪だ」

「あなたが訴えなければ犯罪にはならないわ。そしてあなたは訴えない、違う?」

 

 八幡は、うっと言葉に詰まったが、何とか気をとりなおし、陽乃に言った。

 

「と、とにかくおかしな事ばっかり考えるんじゃねえ、分かったか?」

「いやねぇ、冗談に決まってるじゃない」

「まったく信用出来ねえ……」

 

 そうこうしている間に、新幹線は東京駅に着き、章三と陽乃はそのまま会社へ、

菊岡も報告があるとかで、霞ヶ関に向かう事となり、京子も自宅へと帰るようで、

八幡と明日奈は、とりあえずこれからどうするか、相談を始めた。

 

「荷物、もう届いてるかな?」

「とりあえず確認する為にも、一旦うちに戻るか」

「そうだね、どうやって行く?」

「ちょっと待っててくれ、キットの現在位置を確認するわ」

 

 そして八幡は、キットに直接連絡し、今どこにいるか確認すると、明日奈に言った。

 

「今はソレイユの車庫にいるらしいから、このまま姉さんのタクシーに便乗していくか」

「そうだね、そうしよっか」

「ついでにアルゴから、ピトへの土産用のDVDを受け取っておこう」

 

 そして二人は、陽乃と共に、ソレイユへと向かった。

 

「材木座、アルゴ、小……薔薇、今帰ったぞ」

「八幡、八幡ではないか、久しぶりだな!」

「おう、お帰り、ハー坊、アーちゃン」

「あんた今……いや、何でもないわ、お帰り」

「悪い、三人とも、お土産は家に送ってあるから、明日持ってくるわ。

アルゴ、頼んでたDVD、出来てるか?」

「ああ、もちろんだぞ。ほら、これダ」

「サンキュー、それじゃまた明日来るわ」

 

 そして八幡は、キットと合流すると、そのまま八幡の自宅へと向かった。

幸い荷物は、既に宅配ボックスに入っており、

昨日送った荷物の行方を宅配会社のサイトで確認すると、

そちらも間もなく到着する事が分かったので、

とりあえず二人は、荷物の仕分けをする事にした。

 

「まず八ツ橋を一つずつ分けて、名前のタグを付けて……」

「さすがに多いね、私、現実に戻ってきてから、一気に友達が増えたよ」

「確かにそうだよな、どうだ明日奈、友達が増えて、楽しいか?」

「うん、とっても!」

「なら良かった」

 

 そう言いながらも、テキパキと、誰に何を渡すかが、分けられていく。

そして玄関のチャイムが鳴り、昨日八幡が送った箱の他に、もう一つの荷物が届いた。

どうやらそれは、先に明日奈と陽乃が送った、他の者への土産の箱のようだった。

 

「こっちの仕分けは、明日奈に任せればいいか」

「うん」

 

 八幡は、明日奈に指示された通りの名前の上に、

渡されたお土産を、どんどん置いていった。

 

「なぁ明日奈」

「ん、何?」

「この量だと、明日は車で学校に行かないと、持ちきれないよな」

「そうだね、学校以外の人の分も、乗せないといけないしね」

「渡せる奴の分は、今日のうちに渡しちまった方がいいか……」

「明日の放課後、雪乃達と会う約束をしてるから、

雪乃と結衣と優美子と南といろはちゃんは、その時がいいかな」

「それじゃあ帰りに、約束の場所まで車で送るか」

「そこからは別行動で、効率よく配ればいいね」

「残りはどうするか……」

 

 そんな八幡に、明日奈は言った。

 

「とりあえず、今日はここに泊まるから、私、夕飯の材料を買いにいってくるよ。

その間に八幡君は、ダイシーカフェにでも行って、エギルさんや、

クラインさんを呼び出すか何かして、お土産を渡しちゃえばいいんじゃないかな」

 

 八幡はその提案に納得し、遼太郎に電話をした。

遼太郎はすぐに電話に出ると、今丁度外回りの最中だからという事で、

後でダイシーカフェで落ち合う事になった。

 

「そうだな、ついでに詩乃と理事長の所にも顔を出すか」

「ピトはどうする?」

「そうだな……詩乃は学校前で待ってればいいとしても、ピトはな……

なぁ明日奈、お前、ピトの連絡先、知ってるか?」

「ううん、さすがに芸能人に、連絡先を聞くのはちょっとって思って、

その流れでシノのんの連絡先も知らないんだよね」

「まあ確かにそうなんだよな、とりあえずGGOにログインして、

ピトがいるかどうか確かめてみるわ」

「それじゃあ私、買い物にいってくるね」

「送らなくていいのか?」

「うん、すぐ近くだから大丈夫」

「分かった、それじゃあ後でな」

 

 そして八幡は、GGOへとログインしてみた。

まさかとは思ったが、案の定、目の前には、ピトフーイがいた為、

八幡は、呆れた顔でピトフーイに言った。

 

「お前の野生の勘は、一体どうなってるんだよ……」

「え~?愛の力なら当然じゃない?」

「お前の愛は重すぎんぞ……」

「いやぁ、そこまで褒められると、愛を重くしてきた甲斐があったよぉ」

 

 八幡は、そのピトフーイの言葉をスルーした。

ピトは気にした様子も無く、八幡に尋ねた。

 

「で、今日はシズ達は?」

「今日は別件だ、ついさっき、こっちに帰ってきたんでな、

お前にお土産を渡そうと思って、連絡をとる為にインしてみたんだよ」

「そうなんだ!ありがとう、シャナ!それじゃあどこで待ち合わせにする?」

「お前の都合のいい場所でいいぞ」

「ん~、じゃあまた、ソレイユの前でいいかなぁ?」

「あそこでいいのか?」

「うん、あそこって、実はうちの事務所から近くて都合がいいんだよね」

「そうなのか」

 

 そして時間を決めた二人は、すぐにログアウトした。

 

「それじゃあ予定を変更して、ついでにソレイユにも寄るか……」

 

 八幡はそう呟くと、必要なお土産をキットに乗せ、最初にダイシーカフェへと向かった。

ダイシーカフェに到着すると、八幡は、入り口のドアを開け、

暇そうにしていたエギルに声を掛けた。

 

「よぉ」

「おう、八幡じゃねーか、今日はどうしたんだ?」

「何か暇そうだな、エギル。こんなんで経営は大丈夫なのか?」

「まあ、この時間はな、もう少し早いか遅いかすると、かなり混んでるから大丈夫だ」

「それならいいんだが」

 

 そう言って八幡は、エギルに土産を手渡した。

 

「これ、明日奈が選んだんだが、八ツ橋と、どうやら京都の特産品の詰め合わせらしい」

「お、見た事のない食材が沢山だな、これは料理のし甲斐があるぜ」

「クラインもそろそろ来るはずなんだが……」

 

 丁度その時、入り口から、遼太郎が姿を現した。

 

「すまん、待たせちまったか?」

「いや、今来たところだ」

「そっかそっか、で、土産をくれるんだっけか?何か気を遣わせてすまないな」

「いや、問題ない、というわけで、これだ」

「こ、これは……」

 

 遼太郎は、八幡の差し出した新撰組の羽織に、目を奪われていた。

 

「うおお、やっぱり格好いいな、新撰組の、浅葱色のだんだら羽織!」

「お前なら、絶対気に入ってくれると思ってたよ、あとこれ、静先生の分な」

「おお、さすがは良く分かってるじゃねーか、静さんも、絶対気に入ると思うぜ」

「当然だ、お前よりも、あの人との付き合いは長いからな」

「本当にありがとな、八幡!」

「おう、それじゃあ、またALOでな、二人とも。

エギルすまん、注文は、今度時間のある時に、改めてゆっくりとさせてもらう」

「気にすんなって、土産、ありがとな!」

「おう」

 

 そして八幡は、次にソレイユへと向かった。

ピトとの待ち合わせの時間には、まだもう少しあるので、

八幡は先に、材木座達の下へと向かった。

 

「よぉ」

「あれ、八幡、明日来るのではなかったのか?」

「ちょっと予定が変わってな、ほれ材木座、八ツ橋な」

 

 八幡は、実際のところ、材木座の事をすっかり忘れていたのだが、

明日奈が気をきかせて、多めに八ツ橋を買っていた為、無事に土産を渡す事が出来た。

 

「アルゴにはこれらしい、猫と鼠の彫り物だそうだ」

「……よくあったな、こんな物」

「鼠のくせに猫っぽい、お前らしいだろ」

「そうだな、有難く飾っておくゾ」

「そして薔薇には、もちろん小猫だ」

「ええ、そうよね、もちろん予想はしてたわよ」

 

 それは、小猫をかたどった、髪留めだった。

 

「京都の伝統技術で作られたうんぬんの、小猫の髪留めだ。

お前は髪が長いから、まあ有効活用してくれ」

「あ、ありがとう」

「せっかくだから、ハー坊につけてもらったらどうダ?」

「えっ?で、でも……」

「それくらいなら別に構わんが、どこに付けるかとか、俺には分からないぞ」

「そ、それじゃあこの辺りに」

「ここか?」

「え、ええ、そこでいいわ」

 

 薔薇はすぐに鏡に向かい、自分の姿を見て、ニマニマしていた。

八幡は、どうやら気に入ってくれたみたいだなと安堵し、

行く所があるからと、ソレイユを後にした。

そして八幡は、その場で少し待つと、そこに息をきらせて、エルザが走ってきた。

エルザは変装のつもりなのだろう、帽子を目深にかぶり、サングラスをしていた。

 

「八幡!」

「おう、忙しいところを呼び出してすまないな、今日帰ってきたぞ」

「うん、お帰りなさい!で、お土産って何?」

「これだ」

 

 八幡はそう言って、一枚のDVDを取り出した。

 

「DVD?」

「ああ、何か京都っぽい物がいいかとも思ったんだが、お前にはこれが一番、

いい土産になると思ったんでな、あっちでの、俺と明日奈の戦いの記録だ」

「おおおおおおお」

 

 エルザは興奮が抑えられないかのように、そう言った。

 

「忙しいんだろ?詳しい話は、今度それを見た後にでも、

GGOの中なり、現実なりで、話してやるよ」

 

 八幡のその言葉に、エルザは残念そうに言った。

 

「うん、そうなんだよね、独立に備えて、色々やらないといけない事があってさ……」

「その独立の話なんだが、結城本家との話がついたから、今度倉エージェンシーに、

お前を連れて乗り込むから、その覚悟だけはしておいてくれ。

エムにも、俺から連絡が入り次第、独立話を実行に移せと伝えておいてくれ」

「わっ、そうなんだ!さっすが八幡、私の愛する神!」

「愛するとか神とか簡単に言うんじゃねえよ。ほら、早く仕事に戻れ」

「うん、ごめんね八幡、また今度ね!」

「おう、またな」

 

 そして八幡は、エルザと別れた後、次に学校に向かった。

当然まだ授業中であり、同じクラスの仲間に土産を渡すのは明日にしてあった為、

八幡は、真っ直ぐ理事長室に向かった。

 

「失礼します」

「あら、八幡君、帰ってきたのね。今日はその報告かしら?」

「いえ、それもあるんですが、これをお土産にと思いまして」

「あら、私に?まあまあ、素敵なかんざしね」

「はい、理事長は、和服でいる事が多いので、これがいいんじゃないかと思って、

ちょっと古めかしい品かもとは思いましたけど、俺が自分で選びました」

「あなたが自分で?そう……どう、似合うかしら?」

「はい、とても」

 

 理事長は、まるで少女のようにはしゃぎながら、

鏡の前で、クルクルと回ると、感極まったように、八幡に抱きついた。

 

「ちょ、理事長」

「ありがとう八幡君、まさか私までお土産をもらえるなんて、思ってもいなかったわ」

「い、いえ、喜んで頂けて良かったです。学校には、明日から登校しますので」

「分かったわ、そのように伝えておくわね」

 

 そして最後に八幡は、また注目を集めてしまうかと心配しつつも、

詩乃の学校へと向かい、駐車場に車を止め、詩乃が出てくるのを待つ事にした。




一応繰り返しますが、明日は朝8時の投稿を予定しています、ご注意下さい。
そして最後の展開からも分かる通り、明日は詩乃回となります。
タイトルは「この日の放課後、詩乃達は」
第236話と対になる話となります。文字数は、過去最長の8500文字となりました。
分けようかと思ったのですが、年末ですし、まあいかなと思い、そのまま投稿しました。



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第265話 この日の放課後、詩乃達は

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「あっ」

 

 突然前の席に座っていた友達~名前は美衣という~が立ち上がった為、

詩乃は何事かと思ったが、美衣が教師に注意され、すぐに座った為、

詩乃は再び黒板に目をやり、ノートをとる事に集中した。

前回八幡が、学校帰りの詩乃の下を訪れてから、詩乃の生活は激変した。

以前のように、他のクラスメート達から敬遠される事も無く、

むしろ平謝りされるくらいであり、遠藤達はあからさまに詩乃を避けていた。

どうやら家でかなり厳しく怒られたらしいと、後に詩乃は風の噂で聞いた。

バイトも家で出来るものへと変わり、時間も短縮され、生活に余裕が出来た事で、

放課後、それほど親しくなかったクラスメート達に遊びに誘われた時も、

詩乃はおずおずとだが、肯定の返事をする事が出来た。

相変わらず八幡以外の男子は苦手だったが、その事を聞いた時、そのクラスメート達は、

詩乃には八幡がいるのだから、それもまあ当然だなと勝手に勘違いしてくれたのか、

詩乃を誘って遊びに行く時は、常に女子だけで行く事となった。

そしてそんな事を繰り返すうちに、詩乃にも何人か、友達と呼べる存在が出来た。

目の前の席に座っている美衣は、その中の一人であった。

その美衣が、ノートをとっている詩乃に、こっそりと後ろ手でメモを差し出してきた。

詩乃がそっとメモを受け取り、中を開くと、

そこには『大変、外を見て!』とだけ書いてあり、詩乃は何気なくそちらを見た。

そこには見覚えのある派手な車が止まっており、中で八幡が、

シートを倒してのんびりと横になっている姿が見えた為、詩乃は思わず立ち上がった。

 

「朝田君まで、一体さっきから、どうしたのかね?」

「あ……す、すみません」

 

 教師にそう注意され、詩乃は焦ってそう返事をし、席についた。

そして授業が終わった瞬間に、美衣が詩乃に話し掛けてきた。

 

「詩乃、見た?あれってやっぱりそうだよね?」

「うん、間違いないみたい」

 

 他にも何人かが車の存在に気付いていたらしく、

たちまち詩乃の周りに人だかりが出来た。

 

「朝田さん、もしかして今日も迎えに来てる?」

「いいなぁ、私もあんな風に迎えに来てくれる彼氏が欲しい」

「あっとごめん、早く行かないと、彼を待たせちゃうよね」

「うん、ごめんね」

 

 詩乃はそう言われ、帰り支度をして席を立った。八幡が来てくれた事は嬉しいのだが、

しかしそれに付随する諸々の面倒を考えると、詩乃は複雑な気分になった。

だが、その足取りは軽く、早く彼の顔が見たいという詩乃の本心が、

そこには如実に現れていた。そんな詩乃を、美衣の他に、映子、椎奈という、

三人の友達が取り囲み、詩乃は注目の中、その三人に守られるように廊下を進んだ。

 

「詩乃っち、良かったね、憧れの王子様がまた迎えに来てくれて」

「詩乃、頑張って彼をものにするんだよ」

 

 映子と美衣が詩乃にそう言った。

 

「でも、どうして今日来てくれたのか、まったく分からないんだよね……」

 

 詩乃は戸惑いながらも、正直にそう説明した。

そんな詩乃に、椎奈はあっけらかんとした口調でこう言った。

 

「そうなんだ、じゃあ、本来会える予定じゃなかったなら、逆にラッキーじゃない」

「あ……確かにそう……なのかな?」

「そうだよそうだよ、頑張りなよ、詩乃」

「う、うん」

 

 その三人は、今の詩乃にとっては学校で一番仲の良い友達であり、

詩乃は三人に、八幡が彼氏だと嘘をつき続けるのが躊躇われた為、

八幡が本当は彼氏などではなく、自分を助ける為に彼氏だと言ってくれた事、

直接会ったのはあの日が初めてだった事、そして自分はそんな彼が大好きなのだと、

本当の事を話していた、唯一の友達でもあった。

ちなみに八幡が詩乃の彼氏だという話は、やけになった遠藤があちこちで触れ回ったらしく、

既に学校中の共通認識として広まっていた。

その事を告白した時、詩乃は三人から罵声を浴びる事も覚悟していた。

だが三人から返ってきたのは、自分達の態度を反省する言葉と、八幡を賞賛する言葉だった。

 

「そうだったんだ……ごめんね詩乃っち、今までずっと、見て見ぬふりなんかして……」

「ううん、今はこうして私と一緒にいても、誰も何も言わなくなったけど、

昔のままだったら、私が映子の立場でも、同じように仲間外れにされるのが怖くて、

何も出来なかったと思うから、そんなの気にしないで」

「本当にあの日から、劇的に変わったよね、うちのクラス」

「あの日初めて会ったって、とてもそんな風には見えなかったしね」

「っていうか、会った事も無い人の為にあそこまで出来る人って、本当にいるんだね……

いいなぁ詩乃、凄く羨ましい」

「う、うん、私も最初、目の前で起こってる事が全く信じられなかった……」

「でも詩乃、よく話してくれたね、私はそれが凄く嬉しいよ」

「美衣……」

「だね、これからも仲良くしてね、詩乃」

「ありがとう、椎奈」

 

 その時から詩乃にとって、この三人はかけがえのない友達となった。

そんな三人に守られながら、詩乃は昇降口を抜け、八幡の下へと走った。

だが八幡は、前回のように車の外では待っておらず、

ただ生徒達が、興味深そうに遠巻きに車を囲んでいるだけだった。

 

「どうしたのかな?」

「詩乃に気付いてない?」

「詩乃、もっと近くにいってみれば?」

「う、うん」

 

 そして三人は、詩乃の為に露払いを始めた。

 

「はい、ちょっと通りますよ~」

「ごめんね、その車の人は、この子のいい人だから」

「ほら詩乃、こっちこっち」

「みんな、ありがとう」

 

 そして詩乃は、前回のように注目を浴びながらも車に近付いた。

だが八幡に動く気配は無い。詩乃が思い切って窓から中を覗き込むと、

そこには、気持ち良さそうに眠っている八幡の姿があった。

詩乃は笑いを堪えながら、三人の所に戻り、こう言った。

 

「寝てた」

「え?」

「まじ?」

「見せて見せて」

「うん、みんなも見てみて」

 

 そして詩乃の後に続き、三人も窓から中を覗き込んだ。

 

「うわ、本当に寝てる」

「ぐっすりだねぇ」

「詩乃、このチャンスに唇を奪っちゃえば?」

「む、無理だって!」

「まあそれは冗談として、とりあえず起こせば?」

「うん、そうする」

 

 詩乃はその提案を受け、そっとキットのドアに手をかけた。

が、鍵がかかっているようで、ドアはまったく開かなかった。

そして詩乃は、突然ある事を思い出し、口に出してこう言った。

 

「あ……そうか、キット、うん、キットだ」

「何の事?」

「鍵がかかってるみたいだから、キットに開けてもらおうと思って」

「キットって何?チョコの名前?」

「この車の名前」

「あ、そうなんだ、でもどういう事?」

「こういう事」

 

 詩乃は三人にウィンクすると、そっとキットに話し掛けた。

 

「キット、私、詩乃よ、覚えてる?」

『ええ、もちろん覚えていますよ』

「わっ!」

「そっか、この車、喋るんだったね」

 

 それと同時に、周囲の生徒からも、おおっという声が上がった。

 

「ごめん、八幡を起こしたいんだけど、ドアを開けてもらってもいい?」

『分かりました、今開けますね』

 

 そして、八幡の側のドアがするすると上に開いた。

それを見た詩乃は、自分の失敗に気付いてしまった。

 

「あっ」

「どうしたの、詩乃」

「この車のドア、上に開けるのを忘れてて、横に開けようとしてたわ……」

『はい、確かに鍵はかかっていなかったので、詩乃にお教えしようと思ったのですが、

何と声を掛ければいいか、正直少し迷っていました』

「ご、ごめんねキット、気を遣わせちゃって」

『いえいえ』

 

 その会話を聞いた三人は、とても驚いた。

 

「うわ、人に気を遣える車って、何か凄いね……」

「高性能~!」

「本当にこの車、一体いくらするんだろう……」

 

 そして詩乃は、八幡を起こそうと車の中を覗き込んだ。

そして詩乃は、必死に笑いを堪えている八幡とバッチリ目が合い、顔を赤くした。

 

「い、いつから起きてたの?」

「そりゃお前、キットの声がすれば、誰だって起きるだろ?」

「そ、それは確かにそうかもだけど!」

「いやぁ、俺が寝てる間に、まさかお前がドアを横に開けようとしていたとはな」

「ちょっとした気の迷いよ、いいからさっさと忘れなさい」

「へいへい、で、その後ろの三人は友達か?」

 

 八幡は、前回は一人だった詩乃の周囲に、

今回は三人、別の女の子がいる事に気が付き、そう質問してきた。

詩乃はその質問に、嬉しそうに答えた。

 

「うん、友達だよ、これも八幡のおかげかな」

「そうか」

 

 八幡はその答えに嬉しそうにそう頷くと、車を出て三人に挨拶をした。

 

「俺は比企谷八幡だ、気軽に八幡と呼んでくれ」

「あ、私は昼岡映子です」

「夕雲美衣です」

「夜野椎奈です」

 

 三人は八幡に挨拶され、そう自己紹介をした。

そして映子が、最初に抜け駆けぎみにこう言った。

 

「わ、私も詩乃と同じように、映子って呼び捨てで構わないので!」

「ずるい映子、それじゃあ私も美衣で!」

「私も椎奈でお願いします」

「お、おう……映子、美衣、椎奈、宜しくな」

 

 その三人の迫力に、八幡は少し押されながらもそう答えた。

そして八幡は詩乃に、今日ここに来た理由を説明した。

 

「実は今日、京都から帰ってきてな、詩乃にお土産を持ってきたんだが……」

 

 そして八幡は、周囲を見回した後、続けて言った。

 

「……ここじゃ注目を集めすぎてるから、ちょっと移動するか」

「うん!」

 

 詩乃はお土産と聞いて、身を乗り出しながらそう答えたのだが、

その直後に詩乃が、このまま一人で行っていいものかと三人を気にするそぶりを見せた為、

八幡は、せっかく詩乃に友達が出来たんだからと思い、詩乃にこう提案した。

 

「あ~、詩乃さえ良かったら、三人も一緒に軽くドライブでもするか?」

「えっ、いいの?」

「まだ時間も早いし、お前がいいなら、俺に断る理由なんか別に無いしな」

「ありがとう、八幡!」

 

 詩乃は嬉しそうに三人の下に駆け寄ると、八幡の言葉を三人に伝えた。

 

「八幡が、三人も一緒にどうかって」

「え、いいの?」

「うわ、八幡さん、ありがとうございます!」

「一度乗ってみたかったんだよね」

 

 そして三人は、少し緊張しながらも、後部座席に乗り込み、詩乃が助手席に乗ると、

八幡はそのままキットをスタートさせた。

 

「うわ、ぜんぜん揺れないね……」

「私、いつもは車酔いするんだけど、今日は全然平気」

「そういえば確かにな……キット、どうなってるんだ?」

『前方の地面の段差を計測し、事前にそれに備え、衝撃を吸収しています、八幡』

「……だそうだ」

「凄い凄い!」

「やばい、楽しい!」

 

 後部座席の三人が喜んでいるのを、詩乃が嬉しそうに見つめているのを見て、

八幡は、どうやら想像以上に仲が良さそうだと思い、

詩乃の学校生活も特に問題は無いみたいだなと安心した。

 

「詩乃、学校は楽しいか?」

「う、うん、正直もう諦めかけてたんだけど、こうして友達も出来たし、今は凄く楽しい。

何から何まで本当にありがとう、八幡」

「そうか、それなら良かった」

「あの……ごめんなさい、私、今までちっとも詩乃っちの力になれなくて……」

「いや、まあ学校ってのは、そういう所があるからな、それは仕方ない。

でも今は詩乃と仲良くしてくれてるんだろ?それならそれでいい」

「はい、詩乃は話してみると全然普通で、とてもかわいかったです」

「ツンデレだしね」

 

 その最後の言葉に、詩乃は抗議した。

 

「ちょっと、三人とも、べ、別に私は、ツンデレじゃないんだからね」

「やっぱりツンデレじゃない」

「ツンデレだよね」

「うん、ツンデレ」

「むしろ詩乃がツンデレじゃなかったら、この世の中にツンデレは存在しないまである」

「もう、八幡まで!」

 

 そして四人は明るく笑い、詩乃だけが頬を膨らませていた。

 

「でも八幡さん、私達、八幡さんの事、凄く尊敬してるんですよ」

「尊敬?」

「だって八幡さん、会った事も無い詩乃の彼氏のフリまでして、

詩乃の事を守ろうとしたじゃないですか」

「うんうん、八幡さんと詩乃っちが初対面だったなんて、全然分からなかったし」

「そうか、ちゃんと話したんだな、詩乃」

「うん、どうしても嘘をついているのが嫌だったから……」

「俺はいいと思うぞ。友達ってのはそういうもんだろ」

「そ、そうだよね、いいんだよね」

「ああ、お前は何も間違ってない」

 

 詩乃は八幡に肯定された事で、想像以上に自分が喜びを覚えている事に気が付いた。

そんな詩乃を、映子達は嬉しそうに見つめていた。

 

「ところで八幡さん、あの遠藤をどうやって大人しくさせたんですか?」

「詩乃も、それだけは教えてくれないんですよ」

「もしかして、話したらやばい事だったり?」

「ん?そうなのか?詩乃」

「まあ、一応あんたの評判に関わる事だから……」

 

 八幡はそれを聞き、呆れた顔で言った。

 

「お前、気にしすぎだろ。あれはな、ちょっと権力を使って、

これ以上詩乃に何かしたら、お前の親が職を失うぞって圧力をかけたんだよ」

「えっ、そんな事出来るの?」

「八幡さんって、学生だって聞いたけど、実は何者?」

「黒い……でもそこがいい……」

「八幡、本当に言っちゃっていいの?」

「あんまりペラペラと言う事じゃないがな、もし遠藤がやけになって何かしてきたとして、

この三人にその事実が伝わってれば、それが抑止力になるかもしれないからな」

 

 それを聞いた三人は、力強く言った。

 

「任せて、詩乃っちは私達が必ず守るから!」

「昔と違って、今は周りは味方だらけだしね」

「だから詩乃、安心してね」

「あ、ありがとう、みんな」

 

 八幡はその三人の姿を見て、詳しく説明をしておく事にした。

 

「とりあえず、どうやったか詳しく話しておくが、誰にも言わないでくれよ」

「うん」

「先ず俺はSAOサバイバーだ。だから学生は学生でも、帰還者用学校の学生だな」

「えっ?」

「そ、そうだったんだ!」

 

 八幡は、いきなり爆弾を放り込んだ後、すぐに次の爆弾を放った。

 

「で、俺は実は、ソレイユの社長に気に入られていてな、

一応ソレイユの次期社長って事になってるんだよ。この車は社長の専用車扱いになる」

「ええっ!?」

「これは予想外だった……」

「てっきりお父さんか誰かが、どこかの会社のえらい人だとばかり……」

「あの遠藤ってのの父親は、ソレイユの取引先の社員でな、

その伝手で圧力をかけたと、まあそんな感じだ」

「うわ……マジもんの権力者だ……」

「黒い……でもそこがいい……」

「椎奈、あんたさっきからそればっかりね……」

 

 そして八幡は、最後の爆弾を放った。

 

「そして俺の彼女は、レクトの社長の娘だ。

だから実は、そっちからも圧力をかける事が可能なんだ。

遠藤って奴は、つまりこの業界に父親がいる限り、完全に詰んでるって訳だな」

 

「えっ?」

「レクトってあのレクト?超大企業じゃない……」

「いずれ二つの会社は統合する?まさかね……」

 

 ここまでの話での、三人の驚きは想像以上のものであり、

詩乃は、まさか八幡がそこまで話すとは思っていなかった為、少し心配になった。

だが八幡が話していいと思ったなら、きっと大丈夫なのだろうと思い、

そのまま大人しく話を聞く事にした。

 

「だから、遠藤に限らず、もし学校で何かあった場合、こう言ってくれ。

『詩乃のバックは、ソレイユとレクトと、帰還者用学校の全生徒だ』とな。

証拠としては、この車の事を出せばいい。喋る車なんて、普通の企業の社長クラスでも、

持っている訳が無いからな。ソレイユとレクトの技術力があってこそ、

成り立つ車だろうと、そう説明してやれば、大抵の奴は納得するだろ。

もしくは、帰還者用学校の誰にでもいいから、俺の名前を言って確認しろと言えばいい。

それが誰であろうと、そいつは俺の名前を聞いた途端に、何もかも全部肯定するはずだ」

「えっと、誰であろうと?どの生徒でも?」

「ああ、あの学校で、俺の名前を知らない奴は存在しないからな」

「え……本当に?」

「ああっ!」

 

 その時椎奈が、突然叫んだ。

 

「私、ネットで見た事あるよ、帰還者用学校の、ダブル王子!

確か噂だと、SAOがクリアされたのはその人達のおかげだから、

誰もかもが、その二人ともう一人の女の人の言う事には無条件で従うって聞いた!」

「そんな事が書いてあるのか……人の口に戸は立てられないって事だな」

 

 八幡がそう言った為、三人は呆然とした。

 

「やっぱりその噂、本当だったんだ……」

「ああ、そのもう一人の女の人ってのが、俺の彼女だしな」

「うわ……」

「とんでもない事実を知ってしまった……」

「絶対に秘密だからな。代わりにそうだな、詩乃の事を、ちゃんと守り通してくれたら、

もし就職する時は、うちの会社でもレクトでも、俺が口聞きをすると約束しよう」

「任せて、絶対に約束するから!」

「何があろうと、私達で詩乃を守ります!」

「何があっても、この秘密は守り通すよ!」

「そうか、頼むな、三人とも」

「あんた達ね……」

「お、この辺りでいいか」

 

 そして八幡は、海の見える公園で車を止めた。さすがに冬なので、人はあまりいない。

 

「うわ、海だ!」

「いつの間にこんな所まで……」

「さて、そろそろ土産を渡さないとな。詩乃、ちょっとこっちに来てくれ」

「う、うん」

 

 詩乃は、一体何をくれるのだろうと、ドキドキしながらその時を待った。

 

「ちょっと目をつぶってくれよな」

「えっ?あ、はい」

 

 詩乃は、まさか友達の前で、いきなりキスされるのだろうかと、

少しおかしなテンションで、おかしな事を考えていた。

そしてそんな詩乃の緊張をよそに、八幡が自分の髪に優しく触れる気配がして、

しばらくした後に、八幡がこう言った。

 

「よし、目を開けていいぞ」

「うわ、詩乃、凄く似合ってる!」

「やば、地味だった詩乃が凄く懐かしい!」

「うん、いいね!」

 

 詩乃は目を開け、八幡は一体何をしたのだろうと、自分の姿を確認した。

そんな詩乃に、八幡が鏡を差し出してきた。

 

「ほら、詩乃、これ」

「う、うん」

 

 詩乃は鏡を見ると、自分の姿がどこかいつもと違う事に気が付いた。

そして詩乃は、自分がいつも、髪を纏めるのに使っているリボンに、

綺麗な水色の、花のような物が付けられている事に気が付いた。

 

「これ……」

「ああ、控えめだけど存在感がある、お前みたいな感じだろ?

まあGGOの中のお前は、控えめでも何でも無いけどな」

「あ、ありがとう」

 

 その、古い日本の伝統技術を駆使して作られたと見える、二つの水色の花のブローチは、

白地のリボンによく映え、詩乃の雰囲気を、一変させていた。

決して高い物では無さそうだが、例えどんなに高い宝石をもらうよりも、

詩乃は、この方が自分に相応しいと胸を張って言えた。

 

「気に入ってくれて良かったよ、正直そういうのを選ぶセンスは、俺には皆無だからな」

「一生大切にするね、八幡」

「そこまでの物じゃないんだがな」

「ううん、絶対に大切にする」

「お、おう」

 

 そんな二人を、映子達三人は、とても羨ましそうに見つめていた。

そして四人は八幡に送ってもらい、学校近くの公園で下ろしてもらった。

そして八幡が去った後、四人はこんな会話を交わしていた。

 

「詩乃、良かったね」

「うん、ありがとう」

「それにしても八幡さん、凄い人だったよねぇ……

もし詩乃っちが八幡さんを射止めたら、完全に玉の輿だよ玉の輿!」

「とてもそうは見えないのに、学校一つを仕切ってるしね。

あ、違う、それだけじゃない、SAOから生還した人は六千人いる訳で、

その頂点に君臨してるって事でしょ?」

「影響力が凄そうだよね、六千人と、その家族に感謝されてる訳で……」

「でも彼女が強敵だよね、レクトの社長の娘で、八幡さんと同じように、

SAOの生還者の頂点な訳じゃない、詩乃、これはやばいよ」

 

 詩乃はそう言われ、あっさりとこう言った。

 

「うん、明日奈は友達だから、それは知ってる」

「友達なのかよ!」

「頑張れ詩乃っち、私達が味方だ!」

「ついでに就職まで面倒を見てもらえる、ついに私達の時代がきたわ!」

「美衣が打算まみれになってる……」

 

 美衣はそう言われ、開き直ったように言った。

 

「仕方ないじゃない、レクト?ソレイユ?もし就職出来たら、

これはもう、人生薔薇色だし!」

「もしっていうか、まあ八幡なら、本当に実行してくれるでしょうね」

「ここまでしてくれるとか、愛されてますねぇ、詩乃っち」

「違うわよ、あれは多分、仲間を絶対に守ろうという彼の優しさなの。

彼はそういう人だって、私、よく知ってるもの」

「でも、それだけ詩乃が大事に思われてるって事。それは間違いない」

「うん、だから私も、どうしてもこの恋を諦めきれないんだよね」

「だったら前に進むしかないっしょ」

「そうそう、防御は私達に任せて、詩乃は思いっきり突撃あるのみ!」

「でも今は、彼と一緒に行動してるだけで楽しくて仕方ないから、

恋愛関係はもう少し後でもいいかな」

「よし、今日は詩乃っちの家にお泊りで、ずっと語り明かすよ!」

「おー!」

「えっ、本当に?でもまあ、たまにはいいかもね」

 

 こうして三人は、一度家に帰った後、しっかりとお泊りの準備をし、

そのまま詩乃の家に泊る事になるのだが、

そこでアミュスフィアを見た三人は、詩乃がどんなバイトをやっているのかを聞かされ、

その時給の高さに再び仰天する事になったのだった。

余談ではあるが、八幡は彼の事を心から尊敬する、

三人の忠実な部下を、いずれ手に入れる事となる。




友達三人の名前は、特に意味はありません。
苗字は『朝』田から、昼、夕、夜と続き、
名前は映子(えいこ)→A 美衣(みい)→B 椎奈(しいな)→Cとなっておりますので、
ABCで呼んで頂いても、差し支えはありません!
しかし八幡、とんでもなく過保護ですね!


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第266話 倉エージェンシーへ

今年最後の投稿になります。今月も何とか毎日投稿する事が出来ました。
これからも少しでも楽しんで頂けるように、精進したいと思います。
さて、GGO編以降へ向けての仕込みが満載の、大幅な寄り道となった、
この一連のエピソードの結末は、明日明後日の二話構成でお送りします。
というかこの流れ、218話から開始だったんですよね。
まあ本筋の話もちょこちょこあったとはいえ、決着までに50話近く使ってますね……
まったく斜め上な展開になったものです。

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正



「ただいま」

「おかえり、八幡君」

「お兄ちゃん遅いよ、でもお帰り!話は聞いたよ、頑張ったみたいだね」

「おう小町、お兄ちゃん、京都でかなり頑張ったぞ、いくらでも褒めてくれ」

「そう言われると、何か褒めたくなくなるんだよね……」

「ひどい……」

「で、何で遅くなったの?」

「といっても、そこまで遅い訳じゃないけどね」

 

 小町がそう言ってきたのを、明日奈は軽くフォローした。

そんな二人に、八幡は、詩乃に友達が出来た事を説明した。

 

「という訳で、せっかくだから、ちょっと遠出してきたと、まあそんな訳だ」

「シノのんに友達が?そっか、もう学校の方も、平気そう?」

「ああ、狙い通り、もう問題は無さそうだったな」

「お兄ちゃん、やっぱりえらい!」

「うん、えらい!」

 

 八幡は、その言葉に少し照れながらも、こう言った。

 

「そっちはどうしても何とかしたかったし、まあ良かったよ」

「あのだらだらしてたお兄ちゃんがねぇ……小町は本当に嬉しいよ」

「まあ俺は、仲間の安全の為に動いてるだけで、

むしろ問題なのは、その仲間がどんどん増えてるって事なんだけどな」

「ああ~、確かにすごい増えてる気がする……」

「しかも女の子ばっかりって、一体何でなのよ、お兄ちゃん」

「お、おう……なんでだろうな……俺にもよく分からん」

 

 そして食事をした後、久しぶりに明日奈と小町は一緒に寝る事になり、

八幡も、疲れがたまっていたのか、すぐに寝る事にした。

そして同じ頃、遼太郎の家では、とある男女の熱狂的な声が響いていた。

 

「斎藤、貴様!」

「許せ沖田、仕方なかったんだ……」

「局長、やめて下さい!」

「副長、自分も、自分も最期までお供します!」

 

 そしてエルザは、家で一人、明かりもつけずに、八幡から渡されたDVDを鑑賞していた。

ちなみに以前は、ストレス解消の為、ほんのわずかな期間ではあったが、

エムこと阿僧祇豪志が、半同棲のような形で同じ部屋に暮らしていたのだが、

今はそんな事も無く、エルザの部屋は、隠し撮りをしたシャナの写真で埋め尽くされていた。

ちなみにそれもまたご褒美なのか、エムは以前と変わらず、エルザに忠誠を尽くしていた。

 

「はぁ、はぁ……このお土産の、破壊力はっ、んんっ、最っ高っ……よし、もう一回……」

 

 エルザは、既にこのDVDを、何度も何度も繰り返し視聴していたが、

飽きる事もなく、紅潮した顔で、再び再生ボタンを押した。

 

「こんなに沢山のシャナの写真に囲まれながら、こんなシャナの姿を見られるなんて……

んんっ、攻防一体っっっ、あっ……シャ、シャナあぁぁっ!」

 

 そしてエルザは、びくんびくんと痙攣しながら、

この日何度目かの、シャナの名前を呼んだ。

 

 

 

 そして次の日、大量の土産をキットに積み込んだ後、

そのまま学校へと向かった八幡と明日奈は、

駐車場で、和人達に渡す為の荷物を下ろし、久しぶりの登校だった為、

途中で何度も声を掛けられながら、そのまま二人で教室へと向かった。

 

「よっ、久しぶりだな」

「ただいま!」

「八幡、明日奈!」

「二人とも、やっと戻って来たか」

「お帰りなさい、二人とも!」

 

 そして明日奈は、里香と珪子に、頑張って選んだ、明日奈とお揃いの髪飾りを渡した。

 

「うわ、まさに京都って感じ、でもちょっと派手すぎない?」

「花火の時とかに、浴衣に合わせると良さそうですよね」

「あ~、確かにそれ、いいかも」

 

 盛り上がる三人の横で、八幡は和人に、八ツ橋を二つ渡した。

 

「和人すまん、これ、小さい方は、レコンに渡すように、直葉に頼んでくれないか?

大きい方は、そっちの家族の分な。あとこれ、明日奈が選んだ直葉への土産だ」

「私達が今つけてるのとお揃いだからね」

 

 明日奈がそう、横から説明をし、和人は頷いた。

 

「了解了解、で、そのあからさまに怪しい包みが、俺用の土産か?」

「おう、これだ」

 

 そう言って八幡は、模造刀をスラリと鞘から抜いた。

 

「こ、これは……修学旅行の定番だけど、友達の前で買うのはちょっと恥ずかしくて、

それを気にしない勇気を持つ、一部の者しか手に入れられないという、あの……」

「そうだ、まあ模造刀なんで銘は入ってないが、好きな名前を付けてやってくれ」

「そ、そうか、よし、俺にとって一番大事な名前を、お前に与える!

今からお前の名前は、ダークリパルサー丸だ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間に、吹き出した里香は、

顔を真っ赤にして和人に駆け寄ると、その背中を思いっきり叩いた。

 

「痛っ、いきなり何するんだよ、里香!」

「あんたね、一番大事って言ってくれるのは嬉しいけど、

いきなり訳の分からないおかしなセリフを、人前で簡単に言うんじゃないわよ!」

「べ、別にいいじゃないかよ、俺の勝手だろ!」

 

 そう言い争いを続ける二人の横で、明日奈がクラス全員に声を掛けた。

 

「ちょっとした物だけど、皆の分もお土産を買ってきたから、順番にもらってね!」

 

 その言葉に、クラスメート達は大喜びし、嬉しそうに明日奈から、その土産を受け取った。

 

「明日奈、何を買ってきたんだ?」

「ん?ただのキーホルダーだけど」

 

 そのキーホルダーは、八幡達と同じクラスだった事の証として、

後に八幡デザインの加工が加えられ、多くの者達にとっては、家宝となる事となった。

そして放課後、八幡と明日奈に加え、里香と珪子もキットに乗り込み、

五人はそのまま、雪乃達との待ち合わせの場所へと向かっていた。

これは、話を聞いた里香と珪子も、今日の集まりに参加する事にした為だった。

ちなみに和人は、バイクを置いていく訳にもいかず、

嬉しそうにダークリパルサー丸を背負ったまま、一人で帰っていった。

そして八幡は、明日奈達を送り届けた後、ソレイユへと向かった。

お土産は昨日のうちに渡してしまったが、倉エージェンシーに乗り込んだ時にどうするか、

陽乃とアルゴを交え、クラディールこと倉景時の弟の、朝景と話をする為だった。

朝景は、確かに野心的な顔付きをしていたが、信義は守る男のようで、

事前に話を聞いていたのだろう、八幡に、いきなり頭を下げた。

 

「比企谷さん、相手をするだけでも気持ち悪かったでしょうに、

SAOでは、うちの馬鹿が、本当にお手数をお掛けしました。

本当に申し訳ありませんでした!」

 

 その朝景の言葉に、八幡は我慢出来ず、ぷっと吹き出した。

そして朝景も、それにつられて吹き出した。そして二人は、そのまま笑い始めた。

 

「あはははは、随分ストレートに言いますね、倉さん。

やっぱりクラディール……あっと、お兄さんの事が嫌いですか?」

「あいつを兄と呼ぶ事は、私にとっては、苦痛以外の何物でもないですから、

あいつの事は、これからはクラディールって呼ぶ事にしましょう。

クラディールの思考回路って、本当に気持ち悪いんですよね」

「あ、やっぱりご家族でも、そう思うんですね」

「はい、あの肥大した自尊心は、僕にはまったく理解出来ません。

うちの親も、多分そう思っているとは思うんですが、

いつかはまともになるんじゃないかって、どこかで期待してるんですかねぇ……」

「でも、さすがにそれを待っている訳にはいかないし、そうなるとも思えないですよね」

 

 その言葉に、朝景は、とても申し訳なさそうな顔で答えた。

 

「はい、私も話を聞いて、改めて調査させたんですが、

うちに所属している女性達からの、うちへの評判は、

地に落ちていると言っても、過言ではないレベルまで悪化してました。

僕ももうこれ以上、黙ってる訳にはいきません」

「そこまでですか……」

「なので、僕がこの事を解決するまで、しばらくクラディールからの連絡には、

一切耳を貸さないで無視するようにと、各マネージャー達に言い含めてあります」

「分かりました、明日必ず決着をつけましょう」

「はい、必ず」

「ところで、あいつにラフコフのマークは見せてみましたか?」

 

 八幡は、ふとその事を思い出し、朝景にそう尋ねた。

 

「はい、こっそり机の上に置いて、反応を見てみたんですが、

それからクラディールの奴、妙に周囲を警戒するようなそぶりを見せるようになりましたね」

「警戒……ですか」

 

(って事は、直接連絡を取り合ってるとかじゃないみたいだな……

まあ機会があったら、確認してみる事にするか)

 

 八幡は、その朝景の説明から、そう推理した。

そして四人は、綿密に計画を立て、明日どうするかの話し合いを始めた。

明日奈は結局同行させない事となった。やはりあの変態の視界に明日奈を入れる事は、

八幡には、まったく許容出来なかったのであろう。

そして八幡は、事前に用意してあった封筒を取り出し、朝景に見せた。

 

「明日俺は、あいつにこれを渡すつもりですが、朝景さんはどう思いますか?」

「これは……海外のビジネススクールの案内と、入学申し込み票ですか?」

「他にも脅す為の資料をいくつか入れますけどね。

まあ、そうはならないだろうとは思うんですが、

あいつが黙ってこれを持って立ち去るなら、そのままにしてもいいかなと。

まあ、真人間に戻る、最後のチャンスって奴ですね」

「……そうですね、あの馬鹿にもそれくらいのチャンスはやってもいいかもしれませんね」

「まあそれを生かせるかどうかは、あいつ次第って事で」

「分かりました、まあ僕は、生かせないだろうと思いますが、それでお願いします」

 

 そして四人は、どういう順番で当日の話を進めるかを何度もシミュレーションし、

それに関して、いくつかの仕掛けを準備する事にした。

 

「出来ればこの仕掛けが、無駄になってくれればいいんですけどね……」

「まあ、それならそれで、父さんには悪いけど、仕方ないんじゃないですかね」

「まああいつが、そこまで愚かじゃない事を祈りましょう」

 

 そして次の日八幡は、陽乃と共に、倉エージェンシーの事務所を訪れた。

 

「八幡君、正直どんな結末になると思ってる?」

「まあ……あの馬鹿がどう変わってるか、見てみない事には何ともですかね」

「まあ、それはそうよね」

「それじゃ行きましょう」

「油断しないでね」

「はい」

 

 そして二人は、待っていた朝景と合流し、社長室へと向かった。

その途中、廊下で何か作業をしていたアルゴを見付け、

八幡は、アルゴに確認するように声を掛けた。

 

「どうだ?」

「こっちは完了だ、後はモニターと同期されるだけだゾ」

「オーケーだ、それじゃあ一緒に社長室へ向かうか」

「了解ダ」

 

 そして社長室へと着いた四人は、そのドアをノックした。




本年は本当にありがとうございました、それでは良いお年を!


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第267話 クラディールの華麗なる犯罪計画

あけましておめでとうございます!今年も宜しくお願いします!
さて、クラディールの運命やいかに!前編です!

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


「社長、朝景です、お客様をお連れしました」

「おお、ちょっと待っていてくれ」

 

 そう返事があったかと思うと、ドアが開き、

中からいかにも感じのいい老紳士が顔を覗かせた。

どうやら一行を出迎える為に、社長が自らの手で、わざわざドアを開けてくれたようだ。

 

「ささ、こちらへお掛け下さい。今飲み物の準備をさせますので」

 

 そして倉エージェンシー社長、倉景清は、内線を使ってどこかに連絡し、

多分秘書なのだろう、穏やかそうな雰囲気の女性が、すぐにお茶を持って現れた。

そしてその女性を下がらせた後、景清は、満面の笑みで話し出した。

 

「初めまして、倉景清です。今日はわざわざご足労頂き、ありがとうございます」

「ソレイユ・コーポレーション社長、雪ノ下陽乃です、

お目にかかれて光栄ですわ、倉社長」

「比企谷八幡です。私はレクトの社員という訳ではないのですが、

今日は結城社長の依頼で、レクトの代理人としてこちらに参りました、宜しくお願いします」

「ソレイユ・コーポレーションIT事業部部長の、雪ノ下夢乃です。宜しくお願いしまス」

 

 八幡は、その明らかな偽名を聞き、ひっくり返りそうになったが、

何か事情があるのだろうと思い、動揺を表に出さないようにした。

そしてそんな八幡の手を、景清は、感極まったようにしっかりと握り、

八幡に、感謝の言葉を述べ始めた。

 

「比企谷君、是非お会いして、直接お礼を言いたいと思っていたんだが、

やっと願いがかなったよ。息子の命を救ってくれて、本当にありがとう。

景時ももうすぐやって来るはずなので、是非会っていって下さい」

 

 八幡は、その言葉を聞き、何ともいえない気分になったが、表情には出さなかった。

そして、事前に考えていた通り、こう答えた。

 

「私は自分にやれる事をやっただけですので」

 

 そして、更に何か言おうとした景清を、陽乃がさりげなく制した。

 

「それでは社長、今回のご提案について、簡単に説明しますわ。

その間に、簡単な準備をしたいのですが、

ちょっとあちらのモニターを使わせて頂いても宜しいですか?」

「おお、もちろんです、どうぞお好きなようになさって下さい」

「ありがとうございます。それでは夢乃、お願いね」

 

 そして陽乃は、景清と差し向かいで話し出し、

八幡は、モニターに何かの機械を取り付けているアルゴに、そっと話し掛けた。

 

「おい、夢乃、どういう事だ?」

「ハー坊にそう呼ばれると気持ち悪いな……ほら、オレっちって、脛に傷持つ身だろ?

だからこういう場では、ボスの遠縁って事で、夢乃って名乗る事にしてるんだよ。

ちなみに菊岡の旦那のお墨付きだからナ」

「そういう事か、納得したよ、夢乃」

「だから気持ち悪いっテ」

 

 そして八幡は、さりげなく陽乃の隣に腰を下ろし、そのまま会話に参加した。

 

「……という訳で、私共は、以前からの知り合いだった朝景さんに、

この話を持ち込んだと、そういう訳です」

「なるほど、ですがそのお話だと、うちを選んで頂いた理由が、

まったく分からないというのが正直な所なのですが。

特にレクトと関係の深い結城家は、もっと大手のプロダクションと、提携しているはずです。

いや、うちとしては、願っても無い話なのですがね」

「それには一つ理由がありまして」

 

 そして陽乃の目配せを受け、朝景がどこかに連絡をした。

そしてすぐに、入り口のドアがノックされ、朝景がドアを開けると、

そこには、神崎エルザが立っていた。

 

「エルザじゃないか、今日はどうしたのかね?」

「彼女がその理由ですわ、社長」

「ふむ」

「エルザちゃん、とりあえず八幡君の隣へ」

「はい」

 

 エルザは、その朝景の勧めに従い、八幡の隣に腰を下ろした。

エルザは、このチャンスを逃すまいと、必要以上に八幡に密着した為、

八幡は、後でお仕置きだなと思いつつも、それが逆効果だという事に気が付き、

仕方なく、そのまま好きなようにさせる事にした。

 

「で、彼女がどう関係してくるのですかな?」

 

 そして今度は八幡が、その問いに対し、説明を始めた。

 

「そこからは私が話します。私は以前から、この神崎エルザさんとは知り合いなのですが、

彼女から色々相談を受けていた事の一つに、こんなものがあったんです。

それは、もし可能なら、独立して、自分の力を試してみたいというものでした。

しかし彼女は、大恩ある社長を裏切る訳にはいかないからと、

その気持ちを、決して私以外の者の前では、口に出そうとはしませんでした。

そこで私はエルザにこう提案しました。私が、自分の出来る範囲で協力して、

エルザが独立する以上の利益を社長に提示出来るようにするから、

それを背景に、社長に相談するだけ相談してみてはと。

もちろん、駄目なら素直に諦めるという条件でです。

そして今回、相談の機会を得て、こちらにやって来たと、そういう事になります」

「なるほど、二人は以前からお知り合いだったのですな」

「はい」

 

 そして景清は、考え込みながらこう言った。

 

「ううむ、私としては、残念な気持ちと、応援してやりたい気持ちが半々なのですがね、

エルザ、私の事は気にしなくていいから、自分の口で、どうしたいか言ってごらん?」

「わ、私は……」

 

 そしてエルザはハッキリと、景清に言った。

 

「私、社長には本当に感謝しています。でもどうしても、誰の助けも無い状態で、

自分の力がどこまで通用するか、試してみたいんです!」

「うんうん、分かった、確かに残念だが、その代わりにこちらのお二人が、

うちの会社にもっと大きな利益をもたらす提案を持ってきてくれたからね。

これもエルザの力と言えない事も無いだろう。だから気にせず、独立して頑張ってみなさい」

「ありがとうございます、社長!」

「朝景もそれでいいな?」

「はい」

「後は景時だが……」

 

 丁度その時、景時ことクラディールが会社に到着したと、フロントから連絡が入った。

そしてすぐに扉がノックされ、クラディールが、中に入ってきた。

 

「父さん、今日は一体何の用事ですか?」

 

 そしてクラディールは、最初に陽乃を見て、好色そうな表情を浮かべた。

陽乃は笑顔で会釈をしたが、その陽乃は、八幡にだけ聞こえるように、ボソッと呟いた。

 

「気持ち悪い男ね……」

 

 そして次にクラディールは、エルザを見て、両手を広げながら、そちらに近付いた。

 

「エルザじゃないか、ここに居たのか。最近連絡がとれなかったから、心配していたんだよ」

 

 エルザはクラディールがそう言いながら近付いてくるのを見ると、

八幡の腕にすがりつき、その耳元で、そっと囁いた。

 

「うぅ、八幡、気持ち悪いよぉ……」

 

 そのエルザの動きに、始めてクラディールは、陽乃とエルザの間にいる男に目を向けた。

そしてそれが誰なのか分かった瞬間、完全に固まった。

 

「ま、まさか……そんな……」

 

 その言葉を感動か何かと勘違いしたのか、景清は、笑顔でクラディールにこう言った。

 

「景時、こちらが、お前をSAOから救い出してくれた、比企谷八幡さんだ。

もしかして、知り合いだったのか?」

「あ……ええと……」

「はい社長、前からの知り合いです。なあ?クラディール」

「あ……はい」

「それじゃあ社長、早速エルザの事、彼に意見を聞いてみましょう」

 

 八幡は、相手に考える暇を与えないようにそう言い、

景清は、その言葉に従い、クラディールに現状を説明する事にした。

 

「景時、こちらは、ソレイユ・コーポレーションの社長の雪ノ下陽乃さんと、

そちらで作業中なのが、部長の雪ノ下夢乃さん、それにお前もよく知る、比企谷八幡さんだ。

今日はレクトの代理人として、こちらに来て頂いている」

「レクトの!?そ、そうでしたか……」

「で、今日の議題なんだが、レクト並びにソレイユと、うちとの業務提携と、

それに伴う、この神崎エルザの独立についての話となっている」

「ど、独立ですか?そんなのは絶対に認め……」

 

 クラディールは、一瞬怒りの表情を見せ、反対の意思表明をしようとした。

その瞬間に、八幡は、凄まじい殺気を放った。

何の心得も無い景清と朝景は、その殺気にはまったく気が付かなかったが、

合気道の免許皆伝の腕前を持つ陽乃は、わずかに身を引いた。

アルゴは作業中だったのだが、一瞬振り向いただけで、そのまますぐに、作業に戻った。

エルザは一人興奮していたが、幸いその表情は、八幡の陰に隠れ、誰にも気付かれなかった。

そしてその殺気をまともに受けたクラディールは、ビクッとしたが、

さすがに過去に、修羅場をくぐった経験があった為、多少耐性があるのか、すぐに立ち直り、

しかし八幡に睨まれている状態で、反対意見を述べる事も出来ず、おずおずと言った。

 

「い、いいと思います」

「そうか、それなら全員賛成という事で、この話はその線で進めよう。

頑張るんだよ、エルザ。私も陰ながら応援しているからね」

「はい!」

「ありがとうございます、社長」

 

 八幡はそう言うと、間髪入れず、朝景に目配せした。

朝景はそれを受け、クラディールに言った。

 

「そういえば兄さん、頼まれていた資料、比企谷さんに持ってきてもらったよ」

「へ?」

 

 突然そう言われ、クラディールは、まぬけな声を上げた。

そして八幡は、考える余裕を与えないように、クラディールに封筒を差し出した。

 

「それじゃこれ、頼まれていた留学の為の資料と、あっちのビジネススクールの入会案内。

そうか、ただお兄さんって聞いてたけど、クラディールの事だったんだな」

「留学ですと?」

 

 景清は、その八幡の言葉に、驚いたように言った。

そして八幡は、満面の笑顔で、景清に言った。

 

「あ、まだ本人から、何も聞いてなかったんですね。実は彼が、このまま社長を継いでも、

やはり二年以上のブランクがあるせいで、上手くやっていける自信が無いから、

社長の座は朝景さんに任せて、自分は海外で、一から経営について学び直し、

そして帰ってきたら、そのまま朝景さんの補佐に回るつもりだと言い出したと聞いて、

それで私が急いで資料を集めたんですよ。本当に昔から、立派な男ですよ彼は」

「うん、ごめんね父さん、事後承諾みたいになっちゃって。

でも兄さんの決意が固いみたいだったから、僕も板ばさみにあってしまってね……」

「なっ……俺はそんな……」

「これがその資料です」

 

 そのまま反論しようとする気配を見せたクラディールに、八幡は、封筒の中身を見せた。

そこには、案内の書類とは別に、ラフコフのマークが大きく描かれた紙と、

クラディールが最後、牢獄にいた事を示すログが書かれた紙が入っており、

それを見たクラディールは、怒りに震えながらも、何も言う事が出来ず、黙り込んだ。

 

「景時、そうなのか?」

 

 景清に、確認するようにそう問われ、クラディールは、苦渋に満ちた顔をしたが、

さすがにここで反論して、自分の醜悪な過去を親に知られる事は、避けたかったようだ。

 

「う、うん……そうなんだ、父さん」

「そうか……立派になったな、景時」

「あ、ありがとう……」

 

 クラディールはそう答えつつも、内心は、はらわたが煮えくり返る思いだった。

その答えを確認した八幡は、元の席に戻ったのだが、その八幡の腕に、

嬉しそうにすがりつくエルザの存在が、クラディールの感情を、更に逆なでした。

 

(このクソ女、俺の事が好きだった癖に、簡単に別の男になびきやがって……

俺の事が好きだったくせに、俺を裏切った、あのアスナと一緒だな。

それよりもハチマン……あいつをどうにかしないとまずい……)

 

 クラディールは、彼なりに、どうすればこの状況を逆転出来るか考え始めた。

実はこの時クラディールは、懐にサバイバルナイフを忍ばせていた。

クラディールは、先日ラフコフのマークが机の上に置かれていた日から、

護身用にとそれを持ち歩いていたのだった。

 

(優秀な俺が、この状況を打開出来ないはずがない、考えろ……

ハチマンと朝景さえ排除出来れば、こんな状況は、簡単にひっくり返せる。

そして俺の手の中には、このナイフがある……

このフロアは、階段を上ってすぐの踊り場と、その横の部屋が、監視カメラの死角になる。

そこであいつらを殺し、横の部屋に運び込み、夜になったら運び出して、どこかに捨てる。

これだ、この計画しかない。この華麗な計画で、あいつらを排除する。その為には……)

 

 クラディールは、そんな彼が考える、最高に華麗な計画を実行に移す為、

精一杯の笑顔を作り、八幡と朝景に言った。

 

「比企谷さん、朝景、今後の事を、下の階の会議室で、三人で相談しようじゃないか、

そんな訳で、ちょっと席を外すね、父さん」

「そうか、分かった。存分に話してくるといい」

「それじゃ行こう、二人とも」

「ああ」

「分かった」

 

 そしてそんな三人を横目で見ながら、アルゴが影景にこう言った。

 

「それじゃあその間に、こちらのモニターを使って、試しに設置した機器の説明をしますネ」

「お願いします」

 

 そしてクラディールは、扉に向かって歩き出した。

八幡と朝景も立ち上がって、そんなクラディールの後に続いた。

そしてクラディールは扉を開け、二人が外に出るのを待つ事で、

二人を先に行かせる事に成功し、そのまま静かに二人の後に続いた。

廊下では、誰も何も喋らず、その場には、妙な緊張感が流れていた。

そして問題の踊り場に差し掛かると、クラディールは静かにサバイバルナイフを抜き、

先ず最初に始末すべき、八幡の頭目掛けて、そのナイフを振り下ろした。

その瞬間に、八幡の姿が消えた。

 

「なっ……」

 

 そして、バチッという音と共に、クラディールの右手に激痛が走り、

クラディールは、その痛みに耐えられず、持っていたナイフを取り落とした。

 

「やっぱりこうなったか……残念だよ、クラディール」



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第268話 凄く好き、大好き

さて、ついに決着です!
皆様には、新年早々、沢山のご挨拶と、励ましのお言葉を頂きました。
今年も楽しんで頂けるよう、斜め上や真上に頑張ります!
今話も意外と長く、7500文字ほどになりました、それではどうぞ!

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


 どうやらハチマンは、寸前で体制を低くして攻撃を回避したようで、

そして自分は、あのハチマンが手に持つ警棒で、手を打ち据えられたらしい、

そう思ったクラディールは、憎しみのこもった目で、八幡を見つめながら言った。

 

「わ、罠だったのか……」

「罠?罠にはめようとしたのはお前だろ?俺はただ、自衛しただけだ。ですよね?朝景さん」

「はい、その通りです。本当に馬鹿だね兄さん、このまま黙って日本を去っていれば、

比企谷さんは、兄さんの事を見逃してくれるつもりだったのに」

「じゃ、じゃあ何故警棒なんか持っているんだ!」

「これはただの護身用だ。正直俺もな、こっちに戻ってきてから、

武器を何も持たないでいるのがどうしても不安でな、

こういうのをいつも持ってないと、落ち着かないんだよ。

まあもっとも、お前が俺達を襲ってくるならここでだろうと、予想はしてたけどな」

「八幡!」

 

 そして次の瞬間、凄いスピードで走ってきたエルザが、八幡に抱き付いた。

 

「おお、早かったな、バッチリ映ってたのか?」

「うん、直ぐに他の人も来ると思う」

 

 その言葉通り、景清と陽乃とアルゴが、すぐにこちらに現れた。

景清は、怒りに震えた顔で、いきなりクラディールを怒鳴りつけた。

 

「自分が何をやろうとしたか、分かっているのか、この馬鹿ものが!」

「ひっ……」

「比企谷さん、うちの馬鹿息子が、とんでもない事を……すぐに警察を呼びましょう」

 

 そんな景清に、八幡は、のんびりとした口調で言った。

 

「まあまあ、社長、証拠も揃ってるし、警察を呼ぶのはいつでも出来ますから、

その前に、ちょっと話をしませんか?」

「は、はぁ、比企谷さんがそう言うなら……」

 

 そしてその場にいた者達は、社長室へと戻った。

クラディールは、念の為という事で、手足を縛りあげられていた。

 

「お前の行動は、全部このモニターに映ってたんだよ」

 

 社長室に着くなり、八幡は、クラディールにそう言った。

 

「なっ……何故そんなものが……」

「今日は業務提携の一環として、その説明に来たんだよ、

あそこは、このフロアーでは唯一監視カメラの死角になるから、

あそこに、怪しい人物が来ないかどうか、AIが判断してくれるタイプの、

うちが開発中の新型監視カメラを、無料お試しって事で設置してみませんかってな。

芸能プロダクションには、芸能人のプライベート情報が満載だからな、

盗難や、おかしな記者が入り込むのを防ぐ役にたつだろうと、

今日実際にあそこに設置してみて、社長に今まさに確認してもらってた所に、

お前が俺達を襲う姿がバッチリ映ったと、まあそういう事だ」

「そ、そんな……」

 

(まあ、それは建前で、実際はお前が何かするならあそこしかないと思ってそうした訳だが)

 

 八幡はその事は口に出さず、景清の方を見た。

 

「その通りだ、本当に目を疑ったぞ、お前があそこまで馬鹿な男だったとはな」

「ぐっ……」

 

 クラディールはうな垂れ、地面に頭をゴンゴンと打ちつけ始めた。

 

「うるさい、大人しくしておれ、この馬鹿たれが!」

 

 景清は、クラディールにそう一喝すると、八幡の方に向き直った。

 

「こうなってみると、さすがに私にも、色々と見えてきました。

もしかして比企谷さんは、こうなる事を、最初から予想していたのでは?」

 

 八幡は、景清を出来るだけ傷付けたくないと思い、

どうやって返事をしたものかと、少し悩んだ。

そんな八幡に、景清は、真面目な顔でこう言った。

 

「私は真実を知りたいんです、どうか比企谷さん、私に気を遣わず、

今回の事だけじゃなく、過去の事も、私に教えては頂けないでしょうか」

「……分かりました」

 

 そして八幡は、先ず最初に、SAOで何があったかを、話し始めた。

 

「私達……いや、ここからは、普通に話し言葉で話させてもらいますね。

俺達がSAOに囚われたあの日、俺は偶然にも、アスナと一緒にいたんです。

アスナは最初、男性のアバターを使っていて、俺はたまたま、

ログアウトボタンが見つからず、まごまごしていたアスナと目が合っちまって、

で、多分緊急メンテがくるだろうなと思って、

それまでアスナに、戦闘の手解きをしていました」

「アスナというのは、あの明日奈さんですね」

「はい、そしてその最中に、全員が広場に強制的に転移させられ、

そこで茅場晶彦が、例のデスゲームの始まりの宣言をしました。

そこで俺達は、現実と同じ姿に強制的に変えられたんですが、

俺はそれでかなり焦っちゃって、とにかく新人を助けようと、アスナの姿を確認しないまま、

その手を引いて、事前に知っていた、隠れ家な宿屋に逃げ込んだんです。

そこで俺は始めて、アスナが女の子だった事に気が付きました。

あの時は本当に焦りましたよ、新人の男を助けたつもりが、実は女の子だったんですからね。

そこから、俺とアスナは、行動を共にする事になりました。

そして紆余曲折を経て、アスナは、血盟騎士団というギルドに入団する事になりました。

本来は、嫌々ながら、俺が入るつもりだったんですが、

アスナは自ら、その身代わりを買って出たんです。

そして俺とアスナは、ずっと一緒にはいられなくなりましたが、

まめに連絡を取り合い、時には一緒に戦い、時には仲間達と一緒に楽しみ、

そうやって、極々自然に肩を並べて歩んでいきました。

そして攻略がかなり進んだ頃、こいつが俺達の前に姿を現しました」

 

 そういって八幡は、クラディールを一瞥した。

 

「こいつは最初、アスナの護衛をしていました。

そして俺に、昔からアスナ様につきまとっている奴ってのはお前か、

みたいな事を言ってきました。その時は正直、何だこの勘違い馬鹿は、と思いましたね、

俺と明日奈は、お互いの意思で、ゲーム開始の時からずっと一緒だった訳ですから。

で、その後もこいつは、アスナの家を、勝手に早朝から見張ったり、

休日にアスナの後をつけまわしたり、ストーカーまがいの行為を繰り返していたんで、

ある時俺が、その……ちょっとイライラしちゃって、一対一の戦闘で、

こいつを叩きのめしちゃったんですよ」

「八幡君、私に気を遣わないでくれ。私が君の立場でも、同じようにしただろうからね」

 

 景清がそう八幡に声を掛け、八幡は、苦笑しながら話を続けた。

 

「で、その後、再び紆余曲折を経て、俺も血盟騎士団に入る事になり、

俺はクラディールと、もう一人、ゴドフリーって奴と一緒に、訓練をする事になりました。

訓練といってもまあ、俺の力を団員に見てもらう為の、儀式みたいな物だったんですけどね。

で、その時あった出来事なんですが……」

「その時の事は、オレっちが説明するゾ」

 

 アルゴがそう口を挟んできた為、景清は、驚いた顔でアルゴを見た。

 

「夢乃さん、まさか君も……」

「ああ、オレっち、SAOでは、情報屋をしてたからな」

 

 それを聞いたクラディールは、愕然とした顔でアルゴの方を見た。

どうやら今までアルゴの存在に気付いていなかったようで、

クラディールは、ギリギリと歯軋りしながら、アルゴに向かって言った。

 

「お前は鼠……そうか、あの時俺の事がバレたのは、お前の仕業だったのか!」

「ああ、お前が殺人ギルドの元メンバーらしき野郎共とつるんでるのを見かけたんでな、

しっかりハー坊に、報告させてもらったゾ」

「殺人ギルド……だって?」

 

 朝景が、驚いた口調でそう言った。景清は、顔を青くし、愕然とクラディールの顔を見た。

クラディールは、ばつが悪そうに、その視線から目を背けた。

 

「SAOには、楽しんでプレイヤーを殺そうとする奴らの集まりが、いくつかあったんだぞ。

その中で、一番最悪だったのが、殺人ギルド、ラフィンコフィンだ。

そのラフィンコフィンは、ハー坊達が、かなり苦労した上で、壊滅させたんだが、

こいつはその残党と、つるんでやがったのサ」

「ぐっ、こ、この馬鹿兄貴……」

「景時、お前は……」

 

 クラディールは、ふて腐れた顔で、何も答えなかった。

 

「で、その訓練中に、こいつは俺と、そのゴドフリーを殺そうとしてきました。

幸い俺は、事前にその事を察知し、対策を練っていたんで、アスナと協力して、

こいつを返り討ちにした上で、こいつを、

犯罪を犯したプレイヤーのための監獄に、叩き込みました。

そしてその直後に、俺は仲間と協力して、ゲームをクリアする事に成功しました」

「その証拠が、このデータです、社長」

 

 そう言って陽乃は、回収した封筒の中から一枚の紙を取り出し、景清に渡した。

景清はそれを見て、それが真実だと確認すると、わなわなと唇を震わせながら言った。

 

「殺されても仕方がないような事をしておいて、

それで済ませてもらったのに、お前という奴は……」

 

 そして景清は、悲しそうな目で、クラディールを見つめた。

だがクラディールは、反省した様子も無く、反論を始めた。

 

「違う!俺はあの時、確かに副団長のアスナ様と、心が通じていた!

こいつはそれに嫉妬して、話をでっち上げただけだ!

そもそも誰にでも愛される俺が、アスナ様に嫌われる理由など、無いじゃないか!」

「心底気持ち悪い……」

 

 エルザが、吐き捨てるようにそう言い、クラディールは、エルザに向かって言った。

 

「なぁエルザ、お前はいつも、歌で俺に愛の言葉を囁いてくれてたじゃないか、

お前は混乱して、色々勘違いしてるんだよ、その男に騙されているだけなんだ!」

 

 エルザはそう言われ、改めてしっかりと八幡に抱き付き、

クラディールに見せ付けるように、甘えるような仕草を見せた。

 

「なっ、何をしている、俺の女から直ぐに離れろ!」

 

 八幡はそんなエルザの頭を撫でながら、話を続けた。

 

「で、その後、俺はこの、神崎エルザと知り合いました。

出会ったのはまあ、偶然だったんですけど、

それでエルザと仲良くなった俺は、ある時エルザから、悩みの相談を受けたんです。

それは、このクラディールがしつこく言い寄ってくるから、

社長には恩があって申し訳ないけど、可能なら独立したいというものでした」

 

 八幡は、こうなっては、もう話を取り繕っても仕方が無いと思ったのか、

景清に頼まれた通り、真実を伝える事にした。

 

「ち、違っ、俺とエルザは、両思いなんだ、それだけなんだよ父さん!」

「黙りなよ、この誇大妄想狂」

 

 朝景は、冷たくクラディールにそう言い放った。

 

「何だと……朝景、貴様、弟のくせに……」

 

 朝景は、それを無視し、景清に話し掛けた。

 

「父さん、他の人達からも、もう証言はとれてるんだ。

うちに所属している女性達の、うちに対する印象は、もう最悪なんだよ。

一歩間違えれば、全員が移籍を申し出てきてもおかしくないくらいにね」

「何だと……」

 

 景清は、その言葉に、呆然となった。

 

「違う、本当に違うんだ父さん、あいつらは皆、俺の事が好きだったから、

あいつらが俺とエルザの仲に嫉妬して会社をやめたりしないように、

俺がまめに寵愛を与える事で、バランスをとっていただけなんだよ。

これは全部、会社の為なんだ、父さん!」

 

 そんなクラディールの言葉は、もう景清の耳に入る事は無かった。

景清は、その言葉を完全に無視し、朝景と顔を見合わせながら、苦渋に満ちた顔で言った。

 

「私が……私がこの馬鹿息子が更正するのを期待して、

しばらく様子を見ていたせいで、そんな事に……」

「僕も同罪だよ、父さん。僕も、この事を比企谷さん達に教えてもらうまで、

この事に気付かなかったんだからね」

 

 そして景清は、八幡に抱き付いたままのエルザに向かって、頭を下げた。

 

「エルザ、本当にすまなかった。沢山嫌な思いをさせてしまったね」

「社長、私には八幡がついててくれるから、今はもう大丈夫だよ。

だからもう、色々と気に病むのはやめて?」

「そうか、比企谷さんが、今のエルザの支えなんだな」

「うん、独立の話は、嘘をついちゃって、本当にごめんなさい。

でも、自分の力を試したいってのは本当なの。

私の心は、今はこの八幡が支えてくれるから、

だから私、これからどんなに辛い事があっても、頑張れると思うの!」

「うんうん、エルザは比企谷さんの事が好きなんだね、

でも、比企谷さんにはもう、明日奈さんという、素敵なパートナーがいるんだよ、

エルザはそれでも平気なのかい?」

 

 その言葉を聞き、クラディールは再び激高した。

 

「なっ……何だと!貴様、いつからアスナ様と!」

「いつからって言われても、俺と明日奈はもうすぐ結婚する予定なんだがな」

「ゆ、許さん、そんなの絶対に許さんぞ!」

「別にお前の許可なんか求めてないけどな」

 

 八幡は冷たくそう言い放ち、エルザはそのやり取りを横目に、明るい声で、景清に言った。

 

「明日奈は友達だし、私は八幡の傍にいられるだけで満たされてるから、

平気だよ、社長!」

「そうか、それならいいんだ。

比企谷さん、エルザの事、これからも宜しくお願いします」

 

 八幡は、その言葉を受け、力強く頷いた。

 

「はい、俺としては、一度仲間になった奴は、絶対に見捨てたりしません。

全力で守りますから、安心して下さい。まあ、過度に甘やかしたりはしませんけどね」

「ありがとう、比企谷さん」

「社長、業務提携の話は、ちゃんとこのまま進めますから、

今まで辛い思いをさせた分、所属している女性の方々に、報いてあげて下さいね」

「ありがとう、雪ノ下社長。心から感謝します」

「父さん、これから二人で、全員の所に、謝りに行こうか」

「そうだな、苦労をかけてすまないな、頼むぞ朝景、お前が次の社長だからな」

 

 こうして話は全て丸く収まり、問題は、クラディールの処遇だけという事になった。

 

「比企谷さん、私としては、このまま警察に突き出すしかないと思うのですが」

「でもそれだと、スキャンダルになって、倉エージェンシーも危なくなる可能性があります。

別に今回、誰も怪我をしたりという事は無かった訳ですし、

警察までは、呼ばなくてもいいんじゃないでしょうか」

「しかしさすがに不問に付す訳には……」

「そこで社長、こんな物があるんですが」

 

 八幡はそう言いながら、一枚のメモを、景清に手渡した。

 

「これは……?失礼ながら、正気とは思えない項目が並んでいるようですが……」

「それは、結城家が経営する、とある矯正施設のカリキュラムの一覧らしいですよ」

「それはまさか、結城塾ですか?」

「ご存知でしたか」

「なっ……やめろ、俺はただ、あいつらの愛に応えていただけだ!

矯正の必要なんかまったく無い!」

 

 クラディールが、再び何か言い出したが、その相手をする者は、もう誰もいなかった。

 

「ええ、噂程度ですが、更正率百パーセントを誇るという、伝説の塾ですな」

「そこにこいつを叩き込むというのはどうでしょう」

「ううむ……」

 

 考え込む景清に、八幡は笑顔で言った。

 

「実は俺、先日あそこの当主を叩きのめしたせいで、

結城家の次期当主に指名されちゃったんですよね。だから、俺が頼めば、

多分普通よりも厳しいカリキュラムを組んでくれると思うんですよ……まあ死なない程度に」

 

 そう言って八幡は、そのカリキュラムの書かれたメモを、

クラディールからよく見える位置に置き、それを見たクラディールは、顔面蒼白になった。

 

「な、何だこれは……」

 

 絶望を顔に滲ませながら、そう呟いたクラディールに、八幡は、そっと尋ねた。

 

「ところでお前、まだラフコフと関係してんのか?」

「あ、あんな奴らと一緒にいられる訳がないだろ、あいつら本物の狂人だぞ!」

「あいつらも、お前にだけは、そう言われたくないと思うけどな……」

 

 そして景清は、感心した顔で、八幡に言った。

 

「何と……まさかあの結城家の当主とは……

比企谷さん、あなたという人は、普通では推し量れないスケールの持ち主ですな」

「いや、まあ、名前だけで、実権は全部、他人に丸投げする気満々なんですけどね」

 

 八幡はそう言いながらはにかんだ。

 

「ちなみに社長、彼はうちの次期社長に内定していますわ。

そしておそらく、いずれは、雪ノ下家全てが、彼の号令に従う事になりますわ。

その時は多分、あのレクトでさえも……」

「何と……」

「それは凄い……」

 

 そして景清と朝景は顔を見合わせ、アイコンタクトで、何かの合意に至ったのか、

朝景が八幡に、こう言った。

 

「その時が来たら、うちも是非、その傘下に加えさせて下さい」

「え?あ、いや……え~と、姉さん、これはどうすれば……」

「そういう時は、笑顔で、分かりましたと言えばいいのよ」

「まじすか……」

 

 そして八幡は、周りからの期待のこもった視線を受け、笑顔で言った。

 

「分かりました、もしそうなったら、その時は一緒に頑張りましょう」

「はい、ありがとうございます!」

 

 そんな八幡に、エルザは、神を見るような視線を向けていた。

どうやらエルザの八幡に対する信仰度が、更に上昇したようだった。

それと同時にエルザは、帰ったらまた、あの動画を見てハァハァしようと、心に決めていた。

 

「それじゃあこいつの処遇は、全てお任せします」

 

 全て話が纏まった後、景清は、八幡に言った。

 

「はい、責任を持って、結城塾に叩き込んでおきますね。姉さん、人の手配をお願いします」

「もうしてあるわ、まもなく到着する予定」

「さすが魔王様、仕事が早い!そこにしびれる憧れる!」

「ふふ、エルザちゃんも、歌で魔王を目指してみる?」

「その手があった……やってみます、魔王様!」

 

 その、あさっての方向に突っ走ろうとするエルザの頭に、八幡は黙って拳骨を落とした。

エルザは、痛がるそぶりも見せず、逆に興奮したように、八幡に正面から抱き付き、

その胸に顔を埋めながら、とても嬉しそうにこう言った。

 

「八幡、本当にありがとう、大好き!」

「おう、俺はそれほどでもないけど、まあどういたしまして?」

「ひどい上に疑問形!?でもそこが大好き!」

「はぁ……本当にお前、俺が何を言っても好きに変えちまうのな」

「うん、凄く好き、大好き!」

 

 そしてクラディールは、陽乃が手配した、屈強な男達にドナドナされていき、

八幡から連絡を受けた清盛は、その八幡の頼みを快諾した。

 

「任せろ、儂が塾長と相談して、直々に特別待遇でもてなしてやるわい」

「おいおい、間違って殺さないようにな」

「特別に、三年コースにしておくぞい」

 

こうして、エルザを独立させ、クラディールを排除するという当初の計画は、

完璧に遂行され、残念ながらラフコフの残党に繋がるヒントこそ得られなかったが、

クラディール以外の全ての者が、以前よりも、少し幸せになった。

 

 

 

 一方その頃、ベンケイに護衛を頼み、今日もヘカートIIの射撃訓練を行おうと、

ログインしたシノンは、広場に人だかりが出来ているのを見付け、

ベンケイと共に、そちらに向かって歩いていった。

 

「何だろね、ケイ」

「何ですかね、とりあえず見てみましょう」

 

 そこで二人が見たものは、一ヶ月後に第二回BoBが開催されるという告知だった。




という訳で、斜め上ではありませんが(多分)最後にサラッと。


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第269話 怪しい噂

いつも誤字報告を下さる方々、本当に助かります、ありがとうございます!

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


「八幡君、お帰り」

「おう、ただいま、明日奈」

 

 全ての問題を解決し、疲れた体を引きずりながら帰宅した八幡を、明日奈が出迎えた。

明日奈は、もうすっかり比企谷家に馴染んでおり、

周囲の家の者達から、小町や八幡の母は、よくこう言われていた。

 

「小町ちゃん、素敵なお姉さんが出来て、本当に良かったわね」

「比企谷さん、早く孫の顔が見たくて仕方が無いんじゃない?羨ましいわぁ」

 

 そして明日奈は、作戦の成功を確信しつつも、八幡にこう尋ねた。

 

「お帰り、どうだった?」

「オールクリアー、もう何も心配は無い」

「そっか、まあ分かってたけどね」

 

 八幡は、明日奈にそう答えると、疲れた顔でソファーに腰を下ろした。

同窓会の日から、エルザの独立を勝ち取るだけのつもりだったのに、

長野から京都を経て、ここまでとんでもなく色々な事があり、

さすがの八幡も、全ての懸案が解決に至った事で安心したせいか、

一気に疲れが押し寄せてきたようだった。

そんな八幡の隣に、当然といった感じで、明日奈が密着して腰を下ろしたのだが、

八幡は、そんな明日奈を何故か遠ざけた。

 

「明日奈悪い、もう二歩ほど隣に座ってくれ」

「え?あ、うん……」

 

 明日奈はその予想外の言葉に、まさか嫌われた!?と、一瞬目の前が暗くなったが、

次の瞬間に八幡は、明日奈の方に倒れ込み、その膝の上に頭を乗せると、

少し甘えるように頭をごろごろさせた。

明日奈は驚いたが、直ぐに優しい手付きで、八幡の頭を撫で始めた。

 

「そんなに疲れちゃった?」

「ああ……かなりな」

「やっぱりクラディールのせい?どうだった?前と同じ感じだった?」

 

 その問いに、八幡は、一瞬ビクッとした後、

明日奈の腰に手を回し、そのまま明日奈のお腹に顔を埋めた。

 

「もう、いきなりどうしたの?」

 

 明日奈は、その八幡の甘えっぷりに、慈愛のこもった口調でそう言った。

それに対しての八幡の答えは、こうだった。

 

「気持ち悪かった……」

「え?」

「あいつ、前と同じか、それ以上に気持ち悪かったわ……」

「そ、そうなんだ……」

 

 明日奈は、あれ以上?と、当時の事を思い出そうとし、

気持ち悪さを覚え、直ぐに考えるのをやめた。

 

「やっぱり明日奈を連れていかなくて正解だったわ」

「う、うん、さすがにそれだと、その方が私も助かったかも」

 

 さすがの明日奈も、八幡がそこまで言うからには、

本当にひどかったんだろうなと思い、それに同意した。

 

「で、結局海外に留学で、穏便に解決?」

「ああ、それな……」

 

 八幡はそう言って、一瞬立ち上がりかけたが、

明日奈と離れるのが惜しかったのか、明日奈の腰に回した右手はそのままに、

左手を明日奈の膝の下に回すと、明日奈の体を、そのまま持ち上げた。

 

「よっと」

「きゃっ」

 

 八幡は、そのままソファーに座り、明日奈は、八幡に横抱きにされたまま、

八幡の膝の上に座る格好となった。

 

「い、いきなりどうしたの?」

 

 明日奈は、珍しく積極的な八幡に、ドキドキしながらそう尋ねた。

 

「実は今日、またクラディールの馬鹿に殺されかけてな」

「ええっ!?」

 

 そして八幡は、何故そうなったかの経緯を、明日奈に説明した。

 

「あの人は、本当に変わらないんだね……」

「ああ、小猫とは大違いだよな」

「南ともね」

「お、確かにそうだな」

 

 八幡は、そういえば昨日、明日奈が南に会ってたなと思い、

どうだったのか、尋ねる事にした。

 

「南の様子はどうだった?」

「うん、ハッキリとした目標が出来たせいか、

毎日張りがあって、すごく充実してるみたいだよ」

「そうか」

 

 八幡はそれを聞いて、満足そうに頷いた。

 

「あいつも本当に変わったんだな。でもまあ、変わらなくていいものだってあるだろ?」

 

 そう言って八幡は、明日奈を抱き寄せた。

 

「あっ」

「これから何年たっても、俺と明日奈はこうして一緒にいる、それはずっと変わらない」

「う、うん、そうだね」

「要するに、それが言いたかったから、今日はたまたまこうしてみたってだけなんだけどな」

 

 その八幡の説明に、明日奈はもじもじしながら言った。

 

「べ、別に毎日でも、私は気にしないというか、むしろその方がいいと言うか……」

 

 その明日奈のかわいいお願いを聞いた八幡は、顔を赤くし、

恥ずかしいのを誤魔化すように言った。

 

「ま、まあたまにな」

「う、うん、そうだね、た、たまにね」

 

 そして二人は、軽くキスを交わし、八幡は、真っ赤になった顔を見られないように、

明日奈の顔を、自分の胸に抱きながら、説明を続けた。

 

「でな、倉社長は、警察に訴えるって言ったんだが、

俺が追い込んだ面も確かにあるから、それはちょっと気が引けてな、

結局、被害届とかは出さず、じじいに丸投げする事にしたわ」

「えっ?じじいって、もしかして、大叔父様?って事はまさか、結城塾?」

「おお、そのまさかだな。あのじじい、話をしたら、特別コースにするとか言い出してな、

クラディールは結局、結城塾に三年通う事になるそうだ」

「あ、あれを三年……」

 

 明日奈は、帰りの新幹線の中で見せてもらった、結城塾のカリキュラムを思い出しながら、

戦慄したようにそう言った。

 

「まあ、あいつにとっては、本当に真人間になるラストチャンスだな」

「さすがにあの人も、これで変わるかな?」

「案外何年か後には、出家してたりな」

「ええ~?そんなのまったく想像出来ないよ」

「ははっ、まあ、俺もだ」

 

 そして二人が、再びキスをしようとした瞬間、二階でバタンとドアの音がして、

小町が、慌てた様子で、階段をドタドタと駆け下りてきた。

 

「お、お兄ちゃん、帰ってたんだね、大変な……の……あっ」

 

 そこで小町は、八幡の頭の向こうに隠れて見えなかった明日奈に気が付き、

状況を一瞬で把握すると、ニヤニヤしながら二人にこう言った。

 

「ああっと、これはこれは、失礼しましたぁ、

小町ももうすぐおばさんかぁ、それじゃあごゆっくり~!」

 

 明日奈はその言葉の意味を理解すると、慌てて八幡の上から下り、

ソファーから身を乗り出すと、小町に向かって手を伸ばしながら言った。

 

「ま、待って小町ちゃん、今はそこまではしてないから!」

「い・ま・は?」

「あっ」

 

 小町は、してやったりという顔でそう言い、明日奈は顔を赤くした。

そんな二人に、八幡は、平然とした顔で言った。

 

「お義姉ちゃんをあんまりからかうなよ、小町。で、何かあったのか?」

 

 そんな八幡に、小町は悔しそうに言った。

 

「うう、お兄ちゃんがまったく動じてないなんて、何か悔しい……」

 

 実はそれは、八幡が最近装備を完了した、強化外骨格を活用しただけであって、

実際の所八幡は、かなり恥ずかしい思いをしていたのだが、

幸いそれは、小町には気付かれなかった。

そして小町は八幡に、第二回BoBが、一ヶ月後に行われる事を報告した。

 

「なるほど、ついにか」

「うん、ついさっき発表されたみたい。

それじゃあ小町、シノのんを待たせてるから、一度あっちに戻るね!」

「ん~、それじゃあ俺達も、ちょっとインしてみるか?」

「そうだね、そうしよっか」

 

 そして三人は、それぞれの部屋に向かい、GGOへとログインした。

さすがにピトフーイの姿は無く、シャナは安堵すると、

事前に相談していた通り、拠点へと向かった。

 

「シャナ!」

「おうシノン、やっぱりお前、BoBに出るのか?」

「うん、目標にしてたしね、ってもしかしてその言い方だと、シャナは出ないの?」

「そうだな……実はちょっと、大会中にやっておきたい事があるんだよな」

「へぇ~、何をするの?」

「実はちょっと、酒場のモニター周辺で監視をな」

「監視?」

 

 シャナは、今回のクラディールの一件で、ラフコフの情報がまったく得られなかった事に、

内心少し落胆していた為、BoBの開催中は、怪しい者がいないか見極める為に、

BoBの実況が行われる予定の、ゲーム内の酒場で、

それっぽい者がいないか、監視を行う事にしたのだった。

 

「そっかぁ、残念だけど、それじゃあ仕方ないね」

「サトライザーが出るってなら、俺も出る気になったかもしれないけどな、

おそらくあいつは出てこないだろうから、本来の目的に戻ろうかと思ってな。

まあ見つかるかどうかは分からないが、他に手も無いしな」

「じゃあ、私も付き合うよ。他にラフコフの事を知ってるのは、

私と、後はロザリアさんくらいだしね」

 

 シズカのその言葉に、シャナは、そういえばと思い、ロザリアを呼び出す事にした。

幸いロザリアもインしており、ロザリアは、呼び出しを受け、すぐに拠点に顔を出した。

そして到着したロザリアの横には、何故かピトフーイがいた。

 

「何だ、ピトも来たのか」

「うん、シャナの匂いがしたから、こっちに向かってたら、偶然ロザリアちゃんに会ってね」

「相変わらず化け物だなお前……だから褒めすぎだってぇ」

「だから褒め……って、先回りされた!?」

「お前はワンパターンなんだよ、もっと工夫しろ、工夫」

「うぅ……何か悔しい……」

 

 そしてシャナは、ロザリアに、監視の手伝いをするように依頼した。

 

「分かりました、お手伝いします。後、報告したい事が……」

「お前、いい加減この拠点にいる時は、普通に話していいって」

「分かったわ、で、報告なんだけど、第二回BoBの開催が発表されてから、

ゼクシード一派が、変な噂を流してるのよ」

「噂?どんなだ?」

「それがね、AGI特化型が最強って、事あるごとに、触れ回ってるみたいなのよ」

「あん?」

 

 シャナはその意図が分からず、何かあるのかと考えたが、にわかに答えは出ない。

そんな八幡に、ベンケイが尋ねた。

 

「お兄ちゃん、実際の所、それってどうなの?」

「そうだな……」

 

 シャナは、少し考えた後、こう答えた。

 

「例えばシズやケイは、安定した速度を誇る、STR-AGI型だろ?」

「うん」

「対して俺やシノンやピトは、完全なSTR型だ。

戦闘時の速度は、個人の瞬発力に依存する事になる。

俺もシズカも、SAOではほぼAGI全振りだったが、

GGOでは、どちらもAGI特化にはしていない、それは何故か」

「何故か!それは当然アレのせい!」

 

 ピトフーイがそう合いの手を入れ、シャナは、ピトフーイに頷きながら言った。

 

「そう、どれくらい荷物を持てるかが、STRに依存しているからだ。

ついでに性能のいい銃が持てるかどうかもな。

これはこのゲームの、欠点と言えなくもない。何故なら、全振りする場合に、

STR以外の選択肢をとれないからだ。もしAGIなんぞに全振りするとしたら、

その場合は、必ず頼りになる仲間の存在が、不可欠となる。

まあ、戦闘にそこまで支障があるかといえば、普段はそうでもないが、

こういった大会だと、相手の装備に押される可能性や、弾切れを起こす危険性は否めない」

「なるほど!」

「特に俺とシノンは、STRに全振りしないと、

M82やヘカートIIを運用するのは不可能だ、ピトは知らん」

「私は色々な武器をとっかえひっかえするタイプだから!」

「なるほどな、そういう事だったか」

「うん!」

「それなら確かに、他の選択肢はとれないな」

 

 シャナは納得したように頷くと、更に説明を続けた。

 

「つまり、AGIに全振りさせようとするという事は……ああ、そうか」

「理由が分かった?」

「ああ、他のプレイヤーを、少しでも弱体させようとする、あいつの涙ぐましい努力だな」

「ああっ!」

「うわ、小物感が凄いね……」

「さっすがゼクシード、小物界の大物!」

「まあそんな訳で、だまされる奴もいるだろうが、俺達には関係ない」

「なるほど、そういう……」

 

 シャナはそう結論付け、ロザリアはその説明に納得した。

 

「それじゃあ、とりあえずそれについては、ほっとけばいいのね」

「ああ、問題無い。今まで通り、なんとなくその動向に注意する程度でいい」

「了解よ」

 

 そして次にピトフーイが、シャナに尋ねた。

 

「ところでシャナは、もちろんBoBには出るんでしょ?」

「ああ、ピトはさっきいなかったか、俺は出ないぞ」

「え~?何で?」

 

 そしてシャナは、ピトフーイに、先ほどと同じ説明をした。

 

「なるほどねぇ、じゃあシズとケイは?」

「私はシャナと一緒に監視かな、

私とロザリアさんしか、直接あいつらの事を知っている人がいないしね」

「私はパスですかね、さすがにそういう大会に出て、一人で勝ち進む自信はまだちょっと」

「と、いう事は……」

 

 ピトフーイは、シノンと向かい合い、ニヤリとしながら言った。

 

「私とシノノンの一騎打ちって事になるね」

「そうね、一撃でピトの頭を撃ち抜いてあげるわ」

「ふ~ん、出来るのかなぁ?」

「お前ら、ガチでやり合うのは別にいいが、遺恨は残すなよ」

 

 シャナがそう言いながら、二人の間に入った。

それを聞いたピトフーイは、何か考え込んでいたが、やがて何か思いついたのか、

うんうんと頷きながら、シノンにこう提案した。

 

「それじゃシノノン、何か賭けよっか!」

「何を?」

「う~ん、シズ、何か無い?」

 

 急に話を振られたシズカは、二人の顔を見て、少し考えたかと思うと、こんな提案をした。

 

「それじゃあ、勝った方が、シャナとデートしてもらえるってのは?」

「お、おい、シズ……」

「え?」

「い、いいの?」

「まあ、それで二人が勝ち進めるなら、いいんじゃない?」

「お、おい、俺の意思は……」

 

 そんなシャナを無視し、ピトフ-イは、嬉しそうに言った。

 

「さっすが正妻、太っ腹!シノノンもそれでいい?」

「べ、別に私は、デートなんか……」

「じゃあ、私の不戦勝でいいの?」

「う、それは……」

「どっち?」

 

 ニヤニヤ顔のピトフーイにそう言われ、シノンは、シャナの顔をちらりと見た後、

何かを決断した顔をし、思い切ってこう言った。

 

「分かったわ、受けてたつ」

「さっすがシノノン、女前!」

「女前……?」

「男前の女版!」

「ああ……」

 

 シノンは、呆れた顔でピトフーイを見た後、腕組みをし、ニヤリとしながら言った。

 

「やるからには、絶対に負けないわよ」

「おっ、シャナとのデートは自分の物宣言?」

「そうとってもらって構わないわ」

「おお、言うねぇ……でもシャナとのデートは、私がもらうよ」

「そう上手くいくかしらね」

「それはこっちのセリフ」

 

 そして二人は、顔をつき合わせ、にらみ合った。

 

「おおっ、またしても、お兄ちゃんを争う女同士の修羅場!しかもお義姉ちゃん公認!」

「……シズカ、いいのか?」

「うん、だって、これから何年たっても、私とシャナはずっと一緒なんでしょ?」

「……まあ、それもそうだな」

「うん!」

 

 こうして第二回BoBに向けての、シノンとピトフーイの戦いの幕は、切って落とされた。

一方その頃ゼクシードは、ユッコとハルカと共に、

着々と第二回BoBに向けての布石を打っていた。

 

「ユッコ、ハルカ、どうだ?」

「ゼクシードさん、どうやら私達の流した噂は、順調に広がってるみたいです」

「そうかそうか、この調子で、どんどん噂を広めてくれ」

「はい、これで大会は、ゼクシードさんのものですね!」

 

 自分を鍛える前に、こういう手段に出た事が、彼の運命をどう左右するのか、

この噂の結果がどうなるかは、神のみぞ知る。




明日までは、8:00に投稿します。
明後日から、また12:00投稿に戻る予定です。


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第270話 クリスマスに向けて

微妙に時期がずれてしまいましたが、クリスマス絡みの話になります。
しかしながら、ここからは、本編絡みの話が続いていく事になる予定です。
そして三が日も過ぎた為、明日から投稿時間をお昼12:00に戻そうと思います。
連続投稿は途切れないように頑張りますので、今後とも、宜しくお願いします。

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正



 それから数日後、八幡の下に、薔薇から連絡が入った。

 

「クリスマスイベント?ヴァルハラのイベントなら、ALO内で、二十四日の夜だよな?」

「私が言ってるのは、GGOで開催される、公式イベントの事。

どうやら、二十三日の午後から、GGOで、

『機甲獣トナカイハント』なるイベントが開催されるらしいわ」

「何だそのセンスの無いネーミングは……二十三日なのは、休日だからか。で、内容は?」

「走り回る巨大なトナカイに、六人一組で挑んで、倒すまでのタイムを競うものらしいわ。

今参考動画を送るから、見てみて」

「ほう?」

 

 そして八幡は、送られてきた動画を見て、絶句した。

 

「何だこの、アメコミ調の、サンタの顔をしたトナカイは……」

「まあ、日本人向けの外見じゃない事は確かね」

「もう少しデフォルメするとかしろよな……」

 

 八幡はため息をつくと、改めてイベントのルールを確認した。

 

「総合タイムが一番短いチームが一位となって、景品群から一人一つ、何か選べるのか。

上位十チームまで景品がもらえて、一度選ばれた商品は、次の奴は選べなくなると。

後は、敵に当てた弾の数が一番多いチームと、被ダメージが一番少ないチームに、

追加で選択権がもらえるのか、って事は、総取り出来れば、八種類だな。

お、参加賞扱いで、倒した時間に反比例して大量の経験値までもらえるのか」

「そう、だから私より、駒央君に参加してもらうのがいいわね」

「そうだな、悪いな、薔薇」

「ううん、私は密偵だから、レベルは特に必要とはしていないしね」

 

 そしてルールを確認した後、二人は、動画から得られた情報を確認し始めた。

 

「この動画を見ると、敵の速度はかなりのものね」

「動画で攻撃に使ってる銃のランクを見ると、装甲もかなり頑丈に見えるな」

「まるで装甲車を相手にしてるみたいよね」

「武器は特に制限無し、ただし特殊な弾や、罠の使用は禁止か、ふむ……」

 

 八幡は、少し考え込んだ後、ロザリアに言った。

 

「よし、参加だ、悪いがシノンとピトに、今夜集まるように連絡を頼む」

「了解」

 

 そして八幡は、その日の夜、集まった仲間達に、クリスマスイベントの事を説明した。

 

「何それ、面白そう」

「やるからには、一位を取りたいわよね」

「景品はっと……目玉はこの銃なのかな?シャナならどれを選ぶ?」

「俺はこれかこれ、もしくはこれだな」

 

 そう言ってシャナが指差したのは、何に使うか分からない、

用途不明な怪しげなアイテムだった。

 

「何これ?」

「多分、何かの素材だな。イコマ、これらのアイテムについて、詳しく分かるか?」

「その辺りのアイテムは、全部武器や防具の素材ですね、

まだ僕の実力だと、作れない物の方が多いですが、いくつかは、用途も分かります」

「だ、そうだ」

「おお、これは期待が持てますねぇ」

「この宇宙船の装甲板って、何?」

「それはかなり硬度の高い、万能素材ですね、主に防具に使うみたいですけど、

防御力が半端なく凄いみたいです」

「それってチート?」

「まあ、そんな感じですね」

 

 イコマは苦笑しながら、そう答えた。

 

「それなら、事前に決めておいて、良さそうな素材を全部掻っ攫うのが良さそうだな。

幸い金には困ってないし、銃も、イコマがいずれ、もっといい物を作ってくれるだろう」

「そうだね、それがいいかもしれないね」

「頑張ろう!」

「で、でも、それなら僕が出るより、ロザリアさんが出た方がいいような……」

「大丈夫、作戦は考えてある」

「作戦?」

 

 そしてシャナは、動画を見ながら考えた作戦を、仲間達に説明した。

 

「これなら僕でも大丈夫そうですけど、でも……」

「……え、本当に?」

「シャナとシノノン次第って事になるけど……」

「シノノン、大丈夫?」

「そうね……」

 

 シノンは、その提示された作戦案を前に、腕組みをしながら、難しい顔をした。

そんなシノンに、シャナは、自信たっぷりに言った。

 

「お前ならこんなのちょろいだろ、余裕だ、余裕」

「……シャナはそう思うの?」

「ああ、そのヘカートIIを手に入れた時より、ずっと楽じゃないか。

どうだ?出来るよな?シノン」

 

 シノンは、その言葉を受け、あの時の事を思い出していた。

シャナの歌うジングルベルが、シノンの脳裏に蘇り、

シノンは、力強い声でシャナに答えた。

 

「誰に物を言ってるの?出来るに決まってるじゃない」

「おう、だよな」

「おお、シノノンが急に強気に……」

「やばい、格好いい!」

「私は最初から、出来るって思ってたけどね」

「お二人の銃は、僕が完璧に整備しますね!」

 

 そしてシズカが、こんな提案をした。

 

「それじゃあ二十三日の夜、祝勝会も兼ねて、軽いクリスマスパーティーでもする?」

「もう勝つ事は決定してるんだ……でもまあ、賛成」

「私も賛成です!」

「二十三日……うん、大丈夫、エムに言って絶対空けさせるから」

「私もその日なら大丈夫よ」

「僕はちょっと……」

 

 イコマのその言葉に、シズカはハッとした顔で言った。

 

「あ、そっか、それだとイコマ君が無理か」

「あ、いや、その日の夜は僕、ちょっと眠りの森にお呼ばれしてまして……」

「あーそっか、うん、楓ちゃんに宜しくね」

「そうか、頼むぞイコマ」

「はい、もちろんです!」

 

 シノンとピトフーイは、その耳慣れない用語と名前に反応し、シズカに質問した。

 

「眠りの森って何の事?」

「楓ちゃんって?」

「あ、えっとね……」

 

 シズカが二人に説明している間、シャナはイコマに、そっと耳打ちした。

 

「イコマ、眠りの森にな、楓用のプレゼントを送ってあるんだが、

その中に、別の包みが一つ入ってるから、それをアイとユウって双子に渡してくれないか?」

「そうなんですか、分かりました、必ず届けますね」

 

 そしてシズカから説明を聞いた二人は、納得したようで、

パーティーパーティーと、盛り上がっているようだった。

その二人が、たまにシャナに注ぐ視線には、尊敬の光が混じっていた為、

シャナは決まりが悪そうに、目を合わさないようにしていた。

 

「プレゼントとかは、どうしよっか?」

「う~ん、この前お土産をもらっちゃったばっかりだしなぁ」

「そうよね……」

「あ、それじゃあ、私が景品を用意しますから、何かゲームでもしますか!」

「賛成!って、ケイ、景品って?」

「それは当てがあるから心配しないで下さい、私の懐は、痛みません」

「それならいいけど、じゃあそうする?」

「それでいいんじゃないか?」

「じゃあ、準備はお任せを!」

 

 こうして、今後の予定も決まった所で、この日は解散する事になったのだが、

帰り際、シャナが、シノンとピトフーイにこう言った。

 

「二人とも、大会じゃ直接対決する事になるんだし、

気軽に野良パーティにも参加して、お互い手の内を見せないように、

色々と鍛えておいた方がいいぞ」

「あ、うん」

「うん、たまにはそれもいいかもね!でも、私と組んでくれる人なんて、いるかなあ?」

「その時はまあ、エムを連れていけばいい」

「そっか、そうだね!」

「それじゃあ俺は、イコマと工房でちょっと話してから落ちるから、またな」

「うん、またね、シャナ」

「またね」

 

 シズカとベンケイは、どうやら先に落ちたようで、

シノンとピトフーイは、拠点を出ると、並んで歩き始めた。

 

「ねぇシノノン、さっきはああいう話になったけど、シャナにさ、何かプレゼント、する?」

「そうねぇ……でも、ああいう話の流れになったのに、受け取ってくれるかな?」

「でも、あげちゃだめとも言ってなかったよね?」

「あ……確かに」

「今度シズに会った時、許可がとれたらオッケーかな?」

「そうだね、話は通しておいた方がいいかもね」

「それじゃあ、どっちかが話せたら、お互い連絡するって事で」

「オーケー、そうしましょっか」

 

 そして二人はそのまま別れ、ピトフーイは、どこへともなく去っていき、

シノンは、以前たまり場として利用していた酒場に、久しぶりに足を向けた。

シノンが酒場のドアを潜ると、それを目ざとく見付けたシュピーゲルが、声を掛けてきた。

 

「シノン、随分久しぶりだね、色々忙しいの?」

 

 シノンは、そういえば最近まったくシュピーゲルと話していなかったなと思い、

野良パーティに参加するにしても、多少気心の知れた相手がいた方がいいかなと、

大会までは、ちょこちょここっちにも顔を出す事にしようと考えた。

 

「うん、まあ、色々とね。ところでシュピーゲルは、BoBに出るの?」

「うん、一応その予定、シノンは?」

「私も出るつもりよ、あれに優勝する事が、目標だったしね」

「そっかぁ、それじゃあこれから一緒に、ちょっと狩りにでも行く?」

 

 シュピーゲルは、その言葉に、二人きりで、という意味を込めたつもりだったのだが、

シノンはそれに対し、あっさりとこう言った。

 

「別にいいわよ、どこか募集をかけてるパーティとかある?」

 

 シュピーゲルは、その言葉を残念に思いながらも、

まあ仕方ないかと思い、こう返事をした。

 

「待ってて、知り合いに声を掛けてみる」

「うん」

 

 そしてシュピーゲルは、知り合いなのだろう、他のプレイヤーに声を掛け始め、

その間にシノンは、酒場から個人ロッカーにアクセスし、そこにヘカートIIを収納した。

 

(野良だし、知っている人が一緒ならともかく、

ニュービーと一緒になって、何か事故があって、これを失うのは嫌だしね)

 

 そしてシノンは、元の場所に戻り、壁に寄りかかると、

目を閉じて、シュピーゲルが戻ってくるのを待った。

しばらくして、シュピーゲルが、一人のプレイヤーを伴って戻ってきた。

そのプレイヤーは、シノンを見て驚いた表情をしたのだが、

直ぐに気を取り直し、シノンに自己紹介をした。

 

「俺はダインだ、宜しくな、え~と、シノン、だったか?」

「あれ、ダインさん、シノンの事知ってるの?」

 

 そうシュピーゲルに問われたダインは、一瞬変な顔をした。

シュピーゲルは、何だろうと怪訝な表情をしたが、

ダインは、何か納得したような顔で、こう言った。

 

「ああ、まあ名前くらいはな」

「そっか、まあシノンも結構長くやってるし、そういう事もあるかな」

 

 実際の所、ダインは、シノンがシャナやシズカ達と一緒に、

ゼクシードと睨み合った動画を見て、シノンの事を知っていたのだが、

まあ動画とかを見ない層もいるよなと思い、そう無難な返事をしたのだった。

ダインは、わざわざ動画の事を説明するのもシノンに失礼だろうと思い、

そのまま特に、説明を加えたりはしなかったが、

シノンはダインが自分の事を知っていた理由を何となく悟り、

少し恥ずかしく思いながらも、相手が何も言おうとしない事に、感謝していた。

そしてダイン達と共に、久しぶりにシノンは、野良パーティで思いっきり暴れた。

シノンのレベルは、以前よりも格段に上がっており、

その実力は、例えヘカートIIが無くとも、群を抜いていた。

その事を、一番実感していたのは、シュピーゲルだった。

シュピ-ゲルは、このシノンの変化に戸惑いつつも、

自分の実力が、明らかにシノンより下な事を悔しく思い、

狩りが終わり、シノンと別れた後、ぼそっと呟いた。

 

「くそ……このままじゃ駄目だ、どうすればいい……

そうだ、この前噂になってたっけ、あれはそう、AGIだ、もっとAGIを上げないと……」

 

 こうしてシュピーゲルは、AGI特化への道を、突き進む事となったのだった。




明日から投稿時間がお昼12:00に戻ります、ご注意下さい!
次回『いくら光が大きくとも』クリスマスイベントの話ですが……


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第271話 いくら光が大きくとも

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


 そして迎えたクリスマスイベントの日、シュピーゲルは、ダインのパーティに加わり、

自分達の出番を、今か今かと待ち構えていた。実はシュピーゲルは、何日か前にシノンに、

一緒のチームでイベントに参加しないかと誘いをかけていたのだが、

ちょっと無理の一言で断られ、微妙にへこんでいた。

 

(まあ、最近ずっと姿を見せてなかったし、忙しいんだろうな)

 

 実際の所、シュピーゲルのログイン時間は、基本朝から晩までであり、

最近シノンがログインする事が多い、夜十時くらいには、

うとうとしてしまっている事が多かった為、

フレンドリストに表示されていたシノンの名前を、見逃してしまったのだろう。

何回かは、リストを見れば、ログイン中なのが確認出来る機会があったはずなのだが、

シノンのリアルをよく知るシュピーゲルは、

心に傷を負い、基本他人に心を開く事が無いシノンが、

自分以外の他人と、自分から一緒に行動する可能性など、まったく考えてもいなかった。

ましてや、学校で親友と呼べる者を三人も作っている事など、想像すらしなかった。

まあこれは、わざわざ彼に、学校での出来事を、

自主的に教えてくれるような友達がいなかった為、ある意味仕方がない事なのだろう。

そして、アナウンスにより、イベントの開始が告げられ、

効率よくイベントを進める為に用意された十個のステージに、

出番が来たプレイヤーが、どんどん入っていった。

 

「シュピーゲル、そろそろ出番だぞ」

「あ、はい、今行きます、ダインさん」

「くそ、別のステージでは、同じ時間にシャナが出るって話なんだよな、

見てみたかったぜ、あいつの戦闘を」

「そうなんですか」

 

 シュピーゲルは、そういえば前、シノンと一緒の時、シャナに撃たれたっけと思いながら、

自分の出番に備え、準備を開始した。そのシャナの隣に、今まさに、シノンが立っていた。

 

「さて、観衆の度肝を抜いてやりましょうか」

「お前のヘカートIIも、ついにお披露目だな」

「うん、あれから何度か野良パーティに参加したけど、

その時はまったく使わなかったからね」

「まあ、これからは、そうもいかなくなるかもだけどな」

「そうね、事故でロストしないように、細心の注意を払うわ」

「そうだな、それだけは気を付けろ。もしそれを使う時は、安易に前には出るなよ」

 

 このイベントは、リーダーに、開始のタイミングが委ねられていた。

もっとも時間制限があり、スタート時間から、二分以内に戦闘を開始しないと、失格となる。

ちなみにシャナ達が中に入ってから、既に三十秒が経過していた。

その間に、シズカ達四人は、敵の正面へと固まって移動しており、

シャナとシノンは、そろそろだなと頷き合うと、その場に寝そべり、狙撃体制をとった。

そしてシズカ達が、武器を取り出した瞬間、周りの観衆はざわついた。

 

「おい、あれって……」

「全員マシンガンの二丁装備?確かにありだとは思うが……」

「でもあれって、装弾数が多いだけで、威力はほとんど無い奴だろ?

そもそもあれを両手に持って、移動しながら狙いをつけるのは厳しいだろ」

「でも、あのシャナがいるんだ、正面の四人は囮で、

その間にシャナが、横から狙撃する作戦じゃないのか?」

「まあ、そう考えるのが妥当だろうが、あのシャナだからな……」

 

 そんな観衆を横目に、次に出番を控えたゼクシードが、あざ笑うように言った。

 

「おやおや、シャナさんは、どうやら最初から、勝負を捨てちまったらしいな、

あれじゃあ多少狙撃で攻撃を当てようとも、正面の奴らが、敵の突進で粉砕された瞬間に、

何もかもが終わっちまうじゃないかよ、あはははははは」

 

 そしてユッコとハルカも、多少知識がついた為か、状況を把握し、

ゼクシードの隣で、同じように野次を飛ばしていた。

 

「そうよそうよ、今度こそ私達の勝利よ!」

「失格するくらいなら、いっそリタイアすればあ?」

 

 ゼクシードとシャナの確執は有名であり、周りの観衆の多くは、またゼクシード一派かと、

呆れた顔で、そちらを見つめた。ちなみに残りの三人は雇われであり、

自分達に悪い評判が立たないように、極力目立たないようにしていた。

一般的には、ゼクシードが一方的にシャナを敵視しているだけだと、

もっぱらの評判だったのだが、今回に限り、確かにその言葉にも、一理あった。

ここまでの最短タイムは十五分であり、上位陣全てが、散開からの、

いわゆる『逃げながら撃つ』戦法をとっていたからであり、

いわゆる陣形を組んでのガチンコ勝負を挑んだチームは、

ここまで全て、時間切れで失格となっていたからだ。ちなみに制限時間は、三十分である。

その為か、他にも何人かの者が、ゼクシード達と同じように、野次を飛ばしていた。

もっともそのほとんどが、女性プレイヤーを四人も擁するシャナに、嫉妬した者達だった。

ちなみに目端のきく、一部の実力者達は、既に気付いていた。

シャナの隣にいるシノンが構えているのが、GGOのサービス開始以来、

ついに現れた、二丁目となる対物ライフルだという事を。

そういった者達は、頭では無謀だと思っていたが、

しかし、シャナなら何かやるかもしれないと、事の成り行きを、興味深く見守っていた。

そして開始間際に、ピトフーイが言った。

 

「黙れよ、実力も無いひよっこどもが、これからの一分間、黙って大人しく、そこで見てな」

 

 その顔の刺青の迫力と相まって、身内では絶対に言わないような、ドスの利いたその声に、

周りの観衆は、一分間という言葉に疑問を持つ事もなく、シンと静まり返った。

 

「よし、いくぞ」

「「「「「おう!」」」」」

 

 その開始の合図と共に、シャナは、空中に浮かんだ開始ボタンを押し、

仲間達は、威勢よくそう返事をした。

予想通り、機械仕掛けのサンタトナカイが、四人の方に爆走していく。

 

「嘘だろ?」

「おい、本気か?」

 

 観客から、驚きの声があがる。それは、その四人が、

トナカイの方へと、全力で疾走していったからだった。

 

「無謀だろ!」

「どうするんだよあれ」

 

 そんな観客の怒号が飛び交う中、シャナとシノンは、冷静にそのトリガーを引いた。

そして、凄まじい銃の発射音と共に、二筋の光が煌いたかと思うと、

次の瞬間、その光は、空中に浮いていた、トナカイの左前足と左後ろ足にヒットし、

その二本の足は、横に盛大に跳ね飛ばされた。

そして、まともに着地する事が不可能になったトナカイは、そのままどっと地面に倒れた。

 

「は?」

「ええっ?」

「あの速さで走る敵の足を、正確に撃ちぬいたのか!?」

 

 そして次の瞬間、倒れたトナカイに向け、疾走していた四人は、

両手に持ったマシンガンの、一斉射撃を開始した。

ダダダダダダ、という音が延々と続き、その弾は全て、横たわったトナカイの、

頭に、体に、吸い込まれていった。時折繰り出される、首振りによる角での攻撃も、

四人は難なく避けつつ、一方的に銃弾を叩き込み続けていく。

だがさすがに、永遠にその状態が続くはずもなく、

トナカイは、最初に撃たれた二本の足に、全体重を掛け、何とか立ち上がろうとした。

その瞬間に、再び二筋の光が走り、その二本の足の、先ほどとまったく同じ場所に直撃した。

さすがに、最初と同じ場所に、二発連続で、強力な対物ライフルの攻撃を受けた為か、

そのトナカイの足は、二本ともポッキリと折られ、

トナカイは、再び地面へと、倒れる事となった。

その間に、容赦なく、マシンガン八丁の一斉射撃は続き、ついにシャナとシノンまでもが、

トナカイの体めがけて、連続して狙撃を開始した。

客席のあちこちから、ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえ、

次の瞬間、憐れなトナカイは、光の粒子となり、完全に消滅した。

その瞬間、電光掲示板のタイマーがストップした。その時間は、実に開始から五十八秒。

この瞬間に、シャナ達の優勝と、当てた弾の数賞、及び、被ダメージの少なさ賞の、

複数同時獲得が、決定的となった。最初にシノンがシャナに抱き付き、

シズカとピトフーイが、シャナに駆け寄り、抱き付いた瞬間、

客席から、すさまじい大歓声があがった。

 

「うおおおお、まじかよ!」

「あれってまさか、対物ライフル?」

「そんな話聞いてねえよ!」

「あれって確か、シャナゼク動画に出てた子だよな?」

「さすが俺達のシャナ!お前がナンバーワンだ!」

 

 そんな大歓声の中、イコマは、さすがに男の自分がシャナに抱き付くのもどうかと思い、

ベンケイと一緒にその場に留まり、誇らしげな気分で、観客に手を振っていたが、

三人がシャナから離れたタイミングを見計らって、シャナに駆け寄り、

とても嬉しそうな声でシャナに報告をした。

 

「シャナさん、レベルがいっぱい上がりました、これはちょっと凄いですよ!」

「そうか、頑張った甲斐があったな、よくやったぞイコマ」

「シャナ、私、ちゃんと出来たよね?」

「ああ、よくやったぞ、シノン」

 

 シャナは嬉しそうにそう言い、シノンは、自分はやり遂げたんだという、

満足感に満たされていた。そして六人は、イベント終了まで時間を潰すべく、

拠点へと戻る事にしたのだが、六人がいなくなった後もしばらく、

観客達は熱狂し、雄たけびを上げていた。

そんな中、羞恥にまみれながら、立ち尽くしていたゼクシード達は、

自分達の番が来ると、こそこそと、隠れるように戦闘を開始した。

ちなみにゼクシード達の醜態に突っ込む者は、誰もいなかった。

観客が皆、シャナ達にしか興味が無かった事が、ゼクシード達には幸いした。

 

 

 

「何だ?」

 

 遠く離れたステージから、すさまじい歓声が聞こえてきた為、

シュピーゲルは、何があったんだろうと思いながら、銃のトリガーを引いた。

 

「あの方向は……シャナか!あいつ、やっぱり何かしでかしやがった!」

 

 ダインのその言葉に、シュピーゲルは、ああ、やっぱりあいつは凄いんだなと、

今更ながら、思い知らされた。だが、今はとりあえず、目の前の敵に集中だ。

シュピーゲルは、そう自分に言い聞かせ、重い足を引きずりながら、必死に戦った。

そして十五分後、敵は倒れ、シュピーゲルは、ダイン達と共に喜びを分かち合った。

タイムは、十六分二十五秒と表示されていた。

 

「現在八位か、微妙ですかね?」

 

 シュピーゲルは、このタイムなら多分そのくらいの順位だろうと考え、

最初から、結果が表示されたボードの、下の部分しか見ていなかった為、

不安と期待を滲ませた声で、ダインに尋ねた。だが、いつまでたっても答えは無い。

 

「ダインさん?」

 

 シュピーゲルがそちらを見ると、ダインは、わなわなと震えながら、

ボードの一番上を指差していた。シュピーゲルは、何だろうと思い、そちらを見た。

 

『五十八秒』

 

 ボードの一位の数字を見た瞬間、シュピーゲルの頭は、真っ白になった。

当たり前だろう、二位でさえ、そのタイムは十三分であり、二桁を切っていないのだ。

ちなみにそのタイムは、たった今、ゼクシード達が出したものである。

ユッコとハルカも、思ったより成長しているようだ。

 

「嘘だろ……」

 

 ダインが呆然と呟く声を、聞くようで聞いていなかったシュピーゲルは、

その後、自分達の順位がギリギリ十位に確定したと、ダインに声を掛けられるまで、

自分がどんな状態だったのか、まったく覚えていなかった。

 

「まあギリギリ景品がもらえる順位だったんだ、今日はそれで良しとしようや」

「ですね」

 

 そしてダインや他の仲間達と連れ立って、十位入賞の景品を受け取る為、

表彰台の方へと向かったシュピーゲルは、そこで、ありえない光景を目にする事になった。

 

「え……シノン……?」

「おう、お前があの子をチームに誘ったって聞いた時は、そりゃ無理だろって思ったが、

まあ当たり前だよな、あの子も、シャナの女だからな。

いや、どっちかっていうと、あの子の方が、シャナにベタ惚れって感じなのかな」

「え……?」

 

(イマナントキコエタ?シャナノオンナ?ベタボレ?)

 

「何だ、やっぱり知らなかったのか?今日落ちたら、シャナ、ゼクシードで検索してみろよ。

まあ、シャナゼク動画でもいいけどな。そこにあの子も、バッチリ映ってるぜ」

 

(ウツッテル?ナニガ?)

 

「まあ、相手があのシャナなら、仕方ないよな。今回の数字だって、一体どうやったのか、

まったく見当もつかねえや。いやぁ、さすがだわ、まさに最強だな」

 

(チガウ、シノンハオレノオンナダ……オレダケノ……)

 

「おい、シュピーゲル、聞いてるのか?おい?」

「!?……は、はい、すみません」

「大丈夫かおい、そろそろ俺達が報酬を選ぶ番だぞ」

「あ、はい、大丈夫です」

「しかしまさかあの子が、GGOで二番目の、対物ライフル持ちだったとはな、

俺たちと一緒の時に使わなかったのは、事故で失うのを恐れたんだろうな、

まあ、初見の相手と組む時は、仕方ないわな」

「え?ま、まさかそんな……」

「ヘカートIIか、すげーよな、あの子もこれで、一躍有名人だな。

友達としてどうだ?鼻が高いか?」

「あ、はい……そうですね」

「まあさっきも言ったが、今日落ちたら、シャナ、ゼクシードで、一度検索してみろって、

本当にすげーからよ」

「……さっきも?は、はい」

 

 遠くでは、シャナ達がまだ、遠巻きに群集に囲まれており、賞賛を受けている最中だった。

そしてシノンは、とても嬉しそうな笑顔で、シャナの腕に抱き付いていた。

 

(……シノンのあんな顔、始めて見たな。

それにヘカートII?GGOで二番目?何がどうなってるンダヨ、意味ガ分カンナイヨ)

 

 そしてシュピーゲルは、ログアウトした後、

ダインに言われた通りに検索をかけ、ついにその動画を見付けた。

そこに映っていたシノンは、自分の知る、時折暗い表情を見せる、孤独なシノンではなく、

どう見ても、全身全霊で恋をしている、幸せいっぱいのシノンであった。

それを理解した瞬間、シュピーゲルの頭の中に、狂気という名の種が蒔かれた。

まだ発芽はしていないが、その種は、シノンという太陽を求めて、

芽を伸ばそうともがき続け、後に、発芽の時を迎える事になる。

いくら光が大きくとも、そこには必ず、影が出来るのだ。

 

 

 

 こうしてこの日始めて、シュピーゲルこと新川恭二は、シャナとシノンの関係を知った。




クリスマスイベントの話ながら、メインストーリーにぐぐっと迫る話となりました。
明日はGGO組のクリスマスパーティー!『最初で最高のクリスマス』を、お送りします。
ちなみにタイトルを予告する時は、実は大事な話だと、頭の片隅にでも入れておいて頂ければと思います!


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第272話 最初で最高のクリスマス

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


「それじゃ、シノンとピトは、事前に決めた待ち合わせ場所で待っててくれ」

「は~い」

「寒いんだから、早く迎えに来なさいよね」

「へいへい」

「お兄ちゃん、私、先に行って、キットに景品を積んどくね」

「あ、私も手伝うよ、ケイ」

 

 クリスマスイベントで、大量の素材を入手する事に成功した一同は、

祝勝会という名のクリスマスパーティーを行う為、

都内に借りた、レンタルスペースへと向かう予定になっていた。

料理やケーキは事前に準備されているらしく、

一行が到着し次第、サーブされる事になっていた。

 

「それじゃ、また後でな」

「うん、待ってるね!」

「また後で」

「イコマも、楓達の事、頼むな」

「はい!」

 

 そして六人は、そのままログアウトした。

ちなみにゼクシード達も、ゲーム内でだが祝勝会を行っていた。

二位という結果ではあったが、シャナ達が素材を独り占めした結果、

ゼクシード達の手には、高性能の銃と、多くの資金が渡る事となっていたのだった。

ユッコとハルカは、先ほどまで自分達が羞恥にまみれていた事などすっかり忘れ、

単純に、GGOを始める時に使った資金をあっさりと回収出来た事を喜んでいた。

 

「ねぇハルカ、まさかこんなに早くノルマを達成出来るなんて思わなかったね」

「うん、ここでやめちゃうのも、一つの手ではあるんだろうけど……」

 

 二人はそこで、ゼクシードの方をチラッと見た。

 

「……もう少し稼がせてもらおっか」

「そうだね、まあ、もうちょっとだけね」

 

 実はこの瞬間が、ゼクシードチームにとっては一番の解散の危機だったのだが、

実際のところ二人は、多少なりとも、ゼクシードに情がうつってしまっていた為、

お金の事を言い訳に、そのままチームに所属し続ける事となった。

ちなみに二人に、ゼクシードへの恋愛感情は一切無い。

 

 

 

「悪い、待たせたか」

「ううん、丁度今荷物をトランクに入れ終わった所だよ、お兄ちゃん」

「そうか」

 

 遠くからチラッと見た限りだと、何か大きな物を、

二人がトランクに積んでいたように見えた八幡は、少し心配そうに小町に尋ねた。

 

「なぁ、随分大きな景品があるのが見えけど、本当に小町の懐は痛んでないんだよな?」

「うん、全部陽乃お姉ちゃんにもらった物だから」

「……姉さんに?」

「うん、だから大丈夫」

「まあ、それならいいが、困った時はすぐにお兄ちゃんに言うんだぞ」

「うん!」

 

 八幡は、陽乃から提供されたという部分に少し引っ掛かりを覚えたが、

まあ、あの馬鹿姉も、さすがに常識くらいは弁えているだろうとそれはそのままにし、

シノンとピトフーイを拾う為、キットのエンジンをスタートさせた。

 

「しかし今年は寒いな」

「うん、寒いね」

 

 明日奈がそう答え、八幡は小町が何も言わないので、チラリとバックミラーを見た。

小町は見慣れぬコートを身に纏い、暖かそうにしていた。

 

「小町、そのコート、新しく買ったのか?」

「ほえ?あ、これは、え~っと……陽乃お姉ちゃんにもらった奴」

「姉さんに……?」

 

 八幡はその時、微妙に嫌な予感がしたのだが、根拠は何も無い為、そのまま流す事にした。

そして一行は、途中で詩乃とエルザを拾い、無事に目的地に到着した。

案内された部屋に入るとそこには既に、

量はそれほどではないが、その分しっかりと手の込んだ料理が並んでおり、

冷蔵庫の中には、丁度六人で食べきれるくらいの、豪華なケーキが入っていた。

そしてほどなく薔薇も到着し、六人はテーブルについたのだが、

何故か八幡の座る椅子だけ違うデザインの物が用意されていた。

八幡は何でだろうと思ったが、まあ、数が足りなかったんだろうと、

細かい事を気にするのはやめ、そのまま大人しく席についた。

そして八幡が音頭をとり、乾杯の挨拶をする事になった。

 

「よし、それじゃあ今日の勝利を祝って、メリークリスマス!」

「「「「「メリークリスマス!」」」」」

 

 そして六人は、今日の戦闘について振り返りながら、料理と会話を楽しんだ。

 

「それにしてもシノのん、今日は完璧な出だしだったね」

「当たり前じゃない、私を誰だと思ってるのよ」

「おお~、シノのんがまだ強気だ!」

 

 エルザが詩乃にそう話し掛け、詩乃は胸を張りながらそう答えた。

 

「今は、的を外す気がしないんだろ?」

「うん、そんな感じ」

 

 八幡の言葉に、詩乃はそう頷いた。

 

「それじゃあ後は実戦あるのみだな、とにかく撃ちまくれ」

「うん、最近野良パーティにも混じるようになったけど、

信頼できそうな腕の持ち主が多そうな時は、積極的にやってみる」

「いいなぁ、たまには私も混ぜて!」

「あ~……うん、まあ可能な時はね……」

 

 そのエルザの頼みに言葉を濁しつつも、詩乃はとりあえずそう答えた。

そしてそういえばという顔で、薔薇がエルザに話し掛けた。

 

「そういえばあんた、クリスマスって本業の方が忙しいんじゃないの?」

「あ、うん、確かに明日からしばらく忙しいかも。

本当に、イベントが明日とかじゃなくて良かったよ」

「やっぱりクリスマスってライブとかの予定が詰まってるんだ、大変ね」

「うん、まあ大丈夫、戦うのと同じくらい、歌う事は大好きだからね」

 

 そう言うと、エルザはとある歌を口ずさみ始めた。

 

「まいごのまいごのこねこちゃん~」

「あんた、何でその歌をチョイスしたのよ!」

 

 即座に突っ込んだ薔薇に、八幡は笑顔で言った。

 

「何でだよ、いいチョイスじゃないかよ小猫」

「またあんたはそうやって、私の事を……」

「別にいいじゃないか、俺はお前の名前を気に入ってるんだからな」

 

 そう八幡に言われた薔薇は、嬉しさ半分とまどい半分な表情で、ぼそぼそとこう呟いた。

 

「そ、それならまあ、別に文句は無いんだけど……」

「お前、本当に昔と比べると完全に別人だよな。最初に俺がお前を見た時の印象は、

とにかく嫌な表情をするクソ女だなって感じだったんだが、

今のお前は何ていうか……なぁ?」

 

 その先が素直に言えないのか、そう話を振ってきた八幡の代わりに、四人はこう言った。

 

「今の小猫さんは、凄く穏やかでかわいくなったと思う!」

「小猫さん、マーベラスです!デリシャスです!」

「小猫ちゃんは見ててかわいいから、からかい甲斐があるよね!」

「小猫さんの昔の話は私には分からないけど、でも今の小猫さんは凄く素敵だと思う」

「まあそういう事だ」

 

 薔薇は、その仲間からの言葉に恥じらい、俯きながらぼそっと言った。

 

「あ、ありがと……」

 

 ちなみにその後、他の者達は、もうそっちに慣れてしまっていた為、

薔薇という呼び方を続ける事になったのだが、

八幡だけは、機嫌のいい時に限り、公然と薔薇を小猫と呼ぶようになり、

それが一つの、八幡の感情を知る上での、バロメーターとされる事となった。

 

「さて、ここで本日のメインイベントです!

これから豪華景品の当たるゲーム大会を開催したいと思います!

ちなみに小町は不参加ですので、四人で頑張って下さいね!」

「不参加?四人?」

 

 そう怪訝そうな顔をする八幡に、小町は笑顔のままこう言った。

 

「それはこういう事だよ、お兄ちゃん」

 

 そして小町が何かのスイッチを取り出し、そのボタンを押した。

その瞬間に、八幡の座っている椅子からベルトが飛び出し、八幡の体をガッチリと拘束した。

 

「なっ……」

 

 驚き、何か言おうとする八幡を制し、小町はアナウンスを続けた。

 

「はい、という訳で、陽乃お姉ちゃん提供による、

お兄ちゃんグッズ争奪ビンゴ大会の開催を、ここに宣言しまっす!」

「待ってました!」

「ここからが本番ね」

「賞品は何なのかなぁ?」

「わ、私は別にそんなの欲しくないけど、ここで一人だけ和を乱す訳にはいかないしね」

 

 その言葉と同時に四人がそう言った為、

八幡は、自分以外はこの事を知っていたのだと、今更ながら気付かされた。

 

「こ、小町、一体これは……」

「ごめんねお兄ちゃん、でも仕方ないんだよ、小町はもう、今回の企画の司会をやる報酬を、

陽乃お姉ちゃんからもらっちゃってるから……」

 

 その言葉で八幡は、小町が着ていたコートの事を思い出した。

 

「ま、まさかお前、あのコートは……」

「うん、あれって日本じゃ入手しにくい、海外の人気ブランドのやつだから、

あんないい物をもらっちゃったら、

小町はどうしてもお兄ちゃんを裏切るしかなかったのです、ごめんなさい、てへっ」

 

 小町は、ちっとも悪いと思っていない顔で八幡に言った。

八幡はこれはどうしようもないと思い、最後の希望を込め、明日奈に声を掛けた。

 

「なあ明日奈、助け……」

 

 明日奈は、八幡に話し掛けられるのを予想していたのか、

その言葉を途中で遮り、苦しそうに早口でこう言った。

 

「ごめんね八幡君、私もこういうのはどうかなって思わないでもなかったんだけど、

あんな賞品を見せられたら、私にももうどうしようもないの」

 

 表情こそ苦しそうだが、よく聞くと完全に欲望に塗れたその言葉を聞き、

八幡は何もかも諦めた顔で、こう呟いた。

 

「つまり明日奈も、何か欲しい物があったんだな……」

 

 明日奈はその言葉を聞き、切なそうな顔で八幡に訴えかけた。

 

「仕方ないの、私も一位の賞品が欲しいの!というか、全部欲しいの!」

「お、おう……それなら仕方ないな……」

 

 八幡は、明日奈の表情が本気だった為、そう言うと、大人しく成り行きを見守る事にし、

おかしな物が景品にされていませんようにと天に祈った。

そして小町から、今日の賞品が公開された。

 

「それでは今日の賞品をお知らせします!第四位は……

陽乃姉さん秘蔵の、お兄ちゃん生写真、百枚セット!」

「……」

 

 八幡は、まあそこらへんはあるだろうと思っていたので、

案外平然と、その言葉を聞いていた。

 

「この写真、確かにどれも見た事が無い……」

「明日奈がそう言うなら、まさにお宝だね!」

「ほほう」

「ふ~ん」

 

 詩乃だけは、気の無さそうな雰囲気を漂わせていたのだが、

その視線は、チラチラと何度もその写真に向けられていた。

 

「第三位、お兄ちゃん抱き枕!」

「何だそれは……そんな物欲しがる奴がいる訳無いだろ……」

 

 八幡は、呆れた顔でそう言いながら、四人の方を見た。

四人は八幡の視線を受け、顔を背けたが、視線だけはその抱き枕に釘付けになっていた。

 

「お、お前らな……」

「はいはい、お兄ちゃんは静かにしててね、第二位、お兄ちゃん目覚まし時計!」

 

 小町が何か操作すると、その時計は、八幡の声で次々と言った。

 

『明日奈、朝だぞ、ほら、起きろ』

『詩乃、朝だぞ、ほら、起きろ』

『エルザ、朝だぞ、ほら、起きろ』

『小猫、朝だぞ、ほら、起きろ』

 

「このように、スイッチ一つで、四人の名前を呼んでくれるのです!

しかもお泊り会にも対応です!」

 

『明日奈、詩乃、朝だぞ、ほら、起きろ』

 

「スイッチの組み合わせにより、一人から四人まで、自在に呼ぶ名前を変えられます!

他にもセリフがあるので、それは手に入れた人のお楽しみって事で!」

「……」

 

 八幡はもう色々と諦めたのか、無言でその目覚まし時計を見つめていた。

 

「そして第一位、デフォルメお兄ちゃんぬいぐるみ、通称はちまんくん!」

「お、二位より平凡ぽいな」

 

 八幡はその平凡さが意外だったのか、思わずそう声を出した。

 

「ううん、それがこれね……」

 

 明日奈がそう言い、ぬいぐるみの背後についていたスイッチを操作した。

するとそのぬいぐるみは、伸びをしたり、ちょこちょこ歩いたり、

いくつかの動作を、自由に行い始めた。

 

「うわっ」

「かわいい……」

「会話もある程度出来るよ、こんにちは」

『おう、こんにちは』

 

 その言葉に反応し、はちまんくんは手をピッと上げ、そう挨拶した。

それを見た八幡は、その無駄な技術力にぽかんとした。

だが、他の者の反応はまったく違った。

 

「何これええええええ!」

「か、かわいいいいい!」

「欲しい、これ、絶対に欲しい!」

 

 三人はその愛らしさに絶叫した。あの詩乃でさえ、欲しい欲しいと我を忘れていた。

 

「はちまんくん、おはよう!」

『おう、よく眠れたか?』

「はちまんくん、頑張ろうね!」

『やれやれ、面倒臭いが仕方が無いな』

「はちまんくんの好きな人は?」

『……そんなの、鏡を見れば分かるだろ』

「はちまんくん……」

「お前ら、そこまでだ!いいからさっさとビンゴを始めろ!」

 

 さすがにその羞恥プレイに耐えられなくなったのか、八幡はそう絶叫した。

その言葉を合図に、小町がゲームの開始を宣言した。

 

「はい、それでは平凡ですが、ビンゴを始めたいと思います!

最初に皆さん、中央の穴を開けて下さいね!」

 

 そして小町が、順番に出た目を読み上げていった。

四人は番号を聞く度に一喜一憂し、八幡はそれを見て、

まあ楽しそうだから、たまにはこんなのもいいかと思い、

馬鹿姉への制裁の時は少し手加減してやるかと考えた。

当然、制裁自体をやめようなどとは、微塵も思ってもいない。

そしてついに決着の時が訪れた。四人にリーチがかかる混戦の中、

ついにその栄冠を手にしたのは、詩乃だった。

 

「きたあああああああ!」

「嫌あああああああ!」

「ううううう、今までの人生で一番悔しい……」

「くっ……すさまじい強運ね」

「マスター登録は、朝田詩乃っと」

 

 結局順位は、二位・明日奈、三位・エルザ、四位・小猫と決まった。

明日奈は、何とか二位を確保する事が出来てほっとし、

エルザは、目覚ましよりは抱き枕が欲しかったので満足した。

小猫は、まあ私の立ち位置なら、これくらいが妥当かなと、

そのささやかな成果に、顔をほころばせていた。

そして八幡は解放された後、五人に何か言おうとしたのだが、

そんな八幡に、五人はそっとプレゼントを差し出した。

 

「……あ?わ、悪い、俺は今日は何も用意してないんだが……」

 

 ちなみに後日、八幡はちゃんと五人にプレゼントをした事だけは報告しておく。

 

「いいのいいの」

「五人で話し合って決めたんだよ、お兄ちゃん」

「うん、だから気にしないで受け取って」

 

 そして八幡は先ず明日奈から、手編みのマフラーを受け取った。

 

「まあ、手編みは正妻の特権かな」

 

 次に八幡は小町からハンカチを、薔薇からネクタイを受け取った。

 

「小町はまあ、平凡でいいかなって」

「私は、あんたの背広姿をよく見てるから、それに合う奴を選んだつもり」

 

 そしてエルザは、八幡の為に歌ったという、新曲の入ったメモリを渡した。

 

「私作詞作曲、短い曲だけど、一般には販売しない唯一の曲かな!」

「まじか……ほんまもんのお宝じゃね-か」

「うわ、神崎エルザの永遠の未発表曲?それはすごい値段が付きそうね」

 

 そして最後に詩乃は、八幡に銀色の懐中時計を差し出した。

 

「懐中時計か」

「う、うん、買い物に行って見かけた瞬間、これだって思って……」

「うん、いいな、これ」

 

 八幡が気に入ったようで、詩乃はほっと安堵した。

 

「みんなありがとな、その、大切にするわ」

 

 五人はそれを聞き、満面の笑顔になった。

その後一同は、存分に甘いケーキに舌鼓を打ち、その日の会は盛況のうちに幕を閉じた。

そして家に帰った後、エルザは早速抱き枕を使い、存分にハァハァした。

詩乃は当然、熱心にはちまんくんに話し掛けていた。

 

「はちまんくん、今日は楽しかったね」

『まあ、楽しくなくはなかったな』

「ぷっ、こっちのはちまんくんも素直じゃないのね。

はちまんくん、私、ちょっとお風呂に入ってくるね」

『べ、別に断らなくても、覗いたりはしねーよ』

 

 そしてお風呂から出た詩乃は、はちまんくんを抱いて寝る事にした。

 

「はちまんくん、おやすみ」

『おう、いい夢見ろよ』

 

 物心ついてから、初めて自分の意思で、待ち望んで迎えた詩乃のクリスマスは、

こうして幸せに包まれたまま幕を閉じる事となった。




ストーリーの都合上、詩乃寄りの話になっております。
まあ、タイトルで、分かってた方もいそうですね。
ちなみにはちまんくんは、この後も何度か話に登場してきます。


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第273話 東西で宴は続く

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


 詩乃が、『はちまんくんをてにいれたぞ!』と雄たけびを上げていた頃、

駒央は、眠りの森へと招かれていた。

実は清盛と知盛も一緒だった為、駒央はかなり緊張していたのだが、

清盛は、駒央が八幡のかつての仲間だったという事を知り、

駒央の事を気に入っていた為、とても好意的に、駒央に接していた。

知盛は、その後の理事長選挙で、満場一致で新理事長に選出され、仕事に追われていたので、

今日は久々にのんびり出来ると、喜んでいた。

 

「楓、ほら、お爺ちゃんからプレゼントじゃぞ」

「わぁ、お爺ちゃん、ありがとう!」

 

 楓は嬉しそうに、巨大なクマのぬいぐるみを受け取った。

そして駒央は、経子から渡された、事前に送られていた八幡からのプレゼントと、

自分からのプレゼントを、楓に手渡した。

 

「はい、楓ちゃん、この帽子は八幡お兄ちゃんから、この手袋は、僕からだよ。

楓ちゃんが元気になって、お外で遊べるようになった時、寒くないように使ってね」

「ありがとう、駒お兄ちゃん!楓、早くこれを着けて、お外で遊べるように、

いっぱいいっぱい頑張るね!」

「うん、そうなったら、僕とも一緒に遊んでね」

「うん!八幡お兄ちゃんも一緒なら良かったんだけどなぁ、八幡お兄ちゃん、元気かなあ?」

「大丈夫、八幡お兄ちゃんは、とっても元気だよ」

「そっか、また会えるといいな!」

「うん、またきっと会えるよ、楓ちゃん」

 

 駒央が、楓と目線の高さを合わせて話をしているのを見て、

清盛は、益々駒央の事を気に入った。要するに、楓の婿候補の一人にロックオンしたのだ。

そして家庭的ではあるが、幸せいっぱいなクリスマス会が終わった後、

駒央は、八幡から送られたトナカイの帽子を被り、アイとユウの部屋へと向かった。

 

「えっと……ごめん下さい」

「あら、あなたは確か……」

 

 アイは、一瞬警戒するような表情を見せたが、相手が駒央だと分かり、警戒を解いた。

アイは以前、駒央がここに来た時の事を覚えており、

駒央の事を、頭の中の、警戒しないでいい人リストに記載していたのだった。

 

「ユウ、この人は大丈夫よ」

「あ、そうなんだ?」

「ええ、この人は、八幡みたいなタイプの人だからね」

「そっか、それなら大丈夫だね!」

 

 駒央は、そのアイの言葉に、さすがは八幡さんだと、嬉しさを覚えた。

そして駒央は、二人に言った。

 

「僕は国友駒央だよ、今日は、その八幡さんの使いで来たんだ、

よろしくね、えっと、アイさん、ユウさん」

「あら、私達の事を知ってるのね、八幡の使い?そう、宜しくね、駒央さん、

私は八幡の愛人候補の一人、紺野藍子よ」

「ア、アイ?えっと、えっと……」

 

 ユウは驚き、アイの事を二度見すると、負けじと駒央に言った。

 

「ボクも八幡の愛人候補の一人、紺野木綿季だよ、宜しく!」

「あ……そ、そう……あはは……」

 

 その二人の言葉を聞いた駒央は、やっぱりさすがです、八幡さんと、

改めて八幡の、別の意味での凄さを実感した。

 

「で、今日は何の用事なのかしら、そのトナカイの帽子は何?」

「あ、うん、今日はね、八幡さんに頼まれて、

二人に八幡さんからのプレゼントを持ってきたんだ。

僕がトナカイの帽子を被ってきたのは、八幡さんがサンタで、僕はそのお使いだからかな」

「そういう事ね」

「わ、八幡から?やった!」

 

 二人は今日、園内の、他の患者達と一緒にクリスマスを祝ったのだが、

その時は何も聞かなかった為、経子がこのサプライズのために黙っていたのだなと、

改めて気が付いた。そして二人が見守る中、駒央は、タブレット型の端末を取り出し、

それを起動させると、二人に手渡した。

 

「はい、これ、二人にだって」

「……これは何?」

「何だろ?」

 

 そこには、家のようなものが表示されていた。

 

「二人がいずれ住む事になる、VRの家だってさ」

「あっ」

「そっか、これって……」

「さあ、画面をタップすれば、そっちに移動出来るから、好きな方向に行ってみて」

 

 そして二人は興味深そうに、画面をタップし、あちこちを探索した。

時々表示される、『!』マークをタップすると、その設備の説明が表示されるようだ。

二人は、そこに自分達が住んでいる光景を想像し、胸を躍らせた。

 

「で、僕からは、それを立体にした模型をプレゼントするよ」

 

 そう言って駒央が差し出したのは、まさにその画面に映っているのとそっくりな、

素敵な家の模型だった。

 

「これ、こことここで、分かれるようになってるからね」

 

 その模型は、一階と二階の間取りが上から見れるように、分解出来るようになっていた。

さすがは国友家の息子という事であろう。

 

「ありがとう、駒央さん」

「こんな凄い模型、ボク初めて見たよ!ありがとう!」

「どういたしまして、それじゃ最後に、八幡さんからのメッセージを再生するね」

 

 次の瞬間に、端末から、八幡の声が流れてきた。

 

「アイ、ユウ、元気か?こっちの受け入れ準備は、順調に進んでいる。

早くこっちで会えるといいな。後、その端末の左下に、保存って場所があるだろ?

出来るだけ二人の希望に添えるように、その端末は、色々いじれるようになってるから、

二人で話し合って、よりいい家になるように、色々変えてくれ。

そして保存を押せば、その結果はこちらに送られ、すぐに実際の家に反映される。

二人で楽しみながら、色々やってみてくれ。

それじゃあ再会の時を楽しみにしている。メリークリスマス」

 

 そして駒央は、眠りの森を後にし、アイとユウは、消灯時間まで、

飽きもせず、その端末を、とても楽しそうに、二人でいじっていた。

 

 

 

「それではこれより、ヴァルハラ・リゾートの、クリスマスパーティーを開催する」

 

 次の日の夜、ヴァルハラ・ガーデンでは、クリスマスパーティーが行われていた。

このパーティーは、忘年会も兼ねてという事になっていた。

薔薇は、ALO内にはキャラを作っていなかった為、今日この場にはいない。

代わりにゲストとして、即席で作った静のキャラである、サイレントが参加していた。

他にもユージーンと、サクヤとアリシャと、フカ次郎が招かれていた。

ちなみにここにいない唯一のギルドのメンバーの、クリスハイトは、

先日の京都への旅行のせいで、缶詰状態になっている為、不参加だった。自業自得である。

南はいてもおかしくはなかったが、どうやら薔薇が一人なのを知ったらしく、

二人でどこかへ一緒に行っているようで、この場にはいない。

ゴドフリーこと相模自由は、年末は職務が忙しく、今は、相模不自由になっていた。

いずれ機会があったら、顔見知りのキリトと会わせようと、ハチマンは考えていた。

 

「これがハチマンの、そして、クラインの仲間達という訳だな」

 

 慣れない呼び方に戸惑いながらも、サイレントは、

事前にクラインに言われた通り、プレイヤーネームでの呼び捨てに、何とか対応していた。

 

「まさか先生と、ゲームの中でこうして会話する事になろうとは、

思ってもいませんでしたけどね」

「ああ、そしてこちらが、君とアスナ君の娘という……」

「ユイです、初めまして、先生!」

「ああ、宜しくな、ユイ君。くっ、かわいい……このまま家に連れて帰りたい……」

「やめて下さいよ先生、うちの娘を誘拐しないで下さい」

「も、もちろんだとも。しかし……くっ……我慢だ我慢」

 

 サイレントは、ユイの頭を撫でながら、何とか葛藤を克服し、話題を変え、こう言った。

 

「しかし何というか、体が軽い気がするな。随分と若返ったような、そんな気がする」

「そりゃあ、先生ももう、三……おっと」

 

 その瞬間に、恐るべきスピードで放たれたサイレントの拳を、

しかしハチマンは、あっさりと受け止めた。

 

「くっ……まさか受け止められるとは……」

「まあここは、俺のホームみたいなものですからね、

さすがにこっちじゃ、攻撃はくらいません」

「パパ、さすがです!」

 

 そしてサイレントは、悔しさを滲ませながらも、感心したように、ハチマンに言った。

 

「くっ、君は本当に強くなったな」

「初めて先生のパンチを止められましたね」

「まったく、君の成長には驚かされるよ。私もこっちで鍛え直したいくらいだが、

仕事の方が忙しくてな……ほら私、結婚秒読みで、仕事もデキる女だから!」

「あ……はい、そうですね、本当に残念です」

 

 その残念ですを、当然サイレントは、一緒に遊べなくて残念ですととらえたのだが、

ハチマンはその言葉に、別の意味を込めていた。そしてそんな二人を見つめる者がいた。

 

「なぁユキノ、あの二人、昔からいつもああだったのか?」

「そうね、いつもはハチマン君が、あの鉄拳制裁をくらって、悶絶していたのだけれど、

今日初めて、あのパンチを止める事に成功みたいね、クラインさん」

「俺、あのパンチを止められる自信がねーわ……」

「ふふっ、まあ、先生を怒らせないように、気を付ける事ね」

 

 他にもあちこちで、様々な会話が繰り広げられていた。

 

「ねぇリーファちゃん、妹的なキャラって、やっぱり色々恋愛には不利なのかな……」

「私も最近、たまにそう思う時があるんだよね……ねぇイロハ、実際どうなの?」

「先輩には、確かに妹属性は有効かも。でもそれは、恋愛感情には結びつかないっていうか、

まあ私がそれで、玉砕してるからなんだけど、世間一般だと、ん~、やっぱり不利かもね」

「あ、やっぱりそうなんですね……」

「シリカ、こうなったら私達も、大人の女を目指すしかないね!」

 

「ねぇメビウス、いつこっちに帰ってくるの?」

「もうすぐそっちに戻る予定ですよ、ソレイユ先輩」

「あ、そうなの?それじゃそのまま、うちに就職する?」

「う~ん、でも、私が専攻してる薬学関係って、あそこの業務と関係無くないですか?」

「それがそうでも無いのよねぇ、アルゴちゃん、説明宜しく」

「あいよ、ボス。それじゃオレっちから説明するゾ」

 

「キリト、今度はいつ勝負する?」

「お前は会うと、いつもそればっかりだな、ユージーン」

「サラマンダーストライクという、必殺技を考えついたのでな、一度試したい」

「実験台かよ!まあいいぜ、いつにする?」

 

「サクヤちゃん、私達、もうすっかりヴァルハラの一員みたいになってるね」

「そうだなアリシャ、まあここの連中は楽しいから、それもまた良しだ」

「いっそ、後任に領主の座を譲っちゃう?」

「そうだな、まあ、いずれな」

 

「エギルさん、僕に是非、恋の成就のさせ方を教えて下さい……」

「おい、何で俺に聞くんだよ、レコン……」

「だってエギルさん、妻帯者じゃないですか」

「確かにそうだがな、う~ん、ハチマンみたいになれば、どんな恋も楽勝なんじゃないか?」

「それはハードルが高すぎです!」

 

「ユイユイ、あーし思ったんだけど、今年のお正月、たまには昔の三人で集まってみるし」

「あ、そうだね、たまには三人で集まろっか!」

「そういえば姫菜のあの病気、昔より悪化してるけど、ユイユイは平気?」

「うん、あたしもそういうの、かなり分かるようになったから大丈夫。

まあ分かるだけで、その道に足を踏み込む気は無いけどね」

 

「アスナさん、私、こんな所にいて、場違いじゃないですかね?」

「フカちゃん、大丈夫だよ、ハチマン君に呼ばれたんでしょ?

だったら、もっと自信を持っていいと思うな」

「確かにハチマンさんに声を掛けられた時は、天にも昇る心地で、

そのせいでアミュスフィアのセーフティが働いて、落とされましたけど……」

「あはははは、フカちゃん、最近どんどん強くなってるじゃない、

だから今は気にせず、後の加入に備えて、この雰囲気を楽しめばいいんじゃないかな」

 

「リズ、ちょっと頼みがあるのだが、聞いてもらえるだろうか」

「ん、キズメル、どうしたの?私に何か用?」

「実は、私もそろそろ、自分に合った武器が欲しいと思ってな」

「あ、そういう事!それならこの私に任せなさい!」

 

 そして、皆が会話と料理とケーキを楽しんだ後、

このパーティーも滞りなく終わり、八幡の締めの言葉によって、

この年のギルドの活動は、少し早いが、一応終わりという事になったのだった。

 

 

 

 その日の夜は、詩乃達も、詩乃の家に集まり、クリスマスパーティーを行っていた。

要するにそれは、今日集まった、詩乃、映子、美衣、椎奈の誰にも、

特定の相手がいない事を意味するのだが、

今は四人で遊ぶのが楽しかった為、その話題については、一言も出る事は無かった。

その代わりに話題とされたのは、やはり八幡と詩乃の事であった。

 

「詩乃っち、王子とは、最近どうなの?」

「あ、うん、まあ、ぼちぼちかなぁ」

「何その煮え切らない言葉、何かいい事とか無かったの?」

「いい事……」

 

 詩乃はそう言われ、つい、はちまんくんの方を見てしまった。

それに目聡く気付いた椎奈が、枕の隣に何気なく置かれていた、はちまんくんに気が付いた。

 

「ねぇ詩乃、これってもしかして、王子?」

「あっ……う、ううん、この間たまたま見つけて、似てるなって思って、

何となく買ってみたの」

「おうおう、乙女してるねぇ。って、このスイッチは何?」

「あっ、駄目!」

 

 その詩乃の制止も間に合わず、椎奈は、はちまんくんのスイッチを入れた。

その瞬間に、はちまんくんが動き出し、ぴょこぴょこと歩き始めた。

 

「えっ?何これ?動くの?」

「うわ、凄い!でもこれ、高かったんじゃない?」

「うん、見るからに高そう」

「あ……えと……」

 

 言い淀む詩乃を見て、怪しいと思ったのか、三人は、詩乃に詰め寄った。

 

「何?何か秘密でもあるの?」

「うりうり、私達に白状してごらん?」

「もしかして、いつもこの人形の事を、王子の名前で呼んでたり?」

 

 幸い、その三人の言葉は、はちまんくんに対する呼びかけではなかった為、

自分が話し掛けられたのではないと判断したはちまんくんは、何も喋る事は無かった。

詩乃はほっとしつつも、三人に詰め寄られ、うっかりその名前を口にしてしまった。

 

「べ、別に私は、はちまんくんに話し掛けてなんか……あっ」

 

 その詩乃の言葉を聞き、三人は、ニヤリと笑った。

 

「今、はちまんくんって言った?」

「この子の名前ははちまんくんか、そっかぁ」

「はちまんくん、宜しくね!」

『おう、宜しくな』

 

 突然部屋に、八幡の声が響き渡り、場はシンと静まった。

三人が、驚いた顔ではちまんくんの方を見ると、

はちまんくんは、椎奈の方に、ふりふりと手を振っていた。

三人は、ぎぎぎぎぎと音を立てながら、ゆっくり詩乃の方に振り向いた。

詩乃は、冷や汗をだらだらとたらしながら、どう言い訳しようか必死に考えていた。

 

「そ、その……これはそう、腹話術、腹話術なの、上手だったでしょ?」

「詩乃っち、それは無いわぁ……」

「うん、その言い訳は、さすがにどうかと……」

「まあ、試してみればいいよね、はちまんくん、元気?」

『おう、まあ、元気と言えない事もないな』

「「「やっぱり」」」

「あ……う……」

 

 そして詩乃は、羞恥にもだえながらも、三人とはちまんくんとのやり取りを、

ただ聞いている事しか出来なかった。

 

「はちまんくん、私達の中で、誰が一番好き?」

『そんなの詩乃に決まってるだろ』

「はちまんくん、詩乃の事、どう思ってるの?」

『もちろん大切に決まってる』

「はちまんくん、もしかして、詩乃と一緒に寝てるの?」

『ああ、ここに来たのは昨日だが、昨日は確かに一緒に寝たぞ』

 

 その次々と繰り出される恥ずかしい質問と、その答えの数々を受け、

詩乃はぷるぷると、耐える事しか出来なかった。

そんな詩乃を見て、さすがにやりすぎたと思ったのか、三人は、詩乃に謝り始めた。

 

「ごめん詩乃っち、楽しすぎて、ちょっとやりすぎたかも……」

「ごめん詩乃、明日スイーツ奢るからさ、ごめんね?ね?」

「この事は、もちろん誰にも言わないから、ごめん!」

 

 詩乃はまだ、顔を真っ赤にして、ぷるぷると震えていたが、その詩乃の状態を、

状態異常だと判断したのか、はちまんくんが、とことこと、詩乃の方へと歩き出した。

詩乃は、そんなはちまんくんを見るのは初めてだったので、

少し驚きながら、はちまんくんの方を見た。

はちまんくんは、そんな詩乃の膝をぽんぽんと叩いた後、こう言った。

 

「俺は高校の時、同性の友達ってほとんどいなかったから、お前が羨ましいよ、詩乃。

いい友達を持ったな、友達は大切にしろよ」

 

 詩乃だけではなく、他の三人も、その言葉にぽかんとした。

 

「ちょ、ちょっとこの子、頭が良すぎじゃない?」

「噂に聞く、高性能AIって奴?しかも動くし……」

「詩乃、本当にこれ、どうしたの?」

「う、うん……実は昨日、内輪でクリスマスパーティーをやったんだけど、

その時に、ビンゴの景品だって言って、ソレイユの社長さんがくれた物みたい」

「社長自ら?まさかこれ、マジもんのハイテクの塊って奴?」

「本当にいくらするのよこれ」

「これを、もらったとか……あんたの周りは一体どうなってんのよ!」

「う、うん……私も今、改めてそう思った……」

 

 そして三人は、詩乃が困るような事を聞くのはやめ、

はちまんくんと、色々な会話を楽しみ始めた。詩乃もそれで調子を取り戻したのか、

一緒になって、はちまんくんに、色々な質問をした。

はちまんくんは、恐ろしく博学であり、四人の知らない事を、たくさん知っていた。

そして四人は、飽きる事無くはちまんくんと一緒に朝まで遊んでしまい、

次の日は、昼まで爆睡する事になってしまったのだった。

雑魚寝する四人の真ん中に、はちまんくんがいた事は、言うまでもない。



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第274話 ニアミス

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


 太陽が真上に来た頃、詩乃以外の三人は、偶然一緒に目を覚まし、

顔を見合わせた後、同時に時計を見て、今がもうお昼だという事に気が付いた。

 

「やばい、寝過ぎた!」

「はちまんくんとの会話が楽しすぎたね……

何て言うか、絶対間違いのおきない、男の子とのお泊り会みたいで」

「確かにそうだよね、っていうか、それよりももうお昼じゃない、今日は学校だよ!」

「ちょっと詩乃っち、起きて!」

 

 先に目覚めた三人は、慌てた様子で、まだ幸せそうに寝ている詩乃を起こそうとした。

ちなみに今日、十二月二十五日は金曜日である。

 

「う……ん、おはよう、みんな」

「おはようじゃないよ詩乃っち、時計見て、時計!」

 

 詩乃はそう言われ、寝惚け眼で時計を見て、一瞬驚いたような顔をしたが、

眠気が勝ったのだろう、再び横になると、面倒臭そうに言った。

 

「もう無理、今日は学校サボる」

「詩乃姫がご乱心でござる!」

「確かにもうこんな時間だけど……」

「どうしよう……あ、そうだ、詩乃っち、安易に学校をサボると、八幡さんに嫌われるよ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ビクッとした詩乃は、慌てて起き上がった。

それを見て三人は、ニヤニヤしながら詩乃に言った。

 

「おやぁ?さすがは効果てきめんですなぁ」

「恋する乙女ってやつ?」

「いや~ん、詩乃かわいい~!」

「あ・ん・た・ら・ね・え」

 

 詩乃は三人にからかわれ、額に青筋を浮かべながらも、

確かに八幡なら、ちゃんと学校には行けと言うかもしれないと思い、どうするべきか悩んだ。

そんな詩乃の目に、充電され、待機状態のはちまんくんの姿が映った。

 

「そうだ、本人に聞いてみればいいわ」

 

 そう言って詩乃は、はちまんくんのスイッチを入れた。

 

『よぉ』

 

 はちまんくんは、スイッチが入った瞬間、ぴょこっと手を上げ、詩乃に挨拶をした。

 

「はちまんくん、実は今日学校なんだけど、ちょっと寝過ごしちゃって、もうお昼なの。

こういう時って、やっぱり午後からでも学校に行った方がいい?」

『あ?単位が足りてて授業の遅れをしっかりと取り戻せるなら、

わざわざ行く必要は無いだろ、好きにしろ』

 

 その言葉に、我が意を得たりと思った詩乃は、ドヤ顔で首をくるっと回し、

三人の方へと振り返った。だが三人は、だらだらと寝そべったまま、

本を読んだりスマホをいじったり髪をいじったりしており、

その姿からは、学校に行こうとするような気配は、微塵も感じられなかった。

詩乃は、再び額に青筋を浮かべながら言った。

 

「あ・ん・た・ら・ね・え……」

「え?はちまんくんに聞こうと思った時点で、もうサボるのは決定的でしょ?」

「そうそう、昨日話した感じ、基本面倒臭がりなはちまんくんが、

わざわざ今から学校に行けなんて言う訳ないじゃない」

「詩乃、はちまんくんに対する理解が足りないんじゃないの?要するにさ……」

 

 そして三人は、声を合わせて言った。

 

「「「愛が足りない!」」」

 

 三人は、怒るか恥らうか、はたまた拗ねるか、

詩乃から何らかのリアクションがあると予想していたのだが、

その予想を裏切り、詩乃は三人に背を向けたまま、

何もしようとはせず、その場から動かなかった。

三人は怪訝に思ったのだが、その耳に詩乃の呟きが聞こえてきた。

 

「これはもう、殺すしかない……どうする、包丁?それともいっそ……」

「きゃ~、詩乃姫ご乱心!」

「殿中でござる、殿中でござるぞ!」

「はちまんくん助けて!」

『おう、任せろ』

 

 はちまんくんはそう言われ、サッと立ち上がると、

三人を庇うように、詩乃の前に立ちはだかった。

そしてはちまんくんは、詩乃にとてとてっと駆け寄り、昨日と同じように、

詩乃の膝をぽんぽんと撫でようとした……ように見えた。

だが困った事に、今の詩乃は後ろ向きなのである。

はちまんくんは、仕方なく詩乃の正面へと回り込もうとしたのだが、

それだと位置関係的に、三人を詩乃から守れなくなるとでも思ったのだろう、

そちらに移動しかけてピタッと止まり、何か考えるようなそぶりを見せた。

そして次の瞬間はちまんくんは、何か思いついたように、ぽんっと手を叩き、

そのまま詩乃の真後ろにとことこと歩み寄ると、膝の代わりに詩乃のお尻を撫で始めた。

詩乃はその不意打ちを受け、思わず声を上げた。

 

「きゃっ」

「おほぉ、そうきますか」

「いや~ん、はちまんくん、大胆!」

「これってやっぱり本物も、同じ事をするのかな?」

 

 三人は、はちまんくんの意外な行動に、それぞれそう感想を述べた。

 

「な、な、な……」

『どうだ詩乃、落ち着いたか?まあいきなりで悪かったとは思うが、

非常事態だ、勘弁してくれ』

「い、いいからその手を離しなさいよ!」

『すまんすまん、いい触り心地だったから、ついな』

「触っ……心地……って……」

 

 本物の八幡なら、そんな事は言わないはずなのだが、

このはちまんくんは、詩乃がマスターだと登録されたせいで、

明らかにおかしい時以外は、基本詩乃を持ち上げるように設定されている。

どういう思考回路によって、はちまんくんがこんな行動をとったのかは分からないが、

詩乃の状態を、声の高さや顔色や発汗状態からしっかりと見極めている為、

案外本物よりも、詩乃の望みに沿った行動をとっている可能性は、無きにしもあらずなのだ。

ちなみに詩乃は、さっき椎奈が呟いていた言葉をしっかりと聞いていた為、

まさか本物も、こういう時にこういう事をし、こういう事を言うのだろうかと、

顔を真っ赤にし、パニック状態に陥ったのだが、

はちまんくんが、どうやら本気で詩乃を落ち着かせようと努力しているのだと気が付き、

そんなはちまんくんに、八幡の姿を重ね、愛おしそうにその頭をなでた。

 

「詩乃っちが懐柔された!?」

「これが愛の力なのね!」

「どこまで本物に近いのかは分からないけど、さすがは八幡さん……」

 

 詩乃は落ち着いたせいか、その言葉にもまったく動じず、

上から見下ろすように、三人に言った。

 

「少なくとも私は、こうやって彼に大切に思われているわ、

悔しかったら、自分の事を大切に思ってくれる人を早く見つければ?」

「うわ、詩乃っちが、急に強気になった!」

「敵の戦闘力は強大だ!繰り返す、敵の戦闘力は強大だ!」

「全力で離脱だ!退避、退避!」

「ほら、馬鹿な事を言ってないでお昼を食べにいくわよ、もちろん三人のおごりね。

一宿一飯の義理は果たしなさい」

「「「は~い」」」

 

 三人はその言葉に、最初からそのつもりだったのか、素直に返事をした。

なんだかんだ仲のいい四人である。

 

「それじゃはちまんくん、留守をお願いね」

『任せろ、賊が侵入してきたとしても、俺が必ずお前の下着を守ってやる。

ってのはまあ冗談だが、留守は任された、楽しんでこいよ」

 

 はちまんくんはそう言いながら、ぴこぴこと手を振った。

はちまんくんは冗談も言えるのかと、四人はその高性能っぷりに、改めて驚いたのだが、

詩乃はそれだけではなく、前回八幡に、下着を見られた時の事を思い出し、こう言った。

 

「ちょっと、この前の事があるんだから、冗談でもそういう事は……」

 

 詩乃は、本人相手でもないのにうっかりそう言い掛け、

次の瞬間、しまったという風に自分の口を塞いだ。

詩乃が恐る恐る三人の方を見ると、三人は、いい事を聞いたという風に、

ニタ~ッと笑いながら詩乃に向かって言った。

 

「この前の事ぉ?」

「き、気のせいよ、何もある訳が無いじゃない」

「つまり、詩乃の下着絡みで八幡さんと何かあったって事だよね?」

「だ、だから違うって」

「うん、その話はまあ、歩きながらじっくり聞こうか」

「ちょ、ちょっと、離してよ、別に逃げたりしないから!」

 

 そして詩乃は三人に取り囲まれ、まるで囚人のように、連行されていった。

 

 

 

 クリスマスイブの夜、恭二は、一人で眠れない夜を過ごしていた。

本当は、勇気を出して、詩乃をどこかへ誘ってみようかとも考えたのだが、

恭二はそもそも、詩乃のリアルの住所も、連絡先も知らない為、かなわなかった。

実は恭二は一度、詩乃に連絡先を教えてくれと、冗談めかせて言った事があるのだが、

以前の遠藤の件絡みで、男性全体に対し、苦手意識を持っていた詩乃は、

それなりの信頼関係を築いていた恭二相手でも、ゲームの中で連絡をとればいいと、

決して自分の連絡先を、教えようとはしなかったのだ。

 

(あの男嫌いの朝田さんに限って、そんな事は無いと思うけど……でも……)

 

 恭二はそう思いながらも、昨日の夜に見た動画の事を思い出し、

今まさに、シャナの腕の中に、詩乃がいるのではという疑いを消す事が出来ず、

朝まで一睡もする事が出来なかった。そんな恭二も、いつの間にか眠ってしまったらしく、

目を覚ますと、既に時刻は昼になっていた。

 

「いつの間にか寝ちゃったのか……うう、頭が痛い」

 

 変な寝かたをしてしまった為か、頭痛に襲われた恭二は、

とりあえず何か食べる物を買いに行こうかと、コンビニへ行く事にした。

 

(そういえば、朝田さんと最初に会ったのも、この辺りだったっけ)

 

 恭二はそんな事を考えながら歩いていたのだが、そんな恭二の耳に、

いきなり詩乃の声が飛び込んできた為、恭二は驚き、咄嗟に近くの電柱の陰に隠れた。

 

(今の声は確かに……あ、やっぱり朝田さんだ!)

 

 恭二は、前方の交差点を横切ろうとする詩乃を見付け、声を掛けようとしたのだが、

直後にその後ろから、詩乃の友達らしき三人組が現れた為、その足を止めた。

 

(あの三人は、学校で見た事があるような……)

 

 映子達三人も、当然恭二と同じクラスだったのだが、

恭二には、仲の良い女子などはまったくおらず、話し掛けてくる者もいなかった為、

恭二は、その三人の名前を思い出す事が出来なかった。

どうやら詩乃は、その三人にからかわれているようで、

恭二の目には、恥ずかしがっているように見えた。

その顔は不快そうではなく、とても楽しそうなものであった。

 

(友達なのかな……あの感じだと、まさか絡まれているような事は無いと思うけど……)

 

 そう思った恭二は、詩乃達の姿が交差点から消えた直後に、

詩乃達を追うように、曲がり角の手前まで走り、そこで足を止めた。

そして恭二の耳に、途切れ途切れながら、詩乃達の話し声が聞こえてきた。

 

「いや~、昨日の夜のお泊り会は……」

「うんうん、楽しかった…………」

「さて…………ましょうか」

「…………ってだけの話だってば」

「え、それだけ?…………だけだと」

「っていうか、詩乃…………んだ!?」

「た、確かに………無かったから!」

「なるほど………下着を………」

 

 その、下着という言葉が聞こえた瞬間、焦った恭二は、

さすがにこれ以上、四人の会話を盗み聞きするのは躊躇われた為、

黙ってその場に留まり、詩乃達の姿が完全に見えなくなった後、

詩乃達が向かった方向とは別の方向にあるコンビニへ向け、再び歩き始めた。

 

(町中で下着の話をするとか、心臓に悪いからやめて欲しいよ……

でもそんな話をするって事は、やっぱりあの三人は、

朝田さんにとって、かなり親しい友達みたいだな。しかし朝田さん、

いつの間にあんな親しげな友達を、三人も作ったんだろ……しかも多分、同じクラスだよな。

朝田さん、クラスでは、僕と同じでずっと一人だったはずなのに……)

 

 恭二は、詩乃が同じクラスの者達から良く思われておらず、

全員から、敬遠されるか無視されるかしていたのを知っていた為、

もしかしてシャナの正体は、大きな影響力を持つ、同じ学校のトップカーストの誰かで、

そのせいで遠藤達も手が出せないようになり、その副産物として、クラスメイト達の、

詩乃に対する態度も改善されたのではないかと、至極まっとうな事を考えた。

さすがの恭二にも、外部の人間である八幡が、いきなり学校に乗り込んできて、

何もかも一瞬にして解決しまったなどとは、想像だにしなかったようだ。

 

(もしかしたら、その線から、シャナの正体が分かるかもしれないな、

後で誰かに電話で、それとなく聞いてみるかな)

 

 そして恭二は、もう一度、四人の会話に出てきた単語を思い出した。

 

(とりあえず昨日は、朝田さんの家でお泊り会だったみたいだな、

良かった、シャナと一緒じゃなくて)

 

 恭二は、詩乃の連れが、シャナらしき男じゃなくて良かったと、ほっとした。

 

(まあさすがに朝田さんも、例えゲームの中ではシャナに好意を抱いていたとしても、

よく知らない男をいきなり自分の家に上げたりはしないか)

 

 恭二は更にそう考えたのだが、四人の会話を全て聞いていたならば、

ここまで落ち着いてはいられなかっただろう。

恭二が一部の単語しか聞き取れなかった四人の会話は、実はこんなものだった。

 

「いや~、昨日の夜のお泊り会は、サプライズ満載だったね」

「うんうん、楽しかったね、はちまんくんと話すの」

「さて、それじゃあそろそろ、詩乃っちに色々と白状してもらいましょうか」

「誤解だって、最初に八幡に迎えに来てもらった時、うちに上がってもらったんだけど、

その時にうっかり、洗濯物を取り込んだまま放置しちゃってて、

で、しまい忘れてた下着を見られちゃったってだけの話だってば」

「え、それだけ?部屋にぽつんと置かれていた詩乃の下着を、八幡さんに見られただけだと」

「っていうか詩乃っち、八幡さんを、いきなり家に上げたんだ!?大胆~!」

「た、確かに軽率だったかもだけど、でもその時は、八幡とは何も無かったから!」

「なるほど、わざと下着を見せたにも関わらず、何も無かったと………」

「違うわよ、何をどう聞いたらそうなるのよ!」

「でも、何も無くて、ちょっと残念だったんでしょ?」

「まあ、それはそうだけど……って違うから!そんな事無いから!」

「詩乃っちってば、誘導尋問に引っかかりすぎ」

「うぅ……」

 

 もしこんな会話を聞かされていたとしたら、恭二は一瞬で闇堕ちしていたであろう。

だが、幸か不幸か恭二は、この時は、この会話を耳にしなかった。

そして恭二は、無事コンビニで食料を手に入れた後、家に帰り、

携帯を片手に、かつて通っていた学校の授業が終わる時間を、じっと待つ事にした。




『そして恭二は、いくつかの真実を知る』


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第275話 そして恭二は、いくつかの真実を知る

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


 待っている間、恭二は、学校で詩乃に何があったのか、色々と想像していた。

そして授業が終わった頃を見計らって、以前、交流のあった元クラスメイトに、

無事連絡をとる事に成功した恭二は、慎重に言葉を選びながら、詩乃の事を尋ねた。

 

『おう、恭二か、久しぶり、元気?』

「うん、まあぼちぼちかな、そのうち大検を受けろって、親にせっつかれてはいるけどね」

『恭二の家って医者の家系だっけ?大変だよな、大検から医学部って』

 

 恭二の父親は、都内の総合病院の院長をしており、

恭二は、学校をやめる条件として、父親に、必ず大検を受け、

どこかの医学部に入るようにと、厳命されていたのだった。

 

『で、今日はいきなりどうしたんだ?』

「うん、実はちょっと聞きたい事があって……」

『聞きたい事?俺に分かる事なら別に構わないけど、何?』

「実は、朝田さんの事なんだけど……最近学校で、朝田さんに何かあった?」

『姫……あっと、朝田さんの事?恭二、朝田さんと仲良かったっけ?』

 

 恭二は、相手が姫と言い掛けた事で、やはり学校で、

何か特別な事があったのだと確信した。クラスメイトを姫と呼ぶなど、普通ありえない。

 

「う、うん、ほら、僕と朝田さんって、学校で、よく似た境遇だったじゃない?

孤立してるっていうか、まあ、そんな感じ。僕の方が先に学校をやめちゃったけど、

まあそのせいで、僕と朝田さんは、今でも交流があるんだよね。

で、最近ちょっと、朝田さんの様子がおかしい事に気が付いて、

でもさすがに、本人に直接聞くのは躊躇われてさ……」

『あ~……そっか、ごめんな、恭二が学校をやめた時、何も力になれなくてさ……』

「う、ううん、気にしないで、僕は僕で楽しくやってるからさ」

『そっか、それなら良かったよ。しかしなるほどな、そういう関係か。

まあ俺もそこまで詳しい訳じゃないけど、別に秘密って訳じゃないし、

学校のほとんどの奴が知ってる事だから、教えるのは別に構わないぜ』

「そうなんだ、一個人の話が、そんなに広まってるって、何か凄いね」

『いや、あれはまあ、その後の展開も含めて、かなり衝撃的な出来事だったからな』

「衝撃的……?」

 

 恭二はその言葉に、何かよほどの事があったのだろうと思い、

一言も聞き逃すまいと、話を聞く事に集中した。

 

『ちょっと前に、校門の所に、えらい格好良くて高そうな車が止まっててよ、

あ、ちなみにその車、車のくせに、喋るんだぜ、あれにはすげ~驚いたわ。

で、その持ち主が、俺達より少し年上に見えたんだけど、

誰かを待ってるような様子で、車の横に立っててな、

女子連中が、きゃ~きゃ~言いながら、その人を囲んでたんだよ』

 

 恭二は、その訳の分からない出だしに、少し混乱しながらも、

特に質問とかはせず、黙って続きを聞く事にした。

 

『で、その人が、突然姫……朝田……ああもう、実は学校のかなりの生徒が、男女を問わず、

朝田さんの事を、こっそり姫って呼んでるから、これからはそう呼ばせてもらうわ。

まああいつと親しい、昼岡さんや、夕雲さん、夜野さんは、

面と向かって姫って呼ぶ事もあるみたいだけどな、

俺達は本人が嫌がるから、まあこっそりだ、こっそり』

「う、うん、分かった」

 

(多分、あの三人の事だな)

 

 恭二は、先ほどの出来事を思い出し、そう断定した。

 

『で、その人が、突然姫に声を掛けたんだよ。実は俺もその場にいたんだけど、

姫は最初、相手の事が誰だか分からなかったみたいで、きょとんとしててな、

恐る恐るって感じでその人に近付いて、言葉を交わした直後に、

まさかって言いながら、その場に座り込んじゃったんだよ。

あれは絶対初対面だったな、多分SNSか何かで知り合ったんだろう』

 

(まさか……いや、間違いない、シャナだ)

 

 恭二は、まさかと思いつつも、それがシャナだと確信した。

 

『問題はその後だ、その人が、姫の耳元で何かを言った直後に、

姫は、ぼ~っとした顔で、遠藤の事を指差したんだよ。

それでその人が、遠藤の所にいって、あいつの耳元で、何か囁いたんだが、

次の瞬間、遠藤は、真っ青な顔になって、取り巻きと一緒に逃げちまったんだよ。

後で聞いた噂だと、どうやらその人は、姫にちょっかいを出し続けていた遠藤の事を知って、

それをやめさせる為に、あいつにかなり強烈な脅しをかけたらしい。

実際遠藤は、それ以来、姫を避け続けているから、それは事実なんだろうな。

で、その後その人が、まだ座り込んだままだった姫を、

優しくお姫様抱っこして、車に乗せてな、二人はそのまま、どこかに行っちまった。

姫の顔が、凄く嬉しそうだったのが、印象的だったわ』

「そ、そうなんだ……」

 

 恭二は、そのありえない話を聞き、そう言う事しか出来なかった。

 

『で、遠藤がな、説明を求められる度にこう言うんだよ。

あの人が姫の彼氏だ、自分はもう関係無いから、ほっといてくれってな。

つまり姫は、SNSで知り合った、会った事も無い男と付き合ってたって事になる。

まあ、お互いの写真はやり取りしてただろうし、こんな時代だ、そういう事もあるよな。

そして、その姫のお相手は、とてつもない大当たりだった。

凄いよな、会った事も無い自分の彼女を守る為に、わざわざ学校に乗り込んできて、

一瞬で全て解決しちまう、その行動力、財力、それを鼻にかけない親しみやすさ、

だから俺達はあの人を、敬意を込めて、ブラックプリンスって呼んでるんだ』

「ブラック……プリンス」

『そんな訳で、うちの学校じゃ今、すごい人気なんだよ、ブラックプリンス。

で、次の日から、俺達にとっても姫にとっても、世界が変わった』

「世界……が……変わった?」

 

 恭二は、二人の関係が、ゲームの中だけだという可能性を捨てきれていなかった為、

リアルにまで及んでいた事にショックを受けていたが、何とかそう尋ねる事が出来た。

 

『遠藤達に何か言われる心配が無くなったせいもあると思うけど、

沢山の人が姫の所に行き、ブラックプリンスの話を聞きたがった。

もちろん俺もその一人だぜ、まあ俺が聞きたかったのは、主に車の話なんだけどな。

姫は最初戸惑っていたけど、相手のプライベートに触れないように気を付けながら、

恥ずかしがりながらも、色々な事を丁寧に教えてくれて、まったく鼻にかける事も無かった。

それで俺達は、自分達が間違ってたって思い知らされて、

それからはもう、謝罪ラッシュっていうか、一時は行列が出来る程だったな。

そんな訳で、それから俺達は、朝田さんの事を、

ブラックプリンスにちなんで、姫って呼ぶようになって、

姫にも、特に仲がいい友達が三人も出来て、クラスの雰囲気も、すげ~明るくなったんだよ』

「そ、そっか、そんな事があったんだね……」

『姫は確かに人を殺したかもしれない、でもそれは事故だ。俺達は、その事から目を背け、

遠藤の口車に乗って、ただイメージだけで、姫を仲間外れにしてきた。

だけど姫は、今はもう、自分はいじめられない立場になったのに、

俺達に、絶対に遠藤を仲間外れにしないようにって言ってきたんだ。

もうマジで、昔の自分が情けないよ。ちゃんと話してみれば、

姫は話も面白くて、その上凄く優しい、こんなにもいい奴だったのにさ。

だから俺達は、二度とこんな事はしないって誓ったんだよ。

それからは、他のクラスでも、いじめとかは無くなって、

うちの学校全体が今、凄くいい雰囲気だと思う』

「それは……凄いね……」

 

 恭二は、その偉業とも呼べる話を聞き、完全に打ちのめされた。

二人とも、自分と比べると、人間としての器が違い過ぎる。

例え立場が同じでも、二人のような行動は、自分には絶対に出来ないと、

恭二は改めて、自分の矮小さを思い知らされた。

 

『それからは先生達も、ブラックプリンスが学校に来る事は黙認状態でさ、

むしろ逆に感謝してるみたいだったな。もっともその後は、一度しか来てないんだけどな』

「あ、もう一回来たんだ」

『その時は、姫だけじゃなく、例の三人も一緒に車に乗せてもらってさ、

くそ、マジ羨ましい……俺も一度でいいから、あの車に乗ってみたい……』

「あ、あは……」

『まあ俺の話はこんな所だ、どうだ、安心したか?』

「安心?」

『ん、お前、姫の事が心配で、俺に連絡してきたんだろ?』

「あ、う、うん、話を聞いて、凄く安心した」

 

 恭二は、自分が最初に説明した事を思い出し、慌ててそう言った。

もちろん内心では、安心などはしていない。

 

「今日は詳しく教えてくれてありがとね」

『おう、それじゃまたな、恭二』

「うん、またね」

 

 電話を切った後、恭二は、ぼそっと呟いた。

 

「ゲームの中では英雄で、リアルじゃ優しくて格好良くて金持ちで……

何なんだよ、何なんだよそれ……」

 

 恭二は、今までは何となく、虚構の存在だと思っていたシャナが、

急に現実の存在として、自分の近くに迫ってきたように感じ、その圧迫感に、身を固くした。

恭二とて、決して見た目が悪い訳ではなく、家は財力もある。

いずれ医学部に進む予定でいるだけに、頭の出来も良い方で、

シャナさえいなければ、いずれ詩乃と付き合う事も、不可能ではなかっただろう。

だがその場合、詩乃がこうして救われる事も無かったはずで、

恭二に出来たのは、詩乃と共にじっと耐える事だけで、銃に関するトラウマも、

そこから逃げる事で、解決しようとしただろう。

遠藤のような者がいない限り、日常生活に銃が関わる事など、日本では普通ありえないのだ。

恭二の不幸は、相手がシャナだった事であり、これは彼の責任ではない。

たまたま出合ったシャナに差し出された手を、詩乃が全力で掴んだ結果であり、

恭二の差し出した手は弱弱しく、とても詩乃の体を支えられるような代物では無かったと、

本当に、ただそれだけの事なのである。

 

「確かに僕には何も出来なかった、でもそれが何なんだよ、

朝田さんの隣に僕がいて、何が悪いっていうんだよ」

 

 確かに悪くはない、でも、それが詩乃にとって、良い訳でもない。

恭二はその事を理解せず、さりとて、詩乃を恨む気にもなれず、

シャナに対抗出来る気もまったくしなかった為、

ただひたすら、他力本願で、詩乃の目が、再び自分に向くように祈る事しか出来なかった。

 

 

 

 それからどれくらいの時間が経ったのだろう、気が付くと、辺りはもう暗くなっていた。

恭二は母親に、夕飯だと告げられ、重い体を引きずりながら、食堂へと向かった。

 

「恭二、それじゃあ先にこれ、昌一の所に持っていって」

「うん」

 

 恭二の兄、昌一は、実はSAOサバイバーであった。

昌一と恭二は、そこまで仲がいい訳ではなかったが、

それでも恭二は、SAOがクリアされ、兄が目覚めた時は、嬉しさを覚えた。

恭二にとって、昌一は、たった一人の兄弟なのである。

その昌一は、目覚めた後、何をするでもなく、自由気ままに過ごしていた。

部屋にこもりきりという事も無く、普通に外出もする。

だが昌一は、生産的な事は何もしておらず、厳格な父も、何故かそれを黙認していた。

自分には、医学部へと進む事を強制し、何を言ってもまったく聞かなかった、あの父がだ。

 

(最初は父さんも、兄さんには普通に接していたんだよな、

でもそれが変わったのは、多分、あの菊岡って人と話をしてからだな……)

 

 ある日新川家に、菊岡という、政府の人間が尋ねてきた。

菊岡と父は、長時間二人きりで話をしていた。途中、激高する父の声も聞こえ、

恭二は何事かと思いつつも、自分には関係ないと、部屋に篭っていた。

そして階段を上る、複数の足音が聞こえ、父と、おそらく菊岡が、昌一の部屋に入っていき、

そこで何かを話し始めた。再び激高する父の声が聞こえたが、

昌一はそれに耳を塞ぎ、あくまで他人事のように、知らんぷりをしていた。

父の様子が変わったのは、それからだった。

父は妙に昌一に気を遣うようになり、基本お金だけ与えて、好きにさせるようになった。

昌一もそれを、唯々諾々と受け入れ、昌一は、同じ家で生活しているにも関わらず、

一人暮らしをしているような、そんな状態となった。

昌一は基本、他人にまったく迷惑をかけなかったが、唯一の例外は、恭二だった。

昌一が部屋で一人で夕食をとる事になった為、その部屋に夕食を運ぶのが、

恭二の仕事となり、恭二はそれを、面倒臭いと思いながらも、唯一の兄との接点として、

毎日昌一の部屋に夕食を運び続けた。ちなみに食器を片付けるのは、母の仕事である。

その事が、母と兄との唯一の接点なのだと、恭二は理解していた。

そしてこの日も恭二は、日課として、昌一の部屋へと夕食を運んだ。

 

「兄さん、夕飯、ここに置いておくからね」

「ああ」

 

 ここ数年代わり映えのしない、そんな兄とのやり取りが、今日も繰り返されるはずだった。

だがこの日は違った。久しぶりに恭二は、『ああ』以外の、昌一の声を聞く事となったのだ。

 

「待て、恭二」

 

 そう言われた恭二は、何だろうと思い、足を止めた。

 

「珍しいね、どうかしたの?兄さん」

「お前……いかれてやがるな、昨日はまだ普通だったのに、

今日は昨日とはまったく違って、俺にとっては懐かしい雰囲気になってやがる」

「いかれて……?そんな訳無いでしょ兄さん、僕はまったく普通だよ」

「いかれてる奴は、皆そう言うもんだ。お前……誰かを殺したいと思ってるな?」

「はぁ?」

 

 恭二はそう言いつつも、心臓がドクンと跳ね上がるのを感じた。

自分は確かに今日、色々と打ちのめされた。

その過程で確かに、シャナを殺して詩乃の横に立つ自分の姿を、想像した事はあった。

だが、想像はやはり想像であり、実際に人を殺す事など、自分に出来るはずもない。

そう考えた恭二は、その兄の言葉を、当然のように否定した。

 

「そんな事、一般人の僕に出来る訳無いでしょ、そりゃ、考えた事くらいはあるけどさ」

「……じゃあお前、人殺しが、俺に出来ると思うか?」

 

 恭二は一瞬言葉に詰まったが、当然のように、その兄の言葉にこう答えた。

 

「そんなの、思わないに決まってるよ、当たり前でしょ?」

「当たり前……か」

 

 そして昌一は、恭二の顔を見て、ニタリと笑った。

ニヤリではなく、ニタリという表現が似つかわしい程、

その表情は、どこか歪んだように見え、恭二は、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「お前には話した事が無かったな、俺のSAOでのプレイヤーネームは、ザザという。

通称、赤目のザザだ。もし興味があるなら、その名前で検索してみるといい。

多分どこかに、俺の事が書いてあるだろう。もしそれだけじゃ検索出来なかったら、

ラフィンコフィン、あるいはジョニーブラック、PoH辺りで検索してみろ」

 

 いつも口数が少ない昌一は、珍しく長く喋った後、再び恭二に背を向けた。

恭二は、うすら寒いものを感じながらも、黙って昌一の部屋を後にし、

普通に夕食を食べ、自分の部屋に戻ると、PCのスイッチを入れ、

先ほど言われた複数の単語を入力し、それが何なのか、調べ始めた。

そして恭二は、数時間後、兄の真実の姿を知った。




こうして、『狂気の舞台の幕が開く』


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第276話 狂気の舞台の幕が開く

2018/02/18 句読点や細かい部分を修正


「まさかそんな……こんな事って……」

 

 恭二は検索の結果、辿り着いた真実を前に呆然としていた。

 

「殺人ギルドの幹部?プレイヤー全ての敵?あの兄さんが、そんな……」

 

 だが何度検索しても、どこを検索しても、結果は変わらなかった。

 

「それじゃあ、父さんが兄さんを放置するようになったのは……」

 

 恭二は、父にその事を伝えたのは、あの菊岡という政府の人間だと、直感的にそう思った。

あの日父は、階下で激高し、更に昌一の部屋で再び激高した。

それから父の態度が変わった事を考えると、答えは見えてくる。

要するに父は真実を知らされて激高し、それを否定しようとして、

昌一本人に尋ねた所、そこでも肯定され、再び激高したのではないかという事だ。

 

「ああそうか、朝田さんのお母さんは、こんな気分だったんだな……

これは確かにきつい……」

 

 恭二はそう思い、自分の身内が大量殺人者だという事実に押し潰されないよう、

必死でその重圧に抗った。昌一が逮捕されていない以上、それは罪には問われないのだろう。

だが大量の人間を死に追いやった事は間違いない。

 

(兄さんは僕が人を殺したがっていると言った。

かつて殺人ギルドにいた時、そういった人達とかなり交流があった兄さんがそう言うんだ。

もしかしたらそう見えたのかもしれないが、僕にそんな気はまったくない。

どうすれば違うと証明出来るんだろう、どうすれば……)

 

 そして恭二は、昼に買っておいたペットボトルのお茶を飲み、ベッドに横たわった。

 

(考えを変えよう、確かに兄さんがそう言うなら、僕はそんな目をしていたのだろう。

でもそんなの、誰だって多かれ少なかれ、思った事くらいあるんじゃないか?

そもそも僕に人が殺せるのか?どうやって?僕は決して力が強い方ではないし、

凶器になるような物も持ち歩いてはいない。ゲームの中なら別だけど……ん、ゲーム?)

 

 そこまで考えて、恭二はある事に気が付いた。

 

(そうだよ、SAOならともかく、GGOでいくら敵を殺しても、

それでプレイヤーが死ぬ事なんかありえない。あれは本当に特別なケースなんだ。

だから僕が、兄さんと一緒にGGOの中で敵を殺しまくって、

それでも誰も死なないって兄さんが理解してくれれば、きっと兄さんの心も、

昔みたいに普通に戻るんじゃないか?そうだよ、兄さんは殺人ギルドとはいえ、

幹部まで上りつめた程の人なんだ、きっと戦闘のテクニックも沢山知っているはず。

そんな兄さんに戦闘を教われば、僕だってもしかしたらシャナに勝てるかもしれない。

うんそうだ、諦めるのはまだ早い、全てを解決する方法があるじゃないか!)

 

 そして恭二は、その方法を口に出して言った。

 

「兄さんに鍛えてもらって、あのシャナを僕がこの手で倒す。そして兄さんには、

もうゲームの中で人が死ぬ事は無いとハッキリ理解してもらう。そうすれば全て解決だ」

 

 恭二は自分の考えを伝えようと、再び昌一の部屋へと向かった。

この時点では恭二は、まだどちらかというと健全な精神を保っており、

理想論ではあるが、その考えも、詩乃の事以外は比較的まともだと言えよう。

そう、詩乃の事以外は、なのだ。先ほどの恭二の言葉が全て表している。

恭二は詩乃を手に入れる為に、シャナ以上の強さを欲しており、

その為に兄の力を欲しただけなのであって、一番大事なのは自分なのである。

だから最初にこう言ったのだ、あのシャナを、僕がこの手で倒すと。

だが世の中はそれほど甘くはない。物事が全て計画通りに進む事などあるのだろうか?

いくら鍛えても、シャナに勝てなかったら、その時恭二はどうするのか。

昌一が、ゲームの中で敵を殺すだけでは満足しなかったら?

恭二はそんな事はまったく考えず、これが正しいと、自分の考えに酔っていた。

 

「兄さん、ちょっといい?」

「恭二か、入れ」

 

 昌一の部屋のドアをノックした恭二はそう言われ、中に入った。

 

「調べたか」

「うん」

「で?」

「兄さんに現実を分かってもらう」

 

 その答えに、さすがの昌一も意表を突かれた。

 

「お前が何を言いたいのか、さっぱり分からん」

「兄さん、僕は今、GGOっていうゲームをやってるんだけど」

「人の話を聞けよ……それは知ってる、で?」

「そのGGOだけど……一緒にやってみない?」

「ああ?」

「僕は思うんだけど、兄さんは確かにゲームの中で人を殺したよね?

そのせいで、結果的に現実世界でプレイヤーが死んだのかもしれない。

でも結果はどうあれ、兄さんはゲームの中で人を殺しただけじゃない?」

「やはりさっぱり分からん」

「だからね、兄さんには、GGOの中で人を殺して殺して殺しまくってもらいたいんだよ」

「はぁ?」

 

 昌一は恭二の意図がまったく分からず、少しイラついたようにそう言った。

 

「そうすれば兄さんも、結局ゲームの中でいくら人を殺しても、

もう今は誰も死ぬ事が無いって、分かってくれるんじゃないかと思ってさ……

もちろん僕も、もっと強くなる為に、兄さんに人との戦い方を教えてもらおうって、

虫のいい事を考えてたりもするんだけど……」

「要するにお前は、俺が現実で人を殺さないように、

ゲームで満足出来るようになれと、そう言いたいのか?」

 

 その言葉を受けて恭二は、困ったようにこう言った。

 

「あ~……うん、身も蓋も無い言い方だと、そうなるのかな……」

「本当にそれが目的か?本当は……いや、何でもない」

 

 昌一が明らかに落胆しているように見えた為、恭二はさすがに虫が良すぎたかと思い、

何か別の提案を考えようと、昌一に謝り、自分の部屋に戻っていった。

 

「ごめん……虫が良すぎたね。それじゃ僕は部屋に戻るよ、おやすみなさい、兄さん」

「いや、そうじゃなく……まあいい、おやすみ」

 

 そして恭二が出ていった後、昌一は一人毒づいた。

どうやら独り言の時は、昌一もまともに喋るらしい。

 

「まったく、せっかくいい感じに恭二が狂ってきたと思ったら、結局これかよ。

やっぱりリーダーみたいに、自分の狂気を理解して、

ショータイムにしちまえるような奴はそうそういないって事だな。

まあでもあいつが化ける可能性はまだある。

女への執着は、成長する為の最高のスパイスだからな」

 

 ここで昌一が言う成長とは、もちろん悪い方への成長という意味である。

昌一にとっては、それはいい方向で間違い無いのかもしれないが、

一般的には、やはり悪い方への成長と言うべきなのだろう。

昌一は恭二の中に、確実に狂気の芽が育っている事を確信していた。

 

「さっきのあいつの目は、あれは間違いなく、欲望にまみれた豚の目だ。

おそらく女絡みだと思うが、正直に俺に、女を手に入れる為に協力しろと言えたなら、

俺は喜んであいつの事を手伝ってやったんだがな……あいつは話している間中ずっと、

自分が心から俺の事を心配していて、それで提案していると、完全に思い込んでいやがった。

そんな自分の事も分からないような馬鹿と一緒じゃ、楽しい遊びは出来ねえよ」

 

 昌一は恭二の事をそう分析した。辛辣な言葉に聞こえるかもしれないが、

昌一の目には恭二がそう映っており、その分析は正解なのだから、仕方がないだろう。

 

「しかしGGOねぇ……確かに一時、換金目当てでやってみようかと思って、

何人かに連絡はしてみたものの、結局やらなかったんだよな。

調べれば調べる程、子供の遊びとしか思えなかったしな。

まあ結局、他のゲームも全部子供の遊びなんだが、まあその中ではましな方か……」

 

 どうやら当初、薔薇に伝わった、ラフコフがGGOを始めそうだという情報は、

この事が伝わったものであるようだ。

そしてそう言った後、昌一は何となく、GGO関連の動画をネットで漁り始めた。

そして昌一は、ついにその動画に辿り着いた。

 

「BoB?これが最高峰のプレイヤー達の戦いだと?はっ、やっぱり遊びじゃねえか」

 

 動画の紹介を見て、嘲笑うかのようにそう呟いた昌一であったが、

シャナがゼクシードを真っ二つにした瞬間、昌一の目付きが変わった。

 

「おいおい、頭から真っ二つかよ、どこにでも強い奴はいるって事か」

 

 そしてサトライザーとシャナの戦いを見た昌一は、今度は顔色を変えた。

 

「まさか……このサトライザーって奴、ヘッドか?

でもどこか違う気がするな……ヘッドと違って、こいつからは、あまり狂気を感じねえ。

そしてこのシャナ……こいつを見ていると、どうしようもなくイラつくな……

まさかハチマンか?う~ん……俺の相手はキリトの糞野郎だったから、あまり自信がねえな」

 

 そして昌一は、サトライザーの名前で再検索をかけたが、

他に該当する動画は出てこなかった。

その代わり、サトライザーが出てこなくなった理由として、

北米サーバーから日本サーバーにログイン出来なくなったという書き込みを見付けた。

 

「なるほど、このサトライザーって奴に直接会うのは、もう無理って事か」

 

 次に昌一は、シャナの名前で再検索をかけた。こちらはたくさん見つかったが、

多くは隠し撮りのような動画で、昌一にとっては、無価値な物ばかりだった。

だがその中に、昌一にとって、とても価値のある動画が一つ、紛れ込んでいた。

 

「こいつは間違い無い、閃光のアスナだ。って事は、やっぱりシャナって奴は、

ハチマンだと見て間違いないようだな。これは面白くなってきやがった……

よし、方針変更だ、恭二の提案に乗るとするか、

恭二の成長を待つんじゃなく、促す事にする。そうだ、ついでにあいつも誘ってみるか」

 

 そして昌一は携帯を手にとり、どこかに電話を掛けようとした。

だが昌一は、ふと何かに気付いたように、電話を掛けるのを思いとどまった。

 

「待て待て、つい最近、政府の奴らからの、俺への監視が無くなったのは確認したが、

俺の携帯からあいつの携帯への通話記録が残るのは、やはりまずい気がするな。

仕方ない、どこかの公衆電話から掛けるか……」

 

 そして昌一は何とか公衆電話を探し出し、唯一友人と呼べる、かつての仲間に連絡した。

 

「誰だ?」

「俺だ、昌一だ」

「おう、久しぶりだな、しかしお前がわざわざ連絡してきたって事は、

お前も監視の目が無くなった事に気が付いたのか?」

「ああ」

「相変わらずお前、一人の時以外は口数が少ないのな」

「すまん、敦」

 

 その電話の相手、ジョニー・ブラックこと金本敦は、相変わらずの昌一の様子に苦笑した。

 

「いや、お前が饒舌になってたらその方がびっくりするって。で、今日はどうしたんだ?」

「見てもらいたい物がある」

 

 そして昌一は、先ほど見た動画を見るように敦に頼んだ。

そして動画を見た敦は興奮した様子で言った。

 

「おいこれ、ハチマンとアスナじゃねえかよ」

「やっぱりか、サトライザーは?」

「あ?ああ……お前もサトライザーがヘッドなんじゃないかって、そう思ったんだな。

だがこいつはヘッドじゃない、癖が違う。そして多分こいつ、ヘッドより強いな」

「そうか」

「で、この動画がどうしたんだ?一緒にGGOをやってみないかってか?」

「そうだ」

「う~んしかしな、確かにこいつらはイラつく野郎どもだが、

実際問題、GGOの中でこいつらを殺しても、もう意味が無いだろ?」

「あいつらはただのスパイスだ、確かにキッカケにはなったが、実際の目的は違う」

 

 そしてザザは、不器用な口調で、自分に弟がいる事、

そしてその弟の狂気を目覚めさせてみたい事を敦に伝えた。

 

「実の弟にその仕打ちかよ、よし、気に入った、手伝うぜ」

「助かる」

 

 こうしてあっさりと、第三回BoBの終わりまで続く、狂気の舞台の幕が開いた。

そして家に帰った昌一は、恭二の部屋を訪れ、GGOを始める事にしたと言った。

恭二は単純に喜び、昌一は恭二に、もう一人友人を誘う事を告げ、

街で自分達と接触する時は、新しいキャラを作って、そのキャラで接触する事、

そして、今使っているキャラでは、絶対に自分達と接触しないようにという指示をした。

 

「えっと、何でそんな事を?」

「GGOには俺の事を知っている奴がいる、そのための保険だ」

「……そっか、うん、分かった」

 

 昌一は、これくらいしないと、ハチマン=シャナ相手にはまともに戦えないと考えていた。

そしてその考えは正しかった。何故なら既にシュピーゲルは、

シャナの指示により、ロザリアに監視されているからだ。

この昌一の指示により、ザザ達の存在自体には直ぐ気が付いたシャナも、

誰がザザなのかを特定する事と、シュピーゲルとの関係を突き止めるのには、

少し時間がかかる事となってしまったのだった。




次回、ラフィンコフィン侵攻開始!『その日運命は悪に微笑んだ』


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第277話 その日運命は悪に微笑んだ

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


 そして次の日、昌一は、新たに作成したキャラ『ステルベン』で、

初めてGGOの世界へと足を踏み入れた。

同じ頃、敦も『ノワール』というキャラでログインし、

ゲーム内ではあるが、二人は久しぶりに再会する事となった。

 

「久しぶりだな、えっと……」

「ステルベンだ」

「ちなみにどういう意味だ?」

「ドイツ語の医学用語で、死を意味する」

「なるほど、俺はノワールだ。ちなみにこのキャラは育成しないつもりだけどな」

 

 突然ノワールから投げ掛けられたその言葉に、ステルベンは首を傾げた。

 

「……どういう事だ?」

「あれからちょっと考えたんだけどよ、お前も見ただろ?シャナの戦闘をよ」

「ああ」

「で、これから俺達が個別にキャラを育てたとして、あいつに追いつくと思うか?」

「…………」

 

 ステルベンはその困難さに思い至り、黙り込んだ。

 

「まあそうだよな、多分無理だ。まあ俺達の目的は、別にあいつを倒す事じゃないから、

勝てないなら勝てないで別に構わないんだが、最初から諦めるってのは無いだろ?」

「まあな」

「だから俺はこう考えた。だったら俺とお前で交代でそのキャラを動かして、

倍のスピードで育成しちまえばいいってな」

「……なるほどな、でもお前の意図はそれだけじゃないんだろ?」

 

 そのステルベンの言葉にノワールは、我が意を得たりという顔をした。

 

「さすが相棒だな、よく分かってる。俺達は別にここに遊びに来た訳じゃねえ、

殺しに来たんだ。だがゲーム内にいる間はそれは不可能だ」

「外で殺すのか?俺はただの殺人鬼になるつもりはないぞ」

「当然だ、俺達は生粋のレッドプレイヤーであって、決して殺人鬼じゃねえ。

だから、それを両立させる方策を考えるのが、俺達のこれからの課題となる。

その方法さえ確立しちまえば、お前の弟にそれを実行させる事も可能だ」

「何か思いついたのか?」

「いや、まだ全然だが、結局誰かが外で活動する事になるのは間違いない、違うか?」

「違わないな」

 

 ステルベンはその説明に納得したのか、素直に頷いた。

 

「そうなると、やはり複数のキャラを育てるのは無駄だと思わないか?」

「確かにそうだな」

「なので、このキャラは情報収集にのみ活用する事にして、

二人でそっちのキャラを育てるって事でどうだろうか」

「異議は無いな」

「それじゃ決まりだな、お前の弟と顔合わせしたら、俺は情報収集に入る。

お前はとりあえず育成の方を頼む」

「分かった」

 

 こうして全てのリソースが、ステルベンにつぎ込まれる事が決定した。

 

「しかしゲームの中と外での殺人の両立っていうと、

タイミングを合わせて同時に殺すくらいしか思いつかないよな」

「それ以外に無いだろうな」

「タイミングを合わせる事自体は可能か?」

「中の様子の生配信は出来るらしい」

「そうか、それじゃあ鍵付きで配信すればいけるな」

「ああ」

 

 こうして二人の話は流れるように進んでいった。さすがに息はピッタリのようだ。

 

「そうすると必要になるのは、殺す奴の住所と殺す手段って事になるな」

「住所がやっかいだな、殺す手段は何でもいいだろう」

「いや、住居侵入がセットって事になると、さすがに派手な痕跡が残るのはまずい。

理想としては、警察が詳しく痕跡を調べないように、明らかな病死に見せかける事なんだが」

「不可能犯罪は難易度が高いぞ」

 

 ノワールはその言葉に、確かに不可能犯罪を目指す事になるなと頭を抱えた。

 

「だな……とりあえず狙うのは、死体が発見されにくい一人暮らしのプレイヤーにしよう、

実行は死体が腐敗しやすい夏がいいだろう。それなら殺す手段によってはかなり誤魔化せる」

「賛成だ」

「そこで殺す手段だが……」

 

 二人は俯いて考え込み、ステルベンが何か思いついたのか、先に顔を上げた。

 

「物理手段は論外か?」

「そうだな、痕跡がでかいから、誰かに殺されたって簡単にバレちまうだろうな」

 

 ステルベンは、やはりそうかという風に頷いた後、ノワールにこう言った。

 

「ならば毒だ」

「毒物を買うのって足がつきやすいんじゃなかったか?」

「うちの親は病院の院長だ、物によっては極秘に入手可能だ」

「おっ、そうなのか、それじゃあどの毒が良さそうか、後で調べとくわ」

「頼む」

 

 こうして二人の殺人計画はどんどん形になっていった。

 

「大分いい感じに話が纏まってきたな」

「問題は住所の入手だ」

「それな……」

 

 その時遠くから、見知らぬプレイヤーが二人に近付いてきた為、

二人はそこで話すのをやめた。そのプレイヤーはステルベンにこう話し掛けてきた。

 

「こんにちは、こう寒いともう笑うしかありませんね」

 

 それが事前に決められていた合言葉だったらしく、

ステルベンはそのプレイヤーに頷くと、ノワールに向かって言った。

 

「弟だ」

「おっ、初めましてだな、俺はノワールだ」

「ステルベンだ」

「初めまして、メッセンジャーです。どうします?最初に少し街の中を案内しますか?」

「そうだな、頼む」

「分かりました」

 

 そして三人は雑談しながら酒場へと向かった。ゲームでの情報収集の基本である。

ちなみに雑談といっても、喋っていたのは主にノワールとメッセンジャーであり、

ステルベンは基本無言を貫いていた。

 

「しかしメッセンジャーとは、らしい名前だな」

「あはは、僕キャラクターに名前を付けるのって苦手なんですよ」

「奇遇だな、俺もだよ」

 

 そしてほどなく三人は、酒場へと到着した。

 

「パーティ募集とかも基本ここで行われますね」

「まあ定番だしな」

「とりあえず中の施設の説明をしますね」

 

 そして一通りの説明が終わると、次にメッセンジャーは、総督府へと向かった。

 

「ここが総督府ですね、主に色々なイベントの参加手続きとかを……あっ、シノン」

 

 ステルベンとノワールはその言葉を聞いて、メッセンジャーの視線の先を追った。

 

「知り合いか?」

「は、はあ」

 

 メッセンジャーはその質問に生返事をした。

どうやらあの女性プレイヤーの事が気になって仕方がないようだ。

その顔に見覚えのあったノワールは、ひそひそとステルベンに話し掛けた。

 

「おい、あれって例の動画に出てた、シノンとかいうシャナの女じゃないか?」

「そうだな」

「って事は、お前の弟のライバルは、よりによってあのシャナかよ」

「そのようだ」

「まあ閃光がいるから、あの女が一方的にシャナに好意を持ってるんだろうが、

そうなるともう、お前の弟に勝ち目なんか無いんじゃないのか?」

「シャナは仲間を大事にするから一方的かどうかは分からないが、

うちの弟を煽る材料になりさえすればいい」

「うわ、やっぱりお前、実の弟相手に容赦ないな」

 

 二人がそう話しながら、メッセンジャーの方を見た瞬間、

メッセンジャーはとても苦しそうな声でこう呟いた。

 

「シャナ……」

 

 その言葉を聞いた二人は、慌ててそちらの方を向いた。

ノワールは無意識に殺気を放ってしまったのだが、

ステルベンがそれを制し、二人はそのままシャナを観察した。

どうやらシノンが、ここからは見えない位置にいたシャナを、手招きで呼び寄せたようだ。

二人は、どう見ても恋人同士にしか見えない距離感で、

シノンが操作していたらしいコンソールのような物を、一緒に覗き込んでいた。

それを見たメッセンジャーは、何かに必死で耐えるように唇を噛んでいた。

 

「見た目は昔とまったく違うが、動きは確かにあいつと一緒だな、手強そうだ」

「お前は直接やりあった仲だしな」

「ああ、いずれあいつも俺の手で殺してやるさ」

 

 そう言いながら、ノワールが今度は意識して殺気を放った瞬間にそれは起こった。

シャナがいきなりシノンを庇うように動き、周囲を警戒し始めたのだ。

 

「まずい、あいつ俺の殺気に気が付きやがった!おいメッセンジャー、こっちを見ろ!

絶対にあのシノンって女の方を見るな!」

「え?え?」

 

 メッセンジャーはそう言われ、慌てて二人の方に向き直った。

 

「このまま会話してるように見せかけて移動だ、あくまで自然にな」

 

 そして三人は移動を開始し、何とかシャナの視線の届かない場所へと移動した。

幸いシャナは、三人を追ってくるようなそぶりを見せなかった。

 

「な、何があったんですか?」

「いやな、あのシャナって野郎、俺の殺気に気が付きやがったんだよ」

「ええっ?」

「まあそんな訳で、トラブルを回避する為に逃げ出したって訳さ」

「そ、そんな事、普通の人間に出来るもんなんですか?」

「あいつには出来るんだろうよ、さすがは英雄様って所か」

 

 ノワールのその言葉は、SAO時代の事を指して言った物だったのだが、

メッセンジャーはそれを、BoBの動画を指しているものだと解釈したようだ。

 

「あ、BoBの動画を見たんですか?」

「…………ああ」

「そっか、やっぱりあの人って有名ですよね」

「まあな」

「ところでお前の知り合いのシノンって子は、あそこで何をしてたんだ?」

 

 ノワールは、総督府での説明が中途半端になってしまった為、

とりあえず疑問に思った事をメッセンジャーに尋ねた。

 

「あれはBoBへの参加申し込みをしてたんですよ」

「参加申し込みって、どうやるんだ?」

「自分の名前を入力して参加ボタンを押すだけですよ。

あ、でも入賞した時の景品を自宅に送ってもらう場合には、

自分の本名と住所を入力しないといけないんですけどね」

「本名と住所?」

 

 その言葉を聞いたステルベンとノワールの表情が険しくなった事に、

メッセンジャーはまったく気が付かなかった。

 

「はいそうです。あれ、そういえばシノンがこの前、

景品を希望するって言ってたような……」

「だがあのシノンって子は、自分の入力画面をシャナって奴に平気で見せてたよな?」

「あ、はい、そうですね……」

 

 シノンはあの時、確かにシャナに手招きをしていた。

それは要するに、シノンがシャナに個人情報を見られても構わないと思ったか、

もしくは画面を見せても何も困らない事を意味する。それはつまり……

 

「つまりシャナは、あの子の住所を既に知っているんだな。

おそらく家に行った事もあるんだろう」

 

 ステルベンが空気を読まずにそう発言した。いや、この場合はわざとだろう。

ステルベンは、実の弟の狂気を育てる為に、あえてこう発言したのだ。

その意図通り、メッセンジャーは暗い目をしながら唇を噛んだ。

ノワールは何も言わず、ステルベンは内心でほくそ笑んでいた。

そして三人はその後、いくつかの施設を周り、

ステルベンは外でシュピーゲルと合流し、キャラを育てる事となった。

 

「ノワールさんは行かないんですか?」

「それなんだがな」

 

 そしてノワールは、GGOのトップと言われているシャナに対抗出来るように、

二人がかりでステルベンを育成する事にしたと、メッセンジャーに説明した。

 

「ああ……確かにそう言われると、その方がいいのかもしれませんね」

「だろ?あいつは化け物みたいだから、普通のやり方じゃ絶対に追いつかないしな」

「なるほど、目標は高くですね!」

 

 そしてメッセンジャーは、シュピーゲルになる為にログアウトした。

残された二人は、先ほどの出来事について話していた。

 

「やっぱりあいつはやばいな」

「ああ」

「強いのはキリトかもしれないが、怖いのはあいつだよな」

「そうだな、まさかあの距離でお前の殺気に気付くなんてな」

「悪い、俺が軽率だったわ、いきなり全てぶち壊しになるところだった」

「これからはお互い気を付けよう」

 

 こうして二人は、安易にシャナに近付くのはやめようと決めた。

 

「しかし収穫もあったな」

「本名と住所の事か」

「ああ、後はどうやってあれを盗み見るかなんだが」

「まあそれは追々考えればいい」

「それじゃ俺は、予定通り情報収集に出るわ」

「ああ、またな」

 

 そしてノワールはどこへともなく去っていき、ステルベンは一人で街の外へ出た。

そしてシュピーゲルと合流すると、二人は人目につかない場所に移動し、

そこで最低限の装備の受け渡しが行われた。

 

「とりあえず一通りここに出すね、気に行った物があったらそれを使ってね」

「……銃の事は分からん」

「じゃあ、いずれもっといい銃を手に入れる前提で、一番基本的な銃を使えばいいよ」

「任せる、あと頼んでいた武器はあったか?」

「エストック……に似た武器だよね、一応あったよ」

 

 SAO時代のザザの得意武器はエストックであった。

エストックとは、鎧の隙間を通す事を目的として作られた刺突剣である。

ステルベンは、その差し出された武器を受け取ると、昔の事を思い出したのか、目を細めた。

 

「悪くない」

 

 ステルベンは、その剣を何回か振った後にそう言った。

そして防具も一通り選び終わった後、シュピーゲルは出した装備をしまい始めた。

その中にあったマントに、ふと目がいったステルベンは、何気なくこう尋ねた。

 

「そのマントは?」

 

 ステルベンは、街で素性を隠すのに使えるかもしれないと思って尋ねただけだったのだが、

シュピーゲルの返事は、ステルベンにとってはとてつもない幸運をもたらすものだった。

 

「あ、これ?これは一定時間、姿を消す事が出来るマントだよ。

かなりレアではあるんだけど、使いどころが難しいんだよね……

敵に捕捉された後に使っても、銃弾をバラ撒かれたらあまり意味が無いし、

待ち伏せに使うには、効果時間が短すぎるんだよね」

「……それは街の中でも使えるのか?」

「え?どうだろ、街の中で使っても意味が無いから試した事無いなぁ」

「効果時間とクールタイムはどのくらいだ?」

「効果時間は一分、クールタイムは五分かな」

「そうか……」

 

 そしてステルベンは、シュピーゲルに言った。

 

「そのマント、俺がもらってもいいか?」

「ん、別にいいよ。確かに初心者が外で身を守るにはいい装備だしね」

 

 ステルベンは内心で狂喜していた。これで全ての駒が揃ったのだ。

さすがのステルベンも、まさか計画がここまでスムーズに進むとは思ってもいなかった。

そしてステルベンのレベル上げも順調に進み、何回かの戦闘が終わった後、

シュピーゲルはしきりにステルベンの事を褒め称えた。

 

「さすがは兄さん、戦闘勘が凄いね、まさか初めてであんなに動けるなんて思わなかったよ」

「そうか」

 

 そして街に戻った後、シュピーゲルは少し休むと言ってログアウトした。

どうやらこの後、シノンと合流してまた狩りにいくらしい。

そしてステルベンは、ノワールに連絡をとり、手に入れたマントを渡した。

 

「これは?」

「一分間姿を隠す事が出来るマントらしい。メタマテリアル光歪曲迷彩マントというそうだ」

「クールタイムは?」

「五分だ」

 

 ノワールはそれを聞き、少し警戒するような顔でこう言った。

 

「すげ~なおい、ここまで順調だと、さすがにちょっと罠じゃないかと疑いたくなるんだが」

「だが、まだ使えるかどうかは分からない」

「そうだな、さすがにすぐ背後に立って画面を覗き見たら、相手に気付かれそうだしな」

「まあ色々試してくれ」

「ああ、任せろ」

 

 この後ノワールは、何日もかけて色々なアイテムを試し、

ついに狙撃用のスコープを使って、他のプレイヤーの本名と住所を覗き見る方法を確立した。

BoBの参加申し込み受付終了まであと一週間。

その間ノワールは、せっせと情報の収集に励む事となった。

シュピーゲルが何も気付かないその裏で、殺人計画の設計図は着々と完成していった。




重い話が続きすぎるのも良くないと思うので、明日はガラッと雰囲気が変わります。
いやぁ、ここまでいいようにやられちゃってますね。
次回『それは過小評価』


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第278話 それは過小評価

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


「よぉ」

「ぷっ……」

「何だよいきなり……」

 

 学校が終わった後、GGO内の拠点に顔を出したシャナの挨拶を聞いたシノンは、

シャナの挨拶がはちまんくんとそっくりだった為、我慢出来ずにぷっと噴き出した。

 

「ううん、何でもない」

 

 詩乃は自分の体の横で大人しく留守番しているはずの、

はちまんくんのの事を想像し、嬉しそうにそう言った。

 

「最近熱心に野良パーティに参加してるんだろ、調子はどうだ?」

「まあ悪くないかな、一緒にスコードロンを組もうって話もあったんだけど、

そうすると気軽にこっちに来れなくなるから断ったわ」

「あ~……やっぱり俺たちもスコードロンを正式に組むべきか?」

 

 スコードロンとは、ALOで言うギルドのような物である。

スコードロンを組む事によって受けられる恩恵も沢山あるのだが、

シャナはここまで、正式にスコードロンを組む事はしていなかった。

 

「別にいいんじゃない?このまま幻のスコードロンって感じでいきましょうよ、

その方が何か伝説っぽくて格好いいしね」

「そうか」

 

 この日はどうやら他の者は来ないようだ。ピトフーイはライブで不在であり、

シズカとベンケイは、久しぶりに友達と出掛けているようだ。

イコマは大量にゲットした素材の使い道を探る為、リアルで情報収集をしているようだ。

ロザリアはどこかで諜報活動を行っているのかもしれないが、その姿はここには無い。

シノンはシャナと何か進展があるかもしれないと思い、

内心で色々と期待しながらシャナの方を見つめていた。

だが、当然シャナからシノンに何かするはずもなく、

シャナはリラックスした感じで、ソファーでだらだらしていた。

実はシャナは、相性がいいのか、シノンと二人の時は謎の居心地の良さを感じており、

それもあって、こうして何をするでもなくだらだらしていたのだが、

さすがのシノンも、その目に見えないシャナの好意には気が付かなかった。

それは実はシャナが、普段ユキノやユイユイに抱いている好意に比肩するレベルなのだが、

当然そんな事は、まだ恋愛経験が皆無なシノンには分からなかった。

ここにもしシズカがいたら『シノノン侮りがたし……』と呟いただろう。

 

「ねぇ……何もしないの?」

 

 そんなシャナの姿を見た詩乃は、思わずそう言い、直後に慌てて自分の口を塞いだ。

 

(やだ、私ったら……シャナにえっちな女だと思われたかも……)

 

 詩乃は、つい自分に対して何もしないのかという意味でそう言ってしまい、

恥じらいつつもシャナの様子を伺った。それに対するシャナの返事はこうだった。

 

「今日は別に戦う予定も無いし、のんびりしとくわ」

「え?」

「ん?今お前、俺に何もしないのかって聞いただろ?」

「あ……」

 

 詩乃は自分の発言を振り返り、確かにシャナならそうとるかもと思った。

だが、理屈と感情はやはり別物である。

 

「そうだった、シャナってそういう人だよね……」

「あ?そういう人ってどういう人だよ」

「何でもないわよ!」

「そ、そうか、すまん」

 

 シャナは一体何なんだと思い、元の体勢に戻って目を瞑ったのだが、

直後にシノンがシャナの頭を掴み、強引に自分の方へと押し倒した。

 

「おわっ」

 

 その直後にシャナの頭は、何か柔らかい物の上に着地させられる事になった。

慌てて目を開いたシャナの顔を、真っ赤な顔をしたシノンが上から見下ろしていた。

 

「……い、いきなり何だよ」

「こ、こうした方が、もっとあんたがリラックス出来るんじゃないかと思っただけよ!」

「そ、そうか……何か気を遣わせちまってすまないな」

 

 シャナが困った顔でそう言ったのを見てシノンはテンパり、つい怒った感じでこう言った。

 

「そう思うなら、ちゃんとリラックスしなさいよね!」

「いや……それなんだがな……」

「な、何よ、何か文句でもあるの?」

「別に文句は無い、無いんだが、その……お前の太ももってさ……」

 

 そう言われたシノンは、改めて自分の太ももを眺めた。自分で言うのもアレだが、

このアバターの太ももは肉付きもほど良く、とても寝心地がいいように思われた。

だがこの場合、問題なのはシノンの主観ではなく、シャナがどう思うかだろう。

そう思ったシノンは、おずおずとシャナに尋ねた。

 

「そ、その……もしかして寝心地が悪かったりする?」

 

 シャナはその言葉に焦ったようにこう返事をした。

 

「ち、違う、そっちは特に……いや、まったく問題はない。

問題はその……感触というか露出というかだな……」

「露出?」

 

 そう言われ、シノンは再び自分の太ももをじっと眺め、ある事に気が付いた。

シャナの頭が自分の太ももの上に乗っている……そう、直接素肌の上に。

そこでシノンは改めて、自分の普段の服装がどういう物かを思い出した。

シノンはいつもここでは、絶対にリアルでは着れないような露出の多い服装をしており、

当然その太ももも、シャナに見せつけるように露出されているのだった。

 

「あ……あ……あ……」

「やっと気付いたか、だから有難い、本当に有難いんだが、

それ以上に恥ずかしいというか……その、な?」

 

 そう言いながらシャナは頭を上げようとした。

それを見たシノンは、咄嗟にそれを防ごうと、シャナの頭を自分の太ももに押し付けた。

 

「うおっ」

「わ、私のこの太もものどこに問題があるのよ、

私は全然まったく欠片も毛ほども一切さっぱりそうは思わないわ」

「何だそのおかしな日本語は……」

「うるさい!ほら、直接触って確認しなさい、撫でたりもんだりしてみなさいよ!」

 

 シノンはそう言いながら、シャナの手を掴んで自分の太ももに押し付けた。

 

「ちょ、おま、それはまずいって、正気に戻れシノン!」

「いいからさっさと感触を楽しみなさい!」

 

 シノンはもう自分が何をしているのか分かっていないようで、

目をぐるぐるさせながら、ひたすらシャナの手の平を自分の太ももに押し付けていた。

そんな二人に声を掛ける者がいた。

 

「あんた達、どこからどう見てもバカップルみたいよ……」

 

 その呆れたような言葉が聞こえた瞬間、シャナはピタッと動きを止め、

シノンも正気に返ったように動きを止めた。

そして二人は、恐る恐る声の聞こえた方に振り向いた。

そこには腕を組みながら呆れた顔で立っているロザリアの姿があった。

 

「………………おう、小猫」

「ちょっとあんた、ゲームの中で本名を呼ぶんじゃないわよ!」

「あ、あの……その……」

「ああ、あんたが最近ずっとそんな感じなのは分かってるから、気にしなくていいわよ」

「わ、私って他からはそう見えてるの!?」

 

 シノンはそのロザリアの言葉にショックを受けたようだったが、

ロザリアはそんなシノンの手をぎゅっと握り、真面目な顔でこう言った。

 

「あのシズが要注意だと言うあんたの行動に、今後の私達の未来がかかっているのよ、

これからも気にせず押して押して押しまくりなさい!」

「み、未来……?」

「そうよ、ここで彼に『いやぁ、一夫多妻制っていいもんだよな、よし実現しよう』

って思わせる事が出来れば、私達の未来に光が見えるのよ!

そして私はちゃっかりその末席に……ぐふふ……」

「ロ……ロザリアさん?」

「シノン、スルーだスルー、こいつは元々こういう残念な奴なんだよ。

さあ、そろそろ起きたいからその手を離してくれ」

 

 シノンはその言葉を聞いてきょとんとした。

 

「何で私があんたの命令を聞かないといけないの?」

「なっ……」

 

 そしてシノンは、ニヤリとしながらシャナに言った。

 

「こんな機会は滅多に無いんだから、今日はずっとこの調子でいかせてもらうわ。

ここからは全て私のターンよ」

「はぁ……もう好きにしてくれ……」

 

 そんな二人を少し羨ましそうに見ていたロザリアが、タイミングを計って声を掛けてきた。

 

「二人ともこれ、今日までに第二回BoBに参加を申し込んだプレイヤーのリストよ」

「おう、大変だったろ?いつもすまないな」

 

 ロザリアはシャナにそう労われ、顔を赤くして横を向きながら言った。

 

「べ、別にあんたのためだし……」

「そうか、まあ下僕だから当然か」

「なっ……」

 

 シャナはそう言うと、寝そべったまま受け取ったデータの閲覧を始めた。

そんなシャナに、ロザリアは猛抗議した。

 

「ちょっと、シノンと私の扱いが違い過ぎるんじゃない?」

「シノンは俺の下僕ではない、ピトはお前と同じ扱いだ、ほれ論破」

「うぅ……」

 

 そしてロザリアは、拗ねた感じでシャナの足元に腰を下ろし、シャナの足を叩き始めた。

シャナは気にした様子も無くロザリアの好きなようにさせ、

そんな二人を見て、シノンは楽しそうに笑っていた。

そして参加プレイヤーのリストを見ていたシャナが、何かに気付いたように言った。

 

「そういえば、ピトの名前はあるがシノンの名前が無いな」

「うん、今日申し込みに行こうかなって思ってたの。

分からない事があったら聞きたいし、良かったらシャナも付き合ってくれない?」

「おう、それじゃあ行くか」

「いいの?」

「別に用事も無いしな」

 

 その言葉を受けて二人はシャナを解放し、三人は立ち上がった。

 

「それじゃあロザリア、引き続き情報収集を頼む」

「了解よ」

「よし、総督府に向かうか」

「うん、ありがとう」

 

 ロザリアは一人でどこへともなく去って行き、二人はそのまま総督府へと向かった。

 

「そういえば、二人きりで歩くのって初めて?」

「最初会った時は二人だったけど歩いてないしな、こうして一緒に街を歩くのは初めてだな」

「そっか、じゃあ初めてついでに……」

 

 そう言ってシノンは嬉しそうにシャナの腕に抱き付き、二人は腕を組む形となった。

 

「おいこら離せ」

「駄目よ、世間では私はあんたの女って事になってるのよ。

ここで離れて歩く方が不自然じゃない」

「別に俺が望んだ訳じゃないんだが……」

「あんたは王なんだから、もっとど~んと構えなさい」

「王ってお前な……」

 

 シャナはため息をつくと、そのままシノンの好きにさせる事にした。

そして総督府に着くと、シャナは近くの柱に寄りかかり、シノンの入力が終わるのを待った。

そんなシャナにシノンが手招きをした。シャナは何だろうと思い、そちらに近付いた。

 

「何か分からない事でもあったか?」

「ここなんだけど、本名とか住所を入力するのって本当に平気なのかな?」

「ん?ああ、景品の申し込みか、何か欲しい物でもあるのか?」

「うん、装備とかアイテムよりも欲しい物があるの。

実は欲しいというより、持っておきたいって感じなんだけど」

「この景品ってモデルガンだよな?そうか、それでトラウマを克服するつもりか?」

「こんな事で克服出来るなんて思ってはいないんだけど、少しは慣れるかもだし、

そういう努力を放棄するのは駄目だと思って……」

「そうか……うん、いいと思うぞ」

 

 そう言ってシャナはシノンの頭を撫でた。その瞬間にシャナは凄まじい殺気を感じ、

武器を構えかけたのだが、ここが街の中だという事を思い出し、その手を止めた。

そんなシャナの様子を見て、シノンは首を傾げながらシャナに尋ねた。

 

「どうしたの?」

「どこかから、覚えのある殺気を感じる」

「えっ?私には分からないけど……本当に?」

「ああ、多分あいつらのうちの誰かだ」

「あいつらって、まさか……」

「俺の顔から目を離すな、相手に気付かれる」

 

 シャナはシノンにそう言い、早く入力を済ませるように指示をした。

 

「さっきの質問だが、正直リアル情報をゲームの中で入力させるこのシステムは、

俺もあまり好きじゃない。でも何かあっても必ず俺が何とかしてやるから、

安心して入力してくれ。いざとなったらうちの近くに引っ越してくればいいしな」

「シャナの家の近くに……?分かった、今すぐ引っ越す!」

「今すぐってお前な、そしたら景品がもらえなくなっちまうぞ」

「あ、そうか……」

「まあ引越しするような事にはならないだろ、ほれ、さっさと入力しちまえ」

「うん!」

 

 そして次にシャナは、ロザリアに連絡をとった。

 

「今どこだ?総督府に来るまでどれくらいかかる?」

「近くだから直ぐに行けるけど、何かあったの?」

「近くに多分あいつらがいる、この殺気には覚えがある」

「本当に?分かったわ、直ぐに行く」

「こっちに着いたら俺達の事は無視して、周りの奴らを片っ端から撮影してくれ。

一応お前も俺の一派って事で顔が知られてる可能性があるから、顔を隠すのを忘れるな」

「了解」

 

 丁度その時、入力を終えたシノンがシャナに言った。

 

「終わったわ、どうする?」

「もうすぐロザリアがここに来て、周りの奴らを片っ端から撮影する。

それまで俺達があいつらに気付いているとバレないように、

このまま談笑しているフリをするんだ」

「分かった」

 

 そして二人は緊張を隠しつつ、仲の良いカップルのように振る舞った。

途中で殺気以外の暗い感情も感じたが、そういう感情は向けられ慣れていた為、

シャナはそれをとるに足らぬ物だと無視した。そしてロザリアから連絡が来た。

 

「お待たせ、全員の撮影が終わったわ」

 

 それを聞いたシャナは、再び強い殺気を感じた瞬間に、

シノンを庇うような位置に移動し、周囲に鋭い視線を走らせた。

直後にその殺気は霧散し、シャナはしばらくそうしていたが、やがて緊張を解いた。

 

「さすがにこの人数だと、簡単には特定出来ないか」

「どんまい、シャナ」

「まあ正直言うと、放置しておいても別に誰かが死ぬ訳じゃないし、

可能なら動向を把握しておきたいっていう、俺の自己満足みたいなものなんだけどな」

「何も分からないよりは分かってた方がいいに決まってるんだし、

これからも引き続き注意していけばいいんじゃないかな」

「ああ」

 

 ステルベンとノワールは、殺気に気付いたシャナの事をやばいと表現していたが、

実はそれは過小評価だった。二人はシャナを警戒するあまり、ロザリアの存在に気付かず、

特定にこそ至らなかったが、二人の写真は、他の有象無象のプレイヤーの写真と共に、

候補の一人として、シャナの手に渡る事となった。

そしてロザリアは、撮影した者の特定作業に入る為、先に拠点へと戻り、

シャナとシノンも拠点に戻る為、来た時に通った道を戻り始めた。

シャナはどうやら何かを考えているようで、ちょっと危なっかしいなと思ったシノンは、

そっとシャナの腕をとり、来た時と同じように腕を組むと、

何かにぶつからないようにとそっとシャナを誘導した。

シャナはそれに気付かず、シノンに誘導されるままに歩き続けた。

 

(ずっと気配すら感じなかったから、あいつらは人を殺せないゲームには興味が無いのかと、

半分諦めかけていたんだがな、まさかこのタイミングで現れるとは予想外だった。

可能なら動向を把握しておくとして、今後はあいつらも、

純粋にゲームを楽しむようになってくれればいいんだけどな)

 

 その時突然シノンが立ち止まった為、シャナも一緒に足を止めた。

 

「どうした?」

「うん、あれ……」

 

 シャナがシノンの視線の先を見ると、そこにはゼクシード達三人が立っていた。

ゼクシードは珍しく何も言わず、じっとシャナの事を見つめていた。

 

(何であいつ、あんな顔でこっちを見てるんだ?何か用事でもあるのか?)

 

 そこで初めてシャナは、自分の腕にシノンが抱き付いている事に気が付いた。

ゼクシードは、どう見ても恋人同士にしか見えないシャナとシノンをじっと見つめた後、

何か言いたげに、左右に立つユッコとハルカの方を見たのだが、

二人はその意図を知ってか知らずか、少し嫌そうに後ろに下がった。

その瞬間にゼクシードは、明らかに落胆した様子を見せ、とても悔しそうにシャナに言った。

 

「これで勝ったと思うなよ!」

 

 そしてゼクシードは、羨ましそうに何度もシャナ達の方を振り返りながら去っていった。

 

「……何だあれ?」

「ふふっ、何だろうね」

 

 シャナがそれからも自分の考えに没頭した為、シノンは離れろと言われる事もなく、

二人は再び歩き出し、仲良く拠点へと帰還した。

そしてシノンは約束があった事を思い出し、期待のこもった目でシャナに言った。

 

「ねぇ、今夜狩りにいく約束があるんだけど、シャナも一緒に行かない?」




はい、オチ担当はいつものあの人でした!
いきなりアクセルを踏んだ所で、次話からしばらくは、落ち着いた話になると思います(多分)


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第279話 初参戦に関するアレコレ

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


「狩り?誰かとの約束なんだろ?俺が出しゃばるのはちょっとな」

「大丈夫、今日の狙いはPKスコードロンで、ちょっと人手が不安だったみたいだから、

シャナなら大歓迎なんじゃないかな」

「それでもな……」

「何よ、私と一緒にいるのが嫌だって言うの?」

「いや、そういう事じゃなくてだな」

 

(むぅ、手強い……夫婦もマンネリ化すると倦怠期になっちゃうって言うし、

ここはいつもとは違うイメージで……)

 

「私はシャナと一緒がいいの……駄目……かな?」

 

 シノンは、上目遣いでとても切なそうにそう言った。

それを見たシャナは急におろおろし、焦ったような顔で言った。

 

「い、いや、駄目じゃない」

「じゃあ、一緒に行ってくれる?」

「ああ、もちろんだ」

「ありがとう、シャナ」

 

 そしてシノンはソファーに座り、幸せそうに微笑んだ。しかし内心ではこう思っていた。

 

(思ったよりちょろかった。でも何かシャナの優しさにつけこんでるみたいで卑怯だから、

これは封印かな……まあ珍しいシャナの姿が見れただけで良しとしよっと)

 

 その姿を少し離れたところから見ていたロザリアは、

シノンの急成長ぶりにとても驚いていた。

 

「シノン、恐ろしい子……」

 

 これは、シノンに急に女友達が増えた事による副産物だった。

シノンは、学校の友達や、シャナの周りの女性達と多く接する事により、

その女性達の使う、様々な手管を知らず知らずのうちに学び、

それをある程度使いこなせるようになっていたのだった。

ちなみにこれは、シャナが相手の時にだけ発動するものであり、

他の男が相手の時のシノンは、あいかわらず難攻不落の堅牢さを誇っていた。

それはシュピーゲルが相手の時も例外ではなく、他の者より多少壁が低いだけで、

シノンはきっちりと、シャナ相手と他の者相手の時の自己の態度に、明確な差を設けていた。

 

「で、何時くらいからの予定なんだ?」

「夜八時かな」

「分かった、それまでちょっと仮眠してくるから、時間になったら起こしてくれ」

「オーケー……って、私が起こすの!?」

「冗談だって。それじゃ後でな」

 

 だがシノンは、そのシャナの言葉に盛大に食いついた。

何故ならシノンはまだ、シャナの連絡先を知らないからだった。

意外なようだが、シノンとピトフーイと連絡先を交換している者は、

現時点ではロザリアだけなのである。

GGOに来れば問題なく連絡がとれ、現状はそれでまったく不便が無い為、

ついつい連絡先を交換するのを忘れるという事態になってしまっていたのだ。

その事に気が付いたシノンは、あまりガツガツしているように思われるのも嫌だった為、

あくまでも自然さを心がけながら言った。

 

「ううん、頼んだのはこっちだし、当然それくらいはさせてもらうわ。

でもよく考えたら、私はまだあんたに連絡先を教えてもらってないのよね。

なのでこの機会に教えてもらってもいい?」

「あれ、そうだったか?それじゃあせっかくだからお言葉に甘えるとして……」

 

 そしてシャナは、自分の連絡先をあっさりとシノンに教えた。

 

「オーケー、ちゃんと起こすから、安心してぐっすり寝てきてね」

「それじゃ宜しく頼む」

 

 そしてシャナがログアウトした事を確認した後、シノンは両手でガッツポーズをし、

『ついにはちまんのれんらくさきをてにいれたぞ!』と、声にならない叫びを上げた。

その姿を見ていたロザリアは、何かいけない物を見てしまったかのように目を背け、

撮影した者達の名前の特定作業を再開したのだった。

そしてシノンは、シャナが参加してもいいかどうか確認する為、ダインの下へと向かった。

約束の時間にシャナを直接連れていっても断られるとは思っていなかったが、

やはり事前に連絡はしておくべきだろうと考えたからだった。

 

「ダインさん、ちょっといい?」

「おっ、シノンじゃねーか」

 

 シノンはいつもの酒場でダインを見付けて声を掛けた。

ダインはシノンに手を振ると、直後に腕組みをしながら言った。

 

「っていうかよ、俺より遥かに有名人のお前にダインさんなんて呼ばれると、

むず痒くて仕方ないから、これからは俺の事はダインって呼んでくれないか?」

「そう、分かったわ、ダイン」

 

 ダインは、やはりその方がしっくりくるなと思い、うんうんと頷いた。

 

「で、約束の時間にはまだ早いと思うがどうかしたのか?

もしかして、シャナとのデートが忙しくて今日来れないとかか?」

 

 ダインはそうシノンをからかったが、シノンは平然とこう答えた。

 

「デートならさっき済ませたわ。ちなみに用件は、そのシャナの事よ」

「シャナの事?恋愛相談なんかされても俺は気の利いた事なんか言えないぞ?

それともシャナが、今日の戦闘に参加してくれるとでも言うのか?」

「あら、その言い方だとシャナが参加する事は問題無いのね」

「当たり前だろ、シャナ以上に頼りになる奴が他にいるかよ」

「ならそういう事でよろしく」

「そういう事?おい、まさか……」

 

 そしてシノンは、ニヤリとしながらダインに言った。

 

「そのまさかよ、シャナが来るわ」

「まじか!それならもう戦力的には問題無くなるな」

「用件はそれだけよ、それじゃ後でね」

「おう、それにしてもお前、本当に変わったよな」

「え?」

「お前は覚えていなかったようだが、先日シュピーゲルがお前を連れてくるより前に、

俺とお前は一度同じパーティになった事があるんだよ」

 

 シノンはその言葉を受け、ダインの顔を改めてじっと見ながら考えたのだが、

その事はどうしても思い出せなかった。

 

「ごめんなさい、覚えてないわ」

「まあそうだろうな、俺はその時別働隊として、後からお前のいた本隊に合流したからな」

「そういえば、そんな事が昔あった気もするわね」

「その時のお前の印象は、感情をほとんど出さない無口で暗い女って感じだったが、

今のお前からは、そんな要素は欠片も感じないわ」

「確かに昔はそうだったわね」

 

 初めてシャナと会った時のシノンは、大枚をはたいて買った武器を失った直後だった為、

たまたま感情的になっていたのだが、普段のシノンは確かにそんな感じだった。

 

「まあ、本当はそっちが地なんだろ?良かったな、シャナに出会えて」

 

 そのダインの言葉に、シノンは目頭が熱くなるのを感じた。

ここでは涙は我慢出来ないので実際に少し涙がこぼれたのだが、

シノンはその涙を拭き、笑顔でダインに言った。

 

「ええ、今は本当に毎日が楽しいわ」

 

 そしてシノンは拠点に戻るとそこでログアウトし、時間が来るまで少し仮眠をとった。

そして数時間後、はちまんくんに起こされた詩乃は、教えられた番号に連絡を入れた。

 

「はい、比企谷です」

 

 その少し寝惚けたような声を聞いた瞬間、詩乃の心臓がドクンと音をたてた。

初めてとはいえ、ただ電話に出てもらったというたったそれだけの事なのに、

詩乃の心臓は、本人の意思とは関係なく喜びの音を奏でたようだった。

 

(やだ、私ったらいつからこんな恋愛脳になったのかしら)

 

 詩乃はそう思いつつも、少し緊張しつつ記念すべき八幡との電話の第一声を発した。

 

「八幡、私、詩乃」

「おう、詩乃か、起こしてくれてありがとな、すぐにログインするわ」

「うん、待ってるね」

 

 たったそれだけのやり取りだったのだが、詩乃は今までより、八幡を近くに感じた。

そして詩乃は、はちまんくんに行ってくるねと声を掛け、再びGGOにログインした。

はちまんくんは詩乃の体を守るように、詩乃の枕下にちょこんと座った。

 

「お帰りシノン、これから狩り?」

 

 ロザリアがシノンにそう声を掛けてきた。

ロザリアは、シノンが落ちた時と同じ格好のまま、まだデータの整理を続けていたようだ。

 

「ロザリアさん、あれからずっとやってるの?」

「ええ、これが私の仕事だしね。そしてあなたの仕事はシャナと一緒に戦う事。

まあシャナが一緒なら大丈夫だろうけど、くれぐれも気を付けてね」

「うん、ありがとう、ロザリアさん」

 

 そしてすぐにシャナもログインし、二人はロザリアに声を掛け、酒場へと向かった。

 

「ダイン、シャナを連れてきたわよ」

「いきなり押しかけてすまん、俺はシャナだ、今日は宜しくな」

「シャナさん、今日はありがとうございます!」

 

 ダインはいきなりシャナにそう挨拶をし、シャナは困った顔でダインに言った。

 

「いや、別に同じプレイヤーなんだし、そんな畏まる必要は無いだろ」

「そ、そうか?それじゃあシャナ、今日は宜しくな!」

「おう、宜しく」

 

 そしてシャナは端の方にある椅子に座り、シノンはちゃっかりとその隣に座った。

酒場には続々と仲間が集結しており、その中の一人がシノンに気が付き声を掛けてきた。

 

「シノンちゃん、久しぶり」

「ギンロウさん……」

 

 ギンロウは古参のプレイヤーの一人であり、シノンも過去に何度か一緒に戦った事がある。

ギンロウは、女性プレイヤーを見ると見境なくリアルで会おうと声を掛ける癖があり、

シノンはギンロウを少し苦手に思っていた。

 

「ところでシノンちゃん、今日の狩りが終わった後さぁ、二人きりでどこかに……」

 

 シノンはほら来たと思い、いつもと同じように淡々と断ろうとしたのだが、

シノンが口を開こうとした瞬間に、横からシャナがこう言った。

 

「なぁお前、短剣で真っ二つにされるのって、どんな気分だと思う?」

「ああん?横から口を出すんじゃね……あ……シャナさん……」

 

 どうやらギンロウは、シャナの存在に気付いていなかったようで、

シャナに気付いた瞬間、顔を真っ青にし、あとずさった。

 

「二度目は無いぞ。一応言っておくが、俺がいない時でも一回にカウントするからな」

「は、はひっ、失礼しましたっ」

 

 そう言ってギンロウは、逃げるように仲間の下へと走り去り、

そしてそのまま正座をさせられ、ダイン達に説教された。

 

「ギンロウ、お前馬鹿なのか?今のシノンにあんな事を言うとか、

自分で自分の死刑執行書にサインするつもりなのか?」

「これでもしシャナとシノンが帰っちまったら、お前どう責任をとるつもりなんだよ!」

「それだけならまだしも、俺達までシャナの敵認定されたらどうしてくれるんだよ!」

「死ね!今すぐ死ね!」

「あ……その……すまん」

 

 その様子を遠目に見ながら、シノンはちらりとシャナの方を見た。

シャナはそ知らぬ顔で、頭の後ろで腕を組み目を瞑っていた。

シノンはくすくす笑うと、シャナにそっと寄りかかった。

 

「ありがと」

「おう、これでもう二度と声を掛けてくる事は無いだろ。っていうか離れろ」

「い・や・よ」

「ほら、友達が来たみたいだぞ、いいから離れろって」

「友達?」

 

 シノンはそう言われて酒場全体を見回し、どうやら自分を探しているのだろう、

入り口できょろきょろしているシュピーゲルを見付けた。

シノンは立ち上がり、シュピーゲルに手を振りながら言った。

 

「シュピーゲル、こっちこっち」

「シノン!」

 

 そしてシュピーゲルはシノンに駆け寄り、すぐ近くまで来たのだが、

シャナの存在に気付いた瞬間に停止した。

 

「えっ…………シャナ……さん?」

「うん、今日はシャナに来てもらったから、戦闘については安心してくれていいわよ」

「あっ……そ、そうだね……」

 

 シュピーゲルは、落ち込んだ声でそう言った。

 

「どうしたの?」

 

 シノンにそう声を掛けられ、シュピーゲルは慌てて表情を引き締めた。

 

「何でも無いよシノン。シュピーゲルです、宜しくお願いします、シャナさん」

「いきなり押しかけてすまない。宜しくな、シュピーゲル」

 

 そしてどうやらメンバーが揃ったらしく、ダインがこちらに歩いてきた。

 

「シャナとシノンとシュピーゲルでチームを組んでくれ。

最初は二人の狙撃から開始で、シュピーゲルは狙撃中の二人の護衛を頼む。

その後シノンは狙撃を続行、シャナとシュピーゲルは、状況を見てこちらに来てくれ」

「えっ……」

「何だシュピーゲル、どうかしたのか?」

「い、いえ……分かりましたダインさん」

 

 こうして三人はチームを組む事になり、いよいよ一行は、戦場へと出発する事になった。




うん、落ち着きましたね!


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第280話 シャナの説教(物理)

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


「す、すみません!」

 

 一行が戦場へと向かおうとしたその時、ガッチリとした体格をした強面のプレイヤーが、

かなり緊張した様子でシャナにそう声を掛けてきた。

 

「ん、俺か?」

 

 シャナは、GGO内での知り合いは決して多くはない為、

本当に自分を呼んだのか確認するつもりでそう返事をした。

 

「はい、あ、あの、もしかしてシャナさんですか?」

「確かに俺はシャナだが……」

「よし!……あ、あの、もしご迷惑でなかったら、

今から行く戦場に、俺達も連れてってもらえませんか?」

「飛び入り参加希望か?」

「はっ、はい!」

「……お前、何で一人称が俺なんだ?」

「え?ええと……」

 

 シャナはそのプレイヤーに、いきなりそう言った。

そのプレイヤーは目を見開き、困ったような仕草を見せた。

その訳の分からないやり取りにシノンは、一体何なんだろうと首を傾げた。

シャナは、まあよくある事かと呟くと、そのプレイヤーに言った。

 

「すまん何でもない。申し訳ないが、俺は今回ゲストとしてここに来ているんでな、

リーダーの所に案内してやるから、そっちと交渉してくれ」

「そうなんですか……分かりました、お願いします。おいお前ら、こっちに来い」

 

 そのプレイヤーの一声で、酒場の入り口から五人のプレイヤーが姿を現した。

その五人は、精悍で逞しそうな面構えをしており、中々腕もたつのではと思われたが、

その態度はふてぶてしく、お互いの顔をまったく見ようともしない。

その五人を見たシャナは、今度はこう呟いた。

 

「同じようなのが五人追加か……珍しいな」

 

 そのシャナの言葉の意味はよく分からなかったが、

その五人に対するシノンの感想はこうだった。

 

(六人ともそこそこやりそうに見えるけど、見た事が無いプレイヤーばっかりね。

それにしてもチームを組んでるくせに凄く仲が悪そう……)

 

 どうやらシュピーゲルも同じ事を思ったらしく、シノンにこう尋ねてきた。

 

「ねぇシノン、あの仲の悪そうな人達の事、どこかで見た事ある?」

「ううん、初めて見る顔よ、シャナは?」

「俺も見た事は無いが、それも当然だろ。あいつら全員新人だからな」

「えっ?それなりに強そうに見えるのに?あの凄くごついリーダーの人も?」

「そうなんですか?」

「ああ、俺の見立てだと実戦経験もほとんど無いはずだ、歩き方で分かる」

「そ、そうなんだ」

「シャナさんさすがですね……」

 

 シャナの事は嫌いだが、こういう所はさすがとしか言いようがない、

そう思ったシュピーゲルは、自分がもっと強くなる為に、

変に敵対心を見せるのはやめ、今日は出来るだけシャナの行動を観察しようと考えた。

そして六人は、シャナに連れられダインの下へと向かった。

ダインは参加希望者と聞いて、少し迷うようなそぶりを見せた。

そんなダインに、シャナは言った。

 

「一応言っておくが、こいつら全員初心者だからな」

「そ、そうなのか?」

「ああ、間違いない」

 

 そのシャナの言葉を聞いた六人は仰天した。そして最初にシャナに声を掛けてきた、

リーダーらしきプレイヤーが、おずおずとシャナに尋ねた。

 

「シャナさん、あの、どうして分かったんですか?」

「そんなの見れば分かるだろ」

「見れば……ですか」

 

 六人はその言葉を聞いて、自分達が仲が悪い事も忘れ、

お互いの顔を見合わせ、困ったような顔をした。

どうやら自分達の事ながら、とてもそうは見えないと思ったのだろう。

他ならぬダインやシノンやシュピーゲルも、その六人と同様の感想を抱いていた。

そしてリーダーが、その雰囲気に耐えかねるように、ダインに頭を下げた。

 

「俺達は確かに新人です、最初に言わなくてすみませんでした」

「いや、それは置いといてだな、新人か……今日の相手は新人だとなぁ……」

「ねぇ、今日の相手ってどんな相手?」

 

 シノンは、そういえば確認していなかったと思い、そう尋ねた。

 

「薄塩たらこの所のPK担当チームだな、今日は珍しくモブ狩りに行っているらしい」

「なっ……」

 

 シャナはそれを聞いて目を細め、シノンとシュピーゲルは仰天した。

 

「ちょっとダイン、薄塩たらこの所って、GGOで最大のスコードロンじゃない。

そんな所に手を出して大丈夫なの?」

「大丈夫だ、今回の相手はPK担当の奴らのみで、スコードロン全体の半分だからな。

それにちゃんとルートも分かってるし、シャナもいる。勝算はかなり高い」

「でも、後で報復されたりとか……」

 

 心配そうな顔でそう言うシノンの肩を、シャナがぽんと叩きながら言った。

 

「大丈夫だ、少なくともモブ狩り担当の奴らは絶対に報復はしてこない、そうだろ?ダイン」

「お、おう……さすがシャナ、全部お見通しか」

「いや、自分の持ってる情報と、さっきお前が言った事から導き出した、ただの推理だな」

「どういう事?」

「ルートが分かってるって言ったろ?あそこのPKチームとモブ狩りチームは、

実はすごく仲が悪いんだよ。だからダインにルートを教えたのは、

他ならぬ同じスコードロンの、モブ狩りチームの奴って事だ。だから報復される事も無い」

「そ、そうなんだ……」

「僕もそれはまったく知りませんでした」

 

 シノンだけでなくシュピーゲルも、感心したようにそう言った。

 

「まあそういう事だ。だがさすがにGGOで最大を誇るスコードロンのメンバーだからな、

新人を連れていっても、無駄死にさせるだけになるだろうな」

 

 そのダインの言葉を聞いた六人は、揃って落ち込んだような様子を見せた。

どうやら仲が悪くとも、参加したかった気持ちは一緒のようだ。

そしてリーダーは、食い下がるようにダインに言った。

 

「お願いします、肉盾扱いで危険な位置に配置されても文句は言いません!」

「肉盾?う~ん、でもなぁ……」

「大丈夫、覚悟は出来てます!」

 

 その自殺志願とも思える言葉に、ダインは首を傾げながら言った。

 

「そもそもお前ら、何でそんなに嫌な役目を引き受けてまで、参加したがるんだ?

やっぱりシャナのファンだからか?」

「はぁ?」

 

 シャナは何でそうなるんだと思い、そう言った。

 

「は、はい、ハッキリ言ってしまうとその通りです……」

 

 そのリーダーの言葉を受け、シノンとシュピーゲルもこう言った。

 

「あ、やっぱりね。そうじゃないかって私も思ってた」

「僕も思ってました」

「まじかよ……」

 

 観察眼に優れるシャナも、時々こういうミスを犯す。

それはある特定の状況の時に限られるのだが、今回もそれに当てはまる。

 

「よし、そういう事なら仕方ない、肉盾になってもいいってなら……」

「駄目だ」

「……参加を認め……っておい、シャナ?」

「はぁ…………」

 

 シャナはそのダインの言葉を遮り、深いため息をついた。

六人はその言葉に落胆し、シノンとシュピーゲルは、とりなすようにシャナに言った。

 

「ねぇシャナ、せっかくあなたのファンがこう言ってるんだし、参加させてあげれば?」

「そうですよ、本人達の希望がそうなんだったら、別にいいんじゃないですか?」

 

 そんな二人に、シャナは首を振りながら言った。

 

「違う、そういう事じゃない。俺は女を肉盾に使うのは駄目だって言ったんだ。

おいダイン、仕方がないからこいつらは俺の下に付けてくれ、

固定砲台をやってもらうつもりだ。全責任は俺が持つ」

「お、おう……それならこっちも助かる……って、ええっ?」

「お……女の子?」

「本当ですか!?」

 

 つまりそういう事だった。シャナの観察眼が鈍る特定の状況というのは、

相手が自分に好意を抱いている女性が相手の時なのだった。

その場合シャナは、相手が自分に好意を抱いているとは絶対に思わない為、

こういう事がたまに起きるのだった。

そしてそんな三人に、シャナは呆れた顔でこう言った。

 

「何だ、三人とも気付いてなかったのか?」

「お、おう……」

「分かる方がおかしいわよ!」

「そうですよ!」

 

 そしてその言葉に、他ならぬ六人も同調した。

 

「最初の言葉で、もしかしたら気付かれたかなとは思っていたが、

さすがにいきなり女だと当てられたのは初めてだ。私はリーダーのエヴァだ、宜しく頼む」

「ソフィーと呼んで下さい」

「ひゃふー、まさかそう来るとはね。私はターニャだよ」

「さすがはシャナさんですね、私はアンナと申します、宜しくお願いします」

「ローザです、初めまして」

「トーマです、宜しくです」

 

 六人はそうシャナに自己紹介をしたのだが、直後に互いの顔を見て、フンと顔を背けた。

本当に仲の悪い六人である。

 

「そ、それじゃあ話もまとまったみたいだし、行くとするか……」

 

 そのダインの言葉で、一行は移動を開始した。

 

(さて、明らかにシノンに惚れているシュピーゲルといい、

飛び入りのこいつらといい、どうしたもんか……)

 

 シャナは、あのピトフーイがストーカー気質だと断言した事もあり、

この機会にシュピーゲルの事をよく観察しておこうと考えていた。

そしてシノンは、ただでさえ珍しい女性プレイヤーの知り合いが一気に六人も増えた事で、

少しでも交流を深めようと、六人に積極的に話し掛けていた。

ところが一対一なら普通に会話が成立するのだが、

複数が相手だと、まったく会話にならない為、シノンは内心で頭を抱えた。

シュピーゲルもそれを見て、困ったような顔をしており、

シャナは少しでも状況を改善しようと思い、その場に立ち止まると、

シノンとシュピーゲルにそっと囁いた。

 

「よし二人とも、これからあいつらを教育するぞ。今から俺があいつら全員と戦い、

その腕を切り落とす。二人は流れ弾に当たらないように気を付けてくれ。

そして最後に、俺がエヴァの頭に短剣を振り下ろすから、

シュピーゲルは、これを使って俺の腕を切り落とせ。

軌道は分かってるんだから、思い切って武器を振り抜けばいい。

シノンはその瞬間に俺に銃口を向けてくれ。そうしたら俺が、あいつらに説教をする」

 

 二人はその指示に絶句し、さすがに異議を唱えた。

 

「な、何でそんな事を……」

「そうですよ、いくら何でも無茶苦茶すぎます!」

「言いたい事は分かるが、腕は時間が経てば再生する。

だがあいつらを教育する機会は、ここを逃すと次があるかは分からない。

あいつらが本当に俺のファンだというなら、

あいつらに言う事をきかせられる可能性が一番高いのは俺という事になる。

まあ有名税みたいなもんだ、それにあいつらをこのままにしておくと、

シノンがストレスでハゲるかもしれないからな」

「ぷっ……」

「ハゲないわよ!あとシュピーゲルも笑うんじゃないわよ!」

「ごめんごめん、分かりましたシャナさん、その役目、頑張ってやってみます」

 

 どうやらシュピーゲルは、シャナの冗談で笑った事で少し落ち着いたようで、

大人しくシャナの指示に従う事にしたようだ。

 

「シノン、シュピーゲルはやってくれるそうだぞ、お前はどうするんだ?」

「分かった、分かったわよ、やればいいんでしょ?それに私もハゲるのは嫌だからね」

「すまん、頼むわ」

 

 そしてシャナは、シュピーゲルに予備の剣を渡し、

六人の方に向き直ると、短剣を見せながら大きな声でこう言った。

 

「よしお前ら、ちょっと実力を見てやるから、遠慮なく俺にかかってこい。

お前らは好きに銃を撃ちまくればいい、俺はこれしか使わない。

おいダイン!すぐに追いつくから先に行っててくれ!」

 

 ダインはその言葉を聞き、こちらをチラッと見ると、

何となく状況を把握したのか、肩を竦め、ヒラヒラとこちらに手を振った。

 

「シャナさん、いきなり何を……」

「どうやらお前らは、色々と勘違いしているみたいだからな。

いいから全員まとめてさっさとかかってこい」

 

 そしてシャナは、猛然と六人の方に走り出した。

六人は、どうしようか迷っていたようだったが、慌てて銃を構え、

シャナめがけて銃弾の雨を降らせようとした。

その瞬間にシャナは急に方向を変え、すれ違いざまに、トーマの銃を持つ腕を切り落とした。

 

「あっ」

 

 五人は慌てて照準を合わせ直し、直ぐにシャナを撃とうとしたのだが、

トーマの体が邪魔で、上手くシャナを狙う事が出来なかった。

その瞬間に、トーマの体を踏み台にしてシャナが飛び上がり、

五人の中央に着地すると、正面にいたソフィーとローザの腕を切り落とした。

そしてその三人は、呆然とその場にへたりこんだ。

 

「く、くそっ、接近戦は不利だ。おいお前ら、いつもの部活の練習の事を思い出せ!

とにかく動き回って、攻撃を避けつつ手の空いている者が攻撃だ!」

 

(部活……な、つまりこいつら、中学生か高校生か)

 

 シャナはそう考え、アンナの方へと走った。

アンナは、おっとりした喋り方に似合わず機敏な動きを見せ、

腕を狙われた瞬間に咄嗟に銃を放り投げて地面を転がると、

美しい動作で投げた銃をキャッチしようとした。

 

(今の動きは……そうか、新体操か!)

 

 シャナはそう判断しつつ、脚力に任せてアンナの下へ飛び込み、

銃をキャッチしようと上に伸ばされたアンナの手を切断すると、すぐにその場に伏せた。

その頭の上を、ターニャの放った銃弾が通過していく。

 

「くっ……」

 

 ターニャは、攻撃を簡単に避けられた事に焦り、

地面近くに這いつくばっているシャナに照準を合わせる為、少し銃口を下げた。

その瞬間にシャナは飛び上がり、凄まじい早さでターニャの横に着地すると、

短剣を横に振るい、ターニャの腕を切断した。

そして仲間を全員失ったエヴァは、雄たけびを上げ、銃を乱射しながらシャナに特攻した。

 

「う、うおおおお!」

 

 シャナは、筋力に任せて左右にステップをし、瞬間的にAGI特化型並みの速度を出すと、

そのままエヴァの懐に入ってその腕を切り落とすと、

視界の隅に映るシュピーゲルとシノンの位置を把握してわざとバックステップをし、

そのまま二人の到着を待った。そしてシャナは、タイミングを見計らい、

エヴァの頭目掛けて短剣を振り下ろした。

 

「きゃっ」

 

 エヴァが、その顔と体に似合わぬそんな悲鳴を上げた瞬間、

シュピーゲルが二人の間に入り、事前の指示通りにシャナの腕を切断した。

その瞬間シャナは確かに、シュピーゲルの目がほんの一瞬ではあるが、

SAO時代に見た事のある光を放つのを見た。

 

(こいつ今、ラフコフの奴らと同じ目をしたな)

 

 シャナはそう思い、ピトフーイの勘の凄さを改めて実感した。

 

(とりあえず、こいつの動向には気を配っておくか)

 

 シャナはその出来事を踏まえ、そう決意した。

そしてシャナの腕が切り落とされたのを見たシノンは、

シャナに恋する者としての自然の感覚として、それを不快に思ったのだが、

これは他ならぬシャナの指示である為、あくまで演技だと自分に言い聞かせながら、

自らも仕方なく、シャナの頭に銃口を突きつけた。

その瞬間に、エヴァはその場にへたりこんだ。

 

「よし、ここまでだな」

 

 その言葉で二人は武器を下ろし、シャナは残った手をエヴァに差し出した。

 

「どうだ、立てるか?」

「あっ……えと、ちょっと無理かもです」

「そうか、なら座ったままでいいか」

 

 そしてシャナはエヴァの隣に腰掛け、残りの五人に声を掛けた。

 

「よし、お前らもこっちに来て座れ。腕の事はすまなかったが、

もうすぐ再生すると思うから、まあそれまで我慢してくれ」

 

 そして五人がおずおずとシャナの前に座ると、シャナはエヴァ達六人に語りかけた。

 

「という訳で、お前らはこのシュピーゲルとシノンのおかげでギリギリ全滅を回避した。

まあ俺達は事前に打ち合わせをしていたから、予定通りって事になるがな」

「な、何でこんな事を……」

「こんな事?お前ら遠足にでも来たつもりか?さっきまで味方だった奴が、

次の瞬間には敵になったりする、ここはそういう所だ。だが同じ学校の同じ部活仲間という、

絶対に裏切らない仲間がいるっていう恵まれた状況にあるってのに、

さっきのお前らの体たらくは何だ?

いきなり棒立ちでチームの半分も失うとか、まったくなっちゃいない。

危機に陥った時の為に、事前に一言二言でも話しておけば、

あそこまで簡単にやられる事は無かったはずだ。

ごっこ遊びがしたいだけなら、わざわざこんなゲームなんかやる事は無い、

さっさとやめて、もっとぬるいゲームでも始めるんだな」

 

 その言葉に六人は、目に見えて落ち込んだ。シノンはその言葉のきつさに少し驚いたが、

シャナがエヴァ達の事を心配し、簡単に死なないように荒療治をしているのだと思い、

何か口を挟むような事はしなかった。

そしてシュピーゲルはこの時、まったく別の事を考えていた。

 

(ゲームとはいえ、初めて銃以外の手段で人を傷付けたのに、嫌悪感とかが何も無い。

むしろ一瞬高揚した気がする。もしかして僕には近接戦闘が向いてるのかも)

 

 その高揚の意味を、シュピーゲルは完全に取り違えていた。

今回の経験は、結果的にシュピーゲルにとっては、

ほんの僅かではあるが、その狂気の芽を育てる肥料となった。

 

「お前らも、こんなゲームを選んだからには、何かしら理由か目的があるんだろう。

その上で俺のファンを自称するからには、仲が悪い奴とも、

ゲームを本当に楽しむ為に腹を割って話し合い、真摯に向き合え。

俺が言いたいのはそれだけだ、後は勝手にするといい。行くぞ、シノン、シュピーゲル」

「うん」

「あっ、はい」

 

 そしてシャナ達は去っていき、その場にはエヴァ達六人だけが残された。



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第281話 初めて気楽に話せる相手

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


 残された六人は、うな垂れたまま、ぼそぼそと言葉を交わしていた。

 

「……怒られちゃったね」

「うん……」

「これからどうする?諦める?」

「そうだねぇ……」

「……」

 

 そしてしばしの沈黙の後、メンバーの中では一番大人しいアンナが、毅然と言った。

 

「私はシャナさんの言う通り好きにする。

だから私は私の意思で、今からシャナさんを追いかけて謝る」

「アンナ……」

「わ、私も謝りたい!」

「私も!」

 

 口々に賛同の声が上がり、エヴァは素の口調で仲間達に言った。

 

「部長の私のせいもあるんだろうけど、確かに私達はリアルでは仲が悪いよね。

それを見かねた先生に、チームワークを養う為にって薦められて始めたこのゲームだけど、

正直そんな事はもうどうでもいい。私はそれよりも、

あのシャナさんに軽蔑されたかもしれないという事の方が耐えられないよ」

「GGOの事を調べてる時に見たあの動画、凄かったもんね」

「私達も、こんな風に強くなりたいって思ったよね……」

「うんうん、あれには本当に憧れたよね……」

「だからもし賛成してもらえるなら、これからシャナさん達を追いかけて、

しっかり謝った後に、私達ここからもう一度やりなおさない?

それぞれ得意な事を生かして、仲間の苦手な部分を補い合いながら、

一致団結して戦える、強いチーム作りを目指してみようよ」

 

 そのエヴァの提案に、五人は直ぐに賛成した。

そして六人は、シャナ達を追いかけて走り出した。

一方その頃シャナ達も、エヴァ達の事について話していた。

 

「シャナさん、あの子達追いかけてきますかね?」

「どうだろうな、まああのままだと確実にろくな事にならなかっただろうからな、

ちょっと力技だったが、やれる事はやったし、後はあいつら次第だな」

「シャナの気持ちがちゃんと伝わってるといいんだけどね」

「俺の気持ち?初心者のおもりから解放されて、清々してるさ」

「ふ~ん」

 

 シュピーゲルはそんな二人の姿を見て、やや葛藤していた。

シャナの事は確かに嫌いなのだが、シノンがシャナに惹かれる理由も、

痛いほど分かってしまったからだ。自分には絶対にあんな事は出来ない、

もし仮に思いついたとしても、それを実行する度胸も実力も無い。

でもこの人はためらいなくそれを実行する。

おそらく学校でも、シノンを助ける事にまったくためらいなど無かったのだろう。

シュピーゲルは、そんなどうしようもない差を見せ付けられ、

敗北感にうちひしがれながらも、そんなシャナに大役を任された事を、

嬉しく思っている自分がいる事に気が付いた。

 

(くそっ、くそっ、何で嬉しいなんて感じてるんだよ僕は。

シャナは敵だ、そう、敵なんだ。この差を少しでも埋める為に、

絶対にシノンにいいところを見せないと……)

 

 一方シャナは、シュピーゲルから感じる暗い感情が、

先日総督府で感じたものと同じだという事に気が付いた。

 

(そうか、あの時こいつもあそこにいたのか……)

 

 シャナは、楽しそうに話し掛けてくるシノンにやめろとは言えず、

かといってそういう姿をシュピーゲルに見せ付けるような事もしたくはなく、

精神的に板挟み状態になっていた。

 

(くそ、失敗した。あいつらに勝手にしろなんて言うんじゃなかった……)

 

「シャナさ~ん!」

 

 その瞬間に後方から聞き覚えのある声が聞こえ、

シャナは、ナイスタイミングと心の中で喝采しつつ、

足を止めてその声の持ち主達を待つ事にした。そして直ぐに後方からエヴァ達が現れた。

六人は神妙な顔付きでシャナの前に並び、一斉に頭を下げた。

 

「「「「「「シャナさんごめんなさい!」」」」」」

「あんな所に置いてっちまってすまないな、俺もちょっと言い過ぎたかもしれないと、

正直反省していた所だったんだ。腕もすっかり再生したようだし、

話し合ってメンバーの仲も改善したってなら、もう何も問題は無いな。

良かった良かった、さあ、皆ではりきって敵を倒しに行こうじゃないか」

 

 その謝罪と同時にシャナは早口でそう言い、六人の背中を押すように前へと進み始めた。

 

「えっ、あ、あの、シャナさん」

「俺にも色々と事情があるんだよ。

本来なら先輩としてえらそうな事の一つでも言っておくべきなんだろうが、

今の俺は一刻も早くこの状況から逃げ出したい。そんな訳で、さっさと行くぞお前ら」

「「「「「「この状況?」」」」」」

 

 六人はそうひそひそと囁かれたシャナの言葉を聞いて、異口同音にそう言うと、

ちらっとシノンとシュピーゲルの方を見た。

シュピーゲルは、このチャンスを逃すまいと必死にシノンに話し掛けており、

シノンはそれに表情一つ変えず普通に受け答えしていた。

 

「ああ~!」

 

 最初にそう声を上げたのはソフィーだった。

 

「ソフィー、分かったの?」

「ズバリ三角関係ですね、シャナさん!」

「やっぱりこれも三角関係……なのか?」

「えっ?」

 

 ソフィーはそう言われ、改めて後ろを歩く二人の姿をチラッと見た。

そしてソフィーは、何かに気付いたようにぽんと手を叩いた。

 

「ねぇ皆、後ろのあの二人、どう思う?」

「どうって……」

 

 五人は再び後ろを見ると、口々に言った。

 

「普通に仲が良さそう?」

「シュピーゲルさんは、どう見てもシノンさんに気があるよね?」

「でもシノンさんはどちらかと言うと……」

「たまにチラチラとこっちを見てるよね」

「私が思うに、あれは相手の男にまったく気がない女性の態度ですね」

「そう、つまりこういう事」

 

 そしてソフィーは、ニヤリとしながらシャナに言った。

 

「自分の恋人が横恋慕されて困っているんですね、シャナさん!」

「別にシノンは恋人じゃないが……」

「「「「「「ええっ!?」」」」」」

 

 六人は、過去のシャナとシズカ達の動画を見ていた為、驚いたようにそう言った。

 

「だってあの時のシノンさん『私も彼と運命を共にする者』って言ってませんでした?」

「だから私達、シャナさんはとんだ五股野郎だけど、強い人ってそういう物だよねって……」

 

 ターニャがそう言った瞬間、シャナはその頭に拳骨を落とした。

 

「い、痛い!すみませんもう言いません!」

「言っておくが、あの中の一人は妹だし、二人は下僕だからな」

「げっ、下僕……!?」

「うわ、大人の世界……」

「で、でもどう見てもあの五人のうち、確実に三人はシャナさんの事が好きですよね?」

「…………………………四人かもな」

「妹さん以外全員じゃないですか!?もしかして一人に決められないんですか?」

「いや、俺は最初から常に一人に決めてるんだが……ほとんどの奴が諦めようとしなくてな、

俺は俺で諦めろと言っているつもりなんだが、どうもな……」

 

 表面上は一歩引いているように思われる雪乃達でさえ、

内心ではまだあわよくばと思っているのは間違いない。

新参の詩乃やエルザは言わずもがな、である。

八幡を信じつつも常に多くのライバルに囲まれている明日奈が、

飴と鞭を使い分けながら、適度にガス抜きをする事によって優位を保っているのが現状だ。

八幡自身は諦めるように言っているつもりなのだろうが、

好意を寄せてくる女性達をキッパリと遠ざける事が出来ず、

仲間として傍にいる事を許してしまっている限り、この問題は解決する事は無い。

つまりこの問題は、一生解決する事は無いのである。

 

「諦めないって、普通断ったらそれで縁が切れるものじゃないんですか?」

「そのほとんどが、仲間として俺の傍にいるからどうしてもな……」

「うわっ……正式な彼女さんは、それで何も言わないんですか?」

「普通に仲良くしてるな、逆に何かと俺と接触させようとしてるまであるな」

「それって……」

 

 そして六人は、ひそひそと囁きあった。

 

「それってハーレム?」

「ハーレムだね」

「ハーレム王がここにいた……」

「彼女さんがハーレムをしっかり管理してるように聞こえるよね」

「その方が上手くいくって判断したんだろうね……」

「あのシノンさんもその一員なんだね……」

 

 そしてアンナが、ぼそっと言った。

 

「でもそれってGGOの中だけの話なんですかね……?」

「え?もちろんそうでしょ?」

「まさかリアルハーレム!?」

「何か確認出来る方法ってある?」

「さりげなく聞いてみれば案外ぽろっと漏らしちゃうかも?」

「それじゃあ上手くぼかして……」

 

 さすがは現役女子高生であり、こういう話はどうやら大好物のようだ。

詩乃が映子達と話すのと同じようなものだろう。

そしてエヴァが、代表してシャナにこう尋ねた。

 

「それは大変ですね……それじゃあプライベートなんてほとんど無いんじゃないですか?」

「ん?ああ、まあそれなりに時間はとれてるぞ。

あいつらも気を遣ってくれてるみたいでな、日替わりで誰かが何て事は無いし、

まあ最近はシノンと一緒に出掛ける事が多いのは確かだが、

俺が不愉快に思うような事は一度もされた事は無いな」

「そうなんですか、それは良かったですね。でもその人達に不満は無いんですかね?

ちなみにそういう女性は何人くらいいるんですか?」

「不満は無いと思いたいが、甘えてばかりもいられないから、

そのうち何か考えないといけないかもしれないな。

でもそうすると、一日一人だとして何日かかるんだろうか……」

 

 そう言ってシャナは、指を折って数え始めた。

その数が進むにつれ、六人の口はどんどん大きく開かれていった。

 

「十人くらいか……さすがに大変だがまあ仕方ないか……」

 

 シャナは、六人のおかげで気まずい状況から逃れられた事でほっとしてしまい、

心のガードが一時的に緩くなってしまっていた。

その為普段は決して言わないような事を、ぽんぽんと話してしまっている。

シャナにとってこの六人は、おそらく女子高生だろうという事が分かっており、、

なおかつ自分に明確な好意を向けてくるでもなく、一ファンとして接してくれている為、

こういう事を話すのにうってつけな、初めて気楽に話せる相手だといえる存在のようだ。

そして六人は、再びひそひそと話し始めた。

 

「やばい……想像以上だった」

「リアルハーレム王がここにいた……」

「でも、シャナさんのあの優しさに触れたら、かなりの人がころっといきそうじゃない?」

「シャナさんって一体どんな人なんですかね、私、すごく興味が沸いてきました」

「今何かいい感じだし、何とか会えるように話を持っていけないかな?」

「エヴァ、さっきみたいに何か考えて!」

 

 そしてエヴァは腕組みをし、何か思いついたように言った。

 

「よし……やってみるか。ちょっとシャナさんと二人で話してくる」

「お願いリーダー!」

「さっすがリーダー、頼りになる!」

 

 どうやらシャナと会話する事によって、六人の仲は劇的に改善しつつあるようだ。

これは六人にとっても、思わぬ副産物であった。

 

「シャナさん、あいつらには内密で、ちょっと相談があるんですが……」

「ん?どうかしたのか?」

「えっとですね、シャナさんのおかげで、私達の仲もかなり改善されたと思うんですよ。

で、仕上げと言っては何ですが、六人で一緒に甘い物でも食べにいければいいなって」

「そうだな、それは確かに有効な手かもしれないな。

一緒に幸せな体験をするってのは、結束を固める事になるからな」

「で、もし良かったら、シャナさんに引率をお願い出来ないかなと……

私が提案しても、何だかんだ理由をつけられて断る奴が一人くらいはいるかもですし、

そうなると私達の関係が、また元に戻っちゃうかもしれないんで、

出来ればシャナさんから行こうって言ってもらえれば、全員ちゃんと来ると思うんです」

「なるほどな、纏め役ってのはそういうの、どうしても気にしちまうよな」

 

 シャナはエヴァと自分の事を重ね合わせたのか、同情するようにそう言った。

 

「まあいいぞ、とはいえ俺の車には六人も乗れないんだよな……さてどうするか」

「あ、ありがとうございます!しかも車で迎えに来てもらえるんですか?」

「その方が何かと楽だろうからな、まあ車の事は何とかするから、

行く日が決まったら、メッセージでも入れておいてくれ」

「あ、ありがとうございます!今度相談しておきます!」

「おう、そろそろ戦場に着くから、仲間の気を引き締めておいてくれ。

俺はシノン達と、戦闘についてもう一度確認してくる」

「そうですね、分かりました!」

 

 そしてエヴァは、仲間達の下に戻ると、作戦が成功した事を報告した。

 

「喜べお前ら、今度車でどこかに甘い物を食べに連れていってくれるそうだ」

「本当に?リーダー、やるぅ!」

「うわぁ、やばい、凄く楽しみになってきた!」

「とりあえずもうすぐ戦闘になる。シャナさんに恥ずかしい姿を見せないように、

気持ちを切り替えて、大会に臨むようなつもりで気合を入れていこう」

「「「「「了解!」」」」」

 

 こうして上手く話を運ぶ事に成功した六人は、その喜びもあったせいか、

戦闘に臨むにあたってとてもいい精神状態を保っていた。

そして一行は、先行していたダイン達と戦闘予定地で合流を果たした。

 

「よぉ、どうやら上手くいったみたいだな、あいつら見違えたように仲良く話してやがる」

「ああ、何とかなった」

「そろそろ敵の姿が見える頃だ、所定の位置に移動して、待ち伏せといこう」

「了解だ」

 

 そして二人は戦闘に関していくつかの事を話し合い、予定通り二手に分かれる事となった。

 

「ここだな」

 

 現地に着くとシャナが見張りを始め、残りの者は武器の確認作業に入った。

 

「お、どうやら敵のお出ましだ」

 

 そしてついに敵が姿を現したらしくシャナがそう言うと、一同に緊張が走った。

 

「ん……?」

「どうしたの?」

「いや、ちょっとな……おいシノン、シュピーゲル、ちょっと敵の様子を見てみてくれ」

 

 そう言われたシノンとシュピーゲルは、シャナと同じように単眼鏡を使い、

のんびりとこちらに向かって歩いてくる敵の一行の姿を観察した。

 

「のんびりしているように見えるわね、いかにもモブ狩りを終えてきましたって感じ」

「特に変わった所があるようには見えませんが……」

「表面上はな、でもそれじゃあなんで、あいつらは全員実弾銃を持っているんだ?

確かにPKチームの方なんだろうが、プレイヤーを相手にしてきた訳でもないのに、

モブと遭遇する確率の高い移動中にそれは、さすがに不自然だろ?」

「あっ」

「ほ、本当だ……」

 

 シャナの指摘を受け、二人はその目でその事実を確認した。

そしてシャナは、全員に向かってこう言った。

 

「知っての通り、プレイヤーのほとんどが光学銃に対する耐性装備を持っている事もあって、

モブ狩りには光学銃を、PKには実弾銃を遣うのが常識だ。

これはダインの奴、まんまとはめられたみたいだな。

という事は、恐らくこちらの背後から敵のモブ狩りチームが襲ってくる可能性が高い。

シュピーゲル、すぐにダインに連絡を入れてくれ。

繋がったら直ぐに状況を説明して、その後通信機を俺に貸してくれ」

「わ、分かりました!」

 

 こうして楽な予定だった今日の戦闘は、思わぬ方向へと進む事になった。




次回、ついに戦闘開始!『愚かさの代償』お楽しみに!


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第282話 愚かさの代償

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


「シャナか?俺だ。今シュピーゲルから話を聞いてこちらでも確認した。

どうやらまじであいつらにはめられちまったみたいだな、本当にすまん」

「何、この段階で気が付けたんだ、まだいくらでもやりようはあるさ。

問題は情報の流れがどうなっているかなんだが、

敵はこっちの戦力を把握しているのか?どうなんだ?」

「……そういえば昨日、あっちから派遣されてきたっていう連絡員に、

『こっちは十五人、最大でも二十人ですが戦力は足りてますか?』

って聞かれて、大丈夫だと説明する為に、主だったメンバーは誰かって事と、

全部で二十人くらい参加するって事、後、こっちの作戦計画まで教えちまった。

くそっ、悔やんでも悔やみきれねえ……」

 

 ダインはとても悔しそうにそう言った。

だが、それを聞いたシャナの反応はまったく違った。

 

「それが昨日の出来事か、でかしたぞダイン、それなら何とかなりそうだ」

「そ、そうなのか?でもよ……」

「ちなみに今日、あいつらの仲間だと思われる奴を、誰か見掛けたか?」

「いや、それは見掛けてないな」

「なら何も問題は無い、奴らは俺とエヴァ達の存在を知らないって事になるじゃないか」

「!?……そ、そうか、確かにそうだな!」

「更に作戦計画まで教えたのなら相手の裏もかきやすくなる。

あいつらに自分達の愚かな行いに対する代償を、存分に払ってもらうとしようぜ」

「おう!こうなりゃとことん戦争だな!」

 

 そして二人は簡単に作戦を立て直すと、一時通信を切った。

 

「よし、シノンとシュピーゲルはあそこの岩山に移動してくれ。

現地に着いたら狙撃の準備をしつつ、崖の下に向けてロープを二本垂らすんだ。

あそこはそれなりに高さはあるが、素人でもロープを使えば簡単におりられるはずだ。

先ずダイン達が、敵にだまされた振りをしてこちらに逃げてくる。

エヴァ達はそれを追いかけてくる奴らに向けて、このポイントで全力射撃、

シノンは慌てて逃げる奴らを片っ端から狙撃だ。相手は背を向けているだろうから、

弾道予測線を察知される心配も無いだろう。それでモブ狩りチームはもう放置だ。

その後エヴァ達はダイン達と合流して、PKチームを迎え撃つのに最適なポイントを探し、

そこで待ち伏せしてくれ。シノンとシュピーゲルは、敵が来ないようならそのままで、

敵が来たらロープを使って一時離脱、下でロープをストレージにしまえば、

そのままロープは消滅するから、敵が下りてくるまで時間を稼げるはずだ。

その後は、そのままダイン達の位置を見ながら、

敵を狙撃出来るポイントを探して移動してくれ」

「分かったわ」

「はい」

「「「「「「頑張ります!」」」」」」

「それで、シャナはどうするの?」

 

 シノンは、シャナの名前が出なかった為、何となくそう尋ねた。

 

「俺か?俺はダイン達の背後を奇襲しようとしてくる奴らの足を止める為に遅滞戦闘を行う」

 

 その言葉を聞いたシノンは顔色を変えた。

 

「ひ、一人で大丈夫なの?相手は二十人くらいいるんじゃないの?」

「幸いあそこは深い密林だからな、ゲリラ戦を行えば、まあ簡単にやられる事は無いだろ」

「で、でも危ないじゃない!私……私……」

「心配するな、あくまで足止めだ。決して無理はしないから後で合流しよう」

「う、うん……必ず私の所に帰ってきてね」

「ああ、約束だ」

 

 エヴァ達はそんな二人の姿を見て、ドキドキしながらこっそり会話を交わしていた。

 

「うわ、映画の一シーンみたいなんですけど」

「クライマックス直前って感じ?」

「ヒロインしてるなぁ……」

「あれであの二人が付き合ってないなんて言われても、まったく信じられないよ……」

「シノンさんもシャナさんも、絶対私達より年上だよね。

二十台後半くらい?まさに大人の恋愛って感じ!」

「シュピーゲルさん、どんまいですよ!」 

 

 当のシュピーゲルは、そんな二人の姿をまともに見る事が出来ず目を伏せていた。

そんなシュピーゲルの肩を叩き、シャナはこう言った。

 

「もしシノンがやられると、その後の形勢が不利になる可能性がある。

という訳でシュピーゲル、シノンの背後の守りはお前にかかっているんだ、

決してどんな兆候も見逃さないように集中してくれ」

「はっ、はい!」

 

 シュピーゲルはその言葉にさすがに覚醒したのか、ハッキリとそう返事をした。

シュピーゲルは確かにシノンを守ろうと思ってはいたのだが、

それがメインの目的では無く、最悪の場合、例えシノンがやられようとも、

それまでには必ずシノンに自分のいい所を見せようと、その事だけを考えていた。

それも出来るだけ格好良く、シノンの心に感銘を与えるように。

それが今の彼の一番の目的となっている事に、この場の誰も気が付かなかった。

その事が後に、シノンの大きなピンチを招く事となる。

 

「さて、それじゃあ各自配置についてくれ、もう時間の猶予が無い」

 

 そのシャナの言葉に従い、メンバーはそれぞれの担当地点へと向かった。

シャナは一人で密林の間に伏せ、ダインとの回線を維持しつつ敵の到着を待っていた。

そして予想通り、ダイン達の背後から敵が姿を現した。

 

「ダイン、やっぱり背後から敵が来たぞ、これからかく乱に入る。

打ち合わせ通り、お前達は奇襲を受けた演技をし、エヴァ達の方へ逃げる振りをしてくれ」

「了解、シャナ、健闘を祈るぜ」

「後で飯でもおごれよ」

「おう、好きなだけたらふく食ってくれよ!」

 

 そしてシャナは、別に用意していた拳銃をあらぬ方へと撃ち、直ぐに敵の反応を見た。

その銃声と共にダイン達は行動を開始し、敵は直ぐに警戒する態勢をとった。

 

「どうやらあいつが指揮官だな、薄塩たらこは……いないか。少し警戒する必要があるな」

 

 シャナはこれだけの作戦に、リーダーの薄塩たらこが不在なはずはないと思い、

シノンに警戒するように伝えた後、M82の狙撃体制をとった。

 

「さて、とりあえず敵の指揮系統を潰すか」

 

 そしてシャナはいとも簡単に引き金を引き、次の瞬間に敵の指揮官の頭が吹っ飛んだ。

その後も敵が姿を隠すまで、何人かにヘッドショットを立て続けにかましたシャナは、

頃合いを見てM82をストレージにしまい、ほふく前進でじりじりと移動を始めた。

 

(とりあえず五人か、バラバラで隠れている敵をあと数人倒せば、

敵は安全な場所で戦力を再編しようと思い、一時後方に下がるだろう)

 

 そう考えたシャナは、鋭い目で獲物を探し始めた。

同じ頃、敵のモブ狩りチームの指揮官は、まんまと作戦通りに事が運んだと思い、

目の前を必死で逃げているダイン達の追撃に入っていた。

 

「事前に聞いていた通り、シノンとかいうあのスナイパーの他にこの場にいないのは、

あと一人か二人くらいだな。そっちも今頃リーダー達に襲われているはずだから、

俺達はこのままあいつらを追撃して殲滅だ」

 

 シャナが最初に別働隊の指揮官を倒した為、

まだこちらには、逆に奇襲を受けたとの連絡は入っていなかったようだ。

丁度その時通信機の音が鳴り、その男の耳にありえない言葉が飛び込んできた。

 

「すみません、こっちの奇襲は読まれてました。

しかも敵の使ってる武器からして、相手はあのシャナだと思われます」

「なっ……奇襲が失敗?しかも敵にシャナがいるだと?そんなはずがないだろ、

だってあいつら、作戦通りお前達に追い立てられて、俺達の目の前を逃げているんだぞ!」

「その理由は分かりません、分かりませんが、とにかく事実です」

「くっ、お前ら一時停止だ、どうやらこっちが罠にはめられた可能性がある!」

 

 だがその指揮官の言葉は、彼らにとって致命傷になった。

彼らが足を止めたその場所は、エヴァ達のキルゾーンの真っ只中であった。

 

「何であいつら足を止めたんだ?まあラッキーだな、今だ、撃ちまくれ!」

 

 そのエヴァの指示と共に、五人は敵の集団に向けて銃弾の雨を降らせた。

シャナが待ち伏せに選んだ場所だけの事はあり、周囲に逃げ場は無く、

正面からダイン達も反転攻勢を開始した事もあり、直ぐにその集団は全滅した。

 

「よし、完勝だ!」

「おいダイン、まだ敵は半分残ってるんだ、あまり浮かれるなよ」

「すまん、確かにそうだな。よし直ぐに移動だ」

 

 そしてダイン達はエヴァ達と共に駆け出し、

敵が街に戻る時に必ず通ると思われる道の周囲に潜み、敵を待ち伏せる事にした。

 

 

 

 一方その頃、シノン達も敵の攻撃を受けていた。

エヴァ達が攻撃を開始したのを見て、シノンも狙撃で何人かを倒していたのだが、

そんなシノンに、周囲を警戒していたシュピーゲルが声を掛けた。

 

「シノン、後方から敵!」

「了解」

 

 シノンは直ぐに射撃をやめ、ヘカートIIをストレージにしまうと、

何も持たないまま、ロープを掴んで崖下に身を躍らせた。

シノンは懸垂下降のスキルを特に持っている訳ではなかったが、

下を見ながら恐々と下りる事で、無事崖下へとたどり着く事が出来た。

 

(これはちょっと練習しておいた方がいいかもしれないわね)

 

 そう思ったシノンはここで始めて、自分の後に続いているはずのシュピーゲルの方を見た。

だが、シュピーゲルの姿はどこにも見えなかった。

 

「シュピーゲル?どうしたの、シュピーゲル!」

 

 シノンは、自分の使ったロープをストレージに収納する事で消し、

そうシュピーゲルに声を掛けた。そしてその呼び掛けに答えるように、

シュピーゲルが崖上から顔を覗かせた。

 

「何やってるの、早くこっちへ!」

「大丈夫、僕がここで少し敵を防ぐから、シノンは先に逃げて!」

「駄目よ、いいから早くこっちに下りてきて!」

 

 シノンは必死にシュピーゲルにそう呼び掛けたのだが、シュピーゲルは耳を貸さなかった。

この時シュピーゲルは、シノンを守って敵を退ける自分の姿を想像し、

その英雄的な姿に酔っていた。そしてシュピーゲルはその場に伏せながら、

敵に向かって射撃を開始した。

 

(僕だって、僕だって機会さえあれば、シャナと同じ事が出来るんだ!

僕はここでの活躍で、シノンにもう一度僕の事を見てもらうんだ!)

 

 そう思った瞬間、シュピーゲルの目の前に手榴弾が投げ込まれ、

まったく逃げ場の無かったシュピーゲルは、咄嗟に銃を持つ腕で顔をかばった。

そしてその行いのせいで、シュピーゲルの右手は持っていた銃ごと吹き飛ばされ、

シュピーゲルは呆然と、失われた自分の右手を見つめた。

そしてその前に、貫禄のある姿をした一人の男を先頭に、敵の集団が姿を現した。

 

「薄塩たらこ……」

 

 シュピーゲルがそう呟いたのを聞いて、その男、薄塩たらこが言った。

 

「どうやら俺の事を知っているみたいだが、シャナの仲間にしては随分お粗末だな。

いや、シャナの仲間はあのシノンって奴だけで、お前はダインのチームの奴か」

 

 シュピーゲルはその言葉を受け、二重に怒りを覚えた。

お粗末だと言われた事、そしてシノンとは仲間ではないと言われた事が、

彼の痛いところを突き、薄塩たらこに対する怒りを増長させた。

だが武器と右腕を失った今の彼には、怒る以外には何も出来なかった。

そして敵の仲間が崖下を覗きこみ、シノンの姿とロープの存在に気が付いた。

シノンは下で、我慢強くシュピーゲルを待っていたのだが、

敵が姿を現した為、ロープの回収を諦め、そのまま逃走に入った。

 

(まずい、ロープが残っちゃった……どうしよう、直ぐに追撃される)

 

 シノンはそう思いながらも、これからどうすればいいか必死に考えた。

そのシノンの頭の中には、シュピーゲルの事を心配する気持ちは一切無かった。

敵が姿を現した以上、もう倒されたに決まっているし、

それに今シュピーゲルの事を考えると、

作戦を無視した彼に対する怒りが湧き起こってしまい、

今後の友人関係に支障をきたす可能性があり、出来ればそれは避けたい。

それを防ぐ為、シノンは一切シュピーゲルの事を考えない事にしたのだった。

 

「リーダー、下にあのシノンって奴がいます!それとここにロープが」

「あん?あいつはちょっといい銃を手に入れただけの素人か?

ロープを残して逃げるとか、追いかけてこいと言わんばかりじゃないか。

まさかこれは罠か?いや、違うな……」

 

 そして薄塩たらこは、シュピーゲルを見ながら吐き捨てるように言った。

 

「そうか、こいつが馬鹿な事をしたせいで、ロープを回収出来なかったんだな。

あいつもこんな馬鹿に足を引っ張られて、かわいそうなこった。

よし、こいつをさっさと始末して後を追うぞ」

 

 そして薄塩たらこは、顔を真っ赤にしているシュピーゲルの頭に銃口を向け、

容赦なくその引き金を引き、頭に穴を開けられたシュピーゲルの意識は一瞬で暗転した。

その頭の中には、自分の愚かな行いに対する反省は一切無く、

自分のせいで窮地に陥ったシノンの事を心配し、謝罪する気持ちも一切無かった。

その頭の中には、シノンにいい所を見せる事を邪魔した上に自分を罵倒した、

薄塩たらこに対する怒りだけが充満していた。

 

「あの女を倒した後で、生き残りの味方と合流して敵の本隊に攻撃だ。

シャナが来ると少しまずい事になる、急げ!」

 

 そして薄塩たらこ達は、シュピーゲルが使うはずだったロープを使って下に下りると、

シノンの追撃を開始した。こうしてシノンは、絶対絶命のピンチに陥る事になった。




次回決着です!『薄塩たらこはかく語りき』
たらこが何を語ったのかは、斜め上すぎてとても予告出来ません!


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第283話 薄塩たらこはかく語りき

いよいよ決着です!

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


 シノンが走り去った後、それを追う者は、薄塩たらこを入れて五人であった。

いずれも精鋭であり、それだけ薄塩たらこがシノンの事を警戒していた証明でもある。

 

「これは下手に武器を取り出そうとして、足を止める訳にはいかないわね。

でもこっちはダイン達が向かった方向とは真逆だし、このままだとまずい。

ずっと私を追いかけてくれるなら、それはそれでいいんだけど、

ここままだと近いうちに確実に追いつかれる。

何とかシャナに合流出来ればいいんだけど……」

 

 シノンはそう考えつつも、時折飛んでくる銃弾を避ける為、ジグザクに走り続けた。

そして同じように敵中で孤立しているシャナの事を考え、

もしシャナがゲリラ戦を続けている場合、こちらから連絡すると、

隠れているシャナの居場所が敵にバレる恐れがあると思い、

ひたすらシャナからの連絡を待つ事にした。

だが、真っ直ぐ走って逃げる事は出来ない為、敵との差はどんどん詰まっていった。

このままでは、長くは持たないだろう。

 

 

 

 そのシャナは、あれから更に五人ほどをゲリラ戦による奇襲で葬り、

既に周囲には、敵の姿はまったく見えない状態になっていた。

 

「さて、落ち着いた所でシノン達と合流するか」

 

 そう考えたシャナは、シノンが狙撃中な可能性を考えて、シュピーゲルに連絡を入れた。

そのシュピーゲルは、街に戻された後、茫然自失状態だったのだが、

シャナから連絡を受けた事で我に返り、慌てて通信機のスイッチを入れた。

 

「シュピーゲルか、今どんな状態だ?」

 

 シュピーゲルはそう聞かれ、シノンの窮地を説明しようとしたのだが、

その為には自分のミスについても話さなくてはいけない。

シュピーゲルは、薄塩たらこに言われたような事をシャナにも言われるかもしれないと思い、

どうやって誤魔化そうかと考えたのだが、当のシノンが事情を知っている以上、

どう取り繕ってもその嘘は後でバレてしまう。

その為シュピーゲルは仕方なく、シャナに何があったのかを正直に話す事にした。

だが予想に反してシャナは、シュピーゲルを責めるような事は一切言わず、

逆に慰めるような事を言ってきた。

 

「そうか、それはミスったな。まあでもいい経験になっただろ、次は気を付ければいいさ」

「えっ……あっ、はい……本当にすみません……」

「終わった事は仕方ないさ、それで今シノンは、どのあたりにいると思う?」

「はい、最後に聞こえたのは、シノンがとにかく奴らから遠ざかるように逃げ出したという、

そんなやり取りでした。だから崖から下りた後、とにかく真っ直ぐ進んだんじゃないかと」

「そうか、よし、俺はこれからシノンを救出にいく。お前はそこでのんびり待っててくれ。

後でシノンには謝った方がいいかもしれないが、その後はダインのおごりで宴会だ。

必ず勝って帰るから、俺達の勝利を祈っててくれ」

「は、はい!」

 

 そしてシュピーゲルは、通信が切れた後、ぼそっと呟いた。

 

「くそっ、どうしてあの人は、憎ませてくれないんだよ……

あの人の事は嫌いなのに……どうしても憎めない……」

 

 そう呟いたシュピーゲルは、シャナと戦う薄塩たらこの姿を想像し、

先ほど投げかけられた罵声の数々を思い出した。

それは脳内でシャナの優しさと比較され、実際よりもきつい印象となっていた。

 

「くそっ、好き放題言いやがって……あいつはいつか必ず、僕の手で殺す」

 

 この時はもちろん、ゲーム内でそうするつもりだったのは間違いない。

本来はシャナに向けられるはずだったシュピーゲルの憎悪は、

行き場を無くし、全て薄塩たらこに向けられる事となった。

だがシュピーゲルは、何故仲間を大切にするはずのシャナが怒らなかったのか、

この時気付くべきだったのだ。シャナがシュピーゲルを怒らなかったのは、

シノンの救出を余裕を持って達成出来る自信があったのが一つ、

そしてもう一つは、シュピーゲルに怒る価値を見出せなかった為だった。

例えここで怒ったとしても、こいつはまた同じ事をする。

だったら予めそれを作戦に盛り込めばいい。

シャナはそう考え、シュピーゲルが万が一おかしな行動に出ないようにと、

今回は慰めるだけに留める事にしたのだった。

 

 

 

 一方そのシャナは、シュピーゲルの言葉からシノンの逃走ルートをある程度想定し、

そちらに向けて全力で走っていた。そしてついにシャナは、遠目にシノンの姿を見付け、

更にそれを追い掛ける五人の姿を見付けた。

 

「さてと、このまま殲滅してもいいんだが、薄塩たらこの持つ通信機には用があるしな……

まああいつはタフだって噂だし、多少弾を当てても生き残るだろ」

 

 そしてシャナは、シノンに通信を入れた。

 

「シャナ、無事?」

 

 どうやらシノンは、走る速度を落とさないように通信しているようで、

少し聞き取りにくかったが、シャナは気にせずシノンにこう言った。

 

「シノン、右だ。俺は右にいるから、そのまま林の中に突っ込め!」

「分かったわ、直ぐそっちに行く」

 

 シノンは素直にその言葉に従い、進路をいきなり右に変えた。

そして前方に人の姿が見えた為、シノンはそれをシャナだと思い、嬉しそうに声を掛けた。

 

「シャナ!」

 

 だがその人影は何も答えず、近付いたシノンは、

そこにシャナの服だけが残されているのを発見し、呆然とした。

 

「シャナ、シャナ?まさか……まさかシャナが、ここで倒されたと言うの?」

 

 シノンはそう言ったが、どこからも返事は無い。

シノンは地面にへたり込み、そのシャナの服を胸に抱いた。

シャナの服は妙に重く、その中にある物が何かを理解したシノンは、

少し考えた後、天を仰いだ。そしてシノンは、何かを理解したような表情で目を見開いた。

 

「そっか……任せて、シャナ……」

 

 そしてシノンは、その場でうな垂れたように力を抜いた。

そんなシノンの下に、直ぐに薄塩たらこ達が追いついた。

 

「いきなり右に曲がったかと思ったら、もう諦めたのか?

ん、その服は見覚えがあるな、確かシャナの服か。

そうか、どこからも連絡は無いが、誰かがここでシャナを倒したんだな。

そしてお前はその服が見えたから、シャナがいると思って右に曲がり、

そしてそれを見付けてここでうな垂れていたって訳か。

大好きなシャナが既に倒されちまってて、本当に残念だったな」

 

 そして薄塩たらこは更にこう言った。

 

「さて、いつまでもお前にばかり構っている訳にはいかないからな、

さっさとここで死んでもらって、残る戦力を殲滅しに行くか。

結局シャナとはやりあえなかったが、いずれその機会もあるだろう。それじゃあさよならだ」

「そうだな、複数で女を囲むような奴らには、さっさと退場してもらわないとな」

「なっ……」

 

 突然上からそんな声が聞こえ、五人は慌てて上を向いた。

その瞬間に、シャナの服から手を出したシノンは、

いつの間にかその手に握られていたサブマシンガンを乱射した。

 

「あんた馬鹿なの?シャナが負ける訳ないでしょ!」

「なっ……お前、いつの間にそんな物を……そんな余裕はまったく無かったはずだ!」

 

 その乱射で二人が倒され、慌てて木の陰に隠れながらそう言った薄塩たらこは、

何かが落ちてくる音と共に、後方から仲間の悲鳴が上がるのを聞いた。

 

「くそっ、罠か!」

 

 シノンの動向に注意を払いつつ、そちらを振り向いた薄塩たらこの目に、

あっさりと首を刎ねられる仲間の姿が映った。

 

「シャナ!」

「よぉ、シノンを随分といじめてくれたみたいだな、とりあえず無力化させてもらうぞ」

 

 シャナはそう言うと、薄塩たらこの両腕を切り落とし、

その懐を探ると、通信機を取り出した。

 

「ぐっ……何をするつもりだ!」

「そんなの決まってるだろ、おいシノン、こいつの口を抑えておいてくれ」

「うん、分かった。それにしても服しか無かったからびっくりしたわよ。

中にサブマシンガンが入っていた事にはもっと驚いたけど」

「まあそれで俺が近くにいるのが分かっただろ?しかしよく上だって気付いたな」

「うん、何となくシャナが上にいる気がしたの」

「お前、ちょっとピトに似てきたな……」

 

 そしてシャナは、薄塩たらこの通信機を使って敵の生き残りに連絡をした。

 

「大変だ、リーダーがやられた!」

「何っ、本当か?」

「ああ、今はリーダーの通信機を借りて連絡している。こっちの生き残りは俺一人だから、

そっちは集結後に街へと撤退してくれ。こっちは可能ならそちらの後を追う。ルートは……」

 

 そしてシャナは、ダイン達が待ち受けるルートを指示し、通信を切った。

薄塩たらこは、最初は激しく抵抗していたが、途中からは何もかも諦めたように、

黙ってその姿を見つめていた。そして薄塩たらこは、シャナに言った。

 

「完敗だ完敗。しかしお前、本当に容赦ないな」

「俺と敵対する奴が悪い、俺は悪くない」

「別にこっちは好きで敵対した訳じゃ……いや、今更そんな事を言っても仕方がないか、

敵対したのは事実だしな。はぁ、これで残ったあいつらがやられたら、こっちは全滅か」

 

 そう暗い口調で言う薄塩たらこに、シノンは言った。

 

「最初からまともにぶつかってたら、こっちが負けてたかもしれないけどね」

「お前とシャナがいるのにか?さすがに対物ライフル二本相手じゃ、分が悪いと思うがな」

「まあそれでも、今回みたいにこっちの犠牲者が一人って事は無いと思うわよ」

「今回はな……完璧な作戦だと思ったんだが」

「完璧な作戦なんか存在しない。敵をハメたと思っても、それが見破られた時にどうするか、

事前に必ず検討しておかないとな」

「もし次の機会があったらそうするよ」

 

 そしてシャナは、気になっていた事を一つ尋ねた。

 

「ところで何でお前、シノンの所にいたんだ?お前が他の部隊を指揮していたら、

こうも簡単にやられる事は無かったんじゃないか?」

「そりゃあ今回の目的が、このお嬢ちゃんを叩く事だったからな」

「私!?」

「ああ、あんたはこのままだと、かなりの脅威になる可能性が高い。

だから今のうちに叩いておこうと思った。

そして倒せないまでも、どういう奴なのかは知っておきたかった」

「だそうだ、良かったなシノン、随分高く評価されてるみたいだぞ」

 

 シノンはその言葉に複雑な顔をした。

 

「別にそれは、私だけの力じゃ……シャナと一緒にいるっていう部分もあると思うし」

「まあ確かにそれもある。俺達にとって、シャナはとにかく謎な存在だからな。

それまで無名だったのに、いきなりBoBの決勝まで進んだ事と、あの戦い方からして、

一時はALOのトッププレイヤーがコンバートしてきたのかとも噂されてたな。

まあそれに該当するプレイヤーは、おそらくALOの最強ギルド、

『ヴァルハラ・リゾート』の、ハチマンかキリトしかいないって話だったが、

二人ともALOにキャラが残ってるのが確認されているから、多分違うしな」

「ハチマン……ねぇ。で、その『ヴァルハラ・リゾート』ってどんなギルド?」

 

 シノンは、その限りなく聞き覚えのある名前を聞き、

シャナの事をジト目で見ながらそう尋ねた。

 

「ALOの事は知ってるか?ある意味SAOの後継とも言われるゲームなんだが、

そこにある、文字通り最強のギルドの名前だよ。リーダーはさっき言ったハチマンって奴で、

『ザ・ルーラー』『支配者』って二つ名で呼ばれている。その強さは別格で、

おそらく十倍のプレイヤーが相手でも、ヴァルハラの方が圧勝するだろうと言われているな」

「十倍!?」

「ああ、そこには三人の強力な副長がいてな、

『黒の剣士』のキリト、『絶対零度』のユキノ『バーサクヒーラー』のアスナ、

更に『絶対暴君』のソレイユっていう、戦略核兵器みたいな人が後ろに控えているそうだ」

「アスナにソレイユ……ねぇ、シャナ、どう思う?」

「ど、どどどう思うと言われてもな、随分詳しいな、としか」

 

 シャナは盛大に目を泳がせながらそう言った。

 

「更にそのギルドの特徴は、とにかく女性プレイヤーが多いって事だな。

ほとんどの奴が、ハチマンに惚れてるってもっぱらの……」

「おいたらこ、その話はそれくらいで、な?」

「ん?何か都合が悪いのか?まさかお前、本当に……?」

「いいかたらこ、これから言う事は絶対に秘密だ。もし噂が広まったら、

俺はお前をとことん追い詰めて、このゲームにいられなくする」

 

 シャナは、下手に勘ぐられておかしな噂が広まるよりは、

予め口止めをしておいた方がいいと思い、自分からそう言い出した。

 

「じゃあ、噂は本当だったのか?」

「そうだ、俺は『ヴァルハラ・リゾート』のハチマン本人だ。

このキャラは、GGOのサービス開始当初に一から作ったキャラだな」

「まじか!それじゃあまさか、シズカってのは……やっぱりバーサクヒーラーなのか?」

「ああ、それで合ってる。ただ俺は、とある目的があってこっそりここに来てるから、

出来ればお前はその噂を打ち消す方向で話を広めてくれると助かる」

「そうだったのか、まじかよ……俺、あんたの大ファンなんだよ、

分かった、絶対に秘密にすると約束するぜ!」

「頼むぞまじで……シノンも、今後は他人の前でおかしな反応をするなよ」

 

 シノンはその言葉に無言だったが、やがて顔を上げると、凄みのある笑顔で言った。

 

「分かったわ。それにしても私のライバルは、シズカやピトだけじゃ無かったんだね。

シャナ、今度私にも、その人達をちゃんと紹介してね」

「あっ……はい」

 

 そんな二人の姿を見た薄塩たらこは、豪快に笑った。

 

「あはははは、なぁシノン、あんた、実に肝が据わってるな、

さすがはシャナが傍に置いているだけの事はあるな、

恋のライバルはきっと手ごわいだろうけど、俺はあんたを応援するぜ」

「ありがとう、期待に応えられるように頑張るわ」

「お、おい……」

「シャナは黙って私達の勝負を見てなさい、いい?」

「俺の意思は無視かよ……」

 

 そしてその時シャナの持つ通信機が鳴り、

薄塩たらこの最後の仲間達が全滅した事がダインから告げられた。

それを聞いた薄塩たらこは、天を仰ぎながら言った。

 

「今日はとてもいい話を聞けた、あんた達に負けたなら満足だ。

必ず約束は守るから、俺の事も、ここでひと思いにやってくれ」

「いいのか?別に見逃してもいいんだが」

「いや、それじゃあ散っていった仲間達に申し訳がたたねえ。

俺の首はあんた自らの手で討ち取ってくれ」

「たらこ、あんたシャナ程じゃないけど、いい男ね」

「おう、最高の褒め言葉だな」

 

 シノンにそう言われた薄塩たらこは、とても嬉しそうにニッコリと微笑んだ。

 

「それじゃあ機会があったら、今度はそっちに誘ってくれ」

「いいのか?その時は二人とも宜しく頼む」

「おう、またな、たらこ」

「またね」

「おう、またな、二人とも!」

 

 そしてシャナは薄塩たらこの首を刎ね、その体はエフェクトと共に消えていった。

 

「中々面白い奴だったな」

「ええ、さすがはGGOで最大のスコードロンのリーダーだけの事はあるわね」

「それじゃあ俺達も、街へ凱旋といくか」

「うん!」

 

 そしてシノンは、当然のようにシャナの腕に自分の腕をからめた。

 

「おいこら離せ」

「嫌よ、あんな話を聞いたら、何もしない訳にはいかないじゃない」

「言っておくが、俺のパートナーはシズカだけだからな」

「そう言いながら、ちゃんと私達の相手もしてくれるわよね」

「それがいけないのかもしれないな……」

「ふふっ、言っても誰も聞かないんでしょ?

それならある程度好きにさせた方が、精神衛生的にはいいんじゃない?」

「そうなんだよな……まあ、シズカを本気で怒らせないようにな」

「うん!」

 

 そして二人は街に戻り、仲間達と共に勝利を喜びあった。

シュピーゲルは、申し訳なさそうにシノンに謝ってきたのだが、

シノンはそんなシュピーゲルの肩をぽんぽんと叩き、笑顔でそれを許した。

実はシノンも、シャナと同じようにどうでもいいと思っていたのだが、

シュピーゲルは当然その事にも気が付かず、単純に許されたのだと勘違いしていた。

そして一同は、酒場の二階を貸しきって盛大に祝勝会を行った。

シュピーゲルは、とてもそんな気分にはなれなかったのか、早い段階でログアウトした。

その後、何故か薄塩たらこ軍団も合流し、罠にはめようとした事への謝罪もあった為、

今回の事は水に流し、またかち合ったら正々堂々と戦おうという事になった。

こうして今回の事件は、何も遺恨を残す事なく無事に終結したが、

先に落ちたシュピーゲルだけが、遺恨を残す結果となったのだった。




明日は本当の本当にのんびりした話にするつもりです!


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第284話 心の広い彼女に感謝を

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


 そして祝勝会という名の宴会も終わり、その帰り際にシャナはエヴァに呼び止められた。

 

「シャナさん、約束の話なんですけど、明日ってお暇ですか?」

「約束?」

「はい、甘い物を食べに連れてってくれると!」

「あっ、ああっ!」

 

 シャナはこの時初めて自分の迂闊さに気が付いた。

あの状況から解放された喜びと、知らず知らずのうちに発動したお兄ちゃんスキルのせいで、

とんでもない約束をしてしまったとシャナは後悔したのだが、もう後の祭りである。

シャナは、どよんと落ち込んだ気分で、しかしそれを表情に出さないように言った。

 

「大丈夫だ、それで、どこへ迎えに行けばいい?」

「明日は大学で練習があるんで、出来ればそこの入り口の前だと助かります!」

「分かった、門を出た所で待ってるわ」

「はい、それじゃあまた明日!」

 

 エヴァは宴会中は豪快な話し方をしており、他の者も個性的な話し方をしていたのだが、

どうやらシャナが相手で他人がいない時は、素の話し方をする事にしたらしい。

六人はそれぞれ外見にまったく合わない普通の挨拶をして、順に落ちていった。

 

「シャナ、今の連中は?」

 

 そう話し掛けてきたのは薄塩たらこだった。

 

「そうか、お前はあいつらの事を知らないんだったな、

今日飛び込みで参加してきた、アマゾネス軍団だよ」

「そんな連中までいたのか……道理で人数の計算がまったく合わないと思ったぜ」

「女だけの六人のチームなんて、珍しいよな」

「まったく見覚えが無かったが、最近始めた連中か?」

「多分な。でもあいつらは中々いい動きをする。多分リアルでも何かやってるんだろうな」

「そういう連中は、手ごわいよな」

「あいつらは伸びるだろうな」

 

 シャナは新体操の部分をぼかしてそう言った。かなりの高評価である。

 

「さて、俺もそろそろ帰るよ、またな、シャナ、っと、シノンもな」

「おう、またな」

「またね」

 

 いつの間にかシノンが傍に来ていたらしく、薄塩たらこはそう二人に挨拶をした。

そしてシャナは振り向き、シノンに言った。

 

「さて、俺達も帰るか」

「そうね、今日はちょっと疲れたしね」

 

 二人はそう言葉を交わすと、拠点へと向かって歩き始めた。

 

「ところでシャナ、明日の事なんだけど、当然私も連れていってくれるのよね?」

「なっ……」

 

 シャナは何故シノンがその事を知っているのかと、激しく動揺した。

 

「お、お前、聞いてたのか?」

「当然じゃない、まあ今のあの子達は、あなたへの恋愛感情は一切無いみたいだけど、

今後はどうなるか分からないし、お目付け役としてしっかりと私が付いていかないとね」

「まあ別に構わないが……多分お前と同世代だろうし」

「そうなの?」

「ああ、あいつらのあの動きはもろに新体操の動きだったからな。

大学生にしては幼い感じがするし、中学で新体操部がある所なんざほとんど無いし、

そもそも中学生でGGOをやるってのは考えにくいしな」

「そっか、同世代なんだ……」

 

 そしてシノンは、こう呟いた。

 

「私のアバターがかわいくて良かった……」

 

 シャナはその言葉が聞こえたのか、ぷっと吹き出した。

 

「確かにあいつらのアバターは、随分と……あ~、偏ってたよな」

「うん、さすがに六人全員がああなるってのは珍しいよね」

「まあ、トーマとアンナはそうでもなかったけどな」

 

 一応記しておくと、エヴァは身長がかなり高く、茶髪の三つ編みをした、

全てにおいてごつい、女子プロレスラーのような外見をしている。

ソフィーは長い茶髪を後ろで束ねたずんぐりむっくりとした外見であり、

トーマは細身でショートカットの黒髪をした、どちらかというと女性的な外見をしている。

ロ-ザは赤い赤毛のそばかす顔で、

おかんというあだ名がついていてもおかしくないような外見をしており、

アンナは見事な金髪をした美形キャラであり、

ニット帽とサングラスのせいで白人男性にも見えるが、

その二つを取ると、まるでハリウッド女優のように見える。要するに顔だちがきつい。

そしてターニャは、銀色のベリーショートで、鋭い目付きをした狐のような外見だった。

シノンはその六人の顔を改めて思い出し、もう一度同じような事を言った。

 

「私のアバターが、シャナ好みのかわいい外見で、本当に良かった……」

「俺はお前の外見について、何か言った覚えは無いんだが……」

「何よ、何か私のアバターに文句でもあるの?」

「いや、まあ好みかどうかは知らないが、別に嫌いではないけどな」

「知らないって、自分の事でしょうに……もう、相変わらず素直じゃないわね」

「とりあえず明日は大型のミニバンを借りていくが、定員は八人までだからな。

今回は映子や美衣や椎奈は連れていけないからな」

「ちょっと、誤魔化さないでよ!まあいいわ、とりあえず私で丁度定員いっぱいって事ね。

三人とも残念がると思うけど、今回は諦めるように言っておくわ」

「そういえばあいつら、あれからちゃんとお前の事をガードしてくれてるか?」

「うん、私は必要無いって言ってるんだけど、いつも誰かしら傍にいてくれてるわ」

「そうか、それならいい」

 

 そしてログアウトした後八幡は、今日あった事を含め、その事を正直に明日奈に話した。

 

「ええっ、そんな事があったんだ……」

「ああ、一歩間違えれば全滅する可能性もあったな」

「それって実は、八幡君とシノのん以外は、でしょ?」

「まあ正直二人揃ってればどうとでもなるから、そうかもだけどな」

 

 八幡はあっさりとそう認めた。

 

「明日奈は明日は何か用事があるのか?」

「私は雪乃と出掛ける約束があるんだよね。

結衣と優美子は、たまにはって事で海老名さんと三人で集まるみたいで、

珍しく雪乃に、二人で出掛けようって誘われたの。

あーあ、私もその子達を見てみたかったなぁ」

「悪いな、車の定員がいっぱいなんだよ。そうじゃなかったら、

こっちと合流してもらっても良かったんだけどな。

って、雪乃にGGOの事がバレるのはまずいか……

いや、あえてバラして小猫が今頑張ってくれている、

あそこにいたプレイヤーの情報の整理を手伝ってもらう手もあるが……」

 

 迷う八幡を見て、明日奈は少し考えた後に言った。

 

「まあ、もう少し様子見でいいんじゃない?薔薇さんやる気まんまんだし」

「そうだな、下手に雪乃を呼ぶと、

『私が信用出来ないんですか?』とか小猫が拗ねるかもだしな」

「ところで明日はどこに行くつもりなの?」

「ああ、俺はそういうのには疎いから、

この前雪乃と話していた時に、たまたま話題になった店にしようかと思ってる」

「結衣や優美子なら分かるけど、雪乃がそういう店の事を話題に出すなんて珍しくない?」

「どうやら猫のイメージのスイーツがあるらしくってな」

「ああ~!」

 

 明日奈はその言葉を聞いて、直ぐに納得したようだ。

 

「まあとりあえず、今度私もその子達に会わせてね」

「ああ、ゲームの中でもたまには一緒に行動する事もあるだろうが、

あいつらを見たら、多分明日奈も凄く驚くと思うぞ」

「それじゃあその時を楽しみにしとくね。あと……」

 

 そして明日奈は、八幡に軽くキスをした。

 

「シノのんと、こういう事をしちゃ駄目なんだからね」

「するわけないだろ」

 

 八幡のその言葉を聞き、明日奈はにっこり微笑んだのだが、

内心明日奈はこうも思っていた。

 

(でも他の女の子をキッパリと拒絶する八幡君って、何か八幡君らしくないんだよなぁ……

姉さんやシノのんに抱きつかれてとまどう八幡君はかわいいと思うし、

一線を越えなければ、私もその程度は最近何とも思わなくなってきたし……)

 

 明日奈は、八幡の周りを自分を含めた多数の女性が囲んでいる事に、

自分が段々慣れてきてしまっている事に気が付いた。

 

(もし私が、もっともっと八幡君を独占するようにしていたら、

それでも他の皆は私達の傍にいてくれると思うけど、今ほど幸せだとは思えない気がする。

八幡君は私の事を絶対に裏切らない。だから例え他の人が八幡君に抱き付いていようと、

私は安心していられる。むしろその子の笑顔を見ると、

八幡君のおかげだと思って私まで嬉しくなる。同じように他の皆も、

私と八幡君を見て笑顔になってくれる。そっか、そういう事なんだ……)

 

 明日奈はそう考え、じっと八幡の顔を見つめた。

 

「ん?どうかしたのか?」

「八幡君が、他の子に抱き付かれたりした時に、無理に振りほどいたりしないのって、

その子の悲しむ顔を見たくないからだよね?」

「う……いきなり何だよ、まあ確かにそう思ってしまう事は否定出来ないが……」

「八幡君って、女性関係は基本凄く受身だよね?」

「お、おう……」

 

 八幡は、困った顔でそう言った。

 

「八幡君は、絶対に浮気をしないよね?」

「当たり前だろ、俺は明日奈と結婚するつもりだ」

 

 この質問に対しては、八幡はキッパリとそう言い切った。

 

「うん、八幡君は、やっぱり今のままの八幡君がいい。私も今が一番幸せだと思う」

「いきなりどうしたんだよ……」

「ううん、皆が幸せな今が、やっぱり一番幸せなんだなって、改めて思ったの」

 

 八幡は明日奈にそう言われ、戸惑ったように言った。

 

「まあ、明日奈がいいならそれでいい」

 

 八幡は、もしかして明日奈はかなり陽乃の影響を受けつつあるのではないかと思ったが、

やはり自分の性格的に、冷たく相手を拒絶する事は難しかった為、

その明日奈の言葉に甘える事にしたようだ。

八幡は、その分もっと明日奈に優しくしようと考え、

明日奈の肩に手を回し、自らの方へそっと抱き寄せた。

 

「もう、急にどうしたの?」

「いや、俺は明日奈に甘えてばっかりだと思ってな」

「そう思うなら、心の広い彼女にもっと感謝しなさい!」

「おう、それじゃあ今から感謝の気持ちを込めて、全身マッサージでもするか」

「えっ?う、うん」

 

 そして二人は、二階の八幡の部屋へと向かった。丁度その時部屋から出てきた小町が、

これからGGOにでもログインするのかと思ったのか、何気なく二人に尋ねた。

 

「お兄ちゃん、何かするの?」

「いやな、明日奈に日頃の感謝の気持ちを伝える為に、

これから全身をマッサージしてやる事にしたから、ベッドの所に行こうと思ってな」

「そうなんだ、それ、小町も見学してもいい?」

「別に構わないぞ。ついでに小町も全身マッサージするか?」

「う~ん、お義姉ちゃんがやってもらうのを見てから考えるよ」

「そうか」

 

 そして一時間後、明日奈は顔を紅潮させてぐったりしていた。

 

「いや~、まさかお義姉ちゃんのあんな声やこんな顔が見られるなんて、眼福眼福。

小町、大人の階段を一歩上っちゃったかも」

「それで小町はどうするんだ?」

「さすがに兄妹であれは倫理的に問題があると思うから、肩だけ揉んで」

「おう」

 

 そして更に十分後、小町は満足したのか、肩をぐるぐる回しながら言った。

 

「うん、すっごく肩が楽になった、ありがとねお兄ちゃん」

「おう、またいつでも揉んでやる」

「それじゃあ小町は部屋に戻るから、今度はお姉ちゃんに、もっと凄いのをやってあげて」

「ええっ!?」

「ん、そうか?まあたまにはいいか」

「ちょ、ちょっと八幡君……」

「いいからいいから、ほら」

 

 そして小町が出ていった後、部屋には明日奈の嬌声が響き渡り、

次の日の朝八幡は、両親から、ついに孫の顔を見せてくれる気になったのかと言われ、

誤解を解く為に必死に弁解する事になった。

そして明日奈は朝起きた瞬間、自分の体がとても軽いのに驚きつつも、

昨日の事を思い出し、赤面しながら呟いた。

 

「確かに体は凄く楽になったんだけど、小町ちゃんがいなくなった後、

まさかあんな格好やこんな格好で、あんな事やこんな事をされるなんて……

ついでに秘密だったはずの、あの旅行中のアレまで……

もう一刻も早く八幡君にお嫁にもらってもらわなきゃ……」

 

 比企谷家は、今日も平和のようである。 

 

 

 

 そしてその日の午後、八幡は陽乃に車を借りて、最初に詩乃の学校へと向かった。

今日はキットで来た訳でもないのに、目ざとい生徒達が押しかけてきた為、

結局八幡はその対応に追われる事となった。

だが生徒達も心得たもので、詩乃達が姿を現した瞬間に、

周りを囲んでいた生徒達は波が引くように散っていき、

遠くから好意的な視線を向けるだけとなっていた。

八幡は、詩乃達が煙たがられたりはしていないようだと安堵した。

そんな八幡の目に、昇降口を出たばかりの遠藤達の姿が映った。

 

「ん、あれは遠藤か。なぁ詩乃、お前、今はあいつの事をどう思ってるんだ?」

「う~ん、積極的に関わろうとは思わないけど、まあ普通かな。

もう過ぎた事だし、十分反省してくれたみたいだし、

だから誰かにいじめられたりしないように、一応周りの子には言ってるかな」

「そうか、お前は優しいな」

「そう思うならもっと私に優しくしなさいよね」

「十分優しくしてる方だと思うが……」

「べ、別にもっと優しくてもいいじゃない、例えば今日うちに来るとか……」

「詩乃っち、のろけすぎ!」

「ついでに調子に乗りすぎ!」

「あと微妙に言ってる事がエロい」

「うぅ……ご、ごめん」

 

 三人にそう言われ、少し自覚はあったのか、詩乃は直ぐに謝った。

 

 丁度その時遠藤達が、一同の真横に差し掛かった。

遠藤達は、いじめられたりはしていないようだったが、

他の生徒に積極的に相手にされている様子も無く、目を伏せたまま通り過ぎようとした。

 

「おい遠藤」

 

 その哀愁漂う姿を見た八幡は、何を思ったか、いきなり遠藤に声を掛けた。

遠藤はビクッとしながらも、無視する事は出来なかったようで、

おずおずと八幡の方へと近付いていった。

 

「な、何か私に用ですか?」

 

 遠藤は、完全に怯えた様子でそう話し掛けてきた。

八幡は、ちょっとやりすぎたかと思い、安心させるように遠藤に言った。

 

「なぁお前、影でこっそりいじめられたりとかしてないよな?大丈夫か?」

 

 遠藤はその言葉に意外そうな表情を見せたが、直ぐに目を伏せ、八幡に言った。

 

「そ、そういうのは大丈夫……です」

「そうか、そっちの二人も大丈夫か?」

「はっ、はい、平気です」

「私も大丈夫です」

「そうか」

 

 そして八幡は、周囲に聞こえるようにこう言った。

 

「俺はそういうのが嫌いだからな、お前達も、

周りで何かそういう事があるようだったら直ぐに俺に教えてくれ」

 

 そして周りの生徒達から次々と賞賛の声が上がり、八幡は満足そうに頷いた。

そして遠藤達は、八幡にぺこぺことお辞儀をしながら去っていった。

 

「いきなり何をいい出すのかと思ったら、心配性なんだね」

 

 シノンにそう言われ、八幡はこう返事をした。

 

「そうは言うがな、裏で何か起こってたら取り返しがつかなくなるからな、

まあ保険だ保険。とにかくそういうのは、俺の目が届く範囲では絶対に許さん」

「ふふっ、八幡らしいね」

「まあ逆に言うと、目の届く範囲にしか俺の手は届かないんだけどな」

「それでもうちの学校は、凄くいい雰囲気になったと思います!」

「全部八幡さんのおかげですね!」

「詩乃っちも幸せそうだしね」

 

 映子達にそう言われ、八幡は頭をかいた。

 

「よし、それじゃあ行くか」

「うん」

 

 そして二人は、エヴァ達との約束の場所へと向かう事にした。




こういう話を挟まないと、心が荒んでしまいますね!


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第285話 大混乱の午後

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


 目的の場所に着くと、約束の時間には少し早かったせいか、

それらしき集団はまだ来ていなかった。そして大学の様子を見ながら、ふと詩乃が言った。

 

「そういえば八幡って、受験は来年?」

「そうだな、お前と同じ年に受験する事になるな」

「そうなんだ、ちなみにどこを受けるの?」

「それはまだ決めてないが……」

「そ、そう。もし決まったら、直ぐに教えなさいよね」

「それは別に構わないが……って、お前まさか……」

 

 同じ所を受けるつもりか?と言い掛けた八幡の言葉を遮り、詩乃は慌てて言った。

 

「な、何を言ってるの、ちょっと自意識過剰なんじゃないの?」

「俺はまだ何も言ってないんだが……

まあ進路が一緒だったら大学生活も楽しそうだなとは思ったが」

「た、楽しそう!?」

「ん?知り合いが多いってのは普通に楽しみだろ?」

「し、仕方ないわね、そこまで言うなら同じ所を目指してあげてもいいわよ。

これでも私、かなり成績はいい方なのよ」

「そうか」

 

 詩乃が胸を張りながら嬉しそうにそう言うのを聞いて、

八幡は顔を綻ばせながら、そう一言だけ言った。

 

「あっ」

 

 突然詩乃がそんな声を上げ、八幡は何事かと思ったのだが、

詩乃の視線の先を見ると、道端に財布が落ちている事に気が付いた。

どうやら少し先を歩いている長身の女性が落としたようで、

八幡は詩乃に一言断ってから、車の外に出て財布を拾うと、その女性に声を掛けた。

八幡が財布を差し出すと、その女性はぺこぺことおじぎをしていたが、

直後に八幡が少し考え込んだ後、メモのような物を差し出し、その女性に何か言った。

途端にその女性は顔を赤らめ、とても嬉しそうな表情を見せた後、

逃げるようにその場を立ち去った。詩乃は何があったんだろうと思い、

戻ってきた八幡に、その事を尋ねた。

 

「いやな、一応何か無くなってたら困るから、俺の連絡先を書いたメモを渡したついでに、

あの人、随分自分の身長の事を気にしているような感じだったから、

余計なお世話かと思ったんだが、ついこう言っちまったんだよ。

『あの、背が高くて凄く素敵ですよね』ってな。

そしたらあの人、急に顔を赤くしたと思ったら、そのまま走って逃げちまったんだよ」

 

 詩乃は、どうしてこの男はこうあちこちで無自覚にフラグを立てるのだろうと呆れたが、

丁度その時いかにも女子高生らしい六人組が、きょろきょろしながら入り口から出てきた為、

詩乃はそちらを指差しながら八幡に言った。

 

「ねぇ、あれがエヴァ達なんじゃない?」

「ん?ああ、それっぽいな……しかしあれがそうなら、ゲームとのギャップが凄えな……」

「うん……」

 

 その六人はいかにも女子高生といった感じであり、一人はハーフなのか自然な金髪だった。

八幡は何と声を掛けるべきか迷ったが、結局ストレートに声を掛ける事にした。

 

「ねぇ、いつものあの背の高い格好いいお姉さん、今日は何だか顔が真っ赤だったね」

「それに気のせいか、凄く嬉しそうだったよね」

「それよりもほら、シャナさんを探さないと」

「さて、誰がそうなのかな」

 

 八幡はそんな六人の会話を聞きつつ、ここだここと思いながら少女達の前に立ったのだが、

六人は妙に年上に見える者の方にばかり注意を向け、

あれじゃない?いやあっちの方がと話し合っており、

八幡の方を見ても何の反応も示さなかった為、

八幡は、ゲームの中の自分はそんなに年上のおっさんぽいだろうかと、

少し悩みながら、六人に声を掛けた。

 

「なぁ、ちょっといいか?」

「さっきから何よあんた、ナンパならお断りよ」

「そうそう、私達はそんなに軽い女じゃないんだからね」

「すみません、今は人を待っているので……」

「で、でもこの人すごく格好いいんだけど……」

「確かにそうだけど、今はシャナさんを探さないと」

「そうそう、あ、年齢的にもあの人がそうなんじゃない?」

「さっきからお前らな……そもそも何で俺がそんな年上だって思ったんだよ……」

 

 その言葉に六人はきょとんとすると、まじまじと八幡の顔を見た。

そして六人は、まるで円陣を組むかのように集まると、ひそひそと話し始めた。

 

「ねぇ、これってもしかしてもしかする?」

「いやいや、さすがに若すぎでしょう」

「でも今の喋り方、すごくシャナさんっぽくなかった?」

「シャナさんもシノンさんも、二十台後半くらいって言ってませんでしたか?」

「あれ?でもそれを言ったのって……」

「あ、それ私だわ」

 

 その時、八幡達が何か揉めているように見えたのか、

詩乃が車を下りて、こちらへ向かって歩いてきた。

六人は詩乃が来るとは聞いていなかった為、やはりこれはシャナではないと判断したようだ。

 

「ほら、いかにも彼女っぽい美人さんが車から下りてきたよ」

「シャナさんなら一人のはずだしね」

「あれ、これってもしかして修羅場の予感?」

「わ、私、修羅場を見るのは初めてです!」

「でもあの女の人、私達と同い年くらいに見えない?」

「本当だ。お金持ちの大学生との恋愛とか、羨ましいっすなぁ……」

「ちょっとあんた、何を手間取ってるの?さっきから一体何をやっているの?」

「「「「「「ひぃ」」」」」」

 

 いかにも修羅場っぽいその言葉を聞いた瞬間、六人は小さく悲鳴を上げた。

 

「ひぃ、って何よ……ねぇシャナ、この子達一体どうしたの?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、六人は声を揃えて言った。

 

「「「「「「シャナ!?」」」」」」

「おいシノン、俺ってGGOの中だと、アラサーくらいに見えたりするのか?」

「「「「「「シノン!?」」」」」」

「あんたね、質問に質問を返すんじゃないわよ……

でもそうね、確かに大人びて見えるけど、さすがにそこまで年上だとは思わないかな」

「だ、だよな?」

「何でほっとしてるの?……まあいいわ、ねぇ、あなた達はエヴァ達……なのよね?」

 

 詩乃にそう言われた瞬間、六人は再び円陣を組んだ。

 

「シャナって何だっけ?シノンって何だっけ?」

「ちょっとリーダー、現実逃避しないでよ!」

「ちょっと誰よ、二人が二十台後半だって偽情報を流したのは!」

「あ、それ私だわ」

「ど、どどどどうしましょう、今の完全に聞かれてましたよね?」

「これはもう素直に謝るしか……」

 

 そして六人は、八幡と詩乃を取り囲むと、一斉に頭を下げた。

 

「「「「「「本当にすみませんでした!」」」」」」

「いや、まあ俺は気にしてないからそっちも気にするな。

初めましてだな、俺がシャナ、二十一歳だ」

「「「「「「めっちゃ気にしてるじゃん!」」」」」」

「さっきの言い方だと、もしかしてシャナの事、アラサーくらいだと思ってたの?」

「言っておくが、お前もそれくらいだと思われてたんだからな」

「わ、私も?」

 

 詩乃は六人をじろっと睨むと、満面の笑顔で自己紹介をした。

 

「初めまして、私がシノン、十七歳よ」

「「「「「「本当にすみませんでした!」」」」」」

 

 六人は再び二人に頭を下げ、そのせいか、何事かと周囲がざわつき始めた。

八幡はまずいなと思い、借りてきた車を親指で示しながら、六人に命令口調で言った。

 

「とりあえず話は後でな。お前ら、あれにさっさと乗れ」

「「「「「「はいっ!」」」」」」

 

 そして六人は、きびきびとした動きで車に乗り込み、

それを見た八幡と詩乃は、肩を竦ませながら運転席と助手席に乗り込んだ。

 

「で、何でお前ら、俺とシノンの事を、おっさんおばさんだと思ったんだ?」

「ちょっと、変な言い方をしないでよ!」

「はっ、昨日の二人の雰囲気があまりにも大人の恋愛風だったので、

これは絶対に三十歳近いのではないかと思ったのであります!」

「少なくともシノンさんと同い年であるはずの私達には、

あのような芸当はどう逆立ちしても無理だと愚考する次第であります!」

「あの雰囲気を出す為には、百戦錬磨の恋愛経験が必要だと思われます!」

「あれ、でもシャナさんはかなりもてそうですし、二十一歳でも経験豊富なのでは?」

「あ、確かにそんな感じ」

「って事はおかしいのは……」

 

 そして六人は、じっと詩乃の顔を見つめた。

 

「な、何?」

「シノンさん、いくつか質問いいですか?」

「突然何?まあ別に構わないけど」

「例えばシノンさんの家にぬいぐるみがあって、

その子にシャナさんの名前を付けてたりしてませんか?」

 

 詩乃は、はちまんくんの事を考えドキッとした。

 

「毎日家で、その子にまめにあいさつをしたりしてませんか?」

 

 詩乃は、はちまんくんの事を考え頬を緩ませた。

 

「その子をシャナさんだと思って、よく会話したりしてませんか?」

 

 詩乃は、はちまんくんの事を考え赤面した。

 

「その子をシャナさんに見立てて、たまに人に言えない妄想をしちゃったりしてませんか?」

 

 詩乃は、はちまんくんの事を考えた後、シャナの顔を見て手で顔を覆った。

 

「シノンさん、アウト、アウトです!」

「シノンさんは、見掛けによらずむっつりスケベですね……」

「ち、違うの、それはたまたまこの子をクリスマスの時、

ゲームの景品としてもらったからであって……」

 

 そして詩乃は何と、バッグの中からはちまんくんを取り出した。

 

「「「「「「えっ?シャナさんのぬいぐるみ?」」」」」」

「お、お前……何でそいつを連れてきてるんだよ……」

 

 八幡は、盛大に頬をひくつかせながらそう言った。

 

「だ、だって、今日は帰りが遅くなりそうだったから、

家で一人だと寂しいんじゃないかって思って……」

「ってお前、学校にそいつを持ってったのかよ……」

『俺がそんな事で寂しがる訳が無いだろ、詩乃は心配性だな』

「「「「「「喋った!?」」」」」」

 

 どうやら詩乃は、はちまんくんのスイッチを入れっぱなしにしたままだったようで、

突然はちまんくんが立ち上がり、そう言った。

 

『よぉ、オリジナル、久しぶりだな、会いたかったぜ』

 

 そしてはちまんくんはぴょこっと手を上げ、八幡にぴこぴこと手を振った。

 

「俺は別に会いたくはないんだが……」

『つれない事を言うな、本当は詩乃の所にいる俺が羨ましいくせに』

「お前、絶対俺のコピーじゃないよな、明らかに思考が詩乃寄りに偏ってるし」

『マスター登録が詩乃なんだから、当たり前だろ』

「くっそ、あの馬鹿姉、何て物を作りやがった……」

 

 そんな八幡とはちまんくんを見ていたエヴァ達は、我に返ったのか、

機関銃のように八幡に質問してきた。

 

「シャナさん、この子は一体何ですか?」

「どこからどう見ても、これってシャナさんだよね?」

「明らかに自分の意思で喋ってない?」

「うわ、これどちらに売ってるんでしょう?凄く欲しいのですけど」

「でも相当お高いんじゃない?」

「ねぇ君、名前は?」

『俺ははちまんくんだ、宜しくな、咲、カナ、詩織、萌、リサ、ミラナ』

 

 はちまんくんは、エヴァ、ソフィー、ローザ、アンナ、ターニャ、トーマを順に指差し、

その名前をすらすらと呼んだ。六人はいきなり名前を呼ばれた事にぽかんとした。

 

「おいお前、何でエヴァ達の名前を知ってるんだ?まあ誰が誰なのかは俺には分からないが」

『まだまだだなオリジナル。こいつら、この前リーファが出てたインターハイに出てたぞ。

まあ個人戦は中々だったが、団体戦がからきしっていう、おかしな奴らだったな』

「そういう事か……おいお前ら、そういう事らしいぞ。

あ~……もう何がなんだか滅茶苦茶だな、とりあえず状況を整理するか」

 

 八幡は、完全なカオス状態に陥ったこの場をとりあえず何とかしようと、

エヴァ達に色々と説明する事にした。

 

「本名を名乗るつもりは無かったが仕方ない、俺の名前は比企谷八幡、こいつは朝田詩乃、

そしてこいつは……は、はちまんくん……だ。まあこいつに関しては、

とりあえず俺みたいな物だと思ってくれればいい。で、さっき名前の出たリーファってのは、

俺の仲間でな、とある競技でインターハイに出てたから、

その情報がインプットされた過程で、どうやらお前達の顔と名前もインプットされたようだ。

こいつは先日俺達が内輪で行ったクリスマスイベントの景品で、今は詩乃の家にいる。

こんな説明で、大体の所は理解したか?」

 

 六人はその説明に、こくこくと頷いた。そしてエヴァ達も自己紹介をし、

詩乃も改めて自己紹介をした。

 

「よし、それじゃあ落ち着いた所で詩乃、そいつはスイッチを切ってバッグにしまっとけ」

『まあこの場はその方が良さそうだな、それじゃあ詩乃、また後でな』

「うん、また後でね、はちまんくん」

 

 そして詩乃がはちまんくんをバッグにしまうと、八幡は詩乃に言った。

 

「おい詩乃、お前後でお仕置きな」

「ご、ごめん……」

 

 さすがに自分がやらかしたという自覚があるのか、詩乃は素直に謝った。

そんな詩乃に、咲達は言った。

 

「詩乃さん、セーフですよセーフ!」

「あんな子が家にいるんじゃ、そりゃ挨拶もするよね」

「話し掛けたりもね」

「まあ実際に目の前で色々反応してくれるんだから、妄想が膨らんでも仕方ないよね!」

「私達も同い年な訳ですし、気持ちは分かるといいますか」

「それにしても色々と羨ましい……私達とのこの差は……」

 

 また変な方向に話がいきそうだと思った八幡は、六人に向かって言った。

 

「まあとりあえず今日は祝勝会みたいなもんだし、そろそろ本来の目的に戻るとしよう。

そろそろ予約している店に向かうぞ、今日は存分に好きな物を頼むといい」

「「「「「「はい、ありがとうございます!」」」」」」

 

 こうして何とか話が纏まった所で八幡は、本来の目的地へと向かう事にした。

そして店に着いた後、八幡達は、店で一番大きい十二人掛けのテーブルへと案内された。

八幡は、テーブルが予想以上に広かった為、店内を見回しながら言った。

 

「八人用のテーブルもいくつかあるが、大体そういうテーブルは、

六人くらいの人数のグループが使ってるんだな、当たり前だが」

「まあ、ゆったりしてていいんじゃない?」

「そうだな、よし、適当に座るか」

 

 そう言って八幡は自分達のテーブルに目を戻したのだが、

そこには既に、片側に綺麗に並んで座っている咲達の姿があった。

 

「……別に八人なんだし、四人ずつ座ればいいと思うが」

「駄目です、それだと八幡さんの隣に誰が座るかで喧嘩になります」

「そ、そうか……」

「ええ、仲良くなるのが目的なので!」

「お前らもう十分仲が良さそうに見えるけどな……」

「はい、今日コーチにも、驚いた顔でそう言われました!」

「そうか、まあいいんじゃないか」

 

 八幡は満足そうにそう言った。そして注文をする事になり、八幡は特に迷う事も無く、

雪乃が言っていた猫の形をしたメニューを注文する事にした。

他の七人は、仲良くあれがいいこれがいいと、楽しそうに話していた。

八幡は、これは長くなりそうだと思い、何気なく外の景色を眺めた。

そして八幡は、通りの向こうに見覚えのある二人組を見付け、顔面蒼白になった。

 

「まずい……明日奈はいいとして、何で雪乃がここに……」

「明日奈?雪乃?」

 

 その呟きが聞こえたのか、詩乃も窓の外を見た。

 

「あ、本当だ、明日奈だ、でも何か揉めてるような……

ううん、あれは一緒にいる人を、必死に止めようとしてる?」

 

(それに八幡は今、雪乃って言った?雪乃ってどこかで聞いたような……)

 

 詩乃は雪乃の名前を聞いてそう思ったが、咄嗟には思い出せなかったようだ。

そしてその詩乃の言葉通り、明日奈はこちらに向かって歩いてくる雪乃を、

必死に止めようとしていた。そして八幡は、昨日明日奈が言った事を思い出した。

 

『珍しく雪乃に、二人で出掛けようって誘われたの』

 

 そしてこの店の事を八幡は、雪乃から聞いた。

 

「そういう事か……」

 

 八幡は、おそらくどこに行くか知らないまま雪乃に呼び出された明日奈が、

雪乃が八幡がいるこの店に向かおうとしている事に気付いて、

必死に止めようとしているのだと推測した。もちろんそれは事実である。

 

(まずい、まずいよ、何でよりによって今日?事前に確認しておけば良かった……

あ、やっぱり八幡君がいる……しかもこっちに気付いたかな?

でもそれはまずいの、このままじゃ雪乃に気付かれちゃう!)

 

 明日奈はそう思いながら、雪乃に声を掛けた。

 

「ね、ねぇ、私まだそれほどお腹が減ってないから、先にどこかで買い物でもしない?」

「そう?でもさっき明日奈は、お腹がすいたって言ってなかったかしら」

「そ、そうだっけ?いや、うん、どうやら勘違いだったみたい、

まだまだ全然大丈夫だから、ね?」

「それならまあ、もう少し後でもいいのだけれど」

 

 そして雪乃は、名残惜しそうに八幡達がいる店の方に振り返った。

その瞬間、雪乃は八幡と、バッチリ目が合った。合ってしまった。

 

(きゃああああああああ!)

 

 明日奈は内心で悲鳴を上げた。

 

「しまった……」

 

 八幡は店内でそう呟いた。そして雪乃は、無言で明日奈の手を引き、

店へと突撃を開始した。その力は凄まじく、明日奈はまったく抵抗する事が出来ず、

そのまま店内へと連れ込まれた。

 

「いらっしゃいませ、お二人ですか?」

「はい、二人なんですが、すみません、あちらに知り合いがいたもので、

そちらに合流してもいいですか?丁度席も空いてるみたいですし」

「あちらというと、比企谷様のテーブルですか?はい、大丈夫ですよ」

「大丈夫みたいよ、良かったわね、明日奈」

「あ、あは……」

 

 そして雪乃は、八幡達のテーブルの方へとずんずんと歩いていき、

その後ろで明日奈は、しきりに八幡に謝るように手を合わせていた。

八幡は、大丈夫、事情は分かっていると目で合図を送り、明日奈もそれを受けて頷いた。

 

「ちょっと見ないと思ったら、随分楽しそうね、八幡君」

「お、おう……二人とも、まあ座ってくれ……下さい」

「さて、どういう言い訳をしてくれるのかしら、昔に戻ったみたいでとても楽しみだわ」

「そ、そうっすね……」

 

 一時収まったかのように見えたカオスな状況は、まだ終わらないようだった。



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第286話 求められる覚悟

そういえば忘れていたのですが、この作品も五日前に満一周年を迎える事が出来ました。
何かと批判も頂く事の多いこの作品ですが、データを見ると毎日4000人程度の方に、
リアルタイムで最新話を当日に読んで頂いているようです。
最終的には6000人程度だと思いますが、とても多くの方に読んで頂けております。
本当にありがとうございます。
これからも楽しんで頂けるように努力致しますので、今後とも宜しくお願いします。
ちなみに突然話が斜め上の方向にいくのは作者の病気ですので、諦めて頂けたらと思い
ます。

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


「ごめんねシノのん、まさか今日の目的地がここだなんて思わなくて……」

「ううん、今日は私もお目付け役のつもりだったし、気にしないで」

「で、この子達が噂のアマゾネス軍団?」

「うん」

「とてもそうは見えないんだけど……」

「それはまああっちでの姿を見てのお楽しみって事で」

 

 明日奈と詩乃は、こそこそとそんな会話をしていた。

詩乃はまだ少し人見知りな所があった為、この場は一歩引いた形となり、

八幡の隣を明日奈に譲っていた。

ちなみに席順は、詩乃、明日奈、八幡、雪乃の順番となっていた。

 

「で、あの綺麗な女の人は誰……?」

「あれは雪乃、雪ノ下雪乃だよ。ハル姉さんの妹さんで、私の親友かな」

「ああ~!そう言われると何となく面影がある気がする」

「で、もうシノのんも聞いたと思うけど、私と同じ『ヴァルハラ・リゾート』の副団長だよ」

「あっ」

 

 詩乃はその明日奈の説明で、雪乃の名前をどこで聞いたのか思い出した。

 

「もしかして『絶対零度』?」

「駄目っ!」

 

 明日奈はその言葉を言い掛けた詩乃の口を、慌てて塞いだ。

 

「明日奈、聞こえてるわよ」

「あ、あは……」

 

 だが明日奈の予想に反して、雪乃は特に目くじらを立てる事もなく、

落ち着いた様子で注文した紅茶を飲んでいた。

 

「えっと……怒らないの……かな?」

「さすがにもう慣れたわよ。もう今となってはその二つ名は、

私達のギルドの象徴の一つとなっているのだから、今更私が何か言っても仕方ないじゃない。

だから明日奈も、そろそろ自分の二つ名を好きになる努力をしないとね」

「う、うん、まあそうだね」

 

 明日奈は苦笑しながらその雪乃の言葉に同意した。

 

「さて八幡君、そろそろ皆さんに私達の事を紹介してもらえないかしら」

「そ、そうですね……」

「あなたは支配者なのだから、もっと堂々としていなさい」

「お、おう……」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

 

 その会話を聞いて、突然萌が驚いた顔で言った。

他の五人も何事か囁きあいながら、一様に驚いた顔をしていた。

 

「ん、どうかしたか?萌」

「あ、あの、さっき『絶対零度』って仰ってませんでしたか?」

「……おう、もしかしてお前ら、それが何か知っているのか?」

 

 その八幡の質問に、リーダーである咲が答えようとした。

 

「はい!実は私達がゲームを始めたのは……」

「待ってくれ咲、話を振っておいてなんだが、とりあえず先に自己紹介をすませちまおう」

「分かりました!」

 

 そして八幡は、最初に明日奈と雪乃を紹介した。

 

「あ~、こっちが結城明日奈、こっちが雪ノ下雪乃だ」

「初めまして、結城明日奈です」

「雪ノ下雪乃です、宜しくお願いします」

「そしてこっちが、朝田詩乃」

「よ、宜しくお願いします」

「最後にこっちの六人は、順に新渡戸咲、藤澤カナ、野口詩織、安中萌、楠木リサ、

そしてミラナ・シドロワだ」

「「「「「「宜しくお願いします!」」」」」」

 

 八幡は、簡潔に全員の名前だけを羅列した。

 

「随分シンプルな紹介だったわね、事情の説明は無いのかしら?」

「う~ん、明日奈、どうする?」

「昨日話してた通り、もうこうなったら雪乃に協力してもらっちゃえばいいんじゃない?」

「そうか……まあリアルで命の危険がある訳じゃないし、そうするか」

 

 その言葉に、雪乃は心配そうな顔をして、そっと八幡の顔を覗きこんだ。

 

「最近こそこそと何かをしているなとは思っていたけど、

まさか危険な事に首を突っ込んではいないでしょうね、大丈夫なの?」

 

 その様子を見た詩乃は、やはり雪乃も八幡の事が好きなのだという事が痛いほど分かり、

改めて、自分のライバルが想像以上に多い事を実感した。

 

「大丈夫だ、とりあえず咲、代表してさっき言い掛けた事の続きを話してくれ」

「はいっ、実は私達がGGOを始めたのは、仲良くなる為なんです」

「その仲良くってのは、お前らがって事だよな?

どう見ても、仲が悪いようには見えないんだが……」

「それは八幡さんに怒られたからですよ、私達、昨日まで本当に仲が悪かったんですよ」

 

 他の五人も、その言葉にうんうんと頷いた。

 

「で、ゲームを始める事になったのは、コーチからのアドバイスだったんですが、

最初に二つ、候補にあがったゲームがあったんです。それがGGOとALOでした。

私達は、参考にしようと思って二つのゲームの有名な動画を色々と見たんですが、

そこで見付けたのが、GGOのシャナさんの動画と、

ALOの『ヴァルハラ・リゾート』の動画だったんです。

で、私達が最終的に選んだのが、GGOだったんですよ。

正直ALOの方は、魔法を覚えるのが大変そうで、

私達には無理かもって思っちゃいまして……」

「そうだな、本当によく動きながらあんなのをスラスラと言えるよな……」

 

 そう言って、明日奈と雪乃の顔をチラッと見た八幡に、二人は冷静に突っ込んだ。

 

「あんなのただの慣れだよ慣れ」

「そもそもあなたは覚えるのを面倒臭がっているだけなのではないかしら」

「お、おう……そう言われるとその通りなんだが……」

 

 八幡は適切な反論を何も思いつけず、ただそう言って頭をかく事しか出来なかった。

 

「で、話がさっきの所に戻るんですけど、そんな訳で私達は、

GGOとALOの有名プレイヤーの事にもかなり詳しくなったと、まあそういう事なんです」

「で、絶対零度という言葉に反応したと」

「はい、あの、その、つまりそういう事なんですかね?」

「雪乃、そういう事なのか?」

 

 八幡は、ALOの事までは話すつもりが無かった為、

全てを雪乃に丸投げするつもりでそう言った。

雪乃もその事を悟ったのか、じろっと八幡の顔を見つめると、

何かを考え込むように腕組みをし、沈黙した。

そしてその沈黙はしばらく続き、その緊張感に雪乃以外の者が耐えられなくなった頃、

どうやら考えが纏まったのか、雪乃が口を開いた。

 

「あなた達、それを私達に尋ねるという事の意味を理解しているのかしら」

「は、はいっ、もちろんこの事は誰にも言いません!ね、みんな?」

「「「「「はいっ!」」」」」

「でも、いつか必ず秘密は漏れるものなのよ。そしてその時に真っ先に疑われるのは、

あなた達という事になるわ。ここまではいいかしら」

「それは……そうですね」

「その場合、彼はあなた達が怪しいと思っても、決して何もしないわ。でも私達はする。

私達が現実世界で持つ力は、まあほとんどが彼の功績によるのだけれども、

あなた達が思ってる以上に巨大な物なのよ。特に私の姉は決して容赦はしない。

あらゆる手段を使って、徹底的に敵対する者を潰すわ」

 

 その言葉に、場はシンと静まり返った。八幡と明日奈は、

あの姉ならば、止めようが何をしようがやるだろうと思い、何も口を挟もうとはしなかった。

多少事情を知っている詩乃でさえ、映子達にもう一度念押しをしなければと考えた。

咲達はまったく事情を知らない為、半信半疑であったが、そんな咲達に八幡は頷いた。

つまりそれはその言葉が事実だという事を意味する。

雪乃の事は知らないが、八幡の事はシャナとしてよく知る彼女らは、

雪乃の言っている事が事実なのだと、その八幡の態度でやっと実感した。

 

「その事を理解してもらった上で、あなた達はまだ真実を知りたいと望むのかしら?」

「えっと……」

 

 六人は、その質問に誰も答える事が出来なかった。

 

「いきなりそう言われても困るわよね。好きなだけ六人で相談するといいわ」

「は、はいっ、すみません!」

 

 そして六人は、ぼそぼそと小さな声で相談を始めた。

意外な事に、一番大人しいように見える萌が、強行に知りたいと主張しているようだった。

逆に慎重なのは、部長という責任のある立場にいる咲だった。

そしてついに萌が折れたようで、話し合いの結果、答えはノーと決まった。

 

「すみません、まだ私達にはその覚悟が出来ません」

「そうね、それが当然だと思うわ」

 

 雪乃は真面目な顔でそう言うと、直後に笑顔で言った。

 

「そんなあなた達に、私からアドバイスをあげるわ。

あなた達は、もっとよく彼の事を知りなさい。

その上で、例えリスクを負っても彼の近くにいたい、彼の仲間に加わりたいと思うのなら、

その時は彼にその事を伝え、一度ALOにコンバートしなさい。

そうしたらおそらく偶然彼がそこにいて、その上で儀式を済ませたら、

晴れてあなた達も、彼の庭に連れていってもらえるかもしれないわね」

「彼の庭……ヴァルハラ・ガーデン……?」

 

 先ほど一番意欲を見せていた萌が、そう呟いた。

咄嗟にその言葉が出てくる所を見ると、この中では萌が一番のファンなのだろう。

他の者もその庭の存在は認識していたようで、残りの五人の目にも力が戻ったように見えた。

 

「私は彼の庭としか言ってないわよ」

「はい、分かってます!」

「そう、それならいいわ。あなたは安中さんだったかしら、

あなたは何故そんなにも、『ヴァルハラ・リゾート』の事が気になるのかしら」

「えっと、それは……」

 

 萌はそう言いながらもじもじしだし、それを見たカナが横から口を挟んだ。

 

「萌は、絶対零度のユキノの熱狂的なファンなんですよ!

ほら、見た目も少し似てるじゃないですか。

前は仲が悪かったから適当に聞き流してましたけど、

自分もああなりたいって、日頃からよく言ってたんです!」

「そ、そう……」

 

 雪乃は、少し恥ずかしそうな顔でそう言った。

 

「これはもう、萌の為にも頑張らないといけないね!」

「まだちょっと覚悟が出来ないけど、GGOの中でもっともっと強くなれれば、

その覚悟が出来るかもしれないね!」

「私は今すぐでも別に構わないけどね」

「ほらカナ、そこは足並みを揃えてくれないと!」

「儀式ってのが何かは分からないけど、強くないと駄目な奴かもしれないから、

とにかく当面はその事だけを考えよう!」

 

 残りの五人が口々にそう言い、その姿を、雪乃は微笑ましそうに見つめていた。

ちなみに儀式というのは当然、フカ次郎が現在受けている真っ最中のアレの事である。

そして八幡が、萌に一枚のメモを差し出した。

 

「萌、そんなお前にこれ、俺からのプレゼントな」

「……これは?」

 

 そこにはどこかのホームページのアドレスと、パスワードのような物が書かれていた。

 

「それは、どこかのギルドメンバー専用の、仲間内の様子を撮影した、

動画の閲覧ページのアドレスだって噂だぞ。あくまで噂な、噂。

もしかしたらそこに偶然、お前の好きな絶対零度が映ってるかもしれないから、

帰ってからお前ら六人だけで見てみるといい」

「あ、ありがとうございます!」

「おう、まあ頑張れ」

「「「「「「はいっ!」」」」」」

 

 その八幡の言葉に、萌だけではなく六人全員がそう返事をした。

そこでこの話は一時終わりとなり、一同は、和やかな雰囲気で雑談を楽しんだ。

 

「そう、咲ちゃん達は、全員新体操部なんだね」

「はい、私が部長をさせてもらっています!」 

「そっかぁ……私もやってみようかな?」

 

 何となくそう言った明日奈に、即座に八幡が駄目出しをした。

 

「駄目だ、絶対に許さん」

 

 そんな八幡に、明日奈は頬をほころばせながら言った。

 

「もう、分かってるよ八幡君。やるとしたら、八幡君の前でだけね」

「なら許す」

 

 そんな二人の仲睦まじい様子を見た咲は、顔を赤くしながらまごまごした。

 

「えっ……え~っと……」

「咲さん、この二人は基本こうだから、気にしなくていいわよ」

 

 雪乃がそれを見て淡々とそう言った。それで咲も気が楽になったのか、

咲は思い切って明日奈にこう尋ねた。

 

「あ、はいっ。ところであの、もしかして明日奈さんが、八幡さんの彼女さんなんですか?」

「うん、そうだよ」

「やっぱりですか、よく修羅場になりませんね……」

 

 明日奈はその質問に、顔色一つ変えずにこう答えた。

 

「う~ん、でも常に私のポジションを、十人くらいの人が狙ってるよ?」

「十っ……!?」

「喧嘩とかにならないんですか?」

 

 詩織のその問いに、明日奈は首を傾げながら雪乃に尋ねた。

 

「……そういえばならないよね、雪乃、何で?」

「あら、あなたの知らない所で、血みどろの争いが繰り広げられているとは思わないの?」

 

 雪乃がニヤリとしながらそう言った為、明日奈は驚愕した。

 

「ええっ!?そ、そうなの?」

「冗談よ冗談……今のところはね」

「「「「「「ひいっ!」」」」」」

 

 その付けたされた言葉があまりにも現実味を帯びていた為、咲達はたまらず悲鳴をあげた。

雪乃はそれ以上は何も付け加えず、気になっていたのだろう、ミラナに話し掛けた。

 

「ミラナさんは、名前からしてロシアの方なのかしら?」

「はい、うちの両親は貿易商なんで、

私も小さい頃から日本とロシアを行ったりきたりしてるんです。

で、高校に入ったのを契機に、卒業までは日本にいさせてもらえる事になったんです」

「卒業したらロシアに帰る事になるのかしら?」

「まだ何ともですね、もしかしたら、ずっとこっちにいる事になるかもしれません」

「なるほど」

 

 丁度その時、少し遅れていた、八幡と雪乃が頼んだ猫のデザートが到着した。

 

「おっ、確かに猫猫しいデザートだな」

「八幡君、猫猫しいって……」

 

 明日奈がそう突っ込んだ横で、雪乃は猛烈に感動していた。

 

「これは素晴らしいわね……」

 

 それっきり雪乃は静かになり、その横では、リサが詩乃にこう話し掛けていた。

 

「しかし詩乃さんが、まさか同い年だったとは……」

「ええ、っていうか同い年なんだから、別に呼び捨てにしてくれて構わないわよ?」

「駄目です、うちは一応体育会系なんで、例えゲームの中といえど、

先輩を呼び捨てになんか出来ません!」

「うちはそういうの厳しいんですよ!」

「そういう訳なんで、これからも宜しくお願いします、詩乃さん!」

「そ、そう……」

 

 そして一瞬の静寂が訪れ、直後にその声は聞こえた。

 

「にゃぁ……にゃぁ……」

 

 そして一同は驚いた顔でその声を発した雪乃の方を見た。

誰も何も言えなかったが、ようやく明日奈が雪乃にこう声を掛けた。

 

「ゆ、雪乃……確かにその猫のデザートはかわいいけど……」

 

 それで我に返った八幡が、咄嗟にこう言った。

 

「い、いいかお前ら、今聞こえた猫の鳴き声に関しては突っ込み禁止だ。

これはこういう物だと思って暖かい目で見守るだけにしておけ」

「「「「「「は、はいっ!」」」」」」

「にゃぁ……にゃっ?明日奈、今何か言ったかしら?ごめんなさい、聞き逃してしまったわ」

「う、ううん、何でもないよ雪乃」

「そ、そう?それにゃらいいのだけれど」

「す、すごく突っ込みたいけど、突っ込んだら負けな気がするよ八幡君!」

「ああ、ここは暖かく見守ってやれ」

 

 そして楽しい時間はあっという間に終わり、

咲達はどうやらここからなら歩いた方が早いとの事で、

車で送ってもらうのを遠慮して、そのまま仲良く帰っていった。

 

「さて、俺達も帰るか」

「あなたは何を訳の分からない事を言っているのかしら、本題はこれからでしょう?」

「本題?」

 

 そして雪乃は、今日一度も言葉を交わしていないその少女に、ここで初めて声を掛けた。

 

「そうよね?朝田詩乃さん」




修羅場はあると思えば無く、無いと言えばあるようですね、さて、いつ修羅場が訪れる事か……
明日は皆さんもびっくりの展開になるかもしれませんが、いつもの事ですね。
第287話『その名の重み』お楽しみに!


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第287話 その名の重み

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


「お、おい雪乃……」

「そもそもどうしてここで話が終わりだと思ったのかしら。

私に事情を説明して何かに協力させるとか言っていたのは、他ならぬあなたなのよ?」

「あ……」

 

 八幡はその指摘に、完全に忘れていたと頭を抱えた。

そして詩乃は詩乃で、雪乃にいきなり名前を呼ばれ、当惑していた。

 

「えっと……」

「あら、何故自分の名前が呼ばれたのかよく分かっていないようね。

なら私からハッキリと言うわ。あの時あそこにいた中で、

あなただけが八幡君に恋をしていたからよ」

「そう、そういう事……」

 

 詩乃はそう呟くと、不敵に微笑んだ。

 

「で、ライバルを今のうちに潰しておこうって、そういう事でいいのかしら」

「……あなたは何を言っているの?」

「え?」

 

 詩乃は、自分なりに決意を込めて言った台詞をあっさりと否定され、

思わずそんな声を出してしまい、直後に恥ずかしさで顔を赤くした。

 

「あなたはもう、彼に想いを告げたのでしょう?」

 

 そんな詩乃を更に赤面させえるような事を、いきなり雪乃が言った。

だが詩乃は、ここで否定したら負けだと思って踏みとどまり、雪乃に頷いた。

 

「まったくこの男は、どうしてこう次から次へと……」

 

 その言葉は詩乃にしか聞こえなかったが、その時初めて詩乃は、

常に冷静に見える雪乃も、自分と同じように感情豊かで焼きもちもやく、

普通の少女なんだと思い、雪乃に親近感を覚えた。

 

「いい?彼に想いを告げた上で、彼が傍にいる事を許している、

それだけであなたはもう、私達と対等なのよ。

あなたはさっき私があの子達に発したのと同じ問いをぶつけられたら、

即座にコンバートしてくるでしょう?」

「ええ、当然よ」

「そうよね」

 

 雪乃はその答えに、満足そうに頷いた。

 

「さて、それじゃあとりあえず私の家に帰りましょうか」

「結局帰るのかよ!」

 

 八幡は、思わずそう突っ込んだ。

 

「だってあそこなら、四人同時にALOにログイン出来るじゃない」

「お、お前まさか……」

「ええ、これから詩乃さんを、ヴァルハラ・ガーデンに連れていくわ」

「えっ、いいの?儀式ってのを受けなくていいの?」

「ああ……あれは飛び込みで加入を申し込んでくる人用の方便みたいなものよ。

ちなみに条件は、SAOの元四天王と戦ってHPを二割削る事よ。

場合によっては一撃当てる事になる場合もあるわね。

要するに、どこまで本気なのか試すってだけの事なのよ。

ちなみに今その試験を、前者の条件で受けている子が一人だけいるわ。

もう何ヶ月になるかしらね、延々と挑み続けてくる根性のある子よ。

そろそろ正式に加入する事になるのではないかしらね」

「そうなんだ……」

「それじゃあとりあえず移動しましょうか」

 

 そして四人はそのまま雪ノ下家に向かう事となった。

車の中で、雪乃は三人にいきなりこう言った。

 

「ところでシャナ、シズカ、シノン、GGOじゃ随分派手にやっているみたいね」

「ええっ?」

「わ、私の事まで……」

「お、お前、何でその事を……」

「あなたがシャナだって分かれば、もう後は簡単に分かるじゃない。

私は姉さんの動向も、一応気にしてはいるから、

姉さんが熱心に見ていた動画は全て閲覧済なのよ」

「お前、あれを見たのか……」

「まあ初めて見た時から、もしかしたらと思っていたのは確かよ。

いずれ他の人にもバレるでしょうけど、今の所あの動画の事を知っているのは多分私だけよ」

「そうか」

 

 八幡はそれを聞いて、ほっとしたようにそう言った。

 

「で、ベンケイってのは誰なのかしら」

「小町だな」

「なるほど……ではピトフーイというのは?」

「ピトは……俺の下僕だ」

「下僕?」

 

 その言葉に雪乃は一瞬眉をひそめたが、すぐに普通の表情に戻ると、こう言った。

 

「なるほど、薔薇さんみたいなポジションの人という事ね」

「どうしてお前は今の言葉だけでそこまで分かっちゃうの?

お前本当はキットの中の人か何かなの?」

「そんな訳ないでしょう。いくら私でも、キットにはとても敵わないわよ。

薔薇さんがこの前アルゴさんとそんな事を話していたのを聞いていただけよ」

 

 それを聞いた八幡は、思わず雪乃の前で、薔薇の事を下の名前で呼んだ。

 

「小猫がアルゴと?」

「小猫?あなたは何故この状況で、私を懐柔しようとしているのかしらね?」

 

 雪乃がスッと目を細くしながらそう言ったのを見て、八幡は慌てて弁解した。

 

「ち、違う、誤解だ。小猫ってのは、薔薇の下の名前だ。

何となくかわいいから、俺が普段そっちの呼び方で呼んでるってだけだ」

 

 その言葉に雪乃はきょとんとしたが、

どうやら変なスイッチが入ってしまったようで、少し高揚した様子で雪乃は言った。

 

「薔薇さんの下の名前が小猫?そう……それは初耳だわ、でもとても素敵な名前ね……

私も将来生まれてくる私とあなたの娘に、猫乃って名付けようかしら」

「俺とお前との間に子供が生まれる予定なんか無いが、まあ好きにしてくれ」

「ほら詩乃、今のを聞いた?この男、いつもぼ~っとしているように見えて、

こんな風に肝心な所ではとてもガードが固いのよ」

「あ……確かにちょっと抱き付くとかは案外ガードが緩いけど、

確かにそういう事についてはそうかも……ですね、雪乃さん」

「あら、私とあなたは対等なのだから、私の事も雪乃でいいわよ」

「そう?なら普通に雪乃って呼ばせてもらうわ」

「ふふっ、四つも年下なのに、いい度胸をしているわね、気にいったわ」

 

 雪乃と詩乃が、どうやらうまくやっていけそうな雰囲気に見え、八幡は一応安堵した。

 

「で、小猫さんがアルゴさんにこう言ったのよ。

『下僕としてきちんと仕事を果たしたいので、情報収集のコツを教えて下さい』とね」

「ああ、その話は聞いた覚えがあるな、なるほど、その時か」

「ええ。だから私の中では、下僕イコール小猫さんというイメージが強いのよ」

「なるほど、納得した」

「で、ピトフーイというのは結局誰なの?私の知っている人なのかしら?」

「お前前に会っただろ、神崎エルザにな」

 

 その言葉だけで全て理解したのか、雪乃は驚愕に目を見開いた。

 

「あなた……あの人を下僕扱いしているの?ファンに殺されるわよ?」

「仕方ないだろ、本人の希望なんだよ」

 

 その八幡の説明を聞いた雪乃は、いぶかしげな様子で明日奈と詩乃に尋ねた。

 

「明日奈、詩乃、本当なの?」

「うん、本当だよ」

「確かに事実ね、むしろ嬉々として下僕を名乗ってるわよ」

「そう……まったくこの男は……」

「この件に関しては、俺もさすがに言い訳出来ないわ……」

「まあ本人の望みなら仕方がないわね、いずれギルドに連れてくる事にしましょう」

「あいつもか……まあ仕方ないよな」

「で、そもそもあなたはどうしてGGOをプレイする事にしたのかしら」

「それはな……」

 

 そして八幡は、ここに至るまでの経緯を詳しく雪乃に説明した。

 

「そう、噂のラフィンコフィンが、ついに動き出したのね。

確かにそれなら特に危険は無いかもだけど、リアル割れだけはしないように気を付けるのよ」

「ああ、それだけは本当に注意しないとだな」

「明日奈も詩乃も、絶対にゲームの中で、本名や住所を喋ったりしては駄目よ」

「うん」

「あ……私この前、BoBの受付の時、

個人情報を思いっきりゲームの中で記入しちゃったんだけど……」

「……どういう事かしら」

「実はな……」

 

 八幡は、BoBの景品がもらえるシステムの事を、雪乃に説明した。

 

「そう……それはかなり問題のあるシステムね。後ろから覗いたり出来るのかしら」

「確かに近くから覗いたら、見えるかもしれないな。

まあそんな事をしたら、誰かに通報されちまうと思うが」

 

 普通ならそれで安心する所だが、雪乃の考えは少し違ったようだ。

 

「……という事は、システム的に不可視という訳ではないのね」

「ああ。まあこの前のケースだと、確かに近くにラフコフの誰かがいたのは確かだが、

俺が後ろで視界を塞いでいたからな、詩乃の個人情報は絶対に誰にも漏れてはいない」

「そう、それならいいのだけれど、次回からは慎むべきだと思うわ。

相手はシステムの裏を突く事に長けている人達なんでしょう?」

「確かにそうだな、ここは雪乃の忠告に従ってそうするか。詩乃もそれでいいか?」

「うん、皆に心配かけてごめんね」

「別にあなたのせいじゃないわ」

 

 そして雪乃は、必要だと思われる事をテキパキと決めていった。

 

「とりあえず私も新しくキャラを作るわ。

名前はあなた達との関係性を疑われない名前がいいわね。

にゃんこ先生とでも名付けましょうか」

「おい馬鹿確かにあれはとてもいい、いいんだが、さすがにそれはやめておけ」

「じゃあにゃんこティーチャーでいいわ。ただし先生と呼んで頂戴」

「先生な……まあ別にいいけどな……」

「後は小猫さんにはこっちで連絡しておくとして、多少の強さは必要かしらね……」

「それなら俺達の狩りについてくればいい。初期レベルでも銃さえ撃てれば問題ない」

「か弱い私をしっかりと守るのよ」

「へいへい」

 

 そうこうしている間に、一行は雪ノ下家へと到着し、

そのままALOへとログインする事となった。

 

「さて詩乃、あなたはどの種族にコンバートするつもりなのかしら」

「あ、前に調べた事があるんだよね、え~と、ケットシーにしようかと思って」

「何ですって!?」

 

 雪乃がいきなり声を荒げた為、詩乃はまずかったかと思い、他の種族に変えようとした。

 

「ご、ごめん……私何も知らなくて……えっとそれじゃあ、他の種族に……」

「何を言っているの!?」

 

 雪乃は先ほどよりも更に大きな声でそう言った。

 

「えっ?」

「ケットシー、素晴らしいじゃない!さあ、直ぐに始めましょう。

八幡君、迎えの方は確か大丈夫よね?」

「ああ、この前のアップデートで、アルンと各種族の都が、

一瞬で行き来出来るようになったはずだ。とりあえず直ぐに合流する事が可能だ」

「オーケーよ、それじゃあ詩乃、いえ、シノン、あっちで待っているわね」

「うん」

 

 そしてシノンは、自分の持つ全てのアイテムを拠点に収納すると、

緊張しながらキャラをGGOからALOへとコンバートし、

初めてALOの世界へと降り立った。そこには、GGOとはまったく違う雰囲気の、

広大なファンタジーの世界が広がっていた。

 

「ここがALO……何ていうか、やっぱりGGOとは全然違う……」

「おいシノン」

 

 突然そんな声が聞こえ、シノンは慌てて周囲を見回したが、近くには誰もいない。

 

「上だ上」

 

 その言葉でシノンは、この世界では空が飛べるという事を思い出し、上を向いた。

上には三人のプレイヤーが宙に浮いており、シノンは、自分も早く飛んでみたいと思った。

 

「ここでは初めましてだね、私がアスナだよ。

まあここではバーサクヒーラーなんて呼ばれてるんだけどね」

「ユキノよ。絶対零度と呼ばれているわ」

「そして俺がハチマンだ。ここではザ・ルーラーって呼ばれてるな」

 

 その言葉で三人に気付いたのか、周囲のプレイヤー達がどよめいた。

 

「おい、あの格好、ヴァルハラのメンバーじゃないか?」

「間違いない、あれはヴァルハラのエンブレムだ!」

「凄え!アスナ様とユキノ様だ!」

「というか、あの二人を従えてるって事は……」

「あれが滅多に姿を現さないって噂のヴァルハラのリーダー、ザ・ルーラーじゃないか!?」

「うおおおおお!俺初めて見た!」

 

 その周囲の喧騒に、シノンはとても驚いた。

そして目の前の三人が、この世界では伝説級の存在である事を実感した。

 

「その服装だけでも知名度が凄いんだね、一発でほとんどの人に分かっちゃうくらい」

「まあこれくらいは普通の事だ。お前もいずれこうなるんだぞ、どうだ、怖くなったか?」

「プレッシャーに押し潰されそうだけど、でも凄くわくわくしてる」

「そうか」

 

 そしてハチマンは、ストレージからヴァルハラの制服を取り出し、シノンに与えた。

 

「これは……」

「予備の制服だけどな、自動サイズ調整がついてるから、体に合わない事は無いと思うぞ」

「……私が着てもいいものなの?」

「わくわくしたんだろ?いいから着てみろよ」

「うん」

 

 そしてシノンがその服を身に付けた瞬間、周囲のプレイヤー達は、大歓声を上げた。

 

「おい、まさかあれ、新メンバーか?」

「そうみたいだな、個人識別用のエンブレムがまだ付いて無いからな」

「まじかよ、また女かよ!」

「やべ、こんな場面に遭遇する事なんて、天文学的な確率じゃね?」

「あそこは滅多にメンバーを増やさないからな」

「大変だろうが頑張れよ、新人!」

 

 シノンはそんな声を聞き、信じられない思いだった。

 

(ヴァルハラ・リゾートってここまでのギルドなんだ……

ちょっと前まで自分が学校で孤立していたなんて、遠い昔の事に感じる)

 

 そんなシノンに、ハチマンが手を差し出した。

 

「シノン、無理に飛ぼうとしなくていいから、とりあえず浮いてみようって思ってみろ」

「う、うん」

 

 そしてシノンは、心の中でこう考えた。

 

(彼の所までこの体を浮かせたい)

 

 その瞬間、シノンの体はゆっくりと浮き上がり、

ハチマンの方へと向かってゆっくり進んでいった。

そしてシノンの伸ばした手を、ハチマンがしっかりと掴んだ。

 

「アルヴヘイム・オンラインへようこそ」

「こ、これから宜しくお願いします」

「よし、とりあえずアルンへ飛ぶぞ」

 

 ハチマンとアスナはシノンの両手を握り、転移装置の所まで凄いスピードで飛んでいった。

 

「うわ、凄い凄い!」

「どう?生まれて初めて空を飛んだ気分は」

「最高!」

「そうか、早く自由自在に飛べるようになれるといいな」

「でも私にはBoBで優勝するって目的があるし、本格的に始めるのはその後かな」

「そうだな、今日はとりあえずお試しだからな。よし着いた、アルンへ飛ぶぞ」

 

 そして四人はアルンへと転移し、そのままぐんぐんと空に上がっていった。

 

「どこまで上がるの?」

「あそこだ、上を見てみろ」

「あれは……」

 

 そしてシノンの目の前に、光り輝く鋼鉄の城が姿を現した。

 

「あれが目的地だよ、シノン」

「あれが……あれがハチマンとアスナが二年以上も戦ってきた場所なんだね」

「ああ、ようこそアインクラッドへ」

 

 こうしてシノンは、まったく予想外の展開で、アインクラッドの地を踏む事となった。




さすがにこれは予告せざるを得ませんね、明日はある意味ギャグ回になっています。
第288話『尊敬と恐怖の象徴』お楽しみに!


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第288話 尊敬と恐怖の象徴

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


「ここがアインクラッド……」

「ああ、俺達のデスゲームはここから始まった」

 

 詩乃はその言葉を受け、もしここでハチマンが命を散らしていたら、

今の自分は一体どうなっていたのだろうかと考え、自然と言葉が口をついて出た。

 

「そう……戻ってきてくれて、本当にありがとう」

「あ?まあ百パーセント自分の為だったけどな」

「自分とアスナと仲間の、でしょ?」

「さあ、どうだったっけな」

 

 そんなハチマンを見て、ユキノはアスナにこう提案した。

 

「ねぇアスナ、このどうしようもなく素直じゃない男は、

とりあえず殴っておいた方がいいのではないかしら」

「それで素直じゃない所が治るなら苦労はしないんだけどね……」

「確かにそれもそうね、それじゃあもぎましょうか」

 

 そのユキノの言葉に、ハチマンは少し震えた声で言った。

 

「そのとりあえず言っておこう的なセクハラはやめろ」

「あら、私はどこをもぐとは明言していないのだけれど」

「男の体にもぐ所なんかそんなにある訳ないだろ」

「ハチマン君、それはセクハラよ」

「くそっ、口じゃ絶対に敵わねえ……」

「まったく、これだから存在自体がセクハラな男は困るわ、ねぇアスナ?」

 

 そう言ってユキノはアスナの方を向いて言った。

だがアスナは、怯えた目で自分の胸を隠しながら、ユキノに背を向けていた。

 

「……ねぇアスナ、それは一体何のまねかしら?」

「だ、駄目!も、もがないで!」

 

 そのユキノの冷たい声を聞き、アスナは悲鳴をあげた。

 

「そう……あなたもやはりそっち側なのね」

「ち、違うよ!私だって、もっと何とかならないかと色々頑張って研究してる仲間だよ!」

 

 そのアスナの言葉に、ユキノはピクッと反応した。

 

「研究?ならここは、その研究の成果を一つ教えてもらえれば、

私としてもこれ以上の追求はやめてあげてもいいのだけれど」

 

 その言葉にアスナは飛びつき、動揺したままこんな事を口走り始めた。

 

「せ、成果、成果ね。え~っと……ハチマン君にもんでもらえば……」

「ばっ、お前何て事を……」

「あ、ああっ、違うの、この前マッサージをしてもらった流れで、

ちょっと試しにって思ってやってもらっただけなの!

確かに効果はあった気もするけど、サンプル数が全然足りてない研究なの!」

 

 ハチマンは、ユキノがその言葉を真剣に検討し始めたのを見て、頭を抱えた。

ちなみにシノンは、顔を真っ赤にしてフリーズしていた。

そしてユキノは、ついに結論が出たのか、真顔でハチマンに言った。

 

「ハチマン君、ちょっとお願いがあるのだけれどいいかしら?」

「すげー聞きたくないんだが、まあ聞くだけなら……」

「もし明日暇なら、一晩私の胸をもんでみてもらえないかしら」

「お、お、お前本気で言ってんのか?昔とキャラが違いすぎるぞ!」

 

 さすがのハチマンも、予想はしていたとはいえ、さすがにこれはギャグだろうと思い、

そうユキノに言った。

 

「そんなの本気に決まってるじゃない、もちろんアスナも認めてくれるわよね?」

「あ、う、うん、いいんじゃないかな?ユキノも本当に本気みたいだし」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ユキノは驚いた顔でアスナの方を見た。

アスナはその視線を受けて首を傾げたが、その顔がとても穏やかだった為、

ユキノは険しい顔をすると、アスナにこう尋ねた。

 

「アスナ、それは本気で言っているの?」

「う、うん、ユキノがそれで満足してくれるなら、それでもいいかなって」

「そう……」

 

 そしてユキノは、ハチマンの方に振り返りこう言った。

 

「やっぱりさっきのお願いは無しよ、私はシノンに話があるから、

あなた達は先にヴァルハラ・ガーデンに行って、シノンを迎え入れる準備をして頂戴」

「あ、う、うん」

「そ、そうか、おいユキノ、シノンにおかしな事をしたり言ったりするんじゃないぞ」

「大丈夫、ちょっと聞きたい事があるだけよ」

「そうか、それならまあいいが……」

 

 そしてハチマンとアスナが転移門の向こうに消えた後、

ユキノは少し怖い顔でシノンに尋ねた。

 

「シノン、今のアスナを見て、どう思った?」

「アスナを?え、えっと……私もやってもらえないかなって事と、

相変わらずライバルに甘いなとしか」

「何ですって?」

「ど、どうかしたの?」

「あなたにとって、あれは普通のアスナなの?」

「う、うん、ずっとあんな感じだけど……基本他の女の子に寛容というか、まあそんな感じ?

さっきみたいにその……えっちなのは珍しいと思うけど」

「そう……以前からその兆候は見えていたけど、まさかそこまでとはね」

 

 そしてユキノは、真顔でシノンにこう問いかけた。

 

「もしあなたがアスナの立場だったら、さっきみたいな時、どうするのかしらね」

「私?そうねぇ、多分普通に駄目って言って、ハチマンを捕まえておくと思うけど」

「その後、他の子達を完全に排除する?」

「それは……」

 

 シノンはそこで言い淀んだ。確かにハチマンを独占したい気持ちはある。

だがその為にアスナやピトフーイや、こうして知り合ったユキノを彼の前から排除する?

 

「それは私には無理かも……恋愛も友情も大切にしたいもの」

「彼の周りの子達も、多分そう思ってるわ。

アスナのあれも、それをこじらせたものでしょうね」

「あ、確かにそんな感じかも」

 

 シノンはそのユキノの説明に同意した。

 

「私は確かに彼の事が好きで、同時にアスナの事も好きよ。それはあなたもそうでしょう?」

「う、うん……」

「でも私達は、別に彼の傍にいさせてもらっている訳ではない」

「あっ」

 

 その言葉で、シノンはユキノの言いたい事を、何となく理解した。

 

「そう、アスナは自分の許可が無いと、私達が彼の傍でのびのび出来ないと勘違いしている、

もしくはそう思い込んでいる、私はそう感じるの。

つまりアスナは自分でも気付かないうちに、私達を下に見てしまっているのよ。

あの二人の場合、優しすぎるというのが欠点ね」

「それは私にも何となく分かる」

「だから私は、その勘違いを正すつもりよ。出来ればあなたにも協力してほしいのだけれど」

「うん、私に出来る事なら」

 

 ユキノはそのシノンの返事に顔を綻ばすと、その耳元で何かを囁いた。

 

「えっ、ええっ!?いいの?本当に?」

「問題無いわ、どう?」

「分かった、私も大丈夫」

「それじゃああの二人に追いつきましょうか、さあ、こっちよ」

「うん」

 

 転移門に向かう途中では、周りのプレイヤー達がユキノの顔を見て道を開けた。

 

「そこまで気を遣ってもらうのは申し訳ないのだけれど、でもありがとう」

 

 ユキノはそんなプレイヤー達に、にこやかな笑顔で言った。

 

「一層に来る事は滅多に無いのだけれど、これがあるからここに来るのは疲れるのよね」

「あ、あは……」

 

 そして転移門が見える距離まで近付いた頃、

いきなり一人のプレイヤーが二人に声を掛けてきた。

 

「そこの強そうで可憐なお姉さん達、良かったら俺と一緒に遊ばない?」

 

 こういう事は珍しいのか、周りのプレイヤー達はギョッとして一歩後ろに下がった。

ユキノ自身も最近こういう事はまったく無かったのだろう、驚いた顔をしていた。

 

「おい、あの馬鹿は誰だ?」

「そこそこレベルはありそうだが見た事の無い奴だな」

「ユキノさんの顔を知らないって事は、コンバート組じゃないのか?」

「あいつ死んだな……」

 

 周囲のプレイヤーがそう囁く中、そのプレイヤーはユキノに言った。

 

「俺の名はゼクシード、いつもはGGOというゲームをやっているんだが、

今日は気分転換にちょっとこっちにコンバートしてみたんだ。

そこでいきなりお姉さん達みたいな素敵な女性に出会えるなんて、凄いラッキーだよ」

 

(嘘、これってあのゼクシード?)

 

 シノンはその自己紹介に驚愕し、とりあえず自分の素性がバレない為に、

どうすればいいかと考え始めた。だがそのシノンを制するように、ユキノが一歩前に出た。

 

「なるほど、だから私に平気で声を掛けられた訳ね、まあそういう事もあるわよね。

私はユキノ、ヴァルハラ・リゾートの副長をしているわ」

「ヴァルハラ・リゾート?それってギルドって奴?

へぇ~、GGOのスコードロンみたいなものか」

「ゼクシードさん!」

「探しましたよ!」

「おう、ユッコ、ハルカ」

 

 そこにゼクシードの仲間らしき二人の女性プレイヤーが遠くから駆け寄ってきた。

その二人の名前を聞いたユキノは、ピクッと眉を動かした。

 

「もう、何やってるんですか、ゼクシードさんは何も下調べはしてないんですから、

一応色々と調べてきた私達から離れないで下さいよ」

「そうですよ、間違ってヴァルハラ・リゾートのメンバーに絡むとか、絶対に勘弁ですよ」

 

 ユッコとハルカは下調べの段階で、

ヴァルハラ・リゾートのメンバーについてはきちんと把握しており、

その名前からして、それがハチマン達以外にありえないと結論付けていた。

その為ユッコとハルカは、ALOに一時的にコンバートした後は、

絶対にヴァルハラ・リゾートのメンバーとは関わらないと固く心に誓っていたのだが、

二人はどうやらその事を、ゼクシードには伝えていなかったようだ。

 

「ん?そのギルドの人なら、今丁度一緒に遊ばないかと声を掛けた所だったんだが」

「えっ?」

「ちょ……」

 

 ユッコとハルカはそう言われ、恐る恐るユキノの顔を見た。

二人は自分達の事を知らないメンバーであるようにとビクビクしながら、

祈るようにユキノの名前を尋ねた。

 

「えっと……こちらの方のお名前は……」

「ああ、この人は……」

 

 そのゼクシードの言葉を遮るように、ユキノが言った。

 

「私はユキノ、ヴァルハラ・リゾートの副団長をしているわ。

まさかこんな所で再会するなんて予想もしなかったわ、ユッコさん、ハルカさん」

「あ……あ……まさかよりによって……」

「お、おおおお久しぶりです」

 

 ユキノは二人にとっては最悪の相手だった。

まだユイユイ辺りなら、多少はましだったはずなのである。

 

「あら、もしかしたらと思って鎌をかけてみたのだけれど、本当にそうなのね」

「あっ」

「やらかした……」

 

 その言葉に二人は自分達の失敗を悟った。ここはあくまでも知らないフリを通し、

そのままゼクシードを連れていけば、実際の所何とかなったのだ。

 

「何だお前ら知り合いか?だったら問題無いな、これから一緒に……」

「ご、ごめんなさい、私達は用事があるからこれで失礼します!」

「本当にすみませんでした!先にGGOに戻りますね!」

「お、おいお前ら、いきなりどうしたんだよ!」

 

 そして二人はそのまま走り去り、少し先でログアウトした。

この日以来二人は、もう絶対にALOには行かないと心に誓い、

ユキノ達の事についても、ゼクシードに何も説明する事は無かった。

 

「何だよあいつら……」

 

 そう呆然とするゼクシードの横で、ユキノがそっとシノンに話し掛けた。

 

「ねぇシノン、この人の事は知っているの?」

「そいつはハチマンの敵だよ、ユキノ」

「敵?そう……彼の敵なのね」

「うん、この前彼を散々罵倒してくれたからね、詳しくは動画を見れば分かると思う」

「分かったわ、シノンは少し離れてて頂戴」

 

 そしてユキノがストレージから、自分の身長よりも長い幅広の剣を取り出した為、

周囲のプレイヤー達はぎょっとして、シノンと同じように後ろに下がった。

そしてユキノはゼクシードに声を掛けた。

 

「という訳でゼクシードさん、私達はちょっと人を待たせているので、

本当に遺憾ではあるのだけれど、とりあえずここであなたを排除する事にするわ」

「あいつらもいなくなっちまったし、そんなの断って俺と一緒に遊ばない?

俺ってこれでも、GGOじゃトッププレイヤーの……って、その巨大な剣は……?」

 

 ゼクシードはここで初めてユキノが持つ剣に気付いたようで、

ぎょっとした顔でそう言った。

 

「あなた、アインクラッドの圏内戦闘って言葉を知っているかしら?」

「いや、し、知らないけど」

「ここではね、街の中では絶対に相手にダメージを与える事は出来ないのよ。

でもその衝撃は相手に伝わるの。言っている事は分かるかしら?」

「あ、ああ……GGOの街中での戦闘と同じ感じなんだろうとは理解した」

「で、実は私は、武器を使った戦闘はあまり得意ではないの。

そんな私が圏内であなたみたいな人に絡まれた時にどうすればいいか、

うちのリーダーに相談した時に、プレゼントされたのがこれよ」

「それが?センスの無いプレゼントだな、俺ならもっとこう……」

 

 ゼクシードはその瞬間、自分が地雷を踏んだ事に気が付いていなかった。

 

「彼からのプレゼントにセンスが無いですって……?そう、手加減はいらないという事ね」

「なっ……」

「やばいぞ、皆もっと下がれ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間にユキノはそう呟き、

シノンと他のプレイヤー達はその迫力に慄き、更に後ろへと下がった。

 

「だってそうだろ?あんたみたいなお淑やかに見える女性に渡すプレゼントじゃないだろ?」

「お淑やか?あなたは何を訳のわからない事を言っているの?

私は剣を振るう技術は無いけど、力だけはあなたよりもずっとあるのよ」

 

 そう言ってユキノが、片手で軽々とその剣を持ち上げた為、

ゼクシ-ドだけではなく、シノンや他のプレイヤー達もぎょっとした。

 

「なっ……何だよそれ……」

「いい事?ヴァルハラ・リゾートの名前を決して忘れないようになさい。

この名前はALOの中では、尊敬を集めると同時に、恐怖の象徴でもあるのよ。

もう会う事は無いでしょうから、本当にさようならね、ゼクシードさん」

 

 そしてユキノは、渾身の力を込めてゼクシードに剣を叩きつけ、

ゼクシードはありえないくらい遠くまで飛ばされ、

そのまま破壊不可能属性である建物に激突し、そのまま何度も地面にバウンドした。

そしてそのまま意識を失ったのか、アミュスフィアの安全装置が働き、姿を消した。

 

「おおっ!」

「す、凄え……」

「俺、ユキノさんが剣を持つ所を初めて見たけど、凄い力だな」

「ヴァルハラ最強!」

 

 そしてシノンが、おずおずとユキノの所に戻ってきた。

 

「ユ、ユキノって力も凄いのね……」

「まあステータスだけはね、一応鍛えたから」

「まだ先の話だろうけど、私ヴァルハラのメンバーとしてちゃんとやっていけるのかな……」

「あなたなら大丈夫よ、さあ、行きましょう」

 

 そして二人は大歓声の中、転移門をくぐり、二十二層のコラルの村へと転移した。

 

「ほら、あそこに塔が見えるでしょ?あそこが私達の本拠地よ」

「塔?庭って話じゃなかったっけ?」

「ふふっ、それは後のお楽しみね」

 

 周囲には、ヴァルハラ・ガーデンを一目見ようと訪れたらしい沢山のプレイヤーがいた。

ここは既にアインクラッドの観光名所の一つとされているようだ。

 

「あの制服……またヴァルハラのメンバーだ!」

「凄いな今日は。さっきはハチマンさんとアスナさんが通ったし」

「あっ、あれってもしかして、絶対零度じゃないか?」

「本当だ、ユキノ様だ!」

「一緒にいるのは……誰だ?」

「胸にも背中にもエンブレムがついてないわよ」

「まさか、新しいメンバーか?くそ、何て羨ましい」

 

 平然とした顔で塔への道を歩いてゆくユキノの隣で、

シノンは気恥ずかしい思いをしながらも、何とか胸を張って歩いていた。

塔が近付くにつれ人影はまばらになっていき、塔に着くと、もうそこには誰もいなかった。

 

「さすがにここまで近付いてくる人はほとんどいないのよ、

まあここに来ても中に入れる訳じゃないし、私達に怒られるとでも思っているのかしらね」

 

 そう言ってユキノは、シノンを入り口の前へと案内した。

と言っても、そこは何も無いただの壁に見えた。

 

「ここ?」

「ええそうよ」

 

 そしてユキノが壁に触ると、パネルのような物が現れた。

 

「さあ、ここにタッチして頂戴」

「分かった」

 

 その瞬間に、周囲に電子音声が響き渡った。

 

『このプレイヤーを、仮メンバーとして登録しますか?』

「イエスよ」

『プレイヤーネーム、シノン、を、仮メンバーとして登録しました』

 

 そして壁が音もなくスライドし、そこに入り口が現れた。

 

「どう?緊張する?」

「う、うん」

「まあ他にも誰かがいるかもしれないけど、おかしな人はいないから安心してね」

 

 そして螺旋階段を上り、上の階に到着した二人の前に、こじんまりとした家が姿を現した。

 

「さあ、中へどうぞ」

「思ったより小さいのね」

「ふふっ、確かにそう思うわよね、私も最初はそう思ったわ」

 

 そしてユキノがドアを開け、中に入ろうとした瞬間、

シノンは転移門をくぐった時のような感覚に襲われた。

 

「っ、今のは……」

 

 そして中に入ったシノンの目の前に、広大な空間が広がっていた。

どうやらバーが併設された大広間のようだ。

見上げると、数階に渡り、まるで円形のマンションのように部屋が配置されており、

窓から外を見ると、さっき通ってきた道は見えず、これまたとても広い庭が広がっており、

少し離れた所には、観客席のついた訓練場のような物が見えた。

 

「シノン、こっちこっち」

 

 そんなシノンに、アスナがお茶らしき物を六つ運びながら声を掛けてきた。

隣には、とても美形な耳の尖った女性と、かわいらしい子供のような少女が立っており、

ハチマンがソファーに座ったままこちらを向き、軽く手を上げた。




さすがは皆さんに愛されるギャグ担当のゼクシードです!今回もやってくれました!


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第289話 認められる嬉しさ

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


「初めまして、私はユイです、パパとママの娘です!」

「私はキズメルだ、二人の古い戦友で、ハチマンの嫁のような扱いになるのだろうか」

「むっ……娘!?嫁!?」

「この二人は高度なAIが搭載されたNPCなのよ、シノン」

「もっとも誰もNPCだとは思っていないけどな、二人は立派な俺達の仲間だ」

「嘘……全然そんな風には見えない」

「本当ですよ、ほら」

 

 そして二人は頷き合うと、妖精形態へと姿を変えた。

それを見たシノンは、やっと二人がNPCだと実感した。

そしてユイはそのままシノンの肩に、キズメルはハチマンの肩に座った。

 

「ALOってこんなに凄いんだ……」

 

 シノンは指一本でユイと遊びながらそう言った。

 

「いや、この二人はちょっと特殊でな、他のギルドにはハウスメイドNPCはいるが、

こういった自立型のNPCは存在しない」

「そうなの?」

「ああ、実はな……」

 

 そしてハチマンは、シノンに二人の出自を説明した。

 

「そんな事が……」

「ああ、だからもし誰もいない時でも、必ずここにはこの二人がいて、

お前を出迎えてくれるはずだ」

「そっか……それって凄く嬉しい事だね」

「シノンさん、ここでお待ちしていますね」

「分からない事があったら何でも聞いてくれ」

「ありがとう二人とも」

 

 シノンは二人にそう微笑んだ後、こう言った。

 

「でも私が正式にここにお世話になるのは、

GGOでたまに開催される、BoBって大会で優勝した後になるんだけどね」

「あ、パパが他の人に内緒でコッソリプレイしているゲームですね!」

「コッソリ……な。ユイ、他の奴らにはまだバレていないよな?」

「はい、大丈夫だと思います」

「そうか、今はまだそれでいい」

 

 ハチマンがそう言った後、ユイは改めてシノンにこう言った。

 

「それでは言い直しますね、いつまでもここでシノンさんが来るのをお待ちしていますね」

「そうだな、いつまでもここで待っているよ、シノン」

「う、うん、必ずまたここに戻ってくるから、待っててね、ユイちゃん、キズメル」

 

 その二人の言葉に、シノンはとても嬉しそうにそう言った。

 

「ところでシノノンは、やっぱりこっちでも遠隔攻撃主体になるのかな?」

「そうね……正直剣の扱いは自信が無いから、その方が良さそうね」

「それじゃあハチマン君、誰も使ってない、アレをあげればいいんじゃないかな?」

「そうだな、そうするか」

 

 そしてハチマンは、武器を陳列してある部屋にシノンを連れていき、

豪華な意匠の施された弓を手に取り、シノンに渡した。

 

「握った感じはどうだ?」

「弓を持つのは初めてだけど、特に違和感は無いかな」

「そうか、よし、外の闘技場に行くぞ」

 

 そしてハチマンは、闘技場で弓の説明を始めた。

 

「この弓は、無矢の弓という魔法の弓でな、矢はお前の魔力によって無限に供給される。

その分威力は普通の矢を放つものよりも若干落ちるが、

その代わりに、特殊な機能を持つ矢を放つ事が可能だ」

 

 そう言ってハチマンは何か呪文を呟いた後、弓を構えた。

その矢は三本に増えており、ハチマンはその矢を射た。

 

「このように、矢を三本に増やす事が可能だ」

「なるほど」

 

 次にハチマンはアスナを前に立たせると、再び呪文を唱え、アスナに向かって矢を放った。

その矢はアスナの腕に命中し、そのまま一本のロープのようになった。

ハチマンがそのロープが繋がったままの弓を引っ張ると、アスナの腕も引っ張られた。

 

「こんな感じで相手の体にくっ付けて、バランスを崩したりする事が可能だ」

 

 最後にハチマンは、再び別の呪文を唱え、弓を構えた。

その目の前に現れた光の矢がどんどん大きくなっていく。

そしてハチマンは、その巨大な矢を発射した。

 

「まあ威力が大きさで変わる訳じゃないんだが、命中率を上げる為なんだろうかな、

一箇所でも当たれば、そのダメージは全て敵にいくようだ」

「面白い武器ね、大きさとか威力は、使った魔力に依存?」

「俺が検証した感じだと、まあそんな感じだな」

「なるほど、最終装備にはなりえないんだろうけど、面白い武器ね」

「どうだ?まあ直ぐじゃなくてもいいんだが、使いこなせそうか?」

「ちょっと練習してもいい?」

「おう、好きなだけ練習してくれ」

 

 そしてシノンは、試行錯誤しながら無矢の弓を使いこなす練習を始めた。

そして少し後、入り口から一人のプレイヤーが入ってきて、

シノンの練習を見学していた一同に声を掛けた。

 

「頼も~う!かわいいフカ次郎ちゃんが、また勇ましく挑戦に来ましたよ!」

「あっ、フカちゃんだ!」

「おおうアスナの姉御、何か久しぶり!」

「頑張ってるみたいだなフカ、あれからかなり腕を上げたみたいだな」

「ハ、ハチマンさん!はい、フカちゃんはいつもあなたのお傍に仕える為に頑張ってますよ!

そんな私の頑張りに、そろそろ惚れちゃってもいいんですよ!むしろお願いします!」

「相変わらずだなお前」

「そんな変わらない君が大好きだと?愛人でもいいんで是非私をその末席に!」

「お前本当に自分の欲望に忠実だよな……」

 

 ハチマンは苦笑し、他の者もそれに釣られて同じように苦笑した。

だがフカ次郎の明るさは、皆好ましく思っていた。

 

「あれ?」

 

 そしてフカ次郎は、弓の練習をしているシノンに気が付き、そんな声を上げた。

 

「え~っと、あの見覚えの無い方はどちら様で?」

「ああ、あいつは今度うちに加入したシノンだ」

「な、ななな何ですと!?私を差し置いて入団テストを乗り越えた強者が!?」

「いや、あいつはお前と違って入団テストは受けていない、というか必要ない」

「何と!?そ、それは一体どういう……」

「まあ、リアルでの知り合いだって事だ」

「あ~!」

 

 そしてフカ次郎は、何事かブツブツと呟き出した。

 

「リアル知り合いの優位性……学校をサボって明日の朝一でコヒーの家に向かって、

その流れでハチマンさんと何とか会えるようにお願いして、

そのまま無理やり既成事実を……うん、私の魅力を持ってすればいける気がする」

「コヒーってのが何の事かは知らないが、どう考えてもいけないからな」

「やっぱり無理デスヨネ……あ、ちなみにコヒーは私の友達でっす!

スラッとしたモデルみたいな長身の美人なのに、コンプレックスが凄いんです!」

「ん、大学で遭遇した人に似てるな」

「お?お?そ、それは一体どこで……」

「えっと確か……」

 

 そしてハチマンは、昼に訪れた大学の名前を告げ、その女性の特徴をフカ次郎に告げた。

 

「そ、それは正しく我が友コヒーじゃないですか!」

「そうなのか?世間は狭いって本当なんだな。それじゃあお前からも、

気にしすぎですって伝えてやってくれ。何なら本当に美人ですよって言ってくれてもいい」

「ハチマン君……」

「あなたね……」

「コヒーよりも私に、私にその言葉を!」

 

 そんなハチマンに、アスナとユキノから総攻撃が加えられた。

フカ次郎だけは若干違う趣旨の言葉を言っていたが、まあそれはいつもの事だった。

 

「いや、まあ適当に意訳して、褒めてたってだけでいいぞ。

何か本当に身長にコンプレックスを感じているように見えたんで、心が少し痛んでな」

「心が……ね。それならまあ仕方ないかな」

「そうね、人助けはこの男のライフワークですからね」

「そんなのをライフワークにした覚えはねえよ」

 

 そしてハチマンは、フカ次郎に向き直った。

 

「話が反れちまったが、お前はそんな楽な方に逃げる奴じゃないだろ?

実力を俺達に認められて入団したいって思ってる、根性のある奴だ」

「ハ、ハチマンさん……やっぱり私の事を……」

 

 そのハチマンの言葉に、フカ次郎は感動した様子でそう言った。

 

「私の事をというのが、どういう意味で言ってるのかは分からないが、

お前の頑張りはちゃんと評価しているぞ。正直今直ぐに入団を許可してもいいんだが、

それだとお前の気が済まないだろ?」

「えっ……?私は別にそれでもまったく構わないけど……」

「それだとお前の気が済まないだろ?」

「あ、いや、くそー、こうなったらもうヤケだ!ですです、気が済まないです!」

「当然そうだよな。よし、たまには俺が相手をしてやろう、おいシノン、選手交代だ」

「どうかしたの?あれ、そちらの方は……」

 

 シノンはこちらに戻ってくると、フカ次郎の顔を見ながら言った。

 

「この子が、今入団テストを受けているフカ次郎さんよ」

「ああ!」

「どもども、フカ次郎だよ!いや~、それにしてもお姉さん可愛いね……じゅるっ」

「なっ……」

「その可愛らしい猫耳、ちょっと触らせて?」

「駄目よ、この猫耳は私の物よ!」

 

 ユキノが突然横からそう言い、つかつかとシノンに近付くと、

楽しそうにその猫耳を撫で始めた。フカ次郎も対抗するように、

反対側からシノンの猫耳をもふもふし始めた。

 

「お前らな……」

「し、仕方ないじゃない、この猫耳が私を誘うのよ!」

「いや~最高っすなぁ……もふもふっすなぁ……」

「え、えっと……」

「おいフカ、お前はさっさとこっちに来い」

「あっ、ちょ、ま、もっともふもふを!私にもっともふもふを!」

 

 そのままフカ次郎はハチマンに連行され、ユキノはシノンの猫耳を独占する形となった。

 

「他のケットシーの人達も、いつもこんな目にあってるの?」

「ううん、皆上手く逃げてるから、多分猫耳に飢えてたんじゃないかな……」

「そ、そう……まあ頭を撫でられてるのと変わらないから別にいいんだけど……」

 

 シノンはアスナにそう言うと、興味深そうにハチマンとフカ次郎に目をやった。

 

「さて、いつでもいいぞ、かかってこい」

「よ~し、フカ次郎、行きまっす!」

 

 ハチマンは、右手にだけ短剣を持ち、フカ次郎に言った。

そしてフカ次郎は、フェイントを織り交ぜつつハチマンに突撃した。

ハチマンは冷静にそれを見切りながら、逆に先回りしてフカ次郎の武器を弾いた。

 

「なっ……」

「お前のフェイントは素直すぎる。踏み込む足の角度や、目線にも気を遣え」

「了解!」

 

 そして何合か斬り合った後、ハチマンはカウンターでフカ次郎の腕を斬り飛ばした。

 

「武器は左右どちらでも使えるようにしておけよ。片腕を斬られた時に対応出来るからな」

「うわぁん、片腕を斬った後に言われた!」

「馬鹿野郎、基本だ基本。うちのメンバーは全員出来るぞ」

「うう、努力はしてるよ!」

 

 そう言ってフカ次郎は、ハチマンの不意をつくように、残った手でいきなり攻撃した。

だがその攻撃も、ハチマンにあっさりと弾かれた。

 

「おっ、使えない振りをしていたのか、中々いいぞ」

「とか言ってあっさりカウンターを決めるとか、ハチマンさん鬼!」

「まあ攻撃可能な体の動きをしていたからな」

「普通そんなの分かんないでしょ……」

 

 そして斬られた腕が復活した後、フカ次郎はキッとハチマンを睨みつけ、

雄たけびを上げながらハチマンに突撃した。

 

「おおおおおおおおお!!!」

「お?」

 

 ハチマンは目を見開くと迎撃体制をとり、フカ次郎の剣を持っていた右腕を斬り飛ばした。

その瞬間にフカ次郎は残った左手で、剣を掴んだままの右腕を持ち、

そのまま渾身の力を込めてハチマンに叩きつけた。

次の瞬間、ガッという音と共に、いつの間に取り出したのか、

ハチマンの左手に握られていた短剣が、その攻撃を受け止めた。

 

「くそー!届かなかったー!」

 

 それで力尽きたのか、フカ次郎は地面に大の字に倒れ込み、ハチマンに言った。

 

「もうどうとでもしやがれ!でも出来れば痛いのじゃなく、えっちなのでお願いします!」

 

 ハチマンはそのフカ次郎の言葉を当然無視し、アスナ達の方に歩み寄った。

 

「最後のは弾けなかったのかしら?弾かなかったのかしら?」

「弾けなかったな、いい攻撃だった。どうだ、そろそろいいか?」

「そうだね、そろそろいいんじゃないかな?ユキノはどう思う?」

「異論は無いわ」

「分かった。おいフカ次郎」

「はいは~い、早く止めを刺しちゃって!子作りなら尚更大歓迎!」

「お前、合格」

「はい?」

「だから、合格」

「まじで?」

「まじだ」

「まじまじで?」

「しつこいな、やっぱりやめ……」

 

 その瞬間にフカ次郎は立ち上がり、凄い勢いでハチマンに抱き付くと、本気で泣き出した。

 

「うわぁん、ハチマンさん、愛してますぅ!」

「俺はまったく愛してないが、まあ良かったな、フカ」

「そんな冷たい所も愛してますぅ!」

「お前、他の奴が相手だったとしても、多分同じ事を言ってるよな」

「完全にバレバレだけど、でも愛してますぅ!」

「うぜえ……」

 

 そしてアスナとユキノも駆け寄ってくると、口々にフカ次郎を祝福した。

 

「おめでとうフカさん。ついに正式メンバーね」

「あ、ありがとう!」

「お祝いをしなくちゃね、フカ」

「せ、盛大にお願い!」

 

 そんな盛り上がるメンバーの姿を見て、どうやら我慢出来なくなったのか、

突然シノンがこう言い出した。

 

「わ、私もやる!」

「やるって……何をだ?」

「入団テスト!」

「お、おう……別に構わないが」

「条件は?」

「俺かアスナに一発当てる事だな」

「分かった、任せて!それじゃハチマンが相手で!」

 

 シノンは鼻息も荒くそう言った。そして一同が見守る中、シノンは弓を構えると、

全魔力を一気に弓に込め、巨大な矢を生み出した。

 

「なっ……」

「行くわよ!」

「ちょ、ちょっと待て、それは反則だろ!」

「男がぐだぐだとつまらない言い訳をするんじゃないわよ!」

 

 そしてシノンはその巨大な矢を発射し、大きさに全ての魔力をつぎ込んだ為か、

ダメージこそそれほどくらわなかったが、

当然避け切れなかったハチマンは、確実にその体に一撃をくらった。

 

「命中?」

「……確かに命中したな」

「やった!」

「な、何ですとおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 フカ次郎はその結末に絶叫した。

 

「完全に作戦勝ちね」

「まあそもそもあれ、ハチマン君があげた弓なんだけどね」

「そういう意味じゃ、彼は自分に負けた訳ね」

「うぅ……」

 

 少し落ち込んだ様子を見せるフカ次郎に、シノンが駆け寄って抱き付いた。

 

「おほ?」

「ごめんねフカ、思いっきり反則だと思うけど、

でもどうしても、私だけが無試験で入団するのが嫌だったの。

私の正式入団は当分先になるんだけど、その時が来たら、仲間として宜しくね!」

「そ、そうなの?でもその気持ちはとても嬉しいよ!

その時までここでずっと、シノンが来るのを待ってるよ!」

「フカ!」

「シノン!」

 

 そして二人は固く抱き合い、再会を約束し合った。

ちなみにフカ次郎は、さりげなくシノンの耳をもふもふしていた。そんな二人の再会は、

丁度シノンと入れ替わる形でフカ次郎が一時的にGGOにコンバートした為、

GGOでという事になるのだが、それは遥か未来の話である。



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第290話 不意打ち

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


 シノンとフカ次郎が抱擁を終え、立ち上がったのを見て、

ハチマンが二人に声を掛けた。

 

「よし、とりあえず二人には個室を用意しないとな。あとこれを」

「これは?」

「正式メンバーに与えられる鍵だ。二人ともそれを使ってみろ」

 

 そして二人はハチマンの指示通り、その鍵を使用した。

その瞬間に鍵は光の粒子になり、二人の体の上に降り注いだ。

そしてその瞬間に、機械音声のアナウンスが流れた。

 

『プレイヤー、シノン、を、正式メンバーに登録しました』

『プレイヤー、フカ次郎、を、正式メンバーに登録しました』

 

 二人はその瞬間に手を取り合って喜び、そして二人に個室が与えられた。

 

「それとフカ次郎、お前にはこれもだな」

 

 ハチマンはそう言って、フカ次郎にヴァルハラの制服を差し出した。

 

「うおおおお、夢にまで見たヴァルハラの制服がここに!」

「そういえばシノンにも説明を忘れてたな。この制服は背中と胸に、

個人ごとに好きにデザインしたマークを表示する事が出来る。

まあ途中で変更も出来るが、そのマークが有名になればなる程、

他のプレイヤーはそのマークとエンブレムで、お前達が誰かを認識するようになる。

頑張って自分に合ったマークのデザインを考えてくれ」

「マーク……私のマーク……」

 

 考え込むシノンを見て、ハチマンが軽い感じで言った。

 

「まあ最終的には自分の好きにすればいいからな」

「私はもう決めてるけどね!」

「フカ、どんなの?」

「中央にハートを書いて、左右に天使の羽をこう、パッとね。

あとハートの上に天使の輪が欲しい!」

 

 そう言ってフカ次郎は、手の平をシノンに見せ、その上を左右に開いた。

 

「ユイ、マーク作成用ソフトを立ち上げてくれ」

「はいパパ!」

 

 そしてハチマンは、コンソールを操作し、フカ次郎の説明通りのマークを作成した。

 

「こんな感じか?」

「まさにイメージ通り!私のマークはそれで!」

「ちなみに名前は?」

「愛天使で!」

「オーケーだ、さっきの制服を貸してくれ」

 

 そしてハチマンは、そのマークをフカ次郎の制服に刻みつけた。

 

「よし、完成だ」

「おおおおお、これが私の制服ちゃん!是非記念撮影をお願いしたい!」

「その前にシノン、何か思いついたか?」

「やっぱり弓は外せないと思うから、横向きに矢をつがえた弓と、

その矢の先端に、フカに合わせてハートマークでもつけようかしら」

「やった、お揃いだね!」

「そうすると、こんな感じか?」

 

 ハチマンがその指示通りに画像を表示し、それを見たシノンは、ニッコリと微笑んだ。

 

「うん、イメージ通り!」

「名前はどうする?」

「キューピッドアローとか?」

「オーケーだ」

 

 そしてシノンもそのマークを制服に刻んでもらい、

二人はご満悦でお互いの制服を見せ合った。

 

「よしユイ、移動式のカメラの用意を」

「もう既にここに!」

「それじゃあ皆、カメラの前に集合だ」

 

 そして五人はハチマンを囲むように並んで写真を撮った。

その写真は、コンソールからそれぞれの携帯へと送信された。

 

「ちなみにハチマン達のマークにも名前が付いてるの?」

「俺のマークはシンプルにAだが、山の頂上のイメージと一番の意味で、

そのままトップAと名付けてあるな」

「私は基本はヒーラーだから、十字架型にレイピアをクロスさせた、クロスレイピアだよ。

そのまんまだけどね、えへっ」

「私もヒーラーだから十字架だけど、それを氷の結晶で表現したわ。

正式名称はアイスクリスタルクロスだけど、通常は略してアイスクロスと呼ばれているわね」

「なるほど、やっぱりシンプルなのがいいよね。他にはどんなのがあるの?」

「そうだな、単純に炎を波型に配置したユミーのヘルファイアとか、

鍛冶師の使うハンマーの右上に星を散りばめた、リズのスターハンマーとかがあるな」

「へぇ~、早く他の人にも会ってみたいなぁ」

 

 シノンは自分が他の仲間達と一緒に戦場に立ち、弓を放つ光景を想像し、

ついニヤニヤしてしまったが、他の者達は、そんなシノンを微笑ましく見つめていた。

 

「それじゃあ私はコヒーに今撮った写真を送って自慢しつつ、

ハチマンさんの言葉を伝えてきまっす!」

「おう、またな、フカ」

「フカ、また必ず会おうね!」

「うん!」

 

 そして他の者もフカ次郎に別れの挨拶をし、ハチマン達もとりあえず落ちる事にした。

 

「今日は凄く色々な事でびっくりさせられたわ」

「おっと、その前に装備を自分の部屋のストレージに収納しておくといい。

お前は直ぐにGGOにコンバートし直さないといけないからな」

「あっ、そうだね」

「いずれ自分の部屋の内装も好きにいじるといい」

「うん、ありがとう!」

 

 そしてユイとキズメルに別れを告げ、四人はそのままログアウトした。

 

「さて、今日は明日奈は八幡君の家に帰るのかしら?」

「どうだろう、たまには自宅に帰ろうかなって思ってたけど」

「もうどっちが自宅か分からなくなってるわね、失礼、ちょっとトイレに行ってくるわ」

 

 雪乃はそう言って席を外した。その直後に明日奈の携帯に小町から連絡が入った。

 

「小町ちゃん?どうしたの?」

「お義姉ちゃん、今日はうちに帰ってきてくれるんだよね?」

「何かあったの?」

「何も無いけど、小町はお義姉ちゃんと一緒にいたいのです!」

「今日は別にどっちに帰っても良かったから、別にいいよ?」

「やった!それじゃあ待ってるからね!」

「うん」

 

 そんな明日奈の様子を見た八幡が、電話の事を尋ねてきた。

 

「小町、何だって?」

「今日はうちに帰ってきてって」

「ふ~ん」

 

 丁度その時雪乃が戻ってきて、二人に言った。

 

「私と詩乃はこれから予定があるから、二人は先に帰ってもらって全然構わないわ」

「ん、そうか?それなら俺達は先に帰るか、明日奈」

「うん、それじゃあまたね」

「雪乃、詩乃、それじゃあまたな」

「ええ、また」

「またね」

 

 そして八幡と明日奈はキットに乗って自宅へと戻った。そんな二人を小町が出迎えた。

 

「良かった、帰ってきてくれた」

「何か用事でもあったのか?」

「う、ううん、何にも無いけど、お義姉ちゃんの顔が見たいなって思って」

「ふ~ん」

 

 この時点で八幡は、何か見えざる手の存在を感じていたが、それが何かは分からなかった。

そして二人はとりあえず自分の部屋に戻り、楽な格好に着替える事にした。

 

「何かこう、背筋のあたりがチリチリするんだよな……危険が迫っている気がする」

 

 八幡はそう呟くと、トイレに行きたくなった為、部屋を出た。

そして小町の部屋の前を通った時、小町が誰かと電話をしている声が聞こえた。

 

「はい、バッチリです!待ってますね!」

 

(ん、誰か小町の友達でも来るのか?それにしちゃ、小町の言葉遣いがちょっと変だが)

 

 そして八幡はトイレに行った後、部屋には戻らず、そのまま居間のソファーに腰掛けた。

少ししてから明日奈も下に下りてきたが、小町は上で何かしているらしく、

ドタバタという音だけが聞こえてきた。

 

「小町は何かしてるのか?」

「さあ……」

 

 そしてしばらくした後、上の音が静かになり、小町が二階から下りてきた。

 

「ふう……準備完了っと」

 

 そして小町はソファーに座ると、そわそわしながらしきりに外の様子を気にしだした。

 

「小町、誰か来るのか?」

「あ、うん、ちょっと友達がね」

「それなら俺達は邪魔しないようにどこかに出掛けておくか?」

「う、ううん、大丈夫、本当に大丈夫だから」

「そうか……」

 

 そしてその直後に玄関のチャイムが鳴った。

 

「ん、誰かな」

「小町行ってくるね」

 

 小町が直ぐにそちらに向かい、そして少しした後、小町に連れられ、二人の女性が現れた。

 

「なっ……」

「えっ?あ、あれ?」

「こんばんわ」

「お、お邪魔します……」

 

 それは、つい先ほど別れたばかりの雪乃と詩乃だった。

二人は何か大荷物を持参しており、どう見てもただ遊びに来たようには見えなかった。

 

 

 

 ここで話は少し遡る。八幡と明日奈が帰った後、二人は計画通りの行動に出た。

 

「とりあえず私は準備をしてくるから、少し待ってて頂戴」

「大丈夫かな?明日奈は自宅に帰ったりしないかな?」

「大丈夫よ、小町さんに念を押しておいたから、必ず足止めしてくれるはずよ」

「そっか、それなら大丈夫ね」

「それじゃあちょっと待っててね」

 

 そしてしばらくした後、雪乃が大きなバッグを持って戻ってきた。

 

「準備が出来たわ、それじゃあ詩乃の家へと向かいましょう」

「うん、でもどうやって行くの?」

「大丈夫、うちの執事の都築に車を用意させているわ」

「執事……やっぱりそういうのがいるんだ……」

 

 詩乃はここに連れてこられた時に、その家の大きさを見て、

雪乃がお金持ちのお嬢様だと理解していたが、執事という存在を聞いた事はあっても、

見るのはこれが初めてだったので、感慨深げにそう言った。

そして二人は都築の運転する車に乗り、詩乃の家へと向かった。

そして到着した後、詩乃は急いで部屋に戻り、五分後、

これまた大きなバッグを持って再び姿を現した。

 

「大丈夫?忘れ物は無い?」

「うん、大丈夫」

 

 こうして詩乃は、はちまんくんに留守番を頼み、

雪乃と共に、比企谷家へと初めて足を踏み入れる事になったのだった。

 

 

 

「お前ら、その荷物は?」

「そんなの決まってるじゃない、お泊りセットよ」

「お、お泊まり……?」

「そうなの?」

「二人の分の布団は、小町がお義姉ちゃんの部屋に運んでおきました!」

「ありがとう小町さん、事前に連絡しておいた甲斐があったわね」

「お父さんとお母さんにもちゃんと連絡してありますので大丈夫ですよ。

それじゃあ無事に役目を果たした小町は、友達の家に行ってきますね!」

 

 そして小町は、逃げるように家から飛び出して行った。

 

(早く逃げないと、修羅場に巻き込まれる!)

 

「別に家にいてもらって構わないのに……」

 

 そう言いながら雪乃は、二人に向き直った。

 

「さて、今日は二人にお説教をしに来たのよ、覚悟はいいかしら?」

「わ、私も?」

「な、何の説教だ?」

「あら、説明しないと分からないのかしら」

「お、おう……」

「う、うん……」

「そう……」

 

 そして雪乃と詩乃は目配せをすると、八幡の両隣に座り、

そのまま八幡の首に手を回した。

 

「なっ……何のつもりだ?」

「見ての通り、あなたを誘惑しているのよ」

「そ、そう、今日はその為に来たの」

「お、おい……冗談にもほどが……」

 

 そう言いながらも八幡はまったく動く事が出来ず、明日奈もまごまごしながらも、

何も出来ずにその場から一歩も動けなかった。

 

「……何故明日奈は動かないのかしらね、これはある意味彼の貞操の危機かもしれないわよ」

「そ、それは……」

「八幡君が動けないのは、まあ私達が拘束しているからだけど、

でも少し前なら、振りほどこうとするくらいはしたんじゃないのかしらね?」

「う……それは確かにそうなんだが……」

「詩乃、そろそろいいかしらね」

「うん、いいと思う」

 

 そして二人は八幡から離れると、普通にソファーに座り、

八幡と明日奈はほっと胸をなでおろした。

 

「とりあえず二人とも、その場に正座しましょうか」

「う……」

「は、八幡君」

「怒ってはいないようだが、とりあえず正座だ、明日奈」

「わ、分かった……」

 

 そして雪乃は、二人を諭し始めた。




明日は修羅場というより、友情確認のパートになるのでしょうか。


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第291話 そして雪乃は二人を諭す

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


「さて明日奈、あなたは何故八幡君の周りの女性達を野放しにしているのかしら」

「べ、別に野放しになんか……ちゃんと相手は選んでるし……」

「要するに、その選んだ相手は野放しだという事ね」

「う、うぅ……それはそうかもだけど……」

「明日奈にも言い分があるでしょうから、とりあえずそれを聞かせてもらえるかしら」

 

 そして明日奈は、先日思った事を雪乃に話し始めた。

 

「えっと、最近シノのんやエルザの為に、八幡君が凄く頑張ってて、

そのせいで二人が八幡君の事をどんどん好きになっていくのが分かって、

でもそれが不快じゃなくて、四人で一緒にいるのが楽しくて、

そんな環境を壊したくなくて、八幡君は絶対に浮気はしないって分かってるから、

最後の一線さえ越えなければ多少の接触とかはむしろ歓迎……みたいな……」

 

 明日奈は完全には考えが纏まっていなさそうではあったが、

思っていた事を、そう正直に雪乃に告げた。

 

「なるほど、ヴァルハラと違ってコミュニティが狭い分、

別の種類の居心地の良さがあるという訳かしらね、ふむ……」

 

 そんな雪乃に八幡が言った。

 

「すまん雪乃、同窓会の直後にも、同じようなやり取りが俺と明日奈の間であったんだが、

今こうなっているのはその延長かもしれん、

俺がもっと駄目な事は駄目とハッキリさせていれば、多少は違ったかもしれん」

「それは無理ね」

 

 雪乃はその八幡の言葉を即座に否定した。

 

「いや、それくらいは……」

「あなたは昔から、姉さんやゆいゆいにたまに抱きつかれたりしていたけど、

そういう時は焦るだけで振りほどく事は出来なかったじゃない。

あなたは女の子には、基本そういった事は出来ない人なのよ。

出来るとすれば、無駄だと分かっていても、『離してくれませんかね』とか言うくらいね」

「いや、まあ返す言葉も無いが……」

「確かにその時は、あなたには決まった恋人はいなかったから、

今の状態にそのまま当てはめる事は出来ないかもしれないけど、

それでもあの時あなたには、好きな人ならいたじゃない、そう、私よ」

「お前どさくさ紛れに俺の過去を捏造すんな!」

「いやね、ちょっとした冗談じゃない」

「お前の冗談は、昔から冗談に聞こえないんだよ……」

 

 その冗談で少し場が和んだ所で、雪乃は明日奈に言った。

 

「勢いで正座をさせてしまったけど、ごめんなさい、二人とももういいわ。

明日奈がそう思っているなら、私は出来るだけその気持ちを尊重したいと思う。

でも私にも、譲れないプライドという物があるのよ」

 

 そして二人がソファーに座りなおしたのを見て、雪乃は再び話し始めた。

 

「例えば明日奈と私の立場が逆だとして、明日奈が八幡君に関係を迫った時、

私がにこやかに『好きにするといいわ、どうせ彼は私の物だから』って言ったら、

それを聞いた明日奈はどう思うのかしら?」

「あっ……」

「そしてそれを聞いた八幡君は、多分ラッキーと思って、

そのままぺろりと明日奈を食べてしまうのでしょうけど、

それで明日奈は満足するのかしら」

「俺への風当たりが厳しい気がするのは気のせいですかね……」

「冗談に決まっているでしょう、あなたはもっとドンと構えていなさい。

それでどうなの?明日奈」

「えっと……それはちょっと嫌かも……」

「私が言いたい事が分かったかしら?」

「う、うん、何となく……」

 

 そう言った明日奈が少し涙目になっていたので、雪乃は詩乃に目配せをし、

それを受けた詩乃は、明日奈をそっと抱いてその頭をなで始めた。

 

「私が言いたかったのは、つまりそういう事なのよ。

ごめんなさい、泣かせるつもりは無かったのだけれど、要するに私達は、

あなたと対等でいたいのよ。だからあなたには、何でもはいはいと認めるのではなく、

私達にとって、彼の前に立ちはだかる高い壁でいて欲しいの」

「うん、うん……」

「でも私達と彼が仲良くしているのを見ると嬉しいという気持ちは、

正直に嬉しく思うわ。だって私自身、あなたと八幡君が仲良くしているのを見ると、

もちろん少し妬けるけど、でもとても嬉しいと思うもの。詩乃もそうでしょう?」

「そうね、確かにそんな感じかも」

「雪乃……詩乃……」

 

 明日奈は目を潤ませながら、二人の名前を呼んだ。

それは先ほどまでの悲しみの涙とは違い、嬉しさを含んだ涙のように見えた。

 

「だから私から提案よ。明日奈がどうしても迷ってしまうというなら、基準を作りましょう。

明日奈、これから私と八幡君がする事をよく見ていて」

「う、うん」

 

 そして雪乃は、八幡の隣に座ると、その腕をそっと自分の腕で抱いた。

 

「八幡君、軽く手を払ってみて頂戴。それくらいならあなたも気兼ねなく出来るでしょう?」

「お、おう……」

 

 そして八幡が手を振り払うと、あっさりと雪乃の腕は、八幡の腕から離れた。

 

「どう?案外簡単だったでしょ?」

「そうだな……」

「こういう時は、ただじゃれているだけなのだから、

別に振りほどかれても残念と思うだけで、私達も何とも思わないものよ」

「勉強になります……それにしてもお前が恋愛を語るようになるとはな……」

「私だって、あなたのせいで色々と勉強したのよ」

「俺のせいかよ」

「あなたのせいよ」

 

 咄嗟にそう言った直後に雪乃に即答された八幡は、ばつが悪そうにそれに同意した。

 

「そ、そうですね……」

「それじゃあ次よ」

 

 そして雪乃は、今度はガッチリと八幡の腕を抱いた。

八幡は先ほどと同じくらいの力で手を振ったが、今度は雪乃の腕は離れる事はなかった。

 

「まあ当然こうなるわね」

「まあそうだな」

「こういう時は、あなたは素直に諦めなさい。正面から抱きつかれた場合もそう、

そうなるには、そうなるだけの理由があるのだから。ここで明日奈、あなたの出番よ」

「う、うん」

「まあ大体こういう時、傍にはあなたがいるはずよ。

この状態が正当だと思ったら、それはそのまま認めてあげて欲しい。

その時は多分、この男が何か相手を感動させるような事をした時だと思うから」

「あ、それは何か凄く分かる」

 

 ここで詩乃がそう言った。最近その状態に一番当てはまったのが詩乃だったからだろう。

 

「でもその状態に正当性が無いと思ったら、無理やり引き離さないと駄目よ。

この情けない男にはそれは出来ないし、そもそもこれはあなたの仕事よ」

「私に出来るかな……?」

「出来なかったら、私と詩乃が、彼を襲って既成事実を作るわよ?」

「なっ……」

「そ、それは駄目!」

「ではやりなさい、それが彼に唯一選ばれた、あなたの宿命よ」

「分かった、頑張る!」

「それでこそ明日奈よ」

 

 雪乃はそう言うと、八幡の腕を離した。

 

「さて、明日奈がいない場合だけど、姉さんに教わった技を一つあなたに伝授するわ」

「姉さんに?」

「……やはりうちの姉さんの事を、あなたが私と同じように姉さんと呼ぶのは慣れないわね」

「まあそのうち慣れるだろ」

「違うのよ、私の姉さんがあなたの姉さんという事は、その……ね?」

 

 そう言って雪乃は頬を赤らめた。八幡はそんな雪乃に冷たい口調で言った。

 

「さっさと慣れろ」

「詩乃、こういう顔と口調で、この男がこういう事を言う時は、内心かなり焦っているのよ」

「そうなんだ!うん、覚えとく!」

「ぐっ……」

 

 八幡は悔しそうにそう言うと、誤魔化すように雪乃に言った。

 

「いいから早く姉さんに教えてもらった技を伝授してくれ」

「分かったわ。それじゃあ八幡君、私に正面から抱きついて……と言いたい所だけど、

それだと私の理性がもつかどうか怪しいから明日奈、私を八幡君だと思って抱き付いて頂戴」

「うん!」

「お前、やっぱり昔と比べてかなり変わったよな……」

「全部あなたのせいよ」

「また俺かよ……」

 

 そして明日奈が雪乃に抱き付き、その直後に雪乃は、

明日奈のおでこに軽くデコピンをしながら言った。

 

「こら、離せって」

「えへっ、ごめんね」

 

 明日奈はそう言ってはにかみながら離れ、その直後に驚いた顔で雪乃の顔を見た。

 

「あっ、本当に離しちゃった」

「次は離さないパターンよ」

 

 そして先ほどと同じような光景が繰り広げられ、次に雪乃は、明日奈のこめかみを、

両手でぐりぐりしながら言った。

 

「ほら、は、な、せ、っ、て」

「痛い痛い!もう、意地悪なんだから」

 

 明日奈はそう言ってすねながら離れ、その直後に驚いた顔で雪乃の顔を見た。

 

「ちょっと力技っぽかったけど、普通に離しちゃった」

「これが姉さんから教わった技よ」

「「「おお~」」」

 

 そして三人は、雪乃に拍手をした。

 

「ところでお前がどういう状況で姉さんにこの技を習ったのか、凄く気になるんだが……」

「……実は姉さんが中学の時、演劇で男役をやった時の真似をしてみたのだけれど」

「……なるほど」

「でもあの美人さんが男役なんて想像出来ないんだけど」

「確かに姉さんは、抱き付く方が似合ってそう」

「姉さんは中学の時、合気道に凝ってたから、かなり男っぽかったのよ」

「えっ?姉さんって合気道をやってたの?」

 

 そんな明日奈に、八幡が言った。

 

「何だ知らなかったのか?あの人は合気道の免許皆伝だぞ」

「ええっ!?」

「あの人なら、素手で敵に突っ込んで、バッタバッタと片っ端から投げ飛ばすと思うぞ。

しかも最低限の力でな」

「そうだったんだ……」

「まあそれはさておき、どうかしら?これならあなたにも出来るのではなくて?」

「もっと強く出る事も相手によっては可能だと思うが、我ながら少し情けないな」

 

 自嘲ぎみにそう言う八幡に、三人は言った。

 

「言葉ならともかく、仲間の女性に対して力で対抗しようとするあなたなんて、

正直想像もつかないわ」

「八幡君はそのままでいてほしい」

「まあ、それが八幡の魅力なんじゃないの」

「ゲームの中なら平気なんだけどな。実際小猫をSAOでぶっ飛ばしたしな」

「……ある意味小猫さんは、貴重な体験をしたのね。

とりあえずほとんどの相手はそれで平気でしょう。

仲間以外の相手には、八幡君も遠慮なく強く出れるでしょうしね」

「まあ例外もいるけどね」

 

 その明日奈の言葉に、雪乃は首を傾げた。

 

「そんな人、仲間にいたかしら?」

「目の前にいるんだけど……」

「私の事?」

 

 明日奈の目の前にいた詩乃がそう言った。

 

「うん、シノのんは一番警戒が必要な相手だからね」

「そうなの?」

「うん」

「まあ確かにあれは私には効かないのは確かだけど……」

「……どうするのかしら、少し興味があるわね、今やってみてもらえないかしら」

「私には役得だし別にいいけど……」

 

 そして詩乃は、嬉しそうに八幡に抱き付いた。

 

「ほら、離せよ」

「い・や・よ」

「ほら、は、な、せ、っ、て」

「い・や・よ」

「頼むから離してくれ……」

「い・や・よ」

 

 八幡は、明日奈と雪乃を見て、お手上げというように両手を上げた。

 

「強いわね……」

「でしょ?シノのんは本当に要注意なの」

「なるほど……分かったわ、こういう時は明日奈、あなたも同じようにしなさい」

「……!」

 

 明日奈はその言葉の意味を理解すると、嬉しそうに八幡に抱き付いた。

 

「八幡君!」

「うおっ」

 

 そしてその直後に、見ているだけでは我慢出来なくなったのか、雪乃も八幡に抱き付いた。

 

「お前もかよ……」

「ふふっ、たまにはいいでしょう」

「何かまったく解決になってない気がするんだが……」

「これは特殊なケースよ、詩乃だって、いつもこんな感じなはずはないでしょう?」

「まあそれもそうか」

 

 八幡はそう言うと、少し力を込めて、三人のおでこにデコピンをした。

 

「おら、お前らさっさと離せ」

「「「痛い!」」」

 

 さすがに本気で痛かったのか、三人は直ぐに八幡から離れた。

 

「そうか、力を上手く加減する手もあるか」

 

 そんな八幡を、三人は恨めしそうに見つめた。

 

「さて、とりあえずこのくらいかしらね」

 

 雪乃がそう言ってソファーに座り、他の三人も同じようにソファーに腰掛けた。

 

「すまん雪乃、心配かけたな」

「雪乃、ごめんね?」

 

 腰掛けた後、八幡と明日奈は雪乃にそう謝った。

 

「まったく、あなた達は本当に世話がやけるわね。

もっとも私達のせいもあるのだろうから、あまり文句も言えないのだけれども」

「でもあのままだったら、こういういい関係も、いつか終わってた気がする」

「そうね、男と女の関係は、何かのキッカケで簡単に崩れてしまうものね」

「世間一般から見れば、こんな私達の関係は歪なものに映るかもしれないけど、

そもそも八幡君が普通じゃない時点で仕方がないわね」

「俺は普通でいたいんだが……」

「それはもう無理だって分かっているでしょう?そもそもあなた、今の状態が不満だなんて、

世の中の他の男の子達に殺されるわよ?」

「そ、そうだな……確かに俺は今、確実に幸せなんだろうな」

 

 こうして穏やかな状態のまま話は終わり、彼らの結束はより強くなった。

そして雪乃が、気になっていた事を八幡に尋ねた。

 

「で、詩乃とエルザさんの為に、八幡君は一体何をしたのかしら」

「私の場合は、ずっと私にたかってきた人達を撃退してもらったかな」

「……というと?」

 

 そして詩乃は自分の過去と、その時の事を語った。

 

「それで最近私にも、学校の友達が三人も出来たの。だから私、今とても幸せよ」

「……そう、そんな事があったのね。良かったわね、詩乃」

「うん!」

 

 雪乃は微妙に頬をピクピクさせながらも、詩乃が嬉しそうなのを見てそう言った。

 

「それでエルザさんの方は?」

「えっと、エルザさんが事務所でセクハラ被害にあってて独立したがってたから、

事情を聞いたんだけど、その相手がSAOでの因縁の相手だという事が分かって、

その人を潰す為にメディキュボイドを手に入れて、

次に私の実家に行って結城家の次期当主になって、私のいとこの難病の治療に成功した後、

同じような難病の子供達を集めた施設を引き取って、

こっちに戻ってきた後に無事その因縁の相手を潰した後、

その芸能プロダクションを実質傘下に収めた?」

「…………………………ええと、よく分からないのだけれど、詳しく説明してくれるかしら」

「うん、あのね……」

 

 そして八幡と明日奈が、先日あった事を雪乃に説明した。

詩乃も初耳だった事が多かったらしく、驚いた顔をしていた。

そしてその話を聞いた雪乃は、無言でスッと立ち上がり、八幡を見下ろすと、

人差し指を下に向け、ちょんちょんと下の方を指し示しながら言った。

 

「八幡君、正座?」

「いいっ!?またかよ……」

「いいから正座なさい」

「……お、おう」

 

 八幡は、その雪乃の迫力に押されて正座した。そして直後に、雪乃の説教が始まった。



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第292話 夜のアレコレ

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


「どうしてあなたは加減という物を知らないのかしら。

学校にいきなりキットで乗り込んでいじめを解消した後、

詩乃をお姫様抱っこして、そのまま車で走り去ったですって?

これについてはまあ、詩乃がとても喜んでいるからいいとしても、

あなた、学校で王子扱いされるだけじゃ飽き足らず、本気で王子にでもなるつもりなの?

そもそも私には一度もお姫様抱っこなんか……おほん、話が反れたわね。

それよりも問題はその後よ。独立を手伝うのは別にいいと思うけど、

それがどうしてソレイユにメディキュボイドをもたらす事に発展するのかしらね。

あれの事は私も少しは知っているけど、あれは本当に凄い物なのよ?

それを『あ、思い出しました』の一言で手に入れるなんてどうなっているのかしらね?

更に結城家に乗り込んで当主を叩きのめした上で、

メディキュボイドを存分に活用して、難病の治療に成功した後、

その施設を一つ丸ごと引き取ったとか、今度は足長おじさんにでもなるつもりなの?

更に結城家の次期当主の座を手に入れた後、芸能プロダクションを実質傘下に収めるとか、

ただでさえあなたは、今後雪ノ下の全てと、レクトすら手中に収めるかもしれないのに、

建設、医学、IT、電化製品、芸能と、一体いくつの分野に手を出すつもりなの?

もしかして総理大臣にでもなるつもりなのかしら?

確かに姉さんが政治家になれば、その流れでそれも可能かもしれないけど、

いちいちやる事が派手すぎないかしら?もはや都市伝説レベルを軽く超えているわよ。

そもそも因縁の相手を潰したいだけだったら、

直接乗り込んで動かぬ証拠を突きつけた後、その男を追放すればいいだけの話じゃなくて?

社長を傷つけたくないとか優しいのにも程があるわよ、

とにかく色々とやりすぎるのもいい加減にしなさい!

あなたの場合は凄いの桁が違いすぎるのよ!」

「う……す、すみません……」

 

 八幡は、成り行きとはいえ確かにやりすぎた自覚はあった為、素直に謝った。

だが雪乃はそれでは納まらず、そのまま八幡に説教を続けた。

八幡は、その凄い剣幕に何も言えず、明日奈と詩乃は、その姿を生暖かく見つめていた。

確かに改めて聞くと、八幡はとんでもない事を成し遂げており、

雪乃が説教したくなるのも無理はないと思えたからだった。

 

「ところでまさかとは思うのだけれど、

京都で別の女の子に気に入られたりとかはしていないわよね?」

「いや、それはもちろん…………あ」

 

 その八幡の態度を見て、雪乃はスッと目を細めた。

 

「……明日奈、詩乃」

「うん」

「分かってる」

 

 そして二人は八幡が逃げられないように、八幡の両腕をガッチリと押さえた。

 

「さあ、これで逃げられないわよ」

「いや、逃げるつもりは無いが……」

「で、どこで別の女の子を引っ掛けてきたのかしら?」

「いや……あれは別に引っ掛けたとかじゃ……」

「いいからさっさと話しなさい」

「……実は眠りの森で、双子の女の子とたまたま知り合ったんだが、

その二人は随分と俺に懐いている気がする」

「その子達の名前は?」

「本名は知らないけど、アイとユウだな」

「それは患者さんなのかしら、それとも外部の方?」

「か、患者だ」

「……もしかしてその二人は、重い病気にかかっているのかしら」

「ああ、一応手は打ったが、正直助けられるかどうかは分からん」

「そう……」

 

 そして三人は、ひそひそと相談を始めた。

そして結論が出たのか、雪乃が八幡にこう言った。

 

「他にはいないのね?」

「……明日奈のいとこの楓は数に入れなくていいよな?まだ小学生だし」

「そうね、それは良しとしましょう。他には?」

「特にはいない…………です」

「そう、ならその話はそこで終わりね」

 

 そして雪乃は、ここでやっと笑顔を見せた。同じく明日奈と詩乃も笑顔を見せた。

 

「さすがに女性絡みとはいえ、そういう事情なら仕方がないわね。

私達も、その事で特に何か言ったりするつもりは無いわ」

「何か手伝える事があったらいつでも言ってね、八幡君」

「私達も何かあったら出来るだけの事はするわ、頑張って」

「おう、正直俺にも畑違いの分野だから、

出来そうな人達に頼って、何か俺に出来る事がありそうなら最大限努力はする」

 

 八幡はそう力強く宣言し、それをもって雪乃の説教も終わる事となった。

 

「それじゃあ話はこのくらいにして、夕食の支度でもしましょうか。

材料なら途中で買ってきたから、三人で料理しましょうか」

「俺も何か手伝おうか?」

「八幡君は、のんびりしてていいわよ」

「そうか」

 

 八幡は、三人が少し優しくなったのを感じ、やや困惑したが、

どうやら許してもらったのだろうと思い、胸をなでおろした。

同時に確かにやりすぎたのは確かだが、間違ってはいなかったと認めてもらえたのだと思い、

八幡は少し嬉しさを感じていた。

 

 

 

 そして食事が終わった後、明日奈達三人は、明日奈の部屋に移動した。

 

「噂では聞いていたけど、本当に存在したのね、明日奈の部屋……」

「えっ?もちろん本当だよ!?」

「まさか八幡の家に、明日奈の部屋があるなんて……」

「実は気付いたら用意されてたんだよね」

 

 その時部屋のドアがノックされ、八幡がひょこっと顔を出した。

 

「風呂が沸いたんだが、順番はどうする?」

「どうしよっか?」

「とりあえず八幡君に先に入ってもらって、

その間に適当に順番を決めればいいのではないかしら」

「そうだね、そうしよっか」

「そうか、それじゃあ先に入らせてもらうわ」

 

 そして八幡は階段を下りていき、しばらくした後に、詩乃がこう言った。

 

「そういえば、ああいう八幡の姿を見るのは初めてだから、ちょっと新鮮かも。

ゆるい感じっていうか、外だといつも隙が無い感じだし」

「確かにそうかもしれないわね」

「家ではいつもあんな感じだけどね」

「ふむ……つまり今は隙だらけだという事ね」

「そ、そうかもだけど、まさか……」

「そうね……よし、二人とも行くわよ」

「ええっ!?」

「そ、それはちょっと……」

 

 二人は雪乃が風呂に突撃するつもりだと思い、さすがに雪乃を止めようとした。

しかし明日奈はともかく、詩乃は内心では興味津々だった。そういうお年頃なのである。

 

「せっかく彼が油断しているのだし、このチャンスを逃す訳にはいかないでしょう?」

「で、でもいきなりお風呂に乱入するのは……」

「お風呂?あなたは一体何を言っているの?」

 

 雪乃はきょとんとしてそう聞き返した。

 

「え?ち、違うの?」

「詩乃まで……いくらなんでもそんな事、ある訳無いでしょう?」

「そ、そうだよね、うん知ってた知ってた」

「私はそれでも良かったけど……」

 

 詩乃がぼそっとそう言い、即座に雪乃が突っ込んだ。

 

「詩乃、あなたって、意外とむっつりなのね」

「ち、違っ……ちょっと女子会っぽいノリで言ってみただけだから!」

「まあ突っ込むのはよしておくとして、私が行くと言ったのは、彼の部屋よ」

「八幡の部屋?そっちも確かに興味はあるけど……」

「全然普通の部屋だと思うけどなぁ」

 

 そんな二人に雪乃は首を振り、拳を握り締めてこう答えた。

 

「私の目的は一つ、彼が隠しているいかがわしい本を発見する事よ!」

「「それだ!」」

 

 そして三人は頷き合うと、そろりそろりと八幡の部屋へと向かった。

そして八幡の部屋の前に到達した瞬間に、トントンと階段を上がる音が聞こえ、

三人は、その足音の主である八幡と目が合った。

 

「……お前ら、そこで何をしてるんだ?」

「なっ、は、早すぎない?」

「そういえば八幡君は、一人の時のお風呂はいつもパパッと済ませちゃうタイプだった……」

「何ですって?仕方ないわ、強行突入よ!明日奈、入ったら扉を押さえておいて!」

「分かった!」

「お、おい、お前ら一体何を……」

 

 その八幡の声を無視し、三人は八幡の部屋に素早く入り、ドアを閉めた。

 

「おいこら、何がしたいんだよお前ら」

 

 ドンドンとドアを叩く音と共に、そんな八幡の声が聞こえ、

ドアを押さえていた明日奈は、八幡に謝りながらこう言った。

 

「ごめん八幡君、私達はどうしても、

八幡君の部屋のどこかに隠してあるえっちな本を探さないといけないの!」

「ん?ああ、そういう事か。それじゃあ探し終わったら教えてくれ」

「え?」

 

 そう言って八幡は、再び下へと戻っていった。

 

 

 

 そして十分後、明日奈が八幡を呼びに行った。

 

「どうだ、何か見つかったか?」

「何も無かった……」

「まさか、本当に何も無いと言うの……?思春期の男性のベッドの下には、

必ずいかがわしい本があるというのは都市伝説なの!?」

「お前な……今どきそんな本を買うような男がいる訳ないだろ……」

「くっ……」

「今なら何か隠すとしたらPCの中だろうな。まあ俺のPCには何も入ってないが」

 

 そう言って八幡は、雪乃に自分のPCを差し出した。

雪乃はこれは本当に何も無さそうだと、諦めにも似た気持ちでPCを調べ始めた。

そして一つの隠しファイルを見付けた。

 

「あら、これは……隠しファイル?」

「ん、何だそれ、そんな物あったか……?あっ」

「!?……明日奈、八幡君を押さえて!」

「う、うん!」

「ま、待て明日奈、アレを見たらきっと後悔するぞ、離してくれ!」

 

 そして詩乃も八幡をけん制しながら雪乃に言った。

 

「雪乃、早く!」

「今開くわ……こ、これは……」

「どうしたの?……こ、これ……」

「ふ、二人とも、何が入ってたの?」

 

 そして明日奈は八幡を離すと、PCの方へと近付いた。

雪乃と詩乃が、気まずそうな表情をしているのが気になったが、

明日奈はしかし、好奇心を抑える事が出来ず、画面を覗き込んだ。

 

「えっと……その……」

「あ、あは……」

 

 そしてそれを見た明日奈は、愕然と八幡の顔を見た。

 

「あ、いや、出来心というか、明日奈の部屋が出来た直後の一ヶ月くらいの間に、

明日奈を起こしに行く度に撮影して、そのまま忘れていたというか……その、すまん」

「確かに今よりもかなり痩せているわね」

 

 雪乃が冷静な口調でそう言った。明日奈は顔を赤くしてフリーズしていた。

 

「いや、しかし懐かしいな……」

 

 そう言って八幡は、そのファイルの中に収められた写真を覗き込んだ。

そこには、明日奈がだらしない顔で寝ている写真や、変な格好で寝ている写真が、

山のように収められていた。

 

「何故こんな物を?」

「……明日奈の部屋がうちに出来て、俺も浮かれてたんだろうな、

ほら、この顔、何かかわいいだろ?それでつい……な」

「そうね、確かにとても幸せそうな顔をしているわね」

「うん」

 

 雪乃がそう言い、詩乃もそれに同意した。

 

「まあ、目的の物は見付けられなかったけど、代わりにいい物を見せてもらったわ」

「それじゃあ明日奈の部屋に戻って、ガールズトークかな」

「実は私、そういった経験がほとんど無いのよ、だから少し楽しみね」

「あ、私もつい最近何度かそういう話をしたくらいで、実はあんまり……」

「それは楽しみね、ほら明日奈、部屋に戻るわよ」

 

 そう言って雪乃と詩乃は八幡の部屋を出ていき、明日奈の部屋に向かった。

明日奈がまだフリーズしていた為、八幡は明日奈の頬をぺちぺちと叩きながら言った。

 

「お~い明日奈、戻ってこい、ほら」

「あっ、は、八幡君」

 

 そして明日奈は気が付くと、八幡をぽかぽか叩きながら言った。

 

「もう!もう!」

「悪かったって、俺もすっかり忘れてたんだよ」

「うぅ……」

「ほら、雪乃と詩乃が待ってるぞ、早くいってやらないと」

「う、うん」

 

 そして二人は軽くキスを交わし、明日奈は自分の部屋へと戻っていった。

そして八幡は昔を懐かしむように、その明日奈のよだれ写真を見始めた。

 

 

 

 そして次の日の朝、八幡が起きて下に行くと、三人は既に起きていたのだが、

三人は八幡の顔を見ると、恥ずかしそうに八幡から顔を背けた。

 

「…………明日奈?」

「ち、違うの、昨日はあの後ちょっと盛り上がっちゃって、それでつい……」

「つい?」

「色々と、その……ね?」

「ま、まさか……」

 

 その八幡の視線を受け、三人とも顔を赤くして下を向いてしまったので、

八幡はそれ以上何か聞くのをやめた。

そして朝食をとった後、雪乃と詩乃を送る為、八幡が車を出す事となった。

明日奈は色々と片付けがあるらしい。

 

「それじゃ雪乃、詩乃、また来てね」

「またGGOでね、明日奈」

「とりあえず私も後でGGOにキャラを作るから、またその時に連絡するわ」

「うん、待ってる」

 

 こうして二人を送り届けた後、少ししてから雪乃から連絡があった為、

八幡と明日奈は、GGOへとログインした。



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第293話 高貴なる存在

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


 シャナとシズカは、ユキノからの連絡を受け、GGOの拠点へとログインした。

同時にロザリアからメッセージが入っているのに気が付いたシャナは、

何だろうと思い、そのメッセージを確認した。

 

「それじゃあユキノを迎えに行こうか。あ、先生って呼ばないといけないんだっけ?」

「それがな、今ロザリアからのメッセージを確認したんだが、

どうやら既に先生から連絡を受けたロザリアが迎えに出ているようだ、

さすがの手回しの早さだな」

 

 そしてその直後にシノンと、何故かピトフーイが現れた。

 

「ハイ、ってピト、久しぶりね」

「三人とも久しぶり!ちょっと仕事の方が忙しくて、

大会前だってのにちっとも来れなかったんだけど、たまたま今日は予定が少なくて、

そしたらシャナがGGOにいる気がしたから、ログインしてみたの!」

「お前のそれは、もう勘とかいうレベルじゃないよな……」

 

 シャナがため息をつきながらそう言った。

 

「で、今日はこれから何かするの?」

「いや、実はこれからここに、ピトも前同窓会で会った事があるだろ、

あの時あそこにいた、長い黒髪の、ユキノってのを覚えてるか?」

「あ、うん、覚えてるよ」

「実は俺がここにいる事があいつにバレちまってな、

それで仕方ないから、こっちで色々と手伝ってもらう事にしたんだよ。

で、今はロザリアがユキノを迎えにいっているから、それを待っている所だな。

ちなみにあいつの事は、先生と呼んでやってくれ

「分かった、先生ね!」

「あ、ロザリアさんが先生を迎えにいってるのね」

「ああ、だからシノンも、しばらくのんびりしててくれ」

「分かった」

 

 丁度その時ロザリアから連絡が入り、シャナはロザリアにこう尋ねた。

 

「おう、先生と合流出来たか?」

「それどころじゃないの、下、下を見て!」

「下?」

 

 その言葉に、シャナだけではなく他の者も窓から下を覗き込んだ。

そこには人だかりが出来ており、何かの事件の存在を予感させた。

 

「とりあえず下に行ってみるか」

「うん」

 

 そして四人はビルの入り口から外に出て、その人だかりの中心を覗き込んだ。

そこにはどこかで見たような一人の男が正座させられており、いかにもギャルっぽい、

茶髪で小麦色に日焼けした肌をした女性が、その男に説教をしていた。

 

「シャナ、来てくれたのね」

「おうロザリア、何であいつは正座させられてるんだ?ユキ……じゃない、先生はどこだ?」

「あれが先生よ」

 

 そう言ってロザリアは、絶賛説教中のそのギャルを指差した。

 

「はぁ?あれが……先生?」

「嘘っ」

「声も少し低いし、いかにもギャルっぽいというか……」

「私もうろ覚えだけど、あれと正反対なイメージなんだけど……」

「私も向こうから声を掛けられたから良かったものの、

そうじゃなかったら絶対違うと思って対象から外していたわね」

「で、どういう状況なんだ?」

「それが……」

 

 そしてロザリアは、その時の状況を話し始めた。

 

 

 

「さて、ユキノさん……いえ、先生はどこかしらね……

女性プレイヤーは一人しかいないみたいだけど、

あれはさすがにな……先生とは全てが対極な女性だし……」

 

 ロザリアはそう考え、きょろきょろと辺りを見渡したが、

それっぽい姿のプレイヤーはどこにも見あたらなかった。

もう約束の時間から数分が経過している。

 

「う~ん、場所を間違えたのかしら……ここにいるのは未だにあのギャルだけ……」

 

 そう考えている間にもそのギャルは、次々と通りがかる男に声を掛けられていた。

 

「あの子も待ち合わせみたいだけど、くっ……何故あの子ばかりが声を掛けられて、

同じ女である私には誰も声を掛けてこない……いや、いいんだけど、全然気にしないけど!」

 

 それはそうだろう、今のロザリアは、いつものように気配を消し、

その場の風景に溶け込むように佇んでいるのだから。

アルゴの教えが良かったのか、本人の努力のせいなのか、

ロザリアの密偵としての技術は、もはや熟練の域にあるようだった。

だがロザリアは気付くべきだった。こういう約束の時、

ユキノがその場に遅れるなどあり得ないという事を。

そしておそらく違うだろうと見た目で判断したそのギャルが、

まるで計ったように正確に約束の時間の五分前に姿を現した事を。

もしここにいたのがアルゴなら、迷う事なくそのギャルに声を掛けたのだろうが、

まだその辺りが経験不足なロザリアは、先入観の呪縛から逃れられなかった。

 

「そこのお前、ちょっと聞きたい事があるんだが」

 

 そしてそのギャルが、ロザリアにそう声を掛けてきた。

どうやら男からの誘いがひと段落したらしい。

 

「はい?私に何か御用ですか?」

 

 ロザリアは、余所行きモードでそう答えた。

そしてそのギャルは、ロザリアの耳元でこう囁いた。

 

「もしかしてロザリアさん?」

「えっ?あっ、はい。あれ、まさかあなた……先生ですか?」

「ええそうよ、来た瞬間から声を掛けられ続けたから、

まだ自分の外見すら確認していないのだけれど、

ロザリアさんが今まで私に声を掛けようとすらしなかった事から考えると、

今の私の見た目は、そんなに普段の私と違うのかしらね?」

 

(うわぁ、この分析力、完全にユキノさんだ……)

 

 ロザリアはそう思い、ユキノの手を引き、自分の姿が確認出来る窓があるビルへと誘った。

そしてそこで初めて自分の姿を見たユキノは硬直した。

 

「こ……こ……これは……」

「まあここでの容姿が現実とかけ離れているのはよくある事です」

 

 ロザリアは、ユキノが単純に驚いているのだろうと思い、そうフォローした。

だが予想に反してユキノはガッツポーズをしながらこう言った。

 

「イエス!例えゲームの中とはいえ、この胸はイエス!」

 

 そう言われたロザリアは、虚を衝かれながらもユキノの胸を見た。

そこには陽乃クラスの立派なものがついており、ロザリアは思わずこう言った。

 

「あの、本当に先生ですよね?実は中身はボスで、私をからかっているとか無いですよね?」

 

 その瞬間に、ユキノから怒りのオーラが発せられ、

ロザリアはその迫力にびびり、一歩後ろへと下がった。

 

「この胸を持つ事は、私では力不足だと言いたいのかしら」

「い、いえ、むしろ足りないくらいだと思います!」

「そう、つまりこの胸程度では、私には役不足だと言いたい訳ね」

「えっ?ああ!は、はい!」

 

(うわぁ、この役不足の使い方……やっぱりユキノさんだ……)

 

 そしてロザリアは、当初の予定通り、ユキノを拠点まで連れて行く事にした。

 

「それじゃ先生、行きましょう」

「む、そうか、よし、行くぞロザリア!」

 

(なりきってる……)

 

 ロザリアはそう思いながらも、何か話そうかと思い、何気なくこう尋ねた。

 

「ところで先生の名前は、予定通りニャンコティーチャーにしたんですか?」

「それなのだがな、やはり少し長いと思ったので、ニャンゴローにしておいたのだ。

どうだ、通っぽいだろ?滋」

 

 そう得意げに言うニャンゴローに、言葉の意味が分からなかったロザリアは、

とりあえず愛想笑いを返した。

 

「え、ええ、さすがですね先生」

 

(滋って誰よ……マニアックすぎるでしょう!)

 

 そう思いながらもさすが社交力があるロザリアは、

無難にニャンゴローとの会話をこなしていた。

 

「ところでシャナの持つ友人帳にはどのくらい名前が書いてあるのだ?」

 

(これは予習した中にあったけど、この場合は……

おそらくここでの友人か知り合いの人数を聞いているのね)

 

「た、多分そんなにいないと思います」

「なるほどなるほど、例の妖どもの動きはどうなのだ?」

 

(これはラフコフの奴らの事ね)

 

「まだ誰かは特定出来ていませんが、今の所、特にそれらしき動きはありません」

「うむ、いずれ高貴なる妖たるこの私の力を見せてくれよう」

「あっ、はい」

 

(つ、疲れる……どうかこのままあいつに押し付けるまで何も起きませんように)

 

 だが運命の神は、ロザリアには味方しなかった。

ロザリアは、目的地が見えてきた為、拠点のビルを指差したのだが、

その指の先に、見慣れた敵の姿を見付けた。

 

(げっ、ゼクシード……まずいまずい、

多分無理だろうけど、何とか上手くやり過ごせますように……)

 

 だがしかし、それは無理な相談だった。

せめてロザリアが、ニャンゴローにフードでも被せていればまた違ったのだろうが、

今のニャンゴローは堂々と素顔を晒している上に、何故か必要以上に胸をアピールしている。

それでも顔のイメージが、本来のユキノに近い感じだったら、

あるいはゼクシードの頭の中に、先日の苦い経験がトラウマとなって蘇り、

声を掛けられない可能性があったかもしれないが、

今のニャンゴローの容姿は、ゼクシードの好みに完璧にマッチしているのだ。

 

「そこのお姉さん、今ちょっとお時間いい?」

 

(この馬鹿、やっぱり話し掛けてきやがったああああああ)

 

 案の定ゼクシードは、ニャンゴローに話し掛けてきた。

ロザリアの事は見えているようで見えていないのか、まったく見ようともしない。

 

(どうやら私には気付いていないようね、どうしよう、私の存在をアピールするしか?)

 

 確かにロザリアの存在に気付けば、ニャンゴローがシャナの関係者だと分かり、

ゼクシードが大人しく引き下がる可能性は高いと思われた。

だがロザリアの心配をよそに、ニャンゴローはゼクシードには何の反応も示さず、

そのままゼクシードの前を素通りした。

 

(さすがユキノさん!こんな馬鹿っぽいチャラい男は相手にしない!)

 

 ロザリアはそう思い、ホッとしたのだが、

ゼクシードは諦めず、ニャンゴローの前に何度も回りこみ、その度に話し掛けてきた。

 

「ちょ、ちょっとちょっと、そこのギャルっぽいお姉さん!」

 

 ニャンゴローは、その横を素通りした。

 

「待ってくれって、そこの美人のお姉さん!」

 

 ニャンゴローは、その横を素通りした。

 

「頼むからさ、そこのスタイルのいい巨乳のお姉さん!」

「私に何か用か?」

 

(うわあああああああああ、あと少しだったのに……)

 

 ニャンゴローが、その言葉を聞いた瞬間に振り返って返事をした為、

ロザリアは内心でそう絶叫した。

 

「ギャルだとか美人だとかはどうでもいいが、巨乳と言われると、返事をせざるを得んな」

 

(お願いだからそこもスルーしてえええええええええ!)

 

「お姉さん面白いね、名前を聞いてもいい?」

「ニャンゴローだ」

「ニャンゴロー?あはははは、まるで猫の名前みたいだね、

そんな変な名前じゃなく、もっと綺麗な名前にすれば良かったのに」

 

(あっ、この馬鹿いきなり地雷を……さすがはゼクシード……)

 

「何だと……?」

「あっ、いや、ごめん、別に猫と同じように扱ったつもりは無いんだけど」

 

(更に地雷きたああああああああ!)

 

「……おいお前、名前は?」

「俺はゼクシード!こう見えてもトッププレイヤーの……」

「ゼクシードだと?」

「おっ、俺の事知ってるの?俺って有名人だから、まあ当然なんだけど」

「……先日ALOで、わた……いや、ユキノにぶっ飛ばされた、あのゼクシードか?」

「うっ……あれはそう、女に手を出す訳にはいかないし、

わざとだよ、そう、わざと無抵抗で攻撃を受けたんだよ!」

 

 実際は足が竦んでまったく動けなかっただけなのだが、

その時の動画は、とある動画サイトにアップロードされている為、

ゼクシードは多分それを見たんだろうなと思い、何も考えずにそう嘘を言った。

その時の相手が今まさに目の前にいる事など、想像出来なくて当たり前なのだから、

これはまあ仕方がないだろう。

 

「……正座」

「え?」

「正座をしろと言っているのだ」

「な、何で?」

「もういい」

 

 そしてニャンゴローは、いきなりゼクシードの膝の裏を素早く蹴り、

相手のバランスを崩すと、そのまま強制的にゼクシードに正座をさせた。

ユキノはスタミナこそ無いが、運動能力は高い為、そういう芸当はお手のものなのだ。

 

「うおっ……何で俺、正座してるんだ……」

「このもやしめ!猫を馬鹿にしただけでは飽き足らず、平気で嘘までつくとは!」

「も、もやし?」

「黙れもやし、大体お前ときたら……」

 

 そしてニャンゴローは、ゼクシードに怒涛の説教を始めた。

周囲にはどんどん野次馬が集まってきており、

それを見たロザリアは、慌ててシャナに連絡を入れた。それが今の状況なのであった。

 

 

 

「よく見たら確かにゼクシードだな、そういう事かよ……」

「ええ、ここであまり目立つのもまずいと思ったから、慌てて連絡したの」

「くそ、よりによって猫絡みかよ……ゼクシードの馬鹿は、本当に嫌な地雷を踏みやがる」

「とにかく後は任せたわよ」

「分かった、まあ何とかする」

 

 そしてシャナが前に出ると、周囲の野次馬達は口々に叫んだ。

 

「おっ、シャナだ!」

「ここでシャナの登場だと?まさかあのギャル、またシャナの女なのか?」

「シャナ対ゼクシードの、三度目の対決来るか!?」

 

 その声を聞き、どうやらシャナに気付いたようで、

ゼクシードは虚勢を張りながらシャナに声を掛けた。

 

「なっ、何だよシャナ、人がせっかくこの子を口説いてるんだから、邪魔するな!」

「お前それ、どう見ても説教されてるよな?」

「ち、違う、これは新しい口説きのスタイルだ、プロデュースバイ俺だ!メイドイン俺だ!」

「ああ、いいからいいから、お前はちょっと黙っとけ」

「くっ……」

 

 そしてシャナは、ニャンゴローに声を掛けた。

 

「先生、お迎えにあがりました」

「むっ、お前はシャナか?」

「はい、先生、高貴な存在であるあなたが、

こんな下級の存在に関わらなくてもいいんじゃないですか?」

「むむっ、確かにそれもそうだな、褒めてやろう」

「はっ、光栄であります。それでは先生、こちらへどうぞ」

「うむ」

 

 そしてニャンゴローは、シャナに手を引かれてそのまま拠点のビルの中に入った。

それは一瞬の出来事だった為、ゼクシードは呆然とし、

皆も呆気にとられたのか、誰も何も反応出来なかったのだが、

シャナ達の姿が見えなくなった瞬間、群集は歓声を上げた。

 

「何だよ今の、戦いにすらならないとか、さすがは俺達のシャナだぜ!」

「ゼクシードも腕はいいんだけどな、相手が悪すぎるっていうか……」

「畜生、やっぱりあの子もシャナの女かよ!」

「とりあえずいつも通りシャナの圧勝だったな、さあ解散解散っと」

「お前らお疲れ~!」

 

 そしてあっと言う間に人影が消え、その場には、フードを被った一人のプレイヤーと、

呆然としたゼクシードだけが残された。

そしてしばらくした後ゼクシードは、やっと我に返ったのか、

シャナ達が拠点にしているビルに向かって叫んだ。

 

「畜生、別に悔しくなんかないからな!」

 

 そしてゼクシードは、涙を拭くようなそぶりを見せながら、

どこへともなく走り去っていった。そして残っていたもう一人のプレイヤーは、

フードを上げ、シャナ達の拠点のビルの方を見上げながら言った。

 

「はぁ、やっぱりシャナ様はいい……

でも撮影に夢中になりすぎて、やっぱり今日も話し掛けられなかった……」

 

 そしてそのプレイヤーは、持っていたカメラを止め、ログアウトすると、

その動画をサイトにアップロードした。その投稿者の名前は、銃士Xとなっていた。

銃士X、ちなみにその読み方は、マスケティア・イクスという。

彼女はシャナの熱狂的なファンであり、今までも何度かシャナに話し掛けようとしたのだが、

その度にすれ違い、今後も当分話し掛ける事すら出来ない不運な女性である。




数年後のヴァルハラの名簿に銃士Xの名前があるのは確かです。
ちなみに将来、八幡の秘書は三人おり、小猫、南、そしてあと一人が……(という設定)


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第294話 思わぬ援軍

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


「えっと……先生……だよね?」

「何を言っているのだ、当たり前ではないか、シズカ」

「なりきってるね~、いいねいいね!先生久しぶり!私エルザだよ、覚えてる?」

「もちろんだ、音楽をこよなく愛する妖よ」

「何もかも本物とは正反対ね……」

「どうやら私は、この世界だとこの依代に封印されているらしいから仕方なかろう」

 

 ちなみにロザリアは、情報収集に出かけるという口実で既にこの場から脱出していた。

そして最後にシャナがニャンゴローに言った。

 

「いや、しかしお前の声でその見た目だと、さすがに違和感が半端無いんだが……」

「ちょっと八幡君、どこを見て言っているのかしらね、それはセクハラよ、訴えるわよ」

「お前そこでいきなり素に戻るなよ……」

「うるさい!これは神が私に与えてくれたご褒美なのだ、私は一生ここで生きていくのだ!」

「ちょっとニャンゴロー、それはいくら何でも……」

「冗談だシズカ、だが夢であるからこそ、それを存分に楽しんでもいいではないか!」

「お前の冗談は冗談に聞こえね~んだよ……」

「うるさいわね、私のこの、つるふかな胸に文句があるというの?訴えるわよ!」

「はぁ……」

 

 丁度その時、部屋にベンケイが入ってきた。ベンケイは息を切らせながらシャナに言った。

 

「お兄ちゃん、帰りにスマホで動画を見ていたら、新しいのがアップされてたよ!

って、噂の動画の人がいたああああ!」

「ん、動画?まさかさっきのか?」

「早いね……」

「ここで見てみればいいんじゃないかな」

 

 そしてニャンゴローが、感心した様子で言った。

 

「ほうほう、ここでも見れるのか、よし、ベンケイ、頼む」

「あいあいさ~、動画の人!で、どちら様ですか?」

 

 ベンケイは、何故この人は私の名前を知っているのだろうかと思いつつ、そう質問した。

 

「私が分からないのか?」

「いや、すみません……そんな喋り方をする知り合いは、私にはいないので……」

「実際にここにいるではないか、小町さん!」

「わっ、私にさん付けをする人は一人しか……まさかユキノさん……?」

「うむ!だが今の私はニャンゴローだ、先生と呼ぶがよい!」

「ユキニャンゴローさん先生!」

「まあ正直、自分でもこの姿には違和感があるのは確かなんだがな」

「確かに何もかも正反対です……先生」

 

 ベンケイは、改めてニャンゴローの姿を見ながらそう言った。

 

「で、動画はどうなったのだ?」

「おっと、そうでしたそうでした、これです!」

 

 そして壁に設置されたモニターに、先ほどの様子が映し出された。

 

「やっぱりか、しかし随分早いな……」

「あっ、この人、この前も動画をアップしてたよ」

「この前というのは、例のシノンが一生お傍に宣言をした奴だな!」

「ニャ、ニャンゴロー、恥ずかしいからそこだけ強調しないで!」

 

 シノンは顔を赤くしながらニャンゴローに抗議した。

 

「アップロードしたのは……銃士X?これ何て読むんだ?」

「さあ……あ、でも、その人なら女性プレイヤーだけの集まりで名前は見た事があるかも。

まあ私はほとんど行ってないんだけどね」

 

 シノンがそう言い、シャナは少し驚いた。

 

「この名前で女性プレイヤーなのか、強いのか?」

「う~ん、どうだろ、あ、でも、前回のBoBで決勝に出てたかも。シャナ、覚えてない?」

「俺は最初にサトライザーとやったからな、他の奴の事は分からん」

「そういえばそうよね。まあでも、とにかく強い人みたいね」

「なるほど、ピトは知ってるか?」

「お前は今までに食べたパンの種類をいちいち覚えているのか?」

「要するに覚えてないんだな」

「うん!」

「まあいいか、たまたま居合わせたんだろうしな」

 

 そのシャナの言葉とは裏腹に、銃士Xは今後も、

何故か毎回シャナの動画を最速アップロードする者として名前があがる事となる。

 

「さて、後はイコマなんだが、俺以外に男がここにいたら、それがイコマだと思ってくれ」

「イコマというのはどのような男なのだ?」

「かつての仲間だ。今はここの専属鍛冶師をしている」

「なるほどなのだ!」

「やっぱり慣れねーなおい……」

 

 シャナはどうしても、その喋り方が気になるらしく、ぼそっとそう呟いた。

 

「まあ見た目があれなんだ、声は他人の空似だと思えばいい。

あれは知らないただのギャルだ、あれは知らないただのギャルだ……」

「どうしたのだ?」

「いや、何でも無い……」

「それじゃあそろそろ仕事にかかるとするのだ!」

「お、おう……頼むわ」

 

 ニャンゴローは自分がここに来た目的を忘れた訳ではないようで、

唐突にそう言うと、シノンとピトフーイにこう尋ねた。

 

「BoBの開催はいつなのだ?」

「三日後よ」

「なるほど、仲間からは誰が出るのだ?」

「私とシノンかな!」

「それじゃあその二人以外が使えるコマという訳だな!」

 

 次にニャンゴローは、シャナにゲーム内でBoBの中継が見られる場所を尋ねた。

 

「それなら街の中心にある大きな酒場と、東西南北の四つの酒場で中継があるな」

「五ヶ所か……ふむ、ゲーム内で動画の撮影は出来るのだろう?」

「ああ、ただしさっきみたいなケースでもない限り、そういう所でカメラを回すのは、

かなり不自然に見えるだろうな」

「ふむ……確かにそうだな、写真で我慢するか……」

 

 と、その時、ロザリアからシャナに通信が入った。

 

「おう、どうしたロザリア」

「それが……シャナに取材の申し込みです。どうやら私の事を動画で見たようで、

私がシャナの仲間だと思って声を掛けてきたようです」

 

 その言葉を聞いたシャナは、きょとんとした。

 

「取材?俺に?」

「ええ、何でも第二回BoB直前スペシャル特集とか。

どうやら前回大会の決勝進出者に話が聞きたいそうですよ」

「なるほどな、で、誰からの取材だ?」

「MMOトゥデイです、男性と女性の二人組で……」

 

 その言葉を聞いたシャナはハッとし、ロザリアにこう尋ねた。

 

「待て、MMOトゥデイだと?」

「はい、二人組で、シンカーさんとユリエールさんという方が……」

「今すぐここに連れてきてくれ」

「そこにですか?……分かりました」

 

 そしてシャナは、弾んだ声で、シズカに向かって言った。

 

「おいシズ、MMOトゥデイから俺に取材の申し込みとかで、

今からここに、シンカーさんとユリエールさんが来るらしいぞ」

「えっ、本当に?うわぁ、懐かしいなぁ」

「あの二人になら、俺達の正体をバラしても問題無いよな?」

「うん、別にいいんじゃないかな」

「MMOトゥデイって、何?」

「あ、私もそれ聞きたかった」

 

 ピトフーイとシノンが、そう同時に言った。

 

「MMOトゥデイというのは、MMOの攻略等を載せている、日本で一番大手のサイトだな。

ちなみにシンカーさんというのは、そこの管理人だ」

「ほえ~、そんなのがあったんだ」

「で、その二人とは知り合いなのね」

「ああ、二人とはSAOの中で知り合ったんだよな」

「そっか、それじゃ感動の再会だね」

「そうだな、とても楽しみだ」

 

 そしてロザリアに案内され、シンカーとユリエールが、おずおずと拠点に入ってきた。

 

「二人をお連れしました、シャナ」

「初めまして、MMOトゥデイの管理人をしています、シンカーと言います。

こちらはその手伝いをしてもらっているユリエールです。

今日は突然の申し込みにも関わらず、わざわざ拠点までお招き頂きありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそお久しぶりです、シンカーさん、ユリエールさん」

 

 そのシャナのセリフに、二人はきょとんとした。

 

「あの、失礼ですが、以前別のゲームか何かでお会いしましたっけ?

いや、でもユリエールまで知っているという事は……

彼女が取材に同行するのはここが初めてだし……」

「ははっ、以前お二人は、同じゲームをプレイしていたじゃないですか」

「同じゲーム……?まさかあなた、アインクラッド解放軍のメンバーの誰かですか?」

「えっ?ああそうか、確かにそう思うのが自然ですよね」

「それじゃあ改めて自己紹介しよっか、シャナ」

「えっ、あなたもですか?えっと、シズカさん……ですよね?」

「はい!」

 

 そしてシャナとシズカは目配せをし、

シンカーとユリエールに茶目っ毛たっぷりに自己紹介をした。

 

「それじゃあ改めて、血盟騎士団参謀の、ハチマンです」

「同じく血盟騎士団副団長、アスナです」

「ハ、ハチマンさんにアスナさんだったんですか!?」

「ええ、まあそういう事です」

「ユリエールさん、久しぶり!」

「ア、アスナさん!」

 

 突然ユリエールが、目に涙を浮かべながらアスナに抱き付いた。

 

「良かった、やっぱり無事だったんですね……」

「もちろん!」

「ハチマンさん、ゲームをクリアしてくれたのは、やっぱりあなた達だったんでしょう?」

「ええ、まあそうですね、紙一重でしたけど」

「良かった……無事だろうと確信はしていましたけど、

やっと直接会ってお礼を言う事が出来ます。

私達を助けてくれて、本当にありがとうございます」

 

 そう言ってシンカーは、ハチマンに深々と頭を下げた。

丁度その時、ピトフーイにエムから連絡が入った。

 

「ちょっとエム、今いい所なんだけど……ってやばっ、もうそんな時間?

分かった、直ぐに行くから外で待っていなさい」

「ピト、仕事か?」

「うん、今日は少ないとはいえ、やっぱりいくつか外せない仕事があってね」

「そうか、頑張れよ」

 

 そう言ってシャナは、ピトフーイの頭をなでた。

 

「うん、それじゃ行ってくるね!」

「あ、ちょっと待てピト」

「ん?」

「今度エムをここへ連れて来い、そろそろいいだろう」

「オッケー、今度連れてくるね!」

「話はそれだけだ、行ってこい」

「うん、それじゃあみんな、またね!」

 

 そう言ってピトフーイはログアウトし、それを見ていたシンカーが、感慨深そうに言った。

 

「いやはや、やっぱり噂なんて当てになりませんね」

「噂?」

「はい、あのピトフーイという方は、手のつけられない問題児だと聞いてましたからね」

「いや、それは合ってます、噂通りです」

 

 シャナはシンカーに、キッパリと言った。

 

「え、あ、そうなんですか?

やっぱりハチマンさん、いや、シャナさんの懐の深さは凄いんですね」

「まあ今はあいつも俺の大切な仲間ですからね」

「仲間ですか……あっ、そういえば、

ALOのヴァルハラ・ガーデンはシャナさんのギルドですよね?」

 

 シンカーは、思い出したようにそう言った。

 

「あ、はい、そうですね」

「やっぱり……実は軽く調査をした段階で、明らかにそうかなとは思って、

無事だったんだとそれで確信し、安心したんですが、

SAOから開放されてからずっと、サイトを立て直すのにいっぱいいっぱいで、

なおかつ深刻な人手不足でして……ほら、ザ・シードのせいで、

一気にVRMMOが増えたじゃないですか、

なのでどのゲームも通り一編の紹介しかまだ出来てなくてですね、

で、丁度大会が開かれるって事で、今はALOを後回しにして、

GGOの取材に力を入れていると、そういう訳なんですよ。

直ぐにALOにお礼を言いに行けなくてすみませんでした」

「あ……いや、こちらこそ何かすみません」

「え?シャナさんが何か謝るような事では……」

「そ、そうですね……」

 

(シンカーさんが忙しくなったのは思いっきり俺のせいなんですすみません)

 

 シャナは内心そう思いつつも、さすがにその事を明言するのは避けておいた。

その時シンカーが来ると聞いてからずっと無言だったニャンゴローが、

突然シンカーに話し掛けた。

 

「あの、シンカーさん、ちょっといいかしら」

「はい、あなたはえ~と……」

「私はヴァルハラ・リゾートの副長をしております、ユキノです、宜しくお願いします。

ここでの名前はニャンゴローと言います」

「あっ、あなたがユキノさんでしたか、お噂はかねがね」

 

 ニャンゴローはそう言われ、シンカーに会釈した後、こう切り出した。

 

「どうも、それでいくつかお聞きしたい事があるのですが、宜しいかしら」

「はい、何でも聞いて下さい」

「大会当日、ゲーム内で大会の中継を観戦しているプレイヤーの様子を、

撮影ないし録画する予定はありますか?」

「えっ?ああ、そこまでは考えていませんでしたが……」

「それでは仮定の話になりますが、ゲーム内だと五ヶ所で中継が行われるようですが、

仮にそういった事を企画するとして、五ヶ所全部に同時に人員を派遣する事は可能ですか?」

「あっ、はい、それは可能ですね」

「なるほど……」

 

 その答えを聞いたニャンゴローは、シンカーとユリエールの目をじっと見ながら言った。

 

「単刀直入にお聞きします。あなた達お二人は、彼に大きな恩義を感じているようですが、」

それでは彼の為に死ねますか?」

「えっ?」

「な、何ですって?」

「おい先生」

「あなたは少し黙ってて頂戴」

 

 ニャンゴローは二人からまったく視線を逸らさずにそう言った。

そして二人は顔を見合わせると、こう言った。

 

「それは出来ません、ユキノさん。もし僕達が簡単に死んでしまったら、

助けてくれたハチマンさん達の気持ちを裏切る事になります」

「なので代わりに、ハチマンさんが困っている時は、死ぬ気でお手伝いさせて頂きます」

「そうですか……突然失礼な事を聞いてしまって本当にごめんなさい。

あなた達がハチマン君達の事をとても大切に思っているのがよく分かりました。

その上でお願いします、どうか先ほど私が言った通りに、五ヶ所全部に人員を配置して、

大会の観客の様子を動画で撮影して欲しいのです、お願いします」

 

 そのニャンゴローのお願いを聞いた二人は、再び顔を見合わせた後、シャナに尋ねた。

 

「もしかしてハチマンさん、本当に何かお困りなんですか?」

「そうか、そういう事なんだな先生。シンカーさん、ユリエールさん、実は……」

 

 そしてシャナは、二人にラフコフの事を説明した。

 

「何ですって、あのラフコフのメンバーがここに?しかも幹部クラスですか?」

「今はもう何も出来ないでしょうが、それなら確かに動向は把握しておきたいですよね」

「そうなんですよ、まあ気休めかもしれませんが」

「分かりました、うちのスタッフに観戦しているプレイヤー達を撮影させて、

そのデータをこちらに提供しますね」

「ありがとうございます、これでダブルチェックが出来ます。

シャナ、あなたは五ヶ所全部の中継所を回って、それっぽいプレイヤーをチェックして頂戴。

その後に、後日全員で動画を見ながら怪しい挙動をしてる人がいないかチェックしましょう」

 

 こうしてシンカーとユリエールの協力を得て、大会当日の監視体制が整う事となった。



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第295話 第二回BoB~銃士Xとギンロウ

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


 そしてついに第二回BoBの予選の日が訪れた。

シャナは仲間達と共に会場入りし、そこでシノンとピトフーイは、

今回は敵同士な為別々に分かれ、シャナ達はモニターの見える場所に腰掛けた。

 

「さて、あいつらが予選で当たらない事を祈るばかりだな」

「こればっかりは仕方がないよね」

「まあ我らの役目は本戦からだし、予選中も注意はしておくとしても、

ここは素直に二人の戦いを楽しもうではないか!」

 

 ニャンゴローは、何もかも初めての経験である為、わくわくしているようだ。

そして他の者もそれに同意し、モニターに集中した。

丁度その時、たまたま通りかかった薄塩たらこが声を掛けてきた。

 

「よぉシャナ、今回は出場しないんだってな」

「たらこか」

「あんたの事だから、まさか逃げたとかは無いと思うが、用事でもあるのか?」

「ああ、残念ながらな。次の大会にはちゃんと出場するつもりだけどな」

「なるほどな、それじゃあこの大会が、俺が優勝する最大のチャンスって事か。

どうやらサトライザーの姿も見えないしな」

「あいつがいたら、俺も無理にでも出場したんだけどな」

「ははっ、今度こそ決着をってか?」

「ああ、借りっぱなしってのは気分が悪いからな」

「お、そろそろ俺の出番だ、それじゃあまた一緒に遊ぼうぜ、シャナ」

「おう、頑張れよ、たらこ」

 

 丁度その時シノンの第一試合が始まり、シャナはモニターを注視した。

 

「どうやら落ち着いているみたいだな、しっかりと自分に優位なポジションを確保して、

なおかつ油断しているようにも見えない」

「そうだね、それに何か、堂々としてる」

 

 そのシャナの言葉に、シズカも同意した。

 

「ほえ~、シノンも潜むのが上手くなったねぇ」

「ケイ、やっぱりお前もそう思うか?」

「うん、最初の頃とは大違いだね」

 

 そのベンケイの言葉通り、敵はまったくシノンの気配を感じる事が出来ず、

どうすればいいか迷っているように見えた。

 

「ここで先に動いた方が負けるな」

「そうだな、先生はどっちが勝つと思う?」

「そんなのシノンに決まっているのだ!」

「何か根拠はあるのか?」

「おそらく相手は焦って一か八かの賭けに出るのだ。スナイパーを相手にする時は、

常にいつどこから撃たれるか分からないという不安が付き纏う。

それはとても精神に負担がかかるものなのだよ、分かったか?シャナ」

「先生の仰る通りで」

 

 その言葉通り、シノンは我慢出来なくなって飛び出した敵を一撃で葬り去った。

ここまでかなりの時間がかかったが、動き出すと勝負は一瞬だった。

 

「これなら決勝までは特に何も問題は無さそうだな」

「あ、見てシャナ、ピトが」

 

 シズカの言葉で別のモニターを見ると、そこでは既にピトフーイの試合が始まっていた。

ピトフーイは敵の姿を発見した瞬間、両手に持った銃で急所だけを守り、

そのまま左右に体を振りながらいきなり前に突っ込んだ。

 

「うわっ……無茶しやがる」

「でも当たってないね」

「どうやら相手がびびっちまったみたいだな、もっとも当たっててもあいつはタフだから、

やられる前に相手を倒せるだろうな」

 

 そしてピトフーイは、そのまま相手を押し倒してその上に馬乗りになると、

相手の額に銃口を押し当て、哄笑しながらその引き金を何度も引いた。

そして相手が消えた後、ピトフーイは上を向いてそのまま哄笑し続けた。

 

「ピトってあんなだっけ?」

「まああいつは俺達の前とそれ以外とで、言葉遣いや態度がまったく違うらしいからな」

「まあいっか、それじゃあ二人にお祝いを言いに入ってこようかな」

「おう、俺はここに残って一応ラフコフの奴らがいないか注意しておくわ」

「うん!」

 

 そしてその場にシャナだけを残し、他の者達はシノンとピトフーイの下へと向かった。

シャナは周囲の気配を探るように集中したが、

複数の好意的な視線しか、感じる事は出来なかった。

 

「どうやらいない……か、もしくは完全に気配を消しているか」

 

 そしてその好意的な視線を向ける者の中に、銃士Xがいた。

銃士Xはシャナが一人になったのを見て、この機会を逃すまじと深呼吸し、

シャナと知り合う為の作戦を考え始めた。

 

(これは千載一遇のチャンス、この機会を最大限活用すべき。

やはり大事なのは第一印象、ここでシャナ様の前で転べば、

おそらくシャナ様は私に声を掛けて下さり、あわよくば手を握って起こしてもらえる)

 

 銃士Xはそんな作戦を立て、それを実行に移すべく、

脳内で綿密に倒れる角度や方向をシミュレートしながら、シャナへと向かって歩き出した。

その瞬間に何故かシャナが銃士Xの方を見て、軽く手を上げた。

 

「よぉ」

 

(これは予想外、まさかシャナ様が私ごときを認識して下さっていたとは望外の喜び。

しかし何かがおかしい、私にはそんな覚えはまったく無い。

ここはどちらのケースでも対応出来るように、備えておくべき)

 

 銃士Xはそう考え、歩く速度を少し緩めた。

その瞬間に、後方からシャナを呼ぶ複数の女性の声がし、シャナもそちらに答えた為、

銃士Xはやはりと思い、さりげなく横の柱に寄りかかり、様子を見る事にした。

 

「シャナさん!」

「おう、エヴァ達もここで観戦か?」

「はい、一緒に見てもいいですか?あ、出来ればその、解説なんかもお願いしたく……」

「上手いプレイヤーの戦闘を見る事は大事だからな、

俺に分かる範囲でいいなら別に構わないぞ」

「「「「「「ありがとうございます!」」」」」」

 

 そのままシャナが、六人に試合の解説をはじめた為、

銃士Xは、これはもうチャンスは訪れないだろうと判断し、さりげなくその場を離れた。

 

(くっ……またシャナ様に話し掛けられなかった……)

 

 あるいは余計な事を考えず、そのまますぐにファンを装ってシャナに話し掛ければ、

銃士Xは、今ごろシャナの隣で六人の代わりに解説を聞く事が出来たかもしれない。

シャナが女性プレイヤーを冷淡に追い払う事など出来はしないからだ。

もっとも先日シャナはお説教をくらっているので、親しくなれたかどうかは微妙であろう。

 

「おっ、銃士Xじゃねーか、久しぶりだな」

「ギンロウ」

 

 そんな銃士Xに話し掛けるプレイヤーがいた、ギンロウである。

 

「予選の調子はどうだ?」

「私の出番はこれから」

「そうか、お互い頑張ろうぜ。それでもし良かったら、予選が終わった後にでも、

二人でログアウトした後どこかで祝杯でも……」

 

 そんなギンロウに、銃士Xは冷たい目を向けながら言った。

 

「また狙われたいの?」

「じょ、冗談だって、もう二度と言わないから勘弁してくれ。

大会の空気のせいで、ちょっと気が大きくなっちまってたみたいだ、本当にすまん!」

 

 実はギンロウは、かつて銃士Xを一度口説いた事があるのだが、

その後遭遇する度に何度も集中的に狙われ、侘びを入れて許してもらった経緯があった。

それからギンロウは、銃士Xと一緒になる度に一切口説くような事をせず、

真面目に振舞っていた為、こうして普通の会話をする事くらいは出来るようになっていた。

 

「しかし今回は混戦だな」

「シャナ様が出ないせい」

 

 そのセリフを聞いたギンロウは、何かを思い出したように銃士Xに言った。

 

「そうか、そういやお前、シャナさんを崇拝してるんだっけか。

……って、あそこにいるのはそのシャナさんと、新人のアマゾネス軍団じゃね~か。

実はこの前よぉ、シャナさんの前でうっかり、仲間のシノンって奴を口説いちまって、

その時シャナさんにこう言われたんだよ。

 

『なぁお前、短剣で真っ二つにされるのって、どんな気分だと思う?』

『二度目は無いぞ。一応言っておくが、俺がいない時でも一回にカウントするからな』

 

ってな。それ以来どうしてもシャナさんの前に出づらいんだよな……」

「さすがシャナ様、格好いい……」

「他にも沢山の女性プレイヤーが、同じ事を思ってるだろうさ。

あの人は、男の俺から見ても格好いいからなぁ」

 

 そんなギンロウを、銃士Xはじろっと睨みながら言った。

 

「……ライバル宣言?」

「俺にはそんな趣味は無ぇよ!」

 

 慌ててそういうギンロウに、銃士Xは諭すように言った。

 

「シャナ様は過去の事を蒸し返したりはしない、

あなたが話し掛けても普通に答えてくれるはず……羨ましい、死ねばいいのに」

「うぉい!お前はそういう事本気でやりそうだから怖えよ。

しかしお前、本当にシャナさんの事を崇拝してるよな……やっぱあの人の事が好きなのか?」

「あなたに神がいたとして、あなたはその神と恋愛を望むの?」

「……何でそこまでシャナさんの事を?」

 

 その問いに銃士Xは、体を抱くような姿を見せただけで、何も答えなかった。

 

「…………」

「ああ、言いたくないなら別に言わなくていいぞ、すまなかったな」

「違う」

「ん、どういう事だ?」

 

 そして銃士Xは、ぽつぽつと話し始めた。

 

「あなたは私が、前回のBoBの決勝まで進んだ事は知っているでしょう?」

「ああ」

「あの頃の私は戦いをなめていた。こんな物、全て計算の上に成り立っているだけで、

実際どんな戦いも、状況を分析して色々と脳内で計算して攻撃するだけで勝てると思ってた。

そして実際私はそうやって勝ち続けてきた。でもあの男、サトライザーは違った。

私がサトライザーの前に立っていられた時間、どれくらいか分かる?」

 

 ギンロウは、少し考えた後にこう答えた。

 

「さあな、かなり短いんだろうとは思うが」

「一秒よ」

「いっ……一?まじかよ……」

「そう、私は遭遇した瞬間に彼に肉薄され、そのまま首を刎ねられた。

あれは人間じゃない、死そのものよ」

「そんなにか……」

「そして私は外に出た後、シャナ様とあいつの戦いを動画で見た。

それで私は、死とすら戦える雲の上の存在を知った。それがシャナ様、私の神」

「なるほどな……もし良かったら、ダインに頼んでシャナさんを紹介してもらえるように、

俺から頼んでみてもいいぞ?」

「それは駄目、神とのファーストコンタクトは自力で成すべき」

「変なとこ真面目なのな……」

 

 そしてギンロウは、チラッとシャナ達の方を見て、何げなく言った。

 

「あれは……アマゾネス軍団が、シャナさんに戦闘の解説をしてもらってるのか」

「あっ」

「ん、どうした?」

 

 突然銃士Xがそう声を上げ、ギンロウは何事かと思い、そう尋ねた。

 

「さっきの事を許す代わりに頼みがある」

「さっきの事って、ログアウトしたらうんぬんのあれか?まあとりあえず言ってみろよ」

「私が出場する番になったら、あなたはさりげなくシャナ様の後ろに移動して、

私についてシャナ様がどんな意見を言っていたか、聞いて教えて欲しい」

「俺は今シャナさんの近くに行きづらいってさっき言っただろうが」

「大丈夫、シャナ様を信じなさい」

「まあ見つからなければいいだけだから、別にいいけどよ」

 

 そして銃士Xの出番が来ると、ギンロウはさりげなくシャナの後ろから近付き、

そのいくつか後ろの席に腰掛けた。

その時突然シャナが後ろへと振り向き、ギンロウに声を掛けた。

 

「その歩き方はギンロウか、久しぶりだな、せっかくだからお前もこっちに来たらどうだ?」

 

(うげっ、さすがシャナさんだぜ……)

 

「おっ、ギンロウさん」

「ち~っす!」

 

 エヴァ達もギンロウを見付け、次々と挨拶をした。

ギンロウはシャナにそう言われたのを嬉しく思いながらも、さすがに遠慮する事にした。

 

「あ、いや……俺は先日シャナさんやシノンに迷惑をかけたんで……」

「何だお前、そんな事をまだ気にしてたのか?

祝勝会の時は、ちゃんとシノンに丁寧な対応をしてたじゃないかよ。

それはあの後ちゃんと反省したって事だろ?変な事を気にしてないで、

お前も遠慮なくこっちに来い……って、おい、何でいきなり泣いてるんだよ!」

 

 その言葉通り、ギンロウはいつの間にか涙を流していた。

 

「あれ……これはその……」

「さすがシャナさん、男泣かせですね」

「え、まじで?俺のせい?」

 

 アンナはもちろんいい意味でそう言ったのだが、

シャナは少しおろおろしながらギンロウに声を掛けた。

 

「ギ、ギンロウ、俺が何かお前を悲しませる事をしちまったみたいだな、本当にすまん」

「あっ……いえ、違うんです、俺、シャナさんに一生ついていきます!」

「あ?え?な、何がどうなってるんだ……」

 

 そんなシャナを見て、エヴァ達は楽しそうに笑った。

そしてギンロウは、シャナから少し離れてはいるが、

確実に一緒にいると思われる距離に座り、シャナの予選に関する解説を聞いた。

 

「あっちの画面、あれはシュピーゲルだな……あいつは多分AGI型なんだろうが、

ちょっと勘違いしている所があるんだよな」

「勘違い?」

「ああ、あいつは多分AGIの事を、ちょっと他人より早く動ける程度にしか思っていない。

それは確かに他のゲームなら正しい考え方なんだろうが、このゲームだとちょっと違う。

高速で動く的に弾を当てるのは、銃のプロでも難しいって言うだろ?

要するにこのゲームでAGI型が脅威になるのは、ああ、丁度いいお手本がいたな」

 

 そしてシャナは、別のモニターを指差しながら言った。

 

「あれは闇風といって、GGOで最強のAGI型プレイヤーだな、あれが完成形だ」

「うわ、確かに動きが全然違いますね」

「ランガンってやつだ。とにかく動き回って敵を攻撃する。

あの速さで動かれると、そう簡単に弾を当てる事は出来ない」

 

 尚も解説は続き、ついに銃士Xがモニターに登場した。

 

「ん、あの女性プレイヤー、あれは……」

 

(お、ついに銃士Xか、ちゃんと聞いておかないとな)

 

 ギンロウはそう考え、シャナが何を言うか一言一句聞き漏らさないように集中した。

 

「さっきお前らの横を歩いていた人だな」

「あ、そういえばさっきそこにいましたね!」

「そう考えると応援したくなりますね」

「じゅうし……えっくす?さんって読むのかな?」

「あれは、マスケティア・イクスって読むらしいぞ」

 

 ギンロウは、これくらいは問題ないだろうと思い、そう訂正を入れた。

 

「あ、そうなんですか!」

「それは知らなかったな、ギンロウ、知り合いか?」

 

(やべ、ここで知り合いとか言って紹介とか何とかなったら、

あいつの意思が台無しになるかもしれん)

 

 そう考えたギンロウは、無難な返事をする事にした。

 

「何度かこの前みたいな集まりに参加してきたのを見た事があります」

「なるほどな」

 

(良かったな銃士X、お前シャナさんに覚えてもらえたみたいだぞ、後は自力で頑張れ)

 

「彼女は派手さは無いが堅実だな、必ず有利な位置どりをしているし、射撃も正確だ。

実はああいうタイプが一番やっかいだな、常に冷静さを失わず、やるべき事を確実にこなす」

 

(おお、高評価だな)

 

「シャナさんなら、あの人とどう戦います?」

「俺か?俺なら最初に遠くから狙撃して、それで倒せれば良し、

駄目なら考える暇も与えず、一気に肉薄して斬る」

 

(サトライザーがやったのと同じって事か、さすがというか……)

 

「お前らも、銃以外の武器もちゃんと使えるようにしておけよ。

あとどちらの手でも、同じように銃を扱えるようにしておけ。

利き腕が使えなくなったら攻撃出来なくなるとか、論外だからな」

「「「「「「はいっ」」」」」」

 

(なるほど、俺も参考にしよう……)

 

 そして出番が近付いて来た為、ギンロウはその場を離れる事をシャナに告げた。

 

「そろそろ俺の番なんで、行ってきますね、シャナさん」

「お、そうか、さすがにシノンやピトと当たったら応援出来ないが、

それ以外の時は応援してるからな」

「あ、ありがとうございます!それじゃ行ってきます!」

「「「「「「ギンロウさん、頑張って!」」」」」」

「おう、頑張るぜ!」

 

 そして参加者用のスペースへ向かう途中で銃士Xと出会った為、

ギンロウは先ほどのやりとりを、詳細に銃士Xに語った。

 

「なるほど、正確な論評」

「まあ名前を覚えてもらえて良かったじゃねぇか」

「今はまだ、政治家やタレントの名前を知っているのと変わらないレベル」

「それはそうだけどな」

「しかしやはりシャナ様は神。あなたもそれを実感したはず」

「おう、不覚にも泣いちまったぜ。そういや忘れてた、勝利おめでとな」

「ありがとう、ギンロウも頑張って」

 

 だが残念ながら、ギンロウは一回戦で敗れる事となる。

その対戦相手は、不運にもゼクシードだった。こうして勝者と敗者を選別しつつ、

まだまだ予選は続く。誰が本戦の十六人に残る事になるのかは、まだ誰にも分からない。



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第296話 第二回BoB~集う強者と暗躍する者

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


 そしてギンロウを見送ったシャナ達の下に、シズカ達三人が戻ってきた。

 

「あれ、賑やかになってる」

「お、宴会か?シャナ、酒持ってこ~い!」

「おい先生、少しはネタに走るのを自重しろ」

「黙れもやしめ!」

「ああはいはい、どうせ口だけなんだから、もう好きにして下さい」

 

 そしてシズカが、こっそりとエヴァに話し掛けた。

 

「咲ちゃん?この前言わなかったよね、私、明日奈だよ」

「えっ?あなたは確か……あ~!そうか、よく考えたら当然ですよね!

宜しくお願いします、シズカさん!」

「私はシャナの妹のベンケイです、皆さんのお話は聞いてます!」

「シャナの友人のニャンゴローだ、宜しく頼む!」

 

 こうして自己紹介も済んだ所で、丁度ギンロウの試合が始まった。

 

「おっ、ギンロウか……相手は……あ、これは駄目だ、ゼクシードか」

「ギンロウさんとゼクシードさんって、そんなに差があるんですか?

何かゼクシードさんって、シャナさんにやられてるイメージしか無いんですけど」

「あいつは強いぞ、まあGGOでトップテンに入るくらいにはな」

「そうなんですか……」

 

 そして目に見えてギンロウが押され始め、シャナがこう解説した。

 

「ほらな、ゼクシードの弱点は攻撃の命中率の低さだったんだが、

それもあのクリスマスイベントの時に入手した武器で、かなり改善されている。

元々立ち回りだけは抜群に上手いから、今のギンロウじゃ、どうあがいても勝てないな」

「でもゼクシ-ドさんってAGI型ですよね?何であの武器が装備出来るんですか?」

「ん?ゼクシードはSTR型だぞ?」

「ええっ?」

「でも確かゼクシードさんって、AGI型最強って方々でふれ回ってませんでしたか?」

「あんなの嘘に決まってるだろ……多分少しでも相手にいい武器を使わせない為の方便だ」

「「「「「「ええええええ!」」」」」」

 

 六人はその言葉に、かなり驚いたようだ。

 

「ゼクシードさん、さすが汚い……」

「結構騙されちゃってる人っているんじゃないですかね」

「まあ最終的には自己責任って事になるんだろうけどな」

「確かにそうでしょうけど、納得出来ない人もいるでしょうね」

「まあ、叩かれても仕方がない事をやっているのは事実だが、

あいつは叩かれ慣れてるから、そんな事はまったく気にしないだろうな……」

 

 そんな会話をしている間にも、どんどん試合は消化されていき、

各ブロックの本戦出場者も出揃ってきた。

 

「たらこと闇風は安泰、さっきの銃士Xも決勝進出か、

おっ、ダインもいけたか、やるじゃないかあいつ」

「獅子王リッチーって、何か強そうな名前だね」

「あいつはまあそこそこだな、基本重機関銃で待ち伏せするタイプだが、

一定以上の成績は収められないだろうな」

「何で?」

「弾切れだ。さすがにいくらSTRを上げても、装備自体が重過ぎてな」

「ああ~!」

 

 シズカは、店で見た事のある重機関銃の事を思い出しながらそう言った。

そうしている間にも、どんどん決勝進出者は決まっていった。

 

「お、シュピーゲルの奴、まだ残ってたのか、相手は……シシガネか、

こいつはVIT一極振りで、とにかくタフなんだよな」

「知り合いなの?」

「シュピーゲルはどちらかというと、シノンの知り合いだな。

シシガネは、何度か見た事がある程度だ」

「そうなんだ、シノノンの知り合いの彼、勝てそう?」

「いや、無理だな」

 

 シャナはにべもなくそう言った。

 

「シシガネは多少の被弾はものともしないで突っ込んでくるからな、

ほら、シュピーゲルの奴、足を止めて迎え撃つ体制になっちまってるだろ?

ああなるともうあいつの持ち味はまったく生かせないからな、

敵の攻撃を数発避けるくらいは出来るだろうが、そこで終わりだな」

「あっ」

 

 丁度その時、シュピーゲルが被弾したのが見え、その速度は目に見えて遅くなった。

 

「あいつは闇風あたりの戦闘をもっとよく見て意識を改革出来れば、

もっと強くなれるかもしれないな。今回はまあ、準備不足だったんだろう。

AGI型の戦闘に慣れていないように見えたからな」

「案外ゼクシードさんに乗せられて急遽AGI型に転向したとか」

「いやいやまさか、さすがにシノンと同じくらい長くやってるなら、

当然自分のスタイルくらいは自分で決めるだろう」

「まあそうだよね」

 

 そしてシュピーゲルはそのまま敗北し、

グループの上位二名に与えられる本戦への切符を手に入れる事は出来なかった。

 

「さて、後はシノンとピトフーイだが……」

「あの二人、同じブロックだったんだね……」

「まあもう二人とも本戦進出は決定してるんだけどな」

 

 そのシャナの言葉通り、二人は既に、本戦への出場を決めていた。

次はいよいよ、シノンとピトフーイの、グループ一位を決める戦いである。

もっとも特に一位である事に意味は無いので、この戦いの意味はあまり無い。

実際グループの決勝では、あからさまに手を抜く者も多いのだ。

そして戦いの火蓋が切って落とされ、二人は向かい合うと、何事か話し始めた。

それを見たシャナとニャンゴローは、いきなり立ち上がった。

 

「お二人とも、どうかしましたか?」

 

 そのエヴァの問いに、シャナはあっさりとこう言った。

 

「この戦いはドローだ、なぁ先生」

「そ、そうなんですか?」

「ああ、読唇術で見た限りはそのようだな。よし、二人を労いに行くとしようではないか」

「先生に読唇術を習った甲斐があったってもんだな、

という訳でお前ら、今日はここで解散だ、また明日な」

「あっ、はい、ありがとうございました」

 

 そしてその言葉通り、二人の試合はドローとなり、

エヴァ達は、自分達も読唇術を学んでみようかと、本気で考えたのだった。

 

 

 

「ピト、私は決勝進出を決めたわよ、あなたは?」

「うん、今から速攻で決めてくるから待ってて!」

「オーケー、頑張って」

「うん!」

 

 二人が決勝で向かい合う少し前、控え室で二人はそんな言葉を交わしていた。

そしてピトフーイが実質最後の試合に向かい、

それと入れ替わるように、シュピーゲルが戻ってきた。

 

「どうだった?いけた?」

「……駄目だった」

「そっか、まあ次があるわよ、元気出してね」

「うん……シノンはどうだったの?」

「私はついさっき、本戦出場を決めたわ」

「そっかぁ……シノンは凄いね」

「今回は意気込みが違うからね、本戦でも死ぬ気で頑張るわ」

 

 そんなシノンを見て、シュピーゲルはついこんな事を言った。

 

「……シャナさんが見てるから?」

「え?あ、あは……まあそれもあるんだけど、実はさっきまでここにいた友達と、

シャナとのデートを賭けて勝負してるのよね」

「そ、そうなんだ……」

「勝った方がシャナとデート出来るから、相手より一つでも順位を上にしないと……

まあ直接対決でケリをつけるのが一番早いかもしれないけどね」

「う、うん、そうだね……」

「まあ、優勝しちゃえば何も問題は無いんだけどね、とにかく頑張るから応援してね」

「う、うん、もちろん」

 

 シュピーゲルは、複雑な胸の内を隠して何とかそう言った後、

シノンに別れを告げ、とぼとぼとその場を後にした。

そしてその少し後に、ピトフーイが戻ってきて、シノンにVサインを出した。

 

「勝ったよ~!」

「おめでとうピト、これで二人揃って本戦出場が決定したわね」

「うん、ありがとう!さて、次は決勝だねぇ、とりあえずさくっと行こっか」

「そうね」

 

 そして二人は、そのまま決勝の場で対峙した。

 

「さて、どうする?」

「う~ん、これって正直本気でやる意味無いよね?」

「そうなのよね……」

「いっその事、ジャンケンで決める?」

「それでもいいけど、宣戦布告の意味も込めて、お互いの頭を撃ち抜くっていうのはどう?」

「おっ、シノノンいいノリだね、それじゃそれでいこっか!」

 

 まさにこの瞬間が、シャナとニャンゴローが立ち上がった瞬間だった。

そしてエヴァ達が観戦する中、二人はお互いの頭に銃口を向け、

声を揃えてカウントを開始した。

 

「「さ~ん、に~、い~ち、ゼロ!」」

 

 その瞬間に二人は発砲し、二人は大きな声で笑いながら同時に倒れた。

 

 

 

 一方その頃、みじめな気持ちで通路を歩くシュピーゲルの耳に、

こんな会話が聞こえてきた。

 

「ゼクシードの野郎、本当にいい武器と防具を持ってやがるよな」

「この前のクリスマスイベントのせいだな、シャナさんが素材を独占したから、

その分いい武器と資金があいつに流れたからな、防具もそれで揃えたんだろうさ」

「ああ、そういえば二位はあいつらだったっけ」

 

 そのプレイヤーは、思い出したようにそう言った。

 

「それにしてもあいつのあの武器、要求STRがかなり高いんじゃないか?

あいつって事あるごとに、AGI型最強論を吹聴して回ってるじゃないかよ、

って事は本人ももちろんそうなんだろ?それでよくSTRが足りたよな」

「ああん?お前知らなかったのか?あいつはSTR型だぞ。

AGI型は弱くはないが、戦法がほぼランガンに限定される上に、

強い武器や防具を使えないって欠点があるからな」

「え、まじかよ……じゃああいつは何であんな事を?」

「それがよ、あの野郎、自分がBoBで有利に戦えるように、普段はAGI型のフリをして、

中堅プレイヤーの集まる所でわざとそれをアピールして、

他人を出来るだけAGI型に転向させようとしてるらしいんだよ」

「そういう事かよ……相変わらずあいつは姑息だな」

「まあ実際腕はあるんだけどな」

 

 その会話を聞いたシュピーゲルは、自分の視界が真っ赤になるのを感じた。

 

「まさかそんな……それじゃあ僕のこのキャラは……」

 

 シュピーゲルがそう呟いたのと同時に、再びそのプレイヤーの声が聞こえてきた。

 

「でも騙された奴は本当にかわいそうだよな、

このゲームって、ステータスの振りなおしは出来ないだろ?」

「そうなんだよな、確かにかわいそうだが、噂を安易に信じちゃいけないって事だよな」

 

(そう、もう育て直す事は出来ない……このままいくしかない……

畜生、ゼクシードの奴、殺してやりたい……)

 

 そしてシュピーゲルは、怒りに顔を赤くしたままログアウトした。

 

「でもお前、よくそんな話知ってたな」

「ああ、この前二人組のプレイヤーがそう話してるのを聞いたんだよ。

一人は何か不気味な感じで、マスクとマントを付けてたな。

最初はガセだろうと思ってたんだが、あの武器と防具の必要STRを計算したら、

やっぱりそれって事実なんだよな」

「噂を安易に信じちゃいけないが、今回の話には根拠があるって事だな」

「実際ゼクシードがそれっぽい事を言ってるのを聞いたって奴もいるみたいだからなぁ」

 

 

 

 その日の夜、昌一は、恭二が部屋で騒いでいる事に気が付き、

恭二の部屋のドアを少し開け、そっと中の様子を窺った。

 

「くそっ、ゼクシードの奴、絶対に許さないぞ……くそっ、くそおおお!」

 

 その声を聞いた昌一はドアを閉め、満足そうに呟いた。

 

「よし、無事に恭二の耳に入ったようだし、噂を広めるのはこのくらいでいいだろう。

まあノワールが実際ゼクシードって奴らから盗み聞きした話だから、事実なんだけどな」

 

 恭二は自分が深い沼の中に、一歩、また一歩と足を踏み入れている事に、

まだ気が付いてはいなかった。



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第297話 第二回BoB~本戦に向けて

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


「よぉ、本戦進出おめでとさん」

「シャナ!皆も!」

「ちらっと見たが、最後はまさかお互いの頭を撃ち抜くとはな」

「あれはお互いに宣戦布告のつもりだったんだけど、駄目だったかな?」

「いや、別にいいだろ、あの決勝に意味なんか無いしな」

「良かったぁ」

 

 そこにロザリアも合流し、七人は祝勝会という名目で、

以前訪れた事のある高級店へと足を運んだ。

そこには珍しくゼクシード達がおり、その羽振りの良さを感じさせた。

 

「おう、これはこれはBoBに出場していないシャナさんじゃありませんか、

どうだ、ついに俺もこの店を普通に利用出来るまで成り上がったぜ!」

 

 いきなりそんな事を言い出したゼクシードの後ろでは、

ユッコとハルカがペコペコと一行に頭を下げていた。

さすがの二人も、わざわざシャナ達に突っかかる意味をまったく見出せなかったようで、

以前とは違って二人からは、GGO内の力関係への慣れが感じられた。

そしてシャナは、意外にも穏やかな笑顔でゼクシードに言った。

 

「おう、ゼクシードか、さすが熟練のいい戦いっぷりだったな、その調子で明日も頑張れよ」

「え?あっ……お、おう……」

 

 ゼクシードも、さすがにその場の雰囲気を読んだのか、そう言って素直に引き下がった。

ちなみにそのまま挑発を続けていたら、店員NPCに、

店に相応しくないからとつまみ出されて永久出入り禁止にされていた所である。

周囲にいた他の客達は、実はそうなるのを期待していたのだろう、

とても残念そうな顔をすると、自分達の会話に戻り、その場は再び穏やかな空気に包まれた。

 

「それで、二人の調子はどうなんだ?」

 

 席に着き、注文を終えた後、シャナがシノンとピトフーイにそう尋ねた。

 

「最高!」

「絶好調!」

「そうか、それなら優勝も狙えるかもしれないな。

まあどんなに強い奴でも、一瞬の隙を突かれてあっさり負ける事もあるから、

とにかく二人とも油断しないようにな、特にピトな」

「え~?私だけ?」

「お前の戦闘を見たが、言葉遣いも態度も別人じゃねーかよ、

お前、明らかに俺がいない時は、テンションがおかしいだろ」

 

 それを聞いたピトフーイは、ぽっと顔を赤らめながら言った。

 

「やだ、シャナに私のかわいい所を沢山見られちゃった」

「まったくかわいいとは思わなかったんだが……」

 

 シャナは呆れたようにそう言ったが、ピトフーイはやんやんと顔を隠し、もじもじした。

その時ゼクシード達が、食事を終えたのか、店から出ていこうとした。

ゼクシードはシャナ達のテーブルの横を通る時、ちらりとニャンゴローの方を見た。

その後もゼクシードは、未練がましそうに、

店を出るまで何度もニャンゴローの方をチラチラ見ながら去っていった。

ちなみにその視線がニャンゴローの胸のあたりに集中していたのは、多分気のせいである。

 

「先生、随分ゼクシードに気に入られたみたいだな」

「何だシャナ、妬いているのか?」

「今の俺の言葉のどこにそんな要素があったんですかね」

「まあ気に入られたのは、主に私の胸だろうがな」

「先生、自分で言ってて空しくならないんですか?」

「う、うるさい!ここは私にとっては夢の世界なのだ!

夢の中でくらいいい気になっても良いではないか!」

「まあ先生がそれでいいなら何も文句は無いです……」

 

 そして場が落ち着いた所で、ベンケイがシャナに尋ねた。

 

「ところでお兄ちゃん、今回の本線進出者の中で、誰が要注意だと思う?」

「そうだな……シノンとピト以外だと、さっきの馬鹿と、闇風と銃士Xだな」

「ゼクシードさんと闇風さんは分かるけど、銃士Xさんも?その心は?」

「あいつらは、第一回BoBの本戦出場者だからな」

「……それだけ?何か当たり前すぎてお兄ちゃんらしくない」

「まあこれは、出場した奴にしか分からない事だからな」

 

 その言葉に、ニャンゴローとロザリア以外の四人はきょとんとした。

唯一その二人だけが、GGOの実戦経験が皆無なせいで、

物事を客観的に見れるせいか、その言葉の意味に気付いたようだ。

 

「もちろん私には分かるぞ」

「私もそれ、分かるかも」

「おう、さすが先生だな、あとロザリアもか、その心は?」

「あいつらは全員、サトライザーって奴を自分の目で見ているのだろう?」

「つまりその三人は、サトライザーと対峙しても心が折れなかった」

「まあそういう事だ、心が強いんだろうな、そういう奴は強いぞ」

 

 その言葉に残りの四人も、完全に理解したとは言い難いが、何となく納得した。

 

「なるほど……あれ、って事はお兄ちゃんとも対峙したゼクシードさんって」

「正直あいつの心の強さは異次元の領域だからな、人外と言っても過言じゃない」

「それ、絶対褒めてないよね……」

「まあ俺は別にあいつの事が嫌いじゃないからな、うざくて面倒臭いだけだ」

「それ、確実に嫌ってるよね?」

「気のせいだ」

「いやいや、絶対嫌ってるよね?」

「………………………………………………………………………………ちょっとな」

 

 シャナは、長い沈黙の末に、そうぼそっと言った。

そして明日に備え、シノンとピトフーイの二人は早めに落ちる事となり、

その日の集まりはそこで解散となった。

 

「それじゃあ二人とも、明日はちゃんと見てるから、頑張れよ」

「うん!」

「銃士Xの方ばかり見てるんじゃないわよ」

「何故そこでその名前が出る……知り合いどころか会話すら交わした事も無えよ」

「だってあの子、さっき控室で見掛けたけど、かわいいじゃない」

「そうか?何となくしか見てないが」

「第一回BoBに出てたって覚えてたじゃない」

「それを言ったのはお前なんだが……そもそもそれを聞いてなかったら、

有名人である闇風ならともかく、銃士Xの名前を俺が出す事は無かっただろうな」

「ふふっ、冗談よ、それじゃあまたね」

「まったね~!」

「おう、二人とも、またな」

 

 そして他の者も順にログアウトし、その場には誰もいなくなった。

 

 

 

 自分のベッドの上に全裸で横たわっていたエルザは、ログアウトと同時に、

目の前にあった八幡の抱き枕をぎゅっと抱きしめ、こう呟いた。

 

「むふふふふ、このチャンスは絶対にモノにしないと……

何としてもシノのんよりも上の順位になって、八幡とデートして、それで……

『エルザ、今日はお前の全てを見せてもらうぞ』

『そんな、まだ心の準備が……』

『そんな事を言って、もう体の方は準備出来てるじゃないか』

『あっ、M82は……M82は駄目ええええ!』

『今日はこれで、お前を狙撃してやる!』

『ああっ!マ、マズルフラッシュ!!!!』

おっとまずい、またうちの八幡が汚れちゃう、じゅるっ」

 

 そんな欲望全開の妄想にひたっていたエルザは、慌てて自分のよだれを拭いた。

また、と言う辺り、これはどうやらエルザの日常であるようだ。

 

「あ、そういえば……」

 

 そしてエルザは、思い出したように自分の携帯を取り出し、どこかへ電話を掛け始めた。

 

「ボンジュール?調子はどう?」

「……えっと、ここはフランスじゃなくてアメリカなんですが」

「細かい事は気にしないの、エム。で、どう?ちゃんと的に当てられるようになった?」

「そうですね、初日の成果は中々でした。こっちはまだ早朝なんで、

もう少ししたらまた練習に行ってきますよ」

 

 エルザの電話の相手はエムだった。

エムは、エルザがBoBに出場する二日間のスケジュールの空きを生かして、

八幡に指示された通り、実際に銃を撃つ為にアメリカに渡っていたのだった。

どうやらその口ぶりだと、バレットサークル無しでの射撃に手応えを感じているようだ。

 

「そんなあなたにいい知らせよ、ついにシャナの許可がおりたわ、

帰ってきたら、シャナの拠点に顔を出しなさい」

「う……」

「う?」

「うおおおお、すごく嬉しいです、ありがとうございます!」

「そ、そう……」

 

 エルザは、そのエムの食いつきに少し気圧された。

エルザの独立話のせいで、少し前まで仕事が忙しかった為、

中々GGOに顔を出せなかったエムは、

どうやら空き時間にシャナの動画を色々見ていたらしく、

今ではすっかりシャナ信者になっていたのだった。

もっとも彼にとって一番大事な存在は、エルザだというのは不動なのだったが。

 

「それじゃあ張り切って練習に行ってきますね」

「そういえば私、BoBの本戦に残ったわよ」

「おおっ、おめでとうございます」

「ありがと、それじゃまたね、エム」

「はい」

 

 

 

 一方詩乃は、ログアウトした後すぐにシャワールームへと向かった。

 

「ふう、今日はかなり緊張したなぁ、でもいい結果が残せて良かった」

 

 詩乃はそう呟きながら、健康的に汗を流した。

同じ全裸でも、どこぞの変態とは大違いである。

そしてシャワーを浴び終えた詩乃は、部屋に戻るなりはちまんくんに話し掛けた。

 

「はちまんくん」

『何だ?……ってお前な、先に服を着ろ』

「あっ、ご、ごめん」

 

 はちまんくんが、慌てて顔を背けながらそう言うのを見て、

詩乃は少し恥ずかしくなったのか、はちまんくんにそう謝った。

 

『まあここはお前の家だから別にいいんだけどな、で、何か話があるんじゃなかったのか?』

「あ、うん、はちまんくんは、GGOって知ってる?」

『もちろん知ってるぞ』

「じゃあ、BoBって大会の事は?」

『俺が活躍した大会の事だな。ちっ、サトライザーの奴、次は絶対に倒してやる』

「ぷっ……」

『何だよ……』

 

 詩乃がいきなり噴き出した為、はちまんくんはじろりと詩乃を見ながらそう言った。

 

「ううん、何か本物も同じような事を言ってたなって思って」

『まあ俺は知識として知っているだけだがな』

「で、今日その第二回大会の予選があったんだけど、私、無事に本戦への出場を決めたの」

『おっ、そうか、それはおめでとう』

「ありがとう、はちまんくん!」

 

 詩乃はとても嬉しそうにそう言った。

 

『ところで俺は出場したのか?』

「俺?ああ、八幡は今回は出なかったの」

『そうなのか、って事は、サトライザーは結局姿を見せなかったんだな』

「まあそういう事。明日が本番だから、頑張るね、はちまんくん」

『ああ、直接回線を繋いで見ながら応援してやるから、頑張れよ』

「そんな事が出来るんだ……うん、応援しててね」

『おう』

 

 こうして詩乃とエルザ、二人の夜は更けていった。

明日はついに、第二回BoBの本戦である。




本戦は、さらっといく予定です。あくまで第三回へのステップですので!


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第298話 第二回BoB~最後の五人

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


そしてついに決戦の日が訪れた。シノンやピトフーイだけではなく、

シャナにとっても、ラフコフのメンバーに関する手掛かりを見つけられるかどうかという、

いわゆる勝負の日であった。

 

「よし、行くぞ」

「負けないわよ、ピト」

「むふふふふ、マズルフラッシュ!」

「何よそれ……」

「あっ、ごめん、何でもない!」

「その顔を見れば何となく想像出来るけど、とりあえずそのよだれは拭いた方がいいわよ」

「おっと、つい溢れ出るリビドーが、私の口から滴り落ちてたかあ」

 

 その言葉を聞いたシノンは、ぷるぷる震えながらピトフーイに言った。

 

「あんたね、これから本戦だってのに、エロい事ばっかり考えてるんじゃないわよ!」

「別に賭けに勝った後に私がシャナに何をどうされようと、シャナの勝手じゃない!」

「お前ら、そういう訳の分からない話に俺を巻き込むな……」

 

 シャナは渋い顔で、二人にそう言った。

それに影響を受けたのか、突然シズカがシャナにこう言ってきた。

 

「シャナ、ピトに一体どんなえっちな事をするつもり?

そういう事は私に……う、ううん、何でもない!」

 

 シズカが最後の方で口ごもり、顔を赤くした為、シャナは苦笑しながらこう言った。

 

「シズまで悪乗りするな、当然俺は何もするつもりは無い。

っていうか、恥ずかしいならネタに乗るのはやめておこうな」

「お兄ちゃん、私をもうおばさんにするつもり?」

「あ~ケイ、去年結婚したいとこ夫婦にこの前子供が生まれたから、

お前はもうとっくにおばさんだからな」

「ああっ、そう言えばお母さんがこの前言ってた!」

「まあうちは親戚関係とは疎遠だから、会う事も無いだろうがな」

 

 ロザリアは特に突っ込む気は無いようで、そんな一同の姿を生暖かく見つめていた。

ちなみにイコマは、先ほどニャンゴローとの顔合わせを済ませた後、

そのままいつもの通り、工房に篭っていた。

どうやら何かを一生懸命作っているらしく、試合はそのまま拠点で見るようだ。

そして最後にニャンゴローが、満を持してシャナの前に出てこう言った。

 

「そんな欲望に塗れた目で、私の胸を見るのはやめろ!」

「先生、意味が分かりません。っていうかGGOに来てから確実に性格変わってますよね?」

 

 シャナはそう言ってため息をついた後に、全員に号令をかけた。

 

「ああ、もういいからお前らさっさと行くぞ」

 

 そしてその言葉に従い、一行はMMOトゥデイのスタッフとの集合予定地点へと向かった。

途中でシノンとピトフーイが本戦出場者の集合場所へと向かう為に分かれ、

残りの者は、シンカーが確保したレンタルスペースへと向かった。

 

「シャナさん、お待ちしてました」

「今日はお世話になります、シンカーさん、ユリエールさん」

 

 そのシャナの言葉と共に、一同は二人に頭を下げた。

そしてユリエールが、ハッとした顔でシャナに言った。

 

「あ、そういえばこの前報告するのを忘れてましたが、私達、結婚したんです」

「おお、そうなんですか、それはおめでとうございます!」

「お二人とも、おめでとう!」

「これもお二人のおかげです、本当にありがとうございます。

お二人がいなかったら、私は間違いなく黒鉄宮で死んでいましたからね」

「あの時は間に合って本当に良かったですよ」

 

 その時スタッフの一人がシンカーに駆け寄ってこう言った。

 

「シンカーさん、開始十分前です」

「あ、そろそろ時間ですね、皆さんはこれを」

「これは?」

「今後GGO内でうちのスタッフが使う制服です。

今後は取材の時はこれを着て、出来るだけ多くの人に認知されるようにしたいと思ってます。

そうすれば、戦場で中立の存在として、取材等も出来るようになるかもしれませんしね」

「なるほど、それは早く認知度を上げたい所ですね」

「はい、今回の事がいいキッカケになりました」

 

 そして一同は、その制服に着替え、それぞれの担当する場所へと向かう事となった。

事前の取り決めでは、シャナが中央、シズカが北、ベンケイが南、

ニャンゴローが西、ロザリアが東と決められていた。

シャナ以外の者は、あくまでも一般人の目から見て怪しい人物かどうかくらいしか、

判断する事が出来なかったが、それでも後日映像と照らし合わせる事によって、

シャナが白黒を判断する材料くらいにはなるだろう。

 

「それじゃあ皆、何かおかしいなと思ったらしっかり覚えておいてくれ。

各自シノンとピトの応援も宜しくな」

「うん」

「あの二人、どっちが勝ちますかねぇ」

「引き分けだと俺が助かるんだがな……」

「戦々恐々としておるな、シャナ」

「まあいいか、それじゃあまた後でな」

 

 そして一同はそれぞれの目的地へと散っていき、ついに第二回BoBの本戦が開始された。

BoBでは、一定時間ごとにサテライトスキャンという物が行われ、

それによって誰がどこにいるか表示される事になっていた為、

通常だと最初のスキャンまでは、身を潜めて待機しておくのがセオリーなのだが、

そんなセオリーはまったく気にしない者も、たまに存在する。

果たして今回も、いきなりその波乱は起こった。

 

「いきなりゼクシードと闇風が激突したぞ!」

「ゼクシードの野郎、ついてやがるな、闇風に見事に奇襲を決めやがった」

 

 そんな観客の声が聞こえ、シャナはチラリとモニターを見た。

 

(そういえば前回も、いきなり動き出したサトライザーと同じように、

あいつも最初のスキャン前に俺の前に姿を現したんだったな、

今思えばあの時も、あいつはいきなり行動してたんだろうな)

 

 前回はそれが裏目に出て、最初の退場者となったゼクシードだったが、

今回はその行動が良い方向に働いたようだ。

さすがは闇風、きっちり致命傷は避けたようだったが、

先手をとられ、足に被弾したのか、その動きはやや精彩を欠いており、

戦いは終始一貫してゼクシードに有利に進められているようだった。

 

「手数は闇風の方が多いが、ゼクシードは装備でかなり攻撃を防いでいるみたいだな」

「攻撃の命中率も、ゼクシードが圧倒してるな……武器の性能のせいもあるんだろうが」

「というかあいつは射撃自体はそこまで上手くないから、ほとんど全て武器のおかげだな」

「ちっ、これはどうやらゼクシードの勝ちだな」

 

 その言葉通り、終始闇風はいい所を見せられず、途中から逃げの一手に徹した為、

辛うじて死亡はしなかったものの、大ダメージを負い、

ある程度回復するまで、しばらく身を隠さなくてはならなくなった。

ゼクシードも少なくないダメージを負ったのか、さすがに一旦行動をやめる事にしたようだ。

そしてその直後に、最初のスキャンが行われた。

 

「ここから試合がガンガン動きそうだな」

 

 誰かがそう言い、その言葉通り、他のプレイヤー達も一斉に動き出した。

どうやらシノンとピトフーイは離れた場所からスタートしたらしく、

たまに写る二人の姿の後ろに見える風景は、まったく違った地形が表示されていた。

ピトフーイはどうやら近くにいるプレイヤーの所に素直に向かったらしく、

シノンは近くにあった狙撃に有利な高台を目指しているようだった。

そしてカメラが切り替わり、銃士Xが中距離からの狙撃で誰かを倒した場面が映し出された。

 

(あれが銃士Xか、この前シノンが言っていた通り、

確かに勇猛って感じの見た目じゃないな、どちらかというとシノンに雰囲気が近いか)

 

 シャナは初めてまともに見た銃士Xの見た目をそう評した。

 

(戦闘の進め方はセオリー通り、相手よりいい場所をキープして、

確実にダメージを積み重ねているだけだが、さすがに落ち着いてるな)

 

 銃士Xは、その後も堅実に敵を葬り去っていた。

さすがは前回の本戦出場者といった所なのだろう。

 

「おい見ろ、獅子王リッチーが!」

「あ~っ、弾切れかよ、あいつ本当にそういう計算が出来ないよな」

「相手はあのピトフーイか、それじゃあまあ仕方ないか」

 

(おっ、ピトの奴、うまくやったみたいだな、だがあれは……

あいつめ、実は二重人格なんじゃないだろうな)

 

 この戦いは、ピトフーイの完勝だった。移動しながら最小限の攻撃を行ったピトフーイに、

獅子王リッチーは何倍もの攻撃を返したのだが、その攻撃は雑であり、

周囲が見晴らしの悪い森林だった事もあり、より過剰に当てずっぽうで攻撃をしたせいか、

獅子王リッチーは直ぐに弾切れを起こしたようだ。

そしてその事を確認したピトフーイは、一気に獅子王リッチーに肉薄すると、

高笑いしながら、諦めたような顔で抵抗をやめた獅子王リッチーの頭に向けて銃弾を発射した。

 

「うん、まあいつものあいつだよな」

「ああ、ピトフーイだから仕方ないよな」

 

(あいつ、やっぱり他の奴からはそう思われてるのか……まああんな態度じゃ無理も無いな)

 

 シャナは苦笑し、一旦ぐるりと酒場の中を回る事にした。

この中央酒場はかなりの規模を誇っており、一箇所に留まっているだけでは、

全体を把握する事は困難な造りになっていた。

シャナはここを担当しているシンカーに声を掛け、一緒に酒場内を回ってもらう事にした。

シンカーが持つカメラを見て、何をしているのかと、

たまに疑問に思って話し掛けてくるプレイヤーもいたが、

シンカーがMMOトゥデイの名前を出すと、そういったプレイヤーは納得して引き下がった。

 

「さすがにMMOトゥデイの知名度は凄いですね、シンカーさん」

「いやぁ、二年以上もブランクがあったのに、嬉しい限りですよ」

 

 二人はそんな会話を交わしながら、酒場内をチェックしたが、

特に怪しい挙動を見せる者も、おかしな気配をした者も発見出来なかった。

それもそのはずである。現時点ではBoBにまったく興味の無かった昌一と敦はこの日、

毒物を入手する為、昌一と恭二の父が院長を務める病院へと足を運んでいたのだ。

そして二人は、首尾よく目的を達成する事に成功していた。

 

「案外ちょろかったな」

「これでまた計画が一歩進んだ」

「そういえば今日は、例の大会の日じゃなかったか?」

「録画でも見ればいい、住所を入手出来た奴は結局全員殺すからな」

「楽しくなってきたな、相棒」

「ああ」

 

 現時点で本戦の生き残りは十一人まで減っていた。

ダインは薄塩たらこに倒され、その薄塩たらこはシノンによって狙撃されていた。

 

(ダインはさすがにたらこには勝てなかったか、

まああの二人は、どちらかというと個人戦より集団戦の方が得意だからな)

 

 そして時間の経過と共に、どんどんプレイヤーは減っていき、

ついに残るのは、ゼクシード、闇風、ピトフーイ、シノン、銃士Xの五人となっていた。

ゼクシードは一応他のプレイヤーを狙って動き回っていたが、

運が味方しているのか、逆に不運なのか、狙っていた者が他のプレイヤーに倒されたり、

既に移動していたりして、あれから誰とも接触してはいなかった。

闇風は、完全に逃げに徹していたのが幸いしたのだろう。

そして何度目かのスキャンが行われ、残りが五人だという事が分かったシノンは、

さすがにここで待つのも限界だろうと思い、移動を開始した。

 

「そろそろピトフーイと決着をつけるべきかしらね……」

 

 そう呟いたシノンは、慎重に周囲を警戒しながら、ピトフーイのいる方へと向かった。

一方ピトフーイも、シノンのいる方へと向かっていた。

 

「さすがにここまで減っちゃうと、もう行くっきゃないよね」

 

 そして銃士Xも、当然神であるシャナの仲間として、

シノンとピトフーイの名前は知っていたので、興味を引かれたのか、そちらに向かっていた。

そして次のスキャンの時間が訪れた為、三人は近くにあった茂みに身を隠し、

次のスキャンに備える事にした。そして時間になり、スキャン結果を見た三人は驚愕した。

 

「スキャン結果が二人しか表示されてない?いや、まさかこれ……」

 

 三人は同じような事を考え、画面を拡大した。

 

「違う、すぐ近くに四人が集まっているんだ!」

 

 少し離れた所にいたのは闇風だった。という事はつまり……

そしてシノンとピトフーイと銃士Xの三人は、同じように近くにある広場をそっと覗き込み、

同じように広場を覗き込んだ、他の『三人』のプレイヤーと目が合った。

 

「くっ、てめえら……」

「ピト!」

「シノノン!」

「神に見てもらう為にも、全員ここで倒す」

 

 こうして、シノンとピトフーイと銃士Xとゼクシードの、

四つ巴の戦いの火蓋が切って落とされたのだった。



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第299話 第二回BoB~急展開、そして大会の終わり

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


 四人の位置関係は、北にピトフーイ、東にシノン、西に銃士X、

そして南にゼクシードとなっていた。ちなみに闇風は、遥か西の彼方にいた。

この遭遇戦に一番焦ったのはシノンだった。ヘカートIIは、一対一の近接戦ならともかく、

こうした複数での遭遇戦には向いていない。

悠長に次の弾を込めている時間等、まったく無いからだ。

幸い腰にはサブウェポンとしてグロックを装備していた為、戦闘自体には不安は無い。

そしてBoBでは例え武器を落とそうが何をしようが、装備をロストする心配は無い為、

シノンは即座にヘカートIIを、誰か一人を落とす為に使い捨てにする事を決め、

誰に使うか慎重にその機会待とうと決めた。

そしてシノンは、ヘカートIIを構えたままで待ちの体制に入った。

当然その事は他の三人にも分かっていた、自明の理だからだ。

だからといって、最初にシノンを攻撃するのはリスクが高すぎる。

近距離だとほぼ攻撃が必中になるのは、バレットサークルの仕様上、

誰にとっても同じなのだったが、問題はその威力だった。

ヘカートIIクラスの攻撃をくらったら、その時点でほぼ死亡が確定してしまう。

つまりシノンに攻撃しようとそちらに向かうと死亡確率は跳ね上がり、

尚且つシノン以外の三人でやりあったとしても、最初にシノンに隙を見せた者が、

一番に死亡する事になるのはほぼ確定なのだ。

これが闇風クラスの速度を誇る者だったら、回避に活路を見出す事も出来たかもしれないが、

ここにいる四人は全員STRタイプなのである。

その事が、四人の間に不気味な硬直状態を演出する事となった。

その状態に真っ先に我慢出来なくなったのは、当然ピトフーイだった。

だがピトフーイも馬鹿では無い為、真っ先に動く事のリスクを理解しており、

とりあえず舌戦を選択する事にしたようだ。当然対象はゼクシードである。

 

「ゼクシード、あんたこの中じゃ唯一の男のくせに、随分チキンなんだね」

「ふざけんなよ、こんなの最初に動いた奴の死亡がほぼ確定じゃねえかよ」

「所詮あんたは口だけって事ね、もしここにシャナがいたら、

嬉々として一人ずつ短剣で倒していったでしょうね、あのサトライザーみたいに。

同じ男として情けないとは思わないの?」

 

 丁度その時ピトフーイの姿が中継されていた為、

口の動きで何を言っているか読んだシャナは、ぽつりと呟いた。

 

「おうおう煽るねぇ、まあしかし、さすがのゼクシードも今は動かないだろうな」

 

 そのシャナの推測通り、ゼクシードはまるで別人かと思われるような忍耐力を発揮し、

ピトフーイの挑発にまったく反応しようとはしなかった。

 

「けっ、その手に乗るかよ」

 

 だがピトフーイはやはりピトフーイである。相手の嫌がる事がよく分かっているようだ。

 

「馬鹿のゼクシードが賢いフリをしても、馬鹿は馬鹿だと思うけどなぁ。

あんたシャナに何回負けてるの?」

「何とでも言え、俺の為に頑張ってくれたユッコとハルカの為にも、

俺はそんな挑発に安易に乗る訳にはいかん」

 

 ゼクシードは、意外な男気を発揮し、内心は煮えくり返ってきたのだが、

表面上は平静を保つ事に何とか成功していた。

ピトフーイは、どうやらこれは無理そうだと考え、次の標的を銃士Xに変えた。

 

「……………………………………」

 

(駄目だ、どんな人か分からないから何も思いつかない……)

 

 それでもピトフーイは、何か言う事は無いかと考えたあげく、

銃士Xが、第一回BoBの本戦に出場していた事を思い出した。

 

「あんた、そこのゼクシードと同じく、前回の大会でも本戦に出場したんだよね?

ゼクシードはシャナに真っ二つにされたけど、

あんたはサトライザーに、どうやって倒されたの?」

「一秒で首を刎ねられたけど、それが何か?」

「……えっ、そうなの?」

 

 ピトフーイはそこまでとは思っていなかった為、思わずそう聞き返した。

他の二人もその思わぬ言葉に一瞬集中を欠いた。

その瞬間に銃士Xは、タイミングを狙いすましたかのように突然伏せ、

一番危険度が高いシノンにその銃口を向けた。

 

「やばっ」

 

 シノンは慌てて銃士Xに狙いを定めようとしたが、

集中を乱したのが災いしてか、一瞬対応が遅れた。

同じく遅ればせながら、銃士Xの目標から外れた事に気付いたピトフーイとゼクシードは、

咄嗟に残る相手……ゼクシードはピトフーイを、ピトフーイはゼクシードを狙った。

次の瞬間、突然西から爆発音のような音が聞こえ、二人は何事かとそちらを見た。

方向から見て、おそらく銃士Xがトラップか何かを仕掛けていたのだろう。

銃士Xはハッとした顔をすると、シノンを狙うのをやめ、横に転がって仰向けになると、

先ほどまで自分が背を向けていた方向……足元の方に銃を向け、いきなり発砲し、

直後にシノンも銃士Xに向け、ヘカートIIのトリガーを引いた。

 

「なっ……何だぁ?」

「まさか……闇風?」

 

 ゼクシードが驚いたようにそう言い、ピトフーイがそう呟いた。

 

「闇風はかなり遠くにいたはず……

という事は、スキャン直後からずっとこっちに全力で走ってたの?」

 

 そのシノンの言葉通り闇風は、残りの四人が固まっている事が分かった瞬間、

まだ体力は六割ほどまでしか回復していなかったが、

このチャンスを逃す訳にはいかないと、そちらに向けて全力で走り出したのだった。

だが闇風は道を急ぐあまり、トラップが存在する可能性を失念していた。

事実銃士Xはブービートラップを仕掛けており、闇風はその一つに引っかかったのだが、

幸い全速力で走っていたせいか、爆発は遥か後方で起こり、闇風は命拾いする事が出来た。

そして直後に正面に、こちらに銃口を向けている銃士Xを発見した闇風は、

咄嗟に右に飛び、そのまま銃士Xへ向けて発砲した。

直後に発砲音が聞こえ、闇風の左を銃弾が通過していった。

それと同時に、闇風の放った銃弾が銃士Xの体に吸い込まれ、

銃士Xはそのまま死体となった。

銃士Xにとっては、動きづらい体制をとっていたのが災いしたようだ。

だが不運なのは闇風も一緒だった。直後にボッという音と共に、闇風の胸に大穴が開いた。

 

「なっ……」

 

 闇風はそう呟き、同じくその場で死体となった。闇風の胸を貫いたのは、

シノンの放った銃弾だった。シノンは銃士Xに発砲こそしたものの、少し焦っていたせいか、

バレットサークルがやや大きい円を描いていた瞬間にトリガーを引いてしまい、

その銃弾はわずかに左に反れており、丁度そちらに回避していた闇風に直撃したのだった。

そして残りの二人、ピトフーイとゼクシードは、あまりの展開の早さに呆然としていたが、

先に立ち直ったのはピトフーイだった。

ピトフーイは、シノンがヘカートIIを使ったのを確認すると、

サブウェポンを使うのには若干タイムラグが出ると考え、

予定通りそのままゼクシード目掛けて発砲した。

 

「くそっ、遅れた!」

 

 そのピトフーイの銃撃は、微妙に左に逸れ、ゼクシードの右肩を貫いた。

致命傷にこそならなかったが、ゼクシードはその衝撃で右手の銃を取り落とし、

焦ったゼクシードは、残る左手で腰に付けていたバッグの中をまさぐりはじめた。

その瞬間にシノンの放った銃弾が、今度はゼクシードの左肩に命中し、

ゼクシードの左手から玉のような物がこぼれ出て草むらに転がり落ち、

後方の地形がたまたま少し傾斜していたせいで、

ゼクシードは坂道を転げ落ちるように、そのまま数メートル後方へと転がった。

シノンはピトフーイとゼクシードのどちらを狙うべきか迷ったのだが、

ヘカートIIを使えない不利な状態だとしても、

ここまできたらピトフーイとサシで決着をつけるべきだろうと考え、

優先的にゼクシードを狙う事にしたのだった。

 

「くっ、こっちの練習もしておくべきだったかな……

けどまあ外したけどとりあえず結果オーライね、さて、クライマックスよ、ピト」

 

 シノンは最近ヘカートIIの習熟訓練ばかりしていた為、

サブウェポンであるグロックを使うのは久しぶりだった。

その為狙いが再び逸れ、ゼクシードの心臓を狙った弾は、左肩に命中する事となったのだ。

こうしてその場に残ったプレイヤーはシノンとピトフーイだけになり、

二人はお互いの武器を構えたまま向かい合った。

それを画面で見たシャナは、顔色を変えてこう呟いた。

 

「あいつらゼクシードの死亡も確認しないまま何やってんだよ……

それにゼクシードが何を落としたか、気付いてないのか……?」

 

 そんなシャナの焦りも二人には届かず、二人はこれで終わるという高揚感に包まれながら、

お互いに銃を突きつけたまま会話していた。

 

「これで勝った方が、優勝とシャナとのデートの権利を総取りだね」

「分かりやすくていいわね」

 

(ピッ…………ピッ…………ピッ…………)

 

「ところでシノノン、さっきから何か変な音がしない?」

「あ、それ私も思ってた。でも、どこかで聞いた事がある音よね……」

 

(ピッ……ピッ……ピッ……)

 

「そこの草むらから音がしない?」

「そっちってゼクシードがいた方……っていうか、ゼクシードが消えた所、見た?」

 

(ピッピッピッ)

 

「あっ、見てないかも。まさか……まだ生きてる?」

「じゃあこの音は……」

 

 もしゼクシードが死んでいたら、こんな音はしていなかっただろう。

何故ならその瞬間に、そのアイテムは持ち主と共に消滅しているはずだからだ。

そして直後に、そのアイテムは発動した。

 

(ピ~~~~ッ!)

 

 その音と共に、シノンとピトフーイは閃光に包まれた。

そして光が収まった後、二人の姿はその場から消滅しており、

二人がいた位置に、『DEAD』の文字が二つあるばかりだった。

どうやらゼクシードが落としたのは、プラズマグレネードだったらしい。

運の悪い事にゼクシードは、吹き飛ばされる直後にそのスイッチを押していたらしく、

それが今発動し、二人を跡形も無く吹き飛ばしたのだ。

そしてゼクシードは、運良く背後の地形が傾斜していた為に、

その爆発には巻き込まれず、辛うじて命を拾う事となったのだった。

それは一瞬の出来事であり、観客は何が起こったのか完全には理解出来ず、

そのまま中継画面に見入っていた。

そして倒れたままのゼクシードの姿が映し出され、直後にこうアナウンスがあった。

 

『第二回BoBの優勝者は、ゼクシード選手に決定致しました』

 

 そのアナウンスを聞いた瞬間、観客達は、何が起こったのかを理解し、口々にこう言った。

 

「嘘っ、あそこから逆転?」

「あれってプラズマグレネードだろ?」

「お土産グレネードとか、第一回北米大会と一緒かよ……」

「いや、あれは棚ボタグレネードだろ!」

「ゼクシードの奴、運だけで優勝しやがった……」

「これでまたあいつが調子に乗るのか……シャナ、次の大会では頼むぜまじで!」

 

 そしてユッコとハルカは、この結果に微妙さを感じながらも、

戻ってきたゼクシードを出迎え、三人は一応喜び合っていた。

 

「ユッコ、ハルカ、正直俺も微妙な気分なんだが、とりあえず優勝したわ……」

「えっと……ま、まあ結果オーライですよ」

「そうそう、何て言ったらいいか私も分からないけど、

結果的に優勝したんだから何も問題ないですよ」

「そ、そうだよな、別にルール違反とかじゃないんだし、俺の優勝は間違いないんだしな。

よし、ここは素直に喜ぼう!」

「ですね!」

「おめでとうございます!」

 

 最初はゼクシードもこんな感じだったが、時間が経つにつれ、

彼はどんどん調子に乗っていく事となる。さすがはゼクシードと言うべきであろう。

そしてそして、やらかしてしまったシノンとピトフーイは、

控室に駆けつけた仲間達に正座させられ、大説教を受けている最中であった。

 

「お前らは馬鹿か!途中までは良かったのに、何であそこで油断したのだ!」

「先生の言う通りだ、俺から特に何も言う事は無い。

まあ同率二位は立派だが、どっちが勝った訳でも無いし、

内容も微妙だから、デートの件はもちろん無しだ」

「さすがの私もあれは庇えないよ……ごめんね二人とも」

「ま、まあお疲れ様でした!お二人とも!」

「無様ね」

「「ごめんなさい……」」

 

 こうして第二回BoBは、誰もが納得しない結果で幕を閉じる事となった。



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第300話 戦いの足音

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


「ところでシャナ、最近お前に関しての、おかしな噂が流れているのを知っているか?」

「ん、どんな噂だ?先生」

 

 衝撃の結果に終わった第二回BoBから数日後、

おそらく空振りだろうとはいえ、一応不審な行動をとっていた者と、

以前総督府で集めた画像の照合作業をしていたニャンゴローが、突然シャナにそう言った。

 

「『シャナの取り巻きの中の誰かは、シャナに弱みを握られて従わされている』

だそうだ。まあお前は確かに他人に嫉妬されるような環境にいるからな、

そういう声が上がるのも仕方あるまい」

「相手を特定せず、誰かってぼかしている所が嫌らしいな」

「そうだな、確かにその表現だと、こうやって今私が作業をしている風景も、

見方によってはそうとられてしまうやもしれんしな」

「最初からそういう目で見ている奴にとっては、何でも疑わしく見えちまうってか」

「そういう事だな、相手の狙いもそれだろう」

「ふ~ん、まあ別にどうでもいいな、俺は自分の目的さえ達成出来ればそれでいいしな」

 

 シャナは、この事態を大したものだとは考えていなかった。

この類の噂が立つのは、ALOでも日常茶飯事だったからだ。

ALOでのその類の噂は主に、男専用ボス攻略ギルド連合、通称・男気連から流されていた。

男気連は、『独身貴族』『桜男組』『リバーローズ』という、

三つのギルドが連合して出来た巨大な組織であり、その構成員は百名を超える。

ちなみにリバーローズとは、川の薔薇ではなく、Re:バーローズが正式な名前らしく、

どうやら某漫画の主人公の口癖に由来する名前だそうで、

『見た目は大人、中身は子供』という意味なのだそうだ。

それはさておき、徐々に集まりつつあった他の仲間達も、

拠点に入ってくるなり同じような事を言った。

 

「私達の中に、シャナに弱みを握られている人がいるんだってよ?」

「シャナ、何かおかしな噂が立ってるみたいよ」

「お兄ちゃん、変な噂が!」

「どうやら変な噂を流している者がいるみたいですね」

「シャナさん、さっき小耳に挟んだんですけど」

 

 シズカ、シノン、ベンケイ、ロザリア、更にイコマまでもがそう言い出し、

シャナはどこから流れ出した噂なのか、一応調べた方がいいだろうかと考え始めた。

そして最後にピトフーイが現れ、シャナに何か言おうとした。

 

「シャナ、あのね!」

「おかしな噂の話ならもう聞いたぞ」

 

 シャナは先回りしてそう言ったのだが、ピトフーイはその言葉にきょとんとした。

 

「噂?何それ?」

「おっとすまん、お前の口ぶりから、俺に何か言いたい事があるようだったから、

てっきりその話かと思ってな」

「へぇ~、噂ってどんな?」

「この中に、俺に弱みを握られて無理やり言う事を聞かされている奴がいるそうだ」

 

 それを聞いた瞬間にピトフーイは、少し呼吸を荒くしながらこう言った。

 

「ちょっと何よそれ、凄く羨ましい」

「お前は相変わらずだよな……」

 

 シャナはそんなピトフーイを見ながらそう言った。

 

「まあでも、それってある意味私の事じゃない?」

「お前の?」

「だってほら、シャナは私の免許証のコピーを持っている訳で、それって私の弱みだよね?」

「確かにそうかもだが……」

 

 シャナは真面目にその事について考えたのだが、それはありえないという結論に達した。

 

「いや、噂はまた別物だろうな、そもそもその事を知っている奴は、他にはいない」

「まあそれもそうだよね」

 

 ピトフーイは、どうやら何となく言ってみただけのようで、あっさりとそう言った。

そしてシャナの肩をぽんと叩く者がいた、ニャンゴローである。

 

「シャナ、その免許証の話は、また後でじっくりと聞かせてもらおうかしら」

「えっ?あっ……はい……」

 

 ニャンゴローが演技をする事なく、素の口調でそう言った為、

シャナは汗をだらだらたらしながら、そう答える事しか出来なかった。 

 

「で、ピト、シャナへの用件は一体何だったの?」

「あ、そうそう、シャナ、エムを連れてきたよ!」

「おっ、そうか、それじゃあここに来るように伝えてくれ」

「うん、分かった!」

 

 そして少しして、部屋のドアがノックされ、

おずおずと、とてもいいガタイをした男性プレイヤーが中に入ってきた。

 

「は、初めまして、エムです」

「おう、ちゃんと会うのはこれが初めてだな、俺がシャナだ、宜しくな」

「エムさん、宜しくね!」

 

 シャナとシズカがそう言い、他の者も口々に自己紹介した。

そしてエムは、顔を紅潮させながらこう言った。

 

「僕、こういうのは初めてなんで、凄く嬉しいです」

「初めて?何がだ?」

「えっと、こうやって何かの集まりに迎え入れてもらうのが、です」

「ふむ」

 

 シャナはそう言って、ピトフーイとエムの顔を交互に見て、とある事に思い当たった。

 

「ああ、ピトが一緒だったから、どこに行っても厄介者扱いされてばかりだったのか……」

「ちょっとシャナ、ひどいよ!まあ事実だけど!」

「事実なんじゃね~かよ……」

「えへっ」

 

 こうして場も和んだ所で、エムがシャナに、報告があると言い出した。

 

「実は僕は、BoBの次の日には、もうアメリカから日本に戻って、

GGOにログインしてたんですが、今日までここに顔を出せなかったのは、

ちょっと調べる事があったからなんですよ。ここ最近流れている噂の事はご存知ですか?」

「この中に、俺に弱みを握られて無理やり言う事を聞かされている奴がいるって噂だな」

「はい、僕はその噂をその日に聞いて、ここに誘って頂いた御礼と言うか、

手土産の代わりにと思って、その噂の元について調べていたんです」

「そんなに早くから噂が流れていたのか……で、どうだったんだ?」

「それが……」

 

 エムは苦渋に満ちた顔で、続けて言った。

 

「いないんです」

「……何?」

「どれだけ情報を辿っても、それを流しているプレイヤーの姿が見えてこないんです。

辿っていくと、噂がループしているケースすらありました」

「ループ?」

「はい、Aという人物から噂を辿っていくと、

最終的に再びAという人物にいきつくみたいな、そんな感じです」

 

 それを聞いたニャンゴローが、シャナに言った。

 

「シャナ、これは陰謀の匂いがぷんぷんするぞ!

あるいはラフコフの奴らが情報戦を仕掛けてきているのではないか?」

「もしそうだとしても、それで奴らに何か利益があるんですか?」

 

 そのシャナの言葉を聞いたニャンゴローは、シャナを叱った。

 

「それがお前の悪い癖だな、このもやしめ!人は損得だけで動く訳ではない、

人間とは、感情の生き物なのだぞ!」

「……つまり?」

「単にお前の事が嫌いで嫌がらせをしているのかもしれんぞ?」

 

 シャナはそう聞いて、こうぽつりと呟いた。

 

「小学生かよ……」

「ああ、確かにガキかもしれん。だがお前が語った奴らの姿は、

まさにガキそのものだったではないか!」

「確かに……」

「更に忘れてはいけないのが、その嫌がらせは、

何かからお前の目を反らせる為のものかもしれないという事を、考えておかねばならん」

「なるほど、さすがは先生ですね」

「おう、そう思うならさっさと私に酒を貢がんか!」

「そのネタはもういいですから……」

 

 そしてシャナはエムに向き直り、その肩をポンと叩いた。

 

「よく調べてくれたなエム、ありがとな」

「いっ、いえ、仲間としての責務ですから!!」

「良かったねエム」

「はい!」

 

 そしてシャナは、仲間達にこう言った。

 

「だが、この類の陰謀には、これといった対応策が存在しない。

当分は様子見になると思うが、情報収集は欠かさないようにしよう」

 

 噂のたちの悪い部分がここである。一度広がった噂は、

いくら打ち消しても一定数は信じる者が残ってしまう。それは仕方がない事なのである。

だがそれは実際そこまで問題ではない。元々シャナの事が嫌いな者は、

噂を吹き込まれなくとも、似たような事を常に考えているものだからだ。

 

「今分かっているのは噂の部分だけだが、それだけなら正直大して問題は無い。

問題は、他に何かの陰謀が進行している場合だな。

何が起こっても対応出来るように、一度俺達の役割を確認しておくか」

「そうすると、この偉大なる私は参謀だな!」

「はいはい、先生は大参謀ですよ」

「私は情報部員ね」

 

 続けてロザリアがそう言った。

 

「私は特攻隊長かな?」

「シズはまあそんな感じだろうな」

「私は……巡航ミサイル?」

「その表現はどうかと思うが、まあシノンはそうだな」

「私は偵察機ですね!」

「ケイもいい加減軍隊から離れろよ」

「僕はマッドサイエンティストですか?」

「イコマ、お前はそっちに染まらないでくれ!」

「私は宴会担当?」

「お前は変態担当だ」

 

 そして残るエムに仲間達の視線が集中した。エムは少し考えながらシャナにこう言った。

 

「そうすると僕は後方支援担当でしょうね、任せて下さい、そういうのは得意です!」

「頼むぞエム」

 

 こうしてここに、GGOにおけるシャナ陣営の陣容は整った。

ちなみに親衛隊は、最近チーム名を『SHINC』に決めたエヴァ達であろう。

 

 

 

「なぁ、何であんな噂を流したんだ?」

「相手はあいつだ」

 

 その言葉に、敦は肩を竦めながら言った。

 

「お前が無口なのにはもう慣れてるけどよ、もうちょっと頑張って説明しろよ」

「……俺達の計画は順調だ」

「ああ」

「あいつがそれに気付いたら、必ず邪魔しようとする」

「だろうな」

「そうさせない為に、あいつを戦いに巻き込む」

「ほほう?」

「この噂はその第一歩だ」

「なるほど、納得したぜ。で、次はどうする?」

「そうだな……」

 

 

 

 数日後、かなり多くのプレイヤーが、街中の廃ビルに入っていくのをロザリアが発見した。

 

「あれは……何かしら、一応探っておいた方がいいかしらね」

 

 ロザリアはそう考え、その廃ビルへと侵入し、上の階へと慎重に上っていった。

先ほどの者達は、とある部屋に集まり、何事か話しているように見えた。

ロザリアは中の様子を探ろうと、そっと中を覗き込んだ。

 

(あれは……ゼクシード?それに薄塩たらこ、獅子王リッチーまで……

後はギャレットに、ペイルライダー?他にも有名なスコードロンのリーダーが多数……

闇風はいないようだけど、一体何の集まりなのかしらね)

 

 そんなロザリアの耳に、彼女の大切な主の名前が飛び込んできた。

 

「今日集まってもらったのは他でもない、シャナの……」

 

(シャナ?今確かにシャナの名前が……)

 

 ロザリアはシャナの名前が出た事で、何とか話を聞き取ろうとそちらに集中し、

周囲への警戒を怠ってしまっていた。

そんなロザリアの口を、背後から近付いてきた誰かがいきなり塞いだ。

 

(しまった……)

 

 ロザリアは音を立てないように気を付けながら、

何とかそのプレイヤーを振りほどこうとした。

そんなロザリアの耳に、そのプレイヤーはそっと囁いた。

 

「あんたシャナの仲間だろ?大丈夫、俺は敵じゃない。俺は闇風だ」

 

 ロザリアはその言葉を聞き、体の力を抜いた。

 

「いきなり驚かせてすまん、俺もこの集まりに誘われたんだが、

どうもキナ臭いから、とりあえず遅れると伝えていて、

隠れて話を盗み聞きしてから考えようと思って来たんだよ。あんたは?」

 

 そう言って闇風は、ロザリアの口から手を離した。

 

「私も似たようなものよ、たまたまここに沢山のプレイヤーが入っていくのを見掛けたから、

一応偵察しておこうと思って」

「そうか、それじゃあ二人でしばらくこのまま様子を見るとしようぜ」

「分かったわ」

 

 ロザリアは、闇風を信用する事にし、そのまま二人は中の様子を伺った。

そんな二人の耳に飛び込んできたのは、薄塩たらこの怒ったような声だった。

 

「協力してシャナを叩くだって?お前ら正気か?

つまらない事で俺を呼び出すんじゃねえよ、ここで聞いた事はシャナには黙っててやるから、

もう二度とこんな事で俺を呼び出したりしないでくれよ」

 

 他の者達は、ここで薄塩たらこを帰すのはまずいと思ったようだったが、

さすがにGGOの最大スコードロンのリーダーである薄塩たらこに、

正面から文句を言える者はいなかったようだ。

それでいてシャナと敵対しようと言うのだから、この辺りはちぐはぐさを感じさせる。

もちろんこれは、ステルベンとノワールの工作の結果だった。

そして薄塩たらこは部屋を出て、闇風とロザリアとバッタリ遭遇した。

 

「なっ……」

 

 そんな薄塩たらこの口を、闇風がすばやく塞いだ。

薄塩たらこは相手が闇風だと気付くと、先ほどのロザリアと同じように力を抜き、

口を押さえている闇風の腕を、タップするようにトントンと叩いた。

それを受け、闇風は薄塩たらこから手を離した。

 

「闇風に、あんたは……ロザリアだったか、シャナの仲間の」

「ええ」

「あんたは遅れてくると聞いていたんだが」

「どうもな、うさんくさいものを感じたから、先に話を隠れて聞いておこうと思ってな」

「なるほど、俺もそうすれば良かったぜ。それにしてもあいつら、シャナに喧嘩を売るとか、

一体どうしちまったんだろうな……」

「あるいは誰かに焚きつけられたのかもな」

「おかしな噂を流している奴と同一人物かもね」

「あの噂か……有りうるな」

 

 そして中の者達が話し合いを終えそうな雰囲気を見せた為、三人は素早く外に出た。

 

「とりあえず俺は中立だ。だが、いざとなったら俺はシャナに付くと伝えてくれ」

 

 闇風がいち早くそう言った。ロザリアはそんな闇風に頷いた。

 

「俺はどうするかは、仲間と相談して決める事にする。

この前シャナとは敵対したばかりだから、あるいはシャナと戦いたがる奴も出るかもしれん。

その場合は出来るだけ中立でいるように説得するつもりだ。

だがもし参戦が回避出来ないようなら、ギルドとして行動する事はせず、

どっちの味方に付くかは個人の意思に任せて、俺自身はシャナに付く」

 

 薄塩たらこもそう言い、ロザリアは二人に頭を下げ、拠点へと急ぎ向かう事にした。

 

「ありがとうございます、お二人とも」

「何、俺も一度くらいシャナと並んで戦ってみたかったと思っていた所だ」

「お、奇遇だな、俺もだよ」

 

 こうしてステルベン達の思惑通りに事は進み、

シャナ達は、否応なしに戦いへと巻き込まれる事となった。



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第301話 光の矛と絶対の盾

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


 話はその前日に遡る。

 

「ついに完成した……」

 

 GGOのシャナ達の拠点内の工房で、イコマがそう呟いた。

 

「くっ……くくっ……ははっ……あ~っははははは!」

 

 イコマに似合わないその笑い声は、拠点内にしばらく響き続けた。

 

「……どうしたんだイコマ、お前がそんなに笑うなんて珍しいな」

 

 その声を聞きつけたのか、珍しく一人で拠点にいたシャナが、工房に顔を出した。

 

「シャナさん、これを見て下さい」

 

 イコマがシャナに見せたのは、一本の筒だった。

 

「これは……光剣か?」

「そうといえばそうですし、違うといえば違いますけど、まあそうですね」

「これってアレだろ、ネタ武器として街に売ってる奴だろ?

見た目は格好いいが、攻撃力は無いに等しくて、光学系バリアで完全に防がれてしまい、

バリアが無くてもまったく斬れないっていう。でもこれ高いんだよな」

 

 まさにこの言葉通り、そんな武器が街に売っていたら、

男性プレイヤーならとりあえず欲しいと思うはずだろう。

だがその値段と性能がネックになっている為、この武器の普及率は、ほぼゼロに近い。

 

「とりあえずそのボタンを押してみて下さい」

「おう」

 

 シャナがそのボタンを押すと、案の定、その筒から光の刃が現れた。

 

「ネタ武器だと思って放置してたが、やっぱり格好いいなこれ」

「それじゃあシャナさん、これを」

「ん?何だそれ?」

「この鉄骨には光学系バリアが設置してあります。これを試しに斬ってみて下さい」

「……分かった」

 

 そしてシャナは、その剣を腰溜めに構え、渾身の力をこめて武器を横なぎに振ろうとした。

 

「あっ、待って下さい、軽く振ってくれれば大丈夫ですから」

「お、そうか?それじゃあ……」

 

 そしてシャナは、その指示通り剣を軽く横に振った。

その武器はとても軽く、そのせいか、シャナの太刀筋はすさまじく速く鋭くなった。

 

「んっ、刃が鉄骨を擦り抜けたぞ」

 

 もしかして斬れるのかと思っていたシャナの期待を裏切るように、

刃には何も抵抗は感じられず、鉄骨にも何の変化も無かった。

 

「……シャナさんの太刀筋が鋭すぎるんですよ」

 

 イコマは苦笑しながらそう言い、鉄骨の上の部分をチョンとつついた。

その瞬間に鉄骨は見事な切り口を見せて二つに分かれ、上の部分がゴトリと下に落ちた。

 

「おおっ?まじかよ……何の手応えも感じなかったぞ。しかも軽い」

「はい、それが真の光剣の性能です。街に売っているのは、あれは模造品という扱いですね」

「そうだったのか、それじゃあこれは?」

「かつて宇宙空間での接近戦に使われていたという設定の古の光剣、

正式には、輝光剣と呼称されるようです」

「なるほど、そういえばクリスマスイベントで得た素材に、

輝光ユニットとかいうのがあったはずだが、あれか?」

「はい、あれを素材として、数々の工程を経てついに完成しました!くくくくく」

 

(イコマは先日マッドサイエンティストとか言ってたけど、

確かにその気はあるみたいだな……これが国友の血か……)

 

「これに名前はあるのか?」

「はい、カゲミツG1ver1.0ですね」

「ほうほう、日本刀がベースの名前になってるんだな、後ろの部分には意味があるのか?」

「僕の趣味です」

「…………お、おう」

 

 イコマのドヤ顔を見て、シャナは困ったようにそう答えた。

 

「で、これはあと何本作れるんだ?」

「ユニットはあと五つあります」

「ふむ……俺、シズカ、ベンケイ……ピト、ロザリア?ニャンゴローは剣は苦手だし、

シノンもエムも、剣は使えないだろうな」

「僕も剣は苦手ですね。エムさんは使えるようになりそうですけど、

基本支援がメインなので、そのお二人にはこっちの装備の方がいいと思います」

 

 そう言ってイコマは、大小二つの盾のような物を取り出した。

 

「これは?」

「宇宙船の外壁に使われていた未知の金属、という扱いになるようですね」

「ほうほう」

 

 そしてイコマは、こう説明を続けた。

 

「どんな銃による攻撃も、はね返します」

「まじかよ、俺のM82やシノンのヘカートIIの攻撃もか?」

「はい」

「それは凄いな」

「ただし衝撃は受けてしまうので、正面から受けるのはお奨めしません。

斜めに受けて、弾くようにするのがいいと思います」

 

 そしてシャナは、イコマが今言ったセリフを改めて思い出し、

手の中のカゲミツを見せながらイコマに尋ねた。

 

「さっき、銃による攻撃はって言ったよな。それじゃあこれはどうなんだ?」

「斬れる事は斬れますが、刃が本当にゆっくりと進む感じになります」

「なるほど……ほぼ斬れないと思った方がいいんだな」

「この大きい盾はエムさんに、小さい方は、狙撃の際に周囲を守る簡易の盾として、

シノンさんに使ってもらうのを想定しています」

 

 それをじっと見ていたシャナは、イコマにこう言った。

 

「……小さい方は、俺用にもう一つ作ってくれ。大きい方はパーツ式に改造出来るか?」

「というと?」

「形に応用がきくようにな、縦長に設置して立ったまま狙撃出来るようにするとか、

伏せればそんな大きさは必要無いから、少し離して三つくらい設置して、

三人で使えるようにするとか、まあそういう事だな」

「なるほど分かりました!そんな感じに改造してみますね」

「重さに関しては、エムと相談してくれ」

「はい!」

 

 そしてシャナは、少し考えながらイコマに言った。

 

「あとはこれ、各人の胸と頭の部分の装備に仕込む事は可能か?」

「はい、実はもう既に、防具の方も製作しておきました」

「おう、さすが仕事が早いな、イコマ」

「とりあえず即死は問題なく防げると思います」

「かなり反則っぽいが、まあ使いどころはあるだろ。BoBの時は使用禁止にするがな」

「それがいいと思います」

「さて、話が反れたが……」

 

 そしてシャナは、再び手元のカゲミツを見ながら言った。

 

「これを一本作るのに、どれくらい時間がかかる?」

「基本的なパーツはもう作ってあるので、今は一時間もあればいけます」

「そうか、それじゃあこれをあと三本作ってくれ。ついでに改造を頼む」

「どんな改造ですか?」

「刃の長さを変える、スイッチ一つで逆向き……柄の部分から刃を伸ばして元の刃を消す、

そんなリバーシブルな感じにしてみてくれ。そして最後に……」

 

 そしてシャナは、ぼそぼそとイコマに何かを呟いた。

 

「それなら簡単です、直ぐに出来ます。その分稼働時間は減りますけどね」

 

 実際には別に簡単な作業ではないのだが、イコマにとってはそうではないらしい。

さすがはイコマというべきなのであろう。

 

「それで、残りの二つのユニットはな……」

 

 そしてシャナはイコマに何か耳打ちをし、イコマはその言葉に目を輝かせた。

 

「さ、さすがシャナさんです、その発想は無かったです!」

「どうだ、男のロマンだろ?」

「はい!」

 

 そしてイコマは再び工房に戻り、とても楽しそうに作業を始めた。

シャナもそれに付き合い、そして二人はその日のうちに、六本の剣を完成させた。

その剣は、カゲミツG1~G4(ちなみにバージョンは1.1になっていた)。

そしてカゲミツX1、X2と名付けられ、専用のロッカーに収納された。

 

 

 

 そして次の日の夜、仲間達はロザリアによって呼び出された。

 

「……という訳です」

「ほう、そんな事があったのか」

「反シャナ連合ってか?」

 

 シャナは平然とそう言い、ニャンゴローがそう茶化した。

 

「ここ最近のこの動きは何なんだろうね」

「何か意図があるのかもしれないけど……」

「単なる嫌がらせにしちゃ、確かに手が込みすぎてる気もしますね」

 

 そのシズカの疑問に、ベンケイとエムがそう感想を述べた。

 

「外に出た瞬間に襲ってくるのかな?」

 

 そしてシノンが、最後にそう疑問を呈した。

 

「それに関しては警戒しておくべきだろうな。敵の総数が何人くらいかは分からないが、

急に連絡を回して人を集めても、そこそこの数は揃えられるだろうしな」

「まあそうなったら蹴散らせばいいだけだけどねっ!」

 

 考え込む一同に、ピトフーイがそう明るい声で言い、他の者もやっと笑顔を見せた。

 

「シャナさん、早速あの装備を使いますか?」

「そうだな、あれは使いどころを選ぶのは確かだが、

こうなったら出し惜しみをしてる余裕は無いな」

 

 その二人の言葉に、他の者が食いついた。

 

「え、何?何か隠してたの?」

「いや、昨日完成したばっかりの武器と防具があってな」

「シャナさんと僕の二人で頑張りました!」

「まあ俺は物を運んだり、部品を押さえてたりしてただけだけどな」

「へぇ~、見せて見せて!」

 

 ピトフーイがわくわくしながらそう言い、シャナはこう答えた。

 

「ああ、今出す。お前らは射撃訓練場で待っててくれ」

 

 そしてシャナとイコマは武器庫に向かい、いくつかの筒と、板のような物を持ってきた。

 

「先ずこれは、エムとシノンにな」

「これは?」

「ある特殊な素材で作られた、盾のような物だな。

スキルで加工は出来るが、俺やシノンの攻撃でもこれを貫通する事は出来ない」

「私とシャナ?それってつまり、対物ライフルの攻撃も防ぐって事?」

「ああ、さすがに衝撃には注意しないといけないみたいだけどな。

後は微調整だな、試しにシノン、そこで射撃体勢をとってみてくれ」

「うん」

 

 そしてシノンは地面に寝そべってヘカートIIを構えた。

 

「うわ、シノノン、その格好は何かエロいね!」

「きゃっ!?」

 

 ピトフーイがそう言いながらシノンの太ももをつつっと触り、シノンは悲鳴を上げた。

 

「ちょっとピト、何するのよ!」

「え~?だってほら、この太ももとかエロいよね?シャナもそう思うでしょ?」

「俺に話を振るな、別にエロくは……ない」

 

 途中で少し間が空いたが、シャナはそう言った。

だがシャナは顔を横に背けており、そんなシャナに、ニャンゴローが言った。

 

「お前は先日ピトの事で私に説教をされかかったばかりだというのに、まだ懲りないのか!」

「あれは俺は悪くない」

 

 先日免許証の事をニャンゴローに尋ねられたシャナは、

ピトフーイがあっけらかんと自分から渡したと言った為、ギリギリで無罪放免されていた。

 

「まあ免許証の事は確かにそうかもしれないが、それではお前は今、何故目を背けておる!」

「いやほら、礼儀としてあんまりじろじろ見るのもアレだろ?」

 

 そんなニャンゴローをシノンが宥めた。

 

「まあまあ先生、シャナは普段、別に変な目で私の足とかを見てくる事は無いから」

「……シノンがそう言うならここは勘弁しておいてやるか、まあ今日もギリギリだけどな!」

「だから濡れ衣だって……」

 

 そしてシノンは、機嫌良さそうに再び射撃体勢をとった。

ピトフーイは再びそんなシノンに近付き、今度はいきなりシノンのお尻を触りながら言った。

 

「むぅ、シノノンのお尻が機嫌良さそう……」

「きゃっ、ピト、もういい加減にして!」

「そうだぞ、お前もいい加減にしろ」

「はぁい」

 

 名残惜しそうにそう言ったピトフーイを見て、一同は苦笑した。

 

「それじゃあ設置しますね」

 

 そしてシノンの左右に、イコマが盾を設置した。

どうやらシャナの意見で改良したらしく、そのデザインは昨日とは少し変わっていた。

 

「なるほど、簡易陣地みたいなものね。これなら左右からの攻撃もまったく怖くない」

「どうですか?どこか改良した方がいい所はありますか?」

「ううん、このままで問題無いわ」

「この二つのパーツはリンクで繋がってますから、しまう時は一瞬でしまえます」

「やってみる」

 

 そしてシノンは、片方のパーツに触りながらコンソールを操作し、

一瞬でその二つを自分のアイテムストレージにしまった。

 

「うん、凄くスムーズ。これなら急に撤収する事になっても平気ね」

「よし、次はエムだ、これの重さはどうだ?」

 

 そう言ってシャナは、エムにバックパックを手渡した。

 

「少し重いですね、でも問題なく扱えると思います。移動速度は少し遅くなりますけどね」

「よし、それじゃあ実際にやってみるぞ、これはこう使う」

 

 そしてシャナは、テキパキと中ぐらいの大きさの板を組み合わせ、立派な陣地を構築した。

 

「おお」

「凄い凄い、組み立てるとここまでの大きさになるんだ」

「そしてこれは、色々と応用する事が可能だ」

 

 シャナはその陣地を様々な形に構築し直してエムに見せた。

エムはシャナの説明を受けながら、自分でも色々とそのパーツを組み合わせてみた。

 

「どうだ?」

「凄いですね、自由度が半端ないです。色々と研究してみますね」

「おう、頼むぞ。お前が俺達の生命線になる事もあるはずだ」

 

 その言葉にエムはハッと顔を上げ、シャナの方を見つめると、

とても嬉しそうにシャナに返事をした。

 

「は、はいっ!」

「さて、ここからがメインイベントなんだが、正直これ、近接兵器なんだよな」

「その筒が?どこかで見た気もするけど……」

「あっ!」

 

 どうやらシノンはどこかで既製品を見た事があったのだろう、そう言い、

ピトフーイが何かを思い出したようにそう声を上げた。

 

「ピト、どしたの?」

「それ、私持ってる!」

「え?」

 

 そう言ってピトフーイは、まったく同じように見える筒のような物を取り出し、

そこに付いているスイッチを押した。そしてブンッ、という音と共に、

その筒から光の刃が飛び出した。

 

「ああ、それだそれ!」

「うわ、こんなのがあったんだ」

「ネタ装備だけどね」

「そうなの?」

 

 シノンが思い出したようにそう言い、驚いたシズカにピトフーイがそう言った。

 

「まあそれだな、しかしお前、よくそんなネタ装備を持ってたな」

「うん、だって格好いいじゃない」

 

 ピトフーイはうっとりとその光の刃を見つめながら、

その刃をいきなりエムに向けて振り下ろした。

 

「きゃっ」

 

 咄嗟にシズカはそう言ったが、エムは微動だにせず立っており、

その光の刃は、エムの体に押し当てられたまま止まっていた。

 

「あれっ、これ斬れないの?」

「光学系防御に完全に防がれちゃうんだよね、これ」

「そうなんだ……」

「ちなみにあの射撃用の的ですら、斬るのは無理なの。

これはただの光る棒と言っても過言じゃないんだよね」

「まさにネタ装備なのだな!」

「しかもこれ、高いんだよね、だから持ってるのは私みたいな物好きだけなんだよね」

「なるほどね」

 

 そんなピトフーイの目の前で、シャナが自らが持っていた筒を操作し、

同じような光の刃を出現させた。

 

「ほら、やっぱり同じ!」

「それが新兵器?」

「ああ、まあ見てろ」

 

 そしてシャナは、事前にイコマに準備してもらった鉄骨に向け、

凄まじい速さでその刃を振り下ろした。

 

「……お?刃が止まらないね」

「まさか貫通してるの?」

「そんな訳が無いだろ。おいピト、その鉄骨をつついてみろ」

「う、うん」

 

 そしてピトフーイは、その鉄骨をちょんちょんとつついた。

その瞬間に、鉄骨に一本の線が走り、鉄骨の上の部分が滑りながら下に落ちた。

 

「えっ?」

「うわ、何それ!」

「ピトが持っていたのはただの光剣、これは輝光剣という……そうだ」

「もしかして別物なの?」

「ああ、これはプレイヤーメイドオンリーで、しかも相当高いスキルが必要になるらしい。

現状これを作れるのはイコマだけだろうな」

「凄い凄い!」

「さっすがイコマきゅん!神職人!」

 

 イコマはそう言われ、照れた表情で頭をかいた。

 

「ちなみにエムの持つその盾は、斬れる事は斬れるが相当時間がかかる」

「うわ、凄いねその盾……」

「だが、それ以外の素材はこんな感じであっさりと斬る事が可能だ」

「「「「「「「おおっ」」」」」」」

 

 シャナとイコマ以外の七人は、興奮したようにそう言った。

 

「ちなみにこれは全部で四本、他に俺専用の奴が二本ある。

とりあえずこの四本は、シズカとベンケイとロザリアと、それにピト、お前に渡すつもりだ」

「えっ、私もいいの?」

「だってお前、実は剣も使えるだろ?」

「う、うん!」

「一応聞くが、シノンとエムとニャンゴローは厳しいよな?」

「私は無理ね」

「僕も剣はちょっと……でもナイフの練習はしないといけないかなとは思っています」

「私も剣は無理だ、でたらめに振り回す事しか出来ないぞ!」

「だよな」

 

 シャナはそう頷き、シズカにカゲミツG1を、ベンケイにG2を、

そしてピトフーイにG3を渡した。

だが、ロザリアは差し出されたその剣を受け取らなかった。

 

「ロザリア、どうした?」

「す、すみませんシャナ、私は剣はちょっと……」

「あれ……あ!お前まさか、鞭しか使えないのか?」

「えっと……はい」

 

 ロザリアはそう言うと、気まずそうに顔を背けた。

 

「確認しなかった俺が悪かった、すまんロザリア。

まあ気にするなって、それじゃあこれは、俺が保管しておくわ」

 

 そしてシャナは、その剣を自分のストレージにしまった。その剣、カゲミツG4は、

いずれキリトの手に渡る事となるのだが、それはまだ少し先の話である。




光剣のネーミングルールはこの際無視する事にしました!


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第302話 それは最高の褒め言葉です

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


「その剣は、シズカのがカゲミツG1、ベンケイのがG2、ピトフーイのがG3と、

一応固有名が付けられているんだが、プレイヤーメイドな為、

それとは別に名前を付ける事が可能らしい。もしそうしたいなら、各自で考えておいてくれ」

 

 ちなみにその名前は後に、シズカのG1は夜桜、ベンケイのG2は白銀、

そしてピトフーイのG3は鬼哭と名付けられた。

 

「さて、次にその剣の機能について説明する。

鍔にあたる部分にスライドする所があり、その中にスイッチがいくつかついているはずだ。

ピト、絶対にまだ触るなよ、お前が一番危ない」

「もう~、分かってるよぉ」

 

 その言葉を聞いた一同は、その部分をスライドさせた。

 

 「それじゃあ武器をこう前に出して、一番上のスイッチを押してみてくれ。

分かりやすく言うと、拳を前に突き出す感じだな」

 

 三人がそのボタンを押した瞬間、左方向に光の刃が現れた。

 

「その刃の色は変えられるそうだ、変えたかったら後で各自、イコマに頼むように」

 

 その言葉で三人は、どんな色にしようかと楽しそうに考え始めた。

後日決まったその色は、シズカがピンク、ベンケイが銀色、ピトフーイは赤だった。

 

「よし、その体制のまま次のボタンを押してくれ」

 

 そして三人が次のボタンを押した瞬間、刃は消え、剣の柄の部分から別の刃が飛び出した。

 

「わっ」

「び、びっくりした……」

「凄い凄い!でもこれ、両方から同時に刃を出す事は出来ないの?」

「残念ながら、そうすると出力がガタ落ちになってしまうようでな」

 

 ピトフーイの疑問に、シャナはそう答えた。

 

「って事は、二本あれば可能なんだね」

 

 ピトフーイはそう言いながら、シャナの持つ二本の武器を羨ましそうに見た。

シャナはその視線を受け、ピトフーイにこう尋ねた。

 

「お前、もしそれが出来たとして、それを使いこなせるのか?」

「ううん、無理!格好いいかもと思って言ってみただけ!」

「そうか、まあ確かにあれはな」

 

 そしてシャナは、次の説明に入った。

 

「次のボタンは刃の長さの調節だ。各自気に入った長さにしてくれ」

 

 長さに関しては、シズカとピトフーイはとりあえずそのまま、

そしてベンケイは、自分の得意武器に合うように刃を短くした。

 

「次が最後だ、刃をあの的に向けて、一番下のボタンを押してみてくれ」

 

 三人がその言葉通りに操作をすると、刃が的に向かってまるでレーザーのように発射され、

的は粉々に破壊された。

 

「うわっ」

「何これ……反則すぎない?」

「そう思うよな?それじゃあもう一回撃ってみてくれ」

 

 シャナは新しい的を用意しながらそう言った。

そして三人は再びレーザーを発射したが、今度は的に当たった瞬間に霧散した。

 

「このように、光学系攻撃に対するバリアを張られると、こちらの攻撃は通らない」

「なるほど」

 

 そしてシャナは続けて言った。

 

「威力は通常の光学系武器と同じくらいだから、射撃はけん制にしか使えないだろう。

あとエネルギーの消費が激しいから、撃てるのは五発までだ。

それを使い切ったらもう剣は使えない、それだけは覚えておいてくれ」

「大体五分の一くらいのエネルギーを消費するって事ね」

「そういう事だ。まあ五分の一になったとしても、剣として一時間くらいは使えるけどな。

ちなみに言い忘れたが、剣による直接攻撃は、バリアの影響は受けないからな」

「了解!」

「まさに最強だね!」

「あと、予備のエネルギーパックは……」

 

 そしてシャナは、イコマの方をチラッと見た。

 

「今開発中です」

「だ、そうだ。剣のエネルギーチャージは、武器庫に専用の機材があるから、

後で場所を教える。各自で出撃前に、必ずエネルギー残量を確認してくれ」

 

 そしてシャナは、最後にこう言った。

 

「ちなみにこれは、基本BoBでは使用禁止とする。不公平だからな。

まあ銃をほとんど使わないでこれだけで戦うなら、許可してもいいんだけどな」

「まっ、それは仕方ないよね。これって強すぎだし」

 

 銃をもらった三人の中で、唯一BoBに出た事があるピトフーイは、

あっけらかんとそう言った。

 

「でも『基本』なんだ、それはどうして?」

「俺がサトライザー相手に使うからだ」

「うわ、シャナずるい!」

「もちろん最初は普通の武器で戦うがな、そしてあいつを倒した後に、

再びこの武器で戦って圧倒する、二度おいしい作戦だ」

 

 それを聞いた一同は、そのシャナの子供っぽさに、顔を見合わせながら苦笑した。

 

「それじゃあ各自、練習を開始してくれ」

「ちょっと待って」

「ん、シノン、どうかしたか?」

 

 そしてシノンは、シャナの持つ二本の筒を指差しながら言った。

 

「シャナの武器をまだ見せてもらってない」

「う……」

 

 このまま誤魔化そうとしていたシャナは、そう言葉に詰まった。

 

「あっ、そういえば……」

「お兄ちゃん、いかにも特別っぽいよね、その二本」

「そうだよ、見せて見せて!」

「これはまだ試作品なんだがな……」

「往生際が悪いぞシャナ、さっさと見せんか!」

「わ、分かったよ先生……この武器の名前は、カゲムネX1とX2、通称ARとALだ」

「何の略?」

「アハト・ライトとアハト・レフトだ。この機にM82は、そのままM82に戻す。

まあ何だかんだ、M82ってそのまま呼んじまってたから今更だけどな」

 

 それを聞いたピトフーイは、目を輝かせながら言った。

 

「あ~!アハト・ファウスト!」

「俺は二本合わせてアハトXと呼んでるがな」

 

 シャナはそう言い、その意味が分からなかったシノンは、

きょとんとしながらピトフーイに尋ねた。

 

「ねぇピト、アハト・ファウストって、もしかして一時M82をそう呼んでいた、あの?」

「シャナ専用の武器だよ!ここで見られるようにしてあるから、後で見せてあげるよ」

「そうなんだ、うん、お願い」

「あ、私も見てみたいです!本物は噂しか知らなくて……」

「私も噂しか聞いてないから見せてくれ!」

「あ、じゃあせっかくだから俺も……」

 

 ベンケイとニャンゴロー、そしてエムがそう言った。

 

「よし、それじゃあ話を戻すぞ」

 

 そしてシャナは二本の武器のスイッチを入れ、起動させた。

 

「黒い刃……」

「遠くからだと見えなさそうだよね、これ」

「近くで見てても、暗い所だと見えなさそう」

「まあそう意図したからな」

「もちろんこれだけじゃないよね?」

「ああ」

 

 そしてシャナは、二本の剣の柄の底同士を合体させ、

まさに先ほどピトフーイが言っていた状態にした。俗に言う、ビームナギナタ状態である。

 

「おお」

「さっき私が言ってた奴じゃない、シャナ、ずるい!」

「お前は使いこなせないんだろ?」

「うぅ……じゃあシャナは?」

「俺か?まあそこそこだな。おいピト、試しに俺に攻撃してこい」

「分かった、行っくよぉ!」

 

 そしてピトフーイはシャナに斬りかかった。

シャナは自らの持つ武器を器用に回転させながら、ピトフーイの攻撃をしっかり防いでいく。

そして攻撃に転じたシャナは、あっさりとピトフーイの武器を跳ね飛ばし、

ピトフーイの正面に剣を突きつけた。

 

「や、やられたぁ!」

「凄くトリッキーな武器だね……」

「まあな」

「音が格好いいですね、まさにロマン武器!」

「だろ?お前なら分かってくれると思ったよ、エム」

「くるくるとまあ、よく器用にそんな武器を扱えるな、シャナ!」

 

 そのニャンゴローの問いに、シャナは昔を懐かしむような目をしてこう答えた。

 

「実はな先生、昔同じような武器がSAOに導入を検討されててな、

それで晶彦さんに練習させられた事があるんだよ、結局ボツになったけどな」

「なるほど、そういう事か!」

「まあピトも剣を使うのは久しぶりだったんだろ?動きがぎこちなかったしな」

「うん、ちょっと練習しないと駄目かも!」

 

 そしてシャナは剣を分離させ、刃をしまうと、

今度はそのまま平行に並べるように接続した。

 

「ま、まさか巨大な剣になるんじゃ……」

「いや、単体でほぼ何でも斬れるから、それにはあまり意味は無いんだ。

長さも自由に調節出来るしな」

「ああ、確かにそうかも」

「これはむしろめくらましの類だな。出力を倍にした事により、こういう事が可能になった。

まあその分、刃を出したままだと使えないようになっちまったがな。

単体でレーザーを撃つ事ももちろん可能だが、こうしてこうすると……」

 

 そしてシャナがスイッチを押すと、光の散弾が前方に向けて発射された。

 

「散弾!?」

「ああ、これを地面に向かって撃つと、色々巻き上げて凄い事になるんだよな。

まあ緊急時の離脱用には便利な機能だよ」

「そっちが目的かあ」

「これも普通の光学銃扱いだから、出力を上げても威力はほとんど期待出来ない。

だが別に光学散弾銃を持ち歩くよりはよほど効率がいい。

そして何より、相手の意表を突く事が出来るのがいい」

 

 そしてシャナに促され、イコマは全員にゴーグルのような物を手渡した。

 

「これは?」

「そういった視界の悪い状況でも、周囲がよく見えるようにする機能を持つゴーグルだな、

ただしこれ自体に防御力は一切無い。だがそれゆえに、軽くて荷物の邪魔にはならない」

「なるほどね」

 

 そして最後にイコマは、各人にヘッドギアとプロテクターを配った。

 

「これが、俺達のチーム専用のプロテクターだ。

イコマによって計量化されてはいるが、ポイントポイントで、

さっきシノンとエムに渡した素材を使ってあるから、防御力は折り紙付きだ。

それに通信機能と仲間の位置を確認する機能もついている」

「サイズ調整機能もついてますからね、最初は大きめになってますから、

着たら首の所のボタンを押して下さい」

「おお、武器といい防具といい、さすがはマッドサイエンティスト、凄いねイコマきゅん!」

「ちょっとピト、イコマに失礼でしょ」

「いや、それは最高の褒め言葉です!」

 

 そう言ってイコマは、ピトフーイに親指を立て、ピトフーイもそれに応えた。

 

「それじゃあ俺達は外で着替えるから、女性陣は中で着替えてみてくれ」

 

 そのシャナの言葉を受け、シャナと共にイコマとエムも外に出ていった。

 

「何か、一気に装備が充実したよね」

 

 シズカが服を脱ぎながらそう言った。

 

「うん」

 

 シノンもそれに答えながら、同じく服を脱いだ。

 

「でもいいなぁ、私もそういうお揃いの武器っぽいのが欲しいなぁ」

「シノノンが使うとしたら何だろうね、ピト、何か思いつく?」

「ちょっとまっへて、これが抜へなくて」

 

 ピトフーイは服が首の所から抜けないらしく、

口をもごもごさせながらおかしな日本語でそう言った。

それを見たロザリアが黙って脱ぐのを手伝い、ピトフーイはロザリアにお礼を言った。

 

「ありがとうロザリアちゃん!」

「どういたしまして」

 

 そしてピトフーイは、少し考えながらシノンに言った。

 

「シノノンの近接武器……銃剣とか?ああ、ヘカートIIに付けるのはちょっと無理かぁ」

「サブ武器にそういう機能を付けるのはありじゃないかな、

それなら難しい技術はいらないだろうし」

「これを振り回すの?それならまだ平気かも」

「まあ、新しくそれ用の素材を手に入れたらだね」

 

 そして横では、ロザリアとニャンゴローが会話していた。

 

「まあ私達が戦うなんてよっぽどの事だろうけど、

こんな状況だもの、しっかりと準備はしておいた方がいいですよね、先生」

 

 そのロザリアの言葉を受け、ニャンゴローも頷いた。

 

「総力戦になる可能性もあるからな、その通りだろう。

しかし今のままだと、私が足を引っ張ってしまうかもしれん」

 

 その会話を横で聞いていたシズカが、こう提案した。

 

「あ、それじゃあ今夜、皆で無限地獄にでも行く?」

「無限地獄?何だそれは」

「ほとんど私達専用の、経験値を一気に稼ぐ為の狩場かな」

「ふむ、それはいいな、出来ればそうしてもらえると助かる」

「それじゃあ後でシャナに提案してみましょっか」

 

 シノンがそう話を締めくくり、女性陣は改めて、もらった装備の具合を確認した。

 

「うわ、軽いね」

「非力な私は助かりますね、これなら他の荷物も余分に持てそう」

「それじゃあシャナ達を呼んでくるね」

 

 そしてシャナ達が再び入室し、シノンはシャナに、今夜狩りにいかないかと提案した。

 

「そうだな、今ならまだ邪魔は入らないと思うし、全員でちょっと稼ぎに行くか」

「賛成!」

「私、銃を撃つのは生まれて初めてかもしれないわ」

「私もそうだぞ!」

 

 ロザリアとニャンゴローはそう言い、

シャナが比較的操作が簡単なアサルトライフルを選んで二人に手渡した。

 

「とりあえずこの辺りを使ってくれ、エムは大丈夫か?」

「はい、俺は自前の武器でいけます。あ、あとシャナさん、以前ピトを通して言われた通り、

バレットサークルに頼らない射撃を、アメリカで練習してきました!」

「おっ、よくやった、さすがはエムだ!」

「はい、ありがとうございます!」

「今夜も沢山練習出来ると思うから、そこは存分にな」

「そうなんですか、頑張ります!」

「そういえばさ」

 

 そしてシノンが、何かを思いついたのか、シャナに声を掛けた。

 

「ん、どうしたシノン」

「自分に向けて発射された銃弾を、その武器で斬り落とす事って可能?」

「いや、さすがにそれは人間技じゃ……あ、いや、そうか……」

 

 シャナは少し考え込んだ後、シノンにこう答えた。

 

「現実世界だと難しいだろうが、このゲームなら、もしかしたら可能かもしれないな」

「そうなんだ、何で?」

「GGOには弾道予測線があるからな」

「あ、そっか!」

「あれに剣筋を合わせれば、多分いけると思う。後は発射のタイミングを読むだけだからな」

「ねぇ、今ここで試しにやってみて」

「いきなり無茶振りすんな、まあ別に構わないが……」

 

 そしてシノンはサブ武器を取り出し、離れた所に立つシャナに銃を向け、

無造作にトリガーを引いた。次の瞬間、シャナは見事に銃弾を斬り飛ばした。

 

「「「「「「「「おおっ」」」」」」」」

「思ったよりは簡単だったな、連発されてもある程度ならいけそうだ」

 

 そう感想を言ったシャナに、当然横から突っ込みが入った。

 

「そんな訳無いでしょ!」

「私には無理な気がする」

「私にも無理無理!」

「どうかな、多分俺以外でも……」

 

 そしてシャナは、誰にも聞こえない小さな声で、キリトならもっと上手く、と呟いた。

その唇の動きを読んだニャンゴローは一人頷き、それを見たシズカは、

そっとニャンゴローに尋ねた。

 

「先生、シャナは何だって?」

 

 そしてニャンゴローは、素の口調でシズカに囁き返した。

 

「キリトならもっと上手く、ですって」

「ああ、キリト君なら簡単にやりそう」

「そうね、逆にあの二人にしか出来ないのではないかしら」

 

 そして一同は、食事をしたり色々準備を整える為に一旦解散し、

再び夜に集合し直すと、そのまま無限地獄へと向かう事にした。




イコマッド・サイエンティスト!


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第303話 新装備の力

「ああ、しまった、うっかりしてた」

 

 無限地獄へ向かう為、ハンヴィーを停めてあるレンタル車庫へと向かう道中で、

シャナが突然そう言った。

 

「どうかしたの?」

「いやな、よく考えたら、ハンヴィーの定員は六人までだったわ……」

「あ、そうだね」

「誰かこの中で、マニュアル車の運転が出来る奴はいるか?」

「マニュアルって……」

「もはや骨董品だよね……」

「すみません、僕もオートマしか……」

 

 この時代は、首都圏にはもはやマニュアル車はほとんど存在していなかった。

技術の進歩に伴って、オートマ車とマニュアル車のパワーの差が無くなり、

その為ほぼ全ての車のメーカーも、マニュアル車の生産を終了していた。

一番可能性が高そうなエムが駄目だった事で、

シャナはもっと大きな車を買おうかと考えたが、

そんなシャナに、ニャンゴローがこう言った。

 

「それなら私が運転出来るぞ」

「先生、いつの間に……」

「ふふん、都築がGGOをやると伝えた時にお奨めしてきたのでな、

オートマの免許は持ってたから、先日限定解除してきたのだ!」

「おお、都築さんが……」

 

 シャナは心の中で、師匠である都築に感謝した。

そしてシャナはあっさりと、もう一台ハンヴィーを購入する事を決めた。

 

「それじゃあこっちだ」

 

 シャナは車庫の近くにある車屋に立ち寄り、その場でハンヴィーを購入すると、

その運転をニャンゴローに任せ、女性陣を全員その車に乗せた。

 

「車庫まで歩かせるのは申し訳ないからな、女性陣は車で先に移動して、外で待っててくれ」

「分かった、外で待っているぞ」

 

 そしてシャナとイコマとエムの三人は車庫まで歩き、

停めてあったハンヴィーに乗り込むと、そのまま待ち合わせ地点へと向かった。

そしてシャナは、待っていたハンヴィーの横に車を停め、

窓を開けてニャンゴローに話し掛けた。

 

「すまん、待たせたな」

「問題ない、ついでに周囲に敵影も無しだ」

「偵察もしてたのか、さすがだな先生。さて、こっちに誰か一人くらい乗るか?」

「乗り換えるのも面倒だし、行きはこのままで良いのではないか?」

「まあそれもそうか、よし、それじゃあ先生、俺に付いてきてくれ」

 

 そして一行は、二台のハンヴィーで恒例の無限地獄ツアーへと向かった。

そして前方に、見慣れた宇宙船の姿が見えてきた。

 

「おお、凄く早いですね」

「そういえばエムは、GGO内を車で移動するのは初めてなのか?」

「はい、いつもは常に歩いて移動でしたからね、突然襲われる事も多かったですし、

本当に大変でした」

「まあ車でも、事前に察知されてたら襲われる事もあるが、

普通はいきなり遭遇しても、追いつかれる事は無いからほぼ安全なんだよな」

「ですね、そういえばこの車、武装はついていないんですね」

「まあ前は俺達を襲おうとする奴なんかいなかったからな。

だがこの状況だと、武装だけじゃなく総合的に色々強化しておいた方が安全かもしれないな」

「あ、それじゃあ僕が、今ある素材の状況を見ながら可能な限り強化しておきますね」

「すまんイコマ、大変だろうと思うけど頼むわ。

今日の戦闘でも色々と手に入ると思うから、それも存分に活用してくれ」

 

 そして現地に着いた一行は、一応周囲に誰かいないか警戒しながら、

いつも拠点にしている場所へと向かった。

 

「ここが狩場なのか?」

「ああ、今から説明する」

 

 そしてシャナは、ここに来るのが初めての、ニャンゴローとエムとロザリアに、

この場所での戦い方を説明した。

 

「なるほどな、よしエム、バックパックを下ろしてくれ」

「はい、先生」

 

 説明を聞いたニャンゴローは、エムにそう指示を出した。

 

「先生、どうするんだ?」

「何、射撃組が、ある程度自分達で防衛出来るようにしようと思ってな」

「ふむ」

「近接組は、シャナ、シズ、ケイ、ピトの四人として、銃担当は残りの五人であろう?

シノンは自分の盾で背中を覆ってもらうとして、おいシャナ、お前の盾もよこせ」

「お、おう、俺が同じ物を持ってるってよく分かったな」

「お前もスナイパーだろうが、当たり前の推測だ」

 

 そしてシャナから盾を受け取ったニャンゴローは、自分の背中の部分にそれを配置した。

 

「よし、エムは今下ろしたパーツを、

ロザリアとイコマと自分の背後を守るように配置してくれ」

「はい!」

「なるほど、それなら例え襲われても、身の安全を確保出来るな」

「更に推測だが……シャナ、予備の弾を、マガジンごとその辺りにばらまいておくのだ」

 

 そのニャンゴローの指示に、シャナは意表を突かれた。

 

「それに何か意味があるのか?先生」

「確証は無いのだが、敵は何かに重なって沸く事はありえないだろう?

それならもしかしたら、何かを満遍なく配置しておけば、

敵が沸く位置もコントロール出来る可能性があるのではないか?」

「確かに試す価値はあるかもしれないな」

「という訳で、部屋の中央に円形にスペースを作っておくとしよう」

「そうだな、よし、とりあえずこの部屋に続く通路は俺とシズが担当するから、

部屋の内部をピトとケイで観察してみてくれ」

「「了解!」」

「それじゃあ開始だな、俺が止めるまで、撃って撃ってうちまくれ!」

 

 こうしてこの日の戦闘が始まった。武器庫にあった銃は、

密かにイコマの手によって命中精度や威力が強化されていた為、

外の敵はほとんど撃ち漏らされる事も無く、どんどん殲滅されていった。最近知ったのだが、

事前に登録をしておけば、戦っていない者にもしっかりと経験値が入るらしいので、

今回からはそれもしっかりと行ってあった。

そして敵の沸きだが、通路にはいつも通りしっかりと敵が沸いているのだが、

室内には、先ほど設定した場所にしかまだ敵が沸いていない。

 

「う~ん、暇だねぇケイ」

「しかも武器がこれになったせいで、全部一撃で真っ二つに出来るしね!」

 

 輝光剣の性能は、この狩場には反則すぎた。

ここの敵は動きが鈍い為、敵の急所に簡単に的確な斬撃を与える事が出来るので、

ほぼ全ての敵が一撃で沈んでしまうのだ。

その様子を観察していたニャンゴローが、こう叫んだ。

 

「これは一度止めた方がいいな、沸きもそこだけで確定っぽいしな!

ケイ、ちょっとシャナ達を呼んできてくれ、他の皆も一時射撃ストップだ!」

 

 その指示に従い戦闘が停止された。そしてケイが、シャナとシズカを伴って戻ってきた。

 

「どんな感じだった?こっちは普通だったが」

「どうやら仮説は正しかったようだな、おそらく部屋中に物をばらまいておけば、

この部屋の中に敵が沸く事は無い」

「おお、そうか」

「あとお兄ちゃんも気付いたと思うけど、近接担当もこの人数は必要無いと思う。

全部一撃で沈んでたでしょ?しかも力も使わないし」

「ああ、正直これに慣れちまったらやばいなとは思ったな」

 

 シャナはベンケイの言葉にそう頷いた。

 

「射撃組も、以前より楽になった気がするんだけど……」

「あ、それなら僕のせいかもです、武器は一通り強化しておいたんで」

「あ、そうなんだ、さすがはマッドサイエンティスト!」

 

 イコマは再びのそのピトフーイの言葉に、親指を立てて応えた。

 

「よし、そういう事ならノンストップで交代で攻撃する事としよう。

射撃組と近接組で、ローテーションを組んでくれ。ピト、どうだ?一人でいけるか?」

「うん、余裕余裕!」

「よし、それならシズとケイも射撃組に合流で、

四人と三人でセットになって二交代で攻撃を頼む。攻撃対象が被らないように相談してな。

俺とピトは交代で入り口の見張りだ。盾や装甲パーツは沸きを防ぐ為に床に並べよう」

「そうすれば、置いた弾も全部回収出来るな」

「足りないスペースには、俺のM82とその弾を置いておこう」

 

 こうして体制を整え、一行は再び狩りを開始した。

いつもは途中でどうしても休憩や射撃をやめる時間が発生するのだが、

今日は全てを並行して行っている為、その効率は恐るべきものとなっていた。

 

「おいピト、力はいらないんだから、まずは基本の型をしっかりと身に付けるように、

意識して武器を振るようにな。体に流れを染み込ませるんだ」

「うん、動きがスムーズじゃないなと思ったら、横から指摘してね」

 

 一方エムとシノンも、他の者達に銃の指導をしていた。

 

「先生、少し顎を引いてみて。そうそう、その方が楽だし狙いもつけやすいでしょう?」

「イコマさん、トリガーは引こうとするんじゃなく、コトリと落とす感じです」

 

 このようにこの場は、各人の絶好の練習の場となっていた。

それでいて、経験値とアイテムが恐ろしい速度でたまっていく。

アイテムがたまる度に、少しもったいないが、

いるアイテムといらないアイテムを、休憩に入ったイコマがぽいぽい選別していき、

残してあるアイテムの質も、そのせいでどんどん向上していった。

床にアイテムが置かれる度に、エムは装甲パーツを回収し、

シャナとシノンもそれに習った為、床はドロップアイテムでいっぱいになっていった。

 

「よし、ここで一度ストップだ、ちょっと面倒だが、一度ここにあるアイテムを、

自分のアイテムストレージに限界まで詰め込んでみてくれ」

 

 そのシャナの指示通り、一同はストレージにアイテムを詰め込み、

あとどれくらい持てるか各自で申告した。

 

「よし、それじゃあ次は、そのドロップアイテムをハンヴィーに積み込むぞ」

 

 そのシャナの指示で、一同はドロップアイテムをハンヴィーに詰め込み、

再び元の場所に戻って狩りを続行した。シャナは脳内で、

あとどれくらいのアイテムを持ちかえれるか必死に計算していた。

 

 そして数時間後、シャナが狩りの終了を宣言した。

 

「よし、これくらいが限界だな、今日はここまでにしよう」

「ふう、何かアイテムが凄い事になってるね」

「というか、私の経験値が凄い事になってるんだが」

 

 この中で唯一初期ステータスのままだったニャンゴローがそう言った。

そこそこステータスが上がっている他の者と違い、

上がり幅が大きい為、よりその凄さを実感するのだろう。

 

「いくつになったんだ?」

「これくらいだ」

 

 ニャンゴローはそう言って、ステータス画面をシャナに見せてきた。

「ギリギリ上級者の一番下あたりに引っかかるくらいだな……」

「色々ポイントがたまっているようだが、どうすればいいのだ?」

「そうだな、先生の場合はシズやケイと同じ、STR-AGIタイプでいい気がするな」

「なるほど、まあ色々と話を聞いて研究してみるか」

「よし、それじゃあ撤収だ。戦利品については、分配出来る物は拠点で分配だな」

 

 そして一行は、意気揚々と拠点へと帰還した。

ハンヴィーから拠点にアイテムを移すのに、三往復しなくてはいけなかったのはご愛嬌だ。

そして戦利品の中に、シャナも見た事の無い珍しい物が混じっていた。

 

「イコマ、これは何だ?」

「ああ、それはかなり重量の重い銃を、店舗で受け取れる引換券みたいな物らしいですよ」

「そんな物があったのか」

「はい、STRが低いプレイヤーにそういう武器がドロップした場合、

当然運ぶどころか持つ事も出来ないじゃないですか、その救済策として導入されたそうです」

「ああ、なるほどな、それは確かにそうだ」

 

 そしてシャナは、その引換券をしげしげと見つめた。

 

「ミニガンか……あんな物を持ち運びしたら、不便だよなぁ……」

 

 ミニガンとは、名前から小さく思えるかもしれないが、実際は重機関銃であり、

その総重量は百キロ近くになる、大型の銃である。

 

「これ、どうします?」

「売ってもいいんだが、これ、もしかしてハンヴィーに搭載出来るんじゃないか?」

「ああ!そうですね、それはいいかもしれません」

「他の皆もそれでいいか?」

 

 特に反対も出なかった為、ミニガンはそのままハンヴィーに搭載する事が決定した。

そしてラッキーな事に、素材の中に一つだけ輝光ユニットが含まれていた。

通常の狩りでこれがドロップしたのは、初めての事である。

 

「これはどうするかな……おいピト、俺みたいに二刀流で接続出来るようにするか?」

「ううん、それならシノノンに作って欲しい武器があるの。

さっき女の子だけで着替えてる時に、ちょっと話してたんだけどね」

「ほほう?」

「ピト、私は嬉しいけど、でも本当にいいの?」

「もちろんだよ!」

「そう……ありがとう、ピト」

「うん!」

 

 そんな二人のやり取りを見たシャナは、興味深げにシノンに尋ねた。

 

「どんな武器だ?」

「えっとね……」

 

 そしてシノンの説明を聞いたイコマは、膝をぽんと叩いて言った。

 

「なるほど、それは凄く面白そうですね、実戦でもかなり役にたちそうです!」

 

 そしてシャナもそれに同意した。

 

「そうだな、この世界のプレイヤーは銃に詳しい奴が多いからな、

サブ武器の弾が切れたと思わせて、向かってきた所を一刀両断ってのはアリだな」

「ですです、それじゃあシノンさん、そのグロックを一日お預かりしてもいいですか?」

「うん、お願いします!」

「名前はそうだな……やっぱり試作ナンバーの、カゲムネX3って事になるか……」

 

 そう呟いたイコマの言葉に、シノンは内心でとても喜んだ。

 

(シャナと同じ名前だ……)

 

 そんなシノンの気持ちを知ってか知らずか、シャナもあっさりとこう言った。

 

「そうだな、それでいいんじゃないか?完成したら俺にも見せてくれよな、シノン」

 

 その言葉に、シノンは嬉しそうに微笑んだ。



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第304話 頑張れ小猫ちゃん~ソレイユ編

このまま緊迫度が増していくと誰が言った!

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


 そして残りの戦利品に関しても、装備の強化に使える素材を除き、

残りのアイテムは全て処分され、一人あたりの分配は実に五万円を超えた。

このメンバーの中でそれを一番喜んだのはシノンとベンケイである。

シャナは言うに及ばず、シズカとニャンゴローは言わずもがな、

そしてイコマも医者の家系であり、お金に不自由した事は無い。

ピトフーイは有名人であり、エムもそれなりに高い給料をもらっていた。

ロザリアはソレイユで高給をもらっており、

シノンとベンケイとの経済力の差は、現時点では歴然としているのだ。

二人は楽しそうに、この臨時収入をどうしようか考え始めたのだが、

二人のいい所は、こういった臨時収入に溺れる事なく、

普段やっているアルバイトの手を抜いたりしない所である。

そしてアイテムの処理が終わった所で、もう夜の十時近かった為、

今日は解散という事になったが、一部の者は拠点に残る事が決定していた。

具体的にはピトフーイ、エム、シノン、ニャンゴロー、ベンケイである。

五人はそのまま居間に移動し、イコマはハンヴィーを改造する為に車庫へと向かい、

シズカは今日は自宅にいるようで、久々に両親と一緒にのんびりと過ごすらしく、

早々にログアウトしていった。そしてロザリアはこれから会社から家に帰るらしい。

そんなロザリアに、シャナがいきなりこう尋ねた。

 

「おい小猫、こんな時間に会社から帰るって、今日は車か何かで出勤したのか?」

「ううん、今日は電車だけど」

「……お前の家って、ソレイユから近いのか?」

「えっと……電車で三十分、歩いて三十分くらいはかかるけど……?」

 

 ロザリアは、シャナが何を言いたいのか分からず、訝しげな表情で言った。

 

「ふ~ん、実は今、俺は眠りの森にいるんだよな。

こっちの作業もそろそろ大詰めで、最近は遅くまで色々やってたんだが、

今日は回線の調子を確認する為にここからログインしてたんだよ。

で、そろそろこっちも解散する予定の時間だから、俺がそのまま自宅まで車で送ってやるよ。

お前をこんな夜遅くに一人で家に帰すのは、ちょっと心配だからな」

 

 そのシャナの言葉に、ロザリアは心臓の鼓動が速くなるのを感じた。

 

(棚ボタラッキーイベント来たあああああああ、神様ありがとう!)

 

 そしてロザリアは、そのシャナの申し出を受け、会社でシャナの到着を待つ事にした。

 

 

 

 そして十分後、ソレイユの本社前にはそわそわしている薔薇の姿があった。

もちろん化粧もバッチリ直しており、時計を気にしながらきょろきょろするその姿は、

どこからどう見ても『男と待ち合わせをしています!』という姿にしか見えなかった。

薔薇は、社内では見た目に反して身持ちが固い事で有名であり、

浮いた話の一つも無かった為、こういった姿を見せるのは初めての事であった。

そのせいか、たまたまこの時間まで残っていた一人の社員が、

たまたま窓の外を眺めて薔薇の姿を見付け、その珍しい様子を同僚に伝えた瞬間、

その話は驚くべき速度をもって他の居残っていた者達に伝わっていった。

そして薔薇の姿が見える窓という窓に、どんどん人が集まっていった。

 

「おっ、本当だ、薔薇さんがいるぞ」

「あの感じは、まさか男と待ち合わせか?」

「ちょっと、薔薇お姉さまに限ってそんな事がある訳無いでしょう?」

「いやいや、だってさっきから、何度も鏡を見たりまめに化粧を直したりしてるぞ」

「まさか本当に?」

 

(ん?何か背後から視線が……)

 

 そう思った薔薇は、何だろうと思って振り向いたが、そこには誰もいない。

 

(んん~?気のせいだったかしら)

 

 そして薔薇は時計を見て、距離的に多分そろそろねと考えながら、

八幡の隣に座る自分の姿を想像し、顔を赤くして頬に手を当て、

きゃ~きゃ~と呟きながら、もじもじと体を揺すり始めた。

 

「「「「「「「「「「おおっ」」」」」」」」」」

 

 それを見たギャラリーが、一斉にどよめいた。

丁度その時、たまたま部屋の外を歩いていた義輝がその声を聞きつけ、

何事かと思って部屋の中を覗き込んだ。

部屋の中では沢山の同僚達が窓の外を指差しながらわいわい盛り上がっていた為、

義輝は窓の方に向かい、ひょいっとその窓を覗き込んだ。

そして義輝は、もじもじしている薔薇の姿を目撃した。

 

「うおっ……何と珍しい……」

 

 薔薇と接する事の多い義輝でも、こんな薔薇の姿を見るのは初めてだった。

だが義輝には、薔薇をあんな状態にさせる存在に一人心当たりがあった。

 

(まさか八幡と待ち合わせか……?)

 

 そう思った義輝は、この状態はちょっとまずいのではないかと考え、

そっと部屋の外に出ると、薔薇に電話を入れた。

 

「あれ、材木座さんからだ……もしもし、材木座さん、何かありましたか?」

「あったも何も、今こっちは凄い事になっているのだ、窓だ、窓を見てくれ!」

「窓?」

 

 そして薔薇は、義輝が言う通りに窓を見ようとして、視線を上に向けた。

 

「なっ……」

 

 そこにはびっしりと窓を埋め尽くす大量の人影があり、薔薇は絶句した。

その中の何人かは、薔薇に向けて手を振っていた。

 

「やっと気付いたか……」

「な、何ですかこれ、そっちで今、何が起こってるんですか?」

「どうやら皆がさっきから、今の珍しい薔薇殿の姿を観察しているようだな」

「私!?」

「とりあえずそういう事だから、ボスに気付かれる前に早く逃げるのだ!」

「わ、分かったわ、ありがとう、材木座さん」

 

 そして電話を切った薔薇は、しかし直ぐに逃げる事も出来ず、どうしようかと困り果てた。

 

「ど、どどどどうしよう、八幡が迎えに来るのに、それを置いて逃げる訳にもいかないし、

でもこのままだと完全に晒し者だし、うぅ……」

 

 その時薔薇の肩を、誰かがちょんちょんとつついた。

薔薇はいきなりだったので驚き、相手が誰かを確認しないままこう言った。

 

「誰?今ちょっと立て込んでるから、用事なら後にしてくれない?」

「……ん、何か急な仕事でも入ったのか?小猫」

「は、八幡!」

 

 そこに立っていたのは、両手にコンビニの袋らしき物を大量に抱えた八幡だった。

その姿を見た社員達は、わっと盛り上がった。

 

「ああ、薔薇さんの待ち合わせの相手は次期社長か!」

「それならああなるのも仕方ないな!」

「私も次期社長とお話ししたぁい!」

 

 ソレイユ内部では、実はもう内示が出ており、

全社員に、次期社長には八幡が就くという事が伝えられていた。

そして八幡の功績として、メディキュボイドの獲得が伝えられ、

同時に全社員にかなりの額のボーナスが支給された為、

八幡の人気はソレイユの内部では、既に絶大なものとなっていた。

八幡がちょこちょことソレイユを訪れ、社内の様子を把握しようと色々な部署に顔を出し、

時には苦楽を共にしているのも、その人気の理由の一つだった。

そしてそんな窓の向こうの光景に気付いた八幡は、首を傾げながら薔薇に尋ねた。

 

「おい小猫、あいつらは一体何をしてるんだ?」

「え、えっと…………」

「ん、何か言いづらい事なのか?」

「う、ううん……えっと、八幡を待ってる私見物……かな……」

「はぁ?お前見物?」

 

 そして八幡は、ぷっと噴き出すと、大声で笑い始めた。

そんな八幡の背中を、薔薇が少し拗ねた顔で叩いた。

 

「八幡、笑いすぎ!」

「おう、悪い悪い、とりあえずちょっと待っててな」

 

 そして八幡は、手に持っていたビニール袋を下に置き、

二階の窓からこちらを見ていた者達に手招きをした。

 

「おっ、次期社長が俺達を呼んでるぞ!」

「やった、私達をご指名よ!」

「お前ら急げ!次期社長がお待ちだぞ!」

 

 そしてその部屋の者達は、外に向かって走り出した。だが他の者達も黙ってはおらず、

便乗するように、我も我もとビルの外に向かって走り出した。

そして数分後に、今ビルに残っている全社員が、八幡の前に集結した。

ちなみにビルに残っているのは材木座とアルゴと陽乃の三人だけである。

 

「何でお前ら、こんな大人数でここに来てるんだよ……」

 

 そう言いながらも八幡は、持っていたビニール袋を前に差し出しながら言った。

 

「差し入れを持ってきたから、すまないが各部署ごとに何人か、こっちに来てくれ」

「「「「「「「「「「ありがとうございます!」」」」」」」」」」

 

 そして受け取りに来た者達は、ここぞとばかりに次々と八幡に声を掛けていった。

気を利かせて一歩後ろに下がった薔薇は、その会話に耳を傾けていた。

 

「次期社長、今日はこれから薔薇さんとお出かけですか?」

 

(絶対言わないと思うけど、デートって言ってみてもいいのよ?

ほら、勇気を出して!プリーズ!)

 

「ん?ああ、薔薇には今、俺が頼んだ仕事を頑張ってやってもらっていてな、

ちょっと贔屓みたいになっちまって、皆には悪いんだが、

今日はこんな時間までかかっちまったから、さすがに申し訳ないと思って、

丁度近くにいた俺が、家まで送ってやる事にしたんだよ」

「そういう事だったんですね!」

 

(くぅ~、事実だけど、確かに事実だけど!私だって少しは見栄を張りたい時もあるのよ!)

 

「次期社長、臨時ボーナスありがとうございます!」

「お?そんなのが出たのか?良かったじゃないか。

でも俺はそれには関わってないから、お礼を言われても困っちまうんだが」

「何を言ってるんですか、メディキュボイドのおかげですよ!」

 

(そうそう、それは八幡のおかげで間違いない。

皆ちゃんとそういう所が分かっているのね、えらいえらい)

 

「ああ、そういう事か、まあ役にたてて良かったよ」

 

(まあボーナスの総額なんか比べ物にならないくらい、うちは儲かる予定なんだけどね)

 

 そして一人の女子社員が、唐突にこう言い出した。

 

「次期社長、結婚して下さい!」

「あっ、それじゃあ私も!」

「私も私も!」

 

 そんな女子社員達の様子を目の当たりにした薔薇は驚愕した。

 

(な、何ですって!?例え冗談でも、私には絶対に言えない事を平気で……

これが若さなのね………………)

 

 そして薔薇は、無意識に少し座った感じの目をすると、その女子社員達を見つめた。

 

「おいおい、怖いお姉さんが見てるから、冗談はそのくらいでな」

 

(怖いお姉さん?まさかボス……はいないわね、って八幡?何でこっち見てるの?)

 

「す、すみません薔薇さん!冗談、冗談ですから!」

 

(え?え?)

 

「薔薇さんがお怒りだ、退避、退避!」

 

 誰かがそう言い、社員達はズザッと一歩後ろに下がった。

どうやらソレイユの社員達のノリとチ-ムワークはかなり良いようだ。

 

「わ、私今、そんなに怖い顔をしてた?」

「まあちょっとな」

 

(あっ……八幡の手がこっちに……まさか)

 

 そう言いながら八幡は、薔薇の頭を撫でた。

 

(やっぱり八幡の必殺技!これには逆らえない、逆らえないのよおおおおお)

 

 そして薔薇は、嬉しいやら恥ずかしいやらで、顔から湯気を出しながらフリーズした。

 

「「「「「「「「「「おおっ」」」」」」」」」」

「恥らう薔薇さん……イイ」

「さすが次期社長、猛獣使い!」

「俺、薔薇さんってもっと怖い人かと思ってた……」

「ああっ、薔薇お姉さまがまるで小猫のように!」

 

 その最後のセリフを聞いた八幡は、思わず噴き出した。

それで我に返った薔薇は、八幡の胸をぽかぽかと叩き、その姿に社員達はどっと笑った。

 

 

 

 社員達が外に飛び出してから、その光景をずっと窓から一人で見ていた義輝は、

思わぬ八幡の人気っぷりを目の当たりにし、腕を組んでうんうんと頷いていた。

 

「さすがは我が友、我ごときが心配するような事は何も無かったな!」

 

 だが、女子社員が八幡に群がった瞬間、義輝は豹変した。

 

「なっ、何故いつも八幡ばかりがモテる……

あやつのあの女子社員からの人気っぷりは何なのだ!リア充爆発しろ!」

 

 その時、少し離れた所にある社長室の方からドアの音がして、義輝はそちらの方を見た。

どうやら誰かが中に入っていったらしく、ドアは開け放たれていた。

そして次の瞬間、すさまじい速度で陽乃とアルゴが部屋から飛び出し、

エレベーターの方へと向かって走り出した。

 

「うぅ、出遅れた……」

「どうだろうなボス、オレっちも気付いたのはついさっきだから、

あの状態になってどれくらい経ってるのかは分からないんだよナ」

「まあ教えてくれてありがと、とりあえず間に合ったら、

二人で八幡君と薔薇を散々おちょくってやりましょう」

 

 走る二人からそんな言葉が聞こえてきた為、義輝は慌てて薔薇に電話をした。

 

「あれ、また材木座さんから電話が……」

「また?」

「うん、さっきも私が皆に見られてるって教えてくれたの」

「そうか……何か嫌な予感がするな、とりあえず出てみろよ」

「うん」

 

 そして薔薇は、義輝からの電話で、陽乃とアルゴの接近を知った。

 

「なっ……」

 

(ひいっ……まずいまずい、ついにボスにバレた!早く逃げないと!)

 

 そして薔薇は、その事で頭がいっぱいになり、一瞬他の社員達の存在を忘れ、

いきなり八幡の手をぎゅっと握った。

 

「「「「「「「「「「おおっ」」」」」」」」」」

 

 そしてこの日三度目の、おおっ、が起こった。

 

「お、おい小猫、いきなりどうしたんだ?材木座は何と言ってきたんだ?」

 

 八幡は、薔薇の耳元でひそひそとそう尋ねた。

 

「大変なの、ボスと部長が、今こっちに全力で向かってるって」

「ボスと部長って……ハル姉さんとアルゴか?まじかよ、よし、キットの所まで走るぞ」

「ええ……きゃっ」

「危ない!」

 

 その時いきなり薔薇が転びそうになり、八幡は慌てて薔薇を支えた。

 

「大丈夫か?」

「ごめん、慌てたせいで、ちょっと足首を捻ったみたい」

「よし分かった、俺に任せろ」

「えっ?」

 

(ま、まさかここで憧れのお姫様抱っこが!?

ああ神様、足をくじいてごめんなさい、でも本当にありがとう!)

 

 八幡の言葉を聞いた薔薇は、心の中でそんな事を考えた。

そして八幡は、集まっていた社員達に別れの言葉を告げた。

 

「よし、もうすぐ怖い人が来るみたいだから、俺は逃げるぞ。

お前らもあまり無理せず、そろそろ帰るんだぞ、それじゃあまたな!」

「はい、無理はしません!」

「明日明後日は休みって言われてるんで、大丈夫です!」

「次期社長、また来て下さいね!」

「薔薇さん、足の怪我はしっかり治して下さいね!」

「次期社長、薔薇さんの事、お願いしますね!」

「おう!」

 

 そして八幡は、いきなり正面から薔薇の腰に手を回した。

 

(あ、あれ?八幡、お姫様抱っこの抱く位置はそこじゃない、そこじゃないわよ!?)

 

「ふんっ!」

 

 そして八幡は、薔薇を持ち上げて肩に担ぎ、そのまま車に向かって歩き出した。

いわゆるお米様抱っこである。

 

(ちぃぃぃがぁぁぁうぅぅぅだぁぁぁろぉぉぉ!)

 

 社員達は、そんな薔薇の姿に同情の視線を向けた。

 

「ここは絶対にお姫様抱っこだと思ったのにな」

「まさかのお米様抱っこ、きたあああああ」

「薔薇さん、どんまいっすよ!」

「あれ、でも薔薇さんは今日は短めのスカートだった気が……」

 

 その言葉通り、薔薇は自身のスカートがめくれそうな事に気が付き、慌てて八幡に言った。

 

「ちょ、八幡、スカート、私のスカートが!」

「ああ?もうすぐキットの所に着くからそれまで少し我慢しろ」

「いや、正面から見たら見えちゃう、絶対に見えちゃうから!」

「大丈夫だ、そっちには誰もいない。そして俺が横を向かなければ何も問題はない」

 

(どうしてこうなるのおおおおお!)

 

 そして薔薇は、その恥ずかしい格好のままキットに放り込まれ、

陽乃達が姿を現すギリギリ直前に、何とか二人はその場から脱出する事が出来たのだった。




まあ、こういう話はガチで緊迫しちゃったら書けませんヨネ


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第305話 頑張ったね小猫ちゃん~自宅編

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


 陽乃とアルゴの魔の手から逃れる事に成功した二人は、一路薔薇の家へと向かっていた。

薔薇は自宅の住所をキットに伝え、八幡もさすがに疲れたのか、運転はキットに任せ、

二人は流れる景色を見ながらぼ~っとしていた。

そんな八幡の横顔を見ながら、薔薇は先ほどの出来事について考えていた。

 

(くっ……まさかあんな丸出し状態で肩に担がれる事になるなんて……

幸い他の社員達からは見えない位置だったから良かったものの、

何故お姫様抱っこを選択しなかったのかと、八幡を正座させて問い詰めたい!

でも悔しい事に、あれはあれで悪くはなかった、そう、困った事に悪くはなかったのよ!

何でかって?形はどうあれ、私が初めて八幡に抱き締められたからよ!

そう、私はあれだけ多くの社員の前で、八幡に抱かれたのよ!

でもきっと、あの中の誰も勘違いとかしてくれないわよね……

乙女としては複雑な気分だわ……しかしそれよりも!それよりも!)

 

 そして薔薇は、八幡の方を恨みがましい目で見つめた。

 

(この男、自分の顔のすぐ横で、完全に私のスカートがめくれていたというのに、

まったく視線を感じなかった!どういう事なの!?

あんたはどこからどう見ても、ラッキースケベの申し子でしょうが!

英雄は色好むものなのよ!ああいう時くらいちゃんとこっちを見なさいよ!)

 

 薔薇は心の中で八幡に、そんな理不尽な八つ当たりをした。

その時八幡が、薔薇に声を掛けてきた。

 

「足は痛くないか?大丈夫か?」

「えっ……?あ、う、うん、大丈夫……」

 

(うぅ、私がこんな欲望まみれの事を考えていたというのに……)

 

 薔薇は内心で、自分の心が汚れていると感じ、少し落ち込んだ。

 

(ん?汚れている……?)

 

 そして薔薇は、突然自分に危機が迫っている事に気が付いた。

 

(ああああああ、私の部屋、今の私の部屋は……)

 

 そう、最近忙しかった為、薔薇の部屋は今とても散らかっている。

台所には洗っていない食器が山積みであり、洗濯物は洗濯機が埋まる程たまっており、

普段過ごしている居間の周辺だけは問題は無いが、そこからはキッチンが丸見えであり、

基本的にはとても八幡を上げられるような状態ではない。

 

(ま、まあ、八幡が部屋まで来る訳じゃないし、大丈夫、ここさえ乗り切れば大丈夫のはず)

 

『そろそろ目的地に到着します』

 

 丁度その時キットがそう言い、薔薇はハッとした顔で窓の外を見た。

目の前には見慣れた自宅のマンションの姿があり、

薔薇はもうそんなに時間が経ったのかと、八幡とあまり会話を出来なかった事を少し悔いた。

そして近くにある駐車場にキットを停めた八幡は、

助手席のドアを開け、薔薇に手を差し出した。

 

「ほら、部屋まで連れてってやるから、そっと立ち上がってみろ、薔薇。

あくまで足に負担がかからないようにそっと、そっとな」

 

(うぅ、やっぱり優しい……)

 

 薔薇は頬を染めながら、またお米様抱っこされちゃうのかしらと、

先ほどまで怒っていたことも忘れ、それを期待するような事を考えた。

ところが八幡は、そのまま優しく薔薇に肩を貸し、大切なものを扱うように、

ゆっくりゆっくりと薔薇と並んで入り口の方へと進んでいった。

 

「さすがにここだと他人の目もあるし、抱き上げるのはちょっとまずいよな」

 

(おおおおお、これは想定外だったわ、でもこれもいい!)

 

 そして薔薇は、ビルの入り口のセキュリティゾーンを抜け、

八幡に連れられ、エレベーターの前へと到着した。

 

「ちゃんとセキュリティのしっかりしてる所に住んでるみたいだな、

もし安アパートに住んでたら、無理にでも引越しさせる所だったが」

「え、ええ、おかげさまでそれなりにいい給料をもらってるからね」

 

 そして薔薇は痛めた足の具合を確認し、何とか歩けそうだという事を確認した上で言った。

 

「ここまで連れてきてくれてありがとう、それじゃあここで……」

「あ?何を遠慮してるんだよ、ちゃんと部屋まで連れてってやるって」

「えっ?あ、えっと……」

 

(ど、どどどどうしよう、確かにもう少しこうしていたいけど、でも、でも……

ううん、部屋の入り口まではセーフ、セーフだわ!

ついでに八幡に部屋を覚えてもらえば、いつかはうちに八幡が来てくれるかもしれない!)

 

 そう考えた薔薇は、おずおずと八幡に言った。

 

「う、うん……それじゃあお願い」

「おう」

 

 薔薇は自らの欲望に負け、八幡に自分の部屋の前まで連れてってもらう事を選択したが、

その時点では、しっかりと線引きをするつもりでいた。

だが薔薇の部屋のある階に着いた瞬間に八幡のとった行動のせいで、

薔薇は完全に冷静さを失い、部屋への八幡の立ち入りを許す事となった。

 

「さて、ここまで来ればもう人の目も無いだろうし、そろそろいいか」

「えっ?えっ?」

「よっと」

 

 そして八幡は、薔薇をお姫様抱っこし、薔薇の部屋へ向かって歩き始めた。

 

(きゃあああああああ、私は今、最高に輝いている!ここは愛しい彼の腕の中!

そして私は今、プリンセスっっっっっ!!!!!)

 

「逆の足にあまり負担をかけるのもあれだしな、怪我をした時くらいはまあ、

お前にこうしてやっても怒られる事は無いだろ」

「そ、そうよね、何も問題は無いと思うわっっっっ」

「お、おう……」

 

 八幡は、その薔薇の剣幕に少し押されつつ、足をぶつけたりしないように、

慎重に薔薇を部屋の前まで連れていった。薔薇はここぞとばかりに八幡に抱き付いたが、

八幡はそんな薔薇の姿を、落ちないようにしがみついているんだなと好意的にとらえていた。

 

「ここか、よし小猫、今下ろすからな」

「だ、大丈夫、このままドアを開けられるから、このままで、このままでいいわ!」

「え……そ、そうか……?」

「ええ、何も問題は無いわ!」

 

(せっかくのこの状態を、そう簡単に手放す訳にはいかないわ!)

 

 そして薔薇は、器用にお姫様抱っこされたままでドアの鍵を開け、

八幡はそのまま居間へと進み、そこでそっと薔薇を下ろした。

その瞬間に、薔薇は我に返り、自分の失態に気が付いた。

 

(しまったあああああああ、欲望に負けて、八幡を家に入れてしまったああああああああ)

 

 八幡はまだ気付いていないようだったが、

居間に併設されているキッチンはかなりひどい状態であり、

薔薇は一刻も早くこの状態を脱しないといけないと焦った。

 

「とりあえず楽な格好に着替えてきたらどうだ?何なら寝室まで連れてってやろうか?」

 

(寝室!?寝室には確か、昨日脱ぎ散らかした下着とかがそのまま……)

 

「だ、だだだ大丈夫、一人で大丈夫よ」

「そうか」

「とりあえずここに座ってて、あまりあちこちじろじろ見ないでね!」

「もちろんだ、さすがに一人暮らしの女性の部屋をじろじろ見回すのは失礼だしな」

 

 そして薔薇は寝室に向かうと、何を着ればいいか真剣に検討し始めた。

 

「いつもはジャージだけど、さすがに今の状況でそれは選べない。

私にも女としてのプライドがあるのよ!ここは多少無理をしてでも、

八幡がハッとするような、かわいい服を選ばなくては!

もちろんスカートは、ラッキースケベ御用達の短い奴で!」

 

 そして薔薇は多少時間をかけ、しっかりと身づくろいをして居間へと戻った。

そんな薔薇の目に飛び込んできたのは、キッチンに立ち、洗い物をしている八幡の姿だった。

 

(きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ)

 

「お、やっと着替え終わったか……って、何でそんなよそいきの格好をしてるんだよ、

あとスカートも短すぎだ。ジャージか何かは持ってないのか?」

「あ……あるけど……」

「まあその格好もかわいいと思うが、自宅でくらい、気を遣わず楽な格好をしろよ」

「あっ……はい」

 

(か、かわいい?今かわいいって言った?でも答えちゃった以上着替えないと……

ああっ、キッチンの事に突っ込むタイミングが!)

 

 そう考えながらも薔薇は寝室に戻り、服を綺麗にハンガーに掛け、

上だけジャージに着替えたが、下はミニスカートを死守する事にした。

 

(だって、実際この方が楽なんだもの、仕方ないわよね、うん仕方ない)

 

 薔薇はそう理論武装し、少しアンバランスなその格好で押し通す事にした。

そして居間に戻ろうとした薔薇は、ハッと何かに気付いた顔をし、

絨毯の上をコロコロ転がして掃除をする道具を取り出すと、おもむろに軽い掃除を始めた。

 

(八幡がここに入ってそのまま一緒に寝る可能性が、ゼロという訳じゃないんだし……

これくらいは……ね?そう、例え限りなくゼロに近い確率でも、それはゼロでは無いのよ!)

 

 それは実は、居間に戻ってキッチンの事を話す事を無意識に恐れた、

薔薇の逃避行動であったが、薔薇はもちろんそんな自分の心の動きには気が付かなかった。

 

「ふう……これで準備はオッケーっと。

ついでに自然な態度でこの洗濯物を洗濯機に突っ込まないと……」

 

 そして薔薇はそっと居間を覗き、八幡がまだキッチンに立っている事を確認すると、

忍び足で寝室を抜け出し、浴室に併設されている洗濯機の方へと向かった。

その瞬間に、後ろを向いていた八幡が、向こうを向いたまま薔薇に声を掛けた。

 

「小猫、着替え終わったのか。もしかして寝室に洗濯物がたまってたのか?

このクラスの部屋だとこの時間に大きな音を立てても大丈夫だろうし、

ついでにそのまま洗濯機を回してくるといい」

 

(な、何で分かるのおおおおおお!?)

 

「う、うん」

 

 そして薔薇は、言われた通り洗濯機を回してから居間に戻った。

キッチンは八幡の手によって綺麗にされており、テーブルの上にはお茶が用意されていた。

 

「おい、何で下は短いスカートのままなんだよ」

「え、えっと、足をくじいたからこの方が楽なのよ。ジャージだとちょっと大変じゃない?」

「ああ、そう言われると、確かにそうかもしれないな」

 

(よっしゃあ、咄嗟に考えたこの言い訳は、我ながら完璧ね!)

 

 そして薔薇は八幡の隣に座り、そのお茶を飲んだ。

 

「あ……何か美味しい」

「そうか?あったお茶っ葉を使っただけだし、いつもと一緒だろ?」

「そ、そうかな……」

「まあ気のせいだろ」

 

(これがもしかして、愛情補正って奴なのかしら……)

 

 薔薇はそう思いながら、八幡に言った。

 

「あの……キッチン汚れてたでしょ?あ、ありがと……」

「いや、俺こそ勝手にキッチンに入っちまって悪かったな。

最近俺がお前に色々頼みすぎてたから、片付けてる暇が無かったんだろ?

だからもしかして洗濯物もたまってたんじゃないかと思ったんだが、

どうやらその通りだったみたいだな」

 

(すみません、私がサボってただけなんですううううううう)

 

 だが薔薇は正直にそう言う事も出来ず、その言葉に曖昧に頷いた。

 

「あ……うん」

「しかしお前のジャージ姿は初めて見たが、微妙に似合わないよな、

顔立ちが派手なせいかな、もしかして、化粧を落としたら似合うのかもしれないが」

 

(こ、これはまさか、すっぴんをご所望なのかしら!?でもさすがにそれは……

でも八幡が私のすっぴんを見て変な事を言うはずが無いし、見てもらいたい気もする……

ど、どどどどうしよう、ここが勝負どころな気もする……)

 

 丁度その時、浴室の方から音が聞こえた。どうやら洗濯が終わったようだ。

 

「ここには乾燥機はあるのか?」

「う、うん」

「本当は外に干した方がいいと思うが、とりあえず今日は乾燥機で乾かした方がいいかもな。

俺の事は気にせず、遠慮なく行ってこいって」

「それじゃあちょっと行ってくる」

 

 そして薔薇は、洗濯物を乾燥機にかけた後、鏡を見ながら少し迷った後、

黙って自分の化粧を落とし始めた。そして薔薇は深呼吸をした後、

浴室を出て、八幡の隣に再び腰掛けた。そして八幡は薔薇の顔を見て、

一瞬驚いた顔をした後、柔らかい笑顔を見せた。

 

「そうか、化粧を落としたのか、こうしてお前の素顔を見るのは初めてだよな」

「そ、そうよね。どう……思う?」

 

(さあ、八幡はどう思ったの?さあさあ、思い切ってプリーズ!)

 

「そうだな、印象が柔らかくなったかな、いいんじゃないか?」

 

(よっしゃああああああ!かわいいとか言われた訳じゃないけど、これは好感触っっっっ)

 

「さて、あんまり遅い時間までいるのはまずいと思うし、そろそろ俺は帰る事にするわ。

お前も明日明後日は、GGOにログインしないでいいから、

他の社員同様に、ゆっくり休んでてくれよな」

 

(やっぱり寝室に連れ込むとかは無理だったあああああああああああ!

でもまあ当たり前よね、うん、仕方ない仕方ない、今日は幸せだったし、まあ良かったかな)

 

 そして八幡は立ち上がり、薔薇は八幡を見送ろうと、慌てて立ち上がった。

だが薔薇は足を痛めた事を忘れていたせいでバランスを崩し、八幡の方に倒れ込んだ。

 

「きゃっ」

「おっと」

 

 八幡は薔薇を正面からしっかりと抱き締め、薔薇が倒れるのを防いだ。

薔薇は八幡に正面から抱き締められ、天にものぼる心地だったが、

しっかりと胸を押し付けているにも関わらず、

八幡が少し赤い顔をしているだけで、案外平気そうな顔をしていた為、

薔薇はその事だけは少し残念に思った。ちなみにそれは、薔薇がジャージを着ていた為、

胸の谷間がまったく見えなかった為である。ちなみに感触もセーブされていた。

そんな薔薇をソファーに座らせ、八幡は心配そうに薔薇の痛めた足をさすりだした。

そして八幡は顔を上げ、薔薇に向かってこう言った。

 

「うわっ……い、いや、足は大丈夫か?やっぱり痛いよな?」

 

 薔薇は、八幡が一瞬驚いた顔をしたのを訝しく思ったが、そのままこう答えた。

 

「う、ううん、大丈夫」

 

 そして八幡は、何故か目を瞑って足に視線を戻すと、下を向いたまま薔薇に言った。

 

「そうか、もしやばそうだったら必ず病院に行くんだぞ。

もし移動が無理そうだったら明日俺に連絡してくれ、病院まで送り迎えしてやるからな」

「あ、ありがとう」

 

(神様ありがとうございます!今日一日で、私は一生分の幸せをもらいました!)

 

 そして八幡はくるっと後ろを向き、薔薇にひらひらと手を振りながらこう言った。

 

「ここってオートロックだよな?俺はこのまま帰るが、見送りはいいからな」

「あっ……」

「ん?」

 

(何かこの日の記念を……そ、そうだ!)

 

「あ、あの、絶対に誰にも見せないから、初めてここに来た記念に、一緒に写真を……」

「写真?写真か………………それくらいならまあいいが」

「待ってて、デジカメで綺麗に撮るから!」

「お、おう」

 

 そして薔薇は、居間に丁度置いてあったデジカメを縦にセットし、八幡の前に並んだ。

そして薔薇は、ここぞとばかりにそっと八幡の両手を、自分の前に回した。

 

「……横に並ぶもんだとばかり思ってたんだが」

「べ、別にいいじゃない、カメラも立ててあるんだし!」

「……まあ、いつもお前にはお世話になってるし、このくらいは別に構わないけどな。

他の奴らもお前とだったら許してくれるだろうし」

「そ、そう」

 

(ちょっと複雑なんですけどおおおおお)

 

 そして写真を撮り終わると、八幡は去っていった。

去り際に、一瞬だけ八幡が、薔薇のスカートの方を見た気がしたが、

薔薇はその事は特に気にしなかった。

 

「じゃあまたな、小猫」

「うん、今日は本当にありがとう、またね」

 

 そして薔薇は、一人で先ほど撮った写真を眺めた。

 

「えっ……?」

 

 そこにはとても真っ赤な顔をした八幡が写っており、薔薇は驚いた。

 

「正面から抱き締められた時は、こんな顔はしていなかったわよね、

それが後ろから抱いたくらいでこうなるとは思えないんだけど……」

 

 そして薔薇は、その間に何があったのかを思い出した。

 

『うわっ……い、いや、足は大丈夫か?やっぱり痛いよな?』

 

「思いつくのはあの時……八幡は何かに驚いていた。

そして帰り際に、八幡は一瞬私のスカートの方を見た」

 

 薔薇はそう呟くと、視線を下に落とし、自分のはいているスカートに目をやった。

 

「ま、まさかあの時、八幡は私のスカートの中を見て、それでこんなに真っ赤になった!?」

 

 そして薔薇は、再び写真の八幡の真っ赤な顔を眺め、近所迷惑も気にせず絶叫した。

 

「うおおおおお、神様、私はついに、私の色気で八幡を赤面させてやりました!

この写真は一生宝物にします!」

 

 こうしてこの日は、彼女にとってはとても幸せな状態で終わる事となった。

だが三日後、彼女は陽乃とアルゴにずっといじられる事を、分かってはいなかったのだった。




やっぱり頑張れ小猫ちゃん!


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第306話 上映会

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正



 八幡が、薔薇を迎えにソレイユに向かっている頃、

ピトフーイ、シノン、ニャンゴロー、ベンケイ、エムの五人は、

拠点内のモニター前に集合していた。

 

「シノノンとエムは、アハト・ファウストについては何も知らないんだよね?

ケイと先生はどのくらい知ってるの?」

「私は昔話で、こんな武器を使ってたって、おおまかな説明を受けたくらいですかね、

でも話を聞いてもいまいちイメージが沸かなくて、実際に見てみたかったんですよ」

「私はあやつの当時の友人達から話を聞いただけだが、

同じくどんな武器なのか理屈は分かるが、どう運用するのかが今一つ分からなかったのだ」

「なるほどなるほど、それじゃあこれからじっくりと、

どういう武器なのか見てみるといいよ」

 

 そしてピトフーイが、コンソールに仮想キーボードとマウスを出現させ、

何事か操作をしたかと思うと、モニターに八幡の姿と、見知らぬ若者の姿が映し出された。

 

『一応あんたの若い頃の写真を元に、外見も若い頃と同じにしてあるからな』

 

「ん、今のはどういう意味だ?この相手は何者だ?」

「ああ、先生それはね……えっと、ちょっと待ってね」

 

 そしてピトフーイは映像を一度止めると、代わりにモニターに、

何かの会合のような物の映像を映し出した。

 

「えっとね、あっ、この人この人」

「何っ!?これがさっきの若者か?」

「うん、明日奈の親戚……え~と、明日奈のお爺さんのお兄さん……だったかな」

「これは……確かに強そうではあるが、中身は老人ではないか。

そもそも何でその老人とあのもやしが戦うという事になっているのだ?」

「実は私の独立に絡んで、色々あったんだよね」

「ふむ」

 

 その言葉を聞いたニャンゴローは、腕を組みながらこう言った。

 

「まあそこらへんの詳しい事情は別にいいか、とにかく明日奈の親族なのだな」

 

 そしてその若者は、一本の日本刀を選び、ビュッと振った。

 

『これだな、これが一番、俺の手になじむ』

 

「あら、随分と様になっているわね」

「調べてみたけど、若い頃は色々な大会で優勝した事もあるらしいよ」

「そうなんだ、正当な剣士相手だと、さすがのお兄ちゃんも苦戦するのかなぁ」

「まあ見てれば分かるよん」

 

 そして八幡が、虚空に向けてこう言った。

 

『『アレ』を出してくれ』

 

「おっ、来るよ来るよ」

 

『よう、久しぶりだな、相棒』

 

 そして八幡の腕に、アハト・ファウストが装着された。

 

「……あれは何だ?」

「小型の盾?」

「えっへん、あれがね……」

「あれがアハト・ファウストですよ!」

 

 突然後ろからそう声が掛かり、五人は振り向いた。

そこには顔を紅潮させたイコマが立っており、イコマは興奮ぎみに言葉を続けた。

 

「やっぱり気になって、一度戻ってきちゃいました!」

「ああ、そういえばイコマきゅんは、この武器の事を実際に知っているんだよね!」

「はい、あれは八幡さんのメイン装備ですから!」

 

 そして戦いが始まり、その若者~清盛が、無造作に八幡の左肩に刀を振り下ろした。

 

「あっ……あれ?」

 

 シノンがそう言い、ピトフーイは一時動画を止めた。

 

「シノノン、どしたの?」

「今、八幡が自分から敵の刀に当たりにいったような気がして……」

「あっ、左肩のあたりね!」

「でも終わってみたら右だったから、ちょっとびっくりしたの」

「はい、それではスーパースロウでもう一度!」

 

 そして動画が巻き戻され、ゆっくりと再生された。

画面の中では、左から振り下ろされた攻撃が、いきなり右に変化したのを見てとった八幡が、

咄嗟にその攻撃を回避する様子が映し出されていた。

 

「あ、こういう事だったのね」

「攻めも攻めたり、防ぐも防いだり!って所だな!」

「まあ、これは前座ですけどね」

「これが前座なんだ……うちのお兄ちゃんって……」

 

 そして戦いが継続され、六人は次の攻防を目にし、手に汗を握った。

 

「……今何があったの?」

「いやぁ、前回見てる僕でも、やっぱりハッキリとは見えませんでしたね」

「大丈夫、これから明日奈が解説してくれるから」

 

 そして明日奈の解説を聞いた六人は、その言葉をしっかりと頭に入れながら、

もう一度スローで今の攻防を見てみた。

 

「ねえケイ、八幡は何でこんな事が出来るの?本当に人間なの?」

「それは言外に、妹の私も人間じゃないと言っているようなものなんだけど、

まあ気持ちは分かるよ、うん、他ならぬ私自身もそう思うもん」

「やはりあいつは化け物だな、昔はそうでもなかったんだが」

「これが本物の英雄の力なんですね」

「でも相手も凄くない?」

「あ~……相手の人も僕の知る限り、十分化け物ですからね……」

 

 そうわいわい言い合う五人を見ながら、ピトフーイがこう言った。

 

「さて、クライマックスだよ」

「え?もう決着なの?」

「まあこういう戦闘は、得てして一瞬で決着がつくものですからね」

「まだアハト・ファウストを、ただの盾として使ってる所しか見てないんだけど」

「それはこれからだよ!」

「おお、何か興奮してきました!」

「エムが戦いを見てそんな事を言うなんて珍しいわね」

 

 そして最後の戦いが始まり、六人はそれを、固唾を飲んで見守った。

『ガン!』という音が何度かして、その度に清盛の体のどこかや武器が弾けとんだが、

ピトフーイとイコマはともかく、他の四人は何が起こっているのかまったく分からなかった。

そして次の瞬間、清盛の首が刎ねられた。

 

「うわ」

「やっぱり私はお兄ちゃんの妹じゃないんじゃ……」

「意味がわからん!何だ今のは!」

「の、脳が震える……」

「うはぁ、やっぱり八幡は最高だね、イコマきゅん」

「ですね、やはり八幡さんとアハトのコンビは最強です!」

 

 そして四人の求めに応じ、再びその場面がスーパースロウで再生された。

八幡がいきなり前に出て、完璧なタイミングでカウンターを入れる。

 

「これ……そもそも何でカウンターになってるの?」

「そうだぞ、まだ相手は何のモーションを起こしてないではないか!」

「私もそう思って何度も何度も見てみたんだけど、ちょっとここをよく見ててね」

 

 そのピトフーイの言葉を受け、五人は清盛の腕をじっと見つめた。

 

「はいここ!」

「……よく分からないけど」

「あ、でも何か力が入ったようにも見えません?」

「うむ、言われてみればそう見えなくもないな、言われればな!」

 

 そして四人が説明を求めるようにイコマとピトフーイの顔を見た為、

イコマがピトフーイに代わって説明を始めた。

 

「八幡さんは、相手の攻撃の気配を感じてカウンターを仕掛けるのが得意なんですよね」

「「「「は?」」」」

「ちょ、ケイさんまで……」

「だ、だってお兄ちゃんの本気の戦いを見るのはこれが初めてだし……」

「ああ、そうなんですか、まあそういう事です」

 

 そして次に、清盛が八幡の顔に突きを放った。

 

「これ、完全に顔に刀が刺さったように見えたんだけど……」

「こうして見ると、避けてますね」

「ここは足元に注目ね」

 

 その言葉通り、八幡は右足で清盛の左足を蹴って体を反らしていた。

 

「足は見てなかった……」

「なるほどな」

 

 そして同時に清盛の刀が上に跳ね上げられた。

 

「あっ、左手の武器が一瞬伸びてる!」

「それがアハト・ファウストの能力です!シンプルでしょ?」

「なるほど、こうやって敵の攻撃にカウンターを入れる為の武器なのか!」

 

 そして八幡がアハトを正面に構えて真っ直ぐ敵に突っ込んだ。

 

「ここはあれよね、何も考えずに真っ直ぐ突っ込んだように見えたけど……

何故か相手の刀が外に弾かれたのよね」

「あっ、見て!」

 

 シノンがそう言った瞬間、アハトが逆に伸びているのが見え、四人は驚愕した。

 

「なっ……」

「なるほど、あれは前後に伸びるのか!」

「はい、それがアハト・ファウストです!」

「全方向でカウンターを取る為の武器ですか……でもよく見えますね」

「あの男は、昔から観察力に優れていたからな!」

 

 その会話の間にアハトが再び前に伸び、清盛の顎にヒットした。

 

「あ!こういう事だったんだ!」

「まさに自由自在だな!」

「これで首ががら空きですね!」

「あっ、ここ!よく見ると、お兄ちゃんが笑ってるよ!」

「あまり見る事の無い、凄惨な笑顔ですね」

「本当だ!うぅ、ぞくぞくするぅ!」

 

 そして画面の中では、一瞬で清盛の首が刎ねられた。

 

「「「「「「ふぅ……」」」」」」

 

 戦闘はそこで終わり、六人はそうため息をついた。

 

「あれがアハト・ファウスト……八幡はよくあんな装備を自由自在に使えるわね」

「でしょでしょ?」

「あれ、って事はもしかして……」

 

 エムがそう呟き、五人は何だろうかとそちらの方を見た。

 

「エム、どうしたの?」

「いや、思ったんですけど、GGOでのシャナさんってまさか全力を出せてないんですか?」

「……いやいや、だってあんなに強いじゃない」

「でも、アハトがあったらシャナさんは、絶対にサトライザー何かには負けてないですよ」

「あ、イコマきゅんはそう思うんだ?」

「はい、僕もあの戦闘は見ましたけど、アハトがあればって何度も思いましたから。

八幡さんは僕達のヒーローなんで、それがとにかく悔しかったですね」

 

 そんなイコマを、他の五人がじっと見つめた。

 

「ど、どうしたんですか?」

「ねぇ、イコマきゅん、GGOでアハト・ファウストって作れないの?」

「いやぁ、それはさすがに……」

「本当に?」

「……真面目に考えた事は無かったですね、完全な再現は無理ですけど、

似たような機構を使えば、あるいは……よし、研究だけはしてみます!」

「まあ、銃の世界でどれだけ役にたつかは分からないが、

少なくともあの素材、宇宙船の装甲板とやらを使えば、

敵の弾を弾く事は出来るのだろうし、それで接近戦に持ち込めれば、

あやつはほぼ無敵の存在になるかもしれんな!」

 

 六人はそんな光景を夢想し、気分が高揚するのを感じた。

 

「イコマきゅん、必要な素材があったら何でも言ってね」

「この事は、シャナには内緒にしておくのだぞ」

「はい!実現出来るかは分かりませんが、全力を尽くします!」

 

 こうしてGGOにおけるアハト・ファウスト復活作戦が、密かに始まったのだった。

だがそれは結局、ラフコフ残党との決着には間に合わなかった。

そしてピトフーイは、次の明日奈の戦いの動画を流し始め、

イコマはその間に、シノン用のグロックの改造を始めた。

 

「おっ、この服装は見た事ありますね!」

「血盟騎士団とやらの制服だな!」

「ねぇ、それって何?」

「SAOで二人が最後に所属していた、最強ギルドの名前だぞ!」

「ああ、この二人が所属してたなら、それは強いわ……」

 

 そして明日奈の戦いは、一瞬で決着がついた。

 

「うわぁ……さすがはお義姉ちゃん……」

「八幡とタイプは違うけど、本当に強いね、やっぱりこの前の動きは伊達じゃなかったんだ」

「明日奈さんの二つ名の通りって事ですね、閃光のアスナ、全プレイヤーの憧れです」

 

 そう言いながら、イコマがこちらに歩いてくるのが見えた。

 

「イコマ君、まさかもう出来たの?」

「ですです、シノンさん、これを」

 

 そしてイコマは、シノンにグロックを差し出した。

グロックは多少銃口が太くなっているが、見た目にそう変わりは無いように見えた。

 

「今回は隠し武器というコンセプトから、秘匿性を重視しました。

グリップの上側にスイッチがついてます、先ずはそれを動かして下さい」

「うん」

「それでトリガーを引くだけで刃が出ますよ」

 

 そしてシノンがグリップを引いた瞬間、いきなり銃口の少し下から光の刃が出現した。

 

「おおっ」

「これぞまさに隠し武器!」

「いいぞいいぞ!シノン、ちょっとケイに教えてもらって練習してみるといい」

「そうですね、短剣の事ならお任せ下さい!

まあベストなのは、お兄ちゃんに教えてもらう事だと思いますけどね」

「あ、あれはちょっと私には無理じゃないかな……」

「いやいや、お兄ちゃんは基本的な動きを人に教えるのも上手いですよ!」

「そ、そうなんだ、それじゃあ今度頼んでみようかな」

 

 こうしてこの日の活動は終わり、イコマは寝る前に車をいじるからと、

車庫の方へと向かって歩いていった。そのイコマの手によって、

二台のハンヴィーが魔改造されてしまう事を、この時は誰も想像していなかった。



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第307話 また後で

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


 その日、藍子と木綿季は、生まれて初めて東京の土を踏んだ。

そして二人は、新しく整備された眠りの森へと足を踏み入れた。

 

「へぇ~、これがメディキュボイドかぁ」

「しばらくは、ずっとここからVRの世界に居続ける事になるのね」

「どんな感じなのかなぁ、凄く楽しみだね」

「そうね、私達には施設以外では友達はいないし、寂しいって事は特に無いしね」

「え~?友達なら八幡がいるじゃない」

「違うでしょ、私達は八幡の愛人なのよ?友達では無いわ」

「あっ、そういえばそうだね!」

 

 藍子は木綿季にそう言い、木綿季は微笑んだ。そんな二人の所に経子が駆け寄ってきた。

 

「二人とも大丈夫?長い距離を移動して疲れてない?」

「園長先生!大丈夫、車は凄く乗り心地が良かったし、

ソレイユの人達が凄く良くしてくれたから、快適な旅だったよ」

「これで八幡がいてくれたら最高だったんだけどね」

 

 その言葉を聞いた経子は、微笑みを浮かべながら二人にこう言った。

 

「あらあら二人とも、彼に凄く懐いちゃったのね、少し妬けるわ」

 

 その言葉を聞いた二人は、顔を見合わせると、キッパリとこう言った。

 

「だって先生、ボク達二人とも、八幡の愛人になる予定だからね!」

「ええ、その為にも絶対に病気を治さないとね」

 

 経子はそんな二人を見て、プッと噴き出した。

 

「でもそう言った時の彼、凄く困ったような顔をしてなかった?」

 

 経子はその時の三人の姿を見ていた為、当時の事を思い出しながらそう言った。

 

「うん!」

「ええ」

「でも否定はしなかったのよね?彼は優しいから」

「うん、嫁は間に合ってるらしいから、愛人って事にしたの!」

「八幡は、私達を絶対に突き放すような事はしないだろうから、実現性はかなり高いはず」

 

 その藍子の言葉に、経子は再びプッと噴き出した。

 

「た、確かにそうかもしれないわね、あはっ、計算高いというか何というか……」

「ふふっ、でもそのおかげで、私達にも生きる希望が沸いたのは確かね」

「八幡と会えて、本当に良かった!」

「そうね、私も彼と出会えて本当に良かったと思うわ」

 

 丁度そこに、二人の姿を見つけた楓が嬉しそうに走ってくるのが見えた。

 

「アイちゃん、ユウちゃん!」

「あっ、楓ちゃん!」

「楓ちゃん、もうすっかり走れるようになったのね」

「うん!」

「そう、私達も頑張って病気を治すから、そうなったら一緒に遊びましょうね」

「それまでもうちょっと待っててね、楓ちゃん!」

 

 その言葉を聞いた楓は、とても嬉しそうな顔でこう言った。

 

「うん!絶対だよ!私、ずっと待ってるね!だからアイちゃんもユウちゃんも頑張って!」

 

 今回京都の旧眠りの森から東京に来たのは、今のところこの二人だけだった。

メディキュボイドは一つ、また一つと順番に整備されていっており、

現在二つが完成した為、ちょうど双子である二人が最初に選ばれ、

今日こうして移動してくる事になったという訳だった。

メディキュボイドに入るのは明日からの予定となっており、

今日は二人にとって、現実世界で生活する最後の日の予定となっていた。

もっとも、何かあったら二人はいつでも現実に帰還する事が出来るので、

あくまで便宜上、そういう事になっているというだけだったのだが。

 

「それじゃあ二人が今日一日を過ごす事になる部屋に案内するわね、こっちよ」

「うん!」

「はい」

 

 そして二人は経子の後に続き、少し歩いた後、経子はとある部屋の前で足を止めた。

 

「さあここよ、それじゃあ二人とも、存分にね」

「存分にって……何?」

「先生、この中に何が?」

「さあ、何かしらね、まあそれは自分達の目で確かめるといいわ」

 

 そして経子は笑顔で去っていき、二人は少し緊張しながら部屋の扉を開けた。

 

「よぉ、アイ、ユウ、二人ともよく来たな」

「八幡!」

「あっ、八幡!」

 

 その部屋の調度品はかなり豪華にしつらえられており、ベッドが二つ並んでいた。

そしてその片方のベッドに腰掛けた八幡が、こちらに手を振っているのが見え、

二人はそちらに駆け出すと、思い切り八幡に抱きついた。

八幡は二人にベッドに押し倒される形になったのだが、

二人をしっかりと抱き止めたまま簡単に起き上がると、二人に向かってこう言った。

 

「おいおい、無理するなって」

「八幡、来てたんだ?」

「姿が見えなかったから、来てないのかと思って、少し寂しく思っていたのよ」

「すまんすまん、お前らを驚かせようと思ってな。

まあ俺がお前らをここに呼んだわけだし、当然俺はここにいないとな」

「まあいいわ、広い心で許します」

「ボクは普通に許すけどね!」

「おう、ありがとな、二人とも」

 

 そして二人は荷物を下ろし、といってもほとんど無いのだったが、

服を着替える事にしたようだ。八幡は外に出ていると言ったのだが、

二人にここにいてと言われた為、目をつぶって二人が着替え終わるのを待つ事にした。

 

「もういいわよ、八幡」

「うん、もういいよ!」

「おう」

 

 そして八幡が目を開けると、そこには下着姿になった二人の姿があった。

 

「なっ……こらアイ!お前いい加減にしろ!」

 

 八幡は慌てて目をつぶると、藍子にそう言った。

 

「あら、どうして私が立てた計画だと思うのかしら」

「その言い方が、もうお前が立てた計画だって事を証明してるよな?」

「くっ……まあその通りよ、どう?嬉しかった?」

「いや、別に嬉しくはないが……」

「そ、そう……」

「嬉しくなかったんだ……」

 

 その二人の声が想像以上に落ち込んだものだった為、八幡は慌ててこう言い直した。

 

「い、いや、嬉しくなかったなんて事はない、嬉しかった、嬉しかったんだが、

それよりも……え~と、そう!恥ずかしかったんだ!だから早く服を着てくれ、な?」

「そう、それならいいわ。ユウ、早く服を着るとしましょう」

「そうだね、あんまり八幡を恥ずかしがらせるのはちょっとね」

「お、おう、ありがとな」

 

(どうもアイのペースに巻き込まれちまうな、この影響力、アイはリーダー向きかもしれん)

 

 八幡はそう思いつつ、二人が着替え終わるのを待った。

 

「今度は本当にいいわよ」

「うん、オッケー!」

「お、おう……」

 

 そして八幡は、おずおずと目を開いた。二人はセーターにスカート姿という、

至極真っ当な格好をしており、八幡はそれを確認して安堵した。

 

「そういえば私服姿を見るのは初めてだな」

「そうね……確かにこれは私服ではあるのだけれど、

正直もっと女の子らしいかわいい格好をしてみたいとも思うのよね」

「うん、ボク達って一度も自分で服を買いにいった事は無いんだよね」

「そうなのか……よし」

 

 そして八幡は、横に置いてあった自分のバッグからノートPCを取り出し、

そこから服の通販をしているサイトにアクセスをした。

 

「八幡、これは?」

「いやな、単なる思いつきなんだが、お前らが元気になって目覚めた時に、

自分で選んだ服を着れればいいなって思ったから、ここで選んでもらえばどうかなってな」

「ああ、そういう事」

「八幡が買ってくれるの?」

「ああ、もちろんだ。とりあえず選んでもらった服は俺が用意しておくから、

他の服を実際に買いに行く時にはとりあえずその服を着てもらって、

店までキットで一緒に行こうな」

 

 その言葉を聞いた藍子と木綿季は、ハッとした顔で言った。

 

「そういえば今日はキットは?」

「うん、キット、キットは?」

「あそこだ、ほら」

 

 八幡はそう言って窓の外を指差した。二人が窓から外を眺めると、

そこには確かにキットが停まっており、二人の姿を見つけたのか、キットがドアを上下した。

 

「キット~!」

「こっちに気付いたのね、相変わらずキットは優しいわね」

 

 そして二人はキットに手を振り返し、嬉しそうに八幡に抱きついた。

 

「おいおい、いきなりどうしたんだよ」

 

 事前に『アイとユウがメディキュボイドの中に入るのを見届けるから会いに行く』と、

明日奈に伝えていた八幡は、その際に明日奈に、

絶対に二人を拒絶するような事はしないようにと厳命されていたので、

その抱擁を拒否する事も無く、暖かい目でそんな二人を受け止めた。

 

「ううん、何か凄く嬉しくて」

「八幡、大好き!」

「よしよし、とりあえず服を選んじまえよ、その服は大切に保管しておいて、

二人が目覚める時に、ベッドの脇に置いておくからな」

「分かったわ」

「うん!」

 

 そして二人が選んだ服をしっかりと記憶した八幡は、

サイズをどうすればいいか少し迷ったのだが、

それは経子に聞けばいいと思い当たり、笑顔で二人に言った。

 

「よし、サイズの事は経子さんに聞けばいいだろうし、問題無いだろう」

「凄く楽しみね」

「そうだね、店に行った訳じゃないけど、自分で選ぶのってやっぱり楽しいね」

 

 そんな二人の姿を見て、八幡は突然ある事に気が付いた。

前は病院着姿しか見た事が無かったので気付かなかったが、

改めてこうして二人のセーター姿を見て、そして先ほど抱きつかれた時の感触からして、

『アイが想像以上に胸がある事』と『ユウもそれなりにある事』に気付いてしまったのだ。

そんな八幡の視線を敏感に察知したのか、藍子がニヤリと笑いながら言った。

 

「ねぇ八幡、実は私もユウも胸は意外と大きいのよ、試しに私の胸に触ってみる?」

「なっ……」

「え~?まあボクも別にいいけどね、八幡、触ってみる?」

 

(こ、こいつら……)

 

 八幡は、再び藍子のペースに巻き込まれつつあるのを感じながらも、

この状況を打開する手を思いつき、それを実行に移す事にした。

 

「そうか、それじゃあ遠慮なくアイの胸から揉んでみるか」

「なっ……」

「どうした?ほら、遠慮しないでこっちに来いって」

「えっと……そ、それは……」

「あれ、アイの顔がそんな真っ赤なの、ボク初めて見たよ!」

 

 木綿季がそう言い、藍子は更に顔を赤くした。

 

(よし、作戦成功だ)

 

 そして藍子は、八幡の意図に気付いたのか、恨みがましい目で八幡をじろっと見た。

八幡はそんな藍子に笑いかけ、藍子もそれに釣られてつい笑ってしまい、

三人はそのまま楽しそうに笑った。

 

「よし、それじゃあそろそろ飯にしようぜ」

「八幡も一緒に食べてくれるの?」

「ああ、経子さんともよく相談して、病院食にはとても見えないような、

豪華な食事を用意してもらったからな」

「わっ、本当に?」

「ああ、バッチリだ」

 

 そして三人は楽しく食事をし、その日は二人の希望で八幡も病室に泊まる事になり、

簡易ベッドが部屋に持ち込まれ、八幡はそこで寝る事となった。

消灯時間が過ぎても三人は色々な話をし、

やがて疲れたのか、藍子と木綿季が静かになったのを確認し、八幡もそのまま眠りについた。

これからメディキュボイドの中で生活していく事になる二人にとって、

今日の思い出はかけがえのない宝物となった。

 

 

 

 そして次の日の朝、二人が目覚めると、八幡はまだぐっすりと眠っていた。

二人は顔を見合わせると、何事か相談し、

八幡を起こさないようにそっと経子の所へと向かった。

 

「あら、二人ともおはよう、昨日は楽しかった?」

「はい、園長先生、ありがとうございます」

「とっても楽しかった!ありがとう、園長先生!」

「そう、それなら良かったわ、彼はまだ寝ているの?」

「その事で先生に頼みが……」

「あら、何かしら」

「実は……」

 

 そして二人の頼みを聞いた経子は、それを快諾した。

 

「お安い御用よ、直ぐに部屋に戻りましょう」

 

 そして部屋に戻った三人は、まだ八幡が寝ている事を確認すると、

両側からそっと寝ている八幡の頬にキスをし、経子はそれを写真に撮った。

 

(明日奈さんにはちょっと悪いけど、これくらいは許してくれるわよね)

 

 その写真は、メディキュボイドに接続した二人が拠点にする家の壁に飾られ、

今後ずっと、二人の生きる力となる。

そして直ぐに八幡も目覚め、自分を見下ろしている三人の顔を見て、きょとんとした。

 

「おはようございます、何かありましたか?」

「ううん、八幡君の寝顔がかわいかったから、三人で見ていただけよ」

「うんうん、本当に子供みたいな寝顔だったわよ」

「え、まじで?」

「うん、まじまじ!」

「そ、そうか……それならこれでどうだ?」

 

 そして八幡は、精一杯キリっとした顔をし、三人はたまらず噴き出した。

そして簡単な朝食をとった後、ついに二人がメディキュボイドの中に入る時が訪れた。

 

「八幡……」

「八幡!」

「おう、二人とも、落ち着いたら必ず会いに行くから、待っててくれよな」

「約束よ?」

「ああ、約束だ」

「絶対だよ?」

「ああ、絶対だ」

 

 そして八幡は手を大きく開き、二人はその胸に飛び込むと、とても嬉しそうな顔で言った。

 

「それじゃ八幡、また後でね」

「八幡、また後で!」

「ああ、また後でな」

 

 こうして二人はまったく不安を感じる事なく、八幡の存在を希望とし、

VRの世界へと旅立っていった。そして直後にスタッフの一人が八幡に声を掛けた。

 

「比企谷……いいえ、次期社長」

「はい?……えっ、めぐり先輩?めぐり先輩じゃないですか!」

 

 そこにいたのは、海外にいるはずのめぐりだった。

八幡は驚きつつも、嬉しそうにめぐりの手を握り、再会を喜んだ。

 

「先輩、どうしてここに?突然だったからびっくりしましたよ」

 

 そんな八幡に笑顔を向けながら、めぐりは突然真面目な顔を作ってこう言った。

 

「本日付けでソレイユに入社し、即ここに配属されました、城廻めぐりです!

次期社長、今後とも末永く宜しくお願いします!」

 

 そしてめぐりは、ぺろっと舌を出しながら言った。

 

「なんてね、えへっ」

 

(ゲームの中では会ってたけど、こうして実際に会うと、

やっぱり癒やされるレベルが違うよな……はぁ、メグリッシュされるわ)

 

 そう思いつつも八幡は、疑問に思った事をめぐりに尋ねた。

 

「あっ、ええと、今のはどこまでが本当なんですか?」

「全部だよ、私が勉強してたのは薬学関係なんだよね。

それで陽乃さんに声を掛けられて、そのままソレイユに入社した感じかな」

「あっ、そういう事ですか」

「二人との別れを邪魔するのは嫌だったから、こうして声を掛ける機会を伺ってたんだよね」

「なるほど……先輩、二人の事を宜しくお願いします」

「うん、任されたよ!」

 

 こうしてめぐりは、ソレイユのスタッフの一人として、

アメリカに渡った宗盛との連絡役もこなしつつ、今後二人の為に奔走する事となるのだった。



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第308話 操られる愚者達

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


 街から少し離れた所にある廃ビルに、その日、数人のプレイヤーが集まっていた。

そして一人のプレイヤーがとある発言をし、集まっていた者達はどよめいた。

 

「それがお前が考えた、シャナを誘い出す作戦か?

確かにそれならシャナをおびき出せるかもしれないが、けどよ……」

「まあ内容はともかく、確かにただ待つより、誘い出した方が有利に戦えると思うが」

「実は俺が考えた訳じゃなくて、街で誰かが話してるのがたまたま聞こえたんだよ、

確かに内容はどうかと思ったが、有効なのは確かだから、一応報告をと思ってな」

 

 これは当然ステルベンとノワールの仕込みだった。

実現性が高いように聞こえる話を噂として流し、他人が実行するのを辛抱強く待つ、

その為に、女性絡みでのシャナの悪い噂を流し続ける。

人は自分にとって都合のいい話を信じたがるものだ。

この日ここに集まった者達は、シャナが女性を脅して従わせていると信じているのではない、

信じたがっていたのだった。それほどシャナの恵まれた女性関係は、

彼らにとっては信じがたいものだったという事なのだろう。

 

「おいお前ら、そんな作戦を本気で実行するつもりか?」

 

 その提案は、やはり多くの者には受け入れ難いものだったらしく、

参加者の一人が鼻白んでそう言った。

 

「賛否はともかく、有効なのは確かだろ?」

「でもよ、シャナの取り巻きの中の一人をさらって人質にするなんてよ……」

「結果的にそれがその女性を助ける事になる。いずれ真実が分かれば感謝されるだろう」

 

 このセリフを言ったのはノワールである。

ノワールは、この集まりに密かに参加し、フードを被って顔を隠し、

どの勢力に所属する者なのかが曖昧に判断される位置に座っていた。

その為その場にいた者達は、ノワールはどこかのスコードロンの一員なのだろうと、

漠然とそう考えてしまっていた。

 

「まあそうかもだけどよ……」

「お前は虐げられている女性を助ける気が無いのか?

だったらお前はここにいる資格は無い、

さっさと街に帰って、他の女性がシャナの毒牙にかかるのを指を銜えて見ていればいい」

「そ、そんな訳無いだろ、俺だって助けられる奴は助けたいさ!」

「他の奴らはどうだ?」

 

 そのノワールの言葉に、さすがに見捨てるとは言えず、

参加していたプレイヤーから、ぽつぽつと賛同の声が上がった。

もちろん中には反対の者もいたと思うが、そのなんとなくの雰囲気に流されてしまい、

結局誰も反対の声を上げる事は出来なかった。

 

「それならここは、人助けだと思ってぐっと我慢して、

シャナの手から女性達を解放してやろうぜ」

「そ、そうだな、大義は我らにあり、だな」

 

(まあお前らに大義なんか無いし、シャナに虐げられてる女なんかいやしないがな。

ああ、簡単すぎて本当につまらねえ)

 

 こうして作戦の概要が決められていった。時間を決めて全員が街を監視する事、

シャナの仲間が単独で動き次第、連絡を取り合ってその女性をさらう事、

その噂を街に流す事で、シャナ達をその場所に呼び寄せる事などが決まった。

ノワールの手によって、誰が首謀者なのか本人達にも分からない、

巧妙な意識の誘導が行われたのだった。

 

 

 

「どうだ?」

「ああ、ちょろいちょろい、あいつらは馬鹿の集まりだな」

「そうか」

「もっとシャナを怒らせる為に、当日は俺達もちょっとだけ参加しないと駄目だろうが、

あいつが来る前にさっさとずらかる事にしようぜ」

「それまでに多少お前のステータスを上げておくか?」

「ああ、そうだな……このキャラを育てる気はまったく無かったが、

こうなってみると、ほんの少しでもAGIにステ振りして、移動速度を上げるのはアリだな」

「よし、弟に連絡をとる」

「おう、頼むぜ」

 

 

 

 そして三日後、ロザリアは、二日間のんびりした事で心身ともにリフレッシュし、

久しぶりにGGOへと足を踏み入れた。

その姿をたまたま見掛けた者がいた、薄塩たらこである。

 

「あれはこの前の……あれから何か新しい情報が無いか、

ここで情報交換をしておくのも悪くないか」

 

 そしてロザリアに声を掛けようとした薄塩たらこは、

自分のスコードロンの下っ端メンバーが数人で、

人目を忍ぶようにロザリアを観察しているのを発見した。

 

「何だあいつら、何をこそこそしてやがる」

 

 そう思ったのも束の間、いきなりその者達がロザリアに襲い掛かった。

 

「なっ……」

 

 ロザリアも抵抗しようとしたのだが、よほどしっかりと準備をしてきたのだろう、

男達は素早く拘束具を取り出し、ロザリアの手足にはめると、口に猿ぐつわを噛ませ、

そのままロザリアをかついでいきなり走り出した。

ロザリアにとっては、望まぬお米様抱っこである。

あの薄塩たらこが介入する暇も無い、それは一瞬の出来事だった。

 

「あの馬鹿ども、何て事をしやがる……」

 

 ちなみに今回の人選をしたのもノワールであった。

ノワールは、シュピーゲルが薄塩たらこへの不満を述べたのを耳にし、

その不満の元となった戦いの話をシュピーゲルから聞き出しており、

例え一時的にでもシャナと薄塩たらこが敵対した事を利用して、

薄塩たらこのスコードロンの下っ端を炊きつける事で、

シャナと薄塩たらこの抗争の拡大を狙ったのだった。

だがさすがのノワールも、その場に薄塩たらこ本人が偶然居合わせるなどとは、

まったく想像してはいなかった。ついでに言うと、戦闘後の祝勝会で二人が和解した事や、

先日シャナ討伐の話し合いが行われた直後に、

薄塩たらこがロザリアにシャナの味方をする宣言をした事も知らなかった。

後者はともかく、前者はシュピーゲルが祝勝会に参加しなかったせいである。

 

「くそっ、すぐに後を追ってやめさせないと」

 

 そう呟いて、薄塩たらこはその男達を追いかけた。だがその行動は、

微妙に遅きに失したようだ。男達は既に他のスコードロンの者達と合流しており、

薄塩たらこ一人では、手出しが出来ない人数にまで膨れ上がっていた。

その数は実に二十人に達し、さすがの薄塩たらこでも、もうどうする事も出来なかった。

 

「まずいな、このままだと、うちとシャナ達が完全に敵対する事になるかもしれん。

とりあえずシャナに直接話すとして、せめて行き先だけでも掴まないと」

 

 薄塩たらこはそう考え、とりあえずその一団を尾行する事にした。

そしてその一団が、街を出て少し行った所にある、

廃ビル群の中の一つに入った事を確認すると、

薄塩たらこは急いでシャナが拠点にしているビルへと向かった。

そしてビルの入り口で、誰かシャナの仲間が来るのを待っていた薄塩たらこは、

遠くからシャナ本人が一人で歩いてくるのを見付け、慌ててそちらに駆け寄った。

 

「シャナ!」

「おう、たらこか、久しぶりだな」

「シャナ、すまん!」

「……ん?いきなりどうした、何かあったのか?」

 

 そして薄塩たらこは、はやる気持ちを抑えながら、一応シャナに確認をした。

 

「俺は先日ロザリアさんという人に会ったんだが、彼女はシャナの仲間で間違いないよな?

確か動画にも出てたはずだし」

「ああ、その話ならロザリアから聞いてるぞ、結局そっちのスコードロンの中から、

俺に敵対する奴が出たとかそういう話か?」

「その通りだ、俺の教育が足りなかったせいだ、本当にすまん。

だが今はそんな事を言っている場合じゃないんだ、

ついさっき、ロザリアさんがその馬鹿共にさらわれた」

「………………ほう?」

 

 シャナは少しぼ~っとした感じでそう答えたのだが、

薄塩たらこは、周囲の気温が急激に下がったような錯覚を覚えた。

シャナの見た目は特に何も変わっていないのにである。

 

「とりあえず何があった?」

 

 シャナにそう言われた薄塩たらこは、背中にびっしょりと汗をかきながら、

その時の状況を詳しく説明した。

 

「なるほど、敵は二十人以上か」

「すまん、二十人は確実なんだが、目的の廃ビルの中に何人敵がいるかは分からなかった」

「いや、情報は助かる」

 

 丁度その時、イコマからシャナに通信が入った。

 

「イコマ、どうした?」

「シャナさん、今どこですか?」

「拠点の前だ」

「あっ、見えました!ちょっと待ってて下さい!」

 

 その言葉通り、遠くから走ってきたイコマは、シャナと目が合うなりピタッと足を止めた。

そしてイコマは、恐る恐るといった感じでこちらに近付いてきた。

シャナはそれを疑問に思いつつも、とりあえず薄塩たらこをイコマに紹介する事にした。

 

「これはイコマ、俺の仲間だ。そしてイコマ、これは薄塩たらこだ」

「あ、あなたが薄塩たらこさんでしたか、お噂はかねがね」

「薄塩たらこじゃ言いにくいだろ?たらこでいいぜ、え~っとイコマさんだったか、

シャナに男の仲間がいるなんて話、初めて聞いたぜ」

「はい、僕は職人なので基本戦闘とかはしないんですよ。宜しくお願いします、たらこさん」

「なるほどな、それなら表に出てこないのも当たり前か」

「それよりですね……あの、たらこさんにちょっとお聞きしたい事があるんですが」

「おう、別に構わないが、何だ?」

 

 そしてイコマは、薄塩たらこの耳元でそっとこう尋ねた。

 

「あの、たらこさん、シャナさんを怒らせたりしました?」

「や、やっぱりシャナは怒ってるのか?」

「はい、シャナさんのあの眠そうな目と、ぶっきらぼうな態度は、

本当の本当にガチで怒っている時の反応です。

たらこさんは、シャナさんがALOのハチマンさんだって事は知ってるんですよね?

という事は、薄々彼の過去もご存知で?」

 

 そう尋ねられた薄塩たらこは、イコマに探るような目を向け、

少し考えた後に、ぼそっとこう言った。

 

「…………SAOの四天王、銀影のハチマンだろ、

俺のダチもSAOをやってたからな、それで話は聞いてた。

でもその事は絶対に誰にも言うつもりはない、ダチの命の恩人だからな。

そのダチは中堅プレイヤーだったらしいんだが、今でもたまに言うんだよ、

悪い奴らに襲われて死にそうになった時にハチマンさんとアスナさんに命を助けてもらった、

そのおかげで今俺は生きている、ってな」

 

 そんな薄塩たらこに、イコマは言った。

 

「そうですか……実は僕もSAOをやってたんですよ」

「そうなのか!」

「はい、で、その時に一度だけ、ああなったハチマンさんを見た事があるんです。

それはそのアスナさんが、とあるプレイヤーにストーカーまがいの事をされた時で、

人の多い広場で言い争いをしてたんで、僕もたまたまそれを目にしたんですよ。

で、その相手もかなり強い人で、GGOで言うとBoBに出るクラスの人だったんですが、

その相手を三秒で叩きのめしました。正直動きがまったく見えなかったです」

「まじかよ……」

「だからたらこさんが怒らせたのかどうか、確認したかったってだけなんです、すみません」

「お、おう、大丈夫だ、それなら多分俺じゃない」

「それなら本当に良かったです」

 

 こうして二人の会話が終わった後、イコマはシャナにこんな報告をした。

 

「シャナさんに連絡したのは他でもありません、ちょっとおかしな噂が流れてまして」

「噂?」

「はい、シャナさんに敵対するグループが、うちのメンバーの誰かをさらったとか何とか」

「そんな噂が……そうか、噂を流して俺をおびき寄せようとしてるんだな」

「あくまで噂なんで、本当かどうか分かりませんよ」

「いや、本当だ。今たらこから聞いた」

「そ、そうなんですか?それじゃあ直ぐに皆に連絡しないと」

 

 そう言ったイコマに、シャナはあっさりとこう言った。

 

「今は誰もインしてないみたいだし、とりあえず連絡は必要無い」

「えっ?」

「というか、それじゃあ間に合わない。その間にロザリアが奴らに何かされるかもしれん。

というか、今まさにされているかもしれん。まあハラスメント行為は不可能だから、

そのあたりの心配は無いとして、現在進行形で傷つけられている可能性は否定出来ん」

「確かにそうですね」

 

 そしてシャナは、イコマにこう尋ねた。

 

「イコマ、ハンヴィーの改造はどうなってる?」

「一台は完全に仕上がってます、徹底的にやりました」

「そうか……よし、俺は今から敵の拠点に一人で殴りこみをかける」

「えっ、何を言ってるんですか?当然僕も行きますよ」

「駄目だ、危険だ」

「大丈夫ですよ、基本ハンヴィーで待機しつつ、その武装を使って攻撃しますから」

「……そうか、ありがとな、イコマ」

「いえ、仲間の為ですから!」

 

 その会話を横で聞いていた薄塩たらこが、驚いたように二人に言った。

 

「おい、まさか二人だけで殴り込むつもりか?」

「最初は俺一人で行くつもりだったんだけど、な」

 

 その返事を受け、薄塩たらこは一瞬で決断し、こう言った。

 

「三人だ」

「三人?まさかお前も来るつもりか?」

「ああ、本当ならうちの奴らも呼びたい所だが、誰が裏切っているか見当もつかないからな、

あと俺の知り合いで、直ぐ動けて信用出来る奴がいたら声を掛ける、時間はとらせない」

「仲間割れになるんじゃないのか?大丈夫か?」

「ああ、ある意味俺の責任でもあるからな、例えこれでスコードロンが無くなろうとも、

俺はあんたの味方をする事にする」

 

 その薄塩たらこの言葉にある種の決意を感じたシャナは、薄塩たらこの参加を認めた。

薄塩たらこは、これで少しはダチの事で恩返しが出来ると内心喜んでいた。

ちなみに悲壮感などは、欠片も感じていない。

自分達が負けるなどとはまったく思っていなかったからだ。

 

「こんな事に巻き込んで本当にすまないな」

「気にするなって、それじゃあちょっと知人に連絡を入れる。どこに向かわせればいい?」

「それじゃあレンタル車庫の前まで来てもらってくれ」

「分かった、急がせる」

 

 そして薄塩たらこはフレンドリストを眺めながらぶつぶつと呟いた。

 

「銃士Xはいないか、あいつなら信用出来ると思ったんだが……おっ、闇風はいるな。

他は……くそっ、駄目だ、誰もいやしねえ」

 

 そして薄塩たらこは闇風にコンタクトを取り、闇風は即座にその頼みを快諾した。

銃士Xにとってはアンラッキーだと言う他は無い。

もし今回の戦いに参加出来ていれば、シャナからの好意と、

今後は親しい友人扱いしてもらえるという特典がもらえたからだ。

だが今回も、銃士Xはシャナと知り合う事は出来なかった。

そして数分後、レンタル車庫で待つ三人の前に、闇風が現れた。

 

「おっ、たらこの知り合いは闇風だったか、久しぶりだな」

「おう、あんたと会うのは二度目だな。

一度目は確か、あんたがナイフ一本でモブを倒しまくっている所に、

偶然俺が通りかかって少し見物させてもらったんだったか」

「懐かしいな」

「おう」

 

 二人はそんな会話を交わし、ニヤリとした。

 

「二人とも、今日は巻き込んじまって本当にすまない、感謝する」

「何、あんたとは一度肩を並べて戦ってみたいと思ってたんだ。

それに大雑把に話は聞いたが、女を人質にとるような奴は、俺は大嫌いなんだよ」

「奇遇だな、俺もだ」

「まあそれは俺もだな」

「僕もです」

 

 そして四人は笑い合うと、ハンヴィーに乗って、目的の廃ビルへと向かった。



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第309話 捕らわれの小猫

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


 目的地へと向かう途中、闇風が、車内の様子を観察しながら突然こんな事を尋ねてきた。

 

「そういえばこのハンヴィー、どこか普通と違うよな?どこで借りられるんだ?」

「あ、それ俺も思ってた、どうなんだ?シャナ」

「いや、これは俺個人の持ち物だ」

「えっ、こういうのって買えるのか?」

「ああ、足があると便利だぞ。まあかなり値は張るがな」

「時は金なりって言うもんな、確かに移動の時間の短縮は課題だったんだよなぁ……」

「まあ、普通にレンタルでもいいと思うぞ、所持していれば色々便利なのは確かだけどな。

このハンヴィーも、イコマがかなり手を入れてるしな」

 

 そしてイコマは、得意げに説明を始めた。

 

「装甲はバッチリ強化してあるんで、通常の銃器による攻撃は全部はね返します。

今は収納してありますが、後部にミニガンが搭載してあって、スイッチ一つで展開できます。

ミニガンを使う場合は、ほら、この真上にあるハッチから上に出れます」

「まじかよ、ちょっとした要塞だな」

「前面には多目的ランチャーを二門搭載したので、

例えばワイヤーを射出してどこかに撃ちこんだり、グレネードを射出したりも出来ます。

色々と物理法則を無視してる部分もあるんですが、まあこういうのはゲームならではですね。

ちなみに水陸両用です。これも本物なら確実に浸水すると思うんですけど、

ゲームだからちょっとユニットを追加しただけで、浸水しないんですよね」

「凄えなおい、まさかそんな事が出来るなんて、思ってもいなかったよ」

「まあ、このゲームだと、自分の銃を修理する為にそういうスキルを上げる人はいますけど、

確かに物作りメインでやってる人ってまったくいなさそうですよね」

 

 そのイコマの言葉に、薄塩たらこと闇風は頷いた。

 

「確かになぁ……うちのスコードロンでも職人の育成を考えてみるかな」

「大手はいいよな、うちは弱小だからなぁ……」

「それを言ったらうちはスコードロンですらないんだが」

「要はやる気と素材を調達出来るかどうかですよ!」

 

 そして薄塩たらこの指示通り、しばらく車を走らせた頃、

遠くにどう見ても廃墟にしか見えないぼろぼろの街並みが見えてきた。

 

「お、見えてきたぜシャナ、あそこだ」

「大体どっち側だ?」

「ここからだと右だな」

「そうか、それじゃあ一応警戒して左よりに進路をとる」

 

 そして丁度どこから見ても死角になる駐車スペースを見つけたシャナは、

そこにハンヴィーを停車させた。

 

「よし、入り口の様子を探りにいくか。イコマはここで何が動きが無いか周辺の警戒を頼む」

「はいっ」

「何かあったらとにかく逃げろ、可能ならハンヴィーを動かしてもいい。

ここじゃあ免許とかは必要無いしな」

「実はこの前ちょっとだけ練習してみたんですよ、なので動かすだけなら何とか」

「そうか、まあ状況次第でどうするか考えてくれ」

 

 そしてシャナ達三人は、目的のビルが見える位置まで移動した。 

 

「シャナ、あのビルだ」

「よし、たらこは俺と一緒に来てくれ、闇風はぐるっとビルの周りを回ってみてくれ」

「おう」

「任せろ、偵察は得意だぜ」

 

 そして闇風は移動を開始し、シャナとたらこはビルの入り口をそっと覗き込んだ。

 

「見張りは……どうやら二人っぽいな」

「まあ普通と言えば普通だが、ちょっとうさんくさいな、

仮にもお前を相手にしようって言うんだから、

見張りにもう少し人数を裂いててもおかしくないと思うんだが」

「おそらく中で罠を張って待ち構えているんだろうな」

 

 そこにビルを一周してきた闇風が合流した。

 

「闇風、どうだ?何か分かったか?」

「入り口はどうやらここだけのようだな、他に見張りはいない」

「そうか、つまり罠だと分かっていても、ここから入るしか無いって事か」

「そうだな……ロザリアが捕まっているのは、最上階の可能性が高いって事になるか」

「最上階か……なあシャナ、幸いここには同じくらいの高さのビルが沢山ある。

ここは一つ、三人で三方向に分かれて隣のビルから中の様子が見えるか確かめてみないか?」

「そうだな、そうするか」

 

 そしてシャナは西、薄塩たらこは北、闇風は東のビルへと向かった。

ちなみにこのビルの唯一の入り口は南である。

 

 

 

 ここで場面は少しだけ時間を遡る。敵に捕らわれたロザリアは、途中から車に乗せられ、

どこかに運ばれている真っ最中だった。目には目隠しをされており、両手は拘束され、

口に猿轡をかまされたロザリアは、自分に唯一出来る事を実行していた。

すなわち、ひたすら今の状況について考えていた。

 

(まずったわ、油断した……これからは閃光手榴弾でも持ち歩くようにしようかしら……

もしくは苦手なのを覚悟で私にも輝光剣を作ってもらおうかしらね。

それにしても、私に襲い掛かってきた連中……確かに見覚えがあるわ、

あれは確か、たらこさんのスコードロンのメンバーのはず。

まさかたらこさんがこんな指示を出す訳ないから、

スコードロンの中で、それぞれが勝手に動いてるという事かしらね)

 

 そんな事を考えていたロザリアの耳に、こんな会話が聞こえてきた。

 

「なぁ、シャナは本当にこいつを取り返しに来るのかな?

だってこいつ、無理やりシャナに従わさせられている奴かもしれないんだろ?

それなら見殺しにしてもおかしくないんじゃないか?」

 

(無理やりなんて、そんな事ある訳無いでしょう!

こんな馬鹿どもに簡単に捕まるなんて、本当に一生の不覚だわ)

 

「まあ……来るんじゃねえの?そういう悪い奴って、自分の評判を結構気にするじゃないか。

だから多分、こいつの為じゃなく、自分の評判の為に取り返しに来ると思うぜ」

 

(あんたがそう思いたいだけでしょうが、そんなのただの個人差よ!

そしてシャナなら自分の評判とかは関係なく、必ず私を助けに来るわよ!来ちゃうわよ!

そうなの、来ちゃうのよ!でも私は私なんかの為にシャナの手を煩わせたくない、

シャナは悲しむと思うけど、こうなったら隙を見て自殺するしかないわね、

可能な限り早くしないとシャナがここに来ちゃう、あの人なら必ずそうする……)

 

 このゲームにおいて、人質が基本意味を成さない理由がこれだった。

死んでしまえば捕虜の身から簡単に逃れられるのである。

自分で舌を噛むにしても、特に痛みは無い。

まあそれゆえに、相手も猿轡を使ったのであろう。

故にこういう場合、人質をとった方にとって一番つらいのは、完全に無視される事であった。

SAOとの一番大きな違いはここであろう、ここでは人の命は軽いのだ。

だがシャナは必ず来る、それはロザリアにとっては自明の理であった。

ロザリアは知らない事だが、シャナと同行している三人は、その点に関しては同意見である。

その為イコマも薄塩たらこも闇風も、無視すればいいという意見を誰も口に出さなかった。

そして車は停止し、ロザリアは再び自分の体が誰かに担がれるのを感じた。

 

(ああ……せっかくシャナにお米様抱っこをしてもらった嬉しい記憶が、

何度も何度もこんな馬鹿共に上書きされちゃった……)

 

 そう考えたロザリアは泣きそうになった。

そして、おそらくだが階段を上っているような気配がして、

しばらくした後、ロザリアは固いコンクリートの上に下ろされた。

 

(どうやらかなり上のフロアまで運ばれたみたいね、

という事は、ここはどこかの廃ビルの最上階近くなのかしら)

 

「さて、それじゃあ俺達はここで引き続きこいつの監視か」

 

 その言葉からすると、どうやらロザリアを運んできた者達は、

そのままここの見張りにつくようだ。そしてロザリアの耳に、別の者の足音が聞こえてきた。

 

「ん、どうした?何かあったのか?」

「…………」

「は?本気か?」

「…………」

「いや、それはそうだがよ」

「…………」

「分かった、分かったから」

 

(何?声が小さくて聞き取れない)

 

 そして誰かが近付いて来た気配がして、

ロザリアはいきなりアキレス腱の辺りに激しい衝撃を感じた。

 

(足に力が入らない……まさか足の腱を切られた?

逃亡防止の為なんだろうけど随分念入りね)

 

 次にロザリアは、手首に同じような衝撃を感じた。 

 

(次は手の腱か……もう、何なのこいつ、女をいたぶる趣味でもあるのかしら、

まあ別に痛くないからいいけど、手足が自由に動かないってのは、意外とストレスね)

 

 そして最後にロザリアは、額をガッと捕まれ、次の瞬間目が横一線に斬られる感触がした。

 

(ま、まさか目を潰された?普通そこまでする!?)

 

 そしてロザリアの目隠しが交換され、その男が去っていく気配がした。

 

(こうなったらもうどうしようもない、舌が噛めない以上死ぬ事も出来ない。

ああ、シャナ、お願いだから、せめて私が出血ダメージで死ぬまでここには来ないで……)

 

 だがその願いも空しく、出血は大した事が無いようで、

ロザリアが死ぬまでにはかなり時間がかかると思われた。

ロザリアは、無駄だと知りながらも、ひたすらシャナが来ないようにと祈り続けた。

 

 

 

「どうだジョー、やはりあのロザリアか?」

「う~ん、やっぱり見ただけじゃ分からねえわ、全然外見が違うしな」

「まあ、よくある名前だろうしな」

「とりあえず手足の腱を切って目を見えなくしておいたから、

あいつが見たら多分発狂しそうなくらい怒ると思うぜ」

「あいつは元々狂ってる、俺達とは別のベクトルでな」

「はっ、違いねえ」

「それじゃあ巻き込まれないように街に戻ろう」

「ああ」

 

 

 

「シャナ、北の最上階にロザリアさんがいた!どうやら怪我をしているようで、

遠くからでもハッキリと血を流しているのが分かるぜ。

くそっ、あいつら……絶対にスコードロンをやめさせるくらいじゃ許さねえぞ」

「これから嫌ってほど思い知るだろ、話は分かった、一旦ハンヴィーの所に戻ろう」

「了解、闇風にも伝えておくぜ」

「すまん、頼む」

 

 薄塩たらこからその通信を受けた後、

シャナは先日ロザリアの家を訪れた時の事を思い出していた。

その脳裏には、ロザリアが言ったセリフが色々と蘇っていた。

 

『ここまで連れてきてくれてありがとう、それじゃあここで……』

 

(お前はいつも、そうやって遠慮するよな)

 

『そ、そうよね、何も問題は無いと思うわっっっっ』

 

(それでいて、俺がたまにああいう事をすると、その状態を保とうと必死になったり)

 

『とりあえずここに座ってて、あまりあちこちじろじろ見ないでね!』

 

(気が強いようでいて、何でもない事を恥ずかしがったりもして)

 

『え、えっと、足をくじいたからこの方が楽なのよ。ジャージだとちょっと大変じゃない?』

 

(自分ではさりげなく誤魔化したつもりで、見え見えのアピールをしてきたり)

 

『あ……何か美味しい』

 

(そんな優しい笑顔も見せられるようになったんだな)

 

『あの……キッチン汚れてたでしょ?あ、ありがと……』

 

(多分さぼってただけなんだろうが、沢山仕事を押し付けちまってるのは事実なんだよな)

 

『そ、そうよね。どう……思う?』

 

(びくびくしながらそんな事を聞いてくるんじゃねえよ、もっと自分に自信を持てって)

 

『あ、あの、絶対に誰にも見せないから、初めてここに来た記念に、一緒に写真を……』

 

(その程度、おかしな事をしてこなければ、いつでも頼んでくれていいんだけどな)

 

『うん、今日は本当にありがとう、またね』

 

(またねって言ったのにな、俺はあいつを守れなかった)

 

『シャナ……』

 

 そして最後にシャナは、自分を呼ぶロザリアの声が聞こえたような気がした。

 

「……お前は凄く変わったよな、もうお前がいない生活は考えられないくらい、

お前は本当に俺にはもったいない最高の部下だよ。

まあお前は自己評価が低いから、こんな状況であっても、

私の事はいいからここには来ないでとか思ってるんだろうけど、な……」

 

 そしてシャナは、ビルの方へと手の平を差し出し、ぐっと握った。

 

「待ってろ小猫、お前は必ず俺がこの手で取り戻す」



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第310話 涙

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


「シャナさん、こっちは特に異常はありません、そっちはどうでしたか?」

「あいつの居場所は特定する事が出来た。後は作戦をどうするかだが……」

 

 そしてシャナは、一つの作戦を仲間に提示した。

 

「おいおい、本気か?」

「それは……どうなんだ?なぁシャナ、本当にやれるのか?」

「やれるかやれないかで言えば、やれる」

「分かった、よし、俺はやるぞ」

 

 薄塩たらこはシャナの言葉を受け、そう即答した。

 

「おいたらこ、お前はどうしてそこまで……」

 

 闇風のその疑問に、薄塩たらこはこう答えた。

 

「シャナには借りがあるからだ」

「ああ?俺からお前に貸しなんかあったか?」

「俺には無い、あるのは俺じゃなく俺のダチだ。俺のダチはあんたに命を助けられた。

そしてダチの借りは俺の借りだと、そう思ってくれて構わない」

 

 薄塩たらこはキッパリとそう言った。

 

「GGOで俺が絡んだ男っていうと、ゼクシードくらいしか思いつかないんだが、

後はダインとかギンロウ辺りか」

「いや、そいつらは関係無い。詳しくは言えないが、GGOの話じゃない」

「ん?まさか現実世界での話か?」

「そうだとも言えるし、そうではないとも言える」

 

 その薄塩たらこの謎掛けのような言い方に、シャナは何か思い当たったのだろう、

逆に薄塩たらこにこんな質問をした。

 

「もしかしてそれは、二年くらい前の話か?」

「ああ」

「おそらくそいつの名前を聞いても俺は覚えてないと思うが、そういう事なら納得だ」

「ああ、あんたが納得してくれればそれでいいさ」

 

 事情を知っているイコマはうんうんと頷いた。そして闇風もこう言った。

 

「よっしゃ、俺もそのシャナの作戦に乗るぜ!」

「闇風は特に俺に借りとかは無いよな?それでいいのか?」

 

 そのシャナの言葉に、闇風はニッコリと笑いながら言った。

 

「今のシャナとたらこの会話の意味は、俺にはサッパリ分からなかった、だが推測は出来る。

事実としてシャナは過去に誰かの命を救った、そしてそいつの名前すら覚えていない」

「そう言われると、俺が凄く駄目な奴みたいに聞こえるな」

「ははっ、ここまではな」

 

 シャナは冗談めかしてそう言った。闇風も同じく笑いながら説明を続けた。

 

「それが何を意味するか、普通は人の命を救ったら、名前くらいは覚えているのが当然だ。

だがシャナは今、たらこにそのダチの名前を聞く前に、そいつの事を覚えていないと言った。

それはどういう事か。シャナが日常的に他人の命を救っている?それはまあ無いだろう。

そして残る可能性は一つ。シャナが過去に不特定多数の人の命を救った、これしかない。

これならそのダチの名前を覚えていないのも納得だ」

「ほほう」

 

 シャナは、そう感心したような声で言った。

 

「二年くらい前に何があったかなんて、誰でも知ってる。

SAOがクリアされ、六千人の命が救われた年だ。そしてクリアを成し遂げたとして、

俺達の間に伝わっている名前は三人。閃光、黒の剣士、銀影だ。

シャナがその内の誰かは聞かない、だがその事実だけで俺には十分だ、

俺はあんたを尊敬するよ、シャナ」

「闇風、お前凄いな……」

 

 薄塩たらこが驚愕した顔で闇風に言った。

 

「おいたらこ、その言い方だと、今の推理を肯定した事になっちまうぞ」

「あっ……す、すまん、闇風の推理に感心しちまって、つい……」

「まあ今回は二人に助けてもらうんだ、それに比べたら俺の正体なんか些細な問題だ。

だから気にする事はないぜ。俺はハチマン、銀影のハチマンだ。

闇風にも感謝の気持ちを込めて、俺の正体を伝えておく事にする」

 

 闇風はその言葉に感激したような顔をした。

 

「ははっ、やっぱりか、俺って凄くね?」

「ああ、あんな少ない材料から俺にたどり着くなんて、正直凄いと思ったのは確かだ」

「まあ微妙にズレてる所もあったけどな」

「ん、たらこ、そうなのか?」

「ああ、実は俺のダチが命を助けられたってのは、クリアの事じゃなく、

そのちょっと前、中層で暴漢に襲われた所を、あんたとアスナって人に助けられたらしい」

「そういう事か……」

「だから俺のダチは、二度命を救われた事になるんだろうな」

「実はそのうち一度は、イコマのおかげでもあるんだぞ」

 

 シャナはイコマの方を見ながらそう言った。

 

「そ、そうなのか?」

「ああ、俺はかねてから、イコマの名前がまったく噂にならない事を不満に思っていた。

なので言わせてもらうが、このイコマは、

最後の戦いで俺達と共にゲームをクリアに導いた英雄の一人だ」

「おお……」

「そうなのか……」

「シャナさん、僕なんかはそんな……」

「謙遜もいい加減にしろって」

「は、はぁ……」

 

 そう言いながら、イコマはぽりぽりと自分の頭をかいた。

 

「どうだ?英雄が二人もいるんだ、どんな無茶な作戦でも負ける気がしないだろ?」

「お、おお、そうだな!」

「これは勝てる、絶対に勝てる!むしろ負ける要素が何も無い」

「という訳で、とりあえず時間を決めておくか」

「おう」

「時計の時間を合わせるのは、こういう時の様式美だよな!」

 

 そして四人は軽く打ち合わせをし、それぞれの担当の場所へと移動を開始した。

 

 

 

 そしてロザリアはその音を聞いた。ドン!という音と共にビル全体が揺れたのだ。

 

(今のは……手榴弾か何かの爆発音?でも、同時に別の音が聞こえた気もする)

 

 ロザリアの聴覚は、視覚が封じられた事でやや敏感になっていた。

そしてロザリアが捕らえられている部屋に、何人かのプレイヤーが入ってくる足音がした。

 

「シャナが攻めてきたぞ!」

 

(シャナ……やっぱり来ちゃったんだ……)

 

「おっ、ついに来たのか。で、今の音は?」

「どうやら入り口に手榴弾が投げ込まれたらしく、見張りの二人がやられた。

それに乗じて二人の敵に侵入されたらしく、今二階の階段で交戦中だ」

 

(二人……誰と誰かしら)

 

「そうか、俺達も行った方がいいか?」

「どうかな……おっと通信だ、ちょっと待ってくれ……まじかよ、分かった」

 

 そのプレイヤーは、焦ったような口調でそう言った。

 

「何かあったのか?」

「二階が突破されたらしい。どうやら相手の防具の性能がかなり高くて、

こちらの攻撃があまり効いていないらしい」

 

(やっぱりあの防具って凄いんだ……)

 

「それはまずいじゃないかよ」

「まあしかし、今のところ三階で足止めは出来ているらしい。だから……ひっ」

 

 ブンッ、というどこかで聞いたような音と共に、そのプレイヤーが悲鳴を上げた。

 

「ど、どうし……ぎゃっ!」

「うわ、何だお前、いつから……うわっ!」

 

(えっ?何?一体何が起こったの?)

 

 そして、ブンッ、という音が二度聞こえた後、その場には静寂が訪れた。

 

(誰もいなくなった?いや、まだ一人いる……まさか敵の内輪もめ?

って事は味方?いやいや、敵の敵が味方とは限らないわよね、ど、どうしよう……)

 

 そして、コツ、コツという足音と共に、誰かがロザリアに近付いてきた。

 

(だ、誰なの?本当にどうすればいいの……シャナ……)

 

 ロザリアは微妙に恐怖を感じ、軽いパニック状態に陥っていた。

そんなロザリアの頬に、誰かの手が優しく触れた。

ロザリアはその感触に一瞬ビクッとしたが、次の瞬間その手によって猿轡が外された。

そしてロザリアは、恐る恐るその手の主に尋ねた。

 

「だ、誰?」

「俺だ」

 

 その声は、今一番ロザリアが聞きたくて、それでいて一番聞きたくなかった声だった。

 

「やっぱり来ちゃったんだ……」

「あぁ?やっぱりはこっちのセリフだ、お前やっぱり俺が来ない事を望んでたんだな。

こんな時にそんなくだらない事を考えてないで、大人しく助けられろっつ~の」

 

 そしてシャナは、出血状態が続いているロザリアの手足の状態を調べた。

 

「……何だこの手足の傷は、動けないように腱が切られているのか?

ふざけるな、ふざけるなよ……拘束だけで十分だろうに、

こいつらは絶対に許さん。待ってろ小猫、今目隠しも外してやるからな」

「あっ、ま、待って……」

 

 そしてシャナはロザリアの目隠しを外し、その下の横一文字の大きな傷を見た。

その瞬間に周囲の温度が急激に冷え込んだ気がして、ロザリアは何も言う事が出来なかった。

シャナも何も言わず、黙ってロザリアの頭を胸に抱いた。

その瞬間に、ロザリアの頬に水滴のような物が落ちてきた。

 

(えっ?まさかシャナが泣いてるの?もし私の為に泣いてくれてるのなら、ちょっと嬉しい)

 

 そしてその体制のまま、シャナがぼそっとロザリアに尋ねた。

 

「これはいつやられたんだ?」

「えっと……一時間くらい前かな」

「そうか、それならそろそろ治るな、手足と目が回復するのを少し待とう」

 

 そしてシャナは押し黙った。その間も下からは戦闘音が聞こえてきた為、

ロザリアは誰が戦っているのかシャナに尋ねようとしたのだが、

丁度その時ロザリアの視力がいきなり戻った。どうやら瞳が再生されたらしい。

そしてロザリアは、恐る恐るシャナの顔を見た。シャナは……やはり泣いていた。

 

(シャナ……やっぱり泣いて……どうしよう、嬉しいんだけど、

でもこうして実際目にすると、シャナを泣かせてしまった事が凄く悲しい。

そしてそうさせてしまった自分に怒りすら覚える……)

 

「……小猫、目が見えるようになったのか?」

「う、うん」

「どうやら手足ももう大丈夫みたいだな、よし、ちょっと立ってみろ」

 

 そしてロザリアはそのまま立ち上がった。どうやらそちらも完全に再生したらしい。

 

「どうだ?動けるか?」

「うん、大丈夫」

「そうか」

「あっ……」

 

 そしてシャナはいきなりロザリアを固く抱き締めた。

だがロザリアは、嬉しい反面、ついさっきシャナが泣いているのを見てしまっていた為、

どうしても素直に喜ぶ事が出来なかった。そんなロザリアにシャナが言った。

 

「すまん……」

「う、ううん、捕まったのは私のミスだから……」

「そんなの関係ない、お前は被害者だ」

「で、でも……」

「いいんだ、お前は何も悪くない」

「は、はい……」

 

 そのシャナの迫力に、ロザリアはそう答える事しか出来なかった。

そしてシャナはロザリアから離れ、じっとロザリアの顔を見つめた。

その瞳からは、もう涙はこぼれていなかった。

 

「な、何?」

「いや、現実のお前と同じ、綺麗な瞳をしているなと思ってな。

こういう時に言うのもなんだが、昔のお前の目はそれはひどい目だったからな。

もうお前は昔のお前とは別人だな、今の方が何万倍もいい目をしている」

「あっ……」

 

(ど、どうしよう、やっぱり凄く嬉しい……)

 

 嬉しくなったり悲しくなったりと忙しいロザリアだったが、

これには明確に嬉しさを感じた。

 

「さて、下でたらこと闇風が戦ってくれているから、このまま下に向かうぞ」

「そっか、たらこさんと闇風さんが……約束を守ってくれたんだ……

あれ、でもそれならシャナはどうやってここに?」

「ああ、それなんだがな、外を見てみろ」

「うん」

 

 ロザリアが外を見ると、そこには壁にめり込んだ矢尻のような物と、

そこから下まで伝わるワイヤーロープのような物があった。

 

「ま、まさかこれを伝ってここまで上って来たの?」

「ああ、イコマがハンヴィーに、多目的ランチャーを実装してくれててな、

ワイヤーランチャーを撃ち込んで切り離して、ロープの代わりにしたんだよ。

着弾の衝撃を誤魔化す為に、同時に下で手榴弾を使ってもらってな」

「あ、じゃああの二度の衝撃はその時の音だったのね」

「聞こえてたのか?」

「うん、目が見えなかった分、音に集中してたからね。

あっ、でも、それならこれを伝ってそのまま降りればいいんじゃないの?」

「それじゃあ俺の気がすまない、こいつらはここで必ず全滅させる」

 

 そう言い放つシャナの瞳は深い怒りを感じさせ、ロザリアは何も言えなかった。

 

「よし、行くぞ小猫」

「……分かったわ」

 

 そしてシャナは腰から二刀を抜いた。ARとALである。

 

「あ、さっきの音はそれだったんだ」

「まさかいきなり使う事になるとはな。よし、ちゃんと俺に着いてこいよ、小猫」

「うん、一生!」

 

 その言葉に、シャナは一瞬呆れたように見えたが、

シャナは直ぐに気を引き締め、下への階段を下りていった。

そして最初の部屋の前で、シャナがロザリアに言った。

 

「中に何人かいるな、ちょっと離れてろ、ロザリア」

 

(あ、呼び方がロザリアに戻った、そういう所は細かく気を遣ってるのね)

 

 そう思いながらもロザリアは、シャナの指示通り少し後ろに下がった。

そしてシャナは、壁にARの切っ先を向けた。

 

(えっ?そこ?)

 

 そんなロザリアの疑問をよそに、シャナはその切っ先を、壁に突き入れた。

 

「ぎゃっ!」

 

(シャナは壁の向こうの敵の位置が分かるんだ……)

 

 シャナがその行為を繰り返す度に悲鳴が聞こえ、シャナはそのまま容赦なく壁を切り刻み、

そこにぽっかりと大穴が開いた。一瞬壁の向こうに細切れにされたプレイヤーの姿を想像し、

ロザリアは身を固くしたのだが、そのプレイヤーは既に死んで消滅していた。

 

(えげつな格好いい……)

 

 その後もシャナは、壁越しの攻撃を駆使し、立ちはだかる敵を皆殺しにしていった。

敵が壁にいない場合は、いきなり部屋に突入し、

そのまま目に見えるプレイヤーを全て斬り裂いた。

背後からの奇襲はまったく考えていなかった敵集団は、こうして簡単に駆逐されていった。

 

(これが輝光剣の力……本当に何でも斬れるのね、正直シャナとの相性が良すぎる武器ね。

特にこういう狭い戦場だと、奇襲をされたらもう対抗出来る手段はほとんどないわね)

 

 そしてシャナは、いとも簡単にたらこと闇風がいる階へと到達した。

その直後にロザリアが少しよろめいた。その事をシャナが尋ねると、

ロザリアは、ばつが悪そうにこう言った。

 

「ごめんなさい、どうやらまだ足が本調子じゃないみたいで、

たまに力が入らない時があるの」

「そうか、それじゃあちょっとここで待っててくれ。

中の敵を全滅させたら、直ぐに俺が運んでやるからな」

 

 そしてシャナは、壁に向かって再びARを突き入れた。



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第311話 頼れる奴ら

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


「さて、それじゃあ行くか、闇風」

「おう、殴りこみだ!」

 

 シャナの作戦に乗る事を決めた二人は、ビルの入り口前に移動し、狙撃の体制をとった。

 

「見張りは二人、俺達も二人、とりあえず初手はこれだよな」

「あんな動かない的なんか、外す気がしないな」

「よしいくぞ、三、二、一、撃て!」

 

 そして二つの銃声が一つに重なり、見張りはその場にドッと倒れた。

 

「よし闇風、頼んだ!俺も直ぐに後を追う!」

「任せろ、派手な花火を上げてくるぜ!」

 

 そして闇風は、そのステータスを生かして全力でビルへと走り出し、

入り口から中を伺うと、一瞬チラっと時計を見た後、中に手榴弾をいくつも投げ込んだ。

同時にビルの反対側では、イコマが同じく時計を見た後にランチャーを射出していた。

そして手榴弾の爆発音と共に、ビルにワイヤーランチャーの先端が突き刺さったのだが、

その事には敵の誰も気付かなかった。

 

「よしイコマ、俺も行ってくる」

「シャナさん、お気をつけて!ロザリアさんの事、お願いします!」

「任せろ。お前は入り口側に移動して、俺達の撤退をサポートしてくれ」

「了解」

 

 そしてイコマは恐る恐るハンヴィーを運転し始めた。

慣れない為に時間はかかったが、イコマは無事にハンヴィーを入り口側に移動させた。

 

「さて、二人の様子は……」

 

 イコマはビルの入り口が辛うじて見える位置にハンヴィーを止め、

そちらの様子を伺ったのだが、二人は中で戦っているらしく、誰の姿も見えなかった。

 

 

 

「よっしゃ、どうやら陽動は成功みたいだな」

「すまん闇風、待たせたな」

「おう、それじゃあ派手にいくとするか!」

 

 そして二人は二階へと駆け上がり、闇風は果敢にも敵目掛けて突っ込んだ。

敵もそんな闇風に銃を向け、撃つ、撃つ、撃つ。だが闇風は避ける、避けて避けまくる。

その間にたらこは的確な射撃で顔を出した敵を葬っていき、一階は簡単に制圧された。

 

「なぁたらこ、今の奴らの中に、

もしかしてお前のスコードロンのメンバーがいたんじゃないのか?」

「ん?もちろんいたぞ?」

「……いいのか?」

「シャナに敵対したら、俺が敵になる可能性もあるとは言ってあるからな。

もしかしたら冗談だと思ったのかもしれないが、それはあいつらの勝手だからな」

「おうおう、ドライだねぇ」

「俺は女をさらうような奴をかばう気はまったく無いからな」

「それには俺も同感だ」

 

 そして二人は三階への階段を上った。

 

「これは……随分でかい扉だな」

「この部屋が上へと通じてそうだが……」

「安易に開けたら蜂の巣にされそうだな」

「どうする?」

 

 その言葉を受け、薄塩たらこは周囲をきょろきょろと見回した。

 

「よし、あの椅子を扉にぶつけてみよう」

「オーケーオーケー、そういう大雑把なのは嫌いじゃないぜ」

 

 そして二人はその椅子を扉にぶつけ、強引に扉をこじ開けた。

その瞬間に中から銃弾の嵐が降り注いだ為、二人は顔を見合わせた。

 

「今の感じだと、七~八人ってところか?」

「だな、どうする?」

「大雑把の次は、細かい芸を見せるとするか」

「おお、頼むぜ、相棒」

 

 そして薄塩たらこは、ストレージから服を一枚取り出して、別の椅子に被せた。

 

「俺がこの椅子を室内の左の方に投げ入れる。

そしたらあいつらの射線は全てそっちに向くはずだ。

その瞬間に闇風は、これを中に投げ入れてくれ」

「閃光手榴弾か」

「ああ、スコープごしにこれの光を見たらどうなるか……分かるな?」

「デクノボウがカカシに早変わり、ってか?」

「胸が高鳴るだろ?」

 

 そして薄塩たらこがその椅子を投げ入れた瞬間、目論見通りそこに射線が集中し、

闇風が投げた閃光手榴弾が、見事にその射手達の視界をブラックアウトさせた。

そして次の瞬間に二人が中に飛び込み、無防備なプレイヤー達を蹂躙した。

 

「イエス!」

「胸が高鳴るぅ!」

 

 だが喜ぶのは少し早かったようだ。反対側の入り口に一人、難を逃れたプレイヤーがおり、

そのプレイヤーはいきなり闇風に向け、大口径の銃を発砲した。

その銃弾は、運が悪い事に闇風の心臓に命中し、闇風はどっとその場に倒れた。

それを見た薄塩たらこは、慌ててそのプレイヤーを射殺し、闇風の下に駆け寄った。

 

「お、おい、闇風、大丈夫か?」

「くっ……調子に乗って撃たれちまうとかざまぁねえな、

これでもう俺は飛べねえ……飛べない俺はただの俺だ……」

「まったく意味が分からねえよ、おいしっかりしろ、闇風!」

「なぁたらこ、もしロザリアちゃんが無事だったらこう伝えてくれ、

闇風はあんたの為に必死で戦った、そして出来る事なら、

一度でいいからロザリアちゃんのおっぱいを揉んでみたかった、ってな……」

「え、やだよそんなの、俺がシャナに殺されるじゃないかよ、って、闇風、闇風ぇ!」

 

 その瞬間に、闇風の心臓の辺りから、何かがぽろっと落ちた。

それはどうやら、先ほど射殺したプレイヤーの放った銃弾だと思われた。

 

「……あれ?」

「どうした?俺はもう死ぬ、だからさっきの言葉を必ずロザリアちゃんに……」

「いや、おい闇風、お前撃たれてないっぽくね?」

「はぁ?心臓に直撃だぞ、俺の胸には間違いなく大穴が空いて……ない!?」

「おい、これはあれじゃないか、イコマ特製防弾ベストのおかげなんじゃないのか?」

「あれか!あのイコマの説明はマジだったのか……」

 

 

 

 作戦が開始される直前、イコマがハッとした顔で、二人に服のような物を差し出してきた。

 

「これは?」

「先日作った僕達の専用防具のプロトタイプです。防弾ベストみたいな物ですよ。

絶対に急所に弾が通る事は無いんで、使ってみて下さい」

「ははっ、それはいいな、お守り代わりに有難く着させてもらうぜ」

 

 

 

「凄いな、本当に弾を防ぎやがった」

「防弾チョッキでも、普通にあの口径の銃の弾を防ぐのは無理だからな」

「さすがはイコマ印の防弾ベストって所か」

「イコマ様々だな」

「まあお前が生きてて本当に良かったよ」

「おう、ありがとな、たらこ。ところでちょっと相談があるんだが」

「ん、何だ?」

「さっき言った事は、ほんの軽い冗談だ、妄想だ、世迷言だ、

絶対にシャナの耳に入らないように、ここは一つ宜しく頼む」

 

 その闇風の言葉を聞いた薄塩たらこは、ニヒルに笑った。

 

「分かってるって、俺も前、同じ事を考えた事があるからな」

「おお、同士たらこよ、お前もか!」

「そんな訳で、俺は何も聞いてない、さあ、上の階へ進もうぜ」

「おう!」

 

 そして次の階に上がった二人は、人が集まっている気配を感じ、

そっとその部屋の様子を伺った。そこに集まっていた者達は、

とても慌てた様子で右往左往していた。その視線は、奥の扉に向かっていた。

 

「おい、これはまさか……」

「ああ、シャナがここまで下りてきたんだと思う」

「どうする?」

「奇襲して全員殺す」

「シンプルだな、そういうのも嫌いじゃないぜ」

「まあ楽勝だろ、行くぞ」

 

 そして二人が突撃しようとした瞬間、中から悲鳴のような声が聞こえた為、

二人は足を止め、再び中の様子を伺った。

 

「ぎゃっ!」

「おわっ!」

 

 そして二人の見守る中、部屋の中にいるプレイヤー達の心臓や頭から、

次々と黒い棒のような物が生え、その度にそのプレイヤーは消滅していった。

 

「……あの黒い棒みたいな物、何だと思う?」

「まったく分からん。多分シャナが何かしているんだと思うが……」

「あっ、また一人倒れた」

「そして誰もいなくなったってか?」

「おい、誰か来るぞ」

 

 そして静まりかえった部屋の奥の扉の方から、コツコツという足音が聞こえ、

そのドアがギギッと音を立てて開いた。

そしてその中から、ロザリアをお姫様抱っこしたシャナの姿が現れた。

 

「ロザリアちゃん!」

「だ、大丈夫か?どこか怪我でもしたのか?」

「たらこさん、闇風さん!すみません、お手数をおかけしました」

「いやいや、気にしなくていいから」

「そうだぜ、それよりも体の方は大丈夫か?」

「こいつ、手足の腱を斬られた上に、目を横一文字に潰されてやがったんだよ。

で、再生する事はしたんだが、足がどうやらまだ本調子じゃないみたいで、

こうして俺が運んでると、まあそういう訳だ」

 

 その言葉を聞いた二人の脳は一瞬フリーズした。そして再起動した二人は怒りに震えた。

それはもう、怒髪天を衝くという言葉そのものだった。

 

「ふざけんなよクソ野郎ども、やっていい事と悪い事の区別もつかないのか」

「畜生、もしあいつらがスコードロンに顔を出したら、もう一度皆殺しにしてやる」

「待って!」

 

 そんな二人をロザリアが止めた。

 

「いや、待たないね」

「いくらロザリアちゃんの頼みでも、それは聞けないな」

「違うの、私の話を聞いて」

 

 そしてロザリアは、ラフィンコフィンという組織の事と、今回の拉致事件そのものが、

そのメンバーの陰謀かもしれないという事を二人に説明した。

その言葉を聞いた薄塩たらこの反応は激烈だった。

 

「何だと……おいシャナ、ラフィンコフィンのクソ野郎共は今GGOにいるのか?」

「ああ、かなりの確率でな」

「そうか、くそっ、もし見つけたら、生まれてきた事を絶対に後悔させてやる」

 

 そんな怒りを露にする姿を見たロザリアは、薄塩たらこにこう尋ねた。

 

「たらこさんはもしかして、ラフィンコフィンの事を知ってるの?」

「ああ、昔SAOの中で、俺のダチが殺されそうになったらしい。

その組織の名がラフィンコフィンだった。

幸いそのダチは、ハチマンとアスナって二人組に助けられたらしいけどな」

「という事らしい、ロザリア、この二人の前では制限無しで話していいぞ。

もうこの二人は俺の……大事な友達だ」

 

 その言葉を聞いた薄塩たらこと闇風は、ハイタッチをしながら言った。

 

「イエ~イ!」

「友達認定きたZEEEEEEE!」

「あ……」

 

 そんな二人の嬉しそうな姿を見たロザリアは、目を伏せながら薄塩たらこに言った。

 

「あ、あの……たらこさん、実は私も昔、そのラフィンコフィンの下部組織にいたの。

だから一歩間違えたら、私がその……たらこさんのお友達をこの手に……」

 

 その言葉を聞いた薄塩たらこはきょとんとした後、ロザリアに笑いかけた。

 

「そうだったのか、でも今はロザリアちゃんは、シャナの大切な仲間なんだろ?

だったらそんな事をいつまでも気にしてないで、これから真っ直ぐ進んで行けばいいさ」

「そうそう、ロザリアちゃんは、昔は間違えたのかもしれないけど、

今は何も間違えていない、それは凄く立派だと思うぜ」

「たらこさん、闇風さん……あ、ありがとう」

 

 そんなロザリアを、三人は暖かい目で見つめていた。

 

「さて、それじゃあとりあえずイコマの所に戻るとするか」

「あっ、その前によ、なぁシャナ、あの黒い棒みたいなのは何なんだ?」

「そうそう、いきなり敵の胸や頭から黒い棒が生えたかと思うと、

そいつらのHPが一瞬でゼロになってたから、何だろうって二人で話してたんだよな」

「ああ……ちょっと待ってろ、ロザリア、しっかり捕まってろよ」

 

 そしてシャナは、左手一本でロザリアを支え、右手で腰に差していたARを抜いた。

 

「何だそれ?」

「光剣に見えるが……」

「いやいや、光剣ってあれだろ?ごっこ遊びの為の、攻撃力が一切無いネタ武器だろ?」

「まあそうだな」

 

 シャナは二人に頷き、ARの刃を出した。

 

「く、黒い刃?何か禍々しいな」

「ああ~、これこれ、さっき見た奴だ!」

「それじゃあちょっと実演してみるか。

なぁたらこ、ちょっとお前の腕を斬らせてくれないか?」

「おう、対光学銃バリアーはきっちり装備してるから問題無いぜ」

「そうか、それじゃあ何も問題無いよな?」

「お、おう……どんとこい!」

「それじゃあ腕を横に出してくれ」

「分かった」

 

 そして薄塩たらこは、そっと左腕を真横に出した。

シャナはニコニコしながら、ARを薄塩たらこの腕目掛けて振り下ろした。

その瞬間に薄塩たらこは悲鳴を上げて腕を引いた。

 

「うぉあぁぁあうわぁ」

「あはははは、相棒、凄い悲鳴だなおい」

「ば、馬っ鹿野郎!何か本当に怖かったんだよ!それならお前がやってみろ!」

「おう、見事に腕のバリアで受け止めてやるぜ!

でもその前に、一応……シャナ、この鉄パイプで安全を確認させ……」

 

 そう言って闇風が、下に落ちていた鉄パイプを横に出した瞬間、

ブンッという音と共に、シャナはARを神速で振りぬいた。

 

「う、うわぁ!びっくりさせるなよ、シャナ!」

 

 そしてシャナは、黙ってARを腰に戻し、ロザリアを両手で抱きなおした。

 

「な、何も起こらないな……一瞬黒い刃が見えた気がしたが」

「確か光剣ってこの程度の物でも斬れないよな?」

「お、おう、俺も試した事があるけど無理だった」

「シャナ、何かしたの……」

 

 その瞬間に鉄パイプに一筋の線が入り、その先が床に落ち、カランと音を立てた。

 

「……か……って、あれ?」

「ええええええ?」

「シ、シャナ、もう一回プリーズ!」

「仕方ないな、今日は大サービスだぞ。おいロザリア、ちょっとあの椅子に座っててな」

 

 そしてシャナは、ロザリアをそっと椅子に座らせると、

右腰からARを、左腰からALを抜いた。

 

「もう一本あったのか!」

「ああ、よく見てろよ」

 

 そしてシャナは、ARとALから刃を出した。

 

「おおっ」

「やばい、格好いい……」

「闇風、その鉄パイプを軽く投げてくれ」

「おう!」

 

 そして軽く投げられたその鉄パイプが目の前に来た瞬間、ブブンッという音と共に、

シャナがその二刀を舞うように振り、次の瞬間鉄パイプは細切れにされ、

いくつもの破片が下に落ち、派手な音を立てた。

 

「なっ……」

「何ですとぉ!?」

「ちなみにこれは光剣じゃない、輝光剣という。

プレイヤーメイドオンリーの、実用的な武器だ」

「そ、そんな物が存在してたのかよ!全然知らなかったぞ!」

「まあこのゲームには、確かにまともな職人はいないからな……」

「お前達が見たのはこれだろ?」

 

 そう言ってシャナは、近くにあった扉の中に入ると、

中から外に向かって、その扉にARの刃を突き刺した。

 

「そう、それそれ!」

「そういう事だったか……」

 

 扉の向こうからそんな声が聞こえ、サービス精神を発揮したシャナは、

ARとALの柄の底同士を合体させ、くるくる回しながらその扉を一瞬で何度も切り裂いた。

そしてそれを扉の向こうで見ていた二人は、扉が細切れにされ、

中から二本の刀を組み合わせ、まるで某映画のように振り回しているシャナの姿を見た。

 

「凄ぇ!まるでSF映画みたいだ!」

「ビ、ビューティフル!」

「シャナはジェダ……」

「ストップだ相棒、それ以上喋るとハリウッドからとんでもない額の請求書が届くぞ」

 

 そんな二人にシャナはこう言った。

 

「まあ、これはこういう武器だ。もし輝光ユニットって名前のアイテムが手に入ったら、

イコマにそれを渡して作ってもらうといい。もっとも俺のは特別製だから、

普通に光剣と同じデザインの奴になるだろうけどな」

「いいのか?」

「ああ、だがあまり派手に対人戦闘で使うなよ、お前達も見て分かったように、

この武器はある意味バランスブレイカーすぎる。

今日の事が無かったら、俺も使う気は無かったしな」

 

 こうして二人は、輝光剣を製作してもらう権利を手に入れた。

もっとも二人が輝光ユニットを手に入れたのは、第三回BoBの後になる。




何故シャナが二人の腕を斬ろうとしたかの理由は明日明かされます!
ちなみにたらこと闇風のコンビは、FF7のレノとルードっぽいイメージですね!


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第312話 小猫のボレロ

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


「ところでシャナ、さっきそんな恐ろしい武器で、

さりげなく俺達の腕を斬り落とそうとしてなかったか!?」

「そ、そうだそうだ!あれは絶対に本気だった!」

 

 そう抗議してくる二人を見て、シャナはスッと目を細めながら言った。

 

「いやな、どうやらお前らは、二人揃ってロザリアの胸を揉みたがっていたようだから、

腕が無かったらそんな事は思わなくなるだろうと思っただけだ」

 

 そのシャナの言葉を聞いた二人は固まり、ロザリアは困った顔で自らの胸を隠した。

 

「も、もしかして、聞いてらっしゃった?」

「ああ、通信機から声が聞こえてな」

「ガッデム!死ね、通信機!」

「まあそんな訳だから、ここは大人しく腕を一本ずつよこせ」

「い、いや……さすがにそれは……」

「大丈夫だ、一時間で生える」

「た、確かにそうだけどよ、人の腕をまるでトカゲの尻尾みたいに言うなよ!」

 

 そんな二人のピンチにロザリアが割って入り、真面目な顔でこう言った。

 

「シャナ、冗談はそのくらいで……ごめんなさい二人とも、

助けてくれた事には感謝してるし、お礼に胸くらいならと思わないでもないんですが、

残念ながらこの胸はシャナの物なので、その希望にはお応え出来ません」

「Oh……」

「今のセリフが、俺達にとっては今日一番でかいダメージだったぜ……」

「む、胸が苦しい……」

「シャナ、爆発しろ……」

 

 そして二人は胸を押さえてその場にバタッと倒れた。

そんな二人にシャナは容赦なく蹴りを入れた。

 

「おら帰るぞ、さっさと立て」

「お、おいシャナ、俺達友達じゃなかったのかよ……」

「そうだそうだ、確かにさっき友達認定証をもらったぞ!」

「だからその認定証に、今足の裏で愛のハンコを押してやってるんじゃないかよ」

「「シ、シャナの愛が重い……」」

 

 直後に二人は何事も無かったかのようにヒラリと飛び起き、外へと向かって歩き出した。

 

「おいシャナ、さっさと戻ろうぜ」

「ロザリアちゃんを抱き上げる時は優しくな」

「お前らもいい性格してるよな……」

「ふふっ」

 

 そして四人は、とても仲が良さそうに笑い合いながら、

イコマが待つハンヴィーの所へと向かって歩き出した。

次の瞬間、シャナがいきなり二人に全力の蹴りを放ち、

二人はすぐ横のビルの中までぶっ飛ばされた。

 

「おわっ、シャナ、根に持ちすぎだろ!」

「ロザリアちゃんの胸の事はもう忘れてくれ!」

 

 そして二人は、自分達を蹴った勢いで、ロザリアを抱いたまま後方に飛ぶシャナと、

その目の前を通過する複数の弾丸を目撃した。

 

「なっ……」

「新手か!?」

 

 そしてシャナは、二人に叫んだ、

 

「閃光手榴弾を投げるぞ、目を閉じろ!」

 

 そしてシャナは、二人が目を閉じるのを確認もせず、いきなり閃光手榴弾を投げた。

そして閃光の中、一瞬銃撃が止まった瞬間に、シャナはロザリアを抱いて、

二人のいる方のビルへと合流を果たした。

 

「お前ら、目は大丈夫か?」

「あたぼうよ!」

「もちろん問題無いぜ」

「しかしシャナ、これからどうする?」

「このまま裏口から脱出だ、ハンヴィーまで走るぞ。

まともに戦っても負ける気はしないが、イコマを一人にしておく訳にもいかないからな」

「シャナ、私の足ももう大丈夫よ、自分の足で走れるわ」

「おっ、そうか、よし、四人で走るぞ!」

 

 そしてシャナは、走りながらイコマに連絡をとった。

イコマは銃撃音が聞こえたのか、少し慌てているようだった。

 

「イコマ、聞こえるか?」

『はい、こっちは大丈夫です。今銃声が複数聞こえましたがそっちは大丈夫ですか?』

「敵に予備兵力がいた。まあこっちにダメージは無いから大丈夫だ。

迎え撃ってもいんだが、そっちが心配だから先に合流しよう。

一度街から出て、南西方向で待っててくれ」

『分かりました、どうかご無事で!』

 

 そして通信を終えたシャナは最後尾に立ち、走りながらM82を取り出した。

 

「ロザリアは先頭だ、たらこと闇風で、俺の左右を固めてくれ」

「おう!」

「任せろい!」

「ハンヴィーを見つけたらそっちに方向転換だ、ロザリア、指示は任せるぞ!」

「了解よ、シャナ」

 

 そして三人は、背後を警戒しながらひたすら前へと突き進んだ。

そしてその甲斐あってか、敵から攻撃を受ける事なく進む事が出来、

ついにロザリアが、ハンヴィーを発見した。

 

「シャナ、左にハンヴィー!」

「よし、左だ!」

 

 そして四人は、ハンヴィーの下へとたどり着き、中に乗り込んだ。

イコマは運転席から降りてそのまま後部座席へと回り、ロザリアが助手席に座った。

 

「ふう、どうやら敵をまいたか?」

「いや、さすがにこれはおかしい」

 

 シャナはそう言いながら後方を見た。そこには敵の姿は一切見えず、

銃弾の一発も飛んでくる事は無かった。

 

「まあ確かにそうだな、何か不自然だよなぁ……」

「こっちも一切敵の姿は見かけませんでしたね」

「私達を見付けて慌てて攻撃してきたけど、

実は想定外だったみたいな感じじゃなかったかしらね」

「案外大きめのトラックか何かで、こっちに向かってる最中だったりしてな」

「おい相棒、何て事を言いやがるんだよ、それはフラグだぞ!」

 

 その瞬間に、少し離れた場所からトラックが三台飛び出してきた。

 

「ほら見ろ、相棒のせいだからな!」

「闇風のせいだな」

「闇風さんのせいかも……」

「闇風さん……」

「わ、悪かったよ……」

 

 そしてシャナは直ぐに車を発車させ、突然闇風にこんな事を言った。

 

「それじゃあ闇風はミニガン係な、上で撃ちまくってくれ」

「えっ……まじで?」

「心配するな、銃座の周りの防御は万全だ、敵の銃弾なんか全部跳ね返すぞ。

ついでに言うと、こっちの方が車の速度が早いからな、

接近される事なく安全に撃ちまくれるぞ」

「おっ、そうなのか?」

「ああ、これは罰ゲームじゃない、お前に対するサービスだ」

 

 その言葉を聞いた闇風は、きょとんとしながらシャナに聞き返した。

 

「サービスサービスぅ?」

「お前も知っての通り、ミニガンはかなり重いからな、少なくともこんな機会でもないと、

お前のステータス構成じゃミニガンを撃つ機会は無いだろ?

だからこの機会に、存分にミニガンでの射撃を楽しんでこいよ」

「そ、そうか、言われてみれば確かに!」

「それじゃあ俺達の命はお前に任せたぞ、頼むぞ闇風!」

「おう!俺様に全てお任せあれだぜ!」

 

 そしてイコマがスイッチを押すと、ハンヴィーの上部にミニガンがせりあがってきた。

闇風は天井のハッチを開け、上に上がると、楽しそうにミニガンを撃ち始めた。

その攻撃に恐れをなしたのか、想定外だったのか、後続のトラックが慌てて蛇行し始めた為、

相手の射撃はもうこちらにはまともに飛んでくる事も無く、

この車上での銃の撃ち合いは一方的な展開となった。

そしてついにトラックのうち一台が運転手を失い、横転した。

 

「おお、闇風の野郎、のってんな」

「まあサービスってのは本当だしな。実際ミニガンなんて、

撃てる機会がある奴はほとんどいないだろうしな」

「そう言われると、確かに俺もミニガンを撃った事は無いな」

「そういえばベヒモスって人が持ち歩いてるのよね?」

「ああ、その代わりにあいつは移動速度が遅いっていう欠点を背負ってるがな、

まあ骨があるといえばそうなんだろう」

「そういうの、嫌いじゃないぜ!」

 

 その時闇風がひょっこりと上から顔を出してそう言った。

 

「闇風、どうしたんだ?」

「弾切れだ、弾をくれ」

「そういう事か、イコマ、頼む」

「はい!」

 

 そして闇風に、薄塩たらこが質問した。

 

「おい相棒、楽しいか?」

「おう、人生観変わっちゃいそうだぜ!」

「そんなにか……」

 

 薄塩たらこがうずうずした感じでそう言ったのを見て、闇風は言った。

 

「次弾切れになったら変わってやるよ」

「まじかよ相棒、頼むわ」

「おう!」

 

 そしてその後、四度の弾切れを経て、残りの二台のトラックも無事排除された。

 

「よっしゃ、ミッションコンプリート!」

「まじで楽しかった……ありがとな、シャナ」

「おう、お疲れさん」

「しかしいくら何でも手応えが無さすぎたよな」

「まあ、銃での戦いなんてこういうもんじゃないか?

兵力の運用を間違えれば、こんな風に一方的になったりもするからな」

「しかしちょっとお粗末すぎないか?そもそもあいつらはどこから来た援軍だ?」

「普通に考えれば街からだと思うが……」

「でも普通あんな運用はしないだろ?もしあの人数で最初から囲まれてたら、

さすがの俺達も結構やばい事になったと思うが」

「う~ん……」

 

 これにはもちろん理由がある。本来の作戦だと、ビルの中層でシャナ達を足止めし、

街からの援軍が入り口から上へ進み、挟み撃ちにする予定になっていたからだ。

要するにシャナ達の行動が規格外すぎた為なのだが、

さすがに誰もその事には気付かなかった。この事が判明したのは、街に戻った後、

薄塩たらこがスコードロンのメンバーを締め上げて作戦内容を聞きだした後だった。

 

「まあいいさ、多分何か理由があるんだろう」

「そうだな、次はどうなるか分からないが、今回はこっちが勝った、まあそういう事だ」

「ははっ、案外最初に倒した奴らが、街の前で待ち伏せしてたりしてな」

 

 その闇風の言葉に、残りの四人はピタッと動きを止めた。

 

「闇風、お前な……」

「もしかしてまたフラグですか?」

「完全にフラグね」

「おい相棒、フラグを立てるのはエロゲだけにしとけよ!」

「エ、エ、エロゲなんかやってないわ!」

 

 そしてシャナは、小高い丘の中腹でハンヴィーを止めた。

街までの距離は一キロ半という所であり、ここならハンヴィーの姿は街から見えない。

 

「イコマはここで待機しててくれ、残りの四人で街の方向に何か無いかチェックしよう」

 

 そして四人は丘の上まで近付き、一応そこからほふく前進し、

単眼鏡や双眼鏡を使い、街の方を見始めた。

 

「……いた、この方向よ」

 

 そのロザリアの指差す方向を見た残りの三人は、

今まさに待ち伏せをしようとしている者達の姿を発見した。

 

「本当にいやがったよ……諦めが悪い奴らだな」

「何があいつらをそこまで駆り立てるのか、さっぱり分からんな」

「いくら何でも、シャナを悪者に仕立て上げるのも限度があるだろうに」

「まあ煽ってる奴が上手いんだろうさ」

 

 そう言いながら、シャナは先ほどは出番が無かったM82を、再び取り出した。

 

「おっ……」

「シャナといえば短剣とM82だけど、シャナがそれを撃つ所を見るのは初めてだわ」

「あ、俺も俺も」

「ああ、まあ確かに中々使いどころがな」

「運用が難しい武器ではあるよな」

「まあな。さて、やるか……おいロザリア、何か歌え」

「ちょっ……い、いきなり何て無茶振りをしてくるのよ!」

「ジングルベルでもいいぞ、なるべくシンプルな奴な」

「あっ……」

「「何故ジングルベル……」」

 

 ロザリアは何かに気付いたようだが、薄塩たらこと闇風は同時にそう言った。

 

「ん?お前らうちのシノンがヘカートIIを持っている事は知ってるだろ?」

 

 そしてそのシャナの言葉を、ロザリアが引き継いだ。

 

「確かそれを手に入れた時に、シャナがずっとジングルベルを歌ってたのよね?」

「「そうなのか?」」

「ああ、いい感じに集中出来たみたいでな、あいつその時、一発も外さなかったぞ」

「まじかよ……」

「凄えなシノンちゃん……」

「そんな訳で、俺も何か歌ってもらえれば外さない……気がする。

まあ別に外してもいいんだがな」

 

 そして三人は、何かを期待するような目でロザリアを見た。

ロザリアは顔を赤くしながらも、何を歌えばいいか必死で考えていた。

この辺り、さすがロザリアは真面目である。

 

「えっと……ハミングでもいいのよね?」

「ああ、俺の時もそうだったからな」

「それじゃあやってみる」

「お、俺録画しとくわ!」

 

 そしてロザリアが口ずさみ始めたのは、ラヴェルのボレロだった。

薄塩たらこはピュウッと口笛を吹き、闇風はパチンと指を鳴らした。

二人が静かに見守る中、シャナは満足そうにM82を構え、狙撃を始めた。

そしてタ~ン、タ~ンという音が何度もその場に木霊し、

その度に敵のプレイヤーが一人、また一人と倒れていった。

敵は迷彩柄のマントを羽織っていたのだが、

待ち伏せに選んだのが遮蔽物の無い場所だった為、

右往左往する事しか出来ず、敵はどんどんとその数を減らしていった。

 

 タ~~~~~~~~~~~~~~ン!

 

 そして最後に、一際長い射撃音が響き渡り、シャナの狙撃はそこで終わった。

それを感じたロザリアはハミングをやめ、シャナに尋ねた。

 

「終わった?」

「ああ、敵は全滅だ」

「おおおおお、凄いもん見せてもらった!」

「シャナ、やっぱあんた凄えな!」

「ロザリア、いい歌声だったぞ」

「あっ……ありがと」

 

 ロザリアは、歌について褒められたのは生まれて初めてだった為、

顔を赤くしながらそうお礼を言った。

そしてハンヴィーの所に戻った後、薄塩たらこと闇風は興奮気味にその事をイコマに話した。

 

「うわぁ、僕も見たかったなぁ」

「大丈夫だ、俺が録画しておいたぜ!」

「本当ですか!?たらこさん、後で見せて下さい!」

「おっ、それじゃあお前らもうちの拠点に来ないか?ついでにそこで祝勝会といこう」

「いいのか!?」

「やった、俺一度あのビルに入りたかったんだよ!」

 

 そして五人は、もはや誰も敵がいなくなった荒野を堂々とハンヴィーで走り、

街へと着くと、シャナ達が拠点としているビルへと向かった。



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第313話 覚悟しておいてくれ

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


「「「「「乾杯!」」」」」

 

 五人は絶対安全圏である拠点に入ると、やっと心から落ち着く事が出来たようで、

リラックスした表情で談笑していた。

 

「ロザリアちゃん、体はもう大丈夫?」

「はい、今回はお手数をおかけして本当にごめんなさい」

「いやいや、悪いのはロザリアちゃんじゃないから」

「そうそう、確かに仕様上は可能とはいえ、悪いのは卑怯な手を使ったあいつらだから」

 

 そしてシャナは、ラフィンコフィンの事を念頭におきながらこう言った。

 

「可能だからといって何でもしていいなんて奴らにはご退場願わないとな。

別に正義を振りかざしたい訳じゃなく、単に俺がそういう奴らが嫌いってだけだけどな」

「相手も好きでやってるんだからこっちも好きでそうする、それでいいんじゃないか?

今回みたいな事は絶対に無くならないかもしれないが、

かといって放置する訳には絶対にいかないからな」

「結局は強い方の意見が通る、これはゲームなんだから、それでいいと思うぜ」

 

 この場の誰も、自分達が正義だなどとは思っていなかった。

嫌なものは嫌だ、ただそれだけなのだ。

 

「ところでシャナ、さっき録画した動画をイコマに見せたいんだが……」

「おう、今準備するわ、もっとも見てて面白いかどうかは保証しないけどな」

「私はちょっと恥ずかしいんだけど……」

「最悪敵を潰す為のプロパガンダに利用させてもらうかもしれない、我慢しろ」

「う、うん」

「うわお、敵には容赦ねえなシャナ、そういうの嫌いじゃないぜ」

 

 そして動画の再生が始まった。どうやらその動画は、

薄塩たらこの視覚に同調させているようで、

スコープ越しに敵が撃ちぬかれていく姿がしっかりと映っていた。

時々歌うロザリアや、シャナの姿が映る演出が心憎い。

 

「おお、見事ですね」

「どうだイコマ、俺も中々のものだろう?」

「あっ、いえ、シャナさんの評価は既に僕の中じゃレジェンドなんで、

今言ったのはロザリアさんのハミングについてなんですが」

「……お前はお前で俺の行動に対するハードルを上げ過ぎるんじゃねえ」

「あは、すみません」

 

 そしてイコマは、続けてこう言った。

 

「僕はクラシックが好きで、自分でもよく聞く方だと思うんですが、

音程もしっかりとれてますし、聞いてて心地よいですし、

意外って言ったら失礼になっちゃうかもですが、凄くいいと思いますよ。

やってみると分かりますけど、これ結構難しいですよ」

「ふむ、どれ……」

 

 そして闇風が、試しに動画のロザリアのハミングに合わせてボレロを口ずさんでみた。

もっともハミングではなく、普通にラララ~と歌う感じであったが。

 

「ら~~~らららららららっららら~~~らららららららら~~~げほっげほっ、

確かに難しいな、ロザリアちゃん、お手本を見せてくれよ」

「えっ、いや、それはちょっと……」

「俺も聞きたいなぁ、ロザリアちゃん、ちょっとだけでも駄目?」

「いや、恥ずかしいですし……」

「俺ももう一回聞きたいな、ロザリア」

「ら~~~らららららららっららら~~~らららららららら~~~」

「シャナが言っただけでノータイムで歌いだすとか!」

「そりゃないぜロザリアちゃん、だがそれがいい!」

 

 そして下手ながらも、その場にいる全員が動画に合わせて歌いだした。

必ずしも音程が合っていない部分もあったが、

自分の歌に合わせて動画の中のシャナが敵を撃ちぬいていくのを見るのが楽しいようで、

多少おかしくても誰もそんな事は気にしなかった。そこに突然、六人目の声が聞こえた。

その声は声量や声の美しさが群を抜いており、一同は歌うのをやめこそしなかったものの、

一体誰だろうと思って入り口の方を見た。そこには楽しそうに歌うピトフーイの姿があった。

そして動画が終わり、全員がピトフーイに拍手喝采した。

 

「うわ、歌が上手いなおい」

「上手いっていうか、何かプロっぽかったな」

 

 そう感想を述べる薄塩たらこと闇風に、ピトフーイが言った。

 

「よく見たら、たらおとヤミヤミじゃない、何でここにいるの?」

 

 そのピトフーイの言葉に、薄塩たらこは即座に突っ込んだ。

 

「俺の苗字はフグタじゃねえよ!?」

「俺はまだ普通で良かった……」

 

 そんなピトフーイにシャナが言った。

 

「俺が招いたんだ、お前ら知り合いだったのか?」

「あっ、そうなんだ?うん、二人とも古参だし、何度かその、ね?」

「何だよその、お茶を濁すような言い方は」

「あっ、いや、昔ちょっと裏切って殺したり、盾にしたり……その、分かるでしょ?」

「おいピト、ちょっと俺の隣に座れ」

 

 シャナがいきなりそう言ったのを聞いて、ピトフーイは驚いた顔で言った。

 

「シャナがデレた!?どうしよう、シャワーを浴びてこないと……」

「そういうのはいいから」

「はぁい!」

 

 そして嬉しそうにピトフーイが隣に座った瞬間、シャナはその頭に拳骨を落とした。

 

「いきなり人前でそんなプレイは駄目だよぉ……」

 

 平然とそんな事を言うピトフーイに、シャナは二度三度と拳骨を落としながら言った。

 

「とりあえずお前はこの二人に謝れ」

 

 そしてピトフーイは、何の疑問も差しはさむ事もなく、素直に二人に謝った。

 

「たらお、ヤミヤミ、昔はごめんなさいでした」

「あ、あのピトフーイが素直に謝っただと……?」

「まじかー!噂には聞いてたが、こうして目の当たりにするとやっぱ驚くよな」

 

 そしてシャナは、薄塩たらこと闇風に頭を下げた。

 

「すまん二人とも、こいつが迷惑をかけたな」

「いや、別にいいって、もう過ぎた事だしよ」

「ピトフーイがシャナと一緒にいるって聞くようになってからは、

こいつの悪い噂はパッタリと無くなったし、俺も別に気にしないぜ。

それよりピトフーイ、お前、歌うのが上手いんだな、驚いたぜ」

「うん、歌は好き!でもロザリアちゃんも歌上手なんだねぇ、驚いたよ!」

「歌と呼べる物じゃないし、ピトと比べられるのはちょっと……」

 

 そう困った顔で言うロザリアに、ピトフーイは言った。

 

「え~?声が音階に乗ってれば、それは全部歌だし、

それにいいとか悪いとか何も無いよぉ、要は楽しければいいんだよ」

 

 そしてピトフーイは、再び動画に合わせて歌いだした。

 

「シャ~~~シャナナナナナシャッナナナ~」

「ボレロの歌詞を俺の名前にするんじゃねえ、

あと適当な癖にめちゃめちゃ上手いのがむかつく」

 

 そう言ってシャナは、再びピトフーイに拳骨を落とそうとして、

これでは喜ばすだけだと思い、寸前で手を止めた。

頭への衝撃を期待していたピトフーイは、その瞬間に恍惚とした表情になった。

 

「はぁ……シャナに放置されてる……」

「いつも通り、どっちにしろ結果は同じか……」

 

 そしてシャナは、諦めた顔でそれ以上突っ込むのをやめた。

そんな二人を見て、薄塩たらこと闇風は同時に言った。

 

「「お前ら仲いいな!」」

「あ?こいつはただの俺の下僕だ、それ以上でも以下でもない」

「そうだよ、私はただのシャナの下僕だよ、下僕オブ下僕だよ!」

「「のろけられた!?」」

「お前らも大概仲良しだよな……」

 

 シャナは二人の息ピッタリな様子を見て、呆れた顔で言った。

 

「で、今の動画は何?シャニアの私でも見た事が無い動画だったけど」

「シャニアって何だ?」

「シャナ・マニアの略だよ!」

「ああ、はいはい、実は今日、ロザリアがちょっと拉致されてな」

「えええええ?」

 

 そしてシャナは、今日の出来事をピトフーイに説明した。

ピトフーイは黙って話を聞いていたが、話が終わった後、ドスのきいた声でこう言った。

 

「クソ野郎ども、皆殺しにしてやる……」

「お、おう……」

 

 そしてピトフーイは、ロザリアに駆け寄ると、いきなりその頭を胸に抱きながら言った。

 

「ごめんねロザリアちゃん、私がその場にいたら、絶対に守ってあげたのに」

「ううん、悪いのは油断をした私だから……」

「あまつさえ、手足の腱を切った上に、目まで潰すなんて、

そんなのシャナにしかされたくないよね?辛かったね、ロザリアちゃん」

「えっ?……あ……えっと……そ、そうね……」

 

 ロザリアは困った顔で、とりあえずそれに同意した。

 

「で、これからどうするの?シャナ」

「今後も絡んでくるようなら……戦争だ、とことんやる」

「おほっ、そんな好戦的なシャナも好き!」

「あくまで今後も絡んでくるようなら、だぞ。無差別にやりあうつもりはねえよ」

「まあそれじゃあ終わりが見えなくなっちゃうしね!」

「だが、向こうから仕掛けてくるなら徹底抗戦だ、

相手の心を折るまでやるぞ、覚悟だけはしておけよ、ピト」

「了解!」

 

 そしてシャナは、続けてピトフーイに言った。

 

「あとな、ピト、今日試しにこれを使ってみたんだがな」

「ARとALだね!どうだった?」

「ビルの壁越しに、相手を細切れにしてやった」

「エ、エクスタシー!」

「何言ってるんだお前……で、さすがにこれは反則すぎると改めて思ったんだが……」

 

 そのシャナの言い方に、ピトフーイは期待に目を輝かせながら言った。

 

「思ったんだが?」

「今回の戦争が終わるまで、無制限でそれの使用を許可する。存分にやれ」

「やった!鬼哭ちゃん、ついに出番だよ!」

 

 そしてピトフーイは、カゲミツG3を取り出して刃を出した。

その真っ赤な刃は、まるで他のプレイヤーの血を求めるかのように、ゆらゆらと揺れていた。

 

「ピトフーイもそれを持ってたのか!」

「赤い刃……やばい、格好いい!俺も欲しい!」

「ふふん、これが私の鬼哭ちゃんだよ」

「さて、お前らは今後どうするんだ?」

 

 そしてシャナが、薄塩たらこと闇風にそう尋ねた。

 

「俺はスコードロンのしがらみもほとんど無いから、

助けがいる時はいつでも呼んでくれ。あ、やっぱり助けがいらなくても呼んでくれ」

「ずるいぞ闇風!」

「お前はどうするんだ?相棒」

 

 その闇風の問いに、薄塩たらこは苦い表情でこう答えた。

 

「俺は今まで、GGOで最大のスコードロンを目指す事ばかり考えて、

メンバーの質にはまったく気を遣ってこなかった。

今回の事で、それがどれだけ間違っていたのか思い知らされた。

だからうちのスコードロンは一旦解散して、俺の意思に賛同する奴らだけを集め直して、

また一からやりなおす事にするぜ。そしてそいつらを率いて、

シャナと共にこの戦争を戦い抜く事にする」

「いいのか?」

 

 そう尋ねてきたシャナに、薄塩たらこは笑顔で答えた。

 

「俺達友達だろ」

「……そうか、そうだな」

 

 そして二人は固い握手を交わし、闇風もそれに参加した。

丁度その時、残りのメンバーが全員拠点に入ってきた。

 

「あ、BoBに出てた人だ、確か薄塩たらこさんと闇風さん」

「あれ、たらこさんはともかく、闇風さんとシャナって知り合いだったの?」

「ふむ、何かあったのか?シャナ」

「こ、こんにちは」

 

 ベンケイ、シノン、ニャンゴロー、エムがそう言い、最後にシズカがこう言った。

 

「シャナ、一応聞くけどこちらのお客様は?」

「おう、知ってると思うが、こっちは薄塩たらこ、こっちが闇風だ」

「あっ……ど、ども、薄塩たらこです、たらこと呼んで下さい」

「初めまして、闇風です」

 

 二人はシズカのその女王然とした雰囲気に緊張し、そう挨拶を返した。

 

「私はシャナのパートナーのシズカです、宜しくお願いします」

「シャナの妹のベンケイです」

「私の自己紹介は別にいらないわよね」

「ニャンゴローだ、先生と呼ぶがよい!」

「エムです、初めまして」

「で、何かあったの?」

 

 そのシズカの疑問に答える形で、シャナは今日の出来事を全員に説明した。

 

「そう……そんな事が」

「それは許せないですね」

「何よそれ……片っ端からヘカートで撃ちぬいてやるわ」

「いざとなったら私も参戦するぞ、シャナ!」

「そんな事が……分かりました、警戒します」

 

 そして五人はロザリアに駆け寄り、口々にロザリアを慰め始めた。

その姿を見て、薄塩たらこと闇風は、改めてシャナ軍団の結束の固さを感じると同時に、

羨ましさも感じていた。

 

「おい闇風、ここはシャナのハーレムか!?」

「改めて見ると、レベル高いなおい!」

「聞こえてるぞ」

 

 そうひそひそと言葉を交わす二人に、シャナがそう言った。

 

「一応言っておくが、別にハーレムとかじゃないからな」

「で、でも、妹のベンケイちゃん以外は全員シャナの事が好きなんじゃね~の?」

 

 その言葉を受け、シズカとシノン、それにロザリアとニャンゴローと、

ピトフーイまでもがもじもじしだし、二人はその五人の態度に打ちのめされた。

 

「Oh……」

「本日二度目の、俺達にとってはでかいダメージが来たぜ……」

 

 シャナは困った顔でそれを見ていたが、とりあえず優先すべき話があった為、

気を引き締め、話を続けた。

 

「そんな訳で、今日から戦争になる可能性が高いから、覚悟しておいてくれ。

この二人は味方だが、正直誰が敵で誰が味方かは分からないから、

基本全員ログアウトはここでする事にして、まだダイン達にも気を許すなよ。

エヴァ達は……まあ平気だろう。外出する時は、基本一人にならないようにな」

「お、それだったら俺達が、さりげなく色々な奴らの所に出向いて情報収集してきてやるよ」

「そうだな、俺達を人質にとる意味も無いだろうしな」

「そうか?すまん、今回はその言葉に甘える事にする、この借りは必ず返す」

「いいって、俺達もう友達だろ?」

「そうだな、友達認定証ももらったしな!」

 

 シャナは二人に頭を下げ、二人は笑顔でそう返すと、情報収集の為にこの場を後にした。



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第314話 噂の虚実

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


「なぁ相棒、真っ直ぐ自分のスコードロンに戻って、話し合いでもするのか?」

「いや、やはり先に情勢を見極めておきたい。

案外敵対する奴らが少なくて、俺達の出る幕が無い可能性もあるからな」

「それじゃあお互い知り合いの所を回って、後で答え合わせといこうぜ」

「ああ、くれぐれも軽率な行動はとらないように、お互い気を付けようぜ」

「おう」

 

 最初に薄塩たらこが向かったのはダインの所だった。

 

「よぉダイン、久しぶりだな」

「ああん?て、手前、よくここに顔を出せたもんだなおい!」

「どうしたんだよ、随分な剣幕じゃないかよ」

「うるせえ、とっとと失せやがれ!女を人質にとるような奴とつるめるか!」

 

(ほほう……)

 

「不愉快にさせたなら悪かったよ、とりあえず今日はこのまま退散するわ、

これは侘びの印だ、受け取ってくれ」

 

 薄塩たらこはそう言って大仰に肩を竦めながら、

あらかじめ用意していたメッセージキューブをダインにこっそりと渡し、

酒場を出た後にどこかにメッセージを送ると、

よく自分が隠れ家的に使っている小さな酒場に向かい、個室に陣取った。

そしてほどなくして、ダインがギンロウを伴って現れた。

 

「おっ、悪いな、こんな所に呼び出したりしてよ、ギンロウも一緒か」

「一人でのこのこ来て、お前に闇討ちされたらかなわないからな」

「そんな気はまったくないが、問題無い、ギンロウも一緒に俺の話を聞いてくれ」

「ふん、とりあえずこんな所に俺を呼び出した理由をさっさと説明してくれ」

「もちろんだ」

 

 そして薄塩たらこは、ダインに語りかけた。

 

「そもそも何でお前はそんなに俺を嫌ってるんだ?

今日の事は、お前にはどういう風に伝わってるんだ?」

「今日、お前のスコードロンの連中を中心とする奴らが、

シャナの仲間のロザリアを拉致したよな?

そしてシャナに、公開された席上で女性プレイヤー全員に謝罪しないと、

ロザリアの手足の腱を切り、目を潰すと脅しをかけた。

ところがシャナが人質を見捨てるように、有無を言わさず攻めてきたから、

大義の為とか言って、実際にロザリアを傷付けたらしいじゃねえか。

そしてシャナの報復を受けて全滅させられたそうだな」

「裏はとれてんのか?」

「当たり前だ!」

 

 そしてダインは、怒りを込めた目で薄塩たらこに言った。

 

「その話を聞いて直ぐに、俺達はお前のスコードロンのメンバーを何人か締め上げた。

そしたらそのうちの一人が『ロザリアを人質にとってシャナに皆殺しにされた。

でもあれは最終的に彼女を助けるっていう大義の為で仕方なかったんだ』

とか確かに言ってやがったよ、なぁギンロウ?」

「ええ、それは確かっす、俺もその場にいましたから」

「要するに人質にとったのは間違いないって事だろうが!どう言い訳するつもりだ?」

「うちのメンバーのした事だ、その事で言い訳するつもりはない」

 

 そのセリフを聞いた薄塩たらこはそう言った後、逆にダインに質問した。

 

「そいつ、ロザリアちゃんの手足や目の事については何か言ってたのか?」

「ああん?そんなの否定しやがったに決まってるだろ、

どうせ自分の悪行を突きつけられて、そのまま認めるのが怖くなったんだろうよ」

「ふむ……」

 

 そして薄塩たらこは、キッパリとダインにこう言った。

 

「実は今日俺は、シャナと闇風と一緒にそいつらと戦った。自分の仲間すら皆殺しにしてな」

「はぁ?」

「たらこさん、それ、マジっすか?」

「今証人がここに来る。どうもお前を一人で説得する自信が無かったんでな、

ここに来てもらう事にした」

「証人?シャナ本人でも連れてくるつもりか?」

「その通りだダイン、それにギンロウ、久しぶりだな」

 

 突然個室の入り口からそんな声が聞こえ、ダインは慌ててそちらに振り向いた。

そこにいた人物はフードを外し、ダインに軽く手を上げた。

 

「よぉ」

「シ、シャナ!それにロザリアも!」

「シャナさん、お久しぶりです!」

「こ、こんにちは」

 

 横にいたロザリアもそう挨拶し、たらこの横に座った二人は、

今回の事件についてダインとギンロウに説明を始めた。

 

「そういう事か……くそっ、インチキな噂に踊らされる馬鹿どもが」

「ああ、今回は心配かけちまったな、本当にすまん」

「いやいや、シャナが謝る事じゃねえよ!

それよりも俺がたらこに謝らねえと……話も聞かずにお前を疑って本当にすまなかった!」

「いや、それだけ敵の情報操作が虚実織り交ぜた嫌らしい物だったって事なんだろう、

確かに俺が首謀者に聞こえるのも事実だから、気にしないでくれよ、

俺達は今回の事に怒りを覚えた同士だろ?な、ダイン」

「お、おう、そうだな、俺達は同士だ!」

 

 シャナはそんな二人を見て、安心したように言った。

 

「しかしどうやらダイン達が味方みたいでほっとした。

もし敵対してたら、お前やギンロウの頭を撃ちぬく時、ほんの少し胸が痛んだだろうからな」

「撃ち抜くのは確定かよ……ためらうとかいう選択肢は無いんだな……」

「シャナさん、さすがっす!」

「まあそんな事にならなくて、お互い良かったな」

「当たり前よ、他の奴らと違って、少なくとも俺達はあんたと一緒に戦って、

実際にシノンのあんたに対する態度とかを見てるからな、

こんなくだらない噂に惑わされたりはしねえ」

「そうか……ありがとな、ダイン」

 

 そんなシャナに、ダインが言った。

 

「もっとも俺も最初は、中立でいようかとちょっと迷っちまった部分もあるんだよ。

さすがにあんたを否定する声が大きすぎて、びびっちまってな……」

「そういう声は、そんなに大きいのか?」

「ああ、確実にあんたの味方と呼べるスコードロンは、うちの所以外には数える程しかねえ」

「なるほどな」

「だがうちは話し合いの最中に、このギンロウが大演説をかましやがった。

『お前ら、先日シャナが俺達の為に単独で奮戦してくれたのを忘れちまったのか!

この恩知らずどもが!他人の為に自分を犠牲に出来る人が、そんな悪党な訳無いだろう!』

ってな、それでうちのスコードロンは、中立でいる事をやめ、

あんたの味方をする事にしたんだ」

 

 そしてシャナは、ギンロウをぽかんと見つめながらこう言った。

 

「ギンロウ、お前どうしてそこまで……」

 

 その問いにギンロウは、胸を張りながら言った。

 

「男が男に惚れるのに、理由なんかいらないっす!」

 

 そんなギンロウの背中を、ダインと薄塩たらこが嬉しそうにバシバシと叩いた。

シャナはそんなギンロウに頭を下げた。

 

「すまん、俺にそんな趣味は……」

「やっ……違っ……そういう意味じゃ!」

「悪い、冗談だ」

 

 シャナはそう言ってギンロウに片目を瞑り、ギンロウはきょとんとした。

そんなギンロウの背中をシャナがバシンと叩いた。

 

「ちょっと感動しちまったから、まあ照れ隠しだ、これからも宜しくな、ギンロウ」

「はっ、はい!」

 

 ギンロウはそのシャナの言葉に、とてもいい笑顔でそう言った。

 

「ところでシャナ、気になる事があるんだよ、ロザリアちゃんの受けた傷の事でな」

「ん、たらこ、どうかしたのか?」

「なぁロザリアちゃん、説明を聞いた時から思ってたんだが、

ロザリアちゃんが手足と目を傷付けられた事を知っている奴って、

実は相当数が少ないんじゃないのか?」

 

 そう尋ねられたロザリアは、少し考えた後に頷いた。

 

「確かにあの時は、見張りの人の焦った様子からして、

事前に計画されていた事じゃなかったと思いますね。

つまりその事を知っているのは見張りの二人と、

実際に私を傷付けたその犯人だけという事になります。

その後上に来た人もいなかったですしね」

「だろ?でもよ、ダインが聞いた噂だと、その事もハッキリと伝わってるらしいんだよ、

だよな?ダイン、ギンロウ?」

 

 その薄塩たらこの問いに、二人は頷いた。

 

「俺はこの耳でハッキリと、ロザリアが手足の腱を切られて目を潰されたって聞いたぜ」

「俺もですよ、街で流れてる噂はそれで間違いないです」

「って事は、噂を広めたのはロザリアちゃんを傷付けた奴って事になるよな?」

「確かにそれしかないな、ロザリア、そいつの顔は見たのか?」

「ごめんなさい、目隠しをされていた上に、声も小さくて聞き取れなかったの」

「そうか、残念だが仕方ないな、二人とも、すまないが噂について詳しく聞かせてくれ」

 

 シャナは二人にそう言い、ダインとギンロウは、なるべく詳しく噂について説明した。

 

「なるほど、俺がロザリアを見捨てた事になってんのか」

「俺達はそこは信じなかったが、中には信じる奴もいそうな話なんだよな」

「人質がいるのに、対話を拒否していきなり攻めてきたって口を揃えて言ってましたしね」

「そうそう、そこは一致してたな」

「人によって、知ってる部分と知らない部分の差が激しいんですよね、

でも話をまとめると、大体そんな感じで辻褄が合うんっすよ」

「確かに傷の事を肯定する奴はいなかったが、明確に否定出来る奴もいなかったんだよ。

自分のいない所では、そういう事もあったかもしれないってな」

「公開された席上で謝罪を求めたってのも、

直接対峙した奴がいたなら、多分そんな要求をする奴もいたと思う、みたいな感じで」

「なるほど、誰も事件の全体像を知らないから、

噂がここまで広まっちまうと、安易に否定出来ないんだな」

「くそ、嫌らしいやり方だな、はがゆいぜ」

 

 噂についてはそう結論付けられた。こうなるともう、いくらシャナが否定しようとも、

それを安易に信じる者はいないだろう。

 

「別に悪役扱いされるのは構わないんだが、仲間に手を出してくる奴がいるのがうざいな。

やはり片っ端から潰してまわって、相手の心を折るしかないか」

「その過程でシャナさん達の絆を見せられたら、考え直す奴もいると思います!」

「地道にやっていくしかないか」

「多分そのうち大きな戦いも起きるだろうが、当面はそれしかないな」

「私はしばらく情報収集は、顔を知られていないエムさんと一緒に行いますね」

 

 そしてその後、何かあったら連絡を取り合い、お互いに助け合う事が確認され、

とりあえずその場はお開きになった。一方その頃闇風は、地道に酒場を覗き、

黙って色々な噂や、それに伴う他のプレイヤーの反応を観察していた。

 

(う~ん、俺の名前がまったく出ないな、たらこも直接戦闘に参加していた事は、

まったく知られてないみたいだな、確かに俺達の姿をハッキリ見た奴っていないからなぁ。

たらこはスコードロンを解散したら噂になるだろうが、

俺はしばらくは自由に情報収集が出来そうだ)

 

 そして闇風は、いくつかの酒場を訪れた後、街の噂も拾って回った。

 

(ギャレットもペイルライダーも敵、獅子王リッチーもか、ベヒモスは興味無さそうだな、

デヴィッドは……よく分からん、でもあいつはピトフーイと仲が悪いからなぁ)

 

 デヴィッドとは、MMTMという少人数のチームで活動している腕のいいプレイヤーで、

ピトフーイと揉めた事で、古参の間では有名なプレイヤーだった。

 

(対人スコードロンはほぼ敵に回るか。基本あいつらはシャナに痛い目にあってるからな、

噂は関係なく私怨で動いてもおかしくないな。ダインの所だけが例外か)

 

 そんな分析をしながら、闇風は気ままに街を歩いていた。

 

「くそっ、状況に流されちまった、あんな女の子の手足と目を潰すとか吐き気がする……」

 

 そして街を歩いていた最中に、突然そんな声が聞こえてきた為、

闇風は慌てて声の聞こえてきた方を見た。

そこには一人のプレイヤーが、ビルの壁を叩きながらぶつぶつと何か呟いている姿があった。

 

(今の言葉……あいつはまさか、ロザリアちゃんの監視役だった奴か!?)

 

「一応録画はしておいたが、客観モードだからバッチリ俺の顔が映っちまってるんだよな……

さすがにこんなのを公開したら、例えシャナの悪事が暴かれようと、俺の身の破滅だ。

どう見ても、女の子を拷問するのに参加してるように見えちまう……

しかもその後シャナに一瞬で殺されるおまけ付きだし、その事でも馬鹿にされるに違いねえ。

ああ、もう何もかも面倒臭え、ほとぼりがさめるまで、しばらくログインするのは控えるか」

 

(録画だと!?まずい、呼び止めないと……いや、その前にあいつの顔を……)

 

 そして闇風は、慌ててそのプレイヤーを写真に撮影し、

声を掛けようとした瞬間に、そのプレイヤーはログアウトした。

 

(くそ、遅かったか……しかし顔はハッキリと撮影出来たし、今日はこれで良しとしよう)

 

 そして闇風は、薄塩たらこと連絡を取り、合流した。

 

「どうだった?相棒」

「ダイン達は積極的にシャナの味方をしてくれるようだ。

そして俺はたった今、スコードロンを解散してきたぜ。

後は仲間の反応を見て、信頼出来る奴を見極めて再編成だ」

「そうか、こっちは主だった奴らの反応を見てみたぜ」

「おう、どうだった?」

「有名どころだと、ギャレット、ペイルライダー、獅子王リッチーは敵、

味方確定な奴はまだいねえな、全体の反応は、

中立が五割で、敵が四割、味方は一割ってところだろうな」

「厳しい数字だな」

 

 薄塩たらこは、重々しく頷きながらそう言った。

 

「まあ、逆転の一手になりそうな手がかりは見付けたぜ」

「まじかよ相棒、どんなだ?」

「あいにくログアウトされちまったが、ロザリアちゃんの監視役をしていた奴を見付けた。

どうやらその時の様子も録画していたらしい」

「まじかよ!」

「写真はとっておいたから、そいつを見付ける事が出来れば形勢を変えられるかもしれん。

でもそいつ、ほとぼりがさめるまで、しばらくログインしないって言ってたんだよな」

「いやいや上出来だろ、とりあえずそいつが誰か、写真から特定出来るだろうしな」

「よっしゃ、シャナに報告だな」

 

 そして二人はシャナに連絡をとり、意気揚々とシャナ達の拠点へと向かった。



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第315話 そして彼女はたどり着く

お待たせしました、あの方の登場です!

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


 まもなく目的地のシャナ達の拠点に辿り着こうという頃、

薄塩たらこと闇風は、突然横合いから何者かに襲いかかられた。

 

「うわっ」

「何だ!?」

 

 そして二人は前のめりに倒され、頭に銃を突きつけられた。

その視線の先に、ブーツと白い足首が見え、二人は襲ってきたのが誰なのか理解した。

 

「この足首は……」

「銃士X……」

 

 そして顔を上げようとした薄塩たらこの頭に衝撃が走った。

どうやら銃士Xが、銃床で頭を殴ったらしい。

 

「うごっ……いきなり何しやがる!」

「それ以上顔を上げると私のパンツが見える、不許可」

「まじかよ」

 

 そう言って慌てて顔を上げようとした闇風の頭にも衝撃が走った。

 

「くそっ」

 

 そして銃士Xが離れる気配がして、二人はやっと顔を上げる事が出来た。

その頃には、銃士Xは長目のコートを羽織って前をキッチリ閉じており、

上から下までほとんど露出の無い姿となっていた。その姿を見て二人は肩を落とした。

 

「これでいい、私の肌を見ていいのはシャナ様だけ。

今後は極力シャナ様の前でだけ、あの格好をする事にする」

 

 その言葉で、二人は銃士Xがシャナの味方だという事を知った。

 

「お前もしかして、シャナのファンだったのか?いつも無口だから全然分からなかったぞ」

「シャナのファンがどうして俺達を襲うんだよ!」

「闇風はおまけ、今日の標的はたらこ」

「俺!?」

「あ~!おい相棒、噂、噂!」

「あっ……」

「肯定、噂は聞いた」

 

 そして薄塩たらこは、慌てて銃士Xに弁解した。

 

「ま、待て、あの噂は間違いだ、俺達はシャナの味方だ!」

「そうそう、今だってシャナの所に収集した情報を伝えにいく途中なんだよ」

「……証拠は?」

「証拠?」

「証拠か……」

 

 その銃士Xの言葉に二人は言葉を詰まらせた。

手元にそれを証明出来る証拠など、もちろん持ち合わせてはいないからだ。

 

「な、無い……」

「そう……なら死になさい」

「ま、待て待て、今シャナを呼ぶから待ってろ……って、いない……」

 

 生憎シャナは今、一時的にログアウトしていた。

 

「やばい……他に誰かいないか……」

「おっ、たらこさん、さっきはどうも……って銃士Xじゃねえか、何してるんだ?」

 

 丁度そこにギンロウが通りがかった。ギンロウは、今はエムがいない為、

情報収集に出るロザリアの護衛をする為に、

連絡を受けてわざわざここま出向いて来たのだった。普段はおちゃらけているが、

ギンロウはシャナが絡むと途端に義理固さを発揮する、中々いい男であるようだ。

 

「ギンロウどいて、そいつ殺せない」

「まあ街中なんだから、それはそもそも無理だろ、って、はぁ?

いや待てって、何がどうなってるんだよ?」

 

 驚くギンロウに、銃士Xはキッパリと言った。

 

「たらこはシャナ様の仲間を傷付ける事で、仲間を大切にするシャナ様の心を傷付けた」

「だから殺すってか?そういうのはシャナさんは喜ばないと思うけどな」

「うっ……肯定、私は冷静さを失っていた、確かにその通り」

「それにたらこさんはシャナの味方だぞ、闇風さんもな」

「……真実?」

「ああ、さっきまでシャナさんを交えて話してたから間違いない」

「納得……」

 

 そして銃士Xは、三つ指をついて二人に丁寧に謝罪した。

 

「ごめんなさい」

「あ、いや、悪いのは嘘の噂を広めてる奴らだからよ」

「そうそう、銃士Xちゃんは何も悪くない」

「ありがとう」

「それじゃあ俺も急ぐんでな、たらこさん闇風さん、またです。

銃士Xも噂の裏くらいちゃんととれよな」

「分かった、反省」

 

 そしてギンロウは去っていき、銃士Xは二人に説明を求めた。

 

「求む、状況、説明」

「ああ、簡単に経緯を説明するとな……」

 

 そして薄塩たらこは、おかしな集まりに呼び出された事、

今日ロザリアがさらわれた現場に居合わせた事、

闇風とシャナとイコマと共に、ロザリアの奪回に向かった事を説明した。

そしてその過程で、自分にも声を掛けようとした事を聞いた銃士Xは、

いきなり両手を地面についてうなだれた。

 

「お、おい、いきなりどうしたんだよ……」

「また神と知り合える機会を失った……」

「神?神ってシャナの事か?」

「当たり前、シャナ様は唯一神、他に神はいない」

 

 そんな銃士Xの様子を見た二人は、ひそひそと囁き合った。

 

「おい相棒、銃士Xってこんな奴だったか?」

「全然話さないから気付かなかったが、実は昔からこうだったんだろ、

多分第一回BoBの後からだとは思うが……」

「完全に信者って感じだよな……」

 

 そして闇風は、突然こんな事を言い出した。

 

「もしシャナに体を求められたら、銃士Xちゃんはどうするんだろうな……

まあシャナはそんな事は、絶対にしないだろうけどな」

「お前いきなり何を言い出しちゃってるんだよ、でも興味があるな、聞いてみるか……?」

「そうだな……」

 

 そして薄塩たらこが、恐る恐る銃士Xに尋ねた。

 

「なぁ……ちょっと質問していいか?」

「肯定、質問をどうぞ」

「お前もしかして、シャナと付き合いたいのか?」

 

 多少婉曲して、そんな質問から入った薄塩たらこだったが、

それに対する銃士Xの返事は、いつも通りこうだった。

 

「あなたにもし信じる神がいたとして、あなたはその神との恋愛を望むの?」

「お、おう、つまり望まないと」

「そう、私はそんな事は望まない」

 

 その言い方に少し引っかかるものを覚えた闇風が、次にこう尋ねた。

 

「それじゃあ、シャナにそれを望まれたら?」

「当然神の望むままにお傍に仕えるに決まってる」

「お、おう、そういう事な……」

「それじゃあ、シャナに体だけ望まれたらどうするんだ?」

「お、おい闇風、それはストレートすぎるだろう!」

「私のこの体だけを?」

 

 そう言って銃士Xはコートの前を開いた。相変わらず露出の多い格好だ。

銃士Xはスラッとした体型をしており、その白い肌は二人にはとても眩しく見えた。

タイプで言うと、シノンに近いのだろう。

 

「この体は作り物、でもシャナ様の目にとまるとしたら、この体しかない」

「あっ、お、おう……確かにそうだな、現実世界と見た目も体型もまったく違うかもだしな」

 

 そう言った闇風に対し、銃士Xはあっさりとこう言った。

 

「だけど、この顔も体も、胸以外は幸い現実世界での私の見た目に酷似している。

だからシャナ様がこの体を気に入って頂けるなら、現実世界の私も十分対応可能」

「胸以外?おいおい、まさかそれって巨……」

「おい闇風、ハラスメント警告が出ちまうから!」

 

 今の銃士Xの胸は、どちらかというとかなり小さい。

という事はつまりそういう事なのだと、二人は驚愕した。代わりに闇風は、次にこう尋ねた。

 

「なぁ、対応可能って、それってつまり……」

「当然望まれたら、現実世界での私の全てを捧げるという事」

 

 その言葉に、二人は先ほどの銃士Xと同じ格好でうな垂れた。

 

「いきなり何?」

「頼む、何も突っ込まないでくれ……」

「ちょっとくるものがあっただけだからよ……」

「そう」

 

 そして銃士Xは、話の続きを二人に促した。

 

「話の続きを」

「おっとそうだった、それでな……」

 

 そしてシャナが最上階に単独で乗り込んだ事、

その過程で輝光剣を使った事を聞いた銃士Xは、驚愕した顔でこう言った。

 

「何と……まさに神の武器……」

「おう、あれは凄かったな」

「ARとAL、正式名称は、カゲミツX1アハトライトとX2アハトレフトだったか?」

「……本当?」

「こんな事で嘘をついてどうするんだってばよ」

「本当にアハト?」

「おう、間違いないぜ」

「そう……」

 

 そして銃士Xが、いきなり二人に騎士の礼をとった為、二人は驚いた。

 

「な、何だよいきなり」

「二人に感謝を」

「感謝?何への感謝だ?」

「私は今、シャナ様の正体を知った。アハト、おそらくアハト・ファウスト。

それはSAOの英雄の武器の名前、つまりそういう事」

 

 その言葉を聞いた二人は、銃士Xの本気を見誤っていた事を知った。

 

「お、おい、それだけで確定させるのはさすがに……」

「彼のALOでの動画は見た事がある。シャナ様と短剣を構えるスタンスが酷似していた。

そしてシャナ様の傍に立つ女神の剣技、あれはバーサクヒ-ラーの剣技で間違いない。

二つだけなら確信する事は無かった。でも三つになると、これはもはや偶然とは呼べない」

 

 その銃士Xの説明を聞いた二人は、顔を見合わせた。

 

「相棒、俺達やっちまった?」

「かもしれん……シャナに謝るか……」

「必要ない、シャナ様はそんな事で怒るような方ではない」

「確かにそうかもだけどよ……」

「それに私の名前はシャナ様の前では出さないで。

私はあくまで自力で神の前に立ち、最終的にはヴァルハラに到る」

 

 そうキッパリと言い放つ銃士Xの事を、二人は眩しい目で見つめた。

ただの色ボケではない、一人の戦士の姿がそこにはあった。

そして薄塩たらこが、その名を呟いた。

 

「ヴァルハラ……ヴァルハラ・リゾートか……」

「そう、神々の楽園、いつか私は必ずそこに到る。

そして現実世界でも、シャナ様のお傍にお仕えする」

「そこまで決意してるなら、何も言う事は無えな」

「くそ、妬けるぜ……なあ、シャナの見た目が現実であんたの好みに合わなくても、

それでもやっぱり求められたらそれに応じるのか?」

 

 最後に悔し紛れに闇風がそう言った。

銃士Xは、何故か突然顔を赤らめ、もじもじしながら言った。

 

「え……シャナ様の見た目は私の好みにドストライクだから、

そんな事あるはずないし……というか凄く格好良かったし、むしろ望むところというか……

候補の中では最上級の結果が出て、凄く嬉しい……」

「お、お前その喋り方……」

「普通に話せたのかよ!」

 

 それは先ほどの凛とした姿とは違って、完全に色ボケした姿であった為、

二人はそう突っ込んだ。直後に銃士Xはハッとした顔で口調を元に戻した。

 

「意味不明、理解不能、多分幻聴」

「そ、そうか……」

 

 そして闇風が、思い出したように銃士Xに尋ねた。

 

「っていうか、お前シャナの顔を知ってるのか?」

「肯定、常識」

「どこで見たんだよ……というかさっき正体が分かったばっかりだろ!?」

「以前から候補には入れていた。SAOサバイバーが集まる施設といえば帰還者用学校。

そこで私は、神候補と同じ名前の人物を既に発見してリサーチ済」

「そこまでするか……」

「悪意が無いだけに始末に終えないな……」

 

 二人はその言葉に呆れたが、そんな二人に銃士Xは言った。

 

「当然シャナ様の素性も把握済、私はいつか必ずシャナ様の秘書になる為に、その勉強も始めた」

「秘書?秘書って何だよ、学生なんだろ?」

「それは言えない、でもシャナ様は学生の身でありながら、

とある大企業の次期社長に既に内定している、まさに現代に生きる神」

「えっ……?」

「ま、まじかよ、超セレブじゃねえか!」

「否定、シャナ様の家はそういう家では無い、ただの一般家庭だとリサーチ済」

「どういう事だよ……」

「全てシャナ様の実力という事。あなた達も精進が必要」

 

 そしてその後の狙撃のシーンで再び興奮した姿を見せた後、銃士Xは去っていった。

そんな銃士Xの後姿を見ながら、闇風が言った。

 

「まさかあいつがあんな奴だったなんて知らなかったな」

「信仰とか言ってるけど、普通にシャナに惚れてるよな……愛が重い……」

「ピトフーイもそうだし、シノンもベタ惚れだったんだろ?

凄えなシャナ、俺にはとても受け止めきれねえわ……」

「まあ俺達は、分相応の相手を頑張って見付けようぜ」

「だな」

 

 こうして二人の心に鮮烈な印象を残した銃士Xは、

シャナと知り合える機会を、今後も虎視眈々と狙い続けるのだった。

だがその日はまだまだ先、この戦争の後の事となる。

ちなみに驚くべき事に、その出会いはGGO内ではなく、現実世界での事であった。

更にちなみに、薄塩たらこと闇風も八幡と知り合う事になるのだが、

それもこの戦争が終わった後の事である。



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第316話 戦士の墓場

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


「どうやら上手くいったか?」

「いや、どうだろうな、欲張りすぎて少しミスったかもしれん」

 

 ステルベンとノワールは街の外で合流し、そんな会話をしていた。

 

「と、いうと?」

「俺が想定していたのは、ロザリアを傷付けた後、

あの馬鹿どもがシャナの野郎に最上階まで追い詰められて、

そこでシャナが傷付いたロザリアを見て、その後も盛大にもめるってシナリオだったんだが、

どうやらあの野郎、いきなりロザリアのいる最上階に現れたらしい」

「相変わらず無茶苦茶な野郎だ」

「だな」

 

 ノワールはステルベンに頷き、腕組みしながら言った。

 

「まあ問題は、GGOの中で何が出来て何が出来ないか把握しきれていないってのが、

俺達とあいつとの一番大きな差なんだと思う」

「確かにな」

「その結果、ロザリアが拷問まがいの行為を受けたって事を知ってる奴が、

見張りの二人組と俺だけだったのに気付かないまま、俺は街でその噂を流しちまったんだよ」

「それは……まずいな」

「ああ、おそらく完全に俺達の工作だと疑われていると思うぜ」

「ここが引き時か」

「ああ、ここまで火種が広がれば、勝手に延焼していくだろうし、

後は俺達の姿があいつにバレないように、なりを潜めておくだけでいいだろ」

「調べないといけない事もあるしな」

 

 そしてこの時を境に、二人は活動方針を一部変更する事にした。

ノワールはGGOでどんな事が出来るのか、把握するにはどうすればいいか考え、

結果として、ある程度の職人系スキルを上げる事にしたようだ。

実際に作れなくとも、どのようなアイテムが存在するか知る事で、

確実にゲームに対する理解は広がると考えたからだ。

そしてステルベンは、キャラを育てつつ、第二回BoBの時に収集したデータを元に、

他のプレイヤーのリアル情報をまとめ、足を運べる範囲にいるプレイヤーが、

どんな家に何人で住んでいて、入り口の鍵をピッキング出来るかどうかの調査に入った。

そのせいでシャナ達は、第三回BoBの開催前後まで、

彼らの動向をまったく掴む事が出来なかった。

 

 

 

「シャナが囮に?」

 

 次の日、拠点に集まったシャナチームのフルメンバーは、

今後の方針について話し合いをしていた。そんな中、シャナがそう提案をした。

そんなシャナに、シズカが質問した。

 

「具体的にはどうするの?」

「俺が一人だとアピールしながら単独で外に出る。

そして追いかけてくる奴らを、チームで待ち伏せて殲滅する」

「シンプルだね」

 

 シズカがそう感想を述べたが、そこにニャンゴローが待ったをかけた。

 

「いや、シャナの事だ、他に何か目的があるに違いない」

「まあ一応考えている事はある」

 

 シャナはそれを肯定し、先生は更にこう尋ねた。

 

「で、どんな戦略目標を立てているのだ?」

「そういった殲滅を何度か繰り返すうちに、心が折れる奴もいるだろうが、

大抵の奴は頭に血を上らせて、何回かは挑んでくるはずだ。

そして何度目かで、このままじゃいけないと考える。

そうするとどうなるか、まあ俺の想像でしかないが、誰か分かるか?」

 

 そのシャナの言葉を受け、ピトフーイとイコマとエムが手を上げた。

 

「それじゃあ……ピト」

 

 シャナは、ピトフーイが何を言うか興味が沸いた為、試しに指名してみる事にした。

 

「えっと、ただ倒されるだけじゃ駄目だから、それを快感に変えようと……」

「よし分かった、お前に聞いた俺が馬鹿だった。それじゃあイコマ」

「装備を強化する事で対応します!」

「ああ、まあ実にお前らしい意見だな、だがこのゲームには、

そこまで出来るような職人は、お前以外にはまだいない」

「ですね」

 

 イコマはその言葉に苦笑し、大人しく引き下がった。

 

「それじゃあエム」

「はい、弱い生き物は群れを作るしかないと思います」

「正解だ」

「群れかぁ、確かにそうかもね」

「まあ多分、同じような考えの奴を集めて、こっちに対抗しようとするだろうな」

「で、それに対してうちはどうするの?」

「戦力を補充しつつ、普通に対抗する。ダインやたらこ、闇風やエヴァ達に助けてもらおう」

 

 シャナはあっさりと、助けてもらうと口にした。

 

「シャナは昔は何でも自分でやろうとしていたのにな、変われば変わるもんだな」

 

 ニャンゴローが、感慨深げにそう言った。

 

「先生にだけは言われたくないけどな」

 

 シャナは出会った頃の雪乃の事を思い出し、苦笑しながらそう言った。

 

「で、その後は?」

「煽る」

「えっ?」

「そこで煽るんだ……」

「別にただムカツクからとか、そういうんじゃないぞ、あくまで敵を一つにまとめる為だ」

「敵を……一つに?」

「そうなると……」

 

 他のメンバー達は、その事によってどうなるのか考え始めた。

 

「ああ、そこまでいったらおそらく敵は、大々的にキャンペーンを張るなりして、

可能な限り沢山の人数を集めようとするはずだ。そうなるようにこっちも煽るしな。

そしてそいつらが集まった所に、俺が直接乗り込む」

「ええっ!?」

「さっすがシャナ!私のご主人様!」

「そして俺はある提案をする、総力戦の提案だ。そしてその舞台はあそこだ」

 

 そう言ってシャナは、遠く南にうっすらと見える、巨大な廃墟のような物を指差した。

 

「あれは?」

「あれは運営が完全に趣味で作ったと思われる、旧首都の廃墟だ。

かなり広いが敵は一切沸かない、いわゆる観光スポットだな。

廃墟マニアの間では結構有名らしい」

「そんな場所があったんだ」

 

 そのシズカの言葉に、シノンがこう答えた。

 

「敵も出ない、何かを得られる訳でもない、そんな場所だから普通は誰も行かないのよね」

「なるほど、戦いの舞台としてはうってつけなんだね」

 

 シャナは頷き、更にこう言った。

 

「そんな訳で、最終的に俺達は、あそこで多くの敵を待ち受ける事となる。

ちなみにシンカーさんに頼んで中継もしてもらうつもりだ」

「えっ、そうなんだ」

「ああ、イベント形式でスポーツ感覚で参加させる事によって、

くだらない噂なんか忘れるくらい、盛り上げてやるさ」

「なるほど、その発想は無かったな」

「私達は誰の挑戦も受ける!って感じだね」

「それでもまあ、うだうだと色々言ってくる奴は必ずいるだろう。なので平行して、

昨日闇風から報告のあった、ロザリアを見張っていた奴を見つけ出し、動画を入手して、

そいつの顔を消した上で公開する事も検討する。まあ基本方針はそんな感じだ。

まあその結果、俺達は十倍以上の敵を相手にする事になるかもしれないけどな」

 

 その言葉を聞いた一同は、やる気に満ちた様子で頷いた。

誰も反対する者はおらず、こうして基本方針は決定された。

 

「で、今日はどこで敵を待ち伏せるの?」

「そうだな……『戦士の墓場』にしよう」

「何だそれは?」

 

 ニャンゴローが、きょとんとしながらそう言った。

 

「先生はもちろん知らないよな、知ってるのは俺と……」

「私は知ってるわよ」

「私も私も!」

「僕も知ってます」

「シノンとピトとエムか、まあそうだよな」

「どんな場所なの?」

 

 そしてピトフーイが、得意げに説明を始めた。

 

「あそこはね、昔戦争で死んだっていう、兵士のお墓が沢山並んでるだけの場所だよ」

「モブは沸かないの?」

「街からすぐ近くだから沸かないんだよね。ちなみに面白い事に、

あそこはある特定の条件を満たすと、プレイヤーのお墓が増えるみたいだよ」

 

 その意外な言葉に、シズカは興味を引かれたようだ。

 

「そうなんだ、どんな条件か分かってるの?」

「噂だと、ある程度長くプレイしてて、一定以上のレベルまでキャラを育てた後、

引退するとそのプレイヤーのお墓が出来るみたい」

「へぇ~、確かに面白いね。で、シャナ、何でそこに?」

「あそこはハンヴィーを停めておいてもまったく目立たないからだな。

五百メートルくらい離れててもらう予定だが、それくらい離れると、

もうハンヴィーなのか墓なのかの区別はつかないだろう」

「なるほどね」

 

 そしてシャナは、今日の布陣を発表した。

 

「実はハンヴィーのうち一台は、改造されて乗員が最大五人しか乗れなくなっている。

だから今回は、詰めれば八人まで何とか乗れるもう一台の方を使おう」

「二台あると、咄嗟の時にどっちの事を言ってるのか分からなくなるかもね」

 

 ベンケイが何となくそんな事を言い、シャナは少し考えた後、こう言った。

 

「よし、二台に名前を付けるか。ついでにこの拠点にもな」

「お、面白そう」

「それじゃあ先ずは拠点からな」

 

 そして一同は、うんうんと唸りながら名前を考え始めた。

 

「ヴァル……」

「却下だ」

 

 シャナはさすがにそれはと思い、そのシズカの言葉を途中で遮った。

 

「愛の巣!」

「おいピト、お前は後で、お仕……いや、何でもない」

「えっ?せっかく狙い通りにお仕置きしてもらえると思ったのに……」

「うるさい黙れ、おいエム、ピトを押さえとけ」

「はい」

 

 そしてニャンゴローが、冷静さを装いつつさらりと言った。

 

「ニャンコハウスだな」

「先生……やっぱり最近キャラが崩壊してますよね」

「う、うるさい!ここは私の夢の世界なのだ!」

 

 そしてイコマが、ぼそっとこう呟いた。

 

「鞍馬……」

「それだ!」

「ねぇ、鞍馬って?」

「源義経がシャナと名乗っていた頃に暮らしていたのが鞍馬なんで、何となく」

「おお」

「鞍馬の後に、拠点っぽい漢字を付ければいいんじゃないかな?」

「鞍馬……天狗?」

「それは拠点の名前としてはどうなの?」

「普通に鞍馬山でいい気もするけど」

「ああ、いいんじゃない?山に集合、とか短縮も出来るし」

 

 こうして拠点の名前は、鞍馬山に決定された。

 

「さて、次はハンヴィーの名前だが……」

「ねぇ、同じ感じで義経の愛馬とかの名前にすれば?」

「義経の愛馬……イコマ、知ってるか?」

「それなら太夫黒ですね」

 

 サラリと答えたイコマを、ピトフーイが賞賛した。

 

「さっすがイコマきゅん!」

「ふむ……ちょっと長いか」

「無理に難しい名前を付けなくてもいいんじゃないかしら、

黒の部分だけもらって、ブラックとホワイトとか」

「それならまあ言い易いのは間違いないな」

「それじゃあそうする?考えるのも結構大変だしね」

「よし、そうするか」

 

 そして重武装のハンヴィーがブラック、もう一台が、ホワイトと名付けられた。

 

「それじゃあ話を元に戻すか、今日の作戦だが、今回はさっき言った通りホワイトを使う」

 

 そして話は囮作戦に戻り、シャナはテキパキと指示を始めた。

 

「ロザリアとケイが街中で俺を尾行し、誰が後を追ってくるか調べておいてくれ。

ホワイトの運転は、練習を兼ねてイコマが頼む。助手席は先生でお願いします。

イコマはまだそこまで上手くハンヴィーを運転出来ないんで、色々教えてやって下さい」

「先生、宜しくお願いします」

「うむ、任せておくがよい」

「残りの四人は後部座席な、シノンにはヘカートIIで狙撃をしてもらうから、

上部ハッチから近い所に陣取ってくれ」

「了解」

「最初に俺が、歩いて戦士の墓へと向かう。

ロザリアは、追っ手が何人かを俺とシノンに連絡してくれ。

そして人数次第だが、シノンが頃合いを見てそいつらを狙撃、

同時にイコマはハンヴィーをこちらに向かわせてくれ。

俺は上手く敵を引き付けるから、到着し次第背後から急襲だ」

 

 こうしてこの日の作戦が始まり、シャナは堂々と顔を晒して街中を歩き、

そのまま街の外へと一人で歩いていった。

この日の戦いが、後にGGO源平合戦と呼ばれる一連の戦いの、最初の幕開けとなった。



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第317話 走れ、太夫黒!

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


「おい、シャナだぜ……」

「あの野郎、平気な顔で一人で歩いてやがる」

「一人だと?千載一遇のチャンスだ、人を集めろ!」

「わ、分かった」

 

 シャナは街のざわつく様子から、敵が罠にかかった事を知った。

 

(さて、戦士の墓場まで散歩としゃれこむか。イコマにアレも用意してもらったしな)

 

 そしてシャナは、敵の斥候がちゃんと着いてきている事を確認すると、

のんびりと街の郊外に向けて歩きだした。

 

(そういや、GGOから他のゲームにコンバートしてる間は、

戦士の墓場にそいつの墓碑が生成されたりしてるんだろうか)

 

 シャナはそんなとりとめのない事を考えながら、後方へと意識を向けた。

 

(ふむ……どうやら敵も徐々に集まってきているみたいだな、ロザリアに確認するか)

 

 シャナはそう考え、直ぐにロザリアに連絡をとった。

 

「どうだロザリア、そっちは今どうなってる?」

『慌しくプレイヤーがそっちの方に向かってるわ、

どうやら最初にシャナを見付けたのは、ペイルライダーの一派みたいね。

さっきご本人様が意気揚々とそっちに向けて出発したわ』

「ほほう?いきなりの大物だな」

 

 シャナはそう言い、ペイルライダーの容姿を思い出そうとしたのだが、

どうしても思い出す事が出来なかった。

 

「ペイルライダーな、あいつ腕はいいっぽいんだが、

華が無いからまったく記憶に残らないんだよな……」

『もしかして顔を覚えてないの?』

「ああ、まあ見れば思い出すだろ」

 

 ロザリアはその言葉を受け、敵のデータベース化を急ぐ必要があると考え、

シャナにこう言った。

 

『とりあえず、片っ端から撮影してリストに登録するわね』

「結構面倒だよな?すまないな、事務仕事を増やしちまって」

『大丈夫よ、今は先生がいるから』

 

 シャナはそう言われ、ニャンゴローをGGOに呼んだ理由を思い出した。

 

「そういえば、先生はそういうのの為に参加してくれたんだったな……

すっかり色物枠なつもりでいたわ。どうだ、やっぱり先生がいると楽か?」

『ええ、とっても』

「そうか、それなら来てもらった甲斐があったな」

『そういった仕事は大分楽になったわ。例の総督府のデータの解析は難航してるんだけどね』

「ラフコフの奴ら、相当上手く潜伏してやがるんだな……あの先生の目をかいくぐるとは」

『そうね、正体不明の人物のうち、十人くらいがどうしても絞り込めないのよね。

あるいは新人で既に引退しているのか、ほとんど街に寄り付かないのか、

もしくは誰かのセカンドキャラが混じっているのか、とにかく分からないの』

「まあとりあえずそっちは置いておこう。

で、どうだ?まだこっちに向かおうとしているプレイヤーはいるのか?」

『今のところはいないわ、敵は合計十六人ね』

「了解だ、それじゃあ何か他の動きがあったら教えてくれ」

『分かったわ』

 

 そして二人は通信を終え、シャナは大きく伸びをした。

 

「さてと、そろそろ動くか」

 

 そしてシャナは、Uの字型をしている単眼鏡を取り出し、

後方から気付かれないようにそれを覗きこんだ。

 

「ペイルライダーペイルライダーっと……え~っと、確かあいつだな、多分間違いない」

 

 シャナがそう決め付けたプレイヤーは、実はペイルライダーでは無かった。

シャナ的にはどうでもいいのか、この辺りはぞんざいである。

もっともどうせ全滅させるのだから、この場合は問題が無いだろう。

 

「この辺りなら、地形的にアップダウンが激しいから逃げるのにはもってこいか。

よし、ここらでとっておきを出すか、少しアナログだけどな。いでよ、我が愛馬よ!」

 

 そしてシャナはストレージから何かを取り出し、それに跨った。

それは何と自転車だった。実にアナログであるが、移動が楽なのは確かだ。

そしてシャナは、とてもわざとらしく後ろを向くと、

たった今追っ手に気付いたようなそぶりを見せ、全力で戦士の墓場へ向けて走り出した。

 

「行くぞ、太夫黒!」

 

 どうやらシャナは、自転車の名前を、先ほど聞いた義経の愛馬の名前にしたらしい。

当然太夫黒は返事などはしやしないのだが、わざわざ何度も声を掛ける辺り、

この男、案外ノリノリであった。

 

「なっ……自転車だと?」

「気付かれたぞ!」

「追え、追え!」

 

 そんな声が聞こえ、後方から何発か銃弾が飛んできたが、シャナに命中する気配は無い。

地形が上下している為、追っ手達は中々シャナに照準を合わせる事は出来ないのだった。

 

「ペイルさん、どうします?」

「くそっ、とにかく逃がすな、全力疾走だ!」

「は、はい!」

 

 追っ手の中には、AGI特化型のプレイヤーも当然おり、

そのプレイヤーはかなりの速度を誇っていたが、シャナもそのSTRを生かし、

全力で太夫黒を漕いでいた為、その距離はまったく縮まらなかった。

だがシャナの狙いはこれだけではなかった。

何とかシャナに付いてきていたのは、敵の十六人中、半数の八人、

残りの八人は、方向こそ先行する八人から連絡を受けていた為、付いて来れていたが、

前方集団からの距離は、大きく開いてしまっていた。

要するに、敵は二手に分断されてしまっていた。

そしてシャナは戦士の墓場を通過した頃、ホワイトで待機する仲間達に連絡をとった。

 

『こちらシャナ、ホワイト、聞こえるか?』

「こちらホワイト、感度良好」

「感度良好って、女の子が言うとちょっとエッチじゃない?」

『黙れピト、どうだ、そっちから俺が見えるか?』

「はい、今太夫黒が通過したのが見えました」

『後ろの敵も見えるか?』

「え~っと……あっ、今ひぃふぅみぃ……八人通過しました、追撃しますか?」

『いや、その後方から別に八人の集団が追ってくる。先ずはその集団を殲滅してくれ』

「了解です!」

 

 そしてシャナは、シノンに声を掛けた。

 

『シノン、聞こえるか?』

「うん、感……き、聞こえるわ」

 

 シノンはピトフーイが突っ込もうとする気配を感じ、感度良好と言うのをやめた。

 

『敵の中に、ペイルライダーがいるらしい。

もし後方集団にいたら、一番にあいつを狙撃してくれ、頼んだぞ』

「ペイルライダーがいるの?オーケー、任せて。

イコマ君、ホワイトを敵が来るルートから見て、正面に移動させてね」

「はい!」

 

 イコマはもうかなり運転に慣れたのか、ホワイトをスムーズに移動させ、

一行は、墓石の並ぶ一角で、街道が正面に見える位置に陣取った。

街道がアルファベットの小文字のiの下の部分だとしたら、

ホワイトの位置は上の点の位置にあたる。ちなみに街道は、

Iの一番上の部分で左に曲がっている為、敵を正面に捕らえられる時間は案外短い。

シノンはホワイトの屋根から上半身を出し、狙撃体制をとった。

 

「イコマ君、私が狙撃したらホワイトで突撃よ。

敵の前に出たら、ホワイトのドアを盾にして全員で攻撃ね、

到着するまでにもう一人くらいは撃ちたいから、ピトは私の足が安定するように固定して」

「分かりました!」

「オッケー、私がシノノンの足を押さえてればいいのね」

 

 そしてピトは、目の前にあるシノンの太ももをじっと見つめながら、シズカに話しかけた。

 

「……ねぇシズ」

「何?ピト」

「この太ももはちょっとけしからんと思わない?

太ももからおしりにかけてのラインがエッチというか何というか……」

「なっ……」

 

 シノンはそのピトの言葉に、自分の顔が熱くなるのを感じたが、

前方から目を離す訳にもいかず、動く事は出来なかった。

そしてシズカは、ピトに言われるままにシノンの太ももを観察し、

シノンはシズカからの視線を太ももに感じ、どこかくすぐったいような感覚を覚えた。

 

「確かに男の子はこういうのが好きなんだろうとは思うけどね、

しかしこの太ももは……うん、けしからんね」

「やっぱりシャナもこんな感じの太ももとおしりが好きなのかな?」

「う~ん、多分好きなんじゃない?まあ男の子は誰だってそうかもだけどね」

『おいお前ら、人の性癖を勝手に捏造すんな』

「ひゃっ!」

「シ、シャナ、聞こえてたの?」

『当たり前だろ、おいピト、多分シノンが赤くなってるだろうから、

狙撃に集中してもらう為に黙って言われた通りにしてろ』

「あ、あ、赤くなんかなってないわよ!」

 

 シノンは顔を真っ赤にしながらそうシャナに抗議した。

シノンは上半身を上に出していた為、下にいる者達からは、

その自分の顔の赤さを見る事が出来ないだろうと思い、シノンは安堵したのだが、

実はその言い方で、シノンが顔を真っ赤にしているのは下の者達にはバレバレだった。

 

 

「来ました、後続の八人です」

 

 その時窓から顔を出して前方を監視していたエムがそう言った。

どうやらピトフーイの言葉に突っ込む気はまったく無いらしい、さすが大人である。

イコマは何かに耐えるように、黙って前方を見つめており、

ニャンゴローはその横で、黙って自分の足を見つめながら何事か考え込んでいたのだが、

その言葉を聞いた瞬間、全員気を引き締めたようだ。

シズカは銃を構え、ピトフーイはしっかりとシノンの足が動かないように固定した。

 

「ペイルライダーを発見、撃つわ」

 

 さすがシノンは、先日ペイルライダーを第二回BoBで見ていた為、

その容姿をしっかりと覚えていたようだ。

そしてシノンは、ペイルライダーの頭をスコープの中心に据え、

あっさりとヘカートIIの引き金を引いた。次の瞬間ペイルライダーの頭は吹っ飛び、

こうしてペイルライダーは、あっさりと退場する事となった。

どんなに強い者でも状況によってはあっさりと倒される、

これがGGOというゲームの怖い所である。それはシャナでさえも例外では無いのだから。

 

「命中」

「行きます!」

 

 そのシノンの言葉を受け、イコマがホワイトを発車させ、

ホワイトはエンジンを唸らせて全力で走り出した。

 

「命中」

 

 再びシノンがそう言い、もう一人のプレイヤーが倒され、シノンはそこで車内に戻り、

サブ武器のグロックを取り出した。そして敵の前に飛び出したホワイトはそこで停車した。

 

「ペイルさんが撃たれた!」

「なっ……」

「敵の奇襲だ、応戦しろ!」

「もう撃ってる!でも……何だよあのハンヴィー、攻撃が通らないぞ!」

 

 そして六人は外に飛び出すと、ハンヴィーのドアを盾に、敵に銃弾の嵐を降らせた。

敵も更に何発か反撃してきたのだが、その攻撃は全てハンヴィーの厚い装甲に阻まれ、

こちらに命中する事はまったく無かった。

そして六人が倒されるのと同時に、いきなりシャナから通信が入った。

 

『まだ遠いが前方に誰か見える。あれは……ゼクシードとその取り巻きだ!』

「えっ、本当に?」

「ユッコとハルカだっけ?」

『ああそうだ、間違いない。とりあえずこっちは何とかするから、

そっちは殲滅が終わったら直ぐにこっちに向かってくれ』

「こちらは殲滅完了、直ぐに向かいます!」

 

 そしてその言葉を聞いた六人は直ぐに車内に戻り、イコマは慌ててホワイトを発車させた。

残りの敵は八人だが、シャナの言葉通りだと、前方にはゼクシード達三人がいるようだ。

果たしてゼクシード達がどう動くのかは、まだ誰にも分からなかった。



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第318話 二人の成長

2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


 その日ゼクシードは、ユッコとハルカと一緒に無限地獄にいた。

キッカケはとある酒場で、ゼクシードの耳にこんな会話が聞こえてきたせいだった。

 

「なぁ、そういえばこの前、たまたま無限地獄の前を通りがかった時によ、

とんでもない数の敵が宇宙船の中に入ってくのを見たんだよ」

 

(ぷっ、何でこいつらそんな当たり前の事を今更話題にしてやがるんだ、

よく見る光景じゃないかよ、素人か?)

 

 ゼクシードはそう思いつつも、何となくその会話に耳を傾けた。

 

「それってあそこの怖さを知らなかった誰かが、

初めてその洗礼を受けたってだけなんじゃね?」

 

(そうそう、それしかないだろ、考えるまでもねえよ)

 

「いやそれがよ、俺もそう思って、誰かが逃げてきたらそのまま倒しちまおうかなって、

物陰に隠れて状況を観察してたんだよ、ほんの一時間くらいな」

 

(暇人もいたもんだな……まあ俺でもちょっとくらいは様子見するかもしれないが。

うん、本当にちょっと、ほんのちょっとな!)

 

「でもいつまでたっても誰も出てきやしねえ。で、さすがに普通じゃねえと思って、

古参の友達に、そんな状況を見た事があるか聞いたんだが、

気付いたら敵がノンアクティブ状態に戻ってやがってよ」

 

(何っ!?俺も何度かあそこに挑んだ事があるが、

何をしようとそんな状態にはならなかったはずだが……)

 

「で、その直後に宇宙船の中からシャナ軍団が出てきたんだよ。

ほくほくした顔をしてやがったから、相当稼いだんだと思うが、

あそこから生還出来るなんて、やっぱりあいつはとんでもないよな」

 

(シ、シャナだと!?あの野郎……あそこで稼いでやがったのか、

しかしあいつは、一体どうやってあそこから生還したんだ……?)

 

 ゼクシードは考え込んだが、その間にも会話は続いていた。

 

「まじかよ、あそこって敵が無限に沸くからこその無限地獄だろ?」

「そのはずなんだけどな、殲滅力が高いと生還出来たりするのかね?」

「確か昔、大手のスコードロンがキッチリ準備を整えて挑んだけど、駄目だったよな?」

「って事はシャナ軍団の強さは……」

「やっぱりたまたまBoBに出なかっただけで、最強はゼクシードじゃなくシャナ……」

「お、おい」

「あっ……」

 

 その時ゼクシードの存在に気付いた二人は、慌てて口をつぐんだ。

幸いゼクシードは自分の考えに集中しているようで、二人に絡んでくる事は無かった為、

二人はそのまま逃げるように酒場を後にした。

そしてゼクシードは、もっと詳しい話を二人に聞こうとその二人に声を掛けようとした。

 

「なぁ、その話、もうちょっと詳し……って、いねえ」

 

 こうしてゼクシードは無限地獄に興味を持ち、それからユッコとハルカを伴い、

何度か無限地獄に挑戦していたのだが、

まったく狩りにならず、毎回開始数分で逃げ出す事になっていた。

 

「くそっ、相変わらずここの敵はうぜえな……」

「何ですかこれ、どうすればいいんですか?」

「まったく糸口が掴めませんね……」

「シャナの野郎は、どうやってこんな場所で、普通に狩りを成立させてるんだ……」

 

 そんなゼクシードを見て、二人はひそひそと囁きあっていた。

 

「ゼクシードさん、悩んでるね……」

「ゼクシードさんの持ち味は、こういう時に悩まずに、

何故か根拠も無いのに自信たっぷりに行動して、結果何とかなっちゃう所なんだけどね……」

「シャナさんが絡まない時はね」

「うんうん、シャナさん絡みの案件だと、途端に結果が出なくなるのは何でなんだろうね」

 

 実際あのゼクシードが強気を失い、二人がシャナの影響を意識してしまう程、

ここ最近の戦闘内容はひどかった。というか、戦いが成立すらしていない。

いくら工夫しようが何をしようが、どうにもならないその無限地獄の過酷さは、

ゼクシードの前に、大きな壁となって立ちはだかっていた。

ちなみにユッコとハルカは、最近めきめきとその力を上げていたのだが、

それに連れ、シャナの凄さを実感出来るようになってきたのか、

いつの間にかシャナをさん付けで呼ぶようになっていた。

ゼクシードもその事に関しては気付いていたが、特に何も言う事は無かった。

こんな状況で、とぼとぼと街へと向かって歩いていた三人だったが、

そんな時、単眼鏡で周囲を警戒していたユッコが、こちらに向かってくる人影に気が付いた。

 

「あれ……ゼクシードさん、前から誰かが来ます!」

「何っ、本当か?」

「ほら、あれ……」

 

 そしてゼクシードも単眼鏡を取り出し、そちらの方を見た。

 

「あれは……自転車か?乗っているのは……まさかシャナか?」

「っていうか、この世界にも自転車ってあるんだ……」

 

 そう話している間にも、シャナはぐんぐんと近付いてきた。

その後方に、シャナを追う何人かのプレイヤーの姿が見え、

流れ弾も何発か飛んできた為、ゼクシードはそれを見て、ある事に思い当たった。

 

「シャナの野郎、追われてるみたいだな。そうか、この前の集会絡みの案件か」

「集会?何ですか?それ」

「ああ、実はこの前な、ほら、シャナの周りには女性プレイヤーが多いだろ?

例えばニャンゴローさんとかニャンゴローさんとかよ。

で、そのシャナが、ニャンゴローさんの弱みを握って無理に従わせてるから、

そういうのは許せない、あいつをぶちのめそうって奴らの集まりがあってな、

だから多分シャナは今、そいつらに追いかけられているんじゃないか?」

 

 その話を聞いたハルカは、目を点にした。

 

「何故あのニャンゴローって人前提で話してるのかはさておき、

何ですかそれ?意味が分からないんですけど」

「ハルカ、私も思う所はあるけど、とりあえずその話は後にしよう。

今はシャナさんに対応しないと」

「そうだね。ゼクシードさん、どうします?」

「もちろんシャナを攻撃だ」

「あ……やっぱりそうなるんだ」

 

 そしてユッコとハルカは、再びひそひそと囁き合った。

 

「ユッコ、どうする?」

「どうしても仕方ない時以外は、正直シャナさんに無駄に関わりたくない……」

「今までもろくな事が無かったもんね……」

「それに今の話を聞いた後だと、同じ女としてはちょっとね……」

「うん、何か言ってる事がおかしいよね……」

 

 二人は別にシャナの肩を持つ気はなかったのだが、この件に関してはどうやら別のようだ。

だが強硬に反対する事も出来ず、結果二人が選んだのは、

この戦いをボイコットする事だった。せっかくゼクシードのBoB優勝で、

資金的にもプラスに転じたというのに、ここで余計な火種を抱え込むのは嫌だったのだろう。

ついでに言うと、先ほど囁き合っていたように、この件に関しては、

二人は感情的にまったく納得出来なかった。

 

「そもそも何で弱みを握って従わせてるのが当然みたいになってるの?」

「モテない男共のひがみにしか聞こえないんだけど」

「どう見てもあの子達は、シャナさんの事が大好きなようにしか見えないでしょうに」

「ね、一目瞭然だよね……」

 

 ユッコとハルカは同じ女として、その事をきちんと理解していた。

そして二人はゼクシードにこう言った。

 

「ゼクシードさん、うちら、残弾数がこころもとないんで、攻撃はちょっと」

「あっちに隠れてるので、私達はいざという時の支援にまわりますね」

「え、そ、そうか?わ、分かった……」

 

 ゼクシードは、二人が微妙に不機嫌なのに気が付き、

そう曖昧に答える事しか出来なかった。ユッコとハルカはそのまま近くの茂みに隠れ、

そして直後にシャナがその姿を現し、ゼクシードはそちらに向けて銃を構えた。

 

「シャナ、覚悟!」

 

 シャナはそれに対してこう言った。

 

「おいゼクシード、もうすぐここにニャンゴローが来るぞ」

「えっ?ニャンゴローさんが?」

 

 そのセリフで一瞬銃を撃つのを躊躇したゼクシードの横を、シャナがそのまますり抜けた。

その瞬間に、ゼクシードの体に複数の銃弾が突き刺さった。

どうやらシャナを狙った銃弾が、いくつかゼクシードに命中したらしい。

 

「なっ……」

「あっ!」

「ゼクシードさん!」

 

 ユッコとハルカは慌てて立ち上がり、ゼクシードに駆け寄ろうとしたが、

その目の前で、あっさりとゼクシードは消滅した。

そして二人の姿に気付いたシャナは、自転車をUターンさせ、

そのまま自転車から飛び降りると、二人を両脇に抱え、その場に押し倒した。

 

「きゃっ!」

「な、何を……」

 

 その瞬間に、三人の頭上を複数の銃弾が通過し、二人はシャナの意図に気付いた。

だがシャナはそんな二人を放置し、そのまま銃を取り出すと、後方の敵に向け発砲した。

 

「な、何で助けてくれたの?」

「そうだよ、私達はシャナさんの敵なのに……」

「いいからお前らも、銃を持ってるならさっさと撃て」

「あっ、はい!」

「援護します!」

 

 そして二人は射撃を開始し、シャナはその隙に、前方に太夫黒を放り投げた。

これで多少なりとも敵の銃弾が防げそうだ。

 

(乱暴に扱っちまってすまない、太夫黒)

 

 シャナは内心で太夫黒に侘びながら、自らも射撃を再開した。

敵も思わぬ反撃に足を止め、こうして成り行きで、呉越同舟の銃撃戦が開始された。

 

「さっきの返事だがな、お前らは俺に攻撃する気がまったく無かっただろ?

意図的にそうしたのかどうかは分からなかったが、遠くから見えてたぞ。

だから今すぐその借りを返そうとしただけだ。まあ咄嗟に体が動いたってのもあるけどな」

 

 二人はその言葉に返事をする余裕もなく、ただ黙ってその言葉を聞いていた。

そしてほどなくして、ホワイトが背後から敵を急襲し、敵はあっさりと全滅した。

 

「シャナ、ゼクシードはどうしたのだ?」

「何か流れ弾に当たって死んじまった」

「なるほど。で、その二人は?」

「ああ、何か成り行きで助けちまった。まあこの二人は、

最初俺を見逃そうとしてくれたみたいだから、借りを返したって事になるんだろうな」

「シャナらしいね」

「で、お前らこれからどうする?ちょっと狭いが一緒にこれに乗ってくか?」

 

 シャナにそう尋ねられたユッコとハルカは、それを固辞した。

 

「いえ、さすがにそこまでしてもらうのは、

そちらにもゼクシードさんにも何か悪いんで、このまま街まで歩きます」

「これで貸し借りは無しですからね!」

「そうか、それじゃあまた敵同士だな、二人とも、いずれ戦場でな」

 

 そしてシャナ達は去っていき、残された二人は、街へと向かって歩き出した。

 

「ねぇ」

「うん」

「凄く複雑な気分じゃない?」

「うん……」

「思えばあいつみたいな人を倒したいって思って始めたGGOだけどさ、

ここだとそのポジションにいるのはシャナさんじゃない。絶対に勝てないよね」

「厳しいよね」

「まあもうその事はどうでもいいんだけどさ、今はそれなりに楽しいし」

「投資した分は回収出来たしね」

 

 そして二人は、ここでやっと笑顔を見せた。

 

「ねぇ、さっきの判断さ、間違ってないよね?」

「うん、ゼクシードさんには悪いと思うけど、でもやっぱり納得いかないもんね。

さっき見たシャナさん達は、とても仲が良さそうに見えたもん」

「同窓会の時みたいな失敗は、もう二度としたくないしね」

「だよね、私達も少しは成長出来たのかな?今ならあいつに謝ってもいい気もする。

まあまだ、気もするってだけだけどね!」

「今ならちょっとは分かるよね、あいつってシャナさんにちょっと似てるし」

「ほんのちょっとね」

 

 どうやら二人も、GGOの厳しさにもまれて多少成長する事が出来ているようだ。

二人はシャナの姿に、八幡の姿を重ねる事が出来るようになっていた。

 

「SAOでのあいつも、シャナさんみたいな感じだったのかな」

「多分ね、今ならちょっとだけ分かるよね」

「ほんのちょっとね」

「まああれなら、モテるようになるのも仕方ないか」

「そりゃまあ、ゼクシードさんと比べると……ねぇ?」

「ゼクシードさんを恋愛対象には見れないよね」

「それは間違いない!」

「でも私達のリーダーなんだから、多少は……ねぇ?」

「シャナさんほどじゃなくていいから、もう少しカリスマ性が欲しい気はする」

「まあそれを言っても仕方ないよね、だってゼクシードさんだし」

「まあしっかりと利益を確保出来てるんだし、そこらへんは目を瞑ろう」

「だね」

 

 同窓会の時に痛い目にあっていたせいか、二人はこの時は間違えなかった。

この時から二人は、この戦争に関してだけは、

ゼクシードの指示に従いつつも、控えめにゼクシードに意見するようになり、

その事が戦争終盤のゼクシードの動きに影響を及ぼす事になった。




どうやら二人も成長したようです、ほんのちょっとだけ。


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第319話 大平原の機動戦

「車を運転したい?免許でも取りたいのか?」

「ううん、ブラックとホワイトを運転出来るようになりたいの。

オートマなら動かすだけならまあいけるんだけど、マニュアルはまだちょっとね」

「ああ、そういう……」

 

 始まりは、こんなシズカの一言だった。

 

「せっかくだから、全員運転出来るようになっとくか?

別にマニュアル車の免許をとる必要は無いが、今後別のゲームの中で、

車を運転する機会があるかもしれないしな」

「賛成!」

「でもまあ先生やイコマはもう運転出来るよな。結局誰が参加するんだ?」

「え~っと、私とケイと……」

 

 そしてシズカは他の者をチラッと見た。

ニャンゴローとロザリアは、データベースを作成する為居残りとなった。

イコマは今のうちに、弾薬等をまとめて合成するつもりらしい。

そしてピトフーイが、エムに尋ねた。

 

「エム、今日は私が手伝わないといけないような仕事はあるの?」

「ピトもそっちに参加したいんですね、大丈夫ですよ。

僕は色々とスケジュールとかを調整しないといけない事があるので、

今回は参加は見送りで、自前で練習しておきます」

 

 そしてシノンが、おずおずと言った。

 

「私も行こうかな、まあ関係無いだろうけど、まだ免許をとれる齢にはなってないけどね」

「それじゃあ後は、ピトとシノノンだね」

「なら俺を入れて全部で五人か。よし、それじゃあ今日はブラックを出そう」

 

 そしてシャナが、ふと思いついたようにこう言った。

 

「ついでにブラックまで皆で歩いていけば、獲物が網にかかりそうだな」

「それなら私達も一緒に行っておくか、なぁロザリア」

「そうですね、シャナを女性六人で囲めば、獲物も引っかかりやすくなるでしょう」

「……自分で言っておいてアレだが、それだと俺が凄い嫌な奴みたいだな」

「あはははは、でも悪役上等って言ってなかった?」

「お、おう、まあ今更か」

「うん」

 

 そして七人は、車庫へと向かって歩き出した。

 

「おい、シャナだぜ」

「くぅ~、見せ付けやがって……」

 

 ちなみに六人中四人は元からの仲間である為、実際シャナがGGOで知り合い、

連れまわしているのはシノンとピトフーイのみである。

他のメンバーはというと、エムとイコマが新規組であり、

友好関係を築いた薄塩たらこと闇風、それにダインとギンロウの事を考えると、

実は男性プレイヤーの方が圧倒的に多いのだが、

事情を知らない者にとってはやはりシャナの女性関係は派手に見えるのだろう。

そして周囲が慌しくなり、シャナはこの後に襲撃がある事を確信した。

 

「この状況で襲う気満々って事は、あれだな、

狙いはピンポイントで俺って事になるんだろうが……」

「案外私達を救い出す為とかいって、手足を撃って動けなくした後、

どこかに連れていこうとする可能性はあるよね」

「それじゃあこの前のロザリアちゃんの時と同じじゃない、クソ野郎共……殺す!」

「進歩の無い奴らだよな」

「いつになったら自分達の矛盾に気付くんだろうね」

「もう完全に頭に血が上っちゃってるんだろうな」

 

 そんな会話をしながら車庫に着いた七人は、その場で軽く打ち合わせをした。

 

「それじゃあ先生とロザリアは、裏口からフードを被って離脱の後、

敵の動きを監視しててくれ」

「分かったぞ!ところで今日の目的地はどこなのだ?」

「『この木なんの木』だな」

「何だその懐かしい響きのある地名は……」

「大平原の真ん中に、巨大な木が一本だけ生えている場所があるんだよな。

それがいかにもそれっぽいから、そう呼ばれているんだよ」

「……今度おおまかな地図でも作成しておくか。

今度私もそこへ連れていくのだぞ、一度くらい見ておきたいからな」

「おう」

 

 そして五人はブラックに乗り込んだ。最初に運転席に座ったのはピトフーイである。

 

「この中で一応正式に免許を持っているのは私だけだしね」

「最初はエンストするかもしれないが、まあ問題ないだろ。

そもそも追いついてくる奴がどれだけいるかも疑わしいしな」

「むしろ逆に、そこで迎え撃てばいいかもね」

 

 そしてピトフーイは、やや緊張しながらブラックのエンジンをスタートさせた。

 

「まあ直ぐに慣れると思うから、最初は慎重にな」

「うん!」

 

 シャナは丁寧にピトフーイに説明し、さすが免許を持っているだけの事はあり、

ピトフーイは直ぐに操作に習熟した。

 

「まあ問題は半クラッチと坂道発進だけだが、それも別に、ここでは大して需要も無いしな」

「大丈夫、余裕余裕!」

「お前意外と器用だよな……」

 

 そして『この木なんの木』方面にしばらくブラックを走らせた後、

シャナは一旦停まるようにピトフーイに指示し、ロザリアとニャンゴローに連絡をとった。

 

「どうだ?」

『お前達が車を出すのを見て、足をどうするかで揉めていたぞ』

「まあそうだよな」

『結局運転出来る者が一人しか確保出来なかったらしく、

各スコードロンから何人かずつ参加させて、大型バスを一台チャーターし、

メンバーも厳選してそちらを追撃するようだな』

「こっちの位置は分かっているのか?」

『それが驚いた事に、馬に乗れるプレイヤーが一人だけいてね、

単独でそっちを追いかけていったわ』

「ああ、馬なら俺も乗れるぞ」

「「「「「えっ!?」」」」」

 

 その言葉に、ピトフーイ以外の者達は驚いた。

 

「いつの間にそんな技術を……」

「いや、実は街中に厩舎があってな、金さえ払えば乗れるから、

興味を引かれて乗馬の練習をした奴は多分そこそこいると思うぞ、俺もその口だしな」

「私も馬なら乗れるよ!」

「おっ、ピトも知ってたのか」

「うん、面白そうだったから、一時はまって練習してたよ。

近くにオートバイも並んでたけど、さすがにあっちは練習してないけどね」

「あれは俺もな……今度練習してみるか。まあとりあえずその話は置いておいて、

その馬に乗ったプレイヤーとやらを探してみるか」

 

 そして五人はブラックの窓を開け、単眼鏡で周囲を見渡し始めた。

 

「……いたわよ、この方向」

 

 そしてシノンが、小さな木の陰に隠れるように立っている馬の姿を発見した。

 

「敵の姿が見えないわね……」

「下だな、どうやら茂みの中に潜んでいるみたいだな」

「どれどれ……あ、いた。あれ?ねぇシャナ、あれってギャレットじゃない?」

「……そう言われるとそんな気もするな、何となくしか覚えていないが」

「ギャレットって、この前BoBに出てた人かな?」

「そうだな」

「これはまた大物が自ら偵察してきたんだね」

「まあいいさ、問題は大型バスとやらだが……おいロザリア、バスはもう出たのか?」

「ええ、五分前くらいにね」

「それならそろそろこっちに着くな」

 

 一同は、ギャレットの後方からバスがやってくると予想し、

そちらの方を注視していたが、一向にバスがやってくる気配は無い。

 

「……来ないな」

「時間的にはもう着いててもおかしくないと思うんだけど」

「ああ、とっくにな」

「う~ん……」

 

 その時ギャレットに動きがあった。

ギャレットはこちらに見付かる事も厭わず、何故か馬に騎乗した。

 

「ん、ギャレットが動いたな」

「という事は、襲撃が近い?」

「まさかな……おい皆、全周を警戒してくれ。ここはまだ大平原の入り口で、

遮蔽物もかなりある。もしかしたら、こっちが動こうとしないのを見て、

敵は横ないし背後に回りこんだのかもしれん。ケイだけは、ギャレットを注視しててくれ」

「「「「了解」」」」

 

 そしてギャレットの反対側、ブラックの正面を見ていたピトフーイが、

あっと叫んだかと思うと、いきなりブラックを発車させた。

 

「きゃっ!」

「わわっ!」

「どうしたピト、何かあったのか?」

「正面、グレネード!」

 

 そのピトフーイの言葉通り、正面方向に回り込んだのだろう、

木陰からバスが飛び出し、その窓からグレネードランチャーが顔を覗かせていた。

そしてランチャーが発車され、今まさにブラックが停まっていた位置に着弾した。

 

「あいつら無茶しやがる」

「それくらいこっちを脅威だと思ってるんだろうね」

「あっ、シャナ、あれ」

 

 その時シノンが、何かを発見したようにそう叫んだ。

シャナがそちらを見ると、バスの窓から機関銃のようなものが見えた。

 

「あれは……獅子王リッチーのヴィッカース重機関銃か、あいつまで乗り込んでやがるのか」

「どうする?」

「さすがのあれも、バスの正面からは撃てないだろうな、

よしピト、このまま全速力で突っ走って、適当な所でUターンだ。

そのまま正面からバスに突っ込め!シノン、狙撃の用意を。狙いは運転手だ」

「あいよ~!」

「了解!」

 

 ピトフーイはそのままブラックの速度を上げ、バスも慌てて追撃体勢に入った。

そしてシノンとシャナが、それぞれヘカートIIとM82を取り出し、

車の上に身を乗り出すと、並んで狙撃体勢をとった。

その足をシズカとケイが押さえ、そしてピトフーイは、

敵との距離がある程度離れた所でブラックをUターンさせた。

 

 

「よし……撃て!」

 

 そして銃声が二つ重なり、バスの運転席に銃痕が二つ空き、

それぞれの弾が、運転手の頭と心臓に命中した。

 

「ビンゴ!」

「これで敵にある程度運転を出来る者がいたとしても、

バスはしばらく直進しか出来ないはずだ。リッチーは……右か、

ピト、ギリギリまで正面で、バスの直前で進路を左にとれ!シズは上に上がって、

すれ違いざまにミニガンの弾をバスのタイヤに叩きこめ!

ケイはギャレットから目を離すな!撃てる体勢になったらいつでも撃ってよし!

シノンは次弾の準備をしておいてくれ」

 

 ピトフーイは言われた通り、バスの正面から突っ込み、

ある程度の距離の所で進路を左にとった。

そしてシズが、車の急制動を予想して上手く体重移動し、

安定した姿勢でミニガンを下に向けて銃弾の雨を降らせ、右前輪と右後輪を撃ちぬいた。

その瞬間にバスは体勢を崩し、右に傾いた。

 

「倒れるぞ!ピト、バスの後方で右旋廻、バスの腹が見える位置で停止だ!」

 

 その言葉通り、バスは右に横転し、ピトフーイはブラックを右旋回させ、

バスの腹が見える位置で停止した。

 

「ケイ、ギャレットは?」

「途中まで後方から付いてきてたけど、バスの陰に入った後は出てこないみたい」

「まあそうだよな、仲間を救出でもしてるのかもな」

 

 この体勢になると、バスのフロントガラスを割るか上によじ登るかしか、

バスから脱出する方法は無い。そこでシャナがとった選択は……

 

「よしピト、ブラックのグレネードランチャーの準備だ。弾はプラズマを選択」

「うわっ、そのシャナの鬼畜さがエクスタシー!」

「あんた、本当に敵には容赦ないわね……」

「まあいいんじゃない?私も早くブラックの運転の練習をしたいし」

「殲滅はついでの予定でしたしね!」

 

 そしてピトフーイは、ブラックをバスの正面に向けてやや距離をとり、

武装用のパネルを操作し、ボンネットの左右についているグレネードランチャーのうちの、

右側だけ選択して、プラズマグレネードを装填した。

 

「照準よし、撃つよ!」

「撃った後は、一応全員耐ショック姿勢な」

「プラズマちゃん、行っけぇ~!」

 

 そしてピトフーイがボタンを押した瞬間に、プラズマグレネードが発射され、

見事にバスに着弾し、大爆発した。すさまじい砂ぼこりが舞い、

衝撃でブラックがかなり振動した。

 

「うわっ……」

「さすがはプラズマグレネード、すごい威力ね」

「その分値段もお高いけどな」

 

 そして砂ぼこりが消えた後、そこにはバスの残骸以外には、何も残っていなかった。

 

「よし、殲滅完了だ」

「前よりはハードな戦闘だったね」

「相手は何もしてない気もするけどね」

「最初の突撃の時、バスのボンネットを割ってリッチーが機関銃を撃ってきてればな」

「でもブラックちゃんには通用しないんでしょう?」

「当然だ。それじゃあ予定通り、『この木なんの木』の方に向かうぞ」

「楽しみだなぁ」

「想像以上にでかいから、見たら驚くかもな」

「記念撮影もしようね」

「おう」

 

 そしてブラックを発車させた後、ニャンゴローから通信が入った。

 

「先生、どうした?」

「お前は一体何をやらかしたんだ?

そちらを追いかけていったプレイヤーが、今一気に全員戻ってきたぞ」

「おう、バスを横転させて脱出出来なくした後、プラズマグレネードを叩きこんだからな」

 

 それを聞いたニャンゴローは、一瞬間を開けた後、こう言った。

 

「やるではないか、この鬼畜メガネめ!」

「メガネって何だよ……」

「メガネの前には鬼畜をつけろと、以前腐海のプリンセスさんに教わったのだ!」

「先生、その呼び名をどこで……」

「私も日々成長しているのだ!私もいまや、純粋なだけではないのだぞ!」

「とか言って先生、絶対にその言葉の意味を分かってないですよね……」

「う、うるさい!とにかく姫なのだろ!」

「おい先生、とにかくその用語は、他人の前では絶対に使うなよ」

 

 後日ニャンゴローはその言葉の意味を知り、それを使った自分に悶絶する事になった。

そして一行は、予定通り『この木なんの木』に向かう事となった。



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第320話 気になる理由

2018/06/16 句読点や細かい部分を修正


「見えたぞ、あれが『この木なんの木』だ」

「あれが……」

「うわ、すごく大きい!」

「本当に周りには何も無いのね」

「運転の練習にはもってこいだろ?」

 

 ブラックを走らせる事十数分、ついに『この木なんの木』が、その姿を現した。

 

「ここからどれくらいかかるの?」

「そうだな、あと五分くらいだと思うが」

「五分もかかるんだ……時速百キロ近く出てたよね?」

「大体そのくらいだったな」

 

 ここは大平原であり、遮蔽物は何も無い為、

ピトフーイの運転でもそれくらいの速度が出ていたようだ。

それで約二十分のドライブである。戦闘地点からは実に三十キロ、

街から換算すると四十キロは離れている場所にその木はあった。

 

「よし、とりあえずこの木の下で少し休憩しようぜ」

「賛成!」

「特にピトは、神経を使って疲れただろ?ほら、これを使え」

 

 そう言ってシャナは、ストレージから厚手のマットのようなものを取り出し、

ピトフーイに差し出した。

 

「ありがとうシャナ、正直戦闘よりも、こっちの方が疲れたかも!」

「まあそうだよな、とりあえずゆっくりと横にでもなっておけ」

 

 シャナはそう言って、その場にごろりと横になった。

 

「あれ、これ一枚しかないの?何か他の人に悪い……」

「順番に運転の練習をした奴が休憩に使えばいいだろ」

「そうそう、気にしないでピト」

「ですです」

「うん、それじゃあ遠慮なく、さあシャナ、さっさと私の隣に寝て!

子供の教育に悪い事をしよう!」

「あとは交代で水分補給もした方がいいと思うから、適当に行ってくるといい」

 

 シャナはそのピトフーイの言葉を完全に無視してそう言った。

 

「ちょっ……」

「いいからさっさと横になって休め」

「はぁい」

 

 そして一行は交代でログアウトし、十分にコンディションを整えた。

 

「さて、次の順番だが……」

「ねぇシャナ、シノノンに先に教えてあげて」

 

 そのシズカの提案に、シャナは首を傾げながら言った。

 

「ん、何か理由があるのか?」

「えっとね、実は私とケイは、以前都築さんに教えてもらって、

オートマ車の運転なら問題なくこなせるの。

マニュアル車も理屈だけはちゃんと理解してるから、

慣れるまでにそこまで時間はかからないと思うんだ」

 

 その言葉にシャナは、目を見開きながら言った。

 

「二人とも師匠に教わってたのか、いつの間に……」

「GGOを始める前に、色々と教えてもらったんだよね。

運転の他に、屋内への突入の仕方とか、防御陣地の構築とか、ハンドサインの使い方とか、

フリークライミングのやり方とかをね」

「まじかよ、俺が教えてもらったのと同じコースか」

 

 その会話を聞いていたシノンとピトフーイは、興味深そうにシャナに尋ねた。

 

「ねぇ、その都築って人がシャナの師匠なの?」

「そんな事を知ってるなんて普通じゃないよね、一体どんな人なの?」

「師匠は元傭兵で、魔王の実家の執事さんだ」

 

 その瞬間に、ピトフーイが興奮したようにシャナに言った。

 

「うおおおお、セバスチャン、セバスチャンだよね!?」

「お前の気持ちは俺も良く分かるが、都築さんの名前はセバスチャンじゃねえよ」

 

 ちなみにシノンは、先日雪ノ下家を訪れた時には都築は不在だった為、面識は無い。

 

「そっかぁ、私も基本は学んでおきたいから、その人に色々と教えて欲しいなぁ」

「そうか、これから激しい戦いが続くだろうし、

師匠に頼んでここに来てもらって、皆で色々教えてもらうのもいいな」

「えっ、本当に?」

「まあ期待はするなよ、色々と忙しい人だからな」

 

 そしてシャナはシノンと共にブラックに乗り込み、一からシノンに運転技術を教え始めた。

その間残りの三人は、一応周囲に気を配りつつ、木の周りを散歩する事にした。

 

「うわぁ、これ、一周するのに結構かかるね」

「本家を何倍か太くした感じかな?」

「こういうのはゲームならではですね!」

 

 三人はそんな会話を交わしつつ、のんびりと木の周りをまわっていた。

シズカはコン、コンと木を軽く叩きながら歩いていたのだが、

ある地点に差しかかった時、急にその足を止めた。

 

「んん~?」

「どうしたの?シズ」

「何か……気になるんだよね」

「そりゃぁ、気になる気になる木だからね!」

「ピト、何で二回言ったの……ってそういう事じゃなくて、ほらここ、二人も叩いてみて」

 

 そのシズカの言葉通り、二人は言われた通りにその場所をコンコンと叩いた。

 

「あれっ……本当に何か気になる」

「本当だ、気になる気になる!」

「ね?微妙に音が違うでしょ?」

「シノノンの練習が終わったら、シャナに報告してみよっか」

「うん!」

「ですね」

 

 そして三人は元の場所に戻り、ピトフーイが使っていたマットに三人で腰を下ろし、

シノンの練習風景を眺めようとしたのだが……

 

「あれ、いない?」

「あっ、ほらあそこ!」

「あんな遠くに……」

「あれ、でも何か急激に大きく……」

 

 そう言ってる間にも、ブラックの姿はどんどん近付いてくる。

 

「お、おい!」

「あはははははは、あははははははははは!」

 

 そしてブラックは木の横をすり抜け、すさまじい速度で再び走り去っていった。

 

「うわ、何今の……」

「今シャナが、助手席で凄く焦ってなかった?」

「シノノンって、もしかしてスピード狂?」

「今、シノノンの高笑いが聞こえたような……」

 

 実はそうとも言えない理由がある。ある程度現実世界での運転を経験している三人と違い、

シノンは車の運転はこれが始めてである。なので、そもそものスピードの感覚が違う。

更にここは何もない平原である為、例え時速百キロで走行していても、

まったく怖くない上に、それがどのくらいの速さなのかが体感しづらいのだ。

なのでシノンは、高笑いしながら自由気侭にブラックを走らせ、

シャナは何とかセーブさせようと、四苦八苦している所なのであった。

そして三人の見守る中、突然ブラックのスピードが落ち、普通の状態に戻った。

そして戻ってきたブラックから、シノンが頭を抱えながら下りてきた。

 

「もう、痛いじゃないのよ、シャナ」

「お前がちょっと慣れたからって調子に乗るからだ」

「ちゃんと責任取りなさいよね」

「俺には何の責任も無え」

「私の頭を叩いたじゃない!」

「それは全てお前が悪い、俺の責任じゃない」

 

 どうやらシノンは、シャナに物理的に説教をくらったようで、

頭を抑えながら頬を膨らませていた。

 

「次は障害物の多い所で練習するからな、今度はちゃんと加減しろよ」

「はぁい」

 

 そしてシノンは三人の所に駆け寄り、とても嬉しそうな顔で言った。

 

「凄く楽しかった!」

「あ、あは……」

「う、うん、まあ楽しかったなら良かったね」

「とんでもないスピード狂がこんな身近に……」

 

 そしてシズカとベンケイの番になったが、二人は基本が出来ていた為、

それはあっさりと終わった。そして三人は休憩中に、先ほどの出来事をシャナに伝えた。

 

「そんなに気になるのか?」

「うん、何ていうか、音が違うんだよね」

「気になる気になる!名前も知らない木ですから!」

「ピト、うるさい。それじゃあ行ってみるか」

 

 そして五人は、先ほど三人が木を叩いていた場所へと向かった。

 

「ここか?」

「うん、ちょっと叩いてみて」

「……確かに音が違うな、中に空洞でもあるのか?ちょっと周囲に何かないか調べてみるか」

 

 五人は周囲に何かスイッチなり何なりが無いか調べたが、特にそんな物は無かった。

 

「何も無いね」

「あっ、シャナ見て、あそこ!」

 

 その時突然シノンが、上を指差しながらそう言った。

 

「ん、どうしたシノン」

「ほらあそこ、何か穴が開いてない?」

「……下からは見にくいが、確かに開いてるな」

「あそこから中に入れたりしないかな?」

「中にか……」

 

 その言葉を受け、シャナは少し考えた後にこう言った。

 

「ちょっとここで待っててくれ」

 

 そしてシャナはブラックをこちらに回し、ワイヤーランチャーの準備をした。

 

「これであの穴の上にワイヤーを撃ち込んでみる」

「あっ、そうすればあそこまで上れるかもね」

「それじゃあレッツゴー!」

 

 そして上手くワイヤーを撃ち込む事に成功したシャナは、

とりあえず四人を下に残し、一人で上に上がっていった。

するするとロープを上るシャナを見て、ピトフーイが感嘆したように言った。

 

「うわぁ、器用に上るもんだねぇ」

「うん、凄く猿っぽいわね」

 

 そのピトフーイの言葉に、シノンがそう同意した。

 

「シノノン、さりげなくさっきの仕返し?」

「べ、別にそうですが何か?」

「シノノンかわいい!」

「ピ、ピト、苦しい……」

 

 ピトフーイの強い力のハグのせいでシノンは悶絶し、ピトフーイは慌ててシノンを離した。

そして四人が見守る中、シャナはその穴の淵へと到達した。

 

『どうやらこの穴は奥に続いているようだ、ちょっと待っててくれよな。

一応背後から敵が来ないか、周囲の警戒を頼む』

「「「「了解」」」」

 

 そしてシャナは、穴の中へと入っていった。

 

「こいつは……」

 

 その穴を進むと、突然シャナの目の前に広い空間が現れた。

 

「まさかこの木の中に、こんな広い空間があるとはな」

 

 そして少し進むと、木の内周に沿って設置された螺旋階段が現れた。

シャナはとりあえずその階段を下り、地面に到達した。

そこには何かコンソールのような物があり、シャナが近付くと、

そのコンソールは突然光りだし、そこにNPCの少女の姿が出現した。

 

「ぬっ……」

『初めましてゲストの方、ここに来るプレイヤーはあなたが初めてです。

あなたをこの世界樹要塞のマスターとして登録しても宜しいですか?』

「マスター?よく分からないがそれでいい。俺はシャナだ、あんたは?」

『プレイヤー、シャナ、を、マスターとして登録しました。

私はこの世界樹要塞の管理者、WT-01です』

「WTってワールドツリーの略なのかな、あんたに名前は無いのか?」

『私には、WT-01以外の名前は登録されていません』

「そうか……WT-01じゃ少し呼びにくいんだけどな」

『WT-01という名前はマスターの意思で変更する事が可能です。変更しますか?』

「そんな事が可能なのか、それじゃあ……」

 

 そしてシャナは、その少女の外見をじっと眺めた。

少女はひらひらとした花のような衣装を纏っており、シャナはそれを見ながらこう言った。

 

「月並みだが、その外見から、お前の名前は『フローリア』と名付ける。それでいいか?」

『フローリア、はい、これから私の名前はフローリアですね、それでお願いします』

 

 フローリアは、感情がほとんど無いように見えたが、その時はほんの少し嬉しそうだった。

 

「そうか、これから宜しくな、フローリア」

『はい、マスター』

 

 そして次にシャナは、フローリアにこう言った。

 

「俺の仲間が外にいるんだが、中に入れる事は可能か?」

『はい、ゲートを開きますか?』

「おう、頼む」

『分かりました』

 

 そしてシャナの目の前で大きくゲートが開いていき、

シャナは外に出ると、きょろきょろと辺りを、そして上を見回した。

 

「なるほど、ここが気になった理由はこれか」

 

 その場所には、まだ上からワイヤーが吊り下がっており、

シャナはその場所に仲間達を集合させる事にした。

 

「俺だ、皆、さっき俺が上った場所に集まってくれ」

 

 そしてその言葉を受けて集結した仲間達は、そこに大きく口を開けている穴を見て驚いた。

 

「何これ……」

「おお、どうやらここは、世界樹要塞っていう施設らしくてな、

俺がマスターに登録されたみたいなんだよな。

もっともそれにどんな意味があるのかは、まだ俺もよく分かってないんだけどな」

「そうだったんだ……」

「とりあえず中に入ってくれ、紹介したい奴がいる」

 

 そしてシャナは、フローリアを皆に紹介した。

 

「この施設の管理NPCのフローリアだ」

『初めまして、宜しくお願いします』

「宜しくね!」

「うわぁ、かわいい!」

「凄い……こんな施設があったんだ」

「GGO、侮れませんね!」

 

 そしてフローリアはシャナにこう切り出した。

 

『こちらの皆さんを、この施設のサブマスターとして登録しますか?』

 

 その言葉に、シャナは少し考えた後にこう言った。

 

「サブマスターってのは何人まで登録出来るんだ?」

『十人までです、マスター』

「そうか、なら全員の登録を頼む」

『分かりました』

 

 そしてシャナはフローリアにこう尋ねた。

 

「ところでこのフロアはかなりの広さがあるが、駐車場として活用する事は可能か?」

『はい、元々駐車場として設計されているので問題ありません』

「そうか、それじゃあとりあえずブラックをここに持ってくるか」

 

 そしてシャナは仲間達の顔を見回した後、シノンで目を止め、

ブラックのキーをシノンに渡した。

 

「よしシノン、さっきの汚名返上だ、上手くここにブラックを駐車してみろ。

ここだぞここ、この長方形の部分にな」

「ふふん、任せなさい」

 

 そしてシノンはブラックを中に入れ、上手に駐車させようと奮闘し出したが、

どうしても上手くいかなかった。

 

「ほれほれ、ぶつけてもいいから自力で頑張ってみろ」

「くっ、屈辱だわ、まさか私にこんな弱点があるなんて……」

「お前のその根拠の無い自信は一度叩いておかないといけないからな。あと俺は猿じゃねえ」

「くっ、しっかり聞かれてた……何よ、絶対に責任をとらせてやるんだからね!」

「ああはいはい、さっさとブラックを停めてくれ」

「そのピトを相手にする時みたいなぞんざいな扱い……くっ、殺せ!」

「何言ってるんだお前、意味が分かんねーぞ……」

 

 そして試行錯誤の上に、シノンは駐車の感覚にやっと慣れたのか、

なんとかブラックを上手く駐車させる事に成功した。

そしてシノンはシャナの正面で胸を張り、ドヤ顔でシャナに言った。

 

「ふふん、どうよ」

「お前な、何分かかったと思ってるんだよ」

「う、うるさいわね!」

 

 シノンは拗ねたようにシャナの胸をポカポカと叩いた。

それを気にせずシャナは、フローリアに入り口の扉を閉じるように頼んだ。

 

「フローリア、この扉をとりあえず閉じておいておくれ。

いつ敵が来るかわからないからな」

『分かりました』

「これで安心だな」

 

 そんなシャナの様子を見ながら、シノンは悔しそうに言った。

 

「ちょっと、少しは痛がったりしなさいよね!」

「そもそも別に痛くはないからな、多少の衝撃は感じるが」

「くっ……殺せ!」

「いやだから意味が分かんねーよ」

 

 こうして世界樹要塞はシャナの支配下に入り、戦争時に一定の役割を果たす事となった。

そして戦後は広く一般へと開放され、遠征の際の拠点として活用される事となる。




はい、久々の作者の暴走が始まりました!
ちなみに最近予告が出来ないのは、ストックが無いからです!
今小学校のアスベスト除去の仕事を手伝ってまして、寝落ちしまくっちゃうんですよね。
今日は休みなので、多少ストックが出来ればいいんですが!
あ、体は大丈夫なのでご心配なく!


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第321話 フローリアが語る事

更に暴走は続きます!寄り道とも言います!


「フローリア、この施設の事を詳しく教えてくれないか?」

『はいマスター、それではこの部屋からご説明致します』

 

 そしてフローリアは、五人に説明を始めた。

 

「この最下層は、先ほどご説明した通り駐車スペースになっております。

皆様もご存知のように、街からここまで歩いてくるのはかなり大変ですので」

「ここは街からどのくらい離れているんだ?」

「五十キロほどです、マラソンの距離とほぼ同じですね」

「マラソン大会でも開催するつもりだったのか……?」

 

 シャナはそう冗談を言い、歩いてどのくらいかかるかを考えた。

 

「世界記録が二時間ちょいとして、その四倍の時間をかけるとしても八時間とかか?

確かにこの世界ではいくら走っても疲れはしないが、

それだけの時間歩き続けるのは大変なんてもんじゃないよな」

「車を飛ばせば三十分だね」

「スピードが出せないような場所でも一時間くらいだろうしな」

 

 その言葉を受け、フローリアが言った。

 

『はい、実はもっと車関係の利用を見込んでまして、

実際海外サーバーではかなり利用されているのですが、このJPサーバーでは……

ちなみにこういった要塞の場所は各サーバーで違ってまして、

海外サーバーの情報を見た方もいると思いますが、ここではまったく役にたちません」

「なるほどな、首都圏に住んでいれば免許が無くても生活にはあまり困らない上に、

近場で基本的なゲームのコンテンツは大体揃ってるしな。

あえてゲーム内で車に乗ってみようとは思わないか……国民性の違いもあるんだろうかな」

『海外では、こういったゲーム専門の冒険家の方もいるようですね』

「耳が痛いな、こういうゲームでも、そういった部分ももっと楽しまないといけないよな」

『はい、なので先ほどマスターにお会いした時は、少し嬉しく感じました』

「そうか、それは俺も嬉しく思うよ」

 

 その言葉にフローリアは首を傾げた。

 

『どういう意味でしょうか』

「俺の周りにも、茅場晶彦製のAIがいくつかあるんでな、

感情が豊かなNPCを見ると、ちょっと嬉しく思ってな」

『残念ながら、私に使用されているAIはそれには劣りますが、

そう思って頂ける事を私も嬉しく思います、マスター』

 

 そして五人は、螺旋階段を上って次の階層へと向かった。

 

『ここは基本、到着したばかりのプレイヤーの方々が休憩したり準備をする、

共用スペースになっております。売店なども設置される予定です』

「ほうほう、なるほどな」

『それでは次に参ります』

 

 次のフロアは、まるでホテルのようにいくつかの部屋が設置されたスペースだった。

 

『このフロアには、プレイヤーの方々がログアウトする為の小部屋が設置されております。

個人用の部屋と、団体用の部屋があります』

「よく考えられているな……」

「確かにここまで来るのは大変だから、こういった施設は必要だよね」

『はい、ここから三フロアはそんな感じのフロアになっております』

 

 そして二つのフロアを超え、次のフロアは入り口に認証が必要なフロアとなっていた。

 

『ここはマスターと、サブマスター専用のフロアとなっております』

「何に使う部屋なんだ?」

『司令室と考えて頂ければ』

「ほほう?そういえばここは要塞って言ってたよな」

『はい、ここは敵の目標の一つとなっていますので、

一定条件ごとに、敵の集団が押し寄せてくるんです』

 

 その言葉に五人は驚いた。

 

「そんなイベントがあったのか?」

「う~ん、聞いた事無いよね」

「フローリアさん、その発生条件って何ですか?」

『初回はこの要塞を訪れた、のべ人数となっております』

「最初にそのイベントが発生する条件は何人なんだ?」

『最初は二十人ですね、現在五名ですので、残りはのべ十五名になります。

その次は百名、次からは千名単位での発生となります』

 

 そして五人は、フローリアに色々質問をした。

 

「建物内から出て直ぐに入っても、のべ人数にカウントされるの?」

『いいえ、一度街に戻る事が条件になります』

「敵の規模は?」

『初回は三百体ほどになります。

次回からは、ここから半径一キロ以内にいるプレイヤーの数を計測し、

その二十倍の敵となります。上限は千体です』

「十人だと二百体か……プラズマグレネードとかは使ってもいいんだろうか」

『グレネード系は完全に無効化されます、手榴弾もです。

あくまで銃もしくは近接武器による戦闘が推奨されています』

 

 その言葉にシャナは、広域攻撃用武器は使えないという事かと納得した。

 

「敵の強さは?」

『通常のフィールドモブと同じになっております』

「勝利条件と敗北条件は?」

『勝利条件は敵の全滅、敗北条件は、開始時に拠点内にいたプレイヤー数の半減となります』

「拠点防衛戦なんだよな?入り口の扉は開放された状態になるのか?」

『いいえ、最初は閉まった状態になります。敵の中に工作専門の敵がいまして、

その敵が扉に到達するごとに扉の耐久度が減っていき、

目安としては十体の敵が五分間工作を行うと扉が破壊され、建物の中での戦闘に移行します』

「なるほどな……」

『上のフロアからも、威力は落ちますが安全に攻撃出来ますし、

これはボーナスゲームという扱いなので、あくまで遊び程度に考えて頂ければと思います』

 

 そのフローリアの最後の言葉に五人は驚いた。

 

「ボーナスゲームなんだ」

『はい、さすがに惑星の存亡がかかっているとか、そういった事はありません。

もし敗北しても、一定期間が過ぎれば中立拠点に戻りますので、

その時に次のプレイヤーが中に入れば、その方が新しいマスターになるだけです。

ただしマスター不在の時にここが落ちた場合には、マスターは移行しません』

「マスターにはどんな権限があるんだ?」

『入場料の一%を自分のものに出来ます。もっとも入場料も微々たる金額ですが。

その他にはこのフロアにあるマスター専用施設の使用権と、

一日の上限付きでの希望する弾薬の支給です』

「残りの入場料はどうなるんだ?」

『施設の充実に使われます。具体的には訪れる方が増えれば増える程、

ショップが増えたり商品が充実していきます』

「うわ、それはつい友達を誘って通いたくなるね」

「二十人か……何人か誘って試しに発生させてみるか?」

「いいねそれ!」

 

 そしてフローリアが、ニコリと笑顔で言った。

 

『初回はボーナスの度合いが高いので、貴重なアイテムもドロップしますよ。

これは要塞を最初に発見した方と、その知り合いの方々へのボーナスとなりますので、

出来るだけ親しい方々を誘う事をお勧めします』

 

 その言葉を聞いて、一行は俄然やる気になった。

 

「誰を誘う?」

「まあそんなに親しい知り合いが多い訳じゃないから、

メンバーは本当に厳選する事になるだろうがな」

「まあとりあえず、残りの施設の説明を聞いちゃおうよ」

「そうだな、フローリア、次のフロアに案内してくれ」

『分かりました、といっても次が最後のフロアになります』

「お、そうなのか」

『はい、こちらです』

 

 そして五人が案内されたのは、屋上と言っていいのだろうか、

周囲の景色が一望出来る展望台のような広場だった。

 

「うわぁ、凄い凄い!」

「綺麗ね……」

「ここから下に向けて攻撃するんですかね?」

『はい、ここからの攻撃も当然可能となっております』

「こんな施設が、世界にいくつもあるの?」

『はい、ここは世界樹要塞ですが、他にも場所はお教え出来ない事になっていますが、

竜谷門や光の空中都市などがありますね』

「何それ、すごく気になる」

「そうだな、いつか見てみたいよな」

『マスター達ならきっといつか見付けられますよ』

 

 フローリアはそう言いながら五人に微笑んだ。

 

「さて、とりあえず今日は帰るとするか、先生達にも報告しないといけないしな」

「予定を調整して、直ぐにここに戻って来ようね」

「フローリア、近いうちにまたここに戻ってくるから、

それまで寂しいだろうが待っててくれよな」

『そう言って頂けるだけで、マスターをマスターに出来た事を嬉しく思います』

 

 フローリアはそう言って、シャナに満面の笑顔を見せた。

 

『ですがその心配は不要です』

 

 そしてフローリアは、シャナにとあるアイテムを差し出した。

 

「これは?」

『ここのマスターの証で、世界樹の窓と呼ばれるアイテムです』

「これはどう使うんだ?」

『はい、横のスイッチを押して下さい』

「こうか?」

 

 その瞬間に、シャナの隣にもう一人のフローリアが現れた。

 

「うおっ」

『彼女はもう一人の私です、もちろん会話も出来ます』

『記憶も共有していますので、ここの管理と同時にお傍にお仕えする事が可能となります』

『何か質問がある時は、いつでもお呼び出し下さい』

 

 二人は交互にそう喋り、最初からここにいたフローリアは五人を見送った。

 

『それでは私はここでノンアクティブ状態に戻ってここを管理します。

以後はそちらのフローリアをお連れ下さい』

「おう、色々ありがとな、フローリア」

『はい』

 

 フローリアはニッコリと微笑んで姿を消した。

そしてもう一人のフローリアがシャナに言った。

 

『さて、それでは私も窓の中に戻ります』

「いや、待て待てフローリア」

『どうかしましたか?マスター』

「せっかくだから、お前も一緒にブラックに乗って、景色を眺めながらのんびり帰ろうぜ」

 

 その言葉にフローリアは、きょとんとしながら言った。

 

『……そんな事を仰るマスターは、海外サーバーを含めてもマスターが初めてです』

「フローリアのAIは学習型なのか?」

『はい、その通りですマスター』

「なら広い世界を見て、色々勉強してもいいんじゃないか?

その方がきっとフローリアのためにもなるさ、な?」

「うん、誰もいない時は、拠点から外を眺めててもいいしね」

「フローリアちゃんの服も色々選んでみたいなぁ」

「私、妹が出来たみたいで嬉しいです!」

『あの……は、はい』

 

 そしてシャナは、フローリアに手を差し出した。

 

「ほら、フローリア、こっちだ」

『は、はい』

 

 フローリアはシャナに手を引かれ、

戸惑いつつも嬉しそうにその隣を歩き、一緒に階段を下っていった。

それを見て、残りの四人は微笑ましさを覚えた。

 

『ところでマスター、そのブラックというのは何ですか?』

「おっとすまん、俺の所有しているハンヴィーの名前だな。

もう一台あって、そっちはホワイトって名前になる」

『分かりました、ブラックとホワイトですね』

「おう、ほら、あれだ」

 

 そして最下層に戻った一行は、そのままブラックに乗り込み、街へと戻り始めた。

運転しているのはシノンであり、フローリアは助手席に座らせてもらった。

 

「おいシノン、フローリアに笑われないように、おかしな運転はするんじゃないぞ。

俺も後ろからちゃんと見てるからな」

「わ、分かってるわよ、しっかりと安全運転するわよ!」

「街の近くに着いたらブラックを車庫に入れないといけないから、俺が運転を代わるからな」

 

 そして流れる景色を見ながらフローリアが言った。

 

『マスター』

「どうした?フローリア」

『私、この辺りの地形の事も、データとしては知ってました』

「そうか」

『でも、地図のデータを見るのと実際の景色を見るのは全然違うんですね』

「ああ、そうだな」

 

 そしてシャナはフローリアの頭を撫で、フローリアは嬉しそうに窓の外を見つめていた。

そして街の近くまで戻った一行は、シャナを残して鞍馬山へと向かった。

フローリアは、街の様子を興味深そうに眺めていた。

 

「フローリアちゃん、こっちだよ」

「はい、シズさん」

 

 そんな一行をたまたま見かけたのか、薄塩たらこと闇風のコンビが声を掛けてきた。

 

「よぉ、今日はシャナはいないのか?」

「ううん、今車庫にブラックを入れにいっている所だよ」

「ブラック?何だそれ?」

「あ、重装備の方のハンヴィーの事かな。もう一台はホワイトって名付けたの」

「おう、シンプルでいいな!そういうの嫌いじゃないぜ」

「で、こちらの女の子は?」

「え~っと……」

 

 どうすればいいか迷うシズカに、ピトフーイが言った。

 

「どうせ参加してもらう事になるんだし、鞍馬山まで来てもらえば?」

「鞍馬山?もしかしてお前達の拠点の事か?」

「凄い、よく分かったねヤミヤミ」

「おう、シャナからの連想なんだろ?俺の教養も中々のもんだろ!」

「うん、素直に賞賛するよ、やっぱりたらおとは違うね!」

「おう、この闇風さんはインテリだからな!たらおとは違うのだよたらおとは!」

「お前らたらおたらおといい加減にしろ、俺の母親の名前はサザエじゃねぇっつ~の!」

「まあとりあえずそこで全部説明するから、たらおとヤミヤミも一緒に来てよ」

 

 そんな会話が交わされた後、二人は黙って一行の後に続き、一緒に鞍馬山へと向かった。

そして到着後に、ブラックの車庫入れを終えたシャナが合流した。

 

「よぉ、二人とも来てたのか」

「ああ、さっきたまたま外で一緒になってな、何かに参加してもらうって言われて、

のこのことこうして付いてきたって訳だ」

「おお、二人は誘おうと思ってたから丁度良かったな。

少し待っててくれ、先生達にも集合をかけたからな。

おいピト、一度落ちて、可能ならエムを呼んできてくれ」

「了解!」

 

 そしてシャナは、指を折りながら人数を数え始めた。

 

「残り十五人、俺達が九人の、たらこと闇風で十一人か、あと四人足りないな」

「エヴァ達でいいんじゃない?」

「そうだな……ダイン達でもいいんだが、あそこは人数がそこそこ多いしな」

「ダインとギンロウだけでもいいんじゃないか?先日話したばかりだしな」

「よし、そうしよう。たらこ、闇風、もう少し待っててくれよな」

「おう、スコードロンが解散になって暇だから、まったく問題ないぞ。

まだ新しいスコードロンも発足させてないしな」

「くぅ~、引っ張るねぇ、まあそういうのも嫌いじゃないぜ!」

 

 そしてニャンゴローとロザリア、イコマが拠点に戻り、

エムを連れてピトフーイも拠点に帰還した。

残念ながら、ダインとギンロウはログインしておらず、今回は見送りとなった。

シュピーゲルを誘っていいか尋ねようとしたシノンも、本人がいない為これを見送った。

そして少し後に、エヴァ達が緊張しながら拠点に入ってきた。

 

「ど、ども、本日はお招き頂きまして……」

 

 そんなエヴァ達にシャナが声を掛けた。

 

「よく来たな、お前ら」

「はい、シャナさんお久しぶりです!」

 

 そして面識のある薄塩たらこもエヴァ達に声を掛けた。

 

「おう、久しぶりだなお前ら」

「たらこさん、今はシャナさん達と一緒なんですね」

「まあ色々あってな、昨日の敵は今日の友って奴だ」

 

 そして闇風も、エヴァ達に声を掛けた。

 

「あんたらが今話題のアマゾネス軍団か、俺は闇風、宜しくな!」

「あっ、はい、お噂はかねがね」

 

 こうして自己紹介も済んだ所で、シャナが一同に向けて説明を開始した。

 

「実はな……」



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第322話 そして世界樹要塞へ

「それじゃあ最初に、皆が一番気になっているであろう、この子の紹介をする」

 

 一同に対するシャナの言葉は、最初にそこから始まった。

 

「この子の名前はフローリア、ちなみに俺が名付けた。

彼女はAI搭載型の世界樹要塞の管理NPC、正式名称はWT-01だ」

 

 その聞き慣れない言葉に、その場にいなかった者達は首を傾げた。

 

「世界樹要塞?何だそりゃ?」

「っていうか、その子AI搭載型のNPCだったのかよ、全然分からなかったわ!」

 

 そんな一同に、フローリアは自己紹介をした。

 

「初めまして、今マスターにご紹介頂きましたフローリアです。

世界樹要塞の管理を任されています」

「その世界樹要塞ってのは何なんだ?」

「俺がマスターに就任した要塞だな、具体的には『この木なんの木』って言えば分かるか?」

「……まじかよ、あれって要塞だったのか?」

「俺はてっきりあの木の下で好きな人に告白する為の場所だとばかり……」

「お前は先ず相手を探せ」

 

 そんな闇風のボケにサラッと突っ込んで闇風を落ち込ませつつ、シャナは説明を続けた。

 

「俺達は今日あそこに行ったんだが、そこで偶然中に入れる場所を見付けてな、

最初に中に入った俺がマスターに登録される事になったと、まあそういう事だ」

 

 そしてあっさり立ち直っていた闇風が、面白そうにこう言った。

 

「そういえばシャナ、今日はバスで追いかけてきた奴らをバスごと転倒させて、

そのままプラズマグレネードで全員焼き尽くしたらしいじゃないかよ、街で噂になってたぞ」

「そういえばそんな事もあったな」

「数時間前の事を遠い過去の事みたいに……まあそういうの、嫌いじゃないぜ」

「あの、それってもしかして、例の噂絡みですか?」

 

 エヴァが六人の気持ちを代弁してそう言った。

どうやら六人の間でも、その事は心配されていたようだ。

 

「ああ、今は不特定多数のプレイヤーと戦争中と呼べる状態でな、

絡んでくる奴を片っ端から殲滅している状態だな」

「シャナさん達の事だから多分大丈夫だとは思いますが、でも心配です」

「おう、ありがとな。まあ今の状態ならまったく問題は無いんだが、

これからどんどん数が増えていくと……」

「私達も一緒に戦います!」

「……大変だからって」

「「「「「「私達も一緒に戦います!」」」」」」

「そ、そうか、その時は宜しく頼む」

「「「「「「はい!」」」」」」

 

 どうやら六人はやる気まんまんのようだ。それだけ噂にイライラしていたのだろう。

 

「本当はこっちからエヴァ達にも助けを求めようと思ってた所だからな、本当に助かる」

「シャナさんが私達に助けを!?」

「ああ、信頼してるからな」

「やっ……やっ……」

「や?」

「野郎ども、皆殺しだ!シャナさんの敵を全て殲滅するぞ!」

「「「「「おう!」」」」」

 

 どうやらシャナに助けを求められた事で、ただでさえやる気満々だった六人は、

殺る気満々へとクラスチェンジしたようだ。

 

「俺のスコードロンも、シャナに味方する事を決定したぜ、何かあったら呼んでくれ」

「ありがとな闇風、恩にきる」

「俺も新しく立ち上げるスコードロンは、

それに賛成してくれるメンバーだけを集めるつもりだ」

「たらこもありがとうな、恩にきる」

 

 そしてロザリアが二人に言った。

 

「先日お二人に頂いた情報を元に、私を見張っていた者を探しているんですが、

どうやらそのプレイヤーは、ずっとログインしていないようですね」

「やっぱりか、そう言ってたからなぁ……」

「とりあえず諦めずに探し続けるつもりです」

「おう、俺も見掛けたら必ず連絡するよ、ロザリアちゃん」

「俺達に任せてくれよ、ロザリアちゃん」

「ありがとうございます」

 

 そんな二人にピトフーイが言った。

 

「何?たらおとヤミヤミの姫はロザリアちゃんなの?」

「おう、苦労して敵の手から助け出した姫だしな」

「シャナ命で絶対にこっちにはなびかない所が最高だろ?」

「だってよロザリアちゃん」

 

 そうニヤニヤしながら言ってきたピトフーイの言葉を受け、

ロザリアは二人の顔を見てこう言った。

 

「お二人には本当に感謝しています、シャナの次くらいには」

「いやっほー!聞いたか相棒!」

「中々の高評価だな!」

 

 二人は喜び、ロザリアはそれを見て困ったような顔をした。

 

「さて、それじゃあ話を続けるぞ」

 

 そんな三人の姿を見ていたシャナは頃合いだと見て、話を続ける事にした。

 

「でな、俺がマスターになった事で、フラグが立っちまったみたいなんだよ、

いわゆる拠点防衛イベントって奴だ」

「あ、俺それ何かで読んだ事あるわ、確か海外の記事に載ってて、

ここで検証しようとしたら、そもそもそれっぽい施設自体無かったっていう、

いわくつきの情報だな、本当に存在してたのか」

『マスターにも説明しましたが、サーバーごとに場所が違うんですよ。

おそらくイベント発生場所が他に存在するとは思わなかったんでしょうね』

「そういう事か。で、それをシャナが見付けたと」

 

 シャナは頷き、イベントの初回ボーナスについて話をした。

 

「おお」

「ボーナスステージきたあああああああ」

「それは凄いな、でかしたぞ、シャナ!」

「その施設、職人としてはどうしても見てみたいですね」

「よし、早速全員が集まれる日を決めようぜ」

 

 他の者達も興奮ぎみに話し出し、シャナはこう宣言した。

 

「それじゃあ順番に確認していこう。俺が明日から順に日付を言っていくから、

ログイン出来ない奴は手を上げてくれ。行くぞ……明日」

 

 誰も手を上げず、シャナは嘆息した。

 

「お前ら本当に行けるのか?誰も無理とかしてないか?」

「ここで無理をしないでいつするんだよ!」

「そうですね、予定をキャンセルしてでも行きたいです!」

「一日くらい練習をサボっても問題ありません!」

「むしろこっちを練習の一環だと主張します!」

 

 他にも同じような声が上がり、シャナは仕方なくこう言った。

 

「よし、それじゃあ明日に決行だ。全部で十七人だから、ハンヴィーをもう一台借りるか」

 

 そして次の日、ブラックにはシャナとイコマとシノンと薄塩たらことフローリアが、

ホワイトにはシズカとベンケイとピトとエムと闇風が、

そして臨時でレンタルした、ニャンゴローによってニャン号と名付けられたハンヴィーには、

そのニャンゴローとエヴァ達六人が乗り込む事となった。

 

「っていうか、ニャン号って何だよ……」

 

 そう呆れた顔で言ってきたシャナに、ニャンゴローはやや興奮ぎみに抗議した。

 

「うるさい!私が運転するのだから文句を言うな!」

「へいへい、それじゃあ行きますかね」

 

 ちなみにこの乗員の分け方は、単純に戦闘の事を考えて決められた。

先日のように追撃してくる敵に警戒する為、

ブラックには遠距離狙撃を可能とする者を配置し、

ホワイトには残りの者を、そしてニャン号にはエヴァ達を纏め、

シャナ以外の者の中で一番運転に安定感のあるニャンゴローが配置された。

そして街から五分ほど走った場所で、三台は一度停止した。

 

『ここで一旦停止して、敵の様子を観察する』

 

 ホワイトとニャン号にそんな通信が入り、しばらくした頃フローリアがシャナに言った。

 

『マスター、後方からバスが二台追いかけてきます』

「フローリア、そういうのが分かるのか?」

『はい、本当はあまり推奨はされないのですが、

今回は当要塞のイベントに向かう最中ですのでセーフと判断しました』

「そうか、よし、シズカと先生はやや後方へ、最初にブラックで迎え撃つ。

後は状況を見て攻撃の指示を出す」

 

 そしてブラックは前に出て、その上でシャナとシノンが狙撃体勢をとった。

 

「俺は左のバスのタイヤを狙う。シノンは右のバスを頼む」

「了解よ」

「ついでに可能なら、運転手も撃ち抜いちまおう」

「そうね、そうしましょう」

 

 そして二人はフローリアの指示に従いバスが来る方向を注視した。

そしてバスが見えた瞬間、二人は発砲した。

 

「命中だ」

「こちらも命中よ」

 

 そして二人はすばやく次の弾を込め、即座に運転手目掛けて発砲した。

 

「命中」

「当然命中ね」

 

 そんな二人の姿を見て、周りの者達は拍手喝采した。

その二人の攻撃で、二台のバスは沈黙した。

 

「よし、このままプラズマグレネードを撃ち込んで終わりにするか。

一応前回の反省を元に、即時脱出する奴がいるかもしれないから、

ホワイトとニャン号はそちらを見極めて車内から殲滅してくれ」

 

 そしてブラックは敵に接近し、

前回と同じように二門のグレネードランチャーからプラズマグレネードを発射した。

敵から何発か反撃もあったが、それらは全てブラックの装甲が撥ね返し、

放物線を描いてバスに向かった二発のプラズマグレネードは、

前回同様バスを二台とも焼き尽くした。

正直ブラック一台でも問題ない程に、ブラックの戦闘力は飛び抜けているようだ。

そして予想通り何人か脱出した者がいたが、ホワイトとニャン号からの狙撃で全滅させられ、

三台はそのまま意気揚々と世界樹へと向かった。

襲撃者達も、さすがに次からは何らかの対策をとってくる事だろう。

もっとも一キロ以上先から狙撃されてしまうので、それは中々難しいだろうが。

 

「さて、ここからが本番だな」

「頑張りましょう」

「この前聞いた話以上に容赦ないような気がするけど、今日は仕方ないよな」

「だな、相棒。敵は世界樹にあり、だ!」

 

 そして三台が現地に到着すると、世界樹の中からもう一人のフローリアが姿を現した。

 

「ええっ!?」

「あれ、フローリアちゃん?」

「こっちにもフローリアちゃん!?」

「おいシャナ、どうなっているのだ!」

「あ、そうか、すまんすまん、説明してなかったな。

二人は同一人物で、あっちが本体、こっちは自由に移動出来るって感じだな。

当然記憶とかも全部共有しているらしいぞ」

『はい、どちらの私も同じ私ですので、お気軽に同じように接して下さいね。

ちなみに初回は拠点の中の人数がカウント対象ですが、

次回からは一定範囲が対称になりますのでご注意下さい』

『もっともここだと混乱するかもしれないので、私はこのままスリープモードに入ります』

 

 シャナのその説明をフローリアが補足した。

そしてシャナは世界樹の中にブラックを停車させ、

それに続いてシズカとニャンゴローも世界樹の中に入った。

その瞬間に、フローリアの雰囲気が変わった。

 

『警告、世界樹要塞に敵の集団が迫っています。

カウントダウン開始、敵は三千六百秒後に到達予定』

 

 それを聞いたシャナは、一時間後かと呟くと、メンバー全員にこんな指示を出した。

 

「最初に速攻で施設の説明をする、俺に付いてきてくれ。

その後の戦闘の敵は三百体のモブだ。ハンヴィーに積んだ武器と弾薬も全部出して、

最初は各自届く距離からライフルで狙撃、後に中距離から近接戦闘に入るぞ!」

「了解!」

「いや~、まさかこの木の中にこんな施設があるとはなぁ」

「凄いもんだな……」

「内部も色々気になりますね……」

「まあそれは戦闘後にじっくりとな、イコマ」

「はい!」

 

 そして準備を終えて少し休憩した後、敵を待ち構えていた一行だったが、

到達予定時刻の十分前に、シャナの目が最初に敵の姿を捉えた。

当然攻撃の先鋒は、シャナとシノンである。

 

「シノン、敵への攻撃は例え倒せなくても一匹につき一発だ。

一匹に手間を掛けるよりも、出来るだけ多くの敵に手傷を負わせ

他の仲間が簡単に敵を倒せるような状態にする事を優先するぞ」

「了解!」

 

 そしてシャナとシノンの超遠距離狙撃を合図に、拠点防衛戦がついに開始された。




さすがに二度も同じ手口でやられると、襲撃者達も対策をとってくると思いますが、
はてさてどうなる事やら。


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第323話 敵を全滅させよ!

2018/06/16 句読点や細かい部分を修正


 シャナとシノンは、敵が出来るだけ遠くにいる間になるべくダメージを与えておこうと、

ひたすら遠距離狙撃を続けていた。

幸い敵の数も事前に分かっており、弾はありったけ持ってきていた為、

M82とヘカートIIでなければ届かない距離に敵がいる間は、弾が切れる事は無かった。

 

「しかし色々な敵が混在しているみたいだな」

「足が特に速いとかの敵がいないのはラッキーよね」

「しかしシノンも、狙撃の腕を上げたもんだな」

「努力してるもの」

「そうだな、えらいぞ」

 

 会話中も、二人は狙撃はずっと狙撃を続けていた。

さすがに百発百中とはいかなかったが、それでも二人とも、

九十五パーセント以上の命中率を誇っていた。

 

「そろそろ他の銃でも届くくらいの距離になったか?」

 

 そのシャナの言葉通り、他の仲間達も攻撃を開始していた。

今のところは外壁まで届いた敵はいないが、そろそろ何匹かは到達すると思われた。

 

「さすがに俺のM82はセミオートだから多少弾の装填は楽だが、

ヘカートIIはボルトアクションだからきついよな」

「そこは羨ましいわね、ヘカートIIもイコマ君に改造してもらえないかなぁ」

「まあ聞くだけ聞いてみればいいんじゃないか?

もっともそういった銃の根幹に関わる改造が出来るのかどうかは分からないけどな」

「まあ期待しないで聞いてみるわ」

「そうだな」

 

 そしてシャナは、眼下を見下ろしながら言った。

 

「俺は十二体ほど倒したが、シノンはいくつだ?」

「私は八体ね、手傷を負わせたのはもっと多いんだけど、あのモブ共、意外とタフよね」

「マシンガンとかだと、かなり当てないと死なないみたいだな」

「思ったより手応えがあるわよね。弱点が分かり易い生物系の敵はいいんだけど、

機械系の敵は中々一発で即破壊とはいかないわね」

「残りの弾数は何発だ?」

「十発よ、そろそろ他の銃に切り替えかしらね」

「それなら弾が切れたらこれを使うといい。こっちの弾はまだ二十発はあるからな」

 

 そう言ってシャナは、M82をシノンに差し出した。

 

「いいの?助かるけど、シャナはどうするの?」

「俺は様子を見ながら地上で近接戦闘だな」

「なるほど、ARとALを使うのね」

「ああ、そろそろ闇風が外に出るみたいだから、その付き合いだな」

 

 どうやら敵はまだ半分くらいは残っているようだ。

基本全員が屋上ないし個室フロアから攻撃していた為、若干威力が落ちているのだろう。

明らかに、通常の戦闘時よりも殲滅速度が遅くなっているように見えた。

 

「さて、それじゃあ行ってくる」

「あんたの事だから何も心配はしてないけど、まあ気を付けて」

「おう」

 

 そしてシャナはストレージからロープを取り出し、近くの木の枝に結びつけた。

 

「ちょっと、ここからそのまま下りるつもり?」

「おう、お前もこれくらい出来るようにならないと、いずれ苦労する事になるかもな」

 

 そしてシャナは、懸垂降下でそのまま二階くらいの高さまで下りた後、

壁を蹴って大きくジャンプし、同じタイミングで外に出てきた闇風の目の前に降り立った。

 

「うわっ」

 

 慌てて銃を構えた闇風は、すんでのところで銃を発砲するのを止めた。

 

「おいおいどんなサプライズだよ、危なく銃を撃っちまう所だったぞ」

「大丈夫だ、その時はお前の腕を斬りおとして防いでいたからな」

「はっはっは、ナイスジョーク!そういうの嫌いじゃないぜ」

「………………………………そうだな、ジョークだ」

 

 そんなシャナの様子を見て、闇風は訝しげな顔をしてシャナに尋ねた。

 

「シャナ?」

「…………お、おう」

「何故こっちを見ない?ホワイ?」

「気のせいだ」

「オーケーオーケー、ところでシャナ、その手のARはいつ抜いた?」

「気のせいだ」

「日本語おかしくない?明らかに今手に持ってるよね?俺の記憶だと、俺が飛び出た瞬間、

シャナの着地直後にそれを抜いたのを見た気がするんだが」

「気のせいだ」

「ふ~ん…………」

 

 そして闇風は、手に持っていた銃をそっとシャナに向けた。

その瞬間にシャナは、反射的にARを闇風の手首に振り下ろし、その寸前で止めた。

 

「これは?ホワッツ?」

「ただの反射だ、ほら、針とかがチクッとした時、

思わず手を引っ込めちまうだろ?あれと一緒だ」

「ああ~オーケーオーケー、確かにあれは勝手に手が動くよな…………なんて言うかあああ!

お前やっぱり俺の手首を斬り落とす気満々だったんじゃねええええか!」

 

 顔を赤くしてそう言う闇風に向けて、シャナが言った。

 

「ほら、敵が来るぞ、さっさと行くぞヤミヤミ」

「話を逸らすんじゃねええええええええええ!」

「ロザリアが見てるぞ」

「おらさっさと行くぞシャナ、よっしゃ!闇風様の華麗な戦いを見せてやるぜ!」

 

 そして闇風は、要塞の扉に向けて接近してきた敵に突っ込んでいった。

 

「やれやれ扱い易いな……さて、それじゃあ俺も行くか」

 

 シャナはそう言って、動き回りながら銃を撃ちまくる闇風の背後を守るように、

闇風の動きに合わせてARを振るい始めた。

 

「おお、やっぱ凄え威力だな。それなら俺の手首も簡単に斬り落とせそうだなおい」

「いつまでも根に持ってるんじゃねえ、おら、攻撃攻撃」

「おうよ、おっ、ロザリアちゃんがこっちを見てるな、これは頑張らねば!」

 

 ちなみにもちろんロザリアが見ていたのは、シャナの雄姿であった。

その後も処理しきれない程の敵が来る事もなく、

二人は協力して扉の前を守り、ついに敵は全滅した。

 

「ふう、まあ初回ならこんなもんか」

「意外と楽勝だったな」

「でもフローリアのクリアアナウンスがまだ無いな」

「どこか見落としでもあるのかな?」

「まあとりあえず一度要塞内に戻るか」

 

 そう会話しながら中に戻った二人に、フローリアが少し焦ったように声を掛けた。

 

『すみませんマスター、想定外の事態が起こりました』

「ん、どうしたフローリア」

『ほぼゼロに等しい確率だったので、今回は説明していなかったのですが、

どうやらそのイベントが起こってしまたようです……おそらくボスが出現しました』

「まじか」

「うわお!」

 

 そして二人はフローリアと共に最上階に上がり、そこから遠くを見回した。

他の仲間達も集合し、一同は敵の姿を探した。

 

「どこだ……フローリア、敵の位置は分かるか?」

『申し訳ありません、イベント用の敵なので、私にも正確な位置までは……』

「そうか、とにかく探すしかないな。まあ障害物も何も無い平原だ、直ぐに見付かるだろ」

 

 その言葉通り、直ぐに敵は見付かった。

 

「シャナ、あそこ!」

「見付けたか、どれ……何だあれは……」

 

 そこにいたのは、肩から二門の銃が生えた巨大な獅子だった。

 

「うわ、強そう……」

「おいおい、何か大きくないか?」

「機動力もありそうだな、上から銃で狙うだけじゃちょっと厳しいか?

それとも弾幕を張ればいけるか?」

 

 そう言って仲間達に振り返ったシャナに、薄塩たらこが言った。

 

「シャナ、まずいぞ、弾の残りが少ない」

「ちょっと調子に乗って撃ちまくりすぎた……」

「ここで弾を買えれば良かったんだけどなぁ」

 

 その言葉を聞いたシャナは、少し考えた後にフローリアに言った。

 

「フローリア、ショップの完成は、規定の金額が溜まれば直ぐにいけるのか?」

『はい、それは一瞬です』

「よし、その分は俺が投資する。フローリア、ショップ開設を急いでくれ」

『分かりました』

 

 そして直後にフローリアが、一同に言った。

 

『ショップを開設しました』

「まじかよ、フローリアちゃん有能すぎだろ!」

「よし、急いで弾の補充だ」

 

 一同は二階まで走り、そこでショップを覗きこんだ。

 

「さすがに種類には限りがあるよな」

「弾が揃う武器と揃わない武器が出るのは仕方ないよね」

『ショップNPCに登録すればその弾がラインナップに並びます』

「まじかよ、でもさすがにあの速度だと、そんな事をのんびりやってる時間は無いな」

「とりあえず俺とシズとケイとピトは後回しだ、三人は近接戦闘準備、

その間に他の者は装備を融通しあって、急いで弾を補充してくれ。

同時にフローリア、マスター権限をここで使う。ヘカートIIの弾を可能な限り出してくれ」

『かしこまりました』

 

 そしてフローリアは一瞬でヘカートIIの弾を出し、シャナに手渡した。

 

「よしシノン、お前は直ぐに上で攻撃を開始してくれ」

「了解よ」

「最初は俺とシズで敵をけん制する、ピトとケイは最初は中で待機、

状況を見て射撃か近接かを選択して、戦闘に介入してくれ」

「分かった!二人とも気を付けて」

「お兄ちゃんとお義姉ちゃんなら大丈夫だと思うけど、やばそうなら直ぐに行くから!」

 

 そしてシャナとシズカの二人は入り口から外に出て、敵を待ち受けた。

 

「こうして二人で戦うのは久しぶりだね」

「そうだな……おっ、シノンの狙撃が始まったぞ」

 

 二人が屋上を見上げると、轟音と共にシノンのいる方から弾が飛んでいくのが見えた。

 

「こういうアングルから狙撃してる所を見るのは初めてだな」

「まるで大砲を撃ってるみたいだね」

「だな」

 

 そしてその弾の飛んでいく方向に、ついに敵が姿を現した。

 

「まだ小さく見えるが、どんどん大きくなってるな」

「かなり早いね」

「そろそろ準備するか」

「うん!」

 

 そして武器を取り出し待ち受ける二人に、シノンから通信が入った。

 

「ごめん、何発か当てたけど、敵の動きが素早くて肩の銃を破壊する事は出来なかったわ」

「肩の銃は可動式か、固定か?」

「多分固定だと思うんだけど、まだ撃ってこないから何とも……あっ、避けて!」

 

 その言葉を聞いた瞬間に二人は素早く左右に動き、

少し前まで二人がいた位置を巨大な銃弾が通過し、地面に着弾して大きな砂ぼこりを上げた。

 

「ふう、危ない危ない」

「かなりの威力だね」

「今ので確認出来たわ、銃は固定式、でも位置が高いから、

上から攻撃しないと下からの破壊は難しそうね」

「そうか……俺が上から飛びかかって肩の銃を破壊すべきか……?」

「大丈夫だよシャナ、ケイは懸垂降下が出来るから」

「そういえば師匠に教わったんだったな、ピトは出来るのか?」

 

 その会話を聞いていたのか、三階の窓からピトが言った。

 

「大丈夫、私もいけるよシャナ!」

「オーケーだ、お前とケイは上で待機して、

タイミングを見て飛び降りて肩の銃を破壊してくれ」

「「了解!」」

「シャナ、避けて!」

「おっと」

 

 その瞬間にシノンがそう叫び、再びシャナのいた位置を銃弾が通過した。

 

「さて、そろそろか」

「うん」

 

 そしてシャナはARとALの黒い刃を出し、シズカも輝光剣の刃を出した。

その刀身はピンク色に光っており、シャナはシズカにこう尋ねた。

 

「おっ、その色にしたのか。名前は決めたのか?」

「うん、夜桜にした」

「そうか、何かシズらしいな。昔のお前の服は赤と白、混ざればピンクだしな」

「あは、確かにそうだね」

「よし、来たぞ」

 

 そしてついに巨大な獅子が二人の眼前へと迫り、二人は剣を構えて敵と対峙した。



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第324話 持て余す戦利品

2018/06/16 句読点や細かい部分を修正


「先ずは軽く一当てしてみるか」

「うん」

 

 シャナとシズカはそう囁き合うと、獅子の両前足を目標に攻撃しようとした。

その瞬間に獅子は後ろ足だけで立ち上がり、銃を斜め上に乱射しつつ吼えた。

 

「うおっと、高いな」

「こうなると届かないね」

「シノン、大丈夫か?」

 

 バックステップで下がった後、シャナは銃弾がシノンのいた方に飛んで行ったのを見て、

心配そうにシノンにそう声を掛けた。

 

「こっちは大丈夫、どうやら上の壁を貫通する程の威力は無いみたい」

「そうか、それなら良かった。まあそこまで威力があったら、

もう遠距離からの射撃でこの要塞も陥落寸前になってるだろうしな」

 

 シャナはそう言うと、再び獅子に目を向けた。

その瞬間に獅子はシャナに銃口を向け、そのまま即発砲した。

シャナは低い体勢でそれを避け、そのまま前に進もうとしたのだが、

その意図は、眼前に叩きつけられた獅子の前足によって阻まれた。

 

「肩の銃は固定式だから、避けるのは簡単なんだがな」

「うん、前足での攻撃がちょっとうざいよね」

「少しでも離れると銃口をこちらに向けてくるな、リスクを覚悟で接近戦を挑むしかないか」

「あの足で踏まれたらただではすまなそうだけど」

「まあ避けながら斬れば問題ないな」

「そうだね」

 

 二人はサラッとそう言ったが、普通の者がそれをやろうとすると、

獅子の前足にあっさりと踏み潰されて即死してしまうだろう。

そして二人は左右から敵に突撃し、交互に敵の両前足を攻撃した。

右前足で攻撃している時は左前足が無防備に、左前足で攻撃している時は右前足が無防備に、

相手が二足歩行動物でない以上、それは必然であった。

だが二人とも回避ぎみに攻撃している為、足の切断まではいかない所が歯がゆい部分だった。

そして弾薬の補給を終えた仲間達が、屋上に姿を現した。

 

「Oh……」

「あの二人、何であんな事が出来るんだ?」

「戦場でのナイフ術とはやはり根本的に違いますね……」

「まああの二人は最強コンビだものね」

「二年以上毎日肩を並べて戦ってきたんだしね」

「シャナ、シズ、上からの攻撃を開始するぞ!」

「おう、先生」

「了解!」

 

 そして仲間による上からの一斉射撃が始まった為、

二人は一時後退し、そこでやっと一息つく事が出来た。

 

「肩の銃は避けるのは簡単だと思ってたけど、どうしても意識しちゃうよね」

「そうだな、あれってバレットラインが出ないみたいだから、

どうしても軌道が分かりにくくて常に視界の一部に収めておかないといけないからな」

「射撃に任せてもいいんだけど、そうすると要塞に攻撃が集中しそうだしね、ほらあれ」

 

 そう言ってシズカは、今また敵の銃撃が要塞の扉に命中したのを見てそちらを指差した。

 

「あれが続くとちょっとまずいよね」

「屋内に誘い込む手もあるんだろうが、一応ボスらしいし、何が起こるか分からないからな」

「あっ、あれ!」

 

 突然シズカが獅子の方を指差した。獅子のたてがみが黄金に輝いており、

その瞬間に味方の銃弾による攻撃が全て弾き飛ばされた。

 

「おいおい……」

「このゲームで銃が通用しない防御とか反則だね」

「しかし常時あの状態になれる訳じゃないと思うが……」

「シャナ、尻尾だ!」

 

 突然上からニャンゴローの声が聞こえ、シャナとシズカは慌ててそちらを見た。

そこでは獅子の尻尾が避雷針のように光っており、

何かエネルギーのような物を集めているようにも見えた。

 

「そういう事か……」

「どうする?」

「とりあえずあの肩の銃を切断しよう、次は尻尾だな、それであいつも詰みだろう」

「いよいよあの二人の出番だね」

 

 そしてシャナはピトフーイとベンケイにその事を伝え、二人は即座に懸垂降下にはいった。

 

「よし、あの二人を撃たせる訳にはいかないからな、俺達も再突撃だ」

「銃が撃たれる前に二人が何とかしてくれると信じてとことんだね」

「避けにくくなるからやめておいたが、剣も長くするか」

「そうだね、それじゃあ行こう!」

 

 二人は今度は引かずにとことん足を斬る事に集中し出した。

味方からの攻撃が不可能なのを逆に生かして、

シノンからのフレンドリーファイアを避ける為にしていなかった側面攻撃も駆使し、

徐々に獅子の両前足を削っていく。そしてついにその時が訪れた。

 

「シャナ!」

「お義姉ちゃん!」

 

 その声が聞こえた瞬間、シャナとシズカは大きく横に跳んだ。

そして次の瞬間、要塞の二階くらいの高さまで達していた二人が、

ロープのしなりを利用しつつ、大きく壁を蹴って、獅子の肩口に飛びかかった。

 

「うおおおおおお!」

「行っけえええええ!」

 

 事前に最大の長さまで刀身を長くしておいた二人は、跳躍しながら刀身を出し、

見事に獅子の肩口の銃を斬りおとすと、着地した瞬間に刀身を仕舞い、

衝撃を逃がすようにごろごろと転がった。

肩の銃を失った獅子は、苦悶するように上を向き、大きな咆哮を上げた。

その隙を見逃さず、直後にシャナとシズカが敵に大きく踏み込み、

その両前足を完全に切断し、獅子は悲鳴のような声を上げながら、頭から地面に倒れ込んだ。

 

「シノン、今だ!」

「こうなったらもう外さないわよ」

 

 それまで何度となく尻尾を狙って外していたシノンが、

今度こそ確実に尻尾を照準に捕らえ、ヘカートIIのトリガーを引いた。

そして次の瞬間に尻尾は弾け飛び、獅子のたてがみはその光を失った。

 

「よし、頭に一斉射撃!」

 

 そして上の仲間達は動かなくなった敵の頭に攻撃を集中し、撃って撃って撃ちまくった。

獅子は最後の抵抗とばかりに後ろ足を前後させ、何とか前へと進もうとしたが、

ズルズルと前に進む事しか出来ず、まったく攻撃を回避する事は出来なかった。

獅子はそのまま抵抗する事も出来ず、光の粒子となり、消滅した。

 

「よっしゃあああああああ!」

「やったね!」

「勝った、勝ったぞおおお!」

「やっと終わったぁ!」

 

 仲間達は勝どきを上げ、嬉しそうに地上へと駆け下りてきた。そしてシャナとシズカは、

大の字になって寝転がったままのピトフーイとベンケイの下へと向かった。

 

「おい、大丈夫かピト」

「うん、思ったより衝撃が凄くてもう足がガクガク……」

「ケイ、大丈夫?」

「お義姉ちゃん、ケイは頑張ったよ……」

「えらいえらい」

 

 そして二人を抱き上げたシャナとシズカは、そのまま仲間達の下へと向かった。

 

『皆様お疲れ様でした、ここにイベントの終了を宣言致します。

今回は我々の勝利に終わりました』

 

 そのフローリアの言葉で再び勝利を実感したのか、一同はわっと大きな声を上げた。

 

「いや~しかし、まさかあんなボスが出てくるとはな」

「フローリア、あのボスって本当にレアなのか?」

『はい、過去に出現の事例は全てのサーバーで未だ皆無です』

「どれだけ引きが強いんだ……」

「え~?そんなの普通じゃない?私、宝クジの一等とか当てた事があるし」

 

 そのピトフーイの言葉を聞いた一同は、ギョッとしたようにピトフーイを見つめた。

 

「私昔から、こんなの引けるかっていう位確率の低い方をバンバン引き当てるから、

多分そういう体質なんだよねぇ。あれ、シャナ?何で私をそんな目で睨んでるの?

やめてよもう、性的な意味で興奮しちゃうじゃない」

 

 その瞬間にシャナはピトフーイを離し、ピトフーイはそのまま地面に叩きつけられた。

 

「ふぎゃっ、いきなりのご褒美来たああああああああ!」

「全部お前のせいかよ……」

 

 そしてシャナは、ピトフーイの上半身だけを立たせ、左右からこめかみをグリグリした。

 

「ああっ、ここだと痛くないのが悔やまれる!圧迫されてる感触しかない!」

「はぁ、本当にお前は……」

 

 そしてシャナは面倒臭そうにピトフーイを立たせ、

ピトフーイはてへっと笑い、それに釣られて一同も笑い出した。

こうしてボス戦を含む拠点防衛戦は終了した。

 

『マスター、ボスから戦利品がドロップしております』

「おっ、何だ?いい物か?」

『デグチャレフPTRD1941、対戦車ライフルですね』

「まじかよ……試しに実体化してみてくれ」

『はい、分かりました』

 

 そして一同の前に、デグチャレフがその姿を現した。

 

「対物じゃなく対戦車ライフルか……」

「うわ、ごつい……」

「重っ……」

「これは運用出来る奴が限られそうだな……」

 

 そう言いながらシャナは、仲間達の顔をぐるりと見回した。

 

「俺はパス!」

「俺もだな、これは無理だ」

「私も論外」

「いやいや、そもそも持てませんって」

「この中で狙撃が出来そうなのは……ピトとトーマとエムあたりか?」

「いやいや、私もこれはさすがに無理!他の銃が持てなくなっちゃう!」

「僕もさすがに盾とこれの併用は……」

「となると……」

 

 そして全員の視線がトーマに集中した。

 

「いや無理ですから!本当に!」

「ふむ……」

 

 そしてシャナは、エヴァに言った。

 

「なぁエヴァ、お前達はチームなんだから、STRの一番高い奴がこれを運搬して、

トーマが狙撃をしてみてもいいんじゃないか?」

「それはそうかもですが、そうなると……おいソフィー、試しに持ってみろ」

「ええっ!?」

 

 そしてソフィーはデグチャレフに近寄り、それを持ち上げようと試みたのだが、

さすがに少し持ち上げるのがやっとだったようだ。

 

「お、重い……」

「まあ持ち上げる事は出来たんだ、今後精進してもらうとして、

そろそろ持てそうだと思ったら受け取りに来い。

それまでは鞍馬山のロッカーにしまっておいてやるよ」

「あ、ありがとうございますシャナさん!」

 

 こうしてデグチャレフの行き先も半ば押し付けるように決まり、

多くのギルと素材を得た一同は、意気揚々と街へと帰還する事となった。

 

「あ~、面白かった!」

「どうしようリーダー、私達いきなりお金持ち?ちょっと換金してもいい?」

「そうだな、今夜はパーっといくか!」

「でも大会も近いし、食べ過ぎるとやばいよね……」

「その分動けばいいじゃん!」

「そうそう、たまにはいいっしょ!」

 

 エヴァ達六人が楽しそうにそう会話するのを聞いていたニャンゴローが、六人に尋ねた。

 

「大会とは何の大会だ?」

「新体操ですね、先生!」

「ほほう……機会があったら見にいくか」

「はい、是非!」

 

 そしてブラックの車内では、シノンがイコマに質問していた。

 

「ねぇイコマ君、ヘカートIIをセミオートにする事って出来るのかな?」

「さすがにそれは無理ですね、すみません……」

「やっぱりそうなんだ……」

「現時点ではヘカートIIは、ほぼ最大限強化されてますからね」

「そっか、後は私の腕次第って事だね」

「はい」

 

 最後にホワイトの車内では、闇風がピトフーイに質問していた。

 

「なぁピトフーイ、お前宝クジの一等を当てたってまじ?」

「うん、本当だよ、ヤミヤミ」

「凄ぇな……何に使ったんだ?」

「えっと、気が付いたら無くなってた!」

「さすがというか……それからは買ってないのか?」

「うん、そういうあぶく銭に頼っちゃいけないと思うし」

「お前凄ぇな……ゲーム内じゃめちゃくちゃだが、リアルだと真面目なのな」

 

 そして特に他のプレイヤーに襲われる事も無く、

一同はそのまますんなりと街に戻る事が出来た。

 

「よし、俺はブラックとホワイトをしまった後、もう一台を返してくるわ。

お前らは先に鞍馬山に戻っててくれ」

「あ、シャナ、私もちょっと車庫入れを練習しておきたいんだけど。

運転出来る中で出来ないの、私だけっぽいし」

 

 シノンがシャナにそう言い、シャナはシズカとベンケイにこう尋ねた。

 

「ふむ、シズとケイはどうなんだ?」

「私は師匠に練習させられたよ」

「私もです!」

「そうか、それじゃあシノン、ちょっと練習するか」

「疲れてるのにごめんね」

「いや、問題無い」

 

 そして二人を残し、一同は鞍馬山へと帰還した。

 

「さてやるか」

「うん、お願い」

 

 そしてシノンはシャナの教えを受け、何とかスムーズに車庫入れ出来るようになった。

 

「こんなもんかな?」

「そうだな、これくらいで十分だろう」

「よし」

 

 シノンは達成感を感じたのか、その場で軽くガッツポーズした。

 

「しかしお前は真面目だよな」

「というか、私だけ出来ないと悔しいじゃない」

「……負けず嫌いの方だったか。それじゃあ俺達も鞍馬山に戻るか」

「うん」

 

 そして二人は並んで街を歩き始めた。

 

「……視線を感じるわね」

「今にも襲ってきそうな視線だよな、まあ街中なら平気だろうが」

「この前の例もあるから油断は出来ないでしょうけどね」

「ロザリアの時な……」

 

 シャナ達は知らなかったが、その時の事は敵の内部でも盛大に叩かれていた。

なのでステルベンやノワールの裏工作が無くなった今、

そういった事はしないという空気が形成されており、

実際はその心配は無かったのだが、油断をしないというのは悪い事では無い。

 

「そういえば、映子と美衣と椎奈がシャナに会いたがってたわよ」

「ん、そうか、まあ今度暇があったらどこかに連れていってやってもいいが……」

「私だけを誘ってくれても構わないんだけど」

「…………五人でな」

「はぁい」

 

 シノンはそれでも満足だったのか、ニコニコとシャナに微笑みかけた。

そして二人が鞍馬山に着くと、中は既に宴会状態だった。

 

「おお、派手にやってるな」

「打ち上げ打ち上げ!」

「シャナ、一度乾杯したけど、もう一回お願い」

「おう」

 

 そしてシャナは、飲み物を掲げながら言った。

 

「よし、それじゃあ今日の勝利に……乾杯!」

「「「「「「「「「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」」」」」」」」」

 

 その後も大盛り上がりした後、一同は徐々に解散していった。

そして最後に拠点を出た薄塩たらこと闇風に再び襲いかかる者がいた、銃士Xである。



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第325話 そこが分かれ目

2018/06/16 句読点や細かい部分を修正


「おわっ」

「な、何だ?」

 

 薄塩たらこと闇風は前のめりに倒され、頭に銃を突きつけられた。

その視線の先にブーツと白い足首が見え、二人はそれを、どこかで見た光景だなと思った。

 

「もしかしてまた銃士Xか?」

「って事はつまり今、俺の頭の上にはお宝が!」

 

 闇風はそう叫び、懲りずに必死に顔を上げようとした。

その瞬間に闇風は前と同じように銃床で殴られ、顔面から地面に叩きつけられた。

 

「ぶおっ」

「学習しない男はモテない」

「くっ……その言葉の方が俺的に痛いぜ……」

 

 そして銃士Xは二人から離れ、薄塩たらこと闇風はよろよろと起き上がった。

 

「今日は何だよ、今回俺達は、お前に襲われるような事は何もしてないぞ!」

「そうだそうだ!それにお前、何でいつも通りの格好なんだよ、

厚着をする事にしたんじゃなかったのか?」

「熟考の結果、やはりあれは却下する事にした。

もし万が一、遠くからシャナ様にあの格好の私を見られたら、

私のイメージが『かわいくない』で固まってしまう」

 

 相変わらずシャナ第一のその発言を受け、二人は精一杯抗議する事にした。

 

「くっ……もし万が一、俺達に色々見られたらどうするんだよ!」

「そうだそうだ!」

「その場合は目を潰す。一瞬で潰す。徹底的に潰す。

その後記憶を飛ばす為に徹底的に頭を殴る。

もっとも貴方達が、そういうのが見えるような位置どりをしている時点で、

相手の女性もそれに当然気付いていると思った方がいい。

その事に気付かない時点で貴方達が女性にモテないのは確定的」

「………………」

「………………」

 

 二人は思い当たるフシがあるのか無言になった。

そんな二人を無感情な目で見つつ、銃士Xは更に続けた。

 

「数時間前、貴方達が楽しそうにシャナ様達と一緒に移動しているのを見た。

それだけでも私的には、ぐぬぬ案件。それが貴方達の一つ目の罪」

「り、理不尽だ……」

「悔しかったらお前も早くシャナと知り合いになれよ!」

 

 その二人の言葉を無視して、銃士Xは更に話を続けた。

 

「その後、シャナ様をバスで追いかけようとする愚か者共の集団を見付け、

私はそれを走って追いかけた。私にとっては颯爽と登場する最大のチャンスだった。

でも現地に着いた時、そこに残っていたのはバスの残骸だけだった。

私が到着するまで場を持たせられなかった、それが貴方達の二つ目の罪」

「仕方ないだろ、シャナとシノンとブラックが強すぎるんだよ!」

「俺も一緒に乗ってたけど、何もする必要が無かったくらいな!」

 

 その言葉に、シャナの仲間のリストを脳内で検索し、

該当する人物を発見出来なかった銃士Xは、首を傾げながら二人に尋ねた。

 

「疑問、ブラック、誰?」

「ああ、プレイヤーじゃねえよ、お前も見ただろ?あの重装備のハンヴィーの名前だよ」

「あれ一台あれば、平原なら百人くらい相手にしても余裕だよな……」

 

 そう言われて銃士Xは理解したのか、こくこくと頷いた。

 

「納得、私もあれの運転の練習、必要?」

「そうだな……運転出来た方がいいんじゃないか?昨日も皆で練習してたらしいしな」

「むしろ絶対条件だな」

「了承、特訓にはいる」

「お、おう、頑張ってな……」

「もう二度と俺達を襲ったりすんなよ!」

 

 そしてきびすを返し、車のレンタル屋のある方に向かいかけた銃士Xは、

ハッと足を止め、再びこちらに戻ってきた。

 

「誤魔化される所だった、まだ裁判の途中」

「まだあんのかよ……」

「い、今の情報は情状酌量に値すんだろ?」

「被告兼弁護人の言葉を認めるのも、やぶさかではない」

「おう、頼むぜ」

 

 そして銃士Xは二人にこう言った。

 

「その後私は、愚か者共の監視を続け、その会話を盗み聞きする事にした。

あの愚か者共は相当手ひどくやられたようで、このままじゃ駄目だと議論していた。

でも議論に答えが出ないまま解散となり、今日は襲撃を諦めたようだったので、

私はそのままシャナ様の帰りを待つ事にした」

「お、おう、待っててくれたのか」

「あ、ありがとな」

 

 銃士Xはその言葉に首を振りながら言った。

 

「私が待っていたのはシャナ様であって、貴方達ではない」

「ですよね……」

「お、同じ事じゃないかよ、理不尽だ!」

 

 その言葉も当然スルーした銃士Xは、そのまま淡々と話を続けた。

 

「そして貴方達が戻ってきたが、その中にシャナ様のお姿は無かった。

乗っていたハンヴィーと、シノンというスナイパーの姿も無かったから、

おそらくハンヴィーを車庫に入れているのだろうと思い、

私はシャナ様の拠点近くでその帰りを待つ事にした」

「あ、その拠点だけどよ、鞍馬山って名付けたらしいぜ」

「鞍馬山……理解、情状酌量の余地拡大」

「やったぜ!」

 

 銃士Xはその情報にも一定の価値を認め、そう言った。

 

「そしてシャナ様が戻ってきた。直前に鞍馬山には、

デリバリーの料理やスイーツがNPCの宅配人によって運び込まれていたから、

おそらく打ち上げでもするのだろうと思い、私もいつかそこに参加出来るように、

一刻も早くシャナ様に認めて頂かねばと考えた」

「もうさっさと直接シャナに声を掛けちまえよ……」

「俺達が紹介してもいいんだしよ……」

「黙りなさい、殺すわよ」

 

 銃士Xはイラっとした感じでそれを拒み、冷たい声でそう言い放った。

 

「あ、はい」

「すみません……」

 

 そして銃士Xは、そのまま冷たい声で二人に質問をした。

 

「最大の問題はそこ」

「ん、どこだ?」

「打ち上げか?」

「貴方達は、打ち上げの時に持ち込まれたスイーツを口にした?」

「そっちかよ……スイーツ?ああ、何か女性陣が喜んでたあれか」

「余ってたみたいだからいくつか食べたけど、あれは確かに美味かったな……」

「そうだな、料理もそうだし、随分質のいいスイーツだったよな」

 

 その瞬間に銃士Xの目がスッと細まり、銃士Xは二人に銃を付きつけ、銃の撃鉄を引いた。

 

「有罪、情状酌量の余地無し」

「何でだよ!」

「スイーツか、スイーツのせいなのか?」

「肯定」

「まじかよ……」

 

 そして銃士Xは、怒りを声に滲ませながら二人に言った。

 

「貴方達は知らないでしょう、あれはGGOの中でもトップクラスの高級品。

その値段はリアルマネーで軽く五桁に届く」

「えっ?」

「そ、そんなに高い奴だったのか!?」

「他の料理も、私の見た限り最高級品が揃えられていた」

「まじかよ……確かに美味いとは思ったが……」

「知らなかった……普通に食ってたわ……」

「そのシャナ様からの、貴方達への感謝の気持ちにも気付かず、

何も考えずにただ飲み食いしていた事があなた達の第三の罪、

そして最大の罪は、私でも食べた事のないスイーツをのうのうと食べていやがった事よ!

私も食べたかったのに!いつも食べたいって思って、

店の前で迷ってうろうろしちゃったりしてるのに!」

 

 その銃士Xの変わりように、二人は戦慄した。

 

「うわ、食いもんの恨みだった……」

「やべえぞ相棒、こいつが素の口調になる程の食いもんの恨みだぞ……」

「とりあえず土下座だ、それしかねえ!」

「だな!」

 

 そして二人は、その場で神妙に土下座をした。

 

「シャナがそこまで俺達の事を思ってくれてるなんて気付かずにすんませんでした!」

「スイーツの価値にも気付かず、無神経に食べちまってすんませんでした!」

「…………たらお、ヤミヤミ、何してんの?」

「へ?」

「あれ?ピト?」

 

 二人が顔を上げると、そこには銃士Xの姿は無く、

代わりにピトフーイが、二人の事を上から覗きこんでいる姿があった。

 

「二人とも、何で誰もいないとこで土下座してんの?エアご主人様でもいんの?」

「あれ?」

「え?え?」

 

 二人は驚き、きょろきょろと周囲を見渡した。

そして少し先のビルの所で銃士Xの姿を見付けた二人は、

どうやら鞍馬山から誰かが出てくる気配を察知して、

その前に銃士Xがその場を離れたのだと推測した。

 

「素早い……」

「ん、何が?」

「いや、こっちの事だ……っておいピト、その手に持っているのは……」

「あ、これ?余ったからお土産にって。二つあるし、もし良かったら一ついる?」

 

 それは先ほど話題になっていたスイーツだった。

 

「い、いる!お願いします一つ分けて下さいピトフーイ様!」

「何その気持ち悪い呼び方……まあそれだけ欲しかったって事なんだろうから、

その意気に免じて黙って分けてあげる」

「すまん、恩にきる!」

 

 その二人の態度を見て、ピトフーイは何かを察したように言った。

 

「あ、もしかして今日の料理とスイーツの価値にやっと気付いちゃった?」

「お、おう!」

「今更だが、やっと気付いたんだよ」

「私も二人が全然驚かないなって、気になってたんだよね。

シャナが車庫から宅配の手配をしたらしいんだけど、

まさかあのクラスの料理が届くなんて思ってなかったから、さすがの私もビックリでさ、

まあシャナが何も言わずにニコニコしてたから気にしない事にしたけど、

さすがに私も一瞬手を付けるのを躊躇っちゃったからねぇ」

「何も言わずにニコニコ、な……」

「まあシャナは絶対に言わないよね、そういう事。

後でその事を聞いても、『ん、そうだったか?』とかで済まされちゃうんだよね。

まあそういう所も好きなんだけどね!」

 

 その言葉に銃士Xも遠くでうんうんと頷いているのが見え、

二人も釣られてうんうんと頷いた。

 

「それじゃ私はもう行くね、二人とも、またね~」

「おう、またな、ピト」

「今度も絶対に勝とうぜ!」

 

 そしてピトフーイが去った後、二人は銃士Xのいる方へと向かい、

黙って手に持っていたお土産を差し出した。銃士Xは、嬉しそうにそれを受け取った。

 

「情状酌量の余地があると認めます」

「やっぱり理不尽だ……」

「これを理不尽と思うか思わないかがシャナ様と貴方達との差。

そこがモテるモテないの分かれ目になる」

 

 そう言って銃士Xは、受け取ったスイーツを口にし、満面の笑顔になった。

 

「やばっ、美味っ、これは凄いね、これでまた明日から頑張れる」

 

 そう年頃の口調で話す銃士Xを見て、二人は顔を見合わせた。

 

「なぁ相棒、要するにこんな笑顔が見られるなら、

それまでのどんな苦労も問題無いって事なのかな」

「だよな、そこが俺達とシャナとの違いか……」

「っていうか、俺もシャナに対する友情が深まった気がするんだが」

「だな!この戦争、何があっても絶対にシャナの為に全力で頑張ろうぜ!」

「いい心がけ、私もここぞという所を狙って介入するから、

それまで二人は頑張ってシャナ様の為に尽くしなさい」

「そこだけは絶対に譲らないよなお前……」

「とりあえず何かあったら、差しさわりの無い程度の事ならまた教えてやるよ」

 

 そしてそのまま分かれようとした三人に、声を掛ける者がいた。

 

「あれっ、たらこさんに闇風さん、こんな所でどうしたんですか?

それにそっちにいるのは……確か銃士Xさんでしたっけ?

三人はお知り合いだったんですね、まあBoBに一緒に出てたんだから当たり前ですね」

「あっ……」

「いっ……」

「うっ……」

「ん?」

 

 銃士Xもどうやらスイーツに夢中になり、誰かが接近してくるのを見逃したらしい。

ニコニコと笑顔で声を掛けてきたそのプレイヤーは、イコマだった。




このまますんなり分かれて終わると誰が言った!


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第326話 イコマの提案

2018/06/16 句読点や細かい部分を修正


「は、初めまして、私は銃士Xと申します」

「初めましてですね、僕はイコマです、宜しくお願いしますね、銃士Xさん」

「はい、光栄です」

 

 銃士Xは、ガチガチに緊張しながらそう言った。

 

「光栄?嫌だなぁ、シャナさん相手ならともかく、

僕なんかを相手にするのにそんな固くならなくてもいいですよ」

「いえ、シャナ様の傍に彗星のように現れた、

GGO最強職人のイコマさんの前で普通にするのは無理です」

 

 それを聞いたイコマは、きょとんとしながら銃士Xにこう尋ねた。

 

「えっと、銃士Xさんは、シャナさんのファンなんで……すか?シャナ様って呼んでますし。

じ、実は僕もなんですよ、出会った頃から、僕もシャナさんが大好きなんですよね」

「はい、その通りです。イコマさんとは同志という事になりますね」

「……なるほど、これがミス・パーフェクト、っと失礼、え~っと、確か神だったか……」

 

 イコマはそうよく分からない事を呟いた。その中の神という言葉に銃士Xが反応した。

 

「はい、とにかくシャナ様こそが我が神なのです」

 

 その銃士Xの熱意に押されたのか、イコマは困った顔で薄塩たらこと闇風の顔を見た。

そんなイコマに二人は銃士Xの事を説明した。

 

「大丈夫だよイコマ君、銃士Xは、ちょっとシャナの事を崇拝しすぎてるだけだから」

「そうそう、こいつは何があってもシャナの味方だから安心していいぜ」

「そうですか……もし良かったら、僕からシャナさんに紹介しましょうか?」

「むむっ……」

 

 銃士Xはその言葉に揺れに揺れた。他人の紹介ならまだしも、

イコマはシャナの身内であり、イコマからの紹介というインパクトはかなり大きい。

だが銃士Xは、熟考した上でそれを断った。

 

「嬉しい話ではあるのですが、残念ながらその話は受けかねます」

「いや、軽い気持ちで言ってみただけなんで、嫌な事を無理強いするつもりは無いですよ」

 

 その言葉を聞いた銃士Xは、焦ったように少し感情的なところを見せながら言った。

 

「嫌じゃないです、絶対に嫌じゃないんです、むしろ後ろ髪を引かれまくります」

「そ、そうなんですか?」

「はい、ですが私は、自分の力でシャナ様に認めて頂きたいと考えておりまして、

今は登場の機会を虎視眈々と狙っている所です」

「あは、正直なんですね」

 

 普通なら引いてしまうその言葉に、イコマは苦笑しただけだった。

 

「おいおい銃士X、そこはほれ、もう少しオブラートに包めって」

「そうだよ、イコマ君がびっくりしちまうじゃないかよ」

「否、虚偽はいけない。シャナ様達の前では、私は正直でありたい」

 

 その正邪合わせ持つ正直さを含んだ銃士Xの姿勢に、

二人はある意味感心しつつも少し彼女の事が心配になったようだ。

 

「そ、そうか……まあ程々にな」

「イコマ君、こいつの事を悪く思わないでやってくれよな」

「いやいや、別に自作自演みたいな悪巧みをする訳じゃないですし、

銃士Xさんに助けてもらうかもしれない僕達にとっては、全然悪い話じゃないですから」

「イコマ君は心が広いな……」

「ほれ、イコマ君に感謝するんだぞ」

「イコマさん、ありがとうございます」

 

 銃士Xはそう言いながら、ミニスカートの裾をちょこんと持ち上げ、

見事なカーテシーを見せた。それを見たイコマは感心したように言った。

 

「綺麗な姿勢のカーテシーですね」

「シャナ様に会った時の為に、鏡の前で練習していたので。

他にもまあ色々とシャナ様のお役に立てるように、リアルで修行中です」

「リアルで、ね。本当にシャナさんの事が好きなんですね」

「はい!」

 

 銃士Xは、そこだけは力強く、そして誇らしげな笑顔を見せた。

それを見たイコマは、どうやら銃士Xの為に何かをしてあげたいと思ったようで、

自分から銃士Xにこんな提案をした。

 

「シズカさんやロザリアさん、シノンさんやピトさんの手前、

あまり贔屓するのはどうかと思いますけど、

まあそういった人達とはちょっと好きの意味が違うみたいですし、

そうですね……そういう事なら、今開発中の新装備を使ってみますか?」

「はい、是非」

「即答かよ!」

「内容も聞かないままそんな事を言っちまっていいのか?」

「大丈夫、問題ない」

 

 銃士Xは、イコマに全幅の信頼を置いているようで、キッパリとそう言った。

イコマはその言葉を聞き、ニヤリとしながら言った。

 

「実はシャナさんやシズカさんに頼んだら一発で乗りこなしちゃいそうで、

ちょっと公開するのを躊躇っていたんですよね。

これで一般の方の正確なデータがとれますよ、うふっ、うふふふふふ」

「イコマ君の様子が……」

「マッドサイエンティスト!?でもそういうの、嫌いじゃないぜ!」

「これで私は初めてシャナ様のお役にたてる……」

 

 そう呟いた銃士Xに、イコマは言った。

 

「結構きついかもしれませんけど、それでも構いませんか?」

 

 その言葉に銃士Xは、キッパリとこう答えた。

 

「はい、シャナ様に私の初めてを捧げます」

 

 それを聞いた薄塩たらこと闇風は、困惑した様子で顔を見合わせた。

 

「そ、その表現はどうなんだ!?」

「くっそ、どうしても誤解しちまうぜ……」

 

 そんな二人に、銃士Xは淡々と言った。

 

「大丈夫、誤解はありえない。当然それも含めて発言している」

「ぐふっ……」

「がはっ……」

 

 二人はまるで吐血したように口を押さえ、その場に蹲った。

イコマはそれを困ったように見ていたが、多分ギャグなんだろうなと思ったのか、

特に二人には何も言わず、そのまま銃士Xを連れてレンタル式の射撃練習場へと向かった。

二人は実は、本気で心にダメージを負っていたのだが、興味が勝ったのか、

よろよろと立ち上がった後は、しっかりとした足取りで二人の後を追った。

 

「お~いイコマ君、待ってくれよ~」

「俺達にもその新装備を見せてくれよ!」

「もちろんですよ、一緒に行きましょう」

 

 そして四人は射撃練習場に到着し、イコマはストレージから板のような物を取り出した。

 

「イコマ君、それは?」

「男のロマンですよ」

「おおう、そういうのは大好物だぜ!」

 

 それを聞いた銃士Xは、困った顔でイコマに尋ねた。

 

「それは私にもロマンですか?」

「あっ……えっと、どうでしょう……」

 

 イコマはしまったという顔でそう言った。

それを見た銃士Xは、機転を利かせたのかこう言い直した。

 

「それはシャナ様にとってロマンですか?」

「ええ、それはもちろん」

 

 それを聞いた銃士Xは、笑顔でイコマに言った。

 

「それなら私にとってもロマンです」

 

 それを聞いたイコマは安心した顔で、同じく銃士Xに笑顔を向けた。

 

「それじゃあ銃士Xさん、この上に乗って下さい」

「はい」

 

 そしてイコマは銃士Xの足元に跪き、何かを操作しようとしてふと顔を上げかけ、

銃士Xの膝の辺りに視線がいった所で慌てて目を瞑って立ち上がり、銃士Xに言った。

 

「その前に銃士Xさん、そのスカートはちょっとまずいので、

とりあえずズボンか何かをはいてもらえますか?その……それはシャナさんの前だけで」

「あっ、そうでした、この中身はシャナ様専用でした」

「ぐふっ……」

「げほっ……」

 

 その銃士Xの言葉に、横から再び吐血するような声がした。

そして上下のバランスを考え、装備一式を無難なものに変更した銃士Xは、

じろっと薄塩たらこと闇風を見ながら言った。

 

「二人とも分かった?モテる男とはこういうもの」

「くっ……」

「まったく反論出来ねえ……」

「いや、僕はモテませんけど……」

 

 困ったような顔でそう言ったイコマに、銃士Xは言った。

 

「それはイコマさんが気付いていないだけ、貴方は絶対にモテている」

「まあ、確かに女性に話し掛けられる事はそこそこありますけど、

それがモテていると言っていいのかどうかは……」

 

 実はイコマは普通にモテていた。家柄がいい上に人当たりが良いからである。

ただ本人が鈍い上に、そういった女性達との付き合いよりも、

シャナ達との付き合いを優先させていたせいで、その事にまったく気付いていないのだ。

いずれGGOでの活動が落ち着いた後、イコマはその事実に気付くのだが、

その直後に駒央を楓の婿にロックオンしている清盛に妨害される事となる。

 

「まあそれはさておき、それではスイッチを入れますね。転ばないように注意して下さいよ」

 

 そしてイコマがスイッチを入れると、板から手すりのような物が起き上がり、

その板は銃士Xを乗せたまま浮き上がった。

 

「おおっ……」

「これはまさか……」

「僕はこれを、エアリーボードと名付けました。版権とかの問題もありそうですしね」

「なるほど……しかし折り畳み式の台車みたいな形だな」

「これが一番動かしやすそうな形だったんですよね。移動の操作は手でも足でも出来ますが、

最初は手で操作した方がいいと思います。もっとも足での操作が出来ないと、

乗ったまま銃を撃つ事は出来ないので、足での操作はいずれ必須の技術になるんですけどね」

「分かりました」

 

 そして銃士Xは、恐る恐る手元のレバーを倒した。

その瞬間にエアリーボードは、のろのろと前へ進み出した。

 

「常に一定の高度は保ってくれるので、その辺りは心配しないで下さい。

手すりを仕舞ったままでも操作は出来るので、最終的にはそこを目指しましょう。

もっとも高速移動中は手すりがあった方がいいかもしれませんけどね。

これで登場すれば、必ずシャナさんは驚いてくれるはずですから頑張って下さいね」

「はい、必ず使いこなしてみせます」

 

 そして銃士Xは練習を始め、その後を薄塩たらこと闇風が付いてまわった。

 

「いいなぁ……なぁ銃士X、俺達にも後でちょっとだけ使わせてくれよ」

「イコマ君、これは一つしか無いのかい?」

「はい、残念ながらまだ一つ分の素材しか無いんですよね」

「そっかぁ……残念だな」

「それじゃあ僕はちょっと用事で出てくるんで、三人はしばらく練習してて下さい」

 

 そう言ってイコマは、一時外に出ていった。

三人はわいわいと相談しながら、何とか乗りこなそうと知恵を出し合っていた。

 

 

 

「イコマ、最初はうっかり失言しそうになってたな」

「すみません、ついうっかり『シャナさんのファンなんですよね』

って言い掛けちゃいました。何とか誤魔化しましたけど、ちょっとどもっちゃいましたね」

「俺への紹介は断られたみたいだが、自力で何とかしようと頑張ってくれるなら、

それはそれでその時が楽しみだから問題無いな」

「しかしさすがはミス・パーフェクトですね、

シャナさんへの好意というか尊敬というか、そういった物をひしひしと感じました」

「直接の面識は無いんだがなぁ……第一回BoBがキッカケらしいが、

俺は俺で必死にサトライザーと戦っていただけだからな、

まさかあの戦いを、そんな風に見てくれていた奴がいたとはな」

 

 イコマを外で待ち受けていたのは、何とシャナだった。

イコマが一時外に出た理由は、どうやらシャナと話をする為だったらしい。

実は銃士Xは、既にロザリアによってマークされていた。

あからさまに怪しい行動をしていたのだから当たり前だろう。

そういった者は他にもいたのだが、そのほとんどが敵であった。

そんな中、銃士Xはロザリアの細かいチェック項目全てに合格をし、

調査対象の中では、唯一シャナへの好意度が満点だった為、

シャナ達の間ではミス・パーフェクトと呼ばれていた。

ちなみにこの調査が行われたのはつい最近の事である。

 

「まあ調査通り味方になってくれそうで良かったよな」

「結局さりげない勧誘は断られちゃいましたけど、どうするんですか?」

「それがな、どうやらマックスの俺への感情は恋愛というよりは忠誠心の色合いが強いから、

もし俺達の前に姿を現したら、しっかりと抱きしめるなりなんなりして、

十分にその労をねぎらってやれと、シズカからのお達しだ」

「それは……あの人には凄く効きそうですね」

「そうなのか?俺にはまだピンとこないんだが」

「僕的にもそれには太鼓判を押せますね」

「そ、そうか……」

 

 シャナは少し困った顔でそう言った。いくらシズカの命令とはいえ、

出来レースのようで少し気がひけるのだろう。

それを察したイコマは、笑顔でシャナに言った。

 

「大丈夫です、どんな形であれ、それが彼女にとっては一番のご褒美ですよ」

「それならまあいいんだがな」

 

 どうやら彼女の知らない所で、シャナは彼女の事をマックスと呼ぶ事にしたようだ。

ちなみにその呼び名は、単にマスケティア・イクスの略というだけではないのだが、

この会話からすると、銃士Xは既に幸せをその手に掴んでいたようだ。

その事を彼女が知るのはまだもう少し先、戦争がクライマックスに差し掛かった時になる。

だが彼女がシャナの腕に抱かれるのは、この時の想定とは微妙に別の形になった。

だがその事で彼女のシャナに対する忠誠は、確固たる物になるのである。




次回、いきなり衝撃の事実が!


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第327話 理事長室の恐怖

2018/06/16 句読点や細かい部分を修正


「そういえばシャナさんは、もう彼女のリアルを知ってるんですよね」

「まったくの偶然であって、俺の手柄じゃないけどな」

 

 射撃練習場への戻り際にイコマがそう言い、シャナはそれにそう答えた。

これはまったくの偶然だった。つい先日帰還者用学校に進入しようとした者がおり、

それは強引に学内の生徒を取材しようとしたマスコミの者だったのだが、

その過程で理事長が監視カメラのチェックを指示し、

その犯人とは別に、八幡を熱心に観察する一人の女性の姿が発見されたのだった。

そして警察に通報しようか迷った理事長は、賢明にも先に八幡に相談した。

そしてその女性の顔を見た八幡は、その顔にはどこか見覚えがあった為、

理事長に一時預からせて欲しいと判断を保留させてもらい、

GGOの中でも、ずっとその事について考え続けていた。

 

「シャナ、今ちょっといいですか?」

「おう、大丈夫だぞ、小猫」

 

(いきなり小猫呼ばわりとか、この人はどれだけ私が好きなのかしら、なんてね。

よく考えたら他の人と同じレベルになっただけなのよね)

 

 その呼び方に一瞬固まったロザリアは、内心そう思いつつもシャナに言った。

 

「……誰もいない時はその名前で呼ぶのね」

「嫌なのか?」

「……別に構わないけど」

「そうか、俺も気に入ってるから、それならお互いの合意の上って事で、何も問題はないな」

 

(問題大有りよ!私が恥ずかしいのよ!こうなったら……)

 

 そしてロザリアはシャナにこう言った。

 

「……あんまりそう呼んでると、他のプレイヤーの前でうっかり口走っちゃうかもよ?

もしそうなったら、ちゃんと責任とってよね」

 

(これならどうだ!)

 

「ん?もしそうなったら、お前が小猫っぽいからって事で押し切るから何も問題ない」

 

(くぅ~、確かに多分それで乗り切れちゃうけど!そこは責任とるって言ってよ!)

 

「まあそれならいいけど……」

「ちゃんと責任はとるさ」

 

(ええっ!?)

 

「ちゃんとお前の生活の面倒は見るつもりだから心配するな、それこそ一生な」

 

(生活ね、しかも一生……この人と死ぬまで一緒……)

 

「好きよ……」

 

(しまった、つい本音が……)

 

「あ?お前いきなり何を言ってるんだよ」

「う、うん、ごめんなさい、疲れてるのかしらね」

 

 そしてシャナは、そっと目を伏せながらロザリアに言った。

 

「…………ごめんな」

「えっ?」

「いや、何でもない」

 

(今のは疲れに対して?それとも私の気持ちに応えられない事に対して?

まあどっちでもいいか、私は彼の為に生きるだけ……)

 

 そしてロザリアは、そっとシャナの背中に寄り添いながら言った。

 

「いいのよ、私は今の関係が気に入ってるんだから」

 

(本当はもう少し傍に……)

 

「昔のお前が今のお前を見たらどう思うんだろうな」

「もちろん怒り狂うんじゃないかしらね」

「まあ当然だな、俺はお前を本気でぶちのめしたからな」

「まあ結果的に、あれが愛の鞭になったと思っておくわ」

「実際は本当にむかついただけだったけどな」

「お父っつぁん、それは言わない約束よ」

「いつも苦労をかけてすまないなって、順番が逆になっちまったな。

で、結局用事は何だったんだ?」

「あっ」

 

 その言葉でロザリアは、本来の用件を思い出した。

 

「そうなの、実は鞍馬山の周りをうろうろしているプレイヤーをリスト化したのだけれど、

この人だけ毛色がまったく違って、判断に困ってるのよ」

「どれ…………あれ、こいつは銃士Xじゃないかよ、もしかして敵なのか?」

「ううん、逆よ逆。これが私が先生と一緒に作成した敵味方判断用のチェックリストね」

「……こんな物を作ってたのか」

「まあ一度作れば後が楽だから。で、それに照らし合わせると、銃士Xは満点なの」

 

 その言葉にシャナはきょとんとした後にこう言った。

 

「えっと、満点って事はつまり……」

「分かりやすく言うと、あんたの熱狂的な信者でストーカーって事ね」

「まじかよ……」

「でも、ストーカーと言うにはちょっと気になる事があって」

「ほほう?」

「どうやら彼女、あんたを守ろうとしてるフシがあるのよね」

「どういう事だ?」

 

 その言葉にロザリアは、肩を竦めながらこう言った。

 

「ほら、私達も追手も基本移動は車じゃない。で、彼女は足が無いから、

いつも私達を助ける為に追いかけて来ようと努力はしてるみたいなんだけど、

間に合わなくて果たせない、みたいな?」

「ほほう?」

「拠点を監視してるのもストーカーというよりは、私達の危機にすぐ対応出来るようにって、

備えてるような感じがするのよね」

 

 そのロザリアの意見を聞いたシャナは、腕組みをしながら言った。

 

「なるほどな、いざ戦争になったら人手も足りないし、仲間に引き込むのも悪くないか……

って、あれ?おい小猫、ちょっとこの写真の銃士Xの髪を黒く加工してみてくれないか?」

「別にいいけど何かあるの?」

 

 そしてロザリアは、銃士Xの髪を黒くした写真をプリントアウトしてシャナに見せた。

 

「これでいい?」

「こいつ……うちの学校で俺を観察してた奴だ、間違いないわ」

「えっ、そうなの?」

「しかしな……俺もお前もこことあっちじゃ顔が全然違うし、

銃士Xも普通ならまったく違うと考えるべきだが……」

「あっ」

「どうした小猫」

「うん、あのね」

 

 そしてロザリアは、薄塩たらこと闇風が銃士Xと会話していた事と、

その時にたまたま聞こえた銃士Xの言葉について、シャナに説明した。

 

「『この顔も体も、胸以外は幸い現実世界での私の見た目に酷似している』って、

前後の会話はよく聞こえなかったけど、銃士Xは確かにそう言ってたわ」

「まじかよ、おい小猫、今リアルだとどこにいる?」

「会社だけど……」

「よし、今から迎えにいくから、うちの学校まで同行してくれ。

多分理事長もまだ学校にいるはずだ」

「分かったわ」

 

 そして二人は即座にログアウトし、ソレイユで合流すると、一路学校を目指した。

 

「理事長!先ほどの件でお話が」

「あら八幡君、それに薔薇さんだったかしら、随分早かったのね、何か手がかりでも?」

「はい、重要な手がかりを見付けたかもしれません、

先ほどの写真と、監視カメラの映像を見せてもらっていいですか?」

「ええ、もちろんよ」

 

 そしてその写真と映像を見た二人は、即座にこう断言した。

 

「銃士Xだな」

「銃士Xね」

「ま、ますけ……?」

「こいつのゲーム内でのプレイヤーネームです、理事長」

「あらそうなの、それじゃあこの後の事は八幡君に任せてもいいのかしらね」

「はい、こいつは俺に敵対する事は無さそうなんで、多分まあ、え~っと……」

 

 そこで言い淀んだ八幡の代わりに、薔薇がキッパリと断言した。

 

「理事長、どうやらこの人物は、八幡が好きで好きで仕方がない、

ちょっとヘヴィーな恋する乙女のようです。まあ正確にはもう少し信者寄りみたいですが」

「おい薔薇、そこまでハッキリ言うんじゃねえよ、まだ分からないだろ!」

 

 抗議する八幡を無視し、更に薔薇は続けた。

 

「この人物の特定は、うちのアルゴ部長に任せたいと思います。後はお任せ下さい」

「あら、それは助かるわ」

「はい、直ぐに部長に連絡を取るので、ボスの許可をとる為にも少し表に出ますね」

 

 薔薇はそう言って部屋を出ていき、理事長は残った八幡に言った。

 

「そういう事なら八幡君、頑張ってね、私に手伝える事はあるかしら?」

「あ、いえ、大丈夫ですよ理事長」

 

 そう恐縮する八幡に、理事長は続けて言った。

 

「ふ~ん、そう……それにしても、相変わらず八幡君はモテるのねぇ」

「いや、はぁ……そうなんですかね……って、理事長!?」

 

 そして突然理事長が、ソファーに座る八幡の膝の上に横座りし、八幡の首に両手を回した。

 

「な、ななななな何を……」

「あら、これでもヤキモチを焼いているつもりなのだけれど、

やっぱりこんなおばさんじゃ嫌かしら」

「いや、理事長はいくつになってもお綺麗ですから、二周りも年上だとはとても……

ってくっそ、まったく動けねえ……」

「当たり前じゃない、これでも私はあの二人の母親なのよ。

ちなみにまだ私の方が、陽乃よりも武術の腕はたつのよ」

「まじすか……」

 

 その事実に八幡は驚愕した。そんな八幡の顔を楽しそうに見ながら、

理事長は大胆にも八幡にそのまま抱き付いた。

 

「り、理事長、おふざけが過ぎますよ!」

「だって悔しいじゃない、たまには私も、

あの子達のように貴方に何かしてあげたいのだけれど、

貴方はいつも一人で解決しちゃうし、誰かを威圧したい時に助けてくれ、とか言ったくせに、

そんな機会は一向に訪れやしないし、こうなったらもう、

こうして強引に噂の八幡君成分を補給するしかないじゃない」

「噂って何だよ!?あんたは色気がありすぎるからやばいんだって!」

 

 その言葉を聞いた理事長は、まるで少女のように頬を染めた。

 

「あらやだ、こうなったらあの人には後で詫びるとして、ここで既成事実を……

そしてあの二人に弟か妹を……もしくは双子の白雪姫と黒雪姫を……」

「おいこら、あんたの冗談は冗談に聞こえないんだよ!とにかく離せ!」

「嫌よ、八幡君成分を保つ事が若さの秘訣なのよ」

「何だよそのデマは!いいから離せ!」

「嫌よ、ふふっ、ごろごろ……ごろごろ……」

 

 そう言って猫のように八幡に甘える理事長を見て、八幡は天を仰いだ。

 

「くそっ、高校の時は、噂でめちゃめちゃ怖いって聞いてたけど、

今は普通にかわいいから手に負えねえ……」

「あら嫌だ、昔の私って、そんな噂になるくらい怖かったのかしらね?

そして今は私の事をかわいいと思ってくれているのね。これはもう本当に既成事実を……」

「くそっ、まじで抵抗出来ねえ……これは覚悟を決めるしか……」

 

 そう言って抵抗をやめた八幡を見て、理事長はころころと少女のように笑った。

 

「ふふっ、からかうのはこのくらいにしておきましょうかね、

どうやら沢山褒めてもらえたしね」

「はぁ……二度と勘弁して下さい……」

「そう思うなら、今後は用事が無くてもちょこちょこ私の相手をするのよ」

「くっ……わ、分かりました……」

 

 そして八幡は少し気が抜けたのか、理事長にこう言った。

 

「でもやっぱり母娘なんですね」

「え?」

「さっきの恥らう感じが、あの二人にそっくりでしたよ」

「あらそう?ふふっ、三人の中で誰が一番好みなのかしら?」

「誰の名前を言っても命が危なそうなので、そこは黙秘します」

「もう、こういう時は、嘘でも私の名前を言っておくものよ」

 

 そう言って理事長は、拗ねたように八幡の首筋をペロリと舐めた。

 

「うひゃっ、く、くっそ、まだまだ現役の女してやがって、本当に手に負えねえ……」

 

 その時突然理事長室のドアがノックされ、そのままガチャリと開いた。

 

「お母さん、八幡君が来てるんだって?今丁度薔薇から連絡を受けて、

近くにいたものだから寄って……みた……けど……………………あれ、まさか事後?

それとも今まさに真っ最中?」

「おいこら馬鹿姉、冷静に分析してないで、いいからさっさと助けろ!」

「え~?別に私はお母さんの後でもいいし」

「笑えねえから!」

「はいはい、仕方ないなぁ……せっかく弟か妹が生まれるチャンスだったかもしれないのに」

「お前ら本当にどうしようもなく母娘だな……」

 

 そして陽乃は、八幡から理事長を引き剥がそうと……しなかった。

代わりに陽乃は、八幡の頭の上に胸を乗せ、肩をとんとんと叩き始めた。

 

「ふう、丁度いい胸置きがあって助かったわ、最近どうも肩がこるのよねぇ……」

「おいこら馬鹿姉、よりによって何て事をしやがる……」

「だってここでお母さんにどいてもらったら、八幡君に抵抗されちゃうじゃない。

だったら今のうちに、噂の八幡君成分を補給しないとね」

「あら陽乃、あなたも?」

「ああ、お母さんもそれ目的だったのね」

「その噂、誰が流してんだよ……」

 

 八幡は動く事も出来ず、何もかも諦めたように言った。

この二人をまともに相手にしようとする事が、そもそもの間違いなのだ。

ただでさえ一人じゃ勝てないかもしれない相手なので、それが二人になると、

もう八幡には正直何も打つ手が無いのだった。八幡は最後の手段として神に祈った。

 

(神様、お願いですからそろそろこの二人から解放して下さい……

この二人の色気は本当にやばいんです……)

 

 そんな八幡の祈りが通じたのか、そこに救いの神が現れた。

否、それは救いの神などではなく、恐怖の女王だった。

 

「…………姉さん、母さん、一体何をしているのかしら」




理事長の威圧のくだりは第221話「明日奈の真実」を、
白雪姫と黒雪姫に関しては第219話「同窓会を終えて~雪ノ下家とヴァルハラ」をご参照下さい!


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第328話 安易な冗談は災いの元

2018/06/16 句読点や細かい部分を修正


「…………姉さん、母さん、一体何をしているのかしら」

 

 その声を聞いた瞬間に理事長と陽乃はビクッとし、慌ててその声の主を見た。

そこには雪乃が腕組みをして仁王立ちしており、二人は焦りながら雪乃に言った。

 

「ゆ、雪乃……どうしてここに?」

「今からここに会社の書類を持ってくると、さっき連絡しておいたはずなのだけれど」

「しまったわ、八幡君が来てくれた事で舞い上がって忘れてたわ……」

「それよりも、これは一体どういう状況なのかしら」

 

 その雪乃の迫力に押され、陽乃は慌ててこう言い訳しようとした。

 

「ち、違うの雪乃ちゃん、これはあれよ、ちょっと八幡君とスキンシップというか、

えっとその……ね?分かるでしょ?」

「分からないわ、とりあえず二人とも、言い訳をする前にさっさと彼から離れなさい」

「は、はい……」

「雪乃ちゃんが怖い……」

 

 そして二人が離れた為、やっと拘束状態から解放された八幡は、心から雪乃に感謝した。

 

「や、やっと自由を手に入れた……」

「八幡君大丈夫?何もされなかったのかしら?」

「何もされないとまではいかないが、アウトかセーフかで言ったらギリギリセーフだな、

助かったぞ、雪乃」

「そう、間に合ったのなら本当に良かったわ」

 

 そう言いながら雪乃は、今まさに逃げ出そうとしていた理事長と陽乃を捕まえ、

首根っこを掴んでこちらに引き戻すと、その場に正座させた。

 

「で、これは一体どういう事なのかしら?姉さん、母さん」

「あ、あは……」

「えっと……八幡君成分の補給?」

「……いい大人が何を非科学的な事を言っているの?そんな物存在する訳ないでしょう?」

 

(いいぞいいぞ雪乃!行け行け雪乃!頑張れ頑張れ雪乃!)

 

 八幡は迂闊に声を出して応援する訳にもいかず、心の中で雪乃を応援していた。

そしてその雪乃の言葉に、理事長と陽乃は激しく抵抗した。

 

「八幡君成分は実在するわ!」

 

(馬鹿姉はそれで押すつもりか……)

 

「するわけないでしょう?」

 

(まあとにかく否定して、そのまま説教まで持っていけば問題ないはずだが……)

 

「するの!」

 

(理事長、さすがにそれは無理筋です)

 

「しないわ」

「雪乃、そこまで言うなら無い事を証明してみなさい、出来るの?出来ないわよね?」

「そうよそうよ!」

 

(うお、理事長が逆に煽ってきやがった……何か嫌な予感が……)

 

「悪魔の証明を求めるなんて卑怯だとは思わないのかしら。

あるというなら先ずそちらが証明してみせなさい」

 

(あっ、やべっ、やっぱり雪乃の悪い癖が出やがった)

 

 この場合雪乃は、とにかく攻めて攻めて攻めまくるだけで勝利する事が出来たのだが、

若さ故の過ちと言うべきか、昔からの雪乃の悪い癖なのだが、

正論に拘ったせいでうっかり相手にボールを渡してしまった為に、

相手に付け入る隙を与えてしまう事になった。

この隙を、百戦錬磨のこの二人が見逃すはずもなかった。

 

「しょ、証明なんか別にいいだろ、無いものは無いんだから」

 

 八幡は慌ててそう介入しようとしたのだが、雪乃は首を振って八幡を制した。

 

「非科学的な事を自分達で証明してみせると言うのだから、

好きなだけやらせてみればいいのではないかしら」

 

 その瞬間に理事長と陽乃は視線を交わし、ニヤリとした。

 

(やばい、やばいやばいやばい!)

 

「い、いや、そんな無駄な事をさせなくても……」

 

 こういった事に関しては、雪乃よりも八幡の方が清濁併せ持つ分得意であり、

そんな八幡の危機察知能力が、この瞬間に激しく警鐘を鳴らしていた。

 

(ど、どうする俺、ここで打てる手は…………そうか、逃げの一手!)

 

 八幡は、今自分が自由な身である事を思い出し、即座に部屋から出ていこうとした。

だがそれは一歩遅かった。八幡が逃げようとする気配を察した理事長が、

素早く八幡に抱き付いて、その体を拘束したのだった。

 

「あらあら駄目よ八幡君、もし八幡君がいなくなっちゃったら、

さすがの私達も八幡君成分の存在証明なんか出来ないに決まっているものね」

「く、くっそ、何であんたはそんなに早く動けるんだよ!」

「ふふっ、あまり女の秘密を詮索するものではなくてよ、八幡君」

「は、離せ!」

「いいから黙って証明に協力しなさい」

 

 そして陽乃も先ほどのように八幡の頭の上に胸を乗せ、

八幡は再び同じ体制で拘束される事となった。

 

「何故こうなった……」

 

 だがその八幡のセリフはフェイクだった。

実は八幡は、内心でこれは確実に逃げ出すチャンスがくると確信していた。

何故なら今、陽乃は胸の大きさをアピールしている。ならば必ず雪乃がキレるに違いない、

なのでその機に乗じて二人の隙を突き、そのまま上手く逃げ出せば何も問題は無い。

八幡はそう冷静に考え、期待のこもった目で雪乃を見つめた。

果たして雪乃は、その陽乃の行動を見てイラっとしたような顔をし、

そのまま立ち上がろうと腰を浮かせかけた。

 

(いいぞいいぞ雪乃!行け行け雪乃!頑張れ頑張れ雪乃!)

 

 八幡は再び心の中で雪乃を応援した。だが八幡はここで気付くべきだった。

雪乃の事をよく知る陽乃が、安易にそんな軽率な行動をとるはずがないという事を。

そして陽乃は、雪乃が立ち上がりかけるのを見た瞬間、雪乃にこう声を掛けた。

 

「雪乃ちゃん知ってる?実は八幡君成分には、胸を大きくする効果もあるのよ」

「…………何ですって!?」

「きっ、汚…………うぐっ」

 

 汚ねえ!騙されるなよ雪乃!と叫ぼうとした八幡の口を、理事長がその手で咄嗟に塞いだ。

 

「あら悪い口ね、今何を言おうとしたのかしらね」

「ふははいほ、ははへ!」

 

(汚いぞ、離せ!)

 

「うふふ、私に抱き付かれて幸せだなんて、嬉しい事を言ってくれるじゃない」

 

「ほっはほほふっへへへ!はほふほふひほ!」

 

(そんな事言ってねえ!頼むぞ雪乃!)

 

 だがそんな八幡の期待も空しく、雪乃はゆらりと立ち上がると、

そのままストンと八幡の隣に座った。

 

「ふひほ!?」

 

(雪乃!?)

 

 そして陽乃が、いかにも大事な事を伝えるような口調でで雪乃に言った。

 

「雪乃ちゃん、実は八幡君成分が一番沢山出ているのは、彼の手の平なのよ……」

「ほひひひひ!」

 

(おいいいい!)

 

「手の平……」

 

 そして雪乃はじっと八幡の手を見つめると、そっとその手をとり、

自分の胸へと徐々に近付けていった。

 

「ふひほ、はへほ!へほははへ!」

 

(雪乃、やめろ!目を覚ませ!)

 

 だがこうなった雪乃の耳にはもう、どんな言葉も入らない。

そして八幡の手が雪乃の胸に押し当てられそうになった瞬間、

突然理事長室のドアが誰かノックされ、そのままガチャリと開いた。

八幡は一瞬薔薇が戻ってきたのかと思ったが、そこにいたのは意外にも和人だった。

 

「理事長失礼します、八幡がここにいると聞いて来たんですが!

あれ、雪乃と陽乃さん?一体どうし………えっ?あ…………

ど、どどどどうやらお取り込み中のようなので、し、失礼します!」

「あ」

「あら」

「は、はへはふほ!」

 

(ま、待て和人!)

 

「か、和人君!?あっ……わ、私は一体何を……ち、違……」

 

 そして雪乃はそれで我に返ったのか、呆然とそう呟いた後、慌てて立ち上がった。

 

「ち、違うの和人君、これは誤解なの!」

 

 そう叫んだ後、雪乃は全力で和人を追い、首尾よく和人を捕まえると、

そのまま和人と共に理事長室へと戻ってきた。

理事長と陽乃は、既に八幡から離れて素知らぬ顔でソファーに座っており、

八幡はぜぇぜぇと荒い息を吐きながら、もうこれで安心だと脱力していた。

 

「は、八幡……」

「お、おう和人、まじで助かったわ……」

「一体何があったんだよ」

「それが、全ては八幡君成分とやらのせいでな……」

「あ、あれっ?」

 

 それを聞いた瞬間、和人が何かを思い出したようにそう声を上げた。

 

「何か知ってるのか?和人」

「い、いや、まさかな……」

 

 口ごもる和人の顔を見て、理事長が思い出したようにこう言った。

 

「あ、そういえば、私がその事を聞いたのは和人君からだった気が……」

 

 理事長のその言葉を聞いた瞬間、逃げだそうとした和人の首を、八幡がガッと掴んだ。

 

「くっ……」

「どうした和人、せっかく来たんだから、まあゆっくりしていけよ」

「い、いや、八幡がいるって聞いたから、飯でも一緒に食おうと思って誘いに来たんだが、

ちょっと用事を思い出したから、それはまた次の機会に……」

 

 丁度その時、陽乃も思い出したようにこう言った。

 

「あっ、そういえば私がそれを聞いたのも、ALOで和人君からだった気が……」

 

 それを聞いた和人は、焦ったようにこう言った。

 

「ち、違う、誤解だ八幡!」

「そうか、俺はお前を信じるぞ、和人。とりあえず一体何があったのか説明してみてくれ」

「ああ、実は……」

 

 そして和人が語ったのはこんな内容だった。先日和人は、

里香達が肌の具合について話しているのを聞き、何気なくこんな事を言ったらしい。

 

「そういえば八幡はあんなに忙しそうなのに、いつも肌が綺麗な気がするよな」

 

 更にこんな事も言ったようだ。

 

「理事長とか陽乃さんや雪乃も肌が綺麗だよな、もしかしてあの一家には、

肌を綺麗に保つ独自の技術でもあるのかね」

 

 その言葉に興味を持った里香の依頼で、和人はたまたま理事長と陽乃に会った時、

その事を尋ねてみたらしい。その時にどうやら八幡の肌の話題も出たようだ。

そして和人はその時、冗談めかしてこう付け加えたそうだ。

 

「もしかして八幡から、何か特殊な成分が出てるのかもな」

 

 その話を聞いた八幡は前言をひるがえし、ぷるぷると震えながら和人に言った。

 

「お前のせいかあああああああああ!」

「さ、さっきは俺を信じるって言ってくれたじゃないかよ!」

「信じるも何も、誤解の余地すらなくお前のせいじゃないか!」

「ぐっ…………」

 

 そして理事長と陽乃に加え、和人までもが雪乃と八幡に延々と説教をくらう事となった。

だが八幡はこの日、よほど貞操の危機を覚えたのだろう、それだけでは気が済まず、

後日和人は八幡と、ついでに雪乃に高い食事を奢る事となり、

そのせいで一気に金欠状態に陥った。

 

「はぁ……金が無え」

 

 和人は八幡にバイトを紹介してもらえば良かったのだが、

奢った直後にそんな事を頼むのはさすがの和人も気が引けたようで、

たまたま最初にいきあった菊岡に、いいバイトがないか尋ねてみた。

 

「菊岡さん、多少危険でもいいんで、何かガッツリ稼げるバイトとか無いですかね」

「う~ん、ガッツリではないけど、一応バイトならあるよ、やる?」

「あ、それじゃあそれでいいんでとりあえずお願いします!」

 

 菊岡の紹介してくれたバイトは普通のデータ整理であったが、今の和人には有難かった。

そしてそこそこ手持ちの資金を戻した和人は、菊岡にこう言った。

 

「また何かあったら俺に教えて下さい、本当に何でもいいんで」

「うん、それじゃあまた何かあったらね」

 

 こうしてその流れで、和人は数ヶ月後、菊岡の依頼で多少危険なバイトをする事となった



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第329話 銃士Xの調査書

2018/06/16 句読点や細かい部分を修正


 理事長室での事案発生の数日後、八幡はアルゴと薔薇に呼び出され、ソレイユ本社にいた。

 

「銃士Xのリアルが割れたと聞いたんだが」

「おう、オレっちにかかればこんなのは大した事じゃないんだぞ。

恩にきるんだぞ、ハー坊」

「いつも本当に有難く思ってるよ、天才ハカー」

「ハカーとか言うな。それじゃあ薔薇っち、説明をよろしくナ」

 

 そして薔薇は、八幡に銃士Xのリアルについて説明を始めた。

 

「マスケティア・イクス、本名は間宮クルス、大学生です。

驚いた事に、どうやら雪乃さんとは同級生のようです。もっとも交流は無いみたいですが」

「まじかよ、世間は狭いってのは本当だな……」

「ええ、それじゃあこれを」

 

 そう言って薔薇は、写真と調査書を八幡に手渡した。

 

「見た目がここまでゲーム内とそっくりになるなんて珍しいよな」

「GGOはランダム生成だしね」

「違うのはこの胸だけか……」

 

 そう言って八幡は、チラリと薔薇の胸に視線を走らせた。

薔薇は胸を張りながら八幡に言った。

 

「まあ私の方が大きいけどね」

「態度もな」

「なっ……」

 

 そして調査書を見た八幡は、アルゴにこう尋ねた。

 

「クルスってカタカナの名前なのか?」

「ああ、その通りだゾ」

「なるほど、クルスっていう事は、親がクリスチャンか何かなのかな」

「いや、特にそういう事は無いみたいだナ」

「ふ~ん……まあ銃士XのXは、もしかしたら名前から来てるのかもな」

「それはそうかもしれないナ」

 

 そして八幡はぶつぶつと何か呟いた後、こう言った。

 

「よし、それじゃあ今後は銃士Xの事は、マックスと呼ぶかな」

「マックス?」

「マスケティア・イクスなんて毎回呼んでられないし、

本名もプレイヤーネームも、クルスをXに置き換えれば、両方とも短縮してマックスだしな」

「どう考えても女性名じゃないように思えるけど……」

「まあコードネームだと思えば別にいいだろ、何より言いやすい」

「まあそうかもね」

 

 こうして銃士Xの呼び名は、八幡によってマックスと決められた。

ちなみに後日、八幡にそう呼ばれた銃士Xは、神に名を与えられたと狂喜する事となる。

 

「それからハー坊は驚くかもしれないが、これが部屋を望遠で盗撮した写真だゾ」

「おいおい、犯罪行為は慎めよ」

「それがね、私達も最初はそこまでする気は無かったんだけど、

さすがにあれを見たら、一応報告すべきかなって思っちゃってね……」

「一体何が写ってるんだ……」

 

 そして八幡はその写真を受け取り、それを見た瞬間に仰天した。

 

「な、な、な…………」

 

 そこには部屋の目立つ所にシャナと八幡の大きく引き伸ばされた写真が、

一枚ずつ貼られている様子が写し出されていた。

 

「おいおい、これはさすがにどうなんだよ」

「それが困った事にね、調査の結果、彼女自身に異常性はまったく認められないのよ」

「そうなのか……」

 

 八幡は、困った顔でそう言った。

 

「ええ、異常性という訳ではないのだけれど、特殊な行動と言えるのは、

朝晩のお祈りくらいかしらね」

「お祈り?」

 

 その意外な言葉に八幡は驚いた。

 

「お祈りって……どういう事だ?」

「それが彼女、毎日欠かさず朝晩あんたの写真にお祈りを捧げるのよ。

それはもう何ていうか、凄く真摯な感じの祈りをね」

「なるほど、それじゃあこの写真は単なる信仰の賜物?って事か」

「そうなの、あんたの写真を見てデレデレするとかハァハァするとかは一切無いのよね」

 

 その言葉に違和感を覚えた八幡は、何となく薔薇にこんな冗談を言った。

 

「なるほど、それじゃあお前とは全然違うんだな。

お前は毎日俺の写真を見てデレデレしたりハァハァしたりしてるからな」

「なっ……」

 

 そして薔薇は、直後にうっかりこう言ってしまった。

 

「何でその事を……」

 

 それを聞いた瞬間、八幡はとても驚いた顔で薔薇の方を見た。

その八幡の態度で、薔薇は先ほどの八幡の発言が冗談だったのだと気付かされた。

そして薔薇はウィンクしながら人差し指を立て、左右に振りながらこう言った。

 

「なんてねっ、きゃはっ☆」

 

 そんな薔薇を、八幡はまるで可哀想なものを見るような目でじっと見つめていた。

 

「…………」

「…………」

「えっと……」

「とりあえず言っておくが、お前にはそういうのは似合わないからやめておけ」

「そ、そんなの分かってるわよ!」

「まったく、冗談はその胸だけにしておけよな」

「こ、この胸は天然ものよ!冗談でも何でも無いわよ!」

「ああはいはい、分かった分かった」

「くっ……適当な……」

 

 そして八幡は、思い出したようにこう付け加えた。

 

「そうか、そういえばクリスマスの時、お前は俺の写真を大量に入手していたんだったな」

「ええそうよ、それをただ有効活用しているだけですが何か?」

「いや、まあ俺に何も迷惑を掛けないならそれでいい、好きにしろ」

「ちょ、ちょっとは困ったような顔をしてくれてもいいじゃない!」

 

 そんな薔薇に、八幡は苦笑しながら言った。

 

「他ならぬお前の頼みだから、そういう顔をしてやってもいいんだが、

とりあえずさっきからアルゴがニヤニヤしながらお前の事を見てるからな?」

「うっ……」

「やっぱハー坊がいる時の薔薇ちゃんは面白いナ」

 

 アルゴはニヤニヤしながらそう言い、薔薇は羞恥にもだえ、八幡をポカポカと叩いた。

 

「さて、少し脱線しちまったが、とりあえず話を元に戻すぞ」

「そ、そうね」

「他に何か問題点は無いのか?」

「もちろん心の中でこいつが、

ハー坊好き好きちゅっちゅと考えている可能性は否定出来ないぞ。

ただそれにしても、強力に自己を律する事が出来る奴なんだと思うゾ」

 

 その言葉に八幡は、少し考えた後にこう言った。

 

「なぁ、そういう奴って結局適度にガス抜きしてやらないと爆発するんじゃないのか?

その……こいつみたいに」

 

 そう言って八幡は、親指で薔薇を指し示した。

 

「わ、私は別に……」

「まあ多かれ少なかれ、女ってのは誰でもそういう部分があるんだゾ」

「そうだよなぁ……あの理事長や姉さんでさえそうなんだしな……」

 

 八幡は先日の出来事を思い出しながら言った。

 

「まあそういう事だナ」

「…………実はお前もなのか?」

「オレっちか?オレっちはまぁ、実は男だからナ」

 

 その衝撃の告白に、さすがの八幡も完全に固まった。

それを見たアルゴは苦笑しながらこう言った。

 

「冗談だっつの。なんならここで全裸になるカ?」

 

 八幡は先ほどのアルゴの言葉によほど驚いていたのだろう、思わずその言葉に頷いた。

 

「た、頼む」

「お?お?マジでカ?」

 

 アルゴは面白そうにそう言うと、いきなり制服のボタンを外し始めた。

それでやっと八幡は我に返り、慌ててアルゴを止めた。

 

「うわああああ、ストップ、ストップだアルゴ、その必要はまったく無い!」

「ちぇっ、何だよハー坊、気を持たせやがっテ」

「お前がおかしな事を言うからだろ!」

 

 八幡はそう抗議し、それに対しアルゴは言った。

 

「まああれだ、ハー坊はオレっちがいないと困るだろ?

情報面に関しては、全面的にこのアルゴ様に依存しちゃってるだロ?」

「そうだな、それは否定出来ないな……」

「オレっちはそういう所で優越感を感じているから、特に爆発するような事は無いんだゾ」

「そ、そうか……それくらいでいいならいくらでも優越感を感じてくれ」

「まあたまにオレっちを、二人きりの豪華な食事に誘ったりしてくれれば確実だナ」

「…………善処するわ、まあお前を労うって事なら明日奈も反対はしないだろうしな」

「たまにはアーちゃんと三人ででもいいからナ」

 

 アルゴはそう言ってニッコリと微笑んだ。

 

「で、他にこいつに問題点は無いのか?」

「特に無いな、学校での評判もいいし成績優秀だし、

あ、そうそう、多分こいつはうちに入社するつもりだと思うゾ」

「まじかよ」

「それだけは日頃から公言しているそうだ、私は必ずソレイユに入社して、

社長のお役にたちたいってな。周りの皆はその社長ってのが、

ボスの事だと思っているようだがナ」

 

 八幡はそう言われ、しばらく押し黙った後に言った。

 

「………………俺か」

「だろうな、どうする?ハー坊」

「基本的には採用していい人材だと思うが、そうなるとやっぱり俺の秘書だよな……

おい小猫、こいつを上手く制御出来る自信はあるか?」

「まあ問題無いのではないかしらね、要するに大人しいピトみたいなものだし」

 

 薔薇もどうやらピトフーイの相手をする事で鍛えられたのか、

自信ありげな態度でそう言った。

 

「よし、それじゃあ俺の秘書はお前が筆頭で、そこに南とマックスで決まりだな。

情報はアルゴ、開発は和人、経営は雪乃、渉外は明日奈にお任せだ。

ついでに受付嬢はアルゴが採用した折本だな、

まあいずれそこに、結衣と優美子も入ってくるかもしれないが」

「しれっと身内の就職先を指定しやがったナ……」

「まあ冗談だよ冗談、一部はな」

 

 そして八幡は、次にこう言った。

 

「その為にも、今のうちにGGO内でマックスを取り込んでおくか。

最終的にはあいつもヴァルハラに所属させる」

 

 こうして銃士Xの意思とは関係ない所で、八幡により、彼女の希望通りの決定がされた。

この決定が彼女にとって幸せかどうなのか、もちろんそれは当然幸せなのである。

そして話がまとまった後、八幡は少し疲れたのかソファーもたれかかり、目を瞑った。

それを見たアルゴと薔薇は顔を見合わせると、交代で八幡の肩を揉み始めた。

 

「おっ、すまないな二人とも」

「なぁ、ハー坊も最近ちょっと疲れてるんじゃないのカ?」

「そうだな、このところ色々な事があったしな」

「なんなら今から仮眠室で、オレっちと薔薇ちゃんと一緒に同衾するカ?」

「それは心惹かれる有難い申し出だが、まだそこまで疲れてないから大丈夫だ」

「あんたがそんな事を言うなんて珍しいわね」

「女心をくすぐるじゃねーか。ハー坊もやっと、

否定だけじゃなくそういう事が言えるようになったんだナ」

「まあ俺の立場だと、さすがに綺麗ごとばかりってのもな」

 

 そう言って八幡は苦笑し、そんな八幡を、アルゴは背後からそっと抱き締めた。

 

「オレっち達も、長い付き合いになったナ」

「そうだな」

「せっかくボスが居場所を作ってくれたんだ、その期待に応えられるように頑張ろうゼ」

「おう、これからも俺に力を貸してくれよな、アルゴ、小猫」

「もちろんだゾ」

「当然ね」

 

 そしてその後、八幡はGGOに仲間を集め、銃士Xの事について一緒に話し合った。

その結果、イコマからエアリーボードについての情報が開示され、

エアリーボードを銃士Xの足として提供する事が決定され、

そのままイコマが銃士Xの勧誘係に指名されたのだが、

結果は先日の結果通り、本人の意思で一時見送りという形になった。

そしてその席上で、最後に八幡はこんな事を言った。

 

「こっちの戦力もそれなりに形になったし、後日敵に大々的に宣戦を布告する」

 

 こうして八幡は、姿の見えない敵を一気に叩くべく、そう決断を下した。



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第330話 GGOをプレイする皆さんへ

2018/06/16 句読点や細かい部分を修正


 その日、シャナに対抗する者達は、街中にある大きなホールに集まっていた。

この日はそのほとんどの者が集まっており、その人数は実に千人を超える。

よくもまあここまで集まったものだと、参加者達は感嘆した。

もっとも実は、何も知らないままここに連れてこられた者がほとんどで、

実際にシャナと敵対する意思を固めていた者は、この中の半数程だった。

 

「なぁ、これ何の集まりなんだ?凄え人数だよな」

「お前知らないで参加してたのかよ、これはシャナの暴虐を糾弾する奴らの集まりだぞ」

「えっ、まじかよ!?俺どっちかっていうとシャナのファンなんだけど……」

「俺だってそうだよ、でもスコードロンの上の連中には逆らえないからよ……」

 

 これはそういった者達を中心に噂を広めてきた、ステルベンとノワールのせいだった。

百人の集団がいれば、そのうち五十一人を占める勢力の意見が優位を占める。

そしてその中で意見が対立した時は次の二十六人、そしてまた次、その次、

といった感じで、最後に残るその何人かを中心に、二人は噂を広めていた。

その結果、実際に現在これだけの人数が動員されるに至っている。

二人が既に手を引いたにも関わらず、だ。

さすがそういった悪巧みが専門な二人だけの事はあるようだ。

ちなみに主催者はいない。この日の集まりは、主だったスコードロンのリーダーが、

何となく話さねばと思った事を話し合おうと集合をかけた結果、

どんどん人が集まってしまったというだけの事なのであった。

ちなみにそのせいで、まともに会議に参加しているのは全体の数パーセントで、

他の者達はひそひそと雑談しているだけだった。

 

「さて、それでは一番の脅威である、シャナの持つ重武装型ハンヴィーへの対策だが……」

 

 一応司会のようなものをやっているプレイヤーが、そう議題を読み上げた。

やはりブラックの脅威が、この者達にとっては一番大きいのだろう。

 

「こっちも同程度の武装を揃えるしかないんじゃないか?」

「あの防御用の素材が手に入らないんだよな、あれはやばすぎだろ」

「今思えば、あのクリスマスイベントの素材独占が大きかったよな。

さすがシャナの先見の明は凄いよな……」

「そもそもあれを加工出来る職人なんざ、イコマ以外には居やしねえよ」

「一体どこにいたんだよ、あんな神職人……」

 

 一応イコマに触発されて職人プレイを始めた者も何人かいるようなのだが、

素材入手の大変さと、元々余計なステータスが上がってしまっている事が多いせいもあり、

イコマのように一から育てない限り、一定以上のレベルに達する者は出てこないようだった。

 

「そもそもバスで出撃って、平地以外に逃げ込まれたらそれ以上こっちは進めないから、

狙い撃ちされて簡単に全滅させられるだけだろ」

「それもあるし、超遠距離から運転手を狙撃されてももうどうしようもないっつーか……」

「とにかくマニュアル車を運転出来る奴を公募して、一台の車に乗る人間を少なくした上で、

多くの車を動員し、別に護衛でロケット砲とかを積んだ車を用意するしかないんじゃねーの」

「まあそれしか無いよな……」

 

 そしてブラック対策についてはそのように決定されたが、

そもそも運転手の数がまったく足りてない事については無視された。

どうも公募すれば何人かは集まるだろうという楽観論が大勢を占めているようで、

ゲーム内で車を運転するのに免許などは必要ないという発想は出ないようだ。

もしここにシャナがいれば、ゲーム内で練習しろと冷たく言い放った事だろう。

次に問題とされたのは、ロザリア誘拐事件の時のシャナの謎攻撃についてだった。

 

「次に、例の誘拐事件の時に誘拐犯達が殲滅された攻撃についてだが」

「あの黒い光を放つ光学銃か?一体何なんだよあれは。

光学武器に対する防御フィールドも全て無効化されたんだろ?」

「分からん……」

 

 上位レシピを参照出来るレベルの、高位の職人がいないせいで、

どうやらシャナのアハトXの正体が分かる者はいないようだ。

結果、アハトXは黒い光を放つ謎の光学銃と認識されていた。

 

「とりあえずそれについては保留にしないか?何かを見落としている可能性もあるだろうし」

 

 この意見に誰も反対せず、アハトXに対しては棚上げされた。

 

「ついでに確認しておきたいんだが、もうああいうのは絶対に禁止って事でいいんだよな?」

「ああいうのって、誘拐の事か?」

「ああ」

「そもそも誰が言い出したんだよあんな事」

「ロザリアって奴に拷問まがいの事をしたんだろ?正直最低だな」

「でも犯人が誰なのかよく分からないんだよな……」

 

 困った事に、あの日参加していた者達には、護衛の者を含めて皆アリバイがあるのだった。

これは単独行動をしていた者がいなかった事に由来する。

だが誘拐事件に関わった事は間違いなく、参加した者達は肩身の狭い思いをしており、

今も参加者達から白い目で見られていた。

そしてその白い目をしている者達の中に、ゼクシード達三人もいた。

 

「本当にあいつら最低……女を何だと思ってるんだろうね」

「そうだな、さすがに話を聞くだけで虫唾が走るよな」

「ですよね、ゼクシードさん」

 

 どうやらゼクシードは、そういった方面に関しては当たり前の常識を備えているようだ。

そしてゼクシードはその事については考えたくないのか、

一つ前の話題について二人にこう尋ねた。

 

「それにしても足の問題は俺達にとっても課題だよな……なあユッコ、ハルカ、

お前達はマニュアル車の運転とか出来ないよな?」

「無理ですね」

「ゲームでなら経験はあるんですけどね、免許はさすがに持ってないですね」

「まあそうだよな、ゲーム、ゲームな……」

 

 そう呟いた後、ゼクシードはハッとした顔でハルカに尋ねた。

 

「ちょっと待て、今何て言った?」

「免許は持ってないって事ですか?」

「いや、その前だ」

「ゲームならマニュアル車を運転した事はあるんですよね、

もっとも上手く操作出来ませんでしたけどね」

「それだ!」

 

 ゼクシードはどうやら、ハルカの言葉でその事に気付いたようだ。

この辺りはさすがと言えよう。

 

「そもそもここはゲームの中なんだ、別に免許なんか無くても、

最低限車を動かせれば別に何の問題も無くないか?」

「あっ……」

「そ、そういえば!」

「そもそもシャナの仲間は全員がハンヴィーを運転出来るみたいじゃないか。

それって不自然極まりないと思ってたが、そういう事かよ……」

「ですね、さすがはシャナさん……そういうとこ抜け目無いなぁ」

 

 ユッコはそうシャナを褒め、ゼクシード自身もそう感じていたのか、

その事について何か言う事は無かった。そしてハルカがゼクシードに言った。

 

「どうしましょうゼクシードさん、その事を提案してみます?」

「そうだな……とりあえず後にしよう。もし今提案しちまったら、

俺達が練習する為の車が全部他の奴に借りられちまって、

レンタル屋に無くなっちまうかもしれないからな」

「確かに……」

「まあ練習の達成度を見ながら適当に報告すればいいだろ」

「ですね」

 

 そしてその時、突然外から何人かのプレイヤーがホールに駆け込んできた。

 

「おい、大変だ!」

「シャナが、シャナが……」

 

 そしてそのプレイヤー達は口々にこう言った。

 

「どこでもいいから街頭モニターを見てみてくれよ!」

「シャナの野郎が何か言いたい事があるみたいで、

モニターの中から集まれって呼びかけてるんだよ」

「まじかよ」

「おい皆、行くぞ!」

 

 そしてその場にいたプレイヤー達は外に飛び出し、モニター前へと向かった。

 

「おいユッコ、ハルカ、俺達も行ってみようぜ」

「はい!」

「シャナさんは何を言うんでしょうね」

「何だろうな、まあとにかく今の流れに一石を投じるつもりだろうな」

 

 

 

 その前日の事である。八幡と陽乃とアルゴ、それに薔薇とめぐりはソレイユ本社に集まり、

GGOを運営しているザスカー社の担当の者と、

テレビ電話で直接対話をする為に連絡をとっていた。ちなみにめぐりは通訳係である。

 

「それじゃ先輩、先方と繋がったら通訳をお願いしますね」

 

 そう言った八幡に、めぐりは控えめに抗議した。

 

「もぉ、今の私はいずれ八幡君の部下になるんだから、

今から別の呼び方に慣れておいた方がいいと思うよ。さすがに先輩って呼び方はちょっとね」

「確かに正論ね」

 

 陽乃にまでそう言われた八幡は、諦めたようにめぐりの事をこう呼んだ。

 

「そ、そうですか、それじゃあめぐり……さん」

 

 そう呼ばれためぐりは、違和感を感じたのか再び八幡に抗議した。

 

「さん付けもちょっとなぁ……そもそも社長が部下にさん付けっておかしいよね?

ちなみに他の人の事は何て呼んでるの?ハルさ……ハル社長は?」

「姉さんですね」

「ふふん、羨ましいでしょ?めぐり」

「うぅ……姉ポジションいいなぁ……まあいいか、アルゴ部長は?」

「アルゴ」

「薔薇さんは?」

「小…………薔薇」

「今何て言いかけたのかすごく気になるけど、まあいいや、

それじゃあめぐりかめぐり君、もしくはめぐりんでもいいかなぁ」

 

 そう言われた八幡は、慣れないが仕方ないかと思い、めぐりと呼ぶ事にした。

 

「分かりました、それじゃあめぐり」

「ん」

「で…………って、んんっ?」

 

 八幡がめぐりまで口に出した瞬間、めぐりは即座に「ん」と付け加えた。

そしてめぐりはとても嬉しそうにこう言った。

 

「そっかぁめぐりんを選んだかぁ、嬉しいな嬉しいな」

「やるわねめぐり」

「な、なんて力技を……しかしかわいいから文句も言えん……そして癒される……」

「それじゃあ今後はめぐりんって呼んでね」

 

 八幡は、俺に選択の余地はそもそも無かったのかと思い、それを認めた。

 

「はぁ、仕方ない……他人がいない時だけですからね。他の時はめぐりで」

「うん!どっちにしても私大勝利だから問題無いよ!」

 

 その時アルゴが、八幡にザスカー社の人間とアポがとれた事を伝えてきた。

 

「オーケーだぞ、十分後に通話開始だ」

「お、ありがとなアルゴ、それじゃあ今のうちに打ち合わせといくか」

 

 そして八幡は、一同に今回の目的について説明した。

そして十分が経ち、ザスカー社の担当と話した八幡の目的は、あっさりと達成された。

 

「それは面白そうだ、ただ準備に少し時間をもらうがいいか?だそうです」

「アルゴ、例の物を」

「あいヨ」

 

 そして八幡の指示で、アルゴはあるプログラムを先方に提示した。

 

「ほう、これは凄いな、ちょっとプログラム担当の者を呼ぶから待っててくれ、だそうです」

 

 そしてプログラム担当のそのアメリカ人は、感心した顔で何か言った。

 

「いい部下をお持ちですね、これがあれば明日からでも開始出来るよ、とのことです」

「オーケーだ、それじゃあその線で話をまとめて下さい。

あと放映権料に関しては、こっちが三、相手が七でと伝えて下さい」

「五対五でもいいと思うが、いいのかい?だそうです」

「今後のお互いの友好の為にも、それでいいと伝えて下さい」

「了解した、ご好意に感謝する。是非そのうち直接お会いして、

いずれ業務提携出来ればいいですね、との事です」

「そうですか……姉さん、そのうちアメリカに行って、正式に提携してみますか?」

「そうね、せっかくだしそうしましょうか。めぐり、とりあえず今後の提携について、

前向きに相談したいと伝えて頂戴。そしていずれ私達がそちらにお伺いしますともね」

「はい…………伝えました、その時を楽しみにしている、だそうです」

「こちらも楽しみにしています」

 

 

 

 そしてモニターの中のシャナは、

開口一番にモニターを見ている多数のGGOのプレイヤー達にこう言った。

 

「画面の前のGGOをプレイする皆さんへ。今から皆さんには戦争をやってもらいます」

 

 こうしてこの日、唐突にGGOの多くのプレイヤーを巻き込んだ戦争が始まった。



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第331話 反撃のシャナ

2018/06/16 句読点や細かい部分を修正


「なっ……」

「戦争?どういう事だよ……」

「まじかよ、俺シャナと戦うの嫌なんだけど……」

 

 そしてシャナが、今回の戦争のルールについて説明を開始した。

 

「さて、ここからは普通に話させてもらう。

今回俺は、戦争を始めるにあたってザスカーの担当者に連絡をとった。

そして作ってもらったのがこれだ」

 

 ちなみにそれはアルゴが用意した物であるが、

どうやらシャナは、ザスカーに作ってもらった事にしたらしい。

それはシンプルな白い旗と赤い旗だった。

 

「さて、俺の名前は何だ?シャナだ。そう、遮那王のシャナだ。

つまりこれは源氏の白旗と平家の赤旗をイメージして作られている。要するにそういう事だ」

 

 そしてシャナがコンソールを操作した瞬間、GGO全体にアナウンスが流れた。

 

『ただいまから臨時イベント、GGO源平合戦が開始されます』

 

「おいおいまじかよ、シャナの奴運営を動かしやがった……」

「というか噂が本当だったら、

シャナはとっくにハラスメントで処分されてるんじゃないのか?」

「くそっ、何がなんだかさっぱりだ」

「確実に言えるのは、俺達は人数だけは多いが、別に正義でも何でもないってこった!」

 

 そして再びシャナが話し始めた。

 

「さて、皆にはこれからこの街の東と西に走ってもらう事になる。

もっともイベントに参加する気がない奴は、そのまま無視してもらって結構だ。

ちなみに今回のイベントはスコードロン専用なので、個人で参加したい奴は、

臨時のスコードロンでも組んで参加してくれ。

さて、今この街の東には源氏の白旗、西には平家の赤旗が用意されている。

俺が嫌いな奴は遠慮なく平家の旗を取ってくれ。ちなみに旗をとったら、

旗持ちプレイヤーは毎日必ず一度以上戦闘をしないと失格になるからな。

ちなみに今日は戦闘をしなくてもセーフだ」

「おい、どうするよ……」

「スコードロンで会議の召集だ、ちょっと行ってくるわ」

「うちは中立だし、ルール次第かな」

 

 そんなプレイヤーを横目に、一部のプレイヤー達が、

戦争だ戦争だと叫びながら西へと走り出した。気の早い事である。

 

「各スコードロンで一人、その旗を持つ係を決めてもらう。

そのプレイヤーの頭の上に、白か赤どちらかの旗が自動で表示される。

そいつが死んだらそのスコードロンは敗北だ、もう戦争への参加を継続する事は出来ない。

頑張って旗持ちプレイヤーを守ってくれ。ちなみに旗持ちプレイヤーが戦場にいない場合、

そのスコードロンは他のスコードロンのプレイヤーに攻撃する事は出来ない。

だが攻撃はされるから、その点は注意してくれ。

旗を持たないプレイヤーも、一度死んだらそこで失格になるからな。

イベントに参加していないプレイヤーは、イベント期間中は、

イベント参加中のプレイヤーには一切手出し出来ないから注意してくれ」

 

 このシャナの説明で、要はシャナは関係なく、

スコードロン単位で戦うだけのイベントだと、プレイヤー達はそう考えた。

だが次の説明で、その考えは完全に否定された。

 

「期間は一週間、最初の六日はフィールド戦だ。そして最後の一日は拠点攻略戦だ。

俺が旧首都の砦に立てこもるので、それを攻略してもらう事になる。

もちろん俺の味方には、最終日に一緒に砦に篭ってもらう事になるんだけどな。

ちなみに敵スコードロンの旗持ちを倒す度に、そのスコードロンの旗に星が一つ追加される。

最後まで生き残ったスコードロンには、その星の数に応じてボーナスが支払われる。

そして俺の旗にかけられた星の数は、通常の百倍に設定させてもらった。

我こそはと思うスコードロンの奴らは、俺に挑んでこい。

そいつには、GGOでの最強プレイヤーの称号が与えられるかもしれないな、

特にお前だ、なんちゃってBoB優勝者って言われるのはもう嫌だよな、なぁ?ゼクシード」

 

 そのシャナの言葉にゼクシードは顔を真っ赤にして答えた。

 

「いいだろう、その挑発に乗ってやるぜ、後でほえ面かくなよ」

 

 ちなみに群集はゼクシードにはあまり興味が無いらしく、

もしかしたらゲット出来るかもしれない百倍の報酬に興味を抱いていた。 

 

「まじかよ、いくらになるかは分からないが、星一つで千円とかケチな事は言わないよな?」

「シャナがああ言ってるんだ、心置きなく敵対させてもらおうぜ」

 

 この最後のシャナの言葉で、現在のお互いの戦力比は百倍にまで膨れ上がった。

 

「さて、主なルールはそのくらいだ。細かいルールは旗に書いてあるから、

後は各自でそれを見ておいてくれ。残り期限はあと一時間、

今は午後八時なので九時まで待つ。九時になった瞬間に開戦だ。

今ログインしていない友人達にも、その間にこの事を伝えてくれ。

もっとも外部の主だった動画サイトでも、この映像は流れているがな」

 

 そしてシャナの映像はそこで途切れた。と思った直後にまたシャナがモニターに現れた。

 

「一つ言い忘れていた、この戦争の模様は、

各自の持つ旗によって映像として記録されている。録画機能付きの旗とか優れ物だよな。

それを毎日ソレイユの運営するサイトにて公開する予定だ。

イベントに参加しない者達も、それを見て楽しんでくれ」

 

「ソレイユ?今ソレイユって言ったか?」

「シャナのバックはソレイユなのか?」

「それじゃあ資金的なバックアップもあるだろうし、

本当に賞金の額がとんでもない事になるんじゃないのか?」

 

 そして今度こそシャナはモニターから姿を消し、

代わりにそのモニターには、現在の白軍と赤軍の参加スコードロン数が表示された。

現在の参加数は白軍が一、赤軍が百二十である。白軍の一はシャナ達である為、

今のところは全てのスコードロンがシャナ達の敵に回った事を意味する。

 

「どっちに付くか決断しないといけないとは言ってもな……」

「そんなの赤に決まってるだろ、どう考えても数が違いすぎるぜ」

「この数相手ならシャナが負けても仕方ないって事で、シャナの名声も別に下がらないしな」

「むしろこれはシャナからの俺達へのボーナスと言うべきなんじゃないのか?」

 

 そういった意見が大勢を占め、源氏軍の勢力はずっと一のまま、

平家軍の勢力だけがどんどん増加していった。

 

「こうも思惑通りにいくと、逆に心配になっちまうな、

あいつらは自分の頭で考えるって事が出来ないのか?」

「まあいいんじゃないか?ちゃんと選択の自由は与えた訳だし、

その結果どうなろうとあいつらの自己責任だ。問答無用で敵に認定した訳でもないしな」

 

 薄塩たらこはそう主張し、闇風もそれに頷いた。

 

「そうそう、どちらに付こうとあいつらの好きにさせればいいさ、

例えその結果、どんな情けない目に合おうともな」

 

 そしてまもなく九時になろうかというタイミングでシャナが言った。

「そろそろ時間だな、戦力比はどのくらいになった?」

「八対二百十一だな」

「俺達、たらこ、闇風、ダイン、エヴァを除いたら三組か、

誰だか分かったら世界樹要塞へご招待だ。もちろんピンチになっていたら助ける」

 

 そして九時になり、公式のアナウンスが全プレイヤーに届くよう、高らかと宣言された。

 

『これよりイベントが開始されます、これよりイベントが開始されます』

 

 その告知を聞いた全プレイヤーは雄たけびを上げた。

だがその直後にとんでもない展開が待っていた。

 

「よぉお前ら、このところ随分好き放題やってくれたよな、まったく参ったよ」

 

 再びシャナの姿がモニターに現れそう言った。

 

「自業自得だろうが!」

「何だよ、命乞いか?」

「女の敵め!首を洗って待っていやがれ、必ず倒してやるからな!」

 

 その声は当然シャナには届いていないが、イベントのせいで皆高揚しているせいか、

群集の大多数はそんな感じだった。噂を信じていなかった者達ですら、

その場のノリで似たような事を言っていた。これが群衆心理なのだろう。

そしてシャナは、問いかけるような口調で話を続けた。

 

「さて、そんなお前らに、親切のつもりで一部情報を開示してやる事にした。

あまりに秘密主義だとまたおかしな噂が流れるかもしれないからな。

信じるか信じないかは好きにしろ。現在俺の仲間は全部で九人。

俺、シズカ、ベンケイ、シノン、ピトフーイ、ニャンゴロー、イコマ、エム、ロザリアだ。

それじゃあ自己紹介を頼む」

「はぁ?」

「自己紹介?何の為に?」

「まあ聞いてみようぜ」

 

 そして八人は自己紹介を始めた。

 

「シズカです、シャナのリアル同級生です」

「ベンケイです、シャナのリアル妹です」

「シノンよ、シャナの狙撃の弟子になるのかしらね」

「ピトフーイよ、シャナを頑張って探し出して、押しかけ下僕になったわ」

「ニャンゴローだ、シャナのリアル元同級生だな」

「イコマです、シャナさんのリアル友人ですね」

「エムだ、俺はどちらかというとピトフーイの友人だな」

「ロザリアです、シャナは学生だけど仕事もしているので、私はそのリアル部下です」

 

 その言葉を聞いた群衆はぽかんとし、口々に騒ぎ始めた。

 

「おい、これって……」

「八人中五人がただのリアル仲間じゃねえかよ……」

「純粋にゲームからの仲間っぽいのはエムを除けばシノンとピトフーイだけじゃねえか」

「無責任な噂を流した奴は誰だよ!あと噂に乗っかった馬鹿は出てこい!」

 

 そして再びシャナが画面に現れた。

 

「リアルの友人関係だけ見れば男女比は一対二、イコマ、シズカ、ニャンゴローだ。

お前らに三人友人がいたとして、それくらいの比率は珍しいのか?

まあ珍しいんだろうな、だからお前らは俺に色々言ってきたんだろうしな。

ちなみにシノンとピトフーイだが、シノンはスナイパー候補だったし、

ピトフーイは第一回BoBの映像を見て個人的に俺を追いかけていただけだからな、

お前らの誰かがスナイパーとして俺の前に現れていたら、

シノンの場所に立っていたのはお前らの誰かかもしれないし、

お前らの誰かが俺に会おうと頑張って努力していたら、

ピトフーイの位置に立っていたのはやっぱりお前らの誰かだったかもしれないな。

で、俺がこいつらを脅して従わせているんだったか?本当に面白い事を言う奴がいたもんだ」

 

 その言葉はあえて煽り気味に放たれた為、多くのプレイヤー達は熱くなり、

口々に画面に向かって罵声を浴びせ始めた。

 

「それが本当かどうかなんて分からないじゃないかよ!」

「そうだそうだ!」

「証明出来るもんならやってみろよ!」

「えっと、こういう事を言うのは趣味じゃないんだけどね」

 

 そしてシズカが画面の中に現れ、こう言った。

当然場が熱くなっているのを予想してである。

 

「無責任な噂に乗っかった人達は、今周りにいる女性プレイヤー達が、

自分達の事をどんな目で見ているか自覚した方がいいんじゃないかな?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、当事者である男性プレイヤー達の視線が、

周りの女性プレイヤー達に一斉に注がれた。

その女性達の全てが、そんな男性プレイヤー達を嫌悪のこもった目で見つめており、

その瞬間に熱狂が覚めたそのプレイヤー達は、自分達のしでかした事の意味を悟った。

そしてそこにピトフーイが追い討ちをかけた。

 

「お前らは私の友達のロザリアちゃんに、拷問まがいの事までしてくれたわよねぇ?

もちろん反対した人もいるだろうけど、事実は事実だからね。

その時たまたまいなかった奴も同罪だし、

シャナが怒ってこんなイベントを企画するのも当然だよね」

「あの噂は本当だったのか……」

「最悪……」

「正直限度を超えてるよね」

 

 当事者達はそれに何も言い返せず、その場で縮こまった。

そしてその中の一人が、何かに気付いたようにこう言った。

 

「お、おい……今確か、こんなイベントって言ったよな……?」

「何かあるのか……?」

 

 その囁きはどんどん広がっていき、群集はどういう事なのかとシャナの言葉を待った。

そしてそんな現状を読んでいたのか、再びシャナが現れた。

 

「さて、そろそろ気付いた奴もいるかもしれないが、

今回のイベントは俺からのお前らに対する意趣返しだ。

巻き込まれた一般のプレイヤーには悪いと思うが、まあリスクも何も無いのは確かだから、

のんびりとイベントを楽しんでくれ。いつでもリタイア出来るしな。

さて、俺の事が嫌いで仕方ない馬鹿ども、あえてそういう言い方をさせてもらうが、

馬鹿どもに一つ聞く。お前らは今の自分の立場を分かっているのか?

お前らは、俺がどこにいるのか分かっているのか?

毎日一度でも戦闘に参加しなければ、失格になるって分かってるか?

戦力比は八対二百十一だぞ?そもそもお前ら、源氏軍を見付けられるのか?」

 

 その言葉を聞いた平家軍の者達は、その言葉で始めて状況を把握した。

 

「八対二百十一……しかも相手はおそらく車による機動力を確保してるよな……」

「そもそも敵はどこにいるんだよ!

下手をすると、何も出来なくて終わっちまうだけじゃないのか?」

「やられた……いくら何でも戦力が偏りすぎだろ……」

 

 絶望に駆られたプレイヤー達は、どうするのがベストなのか判断出来なかった。

その心の隙を突くように、シャナは次にこう囁いた。

 

「まあリスクも何も無いとはいえ、このままじゃお前らも感情的に納得しないよな。

そこでお前らに一つ朗報だ、よく画面を見てくれ。

この映像は、今俺の旗から見える映像を特別に流してもらっている物だからな」

 

 その言葉を聞き、画面に見入った者達は口々にこう叫んだ。

 

「おいあれ、『この木なんの木』なんじゃないか?」

「そうだよ間違いない、でもあそこって遠いんだよな……

「ともかくあの辺りに行けば、確実に敵が存在するって事か」

 

 そしてシャナはこう言葉を続けた。

 

「どうだ、何か見えるだろ?俺達はしばらくはここを本拠地にし、

ここから各方面に出撃する事にする。俺の知らない三組の源氏軍の戦士は、

可能ならここまで来てくれ。そうなったら俺が必ず保護すると約束する。

もちろん秘密裏に連絡してきてくれてもいい。たまには街にも戻るつもりだからな」

「あの付近に拠点に出来るような施設なんかあったか?」

「シャナがそう言うからには、何かしらあるんだろうよ」

「最後に平家軍の戦士達よ、いい物を見せてやろう」

 

 そして映像がぐるっと周り、前方に二台のジープの姿が現れた。

その二台のジープの上には、平家の赤旗がひらめいていた。

 

「目端のきく何人かが、街から俺達をずっと追いかけてきてたんだよな。

なので開戦ののろし代わりに、今からあいつらと交戦する。

おい馬鹿ども、自分達がこれから誰を相手にする事になったのか、

その濁った目でしっかりとこの戦いの結果を見ておけよ」

 

 そう言ってシャナはM82を取り出すと、まともに狙いもつけず、

いきなり先頭のジープ目掛けて銃弾を発射した。

その瞬間にジープのフロントガラスに穴が開き、運転手が眉間を撃ち抜かれ、

そのジープは砂埃をあげてその場で回転した。

 

「何だよそれ……」

「まともに狙ってるようには見えなかったぞ」

 

 そしてその直後に、後続のジープから銃弾の雨がブラックに降り注いだが、

ブラックの装甲はそれを全て弾き返し、逆にブラックから、

最初に停止したジープに銃弾の雨が降り注ぎ、中に乗っていた者達はあっさりと全滅した。

 

「何だよあれ……」

「おかしいだろ……」

 

 直後に百八十度回頭したブラックは、もう一台のジープの後ろに張り付き、

そのままワイヤーランチャーを射出した。そのワイヤーは残りのジープの後部に刺さり、

ブラックが急ブレーキを掛けると、ジープはそのパワーに負け、まったく進めなくなった。

 

「まじか」

「どれだけパワーがあるんだよ、あのハンヴィー……」

「あれはかなり改造されてるな」

 

 そしてそのままだと狙い撃ちされるとでも思ったのか、

ジープの中から三人のプレイヤーが飛び出してきた。

観戦していた者達は、中にいようが外に出ようがどちらにしろ撃たれるだろうと思い、

固唾を飲んでどうなるか見守っていたのだが、

案に相違してブラックからの銃撃はまったく無かった。

その代わりにシャナがジープの中から飛び出し、

まっしぐらにその三人の方へと走り出した。

 

「うわ、まさかの接近戦?」

「確かにシャナといえば接近戦だけどよ」

「シャナはどうするつもりだ?あれじゃ狙い撃ちされるだけだろ?」

 

 その言葉通り、三人は慌てて銃を構え、シャナ目掛けて発砲しようとした。

その瞬間にシャナの持つ何かから、黒い散弾のような光線が発射され、

周囲にすさまじい砂埃が舞い上がった。

 

「うわ、何だ今の?」

「光学散弾銃か?それにしちゃ何かおかしかったが」

「太い棒みたいなのを持ってなかったか?」

「まさか新兵器か?」

 

 そして砂埃が晴れた後、そこには一人のプレイヤーの姿しか無く、

そのプレイヤーは腕を失っており、何の武器も持ってはいなかった。

そしてシャナが画面に向かってその手に持つ武器を指し示した。

それは黒い刃を持つ光剣であり、観客達はそれを見てどよめいた。

 

「おい、あれって……」

「黒い刃の光剣?あのネタ武器の?」

「いやいやまさか、あれは本当にただの光る棒だぞ?」

 

 そして当事者間でも、こんな会話が繰り広げられていた。

 

「何だよそれ……」

「次はお前の首を刎ねるぞ、備えておけよ」

 

 次の瞬間シャナが刃を振るい、そのプレイヤーの首を刎ねるのを見て、

観客達は一様に言葉を失った。

 

「何だよあれ……」

「もしかして光剣とは別の何かなのか?」

「あれだ!俺達はこの前あれにやられたんだ!」

「おい、誰かあれについて知ってる奴はいるか?」

 

 だがその問いに答えられる者は誰もおらず、辺りは静寂に包まれていた。

そして画面の中のシャナはARを仕舞い、モニターに向かってこう言った。

 

「ちなみに今の奴らは、うちのロザリアが拷問された時に参加してた奴らだったから、

この手で直接殺す事にした。もう分かったと思うが、

一度でもそういう集まりに参加した事のある奴は、既にこちらのリストに載っている。

お前らは安易にリタイア出来ると思うなよ?もしそれが確認されたら、

こちらはそのリストを公開する準備がしてあるからな。

恨むなら自分の愚かさを恨め、お前らは皆殺しだ、絶対に逃がさん。

さっきも言ったが今日はカウントの上ではゼロ日目と判断されるそうだ。

だから今日は戦闘をしなくても失格にはならないらしいぞ。

安心して明日までにどうするか作戦を練ってきてくれよ。

最後に字幕付きで、ザスカーの担当者の言葉をお前達に伝える。それじゃあまた明日な」

 

 そしてシャナの姿が画面から消え、代わりにシンプルな字幕と音声が再生された。

そこにはこう書いてあった。

 

『このイベントを不公平だと思うプレイヤーもいるでしょうが、

全員に平等にチャンスは与えているはずですので、それは全て貴方達の選択の結果です。

せめて正々堂々とイベントを楽しんで下さい。

ちなみに道義的には、我々はあなた方を絶対に支持しません。

今回のイベントは、そういう我々の感情が反映されたものだとお考え下さい』

 

 これはソレイユとの提携を視野に入れたザスカー首脳陣の、

ある意味リップサービスの部分が大きかったのだが、

その文字を見た反シャナ派のプレイヤー達は顔を真っ青にした。

自分達の行為が、公式に運営に否定された事になるからだ。

イコールそれは、シャナが無実だという事の証明にもなった。

ルール違反では無いので特に処罰とかは無いのだが、

シャナがそのリストを公開した瞬間に彼らは叩かれる立場になり、彼らの命運は尽きるのだ。

こうして彼らの逃げ場は失われ、もう後が無い彼らは、せめてシャナに一矢報いようと、

決死の覚悟で『この木なんの木』に向かい、バタバタとシャナに倒されていく事となる。



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第332話 一つ目のスコードロン

2018/06/16 句読点や細かい部分を修正


「シャナ、随分派手にやったもんだな。もしかしてキレてたか?」

「別にキレちゃいないさ、まあ喋ってるうちに、

ほんの少しイライラが我慢出来なくなりそうにもなったが、基本的には作戦の一環だ」

「まあ確かに当分はモグラ叩きをするだけだけどな」

 

 現在世界樹要塞の二階ホールには、既に源氏軍のメンバーが大集合していた。

ちなみにレンタル屋にあったハンヴィーは、事前に全てシャナが独占レンタルしていた。

その数総勢十台、もっとも事前にシャナが、

ザスカーに乗用車のレンタル枠を増やすように頼んでいた為、車不足になる事は無いだろう。

ただそれは、機動性に欠ける非戦闘用の車両ばかりなのである。

そして事前に源氏軍への参加を決めていた、薄塩たらこ、闇風、ダイン、エヴァの、

四つのスコードロンのメンバーは、事前にこの場所の事を知らされており、

シャナが別にバスを何台かチャーターしていた為、白旗を取った後直ぐに、

イベント開始時に間に合うようにここに案内されていたのであった。

 

「しかし主催者特権使いまくりだなおい」

「といってもここに事前に人を集めたくらいだけどな。

相手には俺の側に付くチャンスは与えたし、この要塞もブラックも輝光剣も、

全て自前で手に入れたものだからな。敵対者のリストもそうだ、

俺はイベントの開催を依頼しただけで、実は何も優遇されたりはしていない」

「言われてみれば確かにそうだよな……シャナってやっぱり凄いよな」

「あえて優遇された事をあげるなら、演説する機会を与えてもらったくらいだな」

「当初の目論見通りに、敵の数を可能な限り増やすいい演説でしたね、シャナ様」

 

 その会話に、横からそう声を掛けてくる者がいた。

 

「師匠、ありがとうございます」

「どうぞ私の事は、セバスとお呼び下さい」

「あ、え~っと……セ、セバス」

 

 そのセバスと名乗るプレイヤーは、当然都築だった。

シャナは都築にセバスを名乗らせる気はまったく無く、もはやネタと化している名前を、

尊敬する都築に名乗らせる事に弟子として抵抗感を感じていた。

都築にGGOにインしてもらい、色々教えを受けるのは予定通りだったとはいえ、

名前がこうなったのには理由がある。

 

 

 

「理事長、言われた通り遊びに来ました」

「えっ?……あら、あらあらあら、八幡君!よく来てくれたわね!」

 

 あんな事があった直後にも関わらず、

その日八幡は、何食わぬ顔で理事長室を訪れていた。

しばらく八幡は来てくれないだろうなと少し落胆していた理事長は、

良い意味で期待を裏切られ、満面の笑みで八幡を迎え入れた。

 

「さあさあ座って頂戴、今お茶を入れるわね。あらやだどうしましょう、

まさか八幡君がこんなに早く来てくれるなんて思ってなかったから、

今日は簡単なお化粧しかしてこなかったのよね」

「いやいや、理事長はいつもお綺麗ですよ」

「まあ!まあまあどうしましょう、こんな事ならもっと色っぽい格好を……」

「いやいや、理事長は何を着ていても似合いますから」

 

 もちろん八幡がここまで友好的なのには理由がある。

それは当然都築をGGOに招聘する為の下準備であった。だが相手はあの理事長である。

もし一度目でその話をしたら、それが目的だったのねと絶対に拗ねられる。

なので八幡は、この日は高校時代の思い出話に花を咲かせる事にし、

理事長もそれを楽しく聞いていた。そして次の日の昼、八幡は再び理事長室を訪れた。

 

「まあ!まさか二日続けて来てくれるなんて、

これは今日は家に帰れないと連絡しておくべきかしら……」

「すみません、今日はちょっとゲームで外せない用事がありまして……

行かないと雪乃に怒られるんですよね……」

「あらそれは大変ね、雪乃ちゃんは怒らせると怖いから……」

「まったく誰に似たんですかね、噂に聞いた、俺が高校時代の理事長ですかね?」

 

 八幡は苦笑しながらそう言い、理事長は拗ねたような顔をした。

 

「だって仕方ないじゃない、あの頃の私は、

陽乃と雪乃の人生のレールを引く事に躍起になっていたんだもの」

「もう今はそれはやめたんですね」

「当然よ、もうあの子達は、私がレールを引かずとも勝手にどんどん高みに上っていくわ」

「まあ今の理事長は、一緒にいても変に緊張しなくて済むので助かります」

 

 その言葉を聞いた理事長は、嬉しそうに八幡の隣に座り、

遠慮がちに少しだけ八幡に体重を預けた。時々暴走はするが、

それも含めて今の理事長の事は嫌いではなく、

むしろ好ましく思っている八幡は、黙ってそれを受け入れた。

陽乃と雪乃に不満は無いとはいえ、息子がいない理事長が、

代わりに八幡の事を息子のように思っているのを知っていたせいもある。

そして八幡は、今日はALOやGGOの話を理事長に語って聞かせた。

 

「……という訳で、ゲームなのに現実での訓練とかが必要だったりして、

色々師匠に教えてもらえて助かりました」

「そう、都築の技術がこんな事で役にたつなんてね。

平和な日本だとまったく必要の無い技術だものね」

「で、最近やっとGGOでも仲間が増えてきて、

そのメンバーにも色々教えないといけないので大変ですよ」

「あら、それなら都築を貸してあげましょうか?」

 

(おお、理事長自ら……)

 

「いいんですか?」

「ええ、でも条件があるわ」

「何ですか?」

「都築のゲーム内での名前を、セバスにする事よ」

「えっ?」

 

(まじかよ、まさかそうくるとは……)

 

「実は昔、都築とそんな会話をした事があるのよ。

雑談中に都築が、やはり執事といえばセバスですよねって言い出してね、

一時は本気で改名しようとしていたみたいで、驚かされたのよ」

 

(何やってんすか師匠…………)

 

「なのでゲームの中でくらい、セバスって呼んであげて欲しいなと思ったのよ」

「そ、そうですか……分かりました、それでお願いします」

 

 背に腹はかえられず、八幡はその条件で都築を招聘する事にしたのだった。

 

 

 

「セ、セバス、俺の事もシャナと呼び捨てにしてもらえると助かるんですが」

「執事が主人を呼び捨てに?ありえませんな。

せっかくこの名を名乗る機会を手に入れたのです、

ここはより執事らしく振舞わねばならないでしょう」

「師匠、ノリノリっすね……」

「セバスです、シャナ様」

「あ、はい……」

 

 

 

 セバスは早い段階から、あっさりとGGOに馴染んでいた。

仲間達はセバスに鍛えられ、一通り必要だと思われる事を学ぶ事が出来、

それで八幡は、これでもう何の憂いも無いと思い、

イベントの開催をザスカーに打診したというのが今回の件の始まりだった。

その時八幡は、セバスにイベントに参加するか尋ねてみたのだが、

セバスの答えはこうだった。

 

「私が参加するのは、大人が子供の喧嘩に介入するようなものですからね、

今回は遠慮しておきたいと思います」

「まあそうですよね、分かりました」

「ところでシャナ様、臨時で組むスコードロンの名前なんですが、

九郎判官の九郎を一文字変えて『九狼』になさってみてはいかがですか?」

「なるほど、確かに遮那王とは関連の深い呼び名ですが、何か理由が?」

「今のシャナ様の仲間は全部で九人じゃないですか、

九郎をもじって九狼、選ばれた九人の狼、この数字の一致は、

これぞまさに天命と呼ぶべきものだとは思いませんか?

まあそれもあって、私は今回の参加を見送る事にしたというのもあるのですよ」

 

 そのセバスの説明を聞いたシャナは、確かにその通りだと思い、

臨時のスコードロンの名前を九狼として登録した。

その名前はこの戦争において、敵対するプレイヤー達にとっては恐怖の象徴となる。

 

 

 

「さて、今回は思惑通りに事が進みましたね」

「はい、何とか達成する事が出来ました」

「こんな要塞を持ち、機動力もこちらが抑えているのです。

この要塞のキャパシティを考えると、このくらいの戦力比が理想的です。

後は何をすればいいか分かっていますね?」

「移動の足の問題があるうちに、街とこことの距離を生かして徹底的に各個撃破ですね」

「街に仲間を潜ませておくのも忘れてはいけませんよ」

「はい、情報収集は綿密にですね」

 

 ちなみにセバスはスコードロンに名前を登録していない為、

今回は一切戦う事は出来ない。だがこうして知恵を貸す事は別に何の問題も無い。

そう考えたシャナは、友好スコードロンの中の希望者を鍛えてもらう為にも、

セバスに要塞にいてもらう事にしたのだった。

その時街に潜んでいるロザリアから連絡があった。

 

「どうやら今日は、敵は右往左往するばかりでそちらに向かう者はいないようです」

「さっき派手に倒した映像が効いたみたいだな」

「そして先ほど味方からコンタクトがありました」

「お、どこのスコードロンだったんだ?」

「G女連でした」

「予想はしてたがやっぱりあそこか……

ちょっと仲間達と街からの脱出作戦について相談するから、

G女連の連中を鞍馬山で保護しておいてくれ」

「分かりました」

 

 そしてシャナはホールに仲間達を集め、その事を伝えた。

ちなみに今ここにいるのは、シャナ達九人の他は、ダイン達が十二名、闇風達が六名、

薄塩たらこ達が十名、エヴァ達が六名の、セバスを含めて総勢四十四名であった。

 

「皆聞いてくれ、不明だった残り三つの源氏軍のスコードロンのうち、

一つの名前が先ほど判明した、G女連だ」

「まじかよ、あそこがこっちに付くって事は、

もうGGOの数少ない女性プレイヤーのほとんどが、

全て源氏軍所属って事になるんじゃないか?」

「まあそれも仕方ないんじゃね?さすがに表立ってシャナの擁護はしてなかったけど、

反シャナ連合の事は明らかに嫌ってるみたいだったからな」

 

 以前シズカがゼクシードを相手に舞った時、ハルカの質問を受けて、

シャナについて熱く語った女性が話していた女性だけのコミュニティ、

それがG女連、『GGO女性連合』である。

 

「だが一つ問題があってな」

「何だ?」

「あいつらをここに招くと、次の拠点防衛イベントが開始されちまう」

「何だそれ?」

「実はな」

 

 そしてシャナはフローリアと共に、

イベントの事を知らないメンバーにイベントの内容を説明した。

今ここにいるのは四十四名、前回のイベント発生時で二十二名、

訓練の為にシャナ達はここを二回訪れているので、のべ二十名、合計すると八十六名となり、

先ほど殲滅した敵の人数が八名くらいだった事を考えると、

確実にG女連の来訪で次のイベント開始の条件である百名に届く事になる。

 

「まじかよ、そんなのが存在してたのか……」

「ああ、本来なら明日発生させて、モブを敵の挟み撃ちに利用するつもりだったんだが、

早くあいつらを保護しないといけないからな。そんな訳で可能なら今夜発生させて、

戦利品や報酬を皆にゲットしてもらいたいと思うんだがどうだろうか」

「いいんじゃないか?敵が攻めてくるのは明日以降っぽいんだろ?」

「今日ならG女連の連中も脱出しやすいだろうしな」

 

 他にも口々に賛同の声があがり、シャナはその意見を受けて本日中の決行を決めた。

 

「G女連のメンバーは全部で十五人、ハンヴィー三台で迎えにいく。

運転手は俺とシズカと先生、シノンだけは狙撃準備をして俺のハンヴィーに同乗してくれ。

他の者はモブ相手の戦闘準備を頼む、敵は千体だ」

 

 シャナは保険の為にシノンを同乗させる事にし、そして慌しく準備が開始された。

ロザリア経由で先方にもその事が伝えられ、承諾が得られた為、

ブラックとホワイトとニャン号は、街に向けて出発した。




まあ俺が王道の仲間を出す訳が無いですよね……銃士Xちゃんは間違いなく入ってますけどね!


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第333話 計画に組み込む

2018/06/16 句読点や細かい部分を修正


「おや?シャナ坊やじゃないかい。わざわざあんたに足を運んでもらえるなんて恐縮だね」

「その呼び方はやめてくださいよ、おっかさん」

 

 ちなみにおっかさんというのは通称ではなくプレイヤーネームである。

G女連のリーダーおっかさん、女性プレイヤー達を豪腕で纏め上げている女傑である。

 

「迎えに来てもらって助かったよ、さすがに五十キロもの距離を歩くのは骨だったからねぇ」

「歩くつもりだったんですか……」

 

 シャナは呆れた顔でそう言った。

 

「だって押しかけ助っ人が迎えを頼むなんて恥ずかしいじゃないかい」

「確実に敵の襲撃を受けますし、今回は俺が言い出した事なんで気にしないで下さいよ。

さあ、こっちの二台には六人ずつで、こっちの重武装の方には三人乗って下さい」

 

 そのシャナの言葉におっかさんは頷き、続けてこう言った。

 

「シャナ坊やはどの車を運転するんだい?」

「俺はこの重武装のハンヴィーですね、通称ブラックです」

「なるほど、という事は二人か……」

「ん?さっきも言いましたが、ブラックには三人乗ってもらうつもりなんですが」

「一人は私だろ?」

「ああ、そういう事ですか」

「おっかさん、ずるいです!」

「ふふん、リーダーの特権ってのはこういう時に使うもんなんだよ」

 

 そしておっかさんは、メンバー達に大声で言った。

 

「聞いたかいあんた達、分かったらさっさと勝負しな!枠は二つだよ!」

「…………へ?」

 

 そしてシャナがぽかんとする中、メンバー達はやる気まんまんの目でシャナを見た。

そしてその中の誰かがこう言った。

 

「さあさあ時間が無いわ、確率は七分の一、みんな恨みっこ無しのジャンケン勝負よ!」

 

 そして十四人によるジャンケンが行われ、とはいえその人数だと、

どう考えてもあいこの連続になってしまう為、実際は二手に分かれて行われたのだが、

シャナと同乗出来る二人の強運の持ち主が選出された。

 

「これはまた……やっぱりあんたは何か持ってるんだね」

 

 おっかさんがそう呟く中、その二人の女性は対照的な仕草をみせた。

 

「ミサキと申します、宜しくお願いしますわ、シャナ様」

「イヴです、宜しくね、シャナ様」

 

 ミサキは優雅に、そしてイヴはシャナに興味深げな視線を送りながらそう挨拶した。

そしてそのミサキと名乗る女性がいきなりスッとシャナに近寄り、その耳元でこう囁いた。

 

「私の名前と同じ名前の店を銀座で経営しております、

いつかその時が来たら、是非うちにいらして下さいね、シャナ様」

 

 そして負けじとイヴも、シャナの耳元でこう囁いた。

 

「シャナ様、ハッカーの手が必要なら私をいつかスカウトしてね」

 

 そう聞いたシャナは、いぶかしげにおっかさんの顔を見た。

おっかさんは豪快に笑いながらシャナに言った。

 

「うちはあくまで一般女性の集まりだけどね、その二人はちょっと毛色が違うのさ。

しかし二人がいきなりその事をバラすとはねぇ、さすがの私も予想外だったよ」

「私はこれでも、人を見る目はあるつもりですのよ」

 

 ミサキがそう言い、おっかさんはシャナにこう言った。

 

「この子の店は、どうやら政財界の人間が多く集まるみたいでね、

まだ学生かそこらに見えるあんたには早いかもしれないけど、

まあいつか一旗上げる時に必要になったら行ってみるといいさ」

 

 そしてイヴもおっかさんにこう言った。

 

「私はシャナ様の各種データから推測して、この人ならと思っただけ」

「ふむ、その根拠になるデータはどんなデータだい?」

「それはいつか雇ってもらったら開示してもいいよ。

つまりここからは、シャナ様の人を見る目が頼りという事になるね!

まあ起業しないならそれはそれで、仲良く友達として傍に置いてくれれば嬉しいかな」

 

 シャナはいつか使えるかもしれないと思い、その二人の事をしっかり脳内に記録した。

そして出来ればイヴは、直ぐにでもスカウトしようと考えた。

そんなシャナに、ロザリアが声を掛けた。

 

「シャナ、そろそろ敵が動くと思われます、お早めに」

「おお、もうそんな時間か、それじゃあおっかさん、ピクニックに出掛けるとしますか」

「目的地は『この木なんの木』なんだよね?あの辺りに要塞でも作ったのかい?」

 

 おっかさんは、明らかに冗談と分かる口調でそう言った。

そしてシャナは、おっかさんにこう答えた。

 

「作ったんじゃなくあったんですよ、それじゃあ行きましょう」

「おいシャナ坊や、それはどういう……」

「さあ、時間が無いですから乗って乗って」

 

 そして三台のハンヴィーは車庫を飛び出し、そのまま荒野を走り出した。

そして街でそれを見送ったロザリアから通信が入った。

 

「シャナ、今慌てて沢山の車がそちらを追いかけていったわ、百人以上ね」

「お、噂を広めた甲斐があったな」

 

 シャナは自らがG女連を迎えにいくと事前に噂を広めておいた。

どうやらシャナは、拠点要塞イベントを利用して敵を挟み撃ちにする計画も、

この脱出計画に組み込んだようだ。

 

「後は任せろ、お前はそのまま車庫に戻って監視を続けてくれ。

くれぐれも敵の襲撃には警戒してな」

「もう、心配性ね。その心配は無いって分かっているでしょう?

大丈夫よ、外に出る時はキャラを変えるから」

 

 実はロザリアは、このイベントの為に新規にキャラを作っていた。

偵察を行う為にはその方が都合がいいからだ。ちなみに名前はコピーキャットと言う。

九狼には所属させていない為に、直接戦争には参加出来ないが、

この場合は情報を伝えるだけなので何の問題も無い。セバスと同じ立場である。

 

「それじゃあ何かあったらまた報告してくれ」

「ええ、またね」

 

 そしてシャナは通信を切ると、横に乗っているシノンに声を掛けた。

 

「シノン、どうやら敵が罠にかかったぞ、このまま全力で飛ばせば簡単に敵は振り切れるが、

あくまで要塞に敵を引き込むのが目的だからな、

こっちが焦っているように見せる為、適度に速度を落として追走させる。

くれぐれも敵に当てないようにけん制だけ頼む」

「何台か倒してしまうのは駄目なの?」

「ああ、そうしたら残りの奴らが撤退しちまうかもしれないからな、

ギリギリの所まで敵を引き付け、そのまま全滅させる」

「そういう事ね、分かったわ」

 

 その会話を聞いていたおっかさんは、感心した顔でシャナに言った。

 

「シャナ坊や、私達を囮にして敵の数を減らすつもりなんだね」

「正確には俺を囮にして、ですけどね」

「シャナ様、後方に車の砂塵が見えますわ」

「お、ありがとなミサキさん。よし、出番だシノン」

「了解」

 

 そしてシノンは上手に左右に弾を散らし、敵の乗る車ギリギリの場所を狙撃した。

 

「このまま外してばかりいると、変な癖がついちゃいそう」

「なんならサイドミラーでも狙ってみたらどうだ?

敵が継走能力さえ失わなければいいんだしな」

「そうね、そうしましょうか」

 

 そして直後にシノンがあっさりとサイドミラーを撃ち抜いた。

 

「おやおやシノン、どうやらあんた、たまにうちに顔を出していた時とは別人だね」

「あの時は何も聞かずに私を置いてくれてありがとう、おっかさん。

最近まったく顔を出さなくてごめんなさい」

「別にシノンはうちの正式メンバーって訳じゃないんだから、気にしなくてもいいさ。

どうやらいい出会いがあったみたいだね、私も嬉しいよ、シノン」

「そうよシノンちゃん、逆に羨ましいくらいよ」

「私も早く自分の居場所を見付けたいなぁ」

 

 おっかさんに加えてミサキとイヴもそう言い、

シノンは助手席のシートで恥ずかしそうに身を縮ませた。

 

「ところでシャナ坊や、さっきの要塞の話に関連してだけど、

事前にロザリアから、着いたらモブ相手の戦闘準備をしておくように言われたけど、

あれは一体どういう事なんだい?まあちゃんと準備はしておいたけどね」

「もうすぐ分かりますよ、さあ、そろそろ目的地が見えてきましたよ」

「……相変わらず日本人の郷愁を誘う木だねぇ」

「私あれを見るのは初めてだ、本当に大きいね」

 

 おっかさんとイヴはそんな感想を漏らしたが、ミサキは少し毛色が違っていた。

 

「本当ね、凄く……大きいわ……」

 

 丁度その瞬間、シャナはチラリとバックミラーを見たのだが、

その中に映るミサキがペロリと舌なめずりをしていた為、

シャナはもし会う機会があったら、絶対に食われないように警戒せねばと心に誓った。

そして遠くに口を開ける世界樹要塞を見て、三人はあんぐりと口を開いた。

 

「シャナ坊や、何だい?あの入り口は。あんなのがあるなんて聞いた事は無いよ」

「あれって人工物だったんだ……」

「そう……これからあの大きいのが中に入るのね」

「ミサキさん、その言い方はおかしいから!」

 

 シャナはさすがに看過出来なかったのか、そう突っ込んだ。

それを聞いたおっかさんがすまなそうに言った。

 

「ごめんよシャナ坊や、この子は気に入った男の前だとこうなっちゃうみたいなんだよね」

「もっともそんないい男は、最近まったく見かけなくなっちゃいましたけどね」

 

 ミサキはそうため息をつき、期待のこもった目でシャナをじっと見つめた。

 

「俺は別に、その期待に応えたくはないんですが……」

「ふふっ、それを決めるのは私よ」

 

 シャナはその言葉を無視し、正確にはその余裕が無かっただけなのだが、

シノンの方に向き直った。

 

「シャナ、多分そろそろよ」

「オーケーだシノン。シズカ、先生、もっとスピードを落として敵を引き付けてくれ」

「「了解」」

 

 シャナはそう通信を行い、前方を走る二台は徐々にスピードを落とした。

後方との距離が詰まった為、そちらから弾が飛んできたが、

それらは全て三台の厚い装甲に阻まれた。

 

「うわっ、さすがにおっかないね」

「大丈夫ですよおっかさん、あんな豆鉄砲じゃ、この車の装甲は撃ち抜けませんから」

 

 そして三台がある一定のラインを超えた瞬間に、

辺り一帯にフローリアの声でアナウンスが響き渡った。

 

『警告、世界樹要塞に敵の集団が迫っています。

カウントダウン開始、敵は千八百秒後に到達予定』

 

「前回フローリアが言ってた通りだな、今回は拠点に入った人数じゃなく、

一定範囲に入ったプレイヤーが対象だな。どうやら時間は半分になったようだが」

「そうじゃないと、要塞が誰かの所有物になった瞬間に、

今までの累積でイベントが発生しちゃうかもしれないものね」

「前回でカウントがリセットされたんだろうな」

「さて、今回は数が数だ、全方向から敵が来るかもしれないから警戒を密にな」

「追いかけてきたプレイヤー達はどうする?」

「もうこの要塞の周囲は敵に囲まれているだろうし、このまま放っておいてもいいんだが、

せっかくだからうちの要塞をあいつらに紹介させてもらうとするか。

どうせ何もしなくても話は直ぐに相手に伝わっちまうだろうしな」

 

 そしてシャナは要塞の近くで窓から何かを落とし、そのまま他の二台と共に要塞に入った。

追って来た車は警戒したのか一定以上は近付いてこず、要塞の周りをぐるぐると回っていた。

そして要塞から、シャナの声が響き渡った。

 

「平家軍の諸君、先ほど俺が落としたのはただの拡声器だ。

俺を信用してくれるなら、少し話がしたいからその拡声器を拾ってくれ、

その者にはこちらから攻撃はしない」

 

 その言葉を信用したのか、追っ手の中から代表らしき者が姿を現し、

その拡声器を拾ってこちらに話し掛けてきた。

 

『拾ったぞ、これでいいか?シャナ』

「おう、ペイルライダーじゃないか」

 

 シャナは、これはいきなり大物が罠にかかったと内心でほくそ笑んだ。

 

『話がしたいと言ったな、ここは何だ?そしてさっきのアナウンスは何だ?』

「ここは世界樹要塞という、世界にいくつかある要塞のうちの一つらしいぞ。

最初に見付けた者に所有権がいくらしくてな、

それがどういう意味かは言わなくても分かるよな?」

 

 ペイルライダーは、その説明に声を振るわせながらこう言った。

 

『まさか……この木が要塞だと?そしてお前がその持ち主だと?』

「そういう事だ、こっちは数が少ないんでな、使える物は存分に活用させてもらう」

『き、汚ねえぞ!』

「お前が最初にこれに気付いてたら、この要塞はお前の支配下に入ってたんだがな、

その点俺とお前の条件は対等だった、違うか?」

『ぐっ……じゃああの黒い光剣は何だよ!あんなの卑怯じゃないか!』

「あれは職人プレイを極めてスキルを上げ、素材を集めればお前にだって作れるんだがな、

俺は事前にこういう事もあるかとイコマをスカウトしておいたんだが、

その間お前らは何をしてたんだ?何の努力もしないで文句を言うだけなら、猿と変わらんな」

 

 そのやり取りを聞いていたおっかさんが、シャナに言った。

 

「おお、煽るねぇ」

「ここであいつらに離れられると都合が悪いんで」

「今のシャナ様は、すごく黒くて光ってますわ!」

「ミサキさんはちょっと黙ってて下さいね」

 

 シャナはミサキに釘を刺した後、再びペイルライダーに語りかけた。

 

「そもそも戦争になったのも、お前らが誰かにおかしな事を吹き込まれたせいだ。

要するにこれは全てお前らが馬鹿だったせいで起こった事だと、そうは思わないのか?」

『確かにそうかもしれないが、それだけにこの戦争に負ける訳にはいかねえ!

必ずお前に一泡吹かせてやるぞ、シャナ!』

 

 そしてシャナに、そっとベンケイが声を掛けた。

 

「お兄ちゃん、来たよ」

「そうか、分かった」

 

 そしてシャナは、ペイルライダーに向かってこう言い放った。

 

「残念ながら、お前がそれを成すのは不可能だ。ここでさよならだ、ペイルライダー」

『何を寝言を言ってやがる!俺は一旦撤退して、今度はもっと多くの仲間を引き連れて、

必ずこの要塞を落としてやるつもりだ!さっき追走した感じだと、

ハンヴィーとこっちの速度差はそんなに無いみたいだから十分逃げ切れるはずだ!』

 

 シャナはそのまま勘違いさせておこうと思い、速度差の事については何も言わなかった。

代わりにシャナは、ペイルライダーにこう言った。

 

「違う違う、後ろをよく見てみろ。それじゃあこっちもいくからな、

総員戦闘配備、迫り来る敵に備えよ!

ついでに逃げ場を無くしたあそこの馬鹿どもを蜂の巣にしてやれ!

ただし約束があるからな、ペイルライダーを仕留めるのは最後にしてやれよ!」

 

 その瞬間に要塞から多くの銃口が姿を現したのを見て、

ペイルライダーは慌ててその場から逃げ出そうと、後方に向かって走り出した。

そしてペイルライダーは、正面から迫りくるモブの大集団を見た。




また変態が増えた気が……


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第334話 思わぬ和解

2018/06/16 句読点や細かい部分を修正


「なっ……何だこりゃぁ!?」

「ペイルさん、まずいです、後方からモブの大集団が!」

「さっきのアナウンスはこれかよ……」

「ど、どうします?」

「こっちは今何人だ?」

「二十スコードロンくらいはいるはずです、全部で百人以上は動員していますから!」

「それならいけるか!?とりあえず後方の敵に集中だ、逃げ道を確保しないと」

 

 その瞬間に要塞から銃声が響き渡り、ジープに乗っていた者達が、

慌ててそこから降りてくるのが見えた。

 

「今回は対策して伏せていたから運転手は無事だが、何台かがタイヤを潰された!」

「畜生、外周のジープだけを狙ってやがる!これじゃあ中の車が動かせねえ!」

「モブが来たぞ、車を盾にして撃て、撃て!」

 

 シャナとシノンの狙撃により、敵の車は次々と行動不能になっていった。

そして要塞から、敵の後方に向けての集中砲火が開始された。

 

「後ろからも射撃がきました!まずい、このままだと全滅する!」

「ペイルさん、どうします?」

「くそっ、シャナめ、シャナめ!こうなったらもう仕方がない、

前の奴らは前を、後ろの奴らは後ろの敵を撃て!」

「で、でも相手は要塞ですよ、いくら後ろに撃っても効果が……」

「それでもけん制にはなる!前の奴らは攻撃を一点に集中させて、何とか脱出路を開け!

そこに全員で突撃して、徒歩で脱出だ!」

 

 当然そんな作戦が上手くいくはずもない。ペイルライダーは結局シノンに頭を撃ちぬかれ、

その場にいた平家軍の者達は壊滅した。

そして街にある平家軍の残りスコードロンの表示は、一気に百九十にまで落ち込んだ。

それを目にした街にいたプレイヤー達は驚愕した。

 

「おい、見ろよあれ!平家軍のスコードロン数が、いきなりあんなに減ってるぞ!」

「俺はたまたま見てたけど、凄い勢いで一瞬であそこまで数が減ったぞ?」

「シャナ、凄ええええええ!」

「一体何があったんだ?今夜の録画放送が楽しみだな!」

「参加してない俺達の唯一の楽しみだな!」

 

 そう盛り上がる、戦争に参加していない野次馬層とは別に、平家軍はお通夜状態だった。

それはペイルライダーの死亡が確認されたからだった。

ペイルライダーは、仲間達が集まる酒場へと姿を現して肩を落とした。

 

「おいおい大丈夫か?何があったんだ?ペイル」

「ああ、実はな……」

 

 そのペイルライダーの説明を聞いたギャレット、獅子王リッチー、ゼクシードは驚愕した。

この三人が、実績的に平家軍の中心と目されていた。

 

「まじかよ……敵は要塞まで持ってんのか……」

「ぐっ、シャナの野郎、シャナの野郎!」

「事前の情報だと、シャナが仲間を迎えに姿を現すって事だったが、

結局どこのスコードロンだったんだ?」

 

 そのゼクシードの質問に、ペイルライダーは苦しそうな表情でこう答えた。

 

「それがよ……敵要塞近くでやっと見えたんだが、

シャナのハンヴィーに乗ってるのが確認出来たのはおっかさんとミサキさんだった……」

 

 その言葉にギャレットは顔を青くし、獅子王リッチーは顔を赤くした。

 

「まじかよ!よりによってG女連かよ……」

 

 ギャレットのその呟きに、唯一平然としていたゼクシードがこう答えた。

 

「G女連があっちに付いたのは痛いな、

これでもう、GGOの中で俺達に味方する女性プレイヤーはほぼ皆無だ」

 

 ほぼというのは、自分の周りにはユッコとハルカがいるからだろう、

ゼクシードはそもそもG女連には最初から相手にされておらず、交流も無かった為、

逆説的にG女連と敵対する事に何ら痛みを覚えなかったというのが真相だ。

そしてギャレットは、付け加えるようにこう言った。

 

「G女連を取り巻く男共からの視線もかなり痛いぜ?」

「俺のミサキさんが……シャナ、絶対に許さん!」

 

 獅子王リッチーは逆にそう闘志を燃やしていたが、

その言葉は酒場に空しく響き渡るだけだった。

 

そしてその頃、世界樹要塞はまだ激戦の最中にあった。

 

「こっちの戦力も増えたとはいえ、さすがにこの数の差はきついな」

「シャナ、そろそろ入り口に迫る敵の数が多くなってきたよ」

「そうか……よし、シズ、ケイ、ピト、斬り込みの準備だ。

たらこと闇風も近接戦闘は可能だな、二人は入り口の左右に布陣し、

手負いの敵を倒してくれ。くれぐれも銃を使う時はフレンドリーファイアに注意な。

イコマと先生はブラックで敵の囲みを抜けてくれ。それに……エヴァ、ミニガンは使えるな?

お前もブラックで出ろ、俺にお前の根性を見せてみろ」

 

 その思わぬ指名に、エヴァは体の震えが止まらなかった。

もちろん恐れているのではなく、喜びにである。

 

「は、はい!」

「ダインはここの指揮をとれ、その代わりお前の所から二人借りるぞ。

エムはホワイトでブラックと共に囲みを抜け、外周から敵に攻撃だ。

ギンロウ……それにシュピーゲル、エムと同行して敵を背後から蜂の巣にしてやれ」

「えっ……は、はい!死ぬ気でやるっす!見ていて下さいシャナさん!」

「僕も死ぬ気で頑張ります!」

 

 ギンロウは尊敬するシャナからの指名に燃えに燃え、

シュピーゲルもシャナから名指しで呼ばれた事に誇りを感じていた。

 

(銃士Xよ、俺は一足先にシャナさんの為に戦うぜ。

残り二つのスコードロンのうち、一つはお前なんだろ?待ってるからな……)

 

 ギンロウはそう思い、銃士Xの分まで頑張らねばと張り切った。

そしてシノンが、シュピーゲルに声を掛けた。

 

「頑張ってねシュピーゲル、援護はするわ」

「うん、お願いね、シノン」

 

 ダイン達に引きずられるまま戦争に参加していたシュピーゲルだったが、

もちろん言われなくとも源氏軍に所属するつもりでいた。当然シノンがいたせいもある。

彼はシャナにまつわるおかしな噂はまったく信じていなかった。

実の兄達がその噂を流していたというのは皮肉だが、

こういう場合、シュピーゲルは最低限の常識を備えていた為、

ステルベンやノワールの思惑通りに動く事は無かったのだ。

それにシャナとある程度の交流があったという理由もある。

とにかくシュピーゲルは、この段階ではシャナとシノンの接近を恨めしく思いながらも、

シャナの事は尊敬していたので、必然的に源氏軍に所属する事となっていたのだ。

そして最初にシャナ達が懸垂降下で正面から地面に降り立ち、敵を斬り刻み始めた。

 

「あれが噂の……」

「実際に目にすると凄いね、おっかさん」

 

 イヴがそう無邪気に言い、おっかさんも感心したように頷いた。

 

「しかしあの剣技、シャナだけじゃなくあのシズカって子も一体何者なんだろうねぇ」

 

 ベンケイは元々サポートタイプであり、ピトフーイもまだ剣に不慣れな為、

二人が一歩後ろで戦い、さほど目立たないせいもあって、

シャナとシズカのコンビネーションによる剣技は、見ていた者達を圧倒した。

 

「あの黒光りするシャナ様の剣、いい、いいわ……」

「あんたはもう少し自重しな、あんたには後日、大事な役目を任せるつもりだからね」

「はぁい、おっかさん」

 

 ミサキはペロっと舌を出すと、シャナの敵を屠るべく、

邪魔にならないように後方の敵に射撃を開始した。

そしてダインの指揮で敵の一角に穴が開き、ついにブラックとホワイトの出番が来た。

 

「私がミニガンで道をこじ開ける、ギンロウさん、シュピーゲルさん、

撃ち漏らした敵の掃除をお願いします!」

「任せろ!」

「エヴァ、頑張ろうね」

「はい、シュピーゲルさん!」

「それでは行くぞ、皆、突撃だ!」

 

 ニャンゴローのその合図で、ブラックとホワイトは突撃した。

エヴァはシャナ達のいない方を中心に火戦を集中させ、ブラックの正面に道を作っていく。

 

「先生、正面にラムを出します!そのまま突撃して下さい!」

「ラムって衝角の事か?いつの間にそんな物を……やるなイコマ!」

「ええ、この戦争の為に徹夜で作りました!

エヴァさん、衝撃で振り落とされないように気をつけて!」

「任せろ!こういうのは得意だぜ!」

 

 エヴァは見た目に反して平衡感覚に優れている為、

こういった時に落とされる心配は無かった。さすがは新体操部の部長という事だろう。

そしてニャンゴローは敵の囲みが薄い所を狙って体当たりをし、

無事に敵の囲みを抜け出す事に成功した。そしてその後ろをホワイトが追走しつつ、

左右の敵に激しい攻撃を加えていった。

 

「よし、二台が囲みを抜けたな、少し本気を出すかシズカ」

「そうだね、今のうちにこの辺りを掃除しちゃおう」

 

 そして二人は更にペースを上げ、周囲の敵を猛然と殲滅していった。

 

「シャナ、シズ、待って待って!」

「お兄ちゃんお義姉ちゃん、早すぎるから!」

「ピト、早く来ないと敵がいなくなっちゃうよ!」

「ケイ、昔みたいにお兄ちゃんに頑張って付いて来いよ」

「私が子供の頃の話をさりげなく捏造しないでよ、お兄ちゃん!」

「お前に物心がつく前は本当にそうだったんだって……」

 

 そして周辺の敵はあらかたいなくなり、残るは左右からの敵だけとなった。

 

「かなり突出したせいで、たらこと闇風に負担がかかってるかもしれん、

ホワイトとブラックはそのまま左右に分かれて敵を攻撃してくれ、

ピトとケイはこのままここで残敵の掃討を、俺とシズはエネルギーが心許ないから一度戻る」

「二人とも、どれだけ斬ったのよ……」

「こっちのエネルギーはまだまだ余裕なのに……」

 

 そしてシャナの指示通り、一同は行動を開始した。

そしてホワイトに乗ったシュピーゲルは、それを目撃した。

 

「あっ……」

 

 薄塩たらこの倒した敵の一体が、まだ止めを刺されていなかったらしく、

ノソリと起き上がって、背後から薄塩たらこに攻撃をしようとしていた。

当然薄塩たらこはまだそれに気付いていない。

 

「薄塩たらこ……」

 

 シュピーゲルの脳裏に、以前薄塩たらこに罵声を浴びせられた時の事が蘇った。

そしてシュピーゲルは深呼吸をすると、薄塩たらこ目掛けて銃弾を放ち、

その弾は今まさに薄塩たらこの背中に攻撃しとうとしていた敵の頭を吹き飛ばした。

 

「おおっ?おお、危ねえ……助かったぜシュピーゲル!」

 

 そう言いながら笑顔で手を振ってくる薄塩たらこの姿を見て、

シュピーゲルはこれで良かったんだと自分に言い聞かせながら戦闘を続行した。

そしてついに敵は殲滅され、フローリアがイベントの終了を宣言した。

 

『敵は完全に殲滅されました、世界樹要塞は今回も無事守りきられました』

 

 そのアナウンスを聞いた源氏軍の者達は大歓声を上げ、

外に出ていた者達も要塞内に帰還し、しばらく休憩した後に祝勝会が行われる事となった。

 

「いやぁ、まじぜ助かったぜシュピーゲル」

「あ、はい、間に合って良かったです」

 

 真っ先にそう声を掛けてきてくれた薄塩たらこの顔を見て、

シュピーゲルは内心で少し困っていた。まだあの時の屈辱を忘れた訳ではないからだ。

そんなシュピーゲルの心を知ってか知らずか、薄塩たらこはシュピーゲルに頭を下げた。

 

「前はお前にひどい言葉を浴びせてしまって済まなかった。

敵対していたとはいえあれは言い過ぎだった、心から謝罪するよ、シュピーゲル」

 

 その言葉を聞いたシュピーゲルはドキリとし、泣きそうになりながら……

実際は少し涙をこぼしていたのだが、ここでは涙は我慢出来ないので……

薄塩たらこに笑顔を向けた。

 

「仲間として当然の事をしたまでです、これからも一緒に頑張りましょう!」

「おう、頑張ろうな!」

「ロザリアさんに拷問をするような奴らなんて、絶対に許せませんからね!」

「だな!徹底的にやってやろうぜ!」

 

 実際にロザリアを拷問したのが実の兄達だと知ったらシュピーゲルはどう思ったのだろう、

だがシュピーゲルは一生、その事を知る事は無かった。

この日がシュピーゲルにとっては、もしかしたら人生のピークだったかもしれない。



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第335話 おっかさんは語る

2018/06/16 句読点や細かい部分を修正


「よし、今日の勝利を祝して乾杯だ!」

 

 戦争中である上に要塞内である為、ささやかな物しか用意出来なかったが、

シャナ達は祝勝会を開いていた。ロザリアもモニター越しとはいえちゃんと参加している。

 

「しかしシャナ坊や、凄い戦利品の数々だねぇ……個人でゲットした物だけでこれほどとは、

全体だとどのくらいになってるのか見当もつかないよ」

「そのうち引き締めがくるとは思いますが、まだまだGGO内の経済は大丈夫だと思うんで、

戦利品の扱いは好きにしちゃってくださいね、おっかさん」

「これでもっと女性プレイヤーの支援に資金が使えるよ、

本当にあんたの側について良かったよ、シャナ坊や」

 

 おっかさんはほくほく顔でそう言った。

実際問題このゲームは、序盤で使える銃を入手出来る手段が限られている。

特にプレイを始めたばかりの女性プレイヤーは、

ハラスメントにならない程度の意に沿わぬ要求をされる事もあるようで、

それがどうやら女性プレイヤーの少なさにも繋がっているようだから、

出来ればそれを救済したいのだとおっかさんは言った。

 

「まあとにかく良かったです、犠牲者も出なかったですしね」

「いずれここにいる何人かはやられちまうだろうけどねぇ」

「戦争ですからね、それは仕方ないと思いますが、

その数を出来るだけ減らしたいと思っています。まあ死んでも特にリスクは無いですけどね」

 

 そしておっかさんは、シャナの仲間達を眺めながら言った。

 

「九郎、いや九狼か……よくもまあこれほどの人物を集めたもんだね」

「それは違うわおっかさん、少なくとも私やピトは、シャナと会ってから変わったのよ」

「うんうん、強い人を集めたというよりは、集まった後に成長したって感じかな?

うちのエムなんか特にそうだしね。あ、シズ以外はだけどね」

 

 シノンがそう言い、ピトフーイもそう付け加えた。

そしておっかさんは、遠くでイヴやミサキやエヴァ達と楽しそうに話しているシズカを見た。

 

「シズカか……あれは本当に凄まじいね、

実力もそうだけど、人の上に立ち慣れている気がするよ。

まあそれはシャナ坊やもだけどね。若そうなのによくもまあそんな風に成長したもんだよ」

 

 そう言われたシャナは、困った顔でこう答えた。

 

「必要にかられたんで……」

 

 その言葉が面白かったのか、おっかさんは豪快に笑いながら言った。

 

「あっはっは、必要だって?この平和な日本でそんな事が必要だったなんて、

私はそんな例を一つしか知らないね」

「……まあそういう事です」

「そうかいそうかい、まあそれ以上は何も聞かないよ、あんたは私の趣味みたいなもんさ、

いつか年をとったあんたと、リアルで酒を酌み交わしたいもんだねぇ。

今はまだ無理っぽいから、もう少し待つとするかね」

「まあ年齢的には今でも可能ですけどね」

「おや、思ったよりは少し年上だったんだね。

まああそこの学生なら、そう言う事もあるだろうね」

 

 おっかさんは訳知り顔でそう言った。シャナもそれ以上は何も言わず、

そして話は今後の事へと移った。

 

「さてシャナ坊や、今後はどうするつもりだい?」

「ここまで来られない奴らは失格になるだけです。

なのでここまでたどり着いた奴らをとことん機動力を生かして叩きます。

まあモグラ叩きみたいなものですね」

「ルールを聞いた時、その事にまずいと思わなかったのかねぇ」

「ですね」

 

 シャナは苦笑しながらそう言った。

 

「とりあえず可能性として考えられるのは、そのまま棄権するか、

それとも募集か何かに乗っかって、バスなりなんなりでここまで来るパターンですね」

「棄権が多そうだけどねぇ」

「まあ何組が棄権したか分かるのは明日の深夜になっちゃうんで、

とりあえずそれまでは様子見ですかね」

「相手が二百組ものスコードロンだと思ってたら、

実は十組でしたなんて事にもなりかねないしね、まあ当然だね」

 

 おっかさんはシャナの説明に頷き、その話はここで終わりになった。

 

「さて、今夜は自由解散でいいのかい?ここの夜の防御はどうなってるんだい?」

「中には絶対に入れないように全ての入り口が固く閉ざされます。

それが解放されるのは明日の夕方に設定されているので、

明日の夕方まではここに来ても無駄だと夜の放送で言うつもりです」

「あんた、ソレイユの番組の編集権まで持っているのかい?」

 

 さすがにその事は予想外だったらしく、おっかさんは驚いた顔でそう言った。

 

「はあ、まあ……」

「あんたは一体何者だい?まあいいか、運命が微笑めばいずれ会う事もあるだろうさ」

「ですね」

 

 そしてシャナは周囲を見回し、おっかさんに言った。

 

「さておっかさん、解散前の気分転換に、

ちょっと一緒に屋上に新鮮な空気でも吸いに行きませんか?」

「ふむ、ここの屋上からの景色は絶品だし、たまには若い男といちゃつくのもいいかねぇ」

「お手柔らかにお願いします」

 

 そう言って二人は屋上へと向かった。

念の為シャナは、途中でフローリアに屋上への道を閉ざすように指示をした。

 

「さて、どんな人に言えない話があるんだい?シャナ坊や」

「イヴの事についてです、おっかさん」

 

 そのシャナの言葉に、おっかさんは驚いたそぶりを見せた。

 

「ほう、ミサキじゃなくてイヴかい!あんたくらいの年齢だと、

ミサキの持つ人脈が、例えば就職の時とかに必要になるんじゃないかと思っていたんだけどね」

「いや、そういうのは今の所大丈夫なんで」

「ほうほう、やっぱり何かまだ、私の知らない秘密があるんだね」

「おっかさんはどこまで知っているんですか?」

 

 シャナはストレートにそう尋ねた。

 

「別に調査した訳じゃないからあくまで推測レベルだけどね、

あんたがSAOサバイバーの中でも名の知られた人物だという事、

今は二十歳を少し過ぎたくらいだという事、そして今日の活躍を見て考えられるのは、

あんたがSAOのハチマンだって事くらいかね」

「なるほど」

「実は興味本位でね、SAOのハチマンについて調べた事があるんだよ、

まあここでシャナ坊やと知り合う前の話だけどね」

「ALOのじゃなく、SAOのですか」

「でもネットに書いてある以上の情報は何も分からなかったんだよ。

あんたの情報はどうやら国が管理してるみたいでね。

あんた、実はとんでもない重要人物なのかい?」

「どうですかね、俺は自分がしなくちゃならない事を頑張ってやってきただけなんで」

「まあそのおかげで私の娘も救われたんだ、この機会にお礼を言っておくよ、

本当にありがとうシャナ坊や、いやハチマン」

「……は?」

 

 シャナはその言葉にきょとんとした後、言葉の意味を理解し、驚いた表情をした。

 

「そういう事ですか……だからALOじゃなくSAOの俺の事を……」

「娘はあんたとは、一度だけ会った事があるそうだよ」

「そうなんですか、差し支えなければ娘さんのお名前を伺ってもいいですか?」

「娘はサーシャと名乗っていたそうだ、教会でシスターの真似事をしていたらしいね」

「えっ?あ、ああ!おっかさんは、あのサーシャさんのお母さんでしたか!

あのメガネの似合う肩くらいの髪の長さの方ですよね?」

 

 シャナは当時の事を思い出しながら言った。

 

「娘の事を知ってるんだね、やはり本物か……それじゃああんたの本名は、

もしかして比企谷八幡君と言うんじゃないかい?」

「ど、どうしてそれを……」

 

 シャナは先ほど何も分からなかったと聞かされた直後だったので、

そのおっかさんの言葉に驚いた。

 

「ほっほ、種は簡単さ。今私の娘は、教師としてシャナ坊やの母校に赴任しているんだよ。

で、かつて学校にそういう名前のSAOサバイバーがいたと、

先輩の先生に教えてもらったんだとさ。それで娘は、もしかして同一人物かと考え、

その先生にその元生徒を紹介してくれるように頼んだらしいんだが、

プライバシーの問題で断られたそうだ。いい先生に恵まれたね、シャナ坊や」

「あっ、はい、先生の事は尊敬してます」

 

 シャナはそう答え、お礼に静に何かプレゼントせねばと考えた。

 

(今度クラインに相談してみるか……ついでにサーシャさんに会いに行こう)

 

「話が反れましたね、まあそんな訳で、俺に今必要なのはミサキじゃなくてイヴの方です。

ストレートに聞きますが、彼女は信用出来るんですか?」

「一度オフ会で彼女に会った事があるんだけどね、

その時私は、酔った勢いで娘の事をあの子に話しちまってね、

そしたらあの子が、調べてみるって言ってその場でPCを取り出して、

凄い勢いで色々な所にアクセスした後、ごめんおっかさんガードが固いやって言い出してね、

それで一気に酔いが覚めた私は、知り合いの政府の人に内密に相談したんだよ、

そうしたらその菊岡さんって人がね……」

「ストップ、ストップですおっかさん、菊岡さんの事を知ってるんですか?」

「そりゃあ、娘の事で何度か相談に乗ってもらったからね。あんたもそうだろ?」

「ああ、そういえばそうですね……」

 

 シャナは菊岡の名前が出た事に一瞬驚いたが、そもそも菊岡はSAO担当だったのだから、

おっかさんと面識があって当然だなと気付かされる事となった。

 

「で、その時の菊岡さんの答えはこうだったのさ、

『政府でマークしているから心配いらない、いずれ政府で雇えればいいと思っている』

ってね。でもあの子はそういうお堅い所は嫌いらしくて、

それで駄目元でシャナ坊やに話を振ってみたと、そういう訳さ」

「なるほど、それじゃあ素性には問題無さそうですね、ある意味政府のお墨付きですか」

「どうだい?あの子をもらってやってくれるかい?」

「ええ、俺の権限で必ずうちの会社で雇い入れると約束します」

 

 その言葉を聞いたおっかさんは、確認の為かこう聞いてきた。

 

「いずれ出来るはずのあんたの会社にかい?」

「そこらへんは秘密です、でもまあ心配なら俺の名前を出して、

菊岡さんに大丈夫か聞いてみてもいいですよ」

「本当にあんたは何者なんだい?まあいいか、それじゃああの子の事は任せたよ」

「はい、責任を持ってお引き受けします」

 

 こうしてシャナは、おっかさんとの有意義な話を終え、直後にイヴと話す事にした。

 

「おっかさん、ちょっとイヴをここに呼んでもらえませんか?」

「ああ、直ぐに話をするんだね、頼んだよ」

「はい」

 

 そしておっかさんの代わりに呼び出されたイヴは、もじもじしながら言った。

 

「こんな人気の無い所に呼び出すなんて、シャナ様のえっち……」

「あ、そういうのは慣れてるから俺には通用しないからな、どうせミサキに教わったんだろ?

それよりももっと大事な話があるからとりあえずそこに座ってくれ」

「うぅ、ミサキの嘘付き……全然通用しないじゃない」

 

 そしてイヴは直ぐにいつもの調子に戻ると、明るい声でシャナに言った。

 

「で、どうしたのシャナ様」

「単刀直入に言う、お前、俺の下で働く気はないか?」

「えっ、シャナ様って社会人だったの?しかもハッカーなんかを必要とする環境?」

「俺はまだ学生だ、だが俺が勤める事になっている会社はお前を必要としている」

 

 その言葉を聞いたイヴは、嬉しそうな顔で即決した。

 

「訳有りなんだね、でも分かった、それじゃあ私はシャナ様の所に行くよ!」

「決断早いなおい!詳しい話を聞かなくていいのか?」

「え~?だって何かあっても必ずシャナ様は私を守ってくれるでしょ?

現にこの戦争もそういう戦争じゃない」

「なら話は早い、今お前どこにいる?」

 

 そのシャナの言葉に、自分の事は棚に上げ、イヴはこう言った。

 

「えっ?決断早っ!自宅だけど……まさか今から呼び出し?シャナ様積極的すぎ!」

「こういうのは早い方がいいだろ、という訳で場所が分かれば迎えにいく」

「あ、えっとね、それじゃあ秋葉原のラジオ会館前でお願い!」

「何でそんな所に……」

「家の近くで一番分かりやすいから!」

「そうか、まあそれならいい。とりあえず俺の番号を教えておくから、

俺らしき人物を見かけたら電話してくれ」

「うん、分かった!」

 

 そしてシャナはロザリアに連絡をとり、アルゴと共に会社に残っているように伝えた。

そしてこの日の宴は早々に切り上げられ、源氏軍は結束を高め、

明日以降も頑張ろうと気勢を上げてこの日の活動は終了した。

そしてログアウトした直後に、八幡に知らない番号から電話がかかってきた。

 

「あ、もしもしシャナ様?私イヴだけど」

「早えよ……」

「だって番号が本物かどうか確認しないといけないじゃない!」

「ああ、それは確かにな」

「それでいつ頃ラジ館に来れそう?」

「そうだな、三十分後くらいでどうだ?」

「うん分かった!それじゃあ後でね!」

「おう」

 

 そして八幡は準備を整え、キットでラジ館へと向かった。

その間に電話がかかってきたのは三回、いずれもイヴからであった。

ちなみにイヴの言い訳はこうだった。

 

「だって、あれがシャナ様だったらいいなっていう格好いい人がいたんだもん!」

「お前な……」

 

 そしてラジ館に着いた直後に、再び電話が掛かってきた。

 

「おう、今着いたぞ」

「やった、大当たり!最高!」

 

 そして直後に八幡の背中をちょんちょんとつつく者がいた。

八幡が振り返ると、そこには美しい顔立ちの、

ショートカットの黒髪のゴスロリ少女が立っていた。



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第336話 イヴの身の上

2018/06/16 句読点や細かい部分を修正


「……イヴか?」

「うん、私は岡野舞衣、誕生日がクリスマスイヴだからイヴだよ」

「なるほどな、俺は比企谷八幡だ、宜しくな、舞衣」

「来た瞬間にこれだって直ぐ分かったよ、私の目に狂いは無かったね」

「お前、三回ミスってんじゃねえかよ……」

「あの三人は、今考えると大した事無かったわ」

「そういうとこ調子いいのな……」

 

 そして八幡は舞衣をキットの所まで案内し、二人はそのままキットに乗り込んだ。

 

「うわ、何これ、凄い車だね!」

 

 八幡はキットが褒められるのが嬉しいのか、自慢げにこう言った。

 

「おう、キットは凄いんだぞ」

『ありがとうございます、お褒めに預かり光栄です。初めまして舞衣、私はキットです』

「うおおおお、何これ、一体どうなってるの?」

「ふふん、キャラが崩壊する程驚いたか」

 

 だがその直後に舞衣はこう言った。

 

「キットをお母さんに見せたら絶対に分解したがるんだろうな」

 

 その言葉に虚を突かれた八幡は、思わずこう尋ねた。

 

「……お前の母さんって何してる人だ?」

「え~っと、発明家?」

「そ、そうか……」

 

 八幡はその言葉に、その母にしてこの娘ありかと思ったが、

舞衣の話はかなりぶっ飛んだものだった。

 

「うちのお母さんって、沢山特許を持っててまったく働く必要は無いんだけどさ。

例えば自動追尾型撮影システム、GGOでも使われてるよね?」

「それは凄いな」

「でも正式に結婚はしてなくて、内縁の妻ってやつ?

なので私には正式にはお父さんはいないんだよね」

「そうなのか」

「二十年くらい前、江珂高校って学校がテロリストに占拠された事件は知ってる?」

「さすがに知らないな」

 

 八幡は、自分が生まれた頃だと思いそう言った。

 

「その事件の時、お母さんとその同級生が人質になってね、

その時助けに来てくれたのが、少し前に海でお母さん達と知り合った男の人だったんだけど、

その人がね、捕まってたお母さんと密かに連絡を取り合って、

お母さんがその頃密かにプロトタイプを完成させていた自動追尾型撮影システムを使って、

人質の位置を特定して、お母さん達を無事脱出させてくれたの。

その男の人が私の血縁上のお父さんかな」

「何だそれ、凄いなお前の両親……」

 

 八幡は心から感心したようにそう言った。

 

「でね、その時お母さんには二人の親友がいたんだけど、

お母さんも含めて三人ともが、その男の人を好きになっちゃってね、

結局誰も選べなかったその人は、三人全員と一緒に仲良く暮らし、

それぞれに子供が生まれましたとさ、おしまいっと」

「…………おいお前、その話は絶対に俺以外の前ではするなよ」

「え?何で?」

「そういう手段があるってバレたら、何が起こるか分からないからだよ!」

「え?あ、ああ~!やっぱりシャナ様ってそうなんだ」

「誰も選べなかったって部分は違うけどな、でも似たような状況ではある」

「なるほど、オーケーオーケーとりあえず分かった」

「頼むぞまじで……」

 

 そして八幡は、その後も舞衣にいくつか質問をした。

 

「ハッカーの技術って、母さんに習ったのか?」

「うん、まあうちのお母さんはどちらかというとハード寄りだけどね」

「っていうかお前今何歳だよ」

「いきなり女の子に歳を聞く?まあ十八だけど」

「まじかよ……お前の母さんは十台の時にお前を産んだのか……」

「うん、そのせいで私とお母さんは友達みたいな関係だよ」

 

 そしていよいよソレイユの本社ビルが見えてきた時、舞衣が言った。

 

「あっ、あれってソレイユじゃない?」

「ああ、そうだな」

「いいなぁ、あそこで働けたら最高だろうなぁ」

「何でだ?」

「だってソレイユだよ?私達にとっては憧れだよ!」

「理由になってないからよく分からんが、そうか……」

 

 そして八幡は、平然とソレイユ本社の前に車を停めた。

 

「えっ?えっ?何でここに車を停めるの?」

「いいから付いて来いって」

 

 そのままソレイユに入って行く八幡を、舞衣は慌てて追いかけた。

そんな八幡の目に、すました顔で受付に座るかおりの姿が映った。

 

「おお?」

「あっ」

 

 かおりは隣に座っていたもう一人の受付嬢と何か話した後、

八幡の前で深々と頭を下げながら言った。

 

「お約束通りにここでお越しをお待ちしておりました、八幡様」

「お、おう……って何でここにいる?で、今日はどうしたんだ?入社にはまだ早いよな?」

「今は研修中です」

「なるほどな、遅い時間まで大変だな」

「春から宜しくお願いしますね、八幡様」

 

 そう言ってかおりは、こっそりと八幡にウィンクした。

八幡は軽く微笑みながら、こっそりとかおりに囁いた。

 

「またな」

「うん、またね」

 

 そして八幡はエレベーターに向かい、舞衣はその後に続いた。

 

「あの受付の人は知り合い?」

「中学の時の同級生だな」

「へぇ~、それにしても八幡様って何者なの?」

「ここの関係者だ」

「そういうレベル?思いっきり顔パスだよね?さっきの元同級生も敬語だったし」

「いいからさっさと上に行くぞ、早くこっちに来い」

「あ、ちょっと待ってよ、行く、行くから!」

 

 そして二人はエレベーターを降り、八幡はとあるドアの前に立ち、そのドアをノックした。

 

「えっ?」

 

 そのドアには社長室と書いてあった為、舞衣はとても驚いたのだが、

八幡は中からの返事を確認した瞬間、遠慮なしに中に入っていった。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 舞衣も慌ててその後に続き、二人は陽乃の前に立った。

 

「えっ?……あれ、あれあれあれ、八幡君!まさかここに来てくれるなんて!」

「理事長と似たような事を……」

「さあさあ座って頂戴、今お茶を入れるわね。やだ、どうしよう、

まさか八幡君がこんなに早く来てくれるなんて思ってなかったから、

今日は簡単なお化粧しかしてこなかったのよね」

「やっぱり母娘か……」

 

 八幡はその言葉を聞いてそう呟いた。

 

「で、今日はどうしたの?その女の子は?」

「アポ無しで悪いとは思ったんですが、こいつをうちで雇ってもらえないかと思って」

「へぇ~、どんな子?」

「ハッカーです、岡野舞衣、十八歳、参考になるかは分かりませんが、

自動追尾型撮影システムの特許を持っている、岡野……え~っと」

 

 八幡は母親の名前を聞いていなかった事に気が付き、チラッと舞衣の方を見た。

舞衣はその視線を受け、そっと八幡に囁いた。

 

「岡野由香」

「岡野由香さんの娘さんですね」

「なるほど……身辺調査は?」

「既に菊岡さんが済ませたみたいです。可能なら政府で雇い入れたいとか何とか」

「それなら問題無いわね、さっさと正式に入社してもらって、

政府に取られないうちにうちで頂きましょう」

「それでですね、アルゴとロザリアには待機してもらうように伝えてあるので、

とりあえずここに呼んでもいいですか?」

 

 その八幡の呼び方で、陽乃は舞衣がGGOの関係者だと理解した。

そして陽乃は直ぐに薔薇に連絡をとった。

 

「ああ、ロザリアちゃん?八幡君が来たから直ぐにアルゴちゃんと一緒にここに来て頂戴」

「ロザリアちゃんってあのロザリアちゃんかな?それにしてもアルゴ……?

う~ん、まさかね……アルゴ、アルゴ……」

 

 舞衣はロザリアではなくアルゴの名前により反応した。

そして二人は直ぐに姿を現し、ロザリアは確認するように八幡に尋ねた。

 

「その女性はどちら様ですか?八幡様」

 

 そのよそ行きの質問を受け、八幡は薔薇にこう言った。

 

「イヴだ」

「ああ、なるほど」

 

 そして薔薇は、満面の笑顔でこう言った。

 

「先ほどぶりね、イヴさん。私はロザリアよ」

「ロザリアさん!」

 

 イヴは会話から予想はしていたようだったが、

改めて本人から明言されて、ここで初めて安心したような表情を見せた。

知らない人ばかりだったので、少し心細かったのだろう。

その舞衣の態度を見た陽乃が八幡に尋ねた。

 

「八幡君、この子に何も説明してないの?」

「ええ、実はアルゴとロザリアにも説明してないんですよね」

「なるほど、それじゃあ説明タイムといきましょうか」

 

 そして陽乃は、ニッコリと微笑みながら舞衣に自己紹介を始めた。

 

「初めまして舞衣さん、私はソレイユ社の社長にしてこの八幡君の妻である……」

「おいこらクソ馬鹿姉、先日雪乃にしめられた事を忘れたのか?」

「…………っていうのは冗談で、姉的ポジションにいる、雪ノ下陽乃よ」

 

 陽乃は少し冷や汗をたらしながらそう言い直した。

雪乃に説教された時の事を思い出したのかもしれない。

 

「私はロザリアこと薔薇よ、宜しくね、イヴさん」

「フルネームは?」

 

 その八幡の突っ込みに、薔薇は苦渋に満ちた表情をした。

 

「あ、後で覚えてなさいよ」

「フルネームを名乗るのは社会人の常識だ」

「くっ……薔薇小猫よ、宜しくねイヴさん」

「小猫さん!かわいい!」

「だろ?俺もお気に入りなんだ」

 

 その言葉に薔薇は何ともいえない複雑な表情をした。

ちなみにその口の端は微妙にニヤケていた。そして最後にアルゴが自己紹介をした。

 

「オレっちはアルゴだゾ」

「フルネームは?」

 

 当然八幡はそう突っ込んだが、アルゴはどこ吹く風でこう答えた。

 

「女の秘密だゾ」

「そうか、なら仕方ないな」

「仕方ないよナ」

 

 その自分との待遇の差に、薔薇はじろっと八幡を睨んだが、八幡は気にせず薔薇に言った。

 

「だからお前はもっと自分の名前を誇れって言っただろ、

俺がかわいいって言ってるんだからそれでいいんだよ」

「そ、そう……」

 

 途端に薔薇が、今度は明らかに相好を崩した為、周りの者達はこう呟いた。

 

「チョロいわね……」

「チョロインだナ」

「ロザリアさんかわいい!」

「イヴさん……」

 

 薔薇はイヴにだけ笑顔を見せ、八幡は肩を竦めた。

 

「あんまりこいつを甘やかすなよ、イヴ」

「そう、その名前が気になってたんだよナ」

 

 イヴの名前が出た途端、アルゴはそう言った。

 

「私もそのアルゴって名前が気になってました」

「ん、二人は知り合いか?」

「一方的に知ってるだけですよ、ですよねアルゴスター、星のアルゴ」

「今はネズミ扱いの方が多いけどな、電子のイヴ」

 

 そして舞衣はアルゴにこう言った。

 

「四年前くらいに突然いなくなったと思ったら、こんな所にいたんですね」

「ああ、オレっちはその時SAOに捕まってたからナ」

「あっ!なるほどそうだったんですか、

まあ別に敵対してた訳じゃないから何も問題ありませんね、

これから宜しくお願いしますね、先輩」

「オレっちをそう呼ぶって事はイヴもソレイユに?そうか、これから宜しくナ」

「これでまた私もスキルアップ出来そうかな」

 

 舞衣はこれは楽しくなりそうだと思ったのか、そう言って微笑んだ。

そして舞衣は、八幡の方に向き直ってこう質問した。

 

「ところで八幡さんのポジションがよく分からないんですが……」

「八幡君はうちの次期社長よ」

「いずれオレっち達のボスになるんだぞ、イヴ」

「私は秘書になる予定なの」

「あ、そういう事ですか、謎が解けました!」

 

 舞衣はそれで納得したのか、うんうんと頷いた。

 

「まさか私がソレイユに入社出来るなんて、ありがとうございます八幡様!」

「様付けは慣れないんだが、まあとりあえずそれは今度また考えればいいか……」

 

 こうして舞衣の入社も決定した所で、八幡はアルゴにこう言った。

 

「それじゃあアルゴ、戦争の動画の編集をさっさとやっちまおうぜ」

「おう、今日は暴れたみたいだな、ハー坊」

「まあな」

「あっ、だからソレイユで動画を製作して流す事にしたんですね、また謎が解けました!」

「彼の謎はまだまだ沢山あるわよ、でも絶対に外には漏らさないようにね」

「はい!私は八幡様を尊敬しているので、そこは大丈夫です!」

 

 それを聞いた陽乃は、微妙な顔をした。

 

「尊敬、ね」

「何だよ姉さん」

「別にい?」

 

 陽乃は、どうせこの子も八幡君の事を好きになるんだろうなと思いながらも、

口に出しては何も言わなかった。そして八幡からのメッセージが撮影され、

シノンが車のサイドミラーを撃ち抜く様子と、要塞での挟撃戦の動画が編集され、

GGO内の特設モニターとソレイユのサイトで直ぐに放送された。




イヴの背景についてはただのギャグですので気にしないで下さいね、
まあ分かる方は分かるだろう程度に書いただけなのです。
というか設定が都合が良かっただけなので!


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第337話 着信音は昭和の香り

さすがに昨日のノエル3ネタは分かる人がほとんどいませんでしたね……

2018/06/16 句読点や細かい部分を修正


 ログアウトした後詩乃は、戦争のせいで緊張したのか若干汗をかいていた為、

直ぐに風呂に入る事にした。そして湯船でのんびりした後、

リラックスした表情で風呂場から出て来た詩乃に、はちまんくんがこう言った。

 

「おい詩乃、小猫からメールが来てたぞ」

 

 その言葉を聞いた詩乃は、噴き出しそうになるのを必死で堪えながら言った。

 

「はちまんくんも薔薇さんの事を小猫って呼ぶんだ」

「まあ俺はたまにバージョンアップされているからな」

「そうなんだ、いつ頃?」

「主にお前がよだれをたらしながら寝ている時にだな」

 

 はちまんくんにそう言われた詩乃は、顔を赤くしながらはちまんくんに抗議した。

 

「朝起きた時によだれをたらしてた事なんかないわよ!」

 

 それを聞いたはちまんくんは、やれやれと肩を竦めながらこう言った。

 

「まったくこれだからお前は、そんなの俺が毎日拭いてやってるからに決まってるだろ」

「えっ?」

 

 詩乃は一瞬呆然とし、そのままはちまんくんに詰め寄った。

 

「ほ、ほほほ本当に?」

「俺を信じないのか?」

「いや、でも……」

「やれやれ、今回は特別だぞ」

 

 そう言ってはちまんくんは自身の左手の指を折り、中からコードのような物を取り出し、

ほとんど使われていないが一応部屋に置いてあるテレビに接続した。

 

「な、何それ!?」

「だから特別だって言っただろ」

 

 そしてはちまんくんはテレビのリモコンを操作し、外部入力を選択した後、

おもむろに動画の再生を始めた。そこにはとてもだらしない顔で、

よだれをたらしながら眠る詩乃の姿がしっかりと映し出されており、

主観モードでそれを拭くはちまんくんの手がしっかりと映し出されていた。

 

「ええええええっ!?」

「これはまあ車のドライビングレコーダーみたいなもんだ、

何かあった時に証拠になるように一応保存されているものだな。

もっとも普通は人に見せたりしてはいけない事になってるんだがな」

 

 そして詩乃は、激しく落ち込んだ表情ではちまんくんに言った。

 

「い、いつもありがとうはちまんくん……」

「おう、どう致しまして」

 

 そしてはちまんくんは、続けて詩乃に言った。

 

「ところで盛大に話が反れちまったが、小猫からのメールは見なくていいのか?」

「あっ」

 

 そして詩乃は薔薇からのメールを見た。

そこには今日の動画をアップした事が書かれていたのだが、

まだ下に続きがあるようだったので、詩乃は何だろうと思って画面をスクロールさせた。

ちなみにその全文はこうであった。

 

「たった今、今日の戦いに関する動画をソレイユのサイトにアップしました。

各自楽しんで見てみてくださいね。

 

                                小猫よりにゃっ!

 

 違うの、これは八幡に書けと命令されて、消したらおしおきだって言われたの!

絶対の絶対に私の意思じゃないから!」

 

 それを見た詩乃は、たまらず噴き出した。

 

「あはっ、あはははは、あははははははは!」

「何だ?何か面白い事でも書いてあったのか?」

「く、苦しい……は、はちまんくん、見てみてこれ」

 

 そしてその文章を見たはちまんくんは、ニヒルにこう言った。

 

「やれやれ、俺の本体もお遊びが過ぎるな、それじゃあ早速その動画とやらを見てみようぜ」

「そうだね、ちょっと待っててねはちまんくん」

 

 その動画は予定通り、先ずシャナの言葉から始まった。

 

「最初に明日の予告だ、俺達が活動を開始するのは夕方からとなるから、

別に早い時間から現地で待ち伏せとかをしてくれても構わないが、

その場合は平家軍の者は暇つぶしの手段だけは用意しておけよ。

それじゃあ今日の動画を配信する、楽しんでくれ」

 

 そして画面には、いきなりシノンのアップが映った。

 

「うわ、近い……」

「確かにな、これはどうやって撮影しているんだ?」

「えっと、八幡の頭の上にある旗からの映像のはずなんだけど」

「……よく分からないが、上から見下ろす形の映像にはなってないみたいだな」

「あれ、本当だ」

 

 そして画面はスムーズに後方の敵の車のサイドミラーを映し、

次の瞬間シノンの放った弾によってそのミラーはあっさりと撃ち抜かれた。

 

「凄いカメラワークだな」

「これって編集の力?」

「いや、これは元の映像の出来がいいんだろうな、

おそらく俺の本体は、そういう事も考えながら動いていたに違いないぜ」

「いつの間に……全然気付かなかったわ」

 

 詩乃はそのはちまんくんの指摘に驚愕した。

そんな詩乃に、はちまんくんはこう言った。

 

「それに気付かない程詩乃も集中してたって事だろ?その成果がしっかり出てるじゃないか。

見事な射撃だと思うぞ、努力したんだな、詩乃」

 

 それを聞いた詩乃は、ふふんと鼻を鳴らしながらはちまんくんに言った。

 

「もっと褒めてくれてもいいのよ」

「調子に乗んな」

 

 その瞬間に詩乃の携帯からオルゴールのような着信音が鳴った。

その瞬間に詩乃は緊張しながらも、とても嬉しそうな顔をした為、

はちまんくんは詩乃にこう言った。

 

「何だ、俺からの着信か」

 

 そう言われた瞬間に詩乃はドキリとした。

 

「な、何で分かるの!?」

「そんなの詩乃の顔を見れば一発で分かるだろ、着信音も一人だけ別なんだろうしな。

いいから早く出ろ、俺を待たせるな」

「あ、うん」

 

 詩乃はそれ以上突っ込むのを諦め、電話をとる事を優先する事にした。

 

「ハイ、どうしたの?何かあった?」

「いや、お前が映像を見て調子に乗ってるんじゃないかと思ってな」

「な、何でそれを……」

「ああ?冗談のつもりだったんだが、お前本当に調子に乗ってたのかよ……」

 

 そう言われた詩乃は、いきなりこう叫んだ。

 

「あんたの本気と冗談はいつも分かりにくいのよ!」

「逆ギレかよ……」

「で、用件は?」

「この前言ってたABCと遊びに行く話だが……」

 

 その聞き慣れない言葉を聞いた詩乃は、話の腰を折って八幡に聞き返した。

 

「待って、ABCって何?」

「映子はA、美衣はB、椎奈はCじゃないかよ、まあ美衣は読み方を変えないとだけどな」

「ぷっ」

 

 詩乃は確かにそうだと思い、思わず噴き出した。

 

「理解したか?で、その話だが、明日はどうかと思ってな」

「ああ、なるほどね」

「で、どうだ?」

「ちょっと三人に聞いてみるから、こっちから掛け直してもいい?」

「了解だ、それじゃあまた後でな」

「うん」

 

 そして三人に連絡をとった詩乃は、直ぐに八幡に電話を掛け直した。

 

「オーケーだってよ」

「そうか、それは良かった」

「それで迎えなんだけど、三人ともこれからうちに来る事になったから、

朝に直接うちに迎えに来てもらってもいい?」

「ああ、問題ない」

「で、どこに行くの?」

「あいつらの好きな所でいいさ、今夜話し合っておいてくれればいい」

「オーケー、それじゃあ明日ね」

「おう、また明日な。今日はお疲れさん」

「八幡もね」

 

 こうして八幡との通話を終えた詩乃は、動画の続きを見ようと思い、

はちまんくんの方を見たのだが、はちまんくんが黙って目を瞑り、

何か考え込んでいるように見えた為、詩乃は疑問に思ってはちまんくんに話し掛けた。

 

「はちまんくん、どうしたの?」

「いや、さっきの着信音を検索していたんだがな……実はお前、昭和の生まれなのか?」

「なっ……」

「ラムのラブソングって何だよ……」

 

 詩乃は確かにそんな名前の曲だったなと思いつつ、

まさか昭和の曲だったとは思ってもいなかったのか、驚いたようにこう言った。

 

「昭和!?そんなに古い曲なの!?」

「お前どうやって見付けたんだよ」

「適当に検索で、綺麗なオルゴールの曲だなって思ったから……」

「もしかして歌詞とか知らないまま、俺の本体からの着信の曲に設定したのか?」

「うん……」

「後で聞いてみろ」

「う、うん……」

 

 そして後半動画が始まった。

 

「おお……」

 

 はちまんくんは、シャナとシズカの無双状態に釘付けになり、

その後の殲滅戦を興味深そうに見ていた。

 

「さすがは本体だな……」

「はちまんくんでもやっぱり感心するんだ」

「俺の元データには、さすがにこういう大規模戦闘のデータは無いからな」

「そっかぁ」

「同じように見えて、俺達は決して同一人物では無いんだよな、

その事は決して忘れるんじゃないぞ、詩乃」

「うん」

 

 そしてこの日の戦闘の動画を見終わった後、はちまんくんはPCを操作し、

目的の動画を呼び出した。

 

「当然有料なんだが、今回は俺が払っておいてやったからな。とりあえず第一話を見てみろ」

「第一話?ドラマか何かの曲なの?」

 

 ただの音楽の動画だと思った詩乃は、第一話と聞いてそう考えたようだ。

丁度その時ABCの三人が到着した。

 

「やっほー詩乃」

「はちまんくん、久しぶり!」

「あれ、わざわざPCなんか点けて、何を見てるの?」

 

 椎奈にそう尋ねられたはちまんくんは、こう説明をした。

 

「おう、これは詩乃が俺の本体から着信した時に設定してる曲の元ネタだ」

 

 その曲を聞いた事があったのか、三人は口々に言った。

 

「ああ~、あれかぁ」

「かわいいメロディだよね」

「でしょ?見付けたのはたまたまだったけどね」

「よくあんなの見付けてきたなとは思ってたけど、

何の曲かは調べてなかったなぁ、一体何の曲なの?」

「古いアニメだ」

「アニメなんだ?」

「まあ見てみるといい」

 

 そしていきなりオープニングが始まった。

 

「え……オルゴールと雰囲気が違う……」

「確かにかわいいけど、かわいいけど!」

「うん、いかにも昭和だね」

「それより歌詞、歌詞が!」

 

 オープニングが終わった所で三人は詩乃を取り囲み、じっと詩乃の顔を見つめた。

 

「えっと……」

 

 その詩乃の顔は真っ赤であり、三人は頷き合いながら言った。

 

「一番好きよ、ねぇ……」

「本当に知らなかったんだってば!」

「王子の全てを夢見ちゃってるのも事実だし……」

「そ、それは……」

「これは確信犯だね!私達が知らないと思って、

実はこういう意味でこの曲にしたのよと、内心で一人ほくそ笑んでいたに違いないね!」

「ちっ、違……」

「本当に?」

「ほ、本当に本当よ!」

 

 そしてそのアニメの本編を見た三人は、ニヤニヤしながら詩乃にこう詰め寄った。

 

「もし自分が無実だと言うのなら、『ダーリン、うち詩乃だっちゃ』って言ってみなさい」

「それだ!」

「ええええええええええ」

「言えないのなら、ギルティだね」

「うん、ギルティ」

「え、えっと……」

 

 今にもそのセリフを言わんとばかりに、口をぱくぱくしながら葛藤する詩乃を見て、

三人とはちまんくんは、ひそひそと会話を交わしていた。

 

「ねぇ、ノリでとりあえず言ってみたけど、もしかしてこれって本当にやってくれそう?」

「さすがに冗談だって俺でも分かるくらいなんだがな」

「多分恥じらいでパニック状態になってるんじゃないかな」

「まあこれはこれでかわいいからいいか」

「はちまんくん、声を録音する手段ってある?」

「録画機能ならあるぞ」

「ナイス!はちまんくん、もし詩乃が言ってくれたら、

それを録画して王子に聞かせてあげて!」

「俺にか?分かった」

 

 そして詩乃は、葛藤の末についにその言葉を言った。

 

「ダ、ダーリン、うち、詩乃……だっちゃ」

「おおおおお」

「詩乃だっちゃ頂きました!」

「かわいい!」

 

 そして三人は、顔を真っ赤にして固まっている詩乃をそのままにし、

せっかくだからとその作品を鑑賞する事にした。

 

「はちまんくん、これってどんな作品?」

「ドタバタラブコメだな、俺のお勧めは映画の二作目だが」

「まあ面白そうだから見てみようよ」

 

 そして三人は楽しそうにその作品を鑑賞し、いつしか詩乃もそこに加わった。

そして四人は十話程度見終わった所ではちまんくんお勧めの映画の二作目を見る事にし、

こうしてどんどん時間が過ぎていった。

 

「ふう、面白かった……」

「だね!」

 

 そんな四人にはちまんくんが何気なくこう言った。

 

「ところでお前ら、時間はいいのか?」

「あっ……」

「もう三時……」

「やばっ」

「直ぐに寝ないと!」

 

 そして四人は布団を敷く手間も惜しんで適当に布団を並べ、

パジャマに着替えてそのまま雑魚寝に入った。

はちまんくんはやれやれと思いながら、そんな四人を見守りつつ、

たまに布団を掛け直したりしてあげていた。そして朝が来て八幡が到着し、

詩乃の部屋のインターホンを押した。




今日ネタに走ったのは、単純に四人を夜更かしさせたかっただけなので!


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第338話 これが若さか

2018/06/16 句読点や細かい部分を修正


「さて、今日はどこに行かされる事になるのやら……」

 

 詩乃の家に着いた八幡は、そんな事を考えながらインターホンを押した。

だが中からは何の反応も無く、八幡はいぶかしく思いながらも大声を出す訳にもいかず、

考えた末に普通に詩乃に電話を掛ける事にした。

だが運の悪い事に、詩乃が昨日スマホの充電を忘れていた為、電話は繋がらなかった。

 

「このメッセージは……充電切れか、参ったな」

 

 一方この状況を何とかせねばと思い、一人奮闘している者がいた、はちまんくんである。

 

「起きろ詩乃、起きろ、おい起きろって。

くそっ、さすがにぬいぐるみの力じゃ叩いたくらいじゃまったく起きねえ……

とりあえずインターホンに出るか……詩乃の声のサンプルはっと、丁度いい、あれにするか」

 

 八幡は、とりあえずもう一度インターホンを押してみて、

誰も出なかったら一度どこかの店にでも入って時間を潰そうと考えた。

そしてインターホンを押した八幡の耳に、詩乃の声が聞こえてきた。

 

「ダ、ダーリン、うち、詩乃……だっちゃ」

 

 その言葉を聞いた八幡は、たっぷり十秒ほど沈黙した後に我に返り、こう言った。

 

「はああああ?何なのお前、ABCに唆されて、虎縞ビキニにでも着替えてたの?」

「ダ、ダーリン、うち、詩乃……だっちゃ」

「いや、それは分かったから!いやまったく分からないが!」

 

 そしてしばらくの沈黙の後、ドアがガチャリと開き、中からはちまんくんが顔を出した。

どうやら何とかドアノブまでたどり着き、ノブを回す事に成功したらしい。

そして八幡とはちまんくんは、数秒の間黙って見つめあった。

 

「よぉ、久しぶりだな俺」

「…………そういや詩乃の所にはお前がいたんだったな」

「おう、ドアノブの所まで上がるのに苦労したぜ。

あいつら俺の力じゃ揺すっても叩いても起きなくてよ」

 

 そのはちまんくんの言葉に、四人がまだ寝ている事を知った八幡は、

先ほどの声の主が誰だったのか気付き、はちまんくんにこう尋ねた。

 

「それじゃあさっきの詩乃の声はお前か?変声機か何かか?まあ内容は意味不明だったが」

「あれは昨夜録画したての動画を、強引に俺のマイクに直結して音だけ再生したものだ。

ネタとかじゃなく実際にあった事だ」

「そんな機能があったのか……っていうか、実際にってどんな状況だよ!」

「昨夜はな……」

 

 そしてはちまんくんは、八幡に昨日あった事を説明した。

 

「なるほど、あのアニメは俺も嫌いじゃないからそういう事なら仕方ないな。

その曲に興味もあるし、俺は詩乃達を起こすから、お前は詩乃のスマホを充電しといてくれ」

「あいよ」

 

 そしてはちまんくんの後に続いて部屋に入った八幡は、

四人のあられもない寝姿を見てしまい、その瞬間に回れ右をしながら言った。

 

「やっぱりお前が起こしてくれ」

「さっきも言っただろ?俺の力じゃちょっとな」

「鼻と口を塞げ、苦しくて起きるはずだ」

「……おお、それは目から鱗だったわ、さすがは俺の本体だな」

「いいからさっさと起こせ」

「それじゃあ胸の大きい順に起こすか」

 

 八幡はその言葉にしばし固まり、口をぱくぱくさせながらはちまんくんに言った。

 

「お、お前本当に俺のコピーか?そんな発想どうあがいても俺からは出ないだろ?」

「断言出来るか?」

「お、おう……」

「本当にか?」

「……お、おう」

 

 弱々しくそういう八幡に向け、はちまんくんはニヤリとしながら言った。

 

「正解だ、今のは俺の創造主達の発想だな、具体的には馬鹿姉とネズミネコだ」

「何で俺の携帯の登録名を知ってるんだよ……」

「ネズミネコが関わってるんだから当然だろ」

「そうか、そういえばそうだった……」

 

 八幡は以前そんな事もあったなと思いつつそう言った。

 

「まあいい、さっさと起こしてくれ、ついでにパジャマをちゃんと着るように伝えてな」

「分かった」

 

 そしてはちまんくんは、四人を起こしにかかった。

 

「おい椎奈、さっさと起きろ」

「んっ……んんんんんんっ!?ぷはっ、はぁはぁ……あ、はちまんくんおはよう」

「おう、おはよう。あと胸がはだけてるぞ、椎奈」

「おっと、将来王子にもんでもらう予定の胸が」

 

 それを聞いた八幡は思わず突っ込んだ。

 

「俺はもまないからな」

「うわ、今の言い方本物の王子みたい」

 

 椎奈は八幡が言ったのだとは気付かずに、はちまんくんにそう言った。

そしてはちまんくんは、美衣、詩乃、映子の順番に起こしていった。

 

「美衣、ぱんつ一枚で寝てると風邪ひくぞ」

「あれっ、私パジャマを着るの忘れた?

確かに今日は、いつ王子に見られてもいいようにお気に入りのぱんつを履いてきたけど」

「だから見ねえって」

 

「おい詩乃、こんな日まで俺によだれを拭かせるんじゃねえ」

「うっ、また八幡によだれを拭いてもらっちゃった……」

「また?今またって言ったか?」

 

「映子は優等生だな」

「あんた達だらしないわね、完璧なのは私だけじゃない。まあ胸の大きさ以外はだけど……」

「大丈夫だ、俺はお前の味方だからな」

「ありがとうはちまんくん……これで私しばらく頑張れるよ!」

「おう、強く生きろよ。まあ俺ははちまんくんじゃないがな、いやまあ合ってるんだが」

 

 その時点でやっと違和感に気付いた四人は、顔を見合わせた後に入り口の方を見た。

そこにはこちらに背中を向けて座っている八幡の姿があり、

四人は再び顔を見合わせると、仲良く壁にかかっている時計を見た。

 

「「「「あ……」」」」

「やっと全員目が覚めたか」

「は、八幡!?どうやって中に?」

「おう、俺がドアを開けて中に招き入れておいてやったぞ、感謝しろよ詩乃。

まあそのせいでお前達のあられもない姿を見られちまったのは俺のミスだな、すまん」

 

 その瞬間に八幡は、はちまんくんをガッと掴むと、頭をぐりぐりした。

 

「余計な事を言うな」

「お前と一緒で正直者なんでな」

「くっ……混じり物があるとはいえ、俺自身の言葉だけに否定しづれえ……」

 

 そのやり取りを聞いた四人は、自分の格好を眺めた後にお互いの格好を眺めた。

 

「私と映子はセーフだと思うけど……美衣、椎奈!それはまずいでしょ!」

「ちゃんとパジャマを着て寝たはずなんだけどな……まあいっか、八幡さんだし」

「私も別にいいかなぁ」

「うっ、真面目なのが裏目に出た……私も前をはだけておけば良かった……」

 

 それを聞いた映子は盛大に落ち込み、美衣と椎奈は逆に勝ち誇った。

 

「ふふん、これで今日一日王子は、

私達を見る度に今のあられもない姿を思い出す事になるわね」

「だね、勝利の予感!」

「お前ら何言ってんだよ……というかさっさと服を着ろ!」

「あんた達、何言ってんのよ!」

 

 八幡は呆れ、詩乃は嫉妬もあるのか二人に詰め寄りかけた。

だが無慈悲にも、そんな詩乃にはちまんくんがこう宣言した。

 

「ちなみに二人を脱がせたのは寝ぼけた詩乃だからな」

「えっ?」

「詩乃……」

「どういう事なの……」

「くっ、もっと詩乃っちの近くで寝ていれば……」

「し、証拠が無いわ!」

 

 詩乃はそう悪あがきしたが、そんな詩乃にはちまんくんは再び無慈悲に言った。

 

「この場合判断するのは第三者という事になるが、

この場には一人しかいないよな。で、俺の本体に証拠を見せてもいいんだな?」

 

 そう言いながら左手をぷらぷらさせるはちまんくんを見て、

詩乃は昨夜の事を思い出し、証拠が確かに存在するのだと理解した。

 

「う…………」

「いいんだな?」

「す、すみませんでした……」

 

 こうして詩乃ははちまんくんの軍門に下ったのだが、

そんなはちまんくんの頭に八幡が拳骨を落した。

 

「痛っ……くはないが、おい俺、俺が壊れたらどうする!」

「お前はあんまり詩乃をからかうんじゃねえよ」

「へいへい」

「八幡……」

 

 詩乃はその八幡の優しさにうるっときたのか、涙目で八幡を見つめたが、

その詩乃の前で、八幡はどこかに電話を掛け始めた。

そして詩乃の携帯が、特徴的なオルゴールのメロディを奏で始めた。

 

「ちょ、ちょっと八幡、一体何を……」

「確かにオルゴールバージョンは綺麗な曲に仕上がってるな、

いい選曲だと思うぞ、詩乃」

「まさかそれを確かめる為に!?」

「おう、それだけだぞ」

「そ、そう」

 

 詩乃は歌詞の話題が出なかった事に安堵したのだが、

当然ABCはこんな面白いシチュエーションを放置するような三人ではなかった。

 

「あんまりそわそわしないで、詩乃」

「うんうんきょろきょろしないでね」

「一番好……」

「わ~、わ~、わ~!」

 

 詩乃は慌てて椎奈に前から抱き付き、その続きを言わせまいとその口を塞いだ。

 

「半裸の椎奈に抱き付くなんて、もしかして詩乃にはそっちの趣味もあったのか?」

 

 ここではちまんくんが、空気を読まずにそう言った。

その瞬間に八幡は、再びはちまんくんの頭に拳骨を落した。

 

「だから壊れたらどうするんだと」

「あんまりかき回すなっつってんだろ。あとお前ら、さっさと支度しろよ。

俺はキットで待ってるからな」

「「「「は~い」」」」

 

 そして八幡は外に出ていき、四人は慌てて準備を始めた。

 

「もう~、あんまり人をからかわないでよ、恥ずかしいんだがらね」

「その恥らう姿を見るためにやってるんでしょうが!」

「王子は恥ずかしがってくれなかったのかな?せっかく体を張ったのに」

「くっ……ちょっと胸があるからって……」

「牛乳飲め」

「はいはい映子も椎奈もそのくらいでね」

 

 そして外に出てキットの運転席に戻った八幡は、深いため息をついた。

 

「はぁ……まったくあいつらときたら……」

「少し顔が赤いようですが、大丈夫ですか?八幡」

「おう、あいつらとんでもない格好で寝てやがってな……

その後もとんでもない会話ばっかりしやがって、顔に出さないようにするのに苦労したわ」

「それは大変でしたね、お疲れ様です八幡」

「さすがに二十歳を超えるとああいうノリについていくのはきついんだよな」

「なるほど、そういうものですか」

「自分じゃまだ若いつもりなんだがなぁ……」

 

 そう言って八幡は、詩乃の部屋から出てくる四人の格好を見ながら言った。

 

「ほらキット、あいつらのあの格好、あんな短いスカートで寒くないのかな、

何て思う時点で、俺には若さが足りてない気がしちまうんだよな」

「確かに八幡は年齢よりも大人びているかもしれませんね」

「まあいいか、今日は精々おっさん扱いされないように気を付けるわ」

「頑張って下さいね」

「おう」

 

 そして八幡は、キットに乗り込んだ四人にどこに行けばいいのか尋ねた。

 

「あっ……」

「まさか決めてなかったのか?」

「昨日は慌てて寝たもんね……」

「しくじったね……」

「ごめんなさい八幡さん」

 

 縮こまる四人に向けて、八幡は明るい声で言った。

 

「何、別に今ここで決めればいいさ」

「うん……」

 

 八幡は、そういえばこいつらは面と向かった時は王子って呼ばないんだなと思い、

少し安堵したのだが、その事を口に出すとそう呼ばれる事になりそうだったので、

その事については黙認する事にした。

 

「あっ、そういえばこの前バイトの時、分からない事があってアルゴさんと話したんだけど、

その時アルゴさんに教えてもらったんだよね、

アキバにソレイユの実験施設というか、そういうのがあるみたいね。

何かVRゲームをプレイしているところを、一緒にいる友達に見せられるとか何とか」

「何だそれ、そんなのがあるのか?」

「うん、まだお試しだから、八幡には報告してないとか何とか」

「ほほう?」

「アルゴさんは、興味があるなら友達と行ってみたらいいって言ってたんだよね」

「そうか、それじゃあ試しに行ってみるか?」

 

 その八幡の提案に、詩乃以外の三人も乗った。

 

「八幡さんや詩乃が実際にプレイしているのが見れるんだ?凄い興味ある!」

「うんうん、一度見てみたいって思ってたんだ!」

「八幡さん、是非お願いします!」

「おう、三人がいいならまあいいよな?詩乃」

「うん、私は構わないわ」

「それじゃあどこに行けばいい?」

「えっとね、アルゴさんの知り合いのハッカーの男の人がよく通ってる店で、

メイクイーン・ニャンニャンっていうメイド喫茶だって」




すみませんすみません最後のはちょっとした出来心なのです……


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第339話 そしてメイドは八幡と出会う

滅多に無いこの作品での斜め上の話ですね!(それをどの口が言う)
いやもちろん理由はあるんですけどね!この二人が設定的に都合が良かったのと、
残りはあとがきにて!

2018/06/16 句読点や細かい部分を修正


「メイド喫茶だと?」

「まだあくまで実験段階だから、

大手の家電店でやるのはちょっと早いんじゃないかって話になったらしいよ」

「商品化するかも分からないような、本当に実験段階の企画って事か」

「うん」

「まあとりあえず行ってみるとしよう」

 

 そして四人は楽しそうに話し始めた。

 

「私メイド喫茶って行くの初めて」

「これで私もついにお嬢様デビューかぁ……」

「メイド服の試着でもしてみようかな?」

「八幡の前でそんな格好したら襲われるかもしれないわよ」

「え~?それに何の問題があるの?」

「むしろ望むところじゃない」

「詩乃っち、この二人がこうなったら何を言ってもフリにしかならないよ」

「そうね……」

 

 その会話にさすがに我慢出来なくなったのか、八幡は四人に言った。

 

「お前ら俺がいるって事を忘れるんじゃねえ」

「「「「は~い」」」」

 

 そしてキットが、まもなく現地に到着すると告げてきた。

 

「八幡、そろそろ目的地に到着します」

「そうか、まあお前ら、今日は何も考えず楽しんでくれ」

 

 

 

 その日の仕事が一段落し、何か面白い事でも無いかなと休憩中に窓の外を眺めていた、

メイクイーン・ニャンニャンのメイドの一人であるフェイリスの目に、

不思議な五人組の姿が映った。

 

「はぁ、今日もアキバは平和だニャ……むむっ、あれは……ガルウィング!?

これは珍しいものが見れてラッキーだったニャ。乗っているのは女子高生の四人組?

それとそれを連れまわす一人の男性…………

ニャニャッ!?誰も乗ってない車が走り去っていったニャ!?

まさかあの車は失われた古代文明の遺産ニャ?それにあの男性の、あのオーラは……

これは俄然興味が沸いてきたニャ、あの人達、うちにお客として来てくれないかニャ」

 

 その刹那、一瞬八幡とフェイリスの目が合った気がした。

八幡は単にこれから入る店を眺めただけであり、

確かに中にメイドさんがいるなと思っただけなのだったが、

フェイリスにとってはそれは運命を感じさせるものだった。

 

「まさかこれがキョーマの言っていた、シュタインズ・ゲートの選択なのかニャ?」

 

 フェイリスはそう考え、期待に胸を膨らませた。

そして八幡達が店の入り口へと向かって歩き出すのを確認したフェイリスは、

休憩を途中で切り上げ、急ぎ店内へと戻った。

そして目的の五人組が入ってくるのを見たフェイリスは、同僚達にこう声を掛けた。

 

「ごめんニャ、あの五人組はフェイリスにご奉仕させて欲しいニャ」

 

 フェイリスがそんなお願いをした事は今まで一度も無かった為、

同僚達は驚きつつも、それを許してくれた。

 

「ありがとニャ!」

「フェリスちゃん、ところで休憩は?」

「途中で切り上げてきたニャ、窓からあの五人が見えたからニャ」

「そうなんだ、誰か気になる人でもいたの?」

「あの男の人から凄まじいオーラを感じたのニャ」

「そっか、いい事があるといいね、フェリスちゃん」

「うん!」

 

 そしてフェイリスは、ドキドキしながら五人の所へと向かった。

 

(こんな気持ちになるのは久々だニャ)

 

「いらっしゃいませご主人様、お嬢様方。

本日担当させて頂くフェイリス・ニャンニャンですニャ」

「あ、宜しくお願いします」

「それではお席へ案内しますニャ」

 

 そして五人を席へと案内し、メニューを渡したフェイリスは、

にこやかな笑顔で八幡に話し掛けた。

 

「ご主人様からは何かオーラを感じたのニャ、

もしかして前世の記憶をお持ちですかニャ?」

 

(ん、ネタなのかな、ここでおかしな否定の仕方をしたら、せっかくの空気が壊れちまうか)

 

 そう余計な気をまわした八幡は、フェイリスにこう答えた。

 

「いや、前世も何も、俺は闇の妖精だからな、かつての記憶は鮮明に頭の中に残っている」

 

(ALOじゃスプリガンだし、合ってるよな、うん)

 

 その言葉を聞いた四人は、ひそひそと囁き合った。

 

「ねぇ詩乃っち、八幡さんはどうしちゃったの?」

「多分あれは、空気を読んで相手のノリに合わせたんだと思う」

「あっ、そういう……」

「私達も何かあったら合わせないとだね!」

「えっ、私も?」

「当然!」

 

 そしてフェイリスは、その八幡の言葉にこんな反応をした。

 

「ニャニャッ!?まさか闇の妖精とこんなところでお会い出来るニャんて……」

「あと、ご主人様って呼び方をされると少し緊張しちまうから、

出来れば俺の事は八幡と呼んでくれ」

「八幡……八幡……分かったニャ、八幡!」

 

 フェイリスはそう言われ、とても嬉しそうに八幡の名前を呼んだ。

 

(いきなり呼び捨てにされてもまったく気にならないどころか、

昔からずっと友人だったような気にさせられるな、これがプロって奴なんだろうな)

 

 八幡はそう思い、少しサービス精神を発揮してこう付け加えた。

 

「ちなみにこいつは猫の妖精で、ゴーレムマスターだ」

「ニャニャ、ニャんと!?」

「ちょっと八幡」

「ケットシーなんだから合ってるだろ?」

「それはそうだけど」

「俺はゴーレムじゃない、どちらかというと自動人形だな、オートマタだ」

 

 突然シノンの持つ荷物からそんな声がし、中からはちまんくんが飛び出した。

それを見たフェイリスは驚いたが、それをおくびにも出さずにこう言った。

 

「まさか……まさかまさか、これが妖精界の至宝と言われたあのオートマタかニャ!?」

「ああそうだ、今回は特別に連れて来たんだ」

「感激ニャ!まさか本物をこの目で見れるとは……」

 

 そして八幡は、こっそりと詩乃に尋ねた。

 

「…………おい詩乃、何故それがここにいる」

「わ、私にも何がなんだか……」

 

 困った顔をする詩乃の代わりに、はちまんくんがそれに答えた。

 

「こっそり詩乃の荷物に潜り込んだからな、っていうか重さで気付けって」

「うぅ……」

「まあいい、こうなったら適当に話を合わせろよ、詩乃」

「う、うん」

 

 そして八幡は、フェイリスに向かってこう言った。

 

「フェイリス、このオートマタの事は内密に頼むぞ、

最近妖精界にもスパイが入り込んでいてな、

こいつがここにいると分かったら、狙われるかもしれないからな」

「任せるのニャ!」

 

 実はこの時フェイリスは、はちまんくんのあまりの人間臭さを見て内心で動揺していた。

 

(何なのニャこれは……この人はフェイリスが思った以上に大物なのかもしれないニャ)

 

 そして八幡はフェイリスにこう言った。

 

「とりあえず俺はホットコーヒーを、ついでにトイレの場所を教えてくれ。

詩乃達はその間に注文を決めておいてくれ」

「うん、分かった」

「どうする?」

「私お腹すいた!」

「もうお昼を軽く回ってるし、少し重めの物でもいいかもね」

「俺のおごりだから遠慮するなよ」

 

 八幡は四人にそう声を掛け、フェイリスの後に続いた。

 

「それじゃあこちらへどうぞニャン」

 

 そして四人の死角に入った瞬間、八幡はフェイリスを呼びとめてこう囁いた。

 

「さっきはいきなりで驚かせちまったな、ごめんなフェイリス。

あいつは俺の人格を参考に作られたソレイユ製のロボットでな、

市場にも出回ってないから、秘密にしておいてもらえると助かる」

 

 それを聞いたフェイリスは、あのソレイユならそれくらい有りかもしれないと納得した。

そしてフェイリスは、八幡にこう尋ねてきた。

 

「八幡はソレイユの人なのニャ?それじゃあ今日ここに来た目的はもしかしてアレかニャ?」

「ああ、アルゴに教えられてきたんだよ、ここにソレイユの試作品が置いてあるってな」

「なるほどニャ、八幡は魔王からの使者だったのニャね」

 

 それを聞いた八幡は仰け反った。

 

「魔王が自分でそう名乗ったのか?」

「ううん、フェイリスの感想ニャ」

 

 それを聞いた八幡は、素直に感心した。

 

「……凄いなフェイリス、実際あの人のあだ名は魔王なんだ」

「魔王がここを訪れた時は凄かったニャ、八幡とは別の意味で、凄いオーラだったニャ」

「別の意味って、俺からもそのオーラとかいうのが出てるのかよ……」

「うん、沢山出てるニャ!」

「ま、まあいい、とりあえず今日その機械は使えるか?」

「実は今調整中なのニャ……でも壊れてるとかじゃニャいから、使うのに問題はないニャ」

「そうか、頼めるか?」

「そうニャねぇ……」

 

 そしてフェイリスはじっと八幡を見つめた後、こんな条件を出した。

 

「おーけーニャ、その代わり八幡に頼みがあるのニャ」

「頼み?俺に出来る事であれば問題ないが……」

「フェイリスにも、八幡がプレイする姿を見せて欲しいのニャ!

正直今までのご主人様達は、興味本位の素人さんばっかりで、

フェイリスはちょっと欲求不満だったのニャ」

「俺のプレイ姿な……」

 

 それを聞いた八幡は考え込んだ。

 

(GGOの時間にはまだ早いし、俺がALOのハチマンだとバレるのはな……

まあいいか、あの姉さんとアルゴが選んだ人だ、秘密は守ってくれるだろう。

その前に一応確認するか……)

 

 そして八幡はフェイリスにこう言った。

 

「なぁ、フェイリスはALOについては詳しいのか?」

「ここに機材を設置する時に、

お試しでアルゴにゃんに少し説明しながら案内してもらったのニャ。

あれは甘美な体験だったニャ!」

「なるほどその程度か、俺のゲーム内での姿について、

誰にも言わないと約束してくれるならオーケーだ」

「それでいいニャ!しかしその言葉、今のフェイリスは期待感でいっぱいなのニャ!」

「期待に添えるように努力はするけどな」

「お願いなのニャ!」

 

 そして八幡はフェイリスと共にテーブルに戻り、注文と同時に個室へと案内された。

そこには数台のアミュスフィアとモニターが設置されていた。

 

「ここがソレイユが作ったっていう施設なんだね」

「おう、本当は調整中らしいんだが、フェイリスに頼んで使わせてもらえる事になった」

「あ、そうだったんだ、ありがとうフェイリスさん」

「うわぁ良かった、ありがとう!」

「どう致しましてニャ、それじゃあ調整を中断してもらうニャ……あっ!

八幡、調整してくれている人も裏のモニターで見る事になっちゃうけどいいかニャ?」

「誰が調整してくれてるんだ?」

「アルゴニャンの知り合いで、私の知り合いでもあるスーパーハカーだニャ」

「ああ……ならオーケーだ、宜しく伝えておいてくれ」

「ありがとニャン」

 

 そして八幡は四人にこう言った。

 

「とりあえず使わせてもらう為の条件として、

フェイリスに俺のプレイする姿を見せる事になった。という訳で俺は今からALOに潜る。

お前達は食事をしながらどんな感じだったか後で感想を聞かせてくれ。

解説はこいつにさせればいい、それだけの知識は持ってるはずだからな」

「おう、任せろ」

 

 はちまんくんはそう言って胸を張った。

 

「あっ、そうなんだ」

「宜しくニャ、詩乃にゃん」

「こちらこそ」

「八幡さんのプレイ姿?うわ、興味ある!」

「ALOってあの空が飛べるゲームだよね?」

「おう、今の俺のホームだな」

「うわ、楽しみ!」

「それじゃあちょっと待っててニャ、ちょっと裏で話してくるのニャ」

 

 フェイリスはそう言うと、バックヤードへと消えていった。

 

 

 

「ダルにゃん、ちょっといいかニャ?」

「フェイリスたん、どしたん?」

「機材の調整を一旦止めてもらってもいいかニャ?

ちょっとこれを使わせたい人がいるのニャ」

「それは別にいいけど、誰か来たん?」

「八幡って人ニャ、ダルにゃんも映像を見ていいそうニャよ」

「八幡……?あ……」

 

 その名前を聞いて固まったダルを見て、フェイリスはいぶかしげにダルに尋ねた。

 

「どうしたのニャ?もしかして知り合いだったのかニャ?」

「フェイリスたんごめん、アルゴ氏にその人の事は聞いてはいるんだけど、

守秘義務があるから話せないんだお」

「えっ?」

 

 フェイリスはその意外な言葉に驚いた。それは守秘義務が課せられる程、

八幡が大物だという事に他ならないからだ。

 

「その人の名前だけ聞いた段階で、僕にはアルゴ氏から守秘義務が課せられたんだお、

多分僕がその人の正体にたどり着くって事前に分かってたんだと思うお」

「で、ダルにゃんは正解にたどり着いたと」

「凄く苦労してやっとたどり着いたお、案の定重要人物すぎて驚いたお」

「そうニャんだ……」

 

 フェイリスは、ダルがそんな事を言うのは初めてだと思い、

どうしても八幡の事が知りたくなった。

 

「まあ興味があったらネットの噂でも調べてみるといいお、

それだけでまあそこそこ表面的な情報は集まると思われ」

「うん分かった、ありがとうダルにゃん」

「でも彼のプレイ動画を見れるなんて凄くラッキーだお、

というか世界初かもしれないお」

 

 その言葉にフェイリスもわくわくを止められなかった。

そしてフェイリスは部屋に戻り、八幡に言った。

 

「準備おーけーニャ!」

「ありがとなフェイリス。良かったら俺が払うからフェイリスも何か注文してくれ、

常識の範囲内なら遠慮しなくていいからな。それじゃあちょっと行ってくる」

 

 そして八幡はALOにログインし、その瞬間に画面にハチマンの姿が現れ、

バックヤードでダルが絶叫した。

 

「やっぱりだお!SAOの英雄、ハチマンキターーーーーーーーー!」




他作品を更にクロスさせたというよりは、あくまでゲスト的な登場になります(多分……)
まあダルは相談役的なポジションとして、今後も出る可能性は否定出来ませんが、
フェイリスはどうでしょうね、キャラが勝手に動けば出るかもくらいでしょうか。
それよりも問題はこの設備の方です。この設備によって得られたデータを元に、
ユーザーが簡単に自分のプレイを配信したり出来るようになっていき、
その流れでこれの一部の技術がオーグマーへと転用されると、
このエピソードはその準備段階の様子を描いていると思って頂ければ!
ちなみに序盤でフェイリスの事をフェリスちゃんと呼んでいる子がいますが、ミスではありません!


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第340話 稽古をつける

2018/06/16 句読点や細かい部分を修正


 フェイリスは八幡の言葉に甘えて自分の分の飲み物を用意していた為、

バックヤード近くのキッチンでそのダルの言葉を聞いた。これは完全にダルのミスである。

だがその後のダルは興奮こそしていたが、何があろうとも大声を出したりはしなかった為、

一瞬大声を出すのを我慢出来なくなるくらい、その時は興奮していたのだろうと思われた。

そしてフェイリスは、SAO、ハチマン、英雄という言葉をしっかりと心のメモに記した。

 

 

 

「ここは……アルンか」

 

 ハチマンは、前回自分がどこでログアウトしたのかを忘れており、

周囲を見回した後にそう言った。

 

「しかしこれ、本当に見えてるのか?何も変わらないような気もするが、

まあアルゴが言うなら見えてるんだろうな、という訳でまあ楽しんでくれ」

 

 ハチマンはこれを見ているであろう六人に向けてそう言うと、

街の中央へと移動しようと歩き出した。その姿を見て、道行くプレイヤー達が口々に叫んだ。

 

「あれって、ザ・ルーラーじゃないか?」

「ハチマンさん!頑張って下さい!」

 

 この程度の声ならまだ特にハチマンは気にしない、いつもの事だからだ。

問題はもう一つのいつもの事の方だった。

 

「ハチマン様、今お一人ですか?是非ご一緒したいです!」

 

 これなら何かと理由を付けて断ればいいので比較的マシだった。

 

「ハチマン様、精一杯おしゃれしてみました!私と一緒に写真を撮って頂けますか?」

 

 これは断るのが中々難しい。彼女にとっては一生の記念になるのかもしれないからだ。

 

「ハチマン様!」

「ルーラー様!」

 

 これがこういう時のハチマンの日常である。女性プレイヤーの方がより積極的なのだ。

だからハチマンは、普段は一人では滅多に行動しない。こうなるのが目に見えているからだ。

そしてハチマンは、頃合いを見てそのまま上空へと飛び上がった。

ある程度の高度で静止した八幡は、周囲の景色がよく見えるようにぐるぐると回り、

更に上空へとのぼっていった。アルンから直接アインクラッドへと転移しなかったのは、

どうやらこの景色を見せる為だったようだ。

ちなみに無言なのは、解説ははちまんくんがしているだろうと思っていたからだ。

そして上空に、鋼鉄の城が姿を現した。

ハチマンはアインクラッドの周りを軽く飛ぶと、そのまま底から普通に中に入る事にした。

 

「さてと、とりあえず始まりの街で行くべきところは……」

 

 ハチマンはそう呟くと、剣士の碑へと向かった。

 

「ここは最初の方の層の名前を見てくれればいいかな、まあただの自慢だな」

 

 そして次にハチマンは、第二層のウルバスへと向かい、

店の外からトレンブル・ショートケーキを眺めながら言った。

 

「どうだ、甘い物が食べたくなっただろ」

 

 ハチマンはフフンと鼻で笑うと、そのまま第二十二層へと向かった。

 

「もっと案内してやりたいんだが、今の到達階層はまだ二十五層なんでな、

まあここは敵も出ない平和で綺麗なフロアだから、ここで我慢してくれ」

 

 ハチマンは途中で何度も女性プレイヤーに呼び止められつつも、

二十二層を少し回ってその景色を見せた後、ヴァルハラ・ガーデンの前まで移動した。

 

「はぁ……やっとここまで来れたか」

 

 八幡は疲れたような表情でそう言うと、ヴァルハラ・ガーデンの入り口を開き、

そこから中へと入っていった。

 

「俺のギルド、神々の楽園ヴァルハラ・リゾートへようこそ、なんてな」

 

 そしてハチマンの視界に広大なホールが姿を現した。

 

「誰かいるか?」

 

 そう声を掛けたハチマンに、返事をする者がいた。

 

「あっ、ハチマンさん!」

「おう、リーファか、兄貴はいないのか?」

「うん、バイトだって」

「バイト?何のだ?」

「内容は知らないけど、クリスハイトから紹介されたんだってさ」

 

 それを聞いたハチマンは先日の出来事を思い出し、気まずそうに言った。

 

「ああ……そういやあいつを金欠にしたのは俺とユキノだったわ……」

「そうなんだ、何があったの?」

「おう、それがあいつな」

 

 そしてハチマンは、先日あった出来事についてリーファに説明した。

 

「お兄ちゃんはたまに天然っぷりを発揮するからね……」

「その辺りはリーファがちゃんと支えてやってくれ」

「うん」

「で、リーファの他に誰かいるんだろ?ユイとキズメルがいないしな、闘技場かどこかか?」

「うん、闘技場に何人かいるかな、フカちゃんとリズさん、それにユージーン」

「まあまだ昼間だしな、しかしリズが一人なのは珍しいな」

「お兄ちゃんのバイトが終わるまでの暇つぶしだってさ」

「そういう事か」

 

 そしてハチマンは、リーファの頭をなんとなく撫でながら闘技場へと向かった。

リーファは少し恥らいながらハチマンにこう尋ねた。

 

「……ハチマンさん、確かに嬉しいんだけど、何で私の頭を撫でてるの?」

「ん?あれ……つい無意識に……これはお前の発する妹オーラのせいだな」

「何それ!?」

「俺も自分で言っててよく分からん」

 

 それを聞いたリーファはクスッと笑いながら言った。

 

「ハチマンさんは、たまにうちのお兄ちゃんよりもお兄ちゃんっぽいんだよね」

「おう、俺は世界のお兄ちゃんを目指してるからな」

「何それ」

 

 再びリーファはクスっと笑い、そして二人は闘技場へと到着した。

その瞬間に二人に気付いたフカ次郎が、ハチマン目掛けてルパンダイブした。

 

「ハチマンすゎ~ん!」

「きめぇ」

 

 ハチマンはスッと横に避け、フカ次郎はそのまま地面に激突した。

 

「ふぎゃっ」

 

 そんなフカ次郎を放置して、ハチマンは闘技場の脇にいたリズとユイの下へと歩み寄った。

 

「リズ、ユイ」

「ハチマン!」

「パパ!」

「これはどうなってるんだ?」

 

 ハチマンはそう言って闘技場の方を指し示した。

そこで戦っているのは、キズメルとユージーンだった。

 

「クリスマスの時にキズメルに頼まれて武器を作ってあげたんだけど、

その試し斬りも兼ねて今ユージーンに稽古を付けてもらってるみたいな?」

「稽古か、それにしちゃ何かユージーンが押されてないか?」

「そうなのよ、力を技術でいなしてるみたいに見えるのよね」

 

 そう言いながらリズベットは改めてキズメルの方を見た。

 

「確かにそう見えますね、キズメルさんはパパ達全員の戦う姿をよく見てますから」

「もう立派な戦力だよね」

「だな」

 

 そう言うとハチマンは闘技場の方へと歩き出した。

それでハチマンに気付いた二人は、戦いの手を止めた。

 

「おうハチマン、久しぶりだな」

「ハチマンか」

「ユージーン、キズメルに稽古を付けてくれてたみたいだな、

本来なら俺がやらないといけない事なのにすまないな」

「確かに稽古のつもりだったが、こっちが押されぎみでな……」

 

 少し落ち込んだようにそう言うユージーンに、ハチマンは言った。

 

「キズメルは昔から特別だからな、それにお前、魔剣グラムを使ってないだろ?

だから気にする事はないさ、とりあえず俺と代わろう」

「ハチマン、いいのか?」

「今のキズメルは俺のところに嫁入りしたようなものなんだろ?

だったら俺が相手をしてやらないとな」

「そうか、感謝する」

 

 ハチマンは昔キズメルがそう言った事を思い出し、冗談めかしてそう言った。

そこに倒れていたフカ次郎が顔をさすりながら現れ、ハチマンに抗議した。

 

「リーダー、何で受け止めてくれないの!フカ次郎は悲しいよ!」

「お前の顔がセクハラする気まんまんに見えたからな」

「えっ!?そんなに欲望が顔に出てた?」

「お前から欲望を取ったら何も残らないだろ、とりあえずそこで見てろ」

 

 そしてハチマンとキズメルは対峙し、キズメルは積極的にハチマンに攻撃した。

だがその攻撃は全てカウンターで止められ、連続した攻撃に繋げられないキズメルは、

そのままずるずると敗北した。

 

「くっ、やはりハチマンは強いな」

「今度時間がある時にまた相手をしてやるよ」

 

 ハチマンは少し時間を気にしながらそう言い、ユージーンを手招きした。

 

「ユージーン、次はお前だ」

「むっ」

「もちろん魔剣グラムを使ってな、さっきの稽古じゃ欲求不満だろ?」

「おう、ついにこの時が」

 

 実はユージーンはまだハチマンとガチでやりあった事は無い。

ほとんどキリトがその相手を務めてきたからだ。そんな訳でついに二人の対戦が実現した。

 

「お手並み拝見だな」

「おう」

 

 ユージーンは激しくハチマンに斬りかかったが、その攻撃は当たらない。

 

「くっ、当たらん」

「敵の太刀筋を予測するのは得意なんでな」

 

 ハチマンは細かい敵の挙動から次にどこに攻撃が来るかを予測し、

余裕をもってユ-ジーンの攻撃を交わしていた。

そのままどんどん前に進んで行ったハチマンは、

ユージーンが腕に力を入れた瞬間にグラムに向けて攻撃を放ち、

自分の武器をグラムで受けさせる事に成功した。

その瞬間にユージーンは頭に衝撃を受け、横に吹き飛ばされた。

 

「ぐおっ」

 

 ユージーンは頭を振り、ハチマンの方を見た。

そしてユージーンは、自分が拳で殴られた事を知った。

 

「何かと思ったら、俺は殴られたのか」

「ああ、そのまま短剣で攻撃するのもちょっとなって思ってな」

「くそっ、さすがに強いな」

「相性の問題もあるんだろうな、俺は人相手が得意だからな」

「更に修行せねばいかんな」

「俺も時間がある時はたまに相手をしてやるよ、もうお前は友達だからな、ユージーン」

「おお!」

 

 ユージーンはその言葉に、とても嬉しそうに頷いた。

そしてハチマンは、次にリーファとフカ次郎に手招きした。

 

「え、私達も?」

「ど、どうしたっすかリーダー、今日はやけにサービス精神旺盛じゃないですか!」

「いいからさっさとこい」

 

 だが二人でも結果は同じだった。リーファは善戦したものの、

カウンターの上にカウンターを重ねられて武器を跳ね飛ばされ、

フカ次郎は背教者ニコラスに変身したハチマンの姿に驚いた瞬間に、手でパチンとされた。

そう、左右からパチンとされたのだ。それでフカ次郎は目を回し、その場に倒れた。

 

「リーファは剣の腕に頼りすぎなところがあるな、普通の敵相手ならいいんだが、

俺相手だともっと魔法も絡めて意表を突くような攻撃をしてこないとな」

「うん、もう少し色々やってみる」

「フカ次郎はまあいいか、まだ半分見習いみたいなものだしな」

 

 そしてハチマンは、仕方ないといった感じでフカ次郎を抱き上げ、

そのまま拠点へと戻ろうとした。そんなハチマンにリズベットが声を掛けた。

 

「ハチマン?私は!?」

「あ?俺がお前と戦える訳が無いだろ、お前は俺にとっては大事な親友だからな」

「あ、そ、そう」

 

 リズベットはそう言われ、派手に顔を赤くし、そのまま黙ってハチマンの後に続いた。

ハチマンはフカ次郎を運びながら、ぼそっと呟いた。

 

「こんな状態だと、こいつも可愛げがあるんだがな……」

 

 その瞬間にフカ次郎がガバッと体を起こし、ハチマンの首に手を回してキスしようとした。

 

「そんなハチマンさんにかわいいフカ次郎ちゃんが熱いベーゼを!」

 

 だがハチマンは最初からフカ次郎が復活していた事に気付いていたのか、

そのまま手を離し、フカ次郎を下に落した。

 

「ぎゃっ」

 

 フカ次郎はそのままお尻から下に落ち、悲鳴をあげた。

 

「も、もしかして気付いてわざと誘いを……?」

「おう」

「くっ……こんな事なら何もせずにお姫様抱っこを継続してもらえば良かった……」

「だな」

「フカ次郎ちゃん一生の不覚!」

「それじゃあお前の人生は不覚で出来てます状態になっちまうな」

「ぐはっ」

 

 そしてフカ次郎を残して拠点に戻った後、

ハチマンは今日は時間が無いと言ってそのままログアウトした。

フカ次郎はうるうるしながらリズベットに尋ねた。

 

「リズさん、なんかハチマンさんのフカ次郎ちゃんに対する扱いが雑じゃないですか!?」

「ああ、あれはあれで多分楽しんでいると思うわよ、

きっとフカちゃんの事を気に入っているのね」

「まじっすか!フカ次郎ちゃん大勝利確定!?」

「そこまでは言わないけど、嫌われてるとかは絶対に無いから安心してね」

 

 その言葉を聞いたフカ次郎はこう宣言した。

 

「決めた!今度の休みに東京に出て、ハチマンさんに会いに行っちゃおう!」

「ほ、本気……?」

「本気と書いてマジと読むくらいには!」

「そ、そう……会えるといいわね」

「駄目だったら友達と遊ぶから大丈夫!」

 

 フカ次郎がそんな宣言をした事も知らぬまま、

八幡はメイクイーン・ニャンニャンの一室で再び意識を取り戻した。



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第341話 ALOのハチマン、そして

2018/06/17 句読点や細かい部分を修正


 メイクイーン・ニャンニャンの一室で、

八幡はALOにログインし、はちまんくんを含む六人は、

部屋に設置されたモニターに注目した。

 

「あっ、映った」

「これって街?」

「これがハチマンさんかな?」

「ここは確かアルンの街ニャ、案内された時に行ったニャ」

「ALOの首都だな」

「すごく大きいね」

 

 そして六人の目の前で、ハチマンの周りに人が集まり始めた。

 

「……何これ」

「ちょっと人気がありすぎじゃない?」

「しかも女の子ばっかり……」

「まあ俺はモテるからな」

「うわ、絶対にハチマンさんなら言わないセリフ!さすがはちまんくん!」

「闇の妖精は不人気なのかニャ?そのせいで凄く目立ってるニャ」

 

 そんな光景に我慢出来なくなったのか、詩乃がハチマンを指差しながら言った。

 

「ハチマンあんたねぇ、少しは断りなさいよ!」

「詩乃、落ち着け、あれは俺であって俺じゃねえ」

「そうそう、ゲームだよゲーム」

 

 そして会話を聞いていたフェイリスが、首を傾げながら言った。

 

「ところでさっきからたまに聞こえる、ルーラーって何なのニャ?」

「ああ、それは……」

「ルーラーってのは正式には『ザ・ルーラー』支配者って意味で、彼に贈られた二つ名だお」

「ダルにゃん、どうしてここに?」

 

 そう返事をしたのはダルだった。そしてそんなフェイリスの質問に、

ダルはあっさりとこう言った。

 

「注文の品を持ってきたんだお、だってこの部屋に他の子は入れられないっしょ?」

「そういえばそうだったニャ」

「フェイリスさん、この方は?」

「僕はダルだお、彼の部下の知り合いで、バイトでこの機械の保守をしてるんだお」

「あっ、もしかして、スーパーハカーさん?」

 

 八幡に聞いていたのか、そう質問してきた椎奈の胸に気をとられつつ、

ダルは鼻の下を伸ばしながらこう答えた。

 

「ハカーじゃなくてハッカーだろJK、ってこんな会話を女子高生とする時が来ようとは、

生きてて良かった……しかもかわいい……」

「あははは、やだもうダルさんってば、そんな本当の事を」

「でもここで勘違いすると後で痛い目を見るから、僕は勘違いはしないんだお」

 

 ダルはそう達観したような目で呟いた。

そんなダルの背中を面白そうにバシバシ叩く椎奈を見て、他の四人は言った。

 

「椎奈のコミュ力はここでも通用するレベルなんだ……」

「これが胸囲の格差社会?」

「わ、私だって八幡に揉んでさえもらえれば……」

「大丈夫だよ詩乃にゃん、あんなのはただの脂肪だからニャ」

「詩乃はむっつりだからな」

「ちょっとはちまんくん!」

 

 そしてダルは、はちまんくんを見ながらこう言った。

 

「って、おお?今ぬいぐるみが喋ってなかった?」

「俺の事か?」

 

 はちまんくんがそう言い、ダルは仰天した。

 

「うおっ、これって現実?女子高生と会話出来た事といい、ここはもしかして夢の中?」

「現実だ、俺ははちまんくん、宜しくな、ダル」

「あっ、ど、どうも……」

 

 ダルは、まあソレイユ絡みなんだしこういう事もあるのかと、無理やり自分を納得させた。

そしてはちまんくんが、画面を指差しながら言った。

 

「ほら、飛ぶぞ」

 

 その言葉に六人は再び画面に注目した。画面の中ではハチマンがぐんぐん上昇していき、

かなりの高度で静止すると、街の周りをぐるぐると回り始めた。

 

「こっ、これがアルンの全景?」

「凄い凄い、私も飛んでみたいなぁ」

「ああ、何もかも懐かしいニャ……生まれ変わる前に見た景色とまったく一緒ニャ……」

「動画では見てたけど、こうして改めて目にすると、ゲームの進歩は凄いお」

 

 そしてハチマンは再びぐんぐんと上昇を始め、上空に何か構造物のようなものが見えた。

 

「あれは……?」

「あれがアインクラッドだ」

「あれがそうなんだ」

「あれは四千人の墓所ニャ、うちのお客様も何人かあそこで眠ってるニャ……」

「フェイリスたん……」

 

 周りの者達は、そんなフェイリスを口々に慰めた。

そしてフェイリスは、涙を拭くような仕草を見せながら、明るい顔で言った。

 

「キョーマもあそこで……ハチマンと一緒に必ず仇はとるニャ」

「いやフェイリスたん、オカリンは全然元気っしょ!」

「キョーマ……今からハチマンがキョーマに会いに行くニャよ」

「フェイリスたん聞いてる?ねぇ聞いてる?」

 

 詩乃達はその会話を聞いて、ここじゃこういう会話が普通なんだろうなと思い、

特に突っ込んだりする事なく画面に視線を戻した。

そこには何かの碑文に何人もの名前が刻まれており、そこには詩乃が知っている名前と、

知らない名前が沢山書いてあった。

 

「あれは?」

「剣士の碑ね、その層のボス戦に参加してた人の中から何人かが表示される事になってるニャ」

 

 そして次にハチマンは、何かの機械らしき物の中を通り、

ケーキ屋のような店の前で足を止めた。そこには巨大なケーキのような物が鎮座しており、

ダル以外の五人はゴクリと唾を飲み込んだ。

 

『どうだ、甘い物が食べたくなっただろ』

 

 そしてハチマンがフフンと鼻で笑うのを見て、五人はたまらずダルに言った。

 

「くっ……ハチマンさんめ……ダルさん、ケーキを追加注文します!」

「私も!」

「私も私も!」

「あのハチマンの表情がイラっとくるけど、でも私も!」

「ダルにゃん、私の分も頼むニャ」

「女性に頼られるのは嬉しいけど、よく考えたらただのパシリだお……」

 

 そう言ってダルは部屋の外に出ていった。

いつの間にか画面の中は森と水のフロアに変わっており、五人はため息をつきながら言った。

 

「綺麗……」

「派手な街中もいいけど、こういう所にも行ってみたいなぁ」

「ここは見覚えがあるニャ、確かハチマン達の拠点があるフロアニャ」

「よく知ってるな、その通りだ」

「はちまんくんは中の様子を知ってるのニャね、

フェイリスは残念ながら入れてもらえなかったニャ」

「まあ俺も知識だけだけどな」

 

 詩乃はその言葉で、あそこの中に入るには、

一定以上の親密さかハチマンの許可が必要なんだろうなと推測した。

そして一同は、再び画面に見入った。

 

「あれ、街に戻るんだ」

「ここは何だか農村っていうか、そんな感じの場所だね」

「それにしても女性プレイヤーの比率が……」

「さすがはハチマン、前世と同じく凄くモテるのニャ!あの頃と一緒ニャ!」

「フェイリスさんもその頃はハチマンの近くにいたの?」

 

 そのフェイリスの言葉に、コミュ力の高い椎奈が空気を読んでそう尋ねた。

そしてフェイリスは、もじもじしながらそれに答えた。

 

「その頃のフェイリスは、ハチマンと共に生きていた神話の時代から、

何度目かの生まれ変わった後で、その時代はただの町娘だったのニャ。

だから何の力も無くただハチマンの活躍を遠くで見ている事しか出来なかったのニャ……」

「その時の恋は成就しなかったんだね……」

「その時のハチマンには大国の王女様という素敵な相手がいたから、

フェイリスはどうしても自分がかつての恋人だと言い出せなかったのニャ……」

 

 その言葉を聞いた椎奈は、ニヤリとしながら詩乃の顔を見た後、詩乃を指差して言った。

 

「フェイリスさん、詩乃の顔をよく見てみて」

「ニャニャッ!?」

 

 そしてフェイリスはじっと詩乃の顔を見つめた後、ハッとした顔で言った。

 

「ま、まさかその耳の形は、王女シノルティス様!?」

「えっ?」

 

 詩乃は、何この会話と思いつつきょとんとした。

そんな詩乃に構わず、椎奈はうんうんと頷きながら言った。

 

「ええそうよ、そして私達はそのお付きの侍女の生まれ変わりなの」

「ま、まさかヴァルキュリアの三姉妹ニャ!?」

「ええそうよ、私達は今もこうして一緒にいるのよ」

「そうだったのニャね……」

 

 そう呆然とするフェイリスに、椎奈は更に言った。

 

「今回もいつも通り彼の近くに生まれ変わった私達は、ある事に気が付いて愕然としたわ。

彼の隣には既に、私達より先に生まれ変わった古代帝国の皇女様がいて、

もう既に私達の入る余地は無くなっていたのよ」

「ニャニャ、ニャンと!まさかあの伝説の皇女様が!?」

「ええ、転生の秘術が不完全だったみたいで、今まで眠り続けていたみたいなんだけど、

ついに自力でその殻を破る事に成功したみたいで、私達は現在後手に回っているわ」

「そうだったのニャね……」

「そこで提案よ」

 

 そして椎奈は、呆然とする残りの三人には一切構わずこう言った。

ちなみにはちまんくんは、ノーコメントを貫いていた。

 

「あなたもかつては彼を愛した身、未練は今もあるはず。

ここで私達が出会ったのはきっと運命なんだと思う。

フェイリスさん、彼の隣に私達も立てるように、私達と共にこの聖戦を戦い抜きましょう!」

「椎にゃん……分かった、フェイリスも一緒に戦うニャ!」

「フェイリスさん!」

「椎にゃん!」

 

 そう固く抱き合う二人を、残りの三人は呆然と見つめていた。

 

「ちょっと映子、椎奈は一体どうしちゃったの?」

「ぜ、前世の記憶が目覚めたんじゃない……?」

「ネ、ネタだよね?だって椎奈だし」

「戻ってきたら、いきなりの百合展開きたああああああああ!」

 

 そこに注文のケーキを持って戻ってきたダルが合流し、その光景を見てそう言った。

 

「お?これが噂のヴァルハラ・ガーデン?ヴァルハラ・リゾートの本拠地の」

 

 そして画面をチラリと見たダルがそう言い、四人は慌てて画面に視線を戻した。

 

「ところではちまんくん、ヴァルハラ・リゾートとかヴァルハラ・ガーデンとかって何?」

「ヴァルハラ・リゾートってのは、ALOにおける最強ギルドだ、

ハチマンを頂点とした、とんでもない奴らの集まりだ。

で、ヴァルハラ・ガーデンはその本拠地の名前だな」

 

 その説明を聞いた美衣が、画面を見ながら言った。

 

「この平凡な塔がハチマンさんの拠点?」

「外見は結構色々な人の動画に出てくるけど、この中が一般公開された事は無いんだお」

 

 ダルが補足するようにそう言った。

 

「うわ、そんなのを見ちゃっていいのかな?」

「ハチマンが見せてくれてるんだから別にいいんじゃない?」

 

 そしてハチマンが中に入っていくのを見て、詩乃以外の五人はゴクリと唾を飲み込んだ。

だがそこにあったのが平凡な外見の小さな家だった為、一同は少し拍子抜けした。

 

「あれ、思ったよりも小さいニャ?」

「噂だと相当大きな宮殿だって聞いたお」

「あ、中に入るみたい」

 

 そして中に入った瞬間、そこには広大な空間が広がっていた。

 

「えっ?」

「す、凄っ」

「まるでお城だニャ……」

「うおおおお、ヴァルハラ・ガーデンの真の姿きたあああああああ!」

 

 ダルが興奮ぎみにそう叫び、他の者も興奮した様子を見せた。

詩乃は対象的に、誰か知ってる人はいるかなと思い、画面の中を注視した。

そして画面の奥から大人びた女性プレイヤーがこちらに手を振るのを見て、ダルが言った。

 

「あれは……リーファたん!」

「どんな人?」

「シルフの魔法剣士で、シルフ領では四天王の一人に数えられてるんだお」

「そうなんだ」

 

 詩乃はその名前と外見をしっかりと脳裏に刻んだ。

 

「どうやら移動するみたいだね」

「えっ?うわっ、ここって闘技場?」

「あっ、誰か戦ってるみたい」

 

(あれは……NPCのキズメルさん?キズメルさんも戦えるんだ……)

 

 そこには派手な赤い鎧を着た大男と、黒い肌の美女が戦っている姿があった。

 

「あれはユージーン将軍だお、ヴァルハラのメンバーじゃないけど、

サラマンダー領の軍事面でのトップだお。相手をしているのは…………誰?」

 

 そんなダルに、詩乃は思わずこう言った。

 

「あれはNPCのキズメルだよ、ダークエルフなんだって」

「NPCですと!?しかもダークエルフ?誰も知らないヴァルハラの秘密きたあああああ!」

「おいおい詩乃、お前がキズメルを知ってる事をバラしちまっていいのか?」

「あっ、しまった、つい……」

 

 ダルは興奮しながらそう叫んだが、他の四人はジト目で詩乃を見ながら言った。

 

「詩乃っち、何でそんな事を知ってるの?」

「ここを見てもそんなに驚いてなかったみたいだし」

「今のはちまんくんのセリフ……」

「あ…………」

 

 そして詩乃は、顔を伏せながらこう言った。

 

「ご、ごめん、無理に隠すつもりは無かったんだけど、私もヴァルハラのメンバーなの……」

「えっ?」

「ほ、本当に!?」

「ああ、本当だぞ、こいつはヴァルハラのメンバーとして登録されている」

「え、マジで?だ、誰?」

「私の事はきっとまだ誰も知らないと思う。正式に活動するのは先になるから。

ちなみに名前は……ダルさんやフェイリスさんならいいのかな、シノンだよ」

 

 それを聞いたダルは、目を見開きながら言った。

 

「おおお、もしかして僕は今、伝説の始まりを目にしてる?」

「そんな大げさな……」

「いやいや、ヴァルハラってのはそれだけ謎めいていて、

僕らを惹きつけてやまない伝説のギルドなんだお!」

「王女がヴァルハラの正式メンバーだったニャんて……凄いニャ!」

 

 そして画面に目を戻した一同は、キズメルを見ながら言った。

 

「でもこの美人が本当にNPC?」

「ああ、それは間違いない」

「どう見ても普通のプレイヤーにしか見えないんだお」

「まあキズメルとユイは特別中の特別だからな、イレギュラーみたいなもんだ」

「ユイってあの小さな妖精かニャ?凄くかわいいニャ!」

「ふむ……多分搭載されているAIが凄まじく高性能なんだお、

あれ、それってまさか、噂に聞く茅場製の……牧瀬氏なら何か知ってるかも……」

 

 そうぶつぶつと言い出したダルを放置し、一同は再び画面に見入った。

そしてハチマンは、キズメル、ユージーン、そしてリーファとフカ次郎と戦い、

シノンはフカ次郎を見て目頭を熱くした。

 

(フカちゃん、待っててね)

 

 だがその一連の戦いの内容は、実に地味なものに見え、六人は少し拍子抜けした。

 

「ちょっと地味だったね、最後以外」

「何あのサンタ、しかも顔が怖い……」

「実力が違いすぎるんだよ、幹部連中がいたら、もっと派手な戦いになっていたと思うぞ」

「えっ、シルフ領の四天王や、サラマンダー軍のトップがいてもそうなの?」

 

 ここははちまんくんに代わり、ヴァルハラマニアっぽいダルが解説した。

 

「黒の剣士、バーサクヒーラー、絶対零度に絶対暴君はまるで別物だお。

まあ絶対零度はヒーラーだから置いといて、絶対暴君は一人で敵の一軍を相手に出来るお」

「そうなんだ……」

 

 そしてハチマンがログアウトし、部屋で意識を取り戻した八幡は言った。

 

「どうだ?紹介程度にはなったか?」

「うん、凄かった……」

「ちょっと戦闘に関しては物足りなかったけどね」

「だよな……俺自身そう思ったからな」

「だから最後あんなおかしな変身をしたの?」

「まあそういう事だな」

 

 そして八幡に、ダルが興奮ぎみに手を差し出した。

 

「握手して下さい、ファンなんです!」

「お?フェイリス、この人は?」

「これはダルにゃんニャ、さっき言ってた人ニャ」

「ああ、噂のスーパーハカーの」

「八幡さんがそう言うならもうハカーでいいお!」

 

 ダルはさすがに本人の前という事もあり、八幡をさん付けで呼んだ。

そんなダルに、八幡は笑顔で言った。

 

「俺の事は八幡でいいぞ、ダル」

「うおおおお、僕は今猛烈に感動している!八幡、これからも宜しくだお!」

「お、おう、今後何か協力を依頼する事もあると思うが、宜しくな」

「喜んで!」

 

 そして八幡は、時計を気にしながらこう言った。

 

「あ、まずいな、思ったより時間がかかっちまった、もうすぐ約束の時間だな。

おい詩乃、仕方ないからここから一緒にログインするぞ」

「えっ?本気?」

「あ~……あの姿をこいつらに見せるのは嫌か?」

 

 八幡は、ABCをチラリと見ながらそう言った。

 

「う、ううん、私がヴァルハラの一員だってのもバレちゃったし、今更かな」

「そうか……フェイリス、ちょっと時間を延長してもいいか?多分二時間くらい」

「う、うん、それは構わニャいけど」

「一体何が始まるんだお?」

 

 そう尋ねてきたダルに、ハチマンは言った。

 

「ダルはVRゲームには詳しいのか?」

「うん、僕はまあ、情報収集してるから詳しいお」

「そうか、それじゃあはちまんくんと共に、これから起こる事を解説してやってくれ」

「わ、分かったお」

 

 そしてハチマンは、一同に向かってこう言った。

 

「今度の戦闘はかなり派手なものになるから、まあのんびりと見ててくれ。

行くぞ詩乃、多分もう人が集まってるはずだ」

「うん」

「今度は詩乃っちも一緒なんだ」

「詩乃、よく分からないけど頑張って!」

「ハチマンさんが一緒だから大丈夫だと思うけど、気を付けてね!」

「ありがとうみんな」

 

 そしてフェイリスが、最後に八幡に言った。

 

「私の英雄様、勝利の知らせをお待ちしてますニャ」

「お、おう、今度はそういう設定か、任せろ、必ず勝って戻ってくるから」

 

 八幡と詩乃は、アミュスフィアの設定をGGOに合わせ、そのままログインした。

そしてモニターを見ていた残りの者達は、ALOとの雰囲気の違いに戸惑った。

 

「あれ、これって何のゲーム?」

「てっきりALOだと思ってたんだけど」

 

『シャナ、遅かったではないか、シノンも一緒か!』

『先生すまん、ちょっと野暮用でな』

『シャナ!』

『おうシズカ、待たせたな』

 

「詩乃っちはシノンなんだろうけど、シャナって人が八幡さん……?」

「まさか……まさか……」

 

 ダルはその画面を見てわなわなし、はちまんくんはそれを見ながらも無言を貫いていた。

 

「ダルさん、どうしたの?」

「どうしたのじゃないお、これは事件だお!まさかあのGGOのシャナが、

ALOのハチマンと同一人物だなんて!」

 

 ダルはそう絶叫し、四人はそんなダルをぽかんと眺める事しか出来なかったのだった。




派手な戦闘は、こっちの為にとっておきました。


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第342話 源氏軍、最初の激戦

2018/06/17 句読点や細かい部分を修正


「GGOって何?このゲームの名前?」

「GGO、正式名称はガンゲイル・オンライン。

銃で殺しあうゲームだと思ってくれればいい」

「シャナってのは?」

「八幡のGGOでの名前だな」

「なるほど」

 

 ここではちまんくんがそう補足した。

 

「銃?それってやばくない?」

「あ、詩乃っちって銃の事が大の苦手なんじゃなかった?」

「うんうん、遠藤達が脅しに使ってたのもそれだしね」

「そうなのニャ?詩乃にゃんは大丈夫なのニャ?」

「どうやらゲームの中では平気らしいぞ。そもそもそれを克服する為に始めたらしいしな」

「そうなんだ……」

 

 そして画面の中のシャナは、仲間達に向かってこう叫んだ。

 

『今日は機動殲滅戦に移行する。向かってくる奴らは全て返り撃ちだ、源氏軍、出撃!』

『『『『『『『『『『『『おう!!!!!』』』』』』』』』』』』

 

「うわ、これってどういう事?何が起こってるの?」

「今GGOの中では、大規模なプレイヤー同士の戦争が行われているんだお、

その名も源平合戦、その源氏軍のリーダーの名前がシャナ、GGOじゃ伝説的な人だお」

「そうなんだ……」

 

 そんなダルを見つめながら、フェイリスが言った。

 

「ダルにゃん、さっきから色々と妙に詳しいのニャね?」

「そりゃもう、VRゲームは僕たちの夢だった存在ですし?

なので情報収集は欠かしてないんだお」

「確かにそれもそうニャね、それにしてもハチマン、シャナ……興味深いニャ」

「フェイリスたん、後でシャナが出てくる動画を紹介するお」

「ありがとニャ、ダルにゃん」

 

 そして画面には、次々とハンヴィーで出撃していくシャナ達の姿が映し出された。

 

「まるで映画の一シーンみたいだね」

「あっ、見て」

 

 そう焦ったように言う美衣の指差す先には、

車を並べて形成された、簡易陣地のようなものが構築されていた。

 

『平家軍も馬鹿じゃないらしいな、車の性能差をこうやって補うつもりか』

『そうね、確かにあれなら以前ほど簡単には殲滅出来ないかもしれないわね』

『さすがのグレネードも、数の力で撃ち落されそうだしな』

 

 その会話を聞いていた美衣は、画面を注視しながら言った。

 

「数の差が大きいって言ってたけど、これはそういうレベルじゃなくない?

あの陣地みたいなのの中に、凄い人数の敵がいるじゃない」

「心配か?美衣」

「うん、もちろんだよはちまんくん」

 

 それに映子も同意した。

 

「だね、八幡さんと詩乃っちはどうするんだろ……」

 

 そんな二人にフェイリスがニコニコ笑顔でこう言った。

 

「英雄様なら、きっと昔みたいに何とかしてくれるニャ」

「昔っていつの事?」

 

 そう尋ねてきた椎奈に、フェイリスは考えながらこう言った。

 

「う~ん、この世界の暦だと、数万年前になるのかニャ」

「あっ、私達三姉妹が王女と共に王国で戦ってた時期だね!」

「だニャ!」

「椎奈氏はよくフェイリスたんに付いていってるな……」

 

 そう呟くダルに、椎奈がこっそり囁いた。

 

「まあアドリブで適当な事を言ってるだけだけどね」

「アドリブですと!?連邦の椎奈氏は化け物か……」

「私、他人と友達になるのは得意なんだ、相手に合わせるのもね」

 

 そして画面の中のシノンも、同じようにシャナに質問した。

 

『どうする?』

『数の差が大きいからな、まあ木曽義仲の故事にでも倣うさ』

 

 そう言ってシャナはこんな指示を出した。

 

『各スコードロンの中心メンバーは、ちょっとこっちに集まってくれ』

 

 そしてシャナは小声で皆に作戦を伝えた。

ちなみにこれは、ネタバレを避ける為にシャナがメイクイーン組に気を遣った為である。

 

「何て言ってるんだろ?」

「さあ……」

「木曽義仲の故事って何だろね」

 

 そしてシャナの説明を受け、一人のプレイヤーが勇ましく手を上げた。

 

『その役目、俺にやらせて下さい!』

『ギンロウか、一歩間違えば死ぬかもしれないんだぞ』

『それでもやります!』

『そうか……分かった、お前に任せる』

『はい!』

 

「一体何だろ?」

「バスの後ろの窓を割ってる?」

「あ、座席に紐を付けて後ろにたらした?」

「ああいう工作も出来るのニャね、随分リアルだニャ」

「それがこのゲームの売りでもあるみたいだお」

 

 そしてシャナは、数人の仲間を呼んで指示を出した。

 

『先生、ブラックの運転を頼みます、後部座席には筋力のある俺とシノン、

G女連は俺達の後ろから付いてきてくれ、シズカは残りのメンバーを率いて北から攻撃だ。

出来るだけ敵の車の燃料タンクを狙ってくれ』

 

 そしてシャナはギンロウに頷き、ギンロウは武者震いをしながらシャナに言った。

 

『このギンロウの一世一代の晴れ舞台を見てて下さい!』

 

 そしてシズカ達が先に出撃し、ギンロウはバスに乗り込んだ。

 

「何かドキドキするね……」

「何が起こるんだろ」

 

 だがその期待とは裏腹に、シャナ達はまったく動かなかった。

そしてメイクイーン組が焦れだした頃、シャナに通信が入った。

 

『こちらシズカ、いい感じに敵の車の燃料タンクを破壊したよ、

一部火が付いてる所もあるかな』

『劣勢なのにさすがだな、よし、少し離れててくれ、今からこっちも動く』

『了解』

 

 そしてシャナはギンロウに言った。

 

『よしギンロウ、出番だ』

『はい!』

 

 そしてギンロウは、バスのエンジンをスタートさせ、ぐんぐんと速度を上げた。

その後をシャナとG女連が、ブラックと二台のハンヴィーで追いかけていく。

だが敵の陣地が見えた頃、突然ギンロウの姿が見えなくなった。

実はギンロウは運転席の下にしゃがみこみ、テープでアクセルを固定していた。

 

『固定完了、方向修正完了、今から離脱します!』

『おう、思い切って飛べ!』

『はい!』

 

 ギンロウがアクセルを固定している所は当然見えていなかったメイクイーン組は、

何を固定したのだろうかと思いつつ、バスに火線が集中するのを見た。

 

「急に銃弾が飛んでくるようになったね」

「反対側の火の手が消えたよ、消化したのかな?

多分そのせいで、こっちに攻撃を集中出来るようになったんじゃないかな」

「これからどうなるんだろ」

 

 そしてギンロウは、正面から沢山の銃弾が撃ち込まれてきている状態のまま、

危険を顧みずに後部座席の方へと走り、先ほど割っておいた後方の窓からダイブした。

 

「あっ!」

「見て、さっきの人が飛んだ!」

 

 その瞬間にギンロウの肩を敵の銃弾が貫通し、

ギンロウはそのせいでバランスを崩し、下に落ち始めた。

 

『ぐあっ』

『先生!』

『分かってる、任せろ!』

 

 そしてニャンゴローがブラックのスピードを上げ、シャナとシノンが懸命に手を伸ばした。

 

『ギンロウ!』

『届け!』

 

 そしてフェイリス達が固唾を飲んで見守る中、

シャナとシノンはギンロウの手をしっかりと掴み、ギンロウの体を車内へと収納した。

 

『先生!』

『了解だ!』

 

 その瞬間にニャンゴローは方向転換し、

その後ろを走っていたG女連の二台のハンヴィーは加速して左右に分かれ、

バスを追い抜くと、敵の左右の車目掛けて銃弾をバラ撒き始めた。

敵は迫りくるバスの姿を恐れたのか、そちらにばかり攻撃を加えており、

G女連のハンヴィーは、安全な状態で落ち着いて攻撃が出来たようだ。

見ると何台かの燃料タンクから燃料が漏れており、炎上している車もあった。

G女連はしっかりとその役目を果たしたようだ。

そしてついに、ギンロウが運転していたバスが敵の陣地に衝突し、

そのまま車を跳ね飛ばして中へと突っ込んだ。

 

『シャナさん、シノンちゃん、後は頼んます』

『回復キットは使ったか?少し撃たれただろ?』

『はい!』

『ギンロウさん、後は任せて』

『頼む!』

『よしシノン、狙いはバスの後部だ、分かってるな』

 

 そしてシャナとシノンは、バスの後部にぶら下がっているソレ目掛けて狙撃をした。

 

「こ、こんな遠くから当たるの?」

 

 その光景を見ていた美衣が、驚いた顔でそう言った。

 

「あの二人の銃は対物ライフルって言って、一キロくらい離れた所からでも攻撃出来るぞ」

「そうなんだ……えっ、あの詩乃が?」

「嘘ぉ……」

「お前らは知らなかったかもしれないが、あの二人はGGOで最強の狙撃手だぞ」

「デューク・シャナとデューク・シノンニャ!」

「お、おう、まあそういう事だ」

 

 そして二人の放った銃弾は見事にソレに命中し、その瞬間にバスは大爆発を起こした。

 

「なっ……」

「何これ?」

「あれはプラズマグレネードって言ってな、まあこの世界最強の破壊兵器だな」

「うわ……」

「敵の陣地が中心から粉々に……あっ、周りの車も爆発し始めたよ!」

 

 シャナが燃料タンクを中心に狙わせたのはこの為だった。

防御陣を形成していた車は次々と誘爆し、こうして平家軍の陣地は丸裸となった。

 

『さっすがシャナ、やる事が派手だねぇ、でもそういうのは嫌いじゃないぜ!』

『木曽義仲の故事って、あの牛の角にたいまつを付けて突っ込ませた奴か!』

『まああれは本当かどうかは分からないらしいけどな』

『さて、どうする?』

 

 そのシズカの言葉に、シャナは当然のようにこう言った。

 

『当然殲滅だ、出来るだけ足を止めず、陣地に突入を繰り返す感じでな!総員突撃!』

 

 その合図で九台のハンヴィーは突入と離脱を繰り返し、中に残っていた敵を殲滅し始めた。

 

「凄い、もう絶対勝ちじゃんこれ……」

「あんなに兵力差があったのにね……」

「さすがはハチマンさん、魅せてくれるね!」

「うおおおお、凄いもん見せてもらったお!」

「さすがは俺の本体だな」

「あのギンロウって人がMVPかニャ?」

 

 その時ブラックは停止しており、

シャナとシノンとニャンゴローはギンロウの回復を待っていた。

 

『具合はどうだ?ギンロウ』

『大丈夫っす、そろそろ動けます!』

『よし、それじゃあ俺達も手柄をあげにいくか』

 

 そう微笑むシャナに、ギンロウは嬉しそうにこう答えた。

 

『はい、一生付いていきます!』

『ギンロウさん、一生って……一体何歳になるまでゲームしてるつもり?』

 

 そう呆れた顔で言うシノンに、ギンロウは晴れやかな顔で言った。

 

『もちろん死ぬまでだ!』

『わはははは、いいじゃないかシノン、私もお前も似たようなものだろう?』

『先生……うん、確かにそうかも』

『それじゃあ行くぞ、お前ら』

 

 こうしてこの日、きちんと作戦を立てて三百人体制で戦いに臨んだにも関わらず、

平家軍はその全戦力の二割を失った。源氏軍も何人かの戦力を失ったが、

人的損耗比は実に百対一、スコードロンの比率だと四十対ゼロである。

今の表示は源氏軍の八に対して、平家軍は百五十であった。

街にいた者達は、グングン減る平家軍のスコードロン数に驚愕し、

少し後に配信された今日の戦いの動画を見て熱狂した。

 

『今日の戦いでは初めて犠牲者が出たか……』

『まああいつらも、今は街で笑顔でいると思うぜ、シャナ』

『そうだといいんだがな……ん?』

『どうした?』

『いや、今スコードロン数のゲージが……』

『あれ、確かに三つ減ってるな』

 

 見ると敵スコードロンの数が三つ減っており、表示は八対百四十七になっていた。

 

 

 

「ふう、今日のノルマ達成、やっとこれにも慣れてきた」

 

 そのプレイヤーはたった一人で一つのスコードロンを急襲して全滅させ、

そう満足げに頷いた。その手には板のような物が握られていた。

 

 

 

「三尉、敵戦力の全滅を確認しました」

「了解、っつーか階級で呼ぶなって、ここはゲームの中なんだからな」

 

 そう言われたそのプレイヤーは、

凄く言いたくなさそうな顔で隊長らしきプレイヤーをこう呼んだ。

 

「あ、はい、では……コミケ隊長」

「おう、トミー、何か付き合わせて悪かったな」

「いえ、色々と勉強にもなりますので」

 

 そしてコミケはトミーにこう尋ねた。

 

「で、ケモナーは?」

「ここっすよ、隊長!」

 

 そう言って茂みの中から一人のプレイヤーが現れた。

 

「おう、お前も付き合わせちまってすまなかったな、ケモナー」

「本当っすよ、ALOだったらネコ耳少女がいたってのに!」

「そっちかよ……」

 

 そしてケモナーは、面白そうな顔でコミケにこう言った。

 

「さっき更新されたんですけど、どうやら我が軍は今日も大勝したみたいっすね」

「ほほう、シャナだっけ?やるもんだなぁ」

「ですね、四十ものスコ-ドロンを犠牲をほぼ出さずに殲滅、今日の配信が楽しみっすよ」

「まじかよ、凄ぇなシャナ……」

「それじゃあそろそろ帰りますか」

「だな、今度シャナの所に挨拶に行こうぜ、

まあ俺達は最後の戦いには参加出来ないんだけどな」

 

 そんな会話をしつつ、その三人のプレイヤーは街へと戻っていった。

源氏軍の残り二つのスコードロンは、どうやらクセ者揃いのようである。



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第343話 戦いを終えて

2018/06/17 句読点や細かい部分を修正


 こうしてこの日の戦いは終わり、源氏軍の者達はどんどんログアウトしていった。

さすがに疲れた者が多かったのだろう、圧勝だったとはいえ、

味方よりも遥かに多い数の敵を相手にするのは、肉体よりも精神に負担が大きいものだ。

 

「それじゃあシズカ、また明日な」

「うん、また明日ね」

「あっと、ちょっと待ってくれ」

「ん?」

 

 シャナはシズカを呼び止め、耳元でこう囁いた。

 

「実はな、おっかさんの娘さんが、SAOの始まりの街にいたサーシャさんらしいんだよ。

で、サーシャさんは今、俺の母校で静先生の同僚になってるらしくてな、

明日の放課後、エギルを誘って会いにいってみないか?」

「あ、そうなんだ!懐かしいなぁ……エギルさんもきっと喜ぶよ」

「まあエギル次第だけどな、とりあえず連絡をとってみて、明日報告する」

「うん、分かった!」

 

 シノンは先にログアウトしたらしく、もう姿は見えなかった。

そしてシャナもログアウトし、再び目を開けると、そこはメイクイーンの一室だった。

 

「ふう……」

「お疲れ様だな、俺」

「いやぁ、手に汗握ったニャ」

「凄いものを見せてもらったお……」

「おう、まあ楽しんでもらえたなら何よりだ」

 

 そして八幡は、疲れた顔でソファーに体を埋めた。

見ると詩乃も疲れたらしく、同じような体制で映子達三人にマッサージをしてもらっていた。

 

「どう詩乃っち、気持ちいい?」

「うん、凄く楽になった」

「ギンロウって人をキャッチした時は、手に汗握ったよほんと」

「その後の狙撃もね」

「うん、上手くいって本当に良かった」

 

 詩乃はそう答えながらも、マッサージが気持ちいいのだろう、うつらうつらとしていた。

そんな詩乃をソファーに横たえ、次に三人は手をにぎにぎしながら八幡の方に迫ってきた。

 

「さて、今日のメインイベント!ささ八幡さん、お体をお揉みしますよぐふふふふ」

「お、おい椎奈、お前の口調、ちょっとおっさんっぽくないか?」

「え~?やだなぁ気のせいですよぉ。ね、映子、美衣?」

「そうそう、気のせいですよぉ、じゅるっ」

「ですです、ささ、体を楽にして……じゅるっ」

「お、おい……やっぱり何かおかしくないか?お前ら目が血走ってないか?」

 

 そんな八幡の前に誰かが立ち塞がり、その視界を埋めた。フェイリスである。

フェイリスはニコニコしながら八幡の前に座り、その足を揉み始めた。

 

「こういうのは早いもの勝ちニャ!マッサージはメイドの嗜みなのニャ!」

「フェ、フェイリスたん、僕そんな事された記憶がまったく無いんだけど……」

「ダルにゃんは、ゲームのやりすぎで肩がこるくらいじゃないのかニャ?」

「そ、それはそうだけど……」

 

 そんなフェイリスを見て映子達は顔を見合わせると、八幡の方をじっと見つめた。

 

「残るは背中と両手、背中を誰が取るかジャンケンよ!」

「恨みっこなしだよ!せーの!」

「ジャンケン!」

「「「ポン!」」」

 

 そして勝利したのは、誰であろう椎奈だった。

 

「よっしゃあ!人生最大のチャンスゲット!」

「チャ、チャンス……?」

 

 戸惑う八幡をよそに、椎奈はササッと八幡の背後に回り、大人しくその肩を揉み始めた。

 

「おお、肩を揉むのが上手いな椎奈」

 

 それを見た映子と美衣も、慌てて八幡の両手を揉み始めた。

 

「なんか悪いな皆、最近疲れがたまってたから助かるわ」

 

 その声が本当に疲れているように聞こえたので、

ダルは羨ましがりつつも、少し心配そうに八幡に尋ねた。

 

「くぅ~、羨ましい!でも八幡、やっぱりかなり疲れてるん?」

「ああ、さすがに今回は敵の数が多くてな……

街から遠い所を拠点にして、何とか数に押し潰されるのだけは防いでるって感じだな。

まあ最悪一撃離脱で逃げる手もあるんだけどな」

 

 ダルは先ほどの映像を思い出してうんうんと頷いた後、八幡に言った。

 

「しかしまさか、八幡があのシャナだったなんてびっくりしたお」

「気付いてる奴は気付いてるっぽいけどな、そういう書き込みも確かにあるしな」

「バレても問題無いん?」

「そうだな、正直もう相手にはバレちまってるから、

リアルと結びつけられなかったらどうでもいいんだよな」

「相手ですと?」

「ああ、マークしておきたい敵がいるんだよ」

「なるほど」

 

 ダルは、これだけの人物なのだから味方だけじゃなく敵もさぞ多いだろうなと思いつつ、

それ以上深く突っ込む事はしなかった。彼なりの自己防衛策なのであろう。

 

「そうだダル、追加で仕事を頼んでいいか?」

「仕事?」

「ああ、ちょっと最近どうしても機密を守らないといけない事が増えちまったんで、

ソレイユのセキュリティを高める手伝いをしてほしいんだよ。

アルゴとイヴ、それにダルに攻撃側と防御側に分かれてもらえば、

セキュリティの穴を発見するのも効率が良くなるんじゃないかと思ってな」

「イヴ?イヴってもしかして、電子のイヴ?」

 

 その名前を知っていたのか、ダルは八幡にそう尋ねた。

 

「ああ、先日うちに入社したんだよ」

「あのイヴが……アルゴスターに電子のイヴとか最強じゃないですか!」

「ああ、そっち方面の充実がうちの急務だから本当に良かったよ」

「確かにそのメンバーならかなり固い防壁が築けると思うお、

でも八幡って、その年でそこまで経営に介入出来るなんて、

もしかしてソレイユのえらい人なん?」

「まあそう思ってくれていい、で、どうだ?」

「他ならぬ八幡の頼みならどんとこいだお、

そういう仕事ならまったくリスクも無いし大歓迎だお!」

 

 ダルはどんと胸を叩き、その仕事を請けると宣言した。

そんなダルに材木座の姿を重ね、妙に気に入った八幡は、追加でボーナスを出す事にした。

 

「そういやダル、俺のファンだって言ってくれたよな、

あれって俺個人っていうよりも、ヴァルハラのファンみたいな感じでいいのか?」

「う?うん、確かにそうだけど……」

 

 そんなダルに、八幡は一枚のメモを取り出して渡した。

 

「それじゃあここにアクセスする権利をダルに進呈しておく。

くれぐれも流出とかはさせないでくれよ」

「これは……?」

「このIDとパスで、ヴァルハラのプライベート動画にアクセス出来る。

まあダルが信用出来ると思った奴には見せてもいいぞ」

「ま、まじで?お宝きたあああああ!」

 

 そんなとても喜ぶダルの姿を見て、フェイリスは八幡に言った。

 

「それってフェイリスは見てもいいのかニャ?」

「おう、フェイリスなら問題ないぞ、プロっぽいからな」

「こういう稼業は信用第一だから、そこは任せてニャ!」

 

 そしてフェイリスは、楽しみで仕方がないという風にうっとりとした口調で言った。

 

「ああ、久しぶりに英雄様が戦う姿が見れて、フェイリスは幸せ者ニャ……」

「ん、前にどこかで俺の事を見た事があったのか?」

「そうニャね、あれは何万年前だったかな……その頃フェイリスは町娘に転生していて、

町の外には出れなかったせいで、英雄様の戦いを見る事は出来なかったのニャ」

「そうか……」

 

(えっと、やっぱり合わせないとだめだよな)

 

「なぁ、その時……」

「その時ヴァルキュリアの三姉妹としてシノルティス王女に従っていた私達は、

英雄様の隣で戦い続けたんだよね」

「なっ……」

 

 八幡は、いきなり椎奈がそんな事を言い出したので驚いた。

 

「羨ましいのニャ!」

「ふふっ、今世では一緒に戦えるからいいじゃない、これもきっと運命だよ」

「その通りニャ、フェイリスは幸せ者ニャ!」

 

 そして八幡は椎奈の方を見ようとしたのだが、振り返った瞬間に、

八幡の顔は何か柔らかい物に包まれた。

 

「うおっ」

「ゃぁん!」

 

 八幡はその声ですぐに何が起こったのか気が付き、慌てて顔を前へと戻した。

 

「す、すすすまん」

「う、ううん、大丈夫」

 

 そんな二人の姿を見てダルは絶叫した。

 

「い、今のが噂に聞くラッキースケベ!僕も一度でいいから体験してみたいお!」

 

 だがフェイリスと映子、それに美衣は、ひそひそと囁き合っていた。

 

「肩をもんでいたはずなのに、何で顔の位置に胸がきてるの?もしかして計算?」

「もしかしたら天然であの位置に胸を持ってきておいたのかもよ……」

「椎奈、恐ろしい子ニャ……」

 

 そして八幡は、慎重に振り向くと、こっそりと椎奈に尋ねた。

 

「おい椎奈、さっきの会話は何だ?」

「アドリブだよ、八幡さん」

「まじかよ、凄えなお前」

「うん、私そういうの得意だから」

 

 この時を境に、椎奈は肩揉みが上手で会話にも機転がきくと、

八幡の脳に情報が刷り込まれる事となった。

こうして椎奈は三人娘の中では、一番多く八幡に触れられる機会を得られる事となった。

これが果たして計算だったのかどうかは誰にも分からない。

 

「さて、それじゃあそろそろ帰るか」

「あ、それなら最後に記念撮影でもどうかニャ?」

「あ~!そういえば一度メイド服を着てみたいんだった!」

「そうなのニャ?それじゃあ皆こっちニャ」

「詩乃起きて!写真を撮るよ!」

 

 そして詩乃も寝ぼけ眼を擦りながら覚醒し、

ダルも交えて七人は色んな組み合わせで写真を撮った。ダルは我が人生に悔いなしと感激し、

フェイリスは八幡と二人で撮った写真を携帯に表示させ、大切そうに胸に抱いた。

 

「それじゃあまた来るわ、フェイリス、ダル」

「仕事の連絡待ってるお!」

「必ずまた来てニャ!」

 

 こうしてメイクイーン・ニャンニャンを後にした一行は、

順番に家へと送ってもらい、最後に詩乃の家に到着した八幡は、

既に眠ってしまっている詩乃をどうしようか考えた。

 

「……まあ起こすしかないよな」

 

 まさか鍵を探して詩乃の体をまさぐる訳にもいかないと思い、八幡はそう呟いた。

 

「とりあえず何とか着替えさせて、布団に叩きこんだ後目覚ましをセットして……」

「目覚ましや家の施錠は俺に任せてくれていいぞ」

「おう、助かるわ」

「なので何とか着替えだけはさせてくれよ、さすがにこの体じゃどうしようもないからな」

「まあ努力する」

 

 こうして何とか詩乃を着替えさせ、ベッドに叩き込む事に成功した八幡は、

後の事をはちまんくんに任せて家路へとついた。

そして八幡はエギルに連絡をとり、明日の約束を取り付けると、

そのまま疲れた体をベッドに横たえた。

 

「フェイリス、そしてダルか……これからどんな付き合いになるのやらだな」

 

 そして八幡はそのまま眠りについた。

その当の二人は、八幡に教えられたサイトにアクセスし、

ヴァルハラのメンバーの戦う姿を見て大興奮していた。

特に魔法戦も見る事が出来たフェイリスの感動っぷりは凄まじかった。

 

「これニャ、これがフェイリスの求めていた戦いニャ!」

「こういう派手な戦いは確かに見応えがあるんだお」

「この仕事を持ってきてくれたダルにゃんには本当に感謝しかないニャ!」

「まあ僕も、フェイリスたんくらいしか話を持ち込める人が居なかったですし」

「それじゃあ次、シャナの動画を見てみたいニャ、ダルにゃんお願い!」

「分かったお、ちょっと待っててお」

 

 そして夜遅くまで動画を見た二人は、すっかりハチマンとシャナの虜になった。

ダルは八幡から請けた仕事を精力的にこなし、岡部倫太郎という友人も共に巻き込む事で、

自動的に二人の懐も潤い、その二人のホームである未来ガジェット研究所の財政も、

それ以降かなり健全化する事となった。

そしてフェイリスは、八幡に頼み込んでヴァルハラのゲストの座を手に入れ、

ヴァルハラ専属のメイドプレイヤーとしてメンバーと交流を深めていく事となる。



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第344話 小さなあの部屋は今

多分久々の斜め上!いや、これは真っ当な展開ですかね……

2018/06/17 句読点や細かい部分を修正


「エギル、わざわざこっちまで出てきてもらって悪かったな。

しかも店まで休みにさせちまって」

「いやいや、昔なじみに会うんだから構わないさ」

 

 エギルはそう言ってはにかんだ。そんなエギルに周囲の者達がチラリと視線を向けていく。

やはりエギルはどこに行っても目立つようだ。

 

「一応静先生の許可はとってあるけど、

サプライズって事でサーシャさんには内緒にしてあるからな」

「どんな顔するかなぁ、サーシャさん」

「怯えられちまったりとかしないよな?大丈夫だよな?」

 

 そう体格に似合わず臆病な事を言うエギルに、八幡は言った。

 

「まあ俺が総武高校の元生徒だと知って会いたがってくれてたみたいだし、平気だろ」

「ちなみにサーシャさんの本名は、田中沙耶って言うらしいよ」

「沙耶先生な、了解了解」

 

 そして三人は、総武高校へと向かう為にキットに乗り込んだ。

 

「これが噂のキットか、格好いいなおい」

「お褒めに預かり光栄です、アンディ」

「おお、そういう呼び方をされるのは久しぶりな気がする」

「お前の事は誰もエギル以外の名前で呼ばないからな、まあアルゴもだが」

「あいつと一緒にするなよ、そもそもあいつは未だに本名が分からないじゃないかよ。

俺はアンドリュー・ギルバート・ミルズでアンギル、エギルって近い呼び方だからな」

 

 そしてエギルは後部座席に座ると張り切った声で言った。

 

「さあ、せっかく店を休みにしてまで出てきたんだ、早速サーシャさんに会いに行こうぜ」

 

 そして三人は総武高校の正門から中に入り、そこに佇む静の姿を見付けた。

 

「よぉ比企谷、久しぶりだな」

「先生」

「静先生、お久しぶりです」

「静さん、先日の飲み会ではどうもでした」

 

 どうやらエギルは先日、静と遼太郎と一緒に飲みに行ったらしくそう言った。

 

「明日奈君、比企谷は君に迷惑を掛けていないかね?」

「大丈夫ですよ、ちょっとモテすぎるのが難点なくらいで」

「そうか……まさかあの君がなぁ」

「はぁ、それには俺も同意です、世界の七不思議といっても過言じゃないと思いますね」

 

 そして静は、エギルの方を向いて言った。

 

「この間は『うちの』遼太郎が潰れてしまってとんだご迷惑を……」

「いやいや、あの時は楽しかったから、たまにはいいんじゃないですかね」

 

 どうやら遼太郎は、その飲み会の席で潰れるか何かしたようだ。

そして八幡は、『うちの』を強調した静の言い方にぷっと噴き出し、

その瞬間に八幡の腹に静の鉄拳が飛んだ。だが八幡はそれを軽く受け止め、笑顔で言った。

 

「もう先生の攻撃はくらいませんよ、俺もそこそこ鍛えてるんで」

 

 そう言われた静は少し悔しそうに八幡に言った。

 

「鍛えるとか、君にはまったく似合わない言葉だな……」

「俺もそう思います、でも鍛えてないと正直不安なんですよ」

 

 そんな八幡の言葉にエギルも同意した。

 

「お、それは俺もよく分かるぜ、入院中は痩せ細った自分の体を見て恐怖すら覚えたもんだ」

 

 エギルはその時の事を思い出したくもないようで、嫌そうな顔でそう言った。

 

「私はそこまで鍛えてないけど……」

「明日奈はもう少し太ってくれてもいい。体重をあまり気にするな」

「やっぱり明日奈君が痩せているのは君としては不安なのかね?」

「そうですね、多少心配にはなりますね。

まあ痩せすぎだなって思ったら、甘い物をちらつかせてリバウンドさせてみせますよ」

「うわ、今の聞きました先生?」

「うむ、君は女の敵だな」

「でもその誘惑には勝てないだろ?」

「う…………」

 

 明日奈は苦々しい顔で下を向き、静は明日奈の背中をぽんぽんと叩いた。

 

「それじゃあそろそろ行こうか、

まあ田中先生が進路指導室に来るまであと二十分はあるがな」

「あ、先生、それだったら……」

「大丈夫、ちゃんと分かっているさ、それじゃあ行こう」

 

 そして静は進路指導室の前を通り過ぎ、とある部屋の前で足を止めた。

 

「ここは?」

「元奉仕部の部室だよ、明日奈君」

「八幡の思い出の場所か」

 

 その入り口には部屋名が何も書かれていないプレートが掛かっており、

そこには見覚えのあるシールが貼ってあった。

それを見た八幡は、あの頃とまったく変わってないなと感慨にふけった。

そんな八幡に静はこう言った。

 

「それじゃあちゃんとノックをしたまえよ、

私は生徒指導室で田中先生の到着を待っているからな」

 

 そう言って静は去っていった。

 

「ねぇ八幡君、奉仕部って今でも活動しているの?」

「そういや先生に聞くのを忘れたな、まあ小町の卒業時点では、

小町しか部員はいなかったはずだから、もう活動してないとは思うがな……」

 

 八幡はそう言いながらも、言われた通りノックをした。

その瞬間に、聞き覚えのある声が中から返ってきた。

 

「どうぞ」

 

 その声を聞いた瞬間に八幡の心臓がドクンと脈打った。

そして明日奈とエギルが見守る中、八幡はそっとその扉を開けた。

 

「奉仕部へようこそ、何かご相談かしら?」

「っ!?まさか……雪乃なのか?」

 

 そこには今の雪乃と比べるとかなり若い、昔の雪乃によく似た女生徒の姿があった。

その女生徒はかつての雪乃と同じ位置に座り、同じように文庫本を読んでいた。

その女生徒を見た明日奈とエギルも、雪乃に似ているなと思い驚いた顔を見せた。

 

「いえ、違うわ。でも確かにそういう名前の先輩がいた事は知っているわ」

「だよな、いきなりすまなかった」

 

 そう頭を下げる八幡の姿を見て、その声を聞いた女生徒は、

とても驚いた顔で八幡にこう声を掛けた。

 

「もしかして八幡?八幡なのかしら?」

「……ん、俺の事を知ってるのか?」

「前会ったのは、確か二年前だったかしらね」

「ん、あれ?もしかして……」

「あら、そっちはもしかして明日奈さんかしら?お久しぶりね」

「やっぱり!八幡君ほら、リハビリの先生の娘さんの!」

 

 その言葉で、八幡はその少女が誰なのか気が付いた。

 

「まさかお前、ルミルミか?」

「お前じゃないわ、あとルミルミって呼ぶのはやめなさい、留美よ」

「お、おう、留美な、留美」

「とりあえず座って頂戴、今お茶を入れるわ」

 

 そして留美は四人分のお茶を入れ、その間に八幡とエギルが椅子を用意した。

 

「留美ちゃん、久しぶりだね!」

「ええ、明日奈さんも元気そうで本当に良かったわ」

 

 明日奈はどうやら転院後に何度か留美と面識があったようだ。

八幡は、随分大人になったなと思いながら改めて留美の顔を見た。

喋り方といい雰囲気といい、確かに今の留美は昔の雪乃によく似ていた。

 

「とりあえずこっちにいるのは俺の仲間のエギルだ、エギル、こっちは鶴見留美だ」

「初めまして、鶴見留美です」

「俺はアンドリュー・ギルバート・ミルズ、エギルと呼んでくれ」

「うわ、日本語がお上手なんですね」

「まあ俺はチャキチャキの江戸っ子だからな」

「あ、そうなんだ」

 

 そうはにかむ留美の姿を見て、八幡はまだ子供っぽい所も残ってるんだなと少し安堵した。

 

「しかし留美が総武高校に入学していたとはな」

「まあ私はそれなりに優秀だもの」

「で、ここにいるって事はもしかして奉仕部なのか?」

「ええ、まあ部員は私しかいないのだけれどね」

「そこも雪乃と一緒だな、留美部長」

 

 そんな八幡に留美はこう尋ねた。

 

「私は三人一緒の所しか知らないのだけれど、あの人も最初は一人だったのね」

「ああ、俺が奉仕部に入部させられたのは二年になってからだからな」

「そうだったのね」

 

 そして八幡は留美にこう尋ねた。

 

「なぁ、一人で寂しくないか?」

「う~ん、一人でいるのにはもう慣れちゃったから。

あ、でも友達がいないとかじゃないから安心してね、

たまに友達と一緒にここで喋ったりもするのよ。

それにどうせ家でする読書を、代わりにここでしてるだけですもの」

「そうか、それならいい」

 

 八幡は、今の留美が一人じゃない事に安堵した。

そんな八幡に、再び留美が問い掛けてきた。

 

「どう?懐かしい?」

「そうだな……正直よく分からん。あいつらのいないここは、

俺にとってはそれほど懐かしむ場所じゃないのかもしれないな」

「そっか、そういうのは確かにあるかもしれないわね、場所より人って事なのね」

 

 そして留美は立ち上がると、棚から一冊のアルバムを取り出して八幡に見せた。

 

「これ、多分八幡がいなくなってからの部の写真よ。私も見てしまったのだけれど、

何ていうか最初の方は少し切ない気持ちになるかもしれないわね」

「そんなのがあったのか、見せてもらうわ」

 

 八幡はそう言いながらアルバムをめくった。

そのアルバムの最初には、雪乃の字でこう書いてあった。

 

『二○二三年一月二十五日水曜日、私達が大切な人を失ってから今日で一ヶ月、

それでも私達は前を向いていたと、後輩のあなた達に伝える為にこの記録を残します』

 

 八幡はその言葉を深く心に刻んだ。そしてページをめくった八幡の目に、

とても沈んだような三人の顔が飛び込んできた。雪乃、結衣、いろはである。

 

「三人とも凄く沈んでるね……」

「まあまだ一ヶ月だからな、俺が重い腰を上げてやっと動き出そうと思った時期だな」

「私達は最初から動いてたけど、もし八幡君がいなかったら私も同じ感じだったかもね」

 

 エギルがそう言い、明日奈もそう頷いた。

そしてページをめくる毎に、徐々に三人の顔が穏やかなものへと変わっていった。

時々他の者も混じるようになってきており、奉仕部の再生を感じさせる写真が増えていった。

 

「しかし結衣やいろはは今よりかなり幼い感じに見えるが、

雪乃はまったく変わらなくないか?」

「うん、確かにそうみえるね」

「あの一族はそういう一族なんだよ……うちの理事長からして見た目が若すぎるからな」

「あ、確かに!」

 

 そして途中から小町が登場し、そして一年後に雪乃と結衣の姿が消え、

その次の年にいろはの姿も消えた。だが小町が一人の時代の写真は決して多くは無かった。

日付を見ると、もうすぐ八幡が帰還する頃だからだろう。

そして最後のページには、病院の前でとても嬉しそうに笑う四人の写真と共に、

こうメッセージが添えられていた。

 

『後輩達へ、ついに彼が戻ってきた。何があっても決して諦めない事』

 

 その文字を見た八幡の目に涙が浮かんだ。

明日奈は黙ってそれを拭い、エギルはぽんぽんと八幡の肩を叩いた。

そして留美は八幡からアルバムを受け取ると、それを元の場所に戻して言った。

 

「一度見たし、もうこれは八幡には必要ないわね」

「……そうだな、これから俺達は前だけ向いていくからな」

「あと二年は私がこの場所を守るつもりだけど、その後の事はちょっと分からないわ」

「それはそれでいいさ、その頃にはお前にとってもここには過去しか無いだろうしな、

お前はここを捨てて、新しい未来に羽ばたけばいい」

 

 その言葉を聞いて、留美は八幡にこう言った。

 

「お前じゃないわ、留美だって言っているでしょう?」

 

 その言葉を聞いた三人は笑い、留美もそれに釣られて笑った。

 

「さて、実は今日は田中先生に会いにきたんでな、そろそろ待ち合わせの時間だ」

「田中先生?新任の?」

「ああそうだ」

「知り合いとかなのかしら?」

「まあ昔の馴染みだな」

 

 その言葉に留美は少し考えた後、直ぐに答えを出しこう言った。

 

「ああ、SAO……だから今度うちの顧問が、静先生から田中先生に代わるのかしらね」

「そうなのか?」

「うん、まったく理由が分からなかったんだけど、

多分八幡に接点のある者同士って事なのかもしれないわね」

「そうか……いいか留美、あの人は敵と戦いはしなかったが、

子供達を守る為に一人で変な奴らと戦い抜いた凄い人だ、

何か困った事があったら相談してみるといい」

「田中先生が?そうなのね、うん分かった、必ず頼る事にするわ」

 

 そして八幡達は、留美に別れの言葉を告げた。

 

「それじゃまたな留美、もし今度機会があったら、

知ってる奴らでどこかに遊びにでも行くか?」

「えっ、私でいいのかしら」

「別に構わないさ、雪乃と会わせてみたい気もするし足もあるしな、なあ明日奈」

「うん、留美ちゃんが行きたい所にいこう」

「分かったわ、約束よ、それじゃあまたね、八幡」

「おう、約束だ」

「留美ちゃん、またな」

「留美ちゃんまたね!」

「今日は楽しかったわ、またね、明日奈さんエギルさん」

 

 そして手を振る留美に見送られ、一同は奉仕部部室を後にした。

丁度その入れ替わりでやってきた何人かの女生徒が、

八幡達に頭を下げた後に留美に声を掛けた。

 

「こんにちは。あっ、留美!」

「あら、今日はどうしたのかしら?」

「うん、たまには留美と一緒にのんびりしようと思ってね。えっと、あの人達は知り合い?」

「うん、先頭の人は……ふふっ、内緒よ。後ろの二人は友達なの」

「内緒ねぇ、これは詳しく話を聞かないといけませんな!

でもどっちも格好いい人だね、あと凄く綺麗な人」

「ふふっ、でしょう?」

 

 そして留美は、チラっと八幡を見た後にもう一度小さく手を振り、

そのまま部屋の中に入っていった。

 

「どうやら本当に一人じゃないみたいだな」

「良かったね、八幡君」

「おお、まあ安心したわ」

「さて、サーシャさんとご対面だな」

 

 

 

「平塚先生、今日は何のご用事ですか?」

「何、もうすぐ分かるさ」

「はぁ……」

 

 沙耶はとまどいながらそう返事をした。

丁度その時部屋のドアがノックされ、静は扉に向かって言った。

 

「入りたまえ」

 

 そして部屋の扉が開き、サーシャにとって懐かしい三人組が入ってきた時、

サーシャは無意識に飛び出し、その三人に抱き付いていた。

 

「ハチマンさん、アスナさん、エギルさん、会いたかった!」

「サーシャさん、お久しぶりです」

「サーシャさん!私も会いたかった」

「お元気でしたか?」

 

 三人にそう挨拶され、沙耶は笑顔でそれに答えた。

 

「お久しぶりです、皆さんはどうしてここに?」

「はぁ、実はサーシャさんがここにいるって聞いたもんで、会いに来ちゃいました。

ご存知の通り、ここは俺の母校なんでね」

「なるほど!」

「子供達とは連絡をとったりしてるんですか?」

「ええ、菊岡さんのご好意で、あの子達の連絡先を教えてもらったんです。

皆元気すぎるくらい元気ですよ」

「たまにはいい事をしますね、あの腹黒眼鏡」

「ええっ、そんな呼び方菊岡さんに失礼ですよぉ、ふふっ」

 

 そして静が気を利かせて席を外し、四人は思い出話をした。

そして帰り際、八幡が沙耶に言った。

 

「今度奉仕部の顧問になるんですよね?あそこは昔俺が所属していた部で、

留美は俺の知り合いなんですよ、奉仕部と留美の事を宜しくお願いします、サーシャさん」

「はい、必ず!」

 

 こうしてこの日の邂逅は無事に終わり、エギルを家まで送り届けた後、

八幡と明日奈は今日の戦いに赴く為に家に帰る事にした。

だが微妙に渋滞の為、遅れるかもしれないと思った二人は、

八幡の案内で二日連続でメイクイーン・ニャンニャンを訪れる事となった。



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第345話 二つ目のスコードロン

2018/06/17 句読点や細かい部分を修正


「いらっしゃいませご主人様、お嬢様……って、あなたは確か昨日の」

「ああ、昨日もいたメイドさんか、連日ですまないがフェイリスかダルはいるか?」

「フェリスちゃんかダルくんですね、少々お待ち下さい」

 

(ん、この子はフェイリスの事をフェリスって呼ぶのか)

 

 そして八幡は、奥から慌ててフェイリスが出てくるのを見てすまなそうにこう言った。

 

「八幡、いらっしゃいませなのニャ」

「悪いフェイリス、ちょっと今日も頼むわ」

「もちろんうちはまったく問題ないニャよ、とりあえず昨日の席にどうぞニャ」

 

 そして八幡は、移動中に明日奈の事をフェイリスに紹介した。

 

「あ~フェイリス、こちらは結城明日奈、昨日別働隊を指揮してたシズカだ。

名前で分かると思うが、ALOのアスナだ。ちなみに俺の正式な彼女だな」

「結城明日奈です、宜しくね、フェイリスさん!」

「ニャニャッ、ニャんと!?ま、まさかバーサクヒーラー様かニャ!?

そんな恐れ多い、私の事は是非フェイリスと呼び捨てにして欲しいニャ、皇女様!」

「え……あ、う、うん、フェイリス……」

 

 明日奈は皇女とは一体何の事だろうと思い、首を傾げながらもそう言った。

そんな明日奈に八幡はそっと耳打ちした。

 

「明日奈、そういう設定だと思っておいてくれ。ほら、こういう店あるあるだろ?」

「ああ、そういう事なんだ」

「ちなみに昨日詩乃は、王女シノルティスとか呼ばれてたぞ、

ABCの三人はヴァルキュリアの三姉妹だってよ」

「ABCって、噂の詩乃のんの友達の事だよね?もう八幡君ったら、また変な呼び方して」

「すまんすまん、まあそういう事だから、適当に合わせてやってな」

「うん」

 

 そして部屋に案内された後、八幡はフェイリスに言った。

 

「とりあえずダルに挨拶しておきたいんだが、今日はいるのか?」

「うん、ちょっと待ってニャ」

「あ、後急いできたからちょっと喉が渇いちまった、俺にはホットを一つ頼む。

明日奈はどうする?」

「あ、それじゃあ私はミルクティーを」

「かしこまりましたニャ!それでは少しお待ち下さいニャ」

 

 そしてフェイリスが部屋を出ていくと、明日奈は八幡に言った。

 

「かわいい人だね、フェイリスさん」

「かなり変だけどな。まあ俺はピトで慣れてるから平気だけどな」

「あ、あは……しかし昨日はここからインしてたんだね、

どういう風にモニターに映るのか見てみたいなぁ」

「この機能を小型化してアミュスフィアの周辺機器として売り出せば、

一気に配信とかも増えるかもしれないよな。

まあ既存のシステムを一歩先に進めるだけなんだけどな」

「そうなったら色々盛り上がりそうだね」

 

 八幡はそれに頷きながらも難しい顔をしてこう言った。

 

「まあそれとは別に、気になる事もあるんだよな」

「気になる事?」

「オーグマーだ」

 

 明日奈はその聞き慣れない言葉に首を傾げた。

 

「何それ」

「他社が開発しているARのインターフェイスだな、VRはバーチャルリアリティだろ?

ARは拡張現実、要するに今その目で見えている景色が、別の景色と認識されるって奴だ」

「ああ~なるほど!でもそれがどうしたの?」

「そのオーグマーに配信機能があったとしたら、商品としては一部競合するって事さ」

「ああそうか、そっちのがお手軽そうだしね、なるほど、そういう可能性もあるんだね」

 

 八幡は明日奈がちゃんと理解してくれたようなので、満足そうに頷きながら言った。

 

「だからあまりここだけに資金を投入するのはまずいんだよな、

多分姉さんもそう考えて、小規模な実験しかしていないんだと思う」

「なるほどね」

 

 そして八幡は、更に深刻そうな顔をしながらこう言った。

 

「だがオーグマーには懸念される問題が一つあってな」

「どんな?」

「例えば俺から見て、明日奈が敵に見えるとするだろ?」

「うん」

「で、俺は敵を攻撃する。だがこれは拡張現実だ、

攻撃するには例えば殴ったりしないといけない」

 

 明日奈はその光景を現実に置き換えて考え、顔を青くした。

 

「あっ……」

「分かったか、その場合俺が思いっきり攻撃したら、明日奈は大怪我を負う事になる」

「だよね……」

 

 だが次の八幡の言葉はもっと深刻だった。

 

「それをプレイヤーがプレイヤーに対して意図的に行ったらどうなる?」

「そ、それは……」

「要するにいずれ発売されるであろうオーグマーには、

そういう危険があるって事を常に考えておかないといけないって事だ。

だからうちは今の所、ARは限定的な物しか考えていない」

「なるほど」

「まあそこらへんは何とかすると思うけどな、さて、ダルが来たみたいだぞ」

 

 八幡は外から近付いてくる人の気配を察知し、そう言った。

そして直ぐに部屋の扉がノックさて、ダルがその巨体を現した。

 

「今日も来てくれたんだ八幡、昨日ぶりだお」

「おう、悪いなダル、今日はちょっと俺の母校に行った後に友達を家まで送ったんだが、

その後急に道が混みだして、家に帰ってたら戦いに間に合わないかもしれなくてな」

「いいっていいって、こっちはまったく問題ないから気にしないで欲しいお、

で、そちらの美人のお姉さんはどちら様?」

 

 そんなダルに、八幡は明日奈を紹介した。

 

「結城明日奈、え~と、まあ何だ、俺の正式な彼女だな」

「初めまして、結城明日奈です。宜しくね、ダル君」

「お」

「お?」

「おおおおお、もしかしてバーサクヒーラー様ですか?」

「あ、はい」

 

 明日奈はその呼び方にもすっかり慣れたのか、大して気にした様子もなく笑顔で答えた。

 

「説明しなくても分かるんだな、さすがはスーパーハカーだな」

「僕は今猛烈に感動しているお……せっかく今三人なんだし、

この場を借りてお礼を言わせてもらうお、銀影に閃光、せっかく二人がここに揃ったんだお」

「俺と明日奈が銀影と閃光なのは、まあSAOの事を調べた奴なら知ってるからいいとして、

お礼って何だ?やっぱりダルの知り合いもSAOをやっていたのか?」

「うん、まあそこまで親しい知り合いって訳じゃないんだけど、

ここはアキバだからね、それなりにそういうプレイヤーは多い訳」

 

 八幡はそう言われ、そのロジックに納得した。

 

「ああ、確かに他よりも確率は高そうだよな。でも気にしないでくれ、

俺と明日奈はあくまで自分達が生き残る為に戦ったんであって、

多くの人を助けられたのはその副産物なんだからな」

 

 そう謙遜する八幡に、ダルはこう言った。

 

「でも逆に言えば、多くの人を助けたのは事実だって事でもあるんだお」

「まあそれはそうなんだけどな」

「なのでやっぱり僕としては、心からの感謝を二人に捧げるお」

「分かった、その感謝、有難く受け取らせてもらうわ、なぁ明日奈」

「うん、ダル君の知り合いを助けられて良かったよ」

「本当にありがとうだお」

 

 その時部屋がノックされ、フェイリスが中に入ってきた為、

三人はそこでその会話をやめる事にした。

 

「お待たせしましたニャ」

「おう、ありがとなフェイリス」

「ありがとう、フェイリスさん」

「で、今日もこれから戦いに出るのニャ?」

「ああ、毎日必ず戦闘に参加しないと失格になっちまうんでな」

「え?」

 

 それを聞いたダルが、おかしな顔をした。

 

「それだと昨日全滅させた以外のチームは全部失格になるんじゃない?」

「ああ、実はそれには抜け穴があるんだよな」

「抜け穴ですと?」

「実は交戦開始から終了までの間に、

どこでもいいから一発でも弾を撃っていれば戦闘に参加した扱いになるんだよな」

「そ、そうなんだ!?」

 

 その八幡の説明には明日奈でさえも驚いたようだ。

 

「ああ、さすがに二日目で全滅とかなったらイベント的にやばいだろ?

だからこの情報は、目立つ掲示板とかには既に告知済だ。実は公式にも書いてある」

「そうだったんだ……」

「なので純粋にやる気を失った奴だけがいなくなっていく事になるはずだ。

まったく何も調べないような奴らの事は知らんがな」

「そっか、それじゃあ今日何組になってるのか楽しみだね」

「まだそこまで減ってないと思うけどな」

 

 そして八幡は、時計を見ながらこう言った。

 

「よし、そろそろ時間か」

「二人とも、頑張ってニャ」

「応援してるお!」

「おう、行ってくるわ」

「二人とも、行ってきます!」

 

 そして二人はGGOにログインし、こちら側の二人の体はソファーで寄り添う形となった。

それを見たフェイリスは、羨ましそうに言った。

 

「いいニャ、本当に信頼し合ってる感じがするニャ」

「まあこの二人は伝説のカップルですし」

「ハチマンとアスナって事は、要するにSAOのハチマンとアスナって事になるんニャよね?

だったら確かに当たり前ニャね」

「この二人ともう一人は僕ら世代の英雄だお!」

「黒の剣士様ニャね」

 

 そして画面の中では、シャナが勢力図を見ながらこう言った。

 

『お、かなり減ってるな、さすがに昨日の戦闘はショックだったみたいだな』

『だね』

 

 その画面表示は、源氏軍が八、平家軍が百二十となっていた。

人数比は、おそらく五十対九百程であろう。そしてシャナはロザリアに連絡をとった。

 

『ロザリア、敵の動きはどうだ?』

 

 その名前を聞いたダルが、フェイリスにこう説明した。

 

「今のロザリアって子が拷問まがいの事をされたせいで、この戦争が起こったらしいお」

「拷問……?女の子ニャよね?」

「うん、正直許せないお」

「それは許すまじニャ……皆殺しニャ!」

 

 そして画面の中ではそのロザリアが、街の様子をシャナに報告していた。

 

『今日は組織的な動きは無いみたい。多分昨日散々やられてまだ作戦が固まっていないのね』

『ふむ、セバスはどう思いますか?』

『敵は一度は必ず出て来ざるを得ない訳ですし、

機動力を生かして街の付近を襲撃するべきだと思いますね』

『良かった、同じ意見でしたね、よし皆、そんな訳で今日は街付近を襲撃だ』

 

 そして昨日と同じように出撃した源氏軍は、街の近くまで侵攻し、

まるでもぐら叩きのように出てくる敵を狩りまくった。

 

「行け行けシャナニャ!」

「ゴーゴーシャナだお!」

「今日も楽勝ニャね!」」

 

 そのフェイリスの言葉が聞こえた訳ではないだろうが、薄塩たらこがシャナに言った。

 

『なぁシャナ、今日はちょっと楽すぎないか?』

『これだけ目立てばさすがにそろそろまとまった数の敵が出てくると思うぞ。

とりあえずそれに備えて味方を集結させておいてくれ』

『ふむ、了解だ』

 

 その言葉通り、シャナの下にロザリアから通信が入った。

 

『シャナ、敵の動きが慌しいわ、多分かなりの数のスコードロンが一気に出てくるわよ』

『車は何台くらい出てきそうだ?』

『今こっそり見てるんだけど、多分十台くらいね』

『残りは徒歩か』

『ええ』

 

 その報告を聞いたシャナは、一旦味方を後方へと下がらせた。

 

『よし、五百メートルほど後退だ』

『了解、で、どうする?』

『俺とシノンで街から出てくる瞬間の敵の先頭車両を狙う。

あそこの出口は意外と狭いからな、タイヤを狙えばそこで後続の車は足止めされるはずだ。

今頃慌てて車を出そうとか狙ってくれと言わんばかりだからな、遠慮なく狙わせてもらう。

とりあえずそこに全軍で突撃してありったけの手榴弾を放り込む。

ここからなら二十秒程であそこまで到達出来るはずだから、まとめてドカンだ』

 

 その説明を聞いた薄塩たらこは思わずシャナに言った。

 

『鬼かよ』

『いや、天狗だ天狗、本拠地が鞍馬山だからな』

 

 その珍しいシャナの冗談に、薄塩たらこはニヤニヤしながらこう答えた。

 

『まあこれだけ押してるんだ、鼻も高くなるわな』

『油断はしないけどな』

 

 そしてシャナとシノンは狙撃体制をとり、敵が出てくるのを待ち構えた。

そして先頭の車が見えた瞬間、二人はその車のタイヤを狙撃した。

 

『よし、全軍突っ込め!』

 

 そして残りの九台のハンヴィーがエンジンを唸らせ、

手榴弾を投げ込む為に全速力で突入した。

その瞬間にブラックの後方から別の車が現れ、それに真っ先にニャンゴローが気付いた。

 

『シャナ、バックミラーに敵影、あれは……平家軍だぞ!』

『お?どうやら敵にも目端のきく奴がいるな』

『あれは携帯式のグレネードランチャーではないか?』

『何っ?……さすがにまともにくらうのはまずいか』

『どうする?』

『単独で迎えうつ、とりあえず全速前進の後、時計回りに移動だ』

『了解』

 

 そしてシャナは、逃げながらもけん制の為にミニガンを乱射し、

シノンは敵を足止めしようとヘカートIIを構え、スコープを覗いた。

 

『あれ、ねぇシャナ、あの車に乗ってるのってどうやらゼクシードみたい』

『ゼクシードだと?まああいつならこれくらいはやりそうだ』

『それなりに認めてるんだね、ゼクシードの事』

『馬鹿だけどな』

『あは』

 

 シノンは笑いつつも、狙いを定めて運転しているプレイヤーを狙撃しようとしたが、

敵もさるもの、車を激しく蛇行させて狙撃されないようにしていた。

だがそのおかげで敵もグレネードを発射出来ないようである。

ちなみに運転しているのは、この日の為に特訓してきたハルカだった。

 

『くそっ、狙いがつけられねえ』

『思い切って直進しますか?』

『いやハルカ、それだと俺かお前がシノンに狙われる可能性がある。

そのうちチャンスがくるかもしれないからとりあえずこのままだ。

頑張って敵の後ろに張り付いてくれ』

『はい!』

 

 その様子を見ていたメイクイーンの二人は、手に汗を握っていた。

 

「ダルにゃん、大丈夫かニャ」

「大丈夫だと信じるしかないお」

「あっ、ダルにゃんあれ!」

「おお?まさか新手か?」

 

 ブラックは現在街に対して平行の進路をとっており、その正面から一台のジープが現れた。

どうやら街の反対側にあるもう一軒のレンタル屋から車を飛ばしてきたようだ。

 

『ちっ、新手か?』

『いや、あの旗は……味方だシャナ!』

『何だと?』

 

 そのジープに乗っていたプレイヤーは、シャナに親指を立ててみせると、

そのままゼクシード達に突進し、横合いに銃撃を浴びせた。

幸いゼクシード達は、それに気付いて直ぐに伏せたので無事であった。

 

『うおっ、今のはやばかった……ハルカ、とりあえず転進して離脱だ、

さすがに二対一だと分が悪い』

『了解!』

『危なかったですねゼクシードさん』

『ああ、まさかあっちにも伏兵がいたとはな』

『こっちもうまく奇襲したんですけどね』

『まあ戦争だから色々あるさ』

 

 一方介入したジープの主は、もちろんコミケ達だった。

 

『くそっ、外した』

『まあ今のは仕方ないですよ、相手が蛇行してた上に、上手く伏せてましたからね』

『どうします?』

『このまま転進してあのハンヴィーと合流だ、おそらくあれがシャナだろう』

『初お目見えっすね!』

『おう、大将に挨拶だな』

 

 そして他のハンヴィーも無事に敵の殲滅を終え、続々とブラックの下へ集結していた。

さすがに徒歩の連中にはどうする事も出来ないようで、

散発的に弾が飛んでくるくらいで、そのうち攻撃がやんだ。

 

『俺はコミケだ、宜しくな、大将』

『シャナです、初めまして。お味方感謝します』

『トミーです』

『ケモナーっす!』

『たった三人だが、今日から源氏軍に合流するので宜しく』

『いえいえ、心強いですよ』

 

 そしてシャナは、全軍に指示を出した。

 

『それじゃあ今日はこれで撤収だ、総員乗車の後に速やかに世界樹要塞へ帰還せよ!』



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第346話 絶望的な差

2018/06/17 句読点や細かい部分を修正


「よっしゃあ、さすがは俺達のシャナ!」

「やったニャ、今日も大勝利ニャ!お祝いに甘い物でも用意しておくかニャ」

「それはいいアイデアだお、フェイリスたん」

 

 そしてフェイリスは部屋を出ていき、色々と準備を始め、

ダルもそれを手伝う為に部屋を出ていった。

 そして画面の中では、撤退を指示したシャナに、コミケがこう話し掛けていた。

 

『なぁ大将、色々話が聞きたいから、俺もそのハンヴィーに乗せてもらってもいいかな?』

『あ、はい、どうぞどうぞ』

『そういう訳だ、ケモナーとトミーは後から付いてきてくれ』

『『了解!』』

 

 その時トミーが一瞬敬礼しかけてやめたのを見たシャナは、そっとコミケに耳打ちした。

 

『もしかして本職の方ですか?』

 

 コミケは内心ドキッとしながらも、平静を装ってシャナに聞き返した。

 

『……どうしてそう思うんだ?』

『あ、その答え方はやっぱりそうなんですね。

すみませんちょっと鎌をかけてみました。今トミーさんが敬礼しかけてやめましたよね?

ただの軍事オタクならそのまま敬礼すると思うんで、敬礼し慣れているけど、

しないように言われてる職業の人はどんな人だろうって考えただけなんですけどね。

後は銃の構え方とか細かい動きとか雰囲気ですかね?』

 

 そう説明されたコミケは、口笛を吹いた後にこう言った。

 

『そこまで見られてたら仕方ないな、さすがは大将って所かな。

でも俺って、よくらしくないって言われるんだけど、それでもそう見えちゃうもの?』

『う~ん、そうは言いますけど、やっぱり物腰が明らかに素人とは違いますからね』

『そっか……実は俺達、任務があってあと三日しかいられないんだけど大丈夫かい?』

『そうなんですか、問題無いです、それだけでも助かります』

『そっか、じゃあそれまで宜しくな!』

『はい』

 

 そしてブラックに乗り込んだ後、コミケはシャナにこう言った。

 

『あ、俺達の素性は出来れば内緒で……』

『もちろんですよ、先生とシノンも、今の俺達の会話は聞かなかった事にしてくれ』

『訳ありなのだな?了解だ!』

『よく分からないけど問題ないわ』

 

 コミケはそんな二人に感謝し、何となくシャナにこう言った。

 

『しかしこのゲーム、聞いていたより女性の比率が高いんだね、

さっき源氏軍のメンバーを見て驚いたよ』

『あ……』

『コミケよ、それは誤解というものだぞ!』

『誤解?どういう事です?先生』

 

 コミケは先ほどの短い会話の中で、

ニャンゴロー相手にはどう接すればいいのか何となく理解しており、そう言った。

中々のコミュニティ能力である。だがそんなコミケも、

ニャンゴローの中の人にもし会ったとしたら、そのギャップにひっくり返るのであろう。

そしてニャンゴローはコミケにあっさりとこう言った。

 

『現在GGOをプレイしている女性プレイヤーのほとんどがこちらの味方なのだ。

相手方で確認されている女性はわずかに二人、不参加組の中にはいても五人くらいだろう』

『え、まじっすか……思いっきり誤解してましたよ……』

 

 そんなコミケに、ニャンゴローは具体的な数字を説明し始めた。

 

『G女連が十五人、九狼が六人、SHINCが六人、おそらく最後のスコードロンに一人の、

計二十八人の女性がこちらの味方だ』

『それは多いですね……』

『昨日こちらにも戦死者が三人出たから、現在男はダインの所が十一人、

薄塩たらこが九人、闇風が五人、九狼が三人、コミケが三人の計三十一人、

つまり女性比率は約二分の一という事になるな。

ちなみにあちらはおそらく最初は二千人程度はいたはずだから、

千人に一人しか女性プレイヤーがいないという事になるのだ』

『俺、こっちの味方で本当に良かったです……』

 

 コミケは心の底からそう思い、そう言った。

 

『ところで残り一つのスコードロンの女性、俺達さっきチラリと見たよ』

『白い髪の女性プレイヤーですよね?』

『あ、うん、そうだったかも。俺達が出撃した時に、実は敵も二台同時に出撃したんだよ。

で、殲滅してから合流しようと思ったら、何か不思議な乗り物に乗った女性が、

奇襲をかけて一台を潰し、もう一台を引き受けてくれてね、

手伝おうかと思ったんだけど、身振り手振りで大将の方へ行けって合図してきたから、

急いでこっちに来たって訳なんだよね。

で、姿が見えなくなる間際にバックミラーで見た限りは、

もう一台もキッチリと潰してたみたいだから、まあ安心してくれ』

『そうですか、早く合流してくれるといいんですけどね』

 

 シャナはそう言いながら銃士Xの姿を思い浮かべた。

 

(街の近くでゲリラ戦をしてくれているのか?

どんなタイミングで合流してくる事やら、まったく楽しみだな)

 

 そして世界樹要塞に着いた一行は、改めて勝利の雄たけびをあげた。

 

『今日は完勝だったな、皆ありがとな、このまま最後まで勝ち続けるぞ!』

『『『『『『『『『『『『『『『おう!』』』』』』』』』』』』』』』

 

 そう雄たけびを上げた後、コミケ達は興奮ぎみに話していた。

 

『いや~、こういうのっていいっすね、隊長!』

『だな、暇つぶしのつもりだったけど、何か今凄ぇ楽しいわ!』

『俺もなんだか燃えてきました!』

『いいねいいね、俺達は残り三日だけど、頑張ろうぜ!』

 

 そしてトミーは、周りを見回しながら言った。

 

『しかし女性が本当に多いですよね、事前の話と違っててびっくりしましたよ』

『あ、それなんだけどな……』

 

 そしてコミケは、両軍の男女比率について二人に説明した。

 

『そ、それは極端ですね……』

『あ、でもこの戦争の始まりって……』

『まあそれもあるだろうが、やっぱり大将のカリスマだろうな』

『ですね……』

 

 こうしてこの日の戦いも無事に終わり、

平家軍のスコードロン数は、ついに百の大台を割った。

その日の配信も盛り上がったのは言うまでもない。

 そして落ち際に、シャナはメイクイーン組に声が聞こえないように、

ニャンゴローを呼びとめてその耳元でそっと囁いた。

 

『雪乃、報告があるから後で電話するわ』

 

 シャナがあえて雪乃と呼んだ為、プライベートの用事だと理解した雪乃は、

八幡の耳元でこう囁き返した。

 

『分かったわ、落ちたら直ぐにシャワーを浴びたいから、

三十分以上後にしてもらってもいいかしら』

『了解だ』

 

 そしてシャナとシズカは共にログアウトし、二人はメイクイーンの一室で覚醒した。

その直後にフェイリスとダルが、ケーキと飲み物を持って中に入ってきた。

 

「タイミングピッタリだったニャ!」

「ちょこちょこ中を覗いてた甲斐があったねフェイリスたん」

「二人とも、これはフェイリスのおごりの勝利のお祝いニャ、

遠慮しないで食べて飲んでニャ」

 

 それを聞いた二人は、フェイリスにお礼を言った。

 

「ありがとな、フェイリス、ダル」

「ありがとう、ちょうど少しお腹がすいてたんだ」

 

 二人はそのフェイリスの気遣いを有難く受け、一息ついた。

 

「今日も凄い戦いだったニャ」

「昨日ほどじゃなかったけどな」

「これからも頑張ってニャ」

「おう、絶対勝ってみせるわ」

「頑張るね!」

 

 そして明日奈は、思いついたようにフェイリスに言った。

 

「あ、そうだフェイリス、私もメイド服を着てみたいんだけど……」

「それは似合いそうニャ!バーサクヒーラー皇女様、

良かったらフェイリスとも一緒に写真を撮って欲しいニャ」

「うん、喜んで!でもその呼び方は長すぎるから、私の事は普通にアスナって呼んでね」

「それじゃあアスにゃんでお願いしますニャ!」

 

 そんなフェイリスに、八幡は冗談めかしてこう言った。

 

「俺の事は絶対にハチにゃんとか呼ぶなよフェイリス」

「呼ばないニャよ、ちなみにフェイリスが名前を呼び捨てにするのは二人目で、

本名で呼ぶのは八幡だけニャ」

「ん、そうなのか」

 

 そんなフェイリスを観察していた明日奈は、内心でこう思っていた。

 

(これは恋心というより憧れみたいな感じかな……何か特別みたいな?

でもフェイリスは表情が読みにくいからなぁ、一応警戒はしておかないとだけどね。

フェイリスさんは凄くかわいいし、八幡君もフェイリスさんの事が気に入ってるみたいだし)

 

 そしてフェイリスは明日奈にこう言った。

 

「さてアスにゃん、早速お着替えの時間ニャ!」

「うん宜しくね、フェイリスさん」

 

 明日奈はバックヤードに案内され、そこでメイド服を生まれて初めて着る事になった。

 

「うわ、とんでもなく似合うニャ……アスにゃん、うちで働かないかニャ!?」

「嬉しいけどちょっと無理かな、ほら私、色々ゲームとかやってるから……」

「確かにそうニャね、う~ん、残念だニャ……もっと八幡やアスにゃんと一緒にいたいニャ」

 

 そんなフェイリスに、明日奈は何となくこう尋ねた。

 

「フェイリスは、八幡君の事がそんなに気に入ったの?」

「うん!私が今まで会った中では、一、二を争うくらい謎めいていて興味を引かれるニャね、

あと単純に感謝して憧れてるってのもあるニャ、後は前世の知り合いだからかニャ」

「前世はともかく感謝?」

「あ、もちろんアスにゃんにも感謝してるのニャ。

うちの常連さんも何人かはSAOをプレイしていたからニャ」

「あ、そっか、ここはアキバだもんね」

 

 明日奈は、ダルに言われたのと同じ事をフェイリスにも言われ、

まだまだあの事件の影響が色濃く残っている事を実感した。

もちろん二人の事を恨んだり嫌ったりしている者も、中にはいるのだろうが、

こういった感謝は素直に受けようと明日奈は考えた。

 

「それにしてもアスにゃんが羨ましいニャ、八幡と一緒にいたら絶対に退屈しなさそうニャ」

「あ、うん、まあそれはね」

「せめてお店に来てくれた時くらいはフェイリスにもお裾分けが欲しいニャね、

という訳で皆で楽しく撮影タイムといこうニャ!」

「うん!」

 

 そして二人は八幡達のいる部屋へ戻り、

明日奈は恥じらいながらも頑張ってこう言った。

 

「あ……あすニャンニャンです、ご主人様」

 

 そんな明日奈の姿をぼ~っと見ていた八幡は、

無意識に携帯を取り出して明日奈の姿を撮影し、その写真を待ち受けに設定した。

 

「ふわっ!?」

 

 明日奈はまさかいきなり八幡がそう動くとは思っていなかったのか、

顔を真っ赤にしながら八幡に言った。

 

「は、八幡君、その待ち受けはさすがに恥ずかしいよ……」

 

 その言葉で我に返った八幡は、自分の携帯の待ち受けを見て驚いた。

 

「あれ、俺は今、一体何を……」

「やっぱり無意識だったんだ……」

「お、おう、あまりの明日奈のかわいさに、つい意識が銀河系を一周してたわ」

 

 それを聞いた明日奈は、真っ赤な顔を八幡の胸に埋め、

その胸をぽかぽかと叩きながら言った。

 

「もう!もう!」

「まあいいじゃないか、かわいいのは事実なんだし」

「だって八幡君は、絶対にそれを里香達に見せるでしょう?」

「当たり前だろ、こんなにかわいいんだから」

「もう、もう!」

 

 明日奈は再び八幡をぽかぽかと叩き、

八幡はそれを気にせず明日奈の猫耳風のヘッドドレスをなでていた。

 

「もふもふの猫耳も捨てがたいが、これはこれで中々……」

「もふもふのもあるニャよ」

「何っ!?何でそれを早く言わない!フェイリス、今すぐそれを明日奈の頭に!」

「がってん承知ニャ!」

「フェイリスまで、もう、もう!」

 

 そしてその後、四人は撮影タイムに入り、明日奈と二人で写真を撮ってもらったダルは、

涙を流しながらこう呟いた。

 

「今日ほど生きてて良かったと思った日は無いお……」

 

 そして帰りの車の中で、明日奈は先ほど撮った写真をニヤニヤしながら眺めていた。

 

(恥ずかしがってたけどやっぱり喜んでたのか……)

 

 そして明日奈は八幡に言った。

 

「八幡君の携帯で撮ったのも見せて」

「おう、ほらこれ」

「ありがとう」

 

 そして写真を眺めながら再びニヤニヤする明日奈の手が、とある写真の所で止まった。

 

「は、八幡君?この写真は消したはずじゃ……」

「ん?……あっ、やべっ」

「今やべっって言ったよね?確かに言ったよね?どうしてこれがまだ残っているのかな?」

「あれ?何でだろうな、おかしいな」

 

 それは例の、明日奈がよだれをたらしながらだらしない顔で寝ている写真だった。

明日奈はその写真をじっと見ながら言った。

 

「もう、そんなにこの写真がお気に入りなの?」

「その写真に限らず、明日奈の写真は全てお気に入りだ」

「それはもちろんそうだろうけど……」

「そもそも殺伐とした戦争中に、こういう日常的な写真はとても大事だろ?

こういうのが俺の疲れた心を癒してくれるんだ」

「でも別にこの写真じゃなくても……」

「いやいや、前も言ったが明日奈がこういう無防備な表情を見せるのは、

この世でただ一人俺の前でだけだ。つまり俺はこれを見る度に、

明日奈に愛されていると実感する事が出来る。これ即ち愛だ!」

「あ、愛かな?」

「愛だ」

「そう言ってもらえるのは嬉しいんだけど……」

「愛だ」

「う、うん、まあ確かに愛だよね」

「愛だ」

 

 明日奈は機嫌が良かった事もあり、そのまま八幡に押し切られ、

八幡がその写真を所持している事を認めた。

 

「仕方ないなぁ、愛なんだから誰にも見せちゃ駄目だよ?」

「おう、任せろ」

 

 こうして八幡は命拾いし、携帯の中のお宝は守られる事となった。



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第347話 源氏軍の帰還

2018/06/17 句読点や細かい部分を修正


 明日奈を家まで送り届けた後、八幡は約束通り雪乃に電話を掛けた。

 

「で、どうしたのかしら」

「おう、実は今日総武高校に行ってきてな、奉仕部の部室に行ったんだよ」

「あらそうなの?久しぶりの部室はどうだった?

まあもう誰も利用しなくなって久しいでしょうから、

少し埃っぽかったかもしれないわね、今度掃除にでも行こうかしら」

「それがな……活動してたんだよ、奉仕部」

「えっ?……意外だわ、小町さんが卒業した後もまだ奉仕部はまだ残っていたの?」

「ああ、部員はたった一人だが、立派に守ってくれていたよ」

 

 そして雪乃はしばらく無言でいた後、万感の思いをこめて言った。

 

「そう……それは良かったわ、本当に」

「でな、お前達が残したアルバムも見せてもらったよ」

「……あれを見たの?」

「ああ、正直少し涙が出た」

「ふふっ、泣き虫ね」

 

 雪乃は少し弾んだ声でそう言った。

自分達が残した物が評価されて嬉しかったのだろう。

 

「ちなみにその部員ってのは、昔会った鶴見留美なんだが……覚えてるか?」

「鶴見留美?そう、あの子だったのね」

 

 雪乃はさすがの記憶力を発揮してそう言った。

まあクリスマスイベントにも参加していたのだから、当然かもしれない。

 

「高校生になった留美は、まるで昔の雪乃を見ているようだったよ。

まあ主に見た目と話し方なんだがな」

「そんなに私に似ているの?それじゃあもうすぐ目つきの悪い男子生徒が入部するのかしら」

「ちなみに顧問は、SAOで俺や明日奈やエギルと交流があった女性に代わったらしい」

「なるほど、つまり今日はその人に会いに行ったのね」

「察しがいいな、その通りだ」

 

 八幡はそう言い、いつか留美を交えて新旧奉仕部のメンバーで集まろうと提案した。

 

「いいんじゃないかしら、戦争が終われば多少余裕も出るでしょう」

「そうだな、とりあえずそのうちって事で」

「ええ、そのうちね」

 

 そして雪乃との通話を終えた八幡は、結衣といろはにも電話をした。

二人も奉仕部が残っている事に喜んでくれたようで、

留美の話をすると、驚きつつも何となく納得したようであった。

そして八幡はリビングでごろごろしていた小町にもその話をした。

小町もその事には驚いたようで、是非留美に直接会ってお礼をしたがった為、

八幡はそんな小町の頭を撫で、小町は昔を懐かしみながら八幡にそっと寄りかかった。

 

 

 

 翌日の夕方、八幡はGGOにログインし、真っ先にロザリアに連絡をとった。

 

「どうだ?今日は何か動きはありそうか?」

「それがおかしいのよ、それなりに激しく動いてはいるようなんだけど、

戦う気が無いような、何かを準備しているような、そんな気配がするのよね」

「ほうほう、さすがに平家軍の奴らも本気になったって事なのかな」

「とにかく何か企んでいるのは確かだと思うんだけど、

今日はまともな戦闘にはならないかもしれないわね」

「まあたまにはいいさ、引き続き調査を頼む」

「分かったわ」

 

 その言葉通り、その日の戦闘は散発的で、街の外で攻撃を仕掛けても、

敵は直ぐに引っ込んでしまい、双方のスコードロン数が減る事は無かった。

 

「大将、これはどうやら相手は大がかりな作戦を考えているんじゃないか?」

「コミケもそう思いますか?実は俺もそう考えてました」

「とりあえず何があっても即応出来るようにしておけばいいかな」

「はい、宜しくお願いします」

 

 結局夜まで大規模な衝突が起こる事はなく、この日は早めに撤退する事となった。

 

「さて、何を企んでいるのやら」

「大規模な攻撃計画でもたてているのかな?」

「どうだろうな、そしたらこっちはここに篭ればいいだけだしな……」

「相手としては、数の力を最大限生かせるような所で戦いたいだろうな」

「このまま逃げ切っても、こちらのスコードロンを一つも倒していないんだから、

報酬はまったく入らないと思うけどねぇ」

「シャナさんを倒さないと意味がないですからね」

 

 主だった者達はそんな話をし、明日は少し早めに集合する事にした。そして迎えた次の日。

 

「今日で源平合戦も五日目か、さて、どうなる事やら……」

 

 そう呟いてGGOにログインしようとした直前に、八幡の携帯が着信を告げた。

その表示は《拾った小猫》となっていた。

 

(中にいるはずのあいつから直接連絡?何か急ぎの用事か?)

 

 そして電話に出た八幡の耳に、焦ったような薔薇の声が飛び込んできた。

 

「八幡大変よ、今平家軍の全軍が出撃したわ」

「全軍で出撃?世界樹要塞にか?」

「それが、そっちとは逆方向なの」

「逆だと……?」

「ええ、多分作戦なんだろうけど、かなり厳しい情報統制が成されていたようで、

その内容はまったく分からなかったわ。というかいきなり動き出したの」

「分かった、引き続き中で情報収集に努めてくれ。敵が攻勢に出たのではない以上、

かならずこちらの耳に入るように何らかの噂がバラまかれるはずだ」

「分かったわ、八……あっ……ご、ご主人様、引き続き情報収集に努めますニャ」

 

 その言葉は唐突だった為、八幡はまったく反応出来なかった。

というか脳がその言葉を認識しなかった。

そして十秒後、やっと耳と脳の回路が繋がったのか、八幡は薔薇に尋ねた。

 

「……お前、もしかして変なクスリでもやってんのか?」

「ち、違うわよ失礼な!明日奈や詩乃とネコ耳メイドカフェに行ったんでしょ?」

「……なんでお前がそれを知ってる」

 

 ハチマンは、こいついつの間に明日奈を呼び捨てにするようになったんだと思いつつ、

薔薇に情報源を尋ねた。

 

「あんた、ACSって知ってる?」

「何だそれ?」

「AI・コミュニケーション・システム、アルゴ部長が暇つぶしで作ったアプリよ。

茅場製AIによって運用されているの」

「あいつは一体何をやってるんだ……」

 

 そう呆れる八幡に、薔薇はACSの説明を始めた。

 

「多人数によるテキストチャットと、音声入力方式の検索エンジンが合わさったものよ。

例えば『メイクイーン・ニャンニャンってどこにあるの?』と尋ねると、

店の位置情報が表示されるわ。そこで『どうやって行くの?』と尋ねると、

そこまでの最短ルートと金額が表示されるわ。AIが判断してくれるから、

曖昧な言い方でもきちんと答えをくれるし、凄く便利なのよ。他にも色々な機能が満載よ」

「…………要するにそれで明日奈や詩乃からその話を聞いたと」

「ええそうよ、あんたがネコ耳にかなり反応してたらしいから、

リ、リアル小猫である私がサービスしてあげたのよ!」

 

 そう言われた八幡は、即座に薔薇にこう返した。

 

「ああはいはい、かわいいかわいい」

「な、何よその心のこもっていない言い方は!たまには小猫を褒めなさいよ!」

「ああはいはい、褒めてる褒めてる、だからとりあえずさっさとGGOに戻れ」

「くっ……お、覚えてなさいよ!」

「ああはいはい、覚えてる覚えてる」

「こ、今度会った時には絶対に心のこもった言葉をよこしなさいよね!」

 

 薔薇は悔しそうに通話を切り、そのままGGOに戻った。

八幡は、ACSねぇと呟くと、PCを開き、自分で作成したGGOのマップを開いた。

 

「世界樹要塞から反対方向……まさか一の砦か?」

 

 そう言って八幡の指し示す場所には、砦の廃墟があった。

その名も一の砦、これは街から一番近くにある砦という意味だった。

大軍勢を迎え撃つ為に作られたという設定の砦で、両側に二重の堅固な城壁を持ち、

中は広いが城門は狭く、そこに至る外からの通路は左右が切り立った崖になっていた。

ここで待ち構えられたらかなりまずい事になるという、そんな施設だった。

 

「あそこに立てこもるという事はつまり……

そうか、あいつらついに、形振り構わず勝ちに来たか」

 

 もし八幡らがその砦を攻めなかった場合、

当然八幡らと立てこもった者達は全員失格となる。

だが何組かでも平家軍の者が残っていれば、

例えば最近街の近くでうろうろしていると噂になっている、

源氏軍の白い髪の少女と交戦する事で参加資格を維持し、

双方の主力が全滅した所でその少女を倒せば平家軍の勝利が確定する。

もちろん八幡を倒した事によるボーナスは得られないが、

少なくとも最低限戦争に勝ったという結果は残る事になる。

 

「さすがにあの人数差だと、正面から攻め落とすのは無理だな……

とりあえずあいつの意には反する事になっちまうかもしれないが、

銃士Xと合流すべきか?そうすれば少なくともドローで終わると思うが」

 

 そう呟いた八幡の目に、昔書いたのだろう、地図上のとある文字が飛び込んできた。

 

「これは……そうか、一ノ谷の戦いの逆落としみたいなものか、名前も似てるしな」

 

 その後も八幡はうんうん唸っていたが、どうやら作戦が決まったようだ。

八幡はGGOにログインし、先ずロザリアに連絡をとった。

 

「どうだ?何か分かったか?」

「確かに噂が流れ始めたニャ、敵は廃棄された砦に立てこもったらしいニャ」

「おお、あまりの小猫のかわいさに一瞬気絶しそうになったわ、

それじゃあまた何かあったら連絡する」

「あっ、ちょっ……」

 

 そして八幡は、通話を終えた後にぼそっと呟いた。

 

「そういうのは実際に俺の目の前でネコ耳メイド服を着た上でやれってんだよまったく、

そしたらさすがの俺もちゃんと褒めてやるんだがな」

 

 

 

 実はこの呟きをたまたまベンケイが聞いており、

後日ACSでたまたまその話題を出した為、

その日のうちに薔薇は、自前のメイド服を購入する事となる。

 

 

 

 シャナは仲間達が全員集まるまで、フローリアの協力を得ながら何か作業をしていた。

そして仲間達が全員揃ったのを見計らって、シャナはこう切り出した。

 

「どうやら平家軍が捨て身の作戦に出たらしい」

 

 そしてシャナは、一の砦の情報と自身の考えを仲間達に伝えた。

 

「ああ、あそこか!これは厄介だな」

「どうするよ、あそこを正面から落とすのはさすがに無理だろ?」

「そこってそんなにやばい場所なのか?」

「とりあえず今、フローリアに協力してもらって作った立体図を出すから見てみてくれ」

 

 そして空中に一の砦の立体図が表示された。それは即席で作ったにしてはいい出来で、

その砦の堅固さが嫌という程伝わってきた。

 

「これか……これはどうしようもないな」

「ですな、正面からだとさすがにどうしようもないですな」

 

 コミケがそう言い、セバスがそれに同意した。

軍事の専門家が二人揃ってそう言った為、シャナは正攻法では無理だなと改めて思った。

 

「とりあえず俺も、正攻法でアレを落とすのは無理だと思う」

「って事は何か考えがあるんだね?」

「ああ、俺の考えはこうだ」

 

 そしてシャナは、考えた作戦を仲間達に披露した。

 

「まじかよ、それは盲点だったわ……」

「確かにそれならいけるかもしれないな」

「正面を担当する人のリスクが高いけど……」

「シャナ、正面から仕掛ける役目は俺達にやらせてくれないか?」

 

 その作戦を聞いたコミケがそう言い出した。

 

「皆、実は俺達は、どうしても外せない任……いや、仕事があって、

明日までしか戦いに参加出来ないんだ。だからこの危険な役目は、

死んでしまってもまったく問題が無い俺達にやらせてくれないか?

もちろん死んでも作戦は成功させるつもりだ」

 

 そう言うコミケの瞳は燃えに燃えていた為、仲間達からは反対意見が出る事も無かった。

 

「よし、それじゃあ作戦も決まった所で、形の上でだが街に凱旋といくか」

 

 そして源氏軍は、十台のハンヴィーに分乗して街へと向かった。

コミケとトミーはブラックに乗せてもらう事となり、

ケモナーは一人減った闇風達の所に混ぜてもらう事となった。

どうやら闇風とケモナーは性格的に相性がいいらしく、既に意気投合していた。

闇風が実はケモナーと同じ趣味を持っているという噂も流れたが、

その真偽はまだ確認されてはいない。

 

 

 

「おい、あれを見ろ」

「あれってまさかシャナか?おい皆、源氏軍が帰ってきたぞ!」

「え?もう戦争は終わり?」

「平家軍の奴らは夕方の間に街から出てったぞ」

「都落ちって奴?」

「さあな、ただ確かなのは、今目の前に源氏軍が勢揃いしてるって事だけだな」

 

 平家軍としては、街に平家軍の者が残っている事を源氏軍に知られたくない為、

居残りの平家軍の者は、源氏軍の帰還を隠れて観察する事しか出来なかった。

こうして源氏軍は、一時的にではあるが、街へと帰還する事となった。



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第348話 一の砦の戦い・前半

2018/06/17 句読点や細かい部分を修正


「いやぁ、実に燃える展開になってきたな、大将」

「本職の目から見て、この作戦はどうですか?」

「面白いと思うよ、ゲームならではって感じだな」

「ですね」

 

 街へと凱旋する途中のブラックの中で、シャナとコミケはそんな会話を交わしていた。

 

「本職だと?なるほど、コミケ達は現役の自衛隊員なのだな」

「この事は内密にな、先生、シノン」

「もちろんだ!」

「うん、分かってる」

 

 二人はそう頷いた。こんな会話になる事も予想して、

シャナは前回と同じメンバーをブラックに乗せていたのだった。

 

「正面の囮役を頼んでしまってすみません」

「何、腕が鳴るってもんですよ」

「レンジャー徽章持ちが二人もいるんだ、やってやるぜ」

「た、隊長、それは……」

 

 その言葉にシャナは敏感に反応した。

 

「も、もしかしてお二人とも、レンジャー徽章をお持ちなんですか?」

「おうよ!」

「はぁ……あまり大きな声で言う事じゃないんで、内密にお願いしますね。

自分と隊長は確かにそうです、ケモナーはレンジャー徽章こそ持っていませんが、

車の運転は抜群に上手いですよ」

「なるほど……」

「レンジャー……何?」

 

 詩乃はその用語が分からなかったらしく、そう質問してきた。

それに対してシャナは、シンプルにこう答えた。

 

「精鋭の証だな」

「おっ、シンプルな答えだね」

「でもまあ知らない人に対する説明としては満点ですね」

「なるほど、とにかく凄いのね」

「だからこっちは任せてくれよな」

「はい、信頼してます」

 

 そして街に着いた源氏軍は、一般プレイヤーに熱狂的に迎えられた。

 

「源氏軍だ!」

「凄いぞお前ら!あの人数差をよくもまあ……」

「頑張れよ、シャナ!応援してるぜ!」

 

 そしてシャナは、せっかくのイベントなのだからと思い、群集にこう叫んだ。

 

「平家軍を懲らしめる為、源平合戦の勝利の成就の為、首都よ、私は帰ってきた!」

「おお!」

「シャナ!」

「ナイスネタ!最高!」

 

 群集はその言葉にやんややんやと喜び、大いに盛り上がった。

そんなシャナ達を、銃士Xが物陰から眺めていた。

そしてその銃士Xに、イコマがこっそりコンタクトをとった。

 

「銃士Xさん、お久しぶりですね」

「イコマ様!うん、お久しぶり」

 

 銃士Xはイコマを見て嬉しそうにそう言った。

 

「どうします?ここで合流しますか?」

「……私が何故源氏軍だと?」

「むしろ銃士Xさんが源氏軍じゃなかったら、逆にびっくりですよ」

「ところでこれはどういう状況?」

「実は……」

 

 そしてイコマは、手早く今の状況を銃士Xに説明した。

その説明を聞いた銃士Xは、考えた末に言った。

 

「それなら極力現状を変えない方がいい。今はまだ合流すべきではないと考える」

「そうですか、でも最終日までには合流して下さいね」

「肯定、約束する」

 

 そして銃士Xはどこかへ去っていき、イコマはその事をシャナに報告した。

 

「分かった、楽しみだな」

「ですね」

 

 そしてシャナ達はそのまま街の奥へと進んでいった。

 

「このビルだ」

 

 シャナはそう言いながらとあるビルに入り、その中にあった隠し扉を潜って、

中にNPCがいる一室に仲間達を案内した。

 

「こんな分かりにくい所に……」

「よくこんなの見付けたね、シャナ坊や……」

 

「ビルの構造的に明らかに不自然なスペースがあったんで、探してみたらあっさりとな。

さて、ちょっと面倒だと思うが、全員このNPCに話し掛けてくれ」

 

 そしてNPCとの話を終えた一行は、そのままとって返し、

弾薬や他の必要な物を補充した後に、再びハンヴィーに分乗して一の砦へと向かった。

 

「さて、この辺りで一旦停止だ」

「おいシャナ、あいつらこっちを見てるみたいだぜ」

 

 早速単眼鏡で敵陣を覗いていた闇風がそう言った。

 

「待ち伏せ準備は準備万端って訳か」

「まあそうは問屋がおそロシアってな」

「意味が分からないが……よし、早速移動だ、コミケ、後は任せます」

「あいよ、任せてくれ」

 

 そしてコミケ達だけを残し、シャナ達はどこかへと移動を開始した。

 

「隊長、あいつら殺気立った目でこっちを見てますよ」

「向かってきたらどうしますか?」

「その時は尻尾を巻いて逃げ出すさ、砦の外に敵が出る分には問題ないからな。

ケモナー、いざという時は頼むぞ」

「任せてくれっす、あんなド素人ども、軽くちぎってやりますよ」

 

 その頃シャナ達は、一の砦近くにある山小屋へと到着した。

 

「ここだ、順番にNPCに話し掛けてくれ」

「あいよ、さあ並んで並んで!」

 

 仲間達は一人、また一人とNPCに話し掛け、その姿を消していった。

そして最後にシャナがNPCに話し掛け、次の瞬間にシャナは洞窟の中にいた。

そんなシャナを仲間達が出迎えた。

 

「シャナ、全員問題なく揃ってるぜ」

「オーケーだ、それじゃあ進むか」

「しかし考えたもんだな、クエストのフラグを利用して、砦の中に潜入しようだなんてな」

「このクエストは前にやった事があってな、

まあ自前で作成した地図にメモが貼り付けてなければ思い出せなかったかもしれないけどな」

「なるほど」

 

 一行はそのまま洞窟を進んでいたが、ある所で急に視界が開けた。

そしてその視界の先に、大量のモンスターが姿を現した。

 

「あれか……」

「ああ、普通はここで全滅させて先に進むんだが、あそこに扉があるだろ?

あそこは砦の中の隠し扉に繋がってるんだが、

あそこに入るとここの敵が全部砦の中に転移してくるんだよな」

「絶対逃がさないってか?」

「一度アクティブになったら、無差別に近くにいるプレイヤーを攻撃するから、

そういう迎撃型のイベントなんだろうな。まあ俺はソロでクリアしたが」

「相変わらずの化け物アピールか」

 

 シャナは肩を竦めながら、続けてこう言った。

 

「さすがにこの戦いで平家軍を全滅させるのは不可能だろうが、

モブは砦の中央に沸くから、せめて半数をコミケ達がいる南門方面に閉じ込めたい。

そこで誘導役の者に、敵をそちらまで誘導してもらう」

「なるほど、門は四つあるから、タイミングを合わせて中央の二つを同時に閉じちまうのか」

「よし、それじゃあ行ってくる、お前らはタイミングを見て中に潜入してくれ」

「ちょ、ちょい待ち、ウェイウェイウェイ」

 

 そう言って一人で突入しようとするシャナを、闇風が止めた。

 

「ん、どうした?」

「自分で誘導役をするつもりだったんだろうがシャナ、一つ忘れてないか?

今お前の頭の上には、源氏軍の旗が立ってるんだぜ。

それじゃあ直ぐに源氏軍の奴だってバレちまうぜ」

「あ……くそ、その事は失念してたな」

 

 シャナはそう言うと困った顔をした。そんなシャナに闇風が言った。

 

「ここはスピードスターたる俺の出番だろ、俺は自分が前線で暴れたいが為に、

旗持ちの役目を別の奴に任せてあるからな」

「だが……」

「だがも何も無えよ、これが適材適所って奴だ。

シャナはこのまま潜入部隊の指揮をとってくれ」

「……分かった」

 

 こうして誘導役は闇風に託された。

 

「コミケさん、こちらの囮は闇風がやります、

表門から闇風の姿が見えたら手はず通りにお願いします」

『オーケーオーケー適任だと思うぜ、こっちはいつでもオーケーだ』

「ありがとうございます、そろそろいきますね」

 

 そしてシャナは闇風の肩をぽんと叩きながら言った。

 

「内部の構造は覚えたな?足を止めるなよ」

「分かってるって、本気で走れば俺に付いてこれる奴は存在しないぜ」

 

 闇風は自分の足をぽんぽん叩きながら自慢げにそう言った。

そして仲間達が見守る中、闇風は扉を開け、一の砦の内部に潜入した。

その瞬間に砦の内部にモブの軍団が出現し、

その場にいた平家軍のプレイヤーに襲い掛かり始めた。

 

「な、何だこのモブは!?」

「中央の味方の数が少ない、とりあえず北門まで移動してそこで敵を迎え撃とう」

 

 北側を見張っていた者達は、そう言って北の外側の門まで移動し、

そこにいた者達と連携してモブの殲滅を始めた。

そして闇風は、こう叫びながら砦の南側の内部を走り回った。

 

「中央にモブの軍団が沸いたぞ!南からはシャナが来るかもしれん!

総員南門側の内部に集合して中央のモブを殲滅後、シャナに備えろ!」

 

 その言葉に釣られた平家軍の者達は、右往左往しつつも指示通りに集まり始めた。

こうして平家軍は四つある門のうち、北側二つと南側二つの門の間に分かれ、分断された。

そして誰もいなくなった中央にシャナ達が潜入を果たした。

 

「よし、急いで中央二つの門を閉じるんだ、閉じたら直ぐに信号弾を発射だ」

 

 そのシャナの指示通り、一行は二手に分かれて中央の門を閉じた。

だが平家軍の者達は、モブへの対応に追われていた為にそれに気付かなかった。

そして平家軍の者達は、空に信号弾が打ち上げられるのを見た。

 

「な、何だ?」

「まさかシャナ達が既にここに?」

「いやいやありえないだろ、とにかく今は急いでモブの殲滅だ!」

 

 そして南門でその信号弾を確認した闇風は、今度はこう叫んだ。

 

「外からシャナ達がいつ来るか分からないから偵察は俺に任せてくれ!

シャナ達の姿が見えたら直ぐに報告する!」

「お、おう、頼んだぞ」

 

 一方コミケ達は、空に上がる信号弾を見た瞬間に全力で砦方向に爆走を始めた。

 

「トミー、ロケットランチャーの準備は出来てるな?」

「問題ありません、いつでも撃てます」

「ケモナー、全力で門へと向かえ、闇風が出てきたら回収してそのまま周囲を警戒だ」

「任せて下さい!」

 

 闇風はその頃一番南の門に到達し、今まさに外に出ようとしている所だった。

その闇風の姿を見て、闇風の正体を看破した者がいた、ゼクシードである。

 

「まさか!?おいお前、ちょっと止まれ!」

「そう言われて止まる奴がいるかっての、精々頑張って生き延びろよ、ゼクシード」

「やっぱり闇風か!」

「仕事は果たした、あばよゼクシード!」

「やばい、ユッコ、ハルカ、これは多分シャナの罠だ!車に乗って外へ脱出するぞ!」

「そ、そうなんですか!?」

「分かりました!他の味方の人にこの事を伝えますか?」

「もう時間が無い、こっちの生存を優先だ!」

 

 そして闇風は、凄まじいスピードで門から飛び出していった。前方にコミケ達の姿が見え、

闇風はそちらに手を振った。それを見たコミケはトミーに言った。

 

「トミー、門を破壊しろ!」

「はい!おっと、後方の安全確認っと……」

「安全は確認済だ、さっさと撃て!」

「は、はい!」

 

 そしてトミーが発射したロケットランチャーの弾は門の上に着弾し、

ガラガラと門が崩れ、門は完全に塞がれた。その直前に一台の車が外へと飛び出し、

そのまま方向を変えて西へと走り去った。こうしてゼクシードは寸前で危機を回避した。

だが残りの者達にとってはそれは悪夢の始まりだった。

 

「門が崩れたぞ!」

「何だよこれ、何が起こってるんだ?」

「いつの間にか中央側の門が閉まってるぞ、閉じ込められた!」

「状況が分からん、とにかく最優先でモブを殲滅だ!」

 

 その頃闇風はコミケ達と合流し、ハンヴィーのシートで一息ついていた。

 

「ふう、成功成功っと」

「闇風は足が速いな!」

「まあAGI強化だからな、ゲームならではみたいな?」

「お、ついに旗が揚がったっす!」

 

 そのケモナーの言葉通り、まるで見せつけるかのように源氏軍の白旗が砦の中央に上がり、

それに気付いた平家軍の者達は、自分達が罠にはまった事を知った。



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第349話 一の砦の戦い・後編

2018/06/17 句読点や細かい部分を修正


「お、おい、あれ……」

 

 最初にそれを見付けたのは、平家軍の一プレイヤーだった。

 

「何だよ、今はそれどころじゃ無えんだよ!畜生、こいつら一体どこから来やがった!

さっさとこのモブ共を何とかしないとシャナが来ちまう!」

「いや……シャナならもう来てるみたいだぞ……」

「はぁ?お前何言ってんだよ!とにかくモブを撃てって!」

「だってあれ……」

「何だよしつこいな……って、何であんな所に源氏の白旗が……」

 

 そんな下の阿鼻叫喚の様子を眺めつつ、源氏軍の面々は絶対安全圏で談笑していた。

 

「まさに袋のネズミって奴だな」

「北側は逃げようと思えばいつでも逃げられるけど、南はねぇ」

「まあ運が悪かったって事で諦めてもらおうぜ」

「さて、こっちは任せるぞ、シノン、たらこ、それに……トーマ、

デグチャレフのデビュー戦だ。ローザ、重くて歩く速度が遅くなって苦労しただろうが、

北門前までもう少し頑張ってくれ」

「頑張ります!」

 

 そして南門では、シズカが敵の前にその姿を現した。

 

「シ、シズカがいるぞ!」

「まじかよ、本当に源氏軍なのかよ……」

 

 そのシズカはニコリと微笑み、平家軍の者達に優雅に挨拶をした。

 

「皆さんご機嫌よう、そしてさようなら」

 

 そしてシズカは敵を見下ろしたまま、仲間達に向かって叫んだ。

 

「放て!」

 

 その合図と共に、門の上にずらずらと源氏軍の者達が姿を現し、

モブと平家軍の者達に激烈な銃撃を浴びせ始めた。

平家軍の者達は、その場から脱出する事も出来ず、かといって隠れる場所も無く、

ある者はモブに倒され、またある者は源氏軍の銃弾にハチの巣にされた。

 

「くそ……報酬に釣られてホイホイ平家軍に入ったりするんじゃ無かった……」

「平家軍に入っても、何もいい事は無かったわ……」

「むしろ周りの一般プレイヤーから白い目で見られるようになっちまったぞ」

「これでやっと解放されるな、後は精々観客として楽しませてもらおうぜ」

 

 そんな会話をしつつ、完全に諦めた南門勢は、

ほとんど抵抗しないままバタバタと倒されていった。

もちろん抵抗しようとする者もいたが、敵はかなりの高所の門の上である。

狙いをまともにつける事すら出来ないのだ。

こうして南門の平家軍とモブはまとめて殲滅された。

 

 一方北門である。北門には、ギャレットと獅子王リッチーが揃っていた。

これは決して偶然ではない。シャナ達の姿が南門に見えた瞬間、

ギャレットと獅子王リッチーの二人は、

大将は後方に控えるべしと言って北門方面に移動したのだ。

南門に踏みとどまったゼクシードとは大違いである。

 

「くそっ、源氏軍の奴らめ……俺は先に脱出するぜ、お前も出来るだけ急げよ、リッチー」

「くっ……俺は銃が重すぎて早くは走れねえんだよ!」

「そんなの知るか!そんなクソでかい銃なんか使ってるからいけないんだろ!」

 

 そしてギャレットは、源氏の白旗に背を向け一心不乱に走り出した。

次の瞬間にギャレットの背中に黒い大穴が開き、獅子王リッチーは目を丸くした。

 

「お、おいギャレット、何だその背中の穴……」

 

 ギャレットはそれには答えず、振り返って泣きそうな顔で獅子王リッチーの顔を見た。

そして次の瞬間ギャレットは光の粒となって消滅した。

 

「なっ……まさか今のは狙撃なのか……?」

 

 そう呆然とする獅子王リッチーの耳に、平家軍の者達の声が聞こえてきた。

 

「おい、あれは何だ……?」

「対物ライフルか?見た事が無い銃だぞ!」

 

 そして平家軍の中の銃オタクの一人が正解を叫んだ。

 

「デグチャレフだ!対物ライフルなんてもんじゃない、あれは対戦車ライフルだぞ!」

 

 その言葉が平家軍の者達の脳に染み入るまでは若干時間がかかった。

そして少しの間を置いて、平家軍の者達は我先にと逃げだし始めた。

 

「まじかよ、この地形でそんなの相手に出来るかよ!」

「何で源氏軍にばっかり遠距離狙撃の使い手が集まるんだよ……」

「とにかく逃げろ!今は生き延びるんだ!」

 

 結果的にその早逃げのせいで、平家軍は辛うじて軍の体裁を保つ程度の戦力が維持出来た。

シャナ達も選りすぐった狙撃手を中心に編成した為、

ある程度のプレイヤーを倒す事に成功していたが、

一気に大人数が移動しようとした為、その人の群れに紛れ込んだ獅子王リッチーは、

残念ながら仕留める事が叶わなかった。

 

「リッチーは逃がしたか……だがトーマ、よくやったぞ、立派なデビューを飾ったな」

「はい、ありがとうございます!」

「ローザも頑張ったな、えらいぞ」

「シャナさん、ご褒美に頭を撫でて下さい」

「おう、よくやったな」

 

 ローザはちゃっかりシャナに頭を撫でてくれるようにねだり、トーマもそれに便乗した。

 

「で、出来れば私も……」

「別に構わないぞ、えらいぞ二人とも」

 

 シャナが二人を撫でる姿を見て、周りの者達は何とも言えない気分になった。

ローザは肝っ玉母さん風の外見であり、トーマはシャナよりも背が大きい。

二人のリアルを知っているシノンはともかく、他の者達は苦笑する事しか出来なかった。

 

「さて、何組くらい倒したかな」

「北門の方が敵が多かった気がしないか?」

「うん、そんな気がした」

「何でだろうな……」

 

 それは要するにギャレットと獅子王リッチーが北門にいた理由と一緒である。

要するにびびったのであった。だがもちろんそんな事はシャナ達には分からない。

そして源氏軍の者達は誰もいなくなった一の砦の中央で合流し、

シャナはロザリアに連絡をとった。

 

「ロザリア、戦力比はどうなった?」

『源氏軍八、平家軍五十三ね……あっ、今五十二になったわ』

「何だと?」

『どうしたの?』

「いや……」

 

 シャナはきょろきょろと辺りを見回したが、戦闘をしている者はいない。

そして直ぐにコミケ達も合流を果たしたが、戦闘をしたような気配は無かった。

そんなシャナの耳に、再びロザリアのこんな声が聞こえた。

 

『まだ戦闘中なのね、今五十一になったわ』

「いや、戦闘はもう終わってるんだがな……ああ、そうかあいつか」

『どういう事?』

「いや、疑問は解けた、とりあえず世界樹要塞に帰還するわ、

こっちの被害はゼロ、今日も大勝利だ」

『凄いわね、連戦連勝じゃない』

「ちょっと出来すぎな気もするが、まあいい事なんだろうな」

『そこは素直に喜んでおきなさいよ』

「おう」

 

 そしてシャナは通信を切った後、仲間達に向かって言った。

 

「どうやら戦力比は、八対五十一になったらしい」

「くっそ、思ったより伸びなかったか」

「運が悪かったな」

「まあ五十一スコードロンならフルでも四百五十人くらいだろ?

フルメンバーが残ってる所は少ないだろうから、多分敵は三百人前後だと思うぞ」

「あっ、そうか!」

「たったの六倍程度の敵相手で最終日は防衛戦だろ?これは勝ったな」

「まあ油断しないでおきましょうね」

「だな」

 

 砦内に敵の姿が無い事を確認したシャナ達は、世界樹要塞に移動を開始し、

行きと同じようにブラックに乗ったコミケにシャナは言った。

 

「さすがですね、コミケさん」

「いやぁ、そう言ってもらえるのは嬉しいんだけど、決意の割りに簡単な仕事だったよ」

「何組かは瓦礫を乗り越えて脱出するかと思ったんですけどね」

「車が一台脱出しただけだったなぁ。

まあ後続に備えないといけなかったから追いかけられなかったけどね」

「まあ問題無いです、明日は穏やかな戦闘になると思うんで、

今日がコミケさん達にとっては山場になりましたね」

「だな、短い間だったけど楽しかったよ、またどこかで会えたらいいな」

 

 そのコミケの言葉に、シャナはニヤリとしながら言った。

 

「もしかしたらコミケで会いそうですけどね」

「おっ、シャナはそういうのいける口か?」

「いや、実は知り合いがそういう活動をしてるんですよね、

まあ正直近寄りたくない類のジャンルなんですが」

「えっ?それってもしかして……」

「サークル名は、腐海のプリンセスらしいです」

 

 その言葉にコミケは固まった。シャナはやっぱりそうだよなと思ったが、

コミケが固まったのは、微妙に違う理由だった。

 

「そ、それ……うちの元嫁が最近加入したサークルの名前……」

「そ、そうなんですか?」

「お、おう、間違えようのない名前だろ?勘違いとかじゃ絶対に無いよ……」

「世界は狭いですね……」

「だな……この出会いは必然だったか……」

 

 そして二人は顔を見合わせながら言った。

 

「それじゃあその時を楽しみにしておきますね」

「合言葉みたいなのを決めておくか?」

「あ、それじゃあ俺は千葉県民御用達のコーヒーを持っていきますね」

「あれか、それじゃあ俺もそうするよ」

「楽しみですね」

「ああ」

 

 そして二人は楽しそうに笑い合った。

そんな二人をニャンゴローとシノンとトミーは呆れた顔で見ていた。

 

「お前ら何て会話をしておるのだ、確かにお前らはリアルでも意気投合しそうではあるが」

「うるさい先生、こうなったら先生も夏に道連れにしてやる」

「や、やめろ!あの人は苦手なのだ!」

「この前変な言葉を覚えさせられたからか」 

「腐ってるって、噂のアレの事よね……」

「シノンも道連れな」

「ちょっと、私だってそういうのにはまったく興味無いわよ!」

「いいじゃない、こうなったらもうノリよノリ」

「隊長、少しは自重して下さい!」

 

 この時の遣り取りのせいもあったのか、

シャナとコミケは半年後の夏のコミケで再会する事となる。

ちなみに他の者も何人か道連れになったのは言うまでもない。

 

 

 

 銃士Xは独自のルートで平家軍の作戦を掴んでおり、

その作戦内容から、必ず敵が逃げ出してくる事を確信していた。

 

「シャナ様の為に、狙うは大将首」

 

 そう呟きつつ、銃士Xは辛抱強く敵を待った。

だが多人数が一気に逃げてきた為、銃士Xは中々敵を攻撃するチャンスを掴めなかった。

そして敵の列も大分減った頃、一人の旗持ちプレイヤーが走ってくるのが見えた。

 

「これはチャンス、敵のスコードロンを一つ減らせる」

 

 そして銃士Xはエアリーボードに乗って突撃し、あっさりとそのプレイヤーを葬った。

 

「まあ残念だけど、今日はこれで我慢……ん、あれは……」

 

 そして銃士Xは、もう一人旗持ちプレイヤーが歩いてくる姿を発見した。

 

「まさか獅子王リッチー?」

 

 獅子王リッチーは、ヴィッカース重機関銃を所持している為に走る速度が遅い。

しかも走り易さを優先した為、今は丸腰だった。今回はそれが彼の致命傷となった。

 

「残り物には福があった」

 

 そう言いながら銃士Xは、銃を構えてエアリーボードを発進させた。

練習の甲斐あって、今では銃士Xはエアリーボードを自由自在に操りながら、

普通に射撃をする事が可能になっていた。

 

「う、あれは……銃士X?あいつ源氏軍だったのか!」

 

 獅子王リッチーは、近付いてくる銃士Xの姿を遠目に発見し、

その頭上の旗を見て、慌ててヴィッカース銃機関銃を出そうとしたが、

銃士Xの速度は獅子王リッチーの想像を超えていた。

 

「なっ、は、早……」

 

 そしてすれ違い様に、獅子王リッチーは見事に心臓を撃ち抜かれた。

 

「く、くそ、何だよその乗り物は……何でお前はシャナの味方を……」

 

 獅子王リッチーは、心臓を押さえながら目の前に戻ってきた銃士Xにそう尋ねた。

 

「これはイコマ様にもらった私の翼、そしてシャナ様は我が神」

「お前もシャナに惚れてやがったか……くそ、ミサキさんといいお前といい、

何であいつなんかに……」

「ミサキ?それがあなたの戦う理由?」

「ああそうだよ、悪いかよ」

「別に好きにすればいい、そして惚れるも何も、私の全ては永遠にシャナ様の物。

後はいつ知り合えるかだけが問題」

「知り合ってもないのにそれかよ、まったく女って奴は……」

 

 そう言って獅子王リッチーは光の粒子となって消えた。

こうしてこの日、平家軍は中心と目されていた残り三人のうち、

二人を失う事となった。残りはゼクシードただ一人である。




夏コミ参加メンバー

コミケ側・伊丹、倉田、梨紗
シャナ側・八幡、明日奈、雪乃、結衣、優美子、詩乃、小猫、クルス、香蓮、美優、姫菜、エルザ
フェイリス側・橋田、岡部、まゆり、紅莉栖


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第350話 その願いが叶う時

後半は少し驚かれるかもしれませんね。

2018/06/17 句読点や細かい部分を修正


 その日の戦闘の結果は、観客達に衝撃を与えた。

 

「おいおい、平家軍やばくねーか?」

「最初は八対二百以上とかどんな冗談かと思ったけど、

気が付いたら平家軍は壊滅しそうじゃないかよ」

「これってもしかして、最終日を残して平家軍は全滅しちまうんじゃないのか?」

「ペイルライダーに続いて、ギャレットと獅子王リッチーもやられたって言うしな」

「残るはあのゼクシードか……」

「ゼクシードじゃな……」

 

 その会話を聞いていたフードを被った三人組のうち、一人がぼそりとこう呟いた。

 

「だそうですよ、ゼクシードさん」

「勝手な事ばかり言いやがってだな、実際に戦場に出てみろってんだ、

さすがの俺も、シャナがあそこまでやばい奴だなんて想定外だったぞ」

「ことごとく殲滅されてますからね……」

「化け物め」

 

 ゼクシードはそう吐き捨てるように言った。

 

「何がやばいって、あのモブの使い方だ、何で奴はあんなに色々知ってやがるんだ?」

「それは……色々と一人で冒険したんじゃ?」

「ははっ、ユッコは面白い事を言うな」

 

 だがそのユッコの言葉が実は一番正解に近かった。

シャナが戦いだけではなくゲームの全てを楽しもうとしたせいで、今の結果があるのだ。

 

「まあいいさ、今回はその言葉に倣ってみるとするか、

軽く戦って失格になるのを防いだら、明日の舞台である旧首都にでも足を伸ばしてみようぜ」

「いいですね、行った事の無い場所に行くのは楽しみです」

「確かにな、俺も昔はそういうのを楽しみにしてたはずなんだがなぁ……」

 

 ゼクシードは遠い目をしながらそう言った。

 

「そろそろ源氏軍も攻めてくる頃だろ、軽くひと当てしたら移動だ」

「「はい!」」

 

 

 

 一方源氏軍は、同じく敵にひと当てした後、

一度世界樹要塞まで撤退し、明日の準備に追われていた。

 

「罠の数は足りてるか?」

「シャナ、弾薬の補充はオーケーだ」

「明日は最初で最後の防衛戦だ、思いつく準備は全てやるぞ!」

「大体揃ったか?」

「よし、荷物を纏めてハンヴィーに詰め込め!」

 

 そして準備を終えた一行は、旧首都へ向けて移動を開始した。

 

 

 

 一方銃士Xである。

 

「さすがにここまで来たら合流しておくべき、面会に値する成果もあげた」

 

 そう呟きながら銃士Xは、戦いが落ち着いたのを見計らい、

誰もいない街の片隅から世界樹要塞へと移動を開始した。

 

 

 

 ゼクシード達は、島へと続く橋を目の前に立ち往生していた。

 

「つり橋か」

「ゼクシードさん、さすがにこの上を車で通るのは怖いです……」

「だよな、乗ってるだけでも怖いからな。よし、近場で車を隠せる場所を探して、

そこから歩いていってみようぜ」

 

 そして三人は、首尾よく車を隠すのに丁度いい場所を見付け、そこに車を停めると、

旧首都のある島に向けてのんびりと歩き始めた。

 

「おお、かなり揺れるな」

「ちょっと怖いですね」

「ここを軍勢で通過するのは苦労しそうだな」

「橋を落とされたりしませんかね?」

 

 ふとそんな疑問を口にしたハルカに、ゼクシードはこう断言した。

 

「シャナはそんな事しねえよ」

 

 その言葉に二人は意表を突かれた。

 

「ゼクシードさんって、シャナさんの事が嫌いですよね?」

「おう、嫌いだぞ」

「でも今のセリフ……」

「それとプレイヤーとして信用出来るかどうかは別だ。あいつはそんな卑怯な事はしない」

 

 その言葉に二人は顔を見合わせ、含み笑いをした。

ゼクシードは二人のその態度に気付いていたが、それを完全に無視しながら言った。

 

「よし、明日の為に地形を調査しておくか。

ユッコは攻め手のつもりで、ハルカは守り手のつもりで意見してくれ」

「「はい!」」

「ちなみに明日、時間になったら平家軍のプレイヤーは一定範囲から追い出されるから、

早めに来て隠れておくとかそういうのは無理だからな」

 

 それを踏まえて三人は、意見を出し合いつつ色々見て回った。

 

「島に渡る為のルートは三本のつり橋のみか」

「三方向から攻めますか?」

「いや、橋から砦まで距離がそこそこあるから、

纏まって行動して上陸してから散った方が良さそうだ」

「そんなに大きくないけど、防御が固そうな砦ですねぇ」

「ちなみにプラズマグレネードの使用は禁止だから、アレの投げ合いになる事はないからな」

 

 そして三人は砦の内部に入り、中を見て回った。

 

 

 

「頼もう!」

 

 その頃銃士Xは、世界樹要塞の前に到着し、開門を求めていた。

そして中からフローリアが現れ、銃士Xに言った。

 

「その旗は源氏軍の方ですね、初めまして、この要塞を管理しているフローリアと申します」

「私は銃士X、ずっと街の周辺でゲリラ戦を展開していましたが、

しかるべき成果を上げられたので、最終日に備えて合流しようと馳せ参じました」

 

 その言葉を聞いたフローリアは、困った顔で言った。

 

「そうですか……実は皆様は、明日の準備をする為に旧首都に向かわれました」

「なるほど、入れ違いですか」

 

 そして銃士Xは、笑顔でフローリアに言った。

 

「了解、旧首都へと向かいます」

「いずれまたお会いしましょう、道中お気をつけて」

 

 

 

「よし、資材を下ろして明日の準備だ、各自担当のエリアで作業を進めてくれ」

 

 一方シャナ達も旧首都に到着し、

源氏軍の者達はそのまま罠の設置や簡単な改造を開始した。

ちなみに上陸は、一部の者はつり橋を渡ったが、ブラックとホワイトは、

以前イコマが説明したように水陸両用なので、そのまま島に持ち込まれていた。

その様子に気付いた者がいた、ゼクシードである。

 

「何だ?今の車の音は……うわ、二人ともやばいぞ、

いつの間にか源氏軍の奴らが来ちまったみたいだ」

「ど、どうしましょう、脱出しないと……」

「まずいまずい、このままじゃ囲まれちゃう」

「おっ、あそこのつり橋には誰もいないっぽいな」

「何とかあそこまで移動ですね、後は隙を見て駆け抜けるしか」

「もう怖いとか言ってる場合じゃないね」

 

 そして三人は、苦労してそのつり橋の前まで移動した。

特にゼクシードは、旗が見えないように体制を低くしながら移動していたので、

かなり苦労したようだったが、とりあえず移動自体は成功した。

 

「ふう、後は走るだけか」

「あっ、ゼクシードさん、あれ!」

「ん?あれは……シャナか!」

 

 そうユッコが指差す先にはシャナ達九狼の面々がいた。

シャナはあちこちを指差し、仲間達と何事か話し合っていた。

 

「ど、どうします?」

「これは千載一遇のチャンスだな、油断したなシャナ」

 

 ゼクシードはそう呟きながら銃を取り出した。

 

「シャナだけを倒してもこの戦争が終わる訳じゃないが、

源氏軍にとっては大打撃になるのは間違いない。上手くいけば明日も勝てるかもしれん」

「九狼の離脱は痛いでしょうしね」

「ついでにボーナスも戴きだな」

 

 ゼクシードはそう言って銃を慎重に構えた。緊張の為か心臓の鼓動が早くなり、

中々狙いが定まらない。そんなゼクシードの肩に、ユッコとハルカが手を添えた。

 

「ゼクシードさん、もし外しても明日決着を付ければいいだけです、気楽にいきましょう」

「ですです、リラックスですよリラックス」

 

 その言葉でゼクシードは落ち着く事が出来たのか、バレットサークルが小さくなった。

 

「ありがとうな、よし……」

 

 視界の中のシャナが、誰かに向かって手を上げたのを見ながら、

ゼクシードは銃のトリガーを引いた。その弾丸がシャナに向かって一直線に飛んでいく。

 

「もらった!」

 

 だが次の瞬間、弾丸とシャナの間に白い影が割り込み、

ゼクシードの放った弾丸は、シャナではなくその白い影に命中した。

それで九狼の面々はゼクシードに気付いたのか、こちらを指差してきた。

 

「くっそ、外した!邪魔が入った!ユッコ、ハルカ、逃げるぞ!」

「了解!」

「全力でダッシュしましょう!」

 

 

 

 銃士Xは旧首都に到着し、軽々とつり橋を渡っていた。エアリーボード様々である。

そんな銃士Xの姿を見つけたのは、もはや完全に顔馴染みとなった闇風であった。

 

「お、ついに来たのか?」

「肯定、明日が最後」

「だな、でもお前が求めていた劇的な出会いとは程遠いと思うが、それはいいのか?」

「私は昨日獅子王リッチーを仕留めた。

この成果を持って、シャナ様に頭を撫でてもらう事で妥協する」

「おお、やっぱりリッチーを倒したのはお前だったんだな!

待ってくれ、今シャナの所に案内するぜ」

「感謝」

 

 そして一緒に歩きながら、といっても銃士Xはエアリーボードに乗ったままだったが、

二人は会話を交わしていた。

 

「しかしそれに乗るの、上手くなったもんだな」

「肯定、頑張った」

「凄えな、後で俺にも乗らせてくれよ」

「許可。案内に対する報酬と判断」

「おお、サンキューな」

 

 そして遠くにシャナの姿が見え、闇風はシャナに声を掛けた。

 

「シャナ!」

「お?やっと来たか」

 

(やっと?まさか私の存在は、既にシャナ様に知られていた?

イコマ様が私の事を言う訳が無いから、私は既に神の手の平の上にいた?)

 

 銃士Xは逸る心を落ち着けながら、ゆっくりとシャナの方へと向かっていった。

シャナはこちらに手を上げ、二人を迎えようとした。

その銃士Xの視界に、平家軍の旗のような物と、銃を構えるプレイヤーの姿が入った。

どうやら闇風もそれに気付いたようで、闇風はぎょっとした声を上げた。

 

「なっ、シャナ!」

「ん?」

 

 そんな闇風を置き去りにして、銃士Xは全力で加速した。

 

「シャナ様!」

 

 そして銃声が聞こえ、シャナの向こうに飛び出した銃士Xの胸に弾丸が命中した。

 

「なっ……おい!」

 

(良かった、シャナ様を守る事が出来た……)

 

 そして銃士Xは、シャナにニコリと微笑みかけると、

シャナに手を伸ばした体制のまま光の粒子となって消えた。

 

「あそこだ!」

 

 その声で我に返ったシャナは、慌ててそちらの方を見た。

 

「まさか……ゼクシード!てめえ……」

 

 ゼクシードは既に全力で逃げる体制に入っており、ここからだとかなり距離が開いていた。

 

「くそっ、油断した」

 

 そんなシャナに、シノンが声を掛けた。

 

「まさかやられっぱなしにはしないわよね?」

「ああ、当然だ」

 

 そしてシャナはM82を、シノンはヘカートIIを取り出し狙撃体制に入った。

 

「よくもやってくれたなゼクシード、せめてお前の両手ももぎ取らせてもらうぞ」

 

 そして二人はトリガーを引き、M82とヘカートIIから放たれた弾は、

ゼクシードの後ろを走っていたユッコとハルカに吸い込まれた。

 

「あっ!」

「ぐっ……」

「ユ、ユッコ、ハルカ!」

「ゼクシードさん、逃げて下さい!」

「最後まで一緒に戦えなくてごめんなさい、早く行って!」

「わ、分かった」

 

 そしてユッコとハルカも光の粒子となって消え、ゼクシードは何とか離脱に成功し、

双方にとっては痛み分けの結果となった。

 

 

 

「くっそ、何がスピードスターだ、何がGGO最速だ、まったく動けなかった……」

「気にするな闇風、全ては油断した俺のせいだ」

「でもよ……せっかく銃士Xちゃんが来てくれたのに、こんなのってあんまりだろ……」

「何、こうなったらこっちから会いに行くさ」

 

 そう言ってシャナは、シズカを呼んで何事か囁いた。

シズカはその言葉にとても驚いたようだったが、笑顔でシャナにこう言った。

 

「分かった、ちょっと驚いたけど、確かにそうするのがいいね。ここは私達に任せて」

「ああ、頼んだぞ」

 

 その言葉に闇風は、慌ててシャナに声を掛けた。

 

「まさか一人で街まで行くつもりか?袋叩きにあっちまうぞ」

「ああ、分かってるさ、俺はここで一度ログアウトする、すまないが後の準備を頼む」

「え?お、おう、分かった」

 

 闇風は何故そうなるのか分からなかったが、そのシャナの言葉に頷いた。

そしてシャナはログアウトし、その場には九狼の面々と闇風だけが残された。

 

「シズカちゃん、シャナは一体何を?」

「ふふっ、それはね……」

 

 そしてシズカの説明を聞いた闇風は、大きく目を見開いた。

 

「まじかよ……」

「だから心配しないで私達は準備に励みましょう」

「おう!分かった!」

 

 

 

 銃士Xは街のリスタート地点に戻されると、

その場に崩れ落ち、ぽろぽろと涙を流し始めた。

 

「うん、これで良かった、私はよくやった」

 

 だがやはりシャナの傍に居られない事を考えてしまうのだろう、

その晴れやかな気持ちとは裏腹に、銃士Xは涙を抑える事が出来なかった。

 

 そんな銃士Xの隣に、同じく倒されたユッコとハルカが姿を現した。

 

「はぁ、倒されちゃったねハルカ」

「まあ仕方ないっしょ、私達なりによくやったよ」

 

 そんな二人は、すぐ傍で泣いている銃士Xの姿に気が付いた。

 

「あれ、あんたさっきの……」

「ど、どうして泣いてるの?」

 

 そして二人は、理由は分からないが泣いている銃士Xを慰め始めた。

さすがに泣いている女性を放っておく事は出来なかったのだろう。

 

「あんた、あそこでシャナさんの盾になれるなんて凄いよ」

「だから元気出して、きっといい事があるって」

 

 そんな三人のすぐ傍に、一人のプレイヤーが現れた。

そのプレイヤーはきょろきょろと辺りを見回し、直ぐに三人に気が付いた。

 

「あれ……ユッコとハルカ、か?」

「ん?あんた誰?」

「私達とどこかで会った?」

 

 その質問に、そのプレイヤーは肩を竦めながらこう答えた。

 

「まあさっきお前達を狙撃したのは俺だからな」

「はぁ?私達を狙撃したのはシャナさん……え?」

「何でその事を知ってるの?」

「さあ、何でだろうな」

 

 そのプレイヤーはいかにも高レベルという感じで、風格のようなものを漂わせていた。

だがそこそこ経験を積み、名の通ったプレイヤーの事を知るようになった二人は、

このプレイヤーにまったく心当たりが無かった。

 

「あんた…………何者?」

 

 その声を無視し、そのプレイヤーは銃士Xの傍に近寄ると、その頭を撫でた。

銃士Xはビクッとしながら、その手を振り払おうとそのプレイヤーの顔を見て固まった。

顔にはまったく見覚えが無いが、その目には見覚えがあったからだ。

そして銃士Xは、呆然とその名を呟いた。

 

「まさかあなたはハチマン様……?ALOからわざわざコンバートを……!?」

「なっ!?」

「あ、あんたまさか同窓会の……」

「やっぱりお前ら本人だったんだな、まああの時の事はもうお互い水に流そうぜ。

今の俺は、俺の盾になってくれたこいつの為にわざわざコンバートしてきたんだからな」

「そ、そんな……まさかシャナさんがあんただったなんて……」

「あの時は……いや、うん、何でもない」

 

 二人は反射的に文句を言い掛けたが、ハチマンと銃士Xの姿を見て何も言う事をやめた。

その身をもってシャナを庇った銃士Xと、

その気持ちに応えてわざわざコンバートしてきたハチマンの間に、

水を差すような事をしてはいけないと思ったからだった。

そして二人は穏やかな気持ちでハチマンに言った。

 

「確かに敵だったけどさ、その子の事はお願いね」

「あんたの事は嫌いだけど、あんた本当に凄いね」

 

 そう言って二人はその場を去っていった。

ちなみにその後も二人はシャナの事をさん付けで呼び続けた。

二人もどうやら順調に成長しているようだ。

 

「ハチマン様……」

「おう、ありがとうな、銃士X」

「ハチマン様は私の名前を知って……?」

「ああ、別の名前も知ってるぞ、間宮クルス」

「ほ、本名まで!?」

「ちなみにイコマに指示して、エアリーボードをお前に託したのも俺だ」

「そ、そんな……じゃあ私がしてきた事は……」

「ただの遠回りだな、まあ気にするな、お前は見事に俺の心に衝撃を与えたぞ」

 

 そしてハチマンは銃士Xを抱き上げながら、彼女に言った。

 

「お前はそんなに俺の傍にいたいのか?」

「はい!」

「そうか、じゃあこれからはそうしろ、リアルでも忙しくしてやるから覚悟しておけよ」

「はい!喜んで!」

 

 こうして銃士Xは、ついに念願のハチマンの下へとついにたどり着く事となったのだった。




ついに彼女は念願の場所にたどり着きました。


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第351話 それは都市伝説

2018/06/17 句読点や細かい部分を修正


 ユイとキズメルは、その日二人で昔のハチマンについての思い出話をしていた。

 

「あの頃のパパは……」

「そんな事が……私と会った時のハチマンは……」

「そうなんですね!」

 

 丁度そこにハチマンが駆け込んできた。その顔が最近あまり見る事のない顔だった為、

二人は何事かと思いハチマンに尋ねた。

 

「パパ、何かあったんですか?」

「ハチマン、そんな顔をしてどうしたのだ?」

「二人ともすまん、一人迎えにいってやらないといけない奴がいるんで、

一時的にこのキャラをGGOへコンバートする。

すまないが、しばらく俺の持っているアイテムと金を預かっておいてくれ」

 

 そう言ってハチマンは、ストレージからどんどんアイテムを出し始めた。

 

「パ、パパ、レアアイテムをそんなに無造作に……」

「ははっ、まあいいじゃないかユイ、とりあえず片っ端から確保だ」

「それじゃあ頼むぞ、もし俺の不在に気付く奴がいたら、適当に誤魔化しておいてくれ」

「分かりましたパパ!」

「気を付けてな、ハチマン」

 

 そしてハチマンは消えていき、二人は顔を見合わせた。

 

「今のハチマンの顔を見たか?ユイ」

「はい、昔みたいに誰かの為に必死になっている顔でした!」

「懐かしいな」

「ですね!」

 

 丁度昔のハチマンの事を話していた所だった為、なおさらそう思ったのだろう、

そして二人は、再びハチマンの思い出について話し始めた。

 

 

 

 そしてGGOにコンバートしたハチマンは今、

銃士Xを抱き上げたまま堂々と街中を歩き、鞍馬山へと向かっていた。

当然そんな事をすれば他のプレイヤーから注目を集めてしまうが、

ハチマンはまったくそんな事は気にしなかった。

 

「おうおう、街中で堂々と見せ付けてくれるじゃねえかよ」

「くそっ、こっちはただでさえストレスを溜めているってのによ」

「って銃士Xじゃねえかよ、今まで浮いた噂一つ聞いた事は無かったが、

お前にも男がいたのかよ」

 

 そんなハチマンに絡む三人組がいた。

それは獅子王リッチーとスティンガーとペイルライダーであった。

銃士Xはさすがにこのメンバーはやばいと思い、

心細そうにハチマンの首に回している腕にギュッと力を込めた。

 

「はぁ、羨ましいねぇ、こちとら悲しい独り身だっていうのによ」

「っていうかいつまで見せ付けてやがるんだよ」

「くぅ、俺もミサキさんといつかこんな事を……」

 

 そして揉め事の気配を察したのか、周囲に野次馬がどんどん集まってきた。

 

「おい、あのメンバー……平家軍の落ち武者じゃね?」

「シャナにあっさりとやられちまったくせに、街中だとイキがるねぇ」

「それにしても相手の男が気の毒だな、って、あれってもしかして銃士Xか?」

「まじかよ、誰も寄せ付けなかった白のヴァルキリーにもついに男が!?」

「俺あの子のファンだったのに……」

「畜生、羨ましいぞ!そのままボコられちまえ!」

 

 そんな群集の声を聞いてもハチマンは何の反応も示さなかった。

当然これは、かつて何度も見られたハチマンが怒っている時の反応である。

 

「おい、聞いてやがるのかてめえ!」

「何とか言えってんだよ」

「つ~か銃士Xをさっさと下ろせってんだよ!」

 

 そんなハチマンを見てイラだつ三人に、ハチマンはやっとこう反応した。

 

「邪魔だ、消えろ野良犬共」

「ああん?」

「お前、俺達の事を知らないのか?」

「もう手加減しないからな」

 

 その遣り取りを聞いた瞬間、群集はどよめいた。

 

「うわ、あいつあの三人に喧嘩を売りやがった」

「あれって新人だよな?見た事無えし」

「これは死んだな……」

「いくら街中とはいえ、殴られれば多少の衝撃はくるよな?」

「あ~あ、あいつも新人の洗礼を受ける事になるな」

 

 そんな群集の前で、ハチマンは穏やかな顔で銃士Xに語りかけた。

 

「マックス、怖いか?」

「マックス?」

 

 銃士Xは、それが自分の事を指した呼び方だと気付き、鸚鵡返しでハチマンに聞き返した。

 

「ああ、さすがに毎回銃士Xって呼ぶのは長いからな、俺が名付けた」

 

 その俺が名付けたという言葉に銃士Xは狂喜した。

 

「や、やばい嬉しい……鼻血出そう」

「おいおい落ち着け、まあしかし、それなら良かったわ。で、怖いか?」

 

 そのハチマンの笑顔を見て、銃士Xは先ほどまで感じていた焦燥感が霧散するのを感じた。

 

「ううん、あなたがいれば何も怖くない」

 

 その遣り取りを聞いた三人は激高した。

 

「ふ、ふざけんな!」

「イチャついてんじゃねえよ!」

「一々芝居がかった事を言ってんじゃねえぞクソ新人!」

 

 そんな三人を無視してハチマンは銃士Xに言った。

 

「そうか、じゃあちょっと高い高いするからな」

「え?」

 

 そしてハチマンは、いきなり銃士Xを真上に放り投げた。ちなみにかなりの高さにだ。

 

「ほうら、高い高い」

「きゃ、きゃあ!」

 

 銃士Xがそんな声を出すのはとても珍しい。というか彼女を知る者達にとっては、

まともに喋っている所を見る事すらレアな事であった。

そして次の瞬間、ハチマンは三人に向けて回し蹴りを放ち、

その衝撃で三人は纏めて数メ-トル吹き飛ばされ、地面に蹴り倒された。

 

「ぐあっ!」

「ぎゃっ!」

「うおっ!」

 

 そしてそのありえない光景を見た野次馬達は、一様にフリーズした。

恐るべき事に、今のハチマンの一番高いステータスはAGIなのだ。

それでいてこのありえない蹴りの威力である。

いかにハチマンが規格外なのか、これで推測出来るというものだった。

ちなみにこれは、GGOがまだ新しめのゲームな事にも由来する。

SAOからの積み重ねのあるハチマンと、GGOからスタートのシャナでは、

厳然としてこれくらい差があるのである。

そして落ちてきた銃士Xを、ハチマンは軽々と受け止め、

銃士Xは、受け止めてもらった時にまったく衝撃が無かったので驚いた。

 

「悪いな、びっくりしただろ?」

「う、うん」

「それじゃあ今度はこのままいくか」

 

 そう言ってハチマンは、立ち上がろうとする三人を蹴り集めて重ねると、

その上にドカリと足を乗せた。

 

「うごっ、重い……死ぬ……」

「く、くそっ、早くどけよスティンガー」

「とっくにやってんよ、でもまったく動けないんだよ!」

 

 その光景をぼ~っと眺めていた群集は、ハッと意識を取り戻した。

 

「やべ、あまりの衝撃に意識が飛んでたわ」

「い、今何があった!?」

「銃士Xのスカートの中が見えそうで見えなくて、そしたらあいつらが蹴り飛ばされてた」

「つーか三人がかりでもまったく動かせないって、マジなのか!?」

「あいつらは腐ってもGGOのトッププレイヤーだぞ!?」

「あの新人何者だよ……」

 

 そしてハチマンは、穏やかな顔で三人に言った。

 

「お前らは手加減しないって言ってたみたいだがな、

優しい俺は手加減してやったから、衝撃も大した事は無かっただろ?

で、お前らいつまでそうやって寝てるつもりだ?」

「ふ、ふざけんな!」

「お、お前が足で押さえてるせいだろ!」

「さっさと俺達を解放しやがれ!」

「ああん?どうもこの野良犬共は躾がなってないみたいだな」

 

 ハチマンはそう言うと、三人を踏みつけている足に力を込めた。

 

「ぐあっ!」

「し、死ぬ……本当に死んじゃう……」

「も、もう勘弁してくれ、俺達が悪かった!」

「よし、お前は謝ったから起きてよし」

 

 そしてハチマンは、一番上にいたスティンガーを蹴り飛ばし、残り二人を再び踏みつけた。

 

「で?」

「す、すみませんでした……」

「心から謝罪します……」

「よし、それじゃあお前らも立って良し」

 

 そしてハチマンは、ペイルライダーと獅子王リッチーも蹴り飛ばし、

何事もなかったかのように銃士Xに言った。

 

「さて、掃除もした事だしさっさと行くか」

 

 しかし銃士Xからは返事が無かった為、ハチマンはどうしたんだろうと銃士Xの顔を見た。

銃士Xはどうやらあまりの出来事に脳が処理落ちしたらしく、

かくかくと頷きながらぶつぶつと何か呟いていた。

 

「やばいやばいシャナ様まじやばい、さすがは我が神」

 

 ハチマンはそれを聞き、銃士Xを再起動しようと再び高い高いをした。

 

「ほうら高い高い」

「きゃっ!」

 

 そして再びハチマンの腕に収まった銃士Xは、それで見事に再起動した。

 

「すみません、戻りました」

「おう」

 

 そしてハチマン達は去っていき、周囲の群衆達は今の出来事について話し始めた。

 

「まじかよ……まさかこんな事になるなんてな」

「シャナ達がゼクシード達と揉めた時以来の衝撃だったわ……」

「いやそれ以上だろ、何だよあれ、何だよあれ」

「あの三人、まだ倒れてるぞ」

「落とされてない所を見ると失神はしてないな、多分放心でもしてるんだろうな」

「誰か今のを撮影してた奴、絶対にアップしてくれよな!」

 

 もちろん複数の者が今の出来事を撮影しており、その動画は直ぐにアップされた。

だがハチマンは、当然の事ながらこの時を境にしばらくGGOにコンバートする事は無く、

この謎の強者は、白い髪の美女と共に都市伝説レベルで語り継がれていく事となった。

 

 

 

 ゴン!

 

 突然窓からそんな音が聞こえ、ロザリアは慌てて窓へと駆け寄った。

 

「今の感じだと、誰かが窓に石を投げ付けたに違いないわね、まさか平家軍の嫌がらせ?」

 

そう言ってロザリアは、窓からこっそりと外を眺めた。

普段ならそのまま窓を開け放って怒鳴る所だが、今は戦争中であり、

あまり目立った事は出来ないのであった。

見ると外には二人のプレイヤーが立っており、そのうちの一人にロザリアは見覚えがあった。

 

「あれは銃士X?隣のプレイヤーは見た事が無いわね……」

 

 カーテンの陰からこっそりと覗いているロザリアを見付けたのか、

石を投げたらしいその見知らぬプレイヤーがロザリアに何事か叫んでいるのが見え、

ロザリアはほんの少しだけ窓を開け、何と言っているのか聞こうとした。

 

「おいロザリア、さっさと中に入れろ」

 

 その言葉を聞いたロザリアは、何だこいつと思いながらも、

その無礼なプレイヤーと一緒に銃士Xがいる事がとても気になった。

 

「あの子がシャナ以外の男と一緒に行動するとは思えない」

 

 そう呟いたロザリアの耳に、とんでもな言葉が飛び込んできた。

 

「その通りだ、要するにそういう事だ、いい加減に分かれ」

 

 そのロザリアの唇を読んだとしか思えないセリフに、ロザリアは思わずこう独白した。

 

「今のは読唇術?まさかシャナ?いやいや、あれ?って事はもしかしてハチマン?」

 

 その唇の動きを再び読んだのか、そのプレイヤーは再びロザリアに言った。

 

「おう、俺だ俺、ちょっと事情があってコンバートしたんだよ、

という訳でさっさと中に入れろ、小猫」

 

 その言葉を聞いたロザリアは、これは間違いなくハチマンだと確信した。

まあ小猫と呼んだ時点で当たり前である。

 

「い、今行くわ!」

 

 そしてロザリアは慌ててビルを駆け下り、二人を鞍馬山へと迎え入れた。

 

「おう、出迎えご苦労、明日は最終日だし、もうお前がここにいる意味は無い。

とりあえず事情は説明するから出掛ける準備をしろ、小猫。旧首都まで三人でドライブだ」



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第352話 最終防衛戦前夜のあれこれ

長くやっているからというだけなんですが、昨日ついに200万UAを突破しました。
こんな思い付きを形にしているだけの作品に付いてきて頂きありがとうございます。
今後とも飽きられないように斜め上や真上や真下に突っ走りますので、
楽しんで頂けたら幸いに思います。皆様本当にありがとうございました。

2018/06/17 句読点や細かい部分を修正


 旧首都へと向かう車の中で、ハチマンはロザリアに事情を説明していた。

 

「……という訳で、俺としてはどうしても迎えにいかないといけないと思ったって訳だ」

「なるほどそういう事、それなら納得ね」

 

 そしてハチマンは、いきなり銃士Xにこう言った。

 

「ところでマックス、俺はお前を俺の秘書にするつもりなんだが、その気はあるか?」

「えっ!?わ、私がソレイユの社長秘書に?いいんですか?」

「やっぱりお前、俺がいずれ社長に就任する事を知った上でソレイユを志望してるんだな。

もちろん構わない、という訳で、お前なりにその為の準備をこれから頑張ってくれよ」

「誠心誠意お仕えします、頑張ります!」

 

 そしてハチマンは、ロザリアの事を銃士Xに紹介した。正式に、そう、正式にである。

 

「マックス、これはロザリア、本名は薔薇小猫だ、いずれお前の上司になる事になるから、

ちゃんと仲良くするんだぞ」

「なっ……何でわざわざフルネームで呼ぶのよ!苗字だけでもいいじゃない!」

「だからお前は同じ事を何度俺に言わせるんだ、俺がいいって言ってるんだからいいんだよ」

「あっ、小猫ってあだ名とかじゃなくて本名だったんですね……凄くかわいい……」

 

 そう言われたロザリアは、盛大に赤くなりながら銃士Xに言った。

 

「あ、あなたのクルスって名前だって凄くかわいいと思うわよ」

「ありがとうございます、小猫秘書室長」

 

 そして銃士Xは、疑問に思っていた事をハチマンに尋ねた。

 

「でもどうして私の本名を?」

「お前、わざわざ帰還者用学校まで来て、俺の事を観察してただろ。

それで不審人物がいるってこっちの網にお前がかかったから調査したって訳だ」

「あっ、す、すみません……やっぱりそういうのって気持ち悪いですよね……」

 

 銃士Xは他ならぬハチマンにそう言われ、自分の行いを猛烈に反省していた。

そんな銃士Xにハチマンは言った。

 

「いや、まあ少しいきすぎかもしれないが、それよりもよく俺を見付けたなと感心したよ」

「頑張りましたので!」

「そ、そうか……その頑張りを、今後は真っ当な事に生かしてくれよ」

「はい!」

 

 そしてハチマンは、ついでとばかりにこう付け加えた。

 

「そう言えばさっきのマックスって呼び名な、あれはお前の名前のクルスをXに見立てて、

間宮クルスでマックスって意味もあるからな、一応教えとくわ」

 

 その言葉に銃士Xは、頬を紅潮させて喜んだ。

 

「そ、そうだったんですか!これからはリアルでも友達にそう呼ばせます!」

 

 その言葉に危惧を覚えたハチマンは、慌てて銃士Xを止めた。

 

「それはやめておけ、同じ学校の中にもしGGOプレイヤーがいたとして、

俺がお前をそう呼ぶ事から銃士Xを連想する奴が出てくるかもしれん」

「それだけの情報で私に繋がるでしょうか?」

 

 そしてハチマンは、何かいい例は無いかと考え、ニャンゴローの事を思い出した。

ニャンゴローはアルゴの調査によると、銃士Xの同窓生だったはずである。

 

「ああ、学校といえば、ニャンゴローはお前と同じ学校の同じ学年だぞ」

「そうなんですか!?」

「あいつは化け物クラスの優秀な奴だから、

多分それだけの情報からお前にたどり着くと思うぞ。

何せお前はゲームとリアルの顔が酷似しているレアケースだからな……胸以外は」

 

 最後のはもちろん冗談だったが、その言葉を聞いた銃士Xは、

身を乗り出してハチマンに質問した。

 

「ハ、ハチマン様はどんな胸の女性がお好みなんですか?

やっぱり閃光様のようなお胸ですか?」

 

 その言葉にハチマンは思わず急ハンドルを切りそうになった。

そしてハチマンは、あまり触れたくはない話題だなと思いながら銃士Xに言った。

 

「む、胸の事はあまり気にするな、お前はお前らしくあればそれでいい」

「そうですか、良かったです」

「騙されては駄目よマックス、ハチマンは大きな胸の持ち主が大好きなのよ!

そう、例えばこの私のようにね!」

 

 そう胸を張るロザリアを見て、銃士Xはこう質問した。

 

「室長の胸はどのくらいのサイズなのですか?」

「少なくともあなたよりは少し大きいわね」

「なるほど、今後はバストアップ体操が必須ですね」

 

(ほら、胸の話題になると必ずこいつが調子に乗るんだよな……)

 

 ハチマンはドヤ顔のロザリアを横目で見ながら、懇々と銃士Xを諭した。

 

「いいかマックス、世の中には胸の事で悩んでる女性が沢山いるんだ、

だからお前は、胸の事なんか気にせずそのまま自然体のままでいてくれ」

「は、はい、分かりました!」

 

 そしてハチマンは、とある疑問を思い付き、

どうしても我慢出来なくなって銃士Xにこう尋ねた。

 

「なあ、もしも小猫の胸がお前よりも小さかったとしたら、どうしてたんだ?」

「もちろんバストダウン体操をしますね」

「そ、そんなのが存在するのか!?」

「いいえ、存在しません。だから独学で作り出します」

「まじかよ……」

 

 ハチマンは、そういった面での銃士Xの健康管理に危惧を覚え、

仕方なく銃士Xにこう指示を出す事にした。

 

「いいかマックス、俺はお前のリアルな姿を把握している。

その立場から言わせてもらうが、お前の体型は俺の好みにとても合致している。

だから無理に胸を大きくしようとしたり小さくしようとしたり、

過剰なダイエットしたり逆に太ろうとしたりするのは禁止だ。

何よりお前が健康を維持出来る事を最優先に考えるんだ、いいな?」

「分かりました!」

 

(ふう、ここまで言えば、こいつがおかしな事をする心配は無いな。後は……)

 

 そしてハチマンは、ロザリアの頭をぐいっと抱え込んだ。

 

「い、いきなり何をするのよ!」

 

 そう言いながらもロザリアは、ハチマンにある意味抱かれている事に気が付き、

そのセリフとは裏腹にニヤニヤしていたが、

ハチマンはそんなロザリアの頭を叩いてこう言った。

 

「いいか小猫、あいつは多分俺の言葉には絶対服従だ。

なので下手な事を言うと、さっきの胸の話みたいにやりすぎちまって体を壊す可能性がある。

だからお前もその事を踏まえてあいつに余計な事を吹き込むのはやめろ」

「あっ……た、確かにそうかもしれないわね、気を付けるわ」

「おう、何かおかしいなと思ったら、直ぐに原因を調べて修正するんだぞ」

「分かったわ」

 

 こんな冗談のようで冗談ではない会話をしながら、三人はそのまま旧首都へと到着した。

そんな三人を、ロザリアから連絡を受けていた仲間達が出迎えた。

真っ先に出てきたのは闇風と薄塩たらこ、それにギンロウの三人だった。

三人は銃士Xの事が心配で仕方なかったのだろう、

心配そうな顔で銃士Xの下に駆け寄った。

 

「銃士Xちゃん、俺が先に飛び出すべきだったのに、本当にごめんな」

「無問題、結果良好」

「そうか、それなら良かったよ」

 

「シャナの盾になったんだってな、明日は銃士Xちゃんの分まで戦うから、

砦の中の特等席で見ててくれよな」

「見物了承、たらこ、頑張って」

「おう、任せろ!」

 

「銃士X」

「ギンロウ、依頼、シャナ様の守り」

「おう、この命にかえても!」

 

 三人は銃士Xとそんな言葉を交わし、決意を新たにしたようだ。

 

「お前、俺以外の前だと喋り方が極端に変わるのな」

 

 ハチマンは面白そうな表情でそう言い、銃士Xは少し恥らいながらそれに頷いた。

そしてシズカが前に出てきて、ハチマンの耳元にそっと囁いた。

 

「どうやら上手く会えたみたいだね」

「おう、ついでにうちの秘書になるようにオファーも出しておいた。優秀な人材ゲットだな」

「えらいえらい」

 

 そんな仲の良さそうなハチマンとシズカの姿を見て、ピトフーイがこう尋ねてきた。

 

「ねぇシズ、そのちょっとぞくぞくするような素敵なオーラを放つ男性は知り合い?

何ていうかこう、上手く説明出来ないんだけど……シャナに似てるような」

 

(やべ、こいつのありえない勘の鋭さを忘れてた)

 

 そしてハチマンは、その場をさっさと逃げ出す事にした。

 

「ぼ、僕はロザリアさんの知り合いです、ロザリアさんが街を出るのに、

カモフラージュの為に運転手を頼まれまして、こうしてここまで来たんですが、

用事があるので僕はここで落ちておきますね、明日の戦いは頑張って下さい!

車は自動返却モードにしておくので、気にしないで下さい!」

 

 そう早口でまくし立てたハチマンは、銃士Xの耳元でこう囁いた。

 

「適当にシズと口裏を合わせておけよ、明日お前の学校に行くからな」

「えっ……は、はい!」

 

 そしてハチマンは、さっさとその場から逃げ出した。

そんなハチマンを密かに追いかける者がいた、闇風である。

闇風はシズカにこの事を聞いており、ハチマンの正体を知っていた。

 

「シャナ、おいシャナ、いや、今はハチマンか」

「闇風か、さてはシズカに俺の事を聞いたのか?」

「ああ、シャナが落ちた直後に教えてもらったんだ。

あの時は咄嗟に動けなくて本当にすまねえ……」

「何、あれは全て俺のミスだ、逆にこっちこそ心労をかけちまってすまなかった」

「でもよ……」

「でもも何も無い、あの場面だともしお前が飛び込んでいたら、

マックスの代わりにお前が死んでただけだ、だから明日は、銃士Xの分まで頼むぞ」

「お、おう、任せろ!」

 

 そして闇風は、感心した顔でハチマンに言った。

 

「しかしまさか、そのキャラをコンバートさせてくるとはな、銃士Xちゃんは幸せ者だな」

「どうしても自分であいつを迎えにいってやりたかったんでな」

「かーっ、やっぱりシャナは違うよな、同じ立場だったとしても、俺には真似出来ねえわ」

「どうかな、そうなってみたら案外同じ事をしたんじゃないか?」

「どうだろうな……」

 

 そしてハチマンは、とりあえずさっさとキャラを戻す事にした。

この後はイベントが控えているからだ。

 

「それじゃあ俺は、このキャラをALOに戻してからシャナに戻るからな、

お前はシズカに、先にコミケさん達の送別会を始めておくように伝えておいてくれ」

「あいよ!あ、そういや銃士Xちゃん、獅子王リッチーを倒したらしいぞ」

「お、やっぱりあいつだったのか、これは後で褒めてやらないといけないな」

「おう、頼むぜ!」

 

 そして源氏軍の者達は、コミケ達の送別会を行った。

銃士Xやロザリアを呼んだのはその為でもある。

当然明日へ向けての壮行会も兼ねており、この催しの為に、

食材やら何やらがこの砦に大量に運び込まれていたのだった。

そして交代で見張りをしつつ、宴会が始まった。

 

「いやぁ、ほんの少ししか参加してない俺達の為に悪いね」

「いえいえ、短い間ですけど楽しかったです、また機会があったら一緒にプレイしましょう」

「おう、その時は宜しくな」

 

 コミケ達は、この数日の事を思い出して源氏軍に参加して本当に良かったと思った。

そして任務を終えたら必ずまた顔を出そうと心に誓った。

 

「それじゃあそろそろ行くよ、ここでリタイアっと」

「はい、お元気で!」

 

 コミケはコンソールを操作して戦争からリタイアすると、そのまま落ちていった。

トミーとケモナーもログアウトし、源氏軍の者達は、深夜組が交代で見張りを受け持ち、

大部分の者はそのままログアウトしていった。

 

 

 

 その頃街中では、シャナの想像もしない事が起こっていた。

 

「おい、源氏軍のスコードロン数が二つ減ってるぞ」

「何が起こったんだ?」

「そういやゼクシードが、源氏軍の誰かを倒したとか言ってやがったな」

「まじかよ、あのゼクシードがか?」

「これはまだまだ分からないかもしれないな」

 

 実際にはゼクシードが倒したのはたった一人のプレイヤーだったのだが、

観客にはそんな事は分からない。

結果、ゼクシードが単独で二つのスコードロンを葬ったという噂が街を駆け巡る事となった。

 

「これならいけるぞ!」

「俺達だってやれるんだ!必ず勝とうぜ!」

 

 更にその結果、今までやられっぱなしだった平家軍の士気は、

ここにきて最高潮に達する事となった。

 

「ゼクシードさん、何か平家軍が盛り上がってるみたいなんですけど」

「みたいだな……だが真実を告げる訳にもいかないよなぁ……

まあ別に俺は嘘を言った訳じゃないし、あいつらが勝手に勘違いしてるだけだ、

せっかく士気も高まったみたいだし、ここはこのままにしておこうぜ」

「……ですね」

「……はい」

 

 ユッコとハルカは、先ほどのハチマンと銃士Xの姿を思い出し、複雑な気分になったが、

内心はともかくその事には賛成する以外の道は無かった。

こうしてシャナは、予想外に士気の高まった平家軍を相手に、最終日を戦う事となった。




さて、明日の投稿を挟んで明後日はいよいよ戦争も大詰めです!


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第353話 間宮クルスの路上面接

皆様の応援のおかげで200万UAを達成出来ました。
引き続き頑張って毎日更新していきますので、毎日の昼の楽しみにして頂ければ幸いです!

2018/06/17 句読点や細かい部分を修正


 その日クルスは、家を出る前から途轍もなく緊張していた。

 

「服装はいつもより多少露出多め、胸はやや強調、化粧は薄め、

装飾品は嫌味にならない程度に自然に、常に笑顔で優しい口調。

服装はいつもより多少露出多め、胸はやや強調、化粧は薄め、

装飾品は嫌味にならない程度に自然に、常に笑顔で優しい口調……」

 

 クルスは同じ事を何度も繰り返し口にし、その項目を何度もチェックしていた。

当然朝から入浴し、髪もサラサラに仕上げてある。

 

「まあ軽い面接みたいなもんだから、あまり肩肘を張るなよ」

 

 昨日の落ち際にそう言われたとはいえ、やはり第一印象は可能な限り良くしておきたい、

クルスはそう考え、自作の八幡と会えた時用マニュアルに従い、

準備を完璧に整えた上で家を出た。

大学への道中では、いつもよりも自分に注がれる視線が確実に多かった。

その事でクルスは、今の自分の姿に多少自信が持てた。

 

「あっクルス、今日は何か気合い入ってるね」

「そ、そうかな」

「そうだよ、どこからどう見てもおめかししてるじゃない、まさか男が出来たとか?」

 

 午前中の講義が終わった後、クルスが唯一仲の良い女の子、

海野杏が、クルスを見付けてそう声を掛けてきた。

 

「う、うん、今日はちょっと人と会う用事があって……」

「えっ?冗談のつもりだったけど、まさか本当に男?もしかして彼氏!?」

「あ、えっと……彼氏とかじゃないんだけど」

 

 クルスがそう言って盛大に頬を染めたせいで、杏は動揺した。

 

「男という事を否定しない!?そんな浮いた気配は全然無かったのに……

でもこんなにおめかししてるクルスを見るのは始めてだし……」

 

 そう言って杏は、改めてクルスを観察し始めた。

 

「うわ、髪とかサラサラで艶々じゃない!気持ちいつもより胸も盛ってるような……

いつもとメイクも違う……あれ、クルスがアクセサリーとかしてるの始めてじゃない?

これって始めて見るクルスの男を落とすモード?」

 

 そんな会話を聞かされた周囲の男達も、黙ってはおれずに会話に参加してきた。

ちなみにクルスにとっては特に友達という訳ではなく、顔見知り程度の者達であった。

 

「間宮さん、俺いい店を知ってるんだけど、良かったらこれからランチにでも……」

「いやいや、間宮さんは俺と……」

「ここは俺が……」

「間宮さん、今日は凄くかわいいね!」

「間宮さん!」

「あの……私は……」

「ちょっとあんた達、クルスが迷惑してるじゃない、いい加減に……」

「ごめんなさい、ちょっと道を開けてもらってもいいかしら」

 

 そう盛り上がる集団に、誰かがそう声を掛けた。

 

「あっ、雪ノ下さん!」

「す、すみません!」

「大学の二大美女が揃った……」

 

 声を掛けてきたのは雪乃だった。周りの者の反応を見ると、

クルスと雪乃はどうやら大学の二大美女扱いされているらしい。

クルスは雪乃の顔は知っていたが、一度も話した事は無かった為、

雪乃を通す為に一歩横にどくと、少し緊張した様子で雪乃にこう言った。

 

「すみません雪ノ下さん、どうぞ」

 

 そう言ってクルスは会釈をしたのだが、何故か雪乃はその場を去ろうとはせず、

そのまま真っ直ぐにクルスの前に立った。

 

「あ、あの……」

「ちゃんと話すのはこれが初めてになるのかしらね、私は雪ノ下雪乃、宜しく」

「あ、間宮クルスです」

「それじゃあ行きましょうか、ここは周囲の雑音が凄いものね。

良かったらお友達も一緒にどうぞ」

「えっ?えっ?」

 

 そのクルスの反応を、雪乃はいぶかしげに見た。

 

「……もしかして、彼から何も聞いてないの?」

「彼?……あっ」

 

 その言葉で、クルスは学校の同じ学年に仲間がいると教えられた事を思い出した。

そう、確かニャンゴローがこの学校に在籍しているはずだ。

意外ではあるが、この展開からするとそれはおそらく目の前の雪乃なのだろう。

 

「分かったようね、それじゃあ行きましょう」

「はい!」

「ちょ、ちょっとクルス!」

「杏、一緒に来て。大丈夫、雪ノ下さんは友達なの」

「えっ?あんたいつの間に……」

 

 それには答えず笑顔で杏の手を引き、そのまま去って行こうとしたクルスの腕を、

男達の一人がガッと掴んだ。

 

「待ってよ間宮さん、まだこっちの話が」

「い、痛い、離して」

「ちょっとあんた、クルスに何するのよ」

 

 その言葉で雪乃は振り返り、事情を察すると、

その男に制裁を加えようとそちらに手を伸ばしかけた。その雪乃の肩を誰かがポンと叩いた。

雪乃はその人物の顔を見て、クルスの方に伸ばしかけた手を引っ込めた。

そしてその人物はクルスと男の間に割り込み、その男の腕を掴んで締め上げた。

 

「ぐあっ」

「おいお前、うちのクルスに何やってやがる」

「だ、誰だてめえ!」

 

 クルスはその背中を見て、それが誰なのか直ぐに理解した。

途端に心臓がドクンと脈打ち、クルスは嬉しさで頬を紅潮させた。

それを見た杏も口を出すのをやめ、事の成り行きを見守る事にした。

 

「俺か?俺は……」

 

 そう言いながらその人物~八幡は、何と言えばいいかとチラリと雪乃の表情を伺った。

その雪乃の表情は、お手並み拝見とばかりに少しニヤついた感じだったので、

こいつ面白がってやがると思った八幡は咄嗟にある事を思い付き、男に向かってこう言った。

 

「俺はこのクルスと雪乃の恋人だ、そうだよな?」

「なっ……」

「あっ、えっと、は、はい!」

「あ……え、ええ、その通りよ」

 

 クルスは周りにそう誤解されても一向に構わなかったので、空気を読んでそう同意した。

そして雪乃はやられたと思いながらも、クルスに合わせて仕方なくそれに同意した。

 

「ふ、ふざけるな、この二人を独占とかそんなの許される訳が無いだろ!」

「あ?お前は仮にも日本の最高学府の学生だろ?

日本の法律のどこに恋人が一人じゃなきゃいけないなんて事が書いてあるのか言ってみろ」

「そ、それは……」

「それにお前が俺のクルスに乱暴な態度をとった事は、ここにいる奴らは全員見てたからな、

お前は俺達の事よりも、今後の自分の評判の心配をするんだな」

「え?あっ……」

 

 さすがにやりすぎだという周囲の目に囲まれ、その男はすごすごと引き下がった。

代わりに前に出てきたのは杏である。

 

「あの……」

「お、クルスの友達か?いつもこいつが世話になってて済まないな。

それじゃ一緒に行こうぜ、ここは野次馬が多すぎるからな」

「えっ?本当に私も一緒でいいんですか?」

「別の場所で事情を説明しないといけないだろ?」

「あ、ありがとうございます!」

 

 そして八幡は雪乃とクルスの手を引き、車を停めてある方向へと歩き出した。

杏はチラリチラリとその様子を伺いながら、その後を付いていく。

残された男連中は、それを呆然と見送る事しか出来なかった。

 

 

 

「あなたね、言うに事欠いて何て事を……」

「あ?お前があんなニヤニヤした顔でこっちを見ていたから巻き込んでやったんだ、

俺は悪くない、お前が悪い」

「悪いわよ!まったく詩乃の事といい、あなたは学校ことに違う女の子を恋人扱いして……」

「う……」

 

 八幡はその言葉に図星を突かれたのか、少し苦い表情をした。

 

「まあどっちも事情が無かったとは言えないから仕方ないけど、

せめて学内ではちゃんとフリはするのよ、いい?」

 

 雪乃はそう言って八幡の腕を抱き、クルスもそれに倣った。

その残酷なまでの感触の差には、八幡は一切言及しない。

むしろ雪乃から感じる感触が増している気がして、

努力の成果は確実に出ていると、内心で雪乃を賞賛したくらいだった。

 

「まあもうここに来る事はほとんど無いだろうから構わないが……」

「私に対してしてやったりと思ったのかもしれないけれど、

あなたはいつもワンパターンなのよ、もう少しその無い頭を使って工夫しなさい」

「くっ……事実だけに反論出来ねえ」

 

 そんな二人を見て、クルスはクスクスと笑っていた。そして杏が八幡にこう尋ねた。

 

「えっと、結局さっきのは、あの場を逃れる為の方便って事でいいんですよね?」

「おうそうだな、二人にはすまないと思ったが、まあ卒業までは我慢してもらう事にするさ」

 

 その言葉に納得出来なかったのか、杏はクルスにこう尋ねた。

 

「クルスはそれでいいの?」

「え?何でそんな事を聞くの?いいに決まってるじゃない、

むしろ私なんかが八幡様の恋人だなんて、迷惑じゃないか心配だよ」

「ああ……そういう事なんだ……」

 

 クルスに真顔で真っ向からそう言われ、

杏はクルスが八幡に好意を持っているという事を嫌という程理解させられた。

微妙に恋愛感情と違うような気もしたのは、杏の生来の鋭さによるものだろう。

 

「で、あなたは誰なんですか?」

「おう、せっかく名刺があるんだし、これを渡しておくか」

 

 その名刺には、『ソレイユ・コーポレーション、VR事業部部長、比企谷八幡』

と書いてあり、杏は目を見開いた。

 

「えっ?私と同い年くらいに見えるのに、あのソレイユの部長!?本当に?」

「実は名前だけだ、VR事業部などと言う部署は正式には存在しない。俺はまだ学生だ」

「ど、どういう事ですか?」

「要するに名目上の役職だって事だ、ネットワーク事業部ってのはあるが、

VR事業部は俺が入社してから正式に発足する事になる……のか?」

「私に聞かないで欲しいわ、あの人に聞きなさい」

「おう、そうするわ」

 

 雪乃のその答えを聞いて、クルスと杏はその指差す方を見た。

黒塗りの車の横に美女が立っており、その美女はこちらに気が付くと、

慌ててこちらに駆け寄ってきて、いきなり雪乃に言った。

 

「ちょ、ちょっと雪乃ちゃん、何で八幡君と腕を組んでるの?抜け駆け?」

「それはこの男に聞きなさい、姉さん」

「八幡君、どういう事?」

「はぁ……実は……」

 

 そして八幡から事情を聞いた陽乃は、目を輝かせながらこう言った。

 

「私ももう一回学生になって、その学校で八幡君の女扱いになる!」

「おいこら馬鹿姉、訳の分からない事を言ってんじゃねえよ、おら仕事だ仕事」

「え~?ちょっとくらい夢を見てもいいじゃない」

「ちょっと?いつもの間違いじゃないのか?」

「雪乃ちゃん、八幡君が私に厳しい!」

「姉さん、この前の事を忘れたのかしら?」

「う……」

 

 陽乃はその言葉で、先日母と共に雪乃に説教をされた事を思い出したのか、

そのまますごすごと引き下がり、頬を膨らませたままクルスに言った。

 

「それじゃあ入社試験を始めま~っす、私はソレイユ・コーポレーションの現社長、

雪ノ下陽乃でっす、宜しくね」

「はい、宜しくお願いします」

 

 クルスは当然陽乃の事もある程度調べており、その顔も知っていて、

その破天荒な性格についても理解していた為にまったく動じずにそう言った。

だが杏はその言葉に驚愕した。

 

「え?本当に?これドッキリとかじゃないの?」

「お友達は随分古い言葉を知ってるのね、とりあえず自分のお友達がどういう人か、

そこで改めて理解するといいかもしれないわね」

「あ、はい」

 

 そして陽乃はクルスに顔を向け、感心したように言った。

 

「クルスちゃんはまったく動揺していないのね」

「はい、予想はしていましたので」

「うんうん宜しい、そういう子はお姉さん好きよ?

さて、ここがあなたの人生のターニングポイントよ、心して私の質問に答えなさい」

「はい」

 

 その想像以上の張り詰めた雰囲気に、杏は息を飲んだ。

そして陽乃の口から、その質問が発せられた。

 

「あなた、ここにいる八幡君の為に死ねるのかしら」

「死ねと言われれば死にます、でも八幡様が私にそんな命令をする事は無いので、

可能な限り生きて生きて生きまくって、寿命で死ぬその時まで八幡様のお傍にお仕えします」

「はい合格、入社おめでとう!これであなたも彼の秘書になる事が決定したよ!」

「ええ~~~~~~!ちょっとクルス、何言ってるのよ!そして社長さん、何で即決なの!」

 

 杏はその一瞬の遣り取りを聞いてたまらずそう絶叫した。

 

「うちはそういう会社だからとしか……ねぇ?」

「まあこんな感じだが、君の友達を悪いようにはしないから安心してくれ」

「は、はぁ……」

 

 そして杏はクルスの顔を見た。クルスは見た事も無い達成感に溢れた表情をしており、

杏はその表情を見て、素直に親友を祝福する事を決めた。

 

「おめでとう、クルス」

「ありがとう杏、私今まで生きてきて、最高に幸せな気分だよ」

「そっか、それなら本当に良かったよ」

 

 そしてクルスは八幡と陽乃に連れられ、ソレイユ本社へと向かう事となった。

残された雪乃と杏は何となく連れ立って、一緒に昼食をとる事にした。




すみません一話じゃ終わりませんでした……


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第354話 社長がモテすぎてむかつく乙女の会

2018/06/17 句読点や細かい部分を修正


 雪乃と杏の二人は、仲良く外でお昼を食べていた。

学食を利用する事も考えたのだが、色々聞かれる可能性もあり煩わしかったのだろう。

 

「ふふっ、今日は驚いたかしら?」

「うん、かなり!雪ノ下さんはソレイユの社長さんの妹だったんだね」

「ええ、いずれ私もソレイユに入社して、彼を支える事になると思うわ」

「支える?部長さんを?雪ノ下さんならもっと上にいけると思うけど……」

 

 雪乃の優秀さを知っていた杏は、何となしにそう質問した。

 

「部長?ああ……いいえ、彼は今は部長扱いだけど、

多分正式に入社したら直ぐに社長になると思うわ」

「ええっ!?そ、そうなの?」

「さっき言ってたでしょう?クルスさんは彼の秘書になる予定で入社したのよ」

 

 そう言われた杏は、先ほどの陽乃の言葉を思い出しながら言った。

 

「あっ、そういえば確かに言ってた!」

「まあそういう事よ、あなたも彼女の親友なら、ソレイユへの入社を目指してみる?」

 

 面白そうな表情でそう言った雪乃に、杏は困った顔でこう答えた。

 

「真面目に考えてみたいけど、実はうち、家業があるんだよね」

「あらそうなのね、ちなみに何を?」

「母が銀座でスナックをやってるの」

 

 その言葉に、雪乃は先日八幡から聞いたミサキの事を思い出した。

その説明によると、店の名前は確か彼女と同じ名前だったはず。

 

「ちなみに何ていうスナックなのかしら」

「美咲だよ、母の名前と一緒なの!」

 

 雪乃はその予想通りの返事に瞠目した。

 

「そう……これも運命なのかしらね」

「えっ?」

「いいえこっちの事よ。杏さんだったかしら、これからは私とも仲良くしてね」

「うん、クルスと三人で今度どこかに遊びに行こうよ!」

「ふふっ、楽しみにしているわ」

 

 この三人はこの日から、在学中はずっと仲良く過ごしていく事となる。

ちなみに男を一切寄せ付けない三人組としても有名になる事となった。

 

 

 

「初めましてキット、私は間宮クルスです。

今度八幡様の秘書を拝命する事になりますが、今後とも宜しくお願いします」

『これはご丁寧に有難うございます。それにしてもクルスは私が喋っても驚かないのですね』

「ええ、調べてあったので」

『なるほど』

 

 キットに乗り込んだ直後から、いきなりそうキットに挨拶するクルスの姿を見て、

さすがの八幡と陽乃も驚いた。

 

「おいマックス、お前キットの事も事前に調べてあったのか」

「ああ、やっとマックスと呼んでもらえました。

あの場だと仕方なかったとは言え、そう呼ばれない事が凄く残念だったんですよ。

で、その事ですが、はい、八幡様の事はかなり詳しいと自負しております」

「……いい加減その呼び方はやめないか?何かむずむずするんだが」

「いえ、公私の区切りはきっちりと付けないといけません」

 

 その言葉に八幡と陽乃は顔を見合わせた。

どうやら同じ事を考えたらしく、代表して八幡がこう言った。

 

「よし、ソレイユに着くまでこの車内は完全なプライベート空間とする。

それでマックス、最初に俺がお前の前に現れてからここまで、どう思ったんだ?」

「もう超凄いです、八幡様格好良すぎます、

あのクソ野郎に腕を掴まれた時は鳥肌が立ちましたけど、

まさかあそこで私を助けに来てくれるなんて思ってもいませんでした!

ああ、さすがは私の全てを捧げられるお方、もうこのマックスを八幡様の好きにして下さい!」

「…………………………えっと」

「はい何ですか?伽ですか?伽ですよね!?

そのまま妾にする勢いでも構いませんので思いっきりやっちゃって下さい!」

「…………………………やっぱりここは公の場って事で」

「大変失礼致しました。誠心誠意お仕え致しますので、どうかこのマックスをお見捨てなく」

 

 さすがの二人も、この豹変っぷりには呆気にとられたようだ。

 

「……姉さん、こいつはもしかして、定期的にガス抜きが必要ですかね」

「そうみたいね、これも社長の努めだと思って頑張ってね。

優秀な人材なんだし、絶対に逃がしちゃ駄目よ」

「明日奈に何て言えばいいですかね……」

「まあ実害が無ければいいんじゃない?多少のスキンシップなら許容範囲でしょ」

「…………はぁ、そうですね」

 

 そして八幡は、ついでとばかりにゲーム内モードで会話するようにクルスに言った。

 

「八幡様、了承」

「ふむ……これからソレイユに乗り込む訳だが、今の気分はどうだ?」

「緊張増大、不安」

「大丈夫だ、小猫が優しくお前を出迎えてくれるさ」

「小猫室長、興味、多分とてもかわいい人」

 

 そして八幡は、陽乃に振り返ってこう言った。

 

「どうです姉さん、面白い奴でしょう?」

「それは間違い無いわね、まさにソレイユに入社する為に生まれてきたような子ね」

 

 その高い評価に、クルスはとても嬉しそうに言った。

 

「過分な評価、感謝します」

「それじゃあもう仕事モードに戻していいからな」

「はい、それじゃあそうしますね、八幡様」

 

 そしてソレイユに着いた三人を薔薇が出迎えた。

 

「おう、出迎えご苦労」

「それじゃあ私はもう一度出るから、八幡君達の事は宜しくね」

「はい、分かりました」

 

 陽乃は他に用事があるらしく、別の公用車で再びどこかへ出掛けていった。

そして薔薇は、クルスの顔をしげしげと見つめながら言った。

 

「知っていたとはいえ、まるでゲームの中からキャラが抜け出してきたみたいね、

違うのは髪の色だけとかちょっと衝撃だわ」

「それを言ったらSAOも同じ事だろ、お前の時だって、

ゲーム内で思いっきり手加減無しでぶっ飛ばした奴が目の前に現れたから、

俺もちょっと気まずかったんだぞ」

「そ、その事はもういいじゃない!私の黒歴史を蒸し返さないで!」

 

 薔薇はそうおろおろしたした後に咳払いをし、クルスに挨拶をした。

 

「改めて初めまして、私が秘書室長(仮)の薔薇よ」

「かっこかり?まあ確かにまだそうだが」

「あっ、小猫室長だったんですか!お会いしたかったです小猫室長!

猫は猫でもアダルトな猫でしたね、思ったのとは違いましたが、

これがギャップ萌えというものなのですね……感服しました」

 

 そう呼ばれた薔薇は、こめかみをピクピクさせながらこう言った。

 

「わ、私の事は、薔薇室長と呼びなさい、いいわね?」

「あ、はい、そうび……」

「こいつの事は小猫室長と呼ぶんだぞ、いいな?」

「えっ?」

 

 そして八幡と薔薇、二人の顔を交互に見たクルスは、笑顔でこう言った。

 

「分かりました、小猫室長ですね!」

「ぐっ……」

「おう、そうだそうだ、それでいい」

 

 クルスにとって、どちらの言葉を優先させるかは自明の理であった。

もはやこの情勢を覆すのは叶わないと思い、薔薇は妥協してこう言うのが精一杯だった。

 

「み、身内しかいない時はそれでいいわ。でも他人がいる時は、ただ室長とだけ呼ぶのよ」

「分かりました!」

 

 八幡も、まあ仕方ないかという風に肩を竦め、その意見に納得する姿勢を見せた。

それでやっと薔薇は安心し、改めてクルスに手を差し出した。

 

「今日はもう一人の秘書候補も呼んであるわ、

三人で仲良くこのおっぱい星人を支えていきましょう」

「おい、唐突におかしな事を言うんじゃねえ!俺はそんなんじゃねえよ!

普通でいいんだ普通で!」

「何よ、女の子は男のそういう視線に敏感なのよ?

あんたの視線くらい気付いてるに決まってるじゃない」

「それは男の本能であって理性の部分ではない、

お前らを前にすると少しその頻度が増すだけで、それはあくまで反射の領域だ、

だから俺は何も悪くはない」

 

 そう主張する八幡に、クルスは真顔で言った。

 

「私は別に八幡様が喜んで頂けるなら、いつでもこの胸を見て頂けたらと」

「ほら、この子もそう言ってるわよ」

 

 そう調子に乗る薔薇に、八幡はぼそっとこう言った。

 

「お前の事は、雪乃に報告しておくからな」

「クルス、もうこの話題はおしまいよ、やはり八幡をこれ以上からかうのは良くないわ」

「はいっ!」

 

 薔薇は一瞬で代わり身を見せ、何も知らないクルスは素直にそう答えた。

八幡は内心で雪乃の存在に感謝しながらも、

こういう時にばかり雪乃を引き合いに出すのに気が引けたのか、

今度会った時は雪乃に優しくしなくてはと心に誓った。

そしてソレイユ本社の入り口を潜った三人の目に、

何か揉めているような受付の様子が飛び込んできた。

 

「……何だ?」

「何か揉めてる?」

「というかクレームのようだな、ガードマンもどうすればいいか分からずに、

判断を保留しているみたいだな」

 

 そのガードマンは、救いの神が現れたという風に薔薇の方を見た。

薔薇はそれに頷き、ガードマンに事情を尋ねる事にした。

八幡はそれを見て、薔薇の存在感が社内で増しているのを感じ、一人頷いた。

 

「どうしたの?」

「それが……」

 

 薔薇がガードマンに聞いた話だと、

クレームを付けているのはどうやら今年ソレイユの入社試験を落ちた者らしい。

で、たまたま受付の者が知り合いだったらしく、

しつこく食い下がって詳しい選考基準等の話を聞こうとしているようだ。

受付の者も、相手が知り合いだけに対応に苦慮しているらしい。

更に言うと、その時の採用担当者は陽乃自身であったらしく、今は不在である。

八幡はそれを聞き、先ほどは後方にいた為見えなかった受付の様子をもう一度眺めた。

 

「あれ、折本か、まだ研修中だったのか」

「ああ、研修は今日で最後のはずよ、彼女にとっては不運だったわね」

「それにしても折本の知り合い?って事は同じ学校の奴なのかな」

 

 八幡はそう思い、クレームを付けている者の方を見た。

その人物の奇妙な手の動きに記憶が刺激され、八幡はその人物の名を思い出した。

 

「玉縄じゃねえか……」

「知り合い?」

「ああ、海浜総合高校の元生徒会長だな、あそこにいる折本とは同級生のはずだ」

「あらあら、それは大変ね」

「まあとりあえず何を言っているか後ろで話を聞いてみるわ」

 

 そして八幡はこっそりと玉縄の後ろに付き、その言葉に耳を傾けた。

かおりも八幡の存在に気が付いたようだが、

ここで安易に八幡に頼るまいと一人で頑張る事にしたようだ。

 

「だから僕を入社させる事によって、御社には凄まじいシナジー効果が生まれるはずなんだ、

是非担当者にその事をお伝え頂きたい」

「ですから担当者は今外しておりまして、確かにそのお言葉はお伝えすると約束致しますが、

それで採用か不採用かが左右される事は無いと思います」

 

(うわぁ、こいつ何も変わってねえな……)

 

 八幡はそう思い、これは何も言っても無駄だと早々に判断した。

 

(とりあえず介入するか、折本の成長の機会を奪う事になるかもしれないが、

これは相手が悪すぎるな)

 

 そして八幡は、玉縄の肩をぽんぽんと叩いた。

 

「よお」

「誰だ、今はかおり君と大事な話を……って君は……ま、まさか」

「そのまさかだよ、久しぶりだな玉縄」

「な、何故君がここにいるんだい?」

「それは俺が、ソレイユの部長だからだな」

 

 そう言って八幡は、玉縄に名刺を差し出した。

 

「なっ……君は噂によるとまだ学生のはず、何故君がソレイユの部長に?」

「さあ、何でだろうな」

 

 そして八幡は、声を潜めながら玉縄に言った。

 

「しかしお前、どうしてそこまでうちに拘るんだ?

まさか折本が受付にいたから、どうしても同僚になりたいと思ったからじゃないよな?

確かにクリスマスイベントの時にお前が折本を見る目はそういう目だったが……」

「ええっ!?」

「何だ折本、気付いてなかったのか?」

 

 かおりはその言葉にこくこくと頷いた。

そして八幡は玉縄の顔を見たが、その顔は真っ赤に染まっていた。

 

「え、まじか……採用に関しては、冷たいようだがうちでは絶対に無理だ、諦めろ。

うちの基準はお前が想像する以上に厳しいんだ、

この折本は、実はその狭き門を潜り抜けた強者なんだぞ、

だからまあ、今日は最後にその思いの丈を折本に伝えてそれで引き下がってくれ。

その結果については俺は何も保障はしないがな、後はお前の意思に任せるさ」

 

 そう言って八幡は、入り口ホールにいた者を全員退去させた。

そしてその場に残されたのは、かおりと玉縄と、

遠くでガードマンの役目の代わりをする八幡だけとなった。

そして玉縄がかおりに何か伝え、かおりは八幡に手招きした。

 

「…………何だ?」

「いいからこっちこっち」

 

 そしてかおりは八幡にそっと寄り添うと、玉縄に頭を下げた。

 

「玉縄君の気持ちは嬉しいんだけど、私にはもうどうしようもなく好きな人がいるの、

だからその気持ちに応える事は出来ません、ごめんなさい」

「そ、そうか……今日は仕事の邪魔をして悪かったね、さようならかおり君」

「うん、さよなら……」

 

 そしてかおりは玉縄を見送り、同じように八幡も無言で玉縄を見送った。

 

「おい、お前の好きな奴って俺の事じゃないだろ?何で俺を呼んだんだよ」

「…………あ、やっぱり分かっちゃった?でも勘違いするのは向こうの勝手だよね?」

 

 かおりは少し間を開けた後にそう言った。

 

「まあいいや、研修最終日がこんな事になっちまったが、まさかやめるとか言わないよな?」

「うん、もちろんやめないよ、だってここで働くのは楽しいんだもん」

「そうか、それじゃあ俺は行くぞ、最後までしっかりな」

「うん、助けてくれてありがとうね、またね、比企谷……いえ、次期社長」

「おう、またな」

 

 その八幡の後姿に向け、かおりは小さい声でこう呟いた。

 

「勘違い?そんな訳無いじゃない、もう、モテるくせにこういう事には鈍感なんだから……」

 

 その姿を、薔薇とクルスがこっそりと物陰から見つめていた。

そしてクルスは薔薇に言った。

 

「小猫室長、あれって絶対そういう事ですよね」

「そうね、今日はあんたと南と飲みにいくつもりだったけど、あの子も誘う事にしましょう」

「分かりました、お供します。でも私はともかく小猫室長は明日の戦いを控えてるんで、

今日は絶対に飲みすぎないようにして下さいね」

 

 こうして第一回社長がモテすぎてむかつく乙女の会の開催が決まった。

この会はいずれ規模を大きくし、社内で一大勢力を築く事になる。

 

 

 

 そして薔薇とクルスと再合流した八幡は、久しぶりに南と言葉を交わし、

後は三人だけでという事でソレイユ本社を後にした。

明日はいよいよ戦争最終日、決戦の時である。



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第355話 戦争終結~那須シノイチ

ついにこの戦争も終わりとなります。

2018/06/17 句読点や細かい部分を修正


「今日が最終日だが、目的の大半はもう達成済だといえる。

もうおかしな噂はほとんど消え、街では源氏軍を讃える声が大勢を占めている状況だ。

だがここまで来たからには必ず勝つぞ!源氏軍、配置に就け!」

 

 戦いの序盤はひたすら待ちの体制から始まった。

いつ平家軍が来襲するのか誰にも分からない。そしてこの日だけは特別に、

報道旗を掲げたMMOトゥデイのメンバーがあちこちでこの戦いの様子を撮影しており、

その映像は普通に街のモニターで流されていた。

 

「どっちが勝つんだろうな」

「そりゃ源氏軍だろ、地の利もあるしな」

「でも平家軍も昨日一矢報いたじゃないか」

「神のみぞ知るって奴か」

 

 源氏軍はシャナを中央に配置し、その周辺をG女連の選抜メンバーが守っていた。

シノンもそこにおり、他のメンバーは各所に散っていた。

ちなみに銃士Xも、特等席で観戦出来るようにとこの場にいた。

そして今はミサキがシャナの周辺を警護していた。

 

「ミサキさん、その格好は……」

「これが私の戦闘服ですのよ、シャナ様」

 

 シャナが呆れるほどミサキの格好は露出が多く、際どい部分が多かった。

この場にいるシノンと銃士Xも大概だが、ミサキの格好は露出の桁が違う。

シャナはそれ以上何も言えず、無難な言葉を口にするに留まった。

 

「ミサキさん、今のうちに休んでおいて下さいね」

「あらシャナ様、こういう時は女の方が実はタフですのよ」

「ああ、まあそう聞きますね」

「近寄ってくる敵は私が果てさせておきますので、シャナ様はどんと構えてて下さいな」

「は、はい」

 

(この人が言うと別の意味に聞こえるんだよな……

それに何か今日はいつもよりもミサキさんの俺を見る目が熱っぽいような……

まるであの日の理事長みたいに……)

 

 これには実は理由があった。昨日の夜遅く、家に帰った美咲に、

珍しく起きていた娘の杏が話し掛けてきたのだ。

ちなみに杏は美咲がまだ十台の時に産んだ子の為、杏は美咲の事をちゃん付けで呼んでいた。

 

 

 

「美咲ちゃん、今日凄く面白い事があったの」

「そうなの?どんな話?」

「実はクルスが、ソレイユの社長にいきなり路上で面接されてさ」

 

(ソレイユの社長は確か、雪ノ下陽乃さんだったかしら、

型破りって評判だけど、本当にそうなのね)

 

「へぇ、面白い社長さんね」

「うん、でももっと衝撃的だったのはこの人かな」

 

 そう言って杏は一枚の名刺を美咲に見せてきた。

 

「これは?」

「その人、私と同い年の学生らしいんだけど、実はソレイユの次期社長なんだってさ」

「へぇ、そうなのね」

 

(まさか噂ばかりで真実かどうかも分からなかったソレイユの次期社長の話が、

ここで出てくるとはね……比企谷八幡君ね……覚えておきましょう)

 

「あ、美咲ちゃん、その事は誰にも内緒ね、彼に嫌われたくないの」

 

 そう言われた美咲は、即座にその情報を自分の脳内に固く封印する事にした。

昔から美咲は杏に寂しい思いをさせてきた事を自覚しており、

杏との約束は絶対に守る事を心がけていた。

それは美咲にとっては、何よりも優先される重要事項なのであった。

 

「分かったわ、誰にも言わない。で、杏はその彼の事が好きになったの?」

「う~ん、彼ってクルスの思い人だから、好きになっちゃいけない人だと思うの。

でも絶対に嫌われたくないって思う程度には好きだよ、将来性抜群だし格好いいしね」

 

 そう言って杏は、にへらっと笑った。

 

「そういえば私、クルスちゃんの顔って見た事が無いのよね、美少女なんでしょ?」

「うん、クルスは凄くかわいいよ、私もああいう顔と体型に生まれたかったなぁ」

「あなたはまだまだこれからよ、この私の娘なんですからね、

胸もまだまだ大きくなるし、少し年をとってからの方が色気も出てモテると思うわよ」

「確かにこの年でもまだ胸が大きくなってるのは確かだけどさ、

私はクルスみたいに今モテたいの!あ、あと雪乃みたいに!」

「雪乃?誰?」

「今日出来た新しい友達」

「そうそれは良かったわね」

「うん!」

 

 そして杏は今日撮ったらしい一枚の写真を見せてきた。

 

「ほらこれが雪乃、美人でしょ?」

「あら本当、凄い美人さんね」

「しかも雪乃はソレイユの社長の妹なんだよね」

「そうなのね」

 

(という事は、フルネームは雪ノ下雪乃さんって事ね、

まったくあそこの家は朱乃さんといい、どうしてこう美人ばかり産まれるのかしらね)

 

 ちなみに朱乃とは理事長の本名である。

 

「で、これがクルスだよ」

 

 その写真を見た美咲は、心臓が止まりそうになった。

その顔は、どこからどう見ても銃士Xと同じ顔だったからだ。

 

(いや、でもまさかよね、ゲーム内とリアルで顔が同じになるなんて……

GGOのキャラ生成はランダムだし……)

 

 そう考えた美咲に、杏は特大の爆弾を落とした。

 

「前からクルスは絶対にソレイユに入社して社長を支えるって公言してたんだけど、

どうやら何か銃で戦うゲームの中で、運良くその比企谷君と知り合って、

それで今回社長さんを紹介してもらえたんだって。

ずっと男を敬遠してきたクルスがその人にはもう傍から見てても恥ずかしいくらい甘えてて、

見てるこっちが恥ずかしくなっちゃったよ」

「銃で戦うゲーム……?」

「あ、そういえば美咲ちゃんもやってたよね、銃で戦うゲーム。

もしかしてクルスとどこかで会ってたりしてね」

「そ、そうね、もしかしたら会ってるかもしれないわね」

 

(というか銃で戦うゲームなんてGGOしか……

以前からソレイユに入ると公言していて今回たまたまソレイユの次期社長と知り合った?

それは多分順番が逆なのね、銃士Xであるクルスちゃんは、

何らかの手段で好きになったシャナ様がソレイユの次期社長だと知り、

ソレイユへの入社を志望していた、そしてシャナ様に気に入られて、

今回ソレイユ入りを果たした、うん、この方が辻褄が合うわ、これで全て繋がったわね、

つまりこの比企谷八幡という方が、シャナ様の正体なのね)

 

 そして美咲は、ノートPCを開いてGGO関連の動画を検索し、

ハチマンが銃士Xを守って三人を叩きのめす動画がアップされているのを発見した。

 

「これはあの時、銃士Xちゃんを連れてきた人……」

「ん、美咲ちゃん、銃士Xって誰?」

「あ、えっと、この人なんけど、クルスちゃんに似ていると思わない?」

 

 そしてひょいっとモニターを覗き込んだ杏は、銃士Xの顔を見て驚愕した。

 

「本当だ!これもしかしてクルスなのかな、このゲームって現実の顔と同じになるの?」

「ううん、完全にランダムよ」

「そっかぁ、じゃあ偶然かな、でも凄いなぁ、この人どこからどう見てもクルスじゃない」

「まあそういう事もあるのかもしれないわね」

 

(あの銃士Xちゃんが懐くなんて、シャナ様以外にはありえない、

という事はやはりあれもシャナ様……

ふふ、謎が多い男性ってどうしてこうも素敵に見えるのかしらね。

それにしてもこっちのシャナ様……凄い強さだわ、常識ではありえない。

もしかしてコンバート……?これは益々シャナ様に興味が沸いてきたわね……

自分の息子くらいの年の男にこんなに興奮させられるなんて、背徳的でいいわぁ……

銃士Xちゃんや杏には悪いけど何とか会えないかしら、そしてあわよくば既成事実を……)

 

 そう考えた美咲は、極度の興奮の為ぶるっと体を震わせた。

それをみた杏はニヤニヤしながら美咲に言った。

 

「美咲ちゃん、最近誰か気になる男でもいるの?何か女の顔になってるよ」

「もう、杏ったら大人をからかわないの」

「再婚するなら早く再婚しちゃってね、私は美咲ちゃんを応援してるからね」

「本当にもう、杏ったら……」

 

 

 

 といった事があり、現在に至っていると、まあそういう事なのである。

ミサキは一晩考えた末に、地道にシャナからの信頼を得ようと、

こうしてシャナの護衛に付いているという訳なのであった。

もちろん身を投げ出してシャナを庇うチャンスがあれば、絶対に逃さないつもりだった。

このくらいのしたたかさが無いと、銀座で大物相手のスナックの経営等は出来ないのである。

 

「シャナ様、ついに平家軍が姿を現しましたわ」

「やっと来ましたか」

 

 見ると地平線の彼方に、十台ほどのバスの姿が見えた。

今日はバスで移動しても危険は無いので、まるで修学旅行のように隊列を組んでいる。

そしてバスが吊り橋の前に停車すると、島からシャナの声が聞こえてきた。

 

「ゼクシード、いるか?そこにマイクがあるだろ、それを使って喋れるぞ」

「……いるぞ、何か話でもあるのか?」

「とりあえず吊り橋を渡って十メートル先に線を引いておいた。

吊り橋を渡ってる最中はこちらも何もしない、そちらの誰かがその線を越えたら開戦だ、

プラズマグレネードはこの戦いでは公式ルール通り禁止、それでいいな?ゼクシード」

「相変わらず甘いなシャナ、だがこちらも異論は無い、了解だ」

「それじゃあまた後でな」

「おう、また後でな」

 

 その会話が終わると同時に平家軍は続々と橋を渡り始めた。その数は三百人。

開戦当初から見ると、その兵力は実に七分の一まで減少していた。

 

「平家軍の奴ら、誰も後ろに回り込む気配が無いな」

「まさか全員で正面突破を?」

「それでもこっちは背後を無防備にする訳にはいかないからな、

正面の奴らには苦労を掛けるが、頑張ってもらうしかないか」

「背後はトラップも多めに仕掛けてありますし、多少の人員は回すべきですね」

「ですね、ミサキさん、各チームから人員を選抜して正面に回すように伝えて下さい」

「分かりましたわ」

 

 そして街では、当然ほとんどのプレイヤーがモニターにかじりついていた。

 

「おい聞いたか?いきなりガチンコらしいぞ」

「いいねいいね、ゲームの戦争はこうじゃなくちゃな」

「しばらくすれば変わった動きもあるだろうが、とりあえずは様子見だな」

「スタッフさん、いい絵をお願いします!」

「出来れば銃士Xちゃんのスカートの中をズームで!」

「お前は何を言ってるんだよ、ついでにミサキさんのスカートの中も是非!!」

「やっほー、シノンちゃんの生足だぜ!」

「はぁ、これだから平家軍の落ち武者共は……」

 

 そしてゼクシードは、シャナ陣営の動きが慌しくなったのを見て即座に突撃指示を出した。

 

「予想通り、敵はまだ体制が整っていないぞ、罠を排除しつつ突撃!」

 

 そして平家軍のプレイヤーは正面から攻撃を開始した。

最初の門に、平家軍から多数の手榴弾が投擲される。

同時に左右では、源氏軍の仕掛けたトラップが発動し、いくつもの爆発が起こっていた。

 

「ちっ、源氏軍の奴ら、いくつトラップを仕掛けてやがるんだ」

「次から次へと……ぐわっ」

「門内からの銃撃にも注意しろよ!」

 

 そしてシャナは、その様子を見ながらある事に気付いていた。

 

「おいシノン、旗持ちプレイヤーの姿がどこかに見えるか?」

「いないわね、まさか隠してる?」

「かもな、ゼクシードも色々考えてやがる」

「どうする?」

「バスの方を見てみてくれ、いるとしたら多分そっちだろ」

「分かったわ」

 

 そしてシノンは、スコープの倍率を最大にしてそちらを見た。

 

「いたわ、バスの陰に旗持ちプレイヤーが多数!」

「やはり多少戦力が減っても、旗持ちプレイヤーをピンポイントで狙われて、

一気に多数の戦力が減少するよりはいいって考えだな」

「狙撃にもギリギリの距離ね」

「おそらくカタログスペックの値を基準にして、安全な距離を算出したんだろうが……」

「そうじゃないとあんなギリギリの距離にはしないわよね、もっと遠くに逃がしておくはず」

 

 その会話の意味は、ミサキ達には分からなかった。

その意味は直後に判明する事となる。

そしてシャナは何か思いついたようにシノンにこう言った。

 

「そういえば源平合戦だと、那須与一が遠くの船の旗を射抜いてたよな、

まあ史実かどうか分からないが」

「……つまり?」

「二人で同時に撃てば、まあ二人は倒せるだろ、那須シノイチ」

「はいはい、私達の銃はイコマ君に射程を延ばしてもらってるから、

確かにあそこならギリギリ届くわね」

 

 その会話で、やっと意味が分かったミサキが二人にこう言った。

 

「カタログ通りに逃がしたのにギリギリって意味が分からなかったのですが、

そういう事だったんですね」

「うん、あそこは今の私達にとっては安全圏じゃないのよ、ミサキさん」

「なるほど」

「それじゃあ久々にやるか」

「ええ」

「なるべく大手のスコードロンのリーダーを狙うぞ」

「了解」

 

 そして二人はM82とヘカートIIを構え、その様子が街のモニターに映し出された。

 

「おいおい、射程を強化してあるらしいけど本当に届くのか?」

「余裕で有効射程距離を超えてるな」

「いくらあの二人でもなぁ……」

「当たるに決まってるだろ、シャナとシノンだぞ!」

「よし、賭けようぜ!」

「乗った!」

 

 こうして街中ではあちこちで賭けをする様子が見られた。

そしてシャナは、銃士Xにカウントを頼んだ。

 

「オーケーよ」

「こっちもオーケーだ、マックス、カウントファイブから」

「了解、ファイブ、フォー、スリー、トゥー、ワン、ファイア」

 

 そのロケットの発射時のような銃士Xの流暢な発音のカウントと共に、

二人の銃が大きな射撃音を上げた。

次の瞬間に遥か彼方のバスの横で二人のプレイヤーが光となって消え、

その場にいた者達はあわててバスを発車させ、もっと遠くへと移動を開始した。

それを見た観客達は驚愕し、熱狂した。

 

「凄え!当てやがった!」

「銃士Xちゃん、綺麗な発音だったなぁ……」

「はい賭け金徴収~!」

「くっそ、あいつら本物の化け物だな!」

「まああの二人なら当然だろ!」

 

 そして仕事を果たしたシャナとシノンは、特に熱狂するでもなく淡々と立ち上がった。

 

「残りは逃げたか」

「まあこうなるわよね」

「だが今ので二つのスコードロンのメンバーが全員リタイヤだ、十分だろ、那須シノイチ」

 

 再びそう呼ばれたシノンは慌ててシャナに抗議した。

 

「ちょっと、その呼び方が定着したらどうするのよ!

もしそうなったら責任とってもらいますからね!」

 

 そのシノンの言葉に、シャナはとても嫌そうに言った。

 

「え、やだよ、お前の言う責任って微妙にエロいし」

 

 シノンはその言葉に絶句した後、顔を真っ赤にしながら言った。

 

「なっ……ななな何言ってるのよ、そんな事無いわよ!謝罪と賠償を要求するわ!」

「え、やだよ、お前の謝罪と賠償は絶妙にエロいし」

「ちょっと、中継されてるのに変な事言わないでよね!」

 

 その二人の遣り取りを見て、観客達は様々な反応を見せた。

 

「あのクールなシノンがこうなるなんて、やっぱりシャナは凄え……」

「くそ、リア充爆発しろ!」

「リアルじゃないゲームだ」

「ゲム充爆発しろ!」

「くっそ、何て羨ましい……俺も女の子といつかあんな遣り取りがしてえ……」

「諦めろ、G女連もあそこにいるからな」

「シノンちゃんの狙撃体勢って何かエロいよな……」

「そこ、銃士Xちゃんをもっと下からのアングルで!」

「ミサキさんをもっと映せ!」

「黙れ変態ども!」

 

 そしてシャナは、スコープを覗き込みながらゼクシードの姿を探した。

 

「おいシノン、冗談はそれくらいにして、ゼクシードを探すのを手伝ってくれ」

「どっちが冗談を言ってるのよ!もう、もう!」

「いいからさっさと探せ」

「分かったわよ、後で覚えてなさいよ!」

 

 その言葉で我に返ったのか、他の者達も慌ててゼクシードを探し始めた。

これは仕方ないだろう、それだけ二人の狙撃は注目を集める物だったのだ。

そしてその場にいる者達は、口々に言った。

 

「どこにもいません、ゼクシードをロスト!」

「こっちにもいないわ、これはまずったわね」

「上手い事やりやがったなあいつ、

さてはユッコとハルカにでも街のモニターを見させてやがるな」

 

 そのシャナの言葉は正しかった。街にいるユッコとハルカは、

ゼクシードに二人が狙撃をする事を伝えており、

ゼクシードは自分が移動する事への隠れ蓑として、

その事を旗持ちプレイヤー達にわざと伝えなかったのだった。

 

「卑怯な……」

 

 思わずそう言ったミサキに、シャナはこう言った。

 

「いや、卑怯なんかじゃないさ、これも情報戦の一環って奴だな、

俺はむしろこの状況でも情報収集を怠らないあいつを評価するぞ」

「なるほど、そんなシャナ様も素敵ですわ」

「え、あ、はい」

 

 こうして戦いは、次の局面へと移行する。




明日は久々に衝撃的な話になるのだろうと思います。
そしてGGO編のラストパートに向けての大事な話となります。
第356話「戦争終結~闇風とシュピーゲル」お楽しみに!


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第356話 戦争終結~闇風とシュピーゲル

2018/06/17 句読点や細かい部分を修正


「ダインさん、ミサキさんから連絡が入りました、

どうやら敵は正面に戦力を集中させてるみたいで、

トラップの状況も踏まえてそっちに戦力を回して欲しいそうです!」

「そうか……正面にな。おいギンロウ、ここのトラップの具合はどうだ?」

「ここはかなり厚めにトラップを仕掛けてあるんで、一人か二人残せばいいっす」

「なるほど……」

 

 そしてダインは少し考え込んだ後、シュピーゲルを指名した。

 

「シュピーゲル、ここの守りをお前に任せる。理由は分かるな?」

「この中で僕が一番足が速いからですね」

「そうだ、敵がもしトラップにかかったら、即座に逃げて報告してくれ。

その場で報告すると、敵に倒されて報告出来ない可能性がゼロじゃないからな。

もちろんこれはお前を貶めている訳じゃなく、万が一を防ぐ為だからな」

「もちろん分かってますよ、戦争では何が起こるか分かりませんからね」

 

 そしてシュピーゲルをその場に残し、ダイン達は正面へと向かって走り出した。

 

「さて、信頼には応えないとな」

 

 シュピーゲルはそう呟くと、目を皿のようにして周囲の警戒を始めた。

そのシュピーゲルの耳に、後方から誰かが近付く音が聞こえてきた。

シュピーゲルは味方だろうとは思っていたが、一応そちらを警戒するように銃を構えた。

そんなシュピーゲルに、その人物が声を掛けてきた。

 

「俺だよシュピーゲル」

「闇風さん、どうしたんですか?」

「まあ足を生かした巡回活動って奴だな」

 

 どうやら闇風は、その足を生かして各方面をフォローしているらしい。

そしてシュピーゲルは、闇風を見て嬉しそうな顔をした。

それはそうだろう、自分の目指すスタイルの最高峰が目の前にいるのだ。

 

「他の奴らは正面に回ったのか?」

「はい、僕だけが居残りです」

「そうか、大変だな」

「いえ、僕は敵を発見し次第報告に走るだけなんで」

「まあそれが俺達の真骨頂だな」

「はい!」

 

 そしてシュピーゲルは、ふと闇風にこんな質問をした。

 

「闇風さん、僕に足りない物って何ですかね……」

「何か悩んでるのか?」

「はい、伸び悩んでるというか、まあそんな感じですね」

「そうか」

 

 そして闇風は、少し考えた後にこう言った。

 

「今度何も考えずに思いっきり走ってみろ」

「えっ?」

 

 そのシンプルな答えにきょとんとするシュピーゲルに、闇風は自分の意図を説明した。

 

「何となくだが、お前はまだ自分の限界を知らない気がするんだよ、

だからとにかく走って走って走りまくれ、そしてその速度域で自分に何が出来るのか考えろ、

俺に言えるのはそのくらいだな」

「なるほど……凄く参考になります!」

「おう、少しでも役にたてたなら良かったわ」

「このお礼は必ず!」

「だったら俺にかわいこちゃんを紹介してくれ」

「あ、あは……」

 

 そしてシュピーゲルは、俯きながらこう言った。

 

「自分の事も上手くいかないのに、さすがに人に女の子を紹介出来る余裕は無いですね……」

「ああ、そうか、まあ相手があのシャナだからな……」

 

 闇風は訳知り顔でそう言った。だが決して相手の女性の個人名を出そうとはしない、

それは闇風のシュピーゲルに対する心遣いだった。

シュピーゲルはそれを理解し、闇風に内心で感謝した。

 

「ですね、ハードルが高すぎますよ、僕にはとてもあんな事は出来ません」

「スケールが違いすぎるんだよなぁ」

「ですね」

「しかも別に女にモテようとしてやってるんじゃないんだよな……」

「ですね……」

 

 二人はそう言葉を交わして深いため息をついた。

二人はお互いまったく別の話をしているのだが、

どの話もスケールの点でいえば共通して大きいのは確かなので、

これはこれでしっかりと会話が成立しており、彼ら自身もその事を理解していた。

 

「俺は直接誰かがってのは無いけど、お前はきっとつらい時もあるんだろうな」

「まあそうですね……」

 

 そんなシュピーゲルの肩をぽんと叩き、闇風は何かを言いかけてピタリと止まった。

実はこの時闇風は、シュピーゲルにこう言うつもりだった。

 

『まあつらくても道は誤るなよ、必ずお前の進む先に光はある』

 

 もしその言葉をシュピーゲルが聞く事が出来ていたら、

あるいは未来は変わっていたかもしれない。

だがシュピーゲルがその言葉を聞く機会は永遠に失われた。

 

「どうしました?」

「今誰かの姿が見えた」

「どこですか?」

「あの辺りだ、とりあえず伏せて様子を伺おう」

「はい」

 

 そして二人は慎重に様子を伺い、ついにゼクシードの姿を発見した。

 

「おいおい、ゼクシードかよ……」

「いつの間にここに……」

「よし、俺はあいつを追う、気付かれないように通信機を切っておくからな、

お前はとりあえずここで監視を継続、俺から連絡が入ったら、直ぐにシャナに連絡してくれ」

「分かりました、お気を付けて」

 

 そして闇風はゼクシードを追った。実はゼクシードは先日の偵察の時、

シャナがいるはずの本陣へ安全に行けるルートを発見しており、

一発逆転を狙ってそのルートへと向かっていたのだった。

ゼクシードはいずれ平家軍の者達が全滅すると確信していた。

事実平家軍は、指揮官不在の為徐々にその数を減らしており、

遠くに避難している旗持ちプレイヤー以外全滅するのが時間の問題となっていた。

そもそも士気が多少高まったとはいえ、正面から砦を攻め落とそうなど土台無理な話なのだ。

力押しをするには兵力が最低二百人は追加で必要だった。

そしてゼクシードはとあるポイントへと到着した時、こう呟いた。

 

「よし、ここから一気にシャナの所へ……」

 

 闇風はその言葉を聞いた瞬間、砦の構造を思い出し、

確かにこのルートならシャナの所に行けると気が付いた。

 

「くそっ、見逃してたな、どうするか」

 

 その時うっかり足に力を入れてしまった為、運悪く闇風の足元の石が崩れ落ち、

ゼクシードは誰かがいる事に気が付いた。

 

「誰だ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間に闇風は、ゼクシードに攻撃を仕掛ける事を即決した。

もはやのんびりと通信している暇は無い。そして闇風は、無言でゼクシードに襲い掛かった。

 

「闇風か!」

 

 ゼクシードは相手が闇風だと気付くと、咄嗟に岩陰に身を潜めた。

ここは狭い岩場であり、闇風にとっては戦いにくい場所であった。

 

「ちっ、やっぱり奇襲は無理だったか」

「闇風、てめえ何でここにいる!」

「それはこっちのセリフだ、大将がいないせいで平家軍はもうボロボロだぜ?

で、お前はここから一人でこっそりとシャナの所に向かうつもりだったのか?」

 

 ゼクシードはその言葉で、自分の計画が闇風にバレた事を知った。

だがまだチャンスはあるかもしれない、自分に気付いたのが闇風だけだったら……

 

「ここで倒されたらユッコとハルカに申し訳が立たねえ、ここで絶対にお前を倒す」

「それはこっちのセリフだクソ野郎、銃士Xちゃんの仇は俺がとる!」

 

 こうして二人の戦いが始まった。激しい銃撃戦が繰り広げられ、

その音はシュピーゲルの下にも届いていた。

 

「戦いが始まった!?くっ、状況が分からない……」

 

 ここでシャナに連絡をとる手もあったのだが、その瞬間にシュピーゲルが撃たれた場合、

このポイントは敵に破られ、本陣に敵が殺到する可能性がある。

シュピーゲルはそう考え、本陣に走るべきかどうか迷った。

だがそうすると、本陣から援軍を出す事にもなりかねず、

正面が破られた場合にシャナが危険に晒される。

考えすぎかもしれないが、戦争は何が起こるか分からない、

そしてシュピーゲルが選んだのは、自分の持ち場を守りつつ、

二人の戦いの結末をしっかりと確認する事だった。

シュピーゲルは、戦闘音がやんだら確認の為に走るべく準備を整えた。

 

 

 

「くそ、さすがにいい装備を持ってやがる」

「装備だけだと思うなよ!」

 

 二人は激しくやりあっていたが、この戦いは闇風が不利だった。

地形的に闇風の速度が生かせないからである。

 

「まずいな、妙に相手の命中率がいい、こっちの攻撃もあっちの防御に防がれる、

ここは何とかシュピーゲルに連絡しておくか」

 

 そして闇風が通信機のスイッチを入れた瞬間に、ゼクシードが攻撃を仕掛けてきた。

 

「ちぃっ」

「くたばれ!」

「それはこっちのセリフだ!」

 

 

 

 待機状態のシュピーゲルについに闇風から通信が入り、

シュピーゲルは慌てて通信機のスイッチを入れた。

 

「闇風さん、闇風さん?」

 

『ちぃっ』

『くたばれ!』

『それはこっちのセリフだ!』

 

「これは……通信しようとして再び戦闘状態になった感じか?」

 

『はっ、AGIタイプごときの使う銃の攻撃なんざ、ほとんど効かねえよ』

 

 そのゼクシードの言葉が聞こえてきた瞬間、シュピーゲルは耳を疑った。

確かにゼクシードはSTRタイプだという噂もあったが、

自分でAGIタイプを賞賛していた以上、

AGIタイプに一定の評価をしていると思っていたからだ。

 

「な、何でそんな……」

 

『何だとコラ、てめえは自分でAGIタイプを持ち上げてたじゃねえか!』

 

「そ、そうだよ……」

 

『はぁ?そんなのBoBで自分が有利になるような工作に決まってるじゃねえかよ!』

 

「そんな、嘘だ!」

 

 その間にも絶えず銃声は響き、二人が喋りながらも激しく戦っているのが分かった。

 

『そういう事かよ、相変わらず小さな男だなお前は!』

『はっ、実際俺に負けそうじゃないかよ』

『お前の言葉に影響を受けてAGIタイプにした奴らだっていただろうに!』

 

 その言葉を聞いた瞬間、シュピーゲルはドキッとした。

 

「そうだよ、僕の選択は……」

 

『そんなの騙される奴が悪いんだよ、自己責任だ!』

 

「騙される奴が悪い、だと……敵だけど信じてたのに、信じてたのに、ゼクシード!」

 

 その瞬間にシュピーゲルの脳は灼熱した。

そしてシュピーゲルは、二人が戦っている場所へと走り出した。

 

「くそっ、闇風さん、無事でいて下さい!ゼクシードの野郎、絶対に殺してやる!」

 

 そしてシュピーゲルが現地に着いた時、丁度二人の戦いに決着がつこうとしていた。

ゼクシードの放った銃弾が、ついに闇風のHPを削りきり、闇風はどっとその場に倒れた。

 

「ちっ、手こずらせやがって」

「くそっ、勝てなかったか……」

 

 その姿を見て直ぐに飛び出そうとしたシュピーゲルに気が付いたのか、

闇風はシュピーゲルに首を振り、シュピーゲルは寸前で足を止めた。

そして闇風は、口に出してこう言った。

 

「AGIタイプは弱くなんかないよな」

「はっ、現に俺に負けてるじゃねえかよ」

 

 ゼクシードはそれが自分に向けて放たれた言葉だと思ってそう答えたが、

シュピーゲルは、それが自分に向けて放たれた言葉だとハッキリと理解した。

 

「ごめんな銃士Xちゃん、俺じゃ仇はとれなかったわ……後は頼むぜシャナ」

 

 次の瞬間に、闇風は光の粒子となって消滅した。

その最後の闇風の言葉で、シュピーゲルはシャナの所に行くように背中を押された気がした。

そしてシュピーゲルは、ゼクシードに気付かれないようにシャナの下へと走り出した。

 

「くそっ、ゼクシードめ、ゼクシードめ……」

 

 シュピーゲルは出来る事なら自分の手でゼクシードを倒したかったが、

尊敬する闇風の意思を実現する事を優先し、一心不乱にシャナの下へと走った。

その心の中は、ゼクシードへの憎悪に溢れていた。

こうして皮肉な事に、シュピーゲルを救える可能性があった唯一の存在である闇風が、

ある意味シュピーゲルの心の一部を壊す役割を果たす事となったのだった。

ちなみにこんな所にはさすがにMMOトゥデイのスタッフはおらず、

この戦いの様子が中継される事は無かった。

 

 

 

「シャナさん!」

「お、シュピーゲルか、何かあったのか?」

「闇風さんが、闇風さんが!」

 

 そしてシュピーゲルは、シャナに事情を説明した。

 

「闇風がゼクシードに?そうか、まあそういう事もあるか」

 

 

 

 その様子を中継で見ていた観客達は驚愕した。

 

「まじかよ、ゼクシードの奴いつの間に……」

「おいおい、俺見た事あるぜ、あのシャナの目、

あれは確かゼクシードにピトフーイが侮辱された時の……」

「どちらにしろただでは済まなそうだな」

 

 そして観客達は、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 

 

 

 一方シュピーゲルである。

 

「なっ、シャナさん、それ……」

 

 シュピーゲルはそのシャナのあっさりとした態度に憤りを覚え、

その現在の感情のままにシャナに詰め寄ろうとしたのだが、

そんなシュピーゲルを銃士Xが止め、その耳元でそっと囁いた。

 

「待ってシュピーゲルさん、シャナ様は今凄く怒ってる」

「えっ?」

「ほら、あの手を見て」

「あっ……」

 

 そう言われて見たシャナの手は、今にも血が出そうなくらい固く握り締められていた。

 

「そしてあの少し眠そうな目、あれはシャナ様が本気で腹を立てている時の目。

具体的にはロザリア様が誘拐された時と同じ目」

「なるほど……あっ」

 

 そしてシュピーゲルは、まだ言うべき事があったのを思い出し、

ハッキリと口に出してこう言った。

 

「闇風さんの最後の言葉です、

『ごめんな銃士Xちゃん、俺じゃ仇はとれなかったわ……後は頼むぜシャナ』だそうです!」

「そう……」

「そうか、分かった」

 

 そしてシャナは全軍に向けてこう指示を出した。

 

「もう大勢は決した、俺と銃士Xを残して総員正門前で総攻撃だ、ここの守りは不要!

後はシズの指揮に任せるが、奴らを殲滅した後はそのままバスにいる旗持ち共を全滅させろ。

闇風と、他の戦場に倒れた者の仇を取れ!九狼の輝光剣持ちはその武装の使用を許可する!」

 

 その言葉で闇風の死亡とシャナの怒りを知った一同は正門前に集結し、

シズカはその剣を初めて抜き、高々と空に掲げた。

 

「最初に総員の全力射撃で相手の戦意を奪う!直後に私達が斬り込む!

その後は全員突撃して奴らを血祭りにあげるよ!」

「「「「「「「「「「おう!」」」」」」」」」」

 

 

 

 その様子をモニターで見ていた観客達は、ついに決着の時が来た事を理解した。

 

「ついにこの戦争もクライマックスか」

「さすがにゼクシード一人じゃ何も出来ないよな」

「後はシャナとゼクシードのタイマンか?」

「何かドキドキするよな」

 

 

 

 そしてピトフーイとベンケイもその輝光剣を抜いた。

 

「そっか、ヤミヤミは倒されちゃったか、それじゃあ私がその分も敵を倒さないとね」

「斬って斬って斬りまくりますよ!」

「援護は任せてね」

「頑張ります」

「俺達がしっかりと守るから、思う存分やっちまえ!闇風の仇だ!」

 

 そんな二人にシノンとエムと薄塩たらこがそう言った。

 

「私達は迂回して正面にブラックとホワイトとニャン号を回しておくわ」

「絶対に逃がしませんよ」

「橋は逆方向から塞いでおくので確実に全滅させましょう。その後はバスを追撃ね」

 

 更にニャンゴローとイコマとロザリアがそう言い、こうして九狼は全員出撃していった。

 

「シャナ様、ご武運を」

 

 そう言ってミサキも同じく出撃していった。

ミサキは空気を読んだのか、さすがに今回は何もしなかった。

そしてその場には、シャナと銃士Xだけが残された。



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第357話 戦争終結~シャナとゼクシード

2018/06/17 句読点や細かい部分を修正


「シャナ様、ゼクシードをどうするの?」

「舞台は用意してやったんだ、あいつのお望み通り相手をしてやるさ」

「……シャナ様、どこを見てるの?」

 

 銃士Xは、シャナが自分の方を見ないでそう言った為、首を傾げながらシャナに尋ねた。

 

「ん?MMOトゥデイのスタッフさんだな、要するに俺は今、

この様子を街で見ているユッコとハルカに向かって言っているって事だ。

そうすればゼクシードにも伝わるだろ?」

「なるほど」

 

 街でいきなりシャナに名指しされた当の二人は、そのセリフを聞いて仰け反った。

 

「ちょ、ちょっとユッコ、いくらなんでもあいつ、化け物すぎるでしょう」

「多分推理の結果だとは思うけど、確かにちょっとね……」

 

 そして二人は、顔を見合わせながら苦笑した。

 

「まあいっか、どうせこの事は伝えるつもりだったしね」

「どっちが勝つかな?」

「そんなの決まってるじゃない」

「だ、だよね、もちろん我らが……」

「あいつでしょ」

「デスヨネ……」

 

 だが勝ち目がほぼ無くとも、伝えなくてはいけない事もある。

そして二人はゼクシードにこの事を伝え、事の成り行きを見守る事にした。

 

「そうか分かった。それなら堂々とあいつの前に姿を現す事にする。

どうせこの戦いは負けだし、俺の知名度が上がればもうそれでいい」

「清々しいくらい自分本位ですね」

「さっすがゼクシードさん、小物界の大物!」

「そんなに褒めるなって。それにしても今回の報酬は無しか……

二人には俺に惚れたばっかりに貧乏クジばかり引かせちまってすまん」

「「えっ?」」

「えっ?」

 

 そしてしばらくの沈黙の後、慌てたようにゼクシードが言った。

 

「す、すまん、ちょっと言ってみたかっただけだ」

「ですよね、ああびっくりした」

「いくらゼクシードさんでも、そんな訳の分からない勘違いをするはずがないですよね!」

「お、おう……当然だ」

 

 この時ゼクシードは少し涙目だったのだが、それは当然二人には分からなかった。

だが鋼のメンタルを誇るゼクシードは直ぐに立ち直り、張り切った口調で二人に言った。

 

「よし、それじゃあシャナの所に行ってくるわ」

「はい!」

「モニターで見てますからね!」

 

 そしてゼクシードは、自らの銃を背中のホルスターに収めて堂々と歩き始めた。

予告通り一切の抵抗は無く、ゼクシードはすんなりと本陣に入る事が出来た。

 

「お前は……」

 

 そんなゼクシードの前に、銃士Xが姿を見せた。

 

「こっち、シャナ様がお待ちかねよ」

「……分かった」

 

 ゼクシードは、既に失格して自分には絶対に手が出せない立場の銃士Xに素直に従った。

シャナが奇襲を掛けてくる事も無いだろうから問題は無いだろう。

ゼクシードはそう考え、周囲をきょろきょろしながらこう呟いた。

 

「本当に誰もいないんだな」

「その代わり、あなたの仲間達が今まさに全滅しようとしている」

「遅かれ早かれそうなったさ、そもそも最初から勝てる見込みの無い戦いだ」

 

 その言葉に銃士Xはきょとんとした。

 

「ならどうしてあなたは平家軍に参加したの?」

「そんなの決まってるだろ、平家軍じゃないとシャナと戦えねえからだ」

「そう、それは確かに真理」

 

 銃士Xは納得したような顔で言った。

そしてゼクシードは、遂にシャナの前に立つ事となった。

 

「よぉ」

「おう」

「さて、やるか」

「だな、俺は今回はこれを使う」

 

 そう言ってゼクシードが左手で取り出したのは、一振りの短剣だった。

 

「…………あ?」

「何だよ、何か文句でもあるのか?」

「いや、っていうかそもそもお前、短剣なんか使えるのか?」

「人並みにはな」

「まあ別に構わないが……俺は普通にこれを使うぞ」

 

 そう言ってシャナが取り出したのはグロックだった。

 

「別に構わないぞ」

「そうか」

 

 その様子を見ていた観客達は、当然のようにどよめいた。

 

「おいおい、いつもと逆じゃないかよ」

「ゼクシードが短剣?何の冗談だ?」

「この戦いはどうなっちまうんだよ……」

 

 そして観客達はゴクリと唾を飲み込み、場は奇妙な静寂に包まれた。

 

「よしマックス、カウントだ。ゼクシードもそれでいいな?」

「おう、好きにカウントしてくれ」

 

 その言葉を受け、銃士Xは右手を上げて手を開いた。

そして銃士Xは、指を一本づつ折りながらカウントを始めた。

 

「ファイブ、フォー、スリー、トゥー、ワン……」

 

 そのカウントがワンになった瞬間、ゼクシードは空いた右手を腰の後ろに回し、

銃を抜いていきなりシャナに向けて発砲した。

 

「甘えよ!」

 

 次の瞬間に水色の閃光が走り、ゼクシードの放った弾丸は二つに分かれ、

シャナの左右の後方へと飛んでいった。

 

「なっ……」

 

 ゼクシードは次弾を放つ事も忘れ、その場に立ち尽くした。

 

 

 

 それを見ていた街の者達も呆然とした。

そして何が起こったのかやっと脳が理解したのか、その場は驚愕に包まれた。

 

「お、おい今……」

「一発だけだけど弾丸を斬ったのか!?」

「確かにバレットラインが見えれば一発くらいは可能かもしれないけどよ……」

「本物の化け物かよ!」

 

 だがこのプレイヤー達は知らない、世の中には更なる化け物が存在する事を。

彼らがそれを知るのはもう少し先の事である。

 

 

 

「卑怯者」

 

 銃士Xが冷たい声でゼクシードにそう言い放った。

だがシャナは笑顔で銃士Xにこう話し掛けた。

 

「いやいやマックス、俺もこいつもカウント0で勝負開始だなんて一言も言ってないからな。

俺はカウントするように言っただけだし、こいつも好きにカウントしろと言っただけだ」

「でも……」

「形振り構わず勝利を掴みにくるこいつのこういう所、『嫌いじゃないぜ』」

 

 シャナは闇風の真似をしてそう言った。

 

「まあゼクシードの銃がフルオートやセミオート射撃が出来ない事は、

さっき闇風からの通信を受けて知ってたからな、こうなる事が分かってれば、

一発だけなら何とでもなるさ」

「納得、さすがシャナ様、そして闇風えらい」

「何だよそのグロックは!」

 

 ゼクシードは我に返り、シャナにそう言った。

 

「これか?これはシノンに借りたものだな。

どうだこの刀身、あいつの髪の色とそっくりで綺麗な色だろ?」

「そんな事は聞いてねえ!何でわざわざ他人の装備を借りてんだって聞いてるんだよ!」

「だってお前、俺がアハトXを使ったら勝負にならないじゃないかよ」

「なっ……いいからそっちを使え!俺と全力で戦えっつってんだよ!」

「別に今だって全力だっつ~の」

 

 そしてシャナはグロックをしまい、アハトXを左右の手で構えた。

 

「ほれ、いつでもいいぞ」

「くそっ、なめやがって……」

 

 そしてゼクシードは雄たけびを上げながらシャナに連続して銃弾を放った。

シャナはアハトXを合体させ、扇風機のようにクルクル回しながらその攻撃を防いだ。

 

「何だよそれ……あ、くそっ、もう弾が……」

「弾切れか?それじゃあ遠慮なく……」

「なっ、は、速っ……」

 

 そしてシャナは瞬発力だけでゼクシードの下に跳躍し、ゼクシードの胴を一刀両断にした。

 

「ほれ終了だ、闇風、マックス、仇はとったからな」

「くっそ、勝てねえ……」

「まあ負ける気は無いが、何度でも付き合ってやるぞ。

ただし下らない噂が発端の今回の騒動みたいなのはもう勘弁だぞ」

「ちっ、分かってるよ」

 

 そしてゼクシードは光の粒子となって消滅した。

その瞬間に、ゲーム全体にファンファーレと共にアナウンスが流れた。

 

『源平合戦は、源氏軍の勝利となりました。源平合戦は、源氏軍の勝利となりました』

 

 シャナとゼクシードのあまりにもあっけない戦いに拍子抜けしていた者達も、

このアナウンスを聞いてテンションが上がったのか、

あちこちで大歓声が上がり、街は大騒ぎとなった。

 

「うおおおお、源氏軍!源氏軍!」

「やっぱり女のいる方が勝つ事になってるんだな……」

「四十倍の兵力を全滅させるとかまじかよ!」

「さすがは俺達のシャナだぜ!」

 

 その当のシャナは、銃士Xに膝枕をされ、ダウンしている真っ最中だった。

 

「悪いなマックス、はぁ、もうこんなきついイベントは二度とごめんだぞ……

色々考えすぎて脳が沸騰しそうだわ」

「シャナ様は頑張った!しばらく戦いから離れてのんびりして下さい!」

「おう、遠慮なくそうさせてもらうわ……」

 

 そして敵を全滅させた源氏軍の面々がシャナの下へと駆け付けた。

銃士Xはシズカの姿を見付けると、そちらに手を振りながら言った。

 

「シズカ様、ピンチヒッターの役目は果たしました、交代お願いします!

シャナ様がグロッキーです!」

「えっ?大丈夫なの?」

「ちょっと色々溜まってた疲労が出ただけだ、気にするな」

「う、うん、それじゃあとりあえず代わるね、銃士Xちゃん」

「正妻様も、私の事はマックスとお呼び下さい」

「あ、うん、分かった、これからも宜しくね、マックスちゃん」

「はい!」

 

 そして源氏軍の者達は、シャナの下に集まってかわるがわる声を掛けた。

 

「おうシャナ、本当にお疲れ!」

「ダインか、今回は本当にありがとな」

「シャナさん大丈夫ですか?ゆっくり休んで下さいね」

「シュピーゲル、闇風の仇はとったぞ」

「ははっ、さすがのシャナも今回ばかりはダウンか」

「うるせえたらこ、そう思ったら俺の足でも揉め」

「あら、それなら私が……」

「い、いやミサキさん、冗談ですから大丈夫です、大丈夫ですから!」

「お前もやはり人間だったのか、最近人間じゃないんじゃないかと思い始めていたが……」

「先生……」

 

 そして他の者達にも律儀に声を掛けたシャナは、

最後にその様子を撮影していたMMOトゥデイの者を呼んだ。

 

「いやぁ、実にいいものを見せてもらいました、

僕達に放送を任せてくれてありがとうございます、シャナさん」

「シンカーさん自らわざわざすみませんね」

 

 実はその場でカメラを回していたのはシンカー本人であった。

 

「また何かイベントを企画するならいつでも声を掛けて下さいね」

「ははっ、もうしばらくは何も無いと思いますよ、さすがに疲れましたしね」

 

 こうして長いようで短かった源平合戦は幕を閉じた。

源氏軍に所属した者達は、他のプレイヤーから一目置かれるようになり、

平家軍の者達は、愚か者の烙印を背負う事となった。

噂は完全に払拭され、当分は嫉妬以上の感情がシャナに向けられる事は無いだろう。

 

 

 

 ユッコとハルカは、今回の結果について話をしていた。

 

「結局こうなるのよね」

「まあ仕方ないよユッコ、今回は私も心情的にはあっちが勝って良かったと思うもの」

「まあそうだよね、それじゃあとりあえずゼクシードさんを労いにいこっか」

「うん、卑怯な手を使った上に負けちゃったんだし、盛大にへこんでるだろうしね」

「あはははは、ゼクシードさんの株はもうストップ安だね」

「まあ今までと何も変わらないよ、それでもとりあえずうちの稼ぎ頭なんだし、

まだまだ頑張ってもらわないとね」

 

 

 

 そして闇風は……

 

「お~いお~い、シャナ~!皆~!」

「や、闇風さん!僕は……僕は……」

「俺の意思を尊重してシャナに報せてくれたんだな、ありがとな、シュピーゲル」

「はい!」

 

 そう明るい声で闇風に返事をしつつも、

シュピーゲルの心に生まれたゼクシードへの憎悪は確実に根付いていた。

そしてシャナはぶっきらぼうな態度で闇風に言った。

 

「……おい闇風、お前何でここにいるの?」

「死んで直ぐに街を飛び出してここまで走ってきたぜ!」

「まじかよ、元気だな……」

「そういうお前は随分疲れてるみたいだな、お疲れ!」

「うるさい黙れ、大声が頭に響く」

「わ、悪い」

 

 そんな闇風に、シャナに膝枕をしているシズカが言った。

 

「大丈夫だよ闇風さん、こう見えてシャナは照れてるだけだから」

「おいシズカ……」

「そうなのか!ははっ、そんなツンデレなシャナも……」

 

 そしてその場にいた源氏軍の者達は、声を合わせて一斉に言った。

 

「「「「「「「「「「嫌いじゃないぜ!」」」」」」」」」」

 

 そしてそのままこの日は各自で解散という事になり、

源氏軍の者達は、ハンヴィーに分乗して街へと帰還を開始した。

そして闇風は、シャナと共にブラックに乗り込む栄誉を与えられた。

他に乗り込むのは最初の犠牲者であるロザリアと、シズカであった。

そしてシャナが、唐突に闇風にこう質問した。

 

「なぁ闇風、お前明るく振舞ってたけど、

本当はゼクシードに負けたのが悔しくて仕方ないんだろ?」

「……やっぱ分かるか?」

「まあな」

「正直多少の地形的不利があってもいけると思ってたんだけどな、

ちょっと調子に乗ってたかもしれん」

「まあドンマイだな、今度改めてまた挑めばいいさ」

「はぁ、最近はバイトの面接も落ちるし、あの馬鹿にも負けるし踏んだり蹴ったりだわ……」

 

 闇風は落ち込んだ声でそう言った。

 

「バイト?」

「おう、さすがに最近ゲームのしすぎで手持ちがちょっと……な」

「そうか、それなら俺がバイトを紹介してやろうか?」

「え、まじで?多少時給が安くてもいいからお願いしたい!」

「時給は三千円だな、まあ長い時間は出来ないが」

「まじかよ!おいシャナ足を出せ、俺がなめて綺麗にするから!」

「お前な……」

 

 そしてシャナはロザリアに指示を出した。

 

「という訳でロザリア、いいサンプルが手に入ったぞ、存分にこき使ってやれ」

「分かりました」

「えっ?えっ?どういう事?あー!そういえば戦争開始の時、

ロザリアちゃんはシャナの部下だって……」

「ええ、まあそういう事よ」

 

 闇風はその言葉に納得したような顔をした。

 

「なるほどなるほど、それならシャナ、たらこの奴も誘っていいか?

あいつもこの前バイトの面接に落ちたらしいんだよ」

「ほう?ロザリア、いけるか?」

「優秀なプレイヤーの手はいくらでも必要なので問題無いわよ」

「そうか、よしオーケーだ」

「やったぜ!よしシャナ、たらこにも足をなめさせていいぞ!」

「お前な……」

 

 こうしていくつか問題も残ったが、シャナ達は平和な日常へと復帰する事となった。



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第358話 二人のアルバイト

2018/06/17 句読点や細かい部分を修正


 その日、闇風と薄塩たらこはソレイユ前で待ち合わせをしていた。

ロザリアに場所をそう指定されたからだ。

そして今、ソレイユ前には二人が少し離れた状態で別々に立っている。

それも当然だろう、二人はお互いの顔も名前も連絡先も知らないのだ。

二人はもしかしたらと思いつつも、お互い声を掛けられずに悶々としていた。

そして闇風が先に軽いジャブを放った。

 

「ロザリアちゃんはどこかな~……」

 

 それを聞いた薄塩たらこはビクッとし、誰に言うでもなくこう呟いた。

 

「シャナの紹介で来てみたけど……」

 

 そして二人は顔を見合わせ、どちらからともなくこう言った。

 

「闇風か?」

「たらこ?」

 

 そして二人は頷き合い、ほっとしたような顔でお互い歩み寄った。

 

「おお、まじで良かったわ、

俺一人の時にロザリアちゃんが来たらどうしようってちょっと不安だったんだよな」

「お、分かる分かる、いかにもキャリアウーマンっぽい人が来たら、

何も話せなくなりそうでちょっと怖いよな」

「だよな!俺だけじゃ無かったか、やっぱりそうだよな!」

 

 そして二人はお互い自己紹介をした。

 

「俺は闇風こと山田風太だ、宜しく!」

「薄塩たらここと長崎大善だ、こちらこそ宜しくな、ヤミヤミ」

「お前はピトフーイかっつ~の!」

「あはははは、あいつは本当におかしな奴だよな」

 

 二人はゲーム内でもよく一緒に行動していた為、

最初から十年来の知り合いのように打ち解けた様子で話す事が出来た。

 

「しかしロザリアちゃん、薔薇ちゃんって言うらしいけど、どんな人なんだろうな」

「きっと知的な感じのキャリアウーマンに違いないだろ!」

「薔薇ちゃんってお淑やかで可憐だけど芯は強いってイメージだよな」

「おう、絶対にあんな感じの派手で胸の大きい美人さんな訳が無いよな」

 

 丁度ソレイユ本社からそんな感じの女性が男性連れで出てきた為、

二人はそう言って笑い合った。そしてそろそろ待ち合わせの時間なので、

二人はソレイユ本社に背を向け、道の方をきょろきょろと見回し始めた。

ちなみにどこでバイトをするか、どんな仕事をするかは二人はまったく聞いていなかった。

シャナとロザリアを信頼し、その事にはまったく興味を持っていなかったのだ。

時給だけが二人にとって大事な要素であり、他の事はまったく大事では無かったようだ。

そして二人の背後で、こんな男性の声が聞こえた。

 

「お、多分あれですね、ロザリア様」

「……様、様ね……」

「ロザリア様?」

「……ねぇ、違和感が半端ないんだけど」

「何を仰っているのか僕には分かりかねます」

「…………僕とか…………」

「ささ、もう時間ですよ、早く声を掛けましょう」

「……そうね」

 

 直後にその男女は風太と大善の後ろで止まり、女性が二人に声を掛けてきた。

 

「失礼、そちらのお二人は闇風さんとたらこさん?」

「えっ?」

「ま、まさか……」

 

 そして二人は声を合わせて言った。

 

「「薔薇ちゃん!?」」

「ええ、私が薔薇よ。こちらは私の部下の……え~っと田中一郎君よ」

「田中です、宜しくお願いしますね」

 

 そのスーツ姿の青年は爽やかな笑顔でそう言った。

二人はその青年を見ていかにもモテそうな野郎だなと思い、内心で歯噛みした。

 

「あ、私の事はロザリアでいいわよ、そっちの方が慣れてるでしょう?

さて、それじゃあ行きましょうか」

「は、はい、今日は宜しくお願いします」

「宜しくお願いします!」

 

 そう少し固い調子で答えた二人に、薔薇は気さくな感じで言った。

 

「そんなに固くならないで、いつも通りでいいわよ」

「そうか?まあ努力はするけど……」

「ロザリアちゃんみたいな美人の前でいつも通りなんて俺達にはハードルが高いんだけど、

まあでも何とか頑張って普通に喋ってみるよ」

「えっ?」

 

 その言葉に薔薇はきょとんとした顔をした。

 

「美人?私が?ああ、そんな事を言ってもらったのは久しぶりだわ……」

「え、そうなのか?」

「さすがのシャナだって、リアルでロザリアちゃんを見たらそう言うんじゃないの?」

「いや、あの人は別に……私程度はシャナの周りにはごろごろしてるし……」

 

 そう言って薔薇は、恨めしそうな目で何故か田中の方をじっと見つめた。

 

「えっ、まじか……」

「さすがはシャナというべきか……」

「さあロザリア様、時間が押してるので急がないと」

 

 その時田中が少し慌てた様子で薔薇に言った為、薔薇はハッとした顔で二人に言った。

 

「そ、そうだったわね、さあ行きましょう」

「了解!」

「さあバイトだバイト!」

 

 そして薔薇はくるりときびすを返し、ソレイユの本社ビルの方へと向かった。

それを見た二人は顔を見合わせた。

 

「あ、あれ、ロザリアちゃんそっちなの?」

「あ!そういえばさっきロザリアちゃんと田中さん、ソレイユから出てきたよな?」

「ええそうよ、私はソレイユの社員だもの」

「えっ?」

「まじかよ……時給が高い訳だわ……」

 

 二人は納得したような顔をし、薔薇と田中の後に続いた。

そして入り口ホールに入った瞬間、二人の目に若い美人の女性の姿が映った。

それは四月になり、晴れてソレイユで働き始めたかおりだった。

かおりは四人に気付くと薔薇に向かって頭を下げ、次に田中に声を掛けてきた。

 

「……えっと、確か田中さん、ちょっといい?」

「あ、はい」

 

 そして田中はかおりに近付いた後にこう言った。

 

「おい、確かとか付けんな」

「ごめんごめん、ソレイユ各フロアの植木の管理と納入の件、千佳がオーケーだって。

むしろ大きな仕事を回してもらって凄い感謝してたよ」

「お、そうか、それじゃあ後は関連部署に連絡しておいてくれ」

「うん分かった、後、千佳が今度また一緒に遊びに行こうって」

「そうか、それじゃあ今度また四人で飯でも食いに行くとするか」

「うん、楽しみにしとくね」

 

 その会話を聞きながら、風太と大善はヒソヒソと小声で会話をしていた。

 

「おい見たかたらこ、あれがモテる男のスキルだぞ」

「今サラッと飯に誘ったよな、相手も喜んでオーケーしてたし」

「むしろその前に、相手から誘われてたような……」

「あの子絶対田中さんの事が好きだよな……」

「さすがはソレイユの社員だな、俺には逆立ちしても真似出来ねえ……」

 

 そして田中が頭を下げながらこちらに戻ってきた。

 

「すみません、お待たせしました」

「それじゃ行きましょうか」

 

 そして二人はエレベーターで上の階へと案内された。

エレベーターを出ると、そこにはVRマシンが並んでおり、

さすがはソレイユだと二人は感心した。

 

「おお、凄えな!」

「こういうのわくわくするよな!」

 

 丁度その時、前から一人の女性がこちらに歩いてきた。

その女性もとても美人であり、二人はこの会社には美人しかいないのかと驚いた。

その女性を見た薔薇はこう言った。

 

「あ、社長」

「えっ!?」

「し、社長?」

 

 二人はその薔薇の言葉を聞いて慌てて頭を下げた。

田中も同じように頭を下げ、その女性はこちらに近付いてきて薔薇に声を掛けた。

 

「あら薔薇ちゃん、そちらが新しいバイト君?」

「はい、山田さんと長崎さんです。二人とも、こちらはうちの社長の雪ノ下陽乃さんよ」

「山田です、宜しくお願いします」

「長崎です、宜しくお願いします」

「そう、頑張ってね二人とも」

「「はい!」」

 

 陽乃はとても魅力的な笑顔でそう言い、二人は陽乃の胸の大きさも相まって、

これは頑張らねばと改めて思った。

そして陽乃は先ほどの受付嬢と同じように田中に声を掛けた。

 

「田中君、だっけ、後で社長室に来て私の肩と腰を胸をもんでくれない?

どうも疲れがたまってるみたいでね」

「……社長、お戯れが過ぎますよ、僕には荷が重過ぎます」

 

 それを聞いた陽乃は堪えきれずにプッと噴き出しながら薔薇に言った。

 

「僕!?僕だってよ薔薇」

「……田中君の一人称はいつも僕ですよね?」

 

 薔薇が何故か焦ったようにそうフォローをし、陽乃も慌ててそれに頷いた。

 

「あ、そうだったわね、うんうん」

 

 ちなみにこの時、田中が陽乃と薔薇の足を連続して踏んでいた事に、

風太と大善は気が付かなかった。

 

「それじゃあ私は行くわね、二人とも頑張って」

「「はい、頑張ります!」」

 

 そして陽乃は去っていき、二人はそのまま開発室へと案内された。

 

「それじゃあちょっと待っててね」

 

 そう言って薔薇は一度外へと出ていった。残された二人は、何となく田中に話し掛けた。

 

「田中さんって社長にまでモテるんですね」

「あ、いや、あの人はいつもああなんで……」

「美人ばっかりの職場だし、羨ましいっす!」

「確かにここは美人が多いですね」

 

 そう言って田中は少し離れた所にある何かの機械の方を見た。

そこから丁度大人しそうな少女が出てきてじっとこちらを見つめた。

それは闇風と薄塩たらこが来ると聞いて野次馬根性を出し、

家にいたままでも構わないのにわざわざソレイユまでバイトに訪れた詩乃だった。

ちなみに風太と大善も次回からは自宅でバイトが可能になる予定なので、

この日を逃すと二人の姿を見れる機会はほぼ皆無と言えよう。

そして詩乃は、面白そうな顔をして三人の方に近付いてきた。

 

「田中さん、そちらの二人が?」

「ええ、そうですよ」

「そう、闇風さんとたらこさんね」

 

 その言葉に二人はギョッとした。

 

「えっと、誰?」

「当ててみたら?」

 

 そう定番の質問を投げかけられた二人は、この少女が誰なのか必死に考え始めた。

 

「えっと……常識がありそうだしピトじゃないよな……」

「あら、ピトにチクっておこうかしら」

「じ、冗談だって、ニャ、ニャンゴロー……さん?」

「さすがのあの喋り方は私には無理ね、残念、外れよ」

 

 その喋り方という言葉を聞いて、風太はハッとした。

 

「この喋り方には聞き覚えが……このガサツな感じ、まさかな……

でも見た目とイメージが一致しないが……」

「ちょっと、誰がガサツだって言うのよ、殴るわよ」

「うわ、まさかのシノンか!」

「え、まじかよ、でもそう言われると、その暴力的なイメージは確かに……」

「誰が暴力的なのよ!」

 

 そう言って詩乃は田中を小突いた。

 

「何で僕に……」

「ぷっ、僕、僕だって……」

 

 詩乃は何故かその田中の言葉に噴き出した後、

田中にじろっと睨まれて慌てて笑うのをやめ、二人に向かって改めて挨拶をした。

 

「別に本名じゃなくていいわよね、私はシノン、宜しくね二人とも」

「おう、俺が闇風だ、宜しくな、先輩」

「俺がたらこな」

「まあ会うのは今日が最初で最後になりそうだけど、教えられる事は教えるから」

「済まないな……って最後?」

「ああ、聞いてないんだ」

 

 詩乃はそう言いながらチラッと田中の方を見た。そして田中が二人に説明を始めた。

 

「実はこのバイトは、アミュスフィアがあれば自宅で出来るんですよ」

「ああ!」

「なるほど!いいバイトを紹介してもらって、シャナには本当に頭が上がらないぜ……

もう本当に足をなめてもいいな!」

「だな!」

 

 その言葉に何故か田中が何かに耐えるような表情をしたが、

二人はそれには気付かなかった。

 

「お待たせ、それじゃあ二人には、この二台のアミュスフィアを使ってもらおうかしら」

 

 その時丁度薔薇が戻ってきてそう言った。

見るとその機械の中には、寝心地の良さそうなベッドとアミュスフィアが設置されていた。

 

「よし、頑張ろうぜたらこ」

「おう」

 

 こうして二人の初めてのソレイユでのバイトが始まった。




ここに来て田中という新キャラが!?


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第359話 嵐の変態

タイトルで誰が出るのか分かってしまうのがさすがというか……

2018/06/17 句読点や細かい部分を修正


「いや何か、動きの限界を搾り出すって結構きついんだな」

「だな、まあ逆に自分にもこんな動きが出来るのかってちょっと驚いたぜ」

 

 風太と大善の二人は休憩室でそんな会話を交わしていた。そしてそこに詩乃も加わった。

 

「闇風さんたらこさん、調子はどう?」

「おう、凄い楽しいぜ」

「しかしまさかシノンがいるとはなぁ」

「普段は家でやってるんだけど、ついつい興味本位でね。

ここだと飲み物は自由だし交通費も出るし、

たまに友達とかシャナもいるからそれはそれで楽しいんだけど」

 

 詩乃はそう言って頬を赤らめた。とても分かり易い。

 

「そういやシャナは?」

「あ、えっと……い、いないのかな」

「そうか、シャナに会いたかったんだけどなぁ」

「まあたまに家じゃなくここで働けばいつか会えるだろ」

 

 その会話を聞きながら、詩乃はちらっと田中の方を見て、あっと声を上げた。

田中は一般の女子社員達に囲まれ、何か会話をしているようだった。

 

「おおう、田中さんはやっぱモテるんだな」

「そ、そうね」

「いいなぁ、俺にも一人分けてくれないかなぁ」

 

 そして二人が見守る中、その女子社員達は薔薇に追い払われて、笑顔で散っていった。

 

「おお、薔薇さん強えな!」

「でも他の人、皆笑ってたぜ、いい雰囲気の職場だよな」

「うん、それはそう思う」

 

 薔薇は田中に何か言い、田中はそれに何か返事をした。

その瞬間に薔薇がまごまごしながら顔を赤くした。

 

「あっれ、薔薇ちゃんはシャナにベタ惚れだと思ってたけど、

田中さん相手でもあんな顔をするのか」

「あ~……あれは多分下の名前で呼ばれたのね」

「えっ、二人はそんなに親しいのか?」

「親しいというかいじられてるというか……」

 

 その詩乃の言葉に、二人は俄然薔薇の本名に興味が沸いてきた。

 

「な、なあシノン、ロザリアちゃんの下の名前って?」

「バイトが終わった後にでも聞いてみれば?私が言うのもアレだし」

「そ、そうだな、ちょっと楽しみだな!」

「だな!」

 

 そして三人は再びバイトに戻り、そして次の休憩時間が訪れた。

 

「休憩の回数が多いんだな」

「まあ適度に水分補給をしないといけないしね」

「まあそうだよな」

「あっ」

 

 そして詩乃が再び何かに気付いたようにそう声を上げた。

見ると田中の横に黒髪の美しい女性が二人立っており、

二人はそのうちの一人に見覚えがあった。

 

「うお……あの子、銃士Xちゃんにそっくりじゃね?」

「まるでゲームの中から飛び出してきたみたいだな」

 

 その二人の声が聞こえた訳ではないだろうが、

田中がその二人を連れてこちらに歩いてきた。

 

「闇風さん、たらこさん、こちらはえっと……」

「闇風、たらこ、来たんだ」

「ここでバイトを始めたのね、闇風さん、たらこさん」

「えっ?」

「お、俺達の事知ってんの?」

 

 その言葉に二人の女性は顔を見合わせた。

 

「えっと……田中さん、どうすれば?」

「お二人の好きにすればいいと思いますよ」

「どうする?」

「まあ普通でいいんじゃないかしら?」

「了解」

 

 そして風太と大善に、二人は順番に自己紹介をした。

 

「私は銃士X、理解?」

「ええええええええええ?」

「まじかよ……そんな事がありえるのか?」

「あ!確かに前、リアルでも同じ顔だって言ってたような……」

「ああ、言ってたな!でも確かその時何か……」

 

 そして二人は視線を下に落とし、銃士Xの胸を見た。

その瞬間に二人はどっと肩を落とした。

 

「くそう、シャナの奴羨ましすぎるぜ……」

「まじかよ、古き言い伝えは本物だったのか……」

「あなた達、そろそろ私も自己紹介をしてもいいかしら?」

 

 そんな二人の態度を見て、もう一人の女性がイラっとしたようにそう言った為、

二人は慌ててそちらに向き直った。

 

「す、すみません!」

「つ、つい……」

 

 二人がそう頭を下げ、その女性も頭を切り替えたのか、笑顔で二人に言った。

 

「初めまして、私はニャンゴローよ」

「…………え?」

「…………はい?」

 

 二人は目の前の女性とニャンゴローの姿がまったく結びつかず、しばし固まった。

それも当然だろう、ニャンゴローの見た目はこれぞギャルといった感じで、

その喋り方と相まって、間違っても目の前のこのお淑やかそうな美人とは結びつかない。

むしろシズカですと言われた方がしっくりくる。

 

「えっと……本当に?」

「ええ、私がニャンゴローよ」

「え、演技上手いっすね……」

「そうかしら、まああれは元ネタもあるし、そんなに大変ではないのだけれど」

「あなたはあの元のキャラを愛しすぎです、ニャンゴローさん」

 

 その田中の言葉に、雪乃はぷくっと頬を膨らませながら言った。

 

「べ、別にいいじゃない、好きなものは好きなのよ」

「いや、まあいいんですけどね」

 

 そこに更に二人の女性が姿を現した。

 

「田中く~ん!」

「田中さ~ん!」

「あ、残り二人も来たみたいですね」

 

 その言葉に二人はそちらの方を向いた。そこにはタイプの違う美人と、

少し幼い気配を残している美人がおり、二人は笑顔でこちらに向かって歩いてきた。

 

「あ、さすがにこれは分かるぞ、シズカとベンケイだ!」

「だな、どう見てもあの変態じゃないしな!」

 

 そう言う二人に、明日奈と小町はにこやかに挨拶をした。

 

「正解!私がシズカです、宜しくね、闇風さんたらこさん」

「私はベンケイです、宜しくお願いしますねお二人とも!」

 

 実は四人はこれから遊びに行くらしく、

闇風と薄塩たらこの姿を見るついでにここを待ち合わせ場所にしたようだ。

これは八幡が、クルスを遊びに誘ってやってくれと頼んだからだった。

クルスはリアルでの友達が少なく、それを心配した八幡が、

せめて内輪だけでもと思って明日奈に頼み、今回それが実現したという訳なのだった。

ちなみに杏と詩乃も後で合流する事になっている。

 

「それじゃあ後の事は宜しくお願いしますね」

「うん、任せといて!」

「田中様、ありがとう」

「僕ごとき一社員にそんな敬称を付けなくてもいいですからね」

「あ、はい、分かりました」

 

 その遣り取りの何が面白かったのか、女性陣は一斉に噴き出したが、

田中にじろっと睨まれて慌てて取り繕ったような笑顔を見せた。

 

「私も後で合流するから待っててね」

「うんシノン、待ってるから!」

 

 そして四人は去っていき、残された三人は田中に話し掛けた。

 

「いいなぁ田中さん、毎日こんな感じ?」

「羨ましい……」

「まあ普段からこんな感じでモテモテよね、ねぇ?た・な・か・さん?」

「今のは別に僕がモテた訳じゃ……」

「くそっ、シャナは更にこの上をいくというのか!?この世の中は一体どうなってるんだ!」

「まああんた達も頑張りなさいよ」

「まあ俺達凡人には、何をどうすればいいかまったく分からないんだけどな……」

 

 丁度その時遠くから別の女性の声が聞こえ、田中はビクっとし、慌てて三人にこう言った。

 

「すみません、ちょっと用事を思い出しました!僕はこれで失礼します!」

「え、あ、はい」

「そうですか、それじゃあまた!」

 

 そんな田中を詩乃が呼びとめた。結果的にこれが田中の命取りになった。

 

「え?あ、ちょっと待ちなさいよ田中さん、いきなりどうしたの?」

「いや、本当にやばいんで……っていうか離せ!まずい、まずいって!」

 

 その田中の豹変っぷりに驚いた風太と大善の目の前を、

女性らしき影が風のように通り過ぎた。

そしてその女性は田中に圧し掛かり、そのまま田中を押し倒した。

 

「ぐふふふふ、捕まえた!」

「くっそ、まさかこのタイミングでお前がここに来るとは、

離せこら、うお、変な所に触るな!」

「ぐふふふふ、良いではないか良いではないか!

このまま公衆の面前で二人のあられもない姿を見せつけてやろうよ!」

 

 そう言ってその女性は、唇こそ田中に死守されて奪えなかったものの、

田中の首筋や耳に舌を這わせ、田中の全身をまさぐり始めた。

 

「て、てめえ、やめろっつってんだよ!」

「最近会えなくて欲求不満だったんだもん、これくらいいいじゃない!

入り口から中に入ったらシャナの匂いがしたからここまで走ってきたんだよ、シャナ!」

「「シャナ?????」」

「ちょ、ちょっとやめなさいピト、なんて羨ましい……じゃなかった、

シャナが困ってるでしょ!ほら離れなさい!」

「「ピト?????」」

「あっ……」

 

 その二人の言葉に田中は頭を抱え、詩乃はエルザを引き離そうとする手を止め、

しまったといった感じで顔に手を当てた。

 

「あれ、えっと、田中さんがシャナで、この変態がピト?え?え?」

「まあ確かにこの変態っぷりはピトに間違い無さそうだが……え、あれ?田中さん?」

 

 その言葉で初めて二人に気付いたのか、エルザはきょとんとした顔で風太と大善を見た。

 

「ねえシノのん、このいかにも脇役っぽい二人は誰?」

「えっと、闇風さんとたらこさん」

 

 それでエルザは納得したのか、二人を見ながら言った。

 

「ああ、道理で童貞臭い気配がすると思った」

「ど、どどど童貞とは限んねーだろ!」

「そうだそうだ!素人童貞かもしれないだろ!」

「はいはい分かった分かった、それじゃあ今日のメインディッシュを……

そしてそのままシャナの赤ちゃんを我が身に……」

「ちょ、ちょっとピト、えっ、本当に?ま、まずい、それはまずいわよ!」

 

 そう言ってエルザは八幡のズボンに手を掛けた。

その瞬間にエルザの体にどこからか飛来した鞭が巻きついた。

 

「きゃっ、何このご褒美!?でも今は駄目ぇ!」

「そこまでよピト、その先は私の方が優先よ!」

「お前どさくさ紛れに何言ってんだよ!遅いんだよロザリア!」

「ご、ごめんなさい、後ろを歩いてたはずのこの子がいつの間にかいなくなってたから、

多分ここだと思って慌てて走ってきたんだけど……」

「はぁ、せっかくここまで上手くやってきたのに、全部バレちまった」

 

 そう言って八幡は、エルザの顔面にベアハッグをかけた。

 

「それもこれも全部お前のせいだな、ピト」

「ああん、シャナ、もっと!いい、凄くいいから!」

「うわ、手を舐めんな!この変態が!」

 

 そのエルザの痴態に風太と大善はドン引きしていた。

 

「こ、これがピト……?」

「聞きしに勝る変態だな……俺達じゃ付いていけねえ世界だ……」

 

 そして何とかエルザを引き剥がす事に成功した八幡は、

ポンポンと服の埃を払うと、少し離れた所に行ったあと再びこちらに引き返し、

爽やかな笑顔で二人に声を掛けた。

 

「よぉ、用事があって遅くなったわ、俺がシャナだ、宜しくな」

「いくら何でもそれは無理があるだろ!」

「そうだそうだ!田中さんを田中さんだと思ってた俺達の純情を返せ!」

 

 二人は即座に突っ込み、薔薇と詩乃も呆れた顔で言った。

 

「あんたね……」

「いや、それは無い、無いわ」

 

 ちなみに事情を知らないエルザは、

鞭で拘束されたまま地面に転がされてハァハァしていた。

 

「すまんすまん、ちょっと遊びが過ぎたか」

「本当の本当にシャナなんだよな?」

「おう、間違いないぞ」

「そ、そうか!会いたかったぜ!」

「俺もだ!」

 

 風太と大善は、ここまでの経緯はともかく八幡に会えた喜びを素直に表現した。

そしてバイトは今日はここまでという事になり、全員応接室へと移動する事となった。

ちなみにエルザは、簀巻きにされたままであったが八幡に抱っこしてもらい、

ご満悦の様子であった。久々に登場した変態は、どうやらその変態度を増しているようだ。

こうして遂に二人は正式に八幡との対面を果たした。



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第360話 これがそのCMよ

バイト編はここまでです!


「で、何でこいつがここにいるんだ?」

「もうシャナ、照れてるからってそんな、こいつだなんて、

この豚野郎とか呼んでくれてもいいんだよ?」

「黙れ変態!今は真面目な話をしてるんだよ!」

「はぁい」

 

 そのエルザは、八幡の腕を抱いてごろごろと八幡に甘えていた。

八幡もお手上げというようにそれを黙認し、詩乃もさりげなく逆側に陣取り、

微妙に八幡にくっつくような座り方をしていた。

ちなみに薔薇はいつエルザが暴走してもいいようにエルザの隣に座り、

その行動を逐一を監視していた。

 

「CM撮影だよ、シャナ」

「はぁ?CM?誰が?」

「私」

「何の?」

「ソレイユの」

「まじかよ……」

 

 その言葉に最初に反応したのは詩乃だった。

 

「えっ、本当の本当に?」

「うん、もちろんだよ、ほら私ってかわいいから!」

「あ、うん……別にそこは否定しないけどさ」

 

 変態の部分が問題なんだけどと言い掛け、詩乃はそれをぐっと我慢した。

次に反応したのは風太と大善だった。二人は当初から訝しく思っていたのか、

じっとエルザの顔を見ながら言った。

 

「さっきから思ってたんだけど、ピトの顔ってどこかで見た事があるんだよな」

「そうなんだよ、でも思い出せねえ……」

「お前らほれ、後ろ後ろ」

 

 八幡がそう指差した先には、神崎エルザのポスターが貼ってあった。

二人はそれを見てエルザに目を戻すと、焦った顔でもう一度ポスターを見て、

再びエルザに視線を戻した。

 

「ん~……なあたらこ、俺の目が悪くなったのかな、

何かこのド変態がとても眩しく見えるんだが……」

「おう、確かに眩しいよな……」

「え~?それって謎の白い光って奴?大丈夫、DVDもしくはブルーレイなら消えてるから」

「隠れてるからいい物だってあるんだがな」

「あ、それは俺も同意だ、気が合うな、闇風!」

「だよなたらこ、あれはあれでいいものだ!」

 

 そんな二人に、八幡は死刑宣告のように冷たい声で言った。

 

「お前らそこまでだ、いい加減に現実を見ろ」

「いや、でも……」

「お、おう……えっと、まじで?」

 

 そんな二人に八幡は淡々と事実を告げた。

 

「まじだ。こんな変態が、日本人の何割かに熱狂的に支持されている」

 

 その言葉にエルザはいつものようにこう答えた。

 

「やだもう、変態だなんて褒めすぎだってばぁ」

「お前のその芸風にはもう慣れたから俺には通用しないぞ、このド変態が」

「ああん、シャナ、もっとぉ……」

「はぁ、何でこんなのと知り合っちまったんだか……」

 

 エルザはその言葉には答えず、シャナの腕にすがり付いてビクンビクンしていた。

八幡はそれを困った顔で見つめていたが、不意に何かを思いついたのか、

エルザのあちこちをつんつんつつき始め、ついでに薔薇に言った。

 

「おいロザリア、お前もこいつをつつけ」

「別にいいけど……」

 

 そして二人はエルザのあちこちをつんつんし始めた。

 

「やっ、シャナ、ロザリアちゃん、今は駄目だって」

 

 それでも二人はやめず、エルザの二の腕や頬をつんつんし続けた。

そしてエルザは大きくビクッとしたかと思うと、そのまま大人しくなった。

 

「よし、ミッション・コンプリートだ、これで静かになった」

「い、今何が起こったんだ……?」

「やめておけ闇風、きっと俺達童貞には分からない世界なんだよ……」

 

 そしてちゃんと話が出来るような状態になった為、八幡が再び説明を開始した。

 

「お察しの通り、こいつはピトフーイにしてあの神崎エルザだ。

今は独立して、たまにうちからも仕事の依頼をしている。

今回のCMについては俺は知らなかったが、多分その一環だな」

「ちなみにALOのCMよ、パイロット版があるけど見てみる?」

「本当に?それ、見てみたいな」

「だな、この変態がどんな仕事をしているか興味はある」

「おお、まじかよ……まだ一般公開はしてないんだろ?」

「ALOの事は触りくらいしか知らないが、何かドキドキするな」

 

 そして薔薇は、その映像を部屋のモニターに映し出した。

 

『その日眠りについた私は、気が付くと妖精の国にいた』

 

 画面では、眠っているエルザの姿がいつの間にかケットシーの姿に変わり、

きょとんとしながらも飛び立つ姿が映っていた。

 

『それから私はこうして異世界の大空を飛んでいる』

 

 そのセリフと共に画面が変わり、エルザが歌っているのだろう神秘的な曲をバックに、

妖精達が舞う姿や戦う姿が映し出され、

最後に剣を携えながらこちらに背を向ける、エルザの姿が映し出された。

 

『私は今も、ここで君達を待っている』

 

 そして歌の終わりと共に、アルヴヘイム・オンラインの文字が浮かび上がり、

そのCMはそこで終わった。

 

「…………今のは本当にこいつだよな?」

「ええ、信じられないでしょうけどもちろんよ」

「まじかよ……」

 

 八幡は驚いた顔で、失神しているのであろうエルザの頬をつついた。

 

「むにゃ……シャナ、もっとぉ……」

 

 エルザが不意にそんな寝言を言い、八幡は慌ててその頬から指を離した。

 

「おお、変態のくせにいい仕事しやがる……」

「さすがは神崎エルザ、人気があるのも分かるぜ!」

 

 風太と大善もそう言い、当のエルザを複雑な目で見つめた。

詩乃は感動したように押し黙っており、薔薇はCMの出来に何か疑問でもあるのか、

しきりに首を傾げていた。

 

「何だ薔薇、どうかしたのか?」

「いえね、この出来なら十分だと思うんだけど、この上何をいじるのかと思って」

「それはねロザリアちゃん、種族を変えてあと二パターン撮影する為だよ!

微妙に細かい所も変えてね!」

 

 突然寝ていたはずのエルザが覚醒し、薔薇にそう言った。

きちんと薔薇の事をロザリアと呼んでいる辺り、ちゃんと空気を読んでいるのか、

その辺りにはまったく抜け目が無い。

 

「お前起きてたのか」

「ううん、夢の中で思う存分シャナにかわいがってもらったから、満足して起きたの」

「まあ夢の中ならお前の好きにすればいいさ」

 

 エルザはその言葉で夢であった事を思い出したのか、うっとりとした表情でこう言った。

 

「ああ、まさかシャナがいきなり私にあんな事をするなんて……」

「…………まあ夢の中ならお前の好きにすればいいさ」

「次は絶対にあんな格好でこんな事をしてもらおう」

「まあ夢の中ならお前の好きにすればいい……なんていつまでも言ってられるか!

お前はいい加減少しは自重しろ!」

「もう、さっきはあんなに激しかったのにシャナったらぁ」

「はぁ……まあこいつは本当にこういう奴なんだ、お前らもあんなCMに騙されるなよ」

 

 シャナはもうエルザを放置する事にしたらしく、風太と大善にそう言った。

二人は黙ってその言葉にこくこくと頷いた。

 

「しかしまさか田中さんがシャナだったなんてな」

「おう、いつネタバレするかタイミングをはかってたんだが、

まさかこんな事になるとはな」

「っていうかお前モテすぎだろ!普通じゃありえないぞ!」

「何か気が付いたらこうなってたんだよ……」

「ちなみに私とロザリアちゃんは、シャナの所有物だよ!」

「まあそうね、その通りよ」

 

 突然エルザがそんな事を言い出し、薔薇もそれを認めた。

 

「そ、それはエロい事も含めてですか……?」

 

 風太が搾り出すような声でそう言った。

 

「当然じゃない、でもこの人は絶対に私達には手出ししてこないんだけどね」

「だから基本、逆ラッキースケベを意図的に狙うしかないんだよ!」

「お前ら何を訳の分からない事を……」

「例えば急に眩暈がしてうっかり胸に触らせるとか」

「例えば偶然を装ってパンツを見せるとか!」

 

 その言葉に心当たりがある詩乃はビクッとした。

 

「…………シノのん、今ビクッてしなかった?」

 

 エルザはそれを見逃さず、すかさずそう詩乃に突っ込んだ。

この辺りはさすがとしか言えない。

詩乃はあらぬ方向を見ながら、何とかそれに対抗しようとした。

 

「べ、別に直接見られた訳じゃないし、私の場合はそれとは違うわ」

「ふ~ん、じゃあ洗濯物を見られたとかそういう事かぁ、

まあシノのんはお子様だから仕方ないね」

「なっ……」

 

 そのエルザの煽りに詩乃の対抗心が疼いた。そして詩乃はとんでもない事を言い出した。

 

「お、お子様じゃないわよ!私だって別にシャナが相手ならいつでもオーケーなんだから!」

「そう?じゃあ今ここで見せられる?」

「で、出来るわよ!」

 

 そして詩乃がいきなり立ち上がり、スカートの裾を握った所で八幡がそれを止めた。

 

「おいシノン、こいつの術中に嵌ってるぞ、とりあえず座れって」

「えっ?あっ……ピ、ピト、あんたねぇ……」

「チッ」

「今チッて言った!?まったくあんたはもう!」

「は~い反省してま~っす」

「全然反省してるように聞こえないわよ!」

 

 そんな会話を聞きながら、風太と大善は完全に打ちのめされていた。

 

「おい闇風、今のやりとりを見たか?」

「おう……俺なら完全にシノンがスカートをまくり上げるまで傍観してた所だぜ……」

「やっぱりこれが、モテるモテないの差なのかな……」

「かもしれん……」

 

 二人はそう言葉を交わし、これからはもう少し紳士的になろうと心に誓った。

だが二人は結局ゲーム内でロザリアやミサキの胸に視線を奪われたりしてしまい、

その誓いが果たされる事は無いのであった。

 

「さて、それじゃあ顔合わせも済んだ所で今日は解散とするか」

「だな!なんだかんだ楽しかったぜ!」

「もしあれならこの後どこかで飯とか食ってくか?」

「お、いいね、あ、でも……」

 

 そして大善は他の女性陣の顔をチラリと見た。

 

「私とこの子はこれから撮影ね」

「私はシズ達と約束があるし」

「って事は男だけか!それでもいいんだけどちょっと寂しいよな」

「それじゃあ誰かうちの女子社員を連れていけばいいんじゃないかしら?」

 

 その言葉に風太は飛びついた。

 

「え、まじで!?」

「うちの女子社員はほとんど彼氏がいないし、シャナが誘ったら喜ぶんじゃないかしら。

でもその場合、一つ問題があるのよね……」

「まじで?彼氏がいない人ばっかりなの?」

「で、問題って……何?」

「その彼氏がいない理由ってのが問題なのよ、分かる?」

 

 その言葉の意味を、二人は必死で考えた。

 

「えっと……出会いが無い?いや、あるよな……」

「何だろう、全然分からないぜロザリアちゃん」

「えっとね……この人のせいよ」

「はぁ?俺?」

 

 そう言って薔薇が八幡を指差し、八幡はそう首を傾げた。

 

「何で俺のせいなんだよ小猫」

「分からないの?うちの女子社員は、あんたに接する機会が本当に多いのよ?」

「それが何だよ」

「あっ……」

「俺、何となく分かっちまった……」

 

 薔薇は二人に頷きながら八幡に言った。

 

「おかげでうちの連中は皆、男を見る時にあんたを基準に考えてしまってるの、分かる?」

「え?俺を基準?何だよそれ、何でそうなるんだよ」

「そんなのあんたが若くて独身な上に、いかにも自分にもチャンスがあるかのように、

誰にでも優しいからに決まってるじゃない!」

「えっ?あ、いや、それは……」

「そんな環境で、私があんたに近寄ろうとする女子社員を牽制するのに、

どれだけ苦労してると思ってるのよ!前も言ったけど、たまには私を労いなさいよね!」

「お、おう……ありがとな」

 

 そんな八幡の肩を、風太と大善はぽんと叩いた。

 

「シャナも苦労してるんだな、よし、今日は男だけで飲みあかそうぜ!」

「だな!そうと決まったら早速行こうぜ!」

「お、おう、だな!」

 

 こうして八幡は、生まれて初めて男友達と一緒に飲みにいく事となった。

八幡はこの日、とても楽しかったらしく、三人は今後もちょくちょく飲みにいく事となった。

明日奈達はそれを暖かい目で黙認していた。八幡には同世代の仲の良い男友達が少なく、

これは八幡にとっていい事だと思っていたからだった。

 

「ところで小猫って何の事だ?」

「ああ、それはな……」

「ちょっと待ちなさいよ、その話題は……」

「じゃあな小猫、またな」

「あっ、こら!後で覚えてなさいよ!」

 

 三人がそう言って飲みに出た後、残された三人はこんな会話を交わしていた。

 

「はぁ、まったくあいつはもう……」

「薔薇さんドンマイ」

 

 そう詩乃に慰められる薔薇に、エルザがニタニタ笑いながら言った。

 

「薔薇ちゃんやったね、これで八幡を多少飲みに誘いやすくなったんじゃない?」

「な、何を言ってるのよエルザ、私は別にそんなよこしまな事は考えてないわよ」

「あれぇ?私よこしまなんて、一言も言ってないけど?」

「くっ……ああそうよ、これで送り狼になってくれる確率が少しは上がったかもなんて、

ちょっとは期待したりしてたわよ、悪い?」

「薔薇さん……」

 

 詩乃はその二人の遣り取りに、少し赤面しながらそう言った。

 

「ううん、私にもそのおこぼれがちょっとは欲しいなって」

 

 そしてエルザが、あっけらかんとそう言った。

 

「……仕方ないわね、私の方が先だからね」

「分かってるって、シノのんはどうする?」

「わ、私はお酒が飲める年じゃないし、そういうのはまだ早いっていうか……」

「別に八幡さえ酔ってれば、後はキットに送ってもらえばいいんじゃない?」

「あっ……」

 

 ちなみに残念ながら八幡はとてもお酒が強く、理性を失う事は無かった為、

多少スキンシップが増す事はあっても、こういった計画が成功する事は無かったのであった。



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第361話 二人のおうち

2018/06/17 句読点や細かい部分を修正


「さて、あいつらの様子でも見にいくか、約束したしな」

 

 戦争が終わって数日後、八幡は普段使っているナーヴギアではなくアミュスフィアを被り、

とあるVRのサーバーへとログインした。

そこには一軒の家が建っているだけであり、とても何かのゲームだとは思えなかったが、

八幡は何も気にする様子も無く、その家のチャイムを鳴らした。

 

「しかしこのチャイム、俺以外に使う奴なんていないんだよな……

アルゴも芸が細かい事をしやがる」

 

 八幡はそう呟きながら、家の住人が出てくるのを待った。

そして数秒後、家のドアがバタンと開き、中から二人の少女が姿を現した。

 

「八幡、久しぶり」

「わ~い八幡だ!」

 

 それはずっとこの環境で過ごしているアイとユウだった。

二人はとても嬉しそうに八幡を家に招き入れ、応接間に案内した。

 

「どうやら綺麗に使ってるみたいだな」

「まあ掃除とかもする必要は無いし、後は片付けをどうするかだけだしね」

「まあとにかくえらいぞ、アイ、ユウ」

 

 八幡はそう言いながら二人の頭を撫でた。

二人はやはり人恋しさもあるのだろう、とても嬉しそうに八幡に甘えていた。

 

「あ、ボクお茶を入れてくるね!」

「お、そんな事も出来るようになったのか、それじゃあ頼むわユウ」

「うん、任せて!」

 

 そして台所に向かうユウを見ながら、八幡はアイに話し掛けた。

 

「で、どうだ?ここの環境は」

「慣れてしまえばストレスもまったく無いわね、普通に生活しているのと何ら変わらないわ。

そうだ、面白い事があってね、食べ過ぎると普通お腹が痛くなったりするじゃない、

でもそういうのがここには無いから、

この前ユウが限界までケーキを食べてみるとか言い出してね」

「あいつらしいな」

 

 そう言って八幡は苦笑した。何をしても所詮データなのだからお金もかからない、

うるさくしても迷惑がる他人もいない、なので存分に楽しんでくれればいいと思いながらも、

八幡は気になっていた事を尋ねた。ここに来る予定の他の仲間達の姿はまだ無い。

全員分のメディキュボイドが完成してから一気に移動する予定だからだ。

 

「なあアイ、二人だけで寂しくないか?」

「寂しいわよ?だからもっと遊びに来てね。

何ならハーレム気分で泊まっていってくれてもいいのよ?」

「ただ泊まるだけなら別に構わないが、寝る前と起きた後にトイレに行かせてくれよな」

 

 そう言われたアイは、ため息をつきながら言った。

 

「もう、色気も何もあったものじゃないわね」

「お前は何を期待しているんだ……」

「ナニを期待しているのよ」

「おっさんかよ!」

 

 八幡は思わずそう突っ込んだ。

 

「言っておくけど、私達はもう十七になるのよ?

好きな人といちゃいちゃしたいと思うのも当然でしょ?」

「いや、まあそれはそうだが……」

「それにこの世界は、SAOに即したVR環境で構築されているわ、この意味が分かる?」

 

 その言葉に八幡はハッとした。

 

「……まさか」

「そう、そういう事が出来てしまうのよ。

だから八幡がこの世界で私達を美味しく頂いてしまっても、何の問題も無いのよ。

実際の体には何の影響も無いのだから」

「いや、まあそれはそうだが……やっぱりそういうのは良くないだろ」

 

 アイはその言葉に肩を竦めた。

 

「まああなたならそう言うと思ったわ。今のはほんの冗談。

ちなみに私達は、あなた以外の男にこの世界でこの体に触れさせるつもりは無いから、

その点は心配しなくてもいいわよ」

「へいへい、俺の心まで心配してくれてありがとさん」

「でもこれだけは覚えておいてね、もし私達が絶対に助からない状況になったら、

その時はこの世界で私達を抱いて頂戴。私達だって男を知らないまま死ぬのは嫌なの」

 

 その言葉に八幡は、こう返す事しか出来なかった。

 

「…………そんな事にならないように最大限努力はする」

「もう、分かってるわよ、でも約束はして欲しいわ、これはある意味私達の遺言なのだから」

「……分かった、約束する」

 

 その八幡の言葉に満足したのか、アイは態度を変え、にこやかな笑顔になった。

 

「さて、そろそろユウが戻ってくる頃かしらね、

ここだとお湯が沸くのも現実と同じ時間がかかるのよね、

それはそれで楽しいのだけれど、ショートカット機能を付けて欲しいわ」

「ははっ、そう伝えておくよ」

「まあ私からも言うけれど、一応お願いね」

 

 そう言いながらアイは、八幡の頬にキスをした。

 

「おい」

「ちょっとくらい前渡ししてもらってもいいじゃない、

また次に八幡が来てくれるまで寂しくないようにね」

「はぁ、お前は相変わらずだよな」

「そんな変わらない君が好き?」

「いい言い方に改変すんな、そもそも最初から別に嫌いじゃねえよ」

「まったく八幡はいつも素直じゃないわね」

「お前といると、どうしてもそっちのペースに乗せられちまうんだよな……はぁ」

 

 丁度その時ユウが戻ってきた。ユウはトレイに何か飲み物らしき物を乗せ、

それを両手で持ってえっちらおっちらと慎重にこちらに歩いてきた。

 

「おう、ありがとな、ユウ」

「どう致しまして!でもこれ、運ぶ時にどうしてもこぼれそうになるんだよね」

「それなら片手で持てばいい、ほら、よくウェイトレスとかがよくやってるだろ?」

「あ、確かに!」

「まあ暇な時にでも練習してみろ、覚えられる事は覚えておいて損は無いしな」

「うん、やってみる!」

 

 そして三人は、ユウの入れたお茶で一息ついた。

 

「おう、美味いぞユウ、腕を上げたな」

「っていうか、材料は無限にあるからさ、その気になればずっと練習出来るんだよね」

「まあそうだが、これは確かにお前の努力の結晶だ、えらいぞユウ」

「うん!」

 

 そしてユウは、もじもじしながら八幡に言った。

 

「そ、それじゃあ八幡、ご褒美にお姫様抱っこってのをして欲しいんだけど」

「おう、別に構わないが、急にどうしたんだ?」

「実はこの前、八幡が出てるっていう動画を見たんだけど、

そこで八幡が他の女の人にやってあげてたからさ」

「……どの動画だ?」

「今映すね、ちょっと待ってて」

 

 そして映し出されたのは、例のハチマンをGGOにコンバートさせた時の動画だった。

確かにその中では、ハチマンが銃士Xをお姫様抱っこしていた。

 

「これがよく俺だって分かったな」

「うん、教えてもらったの!」

「誰にだ?」

「この人、クルスさん」

「え、まじで?」

 

 ユウが指差したのは銃士Xだった為、八幡は本気で驚いた。

しかも銃士Xの事を本名で呼んでいるという事は……

 

「おいアイ、もしかしてここからソレイユに直で連絡出来たり連絡を受けたり出来るのか?」

「うん、出来るわよ、実際に目の前にいるような感じでね」

「……どういう事だ?」

「ちょっと待ってね……あ、今は大丈夫な時間みたい、ちょっと繋いでみるね」

 

 そしてアイが何か操作をすると、しばらくしてからそのコンソールのライトが点灯した。

 

「オーケーだって、それじゃあ繋ぐね」

「お、おう、頼むわ」

 

 八幡はよく分からなかったので、とりあえずアイにそう頼んだ。

そして部屋のソファーに、アルゴと薔薇とクルスの姿がいきなり投影された。

その姿は微妙に透明であり、実際にここにログインしている訳ではない事が分かった。

 

「おお?まじで?」

「お?その声はハー坊か、今日はそっちに行ってたんだナ」

「あら?八幡がいるのね」

「八幡様!」

 

 三人はそれで八幡に気付いたらしく、そう声を掛けてきた。

どうやらこちらの様子が鮮明に見えている訳では無いらしい。

 

「おい、これってどういう技術だ?」

「こっちからはそっちのシルエットしか見えてないんだが、

双方向でお互いの影を映してる感じだゾ」

「ほほう」

「そっちはVR内だから、相手が誰か判別出来るくらいには見えているんだロ?」

「おう、確かにな」

「こっちはそこまで資金を掛けられないから、簡単なシステムにしてあるんだぞ。

そちらの人物の影のみを投影してるんだが、まあそっちの人間が、

こっちの人間と実際に一緒におしゃべりしてる気分になれればいいかなってナ」

「そうか……二人の為にありがとな、アルゴ」

「どう致しましてだゾ」

 

 そしてアルゴは、八幡にこんな要求をしてきた。

 

「という訳で、とてもえらいオレっちに飴を寄越せ。具体的にはお姫様抱っこでいいゾ」

「え、何?お前らの間で今お姫様抱っこが流行ったりしてんの?」

「おう、クルクルのせいでな」

「クルクルってクルスの事だよな?ああ、そういう事か……」

 

 八幡はその説明で納得した。多分クルスが、内輪の間で例の動画を拡散しているのだろう。

 

「他人にオレの正体がバレないように気を付けるんだぞ、クルス」

「はい八幡様、もちろんです!」

「まあそれならいい。で、アルゴ、それじゃあ今度そっちに行った時にな。

お前なら小猫よりも軽いはずだから、問題無いだろ」

「オーケーだ、期待してるゾ」

 

 そして薔薇が、当然今の八幡の言葉に抗議してきた。

 

「なっ、ななな何をいきなり言い出すのよ!私はそんなに重くないわよ!」

「アルゴよりもか?」

「それは……重いけど」

「なら合ってるだろ」

 

 これは分が悪いと思ったのか、薔薇は話題を変えてきた。

 

「そ、そもそも私への飴はどうしたのよ!」

「そっちに関しては現在検討中だ、気長に待て」

「そ、それならいいけど……」

 

(まあもちろん何も考えてなかったけどな)

 

 八幡はそう心の中で舌を出し、とりあえずこの場を凌いだ。

 

「さて、システムの公開はこれくらいでいいかしらね、

ユウも私もこれから八幡にお姫様抱っこをしてもらわないといけないし」

「お前、さりげなく自分を数に入れやがったな……」

「何の事?よく分からないわ、とりあえずアルゴさん、また連絡しますね」

「おう、待ってるぞアイちゃン」

 

 そしてソレイユとの通信は切れ、約束通り八幡は二人をお姫様抱っこした。

 

「アイ、どう?今ボクはお姫様?」

「ふふっ、そうね、とってもお姫様してるわよ」

「やった!八幡、大好き!」

「喜んでもらえたようで何よりだよ」

 

「ユウ、どうかしら、今の私もお姫様みたいに見える?」

「うん見える見える、いいなぁ、ボクもそういうドレスを作っとけば良かったよ」

「ふふっ、頑張ってデザインするのね」

 

 一体どこで手に入れたのか、アイは今ドレスを着ていた。

 

「お前それ、どうしたんだ?」

「自分の着る服をデザイン出来る機能があるの。この時の為に事前に用意しておいたのよ」

「お前は相変わらず抜け目ないよな……ユウにも教えてやれば良かったのに」

「あら、何でも教えていてはユウが成長出来ないじゃない、

私は自分で気付かせるという教育方針でやっているのよ」

「まあそれもそうか、それじゃあユウ、次着た時の為に張り切ってデザインしてみろよ」

「うん、頑張るね!」

 

 そして再びソファーに腰掛けた八幡に、アイが言った。

 

「八幡、今日は時間は大丈夫?」

「おう、何時まででもいいぞ、寝ている俺にエロい事をしてこないと約束するなら、

本当に泊まってやってもいいくらいだな」

「本当に?それじゃあ一緒に行って欲しい所があるのだけれど」

「ん、どこにだ?」

 

 アイはその質問には答えず、逆に八幡にこう尋ねてきた。

 

「その前に、そのアバターはどのくらいの強さがあるの?」

「これはALOのハチマンのコピーらしいから、まあかなり強いかな」

「それなら大丈夫ね、こっちよ」

「お、おう」

 

 そして外に案内された八幡は、見慣れぬ小屋が建っているのを見付けた。

 

「あれか?」

「ええ、今開けるわね」

「おう」

 

 そしてアイが扉を開けると、そこにはどこかで見たような景色が広がっていた。

 

「こ、これはまさか、アインクラッドか?」

 

 八幡の目の前には、忘れようもないアインクラッド第一層の、

始まりの街の光景が広がっていた。こうして三人の冒険が始まる。



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第362話 アイとユウ、その実力

2018/06/17 句読点や細かい部分を修正


「おい、これは本物か?」

「ある意味本物だし、ある意味偽物ね」

「どういう事だ?」

「要するに、これはアインクラッドのマイナーチェンジバージョンなの。

街の機能も限定されているし、NPCもほとんどいないわ。外の敵は基本一緒だけど、

クエストの数もかなり絞られていて、今はこの層しか存在しないの」

「今は?」

 

 その言葉が引っかかった八幡は、アイにそう尋ねた。

 

「ええ、サーバーの関係で、二層ずつしかダウンロード出来ないようになってるの。

始まりの街だけはうちからの入り口があって固定だから、

もし三層を入れてもらったら二層には戻れない、

正確には入れなおしてもらわないと戻れない、なので極力下に戻らなくていいように、

アルゴさんが構成をいじってくれているみたい」

「そうか……そんな簡単な作業じゃないだろうに、アルゴ様々だな」

「うん、本当に感謝してる」

「そうだな、それじゃあ今度お前らの代わりに、

俺があいつを思いっきりお姫様抱っこしておいてやるよ」

「うん、お願いね」

 

 そして三人は始まりの街に降り立った。

 

「さて、これからどうするんだ?」

「街を案内して欲しいの」

「…………俺がSAOサバイバーだって誰かに聞いたのか?」

「うん、アルゴさんにね」

「そうか……で、それだけでいいのか?」

「ううん、今日はボスまで行きたいんだけど、とりあえずって感じね」

「そうか」

 

 そして三人は、一緒に街を歩き始めた。

 

「ねぇ、これって何の施設だったの?」

 

 そこには何の働きもしなくなったらしい剣士の碑があった。

名前も元のまま生命の碑となっていた。

 

「生命の碑か……」

 

 八幡は生命の碑を感慨深げに眺めながらそう呟いた。

 

「うん」

「これにはな、元々SAOに囚われたプレイヤー全員の名前が書いてあったんだ。

そしてそのプレイヤーが死ぬと、その名前に線が引かれる、ここはそういう場所だ」

「それじゃあこれは、要するにお墓……?」

「ああ、そんな感じだな」

 

 それを聞いたアイとユウは、目と目を合わせると、その碑に向かって手を合わせた。

八幡もそれを見て、碑に手を合わせた。

 

「よし、次に行くか」

「うん」

「だね!」

 

 そして次に三人が向かったのは黒鉄宮だった。

 

「ここは?」

「ここは黒鉄宮といってな、監獄と迷宮があった。監獄は、ハラスメントや重罪……

まあ人殺しだな、そういったプレイヤーを閉じ込めておく場所だ。

あの薔薇も、ゲーム終了時はここにいたんだぞ」

 

 その言葉に二人は本気で驚いた。

今の薔薇は、二人の主観だととても穏やかで優しい人だからだ。

 

「えっ、そうだったんだ?」

「おう、俺の仲間があいつをここに叩き込んだんだ。

で、俺はこの中に入って、更にあいつを叩きのめして知ってる情報を全部吐かせた」

「うわ……」

「でも今は一緒にいるんだね」

「おう、あいつは俺が拾ったからな、今じゃ俺の所有物みたいなもんだな」

 

 そんなハチマンをユウがからかった。

 

「八幡ってば、屈折してるう」

「そうかもな、まああいつの面倒は最後まで見るつもりだ」

「なるほど、私達みたいなものなのね」

「え?……あれ?そうなるのか?」

「ふふっ、責任重大ね」

「だな……」

 

 そして八幡は、次に迷宮の事を説明した。

 

「多分ここには存在しないと思うが、この迷宮はな、

プレイヤーが上の階へと進む度に広くなってたんだ。

なので気が付いたらかなり巨大な迷宮になってやがってな、

クリア直前に一度だけ奥まで行ったんだが、危うく死ぬ所だったわ」

「えっ、そんなに大変な所だったんだ」

「おう、その時の到達階層は七十五層でな、

その時出てきた敵は九十層クラスの敵だったんだよな」

「うわぁ、危なかったねぇ」

「おう、本当にやばかったな」

 

 そして三人は、再び移動を開始した。

 

「あっ、あれって教会?」

「SAOに教会って、何の為に存在するのかしらね……」

「さあな、まあ実際は、孤児院みたいに運営されてたな。

SAOは一応年齢制限があったんだが、そんなのは関係なく子供も何人かいてな、

そういった子供がここには集められてたんだわ。

その時その子供達の面倒を見てくれてた人が、今うちの母校で先生をやってるよ」

「そうなんだ!」

「優しい人なのね」

「だな、尊敬出来る人だと思う」

 

 そして八幡は、とある宿の前で足を止めた。

 

「どうしたの?」

「おう、ここな……」

 

 そして八幡はそのドアを開けた。どうやら宿としての機能は失われているようだが、

ベッド等の設備はあの頃のままになっていた。

 

「ここは?」

「ここは元々宿屋でな、このフロアで唯一風呂がある宿だったんだよ。牛乳も飲み放題でな」

「ああ、お風呂は大事ですものね」

「だね!」

「まあそれだけだ、街の内部はこのくらいか、それじゃあ外に出てみるか?」

 

 八幡の提案を受け、二人は頷いた。

 

「で、今の二人のレベルはどのくらいなんだ?」

「えっと、レベル二十くらいかな」

「うん、そのくらい」

「おう、俺がここをクリアした時はレベル十五くらいだったんだがな、

お前らよくそこまで上げたな」

「奥に強めの敵が出てくるダンジョンがあってさ、そこで上げたんだよね」

「ほうほう、そんな場所があったのか、それは俺も知らなかったな」

 

 そして八幡は、色々と気になる事を一つずつ確認していった。

 

「ソードスキルは……使えるな」

「えっ、何その動き、凄い」

「まあこれはもっと上の層で覚えるような技だからな」

「そうなんだ!」

 

 そして八幡は、二人にこう尋ねた。

 

「で、お前らの武器は何なんだ?」

「ボクはこれ」

「片手直剣か」

「私はこれよ」

「刀か、なるほどな」

 

 そして最後に八幡は、二人にこう尋ねた。

 

「で、二人とも、スイッチって知ってるか?」

「スイッチ?何それ?」

「スイッチ……これ?」

 

 そう言ってアイが指差したのは、自分の胸の先だった。

 

「お前の冗談は本当におやじっぽいよな……」

「あらやだ、試しに押してみてもいいのよ?」

「遠慮するよ、スイッチってのはな……」

 

 そして八幡は、スイッチの概念を二人に説明した。

 

「ああなるほど、回復の為のインターバルの事なのね」

「まあそういう事だ。これをスムーズに行えるかどうかが戦いでは大事になる」

「まあその辺りは大丈夫だと思うわ、だって私達、双子ですもの」

「うんうん、アイが何を考えてるか何となく分かるもんね」

「あら、じゃあ今私が何を考えているのか分かる?」

「うん!八幡は本当に私のスイッチを押してくれないのかしらねって考えてる!」

「正解よ」

「お前らそのネタをいつまでも引っ張るなよ……」

 

 そして八幡が実際にやらせてみた所、

二人は何の苦も無くスムーズにスイッチを行っていた為、

これなら大丈夫だと思った八幡は、そのまま一層のボスを目指す事にした。

 

「その前にとりあえずフィールドボスか、どうする?二人だけでやってみるか?」

「うん!」

「まあそのレベルだとかなり手ごわいと思うが、

いざとなったら俺が介入するから安心して挑戦してみろ」

「分かった!」

「その前にお前らのその武器をちょっと見せてくれ。俺も見た事が無い奴らしいんでな」

「そうなんだ!はい、それじゃあこれ」

「私もこれ」

 

 そして八幡は、慣れた手付きでコンソールを操作し、武器の性能を表示した。

 

「おっ、何だこれ、強化したアニールブレードよりも強いじゃないかよ」

「あ、そうなんだ!これもそのダンジョンで見付けたんだよね」

「この刀もか、これなら多分いけるな」

「本当に?良かった……」

「頑張った甲斐があったね、アイ」

「ええ、本当にね」

 

 そして二人は八幡が見守る中、フィールドボスへと挑んだ。

 

「おいおいまじかよ、ユウのあの動きはあの頃のキリトクラスだな、

そしてアイの足捌きは、熟練の技を感じさせる……どういう事だ?」

 

 そしてフィールドボスが二人に倒された後、八幡は勝利に喜ぶ二人の下へと向かった。

 

「やったよ八幡!」

「さあ、褒めていいのよ?」

「おう、凄いな二人とも、随分腕を上げたんだな」

 

 八幡は素直に二人を褒め、二人は得意げに胸を張った。

 

「えっへん!」

「ふふっ」

 

 八幡はそんな二人の頭を優しく撫でた。そして八幡にアイがこう言った。

 

「まあ種を明かせば、オートトレースシステムのせいね」

「オート……何だそれ?」

「うちの自宅にあるのよ、他の人の動きを強制的にトレースして、体に覚え込ませるの」

「ああ、そういう事か……まさにVRの真骨頂だな」

 

 八幡は、楓の手術の時の知盛の事を思い出しながらそう言った。

 

「そんな訳で、私達は基本だけはしっかりと体に叩き込んであるのよね」

「えへっ、まあそんな感じかな」

「そうか、それはとても大事な事だな」

 

(やれやれ、俺も将来はこいつらに負けるかもしれないな)

 

 そして三人は、そのまま第一層の迷宮区へと向かった。

 

「おお、最短ルートを体が覚えてるな……」

「ボスに向かってまっしぐら~!」

 

 そしてアイが、歩きながら八幡にこう尋ねてきた。

 

「そういえばここのボスは何なの?」

「確か、雑魚が沢山出現するコボルドだ、名前は忘れたな」

「へぇ~」

「まあ二人はボスの動きに注視していればいい、怪しい兆候を絶対に見逃すな」

「それはフリね?」

「さてどうだろうな」

 

 そんな三人の前に、ついにボスがその姿を現した。

 

「イルファング・ザ・コボルドロード?」

「そうそう、それだそれ」

「それじゃあ早速いきますか!」

「雑魚は俺が殲滅しておくから頑張れよ」

「うん!」

 

 そして二人はボスに戦いを挑んだ。またたく間にボスのHPが削り取られていく。

 

「おいおいまじかよ、レベルがあの頃より五つ高いと、こんなにも違うものなのか……」

 

 そう言いながら八幡は、忙しく取り巻きを葬り去っていった。

当然一撃なので、楽といえば楽なのであったが、削りが早いのでとにかく忙しい。

そしてついにその時が訪れた。ボスのHPがレッドゾーンに達し、その武器が変化した。

 

「ユウ、一旦下がって、ボスの武器が変わったわ」

「だね、了解了解」

 

 そしてアイは、一人でボスと対峙した。

 

「さて、どうするつもりなんだかな」

 

 ボスが刀を振り上げモーションを起こした瞬間、

アイはその胴を横なぎにし、後方へと走り抜けた。

 

「おお、速いな」

 

 ボスは攻撃対象が正面からいなくなった為、

モーションをキャンセルしてアイのいる方を向いた。

こう書くとボスのモーションを起こすスピードが遅いように感じてしまうかもしれないが、

実際はタイミングを完璧に予想していないと出来ない程、そのモーションのスピードは速い。

 

「まさかこのまま削りきっちまうのか?いや、ユウが行くな」

 

 そして八幡の言う通り、ユウがこちらに背中を向けたボスの背後から、

素早く単発のソードスキルを放つ。そしてユウは直ぐに離脱し、

二人は絶妙のタイミングで交互にボスに攻撃をする事により、ボスを完全に翻弄していた。

 

「これはまったく問題無いな、取り巻きも全滅したようだし後はのんびり観戦だな」

 

 そして八幡が見守る中、二人はそのままボスを削りきった。

 

「よっしゃあ!」

「楽勝ね」

「よしよし良くやったな。今のはアイが止めか?コート・オブ・ミッドナイトが出たよな?」

「えっと……あら本当」

 

 そしてアイは、そのコ-トを身に付けた。

 

「どう?似合う?」

「あれ、俺の知ってる見た目と違うな、これが男女差って奴か」

「あら、そうなの?」

「だが中々似合ってるな、いいんじゃないか?」

「ふむ……試しにユウも着てみて」

 

 そして今度はユウがそのコートを身に付けた。

 

「う~ん、何かしっくりこない……」

「それじゃあそのコートはアイが着た方がいいかもな」

「そう、それじゃあ遠慮なく」

 

 そして三人は二層への門をアクティベートし、そのまま街へと戻った。

 

「あ~、楽しかったね!」

「ええ、本当にね」

 

 そして家に戻った後、八幡はそのまま泊まる事にし、三人はそのまま川の字になって寝た。

そして次の日の帰り際に八幡はユウに言った。

 

「ユウ、今度は左手でも剣を操れるように練習しておけよ」

「左手、左手ね、うん、分かった!」

 

 ユウは何の疑問も持たずにその八幡の指示に頷いた。

 

「アイはすり足と、最低限右手一本で短時間でもいいから刀を扱えるようにしておいてくれ」

「なるほど、分かったわ」

 

 アイも何の疑問も持たずにその八幡の指示に頷いた。

そして二人は別れを惜しむように左右から八幡に抱き付き、

八幡はそんな二人の背中をぽんぽんと叩いた。

 

「それじゃあまた来るわ、それまで二人とも頑張れよ!」

「うん、またね八幡!」

「また来てね、八幡!」

 

 こうして八幡は二人の家を後にし、ログアウトしていったのだった。

後日八幡がアルゴをお姫様抱っこして、ソレイユ中の話題を掻っ攫ったのは言うまでもない



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第363話 小猫、倒れる

2018/06/17 句読点や細かい部分を修正


「比企谷く~ん!」

 

 ソレイユ内の受付近くで突然名前を呼ばれた八幡は、そちらに振り返った。

そこにはかおりと一緒に千佳がおり、千佳は嬉しそうに八幡に手を振っていた。

 

「お、仲町さん、来てたのか」

「うん、早速植木の配達にね!」

「数が多くて大変だろ?手伝おうか?…………折本が」

「え?手伝うの私?何それマジウケ……おっと、つい昔の癖が」

 

 八幡はそんなかおりの言葉に昔を思い出し、少し懐かしい気分になった。

そして今との違いに気付き、こんな質問をした。

 

「そういや折本は、昔はそういう喋り方だったよな。

それに一人称もあたしじゃなかったか?いつ頃からそうなったんだ?」

「大学に行った辺りから徐々にかな、もうすぐ社会人なんだからってね」

「なるほどな」

「かおりも変わったよね、あ、比企谷君、こっちの手伝いは、

臨時でバイトを雇ってるから大丈夫だよ。大変なのは最初だけだしね!」

「そうか、何かあったらいつでも言ってくれ」

「うん、ありがとう!」

 

 そして八幡はエレベーターで上に向かい、千佳はかおりにこう言った。

 

「それにしても今回の件は本当に驚いたよ」

「あ……ごめん、いきなりすぎた?」

「ううん、むしろうちみたいな一介の町の花屋がソレイユから仕事を受けていいのかなって、

あまりの幸運に夢じゃないかと思ったくらいだよ」

 

 千佳はやや興奮ぎみにそう言い、かおりもうんうんと頷いた。

 

「比企谷様々だね」

「うん、本当に感謝してるよ!でもこうなってみると、

高校の時の自分の男を見る目の無さが凄く情けなくなるよ」

「あ、それある……本当にあの頃の私達ってダメダメだったよね……」

「これからはその分反省して今後はもっと他人の内面も見ないとね」

「まあ今の比企谷は困った事に内面だけじゃないんだけどね」

「色々と大変ですなぁかおりさんや」

「まあ楽しくやらせていただいてますよ、千佳さんや」

 

 そして二人は顔を見合わせてプッと噴き出した後、

手を振って別れを告げ、それぞれの仕事に戻った。

 

 

 

「ふう、ここで最後っと」

 

 千佳は特にトラブルも無く、予定の場所全てに植木を設置した。

 

「後は最終チェックかな、確認したら後は一定期間ごとのメンテナンスか、

知り合いに会える機会も多くて楽しいし、この仕事、本当にもらえて良かった、ふふっ」

 

 そして千佳は軽い足取りで配置表を元にチェックを始めた。

そんな千佳が色々なデモが行われているイベントルームに来た時の事だ、

千佳はそこで見慣れた物を見て少し驚いた。それは海浜総合高校の制服だった。

 

「うわ、懐かしい……そっかこれ、企業見学だ」

 

 千佳は、自分はどこに行ったっけかなと昔を懐かしんでいたが、

その制服の人だかりの中に見知った顔を見付け、挨拶も兼ねて声を掛ける事にした。

 

「薔薇さん!」

「あら仲町さん、早速植木を納入して下さったのね、ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ当店をご贔屓頂きありがどうございます!」

「これからも末永くお願いしますね」

 

 千佳はそんな薔薇に憧れの視線を向けていた。

薔薇の、いかにも出来る女といった面しか見た事の無い千佳にとって、

薔薇は憧れの存在だった。

八幡辺りが聞いたら引っくり返るのだろうが、それが一般的な薔薇の評価という物だった。

薔薇は八幡絡みの案件以外では確かに優秀であった為、

出入りの業者や取引先からの評価はとても高いのである。

そんな薔薇を見て、千佳はある事に気が付いた。

 

(あれ……薔薇さん少し顔が赤い?それに足元がフラフラしてる?)

 

 千佳はそう思い、薔薇の動きを注視していたのだが、その時突然薔薇が倒れた。

 

「あっ、薔薇さん!」

 

 千佳は慌てて薔薇に駆け寄り、その額に手を当てた。

 

「熱っ」

 

 どうやら薔薇はかなりの熱があるようで、

千佳は慌てて携帯を取り出しかおりに連絡をとった。

そのかおりから連絡を受けたのか、直ぐに八幡がその場に現れた。

 

「仲町さん」

「比企谷君、何か様子が変だなと思ってたら、薔薇さんが突然倒れたの」

「そうか……薔薇は俺が病院に連れていく、ありがとな、仲町さん」

「ううん、私はかおりに連絡する事しか出来なかったから……」

「いやいや、本当に助かったよ、とりあえずそこの生徒達に事情を説明してくるから、

もう少しだけ薔薇の事を宜しく頼む」

「うん、任せて!」

 

 そして八幡は、海浜総合高校の生徒達に直ぐに代わりの者が来る事を伝え、

生徒達に頭を下げると、千佳の下に戻ってきた。

 

「よし、それじゃあ行ってくる」

「うん、薔薇さんの事をお願いね」

 

 そして八幡は薔薇を抱き上げ、立ち上がりながら千佳に言った。

 

「この恩は今度返すよ」

「ふふっ、気にしなくていいのに」

「そういう訳にもな」

「あは、それじゃあ肉でいいよ」

 

 千佳は冗談のつもりでそう言ったのだが、八幡は笑顔で千佳にこう言った。

 

「オーケーだ、任せろ」

「やだ、冗談だってば」

「おう、冗談だとは思ったけど、でもまあ今回はそれに乗らせてもらう。

近いうちに誘いの電話が折本からいくと思うから、楽しみに待っててくれよな」

「あ、ちょっと!」

「ははっ、またな、仲町さん」

「もう、分かった、楽しみにしとくね!」

「おう」

 

 そして八幡は薔薇を連れて去っていき、千佳はその背中を見ながら呟いた。

 

「ああもう、やっぱり比企谷君は人間が大きいなぁ」

 

 そして千佳は、気を取り直したように言った。

 

「さて、お仕事お仕事っと」

 

 千佳は八幡とは良き友人でいたいと思っていた為、

八幡の財布を当てにしていると思われないように一応気を遣っていたのだが、

やっぱりこうやって誘われるのは嬉しいようで、頬を綻ばせながら再び呟いた。

 

「肉っていうとやっぱ焼肉かなぁ、うん、かおりには今度沢山感謝してもらおう」

 

 

 

「小猫、おい小猫、大丈夫か?」

「んっ、あ、あれ、ここは……」

 

 薔薇は意識朦朧としていたが、どうやら一時的に覚醒したようで、

きょろきょろと辺りを見回した。そこはいかにも病院の待合室に見え、

薔薇はきょとんとした後に立ち上がろうとし、熱のせいかふらついた。

 

「まだ立つなって、もうすぐお前の番だから、もう少し我慢しろよな」

「ここは?」

「病院だ。お前、熱を出して倒れたんだぞ、覚えてないのか?」

「そういえば……」

 

 そして薔薇はハッとした顔で八幡に尋ねた。

 

「き、企業見学はどうなったの?」

「心配しなくても他の奴に任せてきた」

「ご、ごめんなさい……」

「何で謝る、これは最近お前に頼りすぎた俺のミスだ、

いいから今日はもう仕事の事は忘れて早く治す事に専念しろ」

 

 薔薇はその、頼りすぎという言葉に内心喜んでいた。

薔薇は、私は八幡にこんなに頼りにされているのよと叫びたい気持ちを我慢しながら、

大人しく医者に診察を受け、そのまま八幡に送られて今日は自宅へと戻る事となった。

途中コンビニに寄って軽い物を口にし、直ぐにもらった薬を飲んだ薔薇は、

薬の成分のせいか突然睡魔に襲われた。キットもいつもより注意して、

車を揺らさないように調節してくれていた為、薔薇は車の中でそのまま眠ってしまった。

 

 

 

 薔薇はまどろむ意識の中で、自分が八幡に抱かれているのを感じていた。

 

(多分家に着いたのね、ちゃんと片付けてあったはずだけど大丈夫かしら……)

 

 そして薔薇は、自分がベッドに寝かされているのを感じ、再び眠りについた。

 

 

 

 薔薇は夢の中で八幡に服を脱がされていた。

八幡は丁寧に薔薇の体の汗をぬぐい、再び薔薇に服を着させた。

夢の中の八幡は頑なに目を瞑り、薔薇の裸を見ないようにしているようだった。

 

(これは夢……?もう、夢の中でくらい見てくれてもいいじゃない……)

 

 薔薇はそう考え、再び眠りについた。

 

 

 

 薔薇は額に何か冷たい物が押し当てられるのを感じ、それに心地よさを感じた。

 

(これはきっとあの人の手……冷たいのに暖かい……)

 

 そして直後に薔薇の額にもっと冷たい物が乗せられ、それが何度も取り替えられた為、

薔薇は漠然と、自分が今看病されているのだと理解した。

だが睡魔には勝てず、薔薇は再びそのまま眠りについた。

 

 

 

「大分熱は下がったみたいだな、それにしてももうこんな時間か、

そろそろ一度起きてもらって、家に帰るべきかな……」

 

 そんな八幡の呟きが聞こえ、薔薇は体を起こそうとした。

だがいくら理性でそうしようと考えても、体はまったく言う事をきかなかった。

八幡に迷惑をかけたくないという気持ちと、このままずっと傍にいてほしいという気持ちが、

薔薇の中でせめぎあっていたからだ。

そして薔薇は曖昧な態度をとる事になってしまい、身じろぎした後にううんと声を出した。

薔薇の覚醒の気配を察知した八幡は、少し慌てたような様子で部屋の外へと出ていった。

その気配を感じて薔薇は一気に意識を覚醒させ、目を覚ました。

 

「な、何で何も言わずに外に出てっちゃうのよ……」

 

 そう不満げに呟いた薔薇は、大きく伸びをして、今の自分の状態を確認した。

服装は普通のパジャマであり、多分八幡が着替えさせたのだろうと思った。

下着は……何とつけていなかった。そして汗は綺麗に拭き取られており、

額の上にはまだ冷たいタオルが乗せられていた。それを確認した薔薇は、思わず赤面した。

 

「あれ、あいつにしては珍しく全部見られちゃった?

でも多分あいつはずっと目を瞑ってたんだろうな……

体を拭く時も、多分頑張って色々触らないようにしてくれたんだろうな……

もう、どうしてどこかに行っちゃったのよ……」

 

 その直後に入り口のチャイムが鳴った。薔薇はもしかしたらと思い、

急いで入り口へと向かい、外の画像を確認した。

そこにはすました顔の八幡が立っており、薔薇は何の冗談だろうと思いつつも、

八幡を部屋の中に招き入れた。

 

「お前を部屋に叩きこんでそのまま放置しておいたが、元気になったようだな」

 

 八幡が開口一番にそう言ったので、薔薇は噴き出しそうになった。

着替えまでさせているのにそれはいくらなんでも無理があるだろうと思いつつも、

薔薇は八幡に合わせて言った。

 

「そうだったの、おかげさまでかなり具合も良くなったわ、心配かけてごめんね」

「別に全然まったくちっとも心配なんかしていなかったが、

まあそれならそれでいい。明日は休みにするように姉さんには言っておいたから、

明日一日のんびりしていればいい」

 

 八幡は一気にそうまくしたてた。

薔薇は、もしかしてこれが八幡のツンデレ?などと考えながら、

八幡がどう答えるのか興味津々でこう尋ねた。

 

「あれ、でもいつの間にか誰かが着替えさせてくれたみたいだけど……」

「それはお前が無意識のうちに自分で着替えたに違いない、多分きっとそうだ」

 

(それはまあ無くはないけど……)

 

「汗も拭いてくれて、額にもまだ冷たいタオルが乗ってたんだけど」

「それもお前が無意識にやったに違いない。熱で朦朧としていても、

やるべき事は体が覚えてたって事だな、うんうんえらいぞ小猫」

 

(いやいやいや、それはさすがに苦しいでしょ!)

 

「下着もつけてないみたいなんだけど……」

「お前がいきなり下着を脱ぎだすからかなりびびったぞ。

まあ洗濯機に突っ込むくらいはやってやったけどな」

 

(目をつぶった八幡に脱がされる私ってちょっとぞくぞくする絵面よね……)

 

「……何か体中を誰かにまさぐられた気がしたんだけど」

「あ?俺はめちゃめちゃ慎重にどこにも触らないように作業したはずだ、

確かにその無駄に大きい胸にちょこっと触ったかもしれないが、

それはあくまで誤差の範囲だ、だからお前のそれはまったく気のせいだ。

それじゃあ俺はもう帰るからな、くれぐれも明日はゆっくり休めよ」

 

(思いっきり俺が作業したって言っちゃってるわよ!)

 

 八幡は額に汗をびっしょりかきながらそう言うだけ言って部屋を出ていこうとした。

薔薇は、やはりこれだけは言っておこうと思い、そんな八幡を呼び止めた。

 

「あ、ちょっと」

「何だ?他に何か用事でもあるのか?」

 

 そして薔薇は、胸を抱えて少し頬を赤らめながらこう言った。

 

「えっち」

「…………」

「…………」

 

 そしてしばしの沈黙の後、八幡は薔薇の肩をぽんと叩きながら言った。

 

「今度お前に似合う仕草の研究を一緒に手伝ってやるから、頑張ろうな」

 

 そう言って八幡は出ていき、薔薇は普通に八幡を見送った後、

そのままいそいそと自分のベッドに戻って横になった。

いつも通り八幡にいじられて終わったにも関わらず、

薔薇はどうやら上機嫌のようだった。

 

「もう、あんな赤い顔をしてたくせに虚勢を張って……」

 

 こうして薔薇は、熱で苦しんだ代わりに少しだけ幸せを得て、今回の騒動は収束した。



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第364話 アルゴの部屋(仮)にて

いつも通りの平常運転な話ですね!

2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


「今回の事は教訓ね」

「うちは別に厳しい社風じゃないんだがな……」

「むしろ進んで出勤したがる人が多いのが逆に問題なのかしらね」

「きっちり休むときは休むように徹底させるしかないか……」

 

 薔薇の風邪を受け、八幡と陽乃は真剣に相談をしていた。

ソレイユは確かにいわゆるブラック企業とは程遠いが、

社員の士気が高すぎるのもそれはそれで問題なのであった。

 

「とりあえず他に問題なのはあいつか……」

「アルゴちゃんね」

「実際あいつが一日抜けたとして、どんな問題があるんだ?」

「別に無いわよ、本人が好きでここに居座ってるだけ」

「あいつは一体いつから家に帰ってないんだ?」

「少なくともあの子が会社にいなかった日を私は知らないわ」

「ヌシかよ……」

 

 二人は今更ながらその事実に気付き、愕然とした。

 

「そもそもあいつはどこで寝てるんだ?」

「開発室の仮眠室なんじゃない?あそこは完全防音の個室が複数あるし」

「そのうちの一つがあいつの部屋になってやがるのか……」

「まあそれはそれでいいんだけど、どうしよっか、社員寮でも作る?」

 

 その陽乃の言葉に、八幡は窓の外を見ながら答えた。

 

「確か隣の土地が売りに出てたよな」

「それならこのビルと直結出来るわよね」

「一階は当然コンビニだよな?」

「利益は別に無くてもいいんだし、独自ルートで仕入れの目処が立てば、

別にフランチャイズのコンビニじゃなくてもいいわよね?

家賃やフランチャイズ料がかからない分値段も下げられるし、

社員は社員証で、出入りの業者さんには何か認定証を発行して、

それで買い物が出来るようにしましょう。その場合は当然割引ね」

「それなら商品のラインナップはある程度社員の要望を反映出来るな。

宅配ボックスも完備させて、大きな荷物にも対応出来るように、

それ用のスペースや専用エレベーターに、台車があると便利だな」

「新入社員の入居にも対応出来るだろうし、いいんじゃないかしら。

そうだ、どうせなら社員食堂も移しましょうか、その分こっちのスペースが空くしね」

「後は社員からアイデアを募集するか」

 

 サラっととんでもない提案が飛び交っているが、この二人はいたって真面目である。

そして困った事に、それは全て実現してしまうのだ。

もちろん社員達も巻き込んで、より洗練された形になる事は言うまでもない。

 

「それじゃあアルゴを叩きこむ社員寮の話はそれでいいか、問題は当面どうするかだな」

「そもそもあの子の現住所ってどうなってるのかしら」

「総務課に問い合わせるか」

 

 そして総務課から返ってきた返事を聞いた二人は、深いため息をついた。

 

「まさか……」

「まんま開発室になってるとはな……」

「仕方ない、こうなったら直ぐ近くに部屋を借りて、無理やりそこに叩きこみましょう。

ここと直通回線を引いて、家でも仕事が出来るようにして……」

「あいつの代わりはいないから、多少特別待遇でもいいしな、それでいこう」

「後はそこそこの頻度でそこに帰らせる手段だけど」

「それは俺に任せてくれ、さすがのあいつも音を上げるようにしてみせるさ」

「分かったわ」

 

 こうして計画はスタートし、ソレイユ社内はにわかに騒がしくなった。

 

「なんか社員寮のアイデアを募集してるんだってよ」

「今公開されてる建設予定施設だけでも十分だけどなぁ」

「家賃っていくらなのかしら」

「あの社長と次期社長だぞ、絶対に安いに決まってる」

「私入居したいな」

「よし、休憩時間に皆で相談しようぜ!」

 

 そんな社内の喧騒を、アルゴは他人事のように聞いていた。

 

(社員寮?ふ~ん、まあオレっちには関係ないナ)

 

 そんなアルゴの下に、八幡が訪れた。

 

「よぉアルゴ、今度社員寮を作る事にしたからな」

「噂は聞いてるぞ、随分派手にやってるみたいじゃないか。

まあオレっちには関係の無い話だけどナ」

「そうか……」

 

 八幡は、そのアルゴの答えにやっぱりそうかと思い、仮眠室の方を観察した。

その一つにアルゴの名前が書いた札がかかっているのを見て、

八幡はあくまで自然な感じを装いながらアルゴに尋ねた。

 

「そういえばアルゴの家ってどこなんだ?」

「オレっちは実家を出ちまってるから、今はそこの仮眠室だナ」

 

(こいつ、当たり前のように……)

 

 八幡はそう思いつつ、矢継ぎ早にアルゴに質問を浴びせた。

 

「洗濯とかはどうしてるんだ?」

「クリーニング業者に頼んでるゾ」

「飯は?」

「近くのコンビニで済ませてるナ」

「飲み物とかもか?」

「社内の自販があれば大体事足りるな、

特にハー坊が無理やり入れてくれたあのコーヒーが、脳に染み渡るようでいい感じだナ」

「おう、お前もあれの良さが分かるのか、あれはいいものだよな!

じゃなくて……掃除はちゃんとしてるのか?」

「まあそれなりニ」

「なるほど……」

 

 そんな八幡を見て、アルゴが突然こう言い出してきた。

 

「何だ?ハー坊はそんなに乙女の秘密が気になるのカ?」

「俺は別にお前を乙女だと思った事は無いが……」

「ふ~ん、まあオレっちはそっち方面は別に気にしないけどナ」

 

 そしてアルゴは、八幡の耳元でそっと囁いた。

 

「ちょっと内密の話がある、場所を移動するゾ」

「おお?お、おう」

 

 そしてアルゴは立ち上がり、突然八幡の手を握ると、

直ぐ近くにいたイヴこと岡野舞衣に言った。

 

「マイマイ、オレっちちょっとハー坊を自宅に連れ込んでしっぽりやってくるから、

見て見ぬ振りをしててくれよナ」

「え、何それ?それなら私も混ぜて欲しいんだけど?もっと八幡様の事を色々知りたいし」

「遠慮しろ後輩、優先順位はオレっちが先だ」

「はいはい、ごゆっくり~」

 

 八幡はその言葉に、その言い訳は誤解を生むだろうと思いつつも、

舞衣が別に驚く事も無く冗談だと思っているらしき反応をしていたので、

多分これはいつものアルゴなりの誤魔化し方なのだろうと思い、

一体何の話があるのだろうかと考えながら、素直にアルゴに従う事にした。

 

「今はマイマイって呼んでるのか?仲良くなったもんだな」

「さすがにネット上の名前で呼ぶのは対外的にはまずいだろ?

だからオレっちの事も、今は有子か、もしくは部長って呼ばせてるゾ」

「……ゆうこ?それがお前の本名か?」

「有無の有に、子って書いて有子、アルゴからとった偽名だゾ」

「あっそ……結局お前の本名って何なの?」

「オレっちを嫁の一人にしてくれればその時に分かるゾ」

「嫁の一人って何だよ、俺には嫁は明日奈しかいねえよ!?」

「はいはい、いいからこっちだこっチ」

 

 そして八幡は、アルゴ専用の仮眠室へと案内される事となった。

 

「お前、ここでいつも寝泊りしてんのか……」

「狭い方が落ち着くんだよ、ハー坊も分かるだロ?」

「まあな」

 

 そこはベッドとゴミ箱、それにノートPCと、衣類が収納されているのだろう、

小さなボックス類が置いてある、色気も何もない部屋があった。

 

「着替えはそのボックスの中か?」

「おう、こんな感じだゾ」

「あっ」

 

 アルゴは八幡が止める間も無くいきなりそのボックスを開けた。

そこには思ったよりかわいいデザインの下着類が並んでおり、

八幡は慌ててそこから目を逸らした。

 

「子供かヨ」

「う、うるせえ、俺はそういうのを直視出来るような大人にはなりたくないんだよ」

「やれやれだナ」

 

 そしてアルゴはそのボックスを閉じ、八幡の方に向き直った。

その瞬間にアルゴは『わざと』バランスを崩し、八幡を引っ張りながらベッドに倒れこんだ。

 

「おっト」

「うおっ」

 

 八幡はアルゴに体重をかけないように、必死に手で自分の体を支えた。

そのせいでアルゴを押し倒すような格好になってしまったが、

アルゴの体に密着する事は何とか避けられた。

 

「危ない危ない、大丈夫か?」

「くふふふふ、かかったなハー坊」

「ああ?……うおっ」

 

 そしてアルゴは両手で、八幡が自分の体を支えているその手を払いのけ、

そのせいで八幡は完全にアルゴに抱き付く格好となった。

 

「いきなり何をするんだお前は!」

「話があるから自宅に連れ込んでしっぽりやるって言っただろ?

それに一切抵抗しなかったのはハー坊じゃないかヨ」

「なっ……」

「さて、お膳立てしてやったんだ、オレっちへのご褒美をそろそろくれてもいいんだゾ」

「これのどこがご褒美なんだ……」

 

 そう言ってアルゴから離れようとした八幡の体を、アルゴは両手両足でガッチリ拘束した。

 

「おいこら、この体制はやばいって」

「そう言いながら実は喜んでるんだろ?顔も赤いし心臓の鼓動も早くなってるゾ」

「この状況でそうならない方がおかしいだろ!」

「ふふん、これでもオレっちを乙女だと思わないのカ?」

 

 その言葉で八幡は、このアルゴの行動の原因が先ほどの自分の言動にあるのだと理解した。

 

「悪かった、悪かったよ、お前は乙女だ、十分乙女だからそろそろ勘弁してくれ……うひっ」

 

 そしてアルゴは八幡の耳を甘噛みしながら、その耳元で囁いた。

 

「そもそもハー坊は、薔薇ちゃんにばかりかまいすぎなんだぞ、

拾った小鼠はここにもいるって事をもっと自覚しろヨ」

「小鼠ってその表現はどうなんだよ、お前は俺の中では拾ったっていう感じじゃないんだが」

「そこが勘違いしてるんだよ、オレっちは脛に傷を持つ身で、

政府にもマークされちまってるから、もうここにしか居場所が無いんだよ。

だからちゃんとオレっちの事も、ハー坊が一生面倒を見るんだゾ」

 

 その言葉に八幡は、確かに最近薔薇にばかり構いすぎていたかと少し反省した。

言われてみればその通りなのだ。アルゴの居場所はもうここにしか無い。

 

「悪かったよ、確かにその通りだ。これからはお前の事をもっと大切にする事にする」

「まだ分かってないな、ハー坊は薔薇っちにはもっとぞんざいな態度をとってるだろ?

オレっちにももっとそんな感じで接しろって言ってるんだゾ」

 

 その意外な言葉に八幡はきょとんとした。

 

「え、お前まさかヤキモチ焼いてんのか?」

「うるさいうるさい、そんなハー坊はこうダ」

 

 そしてアルゴは、八幡の首筋を甘噛みし、そのままガジガジとかじり始めた。

 

「ばっ、こらアルゴ、やめろ、やめろって、分かった、分かったから!」

「分かればいいんだぞ、今日はこのくらいにしておいてやるカ」

 

 そう言ってアルゴは、やっと八幡を解放した。

 

「はぁ、お前な、面と向かって直接そう言えばいいだろ」

「そんな事恥ずかしくて出来るかってノ」

「今のは恥ずかしくないのかよ……」

「別に誰も見てないし、逆にこういう場所の方が簡単に言え…………マイマイ?」

 

 アルゴは何故か疑問系でそう言いながら、八幡の後方を見た。

疑問に思った八幡がそちらを見ると、

部屋の入り口から舞衣がこちらの様子を伺っている姿が見えた。

 

「なっ……」

 

 そして入り口のドアが開き、舞衣が顔を赤くしながらアルゴに問いかけてきた。

 

「有子、大人の階段、上っちゃった?」

「おう、もう腰がガクガクだぞ、こう見えてハー坊は激しいんだゾ」

「そ、そうなんだ……」

「おい舞衣、こいつの言う事を信じるんじゃねえ!

アルゴもアルゴで風評を広めようとしてるんじゃねえよ!」

「よしマイマイ、性的に満足したからオレっち仕事に戻るゾ」

「だから!」

「いいなぁ……八幡様、今度私にもお願いね?」

「だからそんな関係は何もねえって!」

 

 だが八幡は気付いていなかった。この舞衣も、ある意味アルゴと同じ立場だという事を。

つまりいずれ舞衣もこのような行動に出る可能性があるのだ。

今後どうなるかは、八幡の舵取り次第なのであった。そしてそんな八幡にアルゴは言った。

 

「それじゃあ仕事に戻るぞ、また頼むな、ハー坊」

「またって何だよ!」

「はいはいさっさと出てった出てった、こっちは忙しいんだゾ」

 

 そしてアルゴに開発室から追い出された八幡は、ぷるぷると震えながら呟いた。

 

「くっそ、今に見てろよ……絶対にあいつをひいひい言わせてやる……」

 

 そう倫理的にどうなのかと誤解させるような事を言い、

八幡は着々と、アルゴの引越し計画の段取りを進める事を決意したのだった。




もちろんやられっぱなしな八幡ではありません。
まだお姫様抱っこもしていませんしね!


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第365話 これは恋ではなく憧れ

2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


「えっ?ちょっとかおり、言ってる意味がよく分からないんだけど……」

「だから、ソレイユ本社の全フロアに植木を設置したいから、

それを全部千佳の家に頼めないかって話だってば、ちゃんと話聞いてる?」

「えっと……ソレイユ本社に……全部?え、嘘、何でただの受付嬢にそんな権限があるの?」

「何それウケる、私にそんな権限ある訳無いじゃない、

こんな事を簡単に言えるのはあいつしかいないでしょ」

「あ、もしかして比企谷君?あれ、何でうちが花屋だって知ってるの?」

「何言ってるの?マジウケる、京都で会った時に、千佳が自分で言ってたじゃない」

「あ…………」

 

 ここで少し話は遡る。この日千佳は電話で、かおりとそんな会話を交わしていた。

 

「えっと、え?うちはただの町の花屋だよ?そんな幸せな事があっていいの?

そういう仕事は普通大手が受けるものだし、あの規模だと相当お金がかかるよ?」

「何であんたがこっちのお金の心配をしてるのよ……

そんなの比企谷がいいって言うんだからいいに決まってるじゃない。

ついでにそのメンテナンスもお願いしたいって言ってたわよ」

「メンテも!?年間の維持費がこれくらいかかるとして……

嘘、それだけでもうちの家は、慎ましく暮らしていけば食べていけちゃうんだけど……」

「良かったじゃない、とりあえず話は通したわよ」

「う、うん、ありがとう!両親と相談してみるね」

 

 そして千佳は、慌てて二階にある自分の部屋から駆け下り、

息を切らせながら居間へと駆け下りた。

 

「お父さんお母さん、大変なの!」

「千佳、そんなに息を切らせてどうしたんだい?」

「もう、家の中を走るんじゃありません!」

「そんなのんびりした話じゃないんだよ!」

 

 そして千佳は、ソレイユへの植木の納入とメンテナンスの事を両親に伝えた。

だが千佳の予想とは違い、両親はそれにあまりいい顔をしなかった。

 

「もう、どうして二人ともそんなに乗り気じゃないの?

せっかく比企谷君が、うちの為にいい話を持ってきてくれたのに」

「そうは言っても、なぁ?」

「そうそう、このご時勢にそんな都合のいい話なんて、絶対に裏があるに決まってるでしょ」

「千佳、お前もかおりちゃんも、その比企谷って人に騙されてるんじゃないのか?」

 

 両親の危惧も分からないではない、確かに降って沸いたような話だからだ。

昔の千佳なら確かに同じような事を考えた可能性は否定出来ない。

だが今の千佳はもう八幡の事を知っている。今回の事でお礼を言ったとしても、

多分彼は少し照れた顔でこう言うに決まっているのだ。

 

『大変な事を頼んでしまってごめんな、俺で良かったら手伝おうか?』

 

 そんな八幡の姿に、高校時代の八幡の姿がだぶる。

自分達がどんなに失礼な事を言ってもそれをそのまま受け入れ、

場の雰囲気を壊さないように我慢してくれていた八幡の姿がだ。

千佳は、何とか両親に同意してもらおうと必死に説得を開始した。

だが両親は最初から聞く耳を持たないように、頑なな態度を崩さなかった。

そして千佳は怒ったような顔で黙りこくると、肩を振るわせ始めた。

 

「比企谷君の事を知りもしないでよくもまあ……」

 

 千佳からそんな呟きが聞こえ、両親はそんな千佳の顔を見てギョッとした。

千佳がぽろぽろと涙を流していたからだ。

 

「お、おい千佳……」

「もう、もう、何で分かってくれないの?彼はただ優しいだけなのに!

どうしてお父さんもお母さんも、物事を印象だけで決め付けて、

ちゃんと目の前の事実を見てくれないの?そんなの昔の私と同じじゃない!

私も昔、同じように彼を傷付けて、もう二度とそんな事はしないと誓ったのに、

どうしてそれをお父さんとお母さんが邪魔するの?」

「べ、別に私達はそんなつもりは……」

「つもりも何も、さっきから聞いてれば信用出来ないだのなんだの、

まったく話を聞く気が無いじゃない!馬鹿!お父さんとお母さんの馬鹿!」

 

 そう言って千佳は、怒りと悲しみに包まれながら自分の部屋へと駆け込んだ。

後から後から涙が溢れて止まらない。

そして千佳は、自分が断った場合に八幡がどういう反応をするか考えた。

多分八幡は、困ったような顔でこう言うのだろう。

 

『そっか、確かにいきなりこんな事を言われても困るよな、本当にごめんな、仲町さん』

 

 千佳は、自分が悪い訳でもないのに絶対に八幡が謝る事を確信していた。

 

「そういえば、京都で再会した時もいきなり謝られちゃったっけ、

悪いのは私だったっていうのに……」

 

 そして千佳は、二度と彼に謝らせてはいけないと考え、

決意も新たに立ち上がると、涙を拭った。

 

「このくらいでくじけてたら、比企谷君に笑われちゃうね、

まあ彼は笑ったりしないで、そんな私を慰めてくれるんだろうけどさ。

ゲームの中に閉じ込められる絶望に比べたらこのくらいは何でもない、

頑張ってお父さんとお母さんを説得しなきゃ!」

 

 千佳はそう前向きな気持ちになり、自分の頬を叩いた。

そんな時、千佳の部屋の扉がノックされた。

 

「千佳、千佳」

「ごめんよ、私達が悪かった」

 

 千佳はその両親の言葉を受け、そっと扉を開けた。

そこには両親が、おろおろしたような顔で立っており、

二人は千佳が泣きやんでいるのを見てホッとした顔をした。

 

「二人ともごめんなさい、それじゃあ下で改めて話をしよっか」

「ああ、そうだな」

「ええ、そうしましょう」

 

 千佳はそう言い、両親もそれに同意した。

そして居間に戻った後、千佳は説明を始めようとしたのだが、そんな千佳を両親が遮った。

 

「仕事の話よりも、先ずはその比企谷君の事を教えてくれないか?」

 

 千佳はその言葉にきょとんとしたが、確かにその方がいいだろうと考え、

八幡について、自分が知っている限りの事を話す事にした。

そんな千佳の話を、両親は黙って聞いてくれた。

 

「……という訳でね、彼はソレイユの次期社長にして、英雄なんだよ!」 

「そうか、あの事件の……」

「本当に凄い人なのね」

 

 そう八幡の事を楽しそうに話す千佳を見て、両親は納得したように頷いた。

 

「そういえば前、かおりちゃんがうちに来て大泣きした事があったわよね」

「あ、うんそうそう、その時の相手が比企谷君かな、あの時は本当に大変だったよね、

かおりが『せっかく仲直り出来たのに』って言いながらうちで大泣きしちゃってさ。

そんなかおりも今は彼の会社で受付嬢をしてるんだよね、本当に幸せそうな顔でさ……」

 

 その千佳の様子を見て、二人は顔を見合わせると、そっと千佳に尋ねてきた。

 

「もしかして千佳は、比企谷君の事が好きなのかい?」

「え?」

 

 千佳はそんな事を聞かれたのは初めてだったので、

きょとんとした様子で何かを考え始めた。

 

「え、私が比企谷君と?あのメンバーを差し置いて?いやいや、無い無い、

でも想像してみるくらいなら……」

 

 そして千佳は、八幡の隣に自分が笑顔で立っている姿を想像し、若干口元をにやけさせた。

だが直後に千佳は、かぶりを振って両親にこう答えた。

 

「私なんかじゃ無理無理、彼の周りには、それはそれは凄い女性が沢山いるんだもの。

でもそうだなぁ、もし彼がうちに婿入りしてくれる事になったら、

それはそれで絶対に私は幸せになれるって確信出来るくらいには好きかな。

あ、でも勘違いしないでよね、どっちかっていうと憧れてるって気持ちのが大きいんだから」

「なるほど」

 

 確かに千佳の態度は、身近な好きな人に対するようなものではなく、

有名人に対する態度に見えた為、両親はその言葉に納得した。

 

「で、どうするの?」

「そうだな、この話、是非受けたいと先方にお伝えしてくれ」

「本当にいいの?」

「ええ、もちろんよ。これは私達も張り切らないといけないわね」

「お父さん、お母さん、ありがとう!」

 

 そんな千佳の笑顔を見ながら、二人はとても嬉しそうに頷いた。

そして部屋に戻った千佳は、かおりに承諾の旨を伝え、その日は幸せな気分で眠りについた。

 

 

 

 次の日千佳の下に、八幡から直接連絡が入った。

 

「もしもし、えと、比企谷ですが……こちらは仲町千佳さんの携帯で宜しいですか?」

 

 そのかしこまった八幡の態度に、千佳は思わず噴き出した。

 

「ぷぷっ……あっとごめん、久しぶりだね比企谷君、

凄く丁寧な口調だったから、思わず噴き出しちゃった、ごめんね?」

「それな、よく言われるんだよ」

「そうなんだ?」

「ああ、だから気にしないでくれ。自分でも喋りながら、

これはちょっと丁寧すぎるかなって思ってるからさ」

「あは」

 

 そして八幡は本題に入った。

 

「植木の納入の件で現地を見て欲しいんだが、今日って時間あったりしないか?」

「あ、うん、店番をお母さんに代わってもらうだけだからいつでも大丈夫だよ」

「それじゃあ今日会えないか?キットを迎えに寄越すから、乗ってくれるだけでいい」

 

 千佳はその言葉に一瞬ドキリとしたが、

特に勘違いするような事も無く、普通にこう返事をした。

 

「うわぁ、キットに会うのも久しぶりだね!ありがとう、何時くらいかな?」

「それじゃあ……」

 

 

 

 約束の時間の一時間前から、千佳は念入りに準備を始めた。

 

「ちょっと千佳、早くない?」

「いいの、大企業の社長になる人と会うんだから、それなりの格好をしないとだもん!」

「はいはい、こっちの事はいいから、楽しんできなさいね」

「そんなんじゃないもん、仕事だもん!」

「はいはい、仕事ね」

 

 そして千佳はシャワーを浴び、まるで誰かとデートに行く前のように、

念入りに化粧をし、服を選んだ。

 

「これでもない、ううん、これ?これかな?昔かおりにも褒められたし。

ああっ、でもかおりは何でも基本褒めるからなぁ……」

 

 そして千佳はうんうん唸った後、これならいいだろうという服に身を包み、

家の前でキットの到着を待った。そして時間ピッタリに、キットが姿を現した。

 

『千佳、お久しぶりです、お元気ですか?』

「うん!うわぁ、やっぱりキットは格好いいねぇ、私は元気だよ、京都以来だね、キット」

『ありがとうございます、本当に元気そうで良かったです。

そちらはお母様ですか?初めまして、私はキットです』

「こ、これはご丁寧に……」

 

 千佳の母親は、驚きつつも何とかキットにそう挨拶をした。

そして千佳はごく自然な態度でキットに乗り込み、去っていった。

 

「比企谷君って私達の想像以上に本当に凄いのねぇ……

それにうちの子も、あんなに物怖じしない子だったかしら……」

 

 母親はそう呟いた後、店番に戻りながらこう思った。

 

(それにしてもあんな千佳を見るのは久しぶりね、おめかししちゃってまあ……)

 

 

 

「ねぇキット、これからどこに向かうの?直接ソレイユ?」

『いいえ、八幡を拾わないといけないので、先ずは帰還者用学校ですね』

「あ、なるほど!」

『しかし今日はとてもかわいい格好をしていますね、千佳』

 

 その言葉に千佳はのけぞった。まさかキットがお世辞を言うとは思わなかったからだ。

 

「キットはお世辞も言えるんだ……」

『私にそんな機能はついていません。

あくまで各種データから総合的に判断して、思った事をお伝えしているだけです』

「そっか……ふふ、素直に嬉しいかな」

『そう思って頂ければ、私も嬉しいです』

 

 そして帰還者用学校に着き、車を降りた千佳に駆け寄ってくる者がいた、明日奈である。

 

「千佳、久しぶり!」

「明日奈!」

 

 そのまま二人は抱き合い、再会を喜びあった。

 

「京都以来だね、元気だった?」

「うん、私はとても元気だよ。今回も比企谷君に大きな仕事をもらっちゃって、

本当に比企谷君には頭が上がらないよ」

「あは、そうみたいだね」

「で、その比企谷君は?」

「直ぐにここに来ると思うよ、今日は掃除当番なの」

「あ、そうなんだ、相変わらず真面目だね」

 

 丁度その時、遠くから八幡が歩いてくるのが見えた。

隣には友達なのだろう、親しげな様子の者が三人と、

その後ろから何人もの生徒が付いてくるのが見えた。

 

「えっと、ねぇ明日奈、あの後ろの人だかりは?」

「あ、うん、まあ気にしなくていいかな、いつもの事だから」

「えっ、そうなの?」

「あは……まあ気にせず声を掛けてくれればいいと思うよ」

「あ、うん」

 

 そして千佳は、八幡に手を振りながらその名前を呼んだ。

 

「比企谷く~ん!」

 

 その瞬間に周囲の生徒達がざわつき、その視線が一斉に千佳に注がれた。



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第366話 千佳、頑張る

2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


「えっ?」

 

 急に周囲の生徒達の視線に晒され、千佳は少し後ずさった。

そんな千佳の肩を、明日奈がぽんと叩いた。

 

「大丈夫大丈夫、いつもの事だから気にしない気にしない」

「い、いつもなんだ……」

 

 そうは言われたものの、こういった視線にまったく慣れていない千佳は、

平然としている事は出来なかった。

だが明日奈が隣にいる安心感もあり、千佳は気にしつつもそのまま手を振り続けた。

そんな二人の下に八幡達が合流し、千佳はやっと落ち着く事が出来た。

 

「ごめん仲町さん、ちょっと掃除で遅れちまった」

「あ、ううん、気にしないで」

「これは俺の親友の桐ヶ谷和人と篠崎里香、それに綾野珪子だ、

こちらは仲町千佳さん、俺の高校の時の友達だ」

 

 その、高校の時の友達という言葉に千佳は胸を熱くした。

あんな事があったのに自分を友達だと言い切ってくれる、その気持ちが千佳は嬉しかった。

 

「えっと、仲町さん、宜しく!」

「千佳でいいのかな?宜しくね」

「千佳さん、宜しくお願いします」

「こちらこそ宜しくね!」

 

 そして八幡はその理由と共に、これから千佳と一緒にソレイユへ向かう事を告げた。

 

「あそこのビル全体に植木って、大変なんじゃないのか?」

「一度設置しちゃえば後はメンテナンスと定期的に入れ替えするだけだから、

最初だけアルバイトを雇えば大丈夫だと思う」

 

 その言葉に八幡は、うんうんと頷きながら言った。

 

「よし和人、お前もバイトしろ」

「ええっ!?いや、まあ別にいいけどさ……」

「…………冗談のつもりだったんだが、本人はやる気みたいだな」

「冗談だったのかよ!」

 

 千佳は顔を綻ばせながら、そんな和人に言った。

 

「あは、今日詳しい状況が分かったら募集をかけるから、その時はお願いするかも。

多分日給一万くらいになると思うんだけど……」

「休憩はうちの休憩所を使えばいいし、飯はうちの社員食堂のタダ券をプレゼントするよ」

「わお、至れり尽くせりだね」

 

 そして和人も胸をドンと叩きながら言った。

 

「おう、任せてくれ!これ俺の連絡先だから、いつでも声を掛けてくれよな」

「うん、ありがとう和人君」

 

 そんな和人に、ニコニコしながら里香が言った。

 

「和人、しっかり働いて私達に美味しいものを奢るのよ」

「たかる気満々かよ!まあ別にいいけどさ……」

 

 千佳はその遣り取りを、自分がまるで高校生に戻ったかのように楽しんでいた。

そして八幡にも今はこんなに仲のいい友達が沢山いる事を嬉しく思った。

そして明日奈達四人に別れを告げ、八幡と一緒にキットに乗り込もうとした千佳は、

チラリと周りの生徒達に目をやった。そこから感じられる視線には覚えがあった。

 

(これ、高校の時にかおりと一緒にいた時にたまに感じてた視線と一緒だ……

羨望と嫉妬が入り混じったような、そんな感じ)

 

 千佳はそう思い、八幡の顔を改めて見つめた。

 

(これが今の比企谷君のポジションかぁ、やっぱり凄いなぁ……

昔感じてた視線とは桁が違うよ)

 

 そんな千佳に、八幡が声を掛けた。

 

「ん、仲町さん、どうかしたか?」

「ううん、ほら、あの生徒さん達はほっといていいのかなってちょっと思っただけ」

「ああ、あいつらな……あいつらは本当に俺達の事が好きすぎるんだよな……」

「あは、だから一緒にいる私にもこんなに視線が注がれちゃうんだ」

「ごめん、ちょっとうざかったか?」

「あ、違うの、ちょっとびっくりしただけだから気にしないで」

 

(ちょっとだけ優越感も感じちゃったけど、それくらいはいいよね、ふふっ)

 

「そうか、それじゃ行こうか」

「うん!仕事の時間だね!」

 

 そして二人は振り返って四人に手を振り、ソレイユへと向かった。

残された四人は、それを見送った後も会話を続けていた。

 

「ところで明日奈、仲町さん、おしゃれとか随分気合が入ってたように見えたけど、

もしかして彼女も八幡の事が好きなのか?」

 

 和人に突然そう言われ、明日奈は思いっきり仰け反った。

 

「もう、和人君たら、よりによってそれを私に聞く?」

「あ、いや、そっち方面だと明日奈が女性陣を仕切ってるように見えるからさ……」

「こら和人!デリカシーが無い!」

「そうですよ、さすがにそれは擁護出来ません!」

「わ、悪かったよ……」

 

 和人は三人から一斉攻撃をくらって小さくなった。そして里香が明日奈に尋ねた。

 

「で、どうなの?」

「そうだねぇ……あれは多分違うんじゃないかな、

千佳が八幡君を見る目って、有名人を見る時の目というか、

自分がファンのアーティストを見る目みたいな感じだし?」

「り、里香も普通に聞いてるじゃないかよ!それに何で明日奈も普通に答えてるんだよ!」

「え~?だって興味があったし」

「はい、今日の和人君いじり終了!」

「お前らな……」

 

 そして四人はとりとめのない話をしながら、駅に向かってのんびりと歩き出したのだった。

 

「しかし和人、よく仲町さんがおしゃれしてるって分かったね、鈍感なくせに」

「一言余計だよ!俺だってそのくらい分かるよ!」

「その癖自分の格好には無頓着なのよね」

「う……それは自覚してる……」

「あはははは」

 

 

 

 一方キットの車内では、八幡が千佳におずおずとこんな事を言っていた。

 

「そういえば仲町さん、今日の服装、凄く仲町さんに似合ってるな、

俺はそういうのには鈍いから、上手く説明出来ないんだが、何かいいなって思った」

 

 その八幡のお世辞も何もない正直な表現に、千佳は嬉しさを抑えられないように言った。

 

「普段あんまりそういう事を言わないって人にそう言ってもらえたってのが、

私としては一番嬉しいよ、ありがとう、比企谷君!」

「お、おう……そう思ってもらえたなら、思い切って言った甲斐があったってもんだ」

「ふふっ」

 

 

 

 そしてソレイユに着いた八幡と千佳は、薔薇の案内で社内を回り、

どこに植木を設置するのがいいか話し合った。

千佳は薔薇に渡された社内の見取り図に色々と記入しながら、うんうんと唸っていた。

 

「ここにはこれ、それにここにはこれっと……」

「何を置くかはある程度プロである仲町さんに任せるわ」

「はい、頑張って考えますね!」

 

 その会話を聞いていた八幡が、いきなりこんな提案をした。

 

「よし、ここには食虫植物を置くか」

「えっ?こ、ここって社長室の前じゃ……」

「あんたね、そんな事したらボスにセクハラされるわよ」

 

 そう呆れた顔で言う薔薇に、八幡は平然と言った。

 

「いいんだって、姉さんにはそれくらいがお似合いだ」

「聞こえてるわよ」

 

 その時突然社長室のドアが開き、中から陽乃が顔を出した。

 

「げっ、食虫植物!」 

「ふ~ん、八幡君は私にセクハラされたいんだ」

「普通セクハラは俺がするもんじゃないんですかね……」

「そんな度胸も無い癖に」

「よし薔薇、間接セクハラだ、姉さんの胸を揉め」

「あんたいきなり何を言い出すのよ、そんな事出来る訳無いでしょ!」

「あはっ、あははははは!」

 

 その遣り取りを聞いた千佳は、たまらず笑い出した。

そして千佳は慌てて口を押さえ、陽乃に謝った。

 

「あっとすみません、ご挨拶が遅れました、

私はフラワーショップ『ナカマチック』の仲町千佳と申します。

この度は大きな仕事を任せて頂いて、本当にありがとうございます、社長」

「あら、八幡君のお友達なのにとても礼儀正しいのね、こちらこそ宜しくね」

「一言余計だが、事実だからまあいいか」

「……あの、それと高校の時は比企谷君の事、色々すみませんでした。

葉山君に怒られた時、社長もあの場にいたと伺ってます、かおり共々本当に反省してます」

 

 その言葉に陽乃はきょとんとし、考え込んだ。

 

「かおりちゃん……?うちの受付の?あっ、あ~!

そういえばかおりちゃんにも初めて会った時に謝られたっけ、そっかそっか、あの時の子だ」 

「はい、本当にその節は……」

 

 そう頭を下げる千佳に、陽乃は鷹揚に手を振りながら言った。

 

「ああ、いいのよいいのよ、あの時は私も八幡君の事をあまり良く思ってなかったし、

わざと困らせようとした部分もあるしね」

「そ、そうなんですか?」

「ほら、だって八幡君って、なんか困らせたくなるじゃない?」

「本人の前でそういう事言うんじゃねえよ!おかげでこっちはいつも困ってるよ!」

 

 たまらず八幡がそう突っ込んだが、陽乃は気にせずケラケラと笑っていた。

 

「はぁ……」

 

 八幡はそうため息をついた後、尚も何か言おうとする千佳の方に向き直り、

千佳の唇の寸前に人差し指を差し出し、千佳が喋るのを止めながら言った。

 

「仲町さん、あの時の事は俺は何とも思ってないし、

むしろこっちが迷惑をかけたと申し訳ないくらいだ。

だからお互いその事は気にせず、今こうして仲良くなれた事だけを喜べばいいんじゃないか」

「う……うん!」

 

 そんな八幡に、千佳は嬉しそうにそう答えた。

 

「さて、それじゃ姉さん、さっさと仕事に戻れ」

「はぁい、それじゃ千佳ちゃん、頑張ってね」

「はい!」

 

 陽乃はそう言って、笑顔で千佳に手を振りながら部屋の中へ戻っていった。

どうやら陽乃も、昔はともかく今の千佳の事が気に入ったらしい。

八幡はそれを素直に喜びつつ、千佳と薔薇と三人で社内を全て回り、

何をどこに置くかの計画をきっちりと立て終わった。

 

「こんなもんか?」

「うん、結構絞ったつもりだけど、やっぱり多いね」

「それじゃあ仲町さん、見積もりと納品計画書は後日こちらに送ってね」

「はい、早急にお送りしますね!」

 

 そして薔薇は仕事へと戻り、八幡と千佳はキットの下へと向かった。

そして車に乗り込んだ後、八幡が思いついたように千佳に言った。

 

「そうだ仲町さん、もう一ヶ所、花か植木を置きたい場所があるんだが、

もうちょっと付き合ってもらってもいいか?」

「あ、うん、もちろんだよ、でもどこへ?」

「あ~……終末医療施設、かな」

「えっ?そこもソレイユの関連施設なの?」

「ああ。うちの中でもちょっと特殊な場所でな、変な奴は中に入れたくないんだよ」

「そ、そう」

 

 千佳は、そんな場所に自分なんかが足を踏み入れていいのかなと思ったが、

反面そんな場所に連れていってもらえる事に、少し喜びを感じてもいた。

そして現地に着いた千佳は、建物の表札を見た。

 

「眠りの森?」

「ああ、まだ移動が済んでないから、患者は二人しかいないけどな」

「あ、そうなんだ」

「さあ、中へ入ろう」

「う、うん」

 

 残念ながら経子は不在のようだったが、めぐりがいるとの事で、

八幡はめぐりの下に挨拶に向かった。

 

「め………………めぐり」

「今凄い間があったけど、良く出来ました!」

「勘弁してください、やっぱりまだ呼び捨てとか慣れないんですよ」

「まあそのうち慣れるでしょ、で、そちらの方は?」

「俺の友達で、折本の友達でもある仲町千佳さんです、花屋さんです。

こちらは城廻めぐりさん、俺の高校の時の先輩かな」

「仲町千佳です、宜しくお願いします」

「そっか、かおりちゃんのお友達なんだ。城廻めぐりです、宜しくね。

で、比企谷君、今日はどうしたの?」

「実はここに、花か植木を置けないかと思って」

「あ、それはいい考えだね、うちは特殊だから、室内には衛生的に難しいかもだけど、

部屋の中から緑が見えるってのはいいと思うよ」

 

 そうめぐりに言われた八幡は、ほっとした顔でこう言った。

 

「あの二人が目覚めた時、目の前にあるのが機械だけじゃ、やっぱり寂しいですからね」

「そういう事か、比企谷君はやっぱり優しいね」

 

 そう言われた八幡は、頭をかきながらめぐりに言った。

 

「それじゃあ仲町さんと一緒にちょっとあいつらの所に行ってきますね」

「うん」

 

 そして二人は廊下を進み、千佳は部屋の中にある建設中の設備を興味深そうに眺めた。

 

「これは何を作ってるの?」

「これか?そうだな……メディキュボイドって聞いた事あるか?」

 

 千佳は意外と博学のようで、その言葉に聞き覚えがあったようだ。

 

「あ、えっと、あの都市伝説の?」

「都市伝説?世間じゃそういう認識なのか?」

「うん、まとめサイトで見た」

「なるほど……で、これはその都市伝説の実物かな」

 

 千佳はそう言われ、さすがに驚いたようだった。

 

「ええっ?そ、そうなの?」

「ああ、これがメディキュボイドだ。患者が意識を失っていようが何しようが、

患者の意識を仮想世界に接続し続ける機械かな」

「意識を失っていても……?」

「ああ、ナーヴギアに使われていた技術なんだ。今はソレイユだけがこの技術を所持してる」

「そうなんだ……危なくない?」

「ああ、それは大丈夫だ。で、例の二人がいる部屋がここだ」

「あっ、本当だ……」

 

 そこには二人の少女がベッドに横たわっており、

その頭全体を覆うように、大きな機械が装着されていた。

 

「この二人は重い病気でな、もう一ヶ月くらいになるか、VR世界でずっと暮らしてるんだ」

「ずっと!?そ、そうなんだ……」

「まあ慣れちまうと外よりも快適らしいんだよな、俺もたまに会いに行ってるが」

「この状態で治療を?」

「ああ、患者さんが治療の過程で苦しんだりしないのがメディキュボイドの特性だしな」

「あ、そっか、そういう事なんだね」

「という訳で、この中から見える位置に何か置きたいんだよ、考えてもらってもいいか?」

「う、うん、私で良ければ」

「ありがとう、仲町さん」

 

 そう言う八幡の瞳はとても優しい光を湛えており、千佳は胸が熱くなった。

 

(やっぱり比企谷君は優しい)

 

「さて、今日は遅くなっちまって済まなかった、家まで送るよ」

「うん、ありがとう」

 

 そして去り際に千佳は双子の方に振り返り、心の中でエールを送った。

 

(私も二人のためにいい植物を選ぶから、二人とも頑張って)

 

 

 

 家に帰った後、千佳は両親に手伝ってもらって見積もりを出した。

その額は予想よりも高い額となり、千佳は少し焦ったのだが、

薔薇に連絡すると、正当な金額なので問題ないとの答えが返ってきた。

千佳は帰りの車の中で、両親の説得に少し手こずったという事を、

あくまで雑談として八幡に話していたのだが、八幡は千佳の両親を安心させる為だと言って、

契約内容に、ソレイユの側から契約を反故にした場合、違約金として、

三年分のメンテナンス費用分と同じ金額をソレイユが支払うという項目を付け加えていた。

それを見た千佳の両親は泣いて喜び、反対して悪かったと千佳に頭を下げた。

そしてその日の夜、千佳はベッドの中で八幡の事を考えていた。

 

「ここまでしてくれなくてもいいのに、私なんかの為に気を遣いすぎだよ。

ほんとにもう、一歩間違えたら好きになっちゃう所だよ……

……今だけは名前で呼んでもいいよね、ありがとう、おやすみなさい、八幡君」

 

 千佳は恥ずかしさで頬を染めながら、そのまま幸せな気分で眠りについたのだった。



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第367話 三人のアルバイト

2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


 例の薔薇が倒れた日の朝、和人は千佳からの頼みを快諾し、

アルバイトの為にフラワーショップ『ナカマチック』に来ていた。

 

「仲町さん、約束通り来たよ」

「桐ヶ谷君、今日は本当にありがとう!」

「いやいや、女性の為ならこれくらいはなんでもないさ。

とか、八幡だったら言ったりするのかな?」

 

 和人はまったく似ていないのだが、八幡の真似をしたつもりでそう言った。

 

「あは、比企谷君なら多分しれっと、『たまたま近くに来たからついでに手伝いに来たわ』

とか言うんじゃないかな?」

「あー、あいつなら言いそうだな!」

「あはははは」

 

 そして和人は、先に来ていた他のアルバイトの人に紹介された。

 

「俺は山田風太、宜しく!」

「長崎大善です、今日は宜しくお願いします!」

「桐ヶ谷和人です、宜しくな!」

「あはっ、三人とも元気だね、今日は台車を使って植木を運んでもらうだけなんだけど、

結構数が多いからちょっと大変かも。みんな宜しくね」

 

 そして千佳の運転で、四人はソレイユへと向かった。

ソレイユに着くと、ビルの前には沢山の植木が並んでいた。

朝のうちに業者に頼んで置いておいてもらったものだ。

 

「うわお、見ろよ、植木が蟻のようだぜ!」

「これはやり甲斐があるな……」

「でもまあ台車があるから、労力はそれほどでもないよな」

「俺としては、社食の内容が気になる……」

「ソレイユの社食って豪華な事で有名なんじゃなかったか?」

「まじで?それは楽しみだわぁ」

「休憩は五個運ぶごとにとる事にするね、そろそろ暑くなってきたし、

まめに水分補給しないとね、それじゃ始めましょっか」

 

 そして千佳は、あらかじめ用意してきた地図と、

背中に店の名前の入った上着を三人に配った。

その地図は五ヶ所にマークがついた物が複数用意されており、

そんな所に千佳の気遣いが感じられた。

 

「それじゃ私は受付に挨拶に行ってくるね」

 

 千佳はそう言って受付に向かった。丁度そこにキットが入ってきたが、

全員植木の方を見ていた為、誰もそれに気付かなかった。

ちなみにもうお分かりだと思うが、今日のバイトは八幡が手配していた。

わざわざ募集をかけてもらうのも面倒だろうと思ったのだろう。

ちなみに風太と大膳は和人の素性は知らず、和人も二人の素性は知らされていない。

 

 

 

「比企谷く~ん!」

「お、仲町さん、来てたのか」

「うん、早速植木の配達にね!」

「あいつらはちゃんと来てるか?」

「うん、バイトの手配までしてもらっちゃって本当にありがとね」

 

 

 

 そして千佳は八幡とかおりに挨拶した後、庭に戻って軽めの植木を一人で運び始めた。

千佳は今日は八幡の為に精一杯頑張るつもりでおり、

全部をバイト任せにするつもりはまったく無いようだった。

 

「よいしょ、よいしょっと」

「仲町さん、大丈夫か?手伝おうか?」

 

 千佳が廊下で植木を下ろしていた時、丁度そこに八幡が通りかかった。

 

「あ、うん、これは軽いから大丈夫だよ」

「そうなのか、重いものはあいつらに全部任せちまっていいからな」

「あは、みんなには悪いけどそのつもり。

私の力じゃ持ち上がらないのが結構多いんだよね……」

「まあ気にせずじゃんじゃんあいつらを酷使してやってくれよ」

「もう、うちはそんなブラック企業じゃないから!」

「ははっ、それじゃあまた後でな」

「うん、またね!」

 

 

 

「失礼しまっす、植木をお持ちしました~」

 

 そう言いながら風太は社長室のドアをノックした。

 

「はいはいどうぞ~」

 

 中からそんな返事が聞こえ、ドアを開けると陽乃がきょとんとした顔で風太の方を見た。

 

「あら、風太君じゃない、何その格好?あ、もしかして花屋のバイト?」

「そうなんですよ、八幡からいきなり電話があって、手伝ってくれないかって」

「あは、それで引き受けた訳なのね」

「まあ友達なんで!それに暇だったんで!」

「風太君っていつも元気よね」

「いやぁ、それだけが取り柄ですしね」

 

 そして陽乃は、何となく風太にこう尋ねてきた。

 

「もううちのバイトには慣れた?」

「ええ、実際に体を動かしてる訳でも無いのに疲れたりする事もありますけどね」

「ああ、まああれは思ったよりきつかったりするものね」

「でも面白いですよ、あ、自分にこんな動きが出来るんだ、とか色々気付けたりしますしね」

 

 その言葉に陽乃は頷きながらこう聞いた。

 

「そっか、バイトは続けられそう?」

 

 風太はその言葉に即答した。

 

「もちろんですよ、ここのバイトは凄く楽しいですよ!

特に直接ここに来て働くのは大好きです!」

「あ、そうなんだ?でも家でやるのとそんなに違う?」

「ここは社長を筆頭に美人が多いですからね!」

「あはははは、風太君は正直だね」

「それじゃあ俺は次の植木を運んできます!」

「頑張ってね、風太君」

 

 

 

「失礼します、植木をお持ちしました」

「あれ?大善君じゃない」

「ああ、今日は別口のバイトなんだよ、もっとも八幡に頼まれたんだけどな」

「そうなんだ」

「そういえばアルゴさんは?」

「あそこで今仮眠中だけど、何か用事?」

 

 そう言いながら舞衣は、仮眠室の方を指差した。

 

「いや、いるなら挨拶だけしようと思ってただけだから寝てるなら別に大丈夫だ。

ところで舞衣ちゃん、前から思ってたけど、どこかで俺と会った事無い?」

 

 その大善の言葉に、大善の素性を知る舞衣は自分がイヴだと言おうとした。

八幡がここに連れてきた以上、問題ないだろうと考えたからだった。

ちなみに大善には、八幡はイヴの素性を伝えていない。単に面倒臭かったからだ。

そして舞衣は茶目っ気を出し、自分の事を伝える前に大善にこう言った。

 

「何それ、私を口説いてるの?」

「へ?あ、いやいやいや違う違う、そ、そんなやましい気持ちじゃなく、

純粋にどこかで会った気がしたからさ……」

「ふ~ん、口説かないんだ」

「そんなハードルの高い事、俺に出来る訳無いって!」

「あ~……まあそうだよね、たらおとヤミヤミにはそういうのは無理だよね」

 

 その舞衣の言い方に、大善は目を大きく見開いた。

 

「な、何でその呼び方を……」

「ピトさんの真似?」

「え、まじかよ、舞衣さんって……誰?」

「私はイヴ、G女連のイヴよ」

「あ、ああ~!言われてみればそんな感じだ!

あれ、でも戦争の時は八幡と初対面ぽくなかったか?前からここの社員だったのか?」

「ううん、あの時に自分を八幡様に売り込んだの。あとここでは私の事は舞衣って呼んでね」

 

 そう言われた大膳は、すまなそうな顔で言った。

 

「すまん、悪かった」

「あ、ううん、別に他人がいなければいいんだけど、

私も一応訳ありだからさ、その名前が外に出るのはあまり都合が良くないんだよね」

「そうなのか……まあ下手に呼び分けてつい言っちまっても困るし、

これからは舞衣ちゃんとだけ呼ぶ事にするよ」

「大善君は真面目だね、本当に何でモテないんだろうね」

「う、うるさいな、一言余計だ!」

「あははははは」

 

 

 

「植木をお持ちしました」

「あ、はいご苦労様、中へどうぞ」

「失礼します」

 

 薔薇は部屋の外からそう声を掛けられ、秘書室のドアを開けた。

その日はたまたま南とクルスも居り、その場には八幡の秘書候補が勢揃いしていた。

 

「それじゃあお願いします」

「あ、はい、それじゃあ今運びま…………お前、ロザリアか?」

「えっ……?あ……キ、キリトさん」

 

 それはSAOのクリア以降、初めての二人の邂逅であった。

薔薇は和人を見ておどおどしたような姿を見せ、それを見た和人は笑顔で言った。

 

「おいおいそんなにびびるなって、もしかして八幡と再会した時もそんな感じだったのか?」

「あ…………う、うん、正直もっと怖かったかも」

「まじかよ、そこまでか……」

 

 そして和人は、改めて笑顔で薔薇に言った。

 

「まあ昔の事はもういいって、今はここで頑張ってるんだろ?

八幡が許したならもうそれでいいだろ、気にするなって」

「あ、うん……でも私のした事は許される事じゃないから……」

 

 そう目を伏せる薔薇の肩を、和人はぽんと叩きながら言った。

 

「その分これからは人の役にたつような仕事をしていけばいい、

そんな事を言ったら俺だってお前と一緒なんだからな、

あの頃の事は絶対に忘れちゃいけないが、かといってそれに縛られすぎるのも良くないさ」

「う、うん……」

「しかし今のお前、まるで別人かと思うくらいいい顔をしてるな。

昔は見てるだけで不愉快にさせられたもんだが」

 

 そんな和人に、薔薇は困ったような顔で抗議した。

 

「い、言わないでよ!自分でも分かってるんだから!」

「ははははは、ちょっとは元気が出たみたいじゃないか。

俺に対しても、八幡に接するように普通にしていいからな、俺は和人、桐ヶ谷和人だ」

「う、うん、ありがとう…………和人」

 

 そして和人は、南とクルスを見ながら言った。

 

「で、そちらの二人は?」

「あ、うちは相模南、比企谷の元同級生で、彼の秘書予定かな」

「私は間宮クルス、八幡様の…………何?」

「え、うちに振らないでよ、えっと、普通に部下でいいんじゃない?」

「それだと物足りない……う~ん、下僕?可能なら愛人?」

「ちょ、ちょっとクルス、それはぶっちゃけすぎだから!」

「これでもまだ適切な言葉だとは言えないと思うんだけど」

「いいから普通に部下って言っておきなって!」

「うぅ…………部下です」

 

 そんな二人の会話を聞いた和人は、乾いた笑いを浮かべながら南に言った。

 

「相模さんはこれから苦労しそうだな……」

「あ、うん、薔薇さんもクルスも比企谷の事が好きすぎだからさ……」

「わ、私は別に……」

「八幡様は我が神、それは間違いない」

 

 和人はそれを聞いて、南を励ました。

 

「心から思う、本当に頑張れ」

「あ……ありがとう」

 

 そして和人は改めて薔薇に向き直りながら言った。

 

「まあいずれ俺もここに入る事になると思うから、その時は宜しくな、ロザリア」

「う、うん、待ってるわ」

「だからそんなにかしこまるなって、せっかくそんなに美人でスタイルもいいんだから、

堂々と胸を張ってればいいんだって」

「び、美人?あ……ありがと」

 

 薔薇はその言葉に顔を赤くした。だがその顔色に不自然なものを感じた和人は、

いぶかしげな表情で薔薇にこう尋ねた。

 

「あれ、褒められただけにしちゃ、ちょっと顔色がおかしくないか?

ちょっと赤すぎるっていうか……」

「あ、う、うん、朝からなんか調子が……」

「そうか、あまり無理すんなよ、休む時はしっかり休め」

「でもこれから学校見学の案内をしないといけないの」

「そっか、一応八幡には俺からも言っておくから、それが終わったら帰って寝るといい」

「あ、ありがと」

「おう、それじゃあ頑張ってな」

 

 

 

 そして和人がその事を八幡に告げた直後に、薔薇は倒れる事になるのであった。



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第368話 アルゴのお引越し(物理)

いつも誤字報告をしてくださる皆様、ありがとうございます!

2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


「八幡君、アルゴちゃんの部屋の準備が出来たわよ」

「お、思ったより早かったな、それじゃあ俺も動くとするか」

「ねぇ、そっちは全部任せちゃってたけど、実際のところ勝算はあるの?」

「大丈夫だろ、あいつは思ったより常識的な奴みたいだからな」

「……つまり非常識な手段に打って出るのね」

 

 陽乃にアルゴの部屋が用意出来たと聞かされた八幡は、

かねてから計画していた作戦をそのまま実行に移す事にした。

 

「さて、必要な人員に連絡するか……」

 

 八幡はそう呟きながら何人かに電話を掛け、人員を確保した。

 

 

 

 そして次の日、ソレイユの受付前に八幡達が集まっていた。

 

「おい小猫、もう体調はいいのか?」

「おかげさまでね」

「八幡様、今日は何をすればいいの?」

「舞衣は普通に仕事をしてもらって、アルゴの行動をこっそり俺に報告してくれ、

出来れば仮眠するように誘導してくれると有難い」

「はい、分かりました!」

「何で私、ここにいるんだろ……」

「たまたま今日はこっちでバイトするつもりでここに来たお前が悪い、

通りかかったら捕獲するに決まってるだろ」

「決まってるって何よ、意味が分からないわよ!」

「まあまあ詩乃、諦めなって」

 

 その日集まったのは、八幡、薔薇、舞衣、詩乃の四人だった。

ちなみに最後に詩乃を慰めたのは、横でさりげなく会話に参加しているかおりである。

 

「で、今日はとにかくアルゴさんを捕獲すればいいのね?」

「ああ、捕まえて隣のマンションまで連行するのが今日のミッションだ。

小猫はこれを持っておけ、そして裏口を見張っててくれ」

「何これ、長い手錠?それに裏口?それって逃げられる事前提よね?」

「あいつは勘がいいからな、やばいと思ったら速攻逃げ出す可能性がある」

「あ、それはそうかも……」

 

 薔薇はその言葉に納得したように頷いた。

 

「舞衣は連絡役、詩乃は俺のバックアップだな」

「私も何か手伝う?」

「折本は普通に受付の仕事をしてくれていていい。ただしもしアルゴが逃げてきたら、

上手い事足止めしてくれると助かる。場合によっては物理的に足止めしてくれてもいい」

「オッケー、任せて!」

 

 そして舞衣が先行して開発室に向かい、八幡達は連絡を待つ事となった。

ほどなくして舞衣から連絡が入った。どうやらアルゴはまだ開発室にいるようだ。

だが、何か不穏な気配がするらしくそわそわしているらしい。

 

「ほれみろ、あいつはこういう奴なんだよ」

「嘘……エスパー?」

「おい小猫、歳がバレるような発言は慎めよ」

「なっ……」

「とりあえず小猫は裏口へ向かってくれ、俺達は現地近くで待機する」

「あんた、後で覚えてなさいよ!」

 

 その薔薇の言葉に、八幡は生暖かい目を向けながら言った。

 

「お前も詩乃も、その捨てゼリフをよく言うけど、

後で何か言ってくる事ってほとんど無いよな、様式美か?」

 

 その言葉に薔薇と詩乃は顔を赤くして抗議した。

 

「い、今は力を溜めているだけよ!そのうちまとめて何かするわよ!」

「そうよそうよ、本当に覚悟しておきなさいよね!」

「へいへい、ほら小猫はさっさと裏口に行け、詩乃、行くぞ」

「くっ……」

「あ、待ってってば」

 

 八幡はそう言ってスタスタと歩き出し、詩乃は慌ててその後を付いていった。

残された薔薇を慰めるようにかおりが言った。

 

「そ、薔薇さん、ドンマイ」

「……かおり、今日は飲みにいくわよ」

「社乙会、開いちゃう?」

「そうね、南とクルスへの連絡は任せたわ」

「うん」

 

 

 

 八幡と詩乃は、開発室の扉が見える位置にある倉庫に入り、

中からそちらの様子をこっそりと伺っていた。

 

「まだ動きは無いな、大人しく仮眠室に入ってくれればいいんだが」

 

 ドアの隙間から開発室を見ながらそう言う八幡の上から、詩乃がひょっこりと顔を出した。

詩乃はこの機会を利用して、八幡の背中にさりげなく密着していた。

 

「……おい詩乃、あまりくっつくな」

「狭いから仕方ないじゃない、うん、仕方ないじゃない」

「何で二度言った……俺の方が背が高いんだ、お前は俺の下から覗け」

「チッ」

「今お前チッて言ったか!?言ったよな!?」

「男が細かい事を気にしないの」

 

 そう言って詩乃は、そのまま八幡の背中におぶさった。

 

「うお、重い、重いから」

 

 その言葉を聞いた詩乃は、八幡の首をぎりりと締めた。

 

「あんた女の子になんて事を言うのよ、私は重くなんかないわよ!」

「く、苦しい……」

 

 

 

 一方開発室では、舞衣の情報通りアルゴがそわそわしていた。

 

「……部長、何そわそわしてんの?微妙にうざいんだけど」

「お、おう……何かさっきから首の後ろがチリチリするんだゾ」

「チリチリ?何?」

「オレっちに何か危険が迫ってる気がするんだよナ……」

 

(うわ、八幡様の言った通りだ、ここは何とか誘導しないと)

 

「疲れてるんじゃないの?少し寝てくれば?」

「……そうするカ」

 

 アルゴはそう言ってのろのろと仮眠室の方へと向かった。

それを見た舞衣はこっそりと八幡にメールを打った。だがその姿をアルゴが見ていた。

アルゴはその舞衣の姿に嫌なものを感じ、脱兎のごとく開発室を飛び出した。

途端にアルゴの耳に、こんな声が飛び込んできた。

 

「あんた女の子になんて事を言うのよ、私は重くなんかないわよ!」

「く、苦しい……」

「ハー坊!?」

「なっ……詩乃降りろ、アルゴが!」

 

 そう自分の名前を呼ばれたアルゴは、裏口に向けて全力で逃げ出した。

 

(なんだなんだ?とにかく何かやばい、ここは逃げの一手だゾ)

 

 そして裏口に着いたアルゴの前に、薔薇が立ちはだかった。

 

「ここは通さないわよ」

 

 その薔薇の手には、長い鎖で繋がれた手錠が握られており、

薔薇は狭い中、それを器用に回してアルゴ目掛けて投げつけてきた。

 

「おわッ」

 

 その手錠はまるで銭形警部ばりの軌道を描き、アルゴの手首に完璧にはまった。

その瞬間にアルゴは薔薇の方にダッシュし、一瞬でもう片方の手錠を奪い去り、

そのまま正面入り口へと駆け出した。

 

「あっ」

「くっそ、何だよこれ、取れねーゾ」

 

 そして薔薇はアルゴを追い掛けながら八幡に電話を掛け、一言だけ言った。

 

「正面入り口!」

 

 

 

 かおりは微妙に緊張しながら受付業務をこなしていた。

そんなかおりの目に、通路から飛び出してくるアルゴの姿が映った。

かおりは咄嗟に走り出し、アルゴ目掛けて飛び掛った。

 

「タックルは腰から下!」

「うおおおオ!」

 

 かおりのタックルは見事に決まり、アルゴは逃げ出そうともがいたが、

かおりは必死でアルゴにしがみついて絶対に離そうとはしなかった。

そこに、裏口に向かった八幡とは別行動で正面入り口に向かっていた詩乃が合流し、

その二人の姿を見て同じようにアルゴに飛び掛った。

 

「逃がさないわよ!」

「うお、二人がかりかヨ!」

「私もいるよ!」

 

 そこに開発室から真っ直ぐここに駆け付けた舞衣も加わり、

三人は必死でアルゴを拘束した。おりしも終業時間が迫っており、

入り口ホールにはちらほらと帰宅しようとする社員の姿が現れ始めていた。

 

「何だ何だ?喧嘩か何かか?」

「あれ、アルゴ部長じゃないか?しがみついてるのは同じ開発部の子と、

受付の子とバイトの子だな」

「……逃げようとする部長を取り押さえてるように見えるな」

「あれだ、これは完璧に次期社長案件だろ」

「よし、俺達も部長を逃がさないように周りを囲もうぜ!」

 

 こうしてアルゴの命運は尽きた。ゲームの中ならいざ知らず、

現実でこれだけの人間に囲まれたらもう逃げ場は無い。

そしてそこに、ついに八幡達が到着した。

 

「おう、何か凄い事になってるな」

「八幡様、ミッションコンプリート!」

「八幡、遅いわよ!」

「比企谷、早く早く!」

「次期社長!これで良かったんですよね?」

「おう、お前ら指示も無かったのによくやったな、えらいぞ」

「ありがとうございます!」

「まあこれくらい空気が読めないとソレイユの正社員はやってられないですって!」

 

 そして八幡はアルゴの下に近寄り、その手にはめられている手錠を見ると、

反対側の手錠を自分の手にはめた。

それを見たアルゴは抵抗するのをやめて力を抜き、その場にぐったりとした。

 

「くそ、完全に詰んだゾ……」

「まあこうなったら俺からは逃げられないって当然分かってるよな?」

「とりあえず逃げちまったけど、これは一体なんなんだヨ」

「お前、ずっと会社で寝泊りしてるらしいじゃないかよ、

だからお前の為に俺達が新しい部屋を借りてやったんだ、今からそこに連行する」

 

 その言葉にアルゴは必死に抗議した。

 

「なっ……オレっちは別に困ってないぞ!仮眠室で十分なんだゾ!」

「うるせえ、それじゃうちの会社が微妙に困るんだよ!」

「くっそ、こうなったら最後の抵抗を……」

「そんな事出来る訳が無いだろ、ほれ」

「きゃっ」

「「「「「「「「「「「おお~!」」」」」」」」」」」

 

 八幡はそう言いながらアルゴをお姫様抱っこし、周囲の社員達は驚いた。

 

「今の声、部長だよな?」

「うわ、なんかかわいい……」

「部長、最高!」

「部長いいなぁ、私も次期社長にお姫様抱っこされたい……」

 

 アルゴは不意を突かれ、自分がそんな声を出してしまった事が恥ずかしかったのか、

赤い顔で八幡に抗議した。

 

「こ、こういうのは他の女にやれよ!何でオレっちにやるんだヨ!」

「お前が言ったんじゃねえかよ……」

 

 その言葉にアルゴはきょとんとした。どうやら自分が言った事を完璧に忘れていたらしい。

 

「オレっちガ?」

「ほら、アイとユウと話した時だ」

「あ……」

「それに二人とも約束したからな、

あの二人の代わりに俺がお前に感謝の気持ちを伝える為に、お姫様抱っこしてやるってな」

 

 そしてアルゴは、愕然とした顔で八幡に言った。

 

「それは分かったけど、何でこのタイミングでやるんだよ!

こういうのはもっと色っぽい雰囲気でだナ……」

「そんなのお前が先日俺にちょっかいを出した、その仕返しに決まってるだろ」

「仕返しかヨ!」

「仕返しだ、絶対にお前をひぃひぃ言わせてやるって誓ってたからな」

「そういうのはベッドの上でやれヨ!」

「ああうるさいうるさい」

 

 八幡はそう言うと、舞衣にこう指示を出した。

 

「舞衣、小猫と詩乃と一緒に、仮眠室からこいつの私物をあのマンションへ運んでくれ」

「分かった!」

「何もかも全部でいいのね」

「おう、頼むわ」

 

 そして八幡は、ニヤリとしながらアルゴに言った。

 

「今聞いた通りだ、それじゃあこのままお前を、

あの入り口から見えるマンションまで運ぶからな」

「えええええええええええええええ」

 

 アルゴは生まれて初めてそんな声を上げ、八幡はそんなアルゴに構わずにビルの外に出た。

アルゴはその公開処刑状態に耐えられず、ずっと八幡の胸に顔を埋めていた。

 

「おい、俺達も見送ろうぜ」

「だな!」

「行くぞみんな!イベントだ!」

 

 ノリのいい社員達は、そのままぞろぞろと二人に付いていき、

マンションの入り口で万歳三唱をした。付近の住人達は何事かと思ってそちらに注目したが、

ソレイユのやっている事だと分かると、生暖かい目でそれを見守った。

どうやらソレイユは、付近の住人達にも好意的に見られているようだった。

 

「このマンションの部屋を借りていたのは知ってたんだよナ……」

「知ってやがったのか」

「てっきりボスかハー坊の部屋だと思ってたんだけどナ」

「残念、お前のだ」

「くそ、まったく何て事をしやがる、恥ずかしいじゃねえかヨ……」

「もう諦めて、大人しく毎日家に帰れよな」

「ふン」

 

(明日は絶対に仮眠室に戻ってやるんだゾ)

 

 だがそんなアルゴの思いとは裏腹に、このイベントは三日間続けられ、

さすがのアルゴも音を上げ、それからは毎日大人しく家に帰る事になったのだった。



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第369話 社乙会(二回目)

2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


「ではこれから、第二回社乙会を開催します」

 

 薔薇の挨拶と共に、参加者達はパチパチパチと拍手をした。

今日の参加者は、第一回社乙会の参加メンバーである薔薇、クルス、南、かおりに加え、

詩乃と舞衣が参加していた。当然詩乃の前にはウーロン茶が置かれている。

 

「何となく来ちゃったけど、えっと、社乙会って何?」

「当ててみなさい」

 

 その薔薇の言葉にクルスが即座に突っ込んだ。

 

「室長、おっさんくさい」

「い、いいのよ、簡単にバラしてもつまらないじゃない、ねぇ?ねぇ?」

 

 薔薇はそう同意を求め、他の者達は仕方なくそれに頷いた。

 

「えっと……どんな字を書くの?」

「会社の社に、自演乙の乙ね」

 

 それを聞いた詩乃はしばらく無言になり、少し後にとても困った顔で薔薇に尋ねた。

 

「えっと……分かるけど何故その単語をチョイスしたの……?」

「さっきひどい自演を見たからよ」

「自演?何それ?」

「うちも聞きたい!」

「いいでしょう、私が目撃した事実を皆に伝えます」

 

 薔薇はそうもったいぶった後に、五人に説明を始めた。

 

「先ずこの動画を見て」

「これ、さっきの比企谷とアルゴ部長?」

「ええ、ちなみにかおり、どこでアルゴさんだと分かったの?」

「えっと、頬のヒゲ?」

「じゃあ八幡は?」

「そこからの推測!」

「パーフェクトよ」

 

 薔薇はその言葉に、我が意を得たりと言った感じで頷いた。

 

「よく分からない」

「うん、一目瞭然だと思うけど」

 

 そう突っ込むクルスと舞衣に対し、薔薇はこう聞き返した。

 

「じゃあアルゴさんの頬にヒゲが書いてあるって知らなかったらどう?」

「どうって……」

「あ、そうなると二人とも誰が誰だか……」

「あ、そういう事か!」

「分かったようね」

 

 そして薔薇は、動画を見せた意図を五人に説明した。

 

「この動画は、さっきの事案が発生した直後にアップロードされたものよ。

見てこのアングル、身内にはこれが誰なのか一目瞭然だけど、

知らない人から見たら何が起こっているのかまったく分からないはずよ」

「確かに……」

「そう言われると、うちの社員にしか分からないかも」

 

 そして薔薇は、次にこんな質問をした。

 

「で、あなた達、今日疑問に思った事は無い?誰か大事な人がいなくなかったかしら?」

「誰か?う~ん……」

「いなかった、いなかった、むむむ……」

「あ!そういえば今日社長は?」

「社長は今日ずっと社長室にいたはずだよ、

私ずっと受付にいたけど、社長が出掛ける所なんて見なかったもん。

まあ裏口から出ていったなら分からないけど、普通そんな事ありえないしね」 

「え、ありえなくない?」

「あの社長があんな面白いイベントを見逃すとかありえない」

「じゃあ社長はどこに?」

「ここ」

 

 薔薇はそう言って画面を指差し、皆はその画面に見入った。

 

「ここに社長が映ってるの?」

「いいえ」

「え、じゃあどこに……」

 

 その時詩乃が、何かをひらめいた表情でこう言った。

 

「あっ、まさかこれを撮影してアップしたのが社長?」

「正解よ詩乃」

「え、ええ~!?」

「そうだったんだ……」

「でもそれと自演とどう関係が?」

「それを今から説明するわね」

 

 そして薔薇は、アルゴの部屋で何があったのかを皆に説明した。

 

 

 

「さて、ここが新しいお前の部屋だ」

「くっそ、何だよこの羞恥プレイは……まあいいや、中々居心地が良さそうな部屋だな、

ここならまあ住んでやっても構わないゾ」

「お前そう言って安心させて、直ぐにここに帰らなくなるんだろ?」

「いやいや、あっはっは、そんな事ある訳無いだロ」

「これを見ろ」

 

 八幡はそう言ってアルゴに動画を見せた。

 

「ん?げっ、これはさっきの……」

「何人か撮影してたから、アップされてるだろうと思って探してみたら案の定だったな」

「まじかよ、こんなのどこからどう見てもオレっちじゃねえかヨ……」

 

 アルゴは呆然とそう呟いた。だがこれは、先ほど薔薇が説明したロジックそのままである。

知らない人が見ても、これが誰でどういうシチュエーションなのかは分からない。

なので実際の所、こんな物がアップされてもアルゴには何の痛手にもならないのだが、

この時のアルゴは先ほどまでの羞恥のせいで少し冷静さを欠いていた。

 

「まあそういう事だ。この動画のせいで、この場所を訪れる奴も何人かいるはずだから、

明日はもっとギャラリーが増えるだろうな」

 

 その八幡の言葉にアルゴは固まった。

 

「あ、明日……?」

「だってお前、今日さえ凌げばいいとか考えてるんだろ?

なので終業時間から始業時間の間に、もしお前の姿が本社の監視カメラに映ったら、

また明日も今日と同じ事をするつもりだ」

 

 そう言われたアルゴは、頬をひくつかせながら言った。

 

「そんなもん、オレっちの技術があれバ……」

「お前とダルとイヴが作りあげた鉄壁のディフェンスを、お前、簡単に突破出来るのか?」

「あああああ、くそっ、そうだっタ!」

「そんな訳で、お前が諦めるまで毎日来るからな、行くぞ薔薇」

「はい」

「あ、おいハー坊、薔薇ちゃん……くっそ、オレっちは負けねえ、絶対に耐えてみせるゾ」

 

 

 

「という事があったのよ。で、その後私達がソレイユに戻った後、社長室でね……」

 

 

 

「おかえり二人とも」

「ボス、いたんですか」

「あら薔薇、気付かなかったの?八幡君がアルゴちゃんを運んでいた時、

私は変装してギャラリーに混じって一部始終を撮影してたんだけどなぁ」

「えっ?そうなんですか?あ……じゃあまさかさっきのアップロードって……」

「うん、私」

「これで明日からはアルゴの奴、

顔を知らない社員の事を一般人だと勝手に思い込んでくれるでしょう」

「どのくらい持つかな?」

「まあいいとこ三日でしょうね」

 

(うわ、この二人……あの手この手で……)

 

「あいつを相手にするならこれでも足りないくらいですけどね」

 

 

 

「まあこんな感じよ」

「なるほど……」

「で、詩乃、社乙会が何の略か分かったかしら?」

「う~ん、社員の乙かれ会?」

「…………あんたもかなり強引にまとめてきたわね」

「いや、だって……」

 

 そして薔薇に南が言った。

 

「室長、さすがにこれを当てろと言われても、正直うちにも絶対に無理だと思う」

「ああ……まあ確かにね。詩乃、社乙会というのはね、

『社長がモテすぎてむかつく乙女の会』の略よ」

 

 そう薔薇が言った瞬間、詩乃は自分の荷物をまとめて帰ろうとした。

 

「わ、私は別にそんなヤキモチみたいな事は思ってないわよ!」

 

 そんな詩乃の後姿にその場にいた者達は次々に声を掛けた。

 

「私は死ぬまで八幡の傍にいるつもりなのよね」

「神への信仰は不変、私も同様」

「う、うちはそこまでは言い切れないけど、

秘書として二人きりで行動する時もあるだろうなって思ったらちょっとドキドキする……」

「それある、私も受付で比企谷が通りかかる度にドキッとするし」

「私はまだそこまでじゃないけど、何か最近八幡様って呼ぶと鼓動が早くなる……」

 

 それを聞いた詩乃は、くるりと踵を返して元の席に座ると、ぼそっと呟いた。

 

「何かむかついてきた……」

 

 そんな詩乃の背中をバシバシ叩きながら、薔薇が言った。

 

「あはははは、やっぱりそうでしょう?ヤキモチも焼きたくなるわよね」

「大体何なのよあいつは、優しくて格好良くてお金持ちとか反則じゃない!」

「お、詩乃が乗ってきたわね」

「まあ詩乃は若い分感情を抑えるのが大変だよね」

「それでもうち、詩乃は恵まれてる方だと思うな。うちなんか何も無いもん、

高校の時なんかあいつに思いっきりひどい事をしたし……」

「え、何それ、何をやらかしたの?」

「実は……」

 

 そう言って南の暴露話を聞いた五人は、口々にこう言った。

 

「八幡様、さすがにお人よしすぎない?」

「自己犠牲にも程がある」

「まあでもあの人らしいと言えばあの人らしいというか」

「南も大変だね」

「まあ今は必要としてもらえて満足はしてるけど、もうちょっと会えればなとは思う」

「でもこの中で一番かわいそうなのは、やっぱかおりなんじゃないかな」

「あ~、それある……」

「え、かおりさん何があったの?」

「あ、あは……中学の時ね……」

 

 そしてかおりは、中学の時の自分の失態を情けなさそうな顔で暴露した。

 

「え、かおりって八幡様に告白されてたんだ……」

「逃した魚は大きいって、まさにかおりさんの為の言葉だよね……」

 

 かおりはそう言われ、顔を手で覆いながら言った。

 

「言わないで、自分でも分かってるから……」

「まあそんなに気を落とさないで、ささ飲んで飲んで」

「う、うん……あ~もう中学の時の自分を殴ってやりたい、

何でもっと相手の将来性を見なかったかな!」

「いや、さすがにその中学での姿から今こうなるなんて想像するのは無理でしょ……」

「確かにそうだけど、そうだけどさ!」

 

 そして話はGGOでのクルスの活躍に移った。

 

「それに比べるとクルスは最高だったよね」

「そうよ、あんた上手くやりすぎよ!」

「あれはさすがの私も羨ましいと思った」

「あそこでハチマンをコンバートさせてまで迎えに行くってどうなのよ、

あんな事されたら完全に惚れちゃうでしょ!」

 

 クルスはそれに首を振りながらも、熱っぽくこう言った。

 

「大丈夫、元々大好きだったから。でも正直あの時は、

ちょっと体の芯から熱いものが……具体的には下半身の方から……」

「そ、それ以上は駄目!」

「詩乃だって噂に聞く限りじゃ、同じような経験があるでしょう?」

「う……」

 

 そして詩乃は、自分と八幡とのリアルでの出会いの日の事を思い出した。

自分の生活を一瞬で変えてくれたあの日の八幡の事を考え、詩乃は顔を真っ赤にして俯いた。

 

「詩乃、顔が真っ赤だよ」

「わ、分かってるわよ!」

「そんなに凄い事をされちゃったの?」

「べ、別の意味で……」

「どんな?」

「えっと……」

 

 そして詩乃は、自分と八幡とのリアルでの出会いの事を話し、

それを聞いた一同はさすがに目を剥いた。

 

「何それ……」

「どう考えても落としにきてるでしょ!」

「でも八幡様にとってはただの善意の行動」

「ありえない、ありえないわよ!すみません、ビールおかわりで!」

「まあ詩乃は、それで止めを刺されちゃったと」

「だ、だって仕方ないじゃない、本当に王子様みたいだったんだもん!」

「うんうん仕方ない、ささ、ウーロン茶を飲みなさい」

「う、うん」

 

 その一連の話を聞いた舞衣は、羨ましそうに言った。

 

「いいなぁ、私なんか自分で売り込んでここに連れてきてもらっただけだから、

良くも悪くもそういったイベントが何も無いよ……」

「そのうちあんたにも何かきっとあるわよ、元気を出しなさい」

「それで私も落とされちゃうのかな?」

「「「「「あ~……」」」」」

 

 五人はその舞衣の言葉に、絶対そうなるだろうなと思い、微妙にむかついた。

そして薔薇以外の四人の矛先は、薔薇に向かった。

 

「そもそも薔薇さんがこの中で一番優遇されてる気が……」

「仲いいですよね……」

「いつも羨ましいなって思ってた」

「あんた達は勘違いしすぎよ、確かに私は一生八幡の傍にいると思うけど、

それは裏を返せば、間違いを起こす以外、本当に言葉のまま傍にいて、

指をくわえて見てるだけになる可能性が凄く高いのよ!」

「ああ……確かに八幡様の薔薇さんに対する態度は拾った小猫に対する態度に見えるかも」

「でしょでしょ?もう何なのよあいつ、でも困った事に、

それでも嬉しいと思ってしまう自分がいる訳で……」

「うんうん分かるよ、ささ薔薇さん、飲んで飲んで!」

 

 そして薔薇はビールをぐびぐびと飲みながら言った。

 

「ほら皆、もう無礼講よ、日ごろの不満をぶちまけなさい!」

「「「「「お~!」」」」」

 

 こうして会は、六人がそれぞれ愚痴を言う残念な状態になった。

そんな感じで二時間が経ち、店から外に出た六人を、意外な人物が待っていた。

 

「おうお前ら、俺への愚痴は存分に吐き出せたか?

それじゃあ順番に家まで送ってやるから、とりあえずこの車に乗れ」

 

 店の外で待機していたのは八幡であり、それはソレイユの社用車であるバンだった。

そして六人は恐縮しながらその車に乗り込み、順番に家に送ってもらう事となった。

そして最後に送ってもらう事となった薔薇に、八幡は言った。

 

「今日は楽しかったか?」

「え、う、うん」

「そうか」

 

(もう、何なのよこいつは、他の皆とも車の中で話したけど、出来杉君なの?

それとももっと自分に惚れさせるつもりなの!?)

 

「よし着いたぞ、ここからはもう一人で大丈夫だな」

「あ、うん、その……ありがと」

「おう、それじゃあまた明日な」

 

 たったそれだけの言葉に、薔薇はドキリとした。

実は他の者もそれは同様で、帰り際に八幡にそう言われただけで、

皆同じようにドキリとしていた。まるでチョロイン軍団である。

 

「うん、また明日」

 

 薔薇はそう答えると、弾む足取りで自分の部屋へと向かったのだった。



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第370話 這い寄る悪意

2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


 戦争が終わり、GGOのプレイヤー達は、弛緩した空気に包まれていた。

だが全てのプレイヤーがのんびりしていた訳ではない。

逆にのびのびと活動を開始するプレイヤーもいるのだ。

 

「ふう、やっとダルい戦争とやらが終わったか、

お前は勝ち組に所属していたらしいな、シュピーゲル」

「うんノワールさん、一応そういう事になるのかな」

「まあ良かったじゃねえか、負けるよりはよ」

「まあそれはそうなんですけどね」

 

 そう苦笑するシュピーゲルに、ステルベンが尋ねた。

 

「シャナってのはどんな奴だ?」

「シャナさんはそうだねぇ……正直何をしても勝てる気がしない、壁みたいなものかな、

まあその…………色々な意味で」

 

 その言葉にノワールが茶化すように言った。

 

「色々な、ねぇ……例えば女とかか?」

「あ、いや、はは…………まあ色々だよ」

 

 次にステルベンが、シュピーゲルに話し掛けた。

 

「お前はそれでいいのか?」

「良くはない、良くはないけど、あの壁を超えるのはどう考えても無理じゃないかな」

「何で超える必要があるんだ?」

「……どういう事?」

 

 その疑問に答えたのはノワールだった。

 

「シャナがいなくなったらその女はお前のものになるんじゃないのかって、

ステルベンはそう言ってるんだよ」

「えっ?」

 

 シュピーゲルはそんな事は想像すらした事が無かった為、きょとんとした顔をした。

そして少し考え込んだ後にこう言った。

 

「無理ですよ、リアルでも繋がりがあるらしいですからね」

「……リアルでも?」

「うん、前そういう話を聞いたんだよ、ステルベン」

「そうか」

 

 そしてシュピーゲルがモブを釣りに行っている間に、

ステルベンとノワールは今の話題について話をしていた。

 

「今の話だが」

「ああ、もしかしたらハチマンを殺れるんじゃないかってお前も思ったんだろ?」

「……どう思う?」

「あいつが一人暮らしだとは思えん、それにあいつとガチでやりあっても、

今はまだ銃弾を撃ち込める気がまったくしない。

俺達は銃の扱いに精通してるとはまだ言えないからな」

 

 ノワールはそう言って、お手上げというゼスチャーをした。

 

「せめて何か、対抗出来る手段が手に入ればな」

「そうか」

「だから狙うとすれば……」

 

 ステルベンはそう言い掛けたノワールの意図を読み、続けて言った。

 

「女の方か?」

「ああ、それなら間接的にハチマンにダメージを与えられるだろ?

もっとも女子高生で一人暮らしの奴なんて滅多にいないだろうがな」

「あの女は一人暮らしだと昔恭二が言っていた記憶がある」

「まじかよ、それなら可能性があるな。でもいいのか?弟の想い人だろ?」

「……俺達じゃなくあいつが殺る分には問題ないだろ?」

「ああそういう事か、痴情のもつれって奴だな、でもそこまで相手を憎めるか?

さっきの態度だと、もう諦めが入ってるように見えたんだが」

 

 そう言われたステルベンは、少し考えた後にこう言った。

 

「あらかじめ誰か一人関係ない奴を殺させてハードルを下げる」

「おお、その後煽れば可能性は出てくるかもしれないな、

出来ればその最初の生贄も、ハチマンに関係する奴なら理想的なんだがな」

「……戦争の後から、恭二がたまにいい目をするようになった」

 

 ステルベンが突然そう言い、ノワールはきょとんとした。

 

「何の事だ?」

「俺達好みの目だ」

「相変わらずお前は言葉が足りないんだよ、要するにあれか、

戦争で誰かを恨むようになったって事か?」

「ああ」

「それじゃあ先ずはそいつが誰か調べてみるか」

「地道だがそこから始めよう」

 

 ノワールは頷き、続けて言った。

 

「薬品の手配はどんな感じだ?」

「少し難航しているが、当たりは付けた、問題ない」

「そうか、こっちの調査だと今直ぐにでも殺れるのは、ギャレット、ペイルライダー、

薄塩たらこ、サクリファイスの四人だな」

「……サクリファイス?」

「おう、最近ログインしてないが、例の戦争初期で、

ロザリアって奴を拉致った時にその見張りをしていた奴だ」

「なるほど」

「シノンはシュピーゲルに調べさせればいいか?招き入れてもらえれば鍵も問題ないしな」

「ああ」

 

 丁度その時シュピーゲルがモブを釣って戻ってきた為、二人は銃を構えた。

 

「お待たせしました」

「おう、それじゃ攻撃開始っと」

 

 そしてしばらくは殺しの話題も出ず、そんな事が何回か繰り返された。

そして街に戻った後、休憩がてら酒場に入ろうという事になり、

その入り口を潜った瞬間にシュピーゲルの目付きが変わった。

いわゆるステルベンとノワール好みの目という目付きにだ。

当然二人はそれを見逃さず、アイコンタクトをすると、ノワールがシュピーゲルに聞いた。

 

「どうした?誰か嫌いな奴でもいたのか?」

「あ、あはは、分かっちゃいましたか?」

「まあな、で、どいつだ?」

「……ゼクシードです」

「ほうほう、なるほどなるほど、ゼクシードな」

「殺したいのか?」

 

 ステルベンが、あくまでゲーム内での話を装った風にぽつりとそう言った。

 

そしてシュピーゲルは、ステルベンの方に振り返って言った。

 

「……いつかね」

 

 その目が憎しみに燃えており、ステルベンとノワールは、内心で快哉を叫んだ。

 

「そうか」

 

 ステルベンは短くそう言っただけだったが、

内心では、ゼクシードを何とか殺しのリストに入れられないか算段していた。

 

「とりあえず場所を変えるか?」

 

 ノワールが空気を読んでそう発言し、シュピーゲルが頷いた為、

三人はそのまま酒場を出た。

 

「お、シュピーゲルじゃないか」

 

 その時シュピーゲルに話し掛ける者がいた、薄塩たらこである。

ステルベンとノワールは、自分達の顔がよく見えないように上手く調整しながら、

一歩下がって薄塩たらこに軽く頭を下げた。

薄塩たらこも深く詮索はしてこず、会釈しただけだったのが彼らには幸いだった。

何せターゲットの一人なのだ、二人は馴れ合うつもりはまったく無かった。

 

「たらこさん、お久しぶりです」

「おう、最近シャナ達もあんまり来ないから中々集まる機会も無いが、元気だったか?」

「はい!」

「そうかそうか、お、言った傍からシャナから通信だ、ちょっと待っててくれ」

「あ、シャナさんが来たんですか」

 

 その言葉にステルベンとノワールは身を固くし、素早く囁き合った。

 

「……何があろうと殺気を出すのは禁止な」

「分かってる」

 

 そしてシャナとの通信を終えた薄塩たらこが、

パッと明るい顔をしながらシュピーゲルに言った。

 

「シュピ-ゲル喜べ、もうすぐ世界樹要塞で、次の拠点防衛イベントが発生しそうらしい」

「本当ですか?レアアイテムゲットのチャンスですね!」

 

 その言葉を聞いたステルベンとノワールは、

先ほど自分達が交わした会話の事を思い出していた。

 

『せめて何か、対抗出来る手段が手に入ればな』

 

 そして二人は、興味津々で二人の会話を黙って聞き続けた。

 

「おう、楽しみだな!ダイン経由でまた連絡が行くと思うから、お互い頑張ろうぜ!」

「はい、楽しみにしていますね!」

「早速準備しないとな、またな、シュピーゲル」

「はい、またです!」

 

 そして薄塩たらこは去っていき、三人は別の酒場に入った。

そしてノワールが、先ほどのイベントについてシュピーゲルに質問した。

 

「なぁ、さっきのイベントって何の事だ?」

「ああ、それはですね……」

 

 二人はシュピーゲルから詳しい話を聞き、直ぐにこう言った。

 

「そのイベント、俺達も参加出来ないか?」

「あ、ダインさんにお願いしてみますけど、多分大丈夫ですよ。

でもお二人がそんな事を言うなんて珍しいですね」

「まあ俺達も、まともにゲームを楽しみたいからな」

「そうですか、そっちの方は任せて下さい!

あ、早速ダインさんから召集がかかりました、ちょっと行っていきますね」

「おう、頼むな」

「はい!」

 

 そしてシュピーゲルが去った後、二人はひそひそを会話を続けた。

 

「イベント当日は、とにかく他のプレイヤーに埋没するように気をつけないと駄目だな」

「殺気を出すのは絶対に禁止だな、考えるだけでも危ない」

「でも色々と情報収集もしたいよな」

「リスクはあるが上手くやるしかない」

 

 ノワールはその言葉に頷き、続けてこう言った。

 

「それにしても、こんなに簡単に対抗手段を手に入れられるチャンスが得られるとはな」

「外れかもしれないけどな」

「まあゼロとそうじゃないのとじゃ雲泥の差があるから、いいんじゃないか」

「違いない」

「要塞を一つ所持とか、あの野郎は本当に何なんだろうな」

「化け物め」

「いつか殺してやりたいよなぁ」

「まったくだ」

 

 そして二人はシュピーゲルから正式に参加可能との連絡を受け、

自分達も準備する為にショップへと向かった。

とにかく多くの敵に弾を当てる事が大事と言われ、

二人は臨時でそういった感じの銃と弾を用意し、当日に向けて備える事にした。

一方その頃シュピーゲルは、ダイン達が拠点にしている酒場で、憤りを感じていた。

 

「ゼクシード達も参加するって本当ですか?」

「ああ、何人かは平家軍から参加させるらしい。

戦争は終わったから、今後はいがみ合わないようにってシャナの配慮だろうな」

「……そうですか、でもよりによって何でゼクシードなんですか?」

「俺も納得はしてないし、シャナも凄く嫌そうだったんだがな、

お互いのトップが参加しないと意味が無いってニャンゴローさんが言ったらしくてな」

「ニャンゴローさんが……そうですか、それじゃあ仕方ないですね」

 

 二人はニャンゴローがシャナのブレインだと理解しており、

ニャンゴローの事を高く評価している事もあって、それで納得した。感情はともかく、

確かに正論でもある為、納得せざるを得なかったというのが正確な表現である。

 

(まあいいか、表面上は仲良くしておけば。でも絶対にいずれ……)

 

 シュピーゲルはそんな事を考えながらステルベンとノワールに連絡し、

自らも準備を進める事にした。波乱含みの要塞防衛イベントが始まる。



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第371話 十狼と友好スコードロンの動向

いつも誤字報告ありがとうございます!

2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


『マスター、こちらフローリアです、応答願います』

「お、フローリアか、どうした?」

『あと百人程でまた要塞防衛戦が発生するのでご報告をと思いまして』

「もうそんなにプレイヤーが訪れたのか?」

『はい、戦争後にマスターが出たMMOトゥデイのインタビューから続々と』

「そうか、少しでも遠征の役にたってくれてればいいんだが」

『大丈夫ですよ、評判も上々です』

 

 フローリアからそう報告を受けたシャナは、戦争以来初めて『十狼』に召集を掛けた。

 

「こうやって集まるのも何か久しぶりだな、十狼としては初めてか?」

「戦争でかなり頑張りましたから」

「わ~いシャナだシャナだ」

「あんたはもっと仕事の方に集中した方がいいんじゃないの」

「その辺りはしっかりやってくれてるんで大丈夫ですよ、シノンさん」

「またイベントが始まるんだよね?今度はいい物が出るといいなぁ」

「イクスはイベントに参加するのは初めてだよね?」

「はい、凄く楽しみです」

「まあ気負わず気楽な気持ちで楽しみなさいな」

「ところでシャナ、その事で話があるんだが」

 

 各メンバーが和気藹々と話す中、ニャンゴローがそうシャナに話し掛けた。

 

「ん、何だ?先生」

「平家軍の連中もぽつぽつと要塞に訪れているようだし、

この辺りで遺恨を残さない為にも、平家軍のトップをイベントに招いたらどうだ?」

「トップってあいつかよ……他の奴じゃ駄目なのか?」

「気持ちは分かるが、トップじゃないと意味が無かろう?

それに平家軍の一部のメンバー以外はお前が敵になるように報酬で釣った面もあるだろう?」

「そうだな……いつまでもそいつらに肩身の狭い思いをさせるのは問題か」

「何、今回だけの我慢だ、こういうのは一度だけで十分だからな!」

「仕方ないな、そうするか」

 

 他の者もそれに同意した為、シャナはそう決断した。

以前直接罵倒されたピトフーイですら賛成したので、

シャナは本当にいいのかとピトフーイに念を押した。

だがピトフーイはあっけらかんとこう答えた。

 

「シャナは蚊に刺されたくらいで文句を言うの?」

「言いたい事は何となく分かったが、その場合は蚊に対して、ふざけんなくらい言うからな」

「しまった、例が悪かった!それじゃあ部屋に黒い悪魔が……」

「それは全力で叩き潰す未来しか見えないな」

「駄目だ、いい例が思いつかない!」

「あんたね……そんなのいくらでもあるでしょうが……」

 

 シノンが呆れた顔でピトフーイにそう言い、その場にいた全員が楽しそうに笑った。

 

「まあそういう事なら問題ない、とりあえず先方には俺が連絡しておく」

「シャナがゼクシードと直接?くれぐれも喧嘩はしないでよね」

「大丈夫だ、ユッコとハルカを通すからな」

「……お前、あの二人とはそんな仲なのか?」

「そんな仲の意味が分からないが、少なくとも俺と先生はあいつらの知り合いだ」

「…………そういう事か、やはり本人だったのだな」

 

 その言葉に、事情を知らない何人かはきょとんとした。

 

「本人って何の事ですか?」

「あの二人と私達は面識があるの。だよね?シャナ」

「だな、俺とシズカ、先生とピトは確実に面識がある」

「……ああ、あのクソどもか!」

 

 それでピトフーイは誰の事か分かったのか、少し怒った調子でそう言った。

 

「喧嘩するなよピト、あいつらも多少大人になったみたいだからな」

「そうなの?まあいいや、正直どうでもいいし」

「ああ、今後も積極的に関わる事は無いと思うしな」

 

 そこで話は終わり、シャナはニャンゴローを伴ってユッコとハルカを探しに出かけ、

他のメンバーは、友好スコードロンへの説明に赴く事になった。

G女連にはシズカとベンケイが、闇風と薄塩たらこの所にはロザリアと銃士Xが、

ダインの所にはシノンが赴く事になり、ピトフーイとエムは仕事に向かい、

イコマは鞍馬山で待機する事となった。

 

 

 

「お、いたいた、幸いゼクシードはいないみたいだな」

 

 そう嬉しそうに言うシャナに、ニャンゴローはやれやれといった顔で言った。

 

「幸い……ね、あなた本当にゼクシードの事が嫌いなのね」

 

 ニャンゴローは今は普通の喋り方をしていた。リアルでの知り合いの前で演技をするのは、

さすがにちょっと気恥ずかしいものがあるようだ。

 

「おう、大嫌いだ」

「本当かしら」

「本当だ、とりあえずあいつらに声を掛けようぜ」

 

 そして二人は、酒場でのんびりとしている二人に声を掛けた。

 

「よお、今ちょっといいか?」

「何よ、ナンパならお断りよ……って、シャナ……さん?」

「それにあんたは確かニャンゴローだっけ?私達に何か用?」

「あら、久しぶりだというのにつれないわね、わざわざ同窓生だけで尋ねてきたのに」

「えっ?…………あんた誰?」

「待ってユッコ、この喋り方には聞き覚えが……」

 

 そんな二人にニャンゴローは、ニコニコと笑顔で言った。

 

「文化祭と体育祭では本当に『お世話に』なったわよね、

最後にちゃんと会ったのはALOでだったかしら」

 

 ニャンゴローにそう言われた二人は固まった。

 

「ま、まさか……」

「その見た目で分かる訳が無いじゃない……」

 

 そして二人はまるで見てはいけないものを見てしまったように目を伏せ、

おとなしく二人の話を聞く体制になった。

 

「……おい先生、ALOでって何の話だ?」

「以前ALOにこの二人がコンバートしていた事があったのよ、その時ちょっとね」

「ほうほう、なあALOはどうだった?」

「あ、えっと、ちょこっとしかいれなかったから……」

「だから私達はそこまで色々見れてないの。でも空は飛んでみたかったかも」

「そうか、それは残念だったな、もし機会があれば、

もう一度コンバートして『三人で』飛んでみるといい」

 

 シャナは気さくな態度でそう言った。その言葉に他意は感じられず、

純粋にALOが好きなのだと感じられた為、二人はただ頷く事しか出来なかった。

 

「シャナ、そろそろ本題を」

「そうだったな、実は今日はイベントに誘いに来たんだよ。

先日のMMOトゥデイのインタビューは見たか?」

「あ、うん」

「そっか、あれがまた起こるんだね」

 

 その二人の言葉にシャナは頷いた。

 

「おう、理解が早いな」

「で、いつまでも元源氏軍だの平家軍だの言ってられないから、

この機会に双方のわだかまりを無くしたいと思って、

こうして平家軍の実質的リーダーの側近の二人に話を持ってきた訳なのよ」

「そっか、だから私達に……」

「直接ゼクシードに話を持っていくのは嫌だったからな、俺はあいつが嫌いだし」

 

 そのシャナの言葉にユッコとハルカは思わず噴き出した。

 

「……何だよ」

「ごめんなさい、つい」

「ゼクシードさんも同じような事をよく言ってるから」

「そこだけはあいつと気が合うんだよな」

 

 シャナがそう言い、二人は顔を見合わせた後に頷き合った。

 

「ありがとうございます、その誘い、有難く受けさせてもらいます」

「ゼクシードさんは必ず説得しておきますので」

「そうか、それじゃあ詳しい事は後でまた連絡するから」

 

 そしてシャナは二人とフレンド申請し、いつでも連絡がとれるようになった。

二人はそれが意外だったが、シャナは逆に二人にこう言った。

 

「悪いな、必要な事だとはいえ、俺と友達登録なんて違和感がありまくるよな」

「あ、いや、別にそんな事は……」

「むしろ私達でいいのかなって驚いたくらいで」

「あら、随分殊勝になったのね」

 

 ニャンゴローにそう言われた二人は、困ったようにこう答えた。

 

「GGOを始めてから、私達も色々と経験したから……」

「身の程を知ったというか、まあそんな感じ」

「そんな言い方をするなって、無理に仲良くする必要は無いが、

普通に対等のプレイヤーとして接してくれればいいから」

「そうね、また同窓会で会う事もあるでしょうし、

その時こんなこともあったねと普通に話せればそれでいいのではないかしら」

 

 その言葉に二人はまだ恐縮していたが、少しは気が楽になったようで、

リラックスしたような顔でそれに頷いた。

 

 

 

 ロザリアと銃士Xは、闇風と薄塩たらこが根城にしている酒場へと赴いていた。

 

「お、ロザリアちゃん!イクス!」

「闇風、馴れ馴れしい」

「仕方ないだろ、銃士Xってフルで呼ぶのはいい加減疲れるし、

マックスって呼んでいいのはシャナだけなんだし」

「まあ確かにその通り、それじゃあ仕方ないか」

「おう、認めてくれてありがとよ」

「で、たらこさんは?」

「奥にいるぜ、お~いたらこ、ロザリアちゃんとイクスが来たぞ」

「お?どうした?何かあったか?」

 

 酒場の中から薄塩たらこが顔を出し、嬉しそうに二人に声を掛けてきた。

 

「要塞防衛戦が発生しそうだから、誘いにきたわよ」

「お、まじか!今度こそいいアイテムが出るといいな」

「輝光ユニットとかな!」

 

 二人は嬉しそうにそう言い、必ず参加すると言ってきた。

ロザリアはゼクシードも参加する事になるだろうと二人に告げたが、

二人は嫌そうな顔をしながらも、それを受け入れた。

 

「まあシャナがそう言うなら仕方ないな」

「リベンジは別の機会にもっと広い場所でやってやるぜ」

 

 

 

 G女連の拠点では、シズカとベンケイが熱烈歓迎を受けていた。

 

「あんた達、よく来たね」

「おっかさん、お久しぶりです」

「よし、今日は宴会だよ!」

「あ、え、あの、その前に話が……」

 

 そしてシズカ達の話を聞いたG女連のメンバーは、大いに盛り上がった。

 

「聞いたかあんた達、やっぱり今日は宴会だよ!」

 

 おっかさんはそう声を上げ、二人は否応なしに宴会に巻き込まれた。

 

 

 

 ダイン達の下に赴いたシノンは、ダインとギンロウに要塞防衛戦の発生を告げた。

 

「お、まじかよ、シャナ様々だな、よしお前ら、これでまた装備を更新できるぞ!」

 

 その言葉にメンバー達は大いに盛りあがった。

シノンはそれを見て、また連絡すると言って去っていき、

その少し後にシュピーゲルが酒場に姿を現した。

 

「ギンロウさん」

「お、シュピーゲルか、喜べ、また要塞防衛戦が発生するらしいぞ」

「はい、さっきたらこさんに聞きました」

「そうか、まあ今回は嫌な奴も参加するが、我慢しないとな」

「嫌な奴?誰ですか?」

「ゼクシードだ」

「えっ?」

 

 その言葉にシュピーゲルは驚き、ダインの下へと向かった。

 

「ゼクシード達も参加するって本当ですか?」

 

 そしてシュピーゲルは経緯を説明され、納得は出来なかったが大人しく引き下がった。

 

「ニャンゴローさんが言うなら仕方ないか……」

 

 シュピーゲルはステルベンとノワールの下に戻り、ゼクシード達が参加する事を告げた。

それを聞いた二人の目が妖しい光を放った事に、シュピーゲルは気付かなかった。

 

「なあ、ゼクシードは前回のBoBで……」

「ゲーム内アイテムを選んでいた」

「そうか……この機会に何とか誘導出来ないか?」

「やってみよう、あいつにも手伝わせる」

「オーケーだ、シュピーゲルの為にもなる事だしな」

「そうだな、これからはリアルでも少しずつあいつに干渉していく」

「その辺りは任せた」




さて、徐々にGGO編の結末に向けて進んでいきます!
まあ寄り道もまだまだあると思いますが!

ユッコとハルカとユキノのALOでの絡みについては、
第288話「尊敬と恐怖の象徴」をご覧下さい!


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第372話 偶然の再会

2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


 エヴァこと新渡戸咲とSHINCのメンバー達は、

その日GGOにはログインしていなかった。大会の準備で忙しかったからだ。

その事を八幡は知っていた。先日こんな会話があったからだ。

 

 

 

「おうお前ら、久しぶりだな」

「あっ、シャナさん、お久しぶりです」

「「「「「シャナさん!」」」」」

 

 エヴァの後に続いてそう声を揃えて言った五人に、シャナは感心したようにこう言った。

 

「息がピッタリだな、部活の方は上手くいってるのか?」

「はい、GGOを初めてから、コーチにも褒められました!」

「そうか、それなら何よりだ」

「大会が近いんで、明日も夜遅くまでこの前の大学で練習があるんですよ。

だから今日ちょっとインしておこうと思って」

「そうか、頑張れよ」

「「「「「「はい!」」」」」」

 

 そんな遣り取りを覚えていた八幡は、キットで咲達のいるであろう大学へと赴いていた。

要塞防衛戦の話を伝える為である。

 

「さて、遅くまで練習って言ってたな、体育館はどこかな……おっ、あれは……」

 

 八幡はそこで、とある長身の女性の姿を見付けた。

 

(あれは確か以前フカ次郎が言っていた、コヒーっていう友達、だったか?

まあ何の略かは分からないが)

 

 そう思った八幡は、その女性に体育館の場所を尋ねる事にした。

 

「あの、すみません」

「……は、はいっ、私ですか?」

 

 その女性はどうやら他人に声を掛けられるのに慣れていないように見え、

少し間を開けた後、慌ててこちらに向き直ってそう言った。

そしてその女性は、八幡の顔を見て驚いた顔で言った。

 

「あっ、貴方は以前財布を拾ってくれた……」

「覚えていてくれましたか、すみません、ご迷惑かと思ったんですが、

体育館の場所が分からなくて、たまたま知っている貴方を見掛けたので声を掛けてみました」

「そういう事でしたか」

 

 その女性は納得したように微笑んだ。

そして八幡は、先ほど思った事を確認すべく、思い切ってその女性に尋ねた。

 

「すみません、貴方はもしかして、コヒー……さんですか?」

「えっ、ど、どうしてその呼び方を……」

「ああ、フカ次郎……えっと、本名は何だっけな、一度聞いただけなんで……

あ、そうだ、篠原だ、篠原美優に聞きました。あいつにたまたま貴方の話をしたら、

あいつが、『そ、それは正しく我が友コヒーじゃないですか!』って言ったんで」

「あっ、その言い方美優っぽい!私覚えてます!

確かに以前財布を拾ってもらった数日後に美優から電話があって、こう言われたんですよ、

貴方が私の事を……あ、いや、えっと、な、何でもないです」

 

(美人ですよって言ってたって悔しそうな美優に言われました、なんて言える訳ない……)

 

「ん?そうですか」

 

 その女性は恥ずかしそうにそう答え、八幡はそれを疑問に思いつつも、

その時フカ次郎に何と言えと言ったか思い出せず、そのまま曖昧に頷くに留めた。

その時その女性は、ハッとした顔で八幡に言った。

 

「あ、あの、自己紹介をしていませんでした、本当にすみません。

私は小比類巻香蓮、なので美優にはコヒーって呼ばれています」

「コヒーってその略でしたか、こちらこそすみません、

俺は比企谷八幡です、宜しくお願いします」

 

 そう言って八幡は手を差し出し、香蓮はおずおずとその手を握った。

そして香蓮に案内され、八幡は無事に体育館へとたどり着く事が出来た。

 

「ありがとうございます、助かりました」

「いえいえ、大した手間じゃないですから。

でも比企谷さん、この学校の人じゃないですよね?ここに何の用が?」

「ああ、知り合いに伝える連絡があって、ここにいるって聞いたもんで」

「そうだったんですか」

 

 そして八幡は体育館を覗き込みながら言った。

 

「まだ練習中か……どうするかな」

 

 それを聞いた香蓮は咄嗟にこう言った。

 

「あっ、それならあそこのカフェなら体育館の出口がよく見えますし、

時間を潰すにはもってこいだと思います」

 

 そう学外のカフェを指差す香蓮に、それはいいアイデアだと思った八幡は言った。

 

「ありがとうございます、そうします」

「それじゃあこっちです」

 

 香蓮はそう言って、八幡の手を引きながらそのカフェへと向かった。

八幡は一人でその店に入るつもりだった為、

その香蓮の行動に少し驚いたが、香蓮も喉が渇いていたのかなと思い、

お礼にここは俺がおごろうと考えながら、手を引かれるままにカフェへと入った。

ちなみに香蓮は別に喉が乾いていたのではなく、

このまま八幡と黙って別れるのは惜しいと思い、

生まれて初めてこんな大胆な行動に出たと、そういう訳だった。

ちなみに意識してやっている事ではなかった為、店に入った後に香蓮は、

その自分の大胆な行動に気付き、赤面しながら八幡に言った。

 

「あっ、す、すみません、私ったらつい手を……」

「いやいいんですよ、せっかくですからご一緒しませんか?

ここはお礼も兼ねて俺が奢りますんで」

「あ、あの……は、はい」

 

 香蓮はその高い身長の為、男性からは若干敬遠されぎみであり、

生まれてこの方こういった異性とのデートまがいのイベントを経験するのは初めてだった。

その為香蓮はガチガチに緊張していたが、そんな香蓮の状態を見た八幡は、

香蓮の緊張を解そうと思い、美優の話題を出す事にした。

 

「小比類巻さんはフカ次郎……あ~……美優とは昔からの知り合いなんですよね?」

「あっ、小比類巻って長くて言いづらいと思うので、か、香蓮って呼んでもらえると。

それにもっと普通に喋ってくれていいですよ」

 

 香蓮は今までそんな事を男に言った事は無いのだが、

美優の事は名前で呼び捨てなのだからと思い、

少し悔しさも覚えたのだろう、今回初めて勇気を出してそう言った。

 

「オーケー香蓮。俺の事も八幡でいいし、話し方も普通で頼む」

「う、うん、八幡……君」

 

 香蓮は恥ずかしそうにそう言った。もしその姿を美優が見ていたら、

『おいコヒー、抜け駆けすんな!ムキー!』

とでも言ったのかもしれない、それはそんな姿だった。

そして香蓮は話題を戻し、緊張の解けた様子で八幡に言った。

 

「フカ次郎って、美優の飼ってた犬の名前なの、去年亡くなってしまったんだけど」

「そうだったのか……名前の事に触れると、

その時の事を思い出してあいつが悲しむかもしれないから、事前に教えてくれて助かったよ」

 

 その八幡の言葉を聞いた香蓮は、その優しさを好ましく思いながら質問を変えた。

 

「ちなみに美優とは何のゲームで知り合ったの?」

「ALOかな」

「あ、それじゃあ美優が言ってた凄いリーダーさんって、もしかして八幡君の事なのかな?」

「あいつがそんな事を?まあ確かにそれで合ってるかな」

「美優、ギルド?ってのに入れてもらうんだって、かなり張り切ってたから……

この前やっと入団出来たって、嬉しそうに電話してきたんだよね」

 

 香蓮はとても嬉しそうにそう言った。

 

「あいつは本当に頑張ってたからな、俺が戦闘であいつの腕を斬り落としたら、

歯を食いしばってその手を逆の手で掴んで攻撃してくるくらいには」

「うわ、凄い……まるで私の知ってる美優じゃないみたい」

 

 そして八幡は、先日学校で里香に言われた事を思い出しながら言った。

 

「そういえばあいつ、次の土曜にこっちに来るんだっけか?」

「あ、うんそうなの、誰か会いたい人がいるとか何とか」

「里香に聞いてはいたが、本気だったのか」

「えっ、まさか美優の会いたい人って……」

「そのまさかだな」

「そ、そうなんだ……」

 

 香蓮はそれを聞き、もやもやする気持ちを抑えられなかったが、

香蓮はまだその気持ちが何なのか気付いてはいなかった。

そして体育館から咲達が姿を現し、それに気付いた八幡は立ち上がった。

 

「お、練習が終わったみたいだな」

「ああ、思ったより早かったね。あ、あの子達は……」

 

 香蓮は咲達を見て戸惑った表情を見せた。

咲達が、いつもすれ違う時に自分の事をじろじろと見てくる六人組だったからだ。

咲達は香蓮の事を格好いい人だなと思って見ていただけだったのだが、

香蓮は昔から身長の事を気にし過ぎるくらい気にしており、

他人の視線を全て悪意だと感じてしまう悪癖があった。

何となくそれに気付いた八幡は、香蓮に向けてこう言った。

 

「香蓮、多分あいつらは、香蓮の事を悪く思ってはいないと思うよ」

「えっ?ど、どうしてその事を……」

「まあ俺も昔、他人の視線に敏感だったんで……」

 

 八幡は頭をかきながらそう言うと、香蓮に一枚の名刺を差し出した。

 

「もし香蓮が、美優を俺に会わせてもいいって判断したら、

それを見て連絡してきてくれ。あまりに欲望がだだ漏れだったなら却下してくれよな」

 

 八幡は冗談めかしてそう言った。

 

「それじゃ俺はここの支払いをしておくから、香蓮はゆっくりしてってくれ。

そのうち会う事もあると思うんで、その時機会があればまたこうやって話せればいいな。

まあ早ければ土曜にまた会う事になるかもだけどな」

 

 その八幡の言葉に香蓮はきょとんとした。

 

「えっ、私も付いていっていいの?」

 

 その言葉に八幡は凄く嫌そうな顔でこう答えた。

 

「だってあいつと二人きりになったりしたら、あいつ絶対に俺を襲ってくるだろ……

どう考えても肉食系としか思えないし……まあそうなったら返り討ちにするんだが」

「あ、美優は確かにそうかも」

 

 二人はそう言って笑い合った。

 

「それじゃあ俺は行くよ、またな、香蓮」

「うんまたね、八幡君」

 

 香蓮は後ろ髪を引かれながらも、笑顔を作ってそう言った。

そして咲達に囲まれる八幡を店の中から見た香蓮は、ため息を付きながら言った。

 

「人気者なんだなぁ……あの子達もあんなに嬉しそう。

でも今日はラッキーだったな……比企谷八幡君か」

 

 そして香蓮は改めて八幡から渡された名刺を眺めた。

 

「って、あのソレイユの部長さん?嘘……あの若さで……?」

 

 香蓮はその事に驚きつつも、そのまま店に留まっていた。

まだ咲達と正面から向かい合う勇気が出なかったせいもある。

 

 

 

「あれ、八幡さんだ!」

「本当だ」

「八幡さん!」

「今日はどうしたんですか?」

「もしかして私に会いに来てくれたとか」

「私達にでしょ、調子に乗るんじゃないの!」

 

 八幡はその咲達の元気さに苦笑しながら、六人に要塞防衛戦の事を説明した。

 

「で、多分明日の夜なんだが、どうだ?」

「あ、大丈夫です、明日は練習は休みなんで」

「今日頑張ったしね」

「そうか、それは丁度良かったな」

「はい!」

 

 こうして無事に連絡を終えた八幡は、コーチが迎えに来るという咲達を見送り、

何となく先ほどまで入っていたカフェの方を眺めた。

そこにはまだ香蓮がおり、八幡は少し驚いた。

そんな八幡の視線に気付いた香蓮は慌てて席を立ち、八幡に駆け寄ってきた。

 

「ごめん、ちょっとぼ~っとしちゃってたみたい」

「あ、いや、ゆっくりしてくれって言ったのは俺の方だから」

「あ、待ち合わせをしてた訳でもないのに私ったら」

 

 香蓮は自分がまるで八幡と待ち合わせをしていたような事を言ってしまったのに気が付き、

慌ててそう訂正した。そんな香蓮を見て、八幡は微笑ましさを感じた。

 

「もうこんな時間だし、良かったら家の近くまで送ろうか?」

「あっ、いえ、そこまで迷惑をかけるのは……」

「大丈夫大丈夫、別に家に押しかけたりはしないから安心してくれ」

「そう?じゃあお願いしようかな」

「おう、お願いされてくれ」

 

 こういう事も生まれて初めてだったので、香蓮は少し不安な部分もあったのだが、

八幡はずっと紳士的に振る舞い、会話でも香蓮の話をうんうんと頷きながら良く聞いてくれ、

香蓮は終始楽しい気分のまま、気が付くと家の前まで八幡を案内してしまっていた。

 

「ごめんなさい、話してたらつい家の前まで……私の家、あそこなの」

「いや、俺は別に構わないんだが、そっちこそ俺なんかに家を知られちまっていいのか?」

「うん、八幡君なら別に構わないよ」

「それならまあいいが……」

 

 そして八幡は香蓮に別れを告げ、去っていった。

香蓮は一瞬家にあがってもらおうかと思ったのだが、

朝に部屋の片付けをした記憶が無かった為、泣く泣くそれを断念したのだった。

香蓮が家に男を入れ、二人きりになろうとするのは、

彼女を知る者からすると前代未聞の出来事なのだったが、

彼女はその事にまったく気が付いていなかった。

そして家に帰った後、香蓮は美優に電話を掛けた。

 

「コヒー、どうした?」

「美優、土曜には予定通りこっちに来るの?」

「おう、もちろんだ!この美優さんが、

一人暮らしで寂しい思いをしているコヒーを慰めてやるぜ!もちろん性的な意味で!」

 

 そう言われた香蓮は即座に言った。

 

「ごめん、やっぱりうちに泊めるのはNGで」

「あっ、嘘、嘘だってば!」

 

 慌ててそういう美優に、香蓮は少し意地悪な口調で言った。

 

「もう、相変わらずだね美優、そんなにあの人に会いたいの?」

「うん、アポ無しだから会える可能性は極めて低いんだけど、

行かないと何も始まらないしね……ってコヒー、今何と!?

まさかうちのリーダーとお知り合いに?」

「うん、今日たまたまね」

 

 そして少し間を開け、美優は香蓮にこう尋ねた。

 

「……ハチマン様と?」

「うん、八幡君と」

 

 それを聞いた美優は絶叫した。

 

「まじかよ!おいコヒー、分かってるよな?リーダーとやるのは私が先な!」

「それじゃあ電話を切るね、またね、美優」

「あっ、冗談、冗談だってば!で、もしかしてハチマン様の連絡先を教えてもらったとか?」

「さあ、どうかな」

「くっ、気をもたせやがって……」

 

 そんな悔しがる美優に、香蓮は含み笑いをしながらこう言った。

 

「まあ当日は、ちょっとだけ楽しみにしていてもいいかもね」

「キーッ!会った時は覚えてろよ!絶対に土下座して感謝してやるからな!」

「はいはい、それじゃあまたね、美優」

「おう、またなコヒー!」

 

 こうして香蓮は話をはぐらかし、でも少しだけ美優に希望を持たせて電話を切った。

 

「週末は楽しくなりそう……」

 

 こうして初めて尽くしだった香蓮の一日は終わり、

そうつぶやいた香蓮はわくわくしながら眠りについたのだった。

こうして初めて尽くしだった香蓮の一日は終わった。




ちなみにフカ次郎が本名を明かしたのは第186話「特別なギルド」
香蓮の話を八幡が聞いたのは第289話「認められる嬉しさ」での出来事となります。
全部ではありませんが、伏線も段々と回収されていきます。


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第373話 参加者達の光と陰

昨日の後書きで、最後のヒロインと書いてしまいまいたが一人忘れてました!
なので最後ではありません!

2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


 その日たまたま世界樹要塞に滞在していた者達は、沢山の車のエンジン音を聞き、

部屋の窓から慌てて外を眺めた。

 

「おいあれ……」

「源氏軍?今になって?」

「いやあそこ、ゼクシードもいるぞ」

「犬猿の仲のあいつらが一緒に行動してるなんて、何が起こるんだ?」

 

 そして直後に要塞の中に、シャナの声でアナウンスが流れた。

 

「騒がせてすまない、先日のMMOトゥデイを見た奴もいると思うが、

どうやらまもなくそのイベントが発生するようだ。

たまたま居合わせた皆には楽しんでもらえると嬉しい」

 

 その言葉に先にいた者達はわっと盛り上がった。

その中にシャーリーという女性プレイヤーがいた。

シャーリーは、PKをまったくやらずにモブ狩りを専門とするスコードロン、

『KKHC(北の国ハンターズクラブ)』に所属するプレイヤーで、

その名の通り、リアルで北海道でハンター兼観光ガイドをやっている女性だった。

今回彼女は知り合いの車に同乗させてもらい、この拠点に数日に渡り滞在していた。

それはひとえにMMOトゥデイで見たこのイベントに参加する為であり、

スナイパーでもある彼女はシャナやシノンに興味を抱いており、

仲間達と別行動をとり、単独でこの拠点に赴いていたのであった。

 

 また同じような行動をとった者の中に、クラレンスという者がいた。

 

「この機会にシャナとお近付きになれたらラッキーなんだけど、

まあ駄目なら駄目で、それなりに稼げればいいかな」

 

 クラレンスは男性のような容姿をしているが、実は女性であった。

その性格はとにかく悪く、ピトフーイの悪い部分だけを抽出したような、

あるいは昔のピトフーイそのままといえる性格をしていた。

彼女はいくつかのチームを渡り歩いており、一部のプレイヤーに忌避されていたので、

今回シャナの庇護下に入れないかと都合のいい事を考え、

シャーリーと同じように確実にシャナの目に留まるように、

世界樹要塞に長逗留していたのだった。

 

 シノハラは、知り合いのダインに頼み込んで今回同行させてもらっていた。

この辺りはステルベンやノワールと一緒である。

マシンガンをこよなく愛する彼は、このイベントはまさに自分向きだと思い、

いつ発生しても参加出来るように準備し、アンテナを伸ばしつつ情報収集をしており、

今回の情報を掴んだ瞬間に、即座にダインの下へと駆け込んだのであった。

 

 デヴィッドは仲間達と共に、今回はたまたまここに滞在していた。

過去にピトフーイと一緒に行動していた事があり、その際に裏切られ、

今やピトフーイ嫌いの急先鋒と言える彼は、出来るだけピトフーイに会いたくなかった為、

今回イベントに参加出来る事は嬉しいが、窓の外にピトフーイの姿を見付け、

絶対に会わないようにしようと心に誓っていた。

 

 どんな運命の巡り合わせか、この四人はいずれ何回か開催される、

スクワッド・ジャムというスコードロン対抗戦で顔を合わせる事になるのだが、

ピトフーイやエムやエヴァ達も含めて、その大会で名を上げる者達がここに集まっていた。

だがその主役となる小さなピンク色の戦士は、まだGGOには降り立ってはいない。

 

 

 

「おい、シャナだぞ」

「ああ、分かってる」

「殺気は禁止、敵意を向けるのも禁止だからな」

「ああ、分かってる、俺は大丈夫だが、むしろ前に直接やりあったお前が気を付けろよ」

「お、おう、確かにな」

 

 ステルベンとノワールはそんな会話を交わしていた。

そしてノワールは、ステルベンにこう尋ねた。

 

「で、シュピーゲルの方はどうなんだ?」

「中々いい感じに熟成されてきたぞ、今のあいつはゼクシードへの恨みに凝り固まっている」

「おお、どうやったんだ?」

「昨日お前が落ちた後にちょっとな。まああいつは俺の弟だぞ、元々素質があったんだ」

 

 テンションが上がっているのか、ステルベンはいつもより饒舌だった。

そしてステルベンは、昨日自分がシュピーゲルに何をしたのか話し始めた。

 

 

 

「シュピーゲル、お前最近何か悩んでないか?」

 

 ノワールが用事があると言って先に落ちた後、

ステルベンが唐突にシュピーゲルにそう話し掛けた。

 

「……やっぱり分かる?」

「ああ、明らかに動きが鈍いからな」

 

 そうは言ったものの、悩んでいると思ったのは事実だが、

ステルベンは別にシュピーゲルの動きが悪くなったとは思ってはいない。

あえてシュピーゲルの動きが鈍いと言ったのは、ステルベンの仕込みだった。

 

「実は最近ちょっと悩んでてさ、本当に今のままのスタイルでいいのかなって」

「ふむ、詳しく話を聞かせろ」

 

 そしてシュピーゲルは、先日の戦争でゼクシードが言っていた事をステルベンに告げた。

 

「なるほど、ゼクシードってのはクズだな」

「うん……」

「お前の悩みは何も間違っていない、悪いのは全てゼクシードだ、お前は被害者でしかない」

「闇風さんには全力で走ってみろって言われたんだけどね……

どうしてももやもやしちゃって、そんな気分になれないんだよ」

 

 これはチャンスだと思ったステルベンは、シュピーゲルにこう提案した。

 

「そうか、俺が何かアドバイスしてやれるかもしれないし、

久々に兄弟二人きりでもうひと狩り行くか?」

「いいの?うん、お願い」

 

 それからステルベンは、事あるごとにずっとシュピーゲルに同じような事を言い続けた。

 

「やはり調子が悪いみたいだな」

 

「駄目だな、目に見えて動きが悪い」

 

「やはりこれがAGIタイプの限界なのか」

 

「あのクソのせいで、苦労させられるよな」

 

「くそっ、どうすればいいんだ……」

 

 その言葉に、別に何も問題が無かったシュピーゲルの動きは、

目に見えてどんどん悪くなっていき、

それに伴ってシュピーゲルの機嫌もどんどん悪くなっていった。

おそらく今のシュピーゲルには、闇風が何を言っても聞こえないだろうというくらいにはだ。

 

「これは想像以上だな、さすがの俺にも出口が見えない」

 

 ここでシュピーゲルは気付くべきだった。

戦果は通常通りであり、結果はちゃんと出ている事を。

ここでシュピーゲルは怪しむべきだった。

ステルベンがいつもよりもかなり饒舌だという事を。

 

「ごめんね、僕の事でこんなに悩んでもらっちゃって」

 

 そう言われたステルベンは、シュピーゲルにこう言った。

 

「むかつくよなゼクシードの奴、自分の欲望の為に他人をハメやがって」

「うん」

「いらつくよな、毎月の接続料も払えないかもしれないくらい苦労させられて」

「うん」

「あんな奴が存在してる事自体、誰にとっても迷惑だよな」

「うん」

「いっそこの手で殺してやりたいよな」

「うん」

「どうせならリアルで殺せば、この出口の見えない迷路から抜け出せるかもしれないな」

 

 ここでシュピーゲルは顔を上げ、ステルベンに言った。

 

「兄さんはそういうの得意だったんだよね」

「ああ、先に殺さないとこっちが殺される可能性がある世界にいたからな」

「じゃあ今の僕と一緒だね」

「だな」

「一応何かこの状況を打開するいい手が無いか、もう少し考えてみるよ」

「おう」

 

 そして二人はログアウトし、リアルで顔を合わせた際、昌一は恭二に言った。

 

「お前の幸福の為になるなら、俺が何かいい方法を絶対に考え出してやるからな。

ゲーム内で殺すのと同時にリアルでも相手を殺せる方法をな」

 

 恭二はその言葉に頷き、昌一は更に追い討ちをかけた。

 

「そんなお前なら、必ず好きな人にも振り向いてもらえるだろうさ」

「……本当に?」

「ああ、あのゼクシードさえ二人も女をはべらせてるんだ、

あいつを殺し、あいつより強くなったお前なら、女が放っておくはずがないさ」

「そっか、うん、そうだよね、これで僕もついに朝田さんと……」

「ああそうだ、朝田さんはお前に惚れるべきなんだ」

「そっか、そうだよね、うん、本当にそうだ、朝田さんは僕に惚れるべきだよね」

「ああ、それが絶対の正義だ、お前のものになる事が、朝田さんにとっての一番の幸福だ」

「ありがとう兄さん、何か元気が出てきたよ」

「おう、それじゃあまた明日な、恭二」

「うん、また明日ね、兄さん」

 

 そして恭二は自分の部屋に入り、そこに残された昌一は笑いを堪えられないように呟いた。

 

「朝田さんって誰だよ、それに正義?この俺が正義だって?

ははっ、そんな訳無いだろ、恭二よ、悪の世界へようこそ。イッツ、ショータイム」

 

 そして昌一も、元気が出たと言った時の恭二の顔を思い出しながら、

満足した様子で眠りについた。その時の恭二の顔は、

どう見ても詩乃に対する欲望に塗れた顔だったのだ。

 

 

 

「なるほど、上手くやったな」

「ゼクシード様々だ」

「このイベント中にゼクシードに失言させられれば完成するんじゃないか?」

「ついでに次のBoBで、モデルガンを選ぶように誘導出来ればな」

「だな、楽しくなってきやがった」

 

 こうしてシュピーゲルは、どんどん奈落の底へと引き擦り込まれていった。

そして常にシャナの方を見ていた詩乃は、その直前までその事に気付けなかった。

 

 

 

「よぉ、皆集まってくれてありがとな」

「いいってシャナ!」

「こっちこそありがとうを言いたいぜ!」

 

 口々に感謝の言葉を投げかけてくる者達に、シャナはこう言った。

 

「あと三人この要塞の圏内に入れば、イベントが発生するように調整しておいた。

俺の仲間を外で待たせているから、そいつらが到着すればイベント開始だ。

どうだ、各自準備はいいか?忘れ物は無いか?」

 

 要塞内部からは特にストップを掛けてくる声は上がらず、

シャナは頃合いだと思い、郊外に待機させてあったロザリアに連絡をした。

 

「よしロザリア、こっちに向かってくれ」

『了解よ、シノンとイクスも待ちくたびれているみたい』

「すまないな、それじゃあ頼む」

『ええ』

 

 そして数分後、要塞内に恒例のメッセージが流れた。

 

『警告、世界樹要塞に敵の集団が迫っています。

カウントダウン開始、敵は千二百秒後に到達予定』

 

「おお、今回は短いな、敵の到着は二十分後だ、各自それに備えてくれ!」

 

 こうしてイベントが開始された。シャナはシズカとピト、ベンケイと、

それに闇風と薄塩たらこと共に、いつもの正門上に陣取っていた。

そんな中、薄塩たらこがシャナに話し掛けた。

 

「まだ時間があるよな、なあシャナ、今ちょっといいか?」

「おう、別に構わないぞ、どうした?」

 

 鷹揚にそう答えるシャナに、薄塩たらこは遠慮がちに言った。

 

「実はよ、リアルで困ってる事があるんだよ」

「ほうほう、どうした?」

「もうすぐ家の契約が切れるから、引越ししないといけないんだけどよ、

せっかくだから、学校とソレイユの中間くらいの場所にした方がいいかなって思うんだよ、

でも中々いい物件が見つからなくてよ……」

 

 それを聞いたシャナは、脳内で自分の知る物件をいくつかリストアップし、

その中から丁度いい物件がある事を思い出した。

 

「そういう事か、分かった、お前にはバイトで役にたってもらってるし、

俺がいい物件を紹介してやろう」

「本当に?いやまじで助かるわ」

「家賃もそれなりに安く設定してくれるように出来ると思う。なんなら闇風も引っ越すか?」

「まじかよ、後で詳しく話を聞かせてくれ」

「おう、後でな、とりあえずこの戦闘を乗り越えないとな」

「よっしゃ、何か楽しくなってきやがった!」

「だな!」

 

 こうして薄塩たらこはシャナの紹介で引っ越す事となり、

ノワールが薄塩たらこを狙い、事前に調査してあった家に最終確認をしにいった所、

そこにはもう薄塩たらこはいなかった。

こうして知らない所で、薄塩たらこは死地から逃れる事に成功したのだった。



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第374話 それぞれの要塞防衛戦

2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


「よし、それじゃあいつも通り始めるか」

 

 シャナはやや離れた所にいるシノンに手で合図をし、二人は狙撃体制をとった。

そして拠点にいる者からは目視出来ない距離で、敵がどんどん消滅していった。

そしてある程度敵が接近し、他の狙撃が得意な者達も攻撃を開始した。

その中に妙に命中率の高い者がおり、シャナはその狙撃手に注目した。

 

「あの緑の髪のプレイヤー、いい腕だな……ん?あれは女性プレイヤーか?珍しいな」

「あの人、北の国ハンターズクラブってスコードロンの人らしいよ、現役のハンターみたい」

 

 そう呟いたシャナに、シズカがそう声を掛けた。

 

「知り合いか?」

「ううん、同じ女性同士って事で話し掛けたら教えてくれたの。

対人は一切やらず、完全にモブ狩り専門のスコードロンらしいよ」

「ほうほう、プロだけに、逆に人を撃つのに忌避感があるのかな」

「うん、そんな感じの事を言ってた」

「人柄はどんな感じだ?」

「シノノンに似てるかな、クールっぽいけど多分凄く負けず嫌いだと思う」

「ふうん、名前は?」

「シャーリー」

 

 それを聞いた八幡は、少し考えた後にこう言った。

 

「俺は斬り込むから、あのシャーリーって人にM82を貸してくるわ」

「えっ?……まあ確かにシャナの体は一つしかないし、

資源の有効活用と考えればいいのかな」

「持ち逃げするような人じゃないんだろう?」

「うん、もちろん」

「じゃあちょっと行ってくるわ」

「うん」

 

 

 

 シャーリーは、こんな安全な場所からモブを狙撃するのは初めての経験だった。

この状態だと自分の持つ技術をフルに活用する事が出来る。

 

(狩猟感はやや減るけど、たまにはこういうのもいいものよね、

ああ、これだけでもここで待ってた甲斐があったわね)

 

 丁度その時弾が切れ、シャーリーは新しい弾を出す為にその手を止めた。

そのシャーリーの眼前に、自分が使っている物よりかなり大きなサイズの弾が置かれ、

シャーリーは驚いてその顔を上げた。

 

「いい腕だな」

「あ、ど、どうも」

 

 そこには、一度くらいは話してみたいと熱望していたシャナの顔があり、

シャーリーは驚きつつも、その弾を持って立ち上がった。

 

「残念ながら、この弾は私の銃には合わないわね」

「まあそうだな、そこでこれだ」

 

 シャナはそう言いながらM82をシャーリーに向けて差し出し、

その行為に周囲のプレイヤーがどよめいた。

 

「え、えっと……これは?」

「俺は今から斬り込むんでな、そうするとこれを使う奴がいなくなっちまう。

どうだ、試しに撃ってみないか?」

 

 その望外の申し出に、シャーリーは前のめりにこう答えた。

 

「い、いいの?是非お願い!」

「おう、出来るだけ腕がいい奴に使って欲しかったからな、ほら」

 

 そう言いながら差し出されたM82を、シャーリーは興奮しながら受け取った。

 

「あ、ありがとう、戦闘が終わった後、直ぐに返しに行くわ」

「使い方は分かるか?」

「うん、大丈夫」

「そうか、弾は全部置いていくから楽しんでな、それじゃあまた後で」

「う、うん、また後で!」

 

 そしてシャナは去っていき、シャーリーはわくわくしながらM82を構えた。

 

「私の人生で、こんな銃が撃てる機会なんて最初で最後かもしれないわね」

 

 シャーリーはそう呟くと、早速敵に狙いをつけ、攻撃を開始した。

スコープの中から見える敵に大穴が開き、一撃でその敵が消滅したのを見たシャーリーは、

とても楽しそうに次々と敵を屠っていった。

それを遠目に見ていたシャナは、やっぱりいい腕だなと呟くと、

そろそろ敵に斬り込む事を仲間達に告げた。

今回はプレイヤーの数が多めなので、敵の殲滅速度もその分早い。

それが関係あるのかどうかは分からないが、明らかに敵の進軍速度が上がっていた。

 

「左右はきっちりと弾幕が張られているみたいだし、正面の敵をきっちり片付けるぞ」

 

 

 

「お、シャナが出るみたいだぞ」

「出た、ビームナギナタ!」

「よくあんなのを振り回せるよなぁ」

「正面の敵はシャナに任せて、俺達はきっちりと左右の敵を殲滅するぞ!」

 

 その弾幕を張るプレイヤーの中にいたシノハラは、

大好きなマシンガンをとにかく撃って撃って撃ちまくっていた。

 

「ヒャッハー、おらおらおらおら」

「お、お前もマシンガンか、俺もだ!」

「俺も俺も、やっぱりマシンガンは最高だよな!」

「撃て!とにかく撃て!」

 

 シノハラは同好の士に囲まれ、幸せな気分に包まれながらひたすら攻撃していた。

そしてここで意気投合した彼らは、後に『ZEMAL(全日本マシンガンラバーズ)』

というスコードロンを結成する事となる。

 

 

 

「シャナと一緒にあいつも出るのか……」

 

 仲間と共に左翼の守りを担当していたデヴィッドは、

シャナと共に出撃しようとしているピトフーイを苦々しい目で見つめていた。

噂だと、シャナと一緒の時は多少まともになったという話だが、

かつての頭がおかしいとしか思えないピトフーイの姿が脳に焼き付いていたデヴィッドは、

どうしてもそのイメージを消す事が出来ないでいた。

 

「それにしてもあの赤い光剣……禍々しさがあいつらしいといえばそうだが……だが……」

 

 そしてデヴィッドは、まるで子供のように言った。

 

「くそっ、なんて羨ましい……俺もいつかあれを振り回してみたい……」

 

 そのデヴィッドの望みが叶うのはかなり後、第三回スクワッド・ジャムの直前となる。

 

 

 

 クラレンスは、つまらなそうに銃を撃っていた。

 

「はぁ、やっぱり何かしら伝手が無いと、シャナに接触するのは無理か……」

 

 クラレンスは、祝勝会ならあるいはと考え、この場は大人しく稼ぐ事に専念する事にした。

 

 

 

「なあユッコ、ハルカ、これは楽すぎないか?」

「今まで苦労して稼いできたのは何だったんですかね……」

「さすがはシャナさんですね」

「チッ、それはちょっと面白くねえな」

「まあ事実ですしね」

「だから余計面白くねえ……」

 

 そう言いながらも、ゼクシードはひたすらモブを撃ちまくっていた。

稼げる時に稼ぐのはGGOの基本である。なんだかんだ言いながらもせっかく参加した以上、

ゼクシードはしっかり稼いで帰るつもりなのであった。

そんなゼクシードに話し掛ける者がいた、ノワールである。

ノワールは、世間話を装いながらゼクシードにこう言った。

 

「さすがですねゼクシードさん、威力も命中率も他の奴らとは段違いですね」

「おう、腕だな腕、まあ銃の性能がいい事は否定しないけどな」

「いい銃ですよね、必要STRも高そうだ」

「まあな、AGI特化プレイヤーには一生装備出来ないだろうな」

「ですね、それじゃあ俺はちょっと弾の補給で一旦下がります」

「おう、お前も早く俺みたいになれるように頑張れよ」

「ありがとうございます、より一層努力します」

 

 たったそれだけの会話だったが、ノワールは満足そうにそのまま移動した。

 

「ノワールさん、あいつと何を話してたんですか?」

「ああ、お前の言ってた事が事実かどうかちょっと確認をな」

 

 シュピーゲルにそう尋ねられ、ノワールはそう答えた。

そしてノワールは、シュピーゲルに向けてこう囁いた。

 

「確かにAGIタイプを馬鹿にしてやがったわ、あのクソ野郎は本当にむかつくよな」

 

 それはかなりの拡大解釈であったが、そんな事は関係ない。

ゼクシードがAGIタイプをディスったのは事実だからだ。

その事実さえあれば、どんなに言葉を変えても問題は無いのだ。

例え直接確認されてもまったく問題は無い。

ゼクシードは必ずAGIタイプの事を悪く言うのは間違いないのだ。

そしてノワールの目的は、まさにその事をシュピーゲルに吹き込む事だった。

案の定それを聞いたシュピーゲルは、ゼクシードに明確な殺意を向けた。

 

「こんな時にまでそんな事を言ってるんですか、あのクソは」

「おう、あの野郎はまじで殺してやりたいわ」

「やっぱりそう思いますよね」

 

(よし、後はこのままステルベンに話を振って……)

 

 そしてノワールは、ステルベンに目くばせした。

それを受けたステルベンは、シュピーゲルにこう言った。

 

「ところで例の件なんだが目処が立ったぞ、いい方法を思いついた」

「えっ、どんな方法?」

 

 そのシュピーゲルの食いつき方に、ステルベンは内心でほくそ笑みながら、

その方法をシュピーゲルに説明した。

 

「なるほど、つまり住所が分かりさえすれば可能性が出ると」

「まあ相手が一人暮らしで古いアパートか何かに住んでいないと駄目だけどな」

「とにかく大事なのは情報を得る事……でもどうすれば……」

「そこでだ、ゼクシードに近付いて、BoBの景品をモデルガンにさせる事は可能か?」

「モデルガンに?あっ……そうか、その手があったか!」

「ああ、後はメタマテリアル光歪曲迷彩マントを使って後ろから覗き見るだけだ」

「凄いや、さすがは兄さんだね」

 

 そしてステルベンは、シュピーゲルにこう尋ねた。

 

「本当にいいのか?」

「うん、正義は我にありだよ、これでみんなが幸せになれるんだから、

きっと神様も許してくれるでしょ」

 

(いい感じに狂ってるな、いいぞ)

 

 ステルベンはそれでも表面上はこう答えた。

 

「ああ、全ては正義の為だ。そしてお前は朝田さんを手に入れろ、

それくらいの報酬はあって当然だ」

「うん!」

 

 それと同時にシュピーゲルがシノンの方を熱っぽい目で見つめた為、

ステルベンは、自分が勘違いしていた事に気が付いた。

 

(そうか、あのシノンってのが朝田さんか、てっきり別人かと……

要するに現実での知り合いだったって事か。

しかしまずいな、あの女はハチマンに近すぎる)

 

 そう考えたステルベンは、ノワールにこう囁いた。

 

「おい、どうやらシュピーゲルの想い人の朝田さんってのは、あのシノンって狙撃手らしい」

「まじかよ、あのシノンってのが好きな事は知ってたが、

まさか朝田さんってのがあいつだとはな、てっきり別人だと思ってたな。

しかしあいつはまずいだろ、ハチマンに介入されるのは絶対に避けたいしな……殺すか?」

「どうせならあいつに殺らせよう、リアル知り合いなら余計な手間もかからん」

「それなら住所も簡単に調べられそうだしな、よし、それでいこうぜ」

「上手く誘導しないとな」

「まあそれは簡単だろ、恋に狂った男が想い人をその手で殺すなんざよくある事だ」

 

 こうしてシノンもターゲットに加えられる事となった。

最初から朝田さんがシノンの事だと分かっていれば、

ハチマンと関わりたくないステルベンとノワールは、

女絡みでシュピーゲルを煽るのを断念したかもしれない。

だがこの段階になると、もう計画に修正はきかない。

こうしてイベントの裏で、悪意の芽が花開こうとしていた。



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第375話 戦い終わって

2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


「残る敵はあと僅かか、あんまり俺達が目立つのもあれだし、

残りは他の連中に任せるとするか」

 

 シャナはそう言って後退し、他の者達もそれに付き従った。

そして要塞内に戻った後、十狼の面々は打ち上げの準備を始めた。

 

「フローリア、NPCも総動員してこのフロアにテーブルを並べてくれ。

基本立食形式でいいが、周囲に長椅子も置いておければいいかな」

「それなら私一人でいけます、マスター」

「お、そうか、それじゃあ早速やってくれ」

「はい」

 

 そしてフローリアが目をつぶると、

その場はシャナが指定した通りのレイアウトに変化した。

 

「おお」

「さっすがフローリアちゃん」

「ありがとうございます」

「よし、俺が資金を提供するから、

ある程度の飲み物と食べ物を各テーブルに並べて置いておいてくれ。

足りない奴らは周囲の店で買ってもらうようにすればいいな」

「それではそのように手配しておきます」

 

 丁度その時外の銃撃音が止み、フローリアは戦闘終了のアナウンスをした。

 

『敵は完全に殲滅されました、世界樹要塞は今回も無事守りきられました』

 

 それを聞いた一同はホッとした。

 

「今回は余計な敵は出なかったようだな、まあ出てくれても良かったが」

「さすがのピトの悪運も連続では発動しなかったみたいだね」

「前回だって別に私のせいだと決まった訳じゃないですし?」

「いや、あれは絶対にお前のせいだろ……」

 

 そしてぞろぞろと参加者達が戻ってきた。参加者達は、ホールに入ると目を輝かせた。

 

「おお、これ好きに飲んだり食ったりしてもいいのか?」

「ああ、全員揃ったら、各自戦利品の確認でもしながら楽しくやってくれ」

「さっすがシャナ、至れり尽くせりだな!」

 

 そして参加していた全プレイヤーが戻ってきたのをフローリアに告げられると、

シャナは軽く挨拶をする事にした。

 

「今日は皆お疲れ!ささやかだが打ち上げの品を用意させてもらった。

これじゃ足りないって奴は、周囲の店から好きなように注文してくれ……自腹でな!」

 

 その言葉に参加者達は大声で笑った。

 

「今後俺がいない時にこの要塞防衛戦が発生する事もあるだろうが、

その時たまたまここに居合わせたら、その時も宜しく頼むな」

「おう、任せろい!」

「むしろ喜んで参加させてもらうぜ!」

「それじゃあ皆、楽しんでくれ」

 

 そのシャナの言葉を合図に、一同は各自で勝手に盛り上がり始めた。

シャナの下にはひっきりなしに色々な者達が押し寄せ、

シャナはそれに対応するのでいっぱいいっぱいになった。

 

「よし、ここがチャンス!」

 

 クラレンスはそう思い、何とかシャナと仲良くなろうと頑張って話し掛けようとした。

 

「シャナさん初めまして、私はクラレンスと申します」

 

 クラレンスは慣れない敬語を使いながら、そうシャナに話し掛けた。

 

「おっ、初めましてだなクラレンス……おっとすみません、女性でしたか。

初めましてですね、クラレンスさん」

 

 その言葉にクラレンスは驚いた。初見でクラレンスが女性だと見抜いた者は、

いまだかつていなかったからだ。

 

「ど、どうして分かったんですか?」

「いや、男と女じゃ微妙に動きが違いますからね、まあ他にも色々……」

「そうなんですか!」

 

 予想以上に会話が弾む予感がして、クラレンスはそのままぐいぐい押そうとした。

だがその意思を示そうとした瞬間、クラレンスの肩を叩く者が二人いた。

 

「何?これからシャナさんと大事な話を……」

「うん分かってる、だからそこまでね」

「不穏、不許可」

 

 慌てて振り返ったクラレンスの目を、ピトフーイと銃士Xがじっと見つめていた。

 

「それじゃあシャナ、私達はちょっとこの子と話があるから」

「ん、そうか?それじゃあまたな、クラレンスさん」

「あっ……ちょっと」

「いいからあんたはこっち」

「うお、放せコラ!」

「やっと地が出たわね、いいからさっさとこっちに来いっての」

 

 そしてピトフーイに引きずられたクラレンスは、少し離れた所で二人に囲まれた。

 

「一体何なんだよお前ら、邪魔すんなよ!」

「邪魔って何の?」

「それはえっと……シ、シャナさんとの会話を?」

「ただの会話じゃないわよね、色々な手段で自分を売り込む気満々だったわよね?」

「な、何でそれを……」

 

 その言葉にピトフーイは自信満々にこう答えた。

 

「勘」

「り、理不尽な……」

 

 その答えにクラレンスは呆然とした。

だがそんなクラレンスに、ピトフーイは胸を張りながら言った。

 

「シャナ絡みだと、私の勘はほぼ百パーセント当たるけど?」

「なっ……」

「そんな私の勘が、あんたをシャナに近付けちゃいけないと言っている。はい、さようなら」

 

 そう言いながらピトフーイは、クラレンスの頭に鬼哭の柄だけを押し付けた。

 

「ああっ、つい手が滑ってうっかりこのスイッチを押しちゃったらどうなるのかなぁ?」

「や、やれるもんならやってみろよ!」

「へぇ、案外肝が据わってるのね」

 

 ピトフーイはそう言って大人しく鬼哭をしまった。

どうやら最初から脅しに使うだけのつもりだったらしい…………多分。

 

「そもそもお前ら俺の名前すら知らないだろ、そんな奴らに俺の何が分かるってんだよ!」

「ふ~んそう、ロザリアちゃん、ちょっとこっち来て~」

 

 そのピトフーイの呼びかけに応え、ロザリアが姿を現した。

 

「何?」

「ねぇ、この子の事知ってる?」

「この人?」

「はっ、こいつに俺の何が分かるってんだよ」

 

 ロザリアはクラレンスをちらっと見ると、脳内の情報を検索し、

即座に該当する人物を見付けると、その情報の羅列を始めた。

 

「クラレンス、見た目は男っぽいけど実は女、男も女もイケる口。

小さくてかわいい子が好み。性格は昔のピトに似て奔放で自分勝手。

最近スコードロンで揉め事を起こして追い出されそうになったが、

逆にメンバーの弱みを握って主導権を握るも、居心地が悪くなったのが現在移籍先を探し中」

「いっ……」

「これでいい?」

「うん、忙しいのにありがと」

「どういたしまして」

 

 そしてピトフーイは、ニタァっと笑いながらクラレンスに言った。

 

「で?」

「分かった分かった降参だ、もうシャナさんに近付くのは諦めた」

「意外、聞き分けがいい」

「諦め早いなぁ」

「お前らがプレッシャー掛けてきやがったんだろ!」

 

 そんなクラレンスにピトフーイが突然こう言った。

 

「シャナを利用しようとかそういう奴は絶対に駄目、私達が事前に排除する。

だけど純粋にゲームを楽しみたいなら、シャナの目にとまりさえすればワンチャンあるかも。

でもそれにはこのイクスくらいのインパクトが無いと多分無理」

「それハードル高くね?銃士X、あんたの姿は戦争の映像で見たよ、

あれには不覚にも感動しちまったぜ」

 

 銃士Xはその言葉に、得意げな顔をした。

 

「直後の別の映像も見たけどよ、別の男に抱かれながら三バカを倒す奴、

あれって多分シャナさんなんだろ?あ、そんな怖い顔すんなって、

誰にも言わないからよ、まあもう一部の間では噂になってるんだけどな」

 

 クラレンスは二人の顔が険しくなった為、慌ててそう弁解した。

 

「そうじゃない、俺が言いたいのは、同じ女として羨ましかったって事だ。

まあ今までの俺が駄目な奴なのは事実だから、また出直してくるわ」

「ふ~ん、案外悪い奴じゃ無さそうね」

「あんたの方がよっぽど評判悪かっただろうが!」

 

 クラレンスはたまらずそう突っ込んだ。

 

「それもそうか、まあ精々頑張りなさいな」

 

 そうあっけらかんというピトフーイに、クラレンスはこう答えた。

 

「おう、先ずは第一歩として誰か信頼出来る女の相方でも探す事にするわ」

「何それ、なんで女?」

「一人で行動し続けるのはリスクが高いだろ?

で、そもそも俺は両刀とはいえ実は男はあまり好きじゃない。

それに男とコンビを組むよりも、女二人組の方がシャナさんの目にとまる気がする」

「男が嫌いって、じゃあシャナは?」

「シャナさんなら平気だ」

「意味が分かんないんだけど」

「俺にも分からねえよ、多分格上の人すぎて、嫌悪感が働かないんだろうよ」

 

 そう言ってひらひらと手を振りながらクラレンスは去っていった。

ピトフーイと銃士Xは、クラレンスが去った後に顔を見合わせた。

 

「思ったより面白い奴だったね」

「でもピトの勘がそう言うのなら、多分今はまだシャナ様の傍には相応しくない」

「そもそも相応しくなれるかどうかも分からないけどね」

「昔のピトと一緒、可能性は無くはない」

「くはっ、それを言われると……そうか、あんたも古参だから私の事をよく知ってるんだ」

「肯定、昔のピトはそれはもうひどかった」

「言わないで!」

「あっ、またシャナ様に女性プレイヤーが近寄ってきた」

 

 突然銃士Xがそう言い、ピトフーイは慌ててそちらを向いた。

だが直ぐに興味を失ったのか、こちらに向き直って銃士Xに言った。

 

「ああ、あの子はオーケー」

「知ってるの?」

「シャナにM82を貸してもらったラッキーガール」

「ああ、あれが」

「だから問題ない、もうあの子はシャナの目にとまってる」

「仲間になるのかな?」

「私の勘だとならない、シズが言うには、あの子は人が撃てないらしいしね」

「撃てるようになったら?」

「もしそうなったらその時にまた、自分の勘に聞いてみる」

 

 

 

「あのシャナさん、これ、ありがとうございました」

 

 そう言いながらM82を差し出すシャーリーを見て、シャナは微笑みながら言った。

 

「おお、シャーリーさんか、M82はどうだった?」

「ずっと興奮してました、こんなの初めてで凄く感動しました」

「そうか、敵もかなり倒してくれたみたいだし、

こちらこそこれを上手く使ってくれてありがとな」

 

 クラレンスのケースと違い、こちらの会話はとても和やかな雰囲気だった。

 

「あ、あの、お時間があるようでしたら、シノンさんも交えてスナイパー談義など……」

「お、それはいいな、おいシノン、ちょっとこっちに来てくれ」

「どうしたの?あ、確かシャーリーさん」

「おう、シャーリーさんが俺達とスナイパー談義をしたいそうなんだが、どうだ?」

「うん、するする、色々聞きたい事もあるし」

 

 シノンはそう即答し、邪魔が入らないようにと、話はシャナの個室でする事となった。

そして個室に着いた後、シャーリーが大事そうに抱えている銃を見たシャナは、

何となくシャーリーにこう尋ねた。

 

「シャーリーさん、その銃は……」

「あっ、邪魔でしたね、今しまいますね」

「あ、いや、そうじゃなく、いかにもリアルでハンターが使ってそうな銃だなって。

後敬語は疲れるでしょう?楽な話し方でいいですから」

「あ……はい、えっと、これは私が普段仕事で使ってるのと同じタイプの銃なの」

「ブレイザーR93だっけ?いい銃だよな」

「あ、この銃の事知ってるんだ?うわぁ、感激だなぁ。

凄く取り回しが良くて、ボルトアクションなのに速射性能も結構いいんだよね、これ」

 

 そこから話は盛り上がり、三人はそのまま楽しく会話を続けた。

 

 

 

 一方シャナが一時的に姿を消した事で動きやすくなった者達もいる。

 

「おいシュピーゲル、いい頃合いだ、ゼクシードの事、頼むぞ」

「うん、正直話すのも不愉快だけど、行ってくる」

 

 そしてシュピーゲルはゼクシードに近寄り、声を掛けた。

 

「ゼクシードさんって、やっぱり凄いんですね」



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第376話 王手

2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


「ん?お前確か源氏軍だった奴だよな、よく分かってるじゃないか、

そう、俺があのゼクシードさんだ」

 

(何でこいつは自分にさんを付けてるんだよ……だからこいつは嫌なんだよ)

 

 シュピーゲルはそう思いながらも、そんな事はおくびにも出さず、

にこやかにゼクシードに話し掛けた。

 

「今回改めてゼクシードさんの戦闘を間近で見る事が出来て、

やっぱり他の人とは格が違うんだなって良く分かったんです」

 

(まあ見てたのは確かだけどね、主にこの会話をする為にだけど)

 

「お、お前は見所があるみたいだな」

「ありがとうございます、それにしてもその銃、凄いですよね」

 

 その瞬間にシュピーゲルは、ゼクシードの顔が一瞬曇った事に気が付いていた。

 

(やっぱり兄さんの言った通りだ、多分ゼクシードは、

実力は低いのに銃のおかげで強い、って言われるのが不愉快なんだな。なのでここは……)

 

 そしてシュピーゲルは続けてこう言った。

 

「やっぱり一流の使い手は、使う道具も一流じゃないと駄目ですよね」

 

 その言葉にゼクシードはきょとんとした後、嬉しそうにこう言った。

 

「おう、やっぱりお前は良く分かってるな、そうだ、その通りだ。

やっぱり俺クラスにもなると、これくらいの銃を持ってないと腕に釣り合わないんだよな」

 

(よしよし、掴みは問題無いな)

 

 そしてシュピーゲルは、とにかくゼクシードを持ち上げ続けた。

その会話をなんとなく横で聞いていたユッコとハルカは、

ゼクシードにもファンがいたのかと少し驚いた。

だが実際の所、ゼクシードのファンも多少は存在するので、

さすがにその感想はゼクシードに失礼であろう。

 

(さて、そろそろ……)

 

 シュピーゲルはそう考え、話を第二回BoBへと持っていった。

 

「そういえばゼクシードさんは、前回のBoBの賞品は何にしてたんですか?」

「おう、それがな、ちょっと失敗しちまって、ゲーム内通貨を選んじまったんだよな。

俺の実力なら、金はいくらでも稼げるってのにな」

 

 それを聞いたユッコとハルカは思わず変な顔をした。

実際ゼクシードは稼いだ通貨をすぐ使ってしまい、

常に金欠状態でひぃひぃ言っているので、

BoBで優勝した時は、心から嬉しそうにしていたからだ。

ちなみに今は多少は余裕がある。今回のイベントできっちり稼げたからだ。

 

「そうだったんですか、それは失敗でしたね」

「おう、ゲーム内じゃ特に困ってないし、モデルガンって手もあったんだけどな」

 

(おっ、きたきた)

 

 その言葉をシュピーゲルは待っていた。

その話が出なかったら自分でそっちに誘導するつもりだったのだが、

どうやらその手間を省く事が出来たらしい。

 

「いいですねそれ!どうせなら今使ってる銃とかどうでしょう」

「ん、おお、そうだな、確かにいいかもな」

 

 ゼクシードは実は、次は輝光ユニットを選択するつもりだったので、

内心舌打ちしながらも表面上はそう答えた。どうやら輝光剣が欲しいらしい。

 

「そういえばゼクシードさんのツイッター、毎日チェックしてるんですよ!

良かったらそこにそのモデルガンの写真もアップして下さいね、僕、必ず拡散しますから!」

「そ、そうなのか?そうか、あれを見てくれているのか……」

「はい、ゼクシードさんは憧れですから!」

 

(しかし兄さんも、よくゼクシードのツイッターなんか見付けたよなぁ)

 

 その言葉にゼクシードの自尊心はかなりくすぐられた。

そしてシュピーゲルは、更にゼクシードの逃げ道を塞いだ。

 

(ここでこの二人も巻き込んで……)

 

「ユッコさんとハルカさんもそう思いますよね?」

「えっ?う、うん」

「も、もちろんよ」

 

 突然話を振られたユッコとハルカは戸惑ったが、

この流れではその言葉を否定する事も出来ず、同意する事しか出来なかった。

 

「これはモデルガンを選ばないと駄目な流れだね」

「まあいいんじゃない?それはそれで」

「まあね」

 

 そう二人は囁き合い、ゼクシードの出方を見守った。

ゼクシードは二人にまでそう言われた事に気を良くし、上機嫌な顔でシュピーゲルに言った。

 

「そうかそうか、それじゃあ今回はお前の薦めに従ってモデルガンにしてみるか」

「はい、絶対に格好いいですよ!」

「おう、そうだな!」

 

(よし、後は登録当日に偶然会えば完璧だ、前回の登録は初日だったらしいから、

次も初日に張り込んでおけばいけるはず)

 

 シュピーゲルはそう考え、会話を終わらせにかかる事にした。

今回の目的が完璧に達成されたからだ。

シュピーゲルは、これ以上思ってもいない事を言うのが苦痛であり、

早くこの場から立ち去りたかったのだ。

 

「今日は僕なんかに貴重なお時間を使って頂いて本当にありがとうございます、

またどこかで会ったらその時は、宜しくご指導下さい」

「おう、お前みたいないい奴がいるなんて知らなかったよ、その時は是非任せてくれ」

 

 そのシュピーゲルの言葉に対し、ゼクシードはにこやかにそう答えた。

昔のシュピーゲルだったなら、例え多少傲慢さがあろうとも、

ここまで親しげに接してくる相手に対して悪意を持ち続ける事は困難だっただろう。

だが今のシュピーゲルは、かつての気の弱い少年ではなかった。

シュピーゲルもステルベンもずっと家にいる生活を続けており、

ステルベンがその気になれば、それこそ二十四時間体制で、

延々とシュピーゲルに悪意を吹き込む事が可能なのだ。

そして今、ステルベンはまさにその気になっており、

今のシュピーゲルは、こうする事が正義だと完全に思い込んでしまっていた。

その為シュピーゲルは罪悪感をまったく感じる事もなく、

ゼクシードをずるずると暗い暗い闇の底へと引きずり込む事をまったく躊躇わなかった。

 

 

 

「今日は楽しかったな、また今度こういう機会があれば宜しくな」

「うん、本当に楽しかった、シャーリーさん、また宜しくね」

「はい、是非!」

 

 三人が会話を終え、和やかな雰囲気で外に出てきた時、

シュピーゲルは既にゼクシードとの話を終え、人ごみの中に消えた後だった。

こうしてシャナの知らない所で、また一つ悪意の芽が育った。

 

 

 

「どうだ?」

「上手くいった。後は次の大会の開催を待つだけかな」

「そうか、よくやったな」

「うん、正義の為だからね」

「……だな」

 

 そう複雑な顔で答えるステルベンの表情を隠すように、

ノワールが陽気な声でシュピーゲルに話し掛けた。

 

「ところでよ、これを見てくれよ」

 

 そう言いながらノワールは、シュピーゲルに見た事もない金属のような物を差し出した。

 

「これって……何かの金属みたいですけど」

「説明によると、この世界で一番硬い金属みたいでな、宇宙船の装甲板だそうだ」

 

 それを聞いたシュピーゲルは、ハッとした顔でこう言った。

 

「あっ、それ知ってます、シャナさんのブラックの装甲に使われてる奴です」

「まじかよ、そうすると性能はもう実証されてるって事だな」

「やりましたね、これって凄くレアな素材ですよ」

「これは剣に加工出来るのか?」

 

 ステルベンが横からそんな問いを発し、ノワールは渋い顔でこう答えた。

 

「今の俺だと、さすがにまだこれを加工するのは無理なんだよな……さてどうしたもんか」

「そもそもこれを今加工出来る職人さんって、イコマさんしかいないと思います」

「だよな……」

 

 そしてステルベンは、その金属を見つめながら言った。

 

「出来ればこれをエストックに出来ればいいんだが」

「だよね……よし、僕が何とかイコマさんに頼んでみるよ」

「大丈夫か?」

「うん、そこまで親しくはないけど、何度か顔は合わせてるからね。

駄目ならシノン経由でお願いするつもり」

「そうか、それじゃあこれはお前に託す」

「何か注文はある?」

「そうだな……」

 

 そしてステルベンは、サイズとバランスにだけ注文を付けた。

見た目までかつて自分が使っていた武器に似せると、

そこから足が付く可能性があると危惧したのである。

 

「分かった、それじゃあちょっと行ってくるね」

 

 そしてシュピーゲルは、どう言い訳をするかを二人と相談した後、

すぐさまイコマの下に向かった。

 

「イコマさん!ちょっとご相談があるんですが」

「あ、シュピーゲル君どうしたの?僕に相談って事はそっち関係だよね?

もしかして今回、何かいい物でも出た?」

「はい、これなんですが……」

「おお、やったね!」

「はい!」

 

 イコマはもう何度も扱っている為、一目見ただけでそれが何なのか理解した。

 

「で、これをどうしたいんだい?まさか車には付けないよね?防具にでもする?」

「いえ、出来れば剣に……それもエストックに出来ます?」

 

 その意外な申し出に、イコマは目を細めた。

 

「何故エストックに?」

「その方が僕のスピードを生かせると思ったんです。

シズカさんが戦う所を見ていてそう思いました」

 

 ここでシュピーゲルは、予め相談して用意していたセリフを口にした。

確かにスピードタイプはエストックのような刺突剣と相性がいい。

 

「オーケー、そういう事なら納得だよ、サイズとか希望はある?」

「それじゃあ長さはこのくらい、バランスは……」

 

 その妙に玄人臭い要求にイコマは少し驚いた。

だが事前にもしこうなったらこうしようと考えていたのだろうと思い、

深く突っ込むような事はしなかった。

 

「それじゃあ完成したら連絡するね、多分明日にはもう出来ると思うから」

「ありがとうございます、楽しみにしてますね!」

 

 こうしてシュピーゲルは立ち去り、入れ替わりでシャナがやってきた。

 

「お、シュピーゲルに何か製作でも頼まれたのか?」

 

 遠くにシュピーゲルの後ろ姿を見ながら、シャナは察し良くそう言った。

 

「はい、これでエストックを」

「ほう?あいつがそんな物をな、出来たら俺にも見せてくれよ」

「はい、イクスさんの輝光剣と一緒に見せますね」

 

 実は今回、銃士Xは運よく輝光ユニットを入手していた。

それを聞いた薄塩たらこと闇風の悔しがりようは、見ていてとても笑えるものだった。

 

「マ、銃士X……もしかしてそれは……」

「たらこ、既知?私には不明、イコマ様に質問に向かう所」

「輝光ユニットだ、例の輝光剣の材料だよ!」

「本当に?」

「おう、こんな事で嘘なんか付かねえって」

「…………やった」

 

 その小さくガッツポーズをする銃士Xを見て、薄塩たらこは良かったなと思いながらも、

内心ではかなりの悔しさを覚えていた。

そこに闇風が合流し、銃士Xの手にする物に気が付き、驚愕の声を上げた。

 

「銃士Xちゃん、そ、そそそそれって……」

「………………どやぁ」

「うっわ、その顔、わざわざ口に出してどやってる所がまた、かわいむかつく!」

「私、かわいい?」

「お、おう、かわいいって部分だけ拾うのな、まあでもむかつくな」

「………………どやぁ」

 

 その銃士Xの再びのドヤ顔を見て、ついに薄塩たらこが爆発した。

 

「うがああああああ、畜生、やっぱり羨ましい!」

 

 そんな薄塩たらこに闇風が突っかかった。

 

「うるせえたらこ、俺だって羨ましいのを我慢してるんだからちょっと黙れ!」

「羨ましいのを羨ましいと言って何が悪い!」

 

 そこで銃士Xが、棒読みでこう言った。

 

「私の為に争わないで」

「そういうセリフは棒読みで言うなよ!」

「そうだそうだ!でもそういうの、嫌いじゃないぜ!」

 

 そう言われた銃士Xは、今度は感情を込めてこう言った。

 

「ごめんなさい、私の為に争うのは二人の勝手だけれど、

この身は全てシャナ様の物だから二人にはまったく可能性は無いの、ぽっ」

「くっそ、内容もうざいが、最後の口に出して言った、ぽっ、が、かわいむかつく!」

「おう、かわいむかつくな!」

「それより剣の名前と色を考えるのを手伝って。

出来れば流れる水のイメージで流水、色は青がいいんだけど」

「今考えるのを手伝ってって言ったのに、もう結論出ちゃってない?」

「まったく意味が分からないよ……」

 

 こうして銃士Xも輝光剣を入手する事となり、その剣は流水と名付けられ、

色は青が選択される事となった。

こうして今回の要塞防衛戦は、何人かがいくつかの収穫を得る事となり、終わりを告げた。

 

 

 

 丁度その頃、空港に降り立つ一つの影があった。

 

「むふ、調子に乗って一日早く来てしまった。コヒー、驚くかなぁ……

それ以前に泊めてくれるかなぁ…………まあいいや、なるようになる!

待ってて下さいねハチマン様、あなたのかわいいフカ次郎がもうすぐ会いに行きますよ!」

 

 まだまだ波乱は終わらないようである。



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第377話 とっとこフカ次郎

2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


「ピンポ~ン」と突然入り口のチャイムが鳴り、

うとうとしていた香蓮は、眠い目をこすりながらインターホンのボタンを押した。

 

「こんな時間に誰だろ……はい、どちら様?」

『お~いコヒー、警察だ、ドアを開けろ!』

「…………は?」

 

 その聞き覚えのある声に驚いた香蓮は、慌ててドアを開けた。

そこには美優がニコニコしながら立っており、香蓮はぽかんとした顔で美優に言った。

 

「な、何でここにいるの?こっちに来るのは明日じゃなかった?」

「うん、まあそこはノリで?」

「あんたね……連絡くらいしなさいよ」

「サプライズ命なので!」

「……仕方ないなあ、とりあえず上がって」

「うむ、苦しゅうない!」

「はぁ……」

 

 そして美優は、ため息をついて背中を向けた香蓮にいきなり襲い掛かった。

 

「という訳で警察だ!容疑者の身柄を拘束する!」

「ちょっ……きゃっ!」

 

 美優はそう言うと、背後からいきなり香蓮の胸をわしづかみにした。

 

「や、やめてってば!」

「この胸か?コヒーはこの胸をハチマン様に揉まれたのか?抜け駆け禁止!」

「そんな訳無いでしょ!彼とは何も無いからとにかく私の胸を揉まないで!」

「んんん~?まあ確かに昔と揉み心地は変わりないみたいだから無罪放免!

やや大きくなった気がするのは悔しいからスルー!」

 

 そう言って美優はやっと手を離し、香蓮は息を切らせながら美優に言った。

 

「み、美優を八幡君に会わせるのはやっぱりやめ……」

「すんませんでしたっ!」

 

 そう香蓮が言い掛けた瞬間、美優は高速で土下座をした。

 

「早っ!」

「この度は私の為にこのような場をセッティングして頂き、

真にありがとうございます香蓮様!足を舐めろと言われたら喜んで舐めさせて頂きます!」

「別に私がセッティングしたんじゃないし、美優が勝手に来たんじゃない」

「はっ、お世話になります!」

「もう、ほら、とりあえず落ち着こう、ね?」

 

 香蓮は苦笑すると、美優を居間へと連れていった。そして二人は一息つく事にした。

 

「ふう……」

「はぁ……」

 

 そして美優は、やや真面目な顔で香蓮に言った。

 

「ねぇコヒー、リーダーには彼女がいるよ?」

「まあそうだろうね」

 

 あまり変わらない香蓮の表情を見て、美優はこう言った。

 

「彼女がいても構わないとは、やはりコヒーも第六夫人の座を狙うライバルか!」

 

 香蓮はいきなりのその言葉に驚いた。

 

「だ、第六夫人!?」

「まあそれは冗談だけど、それだけリーダーはモテるって事。

でも何故か喧嘩にならないんだよ、あれは多分全員リーダーの奥さんになるね」

「ぜ、全員?そうなの?」

「おう、本当かどうかは自分で判断してくれい、

でもリーダーなら多分、その気になったら実現出来ちゃう気がする。

リーダーと彼女のアスナさんは、隙の無い鉄壁のカップルだけど、

でも私も含めて誰も諦めてない所から察してくれい」

「そうなんだ……」

 

 そして美優は、今度は本当に真面目な顔で言った。

 

「私もそこまで詳しい訳じゃないけど、

少し話を聞いただけでもリーダーはかなり特別な人だよ。

だからそこら中にいるただのナンパ野郎と一緒にしちゃ駄目。

リーダーは、私が一緒にいたいと望めば、苦笑しながら一生一緒にいてくれる、そういう人。

私が耐えられなくなって自分から離れたとしても、

それでもずっと私の事を気に掛けていてくれるような、そういう人。

だからコヒーは自分の気持ちだけを大事にして欲しい」

「うん、その忠告はありがたく受け取っておくよ」

「でもコヒーは、実はかなりラッキーなんだからね。

リーダーの周りには、知り合いたくても土俵にすら上がれない人が沢山いるんだからね」

 

 その言葉でこの話は終わりとなった。香蓮はまだその話に実感が持てなかったが、

そんな話を聞いた後でも八幡に対する好意はまったく変化していなかった為、

香蓮は自分もいずれその女性達の一人になるんだろうなと予感していた。

だがそれを口に出して言うのは恥ずかしかった為、香蓮は別の話題を美優に振った。

 

「しかし美優、よく一人でここまで来れたね?」

「一度通った道は忘れないから、迷う事なく真っ直ぐ来れたぜ!」

「凄いなぁ、でもそれなのに、どうして昔は恋の道に迷いまくってたんだろうね」

「ぐはっ…………」

 

 香蓮のその言葉に、美優はそう言って机に突っ伏した。

 

「こ、攻撃力高いな相棒……」

「あっ、ご、ごめん、冗談、冗談だってば!」

「畜生、すっかり都会の女になりやがって……」

「よく意味が分からないけどとにかくごめん!」

「うん、まあいいや」

 

 美優はそう言って復活し、ごそごそと自分の荷物を漁り始めた。

 

「そんなコヒーにはこれだ!し~ろ~い~こ~い~び~と~」

「何でネコ型ロボット風?まあお土産をありがとう、何か懐かしい」

「懐かしい?チッ、もう身も心もすっかり東京モンになりやがって」

「どうして今日はそんなにやさぐれてるの……」

 

 そう香蓮に言われた美優は、大の字に寝転がりながら言った。

 

「冗談冗談、久しぶりにコヒーに会ったから、ちょっと甘えたくなっただけだい!」

「もう、でも本当に久しぶりね」

 

 香蓮はその言葉に嬉しくなり、そう言って美優との再会を喜んだ。

 

「うん、まあコヒーも元気そうで何よりだ」

「美優もね」

 

 そして二人は北海道で一緒の学校に通っていた時の思い出話に花を咲かせた。

その盛り上がりがひと段落した頃に、美優のお腹が鳴った。

 

「おっと、そういえば今日はまだ夕飯を食べてないんだった」

「あっ、そういえば私もうとうとしちゃってたからまだだったんだ」

「よし、何か食べに行こうぜい!」

「何にする?」

「あ~、行きたい店があるんだった」

 

 美優は思い出したようにそう言った。

 

「そうなの?何てお店?」

「ダイシーカフェ」

「何それ、有名なお店なの?」

「うんと、うちのギルドのメンバーのエギルさんって人が経営している店」

「ふ~ん、まあいいけど、ここからだとどのくらいかかるの?」

「隣の駅だけど、ここからだと歩いて二十分くらいだった!」

「思ったより近いね、それじゃあ行ってみよっか」

 

 そして香蓮は外出する支度をし、二人はダイシーカフェへと向かった。

幸い迷うような場所でもなかった為、二人は問題なく目的の場所へとたどり着いた。

 

「ダイシーカフェ……ここだね」

「うう、ちょっと緊張するなぁ」

「美優でも緊張する事ってあるんだ……」

「まあギルド絡みだとやっぱりね」

「なるほどね、まあとりあえず中に入ろっか」

 

 そして二人が中に入ると、もう遅い時間なせいか店内には二人しか客はいなかった。

その二人はカップルのようで、カウンターで外人の店員と会話していた。

 

「あ、あの人がエギルさんだ、日本生まれの外人さんだって言ってた」

「そうなんだ」

 

 エギルは直ぐに二人に気付き、カウンターの外に出てくると、丁寧な口調でこう言った。

 

「いらっしゃい、お二人様ですか?」

「あ、あの、はい」

「それじゃあお好きな席へどうぞ」

「あ、席はカウンターでいいです」

「そうですか、それじゃあこちらへ」

 

 エギルは二人をカウンターへ案内すると、二人の前に水とメニューを差し出してきた。

 

「それではご注文がお決まりになられましたらお声をお掛け下さい」

「決まりました!」

「美優、まだメニューも見てないのに……」

 

 いきなり美優がそう言った為、香蓮は驚いてそう言った。

 

「そうですか、何になさいますか?」

 

 エギルは、多分美優はどこかのサイトでも見たのだろうと思い、

平然とした顔で美優にそう尋ねた。だが美優の答えは予想外のものだった。

 

「エギルさんのお奨めで!」

 

 エギルはその言葉にきょとんとした後、少し考えながらこう言った。

 

「ん、もしかしてお前、フカ次郎か?」

「うわ、何で分かったの?」

「消去法だな、身内以外でこの店の事を知ってる奴はいないからな。

その中で面識が無いのはシノンって子とフカ次郎だけ、

シノンはまだ正式に紹介された事は無いからいきなりここに尋ねてくるとは考えにくい。

ならば残るのはたった一人だ、だろ?」

「ああっ、サプライズのつもりがあっさり……」

「まあそれは仕方ないだろ、ヴァルハラは基本リアル繋がりだ、お前が特殊なんだよ」

「そっかぁ」

「まあいいさ、北海道からよく来たな、ダイシーカフェへようこそ」

「うん!」

 

 美優はとても嬉しそうにそう答えた。これで本当に仲間になれたと感じたからだ。

 

「で、こちらの方は……」

「これは友達のコヒーだよ」

「小比類巻香蓮です、宜しくお願いします」

「だからコヒーか、宜しくな、香蓮さん」

「はい!」

 

 その和やかな雰囲気の中、美優がいきなり爆弾を落とした。

 

「コヒーはこの前リーダーにナンパされて、

今じゃすっかりリーダー好き好きちゅっちゅなんだよ」

「ちょっ、美優、いきなり何を言ってるの!」

「おいまじかよ、その話、詳しく」

 

 その言葉が聞こえたのか、突然カップルの男性の方が美優にそう声を掛けてきた。

それで美優は、この男も仲間のうちの誰かだという事に気が付いた。

 

「何だよ、せっかく後で紹介して驚かそうと思ってたのに、

今ので身内だってバレちまったじゃないかよ」

「お?おお、すまんすまん、あんまり面白そうなセリフが聞こえたんで、

思わず声を掛けちまったぜ。俺はクラインこと壷井遼太郎だ、宜しくな、フカ次郎」

「あっ、クラインさんだったんだ!フカ次郎こと篠原美優です、宜しくです!

それじゃあそちらの方はもしかしてサイレントさん?」

「ああ、私がサイレントこと平塚静だ、久しぶりだな、フカ次郎君」

「やっぱり!二人がお付き合いされてるって事は聞いてたんで!」

 

 こうして改めて自己紹介をした後、香蓮と美優はとりあえずエギルに食事を注文した。

ちなみに美優は、何を食べるかは本当にエギルに全て任せたようだ。

 

「とりあえず肉なら何でも!」

「それじゃあ私もお任せで」

「おう、それじゃあ二人とも待っててな」

 

 エギルがそう言って厨房に消えた後、香蓮は何となく遼太郎に尋ねた。

 

「あの、エギルさん以外に店員さんはいないんですか?」

「この時間はほとんど客が来ないらしいんでな、

まあ忙しい時間は何人かバイトがいるよ、もしくは奥さんかな」

「なるほど」

「さて、それじゃあ待ってる間にさっきの話を詳しく」

「あ、あは……」

 

 そして香蓮は、八幡との出会いと先日の再会の説明をした。

 

「……という訳で、全然ナンパとかじゃないんですよ、本当に」

「まあ確かにそれならナンパじゃないけどよ……静さんは今の話を聞いてどう思った?」

「私はあいつに女の口説き方を授業で教えた覚えは無いんだが、

もしかしたら特殊な才能が開花したのかもしれないな」

「才能?何の?」

「女を無自覚に落とす才能だな」

「あ、それ分かるわ、凄くよく分かるわ」

 

 遼太郎はその言葉にうんうんと頷いた。

 

「つまりリーダーは天然ジゴロだと!?」

「うむ、まあ多分そうなのだろう、フカ次郎君も気をつけたまえよ」

「このかわいいフカ次郎ちゃんは、むしろ落とされに来てるんですが!」

「……手遅れだったか」

「コヒーに先を越されてちょっと悔しいのです」

「ち、違うったら!」

 

 丁度そこに、エギルが料理を持って戻ってきた。

 

「ほい、お待ちどうさま、エギルスペシャルだ」

「うほっ、肉!いただきます!」

「ただのローストビーフのセットじゃねえかよ……」

「まあ初めての祝いだ、値段はサービスしとく」

「ありがとうエギルさん!」

「どういたしまして。それじゃこっちが香蓮さんの分な」

「ありがとうございます、いただきます!」

 

 そして二人は食事を始め、エギルもグラスを拭きながら会話に参加した。

 

「随分楽しそうだったみたいだが、何の話をしてたんだ?」

「八幡が無自覚に女を落とす才能を開花させたって話だな」

「開花?あいつ、SAOの頃からモテてたぞ?」

「えっ……まじで?」

「あ、あの、もしかして皆さんはSAOサバイバーなんですか?」

 

 その香蓮の質問に、エギルは平然とした顔でこう答えた。

 

「おう、俺達も八幡もそうだな。仲間全体だと全部で八、

いや、正式メンバーじゃないが噂だとロザリアもいるのか、全部で九人いるぞ」

「そうだったんですか……」

「でも香蓮さんよぉ、八幡も正直普通じゃないからな、

それだけは覚悟しておいた方がいいぞ」

「普通じゃない……ですか?」

「ああ、まあ周りの女性の数とか環境とか色々な」

 

 香蓮はその言葉に頷きながら言った。

 

「あ、それは少し聞きましたが、大丈夫です」

「大丈夫、か」

「まあそう思えるなら大丈夫だろ」

「はい!」

 

 そして一つだけ明確な心当たりがあった香蓮は、エギルにこんな質問をした。

 

「ちなみにそれって、八幡君がソレイユの部長なのと関係があるんですか?」

「お、そんな事まで知ってるのか、まあそんな感じだな。

詳しい事はまあ、話してもいいと思ったなら八幡が教えてくれるだろうさ」

「は、はい」

 

 香蓮はその言葉に、いつか何でも話してもらえるような関係になれたらいいなと思った。

そしてエギルは、エギルだけが知っていたであろうハチマンの過去の事を話し始めた。

 

「なあクライン、お前、『歌姫』って覚えてるか?」




明日は過去話という程の事は無いです、まあサラッと情報を小出しにする感じで……


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第378話 歌姫が生まれた日

2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


「歌姫?ああ、覚えてるよ、確かよく色々な場所で歌ってたよな」

 

 ちなみにGGOのフローリアの名前は、

第四十七層の主街区フローリアから名付けられている。

花のイメージがピッタリだと八幡が考えたからだ。

 

「アスナとは別の、もう一人の女性プレイヤーがあいつの傍にはいたんだよ、

多分俺しか知らないと思うが、時効だしもう話してもいいかな」

「つまりそれが……」

「『歌姫』ユナだ」

「やっぱりか、でもまじかよ……全然気付かなかったぞ」

 

 遼太郎は驚いたようにそう言った。

 

「遼太郎、その歌姫というのは……?」

 

 そう静に尋ねられた遼太郎は、軽くユナの事を説明した。

 

「町でよく歌ってた子でな、その歌を聞くと、不思議と勇気が出たんだよな」

 

 そしてエギルが、少し迷った末にこう言った。

 

「不思議と、な。今だから言えるが、

実はユナは支援スキルの一つである歌唱スキルを持ってたからな」

 

 遼太郎はそんなスキルの存在は知らなかった為、目を剥いた。

 

「え、何だよそれ、あれってスキルの効果だったのか……」

「トップシークレットだったからな」

「確かにそんなスキルの話は聞いた事がなかったな、でも何で秘密にしてたんだ?」

 

 その遼太郎の疑問は当然だった。首を傾げる遼太郎に、エギルは説明を始めた。

 

「理由は二つあるんだが、先ず一つ目だ。

ユナの希望を踏まえて、ハチマンが情報の公開を止めていたんだよ」

「ユナの?どういう事だ?」

「ユナは歌での支援によって攻略組の、というかハチマンの役に立つ事を望んでいた。

だが攻略組に参加するには決定的に実力が足りていなかった。

ユナに歌唱スキルが発現したのは前線が六十五層の辺りに差し掛かっていた時期で、

ユナはそれまで一切町の外に出ていなかったからな。

そんな訳で、ユナの育成が急務になったんだが、

もしユナのスキルの事を公開したら、色々な奴らがユナをパーティに誘おうとするだろ?

それで万が一ユナに何かあったら大変だ。だからハチマンは情報を制限し、

ユナの頼みを受け、自らの手でユナを育成する事を決断したんだ。

攻略組の未来を見据えてな」

「そうか、ハチマンらしいな……」

 

 遼太郎は感慨深げにそう言った。ハチマンが先を見ていた事は頭では理解していたが、

まさかそんな事までしていたとは、遼太郎の想定外だった。

 

「で、もう一つは?」

「ユナには幼馴染がいてな、

そいつはユナの為に頑張って剣の腕を鍛えて血盟騎士団に入ったくらいの努力家なんだが、

そいつは生存本能が強すぎたのか、強敵相手だとシステムのせいで足が竦む事が発覚してな、

アスナの判断で、前線から外されたんだ」

「それってフルダイブ環境に不適合だったって事か?」

 

 エギルはその遼太郎の言葉に頷いた。

 

「ああ、ネズハと同じようで違うタイプだ、アスナの判断は妥当だろうな。

そのまま戦場にいたら多分死んでいただろう」

「で、それが?」

「戦場に立ちたくても立てない幼馴染を差し置いて、

ユナだけがクローズアップされたらどうなるか、お前も何となく想像出来るだろ?」

「ああ……」

 

 そう言われた遼太郎は、昔ハチマンから聞いた、

グリセルダとグリムロックの話を思い出した。

 

「実際にそういう事例があったよな……いわゆる圏内事件って奴だな」

「ああ、ユナは意外と強情でな、ハチマンと一緒なら大丈夫だと言い張って、

ボス戦に参加すると言ってきかなかったんだが、

ハチマンから圏内事件の話を聞いたユナは、一転して自分から不参加を言い出したんだ」

「まあそうなるよな」

「で、ハチマンが出した結論はこうだった。九十層まで到達する事が出来たら、

ユナをボス戦に参加させる。それまでにユナはハチマンが鍛えあげる。

だが知っての通り、その機会は訪れなかったと、まあそういう訳だ」

「なるほど……」

 

 遼太郎は、ううむと唸りながらそう言った。

 

「あの……」

 

 そこで香蓮が、そう声を掛けてきた。

 

「ん、どうした?」

「私はSAOの事はよく分からないんですが、今の話の流れだと、

どう考えてもそのユナって人と幼馴染の人は両想いみたいに聞こえるんですよ。

でも最初の話は、八幡君が昔からモテてたって話ですよね?って事はつまり……」

「おう、クラインは気付かなかったみたいだが、その通りだ、凄いな香蓮さん」

「フ、フカちゃんだってそのくらいは分かりましたよ!恋愛脳なんで!」

 

 香蓮が褒められた事に対抗したのか、美優も慌ててそう言った。

 

「ど、どういう事だ?」

「要するに今俺が話した経緯は関係なく、ユナの想い人は師匠のハチマンだったって事だ」

「嘘だろ!?なんだよそのいい話詐欺は!」

「仕方ないだろ、事実なんだから」

 

 それでも気持ちが収まらなかったのだろう、遼太郎はエギルにこう尋ねた。

 

「そもそも何でお前、そんなにその件に関して詳しいんだよ!」

「そんなのは簡単な事だ、絶対的な秘密保持の観点から、

この事について知っている奴は極力少ない方がいいと考え、

ユナを俺達の拠点に連れてくる事は出来ないと考えたハチマンが、

うちの店を隠れ拠点にしていたと、まあそういう事だな」

「そういう事かよ!」

「ちなみにお前が俺の店にいた時、その後ろをフードで顔を隠したユナが通った事もある」

「まじかよ、全然気付かなかったぞ!」

 

 エギルはやれやれというゼスチャーをした後、続けてこう言った。

 

「普段は大人しかったのに、恋愛に関するユナの積極性は凄かったぞ、

あの手この手でハチマンの気を引こうと頑張ってたが、

ハチマンは冗談だと思ってたのか、ユナをあしらいまくってな……」

 

 その言葉に、美優がバッと手を上げた。

 

「はい、はい、同じようなケースに心当たりがありまっす!

リーダーが私をあしらう姿がダブって見えまっす!」

「まああんな感じだな」

「やっぱり!」

「ちなみにユナさんと幼馴染の関係はどうだったんですか?」

「おう、何も無い。本当にまったく何も無い。完全に友達扱いだ、かわいそうなくらいにな」

「それは少し気の毒ですね」

「まあ男女の事は仕方ないさ」

 

 そして話は、ハチマンとユナの出会いについての話に移った。

 

「なあ、でも当初はその幼馴染の方と、ユナはより仲が良かったんだろ?

偶然一緒にSAOをプレイしていたなんて出来過ぎだし、

二人で相談して一緒に始めたか、どっちかが誘ったって考えるのが普通だよな?」

 

 その言葉にエギルは頷いた。

 

「ユナの話だと、向こうに誘われたらしい」

「ああ……ファンタジーのゲームを一緒にやろうって誘ったって事は……」

「そういう事だね」

 

 美優と香蓮がそう言葉を交わし、遼太郎は得意げにこう言った。

 

「それは俺にも分かるぜ、少なくともその幼馴染はユナに惚れてた」

「だがユナにその気は無かった、誘いに乗ったのは、

何か理由はあったんだろうが少なくとも恋愛絡みじゃなかった」

「そして八幡君に出会ったと」

「どんな出会い?」

「ああ、これは直接ユナから聞いたんだがな、

実はユナが初めて歌を歌った場所が、たまたまハチマンの昼寝スポットの近くでな、

『smile for you』って曲を歌ったらしいんだが、

ユナに一番最初に声を掛けてくれたのがハチマンなんだそうだ。

 

 

 

『なぁ、その曲って誰かの曲なのか?』

『あ、えっと、ううん、私が作った曲なんだけど……』

『そうか、きっと才能があるんだな、凄くいい曲だ』

『あ、ありがと』

『良かったらもう一度頼む』

『う、うん!』

 

 

 

「そしてそんな生活がしばらく続き、ある時ユナは一つの疑問を抱いたそうだ。

普通は歌い終えた後、ほとんどの場合、声を掛けてくる男がかなりの数いたそうなんだが、

ハチマンが近くで昼寝している時は、何故か誰も声を掛けてこなかったらしいんだよ」

「何そのホラー」

「その頃はハチマンの名もかなり売れ始めていた時期でな、

ハチマンがとある噂を広めていたらしい」

 

 エギルの説明はこうだった。ハチマンがやった事はシンプルであり、

ユナに余計なちょっかいを出すと、

必ずハチマンに制裁されると攻略組に噂を流しただけであった。

どうやらユナが、話し掛けられて迷惑そうな顔をしていた事に気が付いたらしい。

ハチマンはその頃最前線近くで昼寝をする事が多かったので、

そこには当然攻略組の者が多く存在する。その為一般プレイヤーも自然とそれに引っ張られ、

ハチマンが近くにいる時は、段々とユナに声を掛けるのを控えるようになっていった。

もちろん拍手と褒める事に関しては別である。

あくまで問題なのは、余計なちょっかいを掛ける事なのだ。

そして気が付くとユナは、その日の歌う場所を決める時、

最初にいくつか存在したハチマンの昼寝スポットを回って、

ハチマンがいる場所を選ぶようになった。

その話を聞いた香蓮と美優は、羨ましそうにこう言った。

 

「何かいいなぁ、それ」

「素敵だよね」

「ハチマンはほら、あんな性格だからな、

最初からユナにアプローチを掛けるとかそういう事はまったく無かったらしい。

俺達にはその理由が分かるが、当時のユナにはそれが凄く新鮮だったらしいな」

「本当に声を掛けてくる男が多かったんだね」

「あ、俺も声を掛けた事があるぜ!」

「フン!」

 

 その瞬間に、遼太郎の腹に静の鉄拳制裁が飛んだ。

 

「ぐおっ……し、静さん誤解だから、俺は単に歌を褒めただけだから……」

「ふん!」

 

 そう子供のように拗ねた態度をとる静を、遼太郎は必死に宥めた。

そんな二人を横目で見ながらエギルは説明を続けた。

 

「そんなユナに最初の転機が訪れた。

例の幼馴染に、ハチマンが噂を流しているって話を聞いたんだ」

「余計な事を……」

「ね」

 

 

 

『ねえ、あなたって、ハチマンって言う有名な人なんだってね』

『確かに俺の名前はハチマンだが、別に有名とかそういうんじゃないさ』

『私の為に噂を広めてくれたんでしょ?』

『それは勘違いだ、俺はうざったい遣り取りを耳にするのが嫌いなだけなのであって、

それは別にお前の為じゃない、あくまで俺自身の為だ』

『ふ~ん』

『何だよ』

『別にぃ?』

 

 

 

「そしてそれからユナは、歌う時はハチマンに向けて歌うようになり、

自然とその声にも、前以上に色々な気持ちが乗るようになったらしい。

今思えば、それがスキル発現のキッカケになったんだろうな。

そしてそんなユナに第二の転機が訪れた、もちろん歌唱スキルの発現だ。

その日珍しく、歌い終わった後にハチマンがユナの所に来て、

少し慌てた様子でユナの手を引き、どこかへ向かって歩き始めたらしい」

 

 

 

『今日はどうしたの?なんかいつもと違うってか、こんなの初めてかも』

『詳しい話は後だ、とりあえずここに入ってくれ』

『ここって宿屋?ハチマンには彼女がいるんでしょ?いいの?

まあ私は別に、あんたならいいけど……』

『はぁ?何を訳の分からない事を……いいから誰かに見られないうちにとっとと中に入れ』

『う、うん』

 

 そして少し緊張しつつもこれから起こる事を受け入れようと思っていたユナに、

ハチマンは予想外の事を告げた。

 

『それじゃあメニューからステータスウィンドウを開いて、スキルの欄を確認してくれ』

『えっ?』

 

 そしてユナは頭に疑問符を浮かべながら、言われるままに自分のスキル欄を見て驚愕した。

 

『な、何これ……歌唱スキル?』

 

 

 

 こうしてこの日、SAOに歌唱スキルを持つ真の歌姫が誕生した。



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第379話 思い立ったらフカ次郎

2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


『やっぱりか……何か違和感を感じたんだよ』

 

 実はハチマンは、過去に歌唱スキルの恩恵を受けた事があった。

それはゲームのサービス開始前、テストプレイのバイトをしていた時にである。

今SAOの中にいるプレイヤーの中で唯一ハチマンだけが、そのスキルの存在を知っていた。

 

『激レアスキルだって聞いてたし、実際使ってる奴に遭遇した事が無いから、

その存在は知っていたが、お目にかかる事は無いだろうと思って、

攻略には使えないと考えから外していたんだが、まさかお前に発現するとはな』

『こ、これってどんなスキルなの?』

『自分の歌を耳にしたパーティメンバー全体にかかる、かなり強力な支援スキルだ。

その範囲はレベルが上がるとレイド全体に波及させる事が可能らしい。

だから観客の誰も気付かなかったんだろうな、正直俺も確信があった訳じゃないしな。

ちなみに歌への感情の込め方によって、効果が変わるらしい』

『強力なんだ……』

 

 そしてユナは、直後にハチマンに自分の攻略組入りを懇願したが、

ハチマンは当然それを断った。

 

『いくら強力なレアスキル持ちでも、レベル一の奴に何が出来るんだよ』

『じゃあレベルを上げるのを手伝って』

『はぁ?』

『これでやっと私も本当の意味でハチマンの役に立てるね、

ついでに短剣の使い方も教えて、得意なんでしょ?』

『お前な』

『お願い!』

『別に俺じゃなくてもいいと思うが』

『お願い!お礼に毎日ハチマンだけの為に一曲歌うから!』

『俺は別に今くらいで十分なんだが』

『もう、お願いってば、ね?』

 

 そんな会話が延々と続き、ハチマンはユナの粘りに負け、ユナを鍛える事を了承した。

単純に強力な戦力が欲しいという事情もあったのだろう。

 

『はぁ、分かったよ』

『ありがとう、師匠!』

『師匠か……』

『うん、師匠!』

 

 

 

「こうして二人の師弟関係が始まったそうだ。ちなみにアスナもユナの事は知っていて、

たまに二人でユナを鍛えたりしていたそうだ。

多分アスナは内心少しヤキモチを焼いてたと思うが、

ハチマンがまったく変わらない態度でアスナに接してくるのと、

ユナのスキルの強力さを身を持って体験したせいで、黙認する事に決めたらしい」

「アスナもユナの事を知ってたのか」

「まああの頃のアスナは血盟騎士団の副団長として忙しい身だったからな、

あまりユナとは絡めなかったと思うけどな、

それでも俺が見掛けた時は、二人はかなり仲がいいように見えたな」

 

 遼太郎は話を聞き終わった後、興味深げにエギルにこう尋ねた。

 

「そうだったのか……で、そのユナは今どこに?」

 

 それに対してのエギルの答えはこうだった。

 

「分からん、一度だけその事について話した事があるんだが、

八幡もユナがどうなったかについては把握していなかった。

どうやら菊岡さんもユナの事を知らなかったらしい。

って事は普通の病院には入院していなかった事になるな。

噂だと、俺達が七十五層のボス戦に向かった後、ハチマンの態度から嫌な予感がしたらしく、

その幼馴染に頼んで町に残っていた残りの戦力を集めてもらい、

そのプレイヤー達と共に迷宮区へと向かったらしいんだが」

 

 そのエギルの説明を聞いた遼太郎は、ハッとした顔でこう言った。

 

「お、俺、その話なら知ってるぞ、確かうちのメンバーもその中にいたはずだ!」

 

 そして遼太郎は、風林火山のメンバー達に確認の電話を掛け始めたのだった。

 

 

 

「まじかよ……」

「どうした、何があったんだ?」

「実はよ、途中でやばい敵が出たらしく、ユナの幼馴染はノーチラスって言うらしいんだが、

ユナが囮になって敵を引き付けて、それを慌ててノーチラスが追ったみたいだ。

でもその直後にゲームがクリアされたんで、

無事だろうと思って特に何も報告しなかったそうだ。他の奴らも同様の認識で、

ゲームがクリアされた喜びのせいもあって、特にその事に触れる奴もいなかったらしい」

 

 その説明を聞いたエギルは、腕組みをしながらこう言った。

 

「微妙だな……」

「ああ、うちのメンバーがやばい奴って言うくらいだ、

下手をするとその一瞬でユナがやられている可能性もあるな」

「だが、菊岡さんまでもが知らないとなると……」

「手がかりは何も無しか」

「八幡はユナの事、どう思ってるんだろうな」

「どこかで元気でやっているとでも思っているんじゃないか?」

「だよな……」

 

 二人はこの事を八幡に告げるかどうか迷ったが、

告げたからといってどうなるという話でも無い為、

この事については明日奈に任せる事にした。

 

「明日奈なら上手くタイミングを見て話してくれるだろ」

「それじゃあ後で明日奈に連絡しておくか。

まあそんな訳で、俺の昔話は終わりだ、どうだ?参考になったか?」

 

 エギルの昔話を興味深く聞いていた一同は、微妙に納得し難い表情で口々に言った。

 

「サンプルが一例だけっつ~のはどうなんだ?」

「私はそれでも十分参考になりましたけどね」

「今のリーダーの事を知っているせいか、何か物足りない……」

「あいつの高校時代を知る者としては、今の話だけでも驚きを禁じえないのだがな」

 

 そしてエギルは、ニカッと笑いながら続けてこう言った。

 

「じゃあこの話はどうだ、実はハチマンが血盟騎士団の参謀に就任した後、

黙ってあいつのブロマイドを売り出した事があるんだよ、

あいつに見つからないようにするのは大変だったけど、

まあ利益は全て教会に回したからセーフだよな」

 

 それを聞いたクラインが、自分のスマホを取り出しながら言った。

 

「あ、俺その画像なら今持ってるぜ、そのデータって確かサルベージされた奴だよな?」

「そういえば前に見せてもらった記憶があるな」

「本当ですか?是非見てみたいです」

「おう、SAO時代の貴重な写真だ、じっくり見てやってくれ」

 

 そして懐かしの、ハチマンの参謀服姿を見た香蓮と美優は、黄色い声を上げた。

 

「こ、これは……」

「あは、八幡君ってば、どこかの貴族様みたい」

「やだ、明らかに非日常でコスプレちっくなのに、それが凄くいい……」

「ははっ、二人の反応も上々だな、でな、

そのブロマイドが女性プレイヤーに大人気で飛ぶように売れてな、

枚数にして三百枚、つまりあいつには、三百人のファンがいたって事になる訳だ。

な、俺がモテてたって言った意味が分かっただろ?」

「三百って……SAOの女性プレイヤーのほとんどなんじゃないのか?」

「そうだな、正確な数は分からないが、かなりの比率だろうな」

 

 それを聞いた美優は、焦ったようにエギルに聞いた。

 

「そ、それじゃあもしかしてリーダーって、普段から声を掛けまくられてたり?」

「いや、それは無かったな。その頃は常にアスナがあいつの傍にいたからな、

さすがにアスナに正面から喧嘩を売れる奴なんていなかったな」

 

 それを聞いた美優は、ぷるぷると震えながら下を向いた。

それを見たエギルは、ちょっとこいつにはショックだったかと思いながら、

美優を慰めようとしたのだが、エギルが美優に声を掛けようとした瞬間、

美優は顔を上げ、ガッツポーズをした。

 

「よっしゃあ!」

「うおっ、何だよいきなり、お前今落ち込んでたんじゃないのか?」

「落ち込む?このフカちゃんが?何で?」

「今の話を聞いて何も思わなかったのか?」

「え?何言ってるのエギルさん、つまり今が最大のチャンスって事でしょ?」

「…………は?」

 

 そうきょとんとするエギルに、美優はドヤ顔で言った。

 

「つまり昔はリーダーの傍にいる事すら事実上不可能に近かったけど、

今は近くにいる事が可能!あまつさえラッキースケベくらいなら許容される雰囲気がある!

これはもうフカちゃん大勝利でしょう!」

「ラッキースケベってお前な……」

「大丈夫、北海道では気に入った男を落とす為にそういう訓練をつんでたから!」

 

 美優はそう訳の分からない事を言い始めた。まあいつもの事である。

 

「ラッキースケベの訓練って何だよ、リアルでも変わらないな、お前」

「八幡はラッキーだろうがそうじゃなかろうが、そういう事に耐性がついてると思うが……

多分何かあっても顔色一つ変えないんじゃないか?」

「ああ、確かにな……」

「えっ?そ、そうなの?」

「陽乃さんがいるからな……」

「陽乃さん?誰?」

「ソレイユさんだ」

「あっ、ソレイユの姉御か!」

 

 そして遼太郎は、一枚の写真を美優に見せた。

 

「これを見てみろ、先日陽乃さんに命令されて撮った写真だ」

 

 その写真には、ソファーに座る八幡の頭の上に胸を乗せる陽乃の姿が写っており、

美優は凄まじい衝撃を受けた。

 

「な、何でこんな写真が……っていうかこれがリーダーの素顔!?

やだ、コヒーが落とされちゃったのも分かる……」

「わ、私は別に……」

「あ、そういうのはいいから、もうバレバレだから」

「ええっ!?」

 

 美優はじと目で香蓮にそう言うと、遼太郎に説明を求めた。

 

「で、このありえない状況は、一体どんな状況なのでしょうか……」

「これはこの前オフで何人かで集まった時に、

後から到着した陽乃さんがいきなり八幡の頭の上に胸を乗せて、

『遼太郎君、とりあえず駆けつけ一枚お願い!』って言った時の写真だ。

ちなみに八幡は、何を言っても無駄だと分かってるみたいで平然としてた」

「確かに顔色一つ変えてない……これは手ごわい……」

「おう、だから八幡にラッキースケベは通用しないぞ。

ラッキーじゃないスケベにも対応してくるからな」

「ですか……」

 

 そんな美優に、静がこうアドバイスしてきた。

 

「まああいつには、相手が引くくらいの強引な態度が効果的だな、

あいつは案外女性の押しに弱い所があるからな」

「強引……強引……確か今、リーダーは帰還者用学校に通ってるんだよね?」

「ん、ああ、確かにそうだが……」

「よしコヒー、明日私に付き合え、帰還用学校に突撃すんぞ!」

「えええええええええ?ちょっと美優、本気!?」

「当たり前だい!出会いはいつも突然なのさ!」

「それじゃあ私が陽乃に連絡しておいてやろう、あそこの理事長は陽乃のお母上だからな」

「お願いします!」

 

 静は少し酔っていたせいか、ノリ良くそう言って陽乃に電話をし、

明日美優と香蓮が帰還者用学校に行く許可を理事長にとってくれるように頼んだ。

そして折り返し陽乃から連絡があり、理事長から時間を指定された上で、

許可を得られた旨が二人に伝えられた。

 

「相変わらず無茶苦茶だな」

「あの母娘はまあ、そういう人達だからな」

「それじゃあコヒー、早速帰って準備だ!皆さん、今日は本当にありがとうございました!

お話し出来てとっても嬉しかったです!」

「おう、それじゃあまたALOでな」

「二人とも、元気でな!」

 

 そして二人は家に戻り、布団の中で今日の出来事について色々話しながら、

軽く明日の事について話をした後、二人で仲良く眠りについたのだった。




~~フカ次郎シリーズ。


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第380話 ユナの成長と失敗

今日は学校編だなと思ったあなた、作者はそんなにまともではないのです!

2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


 その日の夜、八幡と明日奈は八幡の家で一緒にくつろいでいた。

そんな時、明日奈の携帯にエギルから着信が入り、明日奈は少し驚いた。

 

「あれっ?」

「どうした?」

「あ、うん、エギルさんから私に直接電話みたい」

「お前に直接とは珍しいな、何か俺に聞かせたくない話でもあるのかもな」

「う~ん、どうなんだろう、とりあえず出てみるね」

「おう、俺は今のうち風呂に入ってくるわ」

 

 どうやら八幡は空気を読んで、その場を離れる事にしたようだ。

 

「うん、ごめんね」

 

 そして明日奈は電話に出て、エギルからユナの最後の行動についての話を聞いた。

 

「という訳で、もういいだろうと思ってユナの事を話しちまったんだが、

そしたら出てきた情報ってのが、今説明した話なんだよ」

「そうなんだ……」

『かなり曖昧な情報ですまん、その後どうなったかを知っているのは、

そのノーチラスって奴だけだろうな』

「ノーチラス君、ユナちゃんを止められなかったんだ……

無事だと信じたいけど、この話を八幡君にしたら怒りそうだな……」

『あ、そっちの心配もあるのか』

 

 そして明日奈は、当時の事を思い出しながら言った。

 

「うん、なんだかんだ言って八幡君、ユナちゃんの事を弟子として大事にしていたからね」

『まあもし八幡が望むなら直接俺が説明するから、気軽に連絡してくれ』

「うん、もしそうなったらお願い。でも多分、

今聞いた以上の詳しい説明は誰にも出来ないだろうね、ノーチラス君以外は」

『まあそうなんだよな、まあそれじゃあそっちの事は宜しく頼む』

「うん」

『あ、後な、それとは別に、明日学校で気を付けろと八幡に伝えておいてくれ』

「え?どういう事?」

「まあ何か危険だとかそういう事じゃないからそこは安心してくれ」

「分かった、それだけ言えばいい?」

『おう、それで十分だ、それじゃあまたな』

「うん、またね」

 

 そして明日奈は少し考えた後、やはり直ぐに伝えようと思い、

八幡が風呂から出てきた後、直ぐにその事実を八幡に告げた。

 

「何だと、ユナが?」

「うん」

 

 そして八幡は、少し後悔したような様子で毒づいた。

 

「くそっ、ノーチラスじゃ止められなかったか、もっときつく言っておけば良かったか」

「まあ仕方ないよ、あの時はこっちもいっぱいいっぱいだったしね」

 

 八幡は肩を落とした様子で明日奈に頷くと、諦めたような口調でこう言った。

 

「まあ既に過去に起こってしまった事だ、菊岡さんですらユナの消息を知らないんだから、

この件に関してはもうどうしようもないな」

「だよね……」

「まああいつは仮にも俺の弟子なんだ、いずれ実力で表に出てくるだろうさ」

「現実には歌唱スキルなんか存在しないけど、ユナちゃんならきっとそうだよね」

 

 八幡はその明日奈の言葉を聞いて、変な顔をした。

 

「あれ、何その顔」

「そうか、明日奈はユナのスキルが歌唱スキルのみだった時の事しか知らないのか、

そういえばちゃんと説明をしていなかった気がするな」

「えっ、何それ、どういう事?」

「実は最終的には、ユナは歌唱以外にも多くのレアスキルを保持していたんだよ。

歌唱スキルを持っていることが条件のスキルが沢山あってな、

どう考えても歌唱スキルを得る奴なんかいないだろうと思って、

晶彦さんが遊びで入れたとしか思えないくらい、まあ色々とな」

「ええっ、そうだったんだ、例えばどんな?」

「先ず滑舌を良くしようと、戦闘中に早口言葉を言わせていたら『吟唱』スキルが生えた」

「何そのシュールな光景……」

 

 明日奈はその光景を頭に思い浮かべ、呆れた顔でそう言った。

 

「次に短剣を俺とリズム良く打ち合っていたら、『楽器演奏』スキルが生えた」

「それって確実に楽器じゃないよね!?」

「蝶のように舞い蜂のように刺すと戦闘中に何度も言ってたら、『舞踊』スキルが生えた」

「もし私が歌唱スキルを持ってたら、私にも生えてたかも……」

「だな、そして度胸を付ける為にあえて一層で歌わせて、ファンと握手とかをさせていたら、

『カリスマ』のスキルが生えた」

「それはまあ分かるけど……」

「ちなみに戦闘に及ぼす効果は、味方の何を底上げするかの種類を増やす事だったな」

「ああ、そういうスキル構成だったんだね」

 

 明日奈は、それは意外と良く考えられているなと感心した。

 

「そしてどんな状況でも常に笑顔でいさせたら、『癒し系』のスキルが生えた」

「……えっ?」

「ツンデレっぽく話させてたら、『小悪魔系』のスキルが生えた」

「さっき感心した私の純粋な気持ちを返して!」

「そう言うなって、結構大事だったんだぞ、癒し系は徐々に状態回復効果、

小悪魔系は耐性獲得効果があったんだからな」

「それは凄いね……」

「ちなみにアイドルを育成しているような気分になって、ふざけてやった結果だ、

今はとても反省している」

「あ、あは……」

 

 明日奈はさすがに何と言っていいか分からず、そう言う事しか出来なかった。

 

「最後に山の上で大声を出させていたら、そのまんま『大声』のスキルが生えた」

「そ、それってもしかして、謎の叫び声事件の事?

うちでも調査隊を派遣しようとしたけど八幡君に止められて、

そのままパッタリと起こらなくなったっていう……」

「おう、スキルが生えたからやめさせた」

「ひ、人騒がせな……」

 

 明日奈はへなへなとその場に崩れ落ち、

八幡はすまなそうに明日奈をお姫様抱っこすると、そのままソファーに座らせた。

 

「そしてこれらのスキルが揃った瞬間、ユナが獲得したスキルは……」

「スキルは?」

「『歌姫』のスキルだ。これにより、ユナは全ての歌の効果を発揮出来るようになった」

「そ、それってもう即実戦に投入出来るレベルだったんじゃない?」

「俺も一瞬そう思いかけたんだがな、問題だったのは熟練度だ」

「あっ」

 

 明日奈も遅まきながら、その事に気付いたようだ。

 

「一気にスキルが増えた事によって、複数の熟練度を上げる必要が出ちまってな、

上がり方から俺が計算した結果は、なんとか九十層までには仕上がるだろうという感じでな」

「そっか、そういう事だったんだね」

 

 そして八幡は、少し苦しそうな表情でこう言った。

 

「だから七十五層の最後の戦いの時、ユナは居残りさせる事にしたんだ。

多分ユナはそれが納得いかなかったんだろう、

それでノーチラスを何とか説得して仲間を集め、俺達の所に来ようとした。

つまりその事件は、俺の責任でもあるんだと思う」

「それは……何といっていいか分からないね」

「ああ、ボタンを一つ掛け違っちまったんだろうな、

だからもしユナの消息が分かったら、怒った上で謝ろうと思う」

「そうだね、また会えればいいね」

「ああ、本当にな」

 

 そう話が締めくくられた所で、明日奈は八幡にこう尋ねた。

 

「八幡君どうする?直接エギルさんに話を聞いてみる?」

「いや、そういう事ならクラインの方がいいだろうな」

「あ、まあそうだね」

 

 八幡は直ぐに遼太郎に電話を掛け、詳しい話を聞く事にした。

 

「クライン、ユナの事なんだがな」

「おう、俺も今、改めて他の奴ら全員に話を聞いた所だぜ」

 

 そして遼太郎は、今聞きたてほやほやの情報を、全て八幡に伝えてくれた。

 

「なるほど、まだそんなやばい敵が残っていたとはな」

「ああ、でな、仲間を擁護するつもりは無いんだがよ、

そういう場合のセオリーだと、一旦狭い通路なりなんなりに退避して、

強力なタンクに防御に徹してもらって体勢を立て直すもんだろ?

で、その為に後退しようとした矢先に、ユナとノーチラスが動いちまったらしいんだよ」

「そうか、しまったな、あいつらに戦闘の機微を教えなかった俺のミスだな……」

 

 そう落ち込む八幡を、遼太郎は何とか励まそうとした。

 

「まあ確かにそうかもしれないけどよ、何でもかんでも自分のせいにするんじゃねえよ、

うちの連中がもっと的確に指示を出せていれば、そんな事にはならなかったかもしれねえし、

たらればを言い出したらキリが無えだろ」

「それはそうだけどよ……」

「参ったな、え?あ、静さん!」

 

 突然電話の向こうでそんな声が聞こえ、電話から恩師の声がした。

 

「何をぐだぐだ言ってるんだお前は」

「先生……」

「まったくお前は最近ちょっとモテるからって、自分が神にでもなったつもりか?

お前はどこまでいってもただの人間でしかない、だから当然失敗もする。

大事なのは失敗しない事じゃない、失敗を繰り返さない事だ。

いい加減にそれくらいは自分で考えて答えを出せるようになりたまえよ」

「返す言葉も無いです、先生」

「うむ、そこは反省したまえ。ほら、後は任せたぞ遼太郎」

 

 再びそんな遣り取りが聞こえ、直ぐに遼太郎が電話に出てこう言った。

 

「わ、悪い、静さん今ちょっと酔っててよ」

「いや、やっぱり先生は先生だわ、ちょっと楽になった。ありがとうな、クライン。

先生にも酔いが覚めた後にでもお礼を言っておいてくれ」

「おう、それなら良かったぜ」

 

 そして八幡は通話を終えた後、明日奈を抱き寄せながら言った。

 

「なぁ明日奈、やっぱり失敗を無くすのって無理だよな」

「何?いきなりどうしたの?」

「いやな、静先生に久しぶりに説教されちまった。

『お前は神か?大事なのは失敗しない事じゃない、失敗を繰り返さない事だ』ってな」

「そっか、さすがだね、静先生」

「まあかなり酔ってたみたいだけどな」

「酔ってそのセリフが言えるんだから、やっぱり凄いんだよ」

「まあな……あ、しまった、明日学校が何とかってセリフについて、

クラインに探りを入れるのを忘れてたな」

 

 八幡のその言葉に、明日奈は少し考えながら言った。

 

「そうだね、今日はほら、ダイシーカフェでクラインさんと静先生が飲んでた訳じゃない、

で、エギルさんがそれを私に伝えたって事は、

もしかして静先生が、臨時講師としてうちの学校に来るとかそういう事なんじゃない?」

「ありうるな……」

 

 明日奈は至極真っ当な意見を言い、八幡もそれに同意した。

まあこれは当たり前であろう、フカ次郎が暴走して一日早くこっちに来たあげく、

学校への襲撃を計画し、それを陽乃と理事長が後押ししているなど、

神でもない限り予想など出来はしない。

そして二人は本当に静が学校に来た場合の対応や、

ユナの思い出話をしながら穏やかな時を過ごした。

明日学校で何が起こるのかを知らないままに。



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第381話 北からの使徒、襲来

2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


 次の日の朝、八幡と明日奈は、何が起こるのだろうとドキドキしながら授業を受けていた。

だが予想に反して一向に何も起こる気配は無く、

昼休み頃には、二人はもうそんな事はすっかり忘れていた。

 

「あっ、そういえば何も起こらないね」

「おお、そういえばそんな話もあったな」

 

 二人は明日奈が作った弁当を仲良く食べながら、思い出したようにそんな会話をしていた。

そこに購買に行っていた和人が、息を切らせながら教室に駆け込んできた。

 

「おい八幡、何かお前を探してる変な女の二人組が、校内を徘徊してるらしいぞ」

「え、何だよそれ、そんな不審者は守衛さんに排除されるんじゃないのか?」

「それがその二人、どうやら理事長の入校許可証を持ってるらしいんだよ」

「またあの人絡みかよ……」

 

 そう言って八幡はため息をついた。

 

「八幡君、もしかしてこれって……」

「ああ、エギルが言ってたのはこれの事だったのかもしれないな」

「ん、何の話だ?」

「実はな……」

 

 八幡はユナの話は上手くぼかし、エギルから昨日、気を付けろとだけ言われた事を話した。

 

「ほうほう、一体何者なんだ?」

「分からん……」

「まあ教室に来てもスルーすればいいんじゃないか?

この学校にお前を売る奴なんかいないだろ」

「まああからさまに怪しそうな奴だったらそうするさ」

 

 そして数分後、教室を覗き込む二人組の姿が見え、教室中の視線がそこに集中した。

 

「すみません、こちらにハチマン様はいらっしゃいますか?」

 

 だがさすがは八幡のお膝元である。クラス内でその言葉に反応する者は誰もいなかった。

だがその言い方にひっかかる物を感じた五人は、ひそひそと言葉を交わしていた。

 

「おい、今あの子、八幡様って言ったよな?もしかしてSAOサバイバーか?」

「それにしては見覚えの無い顔だけど」

「誰なんですかね」

「う~ん」

「まあ様子見だな」

 

 そして反応が無いと分かると、その女性は自身の後方に向けて話し掛けた。

 

「ねぇ、ここにもいないみたい」

「どこの教室でも誰も反応してくれないね」

「ん……今の声は」

 

 その死角にいるらしい女性の声を聞いて、八幡は首を傾げた。

 

「八幡、もしかして姿が見えない人の方が知り合いなんじゃないのか?」

「確かに声に聞き覚えはあるんだが……」

「よし、私が釣ってきますね」

「珪子、釣りって……」

「ここは任せて下さい!本当に不審者なら遠くに引っ張って捨ててきますから!」

「お、おう……」

 

 そして珪子はたたっとその女性に駆け寄り、こう声を掛けた。

 

「あの、八幡さんに何のご用ですか?」

 

 その女性はそう言われ、目を輝かせた。

どうやらどの教室でも相手にしてもらえなかったらしく、

相手をしてくれたのは珪子が初めてであるらしい。

 

「は、はい、リーダーに会いに北海道からはるばるやってきました!」

「ちょ、ちょっと美優、そんなストレートな」

 

(ん、美優?)

 

 八幡はその聞き覚えのある名前にピクリと反応した。

 

「いいのコヒー、せっかく許可をもらったんだしこういうのは正直に言わないと」

 

(コヒーだと!?)

 

 その名前を聞いた八幡は思わずこう声を掛けた。

 

「まさかそこにいるのは香蓮か?それに美優?北海道出身で美優だって?」

 

 その声を聞いたもう一人の女性は、慌てて教室の中を覗き込んだ。

 

「あっ、八幡君!」

「何で香蓮がここに?」

「八幡、知り合いか?」

「おう、香蓮はな、そしてそこにいるもう一人はお前も知り合いだ」

「え、誰?」

「総員迎撃体勢をとれ」

「は?」

「総員だ、クラス全員で迎撃体勢をとれ!」

「お、おう」

 

 その言葉を受け、クラス全員がガタッと立ち上がった。

そして次の瞬間に、美優はとても嬉しそうに八幡目掛けてダイブした。

 

「あ、あなたが憧れのハチマン様……やばい、聞いてた以上に格好いい!

やっと会いに来れました、さあ、今こそ私の愛をジュテーム!」

「うぜえ」

 

 八幡はそう言ってその美優のダイブをひらりと避けた。

 

「ふぎゃっ」

「よし今だ、取り押さえろ!」

 

 床に激突した美優を、クラスメート達が捕まえようとした。

だが美優は機敏に起き上がり、その攻撃をかわしつつ、再び八幡目掛けて襲い掛かった。

 

「ちっ、意外とやりやがる」

「さあさあ、いい加減に観念して熱いベーゼを、むちゅっと、さあむちゅっと!」

「和人!」

「おう!」

 

 八幡に呼ばれた和人が、

待ってましたという感じで定規の二刀流で美優の前に立ちはだかった。

 

「俺が相手だ!」

「むむっ、なんぴとたりともこのフカちゃんの邪魔はさせん!」

「え、フカ?もしかしてフカ次郎?」

「むむっ、どちら様で?と見せかけて今だ!隙あり!」

 

 美優はそう言うと、一瞬棒立ちになった和人の横を擦り抜け、

八幡目掛けて飛び掛ろうとした。だがそんな美優の襟首を掴んだ者がいた、香蓮である。

 

「ちょっと美優、落ち着きなさい」

 

(ほほう?)

 

 八幡はその香蓮の動きに感心した。決して速い訳ではないが、

その効率的な動きと判断の早さには見るべきものがあるように、八幡には感じられたのだ。

こうして美優の暴走はここでやっと止まり、八幡はクラスメート達に声を掛けた。

 

「ふう、助かったぜ、お前らありがとうな、こいつは見た通り痴女だが知り合いなんだ」

「リーダー!このかわいいフカちゃんは痴女じゃありません!愛の狩人ですよ!」

「うぜえ」

 

 クラスメート達はその八幡の言葉で、何事もなかったかのようにそれぞれの席に戻り、

元のように雑談をし始めた。それを見た香蓮は、その組織的な動きに少し驚いた。

 

(まるで八幡君のための軍隊みたい)

 

 それは言い得て妙な表現だった。彼らは八幡を代表とする、

いわゆる四天王チームと同じクラスに所属するという栄誉を賜った者達である。

その為彼らの忠誠心は、他のクラスの者達と比べると圧倒的に高いのだ。

 

「とりあえず屋上にでも行くか、飯の続きはそこで食おう」

 

 八幡がそう提案し、一同はぞろぞろと屋上へと向かった。

 

「二人とも、昼飯は?」

「食べてきたよ、リーダー」

「学校内でリーダーはよせ、俺の名前は比企谷八幡だ」

「ハチマン様は八幡様だったんだ!」

「様付けもよせ」

「うぅ、それじゃあ八幡君」

「まあその辺りが妥当か」

 

 そして屋上に着くと、常備してあるのか八幡がレジャーシートを取り出し、

一同はそこに腰掛け、昼食の続きを食べ始めた。そして八幡が、二人を仲間達に紹介した。

 

「あ~、もう分かってると思うが、これはフカ次郎こと篠原美優だ、

そしてこちらは小比類巻香蓮、先日偶然知り合った、美優の友達だ」

「なるほどね、フカちゃんだったんだ」

「フカはリアルでもやっぱりフカだな……」

「まあフカだしね」

「さすがフカさん」

「えっと」

 

 フカ次郎は困った顔で八幡の方を見た。八幡は頷き、四人に自己紹介をするように促した。

 

「俺はキリト、本名は桐ヶ谷和人だ」

「おお、キリトさん!」

「私はアスナだよ、結城明日奈」

「正妻様だ!やっぱりかわいいいいい」

「私は篠崎里香、リズベットよ」

「リズさん!リアルでも女前!」

「綾野珪子、シリカです!」

「シリカちゃん!お持ち返りしたいいいい!」

 

 フカ次郎は感極まったようにそう叫ぶと、いきなり横にいた八幡に抱き付こうとし、

その瞬間に八幡にガシッと額を掴まれた。

 

「だからお前は一々俺に絡んでくるんじゃねえよ」

「うう、ガードが固い……」

 

 そんな二人を羨ましそうに見る香蓮を見て、明日奈は何かを察したのか、

ヒソヒソと和人達に話し掛けた。

 

「ねぇ、もしかしてまた増えたのかな?」

「増えたって何がだ?」

「和人はお子様なんだからちょっと黙ってなさい」

「何だよそれ!俺だってもう二十歳だぞ!」

「和人さん、また八幡さんに落とされた乙女が増えたんじゃないかって事です」

「ああ~!でも八幡はまったく自覚が無いっていういつものパターンなんだろ?」

 

 和人は納得した顔でチラリと香蓮の方を見た。

香蓮は八幡と美優を羨ましそうに見ながら、八幡との微妙な距離感を保っていた。

 

「明日奈、どうするの?」

「どうするも何も、別に気にするような事じゃないでしょ、

人数が増えれば増える程、一人一人の恋愛密度は薄くなるんだよ?

なら気にする事は無いと思わない?

何があっても私と八幡君の関係は変わらない訳だしね」

 

 その明日奈の言葉に、三人は意表を突かれた。

 

「逆転の発想!?」

「まさにコロンブスの卵……」

「明日奈、お前天才かよ!」

「まあそういうのは関係無く、私達いい友達になれると思うんだ」

 

 ちなみに二人はやがてGGO内で、お互いの正体を知らぬまま出会う事になるのだが、

出合った直後に二人は意気投合する事になる。

これは同じく主武装としていたP90が取り持った縁であった。

 

「で、フカ、お前はいつまでここにいるつもりだ?とりあえずさっさと帰れ」

「が~ん!八幡君はフカちゃんが嫌いなのれすか?」

「なのれすかって子供かよ、そういう事じゃねえ、ここは学校だ、

さすがにこのままここにいる訳にはいかないだろ」

「そんなあなたにはい、これを!」

「……何だこれ?」

「理事長からもらった八幡君用の許可証れす」

「は?俺用?……ちょっと見せてみろ」

「はひ」

 

 そこにはこう書かれてあった。

 

『当校理事長、雪ノ下朱乃の名において、当校生徒、比企谷八幡に命ず。

机に向かうことだけが学問の道ではないという当校の教育方針にのっとり、

貴殿は当校の生徒以外の二名の者を同伴し、社会見学に向かうべし。

前項の目的達成の為、残りの授業の出席はこれを免除し、外出を許可する。

尚、これは当校の代表の責務であり、拒否権は認めない。追記・帰校は不要である』

 

「……何だこれは」

「外出許可証?」

「そういう事を聞いてるんじゃねえ」

「拒否権は認めないそうでしゅ」

「これはお前の差し金か?」

「理事長室に挨拶に行ったら渡されたのでふ」

「……お前はそもそも、どうやって理事長と知り合ったんだ?

どう考えても事前に準備されてたよな?」

「コネでふ」

「コネ?お前の周りでうちの理事長と繋がってるのは……

雪乃はこういう事をする奴じゃない、そうか、くっそ、あの馬鹿母娘……」

 

 そして八幡は、その許可証を放り出すと一目散に理事長室へと向かった。

その許可証を拾った和人は、その内容を見て大笑いした。

 

「何だよこれ、相変わらず無茶苦茶だな!あははははは!」

「和人君、私にも見せて」

「おう、見てみろ、面白いぞ」

 

 そして同じようにそれを見た明日奈も大笑いした。

 

「あはははは、何これ」

「どれどれ?」

「わ、私にも見せて下さい!」

 

 そして里香と珪子もそれを見て噴き出した。

 

「プッ」

「あは、これって要するに、二人を観光に連れていけって事ですよね?」

「まあ理事長命令じゃ仕方ないね」

「もうすぐ授業が始まっちゃうし、私達は授業に戻らないとね。

二人はこのまま理事長室に向かった方がいいかも」

 

 そう提案した明日奈に、美優は少し寂しそうに言った。

 

「うぅ、もっと皆とお話ししたかった……」

「授業が終わったら合流するから、それまで八幡君に色々案内してもらうといいよ」

「本当に!?」

「うん、もちろん香蓮も一緒にね」

「わ、私もいいの?」

「もちろんだよ、それじゃあ二人とも、また後でね」

「う、うん!」

「また後で!」

 

 

 

 一方理事長室に向かった八幡は、部屋のドアをノックし、

返事が来る前にいきなりドアを開けた。

 

「きゃっ」

「理事長、お話があ……り……す、すみません!」

 

 そこにはこちらに背中を向け、着替え中の理事長の姿があり、

八幡は慌ててドアを閉めた。だが何かがおかしい。

八幡は遅ればせながらその事に気付き、ドアの向こうに質問を投げかけた。

 

「あの理事長、どうしてわざわざそこで着替えてるんですか?

もしかして、俺が来るだろうと予測して、その姿でずっと待ってたりしてませんでしたか?」

「さすが鋭いわね、ならば私も誠意を持って答えましょう、答えはイエスよ」

 

 その答えに八幡は絶句した。

 

「なっ、なっ、なっ……何て悪辣な事を考えやがる!」

「おほほほほ、このドアを開けたら私は貴方に確実に責任をとらせるわよ、

もちろん性的な意味でよ!」

「あんた人妻だろ!っていうか少しはオブラ-トに包めよ、いい大人なんだからよ!」

「そんな文句しか出ないって事は、今日はどうやら私の勝ちのようね」

「くっそ、昔の凛としてたあんたはどこにいったんだよ!」

「おほほほほ、負け犬の遠吠えが心地よいわね」

「畜生、言いたい事は山ほどあるが、このドアは開けられねえ……」

「ふっ、悔しいでしょう?悔しいわよね?」

「調子に乗りやがって……」

 

 そんな八幡に声を掛ける者がいた、遅れて到着した香蓮である。

 

「ご、ごめんね八幡君、やっぱりこんなの迷惑だよね……」

「あ、いや、そんな事は無い、まったく無い、

よし、それじゃあ出かけるとするか、いやぁ楽しみだ」

「そ、そう?」

「おう、だからそんな申し訳なさそうな顔はしないでくれ、本当に楽しみなんだから」

「それならいいんだけど……」

 

 さすがに香蓮の前でこれ以上抗議を続ける事は、八幡には出来なかったようだ。

その二人の遣り取りを見ていた美優が、八幡に言った。

 

「よっしゃ、フカちゃん大勝利!行き先は私の行きたい所でいい?八幡君」

「あ?お前いたの?もしかして俺達に付いてくるつもりなの?」

「が~~~~~~~ん」

「冗談だ、それじゃあ行くとするか」

「さすが八幡君、愛してる!」

「うぜえ」

 

 こうして八幡は、このまま二人を連れて、大人しく外出する事にした。



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第382話 メイクイーンにて

2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


「しかし観光といっても、香蓮はこっちに住んでるんだから、

知ってる所に行ってもあまり意味は無いよな?」

「それなら大丈夫、事前に相談済だから!」

 

 そう言う八幡に、美優は元気よくそう言った。

 

「そうか、で、どこに行きたいんだ?」

「メイド喫茶!」

「何故メイド喫茶……」

 

 八幡は、どうせまたおかしな返事がくるのだろうと思っていたのだが、

予想に反して美優の返事は凄く真っ当なものだった。

 

「えっと、今日の記念に普段着れない格好がしてみたいなって、

それで、コヒーとお揃いの格好で、八幡君の両隣に立って記念撮影が出来ないかなって」

 

 見慣れぬその美優の少し恥ずかしそうな姿を見せられた八幡は、

もうそれで反対する気がな無くなった。

 

「まあ元々お前の為の外出みたいなもんだ、お前の行きたい所に行くのが筋だよな」

「……いいの?」

「おう」

「ありがとう」

 

 そして八幡は、どうしても我慢出来なくなり、付け加えて美優にこう言った。

 

「で、これにはどんな裏があるんだ?」

「リ……八幡君に、ケチャップで萌え萌えキュンをしようかと」

「…………」

 

 八幡はしばらく黙り込んだ後、美優について香蓮に尋ねた。

 

「なぁ香蓮、何でこいつはこんなキャラに育っちまったんだ?」

「八幡君、美優はちょっと自分の欲望に正直なだけだから……」

「なるほど、原始人か、我慢がきかないんだな」

「リ……八幡君は、フカちゃんに厳しいのでは!」

「もう学校じゃないんだ、別にリーダーでも構わないぞ、その方が慣れてるんだろ?」

「ところでリーダー、この校門に何かあるの?もう十分くらい経ってるけど」

「お前切り替え早いよな……」

「それが取り柄なので!」

 

 そして八幡は、懐中時計をチラリと見た後二人に言った。

 

「それなんだが、待たせて済まなかったな、迎えが到着したようだ」

「ああ、そういう」

「わざわざ済みません」

 

 丁度その時、三人の前にキットが停車した。

 

「問題ない、おいキット、これが美優、こちらが香蓮だ」

「……微妙に扱いが違う気が」

「気のせいだ」

『美優と香蓮ですね、私はキットです、宜しくお願いします』

「これはこれはご丁寧に……って、あれ、どこにいるんですか?」

 

 そして美優と香蓮も、他の者達と同じ定番の反応をする事となった。

 

「うわ、まさか車が喋るなんて」

「当然驚くよな、まあ誰もが通る道だ、驚かなかった奴は未だかつて一人もいない」

「そんな自慢げなリーダーに萌え萌えキュン!」

「なあ香蓮、せっかく美優は北海道から来たんだからなんて遠慮しなくてもいいから、

今からこいつの代わりに助手席に座ってもいいんだぞ」

「もう、そんな恥ずかしがりやさんのリーダーに萌え萌えキュン!」

「うぜえ」

 

 そしてキットが八幡にこう尋ねてきた。

 

『八幡、どこに向かえばいいですか?』

「メイクイーン・ニャンニャンだ」

『分かりました』

「それ、メイド喫茶の名前?」

「ああ、俺はメイド喫茶なんてそこしか知らないからな」

「そうなんだ」

「すまないが、先方に一応連絡しておくからちょっと静かにしててくれ」

 

 八幡はそう言ってスマホを取り出し、メイクイーン・ニャンニャンに電話を掛けた。

 

『ありがとうございます、こちらはメイクイーン・ニャンニャンです。

この電話はマユシィ・ニャンニャンが承ります』

「お、まゆさんか、久しぶり、元気か?

比企谷だけど、すまないが手があいているようだったら、

フェイリスと代わって欲しいんだが」

「あ、比企谷さん、トゥットゥルー!まゆしぃは今日も元気なのです!

えっと、フェリスちゃんですね、あ、大丈夫みたい、ちょっと待ってて下さいね」

 

(相変わらずまゆさんは、フェイリスの事をフェリスって呼ぶんだな)

 

 そして少し間が開いた後、フェイリスが電話に出た。

 

「遅くなってごめんニャ、ちょっとアメリカから友人が来ててお喋りしてたニャ」

「いや、こっちこそ突然すまない、実は俺の方も北海道から友人が来ていてな、

その友達と二人でメイド喫茶に行きたいって言ってるんだが、

今日三人でそっちにお邪魔しても大丈夫か?」

「大丈夫ニャ、むしろフェイリスを待たせすぎニャ!ささ、一刻も早くここに来るのニャ!」

「お、おう、最近顔を出せなくて悪かったよ」

 

 そしてフェイリスは、少し拗ねた様子で八幡に言った。

 

「それにしても何で直接フェイリスの携帯に掛けてくれないのニャ?」

「仕事中かもしれないと思って、フェイリスの携帯じゃなく店に連絡したんだよ。

そもそもお前、接客中に携帯を持ち歩いてるのか?」

 

 その言葉に、フェイリスは当たり前のようにこう答えた。

 

「当然持ち歩いてるニャよ?まあ八幡以外から電話が掛かってきても、

音も鳴らないし振動もしないのニャけど」

「ん、俺からの電話の時だけ音が鳴るのか?」

「そうニャよ?」

「何でだよ、意味が分からないんだが」

「男が細かい事を気にするんじゃないニャ、

とにかく次からはフェイリスの携帯に直接掛けてくればいいのニャ」

「はぁ、分かったよ」

「とりあえず店の前に着いたらフェイリスの携帯に電話してニャ」

「分かった、それじゃあ後でな」

「は~い、尻尾を長くしてお待ちしてますニャ」

 

 電話を切った八幡は、キットに急ぐように指示を出した後、二人に言った。

 

「よし、オーケーだ」

「随分親しそうだったけど、もしかしてリーダーの行きつけの店?」

「う~ん、元は仕事絡みで紹介された事になるのかな、

特に行きつけという訳じゃないが、友人のいる店って感じだな」

「そうなんだ」

 

 そして道中では、美優が楽しそうにあれは何?これは何?と八幡に質問してきた。

八幡は知っている限りの事は説明したのだが、

分からない時もキットがきちんと答えてくれた為、

美優は存分にその好奇心を満たす事が出来た。

 

「キットは何でも知ってるんだね、凄いなぁ」

『お褒めに預かり光栄です、美優』

「もうキット無しでの生活は考えられないな」

『八幡、私もあなたと出会えた事をとても嬉しく思っています』

 

 それは人と車との確かな友情が感じられる、美しい光景だった。

そしてキットは滑らかに速度を落とし、三人が気が付くと、

目の前にはメイクイーン・ニャンニャンの看板が掛かっていた。

 

「お、着いたみたいだな、それじゃあ電話電話っと」

 

 そして八幡は、約束通りフェイリスに電話を掛けた。

 

『今からマッハで行くニャ!』

「お、おう……」

 

 そしてその直後に、店の中からフェイリスがこちらに向けて走ってきて、

八幡の腕にすがりついた。

 

「八幡、お帰りニャ!」

「おう、なんかいきなりで悪いな、ってかとりあえずその手を離せ」

 

 フェイリスはいわれた通りに八幡の腕を離すと、嬉しそうに言った。

 

「相変わらず釣れないのニャね、でもそこがいい!」

「はいはい、とりあえず案内を宜しく頼む」

「分かったニャ!」

 

 そしてフェイリスは店内に入った瞬間、綺麗な所作でくるっと回転し、

三人に向かってにこやかに言った。

 

「お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様、さあこちらへどうぞニャン」

 

 そんなフェイリスを見て、何故か美優は熱心にメモをとっていた。

 

「……お前、何やってんの?」

「男を落とすプロの技を学んでいるのです、リーダー」

「あ、そう……」

 

 そして席に案内され、注文を終えた後に八幡はフェイリスに言った。

 

「なぁフェイリス、この二人にメイド服を選んで着せてやってくれないか?

今日の記念に普段着れない格好をしてみたいらしい」

「「お願いします」」

 

 その頼みをフェイリスは快く承諾してくれた。

そしてフェイリスは、八幡が更に何か言いたそうにしている気配を察したのか、

同僚の椎名まゆりを呼び、二人の案内を任せた。

 

「フェリスちゃん、どうしたの?あっ、比企谷さん、もう来てたんだ」

「お、まゆさんか、こちらこそ挨拶もせずにすまない」

「まゆしぃ、この二人を更衣室に案内してもらっていいかニャ?フェイリスも直ぐ行くニャ」

「うん、任せて」

 

 そして二人きりになった後、八幡はフェイリスに言った。

 

「さすがプロだな、俺から話がある事に気付いてくれたんだな」

「当たり前ニャ、フェイリスは八幡の事なら何でも分かるのニャ!」

「お前は本当に分かってそうで怖いから、そういう事を言うのはやめてくれ」

「ニャハッ、で、何の話があるのニャ?」

「おう、実は香蓮の事なんだがな、

香蓮は自分の背が高い事にかなりコンプレックスを持っているみたいだから、

そこらへんを配慮して、それはコンプレックスじゃなく魅力だって事を、

フェイリスのコーディネイトで香蓮に教えてやって欲しいんだよ」

「なるほどニャ!それならフェイリスとまゆしぃに任せるニャ!

まゆしぃはその道のプロなのニャ!」

「そうなのか、それは頼もしいな、それじゃあ宜しく頼む」

「分かったニャ!」

 

 香蓮の事をフェイリス達に任せた八幡は、今のうちにトイレに行こうと席を立った。

そして八幡は、店内に見知った顔を見付け、声を掛けた。

 

「お、ダルに凶真じゃないか、二人も来てたんだな」

 

 八幡にそう声を掛けられたのは、鳳凰院凶真こと岡部倫太郎と、ダルこと橋田至であった。

凶真はダルが八幡から仕事を請けた時、そのサポート役として同行し、

それをキッカケにして八幡と仲良くなっていた。

今では三人は、大の仲良しといっていい関係にあった。

ちなみにまゆりとも、その関係で交流があったのである。

 

「お、八幡、来てたのか」

「僕は知ってたけどね」

「ん、ダル、お前はどうやってその事を知ったんだ?」

「オカリンさ、さっきフェイリスたんの携帯が鳴ったのに気付かなかったん?」

「いや、それは気付いたが」

「じゃあおかしいと思わなかったん?あのプロ意識の高いフェイリスたんが、

仕事中に自分の携帯の音を鳴らしたんだお?」

 

 凶真はダルにそう言われ、首を傾げながら言った。

 

「ん、あれ、そう言われると確かに……」

「そして凄いスピードで外に出ていった、もう答えは一つだお、

フェイリスたんがそれくらい特別扱いする相手なんて、八幡の他にいる訳無いんだお」

「ああ、なるほどな」

「えっ、フェイリスさんってそうなの?」

 

 その時、凶真の隣に座っている女性が、少し頬を染めながら興味深そうにそう言った。

そして凶真はそれをキッカケに、八幡にその女性の事を紹介してくれた。

 

「八幡、この恋愛脳は我が助手、クリスティーナだ」

「ティーナ言うな、そして誰が恋愛脳か!初めまして八幡さん、

私は牧瀬紅莉栖、アメリカのヴィクトル・コンドリア大学で、

脳科学研究所の研究員をしているわ」

「こちらこそ初めまして、比企谷八幡です、

実は前から、貴方に色々と意見を伺いたいと思っていたんですよ」

 

 八幡は牧瀬紅莉栖の事をよく知っていた。

ソレイユのメディキュボイド部門のアドバイザーを頼めないかと、

以前から何人かリストアップしていた中に、その名前があったからだ。

だがさすがの八幡も、紅莉栖が凶真とダルの知り合いだとは予想外であった。

 

「意見?何に対しての意見ですか?」

「もし良かったら、その事でこの後か、もしくは後日時間を頂けないでしょうか、

詳しい説明はその時に出来ればと思うんですが」

 

 そう言われた紅莉栖は、困ったような顔で凶真の方を見た。

凶真は八幡の事を信頼していたので、力強く紅莉栖にこう言った。

 

「大丈夫だ、それに多分この話は、クリスティーナの研究にも役に立つ」

「私の研究に?岡部がそんな事を言うなんて初めてじゃない?しかも断言するなんて、

これは俄然興味が沸いてきたわ、分かりました、それじゃあこの後お話を伺います」

 

 好奇心旺盛な紅莉栖は、興味を引かれたのか八幡にそう言った。

 

「ありがとうございます、俺にも連れがいてまだ体が空かないので、

後ほどこちらに伺いますね」

「分かりました」

「凶真とダルも同席してくれるか?」

「僕は大丈夫だお」

「俺はまゆりを送らないといけないし、

俺が聞いていい話なら後で二人に教えてもらう事にするよ」

「そうか、それじゃあダル、宜しく頼む」

「オッケ~だお」

 

 そして八幡は自分の席に戻り、美優と香蓮の帰りを待った。

そしてフェイリスに連れられて戻ってきた二人を見た八幡は嘆息した。

 

(さすがはフェイリスとまゆさん、いい仕事だ)

 

 八幡は二人を見て、その魅力か何倍にもなっていると感じていた。

これはプロの仕事である。同じ制服のはずなのに何かが違う、

八幡には詳しく理解出来なかったが、それはヘッドドレスの角度であったり、

腰の部分の引き締め方や、胸の見せ方等、多岐に渡っていた。

 

「二人とも、何倍も魅力的に見えるぞ」

 

 その八幡の言葉には、多少リップサービスも含まれていたが、ほとんどが本心であった。

そして三人はフェイリスに何枚も色々なシチュエーションで写真を撮ってもらい、

美優と香蓮はそれを大切そうに保存した。

 

「さてリーダー、萌え萌えキュンの時間ですよ!」

「本当にやるのか……まあ見るだけ見ててやるよ」

 

 そして美優は、ケチャップを手に持つと、張り切ってこう言った。

 

「フカちゃんを好きになぁれ、萌え萌えキュン!」

「うぜえ」

 

 次に香蓮がケチャップを手に持ったが、

香蓮はフェイリスに教えられた通りの事を無難にこなしただけだった。

それでも香蓮は恥ずかしかったようで、八幡はその普通の反応にホッとした。

そして四人はそのまま楽しく会話を続け、ついに明日奈達との合流の時間が訪れたのだった。



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第383話 キーパーソン

「美優、今日はここに来て良かっただろ?」

「うんリーダー、最高!フェイリスさんも本当にありがとう!」

「どういたしましてニャ」

「香蓮もそろそろ自分を好きになれそうか?」

「う、うん……八幡君にそう言ってもらえるのは嬉しいんだけど、

まだそこまではどうかな……」

「そうか、まあ焦らずゆっくりと、自分のいい所を見付けられればいいな」

「ありがとう、八幡君」

 

 そして八幡は二人に事情を説明し、先に現地へ向かってくれないかと頼んだ後、

キットに任せて二人を仲間達の下へと送り出した。

既に明日奈には、少し遅れる事とその理由を説明してある。

そして八幡は紅莉栖達と合流し、凶真の代わりにフェイリスを交え、

四人で話す事となった。

 

「私も同席していいのかニャ?」

「フェイリス、お前実は相当頭がいいよな?それによく物事の本質を突いてくる。

なので同席して、何か疑問に思ったりした事があったら気軽に何でも言ってくれ」

「分かったニャ」

 

 それを聞いたフェイリスは、力強く八幡に頷いた。

 

「さて、ダルに同席してもらったのは、

意見を聞かせてもらうのとは別にもう一つ理由がある。

今から俺がする提案は、何も知らない人には突拍子のない物に聞こえる可能性が高い。

なのでダルには、第三者としてとある証明の手伝いをして欲しい」

「証明?何の?」

「今掛かってくる」

 

 その直後に、ダルの携帯に着信があった。ダルはその表示された名前を見て全てを悟った。

 

「もしもし」

「ダル君、私、分かるわよね?」

「もちろん」

「じゃあ八幡君に目配せして頂戴」

「分かったお」

 

 そしてダルの目配せを受け、八幡はダルに、あえてこう尋ねた。

 

「誰からだった?」

「ソレイユの社長からだお」

「何ですって?」

 

 紅莉栖は驚いた顔でそうダルに聞いた。

 

「前に牧瀬氏には話したでしょ、たまにソレイユの仕事を請けてるって。

僕が保証するお、電話の向こうの相手はソレイユの社長、雪ノ下陽乃さんで間違いないお」

「という訳だ、ダル、電話を牧瀬さんに」

「あいあい」

 

 そして紅莉栖は電話を受け取った。

 

「初めまして、牧瀬紅莉栖です」

「こちらこそ初めまして、私は雪ノ下陽乃、ソレイユの社長をやっているわ。

その私があなたに言う言葉は一つ、そこにいる比企谷八幡君は、

既にうちの社の私の次の社長に内定しているわ」

「えっ、そうなんですか?」

「だから彼の言う事は、全てソレイユの意思だと思って聞いて頂戴。

それじゃあそのうち直接お会いした時に、また改めてご挨拶するわね」

「分かりました、わざわざありがとうございました、納得しました」

「良かった、それじゃあまたね」

「はい」

 

 それでその電話は切れ、紅莉栖は八幡に頷いた。

 

「オーケー、事情は把握したわ。あなたの言う事は全て真実だと思って聞く事にする」

「ありがとう、牧瀬さん」

「紅莉栖って呼び捨てにしてくれて構わないわよ、

多分あなたとはビジネスパートナーとして長い付き合いになりそうだしね」

「そうなるといいな、それじゃあ俺の事も八幡と呼んでくれ」

 

 そして紅莉栖は、それに頷いた後に言った。

 

「ソレイユと聞いて、色々思う所はあったのよ、アメリカでも色々と噂になっていたしね」

 

 八幡もそれに頷き、最初にこう切り出した。

 

「紅莉栖、メディキュボイドの事は知ってるか?」

「もちろんよ、個人的には興味が尽きないわ、私が研究してる事と共通する部分もあるしね」

「メディキュボイドは今、うちの社がその技術を独占している」

「……やっぱり噂は本当だったのね」

 

 紅莉栖はその八幡の説明を受け、やはりという顔でそう言った。

 

「ああ、いずれ商品化する事になるのは確定なんだが、その前に一つ、

紅莉栖に脳科学の観点から、とり急ぎ安全性の確認をしてもらいたいんだ」

「別に構わないわ、私も興味があったしね。でもいずれなのにとり急ぎ?理由を聞いても?」

「実は今、二人の被験者がVRの世界に長期間入りっぱなしになっているんだ。

二人に何かあったら俺としてはとても困るんでな、システムの安全性を担保したいんだ」

 

 それを聞いた紅莉栖は、少し意地悪な表情で言った。

 

「困るってのは、ソレイユ的に?」

「いや、あの二人は友達なんだ、治る見込みの薄い病気なんだが、

可能なら助けると約束したからな、絶対と言えないのがつらい所だが、

俺にやれる事は何でもやっておきたいんだ」

「そう……ちなみに病名は?」

 

 そう聞かれた八幡は、紅莉栖にとある病名を告げた。

 

「それは確かに厳しいわね……オーケー、大学の先輩に頼んで、

もし何かその病気関連でいい情報が入ったら、

直ぐに連絡をもらえるように私の方も手を回しておくわ」

「すまない、恩にきる」

「人助けの為だもの、当然よ。ちなみに先輩は日本人だから宜しくね」

「名前は?」

「比屋定真帆」

「オーケーだ、もし俺がいなくても、

会社に連絡してもらえれば担当者に繋がるようにしておく」

 

 そして八幡は、紅莉栖に報酬についての話を始めた。

 

「それで報酬なんだが、何か希望があったりするか?」

「そう言われると答えに困るわね……」

「ふむ、ダルとフェイリスはどう思う?」

「牧瀬氏の喜びそうな物……お金?」

 

 その瞬間に紅莉栖はいきなりダルを殴りつけ、その直後にこう言った。

 

「黙れ変態!殴るわよ!」

「そういう事は殴る前に言って欲しいお!そして誤解だお!」

「何が誤解だって言うのよ」

「ソレイユに研究費を援助してもらうとか、そういう事が言いたかったんだお」

「ああ……橋田にしてはいいアイデアね、でもどうかな、

レスキネン教授と相談が必要ね、企業の紐付きみたいになる訳だし」

「まあ今回の報酬とは別に、スポンサーになれるものならなりたいとは思うが、

それには手土産が必要か」

「あっ」

 

 その時フェイリスがあっと叫んだ。そしてフェイリスは、ダルに向かって言った。

 

「ダルにゃん、キズメルちゃんとユイちゃんは?」

「ん?あ、あ~!」

「二人がどうかしたのか?」

「それって何の事?」

 

 言葉は違えど八幡と紅莉栖は同様にきょとんとした。

 

「牧瀬氏は、今世界中に数多くあるAIの中で、どれに興味があるん?」

「それはもちろん茅場製AIね」

「ああそうか、そういう事か」

 

 八幡はその遣り取りを聞き、納得したようにそう言った。

 

「紅莉栖、今から暇だったりするか?」

「あ、うん、まあ特に予定は無いけど」

「よし、それじゃあさっきの奴らと再合流するか、

うちのメンバーに顔繋ぎをしておきたいからな」

「顔繋ぎ?」

 

 その言葉を聞いたダルが、何かを悟ったように言った。

 

「八幡、それはもしかしてもしかすると?」

「おう、いいヒントをくれてありがとうなダル、良かったらお前も来るか?」

「よ、よろしいので?」

「ALO関係で色々手伝ってもらってるしな、別にいいだろ」

 

 そう言われたダルは、感激したように言った。

 

「おおお、ありがとうありがとう!」

「要するに、私を誰かに紹介したいという事でいいのかしら」

「ああ、うちのメンバーにな」

「ヴァルハラ・リゾートにゃよ、クーニャン」

「えっ?」

 

 紅莉栖はその名前に聞き覚えがあった。ちなみにネットで得た知識である。

 

「え、じゃ、じゃあ八幡ってあのALOのハチマンなの?」

「普段はアメリカにいるのによく知ってるな」

「え、あ、うん、たまたまよ、そう、たまたま」

 

 そう誤魔化そうとする紅莉栖を、ダルはジト目で見ながら言った。

 

「牧瀬氏はネラーだから……」

「だ、黙れ変態、勝手に人の個人情報をバラすな!」

「なるほど、それならまあ知ってるのも頷けるな」

 

 八幡は特に何か気にした様子も無くそう言った。

 

「な、何も言わないの?」

「ん、何がだ?」

「私がネラーだって聞いたでしょ?」

「ん、それが?」

「それがって……」

「別に犯罪予告をしたり、誹謗中傷をバラまいてる訳じゃないんだろ?」

「そ、それは当然だけど」

「なら別にいいだろ、ただ意見をぶつけ合ってるだけだろうしな」

「う、うん」

 

 紅莉栖はそう言われ、八幡の評価を更に上げた。

それと同時に、ソレイユは今後もっと伸びるだろうとも感じていた。

 

(やはりソレイユとの関係は良好である事にこした事は無いわね)

 

 紅莉栖はそう考えた後、話を元に戻し、

自分をかの有名なヴァルハラ・リゾートのメンバーに会わせる意味を八幡に聞いた。

 

「で、何故私をメンバーに紹介する必要が?」

「紅莉栖には後日ALOにインしてもらい、うちの拠点に来てもらって、

キズメルとユイに会ってもらいたいからな」

「そういえばさっきもそんな名前を言ってたわね、もしかしてメンバーの名前?」

「茅場製AI搭載型のNPCだお、牧瀬氏」

 

 その言葉に紅莉栖の心臓がドクンと跳ね上がった。

考えれば当たり前の事だった。ソレイユといえばALOを管理している会社であり、

今のALOには、実質的にSAOが内包されているのだ。

そのソレイユなら、茅場晶彦の研究成果をある程度受け継いでいても、

何の疑問も無いではないか。

 

「もしかして、ALOのNPCは全員茅場製AIを搭載しているの?」

 

 その紅莉栖の疑問は当然だった。だが八幡は、その言葉に首を横に振った。

 

「いや、本当の意味でそう言えるのはキズメルとユイだけだ、二人は特別なんだ」

「そう……とても興味深いわ、私の研究にも役に立ちそうだし」

「紅莉栖の研究?記憶関連だったよな確か」

「ええ、その研究の過程でベースにするAIを探していたんだけど、

どうも性能がいまひとつのものしか出来なくてね……」

「それじゃあスポンサーになる為に、

手土産として茅場製AIのプログラムの使用許可もつけるか?

もちろん他社に流出させないのが条件でな」

「そのキズメルとユイというNPCと話してみて、

好感触だったらむしろこちらからお願いするかも」

 

 紅莉栖はこれで研究がまた進むと素直に喜んだ。

まあそれにはレスキネンの許可が必要なのだが、

紅莉栖は教授がこの話を受ける事を確信していた。

同様に八幡も、この出会いを素直に喜んでいた。

 

(紅莉栖は今後に向けてのキーパーソンになる、そんな気がする)

 

「それじゃあこれで仮交渉は成立ね」

「今後もいい関係を築ければいいな」

「今のままでもこっちがもらい過ぎだし、この借りは必ず返すわ」

「その言葉、ありがたく受け取っておくよ」

 

 そして八幡と紅莉栖は握手をし、ダルを含めた三人は、

ヴァルハラのメンバー達が待つ店へと向かう事にした。

私も行きたいとごねるかと思われたフェイリスは、

予想に反して素直に三人を見送った。

 

「ここはフェイリスの出番じゃないのニャよ、

それに仕事を放り出すような女は八幡に嫌われると思うのニャ」

 

 フェイリスの言い分はこうであり、八幡は内心でその通りだと思った。

そしてキットが到着し、三人はキットに乗り込んだ。

紅莉栖はキットにも興味津々で、店までの道中、キットと楽しそうに会話していた。

 

「あ、そういえばキットにも、茅場製AIが使われていたっけ……」

「そ、そうなの!?」

「ああ、昔はそうじゃなかったらしいんだが、密かにバージョンアップしたらしい」

「八幡、やっぱりあなた凄いわ、他にも色々隠していそうだし、興味が尽きない」

「俺が凄い訳じゃないぞ」

「でもこれは、あなたがいるからこそ、

こういう状況になっているとも言えるんじゃない?」

「まあそうかもしれないけどな、やっぱり成果として誇るのは、

自分が汗をかいた結果についてじゃないと何となく気持ち悪いんだよ」

「いい心がけだと思うわ」

 

 そんな会話をしているうちに三人は店に着き、

紅莉栖は名残り惜しそうにキットに別れを告げた。

そして店の中に入ると、そこには都合のついたメンバー達がひしめき合っていた。

主役の美優と香蓮に、明日奈、和人、里香、珪子の学生組、

そして呼び出されたのであろう、雪乃、結衣、優美子に加え、クルスとめぐりがそこにいた。

それを見たダルは八幡にこう言った。

 

「八幡、これどゆ事?」

「ん、何がだ?」

「何でここには美人しかおらんの?リア充爆発しろ!」

「まあここにいる奴らは結局これからお前の知り合いにもなる訳なんだが?」

「ありがとうありがとう、僕は八幡の友達でいられてとても幸せだお!」

「分かってもらえて嬉しいよ、ダル」

 

 そして八幡は、その場にいる者達に声を掛けた。

 

「悪い、少し遅れちまった。よし、それじゃあこれから美優の歓迎会を開催する」



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第384話 フカ次郎歓迎会

ACSについては、第347話「源氏軍の帰還」をご参照下さい。

2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


「とりあえず最初に、俺がここにいる人達の紹介をするからな」

 

 八幡は集まった仲間達にそう言うと、順に紹介を始めた。

 

「最初は当然今回の主役、フカ次郎こと篠原美優だ」

 

 美優は眼鏡をクイッと持ち上げ、とても嬉しそうに言った。

 

「やっと皆さんとリアルでの繋がりを持つ事が出来て、

本当の意味でヴァルハラの一員になれた気がします、

これからも末永く、このかわいいフカちゃんを宜しくお願いします!

そしてリーダー、今日の記念にジュ・テーム!」

「珍しくしおらしいと思ったが、やっぱりうぜえ」

 

 八幡は、そう両手を広げながら迫ってくる美優の頭をガシッと掴んで止め、

そのまま香蓮の紹介を始めた。

 

「こちらは美優の友達の香蓮だ、ちなみに美優の事とは関係なく偶然俺と知り合いだった」

「小比類巻香蓮です、美優の保護者です。こんな困った友達ですが、

どうか皆さん、美優の事を宜しくお願いします」

「くっ、コヒー、自分だけいい子になりやがって、ずるいぞ!」

「いいからお前は少し自重しろ」

 

 そして次に八幡は、ダルの紹介をした。

 

「こちらはダル、スーパーハカーだ」

「ハッカーだろ常考」

「ダルにはソレイユで色々と仕事を手伝ってもらっているんだ、

そして最後にこちらは牧瀬紅莉栖、知っている奴もいるかもしれないが、

ヴィクトル・コンドリア大学の脳科学研究所の研究員で、

この前サイエンス誌にも論文が載った、いずれ世界的に有名になる人だ。

今度ソレイユのアドバイザーを頼む事になった」

「牧瀬紅莉栖です、宜しくお願いします」

 

 紅莉栖はそうシンプルに挨拶をした。

 

「紅莉栖はゲストとして今度ヴァルハラ・ガーデンに来てもらう事になるから、

今日は顔合わせの為に来てもらったんだ、もし中で会った時は、皆、宜しく頼むな。

キャラネームは……どうする?」

「そうね……それじゃあ紅莉栖をもじってクリシュナにでもしようかしら」

「という事だ、クリシュナはゲストだが、正式メンバー扱いとするから、

何か聞かれたら包み隠さず何でも教えてやってくれよな」

 

 その後、順番に皆が挨拶をし、場は歓談へと移行した。

 

 

 

「は、八幡八幡」

「ん、どうしたダル」

「さっきお礼を言っておいてアレだけど、僕がここにいるのってやっぱり場違いじゃね?」

「は?どこがだ?」

「そんなの僕を見ればわかるっしょ」

 

 そう少しおどおどしながら言うダルに、八幡はこう断言した。

 

「見ても分からん、お前は凄く頼りになるいい奴だ」

「でも……」

「過去に何かあったのか?」

「うん、まあ色々と……ほら、僕って見た目も中身もアレだから……」

「そんな頭の中にお菓子が詰まったような人達の事を気にする事は無いわ」

「雪乃」

「あっ、絶対零度様!」

 

 そう呼ばれた雪乃は、怒る事もなくにこやかに言った。

どうやらその呼び方は、もはや雪乃の中では悪口扱いはされていないのだろう。

 

「あなたが噂のダル君かしら、アルゴさんと同じくらい凄腕のハッカ-だと聞いているわ、

これから宜しくね、ダル君」

「はっ、はい、宜しくお願いします!」

「そんなに硬くならなくてもいいのに、ふふっ」

「ゆきのん、ヒッキー!」

「お、今度は結衣か」

 

 そこに結衣が現れ、嬉しそうにこちらに声を掛けてきた。

結衣はこの頃幼さも抜けてきており、年相応の色気を醸し出すようになってきていた。

当然ダルなどいちころである。

 

「あ、こちらが噂のダル君?聞いてた通り大きいねぇ」

「あ、ど、ども。えと、どんな噂を?」

 

 ダルは顔を紅潮させながらも、やや卑屈さの残る態度でそう言った。

いくら気にするなと言われても、染み付いた癖は中々抜けないものである。

 

「うん、いい友達が出来て嬉しいってヒッキーがね」

「ヒッキーって八幡の事だよね?そっか、そっか……」

 

 ダルはそう言うと、感極まったように八幡に抱きついた。

 

「八幡、僕達ずっ友だお!」

「ああ、凶真と三人で、これからもずっと仲良くやってこうな」

「おい八幡、俺の事を忘れるなよ!」

「おう和人、悪い悪い、話の流れでついな」

「黒の剣士様!」

「いいっ?さ、様付けはやめてくれよ!」

 

 ダルに突然そう言われ、和人は困ったような顔でそう言った。

 

「じ、じゃあ和人氏で」

「う~ん、それくらいならまあいいか」

「ねぇ、あ~しちょっと聞きたい事があんだけど」

「うおっ、何だよ優美子、いきなり背後から声を掛けるなよ」

 

 そこにひょっこりと、八幡の肩越しに優美子が顔を出した。

 

「で、何を聞きたいんだ?」

「それがさ……」

 

 優美子が言うにはどうやら最近スマホの調子が悪いのか何なのか、

ACS(AI・コミュニケーション・システム)が上手く機能しないらしい。

それをチラッと横目で見たダルは、それをまたたく間に解決してみせた。

 

「このアプリとACSは相性が悪いんだお、だからこのアプリを一度削除して、

同じような別のアプリに変えれば動作が良くなるお」

「ダルはACSの事にも詳しいのか」

「うん、前にこれの改良を手伝わさせられたんだお」

 

 そして一瞬で問題を解決してもらった優美子は、当然ダルに好意を抱いた。

 

「あんた本当に凄いんだね、え~と、ダル君だっけ?ありがと」

「あ、ど、どういたしまして」

 

 優美子はこのメンバーの中では、ダルが一番苦手とするタイプだった。

優美子の見た目からしてどうしても腰が引けてしまうのだろう。

だが優美子の方はそんな事は無いらしく、他にも色々な事を気軽にダルに尋ねてきた。

それに答えているうちに、ダルも苦手意識が消えたのか、

段々と普通に話す事が出来るようになっていた。

そしてそれをキッカケに、他の者達もダルに色々聞いてきた為、

ダルは一時的に女子に囲まれる事となった。

ダルはそれに答える合間に、そっと八幡に話し掛けた。

 

「八幡、もしかして僕、今モテてる?」

「おう、ここにはお前の事を見た目で判断する奴はいないからな」

「まさか僕の身にこんなイベントが発生するなんてビックリだお」

「大げさだな、まあダルが喜んでくれたならそれでいいさ」

 

 

 

 一方美優達は、明日奈、里香、珪子の学生組と楽しそうに歓談していた。

香蓮は少し気後れがあるのか、基本あまり喋る事は無かったが、

それでも時々は会話に参加しつつ、ニコニコと嬉しそうに美優を眺めていた。

 

「大人しいな、香蓮。まあ香蓮にとっては知らない人ばっかりだし、

こんな所に連れてきちゃってごめんな」

「あ、八幡君、ううん、私も十分楽しんでるから気にしないで」

「香蓮は特にゲームとかはやってないんだよな?」

「うん、ALOはやってみたい気もするんだけどね」

「その時は是非声を掛けてくれ、多分香蓮は強くなると思うしな」

 

 その言葉に香蓮はきょとんとした。

 

「ど、どうしてそう思うの?」

「お前、暴走する美優をあっさりと止めただろ?その姿を見た時にそう思ったんだ」

「そ、そうなんだ……そういうの、自分じゃ分からないから」

「まあそうだよな、普通に暮らしてて、いきなり『あなた、戦いに向いてますね』

とか言われても、困るだけだよな」

「あは」

「とりあえず今度、ALOのソフトをプレゼントするよ、

それで合わないようだったら仕方ない、他のゲームにコンバートしてみればいいさ」

「コンバート?」

 

 香蓮がきょとんとした為、八幡はコンバートのシステムを香蓮に説明した。

 

「そんなのがあるんだね」

「ああ、だから気楽にな」

「小さくてかわいいキャラになれたらいいなぁ」

 

 その香蓮の呟きを聞いた八幡は、遠慮がちに香蓮に尋ねた。

 

「やっぱり身長の事が気になるのか?」

「うん、今まで生きてきて、身長の事で何もいい事は無かったからね」

「……でも多分俺は、もし香蓮が普通の身長だったら、

最初に財布を拾った時何も言わなかったと思うから、

多分そうしたら、今こうやって知り合ってたかどうかは分からないぞ」

「あっ……」

 

 香蓮はそう言われ、初めてその事に気がついた。

 

「そっか……いい事はあったんだね」

「俺と知り合った事がいい事かどうかは分からないけどな」

「そんなのいい事に決まってるよ」

「そ、そうか」

 

 香蓮はそう断言し、八幡は頭をかいた。そして香蓮は、小さな声でそっとこう呟いた。

 

「もう私、今まで嫌だった分は全部取り返しちゃってたんだ……」

 

 

 

「どこかで見た顔だと思ってたけど、そっか、アメリカで講演した時……」

「うん、その後の懇親会で、少しお話した事があるよ、お久しぶり、紅莉栖さん」

 

 紅莉栖とめぐりはそんな会話を交わしていた。どうやら二人は知己であったようだ。

もっとも一度話した事があるだけのようであったが。

 

「今はこっちに?」

「うん、今はソレイユで、メディキュボイド部門の仕事をしているの」

「あ、そうなんだ、メディキュボイドって、どう?」

「あれが完全に実用化されたら、助かる命が沢山出てくると思う」

「そっか……安全性を担保したいから協力してくれって言われたんだけど、

何か問題でもあるのかしらね」

 

 その言葉に少し考え込んだめぐりは、紅莉栖の経歴を考慮しながら慎重な口調で言った。

 

「八幡君の考えは私には分からないけど、想像で言うならば、

多分VR環境でずっと過ごす事でストレスがたまりすぎないか心配してる気もする」

「ああ、なるほど、ずっとその環境にいた場合、脳がどんな判断を下すか……

確かにそれなら私の出番かもしれないわね」

「うん、多分他の分野の専門家にも声を掛けるつもりだとは思うんだけどね」

「なるほど参考になったわ、参考ついでにもう一つ聞いてもいい?」

「あ、うん」

「キズメルとユイについて……」

 

 それを聞いためぐりは、そっちは完全に紅莉栖の専門分野だなと、

かつて見た紅莉栖の講演の内容を思い出しながら言った。

 

「『側頭葉に蓄積された記憶に関する神経パルス信号の解析について』」

「あ、うん、それが私の研究、覚えててくれたんだ」

「そこにキズメルとユイちゃん……?

もしかして、その解析した記憶を茅場製AIにコピーするつもり?」

「驚いた、今研究しているのがまさにそれ。どう、面白いと思わない?」

「画期的だとは思う」

「私達はそれを、アマデウスと呼んでいるの。擬似的な物はもう完成してるんだけど、

反応がどうもね、どうしても違和感を感じちゃうのよ。

だから八幡との出会いには少し期待してるの」

「そっか、うん、研究が進むといいね!」

「ありがとう、もちらんそちらにも全力で協力させてもらうわ」

 

 

 

「今日はとても楽しかったです、またALOの中でも楽しくフカ次郎と遊んで下さい」

 

 そんなフカ次郎の挨拶で、この日の集まりは盛況のうちに幕を閉じた。

 

「本当に送っていかなくていいのか?」

「うん、美優が夜の町を少し歩いてみたいんだって」

「まあ確かに、車で通過するだけってのはつまらないよな」

「あは、そうだね」

「それじゃあALOのソフトの手配が出来たらまた連絡するわ」

「うん、本当にありがとう」

 

 

 

 後日香蓮は、八幡にもらったALOのソフトを使ってログインを試みたのだが、

出来たキャラが高身長だった為、

アミュスフィアがショックを受けた香蓮の神経パルスの異常を感知し、

それは果たされなかった。その事を泣きながら伝えてきた香蓮の様子を見て、

八幡は種族変更サービスの導入を決意する事となったのだが、

その結果どうなったかは後日語られる事になるであろう。

 

 

 

 そして八幡の下に美優が挨拶に来た。八幡はそんな美優をじっと見つめた。

 

「な、何?もしかしてフカちゃんの体をご所望ですか!?

ごめんコヒー、今日は一人で帰って!私はこれからリーダーを襲わないといけないから!」

「うぜえ」

 

 そう言いながらも八幡の手は、優しく美優の頭を撫でていた。

 

「リ、リーダー!?あれ?えっと、嬉しいんだけど、ちょっと恥ずかしいでしゅ……」

 

 美優は顔を赤くして、そのまま下を向いた。そして八幡は、美優の耳元でそっと囁いた。

 

「確かにうざいが、お前はそのままでいろよ、今日は本当に楽しかったな、

襲われてやる気はまったく無いが、また必ず会いに来いよ」

 

 そして八幡は、自分の連絡先を美優と香蓮に渡した。

美優は顔を紅潮させたまま何度もこちらに振り返り、

ぶんぶんと手を振りながら香蓮と共に帰っていった。

 

「さて、後は……」

 

 八幡はそう言いながら辺りを見回した。

明日奈を始めとする女性陣は、そのまま次の店で女子会を行うらしい。

ダルは近くに寄りたい店があるようで、その場に残っていたのは、

八幡の他には和人と紅莉栖だけであった。

 

「ふむ、おい和人、たまにはうちに泊まるか?」

「お、いいね、そうするか」

 

 そして八幡は、紅莉栖も同じように自宅に誘った。

 

「紅莉栖さん、和人と一緒に、良かったらこのままうちに来ませんか?」

「……と言うと?」

「うちには予備のアミュスフィアとALOのソフトがあるんで、

良かったらそこからログインして、キズメルとユイと話せばいいんじゃないかって思って。

帰りは俺が車で送りますから」

「それは願ってもないけど、いいの?」

「ええ、問題ないですよ、俺は一人暮らしじゃなく自宅なんで、

ログインする部屋は俺達とは別にして、

そこからログインすれば身の危険を感じる事も無いと思いますしね」

「ふふ、あなた達相手にそんな心配なんかしないわよ」

「まあ一応です、それじゃあ行きますか」

 

 こうして紅莉栖は、和人と共に八幡の家に招かれる事になった。



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第385話 クリシュナはALOの空を舞う

2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


「明日奈の許可はとった、ここからログインしてくれ、紅莉栖」

「…………ええと、何故八幡の家に明日奈さんの部屋があるのかしら」

「もうそういうもんだと思っておいた方がいいよ、牧瀬さん」

 

 和人にそう言われた八幡は、腕組みをしながらこう言った。

 

「仕方ないだろ、うちの親がもう必死なんだよ」

「親御さんが必死?」

「どうやらうちの親は二人とも、

ここで明日奈を逃がしたら俺は一生結婚出来ないと思ってるみたいでな」

「んな訳無いだろ!」

 

 即座に和人がそう突っ込んだ。

 

「冗談、冗談だって、この部屋はな、明日奈の事が好きすぎるうちの親が、

勝手に用意した部屋なんだ」

「もう外堀どころか内堀も完全に埋まってるって訳ね」

「むしろ自分達で喜んで埋めてるよ」

「もう結婚しちゃえば?」

「いや、まあまだ学生だしな」

 

 そんな八幡を、紅莉栖はジト目で見ながら言った。

 

「……何で八幡は学生をやってるの?」

「う、うるさいな、失われた学生生活のやり直しをしてるんだよ」

「ふ~ん、まあ楽しいならいいけどね」

 

 紅莉栖はそう言うと、明日奈のベッドに横たわった。

 

「お邪魔します」

「そのベッド、俺のベッドよりぜんぜん値段が高いらしいんだよ」

「確かにいい寝心地ね、今度泊めてもらって明日奈さんと一緒に寝てみたいわね」

「ついでに勉強でも教えてやってくれ」

 

 八幡はそう軽口を言い、泊まる事自体には特に突っ込まなかった。

脳科学の分野では世界的に有名な紅莉栖と交流を深める事は、

確実に明日奈の為になると思ったのだろう。

ちなみに和人は明日奈の部屋に入ることを遠慮し、途中から八幡の部屋に移動していた。

 

「とりあえず紅莉栖が名前と種族を選んでいる間にスタート地点に向かうつもりだ。

なのでどの種族にするかだけ教えてくれ」

 

 その質問に、紅莉栖は迷うような表情をした。

 

「…………ねぇ、私に似合う種族って何だと思う?」

「…………あ?」

「凄く迷うのよ、私がもしケットシーなんかになったら、

絶対に岡部がフェイリスさんと一緒に冷やかしてくるに決まってるし」

 

 それを聞いた瞬間、八幡はあっさりとこう言った。

 

「何だ、決まってるんじゃないかよ」

「え?」

「迷った時は最初に口に出した選択肢を選んでおけ。

それがお前のシュタインズ・ゲートの選択だ」

「あんた、意外と岡部に影響を受けてるのね……」

 

 そして紅莉栖は迷っていたのが馬鹿らしくなったのか、

結局ケットシーにする事を八幡に告げた。

 

「そうか、それじゃあ二人で速攻で迎えに行くから待っててくれよ、

おかしな奴にからまれたら、自分はヴァルハラの新規メンバーで、

もうすぐハチマンとキリトが迎えに来るとでも言っておけばいい」

「葵の御紋みたいなものね、控えおろう!」

「もしくは桜吹雪な」

「あら、昔の時代劇もいける口なのね」

「文系なんでな、歴史ものは嫌いじゃない」

「趣味に文系理系は関係ないからね」

「へいへい」

 

 そして八幡が出ていった後、紅莉栖はアミュスフィアを被り、ALOの世界へと旅立った。

 

 

 

「うわ、見るのとやるのとじゃぜんぜん違うわね」

「遅えよ!」

 

 クリシュナがインした瞬間、目の前には既にハチマンとキリトがいた。

事前に動画を見せられて外見を知っていた為、クリシュナはそこは間違わなかった。

 

「ご、ごめんなさい、ついチュートリアルを全部見てみたくなって……たのニャ」

「必要無いだろ……まあいい、とりあえず飛び方だけ教えるからな」

「それならチュートリアルを聞いてマスターしたわ……ニャ」

 

(こいつは何でわざわざ語尾にニャを付けるんだ?)

 

 ハチマンはそう考疑問に思い、キリトの方を見た。

キリトも同じ事を考えたのか、ハチマンに何か言いたげな表情を向けた。

ハチマンはキリトに肩を竦めて見せると、クリシュナにこう言った。

 

「頭で、ねぇ……よし、それじゃあ俺達の後を飛んで付いてきてみてくれ」

「分かった、任せてニャ!」

 

 さすがにそこまでハッキリと言われると、もう突っ込む以外の選択肢は無かった。

ハチマンとキリトは頷き合い、クリシュナにこう尋ねた。

 

「なぁ、何でさっきから語尾にニャを付けてるんだ?」

「最初は聞き間違いかとも思ったけど、明らかにニャって言ってるよな?」

「ええっ!?」

 

 紅莉栖は心から驚いたようにそう声を上げた。

 

「……何だよ」

「だってこれ、ユキノさんに教わったのよ?

『ケットシーを選んだ者は、語尾にニャを付けて喋るのがセオリーよ』って」

「あの野郎……」

「さすがユキノ……」

 

 二人はそう呆れた声で言った。

 

「え?ち、違うの?」

「いいかクリシュナ、あいつは無類のネコ好きなんだ、

だからネコが絡むとあいつは人が変わる」

「この間猫カフェに行った時は、帰りたくないってゴネるユキノを、

ハチマンが死ぬほど苦労して店の外に引っ張り出してな……」

「そ、そうだったのね……」

 

 そしてクリシュナは、先ほどまでの自分の発言を思い出し、いきなりハチマンを殴った。

 

「痛ってぇ!いきなり何するんだよ!」

「…………」

「あ?」

 

 クリシュナは震えながら小さい声で何か言った。

ハチマンに聞き返され、クリシュナはヤケになったのか、大きな声でこう言った。

 

「忘れなさいって言ってんのよ!」

「何をだ?」

「う……」

「お、おい、ハチマン」

 

 キリトはハチマンがニヤニヤしているのを見てそう声を掛けた。

 

「いやいやキリト、俺は言われた通り忘れてやるつもりなんだが、

一体何を忘れればいいか分からないんだよ」

「こ、この……」

「何を忘れればいいんだ?なぁクリシュナ、早く教えてくれニャ」

 

 そう言ってハチマンはふわりと浮き上がり、数メートル上空へと舞い上がった。

それを見たクリシュナは、同じようにふわりと浮き上がると、ハチマン目掛けて突進した。

 

「待ちなさい、一発殴るから!」

「うお、何でお前、そんなにスムーズに飛べるんだよ!」

「もう飛び方は覚えたと言っただろ!」

「おいおい、まじで天才なんだな……おいキリト、逃げるぞ!」

「え、あ、おいハチマン!」

「このままアインクラッドに行くぞ」

「お、おう」

「待ちなさい、コラ!」

 

 そして三人はグングン空を上っていった。そして上空に、三角形の鉄の塊を見つけた瞬間、

クリシュナは呆然とした顔でその場に停止した。

 

「あれがアインクラッドだ、クリシュナ。ALOへ、そしてアインクラッドへようこそ」

 

 ハチマンはそう言うと、クリシュナの手を引き入り口へと誘導した。

そして入り口へと降り立ったクリシュナは、そこから下を見て少し震えた。

 

「おっと、いきなりどうした?」

「わ、私、こんな高い所を飛んでたんだ」

「やっと気付いたか、からかったりしてごめんな、

でもいきなりあんなに飛べるなんてお前やっぱり凄いんだな」

「飛ぶ時に脳にどんな信号が送られているのか、理論的に把握しただけよ」

「普通そんな事出来ねえって」

「いや、でも本当に凄いよクリシュナ、

俺達だって、最初はそんなにスムーズには飛べなかったしな」

「あ、ありがとう」

 

 キリトにもそう褒められ、クリシュナは少し恥ずかしそうにそう答えた。

 

「さて、それじゃあ行くか」

 

 ハチマンにそう促され、三人はそのままアインクラッドの一層に転移した。

その瞬間にクリシュナは、周囲がザワッとしたのを感じた。

 

「え、な、何?」

「心配するな、いつもの事だから」

「う、うん」

「それじゃあこっちだ」

 

 そして歩き出したハチマンの後を、クリシュナはきょろきょろしながら付いていった。

その間も、周囲の視線は容赦なくクリシュナに注がれており、

クリシュナは、ただ歩いているだけでもこんなに注目を浴びるのかと、

ネットで得た自分のヴァルハラに対する認識が、まだまだ甘かった事を知った。

時折勇気を出した女性プレイヤーが、ハチマンとキリトに握手を求めたりしてきたが、

二人は慣れた感じでにこやかに声を掛けつつも、それをやんわりと断っていた。

 

「……慣れてるのね」

「まあな、いちいち応えてたら日が暮れちまう」

「まあもう夜なんだけどな!」

「あなた達ってここだと本当に凄いのね……」

「おう、もうすぐ転移門だ、あそこから二十二層に飛ぶぞ」

「門を潜るのってどんな感じ?」

「ん、そこまで意識した事は無かったが、まあ今から経験してみれば分かるさ」

「それもそうね」

 

 そしてハチマンは先に門の中に入り、今度はキリトがクリシュナの手を引き、

そのまま二人は門の中へと入った。

そして一瞬で視界が変わり、目の前には真っ青な空と、緑溢れる世界が広がっていた。

 

「うわ、綺麗な所ね」

「いい所だろ、門を潜った感想はどうだ?」

「こんなもんかなってくらい、あっさりとしてたわね、凄く自然だった」

「そうか、さあ、こっちだ」

 

 ハチマンはクリシュナをそう促した。

 

「で、ヴァルハラ・ガーデンってのはどこにあるの?」

「もう見えてるんだけどな、ほら、あの塔だよ」

 

 そう言ってキリトが指差す先には、確かに小さな塔が立っていた。

 

「え、あんなに小さいんだ」

「まあな、それじゃあ行こう」

「あ、う、うん」

 

 塔への短い道のりの中、クリシュナの耳には色々な声が聞こえてきた。

 

「おい、『支配者』と『黒の剣士』だぜ!」

「あのケットシーは誰だ?」

「あの子、もしかしてヴァルハラ・ガーデンの中に入れてもらえるのかな?

いいなぁ、凄く羨ましい……」

「支配者様、今度一緒に遊んで下さいね!」

 

 その言葉を聞いて、クリシュナは微妙に優越感を感じると共に、

それほどまでに秘匿されている場所に今から自分も入るのだと、少し緊張した。

そんなクリシュナの様子を察したハチマンは、クリシュナの肩をぽんと叩いた。

 

「硬くなるなって、アメリカに帰った後もここには何度も来る事になるんだろうし、

直ぐに慣れるとは思うけどな」

「あ、そうか、話したい事がある時はここに来れば色々と便利なのね」

「ああ、情報交換にはもってこいだろ?」

「うん」

 

 そして塔の前に着くと、ハチマンは慣れた手付きでコンソールを操作し、

クリシュナの目の前に、タッチパネルのような物が現れた。

 

「さあ、ここにタッチしてくれ」

 

 そしてクリシュナがボタンを押すと、周囲にアナウンスが響いた。

 

『このプレイヤーを、仮メンバーとして登録しますか?』

 

 その瞬間に周囲は再びざわついた。

 

「イエスだ」

 

『プレイヤーネーム、クリシュナ、を、仮メンバーとして登録しました』

 

「面倒で悪いんだが、こういうシステムだからもう一度ここを押してくれ」

 

 そして周囲の者達が固唾を飲んで見守る中、クリシュナが再びボタンを押した瞬間、

そのアナウンスが響き渡った。

 

『このプレイヤーを、正式メンバーとして登録しますか?』

 

 その瞬間に、周囲はかつて無い程の喧騒に包まれた。

 

「まじかよ、あのクリシュナって子、いきなり正式メンバーか?」

「俺、ヴァルハラにメンバーが加わる瞬間を初めて見た……」

「羨ましい……」

 

 その喧騒の中、ハチマンは平然とこう言った。

 

「イエスだ」

 

『プレイヤーネーム、クリシュナ、を、正式メンバーとして登録しました』

 

 その瞬間に喧騒は歓声に変わり、その歓声の中、塔の外壁に扉が開いた。

 

「よし、行くか」

「う、うん!」

 

 クリシュナはそんな慣れない歓声の中、ハチマンとキリトに挟まれてその扉を潜った。

中に入ったクリシュナは、思ったより狭いなと感じながらも、

二人の後に続いて螺旋階段を上り、小さな建物の前へとたどり着いた。

 

「……本当にここなの?」

「おう、まあ最初はそう思うよな」

「中に入ったらきっとびっくりするぜ!」

「そうなんだ」

「まあ入ってみれば分かるさ」

「さあ、こちらへどうぞ、クリシュナさん」

「あ、ありがとう、キリト君」

 

 そして中に入ったクリシュナの目の前には、広大な空間が広がっていた。

 

「あれは……バー?」

「おう、ここは大広間だな」

 

 ハチマンの言う通り、確かにそこはバーが併設された大広間のように見えた。

クリシュナは先日シノンがそうしたように上の階を見上げ、

そこに数階に渡ってまるで円形のマンションのように部屋が配置されているのを見た。

 

「あれはメンバーの個室だ、クリシュナの個室もちゃんと用意するからな」

「あ、ありがとう」

 

 そしてクリシュナは、背後の窓から外を見た。

そこにはさっき通ってきた道は見えず、とても広い庭が広がっており、

少し離れた所には訓練場のような物が見えた。そして室内に目を戻すと、

部屋の奥から二人の小さな妖精がこちらに飛んでくるのが見えた。

 

「パパ!キリトさん!」

「ハチマン、キリト」

「おう二人とも、こちらはクリシュナさんだ、今度正式メンバーになる事になったから、

これから仲良くしてやってくれよな」

 

 それを聞いた二人は顔を見合わせると、クリシュナの目の前で姿を変えた。

 

「ええっ!?」

 

 そこにはダークエルフなのだろう、耳の尖った美人の女性と、小さな黒髪の少女がいた。

 

「この二人はこうやって姿を変えられるんだ」

「そんな、じゃあまさかこの二人はNPCなの?」

「ああそうだ、さあユイ、キズメル、自己紹介をしてやってくれ」

 

「パパの娘のユイです、クリシュナさん、これから仲良くして下さいね」

「私はキズメル、形としてはハチマンの嫁という事になるのだと思う。

クリシュナ、これから宜しく頼む」

「え、ええ!?」

 

 クリシュナはその言葉を聞き、二人がNPCだとはとても思えず、

そう絶叫する事になったのだった。



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第386話 思考実験

2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


「え、嘘、茅場製AIってこんなに凄いの?」

「すまん、比較対象が分からないから俺には何とも……」

「まあ確かに最初会った時から、普通じゃないとは思ってたけどな」

「いや、おかしいから、ありえないから!むしろ間宮さんの方がAIっぽいから!」

「クルスはな……」

「そういえばクリスとクルスって似てるよな、実はクリシュナもAIだったりして」

「名前が似てるだけでひとくくりにしないで!」

 

 クリシュナは興奮がいまだ冷めやらぬ様子でそうまくし立てた。

明らかに精神が高揚しているようで、ユイはもちろんキズメルでさえ一歩後ろに下がった。

 

「ほらクリシュナ、ユイとキズメルが少し怯えてるじゃないか、とりあえず落ち着け」

「ご、ごめんなさい、そんなつもりは無かったんだけど」

「まあ気持ちは分かる、とんでもない未知の技術に触れると興奮するよな」

「でしょ?キリト君はよく分かってる。

ああ、今すぐまっさらな茅場製AIを持ち帰って実験したい」

「凶真から聞いてた通り、実験大好きっ娘なのな……」

「お、岡部の事は今は関係ないでしょ!」

「へいへい」

 

 そしてハチマンはとりあえず落ち着こうと思い、

キズメルにお茶を入れてくれるように頼んだ。

キズメルは慣れた手付きで準備をし、クリシュナの前にお茶を置いた。

 

「あ、ありがとう」

「さて、それじゃあとりあえず、ユイとキズメルの事を説明するか」

「うん、お願い」

 

 ハチマンは最初にユイの事を説明した。ユイが元はプレイヤーのケアを担当していた事、

そしてプレイヤーの嘆きを受け続けた事によって自己防衛本能が働いたのか、

記憶喪失のような状態になっていた事、

そしてハチマンとアスナを父と母だと思う事で安定した事などをだ。

 

「まさかAIが自分から父性や母性を求めるなんて、信じられないわ」

「まあそれだけの経験を一気に積んだって事なんだろうな、

キズメルと比べると、確かにユイの方が人の感情の機微に多く触れていたはずだしな」

 

 そして丁度キズメルの名前が出た為、ハチマンはそのままキズメルの説明をした。

 

「そう、元はイベント用NPCだったのね、それが最後は、

あなた達と離れたくないが故に、自己の保存を望んだ……」

「まあそういう事だな」

「そして今は、自己をあなたの嫁と認識している、まさか恋愛感情まで芽生えているの?」

「いや、それは無いだろ、なぁキズメル、その辺りはどう考えているんだ?」

 

 そのハチマンの問いにキズメルは、迷う事なく即答した。

 

「私に恋愛感情というものは分からない、最初に嫁だと言ったのも、

単純に世間一般の情報から、そういう関係になるのだろうと思ってそう言っただけなのだ。

ところで最近、ハチマンが他の女性の仲間達と共にいるのを見ると、

何故かこう胸の辺りの情報処理状態が悪くなる気がしてならないのだ、

一度メンテナンスの必要があるのかもしれないな」

「え、まじでか?」

「それってまさか、恋なんじゃないのか?」

「そうなのか?私にはよく分からない」

 

 それを聞いたクリシュナは、感極まったように言った。

 

「凄いわ、茅場晶彦……一度会ってみたかった。死んだと聞いているけど」

 

 その言葉にハチマンとキリトは、迷うように視線を交わし合った。

クリシュナはそれを見咎め、二人にこう尋ねた。

 

「何よ今の思わせぶりな態度、もしかしてまだ隠し事があるの?」

「お、おう、なあキリト、あの事は話していいもんなのか?」

「どうなんだろうな、確かにこの事が政府にバレるとまずい気もするが……」

 

 それを聞いたクリシュナは、ニヤリとしながら言った。

 

「つまりバレなければいいんでしょう?私が誰にも話さなければいいって訳ね」

「いや、まあそうなんだが……」

「私が色々協力するにしても、知らない事があったらあなたの考えとズレる可能性があるわ」

「確かにそうなんだが……」

「これは必要な事なのよ、だからさっさと話しなさい」

「ん、どうする?キリト」

「まあいいんじゃないか、クリシュナなら俺達が気付かない事にも気付くかもだし、

まったく違う視点から意見を述べてくれるかもしれないぞ」

「そうか、分かった」

 

 そしてハチマンは、クリシュナに特大級の爆弾を落とした。

 

「晶彦さんと話をする機会は、まだ完全には失われてはいない…………と思う、多分」

 

 クリシュナはその言葉にきょとんとした。

 

「晶彦さん?知り合いだったの?っていうか、茅場は死んだってニュースで……」

「まあそれは間違ってはいないし、俺達は確かに晶彦さんの死体を見た」

「ああ、潜伏先だった長野の別荘に行って見てきたもんな」

 

 それを聞いたクリシュナは、自分の知る限りの情報を確認の為に二人に伝えた。

 

「え?茅場は警察に追い詰められて、海に身投げして死んだんでしょ?

死体も上がったけど、とても公開出来るような状態じゃなかったって」

「報道ベースだとな」

「ええっ?どういう事?」

 

 ハチマンはまだ少し躊躇いながらも、ぽつぽつと経緯を語り始めた。

 

「俺と晶彦さんは確かに知り合いだった、で、そのアドバンテージを生かして、

七十五層で俺とキリトと仲間達と共にその正体を暴き、

そのまま追い詰めてゲーム内で倒す事に成功した。

それで晶彦さんも俺達同様SAOから解放されたはずなんだが、

その後自分の脳を自分でスキャンして、それによって脳を焼かれて死んだんだ」

「えっ?自分の脳をスキャン?まさかまだ、彼の意識がどこかに残っているというの?」

「さすが理解が早いな、その通りだ。

実際俺はその後、ALOの中で晶彦さんの意識と話したからな」

「そんな、そんな事って……」

 

 ハチマンとキリトは、単純にクリシュナがその事実に驚いているのだと思っていた。

だが次のクリシュナの言葉は、二人の想像を超えていた。

 

「そこで私の研究が間に合っていたら、

もしかしたら完全な形で彼の意識を保存出来たかもしれないのに……」

「何だって?」

「どういう事だ?」

 

 クリシュナは二人にそう問われ、自分の研究について話し始めた。

 

「『側頭葉に蓄積された記憶に関する神経パルス信号の解析について』

っていうのが私の研究テーマよ」

「それは知ってるが……」

「もしかして、ある程度の実用段階まで来ているのか?」

「ええ、実はもう人の記憶を安全にコピーする事には成功しているの。

問題はそれを移すAIの性能だけという段階ね。

どうしても既存のAIだと、保存が上手くいかなくて、最後にはバグが起こってしまうの」

「そうか、それでお前は……」

「そう、だから私は茅場製AIに興味があった。ここに来て確信したわ、

これなら私の研究も進むだろうって」

「記憶の複製……」

「そして新たな自分の誕生か」

 

 ハチマンとキリトは、呆然とそう呟いた。

 

「そこまで大げさな物じゃないわ、禁断の研究と言われる可能性は否定しないけど、

でも私はこの研究が、必ず人類の未来に貢献出来ると思っているわ」

「人類の未来、か」

「壮大すぎて俺にはイメージ出来ないな」

「俺もだ」

「実は私もよ」

 

 三人はそう言って顔を見合わせると、声を出して笑った。

そしてクリシュナは、もっと二人の事を知りたいと、積極的にユイとキズメルに話し掛け、

二人は戸惑いながらもそれにしっかりと答えていた。

 

 

 

「お前、やっぱり凄いんだな……」

 

 クリシュナが二人に話し掛けるのがひと段落した後、ハチマンはクリシュナに言った。

 

「そうかしら?研究者なんて大体こんなものじゃない?」

「ユイもよく専門用語が分かるよな」

「はいパパ、人の心の問題をケアするのに、

どうしてもある程度の知識は必要になりますので!」

「私はサッパリだがな」

「まあキズメルはな、基本戦う事が役割だったからな」

 

 そんなハチマンの言葉に、キズメルは笑顔でこう言った。

 

「だが家事というのも中々楽しいぞ、あれもある意味自分との戦いだ」

「キズメルの入れてくれるお茶の味は、確かにどんどん美味くなってる気がするよな」

「そう言われると誇らしい気分になるな」

「俺達にとってもいい事だし、その調子でその戦いにもどんどん勝ってくれよ、キズメル」

 

 キズメルは明るい顔でキリトに頷いた。

 

「なあ、ところで一つ聞きたいんだが、

もしも電子の海を彷徨っている晶彦さんの意識を捕まえられたとしたら、

それを予め用意しておいたAIに移す事は可能なのか?

まあ思考実験だと思って気軽に答えてくれればいいんだが」

 

 そう言われたクリシュナは、少し難しい顔でこう答えた。

 

「そうね、その意識というのがどの程度の情報量なのかにもよると思うけど、

多分可能だと思うわ」

「そうか……」

 

 ハチマンは次に、同じく難しい顔をしてこう言った。

 

「その場合、そのAIは罪に問われる事になるんだろうか、な」

「それは無いだろうけど、世間の目からすると、

道義的に責められる事にはなるんじゃないかしらね」

「だよな、それでももう一度あの人と話してみたいって、どうしても思っちまうんだよな」

「もしそれが可能なんだったら私も話してみたいわ」

「天才同士、さぞ気が合うんだろうな」

「そう言われると気恥ずかしいものがあるわね」

 

 そしてキリトが何気なくこう尋ねてきた。

 

「じゃあ俺もいくつか思考実験を……

他人の思い出の中からその人の記憶だけを抽出して統合してさ、

AIに注入したら、どんな事になるんだろうかな、

それに加えてほら、サーバーにもその人に関するログが多少は残ってたとして、

それもそこに加えるとか……」

 

 その言葉にクリシュナは即座にこう答えた。

 

「その場合、出来上がるのはあくまでその他人にとって都合のいい人格ね、

どうしてもその人の印象とかに引きずられるもの」

「なるほどな、じゃあさ、記憶喪失の人から記憶を抜き取って、

もう一度その人に戻したら、記憶を取り戻すキッカケになったりしないのかな?」

 

 その言葉にクリシュナは驚きつつも、感心したように言った。

 

「キリト君、凄い事を考えるわね……その発想は無かったわ、

どうなんだろう、でもやってみる価値はあると思うわ。

側頭葉が物理的に損傷してる場合は難しいかもだけど、

記憶喪失の多くは心因性のショックによるものみたいだしね」

「試してみたいわね、ハチマン、あなた記憶喪失になってみない?とりあえず殴るから」

「お前いきなり何言ってるんだよ、おいこら、何でキリトまで腕まくりしてるんだよ!」

「科学の進歩の為に犠牲になってくれ」

「だが断る!」

「そう、残念ね……」

「お前も本気で残念がってるんじゃねえよ!」

 

 そう抗議するハチマンを横目で見ながら、キリトは更に別の質問をした。

 

「なぁクリシュナ、それじゃあさ、例えば認知症の人がいたとして、

その人から記憶を抜き出す事は可能なのか?」

「それは可能だと思うわ」

「へぇ、そしたらその人の脳にさ、インプラント的なものを埋め込んで、

そこにその記憶を移して脳の働きを補助させたら、

案外認知症が治ったりはしないのかな?」

「それは……」

 

 その質問にはさすがのクリシュナも言いよどんだ。

 

「インプラントだけでも技術が進歩すれば治療の一環にはなるはずよ。

後は正直実験してみないと分からないわね。

でも凄いわキリト君、学校を卒業したら、そのままうちの大学に来ない?

多分教授も喜んで受け入れてくれると思うんだけど」

「選択肢としてはアリだな、でも卒業後は当然ソレイユに就職するつもりだけどな」

「逆に教授ごとソレイユに行くのもありかしらね……研究も捗ると思うし」

 

 そんな二人の会話を聞いたハチマンはこう言った。

 

「それならそれで、色々としがらみもあるだろうが、

それが解決出来るならうちとしては歓迎するが」

「まあ色々と教授にも話してみるわ、そうなったら茅場製AIも使用しやすいしね」

「それに関しては、とりあえず二人分くらいのまっさらなAIのデータは提供する。

それ以上の分に関しては応相談だな」

「それだけでも助かるわ、ありがとう」

「こちらこそ協力してもらうんだ、本当にありがとな」

 

 この日の話はそこで終わりとなり、

クリシュナはユイとキズメルにまた話しに来ると告げつつ、

とても名残り惜しそうにしていた。

 

「まあALOにログインさえすればいつでも会えるんだから、気軽に会いに来ればいいさ」

「うん、暇を見つけてはログインするつもり」

「研究熱心なんだな」

「一気にアマデウスが完成するかもしれないんだもの、熱心にもなるわよ」

「アマデウス?」

「さっき言った、人の記憶をAIに組み込んだシステムの事よ」

「ああ、なるほどな」

 

 そして話が終わったところでキリトがこう提案した。

 

「それじゃあそろそろログアウトしようぜ、

ついでに寝る前に何か軽く食べられればいいんだけど」

「そうだな、それもいいな」

「そろそろ明日奈も戻ってる頃なんじゃないか?」

「かもしれないな、とりあえず落ちよう。ユイ、キズメル、それじゃあまたな」

「はい、またです!」

「クリシュナ、今日は会えてとても楽しかった、また来てくれ」

「うん、また必ず」

 

 

 

 紅莉栖は明日奈のベッドの上で目覚めると、先ほどまでの出来事を思い出し、

気分が高揚するのを感じた。そんな紅莉栖の足元からいきなり声がした。

 

「なんか嬉しそうだね、楽しかった?」

「きゃっ……あ、明日奈さん、帰ってたの?」

「うん、ちょっと前にね」

 

 そして明日奈は、紅莉栖にALOはどうだったか感想を聞いた。

 

「色々凄かった……私の研究も進みそうだし、今日はとてもいい一日だったわ」

「そっか、何か私も嬉しいよ。あ、軽く食べる物を用意しておいたから、

二人も呼んで下に行こっか」

「うん、ありがとう」

 

 そして二人は八幡と和人と共に下に行き、明日奈の用意したうどんをほおばった。

 

「もう夜も遅いし、消化が良くてそこそこお腹にたまるものを用意したよ」

「さっすが明日奈、もうこのまま八幡と結婚しちゃえよ」

「あ、う、うん、まあもう少ししたらね」

「そういう和人こそ、さっさと里香とだな……」

「やべ、藪蛇だった……」

 

 そんな幸福な光景を眺めつつ、紅莉栖は八幡達と仲間になれた事を嬉しく思っていた。

 

(私もALOをもっと楽しんでみようかな)

 

 

 

 そして紅莉栖は明日奈の提案を受け、その日は八幡の家に泊まる事となり、

ホテルに着替えを取りにいく為に八幡に車を出してもらった。

 

「何から何まで本当にありがとう」

「いいって、明日奈と仲良くなってもらえれば俺も嬉しいしな」

「そういえば妹さんもいるんだっけ?」

「おう、妹の小町もヴァルハラのメンバーだぞ。今日は先輩の家でお泊りなんだそうだ。

まあその先輩も、ヴァルハラのメンバーなんだけどな」

 

 そんな話をしながらホテルに着き、着替えを持って再び現れた紅莉栖を家に送り、

八幡は和人と、明日奈は紅莉栖と共に自分の部屋に戻り、それぞれ色々な話をし、

四人はそのままそれぞれ眠りについた。

紅莉栖はその後も度々八幡の家を訪れ、明日奈に誘われる度に泊まる事となる。



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第387話 公式アナウンス

2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


 その日の夜、GGOの公式から一つのアナウンスがあった。

 

「おい、ついに公式から発表があったぞ」

「第三回BoB……思ったより早かったな」

「またゼクシードの野郎が調子に乗るのか……」

「さすがに今回はシャナも出るだろ、そしたらもうあんなマグレは起こらないさ」

 

 そう、ついに公式から第三回BoBの開催が発表されたのだ。

多くのプレイヤーの予想よりも、これはかなり早い開催だった。

実はこれは、前回の結果に納得しない者がかなり多くおり、

その者達が早く開催するようにメールをしまくった結果である。

これにいち早く反応したのはMMOトゥデイであった。

 

 

 

「第三回BoB,有力候補座談会をやってほしい」

 

 こんな要望が、MMOトゥデイのシンカーの下に多数寄せられていた。

シンカーはユリエールと相談し、一番視聴数が稼げるタイミングを計っていた。

開催が決まった今、まさにそのタイミングが訪れたという訳だった。

 

「なぁユリエール、シャナさんは出てくれるかなぁ?」

「無理じゃないかしら、シャナさんってこういうのにはまったく興味が無いしね」

「だよね……でもゼクシードさんがメインだと、盛り上がらないだろうなぁ……」

「せめて十狼から何人かは来てほしいところよね」

「とりあえず今はシャナさんはいないみたいだから、今度聞いてみようか」

「そうね、他の人は来てくれるかもしれないしね」

 

 

 

 そして次の日の夜、シャナは美優を空港まで送った後、GGOへとログインした。

昼に香蓮と美優に付き合って東京中を走り回ったシャナは、少し疲れていたので、

鞍馬山でのんびりしていたのだが、丁度そこにシンカーが尋ねてきた。

 

「シャナさん、お久しぶりです」

「シンカーさん、戦争の時は本当にありがとうございました」

「いえいえ、こちらも楽しんで中継させてもらったんで」

 

 二人はそんな社交辞令を交わし、直後にシンカーが本題に入った。

 

「第三回BoBの有力プレイヤーの座談会?」

「はい、昨日の夜に第三回BoBの開催が発表されたんで、

タイミング的には今が丁度いいんじゃないかと思ったんですよ」

「お、ついにですか、それはまだ知りませんでした」

「で、その番組にシャナさんや十狼の出場予定の方が出てくれないかなと」

「何人集めるつもりなんですか?」

「全部で四人くらいが妥当かなって思うんですよね」

「四人……」

 

 シャナはその言葉に少し考え込んだかと思うと、困ったような顔でシンカーに言った。

 

「うちから出るのは多分、俺、ピトフーイ、シノン、銃士X、

後は確認していませんが、もしかしたらシズカ辺りも出るかもしれません。

でもピトフーイを座談会に参加させたら、多分放送事故になっちゃいますよね……」

「あっ……」

 

 シンカーはそう言われて確かにそうかもしれないと思いつつも、

一方でそれはそれで面白いかもしれないと内心思っていた。

 

「まあその辺りは多少抑え目でと事前にお願いしておけば何とでもなりそうですが……」

「他には誰かに声を掛けているんですか?」

「ゼクシードさんと闇風さん、それに薄塩たらこさん辺りはいいかなって思うんですが……」

「ああ、それなら前回最後まで残った五人にすればいいんじゃないですか?」

 

 そのシャナの提案に、シンカーは難しい顔をした。

 

「それも考えないでもなかったんですが、やはりシャナさんがいないというのは……」

「しかしそうなるとバランスがな……」

「確かに元源氏軍ばっかりになっちゃいますよね、

まあそれだけ源氏軍が強かったって事なんですけど」

「座談会というからには、ある程度散らしたいですよねぇ……

それじゃあゼクシード、闇風、俺の三人でもいいかもしれませんね」

「その三人を選んだ意図をお聞きしても?」

 

 シャナはそのシンカーの言葉に、頷きながら言った。

 

「戦闘スタイルが綺麗に分かれますからね、ゼクシードは近接パワータイプ、

闇風はランガン、俺は狙撃、みたいな」

「ああ、確かに!」

「それにこれなら俺が上手くあの二人を取り持てば、

三すくみみたいになってバランスも取れそうですしね」

「ですね、分かりました、その三人という事で調整してみます」

「まあもしシノンが出てみたいって言うなら、俺の代わりにあいつにしましょう。

女性が一人いると華やかさも出るし、

あいつならまあバランスもちゃんととってくれると思いますしね」

 

 シンカーはそれにうんうんと頷きながら、シャナに言った。

 

「実はシャナさんは出てくれないんじゃないかって、事前にユリエールと話してたんですよ、

ほら、シャナさんはこういうのにあまり興味が無さそうじゃないですか」

「まあ確かにそうなんですけどね、出来る事なら遠慮したい気持ちもあります。

下手な事を言うと、ヴァルハラの奴らにバレちゃうかもしれませんし……

あ、そうなるとシノンもか……でも結局本戦を見る奴がいたらバレちまうんだよな、

それを言ったら第二回BoBを見た誰かがもう指摘してるかもしれないな……」

「ああ、そういう事情もありましたか、う~ん」

 

 その言葉を受け、シンカーは若干の申し訳無さを感じ、再び考え込んだ。

 

「それじゃこういうのはどうですか?ゼクシードさん、闇風さんに加え、

もう一人は銃士Xさんにお願いして、

シャナさんは最後にサプライズでちょっと顔を出すだけにする、

銃士Xさんならバランス的にも中距離狙撃タイプですし、問題無さそうな気もします」

「あ、いいですねそれ。銃士Xなら俺が言えば出てくれると思いますしね」

「それじゃその方向でいきますか!」

「はい!」

 

 こうしてその方向で話が進む事になり、その事が大々的に告知された。

もちろんゼクシードが出ないはずもなく、闇風もこの企画には乗り気だった。

銃士Xがシャナの頼みを断るはずもない。

そしてこの件に関しては、当然十狼内でも話題になった。

シャナはたまたま今話に出た、ピトフーイ、シノン、銃士Xがいる時に、

その事について説明をした。

 

「まあ私みたいなかわいい子が出た方がいいってシャナが言うのも仕方ないけど」

「調子に乗んな」

 

 シノンが冗談めかしてそう言い、シャナは即座に突っ込んだ。

 

「まあでも、私は人前で話すのはそんなに得意じゃないし、

そういうのはちょっと遠慮したかったから丁度良かったわ」

 

 シノンは、あっさりとそう言った。

 

「私は出ても良かったけど……」

「いや、お前を出すのは俺的に不安で仕方がない」

「え~?そういう場なら、さすがの私も自重するわよ?」

「まったく信用出来ねえ、特にあのゼクシードがいるんだ、

カチンときたらお前絶対暴走すんだろ」

「まあそれはほら、程々に……ね?」

「お前の程々は全然程々じゃねえんだよ」

 

 そう言われたピトフーイは、やれやれというゼスチャーをしながら言った。

 

「まあ実はその日は仕事があったから、どっちにしろ無理なんだけどね」

「だったら最初からそう言え」

「もう、それじゃあシャナをいじれないじゃない」

「お前な……」

 

 そしてシノンとピトフーイは、銃士Xの手を握りながら言った。

 

「という訳でイクス、任せたわよ」

「十狼魂を見せてやりなさい!」

 

 その言葉に銃士Xはこくこくと頷いた。

 

「まあマックスはマックスで不安もあるんだが、お前ちゃんと喋れるか?」

「肯定、平気」

「ほらお前のそういうとこ!こういう場でくらいは普通に喋ってもいいんだぞ?」

「それだと私の個性が……」

「個性を出すのは別の機会にしよう、な?」

「分かりました、そういう事なら立派にやりとげてみせます」

「おお、いいぞ、その調子だ」

 

 そして銃士Xは、上目遣いでシャナに言った。

 

「それでシャナ様、その……もしシャナ様がその場にいたら、

二人のバランスをどうとるのか、もしくは二人の事をどう思っているのか、

リアルでじっくりと教えて頂けたらと……」

「ああ、そうだな、バランスをとるのに必要かもしれないな、

分かった、それじゃあこの後どこかで落ち合うか」

「はい、必要な事だと思うので」

 

 銃士Xは見た感じは表情を変えず、淡々とそう言った。

だがピトフーイとシノンは見てしまった、銃士Xが密かにガッツポーズをした所を。

 

「そ、その手があったのね……」

「イクス、恐ろしい子……」

 

 だがそれを止める訳にもいかず、二人はシャナと銃士Xを見送る事しか出来なかった。

 

 

 

「おう、待ったか?」

「いえ、八幡様を待つのは楽しいです」

「楽しいってお前な……」

「だって、必ず来てくれる人をドキドキしながら待つのは嬉しい事じゃないですか」

「まあそれはそうだが……」

「昔はただ当てもなく待つだけだったから、それに比べれば今のクルスは幸せです」

「そうか、まあそれならいい」

 

 そして二人は並んで歩き出した。八幡も確かに道行く女性達の目を集めるのだが、

クルスはそれ以上に、道行く男共の視線を集めていた。

 

「それじゃああの店にでも入るか」

「はい!」

 

 クルスは嬉しそうにそう言い、二人はそのまま店に入り、席についた。

そしてクルスを先に席に座らせ、自らも席につこうとした八幡は、

店内でも男共の視線を感じ、座る前にクルスの全身をちらっと見つめた。

 

「あ、そうか……」

 

 そして八幡は何かに気付いたようにそう呟くと、クルスに向かってこう言った。

 

「マックス、これを膝の上に掛けておけ」

 

 そう言って八幡は、バッグからひざ掛けを取り出してクルスに渡した。

 

「ありがとうございます、でもそんなに寒くはないですよ?」

「そうじゃねえ、お前のその、な、スカートが短いからちょっと心配になってな」

「ああ!」

 

 そしてクルスは嬉しそうに八幡に言った。

 

「八幡様以外にあまりじろじろ見られちゃうのは確かに嫌ですしね」

「俺にも見せちゃ駄目だろ」

「別に私は構わないんですけど……」

「とにかく駄目だ。あ!」

 

 そして八幡は更にこう言った。

 

「あと座談会の時も、いつもみたいなスカートは絶対にはくなよ、いいか、絶対にだぞ!」

「あ、はい、分かりました」

 

 クルスは含み笑いをしながら八幡に頷いた。そして八幡は本題に入った。

 

「よし、それじゃあ先ずはゼクシードからな」

「はい」

「俺が思うに、あいつはまったく普通だ。装備の力を借りている感は否めないが、

基本はしっかり押さえているし、戦闘中の冷静さも兼ね備えている」

 

 それを聞いたクルスは、頷きながらも少し驚いた表情で言った。

 

「意外に高評価なんですね」

「俺はあいつを低く評価した事は無い」

「まあ、確かにそうですね」

「そういうスタイルでいくなら、確かに装備を充実させる為にSTRを上げるのは正解だ、

だがあいつは前、AGIタイプを賞賛している時期があったからな、

その事に関してどう答えるか見ものだから、その事については突っ込んでもいい。

というかむしろ突っ込め、闇風からは言いにくいだろうから、お前が言ってやれ」

「分かりました」

「次に闇風だが……」

 

 八幡は腕組みをすると、意外な事を口に出した。

 

「あいつは多分、自分の力をまだ完全には出せていない気がする」

「そうなんですか?」

「ああ、多分だけど、あいつはもっと早く動けると思うんだよ。

でも常識が邪魔をしているのか、全力だと脳がついていかないのか、

とにかく何て言えばいいのかな、動きが一般的な動作の延長でしかないんだよな」

「何となくなら分かりますが……」

「うちでのバイトで、もっと自分には人としてありえない動きが可能だと知り、

それをGGOに応用出来たら、あいつはもっと強くなる……と思う」

「なるほど、人の動きとはこういうものだっていう思い込みが邪魔をしていると」

「そんな感じだな、参考になったか?」

「はい!」

 

 そしてその後も、二人は色々な話をした。

クルスもこの機会を逃さないようにと、普段から用意していた会話のネタを存分に披露し、

まるでデートのような感覚で、八幡との会話を楽しんでいた。

 

 

 

 一方その頃、ラフコフ陣営も、慌しく準備をしていた。

 

「ゼクシードの住所は?」

「バッチリです、直ぐに兄さんと一緒に調査した結果、丸でした」

「そうか、それは朗報だな!」

「顔を隠すマスク、マント、それに腕も何かで隠したい」

「後は銃だな、通常時と『その』時で銃を使い分けないといけないからな」

「あ、それじゃあこれなんかどうですか?」

 

 そう言ってシュピーゲルが差し出してきた銃は、トカレフだった。

別名黒星、これはかつて詩乃が銀行強盗を撃ち殺した銃である。

シュピーゲルは学校で詩乃を脅すのに使われた銃がこれだと把握しており、

今回はあえてこの銃を用意したのだった。その意図をシュピーゲルは何も語らなかったが、

この銃を見せれば、あるいは詩乃も自分の言う事を聞くかもしれないという、

そんな醜い意図が透けて見えるのは間違いない。

そして二日後、GGO内で座談会の中継が始まった。



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第388話 ゼクシードのノート

 街のそこら中にあるモニターに、第三回BoB開催という文字が躍る中、

いち早くそれに気付いたシュピーゲルは、慌てて街の外へと飛び出した。

 

「まさかこのタイミングだなんて……まずいな、急がないと」

 

 シュピーゲルは逸る気持ちを抑えながら、

ステルベンが拠点代わりにしている街の外の廃屋へと向かった。

 

「兄さん大変だ、第三回BoBの告知が公式に発表された!」

「そうか、思ったより早かったな」

「僕はこのままゼクシードが総督府に来るかどうか張り込むから、

兄さんは打ち合わせ通り近くで様子を伺ってて欲しいんだ」

「分かった」

 

 二人は急いで総督府に向かったが、現地に着いた時、丁度ゼクシードが姿を現した。

 

「危ない、間に合った……」

「お前はこのまま行け、モデルガンを選ぶように念を押してこい」

「うん」

 

 ステルベンにそう言われたシュピーゲルは、深呼吸をひとつすると、

自然な風を装ってゼクシードに声を掛けた。

 

「ゼクシードさん!」

「お?おお、シュピーゲルか、お前もBoBの申し込みか?」

「はい、本戦出場が僕の目標なんで!」

「そうかそうか、お前も早く俺みたいになれるように頑張れよ!」

 

(絶対にお前みたいな汚い男にはなりたくないけどね)

 

 シュピーゲルはゼクシードに対してそう思ったが、

自分も同じ穴の狢になりつつある事にはまったく気付いていない。

それがシュピーゲルの駄目な部分なのだが、

唯一その事を知るステルベンはむしろその事を歓迎しているので、

シュピーゲルがその事に気付く機会は無いに等しいのである。

 

「はい、頑張ります!」

 

 シュピーゲルはゼクシードに対する不満はおくびにも出さず、明るい声でそう答えた。

そしてシュピーゲルは、嫌々ながらもひたすらゼクシードを持ち上げ続け、

頃合いを見てモデルガンの話を持ち出した。

 

「ゼクシードさん、やっぱりその銃のモデルガンを希望するんですか?」

「ん?何の話……あ、いや、あ~あ~あ~、おう、もちろんその通りだ」

 

(こいつ絶対に忘れてやがったな……)

 

 シュピーゲルは危なかったと思いつつ、ギリギリ間に合った事にほっとした。

 

「それじゃあ僕も申し込みをしちゃいますね」

「だな、こういうのはさっさと済ませちまった方が後で焦らなくてもいいしな」

 

 二人は並んで申し込みをし、挨拶をしてそのまま別れた。

そしてシュピーゲルは人気の無い裏道へ入り、その隣にステルベンが姿を現した。

 

「どうだった?」

 

 シュピーゲルは大丈夫だと思いつつも、若干不安を滲ませた表情でそう尋ねた。

ステルベンはその質問に、いつも通り短くこう答えた。

 

「問題ない」

「やった!」

「ついでに隣に見た事のある奴がいたから、そいつの住所も入手しておいた」

「ああ、確かにいたね、でも見た事のある奴って、誰?」

「前にロザリアを拉致った時の見張りをやってた奴だ」

「あ、そうなんだ、そっちも当たりだといいね」

「そうだな」

 

 そしてステルベンは、シュピーゲルにこんな提案をした。

 

「ゼクシードの家はこっちの家からそれほど遠い場所じゃないし、今夜見にいくか」

「そうなんだ、うん、そうしよう」

 

 シュピーゲルはその言葉に安堵し、ついにゼクシードに制裁を加えられると、

ほの暗い笑みを浮かべていた。シュピーゲルは自らの手でそれを行うつもりだったが、

ステルベンはその事に若干危惧を覚えていた。

 

(ちょっと入れ込みすぎだな、最初はしがらみの無い奴を殺させたかったんだがな)

 

 だが恐らく何を言ってもシュピーゲルは譲らないだろうと思い、

ステルベンはその自分の考えを振り払い、シュピーゲルにこう言った。

 

「よし、ゼクシードが寝ている時よりもGGOにインしている時の方が安全だ、

あいつが戦いに出るタイミングを見計らって家を出るぞ」

「分かった、それじゃあまた僕が偶然を装って、今夜の予定を聞きだしてくるよ」

 

 シュピーゲルはゼクシードに直接接触するつもりでそう言ったのだが、

いつもゼクシードが拠点にしている酒場にはその姿は無かった。

多分食事落ちでもしているのだろう。代わりにそこにいたのはユッコとハルカだった。

 

「ねぇユッコ、今度のBoBは誰が優勝するかな?」

「やっぱりシャナさんじゃない?悔しいけどあいつは別格だし」

 

(あいつ?何かおかしな言い方だな、さん付けなのにあいつって……)

 

 ユッコは今はシャナである八幡にある程度の敬意を払う気はあり、

この場合のあいつも、単に元同窓生という以上の意味合いは無かったのだが、

シュピーゲルはそんな事を知るよしも無かった。

そしてその話から、話題はゼクシードの話に移った。

 

「今日はモブ狩りよね?」

「うん、何かいい素材を落とすらしいよ、低確率で」

「時間は?」

「八時から十時までだってさ、当分毎日ね」

「ゼクシードさんって、こういう単純作業を嫌がらないよね」

「多分それが強くなるのに必要な事なんじゃない?地道な努力って奴?」

「付いていくだけだから今はまあ平気だけど、自分で考えてそうするのは私には無理だわ」

「まあそうだよね」

 

 その会話を聞いたシュピーゲルは、情報収集の手間が省けたと一人ほくそえんだ。

そしてシュピーゲルはすぐさまステルベンの下へと戻ってその事を伝え、

時間が迫っていた為二人は直ぐにログアウトし、ゼクシードの自宅へと向かった。

 

「思ったより近いんだね」

「後はどんな家に住んでるかだ」

「まあそうだね」

「第二茂村荘か」

「ゼクシードの本名って茂村保なんだよね?本名と一緒だから、

おそらく親か親族が所有している物件なんだろうね。

多分名前からして古いアパートか何かなんじゃないかな」

「かもしれんな」

 

 その読み通り、現地に着いて二人が見たものは、

裏通りにある築数十年に達すると思われるくらい古いアパートだった。

 

「これならいけるな、とりあえず誰か来ないか周囲を警戒していろ」

「うん、分かった」

 

 昌一は恭二にそう言うと、ピッキングツールのような物を取り出し、鍵に差し込んだ。

しばらくそれを動かしていた昌一が不意に言った。

 

「オーケーだ、鍵が開いた」

 

 その言葉を聞いたシュピーゲルは、歓喜に震えつつこう言った。

 

「やったね、でも案外簡単だったね」

「よし、帰るぞ」

「鍵は閉めなくていいの?」

 

 その恭二の当然の質問に、昌一はあっさりと言った。

 

「必要ない、閉め忘れたと思うだけだろう」

「まあそうだね、あいつ馬鹿だし」

 

 シュピーゲルは、明確に上から目線でそう言った。

ゼクシードが獲物になる事が確定し、精神が楽になった余裕からきているのかもしれない。

 

「それじゃあ戻って準備だ、今までは足がつかないように薬は持っておかなかったが、

ついにそれも解禁だ、親父の病院にも行かないとな」

「だね、なるべく急ごう」

 

 そして次の日、二人は病院長である父に会う為と偽って、

首尾よく目的の薬品を手にいれる事に成功した。

サクシニルコリン、今はスキサメトニウムと呼ばれている筋弛緩剤である。

実は昌一が薬の保管場所を事前に調べておいた為に、事はスムーズに運んだようだ。

 

「上手くいったね兄さん」

「ああ、大病院を気取っちゃいるが、まあこんなもんだろ」

 

 そして二人はその日の夜、ノワールがインしたのを見計らってその事を報告した。

 

「ゼクシードの住所は?」

「バッチリです、直ぐに兄さんと一緒に調査した結果、丸でした」

「そうか、それは朗報だな!」

 

 そして三人は、必要なものを揃え始めた。

赤目のザザをイメージするような、目が赤く光るマスク、

マントはそのままいつでも姿が消せるようにメタマテリアル光歪曲迷彩マントを流用し、

腰には『サイレントアサシン』と呼ばれる狙撃銃と『黒星』を、

そしてイコマ製のエストックという、ステルベンの定番のスタイルがこうして完成した。

ちなみに中身は三人が交代で演じる事となる。

その為に、最後に必須だったのが声を変えるアイテムだった。

これは運営がイベント用に作成した公式アイテムがあったので問題は無かった。

 

「見た感じどうだ?」

「大丈夫ですね、声も見た目も区別がつきません」

「よしよし、これで誰がどの役をやっても問題ないって事になるな」

「ついに『死銃』のデビューですね」

「この銃で撃たれた奴は必ず死ぬ、まあシンプルだけどいいネーミングだよな、

最後にこれだけは念を押しておくぞ、この銃で撃った奴は確実に仕留める、

最初のターゲットであるゼクシードだけはモニターを撃つが、

次からは必ず直接プレイヤーをこの『黒星』で撃つのが殺しの条件だ。

だからこの銃で攻撃出来なかった奴は殺さない、そして住所が分からず殺せない奴相手には、

この銃は絶対に使わない、絶対だぞ」

「それが俺達なりのルールって奴だな」

 

 その言葉は主にシュピーゲルに向けられた言葉であり、シュピーゲルはその言葉に頷いた。

 

「よっしゃ、久しぶりに本物のPKが出来るな、イッツ・ショータイム」

「ああ、本当に、本当に久しぶりだ」

 

 ステルベンは、そのノワールの言葉に感極まったようにそう答え、こう付け加えた。

 

「ヘッドがどこかで見ててくれるといいな」

「ああ、本当にな」

 

 

 

 そしてついにその日が訪れた。告知された通りの時間に、

モニターにゼクシードと闇風と銃士Xが姿を見せ、

シンカーを司会者役として四人の座談会が始まった。

 

「どうだ?」

「一度落ちて確認してくるわ」

「頼むぜ」

 

 モニター前の広場の片隅に、死銃の格好をして腰を下ろしたステルベンは、

通信でノワールにそう言った。

ノワールは今は中継モニター前の様子を限定公開モードで撮影しており、

この様子がきちんと恭二に見えているか確認する為にログアウトしていった。

 

「どうだ恭二、見えたか?」

「うん敦さん、バッチリ兄さんの動きが見えてたよ」

「タイミングを間違えるなよ、昌一が撃つのに合わせて注射するんだぞ」

「うん、任せて」

 

 この日の為に恭二は、ゼクシードの家と同じタイプの鍵をわざわざ購入し、

スムーズに家に忍び込めるように鍵を素早く開ける訓練をしていた。

その甲斐あってか、今恭二は既にゼクシードの家の中におり、

逸る気持ちを抑えながら、その時を今か今かと待っている状態であった。

 

「お前がゼクシードの本体か、待ってろよ、今地獄に送ってやるからな」

 

 恭二は悠然とゼクシードを見下ろしながらそう呟いた。

 

 そして敦はGGOへと再ログインし、再び恭二の持つ端末に、

ステルベンの動きが中継され始めた。

そのモニター越しに恭二は、座談会の様子を黙って聞きながら、

何となく部屋の中をきょろきょろし、机の上に一冊のノートが置いてあるのを発見した。

昌一には、例え手袋をしていても、極力部屋の中の物には触るなと言われていたが、

恭二はそのノートの表紙にGGOと書かれているのを見て、

どうしても好奇心を抑える事が出来ず、そのノートを手にとりその中を見た。

 

「うわ、こいつ意外と真面目に色々な事を考えてるんだな……」

 

 思わず恭二がそう呟く程、そこには色々な情報が書かれていた。

モブの攻略法や、色々な武器の比較データ、前の戦争の時の旧首都の地形図等、

纏まってはいなかったが、生々しいデータがそこには沢山書かれていた。

そして最後の方に書かれたページを見た恭二の目が驚きで見開かれた。



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第389話 そして事件は幕を開ける

「それでは第三回BoBの有力候補の方々を迎えての座談会を始めさせて頂きます。

こちらは先ず前回の優勝者のゼクシードさん」

「どうも」

「そして闇風さんと……」

「闇風です、今回はお招き頂きありがとうございます」

「そして今日の紅一点、銃士Xさんです、今日はいつもと違って落ち着いた格好ですね」

「シャナ様に、お前の足は俺以外に見せるな、と間接的に言われたので」

「そ、そうですか」

 

 その瞬間に一斉に背後のモニターにコメントが流れ出した。

 

『くっそ、くっそ!』

『シャナ、絶対に殺…………せる訳が無え、畜生!』

『ふざけんな、ふざけんな、下々の者達の楽しみを奪うんじゃねえ!』

『顔を真っ赤にしているお前らが見えるwwwwwww』

 

 そしてシャナは、銃士Xの言葉にぷるぷるしていた。

 

「あいつ、いきなり何て事を言いやがる……」

 

 更にこれを鞍馬山で見ていた残りの十狼のメンバーは、爆笑していた。

 

『これを横で見ているあの男の顔が見てみたいな!』

『先生……ぷぷっ、でもそうかも、本当にどんな顔してるんだろう……ぷぷっ』

『あははははは、あはははははは、イクス最高!』

 

「えっと、それじゃあ盛り上がった所で早速話して頂きましょう」

 

 シンカーがそう言い、ついに運命の座談会が始まった。

 

「さて、最初に前回優勝者のゼクシードさんにお伺いします。

ついに第三回BoBの開催が公式に発表されましたが、意気込みはどうですか?」

「まあもちろん次も優勝は頂きますよ」

「させませんけどね」

 

 そのゼクシードの言葉に闇風がそう突っ込んだ。

二人ともMMOトゥデイの公式放送という事で、喋り方に気を付けているようだ。

 

「闇風があんな喋り方をするなんて、笑っちまうな」

 

 舞台の袖に潜んでその光景を見ていたシャナはそう呟いた。

 

「そういう事は一度でも僕に勝ってから言って欲しいですね」

「広い場所で戦えば負けないと思いますよ、ゼクシードさん」

「いや、それはどうですかね」

 

 そしてゼクシードは闇風に反論を始めた。

 

「前回のBoBは直接やりあったとは言えないので考えから除くとして、

先日行われた源平合戦においての僕と闇風さんの戦闘について、考察してみましょう。

あれがまさにこれからのGGOのトレンドを暗示しています。

以前はとにかくAGIを上げて、強力な銃を速射していればそれで上位に食い込めました。

でもあの時、闇風さんの攻撃は僕の耐弾アーマーでかなりダメージを軽減出来ました。

そして僕の攻撃は、かなりの確率で闇風さんに命中しました。

前回、前々回のBoBと比べて何が変わったか、それは僕達のステータスです」

 

 その事は事実なので、闇風もそれには反論しようとはしなかった。

 

「プレイヤー全体の平均ステータスが上がった事によって、

より強力な武器や防具が実装されるようになってきました。

そしてそれに連れて、それらの装備の要求STRもどんどん高くなっていきます。

つまり相対的にAGIの価値が下がったという訳です。

これは闇風さんのせいではありません、ゲームの仕様の問題であり、

それを予測する事が我々にとって必須……とまでは言いませんが、

常に考えておかなくてはいけない問題だと思います」

 

(ほう?)

 

 シャナはそのゼクシードの説明に少し関心した。かなり的確な分析をしていたからだ。

 

(さて、そろそろマックスが突っ込んでくれると思うが、どう答えるのかな)

 

「それは確かに正論、だけどあなたはBoBの直前までAGIタイプを強く推していた。

それは今のあなたの言葉と矛盾する。それとも何かの意図が?」

 

 そしてシャナの期待通り、銃士Xがそう突っ込んだ。

その強烈な突っ込みを受け、この日初めてゼクシードの顔色が変わった。

背後のモニターのコメントも銃士Xに同意するものが大半だった。

 

『さすが俺の嫁、よく言った!』

『今ゼクシード、顔色変えた?』

『そうだそうだ、ふざけんなよゼクシード、さっさと釈明しろ!』

『シャナは羨ましいがゼクシードはうざい、これが世界の真理』

『ゼクシードさん、早く答えて下さいよ』

 

「それは……」

「それは?」

「ひとえに僕の不徳の致すところです、BoBで今の愛銃を使ってみて考えを変えました。

以前の僕は間違ってました、僕の言葉に従ってAGIをガン上げしてしまった方達には、

ご愁傷様としか言いようがないんですが、それもまた自己責任って事で」

 

(そう取り繕ったか、咄嗟に考えたにしてはそれなりによく出来てるが、

後半に内心が透けちまってるぞ、これは批判されるな)

 

 その言葉通り、それをモニターで見ていた観客の一部からブーイングが上がり、

コメントも荒れに荒れた。だがゼクシードはそんな事は気にしない。

叩かれるのはいつもの事だし、酒場でこれを見ている者達の反応は見えないからだ。

後ろのモニターにコメントも流れているが、ゼクシードはそれを決して振り返らない。

今回はただ、ヘイトを集めすぎるのを避けるためにそう言ったにすぎないのだ。

いつもならこの対応でまったく問題は無い。だが今回は違う。

ベッドに横たわるゼクシードの横には、恭二がいるのだ。

 

「ご愁傷様だと……ふざけるな、ふざけるなよ、僕が一体どんな気持ちで……」

 

 恭二は激高したが、暴走する事もなく、ひたすらその時が来るのを待ち続けた。

そしてゼクシードの答えを聞いた銃士Xは、今度は闇風に話し掛けた。

 

「闇風は何か反論しないの?」

「最近分かった事がある、俺はとある企業でゲーム関連のバイトをしているんだが、

そこでは自分の限界以上の動きが求められる。まあVR内でだけどな」

「VR内でのバイト?へぇ、面白い事をしてるんだね、僕にも紹介して欲しいくらいだよ」

 

 ゼクシードは興味深そうにそう言った……多分。

ゼクシードは言い方が嫌味っぽく聞こえる部分があるので、

その言葉は捕らえ方によっては馬鹿にされているともとれるものだった。

実際恭二はそうとった。だが闇風はゼクシードと同じく古参だったので、

それがいつものゼクシードの平常運転だという事を分かっており、

特に怒りを見せたりおかしな反応をしたりはしなかった。

普段はノリの軽い闇風だが、こういう所は意外と冷静なのである。

 

「無理じゃないかな、だってこのバイトはシャナの紹介だから」

「なっ……」

 

 その言葉が発せられたと同時に、一斉に多くのコメントがモニターに流れた。

 

『ここでもシャナきたああああああ!』

『一体何者なんだよシャナ』

『もしかしてゲーム会社の社員か?』

『時給はいくらなんだ?』

『俺もやってみてえ!』

 

「で、今までの自分には、色々足りない物があった事に気付いたんです。

私は今まで、自分が他人より少し早く動けるだけだと思っていました。

だからとにかくその事だけを考えていて、脳を鍛えていなかったんです」

「脳……ですか?」

「ええ、この体はおそらく我々の考える以上にもっと人間離れした動きが可能なんです。

でも常識が邪魔をして、通常の動きを早くした動きしかしてこなかった、

私には想像力や経験が足りなかったんです、それをバイトで心の底から思い知らされました」

 

(ほう……)

 

 シャナはその言葉に感心し、銃士Xも闇風を賞賛した。

 

「凄い、自分で気付いたんだ、この前シャナ様も同じ事を言っていた」

「まじで?うお、やったぜ!俺は間違ってはいなかった!」

 

 闇風は思わずいつもの調子でそう言った。

 

「あなたはもっと強くなる、私はともかくシャナ様がそれを保証する」

「おう、頑張るぜ!……そ、そうですか、それは励みになりますね」

「闇風、もう遅い、今更取り繕っても無駄」

「くっ……俺の紳士的なイメージが……」

「大丈夫、画面の向こうの人達はそもそもあなたが紳士だとは思っていない」

 

 その瞬間に再び一斉にコメントが流れ出した。

 

『闇風、今度はゼクシードに負けんなよ!』

『闇風はやっぱりそうじゃなくっちゃな!』

『俺はいい戦闘が見れればそれでいいけどな』

『ゼクシード、反論しろ反論!』

『闇風さん、私と付き合って!まあ私は男だけど!』

 

 チラっと背後のモニターに目をやった闇風は、その最後のコメントを見て盛大にへこんだ。

 

「くっそ、男じゃなく女にモテてえ……」

「いいじゃない、見た目が女なら」

「おう、そういうの、嫌いじゃない…………訳無えだろ、大嫌いだよ!」

 

 そして画面を『w』の文字が埋め尽くした。

 

「そ、それでは話を元に戻しましょう、ゼクシードさん、今の事についてはどうですか?」

「そうですね、正直机上の空論にも聞こえますが……」

 

 一方GGO内の酒場でも、同じように様々な声が飛び交っていたが、

ゼクシードがそう言った為、観客達はそれを聞こうと一瞬静かになった。

その瞬間に、ギリースーツ姿で完全に正体を隠したステルベンが立ち上がった。

 

「そろそろだ、タイミングを合わせろよ」

 

 それを密かに配信していたノワールは、それを見ているであろう恭二にそう言った。

その頃恭二は例のメモを発見し、その内容を見て混乱している最中だった。

 

「何だよこれ……」

 

 そのメモのタイトルはこうだった。

 

『仲良くしたいプレイヤーリスト』

 

 そしてその一番上には、何度も書いては消し、消しては書いたとある名前が書いてあった。

 

『シャナ』

 

「何であいつはこんな物を……今までの態度は何なんだよ……」

 

 続けてその下には、他のプレイヤーの名前も羅列されていた。

 

『ユッコ』

『ハルカ』

『ミサキ』

『ピトフーイ』

『闇風』

 

「何でピトさんや闇風さんの名前まで……」

 

 そして最後に書かれた文字を見て、恭二は完全に混乱状態に陥った。

 

『シュピーゲル』

 

「な…………」

 

 その時、一時的に胸ポケットに入れていた恭二のスマホから、ノワールの声がした。

 

『そろそろだ、タイミングを合わせろよ』

 

 それを聞いた恭二は慌ててスマホを取り出し、

画面を見ながら混乱状態のままトリガー式の注射器を構えた。

そして画面の向こうから、ステルベンの声が聞こえてきた。

 

『ゼクシード、偽りの勝利者よ、今こそ真なる力による裁きを受けるがいい』

 

 そして銃声が聞こえた瞬間、恭二はとにかく注射器を刺さねばと思い、

服の上からゼクシードの胸に注射器を押し当てた。もはや詳細な状況を確認する時間は無く、

恭二はとにかくゼクシードの体に届かせる事だけを考え、震える手でボタンを押し込んだ。

 

「くそっ、くそっ、もう訳が分からないけど、

とにかくやる事をやらないと兄さんに見放される……」

 

 そう言いながら恭二は、スマホを見ながら祈るようにゼクシードの様子を眺めていた。

そして次の瞬間、それは起こった。

 

『ですからやはりプレイヤー個々の能力よる……ぐ……う……』

 

 突然画面の向こうのゼクシードが表情を歪め、その場に膝から崩れ落ちた。

本体の方を見ると、ゼクシードの体がビクンビクンと痙攣しているのが見えた。

 

『よし、よくやった、撤収しろ』

 

 スマホからそうノワールの声が聞こえ、恭二は慌ててその場から逃げ出した。

 

 

 

「何だ?」

 

 シャナはゼクシードの反論を黙って聞いていたが、

突然ゼクシードが苦しみ始めた為、それを訝しげに見つめた。

後ろに流れるコメントも、ゼクシードの変化を怪しむものばかり流れ始めた。

 

『どうしたどうした?』

『うんこでもしたくなったのか?』

『随分苦しそうな表情だな』

『あ、これあかんやつだ、多分落とされるわ』

 

 そのコメント通り、DISCONNECTIONの文字と共に、

ゼクシードの姿がその場からかき消えた。

 

「あれ、どうやらゼクシードさんの回線が切断されてしまったみたいですね、

すぐ復帰すると思うので、皆さんチャンネルはそのままにしておいて下さいね」

 

 シンカーが慌ててそう言ったが、しばらく待ってもゼクシードは戻ってこない。

そこでシンカーは、最後のカードを切る事にした。

 

「う~ん、どうやら何かトラブルがあったみたいなので、予定を前倒しして、

ここでスペシャルゲストの登場です、シャナさん、どうぞ!」

 

 シャナはその言葉を受け、ゼクシードの事を少し心配しながらも、画面の前に姿を現した。

その瞬間にとんでもない量のコメントが流れ始めた。

 

『うおおお、生シャナだ!』

『何だこのサプライズ、我慢して待ってて良かったわ』

『来た!これで勝つる!』

『もうゼクシードいらなくね?』

『シャナ様、こっちに手を振って下さい!』

『シャナ様、結婚して下さい!もちろん私は女ですから!』

 

 その最後の文字をチラリと見た闇風は、再び盛大に落ち込んだ。

 

「俺とシャナのこの違いは何だ……」

「闇風、元気出す。あなたと付き合いたいって男の人と幸せになればいい」

「ふざけんな、誰か俺に、俺に本当の愛を教えてくれ!」

 

 再び画面に『w』の文字が躍り、再び番組は進行し始めた。

こうしてこの日の番組はとても盛り上がり、ゼクシードの事は完全に忘れられた。

そしてその日以来、ゼクシードはGGOから姿を消した。



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第390話 生贄

** 本日はもう一話投稿しています、ご注意下さい **


「ねぇハルカ、ゼクシードさんどうしちゃったんだろうね」

「うん……」

 

 あの座談会から二日、ゼクシードは一向に姿を現さず、

ユッコとハルカは暇を持て余していた。

 

「回線が不調なのかな?」

「まあ連絡先も分からないし、そのうちひょっこりと顔を出すのを待つしかないね」

「だね」

「待ってる間、どうする?」

「たまには二人で野良パーティにでも参加してみる?」

「…………野良かぁ」

 

 ハルカはあまり乗り気ではないうようにそう言った。

基本ゼクシードは嫌われ者であり、今回の座談会で益々その事が分かってしまった。

二人も中継を見ており、彼女達自身も、

ゼクシードさんそれはないと思ってしまったくらいだったのだ。

従ってゼクシードがいる時はともかく、いない時の彼女達は、

悪口を言われたり露骨に狙われたりする事こそ無かったが、

積極的に誘ってくれる者もまた、皆無だったのだ。

 

「基本ゼクシードさんと一緒に行動するにしても、

もう少し他の人とも仲良くしておけば良かったね」

「うん……」

「ああ、暇だ暇だ、どうしよっか、今日は落ちちゃう?」

「そうだねぇ……二人だけでどこかに狩りにいってもいいんだけど」

 

 そんな二人に突然背後から声を掛ける者がいた。

 

「…………二人、暇?」

「きゃっ」

「だ、誰?」

「この前は落ち込んでいた私に声を掛けてくれてありがとう」

 

 二人はその声に驚き、慌てて振り返った。

そこには昨日もモニターの中で見たばかりの見知った顔があった。

 

「銃士X……」

「私のフルネームは長い、イクスでいい」

「あ、う、うん、それじゃあイクスで」

「久しぶり、もう元気になった?」

「うん、おかげさまで」

 

 そして銃士Xは、二人にちょこんと頭を下げた。

 

「いや、まあ泣いてる人を放っておくのは、同じ女性としてさすがにね」

「うん、気にしないでいいって」

「…………ありがとう」

 

 銃士Xは、自分が泣いていた時の事を思い出したのか、少し恥ずかしそうにそう言った。

 

「で、私達に何か用?」

「ううん、たまたま見掛けたからこの際ちゃんとお礼を言っておこうと思って」

「それはそれはご丁寧に……」

 

 ユッコとハルカは銃士Xの律儀さに好感を覚えたが、

さりとてそこまで親しいとはいえない為、その場には何となく微妙な空気が流れていた。

そしてそんな空気の中、先に口を開いたのは銃士Xだった。

 

「……で、暇なの?」

「あ、うん」

「ほら、昨日その場面を目の前で見たでしょ?

ゼクシードさん、回線不調で落ちてから一度も顔を出してないのよ。

連絡先も知らないし、復帰するまでの間どうしようかなって」

「なるほど、確かに二人はゼクシードのせいで友達がいなさそう」

「あ、あは……」

「ハッキリ言うわね……」

 

 二人は苦笑いしながらも、そう答える他は無かった。

 

「…………」

 

 表情があまり変わらない為、ユッコとハルカは雰囲気からそう判断しただけだったが、

銃士Xは少し考え込んだように見えた。そして直後に銃士Xは二人に言った。

 

「これからエアリーボードで散歩に出ようと思ってたんだけど、一緒に来る?」

「エアリーボード?」

「これ」

 

 そう言って銃士Xは、二人にエアリーボードを見せた。

 

「ああ、イクスが乗ってた奴ね」

「それ凄いよね、乗りこなすのは難しそうだけど」

「慣れればそれほどじゃない」

「そうなんだ」

「で、どうする?」

 

 銃士Xにそう尋ねられ、二人は少し迷ったが、さりとて特にやる事も無い。

そして二人は二つ返事で、その誘いに乗る事にした。

 

「そ、それじゃあ行こうかな」

「そうだね」

「じゃあちょっと狭いけど、これに横座りして?」

「うん」

「分かった」

 

 そしてボードの後ろの部分に二人は腰掛けた。

その前に乗った銃士Xは、ゆっくりとエアリーボードをスタートさせた。

 

「うわ、凄い凄い」

「本当に動いてる……」

「よくこんなの操縦出来るよね、バランスをとるのとか大変そう」

「むふう」

 

 銃士Xは、その言葉に得意げに鼻を鳴らし、二人は思わず噴き出した。

そして銃士Xは、二人を振り落とさないように徐々にスピードを上げていった。

 

「ちょっと怖いけど、でも何か楽しい」

「こういうのもたまにはいいね」

 

 そして三人は、とりとめもない会話をしながらあちこち見て回った。

ユッコとハルカも、基本効率の良い狩場を回るだけだったので、

見た事も無い場所に案内され、存分に楽しんだ。

 

「うわ、こんな場所があったんだ」

「あ、あそこに何匹かモブっぽいのがいるね、ついでに倒しちゃう?」

「そうだね、イクスどうする?」

「うん、倒そう」

 

 そんな感じで時々モブを倒しながら、三人は何ヶ所かマイナーなスポットを回り、

意図せずして交流を深める事となった。

マイナースポット故に、他のプレイヤーと遭遇する事も一切無く、

ユッコとハルカは遊び感覚でエアリーボードに乗る練習をさせてもらったり、

見晴らしのいい高台で三人並んで横になって景色を楽しんだりした。

この頃にはユッコとハルカもエアリーボードにある程度慣れており、

ジェットコースター感覚で、イクスはかなりスピードを出していた。

そしてあっという間に時間が過ぎ去り、三人はそのまま街へと戻った。

 

「今日は楽しかったね」

「うん」

「どうする?軽く何か食べる?お礼に何か奢るよ」

「でも……」

 

 そのユッコの誘いに躊躇う銃士Xの意図を察したのか、ハルカは明るい声で言った。

 

「いずれまた敵同士になるかもだけど、今日くらいはいいんじゃない?

別に私達、憎み合ってる訳じゃないんだし」

「そうそう、ただの立場の違いだし、もう戦争は終わったんだしね」

「それじゃあ遠慮なく」

 

 そして三人は、ユッコの案内でとある酒場へと入った。

そこはユッコが知る酒場だけの事はあり、元々平家軍の者が多くたむろっていた場所だった。

だがもう戦争は終わったのだ、今はもうそんな事は気にする必要はない。

 

「さて、何を頼む?」

「……肉?」

「肉食系!?」

 

 その銃士Xの言葉に、ハルカが冗談のつもりでそう突っ込んだ。

 

「えっと、違うけど、まあシャナ様相手の時はそれでも……」

 

 そう頬を染める銃士Xに、二人は呆れたように言った。

 

「イクスは本当にあいつの事が好きなのね」

「うん」

「どこが好きなの?」

「……全部」

「全部ね……」

「まあでもあんな姿を見せられたら、それも分かるかな」

「まあね」

 

 二人はハチマンがコンバートしてきた時の事を思い出し、そう言った。

 

「そういえばあの後の動画、見たよ」

「あ、私もそれ、見たわ」

 

 ユッコとハルカは、獅子王リッチーとギャレットとペイルライダーが、

銃士Xを抱いたハチマンにお仕置きされた時の動画の事を思い出し、そう切り出した。

 

「あんた、高い高いされてたよね」

「う、うん、あれはちょっとびっくりした……」

「あは、だ、だよね」

「あいつ本当に強かった……」

 

 そしてその時の事を肴にし、三人は再び盛り上がり始めた。

 

 

 

 ロザリアはついにその男の姿を見付け、どこかに連絡をした後、その男に詰め寄った。

 

「ちょっとあなた、私の事覚えてるわよね」

「な、何だよ、俺に何か用……え、あ、ロ、ロザリア……」

「うん、間違いない、やっぱりあの時見張りをしてた人ね」

「いや、あの、その……」

 

 そしてその男は、抵抗する気配をまったく見せず、そのままその場に土下座した。

 

「あの時は本当にすまなかった!」

 

 そのいきなりの見事な土下座に、ロザリアの方が慌てた。

 

「ちょっとちょっと、ここじゃ目立つから、裏の方に行きましょう」

「あ、ああ」

 

 そしてロザリアは、その男と連れ立って路地裏に入ったのだが、そこには先客がいた。

 

「なっ、や、闇風!?」

 

 男にそう言われた闇風は、とりあえずその言葉を無視してロザリアに挨拶をした。

 

「よぉロザリアちゃん、お待たせ」

「闇風さん、いきなり呼び出してごめんなさい」

「いいっていいって、ついに見付けたんだな、こいつを」

 

 そして闇風は、その縮こまる男の顔を見てこう断言した。

 

「間違いない、こいつだ」

 

 どうやらロザリアが連絡していたのは、唯一この男の顔を知る闇風だったようだ。

そして闇風にそう断言され、男はこれから二人に何かされるのかとビクッとした。

 

「そう怖がるなって、大人しく出すものを出せば何もしねえよ」

「お、お金なら無いです、すみません」

「いやいや、別にカツアゲしようってんじゃないから」

 

 闇風はその言葉を受け流し、ロザリアがその後を受けてこう言った。

 

「ねぇあなた、名前は?」

「サ、サクリファイス」

「え、それって生贄って意味よね?趣味が悪いわね、まあいいわ。

あなた、私を監禁した時に、動画を撮影していたわよね?それをこちらに提供して欲しいの」

「な、何でその事を!?」

「お前がぶつぶつ言ってるのを俺が聞いた」

「まじかよ……」

 

 サクリファイスは呆然とそう呟いた。

 

「で、でもそれは……」

「大丈夫よ、あなたに迷惑は掛けないって約束するわ。

もう戦争は終わったんだし、あなたが直接私を傷付けた訳じゃないから。

まあ黙って見てた事にはちょっとムカつくけど、個人的には恨みは無いわ。

むしろ私達が知りたいのは、あの時私を傷付けた人物、

もしかしたらこの前の戦争の黒幕だったかもしれない人物だけだから」

「あ、ああ、そういう事か……」

「だからネットとかに公開もするつもりはないし、ただ分析してみたいだけ。

どう?動画を私達に提供してくれないかしら」

「駄目って言ったらどうするんだ?」

「あら、言うの?」

「い、いや…………」

 

 サクリファイスは、BoBの申し込みに来た事を後悔していた。

どうせ申し込んでも勝ち進めるはずもないのだ。お祭り特有の空気に乗せられて、

ついでにもうほとぼりも冷めただろうと思ってログインしたが、

まさかまだ自分の事を覚えている者がいたとは予想外だった。

だがしかし、幸い相手は自分に対してそこまで怒っていないらしく、

顔を公開したりするつもりは無いらしい。

ならばここで素直に謝ってしまって、重荷になっていた過去を払拭してしまおう、

そう考えたサクリファイスは、黙ってコンソールを操作し、その動画をロザリアに送った。

 

「これでいいか?」

「ありがとう、これでもう私とあなたの間には何も遺恨は無しって事で」

「あ、ああ、助かるよ」

「ちなみにその人物の事、誰か分かる?」

「いや、顔を隠してたし、声も聞いた事のない奴だったな」

「そう……」

 

 それを聞いたロザリアは残念そうに目を伏せた。

 

「良かったなお前、十狼に狙われる事ももう無くなったな」

「!?…………だ、だな」

 

 闇風にそう言われたサクリファイスは、冷や汗を流しながらそう答えた。

 

「それじゃ、もうあの事件の事は忘れて、GGOを楽しんでね」

「お、おう、何か俺に聞きたい事があったらいつでも質問してくれていい、

それくらいの事はさせてもらう。とにかく見殺しみたいにして本当にすまなかった」

 

 サクリファイスは、まだわずかに罪悪感が残っていたのか、ロザリアにそう言った。

 

「ありがとう、何かあったら頼らせてもらうわね」

「あ、ああ」

「よし、それじゃあ鞍馬山に戻ろうぜ」

「そうね、そうしましょっか。それじゃあご機嫌よう」

「あ、ああ、ご機嫌よう」

 

 

 

 二人が去っていった後、サクリファイスはとりあえず馴染みにしている酒場へと向かった。

 

「ふう、なんか肩の荷が下りたな……」

 

 サクリファイスは、これでやっと何にも怯えずに普通にGGOをプレイ出来ると思い、

何となく開放感を感じていた。

周りを見ると、他のプレイヤー達からは、戦争のせの字も感じられず、

皆まったく普通にGGOを楽しんでいるように見えた。

 

「俺が考えすぎてたのかな……」

 

 サクリファイスはそう思い、

少し臆病すぎたかとしばらくログインしなかった事を少し後悔した。

 

「えっと、違うけど、まあシャナ様相手の時はそれでも……」

 

 その耳に、突然シャナの名前が飛び込んできた為、サクリファイスはビクッとした。

やはりシャナの名前を聞くと、恐怖からどうしても身構えてしまうようだ。

 

「イクスは本当にあいつの事が好きなのね」

「うん」

「どこが好きなの?」

「……全部」

 

 その会話の主をなんとなく眺めたサクリファイスは、少し驚いた。

 

(あれはゼクシードの仲間のユッコとハルカ?で、一緒にいるのがシャナの側近の銃士X?)

 

 その珍しい組み合わせに、サクリファイスは、もう戦争は終わったんだと本当に実感した。

 

「そっか、そっか……」

 

 サクリファイスは安心し、心の底から開放感を覚えた。

その時突然酒場が静かになり、サクリファイスは何事かと思って顔を上げた。

そんなサクリファイスの額に銃口が向けられているのを見て、サクリファイスは硬直した。

そしてその銃口を向けている男は、酒場中に高らかにこう宣言した。

 

「俺の名は『死銃(デス・ガン)』お前はあの戦争で許されざる罪を犯した。

今こそ真なる力による裁きを受けるがいい」

 

 そう言って死銃を名乗る男は、サクリファイスの額目掛けて発砲した。

だがここは街の中である。若干の衝撃はあるが、当然ダメージは入らない。

それを証明するかのように、サクリファイスの額の銃痕が、波打つように消えた。

だが次の瞬間、サクリファイスは突然胸に苦しさを覚え、その場でのたうち回った。

 

「ごめんな……」

 

 それは誰に向けた言葉だったのかは分からないが、

その言葉を最後にサクリファイスのいた場所には、『DISCONNECTION』

の文字が表示され、酒場の客達が気が付くと、死銃を名乗る男の姿も消えていた。

 

「ちょ、ちょっと、今の何?」

「分からない、分からないけど」

「……私、シャナ様に報告してくる」

「うん、それがいいね、それじゃ、また」

「気を付けてね」

「うん、また」

 

 銃士Xはそう言って、二人に見送られて鞍馬山へと向かった。

そこで銃士Xはその場にいたロザリアにその事を報告し、

そのままシャナに報告すると言ってログアウトしていった。

だがロザリアは、その人物とサクリファイスが同一人物だと知る事は無かった。

一応動画もアップされはしたのだが、その動画にはサクリファイスの顔は映っておらず、

ただ死銃の姿だけがクローズアップされているばかりだったからだ。

その為シャナの対応も後手に回る事になったのだが、これは仕方ないだろう。

 

 

 

 その日の夜、凡田平という人物が、アミュスフィアを被ったまま、

自宅アパートで死んでいるのが発見された。

最近ゲームをしたまま死ぬ者の数は増加傾向にあり、警察も型通りの調査しかせず、

検視医も一通り司法解剖をしはしたが、薬物等が使用されたとは夢にも思わず、

血液検査もそこまで精密な物ではなかった為、

特に他の者が関与する証拠も出て来ず、彼の死は事故として処理された。

 

 ラフィンコフィンは止まらない。



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第391話 ゼクシードの消息

何か調子よく書けてるので、このまま今日二話目を投稿しちゃいますね!

**本日二話目です、ご注意下さい!**


「兄さん、今回は上手くやれたと思うんだけど」

「そうだな、きっちりと死亡まで確認したか?」

「うん」

「ゼクシードは意識不明のままになると思うから良かったものの、

完全に失敗していたら、お前も始末しなきゃいけない所だったぞ」

「う、うん、反省してる」

 

 恭二はそれを冗談だと思ってそう答えたが、昌一は本気だった。

 

「しかし中途半端に死ななかったせいで、逆に薬の事がバレるかもしれないな」

「そのルートから俺達が割り出される可能性はゼロじゃないよな」

「まあ父さんは間違いなく薬が盗まれたって事を隠すよね」

「まああいつは自分だけが大事な男だからな」

 

 そして昌一は、こう付け加えた。

 

「当面は大丈夫だろ、警察が介入してないみたいだからな」

「でも今の科学調査って凄いんだろ?

もし捜査された場合、侵入の形跡はどのくらい残ってるんだろうな?」

「極力残さないようにしたし、何も取ったりしなかったけど、

本腰を入れて調査されたら多分色々出てきちゃうんじゃないかな」

「まあしかし、俺達に前科がある訳じゃないし、そこから身元を特定するのは不可能だろ、

近くに監視カメラの類も一切無かったし、目撃者もいないはずだからな」

 

 恭二はゼクシードこと茂村保の件で大きな失敗をした。

服の生地が意外と厚めだった事もあり、慌てていたせいで、

体内に入った薬の量が致死量に達してはいなかったのだ。

だがそれでもかなりの量が体内に注入され、保は意識不明の重体に陥った。

だが逆にそのせいで、いまだに警察は介入していない。

家主が身内だった事もあり、一応地元では名士と言われる家柄だった為、

保の両親は、やっかい者である保を知り合いの病院に入院させ、

ゲームのやりすぎで倒れたなどという醜聞が広まる事を恐れ、

保の病状をひた隠しにしていた。もちろん警察に届けるなど論外だ。

恭二達はその事を知らないが、保が生きている事、警察が介入していない事は把握していた。

警察が介入していない事は、いつになっても部屋に警察が訪れない事で気が付いた。

そしてゼクシードの本名が茂村保だと知っていた為、

運ばれた病院の病棟をしらみつぶしに回り、

入院用の病棟の部屋にかかっている名前を全てチェックしたのだった。

そこで茂村保の名前を見付けた恭二は、自分が死亡確認をしなかったせいだと落胆した。

ちなみに病状は、アパートの管理人の会話を盗み聞きして発覚した。

もっと慎重に行動していれば、そしてあんなメモを見付けなければ、

恭二はそう思い、次の殺しの時期を早める事を昌一と敦に懇願し、

自ら殺す役を買って出たのだ。それから恭二は変わった。

法を犯す事に積極的になり、自ら追加の薬を父の病院まで取りに行き、

兄に見放されないように、とにかく自分は使える男だとアピールする努力を欠かさなかった。

あのメモの事は確かに驚きだったが、その事は既に恭二の頭から消えていた。

それは張り込んだ甲斐があり、詩乃の家の場所を見つけ出す事に成功したからだった。

恭二は盗聴器を設置する事も考えたが、それはさすがにリスクが大きいと考え断念した。

代わりに恭二は、詩乃の後をよく付けまわすようになった。

詩乃はまだその事には気付いていないが、

恭二の魔の手は、確実に一歩一歩詩乃に近付いていた。

 

「さて、残りの二人……いや、三人はどうする?」

「三人ともBoBの最中でいいんじゃないかな、

ギャレットとペイルライダーの家はすぐ近くだったしね」

「シノンの所は恭二が行くって事でいいな?」

「うん、あそこの鍵は開けられないタイプだったけど、僕が直接行けば開けてくれるでしょ」

「……そうか」

「うん!」

 

 こうなると、例えゲームの中で黒星の銃弾を撃ち込めなくとも、恭二は止まらないだろう。

それは二人の美意識に反する行為なのだ。だが今殺す訳にはいかない。

やるならゲームの中でなくてはならないのだ。

こうして二人は、事が起こった直後にゲーム内でPKとして恭二を始末する事を決断した。

直接訪ねるとなればリスクも高いだろうし、

最悪近くの住人が揉める気配を察して駆け付けてくる可能性もある。

その場で逮捕とかいう事にならなければ恭二を殺すのは簡単なのだ。

こうして恭二はこの段階で、昌一と敦にも見捨てられた。

 

 

 

 菊岡誠二郎は、とある通報を目にし、非常に悩んでいた。

 

「これ……どう考えてもありえないよなぁ……

ゲーム内で銃を撃って、それで現実に人を殺す?やっぱりありえないよね……

どうするかなぁ、一応調査はしないといけないと思うけど……」

 

 菊岡はそう考えつつも、一応専門家と言われる人達に意見を聞き、

それはどう考えても不可能だという結論に達していた。

 

「やっぱり無理かぁ、こうなったら視点を変えて、ゲーマーに意見を聞いてみるか。

こういう事で頼りになるのは八幡君と和人君だと思うけど、八幡君は今回はなぁ……」

 

 菊岡は、八幡に関して調査したらしき資料をぽんと机の上に置きながら呟いた。

その資料には、ちらりとシャナという文字が書いてあった。

 

「相談の流れで調査ってなったとして、今の八幡君だと名前が売れすぎてるんだよね……

とりあえずここは、和人君にお願いしてみようかな、危険は無いと思うけど、

サポート体制だけは完璧にしてっと……まあもう一部準備はしてあるけどね」

 

 そして菊岡は、和人に電話を掛けた。

 

「はい、桐ヶ谷です、菊岡さん、どうしました?」

「あ、和人君?ちょっと相談したい事があるんだけど、出てこれないかな?

もちろんちょっと奮発して奢るからさ、頼むよ」

「別にいいですけど、またバイトか何かですか?」

「多分そうなると思う。今回はバイト代もかなり奮発するよ」

「直ぐ行きます!」

 

 こうして菊岡に呼び出された和人は、店に入ると菊岡の姿を見付け、その前に座った。

 

「ごめんね、わざわざ来てもらっちゃって」

「いえ、別にいいですけど」

「まあとりあえず何でも好きな物を頼んじゃってよ、さっき言った通り奢るからさ」

「それじゃあ遠慮なく」

 

 そう言ってメニューを開いた和人は、その値段に仰天した。

 

「ほ、本当に遠慮しなくていいんですか?」

「うん、別に構わないよ」

「よ、よし……」

 

 そう言って和人は、真剣にメニューを眺めたが、結局コーヒーとパフェを一つ頼んだ。

本当はもっと頼みたかったが、やはりまったく遠慮しない訳にはいかなかったようだ。

 

「で、今日は何の用事ですか?」

「うん、実はね……」

 

 そして菊岡は、和人に今回の事件について説明した。

和人は黙ってそれを聞き、ゲーマーらしい視点で色々と無茶な事を言ってみたが、

どう考えてもそれらは全て実現性が皆無なものばかりだった。

 

「……やっぱり無理だよね?」

「ええ、無理だと思います、絶対に」

「だよね……参ったな、ただ色々な人に話を聞いて、無理ですって言うだけじゃ、

絶対に上司が納得してくれないんだよね……」

「つまり、実際にその死銃って奴に、銃で撃たれてみないと駄目って事ですよね?」

「だねぇ……ねぇ和人君、このバイト、頼んでもいい?」

「バイトってそれですか!?」

 

 和人は驚いてそう言った。さすがの和人も、そんなバイトはしたくなかった。

 

「そうなんだよね……絶対に安全は保証するから、お願い!」

「保証って、実際どんな感じになるんですか?」

「先ずログインは政府の施設からしてもらう。そして常にゲーム内の状況をモニターし、

その銃弾で撃たれた瞬間に回線を切って、結果を見てみる。

まあもっとも今話した通り、どうやっても何か影響があるなんて事はありえないんだけどね」

「まあ自分でもそう言いましたし、それはそうなんですけどね」

「で、今回は時給とかじゃなく、受けてもらったら十五万、成功報酬として十五万でどう?」

「まじですか……それだけあればあれもこれも買えるな……」

「期限は調査次第だけど、長くて二週間くらいでその金額を予定してるよ。

もしそれ以上に伸びたらまた二週間で同じ金額を出す、どうだい?」

「是非お願いします」

 

 和人はそう言いながら、菊岡に手を差し出した。

 

「オーケー、交渉成立だね、準備が出来たら連絡するから、それまで待っててね」

「あ、一つだけ、ゲーム内の様子をモニターするって……」

「あ、それはね、もうソレイユに協力を依頼済なのさ。

知ってるかな?アキバにある、メイクイーン・ニャンニャンっていうメイド喫茶にさ、

そのソレイユのテスト機が置いてあるんだよね」

「まじですか、でも何でメイド喫茶……」

「あ、何でもそこの店長さんが、アキバの顔役らしくてさ、

なんと高校生の女の子らしいんだけど、それでそこに決めたらしいよ」

「まじですか、八幡の奴、内緒にしてやがったな……」

「まあそんな訳で、正式に準備が出来たら連絡するから、お願いね」

「分かりました」

 

 和人はこうして菊岡と分かれると、その足でアキバへと向かい、

メイクイーン・ニャンニャンへと足を踏み入れた。

 

「お帰りニャさいませ、ご主人様」

「あ、ど、ども」

 

 和人は勢いで来てしまったものの、こういう所に来るのは初めてだった為、

どうすればいいか分からなかった。

丁度その時、和人の横を一人の少女が駆け抜けた。

 

「それじゃフェイリスさん、私は八幡と約束があるから」

「クーニャン、またなのニャ」

 

(八幡?今八幡って言ったか!?やっぱり隠してやがったな、羨ましい……

いやいや、羨ましくなんかない、ないったらない)

 

 和人はそう考え、ストレートにフェイリスに質問をぶつけた。

 

「あの、ここにソレイユ製の、

実際にゲームをプレイしている所が見られるマシンがあるって聞いたんですが」

「ニャニャっ、お客様もゲーマーなのかニャ?」

「あ、はい、一応」

「むむっ、凄いオーラだと思ってフェイリスが担当する事にしたけど、

やっぱり正解だったみたいニャ、でもごめんなのニャ、

あの機械は、何かえらい人が使いたいって事で、今日一時的にそっちに移動したのニャ」

 

(うお、菊岡さんさすが手配が早いな……)

 

「そうですか、残念です」

「どうしますかニャ?また後日いらっしゃいますかニャ?」

「いや、せっかくだから何か軽い物でも注文していきます」

「ありがとですニャ、それじゃあこちらへどうぞニャ」

 

(う~ん、ずっとニャーニャー言ってるけど、それが普通に聞こえてくるから不思議だ)

 

 そして和人は、何も考えずにオムライスと、食後にコーヒーを注文した。

しばらくしてオムライスが運ばれてくると、フェイリスは和人にこう尋ねた。

 

「ケチャップで何かお書きしますかニャ?」

「え?あ、ああ~!えっと……お、お任せで」

「分かりましたニャ!」

 

 そしてフェイリスは、定番の言葉を和人のオムライスに書き始めた。

そこには当然『世界がやばい!』と書いてあった。

 

「どうですかニャ?」

「あ、あは……」

 

 和人はその言葉を見て苦笑する事しか出来なかった。

 

(こういう場所に来るのは初めてだけど、何か凄いな……)

 

 そして和人はオムライスを一口食べ、思わずこう言った。

 

「う、美味い……」

 

 それを見たフェイリスは、戦士にも休息は必要なのニャと一人頷いていた。

 

 

 

 オムライスを食べ終わった頃、和人は一人の男がフェイリスに話し掛けているの目撃した。。

 

「フェイリス、ダルがこっちに来ていないか?」

「あ、今日はダルにゃんは、八幡のところだニャ」

 

 それを聞いた和人は思わず咳き込んだ。

 

(また八幡の名前が……もしかして常連なのか?

これは明日奈にチクらねばいけない案件だな)

 

「なるほど、じゃあクリスティーナは?」

「クーニャンも八幡の所らしいんだけど、今日は明日ニャンの所に泊まるって言ってたニャ」

 

 その言葉に、和人は再び咳き込んだ。

 

(まじかよ、明日奈もここに通ってんのか?しかも泊まるくらい仲がいいのか?)

 

「なるほどな、それじゃあ今度また出直してくる、ありがとうな、フェイリス」

「どういたしましてニャ、またね、凶真」

 

 そしてフェイリスは、心配そうな顔で和人の所に歩いてきた。

 

「お客様、大丈夫ですかニャ?」

「あ、うん、大丈夫、とりあえずコーヒーをお願いします」

「かしこまりましたニャ」

 

 そしてフェイリスは、コーヒーを運んできた後に和人にこう尋ねた。

 

「砂糖とミルクはどうしますかニャ?」

「あ、それじゃあ一つずつで」

「はいニャ」

 

 そしてフェイリスの必殺技、『目を見てまぜまぜ』が発動した。

和人はフェイリスが、自分の目をじっと見つめながら「まぜまぜ、まぜまぜ」

と呟いている事に赤面した。和人はそれを誤魔化す為に、フェイリスにこう尋ねた。

 

「あの、さっき八幡って名前を……」

「ん、何の事ですかニャ?気のせいだと思うのニャ」

「え、だって八幡の名前を二度も……」

「多分幻聴ニャ、お客様は疲れているのニャ、うちでリラックスしていってニャ」

 

 そう言ってフェイリスは、笑顔で和人に微笑んだ。

 

(どういう事だよ、もう訳がわからないよ)

 

 和人は混乱したが、それはそうだろう、

フェイリスはお客様の情報を決して漏らしたりはしないのだ。

何故ならそれは、彼女がプロ中のプロだからである。

そして和人はそろそろ帰る事にし、席を立った。

 

「ごちそうさまでした」

「ありがとニャ、もし良かったら、今度は是非八幡と一緒に来てニャ」

「えっ?」

 

 フェイリスはそのまま何も言わず、和人を見送った。

和人は外に出た後、今の言葉の意味を考えた。

 

「もしかして、例え八幡と知り合いだろうとしても、

それが確定するまでは自分は何も言えないって事なのかな、プロだな……」

 

 そして和人は、今度は八幡に連れてきてもらおうと思い、家に帰る事にした。

だがこの後和人はバイトで忙しくなり、それが果たされたのは事件が全て終わった後だった。

ちなみに和人とフェイリスの再会は、それよりも少し前、

ヴァルハラ・ガーデン内での事となる。



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第392話 されどまだ日常は続く

昨日の夕方にもう一話投稿してあります、ご注意下さい!
ちょっと暗い話が続いたので、この辺りでゆるい話を書きたくなりました!

** GWですし、今日も18時にもう1話投稿します **


「あ?すまん、もう一回頼む」

「あ、はい、それじゃあもう一度……」

 

 クルスはソレイユに向かい、直接八幡にさっき体験した出来事の説明をしていた。

電話でもいいのではないかと思うのは至極当たり前の考えであるが、

それは単純に、クルスが八幡に会いたかっただけなのである。

この辺り、『八幡相手には肉食系』を実践しているとも言える。

まあこのくらいで肉食系とか言っていたら、例えばミサキ辺りは鼻で笑う事だろう。

 

「…………意味が分からないな、いや、分かるんだが」

「…………ですよね」

「ゲームの中でプレイヤーが銃で撃たれたら回線落ちしたって事だよな?

でももしそんなバグが存在するなら、他でも絶対に起こってるよな、それ」

「ですね……」

 

 クルスは、こんな事は八幡に報告するような事じゃなかったかもと一瞬考えた。

そんなクルスの考えを察したのか、八幡はクルスの頭を撫でながら言った。

 

「まだどういう事なのかは分からないが、知っているのと知らないのでは雲泥の差がある。

よく報告してくれたな、マックス」

「は、はい」

 

 クルスは頭を撫でられ、嬉しそうに目を細めながら言った。

そんな二人に横から声が掛かった。

 

「ちょっとちょっと、わざわざ私の横でやるとか、ウケないんだけど」

「おっと、悪い折本、もしあれならお前の頭も撫でてやろうか?」

「えっ?」

 

 その言葉が示す通り、そこは受付の隣であった。八幡がかおりに挨拶をし、

上の階に向かおうとした矢先にクルスに呼び止められた為である。

そして八幡がかおりにそう言った瞬間に、

たまたま周りにいた女子社員達から羨望の視線がかおりに集まった。

 

「えっ?えっ?」

 

 かおりはきょろきょろと周囲に目をやり、その事に気付くと、

どうしようかと頭を悩ませ始めた。

 

「う、う~ん、ここで便乗して頭を撫でてもらうのはどうなの?アリ?ナシ?」

「お~い折本、冗談だからな~?」

「私的にはアリね、でもこの視線……新入社員の私としては、

やっぱり先輩達との関係には気を遣う訳で……」

「どうした?俺達はそろそろ上に行くぞ、お~い」

「あ、でも千佳も言ってたっけ、私はそういう所がドライすぎるって、

そのせいで人生最大のチャンスを中学生の時に棒に振ったんだし……」

「まあいいや、行くぞマックス」

「あ、はい」

「そうよそうよ、こういう時は全力でその言葉にしがみつかないと駄目なのよ、

例え冗談でも本当に変えてしまうくらいのパワーが、今の私には必要、アリね、アリだわ」

 

 そしてかおりは、ぐわっと顔を上げてこう言った。

 

「是非お願いします!」

 

 だがその時にはもう、八幡とクルスはエレベーターで上の階に向かった後であり、

その場には二人はもういなかった。

かおりはその事に気付いてガックリと肩を落とし、隣に座っていた同僚の他に、

周囲に残っていた女子社員達がかおりの下に駆け寄り、口々にかおりを慰め始めた。

 

「かおりちゃん、ドンマイ」

「今度はそのチャンスを逃さないようにね」

「迷ったら負けよ、いい?忘れちゃだめよ、迷ったら負け!」

「は、はひ……」

 

 かおりは盛大に顔を赤くしながら慰められ続けた。

そんな場面に通りかかった薔薇は、何事かと思いながらもその横を通り過ぎ、

秘書室へと向かう為にエレベーターの中に入った。

そして階数のボタンを押そうとした薔薇の視界が急に暗くなった。

 

「す、すみません、乗りまぁす!」

「あら、ダル君じゃない」

「あ、薔薇さん、お久しぶりだお」

 

 視界が暗くなったのはダルの巨体のせいだったようだ。

 

「今日は開発室?」

「うん、これでも僕は受けた仕事に対しては真面目だからね」

「そう、頑張ってね」

 

 そして薔薇は秘書室の扉を開け、中に八幡がいたので少し驚きながら言った。

 

「あれ、八幡来てたんだ」

「おっ、八幡?」

 

 その声で誰がいるのか分かったのか、八幡は扉の向こうから声を掛けてきた。

 

「お、小猫とダルか、俺は今日は紅莉栖を眠りの森に案内する為にここで待ち合わせなんだ」

「あ、そうだったのね」

「そうだマックス、せっかくのこの機会に、ダルにさっきの事を聞いてみるか?」

「それはいいかもですね」

「ついでにアルゴとイヴも呼ぶか」

「あ、それじゃあ私、呼んできますね」

「おう、頼むわ」

 

 そして秘書室に、八幡、小猫、クルス、アルゴ、イヴ、ダルの六人が集まった。

 

「ハー坊、何かあったのカ?」

「それがな、今日GGOでこんな事があったらしい。クルス、説明してくれ

 

 そしてクルスの説明を聞いた一同は、難しい顔をして黙り込んだ。

 

「で、どう思う?プレイヤーが中から何かをやって、

他のプレイヤーを回線落ちさせる事って可能だと思うか?」

「うん、無理だナ」

「無理だと思います」

「どう考えても無理だお」

「やっぱりそうか……」

 

 八幡はその言葉に頷いた。

 

「そもそも縛りがきつすぎるお、ゲームの中にPCの端末か何かが伸びてて、

外部に干渉出来るならまだしも、ただ銃で撃つだけじゃちょっとね」

「だよな……」

「他にそんな例は無いの?」

「今のところは確認されてないな……」

 

 ゼクシードの時の死銃の件に関しては、

一人だけ音声のみをアップロードしていた者がいた。

だがそのタイトルは『座談会の時の出来事、音声のみ』だけであり、

説明書きも無かった為、まったく拡散していないのが現状だった。

 

「そもそもアミュスフィアに外部から簡単にアクセスなんか出来ないお、ね、アルゴ氏」

「ああ、あれはああ見えてナーヴギアと同じくらいセキュリティだけは凄まじいんだよ、

もし素人……かどうかは分からないが、簡単にアクセス出来て中をいじれるようなら、

そもそもオレっちやハー坊や他の皆は、あっさりとあそこから脱出出来ていたはずダ」

「そう言われると確かにそうだな」

 

 八幡はそう呟くと、とりあえずこの件に関しては一時棚上げする事にした。

 

「まあ他の事例や実際の詳しい映像でも無い限り、検証は無理だな」

「あっ、それならもう動画とかアップされてるんじゃね?

ちょっとそこのPCで調べてみるお」

「お、確かにそうだな、すまんダル、頼むわ」

「任されよ!」

 

 そして直ぐにダルはその動画を見付け、秘書室のモニターにそれを映し出した。

 

「被害者の姿が見えないな」

「まあ仕方ないっしょ、犯人の姿が見えるだけでも御の字だと思われ」

「ふむ……小猫、こいつに見覚えは?」

「ここまで色々隠されるとちょっと判別が付かないわね」

「そうか……しかしこの雰囲気は……」

「ラフコフの誰か?」

「モニター越しだと何ともだが、赤目のザザに似ている気もするな」

 

 八幡は一応そう言ったが、まったく確証は無い。

 

「どうだ?」

 

 直後に八幡はアルゴ達にそう尋ねたが、三人とも首を振るだけだった。

 

「何もしてないと思うゾ」

「ですね」

「こんなんで何か出来るなら、こちとら商売あがったりだお」

「そうか……じゃあやっぱりこの件に関しては保留するしかないな」

「まあ少なくとも単独じゃ絶対無理だお、銃で撃つ担当と何かの細工をする人、

複数いないと絶対に成り立たない事象だお」

「何か……か」

 

 それが何なのか八幡には分からない、しかし八幡は、悪い予感を抑える事が出来なかった。

こういう時の予感は、得てして当たるものだ。

 

「まあいいや、今日はわざわざこっちに来てもらってありがとうな。

また何か分かったら相談すんわ」

 

 こうしてその場は解散となり、薔薇はついでとばかりに八幡に話し掛けた。

 

「そういえばついに見付けたわ、私が攫われた時の監視役」

「お、そうか、で、動画は手に入ったのか?」

「ええ、バッチリよ、今から詳しく調べる所」

「そうか」

「でも本人に聞いても、完全に顔を隠してたって言ってたし、

黒幕の正体を探るのは期待薄かも」

「なら試しにそいつの声紋と、さっきの死銃とかいう奴の声紋を比べてもらってくれ」

「……分かったわ、頼んでみる」

 

 八幡はそれだけ伝えると、クルスと共に部屋を出ていった。

 

「さて、俺は用事で待ち合わせの後に出かけるが、マックスはどうする?」

「あ、私は雪乃と杏と待ち合わせがあるので学校に戻ります」

「そうか、二人によろしくな」

「はい!」

 

 そう言って八幡はクルスを見送ると、なんとなく受付に戻ってみた。

そんな八幡の姿を見付けたかおりは、顔を赤くして八幡に詰め寄った。

 

「ちょっと、何で急にいなくなってるのよ!」

「いや、俺は何度もお前にそろそろ行くぞって言ったからな」

「ぐぬぬ……」

「ぐぬぬってお前な……どこでそんな言葉覚えたんだ」

 

 八幡は呆れたようにそう言い、かおりは言葉を返せずぐぬぬ状態のまま八幡を睨んでいた。

丁度そこに、こっちでバイトをするつもりなのだろう、詩乃が通りかかった。

 

「あれ、修羅場中?」

「お前いきなり何言ってるんだよ……」

 

 詩乃にいきなりそう言われ、八幡は渋い顔をした。

 

「俺は今、人を待っている最中だ」

「そう、しかしそろそろ暑くなってきたわね、喉が渇いて仕方ないわ」

「そういやそうだな、何か飲むか?」

「私はまあバイト中にタダで飲めるけど、せっかくだから奢ってもらおうかしら」

「それじゃあ上に行くか」

「オーケー」

「それじゃあかおり、またな」

「あ、ちょっと!」

「かおりさん、また後でね」

「あ、うん、またね詩乃ちゃん」

 

 そんな二人の背中を見送りながら、かおりはぼそりと呟いた。

 

「やるなぁ、でも昔の私もあんな感じだったはず、やっぱり年はとりたくないわ……」

 

 

 

「で、バイトにはもう慣れたか?」

「うん、私にもこんな動きが出来るんだなってちょっとびっくりする事もあるわね」

「まあその調子でどんどん強くなってくれ、第三回BoBでは手加減しないけどな」

「ふふん、前回の準優勝者として受けてたつわ」

「ちっ、「調子に乗んな」」

「ん?」

「あっ……」

 

 八幡は、自分の声がハモって聞こえた気がした為、首を傾げながら声のした方を見た。

そこには詩乃のバッグが置いてあるだけだったが、その中から小さな手が出ており、

その手は八幡の袖を掴んでいた。それを見た詩乃がやばいという顔をした為、

八幡はそれが何なのかハッキリ理解した。

 

「…………おい」

「おう、何だ俺」

「何でお前がここにいる」

「もちろん詩乃に連れられてきたんだよ」

 

 そう言われた八幡は、詩乃をジト目で睨んだ。

 

「…………おい詩乃」

「や、ち、違うの、はちまんくんには説明しなかっただけで、

メンテナンスの為に連れてきただけなの」

「メンテ?まあそれならいいが、本当だろうな」

「うん、本当だって、はちまんくんを外に連れ出すなんて、本当にたまにしか……ああっ!」

「たまに……な」

「え、えっと……」

 

 そこに救世主が現れた、ダルと紅莉栖である。

 

「あ、やっぱりここにいたんだ八幡、牧瀬氏を案内してきたお、まあついでなんだけどね」

「おう、ダルと紅莉栖か、でもついでって何のだ?」

「はちまんくんのメンテなのだぜ?」

「ああ……」

 

 その思わぬ助けを受け、詩乃は一気に攻勢に転じた。

 

「ほ、ほら、本当だったでしょう?」

「お、おう、疑って悪かったな」

「本当に悪いと思うなら、それなりの誠意を見せなさい!」

「え?あ、お、おう、考えとくわ」

「絶対よ、絶対だからね!」

「わ、分かった……」

 

 

 詩乃は自分がはちまんくんをたまに外に連れ出していた事を誤魔化す為に、

押して押して押しまくった。八幡はまんまとそれに乗っかり、つい頷いてしまった。

それを見たダルは、憤慨したように言った。

 

「僕の前で逆ナンとか、これってどんな罰ゲーム?リア充爆発しろ!」

「それじゃあ私はバイトだから、ダルさん、この子をお願いね」

「うん、任されたお!」

「お前やっぱり変わり身早いよな……」

 

 そんな一連の遣り取りを目にした紅莉栖は、くすくす笑いながら言った。

 

「あんたってやっぱり押しに弱いのね」

「な、何だよ、自覚してますが何か?」

「子供か」

「これでもお前と違って立派な成人ですが何か?」

「はぁ……まあいいわ、それじゃあ早速行きましょっか、その眠りの森って所に」

「おう、そうだな」

 

 そして紅莉栖は、はちまんくんを横目で見ながら言った。

 

「で、橋田、その目付きの悪い人形は何?」

「目付きが悪いとは失礼だな、俺ははちまんくんだ、

お前の事は、前回のメンテの時に凶真から聞いたぞ、実験大好き変態天才少女め」

「なっ…………」

 

 紅莉栖はいきなりはちまんくんがそう言った為、絶句した。

だがその理由はいきなり失礼な事を言われたからではなく、怒ったからでも無い。

紅莉栖は目を輝かせると、いきなりダルからはちまんくんを奪い取った。

 

「ちょ、ちょっと八幡、これってもしかして、アマデウスみたいなものじゃないの?」

「ん、あ、おう、違うぞ」

「え?だって……」

「こいつは俺と記憶を共有してはいない、あくまで他人の目から見た俺だ。

俺が言ってる事は分かるか?」

「……つまり、こういう時にこういう反応をするっていうパターンと、

作った人の知る限りの八幡のエピソードから構成されてるって事?」

「理解が早すぎてちょっと引くわ……まあ使ってるAIは茅場製だけどな」

「なるほど……」

 

 紅莉栖はそう言うと、興味深そうにはちまんくんに話し掛けた。

 

「あなたと八幡の違いって何?」

「そうだな、俺の方があいつよりも素直な分いい男だな」

「例えばどんな風に?」

「ふふん、俺はあいつがやりたくてもやれない事を平気で出来る、例えばこんな風にだ」

 

 そう言ってはちまんくんは、いきなり紅莉栖の胸に顔を埋めた。

 

「なっ、ななななな何すんのよ八幡!」

「俺じゃねえから……作った奴のせいだから」

 

 八幡は、紅莉栖にそう苦情を言った。

紅莉栖ははちまんくんをあっさりと持ち上げると、感心したように言った。

 

「でも凄いわこれ、これがアマデウスだって発表しても、信じてもらえるレベルかも」

「これじゃねえ、はちまんくんだ、栗悟飯とカメハメ波」

「うわ、その反応、凄くいい!」

「ん、何だそれ?」

「私の@ちゃんねるでのハンドルネームよ!そんなのはいいから!」

「お、おう……」

 

 紅莉栖は興奮のあまり、自分が何を言ったのか気付かないままそう言った。

そんな紅莉栖を見て、はちまんくんはやれやれというゼスチャーをした。

 

「お前も詩乃も、俺の事が好きすぎなんだよ」

「詩乃?詩乃って?」

「さっきいただろ、俺のマスターだ」

「あ、さっきここにいた子ね」

「言っておくが、お前と同い年だからな」

「あ、そうなんだ」

「牧瀬氏、そろそろいい?その子のメンテナンスをしないとなんだお」

「あ、ごめんなさい、つい興奮しちゃって」

 

 そう言って紅莉栖は、大人しくはちまんくんをダルに手渡した。

 

「それじゃあ行きましょうか」

「もういいのか?」

「ええ、詩乃と仲良くなって、今度詩乃の家に遊びにいく事にするわ。今度連れてって」

「え、まじかよ……お前どっちかっていうと人見知りじゃないのか?」

「う……た、多分大丈夫よ、私もそれなりに鍛えられてきたんだから」

「それじゃあ交換条件だ、詩乃に数学とか物理の勉強を教えてやってくれ、

あいつこの前赤点ギリギリだったらしくてな」

「それくらいは別にいいわよ、任せて」

 

 こうして詩乃の知らぬところで詩乃の家庭教師が決まった。

そして八幡と紅莉栖は、キットで眠りの森へと向かった。




ちなみにはちまんくんが栗悟飯とカメハメ波という紅莉栖の恥ずかしいペンネームを知っていたのは、単純に前回のメンテの時に、ダルから雑談として聞いていた為です。
特に本文中で説明はしませんが!


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第393話 眠りの森のI&YOU

** 本日2話目になります、ご注意下さい **


 八幡と紅莉栖は、特に問題もなく眠りの森へと到着した。そんな二人を経子が出迎えた。

 

「八幡君、今日はわざわざありがとう」

「いえいえ、これも役目ですから。こちらは牧瀬紅莉栖、え~っと……実験大好き」

「はい、そこまで!」

 

 紅莉栖はそんな八幡の口をピシャリと塞いだ。

 

「今何を言おうとしたのかしら」

「す、すまん、適切な言葉が思いつかなくてな」

「そんなのいくらでもあるでしょう……」

「分かった、それじゃあ改めて、こちらは牧瀬紅莉栖、栗悟飯とカメハメ波です」

「いやあああああああああああ!」

 

 紅莉栖は突然そう絶叫し、経子はどう反応すればいいか分からず困った顔をした。

 

「な、ななな何でその名前を知っとる!」

「ん?さっき俺が尋ねた時お前自分で言ってたぞ、@ちゃんねるでのハンドルネームだって」

「そ、そんな事を私が!?」

「まあ後でお前のネットでの発言を調べておくわ、わざわざ教えてくれてありがとな」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、それは間違い、うん、間違いだから」

「研究者が嘘を言っていいのか?」

「う……」

 

 紅莉栖はそこで言いよどみ、そんな二人を見て経子はこう言った。

 

「二人とも、凄く仲がいいのね」

「わ、私は別に……まあ悪くはないと思いますが」

「俺は簡単です、こいつは俺に恋愛感情が無いから、一緒にいて凄く楽なんですよ、

いい意味で気を遣わなくていいというか、だから本当に紅莉栖には感謝しているんです」

 

 その八幡のベタ褒めっぷりに、紅莉栖は戸惑ったような表情をした。

 

「ちょっと八幡、あんた熱でもあるの?」

「おい、せっかくいい事を言ったのに、何だよその反応は」

「ふふっ、ごめんなさい、ちょっと意外だったから」

「何がだよ」

 

 そして紅莉栖は、八幡にこう断言した。

 

「あなたは他人に気なんか遣わない、天上天下唯我独尊男だと思ってたから」

「何言ってるんだよ、俺ほど細かく気を遣ってる男はいないぞ、ですよね?経子さん」

 

 そう話を振られた経子は、あっさりとそれに同意した。

 

「そうね、八幡君はこう見えて、凄く細やかに気を遣ってくれるわよ」

「そうなんですか?」

「ええ、多分一緒にいるうちに分かってくると思うわ」

「なるほど……それじゃあもっと長い目で見てみます」

「そうしてあげて」

 

 そして二人はメディキュボイドが設置されている部屋に案内された。

そこには二人の少女が横たわっており、八幡はその二人を心配そうに見つめた。

 

「アイとユウの調子はどうですか?」

「そうね、良くはないけど悪くもないって感じかしらね。

今は均衡していると言えるわ、もっといい薬が出来てくれれば、

あるいは完治出来ないまでも、普通に暮らせるようになると思うんだけど……」

 

 その声を聞いて、奥からめぐりがこちらに近付いてきた。

 

「八幡君!」

「あ、め……めぐりん」

「めぐりん!?」

 

 その言葉を聞きとがめた紅莉栖は、驚いた顔でめぐりに質問した。

 

「めぐりは八幡にそんな呼び方をされているの?」

「ううん、私がそう呼んでってお願いしたの。八幡君はまだ慣れないみたいだけどね」

「そうなんだ……」

「あなたがクリスティーナって呼ばれてるのと……あ、これはちょっと違うか」

 

 それを聞いた八幡は、ニヤニヤしながら言った。

 

「ティーナって言うな」

 

 それを聞いてめぐりは思わず噴き出した。

 

「八幡君、何それ?」

「凶真にそう言われる度に、紅莉栖がそう言ってるらしいんで、真似してみました」

「凶真?」

「あっとすみません、俺の友人です、そして紅莉栖の彼氏ですね」

 

 そう言われた紅莉栖は、顔を真っ赤にしてこう言った。

 

「な、な、な、何をおかしな事を言っておるか!」

「お前動揺しすぎだぞ……」

「ど、動揺なぞしとらんわ!」

「はいはい、それじゃあ仕事の話に移るか」

「あ、そ、そうね、そうしましょう」

 

 そして紅莉栖は、めぐりの案内で技術者に説明を受け始めた。

さすがは天才と言われているだけの事はあり、文字通り一を聞いて十を理解しているようだ。

 

「凄いわね、牧瀬さん」

「ですね、正直今まで俺が会った中で、一番優秀なんじゃないですかね、

姉さんや雪乃も凄いと思いますけど、あいつの才能は異能というべきか、

とにかく凄まじいものがあると思います」

「そこまでなのね」

「もしあいつの専門が医学だったらと思うと、少し残念な気もしますね、

もしそうなら、今頃こいつらの病気もなんとかなってたかもしれないのに……」

「凄く高い評価なのね」

「ええ、俺達とは根本的に違う気がします、明日奈とは別の意味で、

今俺が一番信頼している友達ですね」

「ふふっ、良かったわね、彼女と知り合えて」

「ええ、本当に」

 

 そんな紅莉栖は自分なりにシステムの事を理解し、内心で驚愕していた。

 

(何よこれ……私でも理解し難い部分が多いわね、茅場晶彦……どうしても会ってみたいわ)

 

 紅莉栖はその欲求が、日に日に強くなってくるのを感じた。

そこに凛子も到着し、紅莉栖は益々自分の知識欲を満たしていった。

 

「なるほど、そういう事ですか」

「ええ、でも凄いわあなた、その若さでそこまで理解してくれるなんて、

まるで晶彦の若い頃を見ているみたいよ」

「神代博士は……」

 

 そう言い掛けた紅莉栖に、凛子はにこやかに言った。

 

「凛子でいいわよ」

 

 どうやら凛子も紅莉栖を気に入ったようだ。

 

「それじゃあ凛子さんは、茅場晶彦と同級生だったんですか?」

「同じゼミ生だったというべきかしらね」

「どんな人だったんですか?」

「掴み所の無い人だったわ、そんな彼が唯一気に入ったのが、八幡君なのよ」

「そうなんですか」

 

 紅莉栖は八幡の方をチラリと見ながらそう言った。

 

(今夜はもっとSAOの話を聞いてみよう、出来れば三人で)

 

 紅莉栖は今日も明日奈の部屋に泊まる予定になっていた為、密かにそう考えた。

ついでに今日は時間がある為、明日奈が豪華な手料理を振舞ってくれる予定になっていた。

紅莉栖は話を聞く事に加え、その料理をとても楽しみにしているのだった。

 

「さて、それじゃあ俺はあいつらに会ってきます」

「あ、外からも話が出来るわよ」

「ここにもあれが設置されたんですか」

 

 八幡はそう言うと、見覚えのある機械を見付けてそちらに歩み寄った。

それを見た紅莉栖も、何となくそちらに歩み寄った。

そして八幡は中を呼び出し、直ぐに二人が画面の前に現れた。

 

「あっ、八幡だ!」

「八幡、来てくれたんだ」

「おう、今からそっちにインするからな、でも変な事を考えるんじゃないぞ、

いいか、絶対だぞ!特にアイな」

「ひどい……あの日の激しかった二人の情熱は何だったの?」

「お前、それどこから仕入れた知識だ?どうせまたネットで見たとかそういうんだろ、

相変わらずお前は耳年増なんだな」

「うぅ……久しぶりに会ったのにいきなりそれ?」

「お前はユウと違って油断ならないからな」

「もう、いいからさっさと来てよね、待ってたんだから」

「へいへい、今行くから待ってろよ」

 

 そして通信は切れ、紅莉栖は呆れた顔で八幡を見た。

 

「……何よ今の会話」

「あいつら、俺の愛人になるって言って聞かないんだよ、本当に困った奴らだよ」

「あ、愛人!?」

 

 紅莉栖は頬を染めながらそう言った。

 

「だからお前の存在が貴重なんだ、話す時に気を遣わなくていいからな」

「……それでも多少気は遣って欲しいんですけど?」

「いや、言い方が悪かった、そこらへんは大丈夫だ、それなりに気は遣う。

とにかくそういう事だから、ちょっと行ってくるわ」

「あ、ちょっと待って」

 

 そして紅莉栖は、メディキュボイドに横たわる二人の姿と、

先ほどモニターに映し出された二人の姿を比べながら言った。

 

「あの二人に伝えて、最初はアドバイスだけのつもりだったけど、

もっと積極的に私も関わるから、だからいつか一緒に街を歩きましょうって」

 

 それを聞いた八幡は、思わず紅莉栖の頭に手を乗せた。

 

「い、いきなり何ですか?」

 

 思わず紅莉栖も敬語になり、八幡にそう言った。

 

「必ず伝えるわ、本当にありがとな、紅莉栖」

 

 そう言いながら紅莉栖の頭を撫でる八幡の手を振り払う事も無く、紅莉栖は八幡に言った。

 

「べ、別にあんたの為じゃないわよ、あの子達の為だから!」

「そうだな、それじゃあ行ってくるわ」

「うん」

 

 そして八幡は、併設された部屋の端末から二人の下にログインした。

そしてそれを何となく見つめる紅莉栖に凛子が話し掛けた。

 

「彼とはまだ短い付き合いなのよね?どう?」

「不思議な人ですよね、彼」

「そうね」

 

 紅莉栖は最初にそう言った後、こう付け加えた。

 

「もちろん悪口じゃないですよ、彼と話すのはいい刺激になりますし、

こういう言い方はあれかもですが、パトロンとしては最高じゃないですかね」

「あら、その年でよく分かってるじゃない」

「まあ研究費の確保も楽じゃないのはよく分かるんで……」

 

 凛子はその言葉にうんうんと頷いた。

 

「その点では彼、最高よね、もっとも必ず成果を出す必要はあるけれど」

「逆に言えば、成果を出せる人間しか彼の下にはいられない、

でも成果さえ出せれば、環境的には最高、と」

「そうね、本当にここに来て良かったと思うわ。さて、そろそろ戻りましょうか、

是非忌憚ない意見を聞かせて欲しいわ」

「分かりました」

 

 

 

「アイ、ユウ、入るぞ」

「今おめかししてるから待って~」

「そうか、それじゃあ準備が出来たら呼んでくれ」

「もういいわよ」

「ん、早いな」

「あっ、ちょっとアイ!」

 

 そしてアイが自ら部屋の扉を開けた。そっと部屋の中を覗き込んだ八幡の目に、

二人の裸体が飛び込んできた為、八幡は慌てて扉を閉め、外からアイに声を掛けた。

 

「アイ、お遊びが過ぎるぞ!」

「チッ、捕まえ損ねた」

「チッ、じゃねえよ!毎回毎回いい加減にしろ」

「はぁい」

 

 そして数分後、再びアイから声が掛かった。

 

「それじゃあどうぞ」

「おう、信じてるからな」

「毎回信じて欲しいわ」

「お前が言うな」

 

 八幡はそう言うと、再び扉を開けて中に入った。

そこには総武高校の制服を着た二人の姿があり、八幡は意表を突かれた。

 

「お?どうしたんだ?それ」

「めぐりんに実物を着てもらって、それを参考に自分達でデザインしたの」

「だから微妙に実物と違ってるかも」

「う~ん、俺には分からないが」

「具体的には私は胸元を少し広げてあって、ユウはリボンの形を変えただけなんだけどね」

「ん、んん~、確かにそう言われるとそうかもだな」

「これが元の写真よ」

 

 そう言ってアイは、八幡に一枚の写真を見せてきた。

それは制服姿のめぐりの写真ではあったが、めぐりももう二十二歳であり、

微妙に無理がある感じに写っていた。

 

「これは……おいアイ、これを俺のスマホに送っておいてくれ、

めぐりんをからかうのに使うから」

「分かったわ、そういう事なら喜んで」

 

 そしてアイは端末を操作し、直ぐにそれを送信してくれた。

 

「おう、ありがとな」

「ふふ、頑張ってからかうのよ」

 

 アイはいたずらめいた顔で八幡にそう言った。

 

「しかし二人とも、よく似合ってるな、かわいいと思うぞ」

「この格好で八幡と一緒に学校に通いたかったなぁ」

「そうね、そうしたら八幡も、高校在学時に彼女が出来るという偉業を達成出来たのにね」

「へいへいそうですね」

「むぅ、態度が生意気」

「へいへいそうですね」

「むむむむむ」

 

 二人は軽くあしらわれて少し悔しそうにしながらも、そのまま仲良く八幡の両隣に座った。

 

「で、さっきの人、誰?」

「さっきの人?」

「ほら、あのやや暗めの赤い髪の」

「ああ、紅莉栖か?」

「確かそんな名前」

「あれは牧瀬紅莉栖、気になるなら調べてみろ」

 

 その言葉に二人は顔を見合わせた。

 

「もしかして有名人?」

「う~ん、まあ一部の間ではな」

「そう、それじゃあ調べてみるわ」

 

 そしてアイは、その検索結果に驚いたような顔をした。

 

「天才脳科学者……」

「飛び級で大学の研究員?まだ十七歳で?」

「私達と同い年なのね」

「うわ、サイエンス誌に論文を発表?本当に凄いんだね」

 

 二人は純粋に驚いているように見え、八幡はそんな二人に説明を始めた。

 

「紅莉栖は、メディキュボイドに脳科学の見地から危険性が無いかどうか、

チェックしてもらう為に呼んだんだ。偶然だが知り合えたのは幸運だったよ」

「あ、そういう事ね」

「でもお前達の姿を見て、もう少し積極的に色々手伝ってくれる事にしたらしい」

「……そう」

「へぇ~、やったね!」

「まあ同い年の奴に頼るのは癪かもしれないが、そこは我慢してくれよな、アイ」

 

 八幡は、アイの様子が少しおかしかった為、理由を考えながらそう言った。

アイはその言葉にきょとんとした。

 

「癪?別にそんな事思ってないわよ」

「あれ、素っ気無かったからそうじゃないかと思ったんだが」

「それは……」

 

 アイはそう言われ、困ったような顔をした。

 

「そうじゃなくて、八幡は本当に私達の為に色々な事を考えてくれてるなって思ったら、

ちょっと八幡を押し倒したくなっちゃったから、我慢する為にわざとそっけなくしたのよ」

「色々台無しだな……最後にあいつから伝言だ、最初はアドバイスだけのつもりだったけど、

もっと積極的に私も関わるから、だからいつか一緒に街を歩きましょうってさ」

 

 その言葉に二人は、うんうんと頷いた。

そして八幡は話題を変えようと、二人に近況を尋ねた。

 

「で、最近戦闘の調子はどうなんだ?」

「う~ん、四層がちょっとね……」

「四層?あ、ああ~!あれか、水が溢れるから扉をまめに開けるやつか」

「うん、こっちは二人だからね」

「今から行ってる時間は無いが、今度付き合ってやるよ」

「いいの?ありがとう!」

「お礼は体でいい?」

「だからお前はそういう事言うなっての!」

 

 まだ少し時間があった為、ついでに八幡は、二人に色々レクチャーする事にした。

 

「おいアイ、ユウ、ちょっと前屈してみろ」

「え?」

「そんな事させてもユウの胸は揺れないわよ」

「ちょ、ちょっとアイ、それはひどい!」

「……いいからやってみろ」

「「は~い」」

 

 そして二人は言われた通り前屈をしたのだが、二人ともとても体が固い。

 

「うわ」

「……昔からそんなに体は柔らかくないのよ」

「うん、ボクも……」

「それは思い込みだ」

 

 そう言うと八幡は、自らも前屈をした。

八幡はくにゃっという音が聞こえるくらい、それこそ気持ち悪いくらい体が柔らかかった為、

二人は調子に乗って八幡の背中に乗った。

 

「うわ、凄い柔らかい!」

「でもそれがどうしたの?」

「まあ見てろ」

 

 そして八幡はユウを抱え上げると、突然ぐるぐるとユウを振り回し始めた。

 

「わっ、わっ、目、目が回る!」

 

 そしてユウが目を回し、フラフラした瞬間、八幡は何も考えられなくなったユウを座らせ、

その背中を押した。そのユウが、先ほどの八幡と同じレベルまで前屈をする事が出来たので、

アイは驚いて八幡に尋ねた。

 

「え、え?ど、どういう事?」

「よく考えろ、このアバターは確かにリアルと同じで間接は逆には曲がらない。

が、人が出来る動きは全部出来る。リアルでも出来ないからここでも出来ないなんてのは、

ただのお前らの思い込みだ。だから頭をからっぽにすれば、体の固いユウもこうなる」

 

 そして八幡は、ユウの頬をぺちぺち叩いて覚醒させた。

 

「おいユウ、自分の今の状態をよく見てみろ」

「えっ?あ、あれ?ボクってこんなに体が柔らかかったっけ?」

「そうだ、実はお前はこんなに体が柔らかかったんだ、

だから一度立ち上がってやり直しても同じくらい体は曲がる、やってみろ」

「うん!」

 

 そしてユウは再び自分だけの力で同じ事をしようとし、それは難なく成功した。

 

「わ、わ、本当だ!」

 

 その様子を見た八幡とアイは、顔を見合わせて言った。

 

「ユウはチョロインだったのね……」

「その言い方はどうかと思うが、まあそうだな……」

 

 ユウはそんな事は気にせず、応用で自分の体の色々な部分を限界まで曲げたりしていた。

 

「よし、次はアイだな」

「ええ、コツは分かったわ」

 

 そしてアイは、八幡に補助されるまでもなく同じようにくにゃっと体を曲げた。

 

「おお、飲み込みが早いな」

「ええ、当然よ…………って、あっ!」

「ん、どうした?」

 

 突然そんな声を上げたアイに、八幡はそう尋ねた。

 

「出来ないフリをして、八幡にぐるぐるしてもらえば良かった……」

「小学生か!」

「胸は大人だけどね」

「だからお前はそういうアピールがうざいんだよ!」

「要するに体の稼動域を広げる事で、動きの幅が広がるって事ね」

「人の話を聞けよ!お前ほんといい性格してるよな、まあその通りだ」

 

 こんな感じで色々なレクチャーを受け、アイとユウは徐々に強くなっていく。

そして八幡は二人にまた来ると告げ、ログアウトしていった。

そんな八幡の姿が見えなくなった後も、二人はいつまでも手を振り続けていたのだった。



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第394話 彼は今どこに

「…………いいお兄さんやってるのね」

「ん、何の事だ?」

「ずっと見てたから」

「はあ?」

 

 八幡は紅莉栖にそう言われ、慌てて最初に二人と会話したモニターの方を見た。

そこにはアイとユウがニヤニヤしながら八幡を眺める様子が映っており、

八幡はそれで、アイが密かに中からモニターのスイッチを入れていた事を知った。

 

「………………変態」

「なっ、何がだよ!お前見てたなら分かってるだろ、あれは俺のせいじゃねえ!」

「どうだか」

「人の風評を広げるんじゃねえ」

「あ、あと、あっちでめぐりさんがぷるぷるしてるから、

からかうならさっさとからかってくれば?」

「え、まじか、あれも見られてたのか……」

 

 そして八幡は、羞恥でぷるぷるしているめぐりに近付き、そっと声を掛けた。

 

「あ、あの、めぐりん……」

「な、なぁに?」

「その……だ、大丈夫ですから、まだまだ現役で通用しますから」

「うぅ……ほ、本当に?微妙に無理があるなんて思わなかった?」

「だ、大丈夫ですよ、気になるならほら、消しますから」

 

 そう言って写真を消そうとした八幡の手を、めぐりは慌てて掴んだ。

 

「いいの、消さないで!」

 

(どっちなんだ……女心は難しい……)

 

「あ、は、はい」

「ちょっと恥ずかしいけど、ちゃんと持っててね」

「わ、分かりました……」

 

 そんな二人を見て、紅莉栖は苦笑する事しか出来なかった。

そして戻ってきた八幡に、凛子が話し掛けてきた。

 

「八幡君、いい子を連れてきてくれたわね、

彼女からのアドバイスで、メディキュボイドの増産のスピードがちょっと上がりそうよ」

「え、まじですか?そこまでですか」

「ええ、とりあえずもう少ししたら、残りの子達もこっちに呼べると思うわ」

「そうですか……本当に良かったです」

 

 八幡はそう言うと、モニターに歩み寄った。

 

「という訳で、まもなく全員集合だ、ちゃんと皆をまとめるんだぞ、アイ」

「うん、頑張る」

「ついでにチームの名前でも決めておいたらどうだ?」

 

 そんな八幡の提案を受け、アイは考え込んだ。

 

「そうね……それじゃあ『ヴァルハラリゾート・ミニ』にでもしようかしら」

「パクんな!あと長い!」

「冗談だってば、それじゃあそうね……『スリーピング・ナイツ』で」

 

 八幡もそれに納得し、うんうんと頷いた。

 

「うん、いいと思うぞ」

「そこで八幡を、特別代表補佐愛人に任命します」

「最後の一文だけ抜けば別に構わないぞ」

「そこが一番大事なのに……」

「いいからお前らは、さっき教えた事を踏まえて動きの研究でもしてこいって。

それじゃあ本当にまたな、アイ、ユウ」

 

 八幡はそう言って別れを告げ、モニターを切ろうとしたのだが、それを二人が止めた。

 

「待って、クリリンと話させて」

「ん、分かった」

 

 そして八幡は、紅莉栖をモニターの前に呼んだ。

 

「おいクリリン、二人が用があるってよ」

「誰がクリリンか!」

「いいからさっさと来い」

 

 紅莉栖はその言葉に文句を言いながらも、素直にモニターの前に移動した。

 

「あ、クリリン、さっきは暖かい言葉をありがとう、

私達も絶対諦めずに、クリリンと一緒に街を歩けるように頑張るね」

「うん、私も可能な限り協力するわ。ところで……そのクリリンって呼び方、やめない?」

「どうして?かわいいのに……」

「いや、ほら、ね?」

「同い年なんだから別にいいじゃない」

「あ、ほら、でも、ね?その呼び方はちょっと有名すぎるでしょう?」

 

 紅莉栖は何とかクリリン呼びを回避しようと必死に二人を説得した。

 

「そう、残念。それじゃあ諦めて、クリスマス」

「うん、それはちょっと違うんじゃないかしら」

「クリスティ……」

「ティーナ言うな!」

 

 紅莉栖は反射的にそう突っ込んだ。

 

「……アガサ・クリスティからとったのだけれど」

「あ、あれ?そ、そう、でもほら、紅莉栖だけでもいいと思わない?」

「そう?まあいいわ、それじゃあ紅莉栖、これから仲良くしてね、私はアイ、紺野藍子よ」

「ボクはユウ、紺野木綿季だよ」

「私は牧瀬紅莉栖、二人とも、宜しくね」

 

 三人は和やかな雰囲気でそう挨拶を交わし、再会を約束してそこで通信は終わった。

 

「さて、それじゃああなたの家に行きましょうか」

「だな、明日奈が首を長くして待ってるだろうからな。

それじゃ凛子さん、経子さん、めぐりん、後の事はお願いします」

「任せて、急ピッチで進めるわ」

「やっと眠りの森の復活ね」

「八幡君、またね!」

 

 

 

「小町ちゃんは今日もお出かけ?」

「今日は友達の家でレポートを……」

「そっかぁ、私ももうすぐそういう生活になるんだろうね……」

「大丈夫、お義姉ちゃんには強い味方がいっぱいいるじゃないですか!

雪乃さんとか陽乃さんとかクルスさんとか紅莉栖さんとか!」

「まあそう言われると確かにそうかもね」

「それか、大学には行かずにこの家に永久就職してもいいんじゃないでしょうか!

もしくは新しい家をどこかに建てましょう!」

 

 小町は熱のこもった口調でそう言った。

 

「やだもう、からかわないでよ、でもうん、そういうのもありなのかな……」

「ですです、でも小町はこの年でおばさん呼ばわりされたくないので、

出来れば子供を作るのは小町が三十くらいになってからを希望します!」

「もう、小町ちゃんったら。あ、でも、確かいとこにもう子供がいるんじゃなかったっけ?」

「あっ!ま、まあ縁が薄いし会う事も無いと思うので、それはノーカンで」

「あ、あは……」

 

 明日奈はその小町の言葉に呆れつつも、縁が無ければまあそういうものかと納得した。

 

「はぁ~、これでやっとお義姉ちゃんと本当の家族になれそうだね、

小町、お兄ちゃんの妹で本当に良かった……」

「ちなみに高校の時とかはどう思ってたの?」

「あ~、小町は一生このお兄ちゃんの妹なんだ、

仕方ないけどめんどくさいなぁ、って思ってました!」

「あ、あは……」

 

 そして小町は荷物をまとめ、外出していった。

 

「それじゃあ行ってきます!」

「うん、レポート頑張ってね」

 

 丁度そこに、八幡が紅莉栖を伴って帰宅してきた。

 

「おっ、小町、出かけるのか?」

「うん、友達と一緒にレポートをね」

「そうか、気を付けてな」

「うん、紅莉栖さんもまた!」

「うん、またね」

 

 小町を見送った後、紅莉栖はぼそっと呟いた。

 

「ねぇ……私って、どうして年上からもさん付けで呼ばれる事が多いのかな」

「どうかな、明日奈、何でだ?」

「人によるんじゃないかな」

「だそうだ」

「そう、そこまで気にしなくてもいいのかな」

「まあ大丈夫、紅莉栖は確かに大人びて見えるけど、

それは肩にかかってる責任のせいであって、見た目がどうとかの問題じゃないさ」

 

 紅莉栖はその言葉を聞き、珍しく八幡の顔を正面から覗き込んだ。

 

「……何だよ」

「ううん、たまにはまともな事を言うんだなって思って」

「おい明日奈、紅莉栖の分だけおかずを減らしとけ」

「う、嘘よ嘘、ごめんなさい」

「ふふっ、おかわりもあるからたっぷり食べていってね」

「うん、ありがとう」

 

 そして三人はそのまま仲良く会話しながら食事をとった。

そのまま順番に入浴し、八幡は自分の部屋に戻ったが、そんな八幡を明日奈が呼びにきた。

 

「八幡君、紅莉栖が八幡君と三人で話したいって」

「ん?何か深刻な話か?」

「ううん、茅場さんの話が聞きたいみたい」

「ああ、同じ天才同士興味があるのかな」

「そうかもね」

 

 八幡は明日奈に連れられ、そのまま明日奈の部屋に案内された。

 

「おう、来たぞ」

「あ、八幡、わざわざごめんね」

「いや、気にするな」

 

 謝る紅莉栖をそう制し、八幡は小さなテーブルの横であぐらをかいた。

 

「で、何の話が聞きたいんだ?」

「うん、何でも」

「何でもか……」

「まったく関係無いような事でも、色々と参考になる事もあるかもしれないし、

そういうのはあまり気にしないでくれていいわ」

「そっか、明日奈はどう思う?」

「そうだねぇ……私は茅場さんとは団長と副団長としての交流しか無かったから、何とも」

「団長?副団長?」

 

 紅莉栖は鸚鵡返しにそう聞き返した。

 

「あ、うん、SAOの最前線で戦ってたチームのね、血盟騎士団。

茅場さんが団長で、私が副団長、八幡君が参謀」

「えっ、茅場晶彦が団長!?」

「うん、まあそんな感じで予定より早く外に出られたって訳」

「なるほどね……彼は外から見るよりも、命の危険はあっても中から見る事を選んだのね」

「だからお前、理解が早すぎて怖えって」

 

 そして明日奈は何か面白そうなエピソードを探したのだが、何も思いつかない。

 

「う~ん……今考えると、団長って案外面白みがない人だったかも」

「確かにあいつは真面目一辺倒って感じだったよな……」

「そうなの?」

「ああ、何というか……団長としての役割を演じる事を強く意識してたみたいな?」

「なるほど、そういう事」

「だから正直そっち系のエピソードはそれほど無いんだよな、

攻略について話してもいいんだが、そっちはただの苦労話みたいになっちまうしなぁ」

 

 そんな八幡に紅莉栖は言った。

 

「それじゃあ、クリア後に彼と話した時の事を質問してもいい?」

「おう、それなら問題ないな、でもまあ内緒だからな」

「ええ、彼の意識だけが生きているかもだなんて、世間にバレたら大変ですものね」

 

 紅莉栖は八幡にそう相槌をうち、八幡の言葉に耳を傾けた。

 

「ユイとはこの前会ったよな、ALOで明日奈を助けようとして、

敵の本拠地に潜入した時、いきなりユイが言ったんだよ、グランドマスターの気配がすると」

「ちょ、ちょっと待って、私も一応ニュースで見たけど、

SAOじゃなくてALO?もしかしてあの残された百人事件の事?」

「ああ、それで合ってる。

まあそれでな、その時は途切れ途切れの音声が聞こえただけだったんだが、

その時はまだ、意識が統合出来ていなかったと言ってたな」

 

 そう言って八幡は、ひと呼吸置いた。

 

「続けて」

「おう、で、ゲーム内での全てが終わった後に、

晶彦さんの意識がそのVRコンソール?VR管理棟?

何て言えばいいか分からないが、要するにサーバー管理をする為に、

アバターを使ってログインするVR研究所みたいなのがあったんだが、

そのアバターに晶彦さんの意識が舞い降りたんだよ。

その時はまったく普通に喋ってて、昔とまったく変わらない状態でな、

そこで俺は、ザ・シードを晶彦さんに託され、それを無償で全世界に拡散した、

ってのがおおよその流れだな」

「ちょっと待ってちょっと待って、とんでもない事実ばかりで、

ちょっと頭の中で整理出来てないんだけど」

「おう、まあゆっくり整理してくれ」

 

 そしてぶつぶつと呟きだした紅莉栖を放置し、八幡は明日奈の髪で遊び始めた。

器用な事に、八幡は明日奈の髪型を次々に変えていき、

その度に明日奈は、面白がってその写真を撮影していた。

 

「ねぇ、紅莉栖の髪もいじってみたら?今なら気付かれないんじゃない?」

「ん、かもしれないな、三つ編みにでもしてみるか」

 

 そして八幡は、こっそりと紅莉栖の髪型をいじり始めたが、

紅莉栖は凄まじい集中力を発揮し、それに気付かなかった。

そして紅莉栖の髪型が完全に変わった頃、紅莉栖の意識はやっとこちら側に帰還した。

 

「凄いわ、要するに茅場晶彦は、

私とまったく違うアプローチで自分の命を永遠のものにしたのね」

「永遠、な。まあ色々動いてる間に、情報が磨り減って無くなっちまうかもしれないけどな」

「彼の受け皿になる、ある程度クローズになった環境があれば、

彼を復活させる事が出来るのかもしれないわね」

「そうだな、しかしあの時の晶彦さんの状態はどうなんだ?

紅莉栖のアマデウスと同じ状態と呼べない事も無いのか?」

 

 そう話を振られた紅莉栖は、真剣な顔で考え始めた。

 

「どうなのかしら、そこまでデジタルな存在に変貌してはいないと思うけど、

とても興味が尽きないわね」

「正直どうやって意識を保っているのかも謎だよな」

「そうね、アマデウスと違ってAIの補助も受けていないようだし、

ただ一つ言えるのは、人間の脳にはまだ色々な可能性があるって事よね」

 

 そんな紅莉栖の顔を、八幡と明日奈は眩しそうに見つめた。

 

「研究の励みになるか?」

「ええ、いつか必ずこの謎を解明してみせるわ。それにしても彼は今どこにいるのかしらね」

「どうだろうな、すぐ近くにいるかもだし、遠い外国のネットの中にいるかもしれないな」

「何とか見つけ出せたらいいんだけど」

「頑張ってね」

「うん、闘志が沸いてきた」

「それじゃあはい、チーズ」

「えっ?」

 

 その言葉に紅莉栖は思わずポーズをとってしまい、明日奈は紅莉栖の写真を撮った。

 

「いきなりどうしたの?」

「うん、見れば分かるよ」

 

 そして紅莉栖は明日奈にその写真を見せられ、やっとその事に気が付いた。

 

「な、何ですと!?」

「……お前、驚くと喋り方が面白くなるよな」

「こ、これは何?一体いつの間に……」

「紅莉栖が考え込んでる間に、八幡君がやったんだよ」

「えっ、八幡が?随分器用なのね」

「おう、よく明日奈の髪で遊んでたからな、ちなみにかなり研究もした」

「変なところで熱心なのね……」

 

 そして紅莉栖は、話も落ち着いたという事で、八幡に頼んで他の髪型も試してみた。

 

「やだ、器用すぎじゃない?」

「だよね、私もびっくりだよ」

「よし、とりあえず二人とも盛ってみるか」

 

 八幡は調子に乗り、髪を傷めない程度に二人の髪を盛り、二人並んだ所を写真にとった。

 

「まあこんなもんか、ほれ」

「うわ、面白いね」

「自分じゃないみたい」

 

 比企谷家は、こんな具合でまだとても平和なのであった。



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第395話 八幡は事件の入り口に立つ

 次の日の学校の昼休み、いつもの五人は屋上で昼食をとっていた。

その時いきなり和人が、八幡にこう尋ねてきた。

 

「なあ八幡、GGOってどんなゲームなんだ?」

「ぶっ」

「うわ、何噴き出してんだよ、汚いな!」

「わ、悪い……ちょっとむせちまった……」

 

 八幡はいきなり不意を突かれ、誤魔化すようにそう言った。

ちなみに明日奈も同じような状態になったが、口の中に何も入っていなかったのが幸いした。

 

「GGOって、あの銃で戦う奴よね?何でいきなりそんな事を?」

「いや、この前ユイとキズメルに聞いたんだよ、

ハチマンが一瞬GGOにコンバートしてたってな」

 

(それでか……里香、ナイス質問だ)

 

 八幡は和人に頷き、脳内で言い訳を組み立てながら説明を始めた。

 

「あれだ、気分転換に何となく行ってみたんだが、何というか殺伐とした世界だったわ」

「ALOと比べてどうだった?」

「どうだろうなぁ、直接敵をぶった斬るのか間接かの違いだけだから、

まあ好みの問題って事になるんじゃないか?

街も何ていうか退廃的でな、雰囲気もぜんぜん違ったな」

「へぇ、やっぱ全然違うんだな」

 

 そうのんびりと言う和人を横目で見ながら、八幡は明日奈に言った。

 

「明日奈、髪に何かゴミがついてるぞ」

 

 そして八幡は、ゴミを取るフリをしながら明日奈の耳に口を寄せ、そっと囁いた。

 

「和人の意図を聞いてみてくれ」

 

 明日奈はその耳打ちにピクリとした後、和人にこう尋ねた。

 

「でもいきなりどうしたの?GGOを始めてみる気にでもなったの?」

「あ、いや、そういう訳でもないんだけどさ、あはは、まあちょっと興味が沸いたんだよ」

「銃に目覚めでもしたのか?」

「う、う~ん、銃はあまり扱える自信が無いなぁ」

「まあ確かに銃は和人さん向きじゃないかもですね」

 

 その和人の煮え切らない態度を、八幡はいぶかしんだ。

 

(これは……俺達の活動がバレた訳じゃないな、そうすると誰かに頼まれたとしか)

 

 八幡はそう考え、和人にいくつか質問する事にした。

 

「GGOに誰か知り合いでもいて、手伝いでも頼まれたのか?」

「いや、さすがにゲームを跨いでの手伝いはちょっとな」

 

(違うか……)

 

「ああ、じゃああれか、また菊岡さんにバイトでも頼まれたのか、

本当にあの人はとんでもない事をいきなり言ってくるよな」

 

(これにどう答えるか……)

 

「いやぁ、まあこの話はもういいだろ、ただの雑談だよ雑談」

 

(菊岡かあああああああああ)

 

「そ、そうか、まあALOには銃器は無いし、興味は沸くよな、弓はあるけど」

 

(とりあえず学校が終わったら菊岡さんを呼び出すか……)

 

 

 

「で、一体和人に何を頼んだんですか?」

「え、何?いきなりどうしたの?」

「和人にGGOをプレイさせて、何の意味があるんですかって聞いてるんです」

「一体何の事?」

「まさか危ない事をさせるつもりじゃありませんよね?」

 

 そして菊岡を都内の喫茶店に呼び出した八幡は、

はぐらかそうとする菊岡に対し、少しきつめにそう言った。

 

「いやいやいや、そもそも僕が君達に危ない事なんか頼む訳が無いじゃないか」

「和人に頼み事をした事は否定しないんですね」

「やだなぁ、僕は何も言ってないよ」

 

 菊岡はあくまでもはぐらかそうとし、八幡は押し黙ると、じっと菊岡の目を見つめた。

 

「な、何?」

「これだけは言いたくなかったが……『クリスハイト』、命令だ」

「…………」

 

 菊岡は天を仰ぐと、諦めたような口調で言った。

 

「はぁ、君にこのタイミングで呼び出された時点で、

最初から誤魔化せるとは思ってなかったけど、そこまでするとはね、

やっぱり仲間が絡む事になると、八幡君は人が変わるね」

「お前もその仲間の一人なんだがな」

「分かってるって、当然危ない事は頼んでないよ」

 

 そして菊岡の提案で、二人はキットの車内へと移動した。

 

「ここなら声も外に漏れないかな。で、八幡君、『死銃』って知ってる?」

「ああ、あれの調査ですか……」

 

 八幡はほっとしたようにそう言った。

 

「ゲーム内でプレイヤーに向けて銃を撃ったら、そいつが回線落ちするって奴ですよね?

丁度先日、うちの主要スタッフで検討したんですよ、答えは全員ノーでしたね」

「そういえば牧瀬紅莉栖氏も身内として取り込んだらしいじゃないか、

八幡君、君、世界征服とか出来ちゃうんじゃない?」

「よく知ってますね……もしかして、うちの社内にスパイでも潜りこませてます?」

 

 八幡は何故その事を菊岡が知っているのか疑問に思いながらそう言った。

それに対する菊岡の答えは簡単なものだった。

 

「いや、メディキュボイドが絡む事はこっちにも報告が来るからね、ただそれだけの事だよ」

「ああ、あれは確かに政府肝いりのプロジェクトですからね」

「まあそういう事。で、主要スタッフって誰?」

「アルゴとかですね、後はネット関連に詳しい奴が何人かです」

「ネット関連に詳しい奴、ねぇ、まあ悪い事はしないって信じてるからね、八幡君」

 

 その言葉に八幡は特に何も答えず、黙って頷くだけに留めた。

 

(これは舞衣とダルの事も掴んでそうだな……ハッタリの可能性もあるが)

 

「まああれの調査なら特に危ない事も無さそうですが、

でもあれって調べようが無いんじゃないですか?」

「詳しそうだけど、そっちの話し合いだとどんな結論になったんだい?」

「キット、ちょっと動画を呼び出してくれないか?」

『分かりました』

 

 そして八幡はキットに動画のタイトルを告げた。

直ぐに動画は再生され、二人はその画面に見入った。

 

「改めて見ても、これってただ銃を撃ってるだけだよねぇ」

「ええ、だからこっちの話だと、単独犯じゃ絶対に無理って事で落ち着きました」

「単独犯?」

「はい、これが偶然じゃないとすれば、

必ず外部で何かしらの工作をしてる奴がいると思うんですよ」

「外部の協力者か……その可能性は和人君と話してなかったな」

「まあとにかくこっちではそういう話になったんで、

和人がゲーム内で何をされようと、とりあえずあいつは安全って事になりますよね」

「う~ん……」

 

 菊岡はその至極当然と思われた結論に、微妙な反応をした。

 

「何か気がかりでもあるんですか?」

「うん、まあそれがわざわざこんな所に移動してもらった理由なんだけどさ……」

 

 そして菊岡は、気まずそうに八幡に言った。

 

「ただ回線が落ちたって、たった一件の事案だけで、僕が動くと思うかい?」

「そう言われると、確かにおかしいですね」

「さっきから八幡君は、回線を落とすって言ってたけど、本当はそうじゃないんだよ。

この動画で撃たれてる彼ね……この直後に死んでるんだよね」

「…………え?」

 

 八幡はその言葉に混乱した。

 

「それってつまり、この死銃って奴は、ゲーム内でプレイヤーに銃を撃つ事で、

その相手をリアルに殺してるってそういう事ですか?

和人の身に本当に危険は無いんですか?」

「それは大丈夫、奇しくも君がさっき言っただろ?単独での犯行は絶対に無理だって。

それを考慮してた訳じゃないけど、和人君はうちの施設からログインしてもらうし、

その時は中の様子をソレイユの技術で観察しながら、

自衛隊付属の看護病院の卒業生を付き添わせるからね、危険はまったく無いよ」

「ソレイユの技術って、メイクイーンにあったあれですか……その人も自衛官なんですか?」

「ああそうだ、ちゃんと戦闘訓練も積んだ人ね」

「それなら問題無さそうですね」

 

 そして菊岡は、続けてこう言った。

 

「殺しかどうかもまだ分からないよ、一応検死もしたけど状況からして事故っぽかったから、

通り一遍の部分しか調べてないらしいしね」

「詳しく調べた方がいいんじゃないですか?」

「いやぁ、そうしたいのはやまやまなんだけど、

その死んだ人が、直前にゲームの中で撃たれたから詳しく調べてくれなんて言える?」

 

 その言葉に八幡は、一瞬考えただけでこう答えた。

 

「…………無理ですね」

「そうなんだよ、この手のゲーム中に死亡するケースって意外と多くてね、

対応も形式的になりがちなんだよね……

更にこの死銃って奴が関わっているケースは一件しか報告されてないから、

たまたまで済まされちゃう可能性の方が高いんだよ」

「一件……ですか」

 

 八幡は、まさかと思いつつもこの際一緒に調べてもらおうと思い、

菊岡の様子を伺いつつこう言った。

 

「菊岡さん、ゼクシードって知ってます?」

「君のライバルだろ?シャナ君」

「……やっぱり知ってたんですね」

「まあそれなりにね」

 

 そんな八幡の頭の中に、菊岡がシャナの事を知っていた事で別の疑問が生まれた。

 

「ん、それなら何で俺に調査を頼まなかったんですか?」

「君は有名すぎるんだよ、さすがにGGOで一番のプレイヤーが動いたら、

他のプレイヤーの間で噂になっちゃうだろ?」

「あ、確かにそうですね、何かすみません……」

「まあでも和人君にはそれなりに名前を売ってもらわないといけないし、

そこらへんのさじ加減がどうにも難しいんだよね」

「なるほど」

 

 そして八幡は、そのままゼクシードについて菊岡にこう尋ねた。

 

「そのゼクシードですけど、先日のMMOトゥデイの座談会は見ましたか?

俺もその番組に出てたんですけど」

「ん?それは見てないな」

「その番組の最中で、ゼクシードも急に苦しんだかと思うと、

そのまま回線落ちしたんですよね……これってもしかして同じケースですかね?」

「う~ん、見てみないと何ともだけど、その動画はあるのかな?

もちろん番組そのものじゃなくて、銃で撃たれてる方」

「一応探したんですけど、まだ見付かってないんですよね」

 

 その時キットが突然八幡にこう言った。

 

『それなら私が探してみましょうか?そういうのは得意なので』

「お、その手があったか、悪いキット頼むわ」

『はい、お任せ下さい』

 

 そんなキットを見て、菊岡は感心したように言った。

 

「自分から提案してくるなんて、やっぱり茅場製AIの出来は一味違うよね……」

「ですね、紅莉栖も驚いてましたよ」

「彼女がメディキュボイドに協力してくれるのは有難いんだけど、

代わりに何か報酬を出したりしたのかい?」

「一応他には絶対に漏らさないって約束で、茅場製AIを提供しましたけど、

まずかったですかね?」

 

 その言葉に菊岡は少し考え込んだ。

 

「いや、いいんじゃないかな、あれに関してはもう完全にソレイユの物だしね。

国が何か関わるにしても、何か犯罪めいた事が起きて規制の必要が出たとか、

そういうのでもない限り、特に何かするような事は無いと思うよ。

まあ報酬を出して技術提供してもらうくらいはあるかもしれないけどね」

「ですか」

『八幡、音声だけですが見つけました』

「まじか、さすがはキットだな」

『とりあえず再生します』

 

 そしてキットに搭載されているモニターに、その動画のタイトルと説明文が表示された。

 

「『座談会の時の出来事、音声のみ』、説明文は無しか、さすがにこれは分からないわ」

 

 そしてその音声が再生され、いきなりその言葉が二人の耳に聞こえてきた。

 

『ゼクシード、偽りの勝利者よ、今こそ真なる力による裁きを受けるがいい』

 

「…………この言葉、さっきの言葉に似てますね」

「今こそ真なる力による裁きを受けるがいいって部分は完全に一致してるね」

「って事は、もしかしてゼクシードはもう……」

 

 そう言って少し顔を青くする八幡に、菊岡は困ったように言った。

 

「それがね、そういった死亡例は、特にこっちに報告は上がってないんだよ」

「そうなんですか?」

「一応死んでいないまでも、救急車が出動しただけでも、

そういったVR関連の事例は報告があるから、多分間違いないと思う」

「う~ん……でもどう考えても同じ奴ですよね」

「だよね……」

 

 二人はそう言って悩み始めた。

そして八幡は、とある事を思いつき、菊岡に言った。

 

「この前戦争があったのは知ってます?」

「もちろん知ってるさ、知り合いの自衛官も参加してたしね」

「えっ?それってもしかして、コミケさんやケモナーさん、トミーさんの事ですか?」

 

 その言葉を聞いた菊岡は、いきなり噴き出した。

 

「ぶっ……ご、ごめんごめん、コミケ、コミケね、

あの人は自衛官の中でも有名人でね、コミケって聞いたらつい、ね」

「……もしかして、趣味はコミケに行く事だって公言してるとかですか?」

「うん、まあそんな感じかな」

「…………コミケさん、強いな」

 

 コミケさんらしいなと思った八幡に、菊岡は笑いを堪えながらこう尋ねた。

 

「まあ彼やケモナー君の事は置いておいて、それがどうかした?」

「ああはい、で、その過程で、ソレイユとザスカーの間にちょっと繋がりが出来たんですよ。

その伝手を頼って、ゼクシードの個人情報を開示してもらえないかなって思って」

「あ、そういう事か!その住所から彼が今どうなってるか調べるって事だね」

 

 菊岡はその提案にうんうんと頷いた。

 

「それならいけるかもしれないね、とりあえず陽乃さんに話を通して、

犯罪が絡んでいるかもしれないと、政府からの要請という形で一言添えればいけそうだね」

「はい、俺としてもあいつの安否は気になるんで、その線でお願いします」

「うん分かった、早速手配するよ」

「で、もう一つお願いがあるんですが……」

 

 八幡は控えめな口調でそう言った。

 

「ん、何だい?」

「和人の様子をモニターする時、最初だけでいいんで、

俺もそこに同席させてもらっていいですか?

一応俺もそこからログイン出来るようにしてもらって……」

「別にいいけど、何で?心配なの?」

「ええ、可能なら最初くらいは手助けしてやれればと思って。

それと、あいつが無茶苦茶しないかどうか心配で……」

 

 それを聞いた菊岡は笑い出した。

 

「あはははは、確かにそうだね、うん分かった、そんな感じで手配しておくよ、

それじゃあもう一人、自衛隊中央病院あたりから看護資格を持つ自衛官を招集しておくよ」

「すみません、有難うございます」

 

 こうして裏で話し合いもまとまり、準備も出来た所で、

初めて和人がGGOにログインする日を迎える事となった。




メイクイーンにあった設備とか、伏線と思えないものも伏線だったりするので、
どれが伏線でどれがただのお遊びか考えてみるのも面白いかもしれませんね!


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第396話 キリト、GGOに降臨す

さて、いよいよキリ子ちゃんの登場です!


「和人君、準備はいいかい?」

「ええ、いつでも」

「和人君、こっちの事は任せてね」

「ナツキさん、お願いします」

 

 和人にそう声を掛けた女性は安岐ナツキ、自衛隊付属の看護病院の卒業生で、

自衛隊員としての階級は二等陸曹であった。

 

「それじゃあ行ってきます」

「とりあえずそこそこ名前を売って、死銃氏に注目してもらえればいいんだけど、

あまり気負わなくていいから、GGOを存分に楽しんできてよ」

「あは、まあ仕事を忘れない程度に楽しんできます」

 

 そして和人はGGOへのコンバートの手続きを開始した。

もうこの状態になると外で何が起こっているかは分からない。

そしてその部屋に、八幡と共にもう一人の女性が入室してきた。

 

「さて、どうなる事やらですね」

「八幡君、それに黒川さんも、急に招集しちゃって本当にごめんね」

「いえ、私もこういうのに興味があったので」

 

 その女性は黒川茉莉、今回の為に自衛隊中央病院から召集された現役自衛官である。

もちろん看護資格を持っており、階級はナツキと同じく二等陸曹であった。

そして四人が見守る中、画面を見ていた八幡がいきなりおかしな声を出した。

 

「うわ」

「ど、どうしたの?」

「いや、だってあの和人……いや、キリトのアバター、

あれってレアアバターですよ、ほら、どう見ても女の子にしか見えないでしょ?」

「あは、本当だ」

「これは多分、ブローカーに声を掛けまくられますよ」

「そうなの?」

「ええ、レアアバターは高く売れるんで」

 

『な、なんじゃこりゃああああ!』

 

 そして画面の中では、キリトも自分の外見に気付いたのかそう絶叫していた。

 

「あ~あ、これで注目を集めちまった、ほら、ブローカーが寄ってきますよ」

 

 その言葉通り、画面の中ではキリトが怪しい男に声を掛けられていた。

 

『おおお、そのアバター、F1300系じゃない?それ滅多に出ないんだよね。

ねぇお姉さん、高く買うから、そのアカウントごと俺に売ってくれない?』

 

 その言葉にキリトは慌てて自分の胸を触った。

もしかして女性キャラになってしまったのではないかと一瞬思ったからなのだが、

もちろんそんな事は『ザ・シード』のシステム上ありえない。

 

『あ、いや、ごめん……俺、男なんだけど……』

『ええええええ!?それじゃあそれ、M9000番系かい!?

それならF1300の倍、いや、三倍出すから頼むよ!』

 

「ねぇ八幡君、あのアバターってそんなにレアなのかい?」

「はい、正直俺も見るのは初めてですよ、相場からいうと、

六桁くらいの金額で取引されてるんじゃないですかね」

「うわ、そうなんだ……」

 

 そして画面の中では、キリトがその男に断りを入れていた。

 

『ごめん、これ、新規のキャラじゃなくてコンバートなんだ、

だからちょっと売れないかなって……』

 

 それを聞いたブローカーの男は、ガックリと肩を落とした。

 

『そっかぁ、それは仕方ないね……』

 

 そう言ってそのブローカーは素直に引き下がった。

 

『ごめんな』

 

 そう言ってキリトは、きょろきょろしながら街を歩き始めた。

途中で何度もブローカーに声を掛けられ、キリトは一人ため息をついた。

 

『はぁ、これは一人で歩いているのには限界があるな……

誰かに声を掛けて案内してもらうしかないか……でもな……』

 

 そう言ってキリトは周りをきょろきょろと見回した。

どのプレイヤーも、まるで世紀末を舞台とした拳法アニメに出てくるような外見をしており、

そういったプレイヤーに声を掛けるのは、キリトにとってはかなり勇気のいる事だった。

 

『参ったな、ごつい男しかいない……

せめて声を掛け易そうな女性プレイヤーでもいればな……』

 

 そんなキリトを見て、茉莉が八幡に尋ねた。

 

「彼はそう言ってるけど、どうする?そろそろ八幡君が助けに行く?」

「そうですね……ん、あれは……」

 

 八幡はそう言って画面に見入った。

 

『お、駄目元であの子に声を掛けてみるか』

 

 丁度その時、画面の中のキリトが、前を歩く女性プレイヤーに声を掛けようとした。

その後ろ姿に見覚えのあった八幡は、ログインするのを思いとどまった。

 

「これはまた……丁度知り合いがいたんで、ちょっと様子見ですかね」

「八幡君は、GGO内の女性プレイヤーのほとんどと知り合いなんだよね」

 

 ここで菊岡がいらない事を言い、茉莉とナツキは驚いた顔で八幡を見つめた。

 

「そ、そうなの?」

「八幡君って実はハーレム王?」

「ハーレム王って何すか……いや、まあ全員っていうか、

そもそもGGO内の女性ってほとんどいないんで……」

 

 その答えに納得しなかった茉莉は、問い詰めるように八幡に言った。

 

「それでもほぼ全員ってどういう事?」

「あ、いや、えっと……」

「まあそれも当たり前なんだよ、彼はGGO内じゃ、一、二を争う有名人だからね」

「えっ、そうなんだ?」

「まあ一応そういう事になってますね」

 

 八幡は恥ずかしそうにそう答えた。

そして画面の中のキリトは、その女性プレイヤーに声を掛けた。

 

『あの、すみません、ちょっと道を……』

『何?』

 

 その女性プレイヤー、シノンは、冷たい表情でそう答えた。

 

「うお、あいつ、知らない奴にはあんな冷たい態度をとるのか……」

「いつもは違うの?」

「ええ、まあ後であいつにもコンタクトを取るんで、その時に分かりますよ」

「へぇ~」

 

 そして八幡達が見守る中、シノンはキリトを上から下までじろっと見ると、

相好を崩してこう言った。

 

『このゲーム……初めて?』

 

「ん……」

 

 八幡はそのシノンの反応にわずかに首を傾げた。

 

「どうしたの?」

「いや、多分シノンの奴、あ、シノンってのはこの女性プレイヤーの名前なんですけど、

キリトの事を同じ女性プレイヤーだと思ってるんじゃないかと」

「「「ああ~!」」」

 

 三人は言われて気付いたのか、同時にそう言った。

 

『あ、うん、初めて……かな』

『そうなんだ、どこに行きたいの?』

『……あ、えっと』

『ん?』

 

「ん……」

「今度はどうしたの?」

「いや、ちょっと待ってて下さいね、動画に撮るんで」

「え?何で?」

「勘ですけど、面白いものが見られそうなんで」

 

 そしてキリトは迷ったあげく、思い切ったように顔を上げ、

少ししなを作りながら頬に手を当てて、いかにも困ったという感じで言った。

 

『どこか、安い武器屋さんとぉ、あと、総督府って所に行きたいんですけどぉ』

 

 その女性っぽい言い方に、四人はたまらず噴き出した。

 

「だから動画を撮ったんだ」

「あいつがテンパってたみたいなんで、

もしかしたら面白リアクションが撮れるかなって思ったんですけど、

これは予想以上でしたね……」

「ま、まあ僕は見なかった事にしておくよ」

「俺もまあ、他人には見せないようにしておきます」

 

 そしてシノンは快くそのキリトの頼みに応えた。

 

『いいわよ、連れてってあげる』

『ありがとうございますぅ』

 

 そして二人はシノンの案内で歩き始めた。八幡はそれを見て、自分も中に入ると宣言した。

 

「そろそろ行きます、あいつに金を渡しておきたいんで」

「どうやってだい?」

「まあ何とかしてみます」

「それじゃあ八幡君はこっちの部屋に」

「はい黒川さん、お願いします」

「任せて」

 

 そして八幡もGGOにログインし、

キリト達が映る画面の横のもう一つの画面に、シャナの姿が現れた。

 

「おっ」

「うわ、何か雰囲気ありますね」

「どう?」

 

 そこに丁度戻ってきた茉莉が、二人にそう尋ねた。

 

「ほら見て、さすがにキリト君と違って雰囲気があると思わない?」

「本当だ、あっ」

 

 茉莉は思わずそう叫んだ。シャナの周りをごつい男達が取り囲んだからだ。

 

「これ、大丈夫なの?」

「大丈夫じゃない?」

「菊岡さん軽く言いますね」

「いやいや、大丈夫だって、ほら」

 

 そしてその男達は、いきなりシャナに頭を下げた。

 

『『『『『『シャナさんこんにちは!』』』』』』

『おう、ダインの所とたらこの所のメンバーか、仲良くしてるか?』

『はい、あの戦争を共に戦った仲間なんで!』

『そうか、それは良かった、悪い、俺はちょっと用事があるからまたな』

『『『『『『はい、またです!』』』』』』

 

「ほらね、大丈夫だっただろ?」

「うわ、まるでヤクザみたい」

「舎弟ってやつ?」

「それだけじゃないよ、ほら」

 

 そして画面の中では、どこから現れたのか数人の女性プレイヤーがシャナに群がっていた。

 

『シャナ様こんにちは!』

『おう、おっかさんは元気か?』

『はい、今日も元気に敵をどついてますよ』

『ははっ、ところでG女連からは誰かBoBに出るのか?』

『ミサキさんが出るみたいです、多分本戦には行けると思うんですけど』

『まあミサキさん、ああ見えてかなり強いからな……特に男相手だと無双だろうな……』

『使える武器は何でも使いますからね』

『まあ俺には通用しないけどな』

『ですね、ミサキさん、よく悔しがってますから』

 

「うわ……とてもあの八幡君と同一人物とは思えない」

「凄い人気ね」

「二人がどう思ったかは分からないけど、彼、実はリアルでもこんな感じだよ」

「そうなんですか!?」

「うん」

 

 そしてシャナは、再び用事があるからとその女性達と別れ、

キリト達の向かった方へと急いだ。

 

 

 

 その頃シノンはキリトを女性だと思い、色々尋ねている所だった。

 

「ねぇ、ところで総督府には何の用事?」

「あ、えっと、バレットオブバレッツっていう大会のエントリーに」

 

 その言葉にシノンは少し驚いた。

 

「BoBに!?えと、今日ゲームを始めたんだよね?」

「はい」

「えっとその……ちょっとステータスが足りないかも」

 

 シノンは遠慮がちにそう言った。

 

「あ、それなら大丈夫です、実は私、他のゲームからコンバートしてきたんで、

ステータスは結構高いんですよ」

「へぇ、そうなんだ」

 

 キリトは予めネットで予習し、手っ取り早く名前を売る為に、

BoBに出場する事を決めていた。もちろん銃での戦いで勝ち進める自信はまったく無い。

そしてキリトは、シノンにこう尋ねた。

 

「ところでシノンさん、お願いがあるんですけど」

「ん、何?」

「ちょっと私に、弾道予測線ってのを見せてもらえません?

予習はしたんですけど、どうも実感が沸かなくて」

「別にいいわよ」

 

 そしてシノンは足を止め、サブ武器のグロックを抜くと、

キリトの頭に照準を合わせ、トリガーに指を添えた。

 

「っ!」

 

 その瞬間にキリトの額に、シノンの銃から赤い光線のような物が伸びているのが見えた。

 

「なるほど……こんな感じなんですね、ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 そしてシノンは目的地に到着し、キリトを武器屋の中へといざなった。

そこはショールームっぽく演出された巨大な店舗であり、沢山のプレイヤー達がそこにいた。

 

「うわ、凄いですね」

「まあ初心者から中級者用の店なんだけどね」

「そうなんですか」

 

 それでもキリトは物珍しさにきょろきょろと店内を見回した。

 

「ところでステータスはどんな構成?」

「あ、えっと、一番高いのがSTRで、次がAGI……かな?」

「そう、それなら……」

 

 そしてシノンは、いくつかの銃の名前を上げた後、ハッとした顔で言った。

 

「そういえばあなた、今日コンバートしてきたばかりなんだっけ……って事はお金が……」

「あっ、そういえば……」

 

 二人はそう言って、気まずそうに顔を見合わせた。

 

「どうしましょうか、とりあえず一度店を出てから考えましょうか」

「ですね……」

 

 そして二人は店を出て相談を始めた。

 

「どうしよう、最近お金に困ってなかったし、新しい装備を買う事も無かったから、

すっかりその事を忘れてたわ」

「ここでお金を稼ぐのってどうすればいいんですか?」

「そうね、プレイヤーを狩るかモブを狩るか、それとも……」

 

 その時いきなり誰かが二人の手を引き、二人は路地裏に引きずり込まれた。

その瞬間にシノンの耳に、聞き慣れた声が聞こえた。

 

「おいシノン、俺に合わせろよ」

「え?え?」

 

 そして二人の前に、キリトにとっては見知らぬ、

そしてシノンにとっては常に会いたいと思っているプレイヤーの姿があった。

 

「ねぇそこの彼女達、良かったら僕とお茶でもしない?」

 

 そのシャナにはまったく似合わぬセリフに、シノンは何か言おうとしたが、

シノンはその直前に聞こえたシャナの言葉を思い出し、

とりあえず言われた通りにしようと思ってこう言った。

 

「何よあんた」

「おやおやつれないねぇ、そっちの彼女はどう?」

「あ、えと……」

 

 キリトは何が起こっているのか分からずに呆然と言った。

 

「ちょっとやめてよ、ナンパはお断りよ」

「ナンパ!?」

 

 キリトはナンパされる事など当然生まれて始めてだったので、

シャナの不自然な演技にも疑問を抱かず、こういうものなんだろうと思い、

シノンを守る為にその前に立ちはだかった。

 

「やめなよ」

「おっ、やるか?女を殴るのは性に合わないが、こうなったら力ずくで……」

 

(いいぞキリト、その調子だ!)

 

 そしてシャナは、ゆっくりとキリトに手を伸ばし、キリトはその手を振り払った。

その瞬間にシャナはおおげさに後ろに飛び、その場に土下座をした。

 

「痛ってぇ!参った、俺が悪かった!」

「…………え?」

「…………は?」

 

 そしてシャナは、アイテムストレージからお金を出し、無理やりキリトに握らせた。

 

「すまん、これは詫びだ、受け取ってくれ!じゃあ俺はこれで!」

「あ、ちょっと!」

 

 

 

 この遣り取りを見ていた菊岡達は、その強引なやりかたに大爆笑していた。

 

「あはははははははは」

「お、お腹痛い……」

「ふひっ、いや、笑っちゃいけないけど、でもこれはちょっと……くっ、ぷぷっ」

 

 

 

 そしてその直後にシャナからメッセージが入り、シノンは呆然とするキリトに一言断り、

そのメッセージを見た。

 

『説明は後だ、鞍馬山のあるビルの武器屋に行け』

 

 シノンは訳が分からなかったが、とりあえず言われた通りにしようと思い、

肩を竦めながらキリトにこう言った。

 

「お金が手に入ったわね、良かったじゃない」

「え?え?これもらっちゃっていいの?」

「いいんじゃない?侘びって言ってたし」

「そ、そうなんだ……」

「で、いくら入ってた?」

「えと……」

 

 キリトは困った顔で、それをシノンに見せてきた。シノンはその袋の中身を見て驚いた。

 

「え、こんなに?」

「そんなに大金なの?」

「う、うん、これならそうね、うちの拠点の近くにもっといい武器を扱ってる店があるから、

そこに行きましょうか」

「そうなんだ、うん、分かった」

 

 そして二人は鞍馬山のあるビルへと向かった。



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第397話 その剣の名は

 キリトとシノンよりも先に鞍馬山に到着したシャナは、そのまま中に駆け込んだ。

そこには幸いイコマしかおらず、シャナはほっと胸をなでおろした。

 

「あれ、シャナさん、慌ててどうしたんです?」

「イコマ、キリトだ」

「えっ?」

「もうすぐこの下の武器ショップにキリトが来るんだよ」

「本当ですか!?うわ、それは是非会いたいですね」

 

 そう嬉しそうに言うイコマに悪いなと思いながらも、シャナはイコマに言った。

 

「悪い、あいつは今回、国から受けた仕事でここに来てるから、

俺やお前の正体をバラすのは、色々と落ち着いたらって事になっちまうんだ」

「あ、そうなんですか、それじゃあその時を楽しみにしておきます!」

「会いたいだろうに、本当に悪いな」

「いえ、待つのも楽しいですから」

「で、相談なんだが……」

 

 そしてシャナは、懐から何かを取り出してイコマに頼んで何かしてもらった後、

更に十狼用の強力な防具一式を受け取った。

 

「ありがとうイコマ、もしかしたらシノンがここにキリトを連れてくるかもしれないが、

上手く逃げるか誤魔化すかしてくれ。あ、でも俺と一緒にショップに行けば、

面白い物が見れるかもしれないぞ」

「そうなんですか?分かりました、一緒に行きます」

 

 シャナとイコマはそのまま仲良く武器屋に駆け込んだ。そしてショップNPCに、

委託販売という事でアイテムの出品を頼んだ。

このタイミングなら一番最初に目にするのがキリトとシノンだという事を確信して。

 

 

 

「ここよ」

「何かすごいビルだね」

「ここは一部のお金持ちしか利用出来ない施設なのよ、さ、こっちよ」

 

(一部のお金持ち……この子、実はこう見えて古参のプレイヤーなのかな)

 

 キリトはそんな事を考えつつ、シノンの後を追った。

そしてショップに入ったキリトは、感嘆の声をあげた。

 

「おお」

「どう?さっきの所よりも地味だけど、その分強力な銃が多いわよ」

「うん、なんとなく分かる」

「それじゃあ順に回ってみましょうか」

 

 ちなみにシャナも店の中に残っていた。

シャナはどうなるかなと興味深げに二人の様子を観察していた。

そしてとあるウィンドウの前で、キリトがピタリと足を止めた。

 

「ねぇ、これは?」

「え、どれ?」

 

 そしてシノンはそれを覗き込み、黙り込んだ。

 

(え、嘘でしょ……でも間違いない、これって……)

 

 そこに出品されていたのは、シャナが保管していたはずのカゲミツG4だった。

シャナは、やっぱりキリトの『サブ武器』はこれだろうと思って出品したのだが、

まさかキリトがそれをメイン武器として使うなどとは、この時は夢にも思っていなかった。

 

「えっと……輝光剣っていうアイテムだけど、それが気になるの?」

「うん」

「そう……試しに振ってみたら?」

「うん」

 

 キリトは心ここにあらずといった感じでその剣に見入っていた。

そしてカゲミツG4を手に取ったキリトは、緊張しながらスイッチを入れた。

その瞬間、ブンッという音と共に、そこから漆黒の刃が現れた。

 

(え?)

 

 シノンはそれを見てとても驚いた。シノンの記憶だと、カゲミツG4の色は、

紫がかった白だったからだ。黒といえばシャナのアハトXの色と同じ事になる。

 

「あれ、その色、シャナの……」

「ん?色がどうかした?」

「あ、いや、何でもないわ」

「あれ?」

 

 そして今度はキリトが驚いた顔で、カゲミツG4を見つめながらそう声をあげた。

 

「どうしたの?」

「あ、いや、剣の名前が……」

「え?」

 

 シノンはそう言われて剣のデータを覗き込んだ。

そこに書いてあった名前は『エリュシデータ』となっていた。

 

「エリュシデータ?」

「あ、うん、これって俺……いや、わ、私が他のゲームで使っていた剣の名前なの、

すごい偶然だなってつい感動しちゃって」

「そうなの?」

 

(えっと……つまりそれって、もしかしてこの人もヴァルハラの人なのかしら、

そういえばまだ知らない人も結構いるのよね、あれからあっちには行ってないし)

 

 そしてシノンはその瞬間に視線を感じ、バッと振り返った。

そこからはシャナとイコマが顔を覗かせており、

シャナはぶんぶんと首を横に振っており、イコマは唇の前で人差し指を立てていた。

 

(えっと、つまり余計な事は言わずに静かにしていろと……)

 

 シノンは戸惑ったが、とりあえずまた言われた通りにする事にした。

 

「よし、ちょっと試し振りしてみる」

「あ、う、うん」

 

 そして剣を構えるキリトの姿を見て、シノンは素直に感心した。

 

(さすがね、凄く様になってる……)

 

 キリトはそのままいくつかのソードスキルの型をなぞり、

最後に何故か背中に剣をしまうようなアクションをし、

しまったという顔をして腰に剣をしまい直した。

 

(何かしら今の)

 

 シノンはそう疑問に思ったが、シャナの言いつけ通り、それを尋ねるのはやめておいた。

そしてシノンは代わりにこう言った。

 

「どう?気に入った?」

「うん、凄く」

「そう、そのアイテムって、GGO全体でも五人しか持ってない武器なのよ」

 

(私のこれは、ちょっと毛色が違うから数には入れられないしね)

 

「えっ、そうなんだ……」

「どうする?買う?」

「うん!」

「でもこれっていくらするんだろ……あ、お手頃価格だ……」

「本当に?やった!」

 

 キリトはそれを聞いて喜び、直ぐに支払いをし、嬉しそうにそれを自分の腰に差した。

それを見たシャナとイコマがうんうんと頷いているのを見て、

シノンは何この茶番と少し呆れた。

 

(まあいいわ、これを口実に後で必ず会って説明してもらうんだから)

 

 シノンは内心で、これでシャナと二人で会ういい口実が出来たとほくそえんでいた。

この辺りはシノンも抜け目が無い。

そして肝心の銃は、キリトはワルサーP38を選択した。理由は簡単である。

 

「これなら名前を知ってる」

 

 ただそれだけの理由でキリトはそれを選択した。つまりこの時点でキリトは、

メイン武器をエリュシデータにする事を選択していたという事になるが、

その時は誰もその事に気付かなかった。

こうしてGGO世界に、最初で最後の剣士プレイヤーが誕生した。

 

「さて、後は防具ね」

 

 シノンにそう言われ、キリトは大人しくその後を付いていった。

 

「ひぐっ」

「ん?」

「う、ううん、何でもない」

 

 そしてシノンは再び防具の並んでいるウィンドウを眺め、

それを手に取ると、キリトに差し出した。

 

「こ、これがいいんじゃないかしら」

「これ?」

「ええ、わ、私も同じ物を持っているけど、かなり防御力が高いわよ」

「そうなんだ」

 

 それはどう見ても十狼専用装備の一つだった。

実は胸に、横を向いた狼の意匠のエンブレムが入っているのだが、

それは見事に削除されていた。

 

(要するにこれを買うように仕向けろって事よね……)

 

「それじゃあ着る方法を教えるわ、こっちの更衣室に行きましょう」

 

 それを聞いたシャナは、焦った顔で必死に両手で×印を作っていたのだが、

シノンはそれにまったく気付かなかった。

 

「やばいぞやばいぞ」

「どうしたんですか?シャナさん」

「シノンの奴、キリトの事を女だと思ってるんだよ……」

「えっ、それはまずいですね、ウィンドウから着替える方法だけ教えるつもりなら、

別に更衣室に行く必要は無いし、

気を利かせて一応普通に脱いで着替える方法も教えるつもりなんじゃ」

「くそ、仕方ない」

 

 そしてシャナは二人が入っていった更衣室の方へと駆け寄り、いきなりその扉を開けた。

そこでは今まさに、シノンが自分の服に手をかけて脱ごうとしていた所であり、

シャナは間に合ったとほっと胸をなでおろした。

 

「きゃっ」

 

 そしてシャナはずけずけとシノンに近付くと、強引にその腕を掴み、その耳元で言った。

 

「脱ぐな、この後俺は後ろに飛ぶ」

「い、いきなりどうしたの?」

「その後は俺に変態とか痴漢とか、もう好きなように罵声を浴びせろ」

「えっ?えっ?」

 

 そしてシャナは、いかにもシノンに突き飛ばされた風を装って後ろに倒れ込んだ。

 

「おわっ、連れないなかわいこちゃん、せっかく偶然見かけて追いかけて来たってのに」

「うるさい、さっさと出ていきなさいよ、馬鹿、変態!」

「こいつはいいのかよ、あの後で気付いたけど、こいつのアバターはM9000系、

つまりこいつも男じゃないかよ!」

 

 その言葉にキリトの方を見たシノンは、

キリトが気まずそうに後ろを向いている事に気が付いた。

そして微妙に胸の下まで服を脱ぎかけていた自分の姿を見たシノンは、

悲鳴を上げて二人を追い出した。

 

「きゃあああああ!」

 

 そして更衣室から追い出された二人は、背中合わせで床に座ると、ため息をついた。

 

「はぁ……」

「ふぅ……」

 

 そしてそのため息を聞き、お互いの存在に改めて気付いた二人は、

慌てて立ち上がるとその場で睨み合った。

 

「またお前かよ、俺達の後をつけてきたのか?このストーカー野郎」

「お前こそ何ずっと女のフリをしてあの子の着替えを覗こうとしてやがるんだ、ぶん殴るぞ」

「お前に言われる筋合いは無えよ、変態」

「どっちが変態だよ男女」

 

 そんな一触即発の二人の頭に、更衣室から出てきたシノンが拳骨を落とし、

二人は慌ててシノンの前で正座をした。

 

「二人とも、覚悟はいい?」

「うっ……」

「あ、えっと……」

 

 そんな二人に、突然シノンが自己紹介を始めた。

どうやらまだキリトに名乗っていなかった事を思い出したらしい。

 

「私の名はシノン、あんた達は?」

 

 シノンはシャナの反応を見ようと思ってそう言った。

シノンは別にシャナに着替え中の姿を見られた事は、むしろウェルカムであり、

キリトも後ろを向いていた事が分かっていた為、実はまったく怒ってはおらず、

ただ空気を読んで演技をしているだけだった。

 

「えっと、キリト、です」

「俺はシャナだ」

「キリト君、男の子だったんだ、でもキリト、キリト、どこかで聞いたような名前ね」

「す、すまん、男だとバレると案内してもらえないかと思って、つい言いそびれた……」

「まあ確かにその通りかもだからそれはいいわ、それにシャナ、シャナねぇ……」

 

 シノンはシャナが偽名を名乗らなかった事で、名前は普通に出してもいいのだと判断した。

そんなシノンの目に、店内にかかっている時計が目に入り、シノンはあっと声を上げた。

 

「どうした?」

「しまったわ、BoBの申し込みの時間が……」

「えっ?」

 

 そして慌てて外に飛び出るシノンの後を、シャナとキリトが追いかけた。

 

(こいつ、まだ申し込みしてなかったのか、ハンヴィーを出して間に合うか?)

 

 そんなシャナの目に、道端に停めてあるレンタバギーの姿が目に入った。

三輪だが、操作方法はキリトがいつも乗っている旧式のバイクと一緒のはずだ。

 

(そうか、これならキリトが運転出来る)

 

「おいキリト、あれの運転って出来るか?」

「あれ?ああ、あれなら大丈夫だ」

「よし、今回の侘びに金は俺が出す、シノンはキリトと一緒にあれに乗って総督府へ行け」

「あれって誰も運転出来なくてずっと放置されてる奴じゃない」

「キリトが運転出来るそうだ、ほら、早く行け!」

「う、うん」

「お、おう」

 

 そして二人はシャナにせかされ、そのレンタバギーに飛び乗った。



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第398話 説明してよね

「凄い、本当に運転出来るんだ」

「揺れるから振り落とされないように気をつけろよ」

 

 そして二人は全速力で走り去り、その直後にイコマが姿を現した。

 

「キリトさんがまさかあんな外見になってるなんて……」

「驚いただろ?」

「ええ、凄く」

「何もかも終わったら、あいつの事をキリ子と呼んでやろう」

「あ、あは……」

 

 イコマは乾いた笑いを浮かべると、感慨深げにキリトが走り去った方を見た。

 

「でも何でキリトさんがGGOに?」

「そうだな、ちょっとその辺りを話しておくか」

 

 そして二人は鞍馬山に戻り、シャナはイコマに今回の事件の経緯の説明を始めた。

 

「えっ?そんな事件があったんですか……」

 

 良くも悪くも基本工房にこもりきりなイコマは、

ここ一連の流れについては全く知らなかったようだ。

 

「まさかとは思いますけど、これもラフコフの奴らの仕業ですかね?」

「かもしれないが、いくら何でもこれは無理なんじゃないか?」

「ですよね……」

「う~ん……」

「う~ん……」

 

 二人は腕組みをしながら考え込んだが、答えはまったく出ない。

 

「とりあえず俺は一度落ちて、外のモニターでキリトの様子を見てくるわ。

何かあったら適当に誤魔化しといてくれ、バレたらバレたで構わないから」

「分かりました」

 

 そしてシャナはとりあえずログアウトする事にした。

 

 

 

「うわ、車で走るのとはまた違う楽しさがあるわね」

「シノンは車の運転が出来るのか?」

「ええ、ゲーム内でだけだけどね」

「俺もそろそろ免許を取るかな……こっちの免許しか持ってないから」

「そうね、あると便利かもしれないわね」

 

 そんな会話を交わしているうちに、総督府の建物がどんどん近付いてきた。

 

「どうやら余裕で間に合いそうね、あ、それと注意事項を一応言っておくわ。

申し込みの際に、本戦出場した場合にもらえるアイテムを入力する欄があるんだけど、

そこでゲーム内アイテムじゃなく、リアルでモデルガンとかをもらう事が出来るのよ」

「そうなのか」

「でもその場合、自分のリアル住所と氏名をそこで入力しないといけないのよね」

「うわ、何だその危ない仕様は」

「そうなのよ、なのでそれは絶対にやらないようにってうちのリーダーから言われてるわ」

「まあ当然だな、誰にも見られないだろうとはいえ、

ゲーム内で個人情報を簡単に晒すなんて、リスキーだからな」

「理解が早くて助かるわ」

「でも個人情報……個人情報ね」

 

 キリトは何かひっかかるものを感じたが、それが何かは分からなかった。

 

「さて、それじゃあ早速……」

 

 そう言い掛けたキリトは、いきなり黙り込むと、きょろきょろと周囲を見渡した。

 

「どうしたの?」

「いや、何か誰かに見られてるような気配が……」

「それってあんたの外見のせいじゃないの?」

「うるさいな、気にしてるんだからそれには突っ込むなよ!」

 

 キリトはそう言いつつも、周囲を鋭い目で睨み続けた。

そしてしばらくして、キリトはやっと警戒を解いた。

 

「大丈夫?」

「ああ、もう嫌な視線を感じなくなった」

「嫌な視線、か……」

 

 シノンは、もしかしたら例のラフコフとやらのメンバーでもいたのかなと思ったが、

とりあえず時間が迫っていた為、キリトに急ぐように言った。

 

「締め切り時間が近いわ、とりあえずエントリーしちゃいましょう」

「だな」

 

 そして二人は手早くエントリーを済ませると、ほっとした顔で総督府の外に出た。

 

「何とか間に合ったわね、本当にありがとう」

「いや、元はといえば俺のせいだからさ……」

「まあそうね」

「そこは少しは否定しろよ!」

「だってあなたとシャナのせいじゃない」

「ぐぬぬ……あのシャナって奴、絶対に許さん」

 

 

 

「八幡君、ぷぷっ、男の生き様、見せてもらったよ」

「菊岡さん……」

「『ねぇそこの彼女達、良かったら僕とお茶でもしない?』には度肝を抜かれたけど、

その後の『すまん、これは詫びだ、受け取ってくれ!じゃあ俺はこれで!』は、

まさかそうくるとはまったく予想してませんでした」

「黒川さん、冷静に感想を言わないで下さい……」

「私で良ければこの後お茶でも行く?」

「安岐さんまで……」

 

 八幡は羞恥でもだえながらも冷静な表情を作り、画面に見入っていた。

だが、次のキリトの一言で、その冷静な仮面は簡単に剥がれ落ちた。

 

『ぐぬぬ……あのシャナって奴、絶対に許さん』

「俺のせいかよ!」

 

 思わずそう突っ込んだ八幡を、三人は生暖かい目で見つめた。

 

「まあ否定は出来ないかもですね……」

「もっといいやり方があった気もするなぁ」

「うん、あれはない、ないわぁ」

「ぐっ……」

 

 八幡は、三人のからかいに耐える事しか出来なかった。

そしてモニターの中では、シノンがキリトを連れ、射撃練習場に来ていた。

どうやら簡単な銃の扱い方だけレクチャーするつもりらしい。

 

「おっ、えらいぞシノン、さすがはうちのメンバーだ」

「さて、キリト君の銃の腕前はどうかな」

 

 そしてキリトは銃を構え、トリガーを引いた。だがその弾は的の隅に当たるばかりで、

的の中心近くには数える程しか命中しなかった。

 

「…………あれ?」

「静止してる的に当てるだけならそこまで難しくないと思うんだけど、違う?」

「いや、合ってますよ」

「姿勢もそんなに悪くないように見えるけど、これってどんなシステムだっけ?」

「心臓の鼓動に合わせて収縮する円の範囲内のどこかに弾が飛んでいく感じですね」

「なるほど、焦って撃ってるように見えるから、きっとそのせいね」

「あいつ、こういうの苦手だったのか……」

 

 しばらく射撃を行った後、これ以上付き合わせるのは悪いと思ったのか、

キリトはシノンにこう言った。

 

『何となくコツが掴めてきた気がするよ、

後は俺一人で大丈夫だ、今日は本当にありがとな、シノン』

『とてもそうは見えないけど、まあいいか、それじゃあ大会当日にまた会いましょう』

『ああ、その時は宜しくな』

 

 ちなみに大会開始は三日後である。そして去り際に、シノンがキリトにこう尋ねた。

 

『ところで最後に一つ、ゲームとはまったく関係ない事なんだけど、

男の立場としてどう思うか聞きたい事があるんだけど』

『ん、何だ?』

『例えばキリト君の友達に、男女を問わず凄くモテる人がいて、

その人が仲間内では全員一致でリーダーに相応しいと認められているとするじゃない?』

 

「ん?」

「ねぇ、それってもしかして……」

「やっぱり八幡君の事なのかな?」

「あいつは一体何を……」

 

『ふむふむ』

 

 そんな質問をされて、当然キリトの頭に思い浮かぶのは八幡しかいない。

 

『で、その彼は女性相手に凄くガードが固いとして、

そんな彼を誘惑するのに有効な方法って無いかしら』

『恋愛相談かよ!』

 

「うほっ」

「若いっていいなぁ」

「八幡君ってガードが固いんだ」

「え、いや、べ、別に俺の事とは限りませんよ」

 

 そんな八幡を、三人は生暖かい目で見つめていた。

 

『恋愛相談はあまり得意じゃ無いんだけどな……シノンの好きな奴がそういう奴なのか?』

『まあ正直言うとそんな感じ。もしそういう話が苦手なら、

キリト君の知り合いに、もし似たような人がいるなら、その人を頭に思い浮かべてもらって、

その人に対してどうすればいいかってのを教えてくれるだけでもいいんだけど』

 

「ま、待てキリト、余計な事は言うなよ……」

 

『そういう事ならまあいくつか思いつくけど、あいつは多分、

私かわいいでしょアピールはあまり好きじゃないと思うから、

自然な感じで適度な露出とほんの少しのアピールがあれば、

表面上はまったく変化無しに見えても、内心かなり動揺するんじゃないかな』

 

「あいつ!?今キリトの奴、あいつって言いました!?」

「八幡君、落ち着いて」

「キリト君の言うあいつって誰の事なのかしらね」

「八幡君、ドンマイだよ」

 

『なるほど……参考になったわ、それじゃあまたね』

『おう、また会おう』

 

 そしてシノンはその場でログアウトした。キリトはもう少し射撃練習を続けるらしい。

そしてその直後に八幡のスマホに着信があり、八幡はビクッとした。

 

「八幡君、着信だよ」

「女の子を待たせるのはどうかと思う」

「が、頑張って」

「三人とも、そのいやらしい顔はやめて下さい……」

 

 そして八幡は、諦めた表情で通話ボタンを押した。

 

「おう、どうした?」

『どうしたじゃないわよ、さっさとうちに来て直接私に説明しなさい』

「ちょ、直接?このまま電話で説明しちゃ駄目か?」

『あれだけ私を驚かせたんだから、直接来て誠意を示しなさい』

「え、えっと、別に説明無しでも俺はまったく構わないんだが……」

『説明は後だってメッセージを送ってきたのは八幡よね?』

「ですよね……」

 

 そして八幡は泣きそうな顔で詩乃に言った。

 

「それじゃあ今からそちらに伺わせて頂きます……」

『うん、よろしい』

 

 そう言って通話を終えた八幡に、三人は色々な意味でエールを送った。

 

「明日奈さんには言わないでおいてあげるからね」

「菊岡さん、心配しなくてもやましい事なんか起こりません」

「八幡君、据え膳食べちゃう?」

「安岐さん、食べませんから!何もありませんから!」

「相談にはいつでも乗るから、気軽に連絡してきてね」

「ありがとうございます黒川さん、その時は頼らせてもらいますね……」

 

 そして三人に見送られ、八幡はキットで詩乃の家へと向かった。

その少し後にキリトもログアウトし、和人はベッドの上で伸びをした。

 

「うう~ん、やっぱり銃は慣れないな」

「色々あったみたいだね」

「ええ、親切な女の子に会えたから良かったものの、

あのシャナって奴は本当にどうしようもないですね」

 

 黒川は既にその場を後にしており、残った二人は笑いを堪えつつ和人を労った。

 

「ま、まあ彼のおかげでお金が手に入って、そのせいでいい武器と防具も手に入ったんだし、

プラスマイナスだとプラスだからいいんじゃない?」

「まあ確かにそうなんですけどね」

「で、大会は三日後らしいじゃない、それまでどうするの?」

「そうですね、適当に街をぶらついて、情報収集でもしてみますよ。

運よく死銃ってのに会えたら煽れるだけ煽ってやります」

「オーケー、それじゃあまた明日ね」

「はい、またです」

 

 

 

「はぁ……肉食獣の巣に飛び込むってこんな気分なのかな……」

 

 八幡はそう呟きながら、詩乃の家のインターホンを押した。

 

「はぁ~い、どちら様?」

「俺だ」

「ちょっと待ってね、今開けるわ」

 

 そして直ぐに扉が開き、中から詩乃が姿を現した。

詩乃はTシャツに短パンというラフな格好をしており、八幡は一応詩乃にこう言った。

 

「ちょ、ちょっと無防備すぎじゃないか?」

「最近暑くなってきたし、家じゃいつもこんな感じよ?

それにそもそも八幡以外の前でこんな格好する訳無いじゃない。

私に信用されてるんだからちょっとは有難く思いなさいよね」

「あ、有難うございます……」

「どういたしまして、さあ、上がって上がって」

「お、おう……お邪魔します」

 

 そして扉が閉まった後、道路に一人の男が姿を現した。恭二である。

恭二は詩乃の家を突き止めた後、一日一度は何となく様子を見に来ていた。

このタイミングになったのはたまたまである。

 

「朝田さん、シャナさんの前じゃあんなに無防備なんだ……

でも朝田さんは僕の事が好きなんだから、いつかシャナさんにも死んでもらわないとかな」

 

 恭二はシャナの事を尊敬しつつも、シャナを殺すと簡単に口にした。

シャナへの尊敬を永遠のものにする為にシャナを殺す、

恭二の中ではそう整合性がとれているのだ。

 

「もうすぐ僕と朝田さんは結ばれるから、そうすればきっと朝田さんも、

僕だけを愛してるって気付いてくれるよね。もしそこで気付いてくれなかったら、

その時はあの注射を打てば、僕は朝田さんにとって永遠の存在となる」

 

 恭二は自分が詩乃を力ずくでモノにする場面を思い浮かべながら呟いた。

 

「それまでもう少しだけ待っててね、朝田さん」

 

 そう言いながら恭二は尚も監視を続けた。その時は、刻一刻と近付いていた。



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第399話 詩乃のトラウマ

「今何か冷たいものを用意するわ、ちょっと待っててね」

 

 そう言って詩乃はキッチンへと消えていった。

八幡は先ほどの会話を聞いていた為、一応警戒していたのだが、

詩乃は自然な態度で飲み物を持ってくると、そのまま八幡の隣に腰掛けた。

隣というのが少し気になったが、八幡は何かあったら直ぐに逃げ出せるように、

微妙に緊張した状態で詩乃のもてなしを受ける事となった。

 

「で、あれは誰?」

「お、おう、キリトだな」

「だから誰?」

「ん?もしかしてお前、キリトとはまだ面識が無かったんだったか?」

「あ、やっぱりヴァルハラの人とかだった?」

「そうだ、キリトは黒の剣士だ」

「く、黒の剣士!?」

 

 詩乃は、思いもよらぬ大物の名前が出てきたと少し驚いた。

 

「そうか、個々の名前じゃなくそっちの名前で覚えてたんだな」

「あ、う、うん、そっちはインパクトがあるからね」

 

 八幡が詩乃の前でキリトの名前を出したのは実はこれが初めてだった。

なので覚えていないのは当然なのだが、問題はそこではない。

何故この時期に正式に紹介されるでもなく不意打ちのような形でキリトが参戦してきたのか、

その事が詩乃はとても気になっていた。

 

(さて、人が死んでる事をどのタイミングで伝えるか、判断に迷うな……)

 

 八幡は、この場でその事を話すつもりでいたが、

そのタイミングについては慎重に判断するつもりでいた。

 

「で、キリト君に正体を隠す理由は何?」

「正直あいつがGGOに来るのは予想外でな、

俺が殺人ギルドの奴らを独断で調べていた事がバレたら、その……」

 

 言い淀む八幡を見て、詩乃はいたずらめいた表情で言った。

 

「怒られるから?」

「お、おう、まあそうだ」

「だったら最初から秘密にしなければ良かったのに」

「……あの時は、他の奴を危険な目に遭わせる訳にはいかないって思ってたんだよ」

 

 その言い方でピンときた詩乃は、八幡の顔を下から覗き込みながら言った。

 

「じゃあ今は?」

「今でも変わってないさ、でも俺だけが危険な目に遭ったら、

多分怒られるだけじゃ済まないだろうなって気はするな」

「でも今はまだ正体を明かす気は無い、そうよね?」

「まあそうだな」

「折を見てちゃんと話しなさいよ」

「……やっぱりそうだよな」

 

 詩乃はそんな八幡の様子を伺い、これはチャンスだと思ったのか、

八幡の顔にずずっと自分の顔を近付けながら言った。

 

「大切な友達なんでしょ?」

「ああ、俺の一番の親友だ」

「じゃあやっぱりいつかは打ち明けないとね」

 

 そう言って詩乃は、そっと八幡の背中に寄り添った。

八幡はその事に気付かないまま、ぼそっとこう答えた。

 

「だな」

 

 そして八幡は、そろそろ頃合いかと考え、

詩乃に既に犠牲者が出ている事をきちんと伝える事にした。

 

「でな、詩乃にも教えておかないといけない事があるんだよ」

 

 そう言って八幡は顔を上げた。だが先ほどまで横にいたはずの詩乃の姿が無い。

その代わり背中にやわらかい物が当たる気配を感じ、八幡は慌てて振り返った。

 

「ん、どうしたの?」

「……お前、いつの間にそこに?」

「まったく普通に近付いて、まったく普通に背中にくっついたんだけど」

「くっ……心の隙を突かれたか……」

 

 そして八幡は、じりじりと詩乃から離れ始めた。

だが詩乃も負けじとじりじりと距離を詰めていく。

 

「しまった、こうなる前に手を打つはずが……」

「ふっ、この私相手にそんな隙を見せたあなたの負けよ」

「ちっ、こうなったら奥の手を……」

 

 そして八幡は詩乃にぐっと顔を近付けた。

 

「な、何よ」

「それがお前の自然な感じの適度な露出とほんの少しのアピールか?」

「なっ、何でそれを……」

 

 その瞬間に八幡は身を躍らせ、テーブルの反対側に着地した。

 

「しまった!」

「まだまだだな、精神の鍛錬が甘い」

「くっ、八幡、どこでそれを?」

「キリトの行動は安全の為に全てモニターされていてな、俺もそのモニターを見てたんだよ」

 

 八幡はその言葉に詩乃が悔しがるかと思っていたのだが、

その予想に反して詩乃は顔を真っ赤にし、恥ずかしそうに下を向いた。

 

「も、もしかして質問から全部聞いてたの?」

「あ、ああ」

「そ、そう……」

 

 詩乃はそれ以上何も言わず、そのまま下を向き続けた。

八幡はやりすぎたかと反省し、どうしようかと考え始めたが、そこに救いの主が現れた。

 

「お前ら何を夫婦漫才みたいな事をやってるんだよ」

「……お前か」

「よぉ俺、あんまりうちの詩乃をからかうなよ、

こいつはこう見えてうぶだからな、守りに入ると弱いんだよ」

「それは知ってる」

 

 そしてはちまんくんは詩乃に近寄ると、ぽんぽんとそのおしりを叩いた。

本当なら肩を叩くところだが、はちまんくんの身長だとそれが限界なのだ。

詩乃は慣れているのか特に抗議もせず、顔を上げてはちまんくんの方を見た。

 

「お前も押すばかりじゃなく、いい加減に引く事も覚えろよ」

「うぅ……」

「そこらへんは椎奈辺りが抜群に上手いから、今度教えてもらうといい。

ほら、八幡が何かお前に言いたいみたいだぞ、ちゃんと話を聞いてやれ」

「う、うん」

 

 そして詩乃は八幡の正面に座り、何故か正座をした。

その膝の上にはちまんくんがちょこんと座り、

八幡も全て話そうと思い、その場で居住まいを正した。

 

「さあ、いつでもいいわよ」

「おう、ちょっと衝撃的な話かもしれないから、覚悟だけはしておいてくれよ」

 

 そして八幡は、自分のスマホに例の死人が出た時の死銃の動画を映し出し、詩乃に見せた。

 

「こいつは?」

「死銃と名乗っているという事以外、詳しい事は分からない。

だが一つハッキリしてるのは、この回線落ちしたプレイヤー、

こいつはこの直後に死亡が確認されたらしい」

「えっ?それってまさか、ゲームの中で撃たれたせいで死んだって事?」

「そんな事は百パーセントありえない、だがこいつは実際に死んだ。

どうやらキリトはその事件の調査の為にGGOに来たらしい」

「そういう事だったんだ……でもキリト君は、どうしてBoBなんかに出場を?」

「どうやら手っ取り早く名前を売って、死銃に目を付けられた上で、

実際にその銃で撃たれてみるつもりらしい」

 

 その言葉に詩乃は仰天した。

 

「そ、それって危ないんじゃないの?」

「いや、色々検討はしたが、ゲーム内で銃で撃たれるだけではリアルでは絶対に死なない。

だから何か起こるのかどうか確かめる意味合いが強い。

だが一応安全に配慮して、キリトは政府の施設からログインし、

現役自衛官がその様子をモニターしながら護衛に付いている」

「モニター……あ、そうか、メイクイーン・ニャンニャンにあったあれを使って……」

「そうだ、別にその為に作った訳じゃないんだが、それを利用しているのは確かだ」

「そっか、なるほどね……」

 

 詩乃は納得したように頷いた。そんな詩乃に八幡は厳しい顔で言った。

 

「もし死銃っぽい奴に出会ったら、お前は絶対に相手をするなよ。

お前のログイン環境はキリトと違って安全が確保されている訳じゃないんだからな」

「う、うん、分かった」

「いいか、絶対にだ、絶対にだぞ」

「分かったってば、そんなに私の事が心配なの?」

「当たり前だろ、本当はキリトにだってそんな事はさせたくないんだ」

 

 その言葉でピンときた詩乃は、心配そうな顔で八幡に言った。

 

「…………自分で銃弾を受けるのもやめてよね」

「そうだぞ、もし何かあったら詩乃が悲しむから、絶対にやるなよ、俺」

「…………おう」

 

 八幡は気まずそうな顔でそう答えた。

その八幡の顔を見た詩乃は、もしその時が訪れたら八幡は絶対に、

その身で銃弾を受けようとするだろうと確信した。

 

「……本当に?」

「お、おう」

「嘘よね?」

「ん、いや、嘘じゃねえよ」

「どうせ自分じゃ受けるつもりは無かったけど、

結果的にそうなっちまったとか言うつもりなんでしょ」

「いや、それは……」

 

 そして詩乃は突然はちまんくんを抱えて立ち上がり、こう言った。

 

「はちまんくん、もし八幡が死ぬような事があったら、私を殺して」

「お前、いきなり何言ってんだよ……」

「それが詩乃の望みか?」

「お前も何言ってんだよ、正気か?」

「俺は人間じゃないからな、常に正気に決まってるだろ」

 

 そう八幡に答えたはちまんくんは、詩乃を見上げながら言った。

 

「分かった、その願い、俺が確かに聞き届けよう」

「おい!」

「ありがとうはちまんくん」

 

 そして詩乃は晴れやかな顔で八幡に言った。

 

「これでもう絶対に死ねなくなったわね、八幡」

「お前な、安易にそういう事をこいつに言うなよ……」

「詩乃の命令は絶対だからな、もう諦めろよ俺」

「ちっ……」

 

 そして八幡は、お手上げだという風に詩乃に言った。

 

「分かった分かった、約束する、約束するから」

「ならよろしい」

 

 詩乃は満足そうにそれに頷いた。

 

「ちなみにキリトが銃弾を受けるのは、止められるか自信はないぞ、

あっちは万全の体制をとっているんだからな」

「まあそれはね。私も八幡がキリト君と同じ環境でログインするなら、

銃弾を受けるのを許可しないでもないわよ」

「いいのかよ!」

 

 八幡はその詩乃の言葉に思わず突っ込んだ。

 

「私が嫌なのは、あんたが行き当たりばったりでそういう決断をする事だもの。

準備に準備を重ねて試す分にはそんな感情論だけで反対しないわよ。

そんなの、重い女だって思われるだけじゃない」

「いや、現時点でもかなり重いと思うが……」

「力持ちなんだから、それくらいは支えなさい」

 

 そう言って詩乃は、八幡の顔めがけてはちまんくんをぽんっと放った。

 

「おわっ」

 

 はちまんくんは、落ちないように八幡の顔にしがみつき、

その隙を突いて詩乃は再び八幡の背後に回りこむと、そのまま八幡に抱き付いた。

 

「お前な……」

 

 八幡は何とかはちまんくんを顔から引き剥がすと、詩乃から離れようとした。

だが八幡は、詩乃が震えている事に気が付き、慌てて詩乃に言った。

 

「大丈夫だって、約束しただろ?無茶な事はしないって」

「違うの、今の話を聞いて思い出した事があるの」

「ん、何だ?」

「もしかして、ゼクシードが落ちたのって……」

「……ああ、その話か」

 

 八幡はその話もしておくべきかと思い、続けて詩乃に言った。

 

「俺もそれが気になってな、知り合いの政府の人に尋ねたんだが、

あの時刻にそういう状況で死んだって奴はいないらしい」

「そっか」

「だがゼクシードも死銃に撃たれたのは間違いないらしい。

だからゼクシードがどうなったのか、今調査してもらってる所なんだ」

「えっ、やっぱりゼクシードも撃たれてたの?」

「ああ、音声だけアップしてた奴がいてな」

「そうだったんだ……」

 

 そして八幡は比較の為に、二つの動画を続けて再生した。

 

「確かに同じ人みたいね」

 

 八幡の背中越しにそれを見ていた詩乃が、いきなりビクッとした。

 

「どうした?」

「まさか……い……」

「い?」

「嫌……嫌……」

「どうした?」

 

 八幡は慌てて振り返ったが、その目に飛び込んできた詩乃の顔は真っ青だった。

 

「どうした?おい詩乃、大丈夫か?」

 

 詩乃は顔面蒼白になりながら、震える指で八幡のスマホを指差した。

 

「死銃の持ってるその銃……」

「この銃がどうかしたのか?いや、まさか……」

 

 八幡は詩乃がこれだけ怯える銃の名前に一つだけ心当たりがあった。

 

「黒星か」

「う、うん……」

 

 八幡はそれを聞いてスマホの動画を消し、詩乃の背中を優しくさすった。

 

「ごめん、もう大丈夫だから……」

「悪い、銃の種類までは詳しく見てなかったわ」

「ううん、私も最初は気付かなかったから……でも意識しちゃうとやっぱりまだ無理みたい」

「とりあえず横になってた方がいい」

 

 八幡はそう言って詩乃を寝かせた。詩乃がその手を握ってきた為、

八幡はそのまま詩乃の好きにさせておいた。

 

(これは偶然か?偶然にしちゃ出来すぎている気もするが……)

 

 八幡はそう考えたが、いくら考えても答えが出るはずもない。

 

「おい、お前タオルか何かがしまってある場所が分かるか?」

 

 八幡は、はちまんくんにそう尋ねた。

 

「おう、分かるぞ」

「それじゃあそれと、新しい服を何か持ってきてやってくれ、詩乃が汗びっしょりだからな」

「任せろ」

 

 はちまんくんは直ぐに言われた通りの物を用意し、八幡は詩乃の顔をタオルで拭くと、

そのタオルと新しい服を詩乃に手渡しながら言った。

 

「俺は後ろを向いてるから、とりあえず着替えた方がいいな」

「うん、分かった」

「言っておくが、着替え終わってないのに着替え終わったとか言うのは無しだぞ」

「ちぇっ、読まれてた」

「それだけ元気なら、とりあえずは大丈夫そうだな」

「うん、ちょっと待っててね」

 

 そして詩乃は汗を拭きながら着替え始めた。

八幡はその間、詩乃のこの症状をどうすればいいか考えていた。

 

(以前蒔いた種を使うか、丁度キリトもGGOに来てくれた事だしな、

さて、うまく暗示がかかってくれればいいんだが……)

 

「オーケー、もういいわよ」

「おう」

 

 八幡は一応警戒し、そっと振り向いた。詩乃はちゃんと服を着ており、八幡は安堵した。

 

「大丈夫そうだな」

「うん、心配かけてごめんなさい」

「なぁ詩乃、俺が前にその症状について言った事を覚えてるか?」

「いつか私がこれだと思うプレイヤーと出会ったら、その時その人に事情を話してみろ。

そしてその出会いによって、私はきっとその呪縛から解放されるって、八幡が断言した奴?」

「おう、覚えてたみたいだな、そのプレイヤーってのが、今日会ったキリトだ。

機会があったらあいつにその事を話してみろ、

あいつはお前の悩みなんか、力ずくで簡単にぶっ飛ばしてくれるだろう」

「力ずくなんだ」

 

 詩乃は面白そうにそう言った。

 

「ああ、俺が断言するんだ、お前はもう何も心配するな、

俺とキリトがお前を必ず助けてやるからな」

「うん、分かった、信じる」

 

 詩乃は何の疑問も持たずにそう言った。八幡が断言するのだから必ずそうなる。

詩乃はそう信じ込む事で、ある意味自分で自分に暗示を掛けていたのだが、

そこまではさすがに考えが及ばなかった。

 

「よし、それじゃあ今日は帰るとするか、

詩乃もBoBに向けてしっかり体調を整えておくんだぞ」

「うん、分かった」

 

 そして八幡は詩乃の家を後にし、詩乃はそれを見送った。

外に出た時八幡は、一瞬嫌な視線を感じたような気がした為、最後に詩乃に念を押した。

 

「戸締りはしっかりしておけよ、あと可能なら夜は一人では出歩くな、

暖かくなってきたせいで、変な奴が沸いてるかもしれないからな」

「ふふっ、過保護なのね」

「それくらいが丁度いいんだよ、それじゃあまたな、詩乃」

「うん、またね」

 

 詩乃は心配された事が嬉しいのか、上気した顔で八幡を見送った。

 

 

 

「朝田さん、着替えたんだ……しかもあんな赤い顔で……」

 

 その光景を見ていた恭二は、悔しそうにそう言った。

恭二は八幡と詩乃の様子を見て、つまりそういう事なのだと勝手に誤解した。

だがその顔には、ショックの色はそれほど見えなかった。

 

「まあいいや、どうせ朝田さんは僕と永遠の時を過ごす事になるんだ、

今がどうだろうとそんなのは関係ないや、

多分その直前に、僕と朝田さんも結ばれる事になるだろうしね」

 

 そう言うと恭二は、さすがに時間も遅い為、そのまま自宅へと戻っていった。

 

 

 

 八幡は家に帰ると、電話でアルゴに一つの依頼をした。

それは詩乃にとって、最後の一押しとなる依頼である。

そして電話を切った直後に菊岡から着信があった。

 

「もしもし、どうしました?」

「こんな時間にごめんね、どうしても急ぎの用があってさ」

「大丈夫です、今帰ってきた所なんで」

「そうか、で、早速用件だけどね、ゼクシードって子、見つかったよ」

「本当ですか!?あいつは生きてましたか?」

「うん、それなんだけどね……」



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第400話 ありがとよ

実質的に400話を達成する事が出来ました!でも半分以上がGGO編という……
ちょっと長すぎな気もしますが、もう少しでGGO編も終わります!
大会に入ればそこからは早いですので、最後まで頑張ります!


 次の日八幡は、朝から忙しく動き始めた。最初に連絡したのは紅莉栖の所だった。

 

「ちょっと聞きたい事があるんだが……」

 

 そして紅莉栖から太鼓判をもらった八幡は、次に経子に連絡をした。

 

「経子さん、いくつかお願いがあるんですが……」

 

 次に連絡したのは南の所だった。

 

「南、ちょっと頼みにくい事を頼みたいんだがな……」

 

 次に八幡は、菊岡に連絡を入れた。

 

「菊岡さん、こっちの根回しはオーケーです」

 

 そして最後に八幡は、薔薇に連絡をした。

 

「おい小猫、命令だ」

「あらそういう八幡は久しぶりね、あ、その前に報告があるのよ、

声紋検査の結果なんだけど……別人の可能性が高いそうよ」

「そうか、という事はやはり複数犯の可能性が高いって事か」

「何かあったの?」

「それはこれから指示する事に関係するんだ、詳しくはゲーム内で明日奈から聞いてくれ」

「分かったわ」

「それじゃあ指示を出すぞ、先ず……」

 

 そして八幡は、次に明日奈と小町に今どうなっているのか状況を説明した。

 

「……という訳でな、学校が終わった後、

十狼と友好チームの連中に連絡を回しておいて欲しいんだ、

もし死銃を見かけても決して手出しせず、情報だけロザリアに送って欲しいとな」

「分かった、任せてよお兄ちゃん」

「あのゼクシードさんが意識不明の重体だなんて……」

「そっちは俺に任せろ、何とかするから」

 

 八幡は明日奈にそう言うと、その日の放課後に、キットでとある場所へと向かった。

その場所に着いた八幡は、目的の人物を見つけ、声を掛けた。

 

「よぉ、悪いな、急に呼び出したりして」

「南から久しぶりに電話が来てびっくりしたよ、

まあそれは別にいいんだけど、まさかお礼参りとかじゃないよね?」

「ゆっこ、びびりすぎだって、もううちら和解したじゃない」

「その通りだ、心配しなくていい、今日はちょっとゼクシードについて大事な話があるんだ」

「ゼクシードさんの?」

「ああ、詳しい話は車でする」

 

 そして八幡は、二人をキットの所まで案内した。

 

「これ、あんたの車?」

「ああそうだ、格好いいだろ?」

「うん、悔しいけどそう思う」

「やっぱあんた凄いんだね」

 

 三人はそのままキットに乗り込み、八幡は運転をキットに任せると、

二人に現状どうなっているかの説明を始めた。

 

「えっ、そんな事になってたの?」

「だからゼクシードさん、インして来なかったんだ……」

「ああ、これからゼクシードの所に案内するから、

二人にはそこで俺と一緒にあいつに会って欲しいんだ」

「うん、そういう事なら」

「声を掛けてくれてありがとうね」

「でも意識不明なんだよね、うちらに出来る事ってあるの?」

「それは考えてあるさ、任せてくれ」

 

 そしてキットはまもなく目的地へと到着した。

そこでは沢山のスタッフが慌しく動き回っており、

八幡は真っ直ぐに頼み事をした人達のいる場所へと向かった。

そこには菊岡と凛子とめぐりと清盛、そしてイヴがいた。

 

「菊岡さん、お待たせしました。あれがゼクシードですか?」

「うん、昨日も言った通り、ザスカーからの情報提供のおかげで、

首尾よくゼクシードこと茂村保君の身柄を確保する事が出来たよ」

「昨日こいつの状況は聞きましたけど、よく連れ出せましたね」

「いやぁ、まさかあんな状況になっていたとはね、これだから地元の名士って奴は困るよ、

まあそれでもそこはほら、国家権力を駆使してね」

 

 菊岡はニヤリと八幡に笑いかけた。

 

「……どんな脅しをかけたんですか?」

「やだなぁ、法を犯すような真似はしてないよ、普通に交渉したさ、彼のご両親とね」

「つまり法を犯すスレスレのラインで留めたって事ですか」

「いやぁ、あはははは」

 

 菊岡は誤魔化すように笑い、八幡はそれを見て苦笑しながら次にイヴに話しかけた。

 

「イヴ、小猫から聞いたと思うが……」

「八幡様、アバターと家の準備はバッチリです」

「悪いな、今アルゴには他の事を頼んでいてな」

「大丈夫、簡単でしたから」

 

 そして最後に八幡は、凛子とめぐりと清盛に声を掛けた。

 

「凛子さん、じじいのお守りをさせちゃってすみません」

「なんじゃと!久しぶりに会ったと思ったらそれか!」

「経子さんから話は聞いたわ、セッティングはバッチリよ、

彼の意識はいつでもサーバーに接続可能よ」

「儂も経子から話は聞いておるぞ、そこの嬢ちゃんと一緒にしっかりと調べ直すからな、

まあ結果が出るのはしばらく後になるが、

お主は心配せずに、そのゼクシードとやらを存分に叩きのめしてこい!」

「いやじじい、今日はそういうんじゃないから……」

「八幡君、私がしっかりサポートするから大丈夫だよ」

「お願いします、めぐりん」

 

 そして八幡は、状況がいまいち飲み込めていないゆっこと遥を、

併設されたアミュスフィアのあるベッドの所へと案内した。

 

「ちゃんと説明してなくて悪いな、先ず最初に、ここで見た物は秘密にすると約束してくれ、

これは一応うちの会社の機密なんでな」

「大丈夫、何がなんだか直接見てもさっぱり分からないから」

「うん、多分説明されても分からないと思う」

「この施設の名は眠りの森、そしてこの大げさな機械は、細かい説明は省くが、

まあ要するに意識不明の奴とVR空間でお話が出来る機械だと思ってくれればいい」

「うん、もうこの時点でよく分からない」

「だね」

「まあとりあえずあいつに会いに行こうぜ」

 

 そして八幡達三人は、アミュスフィアを被り、

ゼクシードが待っているはずの空間へとダイブした。

 

 

 

「ここは……?」

 

 ゼクシードは意識を取り戻し、きょろきょろと辺りを見回した。

自分は確か、MMOトゥデイの主催する座談会で、熱弁を振るっていたはずだ。

そしてそこで胸が苦しくなり、それから……

 

「よぉゼクシード、元気そうだな……とも言えないか」

「お、お前はシャナ!」

 

 シャナはイヴに頼んで、自分の外見をシャナと同じにしてもらっていた。

ちなみにユッコとハルカ、それにゼクシードも同様である。

 

「いやぁ、事前に紅莉栖に確認はしておいたが、

意識不明の奴ともこうやってちゃんと話が出来るんだな、これで一安心だ」

「……何の事だ?そもそもここはどこだ?」

「まあ待ってろって、ほら、二人が来たぞ」

「二人?」

 

 そんなゼクシードの前に、二人の女性が姿を現した。

 

「あれ……ユッコ、ハルカ?」

「ゼクシードさん!」

「もう、あんまり心配させないで下さいよ!」

「心配?どういう事だ?」

 

 そして二人は、今日がBoBの予選開始の二日前だという事を説明した。

 

「え、まじかよ、俺はいつの間にか時を越える能力を身に付けていたのか……」

「んな訳あるかよ、今から俺が説明する」

「シャナ……悪い、頼むわ」

 

 ゼクシードは予想外に素直にそう言った。

ここでいがみ合っていても仕方がないと思ったのだろう。

 

「お前はあの座談会の途中でいきなり回線切断されたんだが、

どうやらその直後に意識不明の重体で、病院に運ばれたらしい」

「えっ、俺の体に一体何が?」

「正直それはまだ何ともだ、何せお前の両親が、その事を警察に秘密にしたらしいからな。

病院での検査も、そこまで精密にはやらなかったらしい」

「まじかよ……まあ仕方ないか、あいつらは俺の事が嫌いだからな」

「そうなんですか?」

「ああ、俺は穀潰しらしいからな、自分の食い扶持は自分で稼いでるっていうのによ」

 

 どうやらゼクシードは、GGOでの収入で一応生活出来ていたらしい。

家が一族の持ち物の為、家賃がかからない事が大きかったようだが、

さすがはトッププレイヤーだという事なのだろう。

 

「で、俺がザスカー経由でお前の身元を照会して、政府にそれを提供した。

そのおかげでお前が放り込まれていた病院を見つけ出し、

俺の息のかかった施設にお前を連れてきた。で、今こうなってると、そういう事だ」

 

 その説明にゼクシードはポカンとした。

 

「シャナ、お前何者だよ……」

「まあそれはいいだろ、ただの成り上がりだよ」

「いや、それにしてもな……」

 

 そんなゼクシードに、シャナがソレイユの次期社長だと知るユッコとハルカが言った。

 

「まあそういうものなんですよ、ゼクシードさん」

「そうそう、考えるだけ無駄ですって」

「ん、そ、そうか?まあそれならいいか」

 

 ゼクシードは能天気にそう言った。内心は不安でいっぱいだったが、

ユッコとハルカがいる事が、その不安を軽減させているようだ。

ゼクシードはその点はシャナに感謝していた。

 

「わざわざユッコとハルカをここに連れてきてくれて、ありがとな」

「いや、俺だけの話じゃ信じてもらえないかもしれないと思ってな、

まあサービスだ、サービス」

「…………」

 

 そしてゼクシードは、シャナをじっと見ながら言った。

 

「俺の体の事だし、俺に何か手伝える事はあるか?」

「まだお前が意識を失った原因を調査中だから何とも言えないが、

俺はお前を治療するつもりでいる。もしかしたら後遺症が出る可能性もあるが、

極力死なせはしないつもりだ。

だからお前は生きようという強い意思を持ってくれると助かる」

「強い意思か……」

 

 そしてゼクシードは、ユッコとハルカを見ながら言った。

 

「こうして二人も来てくれた事だし、お前にまだ勝ってないからな、

こんな状態で死ぬ訳にはいかないよな」

「ですです、せっかく私達が来たんだから、また一緒に頑張りましょうよ」

「うんうん、私達ももっともっと稼ぎたいですから!」

「ははっ、正直だな」

 

 ゼクシードは機嫌を損ねるでもなく、面白そうにそう笑った。

そんなゼクシードにシャナが言った。

 

「まあ俺はお前には負けないけどな」

「くっそ、絶対いつか負かせてやる」

「いつでも挑戦は受けてやるよ」

 

 そしてシャナは、遠くに見える家を指差して言った。

 

「しばらくお前には、この空間で過ごしてもらう事になる、

その為にあそこに家を用意した、好きに使ってくれ」

「家!?」

「シャナ、やっぱりお前何者だよ……」

「VR空間の家だからな、別に実際に家を作った訳じゃないぞ」

「まあそれはそうだけどよ」

「俺が案内するからさっさとあの家まで行くぞ」

 

 そして四人はその家の中に入り、その設備の充実っぷりに驚いた。

 

「おいおい、俺の住んでるアパートよりも豪華じゃないかよ」

「この端末を使えば、普通にネットとかを見れるからな、

これを使ってBoBの観戦も可能だ」

「観戦だけなのか?」

「すまん、実はまだお前が使ってる機械は仮設段階で、

ネットを見る事は可能だが、実際に何か戦ったりとかは出来ないんだよな」

「そうか…………BoB、出たかったけどな」

「…………まあまた次があるさ」

「だといいんだけどな」

 

 ゼクシ-ドは一瞬寂しそうな顔をした後、晴れやかな顔で言った。

 

「まあいいさ、俺の仇はシュピーゲルにでもとってもらうさ」

 

 その意外な名前にシャナは少し驚いた。

 

「シュピーゲル?お前あいつと親しいんだったか?」

「まあそれ以前にもたまに話す機会があったんだが、先日一緒にBoBに出場を申し込んで、

お互い頑張ろうって約束したからな」

「そうだったのか」

「そういえばあいつの勧めでモデルガンも頼んでたんだったわ……」

「モデルガン?」

「ああ、俺の今の愛銃のな。くそ、本戦に出れれば手に入ったんだけどな」

「…………まあ確かにそれはいい記念になっただろうな、それこそ一生もののな」

 

 シャナはここでリスク云々の話を持ち出すのは無粋だと思い、

その事は指摘しない事にした。

 

「まあとりあえず、二人はここに自由に出入り出来るようにしておくから、

たまにはこいつの話し相手にでもなってやってくれ」

「私達もそこまで暇じゃないんですが、BoBを観戦する時は必ずここに来ますから」

「だね」

「大丈夫、それまでの間くらい一人で全然余裕だって、動画とかでも見てのんびり過ごすさ」

「ちなみに料理とかも出来るからな、暇潰しくらいにはなるだろ」

 

 シャナはそう言うと、最後にと断った後、ゼクシードに倒れる直前の事を質問した。

 

「何か気付いた事とかは無いか?」

「いや、まったく無いな……とにかく苦しくて、気が付いたらここにいたからな」

「そうか……」

「悪いな、役に立てなくて」

「いいさ、元気になったらまたGGOでやりあおうぜ」

「おう」

 

 こうしてシャナとゼクシードは、以前よりほんの少し仲良くなった。

そしてシャナ達三人はログアウトし、一人残されたゼクシードは、

部屋の中でぽつりと呟いた。

 

「あ~あ、くそ、敵だと思ってた奴に優しくされると調子が狂っちまうじゃねえかよ、

チッ…………ありがとよ」

 

 

 

「えっと、今日はなんかありがとう」

「うん、ありがとう」

「いいって、俺は自分がやりたい事をやってるだけだからな」

「仲良くは出来ないけど、でも言いがかりみたいな悪口はもう言わないよ」

「やっぱり敵同士だしね」

「ああ、まあ馴れ合う必要は無いからな。それじゃあくれぐれもここの事は秘密にな」

「うん、それは約束する」

「わざわざタクシーの手配までしてくれてありがとう」

「むしろ送ってやれなくて悪いな、まだちょっとやる事があるんでな」

 

 そして二人は八幡に感謝しながらタクシーに乗り込んだ。

当然その料金は菊岡に出させたのは言うまでもない。

 

 

 

「じじい、どうだ?」

「まだ何ともだが、これは何かの薬物が使われた可能性があるな」

「薬物か……」

「薬関係の事は私に任せてね、八幡君」

「お願いします、めぐりん」

「まあちゃんと調べておくから安心せい、これでも元は名医だったからの」

「自分で言うなよじじい……」

 

 こうして八幡はゼクシードの身柄を確保し、培ってきた人脈をフルに活用して、

着々と真実へと近付いていく事になる。




寄り道だったはずのメディキュボイドからの京都編が、
やっとここに来て密接に話に関わってくるようになりました。
イヴはアルゴの代役を務め、めぐりは薬関係でその力を発揮します。
そしてまさかの清盛再登場でした!


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第401話 アイの提案

すみません、後半は凄く思わせぶりな話になります。
皆さんも色々と先の展開を想像してみて下さい。


 残念ながら収穫はあまり無かったが、

八幡はとにかくゼクシードに事情が聞けた事でとりあえず満足し、そのまま帰ろうとした。

その瞬間に八幡は怪しい気配を感じ、慌てて振り返った。

 

(何だ……?)

 

 だが振り返った先には誰もおらず、ただモニターが置いてあるだけだった。

八幡はしばらく様子を伺っていたが、やはり誰もいない。

そして八幡は、再び外に出ようと踵を返したのだが、

その瞬間に何ともいえないプレッシャーを感じ、八幡は再び振り向いた。

 

(またか……一体どこに……)

 

 そして八幡は緊張に耐えられなくなったのか、そちらに向けて声を掛けた。

 

「……誰かいるのか?」

『ずっと目の前にいるのだけれど?』

『そうだよそうだよ、ボク達を放置して黙って帰ろうだなんて!』

 

 その口調で、八幡はその気配が何なのか気が付いた。

八幡が自分達に気が付いた事を確認した二人は、慌てて何かの準備を始めた。

画面が消える直前、一瞬アイとユウが服を脱いだように見えた八幡は深いため息をついた。

そんな自分の事をニヤニヤしながら見ている凛子に気が付いた八幡は、

黙ってベッドに横たわり、凛子に言った。

 

「……ちょっと子守をするのを忘れてました」

「そうね、あなたはある意味あの二人の保護者だものね」

「……………………はい」

 

 そして八幡は二人の家にログインしたのだが、

その瞬間に、雲一つ無い空と白い砂浜、そして青い海が視界いっぱいに広がった。

砂浜にはご丁寧にビーチパラソルとビーチチェアが準備されており、

そこに水着姿で寝そべっている二人の姿を見た八幡は、呆然と呟いた。

 

「…………何だこれは」

「ダル君が作ってくれたのよ」

「……………………あいつの仕業か」

「はい、これ」

「水着か……」

 

 八幡はその水着を一度ストレージにしまい、ボタン一つで一瞬でその水着に着替えた。

それを見たアイは愕然とした顔をした。

 

「ちょっと、そこは男らしく私達の目の前で全裸になって着替える所じゃない?」

「逆にめんどくせえ」

「ちっ……」

 

 アイは舌打ちした後に気を取り直したように咳払いをし、ニコニコと笑顔で言った。

 

「ところでパパ」

「パパ?……ああ、もしかして子守って言ったのを聞いてやがったのか?」

「映像をオフにして音声だけオンにする事も出来るのよ、覚えておきなさいパパ」

「俺はお前のパパじゃねえ!」

 

 八幡はパパ、パパと連呼され、抗議するように言った。

 

「というかお前、そのパパって絶対愛人的な意味で言ってるよな?」

「八幡は馬鹿なの?私と八幡の年齢差でパパと呼んでいるんだから、

そんな事言うまでもないじゃない」

「ああはいはい聞いた俺が馬鹿だったよ」

 

 そしてアイは次に、水着の肩紐を外しながらこう言った。

 

「とりあえずパパ、私の成長具合を確認する為に、

『ぐへへ、アイちゃんがどれくらい成長したのか脱がせて確かめてみようね』

って言ってみて」

「俺はそんな変態キャラじゃねえ、あと肩紐を外すな」

「もしかして私にサンオイルを塗りながら、

わざと手を前の方に滑らせるプレイがお望みなの?」

「よ~しユウ、アイはほっといて一緒に泳ぐか、競争するぞ」

「え、あ、うん!」

 

 ユウはアイに気を遣ったが、アイが頷いたのでそのまま八幡の後を追いかけていった。

アイは次はどうしようかと考えていたが、

やがて考えがまとまったのか、二人が競争の目印にしている岩へと向かって泳ぎ出した。

 

 

 

「ゴ~ル!」

「参った、ユウは泳ぐのが速いんだな」

「えっへん!」

 

 どうやらユウは泳ぎが得意らしく、八幡はユウに一度も勝てなかった。

 

「ユウは小さい頃は泳ぎが得意だったものね」

 

 そんな二人に岩陰で待機していたアイが声を掛けた。

 

「そこにいたのかアイ、お前も一緒に競争したくなったのか?」

「残念ながらいいえ、ユウ、このステージが実装された時に話し合った事を覚えているわね」

「あ、うん」

「オペレーション・モーゼを発動するわ、直ぐに準備を」

「あ!了解!」

「…………なんだ?」

 

 そして二人はウィンドウを開き、何か操作したかと思うと、

いきなり胸を隠すような仕草をしながら八幡に言った。

ちなみにここは足が届くので、海に沈むような心配は無い。

 

「きゃあ、水着が流されてしまったわ、八幡、探すのを手伝って!」

「手伝って!」

「なんてベタな……」

 

 八幡は、一体何がモーゼなんだとため息をついたが、

その瞬間に何かに気が付いたのかハッとした。

 

「おい、まさか……」

「ふっ」

 

 だがどうやら気付くのが少し遅かったようだ。アイは八幡を見て鼻で笑ったかと思うと、

その瞬間にいきなり海が割れ、上半身裸の二人の姿があらわになった。

 

「やっぱりか!」

「もう遅いわ、さあユウ!」

「うん!」

 

 そして二人が両手を広げようとした瞬間に、

八幡はくるっと踵を返し、脱兎のごとく逃げ出した。

 

「あっ……」

「ちっ」

「ははははは、まだまだ甘いな、足の届かない所でやられたら、

バランスを崩して直ぐには動けなかったかもしれんが、

足が立つ以上その場から逃げる事など造作もない」

 

 八幡は目を瞑ったまま浜辺で振り返り、そう高笑いをした。

その瞬間に、八幡の耳元でアイの声がした。

 

「私に対抗しようだなんて百万年早いわよ」

「何っ!?」

 

 次の瞬間、八幡の背中に柔らかい感触が四つ押し当てられ、八幡は硬直した。

 

「一体どうやって……」

「あそこはVR空間内VR空間なの。だからその空間を消せば、

当然私達は元の場所に戻る。そう、この家の庭にね。

八幡は実はログインした位置から一歩も動いていなかったの。

そして私達もその位置で待機していたのよ。目を瞑ったのが失敗だったわね」

「手の込んだ事を……」

「アイはこういうのを考えるのが得意だからね」

「くっそ、またセクハラされちまった……」

 

 そう言って落ち込む八幡から、何故か二人はスッと離れ、

ちゃんと服を着た状態で八幡の前に回りこんでこう言った。

 

「どう?ちょっとは元気が出た?」

「八幡、ちょっとは元気になれた?」

 

 そう二人に言われた八幡は目を開くと、焦った様子で二人の顔を見た。

 

「お、お前らどうして……」

「だって、いきなり意識不明の患者さんが運び込まれてきたかと思ったら、

直ぐに八幡が暗い顔で登場したから、それは何かあったなって思うわよ」

「出てきた時は多少満足したような表情だったけど、

どう見ても疲れてますって感じの動きをしてたからね」

「だから元気付けようと思ったの。どうだった?」

「…………何か心配かけちまったみたいだな、ごめんな二人とも」

 

 八幡は頭をかきながら二人にそう言った。

 

「気にしなくていいよ、ボク達は八幡の愛人なんだから!」

「そうそう、いつも沢山愛してもらってる分、こういう時はちゃんとお返ししないとね」

「お前ら既成事実みたいに言うんじゃねえよ!」

 

 そう言いながらも八幡は、いつの間にか笑みを浮かべていた。

 

「良かった、ちょっとは元気になってくれたみたいだね!」

「とりあえず家に入りましょう、お茶でも入れるわ」

「そうだな、それじゃあちょっとゆっくりさせてもらうか」

 

 そして三人は家に入り、仲良くお茶を飲みながら話をした。

 

「今はどんな案件を抱えているの?」

「まあお前らになら話しても問題ないだろうな、今関わっているのはな……」

 

 そして八幡は、GGOで今何が起こっているのかを、動画を見せながら二人に説明した。

 

「こんな事件が起きてたんだ……」

「この男が犯人なの?」

「その一人ではあると思うんだがな……いくつか推測出来る事はあるんだが、

まだ色々材料が足りないんだよな」

「逆に分かってる事は何なの?」

 

 アイにそう尋ねられ、八幡は分かっている事実を羅列した。

 

「こいつの名前は死銃、使ってる銃は黒星、トカレフだな。

このキャラは多分複数の人間が操作している、それは声紋分析から明らかだ。

こいつがゲーム内でプレイヤーを撃つと、そのプレイヤーは現実世界で死を迎える。

と言っても多分、別の奴がタイミングを合わせて薬物を使って殺してるんだと思う。

だがそれもな、プレイヤーの住所をどうやって調べているのかがネックなんだよな」

「直接聞いたとか?」

 

 八幡はその問いに首を振った。

 

「さすがにそんな事、教える奴はいないだろ」

「まあそれもそうね」

「後ろから覗き見たんじゃない?」

「そんな事をしたら即通報されるだろうな、というか見られた奴が直ぐ気付くだろうな」

「だよね……」

 

 それが真実に一番近いとは、さすがに誰も気付く事が出来なかった。

 

「ザスカーに問い合わせするにしてもな……

さすがに疑いだけで情報の開示を頼むのは無理があるからな。

さっき運ばれてきた患者の時に多少強引に頼んだだけに、二度続けてはちょっとな」

「打てる手が無いわね」

「だねぇ」

 

 三人は腕を組み、う~んと唸った。

 

「視点を変えてみましょう、八幡は犯人の正体に心当たりとかは無いの?」

「無くはないな」

「誰?」

「ラフィンコフィンだ」

 

 八幡はそう言って、ラフィンコフィンの事を二人に説明した。

 

「世の中には頭のおかしな人達がいるのね」

「気持ち悪いなぁ」

「八幡はそのラフィンコフィン対策は、何かしているの?」

「俺がやっているのは、敵のプレイヤーネームの割り出しだな、

それと俺がシャナだってのは多分あいつらにはバレてるから、

あまり効果は無いかもしれないが、おびき出せたらと思って一応……」

 

 そして八幡は、とある事実を二人に告げた。

それを聞いたアイが、八幡にとある提案をした。

 

「それなら…………っていうのはどう?」

「お前それ本気で言ってるのか?」

「もちろんよ、こんな場でそんな冗談を言う訳が無いじゃない」

「…………確かにそれならおびき出せるかもしれん、分かった、やってみるか」

「ええ」

 

 こうして八幡達も、何らかの作戦を開始した。

それが明らかになるのはもう少し先の事となる。

 

 

 

「あら、随分元気そうな顔になったわね」

「すみません凛子さん、もう一度ゼクシード……茂村保でしたっけ?

あいつの所に行きたいんですが」

「それは構わないけど何かあるの?」

「ええ、ちょっと頼みたい事がありまして」

「まあ別に問題無いわよ、今準備するからちょっと待っててね」

「はい、俺もまだ他に色々準備があるんで大丈夫です」

 

 次に八幡は、アルゴに連絡をとった。

 

「どうしたハー坊、オレっちが恋しくなったのカ?」

「いきなりだな、また泣かされたいのか?」

 

 八幡はアルゴにそう返した。

それはもちろんアルゴを数日間マンションまで運んだ時の話である。

 

「……いや、もうあれは勘弁だぞ、で、何かあったのカ?」

「実はちょっとお前に面倒な頼みをしたい」

「そんなのいつもだろ、で、何ダ?」

「実はな……」

 

 そして八幡はアルゴに一つの頼み事をした。

 

「……って感じなんだが、どうだ?」

「そんなの別に面倒じゃないぞ、まだダルとイヴも残ってるしナ」

「どれくらいで準備出来る?」

「まあ三時間って所だナ」

 

 そう言われた八幡は、思わず言った。

 

「まじかよ、お前神かよ!」

「種を明かすと、ハー坊がGGOをやってるから、

いつかこういう事もあるんじゃないかと軽く準備はしてあったんだよナ」

 

 そのいつもながらの用意周到さに、八幡は感心したように言った。

 

「さすがというか……」

「おう、もっと褒めてくれ、褒めるだけじゃなくたまにはご褒美をくレ」

「……まあ何か考えとくわ」

「出来ればエロい奴で頼むゾ」

 

 その言葉に虚を突かれた八幡は、とある友人の顔を思い出しながら言った。

 

「…………お前実はかなりダルに影響受けてんのか?」

「うっさいな、オレっちだってそういう冗談くらい言う事もあるんだゾ」

「お前のそれ、絶対に冗談じゃないよな?

後になって、前に確かに約束したゾ、とか絶対言い出すよな?」

「乙女の秘密をあまり詮索するもんじゃないぜ、ハー坊」

 

 丁度その時凛子が八幡に言った。

 

「準備が出来たわよ、彼にアポもとっておいたわ」

「あっとすみません、今行きます!悪いアルゴ、ちょっとゼクシードと話してくるわ」

「おう、こっちはこっちで進めておくからナ」

「悪い、頼むわ」

 

 

 

「今度は何だ?」

「おう、実はな……」

 

 八幡はゼクシードにとある頼み事をした。

 

「まあこっちは世話になってる身だし、暇だから別に構わないが」

「悪いな、それじゃあちょっと頼むわ」

 

 ほっとした顔でそういう八幡に対し、ゼクシードは少し言いづらそうに声を掛けた。

 

「……なあ」

「ん?」

「…………いや、何でも無い」

「そうか、とりあえず三時間後にまた来るわ」

「分かった」

 

(今更面と向かってありがとうなんて、やっぱり言えないわ……)

 

 そして八幡はログアウトし、アイとユウに状況を説明した後、仮眠をとる事にした。

 

「せっかくだからここで寝ていけば?」

「いや、リアルで連絡があるかもしれないからな」

「そう、残念ね」

 

 八幡はそのままログアウトし、経子に断り、そのままベッドで眠りについた。



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第402話 急ピッチで準備は進む

2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


 三時間後、八幡はアルゴからの電話を受けて目を覚ました。

 

「もうそんな時間か、すっかり熟睡してたわ」

「頭はスッキリしたカ?」

「おう、バッチリだ」

「それなら良かったぞ、こういう時は寝れる時に寝るのがハー坊の義務だからナ」

 

 そんなアルゴの気遣いを嬉しく思いながら、八幡は再び双子の下へとログインした。

 

「八幡!」

「お帰りなさい」

「おう、お前らはあれからどうしてたんだ?俺は寝てた」

 

 そう何故か得意げに言う八幡に、二人は笑顔で言った。

 

「ボク達も一緒にお昼寝したよ!」

「ユウの甘え癖が中々抜けなくて困るのよね」

「失礼だな、アイだって気が付くとボクに抱き付いてきてるじゃないか!」

「ああはいはい、仲がいいならそれでいいから」

 

 八幡はおざなりにそう言うと、二人にこれからの予定を説明し始めた。

 

「これから二人にインしてもらうフィールドには、

心だけは強いが目立ちたがりやで格好付けたがりのどうしようもない奴がいる。

そこで注意事項だ、お前らは絶対にあいつの前でマスクを外すな。

あと体のラインが出る服装やほんの少しの肌の露出も禁止だ。

あと、もしあいつがお前らに変な事をしようとしたら容赦なく叩きのめせ、いいな?」

「……ちょっと過保護じゃないかしら」

「動きにくそう……」

「異論反論は認めん、これは緊急避難みたいなもので、俺としても本意ではない」

 

 そんな八幡を見て、二人は顔を見合わせながら頷いた。

 

「要するにとてもかわいい私達を、なるべくその人の目に触れさせたくないのね」

「もう、八幡はヤキモチ焼きだなぁ」

「ち、違う、あくまでお前らの身の安全を考えた措置だ。

そしてある意味あいつの安全の為でもある」

 

 その言葉に二人はきょとんとした。

 

「……どういう事?」

「さっきは容赦なく叩きのめせと言ったが、それはあくまで最終手段だ、

もし本当にそんな事をしたら、多分あいつは一瞬で死んじまうからな。

何故ならあいつは近接攻撃にまったく慣れていない、お前らに武器でどつかれたら瞬殺だ。

だから間違ってもあいつが血迷ったりしないように配慮した結果だ」

「か弱いのね」

「いや、まあお前らがおかしいんだけどな、俺の目から見てもお前らの戦闘力は異常だ」

 

 その八幡の言葉に二人は喜び、ハイタッチをしながら言った。

 

「異常だって」

「イエ~イ!」

「それ、喜ぶところか?それじゃああっちと接続するぞ、アルゴを呼び出してくれ」

「は~い」

 

 そして画面に現れたアルゴの指示で、二人は新たなフィールド用の装備に着替えた。

 

「これ……」

「かわいくない……」

「当たり前だろ、お前らは一体何を聞いてたんだ」

 

 二人に与えられたのは無骨な耐弾アーマーとマスクだった。

 

「時間の猶予はあと一日だ、それまでに二人ともそれなりに動けるようになってくれよ。

あくまで今回のメインはアイだけどな」

「うん、分かってる」

「ボクも手伝いを頑張るよ!」

「最後に一つ、多分あいつは俺の事をシャナと呼ぶから、お前らもそう呼んでくれ」

「分かったわ」

「うん!」

「くれぐれも頼むぞ、それじゃあアルゴ、あいつを仮設エリアに案内してやってくれ」

「ほいほい、それじゃあ伝えるゾ」

 

 その少し後に三人の前に扉が現れ、三人はその中へと入っていった。

中に入るとそこには興味深げにきょろきょろと辺りを見回すゼクシードの姿があった。

 

「お、シャナか、で、俺はこの二人に戦闘の基本を教えればいいのか?」

「ああ、言っておくがこの二人におかしな真似をしたら、

その瞬間にお前の人生を物理的に終わらせるからな」

「お、おう……それは勘弁だから肝に銘じておくぜ……」

 

 そしてゼクシードは二人にペコリと頭を下げ、自己紹介した。

 

「俺の名はゼクシード、GGOで二番目に強い男だと自負している」

「ボクはユウ、宜しくお願いします!」

「私はアイよ、ちなみに一番は?」

「認めたくはないが、そこにいるシャナだな、

認めたくない、認めたくはないが、俺はまだシャナに一度も勝った事が無いからな」

「珍しく殊勝だな、何か変な物でも食ったのか?」

 

 八幡は驚きながらそう言った。

 

「いや……いくら俺でも、命の恩人に失礼な事は言わねえよ」

「そうか、それじゃあ一生恩にきろ」

「フン、いつか絶対に勝って、ほえ面かかせてやるぜ」

 

 そして二人は顔を突き合わせ、ぐぬぬと睨み合った。

それを見たアイとユウは苦笑しながら言った。

 

「あら、案外仲良しさんなのかしら?」

「うん、仲良しだね」

「「違う!」」

 

 二人は同時にそう言い、アイとユウはやれやれという顔をした。

そしてゼクシードが八幡にこう言った。

 

「しかしよくこんなフィールドを短時間で用意出来たな、GGOの雰囲気がよく出てるよ」

「まあうちのスタッフは優秀だからな」

「意識を失ってるはずの俺がここでこうして会話出来てる時点でそもそも驚きなんだがな、

本当にシャナ、お前何者だよ」

「秘密だ」

「けっ、そうかよ。まあいいや、それじゃあ二人とも、短い間だけど宜しくな」

 

 そして八幡は、ゼクシードにもう一つだけ注意事項を伝えた。

 

「あとすまんゼクシード、弾道予測線、バレットラインは用意出来たんだが、

弾道予測円、つまりバレットサークルはさすがにこの短時間じゃ用意出来なかった。

明日には何とかするから、今日は悪いがそれ無しで指導してやってくれ」

「まじかよ、直接照準か、また俺様が強くなっちまうな」

「そんな訳で悪いが頼むわ、俺は色々やる事があるから一度落ちるが、

何かあったらこのボタンを押せば誰かしら対応してくれるから、

訓練で人手がいるようならいつでも呼び出してくれ」

「おう、礼代わりに真面目にやらせてもらうわ」

 

 そしてゼクシードは、目の前にある射撃練習場を指差しながら言った。

 

「よし、最初は銃に慣れる為に射撃練習からな」

「はい、先生」

「了解!」

 

 その様子を確認した八幡は、心配しつつもゼクシードに二人を託し、一旦ログアウトした。

 

 

 

「よし、次はGGOでロザリアから状況の報告を聞くか」

「今日は忙しいんだね」

 

 八幡が起き上がったのを見て、めぐりがそう声を掛けてきた。

 

「ええ、死人が出てますからね」

「八幡君もくれぐれも無茶はしないでね」

「はい、それじゃあ行ってきます」

 

 八幡はそう言うと、今度はGGOへとログインした。

 

 

 

「ロザリア、いるか?」

「あら、もう用事は済んだの?」

「とりあえずゼクシードに丸投げしてきたわ」

「そう、あの人の具合はどうなの?」

「検査結果待ちだが、薬物の可能性が高いそうだ」

「なるほど……ちなみに残念ながら、こっちにはまだ何の情報も無しよ。

まあ装備を変えられたらそうそう見付からないだろうから、予定通りと言えばその通りね」

「そうか……まあ仕方ないか」

 

 シャナは予想はしていたのか、その表情はあまり残念そうには見えなかった。

 

「とりあえず情報収集は続けておくわ」

「悪いな、頼むわ」

「あ、その前に一つ報告があるわ、キリト君があなたを探しているそうよ」

「え、俺を?どういう状況なんだ?」

「とりあえずシノンに聞いてみれば?」

「あいつ、またキリトに遭遇したのか、凄い確率だな……」

 

 そしてシャナは、シノンに連絡をとった。

 

 

 

 その少し前の事である。死銃の手がかりはないかと街中を探索していたキリトは、

偶然シノンに再会をした。これはシノンも同じように死銃を探していたからだった。

これは二人が同じように情報収集の基本である酒場巡りをしていたからだった。

 

「おっ」

「あっ」

 

 二人はとある酒場でバッタリ顔を合わせ、どちらからともなくそう言った。

先に口を開いたのはキリトだった。

 

「丁度良かった、シノンに聞きたい事があったんだよ」

「何?」

「昨日最初に行った武器屋の前に、ゲームみたいなのがあっただろ?

あれの事を教えて欲しいんだよ」

「ゲーム?ああ、アンタッチャブルって書いてあるゲートの奥に、

NPCのガンマンが立ってるアレ?」

「そうそうそれだそれ」

「あれがどうしたの?」

 

 キリトはその問いに、少し不機嫌そうな顔でこう答えた。

 

「ほら、あのゲームのケースの中に、コインが沢山収納されてただろ?

それを上手くゲット出来れば、この前の金をあのシャナって奴に叩き返せると思ってな」

 

 それを聞いたシノンは困惑した。

 

「えっと、もしかしてあんた、シャナの事が嫌いなの?」

「当たり前だろ、あいつに関しては何一ついい記憶が無えよ!」

「ふ~ん」

 

(中身が八幡だって知った時の顔を見てみたいなぁ)

 

 シノンはそう思いつつも、キリトと共にゲームの所へと向かった。

 

「これだこれ、これってどんなゲームなんだ?」

「丁度プレイする人がいるみたいだから、ちょっと見てみましょう……

って、あれ、どこかで見たような……あっ、闇風さんじゃない」

「知り合いか?」

「あ、うん、どちらかというと仲間に近いのかな。多分GGOで最強のスピードスターよ」

「AGI特化タイプの最高峰って事か」

「ええ」

 

 そしてゲームが開始され、闇風は一気に前へと飛び出した。

闇風は流れるような回避であっという間に八メートルラインへと到達した。

その瞬間にNPCの反応が変わった。

 

「チッ」

 

 いきなりNPCが連射モードになり、さすがの闇風も前進するペースが落ちた。

それでも闇風はジリジリと前進していく。

 

「いきなり攻撃が激しくなったな」

「こんなものじゃないはずよ、だってこのゲームをクリアした人はまだ一人もいないもの」

「えっ、そうなのか?」

「ええ、積もったお金がたまりにたまって三十二万クレジット、

参加費用が百クレジットだから、のべ三千二百人が敗北してきた事になるわね」

「多いんだか少ないんだか……」

「最近は挑戦する人もほとんどいなかったしね」

 

 そうシノンが言った直後に闇風は被弾した。

どうやら至近距離からの三連発を回避出来なかったようだ。

 

「ああっ」

「残念……」

「くそっ、またここでやられちまった!」

 

 闇風はそう絶叫した後、大きな声を出してしまった事で周囲の目を気にしたのか、

きょろきょろと辺りを見回し、そしてシノンと目が合った。

 

「お?」

「ハイ、闇風さん、残念だったわね」

「恥ずかしい所を見られちまったな、いっつも同じ所でやられちまうんだよ。

ところでそちらのかわい子ちゃんはお友達?」

「ぶっ」

「ぷぷっ」

 

 その言葉に二人は違う意味で噴き出した。

 

「あれ、俺何か変な事言ったか?」

「え~っと……」

「キリト君はこう見えて男なのよね」

「男ぉ!?」

 

 闇風はショックを受けたようで、その場に崩れ落ちた。

その様子があまりに大袈裟だった為、シノンは疑問に思い、闇風に言った。

 

「ちょ、ちょっと大袈裟すぎない?」

「いやな……せっかくシャナの手つかずの、好みの女性が現れたと思ったからよ……」

「いいっ!?」

「あ、そういう事……」

 

 シノンは困った顔でキリトを見つめ、キリトは慌ててその場を逃げ出した。

 

「す、すまん、俺にはそういう趣味は無いから!」

 

 そしてキリトはゲームのスタート地点に立ち、

崩れ落ちていた闇風もそれに気付き、シノンに尋ねた。

 

「俺の負けを見た上であれにチャレンジするのか、根性あるんだな。

で、あいつは結局誰なんだ?」

「相変わらず立ち直り早っ!えっと、黒の剣士らしいわ」

「え、まじか!」

「うん」

「これはまた大物が……もしかして例の死銃関係か?」

「うん、そうみたいね」

「そうか、ロザリアちゃんから死銃関係の情報収集依頼は来たんだが、

黒の剣士の事はさすがに他のスコードロンには言えなかったんだな」

「この事はたらこさんと十狼のメンバー以外には秘密にね」

「分かってるって」

 

 そして二人が見守る中、キリトはゲーム機に百クレジットを投入した。



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第403話 キリトはシャナに宣言する

 キリトがスタート位置に立ったその時、シノンの下にロザリアから連絡が入った。

 

「どう?シノン、何か目ぼしい情報はあった?」

「ううん、今のところは何も。でもキリト君とは偶然会って、今一緒に行動している所」

「そうなの?」

「うん、ほら、武器屋の前にNPCの弾を避けるゲームがあるじゃない、

あれでお金を稼いでシャナにもらったお金を叩き返すんだって息巻いてるんだけど……」

「そう、分かったわ、多分もうすぐシャナも顔を出すと思うから、

キリトさんがシャナを探してるって伝えておくわ」

「うん」

 

 そこで通信は終わり、シノンはキリトに目を戻した。

そしてゲームスタートの合図と共に、キリトはゆっくりと動き出した。

 

(弾道予測線がどんな物かは一度見せてもらったからな)

 

 そう考えながらキリトは、NPCから弾道予測線が伸びる度に、

確実にそれを回避しつつ前進していった。

 

(さて、さっき見ていた感じだとこの辺りから……)

 

 そして問題の八メートルラインに到達した瞬間、

予想通りNPCの動きがあからさまに変化した。

 

「ここから急に攻撃が激しくなるんだよ」

「みたいね、あれ、でも……」

「まじかよ……」

 

 この事を予想していたのか、キリトの動きも先ほどまでとはどこか変わっていた。

 

「何であれを避けられるの!?」

「凄えなおい」

「さっきまでと何か違うんだけど、どこが違うかって言われるとちょっと分からないわね」

「これ、もしかしてゴールしちまうんじゃないか?」

「かも…………えっ?」

「う?」

 

 その時、NPCがまだ銃をリロード……いわゆる弾込めの動作をしていないのに、

キリトが突然飛びあがった為、二人は驚いた。次の瞬間にキリトが直前に立っていた場所を、

NPCの銃からリロードの動作無しで発射された弾が通過し、二人は再び驚いた。

 

「な、何だよ今の!」

「あのNPC、今リロードしてなかったわよね?」

「汚ねえ……」

 

 そんな二人の目の前で、着地したキリトがNPCの体にタッチし、

周囲に凄まじいファンファーレが鳴り響いた。

 

「お、何だ?」

「おい、あれ……」

「まじかよ、まさかアレがクリアされたのか?」

「あの女の子凄えな!」

 

 そして周囲から拍手が巻き起こる中、キリトは賞金獲得ボタンを押し、

得意げに二人の下へと戻ってきた。

 

「イエ~イ!」

 

 キリトはそう言いながら二人に親指を立て、闇風は呆然とキリトに言った。

 

「凄えなあんた……」

 

 そしてシノンはキリトにこう尋ねた。

 

「ど、どうして最後のノンリロードアタックを避けられたの?」

「ん~?弾道予測線を予測したんだよ」

「え?」

「悪い、もう一回言ってくれ」

「だから、弾道予測線が出るだろうって予測して先に避けておいたんだよ」

 

 そう言われた二人は、キリトに背を向けこそこそと話し出した。

 

「おいおい、聞いたか今の」

「もしかしてエスパー?それとも魔眼でも持ってるの?」

「やべえわ、ヴァルハラまじやべえわ」

「こういうのを見せられると、本当に人外の集まりにしか思えないわね……」

 

 もちろんそんな事は無く、ヴァルハラのトップスリーが特別なだけである。

ちなみに他のメンバーに関しては、攻撃魔法に関してはソレイユが、

回復魔法に関してはユキノが人外の域に達していると、一般的には評価されている。

 

「この目でハッキリ見ちまった事だし……」

「もうそういうもんだと思うしかないわね」

 

 そう言いながら二人は振り返った。そこには満面の笑みを浮かべているキリトがおり、

二人は苦笑しながらキリトを賞賛した。

 

「凄いなお前、ちょっと悔しいけどおめでとう!」

「おう、ありがとう!」

「やるじゃない、これで歴史に名前が残ったわね」

「歴史?」

「うんほら、あそこ」

 

 シノンが指差す先には、このゲームをクリアした者の名前を表示する掲示板があった。

そこは今までずっと空白だったのだが、そこに今日初めてプレイヤーの名前が表示された。

あと数日もすれば、キリトの名は一躍有名になるだろうと思われた。

 

「おお、これで労せずして名前を売る事が出来たな、やったぜ!」

「ここは利用する人が多いから、BoBが始まる頃にはそれなりに有名になってるはずよ」

 

 そのシノンの言葉に闇風が反応した。

 

「えっ、まさかBoBに出場するのか?」

「そのまさかよ、どう?燃えてきた?」

「まじかよ、シャナもゼクシードもぶっ倒して俺がナンバーワンになるつもりでいたけど、

もう一人マークしないといけないって事かよ」

 

 その闇風の言葉を聞いたシノンは、思いっきり闇風の足を踏んだ。

 

「痛ってぇ!いきなり何するんだよ!」

「訂正しなさい」

「え?何を?」

「今のセリフをよ」

 

 闇風はそう言われ、何かに気付いたようにハッとすると、改めてこう言いなおした。

 

「シャナもゼクシードもシノンもぶっ倒して俺がナンバーワンになるつもりでいたけど、

もう一人マークしないといけないって事になるな」

「よろしい」

「よし、ちょっと特訓してくるわ、じゃあな!」

 

 そして闇風は風のように去っていった。

そして今の会話を聞いていたキリトは、きょとんとした顔でシノンに尋ねた。

 

「なぁ、あいつもシャナの事を知ってるのか?」

「そりゃそうよ、シャナはGGOでは一、二を争う有名人だもの」

「そうなのか……やっぱり女の敵としてか?」

「え?シャナは女性にはモテるけど……」

「えっ、まじかよ、あんな変態がか?」

「…………ぷっ」

 

 それを聞いたシノンは思わず噴き出した。

 

「えっ、俺何かおかしい事を言ったか?」

「う、ううん、何でもないわ」

 

(面白そうだからこのままにしておこっと)

 

「そもそもシャナの実力はどうなんだ?」

「そうね、少なくともBoBの決勝には確実に出てくると思うわよ」

「そうか……なら直接対決する機会があったら絶対にボコボコにしてやる……」

「っ…………くぅ」

 

(駄目よ詩乃、ここで笑っちゃ駄目、耐えるのよ!)

 

 シノンは自分にそう言い聞かせ、何とか笑いを堪える事に成功した。

 

「あ、そうだシノン、他にも大会で必須なアイテムとかはあるか?」

「ああ、そういえばそうね、予備の弾とか緊急回復キットも規定の上限まで揃えるべきね」

「ならちょっとそこの武器屋を案内してくれないか?色々見てみたいし」

「いいわよ」

 

 丁度その時シャナから通信が入り、シノンはキリトに先に行ってもらい、

シャナからの通信に出た。

 

「ハイ、私よ」

「おうシノン、キリトと一緒なんだってな、今どこだ?」

「武器屋の前よ、ほら、弾避けゲームがあるあそこ」

「あそこか、もしかして今から移動したりするか?」

「ううん、キリト君がアイテム類を見たいって言うから、今から店を案内する所」

「分かった、とりあえずそっちに行く」

「ええ」

 

(これは面白くなってきたわね……)

 

 シノンはやじ馬根性丸出しでそんな事を考えながら、

キリトが待つ店の中へと入っていった。

 

 

 

「これとこれか?」

「ええ、使い方は後で教えるわ」

「悪い、助かる」

 

 キリトとシノンは順調に必需品を揃えていた。

 

(さて、時間的にそろそろのはずだけど……あ、来た)

 

 シノンはシャナの姿を見付け、その事をキリトに伝えた。

 

「キリト君、あそこにシャナがいるわよ」

「おっ、探す手間が省けたな、よし……」

 

 そしてキリトは、ダダダッとシャナに駆け寄り、その正面に仁王立ちした。

 

「よぉ、シャナ」

「あ」

「最初にこれを渡しておく、確かに返したからな」

「お?」

 

 シャナはいきなりキリトに大量のクレジット入りの袋を手渡され、驚いた顔をした。

 

「こ、これはどうやって稼いだんだ?」

「あれだ」

「あれ?」

 

 シャナはそのキリトの指差す先を見て、何があったのかを直ぐに理解した。

 

「まじかよ……」

「ふふん」

 

 キリトはそんなシャナを見て、自慢げに鼻を鳴らした。

 

「お前みたいな変態に借りを作ったままだと気持ち悪いからな!」

「へ、変態?」

 

(まだ俺は変態扱いか……)

 

「お前もBoBに出るみたいじゃないか、

もし俺と当たったら、その時は絶対ボコボコにしてやるからな!」

「えっと……」

 

 シャナはそう一方的に宣言され、困ったようにシノンを見た。

シノンは必死に笑いを堪えているように見え、シャナはそれで事情を理解した。

 

(確かにシノンに口止めをしたのは俺だが、まじか、こうきたか……

まあこんな公衆の面前で俺に喧嘩を売れば、

名前を売るというキリトの目的にも貢献出来る、これはもう仕方ないか……)

 

 シャナはそう考え、キリトの挑発に乗る事にした。

 

(まあ俺と敵対してると分かれば、キリトがあのキリトだと思われる確率も下がるだろう)

 

 シャナはこうも考えたのだが、BoBでキリトが銃を使わないという、

予想もつかない手段をとった為、ステルベンに一発で正体を見破られ、

結果的にこの努力は無に帰す事になる。

 

「お前に出来るのか?」

「余裕だ余裕」

「そうか、ならば受けてたつ!」

 

 その光景を見ていた周りのプレイヤー達は、口々にこう囃し立てた。

 

「おい見ろ、あのお嬢ちゃんシャナに挑戦したぜ」

「やるなぁ、まあ負けるだろうけどな!」

「頑張れよ、姉ちゃん!」

「シャナ、手加減してやれよ!」

 

 その騒ぎを聞きつけたのか、

たまたまその場にいたとある女性がシャナにしなだれかかった、ミサキである。

 

「あらシャナ様、私を放っておいて、こんな子供にお熱なんですか?」

「ミ、ミサキさん……」

「随分たぎってらっしゃいましたわね、私もそのほとばしりを直接感じてみたいですわぁ、

実は私もBoBに出ますのよ、ですので壮行会という事で、

良かったら今夜うちに顔を出して下さってもよろしいですのよ」

 

 その様子を見ていたシノンにじろっと睨まれ、シャナはやんわりとそれを断ろうとした。

 

「あ、いや、今夜はちょっと……」

「うふ、それじゃあ別の日にお待ちしておりますわ」

 

 そうまるで約束したかのような事を言うだけ言って、ミサキは去っていった。

そんなシャナの姿を見たキリトは言った。

 

「お前はやっぱり節操が無いな!俺の親友も凄くモテるけど、

同じモテるにしても、やっぱりお前はあいつとは大違いだな!」

「親友って誰の事?」

 

 そこにシノンが面白そうな顔でそう突っ込んだ。

 

「そりゃもちろんハチ……あ、いやいや、とにかく親友だ!」

 

(キリト、それ俺!俺だから!)

 

 そんなシャナの心の叫びはキリトには届かず、

キリトはシャナを睨んだままシノンに声を掛けた。

 

「それじゃシノン、行こうぜ、アイテムの使い方のレクチャーを頼む」

「あ、う、うん」

 

 そしてキリトは去っていき、シャナはシノンにすれ違い様に言った。

 

「お前……後で覚えてろよ……」

「あら、良かったら今夜うちに顔を出して下さってもよろしいですのよ」

 

 シノンはそのシャナの言葉に、ミサキの真似をしながらそう返した。

 

「え?いや……」

 

 だがシノンはシャナの返事を聞かず、そのまま逃げるように去っていった。

 

「あいつ、変な事ばかり覚えやがって……まあしかし報告も聞いておかないとか……

仕方ない、眠りの森の帰りに顔だけ出すか……」

 

 そしてシャナはそのままログアウトし、ベッドの上で目を覚ました。

 

 

 

「八幡君、お帰り!」

「戻りました、何か変わりは無いですか?」

「えっと、ゼクシード君が呼んでるみたいだよ」

「分かりました、今度はそっちに行ってみます」

「今日は忙しいね」

 

 そう言ってめぐりはクスッと笑った。

 

「まあこういう日もたまにはありますよ、それじゃあ行ってきます」

 

 八幡はそう言って再びアイ達の下へと向かった。

 

 

 

「ふう、今日はこのくらいにしておこうぜ」

「だな、あんまり根を詰めるのも良くないからな」

「はい、ゼクシード先生、シャナ先生!」

「今日やった事は頭の中で復習しておいてくれ、それじゃあまた明日」

 

 ゼクシードはそう言いながら扉を抜け、自分の家へと戻っていった。

 

「ゼクシードの奴はどうだった?」

 

 シャナは二人にそう尋ねた。

 

「凄く分かりやすい教え方だったわね」

「八幡が言うほどおかしな人じゃなかったよ」

「そうか……あいつも自分がこんな状況になって、何か意識改革でも起こったのかねぇ」

 

 そして八幡も二人に別れを告げ、その日はログアウトした。

 

「さて……詩乃の所に顔を出すか……」

 

 そして八幡は、詩乃の家へと向かった。



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第404話 運命は徐々に収束し始める

2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


 キリトに説明を終え、その日は早めにログアウトした詩乃は、

台所で何かゴソゴソやっていたかと思うと、ダッシュでコンビニへと向かった。

その姿を目撃した恭二は、慌ててその後を追いかけた。

 

(朝田さん、何をあんなに急いでるんだろう……)

 

 そしてコンビニに着いた詩乃は、片っ端から生菓子や煎餅をカゴに詰め始めた。

 

(……おやつの買い出し?それにしちゃ随分急いでるみたいだけど)

 

「う~ん、こんな事になるならあいつの好みを事前に聞いておけば良かったわね」

 

 その詩乃の呟きで、恭二は詩乃が何の為にここに来たのかを悟った。

 

(これからシャナさんが来るのか……)

 

「コーヒーはインスタントだけどあるし、緑茶もあるから、後は紅茶くらいか」

 

 そして詩乃は買い物を済ませ、そのまま去っていった。

恭二は上手く詩乃に見付からないように立ち回っていたが、

さすがに何も買わないまま外に出るのは躊躇われた為、適当に飲み物を選び、

そのままレジへと向かった。するとそこに、何故か詩乃が戻ってきた。

詩乃はレジにいる恭二に気付き、声を掛けてきた。

 

「あれ、新川君じゃない、偶然ね」

「朝田さん!?ぐ、偶然だね」

 

 恭二は焦り、詩乃の手に持つコンビニの袋を見ながら咄嗟にこう言った。

 

「朝田さん、そのコンビニの袋……もしかして何か買い忘れ?」

「あ、うん、さっきまでここにいたのよ、急いでシャワーを浴びないといけないんだけど、

シャンプーが切れていたのを思い出してね」

「あ、そうなんだ」

「新川君とは入れ違いだったみたいね」

「そ、そうだね」

 

 その言葉を聞いた店の店員が一瞬変な顔をした。

もちろん恭二が詩乃の事を気にしていたのを見ていたからだが、

その店員は特に何も言おうとはしなかった。そして二人は買い物を済ませ、コンビニを出た。

 

「そ、それじゃあ僕は行くね、BoB、頑張ってね」

「ええ、あなたもね」

 

 その言葉に恭二は、少し気まずそうな顔でこう答えた。

 

「あ……ごめん、僕は今回はそもそも参加申し込みをしてないんだよ」

「え?どうして?」

「その日にどうしても外せない用事が出来ちゃってさ……」

 

 その言葉は嘘ではない、詩乃の家の鍵は、

八幡が何も口を出さない程度にはセキュリティが固く、

さすがの恭二も不法侵入する事は不可能だった。

だから恭二は、ステルベンが黒星でシノンを撃つという予定は変えず、

詩乃がログアウトしてきたタイミングを見計らって直接家を訪れるつもりでいた。

用事とはつまりそれの事である。

詩乃に関してだけは、擬似MPKとは言えない計画が立てられていたが、

恭二がそこはどうしても譲らなかった為、昌一と敦もそれを認めていた。

もっとも恭二は例えステルベンがシノンを撃ち損なっても、

詩乃の家に押しかけるつもりでいたのだったが。

 

「そう、それは残念ね、まあでも次があるわよ」

「う、うん」

「それじゃあちょっと急いでるから、またね」

「うん、また」

 

 そして詩乃は足取りも軽く立ち去った。その頭の中からは、もう恭二の存在は消えていた。

だが恭二の頭の中は、先ほどの詩乃の言葉でいっぱいだった。

 

「シャナさんが来る前に、急いでシャワー、か……」

 

 そう言いながら恭二は、詩乃の後を追いかけた。

と言っても詩乃の家はもう知っているので、

十五分ほど時間を開けてから向かったのであった。

 

 

 

 恭二が詩乃の家に着いたのは、丁度八幡が車から降りてきたタイミングと一緒だった。

そして恭二の目の前で、頭にタオルを乗せた詩乃が、薄着のまま八幡を出迎えた。

 

(朝田さん、またシャナさんの前であんな格好を……)

 

 その時八幡が詩乃に何かを言い、詩乃は笑顔で何か答え、

二人はそのまま家の中へと消えていった。

 

 

 

「おい詩乃、さすがにその格好は無防備すぎじゃないか?」

 

 いきなり八幡にそう言われた詩乃は、笑顔でこう答えた。

 

「ごめんなさい、今シャワーを浴びたばかりだったのよ。

さすがの私もこれはちょっと恥ずかしいから、ちゃんと着替えるつもりよ。

髪も乾かしたいし、上がってちょっと待ってて」

「まあそれならいいんだが」

「ささ、どうぞ」

「おう」

 

 八幡はそのままテーブルの前に腰掛け、詩乃が髪を乾かし終わるのを待った。

 

「それくらいの髪の長さだと、乾かすのもやっぱ楽か?」

「うん、まあね」

「そうか、明日奈は毎日苦労しているみたいなんだよな」

「そりゃあれだけ長いとね」

 

 その瞬間に、いきなり部屋のブレーカーが落ちた。

 

「あれ?」

「ドライヤーの他に何か使ってるのか?」

「他には電気式のポットと、エアコンと、ああ……はちまんくんの充電だわ」

「道理で何か静かだなと思っていたが、あいつがいないせいだったか」

「ブレーカー、どこだっけな……」

「とりあえずドライヤーのスイッチは切っておけよ」

「うん」

 

 

 

 恭二は八幡が詩乃の家の中に入ってしばらくした後、部屋の電気がいきなり消えた為、

前回と同じように完全に勘違いをした。

 

「くっ、電気が消えるなんて、今頃朝田さんは……」

 

 そして恭二はいたたまれなくなり、その場を後にした。

 

「まあいいや、明後日には僕も……」

 

 そう呟く恭二の顔は、先ほど詩乃とコンビニで話した時とは別人のように醜く歪んでいた。

 

 

 

 その頃詩乃は、心細そうに八幡の腕にすがりついていた。

 

「おい詩乃、動きにくいんだが」

「し、仕方ないじゃない、暗いのはやっぱりちょっと怖いのよ」

「多分入り口にブレイカーがあると思うから、一分くらい我慢しろって」

「う、うん、早くしてね」

 

 そして直後に部屋に明かりが戻り、詩乃はほっとした。

詩乃はエアコンのスイッチを切り、おそるおそるドライヤーのスイッチを入れた。

どうやら大丈夫のようで、詩乃は再び髪を乾かし始めた。

 

「大丈夫みたいだな」

「うん」

 

 そして八幡は手持ち無沙汰になったのか、何となくスマホのテレビを付けた。

その瞬間に、室内に神崎エルザの歌声が鳴り響き、詩乃はドライヤーを止めた。

 

「あっ、それ、初めて見た」

「おう、俺もだわ」

 

 画面の中ではエルザの歌声と共に、ALOのCMが流れていた。

 

「そういえば最近ピトの姿を滅多に見ないわね」

「BoBに出場する為に、寝る間も惜しんで仕事を前倒しでこなしてるらしいぞ」

「あっ、そういう事……」

 

 詩乃はそれで納得し、再び髪を乾かし始めた。

そして髪を乾かし終わった後、詩乃は奥の部屋で普通の服に着替え、居間に戻ってきた。

 

「飲み物とお茶菓子を用意するけど、何がいい?」

「じゃあホットで、もしあるならミルクと砂糖多目で頼む。

お茶菓子は……それも甘い奴なら何でもいい」

「ふ~ん、それが八幡の好みなの?」

「まあ千葉県民は大体そうだな」

 

 そう、八幡は勝手に千葉県民を代表するような事を言った。

 

「そんな訳無いじゃない」

 

 さすがの詩乃も笑いながらそれに突っ込んだ。

 

「まあな、でも最近気付いたんだが、やっぱ頭を使った後は甘い物が欲しくなるよな」

「う~ん、まあ確かにそうね、脳が糖分を欲しているのね」

「そういう事だ、それじゃあ悪いが宜しく頼むわ」

「うん、待ってて」

 

 そして詩乃に入れてもらったコーヒーを飲みながら、

八幡はキリトがどうだったか詩乃に尋ねた。

 

「そうね、やっぱりアイテム類については、

ちょっと教えただけで直ぐに適切なタイミングで使いこなしてたわね」

「まあSAOには魔法が無かったからな、その分アイテムが重要だったし、

その点ではSAOは、ALOよりもGGOに近いからな」

「で、相変わらず銃の腕は上達の兆し無しね」

「……何でだろうな」

「……何でだろ?」

 

 その答えはいくら考えても出なかった。

 

「まあいい、で、何であいつはシャナの事を知らないんだ?

自分で言うのもアレだが、お前と一緒に映ってる動画も多いし、

名前もかなり売れてると思うんだが」

「あ、それね、何かキリト君が言うには、事前にそういうのを調べちゃうと、

初見の相手と戦う楽しみが無くなるから、極力動画とかは見ないようにしてたんだって」

「戦闘狂かよ……」

 

 八幡は呆れた顔でそう言った。

 

「明日はせめて人並みに射撃が出来るようになれるように特訓するって言ってたわよ」

「あいつ、そんなんでよく俺に勝つとか言ったよな……」

「まあでもあのゲームを一発でクリアするくらいよ、

やっぱり要注意な事に変わりは無いでしょうね」

「まあな、あいつは凄かったか?」

「うん、しれっとした顔で、弾道予測線を予測した、って言ってたわよ」

 

 八幡はそれを聞き、真面目そうな顔でこう言った。

 

「何か俺達の狙撃もしれっとかわしそうだよな……」

「初弾をかわされると痛いわね……」

 

 その頃にはもういい時間になっていた為、八幡はそろそろ詩乃の家を辞する事にした。

 

「さて、そろそろ帰るわ、詩乃は明日どうするんだ?」

「そうね、私には狙撃しか無いから、明日はモブを狙撃でもして調整かしらね」

「そうか、もし予選で当たったら恨みっこ無しだぞ」

「もちろんよ、そのハートを必ず撃ち抜いてみせるわ」

「そこは心臓って言えよ……」

 

 そして八幡は帰っていき、詩乃は若干の寂しさを感じながらも、

八幡の飲み残しのコーヒーを見つめながら、その余韻に浸っていた。

 

「出来ればみんな決勝まで進めるといいなぁ……その上で今度こそ優勝を……」

 

 詩乃はそう言いながら、少し躊躇った後に、八幡の飲みかけのコーヒーに手を伸ばした。

 

「これはもったいないから仕方ない、うん、もったいないよね」

 

 そして詩乃は、そのコーヒーを口にした。

 

「…………甘っ」

 

 

 

 次の日八幡は、再び眠りの森へと赴いた。

 

「おいじじい、もういい年なんだから、さっさとゼクシードを治してそのまま死んでくれ」

「お前はいきなり何を言っとるか!儂はまだまだ死なんわ!」

「ふふっ、結城さん、八幡君は、素直にありがとうって言えないんですよきっと」

「何?そうかそうか、やはりお主は儂の事を本当の祖父のように慕っているんだな」

「めぐりん、あんまりこのじじいを甘やかさないで下さい」

「はぁい」

 

 そう言われた清盛は、表情を変えずにこう言った。

 

「まったくこれが『つんでれ』って奴なのかのう」

「真顔で何言ってんだよじじい」

 

 八幡はそう言いつつも、清盛にこう尋ねた。

 

「検査結果はいつ頃出そうだ?」

「明日の夜になるそうだ。お主はGGOとやらの大会じゃったか?」

「そうか……もし薬物による被害だって結果が出たら、

めぐりんは直ぐに姉さんに連絡をお願いします、そこから直ぐに警察に動いてもらうんで。

現場検証と、死んだプレイヤーの体ももう一度その観点から調べなおしてもらわないと……」

「うん、任せて!」

 

 そして清盛が、少し心配そうに八幡に言った。

 

「お主も気を付けるんじゃぞ」

「当日はここからインする事にするつもりだから大丈夫だ」

「それがいいのう、それなら儂もおるでな。他の護衛も手配するか?」

「それは知り合いの伝手で、警察官を派遣してもらう事になってる」

「相変わらず抜け目が無いのう」

「連絡役として、うちの小猫をここに残しておくから、

検査結果が分かったら俺にも教えてくれよな、じじい」

「おう、任されたぞい」

 

 そして八幡は、ゼクシードの手伝いをする為にログインした。

 

 

 

「ゼクシード調子はどうだ?」

「おいシャナ……」

 

 ゼクシードは、心底驚いたという表情でいきなりシャナに詰め寄った。

 

「あの子……お前の何なんだ?」

「あの子?どっちだ?いやまあ、どっちも俺の被保護者みたいなもんだが」

「被保護者ねぇ……あの子ってのはアイって子の方だ。

何なんだよ、あの化け物みたいな順応性、

俺が教えた事を少し練習しただけで、片っ端からモノにしちまってるぞ」

「まじかよ……」

 

 そしてシャナは、アイとユウが模擬戦をやっている姿を見学した。

 

「……おいゼクシード、何でアイの奴、剣を持ってるんだ?」

「今は銃を持った相手との近接戦闘の事を教えようと思ったんだが、

試しに最初、何も教えないで戦ってもらったんだよ

でも見てみろよ、教えるまでもなく平気でこなしちまってるだろ?」

「ああ、まああの二人はファンタジー系のゲームをやってるからな」

「そのせいもあるのか……なぁ、あの子もう、お前よりも強かったりするんじゃないか?」

「今はまだ能力差があっても負ける気はしないが、

明日になったらちょっと分からないかもな」

「おいおい、そこはベテランの底力を見せてくれよ」

「そういうお前はどうなんだ?」

「俺か?俺は……もう勝てねえな」

 

 そう言いながらもそのゼクシードの顔は、とても嬉しそうに見えた。

 

「随分素直に認めるんだな、もしかして自分の弟子が強くなるのが嬉しいのか?」

「まあここに来てからは他人の目も無いし、自分が素直になっているのは認める。

その上で言わせてもらうと、その通りだよシャナ、

自分の弟子がお前に勝ったら痛快じゃないかよ」

「まあその気持ちは分かるけどな、いずれ自分の力で俺に挑んでこいよ」

「まあ体が治ったらな……」

 

 ゼクシードはそう自嘲ぎみに言った。

 

「完璧にという保証は出来ないが、治すさ」

「…………ありがとな」

「…………おう」

 

 

 

 こうして各人の色々な思いを乗せながら、ついに第三回BoBの当日を迎える事となった。



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第405話 開幕、第三回BoB

いよいよ第三回BoB、開幕です!

2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


「…………おい小猫、これはどういう事だ?」

「言われた通り、伝手を頼って警察に護衛を依頼しておいたのだけれど」

「…………」

 

 薔薇にそう言われ、八幡は納得し難い表情で、その場にいる二人を見た。

 

「これは参謀!お待ちしておりましたぞ!」

「お、おう、おはようございます?」

 

 大会当日、八幡は朝早くに眠りの森を訪れていた。

そこには八幡が使う予定のベッドの脇で、将棋を打っている清盛と自由の姿があった。

 

「じじいはともかくゴドフリーのおっさんは一体どうしたんだ?」

「参謀の身を守るなどと言う重要ミッションを、他の者に任せる訳にはいかないですからな、

私自らが護衛につく事にしたと、そういう訳ですぞ」

「……えっと、おっさん、仕事の方は大丈夫なのか?」

「大丈夫、今日はしっかりと有給休暇の申請をしておきました」

「あ、そう……」

 

 確かにこの二人に守ってもらえば滅多な人間は近寄れないであろうが、

八幡としては、どうしてもオーバーキル感が拭えなかった。

 

「……まあいいか、とりあえず今日は宜しくお願いします」

 

 八幡は気を取り直し、丁寧な言葉でそう二人に挨拶をした。

 

「おう、任せておけい」

「お任せ下さい!」

 

 二人はやる気満々でそう答え、八幡は深いため息をついた。

 

 

 

「和人君、調子はどう?」

「ナツキさん、絶好調ですよ、どうしても倒したい奴もいますしね」

「……それってもしかして、シャナって人の事?」

「ええ、あんな変態をのさばらせておいたら、八幡に怒られちゃいますからね」

 

 その和人の言葉にナツキはたまらず噴き出した。

 

「えっ、あれっ、俺何か変な事を言いました?」

「う、ううん、何かがツボにはまっちゃっただけだから気にしないで」

 

 そんな二人の声を聞きつけ、奥から菊岡も姿を現した。

 

「やぁ和人君、調子はどうだい?」

「さっきまで絶好調だったけど、菊岡さんの顔を見たら急にやる気が無くなりました」

「ちょっ、どういう事!?」

 

 菊岡は悲しそうな顔で和人にそう言った。

 

「冗談ですって、それじゃあナツキさん、今日は宜しくお願いします」

「えっ、ちょっと、ぼ、僕には何かないの?」

「寝てる俺に何かしたら絶対に許しません、男に添い寝されてるみたいで不愉快です」

「えっ、ええ~……」

 

 菊岡は落ち込んだ様子でそう言い、それを見たキリトは笑顔で菊岡に言った。

 

「やだなぁ、冗談ですって、菊岡さん」

 

 そんな和人に菊岡は、不安そうな顔で言った。

 

「ほ、本当に?」

「本当です」

「本当の本当に?」

 

 菊岡がそう念を押してきた為、和人は思わず本音を口に出した。

 

「めんどくさいな……本当で~っす、それじゃあナツキさん、早速いきます」

「ええ、分かったわ」

「ちょ、ちょっと和人君、最近八幡君に似てきてない?」

「あははははは」

 

 和人はそれには答えず、ただ菊岡に笑い掛けた。

 

「ま、まあいいや、それじゃあ今日は頑張ってね、

こっちも和人君が危ない目に遭わないように細心の注意を払うから」

「はい、お願いします」

 

 そして八幡と和人は、同じくらいの時間にGGOにログインした。

 

 

 

「うげ」

「おっ」

 

 そして二人はGGOの中で顔を合わせた。

 

「よぉ」

「話し掛けんなよ、変態がうつるだろ!」

「俺は別に変態じゃないぞ、至ってノーマルだ」

「それじゃあナンパ野郎」

「ナンパとかした事無いんだが……」

「この前俺をナンパしたじゃないかよ!気持ち悪い!」

「あ…………」

 

 シャナは言い逃れ出来ない事実を突きつけられ、

それ以上キリトを説得するのを諦めた。

 

「ま、まあそんな事もあったかもしれん」

「かもじゃなくてあったんだよ!」

 

(これが俺の事を変態扱いする一因か……)

 

 シャナはそう考えたが、覆水盆に帰らずである。

シャナは気を取り直し、話題を変えようとキリトに話し掛けた。

 

「なぁ」

「何だよ」

「お前、BoBの予選会場がどこなのか分かってるのか?」

「…………も、もちろんだ」

 

(こいつ、絶対調べてないな……)

 

 そんな考えをおくびにも出さず、シャナはしれっとキリトに言った。

 

「そうか、じゃあまた会場でな」

「お、おう」

 

 そしてシャナは歩き出し、キリトは少し離れてその後をついていった。

シャナはその事に気が付くと足を止め、振り返ってキリトに言った。

 

「……なんで俺の後を付いてくるんだ?」

「そんなの目的地が一緒なんだから、そうなるに決まってるだろ」

 

 そう言われたシャナは、どうしてもキリトをからかいたい気持ちを抑えられなくなった。

 

「そうかそうか、俺はこれから大会前の景気づけに、

お姉ちゃんのいるいかがわしい酒場に行くつもりだったんだが、

お前もそのつもりだったんだな、うんうん、やっぱりそういうのは男にとっては必須だよな」

「えっ?」

 

 キリトはその言葉にぽかんとした。そこに折り悪くシノンが通りかかった。

 

「あんた達何やってるの?早く向かうわよ」

「おうシノン!さあ、あんな奴は放っておいて会場に行こうぜ!

あいつは大会前の景気づけに、

これからお姉ちゃんのいるいかがわしい酒場に行くつもりらしいからな!」

「いかがわしい酒場?」

 

 シノンはそんな物あったかしらと考え込んだが、どう考えてもそんな施設は存在しない。

 

「……まあいいわ、ほら二人とも、さっさと行くわよ」

「おう!」

「あ、えっと……お、おう」

 

(くそ、シノンの奴、タイミングが悪すぎだろ)

 

 シャナは仕方なくキリトをからかうのを諦め、二人の後を大人しく付いていく事にした。

そんなシャナの耳に、キリトとシノンの会話が聞こえてきた。

 

「なぁシノン、あいつとはそれなりに親しいのか?」

「え?そうね、まあそれなりかな」

「まさかリアルで会おうなんて言われてないよな?」

「あ、えっと……」

 

 シノンはむしろ、自分がグイグイ押している立場だったので、

何と言えばいいか迷い、口ごもった。

そのシノンの反応を見たキリトは、シャナに詰め寄った。

 

「お前……」

「いやいや待て待て、心配しなくてもやましい事は何一つしていない、

シノンに確認すれば分かるはずだ」

「本当か?」

 

 キリトは振り返り、シノンにそう尋ねた。

 

「そうね、彼の言う事は本当よ」

「そうか……疑ってすまなかった!」

 

 キリトはそう言って素直にシャナに頭を下げた。こういう所がキリトのいい所である。

 

「でも俺はお前が嫌いだ!だからBoBで当たったら、絶対にぶっ倒す!」

「ふん、返り討ちにしてやるさ」

 

 そして二人は顔を突き合わせてぐぬぬと睨み合った。

 

 

 

 そんな二人を観察する一人のプレイヤーがいた、ステルベンである。

ステルベンは今は目立つ事を避ける為、死銃の格好はしておらず、あえて素顔を晒していた。

 

「あれがキリト……本物か?」

 

 ステルベンは、アンタッチャブルのクリア者の名前の表示を見て、

キリトというプレイヤーがあのキリトではないかと疑っていた。

 

「だが、シャナがハチマンなのは間違いない。

もし本物ならあんな態度はとらないはず、やはり別人か……」

 

 こうしてステルベンは、キリトへの興味を一切失った。

 

「さて、素顔のままで目立たないように決勝まで進むか……」

 

 

 

 参加者達が集まっている専用ドームの一角に、シャナの友好チームの面々が集まっていた。

そのメンバーは、シャナ、ピトフーイ、シノン、銃士X、闇風、薄塩たらこ、

ミサキ、ダイン、ギンロウである。

ちなみにギンロウ以外は、決勝への出場が確実視されている者ばかりだった。

その様子を少し離れた場所で見つめる者がいた、もちろんキリトである。

 

「もしかしてあいつはただの変態じゃなく、ハーレム王の変態なのか……?」

 

 キリトはシャナの予想以上の人気に驚いていた。

仲間内でもシノン以外の女性プレイヤーは、全員シャナの周りできゃっきゃうふふしていた。

シノンはキリトの視線を気にし、シャナに近付くのを断腸の思いで我慢しているのだった。

 

「確かに人望はあるみたいだな……どのゲームでも強い奴がえらいって事だな」

 

 日ごろからヴァルハラのメンバーとして同じような立場にあるキリトは、

自身の経験からそう結論付けた。そして予定時刻になり、場内にアナウンスが流れた。

 

『大変長らくお待たせしました、これより第三回BoBの予選トーナメントを開始致します』

 

 そのアナウンスを受け、GGOの全プレイヤーが歓声を上げた。

いよいよお祭りの始まりである。

ちなみにシズカとベンケイとニャンゴローはGGOにログインしていない。

代わりにその三人は、今はヴァルハラ・ガーデンで大会の様子を観戦していた。

これはキリトが一時的にコンバートした事を知ったリズベットの呼びかけによるものであり、

ハチマンとキリトとソレイユとメビウス以外の全メンバーがそこに集まっていた。

 

「GGOってどんなゲームだっけ?」

「銃で戦うゲームじゃなかったっけ?」

「キリトって遠隔攻撃が得意なの?」

「見た事無いわね……」

「まああいつならなんとかするだろ」

 

 そんな会話をしながら、ヴァルハラのメンバー達も、

滅多に見られないほかのゲームの大会を興味深そうに見つめていた。

 

 

 

「いきなり俺か」

「シャナ、頑張って」

「おう、まあさっさと終わらせてくるわ」

 

 そしていきなりシャナの名前が電光掲示板に表示された瞬間、

街の各所に設置されたモニターの前にいる観客達が大歓声を上げた。

 

「うお、いきなりシャナか!」

「相手の奴は……無名のプレイヤーか、かわいそうに」

「誰か相手に賭ける奴はいないか?これじゃあ賭けが成立しねえよ!」

 

 そのプレイヤーの言葉通り、誰も相手に賭ける者はおらず、

この賭けは不成立となった。まあ当たり前である。

 

 一方ヴァルハラ・ガーデンでは、アスナがしれっとした顔で解説をしていた。

 

「あの人が今大会の優勝候補ナンバーワンの、シャナだよ」

「ほ~う?」

「どんな戦い方をするの?」

「多分遠距離から狙撃をしてあっさり終わらせるんじゃないかな?」

「アスナ、詳しいわね」

「え、えっと、前に少し調べた事があってね」

「ふ~ん」

 

 そしてアスナの解説通り、シャナはあっさりと一撃で敵を葬り去った。

 

「早っ!」

「おいおい、何だよこれ、随分あっさりした戦闘だな」

「まああの人がそれだけ凄いって事だよ、多分他の人の戦闘を見てれば、

あれがどんなに異常なのか分かるんじゃないかな」

「そうなのか?」

 

 アスナの言う通り、次の試合は凄まじい泥試合となり、クラインは納得したように言った。

 

「本当だな、銃の事は素人の俺でも、ハッキリと違いが分かるぜ」

「でしょ?」

「ああ、まるでハチマンやキリトが一般人を相手にしてるような感じだな」

 

 その言葉でリズベットは、この場にハチマンがいない事に気が付いた。

 

「ところでハチマンは?」

「そういえば今日は見てないな」

「ちょっと確認するね」

 

 アスナは当たり前だよねと思いつつも、ハチマンの居場所を確認するフリをする為、

フレンドリストを開いた。その演技を見たコマチとユキノは、

顔を見合わせてクスクスと笑っていた。

 

「えっ?」

 

 そしてその直後に、アスナが驚いたような声を上げた。

 

「どうしたの?」

「あ、うん、それがね」

「ええっ?皆さん、あ、あれ!」

 

 その時レコンが突然画面を指差しながら大声を上げた。

その画面に表示された名前を見た瞬間、ヴァルハラのメンバー達は口々に叫んだ。

 

「えっ、まじで?」

「ど、どういう事だよ?」

「もしかして別人?」

「アスナ、何か聞いてないの?」

「ううん、何も……だけど皆、あのね……」

 

 そしてアスナはフレンドリストを可視化し、全員に見えるようにその一点を指差した。

 

「あれ、やっぱり本人みたい……」

 

 アスナの指差す先には、ハチマンの名前があり、

その名前の横には、『ステータス、GGO』の文字が表示されていた。

 

「「「「「「「「「「ええええええええええええええええええ!」」」」」」」」」

 

 それを確認した瞬間、ユイとキズメル以外の全員が絶叫したのだった。




いきなりぶっこんできました!


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第406話 アチマンの参戦

「まじかよ……あいつは一体何をやってるんだ?」

「もしかしてキリトに対抗しようと?」

「ねぇユイちゃん、キズメル、二人は驚いていなかったみたいだけど……」

 

 その質問に、ユイは困った顔でこう答えた。

 

「ごめんなさい、パパに口止めされてたんです」

 

 そしてキズメルも、それに同意するように頷いた。

 

「って事は……」

「あれはガチでハチマンなんだ……」

 

 その言葉に動揺していた者が三人いた、もちろんアスナとコマチとユキノである。

三人はこそこそとカウンターに集まり、ひそひそと話をしていた。

 

「あれ?でもさっき確かにシャナが出てきたよね?」

「どういう事なんですかね?」

「どちらかが本物で、どちらかが偽者なのではないかしら」

「えっ、でもここにはソレイユさんとメビウスさん以外全員いるよ?」

「その二人の可能性は?」

「無いよ、ソレイユさんもメビウスさんも、仕事が忙しいって言ってたもの。

リズに頼まれて誘ったのはインする直前だし、絶対に間に合わなかったはずだよ」

 

 そしてユキノが別の可能性を提示した。

 

「十狼の誰かという可能性は?」

「う~ん……エムさんかイコマ君?無いんじゃないかなぁ」

「…………一体誰なのかしらね」

「まあ見てればそのうち分かるかもしれませんね!」

 

 そして三人は、何気ない風を装って元の場所に戻った。

 

「さて、どんな戦い方をするのやら……」

 

 誰かがそう呟いた瞬間、画面の中のハチマンが動き出した。

 

 

 

「えっ?」

 

 最初にハチマンに反応したのは銃士Xだった。

その見た目に見覚えがありすぎる為だった。

銃士Xは、慌ててシャナの方を見たが、シャナは無表情で画面を見つめているだけだった。

そして次々と、ハチマンの名前に反応する者が現れた。

 

「えっ?あれってまさか……え、あれ?シャナ?」

「嘘……どういう事?」

「えっ、まじで?あれ?」

「ちょ、ちょっと意味が分からないんだが……」

 

 そんな反応をしたのは、ピトフーイ、シノン、闇風、薄塩たらこの、

リアル八幡を知るメンバー達であった。キリトも同様に目を丸くしていた。

 

「あれ……まさかハチマン?やべ、もしかして俺がGGOにいるのがあいつにバレたのか?」

 

 キリトが心配したのはそこだったようだ。そして他の者達は、別の意味で驚愕していた。

 

「え、ハチマンってもしかして、ALOのハチマンか?」

「あの有名人の?いや、まさかまさか……」

「案外ただ同じ名前なだけかもしれないし」

「ただのALOのハチマンのファンかもしれないしな!」

「でも本物だったら面白いわね」

 

 同じような反応は、街の各所で見受けられた。

 

「あれってマジもん?」

「本物だったらいいなぁ」

「だな!俺、あの人のファンなんだよ!」

「一体どんな戦い方をするんだろうな……」

 

 そして街は、奇妙な静寂に包まれた。

 

 

 

「動いた!」

 

 誰かがそう言い、画面の中のハチマンは動き出した。

 

「あの銃は……ベレッタ92?」

「いや、腰にも何かを差しているみたいだが……」

「もしかしてあれって……」

「輝光剣?」

「え、でも今輝光剣を作れるのってイコマきゅんだけよね?」

「最近誰かに輝光剣を作ったか確認してみる」

 

 そう言ってシノンはイコマにメッセージを送った。

そして直ぐにイコマから返信が来た。

どうやらイコマは十狼以外にはまだ輝光剣を作っていないそうだ。

 

「作ってないって」

「といっても可能性があるとしたら、ここにいないシズカとベンケイの分よね?」

「刀身の色で分かるね、さあ、ピンクか銀色か、夜桜か白銀か、どっち!?」

 

 ハチマンはベレッタをけん制に使い、

障害物を上手く利用しつつ、徐々に敵へと接近していった。

 

「移動がスムーズ……」

「相手が徐々に追い詰められてる感じがするね」

「良く言えば基本に忠実、悪く言えば平凡?」

「いや、ああいうのを相手にするのが一番やっかいだぜ?

スタイルとしてはゼクシードに似ているな」

 

 その薄塩たらこの言葉に一同は頷いた。そしてついにその時が来た。

敵との距離がある程度縮まったかと思った瞬間、ハチマンは腰の剣を抜き放ち、

跳躍して横なぎに相手を真っ二つにした。

 

「速っ」

「気付いたら敵が真っ二つに……」

「微妙に居合いっぽい感じに見えたが……」

 

 そして敵が消滅した後、ハチマンは刀身についた返り血を払うような仕草をした。

その刀身の色は…………黒だった。

 

「ピンクでも白銀でもない?」

「まさかの黒ぉ!?」

「それってシャナの……」

「「「「「「「アハトX!?」」」」」」」

 

 その場にいた全員は、同時にそう叫んだ。

 

「まじかよ、じゃああれってシャナのアハトXの片割れか?」

「レフトなの?ライトなの?」

「ピト、今の問題はそれじゃないから」

「そうだぞ、おいシャナ、一体どうなって…………あれ?」

 

 気が付くとシャナの姿は消えていた。

 

「おい、シャナは?」

「さっきまでそこにいたけど……」

「まさか逃げやがったのか!?」

「シャナ、どこだよ!」

「ねぇキリト君、シャナを見なかった?」

 

 シノンはキリトにそう声を掛けた。だがキリトは反応しない。

 

「キリト君、キリト君ってば」

「お?おお、すまん、つい画面に見入ってたわ」

「ねぇ、今の戦闘、キリト君の目にはどう映ったの?」

 

 シノンは興味本位でそう尋ねた。

 

「ん、あれがALOのハチマンじゃないかって話か?」

「まあぶっちゃけるとそんな感じ」

「あれはハチマンじゃない、あえて誰に似てるかと聞かれると、クラインだな」

「クラインさん?ああ、日本刀を使う人?」

 

 シノンは自分の持つヴァルハラの知識を引っ張り出し、そう言った。

 

「詳しいんだな」

「まあ前に調べた事があったのよ」

「そうか、まあ正解だ。要するにあれは、普段刀を使っている人間の動きって事さ」

「刀……」

「でもクラインじゃない、あいつは居合いは使えない」

「そうなんだ……」

「面白くなってきやがった……」

 

 そう呟いたキリトの目は、まるで獲物を狙う猛獣のような光を放っていた。

 

 

 

「おう、お疲れ」

 

 プレイヤーが自由に使える個室のうちの一つで、シャナはハチマンをそう言って出迎えた。

 

「しかし自分と話すってのは、違和感が半端ないな……」

「私も違和感が半端ないわよ、でも肩がこらないというのはいいわね」

「まあ胸はな……」

「まあ下の違和感に……」

「おっとそこまでだ、下ネタは禁止だぞ、アイ」

「仕方ないわね、まあ後でトイレで確認させてもらうから別にいいわ」

「言っておくがゲーム内にトイレは無いからな」

「ぶぅ」

 

 その時突然部屋の入り口がノックされ、二人はビクッとした。

 

「…………誰だ?」

「私です」

「私じゃ分からないな」

「あなたのマックスです、シャナ様」

「マックス?」

 

 シャナはそれを聞き、そっと個室の扉を開け、銃士Xを中に引っ張り込んだ。

そして中に入り、扉を閉めたのを確認した銃士Xは、首を傾げながら二人に尋ねた。

 

「どうしてここにアイちゃんが?」

 

 ちなみに銃士Xは、八幡に連れられて何度か眠りの森を訪れた事があったので、

アイと顔見知りなのは確かである。

 

「…………」

「…………」

 

 その銃士Xの指摘に、二人は黙り込んだ。

 

「…………おい」

「はい、シャナ様」

「何でお前、これがアイだって分かるんだ?」

「確かにハチマン様のお顔を見た時は驚きましたけど、歩く姿を見て、

これはアチマン様だとわかりました」

「アチマンって何だよ……」

「アイとハチマンでアチマンです」

「こいつ真顔で説明しやがった……」

「アハトレフトの使い方を見て、中身がアイちゃんだと分かったんです、シャナ様」

 

 その説明を受け、シャナとアチマンは嘆息した。

 

「アイが持っていたのがアハトレフトだって事も分かるのか」

「クルスさんって凄いね……」

「ここでの名前はイクスだ、でもそうだな、凄いな……」

「常識です」

 

 銃士Xはそうすました顔で答えた。

 

「で、何故ですか?」

「これは敵に対する撹乱だな、俺がもし二人いたら、お前ならどうする?」

 

 そのシャナの問いに、銃士Xは即座にこう答えた。

 

「もちろん今みたいに接触して確認……あっ」

「そう、それが狙いだ」

「なるほど……」

「だがアイは短剣は使えないからな、もしかしてもう別人だとバレている可能性はある」

「ですね、私が分かったくらいですし」

「いや、絶対にお前は特別だからな……」

 

 シャナは呆れた顔でそう言った。

 

「いえ、でもキリト様は気付いていたように見えました」

「…………お前キリトと面識があったっけ?」

「いえ、ですがもちろん分かります、リアルの顔も知っています」

 

 その言葉にシャナはハッとした。

 

「そういえばお前、うちの学校を見張ってた時期があったっけ」

「はい」

「じゃあキリトの事も?」

「歩く姿を見ただけで分かりました」

 

 その言葉にシャナとアチマンは再び顔を見合わせた。

 

「私はキリトって人の事は知らないけど、イクスさんが凄いのは分かる」

「キリトは俺の親友だ、俺よりも強いと思っておけ」

「シャナよりも?」

 

 アチマンはきょとんとした顔でそう尋ねてきた。

 

「ああ、事実だ」

「そう……」

 

 そしてアチマンは、ニヤリとしながらシャナに言った。

 

「でも私が倒してしまっても問題無いのだろう?」

「お前それ、一度言ってみたかっただけだろ……」

 

 シャナはそう言いつつも、その言葉を否定はしなかった。

 

「まあ大会だしな、好きにすればいい」

「分かったわ、キリトは私が倒す!」

「まあ頑張れ」

 

 そしてシャナは銃士Xに言った。

 

「という訳で、俺とこいつはほとぼりが冷めるまでここに隠れておく。

お前はあっちで何かおかしな事があったら、俺に教えてくれ」

「分かりました」

「あ、本戦中は手加減するなよ、本気でかかってこい」

「いや、まあでもシャナ様に勝てる訳が……」

 

 そんな弱気な銃士Xに、シャナは言った。

 

「もしお前が俺を倒せたら、今度デートしてやる」

「絶対に勝ちます!」

「おう、その意気だ」

 

 もちろん絶対に負ける気が無いからこそ、シャナはこんな事を言った訳だが、

銃士Xはその事を何となく理解しつつも、その条件に燃えた。

 

「では後ほど」

「おう」

 

 

 

「銃士Xちゃん、どこにいってたんだ?」

「探索、シャナ様」

「ああ、そういう事か!で、どうだ?見つかったか?」

「否定、行方不明」

「そうか……」

 

 その言葉に他の者達もガッカリした様子を見せた。

 

「謎は深まるばかりだね」

「本当に何なんだろうね」

「まあとりあえず切り替えようぜ、目標は全員本戦出場な」

「「「「「「「おう!」」」」」」」

 

 そして仲間達は、一回戦を順調に突破していった。

 

 

 

(あれはハチマン君じゃない)

 

 ハチマンの戦闘を見たアスナは、一目でそう見破った。

 

(でも誰なのかは分からないな、どんな目的があるんだろ、挑発?撹乱?)

 

 さすがアスナは、ハチマンの思考をトレースするのに慣れていた。

 

(確かにハチマン君が二人いるとなれば、相手は混乱して接触してくるかもしれないね、

ハチマン君、気を付けて……)

 

 そんなアスナに周りの者達が声を掛けてきた。

 

「あれって確かにキャラはハチマンだったけど、絶対中身は別人だよね?アスナ」

「だよな、あれはどう見ても刀使いの動きだぜ」

 

 アスナはその言葉に同意しつつも、別の事実を披露した。

 

「まあ確かにその可能性が高いね、でもハチマン君って、実は日本刀も使えると思うよ」

 

 その言葉に一同は驚いた。

 

「え、まじでか?いつの間に……」

「あ!そういえば昔、ハチマンさんに頼まれて、竹刀の使い方を教えた事があったかも」

 

 リーファが思い出したようにそう言った。そしてアスナは解説を始めた。

 

「前ね、ハル姉さんの家にあった日本刀を、丸一日楽しそうに振り回してた事があったの。

夕方頃には、素人の私が見ても、様になった動きをしてたように感じたんだよね」

「なるほど……」

「一日中?よく体力がもつわね……あれってそこそこ重いわよね?」

「うん、まあハチマン君、今でもかなり鍛えてるしね」

「ああ、確かにあいつはいい体をしてるからな、だよな?アスナ」

 

 アスナはその問いに、赤面しながら同意した。

 

「う、うん……」

「おいクライン、セクハラだぞ」

「えっ?…………あっ」

 

 クラインはそう言われてその意味に気付いたのか、直ぐにアスナに謝罪した。

 

「悪いアスナ、おかしな意味じゃなかったんだが」

「ううん、まあ事実だしね。さて、とりあえずハチマン君の事は置いといて、

そろそろキリト君の出番じゃない?」

「だな、ハチマンの事はそのうち説明があるだろ、お、次みたいだぞ」

 

 その言葉通り、次の対戦カードとして、キリトvs餓丸の文字が画面に表示され、

一同はその戦いを、固唾を飲んで見守ったのだった。




タイトルはもちろん誤字ではありません!


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第407話 非常事態よ!

(あのハチマンが別人なのは間違いないんだけどな、

後はあのキャラが本物かどうかなんだよな……)

 

 キリトはそんな事を考えながら、記念すべきBoBの初戦を迎えようとしていた。

 

(聞こえた話だと、あのハチマンがシャナの関係者なのは間違いないみたいだけど、

問題はハチマンとシャナが知り合いかどうかなんだよな……

知り合いの中だと、戸部が一番性格が近い気がするが……)

 

『やっと気付いたっしょ、やっぱりキリト君はキリトさんだわぁ』

 

 キリトはシャナがそんな喋り方をしている姿を想像し、かぶりを振った。

 

(いやいや、さすがに無いな……)

 

 この時点でキリトは正直な所、

あのハチマンはALOのハチマンのコンバートした姿だとは思っていなかった。

 

(もしハチマンが俺が黙ってコンバートした事に気付いて同じようにコンバートしたのなら、

絶対に俺に接触してきてると思うんだよな……)

 

 さすがのキリトも、ハチマンが既にGGOを新キャラで遊んでいた等という事は、

まったく想像もしていなかったようだ。

そしてキリトは考え続けながら、無意識のうちに敵の気配を探った。

もう予選一回戦はとっくに開始されているのだ。

 

(敵はあそこか、まだ遠いな……はぁ、もしわざと接触してきてないとしても、

ハチマンの事だ、絶対に俺の事を観察していると思うんだよな……

多分抜け駆けした事を怒る為に……)

 

 キリトはそう考え、ぶるっと震えた。

その瞬間にキリトは、無意識に顔に照射された赤い線に剣を振るっていた。

その瞬間に何かが目の前で両断された気がしたが、キリトはそれにはあまり頓着せず、

いつもの通りに『ヴォーパルストライク』を敵に対して繰り出した。

 

「う、嘘だろ……」

 

 そんな声が聞こえ、キリトはそのまま次の敵の気配を探り始めた。

その瞬間にキリトは元いた場所へと転送された。

 

「あ、あれ?俺今何してたんだっけ……」

 

 キリトはきょとんとした顔でそう言った。

どうやらALOで複数の敵を相手にしている時のような対応を、無意識にとっていたらしい。

そんなキリトはいきなりその場にいた者達に囲まれた。

 

「ちょ、ちょっとあんた、今のは何?」

「え?あれ?俺は確か、これから予選の初戦を戦うんじゃなかったか?」

「何言ってるんだよ、そんなのたった今終わったじゃねえか!」

「……あれ?」

 

 そう言われてキリトは、さっき誰かと戦った事を思い出した。

キリトは自分がハチマンの事を考えながら、無意識に戦っていたという事に気が付き、

死ななくて良かったと内心冷や汗をたらしながら言った。

 

「悪い……考え事をしてたから、正直まったく覚えてない……」

「じゃ、じゃあさっきのは全部無意識かよ!」

「お、おう、何をやったかは覚えてないが、その通りだな」

 

 それを聞いた周りの者達は、シンと静まり返った。

 

「え、何だよこの静寂……」

「当たり前よ、あんたは敵の放った銃弾を全てその剣で斬ったのよ!」

「俺が弾を斬った?いやいや、まさかそんな…………あ」

 

 キリトはそう言われ、赤い線のような物を斬った事を思い出した。

今思えばあれは、バレットラインだったかもしれない。

という事はつまりそういう事なのだろう。

 

「あ~……確かに斬ったかも」

「その後に敵を強力な突きで一撃で倒した事は?」

「あ~、それは何となく覚えているかも」

「かもばっかりね……」

「仕方ないだろ、考え事をしてたんだよ!」

「普通の奴がそんな事をしたら、一瞬で倒されているはずなんだがな……」

 

 その時周りにいた者達の脳裏には、『戦闘民族』の四文字が浮かんでいた。

この時点で周りの者のキリトの評価は、ただの見た目がかわいい初心者から、

マークすべき強敵にランクアップされた。

 

「そ、それよりもその剣よ!ねぇキリト君、それ、どこで手に入れたの?」

「おいピトフーイ、その剣の事を知ってるのか?」

「ここにはまあ身内的な人しかいないからいいと思うけど、

それって多分、シャナが持ってた輝光剣、カゲミツG4なんじゃない?

本来の色は紫がかった白だったはずだけどね」

「え?確かにこの剣の名前は、カゲミツG4、エリュシデータって名前だけど……」

 

 それを聞いたキリトは驚きながらそう言い、周りの者達は絶叫した。

 

「またシャナか!」

「シャナ様……」

「おいおいシャナの奴何やってんだ?」

「そもそもシャナはどこに行ったの?」

 

 どうやら今回のBoBの裏では、シャナが暗躍しているらしいと気付いた一同は、

もし決勝に進めた場合、全員でシャナをフルボッコにする事を暗黙のうちに了解した。

事情をある程度知っていたシノンと銃士Xは知らんぷりをしていたが、

キリトは慌てた様子でシノンに詰め寄った。

 

「おいシノン、これがシャナの剣だってまじかよ……」

「ええ、正直店でそれを見た時は私もびっくりしたわ、

まさかシャナがあなたにそれを渡すなんて思ってもいなかったから」

「くそ……これ、気に入ってたんだけどな……」

「多分刀身の色と名前もシャナが変えさせ…………あっ、やばっ」

 

 シノンはそう言いかけ、慌てて自分の口を抑えた。

 

「シャナが変えさせた……?おい、それってまさか……」

 

 その瞬間にシノンは咄嗟にこう叫んだ。

 

「ピト、イクス、闇風さん、たらこさん、非常事態よ!緊急避難!」

「よく分からないけどレッツゴー!」

「了解」

「たらこ、キリトの左手を頼む!」

「おう、お前は右手な!」

 

 シノンの様子を見て何となく状況を察した四人は、

そのシノンの指示通りにキリトを掴まえ、六人はそのまま個室へと駆け込んだ。

残された者達は、その様子を見てポカンとしたが、

偶然にもそれぞれの出場時間が迫っていた為、その件は放置された。

 

 

 

「な、何だよいきなり!」

 

 キリトは個室に入るなり、シノンに抗議した。

 

「どうやら気付いてしまったみたいだったから、緊急避難よ」

「気付いたって……え、じゃあまじでそうなのか?」

「とりあえず乗ってみたけど、状況がいまいち分からないんだけど」

「でもまあこのメンバーを選んだ時点で何となく想像出来るんじゃないか?」

 

 ピトフーイのその言葉に、闇風はそう答えた。

 

「まあ闇風さんの言う通り、ここにはぶっちゃけトークを出来る人間だけを集めたわ」

「ぶっちゃけ?ああ、そういう事か!」

 

 そう言われてもサッパリ意味が分からない者がいた、キリトである。

 

「えっと、つまりどういう事だ?」

「これは自己紹介が必要ね」

 

 そして五人は順番に自己紹介を始めた。

 

「闇風だ、現在ソレイユでバイト中!八幡とはよく一緒に飲みにいく仲だぜ!」

「え、まじかよ!あいついつの間に飲み友達なんか作ってたんだよ!俺は誘われてないぞ!」

 

 最後の一言が、キリトの心情を端的に現していた。

 

「薄塩たらこ、現在ソレイユでバイト中、同じく八幡の飲み仲間だ」

「……もしかしてSAOにいた北海いくらってプレイヤーを知ってるか?」

「あ~……多分遠縁だ、噂で聞いただけだけどな」

「まじか……世間は狭いな……っていうかまた飲み友達かよ!俺は誘われてないぞ!」

 

 キリトは再び同じ事を言った、よっぽど寂しかったのであろう。

 

「銃士Xです、八幡様の専属秘書になる事が確定しております、

ちなみにまだ学生で、ユキノとは同窓生です」

「えっ、まじかよ、頭いいんだな……」

「ぽっ」

 

 銃士Xは口に出してそう言い、頬に両手を当てた。

 

「えっと……恥ずかしがってる表現?」

「もじもじ」

 

 再びそう声に出して言う銃士Xを見て、キリトは感心したように言った。

 

「うわ、いかにもハチマンが気に入りそうなキャラだな……」

「え、まじですか!?やった、マックス大勝利!」

 

 その銃士Xの豹変ぶりに、キリトは目を丸くした。

残りの者達は、銃士Xがたまにこうなる事を知っていた為、

またかという顔をしただけだった。

 

「私はシノンよ、八幡と私の関係は、えっと、えっと……」

「ああ、もういい、八幡ネタでそういう態度をとる奴は、今まで沢山見てきたから……」

 

 シノンがそう言ってもじもじし、顔を赤くした為、

キリトは色々と察したのか、そう言った。

 

「私はピトフーイ、そしてその正体は!か……」

「停止、推奨」

「ちょ、ちょっと!」

 

 いきなりカミングアウトしようとしたピトフーイを、銃士Xとシノンが慌てて止めた。

だがピトフーイは二人を振り払うと、問題ないというように頷いた。

 

「大丈夫大丈夫、黒の剣士様に嘘は付けないもの」

「あ、ピトは気付いてたんだ」

「ううん、同じ名前だなとは思ってたけど、シャナがここまで肩入れしてるんだから、

これは本物に間違い無いってさっき確信したのよ」

「それならまあいいのかな」

「了承、どうぞ」

 

 そしてピトフーイは、突然ALOのCMに使われている曲を歌い始めた。

 

「お~」

「これが生で聞けるとは……」

「さすがよね……」

「同意、神歌姫」

 

 キリトはその歌を聞いて呆然としていたが、かつて八幡から、

神崎エルザと知り合いだと聞き、サインを手に入れてもらった事を思い出した。

 

「私がピトフーイこと、神崎エルザよ」

「ずっと前からファンでした、握手して下さい!」

 

 キリトは神の速度でそう言い、手を差し出した。

 

「そうだったんだ、ありがとう、私もずっと前からあなたのファンでした、黒の剣士さん」

 

 そこには変態のピトフーイではなく、綺麗なピトフーイがいた。

 

「お、俺の事を知ってるのか?」

「うん、SAOがクリアされた直後から情報を集めまくってたからね。

そしてシャナとの出会いによって、私はあなた達の真実を知ったわ」

「あ、じゃあやっぱり……」

 

 そして五人を代表して、ピトフーイは言った。

 

「うん、シャナの正体は、キリト君の親友の八幡だよ」

「やっぱりかあああああああああ!」

 

 キリトはその告白を受け、そう絶叫した後、その場に蹲って頭を抱えた。

 

「やばいやばいやばい……八幡の事を散々変態扱いしちまった……

今後事あるごとに、そのネタでいじられる……うぅ……」

「そもそもあんな存在が八幡の他にいる訳が無いじゃない」

「そうだよ、あんなに強くてモテるなんて、八幡かキリト君くらいのものだと思うよ」

「だってあいつ、いきなり俺をナンパしようとしたんだよ!」

「え、何それ?」

「ああ、それはね……」

 

 そしてシノンが、その時の話をシャナからの指示も踏まえて説明した。

それを聞いた四人は大爆笑した。

 

「何だよそれ!」

「な、何でナンパ……」

「そ、その資金の提供の仕方は斬新すぎんぞ……」

「シャナ様、かわいい……」

 

 キリトはその四人の反応を見て、必死に自分の正当性を主張した。

 

「だろ?それで八幡だって気付けなんて無理だってばよ!」

「うんうん」

「まあ無理だね……」

「普通想像がつかないよな」

「どんまいだぜ」

「禿同」

 

 そして六人は、今の状況について話を始めた。

 

「でもよ、シャナは一体何がしたいんだ?」

「そもそもキリト君は何でGGOに来たの?」

「あ、いや……それは守秘義務があってだな」

「って事は依頼人がいるんだ」

「最近あった事……まさか例の回線落ち事件?」

「死銃だっけか?」

「最近目立った出来事ってそれくらいだよな」

 

 さすがはトッププレイヤーなだけの事はあり、その辺りには敏感のようだ。

そして一言も発しないシノンと銃士Xに、何となく視線が集まった。

 

「なぁ、二人はさ……」

「もしかして……」

「何か知ってる?」

「ごめん、言えないの」

「言わないように命令されてるの」

「その答えで十分だよ」

 

 キリトが代表してそう言った。

 

「そうか、ハチマンも俺と同じ立場なのか」

「う~ん、多分違うんじゃないかな……」

「シャナが出張ってきたって事はあれだろ?ラフィンコフィンとかいう奴ら絡みだろ?」

「…………今何て言った?」

 

 キリトが突然そう言い、闇風に詰め寄った。

 

「いきなり何だよ、ラフィンコフィン、あんたらの宿敵だろ?」

「確かにあいつらは俺達の敵だ、でもその名前がここで出る意味が分からない」

「…………シャナはその為にキリト君にも内緒でGGOを始めたのよ」

 

 そしてピトフーイが、仕方ないといった顔でキリトにそう言った。

 

「本当か?どういう事だ?」

「ロザリアちゃんから情報提供があったらしいわよ、GGOにラフコフの残党がいるって」

「そうなのか!?」

「そもそもシャナがロザリアちゃんを身内にしたのは、

最初はラフコフの情報が欲しかったからだって聞いた事があるわ」

「そういう事か……あいつはまだ一人で戦っていたのか……」

 

 そしてキリトは顔を上げ、拳を上に突き上げながら言った。

 

「よくも内緒にしてやがったな、絶対にあいつをぶん殴って、そして俺も一緒に戦う!」

「シャナはそれが嫌で内緒にしてたんだと思うけどね」

「それが許せん、俺達は親友だ、一心同体だ、生きる時も死ぬ時もずっと一緒だ」

 

 そのキリトの言葉に感じる物があったのか、五人もそれに同意し、口々に言った。

 

「死銃事件とラフィンコフィンがどう関係するのかは分からないが、

もちろん俺達も協力するぜ!」

「シャナ軍団の力を示すいい機会ね」

「まあでも、とりあえずこそこそしてやがるシャナを懲らしめないとな!」

「私は始めからシャナを倒してナンバーワンになる気満々だけどね」

「私も今回ばかりはシャナ様を倒す事を優先する」

 

 そしてキリトが、力強くこう宣言した。

 

「よし、絶対にシャナと、正体不明なハチマンを倒そうぜ!とりあえず話はそれからだ!」

「「「「「おう!」」」」」

 

 こうしてシャナとアチマンは、身内全員から狙われる事になった。

ちなみにキリトが宣言した瞬間、シャナは寒気を感じ、ぶるっと震えた。

 

「シャナ、どうしたの?」

「いや、何か寒気が……」

「……もしかして他の人に今回の企みがバレたんじゃない?」

「まあ俺が裏で動いている事は確実にバレてるよな……」

「どうする?」

「軌道修正の必要があるな、とりあえず落ちて交代するか」

「そうね、撹乱する為にもそれがいいと思うわ」

「よし、ログアウトするか、マッハで交代だ」

 

 そして二人はログアウトし、直ぐにまたその場に現れた。

 

「武器はどうするか……アイ、お前M82は扱えるか?」

「う~ん……正直自信が無いわね」

「まあいいか、アイ、次は銃だけで戦うんだぞ」

「シャイ」

 

 突然アイがおかしな事を言い出し、ハチマンはきょとんとした。

 

「……何だって?」

「アイとハチマンでアチマン、シャナとアイでシャイ、ついでにはいとシャイをかけたのよ」

「…………お、おう、お前そういうセンスは無いのな」

「…………この体にセクハラするわよ」

「すまん、俺が悪かった!それだけはやめてくれ!」

 

 こうしてシャナとハチマンはその中身を入れ替えた。

第三回BoBは、益々その混乱の度合いを深めていく事となる。



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第408話 お前は……

 各プレイヤーが続々と一回戦を突破していく中、ひっそりと不戦敗になった者がいた。

 

「あ~あ、やっぱりゼクシードは不戦敗か」

「仕方ないだろ、多分アミュスフィアの故障か何かだと思うし」

「座談会以降ログインしてきてないらしいから、まあそんな感じだろうな」

 

 こうしてゼクシードのBoBは一瞬で終わりを告げた。

本来はBoBどころか人生の終わりを迎える所だったのだから、

あるいはそれだけで済んで良かったと言えるかもしれない。

大事なのは、ゼクシードは確かに生きているという事だ。いずれ再起の時もあるだろう。

ちなみに対戦相手はギンロウだった。今回は各ブロックに優勝候補が散らされている為、

ギンロウにとっては本戦出場に向け、大きな大きな一歩となった。

 

 

 

「ハチマンについてはまだ保留だな、直接やりあっていない俺には判断が出来ん」

 

 ステルベンは、アチマンの戦いを見た後、そう呟いていた。

だがそんなステルベンも、キリトの戦いを見た直後はさすがに冷静ではいられなかった。

 

「あいつ……本物……か?もし本物なら俺がこの手で……」

 

 ステルベンはラフィンコフィン討伐戦で直接キリトと対峙した事もあり、

ハチマンはともかくキリトに対しては特別な感情を抱いていた。

その考えを読んだように、突然ノワールから通信が入った。

ノワールはギャレットとペイルライダーの家の中間位置で待機しているはずであり、

GGOにログイン出来る状態には無かったはずである。

ステルベンはそう考え、何かトラブルでもあったのかと心配した。

 

「どうした?トラブルか?」

「いや、配信の動画を見てたらあのクソの剣士が出てきたんでな、

心配になって慌ててログインしたのさ」

 

 ノワールは、ギャグのつもりかキリトの事をそう呼んだ。

 

「心配……?」

「俺達の目的はあくまでPKだ、目的を履き違えるなよってな。

剣で決着をつける?そんなのはクソくらえだぜ。

SAOでやりあったのも、ヘッドに裏切られたせいだしな。

あ、でも勘違いするなよ、裏切られたせいで、俺はヘッドを更に尊敬するようになったんだ。

自分が生き残る為には何でも利用しようとするその姿勢は。さすがヘッドって感じだよな」

「……だが死銃が俺だってのはどうせこの大会でバレるんだ、

そうなると最終的にはぶつかる事になるだろう?」

「そうなったらさっさとリタイアすればいい、今の所まだバレていないはずだが、

いずれ絶対に警察が俺達の所に来るはずだ。その前に二人で高飛びだろ?

その為に色々準備をしてきたんだからな」

 

 当然その数には、既に二人に見捨てられている恭二は入っていない。

 

「しかし……」

 

 尚も食い下がるステルベンを見て、ノワールはため息をつきながら言った。

 

「はぁ……分かったよ、俺が思ってる以上に、お前は剣士だったって事なんだな」

「……すまん」

「いや、よく考えたらSAOを始めたばかりの時は、俺もそんな感じだった気がするし、

多分これが最後なんだ、思う存分やればいい、

ただし絶対に本来の目的を忘れるなよ、それだけは約束してくれ」

「ああ」

 

 そう言ってノワールはログアウトしていき、ステルベンはぼそっと呟いた。

 

「……直接確認してみるか」

 

 そしてステルベンは死銃の格好をし、マントの機能を使って姿を消した。

 

 

 

「よし、全員一回戦を突破したみたいだな、この調子で頑張ろうぜ!」

 

 闇風がそう音頭をとり、一同は大いに盛り上がっていた。

全員もう、シャナに連絡をとる事は諦めていた。

何故なら誰が通信しても、シャナは決して応じようとはしなかったからだ。

 

(さて、シャナ様に報告しに行かないと)

 

 唯一シャナの居場所を知っている銃士Xはそう考え、こっそりとシャナの下へと向かった。

その後を、一人のプレイヤーがこっそりつけていた事に、銃士Xは気付いていなかった。

 

 

 

「シャナ様私です、マックスです」

「マックスか、入ってくれ」

 

 そう言われた銃士Xは、ドアが開いた瞬間にスッと中に滑り込んだ。

その瞬間に誰かに背中を押され、銃士Xはよろけながらハチマンに抱きついた。

 

「きゃっ」

 

 そんな銃士Xの体をハチマンはしっかりと受け止めた。

銃士Xはその事に喜ぶ間もなく慌てて振り向いた。そこにはミサキが、

満面の笑みを浮かべながらニコニコと立っており、銃士Xは自分の失態を悟った。

 

「しまった……」

 

 銃士Xは、自分が後をつけられていたのだと考え、慌ててシャナに謝ろうとした。

だが少し様子がおかしい。どちらかというと、狼狽しているのはハチマンのようで、

シャナはただ、面白そうにミサキの方を見つめているだけだったのだ。

それはそうだろう、今のシャナはシャナではなくシャイなのだ。

 

「……」

「……」

 

 二人が何もしゃべらない為、銃士Xが最初に口を開いた。

 

「……ミサキさん、一応聞きますけど何故ここに?」

「うふ、イクスちゃんがハチマン様の居場所を知らないなんてありえませんわ、

イクスちゃんはハチマン様の懐刀ですものね」

「あ……は、はい」

 

 そのミサキの評価は、銃士Xにとっては痛し痒しだった。

嬉しいのにこの状況だと素直に喜べない。

そして銃士Xは、シャナをミサキの桃色オーラから守ろうとその前に立ちはだかった。

だがミサキはその横をするりと抜け、何故かハチマンの腕にすがりついた。

 

「イクスちゃんもまだまだね、『性交体験』が足りないのかしら、こっちが正解よ」

「えっ?」

 

 銃士Xは『成功体験』が少ないと言われ、何の事かきょとんとした。

 

「……何で分かったんですか?」

「あらあらうふふ、やっぱりそうでしたのね」

 

 その会話から、どうやらミサキには自分には分からない何かが分かるのだと思い、

銃士Xは素直にミサキに教えを請うた。

 

「ごめんなさいミサキさん、私には分かりません、是非そのコツを私に教えて下さい」

「別にいいわよ?それじゃあ実地で教えるから、

ハチマン様を私の店に連れてきてもらってもいいかしら?」

「分かりました、必ず」

「おいマックス、ナチュラルに俺を売るんじゃねえよ……」

 

 そのハチマンの言い方で、ミサキの言った事は真実だったと思い知らされ、

銃士Xは益々その技術を会得しようと心に誓った。

ハチマンの言葉は銃士Xにとってはどうやら逆効果だったようだ。

 

「ハチマン様、それじゃあそっちは……」

「イクスさん、私はシャイよ」

「あ、シャナとアイでシャイなんですね」

 

 直ぐにその言葉の意味を理解した銃士Xに向け、シャナは言った。

 

「何で分かるんだよ、お前らのネーミングセンスって、似てるんだな……」

 

 そしてミサキは、興味深そうにシャイに話し掛けた。

 

「そう、あなたはアイさんと仰るのね、初めまして、私はミサキです」

「これはご丁寧に、私はアイと申します、師匠」

「師匠?」

 

 そのシャイの言葉にハチマンはきょとんとした。

 

「ハチマン、ミサキさんからは恋愛マスターの匂いがぷんぷんするわ、

これはもう師匠と呼んで、教えを請うしかないのではないかしら」

「却下だ、これ以上お前にうざくなられたらかなわん」

「本当は嬉しいくせに」

「嬉しくねえよ」

「私の事、嫌いなの?」

「そんな訳無いだろ」

「じゃあ好……」

「ストップよ、アイちゃん」

 

 その時ミサキがシャイにストップを掛けた。そしてミサキはシャイの耳元でこう囁いた。

 

「その言葉はこういう時には禁句よ、

もし言うとしたらハチマン様をベッドに連れ込んだ時が効果的よ」

「は、はい師匠!」

「ミサキさん、聞こえてますからね……」

「あら、こんな小声も聞き漏らさないなんて、ハチマン様はやっぱり私に興味津々ですのね」

「いや、そ……」

「ところで何故二人は入れ替わったんですの?」

 

 反論しようとしたハチマンを、ミサキはそう言って封じた。

シャイと銃士Xはそれを見て、相手の逃げ道はこうやって塞ぐのかと感心した。

 

「……死銃を混乱させようと思ったんですよ、疑念を抱かせてこっちに接触させようとね」

「死銃……話は聞きましたが何者なのですか?」

「予想はしていますが、まだ確信には至っていません。

ですが多分、この大会には出場していると思うので、必ず尻尾をつかんでみせます」

 

 その言葉にミサキは、頷きながらこう提案してきた。

 

「なるほど……それじゃあ私も情報収集のお手伝いを致しますわ、

イクスちゃんと一緒に、二人がかりで怪しい出場者がいないかチェックします」

「そう……ですね、お願いします。でも決して危ない事はしないで下さいね」

 

 ハチマンにそう心配され、ミサキは内心狂喜していたが、

そんな態度はおくびにも出さず、しれっとした態度でこう言った。

 

「もちろんですわ、ハチマン様のご寵愛を賜るまで、

この体に傷を付ける訳にはいきませんもの」

「いや、ご寵……」

「それじゃあ早速私は行きますわ、アイちゃんも頑張ってね」

「はい、師匠!」

 

 ミサキは再びハチマンの言葉を遮り、外に飛び出していった。

 

「…………あの人はどうも苦手だ、主導権をとれる気がしねえ。

押したらそのまま喜ばれるだけだし、引いても首根っこを捕まれて引っ張られる気がする」

「仲間内にはいないタイプですね」

「まあな、どちらかというとうちの学校の理事長に近いと思うが……」

 

 ハチマンはそこでミサキの話題を打ち切り、銃士Xに尋ねた。

 

「で、マックス、何か報告があるんじゃないのか?」

「はい、あちらでは今、ハチマン様の中身が偽者だという事で話がまとまっています。

そしてシャナ様を見つけ次第、フルボッコにしてやろうぜと皆で盛り上がっています」

「まじかよ……くそ、キリトのせいか……」

「キリト様の目はやはり欺けないようですね」

「まあ死銃さえ騙せればいいさ、よしシャイ、そろそろお前の出番だ、頼むぞ」

「分かったわ、可能な限りシャナっぽく動いてみる」

「銃だけの予定だったが、最悪これを使え」

 

 そう言ってハチマンは、シャイに一振りの短剣を渡した。

 

「これを?」

「それでカウンターを入れれば、俺っぽく見えるだろう、出来るか?」

「そうね、一撃くらいなら何とかなると思うわ」

「さすがだな、頼むぞ」

「ええ」

 

 

 

「お、シャナの出番か」

「また狙撃一発で終わるか?」

 

 その予想とは裏腹に、シャイは接近戦を挑むように見えた。

 

「狙撃はしないのか」

「色々試してるんじゃない?」

「まあそうだな、シャナだしな」

 

 シャイは上手く銃を使い、相手を慎重に追い詰めていった。

そして敵を丁度いい地形に追い込んだ瞬間、シャイは突然敵の方へと走り出した。

 

「くそっ」

 

 敵は慌ててシャイに狙いをつけたが、シャイは障害物の陰に滑り込み、

敵は慌てて前へと身を乗り出した。その瞬間に、シャイは左手に持っていた短剣で、

敵の銃に向かって強烈なカウンターを繰り出し、

のけぞったその敵を、今度は右手のアハトレフトで横一線に斬り裂いた。

 

「「「「「「「「おおっ」」」」」」」」

 

 一同はそのいかにもシャナっぽい動きに思わず感嘆の声を上げた。

キリトですら、その見事なカウンターを見て、さすがだなと感心していた。

 

「見事なカウンターだったわね」

「あいつの持ち味は、やっぱりカウンターだからな」

「もしキリト君がガチでやりあったらどうなるの?」

「ALOじゃ五回に一回くらいしか負けないが、今回は銃もあるしな……正直何とも言えん」

「そうなんだ」

 

 そしてキリトは一息つこうと、飲み物を取りに一人でバーカウンターへと向かった。

その背後から突然声がした。

 

「お前、本物……か?」

 

 キリトは慌てて振り返った。そこにはいつの間にか一人のプレイヤーが佇んでおり、

キリトはそのプレイヤーが死銃だと確信した。

 

「本物?何の事だ?お前が死銃か?」

「…………」

 

 死銃は、そのまま黙りこくり、キリトをじっと観察していた。

その赤く光る目に、キリトは見覚えがあった。

 

「お前…………まさか、赤目のザザか?」

「…………やはり本物……か」

 

 キリトはザザの事をハッキリと覚えていた。

SAOから脱出し、八幡らと再会した後、ラフコフについては何度も話し合っていた。

そのせいでキリトは、あの戦いの事を忘れる事もなく、

同じ体験をした八幡らと支えあう事で、そのつらい記憶を乗り越える事に成功していた。

 

「久しぶりだな」

 

 キリトに睨まれ、そう言われた死銃は、そのまま後方へと走り出した。

 

「あ、おい、待て!」

 

 そしてキリトは死銃を追いかけ、角を曲がった。だがその姿はどこにも無い。

 

「くそっ、どこに消えやがった……」

 

 キリトは死銃を逃がしてしまった事に歯噛みした。

 

「これはハチマンと話さないといけないな……」

 

 そう思いつつもキリトは、死銃がBoBに参加している事を確信し、

絶対に決勝へ進まなくてはいけないと決意した。

 

「さて、そろそろハチマンの試合か……まったくあいつ、どこにいるんだよ」

 

 

 

 そしてハチマンの試合が始まった。

ハチマンは最初、輝光剣を日本刀のように振り回していた。

 

「やっぱりハチマンのスタイルとは違うみたいだな」

「そうみたいね」

「あれ?」

 

 敵は意外と上手くハチマンから距離をとり、輝光剣で斬られるのを防いでいた。

それを見てとったのか、ハチマンはいきなり戦闘スタイルを変えた。

 

「あ、見て、ハチマンの輝光剣が……」

「刀身を短くした!?」

 

 その言葉通り、ハチマンは刀身を短くし、ALOでキリトがいつも見ていた構えをとった。

 

「あ、あれれ?」

 

 その直後にハチマンは、『いつものように』木を踏み台にして跳躍し、

すれ違い様に敵の銃を蹴り上げると、『いつものように』敵の背後に降り立ち、

そのまま振り向き様に敵を横に真っ二つにした。

 

「あ、あれ……?」

 

 キリトはそれを見て、目をごしごしと擦った。

 

「どうしたの?」

「あ、いや、あのハチマン、やっぱりハチマンに見えたんだが……

もしかして、最初に日本刀を使うみたいに戦っていたのは、たまたまだったのか……?」

「え、そうなの?」

「ああ、でもさっきのシャナも……ああっ、よく分からなくなってきた!」

 

 キリトは二人の作戦に乗せられ、混乱していた。

シャイが極限まで集中し、カウンターに全てを賭け、

しかもそれを一度しか見せなかったのが幸いしたようだ。

 

「ああもう、こうなったら二人ともハチマン本人だと思ってやるしかないな!」

 

 キリトはそう開き直り、他の者達も戸惑った顔で、

試合に勝利したハチマンの姿を見つめていた。

そしてキリトの番が来たが、相変わらずキリトは剣をメインに戦い、

銃をほとんど使用しなかった。ちなみに敵の攻撃は、全てエリュシデータで斬っていた。

 

「あいつは結局、このまま最後まであのスタイルでいくつもりか……」

 

 ハチマンとシャイは、今はアチマンとシャナに戻っており、

シャナはキリトの二回戦を見てそう言った。

 

「どうやらそうみたいね」

「このままいくと、決勝でシノンと当たる事になるな、

それでシノンが自信を喪失しないといいんだがな」

「…………それほどなの?」

「ああ、明らかに動きが良くなっていたからな、多分あいつ、

自分に向けて放たれた銃弾は、全て撃ち落すぞ」

 

 その言葉にアチマンは困惑した。

 

「…………あの人、本当に人間?」

「どうだろうな、案外魔族とかかもしれないな、」

「シャナにも同じ事が出来る?」

「何発かならな、だがさすがに全部は無理だ、俺は人間なんでな」

「……まあ何とか工夫するわよ、あくまでこっちもメインは剣で、

銃は隙を作る為だけに使う事にするわ」

「だな、まあ頑張れ、決勝まで行けたら本戦には進めるから、別に負けてもいいからな」

 

 

 

 そしてどんどん予選は消化されていき、ついに本戦出場者が出揃った。

ここからは消化試合との批判も出ている予選の決勝である。

最初のカードは…………シノンとキリトであった。



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第409話 予選最終戦、第一、第二戦

GW後からのアクセス数の伸びにちょっと驚いています。
これからも宜しくお願いします!


「さて、特に意味の無い試合だけど、どうする?」

「俺としては手の内を晒すも何もないから、どうしようが一向に構わないぜ」

「それじゃあ適当にやりあってみる?」

「そうだな、早く休憩したいし、駆け引き無しでさくさくいこうぜ」

「分かったわ、それじゃあ始めましょう」

「了解」

 

 二人はそう話し合いで決め、決勝の舞台へと降り立った。

 

「手の内はあまり見せたくないわね、初弾をかわされたら降参しようかしら」

 

 シノンは確かに優勝を目指していたが、

シャナと出会う前の、張り詰めた糸のような彼女はもういない。

全ての戦いに何がなんでも勝つというような、そんな頑なさは既に無く、

代わりに目的の為に、抜くべき所は抜き、頑張る所は頑張る、

そんなしたたかさをシノンは身に付けていた。

一方キリトは、この戦いによってスナイパーという物を見極めたいと思っていた。

 

「シャナもスナイパーだっていうし、始めての対スナイパー戦だ、

色々とどういう感じか学んでおかないとな」

 

 そんな二人の思いが交錯したのか、キリトは荒野に一人立ち、

シノンはそれを高所から狙うという、狙撃のテンプレのような状況が出来上がった。

 

(そうくるんだ……あえて攻撃をくらう事を厭わず、

高所からの狙撃を一度見てみたいって感じなのかしら)

 

 シノンはそう考え、ここでそのまま狙撃してしまってもいいものか少し迷った。

シノンはここでヘカートIIの弾の軌道をキリトに見せる事はまずいような気がしていた。

確かに今のキリトは棒立ちだ。昔のシノンなら、それに怒りを覚え、

例え消化試合でも真面目にやれと、キリトの下まで走ったかもしれない。

だが今のシノンは、シャナの戦う姿を何度も目にし、

色々な事を体験しておく事が、最終的に自分にどれだけメリットがあるのかを理解していた。

つまりキリトも、そういった体験を望んで、今あの場にああしているのだろうと思われた。

 

(参ったわね、仕方ない、ここはいっそ……)

 

 そしてシノンはヘカートIIを肩に担ぎ、グロックを取り出した。

通常はカゲミツX3に習い、グロックX3と呼ばれるその銃を、

シャナはちびのシノン、チビノンと呼んでいた。

シノンもいつしかそれに慣らされ、自身のグロックを、チビノンと呼ぶようになっていた。

 

「行くよ、チビノン」

 

 シノンはチビノンにそう声を掛けると、荒野へとゆっくり歩いていった。

 

 

 

「ハイ、キリト君」

「お?狙撃はしないのか?」

 

 キリトは少し残念そうな口調でシノンに言った。

 

「ええ、ちょっと思うところがあってね」

「ふ~ん」

 

 シノンはキリトが銃を使う事は無いだろうと考えていた。

その考え通り、キリトは黙ってエリュシデータを抜いた。

 

「黒い刃って見にくそうよね」

「だな、まあこの剣の元になった剣と同じ色にしただけなんだろうけどな」

「へぇ、そうなんだ」

「さあ、いつでも撃ってきていいぜ」

「凄い自信ね」

「まあ練習だ、練習、もし当てられたらこの場では俺の負けってだけだ」

「この場では、ね」

 

 シノンはそう言うと、腰だめにヘカートIIを構えた。

当然バレットラインは、ハッキリとキリトの目に見えている。

 

「銃の口径によって、特に太さが変わる訳じゃないんだな」

「そうみたいね」

 

 そう言った瞬間に、シノンはいきなりキリトに向けて銃弾を放った。

だがキリトはまったく油断をしていなかったのか、その弾をあっさりと両断した。

 

「うおおおおおおお!」

 

 次の瞬間、シノンはキリトまであと数歩の距離へと近付いていた。

シノンは銃を撃った後、即座にヘカートIIを放り出し、キリト目掛けて走っていたのだ。

そのシノンはどうやら丸腰に見え、キリトはどうするつもりなんだろうかと考えつつも、

迎撃する構えをとった。だがその時、シノンは腰の後ろに手を回し、

隠すように装着していたホルスターからチビノンを取り出した。

 

「!?」

「くらいなさい!」

 

 そしてシノンは近距離から、銃弾を全て撃ちつくすつもりで銃を乱射した。

その狙いはでたらめであり、キリトはあちこちに放たれるバレットラインへの対応に追われ、

一瞬シノンから目を離した。そして最後にキリトの額にバレットラインが伸びてきた。

キリトは思わずそのラインに反応したが、いつまでも弾は飛んでこない。

そして気が付くと、シノンの姿が消えていた。

 

「下か!」

 

 シノンはスライディングの要領で滑り込み、

エリュシデータで斬られない程度の絶妙な距離を空けてキリトの胸に銃を突きつけた。

その瞬間にキリトはエリュシデータをチビノンの銃口と自分の体の間に差し込んだ。

だがいつまで経っても弾は発射されず、シノンはニヤリとしたまま立ち上がると、

キリトに向かってこう言った。

 

「参ったわ、降参よ」

「……いいのか?」

「ええ、弾切れじゃ仕方ないでしょ?」

「あ、ああ、それはそうなんだが……」

 

(お前、まだ何か隠してるんじゃないのか?その顔はどう見ても……)

 

 負けた奴の顔じゃない、キリトはシノンの顔を見ながらそう言おうとしたが、

シノンがあっさりリザイン~降参の操作をした為、何も言う事が出来なかった。

あの時もしシノンが、もう少し前へと滑りこみ、

同時にチビノンの刃を出していたらどうなっていただろうか。

さすがのキリトもその刃を点で受ける事は出来ず、

チビノンの刃はエリュシデータの刃を滑るように進み、

その刃はキリトの胴を貫いていたかもしれない。

あるいは先にキリトがシノンの腕を両断していたかもしれない。

全て仮定の話であり、実際どうなったかは分からない、

だがシノンは確かに手応えを感じたようで、満足そうな顔でリザインした。

 

 

 

「シノンの奴、成長したな」

 

 二人の戦いを観戦していたシャナは、満足そうな顔でそう言った。

もちろんシノンがチビノンの刃を出さなかった理由も、何となく察していた。

 

「決勝では油断するなよキリト、気を抜いたらシノンにやられちまうかもしれないぞ」

 

 シャナはそう呟き、もう一つのモニターを見た。

そこでは闇風とギャレットが、激しい戦いを繰り広げていた。

 

 

 

「おいこら闇風、ちょっと戦争に勝ったからって調子に乗ってんじゃねえぞ!」

「またそんな昔の事を……」

「昔だと!?俺は現在進行形で、G女連のお姉さん方にシカトされてるんだよ!」

「そりゃお前、自業自得だろ……」

「うるせえ!あの時はシャナに敵対するのがモテる道だと思ったんだよ!」

「シャナに敵対する俺カッコイイ!ってか?」

「ああそうだよ、悪いか!」

 

 ギャレットは闇風が何を言っても聞く耳を持たなかった。

闇風はギャレットの攻撃を華麗に回避しながら、

それでもあまり攻撃せず、ギャレットのたわ言に付き合っていた。

一応古参仲間ではある事だし、聞くだけは聞いてやろう、

そして優越感に浸ってやろう、闇風はそんな事を考えながら、

銃弾ではなく言葉の刃をギャレットに放っていた。

 

「そういえばこの前よぉ」

「何だよいきなり!」

「街でミサキさんに会ったんだが、俺なんかの話に嫌な顔一つせず、

結構長い時間付きあってくれてよぉ」

「ぐぬぬぬぬぬ」

「ああいうのを女神様って言うんだろうな」

「てめええええええ、絶対に殺す!」

 

 ギャレットは激高し、闇風に激しい銃撃を浴びせてきた。だが闇風には当たらない。

闇風とギャレットの実力は、かつては拮抗していたのだが、

シャナとずっと共に行動してきた闇風は、イベントで大量の経験値を稼ぎ、

イコマに装備を強化してもらい、ギャレットよりも遥かに成長していたのだった。

 

「それでその後よぉ……」

「うぜえな、黙れよ!」

「ロザリアちゃんとイクス……銃士Xちゃんがいたから、

たまには俺がおごるよなんつって、三人でお茶したんだけどよ……あれは楽しかったな」

「何だよそれ、自慢かよ!」

「ああ、自慢だ。でもそれで思い出しちまったんだよなぁ……」

「何をだよ!」

 

 そして闇風は、突然ギャレットに向け突進し、いつの間にか持っていた短剣で、

ギャレットの両目を横なぎに斬り裂いた。

 

「ぐおっ……」

 

 そして闇風は、一時的に視界をロストしたギャレットの足の腱を切り、

ギャレットを足で踏みつけながら言った。

 

「お前ら、ロザリアちゃんにこういう事をしたよな?

ロザリアちゃんにきちんと謝ったのか?ああ?」

「そ、それは……」

 

 ギャレットはそう口ごもった。もちろん謝ってなどいないからだ。

 

「俺はお前らの事をな、俺と同じように女にモテないってよく愚痴は言ってるけど、

本当は気のいい奴らだと思ってたんだよ、それが何だあれは、

お前らは最低だ、最悪だ、G女連のお姉さん達にシカトされても仕方ないだろ!」

「お、俺がやった訳じゃねえ……」

「馬鹿かお前は、その後お前らは、おろおろするばかりで誰も謝罪に行かなかった。

もしちゃんとそこで謝って自分達の非を認めてれば、多少は違ったんだよ!

だがお前らは、犯人が分からないと言うばかりで、自分達は決して謝ろうとしなかった、

だからお前らは駄目なんだよ、とりあえずここで謝りやがれ!」

「こ、ここで?」

「ああ、ここでだ」

 

 ギャレットはそう言われ、しばらく黙っていたが、

そのままずるずると体制を建て直し、おそらく自分を映しているだろうカメラに向かい、

ペコリと頭を下げながら言った。

 

「ロザリアちゃん、本当にすまなかった。俺達が悪かった!」

 

 その姿を街のモニターで見ていた観客達は、大歓声を上げた。

おそらく今でももやもやした怒りを同じように抱えていたのだろう。

そして同じようにモニターを見ていた平家軍の残党達も、口々に空に向かって叫んだ。

 

「ごめんよ、俺達が悪かったよ!」

「許してくれとは言えないが、とにかく本当にすまなかった!」

 

 この集団謝罪は、シャナモニターとは別に、

公式中継で中の様子を見ていた薔薇に確かに届いた。

 

「もう、闇風さんったら、別にいいのに……」

 

(今度ご飯くらい付きあってあげようかしら)

 

 だがこの件には続きがあった。いきなり闇風がキレたのだ。

闇風は怒りに震えながら、ギャレットに言った。

 

「てめえ!ロザリアちゃんをちゃん付けしていいのは俺達だけなんだよ!」

「え、ええっ……」

「くそっ、事前にちゃんと注意しておくべきだったぜ、

とりあえずこの戦いは終わらせておくか、いいかギャレット、

今度はせめて、ロザリアさんってさん付けで呼ぶんだぞ!」

「お、おう、わ、悪かったよ」

 

 そして闇風はギャレットを倒し、そのまま一位で決勝トーナメントへと進出を決めた。

その様子を見ていた薔薇は、ため息を付きながら言った。

 

「はぁ……やっぱりご飯は無しね」

 

 こうして自身の知らない所で、闇風はチャンスを逃す事となった。

 

 

 

 予選最終戦は残すところ六試合である。




でもそんな闇風が嫌いじゃありません。


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第410話 予選最終戦、第三~第六戦

昨日の夜10時頃、人物紹介を更新しました。
更新内容はそちらの前書きをご覧下さい!


 続いて第三戦と第四戦が同時に開始された。

第三戦の組み合わせは、獅子王リッチーとミサキであった。

 

「ミサキさん、もし俺がミサキさんに勝ったら、GGOの中でいいのでデートし……」

「ごめんなさい」

 

 ミサキはその頼みを光の早さで断った。

 

「そ、そんな……」

「今の私は精神的にはシャナ様の女ですわ、

なのでリッチーさんとはお会い出来ません、本当にごめんなさい」

 

 それをモニターで見ていたシャナは、焦ったように呟いた。

 

「おいおいこれ、中継されてるんだぞ……ミサキさん勘弁して下さい……」

 

 もちろんミサキは分かった上であえて外堀を埋めにいっているのだが、

男女の機微に疎いシャナには、まだそこまで想像する事は出来なかった。

 

「し、しかし闇風とは……」

「あら、闇風さんはシャナ様の大切なお仲間ですのよ?

ですので街でバッタリ会った時くらい、仲良くお話しする程度は当たり前でしょう?」

「た、確かにそうですが……」

「ですので諦めて下さいな、ごめんなさいね」

「う……ううっ……わ、分かりました……」

 

 そして獅子王リッチーはあっさりとリザインし、そのままログアウトした。

決勝開始予定時刻までには戻ってくると思うが、おそらく一人で泣きたかったのだろう、

観客達はそう思い、獅子王リッチーに少し同情した。

 

 

 

 同時刻に開催された第四戦は、ステルベンとダインであった。

ダインはともかくステルベンはまったく無名のプレイヤーであり、

その名前を知っている者は誰もいなかった。

予選の映像を見ても、とにかく地味だなという印象しか与えない、そんなプレイヤーだった。

だがシャナ陣営の者には、おそらくこのステルベンか、もしくはスネークという、

次の第五戦に出場してくるプレイヤーのどちらかが死銃ではないかと思われていた為、

この試合の重要度はかなり高かった。だが当然の如くステルベンは開始直後にリザインし、

その姿を誰も見る事は出来なかった。

 

 

 

 続く第五戦は、無名のプレイヤーであるスネークと、ギンロウの対戦である。

ギンロウは目立ったライバルがいなかった為、今回初の本戦出場を決めていた。

準決勝は激戦になったが、やはりゼクシードが不在の中、

闇風と同じようにシャナの下で経験を積んだギンロウの実力が頭一つ抜けていた。

それを分かっているのか、手の内を明かす事を避けたのか、

スネークはその名の通り、人前に姿を現す事を嫌い、速攻でリザインした。

 

 

 

 こうしてリザインが続き、観客達のテンションが微妙に下がる中、

第五戦と同時に始まった薄塩たらことペイルライダーの第六戦は大激戦となった。

 

「確かにロザリアさんの事は俺達が悪かった、それは謝罪する!

だがそれとこれとは別だ、ギャレットの仇は俺がとる!」

「ここでもし俺が負けたら闇風の奴が絶対に調子に乗るからな、ここは負けられん」

 

 そんなやり取りで始まった二人の戦いは、死力を尽くしたものになった。

薄塩たらこはその能力と装備を生かし、危なげなくペイルライダーにダメージを重ねていく。

だが対するペイルライダーも負けてはいない。

ここで終わってもいいかの如く、動いて動いて動きまくる。

ペイルライダーは、本来は中距離戦が得意である薄塩たらこに肉薄し、

近接戦闘の泥仕合へと上手く持ち込んでいた。

 

「ちっ、しつこいなおい」

「ここで俺が簡単にやられる訳にはいかないんだよ!」

 

 ペイルライダーは意地を見せようと、リスクを承知で攻めて攻めて攻めまくった。

だがそれは全て薄塩たらこの目論見通りだった。

薄塩たらこはペイルライダーの攻勢の限界点を慎重に見極め、

そろそろ限界というところで一気に攻勢に転じた。

 

「くっ……」

「まあそうなるよな、数の力に溺れるだけで、まったく自分を磨いてこなかったお前と、

少数の軍で、常に考えに考え抜いて多数を破ってきた俺達とじゃ、

根本の実力がもうとんでもなく離れちまってるんだよ!」

 

 その言葉の通り、決着は一瞬だった。

さすがは元GGO最大スコードロンのリーダーだっただけの事はあり、

薄塩たらこは機を見る能力に長けていた。

この戦いで、消化試合に飽き飽きしていた観衆にも、若干の活気が戻る事となった。

 

「よし、前座の役割は果たしたぜ」

 

 薄塩たらこはそう呟くと、自身も残りの試合を見る為に、足早にモニターの所へ向かった。

 

 

 

 第七、八戦のオーダーが公開された瞬間、まあほとんどの者が既に知っていたのだが、

観客達は一斉に沸きあがった。薄塩たらこが自分で前座と言っただけの事はあり、

観客達の熱気は程よく温まっていた。そこにこの発表である。

第七戦、ピトフーイvs銃士X、第八戦、シャナvsハチマン。

どう考えても普通では終わらない組み合わせである。

そして本来同時に開始されるはずの二試合は、予定と違って第七戦が先行して開始された。

理由は簡単である、アチマンが一旦ログアウトしたからだ。

その為十分後に、もう一度試合開始の判定がされる事になっており、

これを三回繰り返して該当プレイヤーがいない場合、そのプレイヤーは失格となる。

何故こんな事が起こっているのかというと、これは単に、

ピトフーイと銃士Xの試合を見る為の、シャナの我侭であった。

 

「さて、二人はどんな戦いを繰り広げるのかな」

 

 シャナは興味深そうにモニターを注視した。

 

 

 

「さてイクス、どうする?」

「どうする、とは?」

「そうねぇ、せっかくだから盛り上げたいとは思うけど、

ただ銃を撃ち合うのもつまらないじゃない?」

「まあそうだけど」

「なので私はこう提案したい、この戦いは剣のみの戦いとし、

勝った方がシャナに今度どこかに遊びに連れてってもらうって事でどう?」

「乗った」

 

 それを見ていたシャナはため息をついた。

 

「あいつら、俺に確認くらいしろよ……」

 

 同じくそれを見ていたキリトは苦笑し、シノンはギリギリと歯軋りをした。

 

「やっぱりあいつはGGOでもモテるんだな」

「あの二人……ずるい……」

 

 シノンは決勝では、絶対に自分も同じような条件をシャナに突きつけようと心に誓った。

 

「でもあいつ、アスナに怒られたりしないのかな……」

 

 そう呟いたキリトに、シノンは普通にこう答えた。

 

「それは大丈夫よ、明日奈や小町ちゃんもGGOにいるから」

「ええっ?そうなのか?」

「うん」

「ど、どこにいるんだ?」

「えっと、今は多分、ヴァルハラ・ガーデンでこの大会を、

仲間達と一緒に何食わぬ顔で観戦しているんじゃないかしらね」

「そんな事まで知ってるのか……」

 

 そう驚くキリトに、シノンはあっけらかんと言った。

 

「だって私もヴァルハラのメンバーだもの、副団長様」

「………え?」

「言っておくけど入団試験は既にクリア済よ、弓ももらったわ」

「まじかよ……ハチマンの奴、俺にいくつ秘密を作ってるんだ……」

「別に秘密じゃないわよ、名簿にはもう私の名前が載っているはずなんだけど……」

「…………こ、今度ちゃんと確認しておくわ」

「うん、そうして」

 

 そしてキリトは、続けてシノンにこう尋ねてきた。

 

「もしかして他にもここにうちのメンバーがいるのか?」

「ええ、え~っと、薔薇さんがロザリアさんで……」

「あいつもいるのか、まあ当たり前か、あいつはハチマンのお気に入りだからな」

「明日奈がシズカで、小町ちゃんがベンケイ」

「源氏物語かよ!」

「……源平合戦の間違いじゃなくて?」

「そ、そう言いたかったんだよ、ちょっと呂律が回らなかっただけだ!」

「呂律ねぇ……」

 

 シノンはそう言ってクスクス笑いながら、説明を続けた。

 

「後は雪乃がニャンゴローで……」

「はぁ?ユキノまでいるのかよ」

「そして最後に、ヴァルハラのメンバーじゃないんだけど、

何て名前だっけな……あ、そうだ、ネズハだ、ネズハ君がイコマ君」

「え?」

 

 キリトはその説明に呆然とした後、猛然とシノンに詰め寄った。

 

「まじかよ、ネズハがここにいるのか?」

「うん、この大会が終わったら、きっと感動の再会が待ってるわよ」

「そっか、そっか……」

 

 そしてキリトは突然ぽろぽろと涙をこぼし始めた。ここでは涙は我慢出来ないのだ。

 

「……そんなに嬉しい?」

「おお、あいつはある意味俺達の命の恩人だからな、今直ぐにでも会いたいよ」

「そう……本当に良かったね」

 

 シノンはそう言って柔らかく微笑んだ。そして二人は再びモニターへと視線を戻した。

 

 

 

 予選の最中、クリスハイトは一度トイレに行くと断ってALOからログアウトした。

そして目覚めた菊岡は、ナツキに尋ねた。

 

「さて、こっちのモニターだと何かめぼしい情報はあったかい?」

「菊岡さん遅いですよ、こっちは上へ下への大騒ぎだったんですから!」

「え、一体何があったの?」

「どうやらあの死銃ってプレイヤー、元ラフィンコフィンの赤目のザザって人らしいですよ」

「…………えっ?」

「公安に問い合わせたところ、元々一時的な監視措置だったから、

現在は監視対象から外れているとか」

 

 その説明に菊岡は絶句した。

まさかここでその名前が出てくるとは想定の範囲外だったからだ。

 

「分かった、任意同行をかけよう。こういう時に頼りになるのは……相模さんか」

 

 そして菊岡は自由を呼び出そうとしたのだが、帰ってきた答えは有給中との事だった。

 

「このタイミングで有給?まさかな……」

 

 菊岡はいぶかしみ、直接自由に連絡をとった。

 

「もしもし、菊岡ですが……」

「おお、菊岡君、何かあったのかい?」

「えっと、つかぬ事をお伺いしますが、今はどちらに?」

「今は眠りの森という施設にいるよ、まあガードマンみたいなものかな、はっはっは」

 

 その自由の鷹揚な答えに事情を察した菊岡は、それならいいんですと言って電話を切った。

 

(相模さんは八幡君の指示で動いてもらった方がいい結果が出る気がする)

 

 菊岡はそう思い、改めて本庁に連絡を入れ、新川昌一と金本敦への任意同行の依頼をした。

 

(単独犯とは思えないからね)

 

「とりあえず僕は中に戻るから、新しい情報が入ったら回線を切断して呼び戻してくれ」

「分かりました」

 

 そして菊岡は、再びALOへとログインした。

 

 

 

 菊岡が戻った時、ヴァルハラ・ガーデンも上へ下への大騒ぎだった。

 

「っていうかこれって銃で戦うゲームじゃないのかよ!みんな剣を使ってるじゃないかよ。

特にキリトだ。あいつ、ゲームを間違えてるんじゃないのか?

何で銃を使うそぶりがほとんど無いんだよ」

「それはキリト君だからとしか……」

 

 その言葉と同時にその場にいた全員がうんうんと頷いた。

この辺り、キリトに対するそういった方向への信頼度は抜群であった。

 

「まあキリの字がそんな器用に立ち回れるはずもないよな」

「剣は器用に使うんですけどね……」

「そもそも銃の弾を斬るって何?意味分からないんだけど」

「キリトって絶対人類じゃないわよね……」

「じゃあ何?」

「ロボット?」

「ロボトですね、ロボト」

 

 それをキッカケに、キリトの改名候補が検討され始めた。

 

「メカトでもいいかもしれないわね」

「私はデジトを押します!」

「ちょっと機械方面に偏ってない?」

「弾を斬るからキリト?あっ、変わってないや」

「もうめんどくさいな、変だからヘントでいいよヘントで」

 

 そんな会話の最中に、シャナとハチマンの二回戦が順に行われ、

それを見ていたヴァルハラフレンズは一斉に固まった。

 

「あれ、どっちも本物……?」

「いやいや、素早く入れ替わったのかもよ?」

「そんな暇あったかあ?」

「いや、でもあのカウンターは……」

 

 しかしいくら考えても答えは出なかった。

 

「ああ、もう訳が分からねえ、一体あいつは何がしたいんだよ!」

「秘密主義もいい加減にしなさいと」

「あと最近モテすぎ」

「とりあえず今度ここに顔を出したら全員でボコるしかないわね」

「賛成!賛成!」

 

 クリスハイトはそんな光景を見て、この仲間達と一緒なら、

何も心配する事は無いんじゃないかと安心してしまう自分がいる事に気が付いた。

 

(いやいや、ここは僕が気を引き締めないと……この仲間達を守るためにもね)

 

 クリスハイトはそう思い直し、何か新しい情報が得られないかと画面を注視するのだった




ちなみにスネークは、既存のキャラの誰かではなく、
特に重要なキャラではありません、ぶっちゃけただの数合わせですので!


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第411話 予選最終戦、第七、第八戦

 画面の中では、ピトフーイと銃士Xが睨み合っていた。

その手に握られるのは、片や赤い刀身の輝光剣、鬼哭。片や青い刀身の輝光剣、流水。

観客達の中にも何人か気付いている者がいたが、

これはGGOの歴史上始めての、輝光剣同士の戦闘となる。

 

「さて、最初に愛剣のお披露目でもする?」

「了解、お先にどうぞ」

「それじゃあ遠慮なく」

 

 そしてピトフーイは、赤く輝く鬼哭をビュンビュン振り回しながら大見得をきった。

 

「これが我が愛剣、鬼哭よ。今宵の鬼哭は血に餓えてるわよぉ?」

 

 続いて銃士Xが、青く輝く流水を天に掲げながら言った。

 

「これが我が愛剣、流水。この青く澄み渡る真心を、我が最愛の主であるシャナ様に捧ぐ」

 

 そのセリフを聞いたピトフーイは、銃士Xに食ってかかった。

 

「イクス、ずるい!」

「何が?」

「私もシャナにこの剣を捧げるんだがら!」

「好きにするといい、色は被ってないんだし」

「でも血を捧げてるみたいでイメージ悪くない?」

「なら情熱を捧げた事にすればいい」

「おお、イクスあったまいい!」

 

 この様子を見ていたシャナは、ぼそりと呟いた。

 

「何だこの茶番は……いや寸劇か」

「まあ場を盛り上げるのは必要なんじゃない?」

「ピトはともかくマックスはそういうタイプじゃないと思ってたんだがな」

「あ、始まるみたい」

 

 そのアチマンの言葉通り、二人はやっと戦う気になったようだ。

 

「この赤き情熱を我が主に捧ぐ!」

「この青く澄み渡る真心を我が主に捧ぐ!」

「「いざ!」」

 

 そして二人は軽く剣を合わせると、激しく斬り結び始めた。

 

「おお、マジでやりあってるな」

「どっちも頑張れ!」

「いいぞいいぞ!」

「くそう、何でシャナばっか……」

 

 ピトフーイの剣の型は、どうやら片手直剣の型をベースにしているように思われた。

 

「そうか、あいつはβ時代は片手直剣を使っていたんだな」

 

 対する銃士Xの型は、アスナに似通っていた。

 

「シズカに教えてもらったりしたのか……な」

 

 その光景を同様に観戦していたキリトも、同じような感想を抱いた。

 

「SAO時代にやりあった事なんか無いけど、

俺とアスナがやりあったらあんな感じになるのかな……」

 

 そして二人は示し合わせた訳でも無いのに同時に言った。

 

「「だがまだ甘い」」

 

 二人の目からすれば、まだまだ未熟のように見えたようだが、

観客達にとってはそんな事は関係無かった。

 

「あれって刃が体に触れた瞬間にアウトだよな?」

「凄い切れ味だったもんな……」

「どっちが勝つんだ?」

「どうだろうな……俺の好みは銃士Xちゃんだが」

「あ、俺も俺も」

「俺もだな」

「お、俺はピトフーイの方が……」

 

 実力はともかく人気に関しては、銃士Xの圧勝のようだった。

これは日頃の行いのせいであろう。

そしてついに決着の時が来た。二人の持つ輝光剣が、いきなりその刃を消したのだ。

 

「あ、あれ?」

「エネルギーが……」

 

 その言葉通り、剣のエネルギー残量がゼロになっており、

やはり輝光剣同士の戦いは、エネルギーの消費が激しくなりすぎ、

決して長期戦にはなりえないという事が伺えた。

 

「ごめんねみんな、輝光剣同士が戦うと、

エネルギー消費が激しすぎて、どうしてもこうなっちゃうみたい」

「この続きはCMの後で」

 

 突然銃士Xが真顔でそう言い、観客達は笑いに包まれた。

 

「それじゃあ今回はここまで、本戦じゃ私達も、例えシャナが相手だろうと本気でやるから、

期待して待っててね」

 

 その言葉に観客達は大歓声を上げた。さすがピトフーイはプロであった。

 

「次の試合がどうなるかは分からないけど、

今の試合以上に頭のおかしい試合になると思うから、目を離しちゃだめよ」

 

 そう言ってピトフーイと銃士Xは同時にリザインした。

観客達の期待は、この時最高潮に達していた。

 

 

 

 そして次の試合の組み合わせがモニターに表示された瞬間、GGOが揺れた。

 

『シャナ vs ハチマン』

 

「うおおおお、どうなっちまうんだよこれ」

「まさか即リザインなんて事にはならないよな?」

「頼むぜシャナ!ハチマンに負けるな!」

「馬鹿野郎、あのハチマンだぞ!支配者の名は伊達じゃねえんだよ!」

 

 そんな喧騒が巻き起こっている事にはまったく気付かず、

本人達は普通にフィールドで対峙していた。

二人は歩み寄り、五メートルほど離れた位置で向かい合った。

 

「さてどうする?」

「もちろん本気でやるわよ」

「そうか……ならば一つ稽古をつけてやる、いつでもかかってこい、耳年増」

「年増と言われなくて良かったわ……」

「さすがに自分より年下の奴を年増呼ばわりはしねえって……

っていうか心配するのそこかよ!」

 

 二人はリラックスした様子でそんな冗談を言い合い、お互いの武器を構えた。

シャナのアハトライトとアチマンのアハトレフト、武器の性能はまったく同一である。

その黒い刃は、兄弟同士で争うのを嫌っていたのか、小刻みに震えていた。

否、震えているのはアチマンだった。

カタカタと揺れるその姿を見て、シャナはアチマンに言った。

 

「何だ?怯えてるのか?俺が怖いのか?」

「ええ、とても怖いわ、こうして向かい合ってみるとよく分かる、

どこに打ち込んでもカウンターをくらう未来しか見えないもの」

「それが分かるだけでも随分成長したと思うぞ」

「なのでとりあえず」

 

 その瞬間にアチマンは、強烈な突きをシャナの顔目掛けて放った。

だがシャナは、つまらなさそうに顔を傾け、それを紙一重で避けた。

 

「……不意打ちさせてもらう事にしたわ」

「……まあ不意打ちする前にこれからしますって奴はいないわな」

「今のはカウンターが取れなかったのかしら、それともあえて避けるだけにしたのかしら」

「さあな、もう一回やってみれば分かるんじゃないか?」

「そう……ねっ」

 

 その言葉と同時にギン、ギン、ギン!と甲高い音が三回響いた。

 

「……まあ通用しないと思ってたわ」

「三段突きか、練習したのか?」

「幸い時間だけはあるのでね、思いつく技を色々とね」

「そうか、研究熱心なのはいい事だな」

 

 シャナはそうアチマンを褒めながらも、軽々と攻撃を回避していく。

 

「避けてばかりいないで、攻撃もしてきたら?」

「そしたら試合が一瞬で終わっちまうじゃないかよ」

「……すごい自信ね」

「まあ能力はそっちの方が上だが、肝心の腕の方がな」

 

 そう煽られたアチマンは、じろっとシャナを睨みながら、こう宣言した。

 

「それじゃあそろそろ本気を出そうかしら」

「定番のセリフだな」

「ちゃんと根拠はあるのよ」

「……ほう?」

「どうもこの体には慣れなかったのだけれど、特に股間の辺りが……」

「下ネタはやめろって言っただろ!」

 

 そう叫びつつも、シャナはいきなり横へと飛びのいた。

その体があった場所を、いつの間にかアチマンのアハトレフトが貫いていた。

 

「あら、よく避けたわね」

「まあそれくらいはな」

「まあそんな訳で、やっとこの体に慣れてきたわ。そろそろ本気を出すとしましょう」

 

 そう言いながらアチマンは、無造作に前へと進み出た。

 

「ふっ!」

 

 そんな軽い掛け声と共に、凄まじい数の突きがシャナに襲い掛かる。

シャナはもう避けるだけでは間に合わず、アハトライトで軌道を逸らしつつ、

何とかその攻撃をさばいていった。

 

(今のアイがステータスの高い体を使うと、こうなるのか……)

 

 シャナはそう思いつつ、いきなり地面に伏せた。その頭の上を、黒い刃が通過していく。

 

「くっ」

 

 ずっと突きばかり見せてきたアチマンにとって、今の横なぎの攻撃は奇襲のつもりであり、

当たるのではないかという期待を持って放たれた攻撃だった。

 

「悔しそうだな」

「…………憎たらしいわね」

「お前の攻撃は当たり前すぎるんだよ、もっと工夫しろ、工夫」

 

 その言葉を受けてから、アチマンの動きは若干変化していった。

自然なフェイントも増え、シャナは段々避けるのに苦労するようになっていった。

アハトライトを使う回数も増え、二本のエネルギーはどんどん減っていった。

ちなみに観客達が、こんなレッスンのような戦闘を見せられてどう思っていたかというと、

ここまでの一連の動きが全て高速で行われていた為、すさまじい戦闘だとしか思っていない。

 

「そろそろか」

 

 お互いの刃が若干短くなった事に気が付いたシャナが言った。

 

「そうね、エネルギー切れが近いわね」

「次で決めるか」

「ええ」

 

 そう言うなりアチマンは、いきなりシャナへと斬りかかった。

その瞬間に、この戦いで始めてのシャナのカウンターがアチマンに炸裂した。

 

「くっ」

 

 シャナはそのままアチマンの懐へと飛び込んだが、慌ててその場で停止し、

アチマンの持つアハトレフトの『柄』から伸びてきた刃を自身の刃で受け止めた。

その瞬間に二本の黒い刃は四散し、アハトライトとアハトレフトのエネルギーが切れた。

 

「……よくまあ咄嗟に逆に刃を出せたもんだな」

「余裕余裕」

 

 そう言うアチマンの体は震えていた。ずっと緊張しっぱなしだったのだろう。

 

(アイはもっともっと強くなる)

 

 シャナはそう確信し、そのままリザインした。

その互角に見える戦いの結末に、観客達は熱狂し、否が応にも本戦への期待が高まった。

 

「結局どっちが強いんだ?」

「互角……なのか?」

「本戦が楽しみだな!」

 

 ちなみに今の戦いを見ていたキリトは、シャナが八幡だと確信していたが、

同時にハチマンの中のプレイヤーの将来性にも注目していた。

 

(一体誰なんだろう、いずれやりあってみたいけどな)

 

 そしてキリトはそのまま休憩に入る事にした。

 

 

 

 控え室に戻った後、アチマンはどっとその場に膝をついた。

 

「大丈夫か?」

「ええ、ちょっと足にきただけだから」

「そうか、よし、このまま一旦ログアウトするぞ」

「ええ」

 

 そして二人もログアウトし、出場者達は本戦に向け、それぞれ体を休める事となった。



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第412話 普通の人?

 GGOからログアウトした八幡は、休む前にそのままアイとユウの下へとログインした。

 

「アイ、大丈夫か?」

「八幡……ええ、大丈夫よ。別に疲れたとかそういうのじゃないしね」

 

 そう言いながらもアイはよろよろと立ち上がり、家に向かおうとしたが、

足の震えは一向に治まる気配が無かった。

それを見た八幡はアイを抱え上げ、家の中に向かうと、アイをベッドに横たえた。

 

「体が疲労する事は無いが、かなり精神が疲弊したみたいだな、まあゆっくり休め」

「うん、そうさせてもらうわ」

「そんなに俺のプレッシャーはきつかったか?」

「ええ、とっても」

「自分じゃ分からないからな……」

 

 気が付くとアイは寝息をたてており、八幡はアイをそのままにし、家を出た。

丁度そこにユウが戻ってきた。

 

「八幡!」

「おう、ゼクシードと一緒に観戦してたのか?」

「うん、凄かった!あ~あ、ボクも出たかったなぁ……」

「悪いな、この大会が終わってある程度真実が解明されたら、一日一緒に遊んでやるからな」

「本当に?やったぁ!」

 

 ユウは無邪気にそう喜び、そんなユウに、八幡はアイに付いていてくれと頼んだ。

 

「あ、やっぱりアイは疲れてたんだね、見ててかなり無理してるなって思ったんだ」

「そうなのか、よく分かったな」

「まあ双子だし?」

 

 八幡はそのユウの言葉を受け、その顔色を伺うようにユウに尋ねた。

 

「…………アイは本戦に出場させない方がいいか?」

「あ、違う違う、そういうのじゃなくてね、やっぱり慣れない体っぽかったから、

動くのに苦労してるなって、その分疲れたんじゃないかな」

「なるほど」

「でも最後の方は慣れてきたみたいだったから、本戦だともう少しまともに動けると思うよ」

「まともに……な」

 

 八幡は、あれはまだ本気じゃ無かったのかと思い、

本戦では気を付けないと俺もやられるかもしれないなと気を引き締めた。

とにかくシャナとハチマンでは、ステータスの高さが段違いなのだ。

 

「まあとりあえずユウはアイに付いていてやってくれ、

本戦の時間に間に合うように起こしてやってくれよ」

「うん、分かった!」

 

 そしてユウは家の中に入っていき、八幡はそのままゼクシードの下へと向かった。

 

「よぉ」

「おう、シャナ、お疲れ」

「予選は見てたか?」

「ああ、今回の大会はお前の身内ばかりでうざったいったらありゃしない」

「個々の実力もかなり上がってるから、まあそうなるだろうな」

「くそっ、俺が出れていれば、その枠を一つ減らしてやったんだが……」

「まあ次の大会で頑張ればいいさ」

 

 そう八幡に言われたゼクシードは、複雑な顔をした。

 

「次の大会か………。なぁシャナ、俺の体は元に戻るのかな?」

「正直俺には医学の事はよく分からん……」

「そうか……」

 

 そんなゼクシードに、シャナは淡々とこう言った。

 

「でも治すさ、もし障害が残ったりしても、その時はうちの会社で雇ってやるから、

この空間で仕事をすればいい」

「…………うちの会社?」

「ああ、ソレイユだな」

「ソレイユ?ああ……そういえば戦争の時、妙にソレイユが関わってきてたっけな……」

「まあそういう事だ、といってもお前の稼ぎは、

全部お前の医療費に消えちまうかもしれないけどな」

「…………社畜決定か」

「ちゃんと治らなかったらの話だからな」

「まあなるべくそうならない事を祈るが…………色々ありがとな」

 

 ゼクシードはそうデレた事を言い、シャナは思わず後じさった。

 

「…………何だよ」

「いや、お前に素直に感謝されるのにはまだ違和感がな」

「馬鹿野郎、この状況でまだ突っ張るような馬鹿は、もはや人間じゃねえよ」

「違いない」

 

 そしてシャナは、大会の話をゼクシードに振った。

 

「で、大会を見た感じどう思った?」

「闇風が強くなってやがった、正直今度やりあったら勝てる気がしない」

「これまた妙に素直なんだな」

「あくまでの今のままならって事だ、絶対にまた上をいってやるさ」

「そうか、まあ頑張れ」

 

 そしてゼクシードは、他にも色々なプレイヤーの話に触れた後、ぼそっと言った。

 

「だが一番気になるのは…………シュピーゲルがいなかった事だな」

「ん、そういえば見た記憶が無いな」

「あの野郎、一体どうしちまったんだ」

「一緒に申し込みをしたんだったか?じゃあその後にキャンセルしたんだろ。

何か急用でも出来たんじゃないのか?」

「くそ、それじゃあ俺は誰を応援すればいいんだ」

「まあ見てるうちに誰か気になる奴も出てくるだろ、

せっかくの大会なんだ、お前も観客として楽しめよ」

「…………おう」

 

 その時遠くから声がして、二人はそちらの方へ振り向いた。

 

「ゼクシードさん、約束通り来ましたよ~」

「一緒にBoBを観戦しましょう!」

「ユッコ、ハルカ……」

 

 どうやら予選中に二人が来ていたらしく、二人はゼクシードに駆け寄り、

横に八幡の姿を見つけ、八幡にも普通に手を振ってきた。

 

「それじゃあゼクシードの事、頼むわ」

「あ、うん、あんたもその……大会頑張って」

「こ、今回に限り応援してあげるわ」

「おう、ありがとな」

 

 八幡は手をひらひらすると、三人に背を向けた。

 

「ゼクシードさん、お茶くらい入れられるようになりました?」

「思ったより元気そうですね、ささ、私達をもてなして下さいよ」

 

 そんな声が聞こえ、八幡は微笑を浮かべながらそのままログアウトした。

 

「さて、少し休むか……」

「参謀!本戦出場おめでとうございます!」

「八幡君、おめでとう!」

「フン、まあまあだな」

 

 戻ってきた八幡に気が付き、三人がそう声を掛けてきた。

 

「そういえばさっき、私に菊岡君から電話がありましたぞ、参謀もお知り合いですよね?」

「菊岡さんが?一体何の用事で?」

「いや、何をしているのか聞かれたんで、正直にここにいると答えたら、

それならそのままでいい、と」

 

(…………何だ?一応確認するか)

 

 そう思って携帯を取り出すと、そこには菊岡からのメールが入っていた。

 

『赤目のザザがキリト君の前に姿を現したよ、どうやら大会に出場してる中の誰かみたい。

一応任意同行を掛ける為にザザとジョニーブラックの下に人員を派遣済み、

そっちもくれぐれも注意してね』

 

「赤目のザザが……?」

 

 その言葉に対する自由の反応は激烈だった。

 

「さ、参謀、今何と?」

「あ、ああ、あの大会メンバーの中に、赤目のザザがいるかもしれないらしい。

もちろん予選落ちした可能性もあるが、一応警察の人員を家に向かわせたそうだ」

「なるほど……さっきの電話はその連絡でしたか」

「おっさんは行かなくていいのか?」

「まあそれは私の仕事じゃないですからな、上があまり出しゃばるのも良くないですしな。

今日は私はここで大人しく参謀を守る事に専念しますぞい」

「そうか、だが何かあったら直ぐ動けるように準備だけはしておいてくれ」

「分かりました」

 

 そして八幡は、清盛に状況を尋ねた。

 

「じじい、検査結果は出たか?」

「そろそろのはずなんじゃが……」

「まあ焦っても仕方ないか、それじゃあ俺は少し横になるから、

時間になったら起こしてくれ……あ、いや、やっぱりいい。めぐりん、起こして下さい」

 

 八幡は清盛にそう頼みかけ、直ぐに訂正してめぐりに起こしてくれるように頼んだ。

 

「うん、分かった、任せて!新妻みたいに優しく起こすからね!」

「あ、は、はい……」

 

 そのやり取りに、当然清盛が抗議した。

 

「何で儂に頼まないんじゃ!」

「起きて直ぐに死にかけのじじいの顔を見たら、俺が驚いて心臓麻痺とかになっちまうだろ」

「何じゃと!儂はまだまだ若いわい!」

「めぐりんと比べて自分が俺を起こすのにふさわしいとでも言うつもりか?」

 

 清盛はめぐりの顔を見て、その癒しのオーラを感じたのか、気まずそうに言った。

 

「ぐ、ぐぅ、さすがにそこまで恥知らずな事は言えんわい」

「まあそういう事だ」

 

 そして八幡はごろんと横になり、直ぐに寝息をたてはじめた。

 

「八幡君、早っ!」

「こいつもこいつなりに疲れていたのじゃろうな」

 

 

 

「キリト君、お帰り」

「ナツキさん、菊岡さんは?」

「さっき一度戻ってきて、色々と手配した後、またヴァルハラ・ガーデンに戻っていったわ」

「手配?ああ、もしかしてもう、ザザ関連の手配を?」

「ええ、任意同行を掛けるそうよ」

「さすがですね、動きが早い」

 

 そしてナツキは、和人に赤目のザザの事を尋ねた。

 

「ねぇキリト君、その赤目のザザってどんな人なの?」

「ザザはレッドプレイヤー、いわゆる好んで殺人を犯すプレイヤーです、いや、でした」

「……そうなんだ、それじゃあ今回の事件の犯人も?」

「まだ分かりませんが、その可能性は高いと思います」

「でもどうやって?」

「まだ分かりませんが、俺と八幡が必ず暴いてみせます」

「……うん、バックアップは私達に任せて!」

「はい!」

 

 そしてナツキは気を取り直し、大会の事に触れた。

 

「それにしてもキリト君、剣で銃の弾を斬るなんて、本当に人間?」

「ひどいなナツキさん、人間ですって!それにあれは、正確には弾を斬ってるんじゃなくて、

弾が飛んでくる予兆を知らせる赤い光線が飛んでくるんで、

そこに剣筋を合わせているだけなんですよ、だから当然現実であんな事をするのは無理です」

「……飛んでくる光線に剣を合わせる?」

 

(それって別に難易度は変わらないんじゃ……)

 

 ナツキはそう思い、キリトを生暖かく見つめながら言った。

 

「でもキリト君、連射された弾も全部斬ってたわよね」

「ええ、まあ……」

「ああいう銃で、弾と弾が発射される間隔ってどれくらいか知ってる?」

「えっと…………」

「ダダダダダダダダダ」

 

 ナツキがそう言い、その声に合わせて手を振った。

 

「この早さで的確に光に剣を合わせるですって?」

「あ、いや……何かすんません」

「分かってくれたみたいね、絶対に普通の人には無理だからね!」

 

 そう言われた和人は、親友の名前を引き合いに出した。

 

「あ、でも八幡なら多分いけます!」

「そうなの?」

「ええ、なので普通の人でも多分……」

「ふ~ん」

「あ、いや……」

「ふ~ん、普通ねぇ……」

「ごめんなさい、あいつも普通じゃないですよね……」

「分かればよろしい」

 

 そしてナツキは明るい声で言った。

 

「それじゃあ休憩しましょっか」

「はい、あ、その前に八幡に連絡を……」

 

 そう言って和人は八幡に電話を掛けたが、八幡が寝ていた為に繋がらなかった。

 

「繋がらないな、メールでもしておくか」

 

 そして和人は少し考えた後、携帯にこう打ち込んだ。

 

『GGOにザザがいた。情報の刷り合わせをしたい、本戦で落ち合おう』



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第413話 集まる情報、そして決勝へ

 八幡に指定された時間になり、めぐりは少し緊張しながら八幡の耳元で囁いた。

 

「お仕事に間に合わなくなっちゃうよぉ、そろそろ起きてぇ?八幡くぅん」

「うわっ」

 

 八幡は、自分はいつめぐりと結婚したのだろうかと驚き、慌てて飛び起きた。

 

「きゃっ」

「あれ、ここは……」

「ああびっくりした、そろそろ時間だよ、八幡君」

 

 そして八幡は、めぐりに起こしてくれるように頼んだ事を思い出し、

大きく伸びをした後にゆっくりと体を起こした。

 

「ありがとうございますめぐりん、おかげでいい目覚めでした」

「とてもそんな風には見えないんだけど……」

 

 めぐりは八幡が飛び起きた事で、少し心配になったのかそう言った。

 

「いやいや、パッと目覚めた方が寝起きはいいですからね」

「本当に?」

「ええ、大丈夫ですから心配しないで下さい」

「それならいいんだけど」

 

 そこに八幡が起きた事に気付いた自由がやってきた。

 

「おはようございます参謀、よく眠れましたかな?」

「おう、めぐりんのおかげで目覚めもバッチリだ」

「それは良かったです」

 

 そしてめぐりと自由は頷き合い、めぐりが八幡にこう言った。

 

「八幡君、ゼクシード……茂村保さんの検査結果がついさっき届いたわ」

「やっとですか…………で、結果はどうでした?」

「黒ね、真っ黒よ。サクシニルコリン、今はスキサメトニウムと言うのだけれど、

彼の体には、その筋弛緩剤が投与されていたわ。

主に麻酔の前に使われるんだけど、最近ではあまり使われていないわね」

「筋弛緩剤ですか……なるほど」

 

 その説明に、八幡はやはりというように頷いた。

 

「やっぱり薬物でしたね、で、この事は姉さんには?」

「ハルさんにはもう伝えたわ。ハルさん経由と相模さん経由の両方で情報は提供済みよ。

で、どうやらもう一度現場検証をする事が決まったみたいね」

「珍しく動きが早いですね」

「それなんですが、どうやら菊岡君が事前にその可能性を伝えてたみたいで、

検査結果が出たら直ぐに動く手はずになってたみたいですぞ」

「さすが菊岡さん、こっちの動きはお見通しか」

「あれは中々やり手ですからの」

 

 そして自由は、ため息をつきながら八幡に言った。

 

「今回の件は警察の落ち度でしてな……参謀にはご迷惑をおかけしました」

「ん、どういう事だ?」

「実は鑑識からの報告だと、他人のものらしき痕跡は確かにあったらしいんです。

でも上の人間がはなから事故と決め付けて、

その痕跡も友達か何かだろうと流してしまったらしいですぞ」

 

 その自由の説明に、さすがの八幡も呆れる事しか出来なかった。

 

「おいおい、警察は一体どうなってるんだよゴドフリー」

「返す言葉も無い……まあ今回の件に関わった上の人間は、

まとめて処分されるみたいなので、それだけが救いですのう」

 

 そう聞いた八幡は、ニヤリとしながら自由に言った。

 

「そうかそうか、それじゃあこれでおっさんの出世は確定だな。

このまま権力を握って、警察内部に大鉈を振るっちまえよ、ゴドフリー」

「参謀は何もかもお見通しですな……

確かに私が処分された者達の代わりに昇進する事になりそうです」

「当然だ、再検査をするように言った時、今回の事がおっさんの手柄になるように、

おっさんの名前も一緒に出すように指示しておいたからな、作戦通りだ」

「何ですと?いやしかし、そういう訳にも……」

 

 そう困った顔をする自由に、八幡は真顔で言った。

 

「ゴドフリー、これは私欲の為じゃない、正義の為だ。お前が警察を変えるんだ」

 

 実際は警察内部のコネである自由の権力を強化し、

何かあったら便宜をはかってもらう気が満々だった八幡であるが、

さすがにこの場ではそんな事は言わなかった。

代わりに自由の気に入りそうな言葉をきちんと選ぶ辺りはさすがだといえよう。

 

「なるほど正義の為ですか。がっはっは、分かりました、任せて下さい!」

「頼むぜおっさん」

 

 そして八幡は、清盛が今どうしているのかめぐりに尋ねた。

 

「で、今じじいはどこに?もしかして俺が寝ている間に寿命で死にましたか?」

「ぷっ」

 

 めぐりはその言葉に思わず噴き出した。

 

「八幡君ったら、めっ!清盛さんならもう茂村さんの治療に入ったわ、

自信満々だったから、多分悪い結果にはならないと思う」

「そうですか……死ぬ前の最後のひと花、頼むぜじじい」

 

 そしてめぐりは真面目な顔になり、八幡に尋ねた。

 

「ねぇ、今回の事件、八幡君はどう思う?」

「ゲーム内での狙撃に合わせて、ゲーム中で無防備なプレイヤーに薬物を投与する、

しか考えられないんですが、他人の住所をどう知ったかだけがネックですね」

「他に何か可能性は無い?」

「正直思いつきません、なので可能ならゲームの中で直接締め上げます」

「警察が動いた以上、協力出来る事があるとすれば確かにそれくらいかもね」

「ですな、こっちの結果は直ぐには出ないですからな」

 

 その時八幡は、誰かからメールが来ていた事に気が付いた。

 

「これは……そうか、やっぱりラフコフの奴らの仕業か」

「ラフコフですと!?」

 

 八幡はメールを見てそう呟き、和人からのメールに了解と返事をした。

 

「今のメールは誰から?」

「和人です、どうやら今回の事件は、SAOの殺人ギルド、

ラフィンコフィンの残党の仕業らしいです。

メールには書いてないですが、おそらく死銃の正体が、元幹部の赤目のザザなんでしょう」

「赤目のザザ……やっぱり奴ら、悔い改める気は無さそうですな」

「みたいだな」

「まあここはSAOの中とは違いますからな、きっちり逮捕してやりますぞ」

「頼むぜ……お?」

 

 その瞬間に再びキリトからメールが届いた。

 

『忘れてた、時間が無いが、待ち合わせ場所を決めておこう』

 

「待ち合わせか……」

 

 そしてめぐりはハッとしたように八幡に言った。

 

「いけない、そろそろ決勝の時間ね」

「もうそんな時間か、ちょっと急がないと。めぐりん、おっさん、行ってきます」

「くれぐれも気を付けてね」

「参謀、お気をつけて!」

 

 そして八幡は、GGOへとログインした。

 

 

 

「和人君、ラフコフの幹部の家に人員を向かわせたよ。

あとついさっき本庁から再捜査に入ると連絡があったよ、

どうやら今回の事件の死因は薬物による可能性が高いらしい。

それを受けて、死体をもう一度調べる事になったよ。現場検証ももう一度やり直すってさ」

「そうですか……っていうか、前回の現場検証で何も出なかったんですか?」

「それがね……他人のものらしき痕跡は確かにあったらしいんだけど、

はなから事故と決め付けて、その痕跡も友達か何かだろうと流しちゃったみたいなんだよ」

「何ですかそれは……」

 

 キリトは八幡同様、その警察の体たらくに呆れる事しか出来なかった。

 

「いやぁお恥ずかしい。多分今頃は、警察内部で綱紀粛正の嵐が吹き荒れていると思うよ。

SAO事件でも残された百人事件でも警察は役立たずだったし、

最近ただでさえ風当たりが強かったからねぇ。

そうだ和人君、良かったら君、うちの課に来ない?」

 

 その言葉をスルーして、和人は菊岡に尋ねた。

 

「警察にまともな幹部はいないんですか?」

 

 菊岡は無視された事を気にした様子も無く、普通にこう答えた。

 

「ん、いるよ?君もよく知ってる人がね」

「俺の知ってる人……ですか?あっ、そういえば前に八幡に聞いた事があったかも、

もしかしてゴドフリーのおっさんですか?」

「その通り、彼は出世街道から外れていた分、今度の事件には一切関わってないから、

上手くいけば多少警察の上の方に一石を投じられるかもしれないね」

「そうなんですね、まじで頼むぜゴドフリー」

 

 キリトの脳裏には、『がっはっは、任せろ!』

と頼もしく答えるゴドフリーの姿が浮かんだが、その想像は大体合っていた。

 

「という訳で、次に問題になるのはどういった仕組みで殺人を犯したかだね」

「薬物でしょう?」

「そっちじゃなく」

「ああ!どうやってPKに見せかけたのかって事ですね」

「うん、まあ多分ゲーム内で銃弾を当てるのと同時に、

外部の協力者がそのプレイヤーに薬物を注射したんだろうけど、

実際問題彼らは別にハッカーって訳じゃないんだし、

個々のプレイヤーの住所なんか絶対に分かりっこないはずなんだよね」

「ですね……とりあえず八幡と一緒にゲーム内で捕まえて聞いてみますよ、

まあ決勝にいるかも分からないですし、大人しく白状する保証も無いですけどね」

 

 そんな和人に菊岡はあっさりと言った。

 

「まあよろしく頼むよ、こっちはこっちでしっかりと和人君の体は守るからさ……

って、ちょっと失礼」

 

 ここで菊岡に電話が入り、代わりに菊岡の後ろで静かにしていたナツキが言った。

 

「うん、お姉さんに任せなさい!」

「はいナツキさん、頼りにしてます。とりあえず八幡と中で落ち合うとして、

あっ、待ち合わせ場所を決めておいた方がいいか……

とはいえ決勝の舞台には詳しくないからな……あいつに丸投げするか」

 

 折りしも八幡から、『了解』と一言だけメールが返ってきた為、

和人は時間を気にしながら八幡にメールをしたが、返事が無い。

 

「多分メールは見たと思うんですけど、そろそろ時間だし、

返事をしている余裕が無いのかもしれませんね」

「かな、和人君もそろそろ行った方がいいかもね」

「はい、それじゃあこっちの事は任せました、行ってきます」

「頑張ってね」

「待って和人君!」

 

 丁度そのタイミングで電話を終えた菊岡が、和人に言った。

 

「最後に悪い知らせだ、どうやらザザもジョニーブラックも自宅にいないらしい。

そして二人とも、密かに身の回りの物を処分して家を出たらしい。

どうやらどこかに高飛びするつもりなんじゃないかな」

「まじですか……分かりました、その情報も八幡と共有します!」

 

 そして和人も、急いでGGOへとログインした。

 

 

 

「「さて、走るか」」

 

 二人はGGOにログインして直ぐにそう呟くと、同時にドームの中央へ向けて走り出した。

さすが長い付き合いだけあって、考える事は一緒のようだ。

 

「ちょっとキリト君、どこ行くの?」

「ハチ……いや、シャナの所だ!」

「えっ?シャナの居場所を知ってるの?」

「悪い、急ぐんだ、それじゃあ中でな!」

「あっ、ちょっと!」

 

「シャナ様、どちらへ?」

「シャナ、どこに行くの?」

「ちょっと野暮用だ、それじゃあお前ら、中でな」

 

 二人はお互いの知り合い達にそう声を掛け、そのまま全力で走り出した。

中央付近でお互いの姿を確認した時の残り時間は、決勝開始のわずかに三秒前。

そしてシャナは、キリトに向けて叫んだ。

 

「座標だ!お前の頭から俺の頭だ!」

「分かった!」

 

 その瞬間に二人は決勝のフィールドへと転送された。

 

 

 

「ここが決勝の舞台か……」

 

 キリトは興味深げに周囲を見渡しながら言った。

 

「確か最初は全員散らばって配置されるんだったよな。

さて、俺の頭からあいつの頭……キリトのKに八幡の8でK-8か、

近くだと助かるんだが……」

 

 キリトは次にそう呟くと、端末の地図を開き、今自分がいる座標を確認した。



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第414話 ペアを組む

「うげ……Z-1って北東の端じゃないかよ……K-8は中央のやや左上か」

 

 キリトは自分の運の無さに歯噛みしたが、

よくよく考えると、中央付近であるK-8にずっと陣取るのは危険が大きい事に気が付いた。

周りから集まってくる敵に囲まれる可能性が大きいからだ。

 

「って事はこれはラッキーだって事になるな、さて、このまま最初のスキャンを待つか」

 

 

 

「A-16だと?よりによってこんな端か……」

 

 シャナの配置は南西の端であった。つまりシャナとキリトは、

長方形のマップの対角線上に離された事になる。

 

「とりあえずスキャンを待つか……」

 

 

 

 他のプレイヤーも同様に、その場から動かずに最初のスキャンを待っていた。

BoBにおける、唯一の静かな時間である。

 

「そろそろか……」

 

 誰かがそう呟き、その瞬間に最初のスキャンが始まった。

そしてその直後に、各人に割り当てられた端末に、プレイヤーの位置情報が表示された。

 

 薄塩たらこ   A-1

 シャナ     A-16

 闇風      C-4

 ピトフーイ   C-9

 銃士X     F-13

 ギンロウ    I-9

 ミサキ     J-4

 ダイン     L-12

 獅子王リッチー N-8

 ギャレット   Q-4

 ステルベン   S-2

 ペイルライダー S-12

 シノン     W-5

 スネーク    X-10

 キリト     Z-1

 ハチマン    Z-16

 

 これが最初の各プレイヤーの位置であった。スキャン結果の表示時間は短かい為、

基本自分の近場にいるプレイヤーだけしか確実出来ない。

最初に動いたのは薄塩たらこと闇風だった。

 

「おおっ、闇風が近いな」

 

 そう叫んだ薄塩たらこは、闇風の下へと走った。

その前方から闇風も姿を現し、二人は直ぐに対峙した。

 

「よぉ、相棒」

「おう、ラッキーだったな」

 

 観客達は、いきなり二人の戦端が開かれるのかと少し緊張したが、そうはならなかった。

 

「ん、戦わないのか?」

「まさか二人で組むのか?」

「ああっ、あれだよあれ!」

 

 観客達の中にも、何人か真実に気付く者がいた。

 

「シャナとハチマンが組んでるっぽかっただろ!だからそれに対抗する為にも、

ほとんどのプレイヤーが誰かとコンビを組む感じになるんじゃないのか?」

「確かにそうしないと、ただやられちまうだけだよな」

「そういう事か……」

 

 その推測通り、闇風と薄塩たらこは合流を終え、一緒に行動し始めた。

 

「なぁ、ここから一番近くにいるのって」

「ピトフーイとミサキさん、その向こうにギンロウってのだけは確認したぜ」

「先ずあの二人と戦う事になるのかな」

「こっちに向かってればな」

 

 

 

「やっほーミサミサ、当然組むよね?」

 

 その頃ピトフーイも、ミサキの下へと到達していた。

 

「ええそうね、でもあなたは銃士Xの方に向かうと思っていましたわ」

「うん、それがね、私の真南にシャナがいたのが見えたから、

あの子は多分そっちに向かうんじゃないかと思ったの」

「シャナ様が?それじゃあ下手に近付くと、狙撃されてしまうかもしれないですわね」

「その辺り、シャナは容赦しなさそうだしね!」

 

 そして二人は相談の上、見晴らしはいいが下からは見付けにくい岩山の上へと陣取った。

 

「さて、どんな状況になったのか、手分けして次のスキャンで確認しよっか」

「それまでは主に南東方面から近付いてくる敵をチェックですわ」

「ん、どうして?」

 

 そしてミサキは、微妙に嫌そうな顔でこう言った。

 

「……そっちに獅子王リッチーさんがいましたの」

「ああ~!あいつなら何も考えずにミサミサの方に向かってきそう」

「正直彼の持ち味は、サポートを得た上での拠点防衛戦だと思うのですが……」

「ヴィッカース重機関銃だっけ?正直こういう大会には不向きだよね」

「まあこちらに向かってきたら、そのまま死んでもらいましょうか」

「ミサミサ容赦ないねぇ、それにいつもの色っぽさが全然無いし」

「私もあなたと同じで、シャナ様に懸想してますもの、他人は正直どうでも……」

 

 そう言われたピトフーイは、面白そうに言った。

 

「ああ、よくよく考えたら、

シャナ相手に既成事実を作ろうと狙ってる二人が集まっちゃったんだね」

「私、三人でもよろしくてよ?」

「おっ、それいいね、それじゃあ二人がかりでシャナをイかせるとしましょっか」

 

 

 

「うぅ、何か寒気が……」

 

 この瞬間に、シャナはそう言って身震いした。

 

「とりあえず待ち合わせ場所方面にいたのはマックスだけだし、

アイはどこにいるかはまったく分からなかったから、しばらくあいつと一緒に行動するか。

どうせあいつもこっちに向かってるだろうし」

 

 その言葉通り、進行方向に銃士Xの姿が見えた。

銃士Xは本能センサーでも搭載しているのか、周りに気を付けながらも、

正確にシャナのいる方へと向かって歩いてきた。

シャナが横に移動してもそれに合わせて方向を変える銃士Xの本能は正直驚愕ものだった。

そして二人は無事に合流を果たす事となった。

 

「…………なぁ、何でお前は俺のいる方向が正確に分かるんだ?」

「シャナ様、それは女の秘密です」

「お、おう、そうか……凄えな女の秘密……」

 

 そして銃士Xはシャナに言った。

 

「このままだと、私達が最初にぶつかるのはダイン&ギンロウペアになると思います。

もっともあの二人がいきなりシャナ様とやりあう事を選択する可能性は低いので、

二人が中央の獅子王リッチーの方に向かっていたら、しばらく誰にも会わないかもですが」

「ん、ペア?あいつら組んでるのか?」

「ええ、シャナ様のせいで」

「俺のせい?」

 

 きょとんとするシャナに、銃士Xは他のプレイヤー達の間で、

誰かとペアを組む雰囲気が醸成されていた事を伝えた。

 

「そういう事か、俺達のせいでそんな空気になっちまってたんだな」

「現時点で確実にペアになってると思われるのは、たらこと闇風、ダインとギンロウ、

ピトとミサキさん、キリト様とシノン、それにギャレットとペイルライダーですね」

「……お前、スキャン結果をどこまで見れたんだ?」

「全部です」

「まじかよ……よく間に合ったな」

「とりあえず全部表示させて、内容は読まずに目に焼き付けるだけに留めたので」

「そ、そうか……」

 

 シャナはそう淡々と語る銃士Xのデキる女っぷりに気圧されつつも、

キリトとアチマンがどこにいるのかを尋ねた。

 

「キリト様はマップ右上、アチマンはマップ右下にいました」

「よりによって一番遠い所かよ……」

「どうしますか?」

「そうだな、とりあえずK-8を目指す事にする、そこでキリトと待ち合わせだ」

「分かりました、それじゃあ行きましょう」

 

 二人は一応ダイン達を警戒しつつ、K-8へと向かい始めた。

だが次のスキャンの時間まで、二人は誰とも出会わなかった為、

頃合いを見て安全な場所に潜み、次のスキャンに備える事にした。

銃士Xは淡々とした顔で、しかしここぞとばかりにシャナの隣に密着して座った。

その辺りはさすが抜け目が無い。

 

「シャナ様、そろそろ次のスキャンの時間です」

「だな」

 

 そして次のスキャンが始まった。

 

「これは……」

「俺は近場しか見れなかったが、どんな具合だ?」

「……おかしいですシャナ様、キリト様とシノンが、随分南に移動しています。

そしてギャレットと獅子王リッチーとすてぃーぶん?がいませんでした」

「ほほう?もう三人もリタイアしたのか」

「多分……」

「アイはどこにいた?」

「アチマンは中央を目指してますね」

「そうか、ギンロウとダインは中央にいたよな、

もしかしてあいつらがリッチーを倒したのかもな」

「かもですね」

「まあいい、このままK-8に移動だ」

「はい」

 

 

 

 シノンは最初のスキャンの後、高台に上ってそこで待機していた。

そこで待っていれば、キリトがこちらに姿を現すと考えたからだった。

 

「あ、あれかな……」

 

 キリトは真っ直ぐに中央を目指しているようだ。このままではシノンに気付かずに、

どんどん先へと進んでしまうだろう。

シノンはそう考え、キリトのかなり前に銃弾を撃ちこんだ。

 

「んっ……この当てる気のない狙撃はシノンか、どこだ?」

 

 キリトは辺りをきょろきょろと見回し、高台の上から手を振るシノンの姿を見付けた。

キリトは方向を変えてそちらに向かい、無事にシノンと合流した。

 

「よっ」

「こっちに来ると思って待ってたわ、一緒に行くわよね?」

「そうだな、シャナとハチマン対策でほとんどの奴が組む雰囲気だったしな」

 

 さすがキリトはそういった戦闘に関する気配には敏感だった。

 

「ところで思いっきり走ってたみたいだけど、どうするつもりだったの?」

「ああ、実はシャナと待ち合わせでK-8に行くつもりだったんだよ」

「K-8……」

 

 端末を表示し、拡大したシノンは、そこが市街地になっている事を確認した。

 

「どうやら街があるみたいね」

「だな、とりあえずそこへ移動だ」

「了解よ」

「正面に何人かいたはずだ、注意しようぜ」

「すてぃーぶん?とかいう名前のプレイヤーと、ギャレットがいたわね、

少し南にはスネークってのもいたわね

「組んでるかもしれないし、とにかく気を付けないとな」

「そうね」

 

 そう言いながらも二人は、急いでK-8へと走り始めた。

そしてしばらく走った後、二人はT-9地点へと到達した。

 

「ん、あれは……まさか死銃か?」

 

 キリトが先に敵の姿を発見したらしく、二人はその場で停止した。

 

「どこ?」

「あそこだ」

「……本当だ、あのマントにマスク姿、間違いないわね」

「他にプレイヤーの姿は……」

「あっ、あそこにいるのはギャレットよ、どうやら死銃はギャレットを狙っているみたいね」

「まずいな」

 

 そう言ってキリトはそちらに向かおうとした。

このままだとギャレットが死に至る可能性があるからだ。

 

「あいつらのPKへの拘りは異常だ、もう手遅れかもしれないが、

銃で撃つ事を止めさえすれば、思い留まる可能性はある。それじゃPKにはならないからな」

「なるほど…………ひっ」

 

 その瞬間にシノンがそう悲鳴を上げた。

 

「どうした?」

 

 だがシノンから返事は無く、明らかにその様子はおかしかった。

 

「おい、大丈夫か?」

「あ、あれ……あの銃……」

 

 シノンは苦しそうにそう言いながら、死銃が構えている銃を指差した。

 

「あれがどうかしたのか?」

「ごめんなさい、私、あの銃だけは駄目なのよ、トカレフ……通称黒星、

あれを見ると、私はどうしても怖くてたまらなくなるの……」

 

 そんなシノンの様子を見て、キリトはどうすればいいか迷った。

その直後に悲劇は起こった。

ステルベンがギャレットを急襲し、その体に何発も銃弾を撃ちこんだのだ。

その直後にギャレットは苦しみ出したかと思うと、その場から姿を消した。

こういった大会では、通常死体は残るはずだが、どうやら回線切断されたようだ。

キリトはその光景を目の当たりにし、呆然とした。

 

「まさか……死……」

 

 その瞬間に、キリトと死銃の目が合った。

 

「ザザ……お前、お前は……」

 

 キリトは怒りに震え、死銃の下へと向かおうとした。

だが死銃はその瞬間に身を翻し、全力で逃走を始めた。

 

「なっ……」

 

 それもそうだろう、確かにたった今、ギャレットに対するPKを成功させたが、

ステルベンの目的はあと二人、ペイルライダーとシノンがいるのだ。

ここでキリトの横にシノンの姿を確認していたらまた違ったかもしれないが、

この時ステルベンは、キリトが単独で行動しているのだと思い、

一時的にその場を離脱する事を選択した。

 

「どうする……追うべきか……」

 

 キリトは一瞬そう迷ったが、この状態のシノンをそのままにはしておけなかった。

 

「シノン、歩けるか?大丈夫か?」

「え、ええ、歩くくらいなら……」

「とりあえず南に離脱して仕切りなおしだ、行こう」

「う、うん」

 

 二人は進路を岩場の多い南へととり、洞窟を見付けると、その中に潜んだ。

 

「さて、とりあえずここで次のスキャンを待つか」

「そうね」

「さっきの死銃の正体は誰かな」

「位置的にはすてぃーぶん?かスネークだけど、元々その二人しか候補がいなかったし、

結局何も分からないままね」

 

 シノンは少し息が荒いまま、そう意見を述べた。

 

「だな……」

「とりあえず次のスキャンまではまだ時間がある。

それまでに、お前の身に何が起こったのか教えてくれないか?」

 

 その言葉を聞いたシノンは、ついにその時が来たのだと悟った。

 

「……前にシャナに言われた事があるの、

『いつかお前がこれだと思うプレイヤーと出会ったら、その時そいつにその事を話してみろ。俺達じゃ駄目だ。

そしてその出会いによって、お前はきっとその呪縛から解放される、断言しよう』

ってね、多分今がその時なのね、さすがはシャナ、こうなる事を予想していたのかしら」

「あいつがそんな事を?」

「ええ、だからあなたに、私の過去を話すわ」

「……分かった」

 

 そしてシノンの過去を聞いたキリトは、

それがかつて自分が体験した話と酷似している事に気が付いた。

 

「月夜の黒猫団か……」

「ん?」

「俺も昔、同じような体験をしたからな」

「……そうなの?どうやってそれを克服したの?」

「俺の場合は、死んだ本人が俺宛に残したメッセージを聞いた事が大きかった。

だがシノンの場合はそれとは少し違うみたいだな。

大丈夫だ、多分あいつがもう手を打っているはずだ、

多分この大会後には、シノンのそのトラウマは絶対に克服される、俺もそう断言しよう」

「英雄二人から断言されちゃった」

 

 シノンは笑いながらそう言った。

 

「シノンはあいつの事が好きなんだろう?」

「…………うん」

「ならあいつと、あいつの親友である俺の言葉を信じてくれ、

あいつがそう言ったなら、俺と会った事でシノンのトラウマは実はほとんど克服されている。

後は最後の一押しが必要なだけなんだと思う」

「最後の一押し?」

「それはあいつが何とかしているさ、だからあいつの言葉を信じて、

今は目の前の敵と戦う事に集中しよう」

「……うん、分かった」

 

 それからスキャン開始までのしばらくの間、シノンはシャナとの出会いから、

私生活で助けてもらった事などをキリトに話して聞かせ、

キリトはそのありえなさに、盛大に呆れる事となった。

 

 そして次のスキャンの時間が訪れた。



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第415話 薄塩たらこ、男の生き様

「ダインさん!」

「ギンロウ」

 

 二人は視線を交わしただけで、自然に一緒に行動を開始した。

目指すは獅子王リッチーの下へである。

二人は長い付き合いという事もあり、その辺りの呼吸は抜群だった。

 

「やっぱり今回ばかりはソロだとやばいよなぁ」

「っすね!」

「っていうかよ、あのシャナ相手に二人で足りるのかねぇ……」

「……っすね」

「他にもハチマンとかキリトとか、やばそうな奴が目白押しだよな」

「…………っす」

「まあ負けて元々だ、俺達の優勝に期待してる奴なんかいないだろうし、気楽に行こうぜ!」

「っすね!」

 

 二人はそう言って笑うと、途中の市街地を抜け、

獅子王リッチーがいるであろうポイントへ向けて進んでいった。

だが現地に着いた時、そこにはリッチーの姿は見当たらなかった。

 

「あれ……」

「ここだった……よな?」

「間違いないですね」

「ここってあいつの大好物な、機関銃を設置して撃ちまくれる小さな廃砦だよなぁ」

「ですね……」

「どこに移動したんだ?この付近に誰がいたっけか?」

「あ」

 

 そしてギンロウは、頑張ってタップした周辺のプレイヤー配置の中から、

ポイントになる人物の名前を思い出した。

 

「そういえば北西に、ミサキさんがいたような」

「え?でもミサキさんは、間違いなくピトフーイと合流してるんじゃないか?」

「あの馬鹿王がそんな事気にする訳無いじゃないっすか」

「それもそうだな……よし、追ってみるか。

もしミサキさん達とカチ合ったら速攻撤退だ、俺は女は撃たねえ」

「…………っす」

 

 ギンロウは、単純に勝てそうもないからじゃないのかなと思いつつも、そう返事をした。

そして二人は再び市街地を抜け、西へと向かった。

その前方に獅子王の巨体が見え、二人はしめたと思い、徐々にその距離を詰め始めた。

 

「チャンスだ、このままあいつを背後から倒しちまおう」

「分かりました!」

 

 二人は慎重に距離を詰め、ほぼ必殺といえる距離まで近付く事に成功したが、

そのせいか、前方からおかしな声が聞こえる事に気が付いた。

 

「……なぁ、何か聞こえないか?」

「ええ……」

 

 そして二人は息を潜め、その言葉を聞き取ろうとした。

 

「ミサキさ~ん、この獅子王が御身の下に今参ります、

この配置だと、俺達二人がチームを組む事のはまさに運命ですよね!待ってて下さい!」

 

「…………」

「…………」

「どうやったらそういう思考になるんだろうかな」

「ちょっとかわいそうになってきましたね……」

「どう考えても無防備で近付いた所を撃たれて終わりだろうにな」

「…………っすね」

「ここはもう、さっさと俺達が引導を渡してやろうぜ」

 

 二人は頷き合うと、その場に伏せ、獅子王リッチーの背中に慎重に狙いをつけた。

そして二人は銃弾を集中させ、あっさりと獅子王リッチーを物言わぬ死体に変えた。

 

「ぐおおおおおお、ミサキさ~~~~~~~~ん!」

「…………」

「…………」

 

 こうして獅子王リッチーは、早々に舞台から退場する事になったのだった。

 

 

 

 一方ピトフーイとミサキは、闇風と薄塩たらこの推定合流地点へと向かっていた。

 

「次のスキャン時間が近い、今なら先に敵を見つけさえすればいける」

「この時間はどうしても気が緩みますものね、マグロ男の相手はあまり気が進みませんけど」

「そうねぇ、抵抗するシャナを無理やり力でモノにするのが楽しいよね」

「私としては、拘束して動けなくなったシャナ様をネチネチと攻めるのも好みですわぁ」

「ふふっ、ふふふふふ」

「うふ、うふふふふ」

 

 二人は我が意を得たりといった様子で顔を見合わせると、そう不気味に笑い合った。

何故か固有名が、敵ではなくシャナになっている所が二人らしい。

こんな二人の相手をしなくてはいけない闇風と薄塩たらこにとっては災難だが、

二人は自分達がそういった対象にされる事は無い事を知っていた。

それが良い事なのか、残念な事なのかは二人の性癖次第であろう。

ちなみにこの二人の会話は中継カメラによってバッチリと映されており、

その映像を根拠に、シャナは後日二人の魔の手から逃れる事に成功した。

 

 

 

「そろそろスキャンの時間だな、相棒」

「だな、ピト達は多分シャナの方に行っただろうし、次のスキャン後が勝負だな」

 

 闇風と薄塩たらこは能天気にそんな会話を交わしていた。

二人が何故自分達が先に攻められる可能性をまったく考慮していなかったのか、

これは簡単である。二人は食事の時、自分の好物から先に食べるタイプだったからだ。

ちなみにピトフーイとミサキは好物を後にとっておくタイプである。

この本当にくだらない要素が、二人にとっては致命傷になった。

 

「さて、配置はどう変わったかな……」

『タンッ、タタンッ』

 

 そう闇風が呟いた瞬間に、軽い銃声が響き、横にいた薄塩たらこが蜂の巣にされた。

 

「なっ……」

 

 闇風の位置からは何が起こったのか視認出来なかったが、

薄塩たらこの位置からは、ピトフーイとミサキの姿がバッチリ見えていた。

そして薄塩たらこは闇風を突き飛ばすと、かばうようにその前に仁王立ちした。

 

「た、たらこ……」

「闇風、お前は逃げろ!相手はピトフーイとミサキさんだ、どうやらこっちに来たらしい。

お前の速さならあの二人からなんとか逃げられるはずだ!後は任せた!」

「で、でもよ……」

「いいから行け!俺達は友達だろ!俺がお前をかばうのは当然の事だ!」

「う……」

 

 そして闇風は、叫びながらその場から急速離脱した。

 

「うおおおおおおおお!すまん相棒!」

 

 そんな闇風の背中に、薄塩たらこは叫びながら言った。

 

「後は頼んだぜ、相棒!」

 

 そして薄塩たらこは、ピトフーイとミサキの方へと突っ込んだ。

そして残り少ないHPが削られるまでの間、見事に囮の役割を果たし、

ついでにピトフーイの肩に銃弾を一発ぶち込む事にも成功していた。

 

「くっ、たらおの癖に生意気な……」

「まあ私達の手でイかせてもらったんだから、きっと彼も内心では喜んでいると思いますわ」

「そ…………」

「そ?」

 

 そして動きを止めた薄塩たらこは、最後の力を振り絞って叫んだ。

 

「そういうことはリアルでお願いします!」

「ごめんなさい、無理ですわ」

「きもっ」

「ぐふっ……」

 

 それが致命傷となったのかどうか、次の瞬間に薄塩たらこは死体となった。

スキャン時間は既に過ぎており、この事実が他のプレイヤーに発覚するのは、

次のスキャンの時という事になる。

 

「さて、一人逃がしてしまいましたけどどうしましょう?」

「とりあえず私の治療待ち?」

「それじゃあ私が周囲を警戒しておきますわ」

「うん、ありがとうミサキさん、お礼にシャナを最初にイかせる権利はそっちに譲るね」

「あら、大盤振る舞いですわね、でも有難く受け取っておきますわ」

「楽しみだねぇ」

「ええ、本当に」

 

 

 

「シャナ様、という事は、スネークが死銃という事で確定なのでしょうか」

「その可能性が高いとは思うんだが、何か引っかかるんだよな……」

「何がですか?」

「悪いがもう一度、お前が見た配置を地面に書いてみてくれ」

「はい」

 

 そして銃士Xは、ストレージから弾を取り出し、地面に配置した。

 

「こんな感じでした、シャナ様」

「……多分獅子王リッチーを殺ったのは、位置的にダインとギンロウだ、これは間違いない。

だがギャレットとすてぃーぶん?は誰が殺ったんだ?」

「それは確かに……まさか相打ちでしょうか」

「もしかしたらキリトとシノンなのかもしれないが、それにしては位置が不自然だ。

さすがにここまで移動しているとなると、どうも疑問が残る」

「ですね……」

 

 ちなみにペイルライダーは慎重なのか、やや北西に動いただけで、

最初の位置とほとんど変わらない位置で様子を伺っているようだ。

 

「ペイルはどうするんだろうな、ギャレットとリッチーが殺られた以上、

他に組める相手がちょっとな……スネークくらいか?」

「まずいですね、もしスネークが死銃だったとしたら、位置がかなり近付いています」

「スネークって奴は西に向かったのか、もうすぐエンカウントするかもしれないな」

「そちらに向かいますか?」

「そうするか……」

 

 そして二人はとりあえずといった感じでペイルライダーの所へと向かう事にした。

ちなみにアチマンは迷っていた。

 

(シャナの居場所は確認出来たけど、状況が掴めない。

ここはもう少し中央寄りに向かって、そこで待機するべきかしらね)

 

 

 

「キリト君、すてぃーぶん?の姿が……」

「いなかったよな……」

 

 二人は今のスキャンの結果を受け、悩んでいた。

 

「だが近くに他のプレイヤーの姿は無かったはずだ」

「ええ、どう考えてもおかしいわね」

「もしかして、スキャンに映らなくする方法でもあるのか?」

「少し検討してみましょうか」

 

 そして二人は様々な意見を言い合い、ひとつの結論に達した。

 

「やっぱりそれかしら?」

「可能性は一番高いよな、スキャンの範囲は地表から上のみであって、

そこより低い場所、例えば川の中などは対象外になる」

「どうする?先に検証しておくべきかしらね」

「幸い周囲に敵の姿は無いんだ、川の近くまで行って先に検証しておこう。

もし次のスキャンですてぃーぶんが姿を現せば、

確実にスキャンから逃れる方法がある事になるし、

川に潜った俺の姿が映らなかったら、それでもその事が確定するしな」

「それじゃあ慎重に移動しましょうか」

「ああ、死銃が近くにいる可能性もまだ捨てきれないからな」

 

 こうして二人は検証作業を優先する事とし、大会はここでやや停滞する事となった。



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第416話 ペイルライダーを巡る混戦

 ここで各人の状況を説明しておく。

 

 闇風は現在マップ左上まで後退し、反撃の機会を伺っているところだった。

 

 ピトフーイとミサキは、前回のスキャン結果を見られなかった為、前々回の状況を参考に、

ダインとギンロウがいるポイントに奇襲を掛けようと進軍中である。

待機とか自重という言葉は彼女達の辞書には無いようだ。

性的な部分では切に自重が望まれる二人であった。

 

 ステルベンは現在行方不明であったが、

残る一人であるペイルライダーの下に向かっているのは間違いない。

 

 ダインとギンロウは、次はペイルライダーを標的と定めたようだ。

これは一番近くにいるソロプレイヤーがペイルライダーしかいなかった為である。

 

 スネークはそこまで戦闘に積極的ではなく、

基本MGSプレイで不意打ちを出来る相手を探しているようだ。

 

 ペイルライダーは正直困っていた。周りを敵に囲まれ、動けないのが現状であった。

 

 アチマンはスネークのいる方向に気を付けつつ、じりじりと中央へと進んでいた。

 

 キリトとシノンは、検証の為に川沿いで待機していた。

カメラが入っていない事をいい事に、シノンはキリトに今までの出来事を話しており、

キリトは八幡が今までどういう行動をしていたのかをほとんど知る事となった。

 

「こんな大事な事に俺を誘わないなんて……くそ、絶対に後でとっちめてやる」

 

 とはキリトが話を聞き終わって語ったセリフである。

 

 そしてシャナと銃士Xは、ペイルライダーの下へと急行していた。

これでペイルライダーを中心に、六つの勢力がひしめき合う事となった。

ダイン&ギンロウ、ステルベン、スネーク、アチマン、シャナ&銃士Xである。

そこに七つ目の勢力が、一石を投じようとしていた。

 

 

 

「いた、あれってダインとギンロウじゃない?」

「あまり美味しそうじゃなさそうな二人ですわね」

「そうだねぇ、とりあえずサクっと中距離から殲滅しとく?」

「ですわね、ここはガンガン行くとしましょうか」

 

 二人はそのまま容赦なくダインとギンロウに襲い掛かった。

折りしもダインとギンロウは、ペイルライダーを丁度視界におさめた所であり、

後ろに対しては完全にノーマークとなっていた。

その攻撃はシャナと銃士Xが到着し、ペイルライダーを見つけたのと同じタイミングだった。

ペイルライダーは銃声で気付いたのか、ダイン達の方を見て反対に逃げ出した。

その瞬間にどこからか飛来した銃弾がペイルライダーに突き刺さった。

ペイルライダーは何とか即死は免れ、慌てて物陰に身を潜めた。

 

「おいおい、どんな状況だ?」

「シャナ様、ダインさんとギンロウが死亡しました」

 

 周囲を単眼鏡で見回していた銃士Xが、シャナにそう報告をした。

 

「誰がやったんだ?」

「どうやらピトとミサキさんのようです」

「行動が早いな、もしかしてたらこと闇風はもうやられたのか?」

「かもしれません」

「とりあえずペイルライダーを救うか、行くぞマックス」

「はい」

 

 そしてシャナはペイルライダーを救おうと動き出した。

この場合の救うとは、要するに死銃よりも先にペイルライダーを倒すという事である。

そうすればリアルでペイルライダーが死ぬ事は無い、シャナはその事を確信していた。

無差別に他人を殺害しようと思えば出来るはずのラフィンコフィンの残党が、

他のゲームのプレイヤー限定で、しかも手順に病的なまでに拘る理由は一つしかない。

要するに彼らのSAOでの活動はまだ終わっていないという事なのだ。

 

「おい、ペイル!」

 

 シャナは大胆にも自分の姿を大胆に晒しながらペイルライダーに声を掛けた。

その事で、ペイルライダーを攻撃したプレイヤーをけん制する意味もあった。

同時に銃士Xも姿を見せ、姿が見えないその敵を睨むように、

弾の飛んできた方向に銃を向けた。

 

「シャナ……それに銃士Xか、俺の首を取りにきたのか?」

「ああそうだ、それがお前のためになる」

「意味が分からねーよ!」

 

 その時銃士Xが、素早くこう言った。

 

「いました」

「撃て」

 

 即座にシャナはそう返し、銃士Xは草むらに向けて銃撃を開始した。

その瞬間に一人のプレイヤーが慌ててその場から逃げ出し、

銃士Xはその背中を正確に撃ち抜いた。

 

「処理しました」

「よくやった、確認してくれ」

「はい」

 

 そして銃士Xはそのプレイヤーに駆け寄り、

シャナはチラリとピトフーイ達の様子を伺いつつ、そこから死角になる位置に移動し、

そのままペイルライダーに銃口を向け続けた。

その瞬間に、死体を調べに向かった銃士Xが慌てたような声を上げた。

 

「シャナ様、違います!こいつは死銃じゃありません!」

「何だと?」

 

 その瞬間に、シャナの注意がペイルライダーから反れた。

そして銃声が響き渡り、どこからか飛来した銃弾がペイルライダーの体に命中した瞬間、

ペイルライダーは苦しそうに宙を掻きむしり、その姿が消滅し、

後には回線切断を示す文字だけが残された。

 

「なっ……一体誰が……」

 

 シャナはその銃弾が飛んできた方向に慌てて目を向けた。

そこにはぼろぼろのマントを付け、赤い光を放つゴーグルを付けたプレイヤーがおり、

その姿を見たシャナは、咄嗟にそのプレイヤーに向けて叫んだ。

 

「お前が死銃か!」

「まだ終わってはいない、それを決して忘れるな」

 

 そう言った瞬間、ステルベンの姿がその場から消えた。

 

「何だと……まさかあのマント、姿を消せるのか?」

 

 シャナはどうやらメタマテリアル光歪曲迷彩マントの存在は知らなかったようだ。

 

「マックス、一時撤退!このままアチマンと合流する!」

「了解」

 

 そして二人は直ぐに逃走にうつった。

このままだと更にピトフーイとミサキの介入を受ける可能性があり、

二人に事情を説明している暇は無いからだ。

 

(くそっ、すまん、ペイル……余計な事を考えずに狙撃しておけば……)

 

 だが後悔先に立たず、失われた命はもう戻らない。

そしてシャナは、GGOをプレイし始めてから初めて失意のうちに撤退する事になった。

 

 

 

 そして次のスキャンが行われ、シャナは死銃の正体が、

すてぃーぶん?というプレイヤーだと推測した。

 

「いませんね……」

「だな、残っている奴らは全員こっちのシンパだ、さっきお前が倒したのがスネークだから、

消去法で残るはすてぃーぶんという事になる」

「シャナ様、それなんですが」

「うん?」

「もしかしたらあれは、ステルベンと読むのかもしれません。ドイツ語で死を表す言葉です」

「そうなのか、確かにそれだとしっくりくるな」

「はい」

 

 シャナは、さすがは最高学府の学生だと銃士Xの事を賞賛しつつ、

本当の読み方はどうあれ、今後はそう呼ぶ事に決めた。

 

「それにキリトの姿が無い、どうなってるんだ?」

「……ステルベンがスキャンに映らないのと同じ原理でしょうか」

「もしかしたら、スキャンの死角になっている場所があるのかもしれないな」

「なるほど」

 

 その瞬間に二人は背後に銃口を向けた。

 

「ごめんなさい、遅れたわ」

 

 そんな二人の前に、平然とアチマンが姿を現した。

シャナはそれで一息付き、アチマンに今どうなっているか事情を説明した。

 

「…………ステルベン、ね」

「ああ、おそらくそいつが死銃だ、どうやら今は何らかの方法で姿を隠しているらしい」

「さっき言っていたマントかしら」

「その可能性が一番高いが、不自然にキリトの姿が消えていた。

だからもしかしたら場所のせいかもしれん、複数の手段があると考えた方が良さそうだ」

「なるほど」

 

 アチマンはそう言うと、これからどうするかシャナに尋ねた。

 

「で、これからどうするの?」

「ピトとミサキさん、それに闇風を殲滅する」

「そうなの?」

「ああ、とにかく俺達の手で片っ端から倒してしまえば、

おそらくこれ以上の事件は起こらないはずだ」

「ふむ……」

 

 アチマンはシャナほどラフィンコフィンのメンバーについて知らないので、

そういうものなのかと曖昧にそう返事をした。

そんなアチマンに、シャナはリアル状況を説明した。

 

「俺とキリト、そしてアチマンは多分あの銃で撃たれても何も起こらない。

リアルの体がガッチリとガードされているからな」

「あ、そういえば今朝すごく強そうなおじさんがうちに来てたわね」

「キリト様もですか?」

 

 銃士Xがそうシャナに尋ねてきた。

 

「ああ、おそらく完璧に菊岡さんが手を回しているはずだ、

なので最優先で倒さなくてはいけないのが、ピトとミサキさんという事になる」

「えっと……シノンは?」

 

 その銃士Xの言葉に、シャナは問題無いという風にこう答えた。

 

「あいつの家のセキュリティは俺自身が確認しているから大丈夫だ。

素人が開けられる扉じゃない、それに俺の分身がガードしているからな」

「分身?」

 

 はちまんくんの存在を知らないアチマンは、何の事か分からずシャナにそう尋ねてきた。

 

「ガードロボットみたいなもんだ、まあ心配しないでいい」

「わお、さすがはソレイユね」

「問題はマックスだが……」

 

 そしてシャナは、探るような目で銃士Xを見た。

 

「私は大丈夫です、うちのセキュリティは固いので」

「そうか、それと一応聞くが、BoBへの申し込みの際に、

リアル住所を端末に入力したりしてはいないよな?」

「はい、それは大丈夫です…………あっ、そういう事ですか」

「分かったか?」

「はい、シャナ様はステルベンがあのマントを使って、

他人の入力画面を盗み見たとお考えなのですね」

「そうだ、さすがだな」

 

 そしてシャナは、再びいぶかしげな顔をしているアチマンに、

BoBの申し込みの事について説明した。

 

「なるほど、師匠も確かに個人情報を入力したような事を言っていた」

「師匠とは?」

「ゼクシードだ」

「なるほど……」

 

 銃士Xはそれを聞き、少し胸を熱くした。

例え敵とはいえ、ゼクシードがそういった形で元気でいる事に感動したのだ。

そんな銃士Xの胸のうちを察したのか、シャナは穏やかな顔で銃士Xに言った。

 

「大丈夫だ、俺の知る限り、一、二を争う名医に見てもらってるからな、

ゼクシードの馬鹿は必ず助けるさ」

 

 シャナは清盛の事をそう表現した、とんだツンデレ野郎である。

 

「そんな訳で、とりあえずピト達を倒しに行くぞ」

「はい!」

「了解よ」

 

 三人はそう頷き合うと、即座に行動を開始した。だがピトフーイ&ミサキコンビは、

不利を悟ってソロでいるように見えたシノンの下へと急いでいた。

闇風の位置は更にその遥か先であり、

その為に次のスキャンまで、三人は誰も見付ける事が出来ず、

無駄に時間を消費する事となった。



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第417話 見守る者達

 ここで時間は少し遡る。

 

「また犠牲者が出てしまったか……」

 

 クリスハイトは、ヴァルハラ内のモニターでギャレットの姿が消えたのを見て、

何か手を打たなくてはと思い、その方法を必死に考えていた。

それと同時にヴァルハラ内の反応も気になり、仲間達の様子を注視していた。

最初に反応したのはクラインだった。

 

「お、おい、今キリトの奴、ザザって言わなかったか?」

「うん、そう聞こえたね」

「知ってる人?」

 

 その言葉にエギルも立ち上がった。

 

「おいおいマジかよ、何で今ここであいつらの名前が出てくるんだよ」

 

 その言葉にリズベットとシリカすらきょとんとした。

二人には、ラフィンコフィンの幹部の名前は伝えられていなかった。

事件が終結した以上、極力二人にはこの件について関わらせないように、

ハチマンとキリトとアスナが手を回していた結果である。

ちなみに二人が知っているのは、リーダーであるPoHと、

なんちゃってメンバーのクラディールの名前だけである。

 

「あいつら?」

 

 二人はそう尋ねられ、どうすればいいのか少し迷うそぶりを見せた。

そんな二人にアスナが冷静な声で言った。

 

「話しちゃって大丈夫だよ、二人とも」

 

 その強い口調に、ハチマンの何らかの意向が関わっているのだと推測した二人は、

仲間達にラフィンコフィンの事を説明する事にした。

 

 

 

「殺人ギルドの幹部?」

「ああ、あいつは赤目のザザ、SAOでもああいった感じの見た目だったな。

それにもう一人、ジョニーブラックって奴がいたんだが、

そいつはこの大会には参加してないみたいだな」

「何かただならない雰囲気だった気がするけど、その幹部とキリト君にどんな関係が?」

「ああ、ラフィンコフィン討伐戦で直接ザザとやりあったのがキリトだからな」

「そうなの?」

「ちなみにハチマンがやりあったのがジョニーブラックだ。

もちろんあの二人の圧勝だったがな」

「そんな関係が……」

 

 そして仲間達は、何となく画面の方を見た。

その画面の中のキリトは、怒りに震えているような、それでいて悲しそうな、

そんな複雑な表情をしていた。

 

(キリト君が赤目のザザと直接やりあったのか……それは知らなかったな)

 

 クリスハイトはそう思いつつ、その事でザザが当初の目的を忘れ、

キリトに拘ってくれればこれ以上犠牲者が出ないですむかもと考えていた。

キリトのガードは完璧であり、何かあっても絶対に何も起こらないと断言出来る。

だが先ほどのステルベンの逃げっぷりを見て、

それも期待薄だなとクリスハイトは自重ぎみに考えた。

 

(もうザスカーに頭を下げて、全員の情報を開示してもらうしかないか……

でもそれを待ってたら正直間に合わないんだよなぁ……)

 

 せめて国内企業なら何とでもしてみせるんだが、などと思いつつ、

クリスハイトはこうなったらもう全部バラして、

仲間達に何かいいアイデアを出してもらおうかと考えた。

その瞬間に場が静かになり、クリスハイトは何事かと画面を注視した。

 

「キィィィィィリィィィィィィトォォォォォォ……」

 

 そんなリズベットの怒りの声が部屋中に響き、

画面の中ではキリトがシノンと二人きりで仲良く会話をしていた。

それを見てクリスハイトは今の状況を理解した。

これでは他の者達が静かになるのも無理はない。

そんな中、アスナがスッと立ち上がって言った。

 

「大丈夫だよリズ、あの子が好きなのはハチマン君だから」

「えっ……?」

「ちょっとアスナ、どういう事?」

「確かにラフコフの話題が出てるのに、妙に静かだなとは思ってましたけど」

 

(あ、これはついにアスナさんもカミングアウトする気になったのかな)

 

 そのクリスハイトの予想通り、アスナはテヘッという仕草でこう言った。

 

「ごめん、実はあの子は私の友達なの、本当は私もハチマン君と一緒に、

かなり前からGGOをやってたんだよね」

「「「「「「「「「え、えええええええ!?」」」」」」」」」

 

 どうやらヴァルハラのメンバーの中には、

わざわざ他のゲームの動画を見るような者はほとんどいないらしい。

その中でただ一人、その言葉に反応する者がいた。

 

「もしかしてそれって、GGOの十狼のシズカの事ですか?」

「あ、レコン君は知ってるんだ」

「はい、興味があって前に動画を見た事があるんで」

 

 レコンは少し得意げにそう言った。

 

「じゅうろう?って何?」

「十の狼で十狼です、シャナの下に集う、最強の戦士達の集まりです」

「どこかで聞いたような話だし……」

「うちと同じようなもんか?」

「で、あのシャナってのが予選を見る限りはハチマンなのよね、え~っとつまり……」

 

 そして仲間達は、ついに真実を知った。

 

「えっとつまり、ラフコフの暗躍に気付いたハチマンが、

こそこそとGGOをプレイしているうちに、うっかりカリスマ性を発揮してしまって、

あっちでもうっかり活躍しちゃって、うっかり最強チームを作ったって事?」

「う、うん、まあそんな感じ……」

「十狼を中心とする連合軍は、この前二十倍の敵を相手に戦争をして完勝したんですよ!」

「よ、よく知ってるね、レコン君」

「はい、よく見てたんで!まさかシャナがハチマンさんだなんて、

もしかしてそうかなと思った事くらいはありますけど、

まさか本当にそうだとはびっくりしました!」

「まあ分かる人が見れば丸分かりだったみたいだけどね……」

 

 その直後に誰かの手によって、

別のモニターに突然ベンケイとロザリアの姿が映し出された。

 

「え?」

 

 その直後に画面にシズカが現れ、どこかで聞いた事のあるようなセリフが聞こえた。

 

『これであなたは一度死んだ』

 

「きゃあああああああああああああああああああ!」

 

 そのセリフを聞いた瞬間、

アスナは絶叫してモニターの前に立ちふさがり、わたわたと手を振った。

 

『これであなたは二度死んだ』

 

「ち、ちがうの、この時は怒りに我を忘れていたというか、

確かに途中からノリノリになっちゃったけど、でも絶対にそういうんじゃないの!」

「そういうのって何だ?」

「まあ面白いからほっとこうよ」

 

『これであなたは三度死んだ』

 

「うううううううううう」

 

 アスナはその場で頭を抱えたが、その動画は見応えがあるものだったので、

仲間達は口々にアスナにエールを送った。

 

「よっ、日本一!」

「いや、世界一!」

「アスナ、格好いい!」

「ふえ?そ、そう?」

「全然恥ずかしくないよ、格好いいじゃん」

「や、やっぱり?」

 

 そしてアスナはどうやらその言葉の数々に乗せられたのか、

次のシャナのセリフの後に続いて自らこう言った。

 

『次会った時は容赦しないぞゼクシード。俺はお前を見つける度にお前の頭を撃ちぬく。

俺がいない時は、俺の仲間達が必ずお前を叩き潰す。

それが俺の仲間を侮辱したお前の罪に対する俺からの罰だ。覚悟しておくんだな』

『「今あなたは、一瞬で三度死んだ。もっとも今のはかりそめの死だったけど、

四度目は今度こそ覚悟をしておきなさい!!!!』」

 

 アスナはかつての自分の声に合わせ、まったく同じセリフを言うと、

剣を取り出してドヤ顔で言った。その姿を撮影している者がいた、コマチである。

 

「お義姉ちゃん、格好いい!」

「ありがとうコマチちゃ…………ん?その手に持っている物はなぁに?」

「ゲーム内で使えるビデオカメラだよ、お義姉ちゃん!」

「えっと、それは分かるんだけど、どうしてそれを構えているのかな?」

「後でお兄ちゃんに見せて、その報酬としてお小遣いをもらう為だよお義姉ちゃん!」

「うん、清々しいまでにまったく隠す気が無いんだね」

 

 そしてアスナはカメラを取り上げようとそちらに手を伸ばしたが、

一瞬早くコマチはカメラをストレージにしまった。

 

「むふぅ」

「くっ……」

 

 そしてアスナは能面のような顔になると、画面をコンコンと叩きながら言った。

 

「ちなみにさっき、従者ですとかドヤ顔をしていたベンケイっていうちびっこが、

このコマチちゃんだからね」

 

 そう言われた瞬間、コマチは顔色を変え、アスナに抗議した。

 

「なっ……お義姉ちゃんの裏切り者!」

「ふふん、お義姉ちゃんは義妹に甘いだけのお義姉ちゃんじゃないんだよ」

「くっ……」

 

 そのやり取りを見て、仲間達はコマチに声を掛けた。

 

「何だ、コマチもいたのか」

「身内で固めたって事?」

「他にGGOに参加した奴はいないのか?」

「い、いないのではないかしら」

 

 そう焦ったように言うユキノを見て、仲間達はユキノに疑うような視線を向けた。

その瞬間に動画が切り替わり、画面いっぱいに、

いかにもギャルギャルしたニャンゴローの姿が映し出された。

 

「えっ?」

「このタイミングで映るって事は……え?マジで?」

「違和感がひどい……特に胸の一部が……」

「う、うるさいわね、たまには私がこういう体型になるゲームがあってもいいじゃない!」

「やっぱりそうなんだ……」

「あっ……」

 

 図らずも自らカミングアウトしてしまったユキノは、盛大に頬を赤らめた。

 

「って事はこれが……」

「そう、これがニャンゴロー、こんな奇跡のような見た目のキャラが出来て、

ちょっと調子に乗ってしまったユキノちゃんのGGOでの姿よ」

「ね、姉さん!?」

 

 そこにいたのはソレイユだった。

どうやらタイミングを合わせて動画を再生していたのはソレイユの仕業だったようだ。

 

「さて、お遊びはここまで。クリスハイト、ザスカー社からの回答よ、

推測だけで多くのプレイヤーの個人情報を明かす訳にはいかないってさ。

まああの口ぶりだと、一人くらいの情報なら教えてくれそうだったけどね」

「そうきましたか……さすがはアメリカの企業ですね」

 

 どうやらソレイユはこの状況を見て、自発的にザスカー社に問い合わせをしたようだ。

 

「他に手は無いのかしら、みんな何かいい案は無い?」

「その前に状況が分からないんですが……」

 

 その言葉にソレイユはきょとんとした後、自分が先走りすぎた事に気が付いた。

 

「ごめんごめん、つまりね……」

 

 そしてソレイユは仲間達に、今回の件の真実を語った。

 

「まじかよ……」

「ラフコフのクソどもが……」

「標的は参加者の誰か、今その保護の為に必要なのは、その個人情報って事なんだ」

「残った中で安全が確認出来ているのは、

シャナ、ハチマン、キリト、シノン、ピトフーイ、闇風、薄塩たらこ、銃士Xの七人ね」

 

 シャナは知らなかった事だが、

実は今回闇風と薄塩たらこはソレイユ本社からログインしていた。

バイトが終わった後に、陽乃の好意という名の強制でそうなったのだ。

実は単純に二人の視点から、BoBの様子を同時中継で観戦してみたいと思った為であり、

それが今回は幸いした。そしてその間にも各方面から情報が集まり、

陽乃はステルベン一派が今回の事件の犯人だと推測し、ザスカー社に手を打とうとしたのだ。

残念ながらそれは失敗に終わったのだが。

ちなみにピトフーイと銃士Xは仕事絡みで自宅のセキュリティの固さを把握しており、

シノンに関してははちまんくんに直接尋ねるという荒業を使ったようだ。

 

そして仲間達は必死に知恵を出しあったが、その中に起死回生の案がいくつかあった。

 

『もしSNSをやってたら、その日本支部なりなんなりに問い合わせは出来ないか』

『もし日本製のゲームへのコンバート記録が残っていたら、

そこから問い合わせが出来ないか』

 

 という二点である。だが実は後者は不可能だった。ザ・シードの性質上、

個人情報の収集目的でなんちゃってゲームが作られる事を予想した茅場の手により、

今回のBoBの申し込みのようなケースでも無い限り、

誰がどこからログインしているかの正確な情報を集める事は不可能になっていたからだ。

唯一の例外がALOである。ALOはザ・シード規格に移行する前のデータが残っており、

そこから辿る事は可能なのであった。

それを踏まえてソレイユは、その二つのルートから調査は可能だと判断した。

 

「クリスハイト、ALO経由なら旧サーバーから住所を調べられる可能性がある。

あとはあのすてぃーぶん?ステルベンかしらね、あの犯人に関してだけは、

こちらからザスカー社に緊急という事でIPアドレスの開示を要求するわ。

それで現在の居場所も特定出来るかもしれない。SNSに関してはそちらに任せるわ」

「分かりました、至急調査を開始します」

 

 クリスハイトはそう言うと、指示を出す為にログアウトしていった。

ソレイユも仲間達に別れを告げ、落ちていった。

そして残された仲間達は、祈るような気持ちで画面の中のシャナとキリトに、

心の中でエールを送り続けるのだった。




この程度は斜め上ではありません、
明日の話みたいなのが斜め上と言えるのでしょう。

次回第418話「オペレーションD8」


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第418話 オペレーションD8

2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


 ヴァルハラでの話を終えた後、菊岡は現実へと帰還した。

 

「あっ、菊岡さん、お帰りなさい」

「ただいま、こっちの様子はどう?」

「特に問題ありません」

「まあそうだよね、この場所の事が分かったら、もう人間じゃないしね」

「あのギャレットってプレイヤー、本当に死んだんですか?これってやばくないですか?」

「とはいえ殺害現場がまったく分からないからね……でもまあこれから手は打つよ」

「手、ですか」

 

 ナツキは菊岡の表情を見て、何かいいアイデアでも浮かんだのかと期待した。

 

「さて、それじゃあ仕事だ」

「はい、お手伝いします!」

「あ、いや、君はキリト君を守ってくれればいい、

ここからは人海戦術になるから、とにかく人手を集めてくれ」

「分かりました!」

 

 こうして菊岡は、参加メンバーのSNSを探すというとんでもない仕事に乗り出した。

結果的にペイルライダーが殺される事は防げなかったのだが、

少なくとも遺体を早期発見する役には立つ事となった。

 

「さて、本当はまずいんだけど、新川昌一と金本敦の顔写真をソレイユに……」

 

 

 

 眠りの森からGGOに潜り、怪しい人物がいないか見張っていた薔薇は、

ギャレットがおそらく死亡したのではないかという事態の急変を受け、

急ぎソレイユへと戻っていた。そして薔薇は陽乃に指示を受ける為に社長室に顔を出した。

丁度どこかと英語で連絡をとっていた陽乃は電話を切り、真面目な顔で薔薇に言った。

 

「薔薇ちゃん、戻ってたのね」

「はい、今はGGOにいるよりも、こちらに詰めていた方がいいと判断しました」

「いい判断ね、それじゃあ早速仕事よ、全社内に通達、オペレーションD8を発動」

「D8ですか!?」

「ええそうよ、今がその時だと思わない?」

「……そうですね、分かりました」

 

 そして薔薇は、全社内にアナウンスを流した。

 

『全社員に通達、たった今、オペレーションD8が発動されました。

あなた達分かってるわね、今日は家に帰れないと思いなさい。

各部署ごとに買い出し部隊を編成、速やかに物資を補給しつつ、

次の命令あるまでそこで待機よ!』

 

 その突然のアナウンスに社員達は驚愕した。

 

「先輩、オペレーションD8って……」

「そうだ、お前も入社試験の時に説明を受けたと思うが、

要するに次期社長がピンチの時に、社員が一丸となって動く為のオペレーションだ!

Dはディフェンス、8は言うまでもないな」

「まさかD8が本当に発動されるなんて……」

「何だ、不満か?」

「いえ、次期社長の為に働けるのが嬉しいんです!」

「そうか、よし、早速準備だ!」

「はい!」

 

「D8の発動だ、入り口のシャッターを閉めろ!」

「通常業務は最低限だけ維持して終了しろ!」

「全員どんな指示が出ても直ぐに動けるように支度を整えるんだ!」

 

「まじかよ、今日のデートの約束をキャンセルしないと……」

「おいお前、彼女と付き合い始めたばっかりなんだろ?いいのか?」

「問題ない、次期社長の為ならいくらでも彼女に土下座くらいしてやるさ」

 

「かおりちゃん、D8の発動よ、分かってるわね?」

「は、はい!比企谷の為に、私も自分に出来る役割をしっかりと果たします!」

「いい覚悟ね、とりあえず私達はこのまま買い出しに出るわ!直ぐに準備して!」

「分かりました!」

 

「まずいまずい、アルゴ部長の回線を引っこ抜かないと」

 

 舞衣はその放送を受け、焦った顔で仮眠室でALOにログイン中のアルゴの下へ向かった。

丁度その時、仮眠室の扉が開き、アルゴがのそりと姿を現した。

 

「イヴ、オレっちはもう戻ってるゾ」

 

 その顔を見て一瞬安心したようなそぶりを見せた舞衣は、

表情を引き締めると、アルゴに言った。

 

「部長!大変です、オペレーションD8の発動です!」

「D8?それはまたボスも思い切った事をしたナ」

 

 それで事情を察したアルゴは、驚いた顔でそう言った。

 

「ボスから私への指令は、ザスカーから提供された犯人の接続地域のデータを元に、

人海戦術でネット環境のある店に社員を派遣して捜索に当たらせるので、

そのターゲットとなる店を片っ端からピックアップして各部署に割り振り、

その上で集まってくる情報を分析せよとの事でした。

アルゴ部長には、旧ALOのサーバーから、今回の大会に参加してる者の住所が抜けないか、

調べてみてくれとの事です」

「……それは忙しくなるな、よしイヴ、ダルを呼び出すゾ」

「もう呼び出しました!まもなく到着の予定です!」

「ナイスだイヴ、後で一杯おごるゾ」

 

 丁度その時、陽乃からの直通電話が鳴った。

 

「こちらアルゴ、ボス、話は聞いたぞ」

『そう、それじゃあ早速お願いするわ。

あとイヴちゃんに調べてもらうエリアは千代田区の辺りよ、要するに秋葉原ね』

「まじかよ、よりによってあそこか……」

『大変だと思うけどお願いね』

「了解だぞ、あ、ボス、あそこならメイクイーンに助けを求めてもいいんじゃないカ?」

『そうね……それがいいかもしれない、フェイリスちゃんにはこちらから連絡しておくわ』

「頼んだゾ」

 

 

 

「はい、こちらはメイクイーン・ニャンニャンです、

このお電話はフェイリス・ニャンニャンが承ります」

『あ、フェイリスちゃん?私だけど』

「ニャニャッ!?その声は、ま、魔王様ニャ!?三千年ぶりくらいかニャ?」

『正確には三千と二十四年ぶりだけどね』

「さすがは魔王様ニャ!で、今日はどうしたのかニャ?」

『実は……』

 

 そしてフェイリスはその説明を受け、直ぐに店を閉めた。

 

「フェリスちゃん、いきなりどうしたの?」

「ごめんまゆしい、大至急キョーマを呼びだして欲しいのニャ」

「え?何かあったの?」

「オペレーションD8なのニャ、とにかく一大事なのニャ!」

「う、うん分かった、直ぐに連絡をとるね」

 

 そしてフェイリスは他のメイド達に声を掛けた。

 

「とりあえず他の皆は、今からここにソレイユの社員さん達が大量に来るから、

その人達をアキバ中のネット環境のある店に案内してあげて欲しいのニャ!

といっても一応地図は持参してくれるらしいのニャ、そんな訳で悪いけど頼むニャ!」

 

 

 

「はい、こちら鳳凰院、まゆり、どうした?」

「あ、オカリン?あのね、フェリスちゃんが急いでメイクイーンに来て欲しいんだって」

「メイクイーンに?さっきダルも慌てて飛び出していったが、何かあったのか?」

「それがね、えっと、えっと、八幡さんがピンチらしいのです、

オペレーションD8が発動されたらしいのです」

「何っ?それは一大事だな、分かった、直ぐにそちらに向かう」

 

 そして電話を切った岡部は、傍らにいた紅莉栖に声を掛けた。

 

「クリスティーナ、オペレーションD8だ、

どうやら八幡がピンチらしい、メイクイーンに行くぞ!」

「何それ?でもまあとにかくピンチなのね?分かったわ、急いで行きましょう」

 

 ちなみに凶真は、オペレーションD8がどんなミッションなのか、

まったく理解しないまま行動を開始した事を付け加えておく。

 

 

 

「目的地はアキバだ!各部署ごとに班を作れ!」

「とりあえずメイクイーン・ニャンニャンに移動だ!

そこで各班に一人ずつメイドさんが付いてきてくれるから、

そのメイドさんと話しあって、各班に割り当てられた店を順に回ってくれ!」

「二人の顔写真をまだ持っていない班はあるか!?

くれぐれもミッション達成後、写真の処分を忘れるなよ!」

「警察に呼び止められたら菊岡さんって人の名前を出せ!それで全て問題無いそうだ!」

「相手は殺人犯の可能性が高い、致死性の薬物も所持しているようだ。

各班絶対に無理はするなよ!」

 

 そして三十分後、メイクイーン・ニャンニャンには、

百人以上のソレイユの社員が集まっていた。指揮をとるのは当然薔薇である。

 

「それでは各班ごとに捜索を開始よ!一定時間ごとに必ずここに戻ってきて休憩する事!

休憩時の飲食物はフェイリスさんのご好意でここに持ち込ませてもらってあるから、

みんなフェイリスさんに感謝するように!」

「「「「「「「「「「ありがとうございます!」」」」」」」」」」

 

 社員達は声を揃えてそう言い、フェイリスはどうやらそれに触発されたようだ。

 

「補給の事はこのフェイリス将軍に任せるのニャ!各班の奮戦を期待する!

それでは各班、出撃ニャ!」

「「「「「「「「「「おう!」」」」」」」」」」

 

 フェイリスとこの社員達、どちらもノリノリであった。

その姿を凶真が羨ましそうに見ていたが、

凶真の介入は凶真の服をしっかりと掴んで離さない紅莉栖が完璧に阻止していたのであった。

 

「ぐぬぬ、助手よ、離すのだ!」

「駄目よ、外様が目立っても仕方ないでしょう、私達は予備戦力として大人しく待機よ」

「くっ……せっかくの晴れ舞台が……」

 

 そんな凶真に薔薇が声を掛けた。

 

「ありがとうございます、お二人とも。何かあったらお願いしますね」

「イ、イエスマム!」

 

 凶真は薔薇にそう声を掛けられ、

某作品のドッペルゲンガーよろしく咄嗟に敬礼しながらそう言った。

だが薔薇の色気には勝てなかったようで、その視線はチラチラと薔薇の胸に向けられていた。

そして次の瞬間に、凶真は紅莉栖に思いっきり足を踏まれた。

 

「痛ってえ!」

「岡部、失礼よ」

 

 そう言われて凶真は慌てて薔薇に謝った。

 

「あ……薔薇さんすみません、ついいつもの癖で……」

「いつも?」

 

 紅莉栖はそう言って、凶真に冷たい視線を向けた。

どうやら凶真はソレイユでのバイトの時は、ついつい薔薇の胸を見てしまっているようだ。

そんな二人に薔薇は柔らかい口調でこう言った。

 

「大丈夫よ、そういうのは八幡で慣れてるから」

「やっぱりか、あのムッツリめ!」

「その言葉、思いっきりあんたの頭にも突き刺さってるからね」

 

 こうしてリアルではそれぞれが激しく動き始めたのだった。

 

 

 

 そして時間は元の時系列に戻る。

 

「シノン、どうだった?」

「当たりみたい、キリト君の姿がスキャンに表示されなかったわ」

「そうか……つまりスキャンを盲目的に信じちゃいけないって事になるな」

「そうみたいね」

 

 そしてシノンはキリトに手を貸し、川からキリトを引っ張り上げた。

 

「うう、気持ち悪かった」

「え、どんな風に?」

「なんていうか、リアルで水の中に潜るのと比べると微妙に感覚が違うんだよな、

そこが気持ち悪いというか何というか……」

「なるほど」

 

 シノンは納得したように頷くと、キリトにスキャン結果を説明した。

 

「残っているのは八人ね、シャナ、ハチマン、銃士X、ピトフーイ、ミサキ、

闇風、それに私達二人よ」

「そして多分隠れている可能性があるのがすてぃーぶん、か」

「そうね、その可能性は否定出来ないわ」

「これからどう動くべきだと思う?」

 

 キリトは少し迷うような口調でシノンに尋ねた。

 

「そうね……残っているのは全て身内だけど、その中に殺しの標的がいないとは限らないわ、

だからとりあえず私達の手でとにかく早くに全員倒してしまうべきではないかしらね」

「一応言っておくが、俺は安全な所にいるからな」

「私もはちまんくんが家にいるから多分大丈夫よ」

「はちまんくん?何だそれ?」

「えっと……八幡の分身?」

「…………よく分からないが、まあ分かった。

とりあえずすてぃーぶんに狙われないうちに、全員倒しちまおうって事だな」

「ええ」

「まあ分かりやすくていいんじゃないか?」

「でしょ?」

 

 二人は脳筋っぽくそう結論付けた。

 

「さて、それじゃあ行きましょうか」

「おう」

 

 そしてシノンが地面に置いておいたヘカートIIを持ち上げようと屈んだ瞬間、

その頭の上を銃弾が通過した。

 

「えっ?」

「シノン、危ない!」

 

 キリトはシノンの頭を抑え、無理やりその場に伏せさせた。

 

「今の銃撃はどこから?」

「方向からすると…………いた、あそこだ!」

 

 そのキリトの指の先には死銃がいた、川を挟んで反対側である。

キリトはそれを見て、エリュシデータを抜いた。

 

「いくらでも撃ってこいよ、全部俺が叩き落としてやる」

「お前は変わらないな……」

 

 意外にも死銃はそう声を掛けてきた。そしてキリトは小声でシノンに指示を出した。

 

「おいシノン、そのままあいつを狙えるか?」

「待って、今狙いを…………えっ?そ、そんな……」

「シノン?おいシノン!」

「な、何故あいつがあの銃で私を……」

 

 シノンがスコープ越しに見た、死銃の手に握られていた銃、それは…………黒星だった。




そして最後にぶっこむ所までがワンセット。


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第419話 闇風、一片の悔い無し

(あの銃……?まさか!)

 

 キリトは慌てて目を凝らし、死銃の手に握られている銃をじっと見つめた。

それは確かに映像で何度も見た黒星であった為、キリトは呆然とした。

 

「なっ、何で……」

 

 そのキリトの動揺を見抜いたのか、死銃はキリトに向かってこう言った。

 

「まだ終わってはいない、イッツ、ショータイム」

 

 そして死銃は身を翻し、そのまま一時撤退した。

死銃が完全にいなくなった事を確認したキリトは、あわててシノンに駆け寄った。

 

「おい、おい!」

「何で…………」

 

 そのシノンの様子が普通じゃないと悟ったキリトは、慌ててシノンに声を掛けた。

 

「おいシノン、お前には八幡の分身がついてるんだろ?

だから何も心配する事はない、お前の体は安全だ!」

 

 八幡の名前を聞いた事で落ち着いたのか、シノンの目に光が戻ってきた。

 

「おい、大丈夫か?」

「え、ええ、ごめんなさい、少し動揺してしまったみたい」

「まあ仕方ないさ、まさかあいつがシノンをあの銃で撃とうとするなんて、

思ってもいなかったからな」

「う、うん」

 

 そしてキリトは確認の為にシノンに質問した。

 

「一応聞くけど、今シノンがログインしている場所は安全なのか?」

「ええ、絶対に大丈夫よ、頼りになる相棒もいるしね」

「噂のはちまんくんって奴か……興味があるから今度会わせてくれよ」

「えっ?」

「え……な、何だよ……」

「えっと、八幡以外の男の人を家に入れるのはちょっと……」

「どこか外に連れてきてくれればいいよ!別に家には行かないからな?」

「あ、そういう……そうね、それなら問題無いわ」

 

 シノンは少し元気が出たのか、いつものような強気さが戻ってきたようだ。

そんなシノンにキリトは言った。

 

「でもさっきは黒星を直視したのに、思ったより平気そうだったよな」

「え、そ、そう?」

「確かに命の危険を感じて動揺しているようには見えたが、

あくまで銃はその副産物って感じがしたな」

「あ、確かに……」

「徐々に克服しつつあるのかもしれないな」

 

 そう言いながらキリトはシノンに手を差し出し、シノンはその手を掴んで立ち上がった。

 

「そうだと嬉しいな」

「きっとそうさ、八幡は凄いんだぜ」

「うん、本当にね」

 

 シノンは嬉しそうに頷き、そんなシノンにキリトは移動の提案をした。

 

「よし、あいつが川を渡ってくる前にK-8に移動しようぜ、

この川幅だとそう簡単には渡ってこれないはずだ」

「うん」

 

 そして二人は目的地に向かって走り出した。

 

 

 

 一方シャナ達は、ピトフーイとミサキを倒す為に、

一度目的地でありK-8に到着したものの、その先まで進撃していた。

 

「そろそろあの二人がいると思うんだが……」

「もしかしたら闇風の方へと向かったのでは?」

「ありうるかも、挟撃は避けたいだろうしね」

「そうだな……」

 

 シャナは少し迷いを見せた。もしかしたらキリト達がまもなく到着するかもしれず、

K-8から離れすぎるのは避けたい。そんなシャナの心の中を読んだのか、

アチマンがシャナにこんな提案をしてきた。

 

「シャナ、私が単独で攻める。こうなった以上、私の存在はあまり意味がない」

「お前が単独で二人、もしくは三人相手を?大丈夫なのか?」

「大丈夫、仮に私がここで倒されても状況には大差ない。

シャナは情報交換を優先してここに残るべき」

「それならせめてマックスを……」

「いざという時の連絡役は必要」

「…………そうか、分かった。アチマン、行ってこい」

「むふぅ、妹に姉のいい所を見せるチャンス到来」

 

 そう言ってアチマンは、風のように去っていった。

 

 

 

「ヤミヤミ、出ておいで~!」

「…………」

「付いてきてるのは分かってるわよ」

「…………」

 

 そのころ闇風は、G-6地点まで進軍していた。

ピトフーイとミサキに奇襲を掛ける為にここまで追いかけてきたのだが、

ここに来て何故かピトフーイに気付かれ、先ほどから何度も呼びかけられていた。

 

「何でバレたんだ……」

 

 闇風はそう呟きつつも、見つからないように息を潜め続けていた。

その状況が変わったのは、次のミサキの一言からである。

 

「仕方がないですわね、とりあえず脱ぎますわ」

 

(何っ!?)

 

 その言葉を聞いた闇風は、二人に見つからないように慎重に顔を覗かせ、

単眼鏡でその声が聞こえた方向を見た。

 

(ミサキさんは元々露出の激しい装備をしていたはず。そこから脱ぐという事は……!?)

 

 そしてビルの陰に、一瞬ミサキらしき人影を見た闇風は、

そこに肌色以外の成分を確認出来ず、まさか全裸なのではと驚愕した。

 

(何…………だと…………!?)

 

 しかしそれでも尚、闇風は理性を保っていた。

 

(いやいや、これは明らかに罠だ、

もしかしたら肌色の装備に着替えたのかもしれないじゃないか)

 

 その推測は実は合っていた。さすがに中継されているのに全裸になる事は問題がある。

そんな闇風の心の中を読んだように、ここでミサキが言った。

 

「それではこれから……一枚ずつ服を着ていきますわ」

 

(何…………だと…………!?)

 

「え、ミサキさん、最初に着るのそこ?」

「ここからじゃないと、危ない部分が隠れてしまいますもの、

どうでもいい部分から着ていかないと、闇風さんに失礼ですわぁ」

 

(まじかよミサキ女神様、俺なんかの為にそこまで気を遣って……

これはもう、見ないなんて失礼な事は出来ねえ……)

 

 そう自分に言い訳をした闇風は、チラリと顔を覗かせた。

そこには肌色のビキニアーマーと呼べる装備に手甲だけを着けたミサキの姿があった。

 

(まじかあああああ!やっぱり肌色装備だったのは残念だが、

俺にとっては十分だぜ!女神はここにいた!)

 

 そしてミサキはビルの陰に隠れるように若干横に移動し、

そのせいで闇風も、思わずぐっと身を乗り出す事となった。

その瞬間にどこかから飛来した銃弾に胸の中心を撃ち抜かれ、闇風はどっとその場に倒れた。

 

「はい、一丁あがり~」

「まあこれだけサービスしてあげたのだから、闇風さんも悔いは無いのではないかしら」

 

 二人はそう言いながら闇風の下に近付いてきた。

地面に倒れ伏した闇風は、最後の力を振り絞って二人に話し掛けた。

 

「おいピト、何で俺が近くにいるって分かったんだ?」

「童貞の気配がしたから?」

「ぐはっっっっ…………」

 

 闇風はその言葉で止めを刺されたのか、ピクリとも動かなくなった。

まだわずかにHPゲージは残っていたが、弾がかすっだだけでも全損するレベルであり、

二人に銃を向けられた闇風にはもう成すすべはなかった。

そして闇風は、最後にこう言った。

 

「ミサキさん、俺なんかの為に本当にありがとうございました!」

「いえいえ、それじゃあせめて私の手でイかせてあげますわ」

「感謝します!」

 

 そしてミサキは闇風に止めを刺し、闇風は死体となった。

 

「さて、次は…………」

 

 そう言いながら振り向いたミサキの目が驚愕に見開かれ、

それを見たピトフーイは咄嗟にその場に伏せた。

その瞬間にミサキは蜂の巣になり、その場にドッと倒れた。

闇風にとってはラッキーな事に、ミサキは闇風と重なるように倒れ、

闇風は大会終了までヘヴン状態に置かれる事となった。

 

「行くわよ」

 

 その『男の』声を聞いたピトフーイは、反射的に鬼哭を抜き、振り返った。

 

「くっ……」

 

 その瞬間に自らの目の前に黒い刀身が見え、

ピトフーイは何とかそれを、鬼哭の赤い刃で受け止めた。

 

「ハ、ハチマン……」

 

 その目の前にはアハトレフトを構えたアチマンがいた。

その膂力は凄まじく、STR特化のピトフーイよりも上をいっていた。

それでもピトフーイは意地を見せ、何とかその刃を撥ね返すと、

数メートルほど後ろに跳び退った。

 

「へぇ……」

 

 その動きを見たアチマンは、感心したように言った。

 

「やるじゃない、さすがはシャナの仲間ね」

「その口調……中身は女の子なんだ」

「ええそうよ、それじゃあとりあえず死んでもらおうかしら」

「くっ……」

 

 アチマンの攻撃は、速さと重さがピトフーイの上をいっており、

ピトフーイは一瞬で防戦一方に追い込まれた。

 

「これはシャナの命令?」

「ええ、あなた達を守る為にね」

「ど、どういう事?」

「万が一を避ける為にも、大切な仲間を死銃に撃たせる訳にはいかないからよ、

ちなみに今はどこからログインを?」

「じ、自宅だけど」

「セキュリティは?」

「それは万全」

 

 アチマンはピトフーイの顔をじっと見つめ、頷きながら言った。

 

「そう……でも一応念の為、ここで死んでもらえないかしら、

この大会はもう駄目よ、多分ゴシップの種にされる。

詳しい説明は大会後にシャナがしてくれるわ」

「そういう事なら……でもどうせなら、シャナ自身の手で倒されたいんだけどなぁ」

「ごめんなさい、それじゃあ変わりに私がシャナと交渉して、

大会後にあなたとのデートの約束を取り付けるわ、それでどう?」

「是非それで!むしろありがとう!」

 

 そしてピトフーイは抵抗をやめ、あっさりとアチマンに倒された。



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第420話 合流

 アチマンの戻りを待つ間、シャナはキリトと合流するのに都合のいい場所を探していた。

 

「あのビルが良さそうだが……」

「確かに他から狙撃される恐れも無さそうですね」

「ちょっと上に行ってみるか」

「はい」

 

 確かにそのビルより高い建物はこの小さな街には無く、待ち合わせには最適だと思われた。

 

「よし、下の様子を伺いつつここで待機だ」

「分かりました」

 

 幸いほとんど待つ事も無くキリトとシノンが姿を現し、二人を銃士Xが迎えに行った。

そしてついに、シャナとキリトは再会する事となった。

 

「おい」

「お、おう」

「おうじゃないよ、秘密主義もいい加減にしろ!」

「すまん」

「それじゃあ情報の刷り合わせをするか」

「おう」

 

 そんな二人にシノンがたまらず突っ込んだ。

 

「え、追求も謝罪もそれだけ?」

「ん、何かおかしいか?」

「こんなもんだろ?」

「そ、そう……」

 

 シノンは呆れた顔をすると、この二人にはこれが普通なのだろうと思い、

それ以上二人に突っ込むのをやめた。

 

「俺達の目の前でギャレットが殺された」

「こっちはペイルライダーだ、使われたのは筋弛緩剤のスキサメトニウム。

それとステルベンの奴、姿を消すマントを持ってやがるぞ、まんまと出し抜かれたわ」

「姿を隠すマント?それじゃあもしかして死銃がプレイヤーの住所を知った手段って……」

 

 そのシノンの言葉にシャナは頷いた。

 

「十中八九、BoBの申し込みの時に後ろから覗き見たんだろうな、

単純だが確かに効果的な手口だ」

「……もしかして私の住所も前回のBoBの申し込みの時に見られてた?」

「いや、それは無い。あの時は俺が完璧にガードしていたからな」

「そう……」

 

 シノンは浮かない顔でそう言った。

それを訝しく思ったシャナがその事をシノンに尋ねようとした時、

先にキリトがシャナにこう質問してきた。

 

「ところでさっきステルベンって呼んでたよな、すてぃーぶんじゃないのか?」

「それが同じ綴りのドイツ語で、死を表すステルベンって単語があるらしくてな、

多分そっちなんだろうと思ってそう呼ぶ事に決めた」

「いかにもあいつららしいネーミングだな、そういう事なら今後はそう呼ぶ事にするか」

「おう」

「で、どうする?」

 

 キリトはシャナにそう問いかけ、シャナは難しい顔をした。

 

「今アチマンが残りの三人の討伐に向かってるんだよ、

それで首尾よく三人を倒せれば、ここにいる四人は死銃のターゲットにはなりえないから、

当面の安全は確保される事になるんだよな」

「アチマンって、もう一人のハチマンの事か?」

「おう、まあそういうもんだと思ってくれればいい」

「分かった」

 

 シノンは、物分りが良すぎない?と思いつつも何も突っ込まなかった。

 

「ターゲットにはなりえない、か……」

 

 そしてキリトがそう呟いた。

 

「ん、何かあったのか?」

「さっき私が死銃の黒星に狙われたのよ、シャナ」

 

 キリトの代わりにシノンがシャナにそう説明をした。

 

「…………何だと?浮かない顔はそのせいか」

 

 シャナはその予想外の言葉に面食らった。

 

「キリト、お前、安全な場所からログインしてるよな?」

「ああ、俺は問題ないよ」

「俺もだ、何せゴドフリーがガードしてくれてるからな」

「ゴドフリーが?それなら安心だな、今度俺にも会わせてくれよ」

「ああ、分かった」

「このマックスも、家のセキュリティはかなり固いらしい、シノンもだよな?

それにお前の家にはあいつもいるしな」

「え、ええ、そのはずなんだけど……」

 

 シノンは困ったような顔でそう答えた。

確かに不安ではあるが、さりとて自分の体に危険があるとは思えない。

 

「……とりあえず保留だな」

「そうだな……」

「う、うん」

「シャナ、終わったわよ」

 

 丁度その時アチマンがその場に姿を現した。さすがというか、

どうやら話し合いをするならここしかないだろうと思って自力でたどり着いたらしい。

 

「お前、あの三人相手に勝ったのか?」

「肯定したい所だけど、闇風って人が倒された直後に残りの二人に奇襲を掛けて、

そのまま倒したって感じね」

「それでもよくやったな、これであの三人はもう安全だ」

「ええ」

 

 アチマンはピトフーイの事をどう切り出そうかと迷ったが、

結局全てが終わった後に強引に頼む事に決めたようだ。

そしてシャナとアチマンの会話が終わった頃合いを見て、キリトがシャナにこう尋ねた。

 

「なぁシャナ、そっちはコンバートしたハチマンなんだろ?

中身は誰なんだ?俺の知ってる奴か?」

「秘密よ、でも私はいずれ必ずあなたと戦う事になるから、

その時まで楽しみに待ってて頂戴」

「ほう……っていうか女の子だったのか!」

 

 キリトは驚いたようにそう言った後、ニヤリとした。

 

「それならその時を楽しみに待ってるよ、謎の戦士Xさん」

「ええ、その時までには必ずあなたと戦えるくらいの戦士になってみせるわ」

「おう、頑張ってくれ」

 

 そのやり取りの間にシャナも方針を決めたらしく、五人は今後の事について相談を始めた。

 

「よし……決めたぞ」

「どうするんだ?」

「先ずシノン、マックス、服を脱げ」

「…………えっ?」

「分かりました」

「ちょ、ちょっとイクス!」

 

 シノンは焦ったようにいきなり装備を脱ぎ始めた銃士Xを止めた。

 

「何?」

「何でいきなり脱ごうとするのよ!文句くらい言いなさいよ!」

「シャナ様は別にエロキャラじゃない、そう言うからには必ず理由があるはず」

「それはそうかもだけど……」

 

 そしてシノンは困ったようにチラリとシャナの方を見た。シャナは頷き、銃士Xに言った。

 

「お前もお前で俺を信頼しすぎだ、あと人の話は最後まで聞けよ、

マックスとシノンには装備を交換してもらう。

そしてマックスには隣のビルに移ってもらい、ステルベンを誘い出す囮になってもらう。

これでシノンがあいつに撃たれる可能性は無くなる」

「姿の見えない相手をおびき出すって作戦か」

「私はどうするの?」

「シノンはこのままここで待機だ、可能なら死銃を狙撃しちまえばいい。

ついでにお前には護衛を付ける」

「それは私の役目ね」

 

 察しのいいアチマンが、即座にそう言った。

 

「俺とキリトはこのビルの周囲を警戒だ。まああいつは俺達を避けて、

姿を消したままシノンの所へ向かうだろうけどな。

そうなったらこっちのもんだ、死銃……ステルベンを囲んで確実に仕留める。

この大会は回線を抜かない限りそのままログアウト出来ないからな、

おそらくジョニーブラックは別行動をとっているはずだろうし、

あいつはログアウト出来ないだろうから、そのままここで足止めする。

それなりに時間を稼げばあとは菊岡さんが何とかしてくれるだろう」

 

 そのシャナの言葉に四人は頷いた。

 

「悪いなマックス、お前に一番危険な役目を頼む事になる」

 

 シャナは銃士Xにそう言い、銃士Xは首を振った。

 

「いいえシャナ様、私は以前交わした約束の条件をこの役目をこなす事に変えて頂ければ、

特にその事で不満はありません。それなら私に不利益は無いですから」

「約束?ああ、あれか……分かった、それでいい」

「やった、今回もマックス大勝利!」

 

 突然態度を変え、そう言った銃士Xを見て、シノンはピンときたのだろう、

上目遣いでシャナを見ながら言った。

 

「わ、私もそれで……」

「え、やだよ、お前には最初から何もリスクは無いじゃないかよ、

死銃を倒した後に残った奴らで優勝者を決めればいいんだし」

 

 シャナはそう即答したが、シノンは尚も食い下がった。

 

「そ、それはそうだけど……じ、じゃあこうしましょう、

私がもし優勝したら、イクスと同じ権利を私に頂戴」

 

 シャナは、どうやらシノンは引く気は無いようだと思い、仕方なく頷いた。

 

「…………はぁ、分かった、それでいい」

「やった」

 

 シノンは控えめにそう言い、小さくガッツポーズをした。

 

「話は纏まったか?それじゃあ早速始めようぜ」

 

 キリトは特に何も突っ込む事は無く、淡々とそう言った。

八幡絡みのこんな光景はもう慣れっこのようだ。

そしてシノンと銃士Xは装備を交換した。もちろんシャナとキリトは後ろを向いている。

 

「…………ねぇイクス」

「何?」

「このスカート、ちょっと短くない?」

「シャナ様にパンツを見られる可能性が上がる事に何の不満が?」

 

 その言葉にシノンは、銃士Xはこういう子だったと諦めにも似た気持ちを抱いた。

 

「…………まあいいわ」

「どうせシノンはいつも生足をさらしているのだから、

そこにパンツが加わるくらいどうという事は無い」

「…………そうね」

 

 銃士Xとそれなりに交流を深めてきたシノンは、

どうやら何を言っても無駄だという事をちゃんと学んでいたらしい。

シノンはそれ以上何も言わず、シャナに言った。

 

「準備オーケーよ」

「それじゃあ最後にスキャンへの対応を説明する。

先ずシノンは隣のビルの一階で待機、これはスキャンではどの高さにいるかは分からない為、

スキャン後の移動を早くする為の措置だ。

そして他の者は出来るだけビルから離れ、シノンが一人だという事をアピールする。

スキャンが終わったら他の者は急いでさっき説明した配置についてくれ」

「了解」

 

 キリトは先んじて下におりていった。次のスキャンまでに、

なるべく遠くに離れるつもりなのだろう。

 

「あ、それとマックス」

「はい」

「M82はお前が持っていろ、屋上から顔を覗かせてチラチラとそれをアピールすれば、

その程度の露出ならM82がヘカートIIに見えるだろうし、より信憑性が増すだろう」

「そうですね、それではお借りします」

「頭には帽子を被っておけよ、髪の色でバレちまうからな」

「分かりました」

 

 そして各自が配置に向かう中、シャナは何となくシノンに尋ねた。

 

「そういえば今回、シュピーゲルは出てないんだな、何か聞いてるか?」

「うん、用事があるんだって。

でもシャナがシュピーゲルの事を気にするなんて一体どうしたの?」

「いやな、ゼクシードの奴が妙にシュピーゲルの事を気にしてたんでな、

一緒に頑張ろうって約束したのにあいつはどうしたんだ、だとさ」

「へぇ、ゼクシードがそんな事を?」

「ああ、何度か話した後、一緒にBoBに参加申し込みをしたせいで、

シュピーゲルの事が気に入ったみたいだな、珍しい組み合わせだけどな」

「えっ?」

 

 その言葉にシノンが訝しげな顔をした為、シャナは何だろうと思いシノンに尋ねた。

 

「どうかしたのか?」

「あれ?おかしいな、シュピーゲルは、『用事があるから最初から申し込みをしてない』

って言ってたんだけど……」

「そうなのか?ふむ……とりあえずその話は後だ、とりあえずスキャンが近いから、

先に配置についちまおう」

「そうね、気をつけてね、シャナ」

「お前もドジるなよ、シノン」

 

 こうして次のスキャンを合図に、最後の作戦が開始された。



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第421話 シャナはシュピーゲルを疑う

「あのシノンとかいうスナイパーが一人でいるのか、

罠かもしれないが、恭二の馬鹿の為にも仕方ない、行くか」

 

 次のスキャンが行われた後、ステルベンはあえてシノンの下に赴く事にした。

 

「あと一人、それさえ終われば後はキリトと決着を……」

 

 ステルベンは、そんな彼らしくない言葉を呟きながら目的のビルへと向かった。

シャナの事はむしろ避けていた彼だったが、かつて直接やりあったキリトは、

彼にとっては特別の意味を持つ相手のようだ。

どうやら彼は、自分で思っている以上にまともなゲーマーらしさを残していたらしい。

それに久々に仲間達と一からプレイするVRゲームは、彼にとってはとても楽しかったのだ。

 

 

 

 目的のビルに近付いた時、ステルベンはキリトの姿を見掛け、ギクリとした。

だがキリトはステルベンには気付かず、そのままぶらぶらと辺りを徘徊していた。

 

(罠かもしれないが、この位置なら最初に駆け付けてくるのはおそらくあいつだろう、

シャナの動きも気になるが、それはどうでもいい。

これであいつと決着をつけられる可能性が高まった)

 

 ステルベンはそう考え、剣の備えをしなければならないと思ったのだが、

その為には一度姿を見せる必要がある。メタマテリアル光歪曲迷彩マントは、

一定の効果時間が過ぎるか、攻撃もしくはそれに順ずる行動をするとその効果が切れる。

そして何らかの行動によって、途中で効果が中断された場合のみクールタイムが発生する。

ステルベンはそのリスクを最大限避ける為に、一度別の建物の中に入り、

効果時間が自然消滅した瞬間にアイテムストレージから何かを取り出すと、

それを装備し、再び姿を消した後、移動を開始し、

シノンがいるはずのビルへとためらい無く侵入した。

 

 

 

「くそ、よりによって俺が仲間を危険な目に合わせるような作戦を実行する事になるとはな」

 

 シャナは悔しそうにそう呟きながら、イライラした様子で周囲の警戒を始めた。

そんなシャナの視界で何かが一瞬動いた。

シャナは音を立てないようにそちらに近付くと、そこにはステルベンがおり、

シャナはこれはラッキーだと思って腰に差していたアハトライトを握った。

だが直後に死銃が取り出した物を見て、シャナは硬直してしまい、

そのまま攻撃するタイミングを失い、その間にステルベンは再び姿を消した。

 

「あれは……見間違いか?いや、俺も手伝ったんだ、見間違えるはずはない、

あれはイコマがシュピーゲルの為に作った剣じゃないか……」

 

 ステルベンが取り出したのは、以前シュピーゲルがイコマに頼んで作ってもらった、

宇宙船の装甲板の素材から作られた剣だった。

そしてシャナは、この時初めてシュピーゲルに疑いを持ち、

それ前提で今までの事を考え始めた。少し後に銃士Xが潜むビルの上から銃声が響いたが、

シャナは血を吐く思いでその場から動かなかった。

嫌な予感が止まらなかった為、仲間達を信頼し、自身の思考を優先する事にしたのだった。

 

(すまんマックス、頼むぞキリト)

 

 

 

 銃士Xは、ビルの屋上出口からは死角になる位置におり、

それはその出口から少し歩かないと、銃士Xを銃撃する事は絶対に不可能な位置取りだった。

それを踏まえてシノンとアチマンは、ビルの上で軽く役割分担を決めていた。

 

「もし死銃とキリト君が近接戦になった場合、フレンドリーファイアの恐れがあるから、

私達はとにかく相手のけん制に努める事になるわね」

「私の腕だと出口から脱出されないように火線をそこに集中させるのが精一杯」

「問題無いわ、私の姿は見られてるから、こっちのバレットラインは相手に丸見えだけど、

それ故に出来る事がある。敵本体へのけん制は私に任せて」

 

 そしてしばらく待った後、突然銃士Xが銃撃され、

その直後に隣のビルの屋上に死銃が姿を現した。

 

「来た」

「キリト君とシャナが来るまで敵を逃がさないようにけん制を開始するわ」

「うん、お願いね」

 

 そして身を翻して逃げようとしたステルベンの目の前の、ビル内に入る為の入り口付近に、

アチマンからの猛烈な攻撃が加えられた。

 

(やはり罠か……だがシノンに銃弾は撃ちこんだ)

 

 そう考えてチラリとそちらに視線を向けたステルベンは驚愕した。

瀕死の状態ながらも、そこに立っていたのは服装こそシノンと同じだが、

その顔は別人のものであった。

 

「貴様……銃士X」

「その銃で撃たれても私は死なない、あなた達の計画は破綻した」

 

 その言葉にステルベンの頭の中は灼熱した。そして銃士Xがこちらに銃口を向けた瞬間、

ステルベンはまるで闇風を思わせるような高機動で銃士Xに迫り、

腰に差していた剣で銃士Xを一突きにし、わずかに残っていたHPを全て削り取った。

その直後に屋上に、キリトが姿を現した。

 

「死銃!いや、ザザ!」

「来たか……」

 

 そしてキリトは、銃士Xの死体を見て逆に安心した。

 

「イクスさんの死体はどうやら消えないらしいな、

その銃で撃たれた者には真なる力によって裁きが下るんじゃなかったのか?」

「…………ちっ、シャナの計画か」

 

 そしてステルベンは、その手に持っていた剣でキリトに斬りかかった。

これは敵からの銃撃を避ける狙いもある。

相手がキリトごと自分を銃撃しようとしてきたらアウトだが、

ステルベンはそうはならないだろうと確信していた。

その推測通り、視界にはバレットライン一つ映らず、弾が飛んでくる気配は微塵も無い。

その為ステルベンは、キリトとの戦闘に集中する事が可能となった。

 

 

 

(こいつ、昔より強くなってやがる……)

 

 キリトはステルベンと実際に剣を合わせ、そう感じた。

不謹慎かもしれないが、それで何となく楽しくなってしまったキリトは、

挑発の意味合いも持たせながら、ステルベンに話し掛けた。

 

「お前、俺に負けたのがそんなに悔しかったのか?

前戦った時よりも強くなってるみたいじゃないか」

「…………」

「それに何だよその剣、このエリュシデータで斬れないなんて、とんでもない業物なんだな」

「…………」

「相変わらず無口な奴だな」

「…………戦いに集中しろ」

「なめるなよ、もちろん集中してるさ。その証拠に今は互角にやりあってるだろ?」

「…………チッ、やっぱりお前もあいつも嫌な野郎共だ」

「褒め言葉だと思っておいてやるよ」

 

 二人の激しい戦いは続き、シノンはそろそろ手を出すべきかと考えていたが、

その瞬間に空に信号弾が打ちあがった。

 

「えっ?何?」

 

 シノンはその突然の出来事に訳が分からなかったが、

とりあえずステルベンをけん制しようとヘカートIIに手を掛けた。

だがその手をアチマンが押さえた。

 

「待って、キリトさんの動きが変わった」

「え?」

 

 確かにキリトの攻撃からは、先ほどの激しさが身を潜め、

どちらかというと防御ぎみな動きになっているように見えた。

 

「どういう事?」

「分からない、でもきっと姿を見せないシャナの事と何か関係があるはず。

こちらが介入するのは、次にキリトさんが攻撃に転じた後の方がいいと思う」

「わ、分かったわ」

 

(もう、シャナ、一体どうしちゃったのよ……)

 

 

 

 一方シャナは、まだ考えに没頭していた。

 

(もしかしたらシュピーゲルは、あの剣を店にでも売ったのか?

確かにあいつは剣士ってタイプじゃないからその可能性はある、

それで他のいい装備を揃えるのは強くなる為には有りだな)

 

 シャナは、この事はシュピーゲルが敵である証明にはならないと考えた。

 

(ステルベンが相手の住所を知った手段は分かった。

姿を消して後ろから盗み見る、確かに単純だが効果的だ、

おそらく前回のBoBから準備していたに違いない、

あの時確かに総督府で、あいつらの視線を感じたからな)

 

 その時の事を思い出し、シャナはハッとした。

 

(待て、その直後に俺はシュピーゲル絡みで何かを感じたはずだ、

あれは何だったか……そうだ、確かエヴァ達がいた時、

シュピーゲルから向けられる感情が、総督府で感じたものと一緒だったから……)

 

 そしてシャナはハッとした。

 

(第二回BoBの申し込みの時に、俺はシュピーゲルから暗い感情を向けられた。

だがあの時撮影した中に、シュピーゲルの姿があったか?答えは否だ、

俺もロザリアを手伝ったから分かる、あの中にシュピーゲルはいなかった。

という事は…………)

 

 そしてシャナは、結論に辿り着いた。

 

(サブキャラ、もしくは別キャラでわざわざログインしていたという事だ。

そしてその場には偶然ラフコフの奴らもいた)

 

 だがシャナは、それでもまだ根拠としては弱いと考えていた。

 

(ゼクシードはシュピーゲルの事を何故か親しく感じていた。

それはあいつがゼクシードに親しげに話し掛けていたからだという。

だが戦争の直後、あいつは闇風絡みでゼクシードの事を恨んでいたはずだ、

何がシュピーゲルを変えた?ゼクシードは何と言っていた?)

 

『まあそれ以前にもたまに話す機会があったんだが、先日一緒にBoBに出場を申し込んで、

お互い頑張ろうって約束したからな』

 

『そういえばあいつの勧めでモデルガンも頼んでたんだったわ……』

 

(だがシノンが言うには、シュピーゲルは最初から第三回BoBの申し込みはしていない。

つまりシュピーゲルは、ゼクシードと一緒の時は申し込みをしていない、

そしてゼクシードに、モデルガンの申し込みを薦めた…………

それは多分、ゼクシードの住所を知る為、そして自身の恨みを晴らす為……)

 

 この時点で、シャナはシュピーゲルを黒だと判断するに至った。

 

(偶然も三つ重なれば必然になる。そしてシュピーゲルはシノンのリアル知り合いのはずだ、

そういう事なら、何らかの方法でシノンの家に侵入する手段を知っている可能性がある)

 

 そこまで考えて、シャナはこの場に留まるという選択肢を捨てた。

そしてシャナは、ストレージから信号弾を二つ取り出し、空に打ち上げた。

 

(キリト、信じてるからな!)

 

 そしてシャナは同時にこう叫んだ。

 

「ゴドフリー、俺の回線を抜け!」

 

 そしてシャナはアハトライトを使って自殺し、

その直後にシャナの姿がGGO内から消えた。

その後には、『DISCONNECTION』の文字だけが残される事となった。




シャナがシュピーゲルからの暗い感情を感じたのは、第277、278、281話の事です。
イコマに剣を作ってもらったのは第376話、
ゼクシードにモデルガンを薦めたのは第388話の事になります。


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第422話 最速で向かえ!

(八幡の野郎、一人で時間稼ぎをしろとか無茶を言ってくれるな、

こいつは強くなった、もう昔とは別人だ)

 

 キリトは信号弾が上がるのを見て、時間稼ぎの防御主体の戦術に切り替えた。

 

(だがヴァルハラ・コールを使うくらいだ、きっと何か大変な事態が起こったに決まってる、

ここは俺に任せてお前も頑張れよ、親友)

 

 

 

 ヴァルハラ・コールとは、ヴァルハラ・リゾートで使われている簡易符丁であった。

通常は信号弾ではなく、魔法を空に打ち上げて運用するのが常である。

赤が攻勢に出ろ、緑が守勢に回れ、黄が敵接近中、青が待機、

白が全軍撤退、黒が救援求む、そして紫が、緊急事態発生しばし待て、であった。

そして今上がった信号弾の色は緑と紫、つまり自分は緊急事態で動けないから、

守勢に回ってそのまま待て、といった感じの意味合いになる。

今回それをキリトは、可能な限り時間稼ぎをしろという事だろうと受け取った。

ちなみに通信で済む所を何故わざわざ魔法を信号の変わりに打ち上げるのか、

ヴァルハラのメンバー達がハチマンに尋ねた事がある。

その時のハチマンの答えはこうだった。

 

「こういうのはあえて見せるから意味があるんだよ、

まあこれからしばらくは、敵の様子を観察してみるといい」

 

 その時は丁度、ヴァルハラに敵対するギルドの連合との戦闘直前であり、

数的劣勢に立たされていたヴァルハラに対し、敵は精神的優位に立っていた。

この頃はまだヴァルハラは設立したばかりであり、

実情を知らない者達からは、その実力を懐疑的に見られていた。

ハチマンはこの戦闘の開始からしばらく、守勢に回る事をメンバーに徹底させていた。

そしてタイミングを見て、突然空に炎系の魔法を打ち上げた。

その瞬間にヴァルハラのメンバー達は突如として攻勢に転じ、

その凄まじい戦闘力で、数で勝る敵を蹂躙した。

こんな事を繰り返している間に、ヴァルハラとの戦闘中に赤い光が見えたら、

死を覚悟するようにという噂がどんどん広まっていき、

いつしかその赤い光をハチマンが打ち上げるだけで、

敵が勝手に我先にと逃げ出すようになった。

それでメンバー達は、こういう事だったのかとハチマンの考えを理解するに至ったのである。

 

 

 

(さて……)

 

 キリトは敵の攻撃を防ぎながら、これからどうするか考えた。

そしてキリトが選択したのは、会話をする事だった。

 

「おいザザ、声を変えてあるとはいえ、お前の声を聞いたのは今日が初めてだな」

「…………」

「さっきは喋ったのに今度はだんまりか、

そういや会話担当のジョーはどうしたんだ?」

「…………」

 

 この会話の間も、キリトはザザの激しい攻撃を防ぎ続けていた。

キリトは攻撃面がクローズアップされがちだが、実は防御もかなり上手い。

そうでなければ長くソロで活動する事など出来はしないのだ。

 

(駄目か……いや、こいつは確かに何度も俺に話し掛けているんだ、

何かこいつの琴線に触れる物が必ずあるはず……こんな時、八幡ならどうする……)

 

 そしてキリトは、八幡ならこの短時間で的確に相手の弱点を突くだろうと思い、

八幡がよく言っている事を思い出していた。

 

『なぁハチマン、何でハチマンは相手を煽るのが上手いんだ?』

『ん、そうだな、相手の言葉をよく聞いているからか?』

『それが何で煽る事に繋がるんだよ』

『相手が咄嗟に口に出した事、もしくはその正反対の事が、

相手にとって言われたい、もしくは言われたくない事だからな。

相手の言葉の中に必ずヒントがある、感情的になった時は特にな』

『なるほど』

 

(こいつが口に出した事…………そうか!)

 

 そしてキリトは、その言葉を口に出した。

 

「…………イッツ、ショータイム」

「…………!?」

 

 その言葉を聞いた途端、ステルベンの動きがわずかに鈍ったのをキリトは見逃さなかった。

 

「ショーにしちゃ、随分お粗末だよな、確かゼクなんとかって奴はまだ生きてるんだよな?」

「……あれは他人に任せたからだ」

 

(よし、かかった!)

 

 ステルベンはシュピーゲルの事を他人扱いした。

もはやステルベンの中では、シュピーゲルは身内でも何でもなく、

ただの自我が肥大したお荷物でしかないようだ。

 

「はぁ?他人に任せたからノーカンだってか?お前達が考えた計画なんだろ?

やっぱりお前らは、PoHに見捨てられただけあって、

あいつがいないと満足に何も出来ないんだな」

「俺達は見捨てられてなんかいない!」

 

 ここで初めてステルベンが激高した。

 

「じゃあ何であいつだけが自由を謳歌して、お前らだけ監獄に入れられたんだ?」

「俺達の関係はお前らの友達ごっことは違うからだ、

利用出来るものは何でも利用する、それが俺達ラフィンコフィンだ」

「今回実際に他人を利用しようとして失敗してるじゃないかよ、

お前、言ってる事が支離滅裂だぞ?」

「…………」

 

(よしよし、これでかなり時間が稼げるな)

 

「そもそも何でお前、俺とこうしてガチでやりあってるんだ?

どう考えてもお前らのやり方じゃないだろ、

あのPoHでさえ、お前らを生贄にして、俺とハチマンから逃げ出したんだぞ?」

「違う、ヘッドはお前らから逃げてなんかいねえ!」

「逃げたじゃないかよ、お前らの主観なんかどうでもいいんだよ、

他人から見て確かにあいつは逃げた、そしてその後こそこそと隠れ続けた、

それが客観的に見た、絶対的な真実だ」

「他人からどう見えるかは関係ない!」

「はぁ?お前らが今やっている事も、他人がそれをPKだと認識しなければ、

ただの薄汚い殺人じゃないかよ、どの口がそう言うんだ?」

「うるさい、うるさい!」

 

 ステルベンはわなわなと震え出し、一時的にその動きを止めた。

 

(このままもう少し引っ張れそうだな)

 

 だがそのキリトの考えとは裏腹に、ステルベンは突然キリトに襲い掛かってきた。

その速度は先ほどよりも上がっており、キリトは自分の失敗を悟った。

 

(しまった、煽りすぎた……すまん八幡、あまり時間は稼げないかもしれん)

 

 そしてキリトは、今度こそ全力でステルベンを迎え撃つ事を決めた。

 

 

 

「ふう……」

「参謀!言われた通り回線を抜きましたぞ!」

「よくやったゴドフリー、ところで今日は銃は持ってきているのか?」

「へ?」

 

 そのいきなりの言葉に自由はきょとんとした後、ばつが悪そうに言った。

 

「さすがにそんな事をしたら、儂でも一発でクビになってしまいます…………」

「わ、悪い、だよな……今のは忘れてくれ」

 

 そして八幡は、自由に少し待っていてもらうように言い、

今の状況を確認しようと、各方面に電話を掛ける事にした。

 

「小猫、今どこだ?」

「アキバよ、ザザの本体を捜索中」

「さすがだな、もうそこまで掴んだのか……で、手は足りているのか?」

 

 八幡は、アキバでネット環境がある店の数を考え、心配そうにそう言った。

 

「オペレーションD8が発動されているから大丈夫よ、

今は社員をほぼ全員動員して、ローラー作戦を展開しているわ」

 

 その言葉に八幡は固まった。

 

「……………………は?あれってただのギャグじゃなかったのか?」

「そんな訳無いじゃない、発動された時にどうするか、マニュアルもちゃんとあるし、

社員は必ず週に一度は確認するように義務付けられているのよ?」

「まじかよ……全然知らなかったわ」

「そんな事より中継を見ていたわよ、何でいきなり自殺なんかしたの?」

「おう、それだ、詩乃が危ないかもしれん、俺は今すぐ詩乃の家に向かう」

「えっ、どういう事?」

「説明は後だ、とにかくそういう事なら問題無い、そっちの事は頼むぞ」

 

 そしてその後、八幡は菊岡に連絡をとった。

 

「おい腹黒眼鏡、ちゃんと仕事はしているか?」

「ちょ、ちょっと!いきなり何て事を言うの!

今はSNS関連から辿って被害者の情報を国内の各企業に開示させている所。

ペイルライダーはまだだけど、ギャレットについてはもう死亡が確認済かな」

「…………くそっ」

 

 八幡はそれを聞き、悔しそうにそう毒づいた。

 

「気持ちは分かるけど、あれはどうしようもなかったよ、

それより今後の事だ、BoBから離脱したのは知ってるけど、何があったんだい?」

「もう一人ターゲットにされている可能性がある奴がいるので、

今からそいつを助けに向かいます、菊岡さんの手駒で直ぐに動ける人はいますか?」

「ふむ、今どこだい?」

「眠りの森です」

「やっぱりそこか、もしかしらたと思って、

バックアップ要因として黒川君をそちらに派遣済だ、彼女を自由に使ってくれ」

「ありがとうございます」

 

 丁度その時茉莉が歩いてくるのが見え、八幡は電話を切ると、

自由を伴い茉莉の下へと走った。

 

「あ、八幡君!」

 

 こちらに手を振ろうと片手を上げた茉莉のその手を、

八幡はそのまましっかりと握ると、そのままキットに向かって走り出した。

 

「きゃっ……え?え?何?もしかして愛の告白?」

「何言ってるんですか黒川さん、一緒に来て下さい、緊急事態です」

「…………分かったわ」

「行くぞゴドフリー!」

「了解!」

「あれ、もしかしてそちらは相模警視正?知り合いなの?」

「「仲間だ」」

 

 二人はそう言いながら黒川に親指を立て、そのままキットに滑り込んだ。

 

「キット、詩乃の家まで最速で向かえ、緊急事態だ」

『分かりました、私の持つ機能を総動員して、一番早く着くルートを選択します』

「仲間の命が危ないかもしれないんだ、頼む」

『多少無茶をします、しっかり捕まっていて下さい』

 

 助手席に座った茉莉は、キットに驚きつつも、大人しく八幡からの説明を待つ事にした。

 

「キット、行け」

『分かりました』

「あっ、ちょっと待って、今シートベルトを……」

 

 その瞬間にキットは急発進し、茉莉は八幡に抱き付く格好となった。

 

「きゃっ……ご、ごめんなさい」

「いえ、急がせてしまってすみません、このお礼は必ずします」

 

 茉莉はそう言われ、思ったよりガッシリとしつつも、

同僚達とは違って洗練された雰囲気を持つ八幡に少しときめいたのか、無意識にこう言った。

 

「そ、それじゃあ合コンのセッティングを……」

「え?ま、まじですか?……分かりました、何人くらい連れていけばいいですか?」

「あ……合計三人くらい?」

「分かりました、あと二人は何とかしますけど、

メンバーについてはあまり期待しないで下さいね、

何せまだ大学生くらいの奴らばっかりになると思うんで」

「う、うん、楽しければ気にしないわ」

 

(わ、私は今、何を言ってしまったのかしら……)

 

 茉莉はそう思いつつも体を起こしてシートベルトを締め、

その間もキットはリアルタイムで交通状況を把握しながら効率の良いルートを進んでいた。

直線はまだ良かったのだが、キットは限界までコーナーを攻めていた。

だがさすがは鍛えられているだけの事はあり、内臓をGに攪拌されながらも、

三人はそのキットの運転に耐え、目的地へと着々と近付いていった。

 

 

 

 櫛稲田優里奈はその日、買い物に出ていた。

 

「今日はいい天気だなぁ……」

 

 優里奈は小高い丘のコーナー付近に差しかかり、空を見上げながらそう言った。

そこに車のエンジン音が近付いてきた為、優里奈は何となくそちらを眺めた。

 

(うわ、凄いスピード、ちゃんと曲がりきれるのかしら)

 

 そう思った優里奈の目に、日頃お世話になっている自由の姿が目に映った。

 

「あ、あれ?相模のおじ様?」

 

 優里奈は思わずそう口に出し、そのまま運転席を見た。

そこには優里奈より少し年上に見える、真剣な表情をする青年が乗っており、

その横顔から、優里奈は何故か目が離せなかった。

そして優里奈の心配をよそに、キットは難なくコーナーをクリアした。

 

(危ないからやめた方がいいと思うけど、でも凄いなぁ……

それにしても相模のおじ様、随分急いでたみたいだけど何かあったのかな……)

 

 櫛稲田優里奈の兄はSAOの犠牲者であった。

兄をSAOで失った後、両親も事故で失った彼女は、

兄の直属上司であった相模自由に何かと面倒を見てもらっており、

先ほどの件も、今度会った時に尋ねてみようと考えていた。

 

「それにしてもあの人……」

 

 優里奈は何故か八幡の事が頭から離れず、その理由が自分でも分からなかった。

 

「まあいっか、どうしても気になるようだったら、今度おじ様に紹介してもらえばいいし」

 

 優里奈はそう考え、去っていった自由達に向けて、心の中で呟いた。

 

(何があったのかは分からないけど、きっと何か急ぐ理由があるんだね、頑張って)

 

 そう言いながら優里奈は再び空を見上げたのだった。




クライマックス前にまさかの新キャラ登場!
そして栗林ちゃんの登場フラグが……(後日談のプチ予告


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第423話 何度でも

(こいつの攻撃は、アスナを彷彿とさせるな……)

 

 キリトは敵の攻撃を防ぎながらそんな事を考えていた。

ステルベンの攻撃はどんどん激しさを増し、さながら剣の嵐のようだった。

 

(それだけに…………惜しい)

 

 SAO時代に、このクラスの剣士がもう一人いてくれたら、

攻略がどれほど楽になっただろうか。

キリトはそんなとりとめのない事を考えながら、相手の攻撃が切れるのを待っていた。

だが敵の攻撃の切れ目はまったく訪れず、キリトの全身には細かい傷が段々と増えていった。

そしてキリトは、せめて一瞬でも敵の足を止められればと思い、チラリと隣のビルを見た。

 

 

 

「キリト君、中々攻撃に転じないわね」

「う………ん」

 

 シノンの言葉に、アチマンはそう曖昧に答えた。

先ほどまであの二人は何か話しており、一瞬攻撃が止んだかと思ったらまた再開された。

その後からのキリトは、野球の素振りに例えると、

渾身の力を込めてバットを振ろうとはするのだが、

何故かその直前で何度もバットを止めているような、そんな風に見えた。

 

(それにあのステルベンの攻撃……)

 

「……まるでシズカみたい」

 

 隣でシノンがボソっとそう言った。

そうなのだ、あの切れ目の無い恐ろしいまでの突きの連続攻撃は、

GGOに来る事が決まった時に参考として見た、

あのシズカという女剣士の攻撃とそっくりなのだ。

 

「そうか…………」

「どうしたの?」

 

 この時アチマンは、敵の攻撃がおそらく想像以上に激しい為、

このままだとジリ貧になると考えたキリトが、

攻勢に出ようとしているにも関わらず、そのタイミングが掴めないのではと考えた。

実はその推理は正しかった。普段キリトの使っている武器は、基本幅広の剣が多く、

その剣の形状、全てを生かして相手の攻撃を受け流し、

そこから反撃に転じるのが常なのだが、今回は条件が悪すぎた。

輝光剣は確かに何でも斬れるが、その形状は太いレイピアのようなものであり、

キリトはそういった形の剣の扱いに慣れてはいなかった。

その上エネルギー切れの問題もあり、最終的にはキリトが勝つかもしれないが、

そこまで戦闘を引っ張るのは、賭けの要素が強すぎた。

あるいはシノンが、キリトに輝光剣による遠隔攻撃のやり方を教えていれば、

また違った結果になっていたかもしれないが、

シノンはその事をキリトに伝えてはいなかった、否、

正式なカゲミツGシリーズを所持している訳ではなかった為、

その事に思い当たらなかったというのが正解だった。

 

「……シノンさん、そろそろけん制しよう」

「何か気付いたの?」

「あれは多分、攻めたくても攻められないんだと思う。

多分相手の力量が、こちらの想定の上を行っていたのね」

「なるほど……」

 

 シノンはそう言われ、キリトの様子を集中して観察した。

そしてシノンはキリトがこちらにチラリと視線を向けたのを見た。

その瞬間にアチマンが叫んだ。

 

「今よ!」

「ええ、そうみたいね」

 

 そしてシノンは静かにヘカートIIのトリガーに指をかけた。

 

 

 

「っ!?」

 

 キリトは、ステルベンが何かに驚いたような息遣いを発し、

その攻撃の手が一瞬止まったのを見逃さず、攻勢に転じた。

 

(シノンが何かやったな、おそらく敵の体にバレットラインを当てたのか……

確かにこのゲームに慣れちまってる奴ほど、体が勝手に回避しようと動いちまうだろうしな)

 

 この状況で実際に弾を撃ったら、フレンドリーファイアの可能性が否定出来ない、

それほど二人は速く動いていたからだ。

なのでシノンは、ステルベンに自分の姿が見られた事を逆手にとり、

バレットラインのみを飛ばす事で、ステルベンの足を止める事に成功した。

そしてその幻の銃弾、ファントム・バレットによって、戦闘の形勢は逆転した。

 

「くっ……」

「もう主導権は渡さないからな」

 

 キリトはそう言い放つと、息もつかせぬ連続攻撃をステルベンに向けて放った。

それでキリトは、とある事に気が付いた。

 

(こいつ……実は防御がそれほど得意じゃないのか?)

 

 ヴァルハラのメンバーは、仲間内で常に攻防の研鑽を怠らない。

防御の練習をするには、そういった強い仲間の存在が必要不可欠であった。

そしてそういった存在は、ステルベンにはいない。

攻撃の練習はいくらでも出来るが、防御の練習には仲間が必要なのだ。

 

「仲間がいないから防御の練習が出来なかったんだな、哀れな奴」

「チッ……」

 

 その言葉は確かにステルベンの痛いところを突いたのだろう、

ステルベンは舌打ちし、キリトから距離をとろうと思い切って後ろに飛び退った。

そうする事で、シノンから狙撃される可能性も確かに増えるのだが、

シノンから放たれるバレットラインはこちらには見えている。

そう考えて安心していたステルベンの足元に、ギィン!という音と共に、銃弾が着弾した。

 

「何っ!?」

 

 ステルベンはもう一人のプレイヤーの存在を忘れていた。

今は中身こそ違うのだろうが、それはかつて彼らの道を阻んだあの男と同一キャラなのだ。

そして隣のビルに、その男がいるのをステルベンは確かに見た。

 

「ハチマンんんんんんん!!」

 

 ステルベンの呪詛の声がアチマンに飛ぶ。

だがアチマンは意に介さず、再びステルベンを攻撃しようとバレットラインを飛ばした。

シノンも同様に、再びファントム・バレットを飛ばす。

そしてステルベンは覚悟を決め、狙撃を回避する為に再び前へ出て、

最後の力を振り絞り、キリトに斬りかかった。

 

「お前らさえいなければ!」

「例えどこでだろうと、俺とハチマンが必ずお前らの前に立ちふさがるさ、

何度でも…………なぁ!」

 

 そしてキリトはハチマンばりの踏み込みから、渾身のカウンターを放ち、

ステルベンを棒立ちにさせると、そのままステルベンの胴を真っ二つにした。

その攻撃によって二つに分かれたステルベンは、そのまま地面にどっと倒れた。

それでもステルベンの視線は尚もキリトから離れず、

キリトも真っ直ぐにそれを見返したまま視線を外さなかった。

 

「…………お前も俺達と同じ人殺しだ」

「言われなくても俺もハチマンも、その事は一生忘れないさ、

だが必要以上に意識したりはしないで、その罪を自覚しながらも普通に生きていくつもりだ」

「…………まだ終わってはいない、いつかあの人が…………」

「PoHの事か?そうだな、その時はまた俺達が今みたいに蹴散らしてやるさ」

「…………チッ、クソ野郎共め」

「褒め言葉だと思っておくよ、さよならだな、ザザ」

 

 その最後の言葉には何も答えず、DEADの文字が表示され、

ステルベンは物言わぬ死体となった。

 

「よし!」

 

 キリトは小さくガッツポーズし、隣のビルの屋上を見た。

そこではアチマンとシノンが抱きあって喜んでおり、

そのアチマンのくねくねした女性らしい仕草を見て、

キリトはとても微妙な気持ちになった。

 

「もしかしてこの大会が終わったら、

ハチマンの身にオカマ疑惑が浮上するんじゃないのか……?」

 

 その言葉は現実となり、ALOではまことしやかにそんな噂が流れる事となった。

その噂の発生源は、以前敵対した反ヴァルハラギルド連合だったのだが、

後日その連合は、怒りに身を任せたハチマン率いるヴァルハラの手により壊滅する事となる。

 

 

 

「やった、キリト君の勝利よ!」

「まあ当然よね」

 

 そう言いながらもアチマンは嬉しそうで、二人は自然に抱き合い、勝利を喜んだ。

だがシノンはその途中で我に返った。何せ相手は以前銃士Xと共に目撃され、

動画も沢山残っている有名な存在なのである。

 

「あっ、まずい」

「どうしたの?」

「このままだと、ハチマンがナンパキャラとして認識されちゃう」

「…………ああ!」

 

 遅まきながらその事に気付いたアチマンも、ぱっとシノンから離れた。

 

「さすがにそれは怒られる……」

 

 だがもう遅かった。この様子は当然中継されており、

ALOのハチマンはオカマのナンパ野郎という評判が、一部の間で広がる事となる。

ちなみにこの大会後、ログインが減るシャナに代わってその噂を払拭するのは、

G女連を中心とする親シャナ連合ギルドの面々であった。

G女連に嫌われたらGGOでは生きていけない、それは絶対的な真理なのである。

ちなみに一つ幸いした事がある。それは今のシノンが銃士Xの姿をしている事であった。

その為それほどハチマンに興味の無い一般プレイヤーには、

かつて戦争の後一緒にいた銃士Xと今のシノンが混同され、

それほど大した噂にはならなかったのだった。

 

「さて、どうする?」

「私はここで退場しておくわ、途中でキャラの中身が入れ替わるっていう反則をしてるしね」

「そっか………ねぇ、またいつか会えるかな?」

「あなたがもしALOをプレイするならば、いつか必ず」

 

 そのアチマンの答えにシノンは嬉しそうな顔をした。

 

「そっか……うん、それなら大丈夫、私、ALOをプレイするつもりだから!」

「それじゃあその時を楽しみにしておくわ、またね、シノン」

「うん、またね、えっと、アチマン」

「ちなみにその時、私の名前は変わっていると思うけどね」

「えっ、そうなの?何て名前?」

「ふふっ、内緒。探してみて」

「あっ、ちょっと!」

 

 そしてアチマンは自分の体を銃で撃ち抜き、そのまま物言わぬ死体となった。

 

「まあいいわ、楽しみにしておくね、アチマン」

 

 そう言ってシノンは、キリトと合流する為にビルの下へと降りていった。

 

 

 

 シノンはビルを下り、直ぐにキリトの姿を見つけた。

 

「キリト君!」

「お、おう………なぁシノン、これって………」

 

 キリトは何か地面を眺めており、シノンは訝しげに聞き返した。

 

「どうしたの?」

「…………これ」

「え?………こ、これって」

 

 そこには、誰かがここで倒れた証として、『DISCONNECTION』

の文字が躍っていた。

 

「嘘………まさか、まさか……」

「十中八九シャナだろうな」

 

 その判断は当然であった。他に該当するプレイヤーはいないのだ。

 

「まさか、シャナが…………死?」

 

 シノンはその自分の呟きに、目の前が真っ暗になった。

 

「違う違う、それは無い、それは無いって、落ち着けシノン、あいつは絶対に生きている」

 

 キリトはそんなシノンを慌てて宥めた。

 

「……本当に?」

「もちろんだ、俺もそこはまったく疑っていない、

俺が考えていたのはそっちじゃなく、別の事なんだ」

「別の事?」

 

 シノンは少し安心したのか、落ち着いた様子でキリトにそう聞き返した。

 

「そうだ、これは多分、シャナが自分から回線を抜くように指示なり何なりして、

この場から離脱したって証だ。そうしない限り、リアルで自由に動けないはずだからな」

「あ、う、うん、そうかも」

「で、その理由は何だ?」

「えっと……ト、トイレとか?」

 

 キリトはそんなシノンをジト目で見た。

 

「じょ、冗談よ、えっと……」

 

 シノンはそう言ったきり押し黙った。何も思いつかなかったからだ。

 

「多分だけど、あいつがここまで必死になるのは誰かを守ろうとする時だから、

多分今回もそうなんじゃないかな」

「誰かを?誰かって誰?」

「この中にいたら、リアルが今どうなっているかなんて誰にも分からない、

だから多分、ここで掴んだ情報によってあいつは動いているはずなんだ」

「ここで掴んだ情報……」

 

 シノンはその言葉に首を傾げた。

 

「分からないか?お前がここで死銃に撃たれそうになっただろ?多分あれだと思うんだよ」

「えっ?」

 

 シノンはその言葉に目の前が真っ暗になった。

 

「で、でも、あれは大丈夫って話だったんじゃ」

「確かに護衛がついているなら可能性は低い、だからもしかしたら違う理由かもしれない。

でも例え今現在、シノンの家の中に犯人がいなくても、

例えば宅配の人間を装ってドアを開けさせたりとかの可能性はある」

「まあ、それは確かに……」

「なのでその為にあいつがシノンを迎えに向かった可能性もあるだろうし、

とりあえず落ちたら警戒して、あいつに連絡をとった方がいいと思うんだよ」

「うん、分かった、必ずそうするね」

 

 シノンはそのアドバイスを素直に受ける事にした。

それに加えて内心では、これでまた八幡に会う口実が出来たと喜んでもいた。

シノンは線が細そうに見えて、中々タフなのであった。

 

「さて、後は大会の結果をどうするかだが」

「もう同時優勝でいいんじゃない?お土産グレネードって知ってる?」

「聞いた事はあるな、死ぬ直前にグレネードを投げて、道連れにするんだったか?」

「うん、まあそんな感じ」

「俺ももう疲れたしそれでオーケーだ、で、アチマンは?」

「彼女は……」

 

 シノンはそう尋ねられ、アチマンの言葉をキリトに伝えた。

 

「そうか、ALOでまたいつか、か」

「結局中身は誰だったんだろうね」

「少なくともヴァルハラのメンバー以外で該当する人物に心当たりは無いが、

まあそのうち会えるってなら、その時を楽しみにしておこうぜ」

「うん!」

 

 そして二人はグレネードを手に持ち、笑いながら再会を誓い合った。

 

「次に会う時はALOだな、待ってるからな」

「うん、この大会で優勝したらALOを始めるって約束してあるから、必ず行くわ」

「約束?誰とだ?」

「フカちゃんと」

「そうなのか、それじゃあ待ってるよ、シノン」

「その時は宜しくね、副団長様」

 

 そして二人は笑いながら爆散し、ここに第三回BoBの、二人同時優勝が決まった。



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第424話 絶叫する観客達

「まじかああああああああああ!」

「ピトフーイ&ミサキの最凶コンビがここで落ちるとは!」

「やっぱりALOのハチマンって強いんだな……」

「いやいや、今のは明らかにピトフーイの自殺みたいなもんだろ!」

「妙に回線落ちする奴が多いし、今回の大会はどうなってるんだよ……」

 

 第三回BoBの優勝者当ての賭けは、荒れに荒れていた。

闇風が倒された直後に、ピトフーイ、ミサキの二人が、一瞬でハチマンに倒されたからだ。

しかもピトフーイに至っては、無抵抗でやられたように見え、

それが参加者達を荒れさせる一因になっていた。

 

「それにしてもよ、ギャレットとペイルライダーは一体どうしちまったんだ?」

「ずっと回線落ちのままだよな」

「あのすてぃーぶんって奴が何かしてんのか?」

「運営、不正はちゃんとチェックしろよ!」

 

 実は今回の大会は、途中から中継カメラの音声を拾う感度が大幅に下げられていた。

これは日本政府とザスカーの間で高度な取引が成された為だった。

要は、ザスカーが情報公開請求を突っぱねたせいで日本政府が本気を出し、

そうしないとザスカー社の対応がまずかったせいで死者が出たのだと公開すると、

各方面から圧力をかけたおかげであった。ザスカー社もさすがに、

その時指摘されたBoBの個人情報入力システムの危険さに気付いたのか、

この件を秘密裏に解決する為に急に協力的になり、

そこからペイルライダーの住所も割れ、一気に事件の捜査が進む事となった。

これはある意味SNSで色々発信していたギャレットの功績である。

彼の死体がいち早く発見されたおかげで、このような展開になったからだ。

 

「残るは六人か、これはどうなっちまうんだろうな……」

「こうなると、チーム力の勝負になるんじゃないか?」

「そうなると一番有利なのはシャナ達って事になるよな」

 

 その直後にすてぃーぶん以外の五人が集結し、観客達は戸惑った。

 

「おいおい、これってどうなってるんだ?」

「戦う気配がまったく無いな」

「すてぃーぶん対策なんだろうが、ちょっと過剰すぎないか?」

「う~ん……」

 

 そしてシノンと銃士Xが物陰に隠れた後、服を交換して出てきた時、

観客達からは一斉に怒号が浴びせられた。

 

「どうして肝心な場面を映さないんだよ!クソ運営!」

「今のが今日のクライマックスだろ!空気読め!」

 

 そして五人は熱心に話し合った後、それぞれ動き始め、

観客達はこれでやっと大会が動くと画面に注目した。その直後にそれは起こった。

 

「…………え?」

「銃士Xちゃんが撃たれたぞ、どういう事だ!?」

「俺、ハッキリこの目で見たぞ、あいつ、何も無い空間からいきなり姿を現しやがった!」

「もしかしてあのマントの力か?」

「何だよあのマント、おい、誰かあのマントについて知ってる奴はいないか?」

 

 これだけ多くのプレイヤーがいたら、さすがに情報も集まってくる。

そして観客達の多くが、この時初めてメタマテリアル光迷彩マントの存在を知った。

 

「そういう事か、あれを警戒してシャナ達は組んだんだな」

「なるほどな、とりあえずあのチートアイテム持ちの排除を優先させたんだな」

 

 ちなみにメタマテリアル光迷彩マントは、

この大会の直後に運営の手によってアイテムの存在自体が削除される事となる。

そしてその直後にキリトがビルの屋上に姿を現した。

 

「おい、あいつ……」

「もしかしたらALOのキリトじゃないかって言われてる奴だな」

「あの剣技、間違いないだろ!」

「こりゃあ、相手のすてぃーぶんって奴は瞬殺だな」

 

 だが観客達の予想を覆し、ステルベンはキリト相手に互角の戦いを繰り広げた。

 

「………あれ?」

「おいおい、GGOで何故剣同士の戦いが行われているかはさて置き、何か凄くね?」

「キリトってあのキリトだろ?黒の剣士の。それと互角ってやばくないか?」

「あんな強い奴が今まで無名だったなんてな」

「いや、それを言ったらシャナだってそうだっただろ」

 

 一方シャナを映すカメラを見ていた者達は、

シャナが考え込むだけで、何故か動こうとしないのを訝しく思っていた。

 

「シャナは何をやっているんだ?」

「随分考え込んでるな」

「まさか漁夫の利を狙っているとか?」

「シャナに限ってそれは無い無い」

 

 そんな観客達の前でシャナがスッと立ち上がった。

 

「お、ついに動くか?」

「何か操作してるみたいだけど……」

 

 そしてシャナは、空に向かって取り出した信号弾を打ち上げた。

 

「えっ?」

「何?」

「おい、誰かあれの意味が分かる奴はいないか?」

「源氏軍の生き残り、いたらあれの意味を説明してくれ!」

 

 そんな喧騒に包まれた観客達の耳に、もう一発銃声が響き、

観客達は何事かとモニターへと視線を戻した。

そこには地面に倒れるシャナの姿があり、その手には銃が握られていた。

 

「…………え?」

「今何があった?」

「見てた奴、誰か説明してくれ!」

 

 どうやら呆然としていたのか、説明を求められてやっと我に返ったらしく、

その質問に、一部のモニターを見ていた者達がやっと答えた。

 

「シ……シャナが自殺したぞ!」

「えっ?」

「な、何でだよ!意味が分からないぞ!」

「しかもまた回線切断されてやがる……」

「今回の大会はどうなってるんだああああああああ!」

 

 この時の観客達の絶叫は、遥か遠くにある世界樹要塞まで届いたとか届かなかったとか。

そして次の絶叫タイムが訪れた。キリトとステルベンの激しい戦いが決着した後、

別カメラに映っていたハチマンがシャナと同じく自殺したのだ。

 

「こ、今度はハチマンだ!」

「もう本当に勘弁してくれ、意味が分からないぞ!」

「誰か、誰か事情の分かる奴はいないのか!?」

 

 最後の絶叫タイムは優勝者決定の瞬間であった。

 

「さて、意味が分からなかった大会もこれで決着か……」

「どっちが勝つんだろうな」

 

 そんな観客達の目の前で、二人は笑い合っていた。

これからどうなるのかと全員が注目した時、二人の手からコロンと何かが滑り落ち、

直後にモニターは轟音と共に光に包まれた。そしてそれを見た全員の目が点になった。

 

「………………あ?」

「………………い?」

「………………う?」

「………………え?」

 

 そして公式アナウンスのファンファーレが鳴り響き、宙にこんな文字が表示された。

 

『第三回バレット・オブ・バレッツ、優勝者、キリト&シノン』

 

「「「「「「「「「「おおおおおおおおおお!?」」」」」」」」」」

 

 そして観客達は、何が起こったのかを悟った。

 

「まじかよ、お土産グレネードかよ!」

「まあ確かにあの戦いを乗り越えた後でやり合う気にはならなかったかもだけどよ!」

「よっしゃあ、大穴来たぜえ!」

「くっそ、くっそ!」

「何だこの結末はあああああああああああああ!」

 

 最後の観客のセリフが、端的に観客全員の気持ちを現していた。

その直後に観客達は、やれやれといった感じで解散し始めた。

 

「まあシャナに何か考えがあったんだろ、今回ばかりは仕方ないな」

「そうそう、色々とおかしかったしな」

「畜生、今度こそ本気のシャナの戦いが見てみたいぜ!」

 

 観客達は、シャナがやる事なら仕方ないと、今回の件について思ったようだ。

そもそも最初に自殺したのはシャナなのだから、

他の者の動きにもシャナの考えが影響しているはずだ。

観客達はそう思い、今回の件をそれで納得する事にした。

彼らの期待に応え、シャナは再びBoBの舞台に立つ事になるのだが、

それは次の大会、第四回BoBでの話である。

 

 

 

 同じようにヴァルハラ・ガーデンで大会の様子を観察していた一同は、

シャナが自殺した瞬間に息を飲んだ。

 

「おい、今の……」

「あれってヴァルハラコールか?守れ、そして緊急事態、しばし待て、か」

「見て、キリトの戦い方が変わった!」

「何か会話してるみたいだな」

「…………どうやら時間稼ぎをしているようね」

 

 ユキノはキリトの唇を読み、そのセリフを一言一句仲間達に伝えた。

 

『逃げたじゃないかよ、お前らの主観なんかどうでもいいんだよ、

他人から見て確かにあいつは逃げた、そしてその後こそこそと隠れ続けた、

それが客観的に見た、絶対的な真実だ』

『はぁ?お前らが今やっている事も、他人がそれをPKだと認識しなければ、

ただの薄汚い殺人じゃないかよ、どの口がそう言うんだ?』

 

 ここまで伝えた直後に、ユキノはため息をついた。

 

「駄目ね、相手が何を言っているかは分からないけど、

随分熱くなっているように見えるし、これは煽りすぎよ、キリト君」

「俺も聞いててそう思った!」

「お兄ちゃん、調子に乗っちゃったのかな」

「キリトさんは基本的に色々やりすぎるから……」

 

 そう仲間達が苦笑する中、案の定ステルベンは怒涛の攻撃を開始し、

仲間達はそれ見た事かと顔を見合わせて肩を竦めた。

 

「とりあえずキリトさんの戦闘の事は置いておきましょう、

それよりも問題なのは、ハチマンさんのリタイアの方です」

「だな、一体何が起こったんだ?」

「多分リアルで何かしようとしているんだと思うわ。

ハチマン君の最後のセリフは、『ゴドフリー、俺の回線を抜け!』だったもの」

「何だと!?」

 

 ゴドフリーの情報は、既にSAOサバイバー組には伝わっていた。

 

「ゴドフリーのおっさんは、確か警察官僚なんだよな?」

「それじゃあまさか、犯人の居場所に心当たりがあって、そこに二人で向かったんじゃ……」

「おいアスナ、ここから連絡をとってみろよ、メールならここから出来るだろ?」

「うん、もう送ったんだけど、返事が無いの……」

「えっ、そうなの?」

「手が離せない状況か……」

「あ、待って、今返事が来た!」

 

 そのメールにはこう書かれていた。

 

『犯人はシュピーゲル、ゴドフリーと一緒に詩乃を助けに向かう、

心配しないで待っててくれ。キリトが負けないように応援を頼む』

 

「シュピーゲル君ですって?まさかそんな……」

「嘘ぉ、シュピーゲル君が実は敵?」

「それって何者?」

「一応仲間みたいな感じだった人かしらね……」

「シュピーゲル君は、このシノンのリアル友達だよ!」

「まじかよ、それはやばいな……」

「八幡君…………」

 

 アスナは心配しつつも、とりあえず言われた通りにこちらの戦いの結末を見守る事にした。

だが当然の事ながら、八幡は事件が終わった後、心配していた明日奈に泣きつかれ、

平謝りに謝る事になる。だがその後に詩乃を救った事を褒められたので、

まあ結果的には良かったという事なのだろう。

 

「おい、これ、本当にザザか?まるでアスナじゃねえかよ」

「本当ですね、まるでアスナさんを見ているような感じです」

 

 その言葉でアスナは画面に目をやった。

 

「凄い……」

「アスナが見てもそう思うのか?」

「うん、技の繋ぎと繋ぎが完璧だね」

 

 そう感心したように言うアスナに、こんな質問が投げかけられた。

 

「アスナがやりあったらどうなるの?」

 

 その答えにアスナは即答した。

 

「負けないよ、だってこの人、多分防御が苦手だと思うから」

「そうなのか?」

「うん、勢いで誤魔化してるけど、守勢に回ったら多分直ぐに崩れると思う」

「ほほう?」

「でも今のところ、攻防が逆転するような隙が見えない、何か外部からの介入が必要かも。

ほら、今キリト君がよそ見をしたでしょ?

これって多分、シノノン達に援護を期待してるんだよ……って、来た!」

 

 その直後にいきなりステルベンが何かに驚いたようにその動きを止め、

その瞬間にキリトが攻勢に転じた。

 

「おお」

「アスナさんの言った通りですね」

「さっすがお義姉ちゃん!」

 

 そしてついにキリトがステルベンを倒し、場は歓声に包まれた。

 

「よっしゃ、ヴァルハラの勝利だ!」

「後は現実でこいつらを逮捕するだけね」

「クリスハイトが動いてるはずだ、何とかなるだろ」

「それよりハチマンだよハチマン、あいつ本当に大丈夫なのか?」

「せめてキットがあれば、シノノンの家の場所も分かるんだけど、

多分今まさに、キットで現地に向かってる最中だろうしね……」

「まあ俺達が行ったところでどうしようもないし、ここは吉報を待とうぜ」

「う、うん………」

 

 そんなアスナを仲間達は必死に慰めようとした。

その直後にハチマンが自殺し、仲間達は目を点にした。

 

「今のはどういう意味だ?」

「どうやら途中で中身を入れ替えたりしたから、

最後の戦いに参加する資格が無いと思ったみたいね」

 

 再びユキノがそう解説した。

 

「一体あの中身は誰なんだろうな」

「そのうちALOに来るみたいよ、楽しみじゃない?」

「そうなんだ、結構腕が立つみたいだし、楽しみだねぇ」

「だな!」

 

 そして更にその直後に、キリトとシノンがいきなり爆発し、一同は目を点にした。

 

「えっと、今のは?」

「お土産グレネードって奴じゃないか?」

「ああ~、今のが噂の?」

「これで二人とも優勝って事になるんだね」

 

 こうして第三回BoBは終了し、アスナは心の中でシノンの心配をした。

 

(はちまんくんがいるから大丈夫だとは思うんだけど、シノノン、無事でいてね……)

 

 そしてアスナにそう期待されたはちまんくんは、その身を挺して詩乃の身を守った。



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第425話 新川恭二

「ん………」

 

 詩乃はGGOからログアウトし、自宅のベッドの上で覚醒した。

だが直ぐに目を開ける事は出来なかった。

目を開けた瞬間に、目の前に知らない人がいる事を恐れたせいだ。

だが気配を探ってみても、他人の息遣いや物音は聞こえない。

だが代わりに腹部に違和感を感じ、詩乃は恐る恐るそちらに手を伸ばした。

むにゅっ、という手応えと共に、何か丸い物が手に触れ、

同時に聞き慣れた声が、詩乃の鼓膜を震わせた。

 

「おいこら詩乃、壊れるから俺の頭を握るんじゃない」

「はちまんくん!」

 

 その声を聞いて安心した詩乃は、やっと目を開ける事が出来た。

そこは日頃から見慣れた自分の部屋であり、

正式な部屋の住人たる詩乃とはちまんくん以外の者の姿はどこにも見えなかった。

ちなみにはちまんくんは、詩乃のお腹を枕にして横たわっているところだった。

そしてはちまんくんは、ぴょこっと手を上げ、詩乃にこう言った。

 

「よっ、お疲れ」

「………良かった」

「ん、何がだ?」

 

 そう無表情で聞き返してくるはちまんくんに、詩乃はこう尋ねた。

 

「はちまんくん、私がここに横たわっている間、何も無かった?」

「何も、とは?」

「例えば誰かがこの部屋に侵入しようとして、ドアの鍵をガチャガチャしてたとか」

「この俺が留守番をしているんだ、もちろん何も無いぞ。

もしそんな事をする奴がいたら、即通報してブタ箱行きだ」

「ならいいのよ」

 

 そう言いながら、詩乃はほっとした様子で、

ベッドの脇に置いておいたペットボトルの水を飲んだ。

その瞬間にドアのチャイムが鳴り、詩乃はビクリと体を固くした。

そして詩乃は深呼吸をした後、インターホンに向けて尋ねた。

 

「はい……えっと、どちら様?」

『あ、朝田さん?僕、新川だけど、突然ごめんね。

朝田さんがBoBで優勝したのを見て、居ても立ってもいられなくて、

昔の友達に住所を聞いて尋ねてきちゃったよ、

あ、お土産も持ってきたよ、つまらない物だけど』

「新川君?何だ、良かったぁ……」

 

 詩乃はこの時、妙に恭二の口数が多い事に気が付かなかった。

嘘をつく人間は、大体饒舌になるものなのだ。

 

『ん、何かあった?』

「ううん、こっちの事。待ってて、今ドアの鍵を開けるわ」

 

 詩乃は相手が知り合いだった事に安堵し、深く考えずにそう返事をしてしまった。

詩乃の精神状態は、不安によって、この時確実に冷静さを欠いていた。

よく考えたら、恭二がここに到着するのが早すぎると警戒くらいしたであろう。

更に八幡以外の男を家に上げる事に躊躇をしただろう。

だが潜在的な不安さが、詩乃のガードを緩くした。

あるいはこの時先に携帯を確認していれば、八幡からのメッセージに気付けたのだが、

今の詩乃にはそこまでの余裕は無く、ただ救いを求めるように、

知り合いの存在に縋ってしまっていた。

 

 …………それが救いとはまったく逆の存在だとは気付かずに。

 

 

 

「ハイ新川君、いきなりだったから驚いちゃった」

「ごめん、どうしても直接お祝いの言葉を伝えたくってさ。

勝手に住所を調べて押しかけちゃってごめんね」

「ううん、いいのよ、ありがとう」

 

 この時はちまんくんは、相手が見知らぬ相手であった為、人形のフリに徹していた。

 

「あ、これ、つまらない物だけど……ケーキを」

「本当に?ありがとう、今お茶を入れてくるから待ってて」

「あ、いいよいいよ、それよりも朝田さんに話があるんだ」

「そう?それじゃあとりあえずこれを冷蔵庫に入れてくるね」

「うん」

 

 そして詩乃は台所に行き、恭二は緊張したように辺りを見回した。

そして机の上に箱のような物を見付け、

そこに書かれた銃の名前を見てドキリとした後、内心でほくそ笑んだ。

 

(これは……そうか、前回の……)

 

 丁度そこに詩乃が戻ってきた。詩乃は恭二の話を聞こうと再びその場に腰掛け、

何となくはちまんくんを膝の上に乗せた。

 

「で、話って?」

「うん、先ずは優勝おめでとう、やっぱりシノンは凄いね、

最初会った時から、シノンは絶対に強くなるって思ってたよ」

「あ、あは……優勝の仕方はあまり褒められたものじゃなかったけどね」

「それでも凄いよ、僕も大会に出場出来てたらな……」

「外せない用事があったんでしょ?仕方ないわよ」

「うん、まあね。ところでその箱の中身って……」

 

 恭二はさりげない風を装って、詩乃にそう尋ねた。

 

「あ、これ?………例のアレのモデルガン」

「やっぱり……名前を見てそうかなって思ったんだ。

朝田さんから見えないように、ちょっと見てみてもいい?」

「別にいいわよ」

 

 そう言って詩乃は、恭二にその箱を差し出した。

 

「それじゃあちょっとだけ」

 

 恭二は箱を少しだけ開けて中を覗きこみ、それが確かに黒星だという事を確認した。

 

「それで本題なんだけど……」

「あ、うん」

 

 そして恭二は、少し緊張した様子で詩乃にこう言った。

 

「朝田さん、僕と付き合ってくれないかな?」

「えっ?」

 

 

 詩乃はそんな事を言われるとは予想すらしておらず、とても驚いた。

同時にどう断ろうかと考え、困ったような顔をした。

そんな詩乃の表情を見て、恭二は下を向いた。

 

「…………やっぱりね」

「えっと…………ごめん新川君、私…………」

「シャナさん……だろ?」

「え?あ、う、うん……」

「そうだよね、はぁ、これでスッキリしたよ」

 

 恭二は顔を上げ、思ったよりも晴れやかそうな顔で言った。

そしてその手には黒星が握られており、その銃口は詩乃へと向けられていた。

それを見た瞬間、詩乃の心臓がドクンと脈を打った。

 

「い、一体何を……」

「さっき言っただろ?スッキリしたんだよ。

これはうぬぼれかもしれないけど、多分朝田さんは、シャナさんと出会っていなかったら、

僕と付き合っていた可能性がかなり高かった、違う?」

「それは…………そうかもだけど」

 

 GGOを始めてしばらくした後、確かに詩乃はそう考えた事があった。

だがそれは恋愛感情ではなく、シュピーゲルから向けられる好意に対して、

こんな自分が何か報いる方法は無いかと考えた時、彼の好意をそのまま受け入れて、

もし告白されたらこの身を差し出すべきではないのかという、

ある意味自虐的な考えからだった。

だがシノンはシャナと出会い、詩乃は八幡と出会ってしまった。

今はもうそんな事は、考える事すら無い。

 

「それにその人形……それってシャナさんだよね?」

「えっ?ど、どうしてそれを?」

「僕、シャナさんの顔を見た事があるからね」

「ど、どこで?」

「ここで」

 

 詩乃はその言葉にぞくりとした。

 

(ここで?ここでってどういう事?まさかそんな…………)

 

「も、もしかして、私達の事、見てたの……?」

「うん、ここの住所の事は早い段階から知ってたし、

朝田さんを守ろうと思って、この部屋の前の道の角から、よく見てたよ」

「なっ…………」

「まあその甲斐も無く、朝田さんの純潔はシャナさんに奪われてしまった訳だけど」

「えっ?」

 

 どうやら恭二は二人の関係を、勘違いしたままだったようだ。

そして恭二はそれ以上聞きたくないという風に、唐突に話題を変えた。

 

「それにしても、この銃を見てもあまり怖がらないんだね、

それもシャナさんのおかげなのかな?それじゃあこれはどうかな」

 

 そう言い放つなり、恭二は懐から何かを取り出し、素早い動作で詩乃の胸に押し付けると、

とても気持ち悪い笑顔を浮かべた。

そのはずみではちまんくんは横にころがり、詩乃の携帯の近くに転がった。

 

「これはね、こう見えて注射器なんだよね。

そしてこの中身が朝田さんの体に入ると、朝田さんの心臓や他の臓器は、

ゆっくりとその動きを止めるんだよ」

「ひっ…………」

 

 

 

(これはまずいな、俺だけじゃ詩乃を守りきれる自信が無い、ここは一つ本体に期待するか)

 

 そう考えたはちまんくんは、こっそりと詩乃の携帯を操作し、八幡に電話を掛けた。

 

『もしもし、詩乃か?おい、大丈夫なのか?』

 

 電話の向こうからそんな八幡の声がしたが、

はちまんくんはその声が漏れないようにしっかりとその部分をおさえつつ、

マイク部分をトントンと叩き始めた。モールス信号である。

 

『おい、おい!ん、これは……お前、もしかして俺か?』

 

 それで我が意を得たりと思ったはちまんくんは、

我慢強く八幡に同じモールス信号を送り続けた。

 

『し、の、き、け、ん、は、や、く、こ、い』

 

『分かった、正確に五分で着く、それまでお前は時間を稼げ!

時計を合わせるぞ、五、四、三、二、一、五分前!』

 

 そこで電話は切れ、はちまんくんは、時間を稼ぐ為に慎重に二人の様子を観察し、

自分が介入するタイミングを計り始めた。




明日は直接この続きの話ではなく、アキバの模様を中継でお伝えします。


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第426話 新川昌一

「くっ、見つからない……」

「フェイリスさん、他に心当たりは?」

「うちの持ってる最新地図と照らし合わせたけど、

さすがはソレイユが調べただけの事はあって、漏れている店は無かったのニャ……」

「そう……どういう事なのかしら」

「捜索範囲がズレている可能性は無いのか?」

「その辺りもキッチリダル君に確認してもらったわ」

「そうか、ダルの仕事なら間違い無いな」

 

 メイクイーン・ニャンニャンに残って指揮をとっていた、

ロザリア、フェイリス、紅莉栖、凶真、まゆりの五人は、

地図を睨みながらそんな会話を交わしていた。

当初は直ぐに見つかると思っていた赤目のザザこと新川昌一の姿が、

どこにも見当たらなかった為であった。

 

「店の人が匿っている可能性は?」

「そんな事をしたら、もうこのアキバで商売は出来ないと、

どの店の人も分かっているはずニャ」

「確かに秋葉家の名前を出されたらそうなるわよね」

「可能性としては、フェイリスさんも把握していないような、

アングラな店の存在なんだけど……」

「オカリン、何か心当たりは無い?」

「う~~~~~~む………」

 

 だがいくら考えても答えは出ず、時間だけがどんどん過ぎていった。

 

「こうなったら裏社会の人間にコンタクトを取るしか無いのかもしれないニャ」

「フェイリスさん、そんな人間に心当たりがあるの?」

「もちろん無いニャ」

「あっ」

 

 その時まゆりが何か思い出したように凶真の顔を見た。

 

「ねぇねぇオカリン、ダル君ならそういう店、知ってるんじゃないかな?」

「ダルが?ああ……確かにあいつはある意味裏社会の人間と言えるかもしれないが……」

「でも今捜索してる店をチョイスしたのも橋田なんでしょ?

それならそういう店もリストにあるんじゃない?」

「一応ダルにゃんに確認してみるのニャ」

 

 フェイリスはそう言ってダルに連絡をとった。

 

「ダルにゃん、ちょっと確認したい事があるんだけど……」

「ん、フェイリスたん、どしたん?」

「それがね……」

 

 ダルは、ソレイユのほとんどの社員を動員したローラー作戦によって、

簡単に犯人が発見されると考えていたらしく、未だ何も成果の無い状況に少し驚いていた。

 

「それマジなん?それじゃあまさかあそこか……?いや、でもなぁ……」

「何か心当たりがあるのニャ?」

「いや、それはその……」

「歯切れが悪いニャね、フェイリスに隠し事をするとか万死に値するのニャ、

もうダルにゃんを、メイクイーンへの永久出入り禁止にするしかないのニャ!」

「ちょ、ま、待ってフェイリスたん、今話すから」

 

 そしてダルは、フェイリスに言いづらかった理由を説明した。

 

「えっと、秋葉原の裏通りのオフィス街近くにとあるビルがあるんだけど、

その七階にはいくつかの店舗があって、その内の一つが多分怪しいんだけど、

実はその店の隣に、僕が裏の仕事をする時にたまに部屋を借りている店があるんだお、

だからその店に迷惑を掛けるような事はちょっと避けたいなと、

具体的には警察に目を付けられるような?」

「ちなみにその店の名前は何というニャ?」

「コスプレメディア@秋葉原店だお」

「で、犯人がいそうな店の名前は?」

「花びらビデオ企画だお、そこは客の素性の詮索は絶対にしない店で、

そこにフルダイブ用の高品質なネット環境があるんだお」

「花びらビデオ企画……」

 

 その名前にフェイリスは思うところがあったのか、冷たい声でダルに言った。

 

「それってもしかして、非合法の風俗店じゃないのかニャ?」

「そういうのを取り締まる法は整備されてないから、まだ違法じゃないお。

ザ・シードは当然そっち方面にも応用がきく訳で、

自社で開発したゲームを使って特殊なエロサービスを提供してるのがその店なんだお」

「いつの間にそんな物が……」

 

 フェイリスは呆れたようにそう言い、

ダルを待たせたまま他の者達にその店の事を説明した。

 

「この際背に腹は代えられないでしょう、取り締まるのは違法になってからでいいとして、

とりあえず警察の手が入らないように、ここにいるメンバーだけで踏み込みましょう」

「逆に警察に通報されたりしないかニャ?」

「そんな自殺まがいの事はしないと思うわ。それに実弾もあるしね」

「実弾?」

「これよ」

 

 そういって薔薇がチラリと見せたのは、札束だった。

 

「うおっ……それ、いくらあるんだ?」

「三百万くらいかしら、ボスから好きに使っていいと言われているわ」

「さすがは女傑と名高いソレイユの女社長……」

「これで店員の顔を引っぱたいて協力させる。

さすがに相手も武器の類は持っていないでしょうから、多分それで何とかなるでしょう」

「分かったニャ、その線でダルにゃんに情報を提供させるニャ」

 

 そしてフェイリスは、尚も渋るダルから、半ば脅すように情報を得て、

一同はそのまま街へと出動する事となった。

ちなみにまゆりだけは、凶真の希望で連絡役としてその場に残される事になった。

それはまゆりがまだ高校生だからであったが、同じくらいの年齢ながら、

フェイリスは案内に必要だからという理由で、

そして紅莉栖は大学生だからという理由で同行する事となった。

 

 

 

「このビルの七階ニャね」

「こうして見るとそこまで怪しい雰囲気のビルじゃないのね」

「まあ多分、中は普通じゃないだろうな」

「それじゃあ行きましょう」

 

 そして四人はエレベーターに乗り、ビルの七階へと到着した。

そこにはただの通路の左右に鉄のドアがあるだけという、

店と呼ぶにはあまり相応しくない光景が広がっていた。

その表札に書いてある名前は、『有限会社、霊神の水滴』とか、

『宇宙電波受信機販売』などという、怪しさ満点の店ばかりであり、

フェイリスと凶真は興奮を隠せないようだったが、

そんな二人をなだめつつ、薔薇は緊張しながら目的の店へと向かっていった。

 

「ここね……」

 

 正面のドアには、ダルが言っていた『コスプレメディア@秋葉原店』があり、

その手前の右のドアに、『花びらビデオ企画』の表札がかかっていた。

そして凶真は懐から何かを取り出し、薔薇に声を掛けた。

 

「何かあっても俺がここで必ず敵を食い止める、店員との交渉は任せる」

「岡部、もしかしてそれって……」

「ああ、未来ガジェット六号機、サイリウムセーバーだ」

「………それ、本当に役にたつの?」

「任せろ、鳳凰院流剣術の前に敵はいない」

「……………………………………………………まあいいけど」

 

 そして三人は、『花びらビデオ企画』のドアを開けた。

 

「いらっしゃいま………むぐっ」

 

 普通に応対しようとし、それが女性の三人連れだと分かった瞬間、

店員は笑顔を硬直させ、何か言おうとしたのだが、

その機先を制してフェイリスがその店員の口を塞いだ。

 

「私は秋葉家の者よ、騒いだらもうこのアキバでは商売をさせない、

でも静かにしていてくれればこの店に迷惑を掛けるような事はしない。

とりあえず話を聞いてもらえないかな?」

 

 よく見ると、いつの間にかフェイリスは猫耳カチューシャを外していた。

猫耳メイドのフェイリス・ニャンニャンではなく、

秋葉原の顔役である秋葉家の当主たる、秋葉留未穂がそこにいた。

店員はどうやら根っからのアキバの住人らしく、秋葉家の事は知っていたのだろう、

そのまま留未穂にコクコクと頷いた。次に交渉役の薔薇が前へ出た。

 

「私はソレイユの社長秘書をしております、薔薇と申します。

実は協力して頂きたい事があり、本日はこちらにお伺いしました」

「あ、これはご丁寧に……」

 

 アキバでこういった対応をされる事は少ないのか、

店員は薔薇に対してペコペコと頭を下げながらそう答えた。

 

「先ずはこの写真を」

「あ、はい……」

 

 その写真を見た瞬間に、店員は一瞬チラリと店の奥に視線を走らせた。

もちろんその視線を見逃す薔薇ではない。

 

「今日この人が、客としてこちらに来ていませんか?」

「いえ、こういった方は来ていませんが……」

「本当に?」

「ええ、もちろんです」

「ではこれを」

 

 薔薇はそう言うと、持ってきた三百万を全部机の上に置いた。

 

「えっ、いきなり全部?これってどうなの?」

「普通は上乗せしていくものだと思うけど……」

 

 留未穂と紅莉栖はそれを見て、ひそひそとそう囁きあった。

 

「こ、これは?」

「協力してもらえたら、これをあなたに進呈します」

「で、でも……」

「ではこうしましょう」

 

 そして薔薇は、札束を一つ懐にしまった。

 

「えっ?」

「協力してもらえないようですので、先ず札束を一つ、こちらで回収します。

つまり私があなたに与えるチャンスは残り二回です。

こちらとしても、ご迷惑をおかけする自覚はあるので最初にあの額を提示しましたが、

それはそちらの協力あっての事、ご協力頂けないようでしたら差し上げる義理はありません」

「そ、それは……」

「これでも駄目ですか、それじゃあもう一つ回収します」

「あっ……」

 

 店員はそれを見て、激しく葛藤しているようだった。

 

「こういう事だったんだ……」

「伊達にソレイユのトップの側近をやっている訳じゃないって事ね」

 

 二人はそう囁き合いながら、店員がまもなく陥落すると確信していた。

その考え通り、薔薇がため息をつきながら最後の札束に手を伸ばそうとした瞬間、

店員が慌ててその手を掴んだ。

 

「ま、待ってくれ」

「……協力して頂けると?」

「ああ、だからその手を引っ込めてくれ」

「分かりました、このお金には領収書は必要ありませんから、どうぞご自由にお納め下さい」

「わ、分かった」

 

 そして店員は、ほくほくした顔でその札束を懐に収めた。

 

「で、この人ですが……」

「うん、あそこだよ、あの十番ブースにいる。中から鍵がかかっているかもしれないから、

こっそりと鍵を渡しておく。可能な限り静かに事を収めてもらえると助かる」

「努力します」

 

 そして店員が心配そうに見守る中、薔薇達三人は、緊張しながらそのブースへと向かった。

そして三人は頷き合うと、そっとそのブースのドアに手を掛け、

鍵がかかっているか確認する為、慎重にドアノブを回し始めた。

 

「あれ……」

 

 予想に反してドアノブはあっさりと回り、そっと中を覗きこんだ薔薇が首を振った。

中には誰もいなかったのだ。薔薇は店員を睨んだが、店員は焦った顔で首を振るだけだった。

 

「どういう事……?」

 

 その瞬間に奥から人影が飛び出し、薔薇達の横を走り抜けた。

ゲームの中では顔を隠していた為、その素顔を見た事は無かったが、

薔薇は今は、それが誰なのかを提供された写真で知っていた。

 

「新川昌一、いえ、赤目のザザ!」

 

 そう呼びかけられた昌一は、一瞬振り向いて薔薇の顔をまじまじと見つめると、

鼻で笑いながら薔薇に言った。

 

「…………ロザリア、お前やっぱりハチマンの犬に成り下がったのか?」

「いいえ、成り上がったのよ、悪い?」

「いや、お前らしいよ」

 

 そんな昌一から発せられるプレッシャーに、薔薇は昔の恐怖の記憶が蘇ったのか、

一瞬ひるんでしまった。そんな薔薇を留未穂と紅莉栖が叱咤した。

 

「薔薇さん、ここはもうSAOじゃないわよ」

「仲間を信じて!」

「チッ」

 

 昌一は、女三人が相手とはいえ、ここは分が悪いと考えたのか、

そのまま一目散にドアの外へと飛び出して行った。その瞬間に、凶真の声がこちらに届いた。

 

「くらえ、鳳凰院流剣術、鮮血吹雪!」

 

 

 

 昌一はキリトとの戦いに負け、呆然としていた。

キリトには仲間がいた為仕方ないが、それでも昌一はキリトに勝つつもりだったのだ。

そして気が付いた時には大会は終わっており、昌一もGGOからログアウトしていた。

 

「そうか……俺は負けたのか」

 

 昌一はそう呟き、そのまま起き上がる事も出来ず、じっと天井を見つめていた。

 

(結局俺はあいつには勝てないのか……)

 

 そんな敗北感が昌一を襲っており、昌一は自分にもこんな一面があったのかと、

少し驚きながらも自覚した。

 

(…………まあいい、とりあえずジョーと合流して再起を目指せばいいさ、

いずれヘッドが何か事件を起こしてくれるはずだ、その時まで逃げきれればそれでいい)

 

 昌一はそう考えながら外に出ようとしたが、

生理現象には勝てなかったのだろう、そのままトイレへと向かった。

そしてトイレを出ようとした昌一は、入り口に三人の女性がいる事に気が付いた。

 

(ん、あれは……)

 

 その先頭にいる女性に、昌一は見覚えがあった。あれは確か……

 

(随分印象が変わっているが、まさかロザリア……か?)

 

 十狼の中にその名があった事で、昌一はSAOのロザリアが、

今はシャナ=ハチマンの一味だと認識していた。

 

(やはり十狼のロザリアが、あのロザリアだという推測は正しかったようだな。

どうやってここの事を突き止めたのかは分からないが、さてどうするか)

 

 こうなった以上、細かな荷物は諦めるしかない。

幸い手持ちの資産は全て現金化して、駅のコインロッカーに預けてある。

この場はこのまま強引に逃げるのが最良の手だろう、

そう思った昌一は、コインロッカーの鍵を握り締めると、

そのままその三人の女性の横を走り抜け、この場を脱出しようとした。

ロザリアの言葉に足を止めたのはただの気まぐれだった。

まさかロザリアが自分の素顔を知っている訳は無いと思っていた為、

その事を知っていたロザリアの黒幕としてハチマンの顔を思い浮かべ、

それに対して皮肉の一言も言ってやりたいと思っただけだった。

そして昌一はロザリアを怯ませ、まんまと店の外へと脱出した。

後は一目散に階段を駆け下りるか、エレベーターを占拠してしまえばいい、

そう思った昌一の耳に、聞き覚えの無い男の声が聞こえた。

 

「くらえ、鳳凰院流剣術、鮮血吹雪!」

 

 その瞬間に昌一は顔に何かを掛けられ、視界が暗転した。

 

「くっ、何だ?」

「我と我がサイリウムセーバーの力、思い知ったか!」

 

 昌一は慌てて顔を服の袖で拭った。幸い視界は直ぐに確保されたが、

その服の袖はべったりと血に塗れており、昌一はギョッとした。

その瞬間に、昌一の体に何かが巻きついた。

 

「ここからは絶対に逃がさないわよ!」

 

 昌一の体に巻きついたのは、ロザリアが手に持つムチだった。

 

「ロザリア、てめえ、殺すぞ」

「凄んでも無駄よ、あんたよりも本気で怒った八幡の方が何倍も怖いもの!

更に言うならうちのボスの方がもっと怖い!」

「はっ、ボスってのが誰の事かは知らねえが、

すっかり飼い慣らされちまったみたいだな、牛女」

「黙れ童貞!あんたはこんなに大きな胸を持ったいい女には一生縁が無いくせに、

自分は経験済ですからみたいな虚勢を張ってるんじゃないわよ!」

「「おお~!」」

 

 その薔薇の言葉に留未穂と紅莉栖は拍手をした。

凶真は少し気まずそうにしていたが、紅莉栖に促され、

体を拘束された昌一の手にオモチャの手錠をはめた。中々準備がいい。

 

「オモチャの手錠だけど、もう手も足も出ないわよね?今回は私と八幡の勝ちよ」

「…………チッ」

 

 さすがの昌一も、こうなってはどうする事も出来なかった。

そして薔薇の連絡で、ソレイユの社員の中でも体格のいい者達が集められ、

その者達を残して残りの社員達は解散する事となった。

社員達の表情は、何かをやりとげたという、満足感のあるものであった。

更にこの後ソレイユ本社内で大宴会が開かれるようで、

社員達は勝どきをあげながら、整然と本社へと帰っていった。

 

「………何なんだよあいつらは」

 

 そんな社員達を見て、昌一はぽつりとそう呟いた。

 

「あれは八幡の忠実な部下達よ、もうあんたと彼の差は計り知れないわね」

「チッ、だからあいつと関わるのは嫌だったんだ」

「ふふん、私のご主人様の凄さに恐れ慄きなさい」

 

 薔薇はそう言いながらその大きな胸を張った。

昌一は不快そうにその胸から目を逸らしたが、その視界に見覚えのある人影が映り、

その人物と目が合った昌一は、まだしっかり手に握っていた鍵をこっそりと下に落とし、

いかにも悔しそうなフリをして地面と一緒にその鍵を蹴った。

そしてその鍵はその人物の近くに飛び、その人物はさりげなくその鍵を拾った。

そしてその人物~金本敦は、一度も振り返る事なくそのままどこかへ去っていった。

こうして昌一の分の逃亡資金までも手に入れたせいか、

敦はまんまと警察の手から逃げおおせ、その行方はこの後まったく掴む事は出来なかった。

この後昌一は、菊岡の部下によって回収され、そのまま警察の手に引き渡される事となった




補足

 未来ガジェット
  岡部倫太郎率いるサークル、未来ガジェット研究所で作られた製品。
  まったく役に立たない事が多い。

 サイリウムセーバー
  サイリウムに剣の柄を付け、中に仕込んだ血糊を発光させるという意欲作。
  当然血糊が飛び散るので、使用の際は注意が必要である。
  ちなみに鳳凰院流剣術、鮮血吹雪はその血糊を相手に飛ばす技である。

 とあるビル内にある店の数々
  出典は小説版シュタインズ・ゲート『永劫回帰のパンドラ』第六章より。


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第427話 二人の八幡、そして朝田詩乃

 詩乃は恭二に迫られ、総毛立つ程気持ち悪さを覚えていたが、

この状況で抵抗する手段は詩乃には無かった。何せ相手の持つ注射器らしき物が、

どの程度の力加減でその機能を発揮するのか分からないのだ。

ちなみに恭二が持っているのは無針注射器であり、

医療機器に詳しくない詩乃にはまったく未知の物体だった。

 

「ど、どうしてこんな事を……?」

「だって朝田さんは、もうシャナさんの物になっちゃったじゃない、

そうなったら僕に出来る事は、力ずくで奪い返す事くらいでしょ?」

「いや、だからそれは……」

「ああ、説明してくれなくていいよ、別に聞きたくないし」

「違うの、そもそもそれが勘違いなの、私とシャナは別にそんな関係じゃ……」

「ああ、もう黙ってよ、聞きたくないって言ってるでしょ!」

 

 そう言って恭二は、黒星のモデルガンを放り出すと、

詩乃をそのまま突き飛ばしてベッドに横たわらせた。

詩乃はスカートがめくれそうになった為、それを必死で直すと、

もう恭二の顔は見たくないという風に横を向いていた。

 

「こっちを見てよ、朝田さん」

 

 恭二は注射器を再び詩乃のわき腹に押し当てながらそう言った。

詩乃は悔しさに塗れながら、言われた通りに恭二の顔を見た。

 

「ああ、いい顔になったね、まさかあの強気の朝田さんの、

こんな表情が見られるなんて……」

 

 恭二は恍惚とした表情でそう言った。

詩乃はもう恭二とは話したくないのか無言だった。

 

「急に静かになったね、まあおかしな事をしたら、

この注射器によって死ぬだけだから、さすがの朝田さんも何も出来ないか」

 

 その言葉に詩乃は急に悲しくなり、ぽろぽろと涙を流した。

それを見た恭二は、さすがに少し動揺したように詩乃にこう尋ねた。

 

「い、いきなりどうしたの?朝田さん」

「……こんな人を大切な友達だと思っていた自分が、急に情けなくなったのよ。

もういいから私をあなたの好きにしなさいよ!」

 

 その詩乃の強い言葉に、恭二は多少はたじろぐかと思いきや、

一転して嬉しそうな表情を見せた。

 

「好きにしていいの?まあそういう事なら、

シャナさんとの行為を僕が上書きするのに都合がいいから助かるけどね。

女の子を強引にものにするのは好きじゃないんだ」

 

 どうやら恭二には詩乃の言葉の都合のいい部分しか聞こえないようで、

更に言っている事とやっている事が真逆だった。

 

「だからそんな関係じゃないって言ってるでしょ!

ううん、もういいわ、今更何を言っても、どうせ聞いてくれないんでしょ?

やるならさっさとしなさいよ、それとも自分で裸になればいいの?」

 

 詩乃は投げやりな気持ちでそう言った。

確かに恭二と知り合った事は、詩乃にとっては有り難かった。

だがその出会いは、詩乃にとっては決して救いをもたらすものではなかったのも事実なのだ。

詩乃は恭二と出会う事でトラウマを克服しようとし、

シノンはシュピーゲルと共にいる事で、自分は確かに生きていると実感する事が出来た。

だがひとたび学校に行けば、その実感はあっさりと霧散してしまう、

なので詩乃は恭二に感謝こそすれ、恋愛感情を抱いた事は一度も無かった。

だが詩乃が恭二の気持ちに何となく気付いていたのも確かである。

だからこそ、恭二に感謝の気持ちを示す為にも、

詩乃はキッパリと恭二を振っておくべきだったのだ。

客観的に見れば、詩乃は中途半端なまま恭二を放置して、

八幡が現れた途端にそちらに乗り換えたように見えるかもしれない。

これでは恨まれても仕方がないと、詩乃は思い始めていた。

もちろん何もかも自分が悪いとは思わないが、

これは友達選びを失敗した自分に対する罰なのだ、だから甘んじて受けよう、

詩乃はそんな気持ちで、もはや抵抗する気をまったく無くしていた。

 

「えっ、いいの?それなら話が早いや、やっぱり朝田さんは僕の事が好きだったんだね、

こんなふつつかな僕だけど、今後とも宜しくお願いします」

 

 その予想外の返事に詩乃は心底気持ち悪さを覚えた。

覚悟を決めたとはいえ、こういった嫌悪感はどうしようもないのだ。

 

(私、こんな人に汚されちゃうんだ……)

 

 今ここで汚されてしまう自分は、もう八幡に会う資格も失ってしまうと思い、

詩乃は無性に悲しくなった。

せめて最後に一目会いたかった……詩乃はそう思いながら、

せめて行為の最中には、まぶたの裏で八幡の姿を想像しようと目を瞑った。

その時どこからか、今まさに聞きたくて仕方なかった声が聞こえた。

 

「らしくないな、戦況が不利でも最後まで戦う、お前はそんな女だろ?」

「あっ……」

「だ、誰だ!」

 

 恭二は、そのどこかシャナに似た声の持ち主を探そうときょろきょろしたが、

部屋の中にはもちろん誰もいない。

 

「俺だよシュピーゲル」

 

 はちまんくんは、詩乃から聞いていた為、

知識としてだけはシュピーゲルの存在を知っており、

ことさらに煽るような感じでそう言いながら、

ちょこちょこと詩乃と恭二の間に割って入った。それを見た恭二は仰天した。

 

「な、何だこいつ!?」

「何だと言われてもな、俺ははちまんくんだ、宜しくな」

「に、人形がひとりでに歩いた上に、勝手に喋った!?」

 

 さすがに予備知識無しでいきなりそんな事が起こった為、

恭二は詩乃の体から注射器を離し、わずかに後ずさった。

それによって詩乃に、何かしら行動する事が可能になる余地が生まれた。

 

(あと三分か……)

 

「このご時勢に、そんなに驚く事か?世の中には既にAIが搭載された製品が溢れてる、

俺はその中の一つに過ぎない」

「な、何なんだよお前……」

「ん?さっき自己紹介しただろ?俺ははちまんくん、お前の恋敵のコピーのような存在だ。

自分で言うのもアレだが、かなりの高性能だと自負している」

「その喋り方……まさかお前、シャナさんの人格のコピーなのか?」

「コピーという表現は正確じゃないな、俺はまあ、過去ログみたいなもんだ」

「過去ログ……」

「その言い方も微妙だがな、まあただ一つだけ確実に言える事がある、

俺はお前の敵だ、俺は詩乃を泣かせたお前を絶対に許さない、絶対にだ。

もちろん本物のシャナも、同じ事をお前に言うと断言しよう」

 

(あと二分……)

 

「な、泣かせっぱなしにするつもりなんかない、

何故なら今ここで僕と結ばれる朝田さんを、僕が必ず幸せにするからだ!」

「はぁ?何でお前と一緒になって、幸せになれるんだ?何か根拠はあるのか?」

「そ、それは……あ、愛の力で……」

「愛だぁ?もっと具体的に何か無いのか?収入は?将来性は?それにルックスは?

俺が言うのもなんだが、シャナはあの年で既に年収は一千万を超え、

将来はソレイユの社長、さらに見た目はお前が知る通りの、とんだ優良物件だぞ?

ちなみに詩乃が抱えた問題もあいつが解決した。

それに比べてお前には何か、他人に誇れるような事はあるのか?」

「あ、あるさ!」

 

 恭二は完璧に、はちまんくんのペースに乗せられていた。

同時にはちまんくんは、詩乃を落ち着かせようと詩乃の膝を優しくさすっていた。

それによって詩乃は、多少の冷静さを取り戻し、

恭二とはちまんくんがお互いに会話に集中している事で、

周りを観察する余裕も生まれていた。

 

(何か武器になるものは……)

 

 だが生憎、手の届く範囲にあるのは黒星のモデルガンだけであり、

それに触れるにはかなりの勇気を必要とする。

 

(あれを投げつければ……でも……)

 

 詩乃は葛藤し、そんな詩乃にまだ早いと言いたいのか、

はちまんくんは詩乃の膝をぽんぽんと叩いた。

 

「ほほうどんな人に誇れる事があるんだ?」

 

 はちまんくんのその言葉に、恭二は声を詰まらせた。

改めて長所は何かと尋ねられると、子供の頃は案外素直に答えられるが、

ある程度の年齢を過ぎると、大抵の人は困ってしまうものなのだ。

 

「ええと……」

「まあここは俺が代わりに答えてやろう、お前の長所はその優しさだ。

確かにその気の弱さ故か、学校はやめる事になっちまったかもしれないが、

それは決してお前の責任じゃない、むしろ怖かっただろうに、

落ち込む詩乃に町で声を掛けたり、少し前までのお前は確かに優しさを備えたいい男だった。

だがいかんせん、もっと優しい男が現れてしまった、俺のモデルになった男だ。

お前はその男を前にして、何も出来なかった。

あるいはもっと詩乃と分かり合おうとしていれば、案外詩乃はお前を選んだかもしれない、

だがそうはならなかった、それは何故か。

お前のその優しさが、実は自分に対する優しさだったからだ。

お前の優しさは、自分本位な我が侭の裏返しにすぎない、だから詩乃は別の男を選んだ」

 

(あと一分)

 

「ち、違う」

「いや、違わない、お前は自分の事しか考えていない、

だから詩乃の言葉に耳を傾けようともしない、お前は究極の自己愛の権化だよ」

「そ、それは朝田さんが、嘘をついて誤魔化そうとするから……」

 

 恭二の言葉は尻すぼみになり、この時初めて恭二は下を向いた。

その瞬間にはちまんくんは叫んだ。

 

「おいこら詩乃、あいつに会いたいんだろ?過去と未来、どっちが大事なんだ?

あいつとの未来を望むなら、根性を見せてみろ!」

「なっ……」

 

 それを聞いた恭二は慌てて顔を上げた。その目の前には、

決死の覚悟で恭二の前に立ち塞がるはちまんくんの姿があった。

そしてはちまんくんは、いきなり自分の右手を引きちぎり、

それによってむき出しになった電極を恭二に押し付けながら詩乃に言った。

 

「詩乃、立て!立って走れ!そしてあいつの下に行け!」

「う、うん!」

 

 その言葉に詩乃は力を振り絞って立ち上がり、

夢中で黒星を握り締めると、しっかりと手に掴んだそれを恭二目掛けて投げつけた。

モデルガンとはいえそれなりの重量がある為、恭二は咄嗟に顔を手でガードした。

それによって恭二は、一瞬目を瞑ってしまった。

その瞬間に詩乃は立ち上がり、恭二の横を走って擦り抜けようとした。

 

「さ、させるか!」

 

 恭二はやみくもに手を伸ばし、その手が運よく詩乃の足を掴んだ。

その瞬間に、はちまんくんがスパークした。

 

「させないのはこっちだ」

「うわあっ!」

 

 はちまんくんに蓄えられていた電力は、大した物ではなかったが、

それを一気に放出した事で、恭二に対してそれなりにダメージを与える事が出来たようだ。

恭二は反射的に詩乃の足から手を引き、詩乃はそのまま前のめりに倒れたが、

恭二もまた直ぐに動く事は出来なかった。ここからはもう、ヨーイドンの世界である。

 

「くっ……」

「くそっ……」

 

 だが先に立ち上がったのは恭二の方だった、男女の体力差が出たのであろう。

 

「朝田さん、逃がさない!」

「だが既に手遅れだ、お前はもう詰んでいる。残りあと十秒」

「は?お前まだ喋れ……」

 

 その瞬間に、恭二の顔を横を何かが擦り抜けた。

 

「これをやると、手が元に戻らなくなるんだよな、まあ奥の手ってやつだ」

 

 どうやらはちまんくんが、残った左手の手首を射出したらしく、

左腕の先からワイヤーが伸びており、射出された手がドアの鍵を握っていた。

 

「ゼロ、だ……」

 

 そう言ってはちまんくんは、最後の力を振り絞ってドアの鍵を開けるのと同時に、

どっとその場に倒れ伏した。その瞬間に誰かの足音が聞こえ、

ドアが乱暴に開けられた。そして誰かが中に飛び込んで来たかと思うと、

恭二と詩乃の間に立ちはだかった。

 

「よぉ俺、時間ピッタリだな」

「悪い、待たせた」

「いや、間に合ったんだからいいさ、後は任せた…………詩乃、王子様が来てくれたぞ」

「は、はちまんくん!」

 

 そう最後の言葉を残してはちまんくんは、その機能を停止した。

 

「よくやったぞはちまん、そして詩乃、よく耐えたな。

もう大丈夫だ、ここからは俺がお前を守…………あ?」

「八幡、八幡!」

 

 詩乃は確かに嬉しそうに八幡に抱き付いたのだが、八幡はその詩乃の顔に涙の跡を見た為、

怒りに震え、最後まで言葉を続けられなかった。

そして八幡は、詩乃を恭二から庇いながら言った。

 

「シュピーゲル、てめえ……俺の大事な詩乃を泣かせやがったな、絶対に許さん、絶対にだ」

「えっ、あっ……」

 

 詩乃は『俺の大事な詩乃』と言われた事で歓喜に震え、

恭二はよろよろと立ち上がると、八幡を恨めしそうな目で睨んだ。

 

「シャナさん……来ちゃったんですね」

「来るに決まってるだろ」

「くそ、もう少しだったのに……」

「はぁ?俺とはちまんがいる限り、お前が詩乃に触れる機会はこの先も永遠に無えよ」

「でもまだ終わってはいないんですよ!」

 

 そう言いながら恭二は、右手に握った注射器を振り上げ、八幡目掛けて振り下ろした。

八幡がそれを左手の平で受けようとした為、

恭二はしめたとほくそ笑み、詩乃は顔を青くした。

 

「それじゃあ駄目なんですよ、シャナさん!」

「は?駄目?お前は何を言ってるんだ?もう終わりだぞ?」

 

 例え手の平でも、押し付けて注射器のトリガーを引きさえすれば、それで形勢逆転だ、

そう思った瞬間に、恭二の持つ注射器は、カツンという音と共に何か固い物に阻まれた。

 

「えっ?」

「だから言っただろ、もうとっくに終わってるんだよ」

 

 直後に顎に凄まじい衝撃を受け、そのあまりの痛みに悶絶し、

恭二はその場にどっと倒れた。その瞬間に注射器が、八幡によって手首ごと踏み折られ、

手首に耐えがたい激痛が襲ってきた恭二は、身動き一つ出来なくなった。

恭二は何が起こったのか分からず、痛みを堪えながら悔しそうに八幡の方を見た。

その八幡の左手には、懐中時計であろうか、銀色の丸い物体が握られており、

どうやら注射器は、それによって防がれたらしい。

そして八幡の右手には警棒が握られており、恭二はそれによって、

自分の顎が攻撃されたのだと漠然と理解した。

 

「くっそ……やっぱり強いや……」

 

 その直後に入り口からどたどたと足音がして、体の大きな人物が部屋の中に入ってきた。

 

「参謀!ご無事ですか?」

「おう、問題ない、ゴドフリー、こいつの事を頼む」

「ふむ、こいつが犯人ですか、おい小僧、相手が悪かったな」

 

 そう言ってその男、相模自由は、どうやらそれだけは持ってきたらしく、

凶真と違って本物の手錠を恭二の腕にはめた。

 

「こ、こんな事って……」

「残念ながらこれが現実だ、シュピーゲル」

 

 八幡は詩乃を抱き上げながら、冷たい目でそう言った。

そして八幡は左手に握っていた物を詩乃に見せながら謝った。

 

「悪い詩乃、せっかくのお前からのクリスマスプレゼントを、こんな事に使っちまった」

「う、ううん、私のプレゼントが八幡を救ってくれたんだもの、

贈り主としては逆に誇らしいわ」

「そうか」

「ねぇ八幡、私を下ろして」

「おう」

 

 詩乃が自分の足で立つ事を望んだ為、八幡は優しく詩乃を床に下ろした。

詩乃は少しよろけたが、それを支えようとした八幡の手が詩乃の胸に触れた。

詩乃は恥ずかしさに顔を赤くしたが、もちろん嫌悪感をまったく覚える事はなく、

相手によって、こんなにも自分の反応が変わるものなのかと少し驚いた。

 

(もうこの人じゃないと、私はきっと駄目なんだ)

 

 そして詩乃は、恭二につかつかと歩み寄り、その頬に平手打ちをした。

 

「新川君、あなた最低ね!」

「ご、ごめん……」

 

 恭二は反射的に謝り、詩乃はそんな恭二を泣きながら怒鳴りつけた。

 

「謝るくらいなら、最初からやるんじゃないわよ!」

「…………」

 

 恭二は何も言い返す事が出来ず、その場にうな垂れていた。

 

 

 

 奇しくも恭二が手錠をはめられたのは、兄である昌一が捕まったのと同時刻であった。

これによって、事件の首謀者のうち、二人が捕まる事となり、

ここに死銃事件は終結する事となったのだった。




詩乃が八幡に懐中時計をプレゼントしたのは、第272話『最初で最高のクリスマス』での事になります。


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第428話 死銃事件、ここに終結す

2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


「それじゃあ参謀、長い間お手数をお掛けしてすみませんでした」

「こっちこそ今日は助かったよ、ありがとな、ゴドフリー」

「何の、昔に戻ったみたいで楽しかったですぞ!おっとっと、これはさすがに不謹慎ですな」

「それじゃあまたな、ゴドフリー、あ、南にも宜しくな」

「はい、今後とも父娘ともども宜しくお願いします、参謀」

 

 一通りの現場検証も終わり、自由は八幡にそう挨拶をして去っていった。

八幡と詩乃は警察に事情を説明する為、かなりの時間拘束されていたのだった。

 

「さてと……とりあえず休憩するか」

「う、うん……」

 

 詩乃は心ここにあらずといった感じで八幡にそう生返事をした。

 

「そんなにこいつの事が心配か?」

「もちろん!だってはちまんくんは、私の命の恩人だもの」

「まあな……今回こいつには、本当に助けられたな」

 

 八幡はそう言いながら、壊れてしまったはちまんくんの頭をなで続けた。

 

「まあ記憶回路さえ無事なら大丈夫だろう、きっと直るさ。だから元気を出せよ、詩乃」

「そうだね…………あれ?」

 

 その時詩乃が、何かに気付いたような声を上げた。

 

「ん、どうした?」

「これ……」

 

 そう言って詩乃が指差す先は、はちまんくんの心臓の部分に当たり、

そこから何かコードのような物が顔を覗かせていた。

 

「何だこれ?」

「コンセント……?」

 

 どうやら衝撃で蓋が開いたらしく、

はちまんくんの胸の部分のバッテリーに付属したコンセントが露出してしまっているようだ。

 

「ねぇ、これって……」

「いやいや、まさかそんな安直な事がある訳無いだろ……でもまあ一応繋いでみろ」

「う、うん……」

 

 そして詩乃は、そのコードを部屋のコンセントに差した。

その瞬間にはちまんくんの目が開き、はちまんくんはぴょこっと起き上がった。

 

「え……」

「まじかよ……」

 

 はちまんくんは、いかにも寝起きだという風にぷるぷると顔を左右に振ると、

顔を上げて八幡と詩乃の姿を確認し、ぴょこっと手を上げた。

 

「よぉ」

 

 そしてはちまんくんは、無くなってしまった右手を二人に向けてふりふりした。

 

「は、はちまんくん!」

 

 詩乃は感極まったように涙を流すと、そのままはちまんくんを胸に抱いた。

 

「無事だったか、詩乃」

「うん、うん……」

「さすがは俺の本体だな、まあ余裕だったと思うけどな」

「お前、思った以上にタフなのな……っていうか悲しんでいた俺達の立場は……」

 

 八幡は呆れた顔で、はちまんくんに言った。

 

「おう、蓄えてあった電力を全部消費しちまっただけだからな。

まあこの両手は直さないと駄目だけどな」

「良かった……本当に良かった……」

「それよりもお前ら、携帯はどうした?」

「「携帯?」」

 

 二人は同時にそう言って、顔を見合わせた。

 

「あっ、やべ、キットの中に置きっぱなしだ……」

「あれ、電池が切れてる……」

 

 その詩乃の言葉を聞いたはちまんくんは、何か思い当たったのか、

すまなそうな口調で言った。

 

「悪い、そういえば本体に電話を掛けたままだったわ……」

「あっ……」

 

 それで八幡も、そういえばそうだったと気付いた。

案の定二人の携帯は電池切れとなっており、二人は顔を青くした。

 

「おい詩乃、凄く嫌な予感がするんだが……」

「奇遇ね、私もよ……」

 

 そして二人は、携帯の充電を開始した。

その直後に二人の携帯が鳴り、二人は顔を見合わせた。

 

「だ、誰からだ?」

「うん、明日奈から……」

「こっちは小猫からだな」

「早く電話に出てやれよ、きっと心配しているぞ」

「う、うん」

「お、おう……」

 

 

 

「もしもし?」

『シノのん!無事なの?大丈夫?』

「ご、ごめん、ちょっと警察の事情聴取とかがあって、バタバタしてたの……」

『そういう事かぁ、あ、八幡君は?そっちに向かったよね?』

「今薔薇さんに怒られてるわ……」

『ずっと電話が繋がらなかったから、心配してたんだよ』

「うん、本当にごめん……」

『で、シュピーゲル君は?』

「八幡がやっつけてくれて、そのまま警察に捕まったわ」

『そっかぁ……』

「あ、八幡が代わってくれだって、とりあえず代わるね」

『あ、うん』

 

 

 

「もしもし、小猫か?ザザの方はどうなった?」

『どうなったじゃないわよ、今何時だと思ってるのよ!』

「色々事情があったんだよ……」

『まあいいわ、それよりも詩乃は無事なの?』

「おう、問題ない、俺とあいつで守り通したさ」

『あいつ?相模さんの事?』

「いや、はちまんだ」

『自分?ああ、はちまんくんね』

「おう、とりあえず情報のすり合わせをするぞ、十狼に召集を掛けてくれ、

今から鞍馬山に集合だ、その時にこっちで何があったかも説明する」

『オーケーよ』

 

 そして八幡は電話を切った後、詩乃に電話を代わってくれるように頼んだ。

 

「もしもし?」

『八幡君、大丈夫?』

「おう、こっちは無事だ、とりあえず明日奈、鞍馬山に来てくれないか?

小猫も来るから、そこで詳しい事情を説明する」

『うん分かった、他の人も呼ぶ?』

「既に小猫に言って、全員を召集済みだから大丈夫だ」

『オーケー、それじゃ後でね』

「おう」

 

 電話を切った後、八幡は詩乃に言った。

 

「疲れてるところを悪いが、これから鞍馬山で情報のすり合わせだ、行けるか?」

「うん、大丈夫、ちゃんと説明しないといけないと思うしね」

「よし、それじゃあキットから予備のアミュスフィアを取ってくるわ」

「うん」

 

 八幡はキットの下に向かい、キットに今日の事についてお礼を言った。

 

「キット、今日は頑張ってくれてありがとうな」

『いえいえ、お役に立てて良かったです』

「今日ほどお前がいてくれて助かったと思った事は無いわ」

『ありがとうございます、八幡』

 

 そして八幡は、キットの中からアミュスフィアを取り出した。

 

「そうだ、あいつにも連絡しておくか……」

 

 八幡はそう呟いた後、どこかに電話を掛け始めた。

 

 

 

 そして二人はGGOへとログインし、人目を避けるように鞍馬山へと向かった。

幸い二人に気付く者はおらず、二人はそのまま鞍馬山へと入る事が出来た。

 

「シャナさん!」

「シノン!」

 

 そこには既に、十狼の全員が揃っていた。

 

「悪い、心配かけたな」

「一体何があったんです?」

 

 そしてシャナは、今回の事件についての説明を始めた。

 

 

 

「そんな、あのシュピーゲル君が……」

「まさかラフィンコフィンの一味だったなんてね」

「どうやら彼、赤目のザザの弟だったらしいわ」

「はぁ?そうなのか?」

 

 シャナは初耳だったらしく、ロザリアに聞かされたその事実に驚いたようだ。

 

「ええ、まあザザはその事を否定しているみたいだけどね」

「否定?何か意味があるのか?」

「それがね、『あんな馬鹿は俺の弟じゃない』っていう意味での否定なんだって」

「ああ、そういう事か……」

 

 シャナはそのロザリアの言葉に頷いた。シャナははちまんくんから、

恭二の醜態について一通り説明を受けてからここにインしたので、

八幡がいない間に恭二がどんな態度をとっていたのかを正確に把握していた。

 

「そんな訳で、とりあえずの脅威は去った。これでもう安心だ」

「ジョニーブラックは逃がしちゃったけどね」

「一人じゃ何も出来ないだろ、一応警戒はしておくべきだろうがな」

「後は警察にお任せだね」

「まあそれしかないだろうな」

 

 そして八幡は、ちょっと用事があると言って外に出ていき、

しばらくしてから一人のプレイヤーを伴って戻ってきた。

 

「よっ!」

「あっ、キリト君!」

「えっ?」

「おいイコマ、お前の為にキリトを呼んでやったぞ、存分に再会を懐かしむといい」

 

 そう言われたイコマは、目を輝かせながら一目散にキリトに駆け寄った。

 

「キリトさん!」

「ネズハ!いや、ここではイコマか、久しぶりだな」

「はい!会いたかったです!」

「俺もだ、これでやっとあの時の四人が揃ったな」

「はい!」

 

 イコマは嬉しそうにそう頷いた。

 

「で、結局どうなったんだ?」

 

 イコマと再会を喜び合った後、そう尋ねてきたキリトに、シャナは事の次第を説明した。

 

「なるほど……まあとりあえず、これで平和が戻ったって事でいいのかな?」

「どうだろうな、まああいつに顔を知られているのは俺とキリト、アスナ、

それにロザリアくらいだろうから、その四人はしばらく警戒が必要かもな」

「後は警察に期待だな」

「まあそんな所だ」

 

 この日の話はそれで終わり、シャナは後日、ヴァルハラのメンバーにも召集をかけ、

同じように今回の事件の事を説明した。

こうして全ての仲間達に事実が開示され、死銃事件は完全に終結する事となった。

 

 

 

 そして三日後の夜、八幡はALOにログインした。

どうやら待ち合わせをしているらしく、ハチマンはきょろきょろと辺りを見回していた。

 

「ハチマン!」

「おう、クリシュナが一番か」

「残りの三人は?」

「そろそろ来ると思うんだが……」

 

 その言葉通り、遠くから三人のプレイヤーが走ってくるのが見えた。

 

「ごめん、お待たせニャ」

「ごめ~ん、バイトでちょっと遅れたわ」

「ハチマン様、お待たせしました」

「よぉフェイリス、シノン、それに……」

「セラフィムです、ハチマン様」

「セラフィムか、いい名前だな、マックス」

「ありがとうございます」

 

 セラフィムはクールな表情でそう答えたが、その顔は赤く染まっており、

嬉しそうな様子が伺えた。

 

「しかしケットシー率が高いなおい……」

「何を言ってるのにゃハチマン、猫耳は正義なのニャ!」

「お、おう、そ、そうだな……」

 

 その言葉通り、セラフィムだけがウンディーネであり、

残りの三人はケットシーなのであった。

 

「何よ、不満なの?」

「いや、別にそんな事は無いが……」

「じゃあその事を証明する為に、私の猫耳をなでなさい」

「まあそれは別に構わないが……」

 

 そう言ってシノンは、ハチマンに自らの猫耳をなでさせた。

シノンが気持ち良さそうにしているのを見て、残りの三人はヒソヒソと囁き合った。

 

「シノンもあれで中々あなどれないニャ」

「普通に命令していた気がするけど、それが自然に見えるから不思議ね」

「私には猫耳が無い……しゅん」

 

 しばらくそうさせていたシノンは、なでられて満足したのか、四人にこう言った。

 

「さて、そろそろ行きましょうか」

「何でお前が仕切ってるのかは分からないが、まあそうだな」

 

 そして五人はALOの空へと舞い上がった。

目指すはアインクラッドにあるヴァルハラ・ガーデン、

そこには既にヴァルハラ・リゾートのメンバーがほぼ全員集結しており、

今日はこの四人を正式なギルドメンバーとして既存のメンバー達に紹介する、

お披露目会なのであった。




明日の投稿にて、ついにGGO編が終わりとなります。
長々とお付き合い頂き、誠にありがとうございました。
その後はGGOアフター編を、引き続きお楽しみ下さい。

その為にも一度ALOアフター編あたりからこの作品を読み直そうと思いますので、
一週間ほど投稿をお休みさせて頂きたく思います、
再開は6月17日(日)の12時を予定しております、
それまでにおかしな話が沢山生まれてしまうかもしれませんが、
その時は、こいつまたやりやがったと生暖かい目で見て頂けるようにお願い申しあげます。


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第429話 エピローグ~過去との決別、そして未来へ

2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


「よし、全員いるな、それではこれより、新規加入者四名のお披露目会を執り行う。

四人はすまないが、前へ出て、うちの流儀で順番に自己紹介してくれ」

 

 いよいよお披露目会が始まり、先ずは自己紹介の時間となった。

 

「皆さん初めましてニャ、私はフェイリス、フェイリス・ニャンニャンにゃ、

普段は秋葉留未穂というペンネームで高校に通ったりもしているのニャけれど、

フェイリスの本名はあくまでもフェイリス・ニャンニャンなのニャ!

アキバでメイド喫茶のメイドをしていますので、近くに来たら是非寄って下さいニャ!」

 

「私はシノン、本名は朝田詩乃、遠隔攻撃メインでプレイする事になると思うわ、宜しくね」

 

「セラフィムです、本名は間宮クルスです、ハチマン様の秘書になる予定です、

今後とも宜しくお願いします」

 

「クリシュナこと、牧瀬紅莉栖です、

アメリカのヴィクトル・コンドリア大学で、脳科学の研究をしています、

皆さん、これから宜しくお願いしますね」

 

 ちなみに自己紹介に本名が含まれているのは、通常のVRゲームではありえないのだが、

そもそもヴァルハラのメンバー選考基準の一つはリアル繋がりであり、

今日のようなスタイルで行われるのが常のようだ。うちの流儀とはその事である。

その後にメンバー達も順番に自己紹介をし、堅苦しい部分はこれにて終了となった。

この後は普通に宴会の時間である。

 

 

 

「あれ、フカは……?」

 

 シノンはフカ次郎の姿が見えなかった為、とても残念そうにハチマンに尋ねた。

 

「おう、それがな、どうやらあいつ、大学の進級がやばいみたいでな、

研究室に缶詰状態で、教授の研究を手伝ってるらしいんだよ、

どうやらそれが、進級の条件らしくてな……」

「うわ、大丈夫なの?」

「あいつ次第だな……もし留年したら、親の命令で一年分の学費が自腹になるらしく、

毎日涙目のメールが届いてうざいのなんのってな……」

「そ、そうなんだ、まあ私のこのキャラもまだ初期レベルだし、

再会を祝うのは、もう少しまともに戦えるようになってからの方がいいかもしれないわね」

「だな、俺も手伝ってやるから、まあそれを励みにしばらく頑張れよ」

「うん、頑張る」

 

 シノンはこの機会に、新規キャラで一からゲームを始めていた。

これは毎回キャラをコンバートするのがめんどくさかったのと、

今ハチマンが言ったように、経験値稼ぎをハチマンに手伝ってもらうついでに、

もっとハチマンと仲良くなろうとシノンが計算したからなのであった。

 

「ついでに残りの三人も一緒に育成しないとな、

しばらく忙しくなるから覚悟しておくんだぞ、シノン」

「え………あ、う、うん、そうね!」

 

 シノンはハチマンにそう言われ、いきなり自分の計算が狂った事に内心頭を抱えていたが、

それはそれで楽しそうだと思い直し、特に不満を抱くような事は無かった。

何故ならそれは、こんな理由があったからである。

 

「ところでハチマン、約束は覚えてるわよね?」

「約束?何のだ?」

「私が優勝したら、どこかに遊びに連れてってくれるっていう約束よ」

「あ…………」

 

 ハチマンはそう言われて初めてその事を思い出した。

 

(そういえば優勝したら、マックスと同じ条件をシノンに与えるって約束してたな……)

 

「も、もちろん覚えてたぞ、大丈夫、大丈夫だ」

「やっぱり忘れてたのね……」

「い、いや、そんな事は無い、分かった、今度ちゃんと相談して予定を立てよう」

「よろしい」

 

 

 

「お~いフェイリスさん、ちょっといいか?」

「ん、何ですかニャ?副団長様」

「キリトでいいって、ところでフェイリスさん、俺、前メイクイーンに客として行って、

その時フェイリスさんと話した事があるんだが、覚えてるか?」

「ニャんと!?う~ん……」

「えっと、ほら、八幡の名前を出したら知らないって言われて、

帰る間際に今度は是非八幡と一緒に来てくれって……」

「ああっ、あの強いオーラを持ったご主人様ニャね、もちろん覚えてるニャよ!

あの時はつれない態度をとってしまってごめんニャ」

「いやいや、守秘義務は大事だからな、約束通り、今度八幡や他の奴と一緒に店に行くよ」

「是非是非お待ちしてますニャん!」

 

 フェイリスは嬉しそうにそう言い、再び趣味のメイドの仕事へと戻っていった。

 

 

 

「あなたがいてくれて本当に良かったわ、これからもハチマン君の相談に乗ってあげてね」

「いえいえ、私もソレイユさんには色々と便宜をはかってもらいましたから」

「どう?研究は進みそう?」

「バッチリです、レスキネン教授もかなり興奮したみたいで、

今度是非アメリカに来て欲しいって言ってましたよ」

 

 

 

「セラフィム、良かったら今度、一緒に猫カフェに付き合ってくれない?

もちろんアプリも一緒に」

「………………ユキノが帰りたくないって駄々をこねたら殴ってもいい?」

「っ!?」

「いい?」

「ご、ごめんなさい、この前は確かに私が悪かったわ」

「反省してる?」

「ええ、もちろん」

「それじゃあ付き合ってもいいよ」

「本当に?ありがとう、セラフィム」

 

 ちなみにアプリとは、海野杏の名前をもじったあだ名であった。

 

 

 

 このように、最初は顔見知り同士で会話が行われていたのだが、

その輪に徐々に他の者達も加わっていった。

そして一通り料理や飲み物が振舞われた後、新人歓迎の為の邪神狩りが行われる事となった。

 

「…………ねぇハチマン」

「何だ?クリシュナ」

「この敵って、ほぼ初期ステータス状態で挑むような敵なの?」

「まさか、二桁後半、出来れば三桁は欲しいところだな」

 

 クリシュナはその言葉に、この強敵相手に自分が無謀な戦闘を仕掛ける必要は無いのだと、

少し安心したように言った。

 

「あは、そうよね、あまりの無謀さに、ちょっとびっくりしちゃったわよ、

とりあえず見学していればいいのかしら?」

「何を言ってるんだ?さっさとやるぞクリシュナ、このアイテムを敵に投げつけろ、

僅かでもダメージを与えられれば、それで経験値が入るからな、

ステータスをどう育てるか、ちゃんと考えておくんだぞ」

「えっ?」

「他の奴らを見ろ、楽しそうな顔でバンバン矢を撃ちまくったり、

魔法を撃ったりしてるだろ?お前も少しはあいつらを見習えよ」

「えっ、えっ?」

 

 クリシュナはそう言われ、同じ新人達を見た。シノンは嬉しそうに矢を撃ちまくり、

フェイリスは生まれて初めて使う魔法に酔いしれていた。

セラフィムはクリシュナと同じくアイテムを投げているようで、

時折ステータスを確認しながら、どう育てようか考えているようだった。

 

「いやいやいや、無理だから!」

「その無理を実現させるのがお前の研究じゃないのか?」

「うっ……」

 

 クリシュナは痛いところを突かれたのか、胸を押さえながらそう言った。

 

「まあ実験だと思ってやってみろ」

「実験……そう、これは実験なのよね、それならば実証しないと!」

「そうだ、今のステータスでも十分やれるって事を実証してやれ」

「分かったわ!」

 

(意外と扱いやすいな……凶真の言っていた通りだ。キーワードは『実験』か)

 

 こうして無理なパワーレベリングを繰り返され、

新人達も戦力としてどんどん力を付けていく事になる。

これがヴァルハラ・リゾートの黄金時代の始まりであった。

 

 

 

「師匠、今日は楽しかった?」

「おう、ド素人の俺でも意外とやれるもんだな」

「師匠は基本を疎かにしないしデータもしっかりと確認する、やれば出来る子」

「子供扱いすんな!」

 

 この日ゼクシードは、アイとユウに連れられて、

なんちゃってアインクラッドの5層ボスの攻略に駆り出されていた。

そこそこ苦戦はしたものの、三人は無事にボスを倒す事が出来、

今は祝勝会を終え、ゼクシードが自分の家に戻ろうとしているところだった。

 

「たまにはこういうのもいいな、もし良かったら、また今度……」

「今度は無いの、師匠」

「うん」

「え?」

 

 その瞬間に、いきなりゼクシードの視界がぼやけた。

 

「な、何だこれ!?」

「師匠、さよならだよ」

「もうこんな所に来ちゃ駄目だよ、約束だからね」

「ちょっと待て、アイ、ユウ、俺はもっとお前らと……」

 

 楽しく遊びたいんだ!と続けようとしたゼクシードの口はまともに動かず、

ゼクシードの意識はそのまま闇の中に沈んだ。

 

 それからどれくらいの時が経ったのだろう、

目を覚ますと、そこは見た事の無い病室であり、

お医者さんらしき人物が、保の顔を覗き込んでいた。

その顔は、夢の中で映像を通して見た老人の顔では無く、とても若々しいものだった。

 

「お、やっと目が覚めたみたいだね、茂村さん」

「えっと……ここは?」

「ここはね………」

 

 その医師が語った病院名は、保のかかりつけの病院であった。

 

「君は君の家に忍び込んだ犯罪者にとても危険な薬を注射されたんだ、

でももう大丈夫だ、しばらく手足が不自由な感じがするかもしれないが、

リハビリすればちゃんと元に戻るからね」

「あ、あの、アイとユウは……」

「アイとユウ?何だいそれ?」

「あ、いえ、何でもないです……」

 

 保は、この前までの出来事はまさか夢だったのかと混乱した。

今でも頭の中には、アイとユウの笑顔が焼きついて離れない。

その時病室のドアが開き、二人の女性が中に入ってきた。

 

「ゼクシードさん!」

「やっと目を覚ましてくれたんですね、心配しましたよ!」

「お、お前らは……」

 

 その二人は、夢の中でたまに会いに来てくれた、ユッコとハルカと同じ顔をしていた。

 

「もしかして、ユッコとハルカか?」

「初対面なのによく分かりましたね、ゼクシードさん、凄いです!」

「さすがやれば出来るゼクシードさんですね!」

「お、おう、ありがとう……」

「リハビリもたまに手伝いますから、早く元の元気なゼクシードさんに戻って下さいね」

「今度こそ打倒シャナさんを成し遂げましょう!」

「シャナ……か……」

 

 保は感慨深げにその名を口にした。

 

「あいつが俺を助けてくれたなんて、やっぱりありえないよな……そうか、夢だったのか」

 

 保は、それにしてもいい夢だったと思いながら、ユッコとハルカに力強く頷いた。

 

「ああ、直ぐに復帰して、シャナの野郎を倒してやるさ!」

「はい!」

「その意気です!」

 

 その後保は、夢の中で見た第三回BoBの結果が現実と一緒だった為、

混乱したりもするのだが、その事はとりあえず置いておき、リハビリにまい進する事になる。

 

「それじゃあまた来ますね」

「今日はありがとな、またな、二人とも」

「はい、またです!」

 

 そして病室を出た二人は、外で待っていた男に話し掛けた。

 

「こんな感じで良かった?」

「パーフェクトだ」

「それじゃあ約束通り……」

「おう、今日の晩飯は俺が奢ってやる、何でも好きな物を頼んでくれ」

「お高いものでもいいの?」

「ああ、構わない」

「さっすがお金持ち!」

「まあ俺とお前達じゃ、会話は弾まないかもしれないけどな」

「いやいや、今はもうGGOの話とか出来るっしょ、ささ、行こ行こ」

「そうそう、この時の為にお昼を抜いたんだから、早く行こ」

 

 そしてその男、八幡は、保の病室をチラッと振り返ると、済まなそうな顔で呟いた。

 

「悪いなゼクシード、アイとユウがどうしてもサプライズがしたいって我が侭を言うんでな、

まあ再会した時は、精々驚くといいさ」

 

 どうやら保の体は、メディキュボイドから切り離された後、

こっそりとこの病院に運ばれ、関係者一同が口裏を合わせる事にしたらしい。

なんともまあ大掛かりなドッキリもあったものである。

 

 

 

「で、今日は何の用事?デート……じゃないわよね」

 

 その日詩乃は、八幡に呼び出されてダイシーカフェにいた。

同席しているのは和人とアルゴである。

 

「ああ、実はお前に会わせたい人達がいてな」

「人……達?」

「その前に、これをちょっと持ってみろ」

「そ、それは……」

 

 そう言って八幡が差し出してきたのは、黒星のモデルガンであった。

詩乃は勇気を出して手を伸ばしたのだが、あと数cmが遠い。

 

「あの時は持てたのに……」

「夢中だったんだろ、やはりまだ無理そうか?」

「かも……」

「まあそれも今日までだ、多分な」

「今日まで?」

「さあ、こちらです」

 

 その時エギルに連れられ、母親と娘らしき二人組が中に入ってきた。

 

「えっと……」

 

 戸惑う詩乃に、その母親らしき女性は目を潤ませながら話し掛けてきた。

 

「お久しぶりね、朝田さん」

「えっ?私の事を知ってるんですか?」

「私は昔銀行で働いていたのだけれど、まああなたは小学生だったし、覚えていないわよね」

「銀行?ま、まさかそれって……」

「ええ、あなたが強盗と遭遇してしまった、あの銀行よ。

そして犯人に今まさに撃たれようとしていたのが私」

 

 詩乃はそう言われた瞬間に吐き気を覚えたが、そんな詩乃を八幡がしっかりと抱き締めた。

八幡は詩乃の背中をぽんぽんと叩きながら言った。

 

「よしよし、大丈夫だからな」

「こ、子供扱いしないでよ!」

「そう思うんだったらせめて話を聞かせてもらうまでは踏ん張れ」

「言われなくても!」

 

 詩乃はここで根性を見せ、何とか平常心を保つ事に成功した。

 

「お姉ちゃん、大丈夫?」

 

 二人組の娘の方が、そんな詩乃を見て、心配そうに言った。

 

「うん、もう大丈夫だよ」

「そっかぁ、良かった。えっと、あのね、お姉ちゃん」

「うん、どうしたの?」

 

 詩乃はそう言って、その少女の口に自らの耳を近付けた。

 

「私の命を助けてくれてありがとう」

 

 そう言ってその少女は、詩乃の頬に口付けをした。

 

「えっ?それって……」

「その子はあの事件の後に産まれたんですよ、あの事件の時、

この子は私のお腹の中にいたんです」

「あっ……」

「分かりましたか?この子はあなたのおかげで、この世に生まれてくる事が出来たんです」

「そ、それは……」

「あなたは確かに人を銃で撃ってしまったかもしれない、でもこれだけは言わせて下さい、

あなたは確実に、あの場にいた沢山の人を救っています、もちろんこの子も……」

 

 詩乃はそう言われて再びその少女の顔を見た。

その少女は詩乃の顔を見て、ニコっと笑いながら言った。

 

「お姉ちゃん、大好き!」

「あ…………」

 

 そう言われた詩乃の目から、とめどなく涙が流れてきた。

 

「お、お姉ちゃん、どうしたの?何か悲しいの?泣かないで?」

 

 そう言ってその少女は、詩乃の頭を優しく撫でた。

 

「ううん、悲しいんじゃなくて、嬉しいんだよ」

「そうなんだ!じゃあ私と一緒だね!」

「うん……うん……」

 

 この後詩乃は、問題なく黒星のモデルガンを手に取る事が出来た。

この母娘との再会を経て、詩乃のトラウマは完全に消え去ったようである。

 

「良かったな、詩乃」

「うん、ありがとう、和人君」

「頑張って探した甲斐があったナ」

「ありがとうアルゴさん、本当に感謝してます」

「礼ならこの天然ジゴロに言ってやってくれ、

関係者を探すように頼んできたのはハー坊だからナ」

「八幡が?」

「天然ジゴロって何だよ……まあ約束したからな、お前を助けるって」

 

 詩乃はそう言われ、再び泣きそうになった。

だが何とか泣くのを我慢し、詩乃はそんな内心を隠しながら八幡に言った。

 

「これで私の弱点が無くなっちゃったわよ、

次のBoBでは私があんたに圧勝するんじゃない?」

「あん?お前なんか軽くひと捻りだっての」

「調子に乗るな詩乃、そもそもお前は色々と軽率すぎだ、

あの時だって、先に携帯を確認していれば、あんな事にはならなかったんだからな」

 

 その声はまったく同じ声で別の場所から聞こえ、詩乃はその声の主を確認すると、

目を輝かせながらその声の主に駆け寄った。

 

「はちまんくん!」

「よぉ、やっと両腕が直ったぞ」

「それだけじゃないぞ、実は体内の色々な部分がやばかったんだぞ、

さすがに電気ショックはやりすぎだ、お前も反省しろヨ」

「だそうだ」

 

 はちまんくんは、そのアルゴの言葉を意に介さず、肩を竦めながらそう詩乃に言った。

それを見た八幡は、はちまんくんに突っ込んだ。

 

「ひと事みたいに言ってんじゃねえ、お前が言われてんだよお前が」

「詩乃を守れたんだから別にいいだろ、お前が俺でも、あの状況では同じ事をしたはずだ」

「あ?ん、んなわけねえだろ!」

「照れるな俺、みんながお前を生暖かい目で見つめてるぞ」

「なっ……」

 

 そしてその場は他の者達の笑い声で溢れ、八幡は拗ねたように顔を背けたのだった。

 

 

 

 こうしてこの日、詩乃は、本当の意味で過去と決別した。

 

 

 

(GGOを始めた事は、私にとっては大正解だった。

でもそのキッカケをくれた新川君は、今は留置所の中にいる。

私の人生って、よくよく考えると波乱万丈よね……)

 

 そう考えながら、詩乃は今日も元気に学校へと向かう。

これから少女は、今までの人生のマイナス分を少しでも取り返すべく、

常に前を向いて歩いていくのだろう、大切な友人達と、大好きな人と共に。

 

 

                          GGO編 了




これにてGGO編は終了となります、予告通り一週間休載とし、
6月17日から新たにGGOアフター編が始まります、
全240話にも渡る長い章になりましたが、お付き合い頂きありがとうございました。
再開後は更なる暴走が始まると思われますが、
お見捨て無きように今後とも宜しくお願いします!


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人物紹介 ver.1.10 GGO AFTER edition

人物紹介

 

『ALO組、ヴァルハラ・ガーデン』

 

・ハチマン

 

 言わずと知れた主人公、その正体はSAOのハチマンである。本名は比企谷八幡。

 ソレイユの社長に就任予定。銀影、ザ・ルーラー。主に指揮担当。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。

 

・アスナ

 

 本編のメインヒロイン、SAOのアスナである。本名は結城明日奈。

 ソレイユの渉外部長に就任予定。閃光、バーサクヒーラー。ヒーラー兼物理アタッカー。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。

 

・コマチ

 

 ハチマンの妹。斥候。

 

・キリト

 

 本名は桐ヶ谷和人、八幡の親友、同級生。黒の剣士、ソレイユの開発部長に就任予定。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。物理アタッカー。

 

・リズベット

 

 本名は篠崎里香、八幡の同級生。和人と付き合っている。ALO最高の鍛治職人。

 物理アタッカー。

 

・シリカ

 

 本名は綾野珪子、八幡の同級生、竜使い。

 物理アタッカー兼ヒーラー(ピナを使用時)

 

・クライン

 

 本名は壷井遼太郎、平塚静と交際中。物理アタッカー。

 

・エギル

 

 本名はアンドリュー・ギルバート・ミルズ、喫茶店「ダイシーカフェ」を経営中。

 物理アタッカー。

 

・ユキノ

 

 本名は雪ノ下雪乃、パンさんと猫が大好き、ソレイユの経営部長に就任予定。

 絶対零度。ヒーラー。ALOのセブンスヘヴンの一人。

 

・ユイユイ

 

 本名は由比ヶ浜結衣。八幡の元同級生。ソレイユの芸能部に所属予定。

 夏コミに強制参加させられる。タンク。

 

・ユミー

 

 本名は三浦優美子。八幡の元同級生。ソレイユの芸能部に所属予定。

 夏コミに強制参加させられる。魔法アタッカー。

 

・イロハ

 

 本名は一色いろは。八幡の元後輩。ソレイユの芸能部に所属予定。魔法アタッカー。

 

・リーファ

 

 本名は桐ヶ谷直葉、和人の妹。剣道の有段者。シルフ四天王の一人。

 物理アタッカー。

 

・レコン

 

 本名は長田慎一、直葉の事が好き。斥候。

 

・メビウス

 

 本名は城廻めぐり、ソレイユのメディキュボイド開発部所属。ヒーラー。

 

・ソレイユ

 

 本名は雪ノ下陽乃、ソレイユ・コーポレーションの創設者、絶対暴君。魔法アタッカー。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。

 

・アルゴ

 

 本名は不明、主要キャラの中では唯一本名を隠し通す。ソレイユの情報部長。斥候。

 

・シノン

 

 本名は朝田詩乃、高校生、ソレイユでバイト中。遠隔アタッカー。

 

・フカ次郎

 

 本名は篠原美優、北海道在住。物理アタッカー。

 

・クリスハイト

 

 本名は菊岡誠二郎、総務省通信ネットワーク内仮想空間管理課(通称仮想課)職員。

 魔法アタッカー。

 

・クックロビン

 

 本名は神崎エルザ、今話題のアーティスト。GGOのピトフーイ、変態。

 現在未加入どころかキャラすらも存在せず。物理アタッカー。

 

・セラフィム

 

 本名は間宮クルス、雪乃とは同級生に当たるが学校での面識は無かった。

 シャナを神と崇める少女。八幡の秘書に就任予定。

 第三回BoB後に正式メンバーに加入。タンク。

 

・クリシュナ

 

 本名は牧瀬紅莉栖、天才脳科学者。彼女の存在が、いずれ何人かの人物の救いとなる。

 HNは栗悟飯とカメハメ波。支援、弱体魔法担当。

 

・フェイリス

 

 本名は秋葉留未穂、最初は見学用アカウントとして作成された。

 現在メイクイーンでの職務の後にヴァルハラ・ガーデンでメイドプレイ中。

 魔法戦闘もこなす戦うメイドさん。魔法アタッカー。

 

・ナタク

 

 本名は国友駒央。現在未加入どころかキャラすらも存在せず。

 将来は医者になる予定、結城家当主の孫、楓の婿にロックオン。

 第三回BoB時にキリトとゲーム内で再会した。

 一応物理アタッカーだが視界の問題が解決していないので職人プレイメイン。

 

・サイレント

 

 本名は平塚静、プレイはしていない、ゲスト扱い。

 

・ユイ

 

 NPCの少女。ハチマンとアスナの娘。

 

・キズメル

 

 NPCのダークエルフの美女。自称ハチマンの嫁。

 

 

『その他のALOプレイヤー』

 

・サクヤ

 

 シルフ領主。

 

・アリシャ・ルー

 

 ケットシー領主。

 

・ユージーン

 

 サラマンダー領主の弟。サラマンダー軍のトップ。元ALO最強剣士。

 

・カゲムネ

 

 ユージーンの側近。サラマンダー軍のナンバーツー扱い。

 

・シグルド

 

 元シルフ四天王の一人。サクヤに追放された後は不明。

 

・トンキー

 

 邪神型モンスター。

 

・ユウキ

 

 本名は紺野木綿季。絶剣。スリーピング・ナイツのメンバー。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。

 

・ラン

 

 本名は紺野藍子。絶刀。スリーピング・ナイツのリーダー。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。

 

・シウネー

 

 スリーピング・ナイツのメンバー。

 

・ジュン

 

 スリーピング・ナイツのメンバー。

 

・テッチ

 

 スリーピング・ナイツのメンバー。

 

・タルケン

 

 スリーピング・ナイツのメンバー。

 

・ノリ

 

 スリーピング・ナイツのメンバー。

 

・クロービス

 

 スリーピング・ナイツのメンバー。

 

・ルクス

 

 詳細不明

 

・グウェン

 

 詳細不明

 

『十狼』

 

・シャナ

 

 ALOのハチマン、狙撃銃M82を所持使用輝光剣はアハトX、刀身は黒。

 

・シズカ

 

 ALOのアスナ、使用輝光剣はカゲミツG1夜桜、刀身はピンク。

 

・シノン

 

 ALOのシノン、狙撃銃ヘカートII、グロックを改造したグロックX3、チビノンを所持。

刀身は水色。

 

・ベンケイ

 

 ALOのコマチ、使用輝光剣はカゲミツG2白銀、刀身は銀色。

 

・ピトフーイ

 

 ALOのクックロビン、使用輝光剣はカゲミツG3鬼哭。刀身は赤。

 

・ロザリア

 

 本名は薔薇(ソウビ)小猫。なんちゃってヒロイン。八幡の秘書室長に就任予定。

 夏コミのソレイユの企業ブースの説明担当。

 

・ニャンゴロー

 

 ALOのユキノ。

 

・イコマ

 

 SAOのネズハ、ALOのナタク。

 

・エム

 

 本名は阿僧祇豪志。ピトフーイをこよなく愛する彼女の秘書。ドM。

 

・銃士X(マスケティア・イクス)

 

 ALOのセラフィム。使用輝光剣はカゲミツG5流水、刀身は青。

 

・セバス

 

 本名は都築和彦、雪ノ下家の執事、八幡の師匠、元傭兵。

 

 

『シャナに近いGGOプレイヤー』

 

・薄塩たらこ

 

 本名は長崎大善、元GGOの最大スコードロンのリーダー。ソレイユでバイト中。 

 

・闇風

 

 本名は山田風太、GGO最高のスピードスター。ソレイユでバイト中。

 

・エヴァ

 

 本名は新渡戸咲、高校の新体操部の部長。スコ-ドロン『SHINC』のリーダー。

 

・ソフィー

 

 本名は藤沢カナ、咲と同じ新体操部所属。スコ-ドロン『SHINC』のメンバー。

 

・ローザ

 

 本名は野口詩織、咲と同じ新体操部所属。スコ-ドロン『SHINC』のメンバー。

 狙撃銃デグチャレフの運搬担当。

 

・アンナ

 

 本名は安中萌、咲と同じ新体操部所属。スコ-ドロン『SHINC』のメンバー。

 

・ターニャ

 

 本名は楠リサ、咲と同じ新体操部所属。スコ-ドロン『SHINC』のメンバー。

 

・トーマ

 

 本名はミラナ・シドロワ、ロシア出身。咲と同じ新体操部所属。

 スコ-ドロン『SHINC』のメンバー。狙撃銃デグチャレフの狙撃担当。

 

・ダイン

 

 本名は台場涼一、シュピーゲルの所属するスコードロンのリーダー。

 第三回BoBの決勝進出者。

 

・ギンロウ

 

 本名は犬塚銀治、シャナを崇拝するようになった。

 第三回BoBにて念願の決勝進出を果たす。

 

・おっかさん

 

 本名は田中翔子、女性だけのスコードロン、GGO女性連合(通称G女連)のリーダー。

 サーシャの母親。

 

・ミサキ

 

 本名は海野美咲、G女連のメンバー。銀座でスナック「美咲」を経営。

 気に入った男の前ではつい下ネタを連発してしまう妖艶な女性。

 最初の旦那は政治家だったが死別している。シャナに懸想中。海野杏の母。

 かなりの実力者であり、その腕前は、第三回BoBの決勝に進出する程。

 

・イヴ

 

 本名は岡野舞衣、G女連のメンバー。ハッカー。ソレイユの情報部所属。

 母は発明家の岡野由香。

 

・レン

 

 本名は小比類巻香蓮、フカ次郎こと篠原美優の友達。かなりの高身長。

 八幡に影響されて彼に会う為にGGOをプレイ開始。

 

 

・フカ次郎

 

 本名は篠原美優。ALOのフカ次郎。レンに頼まれてGGOに参戦。

 

・コミケ

 

 本名は伊丹耀司、自衛隊三等陸尉。スコードロン『Narrow』のリーダー。

 

・ケモナー

 

 本名は倉田武雄、自衛隊三等陸曹。スコードロン『Narrow』のメンバー。

 

・トミー

 

 本名は富田章、自衛隊二等陸曹。スコードロン『Narrow』のメンバー。

 

・クリン

 

 本名は栗林志乃、自衛隊二等陸曹。スコードロン『Narrow』のメンバー。

 

・ブラックキャット

 

 本名は黒川茉莉、自衛隊二等陸曹。スコードロン『Narrow』のメンバー。

 第三回BoBの序盤で八幡の体調の保全を担当、後に連絡役もこなした。

 毒舌女王だが、八幡の事を気に入っているらしく、まだ八幡には毒舌は発揮されていない。

 

・キリト

 

 ALOのキリト。使用輝光剣はカゲミツG4、エリュシデータ、刀身は黒。

 

 

『その他のGGOプレイヤー』

 

・ゼクシード

 

 本名は茂村保、第二回BoB優勝者、鋼のメンタルの持ち主。

 眠りの森にてVR空間に滞在し、治療を受け復活。その時の事を夢だと思っている。

 

・ユッコ

 

 本名は桜川悠子、ゼクシード一派。南の元友達。

 

・ハルカ

 

 本名は井上晴香、ゼクシード一派。南の元友達。

 

・シュピーゲル

 

 本名は新川恭二、詩乃の事が好きだが気付いてもらえず、悲劇の引き金を引く悲しい少年。

 サクリファイスを殺害、現在収監中。

 

・ステルベン

 

 本名は新川昌一、SAOの赤目のザザ。通称死銃(デスガン)、現在収監中。

 

・ノワール

 

 本名は金本敦、SAOのジョニーブラック、通称ジョー。

 ギャレットとペイル・ライダーを殺害、現在逃亡中。

 

・ギャレット

 

 本名は渡辺光男、第三回BoBにて死亡。

 

・ペイル・ライダー

 

 本名は双葉駆、第三回BoBにて死亡。

 

・獅子王リッチー

 

 ミサキに惚れているがその視界には入らない。第三回BoBの決勝進出者。

 

・ベヒモス

 

 ミニガン使い。

 

・シシガネ

 

 VIT極振りプレイヤー。

 

・デヴィッド

 

 ピトフーイの事が嫌いらしい。古参プレイヤー。

 スコードロン『MMTM(メメント・モリ)』のリーダー。

 

・シノハラ

 

 マシンガンをこよなく愛する。

 スコードロン『ZEMAL(全日本マシンガンラヴァーズ)』のリーダー。

 

・クラレンス

 

 男性のような見た目を持つ女性プレイヤー。相方募集中。

 

・シャーリー

 

 北海道で実際に銃を扱う仕事をしている女性。対人は嫌いらしい。

 使用銃はブレイザーR93。要塞防衛戦でシャナからM82を貸してもらった。

 スコードロン『KKHC(北の国ハンターズクラブ)』のメンバー。

 

・餓丸

 

 第三回BoBの予選にてキリトと対戦するも、無意識のキリトにあっさり倒される。

 

・サトライザー

 

 本名はガブリエル・ミラー。シャナの宿敵。第四回BoBに出場。都築と面識有り。

 

・サクリファイス

 

 本名は凡田平、第三回BoBの直前に死亡。

 

・スネーク

 

 第三回BoBの決勝メンバーの一人。MGSプレイを実践する。

 

・とある作家

 

 スクワッド・ジャムを提唱し、第一回のスポンサーとなる。

 

 

『元SAOプレイヤー』

 

・ヒースクリフ

 

 本名は茅場晶彦、天才科学者。SAO四天王の一人。神聖剣。

 

・ゴドフリー

 

 本名は相模自由。警察官僚。相模南の父親。

 

・クラディール

 

 本名は倉景時、現在結城塾でしごかれ中。

 

・ノーチラス

 

 本名は後沢鋭二、ユナの元同級生、オーグマーに関わる事件の首謀者の一人。

 ユナの気持ちを曲解し、彼女の意思に反する行いを繰り返し、

 最後にはユナの気持ちも失う。

 

・PoH(プー)

 

 本名はヴァサゴ・カザルス、殺人ギルド、ラフィンコフィンのリーダー。

 

・ザザ

 

 ステルベンの項目を参照。

 

・ジョニー・ブラック

 

 ノワールの項目を参照。

 

・キバオウ

 

 本名佐藤一郎、アインクラッド解放軍のリーダー。

 

・シンカー

 

 本名足立康隆、ネットゲーム攻略サイト、MMOトゥデイの管理人。

 

・ユリエール

 

 本名足立由里子、現在はシンカーの妻。

 

・ヨルコ

 

 本名は明星夜子。

 

・カインズ

 

 本名は明星優。

 

・サーシャ

 

 本名は田中沙耶、おっかさんの娘、現在総武高校で教鞭をとる。奉仕部顧問。

 

・ニシダ

 

 本名は西田俊春、ソレイユの回線保守部門に所属。趣味は釣り。

 

・ディアベル

 

 故人。

 

・リンド

 

 聖竜連合所属。

 

・シュミット

 

 聖竜連合所属。

 

・シヴァタ

 

 聖竜連合所属。

 

・コーバッツ

 

 アインクラッド解放軍に所属。故人。

 

・モルテ

 

 ラフィンコフィン所属プレイヤー。

 

・アシュレイ

 

 本名は神野アリス、ALOにもいるらしい。SAO一の裁縫師。

 

・ユナ

 

 本名は重村悠那。ハチマンの弟子だった時期がある。

 彼女の持っていたレア装備と短剣スキルにはハチマンが関与していた。

 通称歌姫、SAOのクリア直前に○○○○○、脳を○○○○○○○○○○○、

 ○○○○○完全なる○○○○○○○。○○○父である重村徹大の手により、

 ○○○○○○○○○○隠され、○○○○○○○○○○○ている。

 

『現実世界の人々』

 

・結城清盛

 

 結城家当主、剣豪。茂村保を見事に治療した。

 

・結城宗盛

 

 結城家長男、現在渡米中。

 

・結城知盛

 

 結城家次男、前例のある手術の技術は超一流。

 

・結城経子

 

 結城家長女、現在東京在住、眠りの森の園長。

 

・結城楓

 

 経子の娘。難病を克服。

 

・国友義賢

 

 イコマの父親。

 

・倉景清

 

 倉エージェンシーの元社長。

 

・倉朝景

 

 倉エージェンシー社長。ソレイユの傘下に入る予定。

 

・雪ノ下朱乃

 

 雪ノ下姉妹の母親、帰還者用学校の理事長。

 

・雪ノ下純一

 

 雪ノ下姉妹の父親、千葉県議会議員。雪ノ下建設社長。

 

・相模南

 

 八幡の元同級生。八幡の秘書に就任予定。

 

・戸塚彩加

 

 八幡の元同級生。

 

・葉山隼人

 

 八幡の元同級生、ソレイユの法務部長に就任予定。

 

・戸部翔

 

 八幡の元同級生、ソレイユの営業部に所属予定。

 

・川崎沙希

 

 八幡の元同級生。ソレイユの芸能部長に就任予定。夏コミに強制参加させられる。

 

・材木座義輝

 

 八幡の元同級生、ソレイユの開発部所属。

 

・海老名姫菜

 

 八幡の元同級生、腐女子業界で人気作家となる。サークル「腐海のプリンセス」を営む。

 結衣と優美子と沙希を夏コミの売り子として強制参加させる。

 

・鶴見由美

 

 八幡のリハビリの先生。

 

・鶴見留美

 

 かつて八幡と知り合った少女。総武高校一年生で奉仕部所属。由美の娘。

 

・折本かおり

 

 八幡の元同級生、ソレイユの受付嬢。後に芸能部所属。

 冬コミのソレイユの企業ブースの受付担当。

 

・仲町千佳

 

 かおりの親友、実家は花屋。ソレイユ関連の花や植木の注文を一手に引き受ける事となる。

 

・昼岡映子

 

 詩乃の親友、A、真面目、ソレイユの経営部に所属予定。

 

・夕雲美衣

 

 詩乃の親友、B、調整役、ソレイユの渉外部に所属予定。

 

・夜野椎奈

 

 詩乃の親友、C、コミュ力の鬼、ソレイユの営業部に所属予定。

 その積極性で、三人の中では八幡に一番近い存在となる。

 

・海野杏

 

 クルスの親友、美咲の娘。

 美咲は十代で杏を産んだ為、杏は美咲の事を美咲ちゃんと呼んでいる。

 

・玉縄春樹

 

 元海浜総合高校の生徒会長、ソレイユの入社試験に落ちる。かおりに告白し玉砕。

 

・須郷伸之

 

 SAOの最後の百人事件の首謀者、第一審で有罪判決が下るも控訴中。

 

・重村徹大

 

 東都工業大学電気電子工学科教授、オーグマーの開発者。

 オーグマーの販売メーカーであるカムラの取締役の一人、

 アーガスの元社外取締役。茅場、須郷、神代、比嘉はいずれも彼の教え子。

 重村悠那の父親。悠那の○○を○○○○○○し、

 オーグマーを使って悠那を復活させようと画策中。

 

・神代凛子

 

 ソレイユのメディキュボイド開発部長。

 

・比嘉健

 

 オーグマーの開発に協力。後にソレイユの開発部所属。

 

・安岐ナツキ

 

 自衛隊付属の看護病院の卒業生、階級は二等陸曹。

 第三回BoBで和人の体調の保全を担当。

 

・結城彰三

 

 明日奈の父親、レクト社長。

 

・結城京子

 

 明日奈の母親。

 

・結城浩一郎

 

 明日奈の兄。

 

・遠藤貴子

 

 詩乃を脅していた一派のリーダー、今は許されてたまに一緒に行動している。

 

・葵梨紗

 

 コミケの元奥さん、姫菜と共にサークル「腐海のプリンセス」を営む。

 

・ダル

 

 本名は橋田至、スーパーハカー。時々ソレイユの仕事を受ける。

 

・鳳凰院凶真

 

 本名は岡部倫太郎。あだ名はオカリン。八幡と友達付き合いをしている。

 

・まゆしい

 

 本名は椎名まゆり。メイクイーン・ニャンニャンでバイト中。

 

・比屋定真帆

 

 牧瀬紅莉栖の先輩、ヴィクトル・コンドリア大学の学生。

 

・アレクシス・レスキネン

 

 ヴィクトル・コンドリア大学教授で脳科学研究所の主任。

 

・櫛稲田優里奈

 

 現在天涯孤独の身。SAO内で死亡した兄、大地が相模自由の部下だった関係で、

 第三回BoB後に自由から相談を受けた八幡の手によって、

 ソレイユの次期幹部候補生育成プロジェクトの最初の候補生に選ばれる。

 そのおかげで生活は安定。ソレイユでバイトしつつ八幡と交流を深める。

 

・西山田炎(ファイヤ)

 

 パーティで香蓮と出会い、ひと目惚れをした青年。

 身長は150cm台、業界内ではその名前と身長のせいで有名だが、優秀な若手。

 

 

・参考資料、現在の社長がモテすぎてむかつく乙女の会のメンバー一覧

 

    会長:薔薇小猫

一般メンバー:相模南

       間宮クルス

       折本かおり

       岡野舞衣

       朝田詩乃




再開は6月20日までずれ込みそうです、もう数日お待ち下さいorz


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第五章 GGO~アフター~編
第430話 櫛稲田優里奈は拝命する


お待たせしました、GGOアフター編の開幕です!


 死銃事件から数日後、関係者を集めた慰労会が行われる事となった。

参加したのは、清盛、経子、凛子の眠りの森組と、

シンカー(足立康隆)、ユリエール(足立由里子)、それに自由であった。

ソレイユ組からは、陽乃と八幡のみが出席する事となった。

メンバーを見れば分かるが、要するに大人の飲み会である。

ソレイユの社員は、今回の飲み会には参加していない。

今回は基本、外部の者達に感謝する為の集まりなのだった。

飲み会は、当然のように当事者である八幡の挨拶から始まった。

 

「皆さん、今回の事件では、多岐にわたって協力して頂き、とても助かりました。

失われた命については悔しくて仕方がありませんが、

ここは三人の命を救えたのだと、前向きに考えたいと思います、

本当にありがとうございました」

 

 その三人とはゼクシードこと茂村保、シノンこと朝田詩乃、

そして……薄塩たらここと、長崎大善の事であった。

昌一と恭二の供述から、当初は薄塩たらこもターゲットだった事が発覚しており、

八幡はそれを聞いた時、心の底から本当に、

大善の引越し先を世話して良かったと安堵したものだった。

残念ながらジョニーブラックこと金本敦はまだ捕まっていないが、

その辺りの事は、出世を果たして警視長になった自由に丸投げしていた。

 

 

 

 慰労会はさすがに無茶な飲み方をする者はいなかった為、穏やかな雰囲気で進行していた。

八幡は経子と凛子に捕まり、お酌をさせられていたのだが、

康隆と自由がやや深刻そうに何か話しているのが気になっていた。

 

(何かあったのか……な、まあ深刻な問題なら、相談なり何なりしてくるだろう)

 

 八幡はそう思い、積極的に何かこちらからコンタクトを取ろうとはしていなかったが、

そんな八幡に、康隆と自由がおずおずと近付いてきた。

 

「参謀、ちょっとお時間を頂戴して宜しいですかな?」

「ああ、別に構わない。それじゃあ経子さん、凛子さん、ちょっと行ってきます」

 

 

 

「しかし珍しい組み合わせだな」

「大手ギルドの幹部とリーダーという事で、昔からそれなりの交流はありましたぞ」

「なるほど」

「で、話しているういちに、今偶然共通の知り合いがいた事が分かったんですよ」

「私にとっては部下、康隆君にとってはギルドのメンバーという事になるんですが……」

「ん、部下?アインクラッド解放軍から血盟騎士団に移籍した人間か?」

「いや、リアル部下ですな」

「なるほど、つまり警察官なのか」

「正確には、だった、ですが……」

 

 その言葉の意味を正確に理解した八幡は、目を伏せながら言った。

 

「そうか……」

 

 そしてシンカーが説明を引き継いだ。

 

「そのプレイヤー、ヤクモは、正義感と責任感の強い男でした。

彼は七十四層のボス部屋を目指す事を、最後まで反対していたようなのですが、

上の命令には逆らえず、やるからにはベストを尽くそうと、持ち前の責任感を発揮し、

仲間を守る為にその身を投げ出して死亡したようです」

「あの時の軍の連中の中にいたのか……」

 

 そんな八幡に、自由は一枚の写真を差し出した。

その写真を見た八幡は、ハッキリとではないが、その顔に見覚えがあった。

 

「これが?」

「はい、櫛稲田大地です」

「確かに見覚えがある気がするな、ハッキリとした事は言えないが。

で、彼がどうかしたのか?」

 

 八幡は、上司の無謀な指揮の犠牲となった彼に対して同情を禁じえなかったが、

それが二人の相談とどう絡んでくるのか分からず、そう質問した。

 

「実は……櫛稲田大地には妹がいましてな、名を櫛稲田優里奈と言うのですが、

実は大地がSAOに囚われた後、両親も事故で失い、今は天涯孤独の身でして、

私が何かと面倒を見ていたんです」

「……その子はいくつなんだ?」

「十七歳ですぞ」

「詩乃と同い年か……」

 

 八幡はそう呟いた後、この件は自分とも無関係とは言えない為、

二人に何か頼まれたら極力その力になろうと決意した。

もし七十四層で、八幡が地図の提供をしなかったら、

もしくはもっと強硬に軍の連中を止めていたら、ヤクモは生きていたかもしれないのだ。

 

「で、頼みがあるのですが……」

「おう、俺に出来る事なら何でもするぞ、何でも言ってくれ」

 

 その言い方に引っ掛かった者を感じた康隆と自由は、顔を見合わせた。

 

「まあ俺にも責任の一旦はあると思うしな」

「八幡君には何の責任も無いですって」

 

 康隆は諭すようにそう言い、自由もそれに同意した。

 

「何でも背負いこもうとするのはやめて下さい参謀、

私達は、そんな難しい事を頼もうなんて思ってませんからな」

「ん、金銭的な援助が欲しいとかそういう事じゃないのか?」

「直接そんな事をしたら、あの子に叱られてしまいます……」

「あの子は真面目ですからね」

「要領を得ないな、つまりどういう事だ?」

「真面目すぎるあの娘を、もう少し柔らかくしてやって欲しいんですよ、

どうもあの子は頭が固いというか、世間知らずな所があるというか……」

「無防備というか……要するに他の男は信用出来ないんで、是非参謀にお願いしたいんです」

 

 その言葉に八幡は、自分は一体何を求められているのだろうかと思いつつも、

特に何か害がある訳でも無さそうなので、とりあえず頷いた。

 

「そんな事でいいなら別に構わないぞ」

「おお、引き受けて下さいますか」

「ありがとうございます、八幡君」

 

 こうして八幡は、女子高生の頭を柔らかくするという、

よく分からない依頼を引き受ける事となった。

 

(しかしそうは言われてもな……とりあえず会って話してみないと何ともだな)

 

 

 

 そしてその翌日、八幡は自由に案内され、優里奈の家にいた。

 

「初めまして、比企谷八幡です」

「櫛稲田優里奈です、こんにちは、比企谷さん」

 

 二人は常識的な挨拶をかわし、その後、何を話していいか分からず黙りこくってしまった。

そして優里奈が困ったような顔で自由に尋ねた。

 

「え、えっと、相模のおじ様、これから一体どうすれば……」

「実はこちらの方は、私がとても尊敬している人なんだ、崇拝していると言ってもいい。

なので出来れば、優里奈ちゃんにも一度紹介しておこうと思ってね」

「尊敬……いえ、崇拝ですか!?」

 

 相模自由は警察幹部であり、見た目もがっしりとして、いかにも貫禄があるように見える。

その自由がここまで言うこの青年に、優里奈は当然の事ながら興味を持った。

八幡は優里奈に対して、見た目は別にして、平凡以外の印象を持たなかったのだが、

このままではおそらく自由の期待には答えられないだろうと思い、

優里奈の反応を見る為に自由にこう話し掛けた。

 

「そういう事はあまり他人の前で言うんじゃない、ゴドフリー」

「いやはやすみません、つい優里奈ちゃんに参謀の事を自慢したくなったんです」

「ゴドフリー?参謀?」

 

 当然優里奈は自由のプレイヤーネームについても知っており、

兄のいた世界の事を少しでも知る為、自分でSAOの事を色々と調べていた。

残念ながら、ヤクモというプレイヤーの情報は皆無だった。

というか、一部のメジャーなプレイヤー以外の情報は、ほぼ皆無だったのだが、

優里奈の知る限り、参謀と呼ばれる超メジャーなプレイヤーが一人だけいた。

そのプレイヤーの名前が目の前にいる青年と同一な事に気付いた瞬間、

優里奈は思わず八幡にこう叫んでしまっていた。

 

「す、すみません、ヤクモというキャラについて、何か知ってる事はありませんか?」

 

 その言葉を聞いた自由は、これで話すキッカケが出来たと考え、

仕事があるからといって二人を残して去っていった。

普段の自由なら、年頃の二人を一つの部屋に残してそのままにする事はありえないのだが、

自由の八幡に対する信頼度は、自ら言っていた通り崇拝の域に達していた為、

去る時に一切ためらうそぶりを見せる事も無かった。

そして自らの問いに無言でいる八幡に対し、優里奈は自らの無礼を恥じ、

居住まいを正すと、自由の出ていった扉を見ながら言った。

 

「比企谷さんは、随分相模のおじ様に信頼されてるんですね、

いつものおじ様だったら、私を見知らぬ男性とこうして二人きりにするなんて、

絶対にありえないんですよ?」

「あいつは昔からかなり真面目でお堅い頭をしていたから、まあそうだろうな」

 

 その言い方に、優里奈は微笑みながら言った。

 

「ふふっ、あいつって」

「おっとすまん、つい昔の癖でな、どうしても目上の人というよりも、

信頼出来る部下の一人っていうイメージが抜けなくてな……」

「ああ、やっぱりそうなんですね……」

「おう、まあそういう事だな」

 

 そして優里奈に習って八幡も居住まいを正し、とてもすまなそうな顔で優里奈に言った。

 

「で、さっきの話なんだが、すまない、俺はおそらく君の役に立てそうもない。

君のお兄さんとの接点は、たった一度しか無かったからな。

それも正式に紹介された訳じゃなく、チラっと見かけただけなんだ。

普段の彼については、おそらくシンカー……康隆さんに聞いた以上の話は、俺には出来ない」

「そう……ですか」

 

 優里奈は目を伏せながら寂しそうな顔をした。そんな優里奈に、八幡は頭を下げた。

 

「君のお兄さんを救えなくて、本当にすまなかった」

「えっ?」

 

 優里奈はその言葉で八幡が頭を下げている事に気が付くと、

慌てて八幡に駆け寄り、その肩に寄り添って八幡の顔を上げさせ、

その瞳を真っ直ぐに見ながら言った。

 

「兄の最後がどうだったかは、大体の話は聞いていました。

その場に比企谷さんがいた事も知っています、

でもそれは、比企谷さんに何か責任があるって事じゃないじゃないですか」

「だが、ボスの部屋への地図をあっさり渡したのは俺のミスだった……と思う」

「いいえ、遅かれ早かれ同じような事は必ず起こっていたと思います、

なのでそんな事、考えたりしないで下さい」

「………まあ確かにそうなんだが、な」

 

 そして八幡は、この時優里奈の顔が目の前にある事にあらためて気が付き、

慌てて優里奈の顔を自分の顔から離した。

 

「きゃっ」

「わ、悪い、でもさすがに今の距離はやばいって。

それに肩の部分にその……色々とまずいものが押し当てられてたからな」

「ん?」

 

 優里奈はそう言われ、一体何の事だろうと首をかしげた。

ちなみに優里奈の胸の大きさは、陽乃にもひけをとらない。

 

「なるほど、無防備ってのはこういう事か……」

「え?」

「いやな、櫛稲田さんの事を説明された時、

ゴドフリーとシンカーさんがそんな事を言ってたんだよ」

「そうなんですか?」

「おう、それを踏まえた上で言わせてもらうが、櫛稲田さん」

「あ、はい」

 

 優里奈は少し緊張した様子で八幡の言葉を待った。

そして八幡は、とても言いたくなさそうな感じで、だがしかし義務感に溢れた顔で、

ハッキリと優里奈に言った。

 

「櫛稲田さんのその胸は、君の整った美人さと相まって、とても刺激が強すぎる。

可能なら普段から、胸が目立たなくなる服を着る事を心がけた方がいい。

あと男に対して無闇に接触しては駄目だ、俺相手ならともかく、

今この場にいるのが例えば君の同級生だった場合、何が起こっても不思議ではない、

くれぐれも、くれぐれもその事は常日頃から頭の中に入れておいてくれるようにお願いする」

 

 そう一気にまくしたてられた八幡の言葉を、優里奈はゆっくりと頭の中で整理していった。

そしてその意味をハッキリと認識した優里奈は、とても面白そうな顔で八幡に言った。

 

「そうなんですか?自分じゃそこまで意識した事は無いんですが……」

 

 そう言いながら優里奈は無意識に四つんばいになり、徐々に八幡に近付いていった。

それを見た八幡は慌てて優里奈を制止した。

 

「そ、そうだ、だからストップ、ストップだ、それ以上こっちに近付いたら、

こちらも自衛の為にここから緊急脱出せざるを得ない」

「そうなったら私は比企谷さんに飛び掛かって止めるんで、

多分今の体制の崩れた比企谷さんより、私の方が早いと思いますよ?」

「何故飛び掛る必要が……」

「ふふっ、そんなのもっとお話ししたいからに決まってるじゃないですか」

「わ、分かった、逃げない、逃げないから、とりあえずこっちに迫ってくるのをやめてくれ」

「え?あ、本当だ」

 

 それでやっと自分の状態に気付いた優里奈は、慌てて座りなおした。

 

「私ったらいつの間に……」

「ふう……なぁ櫛稲田さん、もしかして今こっちに近付いてきたのは無意識だったのか?」

「櫛稲田って呼びにくいですよね?優里奈でいいですよ、比企谷さん」

「確かに長い上に珍しい苗字だよな、それじゃあ優里奈」

「はい、比企谷さん」

「あ、俺の名前も呼びにくかったら八幡でいいからな」

「あ、はい、それじゃあ八幡さんで。で、さっきの質問ですが、無意識でした」

「そうか……」

 

 八幡はそれを聞き、これは確かに少し問題があると考え、どうしたものかと悩み始めた。

 

「何を悩んでるんですか?」

「いやな、優里奈のその天然な部分を、どうやって直したもんかと思ってな」

「えっ?わ、私、天然ですか?」

 

 優里奈は焦ったようにそう言い、八幡はそれに頷いた。

 

「天然とまでは必ずしも言えないのかもしれないが、

何かに興味を引かれた時に、他人に対して無防備になりがちなのは駄目だな」

「ああっ、確かに私、昔からそういう所があるんですよ……」

 

 そして二人は顔を突き合わせて一緒に悩み始めた。

そして優里奈が、ハッとした顔で八幡に言った。

 

「そうだ!これからちょくちょく私を色々な所に連れまわしてもらえませんか?八幡さん」

「え、やだよ面倒くさい」

「え、ええ~!?」

 

 優里奈はまさか断られるとは思っていなかったらしく、意外そうな顔でそう言った。

ちなみに数える程の経験しか無かったが、優里奈に何か誘われて、それを断った男子は、

優里奈の人生で八幡が初めてだった。ちなみにその誘いは、当然一対一ではなく、

男女複数同士が学校帰りにうんぬんという、健全な誘いであった。

それも他の女子に言われて誘った事ばかりで、考えてみれば、

優里奈が主体的に男子を誘ったのは、これが生まれて初めての経験なのであった。

 

「ううっ、初めてだったのに……」

「は?何がだ?」

 

 八幡はその不穏な言葉に、慌てたようにそう言った。

 

「男の人を自分から誘うのがです、八幡さん」

「そ、そうか、まあ人は失敗から何かを学ぶもんだ、貴重な経験をしたな」

「ぶぅ、トラウマになっちゃいますよ?」

「トラウマに?それはまずいな……」

 

 八幡は珍しく、その優里奈の冗談に真面目に考え込んだ。

これは詩乃の例があったからであり、八幡はトラウマという言葉に敏感になっていた。

それを見た優里奈は、まさか自分の冗談を、

八幡がこんなに真面目に心配してくれるとは予想外であった為、

どんな結論が出るのか興味津々で八幡を観察していた。

そして八幡はどうやら結論が出たようで、優里奈にこんな提案をしてきた。

 

「よし、優里奈を俺の特別臨時秘書に任命する、

もちろん毎日じゃないが、優里奈の都合が良ければたまに学校が終わったら迎えに来るから、

それで色々経験してみるといい。色々な種類の人間と接する事になるから、

それでお前の天然さも少しは鍛えられて養殖ものに変わるだろう」

「養殖って、それにそれって、さっきの私のお願いと何か違うんですか?」

 

 その言葉に優里奈は噴き出しながらそう言った。

 

「遊びと仕事だ、建前は全く違う」

 

 八幡がそうすました顔で言うのを見て、優里奈は、とても嬉しそうに八幡に言った。

 

「建前……ですか、はい、それじゃあそれでお願いします!」

「おう、俺の事は、状況によって自分で判断してきっちり呼び分けるんだぞ」

「分かりました!」

 

 こうして櫛稲田優里奈は、八幡の特別臨時秘書に任命される事となった。

ここから優里奈の激動の日々が始まる。




これがこの作品の平凡です、慣れましょう!斜め上は正しい道なのです!


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第431話 優里奈、ソレイユへ

 次の日優里奈は、言われた通りに学校の前で待機していた。

当然の如く、優里奈がそうしている姿はとても目立つ。

そしてそこに、キットに乗った八幡がやってきた。

八幡は、過去の例から学校に迎えに行くのはまずいと考えていたが、

今回は優里奈の要望でこうなった。

 

(知らない学校に行く時は本当に気を付けないとな、

優里奈と付き合っている宣言をさせられるのは、さすがに御免だからな)

 

 そして八幡は校門からやや離れた所にキットを停め、そこで下りると優里奈に手を振った。

優里奈も八幡に手を振り、こちらに向かって歩き始めたのだが、

その瞬間に校門の中から何人かの女生徒が現れ、優里奈に声を掛けた。

 

「優里奈!」

「えっ?」

 

 優里奈は慌ててそちらに振り向き、困った顔でその場に立ち止まった。

 

「えっと、みんな、どうしたの?」

「どうしたもこうしたもないよ、優里奈が変な男に騙されてないか確認する為に、

隠れて監視してたんだよ!」

「あ、だからここを待ち合わせにするようにって……」

 

 どうやらここで待ち合わせをするように指定してきたのは、友達の差し金らしい、

そう思った八幡は、詩乃と違って優里奈に友達がいた事に安堵しつつも、

今回は余計な事は言わず、名刺を見せて説明するだけで済みそうだと考えていた。

 

『と、友達がいなくて悪かったわね、引っぱたくわよ!』

 

 八幡の脳内の詩乃がそんな事を言ったが、多分幻聴であろう。

そして八幡は、強化外骨格を駆使し、笑顔でその女子高生集団に声を掛けた。

 

「よぉ、モテモテだな、優里奈」

「八幡さんすみません、これはその……」

 

 そう言いよどむ優里奈に、八幡は気にしないようにとかぶりを振った。

 

「いや、気にするなって、俺がお前の友達だとしても、

いきなり知らない奴の特別臨時秘書に任命されたなんて聞いたら、

心配して同じような行動をとるだろうしな」

 

(まあ、こんな感じか)

 

 八幡はそう優里奈の友達にも気を遣いながら、おもむろに懐から名刺を取り出し、

その友達達に差し出した。

 

「優里奈の事が心配だったんだよな?それじゃあこれ、俺の名刺だ」

 

 そう言っていきなり名刺を差し出されたその友達達は、

慌ててその名刺を受け取った。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 八幡を問い詰める気満々で待ち構えていたのに、

その友達達は、反射的に敬語で名刺を受け取った。

女子高生が名刺を受け取る機会はほぼ皆無であり、

そんな反応をしてしまうのも仕方ないのであろう。

そしてその名刺を見た女生徒の一人が、驚いたような声を上げた。

 

「ソ、ソレイユ?しかも部長!?」

「えっ?」

「何でお前が驚くんだよ……」

「いや、でも、え?」

「おっさんから何も聞いてないのか?」

「おっさん?あ、相模のおじ様にですか?はい、まったく何も」

 

 どうやら自由は八幡の個人情報をしっかり守ってくれているようだ。

八幡はその事で自由を責める事も出来ず、仕方なく優里奈にも名刺を渡した。

 

「本当だ、八幡さんってソレイユの部長さんだったんですね」

「まあそういう事だ、君達もそれで安心してくれたか?」

 

 その八幡の言葉に曖昧に頷く姿を見て、八幡はおもむろにバッジのような物を取り出し、

そこに向かっていきなりこう言った。

 

「おいキット、車をここにつけて、ドアを開けてくれ」

 

 その瞬間に少し離れた所に停車させていたキットが動き出し、

八幡の目の前に停まり、そのドアが開いた。

 

「どうだ?ソレイユ以外にこんな技術を持っている所が他にあるか?」

 

 実際のところ、ソレイユは別に車メーカーではなく、

キットに関しては改造したのは雪ノ下家であったのだが、

八幡はあくまでこの場しのぎだと思い、そうアピールした。

それでようやく納得したのだろう、優里奈の友達達は、こくこくと頷いた。

そしてそのまま八幡に色々と質問したさそうな気配を感じた為、

八幡は優里奈をキットに乗せ、早々にその場を立ち去る事にした。

 

「それじゃあ優里奈は借りてくけど、心配しないでくれよな。

何かあったらその名刺に書いてある本社に電話をして、

小……んんっ、薔薇って名前の社長室長に尋ねてくれて構わないからな」

「あっ、はい」

「あ、優里奈、ちょっと……」

 

 優里奈は友達にそう呼び止められ、何か言われた後に頷いた。

 

「すみません、お待たせしました」

「それじゃあみんな、これからも優里奈とはいい友達でいてやってくれよな」

 

 そう言い残し、八幡と優里奈はそのままキットで去っていった。

 

「な、何か予想と違った……」

「しっかりした人だったねぇ……」

「それに格好良くなかった?」

「優里奈、いいなぁ……」

 

 ちなみにキットに乗り込んだ際、優里奈がキットに驚くという、

定番の遣り取りが繰り返されたのだが、それはこの場では割愛しておく。

 

 

 

「えっと、何かすみません」

「いや、まあ優里奈の事が心配だったんだろ、別に構わないさ」

 

 そして優里奈は、次に八幡にこう尋ねた。

 

「これからどこに行くんですか?」

「おう、先ずはうちの本社だな」

「あ、ソレイユですか、前から興味があったんですよ」

「どんな興味だ?」

「えっと、有望な就職先として、実は相模のおじ様に熱心に薦められていたんですよ、

今考えると、そういう事だったんですね」

「まあ、警察に入れと言われるよりはよほどまともだろ」

 

 どうやらその発想は無かったらしく、優里奈は面白そうに笑った。

 

「そういえばそうですね、私に婦警がつとまるとも思えないですしね」

「どうかな、案外いい婦警さんになるかもしれないけどな」

 

 そして八幡は、唐突に話を変えた。

 

「で、一応確認しておきたいんだが、優里奈は今、

どうやって生活を成り立たせているんだ?」

「どうやってって、普通に毎日学校に通って、自分で家事をしていますよ?」

「いや、金銭面で不自由とかしてないかって意味でな」

「ああ」

 

 そして優里奈は、正直に自分の経済状況を話し始めた。

 

「えっと、国からの補償と両親の保険があるので、

少なくとも大学を出るくらいまでは、質素な生活を続ければ問題無いです」

「質素って、どの程度のレベルの話だ?」

「八幡さんも、中々踏み込んできますね。

まあ世間一般の高校生程度には普通に生活出来ますが、

そろそろ何かバイトでもしようかと思ってたくらいですかね、

まあそれなりにおしゃれとかもしたいですしね」

「ああ、それはとりあえずは必要無い、特別臨時秘書報酬が出るからな、

まあ要するに、これはバイトみたいなもんだ」

「えっ?」

 

 優里奈はその言葉に戸惑った。

今回の事について、そこまで深く考えていた訳ではないからだ。

 

「えっと……」

 

 優里奈は控え目に、その報酬の話を断ろうとしたが、

八幡はその機先を制して優里奈に言った。

 

「おっと、断るとかは無しだ、報酬無しで女子高生を働かせたなんて事になったら、

さすがにうちの会社もあちこちから叩かれちまうからな」

「で、でも……」

「おっさんやシンカー……あっと、康隆さんも言ってたぞ、

直接優里奈を援助しようとしても、そんな事をしたら優里奈に怒られちまうってな、

意地を張っている訳じゃないんだろうが、この形ならお前も自分を納得させられるだろ?」

「あ、えっと……は、はい」

 

 優里奈はとても申し訳無さそうにそう言った。

そんな優里奈の頭を、八幡はいつもの癖で優しく撫で始めた。

 

「優里奈はまだ未成年だ、来年十八歳になればまあ、成人扱いされる訳だが、

それまでは遠慮しないで色々と大人を頼れ。その恩は大人になった時に返せばいいんだ、

今は何も遠慮なんかする事は無いんだぞ」

「は、はい、ありがとうございます」

 

 八幡は、優里奈がもう少し抵抗するかと思っていたので、内心で拍子抜けした。

優里奈も最初はそうしようと思っていたのだが、

八幡に撫でられた事で、どうやら態度を軟化させたらしい。

もしかしたら、昔両親や兄に頭を撫でられた事を思い出したのかもしれない。

そんな優里奈に八幡は、片目を瞑りながら言った。

 

「まあこの仕事は、優里奈にとってはありえない経験ばかりになるかもしれないが、

その辺りはしっかりと覚悟しておいてくれよな」

「はい!」

 

 優里奈は今度は力強くそう答えた。

 

「ちなみにどうしても嫌なら断ってもいいからな」

「ええっ?せっかくいい雰囲気だったのに、ここでそれですか?」

「おう、まあ一応言っておかないと後で問題になるかもしれないからな、

でも見た感じ、やめる気は無いんだろ?」

「はい、とても面白そうですから!」

 

 優里奈はとても嬉しそうにそう答えた。

そうこうしている間にキットはソレイユに到着し、八幡は優里奈と共に受付へと向かった。

 

「よぉ、折本」

「あっ、比企谷……部長、おはようございます!」

「お前にそう呼ばれると、違和感が半端無いな」

「今は仕事中ですから!」

 

 八幡にそう言われ、かおりは明るい声でそう答えた。そんなかおりに八幡は言った。

 

「聞いていたと思うが、こちらは櫛稲田優里奈、俺の特別臨時秘書だ」

「ああ、こちらの方がそうなんですね!」

「優里奈、こちらは折本かおり、

今はこうしてここの受付をしているが、俺の中学の時の同級生だ」

「櫛稲田優里奈です、宜しくお願いします」

「折本かおりだよ、宜しくね」

 

 そして自己紹介が終わった後、八幡はかおりに言った。

 

「それでだ、多分この子に渡す物がここに届いていると思うんだが」

「あ、はい、こちらですね」

 

 そう言ってかおりは、ボストンバッグのような物を取り出して優里奈に差し出してきた。

そして優里奈はそれを受け取る際に、かおりにこう尋ねた。

 

「あの、もしかしてかおりさんは、八幡さんの彼女さんですか?」

「ふ、ふえっ!?」

「ん?違うぞ、なぁ折本」

「あ…………う、うん」

 

 八幡にそう言われた時の、そのかおりの表情を見て、

優里奈は色々と悟ったのか、申し訳無さそうにかおりに言った。

 

「いきなり変な事を聞いてしまってすみません、頑張って下さい、かおりさん」

「あ、あは……あなたもね」

「え?わ、私は別に……」

「ん、そう?まあそれじゃあ今はそういう事でいいや」

「あ、は、はい」

 

 優里奈は訳が分からずそう答えた。そして八幡は、優里奈を近くのソファーに誘った。

 

「あそこで中を確認するか、優里奈」

「あ、はい」

 

 そんな二人を見送りながら、かおりはぼそりと呟いた。

 

「話は事前に聞いていたけど、あの子がそうなのね、参ったなぁ、今の時点であれ?

しっかりしてそうだし、将来性抜群じゃない、色々な意味で……」

 

 かおりはそう言いながら、チラリと自分の胸を見た後、盛大にため息をついた。

 

 

 

「これは?」

「入館許可証を兼ねた特別社員証だな、二階以上のフロアに行く時に必要となる物だ」

「これは?」

「俺のカードと紐付けされたお前用のクレジットカードと、一応現金の入った財布だ、

俺に何か買い物を頼まれる事もあるだろうしな。

現金で買い物をする際は、領収書だけきっちりともらっておいてくれ。

そしてそのバッグは、お前専用のロッカーで保管しておいてくれ。

ロッカーはその社員証を使えば開くようになっていて、

鍵を閉めないままロッカールームの外に出ようとすると、

ブザーが鳴るようになっているから、閉め忘れの心配も無いようになっている」

「あ、はい、分かりました。そしてこれは……」

「見た通りアミュスフィアだ、ALOとGGOのソフトがインストールされている。

俺に付いてくるという事は、その中のコミュニティにも関わる事になるからな。

だがこれに関しては拒否権を認める。優里奈にも色々と、割り切れない物もあるだろうしな」

 

 その言葉に優里奈は、多分兄絡みの事を気遣ってくれているのだろうと考えた。

だが優里奈はその事で、特にVRゲームに忌避感は持っておらず、八幡に問題無いと答えた。

 

「大丈夫です、問題ありません」

「オーケーだ、とりあえず本社内の他の奴らへの紹介は後日にする事にして、

今日はとりあえず色々と準備を整える予定だから、

ロッカーの場所だけ確認して、直ぐに移動するとしよう」

 

 そして二人はロッカールームへと向かった。

 

「ここが女性用のロッカールームだ、俺が中に入る訳にはいかないから、

中に入って自分の名前の書いてあるロッカーを探して、

ちゃんとそのカードで開閉出来るか試してみてくれ」

「はい」

 

 中には誰もおらず、優里奈はきょろきょろとロッカールーム内を見渡した。

 

「広い………」

 

 そこはかなり広大なスペースであり、

優里奈は一つ一つ、順番にロッカーの名前を確認していった。

 

「あっ、ここがかおりさんのロッカーなんだ、

それに薔薇小猫……ああ、さっき言ってた社長室長さんだ、

小猫っていうんだ、かわいい名前……それにこれは……アルゴ?外人さん?

相模南……あっ、これって相模のおじ様の娘さんだ、

昔聞いた事がある、ここに勤めてたんだ……」

 

 ちなみにもちろん南はまだ、正式にここに勤めてはいない。

 

「岡野舞衣、間宮クルス、朝田詩乃……あ、あった、ここだ」

 

 優里奈は朝田詩乃という女性の隣のロッカーに、

自分の名前が書かれているのを見付け、何とも言えない気持ちになった。

 

「ああ、これからはここも私の居場所の一つになるんだ……

何日か前にはこんな事、考えもしてなかったな」

 

 そして優里奈は問題無くロッカーが開閉出来る事を確認し、

与えられたバッグを持ったまま、ロッカールームの外へと出た。

 

「確認出来たか?」

「あっ、はい」

「基本車での移動になるから、そのバッグは基本キットの中に置いておくといい、

キットの中ならセキュリティも完璧だしな」

「ですね」

 

 そしてキットに戻った二人は、その事をキットに伝えた。

 

『お任せ下さい優里奈。そのバッグは私がきちんと保管しておきます』

「うん、ありがとう、キット」

 

 そして優里奈は、八幡にこう尋ねた。

 

「次はどこに行くんですか?」

「アキバだな」

「なるほど」

 

 優里奈はどこかのゲームショップにでも行くのだろうと考え、普通に相槌をうった。

だが到着したのは、まったく予想もしなかった場所だった。

優里奈の目の前にあったのは、メイクイーン・ニャンニャンというメイド喫茶だった。




タイトルが優里奈で始まるシリーズ!


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第432話 優里奈、マネキンになる

「えっと……こ、ここが目的地で本当に間違い無いんですか?」

「おう、優里奈がロッカーに入っている間にちゃんと連絡はしておいたからな」

「そ、そうなんですか……」

 

 その八幡の言葉通り、店に着いた瞬間、二人の目の前に、

店の中から一人の少女が飛び出してきた、もちろんフェイリスである。

 

「八幡!」

「おう、って、よっと」

 

 八幡は挨拶もそこそこに、突進してきたフェイリスをひらりとかわした。

 

「ニャニャッ、どうして避けるのニャ!」

「いや、それは普通に避けるだろ」

「まあいいニャ、ここは一旦引いておいてあげるニャ……と見せかけて、隙ありニャ!」

「無えよ」

 

 そう言って再び飛び掛ってきたフェイリスを、八幡は再びあっさりと避けた。

その勢いのまま倒れ込みそうになったフェイリスを、片腕で支えるというおまけ付きだ。

 

「ニャニャッ、やっぱり八幡は優しいのニャ」

「おう、俺は優しいんだから、お前ももっと俺を労わって、

いい加減に飛びかかってきたりするのをやめてくれ」

「何を言ってるのニャ、フェイリスは、フェイリスに抱きつかれて喜ぶ八幡の顔を見る為に、

この身を犠牲にしてわざわざ毎回抱き付いてあげてるのニャ」

「はいはい、ああ嬉しい嬉しい」

「もう、素直じゃないニャね」

 

 そしてフェイリスは優里奈をチラッと見た後に八幡に言った。

 

「それで八幡、この子が例の?」

「おう、こちらは櫛稲田優里奈、俺の特別臨時秘書だ」

「櫛稲田優里奈です、宜しくお願いします」

「そしてこちらはフェイリス、フェイリス・ニャンニャンだ」

「フェイリスはフェイリスにゃ、一応偽名で秋葉留未穂という名前はあるけど、

それでもフェイリスはフェイリスなのにゃ、宜しくですニャ」

 

 優里奈は空気を呼んで、名前の事には特に突っ込まず、

この後もフェイリスの事を、フェイリスさんと呼ぶ事にした。

ちなみにフェイリスは、優里奈の事を当然のように優里にゃんと呼ぶ事になる。

そして優里奈が、突然フェイリスにこう尋ねた。

 

「あの、フェイリスさんは、もしかして八幡さんの彼女さんですか?」

「ん?もちろん違うぞ、なぁフェイリス」

 

 そう言われたフェイリスは、何故か頬を赤らめながらこう言った。

 

「確かに『今は』違うニャ、フェイリスと八幡が愛し合っていたのは、

遠い昔、二万年くらい前の失われた都市、ネオシャグリラでの事ニャね」

「え?あ、えっと……なるほど、そうだったんですね」

 

 優里奈は突然そう言われて呆気にとられたが、そう言って何とか頷く事に成功した。

そしてご満悦ながらもどこか不満そうなフェイリスの顔を見て、優里奈はついこう言った。

 

「フェイリスさん、どんまいですよ、頑張って下さいね」

「ニャニャッ?ふ~ん……優里にゃん、お互い頑張ろうニャ」

「え?私は特に何かを頑張るって事は……」

「そう思ってるなら今はそれでいいニャ」

「え?」

 

 そう不思議そうな顔をした優里奈を横目に、フェイリスは八幡に言った。

 

「さて、それじゃあこのまま行くかニャ?」

「だな、まゆさんは?」

「スタンバイ済みニャ、直ぐ呼んでくるニャ」

 

 そしてフェイリスは店の中へと引っ込み、それを見た優里奈は八幡に尋ねた。

 

「あ、あの、店に入らないんですか?」

「ああ、また今度な、今はとりあえず、ここのスタッフと一緒に優里奈の服を買いに行く」

「私の服を?」

「さすがに制服姿のままの優里奈を連れ回す勇気は俺にも無いからな」

「ああ!」

 

 優里奈はその言葉で初めて自分が学校の制服のままだという事に気付いた。

 

「確かにこの服装のままだと問題がありますね」

「だろ?かといって毎回私服に着替えてもらってから出掛けるのは面倒だし、

ロッカーに入れておく用の服を、三セットくらいは用意しておくべきだと思ったんだよ」

「会社の制服じゃ駄目なんですか?」

 

 その優里奈の疑問は至極真っ当なものだった。

八幡はそれに首を振りながら優里奈にこう答えた。

 

「俺は会社と関係なく動く事も多いしな、それに制服のせいで、

こちらがソレイユ関係者だとバレるとまずいケースもあるだろうからな」

「なるほど」

 

 優里奈はその言葉に納得したように頷いたが、

実際問題八幡は、その言葉に当てはまるような仕事はしておらず、

これは八幡が、先日おしゃれもしたいからバイトするつもりだったと優里奈から聞いた事で、

この際私服を買い与えてしまおうと考えた為だった。

だが八幡には服を選ぶセンスは皆無であり、今身近にいる高校生は誰かと考え、

服を沢山持っていそうで色々な店の事を知っていそうなフェイリスと、

コスプレ用の服の製作をしている事で目が肥えているまゆりだったという事であった。

そしてこの他に、八幡はもう一人、隠し玉を用意していた。

 

「八幡さん!」

「お、まゆさん、今日はわざわざすまないな」

「ううん、せっかくのお誘いだし、まゆしいが役にたてるのならそれはとても嬉しいのです」

「優里奈、こちらがまゆさん、椎名まゆりさんだ」

「はい、櫛稲田優里奈です、宜しくお願いします」

「うわぁかわいい、初めまして、私は椎名まゆり、まゆしいです!」

 

 二人は似たような雰囲気をしており、ニコニコと微笑み合っていた。

優里奈は何故かまゆりには八幡の彼女かどうか質問をしなかったのだが、

八幡はその事をまったく疑問に思わなかった、それが普通だからである。

八幡が初めておかしいと思ったのは、隠し玉として用意した人物が現れてからである。

 

「八幡さ~ん」

「お、いいタイミングだな、椎奈」

 

 八幡が呼んでいたのは椎奈だった。

八幡の目から見て、椎奈が一番服のセンスがあるように見え、

尚且つ体のとある部分が優里奈に似ている事から、

服選びの的確なアドバイスをもらえるのではないかと考えたせいだった。

 

「フェイリスとまゆさんは会った事があるよな、こちらは椎奈、苗字は……何だっけ?」

「夜野だよ夜野!ほら、私いかにも妖艶な夜の女だから!」

「あ~はいはい妖艶だな妖艶、こちらは櫛稲田優里奈、俺の特別臨時秘書だ」

「櫛稲田優里奈です、宜しくお願いします」

「ああ、この子が!私は夜野椎奈、宜しくね」

 

 そして優里奈は、椎奈に例の質問をした。

 

「もしかして椎奈さんは、八幡さんの彼女さんですか?」

「え?やっぱりそう見えちゃう?うん、私は八幡さんの……」

「友達だよな、椎奈」

「かの……あ、うん、と、友達かな」

 

 八幡にすかさずそう言われ、椎奈は仕方なさそうにそう言い直した。

 

「お前はどさくさまぎれに事実を捏造しようとするんじゃねえ」

「え~?だって八幡さんは、私の事がお気に入りでしょ?」

「確かにお前の気の利く部分と肩揉みの上手さは評価しているが、

それ以上でもそれ以下でもない」

「もう、素直じゃないなぁ」

 

 八幡はその椎奈の言葉を無視し、優里奈に向かってこう尋ねた。

 

「なぁ優里奈、どうしてお前は会う人みんなに、俺の彼女かどうか尋ねてるんだ?」

「あ、えっと、友達に、八幡さんの彼女がどんな人か確認するように言われたんで……」

「友達に?どういう事だ?」

「もしかしてその優里奈さんの友達が、八幡さんの事を狙ってるとか?」

「いや、そこまで交流した覚えは全く無いな」

 

 椎奈がそう言い、八幡はそれを否定した。正解は、

その友達が、学校の男子生徒に絶大な人気を誇る優里奈と八幡がくっつく事になれば、

自分の好きな男が自分の方を向いてくれるかもしれないと考えたせいであり、

その可能性があるのかどうか探る為に、優里奈にそんな依頼をしたという訳なのだが、

神でもない限り、そんな事を推測するのは不可能な話だ。

そして八幡は、いくら考えても答えが出ない為に、実害もおそらく無いはずであるし、

優里奈にそのまま友達の頼みを遂行する許可を与えた。

 

「まあ、これでお前と友達の仲がおかしくなっても困るし、好きにすればいい」

「なんか気を遣わせちゃってすみません……」

「いや、気にする事は無いさ、まあ頑張って俺の彼女を探してくれ」

「はい!」

 

 優里奈は八幡の言葉に頷いた。そして八幡は、四人をキットへと乗せ、

フェイリスのお奨めの店へと向かう事にした。

 

「で、予算はどれくらいなのかニャ?」

「そうだな、この活動が週三日くらいだとすれば、服もそれくらいいるよな、

全部で五万くらいでおさまればいいんじゃないか?」

「ごっ……」

 

 慌ててそれを否定しようとした優里奈を、しかし椎奈が制した。

椎奈はこっそりと、優里奈に向かって言った。

 

「いい?優里奈さん、お金は使ってなんぼなんだよ、

それがお金持ちにとっての義務なの、経済を回す為に必要な事なんだよ」

 

 もちろんこれは正論とはいえ屁理屈の部類に入る。

だが根が素直な優里奈は、そういうものかと思い、申し訳無さを感じつつも、

ここは大人しく八幡の好意に甘える事にしたようだ。

そして椎奈はこっそり八幡に親指を立て、八幡も同じように親指を立てて返した。

 

(さすがは椎奈だ、打ち合わせ通りだな)

 

 八幡は、自分が遠慮するなと言うよりも、他の者に言ってもらった方が、

優里奈に対しては効果的だろうと考え、事前に椎奈達三人にその事を言い含めてあった。

というか、思いつく限りの知り合いにそういった事を言い含めてあった。

初対面のはずだった者達が皆訳知り顔なのは、その為であった。

 

 

 

「着いたニャ、ここだニャ」

 

 フェイリスがそう言い、五人はキットから下りて店の中に入った。

 

「それじゃあ俺は当たり障りの無い場所で待ってるから、

三人がかりで優里奈の事、頼むな」

 

 八幡のその言葉に、フェイリスは猛烈に抗議した。

 

「はぁ?何を馬鹿な事を言ってるニャ、八幡も一緒に選ぶのニャよ」

「いや、俺にそういったセンスは皆無だと言ってるだろ」

「構わないのニャ、とりあえず横で突っ立っててくれるだけでいいのニャ」

「……それ、何か意味があるのか?」

「大ありニャ、一級八幡ソムリエのフェイリスの目は誤魔化せないのニャ!」

「何だよそれ……」

 

 そう言いながらも八幡は、渋々と四人の後を付いていった。

そして四人が優里奈に色々な服を着させている中、

八幡は何故か感想を求められる事も無く、「これは?」「じゃあこれは?」と、

何度も色々な服に着替えた優里奈を見せられ続けていた。

 

(ちゃんと指示通り、胸を強調しないタイプの服を選んでくれてるみたいだな)

 

 正直女子の服装にはあまり拘らない八幡であったが、

今回はある意味優里奈の防具を選ぶ為にここに来ていたので、その事には安心した。

そして一時間後、ずっとマネキン状態にされ、少し疲れた顔の優里奈を伴って、

三人が八幡の下に集合した。

 

「三人で一着ずつ決めたよ、八幡さん」

「仕事中だと言われても違和感の無い感じの服装にしておいたからね」

「バッチリニャ!」

「俺は特に感想とかを言わなくて良かったのか?」

 

 その八幡の問いに、フェイリスはドヤ顔でこう答えた。

 

「大丈夫ニャ、八幡の発汗具合と顔の色の変化を見て、

一番八幡が興奮していた服装に決めたからニャ」

「人聞きの悪い事を言うんじゃねえよ!」

 

 八幡は即座にそう突っ込んだのだが、フェイリスは人差し指を振りながらそれに反論した。

 

「ちっちっち、甘いニャ、一級八幡ソムリエたるこのフェイリスの目は誤魔化せないのニャ、

確かに八幡は、この三つの服装に一番反応してたニャ」

「だから何でお前はそういう事が分かるんだよ!」

「そんなの、数万年単位での付き合いなんだから、分かるに決まってるニャ」

 

 その言葉に八幡は、これは何を言っても無駄だろうと諦めの境地に入った。

 

「…………まあいい、俺が見た中のどれかなのは間違い無いんだな」

「うん、まゆしいも本気で選んだのです!」

「私も自分の経験を元に、いい感じのを選んだつもり!!」

「まゆさん、今日は本当にありがとうな、椎奈もわざわざ来てもらって助かったわ」

「ううん、その代わり、今度はまた私達と遊んでね」

「暇が出来たらな」

 

 こうして選ばれた三着の服は、例外なく胸の部分に飾りが付いた、

優里奈のスタイルを隠すのに適したデザインの、

それでいて仕事に着ていくのに相応しい、シックな色調の物となっていた。

もちろんその系統はまったく別物であり、尚且つ地味すぎるという事も無い。

 

「さて、これでひと安心だな、優里奈に対する馬鹿どもの視線も減るだろう」

「優里奈ちゃん、目立ってたもんねぇ」

「うんうん」

「あ、ありがとうございます、八幡さん」

「いやいや、仕事だからな、うん、仕事だ仕事」

 

 実はこの時、八幡はもう一着、三人に服を選んでもらっていた。

それは仕事の為の服ではなく、優里奈の魅力をこれでもかというくらい引き出せる、

それでいて下品に見えないようなかわいい服であった。

 

「それじゃあ優里奈、とりあえずソレイユに戻って着替える事にするか」

「はい!」

「三人とも今日はありがとうな、希望の場所があったら送るが」

「あ、まゆしいとフェリスちゃんは、

これからオカリンとダル君と合流するので大丈夫なのです」

「お、そうなのか、二人に宜しく言っといてくれ」

「うん!」

「私も詩乃達と遊ぶから、ここで大丈夫かな」

「おう、気を付けてな、あんまり遅くなるんじゃないぞ」

「八幡さん、学校の先生みたい」

 

 そして三人を見送った後、八幡と優里奈はソレイユへと向かおうとした。

その時八幡の携帯が着信を告げた。

 

「ん……あれ、美優からか」

 

 それは北海道にいるはずの美優からの電話だった。

 

「まさかこっちに来てるなんて事は無いよな……」

 

 そう思いながら八幡は、その電話に出た。

美優は、とても焦ったような口調で一気にこうまくしたててきた。

 

「リーダー!コヒーが、コヒーが!」

「香蓮がどうしたんだ、美優」

「ALOをやってみたいって言うから中で待ってたら、

それっぽいキャラが現れた瞬間に強制切断されて、リアルで電話しても何の反応も無いの!」

「何だと!?分かった、直ぐに香蓮の家に向かう」

「コヒーの家がどこなのか知ってるんだ、お願い!もうリーダーしか頼れる人がいないの!」

「前に一度家まで送った事があるからそれは大丈夫だ、とりあえず後でまた連絡する」

「うん!」

 

 そして電話を切った後、八幡は優里奈に言った。

 

「悪い、予定変更だ、友達に何かあったらしいから、先にそっちに向かうぞ」

「はい、急ぎましょう」

 

 こうして二人は、急遽香蓮の家へと向かう事になった。



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第433話 優里奈、誘われる

「キット、香蓮の家の場所は分かるか?」

『はい、一度行った事があるので大丈夫です』

「すまん、そこに急行してくれ」

『分かりました』

 

 そしてキットはスピードを上げ、八幡は焦ったような顔でじっと前を見つめていた。

それは先日の事件の影響もあったのだが、その事を知らない優里奈は、

何故八幡がそこまで神経質な様子を見せるのか、理解出来なかった。

ただ一つ分かるのは、八幡が友達もしくは彼女の身を案じているという事だけであり、

優里奈は心配しつつも、何となく心が温かくなるのを感じていた。

 

 

 

『着きました』

 

 キットがそう言うよりも早く、八幡はキットから飛び出し、

見覚えのあるマンションへと向かって走り出していた。

優里奈も慌ててそれに続き、八幡は香蓮の部屋の番号のボタンを押し、

反応が無いと見るや否や、管理人室へと駆け込んだ。

そして管理人を伴い、香蓮の部屋に向かった八幡は、

部屋の鍵を開けてもらうや否や、一目散に室内へと駆け込んだ。

 

「香蓮、おい、香蓮、無事か?何があった!」

「は、八幡………くん?」

 

 洗面所の方からそんな声が聞こえ、八幡はそちらへと向かった。

そこにはどうやら吐いていたのだろう、香蓮の姿があり、

八幡は香蓮を抱きしめ、必死に呼びかけた。

 

「どうした?大丈夫か?」

「ご、ごめんなさい、大丈夫、大丈夫だから……」

 

 八幡は、そう弱々しく呟く香蓮の顔を綺麗にした後、

そのまま香蓮を抱き上げ、ベッドへと運んだ。

そして香蓮を横たわらせた後、とりあえずその場を優里奈に任せ、

管理人に向かってお礼を言った。

 

「どうやらちょっと体調を悪くしてしまったみたいなんですが、もう大丈夫みたいです、

ご迷惑をお掛けしてすみませんでした」

 

 そして管理人は、笑顔で八幡に言った。

 

「いいよいいよ、彼女さんかい?大事にしてあげるんだよ」

「あっ、どうも」

 

 八幡はここでわざわざ否定するのもアレだと思い、空気を呼んで曖昧にそう答えた。

そして管理人が去った後、香蓮の所に戻った八幡は、心配そうに香蓮の顔を覗き込んだ。

 

「大丈夫か?香蓮」

 

 その問いに、香蓮は頬を赤らめながら質問を返した。

 

「あ、えっと、八幡君は何でここに?」

「美優から電話があったんだよ、香蓮がいきなりALOから強制切断されて、

その後もまったく連絡がとれないってな。それで慌てて様子を見に来たって訳だ」

「あ、そうだったんだ……わざわざ来てもらっちゃってごめんなさい」

 

 香蓮はそう言いながら、慌ててタオルケットで自分の体を隠した。

それを見た八幡は、心配そうに言った。

 

「どうした?具合でも悪いのか?」

「あ、ううん、えっと……ほら、私今こんな格好だから」

「こんな格好?」

 

 そう言われて八幡は、先ほど運んだ時の香蓮の格好を思い出した。

香蓮は今、タンクトップにショートパンツという、

いかにも自宅でのんびりしていますといった格好をしており、

それを思い出した八幡は、慌てて部屋を飛び出した。

 

「悪い、おい優里奈、ちょっと香蓮の事を頼んだ」

「あ、はい」

 

 そして部屋に残された香蓮と優里奈は、顔を見合わせて笑った。

 

「八幡君、ちょっと待っててね」

 

 八幡にそう声を掛けた後、香蓮は露出の少なめな服装に着替え、

それを見ていた優里奈は、感嘆したように言った。

 

「うわぁ、凄くスタイルがいいですね、いいなぁ、背が高いって憧れちゃう」

「私にとってはコンプレックスでしかないんだけどね、今もひどい目にあった所だし」

 

 香蓮は苦笑しながらそう答え、優里奈はきょとんとした。

 

「ひどい目、ですか?」

「あ、うん、着替えたら八幡君を呼んで、その時に説明するね。で、え~っとあなたは?」

 

 そう言われた優里奈は、自分がまだ自己紹介をしていなかった事に気が付いた。

 

「あっとすみません、私は櫛稲田優里奈です、今は八幡さんの秘書の真似事をしています」

「ああ、あなたが!私は小比類巻香蓮、宜しくね」

 

 そして優里奈は、お決まりのセリフを香蓮に言った。

 

「もしかして、香蓮さんは八幡さんの彼女さんですか?」

「ふひっ」

 

 そう問われた香蓮は、変な声をあげた後、まごまごし始めた。

 

「そ、そうだったらいいなとは思うけど、ほら、私ってこんな見た目だから、

やっぱり八幡君の隣に並ぶとちょっと似合わないかもとか考えちゃって、

会いたいのに会いたくないっていうか、まあ色々とその……ね?」

 

 そう自虐的に言う香蓮の手を取り、優里奈は一気にこうまくしたてた。

 

「香蓮さん、きっと八幡さんは、そういった視点で女性を見ていません、

私のこの胸だって、最初に会った時に視線を感じただけで、

それからは一度もそんな事はありませんでしたから、だから頑張って下さい!」

「えっ?あ、う、うん、ありがと……優里奈ちゃんも頑張って」

「え?別に私は特に頑張るような事は……」

「あ、うん、そう思ってるんだったら今はとりあえずいいかな」

 

 そして香蓮の着替えが終わった所で、優里奈が八幡を呼びにいった。

戻ってきた八幡は、心配そうな顔で、香蓮に一体何があったのか尋ねた。

 

「うん、実はね、えっと、えっと……き、気分転換にいいかなと思って、

ALOを始めてみようかな、なんて思って、美優に色々教えてもらってキャラを作ったの。

それでね、美優がシルフだっていうから、

何も考えずにシルフを選んでプレイをしようとしたら、そしたらそのキャラが……」

 

 そこまでで事情を察したのか、八幡がその説明を受けて言った。

 

「なるほど、凄く背の高いキャラだったと」

「う、うん……」

「そうか、まだ駄目だったか、かなり改善してたように感じてたんだが、俺もまだまだだな」

「そんな事無い!悪いのはきっと私なの、本当にごめんなさい……」

 

 その八幡の言葉に、香蓮は慌ててそう返し、それを更に八幡が否定した。

 

「いや、謝る事じゃないさ、いずれ時間が解決してくれるだろうとはいえ、

いきなりそんなハードモードに叩きこまれたら、そうなるのも仕方ない。

悪いのは全部美優だ、うん、きっとそうに違いない、今度あいつにお仕置きしておくわ。

でもまあ香蓮がALOをプレイしたいのなら俺も嬉しいし、

前から議題にはあがってたんだが、種族変更サービスを本格的に導入出来ないか、

会社で担当者を交えて色々と相談してみるわ」

「う、嬉しい!?……あ、お、おほん、そこまでしてもらうのはちょっと悪いよ…」

 

 香蓮は内心でとても喜びつつも、取り繕ったように咳払いをし、八幡にそう言った。

 

「いや、実は結構要望が多い事案なんで、別に香蓮だけの為じゃないから大丈夫だ」

「そうなんだ」

「おう、だがそれにはちょっと時間がかかるから、

それまで別のゲームである程度キャラを育てておくのはありかもしれないな」

 

 その八幡の言葉に、香蓮は少し戸惑いを見せた。

香蓮がやりたいのは、あくまでも八幡がやっているゲームであって、

VRゲームなら何でもいいという訳ではなかったからだ。

だがいずれ八幡の横に立つ為だと思えば、他のゲームで鍛えておくのはありだ。

そう考えた香蓮は、八幡にこくこくと頷いた。

 

「それじゃあちょっとアミュスフィアを貸してくれ」

「あ、うん」

 

 そして八幡はそれをいきなり頭にかぶった。どうやら何かをしているらしい。

そして少しした後、八幡はアミュスフィアを外し、香蓮に言った。

 

「いくつかメジャーなゲームをピックアップして、

コンバート候補リストを作成しておいたから、色々と試してみるといい」

「あ、ありがとう、八幡君。それじゃあちょっと試してみるね」

 

 そう言って急いでアミュスフィアを被ろうとした香蓮を、八幡が止めた。

 

「おいおい、具合が悪かったんだろ?大丈夫なのか?」

「もちろん大丈夫だよ!」

 

 実は香蓮は、八幡がかぶっていたアミュスフィアを一刻も早くかぶりたかったのだが、

そんな乙女心は当然八幡には分からなかった。

だが優里奈は、どうやらその香蓮の気持ちを察したようだ。

 

「だがな……」

「大丈夫ですよ八幡さん、香蓮さん、ちょっと耳を……」

 

 突然優里奈がそう言って、何事か香蓮に耳打ちをした。

香蓮はその言葉に目を見張り、勢いよく優里奈に言った。

 

「それなら絶対に大丈夫な気がする、ありがとう、優里奈ちゃん!」

「いえいえ」

「八幡君、絶対に大丈夫だから、だからお願いね!」

「お願い?」

「とりあえず行ってくる!」

「あ、おい」

 

 香蓮は八幡が止める間もなくアミュスフィアをかぶり、コンバート作業を開始した。

そしてそれを見た優里奈が八幡に言った。

 

「八幡さん、ちょっと手を」

「ん?手?」

 

 優里奈はその八幡の手を香蓮の手の上に重ね、その手を握らせた。

 

「…………ええと、これは?」

「絶対に気分が悪くならないお守りです」

「そんな非科学的な……」

 

 八幡がそう言った瞬間、香蓮が一瞬痙攣し、八幡の手を無意識に握った。

八幡は慌てたが、直後に香蓮の呼吸が穏やかなものに戻り、八幡は驚いて優里奈を見つめた。

 

「ほら、効果があったじゃないですか」

「マジだった……おい、これってどんな仕掛けだ?」

 

 そう言われた優里奈は、呆れた顔で八幡に言った。

 

「ええと、それ本気で言ってます?」

「ん?何がだ?」

「…………世話がやけるなぁ、そうですね、要するに生物学的なうんぬんで、

こうなるのは至極当然の帰結なのです」

「なるほど、よく分からん」

「はぁ……」

 

 そしてそれを何度か繰り返した後、香蓮の状態がやや長い時間落ち着いた。

 

「お、どうやら当たりを引いたか?」

「かもしれませんね」

 

 そして香蓮は覚醒し、とても嬉しそうに八幡に言った。

 

「八幡君、あった、あったよ!もうびっくりするくらい私がかわいいの!」

「そうか、良かったな香蓮。で、何てゲームだったんだ?」

「あ、うん、えっと、ガンゲイル・オンラインかな」

 

 それを聞いた八幡は、一瞬固まった後、少し顔をひきつらせながら言った。

 

「あ、あれは確か、銃で殺しあうハードなゲームじゃなかったか……?」

「そうみたいだね、でもあんなキャラに出会えたんだから、そんなのなんでもないよ」

「そ、そうか……」

 

 八幡はそう言うと、突然悩み始めた。

 

「う~む……」

「八幡君どうしたの?」

「お、おう、う~ん………」

「?」

 

 そして八幡は、まあどうせ美優経由で直ぐにバレるのだろうと思い、

シャナの事を香蓮に伝える事にした。

 

「あ~……実はな、俺もGGOをやってるんだよ」

「えっ?そ、そうなの?」

「かなり前から、シャナって名前でな……」

「そうだったんだ!」

 

 その香蓮のとても嬉しそうな顔を見て、八幡は香蓮が楽しくゲームを出来るように、

ある程度の基礎知識だけは教えておいた方がいいだろうと思い、

この場から一緒にGGOにログインする事にした。

 

「それじゃあちょっと触りだけチュートリアルの代わりに説明しておくか、

ちょっとアミュスフィアをキットから取ってくるわ」

「あ、ちょっと待って八幡君、うちの回線だと、三人同時にはきついかも。

多分二人までなら大丈夫だと思うんだけど」

 

 その言葉に、八幡は首を傾げながら言った。

 

「いや、ログインするのは俺一人だぞ、

ちなみにキット経由でログインするから回線については何の問題もないかな」

「え?優里奈ちゃんは?」

「ん、優里奈はGGOはやってないよな?」

「あ、はい」

「でもでも、ここで一人で待たせちゃうのは寂しいじゃない、

ねぇ優里奈ちゃん、もし良かったら、今日だけ私に付き合わない?」

「私がですか?」

「うん、本当にもし良かったら……なんだけど」

 

 その言葉に優里奈は少し考え込んだ後、笑顔でその頼みを快諾した。

 

「分かりました、VRゲームには興味もあったし、お付き合いします!」

「ありがとう!」

 

 そんな二人を見ながら、八幡はとりあえずキットの所に戻り、

アミュスフィアを二つ持ってきた。

 

「こっちは両方ともキット経由で繋ぐから、いつでもいいぞ」

「それじゃあ優里奈ちゃんは私と一緒にベッドで、八幡君は悪いけどソファーでお願い」

「えっ?私がソファーでいいですよ、八幡さんは是非ベッドで」

「駄目に決まってるだろ、な?香蓮」

 

 八幡は即座にそう突っ込んだ。

 

「え?私は別にそれならそれで………あ、う、うん、そうだね、駄目だようん」

 

 香蓮はとても残念そうにそう言った。

 

「それじゃあいつでも準備オッケーだ」

「私も大丈夫」

「私もです」

「ちなみに香蓮のキャラネームは何て言うんだ?」

「レンだよ」

「レンな、了解だ、優里奈はキャラの名前は何にする?」

「名前…………そうですね、ではナユタにします」

 

 こうして香蓮はレン、優里奈はナユタとして、

VRゲームへのデビューを果たす事となったのだった。



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第434話 レン、ナユタ、準備完了!

「ここがGGO……退廃的な感じの街ですね。はい?あっ……」

「だな、こういうのは苦手か?おう、久しぶりだな」

「そうですね……私としては、もう少し和風な雰囲気が好きですね。え?あ……」

 

 シャナとナユタは、レンの到着を待ちながらそんな会話を交わしていた。

 

「なるほどな、ナユタの好みはそっち系か。……悪いな、今日は連れがいるからまた今度な」

「ですね、ところでさっきから、随分話し掛けられているみたいですが……

それも女性ばっかりに……」

「た、たまたまだ、いつもはちゃんと男のプレイヤーも話し掛けてきてくれるぞ」

「本当ですか?」

「おう、本当だ」

 

 レンはスタート地点から多少移動したらしく、まだここにはいない。

 

「というかお前もさっきから、声を掛けられそうになってばかりじゃないか」

「ええ、確かに声を掛けられるんじゃなく、掛けられそうに、ですね」

「まあ俺が一緒にいるんだ、知り合い以外の男がお前に話し掛けるのは成功しないだろうな」

「どれだけ顔が売れてるんですか……」

 

 その言葉通り、先ほどから数多くの男性プレイヤーが、

ナユタに声を掛けようとしてくるのだが、

その全員が、シャナの顔を見た瞬間に回れ右をしているのだった。

 

「まあ色々あったんだよ、色々とな」

「はぁ、色々ですか……」

「しかしさすがにこれはたまらんな、ほれナユタ、これを着ているといい」

 

 そう言ってシャナは、フーデッドケープをナユタに渡した。

 

「ありがとうございます」

 

 そしてシャナも同じ物を取り出し、二人はフードをかぶって顔を隠した。

 

「これで少しは安心ですかね」

「何を言ってるんだお前は、ケープの前を閉じろ前を」

「え?顔がこれだけ隠れてれば平気ですよね」

「いいから閉じろって」

「でも……」

「はぁ……」

 

 そしてシャナは、とても言いづらそうな顔でナユタに言った。

 

「あ~……その胸を隠せって言ってるんだよ、まったくキャラはランダム生成のはずなのに、

何でそんな所ばっかりリアルそのものになるんだ……」

「あ……な、なんかすみません」

「いや、まあナユタのせいじゃないからなぁ……」

 

 そして二人はそのまま沈黙した。正直とてもきまずい雰囲気だった。

その雰囲気を破ったのは、とても小さな見知らぬ少女だった。

その少女は、きょろきょろした後、一目散にナユタの所へと走ってきた。

 

「えっと、もしかしてナユさん?」

「あっ、はい」

「やっぱり!ケープで隠してても隠し切れないその胸は、そうだと思った!」

「あ、あは……」

 

 ナユタは困ったような顔でシャナの方を見たが、

シャナは打つ手無しというようにやれやれというポーズをとった。

そしてレンはシャナの前に行くと、ドヤ顔でシャナの顔を下から覗き込んだ。

 

「じ~~~~っ」

「なぁレン」

「どやぁ!」

「いや………嬉しそうだな」

「うん、まさかシャナさんの顔を下から覗き込める日が来るなんて思ってもいなかったよ!

しかも立ったままでね、うん、立ったままで!」

「二度言うくらい嬉しいんだな……まあいい、とりあえず装備を整えよう」

 

 そしてシャナは、どこかへ連絡した後、二人を鞍馬山のあるビルへと連れていった。

 

 

 

「ここは?」

「会員制のビルだ、中に武器屋がある」

「おお~!」

「何か凄そうですね」

「さあ二人とも、こっちだ」

 

 そして店の中に入った瞬間、三人を待ち構えている者がいた、イコマである。

 

「おうイコマ、悪いな」

「いえいえ、で、こちらのお二人がお知り合いの新人さんですか?」

「おう、こっちの小さいのがレン、こっちがナユタだ」

「レンです!私、とても小さいです!」

 

 レンはそのシャナの言葉に乗り、ことさらに自分の小ささをアピールした。

 

「え?あ、はい、僕はイコマと言います、

レンさんは小さいのに、とても元気いっぱいな方なんですね」

「はい!」

 

 そんなとても嬉しそうなレンの姿を見て、シャナは思わずその頭を撫でた。

レンはとても嬉しそうに、満面の笑顔を見せたが、そのレンの耳元でシャナはこう囁いた。

 

「嬉しいのは分かるが、俺は今のレンも、普段の香蓮もどっちもいいと思ってるからな」

「う、うん」

 

 レンはシャナにそう言われ、思わず頬を赤らめた。

そして次に、ナユタがイコマにおじぎをしながら丁寧な挨拶をした。

 

「ナユタです、宜しくお願いします」

「イコマです、鍛治師をやってます、宜しくお願いします」

 

 こうして二人の挨拶が済んだ所で、シャナは二人に言った。

 

「二人とも、初期状態で千クレジットしか持ってないよな?とりあえず俺が払っておくから、

武器も防具もイコマに強化してもらうし、好きなデザインの物を選ぶといい」

「やったぁ!」

「ありがとうございます、シャナさん」

 

 レンに比べてナユタは大人しめの印象だったのだが、

いざ銃を手に取ると、目を輝かせはじめた。

 

(おや、ナユタもそれなりに銃に興味がありそうだな)

 

 そして二人はしばらく店内をぐるぐるしていたのだが、

最初にレンが、一つの銃の前でピタリと足を止めた。

 

「うわぁ、この銃、かわいい!」

「どれ……なるほど、P90か、確かにかわいいよな、これ」

 

(シズカも同じような理由でこれにしたっぽいしな)

 

 どうやらレンはP90がいたくお気に入りになったようで、

P90を手に取りながら、目をキラキラさせていた。

 

「それにするのか?」

「うん!」

「よし、それじゃあイコマに見た目が変わらないようにちょっと強化してもらおうな」

「分かった!イコマさん、うちのピーちゃんを宜しくお願いします!」

「あ、はい、お預かりします、直ぐにすみますからね」

 

 そしてシャナは、笑顔でレンに言った。

 

「なるほど、ピーちゃんな」

「うん、ピーちゃん!」

「名前を付けるのはいいと思うぞ、その分思い入れが出るからな」

「だよね!」

「でもレン、これだけは覚えておいてくれ、

ピーちゃんを大事にするあまり、自分の命をピーちゃんより下に見ては駄目だぞ、

あくまでもピーちゃんは、戦う為の手段であって、目的じゃないんだからな」

「うん、肝に銘じるよ!」

 

 そしてナユタもどうやらお気に入りの銃を見付けたらしく、

ショーウィンドウの前で足を止めていた。

 

「どうだナユタ……お、F2000か、これにするのか?」

「はい、これって、空薬莢が前に放出されるんですよね?」

「そうなのか?」

「はい、説明にそう書いてあったので」

「なるほど、それでこれを選んだのか?」

「はい、あの、その……これなら胸の大きさも邪魔にならないかなって……」

 

 ナユタは恥ずかしそうにそう言った。

どうやら以前よりは、自分の胸の事をちゃんと気にするようになってくれたらしい。

 

(何かと印象付けてきた甲斐はあったな、

これで学校とかでも、男子連中の目にあまり触れないように気を付けてくれればいいんだが)

 

「それとこれを」

 

 そう言ってナユタが見せてきたのは、ベレッタM92FSだった。

 

「………もしかしてこれ、銃身をロングバレルにしてくれとか言わないよな?」

「何で分かったんですか!?」

「いや、まあ可能だと思うし、お前がそれがいいって言うならそれでいい、イコマ、頼む」

「はい」

 

 そしてシャナはレンの時と同様に、イコマにF2000とベレッタを預けた。

 

「さて、次は防具なんだが……二人はどんなのがいい?」

「私はえっと、これとこれがいいです!」

 

 レンが勢い込んでそう言い、シャナはレンが選んだ防具のうち、帽子を見てこう言った。

 

「ふむ………なぁイコマ、このウサギの耳みたいな部分は何の役にたつんだ?」

「さあ……」

 

 その帽子には、確かにウサギの耳としか形容出来ないものが付いていた。

 

「シャナさん、これがかわいいんじゃないですか!」

「お、おう……それじゃあいっそ、色もピンクとかにしてみるか?」

 

 そのシャナの言葉にレンは目を輝かせた。

 

「ピ、ピンク……是非それで!」

 

 その時イコマが、控え目な態度でシャナに言った。

 

「シ、シャナさん、それだとちょっと目立ちすぎませんか?」

「それな、確かに森林地帯だとそうなんだが、実はこのゲームに多く見られる砂漠地帯だと、

ピンク色ってのは凄く見えにくいんだよ」

「そうなんですか?」

「おう、何でそれが分かったかっていうと、シズカの夜桜の刀身がピンクだろ?

前砂漠で戦ってるのを見た時、あれの刀身がかなり見にくくてな……」

「なるほど、それは盲点でしたね」

「おう、だからレンにも、砂漠地帯での戦闘をメインに行うように教えるつもりだ」

 

 そしてレンがわくわくしながら見守る中、イコマはレンの為に、

防具の強度を上げる加工をしつつ、色を完全なるピンク色へと変えた。

それを着て鏡を見たレンは、ぼ~っとした様子で自分の姿に見とれていた。

 

「うわ……うわぁ……なまらかわいい……」

 

 レンに珍しく北海道弁が出たのをかわいく思い、シャナは何となくレンの頭を撫でた。

 

「レンはそういうかわいいのが好きだったんだな、

普段の服装も、多少そっちに寄せればいいのに」

「で、でもそういうのは私には……」

「似合わないって言いたいのか?」

「う、うん……」

 

 レンは少し寂しそうにそう言った。

 

「お前は他人の目を気にしすぎだ、まあいきなり全身をこんな感じに変えるんじゃなく、

今度ちょっとずつ変えてみるといい、俺はいいと思うぞ」

「ほ、本当に?」

「おう」

「う、うん、考えてみるね」

 

 レンはそう言いながら、恥ずかしそうに下を向いた。

 

「さて、それじゃあ次はナユタの分だ」

 

 シャナは微妙に嫌な予感を覚えながらナユタにそう言った。

 

「それじゃあ私はこれとこれで」

 

 そしてナユタは、いきなり試着モードで自分の選んだ服装に変化した。

その瞬間に、シャナとイコマはナユタから目を逸らした。

 

「予感はしてたんだよ……お前、その服装をどこで知ったんだ?」

「はい、昔兄に見せられてから、銃を使うゲームならこれだなって思ってて」

「却下だ」

 

 シャナはすかさずナユタにそう言った。

 

「えっと……理由を聞いても?」

「言わないと分からないか?」

「えっと……」

 

 そしてそのナユタの選んだ装備を見たレンは、驚きのあまり目を見開いた。

 

「肩とおへそが出たタンクトップにホットパンツ?っていうかナユさん凄っ!」

 

 レンは、ナユタの体の一部をじっと見た後、頬を赤らめながらそう言った。

 

「わ、私が見てもちょっと変な気持ちになるっていうか、刺激が強すぎるよ!」

「だそうだ」

「分かりました、それじゃあ冬服仕様で」

 

 そう言ってナユタは、上を黒いTシャツに変え、その上からジャンパーを羽織り、

下は赤いスカートで、足を完全に隠すように黒のタイツを履き、

靴はロングブーツという格好に早変わりした。

 

「お前、あらかじめ準備してたな、それなら最初からそっちにしろよ……」

「シャナさんに仕返ししようと思って」

「仕返しって何のだよ!」

 

 そしてナユタは、シャナの目を真っ直ぐに見ながらこう言った。

 

「ここまで色々言われれば、私だって自分の胸の事で、

他人に接する時はもっと気をつけないといけないんだって嫌でも分かります、

でもシャナさんは、基本私の胸にまったく興味が無さそうだったじゃないですか、

だから女の子としては、複雑な気分だったんですよ!」

「あ~………まあその理由は、いずれ嫌でも分かるから」

「えっ、何か理由が?」

「おう、まあ俺の後をついてくるうちに、嫌でも分かるだろうよ……」

 

 そのシャナの言葉に、ナユタはとりあえず矛を収める事にしたようだ。

 

「分かりました、今はそれでいいです」

「お、おう、ありがとう?」

「まったくシャナさんって変わった人ですよね」

「お前も相当変わってると思うけどな……」

 

 そしてシャナは、イコマに言った。

 

「という訳で、ナユタはどうやらこの格好に憧れてたらしいんで、

これをさくっと強化してやってくれ。ついでにさっきのベレッタな、

固有名で、ソードカトラスって名前に変えておいてやってくれ……」

「そ、そんな事が出来るんですか?」

「おう……食いつきいいな……」

「当たり前じゃないですか!」

 

 そんなナユタを呆れた目で見ながら、シャナはぼそっとこう言った。

 

「まあGGOを熱心にやる時間はさすがにあまり無いと思うが、

せめてログインした時には、なりきって楽しんでくれ……」

「はい!」

 

 そしてシャナはイコマに何か頼み、イコマは苦笑しながら何か作業をした。

その間、レンとナユタは楽しそうに話していた。

 

「ナユさん、その格好素敵だね」

「レンも、凄くかわいいな」

「うわ、何かなりきってる!この後はいよいよ実戦だね」

「楽しみだぜ……」

 

 そんな二人に、シャナが声を掛けてきた。

 

「よし、それじゃあひと狩り行くか」

「はい!」

「早く行くぞ、シャナ」

「お前もうなりきってんのかよ……」

 

 そして二人は、シャナに案内されてブラックに乗り込んだ。

 

「うわぁ、いかにもそれっぽい!」

「どうだ、いかにも強そうだろ」

「うん!」

「楽しくなってきたな」

「ナユタ、お前意外と好戦的なんだな」

「まあこの街じゃ、みんなそうなっちまうのさ」

 

 その言葉にシャナは盛大に噴き出した。

 

「ぶっ……わ、悪い、よし、それじゃあとりあえず砂漠地帯に出発するか、

モブ狩りをしつつ、他のプレイヤーが来て敵対してくるようだったらそれも殲滅だ」

「はい!」

「おう!」

 

 そして三人は、ブラックに乗って意気揚々と出撃していった。

 

 

 

「ゼクシードさん、復帰おめでとうございます!」

「おう、やっとここに戻ってこれたわ」

「リハビリは順調ですか?」

「まだかなりかかりそうだが、とりあえずGGOをプレイ出来るくらいにはなったかな、

まあこれは、体が動かなくても問題無いからな」

 

 ゼクシードは、久しぶりにGGOの土を踏んだ。

どうやらまだリハビリの必要があるらしいが、経過は概ね順調のようだ。

 

「それにしても、親切な人がいるもんですね、

リハビリ費用とかまで全部出してくれたんですよね?」

「正直お礼を言いたくて、結城先生にもその旨を伝えたんだが、

自分は善意の第三者ですとか言って、ちっとも会ってくれないんだよな……

比企谷っていう人らしいんだけどよ、お前ら何か心当たりは無いか?」

 

 二人はその言葉に、微笑みながらこう答えた。

 

「さあ、ちょっと分からないですね」

「まあいいじゃないですか、きっとそのうち会えますよ」

 

 その二人の言葉に、ゼクシードは目を細めながらこう尋ねてきた。

 

「いつか会えるかな?」

「ええ、きっと」

「そうか、その時はしっかりとお礼を言って、

もしその人に何か頼まれたら、命を掛けてでも恩返しするつもりだ」

 

 その言葉を聞いた二人は、噴き出しそうになるのを堪えながら言った。

「命なんか掛けなくていいってその人は言うと思いますけどね」

「働いて返せ、みたいな」

 

 その二人の言葉にゼクシードはきょとんとした。

 

「ん、二人とも、やっぱり何か知ってるのか?」

「いいえ、何となくそう思っただけですよ」

「ですです、勘ってやつです」

 

 ゼクシードはその言葉にあっさりと頷いた。

 

「そうか、まあいいや、とりあえず久々に狩りにでも行くか」

「はい!」

「どこにします?」

「そうだな……車を借りて、砂漠地帯にでも行くか、

あそこなら開けてるから、奇襲を受ける事も無いだろうし」

「ゼクシードさん、そういうフラグみたいな事を言うのはやめて下さいよ」

「いやいや、あそこで奇襲とかほぼ無いだろ、まあとりあえず行こうぜ」

 

 こうしてゼクシード達も、砂漠地帯へと出撃する事となった。



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第435話 砂漠での出会い

「うわぁ、こういう道の無い所を車で走るのって、何か新鮮ですね」

「まあ日本じゃ普通こんなのはありえないからな」

「こうやって車で狩場に向かうのが普通なのか?」

「海外だとそんな感じらしいんだが、JPサーバーはちょっと遅れてるみたいで、

そこまで車が普及してないらしいぞ」

「なるほどな、よ~しロック、とばせとばせ!」

「俺はロックなんて名前じゃないっつ~の」

 

 シャナはナユタの役作りに感心しながらも、同時にその変化に驚いていた。

 

「おいナユタ、お前、何かストレスでも溜め込んでたのか?」

「ストレス?そんなもの俺にある訳無いだろ」

「今はとりあえずそういうのは置いといて、実際どうなんだ?」

「………」

 

 ナユタはその問いに無言だったが、しばらくしてからその重い口を開いた。

 

「そう……ですね、学校でも友達とはそれなりに上手くやってきたと思いますし、

今の自分にも満足しています。皆さんよくしてくれますし、普通に生活も出来ています。

でも気を遣われてるなって感じる時はやっぱり多い気がするので、

もしかしたらそれがストレスになっている可能性はあるかもしれませんね」

「ふむ」

「だから何ていうか、今はとてもいい気分です、

だってシャナさんは、私に全然気を遣ってくれないんですもん」

 

 そのナユタの言葉にシャナは猛然と抗議した。

 

「いやいやいや、俺はお前に目茶目茶気を遣ってるだろうが」

「矛盾してるかもしれないですけど、正直私も、シャナさんと出会ってからの事を考えると、

確かに凄い気を遣われてるのが分かるんですけど、

頭では理解してても、何故か全然そんな気がしないんですよね……」

「何だそれは……」

 

 そしてナユタは考えながら言った。

 

「多分ですけど、普通気を遣われる時って、相手に何か不利益を与えてるじゃないですか、

でもシャナさんからは、そういうのを一切感じないんですよ、何でですか?」

「ああ、まあ俺は、自分がやりたい事を好きにやっているだけだからな、

多分そういうのを、ナユタは敏感に感じ取っているんだろうな」

「ああ、それはあるかもしれませんね」

 

(こいつは意外と言いにくい事をハッキリ言うな、まあ普段は上手くいってるってなら、

学校ではそうじゃないんだろうし、俺の前でだけ素で話してるのかもしれないが)

 

 シャナは、自身の高校時代の経験から、

思った事をハッキリ言う事のリスクを承知していた。

なのでそういった考えに至ったのだが、それは真実であった。

ナユタ~優里奈は今、とても楽しかった。

普段なら言わずに我慢していたような事も、シャナ~八幡相手ならいくらでも言う事が出来、

それに対し、よく学校で見られるような、

 

『え~?そんなのありえなくない?』

『そんな訳無いじゃ~ん』

『何それ?意味が分かんない』

 

 等の、ちょっと目先の変わった意見を否定するような向きも一切無く、

優里奈は八幡の前では、好きなように振舞う事が出来た。

ただ一つ、八幡は服装の一部に関してだけはうるさかったが、

優里奈は今は、その理由もちゃんと理解していた為、

その事については今は大人しく言う事を聞く事にしていた。

いずれ詩乃に入れ知恵され、その部分も自由になるのだが、

とにかく今の優里奈は、とてもリラックスした精神状態に置かれていたのだった。

 

「見た事も無いものに触れ、基本好きなように振舞える、

これもシャナさんと出会ったおかげですね、もっと私に色々なものを見せて下さいね」

「まあお前が満足してるならそれでいいさ」

「はい!新しい友達も沢山出来そうで嬉しいです」

「私とももう友達だね!」

「そうだなレン、俺達はもう友達だ」

「うわ、ナユさん変わり身早っ!」

「よし、そろそろ狩場に着くぞ」

 

 シャナがそう言いながら指差す方向を見たレンとナユタは、

その指差す先に、廃墟と化した少し大きめの建物が、砂漠に半分埋まっているのを見た。

 

「あの中にブラックを停めるからな」

「はい!」

「やっと着いたか」

「とりあえずこの周辺には、それなりに経験が稼げる敵が多く徘徊している、

あの建物の外壁近くを拠点にし、やばい時は一時的に中に逃げ込む感じだな」

「俺のこの格好は、あそこじゃ目立っちまうんじゃないか?」

「そこでこれだ、ほれナユタ、これを使え」

「これは……」

「あっ、私の服と同じ色だ!」

 

 そう言ってシャナが差し出してきたのは、レンが言った通り、

何の変哲もないピンク色の布だった。

 

「これは?」

「今俺が同じ物をかぶってみるから、少し離れた所から見てみろ」

 

 その言葉を受け、レンとナユタはその場から少し離れた後に振り向いた。

 

「あれ?」

「お?」

 

 二人はシャナがどこにいるのか一瞬分からなかった。

そしてシャナが布を取って姿を現し、二人にこう言った。

 

「どうだ?案外分からないもんだろ?」

「うん、よく見れば分かるんだけど、最初は気付かなかったよ」

「だな、こんな物でも使えるもんなんだなぁ」

「分かってくれたか、それじゃあ狩りを開始する」

 

 そう言ってシャナは、久々にM82を手にした。

 

「おおっ」

「それって狙撃銃って奴か」

「まあそういう事だ、とりあえず最初は俺がある程度敵を間引くから、

二人は先ず銃での戦闘に慣れるように、確実に敵に弾を命中させる事を考えてくれ」

「はい!」

「おう!」

 

 こうして狩りが始まり、シャナの力もあって、二人はどんどん経験値を稼いでいった。

 

「ステータスの振り方はどうしようかな」

「そうだな……ん、ちょっと待て、誰か来た」

「え、どこどこ?」

「街の方からだな、誰かが走ってくるみたいだ」

「え、走って?車じゃなくて?」

「みたいだな、ん……あれは……」

 

 シャナはそう言うと、単眼鏡を取り出してそちらの方を見た。

 

「どうやら知り合いだ、二人はちょっとここに隠れててくれ、

俺が指を鳴らしたら、一斉にあいつに襲い掛かってみろ」

「ええっ!?知り合いなんだよね?」

「おう、まあ遊びみたいなもんだ」

「サプライズか」

「まあそうだな、よし、それじゃあ頼むぞ」

 

 そしてシャナは、その人物から見えるように姿を現し、立ち上がった。

その人物は、ギクッとしたように立ち止まると、じっとこちらを見た。

そして特徴的なM82のシルエットが見えたのか、直ぐに誰なのか気付いたようで、

嬉しそうにこちらに近付いてきた。

 

「おっ、シャナじゃねえか、元気か?」

「おう、お前も元気だったか?闇風」

「こんな所で奇遇だな、一人で狩りか?」

「おう、まあそんな所だ」

 

 そう言いながらシャナは、パチッと指を鳴らした。

その瞬間にレンとナユタが左右から闇風に襲い掛かり、

左右から闇風の頭に銃を突きつけた………はずだった。そしてその場に一迅の風が吹いた後、

気が付くとそこには誰もおらず、レンはナユタに、ナユタはレンに銃を突きつけていた。

 

「あれ?」

「むむっ」

 

 そんな二人のこめかみに、二丁の銃が突きつけられ、二人は驚いて固まった。

 

「シャナ、このちびっことグラマーさんはどなた?」

「おう、俺の知り合いだな、ちなみに二人ともルーキーだ」

「くっ、また女の子の知り合いが増えやがったのか……」

 

 二人に銃を突きつけていたのは闇風だった。そのあまりの速さに二人は驚いた。

特にレンの受けた衝撃はすさまじかったようだ。

 

(凄い……私もあんな風に動けたら……)

 

「また腕を上げたか?闇風」

「おう、多分バイトのおかげだ」

「ははっ、なるほどな」

 

 そして闇風は銃口を下げ、二人に自己紹介をした。

 

「俺の名は闇風、GGO一のスピードスターだ、宜しくな」

「私はレンと言います、師匠!」

「し、師匠?」

「俺はナユタだ、宜しくな」

「おおう、見た目によらずワイルドな……」

 

 闇風は面白そうにそう言った。

 

「で、師匠ってのは何の事だ?」

「はい、私もあんな風に速く動けるようになりたいです!」

「おっ、中々見所があるちびっこだな」

「はい、私、ちびっこです!」

「お、おう、それは見れば分かるが……」

 

 そしてシャナが、横からレンに向かって言った。

 

「レンは闇風みたいになりたいのか?」

「うん!」

「そうかそうか、よし闇風、こいつの師匠になれ」

「それは別に構わないけどよ、シュピーゲルもいなくなっちまったしな」

「おい、その名前は……」

「あ、悪い……」

 

 レンとナユタには何の事か分からなかったが、その場は微妙な雰囲気になった。

だがそれを払拭するかのように、闇風がレンに言った。

 

「よし、俺がお前の師匠になってやるよ、

まあ俺も忙しいから付きっきりってのは無理だけどな、宜しくな、レン」

「あ、ありがとうございます!」

 

 レンはとても嬉しそうに闇風に頭を下げた。

 

「とりあえずステータスは、しばらくはAGIに全振りだからな?」

「はい!」

「振ったらちょっと、全力で走ってみろ」

「分かりました、師匠!」

 

 そしてレンは言われた通りに走り出し、自分の速度が確実に上がっている事を実感した。

 

「速くなってます、師匠!」

「おう、ステータスが上がったら、必ずそうやって全力で走って、

自分の最高速度を常に把握しておくようにするんだぞ」

「はい!」

 

 そんな二人を見て、シャナが言った。

 

「いい師匠といい弟子になりそうだな」

「おうよ!」

「うん!」

「それじゃあレンの事は、今後お前に任せるが、いいか闇風、これだけは覚えておけよ」

「ん?うわっ!」

 

 その闇風の目の前に、いきなりM82の銃口が向けられた。

 

「レンにリアルで手を出そうとしたら、例えお前でも容赦はしない、

社会的に抹殺してやるからな」

「お、おう、分かったぜ、パパ」

「誰がパパだ」

 

 そんなシャナの姿を見て、レンは恥ずかしそうに頬を赤らめ、

ナユタはそれを少し羨ましそうに見ていた。

 

「で、ナユタちゃんはどうする?そっちも俺が面倒を見るか?」

「いや、実はナユタは今、俺の秘書のような事をしていてな、

そこまでGGOをやっている時間は無いと思うから、

ナユタは基本俺が少ない時間を有効に活用してそれなりに戦えるようにしておくわ」

「お、そうなのか、事情は分かったぜ。それでな、シャナ、

丁度いい機会だ、是非これを見て欲しいんだよ」

「ん、何だ?」

「これだ」

 

 そう言って闇風が取り出したのは、輝光剣だった。

 

「おっ、BoBの決勝進出でユニットをもらったのか」

「おう、他の何人かももらったらしいぜ」

「イコマが大忙しだな、で、何て名前にしたんだ?」

「『電光石火』、色は紫だ」

「なるほど、お前っぽくていいじゃないか」

「だろ?」

 

 そんな二人の遣り取りを見て、レンがシャナに尋ねた。

 

「シャナさん、それって何ですか?」

「ん、これか?これは要するに、何でも斬れる剣だ」

 

 そう言いながらシャナは、アハトライトを取り出して刀身を出現させ、レンに見せた。

 

「わっ」

「おお」

 

 それを見てレンは感嘆し、ナユタは目を見張った。

 

「確かに凄く斬れそうですね」

「おう、試しに何か斬ってみるか、よし闇風、腕を出せ」

「ホワイ?一応聞くが、何の為に?」

「今言っただろ、試し斬りだ」

「ウェイウェイウェイ、そうくるなら、俺も抵抗させてもらうぜ!」

「ほう?」

「くらえ!」

「おっと」

 

 そして二人は剣を持って対峙し、何合か打ち合った。

シャナは明らかに手加減していたが、闇風はとにかく必死だった。

 

「うっお、怖えええええええ」

「まだまだだな、まあ頑張って練習してくれ、

っと、さすがにこれじゃあエネルギーも直ぐ尽きるか」

「だな、それじゃあここは引き分けって事で!」

「引き分け?どこが?」

 

 シャナはそう言いながら、アハトレフトを取り出して闇風の目の前に突きつけた。

 

「う………」

「さて、それじゃあ遠慮なく真っ二つにさせてもらうか」

「な、なんて卑怯な、二本目とかずるいぞ!でもそういうの、嫌いじゃないぜ!」

「シ、シャナさん、師匠を殺さないで下さい!」

 

 そこでレンが慌てて闇風をかばい、闇風は感動のあまりレンの頭を撫でた。

 

「レンちゃんはいい子や……」

 

 それを見たシャナは、いきなりその闇風の腕目掛けてアハトレフトを振り下ろそうとし、

闇風は慌てて手を引いた。

 

「うおおおおおお」

「俺の許可無くレンの頭を撫でるんじゃねえ」

「お、おま、危ないだろ!」

「チッ」

「チッ?今チッって言ったか!?」

「待て闇風、誰か来る」

「むっ」

 

 そしてシャナは、単眼鏡を取り出して辺りを見回し、残る三人はその姿に緊張した。

 

「レン、ナユタ、二人でさっきの布をかぶって隠れるんだ、

闇風はこっちへ来て俺と一緒に隠れろ」

 

 その指示通り、四人は腹ばいになり、頭の上からピンクの布をかぶった。

 

「敵か?」

「おう、見てみろ」

 

 そして闇風は単眼鏡を覗き込み、驚いた声で言った。

 

「お、おい、あれ、ゼクシードじゃないか、復帰してたのか?」

「らしいな、さすがにレンとナユタのデビュー戦の相手があいつってのは荷が重いか」

「俺達でやるか?」

「そうだな……せっかくだし、お前にやらせてやるよ、

レン、ナユタ、お前らはこの闇風と、今から来る奴の戦いをよく見ておくんだ、

GGOでも最強クラスの戦いなんて、滅多にお目にかかれないから、

この機会に色々と学ぶんだぞ」

「は、はい!」

「おう!」

 

 そしてシャナは立ち上がると、第三回BoBの時に使った信号弾を空へと打ち上げた。

 

 

 

「むっ」

「ゼクシードさん、あの信号弾って……」

「シャナか!」

 

 この辺りで狩りをしようかと車の速度を落とし、

のんびりと走っていたゼクシード達は、慌てて車を停めて外に飛び出し、

車を盾にして周囲を警戒し始めた。

 

「ゼクシードさん、あそこに人が!」

「あれは……シャナと闇風か!他にも二人いるみたいだが……」

「攻撃してくる気配は無さそうですね」

「みたいだな」

 

 そしてゼクシード達から少し離れた所で四人は立ち止まり、

闇風が一歩前に出て、ゼクシードに向けて叫んだ。

 

「よぉゼクシード、復帰してたんだな、俺が復帰祝いをしてやるよ、

第三回BoBで俺と戦えなくて残念だったんだろ?今からここで、俺とタイマンだ!」

 

 その言葉を聞いたゼクシードは、ブルッと武者震いをすると、銃を構えて立ち上がった。



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第436話 弟子

「いいだろう、その挑戦、受けてたつ」

「はぁ、挑戦だぁ?お前は今回のBoBには出れなかったんだ、

ランキング制度があったら確実に俺の方が上になってるっつ~の!」

「そういう事は、僕に一度でも勝ってから言ってくれ」

「おう、ここでボコボコにしてやるぜ!」

 

 そう言い合う二人を横目に、ユッコとハルカがシャナの下に歩いてきた。

 

「おう」

「久しぶり」

「これってどんな状況?」

「今日は二人の新人にレクチャーに来てたんだが、

さっきたまたま闇風と会ってな、そしたらそこにそっちが来たと、まあそんな感じだ」

「なるほど」

 

 そして二人はレンとナユタに向き直り、自己紹介をした。

 

「私はユッコだよ」

「私はハルカ、宜しくね、新人さん達」

「レンです、宜しくお願いします!」

「ナユタだ、宜しくな!」

「この二人は俺の………あ~、俺達のここでの関係って何だ?」

「こっちに振らないでよ!」

「何だろうねぇ……まあ顔見知りくらいが丁度いいんじゃないかな」

「まあそうか。で、あいつの調子はどんな感じだ?」

 

 シャナはそう、二人にゼクシードの様子を尋ねた。

 

「どうなんだろ、ブランクが結構あるしねぇ」

「リアルに関しては、少なくともかなり戸惑ってるみたい、長い夢を見ていたって感じかな」

「だろうな、あいつが真実を知ったらどうなるか、楽しみだわ」

「そういえば、あんたに色々質問したいって言ってたけど、

あんた、ゼクシードさんと二人きりでは会わないようにしてるんだって?」

「おう、もし何かのはずみでバレたらまずいからな」

「やっぱりそうなんだ」

 

 そしてユッコとハルカは顔を見合わせ、楽しそうに笑った。

 

「まあ私達も、うっかり余計な事を言わないように気を付けるわ」

「おう、頼むわ」

「任せといて」

 

 あの同窓会の時と比べると、八幡と二人との関係は、劇的に改善したと言えよう。

二人もどうやら今くらいの距離感が心地よいらしく、

二人は以前よりは、確実にGGOを楽しむ事が出来ているようだ。

 

「さて、そろそろ始めるか?」

「おう」

「僕はいつでもいいよ」

 

 そのゼクシードの言い方が、少し緊張しているように思えた為、

シャナは少し考えた後にゼクシードにこう言った。

 

「お前、普段は俺のくせに、ちょっと気取りたい時は自分の事を僕って言うよな、

例えばBoB前の対談の時とか」

「なっ……べ、別にいいじゃないか」

「おう、別にいいぞ、ただちょっと面白いって思っただけだからな」

 

 そしてシャナは、ぐぬぬ状態のゼクシードに言った。

 

「どうやら肩の力は抜けたみたいだな」

「え?」

「それじゃあカウントするぞ、二人とも、好きな位置取りをとってくれ」

「おい、シャナ……」

「さっさと動け、行くぞ~、五、四、三、二、一、スタート!」

「くっ……」

「行くぞコラぁ!」

 

 そして二人の戦いが始まった。ゼクシードはブランクをものともせず、

以前と同じレベルのパフォーマンスを繰り広げ、

闇風は闇風で、存分にその機動力を生かし、

ゼクシードの攻撃をかわしながら高速で動き続けていた。

 

「ねぇ、これ、どっちが勝つの?」

「残念ながら闇風だな」

「やっぱりそうなんだ」

「銃のみの戦いって条件なら、今のあいつは俺よりも強いからな」

 

 ハルカの質問に、シャナはあっさりとそう答えた。

 

「前回の戦争でゼクシードに負けてから、

あいつはこの時の為に色々研究してたみたいだからな、

特に対策とかをする余裕の無かったゼクシードには、

今のあいつの相手は荷が重いだろうな」

「なるほどね」

「まあゼクシードさんも実は研究熱心みたいだし、

このままいいライバル関係を続けていく事になるのかな」

「まあ楽しいのが一番だから、いいんじゃないか?」

「うん、今回は本当にありがとうね、シャナさん」

「ありがとう、シャナさん」

 

 二人にそうお礼を言われ、シャナは少し照れた様子で頭をかいた。

そしてシャナは、誤魔化すようにレンに言った。

 

「どうだ?レン、闇風の戦いは」

「あの早さで動きながら敵に攻撃を当てるのって、酔いそう」

 

 その言葉にシャナは意表を突かれ、面白そうに言った。

 

「確かにそうかもしれないな、レンも頑張ってああいうのに慣れるんだぞ」

「うん!」

「さて、そろそろ決着がつきそうだし、戦いを止めるか」

 

 シャナはそう言って立ち上がり、アハトレフトを抜くと、二人の間に向けて突撃した。

そしてシャナは、今まさにゼクシードの急所に銃弾を打ち込もうとしていた闇風の目の前に、

アハトレフトを振り下ろし、闇風は慌てて飛び退った。

 

「うおっ、何で邪魔するんだよシャナ、もう少しだったのに!」

「そこまでだ闇風。どうだ?ゼクシード」

 

 シャナはそう言って、ゼクシードの目をじっと見つめた。

そしてゼクシードはため息を付きながらこう言った。

 

「………僕の負けだ」

「だ、そうだ」

「う?お、おう、それならオーケーだぜ」

 

 そして闇風は、ゼクシードに歩み寄ると、右手を差し出した。

 

「…………何だ?」

「ライバルってのは、戦った後にはこうやって握手をするもんだぜ!」

「ライバルね………」

 

 そしてゼクシードは、あっさりとその手を握り、闇風に言った。

 

「次は負けない」

「おう、今回はさすがに俺に有利すぎるフィールドだったし、

今度は別の場所で、またやろうぜ!」

 

 そこに戦いの様子を見守っていた残りの四人も駆け寄り、

レンとナユタは闇風を、ユッコとハルカはゼクシードを労った。

 

「さすがです、師匠!」

「やるじゃねえか」

「おう、もっと褒めてくれ!」

 

「ゼクシードさん、次は勝ちましょう!」

「百戦して百勝する事なんて無理な訳ですし、大事な戦闘で最後に立っていられるように、

これからも一緒に頑張りましょう!」

「確かにそうだよな」

 

 そしてシャナは、ゼクシードにもレンとナユタの事を紹介する事にした。

 

「ゼクシード、これはレンとナユタ、俺の知り合いで、新人だ」

「レンです、宜しくお願いします!」

「ナユタだ、宜しくな」

「僕はゼクシード、宜しくね」

 

 その気取った言い方に、ユッコとハルカは思わず噴き出した。

ゼクシードは少し顔を赤くしたが、特に何も言う事は無かった。

 

「言っておくがゼクシード、この二人に手を出したらリアルに殺すからな」

「お、おう、分かった……」

 

 ゼクシードは、そのシャナの剣幕に少しびびったのか、素直にそう答えた。

その瞬間シャナが、何かに気付いたように声を上げた。

 

「何か来る、かなりの大人数だ、みんな、隠れろ」

 

 その言葉通り、地平線に砂埃が上がっており、

ゼクシードは慌てて車を廃墟内に停めてあったブラックの隣に移動させ、

シャナは人数分のピンクの布を配り、

全員は先ほどレン達が潜んでいた場所へと移動し、様子を伺った。

 

「なぁ、廃墟内に隠れた方が良くないか?」

「ああいういかにも隠れやすそうな場所よりも、

こういう意外な場所の方が見つからないもんなんだよ、奇襲もかけやすいしな」

「まあ確かにそうか、車に気を取られてくれれば、それ自体が隙になるしな」

 

 そんな会話を交わしつつ、一同は息を潜めてその集団を見つめていた。

 

「あれは……見た感じ、平家軍にいた中堅プレイヤーが多いみたいだが」

「モブ狩りだろうな、まあどこかとカチ合ったらそのままPK集団に変わるんだろう」

「どうする?」

「そうだな……たまには派手にやるか」

「おっ、いいねいいね、そういうの、大好物だぜ!」

「ゼクシードはどうする?元同僚だろ?」

「僕は別に、あの時はお前と戦いたいから平家軍に所属しただけで、

今ここであえてあっちにつく理由がない」

「オーケーだ、まあこの三人がいるんだ、負ける可能性はまったく無いだろ!」

 

 それはまさに、たまたまここに通りかかったこの集団にとっての災厄だった。

シノン辺りは異論はあるだろうが、GGOのトップスリーがここにいるのだ。

 

「ユッコとハルカはレンとナユタと一緒に動いてくれ、二人の事、頼むな」

「うん」

「分かった」

「俺はこの場で狙撃で前衛のサポートをする、

ゼクシードと闇風は、敵のリーダーっぽい連中を狙ってくれ。

残りの四人は、その後ろから敵の残党を殲滅だ、敵の数はこちらの三倍ぽっちだ、

まあそれで問題なく片付くはずだ」

 

 敵はまだ、こちらにはまったく気付いていないようで、

のんびりとモブ狩りの準備をしてる所だった。

 

「行くぞ」

「おう!」

 

 そして闇風とゼクシードの射撃から戦いは幕を上げた。

二人は何度もやりあっている為、お互いの動きをそれなりに把握しており、

息のあった動きで連携する事が出来た。

 

「やるじゃねえか!」

「そっちもな」

 

 何度か被弾しそうになる場面もあったが、それはシャナが狙撃で潰していた。

 

「危ねえ!って、さっすがシャナだぜ、的確な援護をしてくれるぜ」

「だな、俺もまさかこんなに戦闘が楽だなんて、初めての経験だ」

「お、俺が出たか、調子出てきたじゃないかよ、ゼクシード」

「喋ってないで敵を倒す事に集中しろ」

「もちろんだぜ!」

 

 一方奇襲を受けた側は、相手がたった二人で無謀とも言える突撃をしてきたのに、

効果的な反撃が出来ないでいた。有体に言うと、相手の格に飲まれていたのである。

 

「闇風とゼクシードだ!」

「シャナもいるぞ!」

「何であいつらが組んでるんだよ、こんなの勝てる訳がねえ!」

 

 そしてその集団は混乱し、そこにレン達四人からの面での射撃を浴び、

バタバタと倒されていった。

 

「倒さないとこっちの仲間が倒されるだけよ、頑張って」

「冷静さを失わないようにね、弾が切れたら落ち着いてマガジンを交換して」

 

 ユッコとハルカも、さすが場数を踏んでいるだけあり、

初めて人を撃つ事になる二人にそう声を掛けて落ち着かせる事に成功していた。

 

「よし……レン、行け」

 

 突然シャナがレンにそう声を掛け、

レンはその言葉を受け、弾かれるように突撃を開始した。

 

「うおおおおおお!」

「おっ、レン、来たか」

「うん、シャナさんに言われたの!」

「そうか、絶対に足を止めるなよ、俺の動きを思い出せ」

「はい!」

 

 そしてレンは、シャナのサポートを受けつつも、見事に多数の敵を撃ち倒していった。

 

「おいゼクシード、俺達も負けてられないぜ」

「ここまで敵の数が減ったら、むしろ彼女の成長の為に手加減するべきじゃないか?」

「そう言われると確かにそうだな、よし、サポートに徹するか」

 

 こうして三倍の敵を相手に、仲間達は見事な殲滅戦を繰り広げ、

犠牲も無くこの戦闘は終了する事となった。

 

「よくやったな、レン、ナユタ」

 

 シャナはそう言いながらレンの頭を撫でた。

ナユタの頭を撫でるのは、その大人びた外見のせいもあり、遠慮しているようだ。

 

「頑張りました!」

「おう、頑張ったな」

「俺は後方で敵を撃ってただけだけどな」

 

 そう言いながらも、ナユタはレンの頭を撫でるシャナの手をじっと見つめていた。

 

「ん、ナユタ、どうした?」

「いや、別に何も」

 

 そんなシャナに、ユッコとハルカがそっと囁いた。

 

「鈍いわね、多分あの子も頭を撫でて欲しがってるわよ」

「ですです、あれは絶対にそう!」

「え、まじで?」

「いいからほら!」

「騙されたと思って!」

「お、おう」

 

 そしてシャナは、黙ってナユタの頭を撫でた。

ナユタはビクッとしながらも、その手を振り払うような事はしなかった。

 

「…………な、なぁ」

「ん、ナユタ、どうした?」

「これってやっぱりちょっと恥ずかしいな」

「……やめとくか?」

「いや、別にいい」

 

 そしてそこに、闇風とゼクシードも合流した。

 

「良くやったなレン、悪くないデビュー戦だったぜ!」

「ありがとう、師匠!」

「師匠?二人は師弟関係なのか?」

「おう、ついさっきからな!」

「うん!」

「そうか……」

 

 そんなゼクシードに、闇風が言った。

 

「何だよ、またAGI特化なんて駄目だから、弟子になるのはやめとけとか言い出すのか?」

「いや、実際負けたんだ、自説を安易に曲げるつもりは無いけど、

もうAGIタイプを否定するつもりは無い、それに……」

 

 そしてゼクシードは、何かを懐かしむような顔で言った。

 

「弟子っていいもんだよな」

 

 ゼクシードは、夢の中で自分の弟子だった二人の少女の事を思い浮かべながらそう言った。

闇風はそんなゼクシードを不思議そうな目で見ていたが、

ゼクシードは空を見上げるだけで、特にそれ以上何も言う事は無かった。

 

 

 

 一方その弟子である双子の少女達は、新たな仲間と共に、ギルドの立ち上げをしていた。

 

「スリーピングナイツの結成をここに宣言します」

「みんな、これから頑張ろう!」

「最初の目標は、このメンバーででの、この擬似アインクラッド五層までのクリア、

その後は手始めに、業界第二位の規模を誇る、アスカ・エンパイアに殴りこみをかけるわ」

「今の僕らはまだ名無し状態だから、

アスカ・エンパイアにコンバートした段階で正式に名前を付ける事になるから、

それまでにキャラの名前を各自で考えておくようにね!」

 

 そして数日後、すさまじい速度で成長した彼らは、

無事に擬似アインクラッドの五層をクリアし、アスカ・エンパイアへのコンバートを果たす。

 

「ユウキ、シウネー、ジュン、テッチ、タルケン、ノリ、クロービス、行くわよ!」

「「「「「「「おう!」」」」」」」

 

 こうしてアイ改めランをリーダーとするスリーピングナイツは、その活動を開始した。



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第437話 優里奈、社長室へ

「二人とも、今日はどうだった?」

「とっても楽しかった!八幡君、また遊ぼうね」

「おう、香蓮も頑張って強くなっておくんだぞ」

「うん!」

「凄く新鮮な体験でした」

「優里奈はもうちょっと自重しような、

ロールプレイを楽しむのはいいが、最初のあの格好はさすがに危ないからな、色々な意味で」

「はぁい」

 

 優里奈も楽しんでいたようだが、香蓮の気合の入り方は凄かった。

香蓮はよほどレンというキャラが気に入ったのだろう、

どうやら少し休憩した後、もう一度ログインするつもりらしい。

 

「八幡君、何かアドバイスとかは無い?」

「そうだな、しばらく砂漠地帯でモブを狩りつつ待ち伏せPKをすればいい。

今のところはそれが最適解だろうな。その為にも、周囲の警戒は怠らないようにな。

あとは積極的に戦う事だな、まあ今の香蓮は、言わなくてもやる気満々だと思うけどな」

「う、うん」

 

 そして八幡は、 ニヤリとしながら香蓮に言った。

 

「まあ分からない事があったら闇風に聞けばいい、ついでに色々たかってやれ。

せっかくあいつの弟子になったんだからな。

どうせなら、いつかあいつやゼクシードを倒せるように頑張ってくれ」

「うん、頑張る!ありがとう、八幡君!」

「あとは美優にもう大丈夫だと連絡だけしておくんだな、あいつはかなり心配してたからな」

「あっ……分かった、直ぐに連絡するね」

「おう、それじゃあまたな、香蓮」

「香蓮さん、またです」

「八幡君、優里奈ちゃん、またね!」

 

 そして八幡と優里奈は、当初の予定通りソレイユへ戻る事にした。

 

「あんまり遅い時間まで連れ回すのはまずいだろうし、少し急ぐか」

「私は構わないんですけど、八幡さんはやっぱり困りますよね」

「ん、構わないのか?まあそれならそれでいいや」

 

 八幡があっさりとそう言った為、優里奈は驚いた。

 

「いいんですか!?」

「それはお前が決める事であって、俺が決める事じゃないからな。

それに俺が一緒なら、危険な目にあう事もまあ無いだろ」

「まあ、それはそうかもですが……」

 

 優里奈は納得いかなかったのか、切り口を変えて八幡に質問した。

 

「未成年を夜十時以降に働かせていいんですか?」

「おう、駄目だぞ、だから十時以降は給料は出さないから、好きにしていい」

「十時になった瞬間に帰りたいとか言ったらどうなるんですかね」

「普通に家まで送るだけだな」

「帰りたくないと言ったら?」

「帰らなければいいんじゃないか?」

「えっ?」

 

 その予想外の言葉に、優里奈は完全に固まった。

 

「そろそろソレイユだ、下りるぞ」

「えっ、あっ、あの、今のはどういう……」

「後だ後、いいから下りるぞ」

 

 

 

 ソレイユに到着すると、何故か受付には結衣が座っていた。

 

「……お前、ここで一体何をしてんの?」

「あっ、ヒッキー、久しぶり!見て分からない?受付だよ?」

 

 結衣はあっさりとそう言い、八幡はため息を付きながら言った。

 

「それは分かるっての」

「ああ、えっと、バイトだよ?」

 

 その結衣の言葉に、八幡はとても驚いたように言った。

 

「バイト!?お前、受付の仕事なんか出来るの!?」

「ほら、社員さん達の正規の仕事時間はもうとっくに過ぎてるじゃん?

でもビル自体はもう少し開いてるから、その穴埋めみたいな感じで、

本日の業務は終了しましたって言ってから用件を聞いて、

後日薔薇さんに渡すだけだから大丈夫!」

「そういう事か……それなら結衣にも出来るな」

「もう、人を子供扱いして!こんな時間に飛び込みで来る人なんかほとんどいないし、

まあ楽といえば楽なバイトだよ、でも退屈なんだよね、あ、ヒッキー、肩揉んで?」

「何でそうなる……」

「それなりに緊張するから、肩がこるんだよ、

ほらほら、従業員を労わるのも中間管理職の仕事だよ!」

「お前の肩がこるのは別に緊張のせいじゃないだろ……」

 

 そう言いながら、八幡は結衣の胸をじっと見つめた。

 

「……えっち」

「いやいや、今のはお前の誘導に乗ってやる為に、

あえて見ただけだからセーフだ、俺は悪くない」

「……見た事は否定しないんだね、で、肩揉みは?」

「はぁ……分かったよ」

 

 そして八幡は律儀に結衣の肩を揉み、結衣はリラックスした表情で八幡に尋ねた。

 

「で、こちらは?」

 

 結衣は、優里奈を見ながらそう言った。

 

「こちらは櫛稲田優里奈、俺の特別臨時秘書だ」

「ああ、その子が……初めまして、由比ヶ浜結衣だよ、気軽にユイユイって呼んでね」

「櫛稲田優里奈です、宜しくお願いします。

ところで八幡さん、どうしてさっき、ユイユイさんの胸を見たんですか?

私の胸にはまったく興味を示さないのに」

「ああ、多分それは、結衣は高校の時、

お前みたいに無防備に俺に顔や胸を近付けてきてたから、

それで俺も慣れちまってるからなんじゃないか」

 

 その言葉に結衣は顔を真っ赤にして反論した。

 

「胸は近付けてないし!」

 

 その言葉を聞いた八幡は、肩を竦めながら優里奈に言った。

 

「ほら、やっぱり無自覚だろ?」

「えっ?えっと、ヒッキー、本当に?」

「おう、本気と書いてマジと読むくらいには本当だ」

「そ、そうだったっけ」

 

 結衣は本当に心当たりが無かった為、自信無さげにそう言った。

そんな結衣に、優里奈はこう質問した。

 

「あ、あの、ユイユイさん、今の遣り取りからすると、

ユイユイさんが八幡さんの彼女さんですか?」

「へ?ああ、高校の時ね、ヒッキーは絶対にあたしの気持ちに気付いてたと思うんだけど、

それを見て見ぬフリをしているうちにフラッといなくなって、

戻ってきたらもう彼女がいてね、本当にひどい男だよね!」

「なるほど、違いましたか、でもそれはひどいですね!」

「お、おい……」

 

 珍しく八幡はおろおろした。それを好機とみなしたのか、

結衣はあえて胸を強調しつつ、もじもじしながら振り返り、八幡に言った。

この辺り、結衣もどうやらやっと女の武器を使えるようになりつつあるようだ。

もっともそれは、八幡が相手の時だけなのであったが。

 

「そ、それじゃあ一つお願いをしてもいい?」

「お、おう……無茶なお願いじゃなければな」

 

 八幡は目を盛大に泳がせながらそう言った。

同じ事を薔薇にされても八幡は何とも思わないのだが、

やはり結衣辺りにそういう事をされると、こうなってしまうのだ。

そしてその八幡の返事に、結衣は上目遣いでこう言った。

 

「無茶じゃなければいいの?」

「おう、男に二言は無い」

「やった!それじゃえっとね……今度の日曜、東京ビッグサイトに来て欲しいの!

姫菜に本の売り子をしてくれないかって頼まれてて、

どうしてもあと何人か人手が欲しいみたいなの!お願い!」

「え、やだよ、その日はソレイユの企業ブースに参加しないといけないし」

 

 八幡はその結衣の頼みを即断った。

 

「えええええええええ!い、今男に二言は無いって……」

「いやいや、そもそもお前、海老名さんの作ってる本って、アレだろ?

それは男である俺が関わっていい本じゃない」

「えっ、何で?」

「えっ?」

 

 そして八幡と結衣はしばらくきょとんと見つめ合っていたが、

先に八幡が、結衣にこう質問した。

 

「お前、海老名さんから本の内容は聞いてないのか?」

「もちろん聞いてるよ?えっとね、ヒッキーとキリト君が、戦いの中で友情を深める話」

「……………………今聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするんだが」

 

 顔を青くする八幡をよそに、結衣はうっとりした表情でこう言った。

 

「いいよね、戦いの中で芽生える友情の物語!あたしはいいと思うな!」

「お前それ、本気で言ってんのか!?」

「え?うん、何か変?」

「う~む……」

 

 そして八幡は、優里奈にこう尋ねた。

 

「なぁ、優里奈はBLって知ってるか?」

「び、BLですか?はい、まあ一般常識の範囲で知ってます、興味は無いですけど」

「ちょっとこいつに説明してやってくれ……」

「分かりました」

 

 そして優里奈は結衣の耳元で、ごにょごにょと何か囁いた。

 

「えっと……」

「ふむふむ」

「で、八幡さんとそのキリトさんって人が……」

「えっ?何でベッド?」

「裸でくんずほぐれつ……」

「ええええええ?お、男同士だよね?」

「で、そのまま……」

 

 結衣はその最後の説明と共に固まり、ギギギと音が聞こえるような仕草で八幡を見た。

 

「え、えっと……そうなの?」

「おう、海老名さんは高校の時からそうだっただろ、

優美子も当然意味を分かってて、『擬態しろし』って言ってたのに、

お前は意味を理解しないままその会話に参加してたのか?」

「あっ、今のモノマネ、なんか優美子に似てた!ヒッキー、もう一回やって?」

「現実逃避してるんじゃねえ!で、本当に知らなかったのか?」

「うぅ……」

 

 そして結衣は、もじもじしながら八幡に言った。

 

「えっとさ、自分だけが知らないのが恥ずかしくて、

知ってるフリをしちゃう事ってあるよね?」

「おう、友達あるあるだな」

「あ、あは……どうしようヒッキー、あたし、オーケーしちゃった……」

「これも勉強だと思って諦めろ、そして俺とキリトの本が売れないように邪魔をして、

密かに全部処分してくれ」

 

 だがその八幡の言葉に、結衣は正論で抵抗した。

 

「え、そんなの出来ないよ、姫菜も頑張って書いたんだと思うし」

「ぐっ……そ、それはそうなんだが……」

「だから姫菜にお仕置きするくらいで勘弁してあげて?ね?」

「う……く、くそ、分かった、だが二度は許さないからな」

「うん、それでお願い」

 

 そして結衣は、困ったような顔をして八幡に言った。

 

「でもでも、他の売り子さんはどうしよう……」

「優美子や川崎はどうだ?もしかしてもう断られたのか?」

「うん、姫菜が断られたって」

「その二人が来たくなるような条件が出せれば案外来てくれるんじゃないか?」

「う~ん…………あっ!」

 

 そして結衣は、何か思い付いたのか、明るい顔でスマホを取り出し、電話を掛け始めた。

 

「あ、姫菜?あたしだけど、優美子とサキサキの事でさ、ちょっと思いついた事があるの。

うんうん、あのねあのね、ヒッキーも来るから来てって言えばいいんじゃないかな?」

「なっ……」

「まあ実際には、ヒッキーにも断られたんだけど、

ヒッキーはソレイユの企業ブースにいるらしいから、会う事は可能じゃない?

うんうん、本人がさっき言ってたから本当だよ、おっけぇ、それじゃあまたね」

「そういう事か……」

 

 そして結衣は電話を切ると、八幡にこう言った。

 

「これでどうかな?」

「今聞いた話くらいの内容なら、まあ確かに問題ない」

「やった!後は結果待ち!」

 

 そして直後に姫菜からなのだろう、着信があり、

結衣は通話を終えた後、笑顔で八幡に言った。

 

「二人ともおっけぇしてくれたって」

「そ、そうか……あいつらよくオーケーしたな」

「ヒッキー様々だね」

「まあ一度はお仕置きしに行かないといけないだろうし、その線で妥協しよう」

 

 そこでこの話は終わりとなり、八幡は結衣に尋ねた。

 

「で、今は姉さんや薔薇はいるのか?」

「うん、二人ともいるよ、あとセラちゃんとさがみんもいるかな」

「そうか、それじゃあ顔を出して優里奈を紹介しておくか、

それじゃあ結衣、またな、バイト頑張れよ」

「うん、ありがとう!優里奈ちゃんもまたね!」

「はい、またです!」

 

 

 

「秘書室には誰もいないか……それじゃあ社長室だな」

「さすがにちょっと緊張します」

「緊張?するだけ無駄だぞ、おかしな連中ばっかりだからな、南以外は」

「南さんって、もしかして相模のおじ様の娘さんのですか?」

「正解だ、一応これから行く所にいるのは、社長の雪ノ下陽乃、秘書室長の薔薇小猫、

後は秘書予定の間宮クルスと相模南だ」

「あっ、社長さん以外の名前はロッカーで見ました」

 

 そして八幡は社長室に着くと、三回ノックをした。

そしてドアが開き、二人を出迎えたのは南だった。

 

「比企谷と……優里奈ちゃん!?」

「南さん、お久しぶりです」

「あっ、そういえばうちも聞いてたんだった、

優里奈ちゃんが比企谷の特別臨時秘書になるって」

「です」

「それじゃあ同僚みたいなものだね、宜しくね」

「はい!」

 

 そして部屋に入った二人を、陽乃が笑顔で迎えた。

 

「八幡君に、櫛稲田優里奈ちゃんだっけ?話は聞いてるわ、ソレイユへようこそ、

私が社長の雪ノ下陽乃よ」

「秘書室長の薔薇です」

 

 薔薇が性懲りも無くそう言い、八幡はいつものように突っ込んだ。

 

「フルネームで名乗れって何回言わせるんだお前は……」

「ぐっ……」

「あっ、小猫さんですよね!ロッカーで見ました!

その時からかわいい名前だって思ってたんですよ、宜しくお願いします!」

「そ、そう、宜しくね、優里奈さん」

 

 薔薇は毒気を抜かれたのか、案外素直にそう挨拶をした。

 

「間宮クルスです、八幡様の秘書になる予定です、宜しくお願いします」

「櫛稲田優里奈です、宜しくお願いします!」

 

 そして自己紹介が済んだ後、何故か南が八幡の後ろにこそこそと隠れた。

 

「ん?何やってんだお前」

「分かってよ、このメンバーの中に混じるのはつらいのよ!」

「ああ、確かにあ~……こ、個性的なメンバーだからな」

「違う違う、ほら、その……」

 

 そして南は八幡の耳元で囁いた。

 

「胸がちょっと……ね」

「ああ……」

 

 そして八幡は、目の前に並ぶ三人の胸を見て、ため息をついた。

 

「確かに色々とおかしいよな、日本人的に」

「そうなのよ!優里奈ちゃんもそうだし、本当にどうなってるのよ!」

「何でだろうな……まあ強く生きろ」

「…………くっ」

 

 そして南は、諦めたような顔で隅の方で小さくなった。

だがそんな南に遠慮するような三人ではなかった。

 

「とりあえずほら、座って座って」

 

 そして八幡と優里奈は、何故かソファーに向かい合わせで座らさせられ、

その八幡の腕を、まるで拘束具のように薔薇とクルスがその胸に抱え込んだ。

 

「おい、分かってるから俺の腕を離せ、大丈夫、逃げないから」

「そう、それならいいわ」

「さすがは八幡様、度胸が据わってる」

「度胸は関係ないんだけどな……何を言っても無駄なのは分かってるからな」

 

 優里奈はその会話を聞き、一体何の事だろうかと首を傾げた。

そして二人は八幡の腕を離し、その直後に陽乃が突然こう言った。

 

「ふう、肩がこるわね」

「やっぱりか……」

「あら、逃げないのね」

「逃げたら後であの手この手でもっとやばい事をされるからな」

「分かってるじゃない」

 

 そして陽乃が八幡の頭の上に胸を乗せようとした瞬間に、八幡が動いた。

八幡はいきなり立ち上がると、くるりと回転し、陽乃を抱え上げた状態で元の位置に戻り、

自分の膝の間に陽乃を座らせると、その肩を揉み始めた。

 

「あ、あれ?」

「ふふん、こっちの方が多少ましだからな、存分に肩のこりをほぐしてやる」

「う……こ、これはこれでいいかも……」

 

 そして陽乃は気持ち良さそうにぐったりとし、

それを見た薔薇とクルスは、同じように八幡におねだりをした。

 

「そ、それ私にもしてくれない?」

「八幡様、私もそれを所望したいのですが……」

「………まあ別に構わないが、南もやっとくか?」

「え、い、いいの?うん、お願いしようかな」

 

 そして優里奈が見守る中、八幡は三人を撃沈させ、男のプライドを守りきる事に成功した




またおかしな話を書いてしまいました……


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第438話 優里奈、やらかす

「八幡さん、やりますね」

「おう、いつもの調子でやられたら、さすがの俺も優里奈に変態扱いされちまうんでな、

まあ俺は悪くない、悪くないんだが、

優里奈におかしな誤解をされるのは避けたいと思ってな」

「いつもの調子?って、一体何をされてるんですか?」

「さっきやりかけてただろ、この馬鹿社長は、

俺の頭の上に胸を乗せて、リラックスしようとするんだよ……」

「えっ?」

 

 その言葉を聞いた優里奈は、くすくすと笑った。

 

「別に八幡さんを変態扱いなんかしませんよ、愛されてていいじゃないですか」

「そんな愛はいらねえ」

「それにどれくらい効果があるのか、私も興味があります!」

「絶対にさせないからな」

「ちぇっ、はぁい」

 

 そして優里奈は、その場で足腰が立たなくなっている四人に順に質問していった。

 

「あの、南さん、南さんはもしかして八幡さんの彼女さんですか?」

「えっ?も、もしそうなったら、うちのお父さんも大喜びするだろうし、

娘としてはその期待に答えてあげたいけど……」

 

 南はもじもじしながらそう答えた。

 

「そうなんですか、ドンマイですよ、南さん!」

「優里奈ちゃん、もしかして……」

「え?私に何かありましたか?」

「えっ?気付いてないんだ……あ、うん、まあそれならそれでいいんだけどね」

 

 

 

「小猫さん、もしかして小猫さんは八幡さんの彼女さんですか?」

「あいつ、私のこの胸にまったく興味を示さないのよ、それっておかしくない!?」

「確かにそう見えますけど、もしかして演技かもしれませんよ?」

「そ、そうかな?私もまだ希望を捨てなくていいのかな?」

「はい、頑張って下さい!」

「あなたもね」

「え、私は別に……」

「え?ふ~ん、なるほどね」

 

 

「クルスさん、クルスさんはもしかして、八幡さんの彼女さんですか?」

「私ごときが彼女とはおこがましい、いいところ第七婦人くらいがお似合い」

「か、彼女よりランクが上がってませんか!?……が、頑張って下さい」

「あなたも頑張れ第八婦人」

「ええっ?わ、私は別に……」

「むっ、下克上を狙ってる?」

「べ、別にそんな事は……」

「言行不一致」

「え?」

「何でもない、多分直ぐ分かる」

「あ、はい」

 

 

「社長、社長はもしかして、八幡さんの彼女さんですか?」

 

 その問いに、陽乃はニヤリとしたまま何も答えず、優里奈は背筋に冷たいものを感じた。

 

「が、頑張って下さい……」

「あなたもね」

「え?私は別に……」

 

 そういつものセリフを返す優里奈に、陽乃は決定的な一言を放った。

 

「それじゃあどうして優里奈ちゃんは、その質問をする時に、

必ず八幡君の服をつまんでいるの?」

「えっ?」

 

 優里奈はそう言われ、自分の手を見た。

その手は確かに八幡の服の袖をつまんでおり、優里奈は愕然とした。

 

「わ、私、いつの間に……」

「この前からずっとだぞ、気付いてなかったのか?」

「は、はい……あっ、だから皆さんは、必ず私にも頑張れって……」

「まあそうなんだろうな」

 

 そして八幡は、懐中時計をチラッと見ると、優里奈にこう促した。

 

「さて、顔合わせもした事だし、帰るか」

「あ、八幡君、これ」

 

 その時陽乃が懐から何かを取り出し、八幡に向かって放り投げた。

 

「これは……オーケーだ、半ば強制という形になるけどいいか?」

「問題無いわ、それじゃあまたね、八幡君」

 

 そう言って陽乃は再びへなへなとその場に崩れ落ちた。

どうやらまだ足腰が立たないようだ。代わりに他の三人が八幡に言った。

 

「まったく、このテクニックをもっと別の方向に生かしなさいよね」

「小猫、お前今度お仕置きな」

「な、何でよ!」

「じゃあ別の方向の意味を詳しく説明してみろ」

「そ、それは……」

「ほれみろダウトだ」

「うぅ……」

 

「八幡様、今度必ずお役にたつのでまた肩揉みをお願いします」

「おう、マックスには別に頼む事があるからその報酬な」

「やった!」

 

「八幡、優里奈ちゃんの事を宜しくね」

「任せろ、なぁ南、やっぱり今のお前はいい奴だよな」

「ええっ!?う、うちはそんな……」

「南さんはいつも私に優しいですよ」

「優里奈ちゃん……」

「ほれみろ、照れずにたまには素直に褒められとけって」

「う、うん」

 

 そして二人は社長室を後にし、女子ロッカーに寄って買った服をしまい、

優里奈が元の制服に着替えた後に、裏口からソレイユの本社ビルの外に出た。

結衣はもう帰ったらしく、正面入り口が閉められていたからだ。

 

「あの、八幡さん」

「ん?」

 

 その時優里奈が、緊張した様子で深呼吸をした後、八幡に話し掛けてきた。

 

「私、今日は帰りたくないんですけど、

これって私が八幡さんの事を好きって事なんでしょうか?」

「いや、違うだろ」

 

 八幡はそれを即座に否定し、気合いが空回りとなった優里奈は困惑したように言った。

 

「ち、違うんですか?」

 

 そんな優里奈に、八幡は優しい目を向けながらこう言った。

 

「優里奈は何となく、俺を通して優里奈のお兄さんとお父さんの姿を見ている気がする」

「二人の姿……ですか?」

「だってお前、家で自分専用の、

簡易AI相手に同じような会話をするだけのゲームを自作して、毎日プレイしてるだろ?」

 

 その八幡の言葉に図星を突かれた優里奈は、ドキリとした。

 

「……知ってたんですね」

「おう、悪いが勝手に優里奈の部屋に入らせてもらった、もちろん女性だけでな」

「なるほど、私はそんなに怪しかったですか?」

 

 優里奈は身辺調査でもしたのかなと考え、八幡にそう尋ねた。

 

「ん?そういうんじゃねえよ、まあ説明は落ち着いてからだな、優里奈、こっちだ」

「あ、はい……って、このマンションは……」

「会社の向かいにあるこのマンションに、実は俺の部屋が確保してあるんだよ。

どうしても帰れない時ってのがあるからな」

「あ、そういう事ですか……」

 

 優里奈は何かを納得したように一人頷くと、そのまま黙って八幡の後を付いていった。

 

「よし、ここだ」

 

 そして八幡はとある部屋の前で立ち止まると、その部屋の扉を開けた。

 

「と言う訳で……」

「はい、今夜は宜しくお願いします」

 

 そして優里奈は八幡が何か言いかけたのを遮ってそう言った。

 

「ん?お、おう」

 

 八幡は、首を傾げながらその言葉に頷き、優里奈を中へと案内した。

 

「結構広いだろ?まあ一人だと少し持て余すんだよな、この広さ」

「一人ならそうかもですね、まあこれからは二人ですし、いいんじゃないですか?」

「ん?まあ確かに今は二人だが……」

「ここがトイレでここがお風呂……わぁ、広いですね」

「気に入ったか?」

「はい!とりあえずシャワーを浴びてきてもいいですか?」

「まあ今日は色々動いたからそうするといい、時間はまだまだ余裕だしな」

「はい」

 

 そして優里奈は風呂場に消え、八幡はとりあえずソファーに横になった。

どうやら八幡も疲れていたようで、八幡はいつの間にかスゥスゥと寝息をたてはじめた。

 

 

 

(どこからか声が聞こえる……)

 

 八幡の意識は、その声によって徐々に浮かび上がってきた。

どうやら誰かが独り言を言っているようだ。

 

「こうして見ると、お兄ちゃんともお父さんとも全然似てないや、

私、本当に八幡さんに二人の姿を重ねてるのかな……

まあいいや、この人に身を任せれば、きっと何もかも上手くいく、そんな気がする……」

 

 その言葉の意味を理解した瞬間、八幡の意識は一気に覚醒した。

 

「何かおかしいと思っていたが、優里奈、お前何か勘違いし……て……」

 

 そして八幡が目を開くと、その視界にバスタオル一枚の優里奈の姿が飛び込んできた為、

八幡は慌ててそちらから目を背け、ハンガーにかけておいた自分のジャケットを手にとり、

優里奈の肩にかけ、可能な限り優里奈の肌色成分を減らそうとした。

 

「あれ……?」

「お前、絶対に何か勘違いしてるだろ!そもそもお前は今の状況について、

一体どんな風に理解してるんだ?」

 

 その言葉に優里奈は目をパチクリさせながら、こう答えた。

 

「えっと……ここは八幡さんの部屋で、今後私は八幡さんに養ってもらいながら学校に通う、

愛人みたいな立場になって、同時に八幡さんの為に働く感じになるんですよね?」

「………………………………」

「………………………………」

 

 二人は無言で見つめ合い、八幡が先に口を開いた。

 

「あ~……これは俺が全面的に悪い、心から謝罪する」

 

 八幡はそう言って頭を下げたが、そんな八幡に優里奈はキッパリと言った。

 

「いえ、別に私、そういう生活も全然嫌じゃないですから。

それにこういう強引なのにもちょっと憧れるっていうか……」

「そっちについての謝罪じゃねえよ!って………え、嫌じゃないのか?」

「はい、もちろんですよ、むしろ八幡さんとこれから一緒にいる事で、

どんな面白いものに出会えるのか楽しみです!」

「お前はもっと自分を大事にしろ」

「してますよ?私だってちゃんと相手を選んでます」

「アーアーキコエナイキコエナイ」

「子供ですか!」

 

 そして八幡は、優里奈の手を取って寝室らしき部屋へと放り込み、ドアを閉めると、

ドア越しに優里奈に向かって言った。

 

「とりあえず優里奈は着替えろ、服はその部屋の洋服ダンスの中に入ってるはずだからな」

「あ、はい」

 

 その直後に、部屋の中から優里奈の驚きの声が聞こえてきた。更にもう少ししてから、

優里奈が大人しめでなおかつ楽な格好で戻ってきた為、八幡は安堵した。

 

「あの……どうして私の服がこの部屋にあるんでしょう?」

「言葉通り、ここがお前の部屋だからだ」

「えっ?」

「風呂場にあったシャンプーとかも、全部お前が普段から使ってるやつだっただろ?」

「あ、はい、八幡さんも同じのを使ってるんだって思って、

ちょっと一人でニヤニヤしたりしちゃったんですけど……」

「それは聞かなかった事にしとく、まあ要するにそういう事だ。

そこのキッチンとかもよく見てみな」

 

 そして優里奈はその言葉通り、キッチンに並んでいる食器や調味料を確認し始めた。

 

「これ、全部うちのだ……」

「冷蔵庫の中身もな」

「本当だ……今朝、家を出た時と何も……あ、あれ?私ハーゲンダッツなんて買ったかな?」

「それはサービスだ、俺の趣味だ」

 

 その言葉に優里奈は思わず噴き出し、八幡は顔を赤くした。

 

「まあそれはいい、要するにここがこれからお前の部屋になるという事だ」

「あの、えっと、これは一体……」

「まあ戸惑うよな、勝手にこんな事をして悪かった。

家賃の差額分はうちが出すから、それで何とか納得してくれ、

どうしても嫌だったら全部元に戻すから」

「いえ、まあそれはいいんですけど……

あそこは何となく、自分の家って感じじゃなかったですしね」

 

 その優里奈のセリフを聞いた八幡は、優里奈にこう確認した。

 

「お兄さんとご両親の事があってから、今まで住んでたマンションを引き払って、

新しい部屋に引っ越したんだったよな?」

「はい、よく知ってますね」

「ゴド……いや、相模のおっさんに聞いたからな」

「なるほど、確かにおじ様に保証人になってもらいましたしね」

「まあこの事はおっさんも承諾済だから問題ない、

なんならおっさんに電話で聞いてみるといい」

「あ、はい、一応確認しますね」

 

 そして優里奈は自由に電話を掛け、自由は電話の向こうから優里奈にこう言った。

 

『優里奈ちゃんや、今回の事は納得いかない部分もあるかもしれないが、

頼むから参謀……いや、八幡君の言う通りにしてやってくれないか?』

「あ、大丈夫です、まだ納得はしてないですけど、それはこれからする予定ですから」

『そうか、それならいいんだがな。私から一つだけ言える事は、

八幡君は、仲間を失う事が何よりも嫌なんだ、その事だけは分かってやってくれ』

「仲間……」

 

 優里奈はその言葉に、自分も八幡の仲間扱いされているのだと思い、少し胸が熱くなった。

 

「分かりました、納得します」

『ま、まあそれは話を聞いてからにしなさい』

「あ、はい」

 

 そして優里奈は、自由にお礼を言って電話を切った。

 

「どうだ?確認出来たか?」

「はい、確認出来ました」

「それじゃあ今回の経緯を説明するからな、先ず優里奈、お前、死銃事件って知ってるか?」

 

 その突然の言葉に、優里奈は目を見開いたのだった。



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第439話 優里奈、お宝を得る

「死銃事件って、あの相模のおじ様が解決したっていう、PK殺人事件の事ですか?」

「おう、まあ大体合ってるな、実はあれな、俺も思いっきり関わってたんだよ」

「そ、そうなんですか?」

 

 優里奈はその説明に驚いた。

 

「でな、まだ一人犯人が捕まってないのは知ってるだろ?」

「あ、はい」

「そいつの標的の一人は、確実に俺なんだ、

だからもしかしたら、俺の周りの仲間達も狙われるかもしれない、

おっさんも頑張ってくれているが、その辺りの心配がどうしてもその、な」

「なるほど、そういう事情があったんですね、でもそれと私の引越しにどんな関係が?」

「お前の住んでたアパートのセキュリティが甘かったから、って言えば分かるか?」

「………ああ、そういう事ですか!凄く納得しました!」

「それなら良かったわ」

 

 そして八幡は、改めて優里奈に言った。

 

「という訳で、俺は俺が少しでも安心出来るように、

優里奈にはここに住んでもらいたいと思っている、

ちなみに隣はさっき言った俺の部屋で、その反対はアルゴっていううちの社員の部屋だから、

その分更に安全性は増しているんじゃないかと思う」

 

 その言葉に、優里奈は何故か目を輝かせながら言った。

 

「分かりました、私ここに住みます、いえ、是非住みたいです!」

「そうか、それなら俺も一安心だわ」

「そこまで気を遣ってもらってすみません」

「いや、まあこれから俺が、優里奈の保護者みたいな感じになる事だしな、

名目上は相模のおっさんだが、実質的には俺が優里奈の保護者という事になる」

「そうなんですか!?何から何まで本当にありがとうございます!」

「少々おせっかいが過ぎる気もするんだけどな、

でもまあ俺も優里奈とは、少し接点がある事だしなぁ……」

「接点ですか?」

 

 優里奈はその接点とやらにまったく心当たりが無かった為、きょとんとした。

 

「実はな……いや、やはり最初に俺は、優里奈に謝らないといけないんだと思う」

「謝る?何をですか?」

「俺はお前の兄、ヤクモの事はよく知らない、

ただし、どういった経緯で、何に殺されたのかは知っている」

「えっと、仲間を庇って死んだって聞いてはいるんですが、

もしかして八幡さんは、それ以上の事を知ってるんですか?」

「おう」

 

 そして八幡は、居住まいを正した後、優里奈に向かって頭を下げた。

 

「知らなかったとはいえ、お前の兄さんを守ってやれなくて、本当にすまなかった」

「えっ?ど、どういう事ですか?」

「それはこれから説明する」

 

 そして八幡は、SAOの七十四層で一体何があったのかを、優里奈に説明し始めた。

 

 

 

「……何とかボスであるグリームアイズは倒したものの、

俺達は優里奈の兄さんを助ける事が出来なかったと、そういう訳なんだ」

「そんな事があったんですね……」

「だから俺は、ある意味お前にとっては仇になるのかもしれないな」

「なりません!」

 

 突然優里奈はそう声を荒げ、八幡は驚いてビクッとした。

 

「いや、でもな……」

 

 あくまでも申し訳なさそうな八幡に対し、優里奈は決然とした態度でこう言った。

 

「そうやって何でも自分のせいにしないで下さい!

八幡さんは神か何かにでもなったつもりですか?どう考えても悪いのは、

馬鹿な上司の命令に反抗しつつも、最終的に従ってしまった私の兄じゃないですか!

警察官だから不本意な命令にも従って、仲間を守ろうとした?本当にそのつもりがあったら、

それこそ事前に八幡さんなりに相談すれば良かったじゃないですか!

悪いのは全部兄さんと、アインクラッド解放軍の当時の幹部連中であって、

それが唯一絶対の真理で、他の人達には何の責任もありません!」

 

 優里奈は一気にそうまくしたてた後、荒い息を吐いた。

そんな優里奈に、八幡は素直に謝った。

 

「優里奈の言う通りだ、俺が悪かった」

「分かってくれればいいんです、今後はもうこの話は禁止ですからね!」

「分かった、約束する」

 

 即座にそう言った八幡に、逆に優里奈が頭を下げた。

 

「でもそこまで私の事を考えてもらえて、とても嬉しいです、

八幡さんが私の保護者役をしてくれる気になったのも、それが原因なんですよね?」

「いやいや、優里奈が魅力的だから、このチャンスにモノにしてやろうと思ったのさ」

「その冗談は面白くないです、まったくウケません、八幡さん」

 

 優里奈にそう駄目出しされ、八幡は肩を落とした。

 

「お、おう、冗談を言うのは昔から苦手なんだよな」

 

 そんな八幡に、優里奈は茶目っ気たっぷりに言った。

 

「何故ならもうとっくにモノになってるからです、

自力でモノに出来なくて残念でしたね、八幡さん」

「いいっ!?」

 

 そして優里奈は、慌てて顔を上げた八幡の目を真っ直ぐに見ながらこう言った。

 

「冗談っていうのはこうやって言うんですよ」

「………優里奈は俺よりも遥かに冗談が上手いな」

「本当に冗談だと思います?」

「え?え~と……お、おう」

「じゃあそう思ってて下さいね」

 

 優里奈はそう八幡にウィンクし、八幡はこれは敵わないなと両手を上げて降参した。

こうして和やかな雰囲気になったところで、八幡は優里奈にこう切り出した。

 

「なぁ優里奈、ソレイユの次期幹部候補生育成プロジェクトの最初の候補生にならないか?」

「私がソレイユの幹部……ですか!?」

「まあそういう名目があれば、俺としても支援しやすいってのもあるし、

何より優里奈なら、うちが間違った方向に進もうとした時に、

それをキッチリ止めてくれるんじゃないかと期待しているという面もある」

「私がお目付け役ですか?」

「まあまだまだ勉強不足だろうとは思うが、それは俺も同じだしな、どうだ?」

「そうですね………私、やってみたいです!」

「そうか、それじゃあ宜しく頼むな」

「はい!」

 

 こうして優里奈は、プロジェクトの最初の候補生として名乗りを上げる事となった。

もっともそんなにお堅いプロジェクトではなく、

あくまで必要な知識を中心に学んでいこう程度のプロジェクトであるので、

当分優里奈の生活に、何ら変わりは無いだろう。

そして八幡は、この日は隣にある自分の部屋で寝ると言って去っていき、

優里奈はいきなり新居で一人の夜を過ごす事となった。

 

「それにしても、いくら物が少なかったとはいえ、

よく一日でこんなに綺麗に引越し出来たなぁ」

 

 そう呟きながら、優里奈は室内の設備を見て回った。

 

「うわ、よく見るとどれもこれも凄いなぁ……

キッチンなんか、使い方がよく分からない設備が沢山ある……」

 

 優里奈は今度の休みの時にでも色々研究してみようと思い、ついでに冷蔵庫の中を覗いた。

 

「さしあたり明日の朝食、二人分は問題無いかな」

 

 どうやら優里奈は八幡と一緒に朝食をとる気が満々のようであった。

 

 

 

「さて、そろそろ卒業しないといけないのは分かってるんだけど……」

 

 そう言って優里奈はアミュスフィアをかぶり、自作のゲームにログインした。

そこには優里奈がかなり力を入れて完全再現した、

幸せだった頃の家族の風景が広がっていた。

 

「お父さん、お兄ちゃん、また将棋してるの?」

 

 優里奈はAIの父と兄にそう話しかけた。

 

「またって言うなよ、非番の時くらい別に構わないだろ」

「……お兄ちゃんくらいの年頃の人は、非番の時はデートとかをしているんじゃないかな」

 

 その言葉を受け、キッチンから母親が顔を出した。

 

「そうよそうよ、あなたも早く彼女を作って家に連れてきなさい、

もし優里奈が彼氏を連れてきたら、お父さんが卒倒しちゃうかもしれないけど、

あなたが連れてくる分には大歓迎よ」

 

 その言葉に兄は肩を竦め、父親が心配そうに優里奈に尋ねてきた。

 

「おい優里奈、まさかとは思うが、まだお前にはそういう人はいないよな?」

「彼氏と呼べる人はいないけど、興味を持っている人ならいるよ」

「何っ!?」

 

 そう言いながら立ち上がろうとする父親を、兄と母親が制した。

 

「まあまあ父さん、優里奈もお年頃なんだからさ」

「そうよそうよ、世の中の父親の誰もが通る道よ、

むしろ覚悟する時間がもらえて良かったじゃない」

「くっ……」

 

 そして父親はうな垂れ、優里奈はソファーに腰掛けると、

ソレイユ・コーポレーションの事を色々と調べ始めた。

 

「この急成長っぷり、やっぱり凄いなぁ……あの社長さん、やり手なんだなぁ……」

 

 優里奈は記事に載っていた陽乃の写真を見ながらそう呟いた。

そして写真の隅に、見切れている八幡の姿を見付け、ぷっと噴き出した。

 

「出会ってからここまで、思いもしなかった事の連続だったなぁ、

この先私、一体どうなっちゃうんだろう」

「きっと幸せになれるさ、彼と一緒なら」

「そうよそうよ、優里奈、しっかり玉の輿を狙うのよ」

「お前もそろそろここを卒業しないとな」

「えっ?」

 

 突然そんな声が聞こえ、優里奈は慌てて家族の方を見た。

だが三人ともこちらを伺っている様子は無く、優里奈は首を傾げた。

 

「幻聴……?でも今確かに……卒業……?」

 

 そして優里奈は、虚空を見つめて考え込んでいたが、意を決したように、三人に言った。

 

「お父さん、お母さん、お兄ちゃん、私、そろそろ寝るね、

次に会えるのは、もしかしたら当分先になるかも」

 

 その言葉に三人は顔を見合わせると、笑顔で言った。

 

「そうか、しっかりな」

「頑張りなさい、優里奈」

「お前もやっとブラコンを卒業だな」

「お兄ちゃんがシスコンなのを、変に改変しないで!」

 

 優里奈は兄にそう反論した後に、小さく手を振りながら、小声で言った。

 

「バイバイ」

 

 

 

 優里奈はベッドで目覚めると、何となく外の空気を吸いたくなり、ベランダへと出た。

そんな優里奈に話しかける者がいた。

 

「何だ優里奈、まだ起きてたのか?」

「あ、はい、ちょっと家族と会ってたので」

「そうか」

 

 隣のベランダで佇む八幡は、それ以上何も言わなかった。そんな八幡に優里奈は言った。

 

「でも、しばらくあそこには行かないつもりです」

「そうか」

 

 二度目の『そうか』は、先ほどよりも少し優しく聞こえた。

そして優里奈は、八幡にこんな質問をした。

 

「八幡さんはそこで何を?」

「広い部屋は落ち着かないんで、ちょっと外の空気を吸おうと思ってな」

「なるほど、それじゃあもういっそ、私と一緒に暮らしちゃいますか?」

 

 そんな言葉が突然優里奈の口をついて出て、八幡は口をパクパクさせた。

 

「は?お前熱でもあるの?それとも宗教の勧誘か何か?」

「もう、何でそうなるんですか!」

「お、おう、悪い」

 

 優里奈は、そんな八幡を見て、仕方ないなぁと思いながらこう尋ねた。

 

「明日の朝は朝食を作りに行きますね」

「いや、別にそんなのはいら……」

 

 八幡が断ろうとする気配を感じ、優里奈は咄嗟に言葉をかぶせた。

 

「そのお礼に、私を学校まで送って下さい」

「お?おう、そういう事か、分かった」

 

(こうやって交換条件を出すと、案外素直に受けてくれるのかな、メモメモっと)

 

「それじゃあ鍵を渡しておくわ、ついでに明日の朝、俺を起こしてくれ、

俺一人だと二度寝するかもしれん」

 

 そう言って八幡は、一度部屋の中に入ると、

部屋の鍵らしき物を手に持って現れ、優里奈に向けて放ってきた。

 

「えっ?」

「ん?」

「こ、こんなに簡単に鍵を渡しちゃっていいんですか?

もしかしたら私、暗殺者かもしれませんよ!?」

「え、何お前、そう見えて謎の暗殺拳の使い手だったりすんの?」

「す、すみません、少し動揺しました……」

「まああれだ、俺は滅多にここに来ないと思うし、それは合い鍵だから、

どうしてもやる事が無くて暇で仕方ないって時くらいでいいから、

この部屋の換気くらいはしてやってくれ」

「い、いいんですか!?」

 

 その八幡の説明に、優里奈は食いぎみにそう言った。

 

「いいんですかって、俺はむしろ申し訳ない気持ちでいっぱいなんだが……」

「あっ、そ、そうですね、仕方ないからその仕事、引き受けてあげます!」

「悪いな、それじゃあ俺はそろそろ寝るわ、また明日な」

「あっ、はい、また明日です」

 

 そして優里奈もさすがに眠くなってきたのか、今日は寝る事にした。

優里奈は直ぐに寝息をたてはじめたが、

その胸にはしっかりと、八幡の部屋の合い鍵が抱かれていたのだった。



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第440話 優里奈、行ってきます

(う……頭が重い……風邪でもひいたか……?)

 

 八幡は次の日の朝、まどろみながらそう感じていた。

だがそれは、何故か痛くも苦しくもなく、ただ心地よい感触だけが感じられ、

八幡は矛盾する感覚にとらわれながらも、徐々にその意識を覚醒させ、身じろぎした。

 

「ううん………」

 

 その瞬間に頭にかかっていた圧力が消失し、八幡の意識は再び沈んでいった。

 

 

 

「八幡さん、ちょっと早いけど朝ですよ」

 

 そんな声と同時に体を揺さぶられ、八幡は目を覚ました。

 

「ん……ここは……そうか、昨日はここに泊まったんだったか」

「朝食が出来ましたから、顔を洗ってきて下さいね」

「ん、ああそうか、そういえばそういう約束だったな」

「はい!」

 

 そこにはエプロン姿の優里奈が笑顔で立っており、八幡は一瞬悩んだのだが、

昨夜に交わした約束の事を思い出し、納得したようにそう言うと、

寝ぼけ眼をこすりながら、洗面所へ行って顔を洗った。

 

「ふう……そういえば優里奈、風邪とかひいてないか?大丈夫か?」

「え?どうしてですか?」

「いや、今朝一瞬頭が重くて起きかけたんだよな、だからもしかしたら風邪かなと思って、

それで優里奈にうつしちまってたら悪いと思ってな」

「……大丈夫ですよ、もうすぐ準備が出来ますから、とりあえず着替えてきちゃって下さい」

「おう、それなら良かった、こんな事までさせちまって何か悪いな」

「いえ、気にしないで下さい…………」

 

 優里奈は八幡に背を向けたままそう言い、

八幡はその言葉を受け、着替える為に寝室へと向かった。

ちなみにこの時優里奈は、顔を真っ赤にして汗をだらだらかいていたのだが、

幸いにもその姿が八幡に気付かれる事は無かった。

もうお分かりだと思うが、八幡の頭が重かったのは、優里奈がとある事を試したせいである。

 

 

 

 一応着替えは寝室に常備してあるらしく、

八幡はテキパキと着替え終わった後、部屋の外に出ると、

洗濯物を洗面所のカゴに放り込んだ。それを見ていた優里奈が八幡にこう尋ねた。

 

「あ、ここにも着替えが用意してあるんですね、洗濯物はいつもどうしてるんですか?」

「持ち帰って洗ってるな、で、暇を見てまた持ってくる感じかな」

 

 その説明を聞いた優里奈は、笑顔を崩さないまま八幡に言った。

 

「それって面倒くさくないですか?」

「まあな、確かにずぼらな俺には面倒くさい」

 

 その答えを予期していたのか、優里奈は即座にこう提案してきた。

 

「それじゃあ洗濯も私がやっておきますよ、どうせシーツも干さないといけませんしね」

「ん?いや、そこまでしてもら……」

「えっと、実は私、テストが近いんで、

そのお礼に私に勉強を教えてくれるというのはどうでしょう、

というか教えて下さい今回はちょっと自信が無いんですお願いします、

洗濯はそのお礼という事でどうでしょう」

 

 優里奈にそうまくしたてられ、八幡は思わず反射でこう答えた。

 

「お、おう、そういう事なら別に構わないんだが、

さすがに俺もまだ高校生をやり直してる所なんでな、先生を連れてくるって事でいいか?」

「先生……ですか?」

「おう、昨日会っただろ?間宮クルス、あいつは赤門の学生だからな」

「そうなんですか!分かりました、それでお願いします。

ちなみにもちろん八幡さんも来てくれるんですよね?」

「え?お、おう、場所はこの部屋でいいか?」

「はい!」

「それじゃあちょっと連絡するわ……俺の携帯は……ん?メールが来てるな、詩乃からか」

 

 そして八幡はそのメールを確認すると、

その内容が今の会話内容と合致していた事に驚いた。そのメールには、こう書いてあった。

 

『寝てるかもしれないのを起こすのは悪いから通話じゃなくメールで。

やばい、ゲームとバイトに集中しすぎちゃった、テストが近いので勉強を教えなさい。

BoBの優勝報酬のお出かけも今は厳しいのでテストの後まで我慢してあげるわ』

 

「何をやってるんだあいつは……まあ色々あったし仕方ないか」

 

 そして八幡は、優里奈にもう一人増えてもいいか尋ねた。

 

「えっと、その人ってどんな人ですか?」

「仲間だな、ちなみに女の子で、優里奈とは同い年のはずだ」

「仲間ですか!」

 

 その言葉に優里奈は目を輝かせた。どうやら知り合いが増える事は大歓迎のようだ。

しかも今回は、同じ高校生なのである。

実は優里奈は両親が事故にあった時、一緒にその車に乗り合わせており、

ただ一人生き残ったのだが、そのせいでしばらく入院する事となり、

その分高校への入学時期が少しずれ込んでいた。

幸い受験は終わっていた為、入学する事自体は出来たのだが、

友達作りのスタートダッシュに失敗した為、友達は一応いるのだが、

そこまで親しくなれないままここまできてしまっており、

ここから劇的に仲良くなれるかどうかも怪しかった為、

先日メイクイーンで会った、フェイリス、まゆり、椎奈に次ぐ、

四人目の年の近い、仲がいいと言える友達が出来るのではないかと期待したようだ。

 

「是非お願いします!」

「そうか、それじゃあちょっと連絡してみるわ」

 

 

 

『もしもし?八幡?』

「おう、メールの件で折り返したんだが、今大丈夫か?」

『うん、ちょっとまだ下着姿だけど、電話だから問題ないわね、まだ下着姿だけど』

「何で二度言った……そもそも何のアピールだよ」

『で、どうなの?教えてくれるの?くれないの?』

「お前は相変わらずせっかちだよな……」

 

 そして八幡は、詩乃に事情を説明した。

 

『ああ、例の子ね、オーケーよ、私も会ってみたいし』

「それじゃあ今日学校が終わった頃、その子を連れて迎えに行くわ」

『分かったわ、待ってる』

 

 そして八幡は、オーケーがもらえた事を優里奈に伝え、

それを聞いた優里奈はとても喜んだ。

 

「何か、凄く楽しみになってきました」

「それなら良かった。それじゃあ生徒が二人になった分、先生役も一人増やすかな」

 

 そんな八幡の頭に浮かんだのは、当然雪乃だった。

 

(まあ他にいないよな……)

 

 そして八幡は、雪乃に連絡をとった。

 

「おう、俺だ」

『こんな朝早くから珍しいわね、一体どうしたのかしら』

「実はな……」

 

 そして八幡は、勉強会の先生役をやってくれないかと、雪乃に事情を話しながら頼んだ。

 

「そう、別に構わないわよ、でも今日はうちの学校で、

どうしても聞いておきたい講演会が開かれるから、午後六時以降でお願い」

「オーケーだ、そのくらいに迎えにいく。ちなみにマックスにも頼むつもりなんだが……」

「ああ、それなら問題無いわ、今日の講演会に一緒に行くから」

「そうなのか、それじゃああいつにも頼んでおいて……いや、やっぱり自分で頼むわ」

「あら、ちゃんと自分で判断出来たのね、よく出来ました」

 

 雪乃はまるで教師のように、八幡にそう言った。

 

「人の上に立つ者はやはりそうじゃないと」

「おう、危なく間違えるところだったけどな」

「まあそうなったらなったで、私がちゃんと怒ってあげたわ」

「まあそうだろうな、いつもありがとな」

「どういたしまして」

 

 そして次に八幡は、クルスに連絡した。

 

「おう、マックスか?こんな朝早くに悪いな」

「いえ、問題無いです」

「で、実はお前に頼みがあるんだが」

「分かりました、任せて下さい」

 

 クルスはそう即答し、八幡は呆れたようにクルスに言った。

 

「即答かよ、俺はまだ頼みの内容を言ってないんだが……」

「えっ?早朝からムラムラしてしまって、今すぐそこへ来い、

私に伽をしろとかそういう頼みでは無いんですか?」

 

 そのクルスのセクハラを受け、八幡は反射的にこう聞き返した。

 

「お前、そんな性格だったか!?」

「すみません、朝から八幡様の声が聞けたので、テンションが上がってしまいました」

「お、おう……そうストレートに言われるとちょっと恥ずかしいな」

 

 そして八幡は、何を頼みたいのかクルスに説明した。

 

「なるほど、やっぱりそうでしたか、もちろん先ほど言った通りオーケーです」

「やっぱりってお前な……」

「さっきのはもちろん冗談です、どんな頼みでも、

八幡様の頼みならオーケーだという私の忠誠心を示したつもりでした」

「お前さっき、テンションが上がって勢いで言った風な事を言ってたよな!?

まあいいや、いつも悪いな、頼りにしてるぞ」

「はい、お任せ下さい!それでは八幡様、雪乃と一緒にお待ちしてますね」

 

 そう言ってクルスは機嫌良さそうに電話を切った。

 

「ふう……よし、教師を二人、確保完了だ」

「ありがとうございます、さて、朝食にしましょうか」

「お、美味そうだな、それじゃあ頂くとするか」

 

 そして二人は雑談をしながら優里奈の作った朝食を食べていたが、

八幡はふとこんな事を思いつき、優里奈に尋ねた。

 

「そういえばここから学校に行くのは初めてになると思うけど、行き方とか大丈夫なのか?

もしやばそうならキットで送るが」

「大丈夫です、いつも送ってもらえる訳じゃないですし、

昨日どうやって行けばいいか調べておいたので、一人で行けます。

実は前のアパートから行くよりも、ここからの方が学校に近いんですよ、ふふっ」

「そうか、それならいいんだがな、とりあえず片付けは俺がしておくから、

優里奈は学校に行く準備をしてくるといい」

「あ、大丈夫ですよ、もう準備は終わってますから。

帰ったら洗い物をしてエプロンを回収しておくので、直ぐに出ちゃいましょう」

「そうか、それじゃあもういい時間だし、このまま行く事にするか」

 

 そして優里奈はエプロンをキッチンに残し、そのまま八幡と共にマンションを出た。

他人が見たら完全に誤解されるシチュエーションだが、

事前に関係者には事情を説明してあるので、そういったハプニングは起こりようがない。

 

「それじゃあ行ってきますね、八幡さん」

「おう、行ってらっしゃい、気をつけてな」

 

 優里奈は誰かに行ってきますと言い、

行ってらっしゃいと返してもらうのは久しぶりであり、

とても嬉しそうに八幡に手を振りながら、軽い足取りで学校へと向かっていった。

 

「さて、俺も行くか……」

 

 そして八幡はソレイユの敷地内に停めてあったキットに乗り込み、

自らも帰還者用学校へと向かった。



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第441話 解放軍の者に告ぐ

「おはよう」

「「「「「「「「おはようございます!」」」」」」」」

 

 教室に入った八幡が、誰に向けてという事もなくそう挨拶をすると、

あちこちからそんな挨拶が返ってきた。

かつての高校時代の八幡からは、とても考えられない状態である。

 

「おはよう八幡君」

「八幡、今日は早いな」

「八幡さん、おはようございます!」

「八幡、おはよう!」

 

 いつもの四人からそう挨拶をされ、八幡もいつも通り、ぶっきらぼうにこう答えた。

 

「おう」

 

 そしていつもの通り、始業前の雑談が始まるかと思いきや、

いきなり八幡が和人と明日奈にこう言った。

 

「和人、明日奈、ちょっと聞きたいんだが、このプレイヤーに見覚えは無いか?」

 

 そう言って八幡が見せてきたのは、自由にもらった、ヤクモこと櫛稲田大地の写真だった。

 

「これは?」

「七十四層」

 

 その言葉に和人はピクッとし、明日奈はじっと八幡を見つめた。

 

「あの時の軍の連中の中の一人で、その時に死亡したそうだ。

プレイヤー名はヤクモ、どうだ?」

「これってあれだろ?八幡がどうしても援助したいって言ってた女の子のお兄さんだろ?」

「ああそうだ、あの時死んだ奴の妹って聞いたら、

さすがに何もしないなんて俺には出来なかったからな」

「まあ気持ちは分かる、俺も同じ気持ちだしな」

「うん、私も」

 

 その八幡の言葉に、和人と明日奈も同意した。

 

「私は直接関係ないけど、その話を聞いたらさすがにちょっとね」

「私もです!」

 

 里香と珪子もそう言い、四人はその写真をじっと眺めた。

 

「う~ん、悪い、俺は見覚えが無いな」

「まあそれは仕方ないだろ、あの時のあいつらは、顔が隠れるような格好をしてたしな」

 

 八幡の言う通り、アインクラッド解放軍の制服の帽子は、

目まで隠れる灰色の金属製の甲冑のような装備であり、個々の顔は識別出来ない。

 

「この顔、どこかで……七十四層の……あ!」

「明日奈、何か思い出したか?」

 

 そう聞かれた明日奈は、逆に八幡に聞き返した。

 

「ねぇ八幡君、ちょっとその前にもう一度確認させて?その妹さんの名前って……」

「櫛稲田優里奈だな」

「優里奈……ゆ……り……そっか、あの時の言葉はそういう事だったんだ」

「もしかして、ヤクモと話したのか?」

「正確には、最期の言葉を聞いたって事になるのかな」

 

 その言葉に八幡は身を乗り出し、明日奈は当時の状況を話し始めた。

 

「ほら、あの時って、ボス部屋の中から凄い悲鳴が聞こえて、

慌ててみんなで中に突っ込んだじゃない」

 

 その明日奈の言葉に、八幡と和人は頷いた。

 

「ああ」

「確かにそうだったよな」

 

 明日奈はその事を確認すると、そのまま説明を続けた。

 

「あの悲鳴を上げた人、その直後に入り口の方に飛ばされてきたの、私のすぐ近くにね。

その時は直ぐに結晶アイテムを使おうと思ったんだけど、

その人、もうHPが全損しててね、それで結晶アイテムを使うのを諦めたんだよね。

あれは悔しかったな……」

 

 八幡は、その時の明日奈の気持ちを慮り、苦しげな表情でこう言った。

 

「………それはつらかったな、明日奈」

「うん…………まあそのせいで、

結晶アイテム禁止エリアだって気付くのが遅れたってのもあるんだけど、

とりあえずそれは置いといて、で、その時その人がこう言ったの。

『ごめんな、ゆ……り……』って」

「そうか、優里奈の名前を最後まで言えなかったって事か……」

 

 その明日奈の説明に、四人は下を向いた。そして最初に顔を上げたのは八幡だった。

 

「明日奈、今度機会を作るから、その事を優里奈に話してやってくれ」

「うん、分かった。今日はちょっとお父さんに頼まれた用事があるから駄目として、

八幡君に任せるから、適当な日にセッティングしてくれていいよ」

「おう、分かった。で、用事って何があるんだ?」

「うん……」

 

 途端に明日奈の表情が暗くなり、四人は何事かといぶかしんだ。

 

「実はね、今日はレクト絡みのパーティーに出ないといけないの。

要するに三時間くらい、どうでもいい話を聞きながらニコニコしていないといけないの」

「そ、そうか……まあ頑張れ」

 

 そう明日奈を励ます八幡に、和人がニヤニヤしながら言った。

 

「おい八幡、いずれは我が身、だぞ」

「う…………」

 

 八幡はその言葉に図星を突かれ、苦々しげな表情をした。

 

「おい明日奈、そういうのってどれくらいの頻度であるんだ?」

「う~ん、月一くらい?」

「まじかよ…………」

「ふふっ、そうなったら少しは私の苦労も分かってもらえそうだね」

 

 そんな明日奈に、今度は里香がニヤニヤしながらこう言った。

 

「何言ってんのよ明日奈、その場合、

妻として明日奈も八幡に同伴する事になるに決まってるじゃない」

「つ、妻?やだもう里香ったら、妻だなんて」

 

 明日奈はその妻という言葉の方に反応し、とても恥ずかしそうに、

やんやんと体を揺すっていたのだが、やがて言葉の後半の意味に気付いたのか、

愕然とした顔で八幡を見た。

 

「えっ、そうすると、レクト絡みの方は、私はお父さんの付き添いだから、

単純計算で私の負担が倍になるの!?」

「お、おう、そうなのかな?」

「うわあああああ、八幡君、政治家になってパーティー禁止令を出して!」

「そしたらそれはそれで、妻同伴の色々な集まりがありそうだけどな」

 

 和人が冷静にそう突っ込み、明日奈はその場に崩れ落ちた。

 

「私、終わった……」

 

 そんな明日奈の姿を見て、さすがにかわいそうだと思ったのか、

和人が明日奈に助け船を出した。

 

「まあ八幡の方は、誰かに代わりを頼めばいいんじゃないか?

例えばそう、小町ちゃんとか、後は……陽乃さんとか」

 

 その言葉に明日奈はパッと明るい表情をした。

 

「そうか、その手があったね!八幡君、妻として命じます、

今後パーティーには、小町ちゃんか姉さんを同伴しなさい」

「そんなに嫌なんですね……」

「あの明日奈が、八幡といちゃいちゃできる機会を棒に振るなんて……」

 

 そんな明日奈をからかいたくなったのか、

八幡は悲しそうな表情を作り、明日奈に言った。

 

「そうか、明日奈は俺と一緒にいてくれないのか……」

「えっ?」

 

 その言葉に明日奈は汗をだらだら流しながら葛藤するような表情を見せた。

そして明日奈は、腹の底から搾り出すような声で言った。

 

「や、やっぱり……私が一緒に行くから……だ、大丈夫……だよ」

「ちなみに明日奈、ここまでの遣り取りは全部冗談だからな」

 

 そんな明日奈を見ていられなくなったのか、

八幡はあっさりとそう言い、他の三人もうんうんと頷いた。

明日奈はそれを聞いて、再びパッと明るい表情になった。

 

「そうだよね、冗談だよね、やだもう私ったら、おかしな心配をしちゃった、

ごめんね、変な姿を見せちゃって。さあ、話を元に戻そう!」

 

 この一連の遣り取りのおかげで、暗くなりかけた場は明るくなったが、

実際問題明日奈の負担については何も解決しておらず、

いずれ先ほどの言葉通りになるであろう事に、明日奈は気付いていなかった。

 

 

 

 授業中も八幡は、何か優里奈の為に伝えてやれる事は無いか考えていた。

そして八幡は、とあるアイデアを思いつき、ガタッと立ち上がった。

 

「あら珍しいわね八幡君、どうかしたの?」

「あっと、すみません、何でもないです」

 

 教師にそう突っ込まれた八幡は、そう言って席に座り、ぶつぶつと何か呟き始めた。

和人や明日奈ら四人は、その八幡の姿を見て何だろうかと疑問を感じていたが、

昼休みになった瞬間、八幡は脇目も振らずに教室を飛び出していき、

残された四人は呆然とした。

 

「八幡の奴、一体どうしたんだ?」

「うん……授業中から何かおかしかったよね」

「何なんだろうね」

「凄く急いでましたね」

 

 その直後に校内放送のスピーカーから八幡の声が聞こえ、四人はとても驚いた。

 

『あ~、俺だ、解放軍の者に告ぐ、すまないがちょっと頼みがある、

以前アインクラッド解放軍に所属してた者は、聞きたい事があるから俺の所まで来てくれ。

ちなみにこれは強制ではない、ただのお願いだ』

 

 その瞬間に、学校中で該当する生徒達が、ガタッと立ち上がった。

どうやら八幡のお願いは、誰も無視出来ないようだ。

そしてその放送を教室で聞いていた四人は思わず噴き出した。

 

「お、俺だ、とか……」

「解放軍の者に告ぐって……」

「八幡さん、さすがにそれは無い、それは無いですよ!」

「でもあいつが何を考えていたかはこれで分かったな」

「うん、直接ヤクモさんの事を、元解放軍の人に聞くつもりなんだろうね」

 

 直後に八幡が教室に駆け戻り、いきなりですまんとクラスメート達に頭を下げた。

クラスメート達はその謝罪をやめさせると、

自主的に八幡の為に、集まってくる元解放軍の者達を案内し始めた。

クラスメート達の、八幡に対する忠誠心は、相変わらず限界突破しているようだ。

 

 

 

「いきなりで悪いな、さすがに放送で個人名を出す訳にはいかなかったから、

無駄足になっちまう奴も何人かはいるだろうと思うが、それは勘弁してくれ。

さて本題だ、この中で、ヤクモというプレイヤーの事を知っている奴はいるか?

知らない奴は帰ってくれていい、本当に申し訳ない」

 

 その言葉に、半数以上の生徒達が、

問題ない、気にしないでと口々に言いながら帰っていった。

そして残された者達に、八幡は言った。

 

「実は先日、ヤクモのリアル妹と知り合ったんだが、

そいつに兄の事を教えてやりたいんだ。悪いが協力してもらってもいいか?」

 

 その八幡の頼みを、残った者達は快諾した。

そして明日奈が書記を努め、様々なエピソードをメモし始めた。

順番待ちの者達は交代で食事を取りにいき、

明日奈も途中で書記を里香と珪子に代わってもらい、昼食をとった。

こうしてヤクモに関するエピソードがどんどんたまっていった。

八幡は、自分には人を集めた責任があるからと、

食事もせずにその話を全て聞き、うんうんと頷いていた。

 

 

 

「これで全員かな」

 

 集められた者達は、一部の用事がある者を除いてまだそこに留まっており、

その者達に、八幡はそう言った。

そして集められた者達の中の一人が、立ち上がって八幡に言った。

 

「八幡さん、実はこの中にも、ヤクモに助けてもらった人が沢山いるんです、

なのでその妹さんに、こう伝えてもらえませんか?

『ヤクモは何度も仲間の命を救ってくれた恩人です、いくら感謝しても感謝しきれません、

それなのにヤクモを守れなくて、本当にごめんなさい』、と」

「分かった、必ず伝えると約束する。今日は集まってもらって本当にありがとな」

 

 

 

 そして放課後、八幡は集まった情報をまとめる作業に入っていた。

明日奈達四人もその作業を手伝っていたのだが、明日奈だけは途中離脱していた。

途中で章三が現れ、八幡に謝りながら明日奈をドナドナしていったのだ。

 

「八幡く~ん!かわいい明日奈が売られて行くよ~!」

「おい明日奈、意味が分からないからな、まあ頑張れ、

章三さん、遠慮なく連れてっちゃって下さい」

「ごめんね八幡君、ほら明日奈、行くぞ」

「ううっ……」

 

 

 

 そしてその後も順調に作業は進み、ついに全ての情報がまとまった。

 

「よし、これで全部だな」

「早速これから伝えにいくのか?」

「いや、実は優里奈と詩乃が、もうすぐテストがあるらしくてな、

今日はこれから二人の勉強を見てやる事になってるんだよ、

で、さすがに俺には荷が重いから、マックスと雪乃に先生役を頼んであるんだよな。

だからこれから全員を順番に迎えに行って、その後勉強会って事になるから、

後日明日奈に直接出向いてもらった時にでも、まとめて報告するわ」

 

 その説明を聞いた里香は、感心したように言った。

 

「そっか、八幡は優里奈ちゃんのいいお兄さん役をしてるのね」

「俺は多分、ヤクモの代わりにはなれないけど、面倒くらいはちゃんと見てやりたいからな」

「八幡さんがお兄さんかぁ、いいなぁ」

 

 そう羨ましそうに言う珪子に、和人が言った。

 

「それなら珪子も一緒に勉強を教えてもらえばいいんじゃないか?」

 

 勉強と聞いて、珪子は慌てながら和人に言った。

 

「う……大丈夫です、うちのテストはまだ先ですからね」

「むしろあんたが教えてもらいなさいよ」

 

 そう里香に突っ込まれた和人は、こう即答した。

 

「え、いいよ、そのメンバーの中に混ざるのは、さすがに危険すぎるからな」

「「あ~……」」

 

 その言葉に二人は納得した。雪乃とクルスと詩乃がいるとなると、

どう考えても激しい八幡の取り合いになると思われたからだ。

ちなみにこの日はさすがの詩乃も、ついでに優里奈も切羽詰っていた為、

真面目に勉強する事になり、雪乃とクルスもそれに伴い、

かなり真面目に勉強を教える事になるのだが、さすがの和人もそんな事までは分からない。

そして和人達は逃げるようにその場を去っていき、

残された八幡は、それを気にする事もなくキットに乗り込み、

最初に詩乃の学校へと向かった。 



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第442話 引き締める

「……なぁキット、あの人だかりは何だ?」

『検索します……該当イベント特に無し、不明です』

「そうか、まあ普通高校でイベントとかは無いよな……何なんだあれは」

 

 詩乃の学校に着くと、校門周辺には何故か凄まじい人だかりが出来ていた。

 

「キットはちょっとここで待っててくれ、俺はここから歩いてこっそり近付いて、

何が起こってるのか様子を探ってくるわ」

『はい、お気をつけて』

 

 そして八幡は、こそこそと校門へと近付き、人だかりの背後からそっと中の様子を伺った。

そこには詩乃が所在無げに立っており、ABCがその警護についているように見え、

更にその周りを沢山の生徒達が囲んでいる様子が伺えた。

 

「何だこりゃ……」

 

 八幡は訳が分からず、近くにいた生徒にこう尋ねた。

 

「なぁ、これは一体何の集まりなんだ?」

「お前、知らないでここにいるのか?

姫が校門前で誰かを待っているそぶりを見せているから、

久々にブラックプリンスの登場かと、

みんな色めきたってるん………って、ブラックプリンス!?」

 

 その生徒がそう大きな声を上げ、周囲の生徒達がざわっとした。

八幡は内心動揺していたが、特に敵意の類は感じなかった為、

何とか平然とした顔を作ってその生徒に尋ねた。

 

「なぁ、姫ってもしかして、詩乃の事か?」

「は、はい!」

「それじゃあブラックプリンスってのは、もしかして俺の事か?」

「で、です!」

「いつの間にそんな呼び名が……まあさすがに恥ずかしいから、

程ほどにしておいてくれるように他の奴らにも言っといてくれると助かる」

「あっ、す、すみません」

「いや、悪気が無いのは分かってるから、その、アレだ、

とにかく俺が恥ずかしいだけだから、まあ宜しく頼むわ」

「分かりました!」

 

 八幡は表立って文句を言うのもどうかと思われ、一応その生徒にそう頼むと、

開き直った気持ちで詩乃の方へと歩いていった。

 

「は、八幡!」

「悪い、待たせたな、姫。勉強の準備は出来てるのか?」

「あ、あんたまで!もう、もう!」

 

 そう言いながら詩乃は、八幡の胸をポカポカと叩いた。

 

「と、まあ見れば分かる通り、こいつは俺と同じで褒められる事に慣れてないんだ。

あとツンデレな上に友達が少ないから、出来ればこいつの事は名前で呼んでやってくれ。

それじゃあ俺はこの後こいつに勉強を教えないといけないから、この場は解散な」

 

 その八幡の言葉でその場は笑いに包まれ、生徒達は心得たという感じで解散していった。

 

「さて、おいこらABC」

「え、ABC?」

「は~い、Cで~っす!」

 

 その八幡の言葉の意味を直ぐに理解した椎奈が手を上げながらそう言った、

さすがに椎奈は抜け目がない。

 

「あっ、抜け駆けすんな椎奈、少女Aです!」

「み、美衣とBは微妙に違うけどBです、御身の前に!」

 

 八幡はその美衣の言葉に、んっ?となったが、

とりあえずそちらは様子見する事にし、先に映子に突っ込んだ。

 

「とりあえず映子、少女とかつけるな、いかがわしく聞こえるぞ」

「それが狙いなので!」

「お前は優等生だったと思ったが、これも友達がいけないんだな……」

 

 そう言って八幡は椎奈の顔をじっと見つめた。

 

「え、私!?」

「お前以外に誰がいる」

「そ、そんなぁ」

 

 そう言いながらもまったくへこんでいる様子もない椎奈を見て、八幡はため息をつくと、

腕組みをしながら三人に言った。

 

「お前ら、ちょっと最近たるんでいるようだな」

「えっ?」

「そ、そんな事は……」

「いいか、俺をプリンスと持ち上げた上で、このツンデレが姫とか呼ばれるようになると、

さすがにやっかみとかそういうのを抱く奴が出てくる、

だからお前達に求められるのは、その事を想定し、

こういった事態を事前に収拾する手腕という事になる、分かるか?」

 

 詩乃はツンデレ扱いされ、反論をしようと思ったが、

八幡の雰囲気が珍しく真面目だったので、とりあえず何か言うのは控える事にした。

そしてABCの三人は目に見えて落ち込み、しょぼんとした。

 

「ご、ごめんなさい……」

「ちょっと調子に乗りすぎました……」

「これからはもっと気を付けます……」

 

 そんな三人を見て、八幡は言った。

 

「まあ詩乃も弱点を克服して、多少浮ついた気持ちになっていたんだろう、

お前がもっと嫌がったそぶりを見せていれば、

さすがのこいつらも気付いてお前の為に動いただろうしな」

 

 当然詩乃が銃に関するトラウマを克服した事は、

仲の良いこの三人には既に報告済であった。

 

「そっ、それはっ……そ、そういう気持ちも少しはあったかもだけど……」

 

 詩乃もそう言って落ち込み、八幡はそんな四人の頭を撫でた。

 

「まあお前らはまだ高校生なんだし、そこまで気を遣えというのも酷かもしれないな、

間違っても俺がちゃんと今みたいに注意してやるから、

これからもどんどん間違えて、それを糧に成長していってくれると嬉しい。

さて、お説教はこれで終わりだ、俺はこれからみっちりとこいつをしごくから、

お前達もテスト前くらいはちゃんと勉強をするんだぞ」

 

 その八幡の言葉と態度でやっと気が楽になったのか、三人はいつもの調子でこう言った。

 

「あ、私達は詩乃っちと違ってちゃんと備えてるんで」

「うっ……」

「詩乃とは違うのだよ詩乃とは!」

「うぅ……」

「おい美衣、さっきも思ったが、お前もしかして……」

「えっ?何の事ですか?美衣分かんなぁい」

「あ、そう………まあいいや」

「私も準備は万端だけど、個人的には八幡さんに色々とチェックして欲しいなぁ、なんて」

 

 そう上目遣いで言ってくる椎奈は、だが残りの三人に制圧された。

 

「椎奈、色仕掛け禁止!」

「ちょっと身体的に恵まれているからって調子に乗んな」

「ねぇ、それちょっともいでいい?」

「ひいっ!」

 

 そしてそんな椎奈に八幡がこう言った。

 

「まあ椎奈くらいの奴は、俺の周りには結構多いからな、

思いつくだけでも椎奈を超える奴は四~五人いるから、

別に椎奈が大きなアドバンテージを誇っているって事は無いからな」

 

 だがその言葉は、椎奈よりも他の三人を直撃したようだ。

 

「わ、私、勉強する……」

「お、おう」

「私も……今日はアニメ見るのをやめて勉強する……」

「美衣、やっぱりお前……」

「八幡……とりあえず私達も行きましょ……」

「あ、お、おう……」

 

 八幡はその姿を見て、余計な事を言ったかと少し反省し、

一人平気な顔をしている椎奈に近寄り、わずかばかりの軍資金をその手に握らせた。

 

「おい椎奈、あいつらにこれで甘い物でも食べさせてやってくれ」

「あ、うん、任されました、でも私の分のお礼はどうすれば?」

「何でもそうやって貸し借りで考えるんじゃねえよ、でもそうだな、

あの呼び方をどうにかするように、お前はお前でテスト後でいいから何とかしてくれ」

「了解!ほら映子、美衣、八幡さんに挨拶しなさい」

 

 そして二人はハッとした様子で顔を上げ、三人は八幡に手を振りながら去っていった。

そして詩乃はキットに乗り込み、次にどうするのか八幡に尋ねた。

 

「次は赤門に行く。マックスと雪乃を迎えに行くからな」

「えっ?先生が頭がいいのは何となく感じてたけど、イクスもそうなんだ」

「おう、なので教師役の事は心配しなくていい」

「今回は本気でやばいと思ってたから助かる、イクスに会うのは初めてね、楽しみかも」

「あいつは本当にゲームの中と同じ顔をしているから、

会ってもそんなに違和感は無いかもしれないけどな」

「その話は聞いてるけど、どれくらい似てるのか凄く楽しみ」

 

 そして二人は赤門へと向かい、適当な駐車場にキットを止め、

そちらに向けて歩き始めた。

 

「そういえば雪乃が、今日は誰かの講演会があって、

それをどうしても聞きたいとか言ってたんだよな」

「へぇ~……赤門で講演会とか、その人も凄そうだよね」

「だな、平凡な成績の俺が聞いても多分分からないと思う」

「あんたは成績はいい方なんでしょ?私もそれなりにいい方だと思うけど、

さすがにこの学校に入れるような成績はしていないから、私にも理解出来なさそう」

 

 二人はそんな会話を交わしながら、赤門の前へとたどり着いた。

丁度その時、中からかなり多くの者達が出てきた為、二人は顔を見合わせた。

 

「なぁ、随分人が多くないか?これって全員講演会を聞きに来た連中か?」

「同じようなパンフレットを持ってるみたいだし、そうなんじゃないかしら」

「凄いな、どんな大物が来たんだ?」

「あ、あそこに看板があるよ……えっと、天才脳科学者来たる、だって」

 

 その言葉を聞いた八幡は、驚きのあまりその場で足を止めた。

 

「………いや、まさかな」

「えっと……今そう呼ばれる人って一人しかいなくない?」

「まじかよ……」

 

 丁度その時、雪乃から八幡に着信が入った。

 

「お、雪乃からだ、おう、俺だ、今どこだ?」

『悪いのだけれど、講堂の裏に来てもらえないかしら、

表から出ると、多分囲まれてしまうから』

「……紅莉栖か?」

『ええ、今一緒なのよ、それじゃあお願いね』

「ああ、分かった」

 

 そして八幡は、詩乃に言った。

 

「やっぱり紅莉栖だったわ、表から出ると囲まれちまうから、講堂の裏に来てくれだそうだ」

「なるほど」

 

 そして二人は目的地へと向かい、人目を避けるように佇む三人の姿を見付けた。

 

「よぉ、凄い人気だな、紅莉栖」

「そうね、さすがにちょっと緊張したわ」

「うっかりヌルポとか言わなかっただろうな?」

「ガッ………あっ!」

「お前それ、もう脳に刷り込まれてるんじゃないのか?」

 

 八幡は呆れたような顔でそう言い、さすがの紅莉栖も気まずそうに目を背けた。

 

「まあいいや、とりあえずこれがシノン、こっちはクリシュナだ、

マックスは詩乃と会うのは初めてだよな、そういえば詩乃と紅莉栖は多分同い年だな」

 

 八幡は二人を簡単にそう紹介した。

 

「朝田詩乃よ、宜しくね、紅莉栖」

「牧瀬紅莉栖よ、同年代の友達が増えるのって凄く嬉しい、宜しくね、詩乃」

「うわぁ、イクスって本当にゲームの中と同じ顔なんだ」

「シノンは思ってたのと違う……もっと気が強そうなのかと思ってた。

まあ雪乃の時ほどの衝撃は無いけど」

「………も、もうその話はいいじゃない、さあ八幡君、行きましょう」

 

 雪乃にそう言われ、八幡は紅莉栖にこう尋ねた。

 

「そうだな、それじゃあ俺達は行くが、紅莉栖はこの後どうするんだ?」

「主催者の人に挨拶をして帰るだけなんだけど、

その後は特に予定も無いし、せっかくだから、私もその勉強会にお邪魔しようかしら」

「お、そうするか?それじゃあここで待ってるわ」

「うん、ちょっと待ってて」

 

 こうして紅莉栖も勉強会に参加する事となり、五人は八幡のマンションへと向かった。



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第443話 優里奈、管理人になる

 雪乃は、到着した場所がソレイユだった為、

顔に疑問符を浮かべながら八幡にこう尋ねてきた。

 

「ここってソレイユじゃない、ここで勉強するの?」

「いや、隣のマンションだ」

 

 そちらに目をやった雪乃は、そこが見覚えのあるマンションだった為、

少し前にあった事を懐かしむように、八幡に言った。

 

「あら、あそこなの?あそこってアルゴさんが住んでるマンションよね?

私もあの時、三日目にたまたま居合わせてその様子を見ていたけど、

アルゴさんが音を上げて折れた時は、ちょっと笑ってしまったわ、

まさかあんな方法をとるなんてね」

「あの時は本当に苦労したわ……」

 

 そんな二人の会話に、残りの三人は説明を聞きたがった。

そして雪乃の説明を聞いたクルスは、いきなりこう言った。

 

「八幡様、私、これからしばらく開発室の仮眠室で暮らします」

「絶対にやめろよ」

「八幡、私もそこに引っ越そうかと思うんだけど」

「お前まで乗ってくるんじゃねえよ」

 

 詩乃もそれに乗り、八幡は呆れた顔で二人を止めた。

 

「もうすぐ社員寮が完成するが、その寮は普通にマンションタイプになってるから、

そっちで我慢しろ、クルス。詩乃はうちに入るなら、そこに入れてやってもいい」

「そういえばそうでした、仕方ない、寮が完成して入社したら仮眠室にこもります」

「お前今、俺の話をちゃんと聞いてたか?」

「八幡、私も私も」

「お前もそろそろ自重しような、というかお前は勉強の事だけ考えとけ」

「八幡、私は……」

「だから………ん?」

 

 その言葉に驚いた八幡は、思わず押し黙った。

何故ならそう言ってきたのが紅莉栖だったからだ。

 

「え、お前、もしかしてうちの会社に入るつもりなのか?」

「違うのよ、ほら、私ってずっとホテル住まいじゃない、

さすがにそれだと無駄な部分が多くなっちゃうから、

多少家事とかをする手間がかかるとしても、

もし可能なら、私の部屋も寮に用意してもらえたらなって思ったのよ。

将来的には、毎年毎年何度もこっちに来る事になりそうじゃない?」

「なるほど、それは一理あるわね」

 

 雪乃もその言葉に同意し、八幡も真面目な顔をして考え込んだ。

 

「オーケーだ、姉さんとも相談して、紅莉栖に都合がいいように何か考えるわ」

「ありがとう、八幡」

「ちなみに紅莉栖の予測として、仮に今後も日本に来た時はホテル住まいを続けたとして、

年間でかかるだろう費用の予測ってどれくらいだ?」

「えっと……このくらい」

 

 その紅莉栖が提示した金額に、八幡は目を見張った。

 

「まじか、確かにこれはやばいな、うちに協力する事になった後のホテル代も、

こちらで持たせてもらうが、とにかく早急に対処させてもらうからな」

「正直助かるわ、ありがとう、八幡」

「おう、どういたしましてだな」

 

 そして八幡は、紅莉栖の事で相談があるから後で部屋に来てくれと陽乃に連絡した後、

四人を伴って自分の部屋へと向かった。

 

 

 

「ここがアルゴの部屋、そしてここが優里奈の部屋だな、

とりあえず優里奈に到着した事を知らせておかないとだな」

 

 そう言って八幡は、優里奈の部屋のチャイムを押したが、反応は無い。

 

「ああ、もしかしたら先に俺の部屋にいるのかもしれないな、

あいつには昨日、俺の部屋の合い鍵を渡しておいたからな」

 

 八幡は無意識に地雷を踏んだ。無意識というよりは、無自覚というべきかもしれないが。

八幡にとって幸いだったのは、雪乃がここにいた事だろう。

雪乃は数々の八幡の無自覚なやらかしについて熟知しており、

そのセリフに一瞬驚いた後、八幡が合い鍵を渡すにはどんな理由があるのか考え、

一瞬にしてその答えにたどり着いた。

そして八幡に詰め寄ろうとしていたクルスと詩乃を制し、貫禄のある態度で一歩前に出た。

この辺りは、さすがはヴァルハラの副団長といった所であろう。

ちなみに正式にはヴァルハラは団では無いので、

副団長という言い方はおかしいのかもしれないが、

明日奈がその呼び方に慣らされてしまっている為、

雪乃も和人も明日奈に合わせて自分の事を、副団長と呼称しているのである。

 

「八幡君、あなた、ここにはほとんど来ないって言ってたわよね?」

「だな、まあ学校を卒業したら、多少はここに来る頻度が増えるかもしれないが、

今は本当にたまにしか使わないな、ちょっともったいないとは思うが」

「なるほど、だから優里奈さんに、ここの管理を任せたのね」

「おう、まあ管理っていってもたまに換気だけしてくれって頼んだだけなんだけどな、

そうしたらシーツくらい干しますって言われたけど、まあその程度だな。

あんまり色々と頼んじまうと、優里奈に迷惑をかけちまうからな」

「納得したわ」

 

 それでクルスと詩乃も大人しく後ろに下がり、八幡は自らの知らぬ所で命拾いした。

紅莉栖は内心で、そんな八幡の女性関係での迂闊さに一瞬危惧を覚えていたが、

雪乃がそうやってフォローした事で、ソレイユという会社の強さを改めて実感したようだ。

もっとも将来八幡に、数多くの女難が振りかかるであろう事は確信していたのだが。

 

 

 

「ここが俺の部屋だ」

 

 そう言いながら八幡は、部屋の鍵を開けた。

案の定玄関にはいかにも女子高生が履いていそうな靴が置かれており、

中からパタパタとスリッパの音がし、直ぐに優里奈が顔を出した。

 

「あっ、お帰りなさい、八幡さん」

「おう、やっぱりこっちにいたんだな、優里奈」

「はい、勉強会の準備をしておかないとって思って……」

 

 どうやら優里奈は朝の段階から、この部屋のリビングが勉強には不向きだと把握しており、

ソファーを少し後ろに下げて、その場所にクッションタイプの座布団を配置し、

部屋のレイアウトをいじっていたようだ。

 

「そのクッションとかは、どうしたんだ?」

「収納の中に入ってましたよ」

「え、まじでか、全然知らなかったわ……」

「本当に何でこんなものが沢山用意されてたんですかね、

お茶の用意もしましたけど、ティーカップもかなり多くありますし、

それに八幡さんのベッドって、普通じゃ考えられない大きさじゃないですか、

このソファーも実はソファーベッドですし、随分おかしな部屋ですよね」

「それは俺も思ってたんだよな……」

 

 その会話を聞いた一同は、興味津々で八幡の部屋を見て回った。

確かに不自然なくらい、その場には不釣合いな物が満載であり、八幡は首を傾げた。

 

「確かに言われてみると、色々とおかしいよな……」

「そもそもベッドの他にソファーベッドを用意する意味って?」

「普通に考えれば、寝室とここで分かれて寝ろという事になるわね」

「ベッドの広さやこのクッションの多さから考えるとつまり……」

 

 八幡は、考えたくないというように押し黙ったが、

そこに優里奈が、何も考えずにニコニコとこう言った。

 

「つまり、ここに複数の女性が泊まる事が想定されてるんですね」

「なるほど、やるわね姉さん」

「しまった、お泊りセットを持ってきてない……」

「待って、この寝室のクローゼット、何でこんなに大きくて、無駄に引き出しが多いの?

これって最大十六人までの下着や着替えを別々に入れられるような設計に見えない?」

「予備の一着分だけあればいい訳なので、確かに十分かもですね」

「ここで洗濯してそのまま仕舞えば洗濯物を持ち歩く必要もない……」

「八幡様とのラッキースケベも期待できますね」

「個人個人の洗濯物の管理は私に任せて下さい!」

「ちょ、ちょっとあなた達、一体何を……」

 

 ここでただ一人蚊帳の外状態の紅莉栖がそう声を掛けてきた。

そんな紅莉栖の肩を、クルスがポンと叩いた。

 

「もちろん紅莉栖も仲間に入ってくれるよね?」

「ええっ!?」

 

 そして雪乃も同じく紅莉栖の耳元でこう囁いた。

 

「大丈夫よ、一人でここに来るのは禁止だというルールを作るから。

もし誰も捕まらない時は、優里奈さんに来てもらえばいい、

あなたも八幡君の事は信用しているでしょう?

これで明日奈さえ引き込めば、ここを運用していくのに何も問題は無くなるわ」

「た、確かに信用してるけど……」

「それにほら、ここならソレイユとは目と鼻の先だから、

会社で実験をする時間がかなり増えるのではないかしら」

 

 その言葉に紅莉栖は目を輝かせた。

 

「そ、それは確かに魅力的ね、うん、八幡が相手なら特に危険も無いだろうし、

積極的に明日奈を誘えば何の問題も無いわよね、私は賛成よ」

 

 唯一この状況を外から判断出来る紅莉栖が陥落した時点で、この事は決定事項となった。

おそらく明日奈ですら、反対する事は無いであろう。

何故なら明日奈自身が積極的にここに来ればいいだけの事だからだ。

逆に毎日がキャンプのような状態になり、喜ぶまであるかもしれない、

そう考えた八幡は、反対する事を諦め、

本来の目的である勉強会を行うように、呼びかける事にしたのだった。

 

「なぁお前ら、もうそれでいいから、そろそろ勉強会を開かないか?」

「あっ、そうだったそうだった」

「その前に自己紹介よね」

「あ、そうだったな、すまん」

 

 そして自己紹介が始まった。

 

「改めまして、櫛稲田優里奈です、ここの隣の部屋にお世話になる事になりました。

今後はここの管理もしっかり頑張りますので、今後とも宜しくお願いします」

「雪ノ下雪乃よ、ソレイユの社長の妹で、八幡君とは高校の元同級生よ」

「間宮クルスです、今は大学で雪乃の同級生、将来は八幡様の秘書になります」

「朝田詩乃、優里奈とは同い年だから、呼び捨てでいいわよね、その方が友達っぽいしね。

私の事も今後は気軽に詩乃って呼んでね、宜しく、優里奈」

「私は牧瀬紅莉栖、ヴィクトル・コンドリア大学の研究室で、脳科学の研究をしています、

私はこの歳で大学院生だけど、優里奈や詩乃とは同い年だから、

私の事も気軽に紅莉栖って呼んでね、宜しくね、二人とも」

 

 そして恒例の、優里奈の質問タイムが訪れた。

 

「あの、雪乃さんは八幡さんの彼女さんですか?」

「そうね、そうであったらどれだけ良かったか、でも残念、私は敗残兵よ」

「ご自分の事をそんな風に仰らないで下さい、頑張って下さい雪乃さん」

 

「えっと、詩乃は八幡さんの彼女さん?」

「将来はね」

「なるほど……頑張って、詩乃!」

「任せて!」

 

 優里奈は紅莉栖には質問しなかった。この辺り、優里奈の眼力は中々である。

 

「とりあえず私、人数分のお茶を入れますね」

「いや、それは雪乃に任せて、お前は詩乃と一緒に勉強する準備に入った方がいい。

せっかくいい教師を二人揃えた上に、紅莉栖までいるんだ、今日は存分に勉強するといい」

「ありがとうございます、八幡さん!」

 

 そして八幡は、雪乃と共にキッチンへと向かった。

 

「ここで私を指名した事に、何か意図はあるのかしら」

「あ~、いや、そういえばこっちに戻ってきてから、

雪乃の入れてくれたお茶を飲む機会がまったく無かったなと思ってな、

道具も揃ってるみたいだし、せっかくだから久々に飲ませてもらおうかなと」

「あら、敗残兵に対して嬉しい事を言ってくれるじゃない」

「そのネタ、まだ使うのかよ」

 

 そして雪乃は楽しそうにお茶を入れ始め、そんな雪乃に八幡は言った。

 

「なぁ、さっきの話、本気なのか?」

「ええ、本気よ。そうなったら、優里奈さんも寂しくないでしょう?」

 

 その言葉に八幡は意表を突かれた。

 

「そうか、そっちの意図もあったのか」

「ええ、確かにあの子は少しおかしいわ、いくらなんでも知り合ったばかりの男の家に、

いくら合い鍵を渡されたからといって、無防備に上がりこむなんて、

普通なら多少躊躇いがあってもおかしくないはずよ。でもあの子は平然とそれをする。

どこか感情の一部が抜け落ちているような、そんな印象を受けるのよ。

どうやら他人の世話を焼く事が楽しくて仕方がないように見受けられるし、

今はその部分で彼女の心を充足させつつ、

その過程でここで沢山の仲間の女性と触れ合い、彼女からも色々な話を聞く事で、

誰かが上手い事彼女が抱える闇について理解出来れば、

私達が彼女の為にしてあげられる事も何かあるかもしれないでしょう?」

 

 その雪乃の言葉に、八幡は深く頷いた。

 

「確かにな」

「あなたを出汁にしてしまって申し訳無いとは思うのだけれど、

最悪将来彼女が世間に出た時に、上手く自分で自分を守る為、

今は出来るだけ多くの信頼出来る人に、役に立つ話を色々と聞けるように、

環境を整えてあげる事が必要なのだと思うわ」

「分かった、そういう事なら俺も協力を惜しまない、

明日奈にもこの事を話して、ここに多く来れるように調整していく事にするわ」

「この話は後で仲間の女性陣の間でも共有しておくわ、話が長くなってしまったわね、

それじゃあこのお茶を、向こうまで運んで頂戴」

「了解だ、本当にお前には頭が上がらないよ、いつもありがとな」

「私とあなたの仲じゃない、お礼なんかいらないわよ」

 

 そう雪乃ににこやかに言われ、八幡は恐縮したが、

居間に戻った瞬間に雪乃が豹変するとは、さすがの八幡にも予想出来なかった。



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第444話 夏から秋は忙しい

(…………ん、雪乃と詩乃と紅莉栖は、さっきからチラチラとどこを見てるんだ?)

 

 居間に戻った後、雪乃は優里奈の横で、真面目に勉強を教えていた。

詩乃にはクルスが付き、紅莉栖は両方を見て、たまに横から口を挟んでいた。

八幡は三人の視線の先を追い、その視線が優里奈の胸の辺りに注がれている事に気が付いた。

優里奈は先ほどまでエプロンを付けており、その胸の大きさは隠されていたのだが、

今はエプロンを脱いでいる為、その破壊力が遺憾なく発揮されていた。

 

「まさか胸の事を……」

 

 八幡はうっかり小さい声でそう呟いてしまい、

その言葉は普通は聞こえない程の小さなものだったのだが、

それに三人は敏感に反応し、八幡の方を見た。

 

「ごめんなさいクルス、ちょっと優里奈さんの事をお願い、

私達はちょっと八幡君にお話があるの」

「了解」

「お、俺には無いんですが……」

「いいからいいから、ちょっとこっちに来なさい」

「さすがの私もこれには参加せざるを得ないわね」

 

 そして詩乃と紅莉栖に引きずられ、八幡は雪乃の先導で寝室へと連れ込まれた。

 

「ちょっと八幡君、優里奈さんのあの胸はどういう事なのかしら、

まさか分かってて、当てつけの為に私を呼んだのかしらね」

「違う、誤解だ、そんな意図はまったく無い」

「あの胸を昨日一晩見ていたのよね、本当に何も無かったの?」

「ある訳ないだろ、詩乃、落ち着け」

「あのルックスにあの胸、八幡はああいう子の足長おじさんをやっているのね、

それにマンションまで提供ちゃって、この変態」

「おい紅莉栖、お前まで……」

 

 八幡は身の危険を感じ、順番に三人を持ち上げにかかった。

 

「雪乃、俺が優里奈に対する援助を決めたのは、自由のおっさんに話を聞いた段階でだ。

そしてお前を誘う事にしたのは、俺にはお前しか、勉強面で頼れる奴がいなかったからだ。

俺はそれくらいお前の事を信頼し、大切に思っている、

だから胸の事なんかまったく関係ない、その事だけは分かってくれ」

「そ、そう、そういう事なら仕方が無いわね……」

 

「詩乃、お前はかつて、心に傷を負っていた。

そんなお前なら、優里奈のいい友人になってくれるんじゃないかと俺は考えた。

俺とお前は戦友だ、戦友ってのは普通の友達よりも繋がりが強い、

だから俺はお前を深く信頼し、一番最初にここに呼ぶ事を決断した。

だから胸の事なんかまったく関係ない、その事だけは分かってくれ」

「ふ~ん、戦友、戦友ね、まあそういう事なら……」

 

「紅莉栖、俺はお前といる時は、常にリラックスした状態でいられる。

前にも言ったが、それはお前が俺に恋愛感情を持っていないせいだ、

同時に俺は、お前から色々教えてもらうのがとても楽しいんだ、

お前の知性は俺にはとてもいい刺激になるし、お前とは死ぬまでいい友人でありたいと思う。

だから胸の事なんかまったく関係ない、その事だけは分かってくれ」

「そうね、確かに私も八幡と一緒にいるのはいい刺激になるのよね……」

 

(ふう、これで乗り切れればいいんだが、いざとなったら土下座だな)

 

 その八幡の期待通り、三人は納得し、大人しく寝室から出ていこうとした。

 

「まあいいわ、確かにあなたがそんな事を考えるはずもないし」

「そうね、八幡はそういう奴よね」

「今度実験に付き合うのよ、いい?」

 

(セーーーーーーーーーーーーフ!)

 

 八幡は心の中で快哉を叫んだが、その時三人は振り返ってこう言った。

 

「とりあえず後で、全員分の予備の下着を買いにいくわよ」

「そこのクローゼットは基本開けるのは禁止」

「あなたの分の着替えは、別に何か買ってきてそこに収納しましょう」

「ある程度の数のタオルも必要よね」

「歯ブラシとかコップもね」

「一人手があくと思うから、ローテーションでその人が休んでいる間に、

必要な物をリストアップしていくのがいいと思うわ」

「お、おい……」

 

 八幡は困った顔で三人にそう声を掛けた。

 

「とりあえず今日はお泊り会ね」

「異論反論は認めないわよ」

「ちょっと楽しそうね」

「あっ、はい……」

「夕飯を食べたら後で出かけるわよ」

「分かりました……ピザでも出前で注文しておきます……」

 

 この話はクルスと優里奈にも伝えられ、二人も楽しそうだとやる気を出した。

もちろん詩乃もその事で集中する事が出来、食事前にかなり勉強は進んだ。

そしてピザが届き、休憩がてらの食事が終わった頃に、陽乃が部屋に尋ねてきた。

 

「八幡君、話って?」

「あ、すみません姉さん、実は今から買い物に……」

「あら、そうなの?」

「事情は私が説明するわ、姉さん」

 

 そして雪乃の話を聞いた陽乃は、いきなり拍手した。

 

「さっすが雪乃ちゃん、部屋の家具から私の意図をくんでくれるなんて、

さすがは私の自慢の妹ね」

「やっぱりそうだったのね、姉さん」

「ああ、ついにこの時が来たわ、誰が最初に気付くのか、正直ずっと待ってたのよ。

それじゃあとりあえず、必要な分の下着とか諸々を買いに行きましょうか。

さあ、頑張ってこの部屋を改造していくわよ!」

「くっそ、馬鹿姉め、調子に乗りやがって………」

 

 そして陽乃はソレイユの社用車の大型のワゴンを手配し、

七人はそのまま買い物へと出かける事になった。

だが八幡の本当の受難は、これからなのである。

 

 

 

「えっと、それじゃあ俺はここで……」

 

 下着売り場を前に、八幡はそう言って逃げようとした。

だがそれは当然のように、陽乃の手によって阻止された。

 

「あなたが選ばなくて誰が私達の下着を選ぶの?」

「自分達で選べよ、俺を巻き込むな!」

「別に下着姿を見ろなんて言わないわよ、いいからさっさとこっちに来なさい」

「勘弁してくれよ……」

 

 その後、四人はかわるがわる八幡にハンガーに掛かった上下セットの下着を見せに来た。

紅莉栖は自分だけでさっさと決めてしまい、優里奈は家が隣なので選ぶ必要が無い。

そして八幡は、淡々とこう言い続けた。

 

「それよりはさっきの方がいい」

「こっちの方がいいんじゃないか」

「おう、かわいいかわいい」

 

 そんなセリフを口に出す度、八幡の精神はゴリゴリと削られていき、

そろそろ倒れるんじゃないかと思われた頃、やっと全員がチョイスを終え、

八幡はついに下着鑑定士の仕事から解放され、自由の身になった。

そんな八幡に、紅莉栖が自販で買ったのであろう、飲み物を手渡してきた。

 

「お疲れさま」

「おう、地獄のような時間だったぞ……お前だけが俺の味方だ」

「どうせまた来る事になるんだから、頑張って慣れる事ね」

「会社絡みでうちに来る可能性があるのって、あと何人いるんだ……」

「会社が絡まなくても公平性を重視して、

ヴァルハラのメンバーはほぼ全員呼ぶんじゃないかしら」

「その可能性は否定出来んな………」

「他にも会社絡みでちらほら、まあ気をしっかり持ちなさい、死ぬんじゃないわよ」

「ああ、考えたくねえ……」

 

 ちなみに暫定的に、八幡の部屋に自分の居場所を確保するのは、

明日奈を筆頭に、結衣、優美子、いろは、里香、珪子、

めぐり、小猫、南、かおり、イヴとなり、

遠距離に住んでいるフカ次郎以外のメンバー全員と、妹組以外となる。

ちなみにこの人数は、この後若干増える事になる。

八幡にとっては災難ともいえるが、優里奈にとっては知り合いが増えて嬉しい事態である。

 

 

「よし、勉強しろ勉強!」

 

 部屋に戻ると、八幡は詩乃と優里奈にはっぱをかけた。

 

「うん、ここからはちょっと真面目にいくわ」

「はい、私も赤点はまずいので、頑張ります!」

 

 その二人にはクルスと雪乃が付き、残りの三人は、八幡の寝室で密談をする事にした。

 

「で、紅莉栖ちゃん絡みの案件って?」

「それなんですが……」

 

 そして八幡の説明を聞いた陽乃は、その頼みを快諾した。

 

「問題ないわ、寮の中でもいい部屋をキープしておくわね」

「ありがとうございます」

「ところで紅莉栖ちゃん、さっきレスキネン教授から連絡があってね、

私達の秋の渡米の件、オーケーだそうよ」

「それじゃあ私もその時一緒に向こうに戻りますね」

「一応予定メンバーは、私、八幡君、明日奈ちゃん、雪乃ちゃん、薔薇、クルスの六人ね」

「明日奈もですか?」

 

 八幡は、予定メンバーに明日奈の名前が入っている事に少し驚いた。

 

「当たり前じゃない」

「当たり前ですか?」

「当たり前でしょ?」

「いや、えっと、まあそうなんですかね」

「当たり前よ」

「………うっす」

 

 以前から検討されていた、レスキネン教授の研究室への支援の話と、

ザスカー社との提携の話、それに加えて結城宗盛と情報交換をする為の渡米の話が、

どうやらここに来て正式に決定したようだ。

ちなみに雪乃とクルスは英語が堪能な為、通訳を兼ねる事となる。

 

「それと夏のイベントの話だけど」

「企業ブースを出すんですよね?」

「ねぇ八幡君、八幡君絡みで、何人かコスプレをしてくれる子を募集出来ないかしら」

「それってバイトって事ですよね?分かりました、聞いておきますね」

「うん、お願いね」

「でも確か、結衣と優美子はその日、同人誌の売り子をするらしいんですよね」

 

 八幡は、先日結衣に説明された話を思い出しながらそう言った。

 

「そうなんだ」

「なので残りのメンバーでやれそうなのは……」

 

 そして二人は同時にこう言った。

 

「いろはだな」

「いろはちゃんね」

 

 どうやら二人の中ではこういう時に適任なのはいろはのようである。

 

「小猫は当然参加ですよね?」

「ええ、司会役ね」

「クルスはどうですか?」

「まだ正式な社員じゃないから、数には入れてないわ」

「じゃああいつですね、後は……

紅莉栖、お前はキョーマ達と一緒に別口で参加するんだろ??」

「ふぇっ!?え、ええ、多分そうなりそうね」

「そうすると……」

 

 そして八幡は考え込んだ後、首を振った。

 

「ヴァルハラの女性陣のうち、明日奈と里香と珪子は正直無理ですからね、

あの三人は見る奴が見れば、SAOで俺の周辺にいたメンバーだと直ぐにバレちまうし、

ジョニーブラックがまだ捕まっていないこの状況で、話題になるのは避けたいですしね」

「そうなのよねぇ」

「めぐりんは眠りの森を安易に離れられないし、雪乃でもいいと思うんですが、

あいつはこういうの、嫌がりそうですからね……」

「こうなると、ガハマちゃんと優美子ちゃんを取られたのは痛いわね」

「ですね、小町は俺が許さないし、直葉は和人が許さないし、詩乃は高校生ですしね」

「同じ理由でフェイリスちゃんや優里奈ちゃんも駄目よねぇ」

「う~ん……」

 

 そして八幡は、渋々とこう言った。

 

「仕方ない、旅費を出してやるからといって、美優を呼び……あっ」

 

 美優と口に出した瞬間、八幡は適役がいる事を思い出した。

 

「そうだそうだ、一人スーパーモデル並の知り合いがいたんでした」

「えっ、八幡にそんな知り合いがいるの?」

「おう、まあな。ああ、でも嫌がるかもしれないなぁ……」

「何か問題が?」

「その子、自分の身長が高い事を随分気にしてるんですよね、俺は何度も褒めてるのになぁ」

「とりあえずフカちゃんを呼べばいいんじゃないかしら、友達がいた方がいいと思うし」

「そうしますか」

「ちなみにエルザちゃんは、モニター越しに参加するわよ」

「それは良かったです、あいつが現地にいたら、一体何をやらかすか心配で……」

 

 この後八幡は、雪乃にも一応尋ねたが、雪乃は当然それを断り、

スタッフとしての参加となった。アルゴの名前が出ないのは当然だろう、

イベントのプログラム関係を仕切る立場にあるからだ。

ちなみに詩乃と優里奈は客として訪れる事にしたようだ。

一緒に勉強した事で、二人はかなり仲良くなっていた。

それだけで、今回の勉強会を企画した八幡の意図は、かなり達成されたと言えよう。

 

 

 

 その日の夜、女性陣は当然のように八幡の寝室を占拠した。

陽乃は会社に戻り、残るは五人。少し狭いが、五人ともが川の字になって寝れる程、

陽乃が手配した八幡のベッドは大きかった。

それを疑問に思わずに使っていた八幡は、感覚が麻痺してきていると言わざるを得ない。

どうやら五人はまだ起きており、色々と話をしているようだ。

内容は分からないが、笑い声が聞こえる為、楽しい時間を過ごしているのだろう。

勉強もかなりはかどり、詩乃も優里奈も試験に向けて、かなりの自信を覗かせていた。

その事も、この場の楽しさを増す一因になっているのは間違いない。

八幡はその事に満足しつつ、香蓮に電話を掛けたのだが、香蓮は電話に出なかった。

 

(これは多分香蓮はGGOにいるな)

 

 そう考えた八幡は、次に美優に電話を掛けた。

 

「はいは~い、こちらはリーダーが愛してやまないプリティでキュートなフカちゃんです!」

「すみません、間違えました」

 

 そう言って八幡は、即座に電話を切った。

直後に美優から着信があり、八幡は直ぐに電話に出た。

 

「ちょっ、リーダー、何で電話を切っちゃうの?」

 

 そう抗議してくる美優に、八幡は冷たくこう答えた。

 

「自分の胸に聞け」

 

 その言葉に、美優は何かごそごそしたかと思うと、こう答えてきた。

 

「えっ……リーダーも知っている通りのいつもと同じ柔らかさだけど」

「切るぞ」

「あっ、ごめんなさい調子に乗りました、こんばんは、美優です」

 

 八幡にそう言われ、さすがの美優も慌てたのか、普通に話す事にしたようだ。

 

「最初から普通にしてろっつ~の。で、美優、お前さ、お台場でバイトしないか?

もちろん旅費は出してやる、ちなみにソレイユの企業ブースだ」

「企業ブース!?そ、それはもしかして……」

「おう、アレだ」

「アレですか!しかも旅費はリーダー持ちと、分かりました、是非参加させて下さい!」

 

 そう興奮ぎみに承諾した美優に、八幡はこう確認した。

 

「ちなみにALOのコスプレをする事になるけどいいか?」

「…………まじですか」

「おう、まじだ、ちなみに香蓮にも頼むつもりだ」

「リーダーはあのお堅いコヒーを口説き落とせる自信が?」

「いや、まあ自信なんか無いけど、これから頼んでみるつもりだ」

「リーダーにコスプレを頼まれて顔を赤くするコヒー……むっはぁ、なんてフカ得な……

リーダー、コヒーを絶対に口説き落として下さいね!」

「お、おう」

 

 そして電話を切った後、八幡はGGOにログインした。




記念?すべき第444話(実質)は、フラグが乱立する話となりました(汗)


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第445話 ピンクの悪魔

「さて、レンはどこかな」

 

 シャナはフレンドリストからレンの居場所を調べ、

前回案内した砂漠地帯にいる事を突き止めた。

 

「闇風はいないか、となると、これは多分、この前と同じ所でソロ狩りだな、

とりあえず途中まではブラックで行って、レンに奇襲をかけてみるか」

 

 シャナは平然とそう言い、ブラックに乗り込むと、レンのいるであろう場所へと向かった。

どうやらシャナは、レンがどの程度成長したのかチェックするつもりらしい。

そして目的地がうっすらと見えるくらいの位置でシャナはブラックを下り、

そのままほふく前進でレンのいる方へ、じりじりと近付いていった。

 

 

 

「ふう、ここでの戦闘にももうすっかり慣れたかな」

 

 レンはモブを片付け終えると、満足そうな顔をした。

 

「四方に敵影無し、よし、休憩しよう!」

 

 レンは元気よくそう言うと、ストレージから飲み物とおやつを取り出し、

美味しそうに頬ばった。

 

「ここだといくら甘い物を食べても太らないから嬉しいなぁ」

 

 そう言いながらレンは、音楽プレイヤーを取り出すと、イヤホンを耳に付け、

最近お気に入りの神崎エルザの曲を流し始めた。

 

「ふう、至福至福……」

 

 レンはそう言いながら目を瞑り、首を左右に振りながら、

気持ちよさそうに鼻歌を歌い始めた。

そんなレンの後頭部にいきなり銃口が突きつけられ、片方のイヤホンが外された。

 

「死にたくなかったら手を上げろ」

「えっ?い、一体どこから……」

 

 その声は、変声機のような物を通した声であり、敵の正体は分からなかったが、

レンは相手を刺激しないように、大人しく両手を上げようとした。

その瞬間にレンの脇の下に手が差し込まれ、レンの体は高く持ち上げられた。

 

「ひゃっ」

「GGOを存分に楽しんでいるみたいだな、レン」

「そ、その声は、シャナさん!?」

「おう、正解だ」

「は、恥ずかしいから下ろして」

「え、やだよ、こんなじたばたする珍しいレンの姿は滅多に見る機会は無いから、

この機会に存分に見ておきたいしな」

「ううっ……」

 

 その後もレンは、シャナの手から逃れようと色々頑張ったのだが、

シャナは体さばきを駆使してレンを逃がさなかった。

レンはもうどうにでもしてという風にぐったりと力を抜いたが、

何かに気付いたようにハッとした表情をすると、シャナに鋭い口調で言った。

 

「シャナさん、敵影!」

 

 それを聞いた瞬間にシャナはレンと共に地面に伏せ、

その体の上に、ファサッとピンクの布が覆いかぶさった。

 

「いつの間に……」

「慣れだよ慣れ、で、レン、敵はどっちだ?」

「あっち」

 

 シャナは単眼鏡を取り出し、そのレンが指差す方向を見た。

確かにそちらに人影のような黒い点が複数見え、シャナはレンを褒めた。

 

「よくあの大きさで気付いたな、えらいぞレン」

「えっへん!」

「で、どうだ?戦闘には慣れたか?」

「うん、あれからかなりプレイヤーと遭遇したけど、全部殲滅に成功してるよ!」

「ほう、全部か」

 

 シャナは感心したようにそう言った。

達成率百パーセントというのは中々出来る事ではなく、

シャナは、レンにとってのこのキャラとプレイスタイルは、

まさに天が与えた配剤のように、うってつけの組み合わせなのだろうと推測した。

 

「どうやら敵は三人みたいだな、レン、どうする?」

「それくらいなら余裕余裕、私がどれくらい成長したかここで見てて」

「分かった、でも一応狙撃体制はとっておくからな」

「心配性だなぁ」

「石橋は詳しい調査をしてから渡る主義なんでな」

「シャナさんは確かにそんな感じのイメージ」

「だろ?よし、そろそろ敵に備えるぞ」

「うん!」

 

 レンは大胆にも地面に伏せた状態で、特に隠れたりせずにその身を晒したまま、

堂々とその三人組を待ち構えていた。三人はレンにはまったく気付かず、

それでいて何かを警戒するように周囲に気を配っていた。

 

「なぁ、この辺りだろ?ピンクの悪魔が出るのって」

 

(ん、ピンクの悪魔?まさかレンの事か?)

 

「ああ、まったく視界で捕らえ切れない程素早いピンクの魔物だって話だぜ」

 

(魔物……まあまともに見れないのなら、そんな噂も立つか)

 

「まあ常に周囲を警戒しておけば大丈夫だろ、さあ、準備しようぜ」

 

(お前らそれで警戒しているつもりか……ほれ、レンがじりじりと近付いてるぞ)

 

 そのシャナの言葉通り、まるでだるまさんが転んだで遊んでいるかのように、

レンは進んでは止まり、止まっては進んでいた。

それを効果音で表すと、サササササ、ピタッ、サササササ、ピタッ、といった感じであり、

当のレンが、顔をほとんど上げずに平行移動している為、

シャナはそのレンの動きのコミカルさに噴き出しそうになるのを堪えつつ、

これから確かに余裕だろうなと考えながら、引き続きレンの動きを観察していた。

そしてレンは、三人の視線が自分から切れた瞬間に、

叫びながら三人にぴーちゃんを乱射した。

 

「誰が魔物よ、こんなになまらかわいい魔物なんかいるか!」

「うぎゃっ」

「うお、ま、まさか……」

「ピ、ピンクの悪魔?プレイヤーだったのか!?」

 

 一人があっさりとやられ、他の二人が振り向いた時には、もうレンはそこにはいなかった。

レンはその速度を存分に生かし、既に二人の横手へと回りこんでいた。

 

(速いな……だが特筆すべきはその思い切りの良さか)

 

 そしてもう一人がやられ、最後の一人は慌てて横を見たのだが、

レンは当然のようにそこにはおらず、既にそのプレイヤーの背後へと回り込んでいた。

 

「くそっ、どこだ!」

「後ろ」

「なっ……」

 

 その瞬間に再びぴーちゃんから銃弾が乱射され、最後の一人もバッタリと倒れた。

そしてレンは、得意げにシャナの方へと走ってきた。

 

「ほら、余裕だったでしょ?」

「おう、確かになまらかわいい余裕だったな」

 

 シャナがそう言った瞬間に、レンは慌てて自分の口を塞いだ。

 

「わ、私、また言っちゃってた?」

「おう、レンはなまらかわいいな」

「うううぅぅぅぅぅ…………」

 

 レンはシャナの隣でうずくまり、頭を抱えた。そのレンを、シャナは再び持ち上げた。

 

「よくやったぞレン、本当に強くなったんだな」

「わっわっわっ」

「ははははは、誰の視界にも入らないピンクの悪魔か、いいぞ、レン!」

「あ、悪魔なんて嫌ぁぁぁ!」

「いやいや、なまらかわいい悪魔だっているかもしれないだろ」

「えっ?」

 

 レンは、予想外のその言葉にきょとんとした。

 

「そ、そうかな……?」

「実際に悪魔を見た事のある奴なんて誰もいないんだ、

だからレンは自分の好きなようにイメージして、その通りに振舞えばいい。

他人の持つイメージなんか気にするな、お前はお前のイメージを貫け」

「そっか……うん、私、これからも気にせず暴れまくるよ!」

「おう、その意気だ」

 

 そしてシャナはレンを下ろし、これからどうするつもりなのかレンに尋ねた。

 

「う~ん、シャナさんはここにどうやって来たの?」

「もちろんブラックで来たぞ、少し遠くに停めてあるけどな」

「だったらせっかくシャナさんに送ってもらえるんだし、今日は街に戻ろうかな」

「そうか、それじゃ送ろう、俺も頼みたい事があるしな」

「頼み?私に?」

「ああ、それじゃあとりあえず行こうぜ」

 

 そして二人はブラックの所まで歩き、そのまま街へと向かった。

 

 

 

「で、頼みって?」

「実はな……もうすぐ東京ビッグサイトで、大きなイベントがあるのを知ってるか?」

「あ、うん、行った事はないけど、ニュースで見た事もあるし知ってるよ」

「でな、ちゃんと言ってなかったと思うが、俺はソレイユの関係者でな、

そのイベントに、ソレイユも企業として参加するんだが、

あ~……何と言えばいいのか……う~ん」

 

 シャナは煮え切らない態度でそう言い、レンはそれで、

シャナが言いにくい事を自分に頼もうとしているのだと気が付いた。

 

「私は気にしないからハッキリ言ってみて」

「お、おう……そのな、そのイベントで、ALOのコスプレをしてくれる、

コンパニオン的なバイトを募集してるんだが……」

 

 その言葉にレンはビクッとした。先日ALOをプレイしようと試みて、

派手な失敗をしたばかりだったからだ。

そのレンの反応を見たシャナは、やはり頼むべきじゃなかったと考え、慌ててレンに言った。

 

「わ、悪い、やっぱり今のは無しだ、フカに頼んだし、他に誰かしら捕まえるから大丈夫だ」

「えっ、美……フカが来るの?」

「おう、さっき頼んでオーケーをもらった」

「そうなんだ……うん、分かった、前に出るのはフカにやってもらって、

私は後ろの方でニコニコするくらいで良ければ……」

 

 そのレンの予想外の言葉に、シャナは喜んだ。

 

「いいのか?」

「う、うん」

「そうか、それは助かるわ」

「ちなみにどんな格好をするの?」

「それはもちろん、レンの魅力を存分に引き出す……あ、いや、でもそうなるとな……」

「そっか、私が倒れた時みたいな格好になる可能性が高いんだ」

「かもしれん、レンはまるでスーパーモデルだからな」

「スーパー……」

 

 レンは複雑な表情を見せながらも、シャナにそう言われるのは嬉しかったようで、

シャナにこんな条件を出してきた。

 

「えっと、それじゃあ私の衣装はシャナさんに選んでもらって、

私が変にならないように、見守っててもらえれば……」

「分かった、そうなるように手配しておく」

 

 シャナはその言葉に即答した。

 

「わがままばっかり言ってごめんなさい……」

「いや、問題ない、無理な頼みをしているのはこっちだからな。

とりあえずフカには、必ずレンを口説き落として下さいねって言われてたから、

これであいつにも言い訳がたつ」

「もう、フカったら」

 

 こうして無事?にレンにイベントへの参加を承諾してもらったシャナは、

ログアウトして美優にその事を伝え、細かい事は薔薇に丸投げする事にしたのだった。



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第446話 クルスの提案

今日は少し短めです、この雨のせいで、色々仕事が立て込んでしまったので、
明日の投稿はお休みするかもしれません、可能性としては半々くらいです、申し訳ありません。


「という訳で小猫、香蓮に関しては、上手く調整してくれ」

「ああ、はいはい、あんたのお気に入りという噂の香蓮ちゃんね、

大丈夫よ、目立たないようなポジションをやってもらう事にするわ」

 

 衣装に関しては、既に決定していたようで、八幡はその中から、

香蓮に相応しいと思われる物をチョイスしていた。

これならセンス云々は関係ないし、八幡が選んだ事に変わりは無い。

当の八幡自身も正直一安心といった所であった。

 

「八幡様」

 

 そこにクルスが通りかかり、八幡に声を掛けてきた。

クルスは既にソレイユ内に入り浸っており、三日に一度は社内で姿を見かける。

 

「あの、八幡様、ちょっとご相談が……」

「おう、どうした?何かあったのか?」

「学校の方のレポート関連も終わったので、そろそろ例の約束を……」

「ああ、そういう事か、別に構わないぞ、どこか行きたい所はあるか?」

「そうですね、そろそろ暑くなってきましたし、近場の避暑地とかはどうですか?」

 

 そう言われた八幡は、そんな場所があったかなと考え込んだ。

 

「避暑地なぁ……俺は軽井沢くらいしか思いつかないが」

「遠いですかね?」

「いや、新幹線で一時間ちょっとのはずだ、

車でも高速で二時間くらいだと思うし、下手な都内に行くよりも近そうだな」

「そうなんですか」

「軽井沢ならソレイユの保養所もあるわよ、温泉つきの」

 

 その時その話を聞いていた薔薇が、横からそう言ってきた。

 

「そうなのか?」

「ええ、この時期ならまだ利用者もいないはずだし、問題なく使えるはずよ」

「でも日帰りだしな、なぁ?マックス」

 

 そう話を振られたクルスは、少し考えた後にこう言った。

 

「八幡様、ピトとシノンとの約束はどうなってます?」

「よく知ってるな、どうしてもピトと一緒に出かけてやってくれと、アイに頼まれたから、

仕方なくあいつに連絡したんだが、しばらく忙しいって事で保留になってるんだよな、

詩乃の場合は、テスト後って事になってるな、もう終わっただろうから、

そろそろ何か言ってくるんじゃないか?」

「なるほど……」

 

 クルスは再び何か考え込んだかと思うと、やがて顔を上げ、八幡に言った。

 

「八幡様、もしあの二人がオーケーしてくれるなら、

約束のお出かけを、三人同時にしてもらって、

五人で二泊くらいで軽井沢の保養所に行きませんか?

金曜の夜に出発して日曜の夜帰ってくるみたいな」

「さすがにそれは、明日奈が許すかどうか微妙なラインだな」

 

 八幡のその慎重な意見に、クルスは頷きながら言った。

 

「ええ、だから五人と言いました、明日奈も誘いましょう」

「あっと、そういえば五人って言ってたな、俺も久しぶりにゆっくりしたいし、

どうなるかは分からないが、とりあえずみんなに聞いてみるか?」

「はい!」

「いいなぁ、私も行きたかった……」

 

 話を聞いていた薔薇がそう呟き、八幡は薔薇に言った。

 

「まあそのうちな、今は忙しい時期だろうし、今回はお前は仕事を頑張れ」

「絶対よ、約束だからね!」

「分かってるって」

「ところでピトなら今丁度ここに来ているわよ」

「お、そうなのか、どこだ?」

「多分社長室ね、って、噂をすれば………」

 

 丁度そこに、パタパタと足音が聞こえ、エルザが秘書室に飛び込んできた。

 

「ここから八幡の気配がする!」

「………お前は相変わらずだよな、それに小猫も、よく足音だけでこいつだって分かったな」

「連絡無しでここに来るのはあんたかピトくらいだからね」

 

 薔薇はその八幡の質問にあっさりとそう言った。

 

「なるほど」

「八幡様、それじゃあ早速オファーを……」

「だな、おいピト、例のどこかに連れてけって話なんだが……」

 

 そして八幡はエルザに先ほどの企画の話をした。

 

「なるほど、二人でお出かけも捨て難いけど、それも楽しそうね」

 

 そしてエルザはスケジュールのチェックをしていたが、

やがて嬉しそうに顔を上げ、八幡に言った。

 

「うん、今度の週末なら大丈夫かも!」

「そうかそうか、残るは詩乃だな」

「あ、シノのんなら、さっき下で見たよ?バイトだって」

 

 エルザがそう言い、八幡は驚いた。

 

「あいつがこっちでバイトなんて珍しいな」

「暑い中、家まで帰るのが嫌だったみたいよ」

「………まあ気持ちは分かる」

 

 そして八幡とクルスとエルザは、直接詩乃の下へと向かった。

 

「よぉ詩乃、頑張ってるか?」

「あれ、八幡?それにピトとイクスも来てたんだ」

「たまたまな、それで詩乃、お前に話があるんだが」

 

 そして八幡は詩乃に、先ほどエルザにしたのと同じ説明をした。

 

「いいわね、是非参加させてもらうわ」

「そうか、それじゃあ残りは明日奈だな」

 

 八幡はそう言い、さすがに明日奈はここにはいなかった為、直接電話を掛けた。

当然大丈夫だろうと思われたのだが、意外な事に、明日奈はその申し出を断った。

 

『ごめん、実はその日はバタバタしてるんだよね……』

「何かあるのか?」

『実は、兄さんに結婚話が持ち上がっていてね、先方の実家に泊まりで挨拶に行くの』

 

 八幡はその予想外の言葉にとても驚いた。

 

「まじかよ、ついにか」

『うん』

「でも泊まりって、遠い所なのか?」

『北海道だってさ、せっかくだし、ついでに家族でちょっと回ってみようって話になったの。

だから私の事は気にせず、そっちはそっちで行ってきちゃって、

二人っきりとかじゃないんだし、泊まりでも問題無いから』

「そうか、それじゃあ明日奈とは、そのうち二人っきりで行けばいいな」

『うん、その為にも私を案内出来るように色々見てきてね』

「おう、任せとけ」

 

 そして八幡は、三人にその事を伝えた。

 

「そうなんだ、北海道は行った事ないなぁ」

「そういえば北海道にはフカがいるわね」

「案外偶然向こうで会ったりしてな」

「そんな訳無いじゃない、広いんだから」

「まあそうだよな」

 

 そんな会話をしながらも、四人は一度秘書室へと移動し、旅行の予定を立てていった。

 

「まあこんな感じか」

「保養所の予約もとれたわよ」

「小猫、悪いな」

「問題ないわ」

「それじゃあ私は今日は帰るね、これからレコーディングなの」

「頑張れよ、エルザ」

「うん!週末楽しみだなぁ」

 

 エルザはそう言って帰っていき、続けて詩乃も言った。

 

「私もバイトに戻るわね」

「ちゃんとまめに水分はとるんだぞ」

「うん、気を付ける」

 

 こうして詩乃もバイトに戻っていき、残されたクルスは八幡に言った。

 

「八幡様、たまには軽く飲みにでもいきませんか?」

 

 八幡は、まさかクルスがそんな事を言い出すとは思わなかった為、少し驚いた。

 

「お前がそんな事を言うのは初めてじゃないか?」

「かもしれません」

「どこか行きたい店でもあるのか?」

「いえ、特には」

「そうか、まあたまにはいいか」

「せっかくだし、室長も行きますか?」

 

 クルスは薔薇にそう声を掛け、薔薇は驚いた顔で頷いた。

 

「わ、私も誘ってくれるの?」

「お前、その答え方、いかにも友達がいない奴の返事だからな」

「なっ……そ、そうですが何か?」

「開き直るんじゃねえよ」

「今日はもう少しで仕事が終わるから、あと一時間くらい待ってて」

「オーケーだ、おいマックス、それまでどこかで時間を潰すか?」

「それじゃあ少し近場をぶらぶらしましょう」

「たまにはそういうのもいいかもな」

 

 八幡はその提案をオーケーし、クルスと共にソレイユ本社ビルの外に出た。

 

「そういえば、この辺りにどんな店があるかとか、全然知らないな」

「そういえば私もあまり……」

「まあとりあえず適当に歩いてみるか」

「はい」

 

 こうして二人は歩き出したのだが、その時ちょうど正面のマンションから、

優里奈が出てくるのを発見した。

 

「お?」

「あっ、八幡さんにクルスさん、どこかにお出かけですか?」

「おう、一時間後に小猫と三人で飲みに行くんだが、

それまでの時間潰しにこの辺りをブラブラしようと思ってな。優里奈はどこに行くんだ?」

「特に何も決めてませんでした、この辺りの事をあまり知らないので、

ちょっと周辺を回ってみようかなって」

「それなら優里奈ちゃんも一緒に行く?」

 

 クルスがそう提案し、優里奈はその申し出を嬉しそうに受けた。

 

「いいんですか?是非お願いします!」

「俺達もこの周辺には詳しくないから、近場を回ってみようって思ってたんだよ」

「あ、一緒ですね、ふふっ」

 

 こうして三人は、ソレイユ周辺の探索に出かける事になった。




この雨のせいで、色々仕事が立て込んでしまったので、
明日の投稿はお休みするかもしれません、可能性としては半々くらいです、申し訳ありません。


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第447話 八幡の部屋にて

昨日はすみませんでした、今日は文字数多目でお送りします!

いつもよりおかしな内容が多いのは気のせいです!胸絡みのネタも今日でひと段落です!


「優里奈ちゃん、テストはどうだった?」

「それが……」

 

 優里奈はそう言って下を向き、八幡とクルスは、もしや成績が思わしくなかったのかと、

心配そうな顔をして優里奈の言葉を待った。

 

「私、あんないい点数をとったのは初めてです!」

 

 優里奈は突然明るい顔でそう言い、二人はホッと胸をなでおろした。

 

「雪乃さんとクルスさんに教わった教科は平均を遥かに超えました、

それだけでも常に平均をうろうろしていた私にとっては本当に凄いんですけど、

問題は紅莉栖さんに教わった物理ですね、私、物理とか本当に弱かったんですけど、

今回物理が学年一位だったんですよ……それで先生も驚いちゃって、

こっそり理由を聞かれて、紅莉栖さんに教わったって言ったらサインをねだられました……

何なんですか学年一位とか、あの人は神の使いか何かですか?

暇そうな時に、ノートに『ヽ(*゚д゚)ノ<カイバー』とか書いてた時は、

やっぱり同い年の女の子なんだなとか思いましたけど、

その後に教えてくれた想定問題が全部当たるとか、本当に天才なんだなぁと驚きました」

「まじかよ、凄えな紅莉栖」

「おお……」

 

 その言葉に、クルスでさえも感嘆したように見えた。

 

「実際、お前や雪乃から見て、紅莉栖はどうなんだ?」

「あれは一種の化け物、多分本気を出したらタイムマシンとか完成させて、

世界征服を狙えるような人。もしくはその発明を元に世界大戦が起こるレベル」

「あはははは、そんな事ある訳無いだろ」

 

 八幡はそのクルスの言葉を冗談だと思い、そんな反応をしたが、

そんな八幡にクルスは言った。

 

「彼女はそんな事は絶対に望まないけど、周りの人はそうじゃないかもしれない。

八幡様もご存知の通り、彼女は実験となると目の色を変える性質がある。

だからそのように彼女の思考を誘導し、利用しようとする者はいるかもしれない」

「ああ、そういう事もあるか……」

「この前も紅莉栖さん、実験をエサに釣られてましたね……」

 

 ハチマンと優里奈は先日八幡の部屋で繰り広げられた光景を思い出し、

紅莉栖ならありうるかもしれないと思った。

 

「だから八幡様は、早めに彼女の手綱を彼女の教授ごと握るべき」

 

 その、教授ごとという言葉に反応した八幡は、スッと目を細めながらクルスに尋ねた。

「お前、アルゴから聞いてたのか?」

「はい、アメリカ行きのメンバーである、私と雪乃と室長は知っています」

「そうか、まあその事は他言無用でな。まだレスキネン教授は、

そこまでその組織には傾倒していないみたいだから、

実際に教授に会って、こちら側に引き寄せるつもりなんでな」

「分かりました」

 

 そんな二人の会話を聞いて、優里奈は目を白黒させた。

 

「あ、あの……今何か、普通の女子高生が聞いてはいけないような事を、

思いっきり聞いてしまった気がするんですが」

 

 そんな優里奈に、クルスは真顔で言った。

 

「優里奈が普通の女子高生?八幡様に関わった時点でそれはない」

「ですか……」

 

 そして八幡も優里奈にこう言った。

 

「とか言いながらお前、そこまで嫌がってはいないみたいだよな」

「まあ、興味はありますしね」

「頑張って成長して、俺を支えてくれよ」

「何か私、もうすっかり取り込まれてません?」

 

 優里奈は今更ながらその事に気付いたのか、そう言った。

 

「ははっ」

「笑って誤魔化さないで下さい!」

「ははははは」

「だから笑って誤魔化さないで下さい!」

「はははははははは」

「もう……」

 

 そして優里奈は、ため息をつきながら八幡に言った。

 

「仕方ないですね、しばらくは付き合ってあげます」

「八幡様、私は最後までお付き合いします」

「おう、俺一人じゃ何も出来ないから頼むわ」

「はい」

「あっ……最後……いえ、は、はい!」

 

 この時優里奈の脳内に、最後まで八幡の世話をやかないとという使命感が刻まれた。

この後優里奈は、積極的に八幡の部屋の管理をこなすようになる。

 

 

 

「あれ、こんなところにゲーム屋があったのか」

「そういえば、今のザ・シードのゲーム市場ってどうなってるんですかね」

「うちのALOが一位で、二位は確かこれだ」

 

 そう言って八幡が手にとったのは、『アスカ・エンパイア』というゲームだった。

 

「これですか?何か和風なゲームですね」

「若干ホラー系も入ってるみたいだな」

「まあ日本には、神様も妖怪も沢山いますしね」

「だな、ネタを作ろうと思ったらいくらでもいけるんだろうな」

 

 八幡がそんな事を言う中、優里奈はそのゲームをじっと見つめていた。

 

「どうした優里奈、興味があるのか?」

「あ、はい、そうですね」

「まあ機会があったらやってみるといい、暇なら付き合ってやるから」

「はい、その時はお願いしますね」

 

 そして三人は店を出ると、再び歩き始めた。

 

「思ったよりも色々な店があるな」

「ですね、あ、こんな所にスーパーがあったんだ、色々買い込むのに便利かも」

「そういえば、部屋の管理にかかった費用はちゃんとまとめて俺に請求するんだぞ?

ついでに何か買う物があるなら今買ってくか?」

「あ、それじゃあちょっとだけ寄りたいです」

「丁度荷物持ちの俺もいるしな」

「そんな、悪いですよぉ」

「別に俺の部屋の管理の為なんだから、悪いって事は無いだろ、遠慮すんな」

「あ、はい、それじゃあお願いします」

 

 そして三人はそのスーパーに入った。

一人暮らしがそれなりに長いクルスや優里奈はともかく、

こういった所で買い物をした事がほとんど無い八幡にとっては新鮮な体験だったようだ。

そして八幡は、お酒が置いてあるコーナーに差しかかった時、思わず声を上げた。

 

「おおっ、これは中々……」

「そんなに珍しいですか?」

「おう、凄く新鮮な気分だ、いつもはコンビニばっかりだしな」

「八幡さんって、確かに基本コンビニで全部済ませてそうな雰囲気がありますけど、

でもコンビニにだってお酒は置いてあるはずじゃ……」

「意識して見た事が無かったんだよな、

う~ん、缶の酒一つとってもこれだけ種類があるのか……」

 

 そんな八幡の姿が珍しかったのか、クルスは興味深そうに八幡に尋ねた。

 

「八幡様、何か気になるものでも?」

「この辺りの甘そうな酒を、ちょっとずつ飲み比べしてみたいかな」

「なるほど……それなら今日は宅飲みにしますか?」

「おお、その手があったか、宅飲みは初めてだな、

そうだ、もし良かったら優里奈もジュースで参加するか?」

「いいんですか?それじゃあせっかくだから、料理も色々作りますね」

 

 そう言って優里奈は他の食材売り場へと向かった。

 

「私は室長に連絡しておきますね、せっかくだから明日奈も呼びますか?」

「そうだな、聞いてみるか」

 

 だが明日奈は、残念ながら旅行の準備で色々忙しいようで、参加出来ないとの事だった。

 

『行きたかったなぁ、噂の優里奈ちゃんにも会いたかったし』

「まあ結婚式から帰ってきたら、改めて企画すればいいさ」

『うん、楽しみにしとくね』

 

 こうして優里奈が明日奈を見る機会は、今回は訪れなかった。

まだ当分は、優里奈のいつもの質問が、他の女性陣に投げかけられる事になるのであろう。

ちなみに明日奈の着替え一式は、一番大きなスペースに既に準備されていた。

ちなみに下着を選んだのは陽乃である為、確実に八幡以外には見せられないのが難点である。

 

 

 

「八幡さん、量はこれくらいでいいですか?」

「四人だし、十分じゃないか、それじゃあ会計してくるわ」

「あっ、はい、お願いします」

 

 優里奈は、少しくらいは自分で払うなどとここで言う事は無意味だと悟り、

支払いの全てを八幡に任せる事にした。その事によって優里奈の頭の中では、

頂いた食事の分、きっちりと八幡の世話をしようという考えが巡っており、

こうした事が重なって、優里奈は益々八幡の世話にのめりこんでいく事になる。

 

「さて、そろそろ小猫も仕事が終わるはずだ、とりあえず部屋に戻るか」

「あっ、もう来てるみたいですね」

「だな」

 

 マンションの前で待っていた薔薇も無事に合流し、四人はそのまま八幡の部屋へと戻った。

 

「さて、何を作るんだ?もちろん俺も手伝……」

「いいから八幡さんは座ってて下さい」

 

 優里奈はその八幡の言葉を遮ると、いつものエプロンを付けてキッチンに立った。

それを薔薇とクルスが手伝い、八幡は何もする事が無く、居間で暇をもてあましていた。

 

「貧乏性なせいか、こういうのは落ち着かないな……」

 

 明日奈がキッチンに立っている時は、こんな事は思わないのだが、

やはり勝手が違うのだろう、八幡は立ち上がると、

再びキッチンへ、何か手伝う事は無いかお伺いをたてにいった。

 

「なぁ優里奈、やっぱり俺にも何か……」

「大丈夫ですよ、でもそうですね、そろそろ料理が順番に出来上がっていくと思うので、

それを居間のテーブルに並べていってもらえますか?」

「おう、お安い御用だ」

 

 八幡は、やっと自分にも仕事が出来たと喜び、どんどん料理を運んでいった。

 

「さて、これで全部ですね」

「優里奈は手際がいい、あまり手伝う事が無かった」

「そんな事ないですよ、クルスさんには助けられましたよ」

「くっ、胸の差はほとんど無いけど、女子力の差が……」

 

 そう呟いた薔薇に、八幡は冷たく言った。

 

「ちなみに俺はお前に女子力があると一度でも感じた事は無いからな」

「いつも私の胸を見て興奮している癖に!」

「風評被害広めんなコラ、街中ででかい声で、『お~い小猫』って呼んでやんぞ」

「ごめんなさい調子に乗りました……」

 

 そのコミカルな雰囲気に、優里奈とクルスは笑いを堪え切れなかった。

だがそんな空気は、いざ飲み会が始まった瞬間に一変した。

 

「小猫、それを取ってくれ」

「はい、これね」

「あとアレだ」

「はいはい、アレね」

「おう、悪いな」

 

 会話の合間に繰り広げられるこんな遣り取りに、二人は目を見開いた。

八幡と明日奈はアイコンタクトだけで同じような遣り取りをする為、

比較対象にすらならないが、世間の一般的な熟年夫婦が醸し出すような雰囲気を、

この二人は自然と纏っていたからだ。

 

「薔薇さん、凄い……」

「これもある意味女子力?いや、八幡様力?さすがは室長、私も見習わなければ……」

「ん?私の何を見習うって?」

「いえ、こっちの話です」

「室長は女子力は無いけど熟女子力は凄い」

「ちょっとクルス、あんたどさくさ紛れに何を言ってるのよ!」

「今のは褒め言葉」

「褒め言葉?ならいいわ」

「いいんだ……」

 

 そんな驚く優里奈に、薔薇はそっと囁いた。

 

「いい?優里奈、この程度の事でいちいち目くじらをたてるような女は、

彼の傍にいたとしても長くもたないわよ」

「………分かりました、肝に銘じます」

「今ならまだ引き返せるわよ?」

「いえ、私は今、とても楽しいですから、この出会いに全力でしがみつきますよ」

「そう、残念ね」

 

 その薔薇の言葉を聞いた優里奈は、微笑みながら言った。

 

「ふふっ、残念でしたね」

「まったくよ、ライバルを一人潰そうと思ったのに」

「八幡さんのお世話係は渡しませんよ」

「え?」

 

 薔薇はその言葉に唖然としたが、優里奈がそれで満足しているようだったので、

それならそれでいいかと思い直し、冗談めかして言った。

 

「私のように、この胸を使って八幡のお世話をする事が出来るのかしらね」

「自分の妄想を事実のように他人に語るんじゃねえよ」

「ふぎゃっ」

 

 どうやら薔薇の言葉が聞こえたらしく、八幡がいきなり薔薇の頭に拳骨を落とした。

その八幡の後ろでは、クルスが自分の胸を押さえながら何かぶつぶつ言っており、

優里奈は薔薇を慰めながら、そっと囁いた。

 

「その技術も、研究して必ずモノにしてみせます!」

 

 その優里奈の真面目な表情を見て、薔薇は優里奈の天然さに呆れたが、

面白そうだからとそのまま放置する事にし、にこりと微笑むだけに留めたのだった。

 

 

 

 こうして飲み会は終わり、三人は八幡の部屋で眠りについた。

八幡は当然居間のソファーベッドで寝る事になったのだが、

そんな八幡の部屋の扉を開ける者がいた。

 

「ん……誰だ?」

 

 八幡は、この部屋の鍵が他に存在していた事に驚きつつも、入り口へと向かった。

そこにいたのは、興味深そうにきょろきょろしている明日奈の姿だった。

 

「お?明日奈、何でここに?っていうかどうやってここの鍵を手に入れたんだ?」

「あ、うん、実は私専用の鍵だっていって、前に姉さんに渡されてたんだよね、

もっとも今までこれを使う機会が中々無かったんだけど」

「そういう事か、まああがってくれ」

「うん」

 

 そして明日奈は居間に入ると、その意外な広さに驚いた。

 

「へぇ、いい部屋だねぇ」

「色々とおかしな所が満載だけどな」

「あ、今日はここで寝てるんだ」

「おう、こういう時は、寝室は取られちまうからな」

「三人はもう寝てるの?」

「だな、俺が覗く訳にはいかないから、こっそり覗いてみるといい。

あ、ちなみにクローゼットも女性陣に占拠されててな、

個人の着替えが僅かばかり入ってるらしいんだが、一番大きな引き出しに、

明日奈の予備の下着も用意されてるらしいぞ、ちなみに選んだのは姉さんだ」

「そうなの?それじゃあ遠慮なく……」

 

 明日奈は最初に八幡に説明されたクローゼットを開け、赤面しながら呟いた。

 

「姉さん、これを私に着ろと……ま、まあどうせ八幡君しか見ないんだからいいけど……」

 

 そして明日奈は次に、大胆にもベッドの近くに行くと、優里奈の顔を覗き込んだ。

 

(あ、やっぱりお兄さんの面影があるや)

 

 その直後に明日奈は目を横に向け、わずかにぎょっとしたような雰囲気を見せた後、

居間にいる八幡の所へと戻った。

 

「クローゼットの中、確認したか?」

「あ、う、うん……八幡君のえっち」

「え?そんなにか?俺はどんなのか、よく知らないんだが」

「あ、うん、大丈夫大丈夫、多分」

「そ、そうか……」

 

 実際は大丈夫とはとても言えないのだが、知らぬが花である。

 

「で、どうだ?優里奈の顔は見れたか?」

「あ、うん、確かにお兄さんの面影があったかな」

「そうか、まあ知らなければ、別に優里奈の事は放置しても良かったんだが、

やっぱり知っちまった以上は、可能な限り面倒をみないといけないからな」

 

 その言葉に頷いた明日奈は、次に予想外の事を八幡に言った。

 

「そうだね、やった、小町ちゃんに続いて私にもう一人妹が出来る」

「ん?俺はしっかりと自立させればいいと思ってたけど、

明日奈はそういう認識なのか?それならそういう方向でも別に構わないか」

「うん、その方向で!」

 

 どうやら明日奈は優里奈の顔を見て、母性本能が刺激されたようだ。

その事を八幡に告げられた明日奈は、突然落ち込んだ姿を見せた。

 

「母性本能ね……ははっ……」

「ど、どうした明日奈、そんな乾いた笑いをして……」

「だって、あの八幡山脈を見ちゃったらねぇ……」

「八幡山脈って何だよ……」

「優里奈山が二つ、薔薇ヶ岳が二つ、それにクルス連峰で八幡山脈だよ」

「あ~………」

 

 八幡はやっとその意味を悟り、問題ないという風に明日奈を抱き寄せると、

優しい声で明日奈に言った。

 

「俺には明日奈が一番だ」

「本当に?」

「おう、本当だ」

 

 その言葉を聞いた明日奈は、とても嬉しそうに微笑み、

八幡に馬乗りになってキスをせがんだ。

八幡は明日奈をしっかりと抱きしめ、明日奈にそっとキスをした。

 

「ふう、八幡君成分補給っと」

「姉さんや理事長みたいな事を言うなって……」

「それじゃあ外にお父さんの車を待たせてあるから、今日は行くね」

「おう、落ち着いたらまたここに来ればいい」

「うん!」

 

 どうやら明日奈は準備の買い物の帰りに、

章三に頼んで少しだけここに寄ってもらったらしい。

そして明日奈は帰り際に、八幡に言った。

 

「ねぇ、北海道のお土産は何がいい?」

「白い恋人ドリンクがいい、マックスコーヒーと飲み比べをしたり、混ぜたりしてみたい」

「ぷっ」

 

 そのいかにも八幡らしい言葉に明日奈は微笑んだ。

 

「分かった、多分送る事になると思うから、期待して待っててね」

「おう、それじゃあまたな」

「うん!」

 

 そして二人はもう一度キスをし、明日奈はそのまま去っていった。

 

「さて、俺も寝るとするか」

 

 八幡はソファーベッドに横になり、明日奈の香りを僅かに感じながら眠りについた。

 

 

 

 そして二日後、明日奈は北海道へと旅立っていき、

八幡達もまた、軽井沢へと向かったのだった。



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第448話 北国と山国

 羽田空港で飛行機を待っている間、

明日奈はACS(アルゴ製AIコミュニケーションシステム)で、仲間達と会話していた。

今ACSにログインしているのは、詩乃、優美子、紅莉栖だった。

 

『羽田空港なう!』

『あ~し、北海道って行った事無いわ』

『私も無いなぁ』

『私も!』

『ここから一時間半なんだって、早いよね』

『うっそ、そんな近いんだ』

『時間的にはそんなものなのね』

『そろそろ搭乗時間だ、楽しみだなぁ』

 

 そして明日奈はスマホを機内モードに設定し、飛行機へと乗り込んだ。

 

『座席なう!』

『気を付けて行ってくるし』

『お土産も宜しくね!』

『うん、頑張って何か見付けるね』

『八幡は何だって?』

『白い恋人ドリンクだって』

『八幡らしいわね……』

 

『こっちも今出発、八幡が陽乃さんから鍵をもらってる』

『管理人さんっていないんだ』

『もうすぐ雇うみたい、って事は新築なんだね』

『いいなぁ、私も行きたかったな』

『八幡が、羨ましいか?って紅莉栖に言ってるよ』

『ヽ(*゚д゚)ノ<カイバえぐるぞごるぁ』

『よく分からないけど、ぬるぽ、だってさ』

『ガッ』

『紅莉栖、何それ?』

『えっ、あっ、えっと……い、一般的なお約束みたいな……』

『ふ~ん、八幡は、ネラー乙って言ってるけど……』

『八幡……帰ってきたら本当に海馬をえぐるからね……』

 

『ところで詩乃、テストはどうだった?』

『あっ、そうだ、ありがとう紅莉栖、凄くいい点が取れた……』

『そう、それなら良かったわ』

『友達に、あんた本当に詩乃?実はAIだったりしない?って散々いじめられた……』

『ヽ(*゚д゚)ノ<カイバのチカラね』

『紅莉栖のそのネタ、意味がよくわからないんだけど』

『えっと、カイバってのは……』

『あ~ストップストップ、あーし達には難しすぎるから、今度明日奈に直接説明してあげて』

『オーケー、明日奈、今度キッチリ時間をかけて説明してあげるわ』

『突っ込んだのはやぶ蛇だった!?』

 

『あっ、もうすぐ目的地に着くみたい』

『早っ!』

『もうそんなに経った?』

『実はこっちもそろそろ軽井沢よ』

『軽井沢と北海道が同じ距離に聞こえるわね』

『もう同じって事でいいんじゃね?』

『そんな訳無いからね!?』

 

「でも本当に早いなぁ……」

 

 四人で雑談をしているうちに、飛行機はあっという間にとかち帯広空港へと到着した。

明日奈はACSに、『北海道なう!』と打ち込むと、

飛行機が停止するのを待ってそのまま飛行機を降りた。

そして今、明日奈達は、先方からの迎えを待っている所である。

明日奈は今のうちにトイレに行っておこうと思い、しばらく席を外す事にした。

戻ってくると、一人の女性が両親と兄に話しかけている所だった。

 

(あっ、迎えの人が来たのかな、急がないと)

 

 明日奈はそう思い、小走りに両親達の所に戻った。

 

「ごめんなさい、お待たせしました!」

「明日奈、こちらは篠原さんだ、先方のご親戚だそうだ」

「初めまして、結城明日奈です、今日はお世話になります」

「これはこれはご丁寧に……って、副団長!?」

「えっ!?」

 

 明日奈はいきなりそう呼ばれ、驚いて顔を上げた。

そこにあったのは、先月東京で会った、篠原美優ことフカ次郎の顔だった。

 

「あれ?えっ?フカちゃん?」

「明日奈、篠原さんと知り合いか?」

 

 兄である浩一郎にそう聞かれ、明日奈は仕方なくこう答えた。

 

「あ、うん、えっと、うちのメンバー……」

「うちっていうと、最強と名高い八幡君のギルド、『ヴァルハラ・リゾート』のメンバー?

そっかぁ、篠原さんって凄く強いんだ」

「兄さん、何でそんな事を知ってるの……」

「お前が思ってるよりも、遥かにあのギルドは有名だからな?」

「そ、そうなんだ……」

 

 そうすると、派手な戦闘とかをしたら直ぐに家族にバレてしまうのだろうかと、

明日奈は冷や汗をかいた。そんな明日奈の手を、美優は感激したように握った。

 

「という事は、副団長がうちの親戚に!?」

「あ、うん、そういう事になるね、まあ兄さんがふられなければだけど」

「おい明日奈、縁起の悪い事を言うなよ……」

「じゃ、じゃあ……」

 

 そして美優は、若干興奮した様子で明日奈に尋ねた。

 

「も、もしかして、いずれ私もリーダーの一族に!?」

「あ、うん、それは間違いないね、もう確定事項」

「そっちは確定なのかよ……」

 

 浩一郎にそう言われた明日奈は、ニコニコしながらこう言った。

 

「当たり前じゃない、ね?お父さん、お母さん」

「だな、言うまでもない事だ、おい浩一郎、お前は一体何を言ってるんだ?」

「そうよそうよ、だから浩一郎は駄目なのよ、もっと色々と精進しなさい」

「八幡君を基準にされても……」

 

 浩一郎は落ち込んだように、その場でいじけ始めた。

そんな家族の会話を聞きながら、美優は興奮したようにいきなり叫びだした。

 

「来たああああああ!棚ボタで強力なコネ来たあああああああ!フカちゃん大勝利!」

「ふふっ、相変わらず正直だね、フカちゃん。

まあ八幡君を裏切らない限りは大丈夫だと思うよ」

「そんな事は絶対にしないよ!私の忠誠心はダイヤモンド並に強固だよ!」

「そ、それならいいんじゃないかな」

 

 そして美優は、落ち込む浩一郎の手を取りながら言った。

 

「お兄さん、お願いしますよ、絶対にうちの従姉妹をものにして下さいね!

既成事実が必要なら協力は惜しみませんから!」

「あ、はい、さすがにこの段階で破局になる事は無いと思うので、

まあそれは大丈夫だと思います………多分。でも既成事実って、さすがにそれは……」

「ほら、もっと自信を持って!いざとなったら名目だけは私が嫁いで、

仮面夫婦生活を送るという手がありますから!」

「あ、あは……」

 

 その言葉に、浩一郎は苦笑する事しか出来なかった。

 

「よし、もしそうなったら、八幡君と明日奈の子供を養子にもらうんだぞ、浩一郎」

「これでうちも安泰ね!」

「父さんも母さんも何言ってるの……ていうか八幡君の事を好きすぎでしょ……」

「兄さん、私と八幡君の子のどこに不満があるの?」

「お前もか、明日奈……」

 

 そんな会話をしながらも、明日奈はACSでこの事を報告しており、

それを見た美優もACSにログインし、二人は記念撮影をした後、同時に報告を行った。

 

『北海道でフカちゃんと遭遇!』

『ラブラブなこの姿を見よ!』

 

 そして二人が写った写真が表示され、他の三人は驚いた。

 

『えっ?何それ、凄い偶然だし』

『空港にフカがいたの?』

『それが偶然じゃないんだなぁ』

 

 そして美優は、続けてこう書き込んだ。

 

『フカは今度、リーダーと副団長の親戚になります!』

『えっ、どういう事?』

『まさか明日奈のお兄さんのお相手が、フカの親戚だったの?』

『うん、従姉妹』

『本当に?それは凄い偶然ね』

『空港にいたのは偶然じゃないけど、そっちは本当に偶然だった!』

『今八幡が、それは御免だ、今すぐこっちに戻ってこい明日奈、って言ってる』

『リーダーはこのかわいいフカちゃんの事が好きだから、わざといじめてくるんですね!』

『うぜえ、だってさ』

『はいはい、八幡君も、そのくらいにしてあげてね』

『明日奈がそう言うなら仕方ないが、調子に乗るなよ、だってさ』

『かしこまり!』

『あ、それなら明日奈、フカに北海道を案内してもらえばいいんじゃね?』

『案内?任せて任せて!』

『いいの?それじゃあお願いしよっかな』

 

 そして明日奈は顔を上げ、笑顔で美優に言った。

 

「先ず最初に、白い恋人ドリンクを売ってるお店を教えて?八幡君の希望なの!」

「ガッテン承知!」

 

 そして二人は未だに両親にからかわれている浩一郎に声を掛けた。

 

「ほら兄さん、そろそろ行くよ」

「お父様もお母様も、うちの従姉妹も私同様ちょろいですから、

何も心配する事はありませんよ」

「フカちゃん、凄い自虐ネタだね……」

 

 そして五人は美優の車に乗り込み、美優の従姉妹の家へと向かった。

 

 

 

 一方その少し前、詩乃は八幡に、ACSの画像を見せながら今の状況を説明していた。

 

「はぁ?浩一郎さんの相手が美優の従姉妹だと!?」

「うん、何かそうみたい」

「それは御免だ、今すぐこっちに戻ってこい明日奈、とでも言っとけ」

「分かった、そうする」

 

 エルザとクルスも後ろから、興味深そうにその画面を覗き込んだ。

 

「本当だ、凄い偶然だよね」

「ACSかぁ、私の旧型携帯じゃ使えないんだよなぁ」

「スマホに買い換えたら?」

「これが壊れたらね」

「しかしまあ、これが美優の陰謀だとしても、俺は驚かんがな」

「さすがにそれは無いでしょ」

 

 そして画面に、かわいいフカちゃん云々の、美優のセリフが表示された瞬間、

八幡は間髪入れずにこう言った。

 

「うぜえ……」

 

 その言葉を詩乃が素直に打ち込んだ瞬間、明日奈にたしなめられた八幡は、

苦々しい表情をしながらこう言った。

 

「明日奈がそう言うなら仕方ないが、調子に乗るなよってあいつに言っとけ」

「了解」

 

 丁度その頃碓氷軽井沢インターに着いた為、四人は一旦ACSの画面から目を離した。

 

「トンネルを抜けて直ぐ出口になるのか、道幅も細めだし、凄い所だな」

「1/9、2/9って何の表示かと思ったら、トンネルの本数なんだね」

『ちなみにここは、まだ群馬県ですよ、八幡』

「キット、そうなのか?」

「はい、軽井沢駅前までは、まだかなり距離があります」

「そうなのか、さすがに避暑地であり観光地なだけあって、

駅前にインターは作れなかったんだろうな」

『でしょうね』

 

 そして一般道に出たあと、うねる山道を進んでいくと、前方にゴルフ場が現れた。

 

「右も左もゴルフ関連施設ばっかりだな」

「だね、あ、段々開けてきたね」

「浅間山って何か微妙……」

 

 エルザが景色を見ながらそう言った。

確かに目の前に見える浅間山のフォルムは、中腹に大穴が開いていて微妙に見える。

 

『隣の町から見ると、まったく違うように見えますよ、今画像を出します』

 

 そう言ってキットが映し出した浅間山の風景は、

とても雄大な裾野の広がる山に見えた。

 

「わっ、本当だ、全然違う山に見える」

「どこから見ても雄大に見える富士山が、それだけ偉大って事だな」

「だね!」

「で、キット、うちの保養所はどこにあるんだ?」

『旧軽井沢の近くですね』

「よくそんな所を買ったな……」

『実は雪ノ下建設の元所有地だったらしいですね、買い手がつかなくて困っていたようです』

「そういう事か……」

 

 そしてキットが、まもなく到着する事を告げた。

その直後に、八幡達の目の前に、特徴のあるロータリーが現れた。

 

「これは?」

『六本辻ですね、時計周りにしか走れないので注意して下さい』

「ほうほう」

 

 そして六本辻を抜けた後、少し先を左に入ると、八幡達の前に、

新築のログハウス調の建物が見えてきた。

 

「ここか?」

『はい、ここですね』

「庭は綺麗に木で囲ってあるが、中央部分には木が少ないんだな」

『木が多いと、特に松の木の葉とかが堆積すると、建物の屋根の部分をひどく傷めますから』

「なるほどな、まあいいんじゃないか?バーベキューとかも出来そうだ」

『ちなみにセキュリティはかなり固いようですよ』

「そうは見えないが……」

『実は外から中が見えないように、この建物は、立体映像を駆使して隠されているようです』

 

 そのキットの説明に八幡は唖然とした。

 

「何だそれ、もしかして、晶彦さんの隠れ家に使われていた技術か?」

『らしいですね、それをそのままここに持ってきたとか』

「まじかよ……そこまでするのか」

『まあ要人との会談に使われる事もあるみたいで、

保養所とは名ばかりの簡易要塞といってもいいくらいらしいです。

ちなみに一般社員用の施設も別にありますよ』

「そういう事か……まあ必要だから作ったんだと思うが、あの馬鹿姉め……」

 

 ちなみにこの施設、オフシーズンにはソレイユの技術力をアピールする為の、

観光施設として活用される予定であった。

 

「まあいいや、とりあえず中に入ってみようぜ」

「うん!」

「一々やる事が凄いですね」

「本当にそうよね、さすが魔王様というか何というか」

「まあでもそのおかげでこうして観光に来れたんだし、社長様々だね」

「だな」

 

 こうして四人は建物に入ると、部屋決めをした後、中の施設を見て回った。

 

「この建物、二階は漢字の『回』みたいになってんのか」

「中央のこれってお風呂じゃない、しかもこれ、上の屋根が開くの?」

「らしいな、露天風呂風のイメージになってんのか」

「中身は色々と最新技術で溢れてますね」

「とりあえず部屋に荷物を置いた後、適当にのんびりしてから出掛けるか」

「私、モカソフトが食べたい!」

「好きなだけ食べるといい………自分の金でな」

「当たり前じゃない、私を誰だと思ってるの!」

「変態」

「もう~、だから褒めすぎだってばぁ……」

「お前は相変わらずだな……」

 

 こうして四人は、しばらくくつろいだ後、歩いて街へと繰り出す事にした。




軽井沢は地元なのでそれなりに書けますが、北海道は未知の土地なので、描写は詳しくはなりません!


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第449話 露天風呂とスーパー銭湯

「こうして見ると、基本ここは観光地じゃなくて避暑地なんだな」

「そうね、観光地というには、そうじゃない施設が交じりすぎよね」

「まあ明日車で色々と回ってみればいいんじゃない?」

「八幡様、私は白糸の滝に行ってみたいです」

 

 四人はそんな会話を交わしながら、旧軽井沢銀座通りの一番奥まで行った後、

元来た道を戻っていた。通りの長さは大した事は無く、もう閉まっている店も多かった。

 

「ほとんどの店がもう閉まってるのか、でも当たりは付けられたな」

「どうやら十七時には閉まってしまうみたいですね、残念です」

「でもまあもう夜の六時だし、まだ明るいとはいえ仕方ないよね」

 

 さすがに金曜に学校が終わってから出てきただけの事はあり、

到着が遅れた事が痛かったようだ。

 

「とりあえず明日の午後にでも来て、モカソフトが食べたい!」

「モカロールも捨て難いが……」

「あ、待って八幡、駅前にあるお店はまだやってるみたい」

「そうなのか……だが夕飯もまだだしな、どうする?」

「さすがに夕飯はちゃんと食べておきたいけど、夜に軽く何か食べたいよねぇ」

「そうか、それじゃあとりあえず、そっちに行って何か買っておいてから、

どこかの店で食事をとる事にするか」

「賛成!」

「それでいいんじゃない?」

「モカソフトは明日でいいね」

 

 四人はそう話しながら、一度保養所に戻り、キットで駅前へと向かった。

歩いても良かったのだが、若干距離がある為、今は移動時間の短縮を優先させたのだった。

 

 

 

「うわ、何ていうか、ブランド物の店が多いね」

「一応エリアごとにある程度ジャンル分けされてるのか、どうする?」

「お土産コーナーでお土産を買って、夜に品評会をするってのはどう?

どれを誰に買って帰るのか決める参考にもなると思うし」

「そうするか」

「その後は一度キットに戻って荷物を置いて、フードコートで夕食ですね」

 

 そして四人はその相談通りに土産物を物色し始めた。

クルスとエルザはあちこちをうろうろとしており、詩乃はあまり八幡から離れなかった。

ちなみにエルザはサングラスを掛けているだけであったが、

幸いな事に、クルスがいる為にまったく目立ってはいない。

クルスの見事なプロポーションとルックスの影に隠れてしまっているのだ。

 

「クルスちゃん、ありがとうね、男達の視線を集めてくれて」

「問題ない、たまに嫌な視線もあるけど、八幡様もいるから心配は無いし、

とりあえず一番怖いのはピトの身バレだから、私が盾になる」

「まあ盾になってる部分に異論はあるけどね……」

「大丈夫、それでもピトはかわいい」

「えっ、そ、そう?ところでクルスちゃん、私ってば男も女もイケる口なんだけど」

「ごめんなさい、それじゃあ私はこれで」

「あっ、待って待って、冗談、冗談だから!」

 

 この会話から分かる通り、人前でエルザの名前は出さない事になっており、

全員が今はエルザの事を、ピトと呼ぶようにしているのだった。

そしてそんな二人を見ながら、八幡は詩乃に言った。

 

「詩乃は見に行かないのか?」

「あ、うん、八幡を一人にするのはやっぱりまずいと思うから、

選ぶのはあの二人に任せる事にするわ」

 

 そう言われた八幡は、詩乃に抗議をした。

 

「俺は別に子供じゃないんだから、そんな気を回さなくても平気だぞ?」

 

 八幡にそう言われた詩乃は、首を横に振りながら言った。

 

「何を言ってるの?八幡を一人にすると、

誰も手を出さないような微妙なお菓子を買うに決まってるから、

私がそれに対する抑止力として残ってるの」

「……濡れ衣だ、謝罪と賠償を要求する」

 

 そう言われた詩乃は、ぷっと噴き出すと、面白そうな顔で言った。

 

「何、私の真似?」

「おう、その通りだ、何度も言われてるからな」

 

 即座にそう返された詩乃は、微妙な顔になった。

 

「……私って、そんなにあんたに謝罪と賠償を要求してたかしらね」

「それで何度お前を遊びに連れてったと思ってるんだよ」

「自業自得ね」

「そうじゃない事も多々あったと思うが……」

「気のせいよ、あ、ほら、二人が戻ってきたわよ」

 

 そして二人は八幡の手を引き、店の方へと引っ張っていった。

 

「目星は付けたから、まとめて買ってしまいましょう、八幡様」

「ささ、こっちだよ、お財布……じゃなかった、八幡!」

「おいこらピト、お前今何て言おうとした?」

「気のせいだってば、後で性的にサービスするから、ね?」

「そんなサービスはいらん」

「別にいいわよ、押し売りするから」

「押し売られても絶対に買わないけどな」

「え~?もう、仕方ないなぁ、その代わり、後で私に罵声を浴びせてね?」

「嫌な交換条件だなおい……」

 

 そんな八幡の両腕を、クルスと詩乃が幸せそうな顔でさりげなく抱き、

店の方へと引っ張っていった。

 

「しまった、出遅れた!」

「残念だったわねピト、もう八幡の腕はどっちも開いてないわよ」

「いいもん、前の下の方を掴むから」

「そんな事をしたら、お前を道端に捨てていくからな」

「えっ?いきなり放置プレイ?それは願ってもない!」

「マジで何を言っても通用しねえな……」

 

 今の一連の遣り取りで、四人はかなり注目されてしまっていた。

特に八幡に注がれる嫉妬の視線は大きかった。

 

「やべ、おい、さっさと買って移動しよう」

「だね」

「お前のせいだからな」

「もう、好きな子をいじめたくなるその心境、分かるなぁ」

「だからお前は少し黙れ、マックス、案内を頼む」

「分かりました」

「あっ、待って、私も真面目に案内するから!」

 

 そして四人は手早くお菓子類を仕入れると、それを一度キットのトランクに入れ、

次にフードコートへと向かった。

 

「さて、どこに入る?」

「肉?」

「肉ね」

「肉がいいです」

「はいはい、それじゃあここな。まったくどうしてこう肉食系の詩乃ばかり揃ったんだか」

「ちょっと、今あんた、私の名前しか言わなかったわよね!?」

「気のせいだ、おら、さっさと入るぞ」

 

 そしていざ注文する事になると、三人は声を揃えて一番高い物を頼んだ。

 

「「「信州牛ステーキセットで」」」

「いや、別にいいけどな……すみません、それを四つ下さい」

「八幡もそうするんだ?」

「ああ、まあせっかく長野に来たんだしな」

 

 注文を待っている間、詩乃はACSを起動し、メニューの写真を撮ると、

そのままアップしたようだ。ちなみに今ログインしているのは、明日奈と薔薇と結衣だった。

 

『肉待ちなう!』

『羨ましいわね、たまには私もボスにねだってみようかしら』

『薔薇さん、また命知らずな事を……』

『あら、結構連れてってくれるのよ』

『そうなんだ』

『こっちは当然海の幸!今写真をアップするね』

 

 そしてその少し後に、明日奈は写真をアップした。

そこには明日奈達四人と一緒に、一人の見知らぬ女性と、美優が写っていた。

 

「ねぇ八幡、これ」

「ん?ああ、これが浩一郎さんのお相手か、優しくて穏やかそうないい人だな。

それにしても美優の奴、しれっと参加してやがるな」

「何か言っとく?」

「いや、今回はいい、迎えに来てくれたのは事実だろうし、

章三さんが支払うんだろうから何の心配も無いしな」

「章三さんって明日奈のお父さんよね、それならいいんだ」

「当たり前だ、あっちは大富豪だぞ、こんなの痛くもかゆくもないに決まってる」

「なるほど」

 

『フカ、八幡が、そこに混じっても今回は許すって』

『ははぁ、ありがたき幸せ、って言ってる』

『そっちは海鮮祭り、こっちは肉祭りね』

『どっちも羨ましい……こっちは姫菜のおごりだけど、ファミレスだよ』

『あ、姫菜と一緒なんだ?例の集まり?』

『うん、優美子も今ここにいるけど、

安易に手伝うなんて言うんじゃなかったって二人でちょっと後悔してる』

『あ、あは……二人は染まらないでね』

『う、うん、頑張る……』

 

 

 

「あ~、美味しかった」

「やっぱこういう所で食べるとまた違いますね」

「余は満足じゃ」

「へいへい、それじゃあ殿、お城へ戻りますか」

「「「ご馳走樣でした」」」

 

 三人は店員にそう挨拶し、先に外へと出ていった。

八幡は会計を終えて店の外に出ると、三人を伴ってキットの所へと向かった。

 

「そういえば結構長い距離を走ったし、キットにも食事をしてもらわないとな」

『お手数をおかけします、八幡』

「ハイオク満タンな」

『はい』

 

 そしてガソリンスタンドに寄った後、四人はそのまま保養所へと戻り、

そのまま露天風呂に入る事にした。

 

「俺は後でいいから、お前ら先に入っていいぞ」

「ええ~?今日は長い距離を運転してもらったんだし、八幡が入っていいよ?ね?」

「うん、部屋に浴衣があるみたいだから、それを着ればいいんじゃない?」

「八幡様、遠慮なくどうぞ」

「そうか?それならまあ遠慮なく……」

 

 そして八幡は自室に戻り、浴衣を探した。

 

「お、これか、ちょっと場所が分かりにくいな」

 

 浴衣は少し分かりにくい場所にかけてあり、

八幡はそれを着ると、そのまま風呂に向かった。

 

「さてと、ん、あいつらは洗濯してるのか、さてはあいつらも浴衣に着替えたな。

着替えは持ってきてるはずだが、まあ洗っておくにこしたことはないよな」

 

 風呂の横に併設されているランドリールームから洗濯機の動く音がした為、

八幡はそう考え、一応乱入を警戒してその部屋の中を覗いた。

 

「ふう、誰もいないか……以後この部屋には近寄らないようにするか、

あいつらは俺に平気で濡れ衣をきせた上で色々条件を出してくるからな」

 

 八幡はそう呟くと、そのまま風呂場に入り、一応中から鍵を閉めた。

 

「おお、広いな……」

 

 八幡は浴槽の広さに感心し、そう呟いた。

 

「さて、先に体を洗ってと」

 

 八幡は先ず体を洗ってさっぱりした後、浴槽へ漬かって天井を見上げた。

 

「しかしかなり湯気が濃いな、これじゃあ上が見えるようにしても星が見えないか?」

 

 そう思った八幡は、試してみないと何とも言えないと考え、

辺りを見回し、浴槽の脇にスイッチがある事に気が付いた。

 

「これか……天井開閉っと」

 

 八幡がそのボタンを押すと、天井がゆっくり開いていった。

 

「やっぱり見えにくいな……って事は、これだな」

 

 そして八幡は、換気のボタンを押した。

 

「お、いい感じに湯気が晴れていくな」

 

 八幡は狙い通りだと喜び、もっとよく見ようと体を伸ばし、しきりに上を覗き込んだ。

 

「おお……絶景だな」

 

 そこには満天の星が輝いており、八幡は一気に疲れが癒えていくのを感じ、

リラックスした様子で座りなおし、満足そうなため息をついた後、

視界を水平に戻した。その瞬間に、八幡の視界は肌色で覆われた。

 

「うおっ」

「油断したわね」

「し、詩乃……」

「作戦通り!」

「エ、エルザ!?」

「そして私が背もたれです」

 

 そんな声が背後から聞こえ、八幡の背中に柔らかい物が当たった。

 

「うわ、マックス、お前何やってんだよ!」

「ですから背もたれです」

「おい、それはまずい、まずいって!ってかお前らどうやってここに入った!?

確かに入り口の鍵は閉めたはずだ!」

「最初から入っていましたが何か?」

「最初からだと……」

「ほふく前進で近付いたんだけど、上にばかり気をとられて気付かなかったみたいね」

「普通そこまでするか!?……というかお前ら、先に入れと俺を騙したな!」

 

 八幡がそう言うのももっともだろう、だが三人は、得意げな顔で八幡に言った。

 

「八幡が入っていいよとは言ったけど、先にとは言ってません」

「私は浴衣を勧めただけ」

「私は遠慮なく私達と一緒にどうぞというつもりで、遠慮なくどうぞと言いました」

「くっ……」

 

 八幡は劣勢を悟り、この場から何とか逃げだそうとした。

その気配を察したエルザが八幡に言った。

 

「今立つと、八幡のはちまんくんが丸見えになるわよ」

「何だよそれ……まあ意味は分かるが」

「八幡様、まだ湯気が濃いので分からないかもしれませんが、

心配しなくても水着を着ています」

「何っ、そうなのか!?」

「はい、だから安心してリラックスして下さい、一緒に星を見ましょう」

「そうか……ならまだいいか……」

 

 目を凝らすと、確かに詩乃とエルザは白い水着を着ていた。

それで八幡は安堵し、体の力を抜いた。

かなり危険な状況だったはずが、少しその状況が緩和されると、

人はその状況を受け入れてしまうものらしい、それは八幡も例に漏れないようだった。

 

「洗濯機が動いていたようだったが、あれは?」

「もちろん水着に着替えた後の証拠隠滅だよ!」

「お風呂から出た後は、当然浴衣を着ます」

「後はさっき言った通り、必ず八幡が隙を見せると思ったから、

そのタイミングでほふく前進で近付いたって訳」

「星をよく見ようとしていたのが仇になったか……」

「こんなの学校の水泳の授業と変わらないわよ、ほら、諦めなさいって」

「はぁ……分かった分かった、もう好きにしろ」

 

 そして詩乃とエルザは八幡の両隣に座ったが、クルスはその場を動こうとはしなかった。

 

「……おいマックス、そろそろその場からどかないか?」

「私はとりあえず足湯だけでいいです」

 

 確かに今の状態だと、八幡の左右でクルスの足が湯に漬かっている。

 

「俺の背中が色々と困るんだが……」

「私が正面に回ると、八幡様はもっと困った事になると思います」

「何でだよ」

「まあクルスは、お風呂に水着は邪道って言ってたからね」

「うんうん、それはもう頑なだったからね」

 

 その言葉に八幡は、まさかと思い、冷や汗をかいた。

確かに先ほどのクルスは、水着を着ていますとは言ったが、誰がとは言っていない。

 

「お、おい……今俺の背中ってどうなってるんだ?」

「肌色ね」

「一面の肌色だよ」

「…………お、おいマックス」

「はい」

「……命令だ、水着を着てこい」

「分かりました」

 

 そして八幡の背中から弾力が消え、八幡は心の底から安堵した。

 

「背後にいたのがマックスで良かった……」

「むぅ、どうせ私達じゃ背もたれにはなりませんよ~だ」

「全体的な柔らかさじゃ負けてないからね!」

「そういう意味じゃねえよ……」

 

 

 

 一方その頃、明日奈は何故か美優と共に風呂に入っていた。

どうやら顔合わせが終わった後、二人は帯広市内のスーパー銭湯に来たらしい。

 

「私、スーパー銭湯って初めて来たかも」

「それは案内した甲斐があったね、さすがに家のお風呂ってのは味気ないし。

ちなみに普通の銭湯には入った事が?」

「あ、えっと……」

 

 明日奈は美優にそう聞かれ、顔を赤くしながらこう言った。

 

「八幡君と一緒に、神田川ごっこをしてみようって、前に何度か……」

「うわあ、甘ずっぱい!」

「もう、恥ずかしいからそのくらいで、ね?」

「かわいいのうかわいいのう」

「あっ、ちょっと、そこは駄目ぇ!」

 

 こうして軽井沢と北海道、それぞれの夜は更けていくのであった。



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第450話 連合の襲撃

いつも誤字報告を下さる皆様、ありがとうございます!


 八幡達や明日奈が風呂に浸かって浸かってリラックスしていた頃、

キリトはクリシュナやフェイリスを伴い、キャラの育成の為に戦闘を繰り返していた。

この日のメンバーは、他はリーファとレコンであった。

キリトは各人に目標を設定する事で、全体のレベルアップを図ろうとしていたのだった。

 

「クリシュナさんは静止状態だと問題無いが、動きながらの詠唱がまだ苦手だよな」

「クリシュナでいいわよ、そうね、特に補助魔法は、

効果は高いけれど呪文が長い分大変なのよね」

「魔法を使うタイミングは完璧だから、あとはそっちの練習あるのみだな」

「ええ、頑張るわ」

「それにしてもな……」

 

 そう言ってキリトがフェイリスの方をチラリと見た為、

クリシュナもそれに釣られてフェイリスの方を見た。

 

「言いたい事は分かるわ」

「魔法使いって、もしかしてフェイリスさんの天職か?」

「そうみたいね、どんな難しい呪文でも一度で覚えちゃうし、

正直どうやっているのか教えて欲しいくらいよ」

「ニャニャッ?」

 

 二人の視線に気付いたフェイリスが、

戦闘が落ち着いたのを見計らって二人の方に近付いてきた。

 

「二人とも、こっちを見てどうしたのニャ?」

「いや、フェイリスさんはどうやって呪文を覚えてるのかなって」

「一応部下なんだから、フェイリスって呼び捨てにするのニャよ、副団長。

先ずフレーズを覚えたら、どういうポーズにするか決めて、体全体で覚えるのニャ!」

「中二病乙」

「ネラー乙ニャ」

「ぐぬぬ……」

「やるのニャ?受けてたつのニャ!」

 

 二人はそう言って睨み合ったが、もちろん冗談である。

キリトもそれが分かっているからこそ、何も言わなかった。

 

「キリトさん、大変です!」

 

 丁度そこに、周囲の警戒にあたっていたレコンが駆け込んできた。

 

「どうした?何かあったのか?」

「連合の奴らが真っ直ぐこちらに近付いてきます」

「連合が?あいつらは一度総崩れになったんじゃなかったか?」

 

 例の信号弾、ヴァルハラ・コールの運用と共に、

散々叩きのめされた反ヴァルハラギルド連合は、いくつかのギルドが潰れ、

今はかなり弱体し、組織的な反抗は不可能になっていると考えられていた。

 

「最近加入した七人のメンバーを中心に、また動きが活発になってきたみたいです、

噂では元SAOサバイバーだとか何とか」

「ああ、SAOサバイバーがありがたがられる例の風潮のせいか、名前は分かってるのか?」

「ゴーグル、コンタクト、フォックス、テール、ビアード、ヤサ、バンダナ、だそうです」

「覚えが無い名前ばっかりだな、まあ昔と同じ名前とは限らないか」

「一応これが写真です」

 

 最近では密偵としての技術に磨きがかかってきたレコンは、

色々とそういった情報を収集しているようで、即座にキリトに写真を見せてきた。

 

「当たり前だけど、やっぱり見覚えが無いな」

「ですよね、SAOの時とは違う顔になっている訳ですしね」

「まあ俺達ナーヴギアでスタートした組は、かなり似た造形になっているんだけどな」

 

 そしてキリトは、レコンにこう尋ねた。

 

「で、今こっちに向かっている奴らの中に、こいつらはいたのか?」

「はい、先頭を飛んでました」

「そうか……よし、とりあえず叩いておくか、敵は何人だ?」

「三十人くらいですね」

「結構多いな、まあ頑張れば問題無いだろ、

ちなみにレコン、今ヴァルハラ・ガーデンに誰かいるか?」

「待って下さい、えっと、ユキノさんがいますね」

「おっ、ナイスだ、悪いがユキノに一応こっちのフォローを頼んでおいてくれ」

「分かりました」

 

 こうしてキリト達は慌しく動き始めた。

フェイリスとクリシュナにはレコンが付き、前衛をリーファとキリトが努める。

作戦としては、クリシュナが全体を強化し、キリトはそのまま突っ込んで敵を集めつつ、

隙を見てフェイリスとリーファが魔法攻撃を叩き込むというシンプルなものであり、

もし近くに敵が来た場合は、リーファとレコンがそのまま撃退する事になっていた。

 

「お、あれか?確かにさっきの七人がいるな」

「ですね、何の工夫もしないでただこっちに向かってきてるみたいですが……」

「もしかしてなめられてるのかな?」

「まあ戦力差は六倍ですからね、何とかなると思ってるんじゃないですか?」

「だそうだ、どうする?」

 

 キリトはあえて、三人の女性陣にそう話を振った。

 

「いい度胸よね」

「なめた態度をとった事を後悔させてやるニャ」

「久々に暴れられるわね、腕が鳴るわ」

 

 元々そういった素養があったフェイリスだけじゃなく、

クリシュナも好戦的な様子でそう言った。

どうやら順調にヴァルハラの空気に染まりつつあるようだ。

 

「さて、まあとりあえず話してみるわ」

「とか言いながら、煽る気満々でしょ?」

「さすがは副団長、よく分かってるのニャ」

「まあ仲良くする理由も意味も無いからな」

 

 そう言ってキリトは、一歩前に出た。

同時にクリシュナは、ゆっくりと強化魔法の詠唱を開始し、

適正なタイミングで発動出来るように、詠唱速度の調節を始めた。

 

「よっ、一応聞いておくが、俺達に何か用か?ひよっこども」

 

 そのキリトのセリフを聞いたフェイリスとリーファは、ひそひそと囁き合った。

 

「いきなり煽ったニャね」

「私が言うのもアレだけど、お兄ちゃんはうちで一番好戦的だしね」

 

 そしてそのキリトの煽りを受け、フォックスと呼ばれるプレイヤーが一歩前に出て言った。

 

「けっ、相変わらず嫌な野郎だ、だがあの時とは違う、今度こそ目にものを言わせてやるぜ」

「今度こそ?どこかで会ったか?」

「レベル制MMOの、残酷なまでの現実って奴は、もう通用しねえぜ」

「他のゲームでそれなりに鍛えてきたからな」

「今度は負けねえ!」

 

 その言葉にキリトは、一瞬昔の記憶を刺激された気がしたが、

やはり何も思い出す事は出来なかった。

 

「何だそれ、そんな事あったか?」

「なっ……」

「覚えてないのか?」

「おう、覚えてないな、お前は今まで踏み潰してきたアリの数なんか覚えてないだろ?」

「くっそ、ロザリアの奴といいお前といい、むかつくぜ」

「あのクソ女、現実に帰還してしばらくしたら、私は勝ち組ですってな感じで、

まったく連絡がとれなくなったからな」

 

 その言葉を聞いて、キリトは相手が誰なのかハッキリと思い出した。

 

「ああ~!お前らロザリアの取り巻きだった、ABCDEFGか!」

「ふざけるな、俺達はそんな名前じゃねえ!くそっ、フルボッコにしてやる!」

「敵はたったの五人だ、こっちは三十人、負けるはずがねえ、行くぞ!」

「フォーカスライト!」

 

 その瞬間に、クリシュナの強化魔法が発動し、ヴァルハラの五人は光に包まれた。

 

「おお、力が漲ってくるこの感じ、癖になりそうだな」

 

 そう言いながらキリトは、敵の集団へと突っ込み、またたく間に三人の敵を斬り伏せた。

 

「で?」

「くそっ、こいつさえ倒せば残るは雑魚だ、数の力で押し切れ!」

「誰が雑魚ですって?エア・ブレイズ!」

「なめるんじゃないニャ、ナパーム・フレア!」

 

 その言葉にフォックスが反応した瞬間に、その顔の横を炎と風が通過し、

二人の味方が直撃をくらい、その動きを止めた。どうやらかなりのダメージを受けたようだ。

 

「ちっ……」

 

 フォックスは舌打ちすると、仲間とアイコンタクトをとった。

それを受け、ヤサとバンダナがフェイリスに、テールとビアードがリーファに襲いかかった。

 

「させないわよ、インビジブルハンド!」

 

 その時クリシュナが、その四人に動きを阻害する魔法を掛けた。

その魔法を受け、四人の動きは明らかに鈍くなり、

リーファは自らの剣でその二人を余裕を持って迎え撃ち、

フェイリスは少し後方に下がり、レコンが代わって前に出た。

 

「お前らの相手は僕だ!」

 

 フェイリスは、そのまま敵の集団にどんどん魔法を撃ち込んでいく。

何人かはそれを見て、フェイリスの方へと向かおうとしたのだが、

それらの敵にはキリトが睨みをきかせ、絶対にフェイリスの方へは向かわせなかった。

レコンはハチマン直伝の短剣さばきを見せ、二人を相手にどんどん傷を与えていく、

そしてその直後に、リーファはテールを、レコンはヤサを倒す事に成功した。

 

「テール!」

「ヤサ!」

「よそ見をしている暇があるの?」

「自分の心配をした方がいいと思うな」

 

 残されたバンダナとビアードも、徐々に二人に追い詰められていく。

そしてキリトは、大人数相手に大立ち回りを続けていたが、

仲間の方に敵を行かせないようにしていた為、中々キル人数を伸ばせないでいた。

そんな中、突然クリシュナが、赤と黒の信号弾を上げ、

キリトはそれで、ユキノが近くまで来ている事を理解した。

 

「よし、ユキノが来たら、もう少し敵を倒す事に集中出来るな」

 

 

 

「クリシュナ?近くに来たわ、信号弾をお願い」

『了解』

 

 ユキノは、今日のメンバーの中で、

おそらく戦闘中に一番余裕があると思われるクリシュナに通信を入れ、

直ぐに返事をもらう事に成功していた。

そしてその直後に赤と黒の信号弾が上がるのを見て、ユキノはそちらへと全力で向かった。

 

「赤と黒……攻撃しろ、救援求む、ね、要するに敵を攻撃中、場所はあそこって事かしら。

劣勢にはまったくないっていないようね、さすがはキリト君だわ」

「だな」

 

 ユキノにはどうやら連れがいたようで、その連れは笑顔でユキノにそう返事をした。

そして前方に、争う多くのプレイヤーの姿が見えてきた。

 

「あれみたいね」

「先に行く」

「了解よ、気を付けてね」

「ああ、リズに鍛えてもらったこの剣のデビュー戦だ、負ける訳にはいかないな」

 

 

 

 そして戦場に一筋の黒い光が走り、

キリトの背後にいたプレイヤーの一人が真っ二つにされ、その光はそのまま着地した。

キリトがチラリと見ると、そこにはキズメルが、キリトの背中を守るように立っていた。

 

「お、来てくれたのか」

「ああ、今はハチマンがいないから、妻である私が代わりに出るべきだろう。

夫の留守は妻たる私が守らないといけないらしいからな」

「それは何から学んだんだ?」

「先日見た時代劇だ」

「なるほど」

「誰だお前は!」

 

 その時フォックスの後ろに控えていたコンタクトが一歩前に出た。

コンタクトはヴァルハラのメンバーを全て把握しており、今の会話の妻という部分に反応し、

乱入してきたのがアスナではない事を理解した上でキズメルにそう叫んだ。

ちなみに今のキズメルは、目元を蝶のアイマスクで隠しており、

その正体がNPCだと気付かれないようにしていた。

 

「ヴァルハラの秘密兵器、仮面の美女、黒アゲハだ、

と名乗るように、ハチマンから言われている」

「なっ、何だそれは」

「考えるな、感じるんだ、お前は今、それどころではないという事を、

と言えとも言われている」

「何を教えてるんだハチマンは……」

「キリト君、黒アゲハ、避けて」

「むっ」

「下がるぞキリト」

 

 二人はその言葉に合わせ、そのまま後ろに下がった。

その直後に上空から巨大な剣が降ってきて、コンタクトの体を貫き、

コンタクトは地面に叩き付けられ、そのまま死亡マーカーが表示された。

その剣はそのまま地面に突き刺さり、上空から降りてきた一人の少女が、

その剣の上にふわりと降り立った。もちろんそれはユキノである。

 

「うわお、派手な登場ニャね」

「やばい、ユキノさん格好いい」

「ユキノに全部持ってかれた……」

「ユキノさん、最高です!」

 

 そしてキリトも、苦笑しながらユキノに声を掛けた。

 

「随分派手な登場だな、絶対零度」

「以前彼にもらったこの剣は、こういう風にも使えるんだぞって、

前に彼から教わっていたのよ、黒の剣士」

「確かに効果的だな、あいつらみんな、お前に見蕩れてやがる」

「彼以外に見蕩れられても意味が無いのだけれど」

 

 その巨大な剣は、ユキノが以前ハチマンにプレゼントされ、

ゼクシードをぶっ飛ばすのに使われた例の剣だった。

そしてそのキリトの言葉通り、敵は度肝を抜かれ、放心したようになっていた。

そしてユキノは詠唱を始め、それを聞いたキリトとキズメルはユキノの近くに移動し、

逆にレコン達は、少しユキノから距離をとった。

 

「アイス・フィールド!」

 

 そしてユキノの詠唱が完成し、ユキノを中心に、ドーナツ型の氷のフィールドが形成され、

そこに立っていた敵は、その場から動けなくなった。

これは自身の攻撃力不足を痛感し、ユキノが覚えた攻撃魔法のうちの一つだった。

 

「今よ!」

「ヴァルキリー・パワー!」

 

 そのユキノの言葉にかぶせるように、クリシュナが攻撃力を上げる魔法を発動させた。

 

「了解」

「行くわよ!」

「黒アゲハ、いざ参る」

「リング・スライサー!別名クリリンのアレ、気円ニャン!」

 

 リーファとレコンは、棒立ちになったビアードとバンダナを倒す事に成功し、

キリトは名も知らぬプレイヤー達を片っ端から殲滅していき、

フェイリスの放った円盤状の光の刃物は、ゴーグルの体を斬り裂いた。

そして仲間を全て失ったフォックスが、呆然と呟いた。

 

「ま、また勝てないのか……」

「当たり前だろ、ヴァルハラが最強と呼ばれている意味を、もっとよく考えるんだな」

 

 キリトはフォックスに、冷たい声でそう言った。

 

「それじゃあまたの機会に出直してきてくれ、良かったな、ここがSAOじゃなくて」

「くっ、くそおおおお、今度は絶対に勝ってやるからな!」

「最後まで無様ね」

「雑魚らしい捨てゼリフにゃ」

「格好悪い……」

「フラグ立てんな、テンプレ乙って感じかしら」

 

 その女性陣から投げかけられる言葉を聞いて、レコンはこう呟いた。

 

「僕、こっち側で本当に良かった……」

 

 そしてフォックスもキリトに倒され、

周囲は三十個の死亡マーカーであるリメインライトで埋め尽くされた。

そのマーカーに向け、キリトが言った。

 

「ちなみにお前らが嫌うロザリアも、今はこっち側だ、もっともALOはやってないけどな。

お前らと違って、あいつは今は凄く有能で、ハチマンからの信頼も厚い出来る女だからな、

お前らが元仲間扱いしてるのを聞くとイラっとするな」

 

 そしてキリトは続けて仲間達に言った。

 

「さて、それじゃあ今日はそろそろ戻るか、俺達の庭に」

「キリト君、あなた随分……」

「さ、さあ行くぞ、キズメルの入れてくれたお茶を飲んで一息つこうぜ!」

 

 ユキノが何かいいかけるのを遮って、キリトは顔を赤くしながらそう言った。

それを見た仲間達は顔を見合わせると、そのままキリトと共に去っていった。

残された死亡マーカーは、一つ、また一つと消えていったが、彼らの戦意は消える事もなく、

今後彼らは、何度もヴァルハラ・リゾートに嫌がらせを仕掛けてくる事となる。




解説:アニメSAO一期第四話より、全員集合直後の立ち位置、左から

ゴーグル →ゴーグルをしてるから
コンタクト→最近眼鏡からコンタクトに変えた
フォックス→キツネ顔
ロザリア←立ち位置ここ
テール →しっぽのある髪型
ビアード→あごヒゲ
ヤサ  →ヤサぐれている優男
バンダナ→バンダナをしてるから

旧タイタンズハンド


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第451話 更なるトラブル

「ふう、ひどい目にあった……これだからあいつらは困る……」

 

 八幡は少しのぼせたのか、上半身裸のままベッドに横たわり、そう呟いた。

丁度その時和人から着信があり、八幡は手を伸ばしてスマホを持ち、電話に出た。

 

「おう、どうかしたか?」

『旅行中に悪いな、実はさ……』

 

 そして和人は、今日の出来事を八幡に説明した。

 

「ほう?元タイタンズハンドのメンバーねぇ」

『あ、それだそれ、確かそんな名前だったよな』

「まあどんな敵が来ても、俺達がやる事は一緒なんだけどな」

『殲滅あるのみだな』

 

 八幡と和人は電話を挟んで頷き合った。

 

「だな、しかしそういう事なら、小猫をALOにコンバートさせるべきか?」

 

 その八幡の言葉に、和人は少し考えた後にこう答えた。

 

『確かに直接話すくらいはさせた方がいいかもだし、

決裂しても、本人に叩きのめされた方が、あいつらの心は折りやすいかもしれないな、

あいつら明らかにロザリアを下に見てるような態度をとってたし』

 

 八幡はその言葉に一瞬沈黙した後、イラっとした口調で言った。

 

「うちの小猫がそいつらより下だと?許せんな」

『ああ、だから俺もつい、お前らとロザリアを一緒にすんなって言っちまったんだよ』

「よくやった和人、さすがは俺の親友だ」

『だってよ、ロザリア……薔薇さん、凄く頑張って働いてるじゃないかよ、

表情も目付きも昔と違って柔らかくなったし、何より一緒にいて面白いし』

「それを聞いたら小猫も喜ぶだろうな」

『まあそれが絶対的な事実だからな』

 

 八幡と和人は、再び電話を挟んで頷き合った。

 

「それじゃあタイミングを見て小猫をALOにコンバートさせるとするわ、

GGOにはコピーキャットを残せばとりあえずいいだろ」

『コピーキャット?何だそれ?』

「BoBの時に小猫が使ってたキャラだな」

『なるほど、それじゃあそういう事で』

「おう、わざわざ連絡ありがとうな」

 

 八幡は電話を切ると、直ぐに薔薇に電話を掛けた。

 

「おう、遅い時間に悪いな」

「あら、もう私の声が聞きたくなったの?」

「すみません、掛け間違えました」

「あっ、ちょっと……」

 

 そして八幡は電話を切ると、改めて薔薇に電話を掛けた。

 

「おう、遅い時間に悪いな」

「ううん、気にしないで、どう?軽井沢は涼しい?」

「何だ、やれば出来るじゃないか、普通の受け答えが」

「何の事?小猫分かんなぁい」

「お前さ、ちょっとは自分の歳を考えろよな」

「し、失礼ね、まだ若いわよ!でもごめんなさい……」

 

 電話の向こうの薔薇が本当に反省しているようだったので、

八幡は先ほど中途半端に途切れた会話を再開した。

 

「……そうだな、日向はそっちとあまり変わらないが、日陰の涼しさは全然違うな、

あと、夜は少し肌寒いくらいで快適だな」

「いいわね、私も行きたかったな」

「まあそのうちそういう機会もあるだろ」

「そうね、それを楽しみに生きていくわ」

「大げさだなおい」

「で、何か用事でもあるの?」

「おう、さっき和人に聞いたんだけどな」

 

 八幡はそう言うと、今日あった戦闘について、薔薇に説明した。

 

「あの馬鹿ども……」

「実際どうなんだ?今でもお前とそいつらは繋がってるのか?」

「ううん、とっくに番号も消しちゃったし、まったく繋がりは無いわね」

「そうなのか」

「まああいつらは、私の事が大好きだったから、裏切られたと思うのも仕方が無いと思うわ」

 

 八幡はその言葉に一瞬固まり、確認するように薔薇に尋ねた。

 

「おい小猫、それってSAO時代の話か?」

「もちろんそうよ?」

「昔のお前を?」

「当たり前じゃない」

「まじかよ……」

「何でそんなに驚く事があるのよ」

 

 薔薇は、訳が分からないといった口調でそう言った。

 

「いや、だってよ、あの頃のお前が今俺の目の前に現れて、何か喋ったとしたら、

俺は間違いなく全力でお前をぶっ飛ばすっていう確信があるぞ」

「………………ま、まあそれは私自身思わなくもないけど」

「まあいいや、という訳で小猫、お前しばらくALOにコンバートして、

ヴァルハラのゲストになって、自らの口でそいつらと話はしておけよ、

黙っていなくなるようなのは、感情的にやっぱり良くないからな」

「あら、珍しく敵にも優しいのね、その中の誰かと私がくっついたらどうするの?」

 

 薔薇はその指令に対し、そう答えた。

 

「ああん?誰か気になる奴でもいるのか?」

「そういう訳じゃないんだけど」

「なら正式に引導を渡すだけの話だろ、その方向で話を進めてくれ。

もっともあくまでゲストだし、余裕のある時でいいからな」

 

 そのゲストを強調する八幡の態度に引っ掛かるものを感じた薔薇は、

なんとなく八幡に、こう尋ねてみた。

 

「前からたまに思ってたけど、私はヴァルハラの正式メンバーにならなくてもいいの?」

「不要だ」

「そう……」

 

 その薔薇の言葉に、僅かに残念そうな響きを感じた八幡は、

仕方ないといった感じでこう言った。

 

「ラフコフ絡みの案件が大体落ち着いたんだ、お前をゲームの中で遊ばせておく余裕はない。

お前の代わりはいないんだから、お前は常に現実で、俺の声が届く所にいるんだぞ」

 

 その言葉に、薔薇は思わずドキリとした。

まるでプロポーズの言葉のように聞こえたからだ。

薔薇はドキドキする気持ちを抑えながら、八幡に言った。

 

「それは一生?」

「いや、お前自身が望んだ上で、お前にふさわしいと俺が認められる相手が現れたら、

その時は別に結婚退職してもらっても一向に構わないぞ、

その時はお前はうちから嫁に出してやるさ」

「そう、やっぱり一生なのね、まあ別にいいんだけど」

「お前、俺が今言った事をちゃんと聞いてたか?」

「もちろん聞いてたわよ?」

「それならいい。あ、ちゃんと休みはやるから、その時はしっかり休むんだぞ」

「福利厚生の一環として、たまには私とどこかに出掛けてくれてもいいのよ」

「……まあ福利厚生なら仕方ないか、だがあくまで俺の気が向いたらだぞ」

「うん」

 

 そして電話を終えた後、薔薇は一人呟いた。

 

「ちゃんとふれって事でいいのかしら、もう、素直じゃないんだから……

それに私が誰かとくっついても?って聞いた時、微妙にイラついてたような気もするわね」

 

 その事を思い出しながら、薔薇は嬉しそうな顔をすると、今度はこう呟いた。

 

「お前の代わりはいないんだ、か……もう、仕方ないわね、どれだけ私の事が好きなのよ」

 

 

 

 その頃明日奈と美優は、夜の街を二人でドライブしていた。

 

「ふう、お肌が艶々になったよ」

「明日もまた行っちゃう?」

「それでもいいんだけど、温泉でもいいなぁ」

「あ、でも家族の団欒の邪魔をしちゃ悪いか」

「今回の主役は兄さんだし、そういうのは別の機会でいいよ、せっかく美優と会えたんだし」

「それじゃあ明日は温泉だね!」

「うん!」

 

 そしてホテルへ向かう途中、美優が何かに気付いたように、道端に車を停めた。

 

「どうしたの?」

「ううん、あそこって私の友達のコヒーの家なんだけど、

おじさんがいたからちょっと挨拶してもいい?」

「ああ、そういうのって大事だもんね、コヒーって、香蓮さんの事だよね?

学校にも来てたし、歓迎会にもいたよね?まあその二度しか会った事は無いんだけど」

「あ、うん、そうそう、そのコヒーだね」

「でもその時は、どっちもあまり話せなかったんだよね」

「そうだったんだ、ごめん、それじゃあちょっと行ってくる」

 

 そして美優は車を降りると、香蓮の父親に近付いて挨拶をした。

 

「おじさま、こんばんは!」

「お、美優ちゃんじゃないか、久しぶりだね」

「はい、今そこを車で通りかかったんで、挨拶をと思いまして」

 

 そう美優に言われた香蓮の父親は、相好を崩した。

 

「それはそれはご丁寧にありがとうね、あ、そうだ美優ちゃん、

ちょっと変な事を聞いてもいいかい?」

「あ、はい」

「ええと……この前美優ちゃんは、香蓮の所に遊びにいっただろう?

あの子の様子で、何か変わった事は無かったかい?その……恋人がいるとか」

 

 その質問に、美優はあっさりとこう答えた。

 

「コヒーに恋人ですか?いえ、いないと思いますけど」

 

(リーダーの事は、好きな人ってだけで、恋人じゃないしね)

 

「そうかそうか、それじゃあ一応話を進めてみるか……」

「話?」

「ああ、実は今度、香蓮にお見合いの話が持ち上がっていてね、

少し前に、東京で香蓮にパーティーに同席してもらったんだが、

その時その会場にいた若者から、そう問い合わせがあったんだよ」

「あ~………」

 

 そう聞いた美優は、困ったような顔でそう言った。

 

「何か気になる事でも?」

「あ、えっとですね、多分コヒーには、好きな人がいるんじゃないかと……」

「そ、そうなのかい?」

「あ、はい、多分間違いないと思います」

「そうか……まああの子の好きにさせてやりたいが、断るにしても手順があるからなぁ」

「お相手はどんな人なんですか?」

「うちの業界の異端児なんだが、将来性は抜群な男だよ」

「将来性、ですか」

 

 美優は、うちのリーダー程の将来性は無いだろうなと思いつつも、

将来性は恐ろしく高いが、結婚出来る可能性はほぼ皆無な八幡と、

将来性はそれなりだけど、ほぼ確実に結婚出来るその相手とでは、

どちらがいいのか判断に迷うなぁと考えていた。

 

「親としては、香蓮の将来の為にも、より条件のいい方とくっついて欲しいんだけどね」

「あ、それなら東京にいるコヒーの好きな人の方が遥かに上です」

 

 美優はそう断言し、香蓮の父親は驚いた顔をした。

 

「ええっ、本当にかい?香蓮が好きな人は、美優ちゃんの知り合い?」

「あっ……えっと……そうですね」

「どんな人なんだい?」

「え~っと……あまり詳しくは言えないんですが、

誰でも名前を知っているような大企業の後継者で、私も凄く大好きなんですが、

結婚出来る可能性は低い、でもとても私達に良くしてくれる、そんな人です」

「まるで王子様だね、そうか、そんな人が……」

 

 そして香蓮の父親は、少し考えた後に、美優にこう言った。

 

「よし、実際に会いに行ってみるか、その上でどうするか決める事にしよう」

「えっ?」

 

 美優は、これはまずったかもと一瞬考えた。

 

「ちょ、直接会いに行くんですか?八幡さんに」

「その彼は八幡君と言うのかい?ああ、そのつもりだよ。

もしタイミングが合うなら、良かったら美優ちゃんも一緒に来てくれないかい?

私一人だと、香蓮に警戒されそうでね……」

「あ、はい、私で良ければ」

 

 美優は、また八幡に会える、しかも他人のお金で、と現金な事を考えながら、

その頼みを承諾した。

 

「それじゃあまた連絡するよ、宜しくね、美優ちゃん」

「あ、はい、分かりました」

 

 そして車に戻った美優は、明日奈に今の遣り取りを説明した。

 

「あ、あは……」

「ごめん明日奈、何かおかしな事になっちゃって」

「う、ううん、彼女としては複雑だけど、

でも望まぬ結婚を強いられるのは絶対に良くないと思うしね」

 

 明日奈は一瞬須郷の事を思い出してそう言った。

 

「それじゃあ明日奈を送ったら、私がリーダーに説明しておくね」

「うん、私がその話をもう知ってて、内容を承諾してるって事も伝えといて」

「本当にごめんね、明日奈」

「ううん、いいよ、だって私達、親戚じゃない」

 

 その言葉に美優はとても嬉しそうな顔をした。

 

「うん!」

 

 こうして八幡は、更なるトラブルに巻き込まれる事となった。




作者はとんでもない方向に爆走中です!


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第452話 二つの事案と朝の事故

「あ、コヒー?大変だ変態だ大変だ!」

「美優?いきなり自己紹介を始めてどうしたの?」

「ちっが~う!私は変態じゃない、愛の狩人だ!」

「罠を仕掛けて待ち伏せオンリーの狩人?」

「くっ、言うようになったじゃないかコヒー、だが今回罠にはまったのはコヒーなのだ!」

「え?」

 

 香蓮はその美優の言葉に戸惑った。GGOで何か罠にはまった記憶が無いからだ。

 

「GGOでは罠にはめる事はあってもはめられた事は無いよ?」

「ゲームの話じゃないんだコヒー、

先日コヒーはお父さんに頼まれて、東京でパーティーに出席した、オーケー?」

「あ、うん、よく知ってるね、美優」

「そこで、西山田炎って人と知り合った、オーケー?」

「知り合ったって程じゃないかな、挨拶したくらいだよ」

「でも覚えてはいるんだ」

「まあ、個性的な名前だったから……炎って書いてファイヤって読むしね」

「実際コヒーから見て、そのファイヤ君はどうだったのかね?」

 

 香蓮はそう尋ねられ、ファイヤの顔を思い出そうとしたが、

なんとなくしか思い出す事は出来なかった。

 

「顔すらハッキリとは思い出せないし、どうだったと言われても……」

「何か言葉を交わしたりしなかったの?」

「ううん、別に。あ、でも私を見る目が普通だったかな、

他の人達は、どうしても私の背の高さを見てぎょっとしたりするしね」

「なるほど、そこは好印象だと」

「そこまでじゃないよ、他にもそういう人がいない訳じゃないし、

名前と身長が普通だったら覚えてなかったと思う」

「………身長が何か?」

「西山田さん、凄く背が小さかったの、

まあ本人はまったく気にしてないみたいだったから、そこは凄いなとは思ったけどね」

「ふむぅ……」

 

 美優は、香蓮のその興味が無さそうな態度を見て、これは脈が無いなと思いつつ、

一応八幡に対する態度と比較してみる事にした。

 

「ねぇコヒー」

「うん、何?」

「うちのリーダーが……」

「は、八幡君がどうしたの!?もしかして私の事、何か言ってた?」

 

 その香蓮の食いつきの良さに、美優は若干引きぎみになった。

 

「うわ、分かりやす……」

「え、何が?」

「単刀直入に聞きます、コヒーには今好きな人がいますね?」

「ええっ!?、い、いきなり何を……」

「いますね?」

「う、うん……」

 

 香蓮は恥らいながらもそう答えた。

 

「そして、今コヒーには、リーダー以外に親しくしている男友達は誰もいませんね?」

「失礼ね!わ、私にだって男友達くらい、い、い……」

「い?」

「いない……けど」

「ああ~もう、何で私はライバルの応援なんかしちゃってるんだ、

意味が分かんねええええええ!」

「み、美優?」

 

 美優はジレンマに陥ったのか、そう絶叫した。

 

「でも大親友だから仕方ない、仕方ないんだ、

何とか二人とも幸せになれるルートを探さねば……」

「今日はどうしちゃったの美優?やっぱり変態なの?」

「誰が変態か、救いの神に向かって!いいかいコヒー、数日中に、

コヒーのお父さんからコヒーにとんでもない話が告げられると思うけど、

落ち着いて冷静にその話を受けなさい、大丈夫、私もそっちに行くから」

「え、美優がまたこっちに来るの?」

「近いうちにね、という訳で、首を長くして待っているのだよ、コヒー!」

「う、うん、別にいいけど、来る前にはちゃんと連絡してね?」

「アイアイサー!それじゃあおやすみ、コヒー」

「う、うん、おやすみ」

 

 美優は電話を切ると、深呼吸を一つした後、八幡に電話を掛けた。

やはりまだ少し緊張するらしい。

 

「あ、リーダー?私、えと、フカちゃんです」

「もちろん分かってるが……お前そんな遠慮がちなキャラだっけ?」

「えと……今日は大事なお話があるのです」

「大事な話?まあいいか、聞こう」

「ありがとござます」

 

 そして美優は、ついさっきあった出来事を八幡に説明した。

 

「ああ?香蓮に見合い話だと?しかも俺を香蓮が好きな人として紹介しただぁ?」

「はいでふ」

「というか香蓮が好きなのが俺とは限らないだろ、

好きな奴なんかいないかもしれないじゃないか」

 

 八幡は往生際が悪くそう言い、美優はそれを真っ向から否定した。

 

「今好きな人は確かにいるそうでふ、さっきコヒーに聞きました」

「そ、そうか……」

「更に今、コヒーと親しい男性は、リーダーしかいないそうれふ、

男友達も他に誰もいないそうれふ、さっきコヒーに聞きました」

「お、おう……」

「と、いう事はつまり……」

「分かった分かった、俺が悪かった」

「分かればいいのだよ分かれば!」

「調子に乗んな」

「はひ」

 

 そして八幡は、美優に言った。

 

「で、俺はどうすればいいんだ?」

「何も」

「何も?」

「先方からの申し込みを受けて、会うだけ会ってもらえれば、何も」

「それで事が収まるのか?」

「コヒーのお父さんが、リーダーに対するコヒーの態度を見たら、

それで全て解決すると思うのです」

「そ、そうか……それでいいなら、お前の言う通りにするわ」

「我が友の為に、お手数をおかけします」

 

 そう神妙に言う美優に、八幡は珍しく優しい声で言った。

 

「お前は友達思いのいい奴だよな、美優」

「へっ?そ、そそそそれはもしかして、フカちゃんの事を褒めてますか!?」

「それ以外の意味に聞こえたのか?」

「も、もう一回お願いします!」

「お前は友達思いのいい奴だよな、美優」

「ありがとうございます、録音しました!」

「お前、そういうとこ抜け目ないよな……」

 

 八幡は苦笑しつつ、そう美優に言った。

 

「で、お前、今度俺の遠い親戚になる事がほぼ決定らしいな」

「はい、もし従姉妹がしくじっても、私が仮面夫婦として嫁いで、

浩一郎さんとはそのまま別居して、ずっとリーダーの所にいるつもりです!」

「お前、そういうとこ手段を選ばないよな……」

「似たような事をよく言われます、主にリーダーに!」

「確かに何度か言ってる気もするな……」

 

 そして八幡は改めて美優にこう言った。

 

「まあそれがお前の個性なんだろう、一度決めたら何がなんでも目的を達成する、

お前のそういう所を俺はきちんと評価してるからな」

「リ、リーダー……」

「とりあえず香蓮の事は任された、お前は北海道でどんと構えて待っててくれ」

「あ、私も同席するんで」

「お前も来るのかよ!」

 

 八幡は思わずそう突っ込み、美優は電話の向こうで、にひひと笑った。

 

「まあいい、とりあえずお前、大学を卒業したらどうするつもりだ?」

「仲間達と共に歩みたいと思っています」

 

 何ら躊躇う事なくそう答えた美優に、八幡はしばし沈黙した後にこう告げた。

 

「うちは能力主義だ、入る時こそ俺との関係も考慮されるだろうが、

ある程度の能力を示せない場合は簡単に切られるぞ、

ヴァルハラをクビになる事は無いが、もしそうなったら気まずい思いをする事になる、

お前にその覚悟はあるのか?」

「ありません!だからそうならないように手段を選ばずガンガンいきます!」

「そうか……くれぐれも法は犯すなよ」

 

 八幡がいきなりそう言い、美優は最初何の事か分からなかったが、

それが八幡のお墨付きだという事を理解した瞬間、美優は歓喜に包まれ、

思わず余計な一言が口をついて出た。

 

「リーダー、愛してます!」

「俺は愛してないけどな、そういうのはいいから勉強しろ勉強」

「ちなみに今求められているのはどんな人材で?」

「俺の使いっぱしりだ」

 

 その言葉に美優は沈黙した後、自分なりの解釈でこう答えた。

 

「機転がきいて、ある程度オールマイティな人材ですか……」

「お前がそう思うならそうなんだろうな」

「了解!命令を受諾しました!」

「卒業まで死ぬ気で頑張れ」

「はい!私とリーダーの未来の為に!」

「お前の未来の為な」

 

 

 

 次の日の朝、八幡は、前日に二つの事案を抱えてしまった為、

疲れが完全には抜け切れていない事を自覚していた。

 

「いかん……とりあえず風呂だな……」

 

 八幡はそう呟くと、重い足をひきずりながら部屋を出て、浴室へと向かった。

 

「さすがにこの時間だと誰もいないよな」

 

 八幡は誰もいない事を何度も確認してから服を脱ぎ、浴室へと入って鍵を閉めた。

 

「ふう……やはり広い風呂はいいな、疲れがとれる……」

 

 かなり疲れていたのだろう、八幡はそのまま寝てしまった。

 

 

 

 どこか遠くでバタンという音がして、直後に浴室のドアが開けられたような気がした。

八幡は、閉めたはずの浴室の鍵が、どうして開いているんだろうと思ったが、

頭が上手く働いていないのか、直ぐにその意識は深く沈んでいった。

その直後に、八幡の体が激しく揺さぶられ、八幡の意識は完全に覚醒した。

 

「っ……何だ!?」

「八幡様、八幡様!」

「八幡、大丈夫?」

「うわぁん、八幡!」

「………え?」

 

 気が付くと目の前には全裸の三人がおり、三人は悲鳴を上げる事もなく、

隠そうとするそぶりもまったく見せず、ただひたすら心配そうに八幡を見つめていた。

八幡は慌ててそちらから目を背けながら言った。

 

「お、お前らどうして……」

「それはこっちのセリフです、八幡様、どうやらここのお風呂は、事故対策の為に、

中に入った人が五分以上まったく動かないと、自動で警報が鳴って、

入り口の鍵が開く仕組みになっているみたいですよ」

「えっ、そ、そうなのか?」

「だから慌てて三人で駆けつけたって訳。大丈夫?体は何ともない?」

「ああ、ちょっとうとうとしちまっただけだ、迷惑をかけてすまん、今度から気を付ける」

「そっか、良かったぁ……」

「でもそれ、ここを利用する全員に言える事よね、脱衣所に注意書きが必要だね」

「だな、で、お前らのその格好は……」

 

 八幡は顔を赤らめながら、三人にそう尋ねた。

 

「あ、実は私達、全員浴衣一枚で寝てたんですよね」

「浴室に入るのに浴衣のままって訳にもいかないし、

水着を取ってくる暇なんか無かったので、そのまま浴衣を脱いで中に入ったんです」

「もう、それくらい本当に焦ってたんだからね」

「す、すまん……」

 

 八幡は抗議しようにもする訳にもいかず、ただひたすら目を背けながら恐縮していた。

 

「クシュン!」

 

 その時エルザがくしゃみをし、八幡は、苦渋に満ちた表情で三人にこう言った。

 

「………せっかく風呂にいるんだし、三人とも一緒に入ってったらどうだ?

そのまま風邪をひいたりしたらまずいからな」

 

 三人は顔を見合わせ、その提案をあっさりと受けた。

 

「あ、そうだね、それじゃあせっかくだし」

「お言葉に甘えます」

「せっかくだし、こっちをじろじろ見てもいいんだよ?」

「黙れ変態、今は本当に申し訳ないと思ってるから、仕方なく我慢しているだけだ」

 

 エルザはそう言われ、ニヤニヤしながら八幡に言った。

 

「え、嬉しくないの?」

 

 八幡は、歳ごろの男として、内心嬉しくない訳でもなかったが、

そう答える訳には絶対にいかなかった為、顔を背けたままこう抗議した。

 

「というかお前ら、悲鳴くらいあげろっての、

そんなに堂々とされるとこっちが恥ずかしいだろうが」

「えっ、やだ、八幡がかわいい……」

「これはもう……」

「やるしかないですね」

「なっ……」

 

 八幡は不穏な気配を感じ、脱兎の如くその場から逃げ出した。

 

「バスタオルは用意しといてやるから、お前らはそこでゆっくりしてろ!」

 

 こんな時でもそんな気遣いに溢れる言葉を言いつつ、八幡は脱衣所へと逃げていき、

残された三人は呆れながら会話を交わしていた。

 

「まあ無理やり何かするつもりは無かったけど、恐ろしい逃げ足の早さね」

「まあ八幡様が無事だったので問題なし」

「私はこのまま既成事実を作っちゃいたかったけど、まあそれはそのうちでいいかなぁ」

「それにしても八幡に何もなくて良かったわね」

「本当に焦ったね」

「さて、今日はどこに連れてってもらおう?」

「何か楽しいね」

「うん」

「今後は他のみんなと一緒にここに来たいよね」

 

 

 

「ふう、や、やばかった……もう絶対に風呂では寝たりしないようにしないとだな……」

 

 八幡は、三人分のバスタオルを用意し、脱ぎ散らかしてあった浴衣をハンガーに掛けると、

リビングへと移動し、ソファーに越しかけて一息ついた。

 

「まったくあいつら、少しは恥じらいを持てってんだよ、

とはいえあの状況なら俺も同じ事をしたかもしれないし、怒れないよな……」

 

 そして八幡は頭をぽりぽりとかきながら立ち上がった。

 

「さて、朝食の準備くらい俺がやっておくか、後で改めて御礼も言わないとだしな」

 

 こうしてささやかなハプニングと共に、旅行二日目の幕が上がる事となった。



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第453話 スリーピング・ガーデン

 八幡が軽井沢へ、明日奈が北海道へと旅立った日、

アイ改めランと、ユウ改めユウキは、仲間達と共にアスカ・エンパイアの地にいた。

 

「これがアスカ・エンパイアか……」

「で、どうする?ラン」

「そうね、とりあえず情報収集から始めましょう、全てのゲームの基本ですものね。

そして可能なら、早めに私達の拠点を手に入れたいと思うの」

 

 ランは、昔八幡から聞いた話を思い出しながらそう言った。

 

『SAOで何が良かったかって言ったら、早めに拠点を確保出来た事だな、

帰る家があるってのは、やっぱり安心感が段違いなんだよな、覚えておけよ、アイ』

『もし情報屋なんかをやってる奴がいたら、早めに仲良くなっておくんだぞ、

だがその友誼に甘えてあれこれ要求するってのは論外だ、

あくまで相手に利益をもたらす存在だと認識してもらうように気を付けるんだぞ』

 

「もし情報収集の過程で、情報屋か何かをやってるプレイヤーを見付けたら、

必ず私に連絡する事、そういったプレイヤーは、出来れば味方に付けておきたいからね」

「了解!」

「バラバラに分かれた方がいい?」

「そうね、見逃しがあるといけないし、二人一組で行きましょうか。

私とユウキ、シウネーとテッチ、タルケンとノリ、ジュンとクロービスで別れましょう」

 

 アスカ・エンパイアのスタート地点である八百万(やおよろず)は、

現在進行形で街中にインスタンスエリアがどんどん追加されている、成長する街である。

街の外には当然戦闘フィ-ルドが広がっているが、

『街から出ないで一生遊べる』と言われる程に、八百万の中は複雑怪奇であり、

まるで迷宮のような作りになっているのだった。

 

 

 

「これは予想以上ね……マッピングしながらじゃないと迷子になりそう」

「だね、でも情報収集って、何をすればいいんだろ?」

「一番簡単なのは、NPCに話しかけて、その言葉をきちんとメモしておく事ね」

「なるほど……あっ、ラン、あそこに八幡通りってのがあるよ」

「あら、これは何かの導きかしらね、まるで私達を誘っているみたいじゃない、

さすがは誘い受けの八幡ね」

「それ、本人には絶対に言わない方がいいと思うな、まあとりあえず入ってみる?」

「もしひどい目にあったら、今度八幡に文句を言ってやりましょうか、性的な感じでね」

「うん、性的な感じで!」

 

 そんなとんでもない事を言いながら、二人は八幡通りへと足を踏み入れた。

 

「ここは……例えて言うなら雑居ビルみたいなものかしら」

「かな?雑貨屋、飛脚辺りはまあ分かるけど、遊郭!?ラン、これってえっちな奴?」

「かもしれないわね、まあこのゲームは成人限定じゃないから、

もしかしたらただのゲームセンターみたいな物かもしれないけどね」

「入ってみる?」

「そうね、確かに興味を引かれるけど……」

 

 二人はそう言って遊郭の入り口を見た。

 

「あら?ここは……」

 

 その横には細い路地があり、二人はその路地の突き当たりに、

もう一件店のような物がある事に気が付いた。

 

「何だろ?」

「暗くて見えないわね、もう少し近付いてみましょうか」

「うん」

 

 そして二人はその路地に入り、建物の入り口に書いてある文字を見た。

 

「これって……」

「情報屋、FG?」

「そこだけ日本語じゃないのね、何かの略かしら?もしかしてガンプラ?」

「ファーストグレードだっけ?どうする?入ってみる?」

「そうね……まあ私とユウキが一緒なんだから、何かあっても大丈夫でしょ」

「だね!」

 

 二人は頷き合い、情報屋FGの中に入っていった。中には階段があり、

その階段を上ると、正面にある扉に『情報屋FG』という看板がかかっていた。

そしてランは、ためらいなくその扉をノックした。

 

「どうぞ」

 

 中からそう、若い男の声が聞こえ、二人はその言葉に従い中に入った。

 

「俺の名はFG、こんな場末の情報屋に何か用か?お嬢さん方」

「あの……ここって本当に情報屋さんでいいんですよね?」

「ああ、うちは間違いなく情報屋FGだ、まあ客なんか滅多に来ないんだけどな」

「良かった、ガンプラ屋さんじゃなくて。

ええと、実は私達、今日このゲームを始めたばっかりなんですけど、

いずれ拠点を持ちたいと思っているんです。

で、今の所持金は初期状態のままなんですけど、その金額で、

そういった物件の情報を教えて頂く事は可能ですか?いずれ購入する時の参考に、

どういった物件があって、どのくらいの値段なのか知りたいんです」

「なるほどな、ちょっと待っててくれ」

 

 男はそう言って、何かのボタンを押した。

その瞬間に、現実とリンクさせているのだろう、キーボードとモニターが宙に投影され、

男はキーボードを叩きながら、ううむとうなり始めた。

 

「うわ、凄いね……」

「この部屋、実はかなり手を入れてあるわね、こういう事も出来るとは知ってたけど、

改めて見せられると感慨深いものがあるわね」

 

 そう感心する二人に、FGは言った。

 

「その拠点は、何人くらいで利用する予定だ?」

「今は八人ですけど、余裕を持って十二人くらいは入れると助かります」

「それだとゲーム内通貨で六百万YEN前後ってところかな」

「六百万ですか……」

「今その金額でどういう構造の家が買えるか情報をそっちに送る、

まあ頑張って稼ぐんだな、情報料は千YENでいい」

「ありがとうございます」

 

 ランはFGにお礼を言うと、トレード画面を開き、FGに規定の金額を払おうとした。

その画面を見た瞬間に、FGの手が止まった。

 

「君の名前はランと言うのか?それじゃあ君は?」

「ユウキだよ!」

「ふむ、ランとユウキか……見たところ、今日ゲームを始めたばかりだと言っていたが、

実は他のゲームでかなり鍛えてあるんだろ?」

「おじさん、分かるの?」

「おじさんではない、お兄さんだ!まあ一応情報屋だし、それくらいはな。

ずぶの初心者と、そうじゃない人の違いくらいは分かる」

「はい、なので、お金はそれなりに早く稼げると思います」

「なるほど……」

 

 そんな会話を交わしながら、FGは緊急モードで、

定められた通りの文章をどこかに送信した。

直後にFGに、とある指令が与えられ、FGは黙ってそれを実行した。

 

「ところで二人とも、さっき六百万と言ったが、

実は同じグレードで、今すぐ手に入る家がある。

それには私からの依頼を受けてもらう必要があるんだが、乗るか?」

 

 突然FGにそう言われ、二人は顔を見合わせた。

 

「条件次第ですね、甘い言葉には安易に乗るなと、とある人に教えてもらっているので」

 

『甘い言葉には必ず裏がある、だがそれに乗っても、必ずしも損するばかりじゃない、

例えば罠だとしても、それを力ずくで突破出来る実力があれば、

それがチャンスになる事もある、しっかり見極めろよ』

 

(八幡の教えの通り、見極めないといけない場面なんだけど、

そうは言ったものの、もう答えは出ちゃってるのよね……)

 

「まあ当然だな、こちらからの依頼はこうだ。

君達には、出来るだけ多くのクエストを攻略してもらい、その情報をこっちに流してもらう。

その代わり、俺は俺の持ち物件の一つを君達に無償で提供しよう。

ほとんどがクエスト形式で進むのがこのゲームのイベントの特徴でね、

結構いい金になるんだよ、家の代金くらいは直ぐにペイ出来るくらいにはね。

もし情報料の合計が六百万を超えたら、次からは適正な金額をきちんと支払わせてもらう」

「私達が直接その情報をどこかに売っても同じくらいの金額が手に入るんじゃないですか?」

 

 ランのその質問に、FGは頷きながらこう言った。

 

「いい質問だ、そうしたければそうしてくれてもいい、

その場合、君達は拠点の入手が遅れ、その上私からの情報は今後一切期待出来なくなる、

私はそれでも構わないから、どちらがいいか相談して決めるといい」

「なら契約成立という事で結構です」

「いいのかい?家もまだ見ていないのに」

「いえ、問題ありません、ね?ユウキ」

「まあランがそう言うならいいんじゃないかな」

「いいだろう、それでは物件へ案内しよう、仲間をここに呼ぶ事は可能かい?」

「大丈夫です、ちょっとお待ち下さい」

 

 そしてランは、メンバーに召集をかけた。

待っている間、FGは二人に炭酸飲料のようなものを差し出してきた。

 

「うちにはこれしかないんだが、良かったら飲むかい?」

「ありがとうございます。あれ、これって……」

「選ばれし者の知的飲料を知っているのか?」

「はい、私も好きで、よく飲んでました」

「私も私も!」

「そうか、君達とは気が合いそうだな」

 

 そんな話をしてるうちに、続々と仲間達がこの場に集結してきた。

 

「ラン、家を手に入れたって本当?」

「ええ、こちらが家主のFGさんよ」

「FGだ、宜しくな」

「宜しくお願いします!で、どんな条件で契約したの?」

「クエストの情報を売る約束になっているわ、

なので当分は、色々なクエストの攻略を行う事になるわね」

「わお、一石二鳥だね、楽しみながら出来るし」

「そうね、それじゃあFGさん、案内をお願いします」

「ああ、任せたまえ」

 

 そしてFGは、八人を郊外にある立派な屋敷に案内した。

 

「うわ、凄っ!」

「マジでここ!?」

「本当に?」

「FGさん、ここで合ってますか?」

「ああ、いい物件だろ?」

「さすがにこれが六百万とはとても……」

「値段は家主が決める物だ、そうだろう?」

「それはそうですが……」

 

(もう、過保護なんだから……)

 

「それじゃあこれがここの鍵だ、人数分複製しておいたから、後は自由にしてくれ」

「何から何まで本当にありがとうございました、FGさん」

「「「「「「「ありがとうございました!」」」」」」」

「ああ、じゃあな」

 

 そう言って去って行こうとするFGに、ランはそっと駆け寄り、こう囁いた。

 

「八幡に宜しくね、FGさん」

「何だ、これが八幡の差し金だってバレてたのか?」

「ええ、さっきFGさんが操作してた仮想PCに、ソレイユのロゴがあったのが見えたの」

「目ざといな、だからこんな怪しい条件の話に簡単に乗ったんだな」

「まあそういう事、で、これは偶然?それとも必然?」

「今は仲間を優先するんだ、後で説明してやるから。

とりあえず落ち着いたら、ここにメッセージを送ってくれ、種明かしをする」

「うん、それじゃあ今後とも宜しくね、FGさん」

「おう、頑張れよ」

 

 そしてランは仲間達の所に戻り、ユウキを残して六人を再び情報収集へと向かわせた。

今度はクエスト情報の収集をメインにという条件でだ。

 

「私とユウキは、ここの施設を確認しておくわ」

「了解、こっちは任せて!」

「お願いね、みんな」

 

 

 

「ねぇラン、本当にこれで良かったの?」

「いいのよユウキ、これは八幡からのプレゼントなんだから」

「えっ、そうなの?」

「そうよ、今FGさんに説明してもらうわ」

 

 そう言いながらランは、館に設置されていた仮想PCのメッセージ機能を使い、

FGに教えられたアドレスへとメッセージを送った。

その直後にこんなメッセージが送られてきた。

 

『ビデオ通話の申し込みがありました』

 

 ランはイエスのボタンを押し、その直後に画面にFGの顔が映し出された。

 

「よぉ、さっきぶりだな、二人とも」

「あっ、FGさん!」

「さっきぶり、FGさん」

 

 FGは二人に手を振り、こちらに向かって話し始めた。

 

「それじゃあ事情を説明するぞ、始まりは、八幡が考えたアルバイトからだ」

「アルバイト?」

「おう、俺も実はバイトでな、そのバイトってのは、基本社員限定なんだが、

……まあ俺は社員じゃなく、あいつの直接の友達なんだけどな、

一日三時間までっていう条件で、ザ・シードでリリースされているゲームを、

何でもいいからプレイして、情報収集と金策を行うってものなんだ。

これが結構いい収入になるんだよ、ノルマも無いし、好きな時に好きなように出来るからな。

もちろんやらなくてもまったく問題ない」

「何それ、そのバイトにどんな意図が?」

「新しいゲームを作る時、パクリにならないようにとか、

逆にパクリじゃないが、参考にしたりとか、いくらでも情報の使い道はあるさ、

イベントの傾向とかからも、顧客のニーズをある程度把握出来るしな」

「まあそう言われると確かにそうね」

 

 ランはその言葉に頷いた。

 

「で、そのバイトにはボーナスがあってな、

最初にランとユウキという二人のプレイヤーに出会い、

本部に連絡を入れた者にはボーナスがつく事になってたんだよ」

「なるほど……それはおめでとう、FGさん」

「ああ、ありがとな、で、本部に連絡したら、指令が来たんでな、

その通りにさせてもらったと、そういう事だ」

「そうだったんだ……」

「そしてラン、ユウキ、二人にメッセージがある、八幡からだ」

「えっ、八幡から?」

「本当に?」

「これは実はな、自力で俺がソレイユの手の者だと発見した時にしか、

再生しちゃいけない事になってるんだよ」

「そうなのね」

「それじゃあ再生するぞ」

 

 そして画面に、八幡の顔が映し出された。

 

『ラン、ユウキ、頑張ってるか?これは俺からのサービスだ、

もしかしたら全て自力で進めたかったかもしれないが、

そこは我慢してくれ、俺は過保護なんでな』

 

 その八幡の言葉に、二人はクスッと笑った。

 

『まあサポートするのは僅かな情報だけだから、多少攻略が早まるだけだと思えばいい、

その情報を生かして、ガンガン強くなって、早く俺が待っているALOに殴りこんでこいよ、

他のゲームにも同じような奴がいるが、まあ頑張って探してみてくれ、

そういうのも楽しそうだろ?それじゃあALOで待っている、またな、ラン、ユウキ』

 

 そして画面には、再びFGが現れた。

 

「という訳らしい、理解したか?」

「うん」

「まったく過保護よね、八幡は」

「二人がそれだけ大事なんだろうさ」

「ねぇ、あの八幡通りって、狙ってあそこにいたの?」

「おう、たまたまいい地名があったんで、利用させてもらったんだが、

今回それがまんまとはまった感じだな、まったく八幡様々だよ。

それじゃあ何か欲しい情報があったらいつでも連絡してくれよな」

「ありがとうFGさん」

「あ、ねえ、FGって何の略?」

「フューチャーガジェットさんの略だ、それじゃあまたな」

 

 そしてFGは画面から消え、二人は苦笑しながらこう言った。

 

「自分にさん付けとか」

「面白い人だね、フューチャーガジェットさん」

「八幡の友達って言ってたわね」

「いつか会えるといいなぁ、でさ、この拠点の名前、何か付ける?」

「そうねぇ……八幡の真似になってしまうけど、『スリーピング・ガーデン』でいいかしら」

「オッケー、眠りの庭ね」

 

 そして二人は、やる気に満ちた目で言った。

 

「名前負けしないように、頑張って早く強くならないとね」

「でも楽しみながら強くならないと、八幡に怒られそうだよね」

「そうね、可能な限り自力で進めつつ、困ったらFGさんに連絡しましょうか」

「だね!それじゃあボクらはこの館の施設を調査しようか」

「そうね、みんなが帰ってこないうちにさっさと調べてしまいましょう」

 

 

 

「ふう……」

「お、オカリンお帰り、聞いたお、運よくボーナスをゲットしたみたいじゃんか、

この後オカリンのおごりでメイクイーンにでも行く?」

「それくらいは構わないぞ、全然余裕だからな、フゥーハハハ!」

 

 FG、フューチャーガジェットさんこと鳳凰院凶真は、機嫌良さそうにそう笑った。

この日から、ソレイユの社員向けバイト案内の項目が少し変わる事となる。

『現在アスカ・エンパイア推奨中 by八幡』と。



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第454話 旅行の終わり、そして夏の到来

「フカちゃん、連日車を出してもらっちゃってごめんね?」

「いいっていいって、なんたって私達、親戚だから!」

「そんなに嬉しかったんだね……」

「もっちろん!」

 

 美優は満面の笑顔でそう言った。

 

「で、今日はおみやげを買い漁る日って事でいいのかな?」

「うん、片っ端から送っちゃうつもりなの」

「い、一体いくつ買うつもり……?」

「えっと……たくさん!」

「た、たくさんね……オーケーオーケーどんとこいだ!」

「それじゃあレッツゴー!」

「おう!」

 

 二人はノリノリで買い物に出かけた。明日奈と美優の相性は意外と良いようである。

 

 

 

「………で、何でスーパー?」

「甘いよフカちゃん、地方のスーパーってのはね、掘り出し物の宝庫なんだよ!」

「そ、そうなの?」

「例えばこのお菓子、知ってる?」

「うん、どこにでも売ってるし、私もたまに買うけど」

「これは東京には売ってません」

「ええっ、そうなの?」

「うん、これもこれもこれもそう」

「マジかああああ!スーパー凄ええええええ!」

「えっへん!」

 

 明日奈は得意げに胸を張り、片っ端から買い物カゴに、色々な物を詰め始めた。

 

「おお、大人買い……」

「そもそもお土産物屋にあるような物なんて、どこかで見たような物ばかりでしょ?」

「あ、うん、確かにそれは思う」

「でもスーパーなら変わった物がよりどりみどりな上に、お財布にも優しいエコ仕様!」

「おぉ………」

「まあもちろんお土産物屋にも行くけどね」

「あ、行くんだ」

「だってほら、一応値段とか気を遣わないといけない人もいるじゃない」

「あ~……」

 

 美優はその明日奈の説明に、とても納得した。

 

「まあこのくらいかな、それじゃあフカちゃん、

白い恋人ドリンクが売っているお店に案内してもらっていい?」

「オッケー!」

 

 二人はそのまま直営店に行き、白い恋人ドリンクを大人買いし、直接家へと送った。

 

「三十缶入りを二箱とか……もしかしてリーダーって甘い物好き?」

「うん、凄く」

「なるほど……それじゃあ私が持ってくお土産も甘い物にしないと……メモメモ」

 

 そう言って携帯のメモに書き込み始めた美優に、明日奈は言った。

 

「ところでそろそろお昼だけど、どうする?」

「何か食べたい物があるなら案内するよ?」

「う~ん、それじゃあラーメン!」

「明日奈って、結構庶民的なんだね、いい意味で」

 

 明日奈のその答えに、美優は感心したように言った。

 

「だって普段、あんまり食べる機会が無いんだもん」

「前言撤回!やっぱりお嬢様は存在した!」

「いやいやいや、寮住まいの女子高生にそんな機会ってあんまり無いってば」

 

 明日奈のその言葉を聞いた美優は、何かを想像するようにじ~っと明日奈の顔を見た。

 

「な、何?」

「そ、その歳で女子高生は、とても背徳的な香りが……」

「あ~……うん、自分でもたまにそれは思う……」

「だよね……」

「まあいいや、とりあえずラーメン!」

「ラーメン!」

 

 そして二人は、美優の案内でお奨めのラーメン店へと足を踏み入れた。

 

 

 

「あら、明日奈から電話?あの子は確か今、北海道じゃなかったかしら」

 

 土曜日という事もあり、家でのんびりしていた雪乃は、そう思いながら電話に出た。

 

「あ、雪乃?」

「どうしたの?まだ北海道よね?」

「うん、凄いの、もうびっくりなの!」

「どうしたの?何がそんなに凄いの?」

「えっと…………凶暴な旨みでしたね!」

 

 そう言われた雪乃は、明日奈が今どういう状況にあるのか理解した。

おそらくラーメンの旨みに、我を忘れて喜んでいるのだろう。

そう思った雪乃は、優しい声で明日奈に言った。

 

「…………ねぇ明日奈」

「うん」

「私へのお土産は、ラーメンの麺でお願い、出来れば生麺タイプの」

「あっ、お、おっけー、任せて!」

「ふふっ、お願いね」

 

 この電話を掛けてきたのが八幡だったら、雪乃は間違いなく八幡にお仕置きをしただろう、

だが相手が明日奈では、悪気があるとは到底思えず、

雪乃は穏やかな気持ちで相手をする事が出来たようだ。

 

「本場の味……楽しみだわ、上手く作れるかしら」

 

 そう言いながら雪乃は台所に向かうと、一つの寸胴鍋を取り出した。

 

「ついにあなたの出番ね、八麺くん、ふふっ、うふふっ」

 

 そして雪乃は、しばらく使っていなかった八麺くんを綺麗にする為に、

たわしで丁寧にごしごしとこすり始めた。

 

 

 

「すいません、モカソフトを四つお願いします」

 

 エルザに買いに行かせる訳には当然いかず、

クルスはエルザの盾として残しておく必要がある為、

必然的に買い物は、八幡と詩乃の役目になっていた。

二人は恐縮していたが、トラブルを避ける為にもこれは必要な事なのだと、

八幡は二人を説得し、こういう事になっているのだった。

 

「美味」

「おいしい!」

「うん、いいね」

「それは何よりだ」

 

 八幡達は、目立たない位置にあるテーブルに座り、色々と名物を楽しんでいた。

 

「ソフトクリームって色々な所で色々な種類の奴が売ってるよな」

「この近くにも、信州味噌ソフトってのがあるみたいよ」

「食べてみたいけど、さすがに連続だとお腹を壊しそうだね」

 

 そしてクルスが、長野県に存在するソフトクリームを羅列し始めた。

どうやら事前に調べていたらしい。

 

「リンゴソフト、巨峰ソフト、蜂蜜ソフト、黒蜜ソフト、栗あんソフト、

とうもろこしソフト、チーズソフト、わさびソフト、そばソフト、バッタソフト」

「待て待て、後半に怪しい名前の製品が並んでいた気がするぞ」

「バッタソフトって何!?」

 

 驚いたようにそう叫んだ詩乃に、クルスは淡々と言った。

 

「虫系が苦手な人は、絶対にぐぐっては駄目」

「うっ……そう言われると見てみたく……」

「見てみなよシノのん、私は見ないけど」

「詩乃、頑張って、私も見ないけど」

「さすがはBoB優勝者の勇者詩乃だ、まあ俺も見ないけどな」

「や、やめとく……」

 

 そして詩乃は、話題を変えようと思ったのかこう言った。

 

「わさびソフトとそばソフトは興味があるわね」

「いつか食べてみたくはあるね」

「通販とか出来ないのか?」

「無理でしょ」

「だよな……」

 

 この時よほど悔しく思ったのか、東京に戻った後、八幡は、

社員食堂に強引に業務用のソフトクリームメーカーを三台入れ、

普通のソフトクリームとフルーツ系のソフトクリームの他に、ご当地系のソフトクリームを、

社員食堂限定で、一般販売はしないという条件でメーカーと交渉の上、仕入れる事に成功し、

夏限定商品として、社員達に好評を博す事になる。

ちなみにバッタソフトが仕入れられたという事実は無い。

 

 

 

「明日奈、夜の予定は?」

「うん、明日の午前中に帰る事になってるし、さすがに実質最終日だから、

義姉さんを交えて先方のご家族と一緒に食事会かなぁ」

「もう結婚はほぼ確定と考えても?」

「むしろこの状態からふられるようじゃ、兄さんは一生結婚出来ないんじゃないかな」

「確かに……まあそういう事なら明日奈、

確実にあの二人がくっつくようにくれぐれもお願いね!」

「うん、任せて」

 

 そして美優は、時間まで明日奈に帯広を満喫してもらおうと考え、

明日奈を様々な場所へと連れていった。

初めてカヤックに乗った明日奈は、実はSAOで同じような船に乗った事があった為、

美優も驚くような腕の冴えを見せた。

釣り教室に行った時は、生餌こそ苦手のようだったが、

釣りの腕前自体はニシダの教えを受けていた為、

それなりに経験のある美優より遥かに多くの数の魚を釣りあげていた。

最後に二人は普通の場所にも行こうと相談し、カラオケに行ったのだが、

少しでもいい所を見せようと張り切って神崎エルザの新曲を歌った美優に対して、

古い曲ながら、明日奈は神崎エルザの曲を振りつきで完璧に再現し、

美優はそのクオリティに舌を巻いた。

ちなみに明日奈の歌った曲は、以前同窓会でエルザと一緒に披露した曲であった。

 

「副団長が完璧超人すぎる………出来ない事なんか無いんじゃないの?」

「何でもは出来ないよ、出来る事だけだよ」

「その出来る事が多いんじゃないかって事なんだけど……」

「どうだろう、自分じゃ意識した事無かったなぁ」

「ちなみに車の免許とかは?」

「あ、免許は持ってないけどマニュアル車の運転は出来るよ」

「えっ、何で?」

「ゲームの中で練習したんだよね、ほら、法律とか関係ないじゃない?」

「あ~、そっか、私もそれで練習だけしておこうかな」

「うん、ありだと思うよ」

 

 そして美優は、明日奈に次々と言葉を投げかけた。

 

「乗馬は?」

「乗れるよ?馬ってかわいいよね」

「ピアノ」

「それなりには」

「華道とか」

「すぐにやめちゃったけど基本くらいは?」

「茶道」

「それも大丈夫」

「むむむむむ、隙が無い……」

「そんな事ないよ、私なんて隙だらけだよ?」

「ど、どこが?」

「えっと……よく八幡君に、よだれをたらしながら寝ている所を見られたりとか……」

「か~っ、甘酸っぺえええええええ!」

 

 美優はそう言いながら、頭を抱えながらその場で悶絶し始めた。

 

「私もリーダーに、優しくよだれを拭いてもらいてえええええ!」

「そ、それくらいは機会があればしてもらえるんじゃないかな?」

「ほ、本当に?」

「う、うん、まあ多分……」

「明日奈様お願いします私にもそういったイベントが欲しいです、

朝リーダーに優しくよだれを拭いてもらいながら起きてみたいですうううううううう」

「そ、それなら私と一緒に今度千葉に来る時に、

八幡君が借りているマンションに泊まればいいんじゃない?」

 

 明日奈は美優の剣幕に押され、苦笑しながらそう言った。

 

「あ、でもその日はコヒーの家に泊まる事になってるんだ……ど、どうしよう……」

 

 葛藤する美優に、明日奈はこんな提案をした。

 

「それなら香蓮さんも一緒に泊まってもらえばいいんじゃない?

何度か会ったけど、じっくりと話した事は無いから、どんな人なのか興味があるし」

「で、でもコヒーは明らかにリーダーを狙ってますよ!?」

「あ、あは……今更って感じじゃない?今の八幡君の周りの子は大抵そうだし」

「た、確かに……」

「それに、手元に置いて管理しておいた方が色々と対策もとりやすいしね」

「えっ?」

 

 一瞬明日奈から、黒い波動を感じた気がして、美優は慌てて明日奈の顔を見たが、

明日奈は先ほどと同じようにニコニコと笑顔のままでおり、

美優は気のせいだろうと思い、そのまま明日奈とお泊りの予定を立て始めた。

 

(もう安定している昔からの知り合いと違って、

シノのんと香蓮さんと優里奈ちゃんの動向には、まだちょっと注意が必要なんだよね、

今回の件は、私にとっても渡りに船だったよ)

 

 この旅行後、明日奈は噂の八幡のマンションへの訪問が決まっており、

上手く調整して、そこに美優も連れて行く事を決めた。

 

 

 

「こ、これは……」

「まさに雪乃の為にあるような商品ね……」

「あいつへの土産はこれに変更だな」

 

 八幡が見付けたそのアイテムは、ねこカップという。

色々回っている最中に、とある売店で見付けたものだった。

 

「これって、東京の方でも売っているらしいですね」

「そうなのか……まあしかし、これ以上の土産はもう考えられないな」

「だね」

「八幡様、そろそろ白糸の滝に行きませんか?」

「そうだな、時間も押してるし、そろそろ行くか」

 

 そして四人は、あちこちの自然の風景を見てまわり、存分にリフレッシュする事が出来た。

 

「土産関係もオーケーだし、見たい所は大体見れたかな」

「短い時間だったけど、楽しかったねぇ」

「今度は他の人も誘ってどこかに旅行出来たらいいわね」

「それじゃあどこかで夕飯を食べてから戻るか、

明日の昼には向こうに戻るから、他にやりたい事や行きたい場所があったら今のうちにな」

 

 こうして軽井沢組も北海道組も、存分に旅行を堪能した。

東京に戻ったら、香蓮のお見合い問題と夏コミが待っているが、今はその事は置いておき、

八幡は、帰ったら明日奈と一緒に今回の旅行中に撮影した写真を眺めながら、

いずれ一緒に来る時の為の相談でもしようかと、のんびりと考えていたのだった。

 

 

 

 そして数日後、八幡のマンションに、明日奈を筆頭に、多くの女性陣が集まっていた。



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第455話 これはただの布だ×3

これは斜め上ではありません、ただの暴走です。


「みんな、それじゃあこの部屋を、一緒に改造するよ!」

 

 明日奈の鶴の一声で、女性陣は一斉に動き出した。

 

「八幡君、このボックスをクローゼットに設置しておいて」

「え、あそこにか?今ある奴に、何人かの下着が入ってて、色とか薄っすら見えてるから、

出来れば遠慮したいんだが……」

「だからこそ八幡君がやらないといけないんだよ、

それは一度出して、新たにこっちを設置ね、ほら、動いて動いて」

「お、おう……」

 

 八幡は明日奈にそう言われ、渋々動き出した。

 

「和人君は、洗面所の壁に、これの設置をお願い」

「これは……ああ、歯ブラシとコップと歯磨き粉を置く為の台か」

「うん」

「任せろ、完璧に仕上げてやるぜ!」

「お願いね」

 

 その間にも、明日奈の所に色々と報告があがっていた。

 

「通常の炊飯器の他に、大型の炊飯器の設置も完了」

「明日奈、色々な種類の食器を買ってくるね、お茶碗と箸だけは、

各自カタログから選んでもらってるからもうすぐ宅配で届くと思う」

「バスタオルや普通のタオルは共通でいいですよね、それなりの数を揃えておきます」

「必要な消耗品のチェック終了、スーパーへの買い出し部隊、行くね」

 

 女性陣が慌しく動き回る中、八幡が戻ってきて明日奈にこう言った。

 

「おい明日奈、設置を完了したぞ、二十八段の引き出し型ボックス」

「それじゃあこれ、ここに来る予定になっている人のリスト、

これを見ながら、このシールに全員の名前を書いて、

八幡君が自分の手で場所を決めてシールを貼っておいてね」

「え、俺が書くのか?」

「その方がみんな喜ぶんじゃないかなって。古い引き出しに入ってる分は、

八幡君が入れ替えておいてね、そのリストはこれね」

「いいっ!?ま、まじかよ……」

「ほらほら早く早く!」

「お、おう…………」

 

 八幡は肩を落としながら再び寝室に消えていき、明日奈は次に舞衣を呼んだ。

 

「イヴ、それじゃあお願いね」

「了解、任務を遂行します」

 

 そしてイヴはカメラのような物を持ち、ベランダへと消えていった。

 

 

 

「さて、明日奈が新しく作ったリストってのはこれか……」

 

 八幡はそのリストを改めて眺め、大幅に名前が増えている事に気が付いた。

 

「姉さんが決めた時よりも増えてるな、これが明日奈の判断か……

って、小町に直葉はまあ分かるが、香蓮と美優だと!?更に優里奈もか……」

 

 当初の予定と比べ、明日奈は大幅に人数を増やしていた。

 

「優里奈は隣の部屋に行けばいいだけなんだが、

一々移動してもらうのは面倒だろうという判断だろうか……

そして香蓮は百歩譲るとして、美優の名前があるのは今後に備えてか」

 

 八幡はまだ、香蓮と美優が、数日後にここに泊まる予定な事は知らないようだ。

 

「う~ん、配置はどうすっかな……」

 

 八幡は考え込んだ後、横四段、縦七段の引き出しに、順にシールを貼っていった。

一番上の左から、明日奈、里香、珪子、陽乃、

二段目の左から、雪乃、結衣、いろは、小町、

三段目の左から、直葉、めぐり、優美子、美優、

四段目の左から、詩乃、マックス、フェイリス、紅莉栖、

五段目の左から、小猫、南、舞衣、かおり、

そして一段飛ばして七段目の左下に香蓮、一番右下に、優里奈という配置となった。

 

「こんなもんか……しかしマックスとフェイリスだけあだ名なんだな、

まああの二人はその方がいいのか……」

 

 八幡はそう呟くと、次に先ほど出した古いボックスに目を向けた。

 

「う~む……これを俺が移動するのか……

しかし他の奴らの分はともかく、紅莉栖と南とイヴと折本の分を俺が触るのはな……」

 

 前回のメンバーの分に加え、本社勤務の者達の着替えは、

既に部屋に収められていた為、八幡は激しく悩む事になった。

 

「あ、っていうか今本人がいるな、明日奈に断って移してもらおう」

 

 八幡はそう決めると、リビングに戻り、明日奈に相談を持ちかけた。

 

「……という訳なんだが」

「ああ、う~ん、とりあえず本人達にそう言ってみれば?」

「おう、そうするわ」

 

 八幡はこれで明日奈にも了解してもらえたと思い、該当する四人に声をかけた。

 

「なぁ紅莉栖、ちょっと相談があるんだが……」

 

 そう言って八幡は、紅莉栖に事情を説明した。

 

「……ああ、そういう事ね、了解よ、自分の分は、今自分で移動させるわね」

「おう、ありがとな、後はっと……南、イヴ、折本、ちょっといいか?」

 

 八幡にそう呼ばれ、何事かと思って集まった三人は、その話を聞いて顔を見合わせた。

その瞬間に三人の間で何かしらのアイコンタクトが交わされ、

代表して南が八幡にこう言った。

 

「ごめん、私達、今から大事な買い出しがあるんだよね」

「そ、そうなの、だから凄く不安ではあるんだけど、

そこは比企谷を信頼して任せる事にする」

「後はお願いします、イヴのぱんつは八幡様のお好きなようにして下さい」

「なっ……お、お前ら、ちょっと待て!」

「ごめん、急ぐから!」

「うん、それある!」

「頭にかぶっても構いませんからね」

 

 そう言って三人は、脱兎の如く逃げ出し、八幡は呆然とその場に立ち尽くした。

そんな八幡の肩を、紅莉栖がぽんと叩いた。

 

「あんたも大変ね、八幡」

「そ、そうだ、すまないが紅莉栖、あいつらの分を……」

「任されたのはあんたでしょ、自分でやりなさい」

「まじかよ……」

「別にイヴさんのぱんつを頭にかぶっても私は何も言わないけど、

その後はあんたの事を、変態仮面って呼ぶ事にするからね」

「するわけね~だろ!」

 

 そして八幡は、紅莉栖と共にとぼとぼと寝室に戻り、

紅莉栖に作業をしてもらった後に、肩を落としながら下着の移動を始めた。

 

「まあ問題ない、今ここにあるのはたった九人分でしかない、

ははっ……余裕じゃないか、たった九回我慢すればいいだけの事だ、

冷静に分析しながらしまう事にしよう、そう、あくまで冷静にだ。

これはただの布だこれはただの布だこれはただの布だ」

 

 八幡はそう呟くと、深呼吸をし、作業を開始した。

 

 

 

「これは姉さんのか、さすがの大きさと言うべきだが、思ったよりも地味で驚いたな」

 

 八幡はそう口に出して言うと、丁寧に下着をたたみ、引き出しに収納した。

 

「これは雪乃のだな、デザインが姉さんのと似てるのが興味深い、

やっぱり姉妹だから、こういう所も似るのかな、でもやっぱりワンポイントはネコなんだな」

 

 八幡はそう口に出して言うと、丁寧に下着をたたみ、引き出しに収納した。

 

「これは詩乃のか……あいつは一見地味に見えるが、実は派手な下着を好むのか、

うん、詩乃はやっぱりむっつりだ、まあ知ってたけどな」

 

 八幡はそう口に出して言うと、丁寧に下着をたたみ、引き出しに収納した。

 

「これをマックスが?う~ん、あいつは俺の前と他人の前では態度が変わるからな、

この生地の少なさは、それ故だと考えておこう」

 

 八幡はそう口に出して言うと、丁寧に下着をたたみ、引き出しに収納した。

 

「これは南のか、ああ、何か安心するな、普通が一番だ」

 

 八幡はそう口に出して言うと、丁寧に下着をたたみ、引き出しに収納した。

 

「これはイヴのか、機能性重視って感じだな、うん、いいと思うぞ、

でも頭にかぶったりはしないからな、イヴ」

 

 八幡はそう口に出して言うと、丁寧に下着をたたみ、引き出しに収納した。

 

「これは折本のか、まさかこんな日が来るとはな……

昔は、それある!だの、うけるし、だの言ってたのに、大人になったんだな、折本」

 

 八幡はそう口に出して言うと、丁寧に下着をたたみ、引き出しに収納した。

 

「これはめぐりんのか、どこか癒されるな……

まるで下着から、先輩の優しい人柄が滲み出るようでとても良いな」

 

 八幡はそう口に出して言うと、丁寧に下着をたたみ、引き出しに収納した。

 

「これは小猫のだな、見覚えがある。うん、何とも思わないな。

看病の時とかに見たりしてるし、我ながら慣れたもんだな」

 

 八幡はそう口に出して言うと、適当に下着をたたみ、引き出しに収納した。

 

「さて、小猫のだけ適当だが、まあいいだろう、

きっとあいつはこの方が喜ぶに違いないからな。さて終わった終わった、明日奈に報告だ」

 

 八幡はそう言うと、明日奈の所に向かった。

 

「おい明日奈、終わったぞ」

「あ、八幡君、これも今届いたから、追加でお願いね」

「なん……だと……」

 

 八幡はそう言うと、名前の書かれた袋の山を見て呆然とした。

 

「あ、リズのは和人君に任せた方がいいね、

珪子のは八幡君に任せるって言われてるからお願いね」

「え、まじでか?」

「うん、あ、でも小町ちゃんと直葉ちゃんは後で自分でやるってさ、

まあ当たり前だよね、私もお兄ちゃんの下着をしまえって言われたらちょっとやだし」

「こ、小町ちゃん、お兄ちゃんに任せてもいいんだぞ?」

 

 そんな八幡の耳に、遠くから小町の声が聞こえてきた。

 

「きもっ……お兄ちゃんの手をそんな事でわずらわせる訳にはいかないから、気にしないで」

 

 その言葉で八幡の心は打ち砕かれ、八幡は黙って和人の手を握った。

 

「わっ、な、何だよ八幡」

「いいから来い、お前はこっちで里香のぱんつでもかぶってろ」

「何だよそれ、意味が分からないよ!」

 

 そして二人は一緒に寝室へと消えていった。

 

 

 

「こ、これをここにしまえばいいのか?」

「おう、頼むわ、さすがに里香の分は俺がやる訳にもいかないからな」

「逆に言えば残りはほとんど八幡がやるんだろ?まあ頑張れ」

 

 そして和人は、心から八幡に同情したような様子を見せながら、

さっさと自分の仕事を済ませ、部屋の外に出ていった。

極力他の人の引き出しの方を見ないその姿は、

さすがは英雄と呼ばれるだけの事はあるように見えた。

 

「はぁ…………仕方ない、やるか……」

 

 八幡はそう呟くと、早く仕事を終えてしまおうと思い、作業を開始した。

 

「これは珪子のか、うん、素直にかわいいと賞賛するぞ、珪子」

 

 八幡はそう口に出して言うと、丁寧に下着をたたみ、引き出しに収納した。

 

「結衣は何というか、イメージ通りだな、このフリルの具合とかがいかにもそれっぽい」

 

 八幡はそう口に出して言うと、丁寧に下着をたたみ、引き出しに収納した。

 

「優美子のこれは……見覚えがある色だな、

そういえば昔、事故であいつの下着を見ちまった事があったが、

いかんいかん、バレないようにしないと殺される……しかし意外だよなぁ、このピンクは」

 

 八幡はそう口に出して言うと、丁寧に下着をたたみ、引き出しに収納した。

 

「いろはは相変わらずあざといな、普通こんな下着を選ぶか?絶対に狙ってるだろこれ」

 

 八幡はそう口に出して言うと、丁寧に下着をたたみ、引き出しに収納した。

 

「え、これって美優のか?何でこれがここにあるんだ?

ああ、明日奈が先日北海道に行った時に預かってきたのか、

それにしても何というか、眼鏡っこの癖に派手だよな、まさに肉食系って感じか、

見た事は無いが、香蓮を見習えってんだよまったく」

 

 八幡はそう口に出して言うと、丁寧に下着をたたみ、引き出しに収納した。

 

「え、おい、フェイリスのはまずいだろ、いいのかこれ?

しかしあいつ、あの言動はやっぱり計算なんだな、

下着から中二っぽい感じがまったく伝わってこねえな」

 

 八幡はそう口に出して言うと、丁寧に下着をたたみ、引き出しに収納した。

 

「ちょっと待て、何故優里奈の下着がここにあるんだ、これも俺がやらないとなのか……?

はぁ、しかも迫力が姉さん並みとか、凄まじい戦闘力だな、

責任を持って俺が社会に出した上で、あいつが変な男に引っ掛からないように注意せねば」

 

 八幡はそう口に出して言うと、丁寧に下着をたたみ、引き出しに収納した。

 

「さてお待ちかね、明日奈の下着か、ふう、落ち着くし安心するわ……

まあ実は試着で見せられたから知ってるんだよな、

何度見ても、明日奈に凄く似合ってていいと思うぞ」

 

 八幡はそう口に出して言うと、丁寧に下着をたたみ、引き出しに収納した。

 

「これで終わりか……SAN値を削ってくる下着もあったが、よく耐えたぞ、俺」

 

 八幡は満足そうにそう言うと、明日奈の下に戻った。

 

「終わったぞ、明日奈」

「こっちも大体オーケーかな、それじゃあ冷たい物でも用意するから、

八幡君と和人君は自分達の着替えをそこのボックスにしまった後、

二人で雑談でもしながらお茶でも飲んでてね、私達はこれからミーティングがあるから」

「ミ、ミーティング?何のだ?」

「ここの利用に関してのルールの確認だよ、八幡君」

「そ、そうか、分かった……」

 

 そして女性陣は集合し、ミーティングが始まった。



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第456話 乙女達の一喜一憂

「それではミーティングを始めます、司会を努めさせて頂きます、結城明日奈です」

 

 明日奈はどこからか眼鏡を取り出してかけると、そう挨拶をした。

 

「最初に現状報告です、男性二名、女性二十二名、

これが現在この部屋を利用する可能性のある人数となります」

「男女比が凄いわね」

「まあ今更だし」

「むしろ巻き込まれる和人君が気の毒」

「まあ、男同士で語りたい時もあるんじゃない?」

「そういう時は邪魔しないようにしないとね」

「私と珪子と小町ちゃんと直葉は、あんまり利用する事は無さそうだけどね」

「まあパーティールーム的な使い方もあるし、学校の行事の後とか」

 

 女性陣が口々にそう言い、明日奈はそれに、うんうんと頷いていた。

現在この部屋にいるのは二十人、さすがにそれだけ集まると、壮観である。

 

「八幡君がいない時に、ここを一人で利用する必要がある時は、

優里奈ちゃんに一言断る事、この場合は一人で泊まってもオーケーとします、

そして優里奈ちゃんと私以外が、夜に八幡君と二人になるのは禁止となっています、

これはここの管理をしてもらう報酬も兼ねていますが、

部屋の管理をするという性質上、二人きりになる可能性は避けられないからです」

ちなみに昼なら二人きりになっても問題ありません、

八幡君がいる日に、どうしても夜に一人で来ないといけない場合は、

優里奈ちゃんと一緒に泊まる事、ここまでを基本ル-ルとします」

「まあ妥当じゃない?」

「そうニャね、問題ないのニャ」

「まあここを利用する時は、会社関係で何かあった時が多いと思うしね」

「それ以外は何かのイベント的な集まりの後とか、そういう時かな?」

「そうですね、大体そんな感じになると思います」

 

 明日奈は眼鏡をクイッとしながらそう言うと、次にこう言った。

 

「ここで問題になるのは、現役高校生の三人なのですが」

「それって私達は入ってないわよね?」

 

 里香の質問に、明日奈は頷きながらこう答えた。

 

「もちろん、私達なんちゃって高校生は数に入っていません」

「明日奈、ひどい!」

「確かに自虐ネタですけど、でもまあそれが事実なんですよね……」

 

 里香と珪子はそう嘆いた。そして対象となる三人が、口々に言った。

 

「私の親はいるようでいないようなものだし、

お爺ちゃんもお婆ちゃんもそういう事には寛容だから、問題無いかな、

むしろ後ろ盾を得られる事に喜んでいるフシがあったしね」

 

 最初に詩乃がこう言った。

 

「フェイリスは当主だから、そういうのは自分の判断で決めていいのニャ」

 

 次にフェイリスがこう言った。

 

「私は八幡さんの娘みたいなものなので、問題ないです」

 

 最後に優里奈がそう言った。

 

「それなら問題ないですね、この問題はそれで解決とします」

 

 明日奈はすました顔でそう言うと、次に自由討論が始まった。

 

「お酒の持ち込みはどうする?」

「過度の飲酒をしたら、一ヶ月ペナルティでお泊り禁止にするのはどうかしら、

まあ何かお酒で問題があるとしたら、酔っぱらいに絡まれて、

八幡君が迷惑するって事だと思うのだけれど」

「え~?酔って全裸になるのは禁止?」

「姉さん、自重しなさい」

「ちぇっ、は~い」

 

「試験前にここで勉強したら集中出来そうね」

「それはちょっと助かるかも」

「ここにはいい先生が揃ってるしね」

 

「洗濯物とかのルールはどうする?」

「あ、基本脱ぎっぱなしでいいですよ、私がきちんと管理しておくので」

「それはさすがに優里奈ちゃんに悪いから、

夜にお風呂に入るのと同時に洗濯機に入れて、朝起きたら回す事にしたら?

そうしたら一緒に干すか、優里奈ちゃんに任せるにしても楽になるだろうし」

「賛成!」

「異議なし!」

「ありがとうございます、助かります」

 

 他にも生理用品のストックは、とか、八幡が聞いたら即逃げ出すような会話が続けられ、

一通り問題が出尽くしたと思われた頃、明日奈が言った。

 

「それでは最後に、こちらのモニターをご覧下さい、

興味の無い方もいらっしゃるかと思いますが、

これは今日集まっていただいた事へのサービスです!

撮影してくれたのはイヴだよ、みんな、拍手~!」

 

 一同は、一体何が始まるんだろうと興味津々で見ていたのだが、

映像が始まった瞬間、黄色い声が上がった。

 

『『『『『きゃあああああ!』』』』』

 

 

 

「ん、何だ?今の悲鳴は」

「悲鳴というか、いわゆる黄色い声って奴だろ?」

「……なぁ和人、嫌な予感がするんだが」

「俺は別にしないけどな、どうせ明日奈が、八幡の体を景品にビンゴとかを始めて、

みんなが歓声を上げたとかそういうんじゃないのか?」

「怖い事を言うんじゃねえよ……」

 

 八幡は寝室の中が気になって仕方がなかったが、

いきなり踏み入むのも躊躇われ、その場をうろうろし始めた。

 

「心配性だな、冗談、冗談だってば」

「冗談で済めばいいんだけどな……」

 

 

 

「今流れているのは、先ほどの八幡君の様子です、頑張ってみんなの下着をしまっています、

それでは彼が一体どんな反応を示すのか、是非ご覧頂きましょう」

 

 そして画面には、八幡が何人かの下着をしまっている姿が映し出された。

 

『これは姉さんのか、さすがの大きさと言うべきだが、思ったよりも地味で驚いたな』

 

「え~?そんなに地味?」

「まあ普通だと思うけど、姉さんの場合はプロポーションと比べるとって事ね……

くっ、言ってて何かイライラしてきたわ、姉さん、ちょっと殴ってもいいかしら」

 

『でもやっぱりワンポイントはネコなんだな』

 

「あっ……しまったわ、勝負下着なのがバレてしまったかもしれないわね」

「ゆきのん、冗談だよね?」

「何がかしら」

「あ、えっと……」

「雪乃、勝負下着っていうのはね……」

「…………嘘、そうなの!?」

 

『詩乃はやっぱりむっつりだ、まあ知ってたけどな』

 

「し、失礼ね、私のどこがむっつりなのよ!」

「いや、だってねぇ……」

「凄いね詩乃、よくあんな下着を買えたね……」

「えっちだね」

「うん」

「くっ……」

 

『この生地の少なさは、それ故だと考えておこう』

 

「雪乃、勝負下着ってのはこういうの」

「くっ、こ、今度買いに行くのを付き合いなさい!」

「分かった、付き合う」

 

『ああ、何か安心するな、普通が一番だ』

 

「普通で悪かったわね!」

「ううん南、あれは多分、最大級の褒め言葉だと思うわ」

「八幡、凄く穏やかな表情をしてるじゃない?」

「そ、そうなのかな?」

 

『でも頭にかぶったりはしないからな、イヴ』

 

「ちっ」

「舞衣ちゃん今、ちっ、て……」

「っていうか、今のはどんな流れでの発言!?」

 

『昔は、それある!だの、うけるし、だの言ってたのに、大人になったんだな、折本』

 

「今でもたまに出るわよね?」

「えっ、それはうけない!」

「ほらね」

「あっ……」

 

『これはめぐりんのか、どこか癒されるな……』

 

「うぅ……私がいない所でも、めぐりんって呼んでくれてる……嬉しい」

「喜ぶのそこ!?」

「さすがはめぐりん……」

「こういう人が最後に勝ちを拾うのよね、侮れないわ……」

 

『うん、何とも思わないな。看病の時とかに見たりしてるし、我ながら慣れたもんだな』

 

「ちょっと、私の下着だけ何で丁寧にたたまないのよ、扱いがおかしいじゃない!」

「うわ……」

「室長、それはない、ないです」

「羨ましい……」

「ど、どこがよ!」

「一人だけ特別扱いじゃないですか」

「と、特別?私が?」

「どう見てもそうだよね?」

「そ、そうかしら……うん、そうよね、私は特別なのよね!」

「あ、調子に乗った……」

 

『逆に言えば残りはほとんど八幡がやるんだろ?まあ頑張れ』

 

「うわ、和人君、紳士ね」

「でも私としては、私の下着をしまう時、妙に事務的なのが気になるんだけど……」

「里香にしてみればその辺りは難しいよね」

「うん」

 

『うん、素直にかわいいと賞賛するぞ、珪子』

 

「やった!」

「平和ね……」

「平和が一番なのかも……」

 

『イメージ通りだな、このフリルの具合とかがいかにもそれっぽい』

 

「あたしってそんなにフリル!?」

「フリルね」

「フリルっしょ」

 

『そういえば昔、事故であいつの下着を見ちまった事があったが、

いかんいかん、バレないようにしないと殺される……しかし意外だよなぁ、このピンクは』

 

「…………え?い、いつ?いつ見たの!?」

「さあ?」

「優美子、覚えが無いの?」

「う、うん……」

「とりあえず殺しとく?」

「う、ううん、別に……」

「うわ、優美子顔が真っ赤だよ!」

 

『普通こんな下着を選ぶか?絶対に狙ってるだろこれ』

 

「あ、あざとくなんか無いですし!」

「あざといわね……」

「いろは先輩、あざといです」

「違うから!普通だから!」

「それはそれで問題があると思う」

 

『まさに肉食系って感じか、見た事は無いが、香蓮を見習えってんだよまったく』

 

「まあ確かにフカは肉食系だけど……」

「むしろ何でそこで他の人の名前が?」

「香蓮って誰?」

「ほら、そこの左下に名前があるでしょ?」

「えっとね、スーパーモデルっぽい人」

「ライバルは強大だ、繰り返す、ライバルは強大だ!」

「これは要注意ね」

 

『あの言動はやっぱり計算なんだな、下着から中二っぽい感じがまったく伝わってこねえな』

 

「ふふん、全ては自分を大人しく見せる演技なのニャ、っていう設定ニャ」

「設定なの!?」

「一体どっち!?」

「でももう少し派手なのでも良かったかニャ……」

「ま、まあ入れ替えちゃいけない決まりは無いし、次があるわよ」

「フェイリスさん、どんまい!」

 

『しかも迫力が姉さん並みとか、凄まじい戦闘力だな』

 

「…………じ~っ」

「…………はぁ」

「優里奈ちゃん、ちょっと胸を揉んでもいい?」

「ええっ!?って、もう揉んでるじゃないですか!」

「ふむふむ……確かに私とほとんど変わらないわね……」

「戦闘力五十三万ニャ……」

 

『責任を持って俺が社会に出した上で、あいつが変な男に引っ掛からないように注意せねば』

 

「パパだ……」

「パパがいる……」

「パパだね……」

 

『何度見ても、明日奈に凄く似合ってていいと思うぞ』

 

「うふっ、うふふふふ」

「明日奈が壊れた!」

「嬉しそうな……」

「やっぱり明日奈には敵わないかぁ……」

 

 

 

「八幡、私を特別扱いしてくれてありがとう!」

「うわっ、は、離せ小猫、意味が分からん」

 

 薔薇は部屋を出ると、そう言いながらいきなり八幡に抱きついた。

それを見た残りの一同は、思わず顔を見合わせて囁き合った。

 

「あ……」

「やばい?」

「バレちゃう予感?」

「しまった、室長のテンションがまだ上がったままだった」

 

 そして残された者の何人かは、とばっちりを受けるのを避ける為、そそくさと帰りだした。

 

「八幡、それじゃあまた学校でね!ほら和人、行くわよ」

「お、おい里香、せかすなよ」

「急がないとやばいから、逃げるわよ」

「まじか……分かった」

 

 最初に里香と和人がその場から逃げ出した。

 

「お兄ちゃん、またね!先輩も早く!」

「あっ、待って小町ちゃん、私も行くから!」

「私も私も!」

「いろは先輩、直葉ちゃん、珪子さん、急いで!」

 

 そして次に、いろはと小町と直葉と珪子が脱出に成功した。

 

「それじゃあ私は仕事に戻ります、室長」

「同じく私も」

「私も受付の仕事に戻りますね!」

「私も眠りの森に行かなくちゃ」

「フェイリスもお店に戻るのニャ」

 

 南と舞衣とかおりとめぐりとフェイリスは、上手く仕事を盾にし、離脱した。

 

「さ、さ~て優美子、姫菜の手伝いに行かないとだね!」

「あ~しはちょっと八幡に聞きたい事があるし」

「あっ……わ、分かった、頑張って……」

「うん」

 

 結衣は優美子を置いて、そそくさとその場を後にした。

 

「ボス、そろそろ会議の時間です」

「そ、そうね、とりあえずソレイユの社長室に行きましょう」

「はい、急ぎましょう、ボス」

 

 最後に陽乃とクルスがギリギリの所で部屋を出る事に成功した。

 

「な、何だ……?」

 

 八幡は戸惑いつつも、明日奈の表情を見て何かを感じたようだ。

 

「優里奈ちゃん、足りない物を買い出しに行こう、早くしないとスーパーが閉まっちゃう!」

「まあまあ明日奈、それは明日でもいいからゆっくりしていけって」

「あっ……」

 

 明日奈は優里奈を連れて逃げだそうとした、しかし八幡に回り込まれてしまった!

 

「えっと……」

「大丈夫だ明日奈、怒ったりしないから、中で何があったか言ってみるんだ」

「ほ、本当に?」

「ああ、本当だ、怒ったりはしない、まあ叱ったりする事はあるかもしれないが、

怒るのと叱るのは別物だからな、さあ明日奈、大人しく白状しような?」

「ひっ……」

「まあ小猫の反応で何となく分かるけどな、特別扱いねぇ……

おい明日奈、いつから録画してたんだ?」

 

 八幡のその言葉で、完全にバレていると悟った明日奈は、諦めたようにこう言った。

 

「えっと……最初から」

「最初から、か……」

 

 そして八幡は、残ったメンバーの顔を見回した。

残っていたのは、明日奈、雪乃、優美子、詩乃、小猫、紅莉栖である。

 

「ちなみに私はただの野次馬だからね」

「まあ紅莉栖はそうだよな」

「八幡君」

 

 最初に八幡に声を掛けたのは雪乃だった。

 

「ち、違うの、私は勝負下着の意味を分かっていなかったの、

だから私がいつも、猫の下着を付けているなんて思わないで欲しいの」

「え?あ、いや、雪乃らしくていいんじゃないか?猫、かわいいよな」

「ほ、本当に?」

「おう、本当だ」

「良かった……」

 

 次に声を掛けてきたのは詩乃だった。

 

「ちょっと、私のどこがむっつりなのよ!」

「え……えっと、全部?」

「なっ……」

「大丈夫だ、多分学校で気付いてるのは椎奈くらいだろ、だから何も問題は無い」

「私がむっつりなのを既成事実みたいに言わないで!」

「でもあの下着はなぁ……」

「うっ………」

 

 次に声を掛けてきたのは優美子だった。

さすがにこれは怒られるのを覚悟せねばと思った八幡だったが、

その予想に反して優美子は、顔を真っ赤にしながら八幡に尋ねてきた。

 

「い、いつ見たし」

「あ、えっとだな……以前俺と葉山が、かおり達と一緒に出かけた日があっただろ?

その時葉山に気付いた優美子が、あいつに声を掛けようとして転んだ時にその……な」

「…………あ」

 

 どうやら優美子は、その時の事を覚えていたようだ。

 

「なるほど……あ、ありがと」

「お、おう、お礼を言われるような事じゃないけどな」

 

 そして優美子は、八幡の耳元でこう囁いた。

 

「……えっち」

 

 八幡はそう言われ、盛大に顔を赤くした。

 

「わ、悪い」

「ううん、別に」

 

 最後に八幡は、まだびくびくしている明日奈の所に行くと、

満面の笑顔で明日奈の頭を撫でた。

 

「で、どういう意図でやったんだ?」

「えっと……な、仲間意識の醸成と、私からのサービス?

みんな、八幡君のかわいい所が見たいんじゃないかと思って……」

「なるほど」

 

 そう言って八幡は、明日奈の頭に乗せている手にぎゅっと力を入れ始めた。

 

「い、痛い痛い!」

「ごめんなさいだ、明日奈」

「ご、ごめんなさい……」

「まあ実際そんなに怒ってはいないが、ほどほどにな」

「う、うん」

 

 八幡はそれで明日奈を許し、まだ自分にまとわりついている小猫に目を向けた。

 

「おい小猫」

「わ、私は特別なのよね?それでいいのよね?」

「ああ、もちろんお前は特別だ、だから俺に迷惑を掛けた分、

一人で特別なお仕置きを受けるべきだな」

「わ、分かったわ、特別なんだから仕方ないわよね!」

「おう、それじゃあ電話っと……」

 

 そして八幡は、どこかに電話を掛けた。

 

「あ、下着が地味な姉さんですか?」

『………あ、あれってそんなに地味だったかしら?』

「いや、普通でしたよ、今のはほんの冗談です、でもよくギリギリで逃げましたね」

『文句を言おうかとも思ったけど、それは後日実際に見せればいいかなって』

「見せなくていいですからね、で、頼みがあるんですが、

小猫のネームプレートを、フルネームに変えてもらえますか?」

『分かったわ、用意しておく』

「お願いします」

 

 そう言って電話を切った八幡を、薔薇は愕然と見つめていた。

 

「なっ……ななな何をするのよ!」

「お前が俺にとって特別な事を、他人にアピールするんじゃねえ、

そういうのは俺とお前の心の中にだけしまっておけばいいんだ、

分かったら明日からしばらく罰を受けろ、一週間したら解放してやるから」

「ほ、本当に?本当に一週間だけでいいのね?」

「おう、一週間だけだ」

 

 一生そのままなのかとビクビクしていた薔薇は、その言葉にすがりついた。

そしてその事で、逆に八幡に感謝すらしていた。

紅莉栖はそんな二人の姿を見て、呆れていた。

 

「相変わらず上手くやるものね……」

 

 こうして話は落ち着いたかと思われたが、そんな八幡に、明日奈が爆弾を落とした。

 

「あ、八幡君、香蓮さんのお見合いの話は聞いたよね?」

「あ、おう、聞いてるぞ」

「その事で、今夜フカちゃんと香蓮さんが、私と一緒にここに泊まるから、宜しくね」

「は、はあ!?」

 

 どうやらこの日のバタバタは、まだ終わらないようである。



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第457話 優里奈、述懐す

「え、明日奈、まじでか?」

「うん、朝のうちに連絡が来てたと思うんだけど」

「やべ、携帯をキットに放置しっぱなしだったわ……」

 

 八幡は慌ててそう言い、キットの所に向かった。

そして残っていた少女達は、明日奈に事情を聞いた。

 

「なるほど、お見合いをね……」

「本人が望んでいないんだったらまあ、それは問題だし」

「でも断る事も出来るんでしょう?普通に断ればいいんじゃないの?」

「美優が言うには、もしそうなったら、

なし崩し的に話が進んじゃう可能性が否定出来ないんだって」

「でもそこで八幡が出て行くのはどうなのかしらね」

「どうなんだろう……確実に先延ばしにはなりそうだけど」

「まあとにかく香蓮さんにとって悪い話であるなら、八幡君は確実に潰そうとするでしょう、

私達はその意向に従うだけよ、まあ今回は、私達の出番は無さそうだけれど」

「ちなみに相手は?」

「西山田ファイヤって人みたい」

 

 明日奈はそう言うと、ACSで検索を始めた。

 

「この人だよ」

 

 さすがはACSであり、その情報は普通に検索するよりも細かい物だった。

 

「ところでファイヤって何の事かしら」

「炎って書いてファイヤって読むらしいよ、凄い名前だよね」

「え、ファイヤって名前だったの?芸名か何かだとばかり……」

「ご両親も馬鹿な事をしたものね、本人の苦労が偲ばれるわ」

「でも、この名前を自分の名前を売る事に逆に利用もしてるみたいね」

「たくましいのね、尊敬に値するわ」

 

 そして六人は、ハッとしたように喋るのを止めた。

 

「ねえ、何かさっきから褒め言葉しか出てこないね」

「そういえばそうね……これはもしかして良縁なのかしら」

「それだとちょっとまずくない?」

「でも香蓮さんは、彼にはまったく惹かれないらしいよ」

「逆に言うと、香蓮さんは何故八幡君を?」

「身長の事を気にしない人だったからとしか聞いてないけど」

「あ、それならこのファイヤさんも、八幡君と同じような態度だったって聞いてるよ?」

「何が違うのかしら……」

 

 そして詩乃が、身も蓋もない事を言った。

 

「やっぱり顔?」

「でもこの人もそれなりに整ってない?」

「そうねぇ……」

「考えるな、感じるんだ」

 

 その時いきなり紅莉栖が言った。

 

「理屈じゃないのよ、きっと初めて八幡に会った時に、体中に電気が走ったんだと思うわ」

「わお、ロマンチック!」

「ねぇ紅莉栖さん、それは脳科学的に説明出来るものなの?」

「理屈を付けようと思えばいくらでも付けられるけど、

でもそうしないのが花だと思わない?」

「確かにそうね、こうして話してても仕方がないわね」

「最後に決断するのは香蓮さんだしね」

「後は八幡君に任せましょう」

 

 六人はそう言って頷きあった。

 

「でも明日奈、ちゃんと経過と結果は教えるのよ」

「うんうん、面白そうだしね」

「あ、あは……」

 

 どうやら恋する乙女達は、他人の恋愛にも興味津々のようであった。

 

 

 

 そして八幡が戻るのを待たず、明日奈以外の五人は、迷惑にならないようにと帰っていき、

その場には明日奈だけが残された。否、実はもう一人、寝室に残っている者がいた。

いきなり寝室の扉が開く音が聞こえ、明日奈は驚いた。

 

「あ、優里奈ちゃん!」

「明日奈さん、皆さんはもうお帰りですか?」

「あ、うん、優里奈ちゃん、そっちにいたんだ、全然気付かなかったよ……

でも一人で寝室で何をしてたの?」

「あ、はい、皆さんの下着の見た目をメモってました、

洗濯をした後、しまわないといけないので」

「あ~、そっか!そういえばそうだね!」

 

 その優里奈のよく気が付く所に、明日奈は感心した。

そんな明日奈に、優里奈はいつもとは微妙に違う質問をした。

 

「あ、あの、聞いてもいいですか?」

「ん、何かな?」

「明日奈さんが、八幡さんの彼女ですよね?」

「うん、そうだよ、あれ、誰かから聞いてなかった?」

「あ、はい、実は私、八幡さんと出会ってから、会う人会う人に同じ質問をしてたんですよ、

でも今日、やっと彼女さんにたどり着く事が出来ました!」

「あ、そうなんだ、でも何でそんな質問を?」

「最初は特に意味は無かったんですが、途中から、その……

聞く人聞く人みんな、八幡さんの事が大好きみたいで、

で、公式の彼女さんが、私が見てきた人達よりも八幡さんの事を好きじゃないと感じたら、

何とか別れさせて、自分も含めて残りの誰かを好きになってもらおうだなんて、

おかしな事を考えてました」

 

 明日奈はその答えに何となく納得した。

 

「あ~、そういう事かぁ、八幡君に相応しくない相手だったら排除したかったんだね」

「でもこうして会ってみて、あ、これは無理だなって感じました、脱帽です、お手上げです、

どうしても別れさせる未来が見えません」

「そっかぁ、そう思ってくれたんだったらまぁ良かったかな」

「まあ私にとっては残念ではあるんですけどね」

 

 そう漏らした優里奈に、明日奈は笑顔でこう尋ねた。

 

「優里奈ちゃんも、八幡君の事が好きなの?」

「どうなんでしょう……でも多分、そうなんだと思います」

「どうして?」

「どうしてでしょう……初めて相模のおじ様に紹介された時は、

普通に格好良くてお金持ちなんだなとしか思わなかったんですけど、

最初から相模のおじ様を部下扱いなんかして、ふふっ、思い出すと笑っちゃいますね、

明らかに貫禄があるのはおじ様の方なのに、八幡さんの方が、ずっと大きく見えちゃって」

「ああ、ゴドフリーは、八幡君に心酔してるからね、直接の命の恩人だし」

「そ、そうなんですか?」

「うん、部下に殺されそうになったのを、私達が助けたんだよ」

「そうだったんですか……」

「まあ、それは自作自演だったんだけどね」

「ええっ!?」

 

 そして明日奈は、その時の状況を優里奈に説明した。

 

「ああ~、そういう事ですか!」

「まあその情報が無かったら、多分かなり危険な状況になったと思うけどね」

「なるほど、それじゃあやっぱり命の恩人ですね」

「だね、ふふっ」

 

 明日奈はそれに頷き、微笑んだ。

 

「話がそれちゃいましたね、それでですね、八幡さんなんですが、

会って直ぐに、私にお説教をしてきたんですよ、無防備すぎる、とか、天然だ、とか」

「あ、あは……八幡君、そんな事を言ったんだ」

「正直最初は、えっと……私もそれなりに、色々な人から告白された経験があるんで、

ああ、この人にもまた口説かれちゃうのかな、でもおじ様の顔も立てないとな、

なんて考えながら、話してたんですよ、でも八幡さんは、そんな態度じゃないですか、

あげくの果てに、私がちょっと近付いただけで、すっごく照れて、逃げちゃうんですよ?」

「ああ、それ分かるなぁ、ちょっと仲良くなった後だとそうでもないんだけどね」

「それでですね、私はその時点で、八幡さんに興味津々だったんですけど、

八幡さんが、私の天然さを直すのにどうすればいいかって悩んでたんで、

これからちょくちょく私を色々な所に連れまわしてもらえませんか?って私が言ったら、

八幡さんは、いきなり私にこう言ったんです……」

 

 そして優里奈と明日奈は、同時に同じセリフを口にした。

 

「「え、やだよ、めんどくさい」」

 

 そして二人は顔を見合わせて大笑いした。

 

「あはははは、明日奈さん、八幡さんの真似が上手ですね」

「優里奈ちゃんもね」

 

 そして笑いがおさまった後、優里奈はこう言った。

 

「その時思ったんです、私の事を心配しつつも、一緒に行動するのは面倒臭がる、

この人、何なんだろうって。そしたらその直後に八幡さんが言ったんです、

私を八幡さんの特別臨時秘書に任命するって。

私を色々連れ回すってのは、要するにデートじゃないですか、

でも秘書扱いしておけば、少なくともデートとは言われない、

仕方なくだって言い訳出来る、それで分かったんです、

八幡さんは、きっとデート扱いされるのが、恥ずかしくて仕方ないんだなって。

彼女さんに遠慮してるのかなと、思わなくもなかったんですけど、

でもそれにしては、その後の私に対する態度が、親身になりすぎててですね、

で、最終的に私が感じたのは、あ、この人は私の家族になろうとしてくれてるんだ、

って事だったんです」

 

 その優里奈の長い説明を聞いた明日奈は、八幡君らしいと感じていた。

 

「そっかぁ、優里奈ちゃんはそう思ったんだね」

「はい、実は私、家族を可能な限り現実に似せて、AIで再現して、

そこで長い時間過ごしてたりしたんですよ、要するにゲームの中にずっといるような感じで」

「うわぁ、それは凄いね」

「でも八幡さんと会って、これじゃあいけないって思って、

今はもうまったくログインしていません、次に入るのは、私が結婚する時ですかね」

「あは、そうかもね」

 

 優里奈のその冗談に、明日奈は楽しそうに笑った。

 

「で、八幡さんの事をお兄ちゃんみたいに思ってるうちに、気付いちゃったんです、

このお兄ちゃんと私は、結婚出来るんだって。

もしかしたら私、実はブラコンの気があったのかもですね」

「そっかぁ、なるほどね」

「あ、ごめんなさい、彼女さんの前でおかしな事を……」

「ううん、いいんだよ、今日の状況を見たでしょ?

優里奈ちゃんみたいな人が、他にも二十人近くいるんだよ?」

「まったく女泣かせですよね、八幡さんは」

「だね、まあ姉さん……あ、陽乃さんは、限定的な一夫多妻制を実現しようと、

本気で考えているフシがあるんだけどね」

「ええっ、本気ですか?」

「どうだろう、でも姉さんならやりそうじゃない?」

「確かに……」

 

 そして二人は、再び大きな声で笑いあい、丁度そこに八幡が戻ってきた。

 

「お、もう仲良くなったのか?それは良かった。

優里奈、明日奈の事はお姉ちゃんだと思っていいからな」

「はい、『お義姉ちゃん』だと思う事にしますね」

 

 文字にすると分かるが、この二つはまったく違う意味となる。

それは優里奈の密かな宣言だったのだが、明日奈は何となくその事を察したが、

さすがの八幡も、その事にはまったく気付かなかった。

 

「そうか」

「はい!私、頑張ります!」

 

 そして優里奈の協力を得て、八幡と明日奈は香蓮と美優を迎え入れる準備を始めた。

 

「あと一時間くらいで美優を空港に迎えに行ってくるわ、

その帰りに香蓮も拾って、ここに連れてくるからな」

「私はどうしましょう?」

「そうだな、状況によっては呼ぶかもしれないが、香蓮のプライベートに関する事だしな、

とりあえず自分の部屋でのんびりしててくれ、何かあったら連絡するから」

「連絡が無かったら、頃合いを見て洗濯物だけ回収しちゃいますね」

「ああ、二泊する可能性もあるし、シーツ類はとりあえずそのままでいいだろう」

「分かりました」

 

 そして一時間後、八幡は美優を迎える為に空港へと向かった。

その間、明日奈と優里奈は夕飯の支度をしていた。

 

「ねぇ優里奈ちゃん、さっきのお義姉ちゃんって……」

「あ、分かりましたか?」

「うん、何となくニュアンスが違うなってね」

「すみません……」

 

 そう恐縮した様子を見せる優里奈に、明日奈は明るい声で言った。

 

「まあそれは置いといて、私の事は、本当のお姉ちゃんみたいに思ってくれていいからね」

「い、いいんですか!?私、お兄ちゃんしかいなかったから、とても嬉しいです!」

 

 そう言って優里奈は、花のように微笑んだのだった。

 

 

 

「でもお姉ちゃんより胸の大きい妹かぁ……腰も細いしなぁ」

「な、なんかごめんなさい……」



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第458話 拳骨ソムリエール

 八幡は、美優を迎える為に、羽田空港へと到着していた。

そしてデッキの向こうから、美優がこちらに手を振っているのが見え、

八幡もそれに答えるべく、手を振り返した。

美優は嬉しそうに八幡に駆け寄ると、開口一番にこう言った。

 

「リーダー!かわいいフカ次郎が、再びやってきましたよ!」

「おう、よく来たな、かわいいフカ次郎、早速香蓮の家に向かうぞ」

「えっ?」

 

 美優はその八幡の態度に、頬を染めながら喜んだ。

 

「つ、ついにリーダーの寵愛を手に入れたぞ!」

「うぜえ」

 

 八幡は即座にそう言い、美優は愕然とした顔で八幡を見た。

 

「い、今ワタクシの事をかわいいと……」

「そんなの冗談に決まってるだろ、ほらさっさと行くぞ」

「えええええええええ!?」

「冗談だ」

 

 八幡は再びそう言い、美優の表情は、ハテナ?となった。

 

「ど、どっちの意味の冗談!?」

「さあな、ほらいくぞ」

「ちょ、ちょっとリーダー!」

 

 美優は慌てて八幡の後を追ったが、そのとき八幡が微笑んでいた事には、

背後にいた美優は気付かなかった。

 

 

 

 そして二人は香蓮のマンションに着き、美優がインターホンを押した。

 

『はい、小比類巻です』

「コッヒーちゃん、あっそびっましょっ!」

 

 美優がいきなりそう言い、八幡は頭痛がしたのかこめかみを押さえながら言った。

 

「お前さ、ガキじゃないんだからさ……」

「え~?だってお泊り会の誘いだし、大体合ってるじゃない!」

 

 八幡はそんな美優をスルーし、香蓮に声をかけた。

 

「あ~香蓮、待たせて悪いな、俺もいるから」

『八幡さん!?今すぐそっちに行くね』

「ちょっとコヒー、親友の事はスルー!?」

『あ、美優、いたの?』

「えええええええええ」

『冗談だってば』

「くっ、今日はリーダーとコヒーに弄ばれてる……

やっぱり二人とも、私の体だけが目的だったのね」

「うぜえ」

 

 そして扉が開き、中から香蓮が顔を出した。

 

「お待たせしてごめんね、でも美優が来る事は分かってたけど、

八幡さんは今日はどうしてうちに?もしかして美優を迎えに行ってたの?」

「話はどこまで聞いてるんだ?」

「えっと……うちのお父さんから聞いたのは、

西山田さんという方から縁談を申し込まれたから、

他の候補と一緒に会って欲しいって……あ、でももちろん断るつもりだよ?」

「断りきれるのか?」

「それは……何とかするつもりだけど……」

 

 香蓮は渋い表情でそう言った。やはり断りきれない可能性も若干あるのだろう。

 

「その他の候補ってのが誰なのか知ってるのか?」

「ううん、それは教えてもらえなかったの」

「俺だ」

「………えっ?」

「最初に応対したのは美優だったんだが、どうやらその時、俺の名前を出したみたいでな、

それで香蓮の親父さんが、俺にも会ってみると言い出したらしい。

まあ俺としては、香蓮が望まないなら、今回の件は、いくらでも協力するつもりだ」

「……………ああ、そういう……………」

 

 一瞬喜んだように見えた香蓮だったが、直後に香蓮が目に見えて落ち込んだ為、

八幡はどうしたのだろうと思ったが、直ぐに香蓮は笑顔を見せ、八幡に言った。

 

「事情は分かった、とりあえずどうすればいい?」

「色々と詳しい話を聞きたいから、

とりあえず今日は美優と一緒に俺のマンションに泊まってくれ」

「えっ、八幡君のマンションに!?分かった、直ぐに準備するから!」

 

 香蓮はそう言うと、部屋の中に駆け戻り、直ぐにバッグを一つ持って戻ってきた。

 

「準備おっけー!」

「は、早いな香蓮……」

 

 そんな香蓮に、いきなり美優が言った。

 

「コヒー、予備のぱんつは持った?一応後で詳しく説明するけど、

一組はリーダーの部屋に常時置いておく事になってるから、宜しくね」

「ぱっ…………ちょ、ちょっと美優」

「ん?どうなの?ほらほら、勝負ぱんつは持った?」

「…………だから美優」

 

 香蓮はぷるぷる震えながら再びそう言い、八幡は黙って美優の頭に拳骨を落とした。

 

「いったぁい!」

「ありがとう八幡君、いい?美優はもう少しデリカシーを持ちなさい!」

「え~?これでも親切で言ったつもりなんだけどなぁ」

「いいからちょっと黙って!」

「もしかして照れてるの?もう大学生なんだし、

勝負ぱんつくらいで恥ずかしがってどうするの?」

「ああ~、もう!とにかく黙ってなさい!」

 

 そして香蓮は一度家の中に戻り、今度はやや時間をかけた後に再び戻ってきた。

 

「お、勝負ぱんつを選ぶのに時間がかかったのかぁ?

後でちゃんとチェックするからな、コヒー」

「さ、八幡さん、行きましょ」

「あ、ちょっと!無視すんな、あっ、リーダー、私を置いてかないで!」

「知らない!」

 

 香蓮はそう言いながら、八幡の腕をとってスタスタと歩いていき、

美優は慌てて二人を追いかけると、八幡の開いている腕にすがりついた。

 

「もう、ごめんってば」

「今のはお前が悪いぞ、美優」

「そうよそうよ」

「はいはい、コヒーは照れ屋さんでちゅね」

「違うから!常識だから!」

「で、勝負ぱんつは持ったの?」

「もう、もう!」

「そろそろやめろ美優、香蓮はお前とは違って普通の子なんだからな」

「私だって普通だよ!?」

「お前の中ではそうなんだろうな、お前の中では」

 

 そして三人はキットに乗り込み、八幡のマンションへと向かった。

美優は何も言わずに自発的に助手席を香蓮に譲っており、

なんだかんだ言っても二人は仲良しなんだろうなと八幡は感じていた。

 

 

 

「香蓮ちゃん、フカちゃん、いらっしゃ~い!」

「明日奈、北海道ぶり!」

「あ、明日奈さん、久しぶり!」

「二人ともいらっしゃい、さあ上がって上がって」

 

 マンションに着くと、明日奈が三人を笑顔で出迎えた。

どうやら優里奈は既に自分の部屋に戻ったようだ。

 

「そういえば美優は、北海道で明日奈さんとずっと一緒だったんだよね?」

「うん、明日奈のお兄さんとうちの従姉妹が今度結婚する予定だから、

そうしたら私達は親戚になるんだよ、えっへん!」

「そうなんだ、すごい偶然だね」

「つまりここはもう、私の家と言っても過言ではないね!」

「調子に乗るな」

 

 即座に八幡が、美優に拳骨を落とし、美優は涙目になった。

 

「いったぁい!もう、何度も何度も殴られたら、私が馬鹿になっちゃうじゃない!」

「心配しなくてもお前は最初から馬鹿だ」

「ええ~?そ、そんな事は無い………よね?コヒー」

「えっ?」

「えっ?って………何で顔を背けるの!?……明日奈まで!」

 

 二人は困ったように、美優から顔を背けており、美優は涙目で八幡に振り返った。

八幡は、美優の視線を受け、笑顔でこう言った。

 

「早く人間になれよ、美優」

「ちっ、畜生!家出してやる!」

 

 美優はそう言いながら、寝室へと駆け込んだ。それを見ていた香蓮は、八幡にこう尋ねた。

 

「えっと……あの部屋は?」

「寝室だな」

「寝室に家出ね……」

「まあ丁度いいさ、明日奈、香蓮を寝室に案内してやるといい、荷物も整理しないとだしな」

「あ、そうだね、丁度いいね、それじゃ香蓮ちゃん、こっち」

「あ、うん」

 

 香蓮は明日奈に手を引かれ、寝室へと入った。そして中を見た二人は完全に固まった。

 

「こ、これがリーダーが使っているベッド……むっはー、マーキングしておかないと!

かわいいフカちゃんの残り香を君に!そしてここはクローゼット?

も、もしかしてここにリーダーのぱんつが!?こ、これはかぶらねば!」

「フカちゃん………」

「ご、ごめんなさい、馬鹿な友達で……」

「う、ううん、大丈夫だよ香蓮ちゃん」

 

 明日奈はそう言うと、美優に呼びかけた。

 

「フカちゃん、そのベッドを今日使うのは私達だからね、

そしてそのクローゼットには、私達の下着が入ってるだけだよ、

もちろんフカちゃんの下着ももう収納済だよ」

「な、何と!?」

 

 そして美優はクローゼットを開けた瞬間に固まった。

 

「こ、こりは……何と壮観な眺め……」

「ど、どうしたの?美優」

「コ、コヒー、これを見るんだ、これが秘宝、支配者のクローゼットだよ!」

「ひ、秘宝?………えっ?こ、これは……」

「あは、ちょっと人数が多いよね、ちなみに二人の名前が書いてある引き出しが、

それぞれ二人専用になるから覚えといてね。ちなみに名前は八幡君に書いてもらいました!」

「わ、私の名前をリーダーが自ら?」

「わ、私の名前を八幡君が自分で?」

 

 二人はそう言って、じっと自分の名前が書かれたシールを見た。

二人は妙に感慨深げであり、明日奈は八幡に書いてもらったのは成功だったと確信した。

 

「フカちゃんは自分の下着がちゃんと入ってるか確認してね、

ちなみに畳んでしまってくれたのも八幡君だからね」

「な、何ですと!?そ、そんな夢のようなイベントが!?」

「あ、うん、ちなみにその時のコメントは、

『まさに肉食系って感じか、見た事は無いが、香蓮を見習えってんだよまったく』だったよ」

「が~~~~~~~~~~ん!またコヒーに持ってかれた……」

 

 美優は、その八幡の言葉が期待とまったく違った為、落ち込んだ。

 

「まあさすがにこれは……」

「美優、やりすぎ」

「くっ……計算を間違えた……」

 

 さすがの美優も、明日奈と香蓮にそう評された事で、自分の失敗を悟った。

だがさすがは美優である、女ゼクシードと言われてもおかしくない程メンタルが強い。

 

「決めた!今すぐそれを着けて、今着けている下着をリーダーにしまってもらう!」

 

 そう言っていきなり脱ぎだした美優を、二人は必死に止めた。

 

「フカちゃん、落ち着いて!さすがの八幡君も、それは絶対拒否すると思うから!」

「言わなければバレないはず!」

「私達が言うから無理だってば!」

「う、裏切り者どもめ!」

「人として当たり前の行動だから!」

 

 その時扉がノックされ、八幡が呼びかける声が聞こえてきた。

 

「おい明日奈、バタバタしてるみたいだが大丈夫か?」

「あっ、ごめん、大丈夫、大丈夫だから今は中に入ってこないで!

フカちゃんの格好が危ないから!」

「そ、そうか、着替え中だったか」

 

 八幡はどうやらその言葉を素直に受け取ったようで、

扉から離れていく足音が聞こえてきた。

 

「リ、リーダー、リーダー!今の私を見て!」

「はいはいもう諦めなさい」

「くっ、コヒーめ、余裕を見せやがって」

「私に何の余裕があるのよ……」

「コヒーはまだ、そのバッグの中に眠っている下着を、

リーダーにしまってもらえるチャンスがあるじゃないか!」

「しないってば」

 

 香蓮はそう否定したが、そんな香蓮に明日奈は言った。

 

「そっか、香蓮ちゃんも八幡君にしまってもらう?」

「え、あの、その……」

「大丈夫だよ、実はここにある下着のほとんどは、八幡君にしまってもらった物だからね」

「そ、そうなの!?」

「うん、でもまああくまで個人の希望に沿ってやってもら……」

 

 明日奈がそう言いかけた瞬間に、香蓮は顔を赤くしながらこう言った。

 

「お、お願いします!」

「え?あ、う、うん、分かった」

 

 そんな戸惑う明日奈に、美優がそっと囁いた。

 

「明日奈、コヒーはこう見えて、かなり負けず嫌いなの」

「ああ、そういう……」

 

 明日奈はその言葉に納得すると、どこからかペンと紙袋を取り出し、

その紙袋に香蓮の名前を書き、その中に香蓮の下着を入れてもらうと、

その袋をクローゼットの前に置いた。

そして二人の手を引くと、寝室の外に出て、八幡に声をかけた。

 

「八幡君、ちょっといい?」

「ん、荷物整理は終わったのか?」

「うん、大丈夫だよ、ところで八幡君、平等って大事だよね」

「………ん?お、おう、まあそうだな」

「それじゃあお願いね?」

 

 そう言って明日奈は八幡を寝室に押し込み、三人は部屋の外からそっと中を覗いた。

 

「…………おい三人とも、何であからさまに中を覗いてるんだ?」

 

 その質問には誰も答えず、八幡は首を傾げつつも、きょろきょろを辺りを見回し、

床に置いてある紙袋の存在に気が付いた。

 

「何だこれ……香蓮?」

 

 そして八幡は何気なく袋の中を覗き、それが何か理解した瞬間に固まった。

同時に香蓮も恥じらいのあまり固まり、明日奈と美優は、必死に香蓮を呼び戻そうとした。

 

「香蓮ちゃん、ほら、再起動して!」

「おいコヒー、ここからが大事な場面だ、しかとその目でリーダーの雄姿を見届けるんだ!」

 

 その言葉で香蓮は意識を取り戻し、恥じらいながらもじっと八幡を見つめた。

同じ頃、八幡も再起動したのだが、何を期待されているのかは理解したが、

どうしても背後からの視線が気になって、八幡はまったく動く事が出来なかった。

 

「動かないね……」

「どうする?」

「このままだとコヒーだけ一歩後退?」

「むう……」

 

 その言葉が香蓮の心に火を付けた。香蓮はいきなり立ち上がり、

寝室の扉をバタンを開け、つかつかと八幡に歩み寄ると、

八幡の手に、自分の下着が入った紙袋をしっかりと握らせると、クローゼットの前に行き、

自分の名前が書いてある引き出しを開け、そのまま部屋を出ていき、元の体勢に戻った。

それを見た明日奈と美優は、思わず拍手した。

 

「おお……」

「勇者がここにいた!」

 

 そして八幡は、三人にじっと見つめられるプレッシャーに負け、

深呼吸を一つした後、思い切って袋の中から香蓮の下着を取り出した。

昨日は一日下着ソムリエをしていた八幡にとっても、

このシチュエーションは中々きついものがあった。

だがここでただ立っていても、何も状況は変わらない。

八幡はそう考え、何というべきか、下着を見つめながら真面目な顔で考えていた。

実にシュールな光景である。そして八幡が、ついに口を開いた。

 

「やっと自分の魅力に気付きつつあるんだろう、かわいいだけでも格好いいだけでもなく、

あくまで自然体で選ばれたと思われるこの下着が、今の香蓮を象徴しているな、

出来ればそのまま真っ直ぐ歩いていってくれよ、香蓮」

 

 そう言って八幡は、下着を丁寧に畳むと、引き出しへとしまった。

 

「さて、そろそろ寝室を出るとするか」

 

 その言葉を合図として、三人はリビングのソファーに座り、

そして寝室を出た八幡も、何も無かったかのようにソファーに座り、

先に座っていた三人に声を書けようとしたのだが、

明日奈は難しい顔で考え込んでおり、ぶつぶつと呟いていた。

 

「やはり香蓮ちゃんは、四天王の中では最強……細心の注意を払わないと」

「お~い明日奈?お~い?」

 

 美優も難しい顔で考え込んでおり、ぶつぶつと呟いていた。

 

「やばい、このままだとコヒーに負ける、そして友情と恋愛の板ばさみに……」

「おい美優、聞こえてるか?お~い」

 

 一方香蓮も、難しい顔で考え込んでおり、ぶつぶつと呟いていた。

 

「かわいいだけでも格好いいだけでもなく、あくまで自然体……う~ん、難しい、

でも八幡君は、今のままでいいと言ってくれた、私は多分正しい道を歩いてる、

うん、きっとこのままでいいんだ、とにかく頭を空っぽにして前に進んでいこう……」

 

「香蓮もか……おい香蓮、お~い?」

 

 そして八幡は、仕方ないという風に立ち上がると、三人の頭に順に拳骨を落としていった。

 

「きゃっ!」

「ぎゃふん!」

「痛っ!」

「おい三人とも、落ち着いたら今日の本題に入るぞ」

 

 その言葉で三人は居住まいを正し、こうして情報交換が始まった。



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第459話 ソレイユやばい

「最初に俺が調査させた結果を発表しておく。

西山田ファイヤ、(株)ファイヤ・ロータスの社長であり、

北海道の建設業界の中では急成長中の注目株。

その経営姿勢は基本ワンマンであり、財力を背景にした強引な手法も目立つ。

香蓮の実家の小比類巻建設ともいくつかの事業で提携したりと、

それなりに関係は深いようだな」

「単純に条件としては、実は悪くない?」

「財力と将来性の面から考えるとそうかもしれないが、

正直本人に会ってみないと何とも言えないな、

そして俺の知る限りにおいては、どうやらファイヤは今、

香蓮の情報をしきりに集めているようだな。ついでに言うと、

お前がGGOをやっている事は既に掴んでいるようだ。

中々優秀だと言わざるを得ないな」

「そ、そうなんだ」

「ちなみにパーティーの時に香蓮と会って、運命を感じたらしいんだが……」

「えっ、何それ、そんな事まで分かるの?」

 

 香蓮はそんな事まで分かるのかと、逆に八幡の持つ情報力に驚いた。

 

「香蓮ちゃん、GGOをやってるの?良かったら今度一緒に遊ばない?」

「明日奈さんもGGOをやっているの?」

「うん」

「ちなみに明日奈もお前と同じ、P90使いだぞ、香蓮」

「えっ、そうなんだ!」

「香蓮ちゃんも?」

「うん!」

「そっかぁ」

 

 二人はそう言うと、とても嬉しそうに見つめあった。

同じ銃を使う者同士のシンパシーという奴であろう。

 

「それじゃコヒー、パーティーの日の流れを教えて?」

「あ、うん、普段はお父さん絡みのパーティーは、うちのお姉ちゃん二人のうち、

どっちかが同行する事が多いんだけど、その日はたまたま都合がつかなくて、

仕方なく現地にいる事もあって、私が同行する事になったの」

「香蓮にはお姉さんが二人いたのか」

「うん、まあうちの会社はお姉ちゃん二人のうち、どっちかと結婚する人が継ぐだろうし、

私は比較的自由にさせてもらってるから、お父さんのこういう頼みって断りづらいんだよね」

「まあそういう事ってあるよね」

「コヒーは特に進学の時、かなり強引に頼み込んでたしね」

「うん……」

「なるほど」

 

 八幡は、確かにそれだとお見合いの話も断りづらいだろうなと感じた。

実際香蓮は、進学の事で多少なりとも親に負い目を感じているように見えた。

 

「でね、同じ北海道の、同じ業種の人だって言ってあの人を紹介されたから、

私は普通に自己紹介だけしたんだよね、それ以外の接触はまったく無かったよ」

「ふむ……それじゃあ香蓮、これを見てくれ」

 

 八幡は、PCをリビングのモニターに接続し、何か操作を始めた。

そしてモニターに映し出されたのは、そのパーティー当日の香蓮とファイヤの姿だった。

 

「こ、これは……?」

「これがさっき説明した事の根拠だ、

ちなみにこれは、当日の会場の監視カメラをハッキングした映像だ、ここをよく見てくれ」

 

 そして八幡は、香蓮が挨拶の為に頭を下げた瞬間の、

ファイヤの口元をアップにし、スローで再生した。

 

「ここだ、香蓮は頭を下げているから見えなかったかもしれないが、

ここでファイヤは、『これは運命か』と言っている。これは読唇術によって判明した」

「ハッキングに読唇術……」

「ソレイユやばいソレイユやばい……」

「それを踏まえて香蓮、どうだ?」

「あ、確かに何かぶつぶつ言ってた気はする、

それに私が名乗った時、一瞬ハッとした気もする」

「なるほど、名前か」

 

 八幡は頷きながら、説明を続けた。

 

「うちのスタッフの分析だと、ファイヤ・ロータスのロータスは蓮の事で、

香蓮の蓮と一致する事から、おそらく運命とは、

二人の名前の組み合わせの事だったのではないかという推測がされているんだが、どうだ?」

「あ~……安直だけど確かにそれっぽい……」

「でもまあ恋の始まりってそういうものじゃない?」

「それは否定出来ないけど……」

「まあ状況から、その可能性が高いというだけの事だ、実際そうなのかは分からない」

「でも本当にそれっぽいよねぇ……」

 

 こうして今回の件の背景に対する推測は成された。

そして当日の対応についてだが、当然恋人のフリをする事など出来ない為、

香蓮が直接断りを入れるのを、八幡が黙って見守るという事になった。

香蓮の父親に対する対応は、本人の気持ちの問題を強調しつつ、

相手を貶めないように、無難に進める事と決定された。

 

 

 

「正直ちょっと物足りない気がしない?」

「そうだねぇ、でもまあ角がたたないようにしないとだしね」

「でもこれで相手が引くかなぁ?」

「まあ辛抱強く断るしかないんじゃないかな」

 

 明日奈と美優は、お風呂場でそんな会話を交わしていた。

一緒に入っていた香蓮は、苦笑しながらその会話を聞いていた。

 

「まあ私の問題だし、何とか説得してみる」

「無理だったらどうするの?」

「そうねぇ、家出でもしてやろうかな」

「えっ、本当に?」

「まあ、状況が許せばだけどね」

「学費とか色々あるもんね……」

「まあほら、それは奨学金的な扱いで、ソレイユから借りるって手もあるし」

「まあ本当にそうなったらまた考える」

 

 そして三人は仲良く風呂に浸かり、お風呂で女子トークをした。

一方その頃八幡は、アルゴの来訪を受けていた。

 

「よっ、ハー坊、オレっちの情報は役に立ったカ?」

「微妙に引かれちまったかもしれないが、役には立ったぞ」

「まあそれは仕方ないだロ」

「で、今日は何の用だ?」

「ボスに頼まれて、これを持ってきたんだゾ」

「ああ、アミュスフィアか、悪いなアルゴ」

「なぁに、家に帰るついでだから問題なイ」

 

 八幡は、アルゴがちゃんと家に帰ってくれているようなので少し安心した。

 

「ちゃんと家に帰ってるんだな、えらいぞ」

「まあさすがにあんな羞恥プレイはもうご免だからな。

で、今日はアーちゃん達がいるんだよな?今は風呂か何かカ?」

「ご明察だ、今三人で風呂に入ってるよ、お前も乱入するか?」

 

 八幡にそう言われ、アルゴは部屋をチラッと覗きこんだ後、こう言った。

 

「そうしたいのはやまやまだけど、最近仕事が忙しいから凄く眠いんだよ、

だから帰って直ぐに寝たいんだよナ」

「そうか……悪いな、余計な事を頼んで負担をかけちまって」

 

 そう謝る八幡に、アルゴは鷹揚に首を振った。

 

「問題ないから気にすんナ」

「別にお前もここを利用してもらってもいいんだぞ?」

「もうちょっとこっちの仕事が落ち着いたら考えておく、

オレっちの部屋は近いし、それほど必要性がある訳でもないしナ」

「そうか、それじゃあゆっくり休んでくれ、くれぐれも無理はするなよ、アルゴ」

「おう、おやすみハー坊」

 

 そしてアルゴは二つ隣の部屋に去っていき、

八幡は寝室とリビングで、アミュスフィアを使えるように手早くセッティングを済ませた。

丁度そこに、三人がお揃いの浴衣姿で現れた。

 

「……………おお?」

「どう?似合う?」

「リーダー、かわいいフカちゃんが参上だよ!」

「は、八幡君、どうかな?」

「おう、三人とも凄くかわいいと思うぞ」

 

 その八幡の言葉に、三人は手を取り合って喜んだ。実に微笑ましい。

 

「で、それはどうしたんだ?」

「夏場にパジャマの代わりに着るのもいいかなって、

サイズ各種をみんなで共用出来るように、何着か揃えてみたんだよね。

着るのは簡単でね、羽織ったら前を合わせて、このマジックテープの帯で止めるだけなの」

 

 八幡は、そんな物もあったのかと感心した。

 

「ほうほう、それを着て外に出る訳じゃないし、それはお手軽でいいな」

「うん、かわいいしね。あっ、それ、アミュスフィア?どうしたの?」

 

 明日奈は目ざとくアミュスフィアを見つけ、八幡にそう尋ねた。

 

「ついさっき、アルゴが届けてくれたんだ、この部屋には無い方がおかしいしな」

「なるほど、で、アルゴさんは?」

「眠いから寝るってさ」

「そっかぁ、忙しそうだもんね」

「だな、もっと負担を軽減してやりたいんだがな」

 

 そして美優が、アミュスフィアを見てぽつりと言った。

 

「あ、せっかくこっちに来たんだし、ここからALOにログインして、

みんなに挨拶して来ようかな」

「あっ、それじゃ私も付き合うよ、もし誰もいなかったら寂しいしね。

八幡君と香蓮ちゃんも、せっかくだからGGOでちょっと遊んでくれば?」

 

 明日奈は、香蓮を一人にする訳にはいかないと思い、そう言った。

 

「そうだな、ちょっとひと狩りするか?香蓮」

「寝る前の軽い運動だね、まあ実際に体を動かす訳じゃないけどね」

 

 こうして二組に分かれ、ログインする事が決定した。

 

「とりあえず今は、リビングと寝室で二台ずつ設置してあるぞ」

「設置しなおすのも面倒だし、そのまま分かれればいいかな?」

「そうだな、それじゃあ香蓮はこのソファーベッドで、

俺はこっちの普通のソファーでログインするか」

「え、そんな、悪いよ」

「いや、俺はソファーで寝るのは慣れてるし、そんな長時間やる訳じゃないから問題ない。

遠慮しないでそっちを使ってくれ」

「う、うん、ありがとう」

 

 そして明日奈と美優は寝室へと移動し、八幡は香蓮にこう尋ねた。

 

「俺はちょっとトイレに行ってくるから、先にログインしておいてくれ。

ああ……香蓮はトイレとか、大丈夫か?」

「うん、大丈夫、それじゃあ先にログインしてるね」

 

 八幡は言いにくそうにそう言ったが、香蓮は平気な顔でそう答えた。

八幡が変な意味で言っているのではない事を、香蓮はちゃんと理解していたからだ。

そして香蓮はGGOにログインし、八幡はトイレへと向かった。

 

 

 

「さて、香蓮が待ってるだろうから、早くログインしないとな」

 

 八幡はそう呟きながらリビングへと戻った。

 

「よっと…………って、まじか……」

 

 八幡は、ログインする前に香蓮の方をチラッと眺めたのだが、

浴衣が若干小さめだったせいか、香蓮のスラリと伸びた生足が、

太ももまで露出されている事に気が付き、どうすればいいかと激しく葛藤した。

 

「困ったな……ここで放置すると、香蓮が戻った後、恥ずかしがらせてしまう事になる。

だが直そうにも、構造的に俺の手が香蓮の足に触る事は避けられない、

そしてその拍子に、見えてはいけない物が見えてしまう可能性も否定出来ない……

というか今でもかなり際どい……ここは素直に明日奈に頼るべきだな」

 

 八幡はそう考え、寝室の扉をノックした。だが返事は無い。

 

「もうログインしちまったのかな……」

 

 八幡は一応もう一度ノックをし、返事が無い事を確認すると、

困った顔でリビングへと戻った。

 

「まずい、まずいぞ………って、そうか!」

 

 八幡は何か思いついたのか、部屋の隅にあるカラーボックスを開いた。

そこにはタオルケットのような物が収納されており、

八幡はそれを、香蓮の下半身が隠れるようにかけた。

ちなみにこれは、八幡がリビングで寝る時に使っている物である。

 

「ふう、これで良しっと、さて行くか」

 

 

 

 シャナはGGOに降り立つと、とりあえずレンの姿を探した。

 

「あのピンクは目立つから、直ぐに見つかると思ったんだがなぁ……」

 

 近くにレンの姿は無く、シャナはフレンドリストから、レンの居場所を探した。

 

「総督府?何であんな場所に……」

 

 シャナはその事を訝しく思いながら、レンにメッセージを送ったが、返事はない。

 

「何かトラブルか……?」

 

 そう思いながら、シャナは総督府への道を急いだ。

そして総督府に着いたシャナの目に、長身でガッシリとした体格をして、

整った顔をしたプレイヤーが、レンに話しかけている姿が映った。

レンがとても困ったような顔をしてた為、シャナはやはりトラブルだったかと思いながら、

二人に近付いていき、声をかけようとした。

 

「………ですから香蓮さん」

「だから、その名前で私を呼ばないで、ファイヤさん!」

 

 シャナはその言葉を聞き、一瞬呆然とした。

 

「何でリアルの名前で呼び合ってるんだよ……」

 

 シャナはそう思い、二人に声を掛けた。

 

「随分と危険な会話をしているが、ここは公の場だ、ちょっと黙った方がいいな」

「シャナ!」

 

 レンは嬉しそうにシャナに駆け寄り、シャナにひそひそと話しかけた。

 

「シャナ、この人西山田さんみたいなんだけど、私の事を本名で呼ぶから困ってるの。

その上、自分のプレイヤーネームも本名のファイヤにしてるみたいなの」

「まじかよ、本人か、分かった、何とかする。で、レンは何でここにいたんだ?」

「ほらあれ」

 

 そのレンの指差す先には、『開催、スクワッド・ジャム』の文字が躍っていた。

シャナはそれが何を意味するのか知りたいと思ったが、

とにかく先ずは移動しないとまずいと考え、先にファイヤに近付き、こう言った。

 

「ここは人目が多いから、会話をするのに向いている場所じゃない。

誰にも邪魔されずに話せる場所が近くにあるから、そこに移動しないか?」

「あ、ああ、分かった」

 

 さすがのファイヤも周りの目を多少気にしていたのだろう、素直にそう答え、

シャナは黙って二人をレンタルスペースへと案内した。



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第460話 一言多い男

「俺はこのレンの友人の、シャナと言います、宜しくお願いします」

「俺は西山田ファイヤだ、宜しく。でも君はどうして本名で名乗らないの?

僕に失礼だとは思わないのかい?」

 

 その言葉を聞いた瞬間に、シャナとレンは激しい頭痛に襲われた。

 

「ド素人か……」

「みたいだね……」

 

 そしてレンが、怒ったような口調でファイヤに言った。

 

「この人はシャナ、私はレン!」

「ああ、そういう演技か、ゲームの中だからそうするしかないんだね、実に気の毒だ」

 

 その言葉に、二人は再び頭痛を覚えた。

 

「いくら素人でも、こういう匿名の場で、

本名を連呼する事の危険性くらいは分かりますよね?」

「ん?何か問題が?人として当たり前の事だろう?それとも君は人じゃないのかい?」

 

 シャナはイラッとし、思わずアハトXを抜きそうになったが、すんでの所で我慢した。

 

「……分かりました、この話し合いが終わって、このゲームからログアウトした後に、

ネットなりなんなりで調べるか、貴方にレンが小比類巻香蓮だと教えた人に、

その事を尋ねてみて下さい、今はそれだけ約束してもらえればいいです」

「分かった、必ず尋ねるし、君の無礼にもここは目を瞑ろう」

 

 どうやらファイヤは、一言多い性格のようである。

 

「それはどうも」

「………殺す」

 

 今度はその言葉を聞いたレンが、小さな声でそう呟いてPちゃんを抜こうとしたが、

シャナはレンの肩に手を置き、それを制した。

 

 そしてファイヤは、笑顔でレンにこう言った。

 

「それにしても香蓮さん、また会えて嬉しいよ、

こんなくだらない場所だってのは、残念だけどね」

「私は別に嬉しくないです」

「ん、お父さんから何も聞いてないのかい?先日確かに申し入れをしたんだけどね。

なのでこのサプライズには、喜んでもらえると思っていたんだけどね」

 

 レンはその言葉に眩暈がしたが、言うべき事は言うべきだと思い、こう言った。

 

「聞いてますよ、でも返事はノーです、明日お父さんの前でも言いますが、返事はノーです」

「そうなのかい?お父さんの様子だと、まんざらでも無さそうだったけどね。

もちろんうちの親は大賛成さ、君の友人達も、多分大賛成なんじゃないかな?」

「私とお父さんは違いますから」

「う~ん、でも僕は諦めないよ、必ず君と結婚する。

その上でこんな野蛮なゲームも必ずやめさせる」

「やっぱりさっきから一言多い!」

 

 レンはそう言って、ファイヤを指差した。

 

「人を指差すとはマナーが良くないね、まあ大丈夫、僕が先生を雇って、

香蓮さんが立派な淑女になれるように手伝いをするからね」

「………殺す」

 

 レンはそう呟き、再びPちゃんを抜こうとしたが、シャナがそれを制し、一歩前に出た。

 

「ファイヤさんは、このゲームを野蛮だと?」

「ああ、誰でも自由に人を撃ち殺せるなんて、正直怖いと思ったね、まったく理解出来ない。

だから将来俺の妻になる香蓮さんには、こんなゲームは……

いや、VRゲームそのものをやめてもらって、

香蓮さんが望むような立派な淑女になってもらいたいと思う。

まったくソードアート・オンラインの教訓を何故生かせないのか、

こんなものは直ぐにでも法規制するべきだよね。君達もそう思うだろう?」

「ほうほう、それは過激な意見ですね」

 

 シャナは辛抱強くそう言った。

 

「過激かい?普通だろう?名無し君」

「名無し君ね……まああなたにとっては普通なんでしょうね」

 

 シャナも、さすがにここまで独善的な男に会うのは初めてだった為、閉口していた。

 

「ところで香蓮さん、明後日なんだが、デートを申し込んでもいいかい?」

「嫌だと言ったら?」

「それじゃあその次の日はどうだろう?」

「それも嫌だと言ったら?」

「そしたら更にその次の日という事になるんだろうね」

「はぁ……」

 

 レンもそのファイヤの独善的なやり方に閉口した。

シャナは、ファイヤは基本こういったやり方でのし上がってきたんだろうなと思い、

このままだともうすぐ行き詰るなと、ファイヤの評価を下方修正した。

 

「何か用事でもあるのかい?もちろん無いよね?」

「用事が無かったら、デートするのが普通だと?」

「時間は有意義に使うものだろう?

用事が無いんだったら、俺と一緒にいる事は君の利益になるじゃないか」

「私にとっての利益は、この人と一緒にいる事だけだよ」

 

 ついに我慢しきれなくなったのか、レンはシャナを指差してそう言った。

 

「そして私達は、二人でスクワッド・ジャムに出場するので、

その為に一緒に訓練をしないといけないの、

だから貴方と無駄な時間を過ごしている暇はまったく無いの」

「スクワッド・ジャム?何だいそれは?」

「チームごとに戦って優勝者を競う大会だよ」

 

 そのレンの言葉で、シャナはスクワッド・ジャムがどういうイベントなのか理解した。

 

「そうか、香蓮さんは勝負ごとが好きなんだね。

まあそういう事なら、結婚後も趣味程度なら認めてもいいかもしれないな」

「だから一言多いの、そうね、少なくとも負けるのは大嫌いだよ」

「そうか、つまり君に言う事をきかせる為には、何らかの勝負に勝つ必要があると。

それならこうしよう、もしそのスクワッド・ジャムという大会で、

君達二人が優勝出来たら、俺は香蓮さんの事は諦める、

だがもし優勝出来なかったら、俺とデートしてもらおう、

ただし一つ条件を付ける、どうだい?」

「条件次第だね」

「何、簡単な事さ、君達には多分他にも仲間なり知り合いがここにいるだろう?

その人達と組んで八百長みたいな事をされたらたまらないから、

そういうのは一切禁止、必ず二人だけで勝ち抜く、条件ってのはそれだけさ」

「分かった、それでいいよ」

 

 シャナは、レンの敗北条件が、結婚する事だったら介入するつもりでいたが、

デートする事だった為、それなら負けても大してリスクは無いと考え、

ここは黙って黙認する事にした。

 

(しかしこいつなら、条件を結婚に設定すると思ったが、

デートさえ出来れば満足なのか、それとも一度のデートで、

結婚まで持っていける自信があるのか、そのどちらかなんだろうかな)

 

 ちなみに答えは後者である。

 

(まあこいつにとってはただの遊びなんだろうが、

ここは香蓮を褒めておかないといけないな、最高の条件だ。

まあ本人は頭に血がのぼってカッとなって言っただけなんだろうけどな)

 

 シャナは賞賛する気持ちで怒りに震えるレンの肩に手を置き、

レンを泣かせない為にも、もう一押しする事にした。

 

(さて、ファイヤにとっては随分と利が少ない賭けに乗ったもんだ、

という事は勝てる自信があるって事なんだろうが、

他のプレイヤーを買収でもして、全員味方に付けるくらいはやるかもしれないな)

 

 そう考えながら、シャナは一歩前に出た。

 

「なぁファイヤさん、他のプレイヤーが勝手に味方してくれる場合はどうなるんだ?

もしそうなったら俺達に、それを防ぐのは不可能だし、

繋がりが無い事を証明する事もまた不可能なんだが」

「確かにね、さすがに悪魔の証明を求めるのは卑怯だしね」

 

 ファイヤはその事には同意し、何か考え込んでいたが、やがて顔を上げ、シャナに言った。

 

「その辺りは不問という事にするよ、こちらでもそれなりに調査は出来ると思うし。

まあ俺は二人がそんな事はしないと信じてるしね」

「それなりに、ね」

 

(仲間を動員するのは禁止と言いながら信じてるか、やはりこいつの言葉は軽いな)

 

 シャナはそう思いつつも、黙ってそれに頷いた。

レンも同じ事を考えたようだが、レンはずっとファイヤに対して怒っていたので、

今更一つ理由が加わったところで大差無いだろう。

 

「それじゃあ俺はこれで失礼するよ、香蓮さん、当日は楽しみにしているよ」

 

 そしてファイヤはレンの答えも待たずにその場を立ち去った。

残された二人は、とても疲れた顔で、レンタルスペースの床にへたりこんだ。

 

「何だあの馬鹿は……」

「うん……」

「まあいい、とりあえずそのスクワッド・ジャムとやらに申し込みに行くか」

「うん…………って、ああっ!?」

 

 そこでレンは、自分が何をしてしまったのか今更ながら気が付いた。

 

「ふ、二人……私、二人って言っちゃった?」

「ああ、そうだが、何か問題があったか?」

「えっと、実はスクワッド・ジャムの参加人数は、最大六人なの……」

「ああ、そういう事か、まあ何とかなるだろ、こうなったらもうどうしようもないしな」

「ご、ごめんなさい………」

「誰か他の奴もチームに入れる予定だったのか?」

「あ、うん、師匠とか?」

「ああ、確かにそれが妥当だよな……

とりあえず今日は落ちて、明日奈と美優にも意見を聞いてみるか」

「うん………」

 

 そして二人はログアウトし、明日奈と美優が戻るのを待った。

幸い二人も直ぐに戻ってきた為、八幡と香蓮は今あった出来事を二人に語って聞かせた。

 

「………何そのおかしな生き物は………」

「ファイヤ君はバイヤ君だったのか……」

「バイヤって何だよ」

「ヤバイからバイヤ!」

「美優、お前も昭和の生まれか?」

「失礼な!バリバリ平成だよ!」

「そのバリバリってのもどうかと思うんだが……」

「細かい事は気にしない!意味が分かればいいのだよ!

で、お前もって、他に誰か昭和を愛する女子がいるの?」

「詩乃だな」

「なるほど、さすがは我が友だね!」

「まあとりあえずそれは置いておいて、ちょっと真面目に考えてみよう」

 

 そして四人は、何かいい手は無いか考え始めた。最初に顔を上げたのは美優だった。

 

「ねぇリーダー、私、いい手を思いついちゃった」

「ん?何だ美優」

「かわいいかわいいフカ次郎ちゃんを、GGOにコンバートするの」

「コンバートか……おい美優、お前三日あれば銃の扱いに習熟出来るか?」

「うん、無理!」

「まあ普通はそうなんだよな……優里奈はまだレベルが足りないし、

ヴァルハラのメンバーもちょっとな……」

「駄目なの?」

「ああ、理由は後で説明する」

「もう銃の腕には目を瞑って、かわいいフカちゃんに頼るしかないのでは?」

「いや、それなんだがな……」

 

 そして八幡は、真顔でこう言った。

 

「相手はレンの事をかなり調べているだろ?

という事は、お前の存在も知られていると思った方がいい」

「ああ、それは確かにそうかも……」

「つ、つまり私がヴァルハラ期待のルーキーであるフカちゃんだという事もバレていると?」

「期待のルーキーなんて存在しないが、その可能性は高いと思う。

その上で、コンバ-トしても名前はフカ次郎のままだから、

おそらく仲間扱いされてしまう可能性が否定出来ない」

「リ、リーダー、フカちゃんは期待の大型新人ですよね?ね?」

「あ~はいはい、大型な、大型。

で、さっきのヴァルハラの話なんだがな、相手はおそらく、俺の名前ももう知っている。

香蓮の親父さんから話がいってると思うからな。

そしてあいつはヴァルハラの情報に触れ、ハチマンという名前にたどり着いた時、

俺と同一人物なんじゃないかと考えるんじゃないか?フカ次郎もメンバーにいる訳だしな」

「「「ああ~!」」」

 

 三人はその説明に納得した。

 

「という訳で、ヴァルハラのメンバーをコンバートさせるのもリスクが伴う。

条件的には負けても問題ないんだが、それは俺が嫌だしな」

「香蓮ちゃんを犠牲にするみたいになっちゃうしね」

「私は最悪それでもいいですけど」

「香蓮ちゃん、八幡君は、そういうのは大嫌いだから、何を言っても無駄だよ」

 

 香蓮は明日奈にそう言われ、八幡の顔を見た。

八幡はそれに対し、少し怖い顔をして頷いた。

 

「論外だ」

「う、うん、ありがとう」

「まあ大丈夫だ、手が無い訳じゃない」

「どんな手が?」

「ゼクシードを味方に引き込む」

 

 そのまさかのシャナの言葉に、明日奈は自分の耳を疑った。

 

「ええっ!?」

「あっ、この前ご一緒した人ですね」

「あいつは公式には俺の宿敵扱いだから、あいつが仲間だとは絶対に認定されないはずだ」

「確かに……」

「香蓮とも面識があるしな、という訳で、早速あいつに頭を下げてくるわ。

三人は先に寝ててくれていいからな」

「あっ、ちょ、ちょっと八幡君!」

 

 八幡は速攻でアミュスフィアをかぶり、再びGGOへとログインしていった。

 

「行っちゃったね」

「リーダー早っ!」

「ねぇ明日奈さん、シャナとゼクシードさんって仲が悪いの?」

「う~ん、今はそうでもないと思うよ」

「だよね、この前一緒に遊んでたし」

「えっ、そうなの?」

「うん」

 

 そして香蓮は、先日あった出来事を、二人に説明した。

 

「そんな事があったんだ」

「うん、だから普通に仲良しだと思ってたの」

「まあ悪くはないから大丈夫だよ、ゼクシードさんなら腕も確かだし、

味方になってくれるなら心強いと思う」

「そっかぁ、ゼクシードさん、私の事を覚えててくれるといいなぁ……」

 

 

 

 その頃シャナは、首尾よくゼクシードを捕まえる事に成功していた。

 

「よぉ」

「あっ、シャナさん」

「お久しぶりです」

「シャナか、珍しいな、僕に何か用事でも?」

「おう、内密の話があるんだが、今ちょっといいか?」

「内密の話?分かった、話くらいは聞くよ」

「悪いな」

 

 そしてシャナはレンタルスペースを借り、

ゼクシードとユッコとハルカと共に、そこへ移動したのだった。



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第461話 強化外骨格

「で、話ってのは何だい?」

「この前一緒に遊んだピンクの女の子、覚えてるか?」

「当たり前だ、レンちゃんだろ?」

「実はそのレンがピンチなんだ、力を貸してほしい」

「レンちゃんが?どういう事だい?」

「実はな……」

 

 シャナはゼクシード達三人に、ファイヤという男の事を、

リアル情報をぼかしながら説明した。

 

「何それ気持ち悪い」

「同じ女としては、もし自分がそんな立場になったらって思うとぞっとするんだけど」

 

 ユッコとハルカはそう感想を述べ、ゼクシードもそれに同意した。

 

「というか、同じ世界を生きている人間だとは思えないよ」

「俺もそれには激しく同意するが……」

「というか、その態度がありえない」

「まあ私達も昔の事を考えると、人の事は言えないかもだけどさ!」

 

 ユッコとハルカは自虐的にそう言った。

 

「お前らはあいつとは違う、一緒にするな」

「それ、本来は私達が言うべきセリフだよね?」

「でもありがとう」

 

 二人はシャナに、そうお礼を言った。随分と丸くなったものである。

 

「で、僕達は君達を優勝させる手伝いをすればいいのかい?」

「いや、それはさすがに悪いから、積極的に他のチームを潰していってくれるだけでいい、

そして最後に俺達二チームが残ったら、そこで雌雄を決しようぜ」

「オーケー、それならこちらとしても何も言う事は無いよ」

「悪いな、恩に着る」

「なぁに、君には何となく、借りがあるような気がしてならなかったから、

これでおあいこって事でいいさ」

「借り?そんなものあったか?」

「いや、無いはずなんだが、どうしてもそんな気分になってしまうというか……」

 

 そんなゼクシードを、シャナ達三人は、面白そうに眺めていた。

 

「ま、まあそんな話はどうでもいいじゃないか、とにかく話は分かった、

それじゃあ早速申し込みをしてくるよ」

「すまん、頼む」

 

 こうしてあっさりとゼクシードの協力をとりつける事に成功したシャナは、

三人に報告する為にそのままログアウトした。

 

 

 

「話がまとまったぞ、今回に限り、ゼクシードは味方という事になる」

「随分スムーズに決まったんだね」

「ああ、あまりの物分りの良さに、別人かと思ったくらいだ」

 

 とにもかくにも話がまとまったという事で、香蓮は若干明るい表情を取り戻す事となった。

だが次の話に移った瞬間、香蓮の顔は再び曇った。

 

「あとは、明日をどう乗り切るかなんだが……」

「もう行くのをやめちゃおっか、八幡君」

「気持ちは分かるが、そういう訳にもいかないだろ、香蓮」

 

 そう言われた香蓮は、どよんと落ち込んだ。

 

「はぁ……贅沢は言わないから、

とにかく日本語が通じて、一般常識をそれなりに備えている人と会うんだったら、

ここまで落ち込まなくていいんだけどな……」

「まるで宇宙人だしな……」

「八幡君がそこまで嫌がるなんて珍しいね」

 

 明日奈のその言葉に、八幡はとても嫌そうな顔で言った。

 

「そうだな、あいつは自信にそれなりに根拠のあるクラディールから、

ネットリテラシーを取り払ったような奴だからな」

「クラディールって聞くだけで、もう近寄りたくなくなるね……」

「だろ……どうしたもんかな」

「まあ明日は仕事モードで行けばいいんじゃない?

別に仲良くなろうって訳じゃないんだし」

「そうするか……」

 

 八幡は明日奈のアドバイスを受け、明日はそれでいこうと素直に決断した。

 

「あ、あの、リーダーの仕事モードって?」

「そうだね……今ちょっと練習してみれば?」

「そうだな、いきなりだと香蓮が驚くかもしれないしな」

 

 そう言って八幡は、微笑をたたえながら美優に手を差し出した。

 

「ようこそ北海道から遥々おいで下さいました、篠原さん」

「あ、ど、どうも……」

 

 美優はいきなりそう言われ、反射的に手を差し出し、八幡と握手した。

 

「噂通りのお綺麗な方だ、こうしてお会い出来た事を本当に嬉しく思います」

「えっ、あ、は、はい、ありがとうございます」

「どうぞ緊張なさらずに、リラックスして下さい、

私の事は、お気軽に八幡と呼んで頂いて構いませんので」

「あ、は、はい、それでは………八幡さん」

「はい、今後ともどうぞ宜しくお願いしますね、美優さん」

「よ、宜しくお願いします!」

 

 美優は盛大に顔を赤くしながらそう言った。

その瞬間に八幡は、どんよりとした表情を浮かべながらソファーにどっと腰を下ろした。

 

「はぁ……思ってもいない事を言わないといけないのは疲れるわ」

「がああああああああああああん!」

 

 そう頭を抱える美優に、八幡は再び微笑しながらこう言った。

 

「冗談ですよ、美優さんは本当にかわいらしいですね、

それにとても感情豊かで僕は凄く好きですよ」

 

 そう言われた美優は、途端に復活し、嬉しそうに八幡に返事をした。

 

「はっ、はいっ」

「あっと、美優さん動かないで、こんな所に大福が付いてますよ」

「はい………えっ、大福?」

「これです」

 

 その瞬間に八幡は、美優のほっぺたをぎゅっとつまんだ。

 

「い、痛い痛い!」

「あれ、この大福取れませんね」

「そ、それは大福じゃないです!かわいいフカちゃんのほっぺたです!」

「ああ?どうやら逆のほっぺたにも大福がぶら下がっているようですね」

「い、痛い!でもリーダーにつままれていると思うとちょっと気持ちいい不思議!」

 

 その瞬間に、八幡は凄く嫌そうに手を離した。

 

「お前もそっち系かよ……」

「失礼な、誰の事かは知らないけど、フカちゃんはオンリーワンのフカちゃんですよ!」

「うぜえ」

 

 そして八幡は、美優を放置し、香蓮の方に向き直った。

 

「香蓮さん、お久しぶりですね、お元気でしたか?」

「えっ、あ、は、はい、元気です」

「そうですか、それは良かった、またお会い出来ると聞いて、

実はとても楽しみに思っていたんですよ」

「あ……わ、私もです」

「そうでしたか、それは光栄ですね」

「い、いえ、私なんか、ただ背が高いだけの……」

 

 そう自分を卑下するような事を言いかけた香蓮の唇に、八幡の人差し指が当てられ、

香蓮はそれ以上何も言えなくなった。

 

「それは長所だって言ったじゃないですか、いいんですよ、そのままで。

むしろそのままがいいんです」

「は、はい!」

 

 香蓮は目を潤ませながらそう言った。八幡はにこにこと微笑したままでおり、

それを見ていた美優が、八幡に言った。

 

「リ、リーダー、そこからいつ落とすんですか?」

「あ?何で落とさないといけないんだ、オチなんか無いぞ?」

「えっ?でもさっきは、このフカちゃんを調教しようとしてきたじゃないですか!」

 

 八幡はため息をつくと、再び美優の両頬をつまんだ。

 

「お前はとりあえずしばらく黙ってような」

「き、気持ちいい!」

「今度は離さないからな」

「リ、リーダーの顔が近い……これは千載一遇のチャンスでちゅぅ!

ア~ンドだいちゅきホールド!」

 

 そう言いながら美優は、強引に八幡の膝の上に跨ると、八幡の頭の後ろに手を回し、

唇を尖らせ、八幡の唇に自分の唇を徐々に近付けていった。

 

「おいてめえ、それ以上顔を近付けるんじゃねえ」

「欲望の力で、フカちゃんの戦闘力は上がるのだよ!」

「はぁ……面倒臭え………」

 

 八幡はそう言いながら両手を左右に広げ、美優の腕を外して立ち上がった。

そのせいで美優は後ろに倒れそうになり、慌てて八幡の腰を足でガッチリとホールドした。

そのせいで美優の浴衣の裾がめくれあがり、下着が八幡に丸見えになったが、

八幡はまったく興味を示さないまま美優をお米様抱っこし、そのせいで美優の足が外れた。

 

「な、なんですと!?」

「香蓮、寝室のドアを開けてくれ」

「あっ、は、はい」

 

 香蓮はいきなりそう言われ、慌てて寝室のドアを開けた。

そして八幡は、寝室のベッドに美優を放り投げ、そのままバタンとドアを閉め、

そのドアの前に座り込んだ。直後にドンドンとドアが叩かれた。

 

「ちょ、ちょっとリーダー?」

「あ~、聞こえない聞こえない」

「警察だ、このドアを開けろ!開けないとコヒーの命は無いぞ!」

「美優、私はこっち側にいるからね?」

「ならばコヒーの子供の頃の嬉し恥ずかしちょっとえっちなエピソードを披露するぞ!」

「だそうだぞ、香蓮」

「そんなエピソードは無いから大丈夫だよ」

「くそ~、万策尽きたぜ!」

「お前の策はペラッペラだなおい」

「ぐすっ、もうしません許して下さい……」

「仕方ない、今回だけは許してやる」

 

 そう言いながらも八幡は、明日奈と香蓮を手招きし、ドアの前で待機させた。

そして八幡はドアの前からどき、美優に声をかけた。

 

「もういいぞ、美優」

「ジュ・テーム!」

 

 その瞬間にドアが開き、中から浴衣を脱いで下着姿になった美優が飛び出してきた。

その突進を八幡はひらりと避け、明日奈と香蓮がガッシリと美優の両手をホールドし、

そのまま二人は寝室へと入っていった。

 

「それじゃあ香蓮、明日はさっきみたいな態度をとるから、適当に合わせてくれ」

「合わせるって、どうすれば……」

「コヒーは普通にしてればそれでいいんじゃないかな」

「香蓮ちゃんは素の状態で受け答えしていればいいと思うよ」

「そ、そうなの?分かった、そうするね」

「おう、それじゃあそのまま寝ちまってくれ、もういい時間だしな」

「そうだね、そうするよ」

「おやすみなさい、八幡君」

「おうおやすみ、明日奈、香蓮」

「リーダー、私におやすみの挨拶は!?」

「おう、美優もぐっすりと永眠しろよ」

「生きてる、私まだ生きてるから!」

 

 その後しばらく部屋の中はバタバタしていたが、直後にひそひそと会話をする声が聞こえ、

やがて室内は静かになり、八幡も疲れた体をソファーベッドに横たえた。

 

 

 

「さっきのリーダー、まるで別人みたいだったね」

「ああ、強化外骨格の事かな?」

「多分それかな、でもあれなら明日も大丈夫だね、コヒー」

「むしろ私の方が対応をミスりそうで心配なんだけど」

「コヒーなら大丈夫、いつも通りでいいのだよ、いつも通りで」

「そうなのかな?」

「だって……」

「ねぇ?」

 

 二人は先ほどの光景を思い出しながらこう言った。

 

「香蓮ちゃん、どこからどう見ても恋する乙女に見えたしね、

まあ彼女としては複雑だけど、今回はまあ仕方ないね」

「コヒー、さっき顔がにやけてたよ」

「あ、えっと………そ、そんなに?」

「うん、だから明日も何も考えないで、

目の前の八幡君に素直に返事をしておけばいいんじゃないかな」

「羨ましいぞ、コヒーめ!」

 

 その後もしばらく三人は雑談をしていたが、やがて順に眠くなったのか、

三人はそのまま深い眠りへと落ちていった。



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第462話 世の中って理不尽なんだね……

 次の日の朝、八幡と香蓮と美優は、

香蓮の父親である小比類巻蓮一との約束の場所へと向かっていた。

 

「服装とかはどうしよう?」

「今のままで十分かわいいから問題ない、むしろもっと地味でもいい、

あんな馬鹿に見せるのはもったいない」

「そ、それはもしかして、フカちゃんを褒めてますか!?」

「あ?今のは香蓮に言ったんだ、お前には何も言ってない」

「もう、リーダーったら照れ屋さんなんだからぁ」

「お前は本当にメンタルが強いよな……」

 

 そして三人は、ホテルのロビーで蓮一と面会した。

 

「どうもどうも、小比類巻蓮一です、今日はわざわざご足労頂いてすみません」

「こんな若輩にご丁寧な挨拶痛み入ります、でもさすがに居心地が悪くなってしまうので、

僕に対してはもっと普通に話して下さって結構ですから」

 

 その八幡の言葉に蓮一は鷹揚に笑った。どうやら第一印象は良いようだ。

ちなみに八幡の一人称も、今は強化外骨格全開の為、僕なのであった。

 

「美優ちゃんもわざわざこんな遠くまですまなかったね」

「いえいえおじ様、観光のつもりで楽しんでますから全然問題ないですよ」

「これからも香蓮と仲良くしてやってくれ、

私が言うのもなんだが、この子はどうも内にこもる所があるからね」

「はい、色々と連れまわしますね、もちろん健全な所に限りますけど」

「お願いね、美優ちゃん」

 

 その蓮一の言葉に、香蓮は不満そうに口を尖らせた。

 

「もう、お父さん、私だってもう子供じゃないんだからね」

「ははっ、比企谷君に頼んだ方が良かったかな?」

「も、もう、お父さん、そういう事を言わないで!」

 

 香蓮は恥ずかしそうに八幡の方をちらっと見た後、そう言った。

それを見た八幡と美優は、ひそひそと囁きあった。

 

「おい美優、香蓮の親父さん、随分フレンドリーじゃないか?」

「そうだねぇ、普通は娘が好きな男を連れてきたら、

もっと頑固親父みたいな態度をとるものだと思うんだけど」

「香蓮の親父さんってどういう人なんだ?」

「普通の商売人かな、やり手だと思う」

「なら俺の事を調べたのかもしれないな」

「かもしれないね」

 

 こういう時は息がピッタリな二人である。

普段は上下関係がキッチリしているように感じられるが、

それは美優がわざとそうしている部分もあるのだろう。

 

「それじゃあ比企谷君、香蓮のエスコートを頼んでもいいかな?

西山田君が、先に部屋で待っているからね」

 

 八幡は、こういう場合のエスコートは普通蓮一がするものではないかと思い、

かまをかけるつもりで、蓮一にこう尋ねた。

 

「エスコートですか?それは別に構いませんが、仮にも企業の社長を待たせているのに、

一介の社員であり、学生でもある僕が香蓮さんをエスコートするのは、

少々こちらへの肩入れが過ぎる気もしますが」

 

 その問いに、蓮一は、笑顔を崩さずに微妙に違う答えを返した。

 

「美優ちゃんからは、将来性が西山田君よりも圧倒的に上の若者だと聞いているんだけどね」

「その言葉を鵜呑みにする程、社長は甘い経営者じゃないですよね?」

「ははっ、ハッキリ言うね、実に心地よいよ、

まあその通りだね、実は君の事は、雪ノ下さんから聞いたんだよね」

「雪ノ下さん………ですか、僕には該当する知り合いが三人いるんですが」

「ふむ、さしずめ雪ノ下ご夫妻と、長女さんかな」

「はい、まあそうですね」

「正解は、奥さんだよ」

「理事長ですか、なるほど」

 

 八幡は、同じ建設業なのだし、面識くらいはあるかと納得した。

 

「一応ね、僕も君の事は調べたんだよ、でも出てくる情報が荒唐無稽なものばかりでね、

君が学生にしてあのソレイユの部長だとか、まったく他人のはずなのに、

結城家の次期当主に指名されているとか、色々となんだけどね」

「それは確かに荒唐無稽な話にしか聞こえませんよね」

「なので、ソレイユの社長さんのご母堂であり、面識もある雪ノ下さんに直接尋ねたと、

まあそういう訳かな」

「なるほど、それであの人は何と?」

「あまり大きな声じゃ言えないんだけどね、雪ノ下さんはこう言ったよ、

それは全て事実ですとね、その上でこう言ったかな、

『あら、それじゃあうちの娘のライバルになるつもりですのね?

最悪私自身が離婚して彼の所に嫁ぐ事も想定しているので、

私のライバルという事になるのかもしれませんけど』ってね」

「あ、あの馬鹿理事長め……」

 

 八幡は思わずそう言い、直後にしまったという顔で口を塞いだ。

それを見た蓮一は、我慢出来ないという風に大笑いした。

 

「あはっ、あははははは、あの人を馬鹿呼ばわり出来るなんて凄いね、

最近は丸くなったけど、昔のあの人は、それはそれは怖い人だったんだよ?」

「それは知ってます、でも今ではもう、すっかりかわいいおばさんって感じですね、

ちょっと色気が過剰なのが困りものですが……」

「かわいいおばさんね、君は凄いな……でも香蓮の結婚相手としては、

そうなったらなったで嬉しいんだけど、実現性が乏しいとも聞いているよ」

「はぁ、それはまあそうですね」

「なので今日はまあ、じっくりと見させてもらうよ、君だけじゃなく、香蓮の態度もね」

 

 蓮一はそう言いながら、ちらりと香蓮の方を見た。

 

「俺がこう言うのは筋が通らないかもしれませんが、

彼女を悲しませる事だけはやめて下さいね」

「もしそうなったらどうするんだい?」

「そうですね、香蓮をうちの養子にもらって、うちから嫁に出します」

 

 その八幡の言葉に蓮一は絶句した。

 

「そ、それはまた、凄い発想をするね君は。てっきり駆け落ちでもするのかと思ったんだが」

「まあ僕も、色々としがらみがあるんで、駆け落ちとかは出来ないですからね。

でもすみません、友人を守る事となると、ちょっと昔からやりすぎちゃう所があるんですよ」

「そうか、まあそれだけ香蓮の事を、大事に思ってくれているんだね」

「はい、それだけは確かですね」

 

 蓮一は、それを聞いてうんうんと頷いた。そして蓮一は、香蓮に言った。

 

「香蓮、やっぱり香蓮は私がエスコートする事にするよ、

中立の状態からどうなるか見てみたいからね」

「えっ?………そ、そう」

 

 そのとても残念そうな香蓮の顔を見て、蓮一は困った顔をした。

 

「これは……早速香蓮を泣かせてしまったかな?」

「香蓮、西山田さんの手前もあるし、やはり僕がエスコートするのは順番が違うと思う、

帰りで良かったら僕がエスコートするから、それで何とか納得してくれないか?」

「う、うん、まあそういう事なら……」

 

 それで香蓮は納得したのか、大人しく蓮一の隣に並んだ。

 

「………ねぇ美優ちゃん、今日のセッティング、する必要があったのかな?」

「おじ様がリ……八幡君の事を知ったのは、昨日くらいなんでしょう?

それなら西山田さんが候補に上がるのもまあ仕方ないですよ、

条件としては、一見悪くないように見えちゃいますしね」

「美優ちゃんも意外とハッキリ言うよね」

 

 蓮一はその美優の言葉に苦笑した。

 

「まあ私が思うに、これは多分通過儀礼みたいなものです、八幡君の事を知る為の」

「そうか、それじゃあ今日はそう思って、大人しく傍観させてもらうとするかな」

「本当に仕方ないですよ、こんな規格外な人が存在している事自体、普通ありえませんから」

「人をおかしな人間扱いしないで下さいよ、美優さん」

 

 笑顔でそう言う八幡に、何故か美優は背筋がゾクッとした。

面会終了後に美優にお仕置きがされるかどうかは、この後の美優次第である。

 

「それじゃあ行きましょうか、西山田さんをあまり待たせるのも悪いですしね」

「そうだね、それじゃあ行こうか」

 

 そして歩きながら、八幡と美優はひそひそと会話をしていた。

 

「リーダー、コヒーの事、くれぐれもお願いね」

「まあ今日は無難に終わらせるさ、本番はあくまでスクワッド・ジャムだ。

条件が交わされた以上、何があってももうそれは覆らないからな」

「ついでにかわいいフカちゃんの事もちょっとは考えてくれてもいいよ?」

「わざわざこっちまで来てもらったんだ、それなりに何か考えておくわ」

「そ、それなら神崎エルザのコンサートチケットとか……」

 

 美優は駄目元でそう言った。エルザのチケットは、今やかなり入手困難であり、

コネが一切きかないと噂になるくらい、入手難易度が高いのだ。

そしてその言葉に、八幡は一瞬変な顔をしたが、それなら簡単だと思ったのか、

軽い調子で美優に頷いた。まあ八幡の立場なら、実際容易なのは間違いない。

 

「別にいいぞ、多分簡単だと思うから、任せておけ。香蓮の分と二枚でいいか?」

「えっ、リ、リーダー、まじで言ってる?」

「おう、それとも何か他の物の方が良かったか?」

「是非それでお願いします!」

「おう、分かった、手配しておくわ」

 

 そして八幡は、失礼と断った上で、エレベーターの中で素早くどこかに電話をかけた。

 

「忙しいとこ悪いな、ちょっと頼みがある、

神崎エルザのライブチケット、二枚確保出来ないか?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、蓮一と香蓮はぎょっとした顔で八幡の方を見た。

蓮一は、以前香蓮にその事を頼まれて、どうしようもなかった経験があり、

香蓮は香蓮で、同じ経験から、その困難さをよく知っていたからだ。

ちなみに今は、香蓮も美優も、完全に抽選頼みになっており、

しかもいまだに抽選に当たった事は無い。

 

「え?それって本気で言ってるのか?

まあ多分大丈夫だと思うけど、一応確認しておく」

 

 その言葉に、一体何があったんだろうと三人は思ったが、

次の八幡の言葉を聞いた瞬間に、三人はぽかんと口を開けて固まった。

 

「悪い、今日の分の最前列でいいかって言われたんだけど、

香蓮、美優、この後は何か予定が入ったりしてるか?」

 

 ちなみに二人は、今日の分のチケット申し込みをして、見事に抽選で外れていた。

それが何と取れた上に、その席はまさかの最前列である。

 

「よ、世の中って、思ったよりも理不尽なものなんだね……」

 

 香蓮はそう言ってうな垂れ、さすがの蓮一も苦笑する事しか出来なかった。

 

「か、香蓮、もしかして嬉しくなかったか?」

 

 そうおろおろする八幡に、ハッと顔を上げた香蓮は、迷わず八幡の胸に飛び込んだ。

 

「う、嬉しいに決まってるよ、ありがとう八幡君!」

「お、おい香蓮、親父さんが見てるから、嬉しいのは分かったから、な?」

「あっ……」

 

 八幡は真っ赤な顔で焦りながらそう言い、香蓮は慌てて八幡から離れた。

その隙に、美優が代わりに八幡に抱きついた。

 

「うわ~ん嬉しいですリーダー、一生ついていきますぅぅううぅ!」

「あ~、分かった、分かったから、二人で楽しんでこいよ、行き帰りは送ってやるから」

「ありがとうございます、愛してますぅぅぅぅぅ!」

「とにかく落ち着け、今は切り替えて、とにかく僕から離れてくれ」

「は、はひ……」

 

 そして美優が離れた後、八幡は蓮一に頭を下げた。

 

「すみません、お騒がせしました……」

「い、いや、いきなりでびっくりしただけだから気にしなくていいよ。

それにしても、あの美優ちゃんでもあんな態度をとる事があるんだねぇ」

 

 そして蓮一は、二人で盛り上がっている香蓮と美優を尻目に、八幡にそっと尋ねた。

 

「でもすごいね、一体どうやってあのレアチケットをとったんだい?」

「あんまり大きな声じゃ言えませんが、本人と知り合いなんで、

今はうちの秘書経由で直接本人に聞いてもらいました」

「そ、そうなのかい?」

「はい、でもエルザにはあんまり借りを作りたくないんで、

この事は極力秘密にしてるんですよ、今回はまあ、美優へのお礼って事で特別です」

「なるほどねぇ」

 

(彼は本当に規格外なんだなぁ……)

 

 蓮一はそう思いながらも、経営者としては、

出来れば香蓮には、多少晩婚になってもいいから八幡と結婚してほしいものだと、

期待のこもった目で香蓮を見つめた。

 

(やっぱり今日の会のセッティングは無駄だったかなぁ、

別に香蓮が直ぐに結婚しないといけない理由なんて無いものなぁ……)

 

 どうやらこの時点で、蓮一の心はかなり八幡寄りになってしまったらしい。

そして蓮一は、気を取り直して部屋への案内を再開した。



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第463話 情報を生かすも殺すも

「ここだよ、さて、西山田君がお待ちかねのはずだ」

「そうですね」

 

 そして四人が部屋に入った瞬間に、ファイヤが余裕たっぷりにこう言った。

 

「やぁ、比企谷君、香蓮さん、昨日ぶりだね」

「はい、お待たせしてすみません」

「いやいや、僕が早く来すぎただけだから気にしないでいいよ、

まあ、君よりも僕の方がちょっとだけ誠意を多めに見せたってだけの話さ」

 

 相変わらず一言多い男である。

 

「あと、君と香蓮さんに謝罪しないといけない、

昨日言われた通りに彼に聞いてみたんだけど、論外だって大説教されてしまったよ、

僕もまだまだだって事だね、本当に申し訳なかった、今後は改めるよ」

「いえ、分かって頂ければそれで十分です、どうかお気になさらず」

 

 どうやらファイヤは、かなり厳しい調子で昨日の事を怒られたらしく、

この話題に関しては、特に一言付け加える事も無く、素直にそう謝ってきた。

そして唯一面識が無かった美優がファイヤに自己紹介をしようとしたが、

ファイヤはやはり美優の事を調べていたらしく、既に美優の名前を知っていた為、

八幡は、やはり警戒しておいて良かったと感じた。

蓮一は、事前にファイヤにゲーム内で二人と会った事を聞いていたのか、

その事に関しては何も言う事は無かった。

 

 

 

「おじ様、私、お茶の用意をしてきますね」

「すまないね美優ちゃん、お願いするよ」

 

 そして美優が気を利かせたのか、そう言ってお茶の準備を始め、

八幡とファイヤは横長のソファーの端に向かい合って座り、

香蓮は当然のように八幡の隣に座った。

そのあまりにも自然な態度に苦笑した蓮一は、ファイヤの隣に座った。

美優はお茶を出した後、少し離れた所にある椅子に腰掛け、

特に話に参加する事もなく、聞き耳を立てていた。

 

 

 

 世間話から始まったその会話は、今は仕事の話へと差しかかっていた。

 

「比企谷君は、今はどんな仕事を?」

「まだ学生の身で、部長らしい事はほとんど出来ていませんが、

メディキュボイド関連が今は主ですね」

「ああ、VR医療機器って奴だっけ?まあうちの業界には関係無いかなぁ」

 

 どうやらファイヤはメディキュボイドの名前だけは知っていたようだ。

まあ認識は微妙に違う気もするが、知っているだけましなのだろうか。

 

「比企谷君、メディキュボイドの設置には、何か特殊な設備が必要なのかい?」

「そうですね、強力なネット環境は必要ですし、それに無菌室と、

それをモニターする部屋は確実に必要になりますね、

興味がおありでしたら、後で資料を秘書に送らせましょうか?」

「是非頼むよ、興味があるのでね」

「分かりました、早い方がいいですか?」

「まあそれにこしたことはないね」

 

 その時、八幡と蓮一が、はかったように同時にファイヤをチラリと見たのだが、

ファイヤが反応しなかった為、八幡は一言断って席を立った。

どうやら資料が二部必要になるのかどうか、確認したらしい。

 

「分かりました、ではちょっと失礼して、直ぐに用意させますね」

 

 八幡はそう言って、薔薇に電話をかける為にその場を少し離れた。

 

(西山田君は反応無しか、まあさっき、関係無いと自分で言ってたからなぁ、

でも果たして本当にそうかな?)

 

「お父さん、メディキュボイドって何?」

「患者さんをVR世界に接続したままの状態を維持して、そのまま治療を行う機械だね、

それの有る無しが、今後その病院の格と密接に関係してくるかもしれないね」

 

(そうなると、最初からメディキュボイドありきの設計が出来る人材を、

今のうちから育成する必要が出てくるんだけどね、

いずれは在宅で使える簡易メディキュボイドなんてのも出てくる可能性は否定出来ないし)

 

「そうなんだ、それってすごいの?」

「そうだね、例えば香蓮、アミュスフィアをかぶったまま手術されたら、どうなると思う?」

「ゲームをしている間に手術を受けられる?」

「残念、体調の変化とか、何かに反応して強制ログアウトされるんだよ」

「あ、そういえばそうだね」

「でもメディキュボイドにはそれが無い、今この技術を確保しているのは、

世界でもソレイユだけなんだ」

「そっか、ソレイユって凄いんだね」

 

 その会話の間、蓮一はファイヤの方をチラチラと伺っていたが、

ファイヤはつまらなそうにその話を聞いているだけだった為、蓮一は失望した。

 

(興味無しか……まあ香蓮の旦那はうちの会社を継ぐ事は無いだろうから、

自分の会社をしっかり維持して香蓮を不幸にしない程度の甲斐性があればそれでいいんだが、

さすがにこういう姿を見ると、少し心配になるなぁ……

もし比企谷君が婿に来てくれるなら、彼を後継者に指名するのは間違い無いんだが……)

 

 丁度その時八幡が戻ってきて、蓮一に言った。

 

「直ぐ持ってこれるらしいので、フロントに預けておくように伝えておきました」

「おお、ありがとう比企谷君」

「いえ、大した手間じゃありませんから」

 

 そして八幡は、こう付け加えた。

 

「ちなみに専用施設を作る予定もあるんですが、主幹は雪ノ下建設の予定なんですよね、

基本設計とか、あそこには色々助けられています」

 

 八幡はそう言った後、何か言いたげな顔で、蓮一の目をじっと見つめた。

蓮一は何だろうと思い、今の八幡の言葉を脳内でもう一度再生した後、

ハッとした顔で八幡の目を見返した。八幡は小さくそれに頷いた為、

蓮一はその意図をハッキリと理解した。

 

(さすがの雪ノ下建設も、北海道では建設実績がまったく無い、

要するに八幡君は、いずれ将来を見据えて、雪ノ下建設と早めに協力関係を築き、

設計関係でも技術交流を持っておけと言いたいんじゃないだろうか、

そうすればいつか北海道にメディキュボイド関連施設が出来る時、

主幹会社は間違いなくうちという事になるんじゃないのか……?)

 

 蓮一はそう考えながら、手に汗を握った。

これはもう一度雪ノ下さんに連絡を取らないといけないなと思いながら、

蓮一は今もまったくこの話に興味を示さないファイヤを完全に見限った。

 

(所詮はその場その場での対応のみで上手くいっているだけという事か……)

 

 そう考え込む蓮一を見て、香蓮は逆に、少し不安を覚えていた。

八幡が資料を用意してくれた後、蓮一の態度が急におかしくなったからだ。

香蓮は不安を覚え、テーブルの下で、無意識に八幡の手を握った。

八幡は一瞬ビクッとし、香蓮の顔を見たのだが、香蓮がとても不安そうな顔をしていたので、

八幡は安心させる為にも、香蓮の手をしっかりと握り返した。

それで香蓮は、今自分が八幡と手を繋いでいる事に気が付き、

頬が赤く染まるのを必死で我慢する事となった。

横にいた美優だけはそれに気付いており、香蓮はその事で、後で散々美優にからかわれた。

その後は八幡の学校の話や、ファイヤの仕事の苦労話という名の自慢話に終始し、

この日の話はそのまま穏便に終了する事となった。

 

 

 

「それじゃあ比企谷君、香蓮さん、大会を楽しみにしているよ」

 

 そう言ってファイヤは大人しく帰っていった。

そして残された四人のうち、美優が蓮一に話しかけた。

 

「おじ様、楽しめましたか?」

「ああ、うん、そう見えたかい?」

「ええ、メディキュボイドってのの話の後くらいは特に」

「バレてたか、この後やらないといけない事がいくつか増えてしまったよ」

 

 その蓮一の言葉に、八幡は笑顔でこう言った。

 

「理事長に宜しくお伝え下さい」

「ああ、僕の考えた事はやっぱり正解だったみたいだね」

「ですね」

 

 そして蓮一は、八幡の手を取りながら言った。

 

「比企谷君、うちの香蓮と結婚して、うちの会社を継いでくれないかい?」

「ちょ、ちょっとお父さん!」

「ははっ、冗談、冗談だってば」

 

 そう言って蓮一は手を離し、笑顔で八幡達を見送った。

 

「香蓮、美優ちゃん、せっかくの比企谷君の好意なんだ、ライブを楽しんでくるんだよ」

 

 

 

 この日の会談からその後、蓮一は香蓮の結婚話について、自分からは一切触れる事は無く、

家族が冗談めかせてその事に触れた時も、蓮一は笑顔のまま、

香蓮に任せておけば何も問題ないとしか言わなくなった。

 

 

 

 一方その頃、ソレイユ社内では、ちょっとした騒ぎが持ち上がっていた。

 

「おっ、敵性存在を確認、相手が罠にかかったお」

「ついにか、ハー坊から話を聞いて、

いずれうちにハッキングをかけてくると思ってたけど、正解だったナ」

「まあこの防御は三人で作ったものだし、そう簡単には破られないよね」

「しかも罠も豊富ですし」

「それじゃあ仕事にかかるとするか、ダル、イヴ、サポートを宜しくナ」

「あいよ」

「了解」

 

 どうやらファイヤの雇った情報屋が、

ソレイユに進入しようとハッキングをかけてきたらしく、

アルゴ、ダル、イヴの三人は、相手のPCに逆ハッキングをかけている真っ最中だった。

 

「よし、捕まえタ」

「おっけーだお、そのラインから攻勢をかけるお」

「こいつ、どちらかというと駆け出しっぽいね、個人情報もかなり抜けた」

「よっしゃ、もう相手の名前も住所も押さえたし、リアルでもアタック出来るお」

「どうする?」

「とりあえずメッセージを送る、次は無いってナ」

「まあその辺りが妥当かな、今のところは」

「とりあえず社のブラックリストに突っ込んでおくお」

 

 そして情報屋のPCに、突然次のメッセージが表示された。

 

『次は無い』

 

 その下には情報屋の個人情報がずらりと書かれており、

肝を冷やした情報屋はそのまま夜逃げし、

ファイヤは八幡と香蓮に対し、今以上の情報を得る事が出来なくなった。

 

 

 

「何で連絡が繋がらないんだ……まあいい、ここまで情報が集まってれば、

後は計画を進めるだけだしね」

 

 そう言ってファイヤは、GGOへとログインしていった。

 

 

 

 その頃香蓮と美優は、思いっきり神崎エルザのライブを堪能し、

今まさに帰ろうとしている所だった。

 

「いやぁ、最前列ってやっぱ凄いね」

「うん……感動した」

「さて、リーダーに迎えを頼む?」

「だね」

 

 そんな会話を交わしている二人を、舞台袖からこっそり見つめている者がいた、

もちろん神崎エルザ本人である。

 

「豪志、あの二人に見覚えある?」

「ありませんね、八幡さんのご学友ですかね?」

「かもしれないね、いずれ関わる事もあるかもしれないし、覚えておこっか」

「八幡さんは、詮索するなって言ってましたけど……」

「うん、だから詮索はしないよ、覚えておくだけ」

「はぁ、まあそうですね」

「八幡だって、それくらいは想定内でしょ、なんたって私が席を用意した上に、

最前列なんだから、顔を覚えていない方が逆に不自然じゃない?」

「確かに……」

 

 こうして香蓮と美優は、エルザに顔を覚えられる事となった。

次に二人が会うのは、お互いの事を認識しないまま敵対する事になった、

第二回スクワッド・ジャムの後という事になる。



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第464話 やはり理事長には敵わない

「二人とも、どうだった?」

「凄く楽しめた!」

「大迫力だった!」

「そうか、それは良かったな」

 

 二人が本当に楽しそうだった為、八幡は満足そうに頷いた。

 

「やっぱり神崎エルザって、天使かも」

「すっごくかわいかったよ!」

「お、おう、そうか……」

 

(あいつはなぁ……外見と性癖は関係無いしな……)

 

 突然八幡が、その言葉に困っているような表情を見せた為、

香蓮と美優は、何故だろうと首を傾げた。エルザを知る者と知らない者の差であろう。 

そしてその日も八幡のマンションに泊まる事にした二人は、

前日の洗濯物が、綺麗に収納されているのを見て驚いた。

 

「はっ、八幡君、この部屋、幽霊がいる!」

「しかも女子力が高い幽霊!」

「ああん?二人とも、何を言ってるんだ?」

 

 そして事情を聞いた八幡は、この機会に優里奈を二人に紹介しておく事にした。

 

「それは優里奈の仕事だな、待っててくれ、今呼んでくるから」

 

 そう言って八幡は外に出ていき、すぐに一人の少女を伴って戻ってきた。

 

「櫛稲田優里奈だ、この部屋の管理を頼んでいる」

「初めまして、櫛稲田優里奈です、宜しくお願いします」

 

 そう頭を下げる優里奈を見て、美優は興奮したように言った。

 

「むっはぁ、優里奈ちゃんかわいい!お持ち帰りしたい!」

「言っておくが、そんな事をしたら拳骨くらいじゃ済まないからな」

「もう、冗談だってば、ささ、優里奈ちゃん、今日はお姉さんと一緒に寝よっか」

「お前な……」

「な、仲良くなりたいだけだから!特に性的な事は考えてないから!」

「当たり前だ、香蓮、こいつが暴走しないように頼むな」

「うん、いざとなったら殴って止めるね」

 

 それを聞いた美優は、愕然とした顔で香蓮に尋ねた。

 

「コ、コヒーは親友とリーダー、どっちの味方なの!?」

「え、ハッキリ言った方がいい?」

「こ、怖いからやっぱりいい……ささ、優里奈ちゃんこっちこっち」

「あ、はい」

 

 こんな訳で、今寝室では、三人が楽しそうに会話をしていた。

 

「まあ楽しそうで何よりだ、香蓮も前よりも身長の事は気にしなくなってきたみたいだしな」

 

 八幡はそう呟くと、ソファーベッドに横になった。

いつしか隣の部屋からの声も聞こえなくなり、八幡もそのまま眠りについた。

 

 

 

「八幡君、起きて、八幡君」

「ん……もう朝か、おはよう香蓮」

「着替え、ここに置いておくから、着替えたら朝ごはんを食べちゃってね」

「ありがとな、香蓮」

 

 そして立ち上がろうとする八幡の視界に、洗濯物を干している優里奈の姿が目に入った。

それを見た八幡は、反射的に優里奈に声をかけた。

 

「おはよう優里奈、俺も手伝おうか?」

「えっ?あ、おはようございます八幡さん、手伝いはその……えっと……」

 

 そこにキッチンにいたらしい、美優が走ってきて、八幡に言った。

 

「リ、リーダーがフカちゃんのぱんつを干してくれるんですね!

フカちゃんに興味津々ですか!?やっと惚れちゃいましたか!?」

「朝っぱらからうぜえ……」

 

 そして八幡は、目を覚まそうと頭を振りながら、優里奈に言った。

 

「悪い優里奈、今のは間違いだ、そっちは任せた」

「は、はい!」

 

 そして八幡は、部屋の隅に用意された衝立の中で着替えを済ませ、

洗面所で顔を洗った後、キッチンへと向かった。

ちなみに美優がその着替えを覗こうと頑張っていたが、

八幡がまったく隙を見せなかった為、それは失敗に終わっていた。

 

「さて、食べたら羽田空港に行くか」

「コヒー、しばらくお別れだけど、私がいない間にリーダーに手を出すんじゃないぞ!」

「もう、美優ったら、そんな事無い……よね?」

「何でこっちを見ながら言うんだ香蓮、そんな事あるわけないだろ」

「そ、そうだよね、な、無いんだ……」

 

 そう言ってあからさまに落ち込む香蓮を見て、八幡は困り果てた。

だがおかしな事も言えない為、八幡は慎重に言葉を選びながら香蓮に言った。

 

「まあ今日からしばらくはずっと一緒なんだ、特訓しないといけないしな。

そんな訳で、頑張ろうな、香蓮」

「そ、そうだね、頑張ろうね!」

 

 それで香蓮はいつもの調子に戻ったのか、元気な声でそう言った。

そして朝食が終わった後、三人は羽田空港に行く前に、優里奈の学校へと向かっていた。

 

「八幡さん、わざわざすみません」

「気にするなって、せっかくうちに泊まった時くらい、送ってやるさ」

「ありがとうございます」

「この辺りでいいか?」

「あっ、はい!」

 

 そして学校から少し離れた所で、八幡はキットを停車させ、ドアを開いた。

だが今は登校時間であり、その場所にもそれなりに登校中の生徒の数が多い。

その上キットのドアはガルウィングであり、恐ろしく目立つ。

その為優里奈はこの後、優里奈が八幡にエスコートされ、

キットを降りるシーンを目撃したクラスメート達から、

激しい質問攻めにあう事になる。その質問に、優里奈が頬を染めながら、

いつもお世話になっている大切な人だと説明した為、それが校内で憶測を生み、

その日から、優里奈に告白してくる男子の数が激減したのは、

優里奈にとっては嬉しい副産物だった。

 

 

 

「美優、また来てね」

「何言ってるの、お盆にまた来るよ?」

 

 その美優の言葉で香蓮は、ソレイユの企業ブースに、

バイトとして参加する予定になっている事を思い出した。どうやら完全に忘れていたらしい。

 

「あ、そ、そうだったね」

 

 そんな香蓮に、美優はニヤニヤしながらこう言った。

 

「いやぁ、リーダーが本当にコヒーを口説き落としてくれるとはね、

コヒーのコスプレ姿、楽しみだなぁ」

「わ、私は後ろの方に立ってるだけでいいって、八幡君が言ってくれたもん」

「でもコヒー、そこでコヒーのかわいいコスプレ姿を見せたらさ、

もしかしたらリーダーもドキッとしてくれるかもよ?」

「え?あっ……そ、そうかな?」

「コヒーはスタイルいいから、効果は抜群だろうね!」

「抜群………なのかな?」

「うんうん、まあとりあえず、そろそろ時間だから行くね、

またね、コヒー!リーダーも、そのうち帯広に来てね!」

「美優、またね!」

 

 そして二人の会話にどう突っ込んでいいか分からず、知らんぷりをしていた八幡も、

笑顔で美優に挨拶を返した。

 

「おう、機会があったらな、またな、美優」

 

 そして美優の姿が見えなくなると、二人はそのままキットに乗り込み、

香蓮の部屋へと向かった。

 

 

 

「送ってくれてありがとう、八幡君」

「おう、気にするなって、それじゃあまた夜にな、香蓮」

「うん、また夜にね」

 

 そして八幡が去った後、香蓮は嬉しそうに呟いた。

 

「しばらく一緒かぁ、この点だけはファイヤさんに感謝かな、まあ絶対に負けないけどね」

 

 

 

 学校に着いた後、八幡は時間ギリギリで教室に滑り込んだ。

 

「危ねえ、何とか間に合った」

 

 そんな八幡を見て、和人が呆れたように言った。

 

「全然間に合ってないけどな……」

 

 ちなみに今は、三時限目の開始直前である。

そもそも羽田空港まで往復して、一時限目に間に合うはずがない。

 

「八幡君、昨日はどうだった?」

「う~ん、多分上手くいったと思うぞ」

「そっかぁ、それなら良かったね」

 

 明日奈はほっと胸をなでおろしながら言った。

 

「あ、そういえば朝に理事長が、教室まで八幡君を探しにきたよ?」

「理事長が俺を?ああそうか、多分それ絡みの話だな」

「理事長に何の関係が?」

 

 首を傾げる明日奈に、八幡は香蓮の父と理事長の関係を説明した。

 

「香蓮の親父さん、うちの理事長と知り合いだったんだよ、まあ同じ建設関係だしな」

「あ、そうなんだ!」

「で、俺の事を理事長に尋ねたらしくてな、多分それ絡みの話でもあったんだろ」

「なるほどね」

「とりあえず昼休みにでも顔を出してくるわ」

「うん」

 

 

 

 そして昼食をとった後、八幡は理事長室に向かい、コンコンコン、とノックをした。

 

「はい、どうぞ」

 

 そう声が聞こえ、八幡は部屋の扉を開けた。

 

「あら八幡君、今日は重役出勤だったみたいね」

「すみません、ちょっと知り合いを空港に送っていたので」

「ああ、小比類巻さんの娘さんのお友達ね?」

「あ、はい、そうですね」

「あなた、随分小比類巻さんに気に入られたのね、昨日の夜に電話がかかってきて、

ベタ褒めだったわよ?それこそ私を敵に回しても、娘さんをあなたに嫁がせたい勢いでね」

「あっ」

 

 その言葉で、八幡は昨日の蓮一の言葉を思い出した。

 

「だからあんたは人妻なんだから、冗談でもああいう事を他人に言うなっての!」

「あら、早速怒られちゃったわ、

でも私を面と向かって叱ってくれるのは八幡君だけなのよね、

これはもう愛されていると理解するのが自然の流れなんじゃないかしら?」

 

 八幡は何か言いかけたが、途中でそれをやめ、深呼吸した後にこう言った。

 

「もちろん愛してますよ、さあ、二人でどこかに逃げましょうか」

 

 もちろんそう言う事で、八幡は、理事長が本気じゃないと証明しようとしたのだが、

理事長がそんな手に引っかかる訳がなかった。

理事長は八幡にそう言われた瞬間、デスクの下から大きなバッグを取り出し、

顔を隠すように大きめのサングラスをかけながら言った。

 

「きっとそう言ってくれると思って、既に荷物をまとめておいたわ、

きっと陽乃も雪乃も分かってくれるわ、さあ、今すぐ高飛びしましょう!」

「今のは冗談です勘弁して下さい本当にすみませんでした」

 

 その瞬間に、八幡はフライング土下座をし、理事長に謝った。

 

「えっ……そ、そうなの?ご、ごめんなさい、私ったら一人で舞い上がっちゃって……」

 

 そう言って理事長は、すすり泣きながら手で顔を覆った。

 

「さすがにその手には乗らないぞ、どう考えてもそこまでいったら演技だろ!」

 

 八幡はそう言いながら、理事長の顔をこちらに向けさせた。

だが理事長は本当に涙を流しており、八幡は再び土下座をするはめになった。

 

「す、すみませんでした!」

「あらやだ、こんなの演技に決まってるじゃない、

いい?八幡君、世間には、自分の意思で簡単に涙を流せる女が沢山いるのよ?

だから演技かどうか、見極める目をこれから養っていきなさい」

「ははっ、仰せの通りに!」

 

 八幡は、こういう部分はさすが理事長だと素直に感心し、そう返事をした。

それを理事長は、満足そうに見つめていた。

 

「素直でよろしい」

「ありがとうございます!」

「まあとりあえず、座って座って、これからは朝出来なかった話をしましょう」

「はい」

 

 そして理事長は、珍しく真面目な顔で、八幡にこう尋ねてきた。

 

「で、小比類巻さんに何を仕掛けたの?」

「雪ノ下建設には設計とかで色々とお世話になっていますとだけ言いました」

「なるほど……で、八幡君は、小比類巻さんの事をどう思ったのかしら」

「はい、先の事をよく考えているなと、メディキュボイドにも興味津々のようでしたしね」

「で、試しに雪ノ下建設の名前を出したと」

「はい、小比類巻社長は、その場では表立って何か言ったりはしませんでしたが、

やっぱり何か打診がありましたか?」

「業務提携を求められたわ」

「なるほど、妥当ですね」

「だから私はこう答えたわ、うちはいずれ、ソレイユの傘下に入る可能性が高いのだけれど、

あなたにその覚悟はあるのかしら?とね」

「そこまで踏み込みましたか……」

 

 八幡は、その返事にううむと唸った。

さすがに理事長が、そこまでするとは予想外だったからだ。

 

「で、小比類巻社長は何と?」

「少し沈黙した後、そういう未来も選択肢として持っておくべきですね、と言っていたわ」

「なるほど、さすがですね」

 

 この時点で、蓮一は何も言質をとらせておらず、

経営者はこうあるべきだなと八幡は感心した。

 

「でもその後に、『そうなったら、うちの社長は比企谷君にやってもらえませんかね?』

って、かなり本気で言ってたわよ、だから私はこう言ってやったわ、

八幡君なら今私の隣で寝てるから、諦めなさいとね!」

「最後で台無しにしやがったのか!あんたは自重を覚えろ自重を!」

「まあ話はそれだけよ、さあ、もうすぐ授業の時間になるから、

今度来る時はお土産を持って遊びに来なさいな、出来ればアイスとかがいいわね、

もう最近暑くて暑くてたまらないのよ」

 

 そう言いながら、理事長が和服の前をパタパタさせたので、

八幡は慌てて理事長の胸元から目を背け、悔しそうに言った。

 

「くそ、色気ばかりアピールしやがって……

分かりました、また何かあったらいつでも声をかけて下さい」

「え?呼ばないと来てくれないの?それじゃあお土産を用意している時間が無いじゃない」

「そんなにアイスが食べたいのかよ!仕方ないから放課後に持ってきてやるよ!

っと、失礼しました、では後ほど」

「まったく何だかんだ優しいんだから、それじゃあまたね、八幡君」

「はい、貴重なお話をありがとうございました」

 

 そして八幡が部屋を出ていこうとした瞬間、理事長は八幡の背中にこう声をかけた。

 

「提携はするわよ」

「………分かりました、覚えておきます」

 

 

 

 そして八幡は、無事に授業を終えた後、近くにあるスーパーでアイスを買い、

再び理事長室を訪問し、そのアイスを差し入れした。

ちなみにわたあめ味のアイスだったのだが、理事長がまるで子供のように喜んだ為、

八幡は、改めてこの人には敵わないなと痛感した。

そして八幡は、今日は自宅へと戻り、久しぶりにナーヴギアを装着した。

 

「さて、香蓮を鍛えるとするか」



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第465話 開幕、第一回スクワッド・ジャム

すみません、明日は出張なので投稿を一日お休みさせて頂きます


「シャナさん!」

「悪い、待たせたか?レン」

「ううん、今来たところだから!」

 

 レンは嬉しそうにそう言った。だが実はレンは、一時間前からもうここに来ており、

シャナが来るのを今か今かと待っていたのだ。

レン曰く、必ず来てくれる人を待つのは楽しい、との事だ。

 

「それじゃあ行くか」

「うん!」

「最初は演習場だな、色々と把握しておきたい事もあるしな」

「分かった!」

 

 演習場に着くと、最初にシャナは、レンに普通に立ったまま射撃をさせた。

 

「とりあえずあの的を撃ってみてくれ、最初は十発、次はフルオートでだ」

「今の最高速度を知りたい、あのトラックを目印に、全力で往復してみてくれ」

「次は全力疾走のまま、あの的を狙ってフルオート射撃だ。

弾が切れた瞬間に、可能な限り早くリロードしてくれ」

「目を瞑ったまま一定速度で移動だ、俺が方向と数字を言うから、

その方向と角度に目を瞑ったまま曲がってみてくれ」

「俺が手を叩いたらその場で伏せる、次に手を叩いたら立ち上がって前進だ、

常に射撃体勢をとったままでな」

「後ろ向きになるべく早く走ってくれ、転んでも慌てずにそのまま転がって腹ばいになって、

そのまま射撃体勢を維持するんだ」

「しゃがんで丸まって坂道を転がるんだ、そしてあの茂みに近付いたら、

体制を立て直して中に飛び込み、そのままあの的を射撃だ」

 

 そんな事をしばらく続けた後、シャナはレンの頭をなでながら言った。

 

「よし、レンの能力は大体把握した、次は高速戦闘の注意点だな、

いいか、レン、複数の敵を相手にする時は、何があっても絶対に足を止めるな、

とにかく動いて動いて動きながら射撃だ」

「うん!」

「そして安易に飛び上がるな、どんなに速い奴でも、飛んでしまえばただの的だ、

ただし上下の動きが必要ないという意味じゃないぞ、

膝の伸縮を使って、上下の動きも必ず混ぜるんだ」

「膝の伸縮……よっ、ほっ!」

「そんな感じだな」

 

 そしてシャナは次に、一本のナイフを取り出した。

 

「ところでレン、レンはナイフで人が刺せるか?」

「う~ん……たぶん大丈夫、PKはそれなりに経験してきたし、

その段階で、これはあくまで痛みとかは何もないゲームの中の出来事だって割り切ったしね」

「そうか……それじゃあ次に、レンに適したナイフの使い方を教える」

「うん」

「最初にレン、基本的に相手を突くのは、

相手が完全に行動不能の静止状態になって、なおかつ背後をとった時だけにするんだ」

「ふむふむ」

「例えばこう、相手を正面から突いたとするだろ?

そうすると、慣れた相手なら、そのままレンの腕を掴んで、銃撃してくるケースもある」

 

 シャナはレンの正面にナイフを突き入れ、直前で静止させると、

その手をレンの手で握らせた。

 

「あえて刺させた後にそうされると、かなりやっかいだからな、くれぐれも注意してくれ」

「うん、そうすると、基本は斬る感じでいいの?」

「そうだ、レンはその速度を生かして、相手の脇をすり抜けつつ、

その勢いのままに相手を斬り裂くんだ」

「なるほど、すれ違いざまにか……」

「狙うのは相手が立っていたら太もも、もしくはアキレス腱だな、

太ももには動脈があるから、出血による継続ダメージを狙える。

アキレス腱は相手を一定時間歩けなく出来る」

「それじゃあ座ってた場合は?」

「銃を持つ腕、もしくは首だな、銃さえ奪ってしまえばどうとでもなるし、

首をうまく斬る事が出来れば、即死させる事も可能だ」

「なるほど」

「それじゃああの人形相手に練習だ」

「うん!」

 

 そしてレンは、色々な体制から一気に敵の懐に飛び込み、

ナイフで斬りつける練習を繰り返した。

何度目かの突撃の後、シャナが戻ってきたレンの頭をなでながら言った。

 

「よし、上出来だ、焦っている時ほど今の事を思い出すんだぞ」

「う、うん!」

 

 どうやらシャナは、レンが上手く動けた時を狙ってレンの頭をなでているようだ。

それにより、レンは成功したらシャナに頭をなでてもらえると、

無意識のうちに考えるようになり、その上達速度は飛躍的に上がっていった。

シャナの狙い通りである。 

 

 

 

 そして二人は、今日は砂漠地帯を越え、

森林地帯と砂漠地帯の境目にあたる場所へと向かった。

 

「今日は遠出するんだね」

「ああ、他のプレイヤーの邪魔が極力入らないようにな、

レンはもう砂漠地帯での動きには慣れていると思うから、

森林地帯でもスムーズに動けるようにならないとまずいと思うしな」

「確かに木の根とかが沢山ある場所は歩きにくいよね」

「しばらくきついだろうけど頑張れ」

「うん、絶対に負けられないから頑張るよ!」

 

 この日から、レンの戦闘能力は格段に上がった。

闇風やシズを交え、徹底的に色々なシチュエーションの実戦を繰り返したレンは、

それでも戦闘を楽しむ事が出来ていた。

あるいはシャナがいなかったら、レンは戦闘マシンになっていたのかもしれないが、

自分を見つめるシャナの視線がある限り、レンは常に前を向いていられた。

 

 

 

 そして濃密な二日間が終わり、その日シャナとレンは、

第一回スクワッド・ジャムに参加する為、第三回BoBでも使われた控え室の一室にいた。

 

「レン、調子はどうだ?」

「うん、すごく快調!」

「しかしまさか、ファイヤ本人が参加してくるなんてな」

「うん、本当にまさかだよね」

「というかあいつ、まともに戦えるのか?」

「出てくる以上、戦えるんじゃないかなぁ……」

「しかしこのメンバーがな……」

 

 ファイヤのチームメイトは、獅子王リッチーにスネーク、

残りの三人は、元平家軍の中級スコードロンのリーダーであった。

 

「まあこのメンバーから見るに、金でも掴ませて集めたんだろうとは思うが、

他のチームもかなりの数が、買収されているとみておいた方がいいだろうな」

「卑怯者……」

「まあ金の力も本人の実力の一部だって考え方もあるからな、

まあこっちがそれに付き合う事は無いから、とにかくこっちは敵を倒しまくるだけだ」

「だね!」

 

 そしてシャナは、改めて出場者リストに目をやった。

 

「参加者の中に知り合いも何人かいたが、

ファイヤが何も言ってこない以上、どうらやセーフだと認定されたみたいだな」

「知り合い?どの人?」

「このチームだな、『Narrow』」

「へぇ、そうなんだ」

「言っておくがレン、このチームを見たらとりあえず撤退だ、安易に近寄るんじゃないぞ」

「えっ?」

 

 レンはそのシャナの弱腰にとても驚いた。そんなシャナの言葉は初めて聞いたからだ。

 

「この人達ってどういう人なの?」

「本職だ、それで察してくれ」

 

 参加者名簿に記載された名前は、全部で五人。

コミケ、トミー、ケモナー、クリン、ブラックキャットとなっていた。

 

「ええっ!?銃で戦うのが本職って……」

「そういう事だ、なのでやり合うにしても、環境を整えてからじゃないと危険だ、

くれぐれもそれだけは覚えておいてくれ」

「分かった」

 

 他にもゼクシードとユッコとハルカのチーム『セクシード』もちゃんと参加していた。

薄塩たらこや闇風、エヴァ達やG女連、それにダイン達ら、元源氏軍所属プレイヤーは、

今回は参加せず、観客に徹しているようだ。これは速い段階でシャナが出場を表明した為だ。

 

「さて、そろそろ本番だな」

「頑張ろうね、シャナさん」

「レン、試合中はシャナと呼び捨てにするんだぞ、

そのタイムラグが生死を分ける事もあるからな」

「う、うん、えっと………シャナ」

 

 そしてGGO中にアナウンスが流れた。

 

『これより、第一回スクワッド・ジャムを開催致します。

それでは一分後に選手の皆様を試合の舞台へ転送致します、今のうちに準備をお願いします』

 

「レン、準備はどうだ?」

「問題なし、ぶちかますよ!」

「転送したら、とりあえず最初のスキャンまでは待機だな、

だが近くに有利に戦えそうなフィールドがあったらそちらへの移動も検討だ」

「了解!」

 

 そして一分後、二人はフィールドへと転送された。

そこは運良く砂漠フィールドであり、レンはその幸先の良さに喜んだ。

 

「運がいいね、シャナ」

「だな、俺も着替えるとするか」

 

 そしてシャナも今日の為に用意したピンクの戦闘服に身を包み、

二人は周囲の様子を観察する事にした。

 

「ところでレンがリーダーで、本当に良かったのか?」

「うん、だってその方が効率的でしょ?私が囮になって、シャナが敵を狙撃、

どう考えてもこれがベストでしょ」

「まあそうなんだがな」

 

 その微妙に不満そうなシャナの顔を見て、レンが言った。

 

「もしかして、私が傷付くのを見るのが嫌なの?」

「それはまあ嫌に決まってるだろ」

「ふふっ、そうなんだ」

「おう、そうだ」

「そっかぁ、ふふっ、でも私はやるよ」

「まあレンならそう言うだろうな」

 

 そして二人は周囲を見回し、廃棄された砦の跡のような建物を見付け、

そこへと移動する事にした。

 

「ここなら見晴らしもいいし、とりあえず問題ないな」

「さて、どういう配置になってるのかな」

 

 砦への移動後、少ししてからスキャン時間が訪れ、二人は端末に見入った。

 

「光点の数は十六、まだどのチームもやられてはいないようだが……これは……」

「マップ中央に、ドーナツ状に光点が集まってる……?シャナ、これって……」

「ご明察だな、やはり敵は組んでいるようだ、

おそらく試合開始直後に中央に集まるように打ち合わせしていたんだろうな、

今は移動途中といった所だな」

「この離れた所にある光点は、Narrowみたいだね」

「中央にいるのは……ゼクシード!?まずいぞ、ゼクシードの奴、囲まれてやがる。

敵も今の状況を見て、先ずは中央のゼクシード達を包囲殲滅しようとするだろう、

だがこの位置、おそらくゼクシード達は、ビル内に立てこもっているはずだ」

「救出に行かなきゃ!」

「だな、走るぞレン」

「うん!」

 

 こうしてシャナ達は、マップ中央へと全力で走り出した。




前書きにも書きましたが、明日は出張なので投稿を一日お休みさせて頂きます


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第466話 脱出

昨日はすみません、お待たせしました!


「こいつはどうも参ったな、これがシャナの言ってた可能性って奴か」

 

 スタート直後に近くに身を潜めるのに丁度いいビルを見付け、

その中で待機していたゼクシードは、スキャン結果を見てそう呟いた。

 

「か、完全に囲まれてますよゼクシードさん」

「どうします?」

 

 ユッコとハルカは、焦ったようにそう言った。

 

「まだ完全に囲まれるまでには若干の時間の余裕がある、

先ず予備の装備を使って屋上に三人分のダミーを設置して、そこまでのルートに罠を設置だ。

そうすれば敵は、そっちに僕達がいると思って屋上に向かうだろう。

こちらは一階に潜み、その隙を見て離脱だ」

「シャナさん達のいる西に向かうんですね?」

「ああ、他の奴らは僕とシャナの関係をよく知ってるから、

まさかそっちに逃げるなんて思いもしないだろうからね」

「分かりました!」

「急ぎましょう」

 

 そう言って三人は作業を開始した。時間の余裕はあって数分、

それまでに雑でもいいからとにかく数多くの罠を設置しなくてはならない。

三人はそう考え、外の監視をしつつ作業を進めたのだが、

それはギリギリ間に合わなかった。

 

「ゼクシードさん、敵の集団が見えました、距離は百メートル」

「ちっ、今からじゃ一階に潜むのは間に合わないか、仕方ない、この付近に身を潜めよう」

 

 組んでいるせいか、躊躇いなく集結してきているのだろう、思ったよりも敵の進軍は早く、

ゼクシードは予定を変更して、三階に身を潜める事を決断した。

 

「僕は上から入り口に手榴弾を落としてから隠れるから、二人はここにいるんだ」

「はい」

「お気をつけて!」

 

 そしてゼクシードは単独で二階に下りると、

入り口に敵が姿を現した瞬間にそちらに何個か手榴弾を投げ込み、

直ぐに三階へと退避した。

 

 

 

「君達を雇いたい、報酬はこのくらいで」

 

 街中で突然そう声を掛けられた『ZEMAL(全日本マシンガンラヴァーズ)』の、

リーダーであるシノハラは、詳しく話を聞いて小躍りしながら仲間達の所へと向かった。

 

「………という訳で、そいつに雇われる事にした。

報酬はこのくらい、マシンガンの弾を大量に支給してくれる上に、

シャナ達さえリタイヤさせられれば、後は好きにしていいそうだ」

「まじかよリーダー、あのシャナと敵対すんの?」

「何か問題があるか?」

「いや、無いな」

 

 そのメンバーは、ニヤリとしながらそう言った。

 

「その通り、何故なら俺達は……」

 

 そして残りの五人は、口を揃えて言った。

 

「「「「「マシンガンさえ撃てればあとは何でもいいからな!」」」」」

 

 そんな方針でプレイをしている為、ZEMALは屋内での戦闘を忌避している。

その為彼らは今回は命拾いする事となった。

入り口に不用意に突入しようとしたチームが手榴弾で吹き飛ばされたのだ。

 

「うおっ、危ねえ!」

「セーーーーーーーフ!」

「いきなりビルに突っ込むとか馬鹿かっつ~の」

「リーダー、俺達はどうする?」

「待機だ待機、というか屋内なんて入りたくないし」

「だよな、やっぱり全力でマシンガンが撃てる屋外じゃないとな!」

 

 こうしてZEMALの面々は、東口方面へと移動し、そこで布陣する事になった。

一応Narrowにも警戒しないといけないが、

これは、ゼクシードがシャナのいる方へ向かうはずがないという判断からだった。

 

 

 

「リッチーさん、あのセクシードってのはどんなチーム?」

「第二回BoBの優勝者である、ゼクシードのチームだな、強敵だ」

「ほうほう、BoBの優勝者だったんだ、で、ボブって何なの?」

「…………このゲーム内のトップを決める大会だ」

 

 獅子王リッチーは、ボブって何だよと思いながらもそう答えた。

 

「ワールドカップみたいなもの?

なるほどなるほど、それでお山の大将を決めるんだ」

 

 リッチーは、BoBは個人戦なので、あえてワールドカップを引き合いに出すなら、

それに該当するのはこの大会じゃないだろうかと思ったが、

ファイヤに対して特に追加で何か説明する事は無かった。

リッチーがこのチームに参加したのはあくまで報酬の為であり、

ファイヤ個人は正直嫌いだったからだ。

 

「まああのチームは位置的に邪魔だから、さっさと倒しちゃおう。

それくらいは当然いけるよね?」

「残りの十二チームのうち、半数を既に差し向けました、

残りはシャナに備えて周囲に布陣させました」

「それじゃあ念のため、僕達はどのチームもいない方向に少し離れようか、

前のめりになりすぎて、背後からズドンとか怖いしね」

 

 ファイヤはファイヤでそれなりに状況を理解しているようで、

言っている事は意外とまとものようだった。だが基本一言多い事に変わりはない。

 

「もう一チームはどうなの?Narrowだっけ?」

「源平合戦の時にちょっとだけ見ましたが、ぱっとしないチームでしたね、

最終日にはいなかったですし」

「ふ~ん、まあ絡んでくるようなら数の力で押し潰せばいいね、

力が劣るメンバーなのを承知で数を集めたのはその為だしね」

 

 獅子王リッチーは、その言葉にイラっとしつつも我慢しながらこう答えた。

 

「………………まあそうですね」

 

 

 

 一方チームNarrowはというと、中央へ向かっている真っ最中だった。

 

「さて、この状況をどう思う?」

 

 そうコミケに問われ、スキャン結果を思い出しながら、ブラックキャットが言った。

 

「どうやら中央のチームは全部組んでますね、動きが組織的です」

「だよなぁ……」

「隊長、どうする?」

「あ~……とりあえずシャナの旦那は極力スルーで、お仕事が果たせなくなったら困るしね」

「そのシャナっての、そんなにやばいの?」

 

 そんなコミケを見て、クリンがきょとんとしながらそう尋ねた。

 

「おう、あれは化け物だな、とりあえずやり合うとしても、ノルマを果たしてからだな」

「へぇ、それは興味があるね、是非お手合わせ願いたいわ」

「……まあ給料分の仕事を片付けてからな」

 

 獰猛な顔でそう言うクリンに、コミケはそう言った。

 

「隊長、ノルマって何組でしたっけ?」

「サンプルとして最低限相手しないといけないのは三組だな」

「なるほど」

 

 今回のNarrowチームの目的は、GGOが訓練に使えるかどうか調べる為であった。

どうやらその為に、三組以上を相手にした戦闘のサンプルが必要なようだ。

 

「それじゃあ隊長、四組目はあの、SLってチームね」

 

 ちなみにSLとは、シャナとレンの頭文字を合わせただけの、シンプルなチーム名である。

 

「はぁ……まあ確かに一番いいデータが取れそうだし、あくまで四組目以降にな」

「よっしゃあ、やる気出てきた!」

 

 そう嬉しそうに言うクリンに、微笑みながらブラックキャットが言った。

 

「ちなみに合コンをお願いしたのもあの人よ」

 

 以前八幡と交わした約束を思い出しながら、

ブラックキャットこと黒川は、クリンにそう言った。

そもそも誰でもいいから合コンがしたいと強く望んでいたのはクリンなのであった。

 

「え?そ、そうなの?」

「まじで!?大将と!?」

「ブラック姉さんいつの間に!?」

「姉さん言わないで。ええそうよ、私、あの人とは別の仕事で一応面識があるのよね」

「ど、どんな人?」

「う~ん、守秘義務ってものがあるしねぇ……」

「お、大雑把でいいから!」

「そうねぇ……」

 

 ブラックキャットは、少し迷うようなそぶりを見せた後にクリンに言った。

 

「まあ今回の合コンは、元々あなたに頼まれていたんだし、仕方ないわね、

あの人は………やばいわよ、もし結婚出来たらあなた、勝ち組ね、

もっとも彼女持ちだから、多分無理だと思うけど」

「彼女持ち!?でも合コンしてくれるの?」

「優しい人だからね。お友達になれたとしたら、それだけでもあなた、勝ち組よ」

「そこまで言う!?うわぁ、凄く興味が沸いてきたわ」

 

 そんな二人の会話を聞いたコミケ達は、目を剥いた。

 

「大将ってそうなのか!?」

「ええ、そうですけど……隊長は知らなかったんですか?」

「いや、まあ俺も会った事は無いしな……」

「それじゃあさっさとノルマを達成して、彼と話しに行きましょうか」

「賛成!」

「それじゃあお仕事を始めますか」

 

 その時前方から爆発音が聞こえ、五人は直ぐに戦う者の顔になった。

 

「隊長、前方に爆発音、どうやら手榴弾のようです」

「早速始まったか、まあ位置的にはこちらに都合がいい、とりあえず急ぐぞ」

「「「「了解!」」」」

 

 こうしてNarrowも目的地に近付き、中央付近は混沌とした状況になってきた。

 

 

 

「シャナ、爆発音が!」

「ああ、そうみたいだな、多分あれは、ゼクシードがやったんだと思う」

 

 シャナは冷静な口調でそう言うと、レンにこう言った。

 

「あいつの事だから、何とかしてこっちと合流しようとするはずだ、

レン、先行してビルの入り口を監視し、情報をこちらに逐一伝えてくれ」

「了解!」

「くれぐれも気を付けてな」

「うん!」

 

 そしてレンは、全速力で走り出した。

シャナはそれを追いかけながら、信号弾をひとつ用意した。

 

「こっちの場所がバレるリスクはあるが、合流さえ出来れば何とかなるだろ」

 

 シャナはそう呟きながら、走り続けた。そこにレンからの連絡が来た。

 

『シャナ、今いくつかのチームがビルの中に入ってった、一組だけは外で待機中、

位置はビルのこっち側かな』

「Narrowが東、こっちが西だったから、残るは北か南か……

レン、そのどちらかに敵影は見えないか?」

『待ってね………あっ、北に今ファイヤっぽい人影が見えた、南は多分敵影無し』

「ファイヤの奴は何チームか連れて北に逃げたのか、

よしレン、俺は南に移動して信号弾を上げる。おそらくゼクシードの奴は、

それを合図に飛び出してくるはずだから、そのままこっちに誘導してくれ」

『うん、任せて!あっ、今ビルの上の方から爆発音、でもこれ、多分トラップの音かも』

「ほう、分かるのか?」

『うん、聞きなれた音だったから!』

「銃声は聞こえるか?」

『ううん、何も』

 

 そのレンの報告を聞いて、シャナは、ゼクシードがトラップと同時に仕掛けないのなら、

おそらくゼクシードはビルの下の方に潜んでおり、

敵をある程度やり過ごした後に、強行離脱をはかるつもりだと予想した。

 

「分かった、時間が無いからとにかく急ぐ。

レンはもしゼクシードが先にビルから出てきたら、それを援護してやってくれ」

『うん!』

 

 そしてシャナは全力で南に向かい、信号弾を上げた。

 

 

 

「ゼクシードさん、南に今、信号弾が上がりました!」

「信号弾?そうか、よし、全力で入り口から離脱、

そのまま信号弾が上がった方向へと向かうぞ!」

「その先にシャナさんが?」

「おそらくね、よし、行こう!」

「「はい!」」

 

 ビルの中に入ってきた敵は、まだ四チーム程だったが、

その全てが、ゼクシード達が仕掛けておいた予備の装備で作った人形を見て、

ビルの上へと駆け上がっていった。それをしっかりと見た後、後続が無い事を一応確認し、

三人は意を決して姿を現すと、階下へと走り出した。

それを上の階から見付けたプレイヤーが、踊り場の上から銃を撃ってきたが、

その時には既に、ゼクシード達は外へ飛び出してた後だった。

そんなゼクシードの視界に、先日見たピンクの姿が映り、

ゼクシードは迷わずにそちらに向かって走り出した。

 

「レンちゃん!」

「ゼクシードさん、こっちです!」

「了解、ユッコ、ハルカ、味方だ」

「やりましたね!」

「いや、まだ分からない、くれぐれも周囲の警戒を怠らないようにね」

「はい!」

「左に敵影!」

「くっ、まだいたのか……」

 

 丁度その時、騒ぎを聞きつけたZEMALのメンバーが、慌ててこちらに姿を現した。

 

「いたぞ、敵だ!よっしゃあ、俺達のマシンガンの力を見せてやれ!」

「「「「「ヒャッハー!」」」」」

 

 ZEMALのメンバー達は、嬉しそうにそう答え、ゼクシード達に向けて銃を構えた。



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第467話 広い心で許します

「まずい!」

 

 ゼクシードはそう叫ぶと、咄嗟にユッコとハルカを地面に押し倒した。

 

「「きゃっ!」」

 

 そして地面に伏せた三人の頭上を、多数の弾丸が通過していった。

 

「あははははは、撃て撃てぇ!」

「やっぱりマシンガンこそ至高にして最強!」

 

 幸いな事に、ZEMALのメンバー達は、

高笑いしながら水平にマシンガンを連射していただけだったので、

その弾丸はゼクシード達にまったく命中する事は無かったが、それも時間の問題であろう。

少し冷静になれば、銃口を少し下に下げるだけで、ゼクシード達は蜂の巣になるのだ。

 

「させないっ!」

 

 そこに突っ込んできたのはレンだった。

レンは横合いからPちゃんをフルオートで連射しつつ、

一番手前にいたZEMALのメンバーを蜂の巣にした。

 

「うおっ、何だこいつは!」

「まさか、噂になってるピンクの悪魔ってこいつなのか!?」

「反撃、反撃!」

「あ、あれ?」

 

 慌ててそちらに銃口を向けた時、そこにレンの姿はもう無かった。

だがよく見ると、地面すれすれにピンク色が見える。

 

「上下の動きは膝の伸縮で!」

 

 レンは先日シャナに教えられた事を忠実にこなし、

凄まじいスピードで体制を低くする事で、自分を一瞬消えたように見せかけ、

そのまま一気に横へと飛んだ。

 

「ど、どこだ!?」

「遅い!」

 

 そしてレンは、敵の後方から再び射撃を加え、更に一人のメンバーを屠った。

 

「くそっ……」

「後ろだ!」

 

 残った四人のメンバーが振り向いた時、またしてもそこにレンはいなかった。

 

「えっ……?」

「どこに隠れやがった!」

 

 その時レンは、背面走りで下がりつつ、たまたま地面の凹凸に躓き、

そのまま転がって物陰に隠れた所だった。

 

「射撃体勢は崩さない、そして今のうちにリロード!」

 

 レンはそう呟きながら、Pちゃんに弾丸を補充した。

その瞬間に、明らかにマシンガンとは違う銃声が聞こえ、

レンはチラリと顔を覗かせ、ZEMALの様子を探った。

どうやら今の一連のやり取りで、チーム『セクシード』は、体制を整える事が出来たようで、

三人は物陰からZEMALをけん制しつつ、後退しているようだった。

 

「よし、このまま合流だ!」

 

 そしてレンは、一気に『セクシード』の横合いに移動し、道を挟んで反対側から、

同じようにZEMALにけん制射撃を始めた。

 

「ゼクシードさん、大丈夫ですか?」

「レンちゃん、助かった、ありがとう!」

「いえいえ、敵の増援が来る前に、隙を見てこのまま後退しましょう!」

「了解だ!」

 

 四人はそのままけん制を続け、じりじりと後退していった。

だがある程度下がった所で、今度はビルの上からの攻撃が始まり、

角度があるせいで、四人はそれ以上後退する事が出来なくなった。

 

「ちっ、まずいな、レンちゃん、どうする?」

「大丈夫です、多分そろそろです!」

「そろそろ?」

 

 シャナの事を信じきっていたレンは、シャナからの援護が来る事をまったく疑っておらず、

ゼクシードを安心させるようにそう叫んだ。

その直後にビルの上から一人のプレイヤーが落下してきた、どうやら撃たれたらしい。

そして遅れて銃声が四人の耳に届いた。

 

「この音は、M82か!」

「さすがシャナさん、タイミングバッチリ!」

 

 そして再びプレイヤーが落下し、それと同時に一時的に、上からの銃声がやんだ。

 

「よし、レンちゃん、あのマシンガン野郎共に全力射撃、直後に離脱しよう!」

「はい!」

 

 そして四人はZEMALに向けて、激しい面攻撃を加え、

ZEMALが慌てて物陰に隠れた瞬間に、全力で後方へと走り出した。

 

「今だ!」

「はい!」

 

 四人はそのまま離脱し、シャナのいる南を目指した。

そしてレンに、シャナからの通信が入った。

 

『レン、右に十五度だ』

「はい!」

 

 レンは訓練の成果を遺憾なく発揮し、微妙に角度を修正しながらゼクシード達を先導した。

そして前方の小さな丘の上で、単眼鏡を覗くシャナの姿を見付けた四人は、

それでやっと落ち着く事が出来、そのままシャナと合流した。

 

 

 

「ゼクシード、大丈夫か?もう追っ手はいないから、安心して少し休んでくれ」

「おかげさまでね、正直助かったよ、シャナ」

「「シャナさん!」」

「ユッコとハルカも大丈夫か?どこか怪我はしてないか?」

「うん、大丈夫」

「ありがとうね」

 

 そしてシャナは、嬉しそうに駆け寄ってきたレンの頭を撫でた。

 

「ちゃんと見てたぞ、教えた事をちゃんと生かせてたな、えらいぞ、レン」

「シャナ!私、頑張った!」

 

 そう言いながらレンは、飛び上がってシャナに抱きついた。

 

「おっと」

「やっぱシャナは力持ちだねぇ」

 

 シャナはレンを軽々と支え、レンは感心したようにそう言った。

 

「まあ、ただのステータスのせいだけどな。

それよりもレン、その、俺の手の位置がまずいんだが……」

「手の位置?って………きゃっ!」

 

 レンは、自分の体重を支える為に、

シャナの手がレンのおしりをまともに掴んでいる事に今更ながら気がつき、

慌ててシャナの腕の中から飛び降りた。

 

「もう、シャナさんのえっち」

「今のは百パーセントお前のせいだからな……」

「う……ま、まあいいや、広い心で許します」

「お、おう、ありがとな」

 

 レンは恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうにそう言い、

シャナも微笑しながらそうお礼を言った。

そんな二人の会話を、ゼクシードは少し羨ましそうに、

そしてユッコとハルカは微笑ましそうに見つめていたが、

やがてユッコとハルカが、何かに気づいたようにハッとした。

 

「あっ!」

「そういえば……」

 

 その二人の言葉を聞いて、シャナとレンは何事かと思い、二人に注目した。

そして二人は、次の瞬間ゼクシードに詰め寄った。

 

「そういえばゼクシードさん!」

「ん?どうした二人とも」

「さっき助けてくれた時、さりげなく私の胸に触ってましたよ!」

「私のおしりにも触りましたよね!?」

「えっ?」

 

 ゼクシードはそう言われて戸惑った。咄嗟の事だったので、

その時の状況を詳しく覚えていないからだ。

しかしこの二人が言うならそうなのだろう、ゼクシードはそう考え、素直に二人に謝罪した。

 

「そ、そうだったのか、すまなかった」

 

 そんなゼクシードを二人は笑顔で見つめており、

ゼクシードは、先ほどのシャナとレンの姿を思い出し、

二人の許しの言葉に備えてお礼を言う準備をした。

だが二人の言葉は、ゼクシードの予想とは微妙に違うものだった。

 

「もう、仕方ないですね、十万クレジットで許してあげます」

「うんうん、そのくらいが妥当かな、広い心で十万クレジットで許します」

「ありが………とう?」

 

 思わず疑問系でそう言ったゼクシードに対し、二人はきょとんとした。

 

「ゼクシードさん、どうして疑問系なんですか?」

「あ、いや、別に何でもないよ……

ただちょっと、シャナとレンちゃんの姿を見た後だったから、

どうなのかなって………あ、あはは……」

「やだなぁ、よそはよそ、うちはうちですよ」

「本当に頼りにしてるんですからね、ゼクシードさん」

「そ、そうか………うん、そうだね、つまらない事を言って悪かった。

僕は二人に頼りにされてるんだよな、

よし、この大会が終わったら三人でリアルで食事にでも……」

 

 ゼクシードが、そう不穏な事を言いかけた瞬間に、

ユッコとハルカは目配せすると、いきなりシャナにしなだれかかり、

さりげなくその手を自分達の胸に当て、シャナにこう言った。

 

「あっと、いきなり眩暈がああ!」

「きゃっ、シャナさん、手が、手が私達の胸に!」

「うおっ、何だお前らいきなり……」

「ふえっ!?」

 

 驚くシャナとレンをよそに、二人はしばらくそうしていたが、

やがてシャナから離れ、こう言った。

 

「もう、シャナさんのえっち」

「仕方ないから、広い心で許してあげます」

 

 その二人の言葉に、シャナは戸惑いを隠せず、

レンは二人に真似をされ、恥ずかしそうに頭を抱えた。

 

「うひゃぁ、私ってばあんな事をしてたんだ、うぅ、恥ずかしい……」

 

 そして二人は何事も無かったかのようにゼクシードに駆け寄ると、

笑顔でゼクシードに言った。

 

「さあゼクシードさん、頑張りましょう!」

「ここから巻き返しますよ、ゼクシードさんの事は、本当に頼りにしてますからね!」

「あ、うん、そ、そうだね……」

 

 納得しがたい表情を浮かべながらゼクシードはそう言い、

同じく顔に疑問符を浮かべていたシャナが、ゼクシードの横に並んだ。

 

「……よく分からないが、とりあえずゼクシード、この状況をどう思う?」

「そうだね……」

 

 そして二人は会話しながらとりあえず南西に移動を始め、

その後をレンとユッコとハルカも会話をしながら付いていった。

 

「あ、あの、お二人とも、さっきのって……」

「あ、ごめんねレンちゃん、びっくりさせちゃった?」

「は、はぁ……」

「ほら、あの時ゼクシードさんが、またおかしな事を言いかけたでしょ?」

「あ、リアルで食事云々ってやつですね!」

「ああいうのはうちら興味が無いから、シャナさんをだしに使わせてもらったの、ごめんね」

「まともに断ると、チームとして気まずくなる事もあるからね」

「あ、そういう……」

 

 レンは、その説明に納得した。

 

「確かにちょっとやりすぎちゃった気もするけど、

シャナさんには何度か高い食事を奢ってもらってるから、

まあちょっとくらいならいいかなって」

 

 その言葉を聞いたレンは、焦ったように二人に尋ねた。

 

「お、お二人はシャナとリアルで会うくらいの仲だったんですか!?」

 

 そんなレンを見て、二人は笑いながらレンに囁いた。

 

「違う違う、実は私達、シャナさんと同じ学校だったのよ」

「だから元々顔見知りだったの。でも心配しないで、高校の時は何も無かったから」

「むしろ私達、シャナさんの事を嫌ってたしね」

「ほえ~……」

 

 レンはその言葉に驚いた。とても今はそうは見えないからだ。

 

「あ、あの、今はシャナの事、嫌いじゃないんですか?」

「そうねぇ……まあ別に嫌いじゃないかな」

「好きでもないけどね!」

「なるほど……」

 

 事情を聞いて、納得しつつも安心したような表情を浮かべるレンを見て、

二人は面白そうな顔をして言った。

 

「レンちゃんは、シャナさんの事が大好きなんだね」

「ふえっ!?え、えっと、あのですね……」

「ああ、いいのよいいのよ、私達、レンちゃんと同じような目をした人を、

何度も何人も見てきてるからね」

「あ、えと………は、はい」

「まあ苦難の道のりになるだろうけど、頑張ってね」

「応援するから!」

「はい!ありがとうございます!」

 

 そして三人は笑い合い、丁度その時レンに、シャナが声をかけてきた。

 

「レン、楽しそうなところを邪魔して悪いがちょっといいか?

さっきの戦闘について、ゼクシードがいくつか聞きたい事があるそうだ」

「あ、今行きます!」

 

 そしてレンの代わりに下がってきたシャナが、ユッコとハルカに話しかけた。

 

「おいお前ら、さっきのは一体何だったんだよ……」

「とか言いながら、嬉しかったんでしょ?」

「ああいうのは間に合ってるから別に嬉しくはない」

「じゃあ何でそんな赤い顔をしているの?」

「あ、暑いだけだ、あ~暑い暑い、今年の夏も暑くなりそうで困ったもんだな」

「気候とかが関係ないGGOの中でそんな事言われてもねぇ……」

 

 そして二人はレンに言った説明と同じ事をシャナに説明した。

 

「ああ、そういう事か、まあでも、やり方くらいはもう少し考えてくれよ……」

「ごめんごめん、さすがにちょっとやりすぎちゃったね」

「いや、そういう事じゃなく、お前らがその……俺なんかに胸を触られて、嫌だったろ?」

「えっ?」

「あ、うちらの事を考えてくれたんだ」

「べ、別に……」

 

 そう顔を背けるシャナがかわいく思えたのか、二人は両脇から再びシャナに抱きついた。

 

「うわっ、今度は何だよ、おいこら離せ」

「離しません~!」

「これは、素直じゃないシャナさんへの罰なのです!」

「罰ってお前らな……」

 

 そして二人はシャナの耳元で囁いた。

 

「レンちゃんを泣かせちゃ駄目なんだからね」

「その為にもこの大会、絶対に優勝するんだよ」

 

 二人はそう言って、前を歩いているゼクシードとレンの方へと走っていった。

 

「まったくあいつらは……もう昔の面影がまったく無いじゃないかよ」

 

 シャナはそう呟きながら、前にいる四人の方へと走っていった。

その表情は、とても穏やかななものだった。

 

 

 

 ちなみに大会後、八幡はこの事で明日奈と南に責められ、

そのご機嫌をとる為に色々要求される事になる。



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第468話 Narrowの実力

 その頃『Narrow』のメンバー達は、その戦闘の一部始終を観察していた。

 

「どうだ?ブラックキャット」

「相変わらずあの人の狙撃は反則ですね、本当に素人とは思えません」

「クリンは?」

「あのピンクのちびっこ、何あの動き?この仕事を命令された時は、

素人相手に戦うなんて、正直どうかと思ったけど、これは腕が鳴りますね」

「まあやりすぎないようにな」

「あの動きをする奴の相手をするのよ、やりすぎるくらいが丁度いいと思います」

「同じちびっこ同士、気が合いそうだけどなぁ」

 

 そう軽口を叩いたケモナーは、いきなりクリンに殴られた。

 

「痛ってぇ、いきなり何をするんすか!」

「ふん、デリカシーが無いからあんたはモテないのよ」

「俺はネコ耳少女と出会えさえすれば、それでいいっすもん」

「そういえばあの子の帽子は、まるでうさ耳のようでしたね」

 

 トミーが冷静な口調でそう言った。

 

「確かに……」

 

 ケモナーはそう言われ、レンの姿を思い出しながら言った。

 

「あれは有りか無しかで言えば有り……いやいや、しかし真のケモナー道の為には、

こんなところで妥協するのは……」

 

 そんなケモナーに、ブラックキャットは呆れた声で言った。

 

「何?ちょっとでも自分にチャンスがあるとでも思ってるの?

あの子はどう見ても、あの人に惚れてるでしょ」

「やっぱり?くそっ、相変わらず大将はモテるなぁ……ああ~、あやかりたいっす!」

 

 ケモナーはそう嘆いたが、そんな彼を見つめる女性陣の視線は、それは冷たいものだった。

その視線には、あんたには絶対に無理よという意味が込められていたのだが、

他人の目を気にしないで生きてきたケモナーには、まったく通じていなかった。

 

「まあクリンは大将の事がまだよく分かってないからそっちに目がいくんだろうが、

大将は接近戦でもやばいから、油断だけはしないようにな」

「了解!」

「それで、今後の方針だが……」

 

 そう言いながら、コミケは仲間達の顔を見回した。

 

「もちろん分かってますって」

「この状況だったらまあ一択っすね」

「他にはありえません」

「あいつら、単純に気に入らないしね」

 

 そんな答えを受け、コミケは頷きながらこう宣言した。

 

「そういう事だ、数さえ揃えればいいなんて思ってる奴らはこの手で叩きのめす、

誰を倒しても仕事に支障は無い以上、やる事は一つしかない。

あそこでふんぞり返ってる奴らを、片っ端から殲滅するぞ」

「「「「了解!!!」」」」

 

 こうしてNarrowも、ファイヤ達を目標として動き出す事になったのだった。

 

 

 

「空振り?あの数で攻撃したのに?いやいや、センスの低い冗談だよね?」

「はぁ……まさかあのシャナがゼクシードを助けに来るとは想定外でして……」

「えっ、じゃあ本当に?あの状況からこちらは四人も倒されて、向こうの被害はゼロ?

参ったなぁ、思った以上に烏合の衆だったのかな」

「申し訳ありません……」

 

 獅子王リッチーは、ファイヤからの報酬を失いたくない為に、

何を言われてもひたすら我慢して、頭を下げ続けていた。

 

「まあ状況のせいもあるかもしれないしな……仮に何もない平原とかで、

相手の二チームとこっちの全軍がまともにぶつかったら、さすがに勝てるよね?」

「それは、その………」

「まさか勝てないの!?」

 

 ファイヤは愕然とした顔でそう尋ねてきた。

 

「ええと……何も隠れる場所が無い所でシャナと戦うというのはですね、

要するに戦車でミサイルを相手にするようなものでですね……」

「遠くから一方的に撃たれて全滅するって事?」

「その可能性は否定出来ません……」

「そうか、事前にその事は知ってたけど、それほどなのか」

 

 さすがのファイヤもいくらか情報収集はしていただけの事はあり、

その事については皮肉も付け加えられなかったようだ。

 

「よし、それじゃあ要塞化出来る地点を探して、そこで敵を待ち構えようか。

あとは兵力の半数を外に出して、その拠点から離れすぎないように、

内と外で連携して敵の接近に備える事にしよう」

「分かりました、次のスキャンの結果を元に、その事を頭に入れながら、

全員でそれに相応しい地形を探す事にしましょう」

 

 その言葉で、獅子王リッチーはファイヤの事を少し見直した。

同時に、とにかく突撃して敵を倒せと言われなかった事に安堵していた。

まあさすがのファイヤもそこまで馬鹿ではないので、その心配は無用なのだが。

 

「それじゃあ次のスキャンまで待機だね、

今別行動をしている六チームはここに移動させて休んでもらって、

残りの七チームのうち、三チームをセットとして二交代で外の警戒にあたってもらおうか。

もちろん僕らのチームはここで待機ね」

「分かりました、そうします」

 

 獅子王リッチーはその言葉に従ってチーム分けをし、順番に外へと送り出した。

だがその獲物を見逃すNarrowの面々ではなかった。

彼らはシャナとゼクシードの存在に気をとられるあまり、もう一組の敵の存在を忘れていた。

 

 

 

「隊長、敵の三チームほどが、移動を開始しました、どうやら周囲の警戒にあたる模様」

『そうか、どうだ?各個撃破は出来そうか?』

「楽勝ですね、あいつら連携のれの字もありゃしませんよ」

『よし、俺とブラックキャットは狙撃ポイントに移動する、

そっちは付かず離れずの位置をキープしながら、その時に備えてくれ』

「了解、対象をアルファ、ブラボー、チャーリーと設定、情報共有に入ります」

 

 そしてNarrowチームは行動を開始し、前衛からの情報から、

コミケとブラックキャットはとあるビルの五階に陣取った。

 

『配置についた、こちらからは今、ブラボーチームが丸見えだ、

あいつら完全に気を抜いてやがるな、そちらはどうか』

「そちらの狙撃と同時に殲滅行動を開始可能、クリンが殺る気満々です」

『オーケーだ、ヒトマルサンマルで行動に移る』

「ヒトマルサンマル、了解」

 

 

 

 そして時間になり、コミケとブラックキャットは、

のんびりと立ち話をしていた二人のプレイヤーをビルから狙撃した。

 

『命中を確認、敵は即死しました』

『こちらも命中、即死を確認……って、クリンの奴……』

 

 二人がそう報告した時には、既にクリンは残る四人の所へと突入していた。

その姿はどうやらコミケには丸見えだったようだ。

その手に持つ銃には銃剣が付けられており、最初から接近戦をする気満々だったのが伺えた。

 

『トミーとケモナーはクリンを援護、こちらは増援の有無を確認しておく』

「了解」

 

 

 

(おらおらおらおらぁ!)

 

 さすがに実際に叫ぶような事はしなかったが、クリンは高揚した状態で、

心の中でそう叫びながら敵目掛けて突入した。

ゲームの中とはいえ、初めての人相手の実戦なのだ、

格闘徽章までとったクリンにとっては、高揚しないはずがない状況だった。

実際にこの戦闘データが上へと提出されたら、何らかのペナルティを与えられるだろうが、

クリンはそんな事は気にしなかった。これは自分の力を試す、絶好のチャンスなのである。

 

 タタンッ

 

 クリンはまずのんびりと座っていた四人組に銃を撃ちかけ、一番手前にいた一人を屠ると、

相手がまともに銃を構えられていない事を確認し、

そのまま突っ込むと、銃剣で敵の体を串刺しにした。

 

「何だ!?」

「敵襲!敵襲!」

「くそっ、この位置からじゃ……」

「お前ら俺に構うな、俺ごと撃て、撃て!」

「す、すまん!」

 

 クリンに刺されたそのプレイヤーは、決死の覚悟でそう言い、

残された二人のプレイヤーも、その意気に応えて味方ごと蜂の巣にしようとした。

その瞬間にクリンは、そのプレイヤーを盾にして、その二人に突っ込むと、

その体を二人目がけて投げつけた。

 

「うわっ」

「て、敵は……」

「クリン、下がれ!」

 

 突然そんな声が聞こえ、クリンが後方に飛んだ瞬間、

トミーとケモナーが横合いから銃弾を連射し、

一歩後ろに下がったクリンも先ほど投げつけたプレイヤー越しに銃弾を叩きこんだ。

そしてまたたく間に三人の死体が出来上がり、そのチームは一瞬で壊滅する事となった。

 

『北からアルファチームが接近中、物陰に身を隠し、

合図があり次第フルオート射撃を実行せよ』

 

 その追加の指示が聞こえて直ぐに、三人は素早く物陰に隠れつつ、銃の弾をリロードした。

直後に五人のプレイヤーが姿を現し、死体の山を見てぎょっとし、立ち止まった。

実に迂闊な行動だと言わざるを得ない。

その隙を見逃さず、コミケとブラックキャットは再び狙撃をし、

仕留める事は出来なかったものの、二人に傷を負わせ、

五人の意識をビルの方に向けさせる事に成功した。

 

『撃て!』

 

 そのコミケの通信を合図とし、三人は意識が反れた五人にフルオート射撃を叩きこみ、

その五人はあっけなく死体と化した。ここまで実に、三分間の出来事であった。

 

『遠くに敵の増援を確認、最初にチャーリー、次に三チームが連続で来るぞ、

猶予は三分、置き土産を設置後、そのまま北へと全力で離脱せよ、

こちらも確認後にビルを捨て、そちらに移動する』

「「「了解!」」」

 

 そして目的を達したNarrowの面々は、正確に三分後にその場を離脱した。

後には十一人分の死体が折り重なるように残されており、銃声を聞いて駆けつけた、

通称チャーリーチ-ムは、その光景を見て戦慄した。

 

「おい、これってどこがやったんだ?」

「シャナの仕業じゃないよな」

「って事は、東にいたもう一チームか?」

「まじかよ……今の一瞬でこれかよ……」

 

 そして死体に近付いた誰かの足に、何か引っかかる感触があった。

 

「えっ?」

「おい!」

「やべぇ!」

 

 そして死体に仕掛けられていたブービートラップが発動し、

Narrowによってチャーリーと名付けられたチームは、

そのまま全員吹き飛ばされる事となり、直後に駆けつけた交代組の三チームは、

慌ててその場から引き返し、本隊へと合流する事にした。

 

『チャーリーの殲滅と敵援軍の撤退を確認、この場を離脱する』

 

 

 

 そしてNarrowは姿を隠し、ファイヤは苦虫を噛み潰した表情で、その報告を受けた。

 

「そうですか、三チームもの戦力が……これは皆さん本気でかからないとまずいかもですね」

「えっ?今までも本気で………い、いえ、何でもありません、

そうですね、本気を出さないとですね」

「まあ倒された三チームは、所謂四天王の中でも最弱、って奴ですよね?」

 

 そう言われ、一瞬呆然とした獅子王リッチーは、直ぐに慌てた顔で言った。

 

「は、はい、その通りです!」

「だよね、うん、的確な表現を学んでおいて良かったよ。

さて、犠牲は出たが時間は稼げた、そろそろスキャンの時間だ、

敵の位置を把握して、今度はこちらから攻めさせてもらうとしようか」

 

 その直後に、二回目のスキャンが始まった。



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第469話 スネーク

今日の話で、スネークの印象がめちゃめちゃ変わるかもしれませんが……


 スキャン結果が表示された瞬間、その場は大混乱に包まれた。

 

「なっ……SLがいないぞ!?」

「セクシードもだ!」

「どこだ!?」

 

 何故なら最初、Narrowは予想とほとんど変わらない位置に表示されたのだが、

今ざわついているように、SLとセクシードの姿が表示されなかったからだ。

 

「ど、どういう事だ!?」

「メタマテリアル光歪曲迷彩マントは削除されたよな?」

「まさかNarrowってチームがやったのか!?」

「いやいや、位置的にありえないだろう」

 

 そんな大混乱の中、ファイヤはじっと腕組みをして考え込んでいたが、

やがて決断したのか、顔を上げてこう言った。

 

「これ以上考えていても始まりません、

ここは周囲に警戒しつつ、全力でNarrowを潰しましょう」

 

 こうして方針が決定され、一同はNarrowが潜伏している北を目指して進軍を始めた。

一方Narrowも、この事態を受け、混乱していた。

 

「おいおい、大将はやられちまったのか?」

「そんな気配は微塵もありませんでしたけど……」

「そうですよ、あの大将に限ってありえませんって」

「でもこれ、まずくない?」

 

 じっとマップを見ていたクリンが、突然そう言った。

 

「確かにまずいかもしれませんね」

 

 ブラックキャットもそう言い、その二人の言葉で、

遅ればせながらコミケも事態のまずさに気が付いたようだ。

 

「確かにまずいな、今明確に表示されてる敵は、うちだけという事になる、

全員急いで西に離脱だ、全部の敵がこっちに殺到してくるかもしれん!」

 

 ここで一つNarrowには誤算が生じていた。

ファイヤ軍団は、数だけは多いので、無理の無い範囲で扇状に進軍していた為、

その一番西よりのチームが、僅かにNarrowの姿を捉える事に成功したのだった。

そしてその報告は、またたく間に全員に共有された。

 

「西に向かうNarrowを発見!」

「よし、一旦ここで合流し、慎重に追い詰めていきましょう」

「後方への備えはどうします?」

「俺達に行かせてくれ!」

 

 その時突然そう叫ぶ者がいた、ZEMALのシノハラである。

 

「うちは人数が少ないし、何よりこの遮蔽物の少ない地形は俺達に最適だ、

ひたすら物陰に隠れながら、近付いてきたシャナにマシンガンをぶっ放してやるぜ!」

「すまん、頼めるか?」

「任せてくれ、見せ場はもらうぜ!」

「そうか、それじゃあ頼む、でも報告だけは怠らないようにな」

「分かってるって、仕事は果たすぜ!」

 

 こうしてZEMALが殿を務める事になった。

 

 

 

「さて、上手くスキャンは誤魔化せたようだな」

「まさかこんな手があったなんてな」

「前回俺の仲間が実証してくれたんだよ、その場面は中継されなかったらしいから、

多分他のチームはこの事は知らないはずだ」

「何にせよ、これは大きなアドバンテージになるね!」

「だな、ほらレン、この手を掴め」

「ありがとう、シャナ」

 

 シャナはそう言って、川の中にいるレンに手を伸ばした。

同じく川の中にいたゼクシードは、平気な顔で自力で川を出ていた。

 

「ふう、貴重な体験だったよ、全然濡れた感じもしないし、

まあさすがに息は止めたけどね」

「面白かったですね、ゼクシードさん」

「そうだね、レンちゃん」

 

 そして二人が無事に川から出る事に成功した後、一同は北を目指したのだが、

そこにファイヤ達の姿は当然無かった。

 

「やっぱりNarrowの方に向かったみたいだな」

「Narrowってチーム、実はかなり強いですよね、

今のスキャンで三チームも減ってましたしね」

「まああのチームなら、別に驚かないぞ」

「シャナ、知り合いなのかい?」

 

 ゼクシードにそう尋ねられ、シャナはこう答えた。

 

「戦争の時、お前が俺に、車で奇襲をかけてきた時があっただろ?

あの時に乱入してきた人達だよ、あと一の砦の戦いの時に、

門にロケットランチャーを撃ちこんだりもしてたな」

「あいつらか……」

 

 ゼクシードは、その説明でどうやらコミケ達の事を思い出したようだ。

 

「まあ今回は、いきなり参加してたから、会話をする機会も無かったし、

多分敵って事になるんだと思う。

まああのチームには、極力最後まで近寄らないようにした方がいい」

「彼らは強いのかい?」

「おう、知らないプレイヤーが二人いたが、恐ろしく強いぞ、理由は察してくれ」

「なるほど、プロのサバゲーマーか、あるいは本職って所か……」

「まあノーコメントだな」

 

 そんな会話をしている最中に、やや先行していたレンが、こう声を上げた。

 

「シャナ、敵影発見」

「お、どこだ?」

「あそこかな」

 

 そう位置を示されたシャナは、最初敵がどこにいるか分からなかった。

 

「………どこだ?」

「ほら、銃の先が少し顔を出してるでしょ?」

「………本当だ、あんなのよく見つけたな、レン」

「えっへん!」

 

 そしてユッコとハルカも、そんなレンを賞賛した。

 

「レンちゃんは、目がいいんだねぇ……」

「そういえば確かに、あの速さで動いてても、きちんと色々見えてたみたいだしね」

「もしかしてレンは、根本的に目がいいのか?」

「う~ん、動いてる物を見るのは得意だけど、視力自体は普通かも」

「それじゃあ観察力に優れてるのかもしれないな」

 

 そしてゼクシードが、シャナにこう言った。

 

「どうやらあれは、マシンガンの先端のようだね」

「マシンガン?あいつらか……確かZEMALとか言ったか」

「どうする?」

「他に見張りの姿は見えないし、この機会に本隊にダメージを与えておきたい、

ここは一旦西に向かい、そこから北上だな」

「僕もその意見に賛成かな、それじゃあ行こうか」

 

 そして五人は進路を変え、

ZEMALに見つからないルートで敵本隊へと着実に近付いていった。

どうやらしばらくZEMALには、マシンガンを撃つ機会は無さそうだ。

 

 

 

「隊長、やばいかも、どうやら補足されてたみたい」

「どうした?何か見つけたのか?」

「四時の方向に敵影多数、このままだとマップの端に追い詰められる」

「マップの端か………このまま行くと森林地帯か、

ん?何か建物のようなものがあるみたいだが」

「何だろう、とりあえずそこに立てこもる?」

「そうだな、この状況だとそれ以外に無いだろうな」

「幸い森林地帯なら、トラップも仕掛け放題だしね!」

「よし、とりあえず緊急避難だ、俺とブラックキャットで拠点を確保する、

残りの三人はトラップの設置を急いでくれ」

 

 

 

 その少し後、ファイヤ軍は、森林前の広場で停止していた。

 

「ここから森林地帯か、やっかいだな……」

 

 獅子王リッチーは、ゲリラ戦が苦手な為、そう呟いた。

今までの戦闘を見ていても、Narrowの実力はかなり高いと思われ、

当然ゲリラ戦にも精通しているであろう可能性は否定出来なかった。

 

「そういえばスネークは、こういう地形が得意なんだよな?

ん、スネーク?いないのか?」

 

 気が付くといつの間にかスネークは、その場から姿を消していた。

 

「………まあいいか、あいつは忍ぶのが仕事みたいなもんだしな」

 

 獅子王リッチーはそう呟くと、気は向かないが、森林での不正規戦に備え、

突撃するチームを選抜する為に、味方を集めてある広場へと向かった。

 

 

 

 トラップを仕掛けていたクリンは、いきなり背後に人の気配を感じ、

銃を抜きつつ慌てて振り向いた。

その目の前には白旗を掲げた一人のプレイヤーが立っており、

クリンは戸惑いながらも、そのプレイヤーを捕虜にし、コミケに通信を入れた。

 

「隊長、敵を一人捕虜にしたんだけど、どうしよう……」

「捕虜?どんな状況でだ?」

「それが、この人白旗を上げて、いつの間にか私の後ろに立ってたのよ……」

「はぁ?意味が分からん、とりあえずこっちに連れてきてくれ」

「了解」

 

 そして数分後、コミケの前に連れられてきたのは、何とファイヤ軍のスネークだった。

 

「あんたは見た事があるな、確かあれはそう、前回のBoBでだったか、

決勝に出てたよな、そう、確かスネークさんだっけか?」

 

 スネークはその問いに、こくりと頷いた。

 

「そういえば、無言キャラなんだっけか……

まあ答えてもらえるかは分からないけど、時間が無いので簡潔に聞くよ、何で白旗を?」

 

 その問いにスネークは、腕組みをしながらこう言った。

ちなみにスネークが公式に言葉を発するのは初めての事である。

 

「おう伊丹、ちゃんと仕事してるみたいじゃねえか」

「えっ?」

「だ、誰!?」

「その喋り方………いやいや、ありえないでしょう……」

 

 コミケは冷や汗をかきながらそう呟いた。

 

「隊長、この人の事、知ってるんですか?」

「あ~……あの、スネークさんは、もしかして閣下ですか?」

「おう、俺だ。しかし伊丹、いや、ここではコミケか、

名前がそのまますぎて、思わず噴き出しちまったぞおい」

「うわ、やっぱり!閣下、こんな所で一体何をしてるんですか!」

「ん?俺はこのゲームはそれなりに古参だぞ、

俺の趣味が狩猟とクレー射撃だって知ってるだろ?」

「あ~………そういえば昔、オリンピックの日本代表にもなったんでしたっけ……」

 

 コミケは以前スネークの中の人に聞かされた話を思い出した。

 

「そうか、銃は得意なんでしたよね、

でもまさか、GGOをやってるなんて知りませんでしたよ」

「当たり前だろ、俺はスネークなんだからな!」

「いや、意味は分かりますけど、そんなドヤ顔で言われても……」

「まあ俺はこのゲームは古参なんでな、多分お前よりは詳しいぞ」

「よくそんな時間の余裕がありますね……」

「何かあったら強制ログアウトしてもらうように言ってあるからな、

後はやる気だけだ、そうだろ?」

「はぁ、まあそうですね……」

「戦争の時はそっちの味方になれなくて悪かったな、国会の方がどうしても忙しくてな」

「うわ、本当に詳しいんでやんの……」

 

 その国会という言葉を聞いたクリンが、焦った口調でコミケに尋ねてきた。

 

「あ、あの、隊長、この方はもしかして……」

「おう、俺達の上司で、このお仕事の命令を出した人……嘉納太郎防衛大臣、通称閣下だ」

 

 その言葉にクリンは完全に固まった。

 

「まあ今は時間が無い、色々と話はあるが、この状況を何とかしてからだ。

さっさと敵に備えろ、俺も味方してやるからな」

「い、いいんですか?」

「おう、何か弱い物いじめしてるみたいで、あの中にはいたくねえんだよ、

まあ今のところ、お前らを含めて敵の方が圧倒的に強いんだけどな、がはははは!」

 

 スネークはそう豪快に笑うと、中距離狙撃銃のような物を取り出した。

 

「それってもしかして、豊和M1500ですか?」

「おう、ゲームの中でくらい、国産の銃を使ってやりたいじゃねえか」

「閣下らしいですね」

 

 そしてスネークは、通信機を取り出すと、獅子王リチャードと通信を始めた。

 

『………お?スネークか?今どこだ?』

「悪い、俺は今回は敵に付く事にした、また戦場で会おう」

『お前喋れたのかよ!?ってかどういう事だ?おい、おい!』

 

 そこでスネークは通信を切り、そのまま通信機を破壊した。

 

「これでよしっと、それじゃあおっぱじめんぞ!」

 

 そう言いながら、スネークはクリンのおしりをパーンと叩き、それでクリンは覚醒した。

 

「きゃっ」

「おらおら、いつまでも固まってるんじゃねえ、さっさと配置に付け!」

「は、はいい!」

「やれやれ、無理しないで下さいよ」

「まだまだ若いもんには負けん!」

 

 こうして戦いは、次の局面へと移行した。




ちなみに本物の閣下は、本当に銃が得意です。


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第470話 逃げるんだよ!

すみません、急用が入ったので少し短めです、
推敲も甘いので帰ってから少し直しますね、申し訳ありません。


「その仕事、俺達が先鋒を努めてもいいか?リッチー」

「『MMTM(メメントモリ)』か、確かお前らは室内戦闘が得意なんだったか?ダヴィド」

「俺はデヴィッドだ!ピトフーイと同じ呼び方をするんじゃねえ!」

「おう、悪い悪い、でも大丈夫なのか?

敵は確かに地図に表示されてる建物にこもってると思うが、

多分そこまでの間には、罠がかなり仕掛けられていると思うぞ?」

「大丈夫だ、そういう訓練もしてきたからな」

「そうか」

「俺達も行くぜ」

 

 そんな二人にもう一人、声をかけてきた者がいた。

『T-S』のリーダー、エルビンである。

 

「俺達は重装備だからな、多少攻撃をくらっても問題ない、

MMTMの援護は俺達が適役だろう」

「そうだな、それじゃあ他に、三チーム程参加してもらうとするか」

 

 現在ファイヤチームの総数は十チーム、その半数が今回の戦いに投入される事になる。

その時獅子王リッチーの通信機に通信が入った。

 

「ん、ZEMALからか?いや、これはスネークからか、

あいつは今一体どこにいやがるんだ……」

 

 そう言いながら通信に出た獅子王リッチーは、

スネークの離反を聞かされ、呆然としたが、直ぐに気を取り直し、一同に言った。

 

「……スネークが敵についた」

「まじか!」

「あのスネークさんが……」

「これはやばい………のか?」

「どうなんだろう……」

 

 実際スネークは、戦闘で目立つようなプレイスタイルでは遊んでおらず、

その実力はあまり知られていなかった。

その為、この離反はさほど一同に衝撃を与えなかったのだが、

彼らがそれを間違いだと知るのは、まもなくの事である。

 

「まあいい、とりあえずダヴィド、指揮は頼むわ」

「だから俺はデヴィッドだっての!」

 

 そう言いながらもデヴィッドは、仲間達をまとめ、森へと入っていった。

そしてファイヤ達も、罠を警戒しつつ、広場に見張りを数人残し、森の中へと入る事にした。

これはシャナの狙撃を警戒しての処置だった。

 

 

 

「隊長、罠がかなり回避された、敵の中にそういうのに詳しいチームがいる模様」

「そうか、それはきついな」

 

 罠による爆発音は何度かしていたが、その回数がかなり少なかった為、

コミケはその可能性を事前に予想しており、平然とした口調でケモナーにそう答えた。

 

「それは多分、MMTMだな、あいつらはそういうのが得意なんだよ」

「そうなんですか」

「しかもあいつらは、室内戦闘が得意だからな、注意しろよ」

「情報助かります」

 

 スネークはその言葉に頷いた後、笑いながらこう言った。

 

「もっともシャナ程じゃないがな、あいつはそもそも罠があるのが分かるって話だしな」

「分かるって……うへぇ、大将はやっぱり化け物だな」

 

 スネークはその言葉に同意した。

 

「だな、あいつには、まったく勝てる気がしねえよ」

「俺達が一緒でもですか?」

「おう、一緒でもだ、ちなみに実は、

あいつに国民栄誉賞を与えようって話もあったんだけどな、

さすがに名前とその功績を公開するのはまずいって事で、取りやめになった事があったな」

 

 その想像もしなかった言葉に、コミケはとても驚いた。

 

「まじですか!?大将は一体何をやったんです?」

「秘密だ、だが大勢の人間の命を救ったのは確かだ」

「人助けですか」

「そして今後も別方面で多くの人の命を救うだろうな」

「別方面?」

「まあ詮索は無しだ、とにかく面白い奴だよ、会った事はないがな」

「それなら呼び出して会えばいいじゃないですか」

「ん?そうか、それは考えた事が無かったな、ふむ」

 

 真面目な顔で考え込んだスネークに、コミケは慌てて言った。

 

「今の、冗談だったんですけど……」

「いやいや、確かにあいつには、会うだけの価値はある気もするな、

何か口実を作って呼び出す事にするよ」

「うへぇ、大将は何者だよ……」

 

 その言葉を通信で聞いていたのだろう、ケモナーが嬉しそうに言った。

 

『まあいいじゃないですか隊長、俺達が大将に味方したのは間違ってなかったって事で』

「だな、よし、大将の為にも、出来るだけ多くの敵を道連れにしてやるか」

『ですね、やってやりましょう』

 

 その言葉に、クリンとブラックキャットも乗った。

 

「そうですね、彼との合コンの為にもここで恩を売っておかないと」

「おいブラックキャット、お前笑顔で黒い事を言うなよ……」

「ん、そっちの嬢ちゃんは、シャナと合コンをするのか?」

「はい、実は私、彼とは別口の仕事で知り合いになったもので」

「そいつはラッキーだったな、まあ楽しんでこいよ」

「ありがとうございます」

『私も参加するんです!ブラックキャット、合コンの為に頑張ろうね!』

「お前ら、一応今は仕事中だって事を忘れるんじゃないぞ」

 

 コミケは呆れた顔でそう言い、改めて敵が向かってきているであろう方角を見つめた。

 

 

 

「さて、こっちもそろそろ動くか」

「今回は狙撃の機会が多いね、シャナ」

「そうだな、正直最近は、GGOでも剣を振るってばかりだったからなぁ……

まあたまにはいいんじゃないか」

「そうだね、それじゃあ僕達は、慌てる敵を、出来るだけ倒してくるとするよ」

「おう、頼んだ、ゼクシード」

「まあ期待して待っててくれよ」

 

 そう言ってゼクシードは、シャナから借りたピンクの布をかぶり、

レンと共にほふく前進を開始し、敵のいる方へと進んでいった。

今回は珍しく、ユッコとハルカがシャナのガードを努めていた。

これは予備のピンクの布が一枚しか無かった為であり、

実力的に、レンと一緒に行動するのはゼクシードがいいだろうという事になった為であった。

 

「それじゃあ始めるか」

 

 シャナはそう言うと、やや盛り上がった小さな丘に寝そべり、狙撃体制をとった。

そしてそのシャナを挟むように、ユッコとハルカも逆向きに伏せた。

 

「…………何だ?」

「シャナさんを敵の攻撃から守りつつ、

敵に簡単に発見されないように体制を低くして周囲を監視してるのよ」

「…………まあ確かに効率的ではあるが」

 

 シャナはそう言いながら左右に控える二人の姿を見た。

そんなシャナの目に、二人の太ももが飛び込んできた為、

シャナは慌てて目を背けつつ、ほっと胸をなでおろした。

 

(二人がミニスカートじゃなくホットパンツでまだ良かった……)

 

 シャナはそう思いながら気を取り直したように狙撃体制に戻った。

 

「やはり森の中か」

「どう?狙えそう?」

 

 いつの間にか二人が覗き込んできており、シャナにそう尋ねてきた。

 

「問題ない、これだけ木の隙間が開いていれば大丈夫だ」

「隙間……?」

 

 ハルカが単眼鏡を覗き込みながら、首を傾げた。

 

「おう、隙間だな」

「………見えないんだけど」

「まあ見てろって」

「うん」

 

 そしてシャナは、何の気負いも無くあっさりと引き金を引いた。

 

「命中だ」

「嘘っ!?」

「よし、次だな」

 

 シャナは二人の反応はまったく気にせず、淡々と引き金を引き続けた。

 

 

 

 ファイヤ軍は今、混乱の極みにあった。

 

「ど、どこから撃ってきてるんだよ、ここは森の中だぞ!?」

「何で当たるんだよ!」

「こんなのどうすれば……」

「逃げろ、逃げるんだ!」

「どこへだよ!」

「とにかく弾の当たらない所だ!」

 

 ファイヤはその状況の中、それでも何とか場を落ち着かせようと苦心していたが、

実力の無いリーダーの言う事に従う者はいない。

度重なる攻撃を受け、多くのプレイヤーは、もうほとほと嫌気がさしていたのだった。

 

「ちょ、ちょっと君達、落ち着いて!」

「ファイヤさん、こうなったらもう駄目だ、もうどうしようもない」

「まだ戦力的にはこっちの方が……」

「まあ確かにな、でももうこいつら、こっちの言う事なんか聞きやしねえよ、

ほら、どんどん逃げてくだろ?」

「くっ……な、何でこんなに上手くいかないんだ、せめてここに、うちの社員がいれば……」

「それが何の役にたつんだよ!そもそもあんた、銃での戦いの事を、少しは学んだのか?」

「そんなの数の力で並んで押せばいいだけだろう?自明の理じゃないか」

 

 この言葉にはさすがのリッチーもイラっとしたらしい。

 

「だからあんたは駄目なんだよ、GGOをなめんなよ!」

 

 そしてリッチーは、ファイヤの手を引きながら、東へと向かって歩き出した。

 

「な、何をするんだ!」

「もううちのチームの残り三人はやられちまった、残ってるのは俺だけだ、

仕方ないから俺くらいは最後まで残ってやるから、

この混乱を生かして今のうちここから逃げるんだよ!」

「そ、そんな、僕は、僕はまだ負けてない!」

「そうだよ、だから逃げるんだよ!まだ負けてないうちにな!」

 

 今のシャナの攻撃で、既に十人近くがやられていた。

そして逃げだそうとした者達のうち、二チーム程が、

待ち伏せをしていたゼクシードとレンに倒されていた。

 

「今だ、あいつらを囮にして俺達も逃げるぞ!」

「あ、ああ……」

 

 こうして居残りをしていた五チームは、

今近くにいないZEMALを合わせると残り三チーム七名となり、実質壊滅した。

ファイヤは獅子王リッチーと共にいずこかへ消えていったが、まだ生きている。

戦いは激動し、更なる局面を迎える事となるのだった。



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第471話 レンの咆哮

8月2日はM82の日。でも活躍したのは昨日でしたね!


「シャナさん、ファイヤと思しき人物が、獅子王リッチーと二人で離脱していきます」

「レンとゼクシードは?」

「今別口の敵と交戦中、どうやらそっちを自分が逃げる為の囮にしたんじゃないかしら」

 

 当然ファイヤにそんな芸当は出来ないのだが、さすがは獅子王リッチーである。

源平合戦に引き続き、またも仲間を上手く使って逃げ出す事に成功したようだ。

だがこれもまた、必ず生き残るというベテランに必要な技術なのかもしれない。

更に付け加えるなら、獅子王リッチーはヴィッカース重機関銃のせいで、とても足が遅い。

その為、囮無しでは絶対に逃げ切れないというのが真実だ。

 

「まあとりあえず、これで互角以上にはなったか、

出来ればここで仕留めたかったが仕方ない、とりあえずレン達と合流だな」

 

 そう言いながら立ち上がったシャナを、二人が手を上げて待ち構えていた。

シャナは一瞬躊躇したが、躊躇いながらも二人の手にハイタッチをした。

 

「「イェ~イ!」」

「イ、イェ~イ」

 

 そしてシャナは恥ずかしそうな表情で、二人に言った。

 

「おら、さっさと行くぞ二人とも」

 

 

 

「レンちゃん、シャナの狙撃が始まった、そろそろ敵が追い立てられてくる頃だ、

油断せずきっちり仕留めていこう」

「うん!」

 

 二人は腹ばいのまま、敵の出現を待ち続けた。

最初こそ、飛び出してくる者はいなかったが、

やがて一定時間を経て、堰を切るように敵がどんどん森の中から飛び出してきた。

 

「来た、撃て!」

「了解!Pちゃん、お願いね!」

 

 そして二人は一方的に敵に激しい銃撃を浴びせた。

二人の姿は、落ち着いてじっと観察すると、

どこにいるかハッキリ認識出来る程度のカモフラージュしかされていないのだが、

今回は落ち着いて行動している者がまったくいなかった為、

敵からすれば、敵の姿は見えないのに銃弾は大量に飛んでくるという、

一種ホラーな状態になっており、それが混乱に拍車をかける結果となっていた。

 

「………まったく反撃が来ないね、レンちゃん」

「………うん、一応すぐに森の中に駆け込めるように、備えておいたのにね」

「おっ、レンちゃん、左から出てきたあのモヒカン野郎とその後ろの二人は必ず仕留めて。

あいつらはファイヤパーティのメンバーだから」

「えっ、あ、了解!」

 

 そして首尾よくその三人組を倒した頃には、逃げ出してくる敵の姿は途絶え、

そこには死体の山が築かれていた。

 

「ゼクシードさん、よくファイヤチームの人の顔を覚えてたね」

 

 レンはそう言って、素直にゼクシードを賞賛した。

 

「まあレンちゃんも、そういうのは極力覚えておいた方がいいね、

敵が二人いる時に、どっちを倒すか迷わないようにね」

「うん、頑張る!」

 

 即座にそう答えたレンを見て、ゼクシードは目を細めながら微笑んだ。

 

「ははっ、レンちゃんは本当に素直でいい子だよね、

それが多分、レンちゃんの強さを支えているような気がするよ、

でも正直に告白すると、今の僕の判断は少しミスったかもしれない」

「どういう事?」

「肝心の、敵のボスを逃がしちゃったからさ、気付くのが遅れたから、

仕方ないといえば仕方ないんだけど、さっきの三人、かなり左から出てきただろう?」

「うん」

「その少し後に、右からも敵が二人出てきてたんだ、

で、三人を倒した後、もうかなり遠くに離れていたその二人組をチェックしたんだけど、

それがファイヤと獅子王リッチーだったんだよね」

「ああ、そういう!」

「だからまあ、判断が早すぎるのも良し悪しって事かな、

でもまあ遅いよりは絶対にいい、その事だけは覚えておくといいよ」

「分かった、肝に銘じるよ」

 

 そうゼクシードに教えを受けた頃、後ろからシャナ達が合流してきた。

 

「よぉ、大した戦果だな、二人とも」

「敵を狙撃しまくっていた癖によく言うよ、

こっちが戦果をあげられたのは、君が相手を大混乱させてくれたからだよ、

でもごめん、ファイヤと獅子王リッチーには逃げられた」

「いやいや上出来だろ、さすがだなゼクシード。それにレンもよくやったぞ」

「えへへぇ」

 

 そう言ってシャナは、いつもの通りにレンの頭をなでた。

それを見ていたゼクシードは、ユッコとハルカの方を見ながら手を所在なさげに上げた。

だがユッコもハルカもゼクシードに頭をなでられても別に嬉しくない為、

レンを褒めつつ、決してゼクシードの手の届く範囲に入ろうとはしなかった。

そしてゼクシードが諦めた顔で手を下げた頃、

そんな彼を観察していたシャナが、ゼクシードにこう言った。

 

「よし、ゼクシード、どの程度敵を倒せたか、調べてみようぜ」

「ああ、そうだね、それじゃあうちのチームがこっちを調査するから、

シャナとレンちゃんは森の中を頼むよ」

「了解だ、それじゃあ行くぞ、レン」

「うん!」

 

 二人はそのまま森に入っていき、ゼクシード達は、その場でチェックを始めた。

いわゆる首実検というやつである。

 

 

 

「ゼクシードさん、あっちの三人、やっぱりファイヤチームのメンバーでした」

「奥の三人は、三チームの人が一人ずつかな」

「ここに三人だから、そうすると森の外で倒したのは九人程度か、

逃げたのが二人、あとは中がどうなっているかだが」

 

 その時、森の中からレンが姿を現し、こちらに走ってきた。

 

「ゼクシードさ~ん、調べ終わったよ!」

「レンちゃん!中にはどのくらい死体があったんだい?」

「全部で十人!シャナが教えてくれた所属チームは、えっとね……」

「なるほど、そうすると、残りは……」

 

 その時ゼクシードは、レンの後方、顔の横の森の中で、何かが光るのを見た。

その瞬間にゼクシードは、無意識にレンを庇って一歩前に出た。

直後に銃声と共に、ゼクシードは頭を撃ちぬかれた。

 

「えっ………?」

「ま、まだ生き残りがいたの!?」

「ゼクシードさん!」

「ユッコ、けん制!」

「レンちゃん、気を付けて!」

 

 そしてユッコとハルカは、そのプレイヤーに向け、フルオート射撃を放った。

レンはそんなユッコとハルカの声を、凄く遠く感じていた。

頭の中が真っ白になり、状況がいまいち理解出来ない。

何発かの敵の銃弾が、レンの体をかすめていたが、レンはまったく動く事が出来なかった。

そしてゼクシードは、最後の力を振り絞って振り返り、レンに言った。

 

「レンちゃん、五チームが多分奥の建物に侵攻中、可能なら倒した方がいい。

あと、俺はここまでだけど、お前は絶対にレンちゃんを勝たせろと、シャナに伝えて」

「ゼクシードさん!」

 

 その言葉で再起動したレンは、泣きそうな顔でゼクシードの名前を呼んだ。

それに応えるようにゼクシードは、のろのろと手を上げ、レンの頭をなでた。

 

「頑張れ」

 

 そしてゼクシードは再び振り返ると、仁王立ちしたまま死亡した。

その瞬間に、今まさにレン目掛けて飛んできていた敵の銃弾は、

全てゼクシードの死体によって防がれた。

GGOにおけるこういった大会では、死体は絶対無敵の障害物として扱われる為だ。

 

「う………うお………うおおおおおおおお!」

 

 そしてレンが雄たけびを上げ、敵もユッコもハルカも思わずその手を止めた。

その瞬間にピンクの弾丸が飛び出し、蛇行しながらそのプレイヤー目掛けて飛びかかった。

そのプレイヤーは、慌ててレンを狙おうとしたが、

その速さのせいで、レンに狙いを付ける事すら出来なかった。

 

「よくも!」

「う、うわっ」

 

 一瞬でかなりの距離を詰められたそのプレイヤーは、

目の前に来たレンに向け、慌てて銃口を向けた。

だが既にレンの姿はそこには無く、そのプレイヤーは、直後に太ももに衝撃を感じ、

そのまま立っていられずその場に崩れ落ちた。

 

「なっ……」

 

 慌てて自分の太ももを見ると、太ももの内側が大きく斬り裂かれているのが見えた。

そこには大動脈が走っており、その為出血ダメージも、かなりの速度で受けているようだ。

そして次の瞬間、そのプレイヤーの頭に銃口が突きつけられた。

 

「ぐっ……何だよそれ、速すぎだろ……」

「私はレン、あなたの名は?」

「ク、クラレンス……」

「そう、それがゼクシードさんの仇の名前なのね、それじゃあさようなら、クラレンスさん」

「く、くそ……俺にもせめて、信頼出来る相棒がいれば……」

 

 そしてレンは引き金を引き、クラレンスはどっとその場に倒れた。

 

 

 

 クラレンスは、当然報酬目当てで、今回の戦いに参加していた。

チームメンバーは、クラレンスが所属していたスコードロンのメンバーであったが、

実は信頼関係はまったく無い。クラレンスがメンバー達の弱みを握り、

好き勝手に振舞っているというのが現状だった。

そしてシャナの狙撃が始まった時、その影響がもろに出た。

彼女のチームメイト達は、彼女の事など一顧だにせず、

好き勝手に逃げ出そうとして、ある者は森の中でシャナに狙撃され、

またある者は、レンとゼクシードに蜂の巣にされ、

クラレンスは、あっという間に一人になっていたのだった。

 

「くっそ、役立たずどもめ……しかしこれはやばい……内も外も地獄みたいだ」

 

 そしてクラレンスが選んだのは、とにかく隠れてじっとしている事だった。

幸い一人くらいなら身を隠せる岩陰を見つけたクラレンスは、

銃声が聞こえなくなるまで、ひたすらそこで我慢していた。

そして少し後に、銃声がパッタリやんだ。

 

「お……」

 

 そしてクラレンスは動き出そうとしたのだが、

遠めにピンク色の服が見え、その隣にシャナの姿を見つけた。

 

(シ、シャナさんとピンクの悪魔……やばい、やばい……)

 

 そしてクラレンスは、息すらしないように、

口を塞ぎながら反対方向へとほふく前進していった。

片方の手は口に添えられていた為、片手で前進する事となり、

その歩みはひどくのろのろしたものとなってしまったが、

とにもかくにも、クラレンスは死地から脱出する事に成功した。

あとは森から出て、ひたすら走るだけである。

そしてクラレンスは、外でうろうろしているゼクシード達の姿を見つけた。

 

(くっ、前門のゼクシード、後門のシャナさんか……どうしよう、

このまま隠れていれば、いずれ逃げられると思うけど、今の俺は一人だしなぁ……

前金はもらったし、もう報酬の残りは諦めて、派手に死んでやろうかな……

はぁ、俺にも信頼出来る仲間がいれば、こんな状況でも何とかなると思うんだけどなぁ)

 

 クラレンスはそう考えながら、じっとその場で耐えていた。

その時森の中からレンが現れ、クラレンスはそれを天啓のように感じた。

 

(ここで売り出し中のあいつを倒せれば、まあスコードロンの奴らに対しても面子は立つ。

よし、やるか……無防備にこっちに背中を向けているしな)

 

 そしてクラレンスはレンを狙って銃の引き金を引いた。

そして結果的にクラレンスは、当初の目的こそ果たせなかったが、

ゼクシードを倒すというそれを補って余りある戦果を手にする事が出来たのだった。

 

 

 

 レンがクラレンスを倒した直後、

騒ぎを聞きつけたシャナが森から出てきて、レンの名前を呼んだ。

 

「レン、どうした!」

「シ、シャナさん……ゼクシードさんが……」

「ゼクシードが?」

 

 そしてシャナは、遠くで仁王立ちしているゼクシードの姿を見て、目を見張った。

 

「ゼクシードさんが助けてくれたの!」

「レンの身代わりにか?」

「うん」

「そうか……敵は?」

「倒したよ、この人。シャナ、知ってる?」

 

 シャナはそう言われ、そのプレイヤーの顔を見た。

 

「どこかで見た記憶が……確かクラレンス、だったか?

そうか、今回は敵味方に分かれちまってたんだな」

「知り合い?」

「前にこの木なんの木でのイベントに参加してたんだよ、まあ顔見知り程度だな」

「なるほど」

 

 シャナのクラレンスに対する感想はその程度だった。

そしてユッコとハルカと共に、シャナはそのゼクシードの死体の前に立った。

そしてレンが、そのシャナの背中にこう言った。

 

「ゼクシードさんからの伝言だよ、五チームが多分奥の建物に侵攻中、可能なら倒せって。

それと、俺はここまでだけど、お前は絶対にレンちゃんを勝たせろ、だって。

あと、最後に私の頭をなでてくれたよ」

 

 そうレンに言われたシャナは、そのままゼクシードに話しかけた。

もちろんその声は、死体となっていても、ゼクシードにはきちんと届いている。

 

「ったく、何て顔をしてるんだよお前は。

言われなくても勝たせるさ、とりあえずユッコとハルカをしばらく借りるぞ、

退屈だろうが、お前はそこで、俺達の名前が優勝者として表示されるのを待っててくれ」

 

 そしてシャナは、次にぼそっとこう言った。

 

「レンを守ってくれてありがとな、

それにしてもお前、レンの頭をなでるとか、俺が羨ましかったのか?

どうだ、うちのレンはなで甲斐があるだろ?教えた事を何でも吸収しちまうからな」

 

 そしてシャナは、レンに声を掛けた。

 

「よし、ゼクシードの遺言だ、その五チームを倒しに行くぞ、レン」

「う、うん!ゼクシードさん、私、頑張るから、そこで見ててね!」

 

 そして二人は再び森へと入っていき、ユッコとハルカも、その後を追おうとした。

だが二人は一歩踏み出した後に足を止め、ゼクシードの所に戻ると、

その手を自分達の頭の上に乗せながら言った。

 

「ちょっと格好良かったですよ、ゼクシードさん」

「ゼクシードさんの分まで頑張りますから、応援お願いしますね」

「あの二人は死ぬ気で守りますから」

 

 そして二人も去っていき、その場には一人、ゼクシードの死体だけが残された。

その顔は、とても満ち足りたような笑顔を浮かべていたのだった。



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第472話 奇襲、待ち伏せ、殲滅

 その頃Narrowの立て篭もる建物周辺では、激しい戦闘が繰り広げられていた。

 

「くそっ、こいつら手ごわい」

「まだ入り口は突破出来ないのか?」

「バレットラインがほとんど見えないぞ、どうなってるんだ!」

 

 ファイヤ軍の五チーム連合軍は、かなり苦戦しているようで、そんな声が飛び交っていた。

 

「このままじゃらちが明かない、俺達が裏に回って突入する、

正面に攻撃を集中して、そちらに敵を引き付けてくれないか?」

 

 そんな中、MMTMからそんな提案が成され、そのまま実行に移される事となった。

 

「分かった、頼むぜ!」

「突入までは俺達がフォローするぜ」

「T-Sか、頼む」

「おう!」

 

 残る三チームは、ここが勝負どころだとばかりに、派手に正面を攻撃し始めた。

その甲斐もあったのか、MMTMとT-Sは、

あっけない程簡単に裏門へと到着する事が出来た。

一応罠の存在も確認したが、罠は仕掛けられていないように見えた。

 

「こんなに簡単でいいのか?おかしくないか?」

「陽動作戦がきいてるんじゃないのか?」

「それにしてもな、罠の一つも無いとか……

「だがもうここまで来てしまったんだ、やるしかないだろ」

「だな、何とかここで、悪い流れを止めてみせるぜ」

 

 デヴィッドも彼なりに、このままだと負けるかもしれないと感じていたのだろう、

この時既に、居残っていたファイヤ軍の本隊は壊滅していたのだが、

彼はその事をまだ知らず、ここで何とかNarrowを叩ければ、

まだ勝ち目はあると認識していた。だがその頃、本隊だけではなく、

表門に残っていた別働隊の三チームも、壊滅の危機に瀕していた。

 

 

 

「おらおら、撃て、撃て!」

「敵の目をこっちに向けるんだ!」

 

 そう叫びながら、張り切って攻撃中のプレイヤー達を、

背後から忍び寄ったシャナ達がじっと観察していた。

 

「全部で十三人か?少し減ってるな」

「うん、そのくらいだと思う」

「三チームかな?」

「って事は、残りの二チームは裏にでも回ったか?」

「敵の目をこっちに向けるんだ、とか叫んでるしね」

「だな、あいつらは馬鹿なんだろうか……」

 

 そう言いつつもシャナは、Narrowの様子もチェックしておこうと思い、

建物の方へと単眼鏡を向けた。建物の中には、ぱっと見では分からないが、

単眼鏡で目の前の敵を観察するコミケの姿がチラリと見え、

シャナは懐かしさで胸を熱くした。丁度その時、たまたまコミケがシャナの方を見た。

コミケは驚いて単眼鏡を一度下ろし、もう一度見直したので、

こちらに気付いた事は間違いないだろう。

それを確認したシャナは、試しにハンドサインでのコミュニケーションを試みてみた。

 

『お久しぶりです』

『久しぶり、元気か?』

 

 この短いやりとりで、会話が可能だと判断したシャナは、

引き続きハンドサインでの会話を試みた。

 

『敵の二チームが背後に向かっているみたいですよ』

『知ってる、今どうしようか検討中』

『正面の三チームは、こちらで処理しておきましょうか?背後から襲えるチャンスですし』

『助かる、頼む』

『了解』

 

 シャナは会話の結果を仲間達に伝え、三本の輝光剣を取り出した。

 

「アハトライトはユッコに、アハトレフトはハルカに、

そしてこのエリュシデータはレンが使うんだ、俺は短剣を使うから」

 

 前回のBoBの後、キリトがALOに戻る時、その装備はシャナに返却されていた。

 

「これ……いいの?」

「この方が、人を斬るのに精神的に楽だろうからな、ゲーム感覚でいける」

「あ、なるほど」

「そういう事ね」

「レンには一応短剣の使い方はレクチャーしたが、

今回必要になるのは、ファンタジー的運用だから、こっちの方が適していると思う」

「じゃあシャナはどうするの?」

「俺か?俺は普通の短剣を二本使うさ、第一回BoBの時みたいにな」

「あ、その動画なら見たわ、何か懐かしい」

 

 そして四人は、森の中でバラけながら銃を乱射していたプレイヤー達にこっそり近付き、

一人、また一人と、静かに葬っていった。

 

 

 

「どうやら大将が正面の敵を倒してくれるらしい、

という訳で、俺達は背後の敵を殲滅するぞ」

「ええっ、ここに来てるの?敵の本隊を迂回でもしてきたの?」

「そういえばそうだよな……」

「大将ですもん、きっと軽く一捻りしてきたっすよ!」

「あはははは、そうだったらいいね」

「いや、でも分からんぞ、あいつらはそこそこ出来る奴らばかりだったが、

何せトップがアレだからな」

 

 そんな会話をしながらも、Narrowのメンバー達は、着実に迎撃準備を整えていた。

そして準備が整い、一同は配置に付くと、MMTMを待ち伏せした。

 

「おいコミケ、正面の銃声が、どんどん少なくなってないか?」

「きっと大将の仕業ですよ、閣下」

「それなら普通、銃声が増えるもんなんじゃないのか?」

「普通ならそうですけど、多分銃を使ってないんじゃないですかね」

「あ、輝光剣か……なるほどな」

 

 丁度その時、MMTMのメンバーが、室内に滑り込んできた。

 

「おお、中々スムーズだな、よく訓練されてるみたいだな」

「ですね、素人さんも中々やる」

「でもこういう侵入経路がバレバレな状況だと、

待ち伏せされたらもう終わりなんです………よっと」

 

 MMTMが、逃げ場の無いやや長い通路に侵入した瞬間、

隠れていた者達が一斉に射撃を開始し、それによって一瞬にして三人が倒された。

これは結果を早く出そうと焦ったデヴィッドのミスである。

 

「まずい、一旦退却!」

「でもそう上手くはいかないんだよねぇ、ごめんねぇ」

 

 そう指示を出したデヴィッドの背後からそんな声がし、

デヴィッドが慌てて振り向くと、いつの間に回りこんだのか、

その目の前にはクリンがいた。クリンはデヴィッドの心臓を銃剣で一突きし、

そのままデヴィッドを蹴り倒すと、そのまま銃を乱射し、その後ろにいた二人を葬った。

あまりにもあっけない決着である。ここぞとばかりにプロとアマチュアの差が出た格好だ。

表門の三チームが健在で、そちらに何人か人手が割かれていれば、

もう少しいい勝負が出来たかもしれないが、

後顧の憂い無く全戦力を投入され、その上地の利までとられたら、もうどうしようもない。

 

「クリア」

「クリア」

「クリア」

「さて、残る一チームだが、表門の方はどうなった?」

 

 そのままNarrowのメンバーは、トミーとクリンを見張りに残しつつ、

二階から表門の様子を伺った。その直後に銃声が聞こえ、

それ以降、急に表門が静かになった。

 

「まさか三チームもいたのに、もう終わったのか?」

「そのまさかのようだな」

「スネークさん、どうでした?」

「最初に五人だった、右側に陣取っていたチームが急に沈黙してな、

そいつら以外の銃声は聞こえなかったから、てっきりリロード中だとでも思ったんだろうな、

中央と左側の奴らは気にせずそのまま攻撃を続けていたんだが、

次に左の奴らが静かになって、最後はそのまま中央を背後からズドン!で終わったぞ、

ほれ、シャナのお出ましだ、見てみろ」

 

 そうスネークに説明されたコミケは、渡された単眼鏡を覗いた。

そこには輝光剣を構える三人の女性を従えたシャナがおり、

コミケは、相変わらず大将は女性に囲まれてるなと思いつつも、

いつ見ても輝光剣の威力はえぐいなと嘆息した。そしてコミケは平然と姿を晒し、

ハンドサインでシャナに回り込んで裏門に向かうように頼んだ。

 

『裏門挟撃頼む、残りは一チーム』

『了解』

 

 その頃急に戦場が静かになって、不安に思いつつも、

どうすればいいのか判断に迷っていたT-Sは、

そのまま二チームに包囲され、これまたあっさりと、全滅する事となった。

銃での戦いは、どんな強い者でもこうやって一方的にやられる事がある。

今回この戦闘に参加した者達は、その事をこれでもかと思い知らされる結果となった。

まあ今回は相手が悪かった上に、状況が彼らには不利すぎた、

要は本隊があっさりと壊滅したのが敗因であり、それは決して彼らのせいではない。

 

 

 

「コミケさん、お久しぶりです」

「よぉ大将、とんだ再会になったな、でも助かったよ」

「いえいえ、気にしないで下さい、こっちこそ助かりました。で、何でスネークがここに?」

 

 シャナはスネークの方をちらりと見てそう尋ねた。

 

「あ~、実はな……この人、俺達の知り合いだったんだよ」

「そうなんですか?」

「ちゃんと話すのは初めてだな、スネークだ、宜しくな」

 

 そうスネークに挨拶されたシャナは、とても驚きながら言った。

 

「お、お前、喋れたんだ……」

「まあ普段は極力喋らないようにしてるからな」

 

 そう言いながらスネークはシャナに右手を差し出し、シャナもその手を握った。

そしてスネークはシャナの耳元でこう言った。

 

「今度呼び出すから、その時は宜しくな」

「えっ……?あ、はい」

 

 シャナはこの言葉で、相手がそれなりの地位にいる人物だと確信し、素直にそう答えた。

 

「それじゃあ俺は、疲れたから先にリタイアしとくわ、

あとは若い者同士で好きにしてくれ」

「お疲れ様でした」

 

 そう言ってスネークは、あっさりと大会からリタイアした。実にフリーダムである。

 

「相変わらず自由な人だなぁ……」

「トミーさんとケモナーさんもお久しぶりです、えっと、そちらのお二人は……」

「クリンです、君、強いねぇ」

「え?あ、どうも」

 

 クリンに獰猛な笑顔を向けられ、シャナは困ってしまったのだが、

そんなクリンを制してブラックキャットが前に出た。

 

「お久しぶりね、シャナ君」

「えっ?あの、どちら様ですか?」

「嫌ね、先日会ったばかりじゃない」

「えっと……俺にそっち系の女性の知り合いは、確かに二人いますけど……」

 

 そう言われたブラックキャットは、満面の笑顔で言った。

 

「美人な方が私よ」

「うわ……間違えたら死ぬ選択肢だこれ」

「大将、頑張れ……」

 

 ケモナーとコミケがそう言い、シャナは必死な顔で考え込んだ。

そしてブラックキャットの顔をチラチラ見ながら、

シャナはブラックキャットの耳元でこう言った。

 

「えっと………黒川さん?」

「正解よ、やっぱり私の方が美人だと思ってくれているのね」

「あ、えっと………も、もちろんですよ、はは……」

 

 シャナはそう答える他なく、そんなシャナに、黒川は笑顔で言った。

 

「まあ今日はお仕事だから、後日また連絡するわね」

「え?あ、分かりました」

 

 ここへ来てからシャナは、ずっとこんな感じで戸惑ってばかりである。

その姿を気の毒そうに見つめていたコミケに、シャナは言った。

 

「で、この後はどうするんですか?俺達は残る敵に攻撃を仕掛けに行きますけど」 

「この後なぁ……もう十分にサンプルはとれたから、

俺達もこのままリタイアしてもいいんだけどなぁ」

 

 その言葉で、シャナは今回のお仕事とやらの内容を、なんとなく理解した。

 

「なるほど、サンプルですか」

「ああ、まあそういう事なんだよね」

 

 そう頷くコミケに、シャナはこう尋ねた。

 

「俺達もサンプルにしますか?」

「俺は正直気が乗らないんだけど、こいつがなぁ……」

「隊長、私、この人達とやりあってみたいです!

それとは別にシャナ君と、近接戦闘でタイマンしてみたいです!」

 

 コミケに視線を向けられたクリンは、勢い込んでそう言った。

 

「だそうだ……優勝は譲るから、相手をしてもらってもいいかな?

もしこっちが勝ちそうになったら、即チームとしてリタイアするから」

「分かりました、それじゃあファイヤ達を倒した後でもいいですか?」

「ああ、それでいいよ、せっかくだし手伝おうか?」

「う~ん、それじゃあフォローだけお願いしてもいいですか?」

「決着は自分の手で付けるってか」

「まあそうしないとあいつは納得しなさそうですしね」

「分かった、それじゃあここで次のスキャンを待とうか」

「あ、それじゃあそれまでクリンさんの相手をしましょうか?」

「いいの?」

「はい、まだ多少時間がありますからね」

「よっしゃあ!」

 

 こうしてシャナは、スキャン結果を待つ間、クリンと戦う事になった。



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第473話 激闘?シャナvsクリン

「シャナ、大丈夫?」

「本職相手にあまり自信は無いが、サトライザーの実力がどの程度か、

いい比較になるだろうし、まあ楽しんでくるわ」

 

 レンは当然サトライザーの事は知らなかったので、きょとんとしながらシャナに尋ねた。

 

「サトイモ?何?」

「どこからイモが出て来た!?そもそも二文字しか合ってないからな、レン、

サトライザーってのは、まあ俺のライバルだ、ライバル。

ユッコとハルカは知ってるんだよな?」

「ええ、何度も見たからね、第一回BoBのあの映像」

「レンちゃんも、今度見てみるといいわよ、シャナ、サトライザーで検索ね」

「分かりました!」

 

 そしてシャナは一歩前に出ると、クリンと対峙した。

 

「私は銃剣を使うわよ」

「俺はこの短剣でいいです」

「あの光る剣は使わないの?」

「あれは俺のスタイルだと、実は使いづらいんですよね……」

「そうなんだ、まあいいわ、射撃は無し、武器格闘のみのガチンコ勝負、いい?」

「分かりました」

 

 そして二人は三歩ずつ後退し、構えをとった。

お互いの距離は極めて近く、いきなり激しい戦いが繰り広げられる事が予想された。

 

「よ~しカウントするぞ、三、二、開始~、今!」

 

 コミケがそうカウントした瞬間に、クリンは左脇に銃を抱えたまま突撃した。

シャナは様子見とばかりにいきなり目の前に突きつけられた銃剣を短剣の腹で捌き、

上手く角度を付けて、自身の右にクリンの体を流そうとした。

だがクリンは岩のように動かず、同時に自身の右から迫っていた、

もう片方の短剣を持つシャナの手を拳で弾き、

そのまま一歩踏み込んでシャナにアッパーをくらわそうとした。

だがシャナは、短剣を弾かれた勢いのまま後方に体を反らし、それを回避した。

そのまま後方に飛んでバックステップをしたシャナは、

しかしそのままクリンのタックルをくらい、後方に倒された。

 

「シャナ!」

「クリンったら、ガンガンいくわね」

「うおっ、まじか、大将があんな倒され方をするのを見るのは初めてだ」

「クリンもやっぱり強いっすねぇ……

それでいて、自分より強い奴じゃないと付き合えないなんて言うから、

あの凶悪な胸の性能を生かせずに、いつまでも彼氏が出来ないんっすね!」

「あっ、見て!」

 

 だがシャナは、その勢いのまま後方に転がり、

逆にクリンの上になり、マウントポジションをとった。

 

「うおっ、凄えな大将」

「あの状態からだと揉み放題っすね!」

「ケモナー、ちょっと落ち着け」

 

 そしてクリンが、雄たけびを上げた。

 

「まだまだぁ!」

「チッ」

 

 だがクリンはまだ左手に持っていた銃を手放してはおらず、

そのままシャナに銃床を叩きつけようとした為、

シャナは即座にクリンの上から飛び退き、その隙にクリンは素早く立ち上がった。

 

「ふう、さすがにやるわね」

「お褒めに預かり光栄です」

「ふうん、紳士なのね、それなのにあんなに荒々しく私を押し倒したりして、

うん、悪くない、むしろそういうのは大好物ね」

「風評被害が広がるからやめて下さいよ」

 

 クリンはそれには答えず、いきなり振りかぶると、手に持つ銃をシャナに投げつけた。

否、そう思える程凄まじい速度で銃を前に突き出したのだ。

その瞬間に、クリンは銃を持つ手に凄まじい衝撃を受け、たたらをふんだ。

 

「まじか」

「凄い……よく今の速度に対応出来たわね」

 

 見るとシャナが短剣を振りぬいており、

クリンは、どうやらシャナにカウンターをくらったのだと理解した。

だが既に体制は崩されており、クリンの意思に反して体は自由には動かなかった。

シャナはその隙を見逃さず、クリンの銃を持つ手を狙って短剣を振り下ろした。

クリンはたまらず銃からその手を離し、丸腰になった。

 

「これは勝負あったか?」

「まだよ!」

 

 クリンはそう叫ぶと、何と落下中の自らの銃を、シャナ目掛けて思いっきり蹴りつけた。

 

「うおっ」

「ここ!」

 

 そしてクリンは、正面からシャナに抱きついた。

その際クリンはシャナの両腕の上からシャナを拘束した為、

シャナは思わず短剣を取り落とした。だが一番の問題はそこではなかった。

この結果、クリンの胸がシャナに押し当てられる結果となったのだ。

ちなみにそのサイズは、ケモナーが評した通り凶悪であり、現実とまったく変わらない。

 

「くっ……」

 

 さすがにこの体制はまずいと思い、何とか逃れようとするシャナであったが、

動けば動くほど、胸の感触がダイレクトに伝わってくる為、シャナはほとほと困り果てた。

ちなみにクリンの狙いはさば折りだったのだが、生憎ここはゲームの中なので、

シャナの方が遥かにパワーがある為、その狙いは完全に失敗していた。

だがシャナにとっては困った事に、シャナが力でクリンの腕を外そうとすると、

クリンが外されまいと余計に体を密着させてくる為、

その度に力を抜かざるをえないという状況になっていた。

そうやって揉みあっている二人の様子は、ある意味いちゃついているようにも見え、

これは千日手になると判断したコミケが試合を止めようとしたのだが、

その時シャナが、ため息を付きながらこう言った。

 

「はぁ……これだけはやりたくなかったんだがなぁ……」

 

 そしてシャナは、腕に力を入れるのと同時に膝を折り曲げ、

そのせいでシャナの体はずずっと下にずれた。

その為シャナの顔は、当然クリンの胸に埋まる形となったが、

シャナは気にせずそのまま沈み、完全に下から抜け出した。

 

「あれは……羨ましい……のか?」

「後で感想を教えて欲しいっす!」

 

 コミケとケモナーからそんな茶々が入ったが、シャナは気にせず、

そのままクリンの太ももを抱え込んで立ち上がった。

 

「きゃっ」

 

 その時クリンがそんな悲鳴を上げ、Narrowのメンバーは思わず顔を見合わせた。

 

「おい、今のってクリンの声か?」

「あいつ、女だったんだな……」

「クリンのあんな声は私も初めて聞くわね」

「大将、さすがエロいっす!」

 

 レンはその光景に思わず顔を覆った、どうやら恥ずかしかったようだ。

ユッコとハルカはシャナらしくないその行動にぽかんとしていた。

当のシャナは、そんな周囲の反応はまったく気にせず、

そのままぐるぐると回り始めた。まさかのジャイアントスイングである。

 

「ちょ、ちょっと!」

「さて、どこまで耐えられるかな」

「目、目が……」

 

 クリンはしばらくもがいていたが、やがて動かなくなった。

それを確認したシャナは、器用にクリンの体を抱え込み、

お姫様抱っこの体制になると、そのままコミケの前へと歩き始めた。

ちなみに誤解されるかもしれないのを承知でお米様抱っこにしなかったのは、

背中に胸が当たってしまうからだった。

そして目の前にシャナが立った時、コミケはクリンの状態を確認し、

そのままシャナの勝利を宣言した。

 

「勝者、シャナ!」

「「「「「「「おおっ」」」」」」」

 

 こうしてクリンは破れ、強制ログアウトこそさせられなかったが、

完全に目を回してしばらく立ち上がれなくなった。

クリンにとっては不本意かつ不完全燃焼かもしれないが、

途中経過を見れば、それなりに満足出来る内容だっただろう。

こうして戯れの勝負は終わったが、シャナはここで一つのミスを犯していた。

クリンが回復するまでNarrowはこの場で待機せざるをえなくなったのだ。

誰かが担いで連れて行く事も検討されたのだが、

その場合は安全を確保する為にスキャン直後が望ましかった為、

シャナ達は、Narrowの援護無しに、ファイヤ達の下へと向かう事となった。

 

「悪いな大将、この戦闘馬鹿が回復し次第、すぐに追いかけるからよ」

「こっちの都合に合わせてもらってた訳ですから、気にしないで下さい。

もしそちらが間に合わないうちにこっちの決着がついちゃったら、

そのままチーム戦に移行して勝負しましょう」

「分かった、頑張ってな」

「はい、それじゃあクリンさんに宜しくお伝え下さい」

 

 そしてNarrowのメンバーに見送られながら、シャナ達四人は東へと向かった。

 

 

 

「しかしシャナの奴、ちっとも姿を見せないよな」

「シノハラよぉ、さすがにこれは遅くないか?」

「そうだなぁ……でもここで勝手に動くのもな……」

 

 その頃ZEMALの生き残り四人はとても迷っていた。

シャナ達に対する抑えを志願したのはいいが、

当のシャナ達がちっとも姿を見せないからだ。

 

「とりあえず本隊に連絡してみるか、さすがに遅すぎる」

「待った待った、後ろから誰か来るみたいだ」

「本当だ、あれは………あれ、ファイヤさんとリッチーさん?」

「何で二人だけなんだ?」

「まあいい、本隊に連絡する手間が省けたって事で、とりあえず合流しようぜ」

 

 そしてZEMALのメンバーは立ち上がり、ファイヤの下へ移動を開始した。

 

 

 

「え?本隊が壊滅ですか?」

「ああ、どうやら別働隊もやられたようだ、さっきからまったく連絡がとれない」

「マジっすか……」

 

 シノハラは獅子王リッチーにそう説明を受け、呆然とした。

 

「でも俺達、ずっと姿を隠しながら監視してたんですけど……」

「何らかの手段で見破って、回避するルートを通ったんだろうな、

さすがというか、本当にシャナは敵に回すとやっかいな奴だよ」

 

 獅子王リッチーは、そう言ってため息をついた。

 

「シャナを敵に回した事を後悔しているとか?」

「いや、それは別に無いが、問題はあっちでな……」

「ああ、なるほど……」

 

 獅子王リッチーが親指で指し示した先にはファイヤがいた。

ファイヤにとってはこんなに思うようにならない事態は生まれて初めての経験だったらしく、

ファイヤはぶつぶつと呟きながら、ある意味放心状態にあるように見えた。

 

「初めての挫折って奴ですかね」

「かもしれないな」

「どうします?」

「こうなったらもう俺達だけで、シャナを迎撃するしかないだろうな、

幸い俺もお前らも、拠点防衛に適した銃を持っている、

狙撃されないような拠点を何とか見つけて、そこで待ち伏せするのがベストだろうな」

「よっしゃ、やっとマシンガンが撃てるぜ!」

「今回ばかりは残ったのがお前らで、本当に良かったと思うよ」

 

 こうしてファイヤ軍の残党も方針を決め、

近くにあった待ち伏せに適した廃墟に立て篭もる事となった。



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第474話 絶対防御再び

「あそこか……」

 

 残っているであろうメンバーと、敵が逃げた方向を考慮し、

シャナが多分ここだろうとマップを見ながら結論づけた場所に、確かにファイヤ達はいた。

 

「ねぇ、あそこを攻めるのは少しきつくない?」

「敵の武器が、機関銃とマシンガンってのがちょっとね」

「だな、こんな遮蔽物の何もない場所じゃ、避けるにしても限界があるからな」

 

 敵が立てこもる岩山は、微妙に人工物のような手が加えられており、

高さもある程度ある為に狙撃も上手く出来ない、やっかいな場所にあった。

 

「さて、どうするか……」

 

 シャナはそう呟いたが、実はもう結論は出ていた。

シャナが突っ込み、頭と心臓へと届く弾だけ出来るだけ防ぎながら、

その後ろを三人に付いてきてもらい、シャナが耐え切れずに死んだら、

そのままシャナの死体を運べる弾除けとして使ってもらい、

それを利用して敵陣に突っ込んでもらう、というのが、

今シャナが考えている作戦だった。

 

「シャナ、どうするの?」

「一応作戦は考えた、今説明する」

 

 

 

「……ってな感じだ」

「なるほど、でもこの後のNarrowとの戦いはどうするの?」

「まああれは後日でもいいだろうし、そこは侘びを入れるさ」

「確かにそう言われるとそうだね」

「それじゃあ準備しましょうか」

 

 ユッコとハルカはあっさりとそう言い、即座に準備に入った。

 

「え?え?本当に?」

 

 レンは納得しがたいのか、戸惑っていたようだが、

他の三人が何も言わない為、仕方なく自分も準備を始めた。

シャナはアハトXを持ち、可能な限り敵の弾を斬り落とすつもりだった。

 

「さすがにキリトみたいに上手くいくかは分からないが、

それでも何発かはこれで叩き落せるだろ、

はぁ、ここにあいつがいれば、最高の弾除けにしてやるんだが」

 

 どうやら他の三人も準備が整ったようで、最後に軽く打ち合わせをする事になった。

そこでユッコがいきなりこんな質問をしてきた。

 

「ねぇシャナさん、その前にさ、人を盾として運ぶのって、どう持てばいいの?」

「う~ん、そうだな……」

 

 シャナは、そう言われて困ってしまった。人を盾に使った経験は無いし、

運ぶといっても、お姫様抱っことお米様抱っこ以外の経験が無いからだ。

そんな迷うシャナを見て、ユッコとハルカが言った。

 

「それじゃあ今、私達のどっちかを盾にするつもりで持ってみてよ」

「今ジャンケンでどっちにするか決めるから」

 

 二人はそう言ってジャンケンをし、勝ったユッコが一歩前に出た。

 

「よし、勝ったぁ!」

「くぅ……負けた……」

「なぁ、そういうのって普通負けた方がやるもんじゃないか?」

「いいのいいの、それじゃあ持ってみて」

「分かった」

 

 シャナは言われた通り、背中側からユッコの両脇を手で持ち、そのまま上に持ち上げた。

 

「こんな感じか?」

「う~ん、でもこれ、持っている方が走りにくくない?」

「確かにちょっと走りにくいかもしれないな……」

 

 シャナは実際にやってみて、思ったよりも難しいなと感じていた。

 

「こういう時、映画とかだとこう持たない?」

 

 そう言って前に一歩出たハルカが、ユッコの正面に立ち、

左手をユッコの右脇に通し、右手をユッコの股の間に通し、軽々と持ち上げた。

 

「ほら、安定安定!」

「いやいやいや、どんな罰ゲームだよそれ」

「え~?何がぁ?」

「いやほら、そうなると、俺の右手がその………な?」

 

 そんなもじもじするシャナを見て、ユッコとハルカは驚いた。

 

「あ、あんた、いつもあんなに女の子に囲まれてるのに、意外とピュアピュアなのね……」

「てっきり毎日とっかえひっかえやりまくりだと思ってたのに……」

「んな訳あるか!」

 

 シャナはそう言われ、激しく抗議した。

 

「まあでもこれは勝利の為に必要な事だから、我慢して試してもらわないと」

「いやいやいや、今ハルカがユッコを持ち上げられたんだから、

わざわざ俺が試す必要はもう無いはずだろ?」

「あ……」

「チッ」

 

 ハルカはしまったという風にそう言い、ユッコは舌打ちした。

 

「チッて何だよチッて!」

「いや、これくらいのご褒美はあってもいいかなって」

「別にそんなのご褒美じゃないだろ………」

「え~?レンちゃん、ご褒美よね?」

「えっ?」

 

 そう突然話を振られたレンは、シャナにじっと見つめられ、

もじもじと恥ずかしそうに身をよじらせながら、真っ赤な顔でこう答えた。

 

「う、うん……ご褒美……かな」

 

 それを見たシャナ達三人は、レンの恥ずかしさが伝染したのか、同じように顔を赤くした。

 

「ま、まあいいだろ、これで目的は達成だな」

「あっ、で、でもシャナ、そうすると、シャナの………」

 

 そう言いながらレンは、視線を下に向け、思わず手で顔を覆った。

シャナもその意図を理解したのか、ハッとした顔でユッコを見た。

 

「チッ」

「お前、またチッて……」

「はぁい、すみませんでした、反省してまぁっす」

 

 ユッコはまったく反省しているようには見えない態度でそう言った。

 

「お前な……」

 

 そう言ってシャナは呆れた顔で下を向き、かぶりを振った。

その瞬間にユッコとハルカが目配せするのをレンは目撃した。

 

(あれ………何だろう?)

 

 そんなレンの目の前で、いきなりユッコが動いた。

ユッコは、そんな隙だらけのシャナにいきなり飛びかかり、

いわゆるだいしゅきホールドの形でシャナに抱きついた。

 

「うおっ、な、何するんだよ!?」

「うわ、うわぁ……」

 

 シャナはその状況に頭が付いていかずに動揺し、

レンは手で顔を覆ったまま、指の間からそれを覗き見ていた。

だがレンは、最初こそ恥ずかしそうにしていたが、ユッコの表情を見てハッとした。

そしてユッコは落ち着いた声でハルカに言った。

 

「ハルカ、やって」

「あいよ~、はぁ、ジャンケンで勝ちたかったな」

「ドンマイ」

 

 そしてハルカは、いつの間にか手に持っていた銃でユッコの頭を打ち抜いた。

 

「なっ……何やってるんだよお前ら!」

 

 そんなシャナに、今にも死にそうなユッコがこう言った。

 

「これであんたの両手が開いた状態で、私が盾になれるっしょ、

これが勝利の方程式ってやつよ。

後は任せたわ、女の子にここまでさせたんだから、絶対に勝ってね」

「お、おい、お前らまさか、最初からそのつもりで……」

 

 だがユッコからの返事は無い、どうやらもう死体になってしまったようだ。

代わりにハルカがシャナに返事をした。

 

「ゼクシードさんが、いいお手本になってくれたからね、

だから何かあったら私達も同じ事をしようって話してたんだ、

でもまさかこうなるとは、本当にジャンケンに負けて悔しいよ」

「あのな……」

「でもこうなったらもうやるしかない、でしょ?」

「それは……」

 

 そんなシャナにレンが言った。

 

「シャナ、ここまでしてくれた二人の気持ちに応えなきゃ!

それにユッコさん、さっき凄く真面目な顔をしてたよ、

だから絶対にふざけてやったとかじゃない、

ユッコさんの死を無駄にしない為にも、絶対にこの戦い、勝とう!」

 

 そんなレンの姿を見て、ハルカもうんうんと頷き、シャナも真面目な顔でこう答えた。

 

「分かった、聞こえるかユッコ、恥ずかしい思いをさせて本当にすまない、

この借りは必ず返すからな」

「あ、それはもう、今度ご飯を奢ってもらうって事で決まってるから、

むしろそれがメイン目的……あ、いや、違う違う、私達はあくまで義憤にかられて……」

 

 そうカミングアウトしそうになったハルカを見て、シャナは苦笑しながら言った。

 

「仕方ない、また今度な」

「べ、別にお礼なんか、そんなのいいって、でもごちそうさま!」

「はいはい、分かってるって」

 

 そんなハルカを、レンは羨ましそうに見つめていた。

それに気付いたハルカは、シャナに言った。

 

「あ、シャナさん、レンちゃんも一緒でもいい?」

「ん?そうだな、打ち上げみたいなもんだし、レンも一緒にどうだ?」

「い、いいの?やった、ごちそうさま!」

 

 レンはとても嬉しそうにジャンプし、ハルカはシャナに近付き、耳元でこう囁いた。

 

「あ、でもゼクシードさんは誘わなくていいからね」

「いいのか?」

「だって、ここで下手に会ってあげたら、あの人調子に乗っちゃうかもしれないじゃない」

「なるほど、納得した、ゼクシードには悪いが、まあそういう事なら仕方ないな」

「うんうん、仕方ない仕方ない」

 

 そして次にハルカはレンの所に行き、こう言った。

 

「レンちゃんどう?これがシャナさんに恩を押し売りするコツよ」

「なるほど!」

「最初にシャナさんの為に何かをしてあげて、

で、後から、ご飯でも奢ってくれればいいよって言う、

これが私達が考えた、必殺のシャナメソッドよ!」

「勉強になります!」

「お前ら、全部聞こえてるからな……」

 

 そして三人は、改めて作戦を立て直した。

 

「俺が先頭で突っ込むのは同じだ、だがとりあえず二人にはこれを渡しておく」

 

 そう言ってシャナは、ストレージからゴーグルのような物を三つ取り出し、

一つを自分が付け、二つを二人に渡した。

 

「これは?」

「防塵ゴーグルだ、二人ともこれを装備してくれ」

「何に使うの?」

「このアハトな、実はこう繋げられるんだ」

 

 シャナはアハトライトとレフトを平行に組み合わせた。

 

「ふむふむ」

「この状態だと、拡散レーザーっぽい感じで射撃が出来て、

そうすると凄まじい砂埃が上がるんだ」

「あ~、そういう事か!」

「これでこっちの同士討ちの危険も減るはずだろ?」

「うん」

「色々持ってるんだね……」

 

 二人は感心したようにそう言い、そしてシャナはこう宣言した。

 

「よし、さっさと決着をつけにいくか」

「うん」

「ユッコ、あんたの分も頑張るから、そこで応援しててね」

 

 こうして三人は、ファイヤ達の陣へと攻め込んだのだが、

シャナの正面にユッコが抱きついたまま死んでいるせいで、

見ている者達にとっては、それはとてもシュールな光景となったのだった。




明日奈さんがアップを始めました。


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第475話 道化退場

 シャナ達の姿を発見した時、獅子王リッチーとZEMALの生き残り達は色めきたった。

だがシャナの姿が伝えられた瞬間、ZEMALのメンバー達は絶叫した。

 

「何だよあの格好は、俺達への当て付けか!?」

「ふざけんな、ふざけんな!」

「そもそもあいつってゼクシードの女だろ?シャナに乗り換えたのか?」

「戦いを侮辱しやがって、絶対にマシンガンの錆にしてやる!」

 

 ちなみにZEMALのリーダーのシノハラは、二十台で塾講師をやっており、

保護者や生徒からの評判も良く、実は案外モテるのだが、

彼自身はベッドにマシンガンのモデルガンを持ち込むような男であり、

女性からの好意にまったく興味を示さない。

ちなみに先のコメントの最後がシノハラのコメントである。

微妙に他のメンバーと温度差があるのが興味深い。

そして最後に獅子王リッチーが、大地を揺るがす程の大声で叫んだ。

 

「絶対にミサキさんにチクってやるからな!!!!!」

 

 そんな事を言っている間に、シャナが射程距離に入ってきた為、

五人は全弾撃ちつくすつもりで猛烈な射撃を開始した。

そして直ぐに、おかしな事に気が付いた。

 

「あれ……なんで弾が弾かれるんだ?」

「背中に例の、宇宙船の装甲板でも仕込んでるのか?」

「それなら普通に後ろ向きで走ってくればいいだけなんじゃないか?」

「うん、ああする理由が分からないな」

 

 そんな中、いきなり後方から一同に声が掛けられた。

それは一人戦意喪失し、三角座りをしてずっと黙っていたファイヤだった。

ファイヤはどうやら、先の獅子王リッチーの声を聞き、

何事かとこちらを観察しに来たようだった。

 

「君達馬鹿なの?あれはどう見ても死体でしょ、

まあ伝え聞くシャナの性格だと、あんな事を了承するはずがないから、

多分彼女が自ら進んでその身を差し出したんだろうね」

「マジか、普通そこまでするか?でも確かにそれなら弾は弾かれるな」

 

 シノハラは冷静にそう言ったが、他の四人の反応はまったく違った。

 

「彼女が……」

「自ら……」

「進んでその身を差し出した!?」

「まさかミサキさんもそうするというのか!?」

 

 そして四人は今まで以上に頭に血を上らせ、身を乗り出して激しい攻撃を開始した。

 

「うおおおおおおおお!」

「撃て、撃て!」

「ゲム充の存在を許すな!」

「ミサキさん、あなたは私が守ります!」

「お、お前ら……まあいいか、とにかくマシンガンが撃てればそれでいい!」

 

 シノハラも結局それに乗り、一同はノリノリで射撃を開始した。

ファイヤは呆れた顔でそれを見ていたが、

せっかくだからこの機会に銃を撃っておこうとでも思ったのか、

AK47を取り出し、五人の隣で射撃を開始した。

そのうち楽しくなってきたのか、ファイヤも他の五人と同じように、

徐々に身を乗り出し始めた。ちなみに彼がAK47を選んだ理由は、

世界で一番有名な銃だとどこかに書いてあったから、というだけの話である。

 

 

 

「お、撃ってきたな」

「何か叫んでたね……ミサキが何とかって」

「それは獅子王リッチーだろうな、まあどうでもいい話だが」

「あんなペースで撃ってたら、すぐ弾切れになりそうだよね」

「だな、まあこっちはこっちで落ち着いて敵を狙っていこう」

 

 三人はそのままトレイン状態で突き進み、しばらく相手に反撃はしなかった。

ユッコは期待通りに敵の攻撃をはね返し、味方で誰も攻撃をくらった者はいない。

そんな時、いきなり敵の攻撃がやんだ。

 

「何だ?」

「あ、見て、あのファイヤってのが何か言ってるみたい」

「本当だ、何だろ?」

 

 だがその直後に再び絶叫が聞こえ、先ほどよりも更に激しい攻撃が開始された。

 

「何があったんだろうな」

「またミサキって聞こえたわね」

「あ、でも見て、さっきよりも随分身を乗り出してるわよ」

「チャンスだな、ここからこっちも攻撃開始だ、

走りながらだから当たりにくいと思うが、狙いは慎重にな」

 

 そして三人は、不自由な体制ながらも射撃を開始した。

それにより、三人のZEMALのメンバーが倒され、

残るはファイヤ、獅子王リッチー、シノハラの三人となり、

さすがの三人も危険を感じたのか、キッチリと物陰に身を隠し、

それでいて攻撃の手を緩めないように、必死に反撃してきた。

だがその時点で、彼我の距離はもうかなり詰まっていた。

 

 

 

「ぎゃっ」

「うわっ」

「ひっ」

 

 立て続けにそんな悲鳴と共に、仲間が倒れるのを見たシノハラは、

それで頭が冷えたのか、ファイヤと獅子王リッチーに言った。

 

「まずい、前のめりすぎだ、落ち着いて少し下がろう」

 

 二人はその忠告に従い、少し身を下げた。そのまま尚も射撃を継続していた三人だったが、

ついにその時がきた。獅子王リッチーとシノハラが、弾切れを起こしたのだ。

その瞬間にシャナが右手の銃を捨て、左手に持っていた棒状の物をこちらに向けてきた。

 

「あれは何?」

 

 ファイヤはそう二人に尋ねたのだが、弾の補充で忙しい二人は何も答えなかった。

そしてその直後に、その棒状の物から光の洪水が溢れ、その場は凄まじい砂埃に包まれた。

 

「うおっ」

「こ、これは……」

「戦争で見た、輝光剣の散弾か!」

 

 だが時既に遅く、その場の視界はほぼゼロになっていた。

その時獅子王リッチーがこう叫んだ。

 

「まだだ、冷静に壁の上だけ見ておけば、それを乗り越えてくる奴らを見つけられるはずだ」

「わ、分かった」

「了解、壁の上だけでいいなら何とか見えるぜ!」

 

 だがその直後にゴトッという音が聞こえ、

先ほどまで壁だと思っていた場所から、いきなりシャナがその姿を現した。

 

「なっ……」

「よぉ、リッチー、お前も相変わらず懲りない奴だよな」

「うるせえ、ミサキさんをさっさと解放しろ!」

「俺がいつあの人を拘束したってんだよ、まったく訳が分からない奴だな、

まあいい、それじゃあまたな」

 

 シャナはそう言って、いつの間に分離したのか、

両手に持ったアハトライトとレフトで獅子王リッチーを真っ二つにした。

同時にシャナの後ろから飛び出してきたハルカがファイヤに銃を付きつけ、

レンはシノハラの懐に飛び込み、教わった通りにカゲミツを持ったままその横を通過し、

その勢いでシノハラを真っ二つにした。

 

「ど、どうして……」

 

 その間に砂埃が晴れ、最後にシノハラが見たのは、壁に開けられた大穴だった。

おそらくシャナがアハトXで開けたのだろう。

 

「そ、そういう事か……でもまあ、マシンガンを沢山撃てたから、楽し……かっ……た」

 

 そして獅子王リッチーとシノハラも死体となり、そこにはファイヤだけが残された。

シャナはここでやっとユッコを下ろし、そのままファイヤと対峙した。

 

「ま、まさかこんな……」

「ファイヤさん、初めてのGGOはどうでした?楽しかったですか?」

「た、楽しいわけ無いだろ!何でこう何もかも上手くいかないんだよ!」

 

 ファイヤはそう言って、最後の意地とばかりにレンに銃を向けた。

 

「せめて死ぬ時はレンちゃんと一緒に……」

「何を言ってるんだお前は、お前にはレンと一緒に死ぬ機会すらやらねえよ」

 

 そう言ってシャナは、ファイヤの銃を持つ左腕を肩から斬り落とし、

ファイヤはがっくりとその場でうな垂れた。

 

「僕の計算だと、今こうなっているのは君達のはずだったのに……」

「どういう計算をしたのかは知らないが、そんな机上の空論が上手くいく訳無いだろ、

そもそもお前、数を集めただけじゃないかよ」

「数を集めてジョイントベンチャーを立ち上げ、

そこに資金を投入するのは当たり前の事じゃないか!」

「リアルと一緒にすんなっての」

 

 そしてシャナは、冷たい声でファイヤに言った。

 

「という訳で、賭けはほぼこちらの勝ちだ、もうレンの事は諦めて、

他にお前の言う事を何でも聞いてくれる、素敵な女性を探すんだな」

 

 シャナが皮肉たっぷりにそう言うと、

ファイヤは苦渋に満ちた表情で、ぼそりと言った。

 

「くっ、こうなったら仕方ない、結婚ではなく改めて小比類巻さんに、交際のお願いを……」

「別の頼みだから賭けは無効だってか?格好悪いぞ、お前」

「それも含めて実力ってものだよ、小比類巻さんなら俺の頼みを聞いてくれるはずだしね」

「何でそう思うんだ?あっちの方が大手なんだろ?」

「そんなの関係無いさ、全ての工程を一社だけで賄える訳じゃない、

今後うちを含めた関連会社が仕事を請けなければ、

小比類巻さんにとっては大打撃になるはずだからね」

「他にも仕事を請けてくれる会社は沢山あるはずだろ?」

「他の会社とは付き合いが無いはずだ、そう上手くはいかないと断言出来る」

「個人の問題に……」

「まあレン、気にするな、大丈夫だから」

 

 シャナは、激高しかけたレンの頭に手を乗せ、落ち着かせると、

淡々とした口調でこう言った。

 

「そう思うならやってみるといい、お前が誰に何を言おうとしても、

それはお前の自由だからな、好きにしてくれ」

「ふん、言われなくても!」

「だがその話が纏まるまでは、約束は守れよ」

「分かってる、賭けの結果がその通りになればね」

 

 その微妙な言い方に、シャナとレンは顔を見合わせた。

その隙を突く格好で、ファイヤが動いた。

ファイヤは残された右手を懐に突っ込むと、何かを引き抜くような動作をした。

その瞬間に一人だけ動いた者がいた、じっとその様子を観察していたハルカである。

ハルカはシャナとレンを突き飛ばすと、ファイヤに抱き付き、

そのまま強引に走り出すと、ファイヤと共に、壁の手前にあった小さな階段を駆け上った。

 

「ハ、ハルカ、一体何を……」

「手榴弾よ!」

 

 ハルカはシャナに答え、そう叫んだ。

それでシャナは何が起こったのかを理解した。同時にシャナは、自分の甘さを悔いていた。

 

「くそっ、俺がもう片方の腕も斬っておけば……」

「何だよお前、関係無いだろ、離せよ!」

「黙りなさい、このうじ虫が」

 

 そう罵声を浴びせ、暴れるファイヤを押さえつけながら、

ハルカは笑顔のまま、落ち込むシャナにこう言った。

 

「あ~あ、どうせ抱き付くなら、あんたの方が良かったわ」

「ハルカ!」

「ハルカさん!」

「レンちゃんまたね、あとあんたは食事の約束、忘れないでね!」

 

 そう言ってハルカはファイヤと共に壁から飛び降り、

その直後に壁の向こうで爆発が起こった。

シャナとレンは、その爆発が収まると同時に壁から身を乗り出して下を見た。

そこには二人の姿は無く、ただ二つの死亡マーカーだけが残されていた。

そのうちの一つに向け、シャナは言った。

 

「分かってるって、確かに約束したからな、今度連絡するわ」

「ハルカさん、本当にありがとう、今度はリアルで会おうね!」

 

 二人はそう言い、ハルカの死亡マーカーへと手を振った。

そしてユッコとハルカにお別れをした二人は、Narrowとの戦いについて話し出した。

 

「さて、後は最後の戦いだが、さすがにここに篭るような卑怯な真似はしたくないよな」

「シャナ、それについては私に考えがあるんだけど……」

 

 そう言ってレンは、懐から旅行バッグのような物を取り出したのだった。



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第476話 最後にしておまけの戦い

 次のスキャン時間が訪れ、Narrowのメンバーは、シャナ達の位置の確認を終えた。

もっともチームを示す光点は二つしかないのだから、簡単な作業である。

 

「お、大将達、無事に敵の殲滅を終えたみたいだな」

「あれ、でもセクシードも消えてない?」

「本当だ、あのお姉ちゃん達、やられちゃったんすかね?」

「さすがにマシンガン相手じゃきつかったか……」

 

 実際は、二人とも戦闘ではやられていないのだが、

そこまではさすがに分からない、分かるはずもない。

 

「激しい戦いだったのかもしれないですね」

「しかしそうすると、五対二か……さすがにこれはハンデが大きすぎるかねぇ」

「そんな訳ないでしょ、相手はあのシャナなのよ!」

 

 シャナにやられたクリンは、そう熱弁を振るった。

 

「そうだな、相手はあの大将だ、全力で行くぞ」

「「「「了解」」」」

「目標は、ここの近くの廃墟になった市街地だ、出発!」

 

 そしてNarrowは、スキャン結果に映ったシャナ達の居場所へと向かった。

 

 

 

「………いない?」

「まさか逃げたのか?」

「いやいや、大将に限って……って、いたぁ!?」

「どこどこ?」

「あのビルの上だ」

「ビルって………一キロくらい離れてない?」

「だが大将にとっては射程距離だ、気を付けろ!」

 

 だがシャナはまったく狙撃体制をとらず、ただそこに立っているだけだった。

 

「一体どういう事……?それにレンちゃんは?」

「あそこに一緒にいるんじゃないか?」

「でも移動時間を考えると、さすがにあそこに行けるとは思えないのだけれど」

「って事は、レンちゃんだけはこの近くに?」

 

 五人のうち、コミケだけはシャナから目を離さずに、

そして残りの四人はレンの襲撃を警戒しつつ、ゆっくりと前に進んでいった。

 

「隊長、そこは段差があるから気を付けて下さい」

「了解」

「もう三歩先には倒れたゴミ箱、その一歩先には旅行カバンが」

「まったく、街を汚しやがって……って、ゲームの中で言っても仕方ないか」

「ふざけてないで足元に注意して下さいね」

「すみません………って、シャナの隣にレンちゃんがいるぞ」

 

 コミケはシャナの隣に見慣れたピンクのうさ耳帽子を見付け、そう報告した。

 

「二人ともあそこか……」

「勝負はビルでの攻防になるか」

「とりあえず狙撃の死角に全員で移動して、先を急ぎましょう」

「だな」

 

 この五人はシャナの事はよく知っているが、レンの事はあまり知らない。

それ故に、レンがシャナの近くにいると聞いて、それが普通だと思い込んでしまっていた。

強さから考えると、それが妥当だからだ。

その為、レンの帽子の動きを詳しく観察する事も無かった。

実際はシャナが、自作自演で帽子を見える位置に置いただけであったが、

五人はそれを、完全に本人なのだと信じてしまい、

それ故に相手が二人とも近くにいないと聞いて、気が抜けてしまった。

そんな心の隙を突くように、シャナがゆっくりと、

横に立てかけてあったM82に手を掛けた。

 

「大将が銃を手に持った、注意しろ!」

 

 その瞬間に、バンッという音と共に銃声が聞こえ、そこにあった旅行カバンが弾けた。

そしてその一番近くにいたケモナーとトミーが、どこから飛来したのだろうか、

いきなり銃弾で蜂の巣にされた。

 

「ぐあっ……」

「ま、まさか、そん………」

 

 トミーは死ぬ前に何かを言おうとしたが、それは果たされなかった。

口の高さに銃弾を受けた為、上手く口が動かなかったのだ。

トミーが言いかけたセリフはこうだった。

 

『まさかそんな所に、敵は旅行カバンの中』

 

 加えて旅行カバンの跳ね上がり方が、

まるでどこからか狙撃を受けたような動きに見えた為、

残る三人が、その事実に気付くのが遅れたという事情もある。

こうしてケモナーとトミーは死体となった。

 

「な、何?」

「きゃっ……」

 

 そして次に、ブラックキャットが蜂の巣にされ、死体となった。

 

「まさかレンちゃん?どこにいたっていうの!?」

 

 それを見たクリンが、遅ればせながら迎撃体制に入った。

だがクリンは戦う事は出来なかった。レンが飛び出した瞬間に、

自分への注意が外れたのを確認したシャナが、すぐに狙撃体制をとり、

一番手強いと思われるクリンに向かって狙撃を行ったからだ。

その弾は寸分違わずにクリンの心臓を貫き、クリンも四人目の死体となった。

 

「くそっ……」

 

 コミケはシャナに撃たれるのを覚悟で、レンに銃口を向けようとしたが、

その瞬間にレンの姿が視界から消えた。

 

「なっ……」

 

 レンを見付けようと、慌ててスコープを上下させたコミケの太ももに衝撃が走り、

コミケはその場に倒れ伏した。見ると自分の右足が無くなっており、

どうやらレンに切断されたのだろうと思われた。つまりレンが今いるのは……

 

「後ろか!」

 

 そう言って振り向こうとしたコミケの頬に衝撃が走った。

レンが回転しながら強烈な蹴りを放ったのだ。

その衝撃によってコミケは銃も手放してしまい、両手を上げてこう言った。

 

「参った、降参!」

 

 その言葉でレンはその場で停止し、タタッとコミケの方へと走ってきた。

 

「やっぱりレンちゃんだったのか、レンちゃんは凄く速いんだな、

まるで人間じゃないみたいだ、あ、これ悪口じゃないからね?」

「分かってます、あ、でも師匠はもっと速いですよ、コミケさん」

「師匠って………誰?」

「闇風師匠です」

「ああ~、闇風君か、そうかそうか、それならレンちゃんが速い訳だよな」

「えっへん!」

 

 そう得意げに胸を張るレンを見ながら、コミケは別の事を考えていた。

 

(というか、あの速さで動きながらこっちの位置とかも全部把握してたのが凄えな、

一体どんな目をしてるんだよ……)

 

 それはレンが自分の視界にほとんど入らなかった故の言葉であった。

それはつまり、レンが敵の動きに対応してほとんどの時間、死角にいた事を意味するからだ。

 

「それにしてもレンちゃんは、一体どこにいたんだい?」

「あ、それはですね」

 

 レンはそう言うと、転がっていた力バンを持ってきて、コミケに見せた。

 

「この中です!」

「え、本当に?こんな所に入れるの?」

「やってみせましょうか?」

「うん、見てみたい」

「分かりました!」

 

 そしてレンは、くにゃっと体を折り曲げ、器用に旅行カバンの中に入り、

自分でその蓋を閉めた。

 

「うわっ、レンちゃんって、体が柔らかすぎない?」

「あ、これはシャナに教わったんですよ」

「大将に?でも教わるって何を?」

「えっとですね、コミケさんって体は硬い方ですか?」

「う~ん、そこそこかな、硬すぎると怪我をしやすいから、

一応柔軟はいつもやらされてるよ」

「それじゃあこれを見て下さい」

 

 レンはそう言って、コミケの目の前に人差し指を出し、くるくると回し始めた。

 

「あなたの体はなまら柔らかい、あなたの体はなまら柔らかい……」

 

 そうずっと言われているうちに、コミケは若干の眠気に襲われ、

それと同時に自分の体が柔らかいように思えてきた。

その瞬間にレンがジャンプしてコミケの背中側に回り、コミケの背中をゆっくりと押した。

それによってコミケは、胸が地面に完全につくほど前屈した。

 

「はい、出来ました!」

 

 その言葉で覚醒したコミケは、自分の姿に気付いて驚いた。

 

「うおっ、俺の体ってこんなに柔らかかったっけ?」

「さあ?でもどうですか?いつもよりも柔らかいですか?」

「うん、間違いなくね、でもこれってどんな魔法?」

「シャナが言うには、この世界では本当はどこまでだって前屈出来るはずなんですって。

何故ならここは現実じゃないから。でも人によっては、まったく曲がらない人もいる、

それは何故か。本人がそこまでしか曲がらないとそう思い込んでいるから。

だからその思い込みを外せば……」

「そうか、それさえ出来ればこんな事も出来るんだ!」

「はい、その通りです!」

 

 コミケはその言葉で嬉しくなり、何度も前屈して地面にペタッと張り付いた。

 

「どうだ!」

「なまら凄いです!」

「そ~れ、ペタッ」

「もうバッチリですね!」

 

 そう無邪気に喜ぶ二人の所に、やっとシャナが到着した。

 

「………二人とも、何やってんの?」

「シャナ!」

「よぉ大将、見てくれよ、俺の体がこんなに柔らかいんだぜ!」

「え?ああ、レンに教えてもらったんですね」

「そうそう、いや~、大将の教えって凄いんだな、目から鱗だったよ」

「まあそうですね、思い込みってのは結構やっかいなものですからね」

「だな!」

 

 そしてコミケがリザイン(降参)しようとした時、シャナがコミケにこう尋ねた。

 

「コミケさん、今日ここに来たのって……」

「おう、詳しくは言えないが、お仕事なんだよね」

「つまりあれですか、GGOで戦闘シミュレーションが出来ないかとか、そういう?」

「その質問に対する答えはノーコメントだけど、

仮にそうだとしたら、結果は思わしくないって結論になるんだろうね」

「まあそうですよね、GGOは、リアルなようで実はゲーム的要素が少し強すぎますから」

「だな」

 

 そしてシャナは、次にコミケにこう言った。

 

「まあ本当にリアルな環境をお望みなら、

協力する準備がありますとスネークにお伝え下さい」

 

 その言葉にコミケは、目をパチクリしながら生返事をした。

 

「あ、う、うん」

 

 そんなコミケに、続けてシャナはこう言った。

 

「コミケさん、夏コミは行きますか?」

 

 その質問に対しては、コミケはパッと顔を明るくしてこう答えた。

 

「おう、もう既に休暇申請は済ませたぜ!」

「それじゃあソレイユの企業ブースでお待ちしてますね」

 

 その言葉にコミケは再び目をパチクリさせた後、今度は納得したように言った。

 

「なるほどそういう事か、分かった、必ずお邪魔するよ」

「それじゃあ受付で、大将はいるかって尋ねてもらえれば、

俺の所に案内してもらえるように手配しておきますね」

「おお、了解だ!これは楽しみになってきたねぇ」

「それじゃあ再会を楽しみにしていますね、コミケさん」

「おう、またな大将、レンちゃんも、またどこかで会えたらいいな」

「コミケさん、またです!」

 

 そしてコミケはリザインし、その瞬間に、宙に文字が表示された。

 

『CONGRATULATIONS WINNER SL』

 

 同時に大音量のアナウンスが流れ出した。

 

『おめでとうございます、第一回スクワッド・ジャム、優勝は……

何と二人組で参加したチーム、SLが勝利しました!』

 

 こうして第一回スクワッド・ジャムは、

それぞれに色々な思いを抱かせながらも、シャナとレンの優勝で幕を閉じた。



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第477話 観戦者達 SideGGO 前編

「おい、シャナがあのピンクの悪魔と二人でスクワッド・ジャムにエントリーしてるぞ!」

 

 BoBに出るようなトッププレイヤー達は、

こんな大会には参加しないだろうと言われていたスクワッド・ジャムであったが、

にわかに注目を浴びるようになったのは、まさにこの一言がキッカケだった。

 

「でも、今回参加しているBoBの常連組って、他にはゼクシードくらいじゃないか?」

「あいつは何にでも参加するから参考にならないよな」

「十狼の戦いはもう見られないのかねぇ……」

「シャナとコンビを組んでいるのも、十狼のメンバーじゃないルーキーだしな」

「ピンクの悪魔か……俺、前あいつにあっさり殺されたんだよなぁ……」

「俺も俺も!」

「まあ何にせよ、当日が楽しみだな」

 

 

 

 そして同時刻の、GGO内のとある酒場では、

ファイヤがまさに、獅子王リッチーをスカウトしている真っ最中だった。

 

「やぁ、君が獅子王リッチーさん?」

「………誰だお前」

「僕の名はファイヤ、君に仕事をお願いしたく、参上した」

「仕事だぁ?」

「今報酬として考えているのは百万クレジットだ、どう?興味が出てきたろ?」

「………話を聞こう」

 

 こんな感じでファイヤは、あっさりと獅子王リッチーを味方にする事に成功した。

 

「さて、他には誰を誘えばいいと思う?」

「といっても、BoB組はほとんどが敵だからな、残るはスネークくらいか」

「じゃあそうしよう」

 

 そしてスネークとそれなりに交流のあった獅子王リッチーの仲介で、

ファイヤはスネークをチームに迎える事に成功した。

スネークはまったく喋らなかったが、

旧交のある獅子王リッチーの誘いを断れないように見えた。

そして更に戦争繋がりで、元平家軍の中堅チームのリーダー三人を仲間にしたファイヤは、

その足で、他に参加する予定のチームの所を尋ね歩いた。

人に任せず、自分で頼みにいく所は、ファイヤの長所ではあるのだろう。

 

「マシンガンが撃てて、その上報酬までもらえるなんて最高だな!」

「ん?別にいいよぉ、シャナさんに取り入る為にも、

せめて敵としてでももっともっと目立たないといけないしね」

「……シャナが出るならピトフーイも出るかもしれないしな、別に構わないぞ」

「重装備を揃えすぎて、丁度金が無い所だったんだ、その申し出は渡りに船だな」

 

 さすがに報酬の額が額だけに、断るチームはほとんどいなかった。

唯一断ったのが、ゼクシード達のチーム『セクシード』である。

 

「断る」

「………何でか理由を聞いてもいいかい?」

「自分より下の実力の奴と組むとろくな事がない」

 

 ファイヤはそう答えたゼクシードをじっと見つめた後、あっさりと引き下がった。

 

「了解だ、邪魔したね」

 

 ファイヤは獅子王リッチーに、シャナとゼクシードのライバル関係について聞いており、

放っておいても勝手にシャナと敵対してくれるだろうと考え、

この場はあっさりと引き下がったのだった。

そして試合開始当日、GGO内では妙な噂が飛び交っていた。

 

「シャナとファイヤがピンクの悪魔を取り合っているって本当か?」

「おう、聞いた聞いた、そういう噂が流れてるらしいな」

「っていうか、ピンクの悪魔って女性プレイヤーだったのか……」

「何でもファイヤはこの勝負に、ピンクの悪魔とのデートを賭けているらしい、

負けたらもうピンクの悪魔には関わらないっていう不公平な賭けみたいだな」

「何だそれ、何でファイヤはそんな条件にしたんだ?」

「さあ……」

 

 この噂は、ファイヤが自分の所の社員にキャラを作らせて、故意に広めた物だった。

これは単純に、レンの逃げ道を塞ぐのと同時に、

自分がいかに不利な状況で戦っているかを周知する事で、

これから自分がとる戦法に対してバッシングが起きないようにしたいという、

姑息な考えから行われたものであった。だがこれは、所詮素人の浅知恵である。

多くのGGOプレイヤーは、この話を聞いてこう考えた。

 

「勝ったらデートしてくれって言われてシャナに助けを求めるって、

ピンクの悪魔が本当に嫌がってるって事だよな?」

「そもそもシャナが味方してる時点で、どっちが正義かっていったら、なぁ?」

「当然シャナだよな!」

 

 丁度そこに、シャナと共に、マントで顔を隠したレンが入場してきた。

ちなみに今回の大会は、BoBの会場であるドームが流用されており、

中継もそこで見られる事になっていた。

そして参加者は、開始時間までにそのドームの中にいないといけない事になっており、

間に合わなかった場合は失格となるルールなのであった。

 

「来たぞ、シャナだ」

「ピンクの悪魔も一緒だ!」

「あの子、レンって名前なのか、知らなかったわ」

「シャナ、ファイヤに負けるなよ!その子を守ってやれよ!」

 

 その言葉を聞いた二人は、電光掲示板に表示されている参加予定チームのリストを眺めた。

そこにファイヤの名前を見付け、驚いた顔をした二人は、

声援を送ってくれるプレイヤー達に手を振りながら、控え室へと入っていった。

その直後に闇風と薄塩たらこと銃士Xが現れ、会場に緊張が走った。

 

「おい、闇風に薄塩たらこ、それに銃士Xだぜ」

「他の十狼のメンバーはいないのか?」

「みたいだな」

 

 実は銃士Xは、学校で雪乃に雪ノ下家で一緒に観戦しようと誘われていたのだが、

前日にたまたま闇風と遭遇し、試合観戦に誘われていた為、

先約があるからとその誘いを断り、今日はここにいるのだった。

そして大会の開始が宣言され、最初のスキャン結果が表示された瞬間に、

闇風が憤った様子で立ち上がった。

 

「ちっ、こいつらまた群れてやがんのか」

「闇風、弟子が心配?」

 

 銃士Xは、無表情で闇風にそう尋ねた。

 

「おい、聞いたか?ピンクの悪魔は闇風の弟子らしいぞ」

「まじかよ……確かにスタイルは似てるよな」

 

 そんな外野の声を聞きながら、闇風は銃士Xにこう答えた。

 

「いや、まったく?」

「師匠の癖に冷たい」

「だってシャナが一緒なんだぜ、何とかしてくれるに決まってんだろ」

 

 そう言われた銃士Xは、手をぽんと叩きながら言った。

 

「真理、私が間違っていた、確かにシャナ様に任せておけば問題は無かった」

「だろ?」

 

 そして画面に、疾走するシャナとレンの姿が映った瞬間、会場中がどよめいた。 

 

「おい、シャナのあの格好……」

「お揃いのピンクか……」

「それよりも見ろよ、ピンクの悪魔が素顔を晒してるぜ!」

 

 そしてレンの愛らしい姿を初めて見た多くの者達は、

噂とのギャップに驚きつつも、一斉にレンの応援を始めた。

 

「まじかよ、ファイヤってのは、あんな子に迷惑かけてんのか」

「シャナの保護者っぷりが半端ないな」

「二人とも、頑張れ!」

「でもあの二人、どこに向かって走ってるんだ?」

「そういえば中央に、ゼクシード達がいたな、いや、セクシードと呼ぶべきか」

「まさかゼクシードを自らの手で仕留めるつもりか?」

「ありえるな……」

 

 だがその直後にレンが単独で走りだし、シャナが信号弾を撃った為、

観客達の顔は、ハテナ?となった。

 

「今のは何の信号だ?」

「そもそも誰に向けた信号だよ」

 

 観客達が戸惑う中、薄塩たらこが銃士Xに尋ねた。

 

「なぁ、今の信号ってどんな意味なんだ?」

「あれはシャナ様の個人識別信号、八方向に広がるようになっている。通称お米信号」

「………何だそれ?」

「米という漢字を思い出してみるといい」

「………おお、八方向!」

「そういう事」

 

 その説明中に、どうやら大会に動きがあったようだ。

 

「おい、見ろ、ゼクシードが動き出したぞ」

「移動するつもりか?囲まれてるのにどこに行こうってんだよ!」

 

 そして観客達が見守る中、ゼクシードはシャナが撃った信号弾の方へと向かい、

何とレンに向かって手を振った。

 

「………え?」

「………は?」

「まじか!」

「あのゼクシードが………」

「「「「「「「シャナと組んだ!?」」」」」」」

 

 だが驚く暇もなく、ZEMALが現れ、セクシードにマシンガンの銃口を向けた為、

観客達はごくりと唾を飲み込み、状況の推移を見守った。

その時いきなり画面の向こうにピンクの閃光が走り、

レンは凄まじいスピードで、またたく間に二人のプレイヤーを葬った。

 

「やるな愛弟子、また強くなってやがる」

「何て動きだよ……おい闇風、お前が教えたのか?」

「いや、今の動きはシャナだな、レンちゃんは、シャナに徹底的に鍛えられてるからな」

「まじかよ……要するにシャナとお前、二人の弟子って事か、そりゃ強いわけだよ……」

「否、シャナ様の教えが良かっただけ、闇風はおまけ」

 

 突然銃士Xがそう言い、闇風はその言葉に肩を竦めた。

 

「お前は相変わらずだなぁ」

「自明の理、私の忠誠心は変わる事はない」

「へいへい、ご立派ご立派」

「それよりも、私の勘だとそろそろシャナ様が戦場に介入する」

 

 その瞬間に銃声が轟き、ビルの中にいたプレイヤーが落下した。

そして闇風は、ドヤ顔をしている銃士Xを、嫌々ながら賞賛した。

 

「はいはい、えらいえらい」

「当然」

 

 そして画面の中では、シャナとゼクシードが合流を果たしていた。

その時レンが飛び上がってシャナに抱きついたのを見て、

観客達は、やはりレンはシャナと一緒にいたいんだなと感じ、

それに伴いファイヤを応援する声は、まったく無くなった。

 

「卑怯な手を使った癖に、簡単に突破されてやんの」

「まああのファイヤって奴、何を喋ってるか分からないが、いかにも素人っぽいしな」

 

 だがその直後に、レンが自分のおしりを押さえながらもじもじし、

更にその直後にユッコとハルカが、シャナの手を自分達の胸に押し付けるに至って、

シャナに対する声援もまた、鳴りを潜めた。

 

「シャナの野郎……」

「羨ましいぞ畜生!」

 

 だが声援が無くなっただけで、観客達はやはりシャナを応援していた。

その流れが変わったのは、闇風の質問に対し、銃士Xがこう言った時である。

 

「なあ、今のはお前的には羨ましくないのか?」

「別に。今度シャナ様のマンションにお泊りする時に、

レンちゃんの前で同じ事をすればいいだけ」

「ホワイ?」

「何?」

「お泊り?シャナのマンションに?」

「肯定、何かおかしい?」

「レンと二人で?」

「再び肯定」

「まじかよ、いつの間にそんな事に!」

「何だよそのハーレムマンション!」

 

 その闇風と薄塩たらこの叫びによって、二重三重の誤解が生まれ、

その場は男どもの絶叫に包まれた。

そんな中、いきなりNarrowが動き出し、

またたく間に三チームを壊滅させた。それを見た男達は、驚きの声を上げた。

 

「うおっ、何だ今のは」

「ちょっとプロっぽくなかったか?」

「まさか現役の自衛隊員のチームだったりしてな」

「あはははは、無い無い」

「中にはコミケに行く自衛官や、ケモナーの自衛官がいたっていいだろ!」

「あははは、そんなのいる訳無いだろ」

 

 直後にスキャンが開始され、SLとセクシードの不在が確認され、観客達は再び絶叫した。

本当に忙しい事である。

 

「あ、あれ……?」

「お、おい……SLもセクシードもいなくなかったか?」

「いやいやいや、でもどっちもちゃんといるよな?」

 

 おりしも中継カメラがシャナ達の下へと到達し、その様子を映したのだが、

既にメンバー達は全員普通にしており、そのからくりは観客達には分からなかった。

 

「ほらいた」

「まさかのバグか?」

「あ、でも第三回BoBの時……」

「メタマテリアル光歪曲迷彩マントは削除されたしなぁ」

「いやそっちじゃなく、優勝者の……」

「ああ~あったあった、確かに一度だけ、キリトの姿が見えなかった事があったな」

「あいつってシャナの親友なんだろ?」

「つまり、何かまだ秘密があるんだな」

「さすがはシャナだぜ!」

 

 そんな会話が飛び交う中、画面の中ではファイヤ軍が、続々と移動を開始していた。

 

「お、どうやらファイヤの奴、Narrowを攻めるつもりだな」

「さてさてどうなる事やら」

「シャナに背後を突かれてやられちまうんじゃないか?」

「お、どうやらそっちにも備えるっぽいな」

「本当だ、一チームだけ別方向に移動してるな」

「「「「「「「「「「ってZEMALかよ!」」」」」」」」」」

 

 観客達は、口を揃えてそう言った。

 

「あいつらに守らせるとか、ファイヤ終わった……」

「いや、でも遮蔽物の無い場所だとそれなりにやれるんじゃないか?」

「問題はそこじゃない、あいつらは、一度マシンガンを撃ち始めると、

そのまま恍惚としちまって、ちっとも敵に銃を向け直さないんだよ」

「それじゃ意味無えじゃねえかよ……」

 

 だがZEMALは、あっさりとシャナに見つかり、

観客達はひたすら待ち続けるZEMALに憐憫の視線を向けた。

 

「かわいそうに……」

「どうせシャナにやられるなら、

せめてあいつらの大好きなマシンガンくらい撃たせてやりたいよなぁ」

「お、ファイヤ軍は結局二手に分かれたのか」

「さすがのNarrowもこれは厳しいか?」

 

 そしてMMTMやT-Sが裏へと移動していき、大会は最初の山場を迎える事になる。



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第478話 観戦者達 SideGGO 中盤戦

 Narrowがファイヤ軍の包囲下に置かれようとしていたその裏で、 

カメラに映ったのは、スネークがこっそりと移動していく姿であった。

 

「おお?」

「スネークがスネークし始めたぞ!」

「スネークのこういった姿が見られるのって、そういえば初めてだよな」

「というかあいつ、まったく喋らないよな」

「あいつ、結構野良パーティには参加してるんだけどなぁ」

 

 そしてカメラはスネークの後を追い、遂にNarrowの潜む建物近くまで到達した。

 

「スネークが来たぞおおおおお」

「このまま建物の中までスネークするのか?」

「何か取り出してるみたいだが……」

 

 その直後にスネークが白旗を掲げながら、それでいて見事な隠密っぷりを発揮し、

クリンの背後に立った時、観客席は、かなり微妙な空気に包まれた。

 

「……どう考えても今ならあのクリンってのを殺れるよな」

「でも選んだ選択肢は降伏?意味が分からん」

「っていうかクリンはいつスネークに気付くんだ」

「あっ、スネークがもじもじし始めたぞ」

「不安そうに上からクリンの方を覗きこんでるな」

「それでも気付かないクリン!」

「お、ついに気付いたか!」

 

 クリンはやっと気付いたのか、慌てて振り向くと、スネークに銃を向けようとし、

目の前に広がる白旗を見て、しばらくその場で固まっていた。

 

「フリーズしたか」

「動かないな」

「まあ普通、ああなったら頭が働かないよな」

「お、やっと動いた……って、通信機?」

「丸投げktkr!」

「クリンかわいいよクリン」

 

 そしてスネークは建物の中へと連れられていき、

カメラは次に、その建物の裏門の方へと移動していった。

 

「お?別働隊?」

「侵攻軍を、更に二つに分けたのか」

「MMTMは室内戦が上手いから、まあこれは妥当な選択だよな」

「Narrowピ~ンチ」

「二チームと三チームに挟まれてて、どちらかに戦力を集中とか出来ないから、

さすがにあの腕前でもどうしようもないだろうな」

 

 ここでいきなりカメラが切り替わった。

こういった切り替わり方をする時は、大体何か大きな事件が起こった時であり、

観客達は、何があったんだろうと画面に注視した。

そこには、ファイヤのいる本隊に奇襲をかけようとするゼクシードとレンの姿があった。

 

「うお、まじかよ」

「二人で四チーム相手に奇襲!?さすがに無理だろ!」

「っていうかシャナはどこだ!?」

 

 その瞬間に、カメラの前を何かが横切った。

 

「おお?」

「今横切ったのって何だ?」

「弾みたいに見えなかったか?」

「って事は……」

 

 そしてカメラの角度が変わり、今度はカメラの後方から、

前方に向かって何度も何度も一定間隔で弾が撃ちこまれるのが映された。

 

「シャナの狙撃きたあああああああ!」

「このアングル、臨場感ありすぎだろ」

「っていうか、普通に木の間をスイスイ通してくな、ありえないだろ!」

 

 そして再び画面が切り替わり、そこには右往左往するプレイヤー達の姿が映された。

 

「これってファイヤ軍か?」

「うわっ、びっくりした!」

 

 画面の中の、木の隙間からいきなり弾が飛び出し、

丁度画面に映っていたプレイヤーの頭を吹っ飛ばしたのを見て、

観客達は皆かなり驚いたようだ。

 

「今度はこっち側か」

「運営さん有能すぎんぞ!」

「うおおお、見ろよ、人がゴミのようだ!」

「お前、一度言ってみたかったんだろ」

「でも確かにゴミみたいにあっさりと吹っ飛ばされてくな……」

 

 そして最後にシャナの姿が映された。

シャナは地面に寝そべりながら、淡々と狙撃しており、

その周囲をユッコとハルカが固めていた。

ちなみにシャナの左右には、ユッコとハルカの生足があり、

観客達は、再び血の涙を流した。

 

「何だあのリゾートっぽい雰囲気は……」

「完全に別世界だろ」

「それにまったく動じないシャナが男前すぎる!」

 

 ちなみにシャナは現在進行形で、思いっきり動じていた。

だが狙いを外さないのはさすがというべきだろう。

 

「なあ銃士X、シャナっていつもあんな風に女性には淡白なのか?」

「そんな事はない、シャナ様にだって性欲は存在する。

この場合は対象の性能に問題がある」

「対象の性能に問題って、あの二人の生足の事か?」

「もちろん左右に並ぶあの大根の事」

 

 そう言われた闇風と薄塩たらこは、

もっとよく見ようと思わず立ち上がり、ユッコとハルカの足をしげしげと観察した。

 

「大根……いやいや、全然太いようには見えないだろ!」

「そうだそうだ、あれを大根と呼ぶのは世の男共が許さん!」

 

 そう言って再び振り返った二人の目に、

いつの間にか下をホットパンツに着替えた銃士Xの姿が飛び込んできた。

二人は目を見開き、銃士Xが生足を組みかえると、

ふらふらとそちらに向かって引き寄せられていき、そのまま銃士Xに蹴り飛ばされた。

 

「ぐあっ!」

「ぶほっ!」

「だから闇風もたらこもモテない、その事を自覚すべき」

「仰せの通りで……」

「で、でもよ、シャナだって性欲はあるんだろ?だったら見たりもするんじゃないのか?」

「肯定、その証拠に、シャナ様からもよく、私の生足に注がれる情欲の視線を感じる」

 

 そのストレートな表現に、闇風と薄塩たらこだけではなく、

周囲で聞き耳をたてている者達も思わず銃士Xの生足から目を背けた。

さすがにエロキャラ認定されるのは避けたいのだろう。

 

「我慢出来る時点で、あの二人の生足は大根レベルだと言わざるを得ない、

もしあそこに私とシズがいたら、シャナ様は理性を崩壊させて、大会中にも関わらず、

私達の体を貪ろうと獣のように振舞った事は間違いない」

 

 さすがにそのありえない言葉に、二人は苦情を申し立てた。

 

「お前、さすがにそれは盛りすぎだろ!」

「そうだそうだ、さすがにそれはない」

「だよね、てへっ」

 

 銃士Xは、いきなり自分の頭をコツンと叩いてそう言った。

 

「ええええええええ」

「な、何だこの破壊力は……」

「天使がここにいた……」

 

 そんな初めて見る銃士Xの態度に、その場にいた者達は驚愕したが、

銃士Xは即座にいつもの調子に戻り、画面を指差した。

 

「あそこ、今何かいた、一人隠れてる」

 

 その言葉に一同は思わず振り向いた。画面の中ではレンとゼクシードが発砲しており、

バタバタと敵が倒れていく姿が見えた。そして敵の姿が見えなくなると、

二人はシャナ達と合流し、再び二手に分かれ、敵の数を数え始めた。

 

「まずい、油断してやがる」

「敵はどこだ?」

「今は分からない、でも一人隠れているのは確か」

 

 そしてレンを庇ってゼクシードが死亡すると、その場は奇妙な静寂に包まれた。

その直後に、観客達の口から驚きの声が発せられた。

 

「まじかよ、あのゼクシードがピンクの悪魔を庇ったぞ!」

「大往生って奴か……」

「畜生、うっかりあいつの事、格好いいとか思っちまった……」

「ゼクシードの奴、変わったよな」

「あんな綺麗なゼクシードはゼクシードじゃねえ!」

 

 そしてさすがの闇風も、この時ばかりはゼクシードに感謝した。

 

「まじかよ……レンを守ってくれてありがとな、ゼクシード」

 

 その直後にレンが雄たけびを上げるような仕草を見せ、敵に向かって突っ込んでいった。

 

「うわ、まじか」

「無謀じゃないか?」

「大丈夫なのか?」

 

 観客達がそう囁き合う中、師匠である闇風だけはこう言った。

 

「行け、ゼクシードの仇はお前がとるんだ」

 

 その言葉通り、レンは凄まじい機動を見せ、あっさりと敵の頭に銃口を付きつけ、

一言二言言葉を交わした後に、そのプレイヤーを葬った。

 

「うお、凄え動きだな」

「よく見えなかったぞ……」

「さすがはスピードスター二世!」

 

 闇風はそんな感想に、さも当然という風に頷くと、別の事を言った。

 

「あいつは見た事があるな、確かクラレンスとか言ったよな?」

「肯定、性別は一応女、でも実は男よりも女の方が好き」

「ああ、まああの見た目だし、それ何となく分かるわ……

って銃士X、何でそんな事を知ってるんだ?」

「一度口説かれた事があるから」

「なるほど……」

 

 その銃士Xの言葉はとても説得力のあるものだった為、皆その答えに納得した。

その時銃士Xが、画面を見ながら突然こう言った。 

 

「『敵の二チームが背後に向かっている』

『正面はこちらで処理するか?こちらからは背後から襲えるチャンス』」

 

 その言葉が何かの通訳だと感じた一同は、慌ててモニターを見た。

そこにはハンドサインを送るシャナの姿があり、一同は、何か動きがありそうだと感じた。

その直後にシャナが輝光剣を三本取り出したのを見て、観客の興奮は最高潮に達した。

 

「輝光剣きたああああああああああああ!」

「って、シャナは使わないで、三人に渡すのか」

「でも何でわざわざ剣を使うんだ?」

 

 そして銃士Xに再び視線が集まり、銃士Xはこともなげに言った。

 

「音を立てたら、別働隊にこちらの存在がバレてしまう」

「ああ~!」

「そういう事か」

 

 画面の中では四人がまるで暗殺者のように、

ファイヤ軍の者を一人、また一人と葬っていった。

 

「うわ、あんなのに狙われたくないな……」

「連続で倒せるってのがヤバイよなぁ、銃を使うとどうしても最初の一人を倒した時点で、

敵にその存在がバレちまうもんなぁ」

 

 そして敵は全滅し、遂にSLとNarrowは合流を果たす事となったのだった。



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第479話 観戦者達 SideGGO 終盤戦

明日はお盆前最後の追い込みなので投稿をお休みします、申し訳ありません!


 その戦いは唐突に始まった。SLとNarrowが合流し、

この大会もほぼどちらかの優勝で決まりだと思われた矢先、

シャナとクリンがいきなり対峙したかと思うと、

いきなり短剣と銃剣で戦い始めた為、観客達は何が起こっているのか分からずに、

ただあんぐりと口を開けて、その戦いを見ている事しか出来なかった。

その戦いに最初に反応したのは銃士Xだった。

銃士Xは、シャナがクリンに対してマウントポジションをとった瞬間に、

とても悔しそうにこう言った。

 

「ぐぬぬ、まだ私もされた事が無いのに……あのクリンって女、いつか殺す」

 

 そのセリフを聞いた観客達は我に返り、モニターと銃士Xを交互に見た。

 

「いきなり戦い始めたと思ったら、恐ろしくハイレベルな攻防をしてやがる……」

「っていうか銃士Xちゃんってあんなキャラだっけ?」

「まあでもただのマウントポジションだしな」

「気にするなよ、銃士Xちゃん!」

 

 銃士Xはその言葉には反応せず、怒りと焦りが混ざったような表情で、続けてこう言った。

 

「もしこれで、シャナ様があの女の胸をうっかり揉むような事があれば、

私としてはその感触を上書きする為に、

この身を差し出してうっかりシャナ様の手を握って私の胸に押し付けざるを得ない」

「それはうっかりとかそういうレベルじゃねえよ!」

「完全にわざとやってるよな?な?」

 

 闇風と薄塩たらこは、血を吐くような思いでそう突っ込んだ。

だが銃士Xはそれも無視し、画面の隅に映っていたケモナーに厳しい視線を向けた。

 

「あの男が、シャナ様に揉めと言っているような気がする……」

「え?」

「エスパー?」

 

 その瞬間にケモナーの背筋に冷たいものが走ったが、

ケモナーは多分気のせいだと思い、気にしなかった。

そのままだと恐らくケモナーは、銃士Xの制裁対象になってしまったであろうが、

幸いな事に、シャナはクリンの胸を揉む事は無く、

そのままクリンの攻撃を避ける為に飛び退いた為、銃士Xは大人しくその場に座った。

画面の中では、シャナがクリンの攻撃にカウンターを放ち、

銃を持つ手を狙われたクリンは思わず銃から手を離していた。

それを見た観客達は、この勝負はここまでだと判断した。

 

「おお、完璧なカウンターだな!」

「これは勝負あったか?」

「まああのクリンって子もよくやったよ」

「さすがはシャナ様………むっ」

 

 その直後にクリンが落下中の銃をシャナ目掛けて蹴りつけ、

それを避けたシャナに、何といきなり抱きついた。

 

「えええええええええ?」

「何だ今の、凄え判断と反応の速さだったな」

「でもここから逆転出来る手があるのか?」

「あのクリンの形相、もしかしてさば折りでも狙ってるのか?」

 

 だが銃士Xは、まったく別の反応を示した。

 

「いつ私がシャナ様に抱きつく事を許したか!」

 

 隣にいた二人はその言葉に驚き、銃士Xを宥めた。

 

「落ち着いて銃士Xちゃん、多分締め技だよ締め技」

「そうそう、あんなのシャナなら簡単に外せるって」

「でもおかしい、シャナ様が外さない……それどころかあんなにいちゃついて……」

「いや、確かにそう見えるけどよ……」

「き、きっと何か考えがあるんだよ」

 

 その直後にシャナがクリンの拘束から脱出する為に下に沈み、

クリンの胸に顔を埋めながらしゃがみこんだ瞬間、

二人は恐ろしくて銃士Xの方をまともに見れなかった。

だが案に相違して、銃士Xは冷静な声でこう言った。

 

「なるほど、シャナ様は胸での癒しを求めていたご様子、

次に会った時には、私の無駄に成長した胸を活用すべく動く事にする」

「銃士Xちゃんの価値基準が分からない……」

「いやいや銃士Xちゃん、成長した胸は無駄なんかじゃねえよ!」

「突っ込むとこそこかよ!」

 

 そんな闇風に、銃士Xは憐れむような視線を向けながら言った。

 

「この機会に一つ教えてあげる、いい?一定以上成長した胸というのは、

とても重くてつらいものなのよ」

「それはまあ聞いた事があるけどよ………」

「つまり世の中の女性は、常に肩に重しを乗せているような状態にある。

そしてその重さは、シャナ様に揉んでもらう事で軽くする事が可能」

「なん………だと………」

「し、信じるなよ闇風、そんな訳無いだろ!」

 

 薄塩たらこは常識的な思考からそう言った。

 

「ちなみに私は、そのシーンをイメージするだけで、肩こりを治す事が可能」

 

 銃士Xに真顔でそう言われ、薄塩たらこは段々と自信が無くなってきた。

これは彼に女性経験が無い為であり、その真偽を確認する事は不可能だからだった。

 

「故にシャナ様に揉んで頂けない成長した胸は、ただの駄肉でしかない、証明終了」

「全然証明になってない気が……」

「ならば違うという証明を、実地で示してみるといい」

「じ、実地だと………」

「馬鹿な………」

「なっ……」

 

 その時銃士Xが、画面を見ながら絶句したような声を上げた。

同時に他の観客達も、その予想外の展開に声を上げた。

 

「こ、これは……」

「うお、ジャイアントスイングかよ」

「見てるだけで目が回っちまうな」

「なるほど……ふむ、ふむ……」

 

 銃士Xは、画面を見ながら何かぶつぶつ言い始めた。

 

「後日私がシャナ様に、『ジャイアントスイング凄かったです私も体験してみたいです』

と持ちかけ、表面上はホットパンツか何かに見えるような細工をスカートに施し、

上も簡単にめくれあがるような細工を服に施す。

そうすれば技をかけられた瞬間に、私の胸とぱんつが露出し、

そうするとおそらくシャナ様は、それでも表面上は冷静な風を装いながら、

私の胸とぱんつをじっくりと鑑賞する事になる。

そして技を終わらせた直後に、シャナ様と私は足がフラフラになって、

そのままもつれるようにベッドに倒れこむ。

その段階で既に興奮が頂点に達しているシャナ様は、我慢出来ずに目の前の私に手を出す。

うん、これはいけるかもしれない………」

「なぁたらこ、今とてつもなく羨ましくも杜撰な計画が聞こえた気がするんだが……」

「突っ込んだら負けだぞ闇風、スルーだスルー」

 

 二人はこの状態になった銃士Xには何を言っても無駄だと思い、

黙って画面に集中する事にしたようだ。

やがて銃士Xも落ち着いたのか、何事も無かったかのように席に座りなおした。

画面は別カメラに切り替わっており、ファイヤ達の様子が映し出されていた。

ファイヤは三角座りをしながら何かぶつぶつ呟いているように見え、

観客達はその子供じみた態度に苦笑する事しか出来なかった。

 

「何だあれは」

「ガキかよ」

「まあ気持ちは分かるよ、普通あの状態から負けるとか思わないもんな」

「まあこの前の戦争で、まったく同じ事があったんだけどな」

 

 そこにZEMALの残党が合流し、五人は拠点っぽい場所に陣取り、武器を構えた。

戦力にならなそうなファイヤの事は、無視する事にしたようだ。

 

「この場所……開けた場所だけど、微妙に見張り台というか、

敵からの攻撃を防ぐ作りになってるな」

「ここにヴィッカース重機関銃とマシンガン?鉄壁じゃねえか」

「これはまさかの逆転があるか?」

「シャナがどうするか見物だな」

 

 そして再びカメラが切り替わった。既に四人はファイヤ達が見える位置まで移動しており、

どう対処するか話し合っているように見えた。

 

「……あいつら何やってるんだ?」

「シャナがユッコを持ち上げてるな」

「意味が分からん、体重チェックか?」

「シャナ様、私の体重も、そのやり方で計って下さい!」

 

 その直後にハルカがユッコを別の体制で持ち上げ、

シャナがもじもじした為、観客達は驚愕した。

シャナのそんな姿を見るのは初めてだったからである。

 

「察するに、シャナに『こう持つのよ』とか言ってるような感じか?」

「確かにあんな持ち方は、同性相手じゃないとちょっと厳しいものがあるよな」

「シャナ様がおかわいい……とてもおかわいい……」

「銃士Xちゃん、よだれ、よだれ!」

「って、おいいいい!?」

 

 画面の中では、ユッコがいきなりシャナにだいしゅきホールドをかけていた。

薄塩たらこと闇風は、やばいと思って銃士Xをなだめようとしたのだが、

そんな二人を銃士Xは、ひどく真面目な顔で制した。

 

「黙って」

「どうした?」

「多分ユッコが死ぬ」

 

 その言葉を聞いた一同は、驚いて画面を見た。

茶化したりする者は一切おらず、その場の全員が、何が起こるのかと画面に集中していた。

 

「あの顔は、決意を固めた女の顔。今回ばかりは私も冗談を言っている場合じゃない」

「いや、さっき呟いてたの、絶対に本気だよね?」

「そうだそうだ、ってか銃士Xちゃんの、さっきまでの状態とのギャップが……」

「いいから黙って見てなさい」

「はい……って、まじか!」

「うお、本当に死んだ……」

 

 銃士Xの予想通り、ユッコがハルカに撃たれたのを見て、その場にいた全員が驚愕した。

 

「何であんな事を……」

「シャナも驚いてたし、これ、絶対にあの二人の作戦だよな」

「でも、これに何の意味が……」

「盾」

 

 銃士Xはその観戦者の問いに、短くそう答えた。

 

「しかも最強の」

 

 その言葉通り、そのまま一列に並んでファイヤ軍に突撃を開始したシャナ達は、

全ての攻撃を、ユッコのおかげで防ぐ事に成功していた。

同時にZEMALのメンバーも三人倒している。

 

「そ、そういう事か……」

「凄えなあの二人、思いついても普通実行するか!?」

「ゼクシードもレンちゃんを庇ってたし、今回のあいつらは一体どうしちまったんだ」

「あの二人、中々やる、かなり参考になる、

あれを真似出来れば、私とシャナ様の距離ももう少し縮まるかもしれない」

 

 最後の銃士Xの言葉には、もう誰も突っ込まなかった。

そして皆がざわついていると、いきなりその場に閃光が走り、

画面が砂埃でいっぱいになった。

 

「うおっ」

「シャナの仕業か!」

「どうなってるんだ?見えないぞ?」

「いや、黒い光が見える、あれは輝光剣だ!」

「って事は……」

 

 そして砂埃が晴れると、そこにはファイヤに銃を突きつけるハルカの姿があり、

他には死体が五つ転がっているだけだった。

 

「まじかよ、今の一瞬で二人仕留めたのか」

「シャナはともかくレンちゃんも凄くね?」

「どうだお前ら、俺の弟子も凄いだろ?」

 

 突然闇風が立ち上がり、自慢げにそう言った。

 

「お、おう……」

「悔しいが、認めざるをえない」

「この戦いで、ピンクの悪魔レンの名前が一気に広まるな」 

 

 その直後に最後の山場が訪れた。ハルカがファイヤの自爆を察知し、

拠点の壁を乗り越えそのまま一緒に死亡したのだ。

 

「「「「「「「うおおおおおおお」」」」」」」

 

 その瞬間に、観客達は絶叫した。

 

「ハルカちゃんまで!」

「どうなってるんだよ今回のあいつらは、これはもうMVPものだろ!」

「三人とも仲間を守る為に死んでいったよな!」

「セクシードなんてふざけた名前だと思ったけど訂正する、お前ら最高だ!」

「残るはSLとNarrowの最後の戦いだけだな!」

「ん、レンちゃんは何を出そうとしてるんだ?」

「秘密兵器か?」

 

 そんな観客達の期待を背負いながらレンが取り出したのは、ただの旅行バッグだった。

 

「は?」

「シャナと旅行でも行くつもりか?」

「いやいや、あそこに実は、マシンガンとかが仕込んであるんだろ、

ほら、よく映画とかで見るだろ?」

「それ、意味あるのか……?」

 

 そして二人は街の方へと向かって移動し、

十字路でレンは、帽子をシャナに渡すと、その旅行カバンの中に入った。

 

「「「「「「「「「「「中に入った!?」」」」」」」」」」」」

 

 まさかそんな用途で使うとは誰も思っておらず、場はかなり盛り上っていた。

 

「そうか、だから旅行カバンが落ちていてもおかしくない街中に移動したのか」

「シャナは少し離れたビルに陣取るみたいだな」

「お、Narrowが来たぜ」

「あいつら驚くだろうなぁ……」

「完璧な奇襲になるな」

 

 そしてシャナが銃を持った瞬間に、Narrowが全員それに反応するのを見て、

観客達は、完璧に奇襲が決まったと確信した。

その確信の通り、レンが旅行カバンから飛び出し、またたく間に三人を倒すのを見て、

観客達はその戦闘の凄まじさに驚愕した。

 

「速え……」

「まるで闇風だな」

「そうだろうそうだろう、まるで俺だろ?」

「闇風、調子に乗んなよ!」

「はっはっは、何とでも言え、今の俺はとても気分がいい」

「くそ、でも本当に凄えよ、残るはクリンとコミケか……」

「でも今は、シャナがフリーなんだよな」

「あ~……」

 

 そしてクリンがレンを迎撃しようと構えた瞬間に狙撃されるのを見て、

観客達は、やっぱりかと天を仰いだ。

 

「ですよね……」

「せめて足を止めなければな」

「まあでも仕方ないだろ、今はレンちゃんが凄すぎた」

 

 そして最後に残ったコミケに対し、レンはすれ違いざまに足を切断すると、

コミケの背後に到達した瞬間にいきなりコミケの頬に回し蹴りを放ち、

それで銃を手放してしまったコミケはたまらず両手を上げた。

 

「レンちゃん凄ええええええええ」

「今の動きはシャナっぽかったな」

「これで優勝はSLで決まりだな」

「はい解散、皆お疲れ!」

「おう、お疲れ!」

 

 こうして第一回スクワッド・ジャムは、SLの優勝で幕を閉じ、

レンの名前は一般プレイヤー達の間で、急上昇のキーワードとなるのだった。




明日はお盆前最後の追い込みなので投稿をお休みします、申し訳ありません!


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第480話 観戦者達 Side雪ノ下家 前半戦

お待たせしました!


 この日、雪ノ下家には、第一回スクワッド・ジャムの観戦を行わう為、

次のメンバーが集まっていた。明日奈、陽乃、雪乃、南、薔薇である。

 

「いよいよ始まるね、明日奈ちゃん」

「うん姉さん、でも手伝えないのははがゆいよ……」

「まあ仕方ないわね、事情が事情ですもの」

「ゆっこも遥も大丈夫かなぁ……」

「大丈夫よ南、あの二人はもう昔の二人じゃないから」

「室長、だといいんですけど……」

 

 そして大会が始まり、画面に各チームの位置が表示された。

 

「あら?各チームが随分綺麗な円状に散らばっているわね、

最初からこの配置なのかしら?ねぇ明日奈、こういう大会では、

最初のスキャンまではあまり動くのは推奨されない仕様なのよね?」

「うん、BoBと同じでそのはずなんだけど……」

「これ、元はこうだったんじゃない?」

 

 そして陽乃が、これはここ、これはこの辺りと、各チームを順番に指差し始めた。

 

「これは……」

「結託して最初に中央のチームを叩こうとしているの?」

「それは違うわね、スキャン結果が分かるまでは、そこにチームがいるとは分からないはず。

なので中央で合流しようとしていた結果、包囲する事になったというのが正確ね。

それに中央のチームが敵とは限らないわよ、案外仲間かもしれないわ」

「どこのチームなの?」

 

 家庭等でPCを使って観戦する場合、スキャン結果はいつでも呼び出す事が出来、

チーム名も簡単に分かる仕様となっていた。

それを利用し、陽乃はそのチーム名を表示させた。

 

「セクシードね」

「セクシードって、まさかゼクシードさんのチーム?」

「多分そうだと思うけど、参加者名簿を表示させてみるわ」

 

 それでセクシードは、ゼクシードのチームだと確認された。

そして明日奈は、他には誰が参加しているのか何となく眺めていたが、

そこにいくつかの知っている名前を見付け、驚いた。

 

「えっ、これ……ねぇ雪乃、これって……」

「あら、コミケさんにトミーさん、そしてケモナーさんじゃない」

「知り合い?」

「うん、戦争の時一緒に戦った仲間だよ」

「そうなんだ」

 

 こういう事に慣れていない南に、明日奈はそう説明した。

その時ロザリアが、驚いた様子で突然こう言った。

 

「明日奈、こ、これ……」

「え?………えっ、ファイヤ?それってまさか……」

「どうやら敵の親玉が、身の程も知らずに参加してきたみたいね」

「でもチームメンバーが……獅子王リッチーにスネーク?

他の三人の名前も聞いた事があるかも」

「という事はこの動きは、彼の意思が働いている結果という可能性が高いわね」

「つまりセクシードとNarrow以外は全員結託した敵だという事なのかな?」

「そのようね、ある意味戦争の再現よ」

「八幡君、どうするんだろ……」

 

 明日奈は少し心配そうにそう呟いた。戦争の時と違い、今回八幡の傍にはレンしかいない。

誰も助ける事は出来ないのだ。

 

「多分最初にセクシードの救出に向かうのではないかしら、

Narrowは当面安全だと思うし」

「それが最初の山場になるね」

「そうね、まあゼクシードの奴も強いのだし、そう簡単にはやられないでしょう。

ここはとりあえずどうなるのか八幡君のお手並み拝見といこうではないか!」

「え?奴?いこうではないか?」

「雪乃ちゃん?」

「あっ……」

 

 そう声を掛けられ、雪乃はうっかり先生が混じった口調で喋ってしまった事に気が付いた。

そして雪乃は、南と陽乃にニコニコと笑顔を向けながら言った。

 

「南、姉さん、一体何を言っているの?」

「え?今うちの耳には確かに雪乃っぽくないセリフが聞こえた気が……」

「うん、確かに聞こえたわね」

 

 そう言う二人に、雪乃は笑顔を崩さないまま再びこう言った。

 

「南、姉さん、一体何を言っているの?デトックスしてあげましょうか?」

「ひっ」

「そ、そうね、気のせいだったみたい」

 

 その圧力を受け、二人はそれ以上突っ込む事をやめた。

そして五人は画面に目を戻した。そこでは状況を把握したセクシードの面々が、

しきりに何か動いているのが見てとれた。

 

「これは、迎え撃とうとしているの?」

「ううん、多分脱出の準備だと思う」

「そうなんだ」

「さすがにあの人数が相手だと、狙撃を交えないときついはずだからね」

「どうやら屋上に立てこもった風を装うみたいね、

それで突入してきた敵をやり過ごしてその隙に脱出するのかしら」

「あっ、コミケさんだ」

 

 その時画面が変わり、コミケ達が相談している姿が見えた。

陽乃と雪乃はその画面をじっと見つめ、何を喋っているのか知ろうとしているようだ。

 

「え?」

「お仕事?」

「どうしたの?」

「ええと……今日はコミケさん達は、どうやらお仕事でこの大会に参加しているみたいなの」

「えっ?でもコミケさん達の仕事って……」

「明日奈は知ってるのね、そう、あまり大きな声じゃ言えないけど、自衛隊よ」

「じ、自衛隊?」

「嘘、本職?」

「うん」

 

 五人は、自衛隊がGGOで仕事とは一体何の事だろうと考え、

しばらくして答えにたどり着いた。

 

「姉さん、これって……」

「多分GGOを、訓練の一環として使えないかどうか調べに来ているのではないかしらね」

「でもGGOは射撃のシステムが……」

「そうね、あれは訓練にはならないと思うけど、

でも同じようなシステムをうちで開発し、極限までリアルに近付ける事は可能ね、

薔薇、至急アルゴちゃんに連絡して、そういう事があるかもしれないって伝えといて」

「分かりました」

 

 そして薔薇はアルゴに連絡を入れ、直ぐに承諾を得た旨を陽乃に伝えた。

 

「さすがよねぇ、アルゴちゃんがいなかったらと思うと、正直ぞっとするわ」

「八幡君と私のおかげかな」

「そうね、本当にいい人材と知り合ってくれたと思うわ」

 

 そんな和やかな雰囲気もそこまでだった。

 

「ごっ……」

「合コン!?」

「あっ……」

 

 明日奈は二人がそう言うのを聞いて、内心焦っていた。

明日奈はその事を既に八幡に聞いていたが、その事は秘密だったからだ。

 

「まずい……」

「どういう事なの?明日奈はこの事を知っているの?」

「え、えっと……う、うん、多分名前からして、このブラックキャットって人が、

黒川さんっていう八幡君がお世話になった人なんだと思う」

「で、それを認めたの?どうして?」

「え、えっと……それは……」

 

 そして明日奈は、とても気まずそうにこう言った。

 

「わ、私も参加……するから……」

「何ですって!?」

「そうなの?」

「う、うん……」

「どうしてそんな事に?」

「それはえっと……」

 

 そして明日奈は、その理由を語り始めた。

 

「最初その話を聞いた時に私が思ったのは、私も行きたいな、だったの。

何故なら私、そういうのには縁が無かったから。

で、そんな私の気持ちに気付いてくれた八幡君が、

『そういえば俺達、そういうのには縁が無いよな、それなら明日奈も一緒に行くか?』

って言ってくれて、それで参加させてもらえる事になったの」

「そういう事……」

「ああ~、確かに明日奈は合コンとか行った事が無くて当然だよね」

「南はあるの?」

「うん、うちはあるよ。まあ今時の学生ならそれくらいはね」

「そうなんだ」

「薔薇さんは?」

「学生の時に普通にあるわよ、これでもそれなりにモテたんだからね」

「なるほど」

「私も当然あるわよ」

 

 そこで口を挟んできたのは陽乃だった。

 

「まあ楽しくはなかったけど、付き合いとしてそれなりにはね」

「姉さんは楽しくなかったの?」

 

 明日奈が不安そうにそう尋ねてきたのを見て、陽乃は言葉が足りなかったと思い、

笑顔で明日奈に言った。

 

「私はほら、事情が特殊だからね。あくまで付き合いで参加してただけだから、

正直嫌々だったし、私と二人きりになろうとする男を上手くあしらうのも面倒臭かったし、

そもそも興味が持てる男がまったくいなかったからね」

「そっかぁ……」

「まあ今回はそんな事は無いと思うし、仮に飲んで潰れたとしても、

帰りは八幡君もいて安心だし、友達を増やすつもりで楽しんでくるといいわ」

「うん、楽しんでくるね」

 

 そんな明日奈を、雪乃が羨ましそうに見つめていた。

 

「くっ……まさか明日奈に合コンデビューの先を越されるとは……」

「ご、ごめんね雪乃?今から予約を増やすのって無理らしくって……」

「まあ大丈夫よ、そもそも私がそういう所で楽しめるとも思えないものね」

「あ、あは……雪乃は確かにそうかもしれないね……」

 

 その時画面の中から爆発音がした。

 

「何?」

「あっ、見て、セクシードがいたビルが……」

 

 その直後に信号弾が上がり、陽乃と南以外の三人が、思わずあっと叫んだ。

 

「あ、お米信号!」

「何それ?」

「八幡君が、自分がここにいるって知らせる為の信号よ」

「ほら、お米って字は八方向に広がっているでしょう?」

「ああ~そういう」

 

 その後多少の窮地はあったが、SLとセクシードが無事合流した為、

一同はほっと胸をなでおろした。

 

「良かった良かった」

「これでとりあえずの窮地は脱したね」

「レンちゃん、あんなにかわいいのに強いなぁ……」

「あの耳がネコ耳だったら最高なのだけれど。絶対にお持ち帰りしてみせるわ」

「雪乃ちゃん、自重しなさい……」

「さて、ここからどうするかだけど……」

 

 その後、レンがシャナに抱き付いた時は、それほど波風は立たなかった。

 

「何か微笑ましいわね」

「まああの見た目だとね」

「私としては、あの大人しい香蓮さんがあんな態度をとるなんて、

凄く意外でびっくりしたよ」

「みんな心が広いんだねぇ、うちなんかやきもきしちゃうんだけど」

「そのうち慣れるわよ、南」

「慣れていいものなのかなぁ……」

 

 直後にレンが、おしりを押さえてもじもじした時も、

一同は寛容な態度でそれを見守っていた。

 

「初々しい、それにかわいい」

「まあでも今のは仕方ないわよね」

「あそこでレンちゃんを支えないような男なら、私達の中心にはなれないわ」

「だね!」

「でもちょっと羨ましい」

 

 だがその直後に、ユッコとハルカがよろけたようにシャナにすがりつき、

あまつさえシャナの手を自分達の胸やおしりに当てた時、その場はシンとなった。

 

「ゆっこ……遥……う、うちだってそういう事をしたいのに!」

「落ち着いて南ちゃん、欲望がだだ漏れよ」

「南、あの二人の家はもちろん知ってるよね?今から襲撃に行くよ!」

「明日奈ちゃんも落ち着いて、あの二人が八幡君の事を何とも思っていないのは、

明日奈ちゃんもよく知っているはずよ」

 

 明日奈と南が動揺する中、陽乃が冷静な口調でそう言った。

 

「な、何で姉さんはそんなに落ち着いているの?それに雪乃も!」

「会話の内容を知っているからよ」

「そうそうそういう事、あの二人が何でいきなりあんな行動に出たか、

何となく分かっちゃうんだなぁ」

「どういう事?」

「さっきゼクシード君がこう言ったの、この大会が終わったら三人でリアルに食事でもって。

だからそれをうやむやにする為に、あの二人はあんな態度に出たんだと思うわ」

「姉さんの言う通りよ、私もそう思うわ」

「ぐぬぬ……」

「気持ちが分かる分、それは微妙に怒りにくい内容だね……」

 

 だがその直後に、申し訳なさそうなシャナと二人が何か言葉を交わしたかと思うと、

突然二人が再び抱き付いた為、南は再びエキサイトしかけたが、

明日奈はここでは意外にも余裕を見せた。

 

「明日奈、二人があんな事を!」

「待って南、あれは私的にはセーフだよ」

「ええっ!?」

「今の八幡君の表情、あれは、自分が悪いと謝る時の表情なの。

でもさっきの状況で、八幡君が謝る余地なんかまったく無かったでしょ?

という事はつまり、あの二人は謝られる必要がない部分で謝られて、

八幡君をいさめるつもりであんな事をしたんだと思うの。

事実あの二人、八幡君に何か囁いて、直ぐに離れたじゃない?つまりそういう事なんだよ、

ね、そうでしょ?姉さん、雪乃」

 

 そう話を振られた二人は、明日奈に頷いた。

 

「八幡君はあの状況で、『俺なんかに胸を触られて、嫌だっただろ?』って謝ったの。

本当に彼らしいとは思うけど、その場にいたら、呆れるしかない言葉よね」

「だから二人は、『これはシャナさんへの罰なのです』って言いながら、

彼に抱きついたというのが真相のようね」

「ふふん、ほらね、私の言った通り」

 

 明日奈は鼻高々にそう言い、南は明日奈の洞察力に感心した。

 

「明日奈は凄いね、あの場面でそこまで観察出来るなんて」

「八幡君と付き合う上での必須技能だよ、たまに呆れるくらい、本当に素直じゃないもん」

「だね!」

「でも油断してなければ、さっきのは色々と避けられたと思うんだよね」

「えっ?」

 

 突然手の平を返した明日奈を、南は驚いた顔で見つめた。

 

「なので今度お仕置きを兼ねて、八幡君にお説教だね、

胸やおしりを触った事は事実なんだし、そういうのは私だけにしてもらわないと」

 

 明日奈は怒っている様子は無かったが、少し赤い顔でそう言った。

 

「えっと……ねぇ明日奈、もしかしてヤキモチを焼いてる?」

「ま、まさか、そ、そそそんな事ある訳無いじゃない」

「目が泳いでるわよ、明日奈」

「もう、明日奈ちゃんはかわいいなぁ」

「あ、見て、Narrowが動き出したわ」

 

 明日奈が三人にいじられていた時、それを笑顔で見ていた薔薇が突然そう言った。

画面の中では、今まさにNarrowがファイヤ軍の哨戒部隊に襲いかかるところだった。



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第481話 観戦者達 Side雪ノ下家 中盤戦

観戦者編が予定より伸びてしまったので、今日一日で終わらせようと思います、
なので18時にもう1話投稿しますので、ご注意下さい!


「ファイヤ軍の人達は、どうやらかなり油断してるみたいね」

「緩んでるよね、数が多いとやっぱりああなるのかなぁ」

「素人の私が見ても、だらだらしてるように見えるよ」

「『どうだ?各個撃破は出来そうか?』

『楽勝ですね、あいつら連携のれの字もありゃしませんよ』

『よし、俺とブラックキャットは狙撃ポイントに移動する、

そっちは付かず離れずの位置をキープしながら、その時に備えてくれ』

『了解、対象をアルファ、ブラボー、チャーリーと設定、情報共有に入ります』だそうよ」

「うわぁ、さすが本格的ぃ」

「さて、お手並み拝見だね」

「どうやら中距離狙撃から開始するみたいね」

 

 そして五人が見守る中、Narrowは敵に襲いかかった。

 

「うわ」

「あのクリンって子、女の子だよね……」

「勇猛ね」

「あらまああっさりと……」

「やっぱり銃での戦いは、ALOとは違って決着が早いわね」

「あ、罠を仕掛けるみたい」

 

 そしてその罠にかかったもう一チームが壊滅し、Narrowは素早く撤収していった。

 

「引き時も見事の一言に尽きるわね」

「この人達が敵じゃなくて良かったね」

「でもまだ味方とは言えないのではないかしら」

「あ、スキャンの時間だね」

 

 そして表示されたマップには、ぽっかりと抜けているものがあった。

 

「あれ……SLとセクシードがいない?」

「ああ~、これ、前にキリト君が言ってた奴だ、

水の中とかにいたら、スキャンが通用しなくなるって奴」

「これで八幡君は、一時的に自由に動けるようになったわね」

「あ、でも、って事は……」

 

 その明日奈の視線の先には、Narrowを示す光点があった。

その言葉通り、ファイヤ軍が北のNarrow目がけて移動を始めた。

 

「やっぱり……」

「当然そうなるわよね」

「八幡君、どうするのかな……」

「Narrowには悪いけど、囮になってもらって、

その間に敵を片っ端から殲滅しにかかると思うわ」

 

 薔薇がそう言い、四人もそれに頷いた。

 

「Narrowは森林地帯に移動したわね」

「見て、建物があるよ」

「あそこに篭って迎え撃つつもりなのかしら」

「あ、また罠を設置してる」

「「「「「あ」」」」」

 

 五人はそう言って、ぽかんと画面を見つめた。

画面の中ではクリンが罠を設置しており、その背後に白旗を持ったスネークが、

いきなり姿を現した為だ。

 

「クリン、後ろ後ろ!」

「クリン、後ろ後ろ!」

「しむら、後ろ後ろ!」

「クリン、後ろ後ろ!」

「クリン、後ろ後ろ!」

 

 五人は異口同音?にそう言い、はたと止まってお互い顔を見合わせた。

 

「今何か、おかしな言葉が混ざっていなかった?」

 

 雪乃がそう言い、

 

「うん、確かに別の言葉が聞こえた」

 

 南がそれを受けてそう言った。

 

「この中に一人、昭和の女がいるわね」

 

 陽乃が面白そうな顔でそう言い、

 

「で、でもそれだと、三十代って事になっちゃうけど、今ここにいる全員二十代だよ?」

 

 明日奈がそれに対して疑問を投げかけた。

 

「誰よ、しむらなんて言ったのは!」

 

 そして最後に薔薇がそう言い、残りの四人はじっと薔薇を見つめた。

 

「な、何?」

「薔薇ちゃん、今の状況で、よくしむらって単語をハッキリと聞き取れたわね」

「あっ……」

「犯人はお前か!」

 

 陽乃はそう言いながら、いきなり薔薇の胸を揉んだ。

それで決着がついたと思ったのか、残りの三人は、

百合百合しい陽乃と薔薇をそのまま放置し、再び画面へと視線を戻した。

 

「スネークとコミケさん、どうやら知り合いだったみたいね」

 

 雪乃がそう言い、陽乃がそれに興味を引かれたのか、顔を上げた。

 

「『おう伊丹、ちゃんと仕事してるみたいじゃねえか』

そう、コミケさんの本名は、伊丹って言うのね」

「そんな事まで言ってるんだ」

「って事は、あのスネークって人も自衛隊の人?」

「そうね、でもそれにしてはちょっと言い方がおかしいわね、まるで上司が部下に……」

 

 そう言いかけ、雪乃はハッとした顔で陽乃を見た。

陽乃はそれに頷き、薔薇を放置して画面に見入った。

 

「『あ~……あの、スネークさんは、もしかして閣下ですか?』」

「閣下ですって?」

「何それ?」

「しっ」

 

 陽乃にそう言われ、明日奈と南は押し黙った。

そしてその会話が通訳される度、一同は顔を青くしていった。

 

「国会とか言ってるんだけど……」

「オリンピックの元日本代表で政治家?」

「嘉納太郎防衛大臣………通称閣下」

 

 最後に陽乃がそう呟き、一同はゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「これは大物の名前が出てきたわね」

「確かBoBの時、クルスに倒されたんだよね」

「まさかそんなえらい人だったなんて……」

 

 そんな話をしている間に、どうやら敵が攻めてきたようだ。

爆発音が何度か聞こえ、それでも唇の動きを読んでいた陽乃と雪乃が、

驚いた様子で顔を見合わせた。

 

「ちょ、ちょっと姉さん、今閣下が、凄く場違いな言葉を口にした気がしたのだけれど……」

「間違いないわよ雪乃ちゃん、私もハッキリ見たから」

「何?どうしたの?」

「これは言っていいのかしら……」

「いいんじゃない?もし他人に言っても、信じてもらえない類の話だけど」

「そうね……彼が言うには、八幡君に国民栄誉賞を与えようという動きが一時あったようよ」

 

 そう言われた残りの三人は、こいつ何言ってるの?という視線を雪乃に向けた。

 

「え………」

「こ、国……?え?え?」

「でも、さすがにあの事件の内幕を全て公にする事は、

余計な個人情報を開示する事になってしまうから、取りやめになったらしいわ」

 

 あの事件、という言葉を聞いた三人は、

それが冗談でも何もなく、真実なのだとこの時理解した。

 

「えっ、えっ?本当に?」

「嘘……まさかそんな……」

「でも確かに、八幡君と和人君は、数千人単位の人間を救ってるもんね……」

「それは明日奈もでしょ?」

「私はほら、ALOの時は捕まってただけだから」

「ちなみにどうやらメディキュボイドの事も加味されているようね、

『今後も別方面で多くの人の命を救うだろう』って言われてるわ」

「うわ、そこまで知ってるんだ、さすがというか……」

「あっ……」

 

 そこで雪乃が驚いたような声を上げ、陽乃は慌てて薔薇にこう言った。

 

「薔薇ちゃん、さっきの話、前倒しで進めるようにアルゴちゃんに伝えて」

「ど、どうしたんですか?」

「閣下が八幡君を呼び出す事を決めたらしいの、話がしたいんだって。

そこで今回の『お仕事』についての話が出る可能性はかなり高いわ」

「分かりました、すぐ連絡します」

 

 こうして一瞬慌しくなった後、雪乃がさらっとこう言った。

 

「あら、このクリンって子も、例の合コンに参加するみたいね」

「そうなんだ!そっかぁ、どんな人なんだろ」

「楽しみが増えたわね」

「うん!」

 

 そこに薔薇も戻ってきて、陽乃にこう言った。

 

「オーケーだそうです、ダル君を呼び出してしばらくこき使うとかなんとか」

「ダル君も、すっかりアルゴちゃんに使われちゃってるわねぇ」

「まあ本人は喜んでいるみたいだからいいんじゃないでしょうか、

この前も部長に向かって、とても嬉しそうに、イエス、マム!って言ってましたし」

「アルゴさん、ダル君の事を本当に上手く操縦してるね……」

「このままだと、コミケが終わるまでくらいはずっと拘束する事になりそうね」

 

 ちなみにこの流れでコミケのソレイユブースにも参加する事になったダルは、

そこでソレイユのバイトとしてコスプレをしていたとある女性と、

運命的な出会いを果たす事になる。

 

「あっ、見て、八幡君が狙撃体制をとってる」

「ついに始まるのね」

「でも左右の肌色の物体は何なんだろ、

八幡君も、ちょっとそっちを気にしてるみたいだけど」

 

 そして画面が引き、その物体が何なのかを、五人は理解した。

 

「あ、これ、二人の足だったんだ」

「防御体制……なのかしら、まあそれは分かるんだけど」

「でもあいつ、あまり気にしてなくない?」

「ううん南、一見そう見えるかもだけど、八幡君、随分気にしてるよ」

「そうなんだ、私には分からないけど……」

 

 そんな二人に、薔薇がこう言った。

 

「これはもう有罪でいいんじゃないかしら」

「そうね、それでいいと思うわ」

 

 雪乃もそれに同意し、明日奈はそれを受け、頷いた。

 

「そうだね、これで前科二犯か……これはいじりがいがありそう」

 

 八幡の運命は、どうやらこの時点で既に決まっていたようだ。

 

「うぅ、うちには何も無いのに、何であの二人ばっか……」

「その分今度、八幡君に言う事をを聞かせればいいんじゃないかな」

「うん、そうしてみる」

「南も言うようになったわね」

「そうじゃないと、あいつの秘書はやってられないと思うので」

「まあそうね」

 

 そして戦闘が始まり、画面の中のシャナは、森の中へどんどん銃弾を送り込んでいった。

 

「………どうしてあんな狭い木の間に弾を通せるの?」

「それは八幡君だからとしか……あ、でも多分シノのんにも出来るのかも」

「二人とも化け物ね……」

「あ、場面が変わった、そして銃弾が奥から飛んでくる……」

「ちょっと怖いわねこれ、森の中からいきなり即死級の弾が飛んでくるとか」

「八幡君に敵対するというのはこういう事なのね」

 

 そしてついに獅子王リッチーが、ファイヤの手を引いて逃げ出し、

森の中のファイヤ軍は壊滅する事となった。

 

「内と外で、ほぼ全滅させたわね」

「ゼクシード君もレンちゃんも、楽だったでしょうね」

「もぐら叩きみたいなものだったしね」

「あれ、でもほらここ、一人プレイヤーが生き残ってない?」

「あら本当、よく見つけたわね明日奈」

「うん、自分でもそう思う」

「でもこれって危なくない?」

「もしこのプレイヤーが仕掛けてきたら、一人くらいはやられちゃうかもね」

 

 その心配は的中する事になる。SLとセクシードが敵の殲滅具合を確認する為に分かれ、

レンが連絡役として派遣された時、それは起こった。

 

「あっ、ここ、狙ってる!レンちゃんが危ない!」

「誰か、レンちゃんを守って!」

「あっ」

 

 その声が聞こえた訳ではないだろうが、ゼクシードがレンを庇い、そのまま死体となった。

彼をよく知る雪乃が絶句していた為、その死ぬ直前の言葉を陽乃が三人に伝えた。

 

「『レンちゃん、五チームが多分奥の建物に侵攻中、可能なら倒した方がいい。

あと、俺はここまでだけど、お前は絶対にレンちゃんを勝たせろと、シャナに伝えて』

『頑張れ』だそうよ」

「ゼクシードさん……」

「ゼクシードが最後に男を見せたわね」

「ちょっと格好良かったかも」

「いつもの彼は、どちらかというとギャグ担当だったはずなのに、変われば変わるものね」

「あっ、見て、レンちゃんが!」

 

 画面の中ではレンが雄叫びを上げ、そのプレイヤーに突っ込んでいく所だった。

レンはそのプレイヤーの股下をくぐり、いつの間にか背中に差していた短剣を抜き、

そのプレイヤーの太ももを斬り裂いていた。

 

「速っ」

「よく見えなかった……」

「レンちゃん、やっぱり凄い……」

「あら、このプレイヤーは確か……クラレンス、だったかしら」

「ああ~、確か戦争後にこの木なんの木の拠点防衛戦にいた人だ」

「今回は敵に付いたみたいね」

「あ、見て、八幡君が動くよ」

 

 ゼクシードにお別れを言い、その死体にハッキリと勝利を宣言したシャナは、

その遺言ともいえる言葉を実行に移し、Narrowと連携して、敵を殲滅した。




観戦者編が予定より伸びてしまったので、今日一日で終わらせようと思います、
なので18時にもう1話投稿しますので、ご注意下さい!


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第482話 観戦者達 Side雪ノ下家 終盤戦

本日は12時に先に1話投稿されています、ご注意下さい!


「随分あっさりと合流出来たものね」

「まあGGOだと、先手さえ取れれば一方的な展開になったりするからね」

「あ、二人とも凄く嬉しそう」

「あの二人、気が合いそうだものね」

 

 シャナとコミケが手を握り、再会を喜びあっているのが手にとるように分かり、

五人はほっこりとした。

 

「そういえば、八幡君にはお兄さん的ポジションの人がいないわよね」

「コミケさんがそうなってくれればいいのだけれど」

「それならこの私が男装をして……」

 

 突然そう言い出した陽乃に、雪乃は冷たい目を向けながら言った。

具体的にはその陽乃の胸に。

 

「そうね、手始めにまずはその重しをもぐところから始めましょうか」

「ちょ、ちょっと雪乃ちゃん、顔が本気に見えるんだけど……」

「私はいつでも本気よ、姉妹なのだから分かるでしょう?」

「ひいっ……」

 

 そんな陽乃を助けようとした訳ではないだろうが、明日奈が雪乃にこう言った。

 

「あ、見て、閣下が八幡君に何か話してる」

「さっき言ってた呼び出しかしらね」

「どうやら八幡君も、何かを感じ取ったのか、素直に頷いているようね」

「いつくらいになるんですかね」

「嘉納さんはせっかちな人だと聞いているから、

もしかしたら明日とかにいきなり……いや、この大会の直後にオファーがくる可能性も……」

 

 そしてスネークがログアウトした数分後、陽乃の携帯が着信を告げた。

 

「あれ、お母さんからだ」

 

 そして陽乃は電話に出ると、開口一番にこう言った。

 

「お母さんどうしたの?ちなみに雪乃ちゃんと明日奈ちゃんなら、

今私の隣で寝ているわよ、もちろん全裸で」

「なっ……」

「ごほっ、ごほっ……」

 

 雪乃はその言葉に目を剥き、明日奈は丁度飲み物を口に運んでいたところだったので、

それを噴き出すまいと堪えた為、むせてしまった。

 

「え、私も混ぜろ?娘達と裸の付き合いがしたい?

そんな事したら、私が八幡君に殺されちゃうから却下。って、八幡君も呼べばいい?

それなら丸く収まる?いやそれは魅力的な提案だけど、

ここには今、薔薇と南ちゃんもいるからね?え?一緒でいい?

う~ん、まあそういう事ならみんなで一斉に彼に愛されるのもアリかもだけど……」

「だ、駄目ぇ!」

 

 焦った明日奈が陽乃に詰め寄り、陽乃は明日奈の頭を撫でながら言った。

 

「明日奈ちゃん、冗談、冗談だってば、で、お母さん、本題は?

ふむふむ、ああ、もう動いたんだ……本当にせっかちな人だなぁ、

分かった、大会が終わり次第八幡君に伝えて、

そのまま予定を組む事にするから、先方にはそう伝えといて」

 

 そう言って陽乃は電話を切った。

 

「姉さん、今のはやっぱり……?」

「うん、うちのお母さんは閣下と知り合いだったみたいで、

明日八幡君に会わせてもらえないかって、うちのお母さんに直接連絡してきたって」

「凄まじい行動力ね……」

「自由な人ですね……とりあえず部長に連絡を入れておきます、

プランだけでも提示出来ればいいと思うので」

「まあその話も前進したって事で、今はとりあえず大会を楽しみましょう」

 

 丁度その時画面の中では、ブラックキャットがシャナに話しかけている最中だった。

 

「『美人な方が私よ』」

「うわ、ちょっと姉さん、ここに姉さんと同じ性格の人がいるわよ」

「ちょっと雪乃ちゃん、それどういう意味?私は全然そんな性格じゃないわよ、ねぇ?」

 

 そう同意を求められた他の三人は、気まずそうに陽乃から目を背けた。

 

「あ、あれ?ねぇちょっと、私ってそんなに厚かましくないよね?」

「姉さんは本当に、いつも綺麗だよね、スタイルもいいし」

「ボス、私はボスの魅力をちゃんと分かってますから」

「社長は凄く気が強くて、そういう所、うち、憧れます!」

「三人とも、否定も肯定もしないのね………」

「当たり前じゃない、姉さんは自分の胸に手を当てて、

今までの自分の行いについて、よく考えるべきね」

「うん、聖人君子のような女性が見えるわ、あと胸が大きい」

「………………本当にもぐわよ」

「冗談、冗談だってば、痛い、痛いから、ごめんなさい!」

「もう…………」

 

 そしてシャナがブラックキャットに何か言い、ブラックキャットは満面の笑みを浮かべた。

 

「『正解よ、やっぱり私の方が美人だと思ってくれているのね』」

「うわ、ぐいぐい来るなぁ……」

「まあでも女ってそういうものだよね?ね?」

「姉さん、いい加減に諦めなさい」

 

 そしてあれよあれよという間に、シャナとクリンが対峙し、五人は呆気にとられた。

 

「この男、何をのんびりと相手をしているのかしら」

「優勝を譲るからって条件に乗ったのかな?」

「八幡君らしくない気もするけどね、今回は絶対に負けられないからかな?」

 

 だがその疑問は、次のシャナの一言で解消された。

 

「『本職相手にあまり自信は無いが、サトライザーの実力がどの程度か、

いい比較になるだろうし、まあ楽しんでくるわ』」ですってよ。

「ああ~、サトライザー!」

「確かに同じ軍人が相手だと過程すると、参考になるかもしれないわね」

「八幡君、やっぱりあの負けが相当悔しかったんだね……」

「まあそういう事なら興味があるわ、ここはじっくりと見せてもらいましょう」

「ねぇ、サトライザーって何?」

 

 南にそう問われ、明日奈は南に解説を始めた。

 

「そんな人がいたんだ」

「確かにサトライザーの強さは異常だったんだよね、

この戦いで、八幡君が何か掴んでくれればいいんだけど」

「あ、始まるみたい」

 

 そしてシャナとクリンの戦いが始まった。

 

「カウンター狙い?」

「受け流そうとしただけかしらね」

「でも動かないね、重心がしっかりしてるのかな」

「っと、アッパー?」

「まあ八幡君なら避けるよね」

「って、ここでタックル?」

「さっきとは別の意味でぐいぐいくるなぁ」

「でもあいつがこんなに簡単に倒されるなんて、初めて見たかもしれないわ」

「クリンって人、技の繋ぎが上手いなぁ……」

「まだ続いてるわよ」

 

 その言葉通り、クリンの体を足で締め付けたまま、

そのままの勢いで後方に転がったシャナは、

逆にクリンに対してマウントポジションをとった。

 

「上手い!」

「でもまだ相手は銃を持ったままよ」

「銃を手放させる為に、揉みまくる手もあるわね」

「姉さん、八幡君がそんな事する訳ないでしょ!」

「あっ、銃で殴ってきた」

「さすがに一旦離れたわね」

「これで振り出しか……」

「『ふう、さすがにやるわね』『お褒めに預かり光栄です』

『ふうん、紳士なのね、それなのにあんなに荒々しく私を押し倒したりして、

うん、悪くない、むしろそういうのは大好物ね』

『風評被害が広がるからやめて下さいよ』だそうよ」

「クリンさんって肉食系……?」

「まあ見るからにそうよね……って、武器を投げた?」

「違うわ、凄い速さの突きね」

「でも八幡君には通じない」

 

 シャナはその突きにも対応し、見事なカウンターを放っていた。

クリンの手は今は自由に動かす事は出来ない。

だがクリンは、辛うじて動く足を思い切り振りぬき、

落下中の銃をシャナ目がけて蹴りつけた。

 

「うわ、凄い事するなぁ……」

「って、何でそこで八幡君に抱き付くの!?」

 

 明日奈は思わずそう絶叫した。

 

「むしろ他に選択肢が無かったようにも見えたわね」

「でも、でも……」

「よく見なさい明日奈、二人とも凄く真剣よ」

「まあ力は八幡君の方が上だろうし、すぐに拘束を力ずくで外すのではないかしら」

 

 その雪乃の予想は見事に外れた。シャナは力をこめては緩めるのを繰り返し、

その表情は困っているように見えた。

 

「どうしたんだろ」

「何か困ってない?」

「ま、まさか八幡君、クリンさんの胸の感触を楽しんでいるとか!?」

「もしそうだったら、生きているのが辛いような目にあわせてあげるのだけれど」

「雪乃、どっちを!?」

「そんなの決まってるじゃない、うふ、うふふふふ」

「姉さん、雪乃を止めて!」

「こうなった雪乃ちゃんはもう止まらないわよ」

「そ、そんなぁ……」

 

 そう焦る明日奈を、八幡相手に胸を押し当てた経験が豊富で、

こういう時の状況を的確に判断出来る薔薇がいさめた。

もちろんそんな事は口には出せないのだが。

 

「落ち着いて、多分あれは、下手に動くと余計に胸を押し付けられる結果になるから、

外すに外せないんだと思うわ」

「そ、そっか、さっすが紳士!」

「でもどうするのかしら、そうなるとずっとこのままという事になるわよ?」

「八幡君ならきっとなんとかしてくれるよ!」

「あっ、見て!」

 

 その時突然シャナの体が沈みこみ、クリンの胸に顔を埋めながら、

シャナは脱出に成功した。直後にシャナがクリンの太ももを抱え込み、

ぐるぐると回り始めた。いわゆるジャイアントスイングである。

これにより、目を回したクリンはそこでぐったりしたが、

そんなクリンを強引にお姫様抱っこしたシャナは、そのままクリンを下に下ろした。

それを見た五人は、皆押し黙ったままだった。

そして雪乃がぷるぷる振るえながら明日奈に話しかけた。

 

「…………ねぇ明日奈」

「うん………」

「あの男、仕方ないとはいえとんでもない事をしでかしたように見えたのだけれど」

「胸に顔を埋めてから太ももをまさぐり、最後はお姫様抱っこだったね」

 

 無表情でそう言う二人に危機感を覚えたのか、

八幡に対して一番忠誠心が高い薔薇が、慌てて八幡のフォローに回った。

 

「まあほら、胸に顔を埋めたのは、その一瞬で済めば多少ましって考えで、

足を持ったのは多分、ガチの格闘だと不利かもって考えたかもだし、

最後のお姫様抱っこは、目を回した相手の体を心配して、

乱暴に持ちあげるのを避けたんじゃないかしらね?」

「まあ理屈はそういう事なんだろうけど」

「納得出来ない部分もかなりあるわね」

「そ、それは……」

 

 薔薇は困り果て、少しでも八幡の傷が少なくなるように、逆に自分からこう言った。

 

「そ、それじゃあ前科三犯という事で、ここは一つ……」

「野球ならスリーアウトね」

「まあいいや、後でちゃんとお話しすればいいだけだよね」

「納得のいく説明を期待しておきましょうか」

「で、でも良かった事もあるよね?」

 

 ここで同じく危機感を覚えた南が、慌ててそう言った。

 

「南、どのあたりが?」

「ク、クリンさんがスカートじゃなかったから、被害は少なかったんじゃないかな!」

 

 その言葉に明日奈と雪乃は思わず噴き出した。

 

「南、そっち!?」

「あはははは、確かにそうだね、もしクリンさんがスカートだったら……」

 

 そして二人は再び真顔になって言った。

 

「もぐのは確定だったよ」

「もぐのが確定だったわね」

「ひ、ひぃ………」

 

 そして大会は、次なる山場を迎える事になる。

 

「さて、いよいよファイヤ軍の討伐ね」

「敵はマシンガンやら機関銃やら、拠点防衛向きの装備を持つ人が残ってるけど……」

「どうやらあの拠点っぽい場所に立てこもるみたいね」

「ファイヤって人、三角座りしちゃってるよ……」

「現実逃避かしら、情けない男ね」

 

 そしてシャナがアハトXを取り出すのを見て、一同は何をするつもりなのか薄々察した。

 

「あ、どうやらキリト君戦法をとるつもりみたい」

「『はぁ、ここにあいつがいれば、最高の弾除けにしてやるんだが』だそうよ」

「ああはははは、確かにそれが出来れば楽そうだね」

「アハトXをぐるぐるして敵の弾を防ぐつもりなのかしら」

「漏れが無ければいいんだけど……」

「それも想定して、自分が死んだら盾にしろって言ってるわよ」

「うわ、それも込みなんだ」

「でも他に手が無い訳じゃないわよね?まあ八幡君には実行出来ないと思うけど」

 

 陽乃がそう言い、他の四人は首を傾げた。

 

「八幡君には実行出来ない事?」

「ええそうよ、彼は、女性を犠牲にして盾にする事なんか出来ないものね」

「ああ~!」

「そっか、その手が……」

 

 一同は納得し、南は友達付き合いしていた二人の性格を考えながら言った。

 

「ゆっこと遥が自主的にそれをやるとは思えないしね」

 

 一同はそれに頷き、相手を持ち上げあっている画面の中の四人を見ながら言った。

 

「今は二人が、八幡君に人の運び方を聞いてるのかな?」

「何というか、はたから見ていると間抜けな光景ね」

「でも脇の下に手を入れて持ち上げるとか、厳しくないかしら」

「あ、同じ事を考えたのかな、ハルカさんが別の持ち方をアピールしてるね」

「八幡君が何か言ってるけど……」

「どうやら手を女の子の股の間に潜らせるのがNGだと言っているようね」

「さすが紳士?」

「疑問系なのね……」

「ぷっ……」

 

 その時陽乃が突然噴き出し、通訳を始めた。

 

「『あ、あんた、いつもあんなに女の子に囲まれてるのに、意外とピュアピュアなのね……』

『てっきり毎日とっかえひっかえやりまくりだと思ってたのに……』

『んな訳あるか!』だってさ」

「ああ~、まあそう見えても仕方ないよね」

「女の子三人が何か話してるけど……」

「口元が見えないわね、残念」

「でもレンちゃんが顔を赤くしてる、かわいい……」

「あれ、今ゆっこと遥が目配せした?まさか裏切るつもりじゃ……」

「って、えええええ?」

「何で抱き付くの?」

 

 あまりの展開の早さについていけなかった五人は、

次の瞬間にハルカがユッコの頭を撃ちぬいたのを見て、度肝をぬかれた。

 

「なっ………」

「ま、まさかこれって……」

「嘘、まさかのまさか?あの二人が自主的にさっき言ってた事を実行するなんて……」

「でも事実ね、目の前でこれだけの覚悟を見せられたら、さすがに怒るに怒れないよ……」

「そうね、あの二人、やるじゃない」

「ゆっこ、遥、裏切るつもりなのかって疑ったりしてごめん……」

 

 その直後に、ハルカが食事を奢ってもらうと言い出したのを聞いて、

五人は微妙な雰囲気になった。

 

「ご飯目当て……?」

「どうだろう、案外そっちは照れ隠しかもしれないし」

「何ともいえないね」

「でも彼女達の決意は評価に値するよね」

 

 その直後にハルカがレンに説明したシャナメソッドの話を聞いた五人は、

もう直前の出来事についてはどうでもよくなり、おお、と手を叩いた。

 

「そんな手が……」

「確かのあの男には有効かもしれないわね」

「恩を押し売りする方法か……その発想は無かったね」

「八幡君の事を異性としてあまり意識していないが故の発想なのでしょうし、

私達には思いつかなくて当然だと思うわ」

「でもこれは………使える!」

 

 五人はそう頷き合った。今後の八幡の財布の中身が心配である。

 

「さて、いよいよかな」

「もうさっさと片付けちゃって!」

「しかしシュールな光景よね……」

「今頃GGO内の中継を見てる人達は、大騒ぎだろうね」

「まあもう勝負はあったわね」

 

 その言葉通り、ファイヤ軍はあっさりと殲滅され、残るはNarrowのみとなった。

 

「まさか遥まで……うち、本当にあの二人に謝らないといけないな」

「いい友情を保てるといいわね、南ちゃん」

「はい!」

「しかし最後まで往生際が悪い男だったわね」

「まあこれで、レンちゃんの安全は確保されたのかな?」

「一応Narrowと決着はつけるのではないかしら」

「そっか、それじゃあこっちが本番って事になるのかな」

「本職相手にあの二人はどう戦うのかしらね」

「ん?旅行バッグ?」

 

 レンが旅行バッグを取り出したのを見て、一同は何をするつもりなのか、

興味津々に観察していた。

 

「あれに爆弾を詰めても起爆出来ないよね?」

「手榴弾を詰めて狙撃すればあるいは……でもそこまで細かく設定してあるのか謎ね」

「不発弾とかも無いしねぇ」

「銃の異常は検知されるみたいだけどね」

「まあ元から故障があるのだから、それは妥当ではないかしら」

 

 そうわいわい話している五人の目の前で、レンはするっと旅行カバンの中に入った。

 

「って、えええええええええええ?」

「嘘……物理法則を無視しちゃってない?」

「レンちゃんって、体柔らか……」

「あ、それは多分、八幡君の教育のせいかも、ゲーム内だと体が固いのはうんぬんっていう」

「これは相手にバレなければ勝ち、バレたら負けという賭けになりそうね」

「レンちゃんの力、本職の人達に通用するかな?」

「するでしょ、銃での戦いは、奇襲が決まればほぼ勝ちだもの」

 

 そして五人が見守る中、シャナとレンは賭けに勝ち、見事優勝する事が出来た。

 

「やった!」

「レンちゃん凄い!」

「八幡君とのコンビも完璧だったね」

「これは明日奈ちゃんもうかうかしていられないわね」

「や、やっぱりそうかな?」

「まあ八幡君が浮気するとは思えないけどね」

「八幡君といえば、お仕置きもしくは何を要求するのかは、考えておかないとだ」

「あまり無理なお願いをしちゃ駄目よ、明日奈」

「うん、まあ今回はレンちゃんの為に頑張ったんだし、ほどほどにしておくよ」

「それじゃ、乾杯!」

「「「「乾杯!」」」」

 

 五人は祝杯をあげながら、二人の優勝と香蓮の無事を祝った。

こうして第一回スクワッド・ジャムは終わり、

レンの名前が有名になるのと同時に、こうした公式の大会で、

最強と言われながら未だに無冠だったシャナが、ついにその栄誉を手に入れる事となった。




本日は12時に先に1話投稿されています、ご注意下さい!


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第483話 大会を終えた仲間達

 無事優勝を果たしたシャナとレンは、控え室で勝利を喜んでいる最中だった。

 

「やったねシャナ!」

「レンも凄かったぞ、もう闇風を超えたんじゃないか?」

「そんな、私なんかまだまだだから!」

「そうか?少なくとも高速で動きながらの反応の早さは、闇風以上だと思うぞ」

「そうかなぁ、必死にやってるだけなんだけど」

「まあ闇風を超えるくらいの意気込みが無いと駄目だと思うしな、

俺もまだまだ教えないといけない事もあるし、これからも頑張ろうな」

「うん!」

 

 シャナは、レンが教えた事をどんどん吸収していくのを見て、

教師として目覚めてしまったようだ。

闇風も同じ事を感じており、これからレンはどんどん強くなっていくであろう。

そんな時、シャナのウィンドウにメッセージの着信が告げられた。

 

「ん……これは外部からだな、って、はぁ?おいおいまじかよ……」

「どうしたの?」

「スネークから呼び出しをくらったわ……」

「どういう事?実はリアル知り合いだったとか?」

「いや、あの人はコミケさん達の上司っぽかったから、

多分それなりの地位にある人なんだろうなとは思ってたんだが、

予想以上に大物だったらしくてな……さっき落ちる時に、

今度呼び出すから宜しくって言われて、一応覚悟はしてたんだが、

どうやら俺にはまだ覚悟が足りなかったみたいだ」

 

 そう大げさな事を言うシャナに、レンは首を傾げた。

そもそもシャナに呼び出しをかけられるというのがおかしい。

例え自衛隊の上の役職の人でも、そんな権限は無いはずだ。

 

「呼び出しって、強制?」

「いや、要請だが、これは断る訳にはいかないんだよな」

「そうなの?スネークさんって何者?」

「…………そうだな、なぁレン、嘉納太郎って知ってるか?」

 

 その質問に、レンは当然のようにこう答えた。

 

「防衛大臣の人だよね?ってまさか、ええええええええええ?」

 

 答えた後で、どうやらレンは、その質問の意味に気が付いたようだ。

 

「おう、そのまさかだ、本人だったそうだ」

「そ、そうなの?さっきシャナってば、『お、お前、喋れたのか……』

とか失礼な事を言ってなかった!?」

「だな……ついでに言うと、前回のBoBであの人を倒したのは、うちのマックスだな」

「そうなんだ、大丈夫なの?まさかお礼参りとか?」

「いや、あの人はそんな人じゃないと思う。まあ話の内容は想像がつくから大丈夫だ」

「それならいいんだけど……」

「まあこの話は大丈夫だ、そんな訳で、ユッコ達に連絡をとって、お礼を言いにいくか」

「あ、そうだね、うん、行こう!」

 

 そして二人はユッコに連絡をし、

フードをかぶってゼクシード達が使っている控え室へと移動し、

コンコンコンとノックをした。

ちなみに何故ユッコに連絡をとったのかというと、

シャナはゼクシードとはまだ、フレンド登録をしていないからだった。

 

「どうぞ」

 

 そう返事があり、二人は素早く中に入った。

そこには微妙に疲れた顔をしたゼクシードと、元気そうなユッコとハルカがいた。

 

「やぁシャナ、レンちゃん、優勝おめでとう」

「ゼクシード……今回は本当に助けられた、ありがとうな」

「ゼクシードさん、ありがとう!」

「君にお礼を言われる筋合いはないよ、僕はあくまでレンちゃんを助けたんだからね」

「……だな」

 

 ゼクシードが少し照れたような様子を見せていた為、シャナはただそう返事をした。

 

「で、ファイヤの事は解決したのかい?」

「ああ、ユッコとハルカのおかげでな」

「そうか……レンちゃんの為に役にたてたなら、本当に良かったよ。

だが次は本気でやるから、覚悟しておくといいよ」

「だな、そのうちまた勝負だ」

「まあ次も負けたらその次、そこでも負けたらその次って、延々と続くんだけどね」

「お前も本当に負けず嫌いなんだな……」

「もちろんさ、闇風ともまた戦うつもりだしね」

「そうか、まあこれからも宜しくな」

 

 二人がそう話している横で、レンもまた、ユッコとハルカと仲良く話していた。

 

「ユッコさん、ハルカさん、今日は本当にありがとうございました!」

「いいのよレンちゃん、凄く楽しかったし」

「そうそう、それに何ていうか、うちらこういう大会で活躍出来たのって初めてだから、

凄く満足してるっていうか、達成感があるよ」

「まあ表舞台に出た最初の大会で優勝しちゃうレンちゃんほどじゃないけどね」

「わ、私なんか、シャナがいなかったらとてもとても……」

「そんな事無いわよ、レンちゃんは強かった、ね?ゼクシードさん」

 

 ハルカにそう話を振られたゼクシードは、レンの顔を見てうんうんと頷いた。

 

「そうだね、少なくとも闇風相手でもいい戦いが出来ると思えるくらい、

今回のレンちゃんはいい動きをしていたと思うよ」

「本当ですか?嬉しいです!」

「これからステータスやスキルを鍛えていけば、

いずれシャナすら倒せるようになるかもしれないね」

 

 そうかなり本気で言うゼクシードに対し、レンはもじもじしながら言った。

 

「いや、それはどうですかね、だって私、シャナを傷つける事なんか出来そうにないし……」

 

 そんなレンを、ユッコとハルカがいきなり抱きしめた。

 

「うわ、レンちゃんかわいい!」

「だよねだよね、やっぱり愛する人は傷つけられないよね!」

「ひ、ひゃっ!?べ、べべべ別に私はそんなつもりじゃ……」

「いいっていいって、ああもう、お持ち帰りしたい!」

「うんうん、レンちゃんは本当にかわいいなぁ」

 

 一方シャナは、微妙に疲れた表情をしているゼクシードの事を気にしていた。

 

「なぁゼクシード、どこか調子でも悪いのか?微妙にだるそうに見えるが」

「ん?ああ、実はブランクの影響があるのか、

まあ本来は、体調がVRにそこまで影響するとは思えないんだけど、

でもまだちょっと疲れやすい気がするんだよね」

「精神的な疲れがまだ残ってるのかもしれないな、

遠慮しないで落ちて、ゆっくり休んでくれよ」

「そうだね、表彰式はユッコとハルカに任せて、僕は先に落ちるとするよ、

ユッコ、ハルカ、後は任せてもいいかな?」

「別にいいですよゼクシードさん、体を大事にしてください」

「ですです、優勝したならともかく、三位の表彰くらいは私達が立派にこなしてみせます」

「そうか、それじゃあ宜しく頼む、シャナ、レンちゃん、それじゃあまたね」

「おう、またな、ゼクシード」

「ゼクシードさん、また一緒に遊びましょうね!」

「うん、また遊ぼうね、レンちゃん」

 

 そしてゼクシードは、そのままログアウトした。

 

「なぁ、あいつ大丈夫か?何か変わった事は無いか?」

「うん、いつも平気だから、多分大丈夫だと思う」

「今日は慣れない事をして、余計疲れたんじゃないかな?」

「まあ確かに、今日のあいつは今までのあいつと全然違ったと思うし、それもそうか」

「うんうん、大丈夫大丈夫」

「で、食事の話だけど……」

 

 ハルカが話題を変え、シャナは頷きながらこう答えた。

 

「明日はちょっと用事が出来ちまったんでな、明後日以降ならいつでもいいぞ、

レンと相談してもらって、決まったら連絡してくれ」

「やった、ごちそうさま!」

「いやぁ、体を張った甲斐があったわ」

「ああそうだ、ユッコには恥ずかしい思いをさせちまって本当にすまなかった」

 

 ユッコのその言葉を聞いたシャナは、咄嗟にそう謝った。

 

「いいっていいって、っていうかあれよ、

嫌いな奴に抱きつかないといけなかったハルカよりはマシだからさ」

「もう、嫌な気分になるから言わないでって」

「ごめんごめん、まあそんな訳で、気にしなくていいからさ……って、

何であんた、そんなに顔を赤くしてるの?」

 

 ユッコはシャナが少し顔を赤くしながら微妙に下を向いている事に気付き、そう言った。

そんなユッコに答えたのはハルカだった。

 

「ちょっとユッコ、当たり前じゃない、今の言い方だと、

どう聞いてもユッコがシャナさんの事を好きみたいに聞こえるよ?」

「え?どこが?」

「だってほら、嫌いな奴に抱きつかないといけなかったハルカって、

それじゃあユッコは別に嫌いじゃない相手だったからオッケーだって事になるじゃない」

「ああ~!」

 

 それで納得したのだろう、ユッコは、あははと笑いながら、シャナに言った。

 

「えっと、そういう意味じゃなくて、少なくとも今はもう、私達はあんたの事、

それなりに好ましく思っているっていうか、

とにかくそういう好きじゃなくて、仲の良い友達だって思ってるって、

それだけの話だからさ、本当にごめん、ごめんってば」

 

 からかうでもなく、むしろ謝ってくるユッコに対し、

シャナもその言葉が本心だと悟ったのか、逆にユッコに謝った。

 

「そ、そうか、こっちこそすまん、気を遣わせちまった。

これからも友達として宜しくな、二人とも」

「うん、もちろん!」

「それそれ、ねぇ、今度また同窓会があるらしいから、そこで他の人を驚かせてやろうよ!」

「おお、それは面白いかもしれないな、そうするか」

「お、ノリがいいねぇ」

「楽しみだねぇ」

「まあもう身内にはバレちまってるけどな」

「あはははは、それもそうだね」

 

 そんな三人を、レンが羨ましそうに見つめていた。

そんなレンの態度に気付いたのか、シャナがレンに手招きした。

 

「今日は本当によく頑張ったなレン、もう大丈夫だ、何も心配はないはずだ。

これで何かあったら、もう家出するなりなんなりしちまえって」

「それでレンちゃんは、比企谷家の子になると」

「もしくは雪ノ下家でもいいかもしれないけどな」

「ううん、それは大丈夫だと思うから、心配しないで。

でもそうなったら宜しくね、シャナ」

「おう、任せておけって」

 

 そして四人は連れ立って、表彰式へと向かった。

そこには一位から三位の順位が表示されていたが、セクシードが単独三位となっており、

そこにはファイヤのファの字も何も無かった。

 

「あれ、お前らが単独三位なのか?」

「ああそれね、HPの差で、私の方が遅く死んだから、こっちが単独三位になったみたいよ」

「ああそうか、それは確かにそうだよな」

「おかげで賞金を分けなくて済んだよ、本当にラッキー!」

「だな、お、コミケさん達がいるな」

 

 シャナはそう言いながらコミケに手を振った。

コミケもシャナに手を振り返し、そこで表彰式が始まり、

観客達のやっかみを受けながらも、シャナは初めてこういった大会での栄冠を手にした。

 

「これで名実共に、シャナがこのゲームのトップって事になるのか?」

「次のBoBで優勝したら、間違いなくそうなるな」

「サトライザーが出てきた上でそうなったらいいんだけどな」

「出てこなくても、シャナが強い事に変わりはないけどな」

「でもやっぱり、シャナにはサトライザーを倒して欲しいじゃないかよ」

「だな!」

 

 そんな表彰式の様子を、ファイヤは影からこっそりと見ていた。

 

「くそっ、絶対にここから巻き返してやる……先ずは小比類巻さんに連絡をとって、

後は政治力を生かして何が何でも香蓮さんをこの手に……」

 

 そう言ってファイヤはそのままログアウトしたが、

既に小比類巻建設と雪ノ下建設の間で、業務提携の話が進んでいる事を、彼はまだ知らない。

そして彼が懇意にしている政治家が、嘉納派に所属しており、

そちらからも手が回る事を彼が知るのはもう少し先の事になる。

 

 

 

「なぁ大将、ちょっと話があるんだがいいか?」

「待って下さい隊長、こっちに先に話をさせて下さい、すぐ済みますから」

 

 横からブラックキャットにそう言われ、コミケは大人しく引き下がった。

 

「お、おう、それじゃあ先に話していいぞ」

「という訳でシャナ君、合コンの話だけど……」

「ああ、そういえばそうでしたね、いつがいいとか希望はありますか?」

「私達はいつでも大丈夫だけど、クリンはどう?」

「今週中ならどこでも大丈夫、次の日休みにするから!」

「ああ、クリンさんも参加者に入ってるんですね」

「うんそうなの、当日は宜しくね、あ、そのまま私のマウントをとってくれてもいいのよ?」

 

 そうあっけらかんと言うクリンに対し、シャナは返事に困り、何とかこう答えた。

 

「は、はは………そのお気持ちだけで……それじゃあブラックキャットさん、

決まり次第すぐに連絡を入れますね」

「ええ、お願いね、ああ、楽しみね、クリン」

「だね、それじゃあまたね、シャナ君!」

「はい、お二人ともまたです」

 

 こうしてブラックキャットとの話はあっさりと終わり、その日はレンもログアウトした。

そしてシャナとコミケはそのまま連れ立って、鞍馬山へと向かった。

 

「おお、ここが大将の拠点か?」

「はい、ここならどんな話をしても問題ありませんので」

「そうか、それは助かるな」

「それじゃあ中へどうぞ」

 

 そして中に入った二人は、そのまま話を始めた。

 

「とりあえず、今日は驚いただろ?俺達も昨日突然この話を命じられてさ、

本当はコミケ、トミー、ケモナーの三人は、別に育成されたキャラが用意されてたんだけど、

名前が気に入らなくて、自分のキャラを使う事にしたんだよ」

「そうだったんですか、どんな名前だったんですか?」

「エスケープ、ノッポ、ドライバー、かな」

 

 その何とも言えない名前を聞いて、シャナは何か意味があるのか気になった。

ブラックキャットという名前が黒川と酷似していた為、

おそらくメンバーありきで決められた名前だと推測したからだ。

 

「………ちなみに何か由来が?」

「エスケープは俺だけど、俺ってば逃げるのが得意だからさ……

で、ノッポはそのまんま、ドライバーは、ケモナーが車の運転とかが得意だからかな、

ちなみにクリンは、あいつの苗字からきてるんだ」

「なるほど、まあ担当の人が、頑張って考えた名前なんでしょうね」

「多分ね、で、本題なんだけど、明日の事なんだ」

「あ、それ、さっき外部からのメールで聞きました、

スネークって、嘉納大臣だったんですね……」

「話が早くて助かるよ、で、その場には護衛を兼ねて、俺だけが同席する事になったから、

それを伝えておこうと思ってさ」

「そうなんですか、コミケで初めて会う作戦が失敗しちゃいましたね」

「まったくだ、そっちの方が、俺としては楽しみが大きくなって嬉しかったんだけどな」

「ですね、で、話ってやっぱり、今回のお仕事に関する話ですかね?」

 

 その言葉にコミケは、真面目な顔で考え込んだ。

 

「確かにその話も出ると思うよ、俺自身大会中に話した事は報告しないといけないし、

今日のシミュレーション結果についてもレポートを出さないといけないしね」

「あれ、って事は、その報告の前に、俺は呼び出されたって事になりますよね?」

「そうなんだよ、多分、興味本位での呼び出しなんじゃないかって思うんだよね、

ほら、あの人はそういう人だからさ……」

「だから呼び出しというか、要請だったんですね、本当に自由な人なんですね」

 

 シャナは苦笑しながらそう言った。

 

「そうなんだよ、でもまあ話の分かる面白い人だよ、

ああ見えてオリンピックの日本代表になった事もあるらしいし」

「そうだったんですか!それは知りませんでした」

「だからまあ、このゲームに興味を持ったんだろうね、訓練の件も、あの人の発案らしいし」

「なるほど」

「という訳で、話はそれだけだ、明日は宜しく頼むよ、大将」

「はい、必ず伺いますね」

 

 こうして二人の話は終わり、

八幡は次の日、何故か香蓮と二人で嘉納大臣の下を訪れる事になった。



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第484話 大臣室にて

「香蓮、いきなりおかしな事を頼んでごめんな、

こっちから大丈夫な時間を連絡したら、可能なら香蓮にも会いたいって頼まれちまってな」

「ううん、丁度大丈夫な時間だったから問題ないよ八幡君、

でもこんな格好で大丈夫かな?」

「問題ないさ、まるでお姫様みたいに見えるぞ」

「もう、それは言いすぎだよ、まあでも一応持ってる中で、

一番高くてフォーマルな服装を選んだつもりなんだけどね」

「ただこういう服装って、夏には暑いのが難点だよな……」

「だね……」

 

 そう言いながらも、クーラーの効いた車内で二人はそんな会話をかわしていた。

そして守衛にパスを見せ、議事堂の指定された駐車場に車を停めると、

そこでは嘉納大臣の秘書が、既に二人の事を待っていた。

 

「比企谷八幡様と、小比類巻香蓮様ですね」

「はい」

「そうです」

「ではこちらへ、大臣がお待ちです」

「宜しくお願いします」

 

 こうして二人は、防衛大臣嘉納太郎と面会する事となった。

 

 

 

「失礼します、お二人をお連れしました」

「入りたまえ」

 

 秘書がノックをしてそう声をかけ、二人はそのまま中へと通された。

そこには少し緩めの表情をした自衛官と、テレビでよく見る嘉納太郎その人がおり、

二人は緊張しながら指示に従い、そのままソファーに腰を下ろした。

そして秘書が出ていくと、途端に嘉納は態度を崩し、ざっくばらんな口調でこう言った。

 

「さて、お固いのはここまでだ、初めましてだな、シャナ、それにレンちゃん」

「初めまして、大臣」

「は、初めまして」

「そう固くなるなって、こっちはコミケこと伊丹だ」

「伊丹です、やっと会えたな、大将」

「まさかこんな会い方をするとは思ってなかったですけどね」

「予定が狂っちまったな」

 

 そう苦笑し合う二人を見て、嘉納がこう尋ねてきた。

 

「何だ、俺に内緒で二人で会う予定を立ててたのか?一体どこで会う予定だったんだ?」

「ええと、コミケのソレイユのブースでという話だったんですよ」

「そうなんですよ閣下、本当はそこで劇的な出会いをする予定だったんです」

「コミケで劇的って、なるほど、お前らしいな、よし、俺も見にいってみるか」

 

 その意外な言葉に八幡と香蓮は目を剥いた。

 

「……ええと、大臣もコミケに行ったりするんですか?」

「おう、俺はほぼ毎年行ってるぞ、行けない年でも、カタログだけは毎年買ってるな」

「そうだったんですか……」

 

 それで八幡は、嘉納の事を、思った以上に話せる人物だと感じていた。

 

「まあとりあえず雑談の前に、お仕事だけは済ませちまおうか」

「あ、はい、そうですね」

「で、伊丹から報告を受けて、こちらから昨日連絡した件、実際どうなんだ?」

「はい、問題ありません、ALOの仕様を銃対応に変更するだけで済むので、

今年中にはご満足頂ける商品をご提供出来ると思います」

「今年か、早いな」

 

 その返事に満足そうに頷いた嘉納は、次にこう尋ねてきた。

 

「さすが仕事が早い、で、アップグレードとかその辺りはどうなんだ?」

「例えば銃ですが、これは現物が手に入ればおそらくすぐに再現出来ます、

さすがに他の兵器類の再現は、可能なものとそうじゃない物がありますが、

仕様書さえあれば、大体の物は再現出来ると思います」

「設計図とかは必要ないのか?」

「はい、VRだと、ここを動かせばこう動く、とか、

この兵器はどれくらいの射程と威力がある、というような部分だけ分かれば問題ないので、

機密に該当する細かい部分の設計図とかは必要ありません。

ほとんどが公開情報だけでいけると思います。

後は自衛官の方に細かく指定してもらって微調整ですね」

「なるほど、凄いもんだなぁ、なぁ伊丹」

「ですね、まあVRゲームは俺達の夢を体現した物ですからね」

 

 その言葉に頷きつつ、嘉納は更にこう言った。

 

「それにしてもな、まあザ・シードのおかげって事か、なぁシャナ、いや、ハチマン君かな」

「………はい」

「正直あれが公開された時は、こっちも右へ左への大騒ぎだったからな、

まあ主に総務省がだがね」

「何かすみません………」

「いや、いいんだ。あれによって、人類の進歩は数十年は早まったと思うしな。

それにメディキュボイドも、よく日本に留めてくれたね、

管轄外なんだが、その事は本当に感謝する」

「いえ、全ては成り行きというか、偶然の産物なんで……」

「ちょ、ちょっと待って下さい大臣、俺がこんな会話を聞いちゃっていいんですか?」

 

 そこで伊丹がそう突っ込んできた。そんな伊丹に嘉納は笑いながら言った。

 

「良くないに決まってるだろ、だから誰にも言うなよ、伊丹」

「まじですか……」

「おう、ここでの話はオフレコでな、レンちゃんも宜しく頼むよ」

「は、はい」

 

 そして嘉納は、伊丹に説明を始めた。

 

「という訳で、さっきも言ったと思うが、

SAOをクリアして数千人の命を救ったのが、ここにいる比企谷君だ、

まあ他にも三人功労者がいるんだがな。

ちなみにその後、須郷ってのが逮捕された事件の功労者も彼だ」

「いやいや、その話は初耳なんですけど?」

「ん、そうだったか?まあ細かい事は気にするな。

で、茅場晶彦からザ・シードを託され、安全性を確認した上で世の中に広めたのも彼であり、

つい最近メディキュボイドの技術者を発見し、その技術の海外への流出を防いだのも彼だ」

「まじか、大将は凄い人だったんだな」

「あ、いや、必ずしも俺だけの手柄って訳じゃ……」

「謙遜するなって、ねぇ、閣下」

「だな、だから国民栄誉賞を授与しようって話が出た訳だが」

「あっ」

 

 八幡はその言葉を聞いて、嘉納にこう尋ねた。

 

「それって本当の事だったんですか?」

「おう、本当だぞ」

「あの、もし授与するって話になったら、絶対に止めて下さいね、大臣」

「……やっぱりもらうのは嫌か?」

「はい、さすがに身バレするのは避けたいですし、

マスコミとかに嗅ぎ付けられるのはもっと嫌ですから」

「まあそうだよな、だから授与しない事になったんだしな」

「是非そのまま無しでお願いします」

「ははっ、分かった分かった、ところでシャナ、レンちゃんが固まってるみたいだが……」

「えっ?」

 

 八幡はそう言われ、慌てて香蓮の方を見た。

そこでは香蓮が焦点の合っていない目をしており、八幡は慌てて香蓮の頬を叩いた。

 

「おい香蓮、おい!」

「……あ、八幡君、うん、どうしたの?」

「いや、お前が固まってたみたいだったから……」

「あ…………ご、ごめんね、ちょっとあまりにも予想外の展開に、頭が付いていかなくて」

「悪い、隠すつもりは無かったんだが、あえて言う程の事でもないと思ってな」

「ううん、気にしないで、八幡君がどんな人だろうと、私には関係ないから」

「……そうか、ありがとな、香蓮」

「ううん」

 

 そんな二人を生暖かく見ていた嘉納と伊丹は、二人で咳払いをした。

 

「あっ、す、すみません」

「ごめんなさい、私、びっくりしちゃって……」

「いやいや気にしなくていい、仲良き事は美しきかな、だ」

「そうそう、気にしなくていいって、

でも羨ましいぜ大将、香蓮ちゃんは本当に美人さんだしな」

「そ、そんな、私なんか、背もこんなだし、別に美人なんかじゃ……」

「ん、背?ああ、言われてみれば確かにそうかもだけど、

別に気にするような事じゃないだろ、実際言われてから気付いたしな」

「えっ?」

「そうそう、レンちゃんは美人だと思うぞ、まあうちのかみさんの次にだけどな」

「あ、ありがとうございます」

 

 そう恥じらう香蓮に、三人はずっと笑顔を向けていた。

そして嘉納が、思い出したように八幡に言った。

 

「そういえばシャナには、もう一つ言っておかないといけない事があるんだった」

「何ですか?大臣」

「いやな、前回のBoBの事なんだが……」

「あっ……まさか、お礼参りですか?」

 

 その言葉に嘉納は噴き出し、笑いはじめた。

 

「はっはっは、そんな訳無いだろ、あの時俺も大会に参加していたのに、

知らなかったとはいえ、目の前でプレイヤーを殺されちまったからな、

あの事件を解決してくれて、本当にありがとうな、シャナ」

「あ、そういう事ですか、それは俺の仲間の命もかかってたんで、

突き詰めれば自分の為ですから、気にしないで下さい大臣」

「それでもあのままだと、犠牲者の数はもっともっと増えたはずだからな、

本当に感謝する、シャナ」

「………はい、お役にたてて何よりです」

 

 その会話を聞いて、伊丹と香蓮が八幡に言った。

 

「殺人事件って、あのGGOのか?大将はそんな事もしてたんだな」

「八幡君、殺人事件って、この前報道されたあれだよね?

もしかして、危ない事をしたの?」

「お、おう、そうだがもうしない、約束する」

 

 その、もう、という部分に反応し、香蓮は目にうっすらと涙を溜めた。

それを見た八幡は、慌てて香蓮に謝った。

 

「す、すまん、もう危ない事は二度としないから許してくれ」

「うん、うん……」

 

 その姿を見た嘉納も、香蓮に謝った。

 

「これは俺が軽率だったな、すまないレンちゃん」

「いえ、私こそごめんなさい」

「いやいや、ちょっとレンちゃんには刺激が強すぎる話だった、勘弁な」

「はい、もう大丈夫です、八幡君もこう言ってくれましたから」

 

 香蓮はそう言って涙を拭くと、気丈にも顔を上げた。

そして話は雑談に移り、先日の大会の話になった。

 

「しかしシャナとレンちゃんは、何故二人で大会に参加を?明らかに不利だよな?

シャナには他にも有名な仲間がたくさんいるはずだし、そこが疑問だったんだよな」

「有名……ですか?」

「そりゃなぁ、十狼の名は、GGOでは知らぬ者がいないくらいだしな。

最強のシャナ、戦姫シズカ、氷の死神シノン、神職人イコマ等、

メジャーなタレント揃いじゃないか」

「シズとシノンの二つ名は初めて聞きましたが……」

「まあそんなもんだろ、二つ名なんて」

「はぁ、まあそうですね」

「で、何でだ?」

「そうですね………」

 

 そんなシャナの代わりに、その問いには香蓮が答えはじめた。

 

「八幡君、私が話すから」

「ん、そうか?」

「うん、そもそもの発端は私のプライベートな問題だしね」

 

 そのプライベートという言葉を聞いて、嘉納は慌てて言った。

 

「いや、無理に話さなくてもいいからな、あくまでただの雑談だから」

「はい、話せない部分は省きますね。

ええと、うちは北海道で建設会社を営んでいるんですが、

先日父のお供でパーティーに出席したんです、その席で、とある会社の社長に見初められて、

その、プロポーズっぽい申し込みをされたんですよ」

「ほうほう、そんな事が」

「香蓮ちゃんは美人だからなぁ」

「で、私は断ったんですけど、会社の関係で、やはり断りづらい部分もありまして、

そこで八幡君に話してもらって、今回のスクワッド・ジャムで、

もし私達が優勝出来たら、もう二度と私に近付かない、

もし優勝出来なかったら、先方と一度デートをする、っていう賭けをする事になったんです」

 

 そのあまりにも不公平な内容に、二人は呆れたように言った。

 

「何だそりゃ……」

「随分不利な条件の賭けを飲んだもんだなぁ、その男は」

「どうやら自信があったみたいです、今回も大人数で組んでましたし」

 

 その言葉で、二人はそれが誰なのか思いついたようだ。

 

「って、まさかそれがファイヤなのか?」

「あ、え~と………はい」

 

 その言葉を聞いた嘉納と伊丹は顔を見合わせた。

 

「だからシャナとゼクシード、それにうち以外の全チームが組んでたのか……」

「うお、危なくレンちゃんを悲しませちまう事に加担するところだったぜ」

「あは、大丈夫ですよ、その時は大臣を、この手で倒してあげましたから」

 

 そう言われた嘉納は、とても楽しそうに笑った。

 

「はっはっは、確かにレンちゃんの実力ならそうなったかもしれねえな、実に愉快な話だ」

「それでまあ、賭けは伊丹さん達の協力もあって、私達の勝ちになったんですけど、

ファイヤさんはどうやら、まだ諦めていないみたいで……」

「そうなのか、何だあいつ、往生際の悪い野郎だな、完敗した癖によ」

「まあ仕事関係で圧力がかかる可能性も無きにしもあらずですが、

大丈夫です、手は打ちましたから」

「それって犯罪じゃないよな?」

 

 八幡のその言葉に、嘉納がそう問いかけてきた。

 

「はい、至極真っ当な方法をとっただけです、

具体的には雪ノ下建設と小比類巻建設の業務提携ですね、

それに伴い、定期的にメディキュボイドを設置する病院の建設の仕事を、

北海道に回していくつもりです」

「待て待て、レンちゃんの実家は小比類巻建設なのか?」

 

 そこで嘉納が、意外な所に食いついてきた。

 

「はい、そうですが……」

「それ絡みでうちの派閥の奴から、それっぽい話を聞いたような……」

「そうなんですか?」

「おう、ちょっと待っててくれな」

 

 そして嘉納はデスクに戻り、何やらがさがさと探し始めた。

 

「お、これだこれだ、ファイヤ&ロータス社から、

遠まわしに小比類巻建設へ回す仕事の量を減らせないかとの申し入れあり、

違法性が無いか調査中、注意されたし」

「なるほど、早速動いてきましたか」

「八幡君、私、どうすれば……」

 

 そう不安そうに尋ねてくる香蓮に、八幡は力強く言った。

 

「大丈夫だ、うちの会社は強いからな」

「ソレイユ……だよね?うん、分かった、八幡君を信じるよ」

「潰すつもりか?」

 

 嘉納にそう尋ねられた八幡は、首を横に振った。

 

「そんな必要は無いですよ、普通に小比類巻建設に、

雪ノ下建設からの仕事を優先的に回すだけです、向こうは向こうで勝手にやってもらいます、

あとは他の社がどんな対応をするかですが、そこは好きにさせるつもりです、

もしこっちの邪魔をしてくるようなら、その会社を買って、こっちの味方に引き入れます」

 

 その言葉に嘉納や伊丹だけじゃなく、香蓮も目を見張った。

 

「は、八幡君、そこまでしてもらう訳には……」

「大丈夫だ香蓮、ちゃんと利益は出すからな。

ついでに言うと、香蓮の親父さんは、ちゃんと先が見える立派な経営者だ。

だから何があろうとも、うちが損をする事は無い。これで安心したか?」

「う、うん、分かった、私は八幡君を信じるよ」

「おう、任せろ、誰も不幸にせず、丸く収めてやるさ。

もっともファイヤ&ロータスの成長は鈍くなるかもしれないけどな」

 

 そんな八幡に、嘉納がこう言った。

 

「なるほど、誰も不幸にならないようにか」

「はい、それは絶対です、例えファイヤだろうとですね」

「そうか、なら俺も協力させてもらうとするか」

「いいんですか?」

「何、別にそっちに肩入れする訳じゃない、何があってもどちらも公平に扱うようにと、

うちの派閥の議員に連絡を入れるだけだ」

 

 その言葉に八幡は、さすがは閣下だと一人頷いた。

 

「ありがとうございます、大臣」

「なぁに、公正中立こそが正義だからな、俺は自分の正義を果たしただけさ」

「俺は公正中立には振舞いませんけどね」

「それはそちらの自由だから、まったく問題ない。

そもそも提携先に仕事を任せるのは、至極当たり前の事じゃないか」

「ですね」

 

 そして二人は握手をし、香蓮は嘉納に頭を下げた。

 

「大臣、本当にありがとうございます」

「おう、中立を保つ事がレンちゃんの役にたつなら、これほど楽な事は無いぜ」

「ですね」

 

 伊丹もそう言って笑い、これによってこの件で、ファイヤが出来る事は何も無くなった。

 

「さて、そろそろ時間か、今日は楽しかったぜ、二人とも」

「はい大臣、是非またいつかお会いしましょう」

「大臣、今日はありがとうございました」

「二人とも、元気でな」

「伊丹さんも、またです」

「おう、またコミケでな!」

「ですね」

 

 そして帰りかけた八幡に、嘉納が思い出したように声をかけた。

 

「あ~ところでシャナよ」

「あ、はい、何ですか?」

「今度黒川や栗林と合コンをするんだってな」

「はい、その予定ですが……」

 

 八幡は、いきなりそんな話を振られて戸惑った。

 

「くれぐれも栗林に襲われないようにな、あいつに力でこられたらやばいからな」

 

 そう言って嘉納は楽しそうに笑った。

 

「は、はい、気を付けます。仕事に関しては、

ソレイユの担当者からこちらに連絡を入れさせますので」

「おう、頼むな」

 

 そして嘉納の下を辞し、外に出た二人は、ふ~っと息を吐いた。

 

「面白い人だったな、香蓮」

「面白い人だったね、八幡君」

「まあ閣下の協力も得られたし、これで全て解決か?」

「そうだね、そうなるといいね」

 

 こうしてこの日の実り多き会談は終わった。

明日はゆっこと遥との食事会、明後日は黒川達との合コンである。

八幡はまだしばらくは、のんびりとは出来ないようである。



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第485話 乗り込む女傑

今日はお盆休みの最終日なので、18時にもう1話投稿します!


 ファイヤはその日の午前中、議員への陳情という名の一方的な要請を終え、

まあこれは、遠まわしに小比類巻建設に回す仕事を減らしてくれとの要請だったのだが、

それに同じく遠回しに了承の返事をもらうと、

会社に帰って関係各所へ連絡を入れた後、小比類巻建設への道を急いでいた。

 

「これで小比類巻建設は、いずれその日の仕事にも困る事になるはずだ、

そうすれば俺はきっと香蓮さんと……」

 

 ファイヤの香蓮への執着は、もはや病的レベルへと達していた。

今回の挫折はファイヤにとっては初めての経験であり、

彼はその挫折を乗り越えるだけの心の強さを持たなかったのだ。

どうやら彼のメンタルの強さは、自分が有利だと確信している時のみ発揮されるようだ。

つまり現在彼のその強さが失われているという事は、

今が窮地だと、彼が無意識のうちに感じているという事なのだ。

それほど東京で会った八幡の存在は、彼にプレッシャーを与えていた。

彼にとっては初めて会う自分より強いオス、それが八幡なのであった。

もっとも彼より強い者はそれこそ星の数ほどおり、

彼が井の中の蛙だという事実は動かしがたいものである。

だが彼はその事実を見ようとせず、地元に戻った事で、ここから巻き返そうとあがいていた。

 

 

 

「やぁファイヤ君、よく来たね、今日は何か話があるという事だったが」

「はい社長、今日はお願いと、状況の説明に参りました」

「そうか、こちらからも話があったから丁度良かったよ、まあ入ってくれたまえ」

「はい、お邪魔します」

 

 その言葉を、自分に都合良く解釈したファイヤは、得意顔でこう考えていた。

 

(これは先方から改めて話があるパターンかな?それなら話が早くて助かるんだけどね)

 

 そして応接室に通されたファイヤは、蓮一から、

まったく予想外な先制パンチをくらう事となった。

 

「は………?今何と?」

「誠に申し訳ないとは思うんだが、残念ながら、

君の所の仕事を請けられる余裕がほとんど無くなりそうだと言ったんだよ、ファイヤ君」

「そ、それはどういう……」

「どういうも何も、言葉通りの意味なんだが……

秋口から仕事が増えそうでね、こちらも人手の確保にてんやわんやなんだよ。

あ、もちろん今請けている仕事に関しては、きっちりやらせてもらうから、

その点に関しては心配しないでくれ」

「し、失礼ですが、どこからそんな仕事を……?」

「うん、まあいずれ分かる事だから、これは話してもいいのかな、

実は今度、うちは千葉の雪ノ下建設と業務提携する事になったんだよ」

「雪ノ下建設……ですか?」

 

 ファイヤはもちろんその名前は知っていたが、

雪ノ下建設は大手ゼネコンという訳でもなく、ましてや千葉の会社が、

北海道に多くの仕事を持つ意味が分からなかった。

 

「千葉の会社が、何故北海道に?」

「それは私から話しましょうか、ねぇ、小比類巻さん」

「雪ノ下さん」

 

 突然そんな声が聞こえ、部屋の中に一人の美しい女性が入ってきた。

年齢は不詳だが、三十台前半くらいだろうか、少なくともファイヤはそう感じた。

実際は四十台後半なのだが、若いファイヤには、

まだそこまで女性を見る目は養われていないのだった。

そしてその女性、雪ノ下朱乃に見蕩れていたファイヤは、慌てて朱乃に右手を差し出した。

 

「に、西山田ファイヤです、初めてお目にかかります」

「ええ、あなたのお名前はよく耳にしてますわ、ファイヤさん、ええ、よ~くね」

「はっ、おそれいります」

 

 その、よ~くの意味を理解しないまま、ファイヤはそう朱乃に頭を下げた。

そして朱乃は笑顔を絶やさないままファイヤに言った。

 

「何故北海道に、千葉の会社である私達が出張ってきているのか、

実は真相はそうではなく、私達にしか出来ない仕事だからというのが正しいわ」

「雪ノ下建設さんじゃないと出来ない仕事……ですか?」

「ええそうよ、あなた、メディキュボイドの事はご存知かしら?」

「はっ、耳にはしております、VR環境下で運用される医療機器ですよね?」

「そのメディキュボイドの権利を持っている会社がどこかはご存知かしら?」

「………ソレイユ・コーポレーションですよね?」

「そう、そしてこれはまだ公にはされていないのだけれど、

我が雪ノ下建設は、その傘下に入る事が、もう内定しているのよ」

「そ、それは………」

 

 ファイヤはそう言われ、何が何だか分からなかった。

ファイヤの認識では、ソレイユはゲーム会社であり、建設業に手を出す理由に、

皆目検討がつかなかった為だ。

 

「あら、知らなかったのね、あそこの今の社長は、私の娘なのよ」

「そ、そうだったんですか?」

 

 さすがに異業種の社長の名前までは、ファイヤは知らなかったようだ。

 

「うちの娘ったら、次の社長に引き継ぐまでに、

もっと会社を大きくするんだって張り切っていてね、

その手始めに、うちの会社と関西の結城病院をグループ企業化する事にしたみたいなの。

その最初の仕事が、この全国展開という訳」

「ぜ、全国展開ですか……」

 

 ファイヤは、随分簡単に言ってくれるものだなと逆に感心した。

他の会社がいわゆる縄張りにしている地域に、そう簡単に入っていけるはずがない、

ましてや病院の展開などはそう簡単にはいかないはずだ、

ファイヤはそう思ったが、次の朱乃の言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。

 

「うちが予定しているのは、東京、名古屋、大阪、新潟、仙台、札幌、帯広、福岡、広島、

松山へのメディキュボイド科の設置よ、競合する科も存在しないし、

どの地域でも、是非進出して下さいと、

地元の病院や議員さんに全面的に協力してもらっているわ、もちろんこの帯広でもね」

「ぜ、全面的に協力ですか!?」

 

 ファイヤは驚き、思わず大きな声でそう言った。

 

「ええそうよ、これがいわゆる総合病院なら反対の声も上がったでしょうけど、

他の病院へは簡易メディキュボイド以外の導入は不可能だという事が分かったの、

現状ではコストがかかりすぎるのよ、なので専門施設を作るしかないの。

そしてその本格的な施設が必要なのは、どの地域も一緒ですものね、

で、話を戻すと、その北海道における仕事の管理を、

こちらの小比類巻建設さんにお願いする事にしたのよ。

だから今日は、その話に来たという訳。どう?理解したかしら?」

「あっ、は、はい……」

「その為には既存の施設を一部壊したり、修繕したりという事も必要になるし、

簡易でいいから欲しいと、色々な総合病院からオファーも多くて順番待ちだから、

しばらくうちは、他に回す余力が無くなってしまうと、まあそういう訳なんだ」

「そうですか、それは……大仕事ですね」

 

 ここに至ってファイヤはまだ、事の深刻さに気付いてはいなかった。

自分が普段請けている仕事とは、まったく別系統の仕事だと感じたからだ。

新たな仕事が増える事は、地域の活性化にとっては有益だ、

ファイヤはまだ、そこまで考える余裕があった。

 

「そうなんだよ、政府からも、事の重要性を鑑みて、最優先でと言われているから、

これは北海道全体での一大プロジェクトになるかもしれないね」

「さ、最優先でですか?」

「ああ、なので申し訳ないが、他の仕事については宜しく頼むよ、

協力出来なくて本当に済まないと思っている」

 

 最優先、それは要するに、ファイヤが持ち込む仕事を、

他にも何社かは請けられないであろうという事を意味する。

幸い今の仕事については契約があるので問題ないだろうが、

今後新規で発生する仕事に関しては、こなしたくても他社の協力はほとんど得られず、

ファイヤ&ロータスの成長は、確実に鈍くなるのは間違いない。

潰れたりする心配はまったく無いのだが、

少なくとも今後、業界内でのファイヤの発言権は、相当下がるであろうと思われた。

 

「い、いえ、気になさらないで下さい、別の需要に関しては、

顧客に迷惑をかけないように、頑張って回していきますので」

「さすがはファイヤ君だ、頼りにしているからね」

 

 その言葉は、ファイヤにはもう皮肉以外の何物にも聞こえなかった。

そんなファイヤに追い討ちをかけるように、朱乃がこう言った。

 

「しかし縁とは分からないものね、本来北海道での展開は、

他の社に任せるつもりだったのだけれど」

「そうですね、うちの香蓮がいい仕事をしてくれました、

本当にあの子には頭が上がりませんよ」

「か、香蓮さんが何か……?あ、そうだ社長、実は……」

 

 ファイヤは香蓮の名前が出た為、最初の目論見は破綻したが、

雪ノ下系の仕事が無くなった後の事も考え、

その頃にはまた自分が優位に立てるだろうと確信し、

この機会に香蓮との話を認めてもらおうと思い、その事を蓮一に伝えようとした。

だが蓮一はそのファイヤの言葉が聞こえなかったのか、

実際は香蓮から話を聞いており、故意に無視したのだが、

朗らかな顔でファイヤに語りかけた。

 

「いやぁファイヤ君、今回の事が無かったら、

私は香蓮の意思を無視してしまう形になり、あの子に嫌われてしまったと思うから、

この提携話そのものが無くなってしまう所だったよ、

その点では結果的にまあ、君のおかげだと言えるかもしれないね」

 

 その言葉を受け、朱乃が蓮一にこう言った。

 

「小比類巻社長、うちも昔そうだったから分かるけど、

娘に嫌われるというのは本当に辛いわよね」

「雪ノ下さんもそうだったんですか?」

「ええ、四年くらい前までは、私も娘達に色々と強制してしまって、

それで特に下の娘には、色々と不自由な思いをさせてしまっていたのよ」

「今はもう大丈夫なんですか?」

「ええ、あの子達の将来を託せる子に出会えたから、もううるさくするのはやめたのよ、

むしろ私達の将来もその子に託しているような状態ね、

もう私もあの子にはメロメロで、既成事実を作ろうか迷っているくらいなの」

 

 その朱乃の言葉に蓮一は驚きつつも、さもありなんと朗らかに笑った。

 

「あはははは、そこまでですか」

「まあ本気でやるとまた娘達に嫌われちゃうからやらないのだけれどね。

だから今の私は娘達とはもう円満状態ね、ラブラブと言ってもいいくらいよ」

「なるほど、では娘さん達も彼の事を?」

「ええそうね、なので小比類巻社長の娘さんとはライバルという事になるのかしら」

 

 呆気にとられながら二人の会話を聞いていたファイヤは、

その部分に過敏に反応し、咄嗟にこう口に出した。

 

「そっ、その娘さんというのはまさか……」

 

 その時朱乃の携帯に着信が入った。

 

「あらごめんなさい、ちょっと失礼するわ」

 

 そして朱乃は、携帯に表示された名前を見た瞬間にとても嬉しそうな表情をし、

その姿はまるで十歳くらいは若返ったように見えた。

 

「あらあら、噂をすればあの子からだわ、ふふ、ソレイユの次期社長よ」

 

それで蓮一は、朱乃がさっき冗談めかせて言っていた言葉が若干本気だったのだと悟り、

尚且つ電話の相手が誰なのかを理解した。

 

「私よ、どうしたの?私がいなくて寂しくなっちゃったの?

あらやだ、またまた照れちゃってそんな憎まれ口を……

え?ああ、大丈夫よ、こっちの話は全て問題ないわ、当然でしょ?

この私が直々に来てるのよ、問題がある訳無いじゃない。

え?そこは信頼してるって?あらあら、それじゃあ帰ったら、

私へのご褒美としてもっと私に優しくするのよ。

え?いつも優しくしてるって?嫌だわもう、恥ずかしいじゃない」

 

 くねくねと嬉しそうに電話をする、その朱乃のあまりの豹変っぷりに、

ファイヤはあんぐりと口を開け、蓮一は笑いを堪えるのに必死になった。

 

「それじゃあ明日帰るけど、お土産は何がいいの?

え?何それ?まあいいわ、小比類巻社長に聞いてみるから。

それじゃあ楽しみに待っててね、八幡君」

 

 その名前が出た瞬間に、ファイヤは思わず叫んでいた。

 

「なっ……何故その名前が!」

 

 そんなファイヤをチラリと見た朱乃は、ファイヤに向かって言った。

 

「西山田社長、ソレイユの次期社長の八幡君から伝言よ、

『一時的に負担をかける事になってすまない、

政府からも頼まれているから、色々と落ち着いたら仕事の半分は受け持つから、

それまで頑張って耐えてくれ』だそうよ」

「そ、それは……」

「あらやだ聞いてないの?うちの八幡君は、先日嘉納さんとお友達になったみたいでね、

ほら、ここの選出議員って嘉納さんの所の人じゃない?

なので、仕事を公平に回す観点から、

うちもある程度の仕事をこなすように頼まれているのよ。

小比類巻さんも、休む暇も無くて大変よねぇ、もちろんうちも全面的に協力しますからね」

「ありがとうございます、雪ノ下さん」

 

 それに釣られ、ファイヤは敗北感に打ちひしがれながら、弱々しい声でこう答えた。

 

「は、はい、彼にも宜しくお伝え下さい……」

 

 そしてファイヤはよろよろとその場を後にし、その場に残った二人は、肩を竦めた。

 

「ちょっと薬が効きすぎちゃったかしら」

「仕事は出来る男なんですけどね……」

「喧嘩を売る相手が悪かったわね、まあ彼自身にはそんな意識は無かったかもだけど」

「彼は権力というものを、少し勘違いしているところがありますからね」

「まあ今回広い世界を知った事で、少しは成長してくれるのではないかしら」

「ですね、ここから巻き返してほしいものです、彼も大事な仕事仲間には違いないですから」

 

 その言葉に頷きつつ、朱乃は途端に表情を変え、

再び恋する少女のような表情で言った。

 

「ところで社長、ちょっとお願いがあるのだけれど……

実は八幡君に頼まれたお土産が、何の事かよく分からなくて、

どこで買えるか教えて欲しいの」

「ああ、さっき言ってましたね、で、何です?」

「ええと、『ドラキュラの葡萄』『ソフトカツゲン』『リボンナポリン』だそうよ」

「ええと、ドラキュラの葡萄は知り合いに頼んでおきます、

他の二つはスーパーに売ってると思いますよ、全部飲み物ですね」

「あらそうなのね、ああ、これで彼に褒めてもらえるわ、うふふ」

 

 そんな朱乃の嬉しそうな顔を見て、蓮一も何故か嬉しくなった。

 

「本当に彼の事が好きなんですね」

「ええ、もちろんよ、あ、でもそうしたら、私も娘さんのライバルという事になるのかしら」

「ははっ、お手柔らかにお願いしますよ、でも香蓮も、

随分と高嶺の花を好きになったもんですね」

「あら、その表現は普通逆なのではなくて?」

「いや、まあそうなんですが、どうも話を聞いていると、そんなイメージが沸くんですよね。

まあ香蓮が泣く事にならなければいいんですが……」

 

 そう心配する蓮一に、朱乃は笑顔で言った。

 

「大丈夫よ、どんな結果になろうと、彼が娘さんを泣かせるような事は無いわ。

あ、でも一つアドバイスをしておくわ、凄く大事な事よ」

 

 そう朱乃に言われた蓮一は、真面目な顔で朱乃に言った。

 

「はい、お願いします」

 

 そして朱乃は、いたずらめいた表情でこう言った。

 

「あなたの上二人の娘さんを、八幡君に会わせちゃ駄目よ、

もしそうなったら、いずれ会社の跡継ぎをどうすればいいか、

凄く困る事になると思うわ」

「そ、それはどういう……」

「だってほら、三人とも結婚しないで彼の傍にいるとか言い出したら、困るでしょう?」

「あ、ああ!」

 

 蓮一はそれで納得したのか、大きな声で笑い出した。

 

「あはははは、た、確かにそうですね、まあでも親としては、

あの子達がもしそう望むなら叶えてやりたいですし、

その時は八幡君に、うちの社も継いでもらう事にしますよ」

「あら、蓮一さんも意外と言うわね」

「まあ会社よりも、娘達の幸せが一番ですからね」

 

 この後朱乃は地元の選出議員の下に乗り込み、

理由も聞かされないまま謝罪され、それを黙って受け入れる事となった。

どうやらこれにより、彼の首は繋がったようだ。

そしてファイヤはその後、拍子抜けするくらい大人しくなり、

二度と蓮一の前で、香蓮の名を出す事は無かった。

これにより香蓮は、何の憂いも無く八幡の傍に居続けられる事となったのだった。




今日はお盆休みの最終日なので、18時にもう1話投稿します!


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第486話 食事会

本日はお昼の12時に先に1話投稿しています、ご注意下さい!


「やぁ比企谷、噂は色々聞いてるよ、随分活躍してるみたいじゃないか」

「悪いな葉山、いきなり呼び出したりして」

「いや、別に問題ないよ、それにしても食事会なんて、比企谷らしくなくて少し驚いた」

「相談に乗ってもらうのに、手土産無しじゃ悪いと思ってな。

とはいえまあ、ついでだついで。飯を食わせないといけない奴等がいるから、

それに便乗して今日来てもらったって訳かな」

「なるほど、そこに俺を呼ぶって事は、他の参加者も俺の知り合いって事か」

「一人は違うけどな、さあこっちだ、テーブルに着いても驚かないでくれよ」

「ははっ、ご期待に沿えるかどうかは分からないけど、心の準備だけはしておくよ」

 

 閣下と面会した次の日、八幡は、この機会についでに同窓会の事を相談しようと思い、

食事会の席に葉山を呼んでいた。これはまあ至極当然の事である。

何故なら同窓会を開こうにも、八幡が連絡先を知る同窓生の数など、たかがしれているのだ。

その数は十人程度しかおらず、八幡が頼りに出来るのは、葉山くらいのものなのだった。

そしてテーブルに案内された葉山は、さすがに心の準備をしていただけの事はあり、

そこにいた二人の顔を見ても、表面上は顔色一つ変えなかった。

 

「ええと、ゆっこさんに遥さん、お久しぶり」

「あ、葉山君、久しぶり!そして前回の同窓会の時は、

私達のせいで不快な思いをさせてしまって、本当にごめんなさい」

「うん、あれは完全に私達が悪かったです、心の底から本当にごめんなさい」

 

 いきなり二人にそう謝られた葉山は、さすがに驚きで顔色を変えた。

そして葉山は、口をぱくぱくさせながら、八幡に尋ねた。

 

「ええと………なぁ比企谷、一体何が?」

「いや、そう言われると俺も困っちまうんだが……

何かキッカケになるような事って、あったか?」

 

 そう改めて言われた二人は、顔を見合わせると、腕を組んで考えこんだ。

 

「ハッキリ認識したのって、いつだっけ?」

「ええと……あ~、あれだよ、戦争の時!」

「あ、銃士Xちゃんの時だ!」

「ああ、あの時か」

「八幡君、戦争って?」

 

 その時横から香蓮が八幡にそう尋ねてきた。

 

「ああ、香蓮も知らないのか、まあ説明する前に、とりあえず香蓮、

こちらは葉山隼人、俺の高校時代の同級生で、友達だ」

「葉山隼人です、宜しくお願いします、香蓮さん」

「私は小比類巻香蓮です、宜しくお願いします」

 

 そして葉山が着席した所で、事前に注文していた料理が運ばれてきた。

 

「うわ、豪勢だね」

「まあ今日は祝勝会だからな」

「祝勝会?そんな所に俺が来ても良かったのかい?」

「ああ、よく分からなくて困っちまうと思うが、気にせず一緒に勝利を祝ってくれ」

「あはははは、うん、それじゃあ気兼ねなく便乗させてもらうよ」

 

 そして食事をしながら、八幡はなるべく複雑にならないように、

葉山に事の次第を説明した。

 

「この前GGOっていうゲームで、殺人事件があっただろ?」

「ああ、あったね、って、まさかあれに関わってたのかい?」

「実はここにいる四人全員、あのゲームをやってたんだよ。

まあ香蓮が始めたのは事件の後だから、関係無いんだけどな」

「………比企谷なら分かるけど、二人もあのゲームを?」

「うん、これでもそこそこメジャーなプレイヤーになったんだよ」

「うちら結構頑張ったもんね」

「そうなのか、でも何でGGOを初めようと思ったんだい?」

「そういえば、それは俺も聞いた事が無かったな……」

 

 そう問われた二人は、きまり悪そうにぼそぼそと、あの時の事を話し始めた。

 

「あ~……えっと、あの時はさ……」

「同窓会直後で、むしゃくしゃしてて、帰りにたまたまゲーム屋の前を通りかかって……」

「その、現実じゃ絶対無理だろうけど、銃で戦うゲームだったら、

例えばあんたみたいな人を倒す事も、ワンチャンあるかなって……」

「お金も稼げるみたいだったし、それじゃあやってみるか~って、その……ノリで?」

 

 そう言われた八幡は、思わず噴き出した。

 

「ははっ、まじか、そんな理由だったのか、倒されてやれなくて悪かったな」

「う~、ごめんってば、もうそんな事まったく考えてないから」

「純粋に楽しんでるしね」

「いやいや、気にしないでくれって、あのゲームはそういった番狂わせが多いし、

その判断は的確だったと思うぞ。でも動機はそれか、くくっ、これは予想外だったわ」

「もう、からかわないでよ」

「今考えると私達、本当に馬鹿だったなって思ってるんだから!」

「悪い悪い、もう笑わないって」

 

 そして八幡は、葉山に説明を続けた。

 

「で、あの事件の犯人にはめられて……まあここは推測だけどな、

俺とその仲間の悪い噂がゲーム内で蔓延させられてな、仲間が一人、拷問にあったんだよ」

「拷問!?それは穏やかじゃないな……」

「まあそれで死ぬ訳じゃないし、痛くもなんともないからそれはいいんだが、

さすがにそれで俺もカチンときてな、GGOの開発をしているザスカーにねじ込んで、

戦争イベントを発生させてもらって、ついでに自分達の正当性を、

声高に叫ばせてもらったんだよ」

「そ………それはまた派手な事を……」

 

 葉山は呆れたようにそう言い、八幡は困った顔で言った。

 

「今思えばかなりやりすぎた感があるのは否定出来ん……」

「まあいいじゃない、丸く収まったんだし」

「そうそう、気にしない気にしない、戦力比にして二十五倍の敵に勝ったんだし」

「二十五倍!?」

 

 香蓮はその言葉に驚いた。

 

「ああ、レンちゃんは知らなかったんだ、あの時の動画って結構存在するから、

今度機会があったら見てみるといいよ」

「うん、そうする!」

「まあそんな訳で、いくつかの戦いを経て、最終決戦の直前の戦いの時にな」

「うちらが遂に、シャナ……あ、シャナってのは、比企谷のゲームの中の名前ね」

「そのシャナを、狙撃するチャンスを掴んだの」

「で、一発逆転を狙って狙撃したんだけどね」

「そんなシャナを、銃士Xっていう女の子が、その身を犠牲にしてかばって、

その時うちらもシャナの逆襲にあって、倒されちゃったの」

「ほう……」

 

 そう興味深げに言う葉山に、八幡が補足説明をした。

 

「あいつは何故か俺に好意を持っていてな、何とか俺の仲間になろうとして、

俺の窮地に格好良く登場しようと機会を伺ってたらしいんだが、

敵の幹部を倒して俺の所に来る途中に、その場面に遭遇して、

そのまま俺をかばって死んで、それで戦争からリタイアする事になっちまったんだ」

「あの子、街に戻ってから凄く泣いてたんだよ、私は良くやった、

シャナ様の前には立てなかったけど、でも凄く頑張ったって」

「そしたらそこに、比企谷が別キャラで現れたの」

「わざわざALOからキャラをコンバートさせてまでね」

「まああいつをそのまま放っておく事なんて出来なかったからな」

 

 そんな八幡に、葉山は微笑みながら言った。

 

「それは、その銃士Xって子からすれば、とても嬉しかっただろうね」

「その時に、うちらも初めてシャナさんが比企谷だったって知ったの」

「そんな場面を見せられたら、もう比企谷の事、悪く言えないじゃない」

「なるほど、そんな事があったんだね」

 

 葉山は一人頷き、香蓮は感動のあまり、目を潤ませていた。

 

「あ、ちなみにその直後の動画がこれ」

「比企谷がその子をお姫様抱っこして運んでいる途中で、

敵対する勢力の幹部に絡まれた時に、それを蹴散らした映像ね」

「そんなのがあるのか、どれ……」

「私も見たいです!」

 

 突然そう言われ、八幡は狼狽した。

 

「べ、別に面白いものじゃないと思うが……」

「高い高~い!」

「!?」

 

 突然ゆっこにそう言われ、八幡は思わず羞恥で顔を赤らめた。

 

「何の事だい?」

「見てれば分かるよ、葉山君」

 

 そしてその場面が訪れ、レンは目を点にし、葉山は苦笑しながら八幡の肩を叩いた。

 

「比企谷は、その女の子を立派に守ったんだな」

「お、おう、フォローありがとな……」

「しかしこれ、何度見ても凄いよね、人がサッカーボールみたいに飛んでくなんて……」

 

 そんなハルカの言葉に、八幡は淡々と言った。

 

「まあALOとGGOじゃ、リリース時期の関係で、そもそものステータスが違うからな」

「なるほど、だからこんなに強いんだね」

「まあそういう事だ」

 

 そして動画を見終わった後、葉山は真面目な顔で八幡に言った。

 

「で、あの殺人事件に関わったって、どういう事だ?」

「実はあの事件で狙われた奴の中に、俺の仲間が一人いたんだよ、

それとは別に、このゆっこと遥の仲間が現実で殺されそうになってな」

「そ、そうなのか?」

「うん、その人ゼクシードさんって言うんだけど、大丈夫、比企谷に助けてもらったから」

「メディキュボイドってのの力でね」

「メディキュボイド……そうか、あれを使ったのか……」

「で、俺の仲間の方は、今まさに襲われそうになっていた所に乗り込んで、

無事助ける事に成功したんだよ、実行犯の少年Aってのがそいつの事だ」

「そうか、少年Aは、比企谷が捕まえたのか……」

「あいつも俺達の仲間だったはずなんだけどな、残念だよ……」

 

 そんな八幡の手を、香蓮がきゅっと握った。

その顔はとても心配そうであり、八幡はそんな香蓮に笑顔で尋ねた。

 

「ん、どうした香蓮」

「その人を助ける為に仕方なかったんだろうとはいえ、あんまり危ない事はしないでね」

「ああ、ごめんな心配させて、気をつける」

 

 そんな二人の姿を見て、葉山はゆっこと遥にそっと囁いた。

 

「なぁ、香蓮さんってもしかして……」

「うん、そういう事みたいだよ」

「相変わらず比企谷ってモテるよね」

「そうか、明日奈さんが悲しんでいなければいいんだが」

「あ、それは大丈夫っぽいよ、仲良しだって聞いた」

「あの子も大変だよね、比企谷の大奥を仕切らないといけないんだし」

「大奥か」

 

 その言葉に葉山は苦笑しながら、再び八幡の肩を叩き、こう言った。

 

「比企谷、頑張れよ」

「ん?何がだ?」

「まあ色々だな」

「……お、おう、よく分からないが、頑張るわ」

 

 そして暗い話はそこまでとなり、話は次の同窓会の話へと移った。

 

「なるほど、サプライズをね」

「おかしな派閥が出来ないように、俺達が仲直りして、

今は友達だって事を周知させたいってのもあるんだよな」

「そうだね、せっかくの同窓生なんだ、出来れば仲良くしたいしね」

「だな」

 

 そう八幡が同意したのを見て、葉山は改めて、八幡の変化を感じた。

 

「まさか比企谷の口から、他人と仲良くなんて言葉が出るとはね」

「だよねだよね」

「もう高校の時とは別人だよね、もしかして、中の人が変わった?」

「中の人って何だよ、まあ俺もそれなりに苦労してきてるからな、

敵対する人間は少ない方がいいというのは、骨身にしみてる」

 

 その微妙に捻くれた言い方に、ゆっこと遥が反応した。

 

「そこはまだ打算が入るんだね」

「まあでもあんたらしくていいんじゃない?」

「全ての人と心から仲良くってのは俺には無理だからな、

それならせめて、普通の関係でいられれば、仲間を守る事も容易くなる、

そう思うようになっただけだ」

「はいはい、そうだね」

「これからも頑張んなよ、仲間の為に」

「ああ、もちろんだ。だからお前らも、困ったらいつでも俺を頼ってくれよ、

俺に助けられる事なら、甘やかさない範囲で助けるからな」

 

 突然そんな事を言われたゆっこと遥は、驚きのあまり固まった。

 

「ん、どうしたんだ?」

「あ、いや……えっと……」

「不意打ちすぎるでしょ……」

「何がだ?何かおかしな事を言ったか?っておい、どうしちまったんだよお前ら……」

 

 二人は目を潤ませており、八幡はそれを見て狼狽した。

 

「わ、悪い、また俺は、何かお前らを悲しませる事を言っちまったか?」

「もう、そんなんじゃないって」

「うんうん、仲間認定がちょっと嬉しかっただけだから、悲しいとかじゃないから」

「そ、そうか、それならいいんだが……」

 

 そんな三人を、葉山と香蓮が暖かい目で見つめていた。

 

 

 

「それじゃあ比企谷、戸部と相談して、早いうちに同窓会を企画するよ」

「悪いな、仕事を押し付ける事になっちまって」

「大丈夫、戸部に色々頑張ってもらうから」

 

 葉山は冗談めかしてそう言い、そんな葉山に八幡は言った。

 

「まああいつとは、明日会うんだけどな」

「そうなのか?じゃあ戸部にも宜しくな。今日は貴重な話を聞けて楽しかった、

本当にごちそうさま、またな、比企谷」

「うちらもありがとね、比企谷」

「ごちそうさま!」

「ああ、二人もまたな」

 

 そして三人と別れた後、八幡は香蓮を自宅へと送る事にした。

 

「そういえば今頃は、うちの学校の理事長が北海道で、

香蓮の親父さんと話をしている頃だな」

「えっ、そ、そうなの?」

「ああ、色々と仕事の話でな」

「理事長さんとは一度会ったけど、学校の理事長がどうしてうちとお仕事の話を?」

 

 そう香蓮に言われた八幡は、その疑問に納得し、こう説明した。

 

「ん、ああ、香蓮は知らなかったのか、うちの理事長な、雪ノ下建設の人なんだよ」

「あ、ああ~、そういう事だったんだ!」

「まああの人に任せておけば、交渉事はどんな事でも問題ないはずだ」

「そんなに凄い人なの?」

「まあそうだな、でもまあとりあえず、進捗状況を電話で尋ねてみるわ」

 

 そして八幡は北海道にいる朱乃に連絡を入れた。

 

「ああ、理事長ですか?は?おい、最初の言葉がそれかよ、寂しい訳ないだろうが!

で、小比類巻社長との話はどうですか?はぁ、はぁ、まあ当然ですよね、

何も心配はしてませんでしたよ、俺は理事長を信頼してますからね。

え?ご褒美?いつも優しくしてるじゃないですか、あれ以上どうしろと……

ああ、お土産ですか、何か気を遣わせてすみません、それじゃあええと、

ドラキュラの葡萄、ソフトカツゲン、リボンナポリンをお願いします、

調べて興味が沸いたので、どんな味なのか試してみたいんですよ。

無理なら何も無しでもいいですからね。って、今ファイヤの声が聞こえましたけど、

今そこにいるんですかね?もしそうならこう伝えて下さい、

『一時的に負担をかける事になってすまない、

政府からも頼まれているから、色々と落ち着いたら仕事の半分は受け持つから、

それまで頑張って耐えてくれ』って。

まあ皮肉ですけど、理事長そういうの得意ですよね?言い方とかはお任せしますから。

それじゃあ今から香蓮を家まで送っていくので、電話を切りますね、はい、また学校で」

 

 こうして理事長との電話を終え、八幡は香蓮に向き直った。

 

「どうやら話はまとまったみたいだ………って、香蓮?」

「は、八幡君、なまらかわいい………」

 

 香蓮がそう呟きながら、必死に笑いを堪えていた為、

八幡は恥ずかしさを覚えつつも、香蓮に尋ねた。

 

「な、何かおかしかったか?」

「お、お土産でその名前が出てくるなんて思わなかったから……」

「あ、そういう事か、香蓮にはありふれた物ばかりなのかもしれないが、

調べてみて興味が沸いたんだよ、べ、別にいいだろ」

「う、うん、別に悪くないよ、なまらかわいいって思っちゃっただけだから」

「そ、そうか」

 

 こうして食事会も終わり、明日はいよいよ合コンの日である。

八幡は、今日みたいに平和に終わればいいなと思いつつ、

何も問題が起こりませんようにと、神に祈るのだった。




本日は12時にもう1話投稿しています、ご注意下さい!


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第487話 初めての合コン

「ヒッキタッニく~ん!」

「戸部、今日はありがとな」

「戸部君、久しぶりだね」

「明日奈さんもご機嫌うるわしゅう、お久しぶりぶりぃ!」

「戸部君は相変わらず元気だよね」

「それだけが俺の取り柄っしょ、それにしても今回は、いきなり連絡が来て何かと思ったら、

まさかの合コンの誘いでひっくり返ったっしょ」

「だよなぁ、やっぱり俺が合コンなんて、イメージが合わないよな……」

「あ~、二人とも、もしかして合コンは初めて?」

 

 戸部のその質問に、八幡と明日奈は頷いた。

 

「まあそれも当然かぁ、扱いとしてはまだ高校生だしねぇ」

「戸部は合コンとかよく誘われるよな?」

「そりゃまあねぇ、基本は盛り上げ役って感じかな」

「その調子で今日も頼むわ、まあ今日の相手はちょっと特殊だけどな」

「そうそうそれそれ、さすがの俺も、

自衛隊のお姉さん方と何を話していいかはちょっと分からないっしょ、

一応それっぽい事は色々調べてきたけどね」

 

 さすがの戸部も、今回ばかりは勝手が違うようで、自信無さそうにそう言った。

 

「まあ例えば銃の話題でも、知らないなら知らないなりに、

質問をして答えてもらったら褒めるとか、色々やりようはあるんじゃないか」

「他の二人もそっち系は詳しいから、戸部君も気楽にね」

「となると、俺だけジャンル違いって事になるのか、まあでも何とかなるっしょ!」

「だな、なるなる」

「うんうん、なるなる」

 

 二人は戸部に同意し、それによって自身の不安をも打ち消そうとした。

さすがの二人も、合コンは初めてな為、やはり不安があるようだ。

 

「それよりも俺としては、どんな人が来るのか興味津々なんだよね」

 

 その戸部の疑問に、八幡は自信を持ってこう答えた。

 

「一人は分からないが、残り二人は間違いなく美人だから安心してくれていい」

「八幡君は、その中でも黒川さん押しなんだよね」

 

 明日奈が先日の中継の事を思い出してそう言った。

 

「いや、あの人はかなりの毒舌家らしいからなんとも……

って明日奈、まだ拗ねてるのか?もうそろそろ勘弁してくれ……」

 

 八幡は、明日奈がほほを膨らませているのを見てそう言った。

 

「つ~~~ん」

 

 だが明日奈はあえて口に出してそう言い、不満を表明した。

その行動を見るに、どうやら本気で怒っている訳では無さそうだ。

 

「おい……」

「え、なになに?ヒキタニ君何かやらかしたん?」

「ちょっと他の女の子の胸やおしりを触ったり、胸に顔を埋めたりしただけだよね~?」

 

 明日奈のその言葉を聞き、戸部はニヤニヤしながら八幡に言った。

 

「うわお、ヒキタニ君ったらだいた~ん!」

「ち、違う、あれはあくまで不可抗力だ、俺はそんな事まったく望んだりはしていない」

「ふふっ、まあ私と南のお願いを何か聞いてくれるって約束してもらったし、

これ以上蒸し返すのはやめておいてあげようかな」

「お、おう……そうしてくれると助かるわ」

 

 そして二人の話が落ち着いたのを見計らって、戸部が八幡にこう尋ねてきた。

 

「で、ヒキタニ君が、さっき言ってた黒川さんにそういう事をしたって事?」

「ち、違う、さっき言ったのは、全部ゲームの中での事故であり、

俺にはやましい気持ちはまったく無い。黒川さんの件については、実は先日ゲームの中で、

今日の参加者の安岐さんか黒川さん、どちらかだと思われる人物と遭遇してな」

「ふむふむ」

「で、その時こう言われたんだよ、二人のうち、美人な方が私よってな」

「うっわ、それって間違えたら死ぬパターンじゃね?」

「お、おう……だよな……」

「で、結果はどうだったん?」

「まあ何とか当てて、命拾いしたわ……」

「おおう、それはまさに奇跡の生還っしょ!」

 

 そんな雑談をしているうちに、二人の青年が、八幡達に声を掛けてきた。

 

「八幡、明日奈さん、待たせて申し訳ない」

「ふう、間に合ったわ……」

「いや、二人はバイトだったんだろ?一応余裕を持って時間設定してあるから大丈夫だ」

 

 それはもちろん闇風こと山田風太と、薄塩たらここと長崎大善であった。

 

「いやぁ、それなら良かったよ」

「女性を待たせる訳にはいかないもんなぁ」

 

 そんな二人に八幡は、戸部の事を紹介した。

 

「こちらは戸部翔、俺の高校の同級生だ、こちらは山田風太と長崎大善、まあ戦友かな」

「おおっと、戦友来たあ!戸部翔です、今日はヨロシクぅ!」

「山田風太だ、宜しく!」

「長崎大善です、宜しくお願いします」

「さて、そろそろ黒川さん達も来ると思うんだが……」

「ちょ、ちょっと緊張するな……俺、筋肉には自信無いし……」

 

 そう呟く風太の肩を叩きながら、八幡は笑顔で言った。

 

「心配するなって、そんな部分を気にするのは多分一人だけだと思うしな」

「一人はするのか」

「あ~……ほら、お前らも見ただろ?

あのクリンって人、自分より強い人が好みらしいからな」

「あ、ああ~!」

「あの人か!」

「あの人なら、凄い筋肉とかしてそうだけど……」

「そこは正直俺もまだ見た事が無いから分からないけどな」

「怖い人じゃなければいいけどなぁ」

「何?そんなに強い人が来るん?」

 

 その二人のビビリっぷりに、八幡と明日奈は苦笑し、

戸部は話が分からないので、そう尋ねてきた。

 

「そうだな、多分喧嘩ならこの中で一番強いだろうな、

いや、見える範囲にいる人の中で一番強いかもしれん」

「うっはぁ、格好いいじゃない」

「まあ楽しく話せればいいな」

「八幡く~ん!」

「ごめんなさい、お待たせ!」

 

 その時八幡に、そう声が掛けられた。そこには黒川茉莉と、安岐ナツキがおり、

その後ろにもう一人いたのだが、その女性は小さすぎて、八幡からはよく見えなかった。

 

「いえいえ、まあ今来た訳じゃないですが、全然待ってないですから気にしないで下さい」

「ごめんね、出る直前に、視察に来ていた閣下に捕まっちゃって、色々聞かれてたのよ」

「ああ、あの人らしいですね……」

 

 そして八幡は、二人の後ろにいた女性に目を向けた。

 

「ええと、それでそちらがもしかして……」

「ああ、ええそうよ、クリンこと栗林志乃」

 

 その言葉を合図に、茉莉の後ろからひょこっと志乃が顔を出した。

志乃は八幡の顔を見て、にひっと笑うと、獲物を見つけた獣のような目で八幡の手を握り、

ぶんぶんと上下に振った。

 

「いやぁ、やっと会えたね、まさか私が負けるなんて思ってもいなかったよ、

うんうん、いいねいいね、今日はとことん殺りあおうね」

「やりあおうの意味が分からない上に、発音が微妙に気になりますが、

楽しもうの間違いって事でいいですかね?」

「ああ、うん、楽しんで殺りあえればそれに越した事は無いよね」

「あ、ええと……そうですね」

 

 八幡は色々と突っ込みたいのを我慢した。そしてお互いのメンバーの事を紹介し、

最後に明日奈が挨拶をすると、茉莉達三人は、目を輝かせて明日奈を取り囲んだ。

 

「うわぁ、自衛隊にはいないタイプ、いいなぁ、私もこういう子に生まれたかったなぁ」

「何を言ってるんですか、志乃さんは凄くかわいいじゃないですか」

「私も昔はこんな感じだったんだけどなぁ」

「私がもう少し年をとって、眼鏡をかけたらナツキさんみたいになるんじゃないですかね」

「羨ましいわ、私はどうしてもきつい女だって思われがちだから……」

「そんな事無いです、茉莉さんのその艶やかな黒髪、凄く素敵です!」

 

 さすがというか、明日奈は三人に囲まれながらもそつなく対応し、

それで三人は笑顔になり、場の雰囲気も和やかさをキープしていた。

 

「それじゃあ予約した店に案内しますね」

 

 六人は歓談しながら八幡と明日奈の後に続き、

店に到着すると、そのまま個室に案内された。

 

「とりあえず適当に座っちゃいますか、席替えはいつでも出来ますしね」

 

 八幡の言葉で、適当に男女別に座ると、

その直後にいくつかの軽めの料理が運ばれてきた。

 

「口が寂しくならない程度に、あらかじめいくつか料理を注文しておきました。

まあ全然足りないと思うので、残りは好きな物を頼んで下さい、

そういうのをわいわい選ぶのも、楽しいと思うんで」

 

 その直後にとりあえずといった感じでビールが運ばれ、一同はそのまま乾杯をした。

八幡は明日奈にビールが飲めるのか気にしており、

もっと飲みやすいものを注文してもらおうとしたのだが、

明日奈がビールの味がどんなものか知りたいと主張したので、

そのまま乾杯という事になったのだった。

 

「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」

 

 そしてビールを一口飲んだ明日奈は、渋い顔で言った。

 

「……………苦い」

「あんまり無理するなよ、別にどうしても飲まないといけないものでもないからな」

「そうそう明日奈さん、好きな物を飲めばいいんだって」

「うん、ありがとう、そうさせてもらうね」

 

 その半端なビールは、八幡が飲む事になった。

そして始まった会は、思ったより順調であった。

GGOの話題など、一般的ではない話題が混じるのは、これはもう仕方ないと思われたが、

そっち方面に詳しくない戸部も、さすがは場数を踏んでいるだけの事はあり、

上手くその話に合わせ、場が盛り下がらないように上手に調整してくれていた。

 

「で、栗林さんは、最初は嫌々やってたけど、やってるうちに楽しくなってきちゃったと」

「そうなの、最初は正直、こんなの所詮ゲームでしょって馬鹿にしてたんだけど、

やってるうちに、やりすぎてもここじゃ怒られないんだって分かって、

それから楽しくなっちゃったんだよね、にひっ」

「俺達もあの大会は見てたけど、栗林さん、すごい活躍してたもんなぁ」

「結局八幡君に負けちゃったけど、あの戦いは本当に楽しかったなぁ」

 

 志乃が八幡の方を見ながらそう言い、それを見ていた戸部がこう尋ねてきた。

 

「ヒキタニ君が強いのは知ってるけど、栗林さんはどのぐらいの強さなん?」

「この子は格闘徽章持ちだから、かなり強いわよ」

「それって免許みたいなもん?」

「そうね、柔道の黒帯みたいな物かしらね」

「なるほど、分かりやすいっしょ!」

 

 その時風太が、志乃をじっと見ながらこう言った。 

 

「でも栗林さんって、体格は小柄だし、

こうして見てると、とてもそこまで強そうには見えないんだけどなぁ」

「明るくてかわいいしね、ね?八幡君」

「ん?ああ、そうだな」

 

 明日奈にそう褒められた志乃は、もじもじしながら言った。

 

「またまたぁ、お世辞ばっかり」

「お世辞じゃないさ、お前らもそう思うよな?」

「うん、思う思う」

「間違いないね」

「スタイル良すぎでしょう!」

「まあ確かに、この子の胸はもはや凶器よね」

「ちょ、ちょっとナツキちゃん」

 

 突然ナツキが志乃の胸を揉みだし、男性陣は思わず目を背けた。

 

「あなた達もそう思うわよね?ね、八幡君?」

「お、俺に振らないで下さいよ、おい明日奈、何とか言ってやってくれ」

 

 そう話を振られた明日奈は、目を輝かせながら志乃に言った。

 

「うわぁ、うわぁ、私も触ってもいいですか?」

「もちろんいいわよ」

「ちょ、ちょっと、何で茉莉ちゃんが許可するのよ!」

「やった!」

 

 明日奈は許可を得て、志乃の胸をもみ始めた。

 

「うわぁ、うわぁ、姉さんや優里奈ちゃんクラスかなぁ」

「あら、明日奈ちゃんの周りにこのクラスの胸の持ち主がいるの?」

「うん、まあ何人かは」

「やっぱり羨ましい?」

「う~ん、確かにちょっと前までは羨ましかったけど、

私の胸ですら、八幡君はあまり見てこないし、

他の子に聞いても視線を感じないって言うから、

八幡君は胸の大きさにあまり拘りが無さそうだなって思って、

そう考えたら、今の私くらいでいいかなって思うようになったかも。

胸の大きい仲間を見てると、やっぱり肩こりとかしんどそうだし」

「え、八幡君ってもう枯れてるの?」

「悩みがあるなら私が相談に乗るわよ?」

 

 ナツキと茉莉は、驚いた様子で八幡に尋ねた。八幡はその申し出を慌てて断った。

 

「いやいや、全然問題ないですから、俺は大丈夫ですから」

「本当に?隠さなくてもいいのよ?」

「本当にです、大丈夫です」

 

 その頃やっと解放された志乃も、その会話に加わってきた。

 

「確かに八幡君からは、そういった視線をあまり感じなかったわね」

「他の人からは?」

「あ、明日奈さん、その質問はNGだから!」

 

 だが時既に遅し、志乃はニヤニヤしながら明日奈にこう答えた。

 

「一番視線を感じるのは風太君、次が大善君、最後に戸部君の順番ね」

「うわああああああ」

「どれくらいの差なんだろう……」

「よっしゃ、俺、紳士っしょ!」

「ナツキちゃんと茉莉ちゃんはどう?」

「私も順番で言えばその順番だけど、まあそんなに気にならないかな、

何ていうの、たまに街で感じるような、不愉快な視線じゃないしね」

「私は顔を見られている事の方が多く感じるわね、ほら、私って志乃よりも美人だから」

「うわ、そういう事自分で言う?」

「仕方ないわね、事実なんだから。あなた達もそう思うでしょ?」

 

 そう言われて素直に頷けるはずもなく、三人は顔を引きつらせながらも何とか誤魔化した。

八幡は、自分に火の粉が飛ぶのを恐れ、目を合わせないようにメニューで顔を隠していた。

そして八幡は、そのまま助けを求めるかのように、明日奈の腰をちょんちょんとつつき、

それを受けて明日奈は、話題を変える為にこう言った。

 

「こ、この中だとナツキさんが一番戦ってるイメージが沸かないんですけど、

やっぱり後方勤務がメインなんですか?」

「そうねぇ、私はそんな感じかな、でも二人には悪いけど、まあ茉莉と志乃よりは、

私の方が男性との出会いの機会は多いと思うわ」

「私もどちらかというと後方勤務の方が多いと思うけど、

ナツキほどじゃないのは確かね。だからこういう機会は本当に貴重なのよね」

「私はそういうのはまったく無いから、今日誘ってくれた茉莉ちゃんには感謝しかないよ」

「あなたはそれなりに、男連中と飲みに行ったりしてるじゃない」

「それはそうなんだけど……みんな私より弱いんだもん」

 

 その志乃の言葉に、男性陣は頬をひくつかせ、茉莉は呆れた顔でこう言った。

 

「あなたは人一倍恋愛に憧れている癖に、毎回その相手に腕試しを申し込んで、

そのまま勝っちゃって、いい相手がいないいないって騒いでるだけじゃない……」

「だって、私を守ってくれるような人が好きなんだもん」

「富田君とか、いくらでも強そうな相手はいるじゃない」

「ああいうのは好みじゃないの、私はもっと精悍で、

それでいてこうスラッとした細面な人がいいの!」

「ほらね、こういう子なのよ」

 

 茉莉は苦笑しながら肩を竦め、他の者達も困ったような顔をした。

 

「とにかく筋肉ダルマは嫌なの!」

 

 そうじたばたする志乃に苦笑しながら、

それでも何とかしてやりたいと思ったのか、八幡がこう言った。

 

「栗林さん、その強さって、何ていうか、肉体的な強さだけが基準でいいんですかね?」

「というと?」

「例えば今、ありえないけどここでゾンビパニックが起こったとするじゃないですか」

「ふむふむ」

「そうすると、戦う手段ってのは、例えばその辺りに転がってる鉄パイプとか、

交番の警官が持ってる銃とか、そのくらいですよね」

「うんうん、確かに間違っても格闘は出来ないよね、触るのは気持ち悪いし」

「その状況だと、格闘技術って必ずしも重視すべき要素じゃないですよね?」

「で、でも弱いよりは強い方が……」

 

 その反論に、八幡は頷きながら言った。

 

「俺が言いたいのは、ケースによって求められる強さが変わるって事です、

例えば平和な時には経済力、戦争時には銃の扱いの上手さ、

ゾンビが相手なら的確な判断力とサバイバル能力、それに勇気、

だから栗林さんも、直接的な強さだけじゃなく色々な面から相手の強さを見るようにすれば、

その中にはきっと、栗林さんの事を心から大切に思い、守ってくれた上で、

幸せにしてくれるいい男が混じってるかもしれませんよ」

「お、おお…………」

 

 志乃はその言葉に感動したように呟いた。

茉莉とナツキは、そんな八幡を感心したように見つめていた。

 

「それは確かにそうかもしれない!」

「まあそういうピンチの時に発揮される能力は、普段は表に出てきませんから、

探すのはちょっと苦労するかもしれませんけどね」

「あは、確かにね、まあそれでも、

私とそれなりに腕相撲とかで張り合えるくらいの腕力は欲しいかなぁ」

「まあそれはそうですよね、もしあれなら、こいつらで試してみます?」

「お、いいねいいね、私は誰の挑戦も受けるわ!」

 

 こうして志乃と、風太、大善、翔の三人が腕相撲をする事になった。

そんな四人を見ながら、八幡は茉莉とナツキに言った。

 

「それじゃあ俺達は、それを肴にちょっとのんびりしますか」

「そうね、少しは粘ってくれると盛り上がるのだけれど」

「どうですかね、銃での戦いなら、

風太と大膳はそう簡単には栗林さんには負けないはずなんですけどね」

「あの二人ってそれなりに有名なプレイヤーだったりするの?」

「ああ、お二人はBoBの時に見たんじゃないですかね」

「風太君が闇風で、大善君が薄塩たらこだよ」

「あら、凄いじゃない、GGOではベストテンに入るプレイヤーだったのね」

「そういう事ですね、お、始まりますよ」

「あ、今のうちに次のお酒の注文しよ、茉莉」

「そうね、食べ物も追加しておきましょう」

 

 そして四人は、のんびりとその様子を観戦し始めた。



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第488話 明日奈さんお気を確かに

 そして始まった腕相撲、先鋒の風太は、案の定志乃に瞬殺された。

 

「くっそ、速度重視の俺にはやっぱりきつかったか……」

「ふふん、まだまだだね」

「相手が相手だからまあ仕方ないんだが、

お前ももうちょっと鍛えておけよ、体が資本だからな」

「返す言葉も無いわ……」

 

 次鋒の大善は、思ったより粘ったが、それでも風太とは数秒の差しかなかった。

 

「うう、強え……」

「もうちょっと歯ごたえが欲しいわね」

「大善、一緒に少しでもトレーニングしようぜ」

「そうするか……」

 

 最後の戸部は、さすがは運動部だけあり、それなりにいい勝負をした。

 

「くっ、女の子に負けたのは初めてっしょ」

「でもいい線いってたよ、戸部君って何かやってるの?」

「俺ってばサッカー部だから、やっぱり腕よりは足の方が得意なんだよね」

「なるほどね」

 

 そう言いながら志乃は、飲みかけのビールを飲み干し、力こぶを作った。

 

「まあ腕力ならそうそう負けないわよ」

「おお」

「ちょ、ちょっと触ってみていいですか?」

「うん、いいよぉ」

 

 三人は志乃に許可をもらい、志乃の腕をさすった。

 

「く、くすぐったい」

「凄い筋肉だなぁ……」

「おう、これは負けるわ」

「俺もそれなりに上半身も鍛えてるんだけどなぁ」

「も、もう無理……」

 

 志乃はくすぐったさに耐えられず、そこで力を抜いた。

その瞬間に志乃の腕が、女性らしい柔らかさを取り戻し、三人は仰天した。

 

「うおっ……」

「こ、これは……」

「凄えっしょ……」

「ん、三人ともどうした?」

 

 その三人の様子を見て、八幡がそう尋ねた。

 

「どうしたもこうしたもないっしょ、ヒキタニ君も触らせてもらいなって」

「ん、よく分からないが、分かった」

 

 三人はそのまま後ろに下がり、入れ替わるように八幡が前に出た。

 

「栗林さん、俺も確認させてもらっていいですか?」

「うん、もちろんいいよ」

 

 そして栗林の腕を触った八幡も、その柔らかさに驚いた。

 

「うわ、栗林さん、明日奈とほとんど変わらないくらい、柔らかいですね」

「ふふん、そうでしょうそうでしょう、ところがこうすると?」

 

 栗林はそう言って腕に力を込め、さすがの八幡も、その違いに驚いた。

 

「うわ、何だこれ、まさに人体の神秘ってやつですか」

「分かる分かる、本当に不思議だよねぇ」

「たまに志乃と一緒に寝ると、その柔らかさに驚くのよね」

 

 ナツキと茉莉もそう同意し、八幡は志乃にお礼を言って、その手を離した。

 

「ありがとうございます、本当に驚きました」

「それじゃあついでに、私と腕相撲、やってみる?」

「え?あ、そうですね、胸を借りさせてもらいます」

 

 その八幡の言葉を聞いた瞬間に、志乃は自分の胸をアピールするように前に突き出し、

ニヤニヤしながら八幡に言った。

 

「え?八幡君は、この私の胸を貸してほしいと、そう言うのね?」

「い、いや、今のはただの言葉の使い方のせいですって、

腕、そう、腕を借りさせてもらいます!」

 

 八幡はそう言いながら、少し心配そうな顔で明日奈の方を見た。

だが明日奈は特に怒っているようには見えず、逆に大笑いしていた。

 

「あはははは、八幡君の弱点って、やっぱりそういうところだよね」

「おい明日奈、そのくらいで……」

「あ、八幡君って、やっぱりこういうお色気攻撃に弱いんだ?」

「ふ~ん、そうなのね」

「でもいざとなったら平気でクリンちゃんの胸に顔を埋めたり出来るよな?」

「あ、それ分かるわ、八幡って普段は本当に女性の色気に弱いけど、

いざ戦いの時とかになると、平気で胸に触ったり出来るよな」

「ヒキタニ君、男らしいっしょ!」

「あ~、聞こえない聞こえない、何も聞こえないわあ」

 

 八幡は棒読みでそう言うと、平然とした様子で志乃と向かいあった。

志乃も不敵に笑い、その手をとったが、そんな八幡の手が羞恥でぷるぷると震えていた為、

志乃は思わず噴き出し、その隙を突いて、八幡は腕に力をこめ、

志乃の手の甲を一気にテーブルに触れさせた。

 

「わっ」

「はい、俺の勝ちっと」

「ず、ずるい!今のなし!」

「挑戦は受けない事にしてるんで」

「だ、だったら私の腹筋を八幡君にだけ触らせてあげるから!」

「それがどうして交渉材料になると思ったんですかね……」

 

 八幡は呆れた声でそう言ったが、そんな八幡に明日奈が言った。

 

「そ、それなら私が代わりに……」

 

 どうやら明日奈は、志乃の腕にも興味津々だったらしく、

この機会にと思い切ってそう言ってみたようだ。

 

「そうか、それじゃあ明日奈に任せるわ」

 

 その八幡の言葉を聞いてすぐに、明日奈は興味津々で志乃の腹筋を撫で始めた。

 

「ふわっ……固い、そして柔らかい!八幡君、これ、凄いよ!」

「そ、そうか、良かったな明日奈」

「ほら、八幡君も早く触って触って」

「ちょ、明日奈、何を……おわっ」

 

 明日奈に強引に引っ張られ、八幡は志乃の腹筋に手を押し当てる格好となった。

そんな八幡の手を志乃が掴み、自慢げに自分の腹筋を撫でさせた。

 

「どう?力強さの中に、女らしさの残る、ナイスな腹筋でしょ?」

「は、はぁ、結構なお手前で……」

「だよね、結構なお手前だよね、八幡君!」

 

 この時点で八幡は、明日奈の変化に気付くべきだったのだろうが、

まさかの八幡も、ハッキリした口調で話している明日奈の記憶が既に飛んでいるなどとは、

想像する事だに出来なかった。先ほどの笑いも、実はそのせいであった。

そして明日奈の願いを叶えた為、八幡は負けが確実の勝負に挑む事になった。

 

「さて、レディー……ゴー!」

 

 そのまま明日奈が勝負開始の合図を出し、八幡は今度こそ本気で勝負に挑んだ。

八幡は今でもそれなりに鍛えており、実は脱ぐといい体をしているのだが、

そんな八幡でも、志乃のミラクルマッスルには敵わなかったようだ。

 

「おっ……これは中々……」

「余裕……あります……ねっ」

「いや、実はそこまで余裕は無いよ、気を抜くと持っていかれそうになるし」

「そう……です……かっ!」

 

 ここで八幡は勝負に出た。その甲斐あってか、徐々に志乃の手が押されていく。

だがここで志乃も本気を出した。

 

「負けないわよ!」

 

 そして徐々に八幡が押されていき、遂に八幡の手の甲がテーブルに付いた。

 

「くっ……」

「よっしゃ、私勝利!でも八幡君、かなり鍛えてるんだね、必要ない気もするけど、何で?」

「あ、それはですね、え~と……聞いてるかもしれませんけど、

俺ってSAOサバイバーだったんで、こっちに戻ってきた直後はガリガリだったんですよ、

で、そんな自分の体を見て怖くなっちゃって、

それから鍛えてないと不安で仕方なくなっちゃったんですよ」

「あ、そっか、そういう事だったんだ……」

 

 その説明を聞いて、ナツキがこう言った。

 

「若干PTSDぎみになっているのかもしれないわね」

「ですね、まあでもこの程度で済んでるんで、健康の為にもまあいい事ですし、

これはこれでいいかなって思います。でもそれだけ鍛えてても、敵いませんでしたね」

「まあ八幡君もいい線いってたわよ、

うん、私を幸せにしてくれそうだし、結婚してもいいくらいにね」

「え?あ、いや、冗談はそのくらいで……」

「別に冗談じゃないんだけどなぁ」

「それは許しません」

 

 その時横からそんな声が聞こえ、突然志乃の目の前に、箸が突き出され、

志乃はそれに驚き、思わずしりもちをついた。

そこには威厳たっぷりの表情で志乃を見下ろす明日奈の姿があり、

志乃はその気迫に飲まれ、少し後じさった。

 

「や、やだなぁ、冗談だってば」

「いいえ、今のは六十六パーセントの割合で本気が混じっていたはず」

「こ、細かっ!そして読みが正確すぎる!」

「お、おい明日奈、冗談に決まってるだろ、とりあえず落ち着け、な?」

「八幡君は黙ってて」

 

 明日奈は八幡にそう言い放つと、一歩前に出た。

後ろからは他の者達が、必死に志乃に、誤魔化すようにゼスチャーを送っていた。

そして志乃は、駄目元のつもりでこう言った。

 

「あ……」

「あ?」

「あ、愛人で我慢するので勘弁して下さい!」

 

 その言い訳を聞いた他の五人は、志乃のポンコツっぷりに天を仰いだが、

明日奈はその言葉を聞いた瞬間、天使のような笑顔になり、志乃に言った。

 

「なんだぁ、それならいいんだよ、早速志乃さんの着替えを、

八幡君のマンションに置いておかないとね。今は二十二人分の着替えが置いてあるんだけど、

ちゃんと志乃さんの分のスペースは空いてるから、安心してね!」

「あ…………」

「あ?」

「あ、ありがとうございます………」

「ううん、そういうのの管理は私の仕事だから、これからも何かあったら気軽に相談してね」

「あ、うん、分かった……」

 

 この展開には、八幡を含めて誰もついていけなかった。

その直後に明日奈は、元の席に戻り、何もなかったかのように平然とした顔をしていた。

 

「ん、みんなどうしたの?」

「い、いや……」

「明日奈さんまじぱねえっしょ!」

「え?そ、そう?」

「実は八幡より強いんじゃねえの?」

「いや、まあ力関係はそうかもしれないが……」

 

 一方志乃は、ナツキと茉莉に慰められていた。

 

「ふえええん、怖かった……」

「もう、調子に乗るからよ」

「明日奈さん、恐ろしい子……」

 

 

 

 その個室の様子をこっそり伺う者達がいた。

 

「いやぁ、まさかあいつがあんな事になるとはなぁ……」

「あの栗林を怖がらせるとは……」

「いやぁ、俺も一瞬びびりましたもん、あれはやばいっすよ!」

「まああれなら栗林の事は放っておいても大丈夫……ですかね?」

 

 その四人組は、そう言って、隣の個室へと入っていった。

 

「でも何かおかしな話になってませんでしたか?」

「愛人とか何とか言ってたな、しかも二十二人の着替えって、どういう事だ?」

「事情を知ってる人に聞いてみるべきじゃないっすかね」

「よし、トイレに行くのを見計らって、こっちに引き込もうぜ」

「顔を出すつもりは無かったですけど仕方ない、そうしますか」

 

 

 

「すまん、ちょっとトイレに行ってくる」

「あ、行ってらっしゃい、八幡君」

 

 場の雰囲気も元に戻り、八幡達一行は、和気藹々とした雰囲気に戻っていた。

先ほどの明日奈の件については、後で事情を聞く事にしようと、

明日奈以外の六人の中では意見が一致しており、その事は一時的に棚上げされていた。

そして八幡が席を立った事で、六人に好機が訪れた。

最初に口を開いたのは、もちろん志乃だった。

他ならぬ彼女自身の今後に関する事でもあり、残り五人からのプレッシャーもあり、

志乃は勇気を出して、明日奈に話しかけた。

 

「ね、ねぇ明日奈ちゃん」

「どうしたんですか?志乃さん」

 

 その明日奈の顔は、先ほどの迫力をまったく感じさせないほど穏やかであり、

志乃は安心しつつも、言葉を選びながら先ほどの件について明日奈に質問した。

 

「えっと、ちょっと確認しておきたい事があるんだけど……」

「はい、何ですか?」

「さっき言ってたマンションとか、二十二人とかいうのの詳しい説明がまだだったから、

この機会に勉強しておきたいな、なんて……」

「ああ、その説明がまだでしたね、マンションっていうのは、

八幡君がソレイユの近くに借りている、帰れなくなった時用のマンションですね、

まあほとんど利用されていなかったんですけど、

今度部屋の管理人をしてくれる仲間が出来たんで、

この機会に他の子も気軽に泊まれるようにしようって、みんなで色々手を入れたんですよ、

その女の子の総数が、全部で二十二人いるんですよね」

「あ、それじゃあ簡易宿泊施設みたいなもの?」

「そうですね、八幡君と二人きりで泊まるのは禁止ですし、

もしそうなっても、隣の部屋に住んでいるその管理人の子が一緒に泊まってくれますし、

女の子が泊まる時は八幡君はリビングのソファーベッドで寝るから倫理的にもセーフだし、

まあ無料で気軽に使えるホテルみたいなものですね」

 

 その説明を受け、ナツキと茉莉は、その異常性に驚きつつも、

八幡ならさもありなんと、ある意味納得した。ちなみに風太と大善は、血の涙を流していた。

 

「な、何だそのハーレムは……」

「でも寝る時の部屋は別々なんだよな?」

「ばっかお前、それまでは一緒って事じゃないかよ!

しかもプライベートスペースだから、女の子達も相当無防備な格好をしてるだろ!」

「そ、そうか……そう言われると確かに……」

「何故俺達の間にここまでの差が……」

「くぅ……俺もいつかそんなマンションを持ってみてえええええええ」

 

 そして戸部は、一人うんうんと頷いていた。

 

「ヒキタニ君はもう、ヒキタニさんとかそういうレベルを軽くぶっちぎってるっしょ、

これはヒキタニ神と言ってもいいレベルだべ」

 

 ちなみにこの反応の差は、女性経験の差である事は言うまでもない。

 

 

 

「うわっ、な、何だ?」

「大人しくこちらに来てくれ、大声を出さないようにな」

 

 そしてトイレからの帰り、八幡は、屈強な男達に隣の部屋へと押し込まれた。

 

「くっ……油断した、まさかジョニーブラックか?」

 

 八幡はそう言うと、懐に忍ばせてあった警棒を抜き、シャコッとそれを伸ばした。

 

「待った待った大将、俺だよ、俺」

「あれ、伊丹さん?それに……え?閣下!?」

 

 そこには伊丹と共に、先日会った嘉納の姿があり、八幡は目を見開いた。



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第489話 嘉納の願い

「さすがだな比企谷君、常在戦場ってか?いい心構えだ」

「ど、どうして閣下がここに?」

「いや、実はな、栗林が暴走した時に止めようと思って、隣の部屋で待機してたんだよ」

「わ、わざわざその為にですか?何かすみません……」

「いや、まあこいつらの慰労も兼ねてだから、それは別にいいんだ。

で、聞きたい事が出来ちまったから、ここに来てもらったと、まあそういう訳だな」

「聞きたい事……ですか?」

「ほら、さっき言ってただろ?マンションがどうだとか」

「あ、ああ!」

 

 そして八幡は、マンションの事を説明し始めた。

 

「……という訳で、あの部屋はもう、ほとんどあいつらの好きにされちゃってるんですよ」

「ほうほう、それはそれは」

「うわ、大将凄いな、さすがにそんなリアルハーレム話は聞いた事が無いわ」

「いや、ハーレムじゃなく、ただの宿泊所みたいなもんなんですけどね……」

「大将、羨ましいっす!でもそこに痺れる憧れるっす!」

 

 そんな八幡に、倉田が泣きながらすがりついた。

 

「あ、その喋り方、もしかしてケモナーさんですか?それじゃあそっちはトミーさん?」

「そうっすよ、ケモナーこと倉田っす、

そしてこれからは大将じゃなく、兄貴と呼ばせてもらいます!」

「え?あ、は、はい」

「富田です、宜しくお願いします、大将」

「あ、これはご丁寧に、こちらこそ宜しくお願いします」

 

 八幡は二人にそう挨拶をし、嘉納の方へと向き直った。

 

「まあそんな訳です」

「なるほどな、って事は、栗林もそこのメンバーに?」

「いや、俺も寝耳に水なんですけど、明日奈がああ言ったからには、

許可が出たも同然って事になるんだと思います……」

「大将には決定権は無いの?」

「いや、俺が何か言えばその通りになるとは思いますけど、

やっぱり女性陣の自治に任せた方が、色々と上手くいくと思うんで……

そもそも俺はメンバーを増やす気は無いですしね」

「ふ~ん、あの子、栗林の事をそんなに気に入ったのかねぇ」

「分かりません、会ったのは今日が初めてのはずですし……」

 

 そして嘉納は、少し考えた後、こう決断を下した。

 

「よし、栗林はソレイユに出向させよう」

「え、閣下、本気ですか?」

 

 驚く伊丹に、嘉納はこう答えた。

 

「ちょうどあいつは手が空いたところだし、よく考えてもみろ、

ソレイユに発注したシステムの、細かい調整をする為の要員も必要だろ?

それにはあのゲームを経験したお前達の誰かが適任なのは間違いない」

「ああ、それは確かにそうですね……」

「これはまさに天の配剤って奴だ、でもあいつ一人じゃ不安だな、

ナツキ君は別の仕事があって無理だし、そうなると黒川君だな、

黒川君もセットで出向させたい。という訳で比企谷君、その線で頼めないか?」

「うちは大丈夫です、分かりました、その線で会社にも手配しておきますね」

「さすが話が早いね、それじゃあ宜しく頼むよ」

「はい、お引き受けします」

「それじゃああまり長く引き止めても怪しまれちまうし、とりあえず向こうに戻ってくれ、

こっちはこっちで適当に飲んでるから、何かあったらまたこっそりこっちに来てくれな」

「分かりました」

 

 八幡はその言葉に頷き、自分の部屋へと戻っていった。

 

「悪い、仕事の電話があったから、ちょっと遅くなっちまった」

「あら、こんな時まで?大変ね」

「まあ仕方ないですね、責任ある立場なんで」

「それじゃあ俺達も、ちょっとトイレに……」

「おう、行ってこい行ってこい」

 

 そして三人の男性陣は席を立ち、八幡は自分の席に戻った。

見ると明日奈が志乃にこんこんと何か説明しており、

八幡は首を傾げながら、茉莉にこう尋ねた。

 

「黒川さん、明日奈は一体何を……?」

「ああ、明日奈さんが、マンションの細かい使用ルールを志乃に説明しているのよ」

「え?ああ………ええと、それ、黒川さんも聞いておいた方がいいかもです」

「えっ?」

「実はさっき電話って言ったのは嘘でして、隣に閣下や伊丹さんがいて、

そっちに引っ張り込まれたんですよね……」

 

 その予想外の言葉に、茉莉とナツキは驚いた。

 

「そ、そうなの?」

「嘘、閣下も来てたんだ」

「はい、多分まだ隣で飲んでます」

「何でそんな事に?」

「えっと、栗林さんが暴走した時の備えだそうで……」

「ああ、そういう事……それなら納得だわ」

「だねぇ、志乃はよくやらかすもんね」

 

 その説明に、二人は驚くほど簡単に納得した。

どうやらナツキの口ぶりだと、過去に何かあったのだろう。

 

「で、閣下は何て?」

「えっと、マンションの話を聞いて、そういう事ならソレイユに栗林さんを出向させると、

で、ナツキさんは仕事があって今は無理で、黒川さんを栗林さんと一緒に出向させるから、

その面倒を見てくれと言われました」

「え………本当に?」

「はい……」

「そ、そう……」

 

 茉莉はそう言うと、困った顔で八幡に尋ねた。

 

「わ、私も仲間に入れてと、明日奈さんに頼むべきかしらね」

「ああ、それなら……おい、明日奈」

 

 八幡がそう呼んだ瞬間、明日奈はバッと振り向き、八幡の懐に飛び込んできた。

 

「なっ……」

 

 そして明日奈はごろごろと甘えながら、八幡に言った。

 

「なぁに?八幡君」

「ああ、実は、黒川さんも栗林さんと一緒に、

うちのマンションの仲間に入れて欲しいそうなんだが」

「え、いいの?やった、それじゃあ茉莉さんも私達の仲間になってくれるんですね!」

「え、ええ、そうね、仲間に入れて頂戴」

「それじゃあ一緒に説明を……」

「いや明日奈、それはまあ、後でいいだろ」

「それもそうだね、それじゃあ私もトイレに行ってくるね」

「おう、気をつけてな」

 

 そして明日奈が去った後、残された者達は、ひそひそと話し始めた。

 

「今の明日奈の様子、何かおかしくありませんでしたか?」

「あ、やっぱり八幡君もそう思ったんだ、時々常軌を逸した行動に出るわよね……」

「ねぇ、もしかして、実はもう酔っ払っちゃってるんじゃない?」

「う~ん、でも話し方は普通だよね?」

「足取りもしっかりしてるしね」

「う~ん………」

 

 そして八幡は、三人に言った。

 

「実は明日奈がちゃんとお酒を飲むのって、今日が初めてなんですよ」

「え、そうなの?」

「だから明日奈が酔うとどうなるか、俺にも分からないんですよね」

「なるほど……」

「まあとりあえずもう少し様子を見てみましょう、予約終了まであと三十分くらいですしね」

「そうね、そうしましょうか」

 

 そして全員戻ってきた後、一同は再び歓談を続けた。

ちなみにさすがに王様ゲームをしようなどと言い出す者はいなかった。戸部なども、

 

「盛り上がってるんだし無理にやる事は無いっしょ」

 

 と、大人の意見を言っていた。風太も大善も、とにかく自分の好きな事について、

まあ言ってしまえばGGOに関する事なのだが、

それについてちゃんと理解しつつ話を聞いてもらえる事がとても嬉しいようで、

逆に、ゲームなんかやっている暇は無いと、会話する事を望む有様だった。

女性陣もそれは同じだったようで、一般男性との会話では得られない充足感を味わっていた。

 

「そうそう、あの銃ってば、装弾数が少ないんだよね」

「ですね、実際に戦ってみると、そこが気になりますよね」

「やっぱりあっちの方が……」

「だよね、あ~あ、あっちを制式採用してくれればなぁ」

 

 風太と大善は、そんな感じでとても楽しそうに会話をしていた。

戸部も戸部で、それなりに予習はしてきたようで、

分からなかった点を質問する事で、きちんと会話を成り立たせていた。

そんな個人個人の相性や、細かい努力のおかげで、

この日の合コンは大成功のうちに幕を閉じる事となった。

 

 

 

「いやぁ、想像以上に楽しかったね」

「とにかくマニアックな話が通じるってのが、ストレスも無くてもう最高ね」

「是非またやりましょう」

「そうね、こっちからお願いしたいくらいだわ」

「帰りは大丈夫ですか?」

「ああ、うん、こちとら自衛官だからね、下手に暴漢に襲われても返り討ちよ」

「あはははは、確かに」

 

 そして風太と大善、そして戸部は、意気投合したのか、

もう一軒別の店に行くと言って、去っていった。

ナツキはすぐ近くに友達の家があるらしく、今日はそこに泊まるらしい。

そして残された四人は……

 

「さあ八幡君、マンションにレッツゴー!」

「ん、まあここからならそうだな、運転はキットに任せればいいしな」

「それじゃあ茉莉さんと志乃さんも一緒にレッツゴー!」

「………え?」

「………本当に?」

「………お、おい、明日奈」

「え~?別にいいじゃない、ね?」

「いや、まあお二人が迷惑じゃなければ、俺は別に構わないが……」

「せっかくの機会だ、これからたまにお世話になるんだろうし、

どんな所か知っておく為にも行ってこい行ってこい」

「「「閣下!?」」」

 

 そこに登場したのは、防衛大臣嘉納太郎その人であった。

 

「話は聞いてるよな?という訳でしばらく出向だ、頼むぞ二人とも、

いいシステムを開発してくれよ」

「は、はい」

「鋭意努力します」

 

 さすがに敬礼まではしなかったが、二人はキリッとした顔でそう返事をした。

 

「それじゃあ比企谷君、あとは任せていいかな」

「はい、あ、キット、ここだここだ」

 

 丁度その時キットが現れ、八幡はキットに手を振った。

 

「ん、比企谷君は、運転手付きの車でここに来てたのか?」

「あ、違います、これは自動で動くんですよ、名前はキットと言います」

「ほう、さすがはソレイユだな」

 

 そう感心したように呟く嘉納に、キットが丁寧な挨拶をした。

どうやら嘉納の顔に関する知識は既に持っていたらしい。

 

『始めまして大臣、私はキットと申します、宜しくお願いします』

 

 そうキットに挨拶をされた嘉納は、とても驚いた。

 

「く、車が喋った!?比企谷君、こ、これは……?」

「あ、はい、キットには高度なAIが搭載されてるんですよ。この前の事件の時も、

現場に間に合ったのは、キットが完璧に混雑状況や速度を調節してくれたおかげですしね」

「しかもその名前にこのデザインはもしかして……」

「あ、はい、元ネタはナイトライダーらしいです、外見まで完璧に再現してあります」

 

 それを聞いた嘉納は、とんでもない事を言い出した。

 

「やっぱりそうか!なぁ八幡君、物は相談なんだが、

キットと同じタイプの車を俺に売ってもらう事は可能か?」

「キットと同じタイプの車……ですか?」

「うわ、閣下、本気ですか?」

 

 それを聞いた伊丹は仰天し、そう言った。確かにキットは格好いいし、自分も欲しい。

だがこれを作るのにいくらかかるのか、

少なくとも億単位のお金が必要なのは、伊丹にも想像出来たからだ。

 

「当たり前だろ、俺達の世代じゃ、これを手に入れるのが、一生に一度の夢だったんだよ」

 

 そんな嘉納の本気度を悟った八幡は、その願いの為に、可能な限り尽力する事を決めた。

 

「分かりました、可能かどうか確認してみますね」

「おお、頼む!この通りだ!」

 

 こうして嘉納から、キット二号機の販売を頼まれた八幡は、

そのまま陽乃に連絡をとり、時間はかかるがオーケーとの返事をもらった。

それを聞いた嘉納は小躍りしながら喜び、伊丹達はそれを羨ましそうに見つめていた。

そして四人と別れた後、八幡は、明日奈達三人をキットに乗せ、

そのままマンションへと向かう事にした。



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第490話 枕

今日明日は、文字数が少し多めになっております


「はぁ、出向かぁ」

「毎朝満員電車に揺られるのはきついわね」

「まあ俺がいなくても、いつでも好きな時に泊まってくれていいんで、

それはある程度回避出来ると思います、マンションは会社の目の前なんで」

 

 八幡は二人に、申し訳なさそうにそう言った。

 

「そんな顔しないで、私達も申し訳ないと思っているのだし」

「いっそ出向の間だけ、近くにマンションでも借りて、二人で一緒に住む?」

 

 にこにこと笑顔でそう言った志乃に、茉莉は冷たくこう言い放った。

 

「嫌よ」

「ええええええええ、茉莉ちゃん冷たい!」

「だってあなた、家事とか出来ないでしょう?」

「う………」

「そんな罰ゲームみたいな同居はごめんこうむるわ」

 

 そう言われた志乃は、とても情けなさそうな顔でぽつりと言った。

 

「うぅ……いつか強くてお金持ちで家事が出来る男の人を捕まえてやる……」

「そこまでの相手だと、釣り合うには女性にもそれなりの格が必要になると思うのだけれど、

あなたにそんなセールスポイントがあるの?」

「あ、あるわよ!毎晩この胸で癒してあげます!」

 

 そう言いながら志乃は、その豊満な胸をドンと叩いた。

 

「………そうね、不本意だけれど、それが有効な事は認めるわ」

 

 細身でスタイルはいいが、あくまでも一般的なサイズの範囲に収まっている茉莉は、

微妙に不満そうではあったが、その点は認めざるを得なかった。

 

「で、他には?」

「ほ、他?えっと………じゅ、銃の撃ち方を教えてあげるとか……」

「一般人が銃を撃つ機会なんて、どれだけあると思うの?」

「えっと……ほら、謎の研究室が、極秘に開発していたウィルスが漏れだして、

街がソンビで溢れてパニックに……」

 

 志乃は先ほど八幡に言われたセリフが頭に残っていたのだろう、おずおずとそう言った。

 

「ねぇ志乃、あなた馬鹿なの?それとも本来頭に行くはずの栄養が、

全部この胸に行ってるとでも言いたいの?」

「ひ、ひどい……」

「ひどいのはあなたの頭よ、最低限もう少し検討の余地がある意見を言いなさい」

「うぅ……」

「相手に求める前に、まずは自分の事をなんとかしなさい、私に言えるのはそれだけよ」

「は、はひ……」

 

 そんな二人の会話を聞いて、八幡は、

黒川さんおっかねえ、と内心恐れを抱いていたのだが、

幸い火の粉が八幡に飛び火する事もなく、

一行はそのまま八幡のマンションへとたどり着いた。

 

「………え、ここ?」

「あ、はい、そうですけど……」

「いかにも高そうね」

「凄ぉい!本当にここにお世話になっていいの?」

「もちろんです」

「うわ、うわぁ……同僚に自慢したいから、写真を撮ってもいい?」

「SNSとかに上げなければ別に構いませんよ」

「そんな事しないって、直接見せて自慢するの!中はどんな感じなんだろう、楽しみだなぁ」

 

 そう言いながら志乃は、マンションの外観をパシャリと撮影した。

 

「それじゃあ案内するね、志乃さん、茉莉さん、行こう!」

 

 明日奈はそう言いながら、マンションの中へと入っていき、そのあとに志乃が続いた。

その後を、どちらかというと大人な二人が並んでついていった。

 

「八幡君、志乃がはしゃいじゃってごめんなさいね」

「いえいえ、気にいってもらえたみたいで良かったですよ」

「もしあの子が部屋を汚したら、私が責任をもって頭を殴っておくわね」

「え?あ、えっと、お手柔らかに……」

 

 そしてたどり着いた八幡の部屋は、明かりが灯っていた。

隣の優里奈の部屋の明かりは消えている為、

おそらく優里奈が何かしているのだろうと思われた。

 

「どうやら優里奈がいるみたいだな」

「かな?ちょっとチャイムを鳴らしてみよっか」

「あ、それじゃあ私が!」

 

 志乃はそう言って、チャイムを鳴らした。

 

『はい、こちら比企谷です』

「あ……えっと……」

 

 志乃は特に何も考えていなかったらしく、そう声を掛けられて、あたふたしだした。

 

『どちら様ですか?』

「えと……えと……し、幸せのツボを買いませんか?」

 

 志乃は頭が混乱したのか、突然そんな事を口走った。

 

『え?』

 

 その瞬間に、茉莉が志乃の頭に拳骨を落とした。

 

「ぎゃっ」

「あなたね……」

「まあまあ、子供のした事ですから」

「は、八幡君が茉莉ちゃんの影響を受けてる!?」

 

 拳を握ってぷるぷる震える茉莉を、そう宥めながら、

八幡はインターホンに向かって言った。

 

「悪い優里奈、俺だ」

『あ、八幡さんでしたか、今開けますね』

 

 そしてドアが開いた瞬間、茉莉から逃れようと、志乃が入り口に向かって突撃した。

 

「茉莉ちゃん、もう勘弁して!」

「あっ、ちょっと待ちなさい!」

「きゃっ」

「うぷっ」

 

 そして志乃は、ドアの向こうにいた優里奈に突っ込んでしまい、

その胸に顔を埋める形となった。

 

「やん、は、八幡さん、だ、駄目です、まだ心の準備が……」

「何を言ってるんだ優里奈……」

「え?あれ?」

 

 そして優里奈はきょとんとしながら下を向き、

優里奈の胸から逃れ、何とか顔を上げた志乃と目が合った。

 

「あ、えっと………初めまして」

「あ、これはご丁寧に……って、え、嘘、やだ、あなたもしかして……」

 

 志乃は呆然とそう言うと、じっと優里奈の顔を見た。

 

「うっ……や、やばいかわいい……」

「え?」

 

 そして志乃は、優里奈に向かってこう尋ねた。

 

「あ、あの、料理は得意ですか?」

「あ、はい、得意ですけど……」

「お掃除やお洗濯は……」

「そちらも得意な方だと思います」

「ち、ちなみにお勉強の方は……」

「この部屋には成績のいい人がたくさん来るので、最近凄く上がりました!」

「があああああああああああああああん!」

 

 突然志乃はそう言って後じさり、茉莉の胸に顔を埋めながら言った。

 

「ま、茉莉ちゃんどうしよう、この子、完全に私の上位互換だよ!女子力強者だよ!

互角に戦えるのは胸だけかもしれない!」

 

 そう言われて茉莉は、しげしげと優里奈の胸を見た後、志乃にこう言った。

 

「そうね、その認識は正しいと思うわ」

「だよねだよね、うぅ……こうしていても、やっぱり茉莉ちゃんの胸とは感触が違……」

 

 その瞬間に、茉莉は再び志乃の頭に拳骨を落とし、志乃は悶絶した。

 

「ぎゃっ!」

 

 そう言いながら頭を抱える志乃を放置し、茉莉は優里奈に優雅に挨拶をした。

 

「初めまして、私は黒川茉莉と申します、これからたまにこちらにお世話になりますが、

ご迷惑をおかけしないように気をつけますので、宜しくお願いします」

「あ、そうなんですか、私は櫛稲田優里奈です、宜しくお願いします」

 

 その挨拶が済んだのを見計らって、八幡は優里奈に言った。

 

「とりあえず事情を説明するから中で話すとするか」

「はい、今丁度洗濯物を片付け終わったところなので、お茶の用意をしますね」

「悪いな、頼むわ」

 

 そして八幡達は、リビングのソファーに腰を下ろした。

そこに優里奈がお茶を持って現れた。どうやら事前にお湯は沸かしておいたらしい。

 

「おっ、早いな」

「はい、一応毎日このくらいの時間には、お湯を沸かしておく事にしてるんです、

八幡さんが来るのって大体このくらいの時間ですしね」

「さすが優里奈は気が利くな」

「そんな事ないです、私もお茶を頂いてますし」

 

 優里奈の話だと、この部屋に誰も来ない日でも、

換気をする為に、優里奈は毎日一時間程度はこの部屋で過ごしているようだ。

そして日によって、一人でネットをしながらお茶をしたり、

勉強をしたりしているらしい。

 

「そうか、でも一人だと寂しくないか?」

「はい、寂しいです、なのでちょこちょこ顔を出して下さいね。

知ってますか?八幡さん、私、もうすぐ夏休みに入るんですよ?」

「え、あ、お、おう……」

 

 その、ストレートに休みで毎日寂しいアピールをする優里奈に、

八幡は苦笑しながらそう返事をした。

 

「それで事情というのは……」

「今度こちらの二人が、自衛隊からうちに出向してくる事になってな、

その間、帰るのが面倒臭い時とかに、この部屋を自由に使ってもらおうと思ってな」

「あ、そういう事ですか、自衛隊の方だったんですね、うわぁ、格好いいなぁ」

「さっき自己紹介してたと思うが、こちらが黒川茉莉さん、そしてこちらが栗林志乃さんだ」

「宜しくお願いします」

「宜しくね、優里奈ちゃん!」

 

 志乃は先ほどの醜態を忘れたように、元気にそう言った。実にポジティブである。

 

「ちなみに優里奈ちゃん、二人の着替えとかは、例の場所にしまっておく事にしたから」

「分かりました、ネームプレートを八幡さんに書いてもらわないとですね」

「また俺が書くのか……」

 

 明日奈にそう言われ、優里奈はつまりはそういう事なのだとすぐに理解したようで、

特に疑問を差し挟む事なくそう言った。その直後に優里奈は、八幡に言った。

 

「でも明日奈さん、多分この事を覚えてないんじゃないかと思うんですけど」

「ん、どういう事だ?」

「だって多分明日奈さん、酔って記憶を無くしてますよ?」

「え?」

「嘘?」

「本当に?」

「だってほら、私がこんな事を言ってるのに反応しないじゃないですか」

「た、確かに……おい明日奈、おい」

「ん、八幡君どうしたの?私は元気だよ?」

 

 その微妙におかしい返事を聞いて、

八幡は、優里奈の言ってる事は本当かもしれないと思い始めた。

 

「何でそう思ったんだ?」

「うちの兄が泥酔すると、こんな感じだったんですよ、

今日八幡さんと明日奈さんが飲みに行く事は知ってましたしね」

「そういう事か……」

「とりあえず起こしますか?」

「出来るのか?」

「兄と同じなら、多分……」

「やってみてくれ」

「はい」

 

 そして優里奈は、ニコニコしている明日奈の目の前で、パチンと手を叩いた。

いわゆる猫だましである。

 

「きゃっ」

「そして、こうです!」

 

 そう言いながら優里奈は、明日奈の頭にチョップをした。

 

「い、痛い!」

「明日奈さん、私です、優里奈です、

八幡さんが女の子に言い寄られてまごまごしているので起きて下さい」

「ちょっ、おまっ……」

 

 その突然の言葉に、八幡は思わずそう声を上げた。

 

「えっ?えっ?ど、どこ?八幡君は今度は誰にアタックされてるの?」

「私です」

「ゆ、優里奈ちゃんが?って、あれ、優里奈ちゃんも合コンに参加したの?」

「戻りましたね」

「えっ?こ、ここって八幡君のマンション?いつの間にここに?」

「うわ、本当に記憶無かったんだ?」

「今度は誰にって言ったわよね……」

 

 そんな明日奈の様子を見て、茉莉と志乃は半ば呆れた顔をし、

それを聞いた八幡は思わず目を背けた。

 

「これぞ必殺、テレビが壊れた時は叩けば直る戦法です!」

 

 だが八幡は、そう宣言した優里奈に突っ込まざるを得なかった。

 

「今時そんなテレビ無いだろ!どこから学んだ知識だよ!」

「YOUTUBEにアップされてる、ドリフのコントで学びました!」

「お前、そういう古いお笑いが好きだったのか……」

「はい、今度一緒に見ましょうね、八幡さん」

「それは別に構わないが、さっきのセリフはその……いや、まあいいや」

 

 八幡は、優里奈の笑顔に気圧され、そう言葉を濁した。

そして八幡は、明日奈にこう尋ねた。

 

「で、明日奈、どこまで覚えてる?」

「よく分からないけど、モーツァルトミルクも、

あとカルピスサワーも美味しかったよ」

「その辺りか、明日奈の限界は三杯くらいという事か……」

「え?え?何が?」

「実はな……」

 

 そして明日奈は、今日何があったのか説明され、

その事をほとんど覚えていなかった為、ショックを受けた顔をした。

 

「ほ、ほとんど覚えてないよ……」

「ほとんどって事は、少しは覚えてるのか?」

「うん、八幡君が腕相撲をしていた事と、二人をこの部屋に招く事にした事は覚えてる」

「そうか、じゃあこの二人の着替えをこの部屋に常駐させるって話はそれでいいんだな?」

「あ、それは問題ないよ、分かってて言ったから」

「それなら問題ない」

 

 それで話が纏まったと思ったのか、優里奈は二人を寝室へと案内し、

そこで色々と説明を始めたようだ。

その間八幡は、明日奈が頭痛がすると言い出した為、その頭をなでていた。

 

「大丈夫か?」

「うん……でもまさか、私がこんなにお酒に弱いなんて思わなかったなぁ」

「まあ初めてだったせいかもだし、まだ何ともだけどな」

「まあ、今後は絶対に八幡君がいる時しかお酒は飲まない事にするよ」

「そうしてくれ、その方が俺も安心だ」

 

 その時風呂場の方からチャイムが聞こえた。

どうやら優里奈が風呂をわかしておいてくれたようだ。

 

「それじゃあ明日奈、先に風呂に入ってこいよ、

もし一人が寂しいなら、黒川さんと栗林さんを誘ってもいいしな」

「そうだね、うん、そうする」

 

 明日奈はそう言うと、寝室から二人を引っ張り出し、浴室へと向かった。

そして残された八幡と優里奈は、ソファーでのんびりと会話していた。

 

「そういや成績が上がったみたいだな、えらいぞ」

「ありがとうございます、これも雪乃さんやクルスさん、

それに紅莉栖さんのおかげですね」

「幸い教師役には事欠かないからな。で、夏休みか……」

「はい、夏休みです」

「何か予定はあるのか?」

「いえ、特には……あ、でも、アスカ・エンパイアをやってみようかな、なんて」

「そういえば前、興味がありそうにしてたよな」

「和風なのが好きなのと、妖怪とかに興味があるので」

「そうか、まあいいんじゃないか?他にもどこか行きたい所があれば、

いつでも俺が連れてってやるから、気軽に言うんだぞ」

「いいんですか?はい、分かりました!」

 

(スリーピングナイツがまだアスカ・エンパイアにいるはずだ、

それとなく優里奈の事を頼んでおくか)

 

「それじゃあ私は、何か軽い物でも作ってきますね、

そろそろ小腹がすく時間だと思いますし」

「そうか?それじゃあ頼むわ」

「はい」

 

 そして風呂から上がった三人は、優里奈の料理に舌鼓をうった後、

仲良く四人で寝室へと消えていった。どうやら優里奈も今日はこちらに泊まるようだ。

 

「さて、俺もアルコールのせいでいい感じに眠くなってきた事だし、

今日はこのまま寝るとするか……」

 

 八幡はそう呟き、そのまま眠りについた。だが八幡は、この時気付いていなかった。

明日奈は完全に覚醒した訳ではなく、酔っている事に変わりはない事を。

 

 

 

 そしてその数時間後、八幡は、自分の体が浮いたように感じ、慌てて目を開けた。

 

「な、何だ?地震か?」

「あっ……」

「しまった、気付かれちゃった……」

 

 そこには八幡を持ち上げようとする複数の女性の姿があり、

四人はばつが悪そうな顔をして、八幡をそっと下におろした。

 

「お、お前ら一体何を……」

「ま、枕が欲しくて、その、八幡君を寝室に運ぼうかなって……」

 

 明日奈がもじもじしながらそう言ったが、

その顔は赤く、まだ酔いが覚めていないように見受けられた。

 

「おい明日奈、まさか俺を枕にしようと……?」

「ちょ、ちょっとした冗談だよ、ただいつもよりもちょっとふわふわして楽しいから、

いつもやりたくても出来ない事が出来るような気はしてたけど、でも冗談、冗談だから!」

「ええい、まどろっこしい、男なら彼女の願いは素直に叶えてあげなさい!」

 

 突然横からそんな声が聞こえ、八幡の体は力強い腕に持ち上げられた。

まさかの逆お姫様抱っこである。

 

「うわっ、栗林さん、ちょ、ちょっと!」

「ついでにおこぼれをもらおうなんて考えてないよ、うん、本当に」

「うわ、ま、待って下さいって、黒川さん、助けて下さい!」

「大丈夫よ、痛いのは最初だけだから、チクッとした後は、直ぐに気持ちよくなるから」

「チクッって何だよ、意味が分からないぞ!おい優里奈、こいつらを何とかしてくれ!」

「ごめんなさい八幡さん、私にもそろそろ、大人の社会勉強が必要だと思うんです、

黒川さんに色々と説得されて、私、その事に気付きました」

 

 どうやら一番の常識人である優里奈は、既に黒川に懐柔されていたようだ。

 

「だ、騙されるな!こんなのは大人の社会勉強でも何でもない、うわ、こら、は、離せ!」

「離してもらいたかったら私に腕相撲で勝ってみなさい」

「そんなの絶対無理じゃねえか!!!!!」

「ああ~もう往生際が悪い、鹵獲品をどうしようと私の勝手よ、

自衛隊にはそんな規定は無いんだから」

「人を戦利品扱いするな!」

「は~い、お一人様、ご案内~!」

 

 そして八幡は寝室に運ばれ、バタンとドアが閉じられ、

ベッドに投げ出された八幡は、言葉通り四人の枕にされた。もちろん抱き枕である。

 

「う、動けねえ……」

「ほら、じたばたすると、触っちゃいけない所に触る事になって、

責任をとらさせる事になるわよ」

「ぐっ……」

「さて、両手と両足を四人で分けてと、それじゃあ明日も早いし、寝るとしますか」

 

 八幡は四肢をガッチリ固められ、まったく動けない状態で朝を迎える事になった。

幸いかなり眠かった為、八幡は諦めにも似た気持ちで早々に意識を手放し、

一応睡眠をとる事は出来たのだが、

翌朝右手と左足が痺れ、最初はまともに立ち上がる事が出来なかった。

ちなみに志乃と優里奈が抱きしめていた場所であったが、痺れた理由は謎である。

何かに挟まれて、血行が悪くなったのかもしれないが、とにかく理由は謎であった。

そして八幡は、解放されると同時に四人を正座させ、

その頭に拳骨を落とし、これでこの話は終わりとなった。

 

「ご、ごめんね八幡君、私、酔ってたみたいで……」

「私も酔って調子に乗ってたみたい、ごめん!」

「私は全然酔っていなかったけど、酔ったフリをしてしまったわ、ごめんなさい、

ってそんな顔しないで、怖い、怖いから……きゃっ!」

「私も全然酔ってなかったですけど、この場の空気に酔ってました、ごめんなさい……

って八幡さん、目が獣の目になってますよ、あ……やんっ!」

 

 八幡は、まったく反省していないと思われた約二名に追加で拳骨を落とし、

ため息をつきながら言った。

 

「まあ実害は無かったし、今回は不問にしますが、今後は全員気をつけて下さいね、

それじゃあいい時間なんで、出かける準備をしましょう」

「「「「は~い」」」」

 

 そして四人は仲良く着替えを始め、八幡はそちらを見ないように慌てて外に飛び出し、

リビングに戻った後、深いため息をつくのだった。



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第491話 何ですかその格好は

 その後、仲良く部屋を出た一行は、八幡と明日奈と優里奈はそのまま学校へ、

そして茉莉と志乃は、一旦家に着替えやら何やらを取りに戻り、

そのままソレイユへ向かう事となった。

 

「俺も学校が終わったら顔を出しますので、待ってて下さいね」

「うん、分かった」

「それじゃあ後でね、八幡君」

 

 そして学校に着くと、和人がニヤニヤしながら八幡に話しかけてきた。

 

「よぉ八幡、初めての合コンはどうだった?」

「それがな、明日奈が色々とやらかしてくれてな……」

 

 明日奈はその声が聞こえたのか、焦ったように八幡の口を塞いだ。

 

「な、何でもないよ和人君、ああ、合コン楽しかったなぁ」

「なるほど、明日奈があっさり記憶を無くしたのか」

「ど、どうして分かるの!?」

「いや、今八幡が、ハンドサインで教えてくれたからさ」

「なっ……」

 

 明日奈は愕然とした顔で八幡の方を見た。

八幡はくすくす笑いながら、昨日の出来事を和人に教えた。

 

「まじか、明日奈って酔うとそうなるのか」

「ち、違うの和人君、あれは私の巧妙な演技だったのかもしれないよ!」

「ふ~ん、八幡、演技だったのか?」

「俺にも明日奈の記憶がプッツンしてるなんて、まったく分からなかったのは確かだな」

「それくらい巧妙な演技だったんだよ、意識を失うくらいの!

って、もう、二人とも私の話をちゃんと聞いて!」

「はいはい、巧妙巧妙」

「だな、巧妙巧妙」

「うううぅぅぅぅぅ………」

 

 その時教室に、里香と珪子が入ってきた。

 

「おはよう」

「おはようございます!あっ、明日奈さん、合コンはどうでしたか?」

「うう……やっぱりその話になるよね、もういいや、好きに話しちゃって……」

「ど、どうしたのよ明日奈、八幡、何があったの?」

「おう、実はな……」

 

 里香と珪子にそう尋ねられ、八幡は二人にも昨日の事を説明した。

 

「あははははははは、もう明日奈は、ウーロン茶以外は禁止だね」

「も、もうちょっと強くなる予定だもん!」

「挑戦するのは構わないけど、八幡が一緒の時以外は飲むんじゃないわよ」

「もう、分かってるよぉ」

 

 そして昼休み、八幡の耳に、こんな校内放送が聞こえてきた。

 

『比企谷八幡君、比企谷八幡君、私があなたへのお土産を持って朝からお待ちかねよ、

さっさと理事長室に来て、私に死ぬほど感謝した上で、その気持ちを行動で示しなさい』

 

 八幡はその放送を聞いた瞬間に立ち上がった。

 

「くっそ、毎度の事ながら調子に乗りやがって……」

「あはははははははは、これはもうこの学校の名物だな」

「八幡、しっかりね!」

「八幡さん、頑張って下さい!」

「八幡君、屋上で待ってるね、今日は優里奈ちゃんがお弁当を持たせてくれたの」

「おっ、そうなのか、分かった、後で向かうから待っててくれ」

「うん!」

 

 この時八幡の耳には届かなかったが、こんな指令が、

他のクラスメート達の間で交わされていた。

 

「聞いたか?今日は屋上がシャットアウトだ、すぐに各クラスの代表に伝えろ」

 

 そして他のクラスメート達からも、八幡に熱い声援が送られてきた。

 

「参謀、ファイトです!」

「理事長だけじゃなく、私にも優しくして下さい!」

「八幡様、頑張って下さい!」

 

 そして八幡は、理事長室へと向かって歩き出した。

道中でも沢山の声が八幡に届けられ、八幡は気合を入れつつ理事長室のドアをノックした。

 

「あら、もしかして八幡君?」

「はい、呼び出しを受けて参上しました」

「早かったわね、どうぞ、入って頂戴」

「それじゃあ遠慮なく入ります」

 

 そして八幡はドアを開け、中に突入すると、

先ほどの放送について、苦情を述べようとした。

 

「だからあんたはどうしてああいう放送を………って、何ですかその格好!?」

「あら、八幡君は、これが何の格好か分からないの?」

「そんな露出の激しい格好の事なんか分か…………ん、あれ、

もしかしてそれって、ALOのチュ-トリアルNPCですか?」

「正解よ、どう?似合うかしら」

 

 理事長はしなを作ってポーズをとりながら、八幡にそう尋ねてきた。

そして八幡は苦渋に満ちた表情で、ぶつぶつと呟き始めた。

 

「理事長の年齢だと似合うはずがないのに、似合うはずがないのに……

うちの母さんよりも年上なのに、くそっ、くそっ……」 

「で?」

「に、似合ってます……」

 

 その言葉が投げかけられた瞬間、理事長の顔は、花のようにほころんだ。

 

「そう、私もまだまだ捨てたもんじゃないという事ね、どう?興奮しちゃった?」

「そういう事言うなよ!あんたはいつ衰えるんだよ!」

「八幡君が、いつも私を女扱いして優しくしてくれるから、衰えてる暇が無いのよ」

「あああああああああ、だからあんたはたちが悪いんだよ!

いつも優しくしてますって言った手前、おかしな事は言えないじゃないかよ!」

「嫌ねぇ、ありのままに思った事を言ってくれてもいいのよ?」

「…………とりあえずお土産をもらいます、どうもありがとうございます」

 

 ここで八幡は、問いかけに対して黙秘する戦法に出た。

 

「そうね、それじゃあはい、これ」

 

 そう言って理事長は、懐から何かを取り出し、八幡に渡した。

 

「ん、何ですかこれ……って、うわああああああ!」

 

 八幡は、そのお土産といって手渡された、生暖かい布のような物を、

一体何だろうと思って開いてみた。それは所謂ブラジャーと呼ばれる物体であり、

八幡は、焦ってそれを手放そうとした。

そんな八幡の手を、いつの間に近くに来ていたのだろう、

理事長がブラジャーごとそっと握り、八幡の耳元でこう囁いた。

 

「あら駄目じゃない、せっかく北海道で買って、ついさっきまで私が付けておいたのに」

「何だよそれ、意味が分からね~よ、ってか誰も頼んでねえよ!」

「相手の言葉の裏が読めない女は二流なのよ」

「心の中でも思った事はねえよ、人の言葉の裏を捏造すんな!」

 

 そうエキサイトする八幡に、理事長は自愛のこもった笑顔を見せた。

 

「はいはい落ち着いて落ち着いて、もちろん頼まれた物は買ってあるわよ、

ここで別にこれを渡した事には、理由があるの」

「一応聞いてあげますけど、その理由とは?」

「これは私の心臓から一番近い所に付けていた物じゃない、

要するにこのぬくもりが、私のあなたに対する情熱の温度なのよ」

「だから意味が分かんねえよ!いいからさっさと土産をよこせ!」

「もう、照れなくてもいいのよ?

せっかく北海道でも、小比類巻社長にライバル宣言をしてきたのだし」

 

 突然理事長が、そうおかしな事を言い出した為、

八幡は首を傾げながら理事長にこう尋ねた。

 

「はい?ライバル宣言?何のですか?」

「香蓮ちゃんには負けないわよって宣言に決まってるじゃない、

八幡君とこうしていちゃいちゃする権利は他人には渡さないわ!」

「俺がいつあんたといちゃいちゃしたんだよ、そんな事一度もした事無えよ!」

「どこからどう見ても、今まさにいちゃいちゃしてるように見えるんだが」

「えっ?」

 

 突然横からそう声がかけられ、八幡は慌ててそちらを見た。

そこには何と、閣下がソファーに腰掛け、ニヤニヤしながらこちらを見ており、

八幡は頭にのぼった血が一気に下がるの感じた。

 

「か、閣下!?いつからここに?っと、こ、こんにちは」

「おう、こんにちはだな、まあ実は、最初からいたんだがな」

「そうなんですか?すみません、全然気がつきませんでした……」

「まああんな衝撃的な姿を見せられたら、他の奴は目に入らなくて当然だな、

俺ですら、目の毒だと感じたしな」

 

 その言葉を聞きとがめたのか、理事長がその言葉をこう訂正した。

 

「目の毒じゃありませんわ、眼福でしょう?」

「ははははは、そうですな、眼福でしたな」

「で、閣下は何故ここに?」

 

 そう問われた嘉納は、八幡に事の次第を説明し始めた。

 

「いやな、ソレイユからもらった資料に、

キットは元は雪ノ下さんの持ち物だったって書いてあったから、

どこを改造し、何が苦労したのかとか、色々と聞いておこうと思って、

仕事から逃げ……ああいや、仕事の合間を縫って、こうして話を聞きにきたって訳だ。

で、比企谷君にも会いたいなって言ったら雪ノ下さんが、

『それじゃあ直ぐにここに来てもらいますわ』って言って出ていって、即あの放送だろ?

それでわくわくしながらどうなるのか見てた訳なんだが、

まさかこういう展開になるとは、いやぁ、興味深い物を見せてもらった」

「仕事から逃げてきたって言いかけた事は聞かなかった事にしておきますね、

ところでもしかして理事長は、閣下が来た時からこの格好だったんですか?」

「いや、放送室に行った後にこの格好で戻って来たんだよ、

それで俺もびっくりしちまってな、理由を聞いたら、

『この方が八幡君が喜びますのよ』ってな」

「別に喜んではいねえよ!?ってかあんたそんな理由でその格好になったのかよ!」

 

 八幡は、嘉納がいるにも関わらず、そう絶叫した。

 

「違うわよ、陽乃から聞いてないの?

コミケのソレイユのブースに、私もこのコスプレで参加するのよ?」

「…………………………………………………………………………………は?」

 

 八幡は、たっぷり三十秒ほど開けた後、何とかそう言った。

 

「だってソレイユのブースには、香蓮ちゃんもコスプレをして参加するんでしょう?

だったらライバルである私も、それなりの格好をして参加しないと勝負出来ないじゃない」

「何の勝負をするつもりだよ!」

「お客さんからの人気勝負?」

「何でそんな事をする必要があるんだよ!」

「だって香蓮ちゃん、自分に自信が無いんでしょう?小比類巻社長が言ってたわよ?

そのせいで、地元から逃げ出すように東京の学校に行ったって。

だったら自信を付けさせてあげるのが、先達としての努めでしょう?」

 

 その言葉は確かに八幡の胸に響いた。そして八幡は、悔しそうに理事長に言った。

 

「こ、これだからあんたは……」

「どう?参った?」

「はいはい参りました、今日も俺の負けですよ」

「ふふっ、負けを素直に認められるのは、八幡君のいい所ね」

「くそっ、いつか絶対に勝ってやる」

 

 そんな二人を見て、嘉納は感心した顔で言った。

 

「何となくしか事情は分かりませんが、雪ノ下さんは相変わらずですな」

「あら、私も変わりましたのよ、今はこの子にどう使われてあげようかと、

そればかり考えるようになりましたわ」

「なるほど、それは若返りますな」

「ええ、彼から若いエキスをたっぷり頂いてますからね」

「ははっ、それは羨ましいですな、私の立場だと、

そんな事は例え冗談でも言えませんからね」

「閣下もこの人をあまり甘やかさないで下さい、褒めるとつけ上がるんで」

 

 八幡は渋い顔でそう言ったのだが、理事長はそれにこう反論した。

 

「あら、部下を褒めて気持ちよく働かせるのもあなたの努めなのじゃないかしら」

「理事長はまだ俺の部下じゃありません、なので褒めるのはずっと先でいいはずです」

「あら、これは一本取られたわね」

「まあ、これくらいは」

「まあいいわ、それじゃあはいこれ、頼まれていたお土産よ」

「あ、ありがとうございます」

 

 理事長はそう言って、中サイズのクーラーボックスを、八幡に手渡してきた。

中を確認すると、確かに頼んだ物が全て入っており、八幡はここでやっと、顔を綻ばせた。

 

「探すの、大変じゃありませんでしたか?」

「いいえ、全然大変じゃなかったわよ、

それにしても八幡君は、随分庶民的なお土産を頼むのねぇ、

ほとんど街のスーパーに売ってたわよ」

「こういうのが好きなんですよ、それじゃあ理事長、ありがとうございました、

俺は屋上に明日奈達を待たせてるんで、そっちで昼食をとりますね」

「あ、ちょっと待ってくれ、比企谷君」

「あ、はい」

 

 そこで嘉納が、八幡に声をかけてきた。

八幡は何だろうと思ったが、次の嘉納の発言は、八幡にとっては意外なものだった。

 

「比企谷君は、桐ヶ谷君と仲がいいだろう?

もし良かったら、俺に会わせてくれねえかな」

「和人にですか?屋上に一緒にいると思いますから、それは構いませんけど、

何か大事な話でもあるんですか?」

「嫌な、先日比企谷君にもお礼を言ったが、ほら、あの大会の件で、

桐ヶ谷君にも是非お礼が言いたくてな、せっかくここまで来たんだし、

そっちの用事も一緒に済ませちまいたいと思ってな」

 

 八幡はその答えに納得した。

 

「そういう事ですか、別に構いませんけど、理事長との話はもういいんですか?」

「おう、朝から来てたからな、欲しい情報は、もう全部教えてもらったよ」

「朝からですか……まあほどほどにして下さいね」

「なぁに、何かあったらすぐに連絡するように言っておいたから、大丈夫だ。

なべて世は事もなしってやつだな」

「それじゃあ案内しますね、理事長、お土産、本当にありがとうございました」

「どういたしまして」

「それじゃあ雪ノ下さん、今日はありがとうございました」

「はい、嘉納さんもお体にはお気をつけて」

 

 そして八幡は、嘉納と一緒に部屋を出たのだが、

ドアを閉めて少し歩いた後、嘉納が八幡にこう言った。

 

「比企谷君も、あの人の相手をするのに苦労してるみたいだな」

「そうですね、あの人は本当に、もう少し年相応に老けてくれればいいんですが、

まったくそんな気配が見えないから、こっちも余計に困るんですよね、

ってか閣下も、理事長には丁寧な対応をとるんですね、少し驚きました」

「あの人は二十以上も年下だけど、何か頭が上がらないんだよな、

あの人、怖かったしな、でも今日久しぶりに会ってみたけど、随分印象が変わってたなぁ」

「そうですね、俺もSAOに囚われる前と後で、百八十度印象が違います。

でもまあ今の方が、親しみやすくて助かりますけどね」

「ははっ、違いない」

 

 そして八幡と嘉納は、屋上へと続く階段を上り、扉を開けた。

そこには明日奈達以外誰もおらず、嘉納は驚いた顔で、八幡にこう尋ねた。

 

「……昼休みの学校の屋上ってのは、もっと人がいるもんじゃないのか?」

「それなんですけど、どうも俺達がいるという情報が伝わると、

他の奴らが勝手に遠慮して、最初から他の場所に向かうみたいなんですよ」

「なるほどなぁ、まあ今日は助かるけどな」

「ですね」

 

 そして二人が近づいてくるのを見て、明日奈が八幡に手を振ってきた。

 

「あっ、八幡く~ん!って、ええと、こんにちは」

「ん?あら?こんにちは!」

「こんにちは!」

「ど、ども」

 

 他の三人もそう挨拶し、嘉納はにこやかにこう挨拶を返した。

 

「おう、こんにちは、こういう時に挨拶がちゃんと出来るって事は、

雪ノ下さんの教育がいいって事だな」

「えっと、八幡君、こちらの方は?」

「ん、お嬢ちゃんは、昨日俺と会ってるよな?」

「あ、す、すみません、実は私、昨日はすぐに酔ってしまって、

昨日あった事ってあまり覚えていないんです……」

 

 明日奈のその言葉に、嘉納はがははと笑った。

 

「そうかそうか、まあ程ほどにな、それじゃあとりあえず自己紹介といくか、

俺は嘉納太郎、一応この国の、防衛大臣なんてものをやらせてもらっている」

「か、嘉納大臣ですか?あ、テレビで見た事あるかも……

私は結城明日奈です、宜しくお願いします!」

「き、桐ヶ谷和人です」

「私は篠崎里香です」

「綾野珪子です、初めまして!」

 

 他の三人も釣られて自己紹介をし、嘉納は改まった態度でこう言った。

 

「SAO事件の時は、私達政府が何も役にたてなくてすまなかったね、

みんなよく帰ってきてくれた、心から嬉しく思う」

「いえ、そんな」

「迅速に俺達の体を保護してもらいましたし、感謝しかありませんよ」

「そうですよ、その事には凄く感謝してるんです!」

「その後もこんな学校まで建ててもらったしな」

「ですです、こちらこそありがとうございます!」

 

 そう言われた嘉納は嬉しそうに頷くと、和人に向かって言った。

 

「それでだ、今日ここに来たのは、君に会いたかったからなんだよ、キリト君」

「和人としての俺じゃなく、キリトにですか?」

「ああそうだ、その前に俺も改めて自己紹介させてもらうよ、

俺の名はスネークだ、どうだ?覚えてるか?」

「スネーク……?あっ、まさか、BoBに参加してた、あの?」

「おう、その通りだ、で、今日は君にお礼を言う為にここに寄ったって訳だ」

「お礼……ですか?」

「ああ、俺の目の前で起こっちまった殺人事件を、

比企谷君と協力して解決してくれただろ?今日はそのお礼に来たって訳だ」

「そういう事ですか……あれは菊岡さんに頼まれてバイトをしたつもりでしたし、

俺自身は特に危ない目にはあってないんで気にしないで下さい、

本当に汗をかいたのは、八幡の方ですから」

「もちろん比企谷君にもお礼は言ったさ、でも君が最後、時間を稼いでくれたから、

犠牲者の数を減らせたと、俺はそう思っているよ。本当にありがとな、キリト君」

「あ、その、は、はい」

 

 和人は嘉納にそう頭を下げられ、困りながらも素直にそう言った。

 

「さて、そろそろ俺は行くよ、俺も腹が減っちまったんでな」

「あ、それなら大臣、良かったら一緒にここでお昼にしませんか?

今日は優里奈ちゃん……ええと、友達がお弁当を持たせてくれたんですけど、

ちょっと量が多くて、どう考えても残っちゃいそうなんですよ、

この季節ですし、持って帰って悪くなっちゃうと困るんで、

助けると思って是非ご一緒して下さい」

 

 さすがにそう言われると、嘉納に断るという選択肢は無かったようだ。

 

「お、そうなのか?それじゃあ遠慮なく」

「はい、どうぞ!八幡君も早く食べてね」

「おう、それじゃあ頂くわ」

 

 こうして六人は、楽しく会話をしながら昼食をとった。

嘉納はこういった食事は久しぶりだったらしく、とても楽しそうにしており、

その態度もえらぶった所もなく、想像以上に話も分かる人だった為、

そんな嘉納に、八幡以外の者達も皆、好感を持ったようだ。

 

 

 

「それじゃあもし機会があったらまたな」

「はい、またです」

「お仕事頑張って下さい!」

「ははっ、君達も勉強を頑張って、将来この国をしょって立つ大人になってくれよ」

「そういうのは八幡に任せてます!」

「そうかそうか、責任重大だな、八幡君、がっはっは!」

 

 こうして嘉納は去っていき、五人は授業の時間に遅れないように教室へと戻った。

 

「面白い人だったね」

「そうだな」

「でも大臣が何故うちの学校に?」

「実はな、キットの二号機が欲しいらしくて、理事長に色々話を聞きにきてたらしい」

「えっ、キットの二号機を?それって凄く高くなるんじゃ……」

「いや、まあガルウィングにはしないし、防弾仕様にするくらいだから、

ああ、でもやっぱりそれなりにはかかるな、元々高い車ではあるしな」

「うわ、お金持ちだねぇ」

「まああの人の夢だったらしいから、その夢にふさわしい車をプレゼントするさ」

 

 八幡は、嘉納の乗った車が遠ざかっていくのを見ながらそう言った。

嘉納は窓からこちらに手を振ってくれ、五人は授業が始まるまで、

いつまでも嘉納の乗る車に向かって手を振り返していたのだった。



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第492話 新システム開発中

ネタに詰まりぎみなので、明日は一日お休みをいただきますorz
申し訳ありませんorz


 放課後、一緒に帰ろうと誘ってきた和人に、八幡はこう言った。

 

「悪い、実は今日もソレイユに行かないといけないんだよ」

「そうか、八幡ももうすっかり半社会人だな」

「俺は本当は、働きたくないでござる派だったんだけどなぁ……」

「そう言う割りには、熱心に働いているように見えるよな」

「これは将来楽をする為の布石だ、会社を大きくして会長なりなんなりに収まって、

あとは左団扇で生活していけるように、今やるべき事をやるって感じだな」

「それには後継者を育てないとな」

「それは俺と明日奈の子供に任せるさ、子供の頃から英才教育を施して、

立派な後継者に育てあげる………俺以外の誰かが」

「確かに教師役は沢山いるからなぁ……紅莉栖さん、雪乃、クルス、

明日奈も教育ママになりそうな気がする」

「まあ俺は、子供のガス抜き係にでもなるさ、俺には相応しい役割だろ?」

「悪い事ばっか教えそうだけどな」

「良い事と悪い事の判断は自分でさせるから、

うちの子供が良い事だと判断すれば、それは全て良い事だ」

「丸投げかよ!」

 

 二人は笑い合い、この日はここで別れた。そして八幡はソレイユに向かい、

自衛隊に頼まれたシステムのテストをしている開発室に入った。

ちなみにいつも詩乃達がバイトをしている部屋は、ここからガラス越しに見え、

この部屋で常にモニターされていた。

その部屋が、今日はそのシステムのテストに使われているのだ。

 

「よぉアルゴ、イヴ、仕事を急がせちまって悪かったな」

「問題ない、ダルをこき使ったからナ」

「私も頑張りましたよ!」

「おお、えらいぞイヴ、で、当のダルの姿が見えないみたいだが……」

「今はそこの仮眠室でダウンしてるぞ、まあそのうち起きてくるんじゃないカ」

「これは報酬をはずまないといけないな」

「気にすんな、美女に囲まれて働けたんだから、ダルも本望だロ」

「美女……?」

 

 そう言って首を傾げる八幡に、アルゴとイヴは、ニコニコしながらこうアピールしてきた。

 

「おいおい、目の前にいるじゃねえかヨ」

「そうですよ、ここに二人もいるじゃないですか」

「囲まれて?」

「左右で挟めば、十分囲まれてますよ?」

「そういうもんか?」

「そういうもんだろ、ほれ、囲んでやろウ」

「囲んでやんよ!」

 

 そしてアルゴとイヴは、八幡の左右にピッタリくっついた。

 

「お前ら何か、テンション高くね?」

「まあ寝てないからナ」

「脳内麻薬出まくりですよ!」

「寝ろ」

 

 そう言って八幡は、二人の腰に手を回し、掛け声と共に持ち上げ、二人を脇に抱えた。

変則お米様抱っこである。まあさすがに完全に持ち上げる事は不可能であり、

二人とも、地面にずるずると足を引きずった状態である。

 

「うぐ、お、重い……」

「ハー坊さぁ……レディー相手にそれはねえだロ」

「そうですよ、私なんてめちゃめちゃ軽いですよ!」

「一度に二人だから重いんだよ!」

「だったら一人ずつ運べばいいじゃねえかヨ」

「めんどくさい、ほれ、ドアは自分で開けろ」

 

 そして八幡は、二人に仮眠室のドアを開けさせ、そのまま二人を中に放りこんだ。

 

「何かあったら呼ぶから、それまで寝てろって」

「仕方ないな、起こす時はちゃんと優しく起こすんだゾ」

「私は荒々しく起こしてくれてもいいですよ!」

「言っておくが、普通に起こすからな」

「「チッ」」

「さっさと寝ろ!」

 

 丁度その時、仮眠室からダルが起きてきた。

 

「お、八幡、来てたんだ」

「ああ、丁度今来たところだな、昨日は無理をさせたみたいで悪かったな」

「別にいいお、それだけの報酬をもらってるし、

そもそもいつも、明け方近くまで普通に起きてるし」

「まあそれならいいんだが」

 

 そして八幡は、ダルに今茉莉と志乃がどういう状態なのかを尋ねた。

 

「ええと、どうやら二人は射撃練習をしているみたいだお」

「中の様子は見れるのか?」

「うん、これをこうして……今そこのモニターに映すお」

 

 ダルの操作により、モニターに二人の姿が映った。

二人はとても楽しそうに色々な銃の試し撃ちをしており、

次から次へとレアな銃を出現させては消し、弾の消費を気にせず撃ちまくっていた。

 

「これはどうなってるんだ?」

「銃のデータはザスカー社から入手出来たから、

それをボタン一つで実体化出来るようにしただけだお」

「なるほど、さすがはGGOの開発会社というべきか」

「うん、とにかくラインナップが凄いんだよね」

「俺も撃ってみるかな……」

「それならそこにアミュスフィアが置いてあるから、それを使うといいお」

「それじゃあそうさせてもらうわ……ん、あれは……」

 

 その時八幡の視界に、見覚えのある女性の姿が映った、詩乃である。

 

「今日は詩乃が来てるのか」

「家にいるよりもここの方が涼しいらしいお、飲み物もタダだし」

「そうか……詩乃のバイトを中断させて、こっちにつき合わせるか」

「それならこっちのテストって事で、残りの時間はこっちでバイトって事にすればいいお」

「そうか、それじゃあちょっと呼んでくるわ」

「それならこのマイクで話せるお」

「お、それじゃあそれを使うか」

「そこの二つのボタンのうち……」

「これか」

「ちょ、最後まで聞……」

 

 そのマイクにはボタンが二つあり、片方は詩乃がいる室内に、

そしてもう一つは、ソレイユの全社内に放送する為のものなのだが、

八幡はダルの説明を最後まで聞かず、ボタンを二つとも押して話し始めた。

 

「おい、のんびり涼んでるそこのツンデレ、

今日は仕事の内容を変更するからちょっとこっちに来い、

何を知らんぷりしてやがる、ツンデレって言ったらお前しかいないだろ、

そうだお前だ詩乃、分かったらさっさとこっちに来い」

 

 その直後にバタンとドアが開けられ、詩乃が中に入ってきた。

 

「ちょっとあんた、誰がツンデレなのよ!」

「お前以外にいる訳ないだろう」

「別に私はツンデレなんかじゃないわよ、そもそもそれ、もうほとんど死語じゃないの?」

「実際にここにいるんだから、そう言うしかないだろ」

「そんなのいないわよ!」

「ああはいはい、とりあえず仕事だ仕事」

「私に一体何をさせるつもり?まさかえっちな事をさせるつもりじゃないわよね?

べ、別にそれでもいいけど、心の準備ってものが……」

「リアルツンデレきたああああああ!」

 

 その詩乃の反応を見て、ダルがそう叫んだ。

そんなのいないわよと言いつつ、八幡の前ではどうしてもこうなりがちな詩乃である。

 

「ち、違っ……今のは別に……」

「そしてごめん、実は今の会話、全部社内に流れちゃってるんだお」

「えっ?」

「お?」

「そのマイクのボタン、右の方は、全社内に向けて放送する為のボタンなんだお」

「まじか……」

「なのでおそらく朝田氏の声も、全部拾われていると思われ」

「なっ……なっ……なんて事するのよ!」

 

 詩乃はそう言って、八幡に詰め寄った。

だがその目はぐるぐる回っており、詩乃が冷静さを欠いている事は明白だった。

 

「……まあ終わっちまった事は仕方ないよな」

「仕方ないで済まさないでよ!ああ、せっかく作ってきた私のおしとやかなイメージが……」

「言っておくけどまだお前のその声は、全社中に響いてるからな」

「な、なんでスイッチを切ってないのよ!」

「切る前に、お前が絡んできたからだろ」

「ああもう、ああ言えばこう言う!そもそもあんた、最近私の扱いがぞんざいじゃない?

もうちょっと私に優しくしなさいよ、ほら、ほら!」

「ちょ、おい馬鹿やめろ、変な所に触るな!」

 

 そこで放送は切れ、社員達はそれにより、妄想を膨らませる事となった。

変な所というのはマイクのスイッチであり、何もやましい事は無いのだが、

切れたタイミングがタイミングだけに、その後しばらく、

八幡は女子社員からもれなく貞操の心配をされる事となり、それが八幡の頭痛の種となった。

 

 

 

「落ち着いたか?」

「ごめんなさい、ちょっと冷静さを失ってたわ」

「まったくだ、お前はもう少し、落ち着きを持つようにした方がいい」

「一体誰のせいだと思ってるのよ!」

「ほれそこ、そういうとこな」

「一体誰のせいだとお思いなのですか!」

「丁寧に言えばいいってもんじゃない、しかも叫んでるじゃねえかよ」

 

 詩乃もさすがに自覚があったのか、そう指摘され、思わず口ごもった。

 

「まあいいんじゃね?それが朝田氏の魅力でもあるんだろうし」

「さっすがダル君、よく分かってるわね」

「お前、ダルを君呼ばわりかよ、相変わらず態度がでかいんだな」

「ああもう、いいからさっさと私に何をさせるつもりか言いなさいよ」

「これをかぶって銃を撃て」

「え?」

「ほれ、とりあえずかぶれかぶれ、俺もかぶるから。よし、リンクスタート」

 

 八幡は説明するのが面倒臭くなったのか、

アミュスフィアをかぶるなり、すぐにそう言った。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ、もう、リンクスタート!」

 

 そんな二人を呆れた顔で見ていたダルは、ぼそっと言った。

 

「何だかんだこの二人、やっぱり仲がいいんだよなぁ……」

 

 そしてダルは、中の様子を見る為に、モニターに目を向けた。

 

 

 

「ここは?」

「自衛隊の依頼で製作してる、訓練用のスペースだ」

「そんな仕事もしてるのね」

「防衛大臣に頼まれたからな、うちとしても可能な依頼だったし、

請けないという選択肢は無かったからな」

「防衛大臣に?直接?」

「おう、実は今日も学校で会ってきたぞ」

「へぇ……やっぱりあんたって実は大物なのね」

「まったく自覚は無いけどな」

 

 そして二人は、楽しそうに射撃訓練をしている茉莉と志乃と合流した。

 

「あれ、八幡君も来たんだ」

「凄く楽しそうだったんで、来てみました」

「ええと、そちらの方は……」

「GGOでの俺の仲間の一人で、朝田詩乃です、

そういえば字は違いますが、栗林さんも志乃って名前でしたね」

「そうなんだ、よろしくね、詩乃ちゃん」

「こちらこそ宜しくお願いします、志乃さん」

「私は黒川茉莉よ、宜しくね」

「宜しくお願いします」

 

 そして二人は、黒川に案内されて、射撃場に足を踏み入れた。

 

「ふむふむ、お、ヘカートIIもあるんだな」

「本当に?どれ……」

 

 詩乃はヘカートIIを選択し、それを実体化させた。

 

「うわぁ、GGOのヘカートIIとそっくりね」

「まあ同じデータを使ってるからな」

「ああ、そうなのね」

 

 そんな詩乃を見て、二人は少し驚いた。詩乃と対物ライフルの組み合わせが、

どう考えても不釣合いなのに、釣り合っているように見えたからだ。

 

「ちょっと撃ってみるか?」

「そうね、でも的がちょっと近いわね」

「あ、的の位置も変えられるよ、どのくらいにする?」

「それじゃあとりあえず、一キロくらいで」

「いっ……いちっ……キロ?」

「まあその為の銃ですしね、詩乃もそれでいいよな?」

「問題ないわ」

 

 そして詩乃は、いつものように地面に寝そべって的に狙いをつけ、

ギリギリその的の端に弾を命中させた。

 

「ふう、何とか当たったわね」

「どうだ?詩乃」

「うん、バレットサークルに慣れちゃってる分、難しいね、

まあ無風だから当てられたけど、風があったら多分外れてたわね」

「まあその辺りの感覚は確かに違うよな」

「でもこれを続けてたら、かなり強くなれそうな気がするわ」

「相手にしてみれば、バレットラインが見えないのに、

弾が超長距離から飛んでくるのは悪夢だろうな」

 

 そんな二人の会話を聞いて、茉莉と志乃は目を白黒させた。

 

「ほええ……」

「朝田さんって今いくつなのかしら」

「あ、えっと、十七です、高校二年生です」

「最近の女子高生は、銃の扱いが上手いのね……」

「随分GGOをやり込んでるみたいだけど、勉強の方は大丈夫?」

「そういえばそうだな、おい詩乃、お前、学校の成績は大丈夫なのか?」

「大丈夫よ、私、これでも結構優秀なのよ」

「ん、そうだったか、ならいいが、ゲームもバイトも程ほどにな」

「うん、さすがにそろそろログインを減らさないとまずいなとは思ってるわ」

 

 その詩乃の言葉を聞いた八幡は、頷きながら言った。

 

「自覚があるならまあ問題ないが、

今度また、紅莉栖達に勉強を教えてもらえるか聞いておいてやろうか?」

「いいの?是非お願い」

「そういえばお前と紅莉栖は同い年なんだよな」

「そうね、でも本当にどうすればあんなに頭が良くなるのか謎よね」

「あいつは特別だからな」

 

 その会話を聞いていた茉莉が、八幡にこう尋ねてきた。

 

「八幡君、紅莉栖って、もしかして牧瀬紅莉栖さんの事?」

「あ、はい、そうです」

「八幡君って、牧瀬さんとも知り合いなんだ……」

「あいつは友達ですね」

「牧瀬さんには、この前うちでも講演をしてもらったのよ」

「そうなんですか?」

「ええ、その時の内容は、『戦闘記憶の側頭葉への蓄積について』だったわ」

「そんな事まで……」

「せっかくの機会だし、難しい話は置いといて、

とりあえずもっと色々な銃を撃ってみない?」

 

 その話を横で聞いていた詩乃が、八幡にそう言ってきた。

どうやら詩乃は、ずっと射撃欲を刺激されていたらしい。

 

「それもそうだな、とりあえず色々やってみるか、詩乃」

「うん」

 

 その時志乃が、複雑そうな表情で八幡に話しかけてきた。

 

「八幡君が『シノ』って言う度に、何ともいえない気分になるんだけど」

「ああ、そう言われると確かにそうですね」

「まあ、八幡君は私の事を栗林さんって呼ぶから、あくまで私の問題なんだけどね」

「何かすみません」

「いえいえ、話の腰を折って悪かったわね、それじゃあ撃ちまくりましょうか」

 

 その後四人は、銃談義をしながら色々な銃を試射してみた。

特に目だった問題は無かったが、細かい変更をした方がいい点などについて話しつつ、

試験運用初日としては、まず成功といえる結果を出す事が出来た。

 

「それじゃあ私はそろそろバイトが終わる時間だから、先に帰るわね」

「おう、俺達はダルを交えてちょっと問題点とかについて話してくるわ」

「それじゃあお二人とも、また機会があったら宜しくお願いします」

「またね、詩乃ちゃん」

「まったね~!」

「はい、またです」

 

 そしてダルとの話を終えた後、二人は荷物を置く為に、八幡のマンションへと向かった。

実質二日目とはいえ、一応初日でもあった為、

この日は八幡は家に帰る事にし、二人だけでリラックスしてもらう事にした。

 

「何から何までありがとうね、八幡君」

「いやぁ、楽しかったね」

「ですね、これからも宜しくお願いします」

 

 そして二人は優里奈に連絡をとり、指定された時間に八幡の部屋へと向かい、

そのまま優里奈も交えて色々と話しつつ、ソレイユへの初出勤を終える事となった。




ネタに詰まりぎみなので、明日は一日お休みをいただきますorz
申し訳ありませんorz


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第493話 詩乃のお出かけ

「ねぇ、ちょっと気になってたんだけど、最近詩乃の成績が急に上がってない?」

「あ、それ私も思ってた」

「私も私も」

 

 夏休み直前のとある日、いわゆるABCの三人は、そんな会話を交わしていた。

あれから詩乃は、何度か紅莉栖達にしごかれ、急激にその成績を上げていたのだ。

私生活が充実し、色々な事に打ち込める環境を手に入れた事も大きいが、

少なくとも勉強に関しては、学校よりも紅莉栖達の影響の方が大きいのは確かである。

 

「この前の試験なんか、学年十五位だよ?」

「えっ?気が付くと映子の背中が見えてる……?」

「もしかして、八幡さんに手取り足取り腰取り勉強を教えてもらってるとか?」

「いや、腰はともかく八幡さんは成績はそこそこらしいから、

多分もっととんでもない人が背後に控えてるはず」

「これは調査の必要がありますな」

「だねぇ」

 

 こうして三人は、詩乃の事を尾行する事にしたのだった。

 

「何か友達を尾行するのってドキドキするね」

「見つかったら絶対怒られるんだろうなぁ」

「その時は三人で土下座しようね」

 

 だが初日は空振りだった。いくつか先の駅で電車を降り、

詩乃はコンビニで飲み物を買った後、それを美味しそうに飲みながら、ソレイユに到着した。

 

「あっ、ここってソレイユ?」

「ああ~、バイトかあ」

「そういや最近バイトしまくってるって言ってたっけ」

「夏休み用の資金を稼ぐって言ってたもんね」

 

 二日目は、詩乃は真っ直ぐ自宅に帰り、そのまま出てこなかった。

途中一度だけコンビニに行って弁当を買ったが、外に出たのはその一度だけだった。

ちなみにその間、三時間ほどであったが、三人はずっと詩乃の部屋を見張っていた。

実にご苦労な事である。

 

 

 

「平日だと楽しくないね……」

「詩乃のあられもない姿が見れると思ったのに……」

「とはいえやっぱり毎日だときついから、次の日曜日を最後の尾行にしない?

それで収穫が無かったら諦めるって事で」

「そうだね、そうしよっか」

「詩乃っちのいつもと違う一面が見れたらいいんだけどね」

 

 どうやら既に主旨が変わってしまっているようだが、

とにかく三人は、日曜日の朝、詩乃の部屋近くに集合した。

ちなみにこの三人は、前の日に詩乃にかまをかけていた。

 

「詩乃、明日はどこか行くの?」

「うん、ちょっと友達と買い物かな」

「へぇ~、朝から?」

「うん、九時くらいに家を出るつもり」

「ほえ~、結構早いんだねぇ」

 

 自分達も参加したいとは言わず、

あくまで淡々と、日常会話を装って得た情報がこれである。

そして朝九時、三人は見守る中、部屋から詩乃が出てきた。

 

「出てきた出てきた」

「さてどこに行くのかな」

「それじゃあ見つからないように気をつけてレッツゴー!」

 

 こうして三人は、わくわくしながら詩乃の後を付いていった。

 

「電車か」

「どこまで行くんだろ」

「このままだと千葉?」

「まさか八幡さんの家に通い妻!?」

「詩乃にそんな度胸あるかなぁ?」

「いやいや、詩乃っちは本気になったらぐいぐいいくでしょ」

「あれ、降りるみたい」

「ここは……」

「「「秋葉原!?」」」

 

 詩乃は予想に反して秋葉原で下車した。

 

「え、詩乃が秋葉原って……」

「心当たりはメイクイーンくらいしか」

「方向はそうだよね」

「付いてってみよう」

 

 三人は不審者丸出しの様子で詩乃を尾行していった。

途中で警官に職務質問されなかったのは幸いであった。

 

「あ、やっぱりそうっぽい」

「でもそれなら、『メイクイーンに用事がある』って言うよね。

でも友達に会うって言ってたって事は……」

「あ、フェイリスさんだ!」

「って事は、フェイリスさんと一緒にどこかにお出かけか」

 

 メイクイーンの前では、フェイリスがメイド服で待っていた。

買い物に行くと言っていたにも関わらずメイド服である。

 

「フェイリスさん、あの格好のまま行くんだ……」

「さすがフェイリスさんはブレないなぁ」

 

 詩乃とフェイリスは、そのまま連れ立って歩いていった。

どちらかかというとフェイリスが前にいるという事は、

フェイリスが案内役なのだろう。

という事は、詩乃がフェイリスに何かを頼んだのだろう、

そう会話しながら分析しつつ、三人がたどり着いたのは、

大人びたきわどいデザインが売りの、下着メーカーの店であった。

 

「えっ……?」

「こ、ここって……」

「ま、まさか勝負下着を買いに来たとか!?」

「でもこのブランドってそれなりにお高いよね?」

「まさかその為にバイトを!?」

「と、とにかく入ってみよう、見つからないように注意ね」

 

 そして三人は、下着を選んでいるようなフリをしつつ、二人の様子を伺った。

 

「キョーマに聞いた感じだと、八幡はどちらかというと、

清楚に見えて実は大胆な感じの下着が好きみたいニャ」

「男同士だと、やっぱりそういう話もするんだね」

「意外ニャよね、いつもは『俺は興味ありませ~ん』みたいな顔をしている癖に、

やっぱり八幡も男の子ニャね」

 

 そしてフェイリスは、ニヤニヤしながら詩乃に言った。

 

「しっかし詩乃にゃんも、八幡の好きそうな下着が欲しいとか、

今年の夏は何かを狙っているのかニャ?」

「そういう訳じゃないんだけど、ほら、夏休みだから、

八幡のマンションに行く機会がそれなりにありそうじゃない、

で、うっかり下着姿を見られちゃうかもしれないし、

そういう時に子供っぽい格好だと、ちょっと嫌じゃない?」

「確かに……よし、フェイリスも買う事にするニャ!」

「それじゃあお互いに似合いそうなのを選びっこしよっか」

 

 そんな二人の会話を聞いていた三人は、完全に固まっていた。

 

「マ、マンション!?今マンションって言った!?」

「というか、下着姿を見られる事が前提みたいに言ってなかった……!?」

「し、しかも今の会話だと、フェイリスさんも一緒に行くっぽくない?」

「し、詩乃っちがいつの間にか凄く大人に……」

「いきなり戦闘力が上がりすぎじゃない?もしかして死にかけた?」

「と、とにかく詩乃がどんな下着を選ぶかを確認しないと」

「私、行ってくる!」

「あ、ちょっと椎奈!」

「一体どうするつもりなんだろ」

 

 そして詩乃とフェイリスが更衣室に入った瞬間、椎奈がその隣の更衣室に駆け込んだ。

見ると椎奈は、下から腕を伸ばし、詩乃の入っている更衣室の中を盗撮しているようだ。

音がしないのは、動画を撮影しているからのようだ。

 

「うわ、あれって完全に犯罪だよね……」

「まあ詩乃は私達を訴えるような事はしないだろうけど、

もし見つかったら、ただの土下座じゃなく、フライング土下座をしないといけないね」

「あ、詩乃が顔を出して、フェイリスさんに何か話してる」

「くう、下着姿を見せ合いっこしてるみたいだけど、ここからじゃ見えない……」

「あ、顔を引っ込めた、椎奈、今よ!」

 

 その声が聞こえた訳ではないだろうが、椎奈は音で脱出するタイミングを計ったのか、

素早くこちらに戻ってきた。

 

「多分上手く撮れたと思う」

「早く確認しよう」

「どれどれ……」

 

 そして三人は、急いでその動画を見た。

 

「黒……?」

「紐……?」

「つまりフェイリスさんは、これが詩乃に似合うと思ったと……」

「確かに似合ってるけど、似合ってるけど!」

「これは十八禁すぎるだろおおおおおお!」

 

 丁度その時詩乃とフェイリスが、更衣室から出てきた。

二人はお互いのチョイスに満足したらしく、そのままレジの方へと向かい、

それぞれ会計を済ませた。

 

「…………買いおった」

「え、嘘でしょ?あれを八幡さんに見せるつもり?」

「やる気まんまんじゃない!」

「ちょっと映子、言い方が!」

「え?あ、そうだね、えっと、やられる気まんまんじゃない!」

「そういう意味で言ったんじゃないから!」

 

 そして店を出た二人は、次にお高いスイーツを出す事で有名な店に入っていった。

 

「えっ……ここって……」

「どうする?私達も入る?」

「女子高生のお財布には優しくない店だよね……」

「う~……仕方ない、これは行くしか!」

「や、安い品を頼めばなんとか……」

 

 三人は財布の中身を気にしながらも、首尾よく詩乃達の近くの席を確保し、

二人の会話に耳をすませた。

 

「本当にここで良かったのニャ?」

「うん、任せて!今は懐が暖かいから全然平気」

「ま、まさか詩乃にゃん、何か犯罪行為を……」

「いやいやいや、バイトを頑張っただけだから」

「そうなのニャ?」

 

 そして詩乃は、懐が暖かい理由をフェイリスに説明した。

 

「うん、ソレイユのバイトって、通常はあまり長く出来ない事になっているんだけど、

この前ちょっと急ぎの事案が色々あったらしくて、

何日か連続で、かなり長い時間頑張ったの。その給料日が丁度昨日だったって訳」

「なるほど、そういうからくりだったのニャね」

「働いている最中は意識してなかったんだけど、

給与明細を見て、思わず金額が間違ってますよって言いそうになったもの」

「だから下着も新調しようと」

「フェイリスさんっていい下着を着てそうだから、そういうのに詳しいかなって思って」

「健気ニャね、そんなに見て欲しいのニャ?」

「べ、別にそういうんじゃないけど、やっぱり備えておくのは必要だと思うから」

 

 その詩乃の言葉を聞いていた三人はというと……

 

「詩乃ってこんなにリア充だったっけ……?」

「恋人がいる訳じゃないけど、好きな人とそれなりに一緒にいられて、

お金もとんでもない贅沢をしなければまあ問題ない程度に余裕はあって、

最近成績が急上昇して、趣味のゲームも楽しんでいて、

こんなにいい友達にも恵まれて……」

「うん、私が言うのもアレだけど、いい友達は、尾行なんかしないと思う」

「いやいや、これは詩乃を心配しての行動だから!愛だから!」

 

 その間、なおも詩乃達の会話は続いていた。

 

「最近八幡とはどうなのニャ?」

「う~ん、なんとか現状維持してる感じ」

「フェイリスもそんな感じなのニャ、

まあライバルが増えている状態で、現状を維持出来ているのなら、御の字かニャ」

「相手の負担にはなりたくないからまあ、このくらいの距離感がいいのかしらね」

「でもたまには飴が欲しいのニャ」

「分かる分かる、私も一緒にいる時くらいは、よりドキドキしたいって思うもの」

 

 その時詩乃達が注文したらしい品が運ばれてきた。

夏らしくアイスケーキである。ちなみにお高い。

 

「美味しそうね」

「この前雑誌で紹介されてて、一度食べてみたかったのニャ」

「それじゃあ半分こね」

「ご馳走様なのニャ!」

 

 その二人の様子はいかにも楽しそうであり、

詩乃はやっと、自分の人生の激変ぶりに順応してきているように見えた。

 

「詩乃っちかわいいなぁ」

「学校での姫って呼び名に、やっと中身が追いついてきたみたいな」

「オーラというか、雰囲気出てきたよね」

「私達ももうちょっと頑張らないとだね」

「せめてここで普通にアイスケーキを並べられるようにしよう!」

 

 三人は詩乃の姿を見て、そう固く心に誓ったのだった。



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第494話 ぐ、偶然だね

「次はお金がかからない所に入ってくれればいいんだけど……」

「あ、詩乃が何か指差してる」

「あれってゲーセン……?」

 

 そして次に二人が入ったのはゲーセンだった。

 

「そういえばこういうゲーセンって全然来てなかったかも」

「詩乃も多分そうだよね」

「これって詩乃が興味本位でフェイリスさんを連れ込んだみたいな?」

「確かにフェイリスさんを、質問攻めにしてるねぇ」

「あ、見て、何か銃で撃つゲームに興味津々みたい」

「ガンシューティングって奴だっけ」

 

 三人が見守る中、詩乃は銃を手に持ち狙撃体制をとった。

 

「さすが様になってるわねぇ……」

「あ、プレイするみたい」

 

 フェイリスも同じく銃を手に持ち、そのまま筐体にコインを入れた。

 

「どれどれ……」

「うわ、気持ち悪いくらい動きがスムーズなんだけど……」

「どう見ても女子高生の動きじゃないよね……」

「フェイリスさんも、付いていくのが精一杯って感じ」

「狙いが正確な上に、行動が的確すぎる……」

 

 そして二人はとんでもない高得点を叩きだし、ハイタッチをした。

 

「普通に楽しそうだね……」

「私達、何やってるんだろ……」

「今思えば、最初から混ぜてもらえば良かったね……」

「偶然って事にして、今から声をかけてもいいんじゃない?」

「それはありかも」

「ちょっと待って、知り合いがいたっぽい」

 

 その言葉通り、プライズコーナーに差し掛かった時、

詩乃とフェイリスは一瞬驚いた顔をした後、とある筐体の所で五百円玉を積み重ね、

悪戦苦闘している女性に声をかけた。

 

「紅莉栖さん?」

「クーニャン?」

「あら、珍しい組み合わせね、今日はどうしたの?」

「それはこっちのセリフニャ、そんなに五百円玉を積み重ねて、

何か欲しいものでもあるのかニャ?」

「うん、どうしてもこれが欲しいの」

 

 そう言って紅莉栖が指差したのは、ヽ(*゚д゚)ノと顔に書かれたぬいぐるみだった。

 

「カイバー……」

「なっ、何でその呼び方を……私オリジナルな呼び方なのに!」

 

 詩乃は勉強会の時の事を思い出し、思わずそう口にしたのだが、

どうやら紅莉栖は、そのぬいぐるみに、カイバーという名前を付けていたようだ。

 

「前の勉強会の時、ノートに書いてたから……」

「何ですと!?」

「えっと、『ヽ(*゚д゚)ノ<カイバー!』って」

「そういえばそうだった気もする……またネラーバレしてしまった……」

 

 紅莉栖はそう言って、その場に崩れ落ちた。そんな紅莉栖に詩乃が言った。

 

「でもそれって、そんなに気にする事なのかな?」

「えっ?」

「ネラーって、確実に五百万人以上いるんでしょ?

って事は、例えば街を歩いてる人の二十人に一人はネラーなんじゃない?」

「そ、そう言われると確かに……」

「そんなのありふれた比率でしかないわ、むしろGGOをやっているプレイヤーの数の方が、

よほどレアって事になるんじゃない?」

「うん」

「だから紅莉栖さんが、そこまで気にする必要は無いと思う」

「そ、そうかな?」

「そうニャ、クーニャンは色々気にしすぎニャ」

「そっか、うん、確かにそうよね、それじゃあ気を取り直して、

私、絶対にカイバー君を手に入れてみせるわ!」

「その意気よ!」

「クーニャンファイトニャ!」

 

 それからの紅莉栖は一味違った。他人の目を気にしなくなった事により、

こそこそと焦ってアームを動かす事が無くなった紅莉栖は、

持ち前の頭の回転の速さにものをいわせ、堅実にカイバー君を寄せていき、

ついにカイバー君を手に入れる事に成功したのだ。

 

「ついにカイバー君を手に入れたぞ!」

「入れたぞ!」

「入れたのニャ!」

 

 そう雄たけびを上げた三人に、周りの観客達が拍手をし、

それで恥ずかしくなったのか、三人はペコペコと頭を下げながら、

自販機の横にあるソファーに腰かけた。

それを見ていたABCの三人は、こう囁きあっていた。

 

「何、今の一連の流れ……」

「えっと、知り合いがネラーでぬいぐるみがネラー?」

「そして私もネラーです」

「えっ?椎奈もそうなの?」

「ふっふっふ、私は『ヴァルハラ・リゾート・ファンクラブ』というスレッドの住人なのだ」

 

 そうドヤ顔で言う椎奈に、美衣がこう言った。

 

「えっと、ALOをプレイしてないのに、何の為にそのスレッドを見てるの?」

「そのスレ、たまに動画やSSがあがるから、

それで八幡さん達の活躍を見てニマニマするとか?」

「ああ、それなら理解出来る」

「でしょ?」

「二人とも、今はそんな話をしてる場合じゃないわよ、

それよりももっと重要なセリフが聞こえなかった?」

「重要な?何て?」

「ああ~、勉強会?」

「そう、詩乃はさっき確かに、勉強会って言ったわ」

「繋がった!」

「でもまだ情報が足りないわ、筐体の影に隠れながら移動よ」

「「了解」」

 

 三人は、そのまま自販機の方へと進んでいった。

そして首尾よく死角に入り込み、そこで耳を澄ませた。

 

「はぁ、楽しかった」

「取れて良かったね」

「私一人じゃ絶対無理だったかも、二人とも、ありがとう」

「紅莉栖さんにはいつも勉強を教えてもらってるし、こういう時くらいはお返ししないと」

「さて、クーニャンはこれからどうするのニャ?」

「私はラボに戻るつもりだけど……」

「ラボに?でもあそこ、暑くないかニャ?」

 

 フェイリスにそう言われた紅莉栖は、ニヤリとしながら言った。

 

「ううん、実は先日、ついにクーラーが入ったのよ」

「にゃにゃっ!?にゃんと!」

「まあある意味八幡のおかげというか、岡部と橋田が、

ソレイユでのバイト代を出し合って買ったのよ」

「さすがのキョーマもこのところの暑さには音を上げたのニャ?」

「それもあるけど、クーラーなんかいらないと、一歩も譲ろうとしない岡部相手に、

困った顔をしていた橋田を見て、八幡が一言言ってくれたのが効いたのかも」

「八幡は何て?」

「『マッドサイエンティストがクーラーごとき支配下に置けなくてどうするよ』だって」

 

 そう言われたフェイリスは、ぷっと噴き出した。

 

「その時のキョーマの反応が目に見えるようだニャ」

「まあお金に余裕が出たのが一番大きかったと思うけどね」

「何にせよ、良かったのニャ」

「ねぇ、ラボって何をしている所なの?」

 

 その時詩乃が、興味深そう尋ねてきた。

 

「役にたたない発明品を開発している場所ね」

「役にたたないの!?」

「まあ趣味みたいなものだからね。でもそれでいて、実は技術力はかなりあるのよね」

「要するにアイデアが悪い?」

「ふふっ、そうかもしれないわね、もし良かったら、これから行ってみる?」

「い、いいの?興味もあるし、それじゃあ行ってみようかな」

「それならフェイリスも行くニャ」

「それじゃあみんなで行きましょうか」

 

 詩乃達が、そう言って去っていこうとしたのを見て、ABCはかなり慌てた。

 

「今の会話だと、やっぱりあの紅莉栖さんって人が、詩乃の先生なんだ」

「でも随分若そうじゃない?それにあの制服、どこかで見たような」

「菖蒲院女子学園の制服じゃない?少しデザインをいじってるようにも見えるけど」

「あ、それだそれ、って事は、私達と同じくらいの歳なのかな?」

「あっ、行っちゃうよ、ど、どうする?」

「ラボって所に向かうつもりみたいだけど、さすがにそこまでは侵入出来ないよね」

「もうこうなったら、ここで声をかけて、一緒に連れてってもらうしか!」

「それしかないね、よし、行こう!」

 

 そして三人は立ち上がり、偶然を装い、詩乃に声をかけた。

 

「あ、あれ?詩乃?」

「うわ、偶然だね」

「フェイリスさん、久しぶり!」

「三人とも、久しぶりニャ!」

「え?あ、あれ?三人ともこんな所でどうしたの?」

「ちょっと新しいパソコンが欲しいなって思って見にきたついでに、

街をぶらぶらしてて、で、休憩がてらここに入った感じかな」

 

 椎奈が機転をきかせ、そう言って上手く誤魔化した。

 

「あ、そうだったんだ、紅莉栖さん、

こちらは映子、美衣、椎奈、私のクラスメートで親友だよ」

「そうなのね、初めまして、私は牧瀬紅莉栖、宜しくね」

「昼岡映子です、こちらこそ宜しくです」

「夕雲美衣だよ、宜しくね」

「夜野椎奈です、ねぇ牧瀬さん、それって菖蒲院女子学園の制服だよね?」

 

 椎奈にそう問われ、紅莉栖は頷きながら言った。

 

「よく知ってるわね、前に二週間だけ留学してた事があったから、

その時買ったんだけど、デザインが気に入ったから改造してそのまま着てるのよ」

「え?り、留学?」

「どういう事?」

 

 きょとんとする三人に、詩乃がこう解説した。

 

「紅莉栖さんは私達と同い年だけど、

飛び級で今はアメリカのヴィクトル・コンドリア大学院で研究員をしてるのよ」

「ええっ!?」

「だ、大学院生!?」

「凄い!」

 

 そのまましばらく雑談をしていた六人だったが、

さすがにここで長く話をするのはまずいと思ったのだろう、フェイリスがこう提案してきた。

 

「私達、これからラボって所に向かうところだったんだけど、

良かったらみんなでこのままラボに行って、休憩がてらお話を続けないかニャ?」

 

 その提案に乗る事になり、六人はラボを目指した。

 

「こんなに近いんだ」

「怪しい……」

「ふふっ、確かに怪しいビルよね、それじゃあこっちよ」

 

 階段を上り、最初のドアを紅莉栖はノックした。

 

「誰かいる?」

「牧瀬氏?ドアは開いてるお」

「紅莉栖ちゃん?」

「橋田にまゆり?それじゃ入るわよ」

 

 紅莉栖はそのままドアを開け、中に入った。

そして女子高生がぞろぞろと中に入ってきたのを見て、まゆりは喜び、

ダルは激しく狼狽し、その目は点になった。




実はもうコミケ編に入っている事に、誰も気づいてはいまい!フゥーハハハ!


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第495話 橋田軍曹

人物紹介とかも全て合わせると、今日で500話に到達しました。
長らくご愛顧頂き、ありがとうございます、今後とも宜しくお願いします。
金曜日には実質的な500話で、それまでもそれ以降も、しばらく色々アレな話が続きますが、
どうかお見捨てなきよう宜しくお願いします!


「牧瀬氏、この状況は……?」

「あっ、ダルさん、昨日ぶり」

「あれ、朝田氏?」

「まゆりさんもいつぶりかな、久しぶり」

「前にお店に来てくれた時以来かな、詩乃ちゃん、久しぶり!」

 

 詩乃とまゆりが旧交を温めているその横で、紅莉栖はダルにABCの三人を紹介した。

 

「橋田、こちらの三人は、詩乃の友達で八幡の友達だから、失礼の無いようにね」

「あ、以前会った事があるお、三人とも、お久しぶりだお、

ちなみに三人も、僕の知らないうちに朝田氏同様、八幡のお手つきに?」

「いきなり何を言い出すのよ!私は八幡のお手つきなんかじゃないから!」

 

 ダルがそう言った瞬間、詩乃はマッハでそう突っ込んだ。

 

「え?詩乃は違うの?」

「えっ?」

「そうです、私が八幡さんのお手つきの、昼岡映子です」

「同じくお手つきの、夕雲美衣です」

「そして同じくお手つきにして夜伽担当の、夜野椎奈です」

「あ、これはこれはご丁寧に、それじゃあお返しに、僕も改めまして、

僕の本名は橋田至だお、今は八幡のブレインの一人?

って言ってもいいよね?牧瀬氏」

「別にそう思いたいならそれでいいんじゃない?」

「ちょっ、牧瀬氏、ひどっ……」

 

 その後ろで、詩乃がフェイリスに、こそこそと質問していた。

 

「ねぇフェイリスさん、よとぎ?って何?」

「詩乃にゃんは知らないのにゃ?夜伽ってのは……」

「ふむふむ」

 

 そしてフェイリスが詩乃の耳元で説明していくうちに、

詩乃の顔がどんどん赤くなっていった。

 

「ちょ、ちょっと椎奈、夜伽って何よ!私だってまだした事がないのに!」

「詩乃にゃんストップにゃ!」

 

 そんな詩乃の口を、フェイリスが塞いだ。

詩乃は一瞬抵抗しかけたが、周りの者達の生暖かい視線を受け、

自分が何を口走ったのか気が付き、顔を更に真っ赤にして震え始めた。

 

「まだ?今確かに、まだって言ったよね?」

「予定は未定じゃなく、もう決定だと?」

「もう、詩乃っちはかわいいなぁ」

「もう、もう!」

 

 その様子を見ながら、まゆりはとても楽しそうな表情で言った。

 

「うわ、ダル君、こんなに賑やかなラボは初めてだよ!」

「う、うん、まあそれには同意するけど、まゆ氏もまずは自己紹介しないと」

「あっ、そうだね!」

 

 そしてまゆりも、自己紹介を始めた。

 

「えっと、椎名まゆりです、趣味はコスプレの衣装作り、

好きな物は、ジューシーからあげです!」

「ちなみにまゆりさんも私達と同い年よ」

 

 詩乃にそう言われ、ABCは次々とまゆりに話しかけた。

 

「そうなんだ、まゆりちゃん、宜しくね!」

「どこの学校?」

「うわぁ、自分で衣装が作れるんだ、凄いなぁ」

 

 その様子を見て、ダルは紅莉栖にぼそっとこう言った。

 

「ねぇ牧瀬氏牧瀬氏」

「ん?」

「全員同い年のはずなのに、牧瀬氏だけが浮いている件について」

「う、うるさい!私はちょっと大人っぽいだけだから!っていうか黙れ変態!」

「べ、別に今は変態っぽい事は何も言ってないお!

でももっと罵って下さい!はぁ、はぁ」

「やっぱり変態じゃない!」

 

 直後にダルは、冷静な顔で椅子に座り、紅莉栖に尋ねた。

 

「で、今日はどしたん?」

「……あんたも結構変わり身が早いわよね」

 

 そう言いつつも紅莉栖は、ここに来た理由を説明しようとし、

何か思いついたのか、ドヤ顔でダルに言った。

 

「特に、意味はない」

「それって全然似てないけど、オカリンの真似?」

「う、うるさい!」

「牧瀬氏もかなりオカリンの影響を受けまくってるよね、それともこっちが素?」

「いいから黙りなさいってばぁ!」

 

 こうして自己紹介も済み、ひと段落したところで、まゆりが紅莉栖にこう尋ねた。

 

「で、紅莉栖ちゃん、今日はどうしたの?」

「近くにいたからちょっと休憩がてら、涼みにね」

「ちょっ、僕の質問はスルーだったのに……」

 

 そんなダルの抗議は完全に流され、まゆりはのほほんとこう言った。

 

「なるほどぉ、今日も暑いもんねぇ」

「ここにクーラーが無かったら、絶対来なかったと思うけどね」

「そうだねぇ、本当にまゆしいも、八幡さんには感謝感謝だよ」

 

 そこに何とか会話に加わろうとしたのか、再びダルが口を挟んだ。

 

「それそれ、ねぇ牧瀬氏、あのオカリンの考えを改めさせるなんて、

八幡はオカリンに何を言ったん?クーラーを買うからお前も金を出せって言われた時は、

本当にびっくりしたお」

 

 ダルが、本当に驚いたという顔でそう尋ねてきた。

 

「あ、そういえば橋田は、その場にはいなかったわよね、

でも八幡は、困ってる橋田の様子を見て、後で助け船を出してくれたのよ」

「え?僕?」

「そうよ、前ソレイユでそんな会話が出たじゃない、

あの時、橋田が何を言っても岡部は聞く耳を持たなくて、

橋田が困ったような顔をしてたのを見て、八幡が何か考え込んでたのよ、

で、しばらく後、八幡と岡部と私が三人の時に、八幡が岡部に意見してくれたの」

「そ、そうだったんだ……」

 

 ダルはそう言いながらも、微妙に不本意そうな表情をみせた。

 

「何?クーラーがあるのが嫌なの?」

「べ、別に嫌じゃないお、ただ、僕達が今まで何を言っても聞かなかったオカリンが、

八幡に何か言われただけで考えを変えたのが、何とも言えない気分になるというか……」

「ああ、嫉妬してるのね」

「べ、別に嫉妬とかそういうんじゃ!」

 

 そう言いながらもダルは、わずかに頬を染めた。

 

「赤くなるな、変態!まあいいわ、私の聞いた限りだと、八幡は岡部にこう言ったのよ。

『なぁキョーマ、マッドサイエンティストがクーラーごときを支配出来なくてどうするよ、

存在する道具を使わないってのは、結局その道具に負けた事になるんじゃないのか?

それとも俺が買ってやろうか?その代わり、給料から天引きするが』

ってね。それで岡部は顔色を変えて、購入を決めたのよ」

「まじ?めちゃめちゃ煽ってるじゃん!しかも逃げ道を塞いでるし」

「さすがは八幡ニャね、キョーマの痛いところを的確に突いてきたのニャ」

「八幡さん、凄い凄い!」

「ちなみにキョーマさんは、何て返事を?」

 

 キョーマとソレイユで何度か遭遇し、顔見知りである詩乃が、

興味津々でそう尋ねてきた。

 

「それがね、『それには及ばない、既にあいつらは俺の支配下にある、

まもなく我がラボの虜囚となる予定だ』だって。

で、その後は知ってる通りよ、私と橋田と三人で、設置工事の申し込みをしに行ったわよね」

「うわ、オカリン……」

「キョーマ……」

「ふふっ、オカリンらしいね」」

 

 そう呆れるダルとフェイリスに、まゆりはそう言って微笑んだ。

 

「まあ今は資金にもかなり余裕があるしね」

「そこは八幡様々だお」

「まゆしいもそこは嬉しいのです」

 

 紅莉栖はそう言った後、続けてこう言った。

 

「その後、岡部が八幡と二人の時にこう言ってたの、

やっぱクーラーがあると違うよなぁって。あの二人、本当に仲良しよね」

「確かにちょっと引くくらいだお」

「橋田、あんただって仲良しでしょう?」

「まあそれはそうなんだけど」

「まあこの話はもういいでしょ、ねぇまゆり、何か飲み物はある?」

「え、えっと、今は『選ばれし者の知的飲料』しか……」

「なるほど……橋田、何か買ってきて」

「え~、何で僕が……」

 

 渋るダルをじろっと見ながら、紅莉栖はフェイリスに言った。

 

「フェイリスさん、お願い」

「ダルにゃん、お願いなのニャ」

「う~ん、でも今日は特に暑いしなぁ」

「今日は中々しぶといわね、さてどうするか……」

 

 そして紅莉栖は、一同の顔を見回し、詩乃の所で目を止めた。

 

「ああ、今日は秘密兵器がいたんだったわね」

「ひ、秘密兵器!?私が?」

「ええそうよ、詩乃、ちょっと耳を貸して」

 

 そして紅莉栖は詩乃に何か耳打ちし、詩乃は驚いた顔でこう言った。

 

「えっ、ほ、本当に私がそれを言うの?」

「ええ、それで全て解決よ」

「ほ、本当の本当に?」

「私を信じなさい」

「う、うん」

 

 そして詩乃は、つかつかとダルの前に歩み寄り、少し逡巡した様子を見せた後、

キッと怒ったような顔になり、こう言った。

 

「お前はいつからそんなブタに成り下がったんだ、橋田軍曹!」

「へ……?ぐ、軍曹?」

「いいからさっさと動きなさい、この無能!私の言う事が聞けないというのなら、

このヘカートIIで蜂の巣にするわよ!」

「サ……サー!イエッサー!」

 

 ダルはその瞬間にピンと背筋を伸ばし、敬礼をした。

 

「そんなお前には、迅速に行動出来なかった事への罰を一つ追加する、

飲み物と一緒にアイスも人数分買ってこい!十分以内によ!」

「イ、イエッサー!」

 

 そして詩乃は、途端に相好を崩し、笑顔でこう言った。

 

「お前には期待しているからな、橋田軍曹」

「イエス、マム!」

 

 そう言ってダルは、とても嬉しそうな顔で、駆け足でドアから外に出ていった。

 

「「「「「「おお~!」」」」」」

 

 そして一同から拍手が巻き起こり、詩乃は困ったような表情で言った。

 

「こ、こんな感じで良かった?」

「パーフェクトよ、しかも最後の笑顔、あれアドリブよね?」

「え、えっと……あ、あは……」

「詩乃、凄い凄い!」

「どこであんなやり方を!?」

「そ、その……アルゴさんって人の真似……」

 

 それはアルゴがダルを操縦する時に多用するやり方だったらしく、

詩乃は苦笑しながらそう言った。

 

「なるほど、そう言われると確かにそうね」

「ねぇ詩乃、そのアルゴさんって?」

 

 その美衣の質問に、詩乃はこう答えた。

 

「えっと、ハッカーの人?」 

「え、ハッカーって本当に存在するの?」

 

 驚く美衣に、椎奈がこう言った。

 

「まあソレイユだし、それくらい普通にいるでしょ」

 

 そしてまゆりが横からこう言った。

 

「ちなみにさっきのダル君も、ハッカーの人だよ」

「えっ?まったくそうは見えなかったけど、そんなに凄い人だったの?」

「詩乃っち、そんな人にあんな事を言って大丈夫?」

 

 美衣と映子は心配そうに、詩乃にそう声をかけた。

 

「大丈夫よ、橋田は絶対に喜んでたから」

「まあダル君ならそうかもなのです」

「ダルにゃんなら間違いなくそうニャ」

 

 紅莉栖とまゆりとフェイリスはそう断言し、椎奈は詩乃をこう賞賛した。

 

「さすが詩乃、女王様気質!」

「そ、そんなんじゃないわよ!いっぱいいっぱいだったわよ!」

 

 その瞬間にいきなりドアが開き、ダルが戻ってきた。

 

「橋田軍曹、ただいま戻りました!」

 

 その瞬間に、慌てた詩乃は、咄嗟に腕組みをしながらダルにこう言った。

 

「や、やはりお前は私の期待に応えてくれたな、

これからもお前の働きには期待している」

「イエス、マイロード!」

 

 そしてまゆりがダルにタオルを手渡し、ダルは椅子に腰かけ、

二重の意味ではぁはぁしながら顔にタオルを乗せた。

 

「………やっぱり女王様気質だよね?」

「ち、違うわよ!」

「でも今の、どう考えてもアドリブだよね?」

「う、うう……」

 

 こうしてしばらく詩乃はからかわれ続けた。

ちなみに後日、ソレイユで似たような状況があり、

詩乃は咄嗟に同じような態度をとってしまい、延々と八幡にからかわれる事になる。

 

 尚もラボでの雑談は続く。



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第496話 目指すは一点突破

「そういえば、まゆりさんってコスプレの衣装を作るのが得意なんだよね?」

「うん、まゆしいは、着るより作る方が好きなのです」

「って事は、今度のコミケにも行くの?」

「うん、ダル君はソレイユのブースに駆り出されちゃうから無理だけど、

オカリンや他のお友達と一緒に行くつもり」

「あ、そういえばこの前まで、ソレイユのブースでコスプレバイトを募集してたよね」

 

 その美衣の言葉に、詩乃はこう答えた。

 

「そうね、でも今回は、高校生以下は不可って事になってるのよね」

「え?何で?」

「服装の露出がそれなりに多いからって事で、八幡がそう決めたみたい」

「あ~……それならまあ仕方ないかもしれないね」

「せっかくのアピールのチャンスだったのに……」

 

 そう詩乃は呟き、ABCの三人は目を丸くした。

 

「えっ、詩乃、もしかしてコスプレしたかったの?」

「そういうの、平気なんだっけ?」

「だってGGOでもALOでも普段からコスプレしてるようなものじゃない、

だから偏見も躊躇いもまったく無いわよ」

「確かに……」

「いつも自慢げに、肌を露出してるものね、特に足」

「そ、そんな事してないわよ!」

 

 そう反論する詩乃に、椎奈がスマホをいじり、一枚の画像を見せてきた。

それはゲーム内の詩乃の格好を保存したものであり、

そこには露出過多な詩乃の姿がバッチリと写っていた。

 

「はい、これ」

「い、いつの間にこんなものを……」

「これでも露出が少ないと?」

「そ、それは……」

 

 その写真を横からチラリと見たまゆりは、目を輝かせた。

 

「うわぁ、うわぁ、凄くかわいい、これって詩乃ちゃんの普段の服装?」

「普段というかまあ、うん、ゲームの街中で普段着ている服装だけど、

で、でも、戦闘中はこうじゃないのよ、本当なの!」

「まゆしいはそういうのは分からないけど、この格好はとてもかわいいと思うのです」

「あ、ありがとう……」

 

 詩乃は毒気を抜かれたようにそう言った。

そしてまゆりは、突然詩乃にこんな提案をした。

 

「まゆしい、この服なら作れると思うから、

良かったら詩乃ちゃん、コミケでこの服、着てみる?」

「えっ?そ、そうなの?」

「うん、大丈夫大丈夫、任せて!」

「ねぇまゆしい、こっちはどうかニャ?」

 

 横からフェイリスがそう言いながら、別の写真を見せてきた。

そこにはALOでの詩乃、紅莉栖、フェイリスが仲良く写った写真だった。

 

「うわぁ、こっちもかわいい、フェリスちゃん、これは?」

「私達三人の、街での格好ニャ、本当は制服があるんだけど、

それとは別に、簡単なチームのロゴマ-クだけ入った服も用意したのニャ」

「そうなんだ、うん、こっちも問題なく作れるよ、うわぁ、凄く創作意欲が沸いてきたよ」

「なら決まりニャね、材料費はフェイリスが出すから、まゆしいに作って欲しいニャ」

「分かった、任せて!」

「ちょ、ちょっとフェイリスさん、私は……」

 

 その会話を聞いていた紅莉栖が、困ったような顔でそう言った。

 

「クーニャンは、今回のイベントではぶられて、悔しくはないのかニャ?」

「え?べ、別に悔しくはないけど……」

「八幡に、お前達の体なんか見る価値もないって言われたようなものなのニャよ、

それでも悔しくないのかニャ?」

「フェイリスたん、それは……」

 

 横から口を挟もうとしたダルを、フェイリスは視線で制した。

ダルはそれを見て押し黙り、尚もぐいぐいと紅莉栖に迫った。

 

「このまま負けっぱなしで本当にいいのかニャ?ニャ?」

「そ、それは……良くはないけど……」

「詩乃にゃんはどうかニャ?」

「絶対に見返してやるわ」

「映にゃんと美衣にゃんと椎にゃんはどうかニャ?」

 

 突然そう話を振られた三人は、逆にこう聞き返してきた。

 

「その前に、コミケっていつなの?」

「うん、それ次第かも」

「ええと、お盆の週の金曜から日曜までニャね」

「あ~……ごめん、私はそこは田舎のおばあちゃん家に帰省中だわ」

「私も田舎のおじいちゃんの家だなぁ」

「私は大丈夫、そもそも田舎が無いから!」

 

 三人の中で、空いているのは椎奈だけだった。

そして椎奈はキリッとした顔で、フェイリスに言った。

 

「という訳で、私も参戦するわ!」

「さすが椎にゃんニャ、やる時はやる子なのニャ!」

「椎奈、私達の分も頑張って」

「写真だけは撮っておいてね、詩乃っちの恥ずかしがる顔が見たいから」

「任せて!」

 

 椎奈はそうドンと胸を叩き、ダルは思わずその、ぶ厚い胸部装甲に目を奪われたが、

そんなダルに、紅莉栖は冷たい視線を向けながらこう言った。

 

「橋田、目を潰すわよ」

「ひ、ひいっ……」

 

 ダルは悲鳴を上げ、慌ててフェイリスの後ろに隠れた。

そのついでにダルは、フェイリスにそっと耳打ちした。

 

「フェイリスたん、八幡は別にそんな理由で高校生の参加をNGにした訳じゃ……」

「そんな理由って、見る価値も無い云々かニャ?」

「う、うん」

「そんなのただの煽りに決まってるニャ、面白ければそれでいいのニャ!」

「そ、そう……」

 

 そしてフェイリスが、更に一同を煽った。

 

「これは八幡を見返す為の聖戦なのニャ、狙うは八幡の首一つ、

ちょっとでも照れたような顔をさせたらこっちの勝ちニャ!」

「そうね、ぎゃふんと言わせてやりましょう!」

「ぎゃふんって、今日び聞かない言い方だお……だから牧瀬氏は浮くと思われ」

「橋田、何か言った?」

「い、いえ、何でもないです……」

 

 紅莉栖の剣幕に押され、ダルは再び押し黙った。

そんなダルに、フェイリスは猫なで声でこう言った。

 

「ところでダルにゃん、彼を知り己を知れば百戦殆からずって言葉を知ってるかニャ?」

「それって孫子だっけ?」

「そうニャ、ちなみにダルにゃんは、

ソレイユのブースにスタッフとして参加するニャよね?」

「う、うん、そうだけど……」

「それじゃあ……」

「軍曹、さっさと敵のデータをこちらに渡しなさい、命令よ、今すぐ!」

 

 突然詩乃がそう言い、途端にダルは背筋を伸ばした。

 

「イ、イエ………い、いや、さすがにそれは……」

「あら、軍曹は私の命令が聞けないというの?」

「い、いや、そんな事はないのでありますが、しかし……」

「大丈夫よ、八幡には私が説明するから」

「そ、そうでありますか?で、でもですね……」

 

 ダルは尚も渋っていた。個人情報の取り扱いは、当然リスクを伴うからだ。

そんなダルに、椎奈が突然こんな事を言い出した。

 

「ねぇダルさん、今ちょっとソレイユの公式サイトを見てたんだけど、

見て、このスペシャルサンクスのページ、今はカミングスーン状態だけど、

もしかしてここって、参加してくれたレイヤーさん達の写真が載るんじゃないの?」

「えっ?そっちは僕の担当じゃなかったから分からないけど、

ちょっと見せてもらってもいい?」

「これ、ここなんだけど」

 

 そしてダルは、そのページを確認し、あっと声を上げた。

 

「ほ、本当だ、その通りだお、夜野氏」

「それじゃあここに載る予定の情報なら、漏らしても問題ないって事になるんじゃない?」

「確かに……」

 

 そして一同の期待に満ちた視線を受けたダルは、渋々頷き、自分のPCを操作し始めた。

 

「分かったお、あくまで一部の情報だけだお」

「やった、椎奈、ナイス!」

「ファインプレーね!」

「この前写真撮影をしてたのは知ってるから、

多分その時の写真がここに収まる事になるんだと思うお、とりあえずソレイユのデータの、

僕の権限で行ける部分にアクセスしてみるからちょっと待っててお」

「もしそこにそのデータが無かったらどうなるの?」

「それは諦めてもらうしかないお、

あそこのセキュリティは固すぎるから、僕にもどうしようもないんだお」

 

 そう言いながらもダルは、慣れた手つきでPCの操作を続けていた。

そしてとあるデータに行きつき、ダルはそのデータを確認し、こう言った。

 

「あったお、今プリントアウトするお」

「やった!」

「どれどれ……」

 

 プリントされた一枚目のデータは、一色いろはのものだった。

 

「うわ……いろはさんだ」

「かわいい……」

「この自分の見せ方は、プロの仕事ね」

「いつも戦闘中に見せる二面性が、影も形も無いわね」

 

 ちなみにその二面性とは、こういう事である。

 

『え~?こんなに沢山の敵に囲まれちゃうなんて、怖いですぅ』

 

 そう言いながら呪文を詠唱し、

いかにも守ってあげたくなるように見えるいろはであったが、

いざ呪文が発動すると、こう態度を豹変させる。

 

『チッ、しつこいハエどもですね、さっさと消えて下さい』

 

 そんな場面を何度も見てきたヴァルハラ組は、

猫を被ったいろはの力量の凄まじさを、嫌というほど熟知しているのだった。

 

「次は……あ、香蓮さん」

「えっ?まさかあのおしとやかな香蓮さんが?」

「嘘ニャ……これはまずいニャ……」

「小比類巻氏は、八幡が直々に説得したらしいお」

「あ、それは出るわ……」

「そうね、それなら仕方ないわね」

 

 詩乃達は、八幡のマンションで何度か香蓮に遭遇し、そのスペックを熟知していた。

まるでスーパーモデル並の高身長に加え、その笑顔は魅力的であり、

自信さえ付けば、世界をも取れる器だと囁かれていたのだ。

 

「次はえっと……誰?」

「それは八幡の学校の理事長だお、うちのボスのお母さんで、もうすぐ五十になるお」

 

 その言葉に一同は、きょとんとした後に悲鳴にも似た声を上げた。

 

「う、嘘……この写真って、もしかして加工されてない?」

「いや、してないはずだお、まさに現代に生きる美魔女だお……」

「五、五十?悪くて三十、良くて二十代じゃない?」

「しかもこのスタイルは何?とても信じられないんだけど……」

 

 参加予定の四人は、そう言いながら頭を抱えた。

そして四枚目に出てきたのは、どこかで見たような女性だった。

だがその正体は、誰も分からなかった。

 

「この人は……?」

「どこかで見たような……」

「ああ、それは薔薇氏だお」

「え……?」

「いやいや、さすがにこれは……えっ?」

「この時薔薇氏は、最初はいつも通りの化粧をしてたんだけど、

八幡の鶴の一声でこうなったんだお」

「鶴の一声……?」

 

 そしてダルは、つたないながらも八幡の真似をするように、演技を始めた。

 

「『おい薔薇、お前ちょっとその化粧はまずいんじゃないか?子供が怖がるだろ』

『なっ……し、失礼ね、ちょっと大人びた化粧ってだけじゃない』

『こういうのが得意な奴は誰かいたっけかな、よし、誰か折本をここへ』

ってな感じで、受付の折本氏に柔らかなメイクをしてもらったんだお」

「そう、かおりさんに……」

「まあでも薔薇さんは司会のはずだし、私達の戦いとは微妙に無関係かもね」

 

 五枚目は、コスプレをしていない通常の立ち姿の人物の写真だった。

 

「あれ、フカちゃん?」

「フカ氏も八幡に呼び出されて参加するんだお」

「あ、そうだったっけ、そういえば聞いてたかもしれない」

「どうなるかはまだ未知数ね」

「眼鏡を取ったら化けそうニャ」

 

 六枚目は、クルスだった。

 

「あっ……これもまずい」

「クルスさんも参加するの?」

「この細さにこのルックス、更にこの胸は……」

「ここにいる全員を合わせたようなハイスペックね」

「ど、どうしよう……」

「まあでも、あくまで私達の相手は八幡ニャ」

「そ、そうよね、何も直接対決する訳じゃないんだし」

 

 そして最後の七枚目は、誰も知らない人物だった。

 

「これは?」

「それはただ一人の一般公募の人だお、名前は阿万音由季、

競争率激高の中を勝ち抜いた、つわものだお」

「ねぇ橋田、どうして顔を赤らめているの?」

「怪しい……」

「き、気のせいだお、ちょっと話した事があるだけだお」

「ダルにゃんにもついに春が……」

「そ、それにはまだ早いお!」

「『まだ』?」

「これはとっちめる必要がありそうね」

 

 こうしてダルは、由季に連絡先を教えてもらった事を白状し、

場は桃色な雰囲気に包まれた。

 

「まさか橋田に連絡先を教えてくれる聖女がいたなんて……」

「本当に春の到来ニャ?」

「やったねダル君!」

「ダル君、おめでとう!」

「あ、ありがとだお」

 

 そうお礼を言うダルに、だが紅莉栖は続けてこう言った。

 

「敵は想像以上に強大よ、だから私達が目指すのは、八幡目がけての一点突破、

そのためにも橋田は、バイトに手を出していた事をバラされたくなかったら、

本番までしっかりと私達の為に働くのよ」

「え……い、今の感動的なシーンは一体……」

「それはそれ、これはこれよ」

 

 こうして女子高生達は、険しい戦いの道のりを歩み始めたのだった。



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第497話 何故私なんですか?

 ここで話は少し前へと遡る。一色いろはは、久しぶりに八幡から誘われ、

かなり気合を入れてメイクをし、服装にも気を遣っていた。

 

「まったくもう、先輩ったら、急に呼び出したりなんかして、

最近あんまり接する機会が無かったから、寂しくなったのかな、なんて」

 

 いろははそうぶつぶつと呟きつつも、満面の笑顔で家を出た。

 

 

 

 待ち合わせの場所にはもう既に八幡が来ており、

八幡は特にきょろきょろする訳でもなく、悠然とキットに背をもたせかけていた。

通りかかる女性達が、ちらりちらりと八幡の方を見ており、

それだけでいろはは、優越感にも似た喜びを感じる事となった。

自分が待ち合わせている男が他の女性から注目を浴びるのは、存外気分がいい、

いろははそう考えつつ、八幡に声をかけた。

 

「せ~んぱいっ、待ちました?」

「おう、待った待った、もう来ないかと思ったわ」

「ま、まだ待ち合わせ時間より前じゃないですか、

ってか何でそういう事を言うんですか!

そこはどう考えても、足でタバコの吸殻の山をもみ消しながら、

『いや、今来たところだ』って言う場面じゃないですかぁ!」

「お前、さすがにそれはテレビの見すぎだろ、ってか今時そんな奴がいる訳ないだろ、

待ってる間、スマホでもいじってるに決まってる」

「まあそれもそうですね」

 

 そしていろはは、八幡の腕に抱きつき、満面の笑顔で言った。

 

「で、今日はどこに連れてってくれるんですかぁ?」

 

 そんないろはをさりげなく振りほどきながら、八幡はこう返した。

 

「いや、俺はただ、お前に頼みがあったから、

話を聞いてもらおうと思って呼び出しただけなんだが……」

 

 いろはは頼みと聞き、特に深く考えずにオーケーしようとした。

 

「頼みですか?どんな内容でも、先輩の頼みなら別に構いませ……いえ、えっと、

あ~、最近私も忙しいしなぁ、ストレス解消しないと何か頼まれても無理かなぁ、

どこかに私を遊びに連れてってくれるような、甲斐性のある八幡先輩はいないかなぁ」

「お前、今、もろに俺の名前を言ったよね?」

「え~?何の事ですかぁ?自意識過剰なんじゃないですかぁ?」

「自分で名指ししておいて、何言ってるんだお前は……

まあいいや、それじゃあちょっとぶらぶらしてみるか?」

 

 そう軽い調子で言った八幡に、いろははこう言った。

 

「今私の事誘いました?すみません、私はそんな安い女じゃないんで、

ほいほい付いていくなんて思ってくれていいです、それじゃあ行きましょっか」

「……そういえば昔はこういう時、ごめんなさいとか言ってなかったか?」

「あっ……はぁ、あの時に逆の答えを返していれば、もしかしたら今頃先輩は私の物に……」

 

 いろはは突然そう呟いて、落ち込んだようなそぶりを見せた。

 

「わ、悪い、何かまずい事を言っちまったか?」

 

 八幡は慌てていろはにそう謝ったのだが、いろははすぐに顔を上げ、笑顔で言った。

 

「いえいえ、こっちの事です、それじゃあ適当にぶらぶらしましょっか」

「おう、それじゃあキット、どこかの駐車場で待っててくれ」

『分かりました』

 

 そしてキットは走り去っていき、それを見ながらいろはは感慨深げに言った。

 

「やっぱりキットって凄いんですねぇ」

「だろ?ちなみに今、二号機を作ってるぞ」

「そうなんですか?それには誰が乗るんですか?」

「防衛大臣だ」

「ぼっ……」

 

 いろははそう言いかけて絶句した。

 

「ど、どうしてそんな事に?」

「この前ちょっと会う機会があってな、どうしてもって言うからオーケーした」

「軽く言ってくれますね……」

 

 そう言われた八幡は、頭をかき、それを見ていろはは、諦めたような口調で言った。

 

「もう今の先輩は、そういう立場だって分かってますから何も言いませんけど、

博打みたいな事だけはしちゃだめですよ?」

「おう、俺は堅実に生きるつもりだから問題ない」

 

 そして二人は、連れ立って歩き始めた。

 

「そういえば前から思ってたんだが、お前、高校の時から少し背が伸びたよな?」

「あ、分かります?この靴と合わせて、今なら普通に先輩とキス出来ますよ」

「その例えはどうなんだ?」

 

 そう言われたいろはは、話を逸らすように正面の建物を指差しながらこう言った。

 

「あ、先輩先輩、卓球場がありますよ、少しやってきません?」

「おいおい唐突だな……別にいいけど、

こういう時は普通、ビリヤードかボウリングじゃないのか?」

「ボウリングはともかく、先輩ビリヤードなんて出来るんですかぁ?」

「ん?別に普通に出来るが……」

「えっ?」

 

 いろはが本当に驚いたような顔をした為、八幡は凄く情けなさそうな顔で言った。

 

「お前は俺を何だと思ってるんだ……」

「そ、それじゃあビリヤードで勝負です!私が勝ったらご飯を奢って下さい!」

「いいぞ、それじゃあやるか」

 

 

 

 最初は八幡のブレイクからスタートする事になり、

八幡は最初という事もあり、少し気合を入れてキューを玉目がけて突き出した。

 

『ガコン!』

「うわ、さすが先輩、鍛えてるだけあって力強いですね」

 

 いろはは感心したようにそう言い、八幡はいろはの方に振り返り、自慢げに言った。

 

「まあこれくらいはな」

『コ~ン!』

 

 そして玉がポケットに落ちた音がして、二人は台の方を見た。

 

「お、九番が落ちたな」

「い、いきなりエース!?何なんですかそれ!」

「まあそういう事もあるだろ、とりあえず俺の一勝な」

「ぐぬぬ……」

 

 この後いろはも中々器用なところを見せ、善戦したのだが、

結局勝負は八幡の勝利で幕を閉じた。

 

「ま、負けた……」

「それじゃあ勝負は俺の勝ちだな」

「せ、先輩待って下さい、もう一度、もう一度私にチャンスを……」

「ん?まあ別に構わないが、どうするつもりだ?」

「た、卓球で勝負です!」

「卓球か、さすがに卓球は何年ぶりになるか分からないくらいだが、別に構わないぞ」

「それじゃあ行きましょう!」

「お、おう」

 

 そして卓球の受付で、八幡はちらっといろはの足元を見た後に言った。

 

「卓球台を一時間貸し出しで、ついでに靴も一つお願いします。サイズは……」

 

 そう言って八幡が口に出したのは、いろはの足のサイズだった。

その靴を受け取りながら、いろはは驚いた顔で八幡に言った。

 

「先輩、いつ私の足のサイズを調べたんですか?ま、まさか寝ている私の足に、

ガラスの靴をはかせようとした事が!?」

「ん、そんなの見れば分かるだろ?」

「普通分かりませんよ!っていうか、私の渾身のボケに突っ込んで下さいよぉ!」

「あ~はいはい、はかせたはかせた、

でも入らなかったから、お前はシンデレラじゃなかった」

「そ、そんなぁ……」

 

 そんな会話を交わしながら、二人は卓球台を挟んで対峙した。

 

「行きますよ!」

「あ~ちょっと待て、おいいろは、ちょっとそこで跳ねてみろ」

「えっ?は、はい」

 

 そしていろははその場で軽く跳ねた。それを見た八幡は、満足したように言った。

 

「よし、ちょっと心配だったが、どうやら卓球台に隠れて、

多少激しく動いても、いろはのスカートの中が見える事は無さそうだ」

「えっ、見えないんですか?」

「おう、大丈夫だ、だから安心していいぞ」

「……せっかく勝負ぱんつをはいてきたのに」

「お前は冗談でもそういう事を言うんじゃねえよ………」

「本当ですよ?見てみますか?」

 

 そう言っていろはは自分のスカートをたくしあげようとした。

それを見た八幡は、慌てて目を逸らしたのだが、その瞬間にいろはがサーブを放った。

 

「隙あり!」

「ねえよ」

 

 八幡はそのサーブをあっさりと返した。

 

「くっ……」

「ほれ、次いくぞ次」

 

 その後もいろはは、『死ねぇ!』と叫びながら特大のホームランを放ったり、

落語の時そばを駆使して何とか抵抗しようとしたが、結局大差で敗北した。

 

「うぅ……負けました」

「よし、それじゃあ飯に行くか」

「うぅ……仕方ない、それじゃあ私の奢り……と言うとでも思ったか!」

「ん、お前、何を言ってるんだ?」

「確かに先輩が負けたら奢ってもらうと言いましたが、私が負けたらご飯を奢るとは……」

「ほれ、奢ってやるから早く来いって」

「言ってない……って、あれ!?」

「俺がお前に奢らせる訳ないだろ、ほれ、こっちだこっち」

「あ、ま、待って下さいよぉ!」

 

 そしていろはは、八幡の後を追いかけながらぼそりと呟いた。

 

「もう、そういうとこ、ずるくなったなぁ……」

 

 そう言いながらもいろはの頬は、終始緩みっぱなしなのであった。

 

 

 

「こ、ここですか?」

「おう、たまにはこういうのもいいだろ?」

「は、はぁ……」

 

 八幡がいろはを案内したのは、とあるラーメン屋だった。

 

「ここは昔よく来てたんだよ、あ、でもここに誰かを連れてくるのは初めてだな」

「先輩、早く入りましょう今すぐ入りましょうさっさと入りましょう」

「お、おう……」

 

 そしていろはは、再びぼそっと呟いた。

 

「先輩の初めて………ふふっ」

 

 そして中に入り、注文したラーメンが目の前に置かれ、それを見たいろはは絶句した。

 

「何ですかこれ、油ですか、まじですか……」

「いただきます」

 

 八幡はいろはの隣でそれを平然と食べ始め、いろははかなり逡巡した後、それを口にした。

その瞬間にいろはは、ハッとしたような顔をした後、大人しくラーメンを口に運び始めた。

どうやらお気に召したらしい。八幡はそれを見て、一瞬笑顔を見せた後、食事を再開した。

 

 

 

「先輩、悔しいけど美味しかったです」

「それは良かった」

「私、こういう店に来たのは初めてです」

「まあ女の子一人だと入りづらいからな」

「そうなんですよ、なのでまた、ここに連れてきて下さいね」

「ん?ああ、そうだな、別に構わないぞ」

「よし!」

 

 いろはは小さな声でそう言うと、密かにガッツポーズをした。

実質次のデートの約束をしたようなものだと考えたのだろう。

そして外に出て、適当に店をまわった後に、いろはがこう言い出した。

 

「先輩、この辺りに昔よく通ってたお店があるんですけど、そこで甘い物が食べたいです!」

「そうだな、それじゃあ休憩がてら、ちょっと寄ってくか」

 

 そしていろはの案内で、店が見える位置まで来た二人は、遠くに意外な人物を見つけた。

高校時代、いろはの下で働いていた、副会長と書記の女の子である。

 

「ん、あの二人には見覚えが……」

「あ、あれって副会長と書記ちゃんですよ、先輩、覚えてないですか?」

「ああ、思い出した、そうだそうだ、確かあんな顔だったな」

「せっかくですし、追いかけて挨拶しますか?

ついでに私の彼氏面してくれてもいいんですよ?」

「いや、しないから……まあそこまでする事もないだろ、

元気そうだったし、それを確認出来ただけで十分だ」

「ですね」

 

 そして二人は、そのまま店に入った。

 

 

 

 注文の品が来ると、いろはが急にもじもじし出し、八幡は何事かと思い、いろはに尋ねた。

 

「どうした?トイレか?」

「っ……せ、先輩、もう少しデリカシーというものを持って下さいよ!」

「す、すまん」

「まあ別にいいですけど……で、先輩、あのですね、良かったら一緒に写真を撮りません?」

「え、写真?正直面倒臭……」

 

 いろははその言葉を最後まで聞かず、

注文の品を持ってきてくれた店員に向かってこう言った。

 

「すみませ~ん、写真を撮ってもらっていいですか?」

「俺に選択権が無いなら最初から聞くなよ……」

「てへっ」

 

 八幡はそのいろはの笑顔を見て、仕方ないなと苦笑しながら、

大人しくファインダーに収まった。

 

「それじゃあ頂きましょっか」

「そうだな」

「そういえば先輩って甘党ですよね?」

「おう、そうだぞ」

 

 そう言いながら美味しそうにデザートを頬張る八幡を見ながら、

いろはが嬉しそうに言った。

 

「ふふっ、美味しそうに食べますよね」

「それが甘い物に対する礼儀だからな」

「それじゃあ私も敬意を持って食べる事にします」

「そうしろそうしろ」

「あ、先輩、それで私に頼みというのは……」

「あ、すっかり忘れてたわ」

 

 それで思い出したのか、八幡はいろはにコミケでコスプレをしてくれないかと依頼した。

 

「コミケって、私行った事ないんですよね」

「まあ普通はそうだろうな」

「ソレイユのブースが出てて、そこで愛想を振りまけばいいんですね?」

「身も蓋もない言い方だが、まあそうだな。それにお前、こういうのが得意そうだからさ」

「む~、何ですかそれ」

「別に悪い意味じゃないけどな」

「まあそうかもですけど……」

 

 そしていろはは、考え込んだ後に言った。

 

「ちなみにどんな格好をする事になるんですか?」

「ティターニアだ」

「えっ?本当ですか!?」

「おう、本当だぞ」

「でもティターニアだったら、明日奈さんがやった方が……」

「分かるだろ、俺達が顔出しするのはリスクが高すぎる」

「あっ、確かにそうかもですね……」

 

 そしていろはは、真剣な顔で再び八幡にこう尋ねた。

 

「先輩、一つ教えて下さい、他にも色々なキャラのコスプレがある中で、

どうして私がティターニアなんですか?」

「お前なら出来ると俺が判断したからだ」

「そうですか……」

 

 いろははそう言って下を向いたが、その顔は真っ赤に染まっていた。

どうやら嬉しかったのだろう。そしていろはは顔を上げ、笑顔で八幡に言った。

 

「分かりました、やります」

「そうか、悪いな」

「ちなみに先輩もそのブースに参加するんですよね?

「おう、もちろんだ」

「それじゃあ、ちゃんと私の事、見てて下さいね」

「ああ、ちゃんと出来るか心配だから、しっかりと見てるさ」

 

 八幡はニヤニヤしながらそう言い、いろはは愕然とした顔で抗議した。

 

「ええっ!?もう、さっきと言ってる事が違うじゃないですか!」

「ははっ、まあ気にするな、それじゃあ詳しい事が決まったら連絡するわ」

「もう……」

 

 こうしていろはは、今回のイベントでの大事な役を任される事になったのだった。




この作品の開始時期のせいで、幻と消えたデートイベントでした!
関係性が違うせいで、反応もまったく違う感じになりましたね!


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第498話 八幡発熱す

 その後、キットの位置を確認した二人は、そのままキットに乗り込み、

八幡はいろはを家まで送り届けた。

 

「先輩、今日はありがとうございました」

「こちらこそ引き受けてくれてありがとうな、いろは」

「ティターニアに関する設定資料、忘れずに送って下さいね」

「おう、すぐにまとめさせるわ」

 

 そしていろはは、名残惜しそうに家に入っていった。

 

「さてと、一度ソレイユに向かうか」

 

 八幡は、あらためて自分もティタ-ニアに関する設定資料を確認しようと、

そのままソレイユへと向かった。

 

 

 

「アルゴ、資料は用意出来てるか?」

「ああ、といっても、ゲーム独自の設定とかは特に残ってなくてな、

どうやら妖精の女王っていうイメージだけで、キャラを採用したっぽいんだよナ」

 

 アルゴにそう言われ、八幡は一応予想はしていたのか、納得したようにこう言った。

 

「やっぱりか、確かに北欧神話の要素が多い割りには、

ティターニアは元はシェークスピアだし、そういう事もあるかとは思ってたよ」

「まあ須郷の事だ、元々とんずらするつもりだったはずだし、

メインシナリオの細かい部分の設定を決める気なんか、最初から無かったんだろうヨ」

「って事は、シェークスピアの夏の夜の夢を読むか見るかした方がいいのか?」

「あれはオベイロンとティターニアが養子を巡って争ってるような話だし、

まったく参考にならないんじゃないカ?」

「そうか……それならもう、こっちで設定を作りこんじまった方がいいのかもしれないな」

「そういうのが好きな中二病患者は、うちの会社には沢山いるから、

本気でそうするなら案外簡単に出来るかもしれないナ」

「よし、それじゃあチームを編成して、早速設定を固めてくれ」

「あいヨ」

 

 

 

 ソレイユのブースでは、既存のキャラを紹介風に出すという事は決まっていたが、

各種族はともかく、イベントキャラであるティターニアについては、

どういう見せ方をすればいいのか、まだハッキリとは決まっていなかった。

その為、この設定作りは急ピッチで進められ、

八幡もそこに参加し、わずか三日でその設定は完成する事となった。

 

「やっと完成か……」

「ハー坊、最近あんまり寝てないんだろ、今日はもう遅いし、

とりあえずマンションで寝てきた方がいいぞ、顔色も悪いしナ」

「ああ、そうさせてもらうわ、いろはへの資料の送付だけ、宜しく頼むわ」

「任せとケ」

 

 そして八幡は、重い足を引きずるように、自分のマンションへとたどり着いた。

心なしか熱もあるように感じ、八幡は、とりあえず薬を飲もうと常備薬を探したが、

どこにあるのかが分からない。

 

「これは優里奈に頼った方が良さそうだ……」

 

 そう考えながら八幡は、電話をかける手間を惜しみ、自分の足で隣の部屋へと向かった。

電話で呼びつけるのも、何かえらそうで申し訳ないという気持ちも働いたのは確かだった。

だがその判断は失敗だった。八幡は足をもつれさせ、優里奈の部屋の扉にぶつかり、

そのまま意識を失う事となった。

 

 

 

 気がつくと、八幡はベッドに寝かされていた。

 

「ここは……」

 

 そんな八幡の額には、濡れたタオルが乗せられていた。

周りを見回すと、どうやらここは、八幡のマンションの寝室らしく、

クローゼットには、『八幡以外の男性が開けるのを禁ず』と書いてあり、

八幡は、それを見てぼそっと呟いた。

 

「いつこんな張り紙を作ったんだよ、っていうか、俺も開けねえから……」

 

 その時八幡は、眩暈がした為、再びベッドへと横たわった。

 

「参ったな、ちょっと無理をしすぎたか」

 

 そして八幡は、せめて起きた今のうちに薬でも飲もうと、扉の向こうに声をかけた。

 

「優里奈、いるのか?」

 

 その声が聞こえたのか、扉の向こうからパタパタとスリッパの音がし、

優里奈がひょこっと顔を覗かせた。

 

「あっ、八幡さん、気がつきましたか?」

「おう、ここまで運んでくれたのか?悪かったな、苦労しただろ」

「いえいえ、こちらこそ発見が遅れちゃって、本当にごめんなさい」

「ん、そうなのか?」

「はい、実は……」

 

 優里奈が言うには、ドアに何かぶつかる音がして、

覗き穴から外を覗いたが誰も姿も見えず、どうしたものかとしばらく悩んだ末に、

ビルのセキュリティを信頼してドアを開けてみる事にし、

そこでやっと八幡を見つけたそうだ。

 

「私の力じゃ八幡さんは運べないはずなんですけど、

何故か運べちゃいました、火事場の馬鹿力ってやつですかね、ふふっ」

 

 そう得意げに笑う優里奈を、八幡は素直に賞賛した。

そして八幡は、常備薬がどこにあるのか優里奈に尋ねた。

 

「実はこの部屋、常備薬って置いてないんですよ、

でもとりあえずこれ、空腹時でも飲めるお薬を家から持ってきました」

「ああ、そうだったのか、それじゃあ今度買いに行かないとな」

「それじゃあ一緒に買いに行きましょうか、あっ、ついでに薬箱も揃えないとですね」

「そうするか、絶対に必要なものだしな」

 

 こうして八幡と二人で出かける権利を自然体で手に入れた優里奈は、

邪気の無い顔で、いかにも嬉しそうにこう言った。

 

「やった!それじゃあおめかししないとですね」

「えっ?いや、あ、お、おう」

 

 八幡は、ちょっとスーパーに買い物に行くようなノリでそう言ったのだが、

優里奈がとても楽しみにしているようなので、それ以上何か言うのはやめた。

 

(まあいいか、せっかくの夏休みだし、保護者としては、被保護者に何かしてやらないとな)

 

 その時八幡は、再び眩暈を覚え、頭をおさえて再びベッドに横たわった。

 

「あっ、だ、大丈夫ですか?」

「おう、大丈夫だ、とりあえず薬をくれ、それを飲んで、少し眠る事にするわ」

「分かりました、それじゃあこれを」

 

 八幡は薬を受け取り、それを口にすると、ベッドに横たわって目をつぶった。

薬の効果なのか、八幡はすぐに眠気を感じ、そのまま八幡の意識は暗転した。

 

 

 

 次に目を覚ましたのは明け方だった。まだ少しだるいが、

体調はかなり良くなっており、額に乗せられたタオルの温度からして、

どうやら優里奈も適当な時間に寝たようで、八幡はほっとした。

 

「優里奈が徹夜してたらどうしようかと思ったが、杞憂だったか」

 

 八幡はそう呟き、優里奈に感謝しつつ、額からタオルをどけ、再び横になってこう呟いた。

 

「まったく、優しいし気立てはいいし、家事は出来るし気が利くし、

その上美人でスタイルがいいとか、優里奈と結婚する奴は幸せだよなぁ、

まあ正直手放したくはない気もするが……」

 

 その瞬間に、誰かが息を呑むような気配がし、

八幡は慌てて起き上がり、横で驚いたような顔をしていた優里奈と目が合った。

 

「…………」

「…………」

「え、えっと………」

「は、はい」

「隣で寝てたのか?」

「はい、何かあったらいけないので、床に布団を敷いてここで……」

「そ、そうか」

 

 八幡はそう言って、気まずそうに押し黙った。

優里奈は優里奈で、今の言葉は多分聞いていたと思うのだが、

いつも通りの笑顔のまま、静かにその場で佇んでいた。

 

「あ~………」

「はい」

「ま、まだそれなりに熱があるみたいだな、もう少し寝ておくとするか」

「あ、それならタオルを濡らしてきますね」

「いや、まあそこまでじゃないさ」

「本当ですか?」

 

 そう言って優里奈は、八幡の額に自分の額を押し付けてきた。

その顔の近さに八幡は硬直し、まったく動く事が出来なかった。

優里奈はすぐに顔を上げ、ほっとしたような顔で言った。

 

「大丈夫みたいですね、でもぶり返したらいけないし、

私ももう少し、ここで一緒に寝るとしますね」

「そ、そうか、悪いな」

 

 そして二人は再び横になり、八幡はすぐに寝息をたて始めた。

だが優里奈は、平然としていたようで、そうではなかったらしい。

布団の中で顔を真っ赤にして、自分の心臓の鼓動をひたすら聞いていた。

 

「手放したくないだって、手放したくないだって」

 

 優里奈は嬉しそうにそう呟くと、それでも寝ようと試みたのだが、

まったく眠くならなかった。

そして優里奈はどうしようかと思い、そっと立ち上がった。

その時優里奈は、カーテンがちゃんとしまっていなかったのだろう、

その隙間から差し込んでくる光が、

もうすぐ八幡の顔の上にかかろうとしている事に気がつき、カーテンを直そうとした。

そしてカーテンの前で、チラリと八幡の方を振り返った優里奈は、

自分の頭の影が、八幡の顔のすぐ横にある事に気がついた。

 

「…………これくらいなら」

 

 そして優里奈は、八幡を横目で見ながら、そっと唇を前に突き出し、

その影の唇を、八幡の頬にそっと触れさせた。

 

「いつか本当に、出来ればいいなぁ……」

 

 そう言いながらも優里奈は、カーテンをきちんと閉め、

そのまま再び布団に横になった。いつの間には動悸は収まっており、

優里奈は幸せな気分に包まれながら、そっと呟いた。

 

「これが幸せって事なのかな、これが好きって事なのかな……」

 

 そしてしばらく後に、優里奈もスゥスゥと寝息をたて始めた。



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第499話 優里奈、池袋へ

「ん………」

 

 それから数時間後、八幡は目を覚ました。

体感だと今は朝の九時くらいなのだろうか、日の高さからそう判断し、

八幡はゆっくりと体を起こした。幸い熱はもう下がっており、

八幡は激しい空腹感を覚え、リビングに通じるドアを開けた。

 

「あっ、八幡さん、おはようございます」

「おう、おはよう、昨日は迷惑かけたな」

「いえいえ、こういう時の為に私がいるんですよ?」

 

 優里奈は台所で料理をしながら、八幡にそう答えた。

 

「熱は……もう大丈夫そうですね」

 

 優里奈は八幡に質問しかけ、顔色を見て安心したようにそう言った。

 

「おう、風邪じゃなかったみたいで幸いだったな、多分過労だったんじゃないか」

「高校生が過労とか簡単に言わないで下さい、休む時はちゃんと休んで下さいね」

「悪いな、返す言葉も無い」

 

 八幡は優里奈にそう言われ、申し訳なさそうにそう答えた。

 

「とりあえずおかゆを作っておきました、お昼からは様子見ですね」

「だな、これで普通の物を食べてまた寝込んじまったら、優里奈に申し訳ないからな」

「………私、八幡さんのお世話を焼くのは別に嫌いじゃないですけど」

「嫌いじゃないのと好きとの間には、高い壁があるんだよ、

だからやっぱり迷惑はかけられん」

「私、八幡さんのお世話を焼くのは別に好きですけど」

「……………そ、そうか」

「はい!」

 

 八幡は、優里奈がすぐにそう言いなおしたのを聞き、そう答える事しか出来なかった。

昔から、ストレートな好意には弱い八幡である。

そして二人は仲良く朝食をとりはじめた。

 

「そういえば優里奈、今日は学校は……」

「うちは今日から夏休みですよ、八幡さん」

 

 八幡は優里奈にそう言われ、ちらりとカレンダーを見た。

 

「そうか、そういえばもう八月か」

「はい、八幡さんの方の学校は、夏休みの期間が少し短いんでしたっけ?」

「ああ、その代わり、ゴールデンウィークとシルバーウィークが少し長いんだよ、

日本中から希望者が集められているから、帰省しやすいようにという配慮だろうな」

「なるほど、そういう理由だったんですね」

 

 納得したように頷く優里奈に、八幡は言った。

 

「まあ優里奈が休みなんだったら、薬を買いがてら、どこかに出かけるか」

「えっ?八幡さん、学校はいいんですか?」

「うちは普通の学校じゃないからな、出席日数よりは成績重視なんだよ」

「ず、ずるい……」

 

 優里奈は羨ましそうにそう言いつつも、やはり楽しみなのだろう、

嬉しそうに席を立ち、隣の部屋へ向かった。

 

「それじゃあ私、着替えてきますね、八幡さんはのんびりしてて下さい」

「あ、それじゃあ俺もちょっとシャワーを浴びちまうわ」

「あっ、そうですね、それじゃあ私も……一時間後くらいでいいですかね?」

「そうだな、それくらいで頼む」

「分かりました、それじゃあ八幡さん、また後で」

「おう、また後でな」

 

 八幡は優里奈を見送ると、シャワーを浴び、外出用の服に着替え、

自分でコーヒーを入れると、ソファーに腰かけのんびりと優里奈の到着を待った。

そしてしばらくして、入り口の方で扉が開く音がした。

 

「お、優里奈、準備は出来たか?」

「はい、お待たせしました」

 

 そして優里奈の方へ振り向いた八幡は、一瞬目を見張ると、すぐに優里奈から目を背けた。

優里奈は白のノースリーブに黄色のミニスカートという夏らしい格好をしており、

八幡は直視し続けるのはまずいと直感した。

 

「八幡さん?」

「あ、ああ、それじゃあ行くか」

「はい!」

 

 そして二人はキットに乗り込み、そこではたと止まった。

 

「……そういえばどこに行くか決めてなかったな」

「あっ!」

 

 二人は顔を見合わせ、苦笑した。

 

「優里奈はどこか行きたい所とかないのか?」

「そうですね、あっ、それじゃあ池袋に……」

「池袋?」

「はい、出来ればサンシャイン水族館に……」

「何か見たいものでもあるのか?」

「いえ、そういう訳じゃないんですけど、実は私、水族館って行った事ないんですよ、

ついでに展望台にも上ってみたいですし、あの周辺なら薬局もありそうですしね」

「確かにそうだな、それじゃあ行ってみるか」

「はい!」

 

 そして二人は池袋に向かい、駐車場に車を停め、最初に水族館へと向かった。

 

「うわぁ、八幡さん、あれって……」

「カワウソだな」

「あれが……私、初めて見ました!」

「まあこういう所に来ない限り、見る機会は無いだろうしな」

「あっ、向こうにいるのはアシカみたいですね、私、初めて見ました!」

 

 八幡は、優里奈の初めて見ました攻撃に苦笑しつつも、

優里奈が子供のようにはしゃぎながら、とても嬉しそうにしているのを見て、

優里奈にもこういう部分があったんだなと意外に思った。

 

「八幡さん、こっちこっち、ペンギンを見たいです!」

「はしゃぎすぎて、転ばないように気をつけるんだぞ、優里奈」

「もう、私そんなに子供じゃ……あっ」

 

 優里奈はそう言われ、反論しかけたが、何かに気づいたようにハッとし、

そして次に、八幡の手をしっかりと握った。

 

「これなら転びませんね」

「え、あ、いや、まあ確かにそうだが」

「それじゃあ行きましょう」

「お、おう」

 

 

 

 二人はその後もサメやエイ、マンボウなどを見て回り、

途中からは八幡も一緒にはしゃいでいた。

 

「俺もこういう所にはあまり来た事は無いけど、中々いいもんだな」

「ですね、一通り回れましたし、展望台に行ってみましょうか」

「そうだな、あっちのビルに行くか」

「下からじゃないと行けないんですね」

「まあ散歩には丁度いいさ」

「ですね」

 

 そして展望台に着いた二人は、その様子を見て、目を見開いた。

 

「スカイサーカス?」

「遊べる展望台ですって」

「そういえばそんなニュースを昔見た気もするな」

 

 展望台は様々な装飾が施されており、二人は興味深げに色々と見て回った。

 

「そろそろ昼だし、ついでに食事にするか」

「はい!」

 

 二人はそのままカフェに入り、朝食が遅かった事もあり、軽めの昼食をとった。

 

「そういえば、こういうのは久しぶりだな」

「明日奈さんとは出かけたりしないんですか?」

「確かに最近、こういう風に出かけたりはしていないな」

「もう、駄目ですよ」

「面目次第もない、この休みの間に、どこかに行く事にするわ」

「それがいいですね」

 

 優里奈は笑顔でそう言い、注文の品が来ると、美味しそうにそれを頬張った。

見ると優里奈の口の周りにソースがついている。

 

「優里奈、口の……ここにソースがついてるぞ」

「あっ……」

 

 優里奈は恥らいながら、そのソースを拭いた。

それを見た八幡は、今日は優里奈のいつもと違う姿がたくさん見れるなと思いながら、

もっとこういう年相応な部分を普段から見せてもらえるように、

自分自身も努力せねばと、保護者的観点からそう考えた。

そして食事も済み、他のフロアもいくつか回った所で、時刻はもう四時を過ぎていた。

 

「ふう、ここだけでも回るのに結構時間がかかりますね」

「こんなに広かったんだな、ここ」

「もっと簡単に回りきれるイメージでしたね」

「だな」

「それじゃあそろそろ薬局を探しましょうか」

「あそこに薬って文字が見えるな」

「あっ、それじゃあ行ってみましょうか」

 

 そして八幡は、そこに行く途中に、不穏な気配を感じた。

 

「ここは……乙女ロードって奴か」

「えっ?ここってそんな名前なんですか?どんな道なんですか?」

「そうだな……まあ優里奈には基本縁が無い場所だな、

一言で説明するのは難しいが、ううむ……」

「ちょっと見てきます」

「あ、おい」

 

 そう言われた優里奈は、きょろきょろと辺りを見回し、たたっと近くの店に近寄って、

その中をひょいっと覗いた。それで理解したのか、

優里奈は少し困ったような顔で、八幡の所に戻ってきた。

 

「私はそういうのには詳しくはないですけど、それなりに理解しました」

「そ、そうか、まあそういう事だ」

「もしかして、何か嫌な思い出でも?」

「知り合いに、こういうのを趣味にしている人がいて、まあちょっとな」

 

 そう言われた優里奈は、驚いたような表情でこう尋ねてきた。

 

「それじゃあ、もしかして八幡さんが出てる本とかもあるんですか?」

「おい、怖い事言うなよ!」

「あは、ご、ごめんなさい」

 

 そして二人はドラッグストアにたどり着き、中に入った。

 

「さて、必要なものを順番に揃えるか」

「解熱剤、鎮痛薬、これは女性用のものも別にあった方がいいですね、

後は胃薬と腸の薬と薬箱……あっ、あれの予備も常備しないと……」

 

 優里奈は何かに気づいたようにそう言い、八幡にこう言った。

 

「八幡さん、買い物カゴは私が持ちます、お会計も私がしますので」

「ん、どうかしたのか?」

「ここから先は私に任せて下さい」

「ん、何かあったか?」

「ええと……」

 

 優里奈はそう言いよどみ、気まずそうにチラリととある棚を見た。

そこには生理用品が並んでおり、八幡はすぐに理由を理解し、財布を優里奈に渡した。

 

「なるほど……それじゃあ支払いはこれでな」

「はい、お預かりしますね」

 

 そして八幡は、栄養ドリンクやサプリのある棚に移動し、

優里奈が買い物を終えるのを待った。

そんな八幡に、突然後ろから声がかけられた。

 

「あっれ~?もしかして比企谷君?」

 

 その声を聞いた八幡は、ビクッとした。

その声は、こういう場所では一番会いたくない人の声であった。

 

「お、おう……ひ、久しぶり……」

 

 八幡がそう言いながら振り向くと、

そこには腐海のプリンセスこと、海老名姫菜の笑顔があったのだった。




どうやら500話を飾るのは、彼女のようです!


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第500話 優里奈と腐海のプリンセス

ついに500話到達です!今後とも宜しくお願いします!


 振り返った八幡の目に飛びこんできたのは、間違いなく海老名姫菜の笑顔だった。

声からしてもそれは間違いない。だがその姿は、

かつて同じクラスに在籍していた時とは、まったく違う様相を呈していた。

 

「え、海老名さん、その姿はまさか………デスマーチ中か?」

「正解!よく分かったね、さっすが比企谷君」

「いや、まあコミケも近い事だしな……」

 

 姫菜の目の下には、ひどいクマが出来ており、服装はよれよれのTシャツにジーンズのみ、

そしてその手に持つ買い物カゴの中は、栄養ドリンクが大量に詰め込まれていた。

ちなみにお嬢様聖水である。そしてその奥には激強打破も何本か見えた。

 

「お嬢様聖水とはまた海老名さんらしいというか……」

「おっ、YOUお嬢様聖水を知ってるんだ、さっすがお嬢様殺し!」

「いや、意味が分かんねえから……」

「お待たせしました、八幡さん」

 

 丁度そこに、折り悪く優里奈が駆け寄ってきた。

 

「おやぁ?ニューカマー?」

「優里奈、俺の後ろへ。教育に悪いからな」

「え?あっ、はい」

 

 八幡は咄嗟にそう言って優里奈を庇い、優里奈は言われた通り、八幡の陰に隠れた。

 

「ふ~ん」

 

 姫菜はニヤニヤしながらそう言うと、八幡の顔に自らの顔を近付けながらこう言った。

 

「お嬢様殺し!」

「一応言っておくが、優里奈は俺の被保護者だからな」

「ん?足長おじさん始めました?それとも光源氏計画?」

「その二択なら足長おじさんだな」

「優里奈ちゃんって言うんだ、私は海老名姫菜、比企谷君の元クラスメートだよ」

「おい、人の話を聞けよ……」

 

 優里奈はそう言われ、おずおずと八幡の後ろから姿を現すと、姫菜に丁寧に挨拶をした。

 

「えっと、よく分からないですけど、櫛稲田優里奈です、宜しくお願いします」

「こちらこそ宜しくね、しかし相変わらず比企谷君の連れている子はレベル高いねぇ、

明日奈ちゃんに雪ノ下さん、優美子に結衣、それに優里奈ちゃん、

もういつ誰に刺されても不思議じゃないね」

「いや、刺されねえから……まあでどこぞの変な男に襲われたら、返り討ちにするけどな」

「まあそうだよね、その懐に忍ばせているモノで一撃だね」

「何でそんな事が分かるんだよ……」

 

 そう言われた姫菜は、にへらっと笑いながら言った。

 

「右肩に比べて左肩の方が僅かに下に下がってるじゃない」

「どこのゴルゴだあんたは……」

「嫌だなぁ、相方が自衛官の元妻だから、そういう話がたまに出るだけだよ」

「あっ、そういえばその相方って、旧姓伊丹さんの事だよな?」

「確かにそうだけど、よく知ってるねぇ?」

「実は旦那の方が知り合いなんだよ」

「そうなんだ、世間は狭いって本当なんだねぇ」

 

 姫菜は、さも驚いたという口調でそう言った。

 

「ところで今日は、他のボーイズは?」

「期待してるところを悪いが、誰もいないぞ」

「ええっ?そっかぁ、資料が欲しかったから、

旦那のキリト君の写真を撮りたかったんだけどなぁ」

 

 その言葉に八幡は、背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 

「……旦那?旦那って何だ?」

「そんなの決まってるじゃない」

 

 あっけらかんとそう言う姫菜に対し、八幡は心底聞きたくないという表情で、

だがしかし一応確認の為にこう尋ねた。

 

「………まさか新刊か?」

「ええ、腐海のプリンセスの一人であるこの海老名姫菜の新境地!

キリ×ハチと見せかけて、実はゼク×ハチというNTRものよ!」

「海老名さん、本当に自重しなくなったなおい!

っていうか、ゼク?ゼクって何だ?いや、おいまさか……」

 

 焦ったようにそう言ってきた八幡に対し、姫菜はキリッとした顔でこう答えた。

 

「ふっ、結衣からGGOの話は聞いてたけど、いい資料を発掘出来たのは幸いだったよ」

「くそっ、そういう事か……」

「まあ実は私が、最近比企谷君はどう?ってカマをかけて、

色々な話を引き出したんだけどね」

「やり方が汚ねえ……」

「おほほほほ、目的の為には手段は選ばない、

そのおかげで、うちのサークルも今や全国区だよ!」

 

 そう得意げに言う姫菜の顔を見ながら、八幡は深いため息をついた。

 

「はぁ……今思えば高校の時、

海老名さんの手綱をしっかり握ってた優美子は偉大だったんだな……」

「封印は解き放たれたんだよ、今の私は鎖から解き放たれた、腐った獣なの」

「はぁ……」

 

 八幡は再び深いため息をつくと、

まだよく分かってないようにきょとんとしている優里奈にこう言った。

 

「優里奈は絶対に、こんな大人になるんじゃないぞ」

「えっと、そもそも二人の会話に付いていけません……」

「さっき乙女ロードで薄い本が売ってるのを見ただろ?

この人は、ああいうのの作者さんだ」

「どうもどうも、腐海のプリンセス一号だよ」

「なるほど…………」

 

 優里奈はそれで納得したのか、そう言って頷いた後、

驚いたような顔で八幡にこう尋ねた。

 

「えっ?それじゃあ今の話って、八幡さんとキリトさんとゼクシードさんの本の話ですか?

八幡さん、よく怒りませんね」

「俺も昔は怒ったさ、でもこの人はな、そんな事で諦める人じゃないんだよ……」

 

 八幡は、何もかも諦めたような口調で言った。

 

「それで比企谷君達は、今日はどうしてここに?」

「観光がてら、ちょっと常備薬を揃えに来たんだよ、

実は昨日、俺が過労からきたと思われる発熱でダウンしてしまってな、

それで常備薬が何も無い事に気がついて、それで買いに来たって訳だ」

「へぇ~、なるほどねぇ、でもそれって優里奈ちゃんが一緒な理由にはなってないような」

「実は俺は会社の近くに何かあった時に泊まる為のマンションを借りてるんだが、

その隣の部屋に優里奈が住んでるんでな、看病してもらったんだよ」

「ああ~、そういう……被保護者ってのは本当なんだ」

 

 そう言いつつも、姫菜は少し怒ったような表情をしていた。

 

「ちなみに明日奈ちゃんに連絡は……?」

「それなら夜にしておいたぞ、まあ遅い時間だったから、こっちには来れなかったが、

優里奈がいるから安心とか言ってたな」

「それで今日も電話を?」

「おう、朝少し時間に余裕があったから、その時に買い物に行くとは伝えてあるな」

「見損なったよ比企谷君!」

「………お?」

 

 突然姫菜が怒り出し、八幡は、もしかして明日奈も連れてこいと言いたいのだろうかと、

その剣幕に一歩下がった。まあ明日奈は学校に行っているのでそれは無理なのだが。

だが姫菜は、ある意味彼女にとって正当な理由で怒っただけだった。

 

「どうしてそこで、他のボーイズに頼らないの?

そうすれば今この瞬間にも、私の頭の中で色々妄想が捗ったはずなのに、

これはもう凄く大きな損失だよ、本当にそういうところ、もっと考えて欲しいな」

「そんな事考えねえよ!っていうか海老名さんは本当に自重しなくなったな!」

「そんなに褒められても、何も出ないよ?」

「褒めてねえよ!」

 

 八幡は興奮ぎみに、そうまくしたてた。

優里奈はそんな八幡を見て、八幡にも苦手な人がいたんだなと驚いた。

もっともこの状態の姫菜の相手をまともに出来る人間は、そんなにいないのだが。

 

「まあまあ興奮しないでよ、一応店の中だし、ね?」

「あんたがさせてるんだろうが……」

 

 そう言いながら八幡は、下を向いて呼吸を落ち着かせようとした。

その為姫菜の持つ買い物カゴが、八幡の視界に入った。

 

「そういえば、随分不健康な買い物をしてるよな……」

「ああ~、これ?まあ追い込みだから仕方ないんだよ、

比企谷君のせいで、か弱い乙女だった私も、もうすっかり薬漬けだよ」

「人聞きの悪い事を言うなよ……それにしてもお嬢様聖水はともかく、

激強の飲みすぎはやばいだろ」

「ん?大丈夫、こっちは一日一本にしてるから」

「それならいいが、体調にはくれぐれも気をつけてくれよ」

「大丈夫大丈夫、優美子も結衣もいるし、何かあっても誰かしら対応出来るよ」

「何………だと?」

 

 八幡は初耳だったのか、信じられないようなものを見る目で姫菜の方を見た。

 

「な、何であの二人が!?」

「ふふっ、友情を盾にお願いしたら、二つ返事で手伝ってくれる事になったの。

どうやらあの二人、私達の作品を、もっとソフトな作品だと考えてたみたいで、

毎日頭から湯気を出しながら手伝ってくれてるんだよね」

「あ、悪魔め……」

「まあ腐海のプリンセスだから、確かに似たようなものかもね」

 

 姫菜はあっけらかんとそう言い、八幡に別れを告げた。

 

「それじゃあ私もさすがにそろそろ行かないと、またそのうち会おうね、比企谷君」

「ああ、それなら今葉山が、同窓会の予定を組んでくれてるはずだぞ」

「そっか、それじゃあまたそこでね」

「おう」

「優里奈ちゃんも比企谷君のお世話、頑張ってね、

でも甘えたい時は、とことん甘えるといいよ、比企谷君、そうされるのが好きだから」

「なっ……」

「はい、そうしますね、海老名さん、体には気をつけて下さいね」

「うん、ありがとう、それじゃあまた!」

 

 そう言って姫菜は、風のように去っていった。

それを見送った後、八幡は優里奈に懇々と説いた。

 

「いいか優里奈、絶対にああなっては駄目だぞ、俺が困るからな」

「はい、大丈夫ですよ、八幡さん、私はああいう世界にはあまり興味が無いですから」

「そ、そうか、それを聞いて安心したわ」

「ふふっ、海老名さんの事、苦手なんですね」

「普通にしててくれればどうって事はないんだが、あの状態だとな……」

 

 そして二人はそのまま店を出ようとしたのだが、

その途中で激強打破が置いてあり、優里奈は何となくそれを手に取り、成分を確認した。

 

「っひぅ………」

「ど、どうした優里奈」

「は、は、八幡さん、これ………」

「ああそれか、見ちまったんだな……」

「サ、サソっ……それに馬……」

「まあ気にするな、優里奈がそれを飲む機会は多分無いだろうから」

「は、はい、私にはハードルが高すぎでした……」

 

 こうして姫菜との偶然の遭遇もあったが、

二人は無事に常備薬一式を揃え、マンションへと帰還する事にした。




すみません、今仕事でひたすら壁に紙ヤスリをかけているのですが、
そのせいで指先がパンパンで、上手くタイピング出来ません。
なので明日は一日お休みをいただきます、大変申し訳ありません!
一日あれば腫れも引くと思いますので少しだけお待ち下さいorz


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第501話 EBNサバイバー

やっと指の腫れが落ち着きました!でも指先が硬くなってテカテカに見えます!
お待たせしてしまったので日曜ですし、今日は10時に投稿しました!


 八幡と優里奈がマンションの駐車場に着いたその時、キットが突然警告を発した。

 

『私の駐車スペースに人が二人座り込んでいます、その為ここで、車を一旦停止します』

「ん、どこだ?ってあれは………」

「結衣さんと優美子さんですね」

「だな……あいつらあんな所で何やってんだ?」

「普通に考えれば、八幡さんを待っていたんだと思います、

私も八幡さんも不在だったという事は、部屋に入る手段が無いって事ですから」

「そう言われると確かにそうだな」

 

 八幡はその意見に頷くと、優里奈を伴って車を降りた。

 

「あっ、ヒッキー……」

「八幡……」

 

 二人は疲れた顔で、そう八幡に声をかけてきた。

 

「随分疲れてるな、とりあえず部屋に行くか。キット、後は任せる」

『はい、お任せ下さい』

 

 

 

 部屋に入ると、二人はソファーに倒れ込み、優里奈は慌てて冷蔵庫に走った。

 

「すぐに冷たい飲み物を用意しますね」

「優里奈ちゃん、ありがと……」

「優里奈、あーしは炭酸で……」

「はい」

 

 そして二人は飲み物を受け取ると、それをぐいっと飲み、

それでやっと落ちついたのか、その場で脱力した。

 

「はぁ……」

「うぅ……」

 

 結衣はぐったりとソファーに仰向けになり、

優美子も天を仰ぎながら、両手をソファーの背もたれの上にかけ、

弛緩した顔で目をつぶっていた。二人とも、八幡がいる事をまったく気にせず、

スカートはまくれあがり、かなりだらしない姿を見せており、

それを見た八幡は、慌てて二人に言った。

 

「お、おいお前ら、スカートとかやばいから、やばいから!」

「そんな事はどうでもいいよ、ヒッキー……」

「そうそう、見たければいくらでも見ればいいし、あーしは今それどころじゃないし」

「いや見ねえから……ああもう、仕方ない、俺はこっちの椅子に座るぞ」

 

 八幡はそう言って、二人の後方にあるキッチンの椅子に座った。

 

「まあ大体想像はつくが、今日は一体どうしたんだ?」

「分かりやすく言うと、あたし達はEBNサバイバーなの」

「EBN?」

「あーし達、さっきまで姫菜の所にいたんだけど……」

「EBNって海老名の略かよ!逆に分かりにくいわ!」

「え~?そうかなぁ?まあそんな訳で、姫菜の所から無事生還してきたって訳」

「姫菜が買い出しに行く時に、後は二人にはきついだろうからって解放してくれたし」

 

 八幡はその言葉を聞き、ハテナと疑問に思った。

 

「きついって、これから佳境に入るって話だったが……」

「え?何で知ってるの?」

「さっき池袋の薬屋で海老名さんに会ったからな、確かに色々抱えてたが」

「えっ、本当に?」

「とはいえ、お嬢様聖水と激強打破しか見えなかったが」

 

 二人はそれを聞いて身震いした。

 

「それ、ここ最近のあーし達の食事だわ……」

「はぁ?」

「あとはカップラーメンかな、でも今日はそれすらも尽きて……」

「お腹減った……」

「あっ、今朝作ったおかゆがまだ残ってますよ」

「それは丁度いいな、優里奈、早速用意してやってくれ」

「はい!」

 

 そして優里奈は二人におかゆを提供し、

二人はそれを食べて、やっと少しは落ち着けたようだ。

 

「ふう……」

「久々に人間らしいものを食べた気がする……」

「でもどうしておかゆなんか作ったの?」

「俺が昨日の夜少し熱を出してな、優里奈が朝作ってくれたんだ」

「えっ、大丈夫なの?」

「ああ、体を休めたら良くなったから大丈夫だ」

「そっかぁ、それなら良かった」

 

 二人はそう言いながら、再びソファーでぐったりとし、

八幡は気になっていた事を優美子に尋ねた。

 

「なぁ優美子、お前から海老名さんに意見出来なかったのか?

さすがにその状態はやばいと思うんだが……」

「姫菜はもう擬態する必要もなくなったから、

普段はともかく、こういう時はあーしの言う事は聞かなくなったんよ」

「ああ、まあそうかもしれないな……」

「私達、友達だよねって笑顔で言われて引き受けたけど、もう二度と手伝いはしない……」

「そういえばさっき言いかけたが、佳境なのに抜けてきちゃって良かったのか?」

 

 八幡は思い出したように二人にそう言った。

それを聞いた二人は顔を見合わせ身震いすると、

何故か八幡の手を取り、ソファーの二人の間に座らせた。

 

「ん、何だ?」

「いや、確認というか……」

「もう何が現実なのか分からなくなっちゃって……」

 

 そして二人は、八幡の腕に抱きつき、潤んだ目で八幡の顔を、至近距離から見つめた。

ちなみに優里奈はそれを見て、うわぁ、うわぁと顔を赤くしていた。

八幡は焦り、逃げ出そうと腰を浮かせかけたが、

その二人の目はどちらかというと、泣きそうな目に見えたので、

八幡は思いとどまり、二人に事情を尋ねる事にした。

 

「………何がどうしたんだ?」

「えっとね、佳境って事は、要するにそういうシーンが増える訳」

「ああ……」

「あーし達が手伝ってたのは主に日常シーンだったけど、

それだけでも精神的にかなりくるものがあったのに、

ここからはいよいよ絡みのシーンが増えてきてさ……」

「それで姫菜が気を遣ってくれたの、二人にはまだちょっと無理かなって言って」

「まだ?まだって言ったのか?お、おいお前ら、そういうのに興味なんか沸いてないよな?」

 

 八幡は焦った顔でそう言い、二人は八幡の腕を抱く力を強めた。

結衣の豊満な胸と、優美子のそれなりの胸が、

それによってぎゅっと八幡の腕に押しつけられる事になったが、

それをまったく意識しないほど、八幡の顔は焦っていた。

 

「あーし達は平気だけど……こういう言い方はちょっとアレだけど、

そういう事をあんたとしたいって普通に思ってるし」

「あたしもそうだよ、でもほら、やっぱり不安になるじゃない?その……」

 

 そして二人は下を向き、ぷるぷる震えながらこう言った。

 

「あんたが……」

「キリト君とあんな事を……」

「ストップ、ストップだ!そういう事を思い出すんじゃねえ、

俺にはそんな趣味はまったく無えから!」

「あは、だよね……ヒッキーは昔から、よくあたしの胸を見て顔を赤くしてたし」

「あんたは高校の時、あーしのパンツを見て喜んでたんだしね」

「い、今はそんな事無えよ!」

「今は?」

「確かに昔はそういう事もあったからそれは否定しない、そういう意味での今は、であり、

積極的にそういう事をしていた訳じゃないという事は主張しておく」

 

 慌ててそう抗議した八幡だったが、二人はそれで何かに気がついたのか、

ハッとした様子で顔を見合わせた。

 

「そういえば最近、胸にヒッキーの視線をあまり感じない……」

「あーしもパンツを見せろってまったく言われなくなったし」

「おい、結衣はともかく優美子はさすがに話を盛りすぎだろ!」

「もしかしてヒッキー、やっぱり本当は……」

「あんた、本当は……」

「だから無えよ!何で俺がキリトに!」

 

 その時優里奈が突然八幡に、こんな質問をしてきた。

 

「あ、あの、八幡さん、そういえば、キリ×ハチとかゼク×ハチってどういう意味ですか?」

「う………」

 

 八幡はその質問に、思わず言葉を詰まらせたが、

ここにはそれに詳しくなってしまった者があと二人いる為、

その質問に対する答えは、スムーズに行われた。

 

「男同士の絡みで、最初の名前の人が男性役、後の人が女性役って事だよ」

「えっと、つまりそれは……」

「うん、姫菜の中ではヒッキーは、常に相手を受け入れる役みたいなんだよね」

「う、受け入れる、ですか!?えっと、えっと……」

「優里奈はそんな世界とは永遠に関わらなくていい、

だからそういう事を深く考える必要は無い、これっぽっちも無いからな!」

「そ、そうですね、私もお二人みたいに、やっぱりそういう事は、

私と八幡さんの間で行われるべきだと思いますし……」

「ばっ、お前何を……」

 

 優里奈は二人の影響を受けたのか、思考がおかしくなっており、そんな事を口走った。

それを聞いた二人は突然立ち上がり、優里奈の両端に陣取った。

 

「えっ?えっ?」

「そういえば優里奈ちゃんって、あたしと同じくらい胸があるよね、

もしかしたら高校の時のあたしよりも大きいかも……」

 

 そう言って、結衣は優里奈の胸をもみ始めた。

 

「それでいて、優里奈って細いよね……あーしとほとんど変わらないし」

 

 そう言って、優美子は優里奈のスカートをたくし上げ、

その太ももをまさぐり始めた。

 

「ちょ、ちょっと、結衣さん、優美子さん、駄目です!八幡さんに見られちゃいます!」」

 

 優里奈は抵抗しようとしたが、さすがに相手が二人だと、抵抗もままならなかった。

 

「大丈夫大丈夫、ヒッキーならほら」

 

 そう言われて八幡の方を見た優里奈の目に、目を瞑り、耳を塞いだ八幡の姿が写った。

 

「ほら、大丈夫っしょ」

「ですね……でもこれはこれで、少し残念な気もしますね」

 

 そのまましばらく優里奈は二人になすがままにされていたが、

さすがに長いと思ったのか、突然八幡が立ち上がり、一瞬目を開けると、

二人の頭にアイアンクローをかました。

 

「お前ら、そろそろやめような」

「い、痛い、分かった、分かったってばぁ!」

「昔と違ってあんたも逞しくなったし……」

 

 そして二人は優里奈を解放し、優里奈はやっと自由の身になった。

 

「とりあえず二人とも、寝不足でハイになってんだろ、

寝室を使っていいからとりあえず寝てこいって」

「あ、うん、それじゃあそうさせてもらう……」

「あんたも一緒に寝る?」

「いや、寝ねえから」

「ふん、相変わらずのチキンね、あーしがあんたなら、

黙って一緒に寝てあげるくらいするのに」

「優美子は男前すぎるんだっつの」

「それじゃあ代わりに優里奈ちゃん、一緒にお昼寝しよ!」

 

 結衣が突然そう言い、優里奈は慌ててそれを断った。

 

「わ、私なら大丈夫です」

「でも少し眠そうじゃない?」

「そ、それは……」

 

 優里奈がそれを否定しなかった事で、八幡も、昨日自分の看病をしたせいで、

優里奈が寝不足だろうという事実に気がついた。

 

「だな、昨日は俺の看病をしてくれたせいで睡眠時間が足りてないと思うし、

お昼寝程度なら別に構わないだろ、優里奈も一緒に寝てくるといい」

「えっと……はい、それじゃあお言葉に甘えます」

「うし、それじゃあ早速いくし」

「あ、お二人とも、自分で歩けますから!」

「いいからいいから、こっちこっち!」

「あ、ちょっと!」

 

 そして優里奈は二人に両手を拘束され、そのまま寝室へと連れ込まれた。

おそらくそのまま、二人に挟まれて寝る事になるのだろう、

八幡はそんな事を考えながら、夕食くらい作ってやるかと思い、

冷蔵庫を覗いた後、買い出しに出ようと家を出た。

丁度そのタイミングで、八幡の事を心配した明日奈から電話がかかってきた。

どうやら今学校が終わったらしい。

 

『八幡君、具合はどう?』

「おう、心配かけたな、どうやら疲れがたまってたみたいなんだが、

優里奈に看病してもらって何とか持ち直したわ」

『そっかぁ、それなら良かったよ、で、今優里奈ちゃんは?』

「海老名さんの所から脱出してきた結衣と優美子と一緒に、

マンションのベッドで仮眠中だ」

『脱出!?監禁でもされてたの?』

「正確には缶詰だな、ほら、コミケが近いだろ?」

『あっ』

 

 それで明日奈は事情を察したようだ。

 

『なるほどね、八幡君は今何をしてたの?』

「あいつらが起きた時の為に夕食でも作っておいてやろうかと思って、

これから買い出しに行くつもりだったな」

『八幡君一人で大丈夫?私も今から行こうか?』

「そうだな、俺だと簡単な物しか作れないし、そうしてくれると助かる」

『分かった、それじゃあ学校に迎えにきてもらってもいい?』

「ああ、すぐに行くから待っててくれ」

 

 こうして八幡は、明日奈を迎える為、キットで学校へと向かった。



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第502話 またやられた……

「悪い、待たせたか」

「ううん、教室で時間を潰してたから問題ないよ」

「里香と珪子はいないのか?」

「二人はちょっと買いたい物があるからって先に帰ったよ」

「そうか、それで和人が明日奈の時間潰しに付き合っててくれた訳か」

「それよりも八幡、熱があったんだろ?もう大丈夫か?」

 

 そう言いながら和人は、心配そうに八幡の顔を覗きこんだ。

 

「ああ、心配はいらないさ」

「そうか、それならいいんだけど……」

 

 そう八幡の事を心配する和人の顔を見て、

八幡は何を思ったか、いきなり和人の頭を引っぱたいた。

 

「痛っ、い、いきなり何をするんだよ!」

「いや、何か無性に殴りたくなってな……」

「意味が分からないよ!」

 

 もちろんそれは、姫菜の書いている作品の影響だった。

八幡の頭の中に、一瞬キリ×ハチの文字が踊り、

それで八幡は、どうしても和人の頭を引っぱたきたくなったと、そんな理由だ。

その時いきなり校内放送のチャイムが流れ出し、八幡は嫌な予感がした。

その予感は正しかった。直後に聞きなれた声が、スピーカーから流れ出したのだ。

 

『あらあらあら、放課後だというのに、わざわざ私に会いに来てくれたのかしら、

もう、本当に仕方のない甘えん坊さんね、

でも今日は残念ながら、これからお客様をお迎えしないといけないの』

「おい八幡、理事長がかまって欲しそうに八幡の事を見ているっぽいぞ」

「大丈夫だ、聞こえないフリをして大人しくここを立ち去れば問題ない、

いいか二人とも、絶対に放送室の方を見るなよ」

「……そんな事をしたら、後でひどい目にあわされるんじゃない?大丈夫?」

「明日奈がいうひどい目って、逆セクハラっぽい意味でだよな?

それなら大丈夫だ、夏休みに入るまで逃げ切れば、こっちの勝ちだからな」

『夏休みまで逃げ切ればこっちの勝ちだとか思っているのでしょうけど、

そのまま駐車場に向かったらきっと後悔するわよ、八幡君』

 

 その瞬間に、再び理事長からそんなアナウンスがあり、三人はぎょっとした。

 

「おいおい、エスパーかよ……」

「これだからあの人は侮れないんだよな……」

「理事長……さすがすぎる……」

 

 だがこうなったら八幡も、後には引けなかった。

八幡はそのまま踵を返し、キットの下へと向かった。

 

「おい、本当にいいのか?」

「いいんだ、さっさとここから逃げ出すぞ」

「お、俺のバイクはあっちだから、それじゃあまたな、八幡、明日奈」

「おう、またな」

「またね、和人君」

 

 和人は何か感じたのか、そう言いながら逆方向へと走っていった。

虫の知らせという奴だろうか、そしてその判断は、正解だった。

 

『ちょ、ちょっと、本当に帰っちゃうの?もう、そんな事をしたら挟むわよ!』

 

 八幡は思わず、何で何を挟むんだよと、振り返って突っ込みたくなったが、

それも理事長の作戦だと思い、必死でそれを我慢した。

 

「明日奈、絶対に反応するなよ、もうしばらくの我慢だからな」

「う、うん……でも何か嫌な予感が……」

「大丈夫、放送室から飛び降りでもしない限り、ここには間に合わん」

「そ、そのはずなんだけど……」

「よし着いたぞ、キット、ドアを開けてくれ」

『分かりました』

 

 そしてキットは運転席と助手席の扉を同時に開け、二人はキットに乗り込んだ。

 

「ふう、とりあえず何もなくて良かった……」

「ひゅっ……」

 

 その時明日奈が息を呑むような声を発し、

八幡は何かあったのかと外をきょろきょろと見回した。

その瞬間に、八幡の左手が明日奈に握られ、直後に八幡の手が、

何かに挟まれるように、とてつもなく柔らかい物に包まれた。

 

「明日奈、一体何………を………うわあああああああっ」

 

 訝しげに明日奈の方に振り返った八幡の目の前に、理事長の顔があり、

八幡はさすがに肝を潰して絶叫した。

 

「あら、人をお化けか何かだとでも思ったの?失礼しちゃうわ」

「なっ……なっ……なっ……」

「ななな?どういう意味かしらね、明日奈ちゃん」

「あ、あは……」

「な、何であんたがここにいるんだよ!!!」

 

 八幡は、後部座席にいたのであろう、理事長に対してそう叫んだ。

 

「何でって、言った通り挟みにきたのだけれど」

 

 その言葉で八幡は、自分の手が理事長に胸に挟まれている事に気がついた。

 

「おわっ……」

「うふふ、顔を赤くしちゃってかわいいわよね、ねぇ?明日奈ちゃん」

「そ、そうなんですよ、八幡君ってこういうところがかわいいんですよね!」

 

 明日奈はそう言われ、少し興奮ぎみにそれに同意した。

 

「おい明日奈、懐柔されるんじゃない」

「あっ、つい……」

「で、何故ここにあんたがいるんだよ!」

「だから挟む為だと言っているじゃない」

「だから答えになってねえんだよ……」

 

 八幡は、荒い息を吐きながらそう言った。

 

「あら八幡君、随分息が荒いわね

『今日は明日奈も朱乃も同時に相手をして、存分にかわいがってやる、ぐへへへへ』

とでも内心で思ってくれているのかしらね、

それなら私にもシャワーを浴びるくらいの時間は欲しいのだけれど」

「いつもの事だが、人の心の中を勝手に捏造すんな!」

「ちなみに今までの会話は、全部放送されているわよ」

「なっ……何だと!?」

 

 八幡は、信じられないようなものを見る目で理事長を見た後、窓を開けて外を見た。

そこには帰ったはずの和人の姿があり、和人は生暖かい目で、八幡に話しかけた。

 

「八幡、ずっと放送でお前達の声が流れてたから、心配になって戻ってきちまったぞ」

「ま、まじか……」

 

 見ると理事長の手にはマイクが握られており、八幡はそれで去年の事を思い出した。

確か去年の夏休み前も、理事長はこうして校門で生徒達を見送りながら、

また夏休み後に笑顔で再会しましょうなどと声をかけつつ、

校内放送で夏休み中に羽目をはずしすぎないように、

優しい声で全校生徒達に語りかけるように放送をしていたはずだ。

それを聞いて八幡は、一層理事長への尊敬を深めたのだが、

理事長の説明によると、どうやら今日は、その為のマイクテストを行っていたようだった。

 

「と、とりあえずマイクのスイッチを切れ!」

「仕方ないわねぇ、これでいい?」

「ふう………ひとまずこれで安心か」

 

 八幡はあからさまにほっとしたような顔をした。

さすがにいつまでも、この理事長とのやり取りを、残っている生徒達に聞かれるのは、

精神衛生上良くない事だからだ。そんな八幡を、理事長は更に煽った。

とはいえ悪気がまったく無いのが困り物である。

 

「しかしまさかこのタイミングで、あなたが重役出勤してくるなんてねぇ、

これはもう運命と言ってもいいのではないかしら、ねぇ?明日奈ちゃん」

「ま、まあある意味そうかもしれませんね、理事長……」

「和人君はどう思うかしら?」

「運命です、間違いありません!なので関係ない俺は、先に帰ってもいいでしょうか!」

 

 和人は理事長にそう問われ、清々しくもそう言い放った。

完全に八幡を売る気満々である。

 

「あっ、和人、お前裏切りやがったな!」

「裏切り?いつから俺がお前の味方だと思っていた!?俺は強い方に付く!」

「くそっ……後で覚えてろよ……」

「あっ、ごめんなさい、良かったら和人君も、ちょっと残ってもらってもいいかしら」

「えっ?」

 

 和人は予想外にそう言われ、焦ったような声を出した。

 

「ほら、さっき言ったじゃない?人を待ってるって。

実はマイクのテストはそのついでだったのよ」

「えっと、待ってるって誰をですか?」

「嘉納さんよ、今日は嘉納さんと八幡君を引き会わせるのは無理だと諦めていたから、

本当にこのタイミングで八幡君が来てくれたのは、運命よねぇ」

「あっ、運命ってそう言う……」

 

 八幡は自分の間違いに気づき、ぼそりとそう呟いた。

だがそれは、理事長に弱みを見せる事に他ならなかった。

 

「あらあら、一体何の運命だと思ったのかしら、興味があるわ、ねぇ?明日奈ちゃん」

「な、何の事だかさっぱり……」

「お、俺も何の事やら……」

 

 明日奈はそう言って何とか誤魔化した。だが八幡は当然逃げられなかった。

 

「あら、あなたは分かってるわよね?さっきまで、手が幸せな状態だったのだから」

「あんたが勝手にやったんだろ!それに別に幸せなんかじゃねえよ!」

「またまた、恥ずかしがりやさんなんだから、でも駄目よ、

もうすぐ嘉納さんが来るのだから、色っぽい話はその後でね」

「そんな話、する予定は永遠に無えよ!」

「あらあら、うふふ、突っ張っちゃってかわいいわね」

 

 そんな二人の会話を、明日奈と和人は苦笑しながら眺めていた。

二人は内心、この二人、本当に仲良しだよなと思っていたのだが、

それを言うと八幡が気の毒なので、さすがに口には出さなかった。

その代わりに和人は、別の言葉で八幡に助け船を出した。

 

「理事長、お楽しみのところをすみません、あの、嘉納さんというのはもしかして……?」

「おい和人、別に何も楽しんでねえからな?」

「分かってる、分かってるって」

 

 そう言いながら和人は、八幡を落ち着かせる為にその肩をぽんぽんと叩きながら、

返事を待つかのように、理事長の方を見た。

 

「そうね、あの嘉納さんよ、先日会ったわよね?」

「やっぱりですか、そうほいほい会える人じゃないはずなんですけどね……」

 

 理事長がそう言って校門の方を指差した為、和人はそちらに振り返った。

校門から、ちょうど年配の紳士が歩いて入ってくるのを見て、

和人はまさかと思い、目をこらしたが、秘書やSPの姿は見当たらなかった。

 

「ま、まさか歩いて?」

「おう、閣下は身軽だからな」

「秘書もSPも無しだなんて……」

「あの人はそういう人なんだよ、さあ明日奈、出迎えようぜ」

「う、うん!」

 

 そして八幡と明日奈は車を降り、理事長も一緒に車を降りた。

 

「嘉納さん、こっちこっち」

「閣下!」

「お?八幡君じゃねえか、今日はいないって聞いてたから、

会えないだろうなと寂しく思ってたんだが、これはとんだサプライズだな」

「はい、実はちょっと熱を出しちゃいまして、

とりあえず下がったんで明日奈を迎えに来たんですよ」

 

 そして明日奈も嘉納に丁寧な挨拶をした。

さすがはいいところのお嬢様であると言うべきだろう。

 

「嘉納さん、お久しぶりです」

「おう、明日奈さん、元気そうで何よりだ、和人君もな!」

「嘉納大臣、お久しぶりです!」

「おう、久しぶりだな、それと和人君も、八幡君みたいに、俺の事は閣下でいいからな」

「は、はい!」

 

 そして嘉納は、理事長の方へと振り返った。そんな嘉納に、理事長は笑顔で言った。

 

「という訳で嘉納さん、せっかくだし、このまま理事長室でお茶にしましょうか。

この三人にも話を聞いてもらえば、いいアイデアも出るかもしれないわよ」

「そうしますか、せっかくだし三人とも、俺の相談に乗ってくれ」

「相談ですか?何かありましたか?」

「ああ、先日提供してもらったシステムの事でちょっとね」

「そういう事ですか、分かりました、明日奈と和人もそれでいいよな?」

「よく分からないけど、こんな機会はめったに無いから別にいいぜ」

「私も大丈夫だよ」

「それじゃあ行きましょうか」

 

 こうして五人は、理事長室へと向かった。

途中で八幡は、生徒達に先ほどの会話について冷やかされ、

理事長もそれに乗り、他の生徒達と一緒に八幡をとことんからかった。

その姿を見ていた嘉納は、苦笑しながら和人に言った。

 

「あの人は、学校だと本当に少女みたいな態度をとるんだなぁ」

「学校だからというか、八幡が一緒の時は、ですね、

俺達が相手だと、さすがにあそこまでじゃありませんよ」

「そうか、まあ楽しそうで何よりだ」

「ですね」

 

 そして理事長室に入り、嘉納は三人に、悩み事を打ち明け始めたのだった。



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第503話 ゲーム的発想

9/5 追記 台風のせいで色々手間取り、執筆時間がとれませんでしたので、
5日の投稿はお休みになりますすみませんorz


「実はな、まだ仮システムの段階なのに、あれが既に大人気でな……」

「それはいい事じゃないんですか?」

「まあいい事ではあるんだが、一つ危惧している事があるんだよ」

「危惧ですか?」

「訓練内容がVRに偏る事で、現実での体力が落ちてしまうんじゃないかってな」

「ああ、それは確かに……」

 

 八幡は、今後は別の種類の訓練も、VRの比率が上がる事を確信しており、

というか既に開発中なのだが、確かに体力作りという面に関しては、

大きなマイナス要因となるかもしれないと、その危惧に同意した。

 

「和人君はどう思うかね?」

「そうですね……確かにSAOから現実に帰還した時は、

これが自分の体だとは信じられませんでしたし、

その点に関しては、確実に落ちると思いますね」

「明日奈さんはどうだい?」

「そうですね、私もあの時は……ええと、ちょっとダイエットしすぎちゃったかなって」

 

 その明日奈のユーモアの聞いた言葉に、嘉納は楽しそうに笑った。

 

「ははははは、過ぎたるは及ばざるが如しという奴だね、

で、どうだい?何かいいアイデアはあるかい?」

「単純に時間短縮になった分を、そういった訓練に回せないんですか?」

「そうだな、だがそうすると、訓練そのものの時間が長くなりすぎて、

負担だけが増えてしまう可能性があるんだよな」

「確かに少しせわしないかもしれませんね」

「だろ?かかるコスト的には絶対に有用だから、

導入しないという選択肢はありえないんだが、

それで技術面にばかり偏重して、体力面が落ちるのは避けたいんだよ」

「ですね……」

 

 実際問題、今まで主に防衛費の関係でやりにくかった訓練を、

ほぼ実費無しで行えるというのは大変なメリットである。

なので首脳陣としては、この機会に滞っていた訓練を、

多めに行いたいと考えるのは当然であろう。

 

「う~ん……」

「単純なようで、難しい問題ですね」

「これを解決するには、体力作りの質を上げるしかないんじゃないのか?」

「だよな……でも現状そんなに質が悪い訳がないし、

専門家じゃない俺達には、にわかには思いつかないな」

「確かに君達には畑違いかもしれないな、まあそれは朱乃さんもそうなんだが、

とにかく別視点からの意見が欲しいんだよ」

 

 嘉納も無茶な事を言っている自覚があるのか、申し訳なさそうにそう言った。

 

「まあ確かに、俺達の専門はゲームですしね」

「それ、専門って言っていいのか?」

「別にいいんじゃない?職業とかじゃないけど確かにそうなんだし」

「ははははは、それじゃあその視点から何か気付く事はあるかい?」

 

 嘉納は笑いながらそう言い、三人は何かないかと考え始めた。

 

「ゲームで強くなるには……」

「とにかく戦う?」

「それだけじゃ駄目だろ、考えながら戦わないと」

「強くなろうって意欲がないと無理だよね」

「意欲か……」

 

 そして八幡は何か思いついたのか、嘉納にこう問いかけた。

 

「閣下、実際そういった方面の訓練って、人気は無いですよね?」

「まあそうだな、あれはつらそうだからなぁ、みんなよく頑張ってくれていると思うよ」

「それは正直頭があがりませんね」

「だな」

「ではそれを、少しでも楽しいものに変えられたら、効率も上がりますかね?」

「それはそうなると思うが、何か思いついたのか?」

「はい、実現性も問題ないと思います」

「なるほど、聞かせてもらおうか」

「はい」

 

 そして八幡は、とんでもない事を言い出した。

 

「自衛官の方々の能力を数値化し、それをカード化して、システムに反映させます。

要するに、その能力通りの、本当に自分の分身と言えるキャラで、

VRでの訓練を出来るようにします、場合によっては模擬戦も」

「そ、それは……まさにゲームだな」

 

 嘉納はその提案に、思わず息を呑んだ。

 

「そうか、キャラを育てる喜びか」

「それは確かに楽しいかもね」

「希望すれば直ぐに個々の能力を測定出来るような環境を作って、

データを直ぐに反映出来るようなシステムを構築します。

そうすれば、自分に足りない部分を鍛える人、長所を更に伸ばそうとする人、

場合によってはその為に、仕事外で自主的に鍛えようとする人も出てくるかもしれません。

無理をしないようにメディカルチェックはちゃんとやるとして、

そうなれば、能力の向上も見込めるんじゃないでしょうか」

「でも八幡、それだけだと、少し弱くないか?

せっかくキャラを育てたら、そのキャラを活躍させたいって思うもんだろ?」

「確かにそうだな」

 

 その言葉を聞いて、明日奈が笑顔でこう提案してきた。

 

「それじゃあ何かの競技会を定期的に開けばいいんじゃないかな、

仕事との兼ね合いもあるから全員参加とはいかないだろうけど、

その辺りは閣下に考えて頂くとして、そういった場があれば、

より一層意欲が沸くんじゃないかな」

「確かにそれで、成績優秀者に何かしらの報酬を与えれば、

全体のレベルアップにも繋がりそうだな」

 

 嘉納はその意見に頷き、理事長もその議論に、うんうんと頷いていた。

 

「それは技術的には可能なのかい?」

「はい、案外簡単に実現出来ます、

初期投資の分の資金はかかりますが、それくらいで済みますね」

「ふむ、ちょっと持ち帰って検討するか」

 

 嘉納は興味を示したのか、重々しくそう言った。

その後は細かい話となり、好き勝手に色々な提案が成され、

嘉納はそれを、一つ一つメモしていた。

実現性の低い提案もあったが、大まかなラインとしては、

おそらくその方向で話が進められるだろうという話になり、

嘉納はその後、満足そうに帰っていった。

 

 

 

「本当にあなた達は、面白い事を考えるわねぇ」

「というか、俺達にはこのくらいしか考えられないという方が正解かもしれませんけどね」

「そうそう、どこまでいっても俺達は、所詮ゲーマーなんですよ、

まあ明日奈は違うかもしれませんけど」

「それでいてこの中で一番適正があるかもしれないって、ずるいよな」

「和人、お前も大概だと思うぞ……」

「そんな事を言ったら八幡もだろ!」

「まあまあ二人とも、そのくらいで」

 

 明日奈は自分の事には触れず、二人をそう宥めた。

 

「さて、それじゃあそろそろ俺達も帰るとしようぜ、

会社には、帰ってから連絡を入れればいいか」

「そうだな、ずっと緊張してたから、俺も少し疲れちゃったよ」

「八幡君、私達は急いで夕食の買い物に行かないと」

「しまった、そういえばそうだったな」

「あら、今日の夕食は明日奈さんが作るの?」

「はい、八幡君のマンションに、お腹をすかせてダウンしている人が二人いるんですよ」

「あら、それは急がないといけないわね」

 

 そして八幡は、何となく理事長にこう尋ねた。

 

「そういえば理事長は、夏休み中はどうするんですか?」

「そうねぇ、たまにはかわいい娘達とバカンスにでも行きたいのだけれど、

この分だと忙しくて無理かもしれないわね」

「まあうちにも夏休みがありますから、その時にでも行けばいいんじゃないですかね、

というか俺が無理にでも休ませますから」

「そうしたらそうしたで、あの子は八幡君の所に入り浸りそうなんだけど……」

「いや、それは……」

 

 八幡はそう言われ、確かにそうなるかもしれないと、内心冷や汗をかいた。

もしそうなったら、八幡の貞操の危機だと本能的に感じていたのかもしれない。

 

「それはちゃんと説得しますよ、まあ代わりに何か要求されるかもしれませんけど、

そこらへんは上手くやります」

「そう?じゃあお願いしようかしら」

 

 理事長はそう言って、嬉しそうに微笑んだ。

 

「それじゃあ俺達はそろそろ行きますね、理事長、また明日です」

「八幡君、終業式の日くらいはちゃんと学校に顔を出すのよ」

「明後日ですよね、はい、そうします」

「っていうか八幡は明日もちゃんと来いよ……」

「ああ、多分大丈夫だ」

「その多分ってのが信用出来ないんだよ!」

「可能な限り前向きに善処する」

「政治家かよ!」

 

 そして三人は学校を出て、それぞれの帰る方向へと去っていった。

 

 

 

「夕食は、手早く出来るものがいいよね」

「そうだな、俺も空腹だし、その方が有難い」

「それじゃあよし、肉を焼こう!」

「まあカレーとかよりはそういうのの方が早いかもしれないな」

「冷蔵庫の中には何か残ってるの?」

「野菜関係はあったから、

もしかしたらもう優里奈がサラダの用意くらいはしているかもしれないな」

「オッケーオッケー、それじゃあこれとこれ、それにこれくらいかな」

「まあそんなもんじゃないか?それじゃあ戻るか」

「うん!」

 

 そして二人がマンションに着いた時、三人は既に起き、

八幡の言葉通り、優里奈はご飯を炊き、サラダを用意している真っ最中だった。

 

「二人とも、お帰りなさい」

「あっ、明日奈、久しぶり!」

「明日奈、あーし凄くお腹が減った……」

「待ってて、すぐ用意するから」

「お願い、もう空腹すぎて、手伝う元気も無いけど……」

 

 その後、明日奈は手早く準備を終え、五人は仲良く夕食を共にした。

結衣と優美子は、久しぶりのまともな夕食に、涙を流していた。

 

「はぁ……やっぱり人間の食事はこうじゃないと……」

「もうドリンクだけの食事とかは勘弁だし……」

「二人とも、災難だったね」

「まだもう少し手伝わないといけないから、

その時は自分で食材を持ち込む事にする……」

「そうだね、それがいいかもね」

「姫菜はよくあれで、体が持つよね……」

 

 こうして二人は多少なりとも生気を取り戻し、

五人はそのまま食後の団欒を迎える事になった。



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第504話 陽乃の贈り物

昨日は大変失礼しました、庭がひどい有様になってしまって大変でしたorz


「そっかぁ、他のみんなはソレイユのブースにいるんだね」

「それに比べてあーし達は……」

「ま、まあ俺としては頑張れとは言えないが、程ほどにな……」

 

 団欒の最中、話がコミケの話に及ぶと、

結衣と優美子の二人はそう言ってどよんと落ち込んだ。

 

「そもそも何で海老名さんを手伝う事になったんだ?」

「ええと、最近あんまり一緒に遊べなかったから、今年くらいは手伝おうかって」

「美しい友情ってやつか」

「まさかこんなに精神的にくるとは思ってなかったし……」

「二人はそっち方面には疎そうだしなぁ……」

「あたし達もそっちのイベントに参加したかったなぁ……」

「実はコスプレ要員を頼むつもりだったんだけど、

さすがに当日は手伝いで無理だろうと思って諦めたんだよな」

 

 八幡にそう説明され、二人は何ともいえない表情をした。

 

「それってナースとかバニーとか?」

「何でだよ、ソレイユのブースなのにそんな格好をする必要は無いだろ、

そもそも俺はあれをコスプレとは認めん」

「えっ、それじゃあヒッキーは、どういうのがコスプレだと思ってるの?」

「アニメや小説等の、架空の服装以外、俺は認めん!

そもそもナースだの何だのは、仕事で必要な制服じゃないかよ、

そんなのその職業の方に失礼だろ」

「うわぁ、偏ってる……」

「さすがというか……」

「とにかくそういう事だ」

 

 八幡はそう言いながら、ぐびっと飲み物を飲んだ。

そして二人は、今度は明日奈にこう質問した。

 

「それじゃあ明日奈はその日、コスプレをするの?」

「ううん、私や里香や珪子はそういうのはちょっと……

もちろんやりたいって思いはあるんだけど、環境がどうしてもね……」

「環境?」

「問題は、SAOでのキャラが、現実の顔を完全にトレースしてるって部分だな、

こう言えば説明しなくても分かるよな?」

 

 八幡にそう言われ、二人はハッとした顔で頷いた。

 

「そっかぁ、確かにそれは危ないかもね」

「もし何かあったら困るしね」

「まあそういう事だ」

 

 八幡は頷き、結衣は何となしに、隣にいた優里奈を見ながら言った。

 

「それじゃあ優里奈ちゃんは?」

「確かに優里奈なら、世界を狙える器だし」

「優美子はどこを見て言ってるんだ」

「胸」

「お前は相変わらず男前だよな……」

「で、どうなの?」

「高校生にそういう事はさせん」

「うっわ、ヒッキーってば頭が昭和じゃない?」

「何とでも言え、駄目なものは駄目だ」

「うわぁ、頑なだねぇ」

 

 そう言いながら結衣は明日奈の方を見た。明日奈はそれに対して首を振り、

この話題に関してはどうしようもないというゼスチャーをした。

 

「でも何で高校生は駄目なの?」

「まあこのご時勢、会社としては何か問題があったら困るからな」

「それはそうかもだけど、昼間だけなら平気じゃない?」

「ALOの装備はそれなりに露出が激しいからな、

特にこういうイベントだとそうならざるを得ない事からの判断だな」

「そっか、まあ仕方ないんだろうけど、優里奈はどう思ってるの?」

 

 優美子が優里奈にそう尋ね、優里奈は迷いの無い瞳でこう言った。

 

「八幡さんに頼まれたら普通にやりますけど……」

「だってよ」

「少なくとも卒業までは頼まないから問題ない」

「他の高校生チームが納得してなさそう」

「問題ない、きっと分かってくれているはずだ、

それにあいつらの年齢的に、我慢してもらうのは今年だけだしな」

 

 八幡はこう考えていたが、高校生チームはもちろん納得していない。

 

「まあそういう事ならこの話はそれでいっかぁ、

それにしてもコスプレ、してみたかったなぁ、多分ALOのキャラの服装なんだよね?」

「まあそうだな」

「あーしもそれくらいならしてみたかったかも」

「あ、私も私も」

「………」

 

 一緒に同意してくるかと思われた優里奈は、この時は少し悩んだような顔で無言だった。

それを訝しく思った明日奈が、優里奈にこう尋ねた。

 

「優里奈ちゃんも、機会があったら着てみたいよね?」

「あ、はい、それはもちろんなんですけど……」

「ん、どうしたの?何か困ってるように見えるけど」

「ええとですね……」

 

 そして優里奈は、明日奈の耳元でこしょこしょと何か囁いた。

それを聞いた明日奈は目を丸くした。

 

「えっ、それ本当?」

「は、はい、少し前に直接こちらに……」

「なるほど、そうかそうか、結衣、優美子、ちょっと寝室に来てもらっていい?」

「ん?何かあった?」

「いいからいいから」

「ほら結衣、さっさと行くし」

「優美子、行動早すぎ……」

 

 そして四人は寝室の方へと消えていき、

その場にはまったく事情が分からない八幡だけが残された。

 

「説明くらいしてくれてもいいだろうによ……」

 

 八幡は少し寂しそうにそう呟き、その直後に目を鋭くして周囲を見回した。

 

「何だ……?窓の方から何か視線を感じた気がしたが……」

 

 八幡はそう呟き、窓からベランダに出た。

とはいえこの辺りでこの部屋を覗けそうなビルは、ソレイユの本社ビルしかない。

 

「さすがにこの時間に働いてる奴は……ああ、開発室と社長室の明かりはまだ点いてるな、

あのワーカーホリックどもが、もうちょっと休めっての」

 

 八幡は自分の事は棚に上げ、そう言うと、少し涼んだ後に部屋に戻った。

そこに広がっていたのは、思いもよらない光景だった。

 

「な、何だその格好は……」

 

 そこにはかつてヴァルハラ・リゾートが出来る前に、

ALOの中で着ていた装備を身にまとった結衣と優美子と、

血盟騎士団の制服に身を包んだ明日奈の姿があった。

 

「………は?………はぁ?」

 

 よく見ると色々とおかしい部分があったが、

三人が着ているのは、八幡が言うところの真のコスプレで間違いなく、

戸惑いながらも八幡は、辛うじて三人を褒める事に成功した。

 

「よ、よく似合ってるぞ三人とも」

「だってよ」

「いえ~い」

「やりぃ」

 

 三人は手を取り合って喜び、八幡はそんな三人に、何がどうなっているのか説明を求めた。

 

「昼間に姉さんが持ってきたんだってよ、没になった衣装なんだって」

「……あの馬鹿姉、何を考えて血盟騎士団の制服なんぞを発注しやがった……」

 

 八幡はあきれつつも、三人の格好をじっと眺めた。

 

「……明日奈」

「何?」

「それ、自分でもおかしいって気付いてるよな?」

「まあね、お腹の部分の布がバッサリカットされちゃってるから、まあ普通気付くよね」

「……ちょっと露出が激しくないか?」

「まあ夏だからいいんじゃない?八幡君以外が見る事は無いと思うし」

「……………そうか?」

「だってここに持ってきたって事はそういう事じゃない?

さすがに和人君の前でこんな格好をする事は無いと思うし」

「……………………まあいい」

 

 その会話通り、今明日奈が着ている血盟騎士団の制服は、

ビキニタイプというべきか、上下で分かれるような作りになっていた。

その分露出がとんでもないが、それが似合う分、八幡はそれ以上何も言う事が出来なかった。

 

「で、結衣、その格好さぁ……」

「分かってる、分かってるから!自分でもまさか、あの装備を服にすると、

こうなるなんて予想もしてなかったし」

 

 かつての結衣は、正面に意匠の施されたブレストプレートに、

剣のような飾りが裾をぐるっと取り巻いている鉄のスカートをはいており、

全体的に、シュッと細いイメージだった。

その装備が柔らかい布になるとどうなるか、結果は火を見るより明らかである。

 

「というかこれ、ただの水着みたいになっちゃってるね、胸の飾りも歪んでるし、

時間が無かったとはいえ、もう少し素材をどうするか考えるべきだったよねぇ」

「まあさすがは没衣装というべきだし」

「八幡君も、目のやり場に困ってるよ」

 

 そして最後、優美子の衣装は普通の法衣だったのだが、

元々のデザインがそうであるように、内もものところが大きく露出されている。

これはALOの装備によく見られる傾向であるが、

今回の場合、そこから覗いているのは、下着ではないのにも関わらず、

どうしても下着にしか見えない為、八幡はさらに挙動不審になった。

 

「………あんた、どうしたの?」

「いや、だってお前それ、色々とまずいだろ」

「思春期か……」

「う、うるさい」

 

 そして最後、優里奈の出番であるが……

 

「優里奈、準備は出来た?」

「優里奈ちゃん、大丈夫?」

「優里奈ちゃん、ここにはヒッキーしかいないから気にせず出ておいで」

「は、はい………」

 

 そう言いながら、優里奈はおずおずと寝室から出てきた。

その格好は、ユイの妖精バージョンの服であった。

 

「うわぁ………」

「ユイちゃんが成長するとこうなるみたいな?」

「優里奈、ちょっとその胸を少しあーしに分けろし」

「優里奈ちゃんと結衣が並ぶと、迫力だねぇ……」

「あーしと明日奈も普通にある方ではあるけど、これはさすがに……」

「ほら八幡君、褒めて褒めて」

「………優里奈、よく似合っててかわいいと思うぞ」

 

 そして四人はお互いの格好を批評し合っていたが、

その横で八幡は、下を向きながらガシガシと頭をかいていた。

 

「お前ら、かわいいのは分かったからそろそろ元の服装に着替えようぜ、

さすがにこのままだとまともに顔を上げられん」

「あ、じゃあその前に写真を撮ろうよ」

「そうだね、せっかくだしね」

「八幡、シャッターお願い」

「ま、まあそれくらいなら……」

 

 そう言いながら八幡は、スマホごしに四人の姿を見たのだが、

四人がそれぞれ大胆なポーズをとっていた為、スマホで隠れてはいたものの、

八幡の目は盛大に泳ぎまくっていた。

 

「………よし、はいチーズ」

 

 だがそれで終わりな訳はなく、当然次は、八幡と一対一での撮影が始まった。

八幡はそこで強化外骨格を駆使し、そのある種拷問のような、ご褒美の時間を耐え切った。

 

「最後に全員で写真を撮りたいよねぇ」

「どうしよっか」

「う~ん」

 

 その時入り口の扉が突然ガチャガチャと音を立て、そこから陽乃が中に飛び込んできた。

 

「ね、姉さん!?」

「社長!?」

「間に合った……ほうほう、これは中々……」

 

 陽乃はじろじろと四人の格好を見て、満足そうにうんうんと頷いていた。

それで八幡は、さっき感じた視線が、陽乃のものだった事を確信した。

 

「………おい馬鹿姉、お前、社長室からこっちの様子を伺ってやがったな」

「当たり前じゃない、この為に昼に衣装を持ち込んだんだから!」

「開き直りやがって……」

「さあ八幡君、スマホを貸して、私が写真を撮ってあげるわ」

「はぁ………それじゃあお願いします」

「任せて!」

 

 そして写真を撮り終わると、陽乃は仕事があるからと、風のように去っていった。

五人は目を点にし、陽乃の背中を呆然と見送っていた。

 

「この為だけに、走ってきたのかな……」

「まあ本人が嬉しそうだったからいいんじゃね?」

「確かに社長、絶対に今夜着るようにってほのめかしてきましたし……」

「まあいいだろ、ほらお前ら、そろそろ着替えろよ」

「え~?そんなのもったいないよ」

「そうそう、せっかくかわいいって言ってもらえたんだし」

「八幡、もう少し我慢しろし」

「まじかよ……」

 

 こうしてこの日の晩、結衣と優美子は二泊目に突入する事になり、

明日奈と優里奈も交え、四人は寝室で楽しそうにしていた。

そして次の日、さすがに送っている時間が無いからと、

八幡と明日奈だけがそのまま学校に向かい、優里奈達はそれを見送った。



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第505話 八月八日・ヴァルハラの出撃

 ヴァルハラのメンバーは全員知っている事だが、八月八日は八幡の誕生日である。

だが八幡は、常日頃から余計な気を回す性格であり、

今回の誕生日もまた、メンバーに余計な金銭的負担を与える事をよしとせず、

プレゼントは仲間達と楽しく遊ぶ事だと言い放ち、

費用は全て自分で持ち、軽食と飲み物を用意した上で、

プレゼントの用意は不要だと重ねて念押しした上で全メンバーを集合させ、

交代でログアウトを可能という事にして、外で交流を深める事を可能にしつつ、

中の様子を外でモニター出来るように手配し、

全員でのヨツンヘイム奥地での定点狩りを提案してきた。

それを受け、空港に一人の女が降り立った、フカ次郎こと篠原美優である。

 

「コミケまであと数日、こっちに出てくるにはまあいいタイミングだったね、

さて、早速外部参加の我が友コヒーに会いに行くか」

「もう来てるわよ」

「うわっ、びっくりした!」

「もう、最初から迎えに来て欲しくてどの便で来るとか、

八幡さんに事前に詳しく教えてた癖に」

「いやぁ、半信半疑だったけど、まさか本当に来てくれるとは、さすが我が友、愛してる!」

 

 美優は上機嫌でそう言った。

 

「もう、調子いいんだから」

「で、リーダーは?」

「駐車場で待ってるわよ、さあ、行きましょ」

「あ、待ってってば!」

 

 駐車場では、八幡がキットの運転席で目を瞑り、二人の到着を待っていた。

 

「こんこんこん」

「おう、そのわざとらしい口でのノックは美優か」

「お待たせリーダー!あなたのフカちゃんが、再びこの地に降り立ったよ!」

「俺のフカなんて奴は知らないから人違いです」

「部下!部下を省いただけだから!」

「おう、美優だったか、最初誰だか分からなかったわ」

「ついさっき、美優かって言ってたから!」

 

 香蓮はそんな二人の様子を見て、さっさと移動するように促した。

 

「はいはい、いつもの漫才はそのくらいにして、早く移動しよ」

「そうだな、とりあえずうちのマンションに荷物を置きに行くぞ、美優」

「アイアイサー!」

 

 そして荷物を置く段階で、美優は部屋に先客がいる事を知った。

クローゼットの引き出しの名前が二つ増え、荷物が置いてあったからだ。

 

「リーダー、この方々はどちらさまで?」

「それは自衛隊のお姉さま方だ、お前も知ってると思うが、

今うちの会社で自衛隊の訓練用のシステムを開発してるんだが、

その為に出向してもらってる二人が、自由に部屋を使えるようにしてあるんだよ、

もちろん毎日じゃないがな」

「なるほど、さっすがリーダー、愛人を増やすのに余念が無い!」

 

 その瞬間に、美優の頭に拳骨が落ち、美優はその場に蹲った。

 

「よし、会場まで歩いて行くぞ」

「ア、アイアイサー……」

 

 会場に着くと、美優はその異様な光景に目を疑いそうになり、

直後に八幡ならまあ当たり前かと納得した。自己完結したのである。

 

「相変わらず女性比率が多いですなぁ、いやぁ絶景絶景」

「おいフカ、さっき言ってた二人を紹介しておく、志乃さんと茉莉さんだ」

「ん、八幡君、この方は?」

「これは篠原美優、俺の仲間の一人です、北海道に住んでるんですが、

こっちではしばらく俺のマンションに住む事になるんで、

お二人に紹介しておこうと思いまして」

「なるほど、私は栗林志乃よ、宜しくね」

「私は黒川茉莉です、美優さん、宜しく」

「こちらこそ、短い間ですが宜しくお願いするです!」

 

 そんな三人の姿を見ながら八幡は、出席者の管理をしてくれている雪乃の所へ向かった。

 

「雪乃、まだ誰か来てない奴はいるか?」

「いいえ、これで全員よ」

「そうか、それじゃあ始めるとするか」

「分かったわ」

 

 そして雪乃はマイクを持ち、司会の真似事を始めた。

 

「みんな、それじゃあ八幡君の誕生日会を始めるわ、各自何でもいいから飲み物を用意ね。

といってもケーキとかも特に用意はしてないし、プレゼントも無しな約束になってるけど、

彼の事をお祝いしつつ、この機会に存分に交流を深めるという事で今回は納得して頂戴、

それじゃあお祝いの言葉だけ、ご唱和をお願いね、八幡君、誕生日おめでとう!」

「「「「「「「「「「おめでとう!」」」」」」」」」」

 

 参加者達は口々にお祝いの言葉を述べ、こうして本当にささやかではあるが、

八幡の誕生日会が始まった。

ちなみに今回の外部参加者は、ソレイユの社員組であるかおり、舞衣、薔薇、南、

メイクイーン組からはオカリン、ダル、まゆり、八幡親衛隊(自称)のABC、

自衛隊組の二人、GGOから闇風と薄塩たらこ、そして最後に優里奈と千佳である。

エルザは今回はそもそも呼ばれていない、今は遠く九州の地でライブを行っているからだ。

主に会社に関わっている者達が勢ぞろいした格好となる。

 

「さて、それじゃあヴァルハラ組は、早速ログインよ、とりあえず狩場へと移動するわ」

 

 その雪乃の言葉に従い、会場脇に用意されたクッションスペースで、

メンバー達は続々とゲーム内へとログインしていった。

それと同時に、モニターに八幡の主観カメラからの映像が表示され、

残された者達は、興味深げにそのモニターを覗きこんだ。

 

「これが比企谷君達のギルドって奴?制服まで揃えてるんだ」

「うん、ヴァルハラ・リゾートって言うんだってよ、千佳」

「格好いいなぁ、それに何ていうか、いかにも強そう」

「まあ伊達に最強ギルドなんて呼ばれてないって事だね」

 

「壮観だねオカリン、まゆしいも何か創作意欲が沸いてきたよ」

「これがヴァルハラ……八幡の作りしギルドか」

「オカリンもやってみたい?」

「そうだな、お試しで空くらいは飛んでみたいな」

 

「………ねぇ二人とも、微妙に詩乃の格好がエロくない?」

「GGOの時も、太ももの内側だけ露出させてたよね、ああいうのが詩乃の趣味なのかな?」

「これは戻ってきたら問い詰めてみないといけませんな」

 

「うわぁ、まるで軍隊だねぇ」

「でもみんな凄く楽しそうよ」

「あっ、飛んだ」

「綺麗……」

「うちでも空を飛ぶ訓練が導入されないかな?」

「……あなたね、ゲーム内で空を飛べるようになったとして、それをどこで実践するの?」

「い、言ってみただけだってば!」

「まったく志乃は相変わらず……」

 

「優里奈は初めて見るんだっけ?」

「はい薔薇さん、凄く興味深いです」

「舞衣と南は見た事くらいはあるんだったかしら」

「私は開発室で何度か」

「うちはちゃんと見るのは始めてかも、開発の手伝いをした事があるくらい」

「そう、じゃあとても楽しみね」

 

「なぁたらこ、俺達って場違いじゃね?」

「確かに女性比率は高いが、まあいつもの事だろ」

「そう言われるとそうなんだが……レベル高いよなぁ」

「まあこの機会に、友達を増やそうぜ」

「ついでに目の保養だな!」

 

 

 

「それじゃあヨツンヘイムへと進軍する、キリト、トンキーを」

「了解、とりあえずトンキーの住処へ行こう」

 

 本当に昔の事ではあるが、始めてALOにログインした頃、アルンに向かう途中で、

一行はトンキーという邪神モンスターと交流を深める事となった。

その中でもキリトはトンキーの事をいたく気に入り、

ヨツンヘイム突入後に頑張ってトンキーを見つけ出し、

その後も密かに彼?と交流を深めていた。

他のプレイヤーに討伐されないように、見つからないような場所にトンキーの住居を作り、

そこにたまに足を運んで、友達として付き合っていたのだった。

 

「キリト、ここか?」

「ああ、ちょっと待っててくれ、トンキー、いるか?」

 

 そのキリトの呼びかけが聞こえたのか、奥からゾウのようなクラゲのようなモンスターが、

こちらに向かって嬉しそうにふわふわと移動してきた。

 

「うわ、これは何なのニャ?」

「これがトンキーだ、俺の友達だ!」

 

 キリトはそう言うと、トンキーの上へと飛び乗った。

 

「トンキー、強そうな敵がそれなりに沢山いるような狩場に俺達を案内してくれないか?

出来ればたまに休憩出来るようなスペースがあると嬉しいな」

 

 その言葉を理解したのかどうか、トンキーはキリトを乗せたまま、

ふよふよと移動を開始した。

 

「まだ何人か乗れるから、乗りたい奴は乗ってくれ」

 

 その言葉で、フェイリス、クリシュナ、シノン、フカ次郎の新規組がトンキーの上に乗り、

他のメンバー達は、飛びながらトンキーの後を追った。

同じ新規組でも、セラフィムはハチマンの傍にいる事を望み、その後方を飛んでいた。

ちなみに今回は、ユイとキズメルも同行しており、

並んで飛ぶハチマンとアスナのすぐ近くにいた。

 

「このままだと結構奥地に行く感じになりそうだな、楽しみだ」

「帰りに迷わないように、ちゃんと覚えておかないといけないわね」

「だな」

 

 ハチマンはそっち方面はユキノに任せ、今回の主役として、

他のメンバー達に色々と声をかけられながら飛んでいた。

その為後方への警戒を疎かにする事となり、尾行してくる者の気配に気付かなかった。

 

 

 

「おい、ヴァルハラ・リゾートがどこかに出撃するみたいだぞ」

「幹部連に至急報告を、斥候職の者、何人かであいつらを尾行だ」

 

 それはいわゆる連合と呼ばれるギルドのメンバーであり、

機会さえあれば、ヴァルハラを積極的に狙ってくる者達である。

もっとも連戦連敗ではあるのだが、彼らはめげずにヴァルハラを狙い続けているのだった。

こうして連合も動き出したが、ハチマン達はそういったリスクに関してはまったく気にせず、

トンキーに導かれ、狩場へと向かう。



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第506話 八月八日・罠

「おいキリト、これはどこまで行くんだ?」

「さあ、トンキーに聞いてくれよ」

「トンキー、どうなんだ?」

 

 そう言われたハチマンは、冗談のつもりでトンキーにそう話しかけた。

ところが案に相違して、トンキーは任せろと言わんばかりに触手でハチマンの前方を示し、

そちらへ向かってひたすら進んでいった。

 

「ハチマン様、もしかしてトンキーは、こっちの会話を理解しているんでしょうか」

「どうなんだろうな、まあ牢屋の中の須郷に聞かないと本当の所は分からないが、

実際通じてるみたいだから、会話は無理だが意思疎通はある程度可能っぽいよな」

 

 その後もひたすら突き進むトンキーの後をついていった一行は、

やがてぽっかりと口を開ける、洞窟の入り口へとたどり着いた。

 

「トンキー、目的地はここか?」

 

 その問いに、トンキーは肯定のつもりなのか、耳をひらひらとさせ、

そのままその長い鼻で、中を指し示した。

 

「よし、俺とキリトが先頭に立つ、ここからはおそらく飛べないからな」

「敵の領域に入るしな」

 

 ヨツンヘイムにおいては、プレイヤーは基本、敵の出ないエリアしか飛ぶ事は出来ない。

つまりここからは、飛行での移動は不可能になる。

そしてキリトとハチマンはトンキーの前を歩き、その後を仲間達がぞろぞろとついていった。

 

「ここは……」

「神殿みたいな雰囲気の場所だな」

「なぁハチマン、柱と柱の奥に、そこそこ広いスペースがあるぞ」

「おっ、ここなら安全にログアウト出来そうだな」

「問題は敵の沸きなんだが……」

「それなら問題ない、あれを見ろキリト」

「お?」

 

 正面には、まるで岩山に作られた都市のような、複雑な地形が広がっており、

そこを多くの巨人族が徘徊しているのが見えた。

 

「おお、でかいな」

「ん、おい、敵が一体、こっちに向かってくるぞ」

「いきなりかよ、総員戦闘配置!」

 

 その指示を受け、メンバー達はそれぞれ戦闘態勢をとったのだが、

その巨人族は、ハチマン達には脇目もふらず、トンキー目がけて突き進んでいく。

それを迎え撃つ為か、トンキーも吠え、二体のモンスターはそのまま戦い始めた。

 

「トンキーは邪神系モンスターだと思うが、もしかして巨人族とは仲が悪いのか?」

「かもしれないな、とりあえず巨人を倒しちまおう」

 

 さすがにトンキーの力もあり、敵はあっさりと沈んだ。

 

「ハチマン、もう一体来てる」

「落ち着かないな、狩場としては何ともいえないが」

 

 その直後にトンキーが、まるで安全地帯を確保するかのように、

柱と柱の間に人が通れるスペースを確保しつつ、岩に擬態した。

その瞬間に、こちらに向かってきていた巨人は動きを止め、くるりと引き返した。

 

「おお?」

「ハチマン君、これって……」

「どうやらそういう事らしいな、巨人はとにかくトンキーを狙ってくるから、

その狙いから逃れる為に、トンキーが擬態したんだろう」

「うわぁ、トンキーって頭がいいのね」

「まあこれで、安全が一定程度確保出来たのではないかしら」

 

 その安全という言葉にクラインが反応した。

 

「いつもならここで、連合の奴らが邪魔しにくるところだけど、今日も来るかねぇ?」

「あいつらしつこいからな、まあ来ると思うが、

背後からの奇襲は防げそうだし、気にせずいこう、何せ今日はフルメンバーだからな」

 

 こうして狩りが始まった。コマチやレコン、そしてアルゴが敵を釣り、

それを残ったメンバーが、ガンガン狩っていく。

それをモニターで見ていたゲスト組は、その手際に感嘆していた。

 

「うわぁ、凄い迫力だねぇ」

「最強ギルドってこんな感じなんだ」

「あの魔法の呪文、覚えられる気がまったくしないんだけど……」

 

 丁度その時巨人の巨体がぐらりと揺れ、その頭が後方に弾けた。

ハチマンのカウンターである。

 

「な、何であれだけの体格差があるのにカウンターを決められるの?」

「うわ、キリト君の、カウンターが決まる事を分かってたみたいなありえない追い討ち……」

「裁ききれない敵は、魔法と遠隔攻撃で葬ってるね」

「本当にえげつない……」

 

 この時、他にもこの戦闘を見ている者がいた、連合の先遣隊である。

 

「フルメンバーのあいつらに喧嘩を売るのは自殺行為だな……」

「今召集をかけてるから、最大百人は集められるはずだ、

いつまでもあいつらだけにでかい面をさせておかないさ」

 

 

 

「さて、そろそろ適当に休憩を挟んでいくか」

「了解、それじゃあペースを落とそう」

「俺はちょっとトイレだな、そんな感じがする」

「あ、俺も俺も」

「それじゃあ私も……」

 

 ハチマンとキリト、それにアスナはそう言って、トンキーの陰に移動し、ログアウトした。

一方残る者達の中では、熱心に先輩に教えを乞う者が多く見られた。

例えば最近めきめきと力をつけてきた、タンクのセラフィムである。

 

「ユイユイ、私にもっと、タンクの技術を……」

「セラフィムも随分力が上がってきたし、そろそろ次の段階かなぁ」

「ヘイト管理が少し苦手で……」

「ALOは、明確に職業が分岐してる訳じゃないから大変だよね」

 

 他にもフェイリスは、イロハやユミーと熱心に魔法談義をしていた。

 

「何か魔法の呪文を覚えるコツはあるのかニャ?」

「う~ん……やっぱり慣れ?」

「私も勉強はそんなに得意じゃないけど、いつの間にか覚えてましたね、

歌の歌詞を覚えるみたいな感じ?」

「フェイリスはでも、覚えがいい方だと思う」

「うん、種族的に不得意だと言われてる魔法もかなり覚えてるみたいだし」

「数多くの魔法を駆使出来るようになるのが理想なのニャ、

ここに来てから、フェイリスが日ごろ抱えてた欲求がどんどん叶えられていくから、

今はとにかく楽しくて仕方ないのニャ!」

「うん、楽しいよね」

「ハチマンと出会えた事は、フェイリスの人生の中で一、二を争う大きな出来事ニャよ」

 

 クリシュナは、シノンやリズベットと支援魔法について話をしていた。

 

「クリシュナの魔法、ALOじゃ今まで専門に使う人はいなかったけど、

やっぱりあると無いとじゃ段違いだよね」

「私としては、命中に補正がかかってくれるのは、本当に助かる」

「前衛的にも、どうしても敵の攻撃を被弾しちゃうタイミングってあるから、

そういうのが軽減されるのは有難いかなぁ」

「他にも実は使える魔法があるんじゃないかって、色々試しているんだけど」

「そうだねぇ、カタログスペックだけじゃ計れない部分ってあるしね」

「もっと色々試してみようね」

 

 その間もペースこそ落としたが、レコンが敵を釣り続けており、

その間にコマチは、アルゴと密偵の役割について、談義を交わしていた。

 

「情報収集の他にも、やっぱり先に敵を見つけて先手をとるのが大事だよナ」

「ですね、コマチももう少し、そっち系の技術を学びたいです」

「魔法も効率よく使えるようにならないとナ」

「そっちはレコン君が得意なんですよね」

「まあコマっちは、かなり優秀な方だと思うゾ」

「でもアルゴさんと比べると……」

「まあ経験の差だな、そのうちオレっちなんか、軽く超えてくだロ」

「そうなれるように頑張ります!」

「とりあえずそうだな、今この神殿の入り口にどんどん集結中の、

敵集団の事くらいは察知出来るようになれればいいナ」

 

 突然そう言われたコマチは、賢明にもそちらに顔を向ける事はせず、

横目でそちらをチラッと見た。

 

「まじですか……それはまずいですね」

「別にまずくないさ、もう仲間達には密かに伝えてあるからな、

コマっちとレコレコには、釣りが忙しそうだったから伝えるのが最後になっちまったけどナ」

「それじゃあお兄ちゃんもこの事は?」

「ああ、もちろん知ってるぞ、どうやらあえてログアウトして、

誘いをかける事にしたみたいだナ」

「なるほど……」

「ちなみにそれだけじゃないんだが、それは後のお楽しみだゾ」

 

 

 

「おい、ハチマンとキリトとアスナが落ちたみたいだぞ」

「問題はソレイユとユキノだが……」

「おっ、あの二人も落ちるんじゃないか?」

「よく見えないが、あそこに移動したって事はそういう事だな」

「仲間は何人集まってる?」

「今百人を超えました!」

「よし、そろそろ襲撃だ、主だったギルドのリーダーを集めてくれ、役割分担を相談しよう」

 

 

 

「ねぇ、八幡さん」

「ん?」

「あの人達、たまたま狩場がかちあった別のギルドの人?」

「いや、あいつらは、俺達を襲おうとしてる敵対ギルドの奴だな、

アルゴが発見してくれて、ログアウトする時に、

モニターで入り口が見えるような位置で落ちてきたんだよ」

「どう見ても、発見されている事に気付いてませんよね……」

「うちの斥候は優秀だからな」

 

 八幡は、ABCに質問され、そんな説明をしていた。

 

「まあ見てろって、これから面白い事が起きるからな」

「あんた達がいなくて大丈夫なの?」

「小猫、お前は昔、大勢でキリトを囲んだが、その時何があったか覚えてるだろ?」

「うっ……ひ、人の黒歴史をこんな所で披露しないでよ!」

「まああの時みたいにとんでもない差がある訳じゃないが、

戦闘は数じゃないところを今回はあいつらに思い知らせてやるさ、

それに俺達も、途中からちゃんと戦闘に参加するしな、

そろそろあいつらにも、ヴァルハラの底力をしっかりと見せつけてやる」

「相手が気の毒になるわね……」

「そろそろ敵が突入してくる頃合いだな、まあお前はのんびりと見物してろ」

 

 そしてモニターの中で、ついに敵が動いた。

 

「よし、それじゃあ行ってくるわ」

「八幡君、頑張ってね!」

 

 香蓮が八幡に声援を送る。

 

「おう、任せろ、今日は徹底的にやってやるさ、罠もはってあるしな」

「罠?」

 

 その時水分補給をしていた雪乃が、横からそう言った。

 

「分からない?ここにいるはずなのに、いない人がいるでしょう?」

「雪乃さん、それって……あっ」

 

 それを隣で聞いていた優里奈が、きょろきょろしながら何かに気付いたように言った。

 

「まあそういう事だ、行くぞ、キリト、アスナ、ユキノ」

「おう!」

「うん!」

「ええ」

 

 こうして敵は奇襲を仕掛けたつもりで、逆に罠の中に飛び込む事となった。



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第507話 八月八日・超えられない壁

「いくぞ!今日こそ憎きヴァルハラに、鉄槌を下してやれ!」

「突撃、突撃!」

「敵の主力は不在だ、今がチャンスだぞ!」

 

 連合の中の、まとめ役を努めている何人かが、メンバー達をそう煽り、

各プレイヤーは、殺せ殺せと叫びながら突撃していった。

コマチとレコンは、アルゴに言われていた通り、即座に敵を釣るのをやめ、引き返した。

 

「敵襲!フォーメーションを組め!先頭はユイユイとセラフィム、

中央に私とクリシュナ、物理アタッカーは左右に展開、魔法アタッカーは後方へ!」

「私も回復を補助するわ!」

「私も微力ながらお手伝いします!」

「私もここは、回復メインでいきます!」

 

 現在残った唯一の専門ヒーラーであるメビウスがそう指示を出し、

リーファとユイとシリカがそう申し出た。

どうやらユイは、その戦闘NPCとしての能力を、ヒール関係に特化させたようだ。

妖精形態のまま、メビウスの肩に乗り、回復対象がかぶらないように声を出しつつ、

ユイはとてもNPCとは思えない、的確な回復支援を行っていた。

 

「敵の魔法部隊を散弾で抑えるわ、援護よろしく」

 

 シノンのその宣言に答えたのはコマチだった。

 

「お待たせ、その援護、コマチに任せて!」

 

 コマチとレコンも無事に仲間の下へと戻り、後衛陣のガードについた。

 

「ありがとう、それじゃあ攻撃を開始するわね」

「その背中、コマチが預かった!」

 

 その瞬間にクリシュナから、遠隔攻撃関連のバフが飛ぶ。

射撃の瞬間にシノンの体が光り、シノンが放った弓は、

敵の魔法使い達が詠唱に集中出来ないように、散弾となって敵に降り注いだ。

これは例の、以前ハチマンにもらった弓の効果である。

 

「くそっ、あの弓使いを狙え!」

「却下、ここは通さない」

「おらおらおらぁ、通れるものなら通ってみなよ!」

 

 セラフィムとユイユイは、近場を通過しようとする敵にシールドバッシュをかまし、

敵の進路を塞ぎながら、遅滞戦闘を行っていた。

 

「くそっ、二人しかいないくせに!」

「大きく回りこめ!敵は少数だ、数の力で押せ!」

「俺達がお前らを簡単に通すとでも?これでもタンク経験だってあるんだぜ」

「侍なめんなよ!時代劇で学んだ殺陣の技術が火を噴くぜ!」

「いやクライン、力が抜ける事を言うなよ……」

 

 そう漫才のようなやり取りをしながらも、エギルとクラインは、

敵をノックバックさせる事に重点を置きながら、敵の侵入をほとんど防いでいた。

 

「くそっ、主力がいないくせに手ごわい」

「中々突破出来ねえ!」

 

 連合のプレイヤー達が口々にそう叫ぶ中、クラインとエギルはそれに反論した。

 

「主力がいない?お前ら何を言ってるんだ?うちは全員が主力だっつの」

「俺達なら簡単に倒せるとでも思ったのか?

そんな甘ったれた奴らに、俺達が倒せる訳が無いだろ」

「そうそう、君達如きの相手は、私達で十分だよ、私達で十分だからね!」

 

 メビウスが何故かその辛辣なセリフを二度言い、

連合のプレイヤー達は、皆頭に血をのぼらせた。

 

「くそが!絶対に全滅させてやる!」

「進め、進め!突破さえすればこっちの勝ちだ!」

 

 

 

「どうしようかなぁ……久々に大きいのを撃ちたいんだけどなぁ……

でも仲間の成長も見守りたいし、でもそろそろかなぁ……う~ん」

 

 一人ログアウトしたフリをし、その場に残っていたソレイユは、葛藤していた。

ハチマンの予定だと、ここでソレイユが奇襲ぎみに大きな魔法をぶつける予定だったのだが、

ソレイユは仲間達が奮戦しているのを見て、

どうやら介入のタイミングを逃してしまったようだ。

それでもそろそろ姿を現そうかと考えた矢先、メビウスの先ほどのセリフが聞こえた。

 

「そうそう、君達如きの相手は、私達で十分だよ、私達で十分だからね!」

「うわ、先を越された上に二回言われた……もしかして念を押されちゃった!?」

 

 ソレイユはそう考え、益々動けなくなっていた。

丁度そこに、ハチマン達が再ログインしてきた。  

 

「おい馬鹿姉、何をやってやがる」

「あ、みんな戻ってきちゃったんだ、それがさぁ……」

 

 ソレイユはハチマン達に状況を説明し、判断をハチマンに丸投げする事にした。

 

「なるほど、そうなるとどうすっかなぁ……」

「確かに新規加入組の実戦経験が足りないのは確かなんだよね……」

「だよねだよね、ユキノちゃんはどう見る?回復は足りそう?」

「見た感じ、まだ魔法アタッカーがほとんど動いていないから、

ここで敵を引き付けて、大きいのをくらわすつもりじゃないかしら、

そうなったら回復の負担も減ると思うわ」

「俺もそう思うな、あいつら何かアイコンタクトしてるし、あっ、ほら、

タイミングを合わせるように詠唱を始めた、そろそろくるぞ」

 

 キリトもそれに同意し、ハチマンはとりあえず、その時を待つ事にした。

 

「それじゃあもう少し様子を見るか」

「そうだね」

「おっ、ついにか」

 

 そして五人が見守る中、イロハ、ユミー、フェイリス、クリスハイトの魔法が発動した。

 

「もうすぐ突破出来るとか思っちゃいましたか?

すみませんが、そうはならないんですよね、範囲拡大アースウォール!」

 

 クリスハイトがそう言って、敵を囲むように土壁を隆起させた。

 

「うわ、今の聞いたか?あいつの性格の悪さが滲み出てるよな」

「もうハチマン君ったら、そういう事を言わないの!」

「ユキノジャベリン!もといアイスジャベリン!」

 

 そしてイロハの氷魔法で作り出された槍が、上空から敵に降り注いだ。

 

「………ねぇ、今イロハさん、私の名前を魔法名扱いしてなかった?」

「ああ、そういえばこの前、アイスジャベリンを使うお前の姿を見て、

私もあれを使いたいとか熱心に言ってたな」

「だからといって、名前まで変えなくても……」

「ああもうきもい、うざい、しつこい、さっさと消えな、回転型ゲヘナフレイム」

 

 そしてユミーが冷たい目で放った魔法は、通常の炎魔法にアレンジを加え、

まるでミキサーの刃のように、炎が回転する魔法であった。

 

「おっ、珍しい魔法だな」

「呪文をアレンジ出来るようになったんだ、やるなぁ」

「ユミーも強くなったものね」

「最後はフェイリスか、まあアレだろうな」

「うん、アレだよね」

「あれはフェイリスちゃんのお気に入りだしねぇ」

 

 そして最後にフェイリスが、高らかにこう叫んだ。

 

「リングスライサー!要するに気円ニャン、改!」

「お、今改って言ったか?」

「どうなるのかしら」

 

 フェイリスが放った光の輪は、敵の中央に達した瞬間、いくつもの輪に分かれ、

四方八方へと飛んでいき、敵を切り裂いた。

 

「これ、広い所だと避けやすいかもしれないが、

こうして狭いフィールドに閉じ込められるとかなりえげつないな」

「高さも太ももの辺りの一番避けにくい所を通過してるしね」

「そこまで考えて呪文をアレンジしたのか、さすが研究熱心だな」

「しかもあれ、中々消えないんだよね」

 

 その瞬間、自陣から何人かのプレイヤーが飛び出した。

フカ次郎、アルゴ、キズメル、リズベット、リーファである。

 

「お待たせしました、フカちゃん降臨!」

「たまにはオレっちも運動しないとナ」

「キズメル、参る」

「あんた達、一人も逃がさないわよ」

「回復メインはここまでよ、この私の剣の錆になりなさい!」

 

 そして混乱する敵の魔法使いを中心に、五人は思うままに蹂躙し、

他の仲間達も、フレンドリーファイアにならないように気を遣いながら、

残る敵に激しい攻撃を加えた。

 

「今の攻撃で、敵は半分くらいにはなったかな?」

 

 その時敵の方から、聞き捨てならない言葉が聞こえた。

 

「お、おい、これはさすがにやばくないか?」

「大丈夫だ、援軍の第二陣がもうすぐ到着する、

五十人くらいは確保する事に成功したらしい」

「そうか、それじゃあこのまま人海戦術で押しだな!」

 

 それを聞いたソレイユは、うずうずした表情でハチマンに言った。

 

「ハチマン君、だってよ?」

「………はぁ、分かりましたよ、ユキノ、俺達が外に出たら入り口を塞いでくれ、

キリトとアスナはその後、ユキノと三人でこっちの敵をさっさと全滅させてくれ」

「「「了解」」」

「それじゃあ二十秒後な」

 

 そしてハチマンはソレイユの手を握り、呪文を唱え、その姿を消した。

そのきっかり二十秒後、ユキノの魔法が発動し、

いきなり連合のプレイヤーの背後に巨大な氷の壁が作り出された。

 

「ブリザードウォール」

 

 その壁は、触った者を凍りつかせ、吹き飛ばす仕様になっており、

飛行が不可能なこの場所では、凶悪すぎる性能を誇っていた。

 

「なっ……何だ!?」

「ま、まさか絶対零度が……」

「だってあいつ、ヒーラーだろ?」

「馬鹿野郎、プレイスタイルを決めるのはプレイヤーであり、

別にそういう職業がある訳じゃねえよ!ただ便宜的に分類されてるだけだ!

変な思い込みを持つと、死ぬぞ!」

「す、すまねえ」

 

 そしてユキノが姿を現し、連合のプレイヤーの中からこんな声が聞こえた。

 

「くそ、主力の一人が戻ってきちまった……」

「いや、最初からいたけど見物してただけだぞ?」

 

 その声に呼応するかのように、キリトが続いて姿を現す。

 

「く、黒の剣士……」

 

 そして最後の一人も姿を現した。

 

「そうそう、うちの仲間達は頼りになるから、

何もしなくてもあなた達は全滅してたと思うんだけど、

それだと暇すぎるから、参加する事にしただけだよ」

「バーサクヒーラーまで……」

 

 そして三人は先頭に歩み出て、攻撃体制をとった。

 

「さて、第二ラウンドだ」

「ちっ、し、しかしまだこっちには援軍がいるんだ、

あの氷の壁が、効果時間を過ぎて消えた時が、お前らの最後だ!」

「ん?それならハチマンとソレイユがもう対処してると思うけどな」

「な、何だと……」

 

 その瞬間に、すさまじい炸裂音と共に、大地が揺れた。

 

「ほらな」

「ま、まさか……」

 

 そして氷の壁が消え、その向こうに立っていた人物が、

連合の生き残ったプレイヤー達に、軽い調子で挨拶をした。

 

「よっ」

「ザ・ルーラーだ!」

「くそ、ハチマンめ……」

「もちろん私もいるわよ」

「絶対暴君……」

「いつの間に後ろに……」

 

 そして連合のプレイヤー達を見ながら、ハチマンはにやりと笑いながら言った。

 

「さて、それじゃあ大人しくここで死んでくれ、今日はオレの誕生日なんでな」



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第508話 八月八日・その戦いの裏側で

 ヴァルハラのメンバー達がログインし、残された者達は、

興味津々でモニターに見入っていた。

 

「ALOってこんな感じなんだ、GGOしか知らないから新鮮だねぇ」

「そういえばここにいる全員、GGOの事しか知らないか、

もしくはどっちも知らない人ばっかりっすか?」

 

 闇風が、メンバーをぐるりと見渡しながらそう言った。

 

「あたしも千佳も、どっちもやってないよね」

「うん、そのうち余裕が出来たらやってみたい気はするけどね」

「その為には、千佳の代わりに店をきりもりしてくれる、

素敵な旦那様を捕まえるのが必須条件だよね、

千佳、そういうチャンスがあったら絶対に逃さないようにね!」

「それはその通りなんだけど、人生最大のチャンスを棒に振ったかおりがそれを言う?」

「そ、それは言わないで……」

 

 千佳が言ったのは、当然中学の時に、八幡からの告白を断った時の事なのだが、

かおりがあまりにも落ち込んだ様子を見せた為、

誰もその事について、尋ねてくる者はいなかった。

 

「うちも経験は無しかな、今はとにかく、秘書になる為の勉強が忙しいんだよね」

「南は本当に頑張っているから、入社したら少しはのびのびするといいわよ」

「いえ室長、うちには比企谷を支えるという使命があるので!」

「………まああまり気を張りすぎないようにね」

「はいっ!」

 

 南は元気よくそう言った。目標があるせいか、

今の南は毎日の生活がとても充実しているようだ。

だが真面目すぎるのも良くない為、いずれ八幡が、その辺りを何とかしようと動くだろう。

 

「俺とダルはここの仕事で多少は経験はあるが、まゆりは未経験だよな?」

 

 そのキョーマの言葉に、まゆりは反応しなかった。

だがシャッター音が立て続けに聞こえ、訝しく思ったキョーマがまゆりの様子を伺うと、

まゆりは目を輝かせながら、モニターに向けて携帯のシャッターを何度も押していた。

どうやらヴァルハラのメンバーの制服に興味津々らしい。

 

「見て、オカリン、全員のマークのデザインが違うよ?

他にも色々、人によって改造してるみたいだよ、凄い凄い!

ほら、フェリスちゃんのマークはヘッドドレスにネコ耳だし、

クリスちゃんのマークは……ねぇオカリン、あれって何?」

「何だろうな……ダル、知ってるか?」

「あの丸いのは人の頭で、脳の部分に雷マークを配置したらしいお」

「さしづめ電脳のイメージって感じか?」

「まあそんな感じかな、牧瀬氏らしいっちゃらしいけど、

僕なんかからすれば、もう少しかわいらしいマークでも良かったと思うんだよね」

「まあ本人が決めたならそれでいいんじゃないかな」

「あいつは実験大好きっ子だから仕方ないな」

 

 そして最後に残ったABCは、珍しく真面目な顔でこう言った。

 

「私達は今年受験だし、さすがに余裕が無いかなぁ」

「詩乃に随分差をつけられちゃったしね」

「就職は八幡さんのコネがあるからもう心配無いんだけど、

それに甘えて出鱈目な生活を送る訳にはいかないしね」

「大学にいって、ソレイユに入るのに必要な事をしっかり勉強して、

その息抜きに何かやるかもしれないって程度かな」

「三人とも、将来の事をちゃんと考えてるのね、えらいわ」

 

 そう宣言した三人に、薔薇が感心した様子でそう言った。

三人は嬉しそうに頷き、いずれ宜しくお願いしますと薔薇に頭を下げた。

丁度その時モニターの中で動きがあった。どうやら狩場に着いたようだ。

 

「うわ、あのトンキーってモンスター、岩に擬態なんか出来るんだ」

「どういうコンセプトでああいうデザインと能力にしたんだろ」

「確かに謎だよな……」

「きっと頭のおかしい人が考えたんだろうね」

 

 ちなみにその頭のおかしい人は、今は逮捕されて牢の中である。

 

「狩りが始まったね」

「さくさく倒していくなぁ、ALOの狩りってこんなもんか?」

「そう見えるかもだけど、ヴァルハラの狩りは本当に特殊なのよ、

参考までに、他の人がネットにアップした狩りの動画、見てみる?」

「お、そんなのがあるんすか?お願いしゃっす!」

 

 その闇風の頼みに薔薇は快く応え、別のモニターに呼び出した動画を流した。

 

「…………ええと、この敵、強くないすか?」

「その敵は、今ヴァルハラのメンバーが狩っている敵と比べると、

アンギラスとゴジラくらいの差があるわよ」

「薔薇さん、その例え、凄く分かりにくいです、あと古いっす」

「っ……」

 

 そう言われ、一瞬言葉に詰まった薔薇は、何か思いついたのか、ドヤ顔でこう言った。

 

「メタルスライムとはぐれメタルくらいの差があるわよ」

「あまり変わりませんが、さっきよりは分かりやすいです」

 

 その例えなら理解出来たのか、闇風だけではなく、他の者達も驚いた。

一部分かっていない者もいたが、その者には、薔薇が別の説明をした。

ちなみにまゆりには島サークルと壁サークル、

千佳にはホワイト・クリスマスとベルサイユのバラ、

かおりにはソレアルとソレイケルで比較していた。

かおりはそれで理解したようだが、その例えは他の者には当然まったく理解出来ない。

 

「まあこれで全員、何となく何が起こってるのかは分かってもらえたかしら」

「うん、わかった!でも室長の説明は本当にウケルし」

「私にはかおりの頭の構造の方がウケルんだけどね……」

「でも千佳なら何となく分かるでしょ?」

「それはそうだけど!ああもう、この何とも言えない感情を、比企谷君と共有したい……」

「あたしには、千佳への説明の方がまったく意味不明なんだけど」

「薔薇の品種よ、まあ分からなくて当然ね」

「薔薇さんだけに!?ってかそんな名前の薔薇があるんだ……」

 

 こうして一通り説明が終わったところで、モニターを見ながら一同は口々に言った。

 

「あれが普通の狩り?本当に?」

「ヴァルハラの狩りとぜんぜん違う……」

「同じ条件で比較しないとアレだけど……」

「八幡の奴、平然と見物してやがる………ん?」

 

 その時画面の中で、アルゴがハチマンに何か話しかけているのが見えた。

それを受け、ハチマンは悪そうな顔をすると、アルゴに何か指示を出し、

アルゴもそれを受け、他の仲間に何かを耳打ちしていった。

 

「あれ、何をしてるんだろ……」

「さあ……」

 

 そしてアルゴがほぼ全員の所に行ったのを確認したハチマンは、突然こう言い出した。

 

「さて、そろそろ適当に休憩を挟んでいくか」

 

 そしてハチマンとキリトとアスナが先に落ちた。

その為モニターは、ハチマンの正面に固定される事となった。

具体的にはその広場の入り口に向いている。

 

「ふう、休憩休憩っと」

「あ、あの、八幡さん、画面の向きが……」

「そうよそうよ、これじゃあみんなの戦う姿が見えないじゃない、

あんたにしては珍しいミスよね」

「それが実はミスじゃないんだな、お前ら、画面をよ~く見てみろ」

「画面を?」

 

 そして一同は、じっと画面を見つめ、最初に志乃が、その事に気がついた。

 

「あっ、もしかして対抗部隊が来てる?」

「さすがですね、そういう事です、敵襲です」

「敵が来てるのか?」

「こんな所でのんびりしてていいのかよ!?」

「問題ない、あいつらはそう簡単にやられたりしない。

それに敵が突撃してきたら、この画面ですぐに分かるしな」

「それでカメラをこの向きにしたのか」

「なるほど、そういう事だったんだ」

「さっすが比企谷君!」

「ちゃんと保険もかけてあるものね」

「雪乃!」

 

 そこに雪乃も合流し、これでここにリーダーと副長三人が揃う事となった。

 

「保険?」

「一体何をしたんだ?」

 

 そして八幡は、画面を指差しながら言った。

 

「この後ろで姉さんが待機中だ、要するに落ちたフリをさせてある。

うちの最大戦力に、適当に奇襲をかけてくれと伝えてあるんだよ」

「あ、そういえば社長がいない」

「なるほど、さすがというか……」

「あっ、見て!」

 

 そして画面の中では、次々と敵が乗り込んできていた。

 

「うわ、凄い数じゃない?」

「本当に大丈夫なの?」

「大丈夫だ、ここじゃ飛べないから、平面的な戦いになるしな」

「どういう事?」

「タンク……ええと、盾役が機能しやすくなるって事だな」

「でもあの数相手に大丈夫なのか?」

「セラフィムも成長してきたからな、それに多少取りこぼしても、

クラインとエギルが何とかするさ、リズやフカも後ろに控えているしな。

何より姉さんの攻撃で、ほとんどの敵が行動不能になるんじゃないか?」

 

 だがその八幡の予想は外れた。いつになってもソレイユは動かなかったのだ。

 

「………社長が動かないね」

「何をやってるんだあの馬鹿姉は、仕方ない、キリト、アスナ、ユキノ、俺達も行くぞ」

「心配は無さそうだけど、こんな楽しそうな戦いに参加しない手はないしな」

「さっすがキリト君、相変わらずのバトルジャンキーね」

「ユキノも大概だと思うけどな」

「ほら二人とも、行こっ」

「待ってアスナ、今行くわ」

「おう、それじゃあみんな、行ってくる」

 

 四人はそう言って、再びログインしていった。

その直後にモニターの画面が動き、戦闘の様子が映し出された。

 

「おう、戦線が完璧に維持されてるな」

「ってか敵の数が随分減ってるね」

「ハチマン達は外に移動するのか」

 

 ちなみにソレイユは、この段階でもう呪文の詠唱を開始していた。

 

「どれどれ……おお、まだ遠いけど、敵の援軍が結構来てるねぇ」

「この詠唱は………ついに社長の出番か!」

「陽乃さんって超有名なプレイヤーなんだよね?」

「らしいな、さてどうなるんだ……?」

 

 そして一同が見守る中、ソレイユの呪文の詠唱が完了し、

最後にソレイユは、呪文名を高らかに叫んだ。

 

「ライトニング・ネビュラ!」

 

 その瞬間に雷が渦を巻き、近くにいる者達を引き寄せ始めた。

 

「う、うわっ、何だ?」

「敵が引き寄せられて、吸い込まれ………?」

「うっわ、えげつな……」

 

 そして死亡マーカーが大量に発生し、わずかな生き残った敵も、

ハチマンの手によって殲滅された。

 

「姉さん、大丈夫か?」

「魔力が切れた上に、集中しすぎて頭がガンガンする」

「中の連中を片付けてるまで我慢してくれよ、

とりあえず俺から絶対に離れないようにな」

「うん、早めにお願いね」

 

 そしてハチマンは、部屋の中に入り、敵に挨拶をした。

 

「よっ」



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第509話 八月八日・幸せな時間

「よっ」

「ザ・ルーラーだ!」

「くそ、ハチマンめ……」

「もちろん私もいるわよ」

 

 先ほどまでぐったりとしていたはずのソレイユが、

ここで余裕たっぷりな表情でそう言うのを見て、

ハチマンは、さすが姉さんはよく分かってるなと舌をまいた。

 

(つらいだろうに、こういう所はやっぱり姉さんだよなぁ……)

 

 そう考えつつも、ハチマンは敵を威圧する為にこう言った。

 

「さて、それじゃあ大人しくここで死んでくれ、今日はオレの誕生日なんでな」

 

 そのおかげでハチマンに殺到しかけていた敵も足を止め、

その場は一瞬の膠着状態に陥った。

そしてソレイユが魔法の詠唱を開始し、ハチマンは内心仰天した。

 

「そこまでしなくても平気だぞ」

 

 そっとソレイユにそう耳打ちしたハチマンの肩を、

ソレイユが軽く押し出すようにポンと叩いた。

その瞬間に魔法が発動し、敵の中央で、一瞬弱い雷のようなものが発生した。

魔力がほとんど無い為、本当に一瞬であったが、

それは十分隙といえるものになり、ハチマンはその瞬間に、

ソレイユの手を引きながら、敵の中央へと突っ込んだ。

 

「ひっ……」

「うわああああ!」

 

 敵はどうやら軽く硬直しているようで、目だった動きを見せず、

ハチマンはその間を突破し、無事に味方の所へと合流する事が出来た。

 

「ハチマン、援軍はどうなった?って聞くまでもないか」

「姉さんが既に殲滅済だ、ただ相当きついアレンジをした大きな魔法を使ったんで、

もう魔力が空っぽらしい、コマチ、姉さんを後方に連れていって、ガードについてくれ」

「分かった、ソレイユお姉ちゃん、こっちこっち」

「ごめんねコマチちゃん、ありがとうね」

 

 そしてハチマンは敵に向き直り、堂々と中央で宣言した。

 

「さて、第二、いや、第三ラウンド開始だ、

さっさとかかってこい、時間がもったいないからな」

「く、くそっ、いつまでもなめられてたまるか、行くぞお前ら、

ここで何としても、ハチマンを討ち取るぞ!」

「無理、無謀、無能」

「そんな事出来ると思ってるの?」

 

 その左右にセラフィムとユイユイが立ちはだかり、ハチマンの両翼をガッチリと固めた。

その更に隣にはクラインとエギルが睨みをきかせたままであり、

二人の後方にはユミーとイロハがそれぞれ付いている。

専門のタンクではない二人も、こうして魔法職と組む事によって、

囲まれない状態を作る事に成功しており、敵の突破を完全に阻めると思われた。

こうなると連合にとってはつらい。どうしていいのか分からず、その足も鈍くなる。

当然その状況でハチマンが何もしない訳はなく、

ハチマンはゆっくりと前に歩き出し、ことさらに自分が標的になるように、

完全に単騎で敵の前へと突出した。

 

「どうした?かかってこないのか?」

「も、もちろん行くさ、お前ら、攻撃を……」

「だからいちいち行動がとろいんだっつの、少しは自分で考えて行動出来ないのか?

こっちはいちいちアレをしろコレをしろなんて指示はまったく出していないんだがな」

 

 そう言いながら、ハチマンは一瞬で敵先頭との距離を詰め、

敵が咄嗟に戦闘体制をとろうと剣を構えようとした、その状態でカウンターをくらわせた。

 

「んなっ……」

「その状態でもカウンターは出来るんだぞ、ほれ、次だ」

 

 ハチマンはそのプレイヤーを蹴り飛ばし、次に左右から斬りかかってきた敵に、

二刀で同時にカウンターをくらわせた。

その瞬間に、ハチマンの背後からキリトとフカ次郎が飛び出し、

敵二人はバッサリと両断され、キリトとフカ次郎は敵の体が消滅しないうちに、

その敵二人を激しく後方へと蹴りつけ、中央にぽっかりと穴があいた。

そこに飛び込んだのが、アスナとリーファである。

スピードタイプである二人は、中央のスペースで縦横無尽に剣を振るい、

それによってその穴は、どんどんと広がっていった。

左右に広がった敵は、魔法攻撃をくらってバタバタと倒れていき、

慌てて魔法の詠唱を始めた敵はシノンの弓に貫かれ、残りの仲間達もそこに殺到し、

連合の生き残り達は、数の優位をまったく生かせず、その数を加速度的に減らしていた。

ハチマンは悠々と前進を続けており、その左右はタンク二人が守り、

連合の生き残りは、もはやヴァルハラと同数の、二十人程度となっていた。

 

「で?」

「あの狭い路地なら敵を簡単には通さないはずだ!

中に入ったら、タンクは前で防御を固めろ!」

「狭い路地?あっ、お前ら、そこは……」

 

 ハチマンが制止しようとしたが、そのプレイヤー達はそれに耳を貸さず、

我先にとその路地へと逃げ込んだ。

 

「………ハチマン、どうする?」

「どうもこうも、こうなったら見てるだけで終わるだろうさ」

「だよな……」

 

 そこでヴァルハラのメンバーは足を止め、その場にゆっくりと腰をおろした。

完全にくつろぎムードである。

 

「な、何のつもりだ!」

「何って言われても……なぁ?」

 

 ハチマンの視線がかなり上を向いているのを見て、連合の生き残り達は、

釣られて自分達の上を見た。よく見ると、随分と天井が近くに迫っている。

 

「な、何だこれ!?」

「ヴァルハラは、こんな仕掛けまで作れるのか!?」

「そんな訳無いだろ、馬鹿かお前は、ほれ、良く見ろ」

 

 そう言われて改めて上を観察したそのプレイヤーは、ある事に気がついた。

天井には突起が二本あり、その突起は、円柱の先が平らになっているように見える。

 

「こ、これは……まさか……生き物の足!?」

「正解」

「まあもう遅いんだけどね」

 

 その瞬間に、トンキーの足が連合の生き残りの上に振り下ろされた。

トンキーは何度も何度もその場で『足踏み』をし、やがてその場は静寂に包まれた。

 

「よし、それじゃあまた交代で休憩しながら狩りを続行な」

「ちょっと落ちる場所を変えようぜ、あそこだと、共同墓地にいるみたいで落ち着かない」

「だな、それじゃあトンキーには、今度は反対側の穴に移動してもらおう」

「トンキー、こっちこっち」

 

 一瞬で敵を葬ったトンキーは、そのキリトの呼びかけに嬉しそうに答え、

言われた通りに逆のスペースに移動し、そこでまた岩に擬態した。

 

「それじゃあまだ元気な奴は残るとして、疲れた奴は落ちて休んできてくれ、

ちなみに俺は残るからな」

「ハチマン様が残るなら、私も残ります」

「セラフィムちゃんは元気だなぁ、私は一度落ちようかな」

「フェイリスはまだまだいけるニャ」

「私はもちろん大丈夫、ユキノとキリト君もだよね?」

「おう、まったく問題ない」

「私も興が乗ってきた所だし、もう少し弓に慣れたいから、しばらく残るわ」

「コマチもまだまだ平気かな」

 

 残りのメンバーは一度落ちて休憩するようで、結局八人だけが残る事になった。

 

「それじゃあコマチが敵を釣ってくるね」

「頼む」

 

 そのまま平然と狩りが続行され、死亡マーカー、いわゆるリメインライトになった者達は、

それを恨めしそうに画面の向こうで見つめていた。

 

 

 

「………あらまああっさりと」

「ヴァルハラって強いんだねぇ」

「VRゲーム全部を合わせても、最強なんじゃない?」

「って事は日本最強?」

「世界最強じゃないですかね」

「いやぁ、そう言われても全然想像がつかないよな」

 

 観客達は、そんな会話を交わしていた。

そして次々とプレイヤーがログアウトしてきた為、場はいきなりにぎやかになった。

 

「紅莉栖ちゃん、お疲れ様」

「ううむ、お前ももうすっかりヴァルハラの戦士なのだな、クリスティーナ」

「ティーナ言うな!でもそうね、自分でも驚いているんだけど、

私にこんな好戦的な部分があったなんて、思いもしなかったわ」

 

 そう言われたキョーマとダルは、思わず顔を見合わせた。

 

「牧瀬氏は昔からそうだったような……」

「なっ……」

「だな、俺が何度痛い目に合わされてきた事か……」

「そ、そんな事無いわよ!無いわよね、まゆり!?」

「あは、紅莉栖ちゃんはいつも元気だよねぇ」

「フォローになってない!?」

 

 一方、どちらかといえば大人しい似た者同士として、

ニコニコしながら優里奈と会話していた香蓮は、

美優が戻ってきたのを見て、そちらへと駆け寄った。

 

「美優、お疲れ様」

「おうコヒー、どうだった?フカちゃんは格好良かっただろう?」

「ふふっ、そうね」

「と言う訳で、肩をもんでくれい!」

「仕方ないなぁ、別に構わないわよ」

 

 そして二人はそのままモニターを見上げ、ぎょっとした。

 

「何あの敵の数……」

「さすがというか……」

 

 人数が減ったにも関わらず、画面の中ではヴァルハラの幹部連が、

多くの敵を同時に相手どり、派手な戦闘を繰り広げていた。

 

「さっきは全員が主力とか言ったけど、やっぱりあいつらはちょっと違うんだよなぁ」

 

 遼太郎が一歩進み出てそう言い、他の者もそれに同意した。

 

「それにしてもやりすぎじゃない?何でこんな数が?」

「トンキーが一瞬姿を現したせいで、敵がこっちに多く向かってる最中に、

小町が釣りにいっちまって、それでトレインみたいな感じになったっぽいぞ」

「ああ、そういう……」

 

 画面の中では問題なく狩りが成立していそうな雰囲気に見えたが、

実際に戦っている者達は必死だった。

 

「コマチ、多い!」

「ごめん、まさかこんなにいるとは……」

「トンキーに手伝ってもらうか?」

「そしたらもっとたくさんの敵が来ちゃうんじゃない?」

「あ、そっか」

「まあ何とかなるでしょ、ユキノさえ生きてれば」

「だな、頼むぞユキノ」

「ええ、そこは任せて頂戴」

「気円ニャン!」

 

 必死ながらも、ハチマンはとても楽しそうな表情をしており、

彼にとってはこの日の狩りは、とてもいい誕生日プレゼントになったようだ。

ちなみに今日がハチマンの誕生日だという事は、

町に戻った連合のプレイヤーの間で広められ、

狩りを終えて町に戻った後、ハチマンは多くの女性プレイヤーに囲まれ、

延々とおめでとうと言われ続ける事になった。

最初はそれをニコニコと見ていたアスナだったが、

さすがにその数の多さにたまりかねたのか、途中でそこに割って入り、

加えて他の女性陣もガードに付き、それでやっとその喧騒は終了する事となった。

 

 

 

「ふう、大変な状態だったね」

「だな、何かすまん」

「八幡君、あんまり表に出てこないのに、凄い人気だったよね……」

「だな、何でだろうな」

「逆にそれがミステリアスでいいんじゃない?」

「なるほど……」

 

 八幡達はぐったりし、今はログアウトしてソファーに腰を下ろしていた。

そこに陽乃が手配していたバースデーケーキがサプライズで運ばれてきて、

八幡は目を丸くしつつも、ロウソクの火を吹き消した。

 

「「「「「「「「「「ハッピーバースデー!」」」」」」」」」」

 

 この後の八幡の誕生日は、仲間達に囲まれた、とても穏やかな時間となったのだった。



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第510話 八月八日・宴の終わり

「比企谷君、明後日にまた、観葉植物のメンテナンスでお邪魔するね」

「ちなみに俺もまたバイトとして参加するからな、八幡」

 

 千佳が八幡にそう言い、和人が横からそう言った。

 

「俺達はその日、ここでバイトの予定が入ってるんだよな」

「くっそぉ、千佳ちゃんの為に働きたかった……」

「ふふっ、メンテナンスはそんなに大変じゃないから、大丈夫だよ二人とも。

でもその気持ちは本当に嬉しいよ、本当にありがとね」

 

 その風太と大善と千佳の仲の良い様子を見て八幡は、

将来この二人は千佳を巡っての恋のライバルになるのだろうかと漠然と考えた。

だが千佳にその気は無く、あえて誰か一人を選ぶとしたら、

八幡がいいなと考えていたのは前に語られた通りである。

それが実現する可能性は限りなく低いのだが、当の八幡はもちろんそんな事は知らないし、

千佳も、他のライバル達を乗り越えてまで何らかの行動を起こす気はまったく無かった。

千佳の望みは、八幡とたまにお話しして、食事にでも行ければそれで十分かなという、

まったく欲の無い物であり、それは既に実現している為、

千佳は、今でも自分は十分幸せだと感じていた。

 

「おい和人、仲町さんに絶対に迷惑はかけるなよ」

「大丈夫だって、仲町さん、力仕事は全部俺に任せてくれていいからな」

「ありがとう、正直凄く助かる」

「そうそう、好きなだけ和人をこきつかっていいからね」

「うん、ありがとう、里香ちゃん」

 

 里香も横からそう言い、千佳は里香に微笑んだ。

千佳は生来の社交的な性格を存分に活用し、八幡の周囲の多くの者と仲良くなっていた。

高校の時は八幡絡みでやらかした経験のある千佳であったが、

今の彼女がもうかつてのような行動をとる事は無い。

千佳はもう二度と間違うまいと心に誓っており、正しい道を真っ直ぐ歩んでいるのだった。

その一方で、千佳の親友である折本かおりは悩んでいた。

いわゆる八幡ファミリーの中への食い込み方は、千佳よりもかおりの方が明らかに上である。

だがこういう場になると、嫌でも気付かされる事がある。

八幡は基本、女性を下の名前で呼ぶ。だがかおりと千佳に対しては、苗字で呼ぶのだ。

これは単純に、中学時代の癖を引きずっている為であり、

実は千佳はそのとばっちりを受けている。

かおりの事は苗字で呼んでいるのに、千佳の事だけを名前で呼ぶのは不自然だ、

八幡はそう考え、何か困る事がある訳でもない為、

二人の呼び方についてはずっとそのままで放置しているのだった。

 

「ねぇ千佳、ちょっといい?」

 

 そしてかおりは、そっと千佳に耳打ちし、人気の無い一角へと連れ出した。

 

「かおり、どうしたの?」

「うん、明後日メンテナンスって事は、その後比企谷にご飯を奢ってもらうんだよね?」

「今までの例だと多分そうなりそうだね」

「その時にさ……出来ればあたしも誘って欲しいの」

「かおりを……?」

 

 千佳は一瞬その事を残念だと感じ、慌てて頭を振って、その考えを追い払った。

千佳にとっては八幡との二人きりの時間は確かに貴重ではあるのだが、

そういった機会は今後も月に一回のペースで訪れる事は確実であり、

何か親友が困っているのなら、今月はその力になろうと考え直したのだ。

そして千佳は、自身の中に芽生えた罪悪感を振り払おうと、笑顔でかおりに言った。

 

「うん、いいよ、で、今回は何が目的なの?」

「えっと……比企谷……ああそっか、

あたし自身がこうして苗字で呼んでるのがいけないのかもしれないけど、

比企谷って、他の人の事は名前で呼ぶじゃない、

で、この機会にそれを何とか出来ないかなって……」

 

 かおりは盛大に頬を赤らめながらそう言った。

 

(ソレイユに就職してからのかおりは本当にかわいいなぁ)

 

 千佳はそう思いながらも、確かにそうだと思い、

この機会にそうなれるように何か手伝えればいいなとその提案に頷いた。

 

「確かにそうだよね、うん、それじゃあ上手く比企谷君に頼んでみるね」

「ありがとう千佳、頑張ろうね」

 

 そのかおりの言い方に、千佳は少し引っかかりを覚えたが、

かおりがかなりのやる気を見せていた為、

千佳はまあいいかと思い、明後日はどうしようかと考え始めた。

 

 

 

「えっ、それじゃあ鳳凰院さんは、アスカ・エンパイアにいるんですか?」

「ああ、八百万の八幡通りで情報屋をやってるんだ、

もし何か困ったら、俺を訪ねてくるといい」

「そうなんですか、いずれその時が来たら、必ず顔を出しますね!」

 

 優里奈はキョーマとダルがアスカ・エンパイアの事を話しているのを聞きつけ、

自分ももうすぐプレイを開始するつもりだと、二人に話しかけたのであった。

 

「ちなみに正確な場所は、遊郭のある雑居ビルの横にある、細い路地の突き当たりだ。

そこに我が城、情報屋FGは存在する!」

「分かりました!ところでFGって何かの略ですか?」

「よくぞ聞いてくれた、FGとは、フューチャーガジェットの略だ。

なので俺の事は、気軽にフューチャーガジェットさんと呼ぶがいい」

「長いですね……」

「ではFGさんでも構わん、好きな呼び方をしてくれ」

「はい、それじゃあFGさんって呼びますね!」

 

 そんなキョーマに、すかさずダルが突っ込んだ。

 

「さすがオカリン、自分にさん付けとか社会性が皆無だお」

「ネ、ネタに決まってるだろ!」

 

 キョーマはそう言い訳したが、どうにも後付け感は拭えない。

当然ダルもそう思ったのか、はいはいと聞き流していた。

 

「ぐぬぬ……」

「まったくどうしてあんたはいつもそんな子供みたいな態度しかとれないのよ、

私の事も、絶対に紅莉栖とは呼ばずに、クリスティーナ呼ばわりだし」

「う、うるさい!クリスティーナはクリスティーナなのだから、仕方ないだろう」

「まったく意味が分からないから……」

 

 そんなキョーマと紅莉栖のやり取りを見ていた優里奈が、まったく悪気無くこう言った。

 

「なるほど、キョーマさんは、紅莉栖さんの事を紅莉栖って呼ぶのが照れくさいんですね」

「なっ……」

「ちょ、ちょっと優里奈ちゃん!」

「ふふっ、私の同級生にも同じような態度をとる人がいるんですよ、

でもその人は、どう見ても私の友達の事が好きなんですよね、

なるほどなるほど、頑張って下さいね、お二人とも」

「ち、違うから!こいつの事なんか、別になんとも思って……ない訳じゃないけど、

でもまったくそういうんじゃないから!」

「そ、そうだぞ、まったくそういうんじゃない」

「そうなんですか?おかしいなぁ、私の経験だと確かに……」

 

 優里奈はそう呟いて考え込んだのだが、そんな優里奈の頭を撫でる者がいた。

そんな事をする人間はこの場には一人しかいない、当然八幡である。

 

「おい優里奈、あまりこの二人をいじめるな、

こいつらは揃いも揃って絶滅危惧種のツンデレって奴だからな、まああれだ、詩乃と一緒だ」

「ちょっと、今聞き捨てならないセリフが聞こえたんだけど」

「うおっ、お前いつの間に……」

 

 八幡が振り向くと、そこには当の詩乃が腕を組んで立っていた。

 

「誰がツンデレなのよ、別に私はそんなんじゃないんだからね、

でもまあもし謝罪するつもりがあるなら、夕飯一回で謝罪の代わりにしてあげてもいいわよ」

「朝田氏のいつものテンプレ乙!」

 

 それを聞いたダルが即座にそう突っ込み、キョーマと紅莉栖は思わず詩乃に拍手した。

 

「な、何でそこで拍手が出るの?」

「いや、だってなぁ……」

「こんな教科書通りのツンデレが、まだ生き残っていたなんて……」

「言っておくけど、牧瀬氏も同じ穴のムジナだかんね」

「橋田、殴るわよ!」

「とか言いつつも、僕が牧瀬氏に殴られた事は、一度も無いのであった」

「何をナレーション風に言ってるんだよ……」

 

 

 

「という訳で、空挺降下や懸垂降下の訓練プログラムが完成したから、

今度二人に試してもらう事になると思うゾ」

 

 アルゴのその言葉に、志乃と茉莉は驚愕した。

 

「ちょ、ちょっと待って、懸垂降下はともかく空挺降下は無理無理無理だって」

「でもこれは、閣下のお墨付きらしいゾ」

「閣下って………嘉納防衛大臣の事よね?」

「だナ」

「閣下が直接そんな事を!?」

「うんにゃ、閣下はうちのボスのお母上と仲がいいらしくてな、

そのお母上からうちに連絡が来たと、そういう訳なんだぞ、

実は閣下も最初は無茶じゃないかって考えてたらしいんだけどよ、

そのお母上、ちなみにハー坊の学校の理事長なんだが、

理事長の一声で納得して、ゴーサインが出たらしいゾ」

「その理事長さん、一体何を言ったのよ……」

 

 志乃は呆然とそう呟き、茉莉もその言葉に頷いた。

 

「私もさすがに無茶だと思うけど、アルゴさん、理事長さんが何て言ったか知ってる?」

「それを聞いても命令は変わらないと思うんだが、それでも聞きたいカ?」

 

 そう逆に聞かれた茉莉は、ニヤリとしながらアルゴに言った。

 

「納得のいかない理由だったら司令部に乗り込んで抗議するから大丈夫よ」

「おうおう、さすがは毒舌で有名な茉莉ちゃんだナ」

 

 あっさりとそう返された茉莉は、絶句した後に何とかこう言った。

 

「……………………私ってそんなに有名なの?」

「まあそれなりに」

「…………………まあいいわ、とにかく教えて頂戴」

 

 茉莉は色々と諦めた様子でそう言った。どうやら自覚はあるようだ。

 

「何、簡単な理屈だぞ、『これは新兵の訓練をする為のシステムだから、

素人にやらせて何の問題があるのかしら?』だそうダ」

 

 その限りなく正論な言葉に、二人はぐうの音も出なかった。

 

「…………正論ね」

「やるしかないね………」

 

 「まあ地面に叩きつけられても痛くも何ともないから、気楽にやってくれよ、

まあもし精神的なショックがあるといけないから、

やばそうなら地上二十メートルくらいで制動がかかるようにしといてやるサ」

「それは切実にお願いしたいわ」

「うん、さすがの私もそれは本当にお願いしたい」

「任せろ、二人を立派な空挺兵に育成してやるゾ」

「「私達は別に空挺兵になる必要は無いから!」」

 

 二人は同時にそう言い、アルゴはにゃははと笑った。

 

 

 

「そっかぁ、香蓮とフカは、ソレイユのブースに参加するんだ……」

「うん、コスプレで案内役や説明役をやる事になってるの、

美優なんか、その為に北海道から出てきたんだよね」

「そうそう、その通り!」

「実はあたし達も、コスプレをする事にはなったんだよね……」

「そうなの?」

「うん、この前あたしと優美子ね、ヒッキーのマンションで、

お試しって感じで生まれて初めてコスプレしてみたんだけど、

その話を友達にしたら、その友達が、

それじゃあこっちも当日はコスプレで売り子をしようって……」

 

 どうやら姫菜の独断でそういう事になったらしい。

だがそう語る二人は、微妙に嫌そうな顔をしていた。

 

「そんな事があったんだ、でもちょっと嫌そうだけど、どうしてなの?」

「うん、それがさ……」

「あーし達のコスプレって、男装なんよ……」

「男装!?」

「えっ、本当に!?」

 

 香蓮とフカ次郎は当然驚いた、当たり前である。

優美子はギリギリ何とかなるかもしれないが、

結衣はどう見ても男装が不可能な体型をしているからだ。

 

「そ、それ、どうするの?」

 

 美優はあからさまに結衣の胸を見ながらそう言った。

 

「さらしを巻く事になると思うけど……」

「さらしで収まるの!?」

「あははぁ、どうなんだろうね……ちなみにもっと困った事があってね……」

「ふむふむ」

「その友達の作品って、ヒッキーが主人公なの、だからね……」

「ま、まさか………」

 

 香蓮はそう言われてさすがに驚いた。

 

「うん、あたしがヒッキーのコスプレをする事になっちゃったの……」

「全然似てないと思うけど……」

「だよね……」

「ちなみにあーしは和人役……」

「うわ…………」

 

 さすがの二人もその言葉に絶句し、ちらりと八幡と和人の方を見た。

 

「それ、本人にバレたら大変な事になりそうだね……」

「うん、やばい、絶対にやばいね!」

「もちろんこんな事言えないよ」

「まあさすがにあーし達のブースには来ないでしょ」

 

 その優美子の希望的観測は、もちろん外れる事となる。

八幡は、薄い本には絶対に視線を向けないようにしようと誓いながらも、

せめてその苦労を労おうと、二人に差し入れをする事を決めていたからだ。

 

「ま、まあ頑張って……」

「うん………」

「はぁ、何でこんな事に……」

 

 ちなみにその衣装は、裁縫が得意な高校時代の友人に頼んだらしい。

その名前も教えてもらったが、香蓮も美優も知らない名前であった。

 

 

 

「さて、宴もたけなわだと思うが、今日はそろそろお開きにしたいと思う、

さすがに人数が多いので送ってやれないが、気をつけて帰ってくれ」

 

 八幡のそんな挨拶で、今日の集まりは終わりとなった。

一部のメンバーは、この後飲みに行ったりするようだ。

ちなみにこの後、明日奈だけは八幡にプレゼントを渡す事になっていた。

八幡と明日奈は、小町を伴って今日は身内でのんびりすると言って自宅に帰り、

その日はその言葉通り、何もせずに過ごした。

こうして今年の八月八日は、穏やかに終了する事となった。



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第511話 情報屋FGにて

「ふ~む、ここがアスカ・エンパイアの首都、八百万か」

 

 その日八幡は、優里奈の事をスリーピングナイツに頼む為に、

アスカ・エンパイアの地へと降り立っていた。ちなみにキャラはキョーマに借りた。

つまり今の八幡は、フューチャーガジェットさんなのである。

 

「ええと、ここがキョーマの拠点か、うん、よくこんな所を見つけたもんだ。

だが嫌いじゃないな、遊郭の裏だという所がまた趣深い」

 

 八幡はそう呟きながら、情報屋FGの事務所へと入っていった。

あるいはスリーピングナイツの誰かがいるかもしれないと思ったが、

残念ながら事務所の中には誰もいなかった。

 

「さて、何となく来てみたものの、あいつらはどこにいるんだろうか……」

 

 八幡はそう思いながら、仮想PCのシステムを立ち上げ、

スリーピングナイツの動向について、情報を集め始めた。

 

「なになに、アスカ・エンパイアに彗星のように現れた実力派のギルド?

拠点にしているのはスリーピング・ガーデン……どこかで聞いたような名前だな」

 

 八幡は苦笑しながら尚も情報を集めようと仮想キーボードに手を伸ばした。

その瞬間に入り口の方から複数の人の声がし、

八幡は、こんな場末の情報屋に来る客がいるのかと少し驚いた。

 

「まあ商い中の札は裏返しのままにしてあるし、適当に追い払えばいいか……」

 

 八幡はそう考え、誰が尋ねてきたのか確認しようと入り口へと一歩を踏み出した。

そしてドアが開き、外からごろつきのような二人組が中に入ってきた。

 

「お?あっさりと中に入れたな、NPCもちゃんといるみたいだ」

「さて、ここにはどんなイベントが用意されてるんだか」

「最初に金目の物を漁るか」

 

 それを聞いた八幡は、ため息をつきながらその二人組にこう言った。

 

「俺はNPCじゃないし、ここは立派な店舗なんだがな」

「うおっ……」

「し、失礼しました!」

 

 その二人組は、そう言うと慌てて外へと逃げ出した。

 

「ったく……」

 

 八幡はそう言いながら入り口に背を向け、デスクへと戻ろうとした。

その瞬間に、いきなり八幡は、背中を押された。

 

「ど~~~~~~ん!」

「おわっ……」

 

 八幡はその場でたたらを踏み、何とか踏みとどまると、焦った顔で振り返った。

そこには見覚えのある二人組がニコニコしながら立っており、

八幡は、労せずして目的を達成出来た事を悟った。

 

「FGさん、こんにちは~!」

「何?今の二人組」

「ここが何かのイベントの開始地点だとでも思ったんじゃない?」

「ああ、確かにここの建物はボロいものね、

ふう、それにしても今日は随分くたびれたような表情をしてるのねFGさん、まるで八幡ね」

 

(え、俺っていつも、そんな表情をしてるのか?)

 

 八幡はそう考え、鏡は無いかときょろきょろしたが、生憎そんな物はここには無い。

そんな八幡を見て、ランは苦笑しながら言った。

 

「何をきょろきょろしてるの?冗談よ、冗談」

「ランは、最近八幡にかまってもらえてないから欲求不満なんだよね~」

「べ、別にそんなのじゃないけど、でもFGさん、八幡が今何をしてるか知ってる?」

「ああ、もうすぐコミケが近いから、ソレイユの企業ブースの準備やら、

外部から頼まれたシステムの開発やらで、忙しいみたいだぞ」

 

 八幡は、キョーマの口調に近付けようと努力しながらそう言った。

 

「へぇ、でもそれって私達をかまう事よりも優先しないといけない事なのかしらね」

「ラン、きっと八幡も大変なんだよ」

「分かっているわよユウ、言ってみただけよ」

「ランもいろいろためこんじゃってるよねぇ」

 

(やべ、俺そんなに顔を出してなかったっけか、最近時間の経つのが早いからなぁ……)

 

 八幡はそう焦りつつも、さすがにここで『実は八幡でしたぁ!』をやってしまうと、

何かまずい事になりそうな気がしたので、そのままキョーマのフリを続ける事にした。

 

「そうか、今度奴にはちゃんと顔を出すように伝えておくとしよう」

「うん、宜しくね」

「ありがとう、FGさん」

「で、今日は何の情報が欲しいんだ?」

 

 八幡は話を逸らそうと、二人にそう言った。

 

「あ、今日はそういうんじゃなくてね」

「FGさんの知り合いだという子を連れてきたのよ」

「さあ、こっちこっち!」

「あの……失礼します」

 

 そして中に入ってきたのは、巫女装束を着た一人のプレイヤーの女性だった。

その体の一部分がとても特徴的だったので、八幡はそれが誰なのか、嫌でも理解させられた。

 

(これは優里奈か、まったく何であいつはどこのゲームでも現実と同じ体型になるんだ……)

 

 実はそれは、アミュスフィアの機能で、

リアルの体型をゲーム内に反映させる機能がオンになっているからなのだが、

八幡はその事を知らず、優里奈も深く考えずに、

そのままアミュスフィアを使用し続けていたのだった。

 

「ええと……君は?」

「先日お会いしたナユタです!

こちらのお二人に案内してもらって、やっとここに来れました、FGさん!」

 

(本名を言わないと、キョーマには分からないと思うが、

ここはゲーム内で本名を出さないように、

ちゃんと気を遣っているんだと考えるべきだろうな、とりあえず近くで耳打ちすればいいか)

 

 八幡はそう考え、ナユタの耳元でこう囁いた。

 

「もしかして優里奈か?」

「はい、キョーマさん」

「そうかそうか、よく来たな、歓迎するぞ」

 

 そして八幡は入り口の扉を施錠し、他人が入ってこれないようにすると、

そのままデスクに戻り、三人にソファーに座るよう促した。

 

「これで他人は入ってこれないはずだ、案内すまないな、ラン、ユウキ、

実はこの子は俺のリアル知り合いでな、当然八幡とも面識がある。

だから気にせずそのつもりで話すといい」

「えっ、そうだったんだ!」

「凄い偶然ね」

「お二人も八幡さんのお知り合いだったんですか?本当に偶然ですね」

 

 盛り上がる三人を尻目に、八幡はランとユウキにこう話を切り出した。

 

「で、二人に八幡からの伝言だ、このナユタに、

アスカ・エンパイアの基本を教えてやってくれないか?」

「別にボクは構わないよ」

「私も別に構わないわ、ただもうすぐ私達は他のゲームに移動してしまうから、

そんなに長くは一緒に遊べないのだけれどね」

「そうなのか?」

 

 八幡はその事は初耳だったので、きょとんとした顔でそう尋ねた。

 

「ええ、現時点での主だったボスは討伐したわ」

「なので他のゲームに殴り込みをかけようかって話になってね」

「八幡にもまだ言ってないのだけれどね」

「なるほど、それじゃあもうここでのやり残しはほとんど無いのか?」

 

 その言葉に二人は首を振った。

 

「沢山あるよ?」

「でも戦闘面でのやる事は、現状はあまり無いのよね」

「まあ数ヶ月後に、怪談っぽい連続イベントが導入されるっぽいから、

また戻ってくるかもだけどね」

「その間に、他のゲームを色々経験しておこうと思ったの。

色々な戦闘システムを経験しておきたいしね」

「そうか、まあ楽しんでくるんだぞ」

「FGさんも寂しいと思うけど、戻ってくる時は八幡に連絡を入れるから、

またその時は、私達の相手をしてね」

「ああ、その時を楽しみにしている」

 

 そして三人は席を立った。

 

「それじゃあナユタ、仲間達にも紹介したいし、ボク達の拠点、

スリーピングガーデンに案内するよ」

「はい、宜しくお願いします」

「あ、私はまだFGさんに少し話があるから、二人は外で待ってて頂戴」

「うん分かった」

「外で待ってますね」

「二人とも、またな」

 

 八幡はそう言って立ち上がり、二人を見送った。

そしてその場には、八幡とランだけが残された。

 

「で、何の用事があるんだ?ラン」

「アイよ」

「おいおい、リアルネームをゲーム内で出すのはやめておけって」

 

 その瞬間にランは八幡に飛びつき、八幡はそのままソファーに押し倒される事になった。

 

「うお、い、いきなり何だよ」

「やっぱり、歩き方がFGさんとは少し違うなって思ってたのよ、

そもそもFGさんは、アイが私の名前だなんて知らないはずだしね、八幡」

「う………」

「まったくもう、あまり自分の女を待たせるものじゃないわよ、

その分ここで甘えさせてもらいますからね、ハァハァ」

「口でわざとらしくハァハァ言うんじゃねえよ!」

「仕方ないじゃない、子宮が疼くんだもの」

「相変わらずの耳年増だなお前は!」

「それじゃあいただきます」

「いただきますって何を……おわっ!」

 

 ランは唇を前に突き出しながら、八幡の唇を奪おうと迫ってきた。

 

(こいつ、あまり放置しておくとヤバイタイプなのか!?)

 

 八幡はそう焦りながら、ランの額を押さえ、何とかその突撃を阻止しようとした。

その時ガラッと入り口の扉が開き、ユウキとナユタが中に入ってきた。

 

「そういえばFGさん、聞きたい事がもう一つ……ってラン、何してるの!?」

「うわ、うわぁ……」

 

 ユウキは驚いたようにそう言い、ナユタは恥ずかしそうに手で顔を覆った。

だがその指の隙間からしっかりこちらを覗いている事に八幡は気がついていた。

 

「ラン、八幡からFGさんに乗り換える事にしたの!?」

「そんな訳無いでしょう、私がこうしている事で、事情を察しなさい」

「こうしている事……?あっ、まさか!」

「そう、そのまさかよ!」

「ずるい、ボクもボクも!」

 

 そしてユウキも八幡に飛びつき、ランの隣で八幡に迫り始めた。

八幡はもう片方の手でユウキの額を押さえ、ナユタに助けを求めた。

 

「ナ、ナユタ、この二人を何とかしてくれ!」

「で、でも私には事情がさっぱり……」

「ナユタ、このFGさんの中の人は八幡よ」

「えっ……?ほ、本当にですか?」

「ええ、間違いないわ」

「なるほど、そういう事ですか」

 

 そしてナユタは八幡の所につかつかと歩み寄り、

八幡の上に乗っている二人の脇をくすぐった。

 

「きゃっ」

「く、くすぐったい!」

 

 そして二人はやっと離れ、八幡は一息つく事が出来た。

 

「た、助かったぞナユタ」

「もう、二人とも、無理やりは駄目ですよ」

 

 二人はその言葉で少し反省したのか、ばつが悪そうに下を向いた。

そんな二人を八幡は、自分の両隣に座らせると、肩に手を回してその頭を撫でた。

 

「まあ俺も最近忙しくてほとんど来れなかったからな、ごめんな、二人とも」

「もう、私達をあまり寂しがらせるものじゃないわよ」

「そうだよそうだよ、もっとボク達をかまってよ!」

「分かった分かった、今夜お前らの家に行くから勘弁してくれ」

「本当に?」

「ああ、約束する」

「仕方ないわね、それじゃあ今はこのくらいで勘弁してあげようかしら」

「とりあえずナユタの事、くれぐれも頼むな、

俺やお前らがいない時でも問題なく一人でやっていけるように、

基本をしっかりと教えてあげてくれ」

「うん!」

 

 そして三人は、今度こそ仲良く外に出ていき、八幡も一旦ログアウトした。

その日の夜、八幡は、仮想世界にあるアイとユウの家を尋ねた。

二人はナユタから聞いたのだろう、昨日が八幡の誕生日だからと言って、

自分達がプレゼントよと体にリボンを巻いて待ち構えていた為、

八幡は二人の頭に拳骨を落とし、その日は二人の家に泊まり、

二人が今どんな状態なのか、色々と話をした。

 

「そうか、頑張ってるんだな」

「私達を労ってくれてもいいのよ」

「そうだよそうだよ、本当に頑張ったんだから!」

「はは、分かった分かった」

 

 二人はベッドでごろごろしながら八幡にそう言った。

八幡はそんな二人の話に付き合い、やがて二人が寝てしまうと、

二人にそっと布団をかけ、そのままソファーで眠りについたのだった。



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第512話 あくる日の朝のひとコマ

「八幡起きて、朝だよ!」

「ん……ユウ、もうそんな時間か、アイはどこだ?」

「アイは今、シャワーを浴びてるよ。あ、あとアイからの伝言ね、

『絶対覗かないで、絶対よ!でもちゃんと空気くらいは読んでね!』だってさ」

「それじゃあ空気を読んで、シャワールームを覗きに行くか」

「えっ!?」

 

 ユウキは、その予想外の言葉に驚いた。そして八幡はユウキの手を引き、

シャワールームの扉を開け、その中にユウキをぽいっと放り込んだ。

その瞬間にシャワールームの中からこんな声が聞こえた。

 

「あら主様おいでなんし、そんなに我慢出来なかったでありんすね、

よござんす、さあ、さっさと私を手折って下さいまし」

「和風のゲームだから吉原言葉を無理に使ってんのか?相変わらずアイの考えは分からん」

 

 中から聞こえてきたそのセリフを聞いて、八幡はため息をついた。

 

「って、ユウ!?八幡、八幡はどこ?」

「さあ、ボクをここに突っ込んだ後の事は分からないかな」

「ぐぬぬぬぬ、まさかこのまま逃げるつもり?絶対に逃がすもんですか、行くわよユウ」

「あ、ちょっとアイ、その格好のまま外に出るつもり!?」

 

 その会話を聞いて、やばいと思った八幡は、きょろきょろと辺りを見回し、

大きめのタオルを見つけると、それを構えながらシャワールームの中に声を掛けた。

 

「俺は逃げちゃいないぞ、まだここにいる」

 

 その瞬間にバタンとドアが開き、中から肌色の物体が飛び出してきた。

八幡はその肌色を直視しないようにタオルで包むと、

すかさず背後からアイのお腹辺りの位置に手を回して持ち上げ、

そのままソファーへと運び、腰をおろした。

要するに今アイは、両手を拘束されたまま、八幡の膝の上に腰掛けている形となる。

 

「こ、これはこれで嬉しいんだけど、動けない……」

「わぁ、凄いね!あの状態のアイを完封するなんてびっくりだよ」

「自分で選択肢を狭めていたからな、あの状態だと全裸で突撃以外ないだろ、

そんなワンパターンな攻撃は、俺にはきかん」

「くっ……さすがにやるでありんすね」

「まだその言葉使いを続けてんのかよ……」

 

 しばらくそのままアイはもぞもぞしていたが、やがて諦めたのか、動くのをやめた。

 

「で、二人は今日はどうするんだ?」

「ナユたんをあちこちに連れまわすつもり!」

「ねぇ八幡、あの子は八幡とどういう関係なの?」

 

 アイは八幡の質問には答えず、いきなりそう尋ねてきた。

 

「ん、ナユタは何というか、今は俺の被保護者みたいな扱いだな」

「あら、私達の仲間という事なのね」

「あ?お前らは別に、俺の被保護者って訳じゃないだろ、

誰がそうかといったら経子さんがお前らの保護者だろ?」

「そういう意味じゃないわよ、だってナユたんも、八幡の愛人なんでしょ?

被保護者って事は、八幡がパパって意味よね?」

 

 そう言われた八幡は、黙ったまま腕に思いっきり力をこめた。

 

「く、苦しい……中身が出ちゃう……」

「そのままお前の中のピンク色の部分が全部出ちまえばいいな」

「ちょっ……本当に無理、無理だから!お願い、私を解放して!」

「服を着たら解放してやる」

「それじゃあ八幡を興奮させられないじゃない!」

「興奮しなくていいからさっさと服を着ろ」

「実は服を着たら死んでしまう病気なの」

 

 じゃあそのまま死ね、とは八幡は決して言わない。二人の病気の事があるからだ。

代わりに八幡は、アイにこう言った。

 

「その病気は俺が既に治しておいた、だから俺を信じるなら試しに服を着てみろ」

「うぬぬ、まさかそうくるとは……」

「いい加減諦めて、さっさと服を着ろ」

「はぁ……仕方ないわね、今日のところは私の負けにしておいてあげるわ」

「解放した瞬間にタオルをわざと落とすのは分かってるぞ、さっさと服を着ろ」

「………はぁ、右手だけ解放して頂戴、メニューから服を着るから」

 

 アイは本当に諦めたのか、そのままメニューを操作し、昨日と同じ格好に着替えた。

 

「まったく、お前もそろそろ他の芸風を身につけろよな」

「了解でありんすえ」

「その芸風はアスカ・エンパイアだからなのか?」

「そうでありんす」

「で、あるか」

 

 八幡も織田信長風にそう言い、二人は、じっと見つめあった後、ニヒルに笑った。

 

「それじゃあもうすぐ約束の時間だから、私達は行ってくるわ、パパ」

「お~い、誰の事だか分からないが、パパって奴、呼んでるぞ」

「それじゃあもうすぐ約束の時間だから、私達は行ってくるわ、八幡パパ」

 

 アイはすぐにそう言い直し、八幡は苦笑しながら言った。

 

「お前は本当にめげないよな……」

「今度は私達が寂しがらないうちに顔を出すのよ」

「出すのよ!」

「分かってるって、それじゃあアイ、ユウ、またな」

「うん、またね」

「ナユたんの事はボク達に任せてね」

「おう、頼むわ」

 

 そして八幡はログアウトした。ちなみに目を覚ましたのは、

詩乃達がいつもバイトの時に使っているモニタールームである。

そして目を覚ました八幡の視界に、見慣れた顔が飛び込んできた。

 

「ひゃっ」

「…………お前は一体何をやってるんだ?」

「な、何よ、別にあんたの寝顔を見てニヤニヤなんてしてなかったわよ」

「………そうか、お前、たった今まで俺の顔を見ながらニヤニヤしてたんだな」

 

 そう言われた詩乃は、愕然とした顔でこう言った。

 

「い、今否定したじゃない!」

「お前の場合はそれは否定じゃなく自白なんだっつ~の………」

 

 八幡はその返事を聞き、何だかなぁと呆れながら、

それでもストレートに詩乃に突っ込んだ。

 

「お前、実は馬鹿なのか……?」

「い、いきなり何よ、これでも学校の成績は最近凄くいいんだから!」

「地頭はいいって事なんだよな、やはりテンパった時におかしくなるんだな……」

 

 八幡はそう呟いたが、その時八幡のお腹が派手に鳴った。

 

「あら、随分空腹みたいね、今丁度休憩だし、社食にでも何か食べに行く?」

「そうだな、そうするか」

「それじゃあ行きましょう」

 

 そのまま二人は連れ立って、社員食堂へと向かった。

そこには丁度休憩していたのだろう、千佳と和人がいた。

 

「おっ、二人とも、今は休憩か?おい和人、仲町さんに迷惑をかけてないだろうな」

「かけてないよ!ちゃんと頑張ってるから!」

「あは、和人君には頑張ってもらってるから大丈夫だよ」

 

 千佳がそう言うのを聞いて、和人がニヤニヤしだしたのが、何かむかついたのか、

八幡は和人の肩に手を置き、ぎゅっと握り締めながら言った。

 

「仲町さん、こいつはこうして俺が抑えてるから、危害を加えられる事は絶対に無い。

安心して正直に教えてくれ、実際のところ、和人にはどのくらい迷惑をかけられたんだ?」

「人を犯罪者扱いすんなよ!」

「あはははは、本当に大丈夫だってば」

「そうか?まあそれなら今日のところは勘弁してやる、だが明日は許さん」

「意味が分からないけど、明日はバイトじゃないからな!」

 

 だが八幡はその和人の言葉を無視し、詩乃に言った。

 

「さて詩乃、食券を買いに行くか」

「オーケー」

 

 和人は一瞬呆然とした後に、顔を赤くしながら八幡に言った。

 

「む、無視するなよ!」

「もうお前には飽きたんだ、本当にすまん」

「やめろよ!そういうボケは突っ込むのに困るんだよ!」

「お前は俺といる時は、突っ込みばっかりだな、たまにはボケてもいいんだぞ」

「いつも八幡が先にボケちまうからだろ!」

 

 和人はハァハァと、荒い息を吐きながらそう言った。

 

「おいおい和人、血圧には気をつけろよ、詩乃、さっさと行こうぜ」

「あ、うん」

 

 そして詩乃は、和人の肩をぽんと叩きながら言った。

 

「和人君、ドンマイ」

「うがあああああ!」

「あはははははは、あはははははははは」

 

 和人はそのまま絶叫し、千佳は楽しそうに大笑いしたのだった。

 

 

 

「おい詩乃、おごってやるから好きなものを頼んでいいぞ」

「う~ん、でも時間が時間だし、私はホットコーヒーでいいわ」

「分かった、マックスコーヒーだな」

 

 そして八幡は詩乃の返答を待たずにボタンを押し、

詩乃は一瞬遅れてその事実に気がつき、慌てて八幡に言った。

 

「えっ?そ、そんな物がメニューにあるの?って、本当にある……」

「何だ、不満なのか?」

「う、ううん、別にそれはいいんだけど、ちょっと驚いただけ」

 

 まあ普通は驚くよなと思いつつ、八幡は詩乃に理由を説明する事にした。

 

「まあタネを明かすと、俺が飲みたいからという理由で、

強引にメニューに入れてもらったってだけなんだけどな」

「無駄に権力を使いまくりね……」

「ちなみにこれは、実は社食で一番多く出ている飲み物だったりする」

「本当に!?ど、どういう事?」

「うちは頭脳労働だからな、みんな甘い飲み物が飲みたくなるんだろ」

「ああ、脳の栄養うんぬんっていうアレね……」

 

 実際の答えは、それが八幡のお気に入りな為、

それをキッカケに八幡に話しかけてもらえるかもしれないと、

社員達が期待している為であった。

まあ実際脳が疲れた時に有効なのは間違いない為、何も問題は無いのだが。

 

「俺はモーニングセットだな、受け取ったらとりあえず和人達の所に戻るか」

 

 そして八幡は注文を終え、モーニングセットを受け取ると、

再び和人と千佳の前に、何事もなかったかのように腰掛け、こう言った。

 

「おい和人、仲町さんに迷惑はかけてないだろうな?」

「その話題、ループしてるからな!」

「何を言っているのか分からないが、迷惑をかけていないならそれでいい、

さて、俺は遅い朝食としゃれこむか」

「あ、あれ……?」

 

 和人はその八幡の反応に、何故か物足りなさを感じながらそう呟いた。

どうやら和人はそう感じるほど、突っ込み役が体に染み付いているらしい。

八幡だけではなく明日奈や雪乃、更には理事長辺りは確実にボケ属性を持つ為、

これからも和人のその技術は、磨かれていくのだろう。

 

 

 

「それじゃあ私達は仕事に戻るね」

「ああ、仲町さん、それじゃあ終わったら連絡してくれ、

確か今日は折本も来るんだよな?」

「うんそうなの、えっと、大丈夫だった?」

「ああ、問題ない、それじゃあまた夕方にな」

「うん、またね!」

「和人も頑張れよ」

「ああ、任せとけって」

 

 そして二人が去った後、詩乃も八幡にこう言った。

 

「それじゃあ私もバイトを再開するから、そろそろ行くわ」

「そうか、ちなみに今日は何をするんだ?」

「そこまでは聞いてないけど、志乃さんと茉莉さんが一緒よ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、八幡は固まった。

 

「いや、まさかな……だが確かにズブの素人のサンプルは欲しいはずだ……

まさか詩乃に空挺降下をさせるとは、アルゴ………あいつ鬼だな」

「ん、何をぶつぶつ言ってるの?」

「あ、いや、おい詩乃」

「何?」

「まあその、あれだ、バイトを再開する前に、トイレには絶対に行っておくんだぞ」

「い、いきなりセクハラしてくるんじゃないわよ、責任とらせるわよ!」

「いや、俺は純粋に心配してだな……」

「ああもう、分かったわよ、ちゃんと行くから!」

 

 そして詩乃は、プリプリ怒りながら去っていった。

ちなみに詩乃はこの後、八幡の忠告に従っておいて本当に良かったと、

VR空間の飛行機の中で、心の底から思う事になる。



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第513話 二つのレポート

 八幡は詩乃が去った後、開発室へと向かい、そこにいたアルゴに話しかけた。

 

「詩乃から聞いたぞ、お前も大概無茶な事をするよな……」

「大丈夫、痛いのは最初だけだゾ」

「痛かったらまずいだろ……即死確定コースじゃねえかよ」

「いやぁ、オレっちもこれはどうかなって思わないでもなかったんだけどな、

まあ詩乃っちなら優秀だからこれくらい平気かなって思いなおしてナ」

「まあ、平気といえば平気なんだろうけどな……」

 

 そう言いながら八幡は、モニターへと視線を走らせた。

そこにはリラックスしているように見える志乃と茉莉と、

明らかにテンパっている詩乃の姿が写し出されていた。

 

 

 

『あ、あのっ……』

『大丈夫大丈夫、気楽にいこうよ、飛ぶ順番は最後にしてあげるからさ』

『実は私達も空挺降下は初めてなのよ、だから安心してね』

『で、でもでもっ……』

『詩乃ちゃん大丈夫?やっぱり怖い?』

 

 ここで詩乃の負けず嫌いが作用したのか、画面の中の詩乃は、こう口走った。

 

『べ、別に全然怖くないお!全然平気だお!』

 

「何故ダルの口真似を……詩乃はこういう時まで強がらなくてもいいんだがなぁ……」

 

 明らかにビクビクしている詩乃を見て、八幡は呆れたようにそう言った。

 

『なら良かった、ほら、NPCが出てくるわよ、今回は号令だけかけてくれるみたいだから、

最後に飛ぶ朝田さんは、「反対扉、機内よし、お世話になりました」

って言ってから飛び降りてね』

『う、うん、分かった……』

 

 詩乃はこの時ほど自分の負けず嫌いさを呪った事は無かったと後に語ってくれた。

そしてC-1輸送機の扉が開き、NPCが登場してこう言った。

 

『コースよし!コースよし!用意用意用意!降下降下降下!』

 

「おおっ、リアルだな、アルゴ」

「訓練なんだから、細部までこだわらないとナ」

「ううむ、ちょっと興奮してきたぞ」

「ハー坊もやっぱり男の子なんだナ」

「空挺降下に興奮しない男がこの世に存在してたまるかよ」

「また極端な意見ヲ……」

 

 そして画面の中では志乃と茉莉がその声に応じ、出口から身を乗り出す所だった。

 

『それじゃあ先に行くね』

『下で待ってるわ、朝田さん』

 

 実はこの時二人とも、内心ビクビクしていたらしいのだが、

八幡が見た感じは、そんな気配はまったく感じなかった。さすがは本職といった所である。

そして二人は度胸よく輸送機の外へと飛び出していった。

 

『う、うう、ううううう………』

 

「実はここで飛ばないという選択肢もありなんだけどな」

「詩乃っちなら泣きながらでも、ちゃんと飛ぶんじゃないカ?」

「だなぁ……まあこっちとしては助かるんだが、何かちょっと申し訳ないな」

「まあハー坊が後で詩乃っちに、よく頑張ったなとか声を掛けてやれば問題ないだロ」

「………それだけでいいのか?」

「それ以上の事をしてやってもいいと思うが、その辺りはハー坊の好きにしろっテ」

「まあそれくらいならいくらでもだが、それは多分後日になるだろうな」

「ん、何でダ?」

 

 その会話の間に覚悟を決めたのか、詩乃はヤケになった表情でこう叫んだ。

 

『ハ、ハクサイとニラ、器量よし、オセアニアました!』

 

 まったく意味不明である。

 

「………ここは聞かなかった事にしておくか」

「オレっちも付き合うゾ」

「まあこれで詩乃の名誉は守られるな」

 

 そして詩乃は空中へと身を躍らせた。

 

『う、うわああああ、トイレに行っておいて本当に良かった、

八幡、文句を言ってごめんなさい!』

 

「……ハー坊もまあよくそこまで気がきくよナ」

「そのせいで、バイトの内容を知ってた事がバレちまうだろうから、

多分後で詩乃の奴、ものすごい顔でオレに突っかかってくるだろうな」

「まあ頑張れヨ」

「まあ余裕だ余裕、隠れてやりすごすからな」

「さっき言ってたのはそういう事かヨ……」

「俺は平和主義者なんでな」

「ものは言いようだナ」

 

 そして二人が見守る中、詩乃のパラシュートは見事に開いた。

 

「おっ、上手いじゃないか」

「ああ、あれは自動で開くようになってるんだゾ」

「そうなのか、それは楽でいいな」

 

 丁度そこに、ぞろぞろと、ダルを先頭に舞衣と紅莉栖が部屋に入ってきた。

 

「おっ、八幡、おはようだお」

「八幡さん、おはようございます!」

「あら八幡、おはよう」

「おう、三人ともおはようだな」

 

 そしてダルは、モニターを見て感心したように言った。

 

「わお、さすがは本職、初めてなのに堂々としてるんじゃない?」

「あれ、でも三人いますね」

「ああ、最後の一人な、あれ、詩乃なんだわ」

「えっ?」

「マジですか……」

 

 ダルと舞衣はそう聞かされて驚き、紅莉栖はきょとんとしながらこう尋ねてきた。

 

「これってスカイダイビングか何か?」

「空挺降下だ」

「空………え、嘘、本当に?」

「ああ、初めてなのに、詩乃の奴見事に飛びやがった」

「でも詩乃は、ALOでいつも空を飛んでるわよね?それなら楽勝なんじゃないの?」

「お前みたいにそうやって理論的に考えられる奴ばかりじゃないってこった、

お前の場合は頭で分かってれば体もついてくるが、

詩乃の場合は頭で分かってても、やっぱり体が竦んじまうんだろう」

「そう言われると確かにそうかもしれないわね」

「で、ダルと舞衣は分かるが、お前は今日はどうしてここに来たんだ?」

「これ」

 

 八幡にそう問われた紅莉栖は、分厚い紙の束をデスクへと投げ出した。

 

「これは……?ああ、レスキネン教授に関するレポートか」

「それにあなたの提案してきたアレのレポートもあるわよ」

「なるほどな、で、これがどうしたんだ?」

「これ、私はどこまで信じたらいいの?」

「そうだな……おい舞衣、部屋の入り口の鍵を閉めておいてくれ」

「了解!」

 

 舞衣は元気よくそう返事をすると、扉の鍵を閉めて戻ってきた。

 

「さて、お次はっと」

「教授の件については僕が説明するお」

「そうか、それじゃあ頼むわ」

 

 ダルは八幡に頷くと、紅莉栖の方に向き直って言った。

 

「残念ながら、全て事実だお」

「で、でも……」

「最初に僕は、教授に関する金の流れを調べたんだけど、

そこで定期的に多額のお金が教授の口座に振り込まれている事に気がついて、

それでその線からとある企業にたどり着いたんだお、

で、そこをハッキングして見つけた音声データがこれ」

 

 ダルはそう言ってPCを操作し、そこから複数の男による会話が流れ始めた。

 

『では、特に目立った動きは無いんだな?』

『今のところ、うちの優秀な愛弟子かラハ、

茅場製AIを手に入れたという報告しか来ていなイヨ』

『まだ現物は届いていないのか?』

『実はもうアマデウスには茅場製AIが使用されてるんだけドネ、

でもそれだけだよ、こちらからはアマデウスと会話は出来るけど、

そのプログラムには強力なプロテクトがかけられていテネ、

まったくアクセス出来ない状態なんだヨネ。

予定では先方が秋に来米した時に、提供してもらえる手はずになってるんだけドネ』

『そうか、それじゃあ引き続き何か目ぼしい情報が入ったら、こちらに報告してくれ、

こっちはあんたに高い金を払っているんだからな』

『もちろんダヨ、報酬分の働きはしてみせルヨ』

『いい情報が得られたら、被験者の提供についても力になれると思う』

『それは助かルネ、人体実験はどうしても必須だかラネ』

 

「と、いう訳で、どうやらあちらさんは、うちに興味津々らしい。

そしてレスキネン教授は、向こうのスパイというか、諜報員まがいの事をしているようだ。

そして今は、人体実験の可能性を探っているようだな」

「そ、そんな……でも今のは確かに教授の声……」

「で、今の会話内容を踏まえた上で、お前は教授をどうしたい?」

 

 紅莉栖は八幡にそう問われ、苦渋の表情をした。

 

「………私としては、まだまだ教授に教えて欲しい事が沢山あるし、

出来れば味方に引き入れたいと思う。人体実験については諦めてもらう」

「そうか、それじゃあ予定通りそうするか」

「よ、予定通り!?」

「ああ、予定通りだが何か問題があるか?」

「別に無いけど、じゃあ何で私にさっきの質問を?」

「お前が嫌がったら、予定を変更して教授は切るつもりだったからだが……」

「ああそっか、私に決めさせてくれたのね」

「そういう事だ」

 

 紅莉栖は八幡に感謝しつつも、不安だったのだろう、次にこう尋ねてきた。

 

「でも既に金銭の授受が成立してしまってる以上、

こちらの味方に引き込むのはかなり大変だと思うけど、どうするつもりなの?」

「もう一つのレポートをエサにするさ」

「エサ?確かにあれが実現したら、世界が変わると思うけど……」

 

 紅莉栖はそのレポートの内容を思い出しながらそう言った。

 

「お前はあのレポートを見てどう思ったんだ?」

「子供の作文ね、あれ、八幡が書いたんでしょう?」

 

 八幡は自覚があったのか、ニヤニヤしながら紅莉栖にこう返した。

 

「子供の作文で悪かったな」

「まあ文章の形式がそうってだけで、内容は実現性も高いし、かなり面白いと思うわ」

「レスキネン教授があれを見たらどうなると思う?」

「そうね、決して粗略には扱わないと思うわ、そしてあなたを質問攻めにするでしょうね」

「ならそれで問題ない、説得はこっちでどうにかするさ、

紅莉栖は秋の訪米までに、あのレポートをきちんとした形式のものに書き換えてくれ」

「ええ、分かったわ」

 

 そう言った八幡は、直後にある事に気がつき、慌てて紅莉栖にこう尋ねた。

 

「……というか、もしそうなった場合、お前と教授はアメリカにいるのは危ないか?」

「そうね、少なくとも日本にいるよりは危ないかもしれないわね」

「教授とお前をまとめてソレイユに引き抜く事は可能か?」

「私は構わないわよ、大学よりもこっちの方が研究環境は整っているしね、

教授はあんたの説得次第といった所かしら」

「まあ努力はするさ」

「まあもし失敗したら、アマデウスは私だけの研究という訳じゃないから、

アマデウス抜きでこっちの話を進める事になっちゃうんだけどね」

「それは困るから、最大限努力する」

「………あんたがそう言うと、簡単に実現しちゃいそうなのが困り物ね」

「俺はまったく困らないがな」

 

 そう言われた紅莉栖は、クスクス笑いながら、八幡にこう切り出した。

 

「それじゃあ困らないついでに、もう一人引き抜きたい人がいるんだけど」

「ん、誰だ?」

「比屋定真帆、日本人で、私の先輩よ」

「お前と同じ研究室にいるのか?」

「ええ、とても優秀で、とてもかわいい先輩よ」

 

 その言い方に違和感を覚えた八幡は、素直にその疑問を口に出した。

 

「先輩に対してその言い方はどうなんだ……」

「見れば分かるわ」

 

 紅莉栖は笑顔でそう言うばかりで、詳しい話をしようとはしなかった。

そして八幡は、それ以上の情報を引き出すのを諦め、紅莉栖に頷いた。

 

「………分かった、その線で話を進めよう、紅莉栖はレポートの作成、

ダルは専属で、例の企業の弱みを探ってくれ、出来れば脱税関係がベストだ、

もしくは政治家との黒い癒着でも何でもいいぞ」

「任されたお、というか実はもうそれっぽいファイルは見つけてあるんだよね」

「さすがはスーパーハカーだな、キョーマのフェイバリットライトアームだけの事はある」

「ハカー言うなって」

『八幡んんんんんんんんんんんんん!!!!!』

「うおっ」

 

 こうして話がまとまったと思われたその時、モニターの中から、

まるで八幡を呪詛するような声が聞こえ、八幡は慌ててモニターに目を向けた。

 

『よく考えたら、トイレに行っておけだなんて、

最初からこうなるって分かってたって事じゃない、

よくも黙ってたわね、絶対にとっちめてやるんだから!』

 

「やべ、詩乃の奴、ついに気付いてしまったか……」

「八幡、大丈夫なん?朝田氏ってばかなりキテる表情をしてるみたいだけど」

「俺はマンションに避難する事にする、

何かあったら直ぐに連絡してくれ、それじゃあまたな」

 

 八幡はそう言うと、脱兎の如く逃げ出した。

 

「早っ……」

「そんなに怖かったんだナ……」

 

 この日詩乃は、バイトが終わった後、結局八幡を見つけ出す事が出来ず、

コミケの日に絶対とっちめてやると誓いつつ、家へと帰る事になったのだった。



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第514話 和人の気遣い

ふう、何とか12時に間に合いました!


「八幡さん、八幡さん、そろそろ起きる時間ですよ」

「ん………おう、優里奈か、起こしてくれてありがとうな」

「いえいえ、こちらこそごちそうさまでした」

 

 優里奈は笑顔でそう言い、八幡は首を傾げた。

 

「……ん、何がだ?」

「いえ、寝顔がその、かわいかったので」

「ああ、そういう事か、俺はてっきり寝てる間に俺が突然動き出して、

お前に食事か何かを奢ったのかと………あれ」

 

 最初はそちらにばかり目を向けていた八幡は、この時優里奈の言葉の意味に気づき、

少し気まずそうな顔で優里奈にこう尋ねた。

 

「ええと……俺の寝顔、どこかおかしかったりしたか?」

「大丈夫ですよ、まったく普通でしたから」

「そ、そうか……」

 

 八幡は何ともいえない気分になったが、

優里奈に寝顔を見られるのはいつもの事だし、そのまま流す事にした。

優里奈は優里奈で、無防備に、とてもリラックスして寝ている八幡の顔を見て、

自分の事をそれだけ信頼してくれているのだと思って嬉しくなった事や、

少し寝汗をかいていた八幡の顔をそっとタオルでぬぐった事は黙っておいた。

八幡の寝顔をいつでも鑑賞出来る特権を、万が一にも手放す事は出来なかったからだ。

優里奈は今の自分の生活が充実しており、とても幸せだと感じていた為、

この生活を壊すような事は極力控え、更には一歩踏み込んで、

この生活を壊そうとする者とは、徹底的に戦う覚悟を決めていたのだった。

そんな事はそうそうあるものではないが、無いという保証はまったく無く、

往々にしてそういったトラブルは突然訪れる。

優里奈はその事をきちんと理解しており、細やかに神経を使い、

問題になりそうな事がないか、注意深く観察を続け、日々のチェックを怠らない。

この事が、この部屋を訪れる者達にとって、

常に快適な環境が維持されるという恩恵にもなっているのだった。

 

「そういえば、詩乃ちゃんが必死で八幡さんの事を探してましたよ」

「うぇ、ま、まさかここに来たのか?」

「いいえ、問い合わせがあっただけですけど、

八幡さんが寝る前に、詩乃ちゃんにここにいる事を教えるなって言われてましたから、

申し訳ないなと思いつつも、上手く誤魔化しておきました」

「そ、そうか、無理を言って悪かったな」

「いえ、詩乃ちゃんには後で謝っておきますから」

「そうしてくれ」

 

 そして八幡は時計を見て、あと一時間ほどで千佳とかおりの仕事も終わるなと考え、

出かける準備を先に済ませてしまう事にした。

 

「それじゃあ俺はちょっとシャワーを浴びて、夜出かける準備をしちまうわ」

「それじゃあ私は八幡さんがシャワーを浴びている間に、

洗濯物を回収して洗濯しちゃいますね、ついでに着替えも出しておきますから」

「いつもすまないな、宜しく頼む」

 

 その時八幡は、優里奈が後ろ手に洗濯カゴを手にしている事に気がついた。

 

「………優里奈、その手に持っているのは?」

「あ、今寝室で、志乃さんと茉莉さんが寝てて、その洗濯物です。

どうやら今日はかなり疲れたみたいで、

二人は八幡さんを起こさないようにそっとシャワーを浴びて、そのまま寝ちゃいました。

一体何があったのか、八幡さんはご存知ですか?」

「ああ、飛行機から何度も飛び降りたんだよ、空挺降下って奴だ」

「くうていこうか、ですか?」

 

 その子供のような優里奈の言い方を微笑ましく思った八幡は、

優里奈に空挺降下の説明をし、シャワーに向かおうとして、

たまたま優里奈の持つ洗濯カゴの中身を見てぎょっとした。

そこには特大サイズのブラがチラリと姿を覗かせており、

八幡は思わず口に出してこう言った。

 

「さ、さすがは栗林さんと言うべきか……」

「え?あ、もう、八幡さん、駄目ですよ」

 

 優里奈は洗濯カゴを後ろに隠し、子供を叱るような口調でそう言った。

 

「お、おう、すまん、ちょっとその大きさにびっくりしちまったもんでな」

「あ、えっとですね……これは志乃さんのじゃなくて、ええと……」

 

 優里奈はもじもじしながらそう言い、八幡はそれで、その持ち主が誰なのかを理解した。

 

「ま、まさかそれ、優里奈の…………なのか?」

「もう、八幡さんのえっち!」

 

 そう言って優里奈は八幡をぽかぽかと叩いた。八幡は慌てて優里奈に謝ると、

そのままシャワー室に駆け込もうとして、ある事に気がつき、再び止まった。

 

「え?あれ、ま、待てよ、って事は、俺の洗濯物と優里奈達の洗濯物を、一緒に洗うのか?」

 

 その問いに、優里奈は呆れた顔をしてこう答えた。

 

「今更ですか?ずっと前からそうですよ」

「まじか、いや、でもあいつらが嫌がったりしないのか?」

「むしろ一緒でいいって皆さん言ってますよ」

「そ、それじゃあ今寝てるあの二人は?」

「普段からそういう生活をしてるから、正直もう慣れてるからどうでもいいみたいです」

「ああ、言われてみれば確かにな……」

 

 そして八幡は、先ほど見た優里奈のブラと、自分の下着が並んで干してある光景を想像し、

ぶんぶんと頭を振ってその映像を消すと、何も考えないようにシャワー室へ消えていった。

 

「それじゃあちょっと行ってくる」

「はい、五分後くらいに洗濯物を取りに入って、代わりの着替えを置いておきますからね」

「いつも悪いな」

 

 八幡はこの時気づいていなかったが、そもそも八幡の下着は優里奈が管理している。

それは一緒に洗濯をする事よりもよほど大きな問題のはずなのだが、

八幡はその事にはもう慣れてしまっているのか、感覚が麻痺しているのか、

その事にはまったく気づかなかった。こういう所は抜けている八幡である。

 

 

 

「それじゃあ行ってくるわ、留守の事は任せたぞ、

今日は折本を家まで送ってそのまま家に帰るから、

あの二人が起きたらいい物でも食わせてやってくれ」

「はい、分かりました」

 

 そして八幡は再びソレイユへと向かい、優里奈は笑顔でそれを見送った。

端から見ると、まるで新婚夫婦のようなのだが、

明日奈が何も言わない事もあり、その事には誰も突っ込まなかった。

むしろ明日奈は優里奈をいいお手本として、

いずれ必ず来る八幡との新婚生活に備える事が出来ており、

今のところ、この関係は誰にとってもウィンウィンな状態となっているようだった。

 

 

 

「あっ、比企谷く~ん!」

「おう八幡、詩乃が凄い剣幕で八幡の事を探してたぞ」

 

 千佳と和人の二人が仕事をしている場所へと向かった八幡は、

和人にそう報告され、渋い顔をしてこう答えた。

 

「ああ、知ってる知ってる、とりあえず今度フォローしておくわ」

「何があったんだよ……」

「直接は俺のせいじゃない、ただ今日のバイトの内容を教えなかっただけだ」

「バイトの?今日のメニューは何だったんだ?」

「空挺降下だ」

 

 和人は咄嗟にそれが何か分からず考えて込んだが、

その言葉の意味を理解した瞬間に、驚いた顔で八幡に言った。

 

「くっ……空挺……?マ、マジで?」

「ああ、大マジだ、あいつ、Cー1輸送機から見事に飛び降りてたぞ」

「うはぁ、詩乃の奴、度胸があるなぁ……

でもそれを内緒にされてたのなら、八幡に文句の一つも言いたくなるわ……」

「でもあいつ、いつもアルゴには文句を言わないんだぞ、不公平だよな」

「比企谷君、女心ってのはそういうもんだよ」

「そ、そうか……」

 

 千佳にそう諭され、八幡は理不尽だと思いつつも、

そういうものなんだろうなと無理やり自分を納得させた。

 

「仲町さん、仕事の調子はどうだ?」

「後はこのフロアで終わりだから、もう少しかな、

それでその、また今日もお願いしてもいいかな?」

「ああ、もちろんだ、シャワールームは自由に使ってくれていい」

「うん、ありがとう!」

 

 やはり千佳も年頃の女の子なのである、今日はちゃんと着替えも持ってきており、

しかもいつもよりも気合いの入った準備をしてきていた。

八幡と和人はそのまま社食に向かい、雑談をしながら千佳が戻ってくるのを待っていた。

和人は、この後どうするかは決めておらず、

八幡に誘われればそのまま付いていくつもりだったのだが、

案の定八幡が誘ってきた為、そのまま行動を共にするつもりであった。

だが戻ってきた千佳の姿を見て、これは別行動をとった方がいいのではないかと考えた。

ちなみにいつもの和人は、こういう場合は別行動をとる。何故なら空気の読める男だからだ。

和人は千佳が、八幡と一緒の時間を楽しみにしている事を知っており、

普段千佳と一緒にいる事で、千佳がそのレベルで満足している事も知っていたので、

何か問題が発生するとも思えず、内心千佳が楽しい時間を過ごせればいいなと思ってもいた。

和人は、今日はかおりも一緒と聞いていたので、

逆に俺もいた方がバランスがとれていいかもしれないと思って残っていたのだが、

今日は多分、かおりとの兼ね合いで何かあるんだろうなと感じ、

八幡に断って帰ろうと席を立とうとした。だがそんな和人を千佳が視線で止めた。

 

(和人君、今日は残って)

(オッケー、事情は分からないがそうする)

 

 この辺りは何度もバイトで一緒に行動している事が幸いしたのだろう、

和人は千佳の視線の意味を正確に理解し、椅子から浮かせかけていた腰を戻した。

そして千佳の気合いの入ったおめかしっぷりを見た八幡は、おどおどしながら言った。

 

「あれ、仲町さん、今日は何というか、ええと、あ、あれだ、その服装、凄く似合ってるな。

あ、いや、普段が似合ってないとかそういう事じゃなく、

今日は特にって意味で言ったつもりなんだが」

「うん、ありがとう比企谷君」

 

 千佳はそんな八幡の姿を微笑ましく思いながら、素直にそうお礼を言った。

 

「さて、そろそろ折本の準備も整う頃だな、受付に顔を出しに行こう」

「うん、そうだね」

「そうするか」

 

 そして受付へと向かう道中で、和人はそっと千佳に尋ねた。

 

「仲町さん、今日は何かあるのか?」

「実はね、今日はかおりが、比企谷君に何とか名前で呼んでもらえるようになろうと、

頑張ってみるつもりらしいの、で、おめかししてくるみたいだから、

バランスをとろうと思って私もこんな格好をね」

「バランスねぇ……」

 

 その和人の言い方で、千佳は、あ、これは自分も便乗してそうしてもらおうとしてる事が、

和人に確実にバレてるなと感じた。

 

「じゃあ俺も頑張って二人を手伝うよ」

 

 千佳はその言葉にやっぱりなと思いつつも、少し赤い顔で、それでもとぼけながら、

和人に対してこうお礼を言った。

 

「うん、かおりの事、宜しくね」

「ああ、二人の為に出来るだけの事はするよ」

 

 千佳はそう言われ、赤くなって下を向き、

和人はそんな千佳にも心の中でエールを送ったのだった。

 

 

 

「折本」

「あ、比企谷、丁度ついさっき準備が出来たところだよ」

「そうか、それは丁度良かったな」

 

 そしてかおりと話していた受付の女の子が、かおりに何か囁き、

かおりは顔を赤くしながら、何か気合いを入れている姿が見え、

八幡は何だろうと思ったが、かおりの格好も、千佳と同じく気合いの入ったものだったので、

服装について、同僚に褒めてもらったんだろうかなどとのんきな事を考えながら、

先ほど千佳にしたのと同じように、かおりの服装を褒めた。

 

「今日は折本もおしゃれしてるんだな、凄く似合ってていいと思うぞ」

「うん、ありがとう!」

「って事は、地味なのは和人だけか」

「俺は普通だよ!というか俺を引き合いに出すなよ!」

「仕方ないだろう、他にいじる奴が周りにいないんだから」

「くっ……ま、まあいいや、さっさと行こうぜ八幡」

「そうだな、それじゃあ行くか」

 

 こうしてかおりと千佳の決意を秘めた戦いが始まったのだが、

結果的にはその決意は空回りする事となる。



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第515話 また明日ね

「今日はここにしようと思う」

「なるほど、鰻か……」

「ああ、暑いからちょっとでも元気になってもらおうと思ってな」

「あたし、鰻って大好物なんだよね、でも食べるのは久しぶりかも」

「そういえば最近食べてなかったなぁ」

 

 八幡のチョイスは、三人に好意的に迎えられた。

ちなみに今日のチョイスは千佳の好みをリサーチした結果である。

 

「すみません、予約してあった比企谷ですが」

「あ、はい、ようこそいらっしゃいました、こちらへどうぞ」

 

 その店は、カウンターの脇にテーブルがあるタイプの店ではあったが、

別に個室も用意されているようで、四人はそちらへと案内された。

だが心憎い事に、個室の方にも鰻のいい香りが漂ってくる作りとなっており、

千佳はお腹が鳴りそうになるのを、女の意地で抑えていた。

 

「さて、それじゃあ好きな物を注文してくれ」

「あ、うん、メニューメニューっと」

「それじゃああたしも遠慮なく………って、これ……」

「ん、どうかしたか?」

「ううん、何でもないよねかおり、ほら、待てだよ、待て」

「千佳、私を犬扱いしないで!」

 

 そんな二人を見て、八幡は面白そうに笑った。

 

「そんなにそわそわしなくても鰻は逃げないぞ、まあゆっくり決めるといい」

「う、うん、そうさせてもらうね」

「その前に俺はちょっとトイレに……」

「う、うん、行ってらっしゃい」

 

 そして八幡がいないうちに、三人は円卓会議を始めた。

もっとのここのテーブルは円卓ではないのだが。

 

「かおり、比企谷君と月一で食事をしてきた先輩からのアドバイスよ、

比企谷君とこういったお出かけをした場合は、値段の欄は決して見ない事、

それが精神衛生的にもっともかしこい選択よ」

「わ、分かりました先輩……」

「俺からも忠告だ、下手に気を遣って安い物を注文すると、

逆にあいつが気を遣って、こっちの方がいいんじゃないかとか言ってくる事が多い、

代わりがない物なら大丈夫だが、そうじゃない場合、黙って一番高い物を選択するといい」

「う、うん、ありがとう和人君……」

 

 そこで和人は何かに気がついたように、あれっという顔で首を傾げた。

 

「………なぁ、二人は今日、八幡に名前で呼んでもらえるようになろうとしてるんだよな?

で、出来れば自分達もあいつの事を名前で呼びたいと……」

「あ、うん、そ、そうだね」

「それがどうかしたの?」

「何で俺の事は名前で呼んでるんだ?……いつからだっけ?」

「あ、あれ?」

「そういえば……」

 

 二人も首を傾げ、和人とどうやって出会ったのか思い出そうとした。

そして千佳がある事に気がついた。

 

「最初は確かに桐ヶ谷君って呼んでたと思うんだよね」

「確かにそのはずなんだよな」

「多分だけど、比企谷君と和人君って、ソレイユだと基本セットじゃない?、

で、比企谷君は常に和人って呼んでるから、

長く同席していると、桐ヶ谷君って呼び続けるのって難しくない?

どうしても他人の影響を受けるから、うっかり移っちゃったり……」

「あ、それある!」

「言われてみれば確かにそうだな」

「なるほどね、それで知らないうちにって事ね、ウケるし」

「でもさ、だったらかおりは何で他人の影響を受けてないのかな?」

 

 その当然の疑問に、かおりはこう答えた。

 

「ほら、受付にいるとさ、比企谷の事を名前で呼ぶ人より、苗字で呼ぶ人の方が多いんだよ、

で、会社の他の人も、私の事は基本折本さんって呼ぶから、その例だとまあ、そういう事」

 

 そしてかおりは直後に、二人に聞こえない音量でボソリと呟いた。

 

(もちろん中学の頃の苦い思い出のせいで、あたしが萎縮しちゃうってのもあると思うけど)

 

「ああ、逆にそうなのか、なるほどなるほど」

「この環境は、自分じゃどうしようもないのよね、なので今日は覚悟を決めないと」

 

 かおりはそう言って気合いを入れ直した。そして和人は二人に言った。

 

「そしたら俺も、八幡が二人の呼び方を変えた後は、

それに習って呼び方を変えた方がいいのかな」

「あ~、そうかもね」

「私達が名前で呼んでるんだから、確かに今のままだと変だよねぇ」

「でも何て呼べばいいんだろうか」

「そのまんま、かおりと千佳でいいんじゃない?」

 

 そう提案された和人は、迷うような表情でこう言った。

 

「それでもいいんだけど、実は俺、二人より一つ年下なんだよな……」

「あ、そうだったんだ」

「それじゃあ慣れるまでは、適当にさんとかちゃんとか付ければいいよ、

付けても付けなくても、あたし達はそこまで細かく気にしたりしないけどね」

「だね、それがいいと思う」

「それじゃあそうさせてもらうか、とりあえず今日は頑張って二人の事を名前で呼んでみて、

それで八幡を上手く釣ってみる努力をしてみるよ」

「本当に?ありがとう!」

「それは効果が期待出来るかもしれないね」

 

 三人の話はそれでまとまり、話は元に戻った。

 

「それで注文の話だけど」

「そうだったそうだった、という訳で俺は、何も考えずに特上を頼む事にする」

「あ、それじゃあ私も……」

「あたしもそうする、あまり考える余地も無いしね」

 

 三人はそう決断し、八幡が戻ってくると、三人とも同じ物にすると伝えた。

 

「そうか、それじゃあ俺もそうするか」

 

 そして八幡が注文を済ませ、四人は料理が来るまで雑談に移った。

 

「そういえば仲町さん、お店の経営の方は最近どうなんだ?」

「うん、経営は順調だよ、今は私が店長だから、ある程度好きに出来るしね」

「えっ、千佳、そうだったの?」

「凄いな千佳さん」

「ふふん、ソレイユの仕事を請けた時の功績で、出世しました!」

 

 和人はそこで初めて試しに千佳を名前で呼び、密かに八幡の様子を観察したが、

八幡は何の反応も示さなかった。

 

(気づいてないのか、あるいは気にしてないのかよく分からないな)

 

 当然他の二人もその事に気付き、期待のこもった目で八幡の方を見たのだが、

八幡は何の反応も示さずに、かおりに向かって言った。

 

「そういえば仲町さんの好みに合わせてこの店を選んでみたんだが、

折本は鰻は平気だったのか?」

 

 かおりは内心ガッカリしつつも、笑顔で八幡に答えた。

 

「うん、平気平気、むしろ大好物だし」

「そうか、それなら良かった、ちなみに和人は嫌いな物でも黙って食えよ」

「その扱いの差は何だよ!たまには俺にも気を遣えよ!」

「気を遣っているからこそ誘ってやったんじゃないか」

「そ、それはそうかもだけど……」

 

 そして八幡は、ニヤニヤしながら和人に言った。

 

「という訳でピーマンでも追加で頼むか?」

「何でお前は俺の嫌いな物を知ってるんだよ!」

「直葉から教えてもらった。ああそうか、もしくは鯖の味噌煮でもいいぞ」

「それもスグに聞いたのか?」

「いや、里香に聞いた」

「俺の周りは敵ばっかかよ!」

「好き嫌いを無くして欲しいという、あいつらの愛に対して、ひどい事を言うんだなお前は」

「ぐっ、畜生、口じゃ八幡には敵わない……」

 

 かおりと千佳はその会話に爆笑し、丁度その時注文の品が運ばれてきた。

 

「さて、それじゃあ頂くとするか」

「うわぁ、美味しそうだね」

「いただきます!」

「いただきます」

「ってこれ美味しい!」

「やばい、やばいって」

「細胞の一つ一つが歓喜の声を上げているね!」

「大げさだな、グルメ番組じゃないんだから……」

 

 八幡は呆れながらも、三人が嬉しそうなのを見て心を和ませた。

そして食後のお茶を飲みながら、とりとめのない話をしていた四人であったが、

かおりは八幡の事を名前で呼ぶキッカケが中々掴めずに焦っていた。

 

(ど、どうしよう千佳)

(何かそれっぽい話題でもあればねぇ)

 

 二人は目でそう会話をしながら、和人に期待のこもった目を向けた。

和人はこの時ばかりは空気を読まない事にし、

チャンスがあればガンガン突っ込もうと密かに心に誓っていた。

そのチャンスとは、要するに八幡が二人のうちどちらかの苗字を呼ぶ事だったのだが、

八幡は今は三人全員に向かって何となく話題を振っているだけであり、

名前を呼ぶような特定の話題はまったく出てこなかった。

 

(こうなったら仕方がない、もしかしたら八幡だけじゃなく、二人も嫌がるかもしれないが、

禁断の中学もしくは高校の時の話題を振るしかないか……)

 

 和人はそう決意し、思い切って八幡にこう言った。

 

「そういえば八幡はかおりさんとは中学から一緒だったんだよな、

千佳さんはかおりさんとは高校からなんだっけ?」

「ん?ああ、そうだな」

「うん、そうだね」

「懐かしいなぁ」

「他に中学高校からの友達で今も続いてる人っているのか?

俺は正直ほとんどいないんだよな……」

「和人はまあ、事情が特殊だからなぁ、和人の場合は、そういった関係の友達は、

俺や明日奈や里香、それに珪子がそれに該当する事になるんじゃないか」

「あ、確かにそうかもな、二人は他に誰かいるのか?」

 

 そう話を振られた二人は、顔を見合わせながら言った。

 

「う~ん、高校に関していえば、浅い関係の人ばっかりかもね」

「かおりは目立つ分敵も多かったしね」

「表だって敵対とかはしてなかったけど、基本あたし達は二人で行動してたかなぁ」

「じゃあ噂に聞いたクリスマス会の時とか、千佳さんは少し寂しかったんじゃないのか?

ほら、例の八幡と偶然再会したっていうあの」

「ああ、あの時はそうだねぇ、かおりは一度興味を引かれるとそっちに突っ走っちゃうし、

その頃は確かに一人でいる事の方が多かったかも」

「あの時の折本は中学の時からまったく変わってなかったな、

それある!とか、それいける!とか、ウケるしとかの折本語ばかり使ってたしな」

「ま、真似しないでよ!」

「正直あの時は、そのせいで随分苦労させられたからな……」

 

 その瞬間に、和人が即座に突っ込んだ。

 

「折本語って語呂が悪いな、それを言うならかおり語の方が聞こえがいいんじゃないか」

 

 その凄まじく強引で力技な突っ込みに、千佳も乗った。

 

「そうだね、確かに長すぎて言いにくいよね」

 

 そして二人は八幡の方をじっと見つめた。それに対して八幡は、あっさりとこう言った。

 

「ん、ああ、確かにそうだな、それじゃあかおり語と言いなおすか」

 

 こうして八幡の口から、初めてかおりという言葉が発せられた。

 

「かおり語って何よ!別に普通の言葉じゃない!」

「使いどころの問題だ、お前ちょっと難しくて理解しにくい言葉に対しては、

全部そう言っとけば問題ないって感じで連呼してただろ」

「う………」

 

(惜しい!)

(お前、だったかぁ)

 

 八幡が流れでかおりと呼びかける事を期待していた二人は、

その言葉を聞いて残念に思った。

 

(もうこうなったらかおりに八幡って呼ばせるしか)

(そうだそうだ、この流れならいける、いけいけ!)

 

 二人はかおりにそんな期待のこもった視線を向け、

かおりは深呼吸をすると、決意のこもった目で八幡に言った。

 

「し、仕方ないじゃない、シナジーとかコンセンサスとかイニシアティブとか、

玉縄君だけじゃなくは、は、は、は……」

「お、おい大丈夫か、くしゃみでも出るのか?」

 

 八幡はそう言ってバッグの中からティッシュを取り出そうと下を向いた。

その瞬間に八幡からの視線が無くなった事でプレッシャーが消え、

勇気が出たかおりは、そのまま一気にこう言う事が出来た。

 

「八幡の言った事も、難しすぎてまったく意味不明だったんだから!」

 

(おお)

(つ、ついに言ったね!)

 

 二人は感動し、八幡の反応を見ようとそちらに目を向けた。

だが八幡はごそごそとバッグの中を漁っていたかと思うと、

すぐに顔を上げ、かおりにティッシュを差し出しながら、あっさりとこう口に出した。

 

「あれはかおりが悪い、分からない事はすぐに他人に聞かないとな」

 

(い、言ったぁ!)

(やった!)

 

 だがその後も、八幡は何の疑問そうな顔も、特に何か気負った様子もなく、

淡々とかおりの事をかおりと呼び続けた。

 

「そもそもあいつら、意味不明すぎたからな、その点ではかおりに同情する気持ちもある。

あんな会議に参加させられて、さぞ辛かっただろうなと想像も出来る」

「そ、それはまあ……」

「今思えば、あの時俺に質問してくれていれば、

かおりを介してあいつらに影響力を発揮出来る事も出来たかもしれないな、

もしくは俺からかおりに接触するとか、別のやりようはあったかもしれない、

そこは俺としても反省すべき点だと思う」

「ちょ、ちょっと待ってちょっと待って!」

「そ、そうだよ八幡、お前さっきからさ……」

「ん、二人ともどうかしたか?」

 

 千佳と和人が驚いて会話を遮り、八幡は首を傾げながら二人にそう返事をした。

そしてかおりが体を前に乗り出し、八幡にこう尋ねた。

 

「ね、ねぇ、今あたしの事、普通に名前で呼んでたよね?」

「ん、ああ、そうだがそれがどうかしたか?」

「で、でも今までは頑なに折本って……」

「ああ、その事か」

 

 八幡はその言葉に頷くと、三人に説明を始めた。

 

「そもそも俺自身は、目上の人相手ならともかく、

自分の事は名前で呼んでもらった方が楽なんだよ、これは昔和人にも説明したっけか?」

「あ、ああ、確かにSAOじゃ、常に誰もが八幡の事はハチマンって呼んでたしな」

「だがかおりの場合は中学からの流れもあって、

俺だけがかおりと呼ぶのは不自然な気がしてな、

だからとりあえずかおりに合わせる事にしてたんだよ、

だから比企谷と呼ばれれば折本と返し、八幡と呼ばれればかおりと返す、

ってな訳なんだが、それがどうかしたのか?もしかして迷惑だったか?」

 

 三人はその言葉に絶句した。それでは要するに………

 

「って事は、気にしてたのはあたしだけ!?」

「気にしてたって、何がだ?」

「そ、その、あたしの事だけずっと苗字で呼んでたから……」

「確かに中学の頃からずっとそうだったから、そういう気持ちもあってそのままにしてたが、

別にそれにこだわりがあった訳じゃないからな」

「そ、そんなぁ……それじゃあ私の今日の決意は……」

 

 かおりはその場に崩れ落ち、代わりに千佳が前に出た。

 

「えっと、じゃあ八幡君、私の事は?」

「かおりだけ苗字で呼んで、千佳さんだけ名前呼びってのは変だからな、

それに合わせてただけだ、俺としては千佳さん、もしくは千佳と呼ぶ方が楽なんだけどな」

「こ、これからはずっと千佳でいいよ、八幡君!」

 

 千佳は身を前に乗り出してそう言った。

 

「そうか?それじゃあそうさせてもらうが……」

「うん、是非それでお願い!ほらかおり、かおりも早く復活して!」

「え?あ、う、うん、あたしの事も、もうこれからは名前で呼び捨てにしてくれていいよ」

「そうか、それは楽でいいな、それじゃあそうさせてもらうわ」

 

 こうしてあっさりと、二人は目的を達成した。

結局八幡は相手に合わせていたにすぎず、

今回の問題は、結局かおりが勇気を出せなかったせいだと判明した。

それによってかおりは、自分の今までの悩みは何だったのかと盛大に落ち込む事となった。

 

 

 

「それじゃあ俺は自分のバイクで帰るぞ、良かったな二人とも」

「和人君、今日は本当にごめんね……」

「まあドンマイだ、かおり」

「うん……」

「ま、まあ俺も悪かったから、あまり気に病むなよかおり」

 

 八幡は事情を聞いて気まずそうにそう言い、

自分の車で帰る千佳をかおりと二人で見送った後、

かおりを家まで送る途中の車の中で、かおりにこう話しかけた。

 

「どうだ、ちょっとは落ち着いたか?」

「う、うん、ごめんね、ちょっと気が抜けちゃってさ」

「まあ俺も悪かったんだ、気にするな」

「そうは言ってもね……あ、うちここだから……って、あれ?何でうちの場所を……」

「悪い、実は俺と親しい奴らの家の場所は、基本キットに登録してあるんだよ、

いつ家に送らないといけないような事があってもいいようにな」

「あ、そうだったんだ、さすがそういう所、八幡は気を遣うよね」

「性分なんだ、仕方がないだろ」

「仕方ない、うん、仕方ないよね、今回もドジっちゃったけど、

これがあたしなんだから、上手に自分と付き合っていかないとね」

「おう、その意気だ」

 

 そしてかおりはキットを降りると、万感の思いを込めて、

今まで言えなかった八幡の名前を呼びながらこう言った。

 

「それじゃあ八幡、また明日ね」



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第516話 そのお針子の名は

すみません、今思いっきり風邪でダウン中でして、
何とか今日の話は短いながらも書き上げましたが、
まだこの先を書く体力が無いので、治るまでしばらくお休みしたいと思います。
楽しみにして下さってる方々には本当に申し訳なく思いますが、
どうぞ宜しくお願いしますorz


 ここに一人の少女がいる。彼女は元々苦学生であったが、

高校を卒業と同時に、趣味の裁縫で作った服をツイッターに投稿したところ、

それがとあるコスプレイヤーの目にとまり、その依頼でコスプレ衣装を製作する事となった。

その服が三年前のコミケで大反響を呼び、製作要望が殺到した結果、

いつしか彼女はコスプレ衣装の受注製作を専門に行う、知る人ぞ知る職人となっていた。

そんな彼女は大学四年になった為、受注分の製作を終えた後、

衣装の製作を一時休業し、今は学業に専念していた。

そんな彼女の所に一通のメールが届いた。高校時代の同級生からである。

 

「だから衣装作りはしばらくやらないって言ってるでしょうが……」

 

 衣装製作を依頼するそのメールを、その少女はそのままスルーしようとし、

写真が添付されている事に気がついた。

 

「これは……?この衣装を作れと……?」

 

 その写真は、とあるイラストを撮影した物だったのだが、

そのモデルとなっている男性に、彼女は見覚えがあった。

 

「そう、もう夏休みに入った事だし、

少しくらいなら息抜きのつもりで作ってあげてもいいかな、

それにあいつに会えるかもだし」

 

 実は彼女は、会おうと思えばいつでもその彼に会えるのだが、

その性格上どうしても素直になれない為、ずっとその彼に連絡する事が出来ないでおり、

こうして偶然に頼るくらいしか、その望みを叶える手段を持たないのであった。

 

「よし、運を天に任せて行ってみようか、どうせこのままだと、

下手をするとあいつに一生会えない可能性もあるんだし。

まあ同窓会が企画されてるみたいだから、それに行く手もあるけど、

そこにあいつが来るかどうかなんて分からないしね」

 

 そう言ってその少女は、友人に連絡をとった。

 

「メールを見たんだけど、この話、やってもいいよ」

 

 こうしてその少女、川崎沙希は、まんまと海老名姫菜の罠にはまったのであった。

 

 

 

 指定されたマンションに着いた沙希は、インターホンを押した。

沙希は両肩に大きめのバッグを下げ、その中には中々の自信作だと自負している、

送られてきた通りのデザインで製作した衣装が入っていた。

 

「あいつがALOをやっているのは知ってるけど、

まさかそれに似た衣装を私が作る事になるなんてね……」

 

 そう呟いた時、丁度部屋のドアが開き、中から見知った少女が顔を覗かせた。

 

「あっ、サキサキ!」

「サキサキ言うな、って、何で由比ヶ浜がここに?」

「えっと、このところずっと手伝いに来てるんだ」

「なるほど、そういう事」

 

 沙希はその言葉に、それだけ売れてるって事なんだろうなと素直に感心した。

ちなみに沙希は、姫菜がどんな作品を書いているのかまったく知らない。

 

「それじゃあ入らせてもらうわ」

「うん、入って入って」

 

 そして部屋の中に入った沙希は、そこに天敵の姿を見つけ、思わず身構えた。

その相手とは、もちろん三浦優美子である。

それで沙希の好戦性が刺激されたのか、沙希は目に力を込め、優美子をじろっと睨んだ。

要するにガンをとばしたのである。だが優美子はそれには応じず、

まるで憐れむような視線を沙希に向け、こう言った。

 

「サキサキ、来ちゃったんだ」

「あんたまでサキサキ言うな、っていうかあんた、随分丸くなったんじゃない?」

「そう?あ~しにはよくわからないけど」

「変わらないのはその一人称くらいね、何だか懐かしい」

「あ~しからすると、サキサキも丸くなったと思う」

「だからサキサキ言うな」

 

 そして沙希は、気になっていた事を優美子に尋ねた。

 

「ねぇ、さっきのあんたの目付きの意味が気になるんだけど」

「その前に、ねぇサキサキ、あんた、姫菜がどんな本を書いてるか知ってるの?」

 

 沙希はもう突っ込むのに疲れたのか、サキサキというその呼び方をスルーした。

 

「それくらい知ってるわよ、同人誌って奴でしょ?」

「あ~しは内容について聞いてるんだけど」

「………そういえば知らないわね」

「そう……」

 

 そして優美子は、一冊の本を沙希に渡した。

 

「これがその本なの?」

「ええそうよ」

「ふ~ん」

 

 そして沙希はパラパラとその本をめくり、とあるページでピタッと止まった。

その後の沙希の顔は見物だった。最初はギョッとした表情になったかと思うと、

次には顔を赤くし、最後には顔が青くなった。

 

「な、な、な………」

「どう?理解した?」

「こ、これって……」

「ええ、姫菜の趣味は昔からそんな感じ、高校の時気付かなかった?」

「そ、そういえば妙に男同士の友情に拘っていたような……」

「まあそういう事」

「か、帰る!」

 

 沙希は慌ててこの場を逃げ出そうと、くるりと振り向き、ピタリと止まった。

そこには買い物袋を下げた姫菜が、ニコニコしながら立っており、

沙希はビクッとしたかと思うと、姫菜に抗議した。

 

「ちょ、ちょっとあんた、これはどういう……」

「サキサキ、もう完成させてくれたんだ、本当にありがとね」

「いや、それは仕事だから……」

「うん、仕事だよね、サキサキは途中で仕事を投げ出したりするような人じゃないよね」

「そ、それは……」

 

 沙希はその姫菜からのプレッシャーに気圧され、一歩後ろへと下がった。

 

「サキサキ、腐海のプリンセスの館へようこそ」

「サキサキ、逃げたりしないよね?」

「サキサキ、もうあーしら一蓮托生だし、被害者は多い方が被害が分散するし」

「ちょ、ちょっと」

「それじゃあ早速持ってきた服に着替えてみよっか、

サキサキ、細かい所の直しとかお願いね」

「う……うぅ……うああぁぁ……」

 

 こうして沙希は、逃げ出す事も出来ずに部屋の一番隅に追い詰められ、

渋々ながらも姫菜達の手伝いをする事を承諾した。

 

「言っておくけど、本の内容には一切関わらないからね」

「分かってるって、衣装を作ってくれただけで十分だよ」

「当日も行かないわよ」

「でもそうすると、ヒッキーに会えないよ?サキサキ」

「………あいつも来るの?」

「ソレイユの企業ブースにいるはずだよ、設営だけ手伝ってくれれば、

後は好きにしていいから会いにいってみれば?」

「………………別に興味ないけど、まあ手伝うくらいなら」

 

 こうして沙希は、どんどん絡めとられていった。そして試着が始まり、

沙希は自分の作った服を着るのが結衣と優美子だと知って、あんぐりと口を開けた。

 

「あ、あんた達がこれを着るの?」

「うん、正直どうかなって思うんだけど、さすがに本人には頼めないしねぇ……」

「そう」

 

 そう色々と諦めた口調で言った沙希は、おもむろに裁縫道具を取り出した。

 

「え、着る前からいきなり?」

「当たり前でしょ、あんたの胸で、この衣装がすんなり着れるとでも思ってるの?」

「あ、あは……なんかごめんなさい」

「あ、三浦は大丈夫だから」

「一言多いし!」

 

 沙希は二人の前で、見事な手並みで色々調整をしていった。

 

「うわ、手付きが凄いね……」

「昔から器用だと思ってたけど」

「まあ裁縫は好きだからね、学費の足しにもなるし、

趣味と実益が両立してるから、まあ助かってるかな」

「凄いねぇ」

「将来はどうするの?」

「まだそこまで深く考えてはいないけど、服のデザインも含めて、

こういう事は続けていきたいと思ってるわ」

「そっかぁ、頑張って、サキサキ」

「ええ、なのでこういう気が進まない仕事でもちゃんとやるわよ」

「………まあ気が進まないよね」

「あんたらも、変な友達を持つと大変だね」

「それ、思いっきりブーメランだからね、サキサキ」

 

 何だかんだ、仲良しな三人である。

丁度そこに、五人目の人物が奥の仕事場からのそりと姿を現した。梨紗である。

 

「あっ、あなたがサキサキさん?どうもどうも、初めまして、

姫菜ちゃんの相方の、葵梨紗だよ」

「どうも」

「うわ、スラッとして格好いいね、

もし良かったら、性転換して私達の作品に登場してみない?」

「あ、あは………」

 

 沙希は、やはり類は友を呼ぶのだなと納得し、苦笑する事しか出来なかった。

こうして腐海陣営の準備も、着々と進んでいく事となる。



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第517話 五人目

熱はある程度下がりましたが、喉が駄目なので咳をする度に熱っぽい感じになる状況です、復調まではもう少しかかりそうですが、量を減らしてちょっとずつ書いていきますので、次の投稿は27日木曜を予定しております、申し訳ありませんorz


 一方未来ガジェット研究所のラボに集まる女子高生チームであるが、

こちらは衣装の決定に悪戦苦闘していた。

 

「一応まだ仮縫いの段階だけど、どうかな?」

 

 まゆりが様子を伺うように、そう尋ねてきた。

 

「う~ん、フェイリス的には、まだまだ攻められる気がするニャ」

「えっ、わ、私としては、これでも攻めすぎな気がするんだけど……」

「クーニャンは甘いニャ、ここはコスプレ一級鑑定士のダルニャンの意見を聞くのニャ」

 

 そして衝立の向こうにいたダルが呼び出された。

どうやらダルが覗いたりする可能性は誰も考えていないらしい。

こういう所は信頼度の高い変態紳士である。そしてダルは大真面目な顔でこう論評した。

 

「別にいいんじゃない?かなりレベル高いと思うお」

「う~ん……」

「フェイリスたん、何か気になるの?」

「今回は相手が相手だからニャ……」

 

 そして詩乃が、フェイリスの危惧を代弁してダルにこう質問した。

 

「要するにこういう事ね、ねぇダル君、

今の私達を、例えばいろはさんはクルスさんと比べたとして、

ダル君が心惹かれるのはどっち?」

「それはもちろんいろはたんとクルスたんだお」

「やっぱり……」

「あっ、そう考えると確かに何かが足りない気はするかも」

「何が足りないのかしらね、露出はそこまで変わらないと思うんだけど」

 

 ダルはそう問われ、少し考えた後にこう答えた。

 

「それはやっぱりプロ意識だと思うお、あっちのメンバーは何というか、

人に見られる事に慣れている人が大半だけど、

こっちはフェイリスたんはそれなりに場数を踏んでいるとは思うけど、

メイクイーンもやっぱりそこそこ閉じたコミュニティのカテゴリーだし、

常に他人の目を意識して動いてるいろはたんとか、

時には広報として表に出る薔薇たんや、色々なイベントに参加して、

賞をとった事もあるらしい由季さんと比べるとちょっとねぇ」

「何故由季さんだけさん付けなのかはこの際置いておいて、

確かにそう言われるとそうかもしれないわね、

私なんか外との接点は、雑誌のインタビューとかだけだし」

 

 紅莉栖はその言葉にあっさりと同意した。

 

「私もそもそも他人と話すようになったのは最近だし……」

「私も社交的な方だとは思うけど、基本学校内での事だから、

不特定多数の人相手ってなるとどうだろうね」

 

 詩乃と椎奈の感想はそんな感じであった。

 

「それだけじゃなく、敵の精神状態を語る上で、外せない要素が他にもあるニャね、

これがあるのと無いのとでは、テンションがまったく違ってくるはずなのニャ」

「そんなに大事な要素が他にあったかしらね」

「分からないかニャ?八幡の目ニャ」

「あっ」

「確かに……」

「打ち合わせや練習段階で、あの八幡のけだもののような目でなめまわすように見られたら、

もうそれだけで妊娠確実なくらいテンションが爆上げニャ!」

 

 そのフェイリスの言葉に、紅莉栖以外の二人はうんうんと頷いたが、

当然八幡にそんな特殊能力は備わっていない。

仕事として見学してはいるものの、別にけだもののような目はしていないし、

なめまわすようにじろじろと見てもいない、とんだ風評被害である。

 

「つーかさ」

 

 ダルはおかしな方向に進んだ議論をまともな方向に戻そうと、

一つの問題点を提示する事にしたようだ。

 

「そもそも頭数が足りなくない?」

「ダルニャンのその意見はよく分かるのニャ、

でも八幡の周りで当日フリーの高校生となると、この四人くらいしかいないのニャ」

「なるほど……あっ、そういえば……」

 

 その言葉でダルは何か思いついたようだ。

 

「そういえば、前に聞いた事があるんだけど、

八幡の母校の部活に、美少女の後輩がいるって」

「そうなの?」

「その子を何とかスカウト出来ないかな?」

「でも伝手が……」

「それならクラインさん経由でサイレントさんに頼めばいけるかも、

確か八幡の恩師のはずだし」

「それニャ!」

「よし、思いついたら即行動あるのみ!」

 

 詩乃は自らの提案を実現すべく、即座にクラインに連絡し、

クラインは保証は出来ないが、話だけは伝えると約束してくれた。

予想に反してすぐに連絡があり、今日は夏休みながら静が学校におり、

たまたまその女生徒が夏期講習で登校しているとの事で、

幸運にも直ぐにアポをとる事が出来た。

 

「という訳で、いざ総武高校へ突撃よ!」

「「「おー!」」」

 

 まゆりとダルを留守番として残し、四人はその日の午後、

八幡の母校である総武高校へと向かう事となった。

ちなみに目印とされたのはフェイリスのネコ耳メイド服だった為、

四人は問題なく静と合流する事が出来た。

 

「君達と現実で会うのは初めてだね、夜野君だけは本当に初めましてだが、

とにかく総武高校へようこそ」

「うわぁ、静先生って大人って感じで素敵ですね」

「綺麗ニャ……」

「ふふっ、昔はそう言われると、婚期について考えてしまって落ち込みもしたものだが、

私ももうすぐ結婚する身だし、今は素直にそう言ってもらえて嬉しいと思うよ」

 

 そして詩乃が代表してお礼を言い、三人もそれに合わせて静に頭を下げた。

 

「静先生、今日は急な頼みを聞いて頂いてありがとうございます」

「ありがとうございますニャ!」

「お手数をおかけしてすみません」

「ありがとです!」

 

 そう言われた静は、微笑みながら四人に言った。

 

「まあ私も実は、あの子の内向的な部分には手を焼いていたところでね、

この提案は渡りに船だったよ」

「凄く大人しい子なんですか?」

「大人しいというか、そうだな……

ちゃんと仲の良い友達はいるから別に孤立しているとかではないのだが、

どうにも世界が狭いというか、積極性に欠けるというか、そこがとても気になるのだよ。

まあ比企谷絡みで多少煽ってくれれば、負けず嫌いだし、

すぐに乗ってくると思うから、その辺りは何とかやってみてくれたまえ、

別に失敗しても何か問題がある訳じゃないから気楽にな」

「分かったのニャ」

「はい、やってみます」

「大抵の事は私が言い負かしてみせますから」

「ははっ、さすがのあの子も、牧瀬君の相手をするのは荷が重いだろうね」

 

 どうやら静は紅莉栖の事をよく知っているようだ。

ちなみにこれは、彼女の正体を八幡から聞かされ、同僚に彼女の事を尋ねた結果である。

その同僚は紅莉栖の事を、二十年に一度の天才と評していた。

これは蛇足だが、その同僚は、茅場晶彦の事は百年に一度の天才と評していたらしい。

 

「微力を尽くします、八幡をぎゃふんと言わせるのに、

仲間は一人でも多い方がいいですからね」

「ははっ、君もかなりの負けず嫌いなようだね」

 

 静は面白そうにそう笑うと、四人を奉仕部の部室へと案内した。

 

「ここが奉仕部……」

「始まりの場所……」

 

 紅莉栖が思わずそう呟いたのを聞き、静は興味深げに言った。

 

「面白い事を言うね、始まりの場所か……

確かにここは、比企谷にとっては始まりの場所と言っても差し支えないかもしれない」

「実は本人がそう言ってたんです」

「なるほどな、さて、それじゃあご対面といくか、私だ、入るぞ!」

 

 静はそう言って、ノックと同時に奉仕部の部室の扉を開けた。

 

「………先生、いきなり扉を開けるのはやめて下さい」

「ちゃんとノックをしたじゃないか」

「同時に扉を開けたらノックの意味が無いです、

意味が無いという事は、つまりノックをした事実は無かったと言っても、

あながち間違いではないという事です」

「ほら、いきなりこれだ、な、理屈っぽくて負けず嫌いだろ?」

 

 静は留美に苦笑しながらそう言った。

 

「先生、私はそんなんじゃありません、先生に人の道を説いているだけです」

「分かった分かった、今後気を付ける。

という訳で鶴見君、君に会いたいという人達を連れてきた。

さっき説明したと思うが、比企谷に近しい人達だ、仲間と言い換えてもいい」

「はい、もちろん覚えています」

 

 そして留美は立ち上がり、四人に挨拶をした。

 

「初めまして、奉仕部部長の鶴見留美です」

「えっと……」

「雪乃ニャ?」

「驚いた、雰囲気が凄く似ているわね」

「よく言われます」

 

 留美はあっけらかんとそう言い、静が出て行った後、四人にお茶を勧めた。

 

「どうぞ」

「ありがとう!」

「うわぁ、美味しい」

「うちのお店でも出せるレベルニャ」

「このティーセットも、雪ノ下先輩が残していってくれた物らしいですよ」

 

 留美はそう言いながら、自分の分のお茶を入れ、四人にこう切り出した。

 

「で、今日は私に何の用事でしょうか」

「うん、実はね」

「単刀直入に言うニャ、コミケのソレイユブースに乱入して、

八幡に高校生チームの底力を見せつけてやる手伝いをしてほしいニャ」

「コスプレして乱入するんだよ!」

「私達の不参加を決めた事を後悔させてやるんだから」

 

 留美はそう言われ、しばらく沈黙した後に首を傾げた。

紅莉栖は三人の説明の下手さに頭を抱えながら、事の次第を留美に説明し始めた。

 

 

 

「なるほど、お話はよく分かりました」

「ごめんなさいね、この三人は感覚派だから……」

「うぅ……」

「返す言葉もないニャ……」

「ごもっともで……」

「で、どう?やってみない?」

 

 ここで留美は、予想に反して考え込むそぶりを見せた。

予想だと、ここであっさりと断られると思っていた四人は、

どうやって説得するかだけを考えていた為、一瞬言葉に詰まった。

 

「そうですね……」

 

 このところの留美は、密かにストレスを溜めていた。

知り合い連中で遊びにいこうという八幡との約束が、まだ果たされていないからだ。

この機会に八幡を問い詰めれば、その約束は限りなく実現に近くなるだろう。

だが留美としては、かつてのクリスマスイベントの時にそうだったように、

八幡の方から誘って欲しいと考えていた。

今回の提案を受け、自分からおねだりをするような形になったら、

まるで自分が八幡に好意を持っているみたいではないか。

留美はそう考え、さりとて待ちきれないという気持ちも少なからず存在する為、

葛藤に葛藤を重ね、ハッキリと返事をする事が出来ないでいた。

そんな留美の心に、アドリブのきく椎奈がスルリと入り込んだ。

 

「迷ってるみたいだけど、いくら考えても答えは出ないと思うよ、

そういう時は、とりあえず会ってみればいいんじゃないかな」

「とりあえず……会う?」

「そう、留美ちゃんと八幡さんの間がどんな関係なのかは分からないけど、

一人で溜め込むくらいなら、言いたい事をバシッと直接言ってみて、それでも駄目なら……」

「駄目なら………諦めるの?」

 

 留美がか細い声でそう尋ねてきた。

それに対して椎奈はぶんぶんと首を振り、悪そうな顔で言った。

 

「八幡さんの頬を引っぱたいて、無理やり言う事を聞かせるのよ!」

 

 他にも色々な手段はあると思われたが、椎奈が選択したのはこの言葉だった。

そしてそれは、負けず嫌いでやや好戦的なところのある留美の好みにピタリとはまった。

 

「八幡さんと昔知り合いだったって言うなら、五年前とかだよね?

その頃の留美ちゃんは多分小学生でしょ?

多分八幡さんは、まだその頃のイメージが抜けてないと思うし、

この辺りで一つ、バシッと言ってやるべきだと思うな、

私はもう子供じゃない、立派なレディーよ、ってね!」

「や、やっぱりそうかな?」

「そうそう、八幡は言わないと分からないところがあるからニャ」

「普段は理屈っぽい癖にね」

「時々女心をまったく分かってないんじゃないかって思うわよね」

 

 他の三人もそれに同意し、留美もその言葉に背中を押されたのか、笑顔で四人に頷いた。

 

「分かりました、そのイベント、私も参加します」

「やった!」

「これで一人確保ニャ!」

「ありがとう留美ちゃん!」

「さて、あとはもう一人、どうしても確保したい子がいるわね」

 

 喜ぶ三人を尻目に、紅莉栖が突然そう言った。

どうやら紅莉栖には、他にも誘いたい者がいるようだ。

 

「他に高校生なんかいたっけ?」

「いるじゃない、とんでもない最終兵器が」

「えっと……」

 

 そして紅莉栖は、その女性の名を口に出した。

 

「今おそらく明日奈さんの次に八幡に近い存在、

そしていつも私達もお世話になっているあの子よ」

「あっ」

「そ、そうだったニャ……あの子も高校生だったのニャね」

「だ、誰?」

 

 唯一接点の無い椎奈以外の二人は、その言葉にハッとした。

そして紅莉栖は、厳しい顔つきでこう言った。

 

「櫛稲田優里奈、あの子の参加の是非が勝敗を分ける事になるわ」




熱はある程度下がりましたが、喉が駄目なので咳をする度に熱っぽい感じになる状況です、復調まではもう少しかかりそうですが、量を減らしてちょっとずつ書いていきますので、次の投稿は27日木曜を予定しております、申し訳ありませんorz


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第518話 かくして優里奈は陥落す

大変お待たせしました、喉だけまだ治りませんが、多少ましになってきました!
次の投稿は30日日曜日を予定していますが、その辺りからペースを徐々に上げていきたいと思っています、お待たせして申し訳ありません!


 櫛稲田優里奈は、いきなり自宅に三人の知り合いと、

二人の見知らぬ少女が尋ねてきた為、とても戸惑っていた。

 

「初めまして、私は夜野椎奈、詩乃の同級生にして親友だよ」

「鶴見留美です、八幡の後輩で、総武高校で奉仕部の部長をやっています」

「これはこれはご丁寧に、私は櫛稲田優里奈です、

ええと、今は八幡さんに保護されています」

 

 優里奈は、知らない者が聞いたら間違いなく誤解されそうな事を平然と言った。

幸い二人は事前に説明を受けていたので誤解はしなかったのだが。

 

「あ、あの、鶴見さんは、雪乃さんのご親戚か何かで?」

「………やっぱりそこからきますか」

「え?あ、はい」

「よく言われますが違います」

「あ、そうでしたか、何かすみません」

「いえ、慣れているので平気ですが、いつかはこの関係を逆にしたいですね」

 

 要するに留美が雪乃に似ているのではなく、雪乃が留美に似ていると言わせたいのだろう、

留美の表情から察するに、これはどうやら留美の密かな野望であるようだ。

だがこの時の留美は、本当に冗談のつもりでそう発言していた。

 

「雪乃さんは手ごわいですよ、頑張って下さいね」

 

 しかし優里奈は留美に応援するような事を言い、留美は内心ぎょっとした。

どう見ても優里奈が本気で言っているように見えたからだ。

この時点で留美は、優里奈には冗談が通じないのかもしれないと感じていた。

それは正確ではないのだが、優里奈はその真面目さ故に、

冗談を冗談だと感じる範囲が狭いのは確かである。

 

「で、今日はどうしたんですか?八幡さんのマンションに集合じゃなく、

わざわざこっちの部屋に来るなんて」

「その前に優里奈ちゃん、ちょっといい?」

「え?やっ、あっ、ちょ、ちょっと……」

 

 椎奈が突然優里奈の胸を揉み始め、一同は呆気にとられた。

そして椎奈は優里奈の胸からすぐに手を離し、次に自分の胸を揉み、

ひどく落ち込んだような表情でこう言った。

 

「ま、負けた……」

「あ、あの………」

 

 困ったような顔をする優里奈に、椎奈が勢いこんでこう尋ねた。

 

「一体何をどうすればそこまで立派になれるの?」

 

 その問いに、残りの者達はそ知らぬ顔をしていたが、

耳に神経を集中させ、一言も聞き漏らすまいとしているのが丸分かりであった。

唯一の例外が留美である。留美は小学生の時のイメージがあり、

八幡も再会した時にそんな目で見ていた為、気付かなかったのだが、

胸に関してはそれなりにある。その点は完全に同じ頃の雪乃を越えていた。

 

「別に変わった事は何も……」

 

 優里奈の答えからは特に何か参考になるような事は何も引き出せず、

その場はがっかりとしたような雰囲気に包まれた。

そしてその場の重苦しい雰囲気に耐えられなくなったのか、

優里奈は本題について尋ねてきた。

 

「で、その、今日のご用件は一体………」

 

 それで我を取り戻したのか、紅莉栖と留美が、二人で優里奈に説明を始めた。

これは先ほど感覚系と言われた二人が、説明する事を遠慮した結果である。

 

「実は、優里奈に私達と一緒にコミケにコスプレで参加して欲しいの」

「全員でコスプレして、ソレイユのイベントに乱入するつもり」

「なるほど、それは面白そうですね、とりあえず詳しいお話をお願いします」

 

 この時点で五人は内心で、勝ったと思っていた。だがそれは苦難の始まりであった。

 

 

 

「お話は分かりました」

「そ、それじゃあ……」

「参加してもらえますか?」

「……ごめんなさい、どうやら私はご期待には添えないようです」

「ど、どうして!?」

「えっと、私がそういう格好をするのは、多分八幡さんが快く思わないと思うんですよ、

それにそもそも八幡さんが駄目というなら私はそれに従うだけですし、

私としては、可能な限り八幡さんの要望には答えたいと思っているので、

今回はごめんなさいという事でご理解をお願いします」

 

 その優里奈の優等生的な返事に五人は天を仰いだ。

優里奈とほとんど接点の無い椎奈と留美でさえ、これは無理かもしれないと思わせる程、

そう語る優里奈の表情は、八幡への信用と信頼と信仰に溢れていたのだ。

 

「………これ、ちょっとまずい流れじゃない?」

「それでも彼女がいるいないでは私達の戦闘力が違いすぎるわ、何とか説得しないと」

「努力してみましょう」

 

 そして彼女達は、優里奈を説得しようと必死で頑張った。

 

「八幡はネコ耳が好きなのニャ、だから一緒にネコ耳を付けてコスプレしてみないかニャ?」

「あ、そうなんですか?それじゃあ今度それで八幡さんのお世話をしてみようかな」

 

「嫌よ嫌よも好きの内って言うじゃない、

だから案外八幡も、優里奈の多少露出のあるコスプレ姿を喜ぶんじゃないかな?」

「ゲーム内での私の体型まで気にする八幡さんですよ?

家ならともかく外でそれはありえないです、必ず心配が先にたちます」

 

「ほら、私達って似た体型同士じゃない?だから優里奈ちゃんも、

好きな人に色々セクシーな格好を見せつけたいっていう私の気持ち、分かるよね?」

「それには同意しますけど、その為にプライベートの服装で工夫しているので、

今のところそれは間に合ってますね」

 

「八幡がぎゃふんとさせられる姿を見てみたいの、お願い、協力してもらえないかな?」

「あ、それなら今度紅莉栖さんが隣の部屋に泊まる時、

そうなるように色々仕込んでみますね、楽しみにしてて下さい」

 

「私は八幡に、私はもう子供じゃないってところを見せ付けてやりたいの、

優里奈さんもそういった気持ち、あったりしない?」

「私は家事を担当してる分、

たまに自分が八幡さんのお母さんになったような気持ちになる事があるんですよね……

子供っぽさを見せる為に、たまには思いっきり甘えてみるべきなんですかね……」

 

 五人が何を言っても、中々優里奈の心の琴線に触れる事は出来なかった。

だが必ず何か、説得の手段があるはずなのだ。

優里奈は大人びて見えても、まだ自分達と同じ高校生なのだから。

 

「こういう時は怒らせるってのもありだと思うんだけど……」

「喜怒哀楽の怒って事ね」

「煽るにしても、煽りどころが謎よね」

 

 それに対してフェイリスが、こんな事を言い出した。

 

「でも優里ニャンが怒ったところなんて、今まで一度も見た事が無いニャよね?」

「確かに私も無いわ……」

「確かに優里奈ちゃん、滅多に怒らなさそうに見える」

「そうすると……哀?」

「この状況からの泣き落としって、いかにもって感じでわざとらしく思われそうじゃない?」

「そうすると、喜か楽?」

 

 その言葉に、椎奈がニヤニヤしながらこう言った。

 

「楽は楽でも快楽ってのは?」

「椎奈、あなたね……」

「でもありかもしれないニャよ、優里ニャンは絶対に八幡の事が大好きなのニャ」

「でもそれだと、プライベートで二人きりの時にいくらでも可能なのよね」

「それを言われると打つ手無しだね……」

 

 そう話し合う五人に、優里奈はお茶を差し出してきた。

 

「まあ無理に私を誘わなくてもいいじゃないですか、

五人とも凄く魅力的なんだし、きっと八幡さんも何か感じてくれますよきっと。

という訳で皆さん、お茶をどうぞ」

 

 五人はそれぞれ優里奈にお礼を言い、お茶を飲んで一息いれた。

それで落ち着いたのか、留美がこんな事を言い出した。

 

「要はつまり、ここで優里奈さんが参加しないと、

八幡が困るって思わせないと駄目という事よね?」

「そういう事になるニャね」

「その理論の構築は、さすがに無理があると思う」

「確かにねぇ……」

 

 そこで椎奈が、首を傾げながらこんな提案をしてきた。

 

「正攻法じゃ無理筋かもだけど、ここは屁理屈でもいいんじゃないかな」

「屁理屈か………確かに」

「八幡に反抗する事を正当化するって、反抗期の演出?」

「その線で押してみましょうか」

「ここは優里ニャンの勉強の先生である、クーニャンにお願いするのがいいかも」

「屁理屈か……分かったわ、優里奈の真面目さにつけこんで、何とかしてみる」

 

 そして紅莉栖は、にこやかな笑顔で優里奈に語りかけた。

 

「ねぇ優里奈、優里奈は八幡の言う事は基本ちゃんと聞いていきたいって思ってるのよね?」

「え?はい、そうですね」

「でもそれって本当にいい事なのかな?」

「えっ?」

「八幡からしてみれば、内心で優里奈に断って欲しいと思いつつも、

仕方なく何か無理なお願いをするってケースももしかしたらあるんじゃない?」

 

 その発想は優里奈には無かったようで、優里奈は難しい顔をして考え込んだ。

 

「そ、それは確かにそうかもですね……」

「例えばお世話になってる知り合いに、優里奈とデートしたいと言われて、困った八幡が、

『一応本人に聞いてみますが、駄目だったら諦めて下さいね』とか返事をしたとして、

それで優里奈に、こう躊躇いがちに、『あいつと出かけてみたりする気はあるか?』

って聞いてきたとするじゃない、それで優里奈が『はい、分かりました』って返事をしたら、

八幡としては何ともいえない気分になると思うの」

「そ、それは……」

「その為にも、ここは一つ、いつも素直な優里奈でも、

八幡の意思に逆らってでも、やる時はやるってところを見せておく事も必要なんじゃない?」

「………それが今回のケースだと?」

「ええ、今回のケース、人前に出る時は優里奈は大人しめの格好でいればいいと思う。

それでも優里奈は目立つと思うし、参加だけしてくれれば何も問題は無いと思うの。

その上で、八幡と二人きりになった時に、上に着ていた服を一枚脱ぐとかして、

若干露出の高めな格好に変身して、その姿を八幡だけに見てもらうというのはどう?

多分八幡は、顔を赤くしながらも、優里奈の事を褒めてくれ、

かつ優里奈も自立している事を確認出来て、内心で安心するんじゃないかなって思うの」

「なるほど………」

 

 優里奈がぐらついているのを見た他の四人も、ここで畳み掛けるように説得を始めた。

 

「それに都合のいい衣装は、うちのまゆしいがキッチリ仕上げてくれるニャ」

「確かALOにも、大人しめの衣装は沢山あるしね、何ならうちの制服でもいいと思う」

「いいね、ヴァルハラの軍服風の制服、あれを優里奈ちゃんが着たら、

八幡さんもきっと驚きつつも、嬉しく思ってくれるんじゃないかな」

「娘の心配をするのも保護者の努めだけど、

娘のかわいい姿を見れるのも、また保護者の特権と言うべきなのかもしれないわね」

「八幡は昔から押しに弱いから、将来の幸せの為にも、ここで優里奈さんも押すべき」

「………八幡さん、それで私の事を、少しは意識してくれるようになりますかね?」

 

 この瞬間に、五人は勝利を確信し、同時に優里奈にこう言った。

 

「「「「「もちろん!」」」」」

「………分かりました、今回はあえて八幡さんの指示に逆らいます、

私もそのイベントに参加させて下さい」

「「「「「喜んで!!!!!」」」」」

 

 そしてついに優里奈も折れ、イベントへの参加を承諾し、

ついに女子高生チームの戦力が、全て揃う事となった。



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第519話 かくして祭りは始まった

体調もだいぶ改善しました、ご心配をおかけしました!
次の投稿は二日(火)、その次は四日(木)、そこからは毎日投稿に戻る予定です、
もしかしたら投稿出来ない日もたまにあるかもしれませんが、今後とも宜しくお願いします!


 そして迎えたコミケ当日、ソレイユのスタッフ達は、前の日遅くから集合し、

会場設営の準備を着々と進めていた。

 

「ふう、こんなもんか?」

「そうだな、オレっちの方の準備は大体オッケーだゾ」

「こんな時間から悪いなアルゴ、それじゃあちょっと軽食でもとりながら休憩を……」

 

 そう言って振り向いた八幡の目に、見知らぬ女性の姿が飛び込んできた。

 

「…………誰?」

「今自分で名前を呼んでおいてそれは無いだロ……」

「え、お前もしかしてアルゴなの?」

「おいおい、他の誰に見えるんだって言うんだヨ」

「むしろ他の誰かにしか見えないんだが……」

 

 表に立つ事を極端に警戒しているアルゴは、

どうやら会場に着いた後に変装する事にしたようだ。

丸いサングラスに金髪のウィッグ、顔のペイントは消し、

不健康そうな白い肌は、化粧で完璧に隠されており、何と青い口紅を引いていた。

 

「っていうか何で青い口紅を?」

「オレっちには青い血が流れているから、唇も青くなるのサ」

「そ、そうか……」

 

 気取った感じでそういうアルゴを、残念な人を見る目で眺めながら、

八幡は他に言うべき言葉を見つけられず、ただそう言う事しか出来なかった。

 

「八幡、夢乃氏、こっちの準備も大体終わったお」

「………ああ、なるほど、今日は夢乃なんだな、

それにしてもさすがはダル、仕事が早いな、それじゃあ一緒に軽く飯でも食うか?」

「お、何か用意してあるん?」

「昨日明日奈が用意してくれたサンドイッチがあるから、一緒に食おうぜ」

「おお、明日奈さんの手作り?」

「当たり前だろ」

「神よ、この素晴らしい恵みに感謝します、八幡、僕達ずっと友達だお!」

「大げさだっつの……」

 

 そして三人は並んで座り、もぐもぐとサンドイッチを頬張りながら、雑談を始めた。

 

「一年前は、まさかコミケにこういう形で参加する事になるなんて思いもしなかったお」

「何かうちの仕事ばっか請けてもらって悪いな、ダル」

「いやいや、こんな貴重な経験、望んでも簡単に出来るものじゃないからね」

「オレっちだって、昔と今の生活のギャップが大きすぎて、時々戸惑うゾ」

「俺達の受け皿を用意してくれた姉さんには本当に感謝だよな」

「確かになぁ……そのボスを含めて、他の連中もあと三時間くらいで到着するナ」

「サークル入場と一緒くらいの時間に入ってくるはずだお」

「どうする?それまで仮眠しておくか?」

「う~ん、確かに昨日早めに寝てはきたけど、さすがに長丁場だし、そうするカ」

「先は長いしな、その為に一応寝れる準備はしておいたから、

そこのタオルケットとマットを使ってくれ」

「あいお」

「それじゃあお休みだお、また後で」

「おう、また後でな」

 

 そして三人は、直ぐに寝息を立て始めた。

アルゴは寝ているうちに転がったのか、八幡に寄り添うように寝ており、

ダルは大の字になり、その巨体をあますところなくアピールしていた。

他のスタッフ達も、近くで交代で仮眠をとりつつ、その三人の姿を微笑ましく眺めていた。

 

 

 

「う、腕がしびれる……それに腹が重い……」

 

 それから三時間後、八幡は、寝苦しさを感じて目を覚ました。

見るとダルが八幡の腹を枕にして寝ており、

アルゴは八幡の腕を枕にし、八幡の方を向いて丸まって寝ていた。

 

「そういう事か……」

 

 そして八幡は先にダルを起こそうと、その体を揺すった。

 

「おいダル、そろそろ時間だぜ」

「ん………おお?ごめんごめん、僕ってば昔から寝相が悪いから……」

 

 ダルは自分が八幡の腹を枕にしていた事に気付き、すまなそうにそう言った。

 

「いや、途中で目を覚ましちまった訳じゃないから問題ないさ、

それよりこれ、どうすればいいと思う?」

 

 八幡はそう言いながら、目でアルゴの方を指し示し、

それを見たダルは、自身のスマホを取り出して、パチリとその写真をとった。

 

「おお、チャンス到来!」

「何故そこで写真を……」

「後で夢乃氏に売るんだお」

「商魂逞しいなおい」

 

 八幡は苦笑しながら、そのままアルゴの膝の裏に手を回し、

アルゴを抱き上げると、そのまま壁にアルゴをもたれかけさせるように下ろし、

優しくアルゴの肩を揺すった。

 

「おいアル……じゃない、夢乃、そろそろ起きる時間だぞ」

「ん………おお?ハー坊、オレっちに夜這いとは思い切ったな、まあウェルカムだけどナ」

「お前は何を言ってるんだ、おら、さっさと覚醒しろって」

「あれ、ここは……ああそうか、お仕事の時間カ」

 

 アルゴは少し寝ぼけていたのか、

きょろきょろと辺りを見回しながらハッキリした口調でそう言い、

スッと立ち上がると、首をぐるぐると回した。

 

「さてさて、仕上げといくカ」

「そうだね、さっさと仕上げちゃおう」

「それじゃあ俺は他の奴らを迎えに行ってくるわ、後は任せた」

「あいヨ」

「任された!」

 

 八幡はそう言って、企業関係者の搬入口へと向かおうとし、チラリと後ろを振り返った。

見るとダルがアルゴにスマホを見せ、何か言っている所だった。

 

(さっき撮った写真か……)

 

 そしてアルゴはその画面を見て、即座に財布から金を取り出し、ダルに差し出した。

 

(即決で買うのかよ……)

 

 八幡は呆れながらそのまま前を向き、移動を開始した。

そしてサークル入場者の通るルートに通りかかり、

少し離れた所から、大勢の人達の入場する姿をしばらく眺めていた。

 

「こっちも凄い人なんだな……」

 

 八幡は感心しながら、何となくその人の波を眺めていた。

そして見覚えのある人物を見つけた八幡は、咄嗟に目を逸らそうとしたが、

それは少し遅く、バッチリとその人物と目が合ってしまった。

 

「うげ……」

「やぁボーイズ、凄く久しぶりだね、相変わらず色々な少年達とイチャイチャしてる?」

 

(ボーイズって、海老名さんの目には、エア男子でも見えてんのか……?)

 

 八幡はそう思いつつも、表面上は冷静に、姫菜にこう返した。

 

「この前ぶりだな、海老名さん」

「この前偶然会わなかったら、私は同窓会にも行けなかったから、何年ぶりかになってたね」

「今度またやる予定だから、その時参加すればいいさ、

それにしてもそっちはサークルの方が忙しいみたいだな、大人気のようで何よりだよ」

 

(内容にはあまり触れたくないがな)

 

 八幡はそう思いつつ、姫菜に対して大人の反応をした。

 

「うんうん、おかげさまでね、これもみんな比企谷君のおかげだよ」

「何が俺のおかげなのかサッパリ分からないが、まあほどほどにな」

「やだなぁ、そんなの決まってるじゃない、新刊に比企谷君が……」

「そ、その説明は別にしてくれなくていいから、本当に大丈夫だから」

「そう?残念だなぁ、この熱い思いを是非共有してもらいたかったんだけどなぁ」

「いやいや、その気持ちだけで十分だ、まあ頑張ってくれ」

 

 八幡は顔を引きつらせながらも大人の反応を続けていたが、

その時横からハァハァと興奮した女性が八幡の前に立ち、

いきなり顔を近付けてきたので、たまらず一歩後ろに下がった。

 

「うわっ」

「リアル八百万様来たああああああああああ!」

「や、やおよろず?一体何の……」

 

 その八幡の質問を無視し、その女性は尚も興奮した様子で八幡との距離を詰めた。

 

「え、海老名さん、この方は?」

 

 八幡は助けを求めるようにそう言い、姫菜の後ろにいた男性が、

その女性の肩をぽんぽんと叩き、それでその女性は、どうやら我に返ったようだ。

 

「あ、あれ、伊丹さん?」

「よぉ大将、早いんだな」

「何で伊丹さんがここに?」

「ああ、まあ荷物持ちって奴だ……」

「なるほど……」

 

 そして八幡は、その女性から逃げ出すように伊丹の前にさりげなく移動し、

しっかりと握手をしつつ、伊丹を盾にするように自身の位置を変えた。

伊丹はそんな八幡に苦笑しながら、その女性の事を説明した。

 

「怖がらせちまって悪いな、これは俺の元嫁さんの、葵梨紗、

まあ基本無害だから、あまり怖がらないでやってくれ」

「初めまして、いきなり取り乱しちゃってごめんなさい、いつもお世話になってます」

 

 梨紗はそう言ってペコリと八幡に頭を下げた。

八幡は、お世話については何も言わず、ただ自己紹介をするだけにした。

 

「海老名さんの元同級生の比企谷八幡です、初めまして」

「うん、宜しくね!」

「大将、後でそっちに顔を出すから宜しくな」

「はい、お待ちしてますね」

「それじゃあ私達は先を急ぐから、また後でね。

結衣と優美子とサキサキも後で合流する予定だから、まあ楽しみにしてて」

「川崎も!?」

 

 驚く八幡をよそに、姫菜達は準備が忙しいらしく、そのまま移動していった。

 

「あ、やべ、行くつもりは無かったのに、約束させられた形になっちまった……」

 

 八幡はそう言って肩を落としながら、陽乃達を迎える為に、再び移動を開始した。

 

 

 

「八幡君!」

「おう明日奈、昨日はよく寝れたか?」

「うん、大丈夫、バッチリ寝たから!」

「あれ、和人も来たのか?」

「おう、バイトだバイト」

「お前も何気によく働くよな……」

「リズ達と出かける資金を稼がないといけないんだよ……」

「お前、例の事件の時にそれなりに稼いだはずだろ?何に使ったんだよ……」

「いや、新しいPCとか、色々とその……な?」

「相変わらずだな……」

 

 そして後ろにいた陽乃が八幡に進捗状況を尋ねてきた。

 

「大体準備はオーケーです、交代で仮眠もとりましたしね」

「そう、夜遅くからありがとうね」

「姉さんに徹夜なんかさせたら、ただでさえお肌の曲がり角な姉さんの肌が、

益々荒れちゃいますからね」

 

 その瞬間に陽乃はマッハで八幡の足を踏み、八幡は涙目になった。

 

「ふんっ」

「ぐ………」

 

 そんな八幡に、薔薇が呆れた口調で言った。

 

「泣くくらいなら言わなければいいのに」

「うるせえ小猫、お前は司会のお姉さんプレイのイメージトレーニングでもしてろ」

「プレイって何よ!私は正真正銘司会のお姉さんよ!」

「ああ、はいはい、ちゃんと子供達に怖がられないようなメイクをしろよ」

「ど、どうして私に対する態度だけそうおざなりなのよ!」

「いいからさっさと移動するぞ移動」

「くっ……」

 

 そして八幡は、最初に唯一身内ではない由季の前に行き、丁寧に挨拶をした。

 

「由季さん、今日は宜しくお願いします」

「はい、頑張ります!」

 

 そしてその後に身内達の所へ行き、それぞれに声を掛けた。

 

「理事長……今日はまた一段と若々しいっすね……」

「あら、そんなに褒められたら後でご褒美をあげないといけないわね」

「いえ、結構です……」

 

「いろは、また昔みたいなあざとさを期待してるからな」

「わ、私は別にあざとくないですし!」

 

「クルス、お前には期待しているからな」

「はい、任務を完遂します」

 

「美優………は、まあいいか」

「ちょ、ちょっとリーダー、このかわいいフカちゃんにも何かお言葉を!」

 

「香蓮、露出の少ない格好とはいえ、恥ずかしいかもしれないが、

ちゃんと見ててやるから、今日はしっかり頼むぞ」

「う、うん、私、頑張るね」

 

 そして八幡は、女性陣をぞろぞろと引きつれ、ソレイユのブースへと戻り、

一同はそれぞれの準備を開始した。

 

 

 

 こうしてこの夏最大の祭りが始まった。



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第520話 万全のソレイユ

次の投稿は、十月四日の予定となっております!


 ブースに着いたソレイユ一行は、急ピッチで最後の準備を行っていた。

 

「これはそこ、これはここ、残りは向こうに頼む」

「はい!」

「分かりました、次期社長!」

「おい小猫、コスプレチームの準備はどうだ?」

 

 いつものように薔薇にそう尋ねた八幡だったが、その問いに返事は無かった。

 

「って、あいつも準備中だったか」

 

 小猫もまた、司会としての準備に忙殺されているのだろう、

そう気付いた八幡は、他にやり残した事は無いかと考えながら、

きょろきょろと辺りを見回し、見知らぬ女性がブースの中をうろついているのを見つけ、

関係者以外は入らないように注意しようと思い、その女性に声を掛けた。

 

「あ~、すみません、ここは関係者以外立ち入り禁止なんですよ、

もしよろしければパンフレットを差し上げますので、興味があったら開場後においで下さい」

 

 八幡はそう丁寧に言い、その女性にパンフレットを差し出した。

その女性はとても清楚な佇まいをしており、

八幡は、こんな場所には場違いな人だなという感想を抱いた。

事実その女性はきょとんとした顔をするばかりで、何の反応も示さなかった。

だが一瞬遅れてその女性は、ニタァっとした顔で笑った。

 

(うわ、何だこいつのこの顔……美人が台無しだな……

ん?残念美人?そんな奴が俺の周りにいたような……)

 

 八幡はそう考え、その言葉を思わず口に出した。

 

「残念美人………」

「誰が残念なのよ!というかあんた、今絶対に、私だって分かってなかったわよね?ね?

ふふん、やっとあんたもこの私の真の魅力に気付いたのね」

 

 その声はどう聞いても薔薇の声であり、八幡は内心の動揺を隠しながら、

平静を装って薔薇に話しかけた。

 

「あ、当たり前だ、俺はお前の事を、黙っていれば美人だと認識してるからな」

「だからそれ、絶対に褒めてないわよね!?」

「最高に褒めてるだろ、お前は何を言ってるんだ」

「えっ?」

「本当にお前は、黙っていれば美人だよな」

「だから………あれっ?」

「黙っていれば美人だよな」

「…………」

「うん、やっぱり美人だな」

「や、やっぱりそう思う?」

「残念美人か」

「…………」

「おお、やっぱり美人だな」

「…………」

 

 こうして薔薇を黙らせる事に成功した八幡は、

薔薇に気付かなかったという不名誉を、何とか回避する事に成功した。

そして明日奈の先導で、他の者達も続々とこちらに集合してきた。

 

「八幡君、みんなの事も見てあげて」

「そうだな、そうするか」

 

 そして八幡は明日奈の隣で説明を聞きながら、各人のコスプレを見せてもらう事にした。

 

「最初は私よ、八幡君」

「理事長……やっぱりチュートリアルNPCの格好なんですね」

「ええ、今日は薔薇ちゃんの黒子に徹するつもりだしね」

「それにしても何ていうか……二人の成人したお子さんがいるようにはとても……

理事長って正確には一体いくつなんですか?」

「やだもう八幡君ったら、陽乃と雪乃の父親になりたいの?」

「そんな事一言も言ってねえよ、相変わらずだなあんたは!」

「おほほほほ、八幡君が女性に年を聞いたりするからよ」

 

 理事長は笑顔でそう言い、八幡は困った顔でそっぽを向いた。

そんな八幡の肩をぽんと叩いた者がいた、雪乃である。

雪乃はこういった雰囲気の場所に来るのは初めてらしく、

常日頃の態度とは違い、今日は到着した時からびくびくしているように見え、

終始無言であった。だがこの時ばかりは雪乃もいつも以上に迫力のある態度を見せていた。

 

「八幡君、今うちの母さんを口説いているように見えたのだけれど」

「いや待て、誤解だ、そんな事実はまったくない」

「本当かしら?」

 

 その問いに、八幡の後ろから理事長が笑顔でこう答えた。

 

「本当よ雪乃ちゃん、本当の本当に口説かれていたわ」

「いいからあんたは黙っててくれっての!」

「で、結局どっちなのかしら?」

「誓って何も無い、本当だ、俺を信じてくれ」

 

 八幡は別に言い訳する必要はまったく無いのだが、雪乃の迫力に押されてそう言った。

 

「雪乃、ほら、理事長のあれはいつもの事だから」

「そう?まあ明日奈がそう言うなら……」

 

 雪乃は明日奈にそう言われて大人しく引き下がり、明日奈は八幡に親指を立てた。

八幡はそれに親指を立てて返し、理事長に向き直った。

 

「はぁ、危なかった……理事長、娘さんの手綱くらいちゃんと握って下さいよ」

「ごめんなさいね、どうもあの子は八幡君の事になると、冗談が通じないのよね。

で、私のこの格好、どうかしら?」

「この前も思いましたけど、何というか理事長って、

綺麗系のフォーマルっぽい格好が凄く似合う上に、更にそれが可愛く見えますよね」

「あらあら、八幡君ったらもう、上手なんだから」

 

 そして理事長は上機嫌で去っていき、次に八幡の前に出てきたのはクルスと美優だった。

 

「おっ、二人は領主の格好か?」

「正式には種族ごとの民族衣装みたいだけどね」

「八幡様、評価を」

 

 どうやらクルスの衣装は普段サクヤが着ている服のマイナーチェンジ、

美優の衣装はアリシャが着ている服のマイナーチェンジのようだ。

 

「なるほどな、これって民族衣装だったのか」

「実際に領主様が着ているのとはちょっと違うんだけどね、

あっちは戦闘も出来る用の高性能のやつだから」

「確かにこっちの方が、ちょっと露出が多いな……」

「でも初心者には、こっちの方が一般的らしいよ」

「確かに街で見た記憶があるな」

「で、どうですか八幡様」

「ふむ、マックスの方は、袖下が短くなって、より足が見えるようになってるのか、

これは確かに動きやすそうだな。胸の部分は……

あ、いや、スラリとしつつも出るところは出ているマックスにはピッタリだな、

うん、より美人に見えるぞ、マックス」

「あ、ありがとうございます!」

 

 クルスはとても嬉しそうに八幡にそう言い、

次に八幡は、期待に満ちた顔をして横で待っていた美優にこう言った。

 

「おい美優」

「ふぁ、ふぁぃ!」

「ネコ耳が無い、チェンジで」

「うわあああああああああ、忘れてた!」

 

 美優はそう絶叫すると、バックヤードへと駆け込み、

今度はちゃんとネコ耳を付けた状態で現れた。

 

「こ、これで完璧でしょ!」

「やれやれ……」

「ふふっ、フカちゃんらしいね」

 

 八幡は苦笑し、一緒に明日奈もクスクスと笑い、

そして八幡は、改めて美優の格好を観察した。

 

「ふむ、下がミニスカートっぽく全体を覆うようになって、

ウェストの部分が露出しているのか」

「そうみたい、アリシャさんの格好はほら、下着が丸見えみたいに見えるから、

さすがの私もちょっと恥ずかしかったけど、これなら私でも大丈夫だったよリーダー」

「え、お前に恥ずかしいとかいう感情なんてあったのか!?」

「えええええええええええ!?」

 

 八幡は本気で驚いたようにそう言い、美優は憤慨したようにそう叫んだ。

 

「お前はいちいち叫ぶなっての」

「だ、だってだって!」

「ああもう、せっかく似合っててかわいいんだから、お前はちょっと静かにしてろ」

「えっ?リ、リーダー、今のセリフ、もう一度プリーズ!」

「あ?気のせいだ、早く次の三人に場所を譲れ」

「あ、ちょ、ちょっと!」

 

 そう言いつつも、フカ次郎は大人しく引き下がると、隅の方でニヤニヤしていた。

どうやら言葉自体はハッキリ聞こえていたらしい。

明日奈もそんな美優に、良かったねと声を掛けており、

美優は明日奈に抱きつき、わんわんと嬉し涙を流していた。

 

「さてと……次は例の三人か」

 

 八幡の言う『例の』とは、本人達の事を指しているのではなく、

コスプレ内容に対する表現であった。

そしていろはと香蓮と由季が、その格好をして八幡の前に姿を見せた。

 

「これが今回の目玉、来年実装される一連のイベントの重要キャラ、

ウルド、ヴェルダンディ、スクルドか」

「ほらほら先輩、どうですか?女神っぽいですか?」

「八幡君、どう……かな?」

「キャラのイメージをきちんと表現出来ているといいんですが」

 

 一見こういうのは、身長順に役柄を振るのが正解だと思われがちなのだが、

八幡はあえていろはをウルド、香蓮をヴェルダンディ、由季をスクルドにした。

いろはは最近とても大人びてきており、生徒会長を経験したせいか、

リーダー的雰囲気も全身からかもしだされている。

ウルドは三人の中では一番露出も多くなるであろうキャラであり、

色々とそつのない対応が出来る者が適役となる。

なのでいろはが長姉たるウルド役に相応しい。

そして物静かでニコニコと微笑んでいるイメージのヴェルダンディを香蓮に任せ、

見た目からして頭に兜を付け、より活動的に見えるスクルドを、

アクションもこなせる由季に任せる、これが八幡の判断だった。

 

「いろは」

「な、何ですか?」

「お前は気が付くと、どんどん綺麗で大人びてきてるんだな」

「ふ、ふえっ!?や、やっと先輩も私の魅力に気が付きましたか、

そうですかそうですか、まあ今日は安心して、私の活躍を見ていて下さいね」

 

 いろははそっぽを向きながらも、顔一面を紅潮させながらそう言った。

 

「おう、期待してるわ」

「いろはちゃん、ファイト!」

「はい、頑張ります!」

 

 いろははそう声を掛けてくれた明日奈にピースサインをしながらそう答え、

香蓮にその場所を譲った。

 

「香蓮」

「う、うん」

 

 ヴェルダンディに扮する香蓮は、その容貌と、

決して大げさにならない程度の穏やかな微笑みのせいで、

神秘的な雰囲気を醸し出していた。いわゆるアルカイックスマイルである。

 

「恥ずかしくないか?大丈夫か?」

「も、もちろん恥ずかしいよ、だからちゃんと見ててね」

「ああ、任せろ、綺麗な香蓮の事をちゃんと見てるからな」

 

 八幡は力強く頷き、香蓮はそれだけで満たされた気分になり、

この仕事を引き受けて良かったと感じていた。

明日奈はそんな香蓮を見て、さすがに手ごわいと感じていた。

 

(香蓮は、他の人より幸せを感じるラインが低いように感じるね、

さすがに香蓮と優里奈ちゃんは一筋縄ではいかないなぁ、

まあライバルの存在が、より私を輝かせてくれるはず、私も頑張ろっと)

 

 明日奈はそんな事を漠然と考えながら、香蓮に心からの声援を送った。

 

「頑張ってね、香蓮!」

「ありがとう明日奈、私、頑張るね!」

 

 そして最後は由季である。八幡も由季に対しては慎重に言葉を選んでいた。

 

「さすがとしか言いようがありませんね、由季さん」

「ありがとうございます、でも女としては、

もっとストレートに褒めてもらいたい気持ちもあるんですけど」

「いや、まあ色々と賞賛する気持ちはあるんですけど、

他に適任がいると思うので、その役目はそいつに任せますね」

「あ………は、はい」

 

 由季は少し残念そうに、それでいて何かを期待するようにそう答え、

八幡は明日奈に頼んでダルを呼んだ。

 

「八幡、どしたん?って……ゆ、由季さん」

「橋田さん、この格好、どうですか?」

 

 由季はダルを見て嬉しそうに微笑むと、その場でくるりと回った。

そしてダルは、貧弱な語彙ながら、思った事を正直に由季に告げた。

 

「と、とても似合ってます、まさにスクルドって感じです!」

「そうですか?それなら良かったです」

「あとその………す、凄く綺麗です」

「あ、ありがとうございます、橋田さん」

 

 そんな二人を見ながら、明日奈が八幡に囁いた。

 

「ねぇ八幡君、あの二人、いい感じだね」

「ああ、上手くいってくれるといいんだがな」

「大丈夫だよ、ダル君はいい人だもん」

「由季さんはどうやら男を見た目じゃなく内面で見る人みたいだが、

それでもダルには多少努力してもらって、少しは痩せて欲しいところだけどな」

「ふふっ、まあそうだね」

 

 そして八幡は一同にこう言った。

 

「よし、それじゃあリハーサルを開始するか、夢乃、ダル、仕切りを頼む」

「あいヨ」

「り、了解だお!」

 

 そしてリハーサルが始まり、八幡と明日奈は一度バックヤードに引っ込むと、

二人とも伊達メガネをかけた。

 

「まあ一応俺達もな」

「見た目は少し変えておいた方がいいよね」

「ついでに帽子でもかぶっとくか?」

「うん、そうしよっか」

「俺はともかく、明日奈は少し髪型も変えとくか?」

「あ、それじゃあ八幡君、お願い」

「おう、任せろ」

 

 こうしてソレイユブースの準備は全て整い、後は開場時間を待つばかりとなった。



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第521話 イベント、開幕!

明日はちょっと仕事が忙しいので次の投稿は6日(土)を予定しております、
宜しくお願いします!


 一般入場口では、結衣と優美子と沙希が、

激しく緊張しながら開場時間を今か今かと待ち構えていた。

 

「何この人の数は……」

「凄いね……」

「あーしもニュースで聞いてはいたけど、ここまでとは思わなかったし……」

「あ、そろそろみたい」

 

 そしてついに開場時間が訪れ、三人は早く姫菜達と合流して少しでも落ち着こうと、

正面入り口前の階段を駆け上り、そこでちらっと振り向いた。

 

「うわ……」

「一面頭頭頭だね……」

「何これ、あーしちょっと……いや、かなり怖いんだけど……」

「やばいやばい、早く行こ!」

 

 三人はその圧迫感に耐えられず、まるで逃げ出すようにその場を離れ、

中へと急いで入っていった。その少し後ろを、倉田が慣れた感じで歩いていた。

 

「今年はいいケモ耳ちゃんに会えるといいなぁ」

 

 倉田はそう呟きつつ、三人と同じ位置でくるりと後ろを振り返った。

 

「今年も盛況っすなぁ、さて、早く隊長と合流しないと」

 

 そして倉田は目を輝かせながら奥へと進んでいった。この辺りは慣れの差なのだろう。

その少し後に和人が会場に駆け込んできた。

和人は昨晩、今日の事が楽しみで寝付けずに、今朝は思いっきり寝坊した為、

ついでとばかりに飲み物の買い出しを頼まれ、今やっと会場に到着したのだった。

和人はかなり人が減ったとはいえ、いまだに混雑している入り口付近を、

重い荷物を両手にぶら下げながら進んでいた。

そして階段の上に到達した時、和人は誰かの視線を感じ、慌てて振り向いた。

 

「……どこかから見られてる気がするな」

 

 和人の後ろにはまだまだかなりの人数の入場待ちの人がおり、

和人は何人もの見知らぬ者と目が合い、自嘲気味にこう呟いた。

 

「これだけ人がいるんだから、そりゃまあ俺を見てる奴だって沢山いるよな、

他人の視線に敏感なのは、SAO時代からの悪癖だな」

 

 そして和人はソレイユブースへと向かって歩き出した。

 

 

 

「ふう、びっくりした」

「さすがというか……」

「見つからなくて良かったニャ」

「軽く変装してきて正解だったね」

 

 実は和人の感じた視線は一般人からのものではなく、女子高生チームからの視線であった。

何故和人が簡単にスルーしたかというと、そこに敵意や殺意がまったく無かったからである。

これはまあ身内なのだから当たり前ではあるのだが、とりあえず女子高生チームは、

入場前に関係者に発見されてしまうという事態をギリギリで回避する事に成功した。

 

「誰にも見つからないように遅めに来たのに、危なくニアミスするところだったわね」

「帽子とサングラスだけでも結構分からないものなんですね」

「和人さんと目が合ったかと思って、まゆしいは一瞬心臓が止まるかと思ったのです」

「その時はまゆりに単独で接触してもらって、私達は他人のフリをしたけどね」

「あ、確かにそれなら誤魔化せたかも」

「まあセーフだった訳だし、とりあえずさっさと入場してしまいましょう」

 

 留美がそう言い、一行はそのまま階段を上り、何となく振り向いた。

 

「こ、これは……」

「見渡す限り人の頭しか見えないわ」

「迫力満点な光景だね……」

「うわぁ、これは一生に一度しか味わえない感動かも」

「確かにそうかもニャ」

「例年通り、今年も凄い人数だよねぇ」

「まあそうだな、ビッグサイトよ、私は帰ってきた!」

 

 まゆりのその言葉を受け、女子高生チームに同行していながら、

ここまで遠慮して何も喋らずにいたキョーマが、そう大きな声を出した。

どうやら彼の中二心が疼いたようだ。

 

「ちょ、ちょっと岡部、こんなところでそんな大声を出すなんて、

恥ずかしいからやめてよね」

「何を言っているのだクリスティーナ、誰が我らを笑っているのだ?」

「ティーナ言うな!誰がってそれは……」

 

 紅莉栖はそう言いながら周りをきょろきょろと見回したが、笑っている者は誰もいない。

 

「え、あれ……」

「ここはそういう場所だ、覚えておくのだな、助手よ」

「え、えらそうに……でもまあここが普通じゃない事は実感出来たわ」

「また一つ成長する事が出来て良かったではないか」

「それはそうかもだけど、あんたに言われると妙にむかつくのよね……」

 

 そんな二人のやり取りを聞きつつ、詩乃がぼそりと言った。

 

「毎年ニュースで見てただけで特に興味は無かったけど、

さすがは日本最大のイベントよね」

 

 詩乃のその言葉に、他の者達も頷いた。

確かに階段の下と上の景色の差は、初参加の者にとってはインパクトが大きい。

 

「ねぇ誰か、『見ろ、人がゴミのようだ』って言ってみて」

「椎奈、いくらなんでもそんな事言える訳が……」 

「見ろ、人がゴミ……」

「ちょ、ちょっと優里奈、真に受けなくていいから!」

「ご、ごめんなさい、あまりの人の多さに、つい言わなくてはいけないような気分に……」

「確かにこんな人数見た事無いから、その気持ちは分からなくもないわね」

 

 その優里奈の言葉に留美も同意した。

 

「フェイリスは中二の頃から来てるから、もう何とも思わないニャね」

「まゆしいも人数の事より、気温の事くらいしか気にならないかもだよ」

「確かにそれは大事よね、今日が比較的涼しくて良かったわ」

「うんうん、暑かったら地獄なのです」

 

 そんな会話を交わしながら、一行は建物の中へと進み、

そこでこれからどうするか確認を始めた。

 

「狙いはソレイユの三回目のステージとして、この時間はとりあえず自由行動ね、

みんなはどうするつもり?」

 

 その紅莉栖の問いに、最初に留美がこう答えた。

 

「部活のOGの先輩がサークルの手伝いに来てるみたいなので、

ちょっと様子を見にいってくる」

「何てサークル?」

「ええと、聞いた話だと、『腐海のプリンセス』とか……」

 

 まゆりの質問に留美はそう答え、それを聞いたまゆりとフェイリスは固まった。

 

「え、何その反応……」

「ちょ、ちょっと待つのニャ、サークル名は本当にそれで合ってるのニャ?」

「う、うん、まあ部活のOGの先輩は売り子で駆り出されただけみたいだけど、

書いてる人と、もう一人の売り子の手伝いをしている人とも面識があるの」

「な、なるほどニャ……でも初心者があそこに一人で行くのはちょっと……」

「そ、そうだね、危険かも」

 

 フェイリスのその言葉にまゆりも同意し、留美は顔色を少し悪くした。

 

「そ、そんなに凄いところなの?」

「まあ色々な意味で凄いニャね」

「ど、どうしよう……」

「なら俺が付いていくとしよう、それならまあ何かあっても大丈夫だろう」

 

 キョーマがそう申し出てくれた為、まゆりは安心したように言った。

 

「オカリン、お願いしていい?まゆしいは更衣室で衣装の見直しをしないとなので」

「任せておけ、留美もそれでいいか?」

「キョーマさん、お手数をおかけしますがお願いします」

「うむ、この俺が一緒なのだ、大船に乗ったつもりでいるがいい」

「あ、なら私も一緒に行こうかな、女の子がもう一人いた方が、

何かあった時に留美も安心だろうし」

 

 椎奈がそう言い、キョーマもそれに同意した為、

留美は椎奈にもお礼を言い、こうして三人の即席チームが出来上がった。

 

「まゆしいはさっき言った通り、先に更衣室に行ってるのです」

「私はソレイユブースの偵察に行ってくるわ」

「あ、それじゃあ私も」

「それならフェイリスも、詩乃ニャンとクーニャンに付き合うかニャ、

案内役も必要だと思うし」

 

 こうして二つ目の、経験者と初心者のチームが出来上がり、

七人はそれぞれの目的地へと向かう事となった。

 

 

 

「しかし暑くなってきたニャね……」

 

 ソレイユブースへ向かう途中で、フェイリスは暑さに耐えかねたのか、

手でパタパタと自分の顔を扇いだ。そんなフェイリスに声を掛ける者がいた。

 

「あれ、君はもしかして、メイクイーンのメイド……確かフェイリス・ニャンニャンさん?」

 

 フェイリスはいきなり正体を当てられ、仰天した。

ネコ耳は帽子で隠しているし、服もメイド服ではなく私服であり、

サングラスで顔を隠しているのだ。セリフからすると、お客様の誰かのようだが……

そう考え、フェイリスは振り向いた。

 

「あっ、確か前に店に来てくれた人ニャね、覚えてるニャ」

「自分は倉田っす、お久しぶりっす!」

「倉田さん、どうもニャ!こんなところで会うなんて偶然ニャね、

というか、よくフェイリスの事が分かったニャね」

「自分、見えなくてもネコ耳の気配には敏感なんす!

ちなみに自分はここで、うちの隊長……あっと、し、知り合いと待ち合わせしてるっす!」

「お~い倉田、悪い、待たせたな」

「あっ、隊長!」

 

 倉田は直前で訂正したにも関わらず、伊丹の事を隊長と呼び、

フェイリスは思わずクスッと笑った。

そしてフェイリスは、茶目っ気たっぷりに伊丹にこう言った。

 

「隊長さん、おはようございますなのニャ」

 

 いきなりフェイリスにそう呼ばれた伊丹は、自己紹介をする事も忘れ、

慌てて挨拶を返すと、倉田の事をじろっと睨んだ。

 

「あ、お、おはようございます、っておい、こんな所で隊長とか呼ぶなよ倉田」

「あっ、す、すみません」

「隊長って呼ぶくらいなら、せめてコミケって呼べよ、もしくは伊丹でいいぞ、ケモナー」

「ちょっ、隊長、その呼び方はさすがに女性の前ではまずいっす!やめてくれっす!」

「おお、悪い悪い、じゃあ俺の事も普通に伊丹って呼べよ倉田」

「分かりました、伊丹さん!」

 

 そして伊丹は興味深げにこちらを見ているフェイリスに気付き、

慌てて居住まいを正し、自己紹介をした。

 

「あっとすみません、初めまして、俺は伊丹です、ええと、倉田のお知り合いですか?」

「ちょ、ちょっと待ってちょっと待って、も、もしかしてコミケさんとケモナーさんなの?」

 

 横から突然詩乃が、そう言って会話に割り込んできた。

 

「ん?え?もしかして君は、源氏軍の誰かか?」

 

 伊丹は一瞬で状況を把握したのか、そう的確な質問を詩乃に返した。

 

「私はシノンよ、お久しぶりね、コミケさん、ケモナーさん」

「まじか、シノンなのか、いやぁ本当に偶然だな、よっ、久しぶり!」

「まじっすか!凄い偶然っすね、お久しぶりっす!」

「本当にね、お二人はもしかして、これから八幡の所に?」

 

 詩乃は内心でやばいと思いつつ、二人にそう尋ねた。

 

「おう、もちろん大将の所に最初に顔を出すつもりだ」

「俺は大将に会うのは初めてなんすよ、いやぁ、楽しみっす!」

「やっぱりそうなのね、あ、あの、二人にお願いがあるの……」

「ん?どうしたんだシノン?」

「じ、実は……」

 

 そして詩乃は、自分達がここにいる事は八幡に内緒にしてほしいと二人に頼んだ。

 

「何でまた?」

「え、えっと、実は私達、三回目のステージにコスプレでサプライズ乱入するつもりで……」

「あ、ああ~、そういう事か!」

「なるほど、了解っす!」

 

 二人は面白そうな顔で、即座にその頼みを了承した。

 

「オーケーオーケー、大将には内緒にしておく」

「ありがとう、二人とも」

「で、そろそろちゃんと、そちらの彼女にも自己紹介をしておきたいんだが……」

 

 伊丹は紅莉栖の方を見ながらそう言い、紅莉栖はそれを受け、笑顔でこう言った。

 

「初めまして、お二人の事は映像で見た事があります、

私はヴァルハラのクリシュナです、宜しくお願いします」

 

 紅莉栖がそう自己紹介した為、詩乃とフェイリスは顔を見合わせると、

紅莉栖に合わせてこう自己紹介した。

 

「フェイリスはヴァルハラのフェイリスニャ」

「私も今はヴァルハラのシノンかしらね」

 

 そう言われ、今度は伊丹と倉田が顔を見合わせた。

二人とも八幡を知る過程でALO絡みの知識もしっかりと持ち合わせており、

ヴァルハラのメンバーについてもきちんと把握していたのだ。

 

「まじか、伝説のギルドのメンバーのうち三人に会えるなんて、びっくりだな」

「あ、って事はもしかしてソレイユのブースにも……」

「ええ、ええと、多分八人はいるんじゃないかしら、あ、もちろんオフレコでね」

 

 ちなみにその八人とは、ハチマン、アスナ、キリト、ソレイユ、

ユキノ、イロハ、セラフィム、フカ次郎の八人である。

 

「分かってるって、しかしまじかよ、それは凄いな……」

「GGOでもALOでも最強とか、やっぱり大将には憧れるっすね!」

「それじゃあ俺達は早速大将に会いに行くけど、そっちはどうするんだ?」

「私達も偵察に行くつもりだから、途中まで一緒に行きましょっか」

「そうだな、そうするか」

「近くに行ったら他人のフリをするって事で」

「了解っす!いやぁ、楽しくなってきたっすね!」

 

 こうして偶然再会した詩乃達と伊丹達は、そのままソレイユブースへと向かう事となった。

 

 

 

 一方留美と椎奈とキョーマは、『腐海のプリンセス』のブースに着いていたが、

そのあまりの混雑っぷりに仰天していた。

 

「何これ……」

「カタログから壁サークルだというのは分かっていたが、まさかここまでとはな……」

「しかも並んでるのが全部女の子なんだけど……」

「本当だ……」

 

 留美は呆然とそう呟き、ブースの方へと顔を覗かせ、売り子をしている女性と目が合った。

途端にその女性が驚いた顔で立ち上がり、見た事のある女性と売り子を交代して、

留美の方へと走ってくる姿が見えた。

 

「ゆきのん、来てくれたんだ!」



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第522話 知らない世界

明日から普通の投稿に戻ります、大変お待たせしました!


「ゆきのん、来てくれたんだ!」

 

 そう言いながら近付いてくる男装の麗人を見て、留美はぎょっとした。

 

「他の人ならともかく、雪乃先輩の親友の結衣先輩がどうしてこんな間違えを……」

「もしかして、サングラスをかけてるからなんじゃない?」

「あっ、そういう事……?」

 

 留美は結衣が自分を雪乃と間違える事はさすがに無いだろうと思っていた為、

完全に油断していた。そのせいで何を言えばいいか咄嗟に出てこず、

まごまごした留美に、結衣はニコニコしながらこう言った。

 

「いやぁ、まさかゆきのんが来てくれるなんて思わなかったよ、

ゆきのんはこういうの、苦手だと思ってたから。まああたしも苦手なんだけどね」

「あ、あの、その……」

「ん、どうしたの?」

 

 そう言いながら結衣が留美に顔を近付けた瞬間、周囲が悪い意味でざわっとした。

そう、悪い意味でである。具体的には、声にならない悲鳴が聞こえた感じだろうか。

 

「あっ、ちょっとまずったかも、ゆきのん達は全部で三人?ちょっとこっちに来て」

 

 結衣はそう言って留美の手を引き、人気が少ない裏の方へと三人を連れていった。

 

「ごめんごめん、ほら、この周辺にいる人ってば、

ヒッキーに扮したあたしには、基本的には男の子とだけ接して欲しいみたいでさ、

ああいう風に女の子と絡むとああいう雰囲気になっちゃうんだよね、

違う、それじゃない、みたいな」

「は、はぁ……」

 

 留美は結衣が言っている事があまり理解出来なかったのか、曖昧にそう返事をした。

 

「……何か今日のゆきのんはいつもと違うね、何かあったの?」

「いえ、あの、私は……」

「あれ、何か声もいつもと違うような」

「当たり前っしょ結衣、その子はどう見ても雪乃じゃないでしょ、

サングラスを外してその子の胸をよく見てみろし」

 

 その時後方からそんな声が投げかけられ、結衣はサングラスを外し、

目をごしごしとこすりながら留美の顔から下へと視線を動かした。

 

「あ………」

 

 そして結衣は、そこに明らかに雪乃とは違う膨らみを見付け、慌てて留美に謝った。

 

「ご、ごっめ~ん、あたしってば、知らない人にとんだ勘違いを……」

「ほんとごめんねぇ、この子ってば昔から天然でさ……」

 

 先ほど後ろから結衣に声を掛けた人物、三浦優美子がそう留美に謝り、

留美は優美子に笑顔でこう答えた。

 

「いえ、別に大丈夫です、それに私達は初対面じゃないですよ、先輩」

「せ、先輩?」

「だ、誰……?」

 

 結衣と優美子はそう言いながら、留美の顔を見て目を細めた。

 

「ん~~~~?」

「どこかで見たような……」

 

 そんな二人に、留美はすました顔でこう言った。

 

「お二人とは小学生の時の千葉村やクリスマス以来ですね、

そんな私も今は総武高校の二年生で、奉仕部の部長ですよ、先輩方」

 

 その言葉で二人は、留美の正体に気付く事が出来た。

二人は今の奉仕部の部長が留美だという事を、以前八幡から聞いて知っていたのだ。

 

「あ、ああ!も、もしかしてルミルミ?」

「そうそう、ルミルミだルミルミ!」

「ルミルミ言うな」

「「あ、ごめん」」

 

 留美は反射でそう言い、二人はそうハモりながら謝り、

そして三人は顔を見合わせ思わず噴き出した。

 

「今日はお二人がここにいると聞いて、挨拶に来ました。

それにしてもお二人のその格好は……」

「あ、そうだったんだ、わざわざありがとね。

で、この格好は何ていうか……ヒッキーのつもりというか……」

「あーしはその親友の和人のつもり」

「な、何でそんな事を……」

「それは二人が姫菜の書いてる本の主人公だから……」

「ああそうだ、あーしも一冊もらったんだけど、いらないからこれあげるわ、

あんまりお勧めしないけど、まあ読んでみて」

「あ、はい、ありがとうございます」

「で、そちらのお二人は?」

「ああ、こちらは……」

 

 留美はそう言って連れの二人の方を見た。

 

「初めまして、詩乃の親友の夜野椎奈です、結衣さん、優美子さん」

「あ、詩乃から聞いた事がある!」

「なるほど、宜しくね、椎奈」

「そしてこの俺は、八幡の親友であり狂気のマッド・サイエンティスト、鳳凰院凶真だ」

 

 キョーマはそう言いながら決めポーズをとった。

二人はそんなキョーマを見ても平然としたまま、笑顔で言った。

 

「ヒッキーから聞いてた通りの人だね、由比ヶ浜結衣です、初めまして、キョーマさん」

「へぇ、本当にそんな感じなんだね、あーしは三浦優美子、宜しくね」

 

 キョーマは真顔でそう言われ、恥ずかしくなったのか、

やや顔を赤くしながら二人にこう言った。

 

「へ、平然としすぎだろう……さすがは八幡の仲間というべきなのかもしれないが」

「まあほら、あたし達はもっとどっぷりとロールプレイにはまった人達と日々戦ってるし?」

「そういうのにはもう慣れたっていうか……」

 

 二人は自嘲ぎみにそう言い、キョーマは慌てて二人に抗議した。

 

「お、俺のこれは別にロールプレイではない!真の姿なのだ!」

「あ、うん、そうだね」

「うんうん、宜しくね、狂気のマッド・サイエンティスト」

「お、おう、分かれば良いのだ分かれば……」

 

 二人にそう生暖かい目で言われ、キョーマの虚勢も若干尻すぼみとなったようだ。

 

「って事は、詩乃もここに来てるの?」

「はい、来てますよ」

「なるほど、ソレイユのブースが目当てなのかな」

「まあそんな感じですね」

 

 椎奈はその質問に、あっけらかんとそう答えた。

本来は隠さねばならないところなのかもしれないが、椎奈や留美の共通見解では、

八幡が自分の痴態が描かれた薄い本を売っている場所にのこのこと姿を現すとは考えにくく、

この二人もこの混雑具合からして、当分ここを離れられないだろうと予想されており、

ここで詩乃や留美や椎奈が来ている事を隠す必要もないだろうという事になっていたのだ。

 

「由比ヶ浜、三浦、海老名がまた例の奴をお願いだってさ」

 

 その時売り場の方から、先ほど結衣と売り子を交代していた女性が姿を現し、

その顔をまじまじと見た留美は、その女性、川崎沙希にこう言った。

 

「あ、やっぱり、けーちゃんのお姉さんでしたか」

「う?あ、あんた、もしかしてけーちゃんの友達?」

 

 ちなみにけーちゃんというのは、沙希の妹、川崎京華の事である。

 

「はい、知り合ったのは五年前くらいですが、今でも仲良くさせてもらってます、

でも沙希先輩にもその時、衣装作りの関係で会ってますよ、

私は総武高校二年の鶴見留美です、お久しぶりです」

「五年前に衣装って……も、もしかしてクリスマスイベント?

って事はあんたはあの時の小学生?」

「はい、そうですね」

「なるほど……雪ノ下似の美人になったんだね」

「よく言われます」

「さっき結衣も間違えたくらいだかんね」

「ちょっと優美子、それはサングラスのせいなんだからね!」

 

 そして結衣と優美子の二人が表に出ていった後、

椎奈とキョーマも沙希に自己紹介をし、沙希は二人に自己紹介を返した。

 

「私は川崎沙希だよ、よろしくね」

「か、川崎沙希だと!?」

 

 その時キョーマがそう大声を出し、沙希はぽかんとした。

 

「あんたもしかして私の事を知ってるの?どこかで会った?」

「いや、会った事がある訳じゃないんだが、

あんたはネットショップの『ハンドメイドコス・川崎』の店主だよな?」

「ああ、そっちか、確かにそうだけど、マイナーな活動なのによく知ってるわね」

「俺の幼馴染があんたの大ファンでな、あんたを目標にいつも頑張ってるんだよ」

「そうなんだ、それは光栄ね」

 

 沙希はまんざらでもなさそうにそう言い、そんな沙希に、キョーマはおずおずと言った。

 

「も、もし良かったら、手が空いた時にでもそいつに会ってやってくれないか?

そいつも今この会場に来てるんだよ」

 

 沙希はそう言われ、少し警戒しながらこう言った。

 

「それって女の子?」

「ああ、そいつの名は椎名まゆりという」

「ああ!その子とは何度かメールのやり取りをした事があるわ、

そういう事なら構わないわ、後で手があいたらメールするって伝えておいて」

「そうか、すまない、恩にきる」

「ううん、私もあの子には興味があったから別に気にしないで」

 

 そんな会話をしていた最中に、表から黄色い声が聞こえ、

キョーマ達は何事かと気になり、沙希にその事を尋ねた。

 

「ああ、あれね……由比ヶ浜と三浦が、あの格好で宣伝活動をしてるのよ」

「あれって八幡と和人だよな?」

「あ、キョーマはあの二人と知り合いなんだ、

っていうかあの格好だけでよく分かったわね」

「何となく雰囲気があの二人っぽかったからな」

「それだけで分かるなんて、本当にあの二人とかなり親しいんだね」

「まあな」

 

 沙希は八幡の入院中に何度か病院に行った関係で和人とも面識を持っており、

最近疎遠になっていた事もあり、キョーマに二人の事を尋ねた。

 

「八幡と和人君は元気?」

「ああ、二人とも元気だぞ、今日もソレイユブースに来てるはずだ」

「そう、なら後で会いにいってみようかな、もう私がここにいなくても大丈夫みたいだし」

「そうするといい、あの二人も喜ぶだろう」

「………そうかな?」

 

 その恥ずかしげな表情が気になったキョーマは、どっちが本命だろうと思いながら、

かまをかけるつもりでこう言った。

 

「特に八幡はそうだろうな」

「………そ、そうなのかな」

 

(八幡の方だったか、まあ元々八幡のクラスメートだったらしいし、

当たり前といえば当たり前だな)

 

 キョーマがそんな事を考えた時、また表から黄色い声がした。

 

「何か凄いな……」

「ああ、まあ海老名達は人気作家らしいからね」

「八幡と和人にはこの光景は見せられないな……」

「まあね……」

「はぁ、疲れた……」

「今回は前回よりも確実にお客さんが多いね」

 

 その時表から、姫菜と梨紗がこちらに入ってきた。

そして二人は結衣達から聞いたのか、フレンドリーな態度で留美達に挨拶してきた、

 

「あ、どもども、腐海のプリンセス一号こと海老名姫菜だよ」

「同じく二号の葵梨紗だよん」

 

 そして自己紹介が再び繰り返され、姫菜は驚いた顔で留美との再会を喜んだ。

 

「そっかそっか、美人さんに成長したんだねぇ、

でもあの頃の面影も少しは残ってるかな、感慨深いなぁ」

「まあ一番成長する時期ですしね」

「うんうん、そうだね、ところでキョーマ君」

「ん、何だ?」

「比企谷君の事、好き?」

「あっ……」

 

 沙希はそれを聞いて咄嗟にキョーマを止めようとしたが、時既に遅かった。

 

「ん?まああいつとは親友と言っても差し支えない間柄だし、もちろん好きだぞ」

 

 そのセリフを聞いた姫菜と梨紗は、下を向いてぷるぷると震えだした。

 

「ど、どうかしたのか?二人とも」

 

 沙希はあちゃぁと顔に手を当て、キョーマは心配そうに二人にそう尋ねた。

そして顔を上げた二人を見て、キョーマだけではなく留美と椎奈もぎょっとした。

姫菜と梨紗が、だらしない顔で興奮したようにはぁはぁと荒い息を吐いていたからだ。

 

「こ、これは新作の予感!」

「みなぎってきたあああああ!」

「はいはい、分かった、分かったから、一般人に迷惑をかけないようにね」

 

 沙希は慌てて二人の前に立ち、ちらりと振り返ると、三人に逃げろと目で合図を送った。

それを見た三人は顔を見合わせ、挨拶もそこそこにその場を逃げ出した。

 

「そ、それじゃあまた後で顔を出しますので」

「お二人とも、頑張って下さいね!」

「ではまたな、さらばだ!」

「あ、ま、待って!」

「キョーマさん、カムバ~ック!」

「はいはい、あんた達はとりあえず休んでなって」

 

 こうして沙希が二人を食い止めている間に、三人は何とか安全圏まで到達する事が出来た。

 

「こ、怖かった……」

「だね……」

「な、あそこは初心者には危険だっただろ?」

 

 その言葉に留美と椎奈はこくこくと頷いた。

 

「それじゃあ一度まゆりの所に戻るとするか」

「うん」

「だね!」

 

 この時の体験のせいで、微妙に二人の心にトラウマが残る事となったが、

とにもかくにも、こうして留美達と腐海のプリンセスチームは邂逅する事となった。



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第523話 詩乃の最終兵器

 ソレイユブースの物販はのっけから大盛況であった。

 

「かおり、どんな感じ?」

「あ、明日奈、小物類がそろそろ無くなりそう」

「和人君、商品の追加をお願い」

「了解、すぐに用意する」

 

 基本表に出れない明日奈と和人は裏方に回り、かおりは売り子として、

八面六臂の活躍をしていた。

かおりがALO内のショップNPCの格好をしているのもとても好評のようだ。

問題があるとすれば、その格好がやや露出が多いという事だろうか。

 

「かおりはさすがだよなぁ」

「ちょっと問題がありそうなお客様も、問題なくさばいているわね」

「だが疲れに関しては、さすがにどうしようもないな、雪乃、悪いが交代してやってくれ」

「分かったわ、着替えてくるわね」

 

 雪乃は平然とした顔でそう言うと、着替える為に控え室へと消えていった。

 

 

 

「お~い、大将!」

 

 雪乃の着替えを待っている間、八幡をそう呼ぶ声がした。

 

「この声は……あ、伊丹さん、来てくれたんですね、

それにそっちは、もしかしてケモナーさんですか?」

「倉田っす、宜しくっす大将!」

「やっぱりでしたか、聞いてた通りですね」

 

 そして八幡は、二人と固い握手を交わした。

 

「栗林と黒川はどう?ちゃんとやってる?」

「はい、この間は空挺降下をしてもらいましたけど、頑張ってもらってますね」

「空挺降下?」

「あの二人がっすか?」

「はい、それ用のプログラムを組んだんで、テストをしてもらいました。

最初は内容を伝えずにいきなりやってもらったんですけど、

特に怖がりもせず、楽しそうに飛び降りてましたね」

「まじか、さすがというか……」

「黙ってやらせるなんて鬼畜な所業を平然と行えるなんて、さすが大将!」

「あはははは、倉田さん、そんなに褒めないでくださいよ」

「いやいやさすがっす!一生ついていくっす!」

「お前ら二人とも、微妙にズレてるよな……」

 

 伊丹はそうため息をつきながら言った時、着替えた雪乃が戻ってきた。

その美しい姿に伊丹は思わずため息をついた。

 

「こ、これはまた……」

「八幡君、お待たせしたかしら、えっと、お客さん?」

「あ、いや、こちらはコミケさんとケモナーさんだ、先生」

 

 雪乃は八幡が自分を先生と呼んだ事でスイッチが入ったのか、

GGOでの口調で二人に話しかけた。

 

「何だ、お前らだったのか、久しぶりだな」

「いや先生、ここでは普通の喋り方でいいからな……」

「そう、なら初めましてお二人とも、私がニャンゴローこと雪ノ下雪乃です」

「………」

「………」

 

 二人はその雪乃のギャップに呆気に取られながらも、雪乃に手を差し出した。

 

「は、初めまして、伊丹です」

「く、倉田っす、宜しくっす!」

「はい、宜しくお願いしますね」

 

 雪乃はそう言って微笑み、伊丹は顔を赤らめながら頭をかいた。

 

「まさか先生が、こんなに美しい方だったとは……大将も隅におけないな」

 

 だが倉田は微妙に不満そうに、ぼそりとこう呟いた。

 

「これでネコ耳だったら完璧だったっすね……」

 

 その言葉に雪乃が反応した。雪乃は倉田の手をとりながら、満面の笑みで言った。

 

「やっぱり倉田さんもそう思う?そうよね、ネコ耳は絶対に必要よね」

「も、もちろんっす!ネコ耳は至高っす!」

「こんな事もあろうかと、ちゃんと用意しておいたわ」

 

 そして雪乃はどこに隠していたのか、ネコ耳をつけてドヤ顔をした。

 

「おおおおお、さすがは先生、完璧っす!」

「どうやらあなたとは、美味しいお酒が飲めそうね」

「ふふふふふふふふふふ」

「うふふふふふふふふふ」

 

 そんな二人を見ながら、八幡は深いため息をつくと、雪乃に言った。

 

「雪乃、もうそれでいいから、早くかおりと代わってやってくれ」

「そうだったわね、それじゃあ許可も出た事だし、このまま売り子を交代するわね、

お二人とも、楽しんでいって下さいね」

「それじゃあ俺達も予定通りのルートを回るとするか、二人とも、またです」

「先生、頑張って下さいね!」

 

 そして伊丹と倉田は少し他を回ってから、最初のイベントに顔を出すと言って去っていき、

二人を見送った八幡は、改めて雪乃の姿をじっと見つめた。

 

「…………」

「どこを見ているのかしら、目をえぐられたいの?」

「あ、いや、なぁ雪乃、お前さ」

 

 そう言いながら八幡は、雪乃の耳元でこう囁いた。

 

「最近遺伝子が目を覚ましてきてるよな」

「……セクハラにならないように、言い回しに努力しているのは認めるけど、

その心配は無用よ、ハッキリ言いなさい、『雪乃、胸が少し大きくなったな』と!」

 

 そう言う雪乃のドヤ顔は、かつてない程の喜びに溢れたものであり、

八幡は気圧されつつも、言われた通りのセリフを棒読みで言った。

 

「雪乃、胸が少し大きくなったな」

「ええ、その通りよ、この服装はどちらかというと脚を強調するデザインだから、

胸があまり目立たないようになっているのに、それでもその事に気付くなんて、

いつも私の事を、欲望に塗れた目で観察していた成果が出たわね」

「その風評被害には断固として抗議させてもらう、俺はそんな目でお前を見ていない」

「あら、じゃあどんな目で見ているのかしら」

「いつも美人なお前が、益々魅力を増したなと、そう思っている」

「あら、あらあらあら、あなたもやっと少しは素直になれたのね」

「俺はいつも素直だっての、ほら、さっさと行ってこい」

「ええ、それじゃあ行ってくるわね」

「おう、頼むな」

「任せて頂戴」

 

 そして雪乃と交代で戻ってきたかおりが、驚いたような表情で八幡に言った。

 

「ねぇ、雪乃がかつて見た事もないような満面の笑みで交代してくれたんだけど、

八幡は雪乃に何を言ったの?」

「ん、ああ、ちょっと褒めただけだぞ」

「ふ~ん、それにしちゃいつもと違いすぎな気もするけど」

「まあ俺も大人になったって事だ」

「大人、ねぇ」

「まあとりあえず休んでくるといい、ほら、飲み物だ」

「また甘いものをチョイスしてくれたわね、八幡の好物なんだっけ?」

「その通りだが、ひとつだけ間違ってるぞ、

それをチョイスしたんじゃない、それしか持ってきていないだけだ」

「何それウケるし、まあいいや、ありがと」

 

 そう言いながらもかおりは八幡にお礼を言い、控え室へと下がっていった。

そして八幡は、にこにこと接客している雪乃に目をやった。

 

「………まさかあそこから姉さんや理事長みたいになったりするのか?

いや、さすがにそれは無いか、でもまあ見た感じ、確かに大きくなっていたようだし、

嘘をついた訳じゃないから、もし何かあいつが機嫌をそこねた時は、

しばらくはこのネタで雪乃の機嫌を直すとするか」

 

 八幡は昔と違い、そういった方面のセリフを簡単に口に出せるようになっていた。

大人になったという本人の弁は、それに関しては正しいと言えよう。

そして八幡はそう呟いた後、イベントの準備をしているチームの方へと向かった。

 

 

 

「ふう、本当にこの仕事はやりがいがあるなぁ、凄く楽しいし」

「かおりさん、かおりさん」

 

 控え室に入ったかおりを、そう呼ぶ声がした。かおりはきょろきょろと辺りを見回し、

物陰からちょこんと詩乃が顔を覗かせているのを見付け、

とても嬉しそうな笑顔で詩乃の方へと近付いた。

 

「詩乃、来てたんだ?」

「う、うん、フェイリスさんと紅莉栖さんも一緒」

「ハイ、かおりさん」

「やっほーなのニャ!」

「あ、やっほー、もしかして三人ともソレイユのブースに遊びに来てくれたの?」

「えっと、実は……」

 

 そして詩乃は、高校生組が八幡にスタッフとしての参加の禁止を言い渡された事、

それでリベンジする為にイベントに乱入しようとしている事などを、かおりに伝えた。

 

「何それウケるし、まあ確かに高校生にこういう格好をさせるのは、

問題があるかもしれないって判断したのかもね。

まあそれはいいとして、何故私にコンタクトしてきたの?」

「えっと、情報収集の一環として、実はかおりさんに、

イベント中に八幡が何に感心したり、反応を示したか、

気付いた事があったら教えてもらおうと思って」

「ああ、そういう事かぁ、別にいいよ、任せて」

「ありがとうございます」

 

 そして更に詩乃は、かおりにこう尋ねた。

 

「それでかおりさん、その、イベントの司会は薔薇さんですよね?

他に照明とかは誰が担当するんですか?」

「あ、それは雪乃がやるらしいよ、でもそんな事を聞いてどうするの?」

「乱入するにしても、イベント自体を壊す訳にはいかないから、

その二人には話を通して味方にしておいた方がいいかなって」

「あ、そういう事かぁ」

「もちろんかおりさんを含め、三人にはお礼を用意しています」

 

 詩乃のその言葉に、かおりは笑いながら言った。

 

「お礼なんてそんなの別にいいのに」

「いえ、八幡を形としては裏切る事になるかもしれないから、

それ相応の報酬を用意させてもらいました」

「そ、そうなんだ、ちなみに何を?」

「はちまんくんの一日レンタル権です」

 

 その詩乃の言葉を聞いたかおりは、かつてない程やる気に満ちた表情で言った。

 

「任せて、完璧に情報収集をしてみせるから!

そしてあの二人を絶対に説得して、完全なるこちらの味方に引き入れてみせるわ!」

「お願いします」

「目指すは打倒八幡よ、おー!」

「「「おー!」」」

 

 そして四人は簡単に打ち合わせをし、かおりは八幡の目を気にしながら、

薔薇と雪乃にコンタクトを取り、二人は血走った目ですぐに控え室に姿を現した。

 

「話は聞いたわよ」

「詩乃、いる?」

「は、早い………こ、ここです」

 

 そして薔薇と雪乃は、これまたかつてない程の満面の笑顔で、詩乃に言った。

 

「もう、水臭いわよ詩乃、詩乃の頼みを私達が断る訳がないじゃない」

「まあでもその詩乃の気持ちを尊重して、その報酬、有難く受け取らせてもらうわ」

「みんなで打倒八幡よ、頑張りましょう」

「そちらの事は、完璧にサポートさせてもらうわ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 

 

 そして話がまとまった後、薔薇と雪乃はスキップするかのように軽い足取りで、

それぞれの持ち場へと戻っていった。そして観客席へと移動した詩乃達三人は、

作戦に手ごたえを感じ、喜んでいた。

 

「これで八幡をギャフンと言わせる目処がたったニャね」

「それにしてもあの三人の食いつきようは凄かったわね……」

「まあはちまんくんは、こういう時の最終兵器だしね」

「ある意味詩乃も、その点に関してはチートキャラよね……」

 

 そんな会話をしているうちに、最初のイベントが始まった。



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第524話 かおり、八幡を観察す

どうやらグッズ関連は一通り売り切れたらしく『次の販売は十二時から』と書かれており、

それで手が空いたのだろう、かおりも舞台袖で、八幡と一緒にイベントの様子を眺めていた。

その視線は、まるで鷹のように舞台と八幡に注がれており、

かおりの意欲の程がよく見てとれた。

 

「はちまんくんはちまんくんはちまんくん……」

「ん?おいかおり、何で俺の名前を君付けで連呼してるんだ?」

「へ?あ、う、ううん、気のせいじゃない?」

「そうか?まあそれならいいんだが……」

 

 八幡はかおりの様子を訝しく思いながらも、

今はそれどころではない為スルーする事にした。

そもそもかおりが今更自分の事を君付けで呼ぶなどとは到底思えないし、

もし本当に君付けで呼んだとしたら、それは自分に対してではなく何か他の……

 

「………ああ、あいつがいたか」

 

 八幡は、共に詩乃を助けた自分の分身とも呼べる存在の事を思い出し、

自然と頬が緩むのを感じた。

 

「そういや最近会ってないな、今度詩乃の家に行く機会があったらちょっと話してみるか」

 

 八幡は、ちょっと前の事なのに、まるで遠い昔にあった事のように、

先日の事件の事を懐かしく感じながら、再びイベントに集中した。

第一回目のステージでは、ゲームの紹介が主にされる予定であり、

第二回、第三回とステージが進むごとに、情報がどんどん開示されていくスタイルである。

その事があらかじめ告知されていたせいか、今の客層は初心者の姿が多く見受けられた。

 

「はい、押さないで順番に入って下さいね、え?私ですか?ふふっ、いくつに見えます?」

 

 入り口からそんな声が聞こえ、八幡は思わずそちらに目を向けた。

見るとそこにはモテモテの理事長の姿があり、八幡は天を仰いだ。

 

「まあそうだよな、あの見た目じゃ騙されて当たり前だよな……」

「凄いよね、朱乃さん……ああ、私もああいう風に歳をとりたいなぁ」

 

 八幡が見ているものが何か気付いたのか、横にいたかおりがそう言った。

 

「どう考えても無理だろ、同じ人類とは思えん」

「そう言われると確かにその通りすぎて微妙にウケないわ……」

「あと胸をアピールしすぎだな、実にあざとい」

「むぅ……」

 

 かおりはチラリと自分の胸に目をやると、悔しそうにそう唸った。

 

「あの見た目でぐいぐいくるから、正直始末に負えないんだよな、

せめてもう少し普通にしててくれればなぁ……」

「でもいつも楽しそうじゃん?」

「まああれはあれでな」

 

 そう言いながら、まんざらでもなさそうな表情を見せる八幡を見て、

かおりは心のメモに、『八幡はぐいぐい迫ってくる胸の大きな女性に弱い』と書き記した。

 

「まああれは予想通りだが、予想以上だったのはあっちの方だな」

「どれどれ?」

「あれだあれ」

「ああ、秘書室長ね」

 

 二人が目を向けた先では、薔薇がまるでバスガイドのお姉さんのように、

ニコニコと笑顔で司会を行っている姿があった。

その見た目は清楚さに溢れており、普段の薔薇とは似ても似つかなかった。

 

「八幡はあの室長といつもの室長、どっちが好みなの?」

「あんな偽者の姿を普段から見せられたらじん麻疹が出ちまうだろうな」

「それじゃ、いつもの室長の方が好みなの?」

「小猫は俺の前と他の奴の前じゃ、全然態度が違うみたいだから、

いつものあいつをどう定義するかによって、また違うだろうけどな。

まあ小猫をいじるのは別に嫌いじゃないぞ」

 

 かおりはその言葉を自己流に解釈し、同時に八幡の視線の先にある物に気付き、

『八幡はSの毛が強い、それによく見ると、やはり視線が室長の胸に向いている』

と、心のメモに追加で書き記した。

 

「はい、それじゃあここで、皆さんが新しく新規のキャラを作った時に、

装備する機会があるであろう服装を紹介しますね」

 

 その言葉を受け、クルスと美優が前に進み出た。

 

「ねぇ八幡、そういえばあんた、ネコ耳とか好きなのよね?」

「あ?お前はいきなり何を言ってるんだ、失礼な」

 

 八幡が心外そうな表情でそう返してきたので、

かおりは以前明日奈から聞いていた情報が間違っていたのかと僅かに動揺した。

 

「俺が好きなのはネコ耳じゃない、ネコ耳を付けた明日奈だ、

そこだけは間違えてもらっちゃ困るな」

「そ、そうなんだ……」

「だがまあ世の中の男でネコ耳が嫌いな奴はいない、

なので俺も男として、別にネコ耳を否定するものではない」

「うわ……そ、それじゃあ美優のあの格好も問題無いの?」

「ネコ耳に罪は無いから当然問題ない、問題はただ一つ、あいつの性格にある」

「あ、あは……確かに美優は、事あるごとに八幡の体を狙ってるしね……」

「普通そういうのは男女逆だと思うんだがな」

「美優ってそういうとこ、おっさんっぽいよね……」

 

 だが八幡は、口ではそう言いながらも暖かい目で美優を見た後、こう言った。

 

「まああいつは頑張ってると思うぞ」

 

 それを聞いたかおりは、笑顔でこう答えた。

 

「うん、そうだね」

 

 そう言いながらもかおりは心のメモに、容赦なくこう書き記した。

 

『八幡はやっぱりネコ耳が好き、あとまた視線が少し下を向いている、

巨乳じゃなく単に胸が好きなだけかも』

 

 そして二人は次にクルスに目を向けた。クルスは薔薇にマイクを向けられ、

丁度自分の服装の説明をしている所だった。

 

「これはシルフの伝統的な衣装で、これを改良したものが、

今の領主さんが着ている服装だよ!ちなみにその写真がこれ、どう?美人でしょう?」

 

「……………なあ」

「…………う、うん」

「あいつは実は、ああいう喋り方がデフォなのかな?」

「どうなんだろうね、いつもの短い喋り方も嫌いじゃないんだけど」

「こういう場でやっぱり思うのは、女ってのは本当に化けるよなぁ……」

「まあここにいる人達は、特殊な例だと思うけどね……」

 

 その時観客達に手を振っていたクルスが、チラリと八幡に目を向け、

恥じらいつつも嬉しそうな表情を一瞬だけ見せた。

 

「クルスって、本当に八幡の事を信仰というか、崇拝してるよね……」

「………そうだな、何で俺なんだろうな」

「さあ、何でだろうね」

 

 かおりは茶目っ毛たっぷりにそう言い、八幡はかおりをじろっと睨んだ後にこう言った。

 

「まあ慕ってもらっている以上、幸せな人生を送ってもらえるように頑張らないとな」

 

(それには八幡が二十人以上必要になると思うけど)

 

 そう思いながらもかおりは「その中に自分も入ってるのかな」と考えつつ、

先ほどまでと同じように八幡の視線の先を追った。

 

「あれ……」

「ん、どうかしたか?」

「あ、ううん、何でもない」

 

 そう言いつつもかおりは、八幡の視線がクルスの脚の方に向いている事に戸惑っていた。

 

(あれ……法則性が分からない、単純に女の子のパーツが好きって事?)

 

 明らかに理事長や薔薇と比べても見劣りしないクルスの胸を、しかし八幡は見なかった。

 

(まあいいわ、メモメモっと)

 

 そしてかおりは、心のメモにこう記した。

 

『八幡は美脚が好き、もしかしたらそっちの方が好きなのかも』

 

 八幡はコスチュームの様子をチェックし、色気が過剰すぎたりしないように、

改良点を自分なりにチェックしていただけなのだが、

そんな事は分からないかおりの心のメモは、最終的にこう纏められた。

 

『八幡はS気質で、興味があるのは胸と脚とネコ耳、胸の大きさにはあまり拘っていない。

結構えっち、でも知り合った女の子全員を幸せにしたいと思ってくれている』

 

 こうして残りの三人の出番の無いまま、最初のイベントは終了した。

伊丹はGGOとの一番の違い……空を飛べる事に興味津々のようだった。

やはり自由に大空を舞えるというのは、ALOの大きな強みなのだろう。

倉田はケットシーに扮した美優が出てきた時以外は基本大人しかった。

ただ、クルスが出てきた時は何かに見蕩れるようにその姿に見入っていた。

どうやら脳内でクルスにネコ耳を付け、間違いなく似合うと判断したようだ。

これは、『倉田はクルスちゃんの首から上しか見ていなかった』

という伊丹の証言によって、後に判明し、本人もそれを認めた。

そして詩乃達三人は………

 

「ねぇ、どう思った?」

「一体何なのニャ、あのプロポーションは、ありえないのニャ」

「戦闘力高すぎでしょう……」

「やっぱりそう思うよね……」

 

 この三人は、スタイルは少し大人しめであり、スレンダーなタイプである。

そして三人とも、関係が近い友人にスタイルの良い者がおり、

その破壊力の凄まじさを熟知している者ばかりだ。

まゆり然り、椎奈しかり、そんな二人と一緒にプールにでも行けば、

二人は間違いなく複数の男に声を掛けられる事だろう。

 

「かおりさんの話を聞いて、それで対策を考えるしかないわね」

「どんな結果が出てくる事やら」

「八幡の性癖が分かれば対応策もきっと見つかるのニャ」

 

 そして詩乃の所にかおりがメールを送ってきた。

 

『八幡はS気質で、興味があるのは胸と脚とネコ耳、胸の大きさにはあまり拘っていない。

結構えっち、でも知り合った女の子全員を幸せにしたいと思ってくれている』

 

「お」

「大きさには拘らないけどえっちという事は……」

「これはチャンスね、露出を増やす方向でまゆりに調整してもらいましょう」

「クーニャンはどうするのニャ?」

「そうね、ちょっと恥ずかしいけど、私も多少なら容認するわ」

「そうこなくっちゃ、味方も増えたし頑張りましょう」

 

 三人は、そのまま八幡に見つからないようにまゆりの所に撤収した。

倉田は今のイベントで火が点いたのか、まだ見ぬケモ耳少女を求めて旅立っていった。

そして伊丹も、閣下に頼まれた文学作品系の同人本を求めて、

カタログを見ながら移動していった。

 

 

 

 その後、無事に二回目のイベントも終わり、八幡達は遅い昼食をとっていた。

 

「さて、三回目のステージまでどうするか」

「そういえば八幡君、姫菜の所に行かなくていいの?」

「……………ああそうか、顔を出さないといけないのか」

 

 八幡は明日奈にそう言われ、とても嫌そうな顔でそう言った。

 

「明日奈も一緒に行くか?」

「う、ううん、怖いから遠慮しとく」

「まあそれがいいだろうな、仕方ない、和人と後は……

そうか、伊丹さんの元奥さんもいたんだった、伊丹さんと三人で行ってくるか」

「が、頑張ってね、念の為に変装していった方がいいかも」

「そうだな、色々工夫してみるか」

「うん、それがいいね」

 

 そして八幡は、嫌がる和人を連れ、伊丹と合流した後、

腐海のプリンセスのブースへと向かった。

この少し後に八幡は、自分達が姫菜の本にどんなビジュアルで描かれているのか、

事前に調べておかなかった事を死ぬ程後悔する事になる。



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第525話 逃げろ!

「なぁ八幡、やっぱり行くのはやめないか?何か嫌な予感がするんだよ」

「和人、往生際が悪いぞ、ここまで来たんだからもう諦めろ」

「まあ進んで近寄りたい場所じゃないのは確かだけどね」

 

 八幡と和人、それに伊丹は、周りから徐々に男の姿が消えている事に気付きながらも、

腐海のプリンセスのブースへと向かっていた。

 

「いいか和人、こういう時はポジティブに考えるんだ、

ほらよく見てみろ、周りには女性しかいないぞ」

「それが逆に凄く怖いんだけど……」

「何か俺達、場違い感が半端ないな」

「伊丹さんまでそんな事を言わないで下さい、俺も本当はちょっと足が竦んでるんですから」

「やっぱりそうなんじゃないかよ、ほら、もう帰ろうぜ」

「うるさい和人、俺一人を生贄にしようとすんな、お前も道連れだ」

「それが本音かよ!」

「まあまあ、もう着くんだから諦めようぜ和人君、まあ変装してるんだし問題ないだろ」

「そうそう、大丈夫だって………多分」

 

 そんな会話をしながら三人は、ついに腐海のプリンセスのブースを視界におさめた。

見ると今の自分と和人によく似た格好をしている二人組が、プラカードを持って立っており、

八幡は偶然もあるもんだなと足を止め、じろじろとその二人を観察し始めた。

 

「あのプラカードを持ってる二人、どこかで見たような気がするんだよな……」

「ん?ここからじゃよく見えないけど、でも男なんだろ?じゃあ知らない奴なんじゃないか?

こんな場所に来るような知り合いは俺達にはいないはずだしな」

「まあそうだよな……多分海老名さんか梨紗さんの知り合いなんだろう、

もしかしたら昔の同級生なのかもしれないが、おそらく俺とは交流が無かったはずだから、

とりあえず放置でいいな。それにしても結衣と優美子、それに川崎の姿が見えないな、

あそこで愛想を振りまいているのは海老名さんみたいだが」

「ちなみにその隣にいるのが梨紗だよ」

「そうなんですか、あ、でも伊丹さん、別れた奥さんと、いまだに仲がいいんですね、

ちょっとびっくりです」

「確かに世間一般的にはそうなんだよなぁ……まあ男と女には色々あるってこった」

「色々ですか……」

 

 八幡と和人は伊丹に気を遣い、それ以上突っ込むのをやめた。

そしてどうしようかと考えあぐねた末に、プラカードを持つ二人にこっそりと話しかけ、

元同級生組の誰かに顔繋ぎをしてもらおうと考えた。

 

「ここまで盛況だとは思わなかったからな……」

「とんでもなく長い行列だよな……」

 

 二人はブースから長く伸びる行列に気圧されながらそう言った。

 

「とりあえず誰かに言付けて閉店の時にでもまた連絡してもらって、

その時に挨拶だけすればいいか」

「かな、さすがに邪魔をするのは申し訳ないし、何より本人バレが怖すぎる」

「二人は立場的にそれくらいはした方がいいかもな、

それじゃあ俺も、梨紗を紹介するのはその時って事にして、

それまであちこちぶらぶらしてくるとするかな、

まあ俺は作品には登場してないから気楽な立場だけど、そこは二人の都合に合わせないとね」

「伊丹さん、何かすみません」

「いやいや、気にしないでくれよ、むしろ梨紗のせいで色々不自由をかけてすまないね」

 

 逆に恐縮する伊丹を見て、和人が何か思いついたのか、ニヤニヤしながらこう言った。

 

「もしかして、伊丹さんも登場してたりして」

「お、おいおいやめてくれよ、さすがにそれは無いだろ………無い………よな?」

「どうですかね、見てみないと何とも?まあ進んで見たい物じゃないですけどね」

「うぅ……ちょっと不安になってきたな、俺も変装するかなぁ……」

「頭にバンダナでも巻きますか?一応変装用に持ってきたのがあるんで」

「おっ、それじゃあ借りておこうかな、後で返すよ」

 

 三人は、これで何があっても大丈夫だろうと考え、

安心してプラカードを持つ二人組に声をかけようとした。

丁度その時、今度はハッキリと見覚えのある女性の姿が視界に入り、

八幡と和人は顔を見合わせた。

 

「あれって川崎さんだよな?」

「だな、これで手間が省けたか」

「おっ、知り合いかい?」

「はい、高校の時の同級生です」

「なるほど」

 

 そして三人は沙希に近付き、代表して八幡が沙希に声を掛けた。

 

「よぉ、久しぶりだな」

「はぁ?ナンパならお断りだよ……って、あ、あんたは……」

 

 沙希は声を掛けてきた相手が誰なのか気付き、驚いてフリーズした。

ちょうどその時、その二人も八幡達に気付いたのか、驚いた表情でこう声を掛けてきた。

 

「ふ、二人とも、来ちゃったんだ……」

「って、その格好はまずい、まずいって、結衣、緊急避難するし」

「だね」

 

 その言葉で、八幡と和人はその二人が結衣と優美子であるという事に気が付いた。

 

「え?ま、まさかお前ら、結衣と優美子なのか?」

「え?気付いてなかったの?ってか何で気付かないし!」

「結衣、胸、自分の胸を見ろし」

「胸?あ………」

 

 結衣も優美子も胸をさらしでギチギチに固めていたので、

八幡と和人が気付かないのはある意味仕方がない。

優美子はともかく、結衣のイメージに多大な影響を与えている部位が平坦だったのだ。

そして結衣は、驚いた表情でまだ自分の胸をガン見している八幡に向かって言った。

 

「もう、えっち」

「いやいや、そもそも見るべき所が今は存在していないというかだな……」

「八幡、とりあえず落ち着け、今の問題はそこじゃない」

「ん、それじゃあどこだ?」

「この二人の格好をよく見ろよ、そしてさっきの優美子のセリフ……

これってまずくないか?」

「格好にセリフ?って、おいお前ら、その格好はもしかして……」

 

 八幡はその和人のセリフで、結衣と優美子の格好の意味に気付いたようだ。

 

「あ、あは……あ、あたしは……」

 

 そう言って結衣は、気まずそうに八幡を指差した。

 

「そしてあーしはもちろん……」

 

 そう言って優美子も気まずそうに和人を指差した。

その瞬間に最悪のタイミングで沙希が覚醒した。

 

「比企………あ、いや、本名はまずいのか、ええと、八百万?に、剣人君?」

 

 沙希はこういう場所で本名を出すべきじゃないと気を遣い、

うっかり姫菜の作品の中の名前で二人の事を呼んでしまった。

その瞬間に周囲の女性達がざわっとした。

 

「ねぇ、今八百万様の名前が……」

「剣人君の名前も聞こえたわよね?」

「ね、ねぇ見てあれ、あの売り子さんが指差している人……」

「八百万様!?」

「剣人君まで!?」

「まさかの降臨!?」

「本人きたああああああああああ!」

 

 誰かがそう叫び、その瞬間にその場にいた全員が、八幡と和人のところに殺到した。

列に並んでいた者達まで殺到した為、姫菜と梨紗も驚いてこちらを見、

そのせいで二人もどうやら何が起こっているのか理解したようだ。

そして姫菜は商売になると思ったのか、ニタァっと笑った後、八幡達に向けてこう言った。

 

「あ、応援に来てくれたんだ、や・お・よ・ろ・ず・さ・ま、

そして、け・ん・と・く・ん?」

 

 二人はそう呼ばれ、内心で、『『こいつ裏切りやがった!』』と思いつつ、

じりじりと迫ってくる腐った集団に向け、慌てて弁解した。

 

「き、期待に添えなくて悪いんだが、俺達にはそういう趣味はまったく無いんだ!」

「そうそう、俺もこいつも彼女持ちだから、

だ、だからそれ以上俺達をそんな目で見ないでくれ!」

 

 だがその集団から、即座にこんな反論が飛んできた。

 

「何を言ってるんですか?そんなの当たり前じゃないですか」

「私達だって、そんな関係の人がほいほいと簡単に現れてくれるだなんて思ってませんよ」

「でもそういう絶対にありえない組み合わせを妄想するのが楽しいんです!」

 

 そう言いながらその集団は、飢えた獣のような目でじりじりと二人に迫っていった。

ちなみにやらかした沙希と、ついでに結衣と優美子もその半包囲の中にいた。

 

「か、勘弁してくれ」

「まずい、これはまずいぞ……」

「ご、ごめん、完全にやらかした……」

 

 沙希は事情を理解し、俯きながらそう言った。

 

「気にするなよ川崎、悪いのは全部あそこにいる腐海のプリンセスだ、

お前に何か悪い部分があったとすれば、それはタイミングだけだ」

「う、うん……」

 

 沙希はそう言われたものの、尚も俯いており、

和人はこの場を何とかしようと助けを求めて辺りを見回しながら言った。

 

「だ、誰か助けを………」

「助けって、俺達の他に誰が……」

「あ」

 

 そして八幡と和人は、伊丹の存在を思い出した。

幸いにも伊丹は咄嗟に逃げ出す事に成功しており、

今は二人の後ろでまごまごしている状態だった。

二人はすがるような目で伊丹の方に振り返ったのだが、

その視線を追った一人の女性が、あっという顔でこう叫んだ。

 

「みんな、見て!あそこにいるのはもしかして、大佐さんじゃない!?」

「えっ、どこどこ?」

「あっ、あのバンダナ……間違いない、大佐さんよ!」

「ミサイル、股間のミサイルは!?」

「新刊要素をここでぶち込んできたああああああ!さすがは腐海のプリンセス!」

「いいっ!?」

 

 伊丹は急に自分に矛先が向いた為、青ざめた表情でそう叫んだ。

そして若干自身への圧力が弱まったのを感じた八幡は、結衣に尋ねた。

 

「な、なぁ、大佐さんって何だ?」

「あ、これを見れば分かるよ」

「これは?」

「新刊のサンプル」

 

 そう言って結衣が手渡してきた本のタイトルは、

 

『八百万様と剣人君、第八話、襲来、大佐さんの弾道ミサイル』

 

であった。そして嫌そうな顔でペラリとページをめくった八幡の目に、

今の自分達とそっくりな格好をした二人組と、股間からミサイルを生やした、

今の伊丹にそっくりなバンダナを付けた軍人らしき人物の姿が目に入った。

 

「は、はは………まじかよ………」

「変装したのが裏目に出たな……はは……」

 

 それを横で見た和人も乾いた笑いを発する事しか出来なかった。

 

「お、おい大将、一体どうなってるんだ?」

「ああ……伊丹さん、これを……」

「これは……?うおっ、り、梨紗の奴、やりやがった……」

 

 そして伊丹は呆然とした顔で梨紗の方を見た。

梨紗はその視線を受け、気まずそうな顔で視線を反らした。

 

「くっそ……大将、どうする?」

「そうですね、やっぱりここは……」

「「「逃げるしかない!」」」

 

 そして八幡は、ただ一人俯いたままの沙希の手を取り後方へと走り出した。

それに合わせ、結衣と優美子、そして和人と伊丹も走り出し、

一瞬反応が遅れた獣達の集団も、すぐに我に返ると、六人の事を凄い勢いで追いかけ始めた。

 

「待って、八百万様!ぜひ私達の前で、慈愛の受けのポ-ズを!」

「剣人君!いつも通りのやんちゃ攻めを私達に見せて!」

「大佐さん!ミサイル一丁お願いします!」

「「「他を当たって下さい!」」」

 

 そして六人は、とにかく走って走って走りまくった。



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第526話 まるで同窓会

「はぁ……はぁ……」

「まいたか?」

「うん、多分……」

「まったくとんでもない目にあったな」

「まさか俺まであんな扱いをされてるとは……」

「あーし、もう走れない……」

「三浦、大丈夫?ちょっとこのベンチで休憩かな」

 

 六人は、命からがらあの場から逃げ出す事に成功し、

今はベンチで休憩しているところだった。

 

「それにしても、何でわざわざあんな格好を……」

「不幸な偶然が積み重なった結果だな、今回の件に関しては、

とにかく俺の情報収集が甘かった、みんな本当にすまない」

「それは仕方ないっしょ、これを本人に見ろなんてさすがに言えないし」

「まあなぁ……」

 

 八幡は疲れた表情で差し出された本を手にとり、

パラパラと中を見た後にそれを優美子に返却した。

 

「うん、絶対に無理だ」

「だよね、これは姫菜に返却しとく」

「そうしてくれ」

 

 そして六人は、しばらくベンチでだらだらと休憩した。

動けないほどではなかったが、とにかく精神的疲労が半端なかったのである。

そんな中、結衣の携帯に着信が入った、どうやら姫菜からであるようだ。

 

「もしもし、姫菜?あ、うん、こっちはもう大丈夫。

え?あ、そうなんだ、分かった、優美子にも伝えとくね」

 

 そして通話を終えた後、結衣は嬉しそうに優美子に言った。

 

「姫菜が、あの後直ぐに完売したから、もう戻ってこなくて大丈夫だってさ」

「え、まじで?まだかなり在庫が残ってたと思ったけど」

「さっきの件でお客さんが殺到して、一気に全部売り切ったみたい、

過去最高の売り上げらしいよ」

「そう、ならこれで義理は立派に果たしたっしょ、もう当分手伝わう必要もないね、結衣」

「だね………本当に良かった……」

 

 二人はそれで安堵したのが、前にも増してぐたっとその場でだらしなく弛緩した。

 

「これに懲りて、もう二度と俺達のコスプレはするなよ、

いや、コスプレというより、あれは仮装か」

「まあそうかもね」

「言われなくても二度とやらないし……」

「私ももう二度とごめんだわ……」

 

 優美子がそう言った直後に沙希もそう言い、八幡はそんな沙希を見ながらこう尋ねた。

 

「そういえば川崎と会うのも久しぶりだな」

「あ、うん、そうだね」

 

 沙希は髪をかきあげながら、少し照れたようにそう言った。

 

「でも川崎だけ格好が普通だよな、川崎の役目は何だったんだ?」

「お針子よ」

「お針子?って事は、二人の衣装は川崎が作ったのか?」

「うん」

「そうか、まあ川崎は昔から家庭的だったからな、あ、そうだ、けーちゃんは元気か?」

「ちょっとあんた、まだうちのけーちゃんを狙ってたの?」

「まだとか言うな!そんな事実は一切存在しない!」

「冗談よ冗談。けーちゃんももう小学四年生だし、

今はもう大分手がかからなくなったかな、まあ元気よ」

「そうか、それなら良かった」

 

 うんうんと頷く八幡に、沙希はそっとスマホを差し出してきた。

 

「ちなみにこれ」

「ん?」

「これ、私がやってるサイト」

「川崎の?まじで?」

「うん」

「どれ……」

 

 そして八幡は沙希のスマホを操作し、沙希がどんな活動をしているのか理解した。

 

「なるほど、こういった衣装を作ってるのか……凄いな」

「それほどでも……」

「いや、立派な仕事には正しい評価が必要だ、評判もいいみたいだし、

これからも頑張れよ、川崎」

「あ、ありがと……」

 

 沙希は八幡と目を合わせないまま、しかし頬を赤らめながらそう言った。

そんな二人を生暖かい目で見つめていた和人が、チラリと時計を見てこう言った。

 

「八幡、そろそろ戻らないといけない時間だぜ」

「ん、そうか、もうそんな時間か」

「何か用事?」

「いや、仕事だな、もうすぐソレイユの三度目のステージが始まるんだよ」

「ああ、なるほどね、あんたも昔と違って頑張ってるみたいじゃない」

「昔と違うってのは確かにその通りだな」

 

 八幡はそう言って素直に頷き、沙希もそんな八幡に微笑んだ。

そんな二人に嫉妬したのだろうか、結衣が間に割り込んできた。

 

「ねぇヒッキー、お願いがあるんだけど」

「ん、何だ?」

「ちょっとソレイユのブースで着替えてもいい?

着替えはロッカーに預けてあるから直ぐに持ってこれるし」

「ああ、別に構わないぞ、ついでにうちのイベントでも見ていってくれ、

あっちには明日奈や雪乃もいるしな」

「あ、あーしもお願い、さらしがきつくってさ……」

「もちろん構わないぞ」

「あたしはむしろ、ここでさらしだけ取っちゃいたい……」

 

 結衣のその言葉に、八幡はうんうんと頷いた。

 

「だよな、結衣は苦しいよな……ありえないくらい平坦になってるしな」

「もう、ヒッキーのえっち」

「純粋に結衣を心配しての言葉だ、下心とかはまったく無いからな」

「本当に?」

「当然だ、奉仕部の頃から散々見てきたんだから、そりゃ心配もするだろう」

「そんなに見てたんだ!?」

「そういう話に持ってくんじゃねえ、

ほら、川崎にでも手伝ってもらってさっさと外しちまえって」

「そうしたいのはやまやまなんだけどね……」

「ん、何か問題があるのか?」

「まあ確かに男の子にはこういう悩みは分からないよね」

「何がだ?」

 

 沙希のその言葉に、八幡はきょとんとした。

そんな八幡に先んじて状況を把握したらしい伊丹が、八幡の耳元でこう言った。

 

「大将大将、ブラだよブラ、ブラもロッカーの中なんだろ」

「あっ……」

 

 そして八幡は、心配そうに結衣に言った。

 

「状況は理解した、苦しいだろうがもうちょっと我慢してくれよな」

「あ、う、うん、心配してくれてありがと……」

 

 結衣はそんな八幡の気遣いを嬉しく思いながらそう言い、

小走りでコインロッカーに向かうと、直ぐに荷物を持って戻ってきた。

 

「どうする?トイレとかで着替えるか?」

「ううん、混んでるし、ソレイユのブースまで我慢する」

「そうか、それじゃあ急いで行くか」

「うん!」

 

 八幡に促され、一同は直ぐに移動を開始した。

その道中では沙希と結衣と優美子が、八幡にとある事実を告げていた。

 

「ところでルミルミも来てるみたいだけど、ヒッキーは会った?」

「ルミルミ?それってもしかして、鶴見留美の事か?」

「うん、ルミルミ言うなって突っ込まれちゃった、えへっ」

「へぇ、あいつ、こういうのに興味があったのか……って、それはまずいだろ!」

 

 八幡は焦ったようにそう言った。

 

「あ、それは大丈夫、作品に興味があった訳じゃなくて、

あーし達に挨拶しに来てくれただけみたいだからね」

「それならいいんだが……」

「あと他にも連れの人がいたね、詩乃の親友の椎奈って子と、鳳凰院って奴」

「椎奈だと!?それに鳳凰院って、凶真の事か?」

「ああそうそう、狂気のマッドサイエンティスト、あんたの親友だって言ってた」

「それは事実なんだがな、まああいつがここにいるのは分かる、

でも椎奈がここに……?まさか詩乃もここに来てるのか?」

「うん、ソレイユのブースに行くつもりだって言ってた」

「そうか……まあ客として来る分には別に構わないんだが、

しかし意味が分からない組み合わせだな……」

 

 八幡はその三人が一緒にいる意味がまったく分からなかった。

メイクイーンに行った事がある椎奈は、その関係で凶真と共にいるのかもしれない。

だが分からないのは何故留美が一緒にいるのかだ。

 

「ううむ………まあいいか、ソレイユのブースに来るつもりだっていうなら、

その時に聞けばいいか」

 

 八幡はそう言って、特にその事について深く考える事をやめた。

特に連絡する事も無かった為、詩乃達にとってはギリギリセーフである。

 

 

 

「よし、着いたぞ」

「へぇ、やっぱり企業のブースは規模が違うんだねぇ」

「あら、ユイユイに優美子じゃない、もう売り子の仕事は終わったのかしら」

「二人とも、こっちに来てくれたんだ」

 

 丁度手が空いたらしく、休憩していた明日奈と雪乃が、二人を見てそう声を掛けてきた。

 

「あ、いや~……終わったというか何というか」

「色々あって逃げてきたし」

「そうなの?まあ逃げたくなる気持ちは分かるけど………あら?」

 

 そして雪乃は沙希に気付き、懐かしかったのだろう、ニコリと微笑みながら言った。

 

「サキサキじゃない、久しぶりね」

「あんたまでサキサキ言うな!」

「あら、久しぶりに会ったというのにつれないわね、サキサキ、

ふふっ、これだけ集まると、まるで同窓会みたいで嬉しいわね」

「あんたがそんな事を言うなんて、絶対に性格変わったよね」

「そうなのかしら、自分では分からないのだけれど」

「友達の悪い影響を受けてるんじゃないの?例えばこいつとかこいつとかこいつ」

「俺を三回指差すんじゃねえよ……」

 

 八幡は沙希に抗議をしたが、それに耳を貸す沙希ではなかった。

そして沙希と何故か面識があったらしい明日奈が笑顔で沙希に挨拶をした。

 

「サキサキ、久しぶり!」

「ん、明日奈はサキサキと知り合いだったのか?」

「あんたらまでサキサキ言うな!」

「うん、まあ何度かね」

「へぇ、そうだったのか、それは知らなかったな」

 

 八幡は驚いた顔でそう言ったが、その事を深く質問するのは後回しにしようと思い、

この日はそのまま質問するのを忘れる事となった。

 

「で、結局何があったのかしら?」

「ああ、実はな……」

 

 八幡はこれまでの経緯を雪乃に伝え、雪乃は呆れたように結衣と優美子に言った。

 

「そういう事、とりあえずあそこが更衣室になっているから、着替えてくるといいわ」

「う、うん、ありがとうゆきのん」

「世話になるし」

 

 二人は雪乃にそう言われ、更衣室へと入っていった。

 

「え、ちょ、ま、きゃああああ!」

「え、待って!い、嫌ああああああ!」

「な、何だ?」

 

 直後に更衣室の中から二人の悲鳴が聞こえた為、

八幡は慌てて更衣室のドアに駆け寄り、中へと飛び込んだ。



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第527話 何故彼は私の胸を見ないの!?

また作者が暴走しました!


「おい、どうした?何があったんだ?………って、姉さん!?」

「あら、八幡君も参加したいの?」

「は、八幡、今は入ってくんなし!」

「ヒッキー、見ちゃ駄目ぇ!」

「わ、悪い」

 

 そこで八幡が目撃したのは陽乃が二人を背後から拘束し、

その胸をはだけさせ、直接揉んでいる姿であり、

八幡は慌てて部屋の外に飛び出すと、後ろ手にドアを閉めた。

 

「八幡君、何があったの?」

「………姉さんが二人を襲ってた」

「姉さんが?」

「そういう事……」

「という訳で男は今は中に入れん、明日奈、雪乃、頼む」

「分かった、任せて!」

「まったくあの人は………」

 

 二人はそう言って中へと突入していった。

 

「きゃっ」

 

 直後に明日奈の悲鳴が聞こえ、八幡は即座に中に突入しようとし、

すんでのところで思いとどまった。

 

「ぐぬ……」

「落ち着け八幡、こうなったらもう俺達に出来る事は何もない」

「そうだぜ大将、別に命の危険がある訳じゃないんだ、

ここはじっくり腰を据えて待つしかないだろ」

「それは分かりますが……」

 

 八幡は頭では納得しているようだが、気が気ではないのか、

ドアの前をうろうろと歩き回った。

 

「くっ……やっ……ね、姉さん?」

 

 そんな雪乃の声が聞こえ、味方が不利なのかと八幡は心配になった。

その後も我慢してひたすら待ち続けていた八幡の下に、クルスが駆けつけてきた。

 

「八幡様、何かトラブルですか?」

「おおマックス、実はこの部屋の中では姉さんが結衣と優美子相手にセクハラ三昧で、

今は明日奈と雪乃が姉さんを取り押さえようと頑張ってくれているはずなんだ」

「なるほど……でも中は随分静かですね、もしかして状況はこちらに不利ですか?」

「かもしれんが、俺が中に入る訳にもいかないしな……」

「分かりました、私も行ってきます」

「すまんマックス、頼む」

「お任せ下さい、それでは戦闘力の底上げの為に、私の頭を撫でて下さい」

「ん、そうか、分かった」

 

 そして周りの者が呆気にとられる中、八幡は平然とクルスの頭を撫でた。

 

「むふう、八幡様どうですか?今の私の戦闘力はいくつですか?」

「十万を超えて、尚も上昇中だ」

「それならいけそうです」

「よし、行ってこい」

「はい!」

 

 そしてクルスは部屋の中へ突入し、それを見ていた和人と伊丹はこう呟いた。

 

「クルスってあんな性格だったっけか……?」

「あのルックスにあのわがままボディであのノリ、大将が羨ましいな畜生」

 

 

 

「うう、やっとこのサラシを外せるよ……」

「あーしはともかく結衣はつらかったっしょ、よくここまで我慢したよね」

「だってヒッキーの前でノーブラになるのはやっぱり恥ずかしいし……」

「あーしは別に気にしないけど、結衣はまだまだ乙女だねぇ」

「そこは気にしようよ!?優美子だって乙女なんだし!」

「乙女だからこそ、むしろそういう目で見て欲しいってのもあるっしょ」

「まあそれはそうだけど……」

 

 部屋に入った直後に二人はそんな会話を交わしつつ、着替える為に上半身裸になった。

そのタイミングを見計らうように、声を掛けてきた者がいた。

 

「あら、入ってきていきなり裸で乙女対決?」

「あ、陽乃さんだ!」

「あれ、陽乃さん何でここに?」

「私はただの休憩よん、それにしてもガハマちゃん、相変わらずいい物を持ってるわねぇ」

「ひゃっ」

 

 陽乃はそう言いながら、いきなり結衣の胸を揉んだ。

 

「やっ、そこは駄目だってば」

「うん、これは中々……」

 

 陽乃は結衣の胸から手を離すと、手をにぎにぎした後に、その手を自分の胸に当てた。

 

「うん、まだまだ負けてない……か」

「うぅ……」

「三浦ちゃんはどうかなぁ」

「ひっ……」

 

 優美子は一応警戒してはいたのだが、

陽乃はするりと優美子の背後に回りこむと、両手で優美子の胸をわし掴みにした。

 

「ちょっ……」

「むむっ、この感触、張り、形、これはかなりの美乳ですね……」

「か、鑑定するなし!」

「確かにこれだけのものを持っているなら、大きさに拘らないのも頷けるわね」

「あーしは八幡がチラチラとあーしの胸を見てくる限り、これでいいと判断してるだけだし」

「優美子ちゃんも、意外と八幡君の事をよく見てるのねぇ……」

 

 陽乃は感心したようにそう言うと、優美子の胸から手を離した。

 

「ガハマちゃんも八幡君の視線を胸によく感じたりするのかしらね?」

「そ、それはまあいつもですけど……」

「むむっ、最近私は八幡君の視線を胸にはあまり感じないのに……どういう事!?」

「さ、さあ……」

「そんな事聞かれても……」

 

 その理由は簡単である。八幡にちょっかいを出しすぎたが故に、

最近八幡は、陽乃に会う度に、陽乃がいきなりおかしな行動に出る事を警戒し、

常に全体をぼ~っと見る癖がついているからだ。要するに陽乃の自業自得である。

だがそんな事は分からない陽乃は、ここで二人に対し、直接的な手段で原因を探る事にした。

 

「こうなったらとことんリサーチね、さあ二人とも、もっとよく胸を揉ませなさい」

「い、嫌です!」

「陽乃さん、さすがにそれは無いわぁ……」

「まあ断られても強引に揉むんだけどね」

「え、ちょ、ま、きゃああああ!」

「え、待って!い、嫌ああああああ!」

 

 陽乃は二人をトンッと軽く押し、並んで椅子に座らせると、即二人の背後に回り、

どういう理屈かは分からないが、自らの肘と腰を使って二人を動けないようにし、

そのまま二人の胸を好き放題に揉みしだいた。

直後にその悲鳴を聞いて、八幡が部屋に入ってきた。

 

「おい、どうした?何があったんだ?………って、姉さん!?」

「あら、八幡君も参加したいの?」

 

 陽乃はそう言いながら手の動きを止めた。その為結衣と優美子は喋る余裕が出来たが、

皮肉な事に、その事が逆に八幡を追い出す結果となった。

 

「は、八幡、今は入ってくんなし!」

「ヒッキー、見ちゃ駄目ぇ!」

「わ、悪い」

 

 八幡がそう言って直ぐに部屋を出ていった為、

陽乃は予想外の運の良さに、思わずこう呟いた。

 

「ありゃ、勝手に強敵が出てっちゃった、これはラッキー」

「あっ……」

「し、しまったし」

「一時的に見られる事になっても、ヒッキーに助けてもらえば良かった……」

「三浦ちゃんはむしろ、八幡君に見られたかったはずなのにねぇ」

「くっ、つい反射的に……」

「まあ今八幡君の後ろに明日奈ちゃんと雪乃ちゃんの姿が見えたし、

あの二人が来る前に、速攻で二人の胸をもてあそ……じゃない、研究しますか」

「やっ、あっ、だ、駄目!」

「い、今電流が走ったような……う、うあ……」

 

 そして二人は陽乃の持つ合気道の技術のせいなのか、

はたまた何か他の理由があるのか、くにゃりとその場に崩れ落ちた。

 

「さてと……あの二人は実力的に、この二人と同じという訳にはいかないわね、

とりあえず奇襲で一人沈めましょうか」

 

 そう呟きながら陽乃は、ドアの後ろに隠れた。

先に突入してきた者をスルーし、二人目を後ろから捕まえるつもりなのだ。

 

「出来れば雪乃ちゃんが後ろだといいなぁ、

その方が明日奈ちゃんの胸を長く研究出来るし」

 

 陽乃が言いたいのは要するに、先に捕まえた方は、

もう一人に備えて短時間で胸を揉んで落とさなければいけないという事なのである。

そうすれば、残りの一人をじっくりと研究する事が出来る。

陽乃にとってはその残りの一人が明日奈なのがベストだったが、

残念な事に先に突入してきたのは雪乃だった。

 

「姉さん!って、あ、あら?」

 

 雪乃は陽乃に気付かず、とりあえず正面でぐったりしている二人に駆け寄った。

直後に明日奈が中に入ってきた。

 

「雪乃、相手はあの姉さんだよ、気をつけて!」

「それはむしろ明日奈ちゃんに言うセリフかなぁ」

「えっ?」

 

 そして陽乃の手によりドアが閉められ、息をつく暇もなく明日奈が捕まった。

 

「きゃっ」

「それじゃあいただきまぁす!」

「えっ?な、何?や、やだ姉さん、どこに手を、って、あっ………」

 

 リアルでもそれなりに戦闘力のある方である明日奈も、

さすがに素手では何もする事が出来ず、あっさりと陽乃の毒牙にかかり、一瞬で落とされた。

 

「ふむ………申し分のないバランスと大きさ……

でもこれなら私も負けてないと思うんだけどなぁ……」

「姉さん、一体何を言っているの?というか何をやっているの?」

「ん?八幡君にチラチラと見てもらえる胸の研究だけど、

雪乃ちゃんにはまあ当分関係が無い事かなぁ」

 

 陽乃は久々に生身で戦った(と言っていいものか)せいか、気分が高揚していたのだろう、

迷わず自ら雪乃の地雷を踏みにいった。

あるいは久々にガチンコで姉妹のスキンシップを、等と考えていたのかもしれない。

だが雪乃は何故かその言葉に微動だにせず、陽乃は訝しげに雪乃に尋ねた。

 

「あ、あれ?雪乃ちゃん、怒らないの?」

「ええ」

「な、何で!?」

「だって私はついさっき、八幡君に胸の事を褒められたばかりですもの」

「な、何ですって!?」

「彼のあの、欲望に塗れた獣のような目……姉さんは最近彼に、

そんな視線を向けられた事があるのかしら?」

「な、な、な………」

 

 思わぬ雪乃の反撃に、陽乃は思わず放心した。

その隙を見逃さず、雪乃は陽乃を制圧しようと静かに動いた。

だが陽乃は雪乃から見ても恐ろしい程のスピードで雪乃の腕を取り、

そのまま背後に回ると、雪乃の服の裾から中に手を入れ、その胸を激しく揉み始めた。

 

「なっ……ま、まさか……」

「………」

「くっ……やっ……ね、姉さん?」

「………」

「こ、これはまさか無意識の産物だとでも言うの!?その状態でここまでの速度を……?

さ、さすがは姉さん、まだまだ私では敵わないようね……」

 

 そう言って雪乃もまた、陽乃に落とされた。

その重みで意識を取り戻した陽乃は、現状を理解してきょとんとした。

 

「え……い、今私は何を……まあいいか、せっかくだし……」

 

 そして陽乃はせっかくだからこの機会にとでも思ったのだろう、

存分に雪乃の胸を研究し、確かに雪乃の胸が昔より大きくなっている事を確認した。

 

「ふむ……確かにこれは……雪乃ちゃんもちょっと大人になったのね、

これは姉としては実に喜ばしい事だわ。でも八幡君に褒められたという事は、

八幡君もこの雪乃ちゃんの変化に気付いたという事よね、

むむむ、私とこの四人とで、何が違うのかしら……」

 

 直後に再びドアが開き、クルスが中に入ってきた。

クルスは鋭い目で周囲に視線を走らせ、一瞬で状況を把握すると、

正面から雪乃と陽乃に向かって突っ込んだ。

 

「状況把握、敵は強大、死角からの突撃を敢行」

「ク、クルスちゃん?う、うわっ」

 

 その行動に虚を突かれた陽乃は、まさか雪乃を突き飛ばす訳にもいかず、

そっと横にある椅子に雪乃を座らせると、正面からクルスと対峙しようとした。

その瞬間にクルスはスライディングの要領で、陽乃のスカートの中に滑り込んだ。

 

「きゃっ、な、な、何を……」

 

 この日の陽乃は遠い昔、マスタードーナツで偶然八幡と会い、

そこにかおりと千佳が現れ、会話の流れで葉山を呼び出した時に身に付けていた、

青いロングスカートを履いていた。

そのスカートの丈は足首まであった為、

クルスはそのスカートの中にすっぽり入り、そのまま立ち上がった。

 

「ちょ、ちょっとちょっと、む、むぐ……」

 

 クルスはそのまま陽乃を羽交い絞めにし、茶巾縛りの要領で陽乃を拘束した。

ご丁寧に何故か持っていた結束バンドで、

スカートの裾を陽乃の頭の上で縛る用意周到さだった。

 

「ミッション・コンプリート、八幡様、クルスは立派に仕事を果たしました」

 

 クルスは、ふんすっ、と得意げにそう言い、最初に雪乃を覚醒させた。

ちなみにその手段は、雪乃の頭にチョップを入れただけであった。

 

「えいっ」

「あ、あら……?」

「雪乃の覚醒に成功」

「クルス、来てくれたのね、ところで姉さんは?」

「拘束中」

 

 そう言ってクルスが指差した先には、パンツ丸出しでもがいている、茶巾の姿があった。

 

「あ、あれはあなたがやったの?」

「肯定」

「あの茶巾みたいなのが姉さん?」

「肯定、あの大人ぱんつがその証明」

「凄いわね……よくあんな事が出来たものだと感心するわ」

「だって八幡様の命令だよ?マックス的にはそれだけで戦闘力百倍っていうか、

不可能な事なんて無くなるんだよ、これこそ八幡様への愛の力だよね!」

「………」

 

 クルスは興奮したのか思わずそう言い、

雪乃に何ともいえない表情で見つめられている事に気付き、こう言い直した。

 

「偶然、幸運」

「私は同級生としてあなたのそういう部分も知ってるし、

驚いたりも気にしたりもしないから、別に言い直さなくてもいいわよ」

「羞恥」

「恥ずかしいなら気を抜かないようにしなさい、知らない人が聞いたら驚くと思うから」

「大丈夫だよ雪乃、八幡様にさえ引かれなければ他の人の評価はどうでもいいし、

マックス的には全然オッケーみたいな?」

「だからクルス、そうだとしても、恥ずかしいなら気を抜くなと言っているの。

というか、その状態でのセリフは滅多に聞かないから忘れてたけど、

あなた、自分の事をその名前で呼ぶのよね、それだけは凄く違和感だわ……」

「微笑」

「そういうのは口に出さなくても良いのだけれど……まあいいわ、三人を起こすわよ、

あなたは姉さんを見張ってて頂戴」

「承諾」

 

 そして雪乃は三人に活を入れ、その目を覚まさせた。



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第528話 何だこのマネキンは

「あ、あれ……?ゆきのん?」

「ユイユイ、大丈夫?」

「う、うん、ゆきのんが助けてくれたの?ありがとう」

「直接助けてくれたのはクルスよ、お礼ならあの子に言って頂戴」

「そうなんだ、うん!」

 

 最初に結衣に活を入れた後、次に雪乃は優美子に活を入れた。

 

「優美子、大丈夫?」

「ん………あれ、雪乃?陽乃さんは?」

 

 優美子は頭を振りながら雪乃にそう尋ねた。

 

「クルスが倒したわ」

「え、本当に?よくまああの陽乃さんを……」

「優美子も災難だったわね、うちの姉さんが迷惑をかけてごめんなさい」

「で、陽乃さんは?」

「そこよ」

「そこ……?って、まさかこれ?」

「ええ」

「うわ、高そうな下着だねこれ……」

「最初に出てくる感想がそれなのね……」

 

 結衣と優美子はとりあえずといった感じでブラだけ着用した。

服装はとりあえずまだ男装のままである。

そして陽乃の太ももをつんつんして遊んでいる優美子を残し、

雪乃は最後に明日奈を覚醒させた。 

 

「雪乃……?ごめん、よく覚えてないんだけど、もしかして私、いきなりやられちゃった?」

「いいのよ、私も同じようなものだから」

「えっ、雪乃も?それじゃあ一体誰が助けてくれたの?」

「クルスよ」

「あ、そうなんだ!」

「問題ない、全ては八幡様に褒めてもらう為だから」

「あ、あは……それじゃあ沢山褒めてもらってくるといいよ」

「うん、早速行ってくる」

「行ってらっしゃい」

 

 クルスはそう言って、わくわくした表情で部屋の外に出ていった。

そして残った四人は陽乃を取り囲んだ。

 

「で、姉さん、何か申し開きはあるかしら?」

「うぅ……反省してます……」

 

 陽乃はこんな格好をさせられた事で頭が冷えたのか、素直にそう謝った。

 

「そもそも何でこんな事に?」

「だ、だって、みんなが八幡君に胸とかをチラチラ見られてるのに、

私だけちっとも見てもらえないから、何か理由があるのかなって」

「………え?」

「いやいや、さっきは言えなかったけど、それは無いっしょ」

「そもそもこの中で一番胸が大きいのは姉さんだし」

「でも確かに胸を見られていると、直ぐに分かるわよね?

それなのに視線を感じないって事は、やっぱり見ていないという事なのかしら」

「もしかしてあの男、あの若さで枯れたのかしら、明日奈、どうなの?」

「「「どうなの?」」」

 

 そう尋ねられた明日奈は、顔を真っ赤にしながら、搾り出すような声でこう答えた。

 

「う、ううん、そんな事はまったく無い………よ?」

「そう、それはいつ頃の話なのかしら」

「えっ、そ、それはええと先………あっ」

 

 明日奈は素直に白状しかけ、三人のニヤニヤした視線に気がつき、言うのをやめた。

おそらく茶巾の中の陽乃もニヤニヤしているのだろう。

 

「も、もう、もう!」

 

 明日奈は更に顔を赤くしながら三人をポカポカ叩いた。

 

「ふふっ、ごめんなさい明日奈、さて、からかうのはこのくらいにして、

どうやらあの男の性欲には何の問題も無いようね」

「ゆきのん、性欲って……」

「それじゃあ何か他に理由が?」

「これはもう本人に聞くしかないようね、ちょっと呼んできましょうか」

「そうだね、それじゃあ私、八幡君を呼んでくるね」

「それまでに私達は、この姉さんの拘束を解いておくわね」

「うん」

 

 明日奈はそう言って八幡を呼びにいき、残りの三人は、陽乃に話しかけた。

 

「さて姉さん、もう何もしないと約束出来るかしら」

「ごめんなさい、もうしません……」

「本当に?」

「本当の本当に!」

「ねえ陽乃さん、これって勝負ぱんつ?」

「なっ……」

「ゆ、優美子!?」

 

 突然優美子がそんな質問をし、雪乃と結衣は驚いた。

 

「な、何でそんな質問を……」

「え、だって、陽乃さんの下着を見る機会なんてほとんど無いし、興味ない?」

「確かにそう言われると……」

「むむ……」

 

 そして下半身に三人の視線を感じたのか、陽乃は足をもじもじさせ始めた。

 

「あ、あんまり見ないでってば……」

「で、姉さん、どうなのかしら」

「え、えっと……ち、違います」

「違うの!?」

「違うんだ……」

「これで違うのね……」

 

 三人は驚き、再びしげしげと陽乃の下着を観察し始めた。

 

「普通でこれとは驚きね」

「勝負ぱんつがどんなのか想像出来ない……」

「うん……」

「お前ら、何やってるんだ?姉さんは?」

「「「!?!?!?」」」

 

 そこにいつの間に入ってきたのだろう、八幡がそう声を掛けてきた。

後ろには明日奈とクルス、そして沙希の姿もある。

 

「ん、何だそれ、マネキンか?」

「あっ………」

「まったく何でそんな物が……しかも高そうな下着まで履かせて……

とりあえずこれは横に片付けておくからな、で、姉さんはどこだ?」

 

 そう言いながら八幡は、マネキンを片付けようと、その太ももをわし掴みにした。

 

「………ん?」

 

 そして八幡は、手にむにゅっとした感触を感じ、不思議そうにその太ももを撫で回した。

 

「やぁん!」

 

 その瞬間にどこからかそんな声が聞こえ、八幡はビクっとして手を離した。

見るとマネキンの足がもじもじし出し、八幡は愕然とした顔で振り返った。

 

「お、おい………まさかこれ………」

「そう、姉さんよ」

「姉さんだよ」

「陽乃さんだね」

「陽乃さんの生足と生ぱんつ?」

「さすがは八幡様、男らしい」

「あ、あんた、何で気付かないの?」

 

 振り返った八幡の視界に、笑いを堪えている一同の姿がうつった。

お堅い沙希ですら、我慢出来ないというようにぷるぷる震えていた。

 

「ち、違う、誤解だ、俺はもちろんこれが姉さんだと、ちゃんと気付いていた」

「「「「「「へぇ~?」」」」」」

「だがみんなの手前、悪い事をした姉さんをそのまま普通に扱うのは良くないと思い、

あえて物扱いしたんだ、そう、あえてだ。

まあそういう理由な訳だが、もちろんお前らは信じてくれるよな?」

「つまり、分かってて姉さんの下着をずっと直視していたのね?」

「うっ………」

 

 八幡は雪乃にそう言われ、言葉に詰まった。

 

「えっち」

「えっちだし」

「えっちね」

「八幡君、見たいなら正直にそう言ってくれれば……」

「八幡様、水くさい、クルスはいつでも八幡様に全てを見せる用意があります」

「私は見せないわよ」

 

 六人にそう責められ、八幡はその場に崩れ落ちた。

 

「す、すみませんでした……」

 

 そんな八幡を見て、さすがにこれ以上からかうのはやめようと思ったのか、

雪乃が代表して前に進み出た。

 

「ごめんなさい、私達も悪かったわ、本当なら姉さんの拘束をもう解いているはずなのに、

姉さんのこの下着が勝負ぱんつかどうか興味を持ってしまって、

それでこの状態のままにしておいたのだから」

「あ、そうだったんだ」

「なるほど……」

 

 明日奈とクルスは、そう言われて陽乃の横に跪き、しげしげと観察を始めた。

 

「で、姉さん、どうなの?」

「ち、違います……」

「違うんだ!?」

「さすがは社長……」

 

 沙希はさすがに恥ずかしいのかその会話には入ってこなかった。

そして二人はとりあえず疑問が解消した為、そのまま陽乃の拘束を外そうとした。

 

「あ、あれ、外れない……」

「結束バンドを切らないと……」

「誰かハサミか何か持ってない?」

「あ、私、持ってるよ」

 

 沙希がそう言ってバッグの中から裁縫用のハサミを取り出し、明日奈に渡した。

 

「ありがとうサキサキ」

「サキサキ言うな」

「あっ、ごめんサキサキ」

「………」

 

 そして明日奈は服を切らないように慎重に作業に入った。

若干苦労はしたが、それで陽乃は無事に解放された。

 

「さて、まだそこまで差し迫った時間じゃないが、

準備に時間がかかる奴はそろそろ準備を始めないとな」

 

 八幡が切り替えるようにそう言い、それで雪乃と明日奈、それにクルスは表情を改めた。

 

「結衣と優美子は、着替えたらゆっくり休んでてくれ」

「う、うん、ありがと」

「そこのクーラーボックスに飲み物が入ってるから、好きに飲んでね」

「うん」

 

 

 

 陽乃と八幡と沙希は、とりあえずやる事がまだ無い為外の椅子に並んで腰掛けていた。

 

「それにしてもサキサキ、久しぶりだね」

「サ……あ、はい、ど、どうも」

 

 沙希は陽乃に抗議しかけたが、さすがに相手が相手だけに、

いつものように「サキサキ言うな」とは言えなかった。

 

「サキサキ言うな」

「ちょ、ちょっと、何であんたが言うのよ」

「いや、何か遠慮してるみたいだったから、俺が代わりに言ってやろうと……」

「余計な事は言わないでいいから」

「お、おう、すまん……」

 

 八幡は沙希に気圧されてそう謝った。

そして陽乃はそんな二人を面白そうに見ながら、沙希に尋ねた。

 

「で、サキサキはどうしてここに?こんな所に来るタイプだとは思えないんだけど」

「サ………いえ、ええと、友達に頼まれて、コスプレの衣装を作りに……」

「あ、そうなの?もしかしてさっきのガハマちゃんと三浦ちゃんの衣装がそれ?」

「あ、はい」

「へぇ、あれってお手製なんだ、凄いね」

「川崎は自分でサイトを立ち上げて、色々衣装を売ってるんだよな」

「ま、まあ細々とだけどね」

「そうなんだ、どんなサイト?」

「あ、ええと……こ、これです」

 

 沙希はそう言って自分のスマホをいじり、陽乃にそのサイトを見せた。

 

「ちょっと見せてもらってもいい?」

「あ、はい」

 

 そして陽乃は熱心に、沙希のサイトの閲覧を始めた。



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第529話 沙希の望みは

「へぇ、本格的じゃない、これなんか私も着てみたいって思うし」

「いや、それほどでも……」

「謙遜しなくてもいいのよ、私はお世辞は言わないから」

「あっ、はい」

 

 陽乃の沙希のサイトに対する評価は、概ね好評だった、だがそれだけだ。

陽乃と一緒にいる事が多い八幡は、

陽乃のこの評価がごくごく一般的な人物に対するものと同一だと理解していた。

だがその直後に、その認識は一変した。

 

「それにしても、既存の作品の衣装ばかりね、オリジナルとかは無いの?」

「前はやってたんですけどね、ほとんど売れなかったんで、

今はそのリストへのリンクは切ってあるんですよ」

「へぇ、そうなんだ、見せてもらっても?」

「いいですよ、ちょっと待って下さいね」

 

 そう言って沙希は、慣れた手付きでスマホを操作し、再び陽乃に渡した。

 

「はい、これでここをクリックしてもらえれば見れますよ、

まあわざわざ見て頂くような価値のあるものじゃないですけどね」

「どうかなぁ、まあ見てみないとなんとも………」

 

 そう言いながら画面を見た陽乃は、スッと目を細め、無言でページをめくっていった。

 

「悪い、ちょっと席を外す」

「あ、うん」

 

 八幡はそんな陽乃の姿を見た瞬間にそう言って立ち上がり、

イベントの準備をしている雪乃と明日奈の所へと向かった。

 

「二人とも、ちょっといいか?」

「何?八幡君」

「どうしたの?」

「悪いがしばらく姉さんから見える位置にいてくれないか?」

 

 八幡はそう言い、雪乃は確認するように八幡に尋ねた。

 

「姉さんが見える位置ではなく、姉さんから見える位置でいいのね?」

「ああ、それでいい」

「分かったわ」

「それと明日奈、アルゴにも同じ事を伝えておいてくれ」

「アルゴさんにも?へぇ、何かありそうなの?」

「あくまで俺の勘だが、姉さんが川崎をスカウトする気配がある」

 

 そう言われた二人は顔を見合わせた。

 

「あら、サキサキを?」

「ああ、あの川崎をだ」

「へぇ……これは意外な展開だね」

「多分もうすぐ何かしらの動きがある、急いでくれ」

「了解よ」

「そっかぁ、サキサキもソレイユ入りかぁ」

「まだ分からないけどな」

 

 そして八幡は、陽乃と沙希の所に戻った。

陽乃はまだ熱心に沙希のオリジナル衣装のページを閲覧していたが、

八幡が戻ってきたのをチラリと確認すると、沙希にこんな質問をした。

 

「ねぇサキサキ、このデザインは全部自分で考えたの?それとも何か参考にした?」

「それは初期の作品なんで、特に何か参考にしたという事は無いですね、

全部自分で考えて作りました」

「ふむ……八幡君、ちょっとこれを見てみて」

「あ、はい」

 

 陽乃がそう言った途端、八幡は沙希が緊張したのを感じた。

もしかしたら、知り合いに自分のオリジナル作品を見られるのは初めてなのかもしれない。

 

「それじゃあ拝見っと………ほう?」

 

 八幡は、その沙希作のオリジナル衣装を見て、感心したような声をあげた。

 

「ふむ、これは中々……着てみたくなるというか、いいなこれ」

「ほ、本当に?」

「ああ、こんな事で嘘は言わないさ」

「そっか、実はそれ、あんたをイメージしてデザインした奴だからさ……」

「俺!?」

「ああそっか、私もさっき丁度目の前にいた八幡君が着てるところをイメージしてみたけど、

妙にしっくりきたのはそのせいだったんだ」

 

 沙希はそう言われ、顔を赤くして俯いた。

 

「でも何でわざわざ俺をイメージしたんだ?」

「あ~……ほら、それにいては勝手にモデルみたいにして悪かったとは思うんだけど、

私がそれなりに話した事がある男の人って、あんただけだったからさ」

「ん?俺と接点があったのは、高校の時と俺のリハビリの時くらいだろ?」

「あ、えっと、ほら、私って女子大だからさ、つまり高校の時以来、

男の人で接点があったのは、あんただけなんだよね」

「ああ、それでか……」

 

 八幡はその説明を聞いて納得した。

そして陽乃は、八幡にも好評なのを確認すると、きょろきょろと辺りを見回し、

八幡の読み通りに明日奈と雪乃、そしてアルゴを呼んだ。

 

「明日奈ちゃん、雪乃ちゃん、アルゴちゃん、ちょっといい?」

「何?姉さん」

「どうかしたの?」

「本当にオレっちもか?珍しいナ」

「三人とも、ちょっとこれを見て頂戴」

 

 そして三人は、差し出されたスマホを見て、

きゃぁきゃぁ言いながらページをめくり始めた。

 

「あっ、これ、八幡君に似合いそう」

「うわ………」

「ん、サキサキ、どうしたの?」

「サキサキ言うな、いや、明日奈はさすがだなって思ってね」

「ん?」

「ううん、こっちの話」

 

 そんな二人を見て、八幡は首を傾げながら言った。

 

「そういえばこの前聞きそびれたけど、明日奈と川崎ってどこで知り合ったんだ?」

「え、あんた知らなかったの?」

「姫菜主催の女子会に、よく参加させられてるもんね、サキサキは」

「ああ、女子会か……じゃあ俺が知らないのも当たり前か」

「あんたも女装して参加すれば?」

「海老名さんの前に女装して登場とか、危なすぎんだろサキサキ」

「あんたのそれ、絶対わざとでしょ!」

「それ?サキサキって呼び名の事か?サキサキ」

「ええい、しつこい!」

 

 沙希はそう言いながら、八幡の顔の前で裏拳を寸止めした。

だが八幡は微動だにせず、平然とこう言った。

 

「おいおい、危ないだろサキサキ」

「………あんたどうして防御しないの?」

「だって最初から寸止めするつもりだっただろ?肩の筋肉がそういう動きだったからな」

「………あんた、いつ人間をやめたの?」

「失礼な、俺は間違いなく人間だ」

「脳とか改造されてない?それか首の後ろにプラグがついてるとか、本当に大丈夫?」

 

 そう言われた八幡は、一瞬焦ったように自分のうなじに触り、

何も無い事を確認して安心したように言った。

 

「そんな物ある訳がないだろ」

「それにしちゃ随分焦ってたように見えたけど………」

 

 八幡と沙希がそんな会話を交わしてる間に、

どうやら三人はすべての衣装を見終わったようだ。

 

「で、三人はどう思ったのかしら?」

「サキサキ、凄かった!」

「とても素晴らしい出来栄えだと思うわ」

「うん、素直に良かったと思うゾ」

「あ、ありがと………でもそれ、売れなかった奴だから」

 

 沙希は嬉しそうな顔をしながらも、自嘲ぎみにそう言った。

 

「八幡君、何でこれが売れないの?」

「ん、そうだな明日奈、そういうコスをする人が望む事って何だと思う?」

 

 そう言われた明日奈は、う~んと小首を傾げ、頬に人差し指を当てながらこう答えた。

 

「ええと、かわいい服を着たい?」

「ちょっと違うな、かわいい服を着ている自分を見て欲しい、だ」

「ああ、そっか!」

「その為には、知名度の高い作品の服を着るのが一番手っ取り早い、

ですよね?現役有名コスプレイヤーの由季さん」

「あ、あら?バレてましたか」

 

 八幡に名前を呼ばれ、物陰からこちらの様子を伺っていた由季が姿を現した。

 

「そうですね、それはかなり大事な要素だと思います」

「ですよね、で、由季さん、どうしたんです?」

「いえ、聞き覚えのある名前が聞こえたので、ちょっと偵察に」

「聞き覚え?もしかして川崎の事ですか?」

 

 八幡は、他に該当する者はいないよなと思い、そう聞き返した。

 

「です!あの、もしかしてあなたは、川崎沙希先生ですか?」

「え?あ、はい、先生って柄じゃないですけど、確かに私は川崎沙希です」

「やっぱり!私、阿万音由季です!先生の作品はもう何着も購入させて頂いてます!」

「阿万音由季さん………?ああ!」

 

 沙希はその名前に聞き覚えがあったのか、驚いた顔でそう叫んだ。

 

「川崎、由季さんと知り合いだったのか?」

「あ、えっと、知り合いというか、うちのお得意様かな」

「ああ、そういう事か」

「です、私、川崎先生の大ファンなんです!」

「あ、ありがとう……ござ……います」

 

 由季にそう言われ、沙希は顔を赤らめて下を向いた。沙希の定番のポーズである。

 

「サキサキはかわいいなぁ」

「………」

「本当にサキサキは恥ずかしがりよね」

「………」

「おいサキサキ、ファンの前だぞ、サインくらいしてやれ」

「サキサキ言うな」

「何で俺にだけそこを突っ込むんだよ!?」

 

 だが残念な事に、由季は今から衣装合わせがあるらしく、

沙希に「また後でお話しましょうね」と言って、名残惜しそうに去っていった。

それで沙希は緊張が解けたのか、ふ~っとため息をついた。

だがその顔は、とても嬉しそうだった。

 

「まさかこのタイミングで、ね」

 

 沙希がそう言い、一同は何の事かと思って沙希の方を見た。

その視線を受け、沙希は照れながらこう言った。

 

「実は由季さんは、数少ない私のオリジナル衣装を買ってくれた中の一人なの」

「あ、そうなんだ」

「本当のファンって事ね」

「だからこのタイミングでって言ったんだナ」

「うん」

 

 そんな沙希に、陽乃がぼそりとこう尋ねてきた。

 

「ねぇサキサキ、感傷にひたってるところを悪いんだけど、ちょっといい?」

「あ、はい」

「やっぱりオリジナル衣装が売れるのは嬉しいわよね?」

「まあそうですね、自分自身が評価されてるって凄く思うんで」

「じゃあオリジナル衣装が沢山売れる方が、やっぱり幸せ?」

「う~ん、問題は売れる売れないじゃないと思います、

一番は、もっと自由に色々な服を作りたいんです、

まあ売れないと次が作れないんで、中々自由な創作活動って出来ないんですけどね、

うちの家はまだまだ余裕が無いんで……」

「なるほど、それじゃあサキサキに質問、あなたは八幡君の為に死………」

「ちょ、ちょっと待ったぁ!」

 

 陽乃がいつもの質問を沙希にしようとした瞬間、八幡は慌ててそれを止めた。

 

「姉さん、またそれをやるのか?別に普通の面接でいいじゃないかよ」

「駄目よ、これは八幡君に思いを寄せる人に対する試練なの」

「えっ、お、思い?た、確かに前に、好きとは言ったけど………」

「あ~………サキサキ、悪いが姉さんの趣味に付き合ってやってくれ」

「だからサキサキ言うな」

「それじゃあ改めてっと」

 

 そして陽乃は沙希に恒例の質問をした。

 

「サキサキ、あなたは八幡君の為に死ねるかしら?」



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第530話 トップシークレット

「え、いきなり何を言ってるんですか陽乃さん、もう、冗談が過ぎますよ、ねぇみんな?」

 

 沙希は陽乃にそう言った後、笑顔で明日奈達の方へと振り返った。

だが誰一人として笑顔を見せず、

やや緊張したような顔で沙希の方を見ているばかりだったので、

沙希は困ったような顔で八幡の方を見た。

当然この場で八幡が何かアドバイスをするような事は決して許されない。

八幡は何も言う事が出来ず、ただ沙希に頷く事しか出来なかった。

だがさすがにこの不意打ちは意味不明すぎると陽乃も思ったのだろう、

そもそも沙希はソレイユ志望ではないのだ。

なので陽乃はたった一言だけ、沙希にこう言った。

 

「この質問は、サキサキにとって今後の人生を左右するかもしれない質問よ、

なのでそのつもりで正直に答えて頂戴」

「………人生を左右?これが?」

 

 沙希はそう呟いたきり、押し黙った。頭の中では今の質問がぐるぐると回っている。

 

(比企谷の為に死ねるかどうか?

聞いた話だと、確か比企谷ってソレイユの次期社長に抜擢されていたわよね、

って事はまさか、これって噂に聞くソレイユの社長面接!?

いやいや、私がソレイユみたいなゲーム会社に入ってやれる事なんて無いでしょう、

でもさっき陽乃さんは、私のサイトを見てからこの質問をした、って事は………

いやいや、やっぱり無理、さっぱり分からない、

もしかしたらALOのコスを作って売るとか考えてるのかもしれないけど、

それだと私の望みとは合致しない、うぅ………もういいや、考えても仕方がない)

 

 そして沙希は、やけになったつもりで陽乃にこう答えた。

 

「あの、これが答えになってるかは分からないんですけど、

とりあえず二つのケースが頭に思い浮かびました」

「ふむむ?」

「最初はこいつが誰かに命を狙われてて、私がそれをかばうかどうか、というケースですが」

「ふむふむ」

「こいつは殺しても絶対に死なないから、そんな状況にはなりません」

「殺されてる時点で死んでるだろうが!」

 

 八幡は思わず沙希にそう突っ込み、唖然としていた残りの者達は、

堪えきれないように一斉に噴き出した。

 

「ぷっ………」

「くっ………ぷっ………」

「あはははは、あははははははは」

「んぐ………ぷぷっ……くっ……」

「そして次のケース、これはこいつの為に死ぬほど何かを頑張るというケースですが」

「なるほどね、つ、続けて……ぷぷっ」

 

 陽乃は笑いながら、何とか沙希にそう言った。

そして沙希は、晴れやかな笑顔でこう言った。

 

「とりあえず、こいつが殺し屋に襲われて半身不随か何かになったと仮定します」

「お、お前、どうしても俺を殺し屋に狙わせたいみたいだな!」

「うるさいわね、あんたの今の状況で誰かに刺されない方がおかしいのよ、

主に女性関係でね」

「んな訳あるか!………ある……のか?な、無いよな?」

 

 八幡は始めこそキッパリ否定したが、直後に自信が無くなったのか、

女性陣の顔色を伺うようにチラチラとそちらを見て、最後にはそう尋ねた。

明日奈は困ったような顔で、「あ~……」と呟いており、

雪乃は完全に八幡から目を逸らしていた。

そしてアルゴは、八幡に向けてお祈りを捧げていた。

 

「成仏しろよハー坊、あ、死なないんだったか?じゃあリハビリしろよ、ハー坊」

「え……もしかして俺の命が今まさにピンチだったりするのか?」

「可能性だけは誰も否定出来ないようね、ほら、私の言う通りでしょう?」

「ぐぬぬ………」

 

 そして沙希は陽乃に向き直り、こう言った。

 

「という訳で、もしこいつが半身不随か何かになったとしたら、

今度こそ私がずっと付き添って、下の世話でもしてあげて、

こいつの屈辱に塗れる顔をニヤニヤしながら見てやります。

もしそれが一生ってなったら、私はまともに就職も出来ないだろうし、

それはある意味私が社会的には死んだも同然って事になるのかもしれませんね、

まあそうなったらなったで、病室でコス作りでもしてお金を稼げば、

生きていくくらいは出来るでしょうし、そんな人生もまあありなんじゃないでしょうか」

 

 沙希はもうやけだという風に、口調は乱暴だが少し頬を赤らめながら一気にそう言った。

 

「さ、サキサキ、お前……」

「だからサキサキ言うな」

「川サキサキ、お前……」

「合ってるけどイントネーションが違う!馬鹿にするんじゃないわよ!」

「お前、実は俺のおかん………ぐほっ………」

 

 その瞬間に、八幡も反応出来ない程の速度で、八幡の腹に沙希の拳が突き刺さった。

それで他の者も我に返り、陽乃はうんうんと頷きながら言った。

 

「サキサキ、ごうか~く!おめでとう!」

「とりあえずどうも、で、何がもらえるんですか?」

「幸福な人生」

「……………え?」

「それじゃあこれ、ソレイユの入社許可証ね、

もしその気になったらうちの人事部に連絡してね」

「入社許可証!?」

「姉さん、そんな物をいつの間に……」

「だってこの方が楽じゃない」

 

 陽乃はあっけらかんとそう言った。

 

「これは一応もらっておきますけど、

直前までの会話とこれとの整合性が私にはとれないというか、

そもそもソレイユって服飾メーカーじゃなく、ゲームメーカーですよね?」

「ゲームメーカーが服を売っちゃいけないという決まりでも?」

「売るんですか?」

「あなたがうちに来れば、そっちの可能性もあるわね」

「そっち?」

「私があなたに望むのは、うちで開発するゲーム関連の装備全般のデザインよ、

それは服に限らず、鎧とかも全て対象になるわね、どう?出来る?」

 

 その言い方に、沙希は一瞬押し黙った後、ややきつい目でこう言った。

 

「それは挑戦ですか?」

「あなたへの挑戦でもあり、あなたの挑戦でもあるのかもしれないわね」

「私の挑戦………それは確かにそうかもですね、鎧とかのデザインなんてした事無いですし」

 

 沙希は厳しい目でそう言った。

 

「ついでに副業の権利も認めます、あなたがもし普通の服も作って売りたいなら、

例え売れなくても、好きなデザインの服を作る為の素材の資金を提供します」

「至れり尽くせりですね……」

「もちろんマージンはとるわよ」

「まあそれは当然ですね」

「さて、こちらのカードは提示したわ、後は一人でゆっくり考えなさい」

 

 だが意外な事に、沙希の答えはこうだった。

 

「……その仕事内容だと、断らざるをえないかもしれません」

「ええっ!?」

「サキサキ、本気?」

「だってそんな忙しそうな仕事についちゃったら、家の事が疎かになっちゃうし……」

 

 沙希は苦渋の表情でそう言った。

 

「お前が働きに出る代わりに、お前のお母さんが仕事を辞めて、

お前の代わりに家にいるって手もあるんじゃないか?」

「それはそうかもだけど、多分無理、もしくはかなり時間がかかる。

だってうちのお母さん、もう何年もまともに家事をしてないもの」

「ああ、確かにずっとお前がやってきたんだもんな……」

 

 八幡は高校時代に少し聞いた、沙希の家の状況を思い出しながらそう言った。

 

「なのでとてもいいお話だと思いますが、今回はお断りを……」

「ねぇサキサキ、別にうちの会社が嫌だとか、そういうのじゃないのよね?」

 

 その時陽乃が確認するような口調でそう言った。

 

「それはもちろんです、むしろ事情が許せば是非お世話になりたいと思ってますよ」

「なら何も問題は無いわ、あなたは基本的に自宅で仕事をすればいい、

会社に来るのはどうしても必要な時だけでいいのよ」

「え、でも仕事内容的にそれはさすがに……」

「大丈夫よ、うちの技術力をなめないでほしいわ、

そういったケースにも何の問題なく対応出来るわよ、ね?アルゴちゃん?」

 

 沙希や明日奈、それに雪乃がきょとんとする中、陽乃はアルゴにそう声を掛けた。

 

「なるほど、あれを使うつもりカ」

「ええそうよ、八幡君謹製のあれをね。今お試しで出来るのは何?」

「料理だな、一番メジャーだし、味のデータもゲーム内から引っ張ってこれたしな。

回線もキットを経由すればまあ二人分くらいはいけル」

「じゃあそれを試してもらいましょう」

「了解だ、ハー坊とりあえず暇なんだろ?案内よロ」

「まさかあれの最初の利用者が、川崎になるとは分からないもんだよな」

 

 あれよあれよという間に、よく分からない話が進行し、

沙希は顔に疑問符を浮かべながら八幡に質問した。

 

「ねぇ、訳がわからないんだけど」

「そうだよそうだよ!八幡君、一体何が始まるの?」

「どうやら裏でコソコソしていたみたいだけど」

「別にコソコソしてはいないぞ、ただのうちで開発してる別のシステムのお披露目だ」

 

 八幡は、さも心外だという風に雪乃にそう言った。

 

「新システム?」

「本来は首に付ける別の端末専用のシステムなんだが、そっちはまだ開発中なんだよな、

ちなみにその為に、実はレクトに材木座がずっと出向してるんだよ、最近見ないだろ?」

「そういえば確かにそうね、そう、そんな事もやってたのね」

「ちなみに名前の候補はカイバーリンカーだ」

「………その名前、片方は絶対紅莉栖がギャグで考えたわよね」

「まあ仮だ仮、最終的には紅莉栖に決めさせてやろうと思う」

「私達も知らなかったって事は、トップシークレット?」

「まあそうだな、明日奈や雪乃はまだうちの社員じゃないから、

公開出来る情報と、出来ない情報があるって事だ」

「確かにそう言われると、反論出来ないわね」

「あともうちょっとの辛抱だね、雪乃」

「ええそうね、これは入社した時が楽しみだわ」

 

 そしてアルゴから調整されたアミュスフィアを二つ手渡された八幡は、

その片方を沙希に手渡しながら言った。

 

「それじゃ川崎、早速行くか。それはうちで開発したそのシステムにしか繋がらないから、

それを頭にかぶってリンク・スタートと言うだけでいい」

「分かった、見させてもらうわ」

「よし行くぞ、リンク・スタート」

「リンク・スタート」

 

 その瞬間に沙希の視界が切り替わり、

いつの間にか沙希は、見た事もないマンションの一室にいた。

 

「こ、ここは!?」

「ソレイユの本社近くにある俺のマンションの部屋のキッチンをトレースした物だ、

それじゃあ早速飯を作るか」

「…………は?」

 

 そしてぽかんとする沙希を手招きし、八幡は冷蔵庫の扉を開いたのだった。




相変わらず斜め上を爆走中です!
あ、別にアクセルワールドのキャラは出ませんよ、そこまでこの話は続きませんから!
これは別の展開で必要なものなのです!


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第531話 沙希の決断

しばらく毎日残業しないといけなくなったので、とりあえず今週は隔日での投稿になります、
次の投稿は水曜を予定しています、宜しくお願いしますorz


「さて、何を作る?何でもいいぞ、ちなみに俺のお勧めは、サトイモの煮っころがしだな」

 

 八幡がそう言った瞬間に、沙希は一瞬顔を赤くしたのだが、

何かに気付いたのか、探るような目を八幡に向けてきた。

 

「……どうして私の得意料理を知ってるの?もしかして調べたの?」

「ん?ああ、そう思うのは仕方がないが、

種を明かすと昔お前が自分で言ってたって聞いた」

「え、私あんたにそんな事言ったっけ?いつ?」

「確か俺がいなくなった後のバレンタインイベントの企画中に、

川崎がそう言ってたって雪乃達に聞いたんだよ」

「あ~!言った言った、そっかそっか、ごめん、つまらない事を聞いたね」

「いや、別につまらなくはないさ、さて、何を作る?」

「というか、食材は何があるの?」

 

 そう言って沙希は、冷蔵庫の中を覗きこんだが、そこには何も入っていなかった。

 

「………何これ、殴るわよ」

「待て、誤解だ、これは冷蔵庫に見えるが、実は違うんだ」

「じゃあ何?」

「どんな食材でも出てくる魔法の箱だ、四次元冷蔵庫だ」

「そのネーミングはどうなのよ、じゃあとりあえず、A5ランクの松坂牛を出してみて」

「部位は?」

「細かいわね、とりあえずバラ肉でいいわ」

 

 沙希は適当にそう言い、八幡は扉を閉めて何かを操作した。

 

「よし、オーケーだ」

 

 そして八幡が扉を開けると、中から肉の入ったパックが出てきた。

 

「な?」

「おお……それってどうやるの?」

「これはな……」

 

 そして沙希は、八幡に食材の出し方を教わると、楽しそうにいくつかの食材を出した。

 

「ジャガイモ、ニンジン、タマネギ?まるで何かのCMみたいなラインナップだな、

もしかしてカレーでも作るつもりか?」

「あら、よく分かったわね」

「まじかよ、せっかく高い肉を出したのにか?」

「だって、こんな贅沢リアルじゃ絶対に出来ないじゃない、

どう考えてもカレーに使うような肉じゃないし」

「まあ確かにな、ギャップ萌えってやつか」

「その表現は絶対に違う、まあいいわ、という訳で、包丁はどこ?」

「ここだな」

 

 八幡は足元の開きから、普通に包丁を取り出して沙希に渡した。

 

「そこは普通なんだ」

「まあ何でもかんでも魔法みたいってのは、ここの趣旨に反するからな」

「ここの趣旨ねぇ、そろそろここの事をもう少し教えてくれてもいんじゃない?」

「そうだな、想像はしていると思うが、ここはいわゆるお料理教室だ、ただしVRのな」

「まあそういう事よね」

「今日はたまたま俺の部屋に設定してあるが、

本来は学校の家庭科室みたいな作りになるのが普通だな、

まあ基本自由自在なんだけどな」

 

 沙希はその言葉にうんうんと頷きながら、このシステムのいい点をあげた。

 

「材料費がかからないっていうのはいいわよね、

それでいて、どんな特殊調理道具も自由自在、しかも日本中どこからでも参加可能、か」

「その分競争は激化するかもしれないけどな、

それに特殊な調理道具は再現にそれなりに手間がかかる」

「まあ色々な素材を使えるって事は、講師にもそれなりに実力が求められる事になるし、

ジャンルごとに細分化していくかもしれないけどね」

「まあそういう事だな、さて、とりあえずカレーを作るか」

「そうしましょっか」

 

 そして食材を切って用意した後、八幡はフライパンを手に持ち沙希に言った。

 

「よし、後は任せた」

「オーケー、炒めればいいのね」

 

 沙希は慣れた手付きでフライパンを振り、八幡は思わずそれに見入った。

 

「おお、さすがに上手いな」

「あんたもそれなりに出来るんでしょ?試しに振ってみる?」

「そうだな、ちょっとやってみるか」

 

 そう言いながら八幡は、フライパンを受け取って振り始めた。

 

「あは、あんたも上手いじゃない」

「俺もそれなりに、俺と小町、二人分の飯を作ったりもしてたしな」

「そろそろいいかしら、煮込みに入りましょう」

「だな」

 

 そして何となく二人はコトコトいう鍋を見つめていた。

 

「リアルなのね」

「まあただのグラフィックだけどな」

「それにしても沸騰してる感じとか、よく再現されてるわね」

「そうだなぁ、ここって現実じゃないんだぜ?信じられるか?」

「私はまだこういうのには慣れないわね、あんたはすっかり慣れちゃってるみたいだけど」

「まあ俺はなぁ……今でもよく戻ってこれたと思う事もあるしな」

「……………った」

「ん?」

「ううん、何でもないわ」

 

 この時沙希は、『戻ってきてくれて本当に良かった』と言ったのだが、

さすがに小声すぎた為、八幡の耳には届かなかったようだ。

 

「さて、ルーはどうする?それとも香辛料から作るか?」

「今日はお試しだし、単純にさっきのCMのルーを使えばいいんじゃないかしら」

「そうか、それじゃあそうするか」

 

 そして八幡は該当するルーを取り出した。

 

「これで更に煮込む訳だけど、もちろん時間短縮も出来るのよね?」

「よく分かったな、その通りだ、まあそういうのもここの利点だよな」

「やってみて」

「おう、鍋の中でも見物しててくれ」

 

 八幡が再び何かを操作する間、沙希は興味深げにじっと鍋の中を見つめていた。

 

「あっ」

「どうだ?」

「確かに食材の色がちょっと変わったように見えた」

「そこまで再現されてたか、じっと見てないと気付かないくらいの変化なのかもしれないな、

俺にはサッパリ分からないぞ」

「私もそこまで自信がある訳じゃないから、間違ってるかもしれないけどね」

「いや、お前がそう言うんだ、きっと変わってるに違いないさ」

「本当にそう思う?」

「ああ、絶対だな」

「そ、そう」

 

 沙希はそう言って下を向いたが、八幡の言葉が嬉しかったのだろう、

その顔は若干にやけており、それを八幡に見られない為の行為であった。

滅多に見せない沙希の女心が、この仕草に表れていた。

今の状態はどこからどう見てもデートであり、

それを意識すると沙希はテンパって喋れなくなる為、

沙希はそれを考えないように必死で努力していたのだが、

ここにきて落ち着いてしまった為、それを意識してしまったようだ。

沙希は下を向いたまま、ずっと押し黙っていた。

ちなみにその脳内では、何か喋らなきゃと小っちゃな沙希が、大量に走り回っていた。

そんな沙希を見て、八幡は何か気に障るような事をしてしまったかと思い、

とりあえずカレーを食べてもらって沙希の機嫌をとろうと考えた。

 

「あっ、やべっ」

「ど、どうしたの?」

 

 その八幡の焦ったような言葉に、沙希も一瞬で覚醒し、心配そうに八幡に尋ねてきた。

 

「いや、米を炊いてねえ……」

「あっ、すっかり忘れてたね」

「ど、どうする?さすがに今からじゃ……」

「そうよね、どう頑張っても一時間くらいは……あっ」

「あ」

 

 そして二人は顔を見合わせ、思わず噴き出した。

 

「そうだった、時間を短縮すれば一瞬なんだった」

「そうよね、ここは現実じゃなかったわよね」

「それじゃあ早速炊いちまうか」

「うん」

 

 作業は一瞬だった。米を選択して、研ぐ作業を省略、

そして炊く時間も省略して、二人の前に一瞬で美味しそうに炊かれた米が出てきた。

 

「早っ」

「ははっ、本当に早いな」

「それじゃあ早速食べてみましょう」

「そうだな、食べながら本来の話をするか」

「あっ、そうね、その事をすっかり忘れてたわ」

 

 そして二人はカレーを皿によそい、居間で食べながら話を始めた。

 

「おお、美味いな」

「うん、特に肉が」

「高い肉だからな、まあそれだけじゃなく、

実は煮込み時間を長めに設定したんだよな、だからしっかり味が染みてるはずだ」

「そうだったんだ、まったく気付かなかったわ」

 

 沙希はそう言いながら楽しそうに笑った。

 

「まあでも、これまでの経緯でこのシステムの事は大体理解してくれたか?」

「うん、要するに私はこのシステムを利用して、自宅で働けばいいのね」

「そういう事だな、例えばけーちゃんが川崎に用事がある時は、

それ専用のボタンを家に設置しておけば、中の川崎と直接話せるように出来るしな、

家の事についても問題なくこなせると思うぞ」

「確かにそれならそっちの問題は解決よね、

でもこの中ではデザインは出来ても、実際に服を縫ったりする事は出来ないわよね」

「川崎が本当に作りたいものは、時間を作って家でやってくれ、

素材に関してはある程度融通するし、普通に素材を買っても問題ないくらい、

うちの給料は高いぞ」

 

 いきなりそう現実的な話をされた沙希は、笑いを堪えるように八幡に言った。

 

「それ、自慢?」

「おう、自慢だ、しかも給料は今後どんどん上がっていくだろう」

「景気のいい話ね」

「まあ油断はしないけどな、攻める時は攻め、守る時は守るつもりだ。

後はとにかく情報収集だな、それが一番大事な部分だ」

「そっちの備えは大丈夫なの?」

「大丈夫、うちには有能なハッカーがいるからな、そっちの組織も着々と整備中だ」

「そう、本当に色々考えてるのね」

「俺の本来の望みはこういう方向じゃないんだけどな……」

 

 八幡は冗談めかしてそう言った。

 

「あんた、まだその望みを捨ててないんだ」

「当たり前だろ、愚痴こそこうして昔の俺を知ってる奴の前でしか言わないが、

老後は絶対に好きな事だけしてのんびりと暮らしてみせるさ、

その為に今はほんの少し頑張る事に決めたと、まあそういう訳だ」

「それってちょっといい企業に勤める普通の人と同じなんじゃない?」

「えっ?」

 

 そう言われて八幡は、その事に気付いたのか、愕然とした顔をした。

 

「た、確かにそうかもしれん……」

「あはははは、まあお金はあって困る物じゃないし、精々頑張りなさい」

「くそっ……今の俺は確かにやりすぎているのかもしれん……」

「まあいいじゃない、精々老後に一緒に遊んでくれる人を増やす為に、

その人達の分まで頑張って稼ぎなさい………私も含めてね」

「お、それはそういう事でいいのか?」

「ええ、卒業したら、御社でお世話になりたいと思います、

どうぞ今後とも宜しくお願いします」

「おう、頑張れよ、平社員」

「調子に乗るんじゃないわよ」

 

 こうして川崎沙希は、自らの意思で卒業後の進路を決めた。

 

「さて、そろそろ向こうに戻るか、ちょっと遅くなっちまったから、

もうイベントが始まっちまってるかもしれん」

「手伝わなくて良かったの?」

「うちは俺がいなくてもちゃんと回るようなシステムになってるからな」

「そうなんだ、凄いね」

「俺よりも、周りの奴らが凄いという意見もあるけどな、さあ、戻ろう」

「あんたも大概だと思うけど」

 

 そして二人はログアウトし、現実で覚醒した。

その瞬間に、二人の耳に、複数の女性の声が飛び込んできた。

 

『あなた達がこの世界に降臨した新たなる神なのね!』

『例え神といえども、あなた達の好きにはさせないわ!』

 

「ん、何だ……?」

「何って、イベントの演出じゃないの?」

「いや、聞いてた話だとこんなショーっぽい感じじゃ……」

 

 そう首を傾げる八幡の下に、明日奈が焦ったように走ってきた。

 

「八幡君、敵襲!」

「…………敵襲?」

「え、何がどうなってるの?」

「シノのん達が、攻め込んできたの!」

「はぁ?」

「とにかくこっちに!」

「お、おう」

 

 そしてステージ脇に着いた八幡の目に、見慣れた服が飛び込んできた。

 

「あ、あれはうちの制服じゃねえか」

「うん、そうなの、個人マークは何も付いてないけどね」

「まさか顔出ししてるのか?」

「ううん、そこはちゃんと隠してるみたい」

「そうか、それならいいが……」

 

 そして八幡の目の前で、雪乃プロデュースの特別ショーが始まった。




しばらく毎日残業しないといけなくなったので、とりあえず今週は隔日での投稿になります、
次の投稿は水曜を予定しています、宜しくお願いしますorz


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第532話 イベントの開始

次の投稿は19日の予定となります

ー追記ー

すみません時間が無さすぎて間に合わず、20日には何とか……


 一色いろははさすがに場数を踏み慣れていた。故にいろはは六人が乱入してきた瞬間、

台本を完全無視して自分が一番目立つ為の手を実行に移した。

要するにこの流れに真っ先に乗り、一歩前に進み出て、六人を威圧したのである。

 

「新たなる神の降臨を言祝がぬ愚か者共、

汝らが今どんな狼藉を働いているのか分かっておろうや?」

 

 そう大音声を響かせたいろはの迫力に、六人はその足を止めた。

 

「あれ、簡単に乗ってきた?」

「雪乃さんの言う通りになりましたね……」

「ことほぐ?また古めかしい言葉を」

「それじゃあやってやりますか!」

 

 六人はそう囁き合うと、香蓮と由季の方に目をやった。

 

「さすがにあの二人は出てこないか」

「香蓮さんは素人故に、そして由季さんはプロ故に動かないわね」

「とりあえずあいつがもうすぐ前に出てくるはず、それを待ちましょう」

 

 そしてこういうのが得意なフェイリスが一歩前に進み出て、いろはと舌戦を開始した。

 

「狼藉?あなたは少なくとも我らの信ずる神ではない、なのでその言葉は当たらないニャ」

「ほう?人の身にしては肝が据わってるではないか、

ではそなた等はどんな神を信仰しているのだ?」

「何も」

「ふむ?」

「故にあなた方が神たるに相応しい力を振るえば、

我らがあなた達を信仰する事もあるかもしれないニャね」

「ほう?つまり我らの事を見極めにきたと?」

「そういう事ニャ」

「なるほど……」

 

 そうえらそうな態度をとりながらも、いろははかなり焦っていた。

 

(雪乃先輩、これ、どうすればいいんですか?

力を見せろとか言われても、どうすればいいか分からないですよぉ……)

 

 雪乃は詩乃達六人には策を授けていたが、いろは達にその事を伝えてはいなかった。

故にこうなった場合、いろはが自分を頼ってくるだろうと推測していた為、

雪乃はチラチラとこちらを見てくるいろはの姿を見て、「計画通り」とニヤリとした。

そして雪乃はいろはにハンドサインを送った。

 

『情報を集めよ』

『り、了解』

 

(うぅ、情報を集めろって言われても、何の情報ですかぁ……)

 

 そんないろはに助け船を出したのは、まさに今対峙している相手だった。

 

「で、あなた達は何の目的でこのアルヴヘイムに現れたの?」

 

(絶妙のアシスト来たあああああああ!詩乃、後で何か奢るよ!)

 

 今まさにいろはを困らせているのはその詩乃達なのであるが、

今のいろはは焦りまくっていた為、その事には気付かず、逆に感謝する事になった。

人の心とは、かくも不思議なものなのである。

 

「今、アルンの地下で、邪神族と巨人族が争っているのは知っておろう?」

「ええ、確かにそうね」

「その争いを、我らは静観しておった、所詮あやつらはどちらも我らの敵だからな、

共倒れになってくれれば我らにとっては好都合だからの」

「で、でも、邪神族にも心を通わせられる者は確かに存在します!

そしてもしかしたら巨人族にも!」

 

 キリトと仲のいい(ように見える)トンキーの事を思い出しながら、

詩乃はそう言っていろはに反論した。

その気持ちを正確に理解したいろはは、うんうんと頷きながら詩乃にこう答えた。

 

「それ故の静観じゃ、我らが安易に介入して、

妖精達に友好的な者までも、我らが殲滅してしまう訳にもいかぬでな」

「なるほど、そういう事ですか」

「うむ、だが今回、看過出来ぬ事が起こったのだ」

「何かあったんですか?」

「いずれ妖精達に下賜しようと思っていた我らの秘宝が、

邪神族と巨人族に盗まれたのだ」

 

 このセリフが出た瞬間に、観客達がわっと沸いた。

どうやら次のアップデートで導入されるクエストで、

伝説クラスの武器が導入されるんじゃないかと判断した為だ。

丁度この時八幡も舞台袖に到着し、この流れならまあ問題ないかと安堵した。

 

「一応整合性もとれているし、宣伝にもなったから良かったが……」

 

 八幡はそう考えつつ、乱入してきた六人の姿をしげしげと見つめた。

 

「アイマスクで顔を隠してはいるが、あれは間違いなく詩乃、

その隣にいるのがフェイリス、その後ろは……ああ、椎奈か、

以前一緒にメイクイーンに行った事もあるし、まあここまではいいが、

おかしいな、あれは雪乃じゃないのか?」

「私はここにいるわよ」

「うわっ、いきなり声を掛けてくるなよ」

「あなたね、前も私とあの子を間違えたみたいだけど、

どう考えても私の方が美人じゃない、そうでしょう?」

「雪乃と間違えた?まさかあれ、ルミルミか?」

 

 八幡は雪乃の言葉の後半部分を無視し、驚いた表情でそう言った。

だが雪乃はその質問には答えず、ただひたすら八幡の顔を見つめていた。

その表情から、これは誤魔化せないと思った八幡は、諦めた顔で雪乃に言った。

 

「お、おう、そうだな」

「よろしい」

 

 その瞬間に、ステージの上の留美から八幡に向けて、とんでもない殺気が飛んできた。

 

「おいおい……聞こえたはずはないんだが……」

 

 だが八幡は見た、見てしまった、そして理解してしまった。

留美がしっかりと八幡の目を見つめながら、口パクでこう言っていたのだ。

 

「ア・ト・デ・コ・ロ・ス」

「まじかよ………あいつはエスパーか何かなのか?」

 

 八幡はそう恐れおののきながら、残りの二人をじっと観察した。

 

「あれは紅莉栖か、あいつ、コスプレとか好きだったんだな……意外だ」

 

 この時点で、八幡の脳内に、紅莉栖はコスプレ好きとの風評被害が刷り込まれた。

今後紅莉栖は事あるごとに八幡に、

ゲーム内で手に入った変わったデザインの衣装を着せられまくる事になるのだが、

それはこの時の刷り込みが原因である。そして最後の一人を見た八幡は、

思わず遠くで笑いながらステージを見ている陽乃に目をやった。

ちなみにその隣で、明日奈も腹を抱えて笑っているのが見えた。

 

「姉さんはいるよな……小猫は……」

 

『ちなみにその伝説クラスの武器の情報は、徐々に公開されていく事になると思います、

この六人がコスプレする程の有名チームである、ヴァルハラ・リゾートのメンバーに、

全部の武器を奪われないように、皆さんも奮起して下さいね!』

 

「………司会のおばさんをやってるな」

 

 その瞬間に薔薇も八幡をすごい目で睨むと、口パクで八幡にこう言った。

 

「ア・ト・デ・コ・ロ・ス」

「俺は今日だけで何回殺されればいいんだよ……」

「今のは自業自得だと思うのだけれど……」

「まあ小猫はどうでもいいか、問題は……」

 

 そして八幡は、その体の一部がとても印象的な最後の一人に再び目をやった。

 

「姉さんでもなく小猫でもない、あれはやはり優里奈なのか……」

「あなたがどこを見てそう判断したのか分かるのがとても屈辱なのだけれど、

あれは確かに優里奈さんのようね」

「だよな……」

「まあとりあえず八幡君は後で殺すとして」

「お前もかよ!」

「どうするつもり?」

「連れて帰るに決まってるだろ、それが保護者の努めだ。

特に腐海のプリンセスのブースなんかには絶対に行かせん」

 

 優里奈に関しては、かなり過保護な八幡であった。

 

「あなた、まさか顔出しするつもり?」

「俺がここで出ていったところで、ハチマンとソレイユが関係していると、

SAOサバイバー連中にちょっとバレるだけだ、それくらい何の問題もない」

「駄目よ、ジョニー・ブラックはまだ捕まっていないのよ」

「それはそうだが……」

 

 ジョニー・ブラックこと金本敦は、豊富な資金を上手く使い、いまだに逃亡中である。

 

「だが行く、あいつが家族と呼べるのは、今は俺と明日奈だけだからな」

 

 ちゃっかり明日奈を数に入れている八幡であるが、まあ間違いではないだろう、

確かに明日奈もそう思っているのは間違いないからだ。

そして一歩を踏み出そうとした八幡を、雪乃が止めた。

 

「あなたね、少しは冷静になりなさい、この愚か者。

いくらでもやり方はあるでしょう?とりあえず変装くらいしなさい」

「た、確かにそうだな、俺とした事が……」

「それにここであなたが出ていってしまうと、

狙われるのは優里奈さんになるかもしれないのよ?

もう少しそういった自覚を持ちなさい、今のあなたは一人でつっぱっていた、

あの頃のあなたとはもう完全に立場が違うのよ」

「返す言葉も無い……で、何か変装にいいアイテムはあるか?」

「あるわよ、かおり、ちょっといいかしら」

「ほいほい、八幡、はいこれ」

 

 雪乃に呼ばれたかおりは、そう言って八幡に何か衣装のようなものを差し出してきた。

ちょっといいかしらだけであっさりと変装用の衣装が出てくる時点で、

八幡は何かおかしいと思わなくてはいけないところなのだが、

今の冷静さを欠いた八幡に、その事を疑問に思う精神的な余裕は無かった。

 

「これは?」

「雷神トールの衣装、もちろんヒゲ付き」

「それなら俺だとはまあ分からないか、よし、着るか」

 

 八幡はそう言って、服の上からその衣装を付け始めた。

これは体型をやや太めに見せる為でもあり、

二人の前で下着姿になるのをためらったせいもある。

雪乃とかおりがどこか残念そうなのは、多分気のせいだろう。

そんなこんなで八幡が着替えている間も、ステージ上では会話が続けられていた。

 

「それではその武器の事を伝える為に、今回こうして降臨する事にしたのですかニャ?」

「ええ、その通りよ、この私、ウルドと、

あそこに並んでいるベルダンディ、スクルドの両名が」

 

 その呼びかけに対応し、ベルダンディたる香蓮はにこやかに微笑み、

スクルドたる由季は、活発そうな様子を見せ、観客達に手を振った。

香蓮は微笑むだけでいっぱいいっぱいであったが、さすが由季はプロであった。

 

「……世界のどこかで、そなた等の来訪を待ち受けていることだろう」

 

 その瞬間に、ブースの照明がやや落ち、モニターにこんな文字が表示された。

 

『神々からの贈り物~エクスキャリバー』

 

 その瞬間に観客席が沸き、スタッフが集まっている辺りからも歓声が聞こえた。

おそらく和人あたりが興奮して叫んだのであろう。

そしてステージ上では、尚も会話が続いていた。



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第533話 八幡矢面に立つ

次は23日(火)には何とか……
感想返信も滞っていますが、もう少しお待ち下さい、来週には安定すると思うのでorz


「あなた方の目的は分かったわ、それなら神が三柱も降臨する理由も分かる」

「分かってもらえたようで何よりね」

「でも疑問もある、あなた達は基本戦いには向いていない女神のはず、

ならば邪神族や巨人族の強敵を相手にするのには少し問題があるのでは?」

 

(って雪乃のカンペに書いてあったんだけどね)

 

「よく勉強しているわね、確かにその通りよ」

 

(詩乃ってもしかして、神様オタクなの?)

 

 内心での応酬はさておき、本来のシナリオだと、他の神の情報を出す予定はない。

なのでいろはは、何と答えればいいか迷い、雪乃の方をチラリと見た。

そこにはヒゲ面となった八幡が、厳かな衣装を着ている姿があり、

そしてかおりが客席から見えないように、プラカードを掲げているのが見えた。

そこには『トール出す』とシンプルに一言だけ書いてあり、

いろははこれで丸投げ出来ると安心した。

 

「あなた達の登場は今回の予定に無いサプライズだけれど、

私達もそれに応え、一つサプライズを用意しましょう、

今日この会場に来て下さった方々への特別サービスとして、

もう一柱、重要な役割を果たす神をここに顕現させようと思います。

名前は出しませんので、誰なのか皆さんが推測して下さい」

 

 ここでいろはは詩乃達にではなく客席に向かってこう発言した。

見上げたプロ根性である。そしてその言葉を受け、八幡が巨大なハンマーを持って登場した。

多少北欧神話をかじった者にとってはバレバレな格好である。

 

「トールだ」

「トールだよな?」

「くそ、ヴァルキリーの誰かだと思ったのに!」

「裏をかいてギリシャ神話系かとも思ったが、そのまんまだったか!」

 

 そしてトールに扮した八幡は、重々しい口調で詩乃達に言った。

 

「そなた達のような年端もいかぬ者達が何故ここにいる、

ここにはそなたらをたぶらかそうとする者達も多くおるのだぞ」

(訳・お前ら何でここにいるんだよ、

高校生には教育に悪いからイベントには参加するなって言っただろうが)

 

 八幡にそう言われ、一歩前に踏み出したのはフェイリスだった。

 

「神たる者が、まるで人間の教育パパみたいな事を言うのかニャ?なんとも心の狭い事ニャね」

「これは異な事を、我はそなた等の事を心配して言っておるだけである」

(訳・うるせー!あんまり俺に心配かけるなっつの!)

 

「心配してもらう必要は無いニャ、私達はもう立派な大人ニャ」

「我には我を信ずる者全てを慈しむ義務があるのだ」

(訳・仲間なんかだから心配するに決まってんだろ!)

 

 そこまで言われて黙っているようなやわな者はその場にはいない。

むしろその言葉を利用して主導権を握ろうとするような者ばかりなのだ。

基本面白がって参加している紅莉栖は別として、

それ以外でこういう場合に力を発揮するのは留美であった。伊達に総武高校生な訳ではない。

 

「それはつまり、神トールは私達の事が好きで好きでたまらないという事ですよね?」

「あ、そうだそうだ」

「なるほど、さすがは神、その愛は無限なんですね」

 

 他の者達もニヤニヤしながらそう言い、八幡は、その言葉に頷く事しか出来なかった。

ここで否定しては、宣伝活動の観点からも、問題があるかもしれないと思ったからだった。

 

「あ、ああ、もちろんである」

 

 見ると明日奈は、感心した様子で拍手までしており、

陽乃は「私は私は?」という風に自分を指差してアピールしていた。

かおりは羨ましそうに指をくわえており、

クルスと美優は、出遅れたとばかりにじだんだを踏んでいた。

そしていつの間にか舞台袖で見物していたらしい結衣と優美子は、

態度から察するに、あたし達が着れるような衣装は無いのかとアルゴに詰め寄り、

首を振られて落ち込んでいるように見えた。

薔薇は司会故に、何も出来ない自分の立場を恨めしく思っているのか、

じとっとした目で八幡を見つめており、

沙希は沙希で、八幡を上から見下ろすように睨んでいた。

 

(今の俺にどうしろっつ~んだよ!)

 

 神の役目を果たさねばならない八幡にとってはジレンマだった。

相手のペースに乗せられている感が半端ないが、

さりとてイベントの進行の都合上、おかしな事を言う訳にはいかない。

八幡は、自分にこんな衣装を着せて舞台に立たせた雪乃に苦情を言いたくてたまらなかった。

だが八幡は、当の雪乃の姿をチラリと見て愕然とした。

雪乃が特に何か指示を出したりする事もなく、むしろ鼻歌でも歌うように機嫌よく、

ただ淡々と詩乃達にスポットを当てているだけだったからだ。

 

(あれはイベントに乱入された照明係の態度じゃない、

まるでプロデューサーのような……まさか……)

 

 そして八幡は、真実にたどり着いた。

 

(あいつが裏で協力してやがるな!)

 

 だが八幡は、どうしてもその事実が納得いかなかった。

 

(あいつが金でなびくはずがない、ましてやこういう曲がった事に安易に賛同はすまい、

ならば何を報酬に提示された?あいつの価値観をひっくり返す程の報酬……まさか……)

 

 そして八幡は、過去の雪乃の行動と言動から、脳内で分析を開始した。

そしてこれしかないという答えにあっさりとたどり着いた。

 

(そうか、そういう事か………猫だな!)

 

 それは確かに妥当な推測だと言えよう、だが猫は所詮猫である。

両者を比べるのもおこがましい程、はちまんくんと猫の価値には違いがある。

だが自分がそれほど価値のある人間だとは思っていない八幡は、

その分身たるはちまんくんの価値に気付く事は出来なかった。

故に八幡は、雪乃に対する報酬が、猫絡みの何かだと断定した。

だがそう思ったからといって、特に打てる手は存在しない、

例えば世界のネコ展等に連れていく事等を条件として提示したくとも。

今ここでバックヤードに引っ込む事は出来ないからだ。

 

(くそ、どうしようもねえ……せめて他の奴に伝言を頼めれば……ん、他!?)

 

 そして八幡は、ある事に気付いて愕然とした。

 

(ま、まさか他にも協力者がいたりしないだろうな……)

 

 八幡はそう思い、この状況に至るまでの経過を分析し直した。

 

(そういえば、この衣装を用意したのはかおりだった。

しかも雪乃が具体的に指示を出す前に既に衣装を準備していた、

だがこれは微妙だ、もしかしたら雪乃に、

サプライズ演出だからと説明されてやったのかもしれないからな、

後は……小猫の司会としての存在感が薄いのは気になるが、

まああいつは所詮小猫だしな……とりあえず主犯は間違いなく雪乃だ、

他の奴らについては確たる証拠は無い、ああ、もうどうすっかなぁ……)

 

 この時八幡は、女子高生チームのイベント参加禁止を言い渡した事を少し後悔していた。

 

(まさかあいつらが、ここまでコミケ好きだったとは、予想外だった……)

 

 かなりズレた認識ではあったが、『五人』の熱心さに、八幡はかなり押されていた。

ちなみに唯一の例外が優里奈である。八幡はこう見えて、教育パパな傾向が強いのだ。

 

(うちの優里奈まで引っ張り出しやがって、

ああもう、いっそ神トールの言葉として許可を出して、うやむやにしちまうか)

 

 結局八幡の出した結論はこうであった。

 

「ふむ、そなたらの意欲はよく分かった。

よくよく考えれば、今回の事件は妖精達全員の協力を得られねば解決はすまい、

ここは一つ幼子達の力も借り……」

「いやいやちょっと待つニャ」

「ぬっ」

 

 それ以上言わせまいと、フェイリスは八幡の言葉を遮った。

ここで下手に認められようものなら、何の為に殴りこみをかけたのか、

意味がまったく無くなってしまうからだ。

 

「クーニャン、どうする?」

「誤魔化そうとしてるわね、絶対阻止」

「やり方は?」

「任せるわ、いける?」

「大丈夫ニャ」

「オーケー、それじゃあお願い」

 

 そしてフェイリスは、律儀に待っていた八幡に、自分の服装をアピールしながら言った。

 

「神トールよ、この制服を着る者達の事はご存知なのニャ?」

「聞きかじってはいる、大層有名なギルドだそうだな」

 

(うひい、自分で言うのがこんなに恥ずかしいとは思わなかった……)

 

「私達のこれは借り物にすぎませんが、あのギルドの構成員は、一騎当千のつわもの揃い、

おそらく彼らは、あなた方と協力せずとも単独で強敵を撃破し、

難なく神器を入手する事でしょう。私達も彼らのように強くありたいと思っています」

 

 紅莉栖は微妙に自分達はヴァルハラのメンバーじゃないよと、

観客達にアピールする為にそう言った。本人バレの危険性を考慮しての事だろう。

その言葉で八幡を安堵させた後、紅莉栖は何故かクルスと美優に声を掛けた。

 

「そちらのお二人、基本的な衣装ながら、素晴らしい着こなしですね、

多分名のある方なのだとお見受けします、ちょっとこちらに来てもらってもいいですか?」

 

 八幡は、その言葉に、嫌な予感が止まらなかった。



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第534話 進撃の女子高生チーム

何とか投稿出来ました、次の投稿は25日、そこから元の毎日更新に戻れる予定です、
宜しくお願いします!


「そちらのお二人、基本的な衣装ながら、素晴らしい着こなしですね、

多分名のある方なのだとお見受けします、ちょっとこちらに来てもらってもいいですか?」

 

 その誘いに、乗り遅れたと地団駄を踏んでいた美優は、まんまと乗っかってしまった。

 

「やっと私達の出番かな?」

「待って、八幡様の様子がおかしい」

「大丈夫大丈夫、あの子達をどう扱っていいか困ってるだけだって、

もうこうなったらいかに目立ってリーダーの記憶に残れるかどうかの勝負だよ」

「記憶に残る………」

「そうそう、クルスもせっかくかわいい格好をしてるんだから、

リーダーの記憶にその姿をずっと留めて欲しいって思うでしょ?」

「お、思う!」

 

 クルスはその言葉に、興奮したようにそう答えた。

 

「ならばこっちも、あの子達の呼びかけに堂々と応えないとね」

「了解、行こう」

「そうこなくっちゃ!」

 

 そして二人は六人の前に進み出た。

 

「ご指名のようだけど、私達に何の用事かしら」

「お二人のそれ、素敵な衣装ですね、実は領主様達が着ているバージョンよりも、

そちらの方がいいデザインなんじゃないかと思います」

「えっ?」

「い、いきなり何を……」

「皆さんもそう思いますよね?」

 

 ここで紅莉栖はいきなり観客に声を掛けた。

観客達は口々に二人に声援を送り、その格好を褒め称えた。

観客達には、ALOのヘヴィプレイヤーも数多く含まれており、

当然サクヤはアリシャと接した事のある者も大勢いる。

その者達からの評価が良いという事は、つまりそういう事なのだ。

彼女達の服装である、冒険初期にお世話になる服装は、

領主専用の服のマイナーチェンジ扱いでありながら、

ユーザーからの評判はとてもいいという事である。

 

「おっ、やっぱりこの服装って好評なんだ」

「さあ八幡様、思う存分私を見て下さい」

 

 美優はその性格故か、ポーズを取り、観客達にアピールを始めた。

そしてクルスもポーズを取ったが、その視線はさりげなく八幡にだけ注がれており、

自分を見てもらう事にのみ注力したクルスは、嫌な予感を感じる八幡の心情を察せなかった。

 

「さすがお二人は、大人の魅力に溢れてますね、

そしてそちらの女神様達は、フォーマルな服装により、その神聖さを存分に表現しています」

 

 女神三人のリーダーたるいろはは、その言葉によって逆に動きを封じられ、ほぞを噛んだ。

由季はプロ故に、この服装でどういうポーズを取れば観客受けがいいかを分かっている分、

逆に動く事が出来なかった。そして香蓮は、八幡のみを見ていた為、

八幡に視線を注がれ続けるほど満足してしまい、動くという発想がそもそも無かった。

そこに紅莉栖はつけこんだ。

 

「そんな五人に対抗する為に、若い私達に出来る事は、その勢いをアピールする事だけ!

今こそこの借り物の衣装を脱ぎ捨てる時!」

 

 紅莉栖はそう言って、ヴァルハラの制服を脱ぎ捨てた。

紅莉栖は何故か白衣姿であり、その白衣の下は、

某作品の爆裂魔法の使い手の服装に近い、いわゆる魔法少女風の服を身に付けていた。

露出は少ないが、正直丈の短いスカートを履いているというだけで、

紅莉栖にとってはいっぱいいっぱいであった。

 

「クリスティーナの奴、暑かっただろうに無茶をするものだ……」

「クリスちゃん、かわいいね、オカリン」

「………まあ悪くはない」

 

 そんな紅莉栖の姿をまゆりと一緒に観客席から見ていたキョーマは、

服装そのものについてのコメントは差し控えた。

ちなみに紅莉栖が着ている服は、実際にゲームの中に存在するが、

あまりにそれらしい服なので、低年齢層のプレイヤーが主に装備している服であった。

だが紅莉栖は白衣こそ着ているが、堂々とその格好をしていた。

これは観客達の中の現役プレイヤーには新鮮だったらしい。

 

「お?悪くなくね?」

「こうして見ると、普通にいけるよなぁ」

 

 この後ゲーム内で、あまり脚光の当たっていなかった服が見直されていく事になるのだが、

それはまた別の話である。

 

「さあ、悪の科学者たる私が命じるわ、みんな、真の姿を見せてあげなさい!」

 

((((((((悪の科学者のつもりだったのか!))))))))

 

 観客達のみならず、八幡もそう思ったが、それを合図に他の者達も、

次々にヴァルハラの制服を脱ぎ捨てた。

 

「やっとこれがお披露目出来たわ」

 

 詩乃が着てきたのは、アルン式弓箭兵服と呼ばれるものだった。

これはヴァルハラに制服が無かった場合、詩乃が本来着ていたはずの服である。

足を大胆に露出するのはいつもの詩乃のスタイルだが、

白い胸当てに、弓を引くのに邪魔にならないように右袖が完全にカットされたその服装は、

どこかGGOでの服装を思わせる、完全に遠隔攻撃を主軸に置いた服装だった。

 

「ほう?」

 

 思わず八幡はそう呟いた。確かにギルドの団結力を養うのに共通装備は必要だが、

それはどうしても特化装備には敵わない。

 

(制服の改造も認めていく必要があるか……)

 

 そんな真面目な事を考えてしまった八幡であったが、

詩乃はただ、八幡が自分の姿をじろじろ見ている事に喜んでしまっていた。

その二人の考えの差は打ち上げで発覚し、詩乃が爆発する事になる。

 

「次は私ね」

 

 そして歩み出た椎奈が、ヴァルハラの制服を脱いだ。

 

「「「「「「「「おおっ」」」」」」」」

 

 椎奈が選んだ格好は、まさにこれぞファンタジーというべき服であった。

太ももの半ばまで覆うブーツに、妙に胸を強調した鎧とミニスカート、

肩は完全に露出され、肘から先だけ手甲が装備されている。

椎奈は観客達の色よい反応に気を良くしたのか、そちらに手を振ってアピールしていた。

 

「次はフェイリスの番ニャね」

 

 そしてフェイリスもその真の姿を観客達に晒した。

 

「「「「「「「「おおっ?」」」」」」」」

 

 フェイリスはやはりフェイリスだった。そんなフェイリスが選んだのは、

いわゆる戦闘用メイド服、メイドアーマーであった。

 

(ヴァルハラの制服も、メイド服にアレンジするんだろうな……)

 

 八幡は、いっそ天晴れというつもりでそんな事を考えていた。

そして留美が一歩前に出た。八幡にとってはある意味一番気がかりな存在だ。

何故なら留美がファンタジー系ゲームに縁があるとはどうしても思えないからだ。

そして留美は、八幡にだけ聞こえるようにこう言った。

 

「私だって、もう小学生だったあの頃とは違うのよ」

 

 そう言って留美が披露したのは、完全にビキニアーマーと言うべき服装だった為、

八幡は内心頭を抱えた。

 

(やっぱり微妙にズレてやがる……)

 

 だが一番声援が多いのも留美に対してであった、観客達は実に正直である。

 

「ふふん」

 

 留美は八幡に対してそう鼻を鳴らし、

八幡は呆れながらも、留美の成長を認めざるを得なかった。

 

(確かにあの頃の面影は、もうほとんど無いな……

その体一つでこれだけ声援をもらえるくらい、成長したんだなぁ……

あ、もちろんエロい意味じゃないからな)

 

 八幡は、誰に対して言っているのか意味不明な言い訳をしつつ、最後の一人に目を向けた。

八幡にとって留美とは別の意味で気がかりというか、鬼門の存在である優里奈である。

優里奈が一体何をしてくるのか、何故ここにいるのか、八幡にもまったく分からない。

それ故に八幡は、かつてない程緊張し、助けを求めるように、

何度も明日奈の方をチラチラと見ていた。

だが明日奈はあくまでも見守る体制を崩さず、腕を組んで仁王立ちしているだけだった。

そして優里奈は八幡だけに聞こえる声で言った。

 

「八幡さん」

「お、おう……」

 

 八幡は優里奈の呼びかけに、最大限警戒した様子でとりあえずそう返事をした。

案の定優里奈はそこで足を止めず、観客達がぽかんとする中、八幡の目の前まで歩み寄った。

 

「わ、私に何か用でもあるのか?」

 

 八幡は、辛うじて神の威厳を保つように、そう演技をした。

 

「あの、八幡さん」

「ど、どうした?」

「私、八幡さんにとっていい子ですか?」

「お前がいい子じゃなかったら、世の中にいい子なんか存在しないだろうな」

「そうですか……」

 

 ここで否定する選択肢はありえない為、八幡はそう言うしかなかった。

そして優里奈は、ゆっくりと制服の前を開きながらこう言った。

 

「私、そんないい子じゃないです、ちゃんと八幡さんに反抗だって出来ます」

「ん?悪い優里奈、ちょっと意味が分からな……な……な……なぁ!?」

 

 優里奈は制服の中に、かなり際どい水着を着ており、それを見た八幡は仰天した。

 

「私、こんな悪い子なんです!だから安心して下さい、私は大丈夫ですから!」

 

 その見た目の破壊力に、八幡は一瞬眩暈を感じつつ、優里奈を二度見した。

そしてどうしていいのか分からず、情けない顔で明日奈の方を見た。

だが明日奈は愕然とした顔で、何故か自分の胸を持ち上げながら、

色々と見比べているように見え、八幡の方にはまったく注意を向けてくれなかった為、

八幡は泣きそうな表情で、優里奈にこう言う事しか出来なかった。

 

「わ、分かった、安心するからとりあえず後で詳しい話を聞かせてくれ」

「分かりました!」

 

 優里奈はその言葉にパッと顔を輝かせ、再び制服を着込み、舞台袖へと走り去っていった。

その瞬間に、薔薇が観客達に向けてこう言った。

 

「はい、ゲストの皆さんありがとうございました!実に素敵な姿を見せてくれた皆さんに、

盛大な拍手をお願いします!」

 

 そして盛大な拍手が巻き起こり、

詩乃達は八幡をニヤニヤ見ながら舞台袖へと引っ込んでいった。

そして八幡も、疲れた表情で舞台袖へと引っ込み、そしてその背後から、

神崎エルザの曲が流れ始めたのだった。



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第535話 エルザの歌でイベントは終わる

 神崎エルザはこの日、北海道にあるライブハウスの控え室で、

モニターごしにイベントの様子を見ていた。

今はツアーの真っ最中であり、ここが最後の目的地なのだ。

 

「知らない人がたくさんいる……」

 

 エルザは画面を見ながら興味深げにそう呟いた。

 

「凄く楽しそう………」

 

 丁度その時控え室に、エルザのマネージャーのエムこと阿僧祇豪志が入ってきた。

 

「エルザ、そろそろ出番です、

途中でステージとソレイユのイベントブースが中継で繋がるので、

そちらの方も宜しくお願いします」

「うん、それはもちろん分かってるけどさ」

 

 そう言いながらエルザは、豪志のボディを思い切り殴った。

 

「ぐほっ………」

「なぁ豪志、何で私はあそこじゃなくここにいるの?

どうして私はあんなにまごまごしてかわいい八幡の隣にいられないの?」

「そ、それは……」

 

 そして豪志は呼吸を整えると、何かを期待するようにやや興奮した口調でこう言った。

 

「それはエルザが八幡さんに、『ツアーにでも行こっかなぁ』って言ったからです。

そしたら八幡さんが、『そうか、それじゃあうちがスポンサーになってやる』

と言ってくれたおかげで、今エルザはこうして北海道の地に……」

「ふんっ!」

「ぐはっ……」

 

 豪志の言葉を最後まで聞かずにエルザは今度は豪志の顔面に裏拳を入れ、

豪志はそのまま吹っ飛んだ。

 

「それはそうだけど、やっぱりむかつく、

八幡も一緒に来れるように手を回せなかったお前が全て悪い」

「はい……」

 

 豪志は床にしりもちをついた状態のまま、その理不尽な言葉に一切反論せず、そう言った。

 

「ああもうストレスがたまるなぁ……前はお前を殴ればある程度解消出来たのに、

最近はそれだけじゃちっともイライラがおさまらない」

「……東京に帰ったら、八幡さんに甘やかしてもらえばいいのでは?

もっともレコーディングとライブの予定がてんこ盛りですけどね」

「ちっ」

「がっ……」

 

 エルザはその言葉に舌打ちすると、豪志の側頭部に蹴りを入れた。

 

「決めた、今受けている仕事を全部こなしたら、しばらく休むよ、

豪志、絶対に新しい仕事を入れるんじゃないよ」

「それでもあと一ヶ月は毎日仕事になりますが……」

「ファンのためにもそれは絶対にこなす、ストレスについては、

仕方ないから夜にGGOで発散する事にする、多分八幡も来てくれるだろうし」

「分かりました、そのように手配します」

 

 丁度その時ノックの音が聞こえ、中にスタッフの一人が入ってきた。

 

「エルザさん、そろそろ出番……って、マネージャーさん、

顔面血だらけじゃないですか、ど、どうしたんですか?」

 

 そのスタッフは、鼻血塗れの豪志の顔を見ながら心配そうにそう言った。

 

「大丈夫です、ちょっと転んでしまって鼻を打ちつけただけなので」

「ちょっとって感じじゃないと思いますが……」

「時間も無い事ですし、僕がステージに立つ訳じゃないんで問題ないです、

とりあえずティッシュでも詰めておきます、ご心配をおかけしてすみません」

「それは確かにそうですが、でも……」

「彼の事なら大丈夫です、とりあえず私達はステージへ行きましょう」

「……分かりました、マネージャーさん、くれぐれも無理はしないでくださいね!」

 

 エルザは直前の不機嫌さをおくびにも見せず、笑顔でそのスタッフに言い、

スタッフもその笑顔を見て、豪志の身を案じつつ、時間も無いので移動を優先する事にした。

そして二人はステージへと向かい、豪志も鼻血を拭きつつその後に続いた。

 

 

 

「はぁ……もう何がどうなってるんだよ……」

「お疲れ様、八幡君」

「おう、悪いな明日奈、そうだ、雪乃はどこだ?とっちめてやらないと」

「雪乃なら、姉さんと一緒にどこかに出かけていったよ、

もうイベントも終わりだから、少し他のブースも回ってくるって」

「くそ、逃げられたか………」

 

 もしかしたら事情を知っているかもしれないかおりはグッズの売り子を、

薔薇はそのまま司会を続けており、八幡は、こうなった以上本人達に聞くしかないと考え、

きょろきょろと詩乃達の姿を探した。

 

「明日奈、詩乃達もこっちに引き上げてきたよな、どこにいるんだ?」

「他の人と一緒に更衣室にいると思うけど」

「そうか、よし、行くぞ」

「あっ、ちょっと、まさか更衣室に突っ込むつもり?」

「いや、出口を封鎖をして身柄を確保するだけだ」

「その前に、八幡君もその格好を何とかした方が……」

「あっ……そ、そうじゃな……」

「口調がトールっぽくなってるよ……って、ここで着替えるの?」

「おう」

「もう……」

 

 そして八幡はその場でぱぱっと着替えを始めた。

そんな八幡の前をさりげなく明日奈がうろうろし、目隠しの役目を果たした。

さすがにパンツ一枚の八幡の姿を衆目に晒すのは躊躇われたからだ。

ちなみに明日奈が顔を赤くしながら、

たまにチラチラと八幡の方を見ているのはご愛嬌である。

 

「おい明日奈」

「な、何?」

「あまりこっちをチラチラ見るなって」

「べ、別に八幡君のパンツなんか見てないよ!」

「そんな具体的な事は何も言ってないんだが……」

 

 そんな会話を交わしながら、八幡は着替えを終えた。

 

「よし、オーケーだ」

「もう着替え終わったんだ……あ、そ、それじゃ行こっか」

「そんなあからさまに残念そうな顔をされてもな」

「べ、別にそんな顔はしてないよ!さ、行こ!」

「おう」

 

 そして二人は歩きながら、先ほどの出来事について話した。

 

「それにしても、まさかイベントの流れがあんな風になってたなんて、知らなかったよ」

「俺も知らなかったぞ」

「えっ?で、でも雪乃が、『計画通り』ってニヤリとしていた気がしたけど……」

「やっぱりあいつの差し金か……」

 

 八幡は、後で絶対に雪乃に仕返ししようと心に決めつつ、更衣室の前に立った。

そしてノックをし、中からの返事を待った。

 

「…………返事がないな、悪い明日奈、ちょっと中の様子を見てみてくれ」

「うん、分かった」

 

 そして明日奈はドアを開け、中の様子を伺った後、八幡の方を向いて言った。

 

「誰もいないよ?」

「まじか……一体どこに行ったんだ」

「エルザの曲でも聴いてるんじゃないかな?」

「とすると、まさか客席か?」

「かもね」

「くっ……」

 

 八幡は慌てて引き返し、客席の方をチラリと覗いた。

そこにはいつの間に着替えを終えたのだろう、

詩乃達に加え、結衣に優美子、沙希に、美優、香蓮、クルス、いろは、

要するにここにいた八幡の身内的存在が全員そこにいた。

一同は、エルザがモニター越しに観客達に挨拶をするのをわくわくした顔で眺めていた。

 

「全員集合かよ……しかもあんな特等席に……」

「エルザの人気はやっぱり凄いんだね」

「しかしあんな前にいるのなら、文句を言おうにも手が出せんな、

今から行こうにも目立ちすぎるしな」

「まあ盛り上がったんだからいいんじゃない?雪乃も承知の上だったみたいだし」

「まあそうなんだがな……くそっ、今回は俺の負けか」

「ふふっ、一本取られたね」

「まあいい、今回の事は不問にしておく、俺も悪かったと思うしな」

 

 八幡は悔しそうな表情をしつつ、どこか満足したような様子でそう言った。

仲間達の成長っぷりが嬉しかったのかもしれない。

 

「それじゃあ私達もエルザの曲を聴こっか」

 

 その明日奈の建設的な意見に、八幡は頷いた。

 

「そうだな………ん?」

「どうしたの?」

「いや、エルザの奴……何か不機嫌じゃないか?」

「え、そう?特におかしなようには見えないけど」

「いや、確かに不機嫌だな……何かあったのか?」

「もしかして、八幡君の姿が見えないからだったりして」

「そういえば最近忙しくてあいつの相手をしてないな……」

「ああ、確かにそうかも、やっぱりそのせいなんじゃない?」

「仕方ない、後ろの方になっちまうが、あいつから見える位置に行くか」

「うん、そうだね」

 

 そして二人は観客達の最後尾へと移動した。

 

 

 

「八幡がいない気がする………」

 

 ステージに立った以上、もうソレイユブースの様子はまったく見えないはずなのだが、

エルザはその野「性」の勘をフルに生かし、八幡の不在を看破していた。

そのせいか、微妙に不機嫌だったエルザは、それでもプロ根性を発揮し、

モニターの向こうの観客達や、自分の事を見ているであろう仲間達に向けて、

満面の笑みを見せながらこう挨拶した。

 

「ソレイユブースに起こし下さった皆さん、こんにちは!

残念ながら今日はそちらの会場には行けなかったのですが、

遠い北海道の地から、『私の大切な人』がちゃんと私を見てくれるように精一杯歌います!」

 

 その瞬間に、モニターから見える位置に着いた八幡は、明日奈と顔を見合わせた。

 

「大切な人達じゃなくて、人って言ったね」

「そうだな……」

「やっぱり八幡君が見えなかったから、不満だったんじゃない?」

「う~ん、よくよく考えると、今のあいつはステージの上にいるんだ、

という事は、こっちが見えるはずがないんだよな、あっちの会場にはモニターは無いんだし」

「でもエルザだし……」

「だよな……まあいい、複数形で言わなかった事に関しては、今度お仕置きだな」

 

 八幡がそう言った瞬間、エルザの顔がいきなり紅潮し、体がビクンッ、とした。

 

「おいおい、まさか今のが聞こえたのか?絶対にそんなはずはないんだが……」

「でもエルザだし……」

「だよな……」

 

 そして八幡から見ても、不機嫌さが無くなったエルザは、

ノリノリでALOのCMに使われている曲を歌い始めたのだった。



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第536話 優里奈、自分の足で歩き出す

 エルザのライブの中継が終わり、観客達が満足したように帰った後、

詩乃達は八幡の目の前でやさぐれていた。

 

「何よ、文句があるならさっさと言いなさいよ」

「チッ、反省してま~す、ニャ」

「フン」

「何じろじろ見てるのよ、八幡先輩」

「勢いでやった、反省はしていない」

「は、反抗期ですからね!」

 

 そんな六人を八幡は特に責める事もなく、ぽつりと一言だけ言った。

 

「………お疲れ、片付けはちゃんと手伝っていくんだぞ」

 

 その言葉に六人は顔を見合わせると、声を合わせて言った。

 

「「「「「「は~い!」」」」」」

 

 そして片付けが終わり、各人に飲み物が配られた。

一応この後は打ち上げの予定だったのだが、

興奮さめやらぬ一同は、まだ誰も移動しようとしない。

それを幸いに、八幡は個別訪問を開始した。ターゲットはもちろん雪乃である。

 

「おい」

 

 八幡がそう声を掛けた瞬間、雪乃は足早に歩き去ろうとした。

そんな雪乃の肩を、八幡はガッシリと掴んだ。

 

「おい」

「な、何?」

「俺に何か言う事はないか?」

「………ご、ごめんなさい」

 

 雪乃はここで突っ張る事をせず、意外にも素直に謝った。

それに驚いた八幡は、毒気を抜かれたのか、これまた珍しく、雪乃の頭を撫でた。

 

「………何のつもりかしら」

「あいつらに頼まれたんだろうが、よく難しい調整をこなしてくれたなと思ってな」

「べ、別に大した事じゃないわ」

「だけどこれからは、俺にも一言伝えといてくれよ、頼むぞ」

「え、ええ、それは本当にごめんなさい」

「いや、まあ楽しかったなら別にいいさ」

「そ、そう?」

 

 その八幡の聞き分けの良さに、雪乃は危惧を覚えた。

これはあまりにも、らしくなさすぎる、そう思った瞬間に、

八幡が手を頭から頬に移動させた為、雪乃は仰天した。

 

「なっ、ななな何を?」

 

 これではまるで八幡が、雪乃を愛おしんでいるようではないか、

そう思った雪乃は慌てて明日奈の方を見た。

だがこちらを見ていた明日奈が、雪乃と目が合った瞬間に謝るように両手を合わせた為、

雪乃はやばいと思い、再び八幡に目を向けた。

その瞬間に八幡が、いつの間に取り出したのか、もう片方の手で雪乃の頭に何かをはめた。

 

「でもそれとこれとは別だよな、次期社長としては特に言う事は無いが、

お前の友人たる俺としては、やっぱり何かしら仕返ししなきゃって思うよな」

 

 そう言って八幡は、今度はポケットから小さな鏡を取り出し雪乃に見せた。

その頭には犬耳ヘアバンドが装着されており、雪乃は愕然とした。

 

「こ、これは……」

「おう、かわいいかわいい、たまには犬耳もいいもんだよなぁ」

 

 その言葉で二人の様子に気付いた周囲の者達は愕然とした。

雪乃が犬を苦手としている事は、周知の事だったからだ。

案の定雪乃は少し腰を引きぎみに、じりじりと下がり始めた。

その瞬間に八幡は、雪乃の頬に当てていた手を肩に回し、ガッシリと掴んだ。

 

「おっと、どうしたんだ?たまには俺達の関係について、とことん話し合おうぜ」

「わ、私達はとてもいい友達でしょ?

それ以上近付くと、明日奈が不快に思うのではないかしら」

「いやいや、明日奈は怒らないさ、俺達の仲がいいのはいい事だ、な?」

 

 雪乃はその言葉に再び明日奈の方を見たが、明日奈はまだ手を合わせており、

雪乃は何もかも諦めたように力を抜いた。

 

「そ、そうね、で、何の話をしたいのかしら」

 

 雪乃がそう言った瞬間に焦ったのは薔薇とかおりである。

もしここで雪乃が何もかも白状してしまったら、

はちまんくんのレンタル権がフイになってしまう可能性が高い。

 

「室長、これはやばい、やばいよ……」

「まずいわね……このままうやむやにするつもりだったのに、

まさかピンポイントで、こちらの頭を抑えにかかるなんて……」

 

 更に内心穏やかではないのが詩乃達である。

八幡に不問に付すと言われはしたが、今の雪乃の状態を見る限り、

個人的なお仕置きをされる可能性は否定出来ないからだ。

優里奈を除く五人は慌てて輪になって、どうすればいいか対応策を検討した。

 

「ど、どうしよう……」

「何とか誤魔化すしかないわね」

「でもどうやって……」

「ここは私に任せて」

 

 そう言って一歩前に出たのは留美だった。

そして留美は、八幡につかつかと歩み寄り、大胆にもその肩にぽんと手をかけた。

 

「八幡」

「ん?おお、ルミルミか、どうした?」

「さっき私が言った事、忘れてないわよね」

「さっき……?あっ」

 

 それで八幡は、留美に『アトデコロス』と言われた事を思い出し、慌てて飛び退いた。

 

「お、お前それは……」

「今の私はとても美人、町でもよく声を掛けられる。

そう簡単に雪乃先輩以下と言われるのは納得がいかない」

「そ、それはだな……」

 

 八幡は一瞬で守勢に回る形になり、それを見た薔薇は目をキラリと光らせた。

 

「今がチャンス!かおり、後は私に任せて」

「室長、頑張って!」

 

 そして薔薇は、素早く八幡の背後へと回った。

そしてじりじりと後ろに下がる八幡は、背中に柔らかい感触を感じ、慌てて振り向いた。

 

「こ、今度は何だ?」

「誰がおばさんですって?」

「こ、小猫………」

 

 そう言って薔薇も、どさくさにまぎれてこのバトルに参戦した。

 

「違う、あれは言葉の綾であって、別に本当にそう思っている訳じゃない」

「という事は、そう言った事は否定しないのね」

「う……」

 

 それで八幡はたじたじとなり、二人によって、

じりじりと部屋の隅へと追いやられていった。

 

「きゃっ」

「う、うわ、今度は誰だ?」

 

 八幡は再び背中に柔らかい感触を感じ、驚いて振り返った。

そこにいたのは優里奈であり、それを見た詩乃達五人は、やばい、と一瞬で顔を青くした。

 

「何だ、優里奈か」

「あの、八幡さん、今日の私、どうでしたか?」

「どうと言われてもな、いきなりあんな事を言い出すからちょっと驚いたが」

「安心してもらえましたか?私の事、ちょっとは気になりますか?」

「いや、まあ色々な意味で気にはなったが……」

 

 そして八幡は首を傾げながら、優里奈にこう尋ねた。

 

「そもそも反抗出来るとか悪い子だとか、一体何の事だ?」

「今の私はある意味八幡さんの娘のようなものです、違いますか?」

「いや、まあ娘だとまでは思ってないが、家族みたいなものだとは思っている」

「ありがとうございます、私もそう思っています、

なので私は、八幡さんの頼みは極力聞いていきたいと思ってるんですよ」

 

 八幡はその言葉に笑顔を見せながらこう言った。

 

「無茶な頼みをするつもりはないが、

俺の頼みでも、嫌な事はもちろん断ってもいいんだからな」

 

 優里奈はその言葉に、我が意を得たりという風に頷いた。

 

「そこです」

「ん?」

「例えば八幡さんが、日ごろお世話になっている人に、

『お宅の優里奈と今度デートしたいんだが』と言われたとして、私に選ばせようと、

それをそのまま私に伝えたとするじゃないですか、

そこで私が八幡さんの為ならと思い、素直に『はい』と言ったら、

八幡さんは何とも言えない気分になりますよね?」

「………例えが微妙すぎてよく分からないが、そのケースだと確かにそうだな、

というかまあ、そもそもそんな事を言われても、駄目ですと断ると思うが」

「という事は、やっぱり嫌なんですよね?」

「嫌というか、まあ、そうだな……」

「だから今回私は、そういう場合には、余計な気を回さずに、

逆に八幡さんの内心を読んで、ちゃんと断れるという事を八幡さんに伝えたかったんです!」

「………ん?」

 

 その超理論を完全に理解していたのは、詩乃達五人だけだった。

そう言って説得したから当たり前なのだが。

 

「え~とつまり、優里奈が今回あんな事をしたのは、

最初に言っていた通り、俺を安心させたかったと?」

「はい、私だって、ちゃんと八幡さんに逆らえるって事を伝えたかったんです、

だからそういう時も、私はちゃんと自分の意思で断れますから心配しないで下さいね、

私は八幡さん以外の男の人とと、どこかに出かけたりするつもりはまったくありませんから」

「………………」

 

 八幡はその言葉で、何故優里奈がここにいるのかやっと理解した。

 

「なぁ優里奈、その理屈は誰に教えてもらったんだ?」

 

 こんな力技の面倒臭い理屈を立てられる奴は限られているよなと思いつつ、

八幡は優里奈にそう尋ねた。見ると詩乃達は、留美も含めて全員紅莉栖の後ろに隠れており、

八幡はそれで、それが誰の差し金だったのか漠然と理解した。

 

「え?えっと………自分で考えました」

「…………そうなのか?」

「はい」

「本当にか?」

「はい、もちろんです」

「そうか………」

 

 八幡は、優里奈が紅莉栖達をかばっている事は察していたが、

優里奈がそう言う以上、そういう事にしておくかと考え、それ以上の追求をやめた。

事情を察した他の者達も、優里奈の聖女っぷりに内心で感嘆していた。

 

「………まあいい、今回の事についてはもう何も言うのはやめだ、

とりあえずこの後打ち上げをやるから、全員さっさと支度して移動するぞ」

 

 その言葉に一同はわっと盛り上がり、各自で準備を始めた。

 

 

 

 各人が準備を終え、薔薇の案内で移動していくのを見ながら、八幡は一人佇んでいた。

 

「八幡君、もういいの?」

「そうだな、明日奈、あれを見てみろよ」

 

 八幡はそう言いながら、出口の方を指し示した。

見ると優里奈がとても楽しそうに、詩乃達と談笑しているのが見えた。

 

「優里奈ちゃん、楽しそうだね」

「なぁ明日奈、俺は過保護すぎて、

知らず知らずのうちに優里奈を束縛しちまってたのかもしれないな」

「どうだろうね」

「まあでも、優里奈にも友人が沢山出来たみたいだし、良かったよ」

「うん、そうだね」

「まあ紅莉栖に言いたい事は多々あるが、とりあえず最初にお礼を言っておくか」

「凄い理屈だったけど、でも確かに優里奈ちゃんの為には良かったもんね」

「だな」

 

 そう言って頷く八幡の腕を取り、明日奈は笑顔で八幡に言った。

 

「それじゃあ私達も行こっか」

「おう」

 

 そして二人も、出口へ向けて仲良く歩いていった。



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第537話 打ち上げ~詩乃、香蓮、紅莉栖サイド

 打ち上げの会場は、何とメイクイーンだった。まさかの貸切である。

もっともかなり前から告知してあったので、混乱はほとんど無かったようだ。

 

「それではみんな、今日は本当にご苦労様でした、

つきましてはささやかながら、宴席を設けさせて頂きました。

今日は無礼講という事で、時間の許す限り楽しくやって下さい」

 

 陽乃のそんな挨拶から、会は始まった。参加メンバーはほぼ全員である。

何故か姫菜まで参加しているのは謎である。

ちなみに梨紗は、どうやら伊丹と一緒に飲みに行ったらしい。

伊丹によると、今までの借金を全部返してもらうのを勘弁する代わりに、

今日は梨紗の奢りで飲みに行く、という事らしい。

そして八幡はというと………和人を相手にくだをまいていた。

 

「しかし和人、今回はお前、本当に空気だったな」

「馬鹿言うな、今回の裏方の仕事は、ハプニングの続出でめちゃめちゃ忙しかったんだぞ!」

「俺は悪くない、全部雪乃が悪い、あと詩乃も悪い、

どうせ言い出しっぺはあいつに決まってる」

 

 丁度その時近くにいた詩乃がそれを聞きとがめ、椎奈を伴って八幡に絡んできた。

 

「何よ、私に何か文句でもあるの?」

 

 八幡はそれを無視し、隣にいる椎奈に語りかけた。

 

「すみませんマネージャーさん、この眼鏡っ子、ガラが悪いんですけど?

どう考えても眼鏡っ子業界の中では異端児なんじゃないですか?チェンジで」

「すみません、普通の眼鏡っ子は品切れです」

 

 八幡のその言葉に、椎奈は真面目な顔でそう答えた。

 

「えっ、まじで?」

「はい、なので今は、この気の強い眼鏡っ子で我慢して頂くしか……」

「ええ~……クーリングオフ出来ませんか?」

「知り合ってからの期間を考えると、クーリングオフはもう出来かねます」

「仕方ない、我慢するか……おい眼鏡っ子、来世では正統派の眼鏡っ子に生まれて来いよ」

 

 そう八幡に言われた詩乃は、呆気にとられていたが、

やがてぷるぷると震えだし、こめかみに青筋を立てながら言った。

 

「椎奈、こいつの相手をするんじゃないわよ、

そして八幡は、眼鏡っ子を連呼するんじゃないわよ!」

「ちょ、ちょっと乗ってみただけだって、詩乃の眼鏡はとってもキュートでかわいいよ」

「とってつけたように……」

「本当だってば、ね?八幡さんもそう思うよね?」

「そうだな、確かに眼鏡はいいな、眼鏡はな」

 

 八幡が眼鏡だけを褒め称える事に、詩乃はイラっとした様子で何か言いかけ、

直後に何かを思い出したような顔をし、フフンと余裕な態度を見せた。

 

「おい八幡、詩乃の様子がおかしくないか?」

「だよな……多少仕返しをと思ったが、何だあの余裕は……」

 

 八幡と和人がひそひそとそう囁き合う中、詩乃は余裕な態度のままこう言った。

 

「そんな事言って、さっきは私の格好を随分熱心に見ていたじゃない、

まったくもう、あんたももっと素直になりなさいよね」

「はぁ?………あ」

 

 詩乃にそう言われ、八幡は先ほどの状況を思い出し、詩乃が勘違いしている事に気付いた。

 

「お前、それはな……お前のコスプレが遠隔攻撃に適した服装だったから、

うちの制服もある程度特化装備への改造を認めるべきかと検討していただけだぞ」

「えっ?………はぁ?」

 

 詩乃は一瞬ぽかんとした表情をした後、その言葉の意味を理解し、そう声を上げた。

 

「そういう意味では確かに熱心に見ていたのは確かだな、

そしてよくその事を気付かせてくれた、えらいぞ詩乃」

「くっ……あれがそういう意味の視線だったなんて……」

「何だよ、言っておくが、本気で褒めてるからな」

「その褒められ方は予想と違う……」

 

 そう言いながら詩乃は、複雑な表情で去っていき、

その後を追おうとした椎奈に、八幡は言った。

 

「おい椎奈」

「うん?」

「お前のコスプレは王道だったな、良かったと思うぞ」

 

 椎奈はそう言われ、パッと顔を輝かせた。

 

「う、うん、ありがとう!」

「それじゃあ詩乃がへこみすぎないように気を付けてやってくれな」

「うん、任せて!」

 

 そして二人が去った後、和人は八幡に言った。

 

「八幡も意地悪だよなぁ、ちゃんと見るとこは見てたんだろ?」

「いや、まあそれは否定はしないが、詩乃が足を強調するのはGGOで散々見てるからな」

「ああ、それは確かに……」

「それにさっき言った事は本当だからな、和人もそのつもりで他の奴らに周知しといてくれ」

「制服の大幅なアレンジを認めるってところな、でもそれよりはさぁ、

普段は上に制服を羽織っといて、戦闘時にはまったく別の服装になるようにした方が、

インパクト的にもでかいんじゃないか?」

「確かにそれはあるかもしれん、それも含めて今度総会を開くか」

「総会?そりゃまたおおげさな……」

「一応新規メンバーの入団発表も兼ねるつもりだからな」

「え、だ、誰の?」

「それはな……」

 

 そして八幡は、和人の耳元で、二人の名前を囁いた。

 

「あ、ああ~、そりゃいいな、これでうちは益々強くなるな」

「だろ?」

 

 そう笑顔で頷き合う二人の下に、今度は香蓮と美優がやってきた。

 

「は、八幡君、私の格好、どうだった?」

「おう、最高だ」

 

 八幡はそう言って親指を立て、香蓮はもじもじしながらも、とても嬉しそうな顔をした。

そこに横から割り込んだ美優が、「私は?私は?」とアピールしてきたので、

八幡はわざと面倒臭そうな顔を作り、美優にこう言った。

 

「お前、意外といい体をしてるよな」

 

 八幡はそれで美優がいつものように調子に乗り、

襲い掛かってくる事も想定し、いつでもカウンターがとれるように身構えていたのだが、

美優は何故かもじもじした後、自分の胸を押さえながら恥ずかしそうに言った。

 

「もう、リーダーのえっち」

「…………」

「…………」

 

 八幡と和人が沈黙する中、八幡がとても心配そうに美優に言った。

 

「お、お前、何か悪いものでも食ったのか?」

「え?普通でしょ?」

「世間一般的にはそうかもしれないが……」

 

 八幡はそう言いながら、困った顔で和人の方を見た。

その瞬間に、美優は八幡に襲い掛かった。

 

「隙有り!やっとこの美優ちゃんの体に性的な目を向けてくれましたねリーダー、

いただきます!ジュ・テーム!」

 

 その声を聞いた八幡は、慌てて美優に対して身構えたが、

美優はその体制から動かなかった。よく見ると、香蓮が美優の首根っこを掴んでいる。

どうやら香蓮は、あらかじめこの事を予想していたようだ。

さすがは美優との付き合いが長いだけの事はある。

 

「八幡君、美優相手に油断しちゃ駄目だよ」

「お、おう、ありがとな香蓮、助かったわ」

「コ、コヒー!お前は親友の幸せを邪魔するのか!」

「はいはい、さ、他の人に場所を譲るわよ」

「あ、ちょ、待って!リーダー、せめてこの美優ちゃんの胸をひと揉み……」

「するか馬鹿」

 

 そして二人は去っていき、八幡は嘆息すると、和人に言った。

 

「そういえば昔は、クラス全員を動員してあいつを迎撃させたっけな」

「そんな事もあったっけ……」

「やはりあいつは要注意だな」

「性的な意味でな……」

 

 そこで二人は喉が渇いたのか、飲み物を取りにいく事にした。

 

「フェイリス、まゆさん、飲み物が欲しいんだが……」

「かしこまりましたニャ、何がいいかニャ?」

「ホット二つ、一つはブラック、もう一つは砂糖とミルク増し増しで」

「相変わらず甘党ニャね……」

「はい、ご注文のホット二つでぇす!」

 

 フェイリスとまゆりは、こんな場でもメイド服を着て接客のような事をしていた。

八幡は最初、セルフでいいと言ったのだが、二人が譲らなかったのだ。

 

「せっかくの打ち上げの場なのに、何か悪いな」

「いいのいいの、フェイリス達は好きでやってるのニャからね」

「うんうん、今日は本当にお疲れ様でした、

それじゃあテーブルまでホットを二つお持ちしますね」

 

 そう言ってまゆりは、トレンチに乗せたホット二つを後ろにいた人物に手渡した。

そこには屈辱的な顔をした紅莉栖が、メイド服姿で立っていた。

 

「…………くっ、殺せ」

「お前、何やってんの?」

「だ、だって岡部と橋田が、この格好であんたに謝れって……」

「キョーマとダルが?」

 

 紅莉栖の背後では、その二人がうんうんと頷いており、

八幡はなんだかなぁと思いつつも、そのままテーブルに戻り、紅莉栖の到着を待った。

そして紅莉栖が危なっかしい手付きでホットを二つ運んできた。

これはやってみると分かるが、慣れないとバランスを取るのが難しい。

 

「ご、ご注文のホットコーヒーです、どうぞ」

 

 そして二人の目の前に、二つのブラックコーヒーが置かれた。

 

「あれ、俺は砂糖とミルク増し増しで頼んだはずなんだが」

「わ、分かってるわよ、今からそうするのよ」

 

 そして紅莉栖は、かなりの時間躊躇った後に、八幡のホットに大量の砂糖とミルクを注ぎ、

顔を背けながらもスプーンでそれをかき回し始めた。

 

「…………」

「お、おい、あんまり無理すんなよ、俺はそこまで怒ってないからな」

「………ちょっとやりすぎたかもって思わないでもなかったから」

「そ、そうか……」

「そういえばお前のあのコスプレ、何というか、新機軸だったわ」

「い、言わないで!あの時の私はどうかしてたのよ!」

「お、おう……」

「……………」

 

 そして無言でかき混ぜ続ける紅莉栖に、後ろから駄目出しが飛んだ。

 

「クリスティーナ、セリフをさぼるな!」

「クーニャン、頑張るニャ!」

「くっ……殺せ」

「お前、そのセリフは危険だからやめろ」

 

 そして紅莉栖は、ぷるぷる震えながらこう口に出した。

 

「こ、これが……私の……ひ、必殺、目、目を見てまぜまぜ………ニャ……

まぜまぜ…………まぜまぜ…………」

 

 そんなとても頑張った紅莉栖の姿を見て、八幡と和人は思わず拍手をした。

それに釣られて店中が、拍手の渦に包まれた。

 

「ちょ、こんな事でみんなで拍手すんな!」

「紅莉栖さん、どんまい!」

「頑張ったね!」

「紅莉栖さん、かわいい!」

 

 そう口々に声を掛けられた紅莉栖は、羞恥にまみれながらこう叫んだ。

 

「くっ、殺せぇ!!!」

 

 そして紅莉栖は厨房の方へと走り去り、代わりにダルとキョーマが二人の所へ来た。

 

「おいキョーマ、やりすぎじゃないのか?大丈夫か?」

「何、最初にお前に謝った方がいいかなとビクビクしていたのはあいつだからな、

俺達はその背中をちょっと押しただけだ」

「ちゃんとフォローはしておいてくれよ、あいつ、本気で怒ると怖いんだよ」

「分かっている、任せておくがいい!」

「牧瀬氏、メイド女騎士、乙!」

 

 そして二人も去っていき、八幡と和人はホットを口に含んだ。

 

「ふう……」

「ん、美味いな」

「八幡のそれは、ホットの味じゃなく砂糖とミルクの味だと思う……」

 

 まだまだ打ち上げは続く。



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第538話 打ち上げ~総武高校軍団マイナス1

 紅莉栖が去った後、次に八幡の下に訪れたのは、

雪乃、結衣、いろは、留美の奉仕部チームであった。

 

「小町がいないが、こうして奉仕部員が揃うのは感慨深いものがあるな……」

「あの頃は、まさかこんなに奉仕部の歴史が続くなんて思ってもいなかったね、

絶対にあたし達の代で終わると思ってたもん」

「まあ次の年に小町さんが入って三年延長されたけど、

それでもそこで終わりだと思っていたのは確かね」

「でも厳密には、小町先輩が卒業してから私が入ったので、一旦切れてはいるけどね」

「まあ細かい事はいいじゃないか、今はとにかくまだ奉仕部がある事を喜ぼうぜ」

「私は正式な部員じゃありませんでしたけどね」

 

 一見和やかに見えるこの風景だが、実はおかしな部分が一つだけあった。

 

「…………なぁ」

「な、何かしら、和人君」

「何で雪乃はまた犬耳を付けてるんだ?それにユイユイまで」

「そ、それはその……反省の意を示そうかと思って」

「あたしはゆきのんがかわいいからその付き合い!」

 

 おかしな部分とは、つまりそういう事なのであった。だがもちろん真実は違っている。

雪乃は万が一にも詩乃からの特別報酬の存在を悟られない為に、

他の二人の分まで体を張り、八幡の疑惑の目が向かないようにしているのだった。

 

「そこまでしなくても別にいいんじゃないか?なぁ八幡」

「俺もそう思うんだが、雪乃が譲らないからまあいいかなってな、

特に実害がある訳じゃないし、他人の目も無いしな」

 

 そう言いながら八幡は、雪乃が付けている犬耳を撫でた。

実はこの犬耳、もっふもふなのである。

ちなみに反対の耳は、留美が熱心に撫でていた。隣に並ぶとまるで姉妹のようである。

そしてユイユイの犬耳は、いろはが熱心に撫でていた。

いろはは雪乃相手にそんな事は出来ないが、結衣相手だと平気なようだ。

 

「そ、そういう事よ、それに私もいつまでも犬が苦手なままだと、

犬型のモンスター相手に力を発揮出来ないかもしれないしね」

「え、お前、そっちも駄目なの?」

「八幡君、お前じゃない、雪乃よ」

「ルミルミの真似してんじゃねえよ」

「ルミルミ言うな」

「ああもう、お前まで」

「八幡、お前じゃない、留美」

「無限ループかよ!」

 

 和人は、こんな雰囲気の部活だったのなら、さぞ昔は楽しかったんだろうなと考えたが、

当然昔はこんな雰囲気ではない。だが和人がその感想を口に出さなかった為、

その誤解が解ける事は一生無かったのだが、まあそれでまったく問題は無かった。

だが、それとは別に、一つ懸念材料が残っていた。

 

「それじゃあ雪乃は例えば北欧神話定番の、フェンリルとかが相手だとどうなるんだ?」

「……そうね、敵が絶対見えない所でちまちまと回復するだけになると思うわ。

もちろん誰かを死なせたりとかいう事は絶対に無いのだけれど」

「それでもさすがに視野は狭くなるよな?」

「え、ええ、そ、そうね」

 

 雪乃はその質問に、ビクビクしながらそう答えた。話の進み方が、まずいと思ったからだ。

 

「そうなると……」

 

 そして八幡と和人は、顔を見合わせながら言った。

 

「「特訓だな」」

「はうっ………」

「仮にも副団長ともあろう者が、いつまでもそんな事じゃまずいからな」

「俺と明日奈には、苦手な物なんか無いぜ!」

「いや、明日奈は確か………」

 

 その言葉が聞こえたのだろうか、遠くから明日奈が走ってきて、八幡の口を押さえた。

 

「は、八幡君、乙女の秘密を他の人にバラすのはどうかと思うな」

「は、早っ!」

「あんな遠くでよく聞こえましたね……」

 

 そして雪乃が立ち上がり、明日奈を羽交い絞めにした。

 

「ちょ、ちょっと雪乃、何をするの!?」

「こうなったら一蓮托生よ」

「これくらい簡単に外して………うぅ、雪乃って、見た目と違って意外と力が強い……」

「こう見えても私、スポーツは万能なのよ、それに弱点のスタミナの無さを克服する為に、

一応それなりに朝走ったりもしているしね」

 

 そして雪乃は明日奈の手を八幡の口から引き剥がし、笑顔で明日奈に言った。

 

「さあ、一緒に地獄に落ちましょう」

「嫌ああああああああああああ!」

 

 そして明日奈の手が八幡の口から離れた為、八幡はさっき言いかけた言葉を口にした。

 

「明日奈は確か、オバケとか幽霊が苦手だったはずだ」

「えっ、そうなの?」

「意外~!」

「ううううううううう」

「という訳で結衣、明日にでも頼む」

「任せて!優美子~、ちょっとこっちに来て~」

 

 八幡にそう言われ、結衣は優美子をこちらに呼んだ。

 

「結衣、どしたん?」

「明日なんだけど、ゆきのんと明日奈と一緒に遊びに行かない?」

「いきなりどしたん?別にいいけど、どこに?」

「えっと、実はね……」

 

 そして結衣の説明を聞いて、優美子はなるほどと頷いた。

 

「でね、あたし一人だと、二人のうちどっちかを逃がしちゃうかもしれないから、

優美子にも一緒に来て欲しいなって」

「なるほど、それならオバケ屋敷の場所選びはあーしに任せろし」

「その場所が決まったら、あたしがその周辺のわんこに触れるスポットを調べるね」

「ふ、二人とも、そんなに気合いを入れなくてもいいのよ」

「そ、そうだよ、何事もほどほどが一番だよ!」

 

 焦る二人を横目に、八幡は結衣と優美子に言った。

 

「夏休みなんだし、連続で行ってもいいからスパルタで頼む」

「うん!」

「了解、あ、でも……」

 

 ここで八幡は、優美子にアイコンタクトをし、自分の懐を指差した。

優美子はそれに頷き、右手の手の平を外側に向けて軽く動かし、再び八幡はそれに頷いた。

優美子はまだ明日奈がALOに囚われていた時期に、一番多く八幡の見舞いに訪れ、

その世話を焼いていた為、こういったアイコンタクトでの意思疎通はお手のものなのだ。

ちなみに今のアイコンタクトは、「優美子に全員分の軍資金を渡す」

「今はさすがにアレだから後で」「了解」という意味である。

それを受け、優美子は言いかけた言葉を口に出すのをやめた。

ちなみにその言葉は、「あんまり連続だとどうだろ、資金にも限りがあるかんね」だった。

 

「先輩先輩、その訓練、私も一緒に行ってもいいですか?」

「いろはの予定が空いてるなら別に構わないぞ」

「やったぁ、私、わんこをもふもふするの、好きなんですよね」

「八幡、私もいい?」

「おう、行って先輩をビシビシ鍛えてやれ、そして絶対に二人を逃がすな」

「うん」

 

 そして明日からの計画を立てるからと、参加する面々が別のテーブルへと移動し、

そのタイミングで八幡は、優美子に予備の財布を渡した。

 

「んじゃこの予備の財布を渡しておく、

カードでもいいんだが、場所によっては使えないだろうしな」

「あんた、いつも予備の財布なんか持ってんの?」

「何かお使いを頼むのに便利だから、まあ一応?」

「ふ~ん……」

 

 そして優美子は財布の中を確認した。

 

「うわ、結構入ってんね」

「人数が増えたからな、まあ全部使い切っても問題ない」

「あーしはこう見えて、そういうところはキッチリしてるから、無駄遣いはしないし」

 

 その優美子の言葉に、八幡は小さく首を傾げながらこう答えた。

 

「こう見えて?俺は昔から、優美子がしっかりしてないとか思った事は一度も無いぞ」

「え?それっていつから?」

「お前が俺の事を嫌いだった時からだな」

「っていうと、二年の頭からずっと?」

「まあそうだな」

「そ、そうなんだ」

 

 そして優美子は心の底から嬉しそうに微笑むと、やる気に溢れる表情で言った。

 

「うっし、あの二人の事はあーしに任せて」

「おう、頼むわ」

 

 

 

 この時の会話のせいで、あーしさんのスパルタ具合は更に加速する事となった。

その時の話は特には語られる事は無いが、こうして明日奈と雪乃は地獄の三日間を過ごし、

次にALOにログインした時には、その弱点は完全に克服される事となっていた。

 

 

 

「いいなぁ、楽しそうだよな、あれ、でも八幡は行かないのか?」

 

 その和人の当然の問いに、八幡は真顔でこう答えた。

 

「あいつらと一緒に行くって事は、何日間かの間、

あの五人に一人で囲まれ続けるって事になるが、和人はそれで平気なのか?」

「あ!無理無理無理、絶対に死ぬ」

「だろ?それに和人には、ちょっと手伝ってもらいたい事もあるしな」

「ん、何かあるのか?」

「さっきの話の事でちょっとな」

「ああ、新メンバーの事か!」

 

 そして八幡は、嫌々ながら姫菜に付き添っているように見える沙希に遠くから声を掛けた。

 

「お~い川崎、ちょっといいか?」

 

 沙希はそれに気付くと、姫菜に一言断ってこちらへとやってきた。

 

「悪いな、突然呼んだりして」

「いいよ、むしろ助かったから」

 

 そう言って沙希は、並んで座る八幡と和人の向かいではなく、

自然な態度で八幡の隣に腰掛けた。この辺りは沙希も乙女なのであった。

 

「で、どうしたの?」

「なぁ川崎、明日って空いてる時間はあるか?」

「明日なら大丈夫だけど、何かあるの?あ、も、もしかして、デート……とか?」

 

 沙希はそう言ってほほを赤らめて下を向き、それに釣られて八幡も顔を赤くした。

 

「い、いやほら、ALOの服のデザインを考えるのに、

世界観とかをちゃんと知っておいた方がいいと思って、その誘いだ」

 

 そう言われて沙希はハッとし、真面目な顔をした。仕事が関係する話だと理解した為だ。

沙希は元々、仕事に関しては生真面目なのである。

 

「あ………それは確かにそうだね、あんまり的外れなデザインをするのもまずいしね」

「まあまだ先の話なんだろうが、それでも今のうちから、

少しでも色々と知っておく必要はあるんじゃないかと思ってな」

「うん、そうだね」

 

 そして八幡は、沙希にこう切り出した。

 

「という訳で、明日家まで車で迎えに行くから、ソレイユでALOを体験してみないか?」

「う、うん、分かった」

 

 その言葉に、沙希は二つ返事で頷いたのだった。




腐海のプリンセスは別枠です!


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第539話 打ち上げ~理事長と腐海のプリンセス

 その後の和人と三人での話し合いの結果、

沙希は先にキャラだけ作っておくのがいいだろうという事になり、

一度ソレイユに寄って、予備のアミュスフィアとソフトが提供される事となった。

 

「どうするか、とりあえず俺が送るか?」

「その案内、私達に任せてもらえるかしら」

「そうそう、私達にお任せ!」

 

 その会話を聞いていたのか、薔薇とかおりがここで横からひょっこり顔を出した。

 

「お、それは助かるが、いいのか?」

「問題無いわ、どうせ会社には戻らないといけなかったんだしね」

「社長とアルゴさんも一緒に戻るつもりだったから、ついでに川崎さんも案内するわ」

「そうか、それじゃあ宜しく頼む」

「ええ、任せて頂戴、それじゃあ川崎さん、行きましょう」

「あ、はい、宜しくお願いします」

 

 沙希は薔薇に丁寧に頭を下げ、その後に続いた。

こうして薔薇とかおりは、上手い事この場から逃げ出す事に成功し、

八幡の追求から完全に逃れる事に成功した。

げに恐ろしきははちまんくんを求める女の執念である。

 

 

 

「八幡君、和人君、今日は本当にお疲れ様………ニャン」

「…………………………」

「…………………………」

 

 突然そう声を掛けられ、その人物の方を見た八幡と和人は、何も言えず沈黙した。

 

「…………………………えっと、えっとね」

「…………………………あ、はい」

「違うの、これはちょっと好奇心を抑えられなかったというか、

まだまだいけるんじゃないかと他の人達に乗せられた結果なの!」

「あ、いや、違うんです、今の沈黙はそういう意味じゃないんです、なぁ?和人」

「そうですよ、というかその眼鏡、どうしたんです?伊達ですよね?」

「えっと、これも何となく?」

「それのせいで、何ていうか、随分上品なネコ耳メイドさんがいるなって驚いただけなんで」

「です、本当に最初は誰なのか分かりませんでしたよ」

 

 二人にそう言われたその眼鏡ネコ耳メイド、雪ノ下朱乃は、ほっとしたような顔を見せた。

 

「そうなのね、良かったわ、まったく似合ってないと思われてるんじゃないかって、

凄く心配になって、思わずおかしな事を口走っちゃったわ」

「いえいえ、そんな事はまったく無いですから」

「むしろ驚きました、それにしても理事長は、いつも凄くお若いですよね……」

「あらあら、そう言ってもらえるのは女冥利につきるわね」

 

 理事長はそう言って、沙希同様に八幡の隣に腰掛けた。

 

「どう?今日は振り回された?」

「ええ、まあそうですね」

「自分の知らないところで歯車が回り、それに乗せられる感覚はどうだった?」

「いやぁ、何というか、怖かったのは怖かったですけど、

何とかなるもんだなぁと驚いたってのが正直なところですね」

「そうなのよねぇ、でももちろん失敗する可能性もあった、そうでしょう?」

「はい、戦闘でいうなら色々な人が、戦線を維持出来るように、

要所要所でやばい敵をきっちり押さえてくれたような、そんな感じですかね、

あ、理事長にこの例えは分からないかもしれませんけど」

「そうねぇ、でも分かる事もあるわよ、

頼りになる仲間がいれば何も怖くない、そうでしょう?二人とも」

「「はい!」」

 

 二人のそのしっかりとした返事を聞き、理事長は微笑んだ。

 

「八幡君が大まかな絵図を描き、うちの雪乃ちゃんがそれを細かく調整、

そして和人君と明日奈ちゃんが、要所要所を押さえる、

それが出来ればあなた達は、これからも負けないでしょう、頑張りなさい」

「「はい!」」

 

 二人は再び元気にそう返事をし、理事長は二人に丁寧な挨拶をした。

 

「それではご機嫌ようですニャ」

 

 それは綺麗なカーテシーであった、さすがはいいところのお嬢様という事であろう。

もっとももうお嬢様という年ではないが。そしてそのまま理事長は去っていった。

 

「理事長はやっぱ凄いよなぁ……」

「一歩間違えたら色物扱いされてもおかしくないのに、何ていうか品格があるよな」

「まあ品格がまったく感じられない時もあるのは確かだけどな、特に学校では」

「それは八幡が絡む時だけだと思うぞ………」

 

 八幡と和人がそんな会話をしていると、そこに最後の一人がやってきた、姫菜である。

 

「いつの間にやら大分人数が減ってるねぇ」

「海老名さんは、今まで何してたんだよ」

「いやぁ、布教活動とか?」

「お、おい、誰に何を見せたんだ………?」

「さて、誰にかなぁ?」

 

 そう言って一歩横にずれた姫菜の後ろから、クルスが姿を現した。

 

「は、八幡様、大変です!これを見ていると、何か胸がドキドキします!」

「げっ………」

 

 八幡は、慌ててクルスの手に持つ本を取り上げると、諭すような口調でクルスに言った。

 

「マックス、これは腐った毒だ、こんなものを見てはいけない」

「で、でもドキドキがおさまりません……」

「大丈夫だ、お前にはいつでも俺がついている、だから落ち着け、とにかく落ち着くんだ、

それ深呼吸、吸って、吐いて、吸って、吐いて……どうだ?大丈夫か?」

「は、はい、大丈夫です、ありがとうございます」

「そうか、それは良かった」

 

 そう言って八幡は姫菜にその本を返し、姫菜は仕方ないなという顔でそれを受け取った。

 

「ちぇ、読者が増やせるいい機会だと思ったのに、まあ仕方ないか、

比企谷君にはいつもお世話になってるしねぇ」

「気のせいだ、俺はお世話なんか何もした覚えはない」

「和人君も、いつもありがとうね」

「お、俺も別に世話なんかしてないぞ!っていうかその本はもしかして……」

「あ、見たいの?見たいよね?見たいんでしょう?」

 

 姫菜は途端に凄い迫力で和人に迫り始め、和人はその顔を見て、悲鳴を上げた。

 

「み、見たくないって、ひいっ!」

 

 そして姫菜は、さっと和人に何かを差し出した。

和人はそれがてっきり自分達が描かれている本だと思ったのだが、

それは普通の茶封筒であった。

 

「それじゃあはい、これ」

「え………何これ」

「モデル料よ、比企谷君と半分ずつね」

「はぁ?」

「だってほら、架空の人物がモデルならともかく、

二人をモデルにしてるんだから、それに対する対価は必要でしょう?

もちろんお詫びも兼ねているつもり」

 

 その言葉に二人は驚きつつも、封筒を受け取り、その中を見た。

 

「げっ……」

「こ、これかなり多くないか?」

「今回の分だけじゃないからね、今までの分も含めて、お詫びだと思って受け取ってよ、

むしろ返されると困るっていうか、梨紗と二人で話し合って、

毎回これくらいの比率でって計算してあった分だから、正当な報酬だと思ってね、

もっとも今までは回転資金に回してたから、今日まで渡せなかったんだけどね」

「も、もう資金は回るようになったのか?」

「おかげさまでね、今日の売り上げが凄かったから、やっと余裕が出たよ、

そして今まで色々と黙認してくれてありがとうね」

「いや、まあ長い付き合いではあるしな……」

「別に顔がそこまでそっくりな訳じゃないし、実害は無いから別に……」

「うん、まあそこはね、さっきは運悪く二人の格好がはまっちゃったせいであれだったけど」

 

 姫菜はそう言って笑い、クルスにお礼を言った。

 

「クルスちゃんも、二人の前に出るのに付き合ってくれてありがとうね」

「どういたしまして」

「一人だとやっぱりちょっと怖くてさぁ、何せ二人の強さは動画とかでよく見てるし」

「そうなのか?」

「まあ資料として見てたって面もあるけど、

それでもやっぱり友達が活躍してるのを見るのは楽しいからね」

 

 そして姫菜は、笑顔で二人に言った。

 

「それじゃあ私も梨紗と合流するからまたね!」

「お、おう」

「海老名さん、またな」

 

 そして姫菜は店の入り口で振り返り、二人に言った。

 

「今日の姿もしっかりと資料にさせてもらうから!色々いいものを見せてもらったよ!」

 

 そして姫菜は走り去っていった。

 

「はぁ、資料ねぇ」

「まあ別に構わないだろ、モデル料ももらった事だし」

「ある意味体を張って稼いだ金だな、和人、大事に使えよ」

「おう!でもこれでかなり余裕が出来たぜ、正月くらいまではこれで安泰だな」

「そしたらもう、菊岡さんが持ってくる危ない仕事を請けなくてもいいな」

「おう!」

 

 そして二人は笑い合ったが、その瞬間に悪寒を感じ、同時に入り口の方へと振り返った。

そこにはスケッチブックを持った姫菜がおり、興奮した様子で二人の姿を描いていた。

 

「うおっ」

「海老名さん……」

「あっ、やばっ、最後にいい物をごちそうさま!」

 

 そう言って今度こそ姫菜は、逃げるように去っていった。

 

「は、はは……」

「油断も隙も無いな……」

「さて、そろそろお開きか?」

「だな、和人はこれからどうするんだ?」

「今日はまっすぐ家に帰るかな、

おかげさまでかなり稼げた事だし、帰って里香と出かける相談でもするよ」

「そうか、俺は一度会社に戻って、今日はそのままマンションにでも泊まるわ」

 

 そこに話し合いを終えた優美子達もやってきた。

 

「八幡、今日はあーし達、雪乃の家に泊まるけど、明日奈も連れてくから宜しく」

「そうなのか?」

「うん、今日から合宿だよヒッキー!」

「ああ、なるほどな……」

 

 そう言って八幡は、少し怯えた顔の明日奈を激励した。

 

「明日奈、頑張れ」

「は、八幡君……」

「大丈夫だ、明日奈なら出来る、頑張れ!」

「う、うぅ……」

「雪乃もそんな顔をすんな、大丈夫だ、犬は友達だ、怖くない」

「犬は友達……そ、そうね、友達よね……」

「ああ、二人の健闘を祈る」

「う、うん……」

「え、ええ……」

 

 そして二人もドナドナされていき、最後に残ったフェイリス達も、

どうやら片付けも済んだようで、これからラボで三次会をやるつもりのようだ。

優里奈もその片付けを手伝っていたようで、笑顔で八幡の所へと合流した。

 

「八幡さん、片付けも全部終わりました!」

「優里奈も手伝ってたのか?悪いな、そんな事をさせちまって」

「いえ、楽しかったですから!」

 

 そして残された八幡と優里奈とクルスは、共に会社に戻る事となった。

 

「それじゃあ行くか」

「「はい!」」

 

 三人はそのままキットに乗り、ソレイユへと向かった。



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第540話 儀式

明日は月末で忙しいので、ちょっと投稿出来るか微妙かもしれません


 ソレイユに着いた三人は、状況を確認しようと先に着いているはずの者達を探したが、

そこには誰もいなかった。

 

「あれ……誰もいないな、川崎はキャラを作ったのか?」

「ここにあった予備のアミュスフィアが一台無くなってますから、

それを持たせて今日はひとまず家に帰したんじゃないですかね」

「確かにもうかなり遅い時間ですしね」

 

 八幡はその意見に頷いた。

 

「かもしれないな、とりあえず今日は俺達もマンションに戻って休むとするか、

明日の朝一で報告を受ければいい。マックスはどうする?」

「今から家に帰るのもちょっと面倒ですし、

八幡様がご迷惑じゃなければ、そちらの部屋にお邪魔させてもらえばと」

「俺はもちろん構わないが、優里奈は大丈夫か?」

「はい、もちろん大丈夫ですよ」

「それじゃあ歩いて移動するとするか」

 

 ちなみにこの時陽乃は、自ら沙希を家まで送っている最中だった。

アルゴは自宅で爆睡していた。そして薔薇とかおりは、密かに詩乃と合流し、

どちらがはちまんくんを先に借りるか、真剣勝負の真っ最中だった。

 

「恨みっこなしよ、とはいえ一日ずれるだけだから、そこまで重要な勝負じゃないけどね」

「室長、負けませんよ!」

「せーの!」

「「最初はグー!ジャンケン、ポン!」」

 

 その結果、勝ったのは薔薇であった。

 

「よっしゃあ!」

「くっ……負けた……」

「それじゃ詩乃、明後日にはちまんくんを借りに家に行くわね、

明日はさすがにいきなり休むのは無理だしね」

「オーケー、薔薇さんおめでとう、かおりさんはドンマイ」

「まあ私は大丈夫、とりあえず私も明日会社で、三日後の有給申請をしておかないと」

「詩乃こそ二日もはちまんくんが不在で、寂しくない?」

「大丈夫、昔に戻るだけだから」

 

 そう言いつつも詩乃はその二日間、寂しさに耐え切れず、結局映子達を家に呼ぶ事になる。

そして雪乃がはちまんくんを借りられるのは、

例の合宿もどきが終わった後になるという事が、既に確定していた。

 

 

 

「さて、とりあえず順番に風呂に入っちまうか」

「あ、それじゃあクルスさん、一緒に入りましょう」

「うん、背中を流してあげる」

「あ、それじゃあ私も!」

 

 その二人の様子を見ながら八幡は、この二人の組み合わせだと、

さぞ色々揺れる事だろうなと一瞬考え、頭を振ってその脳内の光景を振り払った。

 

(いかんいかん、俺とした事が……

今日は色々なコスプレを見すぎて脳内の肌色成分が上がってやがるな)

 

 頑張って露出した詩乃達の努力は決して無駄ではなかったようである。

もっとも優里奈以外の者はこの場にはいないのだが。

そして八幡は、二人が快適に寝られるように、

今のうちに温度を適正に保っておこうと思い、寝室の中に入った。

 

「あれ……このアミュスフィア、確か会社にあった予備の奴だよな、ここにあったのか」

 

 そこには元から置いてある二台に加え、もう一つのアミュスフィアが置かれていた。

 

「って事は、今日は川崎に何も持たせず、説明だけして明日に持ち越したって事なんだな」

 

 丁度その時部屋のチャイムが鳴った。

 

「ん………こんな時間に誰だ?まあ身内の誰かなんだろうが」

 

 八幡はそう考えつつ、インターホンのボタンを押し、画面に外の映像を映し出した。

 

「はい、どちら様ですか?」

「あ、あたし………だけど」

「え、か、川崎?何でここに?」

「えと、陽乃さんに連れてきてもらって、

最初は隣の部屋の優里奈ちゃんの所に顔を出すように言われたんだけど、

誰もいないみたいだったから、直接こっちに……」

「そ、そうか、とりあえず今ドアを開けるから待っててくれ」

 

 八幡は慌ててそう言うと、入り口のドアを開けた。

そこには所在なげな沙希が立っており、沙希はぽつりと八幡に言った。

 

「そ、それじゃあお邪魔します」

「おう、とりあえず事情を聞かせてくれ」

「う、うん」

 

 八幡は沙希を居間に案内し、沙希にこう尋ねた。

 

「川崎、ホットでいいか?」

「あ、うん」

「それじゃあちょっと待っててくれ」

 

 そして八幡は慣れた手付きで二人分のコーヒーを入れ、

沙希に砂糖とミルクはどうするか聞いた。

 

「あ、ブラックで」

「あいよ」

 

 八幡はそう答えると、沙希の目の前でどばどばとコーヒーに砂糖とミルクを叩きこんだ後、

ブラックの方を沙希の方に差し出した。

 

「ふう、これでよしと」

「あ、あんた、よくそんなの飲めるわね……」

「俺に言わせれば、そっちこそよくブラックで飲めるなって感じなんだが」

「男らしくないわね」

「そっちこそ女らしくないぞ」

「むむむむむ」

「まあいい、痛み分けだな」

「そうね」

 

 そして二人はホットを一口飲み、ほっと落ち着いた。

 

「で、あれから何があって、今こうなってるんだ?」

「あ、うん、それなんだけどね」

 

 そして沙希は、自分がソレイユに着いてからあった事を話し始めた。

 

 

 

「アルゴちゃんはこのまま帰って問題ないかな、

かおりちゃんと薔薇はサキサキ用のアミュスフィアを、あそこに持っていっておいて。

それが終わったら今日は帰っていいわよ、はい、これ合鍵ね」

 

 陽乃は振り返って正面の建物を指差しながらそう言った。

 

「えっ……?あそこにですか?」

「何?何か問題でも?」

「私達にとっては特に問題ないですが、沙希さんの意思は一応確認しておいた方がいいかと」

「ああ、確かにそうかもしれないわね、

とりあえずサキサキ、あそこのソファーでちょっと話しましょうか」

 

 陽乃は沙希の事をずっとサキサキと呼んでいたが、

さすがの沙希も、陽乃に「サキサキ言うな」とは言えないようだ。

そして陽乃はいきなり沙希にこう言った。

 

「とりあえずサキサキ、今日はお泊りになるけど大丈夫?」

「え?あ、はい、妹もそれなりに大きくなりましたし、

夕食の事は弟に任せれば大丈夫なんで、問題ないです」

「今から私がサキサキを家まで送ってあげるから、

何か買っていってあげればいいんじゃないかしら」

「それはそれで助かりますけど、特に寄る必要は無いんじゃ……」

「駄目よ、ほら、替えの下着とかを持ってこないとだし」

「確かにそうですけど、どうせ朝帰ると思いますし、別に無くても問題は……」

「違う違う、その下着は八幡君に渡す為のものよ」

「はぁ!?な、ななななんであいつに……」

 

 沙希は飛び上がらんばかりに驚いたが、陽乃はいたって冷静であった。

 

「嫌?」

「そ、そんな事常識的に出来る訳が……」

「ここじゃあそんな常識は通用しないのよ、

そしてサキサキ、今から私が言う事を心して聞きなさい、

ここでの選択が、あなたの恋心にとっての分水嶺よ。

運命の分かれ道と言ってもいいわ、それくらいの気持ちを持って選びなさい」

「意味がさっぱり分からないんですけど……」

 

 沙希は困惑し、そう言う事しか出来なかった。そんな沙希に、陽乃は笑顔でこう言った。

 

「詳しい説明をしちゃうとつまらないからしないけど、

これはうちに関わる女性のほとんどが通ってきた道なのよ」

「それは陽乃さんもですか?」

「当然よ、少しでも一緒にいたいもの」

 

 ここで陽乃が最大のヒントを出し、沙希はその言葉を聞き流そうとして、ハッとした。

 

「少しでも一緒に………?」

 

 沙希はそう呟き、陽乃の顔を見たが、陽乃はニコニコと笑っているだけだった。

 

(冷静に考えると、下着を渡すといっても、

あいつはそれをおかしな事に使ったりはしないはず。

他の人もやっているというなら、おそらく何かまともな理由がある。

恋心の分水嶺?つまりここで断ったら、私とあいつの関係は………ほぼ終わり?)

 

「あっ……ご、ごめんね、泣かせるつもりは無かったんだけど……」

 

 突然陽乃が沙希にそう声を掛けた。

 

「え?」

 

 沙希はそう言われ、慌てて自分の頬に手を触れた。

そこは確かに濡れており、沙希は戸惑ったように陽乃に尋ねた。

 

「わ、私今、泣いてました?」

「う、うん」

「そうですか………」

 

 そして沙希は、吹っ切れたような顔で言った。

 

「分かりました、家まで送って下さい」

「そうこなくっちゃ!」

 

 そして二人は共に沙希の家に向かい、下着を持って戻ってきた後に、

このマンションのこの部屋の事を教えられたと、そういう訳だった。

 

「………事情は分かった、で、詳しい事はそれ以上はまだ何も?」

「うん」

「それなのによくもまあここまで来たよな……」

「まあね、自分でもどうかしてると思うけど、その……も、もう覚悟は出来たから、

もしここであんたが私を……」

 

 沙希はそう言い、真っ赤な顔で下を向いた。

 

「………って事になっても、べ、別にそれはそれで………」

「いや違う、もちろんそんな事は無い、優里奈とクルスもいるから、ちゃんと説明する」

「えっ、そうなの?どこに?」

 

 丁度その時風呂場の方からこちらを呼ぶ声がした。

 

「八幡さん、ちょっと通りますね」

「あ~、ちょっと待ってくれ………よし、オーケーだ」

 

 そして沙希の目の前で、八幡は、声がした方に背を向け、ぎゅっと目をつぶった。

 

「よし、いいぞ」

「は~い」

 

 そして風呂場から、ラフな格好の優里奈と全裸のクルスが姿を現し、沙希はギョッとした。

 

「な、な、な………」

「あれ、沙希さん!?そっか、ここに来たんですね!」

「おお、仲間入り?」

「ゆ、優里奈ちゃん、これは一体……」

「あ、ごめんなさい、上に羽織るガウンを忘れてしまって」

「私は替えの下着まで忘れた」

「ちょっと待ってて下さいね、今すぐ着替えちゃいますから」

「あ、う、うん」

 

 そして二人は寝室のドアを開け、中に入って八幡に声を掛けた。

 

「八幡さん、ありがとうございました」

「お、おう」

 

 そして八幡は再び元の体制に戻って沙希を見た。

 

「ここって……あんたの部屋よね?」

「まあ名目上はな」

「………ハーレム?」

「んな訳あるかよ、お前も何となく察してるだろ?」

「う、うん、もし本当にハーレムだったらあんたはさっき後ろを向かなかったはずだしね」

 

 どうやら先ほどの八幡の態度のせいで、修羅場になるのは防がれたようだった。

 

「つまり色々な人がお泊りに利用してるって事?」

「おう、ソレイユに来て帰りが遅くなった時とかに利用してもらっている。

俺自身もここに住んでる訳じゃなく、週に二日くらいしか利用してない。

優里奈は隣に住んでるから、ここの管理人みたいな事をやってもらっている」

「なるほど」

「お待たせしました」

 

 その時寝室の中から優里奈とクルスがお揃いのガウンを着て出てきた。

 

「沙希さん、ここのルールを説明しますから、こちらにどうぞ」

「八幡様は例の物を書いておいて下さいね」

「え………またあれをやるのか………?」

「当たり前です」

「まじかよ……まあ川崎が了解したらな」

「はい!」

 

 沙希はそのまま寝室に連れ込まれ、部屋の説明を受け、

ロッカーのように利用されているクローゼットの名前をしげしげと見た。

 

「うわ、ほとんどの人の名前がある……」

「こっちは実質私達の部屋みたいなものです、まあ誰もいない時は八幡さんが寝てますけど、

それ以外の時は、八幡さんは居間のソファーベッドで寝てますね」

「抜け駆け防止のルールもしっかりしてるわね……」

「はい、みんな仲良しですよ」

「そっか、うん、確かにここから家に帰るのは大変だから、それはそれで助かるかも」

「そして最後に大切な儀式があります」

「儀式?」

「まあ沙希さんに選んでもらいますが、実はこのロッカーの利用を開始する時、

一人の例外も無く、八幡さんに下着を入れてもらってるんですよ、この二人以外は」

「え、ほ、本当に!?」

「はい、このお二人が例外です」

 

 優里奈はそう言って、茉莉、志乃と書いてあるロッカーを指差した。

 

「この二人は?」

「自衛隊から出向してもらってるお二人です」

「そんな所からも来てるんだ」

「はい、その為にロッカーを一段増設しました」

 

 当初七段だったロッカーは、今は八段になっていた。

一番下の段の右端が志乃、その左を茉莉が利用しているようだ。

 

「で、どうしますか?」

「ほ、本当に一人の例外も無くそんな事を?」

「はい!」

「雪ノ下も?」

「雪乃さんの事ですよね?もちろんです!」

「って、相模の名前まで……まさか相模も?」

「はい!」

「そう………それじゃあ私もお願いするわ」

「そうこなくちゃです!」

 

 そして八幡が寝室に招かれ、八幡は優里奈の隣のロッカーに、

八幡お手製の沙希の名前の書いた紙を差し込んだ。

先ほどクルスに言われて書いておいたものだ。

 

「さて、分かってますね、八幡さん」

「え、まじかよ……おい川崎、お前はそれでいいのか?」

「い、いいから私の決心がぐらつかないうちにさっさとやりなさいよ」

「お、おう……」

 

 そして八幡は、沙希から黒のレースの下着を受け取り、

何かを思い出したのか、感慨深そうな顔をした。

 

「なぁ川崎、これって………」

「ええ、そうよ」

「そうか………懐かしいな」

 

 その会話の意味が分からず、優里奈は八幡にこう尋ねた。

 

「あ、あの、その下着に何か思い入れでも?」

「ああ、いや、高校の時にちょっとな」

「こいつ、先生に怒られて床に倒れてたんだけど、その時私が履いてたこれを、

思いっきり観察してたのよ」

「そうなんですか!八幡さんって、昔の方がえっちだったんですね」

「昔も今も俺はえっちじゃない、あれは事故だ」

「それにしちゃ、目を逸らさなかったみたいだけどね」

「お前、見られた時まったく恥ずかしそうにしてなかったじゃないかよ!」

「内心恥ずかしかったに決まってるでしょ、

でもそんなの顔に出せる訳ないじゃない、私のキャラじゃないし」

「そ、そうか、すまん……」

 

 そして八幡は、うやうやしくその下着を受け取り、沙希のロッカーにしまった。

 

「懐かしさの補正もあるが、うん、これはいい物だ」

 

 沙希はその言葉に盛大に顔を赤くし、こうして沙希も、

正式にこの部屋の住人と認められたのだった。



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第541話 二人の新人

無事に投稿出来ました!


「さて、これは川崎のキャラをここで作れという事でいいのか?」

 

 その八幡の問いに、沙希はあっけらかんとこう答えた。

 

「いいんじゃないかな、なんだかんだ色々と一番詳しいのはあんたなんだろうし、

多分陽乃さんもそのつもりでアミュスフィアをここに運ばせたんだろうしね」

 

 まあそれ以外に無いよなと思いつつ、八幡はログインした後の事を考え、

沙希に事前に色々と必要な事を決めてもらう事にした。

 

「そうか、それじゃあ迎えにいく関係もあるから、最初に種族を……」

「レプラコーンで」

「早っ……てか予習済かよ……」

「どう考えてもこれ一択でしょうに」

「まあそれはそうなんだけどよ……」

 

 八幡は、相変わらず川崎はためらいがないなと思いつつ、次の質問に移った。

 

「それじゃあ名前は、サキサ……」

「サキサキにはしないわよ」

「かぶせんなよ、あと早えよ!」

「あんたが何を言うかなんて大体予想出来るわよ」

「じゃあ何て名前にするんだよ」

「スクナ」

 

 そう即答した沙希を、八幡はじっと見つめた後に言った。

 

「神様でも目指すつもりか?」

 

 その言葉に沙希は僅かに目を見開いた。

 

「何あんた、神様オタクなの?」

「ふふん、おそれいったか、スクナって少彦名の事だろ?本の裁縫の神様って言われてる」

「………驚いた、そこまで知ってるんだ」

 

 沙希は心底感心したような顔でそう言った。

 

「おう、もっと褒めてくれ、川崎に褒められるなんて滅多にないからな」

「えらい」

 

 沙希はそう即答し、八幡は鼻白んだ。

 

「お前さ、こういう時はもう少し言葉を飾ってもいいんだぞ」

「えらい」

「お、おう……」

「えらい」

「あ、ありがとな」

 

 沙希相手だと何かと押されぎみな八幡であった。

 

「さて、次に個人マークだが」

「個人マーク?何?」

「それは教えてもらってないのか、うちのギルドはな、

全員制服に個人を識別するマークがついているんだよ」

「そうなんだ、例えば?」

「ちょっと待ってろ、PCに保管してあるから見せてやろう」

 

 八幡はそう言って、沙希に全てのマークのリストを見せた。

沙希はアスナのクロスレイピア、ユキノのアイスクロス、フカ次郎の愛天使や、

シノンのキューピッドアロー、ユミーのヘルファイア、リズベットのスターハンマー等を、

興味深そうに眺めていた。

 

「これは?」

「あ、それは私のマークだよ、サキサキ」

「あ、間宮さんのマークなんだ、セラフィムか、素敵な名前ね」

「私の事はクルスでいい、サキサキ」

「………何かサキサキが浸透しつつあるのを感じるけど、まあいいや。

このマークは………巨大な羽根の生えた、炎を纏った盾?」

「そう、私はタンクだし、セラフィムは燃え盛る天使の事らしいから」

「名前はセラフィム・イージスか、何か格好いいね」

「うん、ありがとう」

「で、あんたのは?」

「見ればわかるだろ、サキサキ」

「サキサキ言うな」

「お前それ、俺にだけ言うのな……」

 

 そして沙希は、画面をスクロールさせ、あるマークを見て手を止めた。

 

「………もしかして、これ?」

「ああ、正解だ」

「それじゃあ和人君……キリト君だっけ、のマークが、もしかしてこっち?」

「おう」

「あんた達、本当に仲良しなのね……」

 

 そんな沙希の目の前には、二つの文字が並んでいた。

一つは『覇』、もう一つは『剣』の文字であった。

どちらも達筆な毛筆で書かれていたが、どちらも陽乃の手によるものである。

 

「それが俺のマーク『覇王』と、和人のマーク『剣王』だ、

俺のはよりインパクトを与える為に、前のトップAから最近変更したばかりなんだけどな」

「確かに二つとも、王冠の中に書かれているわね」

「シンプルでいいだろ?」

「それは認めるけど……」

 

 沙希は、シンプルというか地味なのではという疑問を持ったようだ。

そんな沙希に、クルスが真顔でこう言った。

 

「そのマークは死の象徴、多分後で分かる」

「そうなの?」

「うん」

「ふ~ん、それは楽しみね」

「で、川崎はどうする?まあ別に今決めなくてもいいけどな」

「私のマークは針と糸でいいわ」

 

 そう言って沙希は、紙に針と、そこから伸びる糸の絵を描いた。

 

「オーケーだ、今反映させる」

 

 八幡が即座に何か操作し、そう言った為、沙希はとても驚いた。

 

「え、そんなにすぐ出来る物なの?」

「おう、凄いだろ?」

「う、うん、ちょっとびっくりした」

「ちなみにマークの名前はどうする?」

 

 そう尋ねられた沙希は、少し考えた後にこう言った。

 

「そうねぇ……ソーイング、とかでいいかな」

「オーケーだ、そのまんまだが、シンプルでいいよな、そういうの」

「うん、ごてごてしたのはあんまり好きじゃないから」

「それじゃあ早速ログインするか……おっとその前に、何人か他のメンバーを呼んでおくか、

ちょっとは川崎に、いい所を見せたいしな」

「よく分からないけど、任せるわ」

「おう、見て驚け」

 

 そして八幡は、何人かに電話を掛けた。

 

「おう、俺だ、今から入れるか?ああ、マークとかも全部準備は出来てるぞ、

そうだ、名前は前聞いた通りでいいんだな?お前にとっては大事な名前だし、いいと思うぞ。

もう一人新人を連れてくから、一緒に待っててくれ、名前はスクナだ」

 

「あ、和人か?今から例の二人がログインするんだが、今から入れるか?

お、そうか、それじゃあレプラコーン領の首都に集合な」

 

「明日奈、今から新人を二人迎えに行くんだが、今は雪乃の家だよな、ログイン出来るか?

アミュスフィアが二つしかないのか、分かった、明日奈と雪乃が来るんだな、

それじゃあレプラコーン領の首都に集合で頼む」

 

 そして八幡は沙希に向き直り、ログインした後どうすればいいか説明した。

 

「もう一人新人さんがいるんだ?」

「おう、お前と同じ職人だ、種族もレプラコーンだぞ」

「へぇ、そうなんだ」

「とりあえずチュートリアルは飛ばしてくれ、で、ログインしたら、

多分そいつが目の前にいると思うから、二人で待っててくれればいい」

「その人の名前は?」

「ナタクだ」

 

 八幡はそう言ってニヤリと笑うと、優里奈に一言断って、ログインの準備に入った。

 

「という訳で優里奈、悪いがしばらく一人でのんびりしててくれ」

「あ、家事とかがまだ残ってるんで大丈夫ですよ」

「悪いな、任せた」

「はい!」

 

 そして沙希とクルスは寝室で横になり、八幡は居間で横たわった。

 

「聞こえるか?それじゃあ行くぞ」

「はい」

「オーケー、楽しみだわ」

「「「リンク・スタート!」」」

 

 

 

 スクナは言われた通りチュートリアルを断り、光のトンネルを抜け、

気が付くと見知らぬ街に立っていた。

 

「うわ、こんなにリアルなんだ……」

 

 スクナはそう言いながら、手をにぎにぎしたり、前屈したりしてみたが、

その感覚が現実世界とまったく変わらなかった為、安心した。

そんないかにも初心者ですオーラを出しているスクナに声を掛けてくる者がいた。

 

「あ、すみません、もしかしてスクナさんですか?」

「あ、はい、それじゃああなたがナタクさん?」

「ですです、初めまして、それから今後とも宜しくお願いします」

「うん、あいつと一緒に楽しんでプレイしていきましょうね」

「はい、本当に楽しみです」

 

 そして二人は色々雑談をしながら八幡達の到着を待った。

 

「へぇ、それじゃあSAOの頃からの知り合いなんだ」

「はい、一緒に生き残った戦友ですね」

「そっかぁ、私はVRゲーム自体初めてなんだよね」

「そうなんですか、それじゃあ何か分からない事があったら何でも聞いて下さいね」

「うん、ありがと」

 

 その時周囲のプレイヤー達がざわついた。

 

「お、おい、あれ……」

「まさかこんな辺ぴな街に?嘘だろ?」

「でもあのマークを見ろよ……」

「まじかよ、俺初めて見たわ……」

 

 そんな会話が聞こえ、二人は迎えが来たのだと確信した。

 

「これってあれよね、マークとか言ってるし」

「噂では聞いてましたけど、本当に凄いんですね、

あ、あそこにハチマンさんが、って、人数が多いな」

「ああ、そういえばあいつ、ちょっとはいいところを見せたいから、

何人か呼ぶって言って、キリト君やアスナやユキノを呼んでたわよ、

それにセラフィムも一緒にいるはずよ」

「おお………」

 

 ナタクはその言葉に感動したのか、少し潤んだ目で空を眺めていた。

 

「やっぱりキリト君やアスナとも知り合いなの?」

「実はユキノさんやセラフィムさんともです」

「そうなんだ」

 

 沙希はそう言って空を見上げた。

そして上空から、五人のプレイヤーが二人の目の前に降り立った。

 

「悪い、待たせたな」

「ナタク!」

「ナタク君!」

「ハチマンさん、キリトさん、アスナさん、来ちゃいました」

「これから宜しくな」

「待ってたよ、本当に」

「よく来たね、ナタク君」

「はい……」

 

 そう再会を喜びあう四人を横目に、ユキノとセラフィムがスクナにそっと耳打ちした。

 

「あの四人が、SAOをクリアに導いた英雄なのよ」

「うん、本当の伝説」

「えっ、そうなの?」

「ええ、あの四人の絆は、私ですら入れないくらい強いのよね、ちょっと妬けるわ」

「肯定、微妙に嫉妬」

「それを言ったら奉仕部の三人の絆だって強いでしょう?ちょっと妬けるわ」

「そう言われるとそうかもしれないけどね」

「ユキノにも嫉妬」

 

 そしてハチマンは、ナタクとスクナにトレードを申し込み、ヴァルハラの制服を渡した。

二人がそれを装備した瞬間、固唾を飲んで遠巻きに見守っていた群集から、

息を飲むような気配が伝わってきた。

 

「針と糸?それにあれは……工具か?」

「って事は職人なのか?」

「またヴァルハラが強くなっちまうな……」

 

 そんな会話が聞こえ、スクナとナタクはお互いのマークを見た。

ナタクの個人マークは、四角い枠の中に、金槌と鋸とペンチが書かれたマークだった。

スクナのマークは先ほど決めた、針と糸である。

 

「私のマークは、ソーイングよ」

「僕のマークはツールボックスですね」

「お互い頑張りましょう」

「はい、頑張りましょう!」

 

 こうして顔合わせの挨拶も済んだところで、ハチマン達はアルンへの転移門へと向かった。

 

「とりあえずここからアルンへ飛ぶ。

そこから飛ぶ練習も兼ねて、アインクラッドへと向かおう。

今はアルンへは直ぐに飛べるが、アインクラッドには、

一度自力で行かないとショートカットは出来ないからな」

「はい!」

「オーケーよ」

 

 二人はこの時漠然と、やっぱりヴァルハラのメンバーは目立つんだな等と考えていた。

だがその認識はまったく甘かった。二人はその事を、この後二度ほど思い知る事になる。



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第542話 そして二人はヴァルハラに至る

 七人がアルンへと転移し、門から出た瞬間、

転移門広場にいた群衆達は、ざざっと後ろに下がった。

 

「え………何?」

「だから言っただろ、少しはいいところを見せるってな」

「ど、どういう事?」

「感じるだろ?奴らの色々な感情を」

 

 そう言われて沙希は、探るような目で周囲を見回した。

そこから感じる感情は、沙希の感覚だと、

敵対心が七割、友好的な気配が三割といった感じだった。

 

「敵対心を多く感じる気がするんだけど?」

「そうだな、アインクラッドだと、共闘する事も多いから、その比率は逆転するが、

ここは俺達の事が嫌いな奴らが多いからそうなるんだろうな」

「そうなんだ……」

 

 そんな会話を交わしている間も、周囲からはひそひそと色々な声が聞こえてきた。

 

「おい見ろ、ザ・ルーラーだぜ」

「それだけじゃない、黒の剣士とバーサクヒーラー、それに絶対零度までいるぞ」

「幹部が勢ぞろいかよ……」

「もう一人は姫騎士イージスじゃないか?」

 

 その言葉が聞こえたのか、ハチマンは驚いた顔でセラフィムに言った。

 

「ん、セラフィムにはそんな二つ名がついてるのか?」

「はい、理由は私だけが普段からハチマン様を様付けで呼んでいるのと、

ハチマン様の前だと、私がタンクとして、絶対に崩れないからみたいです」

「だから姫騎士とイージスか……」

「くっ、殺せ」

「それは言わなくていいからな」

 

 ハチマンは呆れた顔でセラフィムに言った。

 

「ちなみにクリシュナは、タイムキーパーと呼ばれています」

「何だそれ?」

「支援を絶対に切らさないからですね」

「………そういえばそうだな」

「です」

「他には誰か二つ名が付いた奴はいるのか?」

 

 ハチマンは何となく興味を引かれ、そうセラフィムに尋ねた。

 

「シリカちゃんが竜使いなのは定番として……」

「まあそれは付くよな」

「クラインさんはサムライマスター、エギルさんはアクスクラッシュと」

「そのまんまだが、まあ二つ名が付くくらいインパクトがあるって事なんだろうな」

「あとシノンは、最近必中と呼ばれ始めたみたいです」

「あいつ最近、ありえないくらい当ててくるからな……」

「二つ名が付いているのはそのくらいですね」

「なるほどな、逆にリーファとかには付いてないのが不思議だな」

「リーファちゃんやフカは、普通に四天王の~とか言われちゃってますしね」

「ああ、そういえばそうか」

 

 そしてハチマンは、何となく一歩を踏み出した。

その瞬間に、その方向にいたプレイヤー達がざざっと道を開けた。

 

「うわ……」

「す、凄いですね……」

 

 スクナとナタクはその光景を見て、思わずそう漏らした。

 

「了解?死の象徴」

「う、うん、実感した……」

 

 セラフィムにそう言われ、スクナはやっとその言葉の意味を本当に理解したらしい。

そしてスクナの見たところ、ハチマンの顔を知らない風なプレイヤーでも、

その胸に付いているマークを見て、後ずさる者がかなりの数見受けられた。

 

「ここまで有名なんだ……」

「まあ俺達は、それだけの戦果をあげてきてるからな。

だから今は、ギルドの紋章自体が抑止力になっていたりもする」

「赤と白の剣が交差したこれよね」

「そうだ、赤は流れる血を、白は聖なる力を、人呼んでヴァルハラ十字だ」

「これを私も身に付ける事になるんだ……責任重大だね」

「別にそんな堅苦しいものじゃないさ、楽しんでいこうぜ」

「う、うん」

 

 スクナは、こんなに敵が多いんじゃ、

戦闘面でも多少は役に立てるように頑張ろうと改めて心に誓った。

だがその印象は、アインクラッドに着いて一変した。

 

 

 

「大丈夫か?まっすぐ飛べるか?」

「うん、段々慣れてきたみたい」

「スクナ、ファイト!」

 

 ハチマンとアスナに補助してもらいながら、

スクナは生まれて初めて飛ぶという体験をしていた。

 

「あは、あはは、凄い凄い、まさかこんなに自由に空が飛べるなんて」

「楽しそうだな」

「うん、今私、凄く自由だ」

「うん、自由だね」

「あはははは、凄く楽しい!」

「見ろ、あれが鋼鉄の城、アインクラッドだ」

「あれが………あんた達を二年以上も閉じ込めていた牢獄なのね」

「もう牢獄なんかじゃないさ、今は自由の象徴にして、俺達のホームがある場所でもある」

「ヴァルハラ・ガーデンだっけ?どんな所なんだろ」

「それは着いてからのお楽しみだ」

 

 そしてついにスクナはアインクラッドへと到着し、

第一層のはじまりの街へと足を踏み入れた。

その瞬間に、その場にいたプレイヤー達がわっと沸いた。

 

「ヴァルハラ来たああああ!」

「しかも幹部様達が勢ぞろいよ!」

 

 その盛り上がりにスクナは面食らった。

 

「な、何?」

「さっき言っただろ?アルンとここじゃ、比率が逆転するってな。

アルンじゃ敵対する奴の方が多いから、表だって声を掛けてくる奴もいないんだが、

ここじゃそっちが多数派だからな、遠慮なく声援を送ってくるような奴らが主流なんだ」

「あ、そういう事なんだ」

 

 そして友好的な雰囲気の中、様々なプレイヤーがハチマンに声を掛けてきた。

そのほとんどが女性だった為、スクナはやや頬を膨らませての移動となった。

 

「ザ・ルーラー様、そのお二人は新メンバーですか?」

「おう、今度うちに新しく入る職人の二人だ」

「そうなんですか!いいなぁ……」

「凄く羨ましい」

 

「バーサクヒーラー様!」

「絶対零度様!」

「剣王様!」

「お、剣王って呼ぶ奴もいるんだな」

「みたいだな、覇王」

 

「ハチマン様、デートして下さい!」

「ハチマン様、それなら私と!」

「あんた達、抜け駆けは許さないわよ!」

「それじゃあ私と!」

「いえ、私と!」

「私は黒の剣士様とデートしたい!」

「あんた、凄い人気ね……」

「う~ん、俺は滅多に表舞台に顔は出してないんだけどな」

「そこがミステリアスでいいんじゃないか?」

「そんなもんか……」

 

 尚も色々な声援が一同に送られ続け、スクナとナタクは緊張しながら転移門に入り、

そのまま二十二層へと飛んだ。そこでもまた同じような状況が続き、

落ち着いたのは、ヴァルハラ・ガーデンにメンバー登録し、一歩中へと入った瞬間だった。

 

「ふう……なんか緊張した……こんなに注目を浴びたのは、生まれて初めてかも」

「僕もですよ……」

「どうだ、スクナ、ナタク、俺達は凄かろ?」

 

 ハチマンはまるで子供のように、自慢げにそう言った。

 

「ええ、本当にびっくりしました」

「私達、今日からここのメンバーになるんだね……」

「それじゃあ拠点に案内する、この上だ」

 

 そして階段を上りながら、ナタクが懐かしそうに言った。

 

「秘密基地、懐かしいなぁ……」

「あ、ここってSAOの時からあったんだ?」

「ええ、今となってはとても懐かしい、青春の一ページですね」

「おいナタク、その言い方はちょっとおっさんくさいな」

「あ、確かにそうですね、あはははは、すみません」

「まあでも中はあの頃とはまったく違うけどな」

「そうなんですか、楽しみです」

 

 そして建物の前に到着し、ナタクはきょとんとした。

 

「あれ、あの頃のままですね……これはこれで懐かしくていいんですけど」

「こじんまりした建物だね、これでメンバー全員入れるの?」

「まあ中に入ってのお楽しみだ」

 

 そしてハチマンは、二人を中へと誘った。

 

「えっ?な、何これ、お城?」

「おおおおおおおおおおお」

 

 やはり初見の者は、外見とのギャップに驚いてしまうものらしい。

 

「それじゃあ各施設を案内するか、お~い、ユイ、キズメル!」

 

 ハチマンはそう言って、ユイとキズメルを呼んだ。

 

「はいパパ、ってあれ……あ、あなたはもしかしてネズハさんですか!?」

「ふむ、確かにネズハと同じ気配を感じるな」

「ユイちゃん、キズメルさん、お久しぶりです、ネズハです。

ちなみに今の名前はナタクと言います、これからこちらにお世話になる事になりました、

今後とも宜しくお願いしますね」

 

 あらかじめ二人の事を聞いていたナタクは、落ち着いた表情でそう挨拶した。

 

「そうなんですか!嬉しいです、ナタクさん!」

「ご丁寧な挨拶痛みいる、今後とも宜しく頼む、ナタク」

 

 そしてハチマンは、引き続き二人に施設の案内をし、

最後に新しく作ったという部屋へと二人を案内した。

 

「ここは工房だ、今回新しく新設した、三人の為の部屋だ。

要するにリズとナタクとスクナのほぼ専用の施設という事になる」

「おお」

「見るからに凄そう……」

「ちなみに後で案内するが、二人の個人部屋の奥に、ここへの直通の扉を作っておいたから、

後で試しに使ってみるといい、ここから自分の部屋に戻る時は、

専用のパスワードの入力が必要だから、後で自分の部屋で設定しておいてくれ」

「うん」

「分かりました」

「さて、一旦リビングに戻るか」

 

 一通り案内が終わった為、三人はリビングへと戻った。

そこではユイやアスナが作った料理が並んでおり、

簡単な歓迎会のようなものが開かれる事となった。

 

「そのうち全員を集めて二人を紹介する事になるが、

今日はとりあえず今いるメンバーだけでお祝いだな」

「うわ、これって本当に食べられるの?」

「現実でお腹が膨れる訳じゃないけどな」

「こういうの初めてだわ、凄く楽しみ」

 

 そして宴会が始まり、一同は楽しい時間を過ごす事が出来た。

 

 

 

 一方その頃、GGOでもとある出会いがあった。

 

「あんたがピンクの悪魔?私はピトフーイ、良かったら一緒に遊ばない?」



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第543話 ピトフーイの憂鬱

 エルザはライブを終えた後、ホテルからGGOにログインしていた。

最近は他の事を優先してあまりログインしていなかったのだが、

さすがにストレスがやばいと判断したのであろう。

 

「さて十狼のメンバーは………誰もいないか、

まあ当たり前よね、コミケでブースを出してたんだし」

 

 ピトフーイはそう呟き、他に知り合いがいないか探し始めた。

 

「ヤミヤミがいるわね、顔でも見に行ってみますか」

 

 そしてピトフーイは、闇風がいるであろう酒場へと向かった。

 

 

 

「昔と違って因縁をつけてくる奴もいないか……何かつまらないなぁ」

 

 ピトフーイはそう呟きながら、酒場のドアを開けた。

中にいる者達がじろっとピトフーイの方を見たが、大半は闇風の一派の者だった為、

友好的な視線が向けられる事はあっても、敵視されるような事はなく、

ピトフーイはここでも物足りなさを感じた。

 

「おお、こっちだこっち」

「ヤミヤミ、久しぶり」

「お前もな、どうだ、あ~……仕事は順調か?って聞くまでもないな」

「うん、順調なはずなんだけどねぇ……」

 

 そう言ってピトフーイは、退屈そうにグラスを傾け、くるくると回した。

 

「何か不満があるって顔だな」

「う~ん、何が不満って訳じゃないのよ、顔が売れたせいでファンも増えたし、

私の歌を聴いてくれる人の数もすごく増えた、CDの売り上げも順調」

「いい事ずくめに聞こえるが……そうじゃないって顔だな」

「うん、よく考えると、そこにはシャナがいないの。

宇宙人のシャナも未来人のシャナも超能力者のシャナもいないの」

「あ~、そういう憂鬱か………」

 

 ピトフーイのシャナに対する執着を知る闇風としては、

その言葉にとても納得がいった。

 

「確かにここでのお前は、シャナ至上主義というか、

シャナがいないと生きていけないみたいな感じだしな」

「うん、好き、超大好き、出来れば力ずくで犯されたい」

「お前、そういう事を真顔で言うなよ……今後お前をリアルでまともに見れなくなるだろ」

「ふん、これだから童貞は」

「俺は真実の愛を求める狩人だからな」

「ヤミヤミ、一周回ってちょっと格好いい!」

「だろ?」

 

 久しぶりのその軽口の応酬に、ピトフーイは多少気が紛れるのを感じていた。

だがここにはシャナはいないのだ。その事がどうしても頭をよぎり、

ピトフーイは落ち込んだようにテーブルに突っ伏した。

 

「はぁ……何か面白い事は無いかなぁ」

「お前がいない時ならあったんだけどな」

 

 そんなピトフーイに話題を提供しようと、闇風はこう切り出した。

 

「え、何かあったの?」

「スクワッド・ジャム」

「何それ?パンにでも付けるの?それともおじさん?」

 

 そんなピトフーイの軽口を、闇風は完全にスルーした。

 

「やっぱり知らなかったんだな、スクワッド・ジャムってのは、

BoBのチーム対抗戦バージョンだな、第一回の優勝チームはSLだ」

「SL?何かの頭文字?」

「おう、シャナとレンだ」

 

 その言葉にピトフーイは仰天した。

 

「シ、シャナが出たの?」

「おう、しかもまさかの逆包囲殲滅戦でな」

「えっ、またあの戦争の時みたいに、シャナが多勢に無勢で無双したの?」

「一応味方もいたぞ、聞いて驚け、あのゼクシードと、戦争の時にいたコミケさん達だ」

「あっ、あのオタクの人達ね」

「ゼクシードには触れないんだな」

「まあそういう事もあるでしょ、もう和解したんだろうし」

 

 そしてピトフーイは、一番興味を引かれた事を、闇風に尋ねた。

 

「で、レンって………誰?」

「そうだな、お前、ピンクの悪魔って知ってるか?」

「ピンクの悪魔?何それ?」

「最近売り出し中の、待ち伏せ専門のプレイヤーでな、

基本スタイルは罠を使ってのモブ狩りなんだが、

ついでに襲い掛かってくる敵を殲滅しまくっている、

まあ化け物みたいに強い、かわいい子だよ。ちなみに俺の弟子だ」

「えっ?ヤミヤミの弟子なの!?」

「おう、シャナの弟子であるとも言えるな」

「なるほど、それで……」

 

 ピトフーイは、弟子だから一緒に大会に参加したのだとそう考えていた。

闇風は一応説明しておくかと思い、事の経緯をピトフーイに説明し始めた。

 

「あ~、そもそもの発端は、レンにいきなり婚約者候補が現れた事なんだ」

「何そのゴシップ、凄く興味ある」

「表には絶対に出ない話だけどな、お互いの為にならないから」

「ほほう?」

「で、レンとたまたま知り合いだったシャナが、

レンの意思を汲んで、その案件に介入する訳だが……」

「あ、何となく分かちゃった、そのレンちゃんって子は、シャナの事が好きなんだ」

「まあそういう事だな、もっとも今のシャナは、人に好意を向けられる事に慣れてしまって、

かなり鈍感系主人公になっているようにも見えるがな」

「わお、童貞らしくない的確な指摘ね」

「恋愛に関する脳内シミュレーションは完璧だぜ」

 

 闇風はそう言ってドヤ顔をしたが、正直ドヤ顔が出来るような事ではない。

 

「で、半強制の結婚を前提とした付き合いの申し込みを撤回させる為に、

相手が示してきたのが、スクワッド・ジャムでの優勝だったんだ」

「半強制とか今時あるんだ、っていうかその条件、相手が言ってきたんだ?」

「おう、そいつはいきなりGGO内でリアルネームを連呼するような馬鹿でな、

さすがのシャナもかなり困ってたみたいだな」

「うわ、まだそんな人がいるんだ」

「レンの親父さんも、最初はその付き合いに肯定的だったみたいだから、

それなりに出来る奴なんだとは思うが、シャナと比べるとなぁ……」

「さすがに無理ゲーよね」

「だよな」

 

 二人はうんうんと頷き合った。

 

「で、事が終わった後、諦めきれないそいつは、

直接レンの親父さんの会社に圧力をかけようとしたんだが、

それも先回りしたシャナの権力に潰されたと、まあそんな事があったんだよ」

「うわ、権力で潰したんだ、さっすがシャナ、腹黒い!あ、これ褒めてるから」

「分かってるって、お前はそういう奴だもんな」

「お褒めに預かり光栄ですわ」

「いや褒めてねえよ」

 

 二人はニヒルに笑い、ピトフーイは再びため息をついた。

 

「そっかぁ、私はまた乗り遅れちゃったのか……もう歌うのをやめて、

ソレイユ専属のゲームシンガーにでもなろうかな」

「それって歌う事をやめてなくないか?」

「あっ、確かに」

 

 そしてピトフーイは、疲れたように笑った。

 

「あは……結局私には歌しか無いって事かぁ」

「まあいいじゃねえか、俺、お前の歌だけは好きだぜ」

「歌・だ・け・は?」

「あ、いや……ええと、顔と体も……」

「ちっ、これだから童貞は……その上ロリコンか」

「ロリコンちゃうわ!というかその理屈だと、シャナも該当する事にならないか?」

「シャナは守備範囲が広いだけだから」

「くっ……これが決して埋められない俺とあいつの差か……」

 

 こうして闇風に屈辱を味合わせたピトフーイは、

それが演技めいている事を承知で、多少気を良くした。

 

「ヤミヤミは、こういうの上手いよねぇ」

「……何の事だ?」

「本当に何でモテないんだろうね」

「ぐっ………それを言うなって」

「はぁ………シャナに無理やり組みしかれたい……」

「ここで出てくる言葉がそれかよ!」

「あはははは、あはははははははは」

 

 ピトフーイは久しぶりにそう楽しそうに笑った。

 

「さて、それじゃあ期待のルーキーちゃんでも見に行こうかなぁ」

「は?おいお前、いきなり何を言っちゃってるの!?」

「何?駄目なの?」

「駄目じゃないが………絶対にレンに迷惑をかけるなよ」

「迷惑?かけないかけない、ただちょっと会ってみたいだけよ」

「本当にか?」

「うん、本当の本当に」

「それならいいが、返り討ちにあわないように気をつけろよ」

「あはぁ」

 

 突然ピトフーイが興奮したような声をあげた為、闇風は一歩後ろに下がった。

 

「ヤミヤミがこの私にそんな事を言うなんて、益々興味が沸いてきたわぁ」

「くれぐれも友好的にな」

「分かってるって、で、そのレンちゃんはどこにいるの?」

「砂漠だ」

「砂漠………ああ、あそこか」

「そうだ、西の砂漠がレンの縄張りだ」

「うほっ、公的スペースを、縄張りとまで言っちゃうんだ、

それじゃあ車で行ってみようかな」

 

 嬉しそうにそう言うピトフーイに、闇風は真面目な表情で言った。

 

「………なぁ」

「ん?」

「楽しくないなら、しばらく休むのも手だぜ」

「あら、私を心配してくれるの?」

「俺は十狼じゃないが、それでもお前は同士だからな」

「んふ、ありがと、もし本当に煮詰まったら、考えてみる」

「おう、応援してるわ、またな」

「うん、またね」

 

 そしてピトフーイは、車をレンタルして砂漠地帯へと向かったのだが、

遠くで罠が発動したような煙が見え、ピトフーイはそちらにハンドルをきった。

 

「あそこかな?でも戦闘の邪魔はしたくないし、ここからは歩いて行こうかな」

 

 ピトフーイはそう呟き、ゆっくりとそちらへと歩いていった。

どうやら罠が上手く発動し、敵にかなりのダメージを与えられたようで、

戦闘自体はあっという間に終わったらしく、もう戦闘の気配は感じられない。

 

「ん………誰もいない?」

「誰?」

「うわっ、ストップストップ、少なくとも私は敵じゃないわ」

 

 ピトフーイはいきなり背後から銃を突きつけられ、両手を上げた。

 

「銃は………持ってないみたいね、そのままゆっくりとこちらに振り向いて」

「オーケー、敵意は無いわ」

 

 そしてピトフーイはゆっくりと振り向いた。

そこには全身ピンク一色の装備を付けたとても小さな少女が立っており、

ピトフーイは内心で、闇風の事をやっぱりロリコンじゃないと罵った。

同時にシャナに対し、この子がいけるならやっぱり私もいけると、喜びも感じていた。

そしてピトフーイは、しげしげとその少女を観察した。

ピトフーイの見たところ、目の前の少女は、

そのピンク色の装備を砂漠地帯での保護色として有効に活用しつつ、

多大な戦果をあげているらしいと予想された。

 

「なるほど……その発想は無かったわ、偶然なのかもしれないけど面白いわね」

「何が?」

「その装備よ、確かにかわいい色だけど、それだけじゃなく実戦的に活用しているのね」

 

 レンはいきなりそう言われ、きょとんとしつつも嬉しそうな顔をした。

そんなレンに、ピトフーイは満面の笑顔で言った。

 

「あんたがピンクの悪魔?私はピトフーイ、良かったら一緒に遊ばない?」

「え?わ、私と?」

「そう、ヤミヤミ……あっと、闇風に噂を聞いて遊びにきたの」

「あ、師匠のお知り合いでしたか!」

「うんそう、もし疑うなら確認してくれてもいいわ」

「いえ、その名前が出てくる時点で平気だと思うので大丈夫です!」

「そう、それならいいわ、で、どうかしら?」

「はい、宜しくお願いします!」

 

 こうしてレンとピトフーイは、ここからしばらく行動を共にするようになったのだった。



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第544話 優里奈、押し通す

 ヴァルハラ・ガーデンで交流を深めた後、

ログアウトした八幡と沙希、それにクルスだったが、

八幡と沙希がまだ入浴していなかった為、沙希が先に入浴を済ませてしまう事になった。

そして八幡は、寝る前にちゃんと優里奈と話をしておかねばと考え、

クルスが遠慮して先に寝室へと入った後、優里奈と向かい合って居間に座っていた。

 

「で、今日のあれは結局どういう意図だったんだ?」

「言った通りです」

「……確かに何か言ってたな、ちゃんと反抗出来ますとか、悪い子ですとか」

 

 八幡はイベント中の事を思い出しながらそう言い、優里奈は頷いた。

 

「で、結局あれは、誰に吹き込まれたんだ?」

「自分で考えました」

「………どんな思考を辿ってあんな言葉が出てきたんだ?」

 

 その問いに、しばらく沈黙した後、優里奈はこう切り出した。

 

「……私、八幡さんの重荷になりたくないんです」

「………ん?俺がそう思ってると思ったのか?」

「いえ、ただ、八幡さんの言う事を聞く事が、

逆に八幡さんを苦しめる結果になる事もあるのかなって、そう思う事があって……」

「そんなケースに何か心当たりがあるのか?」

 

 八幡は、誰か知らないが、面白い事を考えるなと思いつつ、優里奈にそう尋ねた。

 

「例えばこうです、八幡さんがお世話になってる知り合いが、

たまたま私の存在を知って、デートをセッティングしてくれないかと持ち掛ける。

そうすると八幡さんは、形だけでも私にその気はあるか聞くと思うんです、

例え内心で、嫌だと思っていても、です」

「ほほう?」

「で、私は八幡さんのお願いだから、オーケーする訳ですが、

そうすると八幡さんは、不愉快な気持ちになったりするんじゃないですか?」

「ぷっ……」

 

 そこまで聞いて、八幡は堪えきれずに噴き出した。

 

「うぅ……な、何がおかしいんですか?」

「いやすまん、その言い方だと、優里奈はすごく自信に溢れてるんだなと思ってな」

「自信……ですか?」

「だってそうだろ?優里奈が誰かとデートしたりすると、

俺が不機嫌になるって確信してるんだろ?」

「あっ」

 

 優里奈はそう指摘され、確かにそうだと内心焦りを覚えた。

どう考えてもそれは優里奈のキャラではない。

優里奈は迷いつつも、紅莉栖の名を出すのもはばかられ、このまま押し通す事にした。

キッカケは紅莉栖の言葉からだったが、優里奈はこれは、八幡と自分の関係にとって、

絶対に必要な通過儀礼のようなものなのだと確信していたからだ。

 

「そうですよ?私、八幡さんに凄く愛されてますから!」

「そこまで言うか……」

 

(優里奈は決して誰かの言いなりになったりはしない、芯の強い子だ、

その優里奈がここまで言うんだ、誰に何を言われたかは問題じゃなく、

その理屈が自分にとっては正しいと信じての行動だろうな)

 

 八幡はそう考え、黒幕の存在に触れるのはやめる事にした。

 

「なるほど、つまり優里奈も、俺の事が大好きで仕方がないという事か」

「はい、そうですよ?」

「う……」

 

 八幡はからかうつもりでそう言ったのだが、優里奈は真顔でそう答えてきた。

 

「そ、そうか……」

「はい!」

 

 八幡は守勢に回った事を感じつつも、話を元に戻す事にした。

 

「ま、まあ話を元に戻そう、要するに反抗出来ますってのは、

俺の言う事に何でもイエスと答える訳じゃなく、その話の良し悪しは自分で判断出来ますと、

つまりそういうアピールをしたかったと、そう解釈すればいいのか?」

「はい、そういう意図でした」

 

 その答えを受け、八幡は腕組みし、次にこう言った。

 

「まあそれは何となく納得出来るんだが、あんな水着を着る必要は無かったんじゃないか?」

「だってああでもしないと、八幡さんにああいう姿を見せる機会は無いじゃないですか」

「………言ってくれれば、海くらいいつでも連れてってやるぞ?」

「でも私が海であの姿になるのは嫌ですよね?」

「い、いや、別に……」

「嫌ですよね?」

「えっと……」

「あの姿は八幡さんだけが独占したいですよね?」

「は、はぁ?」

「したいですよね?」

「あ、はい……」

 

 八幡はそれ以上何を言っても墓穴になると悟り、何も言えなくなった。

体を張った優里奈の勝利である。そんな優里奈に、八幡は少しだけ反撃する事にした。

 

「しかしな優里奈、お前、一つだけ間違ってるぞ」

「何がです?」

「例えお世話になった人が相手でも、俺がその人に優里奈を、

まあ一般的な意味での紹介くらいはするかもしれないが、

デートとかの仲介をする事はありえん」

「何でですか?」

「そんな必要が無いからだ、それを断ったくらいで不快に思うような人と、

俺はその後も仲良くしていくつもりはまったく無いからな」

「ああ、なるほどです!」

 

 優里奈は納得したようにそう言った。

 

「それじゃあ私は、今後も八幡さんやそのお仲間以外の人と、

二人だけで一緒に行動するような可能性はほぼ皆無ですね、

学校でも私に声を掛けてくるような人はもういませんし、これで全て解決です!」

「優里奈がそれでいいなら俺としてはまったく構わんが……」

「もちろん構いませんよ?」

「それよりも、今おかしな言葉が聞こえた気がしたんだが、

優里奈は学校で、男どもに言い寄られたり誘われたりとかはしないのか?」

「はい、今はまったく」

「……前はあったのか?」

「はい、そうですね、毎日相手をするのが煩わしかったです」

「そういうとこ、優里奈は結構ハッキリ言うのな」

「まあそうですね」

 

 そして八幡は、首を傾げながら優里奈にこう尋ねた。

 

「何で前と今でそんなに違うんだ?」

「上手く断れるようになって、それを繰り返してたら誰も声を掛けてこなくなりました」

「ほう?そんな上手い手があるのか、一体どうやって断ったんだ?

今ちょっとここでやってみせてくれないか?」

「別に構いませんけど、八幡さんは何ともいえない気分になるかもしれませんよ?」

「そうなのか?まあいい、やってみてくれ」

「それじゃあ私を口説いて下さい」

「え、俺も演技に参加するのか?」

「もちろんですよ、そうしないとその威力を確かめられないじゃないですか」

「そ、そうか……」

 

 ちなみにこのほんの少し前に、沙希が浴室から出てきたのだが、

沙希もどうやら優里奈の断り方に興味を覚えたらしく、そっと物陰からこちらを伺っていた。

そんな沙希の存在には、二人とも気付いてはいなかった。

そして八幡は、なるべく高校生っぽく見えるようにと一応気を遣いながらも、

こんな感じでいいだろうと、優里奈に声を掛けた。

 

「優里奈、良かったら放課後に、ちょっとカラオケにでも行かないか?」

「はい、喜んで!さあ行きましょう、直ぐ行きましょう!」

「いやお前、そこは断るところだよな!?」

「あっ……す、すみません、つい嬉しくて……」

 

 優里奈は恥ずかしそうにそう言い、

それを見ていた沙希は、声を出さないように笑っていた。

 

「も、もう一回お願いします!今度はもっとこう、告白っぽい感じで!」

「そっちか……まあどう断ってるかを見る為だし、仕方ないか」

 

 その優里奈のお願いを聞き、八幡は、定番な感じの告白のセリフを考え、実行に移した。

 

「優里奈さん、ずっと前から好きでした、俺と付き合って下さい!」

「はい、喜んで!付き合うだけじゃなく、そのまま結婚を前提に……」

「だ~か~ら~!」

「ご、ごめんなさい、今のは最初から狙ってました」

「だよな、絶対そうだと思ったわ……」

「あはははは、あはははははははは」

 

 ここで沙希も堪えきれなくなったのか、声を出して大笑いし、

同時にクルスも笑いながら寝室から出てきた。どうやらクルスも途中から聞いていたらしい。

 

「お、お前ら……」

「ご、ごめんごめん、最初は優里奈ちゃんがどう断ってるか聞きたかっただけなんだけど、

今の漫才が面白すぎて、つい思いっきり笑っちゃったわ」

「私も同じです、八幡様」

「別に漫才をしていたつもりは無いんだがな……」

「今のは誰が見ても漫才でしたよ、八幡さん」

「おい優里奈、お前が言うな」

「きゃっ、ごめんなさい!」

 

 優里奈はそう言って楽しそうに笑った。そして沙希とクルスが、優里奈に質問してきた。

 

「で、本当のところ、どうやってるの?」

「興味がある、是非知りたい」

「分かりました、それじゃあ八幡さん、今度こそ真面目にやりますから、

もう一度だけお付き合いをお願いします」

「やれやれ仕方ないな、一回だけだぞ」

「それで十分です」

 

 そして八幡は、再び優里奈に告白する羽目になった。

 

「優里奈さん、ずっと前から好きでした、俺と付き合って下さい!」

「ごめんなさい、実は私には、一緒に暮らしてる男性がいるんです、ちなみにこの人です」

 

 そう言って優里奈はこちらにスマホの画面を見せてきた。

そこには八幡と優里奈が並んでいる姿が写っており、八幡はあんぐりと口を開け、固まった。

 

「実はこの後も、夜まで……」

 

 そう言って優里奈はもじもじし、見ていた二人は、おおっと拍手をした。

 

「夜まで、でセリフをやめて、もじもじするところまで完璧ね」

「例え教師に問い詰められても、保護者に夜まで勉強を教えてもらう予定で、

とか言えば何の問題も無いしね。余計な事を想像するのは告白相手の勝手、みたいな」

「はい、小町さんに教えてもらった手口です!」

「なるほど、小町の仕業か」

 

 そこで八幡が復活した。同時に八幡は、素直に感心もしていた。

 

「確かに小町と優里奈は、まったく同じセリフを相手に言う事が出来るよな」

「身内スペシャルだって言ってました」

「ちなみにこの写真はどうしたんだ?」

「あ、合成らしいです」

「まじかよ……そこまでするか」

「小町さんも学校で声を掛けられる事が多くて、

困ったあげくに明日奈さんのアドバイスで思いついたのがこれだったとか」

「明日奈も絡んでたのか……」

 

 そんな八幡に、沙希とクルスが同時にこう言った。

 

「それ、私にも使わせて?」

「八幡様、是非私にもそれを……」

「クルスは分かるが川崎もか?」

「卒業が近くなってくると、就職が決まった組が余裕が出てくるから、どうしてもね」

「この時期は意外とそういうのが増えるんですよ」

「そ、そうか……」

「大丈夫、セリフはアレンジするから」

「どうするんだ?」

「ただ、お付き合いしています、にするわ。私の場合は友達付き合いね」

「あ、それじゃあ私の場合は、部下付き合いという事で」

 

 二人の目が本気の目だった為、八幡はこう言うのが精一杯だった。

 

「あ、明日奈がオーケーだと言うなら、別にいいぞ……」

「オッケー、今度頼んでみるわ」

「ありがとうございます八幡様、これで勝利は確定です」

「お、おう、そうか……」

 

 そして三人は、ソファーに座って談笑した。

 

「それじゃあ優里奈は学校で男友達はほとんどいないの?」

「そうですね、正直まあ必要ないから問題ないんですけど」

「やっぱり辛辣ね……」

「八幡さんのお友達の男性陣と知り合いになるくらいで十分です」

「あんたに友達なんかいたっけ?」

「失礼な、今はそれなりにいるんだよ」

「へぇ、そうなんだ」

 

 ちょうどその時八幡の携帯が鳴った。

 

「ん、戸部からか」

「戸部?何か懐かしいね、っていうかあんた、戸部と交流があったんだ」

「葉山ともあるぞ、とりあえずちょっとすまん」

 

 そう言って八幡は電話に出た。

 

『あ、ヒキタニ君、久しぶりっしょ』

「おう、久しぶり、今日はどうしたんだ?」

『実は突然で悪いんだけどさ、例の同窓会の話、明日とか空いてたりしない?』

「明日?いきなりだな」

『ごめん、調整が難航しちゃってさ、明日くらいしか空いてなかったのよ』

「まあ俺は問題ない、大丈夫だな」

『おお、やったね!で、他にも同じ学年で誘いたい奴がいたら、

声をかけといてもらっていいかな?優美子にはこっちからもう連絡して、

丁度一緒にいた雪ノ下さんと結衣にもオッケーをもらい済、姫菜や戸塚君もオッケー』

「あ、それなら今丁度、川崎が一緒だから、聞いてみるわ」

 

 八幡はそう言って、沙希に事情を話した。

 

「明日?明日なら大丈夫よ」

「オーケーだそうだ」

『オッケーオッケー、場所とかは後でメールするわぁ、それじゃあ明日、待ってるっしょ』

「おう、楽しみだな」

『だね!』

「あ、すまん戸部、ちょっといいか?」

『ん、まだ何かあったん?』

「同級生じゃないんだが、一人俺が保護者をやってる子を連れてってもいいか?

丁度いい機会だから、俺の友達と知り合わせておきたいんだよな」

『そうなん?まったく問題ないっしょ』

「おお、何か悪いな」

『いいっていいって、俺達の仲じゃない、それじゃあまた明日!』

「おう、またな」

 

 そして電話が切れ、きょとんとしていた優里奈に、八幡は言った。

 

「という訳で優里奈、気分転換に、明日は俺の学年の同窓会に参加な」

「わ、私なんかが参加していいんですか?」

「問題ない、丁度さっきの話をそのまま実行出来るいい機会だしな」

「確かにそうよね、いいタイミングだったわね」

「今夜は楽しみで寝られなさそうです!」

 

 こうして優里奈の同窓会への参加が決定した。



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第545話 帰ってくるよね?

 次の日の朝、沙希とクルスを送り出した八幡は、

家まで送ると申し出たが遠慮され、微妙に暇を持て余していた。

 

「あんまり早くにソレイユに行ってもな……

せっかくだし、日ごろの感謝も込めて、優里奈の家事でも手伝うとするか」

 

 八幡はそう考え、ベランダで洗濯物を干している優里奈が戻ってくるのを待った。

さすがの八幡も、今の状態のベランダに踏み込む度胸はないのだ。

 

「おっ、優里奈、戻ってきたか」

「八幡さん、どうかしましたか?」

「いやな、家事を手伝おうと思って待ってたんだが、何かやる事はあるか?」

「特に手伝ってもらうような事は……」

「いやいや、二人でやればその分早く終わるだろ、

そうすればその分二人でのんびり出来るんだから、遠慮しないで何でも言ってくれ」

「そうですか?それじゃあ……布団干し……」

「は、ベランダに入る事になっちまうな」

「ですね……まあベランダの前まで運んでもらえるだけでも大助かりです」

「よし分かった、任せろ」

 

 八幡はそう言うと、張り切って寝室へと向かい、ベッドから布団を持ち上げ、

えっちらおっちらとベランダの前まで運んだ。

 

「優里奈、持ってきたぞ」

「ありがとうございます、ついでにマットもお願いしていいですか?」

「おう、任せろ」

 

 そして八幡は再び寝室へと消えていき、優里奈は布団を干しながら、

ぼんやりと快晴の空を眺めた。

 

「う~ん、いい天気だなぁ、こういうのを幸せって言うのかなぁ。

こうしてるとまるで、八幡さんと夫婦になったみたいな……

ううん、高望みしちゃ駄目だ、でもちょっとくらいなら……」

「何をぶつぶつ言ってるんだ?」

「きゃっ」

 

 優里奈は突然八幡から声を掛けられ、思わず悲鳴をあげた。

 

「悪い、驚かせちまったか」

「い、いえ、ぜんぜん大丈夫ですよ」

 

 そう言いながらはにかむ優里奈に、八幡はマットを差し出した。

 

「ほい、お待たせ」

「ありがとうございます」

「こういう時、ベランダが広い部屋はいいよな」

「ですね」

 

 そう言いながら何気なく下を見た優里奈の目に、

こちらに手を振る志乃と茉莉の姿が映った。優里奈はそれを見て、二人に手を振り返した。

 

「ん?誰かいたのか?」

「はい、志乃さんと茉莉さんが」

「そうか、この時間に出勤って事は、今日はここに泊まりかもな」

「かもしれませんね」

「まあ今夜は二人とも出かけるんだし、その時間までに尋ねてこなかったら、

鍵だけ渡しておけばいいな」

「ですね」

 

 そして二人は室内に戻り、どうするか相談し、次に掃除を始めた、

八幡は掃除機をかけ、優里奈は風呂掃除である。

 

「……よしっと」

 

 家事に関してはベテランの優里奈は、風呂掃除を効率良く終え、風呂場の外に出た。

 

「………ん?」

 

 その時どこかから鼻歌のようなものが聞こえ、優里奈は思わずクスリと笑った。

 

「八幡さんも鼻歌なんか歌うんだ、でも聞いた事の無い曲だなぁ、何の曲だろ」

 

 優里奈はそう思い、八幡に話し掛けた。

 

「八幡さん、その曲、何の曲ですか?」

「ん?これか?それが分からないんだよな」

「そうなんですか?」

「おお、気付いたら覚えていたというか、本当に何なんだろうな。

一度気になって本気で調べた事があるんだが、該当する曲が無かったんだよ」

「そうなんですか」

「まあ、いつか分かればいいなくらいに考えてる」

「そういうの、いいですね」

「そうだな、死ぬまでの宿題って感じだな」

「先の長い話ですね」

「だな」

 

 その時玄関からチャイムの音が聞こえ、優里奈がインターホンのボタンを押した。

 

「はい、比企谷です」

「あっ、優里奈ちゃん、こっちにいたんだ?今夜もお世話になりま~っす!」

「ああ、美優さんでしたか、今開けますね」

 

 美優はひょこっとドアから顔を出し、二人に挨拶をした。

 

「やぁやぁ、美優ちゃんがまたリーダーのお世話をしに参りましたよ!」

「お世話されるの間違いじゃないのか?」

「もちろん下の世話に決まって……」

「帰れ」

「あなた、お掃除します?お洗濯?それとも料理?」

「その三択なら料理だな、残りは丁度終わったところだ」

「それじゃあ今日は美優ちゃんの手料理でお昼にしましょう!」

「おう、それじゃあ宜しく」

「了解!」

 

 そして美優は料理を始め、八幡と優里奈はのんびりとその料理風景を眺めていた。

 

「思ったより手際がいいな」

「思ったよりは余計ですぅ」

 

 美優は手を止めずに口を尖らせながら八幡にそう言った。

そして八幡は、何となく美優にこう尋ねた。

 

「そういえばお前、昨日は香蓮の部屋に泊まったんだよな」

「うん、私は疲れて直ぐに寝ちゃったけどね。その間香蓮はGGOをやってたみたい」

「香蓮も意外とタフだよな……」

「で、新しい知り合いが出来たらしくって、今日もその人と一緒に遊ぶんだって」

「ほう?」

「女の人だってよ、珍しいよね」

「まあGGOの女性プレイヤーは絶対数が少ないから、

もしかしたら俺の知り合いかもしれないな」

 

 知り合いどころか身内の中の身内である。

 

「さて完成っと」

「焼きうどんか、見た目は美味そうに見えるが」

「見た目だけじゃないから!」

「そうだといいな」

 

 八幡はそう言って美優に生暖かい視線を向けた。

 

「実際そうなのです」

「はいはい、それじゃあいただきます」

「「いただきます!」」

 

 そして三人は、昼食をとりながら雑談を始めた。

 

「美優は明日帰るのか?………ん、普通に美味いな」

「えへへぇ、そうでしょ?えっと、明日の午後コヒーとちょっと観光して、

そのまま夜の便で向こうに帰るつもり」

「美優さん、これ本当に美味しいですよ、後で味付けを教えて下さい!」

「お、ありがとう!いいよ、後で教えてあげる」

「そうか、今回はわざわざこっちに出てきてもらって悪かったな」

「ううん、楽しかったし、何より懐も暖かくなったから!次はまた冬にでもやるの?」

「やるかもしれないが、その頃は多分俺はアメリカだな」

「ホワッツ?」

「ユナイテッド・ステーツ・オブ・アメリカ、オーケー?」

「オ、オーケー!事業拡大?」

「そうだな………企業秘密だが、まあ引き抜きだ」

 

 そう言って八幡は、ニヤリと笑った。

 

「おおう、悪い顔……」

「ちなみにその頃は、俺とは連絡がとれなくなるが、心配するなよ」

「え、何かあるの?」

「人材の流出を相手に悟られないように、情報を制限するからだな」

「それと連絡がとれない事とどんな関係が?」

「お前、知ってるか?携帯の通話なんか、やろうと思えば簡単に盗聴出来るんだぞ?

メールだってそうだ、と言うか実際にアメリカの大統領が会話を盗聴された事例がある」

「まじっすか………こ、これは私とコヒーの女子トークも聞かれていた可能性が……」

「安心しろ、お前はそんな大物じゃないから」

「デスヨネ~……」

 

 美優はそう頷きつつも、おずおずとこう言った。

 

「あ、あの、リーダー」

「ん?」

「それくらい気を遣うアメリカ行きって、危険じゃないの?大丈夫なの?」

「おう、危険だな。なので今その準備段階として、

レクトに出向していた俺の友達を入れて三人ほどが、下準備の為にアメリカに行っている」

 

 その言葉に美優は何故か固まった。八幡はそんな美優の様子を訝しげに伺ったが、

その八幡の視線を受け、美優は再びおずおずとこう言った。

 

「あ、あの……」

「おう」

「リ、リーダーに、和人君以外の同世代の男の友達っていたの?」

「いきなり失礼だなお前は……」

 

 その言葉に優里奈は笑い、八幡は渋面を作った。

 

「だ、だって、リーダーの周りの男の人って、クラインさんエギルさんくらいしか……

レコン君は部下って感じだし、後は恋人と、私も含めたハーレム要員しかいないよね?」

「ハーレム要員って何だよ!それにちゃっかり自分アピールしてるんじゃねえよ!

俺にだって男友達くらいいる、キョーマやダルには昨日会っただろ!」

「あっ、そういえばそうか」

「他にもそのアメリカに行ってる材木座って奴とか、戸塚だろ、葉山だろ、戸部だろ、

それに大善と風太、和人も入れれば全部で九人もいる!」

「ひ、一桁……?」

「十分多いだろ!」

「そ、そうなのかな……?」

 

 美優は困った顔で優里奈の方を見た。八幡もそれに釣られて優里奈の方を見たが、

優里奈が気まずそうに目を背けた為、八幡はややショックを受けたような顔をした。

 

「え、お、おい優里奈……」

「はい」

「九人って、じゅ、十分多い………よな?」

「大丈夫です、八幡さんは数より質なんです、何の問題も無いと思います」

 

 優里奈は取り繕うように早口でそう言い、さすがの八幡もそれを聞いて押し黙った。

それを見た美優が慌ててフォローに入った。

 

「そうそう、友達なんか多くても、年賀状とか大変なだけだから!」

「今時年賀状を出す奴なんて少数派だと思うが」

「そ、それでも挨拶くらいするでしょ、うん、友達が多いと確かに煩わしいよね、

だから大丈夫、リーダーは大丈夫!」

「ま、まあそうだよな、大丈夫だよな?」

 

 様子を伺うように二人の方を見ながら、八幡は確認するようにそう言った。

 

「も、もちろんです!」

「あ、優里奈ちゃん、そういえばこの部屋、昔の据え置き型ゲーム機とかあるよね?」

「あっ、はい!ドリームキャストとかセガサターンとかプレイステーションシリーズとか、

実は全部揃ってるんですよね」

「よし、それで遊ぼう、みんなで一緒に遊ぼう!」

「そうしましょっか!」

「ほら、リーダーも一緒にやろう!」

「そ、そうだな、あ、美優、今日は俺と優里奈は夕方から同窓会に行くから、

俺達が帰ってくるまで留守番を頼むわ」

「え?リーダーの同窓会に何で優里奈ちゃんが?」

 

 きょとんとする美優に、八幡は簡単に事の経緯を説明した。

 

「なるほど、優里奈ちゃんの将来の為に……」

「いざという時頼れる奴は多い方がいいからな」

「それは確かに」

「という訳で、あまり時間がかかるゲームは駄目だぞ、

桃鉄の九十九年プレイとかは、帰ってからやろう」

「実はノリノリ!?」

「今夜は寝れませんね……」

 

 ちなみに帰宅後は、志乃と茉莉も合流していた為、

さすがに九十九年は長すぎるという事で、そのプレイは三十年に短縮される事となった。

 

 

 

「さて、それじゃあ俺達はそろそろ準備して行ってくるわ、

優里奈も自分の部屋でおめかししてくるといい」

「はい、それじゃあちょっと行ってきます!」

 

 そう言って優里奈が出ていった後、八幡と美優は一時的に二人きりになり、

美優は真剣な表情で八幡に言った。

 

「リ、リーダー、アメリカからちゃんと帰ってくるよね?」

「大丈夫だ、拠点構築の為に、以前アメリカへの潜伏を検討してた凛子さんって人と、

うちの情報担当の一員である、舞衣を一緒に派遣してあるからな、

俺、姉さん、明日奈、雪乃、小猫、クルスの六人で行く事になるが、

ちゃんと武装もするから安心してくれ、ちなみに全員銃は撃てるからな」

「じゅ、銃!?」

「おう、姉さんはまあ万能超人だから置いておいて、全員GGOで鍛えたからな。

もちろん実際に人を撃つってのはまったく別次元の事だとは思うが、

それでも威嚇くらいは出来るだろうし、多分クルスや小猫、それに俺辺りは、

本当にやばくなったら相手を撃てるから大丈夫だ」

「そ、それ、全然大丈夫じゃないから!」

 

 美優はそう言いながら、泣きそうな顔で八幡に抱きついた。

そこに下心が感じられなかった為、八幡は美優を受け止め、その頭を撫でた。

 

「心配するな、って言ってもするよな、

それじゃあ一部の連中には、アナログだが毎週手紙を送る事にする。

それを見れば、お前も安心出来るだろ?」

「て、手紙?」

「手紙なら、差出人の名前さえ書かなければ、簡単には発見されないからな」

「う、うん!」

「それじゃあ行ってくる、今日だけじゃなく、冬もちゃんといい子で留守番してるんだぞ」

「うん、行ってらっしゃい!」

 

 

 

 そして八幡が出掛けた数時間後、志乃と茉莉が仕事を終え、部屋に尋ねてきた時、

雑談としてその話が出た。

 

「あ、うんそれなら知ってる、アメリカに行くんだってね」

「危険じゃないのかな?」

「危険かどうかと言われると、危険なんじゃないかなぁ?閣下もそう言ってたし」

「や、やっぱりそうなんだ……」

「でも大丈夫、まだ非公式だけど、私達も長期休暇扱いで一緒に行くから」

「えっ、本当に?」

「だから八幡君の事は絶対に私達が守るから、安心して」

「う、うん!」

 

 どうやら八幡の知らない所で、閣下が手を回しているようだ。

ここで万が一八幡らに死なれるような事になると、

日本にとっての巨大な損失だと判断したのだろう

こうして八幡のアメリカ行きの準備は、着々と進んでいく。



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第546話 集まる友人達

「お、ここだここだ」

「ちょっと緊張しますね……」

「まあ優里奈は本来なら、数年後に体験するような事だからな。さ、とりあえず中に入るか」

「はい!」

 

 そして二人は店の中に入った。まだ開始予定時刻にはやや早い為、

中には戸部を始めとして、数人しかいなかった。

 

「お、ヒキタニ君、久しぶり!」

「よっ、元気だったか?」

「モチのロンよ、そちらが優里奈ちゃん?始めまして、ヒキタニ君の友達の戸部翔でっす」

「始めまして、櫛稲田優里奈です、今日は部外者の私の参加を認めて頂いて、

本当にありがとうございます」

「いやいや、こんなかわいい子の参加は大歓迎っしょ、な、みんな?」

 

 その声に、周りの幹事を請け負った者達も、嬉しそうに同意した。

 

「お、お前ら、うちの娘は絶対にやらんぞ!デートの誘いとか論外だ!」

 

 八幡は焦ったように優里奈を隠そうとその前に立ちふさがり、

戸部は呆れた顔で八幡に言った。

 

「ヒキタニ君も、いいパパやってるのね」

「パパって言うな!せめてお父さんと言ってくれ」

「優里奈ちゃん、このお父さんは良くしてくれてる?」

「はい!私、お父さんと結婚しますから!」

 

 小さな女の子が言うと微笑ましいが、優里奈のような女性が言うと、

その言葉はとても背徳的に聞こえるものらしい。

そんな優里奈の無自覚な妖艶さに、戸部は少し羨ましそうな顔で八幡に言った。

 

「ヒキタニ君、今度は光源氏計画発動中?」

「いやいや、ただの冗談だろ、な?優里奈」

「ふふっ」

「ほらな」

 

 八幡はその微笑を肯定と受け取ったようだが、

戸部はそんな優里奈の表情を見て、これ結構本気なやつじゃね?と感じたようだ。

だが放っておいた方が面白そうだと思い、戸部はそれ以上は何も言わない事にした。

 

「まあいいや、ヒキタニ君が相変わらずヒキタニ神だって事で安心したわ」

「意味がよく分からないが」

「とりあえずそういうもんだって思っておいてくれればいいって、

それじゃあヒキタニ君の席はここね」

「ん、ここか?ちょっと広くないか?」

 

 八幡が案内された席は、店の中でも一番奥まった特等席であり、

テーブルもかなり広めなものだった。

 

「そりゃあまあ、来るメンバー的にここしか無いんじゃね?

おかしなのに絡まれる心配も無いだろうし、周りもちゃんと、

俺、隼人君、優美子辺りがしっかりガード出来るだろうしね」

 

 八幡は、これは多分ゆっこと遥辺りの事を踏まえて言っているんだろうなと思ったが、

予定通り黙っていた方が面白いだろうなと、そのまま訂正しないでおく事にした。

 

「それじゃあ遠慮なく」

「おう、もうすぐ他の奴らも来ると思うから、ちゃんと左隣は開けておいてな」

「左?」

「だって絶対に、もう片方の隣は取り合いになるっしょ、喧嘩にならないように頼むよ」

「それはあいつらに言ってくれ」

「ははっ、確かにね、ちゃんとした飲み物はまだ注文出来ないから、

スタッフ用にもらったこれでも飲んでて開始を待っててよ、それじゃあまた後で!」

 

 そう言って戸部は、二人にウーロン茶の入ったグラスを渡し、会場の設営へと戻った。

 

「ちょっと早く来すぎちまったかな」

「戸部さんって、明るくてちょっと軽そうだけど、いい人ですね」

「おう、昔の俺にもそれなりに普通に接してくれた、いい奴だ」

「昔の八幡さんが今とどう違うのか、まったく想像出来ないんですけど」

「そうだな、何でも一人で抱え込んで、一人でやろうとする、孤独な奴だったな」

「今とはまったく違うんですね」

「SAOに囚われなかったら、今でもあまり変わっていなかったと思うぞ」

「どうですかね、雪乃さんと結衣さんが何とかしてた気もしますけど」

「どうだろうな、あの頃の俺はそれなりに頑なだったからな」

 

 そんな話をしているうちに、どうやら準備が終わったようで、

どんどん同窓生だと思われる者達が入店してきた。

ちなみにそのほぼ全員が、八幡には見覚えがない者達だった。

 

「うわ、多いですね」

「時間も無かったはずなのに、よくこれだけ集めたもんだ。さすがは戸部ってところだな」

「友達多そうですもんね」

「だな、俺とは大違いだ」

「多ければいいってもんでもないと思いますけどね」

「まあな」

 

 ちょうどその時、一人だけ八幡が見覚えがある者が入ってきた。

 

「お、あれは………ええと、名前が思い出せん」

「どちら様ですか?」

「いろはが生徒会長をやってた時の、生徒会の副会長だな」

「えっ、八幡さん、生徒会だったんですか?」

「いや、奉仕部の関係で、ちょっと手伝いをな」

「ああ、そういう事ですか!」

 

 その時八幡と副会長~本牧の目が合った。本牧は前回の同窓会にはいなかったので、

こちらに戻ってきた八幡に会うのは初めてである。

もっとも八幡は、少し前にいろはと出掛けた時に、

元書記の子と一緒にいる所を目撃していたので、完全な初見とはいえないだろう。

だがそれはあくまで八幡から見た場合である。

 

「比企谷、久しぶり」

「お、おう、久しぶり」

「噂には聞いてたけど、無事に戻ってきてくれたんだな、本当に良かったよ」

「悪い、心配かけちまったか」

「いや、比企谷なら何だかんだ、絶対に生き残るって信じてたから、それほどでもないかな」

「そうか」

 

 二人の間には、あの地獄のクリスマスイベントを共に乗りきったという、

戦友めいた意識があった。それ故に八幡は、再会とは別の懐かしさを覚えていた。

本牧は本牧で、クリスマスイベントの直後に八幡がいなくなった為、

その時の苦労をまだ八幡と共に喜びあう事が出来ていないという意識があり、

その事がまるで喉に刺さった小骨のように、頭の片隅に引っかかっていたようだ。

 

「あのクリスマスイベントだけど」

「あのクリスマスの時に」

 

 二人は同時にそう言い、顔を見合わせて笑った。

 

「おう、懐かしいよな、良い意味でも悪い意味でも」

「俺達あの時は、本当に頑張ったよな……」

「ああ、それだけは間違いないな」

 

 二人はしみじみとそう言った。そして本牧が、おずおずとこう切り出した。

 

「実は俺、あのイベントがキッカケで……」

「書記ちゃんと付き合う事になった、か?」

 

 本牧はその言葉にぎょっとした。

 

「な、何で知ってるんだ?」

「実はこの前千葉駅近くの喫茶店から出てくるところを目撃したんだ」

「ああ、そういう事か!声を掛けてくれれば良かったのに」

「いやな、その時は丁度いろはが一緒でな、追いかけるにはちょっと遠かったし、

元気そうだったからまあいいかなと思って」

「そうだったのか、会長は元気?」

「おう、去年開かれた俺達世代の同窓会に乱入してくるくらい元気だぞ」

「………相変わらずそうで良かったよ」

 

 本牧はそう言って、やや呆れつつも感心したように言った。

 

「………まさか今年も乱入してくるとか?」

「いや、今年は一切情報を流してないはずだから、大丈夫のはずだ」

「まあ会ってみたい気もしたけど、それならそれでいいか、また機会もあるだろうし」

「だな」

「それじゃあ機会があったらまた」

「おう、またな」

 

 そして本牧は挨拶をし、友人達の方へと去っていった。

本牧はこの後、八幡を取り巻く環境の激変ぶりに驚く事になるのだが、

去年も参加していた周りの友人達に色々話を聞き、

あの比企谷ならそういう事もあるかと、一人納得する事となった。

 

 

 

「八幡!」

「お、戸塚!戸塚じゃないか!」

 

 少し後に、八幡の一番のお目当ての人物がやってきた。

戸塚は優里奈に会釈をし、遠慮がちに八幡の斜め前に座った。

 

「………何でそんな位置に座るんだ?」

「今の八幡の隣や正面に座ったら、他の女の子達に恨まれちゃうじゃない」

「ああ………いや、どうかな、まあ誰か来るまでは別に隣でもいいんじゃないか?」

「う~ん、まあそう言えばそうだね、それじゃあ失礼します」

「おう、遠慮しなくていいぞ」

 

 そんな八幡の姿を見て、優里奈は少し驚いた。

八幡がそこまで気を遣う「女性」は初めて見たからだ。

 

「あ、あの、八幡さん、そちらの女性は……」

「あ、僕、こう見えても男の子……だよ?」

「えっ?」

 

 戸塚のその言葉に、優里奈はとても驚いた。誰もが通る道である。

 

「ああ、紹介しよう、こちらは戸塚彩加、俺の高校時代の一番の親友だ」

「今じゃちょこっと疎遠になっちゃってるけどね」

「学校が遠いんだから仕方ないさ、そしてこちらは櫛稲田優里奈、

今日は戸塚や戸部や葉山に紹介しておこうと思って特別に連れてきた、

俺が保護者をやっている子だ」

「えっ、八幡、そんな事をやってたんだ」

「まあ色々と事情があってな」

「櫛稲田優里奈です、宜しくお願いします、戸塚さん」

「うわあ、かわいい子だねぇ、こちらこそ宜しくね」

 

 戸塚はそう言って優里奈に微笑み、優里奈は内心でこう思っていた。

 

(こ、これが姫菜さんの言ってた『こんなにかわいい子が女の子のはずがない』

って事なのかな……まさか実際に存在するなんて……)

 

 優里奈も先日のイベントのせいで、若干姫菜の影響を受けてしまったようだ。

だが優里奈は至極真っ当な恋愛観を持っていたので、

あくまで知識として以上の影響を受ける事は無かったようだ。八幡にとっては幸いである。

 

 

 

「あっ、八幡、みんな来たみたいだよ」

「おっ、そうだな」

「それじゃあ僕はちょっと、テニス部の集まってるところに行ってくるね」

「ああそうか、そっちの付き合いもあるもんな、それじゃあまた後でな」

「うん、また後でね」

 

 そして戸塚は他のテーブルへと移動し、優里奈はその背中を見送りながら八幡に言った。

 

「戸塚さんって何ていうか、かわいい人ですねぇ」

「それ、戸塚には言うなよ、戸塚はああ見えて、男らしくありたいと頑張っていたからな」

「そうなんですか?」

「おう、テニス部でも部長として頑張ってたぞ」

「さぞかしモテるんでしょうね」

「王子様扱いだったからな」

 

 そう言われた優里奈はきょとんとした。

 

「つまり今の八幡さんと同じ扱いですね」

「えっ?」

 

 そして八幡は我が身を振り返り、優里奈の言う通りだと気が付いた。

 

「………なぁ、俺って全然そんな柄じゃないよな?」

「それを決めるのは周りの女性達ですよ、八幡さん」

「男は黙って受け入れるしかないと……」

「そういう事です」

 

 八幡はその言葉に、肩を竦める事しか出来なかった。



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第547話 一触即発?いえ、予定調和です

 そしてついに雪乃達が合流した。雪乃、結衣、優美子、姫菜に加え、沙希の姿もある。

その参加者達の視線を独占する一団は、脇目もふらずに八幡のいるテーブルへと歩いてきた。

 

「あら?優里奈さん?」

「あ、優里奈も来たんだ」

「おう、何事も社会経験だ、な?」

「今日はお邪魔してしまって本当にすみません」

「優里奈さんなら大歓迎よ、ね?」

「そうそう、優里奈ちゃん、今日は楽しんでいってね」

「は、はい」

 

 そんな和やかな雰囲気もそこまでだった。突然雪乃がこう言い出したからだ。

 

「さて、優里奈さんがいる以上、空いているのは八幡君の左だけという事になるのだけれど、

誰が勝負に参加するのかしら?」

「あっ、わ、私、席を移動しますから」

「それには及ばないわ、変なちょっかいをかけてくる人もいるかもしれないし、

優里奈さんは基本八幡君の隣にいるべきだと思うわ。

そうじゃないと、八幡君も心配でいてもたってもいられないでしょうしね」

「あっ、はい……」

 

 そして当然のように、結衣と優美子が手を上げた。姫菜は面白そうに沙希の方を見たが、

沙希はこの三人……というか雪乃と優美子の間に割って入る勇気はまだ無いらしく、

もじもじしながらも、今回は勝負への参加を見送ったようだ。

 

「それじゃあ行くわよ、最初はグー!」

 

 その雪乃の言葉にその場にいた者全員が卒倒しそうになった。

どう見ても雪乃は、ジャンケンの時に『最初はグー』等と言うようなキャラではないからだ。

去年その掛け声を掛けたのは結衣だった為、ことさらに違和感が感じられたのだろう。

だが三人は周りの目をまったく気にせず、本気で勝負に集中していた。

これで今日一日の幸せ度が段違いになる為、当然であろう。

 

「これは何の騒ぎだい?ああ、席決めか」

「お、葉山、今回は骨を折ってもらって悪かったな」

「いや、まあ言った通り、俺も戸部にほぼ丸投げしちゃったからね」

 

 丁度その時葉山も到着し、八幡は疲れた顔で、葉山は面白そうに、

その三人の真剣勝負の行方を見守っていた。

ちなみに既に姫菜と沙希は、八幡の正面は避け、左右に分かれて座っていた。

 

「じゃんけんぽん!あいこでしょっ!あいこでしょっ!」

 

 一同が固唾を飲んで見守る中、そして勝者が雄たけびを上げた。

 

「うおおおお、ついにあたしの時代が来た!」

「くっ……」

「あ~あ、負けちゃったか、まあたまにはいっか」

 

 激戦の上、勝者となったのは結衣だった。結衣はこの三人での勝負に負ける事が多く、

ついに勝てた事に喜びを爆発させていた。

 

「それじゃあ遠慮なく……ヒッキー、今日はあたしが隣ね」

「お、おう、お手柔らかにな」

「まあ仕方ないわね、私達は正面に座るとしましょうか」

「八幡、また今年もハーレムだね」

「おい優美子、またって言うな。ただでさえ周りの視線が痛いんだからな」

 

 その言葉通り、一部の者達は若干イライラしていた。

だがトップカーストの全員が八幡サイドに立っている為、

表立っては何も言えないというのが現状だ。

こういう時に期待されるのが、去年のような、ゆっこと遥の暴走である。

もっとも去年それに加担して痛い目を見た者達は、

今年はゆっこと遥だけを矢面に立たせ、傍観する腹積もりでいた。

それでどちらが言い負かされようとも、彼らにとってはそれで満足なのである。

もし二人が来ない場合は、多少ストレスはたまるが、

とりあえずあちらは無視しておけば何の問題もない。

彼らはそう考え、ゆっこと遥の到着を心待ちにしていた。

そしてその期待通り、ついにゆっこと遥が姿を現した。

その後ろには………誰もが驚いた事に、相模南が満面の笑みを浮かべて立っていたのだった。

 

「ゆっこ、遥、さ、入ろ?」

「う、うん」

「ちょっと緊張するね……」

「まあ私達は去年盛大にやらかしたかんね」

 

 そんな三人の姿を見て、警戒感を強めた者が数人いた。

具体的には戸部、戸塚、優美子、結衣の四人である。

反対に内心で喝采したのが反八幡派の者達である。

彼らは自分の身を安全な場所に置いたまま、何かトラブルが起きる事を期待していた。

 

(さて、最初はどんな態度をとれば一番サプライズになるかな)

 

 八幡はそんな事を考えながら、どうすればいいかと少し迷った。

 

(ちょっとくらい何か考えてくれば良かったな………ん?)

 

 その時八幡の視界に、動き出した何人かの友人の姿が映った。

この時の各人の動きはこうである。

 

 八幡は、悠然とし、まったく動こうとはしていなかった、

 

 優里奈はここの人間関係には疎い為、ただ黙って何が起こるのかを観察しようとしていた。

 

 雪乃はGGO組であり、この二人との間には今は何も問題が無い事を知っていた為、

超然とした態度で三人の姿を眺めていた。

 

 優美子は位置的に、最初に自分が二人を抑えるべきだろうと立ち上がり、腕を組んだ。

 

 結衣はその優美子の動きを見て、自分が八幡の盾になろうと、

少し八幡にかぶさるように体をそちらに寄せた。

 

 戸塚は友人達に断りを入れ、こちらに向かって歩き出した。

 

 葉山は内情を知っていた為、演技として優美子をフォロー出来る位置に立った。

 

 戸部は何か問題が起こったら直ぐに潰そうと、

二人をすぐに表に連れだせるように即応体制をとった。

 

 姫菜は去年の出来事を知っていた為、何かあったら嫌味の一つでも言ってやろうと、

どんなセリフにでも対応出来るように、頭をフル回転させ始めた。

 

 沙希は事情が分からなかったが、不穏な空気を感じ取り、

何かあったら自分も参加しようとそれに備えた。

 

「あ、比企谷、やっほ~!」

 

 そんな中、南だけがあっけらかんとそう言って八幡に手を振り、

警戒していた者達は、訳が分からず若干戸惑う事となった。

そしてその心の隙を突くかのように、南を先頭に、ゆっこと遥はガードをすり抜け、

去年と同じように八幡の前に立つ事となった。

二人と八幡は見つめ合い、目と目で会話を始めた。

 

(おい、どうする?)

(そんな事言われても、何も考えてなかったわよ)

(どうすれば一番びっくりしてもらえるかだよね?)

(だな、でもまあここまでで十分緊迫しているし、

さっさとネタばらしをしてもいいんじゃないか?)

(賛成!賛成!左右の三浦さんと川崎さん?だっけ?のプレッシャーが怖すぎる!)

(うんうん、もうやばいって、とにかく助けて!)

(確かにこの二人は怖いからな……了解だ)

 

 そして周囲が緊張する中、おもむろに八幡が立ち上がった為、

この場の緊張はそのせいで最高潮に達した。

 

「こ………」

 

 八幡がそう言いかけ、一同は何がどうなるのかとゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「この前の飯は美味かったな、また行こうぜ、ゆっこ、遥」

「「「「「「は?」」」」」」

 

 その八幡のセリフに、警戒していた者達は自分の耳を疑った。

 

「え、いいの?やった、それじゃあまたレンちゃんも誘う?」

「いいねいいね、是非その方向でお願い!」

「おう、任せておけ、という訳で、ここにいる全員に、

もう俺達がすっかり友達になったって事を報告するとするか」

「「「「「「ええ!?」」」」」」

 

 そして八幡がそう言うに至り、一同は八幡に担がれていた事を理解した、

 

「うん、分かった」

「それじゃあ先ず手始めに……」

 

 そして二人は、その場にいた者達に頭を下げた。

 

「去年は不快な思いをさせてごめんなさい」

「今はもううちらはすっかり友達です、緊張させてしまってごめんなさい」

 

 その二人の殊勝な態度を見た八幡も、二人に続いて謝った。

 

「悪い、驚かせようと思って黙ってたんだが、やりすぎたか?」

 

 その言葉に最初に反応したのは雪乃だった。

 

「そうね、私は知っていたからアレだけど、ちょっと刺激が強すぎたかもしれないわね」

「うちもいきなり二人から同窓会の誘いがあってびっくりしたよ、

まさか三人がもう和解してたなんて知らなかったから」

「でもまあ南もそれで二人と和解出来たんだろ?良かったじゃないか」

「うん、ありがとう!」

 

 その言葉に戸部が反応した。

 

「あ、あ、それじゃあ昨日電話で言ってた、三人追加って……」

「おう、この三人だ、詳しく名前を言わなくて悪かったな」

「いや、何か事情でもあるんかなって思ったけど、

まさかこうくるとはちょっと驚いたっつか、え、え、いつの間に?

去年見た感じじゃ、絶対に和解なんか出来ないように見えたんだけど?」

「まあ色々あったんだよ、なぁ?」

「ええ、本当に色々と……ね」

「そうだねぇ、本当に色々あったね」

 

 そうしみじみと言う三人を見て、疑問を持った者も何人かいた。

 

「その口ぶりだと、何度も接触してたみたいだけど、そんな時間あった?」

「学校や旅行以外だと、ヒッキーってばほとんどゲームに………あっ」

 

 そこで結衣が何かを思い出したのか、そう叫んだ。

 

「お、気付いたか?」

「う、うん、ついこの間の事だしね。っていうかさ、よく考えるとその前からも……」

「結衣、何?何の話?」

「ほら優美子、優美子も何度か動画で見たでしょ?GGOのさ……」

「あっ、も、もしかして……」

 

 それで優美子もその事に気付いたようだ。確かに動画の中で、

シャナとその二人のプレイヤー、ユッコとハルカはどんどん仲良くなっているように見えた。

 

「そ、それじゃああんた達が、あのユッコとハルカ……?」

 

 そのセリフは事情を知らない者には何の事か分からなかったはずだ。

だが少しでもGGOでのシャナ関連の動画を見ていた者は、その言葉に心当たりがあった。

 

「あっ、俺もちょこちょこ見てたっしょ、GGOの動画」

「俺も見てたな、比企谷から教えてもらってたし」

「そういえば私も知ってるかも……」

 

 戸部、葉山、姫菜も口々にそう言った。

ちなみに沙希も、この前八幡がGGOのシャナだと教えてもらい、

元々シャナというプレイヤーの存在だけは知っていた為、

驚いて動画を見たという経緯がある。

だが沙希は、去年の同窓会で何があったかは知らなかった為、

この二人がGGOのユッコとハルカだという事は分かっても、

それが何を意味するのかまでは分からなかった。

 

「でも最初の出会いは散々だったと思ったけど?」

「あ、もしかして、一番最初のシャナゼク動画?

あの時はこんな人間離れしたプレイヤーもいるんだって内心びびりまくりだったよ、本当に」

「だね、あれでこの世には本当にやばい人がいるんだなって思ったもん」

 

 戸部が最初の出会いについてそう言ったのを受け、二人は懐かしむようにそう答えた。

 

「それからも何度か動画には出てたと記憶してるけど、

俺が一番印象に残ってるのは、やっぱりあの戦争の終盤の、銃士Xって子が死んだ時かな。

ほら、以前教えてもらって一緒に見たあのくだり」

「ああ、比企谷がキャラを入れ替えて迎えにいった時の話ね」

「そうそう、それだそれ」

「私達があの時死んで、街に戻って直ぐに、泣いているあの子と接触した時の話ね」

「その時初めて、シャナの中の人が誰なのかを知ったんだよね」

 

 その話を皆が詳しく聞きたがった為、二人はその時の状況を詳しく説明した。

 

 

 

「そう、そんな事が……」

「その辺りから、もう無駄に敵対する事はやめたんだよね、私達」

「そうだな、確かにその辺りからだったと記憶している」

「言い方が堅いよね、まあ恥ずかしいのは分かるけどさ」

「俺は別に恥ずかしがってなどいない」

「高い高~い!」

 

 その横から突然結衣がそう言い、八幡は顔を真っ赤にした。

 

「おい馬鹿結衣やめろ」

「むぅ、あたしは別に馬鹿じゃないし!」

「言葉の綾だ、たまたま繋がっただけだ」

「ならいいけど!」

「問題はそこじゃねえ、その事について触れるのはやめろ」

「高い高~い!」

「優美子もそれ以上はやめろ」

「高い高~いって、今年の流行語大賞にならないかしらね」

「雪乃も突然おかしな事を言い出すんじゃねえ」

「ふふっ、いいじゃないですか、それくらい微笑ましいエピソードなんですよ」

「まあそうかもしれないけどな……」

 

 その頃には、周囲の同窓生達は、ほっとする者と歯軋りする者の二つに分かれていた。

トラブルが何も無くて安心する者が大半だったが、

一部の者は、何も起こらなかった事に歯軋りしていた。

だがそういった者は、人間社会のどこにでもいるものだ。

そしてそんな者達が、今後八幡の人生に関わってくる可能性はほぼ皆無である。

こうして八幡は、去年あったトラブルを仲間達の前で無事解決してみせ、

安心させる事に成功し、その後は和やかな時間が続いた。

こうして今年の同窓会は、サプライズもあったが平穏無事に幕を閉じる事となった。




前にゆっこと遥は別に改心しないと何かで書いた気がしますが、結局こうなりましたね、
キャラが勝手に動く例というか、本当にあの二人がよくここまで成長する事になったと、
感慨もひとしおです!


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第548話 肉食系が集まると

「優里奈ちゃん、何か困った事があったら何でも相談してね」

「はい、皆さんありがとうございます」

「まあほとんどの事は、比企谷が解決しちゃうと思うけどね」

「それでも心強いです、頼りにさせてもらいますね」

 

 同窓会が終わり、いざ帰るという段になり、優里奈は色々な人に声を掛けられていた。

きっちり連絡先も交換しており、今後は色々な者が、

優里奈が困った時に力になると約束してくれていた。

 

「良かったな、優里奈」

「はい、こんな私に皆さん優しくして下さって、本当に嬉しいです」

「それならまあ良かったよ、ここに連れてきた甲斐があったな」

「それにしてもこのお店、素敵なお店でしたね」

「ソフトドリンクのカクテルも充実してたな」

「はい、あの甘酸っぱいピンク色の飲み物がお気に入りです!」

「そうかそうか、機会があったらまた来ような」

「はい!明日奈さんも一緒だといいですね!」

「明日奈なぁ……あいつ、大丈夫なのかな」

 

 八幡は途中で明日奈の事が気になり、今どうなっているのかを結衣達に尋ねていた。

それによると明日奈は今雪乃の家で、

いろはと留美と一緒にホラー映画のマラソン鑑賞会をしているらしい。

そして今雪乃の家には、結衣の飼っているサブレが待機しており、

雪乃をもてなそうと、その帰りを今か今かと尻尾を振り振り待っているのだった。

それ故に雪乃は二次会に行くと強行に言い張ったが、

結衣と優美子に強引に家に連れ帰られるという事案が発生していた。

 

「は、八幡君、助けて頂戴!あの家には今は帰りたくないの!」

「往生際が悪いぞ雪乃、明日奈も頑張ってるんだ、お前も頑張れ」

「うぅ……八幡君、八幡く~ん!」

「はいはい、じたばたすんなし」

「行くよゆきのん、レッツゴー!」

 

 そう泣きながら連行される雪乃を見て、通行人達は何事かと驚いていた。

そんな通行人達に、戸部と葉山が頭を下げており、八幡はそんな二人に申し訳ないと謝った。

 

「あ、いいっていいって、事情はさっき聞いたからさ」

「確かに昔から犬が苦手だったからね、この機会に克服出来るならしておいた方がいい」

 

 この後家に帰った雪乃は、過去最大級のおもてなしをサブレから受け、気絶寸前となる。

これはサブレが雪乃から八幡の匂いを感じ取った為であった。

サブレは本能的に八幡の事を自分の命の恩人だと強く認識しており、

ある意味結衣以上に八幡に懐いている為、張り切って雪乃をもてなそうとした結果である。

 

 そして八幡は、二人と再会を約して別れた。

どうやら姫菜と沙希は、そのまま二人と一緒に二次会に行くらしい。

 

(川崎も案外付き合いが良くなったもんだなぁ……)

 

 そんな感想を抱きつつも、八幡は本人にその事を言うとまた睨まれそうなので黙っていた。

南達は久しぶりに三人でどこかに行くらしい。

 

「また友達に戻れて本当に良かったな」

「うん、あんたのおかげだね」

「本当にありがとうね」

「それじゃあまたGGOで遊ぼうな」

「うん、待ってるね」

「またね、比企谷」

 

 戸塚はテニス部の連中と久しぶりに会った為、

他の店に移動してもう少し話してから帰るそうだ。

そして優里奈がいる為二人もこの後どこかに行く事を遠慮し、二人はそのまま帰路についた。

 

 

 

 マンションに着くと、予想通りこの日は志乃と茉莉が訪れてきていた。

 

「あ、おかえり!」

「おかえりなさい、二人とも、話は聞いてるわよ」

「リーダー、楽しかった?」

「ん?そうだな、まあ楽しかったな」

「優里奈ちゃんはどうだった?」

「とっても楽しかったです、八幡さんのおかげで、

大人の階段をまた一歩上った気がします!」

「おい優里奈、その言い方は誤解を生むからやめような」

「あっ、そのセリフ、さっきと同じですね」

「このセリフなら、色々な奴に何度も言ってるからな……」

 

 その会話を聞きとがめた志乃が、優里奈にこう尋ねた。

 

「何?何かあったの?」

「そういう訳じゃないんですけど、ええと……」

 

 そして優里奈は、ゆっこと遥の登場と、その後の出来事について説明を始めた。

 

「ふむふむ、で、それがさっきのセリフとどう繋がるの?」

「それがですね、八幡さんが演出したサプライズに、相当緊張させられた結衣さんが、

八幡さんにこう言ったんです。

『もう、凄く心配したんだからね、私の純心な心を返してよ!』って。

それに八幡さんが突っ込んだんですよ、『それ、心が被ってるからな』って」

「あはははは、確かにそうだね、でもさっきのセリフと違うみたいだけど……」

 

 優里奈はその言葉に頷き、続けてこう言った。

 

「問題はその後です、続いて優美子さんがこう言ったんです、

『八幡、ついでにあーしの純潔も返せ』って」

「うわ………」

「それでさっきのセリフなのね」

「はい、それで八幡さんが、『おい優美子、その言い方は誤解を生むからやめような』

って突っ込んだと、そういう訳です」

「それはさすがに突っ込むわ」

 

 志乃は八幡の方を見ながらそう言った。

 

「だろ?しかもあいつら、ほとんどの場合、

わざと誤解させるように言ってるから始末が悪いんですよ」

「かわいいもんじゃない」

「わざとそういう事を言って、八幡君に構ってほしいっていう女心よね」

「そういうのは俺が困るのでやめてほしいんですけどね……」

 

 八幡はため息をつきながらそう言うと、次に三人にこう尋ねた。

 

「で、俺がいない間、何かありましたか?」

「特に無いかな?」

「うん、三人で仲良くご飯を食べて、のんびりゲームとかをして、

その後は………あっ、そうだ茉莉ちゃん、あの事は言っておいた方がいいかな?」

「そうね、閣下から正式に命令書が届いた訳だし、伝えておいてもいいかもしれないわね」

「何の事です?」

 

 八幡はきょとんとしながらそう言った。

 

「八幡君、もうすぐアメリカに行くでしょ?」

「ええ、確かにその予定ですが」

「それ、私達も正式に一緒に行く事になったわ、ソレイユへの出向社員としてね」

「え、そうなんですか?」

「うん、それなら心強いでしょ?」

「あ、はい、それはもちろんです、でもシステムの開発の方はいいんですか?」

 

 その八幡の問いに、志乃と茉莉は微妙な顔でこう言った。

 

「それがね……」

「詩乃ちゃんとか大善君に風太君が、思ったより優秀でさ」

「詩乃ちゃんって、あのツンデレ眼鏡っ子の方の詩乃の事ですよね?」

 

 その八幡の言い方に、二人は思わず噴き出した。

 

「あはははは、うんそう、私と文字違いのあの詩乃ちゃん」

「そ、その……ぷぷっ……ツンデレ眼鏡っ子の詩乃ちゃん達が、

思ったよりも優秀で、十分私達の代わりが努められると判断されたみたいなの」

「そうなんですか?あいつらやるなぁ……」

「今では空挺降下も軽々とこなすわよ、あの三人」

「まじですか……」

「まあ最初は悲鳴を上げていたけどね」

 

 八幡は三人の苦労を忍び、思わずこう漏らした。

 

「ハクサイとニラ、器量よし、オセアニアました!とか言ってたあの詩乃がねぇ……」

「そ、それは言わない約束よお父っつぁん!」

「だ、駄目だってば、それを言っては……ぷぷっ……わ、笑ったら失礼だから」

 

 二人は必死に笑いを堪え、話を聞いた美優も、同じく笑いを堪えるのに必死になった。

 

「もう、本当にかわいいなぁ」

「そういえばお前、詩乃と仲がいいよな」

「うん、だってしののんが最初にALOに来た時からの付き合いだし」

 

 そういやそうだったなと、美優の言葉で八幡は当時の事を思い出した。

その詩乃も、今では二つ名が付けられるくらい成長している。

 

「あいつ、何気に努力家だよなぁ」

「うん、それは思う。普通空挺降下なんて、そう簡単に慣れるもんじゃないし」

「そう考えると大善と風太もおかしいんですかね?」

「うん、あの二人もさすが度胸があるよ、伊達にGGOのトッププレイヤーを張ってないね」

「まあそう言われると確かにそうですね」

 

 八幡は、自分の友人達が褒められるのが、我が事のように嬉しいらしかった。

 

「まあそんな訳で、私達があなた達の護衛につくわ」

「一応今回行くメンバーは、全員銃が撃てますけど」

「それも聞いてるわ、でも八幡君、生きてる人間を普通に撃てる?」

「そうですね……俺は多分撃てると思います、俺の手は既に血に塗れてますから」

 

 その八幡の言葉に、志乃が真っ先に反応した。

志乃は八幡の頭を胸に抱き寄せ、諭すようにこう言った。

 

「そんな自虐的な事を言わないで。

本当にやばい時はそうしてもらう可能性は否定出来ないけど、

そうじゃない限り、その役目は私達が担うから、だから八幡君は安心してね」

「あ、あの……」

「いいからいいから、今くらいは黙って私の胸にその体を委ねていいのよ、

でもそうね、落ち着かないならこのまま寝室に行きましょうか」

「その言い方から、下心が透けて見えるんですが……」

「ちっ」

 

 志乃は舌打ちすると、八幡を自分の胸から開放した。

 

「ちっ、じゃねえ、あんたは自分の胸の破壊力をもっと自覚して、そういう事に使うなよ!」

「え~?別にいいじゃない、八幡君も嬉しかったはずだし、

私は玉の輿の嫁入りの可能性が上がる、ウィンウィンじゃない!」

「はぁ………茉莉さん、志乃さんを何とかして下さいよ……」

 

 そう言いながら茉莉の方を見た八幡は、

そこに慈愛の表情を浮かべながらこちらに向かって手を広げる茉莉の姿を見て絶叫した。

 

「あんたもかよ!」

「仕方ないの、だって今の志乃の言った作戦は、確かに有効だと認められるんだもの」

「まじかよ、おい美優、それじゃあお前が何とか……」

 

 そう言って八幡は、今度は美優の方を見た。

だが美優は、教育上よろしくないと判断したのだろう、両手で優里奈の目を塞いでいた。

それを見た八幡は、思わずこう言った。

 

「お、お前にしちゃナイス判断だ、えらいぞ美優」

「そこはエロいぞと言って欲しいです、リーダー!」

「………今のお前のどこにそんな要素があるんだ?」

「実は私は今、下着をつけていません、えっへん!」

 

 その言葉に八幡は絶句した。何故なら今の美優は……

 

「お、お前何て事をしてやがるんだ!今お前、スカート姿じゃねえかよ!」

「あっ、しまった……黙って見せて責任をとってもらえば良かった……てへっ」

「てへっ、じゃねえ!さっさと寝室に行って下着をつけてこい!」

「ちぇっ……」

 

 そして美優は、優里奈の目から手を離すと、残念そうに寝室へと向かった。

その途中で美優は、わざとジャンプしたりしたのだが、

八幡は頑なにそちらを見ようとはしなかった。

 

「くっ……」

 

 美優は悔しそうにそう言いながら寝室へと消えていき、

八幡はため息をつくと、優里奈に向かって言った。

 

「はぁ……これだから肉食系が集まると始末に負えねえ……

優里奈、お前はこんな大人にならないようにな」

「えっ?私としては、そのくらいの大胆さも時には必要かなって思うんですが」

「必要ない、優里奈はそのままでいい」

「は、はい」

 

 そんな八幡に、志乃と茉莉は抗議したが、八幡は取り合わなかった。

そこに美優も加わり、三人がかりで抗議してきた為、

八幡は百歩譲ってゲームで勝負し、負けたらいくらかの主張を認めると言い出した。

 

「分かりました、それじゃあ勝負しましょう」

「いいわよ、で、何で勝負するの?」

「桃鉄九十九年で」

「えっ?」

「リーダー、夕方言ってた事は本気だったんだ……」

「そ、それは、さすがに明日の昼くらいまで終わらないんじゃないかしら……」

 

 そう言われた八幡は、さすがにやりすぎかと思い、こう言い直した。

 

「それじゃあ三十年で」

「それくらいならいいかな?」

「まあ多分……」

「それじゃあ早速勝負しましょう、

優里奈、マルチタップと予備のコントローラーを用意してくれ」

「あ、はい」

 

 そして勝負が始まったが、所詮素人な四人相手に、

桃鉄マスターを自称する八幡が負ける要素はまったく無く、

この日の勝負は八幡の圧勝で幕を閉じた。

そして次の日、五人は昼過ぎまで誰も目覚める事は無かったのであった。



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第549話 レンの強さ

明日は一日お休みします、すみません!


 八幡が、手始めに盛岡のわんこそばやを買い占めていた頃、

レンとピトフーイは昨日の出会いを経て、今日は一緒に狩りをしていた。

 

「ハイ、レンちゃん、今日は宜しくね」

「ピトさん、こんにちは!」

 

 二人はそう挨拶をした後、一緒に罠を仕掛け始めた。

 

「こういうのもたまにはいいものね」

「ピトさんは罠とか使わないんですか?」

「そうねぇ、うちの狩りは、とことん激しい狩りだったからね。

リーダーの見つけてくる狩り場がありえない効率で、休む暇も無かったわよ」

「そうなんですか、凄いですね!」

「まあ二人だと無理な狩場だから、今案内するのはちょっと無理なんだけどね」

「そうなんですか、まあ機会があったらのお楽しみですね」

 

 そのレンの言葉にピトフーイは、随分ポジティブな子だなぁと感心した。

そしてレンは、メニュー画面を開き、そこに表示されている時刻を見ながら言った。

 

「それじゃああと五分後くらいに敵が周回してくるので、

その敵が罠にかかるのを待ちましょう」

「あら、詳しいのね」

「私、ほぼずっとここにいますからね」

 

 そしてレンは、仮想音楽プレイヤーを取り出しながらピトフーイに言った。

 

「で、いつもはこの曲を聴きながら待ってるんですよ」

「へぇ~、誰の曲?」

「神崎エルザです、私、大ファンなんです!」

「そ、そうなんだ」

 

 その言葉にピトフーイは背中がむずむずして仕方がなかった。

自分のファンだという子を目の前に、何かしてあげたいという気持ちと、

自分の正体をバラす訳にはいかないという気持ちの板ばさみにあった為だ。

 

(せめて何か………あ、そうだ)

 

 ピトフーイは何か思いついたのか、おもむろに誰かに連絡を取り始めた。

 

「レンちゃんごめん、もしかしたらレンちゃんを、

面白い場所に案内出来るかもしれないから、ちょっと知り合いに連絡を取ってみるわね」

「そうなんですか?うわぁ、どんな所だろう!」

 

 レンはそのピトフーイの言葉に目を輝かせた。

そしてピトフーイは、フローリアに連絡をとった。

十狼のメンバーは全員、フローリアに直接連絡をとる事が可能なのである。

 

「あ、フローリア?私、ピトフーイだけど、

今イベントの発生状況はどうなってるか教えてもらってもいい?」

『あっ、ピトさん、お久しぶりです、ええと今はですね、

丁度もう少しでイベントが発生するところで、

今はそろそろだと目星を付けて集まってきたプレイヤーで、ごったがえしてますね』

「そう、今は西の砂漠地帯にいるんだけど、今から行っても間に合うかな?」

『そうですね、車なら多分間に合うと思います、

歩いてだとちょっと参加は無理かもしれませんね』

「おお、今日は車で来てるから大丈夫、それじゃあ今からそっちに向かうわね」

『分かりました、お待ちしていますね』

 

 そしてピトフーイは、満面の笑みでレンに言った。

 

「レンちゃん、拠点防衛イベントって知ってる?」

「えっ?何ですか?それ」

 

 ピトフーイはレンに簡単に説明すると、罠にかかった敵を一セット殲滅した後、

レンを伴って移動を開始した。

 

 

 

「ピトさん、今日は車で来てたんですね」

 

 一キロほど歩いた所にある廃墟に車を停めていたピトは、

そこにレンを案内し、今はピトの運転で、『この木なんの木』に向かっている所だった。

ピトフーイは景色を見ながらうわぁ、うわぁと喜んでいるレンを見ながら、

前日の出来事を思い出していた。

 

 

 

「レンちゃんは、私の事を知らないんだ、これでも結構有名人なんだけどな」

「ご、ごめんなさい、私そういうの、全然調べてなくって……」

 

 ピトフーイは、前日にレンが自分を知らない事を確認していた。

ピトフーイはかなりメジャーなプレイヤーであるが、

レンはその存在を知らず……というか、他のプレイヤーの事はほとんど知らず、

調べたり動画を見たりはしないのかと尋ねると、レンはこう答えたものだった。

 

「実は下手に動画とかを見たりしちゃうと、自分の動きが思い込みに染まって、

制約されちゃう可能性も否定出来ないって、シャナにアドバイスしてもらったんです」

「へぇ、シャナにねぇ……」

 

 その言い方でレンは、もしかしたらと思ったのだろう、ピトフーイにこう尋ねてきた。

 

「も、もしかしてピトさんも、シャナのお知り合いなんですか?」

「まあシャナは有名人だしね」

「あ、そういう事でしたか」

 

 ピトフーイはその問いに、どちらともとれる答え方をした。

それを聞いたレンは、有名人だから知っているという意味でとらえたようだ。

 

「そういえばレンちゃんは、シャナと組んでスクワッド・ジャムに出場したのよね」

「あ、やっぱり知ってたんですね、あの時は何も知らなくて、

シャナに頼ってばっかりでしたね、今はもう少し役にたてると思うんですけど」

 

(ピトさんは、その事を知っていたからたまたま見かけた私に声を掛けてくれたのかな)

 

 レンはそう思ったが、それ以上深く考えたりはしなかった。

せっかく一緒に遊んでくれるというのだ、敵ならわざわざそんな事を言ったりせず、

普通に奇襲してくるだろう。事実ピトフーイは特に何かおかしな行動をとるでもなく、

普通におしゃべりしながらレンと一緒に罠にかかった敵を倒し、

今日は疲れてるからまた明日来ると言って直ぐにその場から立ち去っていた。

その直後にピトフーイは、知り合いに聞き込みをし、レンというプレイヤーの情報を集め、

ログアウトしてからも、スクワッド・ジャム関連の動画を目を皿のようにしてチェックした。

 

「こうして見ていると、ヤミヤミより遅いし、たらお程の堅実さも無い、

どういう事?結局シャナ頼みで優勝したって事?」

 

 エルザは全裸でPCの画面を眺めながら、そう呟いた。

ちなみに何故全裸かというと、隣に八幡抱き枕があるからだった。

もしエルザが仲間の誰かに何故全裸なのか問われたら、こう答えるだろう、

そこに八幡抱き枕があるからだ、と。

 

「ここまでは、このファイヤってのの馬鹿さ加減が面白いといえば面白いけど、

とりたててシャナ以外に見るべきところは無いかなぁ……

で、時系列的にこれが最後の動画っと……ふむふむ、SLvsNarrowか」

 

 そしてエルザは見た。誰もそんなところには気付かないだろうが、

レンが敵の射線を予測し、僅かな動きでそれをかわしていた事を。

実際に発砲はされていない為、おそらくそれに気付いている者は、

あるいはシャナやシズ、それにキリト辺りは気付いていたかもしれないが、

他にはほとんどいなかった。実際画面に流れるコメントや、SNSの投稿、

それに関連スレッドの書き込みを見ても、そういう分析をしている者は皆無だった。

だがエルザは何度も何度も動画を見直し、それに気付いた。

 

「この子……未来でも見えてるの?それともただの勘?」

 

 いくら考えても答えの出ないその問いを、エルザは一時保留する事にした。

 

「まあ今度じっくり観察するしかないか……それより今はこっちか」

 

 それはレンがコミケの股を潜り、そのまま回し蹴りをくらわせたシーンだった。

 

「このシーンは確かに見栄えもするし、コメントが一気に増えるのも分かる。

この人間離れした動きは、確実にシャナやシズ、キリトレベル。

でもこれはそこまでおかしな事だと思われてはいない、何故ならその三人の前例があるから。

でもシャナしか見てこなかった私には分かる、この動きは私には絶対に出来ない。

おそらくGGOの他のプレイヤーの誰にも不可能。

もしかしてSAOサバイバー?いや、それにしてもおかしい、

あの三人クラスのプレイヤーは、SAOサバイバーの中には存在しない、

いたとしても今は亡きヒースクリフくらい、この子は一体何故ここまでの動きを……」

 

 そしてピトフーイは、色々なサイトを見て回り、ヒントを探し続けた。

それが見つかったのは、MMOトゥデイ内の、シンカーによる考察が書かれた場所であった。

 

『VRMMOのプレイヤーを数多く見てきた私の経験だと、

基本的にプレイヤーの実力は、当たり前だがログイン時間に比例する。

だがいくつかのゲームで見られた、これに反する特異な現象がある。それは……』

 

「VRMMOどころか通常のオフゲすらほとんど未経験の者の中に、

たまにとんでもない強さを発揮する者がいる……?」

 

 エルザはその文を、わざわざ口に出して読んだ。

 

「これは仮説だが、そのプレイヤー達は、普段ゲームをまったくしないが故に、

これはゲームだと、完全に割り切って考える事が出来ているのかもしれない。

それはどういう事か、つまり彼らは、こんな動きも出来る、あんな動きも出来ると、

人間の常識ではありえない動作を当たり前のように実現可能な物として認識しているのだ。

なのでその動きには限界は無い。これはあくまでゲームであり、

現実世界とはまったく関係ない架空の世界だという確固たる思い込みが、

どうしても現実世界の記憶に引っ張られ、

自分で自分の動きに限界を設定してしまう他のプレイヤー達と違って、

人としてありえない動きを実現させているのだと思われる。

そう、VRMMOはあくまで仮想現実であり、現実ではない。

故にそのプレイヤーが、自分が出来ると確信している動きは、

システム上の制限がかかっていない限り、必ず実現するのだ。

VR世界をたかがゲームと侮るなかれ、

そこには無限の可能性が広がっているのかもしれない、か……」

 

 そこまで読んで、エルザはおそらくレンもこの中の一人なのだろうと考えた。

 

「確認してみるか……」

 

 そしてエルザは、薔薇に連絡をとった。

 

「あ、もしもし、迷子の小猫ちゃん?」

『ちょっとあんたね、珍しく電話してきたと思ったら、

いきなり喧嘩を売ってくるんじゃないわよ!』

「ごめんごめん、冗談だってば」

『まあいいわ、で、何の用?』

「あ、えっとさ、レンって子の事について教えて欲しいんだけど……」

『個人情報はもらせないわ、分かるでしょ?』

 

 それはつまり、レンがシャナ~八幡と深く関わっている人物だという示唆に他ならない。

八幡にまったく関わりがない人物の情報であったら、

薔薇はおそらく簡単に教えてくれる事だろう。

それくらい薔薇は、八幡関連の情報の取り扱いには細心の注意を払っていた。

 

「なるほど……それじゃあ一つだけ教えて、あの子って、ゲームのド素人?」

 

 その質問に、薔薇は押し黙った。おそらく言っていいレベルの情報か考えているのだろう。

そして薔薇は、その質問に肯定の意思を示した。

 

『ええ』

「そ、ありがと、それだけ分かれば十分よ」

 

 そのピトフーイの言い方に、若干の危惧を覚えた薔薇は、エルザにこう言った。

 

『あの子にちょっかいを出すつもりならやめておきなさい、

あの子は彼の最近のお気に入りの一人よ、何かあったら多分彼、本気で怒るわよ』

「………へぇ?」

 

 その返事に薔薇は、自らの失敗を悟った。

その言い方からはどう聞いても、とある一つの感情が混ざっているのが感じられたからだ。

それを人は、嫉妬という。

 

『ちょっとあんた、本気でやめなさい、もし情報源が私だってバレたら、

私があいつにどんな目に遭わされるか……』

「その時は一緒に怒られてあげるから、心配しないでいいよ」

『あんたと一緒にしないでよ、私はあんたと違って怒られて興奮するタイプじゃないのよ!』

「本当に?」

『い、いやそれは、まあたまに興奮しちゃう事も無くは無いけど……って、違う!』

「情報ありがと、それじゃね~」

『あ、待ち……』

 

 そこでエルザは電話を切り、薔薇はまさか八幡に相談する訳にもいかず、

自らログインしてピトフーイとレンの行動を監視する事に決めた。

そしてエルザは、特にレンに危害を加える気はなかったのだが、

シャナのお気に入りだというレンとしばらく一緒に行動してみる事にしたのだった。



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第550話 サプライズ

「ピトさん、ピトさん!」

「あ、ごめん、考え事をしてたわ、何?」

「この木なんの木って、もしかしてあれの事ですか?」

「え、どれどれ?」

 

 ピトフーイはレンが指差す方向を見て、笑顔でレンに言った。

 

「そうそう、あれよあれ、どう?大きいでしょ?」

「はい、凄く大きいです!」

 

 レンのその言葉を聞いたピトフーイは、ハッとした顔でレンに言った。

 

「レ、レンちゃん、今のセリフ、もう一度言ってみてくれない?」

「あ、はい、えっと、凄く大きいです!」

 

 もう一度レンにそう言わせ、少し興奮したのだろう、

ピトフーイはハァハァしながら気取った口調で次にこう言った。

 

「そうか、具体的はどこが大きいんだい?さあ、その口で僕にハッキリ言ってごらん?」

「どこがって、え?僕?ええと、それは………あっ!」

 

 そしてレンは、顔を真っ赤にしながらピトフーイに言った。

 

「ピトさん、そういうえっちな事は言っちゃ駄目です!」

「あら、私はどこが大きいのか尋ねただけよ?当然あの木の事よね?」

「えっ?あ、その……」

「何?もしかして、別の事を考えちゃったの?やだ、レンちゃんって意外とムッツリなのね」

「ち、違います誤解です!そう、木、あの木が大きいんです、他の何かの事じゃないです!」

「へぇ~?」

「あっ、ほらピトさん、木に大きな穴が開いてますよ、あそこに入るんじゃないですか?」

 

 そうあからさまに話題を逸らすレンを、ピトフーイはもう少しからかいたいなと思ったが、

その瞬間にイベント発生のアナウンスが流れた為、それを断念した。

というか今のタイミングはもしかしたら、

二人がイベント発生のトリガーを引いてしまったのかもしれない。

 

「まずいわね、レンちゃん、飛ばすわよ!」

「あ、はい!」

 

 そう言いながらピトフーイは、勝手に借りてきたニャン号のアクセルを思いっきり踏んだ。

イコマによって強化されたニャン号は、それにより、二百キロ近いスピードへと到達した。

 

「う、うおおおおおおおお!」

 

 レンは興奮のあまりそう絶叫し、ピトフーイはその外見に似合わない声に大笑いした。

 

「あはははははははは、何その太い声」

「だって、こんなスピードが出るなんて思ってもいなかったから!」

「まあ改造してあるし?でも直線だから怖くはないでしょ?周囲に障害物も何も無いしね」

「はい!」

 

 どうやらニャン号は、イコマによって更に魔改造されているらしい。

そして直後にきょろきょろと辺りを見回したレンが、後ろを見て驚きの表情を浮かべた。

 

「え?え?」

「何?どうしたの?」

「後ろから、同じくらいのスピードで車が追いかけてきてます、ピトさん!」

 

 そう言われたピトフーイは、きょとんとした表情でバックミラーを見た。

 

「はぁ?まさかこのニャン号に追いつける車なんかそうそうあるはずが……

あ、あれ?あれはまさか、ホワイト?乗っているのは………あ、やべ、ロザリアちゃんだ」

「ピトさんのお知り合いですか?」

「まあそうなんだけど………はぁ、まあいいか、あっちと合流しましょうか」

 

 ピトフーイは、ここで逃げ出しても絶対に世界樹要塞で捕まるなと思い、

逃げるのはやめ、素直にロザリアと合流する事にした。

そして二台は並んで世界樹要塞へと入った。

 

 

 

「や、やっほ~?」

「やっほ~じゃないわよ、あんたね……」

「き、昨日はごめんって、別にロザリアちゃんの特殊な性癖を暴くつもりは……」

「どの口がそれを言うの」

「ご、ごめんなひゃい……」

 

 ピトフーイはロザリアにほっぺを摘まれながらもそう謝った。

 

「初めまして、私はレンと言います、宜しくお願いします、ロザリアさん!」

 

 そしてロザリアに、レンは元気いっぱいに挨拶をした。

 

「え?あ、ど、どうも、初めまして?」

「どうして疑問系なんですか?」

「え、だって、別に私達は初………めまして」

 

 初めて会った訳ではない、と言いかけて、ロザリアは危うくそう修正した。

これはシャナの指令で、十狼メンバーがレンにリアル正体を明かす事を禁じられていた為だ。

シャナの説明によると、これはレンにおかしな影響を与えない為だと言われていた。

ちなみに闇風も、今はレンに対する指導は感覚的なものに留めている。

この時期シャナと闇風は、スクワッド・ジャムでのレンの活躍の理由を分析し、

ある程度レンのスタイルが固まるまで、余計な枷をはめないように気を付けていた。

要するにシンカーの考察通りの展開になっている訳なのだが、

実はシンカーの考察については、シャナが色々とアドバイスしてああいう考察になった為、

結局ピトフーイの考えた事は、元を辿ればシャナが考えた事なのであった。

 

「あ、はい、初めまして!」

「もうすぐ敵が押し寄せてくるから、頑張ってね」

「そうなんですか!?頑張ります!」

 

 レンはそう元気よく言い、興味深げにあちこちを見学し始め、

その案内はフローリアが努めていた。それを幸いに、ロザリアはピトフーイに詰め寄った。

 

「ちょっとピト、あんた最近鞍馬山に行った?」

「そういえば最近は忙しくて顔を出してなかったかも、

誰もログインしてなかったってのもあるけど」

「あんたね、たまには顔くらい出しておきなさいよ、

それじゃああそこに置いてある、シャナからのメッセージも見てない訳ね」

「えっ!?何かあったの?」

「そうよ、スクワッド・ジャムの後、シャナが十狼宛てにメッセージを置いてるのよ、

その内容は、レンにリアルでの正体を教える事を禁ず、よ」

「えっ?そ、そうなの?」

「ええ、こっちで正体を明かす事で、レンちゃんが私達に興味を持って、

色々な動画を見たりしてしまって、

GGOでの戦いはこういうものだっていう先入観を持つ事を防ぎたいそうよ。

シャナはどうやら、レンちゃんには常識に囚われないプレイをお望みのようね」

「そ、そうなんだ……」

 

 ピトフーイはその言葉に嫉妬心が沸くのを抑えられなかった。

要するにそれは、シャナがレンに対してかなり興味を抱いている事に他ならないからだ。

あるいはこれがピトフーイ個人へのメッセージなら、

ピトフーイは興奮のあまり失神したかもしれないが、これは十狼全員へのメッセージであり、

そこにはピトフーイを特別視するような要素は一切無い。

少し前までのピトフーイなら、それでも興奮したかもしれないが、

最近シャナとまったく会っておらず、シャナ成分に飢えているピトフーイにとっては、

それは興奮する材料とはならなかったようだ。

 

「分かった、とは言っても私がレンちゃんに正体を明かす事は、

そもそもありえないんだけどね」

「まああんたの場合はそうよね、とにかく伝えたから、私はもう落ちるわよ」

 

 その言葉にピトフーイは驚いた。

 

「えっ?イベントに参加していかないの?」

「ええ、今日はとても大切な人を部屋に待たせているから、今は一分一秒でも惜しいのよ」

 

 そのロザリアの言葉に、ピトフーイはまさかと思い、こう尋ねた。

 

「そ、それってまさかシャナ!?」

「そんな訳無いでしょ、もしそうなら二人でログインしてるわよ」

「あ、そうだよね」

「というかよく考えると、もしあいつが私の自宅に来るなんていうイベントがあったなら、

そもそもここにログインなんかしてないかも」

「あはははは、確かにそうだね」

「それじゃあとにかく釘は刺したわよ、サプライズも用意しておいたから、

レンちゃんにピトの格好いいところでも見せてあげるのね」

「サプライズ?それって……」

 

 だが既にロザリアはログアウトした後だった。

 

「ロザリアちゃん、まさか浮気……?いやいや、無い無い、きっと女友達かな」

 

 実際待たせていたのははちまんくんであったのだが、

もしその事をピトフーイが知ったのなら、

ピトフーイはどんな手段を使ってもロザリアの家に向かった事だろう。

だが幸いそうはならず、ロザリアはある意味命拾いした。

 

「ピトさん、ここのショップって凄く商品が充実してますね、

って、あれ、ピトさん、ロザリアさんは?」

「ああ、彼女はちょっと用事があるらしくて落ちたのよ。

とりあえずレンちゃん、上の部屋に案内するからこっちに来てもらえる?

他のプレイヤーは通常入れない所なんだけど、別にいいよね?」

 

 その言葉は前半はレンに向けたものだが、最後の言葉はフローリアに向けたものだった。

 

「はい、問題ありません」

「それじゃあフローリア、防衛戦に参加してくるね」

「はい、ご武運を」

 

 そして二人は連れ立ってサブマスター用の個室へと移動した。

 

「ここが私専用の部屋よ」

「えっ?ここって公的な場所じゃないんですか?」

「さっきのフロアと屋上はそうよ、でもその中間にある、この一画は違うの。

あえて誰のものかと言うならば、シャナの物ね。というか、この要塞自体シャナの持ち物よ」

「そ、そうなんですか!?」

「ええ、ちなみにさっきのフローリアは、ここの管理NPCね」

「嘘……全然分からなかった……」

「GGOにはまだまだレンちゃんの知らない不思議な事がいっぱいあるのよ、

まあそういうのは調べたりせず、自力で見つける事ね」

「は、はい!」

 

 ピトフーイは、シャナの意思に添えるように、レンに一応釘を刺した。

 

(これでいいんでしょ?フン、今度会った時、この胸の疼きを存分にぶつけてやるんだから)

 

 ピトフーイはその時だけ神崎エルザモードに戻り、そう考えた。

 

「さてレンちゃん、射撃練習の始まりよ、存分に経験値を稼いでいってね」

「射撃練習!?」

「レンちゃん、さっきから驚きすぎよ」

「驚かすのはピトさんじゃないですか!」

「あはははは、まあそうね、今からこの要塞に、敵がわんさか攻めてくるの。

敵は全包囲から来るけど、最終的にはこの真下の要塞入り口を壊そうと集まってくるわ。

だからそれに負けないように、とにかく敵を殲滅よ!」

「は、はい!あ、でももし中に乗り込まれちゃったらどうするんですか?」

「その時は、要塞内部で生きるか死ぬかの殺し合いね、

まあもっともそうなった事は今まで一度も無いけどね」

「そうなんですか……と、とにかく頑張ります!」

 

 その時フローリアの声が要塞内部に響いた。

 

『敵、十二時方向から接近中、距離五百』

 

 そのメッセージと共に、上の方から大歓声が響いてきた。

 

「うわ、凄い声……」

「ここに来てからずっと他のプレイヤーがいなかったでしょ?

実は全員屋上で、敵が来るのを今か今かと待っていたのよ」

「なるほど……」

「あ、レンちゃんほら、あそこを見てみて」

「あそこって、何か黒い物が……って、ええええええええ!?あれが全部敵ですか!?」

「ええそうよ、とりあえず遠いうちはこの銃を使いなさい、

これならあの距離でも問題なく届くから。敵が近くまで来てからがピーちゃんの出番ね」

「ありがとうございます、お借りします!」

 

 そして二人は中距離狙撃を開始した。

 

「まあ狙いを付けなくても当たると思うけど、特に余計な事は言わないわ、

とにかく撃って撃って撃ちまくるのよ!」

「はい!」

 

 レンは中距離狙撃は初めての経験だったが、それでも問題なく敵に命中させる事が出来た。

とにかく敵の数が多いせいであったが、それにはもう一つ別の理由があった。

 

「上からの狙撃が少ない……?」

「ピトさん、どうかしたんですか?」

「いつもならもっと屋上から、この段階で銃弾が飛ぶところなんだけど、

どうやら今日は、頭数はいても初心者の比率が少し多いのかもしれないわね、

ちょっとこちらからの攻撃の密度が薄い気がする」

「ええと、それはつまり……」

「後でピンチが来るかもしれないわ」

「が、頑張りましょう!」

「そうね、これは最初から本気でやらないといけないみたい」

 

 ピトフーイにとって、よりによって自分しかいない時に、

シャナの持ち物である世界樹要塞を、例え所有権に変化は無く一時的にだとしても、

むざむざと失う事になるのは耐え難い苦痛であった。

 

(いざとなったら単騎で敵の正面に斬りこんででも、絶対に守ってみせる)

 

 ピトフーイはそう考えながら、無言で引き金を引き続けた。

レンも本気になったのか、一心不乱にピーちゃんを乱射し続けていた。

 

「まずい……やっぱり弾幕が薄いよ……何やってんの!」

 

 ピトフーイは少しイラついたようにそう言った。

同じように、上の方からベテランプレイヤーの何人かが声を上げていた。

 

「お前らもっと撃て、撃てって!このままじゃ負けちまうぞ!」

「ルーキー共、弾は事前に用意しておかないと駄目だろうが!

というか連れてきた奴は、ちゃんと最低限の事はレクチャーしておけっての!」

 

 そんなギスギスした声が聞こえたのか、レンが突然ピトフーイにこう言った。

 

「ピトさん……いざとなったら二人でここから飛び降りて、

どんな手段を使ってでも、とにかく敵の侵入を防ぎませんか?」

 

 その言葉にピトフーイは、ささくれだっていた心が落ち着くのを感じた。

 

「死ぬかもしれないわよ、いいの?」

「構いません、私、何度も死んだ事はありますし、

それよりもシャナさんの要塞を目の前で取られるなんて、悔しいじゃないですか」

「レンちゃん………」

 

 ピトフーイは感動した面持ちでそう呟いた。

先ほどまで感じていた嫉妬心は、既に消えてしまっている。

今ピトフーイが感じているのは、ただシャナを囲む仲間としてのシンパシーだけだった。

 

「………分かったわ、近接戦闘の準備をしておきましょう」

「はい!」

 

 そしてレンは素早く装備を着替え、腰の後ろにナイフを差し、

予備のマガジンを大量にバッグに入れた。

そのレンの服装を見たピトフーイは思わずあっと叫んだ。

 

「そ、それって……」

「それ?どれですか?」

「そのボディアーマーだけど……」

「あ、これ、かわいくないですか?イコマさんって方に作ってもらったんです!」

「そ、そう、イコマきゅんにね」

「イコマ……きゅん!?」

「本当にレンちゃんは、今日は驚いてばっかりね」

「も、もう驚きませんから!」

 

 それは色こそピンクだったが、十狼専用のボディアーマーであった。

そしてピトフーイは、レンの目の前で、

それとまったく同じデザインのボディアーマーを装備した。

 

「えっ?」

「やっぱり驚いたじゃない」

「だ、だって、それ……」

「まあこれもイコマきゅん製だしね」

「やっぱりそうなんですか!」

「ええ、でもこれ、本当は私達の専用装備なのよね」

「専用装備?あれ、でもこれって……」

「いいのよ、だってシャナにもらったんでしょう?」

「あ、はい、そうですけど……」

「なら問題ないわ、さあ、準備が整ったらいきましょう」

「はい!」

 

 二人はそう決死の覚悟を決め、窓から飛び降りようとした。

その時外から大歓声が聞こえ、二人は飛び降りるのを一旦やめた。

 

「うわ、凄い大歓声……」

「何があったのかしらね」

 

 二人はそう言って外を見たが、特に何も見えない。

耳をすますと、どうやらプレイヤー達は、遠くに何かを見付けて盛り上がっているようだ。

 

「あ、ピトさん、もしかしてあれじゃないですか?」

「あれ?あ………」

 

 それが何かを理解した瞬間に、ピトフーイは思わず涙がこぼれるのを感じ、

慌ててそれをぬぐった。

 

「あれが何か分かるんですか?」

「うん、あれはね、ブラックって名前の軍用車よ」

「ブラック?そんなメーカーがあるんですか?」

「ううん、そういうんじゃなくて、呼び名ね」

「あ、なるほど!」

「乗っているのは……」

 

 そしてピトフーイは単眼鏡を取り出し、誰が乗っているのか確認した。

 

「運転しているのは先生、他に二人……シズ、イクス!」

 

 その興奮したようなピトフーイの様子を見て、

レンはあれはかなり強力な援軍なんだろうなと考えた。

 

「ピトさん、あれって援軍ですよね?」

「ええそうよ、これを貸してあげるから、まあ見てなさい」

「ありがとうございます」

 

 そしてレンは、そのブラックという車の様子を観察した。

 

「うわぁ、綺麗な人達が三人も……って、えええええええ!?」

 

 レンが見守る中、ブラックは敵の真っ只中に突っ込み、敵をはね飛ばし始めた。

そして同時に白い髪の女性が車の屋根に上がり、そこに据えてある銃を乱射し始めた。

 

「うわ、うわ………凄い」

 

 敵はそのまま蹂躙されてゆき、要塞の入り口前に、ぽっかりと空白地帯が出来、

ブラックは扉を塞ぐようにそこに停車した。

その瞬間にレンは、いきなりピトフーイに抱きかかえられた。

 

「ピ、ピトさん?」

「サプライズ、確かにサプライズだわ、あはははははははは!」

「う、うわあああああああああああ!」

 

 そしてレンを抱きかかえたまま、ピトフーイは宙へと身を躍らせたのだった。




役者登場


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第551話 十狼四天王(自称)の戦い

今日の投稿はなんとなく11月11日11時11分で!


「うわあああああああああああ!」

「あはははは、あはははははははははは!」

 

 絶叫するレンを抱えたまま、ピトフーイはダンッ、と地面へと着地した。

多少足がしびれる感じはしたが、ピトフーイはそれに耐え、レンを地面に下ろすと、

気にせず戦い続けている三人の横に並んで、銃撃を始めた。

 

「先生、シズ、イクス、遅いよ!」

「ごめんごめん、ロザリアさんに頼まれてブラックを飛ばしてきたんだけど、

こんなギリギリになっちゃった」

 

 ピトフーイは嬉しさを隠すようにそう抗議し、シズがそれにそう答えた。

 

「ううん、今回は何か素人が多いらしくてピンチだったから、実は凄く助かった!」

 

 ピトフーイはそう言い、一人取り残されていたレンに、ニャンゴローが声を掛けた。

 

「あなたがレンさんね、さあ、ここから巻き返すわよ」

「あ、は、はい!」

「奮闘、推奨」

「え?が、頑張ります!」

 

 そしてシズカは、全員に聞こえるように、ブラックのマイクを使ってこう叫んだ。

 

「ここは十狼が引き受けた!戦士達よ、敵を殲滅せよ!」

「「「「「「「おお!!!!!」」」」」」」

 

 その呼びかけに、プレイヤー達は気合いのこもった声でそう答えた。

 

「シズカさんにニャンゴローさんに銃士Xさんだ!」

「ピトフーイもいるぞ!」

「十狼!十狼!」

 

 そこから戦いは続けられ、

レンは明らかに先ほどよりも戦闘が楽になっている事に気がついた。

プレイヤー達は先ほどまでの鬱屈した様子は欠片も見せず、

その盛り上がりっぷりに、レンはわくわくドキドキを抑えられなかった。

たった一人の言葉で一気に形勢が逆転し、プレイヤー側が有利になるという、

通常ありえない奇跡のようなものを目の当たりにしたからだ。

 

「十狼って一体………」

 

 そして思わずそう呟いたレンに、シズが笑顔で言った。

 

「そう、私達はシャナが作ったスコードロン『十狼』のメンバーよ。

私はシズカ、宜しくね、レンちゃん」

「ニャンゴローよ、先生と呼んで頂戴」

「銃士X、呼ぶならイクスで」

「そして私はピトフーイ、この四人が、十狼の美人四天王よ!」

 

 もしその言葉をロザリアやベンケイやシノンが聞いたら絶対に抗議したであろうが、

この場に彼女達はいない。そしてこういうのは、言った者勝ちである。

もちろんシズカ達が抗議するはずもない。四天王の一人に数えられているのだから当然だ。

 

「ピ、ピトさんもシャナの仲間だったんですか!?……うわぁ、うわぁ、凄いなぁ、

一瞬リアルで最近出来た私のお友達かと思ってちょっとびっくりしちゃいました!

喋り方とかがそっくりだったんで!」

 

 その言葉に三人は、一瞬ビクッとした。

ピトフーイはそれを見てニヤリとしたが、何も言わなかった。

そして三人はレンにこう言った。

 

「気、気のせいじゃないかな……だぜ」

 

 シズカは目を泳がせながらそう言った。

 

「そうそう、気のせいだと思うのニャン!」

 

 ニャンゴローはむしろ口実が出来たと、嬉々として語尾をニャンに変えた。

 

「ごめんごめん、ちょっとシンプルすぎたね、いつもはこうじゃないんだけど、

私ってばほら、一度喋りだすとこんな感じで止まらないからさ!」

 

 銃士Xは滅多に見せない素の喋り方でそう言った。

 

「あ、よく聞いたら全然違いました、ごめんなさい」

「そ、そう、それならいいの、さあ敵を殲滅しよう……だぜ」

「行くのニャン!」

「レンちゃん、レッツゴー!」

「はい、さあピトさん、蹴散らしてあげましょう!」

「そうね、敵を皆殺しましょう!」

 

 その言葉を合図に、ニャンゴローはブラックの屋根の上に上り、ミニガンを乱射し始め、

シズカはレンの隣に並んでP90の連射を始めた。

 

「あっ、シズさん!それって私のピーちゃんと同じ……」

「うん、お揃いだ……ぜ!」

「わ~い!二人で撃ちまくりましょう!」

「だぜ!」

 

 銃士Xはニャンゴローの足元で中距離狙撃を繰り返し、

ピトフーイは銃をコロコロ変えながら、敵を殲滅していった。

だが敵の圧力は徐々に増大し、次第に形勢は、再びモブ有利な情勢へと傾いていった。

そんな中、敵に大きな動きがあった。

 

「ねぇ、何か味方の攻撃力が落ちてない?……だぜ」

「違うわ、シズ、あれを見てニャン」

「あれってカブトムシ?いや、角がないから雌のカブトムシ!?」

「コガネムシという発想は無いのかニャ?」

「どっちでもいいじゃない、とにかく固い奴!」

「要するに、一体を倒す為の銃弾の数が増大したという事ニャ」

 

 敵の第何陣かは分からないが、迫り来るそのいかにも固そうな姿にレンは焦り、

とにかく一体でも敵を多く葬ろうと、全弾撃ちつくす勢いで、ピーちゃんを撃ちまくった。

 

「くっ……倒れろ、倒れろ!」

「レンちゃん落ち着いて、大丈夫だから」

「ピトさん、で、でも……」

「とりあえずこれを使いなさい」

 

 そう言ってピトフーイがレンに渡したのは、ピトフーイの愛剣、鬼哭だった。

 

「こ、これって輝光剣って奴ですよね!?凄く大事な物なんじゃ?」

「もちろんあげないわよ、貸すだけ」

「でもそれじゃあピトさんの分が」

「私、実はもう一本持ってるから」

 

 そう言ってピトフーイが取り出したのは、もう一本の輝光剣であった。名を血華という。

 

「あらピト、もう一本作ってもらったのニャ?」

「うん、BoBの景品で輝光ユニットをもらったの」

「名前は?」

「血華」

「へぇ、名前の由来は後で聞かせてもらおうかしら。さて、そろそろね」

「うん」

 

 二人はそう言ってシズカの方を見た。レンも釣られてそちらを見たが、

これから何が起こるのかはまったく分からない。だが何かが起こる事だけは分かっていた。

そんな緊張の中、シズカは仲間達をチラリと見ると、

レンが手に剣の柄を持っている事を確認し、

その腰に差していた剣を抜き、高らかにこう叫んだ。

 

「先生はブラックの運転をお願いね、総員抜刀!」

 

 その言葉を受け、銃士Xは青い刀身の剣を抜いた。

 

「流水、抜刀」

 

 ピトフーイも手に持っていた剣の柄のスイッチを入れ、

その柄から鬼哭よりも濃い赤色の刀身が姿を現した。

 

「血華、抜刀」

 

 それに釣られてレンも空気を読んで、同じように叫ぼうとしたが、剣の名前が分からない。

それを察したピトフーイが、レンに耳打ちした。

 

「レンちゃん、鬼哭よ、鬼哭」

「き、鬼哭抜刀!」

 

 そんなレンを見てクスリと笑ったシズカは、レンにこうアドバイスした。

 

「レンちゃん、その剣は、シャナに教えてもらった短剣術と同じように扱えばいいからだぜ」

「わ、分かりました!」

 

 要するに、敵の側面を駆け抜けながら、その体を斬り裂けという事なのだろう、

レンはそう考え、とにかく落ち着いて、言われた事を確実に実行に移そうと、

ただひたすらそれだけを考えた。

 

「総員乗車!」

 

 そしてニャンゴローが運転席に座り、レン達三人が車の屋根に上ったのを確認すると、

シズカも同じように屋根に上り、再び高らかに叫んだ。

 

「十狼、出撃!」

「「「「おう!!!!」」」」

 

 レンもノリでそう叫んだが、どうやら間違っていなかったようだ。

そしてブラックは敵の真っ只中へと突っ込み、最初に銃士Xが言った。

 

「お先に」

 

 そして銃士Xはブラックから飛び降り、近場の敵を片っ端から斬り始めた。

当然ニャンゴローは、アクセルを緩めたりはしていない。

 

「次、行くね」

 

 次にピトフーイが飛び降り、同じように敵を斬り始め、

レンもなるべく敵の多そうな所を選んで飛び降りた。目の前から敵の巨大な姿がレンに迫る。

 

「こ、怖っ……で、でも、とにかく言われた通りに……」

 

 そしてレンは、剣を水平に構え、何も考えずに敵の横を通過した。

 

「あ、あれ?手応えがほとんど無い……」

 

 レンは疑問に思い、振り向くと、そこには動きを停止した敵の姿があった。

 

「こ、これって……」

 

 そしてレンが敵をちょんとつつくと、途端に敵の上部と下部がズレ、ゴトリと落ちた。

直後に敵は爆散し、そのまま塵となった。

 

「うわ、うわ……」

 

 レンは驚き、次の敵にも同じ事をした。

そしてその敵も同じように爆散した事で、レンは調子に乗った。

 

「いける!」

 

 レンはそう考え、戦場を文字通り縦横無尽に走り回った。

 

「レンちゃん、やるなぁ……私も負けてられないね」

 

 そしてシズカもブラックから飛び降り、敵の殺戮を開始した。

四色の光が戦場を駆け巡り、敵は段々とその数を減らしていった。

だが局地的に敵の数が多くなる事はある。レンの周りが今まさにその状態であった。

 

「くっ……このままだと囲まれる?」

 

 そんなレンの耳に、ピトフーイの声がした。

 

「レンちゃん、思いっきり真上に飛んで!」

 

 その声が聞こえた瞬間、レンは言われた通り真上に飛んだ。

直後にレンの真下をブラックが通過し、そのままレンの体をピトフーイが空中で受け止めた。

 

「おおっ!?」

 

 どうやらピトフーイは一度ブラックに戻っていたようで、

レンは自らの足で立つと、ピトフーイにお礼を言った。

 

「ピトさん、ありがとう!」

「危なくなったら必ず先生が車をまわしてくれるから、今度は一人で上手く飛び乗るのよ」

「り、了解!」

 

 そう伝えた直後にピトフーイは再びブラックから飛び降りた。

レンもタイミングを見て飛び降り、こうしてニャンゴローの運転するブラックが走り回る中、

四人は上手くブラックに避難しながら順調に敵の数を減らしていき、

ついに敵は全滅する事となった。そしてその場にアナウンスが流れた。

 

『敵の全滅が確認されました、皆様、今回の防衛戦も成功です、お疲れ様でした』

 

 その瞬間に大歓声が上がり、レンもブラックの上で、喜びを爆発させたのだった。



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第552話 久々の満足感

「やった、やった!」

 

 両手を上げ、あちこち走り回りながら喜ぶレンを見て、ピトフーイは苦笑した。

 

「レンちゃんは元気だなぁ……」

 

 そう言いながら座り込むピトフーイの肩を、シズカ達三人がぽんと叩いた。

ピトフーイは笑顔でそちらに振り向いたのだが、

そこにあったのは、どう見ても怒っているように見える三人の顔だった。

 

「ひっ……」

「ピト、あなたね……」

「室長に思わせぶりな事を言うのは不許可」

「あなたがレンちゃんに何かしたら、

八幡君に管理不行き届きで怒られるのはロザリアさんなんだからね」

「ご、ごめん、ほんの冗談のつもりだったんだけど……」

 

 ピトフーイはさすがに少しは反省したのか、素直にそう謝った。

他人にはほとんど謝る事の無いピトフーイも、仲間相手だと多少は変わるようだ。

とはいえどこまで本気かどうかは分からない。

 

「三人とも、ロザリアちゃんに呼ばれて来たの?」

「室長がどうしても外せない用事があるとかで急遽呼ばれたの」

「まあでも幸いだったわね、息抜きに、あの場から少し離れたかったから」

「あの場?何かやってるの?」

「今私と明日奈はその……合宿中なのよね」

 

 ニャンゴローは言い辛そうにそう言った。

 

「えっ?何の合宿?」

「ええと、その……苦手克服の為というか、まあそんな感じ?」

「ああ~、わんこか!それじゃあシズはオバケだ!」

 

 ピトフーイは苦手克服と聞いて、それが何の事かすぐに分かったようだ。

ピトフーイは何度か、ニャンゴローが犬タイプの敵にひるむところや、

シズカがゴーストタイプの敵から目を背ける場面を目撃していた。

 

「あ~そうかそうか、確かにそれは必要かもしれないね、私も何度か見て気になってたし」

「………ピトには怖いものは無いのかしら」

「ん?あるよ?シャナと離れ離れになる事!」

「ピトはその辺り、変わらないよねぇ」

「当然じゃない、シズには悪いけど、いつか絶対に子種を……ぐふ、ぐふふふふ……」

 

 シズカはそんなピトフーイを見て、怒るよりもむしろドン引きした。

 

「そ、そう……が、頑張って……」

「うん、もちろん!」

 

 丁度そこに、走り回っていたレンが戻ってきた。

レンはよほど嬉しかったのか、ピトフーイに飛びつきながら言った。

 

「ピトさん、やった、やったね!シャナの大切なものを守れたね!」

 

 そのあまりにも明け透けなシャナへの想いに、

ピトフーイは自身が嫉妬していた事も忘れ、レンと一緒になって喜びあった。

 

「あはははは、やったねレンちゃん」

 

 そしてピトフーイは調子に乗ったのか、レンを抱え上げ、上に放り投げた。

 

「ほ~ら、高い高い」

「う、うおおおお、敵を相手にするよりも怖えええええええええ!」

「何言ってるの?さっきレンちゃんは、あの窓から飛び降りたじゃない」

「その時はピトさんに抱えられてましたから!」

「あれ?そうだっけ?まあいいわ、さて、経験と戦利品のチェックといきましょうか」

 

 ピトフーイがそう言ったのをキッカケに、

結衣と優美子に設定された、いわゆる門限的なものに引っかかりそうな時間になった為、

シズカとニャンゴローは、二人にそろそろ時間だからと言ってそのまま落ちていき、

その場には銃士Xだけが残る事となった。

 

「イクスは時間は大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫、むしろここで私まで落ちちゃったら、

室……ロザリアさんの胃痛がマッハっていうか?それはさすがに避けないとまずいと思うし」

 

 銃士Xはレンの手前、ロザリアを室長と呼ぶのはまずいと考え、慌ててそう言い直した。

 

「別に大丈夫なのになぁ」

「ピトは今までの自分の行いを、胸に手を当てて思い出してみた方がいいんじゃないかな?」

「何かあったっけ?まったく思い出せませ~ん!」

 

 そんなピトフーイをじろっと見ながら、銃士Xはこう言った。

 

「まあそういった記憶の蓄積は、胸の大きさによってその量が変わるというから、

ピトが思い出せないのは物理的に仕方がない」

 

 ピトフーイはその言葉を聞いた瞬間に一瞬固まると、迫力満点の形相で銃士Xに凄んだ。

 

「あんたね、ちょっとリアルで胸が大きいからって調子に乗るんじゃないわよ」

「大丈夫、ピトの胸にも需要はある、気を落とさないで。

というかあんな脂肪の塊は邪魔でしかないから」

「くっ……言うに事欠いて……」

「欠けているのはピトの胸、そうよね?レンちゃん」

「いいっ!?」

 

 レンはいきなりそう振られ、二人の間で板挟みになった。

 

「え、えっとその……そういうのはあまり気にしなくてもいいんじゃ……」

「つまりピトの胸の事は否定しないと」

「そういう訳じゃないです!そもそも私、ピトさんのリアル知り合いじゃないですから!」

 

 レンはピトフーイにじとっとした視線を向けられ、慌ててそう言った。

 

「レンちゃんはいいわよねぇ、リアルでも胸があって」

「え、そんな事無いですよ、普通ですよ普通!」

「…………………謙遜?」

「違いますよ、本当に普通ですから!」

 

 ピトフーイにそう言われ、レンは慌ててそう念を押した。

そんなレンにピトフーイは、更にじとっとした視線を向けながら言った。

 

「知ってる?本当に胸のある人は、こんなの重くて邪魔でしかないって言うの」

 

 その言葉にレンは思わず銃士Xの方を見た。銃士Xはその視線を受け、頷いた。

 

「まあ確かにそうかもね」

「で、胸の無い人はね、普通に胸が小さいって気にするようなそぶりを見せるの」

「へ、へぇ~………」

「それじゃあ決して小さくはないけど巨乳という程じゃない人は、

そういう時にどんな反応を見せると思う?」

「え、えっと、どうなんですかね」

 

 レンはやばいと思い、目を逸らしながらそう答えた。

 

「そういう人はね『私なんか普通だから』って言うのよ。

この事について、レンちゃんはどう思う?」

「そ、それは………」

 

 レンはそのピトフーイの迫力に恐れ慄き、一歩下がろうとした。

だがそんなレンを逃がすまいと、ピトフーイは素早くレンの脇の下に手を入れ、

そのままレンを上へと持ち上げた。こうなるともう、レンには何も成す術は無い。

 

「レンちゃん、どうして後ろに下がろうとするの?私、寂しいわ」

「そ、そそそそんな事してませんよ、私達、友達じゃないですか!」

 

 そう言われたピトフーイは、ニタッと笑いながら言った。

 

「そうね、私達は友達よね。だから当然もいでくれるわよね?」

「……………え?」

「だから、リアルでレンちゃんの胸をもいでくれるわよね?」

「ひいっ…………」

 

 レンは恐怖のあまり、この場を逃げ出したくてたまらなくなったが、

そんなピトフーイを銃士Xが、何か鉄の棒のような物でひっぱたいた。

 

「ピト、いい加減にする」

「痛っ!本気で痛いよイクス!何それ?」

「これ?これはナンパ撃退用の鉄扇、素材は宇宙船の装甲板」

「はぁぁぁああ?」

 

 その言葉に本気で驚いたのか、ピトフーイは思わずレンを離し、

レンはそれを幸いに、こそこそと銃士Xの後ろに隠れた。

 

「何その無駄に高性能な趣味武器は!そういうのは大好物よ、私にも頂戴?」

「ふふん、羨ましい?」

 

 そう扇を開きながらドヤ顔で言う銃士Xに、ピトフーイは一瞬にしてぐぬぬ状態となった。

 

「ぐぬぬ、う、羨ましい……」

「まあ素材が取れたら作ってもらえばいいんじゃない?」

「う、うん、そうする………あっ、で、でも……」

「でも?」

「私、この顔の刺青のせいで、ナンパとかされないわ、

そもそもこれ、そういう目的の為にシャナのアドバイスで付けたんだし?」

 

 ピトフーイのその言葉に、銃士Xはきょとんとしながら言った。

 

「え、シャナ様のアドバイス?そうなの?」

「う、うん」

「……………」

 

 そんな押し黙る銃士Xを見て、ピトフーイはここが反撃のチャンスだと悟り、

全力で銃士Xに攻撃を加え始めた。

 

「そうそう、これはそういう目的で付けたんだったわ、

いやぁ、やっぱりシャナは、私が他の男に声を掛けられるのが嫌なのかしらね、

愛されてるってこういう事なのかしら、

そういえばイクスはそういったアドバイスとかされたりしていないの?」

「ぐぬぬ………」

 

 一瞬にして攻守は逆転し、ピトフーイは自分の優位を感じた。

銃士Xはどう反論しようか考えているように見えたが、

そんな二人に、感心した口調でレンが言った。

 

「やっぱりお二人は、凄く仲良しなんですね!」

「え?」

「は?」

 

 そして二人は顔を見合わせ、苦笑した。

 

「やれやれ、レンちゃんには敵わないなぁ」

「さて、経験と戦利品のチェックでもしましょうか」

「あっ、はい!」

 

 二人の雰囲気が柔らかくなったのを感じ、レンはほっとしつつもそう同意した。

そして三人は世界樹要塞の上のフロアへと戻り、戦利品の報告が始められた。

 

「う~ん、銃がいくつかもらえたけど、これ、もう全部持ってるなぁ……」

「私は外れかな、一般的な素材と予備の弾が沢山」

 

 ピトフーイと銃士Xは、そう言いながらレンの方を見た。

 

「わ、私はこれみたいです、あとこれ」

「うわ、レアだけど何ともいえない物が……」

「グレネードランチャーだね」

 

 レンはその言葉に興味深そうに自らの戦利品を見つめたが、

性能をチェックして思わず天を仰いだ。

 

「どうしたの?」

「いや、これをカバンに入れたら、重さ的にかなり負担になっちゃうなって思って」

「それじゃあ売っちゃう?」

「う~ん、それももったいないというか、せっかくだから記念に持っておきたい気も……」

「それならロッカーを紹介してあげるわ、そこに突っ込んどけばいいんじゃない?」

「いいんですか?是非お願いします!」

 

 そう言いながら、次にレンが見せてきた素材を見て、二人は思わずあっと声を上げた。

 

「そ、それって宇宙船の装甲板じゃない」

「やったねレンちゃん、大当たりだね」

「これがそうなんですか?うわぁ、やったぁ!」

 

 本当に嬉しそうなレンの姿を見て、ピトフーイと銃士Xは、ほっこりとした気分になった。

 

「で、どうする?短剣でも作っちゃう?」

「あ、でも、私にはこのシャナさんにもらった短剣があるんで……」

 

 そう言ってレンが見せてきた短剣もまた、同じ素材で出来たものであった。

 

「ああ、それがあるなら必要ないね」

「というかこれ、同じ素材で出来てる」

「あ、そうだったんですか!」

「そうすると、防具でも作る?」

「あ、そ、それじゃああの……」

 

 そしてレンは、もじもじしながら銃士Xに言った。

 

「私も、さっきイクスさんが使ってたそれが欲しいなって」

「ああ、これ?」

 

 そう言って銃士Xが見せてきた先ほどの扇を見て、レンはこくこくと頷いた。

 

「それです!」

「気に入ったの?」

「はい、何か格好いいなって!」

「まあ確かに格好いいわよね、それ。

私も素材が手に入ったらイコマきゅんに作ってもらおっと」

 

 ピトフーイもそうレンに同意し、銃士Xは得意げにその扇の説明を始めた。

 

「これ、レンちゃんは使わないかもだけど、

こうして地面に刺すと、ハリスバイポッドの代わりになるの」

「はりす……?」

「銃を支える台みたいなものよ、こういう風に使うの」

 

 銃士Xはそう言って腹ばいになり、銃を構え、それを支える為に鉄扇を置いた。

 

「ああ、なるほど!」

「他にも敵の攻撃から急所を守る防具にしたり、ちょっと固いけど枕の代わりにしたり、

まあ色々な用途に使えると思うわ」

「ですね、ちょっとわくわくします!」

「それじゃあはい、交換」

「え?」

 

 そう言って銃士Xが差し出してきた扇を見て、レンは戸惑った。

 

「今からイコマ君に頼んだらちょっと時間がかかるし、

レンちゃんはすぐ使えた方がいいでしょ?だから私のを今日の記念にあげる。

その代わりにその素材を私に頂戴、それで私は改めてイコマ君に依頼を出しておくから、

それが完成したら、私とレンちゃんはお揃いって事になるね」

「お、お揃いですか!それでお願いします、ありがとうございます!」

 

 レンはその申し出がよほど嬉しかったらしく、小躍りしながら喜んでいた。

 

「さて、それじゃあ戦利品はいいとして、次は経験か……」

「うわ……凄く増えてる……」

 

 そう呆然とするレンに、銃士Xが言った。

 

「レンちゃん、STRだけど」

「あ、はい!」

「レンちゃんの方針は分かるけど、この数値までは上げておいた方がいいと思うわ」

 

 そう言って銃士Xが示してきた数字を見て、レンはきょとんとした。

 

「そうなんですか?」

「うん、その数値が、P90を使う上で一番適したSTRの数字だから」

「あ、そういう事ですか!それなら納得です!」

「残りは気にせずAGIに振っていいからね」

「はい!」

 

 その会話を聞いて、一人無言な者がいた、ピトフーイである。

 

「ピト、どうしたの?」

「ま、待ってイクス、それじゃあ今までのレンちゃんは、

ピーちゃんの性能を完全には引き出せていなかったっていうの?」

「まあ数字の上ではそういう事になる」

「嘘………」

 

 ピトフーイは戦慄していた。レンは要するに、シャナが一緒だったとはいえ、

実力を発揮しきれない状態のまま、スクワッド・ジャムを制した事になるからだ。

ちなみにこれは、シャナの仕掛けだった。

シャナはSTRが足りない事を承知の上で、レンに枷を付けていたのだ。

このタイミングで銃士Xのアドバイスによって、

その枷が外される事になるとは思っていなかったと思うが、

要するにレンがより強くなれるように、今日まであえて負荷をかけていたという事である。

 

(さっきの戦闘も凄かったけど、あれより更に上か……)

 

 ピトフーイはここで、本人も自覚しないまま、

シャナとシズカとキリト以外のプレイヤーに、初めて恐怖した。

 

 だがそんな感情の揺れは一瞬の事であり、ピトフーイはそのまま二人とおしゃべりをし、

街に戻ってレンにロッカーを紹介し、二人と別れた後も、

楽しい気分をずっと維持する事が出来た。

 

「はぁ、今日は久々に楽しかったなぁ……」

 

 エルザはGGOからログアウトし、そのまま全裸でベッドに横たわり、

八幡君抱き枕を抱えながらそう呟いた。

 

「早くシャナに会いたいけど、まあレンちゃんがいてくれるから、

しばらくはずっと楽しく過ごせそうかな、

それにまあ他の皆も、今日みたいにたまには一緒に遊んでくれると思うしね」

 

 

 

 エルザはそう楽観的に考えていたが、この日を境に、

八幡、薔薇、明日奈、雪乃、クルスの消息は、ぷっつりと途絶える事となる。

これがエルザにとって、人生で一番つらい時期の始まりであった。



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第553話 ただいま、おかえりなさい

 イベントの二日後、詩乃は存分に朝寝坊を満喫していた。

 

「ん……八幡、あんた本当に私の足が好きなのね……」

「何て寝言を言いやがる……」

 

 何もせず、黙って詩乃の横に座っていたはちまんくんも、

思わず詩乃の寝言にそう突っ込んだ。

そんな、八幡が聞いたら髪を逆立てそうな寝言を言いながら寝ていた詩乃であったが、

そんな中、玄関からチャイムの音が聞こえた。

 

「……誰……?あ、そうか、そういえば薔薇さんが来るんだったっけ……」

 

 詩乃はそう呟きながら、眠い目を擦って体を起こした。

そして玄関に向かおうとする詩乃に、はちまんくんが言った。

 

「おい詩乃、その格好で出るつもりか?来たのが小猫とは限らないだろ?」

「その格好?あっ……」

 

 詩乃は自分が下着姿に上半身だけパジャマを着た格好だった事を思い出し、

とりあえずパジャマの下を履くと、誰が来たのか確認だけしようと思い、

目をごしごし擦りながら入り口に向かった。

 

「は~い、どちら様?」

「俺だ詩乃、ドアを開けてくれ」

「八幡!?」

 

 外から聞こえてきたのはまさかの八幡の声であった為、詩乃は何も考えずにドアを開けた。

その瞬間に、詩乃の頭に銃口のようなものが押し付けられ、詩乃は完全に固まった。

 

「おはよう詩乃、でも駄目じゃない、完全にアウトよ」

「そ、薔薇さん!?」

 

 そこに立っていたのは、最初の予想通り詩乃にはちまんくんを借りにきた薔薇だった。

よく見ると、銃口だと思ったものはただの差し入れの缶ジュースであった。

そして薔薇は、スマホをこちらに見せながら、ジュースを持つ手で画面にタッチした。

その瞬間に、先ほど聞こえたのとまったく同じ声が聞こえてきた。

 

「俺だ詩乃、ドアを開けてくれ」

「さ、さっきの声はそれが!?」

「このドアを開けさせる為に、こういう手もあるって事よ、

必ず外は自分の目で確認する事、いい?」

「ご、ごめんなさい」

 

 詩乃は、今回は完全に自分が悪いと考え、薔薇に謝った。

そして詩乃は薔薇を中に案内すると、とりあえず着替える事にした。

 

「しかしまさか、ノータイムでドアを開けてくるなんて思わなかったわ、

まあ詩乃の平常運転というか、恋って甘酸っぱいわよね」

「うぅ……薔薇さんの意地悪……」

 

 目の前で着替える詩乃に、薔薇は面白そうにそう言い、詩乃は弱々しく薔薇に抗議した。

 

「詩乃は今日はどうするの?」

「夏休みはいつもよりちょっと長く働けるから、バイトにでも行こうかなって」

「行く?って事はソレイユに行くつもりなの?」

「うん」

「まああそこは確かに快適だし、たまに八幡も顔を出すしね」

「べ、別にそれが目的という訳じゃ……」

「いいからいいから、はちまんくんがいなくて寂しい代わりに、

八幡に相手をしてもらえばいいわ。今日はあいつ、会社にいるはずだし」

「本当に!?」

 

 その瞬間に詩乃の顔はパッと明るくなり、直後に薔薇の生暖かい視線を受け、

詩乃は恥じ入ったように下を向いた。

 

「くっ……ひどい不意打ちを……」

「あはははは、お詫びにひとつだけ大事な事を教えてあげるわ、

私達がもうすぐアメリカに行く事は知っているでしょう?」

「あ、うん、そう言ってたわね」

「何があっても八幡を信じなさい」

「え?」

「誰が何を言ってもよ」

「そ、それはもちろん信じてるけど……」

「それじゃあついでに会社まで送るわ、家に帰る途中だし」

「あ、ありがとう」

 

 詩乃は訳が分からないままそう答え、薔薇は詩乃を自分の車の所へと案内した。

 

「え、これ?」

「ええそうよ、何かあった?」

「いや、私の中ではこう、薔薇さんはもっと女の子らしい車に乗ってるイメージが……」

「そう?でも小さくてかわいいでしょ?」

「まあそう言われると……」

 

 そして詩乃は、車体に書いてある文字をたどたどしく読んだ。

 

「シ・エ・ラ?これがこの車の名前?」

「ええそうよ、悪路もバリバリ走るわよ」

「へぇ~」

 

 そして助手席に乗り込んだ詩乃は、運転席を見て思わずこう口に出した。

 

「あ、何かいい感じかも」

「でしょ?まあでも、確かに男の人が乗る車って感じに思われるのは仕方ないかもね」

「ううん、一周回ってかわいいかも!」

「そう、ありがと」

 

 そしてソレイユに向かう途中で、ナビが渋滞情報を告げた瞬間、

詩乃は唖然として薔薇の顔を見た。薔薇は平然とその視線を受け止め、

何でもないように詩乃に言った。

 

「そう、詩乃もついに気付いてしまったのね……」

「そんなニヤニヤした顔で言われたら、深刻そうなセリフが台無しよ、薔薇さん」

 

 詩乃が驚いたのも無理はない、薔薇の車のナビの声は、八幡の声に他ならなかったからだ。

 

「これって八幡の声?」

「ええそうよ、合成だけどね」

「合成?これ合成なの?それにしては本人が喋ってるようにしか聞こえなかったんだけど」

「ちなみにうちの会社の車持ちの女の子の大半は、このナビを使ってるわよ、

このタイプのナビのソフトをいじって八幡の声に改造しているの」

「こんな所に技術力の無駄遣いが……」

 

 詩乃はその事実に愕然とした。

 

「詩乃ももし車を運転するようになったらこのナビを使うといいわ、

これ、真面目に聞くと凄く笑えるわよ、試しに目的地を設定してみましょうか?」

「うん!」

 

 そして薔薇はナビの目的地をソレイユに設定した。

その瞬間にナビ八幡が、ルートの案内を開始した。

 

「この先、右折レーンです」

 

 そして次にこう言った。

 

「まもなく右折です」

 

 その瞬間に詩乃は噴き出した。

その口調が、普段の八幡とは似ても似つかない真面目くさったものだったからだ。

 

「こ、これ、面白い!」

「でしょ?」

「薔薇さん、私もこれ欲しい!」

「ええ、その時はちゃんと提供してあげるから、頑張って免許をとるのよ」

「うん!」

 

 そして二人はナビ八幡に何度も笑わせられながら、ソレイユへと到着した。

 

「ありがとう薔薇さん、凄く楽しかった」

「ほんのお礼よ、それじゃあまたね、詩乃」

「うん、また!」

 

 その瞬間に、どこからか八幡の声がした。

 

「何だお前ら、朝からつるんでたのか?」

「あっ、今のセリフはナビっぽくなくてまるで本人みたい、そんなセリフも言うの?」

「あ?ナビ?ああ、あれか………まあ別にいいけどな」

 

 顔に疑問符を浮かべる詩乃に対し、薔薇はちょんちょんと後方を指差した。

慌てて詩乃が振り返ると、そこには八幡本人がいた。

 

「うわ」

「うわって何だ、失礼だろ、ツンデレ眼鏡っ子」

「ど、どっちが失礼なのよ、私は別にツンデレじゃないわよ!」

 

 そんな詩乃を無視し、八幡は薔薇に話しかけた。

 

「おい小猫、昨日は詩乃の家にでも泊まったのか?」

「ううん、たまたま会ったから送ってきただけよ」

 

 薔薇は、まさかはちまんくんを借りに行ったとは言えず、

そう言って誤魔化す事にしたようだ。

ちなみに当のはちまんくんは、スリープモードのまま後部座席に横たわっていた。

薔薇のバッグに隠れていたのが幸いである。

 

「ふ~ん、そういやお前、今日は有給だったよな、

ただでさえお前は働きすぎなんだ、もう何日か有給を追加してもいいから、

とにかくたまにはゆっくり休めよ」

 

 八幡は薔薇にそう言うと、運転席側に回り、窓からしげしげと中を覗き込んだ。

その八幡の行動に、薔薇と詩乃は心臓が止まる思いがしたが、

幸い八幡ははちまんくんの存在には一切触れないまま、薔薇にこう言った。

 

「おお、格好いいなこれ」

「え、ええ、いいでしょ?」

「特にこの、メーターの回りの四角いこの部分とか、

丸いこことか、エアコンの口とか、もう最高だな、

ってこれ、メーターが百八十キロまであるのか?まさかシエラか?」

「ええそうよ、気が付かなかった?」

「さすがにチラッと見ただけで分かるほど詳しくはないな、

この車が出たの、確か十年以上前だよな?」

「ええ、新型にモデルチェンジしたのがそのくらいね」

「そうか、いやしかしお前、車に関してはいい趣味をしてるな、

生まれて初めてお前を認めてもいいかなという気がしてきたぞ」

「ふ、普段から認めなさいよ!ほら、この胸とか!」

「………お前のそういうところが残念なんだよな」

「何ですって!?」

 

 その言葉に抗議しようとする薔薇に背を向け、八幡は詩乃に声を掛けた。

 

「おい詩乃、バイトするんだろ?それじゃあ行くか」

「あ、う、うん」

 

 詩乃ははちまんくんが見つからなかった事への安堵のせいか、

先ほどのツンデレ眼鏡っ子呼ばわりに対する抗議の事は忘れ、そう返事をした。

そして八幡は、薔薇にひらひらと手を振り、そのまま詩乃と一緒に立ち去ろうとした。

 

「あ、ちょっと!」

「いいからお前は早く帰って休めって」

「も、もちろんそうするつもりよ!」

「はいはい、じゃあまたな」

「あ、うん、ま、また」

 

 薔薇の抗議はそれで尻すぼみになり、薔薇はそのまま車を発進させ、

そのままス-パーへ行き、外に出なくてもいいように色々買いこむと、自宅へと戻った。

 

「ただいまっと」

 

 薔薇は一人そう呟いたがもちろん返事はない。

そこで薔薇は何か思いついたのか、家には上がらずに、先にはちまんくんを起動させた。

 

「ん……そうか、ここは小猫の家か」

「ええそうよ、それじゃあお願いね?」

「あ?それはどういう……」

 

 そんなはちまんくんの疑問を無視し、薔薇は外に出ると、すぐにドアを開けなおし、

満面の笑みを浮かべながらはちまんくんに向かって言った。

 

「ただいま!」

「………お、おう、おかえり、小猫」

 

 はちまんくんのその言葉を聞いた瞬間、薔薇はとろけるような笑みを浮かべ、

ぶるぶると震えながら自らの手で自らの体を抱いた。

 

「これよこれ、こんな日が来ればいいなってずっと思ってたのよ!」

「お、おう、そうか、それはおめでとう……」

「心の底から本当にありがとう!それじゃあこっちよ、はちまんくん」

「ああ、お邪魔し……いや、ただいま」

 

 お邪魔しますと言いかけたはちまんくんは、空気を読んでそう言い直した。

その瞬間に薔薇は、一瞬驚いたような表情を浮かべた後、泣きそうな笑顔でこう言った。

 

「うん、おかえりなさい!」

 

 こうして一日限りではあるが、はちまんくんの、薔薇家の住人としての生活が始まった。

 

 

 

 一方詩乃は、薔薇と別れた直後に八幡に、こんな事を言われていた。

 

「おい、あいつを薔薇に渡しちまって良かったのか?」

「え?あ、あんた、気付いてたの!?」

「当たり前だろ、で、何であいつを貸したりしたんだ?」

「え、えっと……日頃の感謝の気持ちを形にするにはあれしかないかなって思って……」

 

 詩乃は中々苦しい言い訳だなと思いながら、咄嗟にそう答えた。

 

「そうか、お前にしては思い切ったな、お前は死ぬまであいつ離れ出来ないと思ってたが」

「何?自分から私が離れていくみたいで寂しいの?」

 

 幸い八幡が詩乃の言い訳に特に疑問を差し挟む事は無く、

その安心感から詩乃は、思わずいつもの調子でそう言った。

そして八幡はその言葉に、何とも表現し辛い表情を浮かべ、こう答えた。

 

「どうかな、その時になってみないと分からないな」

「えっ?」

 

 その言葉に、詩乃は漠然とした不安を覚えた。

今のはどう考えてもいつもの八幡の返事ではない。

だが八幡は、直後に何でもないようにこう言った。

 

「ほら、今日もしっかり働くんだぞ、ツンデレ眼鏡っ子」

「あ、う、うん」

 

 八幡はその一切抗議をしない詩乃の返事に疑問を感じながらもそのまま去っていき、

詩乃はその背中を見ながら、先ほど薔薇に言われた言葉を思い出していた。

 

『何があっても八幡を信じなさい』

 

「不安にさせるような態度をとるんじゃないわよ、

もちろん信じるに決まってるじゃない、馬鹿……」

 

 結果的にこれが、八幡と詩乃の、アメリカ行き前の最後の邂逅となった。




徐々に緊迫した感じになって参りました!


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第554話 小猫とはちまんくん

「ねぇ、私には、どんな服装が似合うと思う?」

「あ?その前にとりあえず化粧を変えてみろ、

映像を見たが、コミケの時の化粧は、俺から見てもかなり美人に見えたぞ」

「え?や、やっぱり?そっかぁ、そう思ったんだ、

でもそうすると、実はナンパが増えるのよ……」

 

 薔薇はそのはちまんくんの言葉に、困ったようにそう言った。

 

「そうなのか?」

「ええ、だからどうしてもキツい感じに……ね?」

「お前も色々と苦労してるんだな……」

「そうなのよ、分かってくれる?」

「いや、男だからまったく分からん」

「そうよね、当たり前よね!」

「何でそんなに嬉しそうなんだよ……意味が分からん」

 

 薔薇とはちまんくんの会話は、万事がこういった調子であった。

基本はちまんくんは、塩対応ぎみな返事をするのだが、

それに対して薔薇が、とても嬉しそうに反応するのだ。

薔薇はとにかく、どんな話題にもちゃんと反応してもらえる事が、

嬉しくてたまらないようなのである。

 

「はぁ、こういうの、新鮮でいいわぁ」

「別に本体だって、話くらい聞いてくれるだろ?」

「それはそうかもだけど、基本会社でしか会えないから、

どうしても仕事の話がメインになるじゃない。

そんな時にプライベートの話を下手に持ち出すのはさすがにちょっとね……」

「たっだらお前もマンションに押しかければいいんじゃないか?」

「だ、だってそれだと他の人にも話を聞かれちゃうじゃない、

それはさすがに恥ずかしいというか何というか……」

 

 そうもじもじする薔薇を見て、はちまんくんはストレートにこう言った。

 

「まあ確かにお前は実は乙女だから、そういう事もあるか」

「えっ?」

 

 そのはちまんくんの言葉に薔薇は少し驚いた。

 

「はちまんくんはそう思ってるの?」

「あ?俺だけじゃない、本体もそう思ってるぞ」

「そ、そうなの?」

「ああ、実は前、本体と二人で色々話す機会があってな」

 

 それはあの事件の後、ソレイユではちまんくんの修理が行われていた時の事だ。

その頃の八幡は、暇を持て余すとはちまんくんと、色々な話をしていたのだった。

それはアルゴの頼みでもあった。アルゴは八幡とはちまんくんの言動を近づける為に、

はちまんくんの定期メンテの際には必ず八幡を部屋に呼び、

はちまんくんと話すように八幡に頼んでいたのだった。つまりその延長なのである。

 

「そうだったの?」

「ああ、いくら俺があいつのコピーのようなものとはいえ、

時間が経つに連れ、色々な部分がズレていくのは当然だろ?

しかもそもそも俺の元になっているのは、あいつの記憶そのものじゃなく、

他人から見たあいつだからな、どうしてもそうなっていくのは仕方がない」

「まあ確かにそうだけど、そんな事をしていたんだ……」

「で、その時に、お前の事を話す機会があってな、その時に本体がそう言ってたんだよ」

「なるほど、そういう事」

 

 薔薇はその言葉に納得しつつも、納得のいかない部分について、こう尋ねてきた。

 

「で、でもそれじゃあどうして、乙女だと思っている私に対して、

あいつはあんなにもぶっきらぼうなの?」

「聞きたいのか?」

「ええ」

「まあ別にいいが、ハッキリそう言われたとかじゃないから、俺なりの分析も入るぞ?」

「それでいいわ、聞かせて」

「分かった」

 

 そしてはちまんくんは、薔薇にこう語りだした。

 

「あいつはお前の事を拾ったと主張している、これには異論は無いな?」

「そ、そこは主観的な言い方でお願い!」

 

 薔薇は必死な顔でそう言い、はちまんくんは肩を竦めると、こう言い直した。

 

「俺はお前を拾った、これには異論は無いな?」

「え、ええ、うん、いい、凄くいいわ……」

 

 興奮したようにそう言う薔薇を無視し、はちまんくんはそのまま説明を続けた。

 

「それによって俺は、後に引けなくなった」

「え?」

「要するに、色々な所でそう宣言した事によって、

その言葉を後から否定出来なくなったという事だ」

「まあそれはそうね」

 

 薔薇はその言葉に素直に同意した。

 

「その結果どうなったか」

「ふむふむ」

「お前は俺の忠臣だ、そうだな?」

「当然よ、正直命を賭けてもいいくらいの覚悟はあるのよ」

「忠臣は、主人と一心同体、常に一緒にいるのが普通だ」

「ええ」

「つまり俺は、一生お前と一緒にいる事になった訳だ」

「ありがとう?」

「どういたしまして?それでだ、ここからが大事な所だ」

「………」

 

 その言葉に薔薇はゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「お前は正直言ってエロい、それはもうとんでもなくエロい、その自覚はあるか?」

「えっ?」

「目の前に自分が何をしても受け入れてしまうエロい女がいる、

そんな状態に一生置かれた場合、男はどんな行動をとる?」

「えっと………押し倒す?」

「まあ普通はそうだ、だがあいつはそんな事はしない、その結果どうなるか」

「そうなると……う~ん」

 

 薔薇が何も思いつかないようなので、はちまんくんは一気にこう続けた。

 

「必要以上にくっつかれないように、お前には塩対応をする事にする、

それによって自身の理性を保つように調整する」

「あっ」

「あくまで一部は俺の想像だが、まあそういう事だ」

「え、えっと……」

 

 そして薔薇は、もじもじしながらはちまんくんにこう尋ねた。

 

「ど、どこからが想像で、どの部分があいつが言った部分?」

「そんな事、さすがの俺でも言えるかよ」

「そ、そこを何とか!」

「ご想像にお任せだ、ノーコメント、黙秘する」

「う、うう………」

 

 薔薇はこれ以降も事あるごとに、はちまんくんに誘導尋問を仕掛け、

それをことごとくかわされ、欲求不満の度合いを高めてしまう事になった。

 

 

 

 チュンチュンと雀の鳴き声が聞こえ、薔薇は愕然と窓の外を見た。

 

「…………もうこんな時間に」

「一晩中粘りやがって、まあ色々な話が聞けたから楽しかったけどな」

「初めての朝チュンは、せめてもっと色っぽい感じが良かった……」

「まあドンマイとしか言いようがないな」

「仕事、仕事の準備をしないと……」

 

 薔薇は目に隈を作った状態で、それでも仕事に行こうと準備を始めようとした。

 

「ああ、それなら昨日、お前が風呂に入っている時に、

俺が有給を一日追加するように本体に頼んでおいてやったぞ、

という訳で今日も休みだ、ゆっくり寝るといい」

「えっ?そ、そうなの!?」

「おう、事実だ」

 

 その言葉に薔薇は気が抜けたのか、へなへなとその場に崩れ落ちた。

だがその直後に、それが何を意味するのか理解し、愕然とこう言った。

 

「って、八幡本人に!?そ、それじゃあはちまんくんがここにいる事が、

あいつにバレちゃうじゃない!」

 

 だがはちまんくんは、その問いに対し、淡々とこう言った。

 

「それならとっくに知ってたぞ」

「えっ?」

「昨日スリープモード中に、あいつが車の中の俺を見ていた事は動画で確認済だ」

「う………………」

「心配するな、別にその事については何も言ってなかったからな、

だが一つだけ、この時間に伝えてくれと言われた言葉がある」

「あ、はい……」

 

 そしてはちまんくんは、薔薇をじっと見つめながらこう言った。

 

「徹夜すると、肌が荒れるぞ」

 

 薔薇はそう言われ、きょとんとした顔をした。

 

「そ、それだけ?」

「ん?ああ、その後に、綺麗な顔が台無しだと言っていたようないなかったような……」

「ど、どっち!?」

「さあ、直接聞いてみたらどうだ?」

「そんなの絶対に答えてくれないに決まってるじゃない!」

「まあこれをお前に対する罰の代わりとする」

「えっ?」

「だとさ」

「も、もう、もう!」

 

 薔薇は地団駄を踏んだが、こうなるともうどうしようもない。

そしてはちまんくんは、薔薇にかおりが直接ここに迎えに来る事を伝えた。

 

「あ、そうなのね、良かった、ちょっとこの状態での車の運転は危ないかなって思ってたの」

「まあそうだな、という訳で、そろそろお迎えだ」

「あ、ねぇ、はちまんくん」

「ん?」

 

 そして薔薇は、とても穏やかな笑顔ではちまんくんに言った。

 

「昨日は一日中、私の話し相手をしてくれて本当にありがとう、八幡、大好きよ」

 

 明らかにそれは、はちまんくんを通して八幡に向けられた言葉であったが、

それを理解しつつもはちまんくんは、ただ一言だけこう答えた。

 

「おう、どういたしましてだな、俺が言うのもアレだが、幸せにしてもらえよ、小猫」

「うん、そうなれるように私も頑張る」

「頑張る方向を間違えるなよ」

 

 そしてかおりが到着し、薔薇はかおりに向かってこう言った。

 

「かおり、有給を一日伸ばしてもらっておいた方がいいわよ、

はちまんくんと話してると、ついつい時間を忘れて話し込んじゃうから」

「えっ、室長、随分眠そうに見えると思ったら、まさか徹夜ですか?」

「ええ、ついつい一晩中話しちゃったわ」

「わ、分かりました、頼んでみます」

「もうはちまんくんが私達の所にいる事はバレているみたいだから、

恥ずかしかったらはちまんくんに連絡してもらうといいわよ」

「え、そうなんですか?あちゃ………」

 

 そんなかおりを励ますかのように、薔薇は言った。

 

「大丈夫よ、特にお咎めとかは何も無いから」

「そうですか、良かったぁ……」

 

 そして薔薇は、続けてかおりにこうアドバイスをした。

 

「ねぇかおり」

「あ、はい」

「秘めた思いや質問があるなら、遠慮しないではちまんくんに話してみるといいわ、

決して我慢しちゃ駄目よ、その方が多分、今後の為にもいいと思うわ」

「し、室長は話してみちゃったんですか?」

「ええ、そうね」

「そっかぁ、だから室長、眠そうなのにそんなに綺麗なんですね」

「えっ?そ、そう?」

「はい!」

 

 かおりはそう思ったままの感想を口にし、

薔薇は戸惑いながらも、そういうものかと納得した。

 

「そっか、やっぱり私はあいつがいないと駄目って事なんだ……」

「ふふっ、困っちゃいますよね」

「ね」

 

 二人はそう言って笑い合い、薔薇はそのまま眠る事にし、

かおりははちまんくんを連れて外に出た。そこで待っていたのは千佳であった。

 

「あれ、千佳か?」

「うん、千佳に車を出してもらったの」

「なるほど、そうだったのか」

「という訳で、千佳は午後から用事があるみたいだから、

午前中はうちでだらだらしながら三人でお話ししよう!」

「分かった、宜しくな、千佳」

「…………あ、うん」

「千佳、どしたの?」

 

 その千佳の様子に、かおりは首を傾げながらそう問いかけた。

そのやり取りでピンときたのか、はちまんくんがかおりにこう問いかけた。

 

「なぁかおり、もしかして千佳に、俺の事を説明するのを忘れてないか?」

 

 さすがははちまんくん、空気の読めるぬいぐるみである。

そしてその問いに、かおりはハッとした顔になった。こちらもさすがはかおりと言うべきか。

 

「あ、あは……ご、ごめん千佳、確かに説明してなかったね……ウケるし」

「私はまったくウケないよ、かおり……」

「そうだぞかおり、それはさすがに俺もウケないわ」

 

 ここではちまんくんも、千佳に合わせてこう言い、千佳はその言葉に思わず噴き出した。

そのおかげで気まずかった空気も和らぎ、かおりはスムーズに千佳に説明する事が出来た。

繰り返して言うが、さすがははちまんくん、出来る男のぬいぐるみである。

 

「………なるほど、そういう事だったんだ、ぬいぐるみが動いただけでもビックリしたのに、

それがいきなり八幡君の声で喋り始めたから、さすがに意識が飛びそうになっちゃったよ」

「本っ当にごめんね、千佳」

「ううん、別に悪気は無かったんだろうし」

「かおりのやる事だからな」

「だよね」

 

 千佳とはちまんくんは、気持ちが通じ合ったのか、そう頷き合った。

 

「むぅ……」

「はいはい、それじゃあかおりの家に行くわよ、乗って乗って」

「そうだぞかおり、お前をからかう時間が無くなっちまうだろ、さっさと行こうぜ」

「も、もう、もう!」

 

 奇しくも今朝の薔薇と同じセリフを言いながら、それでもかおりは楽しそうに車に乗り、

はちまんくんをその膝の上に乗せた。

こうしてはちまんくんの、レンタル二日目が始まった。



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第555話 そしてかおりの家へ

「さあ、あがってあがって」

「かおりの家、久しぶりだなぁ……お邪魔します」

「お邪魔します」

 

 三人はかおりの家に到着すると、そのままかおりの部屋へと案内された。

その部屋は、土産物と思しき色々な物や、

友達と一緒に写った写真が飾られているスペース以外は、

思ったより質素で落ち着いた雰囲気の部屋であり、

はちまんくんはそれをかなり意外に思ったようだ。

 

「俺の記憶、というか聞いた話だと、

もっと派手な生活を送っているイメージだったんだが、案外そうでもなかったのか?」

「派手?派手ってどんな感じ?」

「そうだな、ちゃらちゃらした意識高い系の男共や、

いかにも遊んでますっていう感じの女友達に囲まれているイメージだな」

「それ絶対悪口だよね!?」

 

 かおりははちまんくんのいきなりの毒舌に面食らい、そう抗議した。

 

「あれ、もしかしてそのいかにも遊んでますっていう感じの女友達って、

私も含まれてるんじゃない!?」

 

 千佳が焦ったようにそう言い、はちまんくんはそれを否定した。

 

「いや、それは無い、千佳はとてもいい子だというのが本体と俺の共通認識だ」

「本当に?良かったぁ……」

 

 千佳はあからさまにほっとしたような顔をし、かおりは焦ったような顔でこう尋ねた。

 

「わ、私は!?」

「中学の時のふわふわした印象が強いというか、それ以外の印象が無い、

誰とでもすぐに仲良くなって、どんな男とでもかなり近い距離感で接していた感じだな。

高校の時の印象は、あのクリスマスイベントの時の取り巻き連中のイメージだしな」

「中学の時……」

 

 かおりはあからさまにショックを受けたような顔をし、

はちまんくんはそれを見て、フォローするようにこう言った。

 

「まああくまで過去のイメージの話だ、それを解消したかったら、

もっと本体と昔の事について話をするべきだろうな」

「昔の話かぁ……だって中学の時の私って、八幡にとっては本当に嫌な子だったじゃない、

その前提がある限り、昔の話なんてそう簡単には出来ないよ……」

「高校の時もそうだったけど、まあ確かに男の子にとっては嫌な子だったかもしれないね」

 

 千佳はそんなかおりをまったくフォローする気は無いようで、ストレートにそう言った。

 

「ひ、ひどい……」

「だってそうじゃない、私から見ても、男友達との距離感がかなり近くて、

あれ、かおりはこの人の事が好きなのかな?と思わせておきながら、

実は単に社交性が高いだけで、親しい友達として接してただけで、

相手から告白されてはびっくりして断るって事を繰り返してたんだし?」

 

 かおりはその事を本気で後悔しているのか、泣きそうな顔で言った。

 

「そ、それは言わないで……今はちゃんと自覚してるから!」

 

 その千佳の説明に、どうやらはちまんくんも思い当たるフシがあったようだ。

 

「なるほど、確かに中学の時に、かおりが誰かと付き合ったって話は聞かなかったな、

というか、そんな事を繰り返してたら、女友達からの評判がガタ落ちなんじゃないのか?」

「それがそうでもなかったんだよねぇ、かおりってば基本女友達からの誘いは断らないから、

色々交流を深めるうちに、あ、かおりって子供なんだってのが完全に周りにバレてたしね。

というか女子の立場としては、自分の好きな人がかおりを好きだった場合、

絶対にカップル関係が成立しない安全パイ扱いだったし」

「ふん、彼氏いない歴イコール年齢の子供ですが何か?」

「え、まじで?」

 

 はちまんくんは本気で驚いたのか、目を大きく開きながら千佳の顔を見た。

 

「それが本当なんだよねぇ、というか何でなの?」

「え、だって、付き合うのもアリかなって思う人は確かに結構いたけど、

付き合いたいって思う人はいなかったから、仕方なくない?

そんな状態で付き合ったら相手に失礼でしょ?」

「だってさ」

「意外と真面目なんだな」

「意外とは余計」

 

 かおりは拗ねた表情でそう言いつつも、露骨に話題を変えてきた。

 

「千佳、ソレイユでの仕事はどう?もう慣れた?」

「あ、うん、おかげさまで順調かな、色々な人と仲良くなれたし、

毎月一日だけだけど、男の子とデートしてる気分になれるし、まあ幸せなのかな」

「へ、へぇ……ま、まあ食事くらいは普通かな、うん、普通だよね」

「そうえいばたまに食事の後、ドライブに連れてってもらうんだけど、

色々な夜景を見せてもらったっけ」

「そ、そうなんだ……」

 

 はちまんくんは、千佳が微妙にかおりを煽っている事に気付いたが、

多分何か目的があるのだろうと黙っていた。

 

「まあ私には誰かみたいに負い目や気がかりがある訳じゃないし、

せっかくの好意なんだから、有難く受けないと損だしね」

「そ、そうね……」

 

 かおりはその言葉に頬をひくつかせた。

それを見たはちまんくんは、そういう事かと納得した。

 

(なるほど、かおりはまだ本体に、何か負い目があるって事か、

というか、必要以上に何かに臆病になってる気もするな、だがしかし……)

 

 はちまんくんに伝わっている情報だと、八幡とかおりの関係は、

名前で呼び合えるようになったくらい順調のはずだった。

なのでかおりが今こうなっている原因が、はちまんくんにはさっぱり分からなかった。

 

(とりあえず俺に出来る事があるかどうか、話を聞いてみないとどうしようもないな、

まあ話してくれるという保証は無いんだが)

 

 はちまんくんはそう考え、かおりに向かってこう言いかけた。

 

「何か助けになれるなら、俺が話くら………」

「かおりって本当に馬鹿だよね、いつも他人に合わせるだけで、

自分ってものが無いんじゃないの?」

「い………って、千佳?」

「千佳、それは言いすぎ」

 

 その喧嘩ごしの言い方に、さすがのかおりもカチンときたようだ。

 

「お、おい、お前ら……」

 

 はちまんくんは、さすがにこの雰囲気はまずいと思い、二人の仲裁をしようと思ったが、

二人は立ち上がって睨み合い、どちらも引く気配は無かった。

 

(いきなり何なんだ……この二人が喧嘩するなんて考えられん)

 

 そう思い、まごまごするはちまんくんを置いて、二人はなおも言い争いを続けていた。

だがその様子が少しおかしい。

 

(これは喧嘩というよりは、言葉は乱暴だが、千佳がかおりを諭しているような……、

あ、あれか、俺にフィードバックされている、昔の本体と小町の喧嘩と一緒か、

兄に変わってほしいと願う小町と、それに反発する本体……)

 

 はちまんくんはそう考え、ちょこちょこと二人の間に入り込むと、

人差し指をちっちっちと振りながら、まるで女性のような喋り方で言った。

 

「二人とも、私の事で争うのはやめて!」

「うわ……」

「無表情で言われると怖い……」

「仕方ないだろ、ぬいぐるみにそこまで求めるな」

 

 そう言った後はちまんくんは、かおりの顔をじっと見ながら言った。

 

「よく分からないが、多分かおりが悪い」

「う………」

「ここには俺と千佳しかいない、何か悩み事でもあるのなら、思いの丈をぶちまけろ」

「そうだそうだ、ぶちまけろ!」

 

 はちまんくんはそう言い、千佳もそれに乗った。

かおりは困ったような顔で下を向いていたが、やがてぽつりぽつりと話し始めた。

 

「えっと……さっき千佳にも言われたけど、私、男の人と正式に付き合った事が無いの」

「ふむ」

「中学の時は、人を好きって思う気持ちがどんなものか分からなかった。

だから誰とも付き合わなかったし、誰からの告白も全部断った。

その中の一人が八幡だったけど、そのせいであいつがいじめられていると知っても、

私は特に何かしようとは思わなかった。言い訳になるけど、あの頃の私は、

他人に負の感情を向けられた事が無かったせいで、そういった感情には鈍感だった。

それは高校になってからも、一年以上も続いた。

周りにいたのは、今思えば千佳以外は、友達とも言えない薄っぺらい関係の人ばかり、

でも私はそれで十分満足していた、何故なら普通に楽しかったから。

そんな時、偶然あいつと再会した」

「うっ………」

 

 その時の事は千佳にとっても黒歴史であり、千佳は心が痛いのか、暗い顔で胸を押さえた。

しかしかおりは話すのをやめず、千佳も覚悟を決めたのか、

かかってこいとばかりに胸を張り、かおりの言葉に耳を傾けた。

 

「あの時あいつはうちの社長と一緒で、とても仲が良さそうに見えた。

だから私はちょっとばかりの嫉妬心もあって、昔の話を持ち出して、

あいつの反応を見る事にした。でもあいつは至って普通に見えた。

それで安心した私は、千佳とよく話していた葉山君の話を無神経に持ち出し、

あまつさえ紹介してくれと頼んだ。それでもあいつは表面上は、

どんな負の感情も表に出さなかった為、私は更に調子に乗って、

約束の日にあいつに失礼な事をしまくり、笑い物にした。

そのせいで私は、生まれて初めて他人から、負の感情をぶつけられる事になった」

「そ、そこは私達、って言っていいよかおり、私も同罪だからさ……」

「それはそうかもだけど、でも今は私の話だし……」

「私とかおりは親友なんだから、こういう時は、

そういった悪い部分も共有するべきだと思う、それでこそ親友でしょ」

「あ、う、うん、ありがとう」

 

 かおりは少し目を潤ませながら、千佳にそう言うと、話を続けた。

 

「あの時は、あいつも変わったんだなと、何となく納得しただけだった。

確かに思い返すと相当失礼な態度をとってしまったと反省もしたけれど、

でもやっぱり次の日になったら、面白くないという気持ちばかりが先に立った。

でも能天気な私は、すぐにその時の怒りも忘れた。

そのせいでその後あいつと再会した時、私は謝るという選択肢が頭に浮かびもしなかった。

だから普通に話しかけたし、相手が普通に返事をしてくるのを当然だとさえ思った。

あいつと色々話すのは中学の時よりもぜんぜん楽しかったし、友達にすらなりたいと思った。

そのせいであいつの事を多少は理解は出来たと思うし、

何よりあいつは嫌そうにしながらも、ちゃんと私の話を聞いてくれた」

「あの頃は、急にかおりが八幡君の事ばかり話し始めたから、

驚いたのと同時に怒りすら沸いてきたものだけど、

話を聞いてるうちに、聞いてたのと違っていい人なのかもって思ったのは確かだけどね。

だって今思い返せば、八幡君はあの時葉山君の態度に困ったような顔をしてたもん」

「本体らしいな」

「ふふっ、まあそうだね、今なら分かるよ」

 

 はちまんくんが知る八幡とかおりのエピソードは、

この後、八幡がSAOに囚われた事を知ったかおりが死ぬほど心配し、

その後家の近くで明日奈と出会った時に、八幡に謝罪したところまでであった。

なのではちまんくんは、これからかおりが話す内容は、

おそらく八幡本人にとっても初めて聞く話なのだろうと推測した。

 

「で、その直後なんだけどさ」

「ああ、やっぱりな」

「え?」

「おっとすまん、何でもない、続けてくれ」

「う、うん」

 

 かおりははちまんくんを見て首を傾げながらも、話を続けた。

 

「で、その直後にSAOの事が連日報道され始めて、

総武高校に行った友達の一人と電話で話していた時に、丁度その話題になって、

そこで初めて八幡の事を知った私は、次の日の朝、千佳にもその事を報告したの」

「あの時のかおり、今にも泣きそうな顔をしてたよね」

「まあ前の日にいっぱい泣いたんだけどね」

「そうだったんだ」

 

 千佳はその事は知らなかったのか、少し驚いた顔をした後、

そういう事もあるだろうなと納得したような顔でそう言った。

 

「で、その事を朝教室で、千佳に話していた時に、

それを聞いていた中学の時の同級生の一人がこう言ったの。

『え?あいつもSAOをやってたんだ、

まあこれで世の中から迷惑なオタクが一人減ったと思えば良かったのかな』って」



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第556話 かおりの悩み

「まあ正論だな」

 

 そのかおりの言葉を聞いたはちまんくんは、冗談めかしてそう言った。

だがかおりは、本気で怒ったような顔ではちまんくんに詰め寄った。

 

「全然正論じゃない!」

「怒るな、ほんの冗談だ」

「冗談でも駄目」

「そうだな、すまない、今のはかおりの気持ちを考えなかった俺が悪かった」

 

 はちまんくんはかおりの真剣な表情を見て、即座にかおりに謝罪した。

 

「まあ正直もっとむかつくのは、あいつ自身が同じ事を言いそうな所なんだけどね」

「ああ、八幡君なら間違いなく言うね……」

「まあ俺もそう思って言ったんだがな、とりあえず話を続けてくれ」

 

 はちまんくんはとりあえず話を元に戻そうと、そうかおりを促した。

 

「うん、それでね、まあ予想はつくかもしれないんだけど」

「かおりがブチ切れたんだろ?」

「えっ?何で分かるの?」

「それはまあ、俺が知る今のかおりなら、間違いなくそうするだろうからな」

「そ、そう……」

 

 かおりはそう言われた事が嬉しかったのか、少しもじもじしながらそう言った。

 

「それでまあ、私はブチ切れて、相手にこう言ったの。

『あいつがいつあんたに迷惑をかけたの?適当な事を言って他人を貶めてるんじゃないわよ。

少なくとも私はあいつの口から他人の悪口を聞いた事は一度も無いし、

どっちが醜いか、鏡を見て確かめてみたら?』ってね」

 

 はちまんくんはその言葉を聞いて無言になった。

そして少し間を置いて、とても驚いたようにこう言った。

 

「…………え、まじで?俺の知ってるかおりとは別人なんだけど」

「ええっ!?」

「いやいや、ありえないだろ、なぁ千佳?」

「うん、私もあんな激しいかおりを見たのはあれが最初で最後だったよ」

「そんなに荒らぶってたのか」

「うん、相手もかおりの剣幕に泣き出しちゃったし、

それからしばらくクラスメートがかおりの事を、腫れ物扱いしてたかな」

「ほうほう、やるなかおり」

「だって本当にムカついたんだもん、あいつの事を何も知らない癖にさ……」

 

 そう言った後、かおりは自嘲しながらこう付け加えた。

 

「でもそれは私も一緒だったかも。それが分かっちゃったから、

多分私はあの時、自分に対する怒りも合わせてあの子にぶつけちゃった気がする」

「そいつにとっては災難だったな」

「でもその後謝ってもらったよ、確かにひどい言い方だった、ごめんねって」

「そうなのか」

「うん、それ以降、教室で被害者に対する悪口を言うのはタブーになっちゃったけど、

まあそれは別にいい事だよね」

「まあそうだな」

 

 そう同意したはちまんくんに、千佳は更なるエピソードを提供してきた。

 

「ついでにその後、かおりはその人の事が好きなの?って言われて、

かおりが盛大にテンパったのはいい思い出だよね」

「まじか」

 

 はちまんくんは、その時のかおりの状況を想像し、くすくす笑った。

そんなはちまんくんに、かおりは言い訳がましくこう言った。

 

「だってびっくりするじゃない、そんな質問がくるなんて予想すらしてなかったんだから!」

「そこですぐ否定出来るくらい割り切ってたら問題なかったんだけどね」

 

 そこで千佳がそう突っ込み、はちまんくんは首を傾げながら千佳に尋ねた。

 

「というと?」

「多分かおりはそこで、一瞬こう考えちゃったんだと思うの、

もしかして私は、気付かないうちに八幡君の事が好きだったんじゃないかって」

「でも違ったんだろ?」

「うん、確かにそこまでの感情は無いって結論に達したんだけど、

それは時既に遅しだったんだよね」

「ほほう?」

 

 はちまんくんは興味津々でそう言い、それに千佳がこう答えた。

 

「その時にはちょっと時間が経ちすぎててね、

かおりは八幡君の事が好きって噂が既に学校中に流れちゃってて、

かおりがそれを否定しなかったもんだから、それが事実みたいにされちゃってさ」

「何で否定しなかったんだ?」

「一応最初はしたわよ、でもあんなキレ方をしちゃったせいで、

みんな全然信じてくれなかったら、もういいやって思ってさ」

「それはドンマイだな」

「まあそのせいで、望まぬ告白が減ったのは良かったけどね」

「それは不幸中の幸いだな」

「まあね~」

 

 かおりは頷きつつ、話を続けた。

 

「で、進学してからも、告白される度にその事を考えちゃってさ、

結局オーケーを誰にも出すこともなく、今に至る訳」

「なるほどな」

「で、かおりの悩みの話の前フリはいつ終わるの?」

 

 千佳はそう言って、そろそろ本題に入るようにかおりに促した。

かおりは頷き、次にこう言った。

 

「で、最近やっと、そういった一連の困難を乗り越えて、

八幡と名前で呼び合えるようになったのはいいんだけど……」

 

 そのかおりの深刻そうな表情に、はちまんくんと千佳は居住まいを正した。

 

「ご飯が……」

「は?」

「え?」

「そのせいで、ご飯が美味しくて仕方ないの!

毎日薔薇色というか、幸せ太りなんて本当にあるのかと疑問だったけど、

やっぱりそういうのってあるんだなって、凄く納得はしたんだけど、

そのせいで最近体重が………」

「え?え?てっきり私は、八幡君とより親しくなった分、

昔の事がトラウマのように蘇ってきて、気付かないうちに彼を傷付けていやしないかと、

臆病になって彼の顔色を伺うような態度をとってるものだとばかり……」

「ええ~?そんな訳無いじゃない、だって私だよ?

私がそんな繊細な神経をしてる訳ないじゃない」

 

 かおりはそう言い、千佳は拳を握り締めてぷるぷると震えだした。

 

「わ、わざと憎まれ役を買って出ようとした私の立場は……」

「千佳、ドンマイだぞ、まあ確かに俺も似たような気分だが、

そもそもかおり相手にそんな心配をするのが間違いだったんだ」

「それは確かにそうかもだけど……」

「え?え?」

 

 そして千佳は、冷たい目でかおりを睨みながら言った。

 

「かおり、前あけて」

「え?前?」

「いいからさっさと服をまくりあげて、その微妙なサイズの胸を見せなさい」

「び、微妙って言わないで!」

「いいから早く!」

「はっ、はい!」

 

 そして千佳は、何かを確かめるようにかおりの胸を揉みながら言った。

 

「確かに大きくなってる………」

「えっ、ほ、本当に?じゃあこのままでも……」

 

 そんなかおりを無視し、千佳は直後にかおりのお腹の肉をつまんだ。

 

「本当に?」

「ち、千佳、痛い、痛いってば!」

 

 かおりのお腹は見事にぷにぷにしており、はちまんくんはそれを見て、

かおりにこう宣告した。

 

「かおり、アウト~!」

「うぅ……」

 

 そして千佳は、いきなりスマホを取り出して、その姿を撮影した。

 

「これでよしっと」

「ちょ、ちょっと千佳、何で写真なんか撮ったの!?」

「これを八幡君に見てもらって、かおりのダイエットに協力してもらうのよ」

「う、嘘、さすがにそれは駄目だって!」

「もう遅い、たった今送ったから」

「ええええええええ!」

 

 実際のところ千佳は、その写真をメッセージ付きで明日奈に送っていた。

 

『明日奈お願い、八幡君に、かおりにはしばらくエサを与えないように伝えといて、

かおりのお腹、今こんな状態だから!』

 

 直後に明日奈から返信が来た。

 

『うわ、本当にやばいね、オッケーオッケー、伝えとく!』

 

 そして千佳は、ニヤニヤしながらかおりに言った。

 

「オーケーだってよ」

「そ、そんなぁ……も、もうお嫁に行けない……」

「最悪私がもらってあげるから、とにかくかおりはその駄肉を何とかしなさい」

「そ、そんな事、出来る訳ないじゃない!」

「大丈夫よ、かおりを性転換させれば済む事だから」

「せ、性転換……」

「まあそれは冗談として、ほらかおり、さっさと横になりなさい、まずは腹筋から!」

 

 そして千佳が用事で帰る時間になるまで、

かおりははちまんくんと千佳の監視の下、各種ダイエット運動をさせられる事となった。

 

 

 

「あ、そろそろ帰らなきゃいけない時間だ」

「え?あ、もうそんな時間?いやぁ残念だなぁ、もう少しやりたかったのに」

 

 かおりのそのわざとらしい発言に千佳はカチンときたのか、

ギロッとかおりを睨むと、はちまんくんにこう言った。

 

「はちまんくん、かおりもこう言ってる事だし、私が帰った後も続行していいからね。

もしかおりが嫌だと言い出したら、

かおりのもっと恥ずかしい写真をSNSにアップするからすぐ教えて」

「了解だ」

「えっ?も、もっと恥ずかしい写真?」

「心当たりがあるでしょう?」

「そ、それは……」

 

 かおりはあれでもないこれでもないと、記憶を探り始めたが、

そもそもそんな写真は存在しない。だが千佳は、八幡と接する中で、

こう言えば相手が勝手にあれこれ考えて、自縄自縛に陥るという手法を学んでいた。

 

「それじゃあ宜しくね、はちまんくん、かおり、またね」

「おう、またな、千佳」

「ち、千佳、待って、待ってってば!」

「待たないから」

 

 そして千佳は、はちまんくんにこっそりウィンクし、そのまま立ち去った。

残されたかおりは、すがるような目ではちまんくんを見たが、

はちまんくんはその視線を無視し、こう言った。

 

「よし、それじゃあ次は背筋な」

「は、はちまんくんの鬼、悪魔、ぬいぐるみ!」

「おい、何で今そこでぬいぐるみって言った……悪口になってないじゃないかよ」

「うう……貧弱な自分の語彙が恨めしい……」

 

 それでもかおりはめげなかった。少しでもつらいダイエットを楽しくしようと、

積極的にはちまんくんに話しかけ、今の環境で最大限楽しもうと努力していた。

 

「はちまんくん、高校の時、こういう事があったんだけど、

はちまんくんがもしその場にいたら何て言った?」

 

「ねぇ、この前こういうお客様がいたんだけどさ……」

 

「そういえば昨日買い物に行ったらね」

 

「で、その時千佳がね……」

「お前はよくそんなに喋り続けられるよな……」

「え?そう?これくらい普通じゃない?」

「普通じゃない」

「ええ?普通だよ」

「まあいい、とりあえず今日はここまでだ、お疲れさん」

 

 いきなりはちまんくんがそう言い、かおりはきょとんとした。

 

「もういいの?」

「ああ、これ以上一気にカロリーを消費するのは逆に体に良くないからな」

「えっ?それってどういう基準?」

「ここまでお前のとった行動で消費されたカロリーは、全て計算済だからな」

「嘘、凄い!」

「という訳で、後は夕飯だが、献立からいくつか引くから今日はここで一人で食べるように」

「二人でしょ?」

「ん?ああ、まあ俺を入れれば二人だな、もっとも俺は何も食べないが」

 

 食事中もかおりは喋り続け、はちまんくんは嫌な顔一つせず、それに答え続けた。

もっともはちまんくんには嫌な顔をする機能は付いていないので、その真偽は不明である。

 

「あ~、今日はいっぱい話したね」

「だな」

 

 かおりはさすがに喋り疲れたのか、首をぐるぐる回しながらそう言った。

そしてかおりは時計を見た後、洋服ダンスから下着やタオルを取り出しながら言った。

 

「それじゃあ私、お風呂に入ってくるね。そうだ、はちまんくんも一緒に入る?」

「お前、俺を壊す気か!」

「あ、そ、そうだね、ごめんごめん」

「まあ俺はここで静かに待ってるから気にするな、

俺には待つのがつらいとか、そういった感情も機能も付いてないからな」

「うん、分かった。あ、そうだ、それじゃあこれでも見ててよ、

高校二年の時の、クリスマスイベントの写真」

「お、そんな物があるのか、それは興味深いな」

「退屈しのぎにはなると思うよ、それじゃあぱぱっと入ってくるね」

「だから退屈とかいう感情も無いっての」

「あは、そうだったね、それじゃあ行ってくる」

 

 そしてかおりがいなくなった後、はちまんくんは、

その写真が収められたアルバムをペラペラとめくっていった。

 

「やっぱりみんな若いな、かおりは今よりも少し幼い感じか、

まあもっとも一番変わったのは、留美だろうな」

 

 はちまんくんはコミケの映像から、もう現在の留美の姿も知っていた。

 

「よく考えると五年でこの差か、本当に驚くほど変わるもんだな……」

 

 はちまんくんがそう呟いた頃、かおりが戻ってきた。

かおりは下着姿であり、上にはなにも付けていなかった。

そんなかおりに、はちまんくんは呆れたように言った。

 

「お前には恥じらいというものがないのか」

「だってここにははちまんくんしかいないじゃない」

「あのな、俺の見た映像は保存されているから、

あいつが後でそれを確認する可能性は否定出来ないぞ」

 

 実際はまあ、よほどの事件でも無い限りそんな可能性はほぼゼロなのだが、

ほぼゼロはゼロではない為、はちまんくんは一応そう忠告した。

それを聞いたかおりは盛大に頬をひきつらせつつも、虚勢を張るようにこう言った。

 

「べ、べつに八幡に見られて困るものじゃないし?むしろウェルカムだし?」

「そうか、それじゃあ今度見せておく事にする」

「ごめんなさい嘘です、勘弁して下さい!」

 

 はちまんくんにそう言われたかおりはそう豹変し、はちまんくんはそれに頷いた。

 

「最初からそういう態度に出ていれば何も問題は無かったんだっつの………あれ」

 

 その時はちまんくんは、何かに気付いたようにじっとかおりの腰の辺りを見た。

 

「え……な、何?」

「かおり、お前……ウェストが三ミリ細くなってるな」

「えっ、嘘、本当に?そんなの分かるの?」

「おう、努力の甲斐があったな、えらいぞ」

「や、やった!すごく嬉しい!」

「まあまだ肉を掴めるのに変わりは無いはずだけどな」

「でもちゃんと違いが出てるって分かるのは、凄くやる気が出るよ!

私、この調子で頑張るから!」

「おう、いつ見られても平気なように頑張れ」

「うん!」

 

 まあそんな機会は実際無いのであるが、

かおりはそれで益々やる気になったようなので、良かったのだろう。

 

(まあいいか、余計な事を言う必要はない)

 

 そして満足したかおりは、その日ははちまんくんと一緒に寝る事にした。

といってもはちまんくんを、枕元に座らせただけであったが。

 

「ねぇはちまんくん」

「ん?」

「もしもさ、中学の時、私が八幡の告白を受けていたら、どうなってたかな」

「そうだな、直ぐに別れてたんじゃないか?」

 

 はちまんくんは即座にそう言い、かおりもそう思っていたのか、

特に否定する事も無くこう言った。

 

「あ、やっぱりそう思う?」

「おう、今のあいつがあるのはあくまでSAOのおかげであって、更に言うと、

高校の時のあいつがあったのは、かおりにフラれた影響が必ずあったはずだからな」

「そっかぁ、あの時の選択は、私の人生最大のミスかもと思う事もあったけど、

結果的に間違ってなかったって事になるのかな」

「今のあいつが好きなのならそうだな、まあしかし、あいつがまあ、今程じゃなくとも、

かおりと付き合う事でそれなりに変わった可能性は否定出来ないけどな」

「でもそれは、今の八幡とはやっぱり別人だよね?」

「まあ別人だろうな、高校の時と比べるだけでもまったくの別人だと、かおりも思うだろ?」

「うん」

「環境が人を作るっていういい例だな、

あいつはこれからもどんどん変わっていくだろう、もちろんかおりもな」

「うん、私、もっといい女になる!」

「頑張れ」

 

 そのままかおりは徐々にうとうとし始め、

はちまんくんはそんなかおりの寝顔を黙って眺めていた。

こうしてはちまんくんのレンタル二日目は終わった。



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第557話 あったかもしれない

「もしもし、詩乃?やっと手が空いたから、明日はちまんくんを借りに行ってもいいかしら」

「あ、終わったんだ?オーケーよ、待ってるわ」

「お待たせしてしまってごめんなさいね、それじゃあ明日伺うわ」

 

 かおりにはちまんくんを貸し出してから数日後、

雪乃からの電話を受け、詩乃ははちまんくんにこう言った。

 

「はちまんくん、雪乃が明日迎えに来るって」

「ついにきたか……」

「何、嫌なの?」

 

 はちまんくんの戦慄した様子を見て、詩乃は首を傾げながらそう言った。

 

「いや、別に嫌じゃないが、警戒する必要はあると思ってる」

「警戒?何を?」

「あいつも最近周りに毒されているのか、時々おかしな行動をとる事があるからな」

「ああ………」

 

 確かに詩乃にも思い当たるフシがいくつかあったらしい。

だが約束は約束だし、あの雪乃がはちまんくんに何か危害を加える事は無いだろうと思い、

詩乃は特にその事について、深く考えたりはしなかった。

はちまんくんが危惧していたのは、雪乃の理性以外の部分に関してだったのだが、

詩乃は雪乃のそういった部分をしっかりと把握していた訳ではなかった。

そして次の日、雪乃がはちまんくんを迎えに詩乃の家まで来た。

 

「あれ、雪乃、車で来たの?免許持ってたっけ?」

「とってきたわ、そのせいでここに来るのが数日遅れたの、ごめんなさいね」

 

 雪乃にそう言われ、驚いた詩乃は、当然の疑問を口にした。

 

「いつの間に教習所に通ってたの?」

「通ってないわよ?」

 

 雪乃が普通にそう答えた為、詩乃は目を剥いた。

 

「え?本当に?教習所に通わなくても免許ってとれるものなの?」

「普通よりも厳しくチェックされるけど、可能は可能よ、

もっともそれで合格する人は、数年に一人というレベルらしいけど」

「うわ、さすがというか……」

 

 感心したようにそういう詩乃に、雪乃が事も無げに言った。

 

「まあ運転技術自体は、GGOで散々鍛えられたしね」

「ああ、確かに雪乃は運転上手いもんね」

「いずれそういった免許関連も、VR環境で試験が行われる事になるかもしれないわね」

「受験とかもそうかもね」

「ふふっ、そうね、それじゃあはちまんくん、行きましょうか」

「一応聞くが、俺をどこに連れていくつもりだ?」

 

 そう警戒するように言うはちまんくんに、雪乃は首を傾げながら言った。

 

「もちろん私の部屋だけど……」

「そうか、了解だ、それじゃあ詩乃、行ってくる」

「行ってらっしゃい」

 

 そして雪乃の乗ってきた車を見て、はちまんくんはぽかんとした口調で雪乃にこう尋ねた。

 

「この車………まさかマクラーレンの『セナ』か?」

「あら、よくそんな事を知ってるわね、ええそうよ、父さんに借りたの」

「なるほど、お前の父さんは、相変わらずいい趣味をしてるよな」

「そう?娘である私としては、これはどうかと思うのだけれど。

無駄に排気量も多いし、日本には向かない車でしょう?」

「男のロマンだ、あまりいじめてやるな」

 

 しれっとそう言う雪乃に、はちまんくんは白い目を向けながら言った。

 

「ひどい言い方だが、初心者のくせにこれに乗ってるお前も大概だからな」

「そうね、さすがの私も他に車が無かったから仕方ないとはいえ、

これに乗ってる私ってどうなのと思ったわ、無駄に注目も集めてしまったし」

「格好いい税だと思え、有名人のプライベートと一緒だ。

まあいいや、安全運転で頼むぜ、お前に怪我をさせたとあっちゃ、

本体に申し訳がたたないからな」

「あら、嬉しい事を言ってくれるじゃない」

「俺は壊れても直せるからな、バックアップも常にとってあるしな」

「まあ安全運転で行くわ、この車で飛ばすのは、やっぱり怖いもの」

「そうしてくれ」

 

 だが雪乃は、その言葉とは裏腹に、かなりのスピードで街中を疾走しており、

はちまんくんはさすがに少し怖くなったのか、恐る恐る雪乃にこう言った。

 

「お、おい、ちょっと飛ばしすぎじゃないか?」

「あらそう?これくらいなら許容範囲じゃないかしら」

「まあ確かにそうだが……」

 

(こいつ、GGOのせいで、スピードに関する感覚が麻痺してやがるな……)

 

 はちまんくんはそう思ったが、今更どうなるものでもないので、我慢する事にした。

そして雪乃はそのまま自宅へと無事たどり着き、はちまんくんはほっと胸を撫で下ろした。

 

「さて、それじゃあ私の部屋に行きましょうか」

「そういえば、雪乃の部屋に入るのは初めてだな、まあ当たり前なんだが、

どんな部屋かという噂話も聞いた事がない気がするな」

「そう?普通の部屋だと思うのだけれど」

「お前の普通は信用出来ないんだよ」

「ふふっ、八幡君も同じ事を言いそうね、何か面白い」

 

 そう言って玄関へ向かう雪乃とはちまんくんを、一匹の犬が出迎えた為、

はちまんくんは雪乃の事を心配し、慌ててそちらを見た。

だが雪乃は笑顔でしゃがみ込み、その犬は甘えるように雪乃に飛びついた。

 

「まじか……」

「ただいまブレット、いい子にしてた?」

 

 その犬の名前はブレットというらしい、精悍な軍用犬である。

はちまんくんが後に聞いたところによると、どうやら都築の犬らしい。

 

「お前、本当に苦手を克服したんだな……」

「ええ、本当に苦労したわ、本当にね……」

 

 雪乃はブレットの頭を撫でながらそう言うと、

はちまんくんを連れて自分の部屋へと向かった。

部屋に入った瞬間、はちまんくんは中の光景を見て絶句した。

そこは猫、猫、猫、時々パンさんという割合でグッズが置かれており、

壁の一画に、八幡と結衣と一緒に撮った写真が飾ってあるのが印象的だった。

 

「お前、これ、悪化してないか?」

「悪化?何がかしら?」

「いや、猫関連グッズの数が明らかにおかしいだろ……」

 

 そんなはちまんくんに、雪乃は切々とこう訴えた。

 

「苦手の犬を克服したのよ、その分反動がくるのは仕方ない事なのではなくて?」

「いや、まあそう言われるとそうかもだが……」

「まあ大丈夫よ、私だって、この子達に話しかけるなんて事はたまにしかしないから」

「たまに、な」

 

 はちまんくんは、そう言いながら、『この子達』に順にただいまと声を掛ける雪乃を見て、

どう見てもたまにじゃないじゃないかと心の中で突っ込んだ。

さすがに声に出して言うような事はしなかったが、

はちまんくんはそのままソファーに座らされ、

猫のぬいぐるみに包囲された上、猫耳まで装着されるに至って、さすがに抗議した。

 

「おい、何だこれは、しかも測ったようにサイズが俺にピッタリじゃないか」

「そんなの見れば分かるじゃない、私のお手製よ、気に入ってくれると嬉しいのだけれど」

「え、まじで?まさかのお手製?」

「ええ、実は本人用もあるのだけれど、さすがにそれを付けてとおねだりするのは、

よほどの機会が無いと出来なくて、お蔵入りしているのよね」

 

(本体、逃げろ!こいつ益々やばくなってるぞ!)

 

 はちまんくんは、遠い未来に苦い顔で猫耳を装着させられている八幡の事を考え、

心の中で八幡に向けてそう叫んだ。

 

 

 

「う……何か寒気が……」

「大丈夫?風邪?」

「いや、何というか、背筋が寒くなる系の寒気ですね」

「ふ~ん、もしかして、またどこかの女の子が、

八幡君を相手に良からぬ事を考えてるんじゃないの?」

「おい馬鹿姉、怖い事を言うなよ……」

 

 ソレイユの社長室で陽乃と話をしていた八幡は、

陽乃にそう言われ、自分で自分を抱きしめる仕草をしながらそう抗議した。

 

「まあ世の中、私や雪乃ちゃんみたいに理性的な子ばかりじゃないからね」

「雪乃の周りには、かなり多くの地雷が仕掛けられている気がするんだが……」

「雪乃ちゃんに限ってそれは無い無い、

雪乃ちゃんって、結局理性を優先させてしまうような子じゃない」

「まあそう言われるとそうかもしれないが……」

 

 二人は今のはちまんくんから見て、突っ込み所満載の会話を繰り広げていたが、

なんだかんだ雪乃は普段は二人がイメージする通りに動いている為、

雪乃のこういった部分は、よほどの事が無い限り二人にバレる事は無さそうだった。

 

「さて、それじゃあアメリカに行った後の話を詰めていくとしますかね」

「あらゆるリスクを想定するわよ」

「もちろんです、今回は明日奈も連れていきますからね」

 

 

 

「それで文化祭の実行委員会の時にね」

「ほほう」

「でね、でね」

「なるほど」

「それでその時ユイユイが……」

「ふむふむ」

「……という事があったのよ」

「それは何というか、俺からすると、感想が言い辛い話だな、

それにしても今日の雪乃はよく喋るな」

 

 それからの雪乃は、主に高校時代の話について、延々と喋りまくっていた。

 

「あら、そんなに珍しい?」

「自分でも思うだろ?」

「そうね、でも私は友達付き合いが下手だったからあまり喋れなかっただけで、

子供の頃は、それなりに喋る子だったのよ」

「ほほう」

 

(それにしても今日の雪乃は実に楽しそうに喋るな、まあ悪い事じゃないからいいか)

 

 そう思いながら、にこにこと雪乃の話を聞いていたはちまんくんに、

雪乃は話がひと段落したところで、突然こんな事を言い出した。

 

「ふう、お茶でも入れましょうか、はちまんくんもどう?」

「お言葉に甘えた瞬間に壊れちまうって………いや、やっぱり頂くとするわ」

 

 はちまんくんは、飲む事は不可能なのに何故かそう答え、

雪乃は意外そうな顔ではちまんくんの方を見た。

 

「………本当にいいの?」

「ああ、楽しみだ」

「そう、それじゃあ準備するわ」

 

 そして雪乃はまったく普通にお茶を入れ、まったく普通にはちまんくんに差し出してきた。

はちまんくんはそのお茶をじっと見つめ、こう論評した。

 

「いい色だ、温度も適正だし、高校の時にこれを毎日飲む事が出来た俺は幸せ者だな」

 

 はちまんくんは、そこであえて『俺』という表現を使ってそう言った。

 

「そこまで褒めてもらえるなんて、高校の時のその彼女は幸せ者ね」

 

 雪乃もあえて、高校の時の自分をそう表現し、

はちまんくんに向かって微笑みながら言った。

 

「もっとも八幡君は、高校の時は、一度もお茶の味について苦情を言う事もなく、

それでいて、感想を言う事も一度も無かったのよね、

まあ私も特に感想を求めていた訳ではないのだけれども」

「多分俺は、内心じゃ雪乃に感謝してたと思うぞ」

「本当にそうだったらいいわね」

「きっとそうさ」

「あなたが言うならきっとそうなんでしょうね」

 

 一見茶番に見えるこのやりとりは、おそらく雪乃にとっては大切な事なのだろう、

そもそもあの雪乃が、はちまんくんが飲む事が出来ない事を承知でお茶を勧めてきたのだ、

それにはきっと何かしらの意図があるに違いない、

はちまんくんはそう考え、お茶を提供してもらう事にしたのだった。

さすがははちまんくん、出来るぬいぐるみである。

そしてそのはちまんくんの気遣いにより、雪乃が手に入れた物は、

あのクリスマスイベント以降に、もしかしたらあったかもしれない、

関係性の変化した後の幻のやり取りだったかもしれない。

その辺りは全てはちまんくんの推測でしかないが、確かに雪乃が今回のやり取りによって、

満足感を得る事が出来ているのは間違いないようだ。

それを証明するかのように、雪乃は柔らかく微笑みながら、はちまんくんにお礼を言った。

 

「ありがとう」

「こちらこそありがとうな」

 

 そして雪乃は無言のまま、読書を始めた。

はちまんくんは、同時に雪乃がそっと差し出してきた本を見て、

それを手にとってタイトルを読み上げた。

 

「『やはり俺の青春ラブコメは間違っている』か、これ、読んでみたかったんだよな」

「そう、書店で頭を悩ませて選んだ甲斐があったわ」

「こういうのの素人の雪乃にしちゃいいセンスだ」

「素直に褒められたと思っておくわ」

「実際褒めてるからな」

「ありがとう」

 

 その場には、本のページをめくる音だけが響き続け、

それからどれくらい経っただろうか、雪乃はやっと顔を上げ、

珍しくもじもじしながらはちまんくんに言った。

 

「そろそろ下校時間ね、その……良かったら、たまには一緒に帰らない?」

「ああ、別に構わないぞ」

「ふふっ、相変わらずえらそうね」

「そう思わせたらすまん、こういう時に何と言って了承すればいいのか、

慣れてないからよく分からないんだよ」

「それもあなたらしいわ」

 

 そして雪乃ははちまんくんを膝に乗せ、再びソファーに腰を下ろした。

 

「同じ部の仲間だったら、こういう事って普通にあるわよね」

「まあそうだな」

「でも私達の間には、こんな簡単な事すら何も無かったのよ」

「お互い性格的に無理だったろうな」

「あ、でもお別れの挨拶だけは、比較的早いうちから出来るようになったのよね」

「ほほう?いつ頃だ?」

「文化祭の時に彼にこう言ったの、『またね』って。

彼はそれを聞いて、本当に驚いた顔をしていたわ」

「それは驚いただろうな」

「ふふっ、あんな彼の顔、初めて見たわ」

 

 雪乃はもしかしたら、高校時代の落とし物を、

今はちまんくんを相手に拾っているのかもしれない。

それで雪乃が喜ぶのなら、はちまんくんは喜んでその相手を努めようと思った。

本当に優しいぬいぐるみである。

それからはちまんくんは、まるで子供のような雪乃の態度に驚きつつも、

珍しく雪乃が喜びの感情をストレートに出してくるのが嬉しくて、雪乃の相手をし続けた。

そして夜も更け、雪乃が珍しくうとうとし始めた為、

はちまんくんは雪乃に向かって優しくこう言った。

 

「風邪をひかないように、ちゃんとベッドで寝ろよ」

「ええ、それじゃあ一緒に寝ましょっか」

「そうだな、雪乃が完全に寝るまで頭でも撫でててやるよ」

「ありがとう、それじゃあお言葉に甘えさせてもらうわ、今日はいい夢が見れそう」

「ああ、よい夢を」

 

 こうしてはちまんくんのレンタル三日目は、とても穏やかに過ぎていったのだった。




さて、これで渡米と同時にスクワッド・ジャムの流れでこの章は終了しますが、
雑多な出来事が乱立する為、それを纏める為に二日ほどお時間を頂きたく思います、
次の投稿は火曜日の予定になりますので宜しくお願いします!
京都編のような感じになると思いますので、色々妄想しながらお待ち下さい!


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第558話 真帆の来日

お待たせしました、シリアスの時間です!


「教授、お土産には期待していて下さいね」

「真帆、久々の故郷を楽しんでくるとイイヨ」

「はい、それじゃあ行ってきます」

 

 その日、一人の小さな研究者が飛行機で日本へと向かっていた、名を比屋定真帆という。

牧瀬紅莉栖の先輩にあたる、優秀な女性である。

 

「はぁ、緊張するなぁ、仮想世界では何度も会ってたけど、

あそこじゃ私の身長はもっと大きかったから、

会ったらまた身長について何か言われるのかしら……」

 

 何故真帆がこんな心配をしているかというと、

実は真帆の身長は、百四十cmしかないのである。

 

「まったく紅莉栖の奴、私をこんな事に巻き込んでくれちゃって、

絶対に何か奢らせてやるんだから……」

 

 真帆は今回適当な理由をでっち上げて、帰国の途についていた。

もちろんその真の理由は恩師であるアレクシス・レスキネン教授には秘密である。

これはまさか本人に、貴方の動向についての対策を話しに日本に戻りますとは言えない為、

真帆的には少し心が痛むのだが、情報秘匿の面からも仕方ない措置なのであった。

そして真帆は半日後、成田空港に降り立ち、直接ソレイユへと向かった。

ちなみに具体的なアポはとっておらず、紅莉栖にも時間を伝えられぬままの、

不意打ちでの電撃訪問であった。

 

 

 

 ここで場面は一週間前に遡る。日頃まったく片付けが出来ない真帆は、

たまたまその日、紅莉栖からの電話でこう言われていた。

 

『先輩、今はそっちに私がいないんですから、

自宅のポストは自分で片付けないと駄目ですよ?

いつも先輩を起こしに行くついでに私が片付けてあげてたんですから、

多分今頃ポストの中が、ひどい事になってますよ』

 

 久々に紅莉栖の声が聞けて上機嫌だった真帆は、

その言葉を忘れずに、ずっと放置してあった自分の部屋のポストを覗いた。

 

「うっわ、ひど……仕方ない、このまま全部バッグに突っ込んで、部屋でより分けるか」

 

 そして部屋に戻った真帆は、そのゴミの山の中から、差出人不明の一通の封筒を発見した。

 

「何これ……いかにも怪しいけど、まさか毒とか爆発物じゃないわよね……」

 

 真帆は封筒を振ったが、中からは紙の感触しかない。

覚悟を決めた真帆は、そのまま封筒を開け、中に何が入っているのか確認した。

 

「えっ?これって、紅莉栖からの手紙?」

 

 そこには見慣れた紅莉栖の文字と共に、『ヽ(*゚д゚)ノ<カイバー』と書かれており、

真帆はこれは確かに紅莉栖からの手紙だと確信した。

 

「一体何故こんな回りくどい事を……いや、そうか、秘密保持の為か」

 

 真帆も馬鹿ではない、むしろ超優秀な研究者である。

もし何か用事があるなら、つい先ほど電話で直接言葉を交わしたばかりなのだから、

その時に用件を伝えれば何も問題は無いはずなのだ。

だがこんな回りくどい前時代的な方法をとるという事は、何か秘密の話があるに違いない。

真帆はそう考え、その手紙を慎重に読み進めた。

 

「何これ、ゲームの案内……?」

 

 そこに書いてあるアドレスにアクセスした真帆は、それを見て拍子抜けした。

 

「開発は、ソレイユコーポレーション?っていうかこれ、αテストの案内じゃない、

紅莉栖め、私にゲームのテストプレイをしろと……?」

 

 真帆はそう呟きながらも、興味があった為、

指定されたIDとパスを入力し、自宅に置いてあるアミュスフィアに、

そのサイトからゲームのプログラムをダウンロードした。

ちなみに紅莉栖は、真帆が興味本位でアミュスフィアを買って、

たまに気晴らしにゲームをしている事を知っていた。

 

「……VRゲームにしては、随分ダウンロード時間が短いわね、

まあいいわ、よく分からないけどとにかくやってみましょうか」

 

 そして真帆は、そのままそのゲームへとログインした。

 

 

 

「ここは……応接間?何かのオフィス?」

 

 そこはかなりリアルに作り込まれた会社の一室のように見え、

真帆は驚きながらも、興味深げに部屋の中をあちこち見て回った。

 

「うわぁ、このPCとかも随分リアルだなぁ、まるで本当に操作出来そうな……」

「出来ますよ?」

「うわっ……」

 

 そんな真帆にどこからか声が掛けられ、真帆は慌てて周りを見回したが、誰もいない。

 

「え……今確かに声が……」

「あ、すみません、上です」

「上!?」

 

 その言葉に真帆は慌てて上を見て、ぽかんとした。

 

「え………よ、妖精さん?」

「妖精の格好はしてますけど、私です、先輩のかわいい後輩の、紅莉栖ちゃんですよ」

「自分で自分にちゃんを付けるその痛さ、あなたはもしかして、本物の紅莉栖?」

「べ、別に私は痛い女じゃないですから!」

 

 やっきになってそう主張し、何も考えられない状態の紅莉栖に、真帆は素早くこう言った。

 

「ぬるぽ」

「ガッ」

「あ、確かに紅莉栖だわ……」

「うっ……せ、先輩、そういう方法で本人確認をしないで下さいよ、

本人確認の為に、二人だけのエピソードを質問形式で用意していたのに……」

 

 紅莉栖はそのあまりにも無慈悲な確認の仕方に、顔を赤くしながらそう苦情を言った。

 

「ちなみにその質問って?」

「えっと、最初に先輩の部屋にお泊りした時に、先輩が履いていたぱんつの柄は……」

「はいストップ、それ以上言ったら今度会った時に殺すわよ」

「ごめんなさいジョークが過ぎました」

 

 さすがの紅莉栖も先輩である真帆には弱いようである。

 

「で、何故こんなやり方を?」

「万が一にも情報を漏らす訳にはいかなかったんです」

「やっぱりか、でもこのゲームってそんなに大事な物なの?」

「違います、本題はまったく別です、これから先輩には、私達の共犯者になってもらいます」

「………共犯者?犯罪ならお断りよ」

 

 警戒しながらそう言う真帆に、紅莉栖は首を横に振りながら言った。

 

「レスキネン教授がおかしな道にはまり込むのを防ぐ為の共犯者、です」

「おかしな道?何の事?」

「待って下さいね、もうすぐあと二人、ここに来ますので」

「誰が来るの?」

「ええと、私の相棒と、その部下の方ですね」

 

 その言葉に真帆は驚いた。

 

「あ、相棒!?もしかしてあんた、恋人が出来たの!?」

「ち、違いますよ、カテゴリーで言ったら親友というか、とにかく相棒です」

「………れ、恋愛感情は無いの?」

「もちろんです、そもそもその人には、素敵な彼女さんと、

他にも周りに沢山の女性達がいますからね」

「………ホストにはまったの?」

「だから違いますって!」

 

 丁度その時、部屋の入り口付近に二人の人物がいきなり姿を現し、

真帆はそれに驚いて、慌ててソファーの後ろに隠れた。

 

「あっとすみません、驚かせちゃいましたか?」

「あ、い、いえ、大丈夫です」

 

 真帆はさすがに自分でも驚きすぎだと思ったのか、

そう言いながら恥ずかしそうにソファーの後ろから出てきた。

 

「いえ、何も説明していない上にいきなりでしたから仕方ないですよ、

本当に驚かせてしまってすみません、俺はソレイユの次期社長に就任予定の、

比企谷八幡と言います、宜しくお願いします、比屋定さん」

「ソレイユの開発部部長のアルゴだ、宜しくな、まほまホ」

「ま、まほまほ!?」

「先輩気にしないで下さい、アルゴさんは他人を呼ぶ時は、

いつもオリジナルなあだ名を使う人なので」

「あ、そ、そうなんだ、初めまして、比屋定真帆と言います」

「紅莉栖もそろそろ普通の姿に戻ったらどうだ?もう十分に真帆さんを驚かせただろう?」

「そうね、そうしましょうか」

 

 紅莉栖の妖精姿はもちろんALOのピクシーの流用である。

そして紅莉栖は真帆の目の前で、あっという間にいつもの白衣姿に戻り、

四人はソファーに座ると、話を始めた。

 

「さて、それじゃあ密談を始めるとするか」

「密談……ね」

「ここなら盗聴される心配は無いからな」

「盗聴なんて普通されないと思うけど」

「万が一にもエシュロンとか、そういうシステムに引っかかるとまずいかもしれないんでな」

「気にしすぎじゃない?」

「それくらい気を遣っておけば、何があっても安心だろ?」

「まあ確かにね」

 

 そして八幡は、テーブルをいじってそこにノートPCのような物を出現させ、

その画面を真帆に見せてきた。

 

「先ずはこれを見てみてくれ」

「これは……ええっ!?私が先月使ったクレジットカードの明細?」

「ああ、内容は合ってるか?」

 

 そう言われた真帆は、焦った顔でその明細の確認を始めた。

 

「あ、合ってる……」

「このアルゴは有名なハッカーでな、そのせいで本名を隠しているという面もあるんだが、

これでその事は信じてもらえるか?」

「あ、アルゴって偽名なんだ、でもこれだけじゃまだ……」

「それじゃあ昨日の夜に真帆さんが見たサイトのリストでも……」

「昨日?あ、い、いや、それには及ばないわ、信じる、信じるから!」

「そうか?それじゃあこれはいらないな」

 

 真帆は何故か慌てたようにそう言い、紅莉栖はそんな真帆をジト目で見ながら言った。

 

「先輩、何を見てたんですか……?」

「お、乙女の秘密……」

「はぁ、乙女の秘密なら仕方がないですね」

 

 紅莉栖はよほど都合が悪いものなのだろうと考え、それ以上の突っ込みをやめた。

要するに武士の情けである。ちなみに真帆が見ていたサイトは、

『小柄な女性のモテモテ術、素敵な彼氏をゲットしよう!』である。

そして八幡は、真帆に説明を始めた。

 

「始まりは紅莉栖との出会いだった。それで俺はアマデウスの存在を知り、

こちらが持つ技術と合わせて、とあるプロジェクトを立ち上げる事にした。

事によっては今後の世界の状況を左右しかねないプロジェクトだ、

なのでそこに参加してもらう可能性のある人物の身辺調査を徹底的に行った」

「うちの研究室のメンバーです、勝手にそんな事をしてごめんなさい先輩」

「いや、まあ私は叩いても何も出ないから、それは別にいいけど……」

「本当は私と先輩だけでもいいかなって思ったんです、

でもそうなると、やっぱり教授に申し訳ないし、

そもそもアマデウス関連の研究は、みんなで進めてきたものですし……」

「ねぇ紅莉栖、それさ、教授からはさ、

ソレイユに研究の支援をしてもらう事になったって聞いてるけど、それとは違う話なの?」

「いえ、基本はそれで合ってるんですが……」

 

 紅莉栖はそこで言い辛そうに口ごもった。

 

「うちとしては、情報漏洩の可能性を消す為にも、出来れば大学をやめてもらって、

最終的には日本に研究室ごと引き抜きたいって思って詳しい調査をさせてもらったんだが、

その過程でちょっときな臭い情報が出てきてな」

「きな臭い?誰かに何か問題が?」

「レスキネン教授だ」

「ええっ!?嘘でしょ?」

 

 驚く真帆に、アルゴはPCを操作し、その画面を真帆に見せてきた。

 

「これが教授の口座のお金の流れだゾ」

「うわ、そんな物まで……」

「ここです先輩」

「ここ?ええと……何これ、ストラ生化学研究所?しかも凄い額じゃない……」

「ペーパーカンパニーって奴だ、その実態は、

ちまたで影のCIAと呼ばれている企業の隠れ蓑だな」

「それってストラト……」

「まあそういう事だ、もちろんその研究所を直接調べようとしても、何も出てこない。

なので俺達は、本社の方をハッカー三人がかりで徹底的に調べる事にした。

そこで出て来たのがこの資料だ」

「これ?」

「おっと、グロ注意だから気を付けろよ」

「え、本当に……?分かった……」

 

 真帆は覚悟を決めたようにそう言うと、その情報を精査し始めた。

 

「人の洗脳……?記憶の書き換え……?」

「どうやらそっちの研究は、今は中断してるらしいけどな」

「そ、そうなんだ……って、この処理済って……」

「実験サンプルにした人を殺したって事だ、それがこの画像」

「うっ……」

 

 真帆はその写真を見てすぐに顔を背け、はぁはぁと肩で息をし始めた。

 

「ちょっと、これ、本当なの?」

「ああ、ストラ生化学研究所とやらで行われていた、洗脳実験の記録だ。

この写真を見てみてくれ、ここだ」

「あ………」

 

 そこには彼女達の恩師であるレスキネン教授の姿が写った写真があり、

真帆はショックを受け、頭を抱えた。

 

「そ、そんな……」

「だが他の情報によると、多分教授はまだ一線を越えていないと思う。

おそらく被験者が殺された事も知らないだろう」

「ど、どうして分かるの?」

「データの日付と教授に支払われていた報酬らしい金の振り込まれた日付からな。

半年以上も離れてるから、おそらく被験者を持て余した組織が、独断で動いた結果だろう」

「ああ、そうなんだ……」

 

 少しほっとしたような顔をした真帆は、次に八幡にこう尋ねた。

 

「さっき、研究が中断って言っただよね?それっていつくらいの事?」

「五年前くらいになるか、どうやらその辺りから、

ストラ生化学研究所は他の研究に移行したらしいんだよ」 

「他の研究?何?」

「タイムマシンの研究だそうだ、SERNって知ってるか?」

「嘘、あのSERNがタイムマシンの研究を?だってあそこって、原子核研究機構でしょ?」

「ああ、実はそこで、長くタイムマシンの研究をしていたらしいんだが、

どうやら最近それを諦める事にしたらしいんだよ、

で、同時にストラ生化学研究所もタイムマシンの研究を中断したらしくてな」

「うわ、そんな裏の話、聞きたくない聞きたくない」

 

 そう耳を塞ぐ真帆の手を掴み、聞こえるように耳から離した八幡は、真帆にこう言った。

 

「で、そのせいで、前の研究が復活するかもしれない可能性が出てきたんだよ」

「あ、ああ~!」

「そうなると今度は、教授が承知した上で犯罪に加担する事になる可能性がある、

もしそうなったらどうなるかは……分かるよな?」

「その組織が教授を手放さなくなる、

そして教授は多分、ずるずると深みにはまる事になる……」

「まあそういう事だ、今ならまだセーフなんでな、

なのでこっちとしては、教授が完全におかしな道に入る前に、

身柄を抑えておきたいと思ってな、それで比屋定さんに、一つお願いがあるんだ」

「お願い、ね……」

「教授が怪しい人物と接触したら教えて欲しいんだ、

本当はすぐに俺達が教授の所に出向ければいいんだが、

まだちょっと準備が整ってないんでな、出来ればもう少し時間が欲しい」

 

 その言葉に真帆は少し考え込んだ後、こう言った。

 

「分かったわ、協力する。かわいい後輩の頼みでもあるし、

何より教授が犯罪者になるのは看過出来ない」

「ありがとう、感謝する」

 

 こうして真帆は、八幡と紅莉栖の協力者となった。



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第559話 八幡、動き出す

 ソレイユの本社玄関前で、真帆は深呼吸を一つし、

ああ、また何か言われるんだろうなと思いながら入り口ドアから中に入った。

そんな真帆を出迎えたのは、この日の受付担当だったかおりだった。

 

「ようこそソレイユへ、本日はどのようなご用件ですか?」

「あ、あの、アポは無いんですけど、比企谷八幡さんは本日こちらにいらっしゃいますか?」

 

 真帆は少しビクビクしながらかおりにそう尋ねた。

 

「比屋定真帆様ですね、お待ちしておりました」

「えっ?あ、あなた私の名前を……?」

「はい、もちろん存じあげております、ではこちらへどうぞ」

 

 かおりはそう言って立ち上がり、真帆は紅莉栖が自分の特徴を伝えておいてくれたのかと、

受付で子供扱いされなかった事に安堵した。

ちなみにソレイユのマニュアルでは、用件を尋ねた後の反応で、

相手の年齢がおおまかに確定するまでは丁寧な態度をとる事とされており、

例え子供相手であろうとも、いきなり子供扱いするような事はしない事になっている。

今回の場合は、実は密かに舞衣が空港のカメラにハッキングで細工をし、

画像の照合で真帆が到着したらすぐ分かるようになっていたのだが、

真帆は当然そんな事は知らないし、気付く事も無い。

アルゴとダルの陰に隠れてはいるが、ハッカー『電子のイヴ』は健在のようである。

 

「あ、あの、受付さん……」

「私は折本かおりと申します、真帆様」

「あ、それじゃあかおりさんとお呼びしてもいいですか?」

「はい」

「それじゃあかおりさん、ここってもう会社の外ですよね?一体どこに行くんですか?」

「あのマンションです、比企谷は今、あのマンションの一室に居りますので」

「あ、なるほど、そういう事ですか」

 

 そして八幡の部屋まで真帆を送ったかおりは、部屋のチャイムを鳴らし、

インターホン越しに何か話した後、真帆に挨拶をし、受付業務へと戻っていった。

そして直後にドアが開き、中から紅莉栖がひょっこりと顔を出した。

 

「先輩、お久しぶりです」

「あれ、紅莉栖、驚かないのね、しかもまるで待ち構えてたみたいに……

もしかして、私が来るのが前もって分かってたの?

子供扱いもされず、すんなりと案内してもらったし」

「企業秘密ですよ先輩、お疲れですよね?さあ、中へどうぞ」

「お、お邪魔します……」

 

 そして部屋に入った真帆を、八幡がソファーから立ち上がってエスコートした。

 

「お待ちしてました比屋定さん、今何か飲み物を入れますね、

紅莉栖、彼女の荷物を寝室へ、比屋定さんはこちらのソファーにどうぞ」

「あ、す、すみません」

 

 真帆は顔を紅潮させながら軽く頭を下げたが、

これは別に八幡に惚れたとかそういう事ではなく、

単にこうやって大人の女性扱いをされる経験が少なく、照れていただけである。

 

「コーヒーと紅茶、どっちがお好きですか?」

「あ、えっと……ど、どちらでも」

「それじゃあとりあえずコーヒーを入れますね、実はもう用意しておいたんですよ」

 

 八幡はどうやら、どちらでも対応出来るように、

サイフォンでコーヒーを落とし、カップも温めておいたらしい。

そしてコーヒーを受け取った後、真帆はそれを一口飲み、

やっと落ち着く事が出来たようで、部屋を見回しながらこう言った。

 

「素敵なお部屋ですね」

「ああ、まあ何というか、こいつらが色々と手を入れてるみたいなんですよね」

「こいつって言うな」

「クリスティーナ達が……」

「ティーナ言うな」

「ああもうめんどくさいなお前は、こちらの牧瀬氏達が……」

「あんたにそう呼ばれると、鳥肌が立ちそうなんだけど」

「お前さぁ……人がせっかく好青年を演じているんだから、あんまり茶化すなよ」

「演じてるって言っちゃってるわよ」

「ちっ……」

 

 八幡はそう舌打ちすると、じろっと紅莉栖の方を見た。

 

「何でお前は邪魔するんだよ!こういうのは第一印象が大事だろうが!」

「私が見てて気持ち悪い、だからいつも通りにして。

その方が多分先輩も気が楽なはず、ですよね?先輩?」

 

 そう言って紅莉栖は真帆に向かって微笑んだ。真帆は確かに緊張していた為、

それで雰囲気がフランクな感じになるのならその方がいいと考えたのか、

八幡に向かっておずおずとこう言った。

 

「で、出来ればそれで」

「それならまあいいか、真帆さん、わざわざアメリカから来てもらって悪いな」

「ううん、気にしないで、紅莉栖の事が心配だったから、

どうせ日本には一度来るつもりだったしね」

 

 その言葉に、八幡はうんうんと頷いた。

 

「ああ、分かる分かる、紅莉栖って女子力が微妙だから、ついつい心配になっちまうよな」

「そうなの!分かってくれる?」

「分かるさ、何せこいつ、コインランドリーの存在すら知らなかったんだぜ」

「え、本当に?」

「そ、それくらい知ってたわよ!ただ使い方がまったく分からなかっただけで……」

「あははははは、紅莉栖らしいわ、

某小説風に言うと、光年単位の事にしか興味が無いのよね、紅莉栖は」

「ちょっ……」

「お、そのセリフが出てくるとは、真帆さんは通だな」

「元ネタが分かるあなたも中々やるわね」

 

 どうやら真帆は緊張が解けたようで、やや饒舌になった。

紅莉栖も押され気味のようであり、八幡は、そんな紅莉栖の姿を珍しいと感じたようだ。

 

「お前、真帆さんには弱いのな」

「当然でしょ、だって先輩なのよ?私だって先輩の事はちゃんと立てるわよ、

それに私が何度、先輩の為にジュースを買いに走った事か」

「へぇ、お前にもそんなしおらしい面があったのか……っと、すまん着信だ、

二人はしばらく再会でも懐かしんでてくれ」

 

 八幡のスマホに着信があったようで、八幡はそう二人に断ると、玄関の方で話し始めた。

 

「ねぇ紅莉栖……」

「何ですか?先輩」

「あなた達、本当に付き合ってないの?」

「な、何ですと!?あ、当たり前じゃないですか!」

「今の会話はどう見ても、熟年夫婦の会話みたいだったんですけど」

「そ、そんなんじゃないですよ、ただあいつといると気楽なんで、

ついつい軽口を叩いてしまうだけで、好きな人は他に……きゃっ!」

 

 紅莉栖は悲鳴を上げ、慌てて自分の口を塞いだ。

そんな紅莉栖を真帆は、ニヤニヤしながら問い詰めた。

 

「おやぁ?今聞き捨てならないセリフが聞こえたんだけど?

紅莉栖、あんたこっちで本当に恋人を作ったの?」

「べ、別にそんな事はどうでもいいじゃないですか先輩」

「良くない、これは早速教授に報告を……」

 

 そう言い掛けて真帆は、急に無言になった。

そんな真帆に、紅莉栖はおそるおそるこう尋ねた。

 

「先輩、やっぱり教授は……」

「ええ、相手が本当に例の組織の人間かは確信が持てないけど、

先日怪しい人達と会っていたのを確認したわ」

「そうですか………」

 

 紅莉栖はとても残念そうにそう言った。

恩師が道を踏み外すのは、やはり耐え難いものがあるのだろう。

 

「やはり渡米の予定を早めるしかないな、さすがにこれ以上接触されるとやばい気がする」

 

 そこに丁度戻って来た八幡が、するりと会話に加わった。

 

「手遅れになる前に何とか教授を説得しないといけないわね」

「真帆さん、教授はその後、どんな様子でしたか?」

 

 その八幡の質問に、真帆は腕組みしながらこう答えた。

 

「何か悩んでいるような、そんな感じに見えたわ」

「悩んでた、か、ならまだ大丈夫だな、とりあえず材木座と凛子さんに動いてもらうか」

「材木?何?」

「そっちの大学の近くで、うちの社員に待機してもらってるんだよ。

材木座ってのはそいつの名前な、で、その二人に教授と面会してもらって、

他の奴と会う時間が無くなる程度に時間稼ぎをしてもらうつもりだ。

まあ茅場製AIを持たせてあるから、しばらくはそれにかかりっきりになる事だろうさ」

「なるほど、あっちの話を進展させないうちに、こっちから出向いて教授を説得する作戦ね」

「でもさ、教授は何か目的があって、向こうの研究に参加していたんじゃない?

もしかしたら報酬が凄かったのかもしれないけど、

それ以上の条件を提示する事って可能なの?」

 

 そう尋ねてきた真帆に、八幡はニヤリとしながらこう答えた。

 

「ああ、でっかい釣り針を用意しておいた、なぁ?紅莉栖」

「そうね、先輩、八幡の用意した釣り針に、多分先輩も引っかかると思いますよ」

「へぇ?」

 

 真帆はその言葉に目をキラリとさせた。

そして八幡と紅莉栖は、真帆にその釣り針について説明した。

 

 

 

「嘘……あなた達、それ本気で言ってるの?」

「ああ、基礎理論は既に構築済だ、勝算はかなり高いと思うぞ」

「確かに話を聞いた限りじゃそうかもしれないけど、正直正気とは思えないのも確かね」

「だが教授は必ず興味を示す、そう思わないか?」

「え、ええ、確かにそうかもしれない、というかこれ、世界が変わるわよ」

「そのつもりでやってるからな、どうだ、俺達も中々やるもんだろ?」

「ええ、本当に度肝を抜かれたわよ……まさかそんな事を考えていたなんてね」

「よし、それじゃあ真帆さんのお墨付きもとれた事だし、

真帆さんには悪いが明日、渡米する事にしよう」

 

 その言葉に真帆はきょとんとした。

 

「え、何が悪いの?急いだ方がいいのは自明の理じゃない?」

「いや、久々に日本に帰ってきたんだ、観光くらいはしたかったんじゃないかなと」

「それは本格的にこっちに来た時に紅莉栖に案内させるわ、

勝算が高いなら、それで問題ないでしょ?」

「その時は教授も一緒ですね、先輩」

「ええ、必ず教授には、正しい道に戻ってもらいましょう」

 

 こうして渡米の日時が決まり、八幡達は慌しく動き始めた。



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第560話 社員教育の賜物

たまにご指摘を受けますが、この小説は、なるべく読みやすいようにと、
基本文節ごとにこまめに改行させて頂いております、ご了承下さい。


 次の日の朝、全社員が大会議室に集められた。

 

「何かあるのか?うちでこういうのって珍しいよな」

「って事は、おそらく大事な話があるんだろう」

「今日の集まりは、次期社長が主導した話らしいぞ」

「まじか、ついに本格始動か?」

「まさかいきなり社長交代は無いよな?早くても五年くらい後って言ってたし」

「お、来たみたいだぞ」

 

 そして陽乃と八幡、それにアルゴと薔薇が姿を現した。

 

「うちのトップがそろい踏みか」

「というか、こんなの初めてじゃないか?」

「何が起こるんだろうな」

 

 社員達がわざつく中、最初に陽乃が口を開いた。

 

「さて、私のかわいい社員諸君、忙しいのにこんな所に呼び出して本当にごめんね」

「社長の為ならどこにだって行きますよ!」

「ソレイユ魂って奴です!」

「社長、今日もお綺麗ですね、羨ましいです!」

「部長の顔のペイントが無い!?」

「室長、今度踏んで下さい、お願いします!」

「次期社長、今度デートして下さい!」

 

 その瞬間に八幡が、その発言した者の名前を呼んだ。

それはこの雰囲気ならバレないだろうと思い、その騒ぎに便乗したかおりだった。

 

「かおり、お前どさくさ紛れに何を言っちゃってるんだよ、遠まわしに飯の催促か?

お前に美味いものを食わせるのはしばらく禁止ってお達しが来てるから諦めろ」

「ちょ、ちょっと、何で私だって分かったのよ、

ってか人を食いしん坊みたいに言わないで!!」

「恥ずかしいのはこっちだっつの、

まあいい、あ~、みんな、今日はみんなに大事な話があって集まってもらった」

 

 八幡がそう言った瞬間に、社員達はシンとなった。

 

「聞いていた奴もいると思うが、俺達は明日から急遽アメリカへ飛ぶ。

なのでその間、会社の事をこちらの方にお願いする事にした、

姉さんの母上であらせられる、雪ノ下朱乃さんだ」

 

 そして薔薇が扉を開け、朱乃が姿を現し、社員達に頭を下げた。

 

「至らぬ点が多々あるとは思いますが、どうか皆さんにご協力をお願いして、

無難に留守を守れればと思います、どうぞ宜しくお願いします」

 

 朱乃がそう挨拶し、社員達は一斉に拍手をした。

八幡はそれを満足そうに眺めた後、再び口を開いた。

 

「実は今回のアメリカ行きは、少しリスクがある。

そういう事が無いように色々準備してきたつもりだが、

向こうで敵からの襲撃を受ける可能性もあると俺は見ている。

そして向こうは銃社会だ、その意味は分かるな?」

 

 その瞬間に社員達はざわつき、女性社員の間から、悲鳴のような声が上がった。

 

「だが今回は、例の自衛隊から出向してきている二人も一緒に来てくれる事になった。

向こうで自衛の為に使う武器も確保済だ、でもまあ心配だよな?

そこでだ、ここに一本のナイフがある」

 

 そう言って八幡は、一本のナイフを取り出した。

料理用のちゃちなナイフではない、軍用のナイフである。

 

「これをこうして」

 

 八幡はそう言いながらそのナイフを回転させながらビュッと上に投げ、

正面を向いたままその回転するナイフを後ろ手でキャッチした。

もちろんナイフの方は一切見ていない。

 

「「「「「「「「「「おおっ」」」」」」」」」」

「とまあこのように、俺はそれなりにナイフが使えると自負している、

理由はまあ……みんなが知っている通りだ」

 

 八幡がSAOサバイバーだという事は、社内では公然の秘密だった。

まあ帰還者用学校に通っている時点で当たり前なのであるが、

これほど巧みにナイフを使える事は、さすがにそこまで知られてはいなかった。

もっとも名前から、八幡が「あの」ハチマンである事は、普通に予想されていたが、

その情報は外には一切漏れてはいない。ソレイユ社員達の忠誠心は高いのだ。

 

「という訳で、俺も体を張って仲間を守るから心配しないでくれ。

そしてみんなは、俺達が帰る場所が無くならないように、留守の間会社を守ってくれ」

「「「「「「「「「「はいっ!」」」」」」」」」」

 

 社員達は、決意のこもった声で一斉にそう返事をした。

 

「ここで一つ注意なんだが、俺達は自分の身を守る為に、

個人の携帯とかは全部こっちに置いていき、向こうで飛ばしの携帯を使うつもりでいる。

そして基本こちらの人間にはその携帯から連絡はしない。

これは俺達が誰と連絡をとっているのか、その身元が割れるのを防ぐ為の処置であり、

しばらく俺達とは一切の連絡がとれなくなるが、

その代わりに無事を知らせる為の手紙を送る事にする。アナログだが、これなら安全だろ?」

 

 その言葉が社員達には目から鱗だったのか、感嘆するような声が漏れた。

 

「という訳で、折本かおり、岡野舞衣、この両名は、差出人不明な手紙が届いたら、

その手紙を朱乃さんに渡すようにしてくれ」

「「はい!」」

「以上、何か質問は?」

 

 八幡がそう言うと、当然のようにほとんどの者が手を上げた。

 

「多いな、あまり時間がないから、とりあえず部署ごとに相談して質問の数を減らしてくれ」

 

 その指示を受け、社員達は即座に行動に移り、またたく間に質問が絞られた。

さすがの八幡も感心せざるを得なかったが、

それだけ社員達が必死だという事にはさすがに思い当たらなかったようだ。

目の前で自分達が尊敬する者が、自身の死を仄めかすような事を言ったのだ、

焦って必死になるのも当然であろう。そして質疑応答が始まった。

 

「アメリカ行きの目的を教えて下さい」

「大きく分けて三つある、一つ、ザスカー社との提携の話し合い、

二つ、アメリカで難病の特効薬を開発している知人への、

メディキュボイドの提供の為の打ち合わせ、

三つ、とある科学者への次期プロジェクトへの参加依頼、だな」

「その内容で、危険な旅になるというのは納得出来ないのですが」

「三つ目に少し問題があると考えてくれればいい」

「リスク回避の為に、三つ目をとりやめる事は出来ないんですか?」

「すまない、それは出来ない。今後百年会社を安泰にする為だ、

可能な限りの対策もとってあるし、心配をかける事もあると思うが、

俺達を信じて会社の留守を守っていてくれると嬉しい」

「あ、あの、必ず戻ってきてくれますよね?」

 

 最後に放たれたその質問に、八幡は力強く頷いた。

 

「任せろ、約束する」

 

 その力強い言葉を受け、やっと社員達は安心したのか、それぞれの持ち場に戻っていった。

 

「八幡君に駆け寄る女子社員がいなかったのが意外ね」

「彼女らは今自分がやるべき事は、俺達がいない間、

しっかりと会社を守るという事だと理解しているんだろうさ」

「日頃の教育の成果かしらね」

「さすがは姉さんだという事にしておくか」

 

 だが部屋を出た瞬間に、八幡は女子社員達に囲まれた。

 

「次期社長、絶対に無事に帰ってきて下さいね!」

「おみやげをくれなんて野暮な事は言いませんから、みやげ話を楽しみにしてますね!」

「あの、次期社長、是非私からのいってらっしゃいのキスを受けて下さい!」

「あっ、抜け駆け?それじゃあ私も……」

「私も私も!」

「何それウケるし、それじゃあ私も!」

 

 どさくさまぎれにその波に乗ろうとし、八幡にじろっと睨まれた者も約一名いたが、

八幡はその女子社員達の顔を呆れた表情で見回した後、陽乃の方に振り返りながら言った。

 

「姉さん、この状態を踏まえて、さっきの会話についてコメントを」

「反省してま~っす、すみませんでした~」

「それ絶対反省してないよな、とりあえずこの場を何とかしてくれ」

「はぁ……めんどくさいなぁ、いい?あんた達、

実際にしちゃうと色々と差し障りがあるから、投げキッスくらいで我慢しておきなさい」

「はぁ!?」

「「「「「「「「は~い!」」」」」」」」

 

 そして女子社員達が手を口に近付けた瞬間、八幡は脱兎の如く逃げ出した。

だが女子社員達の投げキッスの射程は長く、その全てが八幡の背中に降り注いだ。

 

「よくやったわみんな、これで八幡君には人数分の女神の加護が付いた事になるわね」

 

 そのセリフが聞こえたのだろう、八幡はくるりと振り返り、こちらに戻ってくると、

開口一番にこう突っ込んだ。

 

「加護って何だよ、意味がわからねえよ!」

「あら、うちの女子社員達はみんな女神みたいにかわいいでしょ?

まさかそれを否定したりはしないわよね?」

「え………あ………」

 

 女子社員達の期待のこもった視線を一身に受けた八幡は、

まさかここで否定する訳にもいかず、悔しそうに陽乃の方を見ながら言った。

 

「み、みんな、め、女神の加護をありがとうな………」

「はい、よく出来ました、拍手~!」

 

 その瞬間に陽乃がそう言い、女子社員達は一斉に拍手をした。

 

「あ、ありがとう……」

「「「「「「「「どういたしまして!」」」」」」」」

 

 そして陽乃がパン!と手を叩くと、

女子社員達はきゃあきゃあ言いながらそれぞれの部署へと戻っていった。

 

「どう?これが私の教育の成果よ」

「………どう考えても褒めるところじゃないんだが、しかし統制は……いや、でもな……」

 

 そんなどう評価していいものか迷っている八幡の背中を、陽乃はバン!と叩いた。

 

「さて、それじゃあ敵地に向かうとしましょうか」

「あ、ああ、そうだな。おい小猫、各方面への連絡の方はどうなっている?」

「時間が足りなくて何人か連絡がとれない人がいるわ、GGOだとピト、イコマ君、

レンちゃんもそのカテゴリーかしらね、ALO組は和人君から話が行くはずだからいいかな」

「まあGGO組には小町か詩乃から話が伝わるだろ、それじゃあ行くか、

個人の携帯は……社長室に充電器ごと置いておけばいいか」

「みんな、パスポートは忘れずにね」

 

 だが結果的に、GGO組にはその話は伝わらなかった。

小町はレポートが忙しくてしばらくGGOにイン出来ず、

詩乃はバイトをしすぎた為、夏休み明けの試験の成績がかなり落ちてしまい、

それを取り戻す為に、しばらくABCの三人と、

毎日放課後ローテーションで、各人の家で勉強会を行う予定になっていたからだ。

 

 

 

 そして八幡達がアメリカに飛び立った次の日、テレビでこんなニュースが流れた。

 

『只今入ってきた情報によりますと、アメリカの………空港で、

旅客機に対するハイジャックが発生しました。

乗客リストに載っている日本人は十人、

比企谷八幡さん、雪ノ下陽乃さん、雪ノ下雪乃さん、雪ノ下夢乃さん、

結城明日奈さん、間宮クルスさん、薔薇小猫さん、牧瀬紅莉栖さん、

栗林志乃さん、黒川茉莉さんです、安否が気遣われます』



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第561話 続報

 連絡がつかなかった者のうち、イコマは学校の下見の為に色々回っており、

この日はたまたま携帯をホテルに置き忘れていた。

そしてピトフーイとレンは、その日も二人で激しい戦いを繰り広げていた。

 

「レンちゃん、誰か罠にかかったみたい」

「誰か、ですか?モブじゃなく?」

「ええ、あそこからモブが侵入してくる事はありえないから、

まず間違いなく敵対する意図を持ったプレイヤーだと思うわ」

「分かりました、今日も返り討ちですね!」

「いいねいいね、そうこなくっちゃ!それじゃあ行くよ、レンちゃん!」

「はい!」

 

 スクワッド・ジャムと先日の防衛戦の結果を踏まえ、

最近のレンは、十狼のメンバーと同じ立場に見られていた。

ピトフーイとつるんでいるせいもあるのだろうが、

そのせいで二人を狙って襲撃してくる敵の数は、日に日に増えつつあった。

 

「それにしても、最近他のプレイヤーに狙われる事が多くありません?」

「まあ有名税って奴よ、こればっかりは諦めるしかないわね」

「ですか」

「ですです」

「それじゃあ蹴散らしましょうか!」

「そうね、いつも通りフルボッコにしてやりましょう」

 

 最近二人は、砂漠地帯のオアシス脇にある廃墟の建物を主な拠点に狩りをしていた。

この建物は意外と広く、その中に隠れられると、かなり厄介な建物であった。

 

「そういえばピトさん、あの防衛戦でアドバイスをもらってから、

ピーちゃんが凄く手になじむというか、一体感が出たというか、

この前なんか、ピーちゃんから話しかけられちゃったんですよ!」

「へぇ、ピーちゃんは何て?」

「『今だ、突撃のチャンス!』って聞こえました、

その声に従ったら、相手のリロードのタイミングですんなりと敵の懐に入れたんで、

凄くビックリしちゃいました!」

「ほほう?」

 

(経験を積んだせいで、それが幻聴として聞こえたんだと思うけど、

今のレンちゃんは本当にやばいなぁ、

接近戦だと私も危ないかもしれないわね、くわばらくわばら)

 

 ピトフーイはそう思いながらも、こんな感想を述べた。

 

「まあそういう事ってあるわよね」

「はい、GGOあるあるです!」

「そんなあるあるあったっけ?」

「た、多分……」

「まあいっか、GGOあるあるね!」

「はい!」

 

 二人はそんな会話を交わしながら、襲ってくる敵を片っ端から殲滅していった。

ピトフーイは一銃一殺とばかりに状況によってコロコロ銃を変え、

レンはそれを見て、感心したように言った。

 

「それにしてもピトさんって、本当に色々な銃を持ってますよねぇ」

「趣味だからね、まあ一番の宝物は、鬼哭ちゃんと血華ちゃんなんだけどね」

「あっ、そういえばこの前言ってた、血華の名前の由来って……」

「ああこれ?鬼哭が『きこく』でしょ?だからカ行の残り二文字、

『か』と『け』を組み合わせてみましたあ!」

「うわぁ、適当そうに見えて、本当に適当だ!」

「あら、アナグラムは名前を付ける時の基本よ?」

「それってアナグラムなのかなぁ……?」

 

 二人はそう言いながらも、鼻歌を歌うような雰囲気で銃を撃ちまくっていた。

 

「くそっ、なめやがって」

「でもどうしようもないぞこれ」

「待ち伏せで殺してくれと言わんばかりの地形なんだよな、ここ……」

「駄目だ、撤退するぞ、認識が甘かった、ここは喧嘩を売るのには全く向かん」

 

 そんな会話と共に、敵対勢力の襲撃者達は、粛々と撤退を始めた。

 

「あら?もう終わり?玉無しなの?」

「まだ私達は生きてますよ、このまま帰っちゃっていいんですか~?」

 

 その煽りに反応した者もいたが、リーダー格らしい者に睨まれて大人しくなった。

そして敵が撤退した後、単眼鏡を覗いていたピトフーイがレンに言った。

 

「レンちゃん、どうやらA-5っぽい」

「了解、起爆します」

 

 レンがそう答え、何かを操作した瞬間、どこかで爆発音が聞こえた。

 

「た~まや~!」

「か~ぎや~!」

 

 どうやら二人は周辺に地雷を仕掛け、それを座標単位で自在に爆発させられるらしい。

こういった突発的な戦闘に対する備えなのだろう。

これは今のように、撤退する敵にお土産をプレゼントする目的の他に、

こちらが撤退する羽目になった場合、逃走経路を確保するという目的もある。

多少戦力差があっても、この二人はそれを軽々と跳ね返し、打ち破ってきているが、

それはこういった細かい準備の賜物でもあるのだ。

 

「レンちゃん、今の爆発で、経験値に変化はあった?」

「えっと、ああ、結構増えてますね、もしかしたら直撃したかもしれません」

「ふふん、これは私の起爆のタイミングが神だったという事ね」

「ですね、ピトさんえらい!」

 

 そのまま二人は、ニャン号で意気揚々と凱旋した。

 

 

 

「さて、私は今日はとりあえず落ちるわ、レンちゃんはどうする?」

「私はちょっと、師匠の所に顔を出しておこうかと」

「ヤミヤミの所ね、オーケーオーケー、それじゃあまたね」

「はい、今日もありがとうございました!」

 

 気分良くログアウトした直後に、エルザの携帯に豪志から着信があった。

 

「はぁい、たった今までレンちゃんと遊んでて、

これからシャワーを浴びようと思ってたんだけど、何か急ぎの用事?」

『エルザ、テレビ、テレビを!急いで!』

「テレビ?何かあったの?どこのチャンネル?」

 

 そしてエルザが豪志に教えられたチャンネルに合わせた瞬間、

アナウンサーの声がエルザの耳に届いた。

 

『繰り返しお伝えします、只今入ってきた情報によりますと、アメリカの………空港で、

旅客機に対するハイジャックが発生しました。

乗客リストに載っている日本人は十人、

比企谷八幡さん、雪ノ下陽乃さん、雪ノ下雪乃さん、雪ノ下夢乃さん、

結城明日奈さん、間宮クルスさん、薔薇小猫さん、牧瀬紅莉栖さん、

栗林志乃さん、黒川茉莉さんです、安否が気遣われます』

 

「え………」

 

 エルザは八幡から、アメリカ行きの話は聞いていなかった。

単純にその機会が無かったせいなのだが、

八幡が明確に連絡を指示するのを忘れたせいでもある。

本来は少し前に薔薇から直接伝えられたはずなのだが、

エルザは生来の面倒臭がりだったせいか、その着信に対し、掛けなおしたりはしていない。

 

『エルザ、見ましたか?』

「待って、一応薔薇ちゃんに連絡してみるから」

 

 だが当然薔薇は電話には出ない、社長室に置きっぱなしなのだから当たり前なのだが、

そんな事を知らないエルザは、ただひたすら焦っていた。

 

「ど、どうしよう……そうだ、ソレイユ、ソレイユに行けば何か……」

 

 エルザはそう思い立ち、豪志にその事を伝えると、

待ち合わせをしてタクシーでソレイユへと向かった。

社内はさぞ慌しいのだろうと思っていたエルザは、そのいつもと変わらない様子に驚いた。

そしてエルザは受付に向かい、八幡の事を尋ねようと受付嬢に話しかけた。

この日の担当は、かおりである。

 

「あ、あの……」

「ようこそソレイユへ、ご用件を私、折本かおりが承ります」

 

 かおりは表面上は平然とそうエルザに話しかけたが、

これは単に訓練の賜物であり、内心では激しく動揺していた。

 

(いつかは来るかもって思ってたけど、やっと私の担当の時にエルザさんが来たあ!

でも仕事中だからサインはもらえない、それが悔やまれる!)

 

「あの、ニュースを見て来たんですけど、

こちらに何か八幡の安否に関する情報は来ていませんか?」

 

 その言葉に、かおりの乙女の勘が反応した。

 

(ま、まさかエルザさんもライバルなの!?

うわ、これは勝てないわ、無理無理、絶対無理!)

 

 だがここでかおりはプロ根性を発揮し、エルザにこう答えた。

 

「残念ながら、こちらにも特に情報は来ていません」

「そう……ですか……」

 

 その言葉にエルザは肩を落としたが、そんなエルザにかおりはハッキリした口調で言った。

 

「大丈夫です、八幡はきっと無事ですよ」

「そ、そうかな?」

「ええ、この前約束……」

 

 そこに新たなニュースが入ったのか、社員の一人が悲鳴を上げた。

 

「ど、どうしたの?」

「い、今続報が……」

 

 その言葉にエルザとかおりもさすがに携帯をチェックした。

かおりは仕事中ではあったが、続報と聞いては仕方ないだろう。

 

『大変です、今入った情報だと、ハイジャックされた航空機が墜落したようです!

繰り返します、日本人が十人乗っていると思われる航空機が、墜落しました!

詳細は分かり次第お伝え致します!』

 

 その報道を見た瞬間、さすがのかおりも動揺した。

そしてエルザは涙を浮かべながら、かおりに向かってこう言った。

 

「嘘つき!」

 

 エルザはそのまま走り去り、背後に控えていた豪志はぺこぺことかおりに頭を下げながら、

エルザの後を追いかけて外に出ていった。その後さすがに社内も大混乱に陥りかけたが、

そこで朱乃が強力なリーダーシップを発揮し、表立っての騒ぎは収まった。

そしてかおりはその後、終業時間まで機械的に受付業務を行い、

仕事中の記憶が曖昧のまま、気付いたら自宅へと戻っていた。

そんな何も考えられず、放心状態のかおりの下に、千佳が尋ねてきた。

 

「かおり、かおり!」

「………あれ、千佳?何でここに?」

「やっぱり!気を落としてるんじゃないかって思って、慌てて来てみたよ」

「う、うん……ありがとう千佳、でもしばらくちょっと無理かも……」

 

 かおりはそう言って、目に涙を浮かべた。

 

「違うのかおり、そういう事じゃなくてね、さっき八幡君から手紙が届いたの、

タイミング的に出発前に出されたものだと思うんだけど、

これを見ればきっとかおりも安心すると思うの」

「えっ?」

 

 どうやら先日指名されたかおりと舞衣以外にも、

八幡はいくつかのルートでソレイユに手紙を届けるつもりだったようだ。

その手紙には、最初にこれをかおり経由で朱乃に渡してくれという事と、

その後社員達に厳重に口止めした上で、次の八幡の言葉を伝えるように指示が書いてあった。

 

『ニュースはフェイク』

 

 その文字を見たかおりは思わずこう口に出した。

 

「良かった………」

 

 そして次にかおりは、千佳にこう頼み込んだ。

 

「お願い千佳、私を今すぐにソレイユに連れてって!」

「わ、分かった、任せて!」

 

 

 

 ソレイユに戻って直ぐに、かおりは朱乃に事情を説明した。

 

「八幡君が?分かったわ、舞衣ちゃん、今すぐ全社員に、

『社外秘、D8はセーフ、明日会議室に集合の事』っていうメールを入れて頂戴」

「了解しました、社長代理」

 

 D8とはオペレーションD8から来た、八幡を示す符丁であり、

その意味が分からない社員はソレイユには存在しない。

 

「さて、残るはエルザちゃんの誤解を解く事なんだけど……

実はエルザちゃんの新しい連絡先って、薔薇ちゃんしか知らないのよね……

あそこは今事務所を開設しようと準備中だから、

まだ個人単位でしか連絡がとれないのよ。彼女関係の仕事を仕切ってたのは八幡君だし、

どうしましょうかね、困ったわ……」

「そうなんですか………それは参りましたね」

「まあまた何か方法を考えるわ、とりあえずかおりちゃん、千佳さん、本当にありがとうね、

さすがの私も動揺してしまっていたから、連絡をもらえて助かったわ」

「いえ、いけないのは八幡ですから!」

「ふふっ、そうね、それじゃあ今日は帰ってゆっくり休んで頂戴」

「はい!」

 

 そして外に出た後、さすがに遅い時間という事もあり、

帰るのが面倒臭くなったかおりは、千佳にこう言った。

 

「ねぇ千佳、今から帰るのも大変だし、今日は八幡のマンションに一緒に泊まらない?」



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第562話 絶望のピトフーイ

「優里奈ちゃん?あれ、いないのかな?」

「かおり、ここが八幡君の部屋なの?」

「ううん、ここは八幡の部屋を管理してる子の部屋なんだけど……何かいないみたい、

まずったなぁ、優里奈ちゃんに連絡がとれないと、部屋に入れないんだよね、

そういうルールだからさ」

「そうなんだ、それじゃあ電話してみれば?」

「待って、その前に、もしかしたら八幡の部屋の方にいるかもだから、

そっちのチャイムを鳴らしてみる」

「あ、管理してるっていうならその可能性はあるね」

 

 二人はそう話しながら、隣の部屋の前へと移動した。

 

「さて、優里奈ちゃんはいるかな……?」

 

 そう呟きながらかおりはチャイムを押し、しばらく反応を待った。

そして予想通り優里奈の声がインターホンから聞こえ、二人はほっと胸を撫で下ろした。

 

「はい、どちら様ですか?」

「あ、優里奈ちゃん?私、かおりだけど」

「あっ、かおりさんですか?今ドアを開けますね」

 

 直後にドアが開き、中から優里奈が顔を出し、二人は中に入る事が出来た。

 

「優里奈ちゃん、こっちにいたんだ」

「はい、他にも何人かいらっしゃってますよ」

「あ、そうなの?おっと、これは私の友達の仲町千佳、

八幡とも知り合いだから、大丈夫だろうと思って連れてきちゃった」

「初めまして、櫛稲田優里奈です、宜しくお願いします」

「仲町千佳だよ、宜しくね!」

 

 三人は自己紹介を済ませ、そのままリビングへと移動した。

そこには優美子、結衣、南の三人が居り、かおりに手を振ってきた。

 

「あ、かおり、今ニュースを見てたとこ」

「あれ、千佳ちゃんも来たんだ?ここは初めてだよね?」

「うん、南ちゃん、久しぶり!優美子ちゃんに結衣ちゃんも!」

 

 千佳はソレイユに仕事で訪れた際、この三人と面識を持っていたようで、

笑顔でそう挨拶をした。

 

「ニュース、その後何か言ってる?」

「続報をお待ち下さいのままかな、まあそのうち訂正報道が出ると思うけどね」

「あ、妙に落ち着いてるなと思ったけど、やっぱり知ってたんだ」

「あ~、別にそういう訳じゃなかったんだけどね……」

 

 結衣はお茶を濁すような言い方でそう言い、代わりに優里奈が説明を始めた。

 

「実は今日は、結衣さん達にそれぞれが通う大学に連れてってもらってたんです、

進路をどうするかで参考になるかなって思って、その流れでこの部屋に泊まる事になって、

そこでこれを見つけて……」

 

 そう言って優里奈は壁を指差した。

そこには八幡の字で、詳細な今回の旅の予定が書かれており、

かおりと千佳はそれを見てぽかんとした。

 

「こ、ここに書いてあったんだ……」

「はい、そうみたいですね、他にも何人かから電話で問い合わせがあったんですが、

この事を説明したら、安心してくれました」

「………まったく事前に言ってくれれば良かったのにね」

「今回の渡米に関しては、八幡さんはかなり慎重に計画を練ってましたからね、

私でも計画の全貌は、これを見るまで分かってませんでしたよ」

「そうなんだ」

 

 そう言ってかおりは今日の予定が書かれた場所を見た。そこにはこう書かれていた。

 

『情報によると、初日が一番危険だと思われる為、直前で別便に乗り換えて移動。

キャンセルはしない為、何か事件があったら間違った情報が報道される可能性有り、ね』

 

 そしてその続きを読んだかおりは、思わず小さな悲鳴を上げた。

それを見た他の者は、かおりを励ましながら、その肩をぽんぽんと叩いた。

 

「大丈夫、きっと大丈夫だから」

「で、でも……」

「これはあくまで可能性の話だし、ちゃんと対策もとっているみたいだから、

みんなで八幡の事を信じて待とう」

「う、うん……」

 

 壁に貼ってあった紙には、こう書かれていたのだ。

 

『現地到着後に襲撃される可能性有り、現地協力者の所にたどり着くまで要警戒』

 

 

 

「あれ、ピトさん?戻ってきたんですか?」

「おう、ピトじゃねえか、久しぶりだな」

「レンちゃん、ヤミヤミ……」

 

 エルザは家に帰った後、豪志に感情をぶつける事も無く、そのまま豪志と別れ、

一人、GGOへとログインしていた。

豪志はそんな今までとはまったく違うエルザの姿に驚き、

自らもGGOへとログインする事にしていた。

 

「何だよ、辛気臭い面しやがって、何かあったのか?」

「何か……うん、そうね、まあ色々……」

 

 この時点でピトフーイは、もしかしたら八幡が死んだかもしれないと思っており、

失意のどん底にいたのだが、さすがにそんな事は二人には分からなかった。

 

「二人とも、ちょっといい……?」

「ん?別に構わないが、本当に大丈夫か?明らかに様子がおかしいぞ」

「そうですよピトさん、具合が悪いなら落ちた方が……」

「大丈夫、大丈夫だから、とにかく私の話を聞いて」

「そうか?それじゃあ話してくれ」

「ちょっとここじゃ……話を聞かれない場所に移動しましょう」

 

 そこにエムも到着し、ピトフーイはエムにも同じ事を告げ、

四人はレンタルスペースへと移動した。

 

「で、一体どうしたんだ?」

「うん、あのね、シャナが………」

「シャナが?」

「乗ってた飛行機がハイジャックされて、墜落したって……ニュースで……」

「え?」

「ええっ!?」

 

 二人はその事は初耳だったのか、闇風は慌てて室内にある仮想PCを操作し、

該当するニュースをすぐに見付けた。

 

「まじだ………」

「う、嘘………」

 

 ちなみにこの時点でレンの所には、八幡からの手紙が届けられていたのだが、

レンがその事に気付くのは、しばらく先になる。

 

「おいおいおい、どうなってるんだよこれ!」

「そんな……シャナが……シャナが……」

 

 そしてしばらく皆無言になり、その場は静寂に包まれた。

最初にその沈黙を破ったのはピトフーイだった。

 

「もう私、生きてる意味が無いんだけど……」

 

 そうポツリと言ったピトフーイを、他の三人は慌てて宥めた。

 

「ちょ、お前、待てって」

「駄目ですよピトさん、そんな事を言っちゃ!間違いかもしれないじゃないですか!」

「そうですよピト、頼むからそんな事を言わないで下さい」

 

 だがピトフーイは聞く耳を持たず、怒った顔で三人に反論した。

 

「シャナがいない世界に何の価値があるっていうのよ!

せめて私がシャナとの間に子供でも授かってれば、生き続ける意味もあるかもしれないけど、

こうなってみると、私の手には何も残ってない、残ってないの!

残ってるのはいくつかの思い出だけ、それも本人がいなくなったら辛いだけじゃない!

そんな状態で生きてる事に何の意味があるの?

何の意味も無いわよ!この世界は今日から私にとっては何の価値も無いものになったのよ!」

 

 そのピトフーイの言葉を聞いたレンは、

自分の知らない所でのシャナとピトフーイの繋がりの深さを知り、

闇風は頭を抱え、エムはおろおろする事しか出来なかった。

 

「で、でもまた確定した訳じゃないだろ?」

「そうですよ!きっと大丈夫ですよ!」

「気休めを言わないで!そもそも私はアメリカ行きの話だって聞いてなかったのよ!

私はきっと、とっくにシャナに捨てられてたのよ!もういい、何もかももういいから!」

 

 そう言ってピトフーイはそのままログアウトした。

それを呆然と見送った三人の耳に、こんなアナウンスが聞こえてきた。

 

『第二回・スクワッド・ジャムの開催が決定しました、

開催日時は明後日となります、申し込みはお早めにお願いします』

 

「こんな時にかよ……」

「師匠、私は一体どうすれば……」

「参ったな、あいつがああなったら多分聞く耳を持たないぞ、だよな?エム」

「ああ、ピトはこういう時、他人の言葉はほとんど聞かないと思う」

 

 三人はそのまま腕組みをし、考え込んだ。

 

「まったくピトは、気分屋で負けず嫌いで我侭で、本当に手がかかりますよ……」

「特に負けず嫌いがな……」

「ふ~む……」

 

 そしてレンは、何か思いついたのか、ハッと顔を上げた。

 

「し、師匠!」

「ん、どうしたレン?」

「あの、ピトさんって凄く負けず嫌いなんですよね?」

「おう、シャナ以外があいてだとそうだな」

「な、なら、スクワッド・ジャムで勝負して、

その勝負にこっちが勝ったら死ぬのをやめてもらうってのはどうですか?有効ですか?」

 

 その言葉が判断しかねたのか、闇風はエムの方を見た。

エムはその言葉に頷き、続けてこう言った。

 

「確かにあいつは勝負の上での約束は必ず守るから、可能性はあると思う」

「やっぱりですか!今日初めて会ったエムさんにこんな事を頼んでいいのか分かりませんが、

その方向で協力してもらえませんか?」

「ええ、分かりました、ピトには俺から連絡しておきます、

というかこちらからお願いしたいくらいです」

「よし、よし!」

 

 レンはガッツポーズをし、闇風にこう言った。

 

「師匠も参加してくれますよね?」

「もちろんだ、残り四人をどうするかだが……」

「こっちはピトと僕、残りは適当に人を雇う事にします、

それなりの腕がありつつ、信用のおける誰かを探しておきますね」

「それならダインの所のメンバーがいいんじゃないか?

ギンロウあたりに事情を話して頼めば、あいつなら上手くやってくれると思うぜ」

「確かに……分かりました、それじゃあそういう事で」

 

 そしてエムはそのままギンロウの所に向かう事にし、部屋から出て行く直前で振り向いた。

 

「そういえばお二人は、シャナさんの事を聞いても全然不安そうには見えませんね、

僕でさえ不安に押し潰されそうだっていうのに」

「当たり前だぜ、俺達はシャナが死ぬ訳ないって信じてるからな!」

「当然です、きっとシャナなら生きててくれますよ!」

 

 エムは二人のその言葉に、驚いたような表情をした後、頷いた。

 

「分かりました、僕もお二人に習ってそう信じる事にします」

「その調子であいつにも、信じさせてやてくれよ」

「それが出来たら苦労は……」

 

 そして三人は同時にため息をつき、笑った。

 

「それじゃあ明後日は頑張りましょう」

「あいつにバレないように上手く協力してくれよ」

「もちろんです」

「でもピトさんは勘が鋭いから、しばらくは本気でやらないとすぐバレちゃいそうですね」

「………確かにそうですね、それじゃあ直接対決までは本気でやるって事で」

「そうしましょう!負けませんよ!」

 

 こうして第二回スクワッド・ジャムへの参戦が決まり、

レンと闇風は残り四人のメンバーを探し始めた。

 

 

 

 一方その頃、目的地へとたどり着いた八幡達は、予想通り襲撃を受けていた。

 

「ちっ、やっぱりハイジャック犯から連絡がいってたか」

「予想通りね、どうする?」

「ここは法治国家だろ、いきなり銃撃を受けるとかどうなってやがる」

「それだけ相手の力が大きいって事でしょうね」

「大丈夫、こっちも反撃するから私達に任せて!」

 

 空港を出てしばらく進んだ先でいきなり襲撃を受けた一行は、

防弾仕様の車を借りていた為に全員無事であったが、

土地勘が無い為に、人気の無い荒野へと誘い出されていた。

 

「くっ、とにかく走るしかないか」

「八幡君、このままだと燃料の問題で長くもたないかも」

「それまでに戦えそうな場所を見付けるしかないな」

「あっ、見て、追っ手が増えた!」

 

 見ると後方にもう一台追撃してくる車が増えており、一行は焦ったが、

その車は何と襲撃者達に攻撃を加え始め、あっという間に勝敗がつき、襲撃者は駆逐された。

 

「………味方か?」

「かもしれないわね」

「ふむ、危険だけど、とりあえずコンタクトをとってみましょうか」

 

 そして先方から一人の男がこちらに歩いてきた。

八幡は通訳としてクルスだけを伴い、そちらに歩み寄った。

 

「本当に助かった、恩に着る」

「いや、こちらも仕事だから気にしないでくれ」

 

 そして先方が出してきた名前は、これから八幡達がコンタクトをとろうとしていた、

敵の組織内の協力者の名前だった。

その者が所属しているのは、襲撃してきた勢力とは別の派閥に当たる。

 

「なるほど、俺の名は比企谷八幡、目的地まで宜しくな」

「俺はガブリエル・ミラーだ、一応プロなんで、安心してくれ、

必ずお前達を目的地まで連れていく」

 

 こうして護衛を加え、一行は目的地を目指す。



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第563話 雪乃の提案

「八幡君、あんなに簡単に、あの人の事を信用しちゃって良かったの?」

「ああそうか、明日奈には言ってなかったな、さっきあいつが出した協力者の名前な、

あれは実はその人物の本名じゃなく、先方と直接話し合って決めた合言葉なんだよ」

「あ、そうなんだ!」

「なるほどね、簡単に信用しすぎだって警戒してたけど、そういう事だったんだ」

「はい、なので多少は緊張を解いても平気ですよ、志乃さん、茉莉さん」

「オーケー、少し休んでおく事にするわ、肝心な時に実力を発揮出来ないのは困るものね」

「そうして下さい」

 

 そんな中、突然車が停止し、八幡達は休む間も無く再び警戒を強いられる事となった。

そしてトランシーバーが用意してあるにも関わらず、

ガブリエルが先導車から降り、こちらへと歩いてきた為、

八幡は直接話す必要が出たのだと理解し、通訳にクルスを伴って車を降りた。

ちなみにこちらの車の運転は紅莉栖である。

 

「何かあったのか?」

「ああ、実は前方で警察の検問が行われているとの情報が入った。

だがこっちの情報だと、今日は警察はあんな所で検問はしていないそうだ」

「ほほう?つまり罠の可能性が高いと」

「そういう事だ、選択肢は二つ、迂回するか強行突破するかだ、どうする?」

 

 そのガブリエルの問いに、八幡は即座にこう答えた。

 

「双方のメリットとリスクは?」

「迂回すれば今は安全だが、迂回先に敵がいないとは限らない、

というかおそらく奇襲を受ける可能性が高い。

強行突破すると、時間短縮にはなるが、当然こちらにも被害が出るリスクがある。

だがこれに対する警察や報道の反応を見る事で、敵の影響力の強さを測る事も可能だ」

 

 そのガブリエルの返答に、八幡は苦笑した。

 

「それ、遠まわしに強行突破しようぜって言ってないか?」

「否定はしない、あいつらには何度か仲間をやられてる借りもあるしな」

「その分とっくに倍返ししてるんだろ?」

「それも否定はしない」

 

 八幡は、こいつは案外面白い奴かもしれないと思いつつ、ガブリエルに言った。

 

「ちょっと仲間と十分ほど話させてくれないか?」

「分かった、十分だな」

「すまん」

「気にするな、俺達は雇われの身だからな」

 

 

 

「……という話なんだが、どう思う?」

「どっちもどっちね、まあ強行突破の方がお勧めだと遠まわしに言っているんでしょうけど」

「志乃さん茉莉さん、実際あいつらの実力ってどの程度だと思います?」

「そうね、正直言えば、私達よりもずっと実力は上だと思うわ」

「とにかく人を殺し慣れているって言えばいいのかな」

「問題はどっちのルートが被害無しで目的地に着けるかって事ね」

 

 その時じっと腕組みをしていた雪乃が八幡にこう言った。

 

「八幡君、強行突破するにしても、別に馬鹿正直に敵に突っ込む必要は無いのではなくて?」

「雪乃、何か案があるのか?」

「まあ無くもないわ、ねぇ紅莉栖、確かこの辺りには、

『アースドッグス』の拠点があるんじゃなかったかしら」

 

 その聞き慣れない言葉に、一同は首を傾げた。

 

「何だそれ?」

「いきすぎた人権保護団体の一つよ、かなり偏執的で、戦場に介入したりもよくしているわ」

「ほほう?」

「確かにすぐ近くにその本部があるはずよ」

 

 紅莉栖は雪乃の問いに頷き、雪乃はそれを受けて八幡にこう提案した。

 

「という訳で、食い合いをさせましょう、私に直接あの傭兵さんと話をさせて頂戴」

「お、おい……」

「任せておきなさい、あっさりとここを突破させてあげるから」

「わ、分かった、みんなも雪乃に任せるって事でいいか?」

 

 他の者の賛同も得られ、雪乃は八幡と共にガブリエルの車へと向かい、話し始めた。

最初は雪乃は『何だこいつ?』みたいな目で見られていたように見えたのだが、

雪乃が何か話すと、その傭兵達は突然大笑いし、

雪乃に親指を立てたりその背中を叩き始めた。どうやら喜んでいるらしい。

そしてガブリエルが笑顔で雪乃に何か言い、雪乃がそれに答えた所で、

ガブリエルと雪乃は握手をした。

 

「何だって?」

「オーケー、その作戦でいこう、あいつらはよく俺達の邪魔をしてきて本当にうざいんだが、

こういう時くらいは役にたってもらわないとな、はっはっは、だそうよ」

「真顔ではっはっは、とか訳すなって、了解だ、それじゃあ後は雪乃に任せる」

 

 そして車に戻って報告しようと踵を返した八幡に、傭兵の一人が声を掛けてきた。

その傭兵は雪乃を指差しながら何か言っていたのだが、

八幡の拙い英語力では、早口すぎて聞き取れなかった為、八幡は困った顔で雪乃の方を見た。

雪乃はその傭兵に笑顔でマリッジうんぬんと答え、

その傭兵はやれやれというゼスチャーをした。そして雪乃は八幡に、こう説明した。

 

「ええと、私を仲間にしたいらしくて、許可を求めているみたい、

冗談っぽく言ってるから本気じゃないと思うのだけれど。

なのでとりあえず、私はもうあなたの所にお世話になる事が決まっているから、

今回はごめんなさいと断っておいたわ」

「今、マリッジとか何とか聞こえた気がしたんだが……」

「き、気のせいよ、中途半端に英語を学んでいるからそんな勘違いをするのよ、

私はちゃんと、『卒業後の予定』を伝えたわ」

「そ、そうだな、勉強不足ですまん」

「帰ったら駅前留学しなさい」

「お、おう……」

 

 八幡は微妙に納得し難い表情でその言葉に頷くと、車の方へと戻っていったのだが、

雪乃はその背中を見て、いたずらめいた表情で一瞬ぺろりと舌を出した。

雪乃はその傭兵に、『自分の中での理想の卒業後の予定』として、こう伝えていた。

『私は彼に嫁ぐ事が決まっているから、その申し出は受けられない』と。

その言葉は少し後ろに控えていたクルスの耳にも届いていたのだが、

クルスはこれくらいなら実害は無いし、誰かに伝える事もないだろうとスルーしていた。

さすがは八幡の側近になる予定の、空気が読める、デキる女である。

 

 

 

 そして雪乃はガブリエル達と何か相談した後に、その人権団体の本部に電話を掛けた。

数分後、突如として沢山の一般人達が、検問に詰め寄る姿が見えた。

 

「おお、早いな」

「丁度何かの集まりがあったみたいね」

「うわ、あのおばさん、警官っぽい奴の胸倉を掴んでるぞ」

「あ、後ろから別の警官っぽい人達も来たわね」

「『これは明らかに人権侵害だ、お前らは本当に警察か?』だそうよ」

 

 傭兵達は、それを見て大笑いしていたが、

ガブリエルがこちらに歩いてきたかと思うと、八幡に何か話しかけてきた。

 

「警察にも違法検問じゃないかと連絡しておいたんだが、

そちらの通報じゃ動く気配は無かったから、

どうやら警察内部にも、敵の協力者がいる事は確定のようだ」

「なるほど、さすがのそいつらも、あの団体からの圧力には敵わなかったって事か」

「あいつらが持つ影響力は大体把握出来ているから、

これで敵の規模も推測可能となった、君はいい軍師を持ってるな、

重ね重ね、君の……ぶ、部下になる予定だというのが残念だ」

 

 クルスは翻訳の途中で珍しく言い淀んだ。

それはガブリエルが、『君の妻になる予定だというのが残念だ』と発言したせいであり、

陽乃や紅莉栖や志乃、茉莉等はその事情を悟り、ニヤニヤしながらその様子を眺めていた。

明日奈は英会話はそこまで堪能ではないのか、ニコニコと笑顔を崩さなかったので、

そっとそちらの方を見たクルスと雪乃は安心したような顔を見せた。

 

「お、検問してた奴ら、逃げ出したぞ」

「やるなぁ人権保護団体」

「よし、それじゃあ先へと進もう」

「了解だ」

 

 一行はそれを見て安心し、再び目的地へと走り出した。

 

「何とか問題なく通過出来たな、さすがは雪乃と言うべきか」

 

 そう賞賛する八幡を見て、明日奈も雪乃を賞賛し始めた。

 

「うんうん、さすがは雪乃だよね、さっすが!」

「あ、ありがとう」

「で」

 

 明日奈はニコニコ笑顔のまま、そっと雪乃の方に手を伸ばし、

雪乃は何かを感じたのか、一瞬ビクッとした。

 

「雪乃、妻って何の事かな?かな?」

 

 そう言いながら明日奈は雪乃のほっぺたをギュッとつまんだ。

どうやら実は明日奈は先ほどの会話をそれなりに理解出来ていたらしい。

そして雪乃は涙目でこう言った。

 

「ご、ごめんなひゃい、ほんのれき心にゃの……も、もひろんじょうらんらから!」

「ん、何の事だ?」

「八幡様、雪乃はさっき、相手からの勧誘に対して、

『私は彼に嫁ぐ事が決まっているから、その申し出は受けられない』と答えていました」

「く、くるふ、うらいったわね!」

「裏切ってなどいない、表返っただけ」

 

 ここでクルスが状況の変化を読んでそう言った。

さすがは生存本能に優れるデキる女である。そして腹黒い。

 

「や、やっぱりか!マリッジうんぬんって聞こえたのは気のせいじゃなかったんだな!」

「ご、ごめんなひゃい……」

 

 そして明日奈はやれやれという感じで雪乃の頬から手を離し、

そんな明日奈に雪乃が頬を押さえながらこう尋ねた。

 

「あ、明日奈はいつの間に英会話の勉強を?」

「今、にわかの駅前留学中」

「そ、そうだったのね、さすがだわ、八幡君とは心構えが違うわね」

「ぐっ……」

 

 そして車内は一同の笑い声に包まれた。

その瞬間に車内に置いてあったトランシーバーがザザッと音を立て、一同はシンとした。

 

「多分ガブリエルからだな、クルス、頼む」

「はい」

 

 そしてクルスはトランシーバーを持ち、何か話した後、一同にこう報告した。

 

「ええと、簡単に言いますと、さっきの場面でもし迂回していた場合、

待ち伏せをしていた敵部隊がいたとしたら、

そいつらがこの先で襲ってくる可能性があるから注意してくれと、そういう連絡でした」

「……という事は、この先にそういう場所があるって事か」

「かもしれません」

 

 確かに周囲からは、どんどん人の気配が減っていた。

この辺りは若干ゴーストタウン気味になってる場所のようで、

若干道幅も狭くなってきていた。

 

「各員、周囲の警戒をしつつ武装の確認を」

 

 八幡はそう指示し、次に陽乃に確認するようにこう尋ねた。

 

「姉さん、この車の性能は、予定通りですか?」

「ええ、大丈夫よ」

 

 今八幡達が乗っている車は、大型ワゴンタイプの一見普通車に見える外見をしていたが、

中はシートが全部取り払われ、運転席だけが残されている形となっている。

床は柔らかいシートが敷き詰められており、十人乗っていても不自由なく移動が可能であり、

窓も含めて全部が防弾仕様となっていた。ちなみに床下には収納があり、

一見してそれとは分からないが、そこに銃器が詰め込まれている。

 

「なら簡単には破られないな、さて、相手がどう出るかだが……」

 

 その瞬間に前を走るガブリエル達の車の更に前方に、

いきなり横から車が飛び出してきて道を塞いだ。

前方の車が急ブレーキをかけ、紅莉栖もそれを見て車を止めた。

その瞬間に後方に、わらわらと人が飛び出してきた。

 

「ちっ、敵の人数はそれほど多くはないが、囲まれたか」

「やるしかないね」

「そうだな、やるしかない」

 

 その瞬間に再びトランシーバーが鳴り、それに答えた紅莉栖がこう叫んだ。

 

「あっちの部隊で殲滅するらしいから、援護だけ頼むって」

「………分かった、その言葉に甘えさせてもらうとするか」

 

 仲間に人殺しをさせたくないと思った八幡は、その言葉に頷いた。

そしてリアルでの銃撃戦が始まった。



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第564話 何が親友か

銃撃戦の結果が気になりますよね、でも今回は別サイドの話ですね!


「………という訳で、協力を仰ぎたいと……」

「事情は分かったっす、そういう事なら協力するっす、任せて下さい」

 

 エムのその頼みに、ギンロウは力強くそう頷いた。

 

「ありがとうございます……」

「いやいや、頭なんか下げないで下さいよ、

エムさんとは初めて話しましたけど、こんな丁寧な態度をとられると、

こっちのタマが縮こまっちまいますって」

「いや、しかし礼儀としてですね……」

「難しく考えないで下さいって、シャナさんのためになる事だったら喜んでやりますから、

せめて大会までは、俺達にはもっと命令する感じでお願いします!」

「わ、分かった、すまん」

「いえいえ、シャナさんがピトフーイの事で悲しむのは避けないといけませんからね!」

 

 ギンロウは、爽やかな(と本人が信じている)笑顔でそう言ったが、

ゲーム内でのギンロウの顔つきは軽薄そのものなので、

どうしても他人から見ると、そういったイメージでとらえられる事が多い。

だがこの時のエムには、確かにそのギンロウの笑顔は、まるで天使の微笑みに見えたのだ。

 

「メンバー集めは任せて下さい、ダインさんの所から、

シャナさん親衛隊みたいな奴らを集めておきますんで!」

「頼む、僕はこれからピトフーイを説得してくる」

「上手い事あいつを乗せて下さいよ!」

 

 こうしてギンロウの協力を得られる事になったエムは、成功した旨をレンに連絡した。

レンはそれを聞き、エムに何かを伝え、それを聞いた後、

エムはログアウトしてすぐにピトフーイに連絡をとった。

 

「何豪志、今私、何もしたくないんだけど、っていうか死にたいんだけど」

「エルザ、レンちゃんから挑戦状が届きました」

「挑戦状?」

「弱虫で泣き虫なピトさんごときに挑戦するってのはおかしな気もするけど、

とりあえずGGOの先輩として、一応挑戦という形をとっておく、

ピトさんを、絶対にスクワッド・ジャムでひいひい言わせてやる!だそうです」

「ほうほう、あのレンちゃんがそんな事をねぇ……」

 

 そのエルザの声色に、豪志はしめたと思った。その声に力強さが戻っていたからだ。

そして豪志は、先ほどエルザが落ちた後に、

第二回スクワッド・ジャムの開催が宣言された事を説明した。

 

「へぇ、そうなんだ、そこでこの私を倒すねぇ……

これは早めに叩いておいた方がいいかもしれないわね」

 

 その言葉に豪志は違和感を感じた。早めに叩いておくという事は、

つまりいずれは叩く気があったという事になるのではないか、

そう考えた豪志は、エルザにこう尋ねた。

 

「あ、あの、エルザはレンちゃんの事が嫌いだった、もしくは敵認定していたのですか?」

「ん~?別に嫌いじゃないわよ、むしろ好きよ、それに敵だとも思ってないわよ」

「そ、そうですか」

「ええ、あの子が敵でなんかあるはずがない、

シャナが私よりもあの子の方がお気に入りだとか、そんなはずは無いのよ」

「あ………」

 

(そういう事だったか……)

 

 豪志はその言葉に、エルザの本心はこれかと思った。その為豪志は気付かなかった。

エルザが内心で、レンの事を脅威だと感じ、恐れてすらいた事を。

だがそれに気付かなかったからといって、特に何も問題はない。

エルザを負かすという目的は何も変わらないからだ。

同時に豪志は、よほどの場面でない限り、手を抜く事は出来ないと感じていた。

そんな事をしたら、勘の鋭いエルザにすぐバレてしまうし、

何よりそれによっていきなり死ぬと言い出す可能性も否定出来ない。

なので豪志はぐっと感情を抑え、可能な限り全力で戦えるようにと、

色々な準備を開始したのだった。

 

 

 

「師匠、エムさんの方は何とかなったみたい」

「そうか、さっすがギンロウ、シャナのお小姓だけの事はあるぜ!」

「え………し、師匠、もしかしてそれ、せ、性的な意味を含みますか!?」

 

 レンは何を思ったのか、闇風にそう尋ねた。

どうやら腐海のプリンセス辺りから、悪い影響を若干受けてしまったらしい。

 

「んな訳あるか!おぞましい事を言うんじゃねえ!」

「ご、ごめんなさい」

「まったくお前にまで影響を及ぼすとは、あの業界はこれだから侮れねえ……

う~、近寄りたくない近寄りたくない」

「ほ、本当にすみません……」

 

 そして闇風は、気を取り直したように言った。

 

「で、それ絡みだが、こっちは悪い知らせだ。

俺のもう一人の親友は、どうやらその日は用事があるらしく……ぐっ……

畜生、何が合コンだ、死ね、クソたらこが!」

 

 その闇風の慟哭っぷりに、レンは何も言う事が出来なかった。

せめてシャナがこちらにいれば、自分主催で合コンを開いてあげてもいいとも思ったが、

レンは基本、シャナ以外の者とリアルで同席する気はまったく無かった為、

今回の場合はその選択肢をとる事は不可能であった。

 

「そ、そうですか……」

「うちのスコードロンのメンバーも、何かしら用事があるらしく、

すまないがこちらでは誰も用意出来なかった、すまん」

「いえ、仕方ないです、今回はちょっといきなりすぎでしたから!」

「レンの方はどうなんだ?誰か知り合いはいないのか?」

「あ、はい、GGOではちょっと……私、基本師匠とピトさんの他は、

シャナとしか一緒に遊んだ事が無いんで……」

 

 一応レンには、優里奈=ナユタという選択肢もあったのだが、

あれからナユタが一度も姿を現していない以上、その選択肢を選ぶ事は出来なかった。

それでも相談くらいはしてみてもいいかもしれないと考えたレンは、

一度ログアウトして、各方面にあたってみる事にした。

 

「師匠、誰かいないかリアルで色々聞いてみます」

「おう、のんびり待ってるから頑張ってみてくれ」

「はい、吉報をお待ち下さい!」

 

 レンはまったく自信は無かったが、闇風にそう言い、ログアウトしていった。

 

 

 

「さて、どうしよ……とりあえず優里奈ちゃんに聞いてみようか……」

 

 香蓮は自信無さげにそう言うと、優里奈に連絡をとった。

 

「あ、香蓮さん、今日はどうしたんですか?これからこちらに来ますか?」

「ううん、今日は別の用事で、ちょっと相談があるんだけどさ」

「あ、はい」

「明後日には、第二回スクワッド・ジャムが開催される事になったんだけど、

誰か、参加出来そうなメンバーに心当たりはない?」

「明後日ですか!?随分いきなりですね」

「そうなの、いきなり今日そうやって発表されてさ……」

「それは困りましたね……」

 

 この時点で、優里奈と香蓮の間には認識の齟齬があった。

優里奈は八幡が無事だという事を知っていた為、その前提で香蓮と話をしており、

香蓮は香蓮で、相手がいつもとまったく様子が変わらない事から、

八幡の話を口に出してよいものか少し迷っていた。

 

(優里奈ちゃんに心配をかけるのもなぁ……というか、ニュースは見ていると思うし、

それでこの態度って事は、優里奈ちゃんはまったく心配していないって事になるのかな、

そっかぁ、優里奈ちゃんは、八幡君の事を心から信じているんだな……)

 

 それでも一応その話に触れておこうとした香蓮の機先を制して、優里奈はこう言った。

 

「実はその日はALOで、階層更新の大事な集まりがあるみたいで、

残ったメンバーは、全員そちらに参加するらしいんですよ、

何でもクォーターなんとかっていう、かなりきつい階層らしくって」

「あ~、そうなんだ……」

「必ず全員参加しないといけないってものでもないと思うんですけどね、

というか香蓮さん、美優さんには聞いてみたんですか?」

 

 その言葉に、香蓮は一瞬パニックになった。

 

「え、だって美優は今北海道に……」

「それって何か関係ありますか?」

「あ!そ、そうだ、全然関係無いじゃない!」

 

 香蓮はその優里奈の言葉にハッとした。

 

「ありがとう、美優に直接聞いてみる!」

「ですね、困った時に頼れるのは、やっぱり親友だと思いますしね」

「うん、優里奈ちゃんに電話してみて本当に良かった、また泊まりに行くね!」

「はい、お待ちしてます」

 

 そして電話を切った後、香蓮は優里奈に八幡の話を切り出すのを忘れていた事に気付いた。

 

「あ……ど、どうしよ、掛けなおした方がいいかな……」

 

 香蓮はその事でしばらく迷ったが、

掛けなおすにしても、とりあえず先に美優に連絡する事にした。

 

「あ、美優?私だけど」

「おうコヒー、今日はどうした?まさかリーダーの不在に寂しくなって、

私に電話で性的に慰めて欲しいとでも思ったのかい?」

「すみません、間違えました」

 

 そして香蓮は電話を切った。途端に香蓮の携帯に着信があり、

香蓮はすぐにその電話に出た。

 

「はい」

「何で切っちゃうんだよコヒー、まさか図星……」

「どちらにおかけですか?」

 

 香蓮はそう言って再び電話を切った。そして直後にまた着信があり、

香蓮はもう一度電話に出た。

 

「はい」

「やぁコヒー、そっちは暑いから大変だろう?大丈夫?体調を崩していないかね?」

「ええ、問題ないわよ、美優」

「それなら良かった、で、今日は何の用事だい?」

「ええと、実は……」

 

 そして香蓮は、美優にスクワッド・ジャムに出場出来ないか、恐る恐る尋ねた。

 

「ほほう?分かった、任せろコヒー、我が親友よ」

「ごめん、その日は大事な攻略がALOであるって聞いたんだけど、

でもこっちも非常事態なの、お願い!」

「だから任せろって言ってるだろ、コヒー」

「そこを何とか……って、え?い、いいの?」

「いいに決まってるだろコヒー、こういう時に手を差し伸べないで、何が親友か」

「美優……あ、ありがとう」

「いやいや、どういたしまして」

 

 香蓮はその言葉に心から安心したのだが、直後に美優がこう言った。

 

「お礼は神崎エルザのコンサートのチケットでいいからね」

「チケッ………お、おい親友、お礼?お礼って何の事?」

「ついでに寿司、特上で!」

「あんたね……」

「親しき仲にも礼儀ありってことわざは、日本人の美徳だよね」

「うっ……ぜ、善処する……………」 

 

 ちなみに美優は、照れ隠しでそう言っただけで、料金の四割は自前で払うつもりだった。

そして香蓮はぷるぷると震えながらも気を取り直し、そしてある程度の状況を説明した後、

八幡の話をしなくてはと思い、美優にその事を伝えた。

 

「そ、そういえば美優、ニュースは見た?八幡君が……」

 

 だが美優はその言葉に、あっさりとこう言った。

 

「あ、あれ?私も焦ってALOでリーダー代理に聞いてみたけど、

『気にするな、大丈夫だから』って言われたよ?」

「リーダー代理って、キリト君?」

「うん、だから大丈夫じゃないかなぁ?まあ無責任な事は言えないけど、

少なくともあの飛行機には乗ってなかったんじゃないかなぁ?」

「そっかぁ、良かったぁ……」

「あくまで伝聞だから、確定するまでは静かに続報を待ってた方がいいと思うけど、

とにかくキリト君は動揺していないって事だけ覚えとけばいいと思うよ」

「うん、とりあえずそうする」

「なので今は、三人でどうやってそのピトフーイって人を倒すかって事だけを考えよう」

「うん!」

 

 こうして三人と六人と、チームとしての人数に差はついたが、

無事に両チームの参戦が決定する事となった。



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第565話 これが、わ・た・し?

 香蓮との電話を終えた後、美優はすぐに動き出した。

手始めにやらないといけない事は、和人とコンタクトをとる事であった。

 

「さて、とりあえず電話を……」

 

 美優はそう思い、和人に電話を掛けた。だが和人が電話に出る気配はない。

 

「これは多分ALOにいるって事かな、よし、私も行くか!」

 

 そう考えた美優は、そのままALOへとログインした。

 

 

 

「ここは………あ、そっか、前回は確か、

剣士の碑の二十四層の所に自分の名前が載ったのを見て満足して落ちたんだったっけ」

 

 フカ次郎はそう考え、ヴァルハラ・ガーデンへと向かった。

キリトがそこにいる事も確認済である。

 

「お~いフカ次郎、元気か~?」

「うん、元気だよ!これからもフカ次郎と、ヴァルハラ・リゾートを宜しくぅ!」

「フカ、また一緒に狩りに行こうぜ!」

「ここ数日ちょっと留守にするから、また暇になったらね!」

「フカ!」

「フカ次郎!」

「フカちゃ~ん!」

 

 このようにフカ次郎は、自他共に認める人気者である。

親しみやすい反応と、気取らない性格のせいで、

多少『性癖』に難があろうとも、その矛先がハチマンに向かっている以上、

他の者はそういった面を目撃する事なく、フカ次郎と普通の友人関係を築いているのだった。

 

「ほい到着っと、代理、代理はいますか?」

「あ、フカちゃん!」

「フカは今日も元気だねぇ」

「フカ、何か用か?」

 

 そこにはキリトの他にリズベットとシリカが居り、隣にはスクナの姿もあった。

どうやらスクナはナタクと共に、全員に暖かく迎え入れてもらった後、

時間の許す限りリズベットに師事して職人プレイの修行をしているらしい。

ナタクに関しては、本人が受験に備えているという事もあるのだが、

禁断のナーヴギア使用によるステータスブーストをしている為、

そこまでスキル上げに苦労はしていないようだ。

遠隔攻撃に使うステータスと、職人プレイに使うステータスが、

同じ器用さであった事も幸いしたらしい。

 

「代理、今日はお願いがあって来ました!」

「ん、お願い?」

「次の二十五層の攻略なんですが、大変申し訳ないんですが、お休みさせて下さい!」

「それは別に構わないが、フカが攻略に参加しないなんて珍しいよな」

 

 キリトは苦笑しながらそう言った。いつものフカ次郎は、

階層攻略に関しては過去にあまり縁が無かったせいか、かなり執着していたからだ。

 

「実はコヒーを助けに行く事になりまして!」

「ん?香蓮さんに何かあったのか?」

「はい、なので数日間GGOにコンバートさせて下さい!」

「ほう?」

 

 そしてフカ次郎は、大雑把に状況の説明を始めた。

香蓮が今、レンとしてGGOをプレイしている事は皆知っていたが、

ピトフーイ絡みのごたごたについては、当然伝わっていなかった。

 

「……俺から大丈夫だって言ってやろうか?」

 

 キリトのその言葉に、フカ次郎は激しく葛藤した。

だが伝え聞く限り、それでは解決にならないであろうという事も、また感じていた。

 

「問題は、リーダーがそのピトフーイさんって人を放置しすぎたせいだと思うので、

多分他の誰が説得しても、容易にはいかない気もするのれす」

「確かにこのところのあいつは忙しすぎたからな……

それに前から思ってたけど、あいつはピトフーイの表の立場に配慮する事ばかり考えて、

感情面についてはちょっと鈍いなって気はしてたんだよな」

 

 この中で唯一、ピトフーイの正体をこっそりハチマンに教えられていたキリトは、

腕組みしながらフカ次郎にそう言った。

 

「だ、代理はそのピトフーイさんという方のリアルをご存知で?」

「ん?ああ、ちょっと難しい奴なんだよな、あいつ」

「なるほど……難しいですか……」

 

 フカ次郎はその言葉を、何か私生活に問題があるのだと解釈したが、

当然そういった意味ではない。

そしてキリトもピトフーイが神崎エルザだという事しかまだ知らなかった為、

ハチマンに執着している事は聞いていても、それがハチマンを失ったら死ぬレベルだとは、

思ってもいなかったようだ。だがフカ次郎がそこまで言うからには、

かなりまずい状況なのだろう、そう思ったキリトは、突然こんな事を言い出した。

 

「よし、その大会、俺も参戦する」

「ええっ、い、いいの!?」

 

 その言葉に慌てたのは、リズベットとシリカだった。

 

「ちょ、ちょっとキリト、あんた何言っちゃってるの?二十五層の攻略はどうするのよ!」

「そうだな、そもそも今回の攻略に関しては、

ハチマンとアスナの手による完璧な攻略法が残されてあるし、

こちらのステータスを考えれば昔ほどの難易度じゃない。

後はリーダーシップをとれる奴がいれば問題無いんじゃないか?エギルとかクラインとか」

「た、確かにそうかもしれないけど、ええっ?本当に?」

「ああ、少しでも勝率を上げるのは必要だろ、な?フカ次郎」

「そ、それは助かりますが……う~ん、どうなんだろう……」

 

 そう言って考え込むフカ次郎に、キリトはあっけらかんとこう言った。

 

「なぁに、俺が手伝うのは、レンちゃんをピトフーイの前に立たせるまでだ、

後はお前とレンちゃんが、正々堂々とピトフーイとエムの二人に勝てばいい」

「なるほど、そういう事ですか!」

「ああ、途中で事故があっちゃいけないからな、俺はレンちゃんを徹底的に守る事にするさ」

「分かりました、お願いします!」

 

 そんな二人を見て、リズベットとシリカは呆れた顔で言った。

 

「やれやれ、こうなったらもうキリトはテコでも動かないから仕方ないわね」

「分かりました、攻略の方は任せて下さい!万が一にも人命が失われたら、

多分ハチマンさんが凄く悲しみますからね!」

「という訳でフカ、エギルに引継ぎをするから俺のコンバートはギリギリになっちまうが、

まあサプライズだと思って、メンバー表に俺の名前だけ記入しておいてくれ」

「分かりました!サプライズですね!」

 

 こうしてまさかのキリトの参戦が決まった。

レン、フカ次郎、闇風だけでもおそらく過剰戦力ぎみなのであるが、

そこにキリトが加わるとなれば、もう乾いた笑いしか出てこない。

 

「さて、それじゃあフカ次郎は先にコンバートしておいてくれていいぞ、

風太……じゃない、闇風との顔合わせもしておいた方がいいしな」

「了解しました、行ってきます!」

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 そんなフカ次郎を、リズベットが慌てて止めた。

 

「むむっ」

「フカ、あんたね、そのままコンバートしたら、装備も何もかも失っちゃうわよ」

「あっ!」

「ほら、さっさと持ってる物を全部、ロッカーにしまってきなさい」

「は~い!」

 

 そして今度こそフカ次郎はログアウトしていき、

少し後に、フレンドリストのフカ次郎のステータスが『GGO』に変化した。

 

 

 

「コヒー、私だ、お待たせした」

「ううん、シャワーとか浴びてたから大丈夫だよ」

「何っ?ちゃんと録画はしておいたんだろうな!?」

「する訳ないでしょ……」

「くっ、せっかくリーダーに見せてあげようとしたのに……」

「や、やめなさい!」

「やれやれ、本当はリーダーに見て欲しい癖に……」

「わ、私は美優とは違うの!」

 

 こうしたいつものやりとりが終わった後、美優は香蓮に言った。

 

「それではこれからコンバートの儀を行う、コンバート先で待っててくれ!」

「え、もう?分かった、直ぐに行くからえ~と……」

 

 そして香蓮は美優に時間を指定し、慌ててGGOへとログインした。

そして闇風のいた酒場のすぐ近くのログイン地点に姿を現したレンは、

そのまま闇風の居る酒場へと駆け込んだ。

 

「おうレン、首尾はどうだ?」

 

 酒場でのんびりと仲間達と話していたらしい闇風が、

目ざとくレンを見付けてそう声を掛けてきた。

 

「し、師匠、今からその友人がログインしてくるので、迎えに行くのを付き合って下さい!」

「お、了解だ、それじゃあお前ら、またな」

 

 闇風は友人達にそう挨拶をし、レンと共にその場所へと向かった。

 

 

 

「そろそろです、師匠!」

「さてレン、ここからが一番楽しみな時間だぞ」

「え?楽しみですか?」

「お前も知っての通り、GGOのキャラ生成はランダムだ、

なのでお前の友人が、ハリウッドスターばりの美人の姿で現れる可能性もあるし、

まるで鬼のような姿で現れる可能性もある、楽しみだろ?」

「あ、そうですね!どんな姿で現れるんだろ……」

 

 そしてその場所をわくわくと見つめる二人の前に、ついにフカ次郎がその姿を現した。

 

「うわ、うわぁ……」

「おぉ……小さいな」

 

 二人はプレイヤーがコンバートしてくるのを見たのは初めてだったので、

感嘆したようにその光景に見入っていた。

 

「私よりもちょっと大きいくらいですね!」

「こんなのは珍しいんだがな」

「金髪かぁ、顔つきがちょっと生意気そう?」

「お前な、友達なんだろうが」

 

 そしてフカ次郎が、ついにその瞳を開いた。

 

「お?お?聞いてた通りのピンクのチビがいるな、へいお嬢さん、僕と一緒に殺戮しない?」

「おお、お嬢さん、いいノリだねぇ、俺は闇風だ、一応こいつの師匠の一人だ」

 

 いきなりそんなセリフをレンに言ったフカ次郎に、闇風が嬉しそうにそう声を掛けた。

 

「あ、初めまして、レンの友人で、フカ次郎と言います、宜しくお願いします」

 

 その常識人ぶった態度に、レンはぽかんとした。

 

「ど、どうしたのフカ、悪い物でも食べたの?」

「おいコヒー、最初の挨拶は社会人の常識だぞ?

そしてそれが済んだらもうマブダチだ、な?ヤミヤミ」

「おう、マブダチだな、フカ!」

「「あはははははははははは」」

「あ、あはははは……」

 

 そう笑いあう二人を見て、レンも釣られて笑ったが、

その顔はどこからどう見ても愛想笑いであった。

この三人の中では一番常識人なレンは、どうやらそのノリに付いていけないようだ。

 

「えっと師匠、という訳で、これが私の友人のフカ次郎です」

「オーケーオーケー、なぁフカ、ちょっとステータスを教えてもらっていいか?」

「オーキードーキー、えっと……ここか?」

 

 そしてフカ次郎が開示したステータスを聞いて、闇風は感心したような声を上げ、

レンはぎょっとしたのか固まった。

 

「おいおいグレートだな、ステータスだけならピトフーイとタメを張るんじゃないか?」

「AGI以外は全部私よりも遥かに高い……」

「当たり前だろレン、こちとら年季が違うのよ!」

「うぅ……ちょっと悔しい……でも嬉しい」

 

 レンは、頼りになる味方が出来たのは間違いないと、悔しさを滲ませながらもそう言った。

そして闇風は、フカ次郎に言った。

 

「ところでまだ自分がどんな姿か見てないだろ?

ちょっとそこのビルに写して自分がどんな姿になったか見てみるといい」

「お、了解!」

 

 そして自分の姿をそこで初めて確認したフカ次郎は、とても嬉しそうにこう言った。

 

「うひ~!これが、わ・た・し?いいねいいねぇ、あ、ちょっと胸が無いのが気になるけど、

これってかなりかわいいんじゃね?」

「うん、凄くかわいい!」

「おう、本当にかわいいと思うぞ、まあ俺は綺麗系の方が好きだけどな!」

 

 そう盛り上がる三人に、突然ブローカーらしき男が声を掛けてきた。

 

「お、お嬢ちゃん、そのアバター、F8000番系だね!

凄いなぁ、もし良かったら、アカウントごとそのアバター、売ってくれないかな?」

「え~?どうしよっかなぁ?」

 

 そう言いながらフカ次郎は、チラリと闇風の方を見た。

闇風はそれに頷き、いかにもガラが悪い感じでそのブローカーの頭を掴みながら言った。

 

「おうおっさん、俺の事は知ってるよな?」

「う、や、闇風……」

「おう、その闇風さんだ、で、俺の連れに声を掛ける意味も当然分かってるよな?」

「し、失礼しました!」

 

 ブローカーの男はそれで逃げ出し、三人は顔を見合わせて笑った。

そしてひとしきり笑った後に、闇風が二人に向かって言った。

 

「それじゃあそんな訳で、フカの装備を選ぶとしようぜ。

レン、ちなみに今、何か持ってるか?」

「あ、ええと……フカはSTRが高いんだよね?」

「おう、女は黙ってSTRだぜ!」

「そうすると、あ、そういえばこの前……」

 

 そしてレンは、近くにあったレンタルロッカーに向かい、そこから何かを取り出してきた。

 

「師匠、今はこれくらいしか!」

 

 そこにあったのは、先日『この木なんの木』防衛戦で手に入れた、

グレネードランチャーであった。

 

「ほほう?」

 

 それを見たフカ次郎の目が、キラリと光った。




フカ次郎、GGOの大地に立つ!


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第566話 てめえ……

「おお、いいモン持ってるじゃねえかコヒー、このごついフォルムが何とも……」

 

 その言葉にレンは少し驚いた。まさかフカ次郎が、

グレネードランチャーの事を知っているとは思わなかったからだ。

レンはその事をフカ次郎に尋ねようとしたのだが、そこに闇風が横から口を挟んできた。

 

「おっ、グレネードランチャーじゃねえか、レンは何でこんな物を持ってるんだ?」

「あ、えっと、先日『この木なんの木』の防衛戦に、ピトさんと一緒に参加して……」

「ほうほう、それでこれが出たのか、なるほどな」

 

 そんな二人に、フカ次郎がきょとんとした顔で尋ねた。

 

「で、そのグレネードランチャーって、何?」

「ええっ?フカ、知ってるんじゃないの?」

「おいおいレン、私がそんな物、知ってる訳がないだろ?

こちとら生粋のファンタジーっ娘よ!」

「まあそうだよね……」

 

 レンはそう言ってため息をつき、代わりに闇風がこう言った。

 

「なぁに、百聞は一見にしかずだ、とりあえず試射してみようぜ」

「おっ、そうしよそうしよ、ほらレン、行くぞ」

「あっ、ちょっとフカ!もう、もう!」

 

 そして三人は演習場に向かい、グレネードランチャーの試射をする事にした。

 

「これはこう使う、レンも初めてだろ?よく見てるんだぞ」

 

 それなりにSTRも上げてある闇風が、二人にそう言った。

ちなみにレンには、街中でこれを持つ事は出来ても、

STRが足りないせいで、まだこれを撃つ事は出来ない。

 

「ここに弾を込めるだろ、で、狙いを付けて、引き金をこう……」

 

 闇風がそう言って引き金を引いた瞬間、山なりに弾が飛んでいき、

地面に着弾した瞬間に、大爆発が起こった。

 

「う、うおおおお!かっけー!」

「わ、わわっ」

 

 そして二人に見せ付けるようにグレネードランチャーを掲げた闇風がこう言った。

 

「ふふん、どうだ?凄いだろ?」

「す、凄い!私、武器はこれにする!」

「そうかそうか、で、メイン武器の話だが……」

 

 闇風は常識的に、これをサブ武器と位置づけており、

メイン武器を選ぶ為の話をしようと、そう言いかけた。

だがフカ次郎はその言葉を途中で遮り、

片手でグレネードランチャーをブンブン振り回しながらそう言った。

 

「レン、これもう一丁、もう一丁装備出来る!」

「………え?」

「………は?」

 

 その言葉にぽかんとする二人をよそに、フカ次郎は早く早くと急かすようにこう言った。

 

「よしレン、もう一丁グレネードランチャーを仕入れに行くぞ!」

「え、ええええええええええええ?」

「まじか……そういうのもありなのか?

しかしまあ普通在庫は無いだろ、無いよな、うん、そうしたら別の武器を……」

「ほら、売り切れちゃうかもだから早く、早く!」

「うう、分かった、分かったから!」

 

 戸惑う二人をフカ次郎は更に急かし、そして三人は武器屋へと向かった。

 

「さすがに無いかぁ……」

「ふう、セーフだったな」

 

 闇風は、もしここに無かったら、フカ次郎を説得して別の武器を持たせる腹積もりだった。

なので在庫が無い事を確認し、ほっとした。

 

「無いんじゃ仕方ないな、とりあえず他にメイン武器を選ぶとしようぜ」

「うぅ……」

 

 だが店内にはフカ次郎が気に入る武器は無く、三人は頭を抱えた。

 

「どうしよう……」

「フカ、好みにうるさすぎ!」

「まあ仕方ないだろ、武器選びってのはそういうもんだ、

なのでとりあえず、メイン武器の事はおいておいて、

今はグレネードランチャーに慣れる事を優先させようぜ。

これも遠距離攻撃のカテゴリーだし、俺達二人が近接攻撃の鬼だから、

それでバランスもとれるし、仮にこれオンリーになっても何とかなるだろ」

 

 そう言う闇風を見て、フカ次郎はハッとした顔で言った。

 

「そうだそうだ、二人に伝えておく事があったんだった!」

「お?」

「フカ、何?」

「実はもう一人、メンバーを確保しておきました!私のALOでの友達です!」

「おお!」

「え、本当に?凄い凄い!」

 

 そして闇風は、そのプレイヤーがどんなステータスかをフカ次郎に尋ねた。

 

「で、そいつはどんなスタイルなんだ?」

「私と一緒だけど、ゴリゴリの近接アタッカーかな」

「ほうほう、という事は、俺達のスタイルは、フカの遠距離攻撃を軸に、

三人が殴りこみをかけるスタイルになりそうだな」

「あ、これって支援にも使えるんだ?」

「おう、煙幕弾とか閃光弾とかかなり種類は豊富だぞ」

「おおう、テクニカル!まさに私向き!」

「ど、どこがフカ向き……?」

 

 レンはその言葉に異論がありそうだったが、

とにもかくにもこうしてこのチームの方針は決まったようだ。

 

「で、その子はいつ来れるんだ?」

「えっと、それがちょっと忙しいらしくって、開催当日ギリギリになるみたい」

「そうか、それじゃあメンバー表に名前だけ書いておかないとな、何て名前だ?」

「それは来てからのお楽しみって事で、私が名前を書いておくよ」

「サプライズ演出か、さぞかし面白い名前の奴なんだろうな」

 

 どうやら闇風は、その言葉をそういう意味でとらえたようだ。

フカ次郎はニコニコしたまま何も言わず、レンもそういう事かと特に突っ込みはしなかった。

 

「さて、それじゃあレン、ひと狩り行こうか、

ちょっと稼いでおかないと、借りたお金も返せないしね」

「い、今から?まあ別にいいけど……」

「俺は構わないぜ、それじゃあレンの縄張りに行くか」

「師匠、縄張りって……」

 

 こうして三人は、戦術の確認の為に、砂漠へと向かった。

 

 

 

 一方八幡達は、激しい銃撃戦の中、援護射撃に徹していた。

狙いは主に、敵の手や足などの末端部分である。

 

「味方に当てないように気をつけろよ!」

「オレっち自信が無えんだガ」

「わ、私も……」

「アルゴは自分の作業を続けててくれればいい、

最後にはお前が持ってくる情報が頼りなんだ、頼むぞ」

「この状況でそれをやれと、やれやれ、相変わらずハー坊は人使いが荒いな、了解だゾ」

「紅莉栖は隠れててくれれば問題ない、もしお前を死なせたら、

世界の進歩が数十年単位で遅れるからな」

「こんな状況じゃなければ素直に喜びたいところなんだけど………きゃっ」

 

 さすがの紅莉栖も、この状況だと大人しくその言葉に従う事しか出来ないようだ。

もっともまだどの弾も、この車のガラスすら抜く事が出来ていないので、

言うほど怖くは無いというのが現状だった。そんな状況の中八幡達は、

板金部分に作られた小さな穴から、驚く程の精度で援護射撃を行っていた。

 

「命中、一人戦闘力を奪った」

「こっちもオーケー」

「こちら側がやや人手不足ね、ヘルプをお願い」

「了解、移動」

「こっちもオーケーよん、うちに手を出した事を後悔させてやらないとね」

 

 その八幡、明日奈、雪乃、クルス、陽乃の肝の据わり方に、

志乃と茉莉は呆気にとられる事しか出来なかった。

 

「さ、さすがというか……」

「本当にみんな素人?私達より当ててない?」

 

 一方同じ事を、ガブリエル達も思っていた。

 

「あの中に二人、ジエイカンがいると聞いてたから、

さぞかし正確な援護をしてくれると期待はしてたが、これは予想以上だな」

「ハッハ、あいつら演習じゃ、ありえないくらい当ててくるからな」

「でもよ、明らかに飛んでくる弾の数が多くないか?

この感じだと、七~八人で撃ってる感じなんだが」

「だよな、日本じゃ銃は規制されてるはずだろ、一体あいつら何者だよ」

「まあいいじゃねえか、援護のおかげで楽に殲滅出来そうだしな」

「違いねえ」

 

 歴戦の傭兵が集まっているガブリエル達は、誰一人犠牲者どころか怪我人すら出す事無く、

着々と敵の戦力を減らしていた。それに八幡達の援護がかなり貢献している事も間違いない。

だがこういう時は、得てして事故が起こりやすいものだ。

油断大敵という言葉からは、どうやらガブリエルも逃れられなかったと思われた。

 

「ん、あいつ………今動いたか?」

「え?誰?」

「さっきガブリエルが弾を命中させて、倒れた敵なんだが、

どうも今ピクリと動いたように見えたんだよな」

「今はそんな様子は確認出来ないけど……」

「このままだとあの敵の上を越えて移動する形になるはずだ、

やばいと思ったら俺が飛び出すから、援護してくれ」

「そ、そんな!八幡君、危ないよ!動いた瞬間に、ここから狙撃すればいいじゃない!」

 

 八幡のその宣言を、明日奈は必死に止めようとした。

だが次の八幡の言葉に、明日奈は葛藤する事となった。

 

「それでもいいんだが、多分あの体勢だと、狙撃した奴があいつを殺しちまう事になる。

どうしても仕方ない状況ならまだしも、この状況でそんな場面を見たくない」

「そ、それは……」

 

 そんなどうすればいいか分からないといった明日奈の苦しそうな顔を見て、

八幡は安心させるように、力強くこう言った。

 

「心配するな、あいつを無力化したら直ぐにこっちに戻ってくる。

なのでオレが飛び出したら、周囲の警戒を強めてくれ。

紅莉栖はドアの所で待機して、オレが飛び出したら直ぐにドアを閉めてくれ、

そして戻ってきたら、直ぐに開けてくれ」

「う、うん!」

「了解よ」

「怪我したら承知しないんだから」

「防弾チョッキは着てるから、まあ撃たれても骨にひびが入るくらいで済むと思うが」

「それでも駄目!絶対だからね!」

「おう、分かった、任せろ」

 

 そして固唾を飲んで外の様子を伺っていた一同の目の前で、

その男はいきなり懐に手を突っ込んだ。

 

「行く」

 

 八幡はそう言うと、ガブリエル目掛けて飛び掛ろうとしていたその男に向かって走り、

持っていた警棒を、その男の腕目掛けて投げつけ、

そのせいでその男は手に持っていたナイフを取り落とした。

その時八幡の視界に、既に銃を構え、その男への迎撃体勢を整えたガブリエルの姿が映り、

八幡は内心で『何だよ、気付いてやがったのかよ』と思ったが、

走り出した以上そのまま止まる訳にもいかず、そのまま男の所へ走り続けた。

 

「Damn Shit!」

 

 そう言ってその男は慌ててナイフを拾おうとしたが、

そのナイフをそのまま走ってきた八幡が掬い上げた。

 

「渡さねえよ」

 

 だが敵もさる者であり、その男はナイフの代わりに八幡が投げつけた警棒を拾い上げた。

その瞬間に八幡は足を力任せに無理やり停止し、その場でクルリと回転すると、

裏拳を放つような形で、右手に持つナイフの柄をその男の手に当て、

再び警棒をとり落とさせ、すぐにバックステップで後ろへと下がった。

その瞬間にガブリエルがその男に向かって銃を撃ち、その男は肩を撃ちぬかれ、

そのままその場にどっと倒れた。その瞬間に、ガブリエルがこう呟いた。

 

「Shana?」

 

 八幡はその言葉が気になったが、約束を優先させる為、

ガブリエルに軽く手を上げ、そのまま急いで車へと戻った。

 

「ふう………」

「八幡君、お疲れ様」

「間もなく殲滅も終わりそうね、終わったら即離脱しないと、

さすがに警察が来てやっかいな事になりそうね」

「まあ何も俺達に繋がる証拠は何も出ないだろうけどな、

ガブリエルの奴、最初にしっかりと監視カメラを潰してたみたいだからな」

「あら、監視カメラがあったの?」

「おう、見にくいところに一つだけな」

 

 そう言って八幡が指差した先に、確かに壊れた監視カメラがあった。

そして敵の殲滅が終わり、ガブリエルがこちらに、

移動するといった感じのジェスチャーを送ってきた為、

紅莉栖は再び運転席に座り、車を発車させた。一方八幡は尚も話を続けていた。

 

「しかもあの野郎、死んだフリをしていたあの男にしっかりと気付いてやがったわ。

まったくとんでもない奴ってのは世界にはゴロゴロしてやがるよな」

「あのサトライザーみたいにですか?」

 

 クルスは冗談めかしてそう言ったが、その言葉は八幡の頭に、天啓のように降り注いだ。

 

「サトライザー?いや、まさかな……あいつはあの大会の時、日本語を喋ってやがったしな」

「どうしたの?さっき何かあったの?」

 

 明日奈は首を傾げながら八幡にそう尋ねてきた為、

八幡は先ほどのガブリエルが呟いたセリフの事を説明した。

 

「シャナ?シャナって言ったの?」

「おう、もしかしたら聞き間違いかもしれないけどな」

「似たような単語があったかしらね?」

「どうだろう、後で直接聞いてみるしかないわね」

「そうだな、そうするか」

 

 そしてしばらく車を走らせた後、先導する車はとあるビルの地下へと入っていき、

八幡達もそれに続いた。そしてしばらく後、

傭兵達と八幡達は、そのビルのとある部屋に集まっていた。

 

「今日はここに泊まりだそうです、ここは安全が確保されているからと」

「オーケーだ、俺達はどこの部屋を使えばいいか聞いてみてくれ」

「この正面の部屋だそうです、一部屋になってしまうが、

かなり広いからそれで我慢してくれとの事です」

「まあそれは仕方ないだろうな、とりあえず明日の予定を聞いたら移動すると伝えてくれ」

「分かりました」

 

 そしてクルスがガブリエルに話しかけると、ガブリエルは仲間の一人を呼び、

その男がクルスに何か説明を始めた。

そして彼自身は八幡の前に立ち、英語で何か呼びかけてきた。

 

「ガブリエルは何と?」

「あなたがGGOのシャナかどうか聞いてきているわ」

「まじかよ……それじゃあ雪乃、ガブリエルにこう言ってくれ、

もしかしてお前はサトライザーか?とな」

 

 その言葉への返事は明快であり、ガブリエルはその言葉に頷いてみせた。

 

「雪乃、次にガブリエルにこう言ってくれ、

サトライザーはあの時日本語で話しかけてきたから、日本語が得意のはずなんだが、ってな」

 

 雪乃がその言葉をそのままガブリエルに伝えると、

ガブリエルは肩を竦めながら八幡に向かってこう言った。

 

「はぁ、好奇心に負けたから仕方ないとはいえ、

日本語が分かる事は、出来れば隠しておきたかったんだがな」

「てめえ………」

 

 こうしてシャナとサトライザーは、八幡とガブリエルとして、

アメリカの地で思わぬ再会を果たす事となったのだった。




バレました!


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第567話 大丈夫、だぁりんがいるから!

この話は、SAOオルタナティブGGOのアニメ第7話を見た後に見て頂ければ、
より面白いのではないかと思われます!


 レン達は、その日はあまり時間が無かった為、何匹かモブ狩りをするに留めたが、

とにもかくにも最低限の連携を確認する事が出来た。

 

「それじゃあ師匠、今日はありがとうございました!」

「おう、俺はちょっと明日は来れないから、二人でしっかりと連携の確認をしておくんだぜ、

あとグレネードの弾も可能な限り補充しておくように」

「はい、分かりました!」

「ヤミヤミ、またね!」

「おう、またな、フカ」

 

 そして闇風が落ちた後、レンとフカ次郎は同時にあくびをした。

 

「ふわぁ、さすがに眠い、かな」

「そうだね、今日はここまでという事で!」

「そうしよっかそれじゃあフカ、今日は本当にありがとうね、明日も宜しく」

「おう、任せておけい!」

 

 こうしてその日は二人もそのまま落ちる事となった。

 

 

 

 そして次の日、フカ次郎の目の前に、渋い顔をしたレンが立っていた。

 

「レン、どしたの?」

「お金が無い……思ったよりも遥かにグレネードの特殊系の弾が高かった……

しかも在庫があまり無かった……」

「ええっ?それはまずいな」

 

 レンはどうやら朝早めに起きて、いくつかの店を回っていたらしい。

二人は頭を悩ませたが、そんな時レンの頭にかつてシャナと過ごした日々の事が浮かんだ。

 

「あっ!」

「どうしたレン、何かいい事でもあったのかい?」

「うん、あった!昔シャナに、困った時に使えってもらった鍵があった!」

「ん、何の鍵?」

「分からない、でもシャナの事だからきっと……」

 

 そしてレンは、その鍵の説明文を読んだ。それはかつてシャナに案内してもらった、

会員制のビルにあるレンタルロッカーの鍵であるらしく、二人はそこに向かう事にした。

 

「ここの事、すっかり忘れてたよ」

「ここっていかにも高そうなビルだけど、どういうビル?」

「会員制のビルらしいよ、シャナにここに入る権利はもらってあるから大丈夫だけどね」

「さすがリーダー、いやシャナ、セレブだなぁ」

 

 そして二人は目的のロッカーにたどり着き、恐る恐るその鍵を使った。

中にはボタンのような物があり、それを押すと、正面に金額のような物が表示された。

 

「おっ、おっ?」

「一、十、百、千……う、うわ、い、一千万!?」

「さっすがシャナ、これはもうシャナとの結婚を本気で狙うしかないね」

「だ、駄目ぇ!」

 

 必死な表情でそう叫んだレンを、フカ次郎はニヤニヤと見つめながら言った。

 

「ほうほう、レンは駄目と申すか」

「え?あっ……え、えっと……」

 

 もじもじしながらそう言い淀むレンにハートを撃ち抜かれたのか、

フカ次郎はレンにいきなり抱きついた。

 

「もう、レンは本当にかわいいなぁ!」

「フカ、からかわないで!」

「おうおう、愛い奴愛い奴、という訳で、とりあえず買い物に行こう!」

「切り替え早っ!あ、それならこっち」

 

 そう言ってレンは、フカ次郎を以前買い物をした店に連れていった。

そこでフカ次郎は、目的の物を発見する事が出来た。

 

「あ、あったあああああ!」

「え?グレネードランチャーがあったの?」

「あったあった、ほら、これこれ、この銃、やっぱり超格好いい!

綺麗、美しい、ビューティホー!」

「それ三つとも同じ意味だからね」

 

 そう言いながらレンは、改めてそのグレネードランチャーを見て内心でこう思っていた。

 

(やっぱりこれ、ブサイク……)

 

 そんな二人に店番らしいNPCが、恐るべき愛想の良さで話しかけてきた。

 

「それは最近実装された、連発式グレネードランチャー、格好いいよね!

最大射程は四百メートル、回転式だから、引き金を引くだけで、

一気に六発の弾を三秒で発射出来る優れものですよ!」

「いいねいいね、爆弾の雨あられだね!

で、一応確認するけど、これってこれと同じ物だよね?」

 

 そう言ってフカ次郎は、レンが持っていたグレネードランチャーを取り出した。

 

「何と、お客様は既にこれと同じ物を一丁お持ちでしたか!それじゃあこれは不要……」

「よっしゃ、同じ物だ!ひゃっほー!これ買う、売って!」

「はぁ!?」

 

 NPCも驚く事があるのかと、この時レンはそう思ったが、

その事は口に出さず、別の言葉がレンの口をついて出た。

 

「やっぱりこうなるんだ……」

 

 そしてレンは、何気なくそのグレネードランチャーの値札を見た。

そこには三百万と書かれており、レンは眩暈を感じた。

 

「た、高っか……」

 

 その言葉にフカ次郎は、あっさりとこう言った。

 

「大丈夫、買える買える!私達にはだぁりんがいるからね!」

「いや、まあそれはそうだけど……」

「これで二丁持ちだからバカスカ撃てるね!弾もあるだけ買う!」

「ちょ、ちょっとフカ……」

 

 そこにはかなり多くのグレネード用の弾の在庫があるのが見てとれ、

さすがに全部となると、どれほどの金額になるのかと再び眩暈がしたレンは、

フカをなだめようと声を掛けようとしたが、フカはそんなレンにこう言った。

 

「ああ、お金は大丈夫!だぁりんがいるから!」

「照準器は外しますか?ちょっとお金はかかりますけど、

バレットサークルがあればいらないですし」

「おう、そうしてくれい!」

「ちょっとぉ……」

「大丈夫、だぁりんがいるから!」

 

 フカ次郎は最後まで、それでレンを抑え切った。さすがのレンも、

まさかフカ次郎が一気に六百万近くも買い物するとは思っていなかった。

 

(まあいいか、シャナは億単位で持ってるって言ってたはずだし……)

 

 そんなレンの気持ちを知ってか知らずか、フカ次郎は続けてレンにこう言った。

 

「よ~しレン、この調子で装備を整えるぞ!」

「はぁ……」

 

 レンはため息を付きながらも、心の中でシャナに謝りつつ、買い物を続行する事にした。

もっともシャナが、ゲーム内のお金を使いすぎたからといって、

それに対して文句を言う事は、当然ありえないのであるが。

 

「これ、レンのと同じ奴じゃない?」

「どれ?あ、あれ?これって……」

 

 それは確かにレンが今装備しているのと同じ、十狼仕様の防弾アーマーであった。

レンはそれを、前回のスクワッド・ジャムの際、シャナから与えられていた。

ちなみにもちろん色はピンクに変えてもらっていた。

 

「な、何でこんなものが売れ残ってるの?これってかなり性能がいいのに……」

 

 レンはそう考えたが、それは当たり前なのである。

十狼のお膝元で、あえて十狼専用装備を買うような勇者はいないのだ。

ちなみにそのせいで、レンは十狼の準メンバー扱いされているのだが、

その事にレンは気付いていない。

 

「よし、これにする!店員さん、これのカスタムをお願い!」

「はい、かしこまりました!」

 

 そしてレンは、再び値札を見て卒倒しそうになった。

 

「こ、これって二百万もするんだ……」

 

 レンはその金額を見て、金銭感覚が狂わないようにと、

今回は特別、今回は特別と、自分に言い聞かせた。

 

「大丈夫、だぁりんがいるから!」

 

 フカ次郎はもちろんそんな事はせず、他にも弾を収納するポーチを値段も見ずに買い、

まあそれは大して高い物ではないのだが、次に短剣のコーナーへと向かった。

 

「あっ、これ、超格好いい!」

「え、どれどれ?」

 

 そんな中、フカ次郎が選んだのは握りの部分にナックルガードがついた短剣であり、

素材は何と、例の宇宙船の装甲板で出来ていた。ちなみに製作者はイコマだった。

 

「だから何でこれが売れ残ってるの……というか何でフカは、値段も見てないのに、

常に性能のいい武器に目を付けるの……」

 

 その短剣もお値段は百万ほどであり、レンは再びクラッとした。

 

「こ、これも百万……」

「大丈夫、だぁりん愛してるぅ!」

「どさくさに紛れて何言ってるの……」

「ただの本心だって!言いたければレンも言えば?」

「い、言わないから!」

「それじゃあ店員さん、これも下さ~い!」

「あ、ちょっと!」

「毎度あり!お、それですか」

 

 そして店員は、その短剣の説明を始めた。   

 

「それは昨日入荷したばかりの業物ですよ、お客さん、目が高いですね」

「ふふん、だろう?これからは私の事を、いい仕事してま次郎と呼んでくれ」

 

 フカ次郎はそう調子に乗ったが、レンは別の事を考えていた。

それは先ほど店員NPCが言った、昨日という言葉についてだった。

 

「た、たまたまイコマさんが昨日ログインしてて、たまたまこの武器を作ろうと思って、

何となくこの店に売ったと……な、何という偶然……そしてフカの強運……」

 

 実際偶然ではあったが、確かにフカ次郎の強運は驚異的だった。

この店以外だと、グレネードランチャーは連発式じゃない物が置いてあったかもしれず、

我慢出来ないフカ次郎の性格上、そっちを買ってしまった可能性が高いからだ。

そう考えると確かにフカ次郎の強運は恐るべきものだった。

 

(この強運が、私達に有利に働いてくれたら最高なんだけどなぁ)

 

 レンはそう思いつつ、フカ次郎の希望通りの装備を全て購入した。

 

「よ~し、こんなもんかな」

「だね、それじゃあ試しに狩りに……」

「それじゃあレン、次はグレネードの弾を買占めに、他の店に行くぞ!」

「そ、そうくるんだ……」

 

 こうして他の店もくまなく回った結果、

二人はいわゆる『だぁりんがいるから資金』を全て使い切った。

 

「す、すっからかんになった……」

「よ~しレン、だぁりんには今度体を張ってお礼をする事にして、

今から狩りに行って色々試すぞ!えいえいお~!」

「か、体って……はぁ、突っ込む元気も無いよ、お、お~……」

 

 レンは力なくフカ次郎に合わせ、よろよろと腕を振り上げた。

そして二人はいわゆるレンの縄張りの砂漠地帯へと向かい、武器の性能の検証を始めた。

 

「さあ、いこうぜ!」

 

 フカ次郎は現地に着くと、二丁のグレネードランチャーを両手で構え、

ニヤリとしながらそうレンに声を掛けた。

 

「オーケー、いつでもいいよ」

「了解!いくぜ!」

 

 フカ次郎は、遠くに見えるアルマジロのような敵を見据え、

グレネードランチャーの引き金に指を触れさせた。

その瞬間に地面にバレットサークルが写り、

フカ次郎は狙いを付けて両手の引き金を三度、連続して引いた。

 

 ドン、ドン、ドン!

 

 直後に三発の銃弾が放物線を描いて飛び、敵の近くに着弾したが、直撃はしなかった。

それでもダメージは与えたようで、それを確認したフカ次郎は、気分がよくなったのか、

こう言いながら再び三度引き金を引いた。

 

「ひゃっほ~!汚物は消毒だぁ!」

 

 フカ次郎は更に続けて引き金を引いたが、四度目の弾は発射されず、

フカ次郎はそれを見て、思い出したかのように一瞬ハッとした顔をした。

これは単純に、このグレネードランチャーの装填数が六発だったからである。

そしてフカ次郎は、ダメージを受けつつも生き残った敵を見て、促すようにレンに言った。

 

「レン!」

 

 レンはその言葉を受け、凄まじい速さで敵に肉薄すると、

敵に向かってピーちゃんのフルオート射撃をかまし、敵を殲滅した。

 

「やっぱりバレットサークルって楽でいいねぇ」

 

 そのフカ次郎の言葉に興味を引かれたのか、レンはフカ次郎にこう言った。

 

「グレネードランチャーのバレットラインってどう見えるのかな、

フカ、試しに私に狙いを付けてみて」

「あいよ~!」

 

 そしてフカ次郎は言われるままに引き金に指を触れさせ、

その瞬間にレンに向かって、放物線状の赤いバレットサークルが伸びてきた。

 

「ああ、やっぱりこうなるんだ、まあ当たり前だよね」

 

 うんうんと頷くレンに、フカ次郎がしれっとこんな事を言った。

 

「ふむふむ、それじゃあ今度は、ちょっと避ける練習をしてみてね」

「はぁ!?」

 

 そしてフカ次郎はためらいなく引き金を引き、

レンに向かってグレネードの弾が発射された。

 

「い、嫌ああああああああああ!」

 

 レンは必死でそれを避け、快足を飛ばして鬼の形相でフカ次郎の下へとたどり着いた。

 

「おお、見事だね、足速いね!」

「見事じゃない、危ない、怖い!」

 

 レンはそう言うフカ次郎に、必死で抗議した。

そんなレンに、フカ次郎は諭すようにこう言った。

 

「何言ってるの、スクワッドジャムの時はもっと怖いんでしょ?」

「ああ、まあそれは確かに……」

 

 レンはその言葉に簡単に誤魔化され、そう頷いた。

どうやらレンにはチョロインの素質があるようだ。

 

「しかしこれだけじゃ戦えないね、やっぱりこれは、前に仲間がいてこそ輝く銃だね」

 

 フカ次郎はグレネードランチャーをぷらぷらさせながらそう言い、

レンは思わず驚いた顔でフカ次郎の顔を見た。

 

「ん、何?私の顔に何かついてる?それとも私が欲しくなった?レンのえっち!」

「どうしてそうなるの!フカの的確な分析にちょっと驚いただけだってば!」

「ふふん、もっと褒めてくれたまえ、こう見えて、戦歴は長いのだよ!」

「うん、素直に凄いと思う」

「おおう、レンがデレた……」

「デレてないから!っと、ところでさ、

今のを見てて、試してみたくなった戦法があるんだけど」

「ほう?聞こうか」

「えっとね……って、やばい、そろそろ参加申し込みの締め切り時間だ、

フカ、例の友達の登録をお願い!」

「おっと、もうそんな時間か、あいよ~!」

 

 そしてフカ次郎は、レンから見えないように、

四人目の欄にキリトと名前を書くと、レンの顔を見た。

 

「チーム名はどうするの?」

「あっ、忘れてた……えっと、師匠のY、レンのL、フカ次郎のF、フカの友達は?」

「その法則だと、Kだね」

「それじゃあYKLF……いや、LF……う~ん……」

「LFKYでしょ、どう考えても」

「その心は?」

「レンフカ空気読め」

「あははははは、あはははははは、そ、それじゃあそれで」

「了解!」

 

 そしてフカ次郎は、そのまま申し込みを完了させた。

 

「オーケーオーケーこれで良し」

「良かった良かった、それで思いついた戦法なんだけど……」

 

 レンはそう言ってフカ次郎にとある提案をし、フカ次郎はその提案を直ぐに受け入れた。

 

「いいね、やろうやろう!」

 

 そのまま二人はしばらくその場に留まり、しっかりと連携を確認した後に街に戻った。

 

「外でやれる事は全部やれたかな?」

「多分ね、後は当日のフィールドがどうなってるかだけど」

「残りのうち、今出来る事は全部やっておこう」

「了解!」

 

 そして二人はレンタルスペースを借り、飲み物と食べ物を注文しながら相談をはじめた。




キリトを出すとか空気読めよ、と。


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第568話 レヴェッカ・ミラー

「まさかあのシャナが、君みたいな若者だったとはな、まだ子供じゃないか」

「俺はこれでも成人してるんだが、まあ日本人は若く見えるって言うからな、

間違えても仕方ないな、おっさん」

 

 ガブリエルは当然八幡のデータは入手し、目を通しているはずなので、

これは単に軽口もしくは初っ端のジャブのような物だろう。

それに対し、八幡は憎まれ口で返事をし、ガブリエルはふふんと鼻で笑った。

 

「まあ九人も女性を囲ってるんだ、若く見えるのは当然だろうな」

「いや囲ってねえから」

 

 八幡は咄嗟にそう答え、直後に盛大に舌打ちした。

このやり取りは、どうやらガブリエルの勝ちのようである。

 

「チッ、言っておくが、俺は負けたとは思ってないからな」

「それは今の会話の事か?それともBoBの事か?」

「さて、どっちだろうな」

 

 八幡はそう言いながら、フン、と鼻を鳴らした。

 

「あの時は……いや、終わった事はもういいか、今回は助けられたな、ありがとう」

「いやいや、お前しっかりと反応してたじゃねえかよ」

「それでも助けられた事には変わりないだろう、いい動きだった」

「お褒めいただいて恐縮だが、あんな動き、一瞬しか出来ないって。

俺は所詮素人だからな、今もほら、足がガクガクだ」

「そう言いながらしっかり立っているようだが……」

「かっこ悪いところを見られないように無理してるだけだって」

「そうか、無理をさせてしまってすまないな」

 

 ガブリエルはその八幡の言葉を信じたのか、素直にそう言った。

実際この時八幡の足は、少し痙攣ぎみであった。急制動をかけたのが響いているのだろう。

だが八幡は、ガブリエルの前では死んでも弱音は吐くまいと、虚勢を張っているのだった。

 

「しかし護衛対象に助けられるとは俺もヤキが回ったもんだな」

「貸しだからな、貸し」

「貸しか、面白い、で、その貸しはどうやって返せばいい?」

「そんなのは自分で考えろ、ちなみに俺は、第四回BoBにはエントリーするつもりだ」

「ほう………」

 

 ガブリエルはその言葉に目を細めた。

 

「前回の大会の時は、仕事が入っていた上に、

アメリカからの接続が遮断されていたから参加出来なかったが、ふむ」

 

 ガブリエルは少し考えた後に、八幡にこう言った。

 

「確約は出来ないが、仕事が入っていなかったら必ず参加すると、約束しよう、

今はこのくらいが精一杯だがそれでいいか?」

「まあ仕事じゃ仕方ない、十分だ」

「しかしこれは、借りを返す事になるんだろうか」

「本人同士がそう思ってるなら、そうなるんじゃないか」

「そうか、それならいい」

「今度は絶対負けねえ」

「今度も絶対に負けん」

 

 そして二人は不敵に笑い合い、自分達の部屋に戻ろうとした。

だが振り向いた八幡の目の前に、黒いマスクを被った傭兵が一人、立ちはだかっていた。

 

「うお」

「おいお前、お前がシャナなのか?」

 

 いきなりその壁からそんな言葉が聞こえた為、八幡はぎょっとした。

背後に誰かいる気配は感じていた為、驚いたという訳ではない、

八幡がぎょっとしたのは、自分よりも背の高いその傭兵が、

その声で女性だと気付いたからだった。

 

「何だ?気付いてたんだろ?何故驚く」

「いや、あんたが女性だっていうのはさすがに分からなかったから、少し驚いた」

「ん、ああ、そうか」

 

 その女性はそう言ってマスクをとった。

その顔は、どこかガブリエルに似た顔をしているプラチナブロンドの美人だった。

 

「あんた、その顔……」

「俺の顔に何かついてるか?」

「あ、いや」

 

 そう言いながら八幡は、チラリとガブリエルの方を見た。

 

「そいつは俺の妹だ」

「やっぱりかよ」

「レヴェッカ・ミラーだ、宜しくな、少年」

「お、おう、宜しく」

 

 そう言ってレヴェッカは八幡に手を差し出し、二人は握手を交わすかに見えた。

その瞬間に八幡は手を引き、レヴェッカは驚いたような顔で言った。

 

「よく分かったな」

「何だよ、やっぱり関節でも極めるつもりだったのか?」

「正解だ」

「お~いガブリエル、お前の妹、手癖が悪いみたいだぞ」

「粗忽者ですまないな」

「お前、よくそんな日本語を知ってるな……」

 

 八幡がそう言いながらガブリエルの方に振り向いた瞬間に、

レヴェッカはいきなり八幡の首に手を回し、自分の胸に押し付けた。

 

「ふふん、捕まえた」

「おいこらやめろ、色々洒落にならないから!」

 

 レヴェッカは傭兵らしく、その肉体は引き締まっていたが、

こういう時のお約束通り、とてもグラマーな体型をしていた。

 

「おいガブリエル、何なんだよこいつ」

「答えは簡単だ、レヴェッカは、お前のファンなんだよ」

「はぁ?」

「BoBで俺と互角にやり合ったのを見てファンになったらしい」

「そういう事か……」

 

 そしてレヴェッカは、とても嬉しそうにこう言った。

 

「お前本当に格好いいよな、あのゲンペイガッセン?とかいうのにはしびれたし、

他にも色々活躍してるよな、いやぁ、まさかこんな所で会えるなんて思わなかったぜ」

「そりゃどうも、ってかとりあえず離せって」

「いいじゃねえか少しくらい、減るもんじゃないだろ」

「俺の理性がゴリゴリ減ってくんだよ!」

「とか言って、本当は嬉しいんだろ?ほれほれ」

「ガ、ガブリエル、何とかしてくれ!」

「レヴェッカ、そのくらいに……」

 

 その時二人の背後から、八幡が一番恐れていた声が聞こえた。

 

「八幡君、さっきから見てると随分楽しそうだけど、

まさかその子の胸の感触を楽しんだりはしてないかな?かな?」

「待て明日奈、どこからどう見ても俺は楽しんだりはしていない、

むしろ最初から、離せと連呼しているくらいだ」

「ん、誰だお前?」

 

 レヴェッカはその声を聞き、やっと八幡を開放し、振り向いた。

その喉にいきなり棒状の物が突きつけられ、レヴェッカは咄嗟には反応出来ず、固まった。

よく見るとそれはただの傘であり、別に危険でも何でもない物だったのだが、

レヴェッカはその傘が白刃に見え、思わず懐に手を入れた。

だが明日奈はその手を傘で突き、懐の銃を抜かせなかった。

 

「そんな物を出したらガブリエルさんに怒られるよ?」

「ちっ、何なんだよお前は」

「私?私は……」

 

 そして明日奈は満面の笑みでレヴェッカに言った。

 

「彼の婚約者にして、永遠のパートナーである結城明日奈だよ」

 

 その言葉が脳に染み入ったところで、ガブリエルとレヴェッカは八幡と雪乃を交互に見た。

そして雪乃が慌てて目を背け、八幡がまったく動じないのを見て事情を察したのか、

二人は生暖かい目で八幡の方を見た。

 

「おいお前ら、俺をそんな目で見るな」

「いやぁ、あっはっは、そういう事だったのか、君も大変だな」

「だから俺をそういう目で見るな」

「ああ、それじゃあもしかして、あんたがシズカなのか?」

「うん、そうだよ」

 

 シャナのファンを自称するレヴェッカは、物知り顔でそう言い、明日奈もそれを肯定した。

 

「なんだ、てっきりあっちにいるのがシズカだと思ってた、

だってどう見てもあっちの方がシズカっぽいだろ?」

「あ~、うん、それは確かにね、ちなみに雪乃はニャンゴローだから」

「えっ?」

 

 そう聞いたレヴェッカは光の速さで雪乃のところに行き、じろじろとその顔を覗き込んだ。

 

「ま、まじかよ……あんた、本当にあのニャンゴローなのか?」

「う……そ、その通りだ、どうだ驚いたか、あはははは」

 

 雪乃は開き直ったように微妙に先生が混じった口調でそう言い、

レヴェッカはそんな雪乃の胸を見ながら言った。

 

「それにしちゃ、こっちは随分……」

「し、失礼な、どこを見ながら言っているのだ!」

「おう、悪い悪い、あまりのギャップについ、な」

「レヴェッカ、そのくらいに」

「おう、すまん兄貴、もうおふざけはこのくらいにするよ」

 

 レヴェッカはガブリエルにそう言われ、大人しく八幡の所に戻り、開口一番にこう言った。

 

「うし兄貴、俺は目的地に着くまでこの連中と行動を共にするぜ、いいだろ?」

「それは別に構わないが……」

 

 そう言いながらガブリエルは八幡の方を見、八幡は仕方ないという風にそれに頷いた。

 

「お許しが出たぞ、レヴェッカ」

「有難てえ!うし、シズカ、ニャンゴロー、GGOの話を色々聞かせてくれよ」

「あ、う、うん」

「仕方ない、付き合ってやるか」

 

 そして去っていく三人の方を見ながら、ガブリエルは八幡に言った。

 

「悪いな、あいつはちょっと感情をストレートに出しすぎるところがあってな」

「いや、まああいつらに、アメリカでいい友人が出来たと思えばまったく問題ない」

「職業柄、今後敵対する可能性もあるから、あまり推奨は出来ないんだがな」

「その時はお前だけ敵対してくれ、あいつらが殺し合いをする場面なんざ見たくないだろ?」

「まあな」

 

 そしてガブリエルと八幡は、今後の予定を話した上でこの日はそれぞれの部屋へと戻った。

だが八幡は忘れていた、これから自分が、十人の女性に囲まれて、

男一人で寝ないといけない事を。

 

 

 

「ジャンケン、ポン!」

「あいこでしょっ!」

「………お前ら、何ジャンケンなんかしてんの?」

「決まってるじゃない!、誰が八幡君の隣で寝るかの勝負だよ!」

「片方は明日奈で決まりだから、もう片方をね!」

「つ~か何でレヴェッカまで参加してるんだよ……」

 

 その勝負が決着した後も、頭方向、足方向の場所決め勝負が行われ、

八幡は勝負に不参加の紅莉栖と共に、体育座りでその光景を眺めている事しか出来なかった。

 

「俺は早く寝たいんだが……」

「我慢しなさい、私だって我慢してるんだから」

「お、おう、何か悪いな」

「もう慣れたわ、そう言えば先輩、何事もなく無事に教授の所に着いたってよ」

「そうか、それは朗報だな、いよいよ明日か」

「ええ、明日ね……」

 

 こうして八幡は、明日の午前中にガブリエルの雇い主に会った後、

ついにレスキネン教授と対面する。



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第569話 ほんのちょっとの我慢だから

「お~う、調子はどうだ?準備は整ったか?」

「師匠!」

「ヤミヤミ、お帰り!」

 

 二人が二人での連携を色々と話し合っていると、そこに闇風がコンタクトをとってきた。

どうやら用事が早めに終わったらしい。

 

「で、フカのスタイルはどうなったんだ?」

「うん、結局これにした」

 

 フカ次郎はそう言って、グレネードランチャーを二丁構えた。

 

「え、まじか、結局そうなったのか、というかよく同じのがもう一丁あったな……」

 

 そう思ったのも束の間、続けてフカ次郎が、

ドン、ドン、とグレネードの弾を積み上げていくに連れ、闇風の頬は徐々に引きつり始めた。

 

「よく見ると装備もどこかで見たような装備だし、これ、全部でいくらかかったんだ?」

「レン、いくら?」

「きゅ、九百八十万……」

 

 その桁違いの金額は、さすがの闇風も予想していなかったようだ。

 

「まじかよ!?というかレン、なんでお前、そんなに金持ちなんだ!?」

「あ、師匠、それはですね……」

「『だぁりんがいるから資金』だよね、レン」

「だ、だぁりん?」

 

 闇風は意味が分からずきょとんとした。

 

「あの、師匠、これはシャナにもらったお金です!」

「シャナに?ああ、それなら納得だ……」

 

 闇風もかなり所持金は多い方だが、さすがにシャナと比べると、決して多いとは言えない。

もちろん平均よりは遥かに多いのは間違いなのだが、今回は比較対象が悪すぎた。

 

「で、フカはシャナをだぁりん扱いして、それを全部使い切ったと……」

「は、はい……」

「これをシャナが知ったら血の雨が降るかもしれないな……」

「ですね……シャナはフカには結構容赦ないですから」

「ん?何か言った?」

「いやいや、何でもない、強く生きろ」

「そうそうフカ、何でもないよ、頑張って!」

「おうよ、任せておけ!」

 

 そうガッツポーズをして気合いを入れるフカ次郎を見て、

二人は何ともいえない気分になったが、とにかく頑張らないといけないのは間違いない為、

二人も気を取り直し、そして闇風が、持ってきた情報を披露すると言い出した。

 

「師匠、情報収集してくれたんですか?」

「おう、合コンに向かう友達を遅刻させてやろうと思って捕まえてな、話を聞いてきたぜ」

「師匠、私怨にしか聞こえません」

「ヤミヤミ鬼畜!」

「何とでも言え、俺を誘ってくれなかったあいつが悪い」

 

 闇風はそう言うと、二人に今回のスクワッド・ジャムに参加予定の、

有力チームの情報を語り始めた。

 

「先ず最有力とされているのは……俺達らしい!」

「おおっ」

「さっすが私達、最有力候補!あ、といっても私はこっちじゃ無名か」

 

 そのフカ次郎の言葉に、闇風はちっちっちと指を立てながら言った。

 

「いや、それがそうでもない、フカ次郎なんて名前は滅多にある名前じゃないから、

お前がALOのフカ次郎じゃないかという噂はすでに広がっているようだ」

「そ、そうなの?」

「おう、なのでそれも加味しての評価だな、多分」

「おお……私ってばそんなに有名人だったんだ!」

「お前がじゃない、ヴァルハラがだ」

 

 実際はキリトの名前がメンバー表にあるからなのだが、

闇風はその事は知らず、薄塩たらこにフカ次郎の事だけを告げた。

そのせいで薄塩たらこも、あえてキリトの事には触れず、フカ次郎の話だけをした為、

闇風はそれがキリトのネームバリューによるものだという事は気付いていない。

なので闇風は、フカ次郎が調子に乗らないように釘を刺すと、

続けて色々なチームの名前を上げはじめた。

 

「次はピトフーイのチーム、PM4だな、

ピトフーイとエム、それに正体不明の謎の四人組のチームだ」

「師匠は正体を知ってる癖に……」

「そ、その方が面白いだろうが!それに俺もギンロウ以外は誰なのか知らないからな!」

 

 闇風は言い訳がましくそう言った。

 

「あとは前回レンも戦ったと思うが、MMTM、そして今売り出し中のチーム、SHINC」

「SHINC?聞いた事ない名前ですね」

「お前にとってはそうかもな、SHINCってのは、いかつ………

いや、ちょっと体格のいい女性五人組のチームで、

まあ何というか、シャナのお小姓みたいな奴等だ」

「えっ?」

「そんな人達がいたんだ……」

 

 そして闇風は、伝え聞いたシャナとSHINCの出会いについて語った。

 

「うわ、シャナ、容赦なさすぎ……」

「だぁりんって意外とそういうトコあるよね」

 

 そこまでではないが、同じように叩かれて成長してきたフカ次郎は、

感慨深げにそう言った。

 

「まあそれを恨みに思う事なくシャナにくっついてるような奴等だ、

シャナに対する忠誠心は高い。前回大会の時は、用事があって参加出来なかったようだが、

その分今回の大会にかける意気込みも高いようだ。

そして何より、あいつらはどうやらレン、お前の首を狙ってるようだな」

「え!?会った事もないのに何でですか?首を洗って待ってろ状態ですか!?」

「レン、大人気だな、友達として鼻が高いぞ」

「そんな人気欲しくないから!」

 

 レンはそう言ってフカ次郎に抗議した。

 

「前回シャナの役にたてなかったのが、本当に悔しかったんだろうな、

その分シャナの役にたちまくってしまったお前に対して、ライバル意識があるんだろう」

「というか、そもそも私の問題だったから!」

「お前の主観はそうだろうが、他の奴にはそんな事は分からないからな」

「ああもう、私はピトさんを倒したいだけなのに……」

「仕方ないだろ、ディフェンディングチャンピオンとして受けて立て、

と言いたいところだが、仕方ないからあいつらは俺ともう一人の参加予定の奴で抑えてやる、

おいフカ、お前の知り合い腕は、ある程度信頼していいんだよな?」

「あ、うん、それは大丈夫」

 

(というかBoBの優勝者なんだけど……)

 

 フカ次郎はそう思いつつも、

サプライズの為に奥歯に物のつまったような言い方しか出来なかった。

 

「それなら問題ない、あいつらは………俺がやる」

「お、お願いします、師匠!」

「おう、任せておけ、でもそうなるとピト達六人の相手を、

お前達二人でしないといけない可能性が高いんだが、大丈夫か?」

「死ぬ気でやります」

「絶対にヴァルハラの名に泥を塗らないようにするつもり」

「そうか、ならいい」

 

 闇風はその二人の意気込みを買い、それ以上は何も言わなかった。

 

「まあ可能なら俺達も、SHINCだけじゃなく他の奴も抑えるつもりだから、

二人だけで立ち向かう事になるかどうかは分からないけどな」

「あ、それいいですね、という訳で師匠、他の奴らは全員殺っちゃって下さい!」

「いえ~い!ヤミヤミ最強!ヤミヤミジェノサイド!」

「お?い、いえ~い、俺様最強!俺様ジェノサイド!」

 

 調子に乗ったフカ次郎にそう言われ、闇風はフカ次郎に合わせ、ハイタッチをした。

しかしそれは、まるで闇風がジェノサイドされてしまうような響きを伴っており、

微妙にフラグっぽいセリフでもある。そして直後に闇風は我に返り、慌ててこう突っ込んだ。

 

「って違う!さっきはちょっと格好いい感じで意欲満々だったのに、

いきなり俺達に頼るような事を言うんじゃねえ」

「え~?でもその方が楽だし、目的達成が最優先だし?」

「レン、お前な……ガキか!」

 

 その言葉にレンは、ぱっと顔を輝かせた。

 

「はい師匠、私、小さなガキなんです!」

「何故そこで喜ぶ……」

 

 事情を知るフカ次郎は、そのやり取りに突っ込みたくてうずうずしていたが、

レンの気持ちも分かるので、そこは空気を読んで何も言わない事にした。

 

「他にもZEMALとか、前回の大会に参加してた奴らがほとんど出場してくるから、

雑魚に足を掬われないように気を付けるんだぞ」

「はい!」

「おうよ、狙うは優勝!それが無理でも絶対にそのピトさんって人は倒すぜ!」

「お~!」

 

 こうして三人は、高い士気のままスクワッド・ジャム当日を迎える事となる。

 

 

 

 一方その頃八幡は女性達に囲まれてしまい、今夜は本当に寝れるのだろうかと悩んでいた。

八幡の右には明日奈がおり、左にはジャンケン大会で一位になった陽乃がいる。

頭方向には志乃が陣取り、足元にはレヴェッカが座りこみ、八幡は完全に包囲されていた。

 

「なぁ、俺、はしっこの方がよく寝れるんだけど……」

「何言ってるの、私の勝利を無にするつもり?」

「ですよね……」

 

 八幡のその主張は、陽乃によって即却下された。

ちなみに負け組は、PCを操作しているアルゴの周りに集まり、

何か話し合っているようだった。実に潔い。

 

「大丈夫大丈夫、ほら、このメンバーって母性の大きな人が集まってるじゃない?

だから八幡君も、きっと安眠出来るんじゃないかな」

「母性………?あっ………」

 

 繰り返して言うが、今八幡を囲んでいるのは、母性の大きな三人である。

それは胸の大きさに比例していると志乃は言いたいようだ。

そう察した八幡は、志乃の格好を見ながら抗議した。

 

「言いたい事は何となく分かりますが、

とりあえず志乃さんはもう少し胸の辺りを何とかして下さい、

それはさすがに開放しすぎです」

「え~?だって暑いんだもん」

「いいから胸を隠せつってんだよ!俺が困るんだよ!」

 

 その瞬間に、八幡の膝がミシリと音を立てた。その膝を、明日奈が笑顔のまま掴んでいた。

 

「八幡君、何が困るのかな?かな?

八幡君はずっとこっちを向いて寝てればいいんじゃないかな?かな?」

「仰る通りです、すみませんでした」

 

 八幡は膝の痛みに耐えつつ、正座で明日奈にそう頭を下げた。

そして明日奈の方を向いたまま八幡が頭を上げた瞬間に、

八幡の後頭部が柔らかい物に包まれ、上半身が背後から回された手で拘束された。

 

「油断大敵ってこの事よねぇ」

 

 八幡の頭を胸でキャッチしながら陽乃はそう言い、さすがの明日奈も目付きを鋭くした。

そして八幡もそんな空気を感じ、即座に陽乃にこう言った。

 

「おい馬鹿姉、その駄肉をどけろ」

「え~?せっかく明日奈ちゃんに、

とっておきの胸を大きくする方法を教えようと思ったのにぃ?」

 

 その瞬間に明日奈はニコニコ笑顔になり、一部の女子達が、

こちらの言葉を一言も聞き漏らすまいと、神経を尖らせる気配がした。

 

「明日奈、騙されるな、それよりも早くこの駄肉をどけさせてくれ」

 

 その言葉に明日奈は葛藤した様子を見せ、口をぱくぱくさせ始めた。

そして明日奈は八幡の顔色を伺うようにこう言った。

 

「は、八幡君、とりあえず言ってもらってみてから判断すればいいんじゃないかな?」

 

 その言葉に一部の女子達は、うんうんと頷いた。

 

「いやいや、どうせ俺に揉んでもらえとか、それに似たような事を言うに決まってる、

この馬鹿姉の考える事なんて所詮そんなもんだ」

 

 八幡がそう言い返すと、一部の女子達から脱力したような空気が伝わってきた。

確かにそれなら効果はあるかもしれないが、

昔から言われてきた事であり、特に真新しさがある意見ではないからだ。

 

「違うわよ?」

 

 だがその八幡の意見を聞いた陽乃が、すぐにその言葉を否定した。

明日奈は目を見開き、一部の女子達は、再びこちらに注意を向け始めた。

こうなったらとりあえず言わせてみないと収まらないと思った八幡は、仕方なくこう言った。

 

「はぁ、分かった分かった、言うだけ言ってみてもいいから、

とりあえず俺の頭を離してくれ、明日奈もそれでいいか?」

「あ、う、うん」

 

 だが陽乃はその言葉をも否定した。

 

「駄目よ、むしろ明日奈ちゃんも、前から八幡君に胸を押し付けなさい。

それが胸を大きくする方法の第一段階よ」

「えっ?」

「はぁ?」

 

 これは剣呑な状況になってきたなと思った八幡は、

仕方なく力ずくで陽乃の手を引き剥がそうとしたが、

その瞬間に陽乃は八幡の肩を極め、その手はどうやっても引き剥がせなかった。

 

「くっ……」

「ふん、未熟者め」

 

 その光景を見た瞬間、今までニヤニヤしながら成り行きを見守っていたレヴェッカが、

目を輝かせながら陽乃に言った。

 

「おいおい何だそれ、関節技か?姐さん、後で俺にもそのやり方を教えてくれないか?」

「別にいいわよ、二つほどお願いを聞いてくれるなら」

「二つ?どんな?」

 

 レヴェッカは身を乗り出しながら、あっさりと陽乃にそう言った。

 

「そうねぇ、一つ、私達が日本に帰った後、もし手が空いたらそのまま契約を延長して、

うちの社に八幡君のボディーガードとして出向してくれない?」

「えっ?マジでか?」

 

 さすがの八幡もその言葉に驚いたが、よく考えると、

少なくともジョニー・ブラックが逮捕されるまでは護衛は必要かもしれないと思いなおし、

特にそれ以上その提案に突っ込む事はしなかった。

 

「それは楽しそうだな、兄貴と相談になるが、オーケーが出たら別にいいぞ。

で、もう一つのお願いってのは何だ?」

「そっちは今ここで解決するわ、八幡君を逃がさないようにするのを手伝って頂戴」

「そんな事でいいのか?お安い御用だぜ」

 

 そう言いながらレヴェッカは、何故か陽乃と同じように、八幡の顔に胸を押し付けた。

 

「よし、契約成立でいい?」

「兄貴次第だが、それでオーケーだ」

「お、おいレヴェッカ、何でそうなる!」

「ああん?捕虜が文句を言うなっての」

「俺は捕虜じゃ……」

 

 そう言いかけた八幡の顔に、今度は明日奈がいきなりその胸を押し付け、

驚いた八幡は、何とかやめさせようと口を開こうとした。

だがそれに先んじて、明日奈は八幡にこう言った。

 

「ごめんなさいごめんなさい、でも私の勘がどうしても囁くの、

これから姉さんが言う事を聞かなくちゃいけないって。

だからほんのちょっと、本当にほんのちょっとでいいから我慢して、八幡君!」

「あ、明日奈……」

「ごめんなさいごめんなさい、ほんのちょっとの我慢だから!」

 

 その光景を見た志乃も、大笑いしながら自らの胸を八幡の頭に押し付けた。

 

「あはははは、これから何が起こるの?

それじゃあ私も便乗っと、さて、ここからどうなるのやらだね」

 

 さすがにこの状況を見て見ぬフリなど出来ないのか、

他の者達も全員八幡を囲むように集合し始め、

陽乃が口を開くのを今か今かと待ち構えていた。

そして陽乃は、八幡の耳元に口を寄せ、こう言った。

 

「八幡君、今から私が言うセリフを復唱したら解放してあげるわ。

なので何も考えずに、気持ちを込めてその言葉を復唱しなさい」

「わ、分かった、この状況から解放されるなら言う通りにする」

 

 その言葉に八幡は、他に選択肢は無いとばかりにこくこくと頷いた。

 

「それじゃあいくわよ、『俺の……』」



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第570話 雪ノ下流豊胸術

 陽乃が「俺の……」と言いかけた瞬間に、

その場にいた者達は、それに続く言葉は何だろうと思い、ゴクリと唾を飲み込んだ。

そして陽乃は、溜めに溜めた後、一気に八幡の耳元でこう言った。

 

「俺の子を産んでくれ、愛してる」

「俺の子を産んでくれ、愛してる!」

 

 陽乃のその言葉を、八幡は何も考えずに感情を込める事だけを考え、復唱した。

そして直後に今自分が何を言わされたのか理解し、愕然としたのだが、

その瞬間に、明日奈が後ろにパタリと倒れ、次に志乃がぶるっと震えながら後ろに倒れた。

続けてレヴェッカと陽乃もパタリと後ろに倒れ、八幡はそれで解放された、

されたのだが、八幡は何が起こったのか分からず、倒れている四人を見てぽかんとした。

 

「い、今何が起こった?」

 

 八幡はそう言いながら、きょろきょろと辺りを見回したのだが、

驚いた事に、遠くにいた者達も全員ひっくり返っていた。

 

「お、おい……」

 

 だが誰からも返事は無い。困った八幡は、慌てて背後に倒れていた陽乃を揺さぶった。

 

「おい馬鹿姉、今のは何だ?一体何が起こった?」

 

 それでやっと覚醒したのか、陽乃は頭を振りながら体を起こし、

他の者達も徐々に覚醒し始めた。

 

「は、八幡君、どう?言った通りでしょ?」

「え、何が!?」

「胸が大きくなるって……」

「なってないよな!?」

 

 八幡は驚きながらもそう言ったが、

上半身を起こした明日奈が、驚いたような声でそれに反論した。

 

「な、何だか確かに胸が大きくなった気がする……」

「え、まじで!?」

 

 さすがの八幡も、その言葉には驚いたようだ。

そして他の者達も、口々に同じような事を叫んだ。

 

「た、確かにそんな気がする……」

「まさか……でもこの感触は……」

「どういう事なんだ?科学的な説明求ム」

「姉さん、あなたは一体何をしたの!?」

 

 そして陽乃はその雪乃の問いかけに、上気した顔でこう答えた。

 

「母性本能が仕事をしたのよ」

「「「「「「「「母性本能?」」」」」」」」

「というか、女性ホルモンかな」

「「「「「「「「女性ホルモン?」」」」」」」

 

 言われた事を繰り返す事しか出来ない一同に、陽乃は説明を始めた。

 

「ねぇ、胸が大きくなる時ってどんな時だと思う?」

「か、彼氏に揉まれた時?」

「それもあるけど、もっと物理的にほら、胸が大きくなる時があるでしょう?」

「物理的に?あっ、もしかして、妊娠した時?」

「正解!」

 

 陽乃はその答えに、満足そうに頷いた。

 

「それと今の現象とどんな……あっ、まさか……」

 

 興味本位で参加しながらも、確かに自分の胸が大きくなったと感じたらしい紅莉栖が、

何かに気が付いたのか、そう言った。

 

「多分そのまさかよ、要するに今私は、八幡君のセリフによって、

みんなの女性ホルモンにこう錯覚させたのよ、

愛する人から子供を産む事を求められている、これはもう胸を大きくするしかないって!」

「で、でも私は別に八幡の事を愛してる訳じゃないんですけど……」

 

 紅莉栖のその反論に、陽乃はあっさりとこう答えた。

 

「紅莉栖ちゃんの場合は、直接彼に触れていた訳じゃないから、

多分脳内で別の人の声に変換されたんだと思うわ、あなたが愛する彼の声にね」

「な、な、な………」

 

 紅莉栖は何かに思い当たったのか、ひどく動揺した態度でそう言った。

 

「どうやら心当たりがあったようね、まあそんな訳で、これが私が考えた、

雪ノ下流豊胸術よ、どう?確かに効果があったように感じられたでしょう?」

「おい馬鹿姉、それってただのプラシーボ効果じゃないのか?」

 

 八幡は冷静にそう突っ込んだが、そのセリフは誰も聞いていなかった。

この場にいた者達が皆、確かな手応えを感じてしまった為であろう。

そして八幡を囲む輪がじりじりと狭まり、身の危険を感じた八幡は、

女性陣を説得しようと必死で頭を回転させ始めた。

その間にも包囲の輪は狭まり、焦った八幡は、何とかロジックを組み立てる事に成功した。

 

「お、お前ら、連続でやると効果が薄れるぞ!

こういうのは続けて何度もやってしまうと、慣れちまって効果が薄くなるんじゃないのか?」

「そうね、確かにそれはあるかもしれないわ」

 

 その理屈には一理あると思ったのか、陽乃が最初に同意し、

他の者達も、その言葉に納得したような顔をした。

 

「そ、それに効果が伸びるか不明なんだから、先ずは明日奈に実験台になってもらって、

その結果を見てからどうするか判断すればいいんじゃないか?」

「そ、それは確かに……」

「その方が確実ではあるわね」

 

 こんな事で胸が大きくなるはずがないと確信していた八幡は、

せめて明日奈以外に同じセリフを言わなくていいようにと、必死でそう言い訳をした。

だがその八幡の心配はあまり意味が無かった。

何故なら直後に陽乃がスマホを取り出し、そこから聞きなれた自分の声が聞こえたからだ。

 

『俺の子を産んでくれ、愛してる!』

 

「うおっ」

「大丈夫大丈夫、何も問題ないわ、今からさっき録音したこの音声を無料で配るから、

それで各自が実験すればいいのよ」

 

 その言葉に八幡は、あんぐりと口を開けた。

 

「おお」

「さすが陽乃さん、ぬかりなしね」

「まあ紅莉栖ちゃんだけは、自力で何とかしてもらうしかないけど、

他の人は別に問題無いわよね?」

「無いです」

「むしろウェルカム」

「面白そう、何度か試してみよっと」

「はい、それじゃあ順番に送信するからね」

 

 そしてあれよあれよという間に、その音声データは全員に行き渡り、

八幡が気付いた時には、事態は取り返しのつかない状態になっていた。

 

「お、おい、馬鹿姉……」

「何よ、助けてもらったんだから恩にきりなさい」

「あ、ありがとう?」

「どういたしまして」

 

 それでやっと八幡はこの日、真の意味で解放された。

あとは明日奈がどう動くかだけだったが、明日奈も精神的に余裕が出たのか、

この日は特に何もしてこなかった。

 

「本当にこれで解決したのか?微妙に納得がいかないが……」

 

 結局陽乃が火をつけ、自らで鎮火しただけなのだから、

八幡がそう思うのも仕方ないだろう。だがとにもかくにも窮地を脱する事が出来た八幡は、

この出来事によって損をした者はいないはずだと自分に言い聞かせた。

そしてその日は疲れもあり、ぐっすりと眠る事が出来た。

 

 

 

 八幡が気が付くと、他の者達は既に起きており、各自が色々とやっている姿が目に入った。

そんな八幡に気付いたのか、明日奈が八幡にこう話しかけてきた。

 

「八幡君、私達も着替えちゃうね」

「お、おう、それなら俺は後ろを……」

 

 後ろを向いている、そう言いかける前に、紅莉栖以外の者は全員服を脱ぎ始めていた。

ちなみに紅莉栖は早起きしたのか、既に起きて何かPCをいじっていた。

 

「ま、待てって!俺が後ろを向くまで待ってくれ!」

「え?別に必要なくない?」

「もうすぐあなたの子供が産まれるんだしね」

「え?」

 

 それは錯覚だったのだろうが、確かに八幡はそんなセリフを聞いた気がした。

見ると他の者達はじっと八幡の方を見ており、八幡はその迫力に、背筋を寒くした。

そして雪乃が代表して口を開いた。

 

「八幡君、早く着替えたいから、後ろを向いていて頂戴」

「へ?」

 

 八幡はそう言われ、目をごしごしこすった後にもう一度女性陣の姿を見た。

そこにはボタンに手をかけながら恥じらっている者や、

一部にもう着替え始めている者もいたが、

ほとんどの者は八幡が後ろを向くのを待っているように見え、

八幡は、疲れているのかなと一人ごちながらも後ろを向いた。

 

「もういいわよ」

「おう、って、いいっ!?」

 

 八幡が振り向くと、そこにはお腹を大きくした女性達が並んでおり、

八幡はそこで目が覚めた。

 

「うおっ……」

「あ、八幡君、おはよう、ぐっすり寝れたみたいで良かったよ」

 

 明日奈はニコニコしながらそう言い、八幡はきょろきょろと辺りを見回したが、

特に変わった様子は何もない。

 

「どうしたの?」

「いや、ちょっとおかしな夢を見た気がしてな」

「おかしな夢?悪夢とか?」

「おう、まあそんな感じだ」

「そうなんだ、でも大丈夫、ここは確かに現実だよ」

「ふむ」

 

 八幡はそう言いながら、隣でまだ寝ている陽乃の頬を摘んだ。

 

「きゃっ……い、痛い痛い、何するのよ八幡君!」

「いや、ここが本当に現実か確かめようと思ってな」

「そういうのは自分の頬でやってよね、もう!」

「ごめんごめん、悪かったよ姉さん」

「まったくもう、今日は大事な日なんだから、しっかりしてよね」

「分かってる、任せておけ」

 

 そして一同が着替えた後に、今日これからどうするかについてのミーティングを始めた。

レヴェッカは気を利かせたのか、ガブリエルと話をすると言って部屋の外に出ていった。

 

「さてアルゴ、進行具合はどうだ?」

「あの組織の頭を挿げ替えられる位の証拠は入手したぞ、

いつでもアメリカ国税局にリーク可能ダ」

「それじゃあ実行にうつしてくれ、紅莉栖、プレゼンの準備はいいか?」

「バッチリよ、ついでにさっき先輩に電話しておいたわ、

暗号会話による結果はセーフティ、つまり教授はあれから誰とも接触してないみたい」

「そうか、朗報だな」

 

 紅莉栖と真帆は、どの質問に対してどんな答えを返したらどういう意味になるか、

事前の話し合いで決めてあったようだ。

そしてレスキネン教授が何もおかしな行動に出ていない事を確かめた八幡は、

仲間達に指示を出した。

 

「それじゃあ俺と紅莉栖とアルゴ、それに志乃さんで予定時刻に出発だ、

敵の本丸に乗り込むぞ。他の者はとりあえずここで待機しててくれ」

 

 こうして八幡達四人は、レスキネン教授の研究室へと向かった。

いよいよ直接対決である。



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第571話 真昼の誘拐劇

今日明日は大事な話となります!


「さて、準備はいいか?」

「こちらはオーケーよ」

 

 そう答えた紅莉栖の顔を見て、八幡は思わず噴き出した。

 

「ぷっ……」

「な、何で笑うのよ」

「そりゃお前、猫の目出し帽とかどんな雪乃だよ」

「し、仕方ないじゃない、これしか売ってなかったんだから!

それにあんたも人の事は言えないんだからね!」

 

 ヴィクトル・コンドリア大学近くの店で八幡達は、

人数分の目出し帽を購入し、紅莉栖の手引きで人気の無い教室に潜むと、

真帆からの合図を今か今かと待っていた。

 

「ハー坊、そろそろ予定時刻だゾ」

「おう、アルゴもそのネズミの目出し帽、似合ってるぞ」

「オレっち実は、何を着ても似合う美少女だからな、ハー坊もそう思うだロ?」

「はいはい、美少女美少女」

「よし、監視カメラ対策もオーケーだ、荒事の方は頼むゾ」

「それは私に任せといて」

 

 志乃はそう言って、その豊満な胸をドンと叩き、

八幡はその揺れに思わず目を奪われ、慌ててそこから目を背けた。

この部屋の窓の外は、丁度横の建物との境で狭い通路になっており、

滅多に人が通らない死角になっている。

そして犬の目出し帽を被った志乃がハンドサインで合図をし、

一同は息を殺しながら外の気配に集中した。ちなみに八幡が被っているのは、

頬から顎にかけて毛糸がヒゲのようになっている目出し帽である。

 

「教授、こちらです」

「ウチで唯一フルダイブ環境のある会議室を使ってプレゼンなんて、

先方は随分気合いが入ッテルヨウだね」

「ですね、あっとすみません、紅莉栖から連絡が……」

 

 そう言って真帆は、八幡達が潜む教室の前で立ち止まり、

レスキネンもそれに併せて立ち止まった。

その瞬間に音も無くスッと扉が開き、口を押さえられたレスキネンは、

慌てて声を出そうとした瞬間に意識を失った。

 

「目出し帽は必要なかったか?とりあえず手はず通りにこのまま車まで移動するぞ」

「先輩、いい演技でしたね」

「こんな事はもうこれっきりにしたいわ……」

「なりますよ、きっと、全ては教授次第ですけどね」

「まったくこの人は、余計な事に手を出すから……」

 

 真帆は渋い顔で眠るレスキネンの顔を見ながらそう言い、そのまま八幡達に続いた。

保険で被っていた目出し帽は、もう誰も被っていない。そして一同は窓から外に出て、

気を失っている教授を箱詰めした後、それをカートで駐車場まで運び、

そのまま車でどこかへと走り去った。

 

 

 

 十分後、時間になってもレスキネンらが現れない事を訝しんだ研究室の他のメンバーは、

慌てて校内を探し回ったが、その姿はどこにも発見出来なかった。

 

「教授は一体どこに……」

「教授にもマホにも連絡が繋がらないぞ」

「まさか何かの犯罪に巻き込まれた?」

「はっはっは、まさかそんな事あるはずが……」

 

 そんな中、二人の人物が、他人の目をはばかるように、

別々の場所へ連絡している姿があった。

 

「ごめんなさい、もしかしたら出し抜かれたかもしれないわ………」

「すみません、やられました……」

 

 

 

「ふう、上手くいったわね」

「さすがにスパイの前で、プレゼンをする訳にはいかないからな」

「まさかあの人がねぇ……」

 

 今回の会議に参加する予定のメンバーは、

事前にアルゴによって、徹底的に身辺調査が成されていた。

その中に二人、経歴を改ざんして大学に所属していたメンバーがいた。

一人はストラ研究所の更に下部組織の出身であり、

もう一人は更に別組織の送り込んでいたスパイであった。

その事を公にする訳にもいかなかった為、今回の誘拐劇が実行される事になったのである。

 

「さて、到着っと」

「無事に帰ってこれたわね」

「このまま部屋に戻るぞ、あと三十分もすれば教授も目を覚ますだろうから、

そのままここでプレゼンだ、アルゴ、準備を頼む」

「あいヨ」

「紅莉栖は姉さんと一緒に資料の確認を、真帆さんは出来ればその手伝いをお願いします」

「分かったわ」

「頑張ろう、紅莉栖」

「はい先輩、教授の為にも頑張りましょう」

 

 そして部屋に戻った後、レスキネンは布団に寝かされ、

その周りでそれぞれが自分の担当する仕事を始めた。

その三十分後、八幡の言葉通りにレスキネンが目を覚ました。

 

「う、ううん……ココハ?」

「教授、おはようございます」

「クリス?それにマホも……ここは一体……」

「ストラ研究所の手が届かない場所です、教授」

 

 その言葉にレスキネンはスッと目を細めた。

だが周りの状況を見て、どうしようもないと悟ったのだろう、

レスキネンはスッと力を抜き、朗らかな表情で言った。

 

「そうか、二人は知ってたンダネ」

「はい」

「なので今日は、教授にストラと手を切ってもらおうと思って、

この場を用意してもらいました」

「手を切る……ね、あそこの研究よりも興味深い物を、君達は僕に提示出来るかな?」

「出来ますよ」

 

 八幡が横からそう言い、レスキネンは興味深げに八幡の方を見た。

 

「君は……そうか、君が噂のハチマン君だね?」

「噂のってのがどんな噂かは分かりませんが、

初めまして、比企谷八幡と言います、お会い出来て嬉しいです」

「コチラこそ会いたかったよ、あの紅莉栖が親友付き合いをシテイルと聞いて、

凄く興味があったんだよ。何せほら彼女、優秀ダロ?なので大抵の男は、

彼女と色々話すうちに、劣等感を感じて距離を置いちゃうんだよ、ハハハハハ」

「それだけじゃなく、きっとあの性格にも問題があると思いますよ、教授」

「ハハハハハ、確かにその通りだね、クリスにはもう少しお淑やかになって欲しいよ」

「教授、私は十分お淑やかです、あと八幡、日本に帰ったら覚悟しておきなさいよ」

「ほら、そういう所が駄目だっての」

「駄目で結構、いいから話を進めなさい」

「へいへい」

 

 そんな二人のやり取りをレスキネンは微笑ましく眺めていたが、

その言葉を聞いて表情を改めた。

 

「さて、何から話すつもりだい?」

「そうですね、アルゴ、頼む」

「あいヨ」

 

 そしてアルゴは以前調べたストラ研究所の実験記録をPCに表示し、

八幡はそれを見せながらレスキネンに尋ねた。

 

「教授はこの事をご存知でしたか?」

「モチロン、私もこの場にいたからね」

「ではこちらは?」

 

 そう言って八幡は、実験のサンプルにされた被害者がどうなかったかの映像を見せた。

それを見たレスキネンは、僅かにピクリとした後、平然とした顔で言った。

 

「ここで演技をスルのは簡単だが、そんな嘘はすぐに見破られそうダカラ正直に言うと、

これがどうした?という感じだね、科学に犠牲はツキモノだろう?」

「まあそれには同意しますがね」

 

 八幡はその答えを予想していたのか、これまた平然とそう答え、

そんな八幡を、レスキネンは興味深そうに見つめた。

 

「でもその事実が明るみに出た瞬間に実験は瓦解する、そうじゃありませんか?」

「つまり君達がこの事をリークすると?」

「必要とあらば」

 

 八幡は淡々とそう言った。

 

「ふむ、それは僕を脅しているととっても?」

「いえ、この資料から教授を脅すのは無理です、

どうやら実験に参加してはいても、その後の事には関わってらっしゃらないようですしね」

「まあそうダネ」

「なので脅すような事はしません」

 

 その言葉にレスキネンは、意外そうな顔をした。

 

「ふむ、では何の為にこの資料を?」

「そういうリスクがある事を今一度確認してもらう為です、あと質問があります」

 

 八幡のその言葉に頷いたレスキネンは、続けてこう言った。

 

「続けタマエ」

「はい、それでは単刀直入にお聞きします、何故こんな実験に参加を?」

「そうだね……君も知っての通り、研究には金がカカル。

だからその為の資金が欲しかった、ソレガ一つ」

「はい、それは分かります」

「そしてもう一つ、僕はコノ実験に、一つの未来を見た」

「それは?」

「私が世界の支配者の一旦を担えるカモしれないという未来さ」

「確かに成功すればそうなるかもしれませんね」

「だろ?ソレは凄く魅力的な事だと思わないかい?」

「そうですね、世界征服は男のロマンですよね」

 

 八幡がそうレスキネンに同調するような事を言った為、周りの者達はギョッとした。

だが八幡は続けてこう言った。

 

「でもその実現に何年かかりますか?十年ですか?二十年ですか?

そういうやり方だと敵も多くなるでしょうし、

もしかしたらテロの標的にされるんじゃないですか?

そうなると、教授は死んでる可能性もあるんじゃないですか?

そんな周囲にビクビクしながら世界の支配者をやって、それで満足出来るんですか?」

「さすがに手厳しいね、ソウならない為にも、シッカリと守りを固めないとね」

「でもそれには限界がある、特にこんな世の中では」

 

 八幡はそう言いながら、じっとレスキネンの目を見つめた。

それに応え、八幡の目をじっと見つめたレスキネンは、やがて視線を逸らし、

両手を上げながらこう言った。

 

「その通りだ、いくらソンナ技術があるからといって、

独裁者が死ぬまで独裁者でいられるなんて事は、通常アリエナイ」

「でもやはり、その研究は教授にとっては魅力的なんですよね?」

「まあそうダネ」

 

 レスキネンは悪びれもせずにその言葉に頷き、紅莉栖と真帆は少し悲しそうに目を伏せた。

 

「それでは俺が教授にもっと魅力的な提案をする事が出来たら、

こちらの陣営に参加してくれますか?」

「もちろんだ、いくつかのハードルを越えられるのナラという条件付きだが、

その時は喜んで日本にでもドコにでも行くよ、なんなら帰化してもいい、

日本という国は、僕にとっては魅力的な国ダカラね」

「ありがとうございます、紅莉栖、説明を」

「ええ」

 

 そしてホワイトボードを持ち出した紅莉栖は、開口一番にレスキネンにこう言った。

 

「教授、もっと長生きしたくないですか?」

 

 その予想もしていなかった言葉に、レスキネンはぽかんとしたのだった。




次回第572話「遥かなる道のり、その第一歩」お楽しみに!


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第572話 遥かなる道のり、その第一歩

「………すまない、どうやら聞き間違えたヨウだ、クリス、もう一度頼む」

「はい教授、もっと長生きしたくありませんか?」

 

 再び繰り返されたその言葉にレスキネンは、聞き間違いじゃなかったかとため息をついた。

 

「………どうやら聞き間違いじゃなかったようだね、これが君の言う魅力的な提案かい?」

「言い方はあれですが、まあそうですね」

「どう考えても僕の研究シテル分野とはまったく違う研究に聞こえるんだが」

「それがそうでもないんですよ、教授」

 

 そこに横から真帆が口を出し、レスキネンは腕組みをした。

 

「この研究に関わっていなかったマホが、話を聞いてそう思うならソウなのかもしれないね、

それじゃあクリス、説明を続けてくれたまえ」

「はい。最初に教授、長生きと聞いて、どんな光景を思い浮かべますか?」

「そうダネ……よぼよぼになっても管まみれにされて生命活動を停止させないようにスル、

もしくは脳に直接電極を差して、脳だけの姿で生き続ける、とかカナ?」

「ああ、教授の好きそうなSFっぽいイメージですね」

「だろう?でも君達のアイデアは、どうやらソレとは違うようダネ」

 

 紅莉栖の表情を見ながらそう言うレスキネンに、紅莉栖は頷きつつ続けてこう言った。

 

「それではご提案させて頂きます、私達が考えた長生きの手段は、

体感時間を延ばして人生の密度を濃くする事です、教授」

「人生の密度を濃く?それは一体……」

 

 レスキネンは、その言葉の意味を理解しようとしたが、

何も思いつかなかったのか首を傾げた。

 

「簡単な理屈ですよ教授、フルダイブ機能を利用して、思考速度を極限まで上げます、

そうすると、体感時間は延びるはずです、そうじゃありませんか?」

「ソレはソウだが……人間の脳はそんな高速思考が出来るようには出来てイナイ」

「その通りです、そこでこれを」

「これは?」

「うちの試作品『カイバーリンカー』ですよ、教授」

 

 その紅莉栖が差し出した輪のような物に対し、

八幡が笑いを堪えながらそう説明を補足した。

 

「『カイバーリンカー』?こっちにいる時に、たまにクリスがそんな事を叫んでいたけど、

もしかしてそこからとったのかい?」

「ええ、その通りです」

 

 ニヤニヤしながら八幡はそう言い、紅莉栖は異議ありという風に何か言おうとしたが、

それは同じくニヤニヤしていた真帆に止められた。

それを見たレスキネンは、やれやれと肩を竦めた後に鋭い目つきになり、こう尋ねてきた。

 

「しかし試作品だって?僕に今ココで人体実験をヤレと?」

「いえ、それはもう済んでますから。とりあえずそれを頭にはめてこう叫んで下さい、

『バーストリンク』と」

「『バーストリンク』?頭が爆発でもスルのかい?」

 

 冗談のつもりなのだろう、レスキネンは不安そうなそぶりは一切見せず、

笑顔で八幡にそう尋ねてきた。この辺り、弟子への信頼が伺える。

 

「いや、思考が爆発的に広がるイメージでそうしてみました」

「なるホド、確かにそのイメージはピッタリかもしれないね」

「試作品は三つあるんで、俺と紅莉栖が付き合います。

姉さん、明日奈、それに小猫は俺達三人に付いて、

約三十秒後に呼吸を合わせて回線を抜いてくれ」

「うん、任せて!姉さん、合図お願い」

「合図ね、オッケー!」

「分かったわ、任せて頂戴」

 

 レスキネンは、三十秒とはまた短いなと思ったが、

お試しなのだしそんなものだろうと思い直したのか、そのまま何も言わなかった。

 

(さて、三十秒が三分にナルのか五分にナルのか、お手並み拝見といこうか)

 

 レスキネンはそう考え、八幡に言われた通り、

時計の針を見ながら秒針が十二時の所を指した瞬間に言われた通りに叫んだ。

 

「「「バーストリンク」」」

 

 その瞬間に、レスキネンの視界は青く染まり、時が止まった。

そしてレスキネンの体は自分の体から飛び出し、直立歩行する犬の姿となった。

 

「こ、これは……」

「加速世界へようこそ、教授」

「加速世界……ソレにコノ僕の姿は……」

「ここでは事前に登録したアバターの姿になるんですよ、教授。

教授だけそんな姿で何か申し訳ないですが……」

「ああ、確かに君と僕の姿はマッタク違うみたいダネ」

「私もいますよ」

「こっちがクリスか、胸のサイズが違うから一瞬別人かと思ったヨ」

「教授、セクハラで訴えますよ」

「ハハハハハ、それは勘弁してクレ」

 

 八幡はここではALOのハチマンのアバターをそのまま流用していた。

同様に紅莉栖もALOのクリシュナの姿であり、レスキネンは冗談めかせて二人に抗議した。

 

「おいおい、二人ともずるいじゃナイか、僕も出来レバそういう姿になりたかったよ」

「ですよね……何かすみません」

「まあ次の機会には宜しく頼むヨ」

「次の機会……ですか、分かりました」

 

 そのレスキネンの言葉は重要な示唆を含んでいた。次の機会という事はつまり、

レスキネンはこのプロジェクトに参加する意思があるという事だからだ。

 

「前向きに検討してもらえるようで、こちらとしてもお見せした甲斐がありましたよ教授」

「まあきちんと説明を聞いてカラ決めるツモリだけどね」

「それじゃあ順に説明しますね、教授」

 

 そして紅莉栖は、この世界の事をレスキネンに丁寧に説明し始めた。

 

「この光景、これは時間が静止しているように見えるかもしれませんが、

実はよく見ると動いてます

「そうナノかい?」

「はい、これは実は、あそこに設置してあるカメラから見た映像を、

3D映像に再構成した物なんです」

「なるほど、ではアノ扉は開けられないし、ソノ外にも何も無いという事になるんダネ」

「その通りです教授、もし自由に動き回りたいのなら、

例えば町中に沢山ある監視カメラの映像を利用するとか、

もしくは独自にそういった世界を一から作る必要があります、

どうするかは今後の課題ですね」

「まあおそらく、カメラのデータを流用スル方が楽ダロウね」

「ですね」

 

 紅莉栖はその言葉に頷くと、説明を続けた。

 

「そしてこの映像は、……リンカーで思考を加速させた脳が見ています」

「カイバーリンカーな」

 

 カイバーの部分を誤魔化して発音しなかった紅莉栖に、八幡は即座にそう突っ込んだ。

 

「ああもう、その仮称はやめない?言ってて恥ずかしいんだけど」

「代わりにいい名前を考えてくれるなら、そっちに変えてもいいぞ」

「代わりの名前……私、そういうセンスは無いのよね……」

 

 紅莉栖は困った顔でそう言い、腕組みをしながらぶつぶつ言い出した。

 

「仕組みとしては、神経細胞に働きかけるから……ニューロンが……あっ」

 

 そして紅莉栖は顔を上げ、八幡に言った。

 

「ニューロリンカーってのはどう?」

「ニューロリンカー?ニューロンからとったのか?」

「ええ、ニューロンリンカーだとちょっと言いにくいから、少し縮めてニューロリンカー、

どうかしら?いい名前だと思うんだけど」

「まあ仮称だし、それでもいいか。紅莉栖にしてはいいセンスだと思うぞ」

「紅莉栖にしてはは余計」

「ニューロリンカーか……いいじゃないか、

ソレじゃあクリス、残り時間が何分かは知らないガ、続きを頼むよ」

「あっ、はい」

 

 そのやり取りを聞いていたレスキネンが、感じ入ったようにそう呟き、

紅莉栖に説明を続けるようにそう促した。

 

「今時間の話が出ましたが、残り時間は約四十分です、

つまり今の加速レートは通常の百倍ですよ、教授」

「ひゃっ……百倍ダッテ?そうか、ソウすれば相対的に、

人類は百倍以上の寿命を得る事が可能にナルという事なんだね」

「はい、教授に参加してもらえれば、その時間はどんどん延びていくと思いますよ」

 

 その言葉にレスキネンは苦笑した。

 

「コレはまた魅力的なお誘いダネ」

「でしょう?」

 

 紅莉栖はそういたずらっぽく笑い、レスキネンも釣られて笑った。

 

「だがさっきも言ったが、人間の脳はそんな高速の思考には耐えられないハズだ、

君達はその問題を一体どうやって解決したんダイ?」

「アマデウスです、教授」

「アマデウス?」

 

 レスキネンはさすがは一流の研究者らしく、そう聞いただけですぐに結論にたどり着いた。

 

「という事は、まさかココにいる僕は……アマデウスなのか?」

 

 驚いた表情でそう言うレスキネンに、二人は頷いた。

 

「そう、アマデウスです、教授」

「という事は君達モ……?」

「はい、自覚はないですが、アマデウスです」

「私もですよ、教授」

 

 レスキネンはその説明を聞いて、このからくりに納得する事が出来たようだ。

だがそうすると、別の問題もまた浮かび上がってくる。

 

「そうか、ソウいう事だったのか……

しかしソレだと、今ココで話している事についての記憶はドウなるんだい?」

「回線切断時に脳に上書きされます、教授」

「上書き……?そ、ソレはクリスが研究していたテーマじゃないか」

「その通りです教授、教授にお見せする為に、頑張って今日という日に間に合わせたんです」

「間に合わせた、か……しかしヨク人体実験をスル気に……」

 

 教授にとってはその事が一番驚きだったようだ。

まさか紅莉栖が安全性が確保されていない人体実験を行うとは思ってもいなかったからだ。

 

「それにはちょっと色々ありまして……」

「こいつの彼氏が、その事で悩むこいつの姿を見かねて、

こいつに黙って勝手に人体実験をしちまったんですよ、教授。

まあ正直助かったんですが、さすがにその時は、二人がかりでそいつに説教しましたよ」

 

 口ごもる紅莉栖に代わり、八幡はレスキネンにそうネタバレをし、

それを聞いたレスキネンは、飛び上がらんばかりに驚いた表情をした。

 

「か、彼氏?クリスに彼氏だって!?本当カイ?」

「驚くのそっちですか!?」

 

 この時今日一番の衝撃がレスキネンを襲っていた。

その驚き方が尋常ではなかった為、紅莉栖は頬を膨らませながら、開き直ったように言った。

 

「こんな私にも彼氏が出来ましたが、それが何か?」

「い、いや、それはオメデトウ!いやぁ、クリスに彼氏が出来たトハ実に喜ばしい、

娘を嫁に出す父親の気分というのはコンナ感じなのかね」

「かもしれませんね」

「ありがとう、パパ」

 

 紅莉栖は皮肉っぽい口調でそう言い、レスキネンはそれでも嬉しかったようで、

紅莉栖にうんうんと頷いた。

 

「そうか、そうか、幸せにナリなさい、クリス」

「あ、は、はい……」

 

 その心からの言葉に紅莉栖は恥じらいながらそう頷いた。そして細かい説明が続けられ、

いずれAR(拡張現実)端末としての役割も持たせたいという事や、

そうなると頭に装着するタイプだと激しい動きが出来ない為、

いずれ装着場所を首に変えたい等の説明が成され、

八幡には理解出来ない専門用語が飛び交った後、まもなく時間になろうかというところで、

魅力を感じながらもやや迷いを見せていたレスキネンに、八幡はこう言った。

 

「教授、最後に一つ言わせて下さい。

この研究を俺達と一緒に完成させて、いずれ教科書に名前が載るような、

歴史に名を残す仕事をしてみませんか?」

 

 その言葉にレスキネンは、ハッとした様子で八幡の顔を見た後、

やっと決意がついたという表情をし、こう言った。

 

「実に魅力的なプレゼンだったよ二人とも。

一緒に教科書に載って、未来の子供達に落書きシテもらうとしよう」

「ありがとうございます、教授」

「宜しくお願いします、教授」

 

 

 

 こうして三人は固く握手を交わし、アレクシス・レスキネン教授は、

八幡や紅莉栖と共に、歴史に名を残す道を歩み始めた。

その結果どうなったかは、後世の人間達は皆知っているが、

その遥かなる道のりの第一歩はここから始まった。




ちなみにアクセル・ワールドと本格的にクロスする訳ではありません!
あくまでSAO関連でのクロス部分だけを今回使わせて頂きました!


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第573話 貸し

次話からGGOサイドに移りますが、一日お休みを頂き、次の投稿は明後日になる予定です、宜しくお願いします!


「そろそろ時間よ、明日奈ちゃん、薔薇、そろそろ準備して」

「姉さん、話し合い、上手くいったかな?」

「どうかしらね、まあ八幡君なら上手くやったでしょう」

「そうそう、こいつはやる時はやる男だしね」

 

 陽乃の呼びかけに答え、明日奈と薔薇はそれぞれ八幡とレスキネンに付き、

陽乃のカウントに合わせ、三人はアルゴのPCに直結していた回線を同時に引き抜いた。

 

「五、四、三、二、一、切断!」

 

 そして三人は同時に目を開き、緊張する一同に、八幡は親指を立ててみせた。

その瞬間に大歓声が上がった。

 

「教授、ありがとうございます!」

「マホ、心配かけたね、これから忙しくナルから覚悟しておくんだよ」

「はい!」

 

 真帆はレスキネンとそんな会話を交わしていたが、

どうやらそれで緊張が解けたのか、その目は少し涙ぐんでいた。

そして雪乃もまた、心配そうな顔で八幡に話しかけていた。

 

「まあ心配はしていなかったのだけれど、よくやったわね、八幡君」

「おう、心配かけて悪かったな、雪乃」

「だ、誰が心配なんか……」

「雪乃は相変わらず素直じゃない、悪い癖」

「ク、クルス、別に私は……」

「私は心配していたわよ」

「薔薇さん……」

 

 そうおろおろする雪乃をよそに、志乃と茉莉も八幡に声をかけた。

 

「これで半分くらいは終わったかな?」

「まあそうですね、とりあえずお二人の緊張が解けるように、

最後の仕上げをしちまいますね」

「さすがは八幡君、敵には容赦ないね!」

 

 それを聞いた陽乃が、八幡にこう尋ねてきた。

 

「それじゃあこっちも予定通りにやっちゃっていいかしらね」

「はい、やっちゃいましょうか、安全は早めに確保しないとですしね。

教授、これから教授の元雇い主のとある情報をリークしますから、

すぐに向こうからの干渉は無くなるはずなんで、安心して下さいね」

 

 その言葉にレスキネンは、驚いた顔で言った。

 

「よく僕が唯一心配シテいた事が分かったネ」

「まあ最初から織り込み済でしたからね」

「で、何をスルつもりなんだい?」

「このデータをこの国で一番おっかない所にリークします」

「これは……?」

「ストラの裏帳簿ですね、もちろん教授が関与した証拠は既に消去してあります」

「裏帳簿……ヨクそんな物を入手出来たね」

 

 レスキネンは苦笑しながらも、八幡達ならありえるかと納得したように言った。

 

「まあうちには腕のいいハッカーが揃ってますから」

 

 それにアルゴが腕を上げて応え、八幡は続けてこう言った。

 

「という訳で、敵の幹部連中は全滅する事でしょう。

容疑は脱税、リークするのは当然国税局です」

「なるほど」

「で、代わりにトップになるのは、今俺達に傭兵団を付けてくれている、穏健派の一人です」

「もしかシテ、そのトップっていうのはドナルドかな?」

 

 それが誰なのか分かったのか、レスキネンは八幡にそう問いかけた。

 

「正解です教授、あの人は損得で動いてくれますから、こういう時は頼りになります」

「あの人がトップになるナラ、もうあんな実験は二度とやらないダロウね」

「一時的に評判が落ちるかもしれませんが、うちも援助しますから」

「なるほど、もう話し合い済なんダネ」

「はい、いずれニューロリンカーをこっちで販売する事になったら、

その委託先は全てドナルドさんに任せるつもりなんで」

「ソレは利益が凄い事になりそうダネ」

「大統領の座も狙える程度には」

 

 八幡とレスキネンはそう言って笑い合ったが、

そこに明日奈がきょとんとした表情でこう質問してきた。

 

「八幡君、ニューロリンカーって?」

「ああ、カイバーリンカーって名前は嫌だって紅莉栖が駄々をこねるんでな、

ニューロリンカーに変えてみた」

「へぇ、でも何かいい響きだね、その名前」

「それって誰の提案?」

「紅莉栖だな」

「えっ、嘘!?」

 

 他の者も驚いたようだが、そう言って一番驚いたのは、

この中で紅莉栖との付き合いが一番長い真帆であった。

 

「あ、あの紅莉栖がそんなネーミングを?まさか、信じられないわ」

「先輩………?」

「紅莉栖といえば、そういうセンスが無い事で有名なのに、

日本に行った事で紅莉栖のクリエイティブな部分が刺激されたのかしらね……」

「先輩………」

「それとも何か他の要因が?紅莉栖も最近色気づいてきたみたいだし、

下着が派手になるのもまあ仕方ないか……」

「せ、先輩!どさくさまぎれに私に関する意味不明な風評被害を広めないで下さい!」

「ふん、先輩を差し置いて、一人で男を作るからよ」

「なっ……」

 

 紅莉栖はその言葉に絶句しつつも、日本に戻ったら真帆に誰か男を紹介しようと決意した。

だが当然八幡やキョーマはそういった方面では役に立たず、

紅莉栖のその決意は空振りに終わる事になる。

 

「それじゃあこっちは進めとくから、

八幡君はガブリエルに事の経緯を話してきてもらえる?」

「そうですね、話を通してきます」

「ついでにレヴェッカちゃんに、昨日の話がどうなったか確認してもらえる?」

「ああ、あのボディガードの話ですか……

四六時中あいつに張り付かれるのは正直息が詰まるんですけどね」

「出来るだけ遠くから見守らせるようにするから、

せめてジョニー・ブラックが捕まるまでは我慢して頂戴」

「やっぱりそれが問題でしたか、分かりました、そこは我慢します」

 

 八幡はその陽乃の言葉にそう頷き、外に出た。

廊下の左右には、ガブリエルの部下が立っており、八幡はその一人に、

ガブリエルに取り次いでもらえないかと頼み、快諾してもらう事が出来た。

そしてすぐにガブリエルが現れ、八幡を自分達の部屋へと案内した。

 

「その表情だと、どうやら色々と上手くいったようだね」

「ああ、話は纏まった、こっちの勝ちだ」

「という事は、君達の護衛ももう必要ないという事だね」

「そういう事だ、正直助かった、恩に着る」

「ビジネスだからね、礼を言う必要はないさ」

「日本人ってのはそういう生き物なんだよ、

まあかといって、BoBで手を抜いたりはしないけどな」

「むしろ手を抜かれたら、逆に不愉快になるだろうな」

「だよな」

 

 そして二人は握手を交わし、再戦を誓った。

 

「確約は出来ないが、もしその時が来たら、その時は宜しく」

「俺が勝つと思うが、そうなっても恨みっこ無しだからな」

「まったく君は子供だな、まあ勝つのはこっちだが」

「どっちが子供だよ……」

 

 そして二人は同時に肩を竦め、八幡は部屋に戻ろうとし、

レヴェッカの事を聞き忘れていた事に気が付き、ガブリエルにその事を尋ねた。

 

「ああ、その話か、その事で一つ頼みがある」

「頼み?俺にか?」

「ああ、君にしか頼めない事だ」

「分かった、聞こう」

 

 そしてガブリエルは、八幡にこう切り出した。

 

「実はレヴェッカは、うちから退社させる事にした」

「はぁ?もしかしてレヴェッカって腕が悪いのか?」

「いや、逆だ、あいつは俺の次くらいには腕がいいし、危険に関しての鼻も利く」

「ならどうして……」

「次の仕事が少しうさんくさいんでな、あいつを安全圏に置いておきたい」

「………何関連の仕事か聞いてもいいか?」

 

 八幡は駄目元でそう言ったが、ガブリエルは予想外に、あっさりとこう言った。

 

「政府関係だ、中東がキナ臭いんでな、多分そっちに行く事になると思う」

「戦争になるのか……」

「あくまで可能性だ、あそこから火種が消える事は無いからな」

「確かに」

「という訳で、妹思いの俺としては、君にしばらくあいつを預かって欲しいと、

そう考えたという訳だ」

 

 その頼みに八幡は、余計な事は言わずにこう即答した。

 

「オーケーだ」

 

 それに対してガブリエルは、頷きながらこう言った。

 

「君が日本人で良かったよ」

「こういう時だけ持ち上げるんじゃねえ」

「という訳で、レヴェッカの説得を頼む」

「説得!?」

 

 八幡は、そのガブリエルのまさかの言葉に驚いた。

 

「まさかまだレヴェッカに話してないのか?」

「ああ、あいつにそんな説明をする訳にはいかないからな」

「まじかよ……どうすっかな……」

「ソレイユの社内規定で外部の人間は雇えないから、

一時的に云々とでも言っておけばいいんじゃないか?」

「それでいくか……あくまで一時的な措置だってゴリ押しだな」

「書類上うちと関係が無い体裁だけ整えられればこちらとしても問題ないから、

その方向で話を進めてもらえると助かる」

「一個貸しだからな」

「分かった、借りておこう」

 

 こうしてレヴェッカのソレイユ入社が電撃的に決まり、

八幡はその後レヴェッカにその事を説明し、無事に了解を得る事が出来た。

 

 

 

「で、話は分かったが、俺の肩書きはどうなるんだ?」

「う~ん、まあ考えておくわ」

「いやぁ、楽しみだなぁ、日本」

「あまり羽目を外しすぎるなよ」

「分かってるって、これから宜しくな、大将」

 

 そんな彼女のリアル戦闘力は、オーグマー関連の事件が起こった際に、

八幡にとって一番の助けとなる。

 

 

 

「話はつけてきたぞ、姉さん、そっちの調子はどうだ?」

「驚く程動きが早いわね、さすがはアメリカ国税局、大したものね」

「まじかよ、やっぱ怖えな」

 

 そして八幡も陽乃に詳しく説明をし、陽乃は冗談めかしてこう言った。

 

「戦争ね、死の商人でもしちゃう?」

「いや、やんねえから……」

「冗談よ、とりあえずこれで安全は確保されたから、

ガブリエル達に護衛してもらうのは今日までという事になるわね」

「だな、今夜は安心してぐっすり寝れそうだ」

「まあまだ寝る時間にはちょっと早いけどね」

「だよなぁ……さてどうするか」

 

 そんな八幡に、珍しくアルゴが声を掛けてきた。

 

「それならハー坊、GGOにでも行ってきたらどうだ?

なんか今、スクワッド・ジャムとかいう大会が開かれているらしいゾ」

「え、まじかよ、このタイミングでか……」

「これがメンバー表なんだが、見てみろよここ、面白い事になってるみたいだゾ」

 

 その言葉に他の者も集まってきた。そしてメンバー表を見た一同は、当然の如く驚いた。

 

「え、嘘……何これ?」

「キリト君と闇風君とレンちゃんとフカ!?」

「こっちにはピトとエム君と謎の四人?誰だろ?」

「意味が分からんな、おいアルゴ、ここからGGOの日本サーバーにイン出来るのか?」

「オレっちを誰だと思ってるんだ、ちょろいちょろイ」

「それじゃあ頼むわ、って、アミュスフィアが無え……」

「一つならあるわよ」

「おお」

 

 八幡はその言葉に喜び、続けて紅莉栖もこう説明してきた。

 

「ニューロリンカーでもイン出来るわよ、

これはアミュスフィアの機能を流用してあるから、フルダイブ機能が付いてるのよ」

「そうなのか、それじゃあ残り三人、新しくキャラを作ってもいいんだし、

誰か希望者はいるか?」

 

 その言葉には、当然全員が手を上げた。

 

「ちなみにモニターで大会の様子も見れるからナ」

「だそうだ、まあそれでもみんな行ってみたいよな、それじゃあジャンケンな」

 

 こうしてジャンケン大会が行われ、勝者の三人が決定した。

 

「明日奈とクルスに小猫か、まあ妥当なところか」

「それじゃあ久々に、十狼活動といきますか」

「一体何が起こるんだい?」

 

 安全の為、この日はここに泊まる事になったレスキネンが、面白そうにそう尋ねてきた。

 

「ただのゲームですよ、教授もそのモニターでのんびりと観戦してて下さい、

雪乃、教授への説明役は任せた」

「ええ、任されたわ」

 

 こうして八幡達は、スクワッド・ジャムを観戦する為にGGOへとログインした。



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第574話 集う参加者達

 スクワッドジャム当日の昼、LFKYのうち、レンとフカ次郎と闇風は、

既に会場入りし、やる気満々でスタンバイしていた。

 

「で、フカ、肝心のKはどこにいる?」

「師匠、Kって……」

「仕方ないだろ、フカが名前を教えてくれないんだからよ」

「まぁまぁ、多分もうすぐ来るから」

 

 そう答えつつ、フカ次郎は内心でこう思っていた。

 

(うわぁ、レンはともかくヤミヤミもそういうの、調べたりしないんだ……

思いっきり公式に載ってるはずなのに……

絶対に突っ込まれると思ってヒヤヒヤしてたんだけどなぁ)

 

 実際闇風は、参加者リストを調べてはいた。

だがライバルになりそうな者の事を調べはしたが、

逆に自分達のチームの情報が載っているページは見ていなかった。

これは単純に闇風のケアレスミスである。その時遠くから大歓声が聞こえてきた。

見るとどうやら有力チームの面々が、順番に入場してきているようだ。

 

「あいつらも来たか……」

「結構人気あるみたいな?」

「俺達ほどじゃないさ」

 

 そしてSHINC、MMTM、ZEMAL、T-Sなどのチームの面々が、

LFKYを囲むように続々と集結してきた。

 

「これはこれは、優勝候補筆頭のLFKYさんじゃないですか」

「のんびりしちゃって余裕そうっすね」

 

 ニヤニヤしながらそう言ってきたZEMALのシノハラとT-Sのエルビンに、

闇風はふんぞり返ったままこう言った。

 

「よぉ、五番手以下ども、俺達のサインでも欲しいのか?

色紙があるならいくらでも書いてやるぞ、俺達は心が広いんでな」

「サインをねだってやってもいいんだが、

そこら中にゴミを撒き散らす事になるのは心が痛むな」

「おうおう、キャンキャン遠吠えが聞こえるな、

雑魚は雑魚らしくお山の大将を気取って内輪できゃっきゃうふふしてりゃいいものを」

「あ、あんた達の時代は今日で終わる、精々大物ぶっているといい」

「そういう事は、実行出来てから言わないと、後で恥ずかしくなるだけだぞ」

「チッ、中で直接対決する時を楽しみにしておけよ」

「序盤であっさりと死なないようにな」

 

 シノハラとエルビンの二人はそれでも余裕ぶっていたが、

レンとフカ次郎にじろっと見られ、すごすごと退散していった。

そして次に、デヴィッドとエヴァが、先ほどの二人よりは丁寧な態度で闇風に挨拶してきた。

 

「闇風さん、今日は宜しくお願いします」

「シャナさんがいないのが残念ですが、

今度会った時に褒めてもらえるように、今日は頑張りますんで」

「おう、二人とも、さすが真の強豪は礼儀正しいよな、どこかの犬とは大違いだな」

 

 その言葉に二人は顔を見合わせながら言った。

 

「あれと一緒にされても……」

「まあ放っておけばいいんじゃないですか?

あいつらはどうせ、中盤までにはいなくなると思いますしね」

「お前らも中々辛辣だな」

 

 その様子を離れたところで先ほどの二人が悔しそうに眺めていたが、

GGOは実力が全てである。でかい口を叩きたいのであれば、勝つしかないのだ。

丁度そこに、シャーリーが通りかかった。

シャーリーはKKHCのメンバーの後ろをつまらなそうに歩いており、

大会への意欲はあまり無いように見えた。

シャーリーはそもそも対人プレイをした事は無いし、するつもりも無いからだ。

そんなシャーリーに、闇風は普通に声をかけた。

 

「あんた前に、シャナにM82を貸してもらってたお嬢ちゃんだよな?」

「あ、ど、ども」

 

 シャーリーは防衛戦の時に、闇風とは顔見知り程度にはなっていたので、

ぶっきらぼうではあるが、そう挨拶を返した。

そしてシャーリーは、きょろきょろと辺りを見回しながら、

がっかりした表情で闇風に言った。

 

「あ、あの、今日はやっぱりシャナさんはいないんですか?」

「ん?ああ、そうなんだよ、シャナはちょっとリアルで忙しいらしくてな」

「そうですか……シャナさんがいたら、やりたくない対人も、

少しは頑張れるかもしれないって思ったんですけど」

 

 その言葉に闇風はきょとんとしたが、やがて意味が分かったのか、

シャーリーに対し、慰めるような事を言った。

 

「そうか、お嬢ちゃんは対人が嫌いなんだな」

「はい、一応リアルで銃を扱う仕事をしてるんで、

人に銃を向けるのはちょっと抵抗感があるんです」

「ああ~、そういう事か、それじゃあ今日は楽しめないかもしれないが、

いずれまたシャナがいる時にでも声をかけるから、一緒に遊ぼうぜ」

「はい、その時は是非!」

 

 シャーリーはとても嬉しそうにそう言うと、何度も頭を下げ、

仲間達を追いかけて走り去っていった。

 

「ねぇヤミヤミ」

「ん?どうした?」

「そんなに社交的なのに、何でモテないの?」

 

 そのフカ次郎の質問に、闇風は泣きそうな表情をしながらこう答えた。

 

「そんなのこっちが聞きたいわ!どうしてどの女の子も、俺と友達でいようとするんだよ!」

「その言葉、モテる男の言葉に聞こえるけど、よく考えるとまったくモテてないね……」

「言うな、マジで泣きたくなるから」

「きっといずれ、ヤミヤミの事を好きになってくれる人が現れるよ、頑張って!」

「あっ、ミサキさ~ん!」

 

 そうせっかく優しく慰めてくれたフカ次郎を放置して、

闇風は、笑顔でこちらに歩いてくるミサキの姿を見つけ、

嬉しそうにそちらへと走っていった。

 

「………なぁレン」

「うん、言いたい事は分かる」

「確かにあれは、どう考えても友達止まりだよね」

「だね」

 

 二人がそんな会話を交わしている間に、闇風は熱心にミサキに話しかけていた。

 

「ミサキさん、今日は頑張りますんで、応援お願いします!」

「あらあらうふふ、私はシャナ様親衛隊の一人なのよ?

なのでシャナ様がいないからって簡単に応援する相手を変えるほど、

私は浮気性じゃないのだけれど」

「ほら、うちには前回シャナと組んでいたレンがいますから、

きっと遠くでシャナも、レンの勝利を祈って………祈って………」

 

 そう言いかけたまま、闇風が突然どんよりとした暗い顔をした為、

ミサキは驚いて闇風に尋ねた。

 

「ど、どうしたのかしら、大丈夫?」

「あ、いや、すみません、

出来るだけシャナに関しての楽しい事だけを考えようとして、自分を励ましていたんですが、

今の自分の言葉でつい余計な事を考えちまって……」

 

 どうやら闇風は、もしかしたらシャナが既に死んでいるかもしれないという考えを、

明るく振舞う事で考えないようにしていたらしい。

もちろん心の奥ではシャナが生きていると信じてはいるが、

気分が落ち込むと、やはり余計な事を考えてしまうのだろう。

そんな闇風を見て、ミサキは目を細めた。

 

(この態度は異常ね、もしかしたらシャナ様の身に何かあったのかしら)

 

 そう考えたミサキは、職業柄身につけた社交スキルを総動員して、

闇風から少しでも情報を引き出そうと考えた。

 

「さっきの言葉だと、もしかして今シャナ様は、遠くに出かけているのかしら」

「あ、はい、詳しい話は聞いていないんですが、今はアメリカらしいですね」

「そうなのね、それは遠いわね」

 

(アメリカ?旅行かしら、でもそんな事でこんなに落ち込む事は無いと思うのだけれど?

さて、どうやってかまをかけたものかしらね、ここはいっそ何かあったという前提で……)

 

「やっぱり心配よね……シャナ様から連絡とかは?」

「それがですね、今あいつとは連絡が取れないんですよ、少し危ない橋を渡るとかで、

携帯の類は一切使わないように全部こっちに置いていったとか」

 

(………どうやらソレイユの社内でいろいろ動きがあったみたいね、

でもおかしいわね、連絡がとれないのなら、彼はそもそも何を心配しているのかしら、

とにかくもっと情報が欲しい、ここは賭けに出る一手かしらね)

 

「そう、あんな事があった上にそれだと、やっぱり心配よね……」

「ですね、まさかハイジャックとは……」

 

(ハイジャックですって!?そういえば確かこの前……

そうか!あの中にシャナ様の名前があったのね、比企谷八幡君……そう、そういう事……

でもこの前うちの店にたまたまお客さんとして来ていた政府筋の人が、

あの報道は誤報だったと断言していたはず。

でも続報が無いせいで彼はその事を知らないのね、

ここはこっそり教えてあげて、安心させてあげるべきかしら……いえ、これはチャンス!)

 

 そしてミサキは、笑顔で闇風に言った。

 

「大丈夫よ、彼は絶対に生きてるわ、彼が帰ってきたら一緒にお祝いをしましょう。

他の人には内緒だけど、実は私は銀座でお店をやっているの。

なのでその時は、あなた達二人を私のお店に招待するわ。

だから元気を出して?闇風君」

「い、いいんですか?ありがとうございます、何かめっちゃ元気が出てきました!

そうですよね、あいつが簡単に死ぬはずがないですよね!あのニュースも続報が来ないし、

きっと間違いだったに決まってます、そうか、よし、よし!」

 

 闇風はそのミサキの言葉を聞いて途端にポジティブになり、

ミサキはこれでシャナと直接対面出来ると一人ほくそ笑んだ。

丁度その時再び会場の入り口から大歓声が聞こえた。

 

「あら、何かしら」

「ピトフーイが来たみたいですね」

「ああ、彼女達も優勝候補になっていたものね、それじゃあ私は行くわ、頑張ってね」

「ありがとうございました!」

 

 そして闇風はレン達の所に戻り、三人は申し合わせたように、同時に歩き出した。

そしてそのまま三人は、悠然と歩いてくるピトフーイの前に立ちはだかった。



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第575話 役者、揃う

「あら、レンちゃんにヤミヤミじゃない、今日はたらおはいないのね」

「代わりにニューフェイスの私参上!ピトさんはこの私がぶっ倒す!」

 

 平然とそう話しかけてきたピトフーイに対し、フカ次郎がそう宣戦布告したが、

ピトフーイは立ち止まらずにそのまま去っていき、平然とホールの中央に立つと、

集まった観客達に向け、笑顔で手を振りはじめた。

 

「キーッ、無視された!」

「眼中に無しって感じだな」

「凄い人気ですねぇ」

「まあそれもほとんどが、シャナのおかげだろうけどな」

「でそうなんですか?」

「昔のあいつは、それはそれは嫌われていたもんさ」

 

 闇風は昔の事を思い出し、苦笑しながらそう言った。

 

「それがシャナと出会い、行動を共にするようになってから、

大勢の敵を少数で打ち破り、あれよあれよという間にGGO最強スコードロンの一員だ、

あいつもまさかこうなるとは、予想すらしていなかっただろうな。

まああいつはそういった名声よりも、

シャナと一緒にいられる事だけに執着してるみたいだけどな。

だがそれ故に、それが失われたと判断した時は……」

「意外ともろい、そうですよね?師匠」

「まあそういう事だ、だから誰かがあいつの頬を引っぱたいてやらないといけない」

「ですね、全力で引っぱたいてやりましょう」

「頼むぞレン、俺も友達のあんな辛そうな姿を見たくはないからな」

 

 闇風のその言葉に、フカ次郎は首を傾げた。

 

「辛そう?あの人どう見てもすごく余裕たっぷりに見えるんだけど」

「表面上はな」

「そうなの?」

「そうなんですか?」

 

 ピトフーイの事をそこまで詳しく知らないレンとフカ次郎は、

その発言にまったく実感が沸かなかった。

 

「さっきもお前が煽ったのに、まるで聞こえないかのようにスルーしただろ?

あれは多分、お前の相手をしている余裕すら無かったって事だと思うぞ」

「え、そうなの?あれってそういう事?」

「おう、多分頭の中はもうぐちゃぐちゃなんだろうよ、

シャナの生存を信じたい気持ちと信じられない気持ちがごっちゃになって、

考えが纏まらないまま昔のあいつに戻っちまってる感じじゃないかな」

「昔のピトさん?師匠、何か根拠があっての発言ですか?」

 

 そのレンの質問に、闇風はあっさりとこう答えた。

 

「勘だ」

「勘ですか……」

「勘なんだ……」

「馬鹿野郎、この俺様の勘だぞ、合ってるに決まってる」

「う~ん」

「合ってる……のかな?」

 

 二人はその言葉に懐疑的だったが、闇風ほどの歴戦の勇者の勘は、往々にしてよく当たる。

 

「まあお前らにもそのうち分かるさ」

「そのうちですか」

「おう、それが分かるようになって、初めて一流だな、

そのくらいGGOをやり込んでみろよ、レン」

「は、はい!」

 

 そんな三人の視線に気付かず、ピトフーイは「やぁやぁ、どうもどうも」等と言いながら、

愛想良く観客達に手を振っていた。もちろんそんなピトフーイを悪く言う者達も存在した。

 

「何だよあれ、調子に乗りやがって」

「まるでオタサーの姫みたいだな」

「チッ、ゴリラ女め」

 

 だがそういった者達は圧倒的少数派である。

ピトフーイは別に他のプレイヤーに媚びたりルックスを売りにしたりはせず、

あくまでも実力でここまで這い上がってきた為、

その人気はその実績に対する評価の現れなのだ。

故に例え性格が最悪だろうとも、ピトフーイの人気は高い。

そしてピトフーイを応援する者達は、まさか自分たちの応援が実り、

ピトフーイが優勝した瞬間、本人の死がほぼ確定するなどとは夢にも思っていない。

ピトフーイが応援に応えれば応える程、事態はどんどん悪くなっていくというのが、

この件の一番皮肉な部分であろう。

 

(ピトの様子がおかしい、だがこれでいい)

 

 エムはピトフーイのおかしな様子に当然気付いており、内心でそう思いつつも、

ピトフーイがこのまま実力を出し切れないまま負ける事を望んでいた。

エムは確かにピトフーイと共に生き、共に死ぬ事を望んでいたが、

その死因はあくまで老衰である事がベストであり、

こういった形でピトフーイが死ぬ事は望んでいなかった。

いざとなったら当然後を追うつもりはあるが、出来ればそれは避けたかった。

 

(ピトは誰が参加するのかなんて興味ないから知らないだろうが、

あの人まで参加するんだ、万が一にもこちらが勝つ事は無いだろう)

 

 そう考えながらも、ここぞという時以外、手を抜く訳にはいかないエムは、

あくまで平然とした態度でピトフーイ同様に、応援してくれる者達に手を振っていた。

ここで下手な態度をとって、十狼の評判を下げるような事はしなくないという気持ちもあり、

エムはあくまでも余裕そうに見える態度を崩さなかった。

 

「ねぇエム、シャナがいないのにこんな声援がもらえるなんて、

昔二人だけで行動していた時には思いもしなかったわよね」

「ですね、変われば変わるもんです」

「こ、これならシャナに褒めてもらえるかな?」

「え?ええ、きっと褒めてもらえますよ」

 

(何だ?予想以上にピトの気持ちが高ぶっている?

まさか死んだ後の話をしているなんて事は……

もしくはやや錯乱しているのか?これは負けた時に約束を反故にしないように、

何か説得出来るような理屈を組み立てておいた方がいいかもしれないな……)

 

 エムはピトフーイの態度から最悪の状況を想定し、それに備えておく事にしたようだ。

決して油断せず、常に最悪の状況を頭に入れておく事は、十狼内での共通認識である。

もっとも十狼は、最悪の状況に置かれた事など一度も無いのであるが、

これはかつて戦争終盤に、シャナがゼクシードに暗殺されそうになった時から、

十狼内部で暗黙の了解として決められたルールなのである。

 

「しかしレンちゃん達は大人しいわね、このままただじっと開始を待つつもりなのかしら。

おかげで私達に対する声援が一番大きいわね」

「ですね」

 

 エムはおかしな事を言ってピトフーイを覚醒させる事を避ける為に、

極力短くそれに同意するに留めた。

 

「それじゃあピトは、そのまま観客達の声援に応えていて下さい、

僕はギンロウさんと、色々話を詰めてきますので」

「分かった、そっちは任せるわ」

「はい」

 

 そしてエムは、マスクで顔を隠しているギンロウに話しかけた。

 

「ギンロウさん、せっかくの晴れ舞台なのに、顔を隠させてしまってすみません」

「気にしなくていいっすよ、いざという時に力ずくであいつを抑えられるように、

現時点で手配出来る最高のメンバーを揃えたつもりっすけど、

そのせいでピトフーイに違和感を抱かせたら元も子もないっすから!」

 

 そのギンロウの言葉に残りの三人も頷いた。

 

「ありがとうございます、しかし最高のメンバーですか、

どなたが参加しているのか、いざという時の為に僕も知っておいた方がいいんですかね」

「あ~、確かにそれはあるかもしれませんね、

ええと、それじゃあ皆さん、こっそりエムさんに耳打ちしてもらえますか?」

 

 そしてその三人の名前を聞いたエムは、あまりにも予想外のそのメンバーに驚愕した。

 

「え、あ、あの、どうしてこんな事に……?」

「いや、正直偶然の要素が大きいんですが、ダインさんにこっそり話をしている時に、

たまたま酒場にこのお二人が居合わせたんで、駄目元でお願いしてみたんすよ」

「なるほど……まさかこれほどまで豪華なメンバーが揃うなんて思ってもいませんでした、

ありがとうございます、皆さん」

「何、いいって事よ、正直もうGGOでの人死には勘弁だからな」

「だな、見過ごす訳にはいかん」

「まったくあいつも困った奴だよね」

 

 その頼もしい三人の言葉に胸を熱くしながらも、エムはいくつかの注意点を三人に伝えた。

 

「本当に面倒な事を頼んでしまってすみません、

とりあえずあいつを背後から撃つと逆にまずい気がするんで、

ピトと僕、レンちゃんとフカ次郎さんの二対二の状況にするのを目標として、

それまでは本気でやって頂くようにお願いします、

ご協力をお願いします、ダインさん、スネークさん、ゼクシードさん」

 

 

 

「相談は終わった?」

「はい、滞りなく」

「で、あの四人は結局誰なの?」

「それは秘密です、終わった後のサプライズって事で」

「ふ~ん、まあいいけど、信用出来る人達なんでしょうね?」

「腕に関しては、十狼の他のメンバーにも引けはとりませんから安心して下さい」

「へぇ、そこまで言うんだ、これは期待出来そうね、

でもそうなると、レンちゃん達が三人ってのがちょっと不公平かしらね?」

「え?あっちは四人ですよ?」

 

 そのエムの言葉にピトフーイはきょとんとした。

 

「そうなの?もう一人って誰?」

「それは……」

 

 さすがにこの段階まできたらバラしてもいいだろうと、

エムがキリトの名前を出そうとした瞬間に、

突然一部の観客達が、あらぬ方向を見ながら大歓声を上げ、

その場にいた全ての者達が、一体何が起こったのかとそちらを見た。

そして徐々にその歓声が広がっていき、ピトフーイの目に、

その大歓声を受けている者の姿が徐々に見えてきた。

 

「あ、あれってもしかして……嘘、本当に?」

 

 さすがのピトフーイもそれが誰なのかを理解した瞬間に、呆然とした表情を見せた。

そして観客達が、その名前を連呼し始めた。

 

「「「「「「「「「「キ・リ・ト!キ・リ・ト!キ・リ・ト!」」」」」」」」」」

 

 そのコールを受け、キリトはぎょっとしつつも、

それに答えるように右手を上げ、その代名詞ともなっている、

カゲミツG4『エリュシデータ』の刃を出し、高く掲げた。

その瞬間に会場のボルテージは最高潮に達し、その中を進んだキリトは、レンの前に立った。

 

「遅れてすまない、今日は宜しくな、レン」

「あ、あの……も、もしかしてフカの言ってた四人目って……」

「ああ、俺だ」

「まじかよ、まさかあんたが俺達のチームメイトだなんて……」

 

 さすがの闇風も、この事はまったく予想していなかったのか、

レンの横でぽかんと口を開け、それ以上何も言えなかった。

レンも同様にぽかんとしており、フカ次郎はドヤ顔で二人に言った。

 

「ね?ゴリゴリの近接プレイヤーでしょ?」

「う、うん……」

「これ以上は無いって感じだな」

 

 さすがのレンも、キリトの名前は知っていたようで、

そのプレイスタイルについても八幡から聞かされていたようだ。

そしてリアル知り合いという事もあり、やっと状況を把握出来たらしいレンは、

とても嬉しそうにキリトの手を握りながら言った。

 

「キリト君、久しぶり!今日は来てくれてありがとう!」

「え、二人は知り合いなのか?」

「そうですよ師匠、知らなかったんですか?」

「お、おう、初耳だ、ってかまあ、俺もキリトとはリアル知り合いなんだけどな」

「そうなんですか!?」

「ああ、その通りだな、世界は狭いよな」

「そうだったんだ、もしかしたら師匠と私も知り合いなのかもですね」

「どうだろうな」

 

 ちなみに二人の面識はまだ無い。

そしてキリトはしっかりとレンの手を握り返しながら言った。

 

「という訳で、ピトフーイの前に立つまで、俺がレンを絶対に守るから、

邪魔する奴らは容赦なく皆殺しにしてやろうぜ」

「う、うん!」

 

 そんなLFKYの四人の姿を見ながら、ピトフーイはエムに言った。

 

「これはとんだサプライズね、まさか彼がレンちゃんの味方だなんて」

「ええ、そうですね」

「何か頭が冷えたわ、エム、手を抜いたりするんじゃないわよ、

もしそんな事をしたら、即ログアウトしてお前を殺しに行くからね」

「は、はい……」

 

 その言葉で、エムはピトフーイが完全に覚醒した事を悟った。

こうしてお互いにとんでもないメンバーを揃えた両チームは遠くでにらみ合い、

その様子を見た観客達は大歓声をあげ、ついに第二回スクワッド・ジャムが始まった。 

 



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第576話 偶然

 参加者達は知らぬ事だが、大会の開始直前にもう一つ別の出来事があった。

大会が開始されるのを、今か今かと固唾を飲んで見守っていた観客達は、

いきなりドームの入り口からキリトが登場した時以上の大歓声が聞こえてきた為、

一体何だろうと思い、そちらを見た。そしてそこに立っていた四人の人物の姿を見て、

その者達も同様にその大歓声の輪に加わった。

 

「うわ、凄い歓声……」

「何だ?随分場が温まっているみたいだな」

「試合開始にはギリギリ間に合ったみたいだけど、出場選手が誰もいないわね」

「推測、副長、降臨」

「そうだな、これはキリトの奴の登場の余波に違いないな」

 

 四人はそんな会話を交わしながら、どこか観戦用の個室は空いていないか探す事にした。

 

「さすがにこの時間だとどこも空いてないか……」

「ギリギリになっちゃったしね」

「あ、ああっ!」

「い、生きてた!」

 

 丁度その時、個室の一つから顔を出し、きょろきょろしていた二人のプレイヤーが、

そんな事を言いながらシャナの方に走ってきた。

そしてそのプレイヤーは、人目もはばからずシャナに抱きつき、おいおいと泣き出した。

 

「もう、もう、心配したんだからね!」

「無事なら連絡の一つくらいよこしなさいよ、

ここ数日は生きた心地がしなかったんだからね!」

 

 その二人、ユッコとハルカは心底嬉しそうにそう言いながら、

ぽろぽろと本気の涙を流していた。この世界では涙は我慢出来ない為、

間違いなくこの二人は、心からシャナの身を案じていたらしい。

 

「ご、ごめん、謝る、すまなかった」

 

 シャナはとにかく謝罪の言葉を重ねる事しか出来ず、申し訳なさそうに二人に謝り続けた。

そしてシャナから離れた二人は、今度はシズカ達四人に突撃した。

 

「きゃっ」

「ちょ、ちょっとあなた達」

「あんた達が一緒なのは報道で知ってたから別に心配してなかったけど、とにかくお帰り!」

「本当にもう、こいつの秘密主義はあんた達が何とかしなさいよね!」

 

 二人は口ではそう言いながらも、ずっと涙を流したまま四人を放そうとはせず、

四人は困惑しつつも口々に二人に謝った。

 

「ご、ごめんね二人とも」

「す、すまなかった、この通りだ!」

「猛省、ごめんなさい」

「心配させてごめんなさい、私達は全員無事だから」

 

 そんな六人の姿を他の観客達は、良く分からないといった表情で見つめていた。

そしてそれに気付いたユッコとハルカは、シャナ達を自分達が確保していた個室へと誘った。

 

「みんな、こっちこっち」

「ささ、中に入って」

「お、すまないな、正直助かる」

「さすがに今の状況は、人前じゃ話せないもんね」

 

 そして六人は個室へと入り、やっと一息つく事が出来た。

 

「ふう……」

「凄く注目を集めちゃったわね」

「半分はお前らのせいだからな」

「元はといえばあんたのせいなんだからね」

「お、おう、そうだよな、お前が言うなって感じだよな」

 

 シャナは自虐的にそう言うと、個室の中をきょろきょろと見回した。

 

「あ、今飲み物を用意します」

 

 クルスはシャナの視線の意図をそう判断し、席を立った。

 

「あ~……お、おう、すまないが頼むわ」

「はい」

 

 シャナは飲み物が必要だという事もまた事実であったので、そのままクルスにそう頼んだ。

そして次にシャナは、ユッコとハルカにこう尋ねた。

こちらが本当のシャナが気にしていた事である。

 

「なあ、ゼクシードはいないのか?」

「あそこ」

「あそこ?」

「うん、あそこ」

 

 シャナは二人が指差す指の先にあるモニターを見ながら首を傾げた。シャナの記憶だと、

事前に見た参加者リストの中にはゼクシードの名前は無かったはずだったからだ。

 

「まさか正体を隠して参加してるのか?これって偽名での登録はありだったか?」

「そこらへんはよく分からないんだけど、試しにやってみたら出来たんだって。

名前は適当でも、対象プレイヤーが許可すれば、そのまま登録出来るみたい」

「BoBじゃ出来なかったはずだけど、まあこの大会は日本サーバー限定みたいだし、

お祭り的な要素もあるからそうしたのかもな、ザスカーの運営も中々やるなぁ」

「戦争の時もかなり融通を利かせてくれたしね」

「数日後にザスカーの運営と話し合いをする予定だが、

前向きに話を進められそうで良かったよ」

 

 ユッコとハルカはその言葉を受け、シャナにこう尋ねた。

 

「ザスカーってこのゲームの運営会社だっけ?その為にアメリカなんかへ?」

「で、ハイジャックに巻き込まれたって話は結局どうなってるの?

ニュースでも一切続報を流さないからやきもきしてたんだよ?」

「あ~、ハイジャックがあったらしいのは事実だし、

それがおそらく俺達を狙ったものだったっていうのも確かだな」

「ええっ!?」

「ど、どういう事!?」

 

 驚く二人にシャナは、淡々とこう言った。

 

「実はチケットは買ってあったんだが、俺達は誰もその便には乗ってなかったんだよ、

だから名前だけが乗客リストに残ってて、そのまま報道されたって事だな」

「あ、そういう事だったんだ」

「でもその言い方だと、襲撃を予測してたような感じに聞こえるんだけど」

「あるかもしれないと想定はしてたな」

「そうなの!?」

「襲撃って、映画じゃないんだから……」

 

 シャナの浮世離れしたその言葉に、二人はシャナの住む世界と自分達の住む世界は、

やはりまったく違うのだと実感させられた。

もっともそれで友達付き合いをやめるほど、二人の神経は細くはない。

 

「ああ、だから俺達は慎重を期して自前の便をチャーターして目的地に向かったんだ、

そして実は、あの海に落ちたっていう報道は微妙に事実とは違う」

「どういう事?」

「実はあの飛行機には、乗客は人形しか乗っていなかったんだよ。

そもそもあの便に乗る予定だった奴は存在しない、全部のシートをうちで買い占めたからな」

「全部って……」

「そしてそこに乗っていたのは、見た目だけは精巧に作られたAI搭載型の人形だけ。

犯人達も驚いただろうな、乗客リストだと満席なのに、

実際乗っていた客数はその半数以下だったんだからな」

「そこまでする!?」

 

 二人はその話を聞いて、全部でいくらかかったんだろうかと想像し、クラッとした。

 

「で、乗っていたのは機長達三人だけ、積んであった燃料も必要最低限、

もちろん機長達のコクピットに繋がる扉は完全防弾で、

特別報酬も弾ませてもらった。

そしてその小型ジェット機は、ハイジャックをする予定だった犯人達を連れ、

とある島に着陸した。その島には『偶然』滑走路があり、

『偶然』演習中だったアメリカ軍が駐留していた。

で、そこで待ち構えていた軍の人間が『偶然』犯人を拘束、

そして『偶然』同時にリークされた情報によって、

そのバックにいた会社に国税の査察が入り、

『偶然』そこからそのハイジャック未遂犯達に繋がる情報が出てきたと、

今回の事件はそういった流れだった訳だ」

「偶然偶然偶然、ね……」

「おう、偶然って怖いよな」

「そ、そうね、怖いわよね……」

 

 二人はシャナだけはもう二度と敵に回したくないと改めて思い、

同時に事情を知った為、安心したような顔でシャナに言った。

 

「まあいいわ、それじゃあ危険な事は何も無かったのよね、良かった良かった」

「まあさすがに映画みたいに、その後他の場所で襲撃を受けて、

銃撃戦になったなんて事、ある訳ないよね」

「おいハルカ、お前エスパーかよ……あっ、やべ」

「ええ?もう、私にそんな特殊能力がある訳……え?」

 

 ハルカはその冗談に対し、いつものように軽く返そうとして、

その言葉の意味に気がつき、ユッコと顔を見合わせると、猛然とシャナに詰め寄った。

 

「ちょ、ちょっと、今のどういう事!?」

「まるで映画ばりの銃撃戦をちょっとやってきた、みたいな言い方に聞こえるんだけど!?」

「あ、えっと……」

 

 シャナは気まずそうに目を背け、他の者達は、その姿を見て苦笑した。

シャナは、身内の前だとこういったやらかしをする事が意外と多いのだ。

 

「ほ、本物の銃って意外と重いよな」

「ああああああああああ!」

「やっぱりこいつ、やってやがった!」

「おいこら、こいつ言うな」

「あんたなんかこいつで十分よ!もう、もう!」

 

 シャナはそのまま二人に事の次第を説明し、あくまで自衛の為であり、

十分準備はしたと言い訳し、何とかそれで納得してもらった。

 

「もう、あんたが普通の世界の人間じゃないのは分かるけど、

自分の命をチップにするような事はしないでね」

「お、格好いい言い回しだな、それ」

「茶化さないの!」

「お、おう、すまん……もう出来るだけこういう事はやらないから」

「出来るだけ……ね」

 

 それでとりあえず話は落ち着き、試合開始までの短い時間、

六人は雑談に興じる事となった。

 

「それじゃあ今はアメリカからログインしてるんだ」

「アメリカからの接続って出来ないんじゃなかったっけ?」

「まあ色々手段はあるらしいぞ」

「とりあえずもう危ない事は無いんだよね?」

「備えは怠らないけど、うん、もう大丈夫だよ」

「次はどこに行くの?」

「予定だとテキサスにあるザスカー本社だな!」

「お土産、期待してるからね」

「分かってるわ、任せて頂戴」

 

 そんな雑談をしながらもモニターを見ていた一同の目に、

最初にPM4の姿が映し出された。

 

「お、ピトのチームか、エムも一緒なんだな、そしてあの覆面の四人、

動き方にどこか見覚えがあるような……例えば……」

「あ、ゼクシードさんだ」

「そうそう、例えばあれはゼクシード……って、はああああ?」

 

 その言葉を聞いたシャナは、この日二番目に驚愕した。

一番目の内容についてシャナが知るのは、この直後である。



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第577話 ピトフーイ包囲網(リアル)

「おいおい、あのゼクシードがピトフーイのチームメイトだと?」

「ええ、もっともピトフーイは、その事を知らないと思うけどね」

 

 それはつまり、人選に別の人物の思惑が絡んでいるという事であろう。

シャナはそう思い、ストレートにユッコにこう尋ねた。

 

「それは誰の差し金だ?」

「ええと、ギンロウって人に頼まれたんだって」

「ギンロウに?意味が分からん……って事はあの中の一人はギンロウなのか、

それにあれは……ダインか、ダインだな、しかしあと一人が分からない」

「あの四人の顔合わせの時に私達もいたから知ってるわよ、あれ、スネークって人だったわ」

「何やってるんすか閣下!お遊びが過ぎるでしょう!」

 

 ダインやギンロウ、それにゼクシードの動向に関しては、

疑問ではあるがそこまで反応しなかったシャナであったが、

さすがにその名前を出されては、声を荒げざるを得なかったようだ。

 

「うわ、驚いた、もしかしてスネークの中の人とも知り合いなの?」

「あ、ああ、まあそうだ、あの人はとんでもない大物で、

ゲームばかりやってていいような人じゃないって事だけ覚えておいてくれればいい」

「そ、そうなんだ……」

「深く突っ込まないでおく事にしようね、ユッコ……」

 

 二人にとっては大物の括りに入るシャナがそこまで言う人物とは何者か、

二人は怖くてそれ以上知るのが嫌だった為、そう言うに留め、それ以上は何も聞かなかった。

社会人になる者として、それなりに政治経済の分野の事も情報収集している二人だったが、

実は先ほど聞こえた閣下という言葉には心当たりがありまくりなのであった。

だがその事について、二人は完璧に口をつぐみ、その言葉は記憶から消す事にしたようだ。

 

「で、どういった経緯でそんな事になってるんだ?」

「ええと、冗談なのか本気なのかは分からないけど、

何かピトフーイが、この戦いでレンちゃんに勝ったら死ぬとか何とか言ってるらしくって」

「………何だと?」

「私達があまり踏み入るべきじゃないと思ったから、

その四人とエムさんの五人だけで話してもらったんだけど、

ゼクシードさんからさし触りのない部分だけ教えてもらった内容がそれだったの」

「あのゼクシードがそんな事を?って事は冗談じゃないって事なのか?

ピトの野郎、何でそんな事を……」

 

 他の者達もその話を聞いて困惑したようで、特にピトフーイと仲のいいロザリアは、

まったく心当たりが無かったせいか、縋るような目でシャナの方を見つめていた。

その視線を受け、シャナはロザリアにこう尋ねた。

 

「おいロザリア、確かピトフーイにも、事前に手紙を出しておいたはずだよな?」

「ええ、間違いなく」

「その手紙があいつの手に渡ってないという可能性は?」

「あの子が気付かなくても、エム君が絶対に気付くはずじゃない?」

「そうだよな、事務所経由の手紙はあいつが全部マネージャーとして処理しているはずだ」

 

 その言葉にロザリアはビクッとした。

 

「あ、ま、まさか……」

「どうした?何か心当たりでもあったか?」

「そ、それが私、あの手紙は直接ピトフーイの家のポストに投函したの。

だから事務所とかは通してないのよね……」

「直接家に?お前、あいつとそんなに仲が良かったのか……」

「というか、独立の時に新しい家を手配してあげたのは私だから……」

「そういう事か、で、私生活がだらしないあいつは、郵便物を放置している可能性があると」

「多分そういう事なんだと思うわ」

「しまった、情報を制限した事がこんな形で裏目に出るとは……」

 

 シャナはその事を悔やんだが、同時に怒りもこみ上げてきたらしい。

そしてシャナは、他の者達が疑問に思うほど、過剰な反応を見せた。

 

「確かにもっと早くに正確な情報を流すべきだったかもしれないが、

それにしても死を選択する事は無いだろう、畜生、おいロザリア、

今からザスカーの本社に連絡して、俺を参加者として中に……」

「さすがに大会が始まってしまった以上、それは無理よ、

もっと現実的な手段を考えましょう」

「くっ、何か手は無いのか?このままだと間に合わなくなっちまう、

そうしたらあいつは俺のせいで死……」

 

 そんなひどく動揺したシャナの背中を、シズカがそっと抱いた。

 

「落ち着いて、シャナ。ここはSAOじゃない、SAOじゃないんだから、

何も心配する事は無い、無いんだからね」

 

 その言い聞かせるような口調に他の者達はハッとさせられた。

シャナの言動が少しおかしな事に気付いてはいたが、

どうやらシャナが、GGO内でピトフーイが死ぬと同時に、

現実世界のピトフーイも死ぬという間違った認識を抱いていたとは気付かなかったからだ。

この辺りの機微は、この中ではシズカにしか分からない。

そして遅ればせながら、他の者達も口々にシャナに言った。

 

「そうだぞシャナ、勝とうが負けようが、大会を終えて外に出てきたあいつを、

全員で拘束して正座させて大説教をかましてやればいいだけの話だ」

「そうそう、あんたが何か心配するような事は絶対に起こらないから安心していいわよ」

「一番まずいのは、ピトがいきなりログアウトして事に及ぼうとする事のはずです、

幸い大会はまだまだ続きますから、その間に直接ピトフーイの家に、

信頼出来る人員を派遣しておけばいいと思います」

「そ、そうか、そうだよな、よし、早速誰がいいか考える」

 

 その言葉でシャナもやっと落ち着いたのか、ああだこうだと頭を悩ませ始めた。

 

「そういえばロザリア、あいつの家ってどこにあるんだ?」

「アキバよ」

「アキバだと?そうすると……」

 

 当然シャナの頭に真っ先に浮かんだのは、フェイリスの姿であった。

フェイリスならば、あの辺り一帯のビルのオーナー全てに顔がきくはずだ。

 

「フェイリスなら、あいつに直接会っても動揺する事も無いだろうからな」

「一般人が見ると動揺するような人がピトフーイの正体なの?」

「ん?二人は一度会った事があるはずだが、まあそういう事だ」

「一度会った……?私達とあんたが会った時に居合わせた有名人……?」

 

 そして二人の頭の中に、同窓会の光景と、その時に居た一人の人物の名前が浮かんだ。

 

「や、やっぱり今の質問は無し!これ以上深入りするのは絶対にまずい気がする」

「そんな裏側知りたくない知りたくない、一般人の私達をあんたの世界に巻き込まないで!」

 

 二人は同窓会であんな目にあってから、逆に神崎エルザのファンになっていたが、

同時にピトフーイの性格を熟知していた為、

エルザに対して抱いていた憧れのようなイメージを崩したくなかったのだろう、

頭を振りながら一刻も早く今の言葉を忘れたいという風にそう言った。

 

「で、残りの人選だが、どう思う?」

「普通にキョーマ君じゃ駄目なの?」

「でもロザリアさん、もしかしてあの子、全裸でプレイしてるかもしれないよ?」

「あ、それはあるかも………」

 

 そしてシャナは、少し考えた上で二人の人物の名前を出した。

 

「一人はまゆさんだな、まゆさんなら芯がしっかりしてるから、

あいつをきちんと説得してくれるだろう」

「あ、うんそうだね、まゆりちゃんなら信頼出来るね」

「それともう一人、フェイリスと面識があって、威圧感のある奴がいてくれるといいんだが」

「威圧感ね……それならあの子しかいないわね」

「あ、うん、私もそれ思った」

「同意、推奨」

「だな、よし、それでいこう。問題はどうやって連絡をとるかだが……」

 

 四人はその人物の名前を出さなかったが、それで話はどんどん進んでいった。

ユッコとハルカは首を傾げながらも、一人同じように頭に浮かんだ人物がいた為、

多分その子なんだろうなと思いつつ、シャナに言った。

 

「えっと、シノンならさっき見かけたわよ」

「多分ここの隣の個室にいると思う」

「まじかよ、あのツンデレメガネっ子、そんな近くにいたのか!

おいロザリア、それにマックス、あいつをここに拉致ってこい」

「オーケー」

「了解しました」

 

 そして二人は部屋を出ていったかと思うと、直ぐにシノンを連れて部屋に戻ってきた。

 

「ちょ、ちょっと二人とも、無事だと思って安心したらいきなり何を……

って、シャナ、シャナじゃない!」

 

 シノンはシャナを見た瞬間に、恐るべき力で二人を振りほどくと、シャナに飛びつき、

わんわんと泣き始めた。

 

「本当に良かった、ま、まあ手紙は読んでたから別に心配はしてなかったけど!」

「お前、こういう時までツンデレメガネっ子プレイをしなくてもいいんだぞ……」

「プ、プレイって何よ、自意識過剰なんじゃないの?

とにかく私はまったく心配なんかしてなかったんですからね!」

「ああ、はいはい、分かった、分かったからとりあえず俺の話を聞け」

「あ、ま、待ってシャナ、大変なの、ピトが、ピトが!」

 

 どうやらシノンは、事前にピトフーイに接触していたらしく、

ピトフーイから直接何か話を聞いたようで、自分がどうにかしなくてはと、

個室にこもって大会の様子を注視していたらしい。

 

「控え室に入る直前のピトに偶然会ったんだけど、その時ピトが突然こう言ったの、

『今日でお別れね、今までありがとう、シノノン』って。

そしてあいつ、そのまま部屋に入っちゃって、

その直後にエムさんに、事情を全部聞かせてもらったのよ」

「そういう事か、で、お前はどうするつもりだったんだ?」

「もちろん大会が終わった直後にピトの控え室に乗り込んで、ぶん殴るつもりだったわ」

「おおう、さすがというか……」

「そうだね、さっすがシノノン!」

「やはり適役ね」

「暴力隠好意的小悪魔」

「ごめんイクス、何を言ってるのか分からない」

 

 そしてシノンはシャナから説明を受け、その役目を承諾した。

 

「任せて、リアルで一発あいつの腹にパンチをお見舞いしてやるわ」

「顔って言わない所がよく分かってるというか、お前そんな武闘派だったか?」

「まあ私はやられる方だったから」

 

 そのシノンの言葉を理解したシャナは、即座に頭を下げた。

 

「すまん、俺がデリカシーが無かった、お詫びに俺にも一発入れてくれていい」

「そう?じゃあ遠慮なく」

 

 そしてシノンは目にも止まらぬスピードで、

シャナの腹めがけていきなりパンチを繰り出した。

だがさすがというか、シャナはそのパンチを鮮やかに避け、即シノンに抗議した。

 

「おい馬鹿てめえ、そういう時は頬をパチンとするとか、女の子っぽい仕草をするもんだろ!

どこの世界にそのゴリラ並のフルパワーで男に腹パンしようとする女子高生がいるんだよ!」

「チッ、避けられたか」

「チッ、じゃねえよ、お前は何を考えてるんだ!」

「たまにはいいかなって思って。最近ちっとも一緒に遊んでくれないし」

「お前はガキか!」

「まだピチピチの高校生のガキですが何か?」

「自分でピチピチとか言うな、携帯の着信音といい、そういう所がお前は昭和なんだよ!」

「いつもこの私の脚線美に見蕩れているくせに」

「だから自分で言うなよ!」

 

 そんな二人の頭を、シズカがガッシリと掴みながら言った。

 

「はいはい二人とも、仲がいいのは分かったから、そのくらいにしなさい」

「う……」

「シ、シズカ、今のは別に仲がいいとかそういうんじゃ……」

「ん?シャナは私の判断が間違ってると言いたいのかな?かな?」

「いえ、何でもないです……」

 

 そしてやっと話が出来る環境になったと判断したロザリアが、

シャナの代わりにシノンに事情を説明した。

 

「………と、いう訳なの」

「……やっぱりピトって馬鹿なのかしら」

「馬鹿というより自分の気持ちに馬鹿正直なんだろうな」

「自虐的究極愛戦士」

「ごめんイクス、何を言ってるのか分からない」

 

 そしてシノンはその頼みを快諾した。

 

「分かったわ、それじゃあ私はこのまま落ちて、

フェイリスさんとまゆりさんに協力を要請すればいいのね」

「そうだ、結果的に説教が俺達と重複しちまうかもしれないが、気にせずやっちまえ」

「オーケー、腕が鳴るわね」

「頼んだぞ」

 

 こうしてピトフーイを取り巻く環境が推移していく中、ついに各チームが動き出し、

六人はシノンを見送った後、その成り行きを見守る事となった。



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第578話 フカ次郎の危機

「それじゃあスキャンを待つとするか」

「まあ最初は仕方ないよな、現在位置を把握しないと動きようがないしな」

「フカ、周囲の監視は怠らないようにね」

「ラジャー!って、もしかしてここじゃ私が一番下っぱ!?」

「今頃気付いたのか……」

「げげっ、ここは早く下克上せねば!」

 

 LFKYの面々は、そう言いながらも周囲の監視を行っていた。

もっともここは遮蔽物の少ない荒野の真ん中である、

出来る事といったら、体制を低くして草むらに出来るだけ体を隠し、

ただひたすら最初のスキャンを待つ事だけであった。

 

「色々話を聞いた感じだと、どうやらこの大会は、

有力プレイヤーはマップの東西南北の端に散らされる傾向があるみたいですね」

「だな、とりあえず今のうちに、マップ情報から分かる事を把握しておくか」

 

 そして四人は相談の上、見張りをフカ次郎と闇風が、

マップの精査をレンとキリトが担当する事になり、それぞれが担当の作業を開始した。

頭脳労働が出来る出来ないに関しては、適材適所だといえる。

 

「キリト君、これって何かな?」

「卵型の建物……?これってドーム球場の跡地とかなんじゃないか?

他にそういった建物って、現実じゃ見た覚えが無いしな」

「だよね、まあアリーナっぽい建物かもしれないけど、基本は同じだよね」

「だな、しかしこれ、かなりでかいな、もし現在位置がマップ右下あたりだとすると、

どうしてもここを突っ切る事になりそうだ」

「回り道をしてたら時間がかかりすぎるもんね」

 

 他にもマップ内には色々な地形があった。巨大な岩山や、いくつかの小さな建物、川、湖。

そしてキリトが気付いたのは……

 

「なぁレン、このマップの端なんだけど」

「ここ?何も無いように見えるけど……」

「これ、表現がおかしくないか?何で二重線なんだ?」

「そう言われると確かに……マップの外周の線は別に書いてあるしね」

 

 二人はそれを見て、何となく顔を上げ、きょろきょろと辺りを見回した。

 

「………あ」

「あれってまさか……」

 

 そして二人は同時に単眼鏡を取り出し、そちらの方を見た。

ちなみにレンの持つそれはシャナにもらった物であり、通常の物より倍率が高い。

そしてキリトの持つ物も、もしキリトが気が向いてコンバートしてきた時に使えるようにと、

シャナが他の装備類と共に用意し、ロッカーに入れて保存しておいた性能のいい物である。

それ故に二人の目には、通常よりも遠くの景色がよく見える。

そしてそこにはまるで長城のような建造物が立ちはだかっているのが見え、

二人は顔を見合わせ、マップとこの状況を見比べながら、

ここがマップの右下ではないかと同時に気付いた。

 

「もしかして、あの壁の上って通れるのか?」

「かもしれないね」

「でもどうやってあそこに上るのかが分からないな」

「戦略には組み込めないね、あくまで最終手段って感じかな」

「しかしこれで俺達がどこにいるかは分かった、ここは進撃するべきだろうな」

「だね、師匠とフカは……」

 

 その時遠くで爆発音がした。見るとマップ中央方面から煙が上がっている。

そこに闇風が、凄い速度で駆け戻ってきた。

 

「お、おい、今の音は……」

「フカがいない!?まさかあんなところまで偵察に?」

「行くぞ!」

 

 キリトがそう言って先に走り出し、その後をレンと闇風が追いかけた。

驚いた事に、キリトの速度は二人よりも少し遅いくらいであり、

いかにキリトのステータスが異常であるのかがそこから見てとれた。

そして遠くに、両足を失って四つんばいで必死でこちらに逃げてくるフカ次郎の姿が映った。

その後を、やや遠くから敵が追いかけてくる。どうやら敵も、一応罠を設置はしたものの、

この時間に動き出す者がいるとは思っていなかったようで、

完全に油断した状態でのんびりと寛いでしまっていたのか、

誰かが罠にかかった事に対する初動が遅れたようだ。

そしてフカ次郎が今にも敵の射程に入るか入らないかというところで、

キリトが何とか間に合い、敵とフカ次郎の間に立ちはだかった。

 

 ギン!ギギン!

 

 今にもフカ次郎を捕らえようとしていたその銃弾は、

キリトの目にも止まらぬ剣捌きによって完璧に防がれ、

フカ次郎は開始早々敵に倒されるという不名誉を避ける事が出来た。

 

「ふ、副長!」

「ちょっと遠くに来すぎたな、フカ」

「ご、ごめんなさい……」

「だがよく諦めずにここまで這ってきたな、えらいぞ。

どんな時でも決して生存を諦めないヴァルハラ魂だな」

「う、うん」

 

 その間にもキリトは降り注ぐ敵の銃弾を斬り続け、

敵はそれを見て、今自分達が誰を相手にしているのかをそこで初めて理解した。

 

「あれ、あいつ、倒れないぞ」

「あ、あの光は!ま、まずい、あれはキリトだ!」

「って事はLFKYか!やばい、逃げろ!」

 

 そのプレイヤー達がそう言って後ろを向いて逃げ出した瞬間に、

その横を二筋の風が吹き抜けた。そして彼らの斜め前方に突然二人のプレイヤーが現れ、

完全に逃げ腰になっており、まったく対応出来ない様子のそのプレイヤー達に、

その二人から一斉に銃弾が降り注いだ。

 

「よくもフカを!この、このおおおおお!」

「お前らうちに手を出して、生きて帰れると思うなよ!」

 

 そして敵は成す術なく殲滅され、フカ次郎は九死に一生を得た。

 

「フカ、フカ、もう、無茶しすぎだよ!」

「ご、ごめん、何か動く物が見えた気がしたから、つい前に出すぎた……」

「地雷を踏んじまったんだな、まあしばらく待てば足も戻るはずだ、

レン、今はとりあえず早く治療薬を」

「あっ、そうでした!フカ、これを使って」

「すまないな相棒、恩にきるぜ」

「お礼ならキリト君に言いなさい」

「お、おう」

 

 そしてフカ次郎はキリトの方を向くと、もじもじしながらこう言った。

 

「お、お礼はこの体で……でもリーダーには内緒でお願いしましゅ」

 

 その瞬間にキリトはフカ次郎の頭に拳骨を落とし、フカ次郎のHPが微妙に減った。

 

「うわ、し、死ぬ、死んじゃうから!」

「生きてるだろ、それくらい問題ない。お前が訳の分からない事を言った時は、

こうするようにと日ごろからハチ……シャナに言われているからな」

「そ、そんなぁ……」

「言っておくが、三人の副長は全員そう言われてるからな、

もうお前に逃げ場は無いぞ、フカ」

「うぅ……リーダーの愛が重い……」

「この状況でそう言えるなんて、お前の心臓には本当に毛が生えてるよな」

「失礼な、心臓のお手入れはちゃんとしてるから!」

 

 キリトはその抗議を完全に無視し、フカ次郎をその背におぶった。

 

「ふわっ!?な、何を……」

「フカ、闇風、実は現在位置が判明した、マップ右下だ」

 

 そしてキリトは南東方向を指差しながら言った。

 

「あっちには巨大な壁がある、多分その上は通れると思うんだが、

そこに行く道がどこにあるかは分からない。

なのでとりあえず中央目指して進軍しておくのがいいと思う」

「なるほど!」

「という訳で、フカは俺の背中で単眼鏡を使って周囲の警戒だ、

落ちないように俺の体に縛り付けておくが、いざとなったらお前を弾除けに使うからな」

「こ、こんな体で宜しければご自由にお使い下さい!」

 

 キリトのその冗談に、フカ次郎は真面目な顔でそう言った。

どうやら本当に反省している様子なのが、そこから見てとれた。

 

「いつもそれくらい素直だと助かるんだがな……」

「ごめんなしゃい……」

「まあいいさ、お~い見てるかシャナ、こいつはしっかりと躾けておくからな」

「あはははは、見てるはずは無いですけどね」

「それじゃあ行くか」

「おう!」

 

 そして四人は、マップ中央へ向かって進軍を始めた。

 

 

 

「それが見てるんだよなぁ……」

「何の事?」

「いや、今キリトの奴がな『お~い見てるかシャナ、こいつはしっかりと躾けておくからな』

って言って、それに対してレンが、笑いながら『見てるはずは無い』って言ったんだよ」

「そうだったんだ」

 

 シャナは控え室で、唯一有力チームの中で動き出したLFKYの様子を眺めていた。

他のチームも分割されたモニターに映っていたが、特に動きは無い。

そしてモニターの一つが既に黒く塗りつぶされていた。

先ほどLFKYに殲滅されたチームが映っていたスペースである。

 

「フカの奴は、ちょっと前のめりになりすぎる癖があるよな」

「まあそれがフカちゃんの持ち味だから、それはいいんだけど、

肝心な時には抑えて味方と連携出来るように教育しないといけないね」

「頼むぞシズカ、いざとなったら容赦なく鉄拳制裁していいからな」

「まあ程ほどにするよ、うん」

「やらないとは言わないところがさすがね」

「私はもちろん容赦なくやりますよ、シャナ様!」

 

 こうして最初のスキャン前からLFKYは動き出した。

その進路上にいる他のチームは、まだその事に気付いてはいない。




さて、「基本」は原作通りになりますが、ついに動き始めました!


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第579話 四強、それぞれの動き

「副長、二時の方向に敵影」

「よし、ストップだ、このまま伏せて敵の様子を伺う」

「どれ……お~、確かにいやがる、フカは目がいいんだな」

「というか、敵の気配に結構敏感?」

「ふっふっふ、汚名を返上しないと!」

「よし、奇襲出来そうだな、俺がこのまま突っ込む、二人は取りこぼしが無いように、

逃げだす敵を全滅させてくれ」

「「了解」」

「ふ、副長、私はどうすれば……」

「フカはこのまま弾除けに使う」

「そ、そりは……いや、体を張って頑張りましゅ!」

 

 丁度その時フカ次郎の足が復活した。

 

「おおっ?」

「お、戻ったか、それじゃあ予定変更だ、おいフカ、そのグレネードで先制攻撃だ。

俺達は三方向から敵を囲み、逃げてくる敵を全滅させる」

「おお、フカちゃん大活躍のチャンス!」

「というか、俺達の基本戦術はそれしかないからな」

「チームで唯一の遠距離攻撃の使い手としての実力を今こそお見せしましょう!」

 

 そしてLFKYの四人は配置に付き、

フカ次郎は練習通りに狙いを定めて敵目掛けてグレネードを発射した。

 

「た~まや~!」

 

 その射撃は練習の成果か、正確無比な軌道を描いて敵の中央で炸裂した。

そして三人は敵がまったく姿を現さない為、慎重に敵がいた場所へと向かった。

 

「ありゃ」

「おいおい、やるなぁフカ」

「完璧に敵の中央に着弾したんだな、たった二発で敵を全滅させたか」

 

 フカ次郎は両手のグレネードによる同時発射で、一気に六人の死者を生み出していた。

そして遅れて到着したフカ次郎は、それを見て一気に調子に乗った。

 

「よっしゃ、グレイト、パーフェクト、そしてエレガント!」

 

 嬉しそうにそうガッツポーズするフカに、キリトもさすがに表情を和らげながら言った。

 

「よくやったなフカ、次からもこの調子で頼むぞ」

「はい、このかわいくてプリティでエレガントなフカちゃんにお任せを!」

「そういえばさっきも最後にエレガントって言ってたな、何でエレガントに拘るんだ?」

 

 そのキリトの質問に、フカ次郎はやや肩を落としながらこう言った。

 

「えっと、昔リーダーに、お前の戦いにはエレガントさが足りないと言われたのでしゅ……」

 

 その八幡らしくない言葉に、キリトは顔に疑問符を浮かべながらこう言った。

 

「それはお前、からかわれただけだと思うぞ」

「えっ、という事はつまり、フカちゃんは元々エレガントだと!?」

「それとこれとは別問題だ、あいつはお前の事を、陰で肉食メガネっ子って呼んでるからな」

 

 そのキリトのカミングアウトに、フカ次郎は意外にも笑顔を見せた。

 

「お、おおう……ツンデレメガネっ子と同じレベル……」

「同じなのは嫌なのか?」

「逆ですよ逆、思わぬリーダーからの高評価にフカちゃんのテンションは爆上がりですよ!」

「お前の中じゃそれは高評価なんだな……」

「当たり前じゃないですか!どう見てもツンデレメガネっ子はリーダーのお気に入りだし、

それと同列なんて、これは私にもチャンスがありそうじゃないですか!」

「それは否定しないが、まあそうだな、が、頑張れ」

 

 キリトは、どう考えても無理だろうなと思いつつも、

夢は大きな方がいいよなと考え、否定するような事は何も言わなかった。

そのままLFKYは待機し、スキャン前に二チームを撃破した状態で、

開始十分の最初のスキャンを迎える事となった。

 

「やはり右下か、そしてルート上には……ん?このドームの中、どうなってるんだ?」

「じゅ、十チームくらいいるんじゃない?」

「だな、ランドマーク的な建物だから、

待機場所にいいと思って近くにいたチームが全部集まったんだろう。

つまり今あの中は、とんでもない乱戦状態になっているだろうな」

 

 そのキリトの言葉通り、ドーム周辺は、ぽっかりとどのチームもいない状態となっていた。

 

「さて、どうする?」

「これから前に進むってのに、敵を残しておくのはちょっとまずいんじゃないかな?」

「殲滅あるのみだぜ!」

 

 LFKYは、そう言ってあっさりと乱戦の中に飛び込む事を決めた。

ある意味目の前に立つ者を全員倒せばいいという簡単な仕事である。

実際は全く簡単ではないのだが、このメンバーが揃うと簡単に見えてしまうのが不思議だ。

 

「よし、それじゃあ行くか」

「作戦は?」

「中の様子を見てから考える」

「了解!」

 

 四人はそう言って、ドームへ向かって走り始めた。

 

 

 

 SHINCのメンバーは、スキャン結果を見て即座に移動を開始した。

 

「まずい、LFKYに先行されている、急ぐぞ」

「でもリーダー、このドームであっちは少しは足止めをくらうんじゃない?」

「だから急ぐんだよ、待ち伏せするのに準備の時間は多い方がいいだろ」

「まあそうだね」

「という訳で、他のチームもいくつかルート上に残っているから、くれぐれも警戒を怠るな」

「おう!」

 

 

 

 MMTMのリーダーであるデヴィッドは、

配置を見て普通にPM4が中央へ向かうと判断し、

SHINCと同様に中央へ向かって移動を開始した。

 

「リーダー、やっぱりPM4を潰すのか?」

「ああ、俺に付き合わせちまって悪いな」

「いいっていいって、MMTMが本当の意味でメジャーチームにのし上がる為には、

結局通らないといけない道だしな!」

 

 こうしてMMTMも、移動経路上のチームを堅実に倒しつつ、中央へと向かった。

 

 

 

 一方ピトフーイは、自分達の正確な位置を把握していた訳ではないが、

目の前にとりあえずの拠点にするのに適当な岩山があった為、そちらに移動していた。

 

「はぁ、遠くまでよく見えるわねぇ」

「ですね、ここなら奇襲を受ける事も無いでしょう」

「でも警戒は怠っちゃ駄目よ」

「はい、そういうのが得意な人がいるんで、その人に全てお任せする事にしてあります」

「へぇ、そうなんだ、誰なのかなぁ」

 

 ピトフーイはチームメイトの覆面四人組と対面して、

その動きから実力者である事は疑いはないと理解してはいたが、

まだ中の人の正体は把握していないし、する気もない。

口では誰なのかなとは言いつつも、ピトフーイは実は四人の正体にはそこまで興味は無い。

ピトフーイは今はレンとどう戦うかだけを考えており、他の敵には全く興味が無いからだ。

そして最初のスキャンを終え、各チームの大体の位置が把握出来た。

PM4はマップ左上、LFKYはマップ右下、SHINCが右上、MMTMは左下である。

 

「へぇ、マップの対角線か、一番遠いところに配置されちゃったのね」

 

 そしてピトフーイはマップをじっくりと眺めた後にその場に座り込み、

さばさばとした表情でメンバーにこう言った。

 

「多分このまま中央に向かうとたくさんの敵に囲まれる、

ちょっとここで待機して、周辺の敵をお掃除しておきましょうか」

 

 その言葉にエムは、ピトフーイの消極性を疑ったが、

ゼクシードがその言葉に頷いた為、エムはその命令に素直に従う事にし、

ギンロウ達と共に岩山周辺にトラップを仕掛けまくる事にした。

その努力は、次のスキャン後に実を結ぶ事になる。

そして何も起こらないまま、PM4は二回目のスキャンを迎えた。

 

「あら?これは……」

「これは一気にチームの数が減りましたね、特にドームの中がひどい」

「残ったのはLFKYのみね、さすがよねぇ」

 

 この間にドーム内の敵は、完全に一掃されていた。そしてピトフーイの予想通り、

何チームかがPM4が立てこもる岩山を囲むような配置についていた。

 

「予想通りでしたね」

「この配置だと、お互いに接触はしていなかったと思うけど、

このスキャンで同じ事を考えているチームが他にもいるってバレちゃったから、

多分一時的に同盟を組んで、こちらに向かってくるんじゃないかなぁ」

「でしょうね、その前に中央の部隊を潰しておきます、

そうすれば集合が少し遅れると思いますから」

「そんな事可能なの?」

「はい、実はもう偵察に出ていたメンバーが、一人でそいつらの相手をしています」

「へぇ、彼って強いのねぇ……」

 

 その言葉通り、岩山の下ではスネークが本領を発揮していた。

 

「い、今どこかから撃たれたぞ!」

「敵はどこだ?」

「分からない、一体どこに……ぐわっ!」

 

 そのチームのメンバーは、一人また一人とスネークに倒されていき、

六人全員が全滅したところで、スネークがエムに通信を入れた。

 

「こちらスネーク、とりあえず一チームを全滅させた、このまま付近の警戒を続ける」

 

 

 

「で、白旗なんか上げてどういうつもりだい?」

「こちらとそちらの利害関係は被らないはずだ、だから話がしたくてな」

「へぇ、まあ言うだけ言ってごらん?聞くだけ聞いてやるから」

「ああ、それじゃあ本題だが……」

 

 二度目のスキャンを経て、SHINCとMMTMは中央でカチ合っていた。

このままお互い戦闘になるかと思われた矢先、いきなりMMTMから白旗が上がり、

SHINCはそれを訝しみながらも、話し合いに応じる事にしたのだった。

 

「そっちの狙いはLFKYだろ?こっちはPM4だ」

「へぇ、何でそう思ったんだい?」

「あんたらはシャナの直弟子と呼べるチームだったはずだ、

だが今ではシャナの直弟子と言われているのは、あのレンだ。

この状態は、あんたらにとっては面白くないんじゃないかと推測した、どうだ?」

「まあ確かに面白くはないねぇ」

 

 エヴァはそう指摘され、それを素直に認めた。

 

「俺達はこれから岩山周辺に集まったチームを糾合し、PM4に戦いを挑むつもりだ。

なので三度目のスキャンまでだけでいいから、俺達と相互不可侵条約を結ばないか?

そのタイミングだとあんた達もLFKYと戦闘に入るはずだから、

後顧の憂いが無くなって、お互い助かるだろう?」

「ふむ……それは確かにその通りだね」

 

 そしてエヴァは、その提案に頷いた。

 

「いいだろう、次のスキャンまではそれでいい、その後はまた敵だ」

「ありがとう、それじゃあそちらの健闘を祈る」

「そっちもね」

 

 そしてデヴィッドと分かれた後、エヴァはその後姿に向けてぼそりと呟いた。

 

「デヴィッド、あんた、最近ちょっと政治的な動きばかりしすぎじゃないかい?

そんな事ばかりやっていると、チームとしての総合力は全然上がっていかないと、

私はそう思うけどねぇ。まあ群れたい奴らは好きにするといいさ、

こっちはこっちで潔く単独で挑ませてもらう」

 

 そしてエヴァは、仲間達に向けて言った。

 

「とりあえず次のスキャンまでは背後は安全だ、なので背後に設置した罠を、

全部前方に回しておきな!急がないとそろそろLFKYの奴らが来ちまうぞ!」

「「「「「了解!」」」」

 

 こうしてLFKYの次の相手はSHINC、

そしてPM4の初戦の相手はMMTM連合軍と決まった。

その頃当のLFKYは、ドーム内の戦いの総括をしながら、

受けたダメージを回復させる為に、ドームの入り口に罠を仕掛けつつ、

中で小休止していたのだった。

 

「激戦だったね」

「ああ、そもそも最初は………」



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第580話 ドームの戦い

「中から沢山の銃声が聞こえるな」

「盛り上がってますなぁ」

「真打ちとしては、早く登場してやらないといけないよな!」

「で、キリト君、何か作戦とかある?」

「そうだな……」

 

 キリトはドームをじっくりと観察し、時々コンコンと壁を叩いたり、

エリュシデータで壁が破壊可能かどうか調べたりしていた。

 

「可能なら上から攻撃とも思ったが、ちょっとこれを上るのは大変そうだな、

せめてベランダ的な物があれば何とでもなるんだが」

「上?ロープでも持ってるの?」

「いや、こうする」

 

 そしてキリトはフカ次郎の首根っこを掴み、いきなり上へと全力で放り投げた。

 

「ぎゃああああああああああああああ!副長、いきなり何を!」

「おっ、余裕があるじゃないか、掴まれそうな所があったらちょっと頑張ってみろよ!」

「つ、掴ま?ど、どこどこ、レン、どこおおおおおおおお?」

 

 フカ次郎は錯乱し、レンに掴まる場所が無いか聞いたが、

当然下にいるレンにそんな事が分かるはずがない。

 

「頑張れ~!」

「は、薄情者!」

 

 それでもさすがはフカ次郎である、咄嗟に背中に差していたナイフを抜くと、

壁と壁の隙間にそのナイフを突き刺し、片手でブラリと壁面にぶら下がった。

 

「おお」

「やるなフカ」

「剣の扱いの方がやっぱり慣れてるんだな!」

「えっへん!って、このままじゃ落ちる、落ちるから!副長、これからどうすれば?」

「あ~……」

 

 特に何も考えていなかったキリトは、

そういえばこの壁は破壊不可能属性じゃなかったなと先ほど調査した結果を思い出し、

エリュシデータをフカ次郎目掛けて投げつけた。もちろん刃は出したままである。

 

「う、うおおおお、あ、危なっ!副長、いきなり何するんですか!」

「斬れ」

「えっ?」

「それで試しに壁を斬ってみろ」

「あ~!ラ、ラジャー!」

 

 そしてフカ次郎は、壁に刺さったエリュシデータを片手で引き抜き、

そのまま逆手で壁をくり抜くように動かした。

 

「おお、紙でも斬ってるみたいに軽い!」

「どうだ?」

「待って下さいね!おらあ!」

 

 そしてフカ次郎は、円形に切断した壁を蹴り、そこにぽっかりと穴が空いた。

ついでにフカ次郎は、壁に深めの傷を付け、ちゃっかりと自分の足場まで確保していた。

 

「うわ、フカって案外抜け目ない……」

「まあ日ごろからビシビシ鍛えてるからな」

「あれ、って事はもしかして、キリト君はフカの師匠みたいなもの?」

「いや、三人の副長が交代で無茶なノルマを課し、

出来なかったらハチマンがお仕置きするってパターンだな」

「ブ、ブラックスコードロンだ!」

「ALOじゃ、スコードロンの事はギルドって呼ぶけどな」

「ブラックギルドだ!あっ、何かちょっと格好いいかも……」

 

 キリトはその言葉に苦笑した。実際ヴァルハラの訓練は、ブラックぎみな所があるからだ。

そしてフカ次郎は穴の中を覗き、きょろきょろと辺りを見回した。

 

「う~んと……あっ!」

 

 そしてフカ次郎は下に向かって何か叫ぼうとしたが、

寸前で思いとどまり、通信機を取り出した。

どうやら中に声が届いてしまう事を危惧したらしい。

 

「おっ、中々気が利くな」

「これも日ごろの訓練の賜物かな?」

「まあ索敵担当の奴が、いつも同じような行動をとっているから、

その事を覚えてたんだろうな」

「なるほど、学習したんだ」

「経験は宝だからな、だからハチマンも、ギルメンにはとにかく色々な事をやらせてるぞ」

「なるほど……さっすが!」

「ブラックぎみに、だけどな……」

 

 キリトはレンに聞こえないようにボソリと呟いた。

そして通信機が鳴り、レンは通信機のスイッチを入れた。

 

「フカ?どう?」

『天井の鉄骨の上に乗れそう、どこに敵がいるか、ここからだと凄くよく見えるよ』

「中はどうなってるの?」

『中は何ていうか、プレイヤーの姿が完全に隠れるくらいの背の高い草が一面に生えてる』

「って事は下から突撃すると視界が悪すぎて、思わぬ事故に遭いそうなのかな?」

『かもしれない、そこで提案がある、おいレン、副長に代わってくれ』

「オッケー!」

 

 そしてレンはキリトに通信機を差し出し、フカ次郎はキリトに何か提案をした。

 

「ほほう?おいフカ、本当にやれるんだな?」

『うん、さっきの射撃を見たでしょう?ヴァルハラ式で余裕!』

「そうか、ちょっと待っててくれ」

 

 そしてキリトはレンと闇風に言った。

 

「悪い、ここを突っ切る予定だったんだが、外周から回り込んでもいいか?」

「別に構わないが、それで中の敵を殲滅出来るのか?」

「ああ、問題ない」

「それならいいんじゃないかな」

「オーケーだ、よしフカ、その作戦でいくぞ、今基準点を設定する、見逃すなよ」

『了解!』

 

 そしてキリトはフカ次郎からエリュシデータを受け取ると、

ドームの壁にゆっくりとその刃を刺していった。

 

『確認!』

「了解だ」

 

 そのよく分からない作業を、レンと闇風は特に疑問を差し挟む事もなく見物していた。

 

「よく分からないが、さすがというか……」

「師匠、ヴァルハラ式って何だろうね?」

「まあシャナの奴が考えた何かだろうな」

 

 そしてキリトはレンと闇風に、作戦の説明をした。

 

「え、まじでか?うわ、その発想は無かったわ」

「そこから敵が出てくるのは避けたいから、アタッカーはレンがいいと思うんだよな」

「いいんじゃないか?俺は今回はフォローに回るぜ」

「悪いな、頼む」

「任せとけって」

 

 そしてキリトは先ほど空けた穴の横に立ち、通信機に向かって言った。

 

「フカ、いつでもいいぞ」

「あい、計測計測っと……八十三歩に四名」

「オーケーだ」

 

 そしてキリトはいつもよりもやや小さい歩幅で外周を回り、丁度八十三歩の所で止まった。

 

「よし」

 

 次にキリトは、レンは通れるが通常サイズのプレイヤーは通れない程度の穴を壁に空け、

レンに向かって頷いた。

 

「頼むぞレン」

「任せて!行くよ、Pちゃん!」

 

 そしてレンは音が鳴らないように慎重にその穴から中に入り、

少し後にその穴の中から銃声が聞こえた。

 

「始まったな」

『一人耐えた、十五秒』

「オーケーだ」

 

 そのキッカリ十五秒後に、穴の中からPちゃんが外に投げ出され、

さらにレンが穴の中から両手を伸ばしてきた。

 

「引くぞ!」

 

 そしてキリトがその手を引き、レンを外に引っ張り出した。

そして闇風がその穴に向けて銃を構え、

レンを追いかけてきた敵がその穴の向こうに見えた瞬間、

闇風はその敵目掛けて銃弾を放った。

 

『敵の死亡を確認、今のチームは全滅したよ』

「オーケーだ、よし、次を頼む」

『あい!計測計測っと……五十歩に三名』

「案外近いんだな」

『混戦だしね』

 

 そして次のポイントでも同じ光景が繰り広げられ、またチームが一つ殲滅された。

 

「レン、大丈夫か?疲れてないか?」

「うん、一撃離脱だから大丈夫だよ、師匠」

「そうか、疲労がたまったらすぐに言うんだぞ」

「うん!」

『七十二歩に一名、壁際に寄りかかってる』

「そうか、それじゃあそいつは俺がもらうか」

 

 そしてキリトはエリュシデータを構え、裂帛の気合いを込め、壁を横一文字に切り裂いた。

 

「うおっ、凄えな」

「さっすがキリト君!」

『うひゃぁ、胴が真っ二つ』

「オーケーだ、今回は穴が無いからここで基準点を設定しなおすぞ」

『了解!確認!ええと……百五歩!』

 

 そしてキリトが慎重に歩く姿を見ながら、レンが興味深げにキリトにこう尋ねた。

 

「ねぇキリト君、ヴァルハラ式って?」

「ああ、歩幅を正確に二十五cmに合わせて、歩数で距離を教えるやり方かな、

まあ普段は迷宮探索の時とかに、方角と合わせて使ってるよ」

「へぇ、もしかして、歩幅を合わせる訓練をしたの?」

「ああ、全員普通に出来るぞ」

「凄っ!」

「ハチマンがこういう事には厳しいんだよ………」

「あは、そうなんだ」

 

 そして正確に百五歩の地点で、再び同じ事が行われ、それを繰り返すうちに、

ドーム内の敵はあっさりと殲滅された。

 

『十チームの全滅を確認!』

「見逃しはいないか?」

『大丈夫、静まり返ってる』

「オーケーだ、それじゃあ進軍を続けるか」

『あっ、ま、待って副長!フカちゃんはどうやって下に下りれば……』

「飛び降りろ」

 

 キリトはノータイムでそう言い、フカ次郎は一瞬無言になった。

 

『ま、まじですか……』

「もしくは壁を走れ」

『そんな事、リーダーと副長三人にしか出来ないって!』

「多分ソレイユさんも出来るけどな。今そっちに行くから自分でどうするか考えて、

自力で下りれるように何かチャレンジしてみろ、その経験がきっとALOで生きるだろう」

『ラ、ラジャー……』

 

 そしてキリトは壁に大きめの穴を空け、三人はそこから中に入った。

そこで天井の鉄骨の上にフカ次郎の姿を発見した三人は、

どうするつもりなのか見物する事にした。そしてフカ次郎はあちらこちらを見て回った後に、

何か思いついたのか、キリトにエリュシデータを貸してくれと頼んだ。

キリトはその頼みを承諾し、エリュシデータを上に投げ、フカ次郎はそれをキャッチした。

 

「これでいけるのか?」

『まあ見てて下さいよ!』

 

 そしてフカ次郎は、いきなり自分が乗っている鉄骨を斬った。

 

「うお」

「まじかよ」

「うわ、どうするつもりなんだろ」

 

 そして次にフカ次郎は、その鉄骨が天井に繋がっている部分を切り、

一目散に反対の端へと移動した。

その鉄骨は、支えが壁と繋がっている部分のみになった為、ギギッと傾いた。

 

「どうやら落ちないな」

「まあフカも素早く移動したしな」

「フカ、油断するなよ!」

「あ、あい!」

 

 そしてフカ次郎は、徐々に中央へと移動を始めた。その度に鉄骨はギギッと傾いていき、

フカ次郎はある程度進んだ後、反対を向いて鉄骨に抱きつくと、

そのままお尻を先頭に中央へと向かっていった。

 

 ギギッ……ギッ、ギッ……

 

 そして鉄骨は徐々に傾いていき、飛び降りても平気そうな高さまで傾いた瞬間、

フカ次郎は地面に向けてダイブした。

 

「スカイ・ハイ!」

 

 そしてフカ次郎は膝をクッションのように使い、着地の瞬間に膝を曲げ、

そのままごろごろと転がりながら着地に成功した。

 

「よっしゃあ!フカちゃん大勝利!」

 

 フカ次郎はガッツポーズをし、その場に仁王立ちした。

その瞬間にキリトがフカ次郎に叫んだ。

 

「フカ、避けろ!」

「へ?う、うわああああああ!」

 

 鉄骨はついにその重さを支えられなくなったのか、壁からポッキリと折れ、

今まさにフカ次郎を押し潰そうと上から迫ってきていた。

フカ次郎は必死で横に飛び、間一髪でフカ次郎はプレスされずに済んだ。

 

「や、やばかった!」

「だから油断するなとあれほど」

「ご、ごめんなしゃい……」

 

 しょげるフカ次郎の頭を、しかしキリトは軽く撫でた。

 

「まあしかし、よく自力で下りれたな、ただの冗談のつもりだったんだが、まあよくやった」

「な、何ですと!?」

「よく考えてもみろ、ALOじゃお前は飛べるんだぞ、

高い所から飛び下りる技能なんて必要ないじゃないか」

「ひ、飛行禁止エリアも一応ありますし……」

「そういう所は絶対にハチマンがロープとかを用意してるからな、飛び降りるとかありえん」

「ふ、深読みしすぎた……フカだけにフカ読みしすぎた……」

「まあ素直なのはいい事だ、今度ハチマンに報告して褒めてもらうといい、俺が許す」

「スルーも許せるくらいの神許可出たあ!」

 

 そしてフカ次郎は、カメラに向かって絶叫した。

 

「今はリーダーは見てないと思うけど、いずれ映像で見るかもしれないから、

映像を見てフカちゃんの唇を読んでくれる事を祈って……

リーダー、後で絶対に褒めて下さいね!」

 

 こうしてドームの戦いは終了した。LFKYの快進撃は続く。



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第581話 そんな事言ったっけ?

「キリトの奴、何かに気付いたみたいだな」

「何を指差してたんだろうね」

「ちょっとマップをもう一度見てみるか」

 

 シャナはそう言うと、マップを呼び出し、六人はじっとそのマップを見つめた。

 

「ねぇ、ここって……」

「この二重の線は……もしかして通路か何かか?」

「でもこんな所に道があったら他のチームも利用しようとするはずよね」

「という事は、一見してもそれとは分からないようになっているんじゃない?」

「つまり地下道か、もしくは壁の上とかになるのか?」

「壁じゃないかしら、一目で今の位置が特定出来たみたいだし」

「かもしれないね」

 

 その時遠くに爆発のエフェクトが見えた。

 

「ん、爆発?」

「フカがいない……」

「おいおいまさか……」

 

 その瞬間に画面の中のキリトが走り出し、一同はどうなるのか固唾を飲んで見守っていた。

 

「あ、危なかったね……」

「フカは今度説教だな」

「今のはさすがに前に出すぎよね」

 

 そしてフカ次郎がキリトに背負われるのを見て、シャナはボソリと呟いた。

 

「甘やかしすぎな気もするが、まあこの場合は仕方ないな」

 

 直後にいきなりLFKYが動き出した為、シャナ達は瞠目した。

 

「フカの奴は、ちょっと前のめりになりすぎる癖があるよな」

「まあそれがフカちゃんの持ち味だから、それはいいんだけど、

肝心な時には抑えて味方と連携出来るように教育しないといけないね」

「頼むぞシズカ、いざとなったら容赦なく鉄拳制裁していいからな」

「まあ程ほどにするよ、うん」

「やらないとは言わないところがさすがね」

「私はもちろん容赦なくやりますよ、シャナ様!」

 

 そして一同は、LFKYの動きを見てううむと唸った。 

 

「やっぱり自分達の位置を理解してるみたいだね」

「アドバンテージになりそうだな」

「お、フカが敵を見つけたみたい」

「さっきはミスったけど、それは積極性の裏返しだし、案外斥候向き?」

「いや、性格的に無理だろ、あいつは我慢がきかないしな」

「あ、グレネードで攻撃するみたいだね」

「まあ混乱さえさせられれば、キリトが一人で全員斬っちまうだろうけどな」

「これって銃で戦うゲームなんだけどね……」

「まあ俺達も人の事はあまり言えないけどな」

 

 そしてフカ次郎が「た~まや~!」と言ったのが見えたシャナは、

一人へなへなとその場で脱力した。

 

「どうしたの?」

「フカが、た~まや~!って言ったんだよ」

「せめて着弾してからにすればいいのにね」

「そのシズカの感想も少しズレてる気がするが……」

 

 そしてグレネードの弾が着弾した瞬間、シャナは目を見張りながら言った。

 

「お、あいつ、上手い事やりやがったな」

「どうしたの?」

「あの位置なら多分一撃で皆殺しにしたと思うんだよな」

「凄いじゃない」

「え、本当に?」

「驚天動地、賞賛」

「まあ見ててみろって」

 

 そのシャナの言葉通り、敵が何かしてくる気配はまったく無い。

そして画面がズームされ、そこに六人の死体が発見された。

 

「本当だ、凄い凄い!」

「幸先がいいわね」

「でもあいつは調子に乗りすぎだな、何がエレガントだ」

「フカがそう言ってるの?」

「おう、グレイト、パーフェクト、エレガント、だってよ、まったく意味が分からん」

 

 その言葉にシズカと銃士Xが顔を見合わせた。

 

「ねぇ、それって前にシャナがフカに言った言葉のせいじゃない?」

「ん?俺があいつに何か言ったっけか?」

「うん、ちょっと前に『お前の戦いにはエレガントさが足りん』って言ってたはず」

「え、俺そんな事言ったっけ?」

 

 シャナが本気で驚いていた様子だったので、二人は肩を竦めた。

 

「つまりあれはアドバイスとかじゃなく、ただの冗談だったって事だね」

「当たり前だろ、戦闘にエレガントさを求めてどうするよ」

「推測、フカ次郎、本気」

「だよねぇ、かなり意識しまくってた気がするよ」

 

 その言葉にシャナはどうやら思い当たるフシがあったようだ。

 

「ああ、そのせいでフカは最近戦闘の後に、

おかしなポーズをとりながらこっちを見てやがったのか」

「本人にバレたら落ち込みそうだけど……」

 

 シャナは、確かにさすがのフカでもそう思うかもしれないと思いつつも、

自分に言い聞かせるようにこう言った。

 

「ま、まあ大丈夫だろ、この状況でバレる心配は……」

 

 その時キリトがフカ次郎に何か話しかけ、

その唇の動きを読んだシャナは、思わず悲鳴をあげた。

 

「うがっ、キリトの奴、言ってる傍からバラしやがった!」

「え、本当に?」

「あ、でもフカの奴、『えっ、という事はつまり、フカちゃんは元々エレガントだと!?』

とか訳の分からない返しをしてやがる……」

「さすがはフカね」

「ポジティブ」

「天然よねぇ……」

 

 その時シャナが、再び悲鳴を上げた。

 

「うわああああ」

「こ、今度は何?」

「キ、キリトの奴、俺が陰でフカの事を、

肉食メガネっ子って呼んでるのをバラしやがった!」

「つまりキリト君の中では、特に隠すような事じゃないと認識されてるって事だね」

「でもフカ、喜んでない?」

「はぁ?何でツンデレメガネっ子が俺のお気に入りなんだよ、ふざけるな」

「え?」

「う?」

「何それ?」

 

 シャナがいきなりそんな事を言った為、他の者達はぽかんとした。

 

「いやな、フカが喜んでるのは、どうやらシノンが俺のお気に入りだと勘違いして、

それと呼び方が似ているから喜んでいるらしい、まったく意味が分からないよな」

 

 その言葉にシズカ、銃士X,それにロザリアの三人は、ひそひそと内緒話を始めた。

 

「疑問、無自覚?」

「私、正直シノノンの事はかなり警戒してるんだけど」

「シャナはあの子の事、かなり優遇してる気はするわよね」

「疑問、非お気に入り?」

「イクス、疲れるから普通の話し方で」

「どう考えてもお気に入りじゃない?」

「でも本人の中では違うみたいだね……う~ん」

 

 そしてシズカは、恐る恐るシャナにこう尋ねた。

 

「ねぇシャナ、シャナのお気に入りって………誰?」

「そんなのお前に決まってるだろ、まあその表現が適当かどうかは別だけどな」

「あ、そ、そうなんだ……あは、もう、不意打ちすぎるよぉ……」

 

 その言葉にシズカは一発でのぼせてしまい、ふにゃふにゃになった。

その為シズカがもう役にたたないと悟ったロザリアは、代わりにシャナにこう尋ねた。

 

「ねぇ、それじゃあシノンって、あんたにとってどういう存在なの?」

「シノンか?あいつは一人暮らしで苦労しているから、

過剰にならない程度に援助してやらないとなとは思うが」

「え?そういう感じ?本当に?……でも本気っぽいし、う~ん……」

 

 だがそれで引き下がるロザリアではなかった。ロザリアは少し考えた後、次にこう言った。

 

「ええと、他にあんたが気にかけてる女の子って、誰?」

「そうだな、レンは気分が落ち込みやすいから気をつけてないといけないし、

優里……ああ、ええと、ナユタに対しては責任を感じてるかな、

マックスはその忠誠心に何とか報いなければと思うし、

お前は一生男に縁が無いから、何か考えてやらないといけないなと思ってる」

「有難き幸せ」

 

 銃士Xは即座にそう答えたが、ロザリアはわなわなと震えた後に絶叫した。

 

「最後のは余計よ!あんたは一体私を何だと思ってるのよ!」

「拾った小猫」

「……………」

 

 その言葉にロザリアは、何ともいえない顔をして押し黙り、

そんなロザリアを慰めるように、ユッコとハルカがその肩をぽんぽんと叩いた。

 

「うぅ……」

「ドンマイ」

「ドンマイだよ!」

「あ、ありがとう……」

 

 そんなロザリアを見て、シャナは訳が分からないという風に首を傾げると、

モニターへと目を戻した。

 

「お、ここでスキャンか」

「無名のチームが結構潰し合ってる?」

「みたいだな、ピトは相変わらず動かずか」

「あれ、ねぇ、ドームの中……」

 

 ここでやっと復活したシズカが、モニターの一点を指差しながらそう言った。

 

「うお、何でこんなにいやがる」

「確かに休みがてらスキャンを待つには最適かもしれないけど」

「うわ、あいつらやる気満々じゃないかよ、真っ直ぐドームに向かうつもりか」

「でもどうするつもりなんだろ、これだけ敵がいると、事故の危険は排除出来ないよね?」

「どうするつもりだろうなぁ……」

 

 そして一同が事の成り行きを見守る中、

到着直後にキリトがフカ次郎を上に投げ飛ばしたのを見て、一同は思わず噴き出した。

 

「え、何でそうなるの?」

「フカが必死でぶら下がってるわね……」

「あの状況でよくやったとは思うけどね」

「ん、ドームに穴を空けたな」

「え?一体何をするつもり?」

「フカは中に入っちまったしキリトの方も映ってないから状況が分からないな」

「あ、カメラが切り替わったよ」

「キリトの奴、何をするつもりだ……?」

 

 そして直後にキリトが壁に穴を空け、中にレンが突撃したのを見て、一同は目を見開いた。

 

「え、これ、何やってるんだ?」

「外からの奇襲?」

「しかし、外からじゃ敵の場所が分からないだろ?」

「もしかしてフカが、ナビをしているんじゃない?

ほら、キリト君は通信機を耳に当てた後に、ヴァルハラ式で歩いてるし」

「ヴァルハラ式?」

「何それ?」

 

 そう首を傾げるユッコとハルカ、ついでにロザリアに対し、

シャナはヴァルハラ式の説明をした。

 

「ヴァルハラ式ってのは、うちでやってる色々な事のやり方の総称だな、

この場合はヴァルハラ式歩行法とでも言うべきか」

「つまりどういう事?」

 

 シャナは三人にそのやり方を詳しく説明し、三人は感心したような声を上げた。

 

「なるほど」

「確かにそれだと記録さえしっかりしておけば、迷わないで済むわね」

「まあそういう事だな、おっと、キリトの奴、壁越しに敵を斬るつもりか」

「えっ、見てみたい!」

「前にあんたがロザリアさんを助ける時にやってた奴よね?」

「そういえばそんな事もあったな」

 

 そしてキリトは裂帛の気合いを込めてエリュシデータを振り、

直後にカメラが気を利かせたのか、中の様子を映し出した。

 

「うわ、真っ二つじゃねえか……あの時俺に斬られた奴らもこんな気持ちだったのかな」

「あの時は確か全部突きだったのよね、なら多少はマシだったんじゃない?」

「あまり変わらない気もするけどね、まあやられた人達はご愁傷様よね」

「絶対に防げない不意打ちだもんねぇ」

 

 そしてLFKYの四人はドーム内に入っていき、一応周辺の警戒を始めた。

 

「お、全滅させたか?」

「みたい」

「あいつらやるなぁ……」

「あ、ほら、上にフカがいる。やっぱりフカがナビってたんだね」

 

 それを見たシャナが、ボソリとこう言った。

 

「あいつ、あそこからどうやって下りるんだ……?」

「あ!」

「えっと……」

「さあ……」

 

 そして一同が再び見守る中、フカ次郎はエリュシデータを使い、強引に下に下りた。

その頭上に鉄骨が迫り、一同は思わずドキリとした。

 

「うわ、危なっ」

「あいつはやっぱり馬鹿なのか……?飛び降りる時も、スカイハイ!とか叫んでやがったし」

「何それ?何かのネタ?」

「さあ……」

「あ、キリト君がフカを褒めてるね」

「まあ実際よくやったと思うしな」

「あれ、フカがしょげた」

「口元が見えないな」

「今度は浮かれた」

「何やってんだあいつら」

 

 そしてフカ次郎がカメラに向かって何か言い、シャナは苦笑した。

 

「何だって?」

「リーダー、今は見てないと思うけど、後でこの映像を見たら褒めてくれ、だってよ。

まあ既にこうやって見てる訳だが」

「それじゃあ後で褒めてあげないとね」

「そうだな、たまにはいいか」

 

 そしてLFKYは少し休むようだったので、一同は他のモニターに目をやった。

 

「あ、SHINCだ、エヴァちゃんにも頑張って欲しいなぁ」

「あいつら大会があるとかで、しばらく来てなかったしな」

「そういえば結果はどうだったんだろ」

「今度調べてみるか」

「ピトは動かないわね」

「待ちの戦術をとるつもりか?」

「一人いないわね」

「どうせ下でスネークがスネークしてるんだろ」

「スネークってそういう使い方もする言葉だったんだ……」

 

 そして大会は、ここで二度目のスキャンを迎える事となった。



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第582話 止まらぬ寒気

 当初は三十組いた出場チームは、既に半数を割っていた。これはかなり早いペースである。

 

「早いな」

「いきなり十一チームも潰した頭のおかしいチームがいたからな」

「あ、あは……」

「他はSHINCが多分一チーム、MMTMも一チーム潰してるな、

で、マイナーチーム同士の潰し合いで消えたチームが四チームか、残りは十三チーム、

意外と早く決着がつきそうではあるな」

「このスキャン結果だと、六チームがマップ左上に集まってるね」

「ピトの所を入れると七チームだな、さすがにこれは密集しすぎだから、

おそらく何かしらの話し合いが行われているんだろう」

 

 スキャン直後のSHINCとMMTMの白旗を掲げての話し合いの様子は、

モニターには映っておらず、シャナは状況から推測を交えてそう言った。

現在の状況は、マップ右下のドーム内にLFKYが陣取り、

その周辺で生き残っているチームは皆無である。

そして中央に立ちはだかるようにSHINCが布陣し、

その近くには、どうやらZEMALがいるようだ。

そしてマップ右上にぽつんとT-Sがおり、

マップ左下では名前を聞いた事がない三チームが睨みあっているように見える。

そして肝心のマップ左上では……

 

「あれ、比較的遠くにいた一チームが移動を始めたな、あそこだけは組んでなかったのか」

 

 シャナはモニターを見ながらそう言い、シズカもじっとモニターを見つめたが、

直後に何か思い出したようにこうシャナに言った。

 

「ねぇシャナ、あの一番後ろにいる子に見覚えがあるんだけど」

 

 そのシズカの言葉にシャナを目を細めて、

一番後ろをつまらなそうにとぼとぼと歩いているそのプレイヤーを見つめた。

 

「フードを被っててよく見えないな……

あ、でもあの背負ってる銃はブレイザーR93か、それなら一人思い当たる人がいるな、

以前拠点防衛戦で俺がM82を貸したプレイヤーだ、名前は確かシャーリーさん」

「ああ、あの女の子かぁ!そうかそうか、最初に声をかけたのは私だったよ」

 

 そしてロザリアも、思い出したように横から会話に参加してきた。

 

「そういえばシノンが言ってたわ、

防衛戦終了後に三人でスナイパー談義に花を咲かせていたらしいじゃない」

「あ、戦争直後のアレ?」

「そういえば私達もその場にいたわ、もっともあの子と会話はしなかったけど」

「むむむ、その時私はクラレンスとかいうのに絡んでたせいで覚えてない……」

 

 最後にクルスが悔しそうにそう言った。自分のその話題に参加したかったようだ。

 

「あれ、でもKKHC、北の国ハンターズクラブ、だったか?

あそこのスコードロンは、対モブ専門じゃなかったか?」

「そういえばそうだね、どんな心変わりだろ」

「まああのシャーリーさんの様子からして、

どうしてもこういった大会に参加してみたかったメンバーが仲間内にいて、

話し合いの結果、押し切られたって感じじゃないか」

「かもしれないね」

 

 そして六人は、一体何をするつもりだろうかと、KKHCの動向を観察する事にした。

 

「もしあれがレンやキリト達なら、何をするつもりか簡単に分かるんだがな」

「正面から喧嘩を売るんだよね」

「ははっ、それしかないよな」

「でもKKHCって、いわゆるバレットラインに頼らない、

ライン無し射撃に精通してる人達なんでしょ?

下から遠距離射撃を繰り返すだけでもいい勝負をするんじゃない?」

「かもしれないな……ってあれ、一人だけ、両手を上げて前に出たな」

「ええっ?まさかの話し合い希望?」

「二度目のスキャン後に動き出したからな、この状況で話す内容といえば……」

 

 そして六人は、同時にこう言った。

 

「「「「「「同盟の申し込み?」」」」」」

 

 六人は声が揃ってしまった為に、顔を見合わせて苦笑した後、

その是非について話し合いを始めた。

 

「多数に付くんじゃなく、小数の味方をするつもりなのかな?」

「確かに日本人の気質には合ってるわね」

「まあピト達が前に出て、KKHCのメンバーが後ろから狙撃でフォローするってのは、

理に適ったいい戦法かもしれないわね」

 

 その時別のモニターで動きがあった。五チームが集まっている光景を映したモニターに、

その中の一人がピトフーイ達のいるほうを指差す様子が映ったのだ。

 

「お、残り五チームの同盟組も、KKHCの動きに気付いたっぽいな」

「結局あの五チームは組んだのかな?」

「多分MMTMの奴が話を纏めたんだろう、確かデヴィッドだったか?

あいつはピトフーイの事が大嫌いなんじゃなかったか」

「あ、そういえばそうだった気がする、どんなプレイヤーなのかな?」

「うちとの絡みはほとんど無いから、どういう奴かは分からないが、

確かチーム戦術をとことん磨いてるスコードロンなんじゃなかったか?」

「なるほど、集団戦にも精通してるのかもしれないね」

「ああ、だが……」

 

 そしてシャナは、気に入らないといった表情でこう言った。

 

「互角の条件でやり合う選択肢を最初から捨ててる奴は、上にはいけないだろうな」

 

 偶然にもシャナは、少し前にエヴァが考えたのと同じ事を口にした。

 

「あ~、シャナはそういうの嫌いだよね、まあ私も嫌いだけど」

「私も」

「私もです」

「私は前はそういうのはまったく気にしなかったけど、今はやっぱりちょっとねって思う」

「私もそんな感じかな、って事は、ここにいる全員そういうのが嫌いって事になるね」

 

 最後にそう言ったユッコとハルカを見て、シャナは嬉しそうに言った。

 

「二人も変わったよなぁ、もうあの頃の面影はまったく無いな、

少なくとも安心して背中を任せられるレベルだな」

「ちょっと、さりげなく人の黒歴史をえぐらないでよね。

でもありがとう、今はその言葉を素直に誇らしいと思うわ」

「だぁね、こういうのって馬鹿らしいなんて昔は思ってたけど、

今じゃこういうのも何かいいなって思う」

 

 三人のそのやり取りに、場はとてもいい雰囲気に包まれた。

そしてそのタイミングで、PM4とKKHCの交渉の様子がモニターに映し出された。

 

「お?ピトの奴、どうやら同盟の打診を断ったな、

ここは組んでもいい場面だと思ったけどな」

「ピトは何て?」

「KKHCの代表っぽい奴がこっちに背中を向けてたから、何を言ったのかは分からないが、

少なくともピトは最初にシャーリーさんの方を見て、

『そちらの紅一点さんもそれでいいのかしら?』って言ったな、

彼女が乗り気じゃなさそうなのを気にしたのかもしれないな」

「あ、確かに何ともいえない表情をしてるね」

 

 そのピトフーイの表情を見て、シズカがそんな感想を述べた。

 

「って事はやっぱり同盟の打診だったのかな?」

「だろうな、その後ピトは相手にこう答えた。

『答えはノーよ、このチームでいくって決めたからにはそれを貫かないと』だとさ」

「へぇ、さすがよねぇ」

 

 丁度そのタイミングで、ピトフーイと話していたKKHCの代表らしき者が振り向いた。

 

「お、KKHCのリーダがこっちを向いたな、

『それじゃあしきり直しだな、俺達は向こうの茂みの奥に消える、

次のスキャンまでは攻撃しないよ』だそうだ」

「ピトは何て?」

「『分かった、それまでは休戦ね、男の約束よ~ん?』………ん?」

「どうしたの?」

「いや、何か違和感がな」

「違和感?何だろ……?」

「何だろうな……」

 

 そんなシャナに、銃士Xが冷静な顔で言った。

 

「シャナ様、そこはいつものように『お前は男じゃねえだろ!』と突っ込む場面です」

「ああ、それだそれ、っていつの間に俺は突っ込み担当にされてるんだ……」

「でもキリト君が相手の時だけボケになるよね、シャナは」

「確かに言われてみるとそうかもしれないな……

あいつが持つ隠し切れない程の強大な突っ込みオーラが、俺にボケさせるんだろう」

 

 そんなのんびりした会話が交わされる中、

シャナはピトフーイがエムに対して何かをねだるような動作をした為、

あいつは一体何がしたいんだと首を傾げた。

その瞬間にエムが一瞬天を仰ぎ、僅かに口を動かしたのを、シャナは見逃さなかった。

 

「なぁ、今エムに助けを求められたんだが……」

「え?どういう事?」

「今あいつ、多分ピトが反応しなかったから、かなり小さい声で言ったと思うんだが、

『シャナさん助けて下さい』って言ったんだよ」

「な、何で?ピトが何かしたの?」

「いや、ピトはエムの方に手を……ん?」

 

 そして一同が見守る中、エムは躊躇いがちにピトフーイに持っていた銃を手渡した。

ピトフーイはその銃をいきなり構え、KKHCのリーダーの背中に狙いを定めた。

 

「えっ?ちょ、ちょっと……」

「ピト、まさか……」

「ここでそうくるの?」

「本気?」

 

 シズカ、ロザリア、ユッコ、ハルカの四人が驚いたようにそう言った中、

銃士Xは悲しそうな表情でこう呟いた。

 

「ピト、それは駄目、シャナ様が本気で怒る」

 

 だがその言葉も空しく、ピトフーイは引き金を引き、

KKHCのリーダーは、背中から心臓を撃ちぬかれ、そのまま即死した。

 

『なっ……』

『何をするの!?』

『お、おい、卑怯だろ!』

『約束が違う!』

『約束?私はさっき、男の約束って言ったのよ、

でも残念でした、私は男じゃありませ~ん!』

 

 シャナが淡々と通訳を続ける中、ピトフーイは残りのメンバー達に向け、

手持ちの銃の全弾を発射し、シャーリー以外の全員をあっさりと射殺した。

だがいち早くリーダーに駆け寄っていたシャーリーは、

リーダーの死体が破壊不能オブジェクトになっていた為、運良く難を逃れる事が出来ており、

リーダーの死体を盾にするという苦渋の選択を迫られながらも、

絶対にピトフーイに一泡ふかせてやるという復讐心に突き動かされ、

リーダーの死体を背負ったままその場から一目散に逃走した。

 

「あ~ら、一人には逃げられちゃったみたいだけど、まあいいか。

もっとも大会終了までには絶対に仕留めてあげるつもりだけどね、

あはははは、あはははははははは!」

 

 その瞬間に、その光景を呆然と眺めていたシズカ達五人は、

いきなり寒気を覚えて焦った様子で振り向いた。

そこにはぼ~っとした表情のシャナがいるだけであり、

特に寒気を覚える要素は何もないように見えた。

だがシズカはそれを見た瞬間、今まで見た事がないような焦った表情を浮かべ、

必死でシャナにこう懇願した。

 

「シ、シャナ、ピトには私達からよく言い聞かせておくから、

お願いだから落ち着いて、ね?」

 

 だがシャナは黙ってじっとモニターの中のピトフーイを見つめているだけであり、

その後に投げかけられた、シズカのどんな言葉にもまったく反応を示さず、

シズカはがっくりとその場にうな垂れた。

 

「シャナ?シズカ?」

「こ、これ、どうなってるの?」

「あっ、ま、まさかこれ……」

 

 そんな中、何か心当たりがあったのか、ロザリアがそう言った。

ロザリアはかつて、自分が拉致された時に、

シャナが同じような状態になったと聞いた覚えがあったのだ。

 

「これはまずいわ……ねぇシズカ、これってシャナが本気で怒ってる時の状態よね?」

「う、うん……私もこの状態になったシャナを見たのは、数える事しかないけど……」

「えっ、そうなの?これで?」

「とてもそうは見えないけど……でも確かにさっきから寒気が止まらない……」

 

 そして唯一シャナと同じように無言だった銃士Xが、一歩前に進み出た。

 

「シャナ様、もうこうなってはピトは十狼から除名するしかないかと」

「え?」

「ちょ、ちょっとイクス……」

「いいから」

 

 その言葉にシャナはやっと反応を示し、銃士Xの方に振り返って頷いた。

 

「そうだな、あいつはもう狼じゃない、ただの犬だ。

一度結んだ約束を違えてだまし討ちをするような奴は、俺の仲間にはいらない」

「はい、ではピトが狼に戻るまでは除名という事で宜しいですか?」

 

 その言葉にシャナは目を見開いた後、少し考え込んだ後にこう言った。

 

「狼に戻っても、心から反省していると今回の被害者達に認めてもらえない限り、

十狼……いや、今は九狼か、九狼への復帰は絶対に許さん」

「………分かりました」

 

 そしてシャナは、頭を冷やしてくるといって一時ログアウトし、

直後に他の四人が銃士Xを取り囲んだ。

 

「イクス、今のって、どういう事?」

「何とかピトが復帰出来るような道は残せたと思う、

もしあそこで介入しなかったら、シャナ様はピトを絶対に許さなかったかもしれない」

 

 その銃士Xの言葉に、シズカがうんうんと頷いた。

 

「かもしれないね、私ですら、まだちょっと寒気がするもの」

「シズカがそう思うくらいなら、よっぽど怒ってたのね」

 

 同じく寒気がするのか、ロザリアが自分で自分を抱きながらそう言った。

 

「うん、正直私も怖かった……ちょっとおしっこチビったかも」

「イクス、女の子がそういう事を言わないの!」

「でも確かにまだちょっと震えが……」

「一歩間違えれば、同窓会の時に私達も……」

「ちょっとやめてよ、また寒気がしてきちゃったじゃない」

 

 そして五人は身を寄せ合い、何ともいえない表情で、

画面の中で高笑いを続けているピトフーイを見つめた。

 

「ピトの馬鹿……」

「本当に馬鹿よね」

「どうやって反省させようか」

「土下座は絶対よね」

「色々と考えておかないとね」

 

 

 

「お帰りなさい、八幡君」

「お帰り、やっぱり戻ってきたわね」

「あれ、二人とも、俺が戻ってくるって分かってたんですか?」

「まああんな場面を見ちゃったらね……」

「きっと頭を冷やしに一度ここに戻ってくるって思ったのよ」

「そうか……」

 

 ログアウトした八幡を待ち構えていたのは陽乃と雪乃だった。

何だかんだ八幡の事をよく分かっている二人である。

 

「で、どうするの?」

「あいつは十狼から除名する」

「そう」

「復帰の条件は、今回の被害者達に、ちゃんと反省したと認めてもらう事にした」

 

 それが意外だったのか、二人はきょとんとした表情をした。

 

「あら?そこまで考えられる程冷静だったの?」

「いや、まあマックスがそういう風に俺の思考を誘導してくれたんだよ、

『ピトが狼に戻るまでは除名でいいですか?』ってな」

「そう、やるじゃないあの子。やっぱり早めにうちで確保しておいて良かったわね」

「もっとも俺も今回の被害者扱いって事で、

俺を認めさせられない限りは復帰させませんけどね」

「あら、厳しいのね」

「お前も分かるだろ、あいつは十狼の顔に泥を塗ったんだ、簡単に許すかよ」

 

 その言葉に雪乃は素直に頷いた。

 

「確かにそうね」

「それじゃあシャワーに行ってくるわ」

「ええ、行ってらっしゃい」

「ごゆっくり~」

 

 そして八幡がシャワー室に消えた後、二人は顔を見合わせ、同時に脱力した。

 

「戻った瞬間の八幡君の顔、凄く怖かったわね」

「ええ、なので私は今のうちにクルスを着替えさせておくわ」

「え、何でそうなるの?」

「クルスは八幡君の矢面に立ったみたいだから、多分相当怖い目にあったと思うの」

「それで着替え?あ~っ!それってパンツ……」

「姉さん、そういう事はストレートに言わないの」

 

 こうしてピトフーイは十狼を除名され、クルスはログアウトした後に自分の下着を確認し、

何故か自分が雪乃の予備の下着をはいている事に気がつき、

雪乃に対してしばらく頭があがらなくなったのだった。



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第583話 騙し討ちの対価

 ピトフーイのいきなりの横紙破りの行為に、

ダイン、ギンロウ、ゼクシードの三人は憤っていた。

 

「あいつ、もう引き返せないところまで来ちまってないか?」

「それでもシャナさんの為にも何とかしないと」

「まああれだ、結局シャナの存在があいつにとっての重しだったんだろうね」

 

 シャナと共に行動している時のピトフーイは、確かにこんな人物ではなかった。

三人はその事をきちんと理解しており、依頼を遂行する為にも、

今回の件に対しての不愉快さを飲み込む事にしたようだ。

 

「はぁ、早く帰ってきてくれよ、シャナ……」

 

 そのゼクシードの呟きが、三人の気持ちを雄弁に物語っていた。

 

 

 

 一方単独行動をしていたスネークは、

死体を背負ったまま上から駆け下りてきたシャーリーを見て仰天した。

交渉の為にという理由を信じて彼らを上に生かせたのは、他ならぬスネークだったからだ。

 

「お、おいお嬢ちゃん……上で一体何があったんだ?」

 

 突然スネークにそう話しかけられたシャーリーは、リーダーの死体を盾にし、

そのままスネークへと銃口を向けた。

 

「来ないで!」

「その様子だと、上で戦闘になったのか?交渉するんじゃなかったのか?」

「したわよ!でもあんな騙し討ちみたいな事をして、

だから対人プレイヤーって嫌いなのよ!」

「騙し討ち?誰にやられたんだ?って、あいつしかいないか……」

 

 スネークはおそらくやったのはピトフーイだろうと推測し、

足元に自分の銃を置くと、その場に座り込み、シャーリーに頭を下げた。

 

「本当にすまん、シャナに代わって俺が謝罪する、この通りだ」

「な、何であんたが謝るの?それに何でそこでシャナさんの名前が……」

「あまり大きな声で言う事じゃないから、ちょっと耳を貸してもらっていいか?」

「そ、そんな事を言って、また私を罠にはめるつもりじゃないの?」

「……仕方ない、これが証明になるかは分からんが……」

 

 そう言ってスネークは、上手くカメラから死角になるようにマスクをわずかにずらし、

マスクの下の正体をシャーリーに見せた。

その顔に見覚えがあったシャーリーは、あっと驚いた顔をした。

 

「あ、あんたは……」

「シャナの名に賭けて誓う、俺はあんたに何もしねえ、

だから話だけでも聞いてもらえないだろうか」

「………そういえばあんたって、

前回のスクワッド・ジャムではシャナさんの味方をしてたわよね、

それに何だか親しそうにも見えたし」

「おう、大きな声じゃ言えないが、俺はあいつの三倍以上も年上だが、

あいつは俺の大事な友達だ、何なら大会が終わった後に、直接確認してくれてもいい」

「え、あんたってそんなおじいちゃんだったんだ、そっか、分かったわ、話を聞かせて」

「すまねえ、ありがとな、お嬢ちゃん」

 

 そしてスネークは、シャーリーの耳元でこう囁いた。

 

「実はシャナの奴な、今アメリカで生死不明なんだわ」

 

 そのあまりにも想定外な言葉に、シャーリーは仰天した。

 

「えっ、ほ、本当に?」

「ああ、まあおそらく無事だろうという報告は来てるんだが、

どうもシャナの方にも色々と事情があるらしくてな、

命を狙われる危険をとことん避ける為に、

あの野郎、かなりきつい情報統制をかけてやがるみたいなんだよ」

「い、命!?シャナって一体何者!?」

「それなりの地位にいる人物としか言えん、

で、ピトの野郎はシャナが死んだと思い込んでてな、

今はかなり自暴自棄になってやがるんだよ」

 

 そのスネークの説明で、自分が知る防衛戦の時のピトフーイと、

今のピトフーイとのギャップの理由を理解したシャーリーは、

それでも納得しがたいのか、スネークにこう言った。

 

「じゃ、じゃあシャナさんが無事だって事を伝えれば……」

「そうなんだがよ、それを証明する手段が何も無えんだよな……」

「あ………」

「なので今回ばかりはあいつの所業に目を瞑ってやってもらえないだろうか、

もちろん謝罪はさせるし、俺の名にかけて、あいつとタイマンがしたいなら、

その場もきちんと設定させてもらう。他に条件があれば飲んでもいい、

だからこの通りだ、頼む!」

 

 その言葉にシャーリーは腕組みをし、何か考えていたが、

やがて顔を上げ、スネークにこう言った。

 

「分かりました、今回の事は水に流してもいいです、

その条件は三つ、一つ、GGO内でいいので、ピトフーイに謝罪させる事、

二つ、私とピトフーイで銃の腕比べをさせる事、

これは対人形式じゃなく競技形式でお願いします、対人は得意じゃないので」

「分かった、何とかする。で、三つ目は?」

「えっと、その……」

 

 そのシャーリーの、少しもじもじした様子に、スネークは嫌な予感がした。

 

「あの、絶対に誰にもバラしませんから、シャナさんを私に紹介してもらえませんか?

もし私が誰かにその正体をバラす危険性があると危惧するのなら、

リアルで念書も書きますし、どこへでも指定された場所に行きますから!」

「ど、どこへでもか?」

「海外とかだとちょっとお時間を頂きたいですが、日本国内ならどこへでも行きます!」

「そ、そうか……どうすっかな……こればかりはシャナの都合もあるしな……」

 

 さすがにこの件に関しては、スネークであろうとも簡単に安請け合いする事は出来ない。

 

「ん~……シャナにいいかどうか、確認してからでもいいか?」

「はい、それでいいです!」

「お、おう、そうか……で、でもシャナには正式な彼女がいるぞ、それでもいいのか?」

「はい、シズカさんですよね?まったく問題ないです!

別に付き合いたいとか略奪したいとかそういうんじゃありませんから!」

「わ、分かった、必ず伝える……」

「宜しくお願いします!」

 

 シャーリーのそのとんでもない食いつき様に、

どうやらファンが芸能人に会いたがるような物だと判断したスネークは、

特に害は無いだろうなと思いつつも、心の中でシャナに謝った。

 

(悪いシャナ、今度何か奢るから許してくれな)

 

 どうやらスネークの中では、シャナが少し困った様子で、

だがしかし自分の頼みを受け入れる未来が見えているようだ。

 

(やれやれ、まあいいか、復讐心ってのは、意外とやっかいなもんだしな)

 

 スネークはここでシャーリーの復讐心を緩和出来た事に安堵し、

続けてシャーリーに、確認するようにこう尋ねた。

 

「でもそれで、殺されたお嬢ちゃんの仲間達は納得するのか?」

「させます、『対人なんだからあれくらい当たり前でしょ、

過ぎた事をぐだぐだと、それでも玉ぁついてんのか!』って言ってやりますよ」

「わはははは、威勢がいいこった、それに自分の利益だけを追求するその姿勢、

俺は嫌いじゃねえな」

「いつも我慢してあげてるんです、こういう時くらいは我が侭を言っておきたいですからね、

何たってあのシャナさんに会えるかもしれないんですよ?

当然仲間達よりも優先します、最優先です」

「まあ期待しすぎないようにな」

「はい!」

 

 そしてシャーリーはそのまま立ち去ろうとしたが、スネークはその背中に声をかけた。

 

「これからどうするんだ?お嬢ちゃん」

「う~ん、とりあえず対人は嫌いだし、でもこの状況だとなぁ……」

「ああ、KKHCはモブ専門チームだったっけかな、

まあゲームはゲームだと割り切っちまえばいいんじゃねえか?

シャナがこの場にいたらこう言うと思うぞ、

『ゲームなんだから楽しめよ、シャーリー』ってな」

「あ、それ、シャナさんが凄く言いそう」

「まあ強制はしないがな」

 

 その言葉にシャーリーは肩の力が抜けたのか、笑顔でこう答えた。

 

「分かった、一人になった事だし、偏見のない視点で他の人の戦いを見てみる」

「観戦か、いいんじゃないか?楽しめよ」

「うん、ありがとう、それじゃあね」

「おう、また連絡する」

「それは本当に宜しく!」

 

 そしてシャーリーは、気持ちが楽になったのか、軽やかに走り去っていった。

 

「さて、俺もそろそろ上に戻って、あいつらのイライラを解消してやるか」

 

 スネークはそう呟くと、ダイン達三人に今の出来事を報告をする為に、

対ピトフーイ連合軍に見つからないように注意しつつ、岩山の上へとスネークしていった。

 

 

 

「さて、スキャンも終わったところでそろそろ先に進むか」

「当面の敵は、SHINCとZEMALっぽいね」

「あいつら組んでるのかね?」

「どうだろう、まあもし組んでいても」

 

 そして四人は声を合わせて言った。

 

「「「「まとめてぶっ飛ばす!」」」」

 

 LFKYはそのまま進軍を開始し、SHINCの光点があった場所へとたどり着いたが、

そこは既に戦場と化しており、ZEMALが横合いからSHINCに攻撃を仕掛けたようで、

エヴァが慌てて防戦の指示を出しているのが遠目に見えた。

SHINCはどうやらレンを意識しすぎたようで、そこをZEMALにつけ込まれたようだ。

だが完全に奇襲を受けたにしては、さすがというべきか、

SHINCは整然とその奇襲に対処しており、崩れる気配はまったく見せなかった。

ZEMALはまったくもっていつも通りに、

敵を見付けたから即マシンガンをぶっ放すというプレイを行っただけなのだが、

今回は相手が悪かった。その攻撃は完全にSHINCに対応されてしまい、

一人、また一人とメンバーは倒れており、残るはリーダーのシノハラだけという有様だった。

 

「お?戦闘中?」

「片方はSHINCかな」

「もう片方はZEMALだね、前回の大会の時に見た覚えがあるよ、もう全滅しそうだけど」

「位置的に多分ZEMALがSHINCに仕掛けたんだろ、

俺達に備えてたであろうSHINCにはご愁傷様だが、奇襲を受けちまったって事は、

あいつらが俺達ばかり見ていたって事だろうな。

そのせいでまあ、こっちにあいつらのバレットラインが見えるようになっちまったが、

いい勉強になったと諦めてもらうしかないな」

 

 闇風のその分析に、三人は頷いた。

 

「だそうだ、どうする?レン」

「このまままとめてぶっ飛ばす!」

「了解だ、フカ、開幕の花火を上げろ。レンと闇風は俺の後に続け」

「オーケー、派手にぶっぱなすよ!」

「わ、分かりました!」

「さっきの戦闘じゃ出番がほとんど無かったから、今度は派手に暴れてやるぜ!」

「それじゃあ撃つよ!右太、左子、全弾発射!」

 

 右太と左子というのが何なのかを理解出来た者は、LFKYの中にはいなかったが、

その言葉を受け、三人は突撃を開始した。

ちなみに後で聞いた話によると、右太というのはフカ次郎が右手に持った、

そして左子は左手に持ったグレネードランチャーの事であり、

特にどちらがどちらという決まりは無いらしい。

例え左右が逆になっても、右手と左手にどちらを持ったかで名前が決定されるようだ。

さすがはフカ次郎、その辺りはとてもアバウトである。

そしてフカ次郎は、左右六発ずつの、計十二発のグレネードを、

惜しみなくSHINCに向けて発射した。

 

 

 

「ボス、まずい、グレネードだ!LFKYが来ちまった!」

「くそ、間に合わなかったか、シノハラに向けて全力射撃、

倒したら各自、ZEMALの奴らの死体を盾にしな!」

「「「「「了解!」」」」」

 

 だがさすが鍛えられているSHINCは、この奇襲にも対応してきた。

 

「ちょ、ずるくない?くそっ、今のうちに弾の補充!」

 

 自分の攻撃がZEMALの死体で防がれたのを見たフカ次郎は、

そう毒づきながら右太と左子に弾の補充を始めた。

 

「ローザ、敵の死体を使って例の物の準備を!トーマ、設置されたら直ぐに撃ちな!

どいつを狙うかはお前に任せる!」

「了解」

「あいよ、任された!」

 

 

 

「お、あいつらさすが対応が早いな」

「何か準備しているな」

「ありゃ、あれってばデグチャレフっていう対戦車ライフルだぜ、

当てられたら多分即死しちまう」

「当たらなければどうという事はないだろ?」

「だな!頼むぜ、キリト!」

「あいよ……おっと、早速きたか」

 

 その瞬間にキリトの額に向けてバレットラインが伸びてきた。

あるいはレンを狙いたかったのかもしれないが、レンは今はキリトの背後にいる為狙えない。

そして弾丸が高速で飛来したが、キリトは走りながら、その弾丸をあっさりと斬り捨てた。

 

「ひゅぅ、さっすが!」

「まだ俺の後ろから出るなよ、今度はまとめて撃ってくるみたいだからな」

「だ、大丈夫?」

「ああ、前に出来てるから多分問題ない、でも一応身は低くしておいてくれ」

「分かった、低くだね!」

 

 そしてキリトは、次から次へと降り注ぐ弾丸の雨あられを、

常人にはまったく理解出来ない動きで全て叩き落し、

敵の攻撃が一瞬途切れた隙を狙ってレンと闇風に指示を出した。

 

「よし、最大速度で敵に左右から食らいつけ!絶対に足を止めず、

撃ったらそのまま敵の横を通過して、俺の背後に戻ってくれ!」

 

 その言葉を聞いた二人は、返事もせずに全力疾走を開始し、

SHINC目掛けて凄まじい速さで襲い掛かった。



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第584話 ロスタイム

「ボス、攻撃が全部撃ち落とされるよ!」

「やっぱりあの人は化け物だ!」

「あ、二人こっちに来る!」

「くそっ、この距離なら余裕で装填は間に合うはずだ!このチャンスに落ち着いて狙え!」

 

 エヴァはスコープから目を上げ、トーマにそう言った。

だが今の状況は、そんな生易しいものではなかった。

 

「駄目だボス!もう……」

「ど、どうした?」

「どうしたもこうしたもねえよ、色々と遅えんだよエヴァ」

「や、闇風さん!?」

「とりあえずくらいな」

 

 そう言って闇風は、走りながら狙いもつけずにエヴァ目掛けて銃撃を浴びせた。

 

「くっ……ぐあっ!」

 

 エヴァはその闇風の攻撃で肩に銃弾をくらい、手に持っていた銃を取り落とした。

だがエヴァは根性で倒れないように踏ん張り、果敢にも他の仲間に声をかけた。

 

「撃てる者は敵に向かって反撃だ!」

「ごめんね、それもちょっと遅いんだよね」

「お、お前は……」

 

 続けてレンが襲来し、同じように銃弾をバラ巻きながらそのまま去っていった。

 

「ボス、無理だ!今のでローザとソフィアがやられた!」

「残りの三人は生きてるけど、ターニャとアンナも被弾した!」

「ごめん、やられた、無事なのはトーマだけ!」

「くっ……くそぉ!」

 

 エヴァはその状況に一瞬呆然としながらも、すぐに我に返り、

残された左手で銃を持ち、スコープを覗き込んだ。

 

「ど、どこだ、あの二人はどこに行った!?」

「もうキリトさんの後ろに戻ったみたい」

「何だと!?もうか!?」

「あの速さ、反則だよ……」

 

 そして駄目元でデグチャレフをキリト目掛けて撃ち続けていたトーマが、

諦めたような口調で言った。

 

「あ、無理、こっちの攻撃は全部斬られちゃうし、本人がもうすぐここに着いちゃう。

キリトさんも何だかんだ足が速い……ステータスが異次元すぎる……」

「あ、諦めるな、まだきっと何か……」

「その意気やよし、だが悪い、こっちにも今回ばかりは譲れない理由があるんでな」

 

 そう言ってキリトがエヴァにエリュシデータを突きつけ、

他の三人もレンと闇風に銃を突きつけられ、両手を上げた。

 

「ま、まさかうちがこんなにあっさりと……」

 

 エヴァはそう言って天を仰ぎ、他の者と同様に両手を上げた。

そんなエヴァに声をかけた者がいた、レンである。

 

「初めましてボス、兄弟子に会えて光栄です!」

 

 その元気いっぱいな挨拶に、エヴァは苦笑する事しか出来なかった。

自分達は、シャナの一番弟子の座をかけて戦っているつもりだったのに、

あっさりとレンに、その座を譲られてしまったからだ。

他の者達も、そのレンの言葉で自分達がいかにくだらない物にこだわっていたのかを自覚し、

恥じ入ったように下を向いたり頭をかいたりした。

 

「それを言うなら姉弟子だろ」

「あっ、ご、ごめんなさい、別に変な意味じゃ……」

 

 戦闘中の激しさとは裏腹のその謙虚な態度にエヴァは好感を覚えたが、今は敵同士である。

この大会で遺恨を残すような事は無いが、

さりとてこのまま和気藹々と会話を続けるのはどうかと思ったエヴァは、レンにこう言った。

 

「今度改めてまた俺達と戦ってくれよ、今度は負けないからな」

「あ、う、うん、分かった、約束ね!」

 

 レンは軽い調子でその申し出に頷いた。

それを見たエヴァは、仲間達の方をチラリと見て、

仲間達が仕方ないなという風なゼスチャーをしたのを確認すると、続けてレンにこう言った。

 

「それじゃあひと思いにやってくれ、それが勝者の権利だからな」

「えっ、あっ、えっと……ど、どうしよう……」

 

 困った顔をするレンに、闇風が横からこんな事を言った。

 

「なぁレン、勝者の権利ってなら、もうしばらくロスタイムをもらえばいいんじゃないか?」

「ロスタイム?あっ………」

 

 そしてレンは、とても申し訳なさそうにSHINCの生き残り四人に言った。

 

「あ、えっと、その、凄く言いにくい事を言うけど、

もし良かったら、私達がピトさんと二対二で戦えるように、協力してもらえないかな?」

「ピトと?何かあったのか?」

「えっとね、ボス、ちょっと耳を貸してもらっていい?」

「ああ、分かった」

 

 そしてレンは、エヴァの耳元で今回自分達が何故ここにいるのかの理由を伝え、

エヴァは驚愕した表情をした後、重々しい声で仲間達に言った。

 

「お前ら、理由は大会が終わってから言うけど、これからうちらはLFKYの捨石になるよ、

私達の取り得はこのでかい図体だけなんだ、

飛んできた弾は全てこの体で受け止めるつもりで奮戦するよ、覚悟を決めな」

「お?緊急事態?」

「オーケーオーケー、MVPがとれるくらいの派手な散りっぷりを見せてやるぜ!」

「ついでに何人か、敵を道連れにしてあげましょう!」

 

 エヴァにそう言われたトーマ、ターニャ、アンナの三人は、

一気に気持ちが高ぶったのか、理由は何も聞こうとはせずにそう気合いを入れた。

 

「ありがとうみんな、このお礼は必ずするから」

 

 そう言うレンに、エヴァはニヤリとしながら言った。

 

「それなら甘い物で頼むぜ、こう見えて俺達は淑女なんだからな」

「うん、分かった、任せて!」

 

 そしてトーマは自分では絶対に動かせない状態になってしまったデグチャレフを、

名残惜しそうに撫でながら言った。

 

「ここに残しちまう事になるけど、悪いな。あまり活躍させてやれなくて悪かった」

 

 それを見たキリトが、首を傾げながらトーマに近付き、

まるで重さを感じさせないような様子で、デグチャレフを片手で持ち上げた。

 

「これを回収すればいいのか?それじゃあ俺が持ってってやるよ」

「ええええええええええええええ!?」

「あ、あれを片手で?」

「ありえない、連邦の黒いのは化け物か……」

「いやいや、別にこれくらいは問題ないって、ほら、行くぞ」

 

 キリトはそのままデグチャレフを収納し、先頭に立って歩き始めた。

その背中を、エヴァ達四人は憧れの視線で見つめていた。

 

「さ、さすがはシャナさんの親友……あれ、確か親友なんだよな?」

 

 確認するようにレンにそう尋ねてきたエヴァに、レンはにっこりと微笑みながら答えた。

 

「うん、そうだよ」

「そうかそうか、やっぱりシャナさんの周りの人は凄えな」

「弟子としては鼻が高いよね」

「だな!シャナさんの名を汚さない為にも、お前ら死ぬ気でいくぞ!」

「というか死にに行くんだけどね」

「派手に死んでSHINCの名を観客達の頭に叩き込んでやろう!」

 

 こうしてLFKYとSHINCの残党は行動を共にする事になり、

ピトフーイが立てこもる岩山を目指して進軍を開始した。

 

 

 

「あら、お帰りなさい」

 

 スネークは岩山の上へと戻り、そんなスネークを見て、ピトフーイがそう言った。

スネークはその言葉にこくりと頷き、ピトフーイに指を一本立ててみせた。

 

「一チーム潰しておいた」

「え、本当に?」

 

 そのピトフーイの言葉に、スネークは黙って頷いた。

 

「そう、凄いわよねぇ、ところで上から一人、誰か降りていかなかった?」

 

 それがシャーリーの事だろうと思ったスネークは、黙って首を横に振った。

 

「そう、逃がしちゃったか、まあいいわ、何をするにしても一人じゃたかが知れてるしね。

ご苦労様、敵が押し寄せてくるまでゆっくり休んでて頂戴」

 

 そのピトフーイの労いに、スネークは黙って頷くと、ダイン達の方へと歩いていった。

 

「よっ、お疲れ、さすがだよなぁ」

「コーヒーでも飲むか?」

「そろそろ敵の動きがキナ臭いから、あんまり時間はとれないかもしれないけどね」

 

 そうスネークを労ってくる三人に、スネークはぼそぼそと、

先ほどシャーリーと遭遇した時の事を伝えた。

 

「えっ、あんた、シャナとリアル知り合いなのか?」

「あの子のフォローをしてくれたのか、ありがとな!」

「そうか、あの子の気持ちが少しでも安らいでくれたなら良かったよ」

「むしろノリノリだったけどな」

 

 そのスネークの言葉に三人は、声を出さずに笑った。

 

「さて、こっちの状況は?」

「スキャン結果を見た感じだと、多分五~六チームが同時に攻めてくるんじゃないかな」

「前回の大会を見てて思ったが、あいつらは本当に群れるのが好きだよなぁ」

「まあ罠は仕掛けたから、あとは引っかかるのを待つだけっす」

「あとはLFKYがSHINCに勝って、

ちゃんとこっちに向かってきてくれているように祈るだけかな」

 

 丁度その時、周辺を警戒していたエムがピトフーイに何か言い、

そのままこちらへと向かって歩いてきた。

 

「敵が来たみたいです、多分六チーム。中心にいるのはやはりというか、MMTMですね」

「あいつらか、デヴィッドの野郎は本当にピトの事が嫌いみたいだからな」

「あれって一周回って実は好きなんじゃないかって思う時が無いっすか?」

「あいつは組織の力に拘って、そっち方面の技術ばかり磨いてるからね、

僕はああいうのはあまり好きじゃないな」

 

 敵が六チームと聞いても四人はまったく動じる様子を見せなかった。

エムはその事に感心しつつ、それでは手はず通りにと言い残し、

自分の持ち場へと向かって歩いていった。

 

「さて、ショーの始まりね」

 

 ピトフーイはそう宣言し、四人もそのままピトフーイの後に続き、

自分達の持ち場へと向かって歩いていったのだった。

 

 

 

「敵がどこにもいないぞ」

「探せ!どこかにいるはずだ!」

「おい、あそこ!」

 

 予定していた岩山の頂上で敵の姿を発見出来なかった対PM4連合チームは、

慌てて周囲を探し回り、滝の近くで、滝の裏に入っていくエムの姿を見つけた。

 

「あんな所に……」

「だが好都合だ、あんな逃げ場の無い所に纏まってくれたんなら、

このまま銃撃を浴びせれば全滅させられる!」

「デヴィッドさんに報告するぞ!」

 

 そしてデヴィッドは、少し離れた岩山の麓でその報告を聞いた。

 

「滝の裏?PM4の奴らめ、そこでこっちの攻撃をやり過ごすつもりだったか、

だが運が無かったな、残りの全兵力を滝周辺に展開して皆殺しだ!」

 

 デヴィッドは自身を安全圏に置いたままそう指示を出した。

指揮能力の高さでいえば、GGOではシャナ、薄塩たらこ、デヴィッドの三人が有名だが、

その中でデヴィッドの声望だけが高まらないのは、こういったところからである。

シャナや薄塩たらこであれば、作戦を遂行するにあたって、

平気で自分達の身を危険に晒して仲間達と一緒に戦うが、

デヴィッドは基本こういった集団戦だと、滅多に前に出る事はない。

前回大会ではトップがファイヤだった為に前線に出たが、

これがデヴィッドという男の限界であった。

 

「よし、攻撃を開始せよ!」

 

 そしてデヴィッドはそう指示を出し、PM4が潜むと思われる滝への銃撃が開始された。



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第585話 無双乱舞

「撃て、撃て!」

「絶対に逃すなよ!」

「皆殺しだ!」

 

 そんな言葉が飛びかう中、滝には雨あられと銃弾が撃ち込まれていた。

最初こそ散発的に反撃があったが、やがてそれも止まり、

一分以上まったく反撃が来なくなった所で、対PM4連合軍は攻撃の手を止めた。

 

「よし、中がどうなっているか調べるぞ」

「気をつけてな!」

 

 一チームがそう言って、滑り落ちないように慎重に滝の裏へと入っていった。

その瞬間に滝つぼから爆発音のような物が聞こえ、そのチームの死体が飛ばされてきた。

 

「な、何だ?」

「さあ、何だろねぇ」

「えっ?」

 

 そして滝つぼ周辺に展開していた軍勢に、背後からピトフーイが襲いかかった。

 

 

 

「この滝か?」

「ええ、作戦はこうよ、中にエムが一人だけ入って、わざと敵に発見される。

そして私達全員がここにいると敵に誤認させ、一斉攻撃をさせる。

その隙に私達五人が背後から襲いかかって敵を全滅させる、どう?」

「それだとエムが無事じゃ済まないんじゃないのか?」

「ううん、それは大丈夫、エム、見せてあげて」

 

 ピトフーイにそう促され、エムが見せてきたのは、

以前十狼で製作しながら未だ出番が無かった、宇宙船の装甲板で作られた盾であった。

これはいくつかのパーツで構成されており、その組み合わせ方で形に応用がきく。

 

「それは……」

「そんな物を用意していたのか」

「初お目見えよ、これで安心した?」

 

 その言葉にダインとギンロウとスネークは頷いたが、

ここでゼクシードが、慎重な意見を述べた。

 

「だが外にいる者が発見されてしまうリスクもあるんじゃないか?」

「ええそうね、なのでそれに関しては、あなたの指示に従うから、

敵に見つからないように上手く私達を誘導してね、スネーク」

 

 そのピトフーイの言葉に四人は驚いた。

そしてピトフーイは、続けてゼクシードにこう言った。

 

「それにしてもゼクシード、何であんたが私に協力してくれる気になったの?

まあダインとギンロウは友好チームだから分かるけどさ、

一応私とあんたは宿敵って事になってるんじゃない?」

「お前、いつそれを……」

「まあ正直あんまり興味は無かったんだけど、一応観察くらいは、ねぇ?

それにあんた達も、別にどうしても隠そうとしてた訳じゃないんでしょ?」

「まあそれはそうだけどね」

「やれやれ、思ったより早くバレちまったな」

「まあ仕方ないっす、そもそも声でバレバレかなって思ってましたしね」

 

 三人が口々にそう言う横で、スネークはピトフーイに頷きながら言った。

 

「分かった、指示に従う。俺がキッチリとスネークさせてやるさ」

 

 こうしてPM4側の作戦が開始される事となった。

そして敵の銃弾を全て盾で跳ね返したエムは、跳弾で多少の傷を負いはしたが、

無事に敵の一斉攻撃を防ぎきり、侵入してきた敵に手榴弾の攻撃をお見舞いしたと、

そういう訳なのであった。

 

 

 

「はい、一丁あがり、思ったよりも楽みたいだから、『三人』はフォローだけお願い」

「分かった、今の攻撃は手榴弾の爆発に合わせたから、

まだ他の敵に気付かれていないみたいだけど、次の攻撃で敵に気付かれる、油断するなよ」

「次は鬼哭を使うから、もう一チームくらいはこのままいけると思うわ」

「了解、フォローに入る」

 

 そしてピトフーイの鏖殺が始まった。

ピトフーイは手始めに、たった今出来上がった敵の死体を敵の頭上から投げ込み、

そのまま鬼哭を構え、敵に襲い掛かった。

 

「あはははは、あはははははは」

「なっ、お、お前どこから……」

「さあ?どこからかなぁ?」

 

 ピトフーイはとぼけたようにそう言うと、そのまま敵を真っ二つにし、

チラリと横目で他の敵の姿を見た。だがその敵は既に逃げ腰になっており、

ピトフーイは仕方なく、たった今斬った敵が持っていた銃を、

そのまま空中でキャッチし、逃げようとする敵に銃弾を浴びせた。

 

「もう、何でこっちに向かってこないのよ、

音も立てずに敵を倒すっていう予定が狂っちゃったじゃない」

 

 そう言いながらそのチームを殲滅したピトフーイは、

音に気付いてこっちを見上げているチームに向かい、地面に落ちている死体を盾に突撃した。

 

「はい、次の段!」

 

 ピトフーイはそのまま死体ごと敵にぶつかり、その敵を押し倒すと、

その頭を片手で持ち、ガンガンと地面に打ちつけた。

その敵はそのまま頭を潰されて死体となり、

慌ててピトフーイに銃を向けた他のプレイヤーの攻撃は、

まだピトフーイが片手に持ったままだったその死体に全て防がれていた。

 

「死体のくせにこんなに役にたってくれて、ありがと~う!」

 

 ピトフーイはそう言ってその死体を敵に投げつけ、

先ほど頭を潰した敵の持っていた銃を拾い、そのまま乱射した。

その攻撃でその場にいたプレイヤー達が全て死体となり、

ピトフーイはニタリとしながら崖下を覗き込んだ。

 

「これで三チーム、残りはあんた達だけね」

 

 滝つぼの横の川沿いの、一番下の段に布陣していたその二チームは、

ピトフーイを見て錯乱し、そのまま滅茶苦茶に発砲し始めた。

 

「う……うわああああああ!」

「撃て、とにかく撃て!」

「だから君達はいつまでも二流以下なんだよ」

 

 そこに横合いからゼクシード達が攻撃を開始し、何人かがあっさりと倒された。

 

「う、上じゃない、横だ!」

 

 その瞬間に、今度は頭上からピトフーイが音もなく襲いかかってきた。

ピトフーイは敵プレイヤーの頭を踏みつけてその首をへし折ると、そのまま綺麗に着地し、

混乱して無防備になった敵に向かって銃弾を雨あられと降らせ、

そのほとんどを殲滅する事に成功した。もちろんゼクシード達のフォローあっての事である。

 

「さてと、これでおしまい?」

「みたいだね」

「随分あっさりだったわねぇ、それじゃあエムと合流して、次に向かいましょうか」

「分かった、そうしよう」

 

 そう言ってピトフーイ達は、滝の裏から出てきたエムと合流し、どこかへ去っていった。

 

 

 

「おい、誰か、おい!」

「デヴィッド、どのチームからも返事が無い、これはやばいかもしれないぞ」

「くそ、何があったんだ……」

 

 離れた場所にいた為、唯一生き残ったMMTMのメンバー達は、

通信機を前にとても焦った様子を見せていた。

 

「おいデヴィッド、どうする?」

「………」

 

 デヴィッドは腕組みをしたまま動かなかったが、やがて決断したのか顔を上げた。

 

「一時離脱だ、味方は全滅したものと判断する」

「分かった、おいみんな、すぐに移動だ!」

「この場所はまだバレてないと思うから、敵に見つからないように気をつけて南に向かうぞ」

「「「「「了解!」」」」」

 

 MMTMは、こういった行動はさすがに鍛えられているようで、

そのまま整然と南に移動を開始した。だがそれを見ていた者がいた、スネークである。

スネークは攻撃開始前に、MMTMだけがその場にいない事に気付き、

ピトフーイに断って、MMTMの居場所を探る為、別行動していたのだった。

 

「こちらスネーク、MMTMを発見した。現在敵は南へと移動中、場所は……」

 

 こうしてPM4も、そのスネークの誘導に従って南へと移動を開始した。

その為岩山を目指していたLFKYは、

次のスキャン結果が表示されるまでPM4を見失う事となる。

 

 

 

「悪い、今戻った」

「あ、シャナお帰り、ちょっとは落ち着いた?」

「おう、かなりな、で、あれからどうなった?」

「今PM4が、連合チームをやっつけたところかな」

「ほう?あいつはあれから卑怯な真似はしなかったか?」

「うん、それは大丈夫、全て戦術の範囲内だったよ」

「それならいいが……」

 

 シャナはそう言って腕組みをし、銃士Xがこれまであった事を、整然と説明した。

 

「LFKYがSHINCに圧勝しました」

「圧勝?そんなに差があったのか?」

「その直前に、SHINCがZEMALに襲われたので、

結果的に奇襲のような形となりました」

「なるほど、エヴァめ、少し油断したか?まあ今度その辺りも含めて鍛えてやらないとな」

 

 次に銃士Xは、他のチームの動向を説明した。

 

「T-Sはどうやら、外周の上を自転車で走っているようです」

「自転車で?まじで?」

「でもどうやら下に下りる道が分からずに困っているようです、

案外最後まで生き残りそうですが、戦闘は一切せずに終わるかもしれません」

「まあそういう事もあるかもしれないな」

「マップ左下の三チームはこう着状態です、どこも動きません」

「三竦みになっているのか?」

「はい、他のチームが介入してきたら、あっさり三チームとも全滅するかもしれませんね」

 

 銃士Xのその言葉に、シャナは再び頷いた。

 

「ここまでどのチームも何も打開策を出せていないってなら、多分そうなるだろうな」

「そういえばシャナ、ここを見て、ここ」

「ここ?ん、これは……車か」

 

 シズカの指差す先には、二台の車があった。

 

「これって多分動かせるよね?」

「だろうな、乗り物系は意外と沢山マップ内に点在してるからな」

「なるほどね、後報告しておく事は……」

「シャーリーさんはその後どうなった?」

「あっ」

 

 それで思い出したのか、シズカがシャナにこう言った。

 

「あのね、上から逃げてきたシャーリーさんとスネークさんが何か話してたよ」

「え、何その組み合わせ、もしかして知り合いだったのか?」

「違うんじゃないかな、シャーリーさん、最初は凄い警戒してたみたいだし」

「そうか」

「でも話してるうちに普通になっていって、最後は何かシャーリーさんが凄く元気になって、

凄く嬉しそうな顔をして去っていったんだよね、あれって何だったんだろ?」

「ほほう?」

「何か恨みとかをまったく感じさせない、爽やかな顔をしてたんだよね」

「ううむ……一体何があったんだろうな……」

 

 それが分かるのは、大会後の事である。

 

「あ、あとSHINCの生き残りとLFKYが、一緒に行動してるんだよね」

「え、まじか、それは面白いな」

「でもこのままだと、LFKYとPM4は入れ違いになっちゃうんだよね」

「まだまだ決着には時間がかかりそうだな、まあじっくりと見させてもらおうぜ」

「うん!」

 

 その時銃士Xが、お花を摘みに行ってきますと言ってログアウトした。

シャナはさすがに何か言うのは憚られ、黙って頷くに留めた。

 

 

 

「ふう」

「あらクルス、お帰り」

「あ、ゆ、雪乃?何故ここに……」

 

 起きた直後に自分のすぐ傍に雪乃がいた為、クルスは驚いてそう尋ねた。

 

「大丈夫、ちゃんと着替えさせておいたから心配しないで。

怖かったわよね、よく頑張ったわね」

「えっ?」

 

 見ると今のクルスは下半身が下着姿であり、その下着は自分の物ではなかった。

それにどこか見覚えのあったクルスは、まさかと思いながら雪乃に尋ねた。

 

「こ、これって……」

「あ、ごめんなさい、それは私の予備の下着よ、

クルスの予備の下着がどこにあるか分からなかったから、とりあえず私のを、ね」

 

 その言葉にクルスは顔を真っ赤にし、そのまま俯いた。

 

「ご、ごめん、ありがと……」

「いえいえ、どういたしまして」

「あ、あの、この事は八幡様には……」

「もちろん内緒に決まってるじゃない」

「あ、ありがとう雪乃……」

 

 そしてクルスはそのままGGOへと戻った。

自分の下着の状態を確認したかったから落ちただけであって、

別にトイレに用事があった訳ではなかったからだ。

そして戻った銃士Xに、シズカとロザリアがこっそりと話しかけた。

 

「大丈夫だった?」

「う、うん、雪乃がパンツを代えてくれてた……」

「えっ、そうなの?雪乃ってばエスパーか何か?」

「八幡様が落ちた時、話を聞いてもしやと思ったみたい」

「凄っ……」

「ちなみに私がログインする時、一応といった感じで二人の下着も調べてたみたい」

「えっ?」

「そ、そうなの?」

「うん」

 

 その言葉で、三人は同時に顔を赤くする事になり、

シャナはそんな三人を見て首を傾げながらもこう言った。

 

「そろそろ三度目のスキャンだな」

 

 こうして戦場は、再び動き出す。



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第586話 満足

「うわ、やば、対人素人の私があんなのの相手をするなんて、無理無理」

 

 シャーリーは遠くからPM4の戦いを観戦しながらそう呟いた。

 

「でも確かに経験を積んでおく事は悪い事じゃない、でもなぁ、う~ん……」

 

 そしてシャーリーは、少し考えた末にこう言った。

 

「そっか、手始めにまずシャナさんにPK狩りに連れてってもらえばいいんだ、

それなら心も痛まないし、正義の味方っぽい!」

 

 そして迎えた三度目のスキャンを経て、

シャーリーはいい事を思いついたとばかりにポンと手を叩いた。

 

「よし、私はこのT-Sって奴らを狙おう、

ずっと外周にいるって事は何か理由があるはずだし、

あの二チームの戦いに水を差されるのはいい事じゃない気がする。

多分狙撃でいけるだろうし、対人っぽくない感じでいけるはず。

それで何人か倒せたら、それでリタイヤかな、満足も出来るだろうしね」

 

 そしてシャーリーは、天に向かってこう叫んだ。

 

「シャナさん見てて下さい、私はこれから一人で戦いに赴きます!

もしこの戦いに勝ったら、私がいつも仕事で使ってるポーチにサインして下さい!」

 

 そう言って、シャーリーは朗らかな顔で移動を開始した。

 

 

 

「………と、シャーリーさんが叫んでたんだが、

これってさっきの出来事と何か関係があるのか?」

「さあ……」

「それってピトへの恨みとか、まったく感じさせないよね……」

「PK狩りに連れていくのは別にいいとして、サインって何の事だ?

これは早く閣下に確認しないといけないな」

「だね……」

 

 モニターに映されたシャーリーの口元を読んで、シャナは訳が分からずに混乱していた。

 

「その当の閣下は、MMTMに完璧に張り付いてるな」

「多分ピト達が後から駆けつけてくるんだろうね」

「しかしさすがだよなぁ、あのスネークっぷりなら多分俺でも気付かないぞ」

「スネークの名を冠しているのは伊達じゃないって事だね」

 

 その言葉通り、山を降りたPM4の残りのメンバーは、MMTMの追撃に移っていた。

MMTMとやり合うのは今回の事件の本筋とはまったく関係ない為、

ダインとギンロウとゼクシードも、この件に関してはやる気満々であった。

単純にMMTMが嫌いなのであろう。

 

「あいつら個人個人は別に何とも思わないけどよ、

チームとして考えるといつもいつもカンに触る行動しかしてこないんだよな」

「基本多数に味方しますしね、そろそろ方向転換しないと、

古参連中からは完全にそっぽを向かれるんじゃないっすかねぇ」

「あはははは、ダビドってそんなに煙たがられてるんだ?」

「そういえば君は、昔からあいつの事をダビドって呼んでたね、何か理由でも?」

「ただの嫌がらせ」

「あはははは、そういう事か」

 

 走るPM4のメンバー達の会話は和気藹々としていたが、

何を喋っているのかはシャナにも分からない。

それは単純に三人がマスクを被っているからであるが、

それでも楽しそうな雰囲気は見てとれ、シャナはそれを意外に思った。

 

「どうやら多数の敵を相手にして、仲間意識でも出来たのかな?」

「かもしれないね」

「まあ戦争の時のうちもそうだったからなぁ……」

 

 そう呟きながらもシャナは、心の中でレンに呼びかけていた。

 

(こういう日常を守る為にも、レン、頼むぞ)

 

 

 

「ピ、ピトさん達が移動してる!?」

「六チームが跡形もないな、残ってるのはMMTMだけかよ」

「一体何があったんだろうな」

「まあそれだけPM4が強いって事だろ、うちとしてはとりあえず早く追いついて、

邪魔が入らないところで決着をつけるだけだ。

よし、南に進路を変えるぞ、PM4を追撃だ」

 

 レン達はそう言って、とりあえずマップに表示された座標へと向かう事にした。

 

「目的地はどこなんですかね」

「MMTMを追撃してるように見えるから、多分この三チームが固まっている辺りで、

ドンパチが始められる事になるんじゃねえか?」

「かな?ボスはこの三チームの事、何か知ってる?」

「いや、ただのエンジョイ勢だろ、名前を聞いた事のある奴が一人もいねえ」

「なるほど」

 

 

 

「リーダー、どこから降りればいいのかまったく分からねえよ」

「まずったな……まさか通路があそこだけなんて事は無いよな?」

「もしそうならどうする?」

「時間はかかるが戻るしかないよな……」

「はぁ……何でこんな事に……」

 

 T-Sは最初、こんな壁の上に上る予定はまったくなかった。

だが壁の様子を見にいった際に、メンバーの一人が偶然隠し階段を見つけてしまい、

それが壁の上の通路に通じていたのを見て、メンバー全員が舞い上がってしまった。

更に悪い事に、そこで人数分の自転車を見つけてしまったのが、

T-Sにとっては最大の不幸だった。

それにより、これはもはや天啓ではないかと考えたT-Sの六人は、

これで戦場を自由自在に移動出来ると錯覚してしまい、観光気分で自転車を飛ばした結果、

他の出口をどこにも発見出来ず、今はマップ左上辺りを彷徨っていると、そんな訳である。

 

「ま、まあこうなったら仕方ない、戦闘を回避しつつここまで生き残れたと前向きに考えて、

最初の場所に戻って改めて参戦する事にしようぜ」

「もうそうするしかないよね」

「ポジティブに考えよう!うん、結果的に生き残れた、これで良かった!」

 

 少し自棄ぎみにそう叫ぶメンバー達の視界に、

先ほどピトフーイ達が陣取っていた岩山が見えてきた。

 

「あそこって結構高さがあるんだな」

「ここは遮蔽物も無いし、あんな所から狙われたらひとたまりもないな」

「あはははは、PM4がまだあそこにいたら、逆にここから狙う事も出来たのにな」

「ピトの野郎、命拾いしやがったな!」

「あ、あれ?でもあそこ、誰かいないか?」

 

 その言葉にT-Sのメンバーはうっかりそこで足を止めてしまい、

自転車から降りると、岩山の方をもっとよく見ようと壁から身を乗り出した。

 

「どこだ?」

「ほら、あそこあそこ」

「誰か単眼鏡を持ってないか?」

「あ、俺あるぜ、今見てみるわ……どれ」

 

 そして単眼鏡越しにそのプレイヤーは、

今まさに狙撃を開始しようとしているシャーリーと目が合った。

 

「え……?」

 

 その瞬間に、シャーリーは狩猟感覚でブレイザーR93の引き金を引き、

そのプレイヤーは頭を吹っ飛ばされてその場に崩れ落ちた。

間の悪い事に、その時に並んでいた自転車を全部倒し、その上に圧し掛かるように倒れた為、

結果的にT-Sのメンバーは、すぐに逃走に移る事は出来なくなった。

 

「な、な、な……」

 

 そしてT-Sのメンバーは、次々と頭を撃ちぬかれていった。その数計五人。

これはブレイザーR93の装弾数が、五発なせいであった。

生き残ったのはリーダーのエルビンだけという有様であり、

エルビンはシャーリーが弾込めをしている間に、何とか体制を建て直し、

その場から離脱する事にギリギリで成功した。

 

「うおっ、危ねえ!」

 

 ギリギリで体制を建て直し、自転車で走り出したエルビンの背後に弾丸が撃ちこまれ、

エルビンは肝を冷やしながらも全力で逃走を続けた。

 

「すまん、お前ら……すまん!」

 

 

 

「おお、シャーリーさん、やるじゃないか、百発百中か?

いい感じに肩の力が抜けてるみたいだな」

「凄い凄い!」

「しかしT-Sは何がしたかったんだろうね……」

「さあ……」

「あ、ここでリタイヤするのかな?」

「彼女にとってはいい終わり方かもしれないな、今後の活躍に期待だな」

 

 シャナ達の目の前で、そしてシャーリーはリタイヤしたが、

その顔はとても満足そうな表情をしていた。

 

 

 

 一方、エルビンは、とても不幸そうな顔で自転車を必死にこいでいた。

 

「はぁ、はぁ……も、もう大丈夫か?畜生、畜生……」

 

 エルビンは先ほど向かっていた方向とは正反対に向かってしまっており、

気付くとその眼下には、いくつかのチームがにらみ合っている姿が見えた。

 

「ここは……マップ左下か?」

 

 それで気が抜けたのか、エルビンは自転車から降り、

少し落ち着こうと壁に背をもたれさせた。

そして顔を上げたエルビンは、見慣れぬ取っ手のような物が目の前の壁にある事を発見した。

 

「おいおいこれってまさか……」

 

 それはどうやら下に降りる階段へとつながっている入り口のようで、

エルビンはその中を覗きこみながら、一人毒づいた。

 

「くそ、あれだけ探しても見つからなかったのに、

このタイミングで出口が見つかるかよ、しかもよりによってここでか……

こうなったら最後に派手にやってやるぜ!見ててくれよなみんな、俺は頑張るぜ!」

 

 そう言ってエルビンは、その階段を下へと降りていった。

 

 

 

「さてデヴィッド、これからどうする?」

「こうなったらもううち単独でやるしかないな、この先にいる三チームは烏合の衆だ、

仲間にしてもおそらく何の役にもたたないだろう」

 

 実際マップ左下で戦っている三チームは、既にどこも満身創痍な状態だった。

フルメンバーが揃っている所はひとつもなく、背後から奇襲される事を恐れたMMTMは、

そのチームを一つ一つ丁寧に潰していった。

そして三チーム目を潰したその場所に、それはあった。

 

「これは……ハンヴィーか?」

「これがこのまま残ってたって事は、こいつら誰もこれを運転出来なかったんだろうな」

「みたいだな、まだうちにも運が残ってたみたいだぜ」

「誰かこれを運転出来るか?」

「俺が出来るぜ!」

「そうか、よし、これを使ってピト達を迎え撃つぞ」

 

 やや劣勢に立たされていたMMTMは、これにより、起死回生を目指す事になった。



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第587話 思わぬ伏兵

 マップ左下の様子を興味深げに観戦していたシャナに、

突然外部からメッセージが届き、集中していたシャナはビクッとした。

 

「うおっ、びっくりした……お、シノンからか、

どうやらピトの家に着いたらしいな、今から突入するそうだ」

「あ、そうなんだ、意外と早かったね」

「これでとりあえず大会の様子がどうなろうと、一安心ってところだな」

「あ、またメッセージが来たんじゃない?」

「ん、そうみたいだな、って何だこれ?大根の写真?」

 

 それを横から覗き込んだシズカが、笑いを堪えられないといった様子でこう言った。

 

「これってピトの足じゃない?大根って……ぷっ、ぷぷっ……」

 

 そう指摘されたシャナは、その写真をまじまじと見つめ、自分の間違いを悟った。

確かに大根と呼ぶのはどうかと思うくらいの細さを保っており、

シャナは誤魔化すようにこう言った。

 

「お、おう、足だな足、もちろん分かってたぞ、冗談だ冗談。

あ、でも例え冗談としても、俺がピトの足を大根って言った事は、絶対に内緒だからな」

 

 シャナは焦ったようにそう付け加えると、写真に添えられていたメッセージを確認した。

 

『やっぱりピト、全裸だった!』

 

「………」

「どうしたの?」

「これ……」

 

 そしてシャナにメッセージを見せられた一同は、天を仰いだ。

 

「予想はしてたけど……やっぱりだったね」

「相変わらずよね……やっぱり家では裸族なんだ」

「下手に男を突入させなくて良かったわね」

「だな……」

 

 シャナはあからさまにほっとした様子を見せ、モニターに目を戻した。

そこではスネークがどこかに通信している様子が映し出されており、

その奥にはハンヴィーに乗り込むMMTMの姿が遠目に見えた。

 

「お、閣下がどこかに連絡しているな、ハンヴィーの存在に気付いたか」

「せっかく車を手に入れても、それが有効に活用出来ない場所に行かれたら元も子もないね」

「やっぱり偵察って大事なのね」

 

 そしてもう一つのモニターでは、

スネークから連絡を受けたPM4による地図を開いての相談が行われていた。

 

「ここに何か建物のような物があるな、ここに立てこもるってのはどうだ?」

「防衛戦かぁ、でもハンヴィーに機動力を発揮されるよりはマシかな?」

「MMTMの得意なフィールドだから、少しこちらが不利になるかもしれないが、

より大きな不利を背負うよりはマシだろうな」

「よし、それじゃあここに行きましょうか」

 

 PM4はすぐに動き出し、すぐにその建物を見つける事が出来た。

 

「ここかぁ、とりあえずMMTMにここを見つけてもらわないといけないんだけど」

「次のスキャンまで待つか?」

「最悪それしかないわよねぇ」

「もしくは信号弾でも上げてここに誘導するか」

「あ、それいいわね、一応念のため、しばらくスネークには外にいてもらおうかな?」

「それがいいと思います」

 

 こうしてPM4はその建物にこもる事にし、

スネークがただ一人で情報収集に努める事となった。

 

 

 

 一方MMTMは、LFKYの移動予測ルートを避けるように少し回り道をしながらも、

PM4が向かってきていると思われる方向へとハンヴィーを走らせていた。

 

「なぁ、ちっともそれっぽい気配がしなくないか?」

「どこかで追い抜いちまったのかもしれないな」

「う~ん、これはスキャンを待つしかないか?」

「いや、ちょっと待て、あそこ!」

 

 メンバーの一人がそう言って後方の空を指差した。

そこには信号弾が打ち上げられており、MMTMのメンバーは、それを見ていきりたった。

 

「私はここにいる、ってか?」

「って事は待ち伏せ……?」

「まあこっちにはこのハンヴィーがあるんだ、

地雷やグレネードにだけ気を付けておけば、そう簡単に奇襲を受けはしないだろう」

「だな、よし、とりあえずあっちに向かってみようぜ!」

「そうしよう」

 

 MMTMはそのまま車の方向を変え、そちらへと向かって走り出した。

 

 

 

 一方LFKYは、三チームがにらみ合っていた場所を必死に捜索していた。

さすがの移動速度である。フカ次郎の速度に合わせたとはいえ、

フカ次郎のAGIはレンには劣るがそれなりに高いので、その移動速度はかなり速い。

 

「おい、死体は沢山あるが、PM4とMMTM、どっちのメンバーの死体も無いぞ」

「これは行き違ったかな?もしくは場所を変えたか……」

「なぁ、ちょっとこれを見てくれよ」

 

 その時闇風が何か発見したのか、そう全員に通信を送ってきた。

そしてその場所に集まった一同は、そこに一台のハンヴィーを発見した。

それはMMTMが発見した車庫の裏側にあったもう一つの車庫の中に鎮座しており、

ハンヴィーを見つけた事による喜びのせいで、MMTMが見逃してしまった物であった。

 

「お、これってシャナがよく乗ってる奴か?」

「おう、ハンヴィーだぜ!」

「へぇ、これは使えそうだな、誰か運転出来るか?」

「ふふん、このフカちゃんに任せなさい!」

「お、フカは運転免許を持ってるのか」

「当たり前じゃない、北海道で免許が無かったら生きていけないよ!」

「ああ、確かにそうだな、東京にいるとどうしてもそういう発想にならないんだよな」

 

 そしてフカ次郎は運転席に乗り込み、ハンヴィーのエンジンをかけた。

 

「どうだ?いけそうか?」

「うん、燃料も満タンだし、いい感じ!」

「よし、それじゃあドライブとしゃれ込むか」

「あ、見て、あそこ!」

 

 その時レンが、何かに気付いたような声を上げた。

その指差す先にはかなり遠いが信号弾が上がっており、一同はそれを見て頷いた。

 

「残りのチームはそう多くはない、壁の上にいたT-Sと、PM4とMMTMとうちだけ、

なのであれは間違いなく、PM4絡みの信号弾だろうな」

「いよいよ最終決戦ですね!」

「よし、あの信号弾が上がった所に行くぞ、フカ、出発だ!

闇風はSHINCに連絡を頼む」

「了解!」

 

 一方LFKYの移動速度についていけず、別行動をとっていたSHINCの四人は、

やや離れた場所で信号弾が上がるのを発見していた。

 

「あれは……どっちだ?」

「どっちかな?PM4?MMTM?」

「まあ行ってみればわかるか」

「あ、闇風さんから通信!向こうはハンヴィーを手に入れたから、

信号弾が上がった場所で落ち合おうだって!」

「了解だ、行くぞお前ら!」

 

 

 

「あ、あれは……信号弾?」

 

 エルビンは、壁の上からフィールドに戻った瞬間に、目の前に信号弾の煙が見えた為、

驚いた表情で単眼鏡を取り出した。

 

「え、おいおい、あれってピトか?」

 

 すぐ目の前には屋根に上り、単眼鏡を覗いているピトフーイがいた。

 

「どこを見てるんだ?向こうには……え、あれってハンヴィーか?乗っているのは……

デヴィッド?MMTMか!そうか、そういう事か!運がまだ残っていやがった!」

 

 そしてエルビンは、ピトフーイに向けて銃を構えた。

 

「狙撃は得意じゃないが、この距離なら……落ち着け、落ち着け俺!」

 

 そしてエルビンは銃の引き金を引き、発射された弾丸は、

見事にピトフーイの胸に吸い込まれた。

その瞬間にエルビンは横から頭を撃ちぬかれ、物言わぬ死体となった。

 

「俺だ、スネークだ、すまん、しくじった。まさかこんな所にエルビンがいるとは……

すぐに倒そうとしたが間に合わなかった、本当にすまん……」

 

 

 

 建物にこもった後、ピトフーイは屋根の上に上り、単眼鏡で周囲の様子を伺っていた。

 

「あ、もしかしてあれかな?ハンヴィーがこっちに走ってきてるんだけど」

「あれだな、間違いない。助手席にダビドが乗ってるな、MMTMだ」

「これでハンヴィーのアドバンテージは無くなったわね、

もしこっちを攻めてこなくても、その時は多分、背後からLFKYに攻撃される、

さあ、覚悟を決めてかかってらっしゃい、ダビド!」

 

 その言葉が聞こえたのかどうかは分からないが、

MMTMはハンヴィーを止め、ピトフーイの方を指差してきた。

 

「お、こっちを見つけたみたい、来るわよ、準備しましょう」

「「「「了解!」」」」

 

 その瞬間にピトフーイの胸に弾丸が吸い込まれた。

ピトフーイは硬直した後に前のめりに倒れ、一瞬放心していたエムが、

ピトの体が下に落ちないように、必死でピトフーイに飛びついた。

 

「ピ、ピト!おい!死ぬな、死ぬな、生きろ!」

 

 どんどん減っているピトフーイのHPゲージを見ながら、エムはそう言って泣き叫んだ。

シノン達がピトフーイの部屋にいる事を知らない為、

エムはこれでピトフーイの大会が終わってしまったら、

レンとの決着を着けられずに自暴自棄になったピトフーイが、

そのまま自らの命を絶つ可能性を危惧したのだった。

だがピトフーイのHPゲージはギリギリで僅かに残り、

エムは安堵しつつも慌てて救急セットをピトフーイに投与し、

そのままピトフーイを抱いて屋内へと避難した。

そして屋根上に残った三人は、必死に狙撃元を探していた。

 

「お、おい、どこからの狙撃だ?」

「この辺りにはもう他の敵はいないはずだろ?まさかあのシャーリーって子が?」

「いや、あの子はもう事情を知ってるはずだ、こんな事をするはずがないよ」

「じゃあ一体誰が……」

 

 その時スネークから通信が入り、一同はそれで事情を知った。

 

「エルビン?T-Sか!あいつら壁の上にいたんじゃないのか?」

「何でこんな所に……まあ過ぎた事を言っても仕方がない!」

「くそ、こっちを見てやがったな、MMTMがハンヴィーでこっちに突入してきやがった!」

「絶対に守りきるぞ!」

「おう!」

 

 そして三人は、慌しく防衛の為の配置についた。

 

 

 

「おい、見たか?ピトフーイの奴、どこかから狙撃されたぞ!」

「どうやらギリギリ生き残ったみたいだな、さすがはタフだな」

「だがダメージは計り知れないくらい大きいはずだ、

誰がやったかは知らないがこれは最大のチャンスだ、

このままハンヴィーであの建物に接近するぞ!」

「了解!」

 

 こうしてMMTMはそのチャンスを見逃さず、

ハンヴィーを建物の横に付けて中への突入を開始した。

 

「こういうのは俺達の得意なフィールドだ、ここで絶対にピトフーイに止めを刺すぞ!」

 

 こうしてLFKYが不在の中、ピトフーイを欠いたPM4とMMTMの戦いが始まった。



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第588話 倒れ行く仲間達

「くそっ、さすがは展開が早いな、こういう戦闘を得意にしてるだけの事はある」

「なぁエム、ピトはまだ目を覚まさないのか?」

「はい、必死に呼びかけてはいるんですが……」

「いくらHPが減っていようとも、意識を失う事はないはずだ。

もし気絶したというなら回線落ちしているはず。

撃たれた時のショックで意識を僅かに残しつつも、覚醒出来ない状態になっているのか……」

 

 今のピトフーイの状態を、誰も説明出来る者はいなかった。

通常ありえない状態だからだ。

 

「何にせよ、守りきるしかないって事だ」

「そうすればLFKYが駆けつけてくれるかもだしな」

「最大の敵に期待せざるを得ないのって、結構つらい状況だけどね」

 

 そして三人を代表して、ゼクシードがエムに言った。

 

「なぁエム、君はハンヴィーの運転が出来たよね?」

「あ、はい、出来ます。シャナさんに叩きこまれましたから」

「それじゃあいざとなったらここから飛び降りて、敵のハンヴィーを奪って逃走するんだ、

僕達はこれからその為の捨石になる。

もちろんピトフーイと一緒に戦闘に加わってくれればそれに越した事はないが、

最悪の場合、絶対にピトフーイの生存を優先してくれよ」

「あ、ありがとうございます、でもどうしてそこまで……」

 

 その問いにダインはこう答えた。

 

「俺はこいつがどれだけシャナに懐いているのか、そしてその事でどう変わったか、

最初からずっと見てきたからな、だからこいつをどうしてもシャナと再会させてやりてえ」

 

 そしてギンロウも、続けてこう言った。

 

「俺はシャナさんを崇拝してるんで、その役に立てるなら、命を張るだけっす」

 

 次にゼクシードが、少し困った顔でエムに言った。

 

「僕はそこまでピトフーイに思い入れは無いんだけどね、

でもあの事件からこっち、どうしてもシャナに恩返しをしなくちゃいけないって、

ずっとそんな気がして凄く落ち着かないんだよね。

今後もずっとシャナと対等にやり合う為にも、

ここでその恩を返しておくべきかなって思うんだよ、

まあその恩ってのの正体がサッパリ分からないんだけどね」

 

 そして最後に通信機越しにその会話を聞いていたらしいスネークが、

そのままこう通信してきた。

 

『SAO事件以来の一連の悲劇を、またここで繰り返させる訳にはいかねえからな、

その為にはこの老体の命なんざ、いくらでもくれてやるさ』

 

 それを聞いた者達は、この緊迫した状況にも関わらず、思わず同時にこう突っ込んだ。

 

「「「「老体!?」」」」

『何だよ、何か俺、おかしい事を言ったか?』

「あ、いや、自分の事を老体って、スネークって本当はいくつくらいなのかなって」

『あん?確かにお前らの二倍から三倍は生きてるけどな、こちとら戦後すぐの生まれよ』

「二、二倍もしくは三倍!?」

「まじっすか……」

「そ、そうだったんですか、今まで失礼な口の聞き方をしてしまってすみませんでした……」

 

 恐縮する三人に、スネークは鷹揚な態度でこう言った。

 

『おいおい、ゲーム内にリアル年齢が関係あるか?今まで通りで頼むぜ、戦友達よ!』

 

 その言葉にその場にいた者達は、胸を熱くした。

仲間として行動し始めてからここまでの時間は確かに短いが、

そこには確かに仲間としての絆があったからだ。

 

「確かにそうだな、これからも宜しく頼むぜスネーク!」

「この大会では最後になるかもしれないけど、出来るだけやってやりましょう!」

「僕は最後まで生き残るつもりだけどね」

『おう、とりあえず俺が外から先陣をきる、それに合わせて中から攻撃を頼むぜ!』

「「「了解」」」

 

 そんな仲間達の姿を見て、エムは羨ましさを覚えつつも、

必死にピトフーイを覚醒させようと頑張っていた。

 

「ピト、早く起きてくれ、頼むよピト、頼むから……」

 

 そんなエムに断りを入れ、三人はスネークと呼吸を合わせて攻撃すべく、

その部屋を出ていった。

 

 

 

「クリア」

「クリア」

「クリア」

「この部屋にもいないか」

 

 その頃MMTMは、一階の部屋をしらみつぶしに捜索していた。

 

「予想はしていたが、一階にはいないか。外から見た感じ、この建物は三階立てだったよな」

「だな、多分敵は上だろう」

「ここからは危険度が上がる、どんな兆候も見逃さないように注意してくれ」

 

 そして部屋を出た瞬間に、横合いから銃弾が撃ちこまれ、

最初に部屋を出たメンバーがその餌食となった。

 

「くっ、下にも敵がいたのか?」

「でも一体どこに?」

「多分外だろう、しかもこいつの射撃はかなり正確だぞ!」

「だがこっちにも……」

 

 その言葉通り、直後にスネークは、背後から銃弾を受けてその場に倒れ伏した。

 

「く、くそ、車の中に一人残ってやがったのか……」

「悪いがそういう事だ、あばよ」

 

 そしてスネークはそのまま頭を撃ちぬかれて絶命した。PM4の最初の犠牲者である。

 

「こいつ……一体何者だ?」

 

 ふと興味が沸いたのか、そのメンバーは、今自分が倒した敵のマスクをはぎとった。

 

「ま、まじかよ……それじゃあ中にいるのは……」

 

 そしてそのメンバーは、慌ててデヴィッドに通信を送った。

 

「おいデヴィッド、やばいぞ、今外にいた敵はあのスネークだ、スネークだった!

って事は中にいる他のメンバーも、BoBの決勝クラスの強敵揃いかもしれん、注意しろ!」

 

 その通信が聞こえはしていたが、デヴィッドはそれに対して返事をする事が出来なかった。

スネークを仲間の背後からの奇襲で倒した直後に、二階から降りてきた二人組から、

激しい銃撃を浴びせられていたからだ。

 

「って事はこの二人も……だがこのフィールドで俺達が負ける訳にはいかない、

いや、絶対に負けない!」

 

 その言葉通り、この戦闘は徐々にMMTMが押し始めた。

元々五対二の戦闘という事もあるが、攻める立場のMMTMは基本思い切った攻撃が出来る。

それこそ今まさに行おうとしているように、手榴弾を敵陣に平気で投げ込めるのだ。

もちろん防御側も同じ事が可能ではあるが、問題は逃げ場所の差である。

防御側は下がるにしても限界があるが、

攻撃側はいくらでも下がって仕切りなおす事が可能なのである。

 

「そろそろやべえな、ギンロウ」

「っすね、ゼクシードさんの負担を減らす為にも、ここで二、三人は倒しておきたいっすね」

 

 三人で戦っていなかったのには理由がある。

これは三人が同時に倒されて、ピトフーイまでの道が一気に開けてしまうのを防ぐ為と、

もう一つは単純に、三人が同時に展開出来る程、この建物が広く作られていないせいである。

 

「よし、命を捨てるか」

「オッケーっす、それじゃあ俺が……」

「いや、お前の持ってる銃の方が貫通能力が高い、なのでここは俺が先に行かせてもらうぜ」

「りょ、了解!」

 

 そしてダインは咆哮を上げ、敵の真っ只中へと一気に突っ込み、

両腕を広げ、一気に三人の敵を拘束した。

それにより、MMTMによる手榴弾の投擲は中断された。

 

「ギンロウ!今だ、俺ごとやれ!」

「は、はい!」

 

 そしてギンロウが飛び出し、決死の覚悟でダインごと三人に銃弾の雨あられを浴びせた。

二人の命を捨て、三人の敵を葬る作戦であった。だがここで予想外の事が起こった。

 

「デヴィッド、やれ!」

「分かった、任せろ!」

 

 デヴィッドはそのままダインを完全に無視し、

味方の体越しにギンロウ目掛けて手榴弾を投げた。

 

「なっ……まさか!」

 

 そしてギンロウは爆発に巻き込まれ、そのまま死亡した。

皮肉な事にダインの大きな体が敵にとっては盾となり、

MMTMの三人は、銃弾と手榴弾の爆発に晒されながらも、辛うじて生き残る事に成功した。

 

「くっ……しくじった、すまん……」

 

 ダインもそれで大ダメージを食らい、そのままその場に倒れ、

その止めはデヴィッドが刺した。

 

「急いで手当てを、あいつらと違ってこっちにはまだ戦力に余裕がある、

今のうちに立て直すぞ!」

 

 そしてデヴィッドは、素早くダインとギンロウの覆面を外した。

 

「ダインとギンロウ……という事はこの奥にいるのは、それ以上の奴か。

該当するプレイヤーは……ゼクシードしかいないな」

 

 前回のBoBの出場選手の顔を思い浮かべながら、デヴィッドはそう分析した。

他の有力選手はほとんどが女性プレイヤーであり、該当する男性プレイヤーは、

シャナもしくはゼクシードくらいしか存在しない。

そして残る相手は絶対にシャナではありえない。

 

「もしシャナなら、俺達はとっくに全滅させられているはずだからな」

 

 デヴィッドは、シャナと他のプレイヤーの間には、それほどの差があると確信していた。

キリトの事も同じくらい評価してはいるが、今回はLFKYに参加している事が確認済だ。

 

「よし、俺はこのくらいでオーケーだ」

「分かった、行くぞ!」

 

 ダメージを食らった三人のうち、比較的ダメージが少なかった一人が戦線に復帰し、

デヴィッドは無傷だった三人を率いて攻撃を再開する事にした。

手始めに二階への階段に鏡を少し覗かせ、奥の様子を観察しようとする。

その瞬間に鏡が銃弾によって破壊され、奥からこんな声が聞こえた。

 

「僕にそんな手は通用しないよ、デヴィッド」

「その声は……ゼクシード、やっぱりお前か!」

「久しぶりだね、まあさすがにこの人数差で勝てるとは言わないが、

頑張って三人くらいは道連れにさせてもらう事にするよ」

「ゼクシード、お前……」

 

 その言葉で、ゼクシードが既に死ぬつもりだと察したデヴィッドは、

この階段を抜く困難さが思いやられ、思わず仲間達の方を見た。

その時仲間達の中から一人が一歩前に出て、デヴィッドにこう言った。

 

「ここは俺が犠牲になるから、必ず四人でピトフーイの奴を討ち取ってくれよ」

「………すまん」

「気にするなって、勝利の為だ」

 

 それは特攻の申し出であり、デヴィッドはその申し出を、苦渋の表情で受ける事にした。

 

「行くぞ」

「せ、せめて少しでも防御が上がるように、体に色々と巻き付けていってくれ!」

「ははっ、実はもう既に準備済だ」

 

 そう言ってそのメンバーは、体に巻きついた手榴弾の束を見せてきた。

 

「お、おい!」

「へへ、おしゃれだろ?それじゃあ行くわ」

 

 そう言ってそのメンバーは体を低くして、階段を駆け上がっていった。

 

「一人とは、僕もなめられたものだね」

「さて、どうだろうな」

「なっ……しまっ……」

 

 その直後に銃声が響き、同時にガラスの割れる音と、爆発音がその場にこだました。

そしてその場に静寂が訪れ、デヴィッドが階段を覗くと、そこには誰もいなかった。

 

「あいつのマーカーは……これか、ありがとうな」

 

 そこには死体は無く、ただマーカーだけが浮き上がっていた。

どうやら爆発で、その体は粉々になったと思われる。

デヴィッドはそのマーカーにそう声を掛け、仲間と共に上への階段を上っていった。

ここでデヴィッドは気が逸っていたのか、一つミスを犯した。

その事が後にこの勝負の勝敗を決する事となる。



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第589話 その名はクックロビン

「あの爆発音は……まずい、かなり近い……」

 

 エムはそう呟き、必死でピトフーイを起こそうと、呼びかけを続けていた。

 

「こうなったらアドバイス通り、離脱も視野に入れるべきか……

だがここから飛び降りたら、あるいは足を骨折するかもしれない、

そんな足でハンヴィーの運転が出来るかどうか……」

 

 そんなエムの迷いも知らずに、ピトフーイはまったく目覚めるそぶりも見せず、

ただひたすら昏々と眠り続けていた。

 

 

 

「ここは……?あれ、確か私は誰かに撃たれて……」

 

 気が付くとピトフーイは、暗くて広い部屋の真ん中に寝転がっていた。

そこはかなり巨大な円形の部屋であり、遠くに階段のような物が見えた。

 

「ここはどこ?でも何か懐かしいような……」

 

 そこにいきなり光のエフェクトが発生した。

 

「な、何?」

 

 その光の奥に、何か巨大な物が姿を現そうとしているのが見え、

ピトフーイは咄嗟に銃を構えようとして、それが平凡な片手直剣である事に気が付いた。

 

「あ、あれ?これってどこかで見たような……そうだ!

これってクエストで手に入れた、確かアニールブレード……」

 

 そしてピトフーイの目の前に、その巨大な物が完全に姿を現した。

 

「えっ、嘘、それじゃあここは……」

 

 それはかつてSAOのβテストで見た、アインクラッド第一層のボス、

イルファング・ザ・コボルドロードの威容であった。

 

「いや、待って待って、一人でこいつの相手は無理だって!」

 

 ピトフーイはそう叫びつつも迎撃体制をとり、何とかその敵の攻撃を凌ぎ続けた。

 

「やっ、あっ、ちょ、ちょっと!無理、死ぬ、死んじゃう!誰か、誰か助けて!」

 

 その瞬間に入り口から、三人のプレイヤーが中に突入してきた。

 

「俺が敵の攻撃を弾く、二人はカウンターが入った瞬間を狙って、

一気に敵を削ってくれ」

「「了解!」」

 

 そしてピトフーイの前に、一人のプレイヤーが立った。

 

「邪魔だ、後方に下がってろ」

 

 言葉はきついが、その声音はとても穏やかな物であり、

そのプレイヤーがただ口下手なだけである事を、ピトフーイは自然と理解していた。

 

「う、うん」

 

 そしてピトフーイはそのまま後方で回復に努め、

そのプレイヤーは軽々と敵の攻撃を弾き、その間に二人のアタッカーが、

どんどん敵のHPを削り取っていった。

 

「す、凄い……」

「うん、凄いでしょ」

 

 いつの間に隣に来たのか、女性のアタッカーの方が、ピトフーイの隣に座っていた。

 

「あの、あなた達はもしかして……」

 

 ピトフーイはその三人が、

ハチマンとキリトとアスナかどうかをその口から確認したくてそう尋ねたのだが、

その女性プレイヤーはその質問を別の意味でとったのか、こう答えた。

 

「あ、うん、私達は攻略組の問題児三人組で合ってるよ、やっぱり噂になってた?」

「え?あ………う、うん」

 

 ピトフーイはどう答えようかと迷い、ただ頷く事にした。

 

「それじゃあキリト君と交代してくるね、完全に回復するまで何もしちゃ駄目だよ?」

 

 その言葉でピトフーイは、アタッカーの一人はやはりキリトなのだと確信した。

今まで確信出来なかったのには理由がある。三人の顔がボヤけてよく見えないからだ。

だがキリトの名が出た瞬間に、男性アタッカーの顔が、

一度だけ見た事のあるキリトの顔に変化した。

 

「う、うん分かった、ねぇ、あの………アスナ!」

「ん、なぁに?」

 

 その瞬間にその女性アタッカーの顔が、見慣れたアスナの顔に変化した。

 

「あの、あの……き、気をつけてね!」

「ありがとう!でも大丈夫、私達三人は、最強だからね!」

 

 そして三人は、見事にイルファング・ザ・コボルドロードのHPを削りきり、

『CONGRATULATIONS』の文字と共に、敵は光の粒子となって消えた。

 

「お疲れ!」

「おう、お疲れ」

「お疲れ様!」

 

 そして三人は、ピトフーイを置いてそのまま上の階へと向かって歩き去ろうとした。

それを見たピトフーイは、咄嗟に三人にこう言った。

 

「ま、待って、私も一緒に連れていって!」

 

 その言葉にキリトとアスナはまったく反応しなかったが、

唯一まだ顔がぼやけている真ん中のプレイヤーが、振り返ってピトフーイにこう言った。

 

「駄目だ」

「な、何で……?」

「お前が自分の命を軽く見ているからだ」

「だ、だってここはSAOでしょ?私はここで、命を削るようなギリギリの戦いを……」

 

 そんなピトフーイに、そのプレイヤーはため息をつきながら言った。

 

「ギリギリの戦い?馬鹿かお前は、そんなのは負けと紙一重じゃねえかよ、

一歩間違えたら負けるかもしれないような戦いは、ここでは絶対にしちゃいけないんだよ、

やるからには絶対に勝つ、それには余裕がある方が望ましい。

最初からギリギリの戦いを望む奴なんざ使い物にならん、

そういう奴ほど、力を出し切らないうちにすぐに諦めて満足しちまって、

『自分はよくやった、ギリギリまで頑張った』って言って死んでくからな」

「わ、私はそんな簡単に自分の命を諦めたりなんかしない!」

「じゃあお前、何で今死のうとしてるんだ?言ってる事とやってる事がでたらめだろ」

「そ、それは……」

「話はこれで終わりだ、じゃあな」

 

 そんなピトフーイに背を向け、そのプレイヤーは先を行く二人の所へ向かおうとした。

 

「ま、待って、分かった、もう死ぬなんて言わない、言わないから!」

 

 その言葉にそのプレイヤーは立ち止まり、そのままの体制でこう言った。

 

「具体的には?」

「具体的に………?それって私がこれからどうするか?」

「当たり前だろ、抽象論は今は無意味だ」

「わ、分かった、ちょっと待ってて!」

「ちょっとだけだぞ」

 

 その具体的にの内容を、ピトフーイは必死で考えた。そして出てきたのはこの言葉だった。

 

「わ、私はあなたが死ぬまであなたの傍にいて、そして一緒に死ぬ!

だからあなたが死なない限り、私は絶対に死なない!」

「何だよ、それじゃあお前、二百歳まで生きるつもりなのか?」

「う、うん!当然そういう事になるね!」

 

 さすがに人は二百までは生きられないと思うが、ピトフーイは目の前のプレイヤーが、

本気でそう思っているのだと考え、それに合わせてそう言った。

 

「ははっ、面白い奴、お前、名前は?」

「ピ、ピトフーイ!」

「毒の鳥かよ……趣味が悪いぞ、もっとかわいい鳥の名前にしろよ」

「わ、分かった、それじゃあ……クックロビン!」

「クックロビン?誰が殺したクックロビンってか?微妙に縁起が悪い気もするが……

まあいいか、ピトフーイよりはマシだ、それじゃあまたな、クックロビン」

「あ、待って、ねぇ、名前!私まだ、あなたの名前を聞いてない!」

「俺か?俺の名は………」

 

「ハチマン?」

「ハチマンだ」

 

 そのプレイヤーとクックロビンは同時にそう言い、

その瞬間にそのプレイヤーの顔が鮮明になった。

それはクックロビンが今すぐにでも会いたくて仕方がない者と同じ顔をしており、

その顔を見たクックロビンの頬を、一筋の涙が流れた。

 

「何だよお前、泣いてるのか?」

「う、うん……」

「はぁ、仕方ないな、目覚めたら二つ隣の部屋をノックしろ、それで全て解決だ」

「よく分からないけど二つ隣の部屋ね、分かった!」

「それじゃあALOで待ってるぞ、この階段を上った所はもうSAOじゃないからな」

「そ、そうなの?この上はALOなの?」

「そうだ、そこじゃあ命の危険はまったく無いから、

その事をきちんと覚悟した上で来るんだぞ」

 

 その今までの自分の望みを全否定するような言葉に、

だがピトフーイから生まれ変わったクックロビンは、即座にこう答えた。

 

「分かった、必ず行くね!それまで待ってて!」

「おう、天上の楽園で待ってるわ、ヴァルハラリゾートな」

「それって何?」

 

 その質問に、ハチマンは答えようとはしなかった。そして全てが光の粒子となって消え、

クックロビンは再びピトフーイに戻り、目を覚ました。

 

 

 

「ピト、起きてくれ、頼むよ……」

「エム、うるさい、その名前で私を呼ぶな」

「ピト?目が覚めたのか?」

「いや、私は………まあとりあえずここではその名前でいいか、で、状況は?」

 

 ピトフーイが何を言いかけたのかはエムには理解出来なかったが、

ピトフーイが即座に状況を把握しようとした事で、大丈夫だと確信したエムは、

今の状況を手短かにピトフーイに伝えた。

 

「多分私達以外は全滅です、MMTMがすぐ下に迫ってます」

「全滅?あのメンバーが本当に?」

「はい、おそらくですが」

 

 その言葉にピトフーイは、感心したような声を上げた。

 

「へぇ、ダビドもやるものねぇ、こういう戦場が得意だって話は本当だったのね」

「みたいですね、で、どうします?」

「全員ぶっ殺す、その後の事はその時に考える」

「分かりました」

 

 そしてピトフーイはエムに下がっているように指示をし、自らは鬼哭を手に取った。

 

「さて、ここから逆転するわよ」

「はい!」

 

 こうしてピトフーイは無事に目覚めた。PM4の反撃が始まる。




ここでやっとクックロビンの名が出てきました。
人物紹介に乗ってからここまで長かったですね!


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第590話 運命を感じないか?

「あの部屋だな」

「ああ」

 

 デヴィッドともう一人のメンバーは、部屋の中からドア越しに銃撃をくらわないように、

位置に気をつけながら三階にある唯一の部屋の入り口を観察していた。

 

「どうする?」

「とりあえずあの部屋の前に手榴弾を転がして、ドアを破壊する。その直後に中に飛び込む」

「了解」

 

 そして二人は部屋の扉の前に上手く手榴弾を転がし、

その爆発によって部屋のドアを破壊する事に成功した。

 

「今だ、行くぞ!」

「おう!」

 

 そして走り出したデヴィッドは、後方から何か重い物が落ちる音を聞いた。

 

「おい、どうした?」

 

 だがすぐ後ろにいるはずの仲間からの答えは無い。

ここで振り向くのはその隙に正面から攻撃されるリスクがあるのは確かだが、

さりとてこのまま後方を確認しないで前に進むのはリスクが大きすぎる。

そう判断したデヴィッドは、恐る恐る振り向いた。

 

「う、うわっ!」

 

 そこには首の無い仲間の死体がそのまま立っており、デヴィッドはその惨状を見て、

思わず腰を抜かし、その場にへたり込んだ。

 

「い、一体何が……」

 

 そしてデヴィッドは見た。

丁度仲間の首の高さに、壁から一本の赤い棒のような物が延びている事を。

 

「ま、まさか……」

 

 デヴィッドはそう言って慌てて立ち上がり、体制を低くして部屋の入り口へと走った。

その頭上を、再び壁から現れた、赤い棒のような物が掠めた。

 

「くっ……」

 

 そして部屋の入り口に到達しようとした瞬間に、

デヴィッドの目の前に、三度目の赤い棒が立ちはだかり、

デヴィッドは慌ててその場で急停止した。

 

「あら、よく止まったわね」

「ピトフーイ……それにそれは確か、鬼哭!」

「よく知ってるわねぇ、正解、それじゃあいくわよん」

「くっ……させるか!」

 

 そしてデヴィッドの頭に、ピトフーイは容赦なく鬼哭の刃を振り下ろそうとしたが、

デヴィッドは慌ててその手を掴み、その身が両断されないように、辛うじて防いだ。

だがこの体制はまずい、どう考えても残るエムに攻撃される事は防げないのだ。

事実エムは動こうとしたが、そんなエムにピトフーイは言った。

 

「エム、LFKYが来るかもしれない、外を警戒してて」

「分かりました」

「なっ……なめやがって!」

「なめてないわよ、だってこの状況は、私にとっては特に問題ないもの」

 

 ピトフーイはそう言って、鬼哭の取っ手を何か操作するような動きを見せた。

その瞬間に鬼哭の刀身が徐々に縮まっていくのが見え、

デヴィッドはそれがどういう事なのか理解し、絶叫した。

 

「ま、まさか!やめろ、おいやめろって!」

「どうしてやめないといけないの?」

「く、くそっ……何か打つ手は……」

 

 滅多に使う事は無いが、輝光剣にとある機能があるのを覚えているだろうか。

それは刀身を柄から出し、上下逆にするという機能だ。

それがこの状況で今、存分にその力を発揮しようとしていた。

ピトフーイがじりじりとダイヤルを回す度に、

刀身が短くなる代わりに、その柄からもう一つの刃が伸びてきているのだ。

そのもう一つの刃が今まさに、デヴィッドの額に届こうとしていた。

 

「さて、覚悟はいいかしらね?」

「くっ……」

 

 その時デヴィッドの持つ通信機が鳴った。

 

「デヴィッド、やっと回復した、今から二人で上に向かう、待っててくれ!」

 

 その言葉が聞こえたのか、さすがのピトフーイも身を固くした。

この状況で敵の援軍が現れたら、逆にピトフーイが蜂の巣にされるからだ。

 

「形勢逆転だな!」

「確かにそうね、さてどうしよっかなぁ……」

 

 その瞬間に階下から銃声が聞こえた。

 

「な、何だ?」

 

 デヴィッドは状況が分からない為焦ったようにそう言ったが、

ピトフーイはそれを聞いて何かが分かったのか、ぼそっと呟いた。

 

「へぇ、やるじゃない」

「な、何がだ!」

「さぁて、何かしらねぇ?」

 

 そしてピトフーイは、鬼哭を握る手に力を込め、刃を逆に伸ばす事に全精力を傾け始めた。

 

「なっ……お前、こっちの援軍が来るのが怖くないのか?」

「別にぃ?」

「そ、そんな強がりを……」

 

 そしてすぐ近くの階段から足音がし、デヴィッドは期待するようにそちらに目を向けた。

だがそこに立っていたのは、MMTMのメンバーではなかった。

 

「間に合ったかい?」

「ええ、最高のタイミングだったわ、ゼクシード」

「ゼ、ゼクシード、お前は死んだはずじゃ……」

「死亡マーカーくらいは確認しなよ、これは君のミスが招いた結果さ」

 

 そのデヴィッドの言葉にゼクシードは肩を竦めながらそう言った。

 

「確かに危なかったけどね、君の仲間さ、

ちょっと切り札を見せるのが早かったんじゃないかな?

あんまり早くに胴に巻きつけた手榴弾を見せ付けてくるもんだから、

思わず彼を蹴りつけて、その反動で窓から外に飛び降りちゃったよ。

まあ爆発と同時にそれをやったから、両足を吹っ飛ばされちゃって、

ここにこうして戻ってくるまでにちょっと時間がかかっちゃったんだけどね」

「そ、そんな馬鹿な……」

「なぁデヴィッド、見た物を信じないってのは、さすがにどうかと思うよ、

ところでピト、遠くに砂煙が見えたから、多分そろそろLFKYが来ると思うんだよね、

早くデヴィッドを楽にしてあげないと」

「あらそうなんだ、分かったわ、それじゃあダビド、さようなら」

「く、くそおおおおお!」

 

 そして鬼哭の刃は完全に逆方向に伸びきり、デヴィッドはそのまま体を貫かれ、絶命した。

 

「しかしよく僕がここに向かってるって分かったよね、

ピトは千里眼でも持ってるのかい?」

 

 ゼクシードは面白そうにそうピトフーイに尋ねた。

それに対するピトフーイの答えはこうだった。

 

「ううん、ゼクシードの銃ってば、結構特徴的な音がするじゃない。

だからそれで誰が発砲したのか分かったんだよね」

「なるほど、そういう事だったのか、納得したよ」

 

 そしてエムが、部屋の中から二人に声をかけてきた。

 

「ピト、LFKYが来たぞ。ゼクシードさん、お疲れ様でした」

「あれ、君も驚かないんだね、君も音で判断した口?」

「はい、前にシャナさんに、その辺りはかなり叩きこまれたんで」

「なるほどねぇ、シャナの奴って、案外そういうとこ、細かいよね」

 

 その言葉にピトフーイとエムは苦笑し、そして三人はベランダに出て、

こちらに迫ってくる二組の集団をじっと見つめた。

 

「あのハンヴィーはLFKYだね、そしてもう一組は……

これは驚いた、SHINCとLFKYは組んでたのか、

こっちは三人、あっちは……八人か、さて、この状況でどうする?」

「さて、どうしようかしらね」

 

 少し迷ったようなそぶりを見せたピトフーイに、

ゼクシードはいきなりその手に持った銃を突きつけた。

 

「………どういうつもり?」

「見た通りさ、ごめんね、これも仕事さ」

「仕事?これが?」

「ああ、君とエム、そしてレンちゃんとフカ次郎ちゃんを、

二対二で戦わせるってのが僕の仕事さ」

「そう、そういう事だったんだ、ゼクシードが私に味方するなんておかしいと思った」

「いやね、他の敵が生き残ってたら、もう少し一緒に戦うつもりだったんだけど、

今生き残っているのはここにいる三組だけみたいだからね、

演技はここまでにして、さっさと君を救うという本来の目的の為に動こうと思ってさ」

「私を………救う?そう、エム、あんたが裏切ったのね」

 

 その言葉にエムは身を固くしたが、

エムにとっては驚いた事に、ピトフーイはそれほど怒っていないように見えた。

そしてピトフーイは、二人に向かってこう言った。

 

「実はもう、死ぬのはやめにしたのよね」

「そ、そうなんですか?」

「そうなのかい?それならこれで僕の仕事は終わりだね。

でも君が簡単に考えを変えるなんて、一体何があったんだい?」

 

 そのゼクシードの言葉に、ピトフーイは穏やかな表情で言った。

 

「夢の中で、シャナに説教されちゃった、えへっ」

「夢の中で、ねぇ……それで君は納得出来たのかい?」

「うん、凄く納得出来た」

「そうか、それは良かったよ。君がいないと、正直僕も少しつまらないからね」

「あら、意外ね」

「そうかな、まあそうかもしれないね」

 

 ゼクシードはそう言うと、改まった口調で次にこう言った。

 

「ところで君はさっき、エムが裏切ったって言ったけど、

君に死んでほしくないと彼が考えて動いた事って、本当に裏切りなのかな?」

「…………」

 

 その言葉にピトフーイはしばらく無言だったが、やがてその重い口を開いた。

 

「そうね、裏切ってなんかないわね」

「だろう?勘違いしてたみたいだけど、やっぱり違うよね」

「ええ」

 

 そしてピトフーイはエムにこう言った。

 

「エム、これからも私が間違ってると思った時は、気にせず自分の思うままに動きなさい」

「は、はい」

「よろしい、それじゃあレンちゃんとの決着をつけましょうか、

エム、絶対に本気でやるのよ、手加減は許さないわ」

「分かりました、全力でやります」

 

 その二人の様子を見て、ゼクシードは拍手をした。

 

「頑張ってね二人とも、もし二人が勝ったら、僕も優勝賞金がもらえるはずだからね」

「あはははは、そういうところ、抜け目ないよね、ゼクシードは。

で、これからゼクシードはどうするの?」

「決まってるだろ、闇風君にもう一度挑戦するのさ」

 

 その言葉にピトフーイは目を見開いた。

 

「やっぱり負けず嫌いなのね」

「ああ、君と一緒さ」

「違いないわね」

「それじゃあ喧嘩を吹っかけに行くとしようか」

「ええ、これが最後の戦いね」

 

 そして生き残ったPM4の三人は、到着したレン達の前に立った。

 

「ピ、ピトさん、無事だったんですね、良かったぁ……」

 

 そのレンの様子が面白かったのか、ピトフーイは思わず噴き出した。

 

「ぷっ、あ、あはははは、あははははははははは!」

「な、何で笑うんですか、ピトさん!」

「だってレンちゃんが、これからガチで殺し合いをしようっていう相手の事を、

本気で心配してるんだもの」

「それはそれ、これはこれです!」

「はいはい、それじゃあ存分にやり合いましょうね」

「絶対に私達が勝ちますからね!そしてピトさんには、死ぬのをやめてもらいます!」

「あ、その事だけど、私もう、死ぬのはやめたから」

「ええっ!?」

 

 そのピトフーイの言葉に、LFKYとSHINCのメンバーは仰け反った。

 

「え、え、一体どんな心境の変化ですか?いや、嬉しいんですけど」

「実はさっき、軽く死にかけたんだけどさ」

「そ、そうなんですか!?うわ、危なかった……」

「実はその時、夢の中でシャナにお説教されちゃって、それで目覚めたって感じかな」

「なるほど、さすがはシャナさんですね!」

「ふふっ、そうね」

 

 そしてピトフーイは、キリトの方に向かい、その前に立った。

 

「俺に何か用か?」

「ねぇキリト君」

「何だ?」

「ちょっと聞きたい事があるんだけど」

「お?何かの質問か?まあ何でも聞いてくれ」

 

 そしてピトフーイは、キリトの耳元に口を寄せ、こう囁いた。

 

「夢の中でハチマンに、『天上の楽園、ヴァルハラ・リゾートで待ってる』

って言われたんだけど、それって何の事か分かる?」

「………一応確認するけど、ヴァルハラ・リゾートってのが何の事か本当に知らないのか?」

「うん、全然。何かの観光地か何か?」

「そうか………」

 

 そしてキリトは、天を仰ぎながらこう呟いた。

 

「さて、不思議な事もあるもんだが、ハチマン、本当に生きてるんだよな?

まさか生霊とかになってないよな?」

 

 そしてキリトは、ピトフーイの耳元でこう囁いた。

 

「ヴァルハラ・リゾートってのは、ALOの俺達のギルドの名前だ、

不思議な事もあるもんだと思うが、

お前はそこの正式メンバーになる運命だったって事なんだろう」

「そ、そうなの?」

「ああ、本当に不思議だよな、運命を感じないか?」

「感じる、凄く感じる」

「だろ?」

 

 そして最後にキリトは、ピトフーイにこう言った。

 

「という訳で、ハチマンには俺から話しておくよ、普通うちには簡単には入れないんだぜ?

入団おめでとう、ピトフーイ」

「クックロビン」

「ん?」

「夢の中でピトフーイって名乗ったら、ハチマンがね、

『毒の鳥かよ、名前を変えろ』って言うから、それじゃあクックロビンでって名乗ったの」

「そういう事か、オーケーだ、これから宜しくな、クックロビン」

「うん、宜しくね、キリト君」

 

 そして二人は離れ、キリトは重々しくこう宣言した。

 

「SHINCのみんなには悪いが、どうやら俺も含めて出番はここまでらしい。

とりあえずこの大会に関しては、

ピトフーイとエム対レンとフカ次郎の勝負で決着をつけたいと思うが、

みんなはそれでいいか?」

「ちょっと待ってくれ、僕もお願いがある」

 

 ここでゼクシードが前に出てそう言った。

 

「どうしたよゼクシード、また俺と勝負したいのか?」

 

 その闇風の冗談に、ゼクシードは真顔でこう答えた。

 

「ああ、そうだ、今回の報酬はそれって事で」

「え、マジで?」

「ああ、大マジだ」

「オーケーだ、いつも通りガチでやり合おうぜ」

「ありがとう、それじゃあ行こうか」

「おう、それじゃあみんな、俺達の勝敗は、後で録画でも見てくれよな」

「勝った方も自殺するから、迎えは必要ないからね」

 

 こうして二人は去っていき、残された者達は、苦笑するしかなかった。

 

「まったくあの二人は仲がいいんだか悪いんだか」

「いいに決まってますよ、ピトさん!」

「なのかなぁ?それじゃあレンちゃん、本気で決着をつけましょうか、

本当の本気でいくから覚悟しておきなさい」

「はい、宜しくお願いします!」

 

 そんなその場の雰囲気に触発されたのか、SHINCの四人もこんな事を言い出した。

 

「あ、あの、キリトさん……」

「ん、どうした?」

「せっかくですし、もし良かったら、私達とガチでやりあってもらえませんか?」

「ああ、別に構わないぞ、どうせ暇だしな」

「やった!」

 

 こうしてピトフーイ&エムvsレン&フカ次郎、闇風vsゼクシード、

そしてSHINCvsキリトという、三組の戦いが行われる事が決定した。




さて、原作と大分ズレましたが、こういう事になりました!


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第591話 ここからはプレーオフ

書き貯め状況にもよりますが、出来れば今年中もしくは一月一日に600話を投稿したいので、年内に一度か二度、二話投稿を考えています。という訳で、クリスマスSSとかを書かない主義な俺としては、早速今日二話投稿をしたいと思います、頑張って597話まで今日書いたので!


「お、LFKYもハンヴィーを見つけたな」

「入れ違いになっちゃったみたいだけどね」

「これで三つ巴がくるか?」

 

 そのシャナの予想は至極当然の予想だった。だが展開は、思わぬ方向へと進んでいく。

 

「エルビンがやっと外壁から脱出出来たな」

「だね、本当に全然意味がない行動だったよね」

「だよなぁ……って、おい、ここはまさか……」

 

 エルビンを映したモニターには、遠くに小さくピトフーイが映っていた。

だがシャナがそれに気付いたのは、あくまで複数のモニターで観戦しているからであり、

現地にいても気付かない可能性が高いというレベルの話であった。

だがここでピトフーイは、最悪の選択をした。

 

「ここでまさかの信号弾かよ……自分で自分の位置を教えちまった……

もしかしてあいつ、ここで死ぬかもしれないな」

「う~ん、まあそれならそれで?」

「そうだな……シノン達が配置についた以上、それでもいいんだが、

それでもあいつは一度レンにぶちのめされた方がいいと思うんだよなぁ……」

 

 そしてシャナの予想通りにピトフーイは凶弾に倒れた。

 

「閣下は間に合わなかったか……これは嫌な結末になったな……いや、あれは……」

 

 シャナは目を細めてモニターに集中し、

確かにピトフーイのHPがほんの僅かだけ残っている事を確認してとても驚いた。

 

「ギリギリ残ったか、あいつは悪運が強いな……」

「心配だった?」

「いや、別に心配なんかしてないが」

「へぇ~?」

 

 シャナはそのシズカの笑顔での問いかけには答えず、画面を見ながら淡々とこう言った。

 

「これはLFKYは絶対に間に合わないな、PM4とMMTMのガチ戦闘だ」

 

 その表情からは、シャナが何を考えているのかは伺い知れなかったが、

少なくとも楽しんでいるようにはまったく見えなかった。

 

 

 

「あいつら何やってるんだよ……」

 

 スネークの死は仕方ないと割り切ったシャナであったが、

さすがにダインとギンロウのミスには顔をしかめていた。

 

「まあしかし、今のはMMTMが上手くやったと言うべきか……」

「よく防いだと思うわよ」

「だな、さすがにこういった状況での戦闘が得意だと豪語するだけの事はある」

「あ、次はゼクシードが出てくるんじゃない?」

「だな、あいつなら多分数人は……って自爆特攻かよ、一々やる事がうぜえ……」

 

 シャナはそういったやり方があまり好きではなかったが、

強敵相手だと確かに有効な作戦ではあると認めてもいた。

 

「でもこれ、ゼクシードの奴は生きてるな、まあ足が吹っ飛ばされたのが見えたから、

しばらくは動けないだろうけどな」

「咄嗟に上手く反応してましたけど、こういう所はさすがですね……」

 

 戦争の時、シャナを助ける為とはいえ、ゼクシードに倒された経験のある銃士Xは、

複雑そうな表情でそう言った。

その時丁度画面が切り替わり、必死にピトフーイに呼びかけをするエムの姿が映し出された。

 

「お、画面が変わったな、あの馬鹿、まだ寝てるのか……」

「ねぇシャナ、ピトは何で起きないんだろ?」

「GGOの仕様上、こんな事はありえないんだがなぁ……」

「このままだと倒されちゃうかな?控え室で出迎える?」

「それでもいいんだが、あいつの使ってる控え室の場所が分からないからな」

 

 その疑問に答えたのはユッコだった。

 

「あ、それなら二つ向こうの部屋よ、シノンのいた部屋の向こう」

「そうなのか?そんなに近いなら、MMTMに倒された後でも十分間に合うな、

今はとりあえず、意味はないかもしれないが、ここからあいつに呼びかけておこう」

 

 シャナはそう冗談めかしながらも、ピトフーイに呼びかけ始めた。

 

「いつまでもめそめそしてないで、さっさと起きろ。

もっとももし負けても俺は二つ隣の部屋にいるから、すぐに笑いに行ってやるけどな」

 

 シズカはそんなシャナの姿を見て苦笑した。

 

「無理に悪ぶっちゃって……」

「あっ」

 

 その時銃士Xが短く叫んだ。画面の中のピトフーイが、

今まさに起き上がろうとしていたからだ。

 

「嘘」

「今のシャナの声が聞こえたとか?」

「いやいや、そんな事ある訳ないだろ」

「だよね、それじゃあ偶然?」

「だろうな、まあ俺に笑われるのがよっぽど嫌だったのかもしれないけどな」

「そうなったらピトは、喜びそうだけど……」

「いやいや、いくらあいつが変態でも、そこまでじゃないだろう」

「ピトはそこまでの変態だと思うけどね……」

 

 そしてピトフーイは鬼哭を抜くと、壁目掛けて水平に振るった。

 

「うお、いきなりかよ」

「これってまさに、ロザリアさんが拉致された時のシャナの行動の再現?」

「え?そうか?あの時の俺ってこんなんだったか?」

「さあ、私は目を潰されていたから、その辺りはよく分からないけど、

これとはまったく違った気がするわ」

「だろ?俺は平和主義者だからな」

 

 そう強弁するシャナを放置して、ロザリアは淡々と言った。

 

「あの時の方が、何ていうかより無双っぽかったと思うから、

これとはまったく違うと思うわ」

「無双なぁ……」

 

 シャナがそう言って若干目を泳がせた為、

ユッコとハルカはシャナが気まずさでも覚えているのかと考えたのか、明るい笑顔で言った。

 

「いやいや、あの時のあんたは悪くない、むしろ胸を張りなよ」

「そうそう、負け組についた私達が言うのもアレだけど、

あれは私達から見ても胸糞悪い事件だったから、セーフだよセーフ」

「いや、まあ別にアウトだと思ってる訳じゃないんだけどな、

ただ、今ピトが実際に俺と同じような事をやってるのを見て、

やはり輝光剣の攻撃力って圧倒的に無慈悲だなって思っただけだ」

「銃弾すら全て撃墜するしね」

「そんな変態はキリトだけだ」

 

 そんなシャナを見て一同は含み笑いをしたが、

シャナは実はこの時、若干反省していたのであった。

 

(GGOの世界に輝光剣をこれ以上広めちまって、

ゲーム性が損なわれでもしたら、ザスカーの連中に申し訳ないよなぁ……

明日あっちのおえらいさんと話さないといけないっていうのに)

 

 シャナはそう思いつつ、画面の中のピトフーイを見ながらこう言った。

 

「ところであいつ、刀を止められて、刃を逆に出して押し切ろうとしてるみたいだけど、

下にまだ敵が二人残ってる事を忘れたりしてないよな?」

「あっ……」

「その二人が来たら、逆にピンチ?それともエム君が何とかするかな?」

「どうだろうな、エムはこういう時、案外指示待ちになっちまう悪い癖があるからな」

 

 その時二人が一瞬階下に注意を向けるような仕草をし、

直後にピトフーイが安心したような顔で何かを口走った。

 

「ピトは今何て?」

「『へぇ、やるじゃない』だそうだ、大方ゼクシード辺りが復活して、

敵の掃除でもしたんだろうさ」

「お、うちのゼクシードさんも中々やるじゃない」

「まあ間違ってるかもしれないぞ、ただの状況からの推測だからな」

 

 シャナがそう言った直後に、その推測通りにゼクシードが姿を現し、

一同の目の前でデヴィッドが鬼哭に貫かれ、

ここに味方陣営……という表現が正しいかは微妙だが、それ以外の勢力は全滅した。

 

「終わったな」

「だね、これで残ってるのは事情を知ってるチームだけだね」

「ってかあいつ、死ぬのはやめたとか言ってるぞ、あの変態め、気分屋すぎるだろう」

「えっ、そうなの?そっか、良かったぁ……でも一体何があったんだろうね」

「いや、それが……夢の中で俺に説教されたとか言ってやがるんだが……」

 

 その言葉に他の五人は顔を見合わせた。

 

「えっと……」

「これって想いの強さって奴なのかな?」

「あいつは勘が鋭いからな、無意識に何かを感じたのかもしれないが」

「ピトの場合は妄執って感じよね」

「ま、まあ自力で正道に立ち返ったと思って褒めてもいいんじゃない?」 

「許す条件は変えないぞ」

「そっか、まあそうだよね」

 

 その事については予想通りだったのか、誰も口を挟もうとはしなかった。

そこからの展開は、既に語られた通り、ゼクシードがちゃんと仕事をし、

エムがピトフーイに責められる事もなく、最後の決戦が行われる事が決定した。

 

「おお、ゼクシードさん、いい仕事したね」

「あいつもたまには役にたつんだなぁ……」

「ちゃんと褒めてあげてね?」

「あいつは別に俺に褒められたいなんて思ってないだろ……」

 

 そんな会話を交わしている間に、生き残った者達は、

三組に分かれて別々の方向に移動していった。

シャナの通訳が無い為、今の状況が分からない五人は、

シャナに一体どうなっているのか説明してくれるように頼んだ。

 

「ああ、どうやら三組で対戦する事が決まったみたいだ、

レンとフカの相手がピトとエム、キリトの相手がSHINC、

そして闇風の相手がゼクシード、だそうだ」

「あ、そうなんだ!」

「ゼクシードさん、また闇風君に挑むんだ……」

「どっちが勝っても恨みっこなしって感じなのかな?」

「まあそうだな、これで全て解決、後はプレーオフみたいなもんだ」

「シノノン達に引き上げてもいいって連絡しとく?」

「いや、それはそれで面白いと思うから放っとこう」

 

 シャナはそう言いつつも、画面の中でキリトとピトフーイが接近し、

こそこそと何かを話しているのが気になっていたが、

後日その時の会話の内容を聞いて、ピトフーイの勘が人間離れしている事を、

改めて実感する事となった。




次の投稿は、本日18時を予定しております、お気をつけ下さい!


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第592話 前座の戦い

本日二話目となります、ご注意下さい!


 その後に行われたどの戦いも、正直それ単独で客が呼べる程の対戦カードであるが、

そのうち闇風とゼクシードの戦いについては、後に録画を見た者達も、

『あの二人、仲がいいよね』程度の感想くらいしか述べる事はなかった。

二人の戦いは激戦だったのだが、実はこの二人、一対一の戦いを何度も繰り広げており、

そのせいか、微妙に観戦者達も、いつもの事かと慣れてきてしまっているのだった。

ここまでの成績は闇風の四勝二敗、ゼクシードとしてはこのままズルズルといかないように、

この辺りで一矢報いて連勝の流れに乗りたいところであった。

 

「いくぞごるぁ!」

「こちらもいくよ」

 

 闇風はいきなり全力疾走で、的を絞らせないように無秩序に動きながら、

徐々にゼクシードに接近していった。しかしゼクシードはGGO随一の努力の男である。

何だかんだ叩かれはするが、データから敵の攻略法を導き出すその手腕は、

豊富な知識量とも相まって、おそらくGGOでもトップスリーに入る。

そしてその攻略法に基づいた動きを何度も反復練習するだけの勤勉さも持ち合わせていた。

ちなみに他の二人はシャナとニャンゴローであるが、

その二人と並び称される時点で、ゼクシードの能力の高さが伺えようというものだ。

ゼクシードは闇風が映っている膨大な数の動画を研究し、

~~これは闇風が古参である故に、ネットにかなりの数がアップされているのだ~~

その移動パターンをいくつか把握していた。これはゼクシードにとっては実は誤算である。

基本デジタルな感覚を持つゼクシードは、闇風の移動パターンは、

突き詰めればいくつかのパターンの組み合わせに集約されると予想していた。

だが研究してみると、パターンと呼べるものは数える程しか無く、

しかも同じ動き出しからそのパターンに突入する割合は、半々程度でしかなかったのだ。

ゼクシードはいずれ闇風を完璧に攻略してやると心に誓いながらも、

今日の戦いについては、五十パーセントの確率に賭ける事しか出来なかった。

 

「これだから感覚派は……」

 

 ゼクシードはそう呟きながら、闇風の攻撃を防具の性能にも助けられながらしっかり防ぎ、

急所だけは確実にガードしつつ、闇風が自分の知っている行動パターンをとるのを、

今か今かと待ち構えていた。

 

「ここだ!」

 

 ゼクシードは闇風が、自分の知るパターンに符号する動きをした瞬間に、

練習通りの地点に向けて銃撃を開始した。本人には不本意だろうがこれはまさに賭けであり、

それは見ている者からしたら、見当違いの方向に攻撃しているように見えた事だろう。

だがその地点に吸い込まれるように闇風が自ら動き、

火線の中にその身を晒すに至って、他ならぬ闇風自身が驚愕した。

 

「うお、何で俺はこんな………ぐあっ!」

「今回は僕の勝ちだね、もっとも運任せみたいであまりいい気はしないんだけど、

それでも勝ちは勝ちだ」

「あ~くそ、今回は大人しく負けておいてやるぜ!約束通り今日は俺の奢りだ!」

 

 闇風はそう言ってそのまま死体となり、ゼクシードはその隣にへたり込んだ。

 

「はぁ……君には分からなかっただろうけど、今回は恐ろしく神経を使ったよ、

集中しすぎてもう足がガクガクだね」

 

 見ている者にとっては勝負は一瞬に見えたかもしれないが、

強者同士の戦いとは得てしてこういうものである。

決着に至るまでの過程においては凄まじい主導権争いがあり、

そこにはとんでもない量の集中力が要求される。

それこそ今のゼクシードのように、立っているのも辛い程に。

 

「それじゃあ全てが終わった後、いつもの店でね」

 

 そう言ってゼクシードは自分で自分の頭を撃ち抜いた。

その顔は、とても満ち足りたものだった。

 

 

 

「よし、いつでもいいぞ、エヴァ」

「それじゃあお言葉に甘えて………お前ら行くぞ、とにかく頑張れ!」

 

 キリトに促され、エヴァは仲間達にそう声をかけたが、

その内容があまりにもアレだった為、生き残った三人のメンバーは、

エヴァに対して口々に苦情を言った。

 

「いや、まあ頑張るつもりだけどさ?」

「ねぇボス、もっと具体的な指示とかはないわけ?」

「頑張れ、とだけ言われてどうしろと……」

 

 その三人に、エヴァも負けじとこう言い返した。

 

「仕方ねえだろ、どんなに奇策を練って攻撃しても、弾を全部撃ち落されちまうんだぞ、

それなら下手に作戦を考えるより、勢いに任せてとにかく押すしかねえだろうが!」

「まあそうだけど、そうだけどさ!」

「こうなったらとにかく飽和攻撃?」

「でもキリトさん、マシンガンの攻撃とか全部撃ち落してなかった?」

「してたしてた、正直人間をやめちゃってるんじゃないかって思ったよね」

「お~いお前ら、全部聞こえてるからな」

 

 キリトが呆れたようにそう声をかけてきた瞬間、

四人はビクッと背筋を伸ばし、キリトの方に向かって愛想笑いをすると、

そのまま円陣を組んで対キリトに一番有効な戦法は何かを相談し始めた。

 

「私は飽和攻撃に一票です!」

「まあそれしかないか……デグチャレフが完璧に役立たずだし」

「相手はシノンさんのヘカートIIの攻撃も軽々と叩き落す人だからね……」

「そもそもこうやって顔を合わせて正面からぶつかるってのが不利すぎるんだよ!

バレットラインが最初から丸見えで、奇襲の余地がまったく無いじゃんよ!」

「まあ負けてもともと、この戦いから何か一つでも学べれば、それでいいんじゃない?」

「そうそう、もう胸を借りるつもりで、とにかく攻撃攻撃、でいいんじゃないかな?」

「でもそれで何か学べる事があるのかと言われると、絶対に無いよね……」

「まああれだ、近接戦闘を挑んでくる敵に対処する練習って事で」

「それくらいしかないなぁ……よし、やろう!」

 

 そして四人は立ち上がり、同時にコンソールを操作し、

とにかく手数の多い武器を取り出し、一斉にキリトに向かって銃を構えた。

 

「準備は終わったか?」

「はい、駄目元で飽和攻撃をかけさせてもらいます!」

「いや、方向性はそれでいいと思うぞ、

さすがの俺も、一刀で全部の攻撃を防ぐのは無理かもしれないからな」

「そうなんですか!?」

「勝機来た~?」

「お前達、迷ってる暇はないよ、撃て、撃て!」

 

 そのエヴァの掛け声と共に、

SHINCの四人はキリトに向けてフルオート射撃を開始した。

キリトは平然とその弾を全て撃ち落としていたが、四人が交代ぎみに弾込めをし、

切れ目なく銃撃を加えてくる事に辟易したのだろう、

いつの間にか左腰に下げていた筒のような物を左手に持ち、そのスイッチを入れた。

 

「えっ?」

「嘘ぉ!?」

「な、何で?」

 

 その手には、二本目の黒剣が握られていた。その名をアハトレフトという。

 

「あの野郎、自分の装備を持ちにいくついでに俺のロッカーを漁りやがったな」

 

 モニターの画面を見ていたシャナが、ぼそりとそう呟いた。

その言葉が聞こえた訳ではないだろうが、キリトが激しく動き続けながらこう言った。

 

「悪いな、こういうこともあろうかと、事前に借りておいたんだよ。

まあそもそもの目的はレンちゃんのサポートの為だから、無断借用も特に問題ないだろ」

「に、二刀流……?」

「そんな事ぶっつけ本番で出来るの?」

「ぶっつけ本番?何を言ってるのか分からないが、俺はこっちが本職だ」

「えっ?」

「って事は、今までGGOでは全力でやってなかったって事?」

「いやいや、もちろん全力でやってたさ、ただこっちの方が手数が増えるだけだ」

「手数……」

 

 その言葉に嫌な予感がしたのだろう、切れ目なく銃撃を加える事で、

攻撃が当たらないまでも、キリトが前に出辛そうにしている事で、

このままならいけるかもと僅かな希望を抱いていた四人にとって、

その言葉は冷静さを失わせるのに十分だった。

 

「う、撃て、撃て!」

「やばい、このままだと絶対にやばいから!」

 

 四人は焦ったようにそのまま銃の乱射を続けたが、予想外な事に、

キリトはたった今見せ付けるように取り出したアハトレフトを使おうとはせず、

エリュシデータのみで攻撃を凌ぎ続けた。

 

「あ、あれ?」

「使ってこない?」

「もしかしてハッタリだった?」

「ば、馬鹿、お前ら気を抜くな!」

 

 仲間達の若干弛緩した表情を見てエヴァはまずいと思い、気合いを入れようとそう叫んだ。

だがその隙を見逃さず、キリトはいきなりアハトレフトを四人に向け、

その『刀身』を、敵目掛けて連続で四発発射した。

銃による射撃は苦手だが、剣による射撃はこの上なく正確なのが実にキリトらしい。

そして黒い光が自分の顔面に迫ってくるのを見て、四人は絶叫した。

 

「う、うおおおお!」

「ダメージはほとんど無いと分かってても、これは怖い!」

「きゃあああ!」

「い、いかん、来るぞ!」

「ブレイクダウン・タイフォーン……もどき!」

 

 その瞬間に、一気に距離を詰めたキリトにより、エヴァの銃を持つ手は斬り落とされた。

 

 ブンッ!

 

 という音と共に、自分の腕が落ちるのを見たエヴァは、

そのあまりの速さに何が起こったのか理解出来ず、

既に無い腕に向かって引き金を引く指令を脳から出し続けたが、当然何も起こらない。

 

 ブンッ、ブブンッ!

 

 直後にトーマ、ターニャ、アンナの三人の腕も斬り落とされ、

四人は呆然とその場にへたり込んだ。

 

「終わりだな」

「くそっ……」

「うぐ……」

「く、悔しい……」

「簡単に制圧されました!」

「いやいや、簡単じゃなかったぞ。二刀を使う羽目になっちまったしな。

実に動きにくいところに的確に攻撃してきていたし、いい腕をしているな、四人とも」

 

 キリトのその言葉に、四人は感動したような面持ちで頷いた。

外見はごついが、中身はまだ花の女子高生である。こういった場面では微妙にちょろい。

 

「さて、これで決着でいいか?俺はこのまま他の試合観戦に行くが、お前らはどうする?」

「下手に何かあって最後まで残っちゃっても困りますし、

試合に興味はありますが、ここでリザインしておきます」

「キリトさん、また戦って下さいね!出来れば六人で!」

「六人に一斉攻撃をされるのはちょっとつらいかもしれないな、

それならこっちはシャナを助っ人に呼んでもいいか?」

 

 その言葉に四人は目を輝かせながら言った。

 

「「「「願ってもないです!」」」」

「そ、そうか、それじゃあまたな」

「はい、またです!」

「シャナさんにも宜しくお伝え下さい!」

「キリトさん、今度リアルで遊びに行きましょうね!」

「今日はありがとうございました!」

 

 キリトはそれならと頷き、SHINCは素の口調でそう言うと、

順にリザインし、一人、また一人と退場していった。

 

「さて、あっちはどうなったかな」

 

 キリトはそう呟くと、駆け足でレン達が戦っているであろう戦場へと向かった。




本日二話目となります、ご注意下さい!


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第593話 空中戦と地上戦

昨日は二話投稿しています、ご注意下さい!

さて、ここからの三話がこの章最後の山場となります!


「さてレンちゃん、決着をつけましょうか」

「望むところです、絶対にピトさんを、ぎゃふんと言わせてやりますから!」

「ぎゃふんって今日日聞かないわね……」

「べ、別にいいじゃないですか!さあ、決着の時ですよ!」

 

 レンは、ぐぬぬとなりながらもそう言い、それに対してピトフーイは、

そこに停めてあった二台のハンヴィーを見て何か思いついたのか、

ドヤ顔でレンとフカ次郎に言った。

 

「ねぇ二人とも、空中戦と地上戦、どっちがいい?」

「く、空中戦?」

 

 レンはその言葉に首を傾げたが、そんなレンを制してフカ次郎がレンの前に出た。

 

「出展とは違うけど、ここはあえて空中戦を選択するぜ、ピトさん!」

「空中戦か、どうやらとことん決着を……って、それは地上戦の方だったかしら、

まあいいわ、それじゃあ空中戦って事にしましょう」

「おう、受けてたつぜ!」

 

 フカ次郎とピトフーイは、そう言ってにらみ合った。

そんなフカ次郎の背中に、きょとんとしたレンがこう質問してきた。

 

「ねぇフカ、空中戦って何をするの?」

「おう、それはな」

 

 そしてフカ次郎は、ドヤ顔をまったく崩さないまま、ピトフーイにこう言った。

 

「ピトさん、説明プリーズ!」

「フカ、もしかして意味がまったく分かってなかったの!?」

 

 レンは頭痛をこらえるような仕草をしながらそう言い、

フカ次郎はそれでもドヤ顔を崩さず、腕組みをしながら言った。

 

「細けえ事はいいんだよ!こちとら江戸っ子よ!」

「いや、フカは絶対に違うよね……?」

 

 そんな二人の掛け合いを見て笑いながら、ピトフーイはレンにこう言った。

 

「その前にレンちゃんかフカ次郎ちゃん、ハンヴィーの運転は出来る?」

「あたぼうよ、こちとら江戸っ子よ!」

「フカ、そのネタはもういいから!」

「マニュアルだけど大丈夫?」

「問題ない、むしろ得意だぜ!雪国で培った、凍った路面をドリフトする技、見せてやる!」

「ちょ、フカ!そんな危ない事はしちゃ駄目!」

「お、おう……」

 

 フカ次郎はレンに本気でそう怒られ、肩を竦めながらこう言った。

 

「冗談、冗談だって相棒、もしそんな事になったら、

コントロールがきかなくて路肩に激突しちまうよ!」

「まったくもう、本当にやってるんじゃないかって、本気で心配したんだからね」

「お、おう、すまねえ、私の体をそんなに……」

 

 神妙にそう言うフカ次郎の言葉を遮り、レンは続けてこう言った。

 

「フカの頭の具合を」

「心配してたのそっちかよ!」

「ねぇ、その漫才、確かに面白いんだけど、まだ続くの?」

 

 いつの間に移動したのか、ピトフーイがハンヴィーのルーフから顔を覗かせながら言った。

運転席では既にエムがスタイバイしているようだ。

 

「い、いつの間に!?」

「こちとら江戸っ子よ、気が短いんでい!」

「あっ、私のネタをパクられた!」

「ふふん」

「そのピトさんのドヤ顔がむかつく!レン、こっちも行くよ!」

「了解!」

 

 二人はそう言って、もう一台のハンヴィーに乗り込んだ。

そしてレンがルーフから顔を出し、ピトフーイに言った。

 

「どっちが勝っても恨みっこなしですからね!」

「いいわよ、何なら何か賭けましょうか?」

「いいですよ、負けた方が勝った方の言う事を一つ聞くって事でどうですか?」

「えっ、それでいいの?」

「もちろんです!」

「そう、それはごちそうさま!」

 

 そう言ってピトフーイは、じっとレンを見ながら舌なめずりをした。

それを見たレンは、一般人の感覚でこう言った。

 

「分かりました、負けた方がご飯を奢れとピトさんは言いたいんですね?」

「いいえ?私が食べたいのはレンちゃんだけど?」

「ん?」

 

 レンはその言葉の意味が分からなかったのだが、

多分自分の聞き間違いだろうと思い、ピトフーイにこう答えた。

 

「分かってますよ、私と一緒に食べましょう!」

「ええ、一緒にね」

 

 そう言いながらピトフーイは人差し指をクイックイッと前方に曲げ、

ついてこいという風に先にハンヴィーをスタートさせた。

 

「フカ、こっちも行こう」

「おう、それにしてもレン、勝負の景品に自らの貞操を差し出すなんて、

絶対に負けられないって自分を追い込んだんだな。

というかレンは男も女もいける口だったのか?それなら今度試しに私とも……」

「はぁ?いきなり何を訳の分からない事を……」

「だってさっきピトさんが言ったのってそういう意味だろ?

レンを食べたいって、つまりそういう事だよな?」

「えっ?さっきのってまさか、性的な意味で……?」

「うん、性的な意味で」

「私、やらかしちゃった?」

「うん、貞操的な意味で」

「ええええええええええええええ!?」

「あ、意味が分かってなかったんだ……」

 

 フカ次郎はやれやれという口調でそう言った。

 

「え?え?ピトさんってもしかしてそっち系の人?」

「両刀なんじゃね?」

「そ、そんな、私の初めてはシャナに………あっ」

 

 その言葉にフカ次郎はニヤリとしながら言った。

 

「へぇ……?高校の時は男嫌いだったレンも、やっとそういう事が言えるようになったかぁ」

「い、今のは違うから、気のせい、気のせいだから!」

「ふ~ん?まあこの勝負に勝てば何も問題ないんだから、気にしなくても別に良くね?」

「そ、そうだよね、うん、その通り!よ~し、燃えてきたああああ!」

 

 レンはそう気合いを入れ、丁度その時前方のハンヴィーが止まり、

ピトフーイが身振り手振りで何かを伝えようとしてきた為、

フカ次郎もルーフから体を出し、単眼鏡でそちらを覗きながら言った。

 

「おう、燃えてきたぜ!レンの貞操を守る為に、死ぬ気でいくぜ!」

「あ、ありがとう……でもそういう事は小さな声でね……」

「そしていざその時が来たら、レンと一緒に私も同席しますから、

二人纏めてお願いしますね、リーダー!」

「い、いきなり何言ってるの!?」

「親友だろ?ケチケチすんなって、心が狭いぞレン」

「そういう問題じゃないでしょ!」

「よし、配置につくぞレン、切り替えろ」

「あっ、う、うん!」

 

 その時ピトフーイとゼスチャーでやりとりしていたフカ次郎が、鋭い声でそう言った。

そして二台のハンヴィーは距離を開け、正面から向かい合うような形をとった。

 

「さて、そろそろ開始の合図が来る頃かな」

「了解、絶対に勝とうねフカ」

「当然、そしてリーダーに頭を撫でてもらう!ついでに胸とかも!」

「それは無理じゃないかなぁ……」

 

 

 

 闇風とゼクシードの戦いが終わった後、シャナはぼそっとこう呟いた。

 

「今回はゼクシードが上手くやったな、本人は納得してないみたいだが……」

「何でそこ?って思ったけど、闇風君は引き寄せられるようにそっちに行っちゃったね」

「よっぽど闇風の動きを研究したんだろうなぁ……」

「ゼクシードさん、そういう細かいところに結構拘るからね」

「私達も、色々と聞かれたりするもんね」

 

 ユッコとハルカも、さもありなんという風にその言葉に同意した。

 

「で、キリトとSHINCの戦いだが………」

「相変わらずだよね……」

「キリト君は、何であんな事が出来るのかしらね……」

「いくらバレットラインがあるからって言ってもなぁ……」

 

 そして銃士Xが、ぼそっとこう言った。

 

「うちの副長は全員色々とおかしい」

「ちょっとイクス、それって絶対に私も入ってるよね!?」

「でも一番おかしいのはリーダー」

「だ、だよね、うん、比べたら私なんかぜんぜん普通だよね」

「おいシズカ、ナチュラルに俺に精神攻撃を加えるのはやめてくれ」

「あっ、ご、ごめん、もちろん冗談だからね?」

 

 シズカは慌ててそう言ったが、その言葉にはシャナ以外の全員がうんうんと頷いていた。

 

「さ、さて、そろそろ本番だな」

 

 シャナはその頷きを完全にスルーし、画面を見ながら言った。

 

「だね、移動の分、開始の時刻が他の戦いよりも遅くなったね」

「見ている方にしちゃ、その方が有難いけどな」

 

 そんなシャナに、銃士Xがこんな質問をしてきた。

 

「シャナ様、ピト達は出発前に何の話を?」

「ああ、何か勝負の条件について話してたみたいだな、

何でも負けた方が勝った方の言う事を一つ聞くらしい」

「えっ?本気?」

「あのピト相手にそんな条件を出すなんて……」

「レンちゃんの貞操が危ない!?」

 

 自分が説明する必要もなく、三人が正解を言い当てたので、

シャナは普段ピトフーイがどう思われているのか、改めて実感した。

そんなシャナの目の前で、レンとフカ次郎が不穏な言葉を発し、

当然シャナはそれをスルーした。

 

(香蓮も美優も、そういう事を口に出して言うんじゃねえっての……

いくら明日奈がそういう事に心が広いって言っても、たまに反動があるんだからな)

 

 明日奈が妙に甘えてくる時があったり、あまり人には言えない場所で、

ずっと離れてくれない事があるのを八幡はその反動だと考えていた。

 

(全て終わったら、久々に二人でゆっくりするかな)

 

 そんな事を考えながら、八幡はシャナとしての役割に意識を戻し、画面に目を向けた。

 

「ねえ、今二人は何を?」

「お、おう、レンの貞操を守る為に頑張ろうってさ」

「あ、やっと意味を理解したんだ」

「らしいな、お、戦いが始まるぞ」

「本当だ、ピトが信号弾を上げるみたいだね」

 

 そして一同の目の前で、ピトフーイが空中に向けて信号弾を撃ち、

二台のハンヴィーはお互いに向け、蛇行しながら一斉に走り出した。

一方レン達の下に向かっていたキリトも、

その信号弾で位置が分かったのか、その場所へと方向を変え、

戦いを見物するのに丁度いい高台を見つけ、その上にヒラリと飛び乗った。

だがそんなキリトの目に、二台の姿はまったく見えなかった。

 

「こ、これは……スモーク・グレネードって奴か?しかもこの色は……考えたな、二人とも」

 

 その言葉通り、辺り一面は、濛々と立ちこめるピンクの煙に包まれていたのだった。



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第594話 スモーク!

「フカ、とりあえずすれ違って、方向転換の時に一旦ストップ、そして例の物をお願い」

「おっ、そろそろやるのか?了解了解、右太と左子の力をピトさんに見せつけてやるぜ!」

 

何度かすれ違い、お互いに決定打の無いまま、

レンとピトフーイによる銃の撃ち合いが行われた後、

二台のハンヴィーは、何度目かの銃弾の応酬をしつつも蛇行しながらすれ違った。

 

「フカ、ここ!」

「任せろ!」

 

 そして打ち合わせ通りにフカ次郎は車を止め、ルーフから体を出し、

右太と左子を天に向かって構えた。

 

「さあ、天の神々もご照覧あれ!ここからがショーの始まりだぜ!」

 

 そう叫んだフカ次郎に、レンが即座に突っ込んだ。

 

「中二がいる……」

「うるさいレン、こういう時くらいお前も私に合わせろ!」

「え~?う~ん、まあ気が向いたらね」

 

 レンはそう言って何故かハンヴィーを降りた。

 

「それじゃあ頼むぜレン、撃たれるなよ」

「うん、気をつける」

 

 そしてレンは、濛々と立ちこめる煙の中に全力で突っ込んでいった。

 

「ピトさん達が戸惑っている今のうちに!」

 

 

 

「ちょっと、何あれ?」

「スモークグレネードですね、しかもあの色は……」

「あはっ、何あのピンク、特注品?良くあったわねあんなの。あははははははは」

 

 そう大笑いするピトフーイに、エムは注意を喚起するように鋭い声で言った。

 

「ピト、笑ってる場合じゃ」

「そうね、とりあえず車を出して。最悪相手にぶつけちゃってもいいから」

「分かりました」

 

 結果的にこの一瞬の静止状態が、レンに味方する事となった。

 

 コン!

 

 スピードがまだ乗らない時点で、ハンヴィーの背後から小さな音がした。

それをピトフーイは聞き漏らさず、不思議そうな顔で後方を見たが、そこには何も見えない。

 

「ねぇエム、今後ろから何か音がしなかった?」

「僕には聞こえませんでしたが……」

「う~ん、おかしいなぁ、確かに何か聞こえた気がしたんだけど……

念のために確認してくるわ、気をつけて」

「分かりました、気をつけて下さい」

 

 そしてピトフーイは大胆にもルーフから完全に体を出し、慎重に後部へと進んでいった。

 

「確かこっちから……」

「あっ」

「えっ?」

 

 丁度その時、レンが後部からハンヴィーによじ登ってくるのが見え、

二人はバッチリと目が合った。

 

「レ、レンちゃん!?」

「やばっ」

 

 そしてレンは咄嗟に手榴弾をその場に置くと、

ハンヴィーの後部を掴んだまま地面に足をつき、足を凄い速さで動かし始めた。

そして直ぐに手を離したレンは、車とほとんど変わらない速度で走った後に、

急に横に曲がり、煙の中へと消えていった。

 

「って、ぼ~っとしてる場合じゃない!」

 

 ピトフーイはそう言って手榴弾を蹴り、手榴弾の爆発に巻き込まれる事は防がれた。

 

「あっぶな……」

 

 ピトフーイはそう言いながらハンヴィーの中に戻ろうとして、

何かに気づいたように振り返った。

 

「あれ、でも今レンちゃん、車の下から出てきたような……」

 

 そのピトフーイの推測は正しかった。

レンは煙が立ちこめる前のピトフーイのハンヴィーの位置に全速力で向かい、

まだスピードが乗らないうちに車の背後に張り付き、

作業を終えた後に顔を出した所をピトフーイに発見されたと、そういう訳なのであった。

 

「ま、まさか何か仕掛けを……」

 

 だが確認している暇はない。ピトフーイはルーフからエムにこう呼びかけた。

 

「エム、レンちゃんが何かしてた、すぐに飛び降りな!」

「り、了解!」

 

 そしてエムは扉を開け、そのまま飛び降りた。

同時にピトフーイも車の屋根から身を躍らせ、その直後にハンヴィーは少し暴走した後、

凄まじい大爆発を起こし、二人は咄嗟にエムが出した盾に身を隠し、

その爆風と、飛んでくる破片から何とか身を守る事に成功した。

 

「吸着式の時限地雷?」

「危なかったですね、よく気づいてくれました」

「ね、念のために確認して良かったわ……」

「左前方からエンジン音、来ます!」

「了解、これは仕返ししてやらないといけないわね」

 

 ピトフーイはそう言って鬼哭と血華を抜いた。

そこにレン達のハンヴィーが突っ込んできた。乗っているのはフカ次郎だけ。

そのハンヴィーは、他に攻撃手段が無い為に、二人をひき殺そうと動いたが、

位置が悪い為、二人の横をかすめるように走る事しか出来なさそうだった。

そしてエムをその場に残し、ピトフーイだけが立ち上がった。

 

「ちっ、運が悪い、助手席側か」

 

 ピトフーイはそう短く罵声を吐くと、両手の剣をいきなりハンヴィーに突き立てた。

まるでバターでも斬るかのように、ハンヴィーに二本の線が入っていく。

驚いたのはフカ次郎である、自分のすぐ左にいきなり二本の刃が突き立てられたからだ。

 

「うおおおお、やべえ!」

 

 そしてフカ次郎も、先ほどのエムと同様に扉を開け、外に身を躍らせた。

次の瞬間にハンヴィーはバランスを崩し、左後輪が吹っ飛び、

スピンしたハンヴィーは、そのままガクンと動きを止めた。

 

「くっ、さっきので仕留められなかったのか、早くレンと合流しないと……」

 

 フカ次郎は無傷らしき敵の様子に焦り、ハンヴィーの残骸の陰に隠れながら、

一刻も早くレンと合流しようと、晴れてきた煙の中をきょろきょろと見回した。

 

「くっ、どこだ……いや、いっそこっちから……」

 

 そこでフカ次郎が思いついたのは、グレネードの爆発を目印にする事だった。

 

「ピトさん達に攻撃すれば、その爆発を頼りにレンが来てくれるはず!」

 

 フカ次郎はそう考え、感覚頼りでハンヴィー越しに、

一発だけグレネードランチャーで通常弾を撃った。

 

「当たれえ!」

 

 そして数瞬後に爆発音が聞こえ、フカ次郎は思わずこう言った。

 

「やったか!?ってやばい、これって死亡フラグ……」

 

 その瞬間にフカ次郎の肩が撃ちぬかれ、フカ次郎は錐揉みしながらその場に倒れた。

 

「し、しまった、先人達の知恵を生かせなかった……」

 

 そしてフカ次郎は、何とかハンヴィーの残骸に身を潜め、

そっと銃弾が飛んできた方を伺った。

 

「あれは、エムさんか……」

 

 見るとエムが腹ばいになり、こちらに銃口を向けていた。

その周りには例の盾が並んでおり、グレネードの攻撃はそれで防いだようだ。

 

「くそぉ、万能だなあれ、私にも一つ下さい!ってかまずい、これじゃあ動けない……」

 

 この時フカ次郎はピトフーイの存在を失念していた。そのピトフーイは今まさに、

反対側からフカ次郎の目の前にあるハンヴィーの残骸の上に上ろうとしている所だった。

 

「さぁて、これで残るはレンちゃんのみかな」

 

 その言葉は少し気が早かった。ピトフーイの接近に気づかず、

今まさに死地に置かれようとしていたフカ次郎に、遠くからレンの声が届いた。

 

「フカ、スモーク!」

 

 その言葉にフカ次郎は反射的に反応し、慌てて空にスモークグレネードを放った。

 

「ちっ、先手をとられた!」

 

 ピトフーイはそう言って即座に撤退を決めた。

このままでは格好の的にされてしまう可能性が高いからだ。

そしてその声ですぐ上にピトフーイがいた事を知ったフカ次郎は、

しかしレンを信頼し、下手に動かずにその場に留まる事を決めた。

 

「レンの奴なら絶対にこの状況を何とかしてくれる、

その為には絶対にここでおかしな動きをしちゃ駄目だ」

 

 その瞬間に、フカ次郎の肩に手が置かれる感触がした。

 

「おい、遅かったな相棒、待ちくたびれたぜ。さあ、ここからは地上戦だ!」

「うん、ここで決着をつけよう」

 

 そしてレンは、大きく息を吸い込みながらいきなり叫んだ。

 

「ピトさあああああああああん!」

 

 その瞬間に、レンは確かにスモークの向こうから一瞬バレットラインが伸びるのを見た。

どうやら驚いたピトフーイが、一種引き金に触ってしまったらしい。

 

「フカ、この方向、距離は百歩!」

 

 目算は若干曖昧であったが、レンはドームで何度もフカ次郎の言葉を聞いており、

感覚的に百歩がどのくらいの距離になるのかは把握していた。

 

「おうよ、近いから上に向かって撃つ事になるから着弾時間に気をつけな、

いいか、十五秒だ、十五秒以内に安全圏に離脱しな」

「了解!」

 

 そしてレンは、敵を逃がさないように幅広く左右に連続した射撃を行い、

その間にフカ次郎は、右太と左子を高く掲げ、空に向けて六発のグレネード弾を打ち上げた。

 

「フカは撃ったらそのまま逃げて!」

「おう、向こうで待ってるぜ」

「うん!」

 

 そしてレンは、脳内でカウントをしながらギリギリまでその場で粘った。

一方ピトフーイとエムは、相手が何かしようとしているのは分かったが、

レン達のいる方向から断続的に弾が飛んでくる為、身動きが取れない。

 

「まずいですね、このままだと確実にやられます」

「でもレンちゃんもまだあそこに踏みとどまってるみたいだし、いいとこ共倒れ?」

「それでいいならこのままここで死にますか?」

「駄目よ、それじゃあ引き分けになっちゃうもの」

 

 ピトフーイはどうしても決着をつけたいのか、そう言った。

 

「分かりました、僕が盾になります。その間にピトは後退を」

「どうするの?」

「この盾を組み替えて立ち上がって、出来るだけ広い範囲をカバーします。

一対二の戦いになっちゃうかもしれませんが、絶対に勝って下さいよ」

「絶対とは言えないけど、ベストは尽くすわ」

「あと一応これを」

 

 エムはそう言って二枚の盾を組み合わせた物をピトフーイに渡した。

 

「それを構えて横になれば、飛んでくる破片等から身を守れるはずです」

 

 ピトフーイは黙ってそれを受け取り、そのエムの言葉に頷いた。

そしてピトフーイはエムの背後からまっすぐ後退し、

エムもレンのいると思われる方角にけん制射撃をしつつ、

絶対にピトフーイの盾になるという決意を持って、その場で踏ん張っていた。

 

「五秒!」

 

 そんな時、その言葉と共にレンからの射撃が止んだ。

 

「そうか、あと五秒の命か……」

 

 エムはそう呟いた直後に、自分の頭上にグレネード弾が振ってくるのを見た。

 

「あれは……ピト、通常弾が六発です!」

 

 それがこの大会でエムが発した最後の言葉となった。

さすがの宇宙船の装甲板で作られた盾といえども、今のエムのいる場所は着弾点に近すぎた。

そしてエムは吹き飛ばされ、そのまま死体となった。

 

 

 

「五秒!」

 

 レンはそう叫ぶと、脱兎の如く後方へと全速力で走った。

 

「五秒もあればかなりの距離が稼げるはず!」

 

 その言葉通り、レンは一気にかなりの距離を駆け抜け、その場で頭を抱えて横になった。

直後に爆発音が響き渡り、レンの近くにエムの使っていた盾のパーツが何枚か飛んできて、

そのまま地面に突き刺さった。

 

「うおっ、あ、危ない!」

 

 一歩間違えば自分も死んでいたと、レンは背筋を寒くしたが、

そんなレンの視界に、先に避難していたフカ次郎の姿がぼんやりと見えた。

地面近くの煙は少ない為、体制を低くしたせいで、その姿が見えたのだった。

そしてレンはフカ次郎の所に向かい、二人は無事に合流する事が出来た。

 

「よぉ相棒、無事に逃げられたみたいだな、ピトさん達は?」

「多分あの爆発の中心にいたと思うんだけど……あの二人は足はそんなに速くないしね」

「って事は、うちの優勝で決まりかな?いや~、終わった終わった、頑張った!」

「う~ん……」

 

 その言葉にレンは違和感を感じていた。何かが足りない、何かがおかしい。

そしてその直後にそれは起こった。

 

「アナウンスが無いんだから、まだ優勝が決まってない事くらい分からないと駄目よん」

 

 その言葉と同時に、フカ次郎の胸からいきなり見た事のある赤い棒のような物が生えた。



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第595話 また後で

「ピンクのスモーク・グレネード?イコマ作か?」

「色をつけるくらいなら、イコマ君じゃなくても出来るんじゃないかな?」

「確かにな、しかしよくあんな事を考えつくもんだ、師匠が優秀なんだろうな」

「何故そこで自分を持ち上げたの!?」

「シャナ様、かわいい……」

 

 そんな漫才のようなやり取りが行われる中、

シャナ達はレンとピトフーイの決戦を興味深そうに観戦していた。

 

「しかし空中戦とはよく言ったもんだ」

「ALOだと空中戦ってそのままの意味なんだけどね」

「さて、どうなる事やら」

 

 そしてレンがやった事を見て、シャナは思わず変な声を出した。

 

「ふひっ……」

「ど、どうしたの?」

「いや、空中戦と言いつついきなり車を潰しにいくとは、

レンもえげつないなって思ってな」

「まあでも、これで圧倒的有利に……って、えええええええ?」

「ピトも中々やるな、確かに鬼哭なら、走ってくる車の前に刀身を差し出すだけで、

車を破壊する事が可能だからな」

「あれって本当にえげつない武器だよね……」

 

 そしてエム達が先に体制を整え、フカ次郎がピンチに陥った瞬間に、

フカ次郎は空に向け、スモーク・グレネードを放った。

 

「お?」

「今のは自分の判断か?いや、違うな、レンが戻ってきたんだな」

 

 シャナはスモークの色がピンクだった為、そう判断したようだ。

 

「お、レンの奴、百歩とか言ってるぞ、

このままうちに入っても、斥候としてやっていけそうだな」

「距離感はどうなのかな?」

「さあな、でもまあドームで散々体験したんだ、そうデタラメでもないだろうよ」

 

 そしてエムが死亡し、レンとフカ次郎が上手い事合流したのを見て、

ロザリアがシャナにこう尋ねてきた。

 

「これで決まり?」

「そうだな、でもピトの奴は絶対に諦めるはずがないしなぁ」

「でもピトの移動速度じゃこの隙を突くのは無理じゃない?」

「だな、早めに引き返してこないと無理だな、

でもそれだと爆発に多少なりとも巻き込まれる事に……っておい、無茶しやがる……」

「ピトの腕が一本無いね」

「よくあの中に突っ込んできたわね」

「フカ、油断しすぎだね」

「後で説教だな」

 

 そして場面は現在へと繋がる。

 

 

 

「フカ!」

「あ~ら、他人の心配?」

 

 ピトフーイはフカ次郎が倒れたのを見て、即座にレンに向けて鬼哭を振るった。

どうやらフカ次郎にトドメを刺すのは後にして、

先にレンの戦闘力を奪う事を優先させえる事にしたようだ。

 

「ピトさん、まさかこんなに早く……?くっ!」

 

 レンは咄嗟にピーちゃんを前に出し、その攻撃を辛うじて避けたが、

そのせいでピーちゃんは両断されてしまい、

サブ武器としての銃を持たぬレンは、銃による攻撃手段を全て失った。

そして煙が晴れ、ピトフーイがその姿を現した。

ピトフーイは何と片手を失っており、更に片目には、何かの破片が突き刺さっていた。

 

「ピ、ピトさん、その姿は……」

「ああこれ?さっきちょっと無理をしちゃったのよね、

煙が晴れないうちにここに来たかったから」

 

 ピトフーイはエムが『通常弾です!』と叫んだのを聞いて、

早めに足を止め、エムから渡された盾を急所だけ守るように持ち、爆発に備えていた。

その為片手を失い、あげく立ち上がるのが早すぎた為、片目までも失ったが、

その分レン達がいる方に早く到着する事が出来たと、そういう訳だった。

 

「さて、形成逆転ね、レンちゃん、その体、いただきま~っす!」

「ひ、ひぃ!」

 

 レンはその欲望に塗れたピトフーイの目を見て、尻持ちをついた。

そんなピトフーイの行動を阻む者がいた。

 

「待ったピトさん、レンの初めては私のモンだ、当然私が先にヤル」

「フ、フカ!ってか私の体は私の物だから!」

「へぇ、タフねぇ、コンバート組ってやっぱりやっかいね」

 

 そう言いながらピトフーイは、目の前にあるレンの足を膝から斬り落とした。

 

「とりあえずこれで良しっと」

 

 そしてピトフーイはレンを視界に入れながら、

自分の足を掴むフカ次郎に止めを刺そうとした。だがこの時ピトフーイも油断していた。

コンバート組であるフカ次郎は、筋力においてはピトフーイの上をいくのだ。

 

「きゃっ」

 

 そんなピトフーイの足を、いきなりフカ次郎が引っ張り、

ピトフーイはバランスを崩してその場に倒れそうになった。

 

「何を……」

 

 その瞬間にフカ次郎は真上に向け、残った左手で左子のトリガーを引いた。

どうやら避難している間に予め弾の補充をしていたらしい。

 

「なっ……まさか弾を装填済だったの?」

「ふふん、油断したねピトさん、

リーダーの教えに曰く、どんな時でも先を予測して、準備は怠るべからず。

ヴァルハラのメンバーをなめてもらっちゃ困るね、油断はしても、怠惰にはならない」

 

 そのフカ次郎の口の動きを見て、シャナは思わずこう突っ込んだ。

 

「だから油断もすんなっつってんだよ!」

「え、いきなりどうしたの?」

「フカの奴が、油断はしても準備は怠らない風な事を言ってたから、ついな」

「ああ、今のグレネードかな?でもまあ弾の装填をしてあったのはえらいよね」

「まあな、問題は何の弾を詰めたかだが……」

 

 その時フカ次郎がレンに向かって叫んだ。

 

「レン、真上だから三十秒だ、プラズマ・グレネード!」

「ええええええええええ!?それだと全員死んじゃうよ!」

「何とかお前だけでも逃げのびろ、ピトさんはここで私と相打ちになってもらう!」

「わ、分かった、何とかする!」

 

 そしてレンは、両肘を使ってほふく前進の体制になり、

出来るだけ遠くへ移動しようと移動を開始した。

ピトフーイはそんなレンを巻き込もうと手を伸ばしたが、それは果たせなかった。

 

「くっ……逃がしたか……」

「ふふん、さぁピトさん、ここで一緒に死んでもらうぜ」

「さあ、それはどうかなぁ?」

 

 そしてピトフーイは、鬼哭でフカ次郎の腕を斬り、片手で立ち上がった。

 

「ず、ずるいぞ!」

「予想してなかったフカちゃんが悪い」

 

 そう言ってピトフーイはレンを追いかけようとしたが、

その瞬間にフカ次郎が、もう片方の手でピトフーイの足を掴んだ。

 

「させん!」

「くっ、しつこい!」

 

 そしてピトフーイは、フカ次郎のもう一本の手を切断し、再びレンを追いかけようとした。

だがそんなピトフーイの足に、フカ次郎は今度は足を絡ませた。

 

「だからさせないっての!」

「このっ!」

 

 ピトフーイは再び剣を振るったが、その時には打ち上げられたグレネードの弾は、

かなり近くまで接近してきていた。

 

「くそおおおおおおおおお!」

「ピトさん、女の子なんだからもっとお淑やかに悔しがりなよ」

「まだよ、まだ諦めないわ!」

 

 着弾までは残り十秒程だろう。

レンは両足が無い為にまだここから五十メートルくらいしか離れていない。

そしてピトフーイも全力でそれを追いかけ、レンまであと数メートルの地点まで迫った。

 

「レンちゃん!」

「ピトさん、そのままだと死にますよ」

 

 そしてレンは、近くに突き刺さっていた板のような物の陰に隠れた。

この場所は、先ほどレンが最初に逃げてきた場所であり、

そこにはエムの使っていた盾が突き刺さっているのだ。

 

「まずい、まずいまずい!」

 

 ピトフーイは周囲をきょろきょろとし、レンがいる位置の真横の窪地でソレを見つけた。

 

「あった!」

「ちぇっ、見つかっちゃったか」

 

 そしてピトフーイは、慌ててそのもう一枚の盾の影に身を潜めた。

若干レンの前にある物よりも小さいが、それでも何とか急所は守れそうだ。

二人が生き残れるかはこの距離だと賭けになるが、二人は決して諦めず、衝撃に備えた。

この位置関係だと距離は遠いとはいえ、窪地の縁の高い位置にいるレンよりも、

浅いとはいえ完全に窪地の中にいるピトフーイの方が、爆風の影響を受けにくいと思われ、

ピトフーイは一人ほくそ笑んだ。

 

(こっちの方が体力が残る可能性が高い、それに私には、奥の手があるしね)

 

「レ~ン、勝てよ~!」

 

 身を固くするレンの耳に、そんなフカ次郎の言葉が聞こえてきた。

そしてフカ次郎の真上にプラズマ・グレネードが落下し、フカ次郎は光の中に消えた。

直後に衝撃波が二人を襲った。

 

「う、うおおおおおおおおおお!」

「きっつ、これきっつい!」

 

 そして二人も光に包まれ、それを見ていたシャナ達は、

一体どうなったのかとモニターを食い入るように見つめていた。

 

「どっちだ……」

「もしかして二人とも死亡?」

「いや、それならキリトが生き残っているんだ、アナウンスがあって然るべきだな」

「って事は……」

「少なくともピトは生きている?」

「だろうな」

 

 その頃になって、やっと視界が元に戻ってきた。その画面の中に二人はいた。

 

「あ、レンの奴、体を何かで固定しておいたんだな、

地面からワイヤーっぽいのがレンの腰に伸びてるのが見える」

「確かにさっきと同じ場所にいますね」

「ピトも窪地にいたせいか飛ばされてないね、同じ位置にいる」

「だがこの状態は……」

「うわ……」

「二人とも両腕と両足を失ったか、それに不利な位置だったせいか、

レンの方がHPが少なく見える」

「レンちゃん、あっちの窪地の方を選べば良かったのにね、先に着いてたんだから」

「大きさはレンの前にある物の方が大きいから、あるいはそれで選んだのか、

それとも他に理由があるのか……」

 

 こうなると何も出来ないだろうと思われ、事実二人は何もせず、声をかけあった。。

 

「ピトさん、生きてます?」

「レンちゃん、生きてる?」

 

 二人は同時にそう言い、笑い合った。

 

「これって引き分けかな?」

「今のところは同じ状態ですね」

「こうなっちゃうともう、何も出来ないわね。

仕方ない、それじゃあせめてキリト君が来るまで雑談でもしてましょうか」

「………」

 

 そのピトフーイの提案に、レンは答えなかった。

ピトフーイはそんなレンを見て『平静を装って』尚も話しかけた。

 

「レンちゃん?私と雑談するのは嫌なの?」

「ううん、そうじゃないんです、ただ……」

「ただ?」

「このままだと一番最初に失った、ピトさんの腕が一番最初に復活しますよね」

 

 その言葉にピトフーイはドキリとした。それがピトフーイの切り札だったからだ。

ピトの片腕は今回の爆発で失った訳ではなく、もっと前に失った物であり、

今回の爆風の影響は一切受けていない為、実際あと一分程で復活する。

 

「な、何の事かなぁ?」

「いいんですよピトさん、とぼけなくても」

 

 そのレンの穏やかな言い方に、ひっかかる物を感じたピトフーイは、

高い所にいてよく見えないレンの様子を探ろうと、

必死に腹筋を使って頭を高い位置に持っていこうとした。

だがそんなピトフーイの努力に関係なく、レンが自ら顔を覗かせた。

その口には………何かピンのような物がくわえられていた。

 

「それ………何?」

「ただのピンですよ、ピトさん」

 

 そして次にレンは顔を上下に動かし、顎を使ってピトフーイの方に何かを転がした。

 

「これ………何?」

「ただの手榴弾ですよ、ピトさん。一応ナイフも用意してたんですけど、

やっぱりというか、両方とも腕を持ってかれちゃったんで、こっちの出番になりました」

 

 そしてピトフーイの目の前に、ピンの抜かれた手榴弾が転がってきた。

それを見たピトフーイは、どうにかしようともがいたが、どうしようもない。

 

「さ、最初からそのつもりでそこに?」

「はい、急所だけを守ると体のあちこちが失われちゃうと思ったんで、

色々準備しておいたんですよ。ピトさんの方に小さな盾を置いたんで、

ピトさんの戦闘力はほとんど奪えると確信はしてたんですけどね、

まさかこっちの戦闘力までほとんど奪われるなんて、プラズマ・グレネードをなめてました」

 

 そのレンの説明に、ピトフーイは黙り込んだ。

 

「本当に手榴弾が誘爆しなくて良かったです、そうなったらこっちの負けでしたね」

「レンちゃん、参ったわ、降参。この爆発に巻き込まれないように気をつけてね」

「はい、その為にこの少し高い所を選んだので、多分大丈夫です!」

「そこまで考えてたのね、本当に参ったわ……

ちなみにもし私の腕なり足なりが残ってたらどうするつもりだったの?」

「その時は近付いてきたピトさんの欲望を利用して抱き上げでもしてもらって、

その隙に色ボケなピトさんの頚動脈を噛み切るつもりでした」

「うわ、何それ怖い!それにその言い方、言い方が!」

 

 本気で怖がっているように見えるピトフーイに、レンは笑顔で言った。

 

「ふふっ、それじゃあピトさん、約束を忘れないで下さいね」

「はぁ仕方ないなぁ、何を私に命令するのか、ちゃんと考えておくのよ」

「はい、それじゃあまたです、ピトさん」

「うん、またね、レンちゃん」

 

 そしてレンは勢いをつけて反対方向に少し転がり、直後にレンが放った手榴弾が爆発した。

そしてアナウンスが流れ、LFKYの優勝が宣言された。

 

『CONGRATULATIONS WINNER LFKY』

 

 そしてピトフーイに勝利したレンを労う為に、

爆発に巻き込まれないように遠くから見守っていたキリトが姿を現し、レンに声をかけた。

 

「勝ったな」

「はい、今日は本当にありがとうございました!」

「早くあいつに会えるといいな、今日の事を報告しないといけないし」

「ですね!」

 

 その機会はこの直後に訪れるのだが、

この時の二人には、当然そんな事は予想出来ないのであった。

 

 

 

 こうして第二回スクワッド・ジャムは、LFKYの優勝で幕を閉じた。



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第596話 その可能性は否定出来ない

「ほう、そうきたか」

 

 シャナは一人感心しつつも、今のやり取りを通訳した。

 

「おお、レンちゃん凄いね、色々考えてたんだね」

「それにしても頚動脈を噛み切るつもりだったって、

レンちゃんってそんなに激しい気性だったっけ?」

「冗談かもしれないが、本気だったとしたら、

そういった気持ちを内に秘めてるって事だろうな」

「あの子は隠れ肉食系、フカよりも上」

 

 その銃士Xの言葉に、シャナは少したじろぎながらこう答えた。

 

「ま、まあピトみたいな変態じゃなければいいんじゃないか」

 

 その名前が出た事で、他の者達の顔も自然と引き締まった。

 

「それじゃあピトに制裁を加えにいきましょうか」

「おいロザリア、制裁って……」

「五体満足じゃ帰せないね」

「シズカまで……」

「シャナ様、私は拷問にも少し嗜みがあります」

「え、まじで?ってかお前ら、何でそんなに気合い入ってんの?」

 

 さすがのシャナも、その言葉には少し引きぎみになった。

もちろんこれは三人の作戦である。最初から少し過剰な事を言っておけば、

逆にシャナが遠慮して、与えられる罰が少しはマイルドになるだろうという計算だった。

 

「それじゃあ私達はここでゼクシードさんを待ってるね」

「もうすぐここに沸くはずだから」

 

 そのユッコとハルカの言葉で、シャナは二人にもお礼を言わないとと思い、

そのまま素直に二人に頭を下げた。

 

「あ、そういえばそうだな、二人とも、今日は本当に助かった、ありがとう」

「いえいえ、どういたしまして」

「もしあれなら、先にゼクシードさんと話してく?」

「そうだな、少しだけ感謝の気持ちを伝えておくか、

正式な感謝は、まあ後日だな、急がないとピトが落ちちまうかもしれないからな」

 

 その直後にゼクシードがその場に姿を現した。

大会が終わった為、拘束が解けたのだろう。

そしてゼクシードは、シャナ達の姿を見てきょとんとした。

 

「え、何?これってどういう状況?」

「今俺達は、無理やりアメリカからログインしていてな、

ついさっきこっちの事情を知ったところなんだよ。

本当にありがとうなゼクシード、ちゃんとしたお礼は後日きちんとさせてもらう、

今は一刻も早くピトの所に行かないといけないんでな」

「ああ、確かにそうだね。なるほど、そういう事か」

 

 その言葉にゼクシードは直ぐに納得したのか、

シャナに聞きたい事もあっただろうがそれを飲み込み、笑顔でシャナ達を送り出した。

そんなゼクシードは、一言だけシャナに言った。

 

「本当に無事で良かったよ、君と闇風君がいなくなったら張り合いが無くなっちゃうからね」

「おお、そういえば勝利おめでとうだな、次も頑張れよ」

「ああ、この調子で対戦成績を五分に戻すつもりさ」

 

 そしてシャナとゼクシードは軽くハイタッチをし、シャナ達はそのまま部屋を出ていった。

残ったユッコとハルカは、機嫌良さそうにしているゼクシードにこう声をかけた。

 

「ゼクシードさん、今回は凄い活躍でしたね」

「やれば出来るじゃないですか、本当に格好良かったですよ!」

 

 その言葉が予想外だったのか、ゼクシードは顔を赤くして俯いた。

そこには昔のように、傲慢で鼻持ちならないゼクシードの姿はない。

シャナとの出会いを通じて、一番人間的に成長したのは、おそらくゼクシードで間違いない。

 

「それじゃあゼクシードさん、酒場に行って闇風さんを待ちましょうか」

「今日はとことんつき合いますよ」

「あ、ああそうだね、先に行って待ってようか。

彼もシャナと話したい事がいくつかあるだろうから時間はあげないとね」

 

 

 

 PM4の中で、最初にシャナの姿を見つけたのはスネークであった。

スネークは部屋を出るなりシャナを見つけ、慌ててシャナに駆け寄ってきた。

 

「シ、シャナ、生きとったか!」

「閣下、この度はご心配をおかけして申し訳ありません、

この通り無事ですので、ご安心下さい」

「そうかそうか、それは本当に良かった。

うちの連中も、経済界の大物の死亡のニュースにやきもきしててな、

必死で情報収集に励んでたんだが、これでやっと調査を終えられるよ」

「政府関係者の皆さんにもとんだご迷惑を……」

「いやいや、まあこっちにはそっちにあれこれ指図する権限は無いからな、

詳しい説明は後日また頼むわ」

「はい、帰国したらこちらから出向きますね」

 

 その言葉にスネークは目をパチクリさせた。

 

「……って事はまだアメリカなのか?」

「はい、直前までちょっとドンパチやってまして、今日やっと落ち着いたので、

それでスクワッド・ジャムでも観戦しようかと思ってここに……」

「ドンパチだと?それはまさか、昨日のストラ絡みのアレか?」

 

 さすがは防衛大臣である。そういったニュースもしっかりとキャッチしていたようだ。

しかも隠れ蓑にしたアースドッグスではなくストラの名前が出てくる辺り、

中々の情報収集力だと言わざるをえない。

 

「あ、はい、生まれて初めて銃なんか撃っちゃいましたよ」

「むぅ……とりあえずそれに関する話もまた今度だな、とりあえず中に入るだろ?」

「ですね、ピトはまだ中にいますか?」

「そのはずだ、だが急いだ方がいい、あいつは気分屋だからな」

「分かりました、それじゃあ中に行きましょうか」

「おう、そうしてやんな。俺はこのままKKHCの所に行って、ここに連れてくるつもりだ。

それ絡みで急ぎの話もあるから、そっちは今日中にな」

「分かりました、宜しくお願いします」

 

 そしてシャナ達四人は部屋のドアを開けた。

入り口にギンロウがいたが、驚いて声を上げようとするギンロウを、シャナは目で制した。

 

「おいギンロウ、ピトは今どうしてる?」

「じっと壁に向かって座ってますね、まだ何も喋ってません。目も閉じてるみたいっす」

「そうか、それじゃあとっととあいつを叩いてくるか」

「お手柔らかに」

 

 二人はひそひそとそう言葉を交わし、

そしてギンロウはエムとダインにシャナの到着を密かに伝え、

驚愕する二人をよそに、四人は静かに室内に入った。

そしてシャナは、意を決してピトフーイの肩をちょんちょんと叩いた。

 

「………エム、何?今どうやってKKHCに謝罪すればいいか必死に考えてるんだから、

その邪魔をしないで」

「ほほう?ちゃんと自主的に考えてるんだな、えらいぞピト」

「当たり前じゃない、この事でシャナに嫌われたら、私生きていけないもん」

「別に嫌ってはいないが、怒ってはいるな」

「でしょ?だから必死に考えてるんじゃない、それくらい………え?」

 

 ピトフーイは何かおかしいとやっと気付いたのか、慌てて振り向いた。

そしてそこにシャナの姿を見つけた瞬間、ピトフーイは破顔し、

同時にぽろぽろと涙を流しながらシャナに抱きついた。

 

「う、うわあああああああああん!」

「うぜえ」

「だって、だって!」

「だってもクソもない、今日の途中までのアレはどういう事だ?」

「だってシャナが死んだんじゃないかって、本気で思ってたから……」

「お前さあ、その件に関しては、ロザリアがお前の家のポストに手紙を入れてあるんだが、

自分の部屋のポストくらい少しはチェックしろっての」

「えっ?本当に?」

「俺が嘘なんかつくかっての、まったくお前は……」

 

 そう言ってシャナは拳を握り、ピトフーイのこめかみをぐりぐりとした。

ちなみにGGOだと痛みが無い為、それはただの圧力によるマッサージと化してしまう事を、

シャナはすっかり失念していた。

 

「だ、駄目だってシャナ、そんな気持ちいい……」

 

 その言葉を聞いた瞬間に、シャナはズザッと後ろに下がった。

 

「こ、この変態め……」

「あ、ち、違うよ?本当に気持ちいいんだって!」

「そんな訳………あ、もしかして………」

 

 そしてシャナは黙ってピトフーイの前に頭を差し出し、

ピトフーイはそのこめかみに拳をぐりぐりした。

 

「おお……確かに」

「でしょ?」

「おう、これは俺が間違っていた……って、違う、そうじゃねえ!」

 

 シャナはすっかり和んでしまっている自分を引き締める為、

とりあえずピトフーイに正座をさせる事にし、ピトフーイも黙ってそれに従った。

 

「で、お前さ、俺がいなくなったと思って絶望するのは、

まあ俺のせいもあったから百歩譲って仕方ないとして、

その後のあの態度は何な訳?あんまりむかついたから、とりあえずお前、十狼から除名な」

「う………ごめんなさい………」

「本気で反省はしてるんだろうが、口じゃ何とでも言えるからな、

とりあえずお前はKKHCに誠意を見せろ、もうすぐここに来る予定になってるからな」

「えっ、そうなの?分かった、それまでに必死に考える……」

「言っておくが、ちゃんと謝ってもお前はしばらく除名したままにするからな、

それくらいあの行為は俺にとっては恥ずべき行為だという事を忘れるな」

「う、うん……」

 

 最初は案外問題なく話が進むかなと思っていた三人は、

シャナの態度が案外きつかった為、助け船を出すつもりでこう言った。

 

「シャナ、ちょっと生ぬるいんじゃないかな?」

「ん、そ、そうか?まあそうだな」

「ピトには地獄すら生ぬるいと思うわ」

「年がバレるぞロザリア、しかしそうか、まああれは確かにな……」

 

 ここまでの受け答えで、三人は何かおかしいと気付くべきであった、

シャナのこの三人に対する信頼は厚い為、

シャナは何となく、その言葉を肯定してしまっていたからだ。

 

「シャナ様、ここで簡単に出来て、尚且つ即効性のある拷問の方法を試してみますか?」

 

 その言葉にシャナは珍しく沈黙した。

そして予想外な事に、次にシャナがこう言った為、三人は驚愕した。

 

「そ、そうか、お前がそう提案するなら……」

 

 ちなみに三人の中で、その言葉に一番驚いたのは当の銃士Xであった。

 

(しまった、読み間違えた)

 

 銃士Xにとって、まさかシャナが自分の言葉に同意するとは予想外であった。

それが自分達に対する信頼度の高さ故だと気付いて嬉しくはあったが、

今回のそれは困り物以外の何物でもない。

 

(まずい……何か考えなきゃ……)

 

 だが銃士Xは拷問の方法に詳しいなどという事はまったく無い為、何も浮かばなかった。

 

(仕方ない、ピトを泣かせて誤魔化そう、案外上手くいくかもしれない)

 

 銃士Xはそう覚悟を決め、ピトフーイに言った。

 

「私の拷問はきついから、覚悟してねピト」

「う、うん……」

 

 三人に見放されたと感じていたピトフーイは、ビクビクしながらその言葉に頷いた。

そして銃士Xは、ピトフーイの耳元でこう囁いた。

 

「実は今回のアメリカ行きのせいで、アメリカ支社を出す事が決定し、

向こう十年はシャナ様はそこの支社長として、卒業後にすぐ赴任する事になった。

なので凄まじく忙しくなる為、ALOからもGGOからも引退する事が決まった。

当然ピトと会う時間なんかとれない、そもそも日本に帰る事はほとんど無い。

ここにいる三人はそれに付いていくから、必然的にピトとも今後は疎遠になる、

下手をするともう一生会えない、だからもうシャナ様の事は諦めた方がいい」

「え………………一生?」

「そう、一生」

「もう会えない?」

「うん、会えない、今日が最後」

 

 その言葉が脳に染み渡っていくに連れ、ピトフーイの顔は歪んでいった。

そしてピトフーイは大声を出す事もなく大粒の涙を流し始めた。

それが延々と続くに連れ、さすがのシャナも心配になったのか、銃士Xにこう尋ねた。

 

「おいマックス、これが拷問の効果か?」

「はい、これでもまだ途中です」

「まじかよ………」

 

(やばい、想像以上に効いた……早く修正しないと……

それには先にシャナ様に声をかけてもらわないと………)

 

 そして銃士Xは、密かにシズカの後ろに回り、その耳元でそっと囁いた。

 

「シャナ様に、これに懲りたらちゃんと反省しろって言ってもらって」

 

 その言葉に頷く事もなく、シズカは一歩前に進み出て、シャナに言った。

 

「シャナ、ここはキッチリ謝罪しないと絶対に許さないってピトに念押ししないとね」

「そ、そうだな、そういう事だから、とにかくどう謝罪するのかをしっかりと考えろ」

「で、でももう手遅れなん……」

「ストップです」

 

 もう別れは確定なのではという意味でそう言いかけたピトフーイの言葉を遮り、

銃士Xが再び前に出た。

 

「シャナ様、ここで仕上げを」

「わ、分かった、お前に任せる」

 

 そして銃士Xは、再びピトフーイの耳元に口を寄せ、今度はこう言った。

 

「さっきの話は実は全部嘘。そんな話は今のところはあがってない。

でもそういう未来が来ないとは誰にも言い切れない。

これからソレイユは急成長するから、似たような話が持ち上がる可能性は実はかなり高い。

だからその時に、ピトがシャナ様の傍にいて、必要としてもらえるように、

ピトは本気の本気で反省し、謝罪する方法を考えないと駄目。

そうしないとシャナ様はピトを遠ざけて、いつしかピトの事を忘れる。

だから頑張りなさいピトフーイ、いえ、神崎エルザ」

 

 その言葉でピトフーイの目に光が戻った。そしてピトフーイは銃士Xにこう聞き返した。

 

「さっきのは全部嘘?」

「ううん、可能性が否定出来ない未来の話」

「未来……じゃあまだ手遅れじゃない?」

「うん、大丈夫。私達三人もピトの味方。さっきはきつい事を言ったけど、

あれはそれでシャナ様から与えられる罰を緩和しようという作戦だった。

でもシャナ様の私達に対する信頼度が高すぎたせいで失敗した」

「信頼度………?」

「うん、ピトはまだシャナ様にとってそこまでの存在じゃないって事だから、

そこはもっと頑張ろうね」

「そっかぁ、そうだよね……」

 

 そしてピトフーイの顔つきが変わり、まるで別人のように真面目な顔になった。

 

「シャナ、私、本当に本気であの人達に謝りたい」

「おう、そうしてくれ」

「その為にまずはこうする」

 

 そしてピトフーイは何かコンソールを操作し始め、次の瞬間ピトフーイは坊主頭になった



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第597話 何か素敵じゃない?

「お、お前……」

「勘違いしないでねシャナ、これはただのけじめの第一歩だから」

 

 その言葉にシャナは沈黙した、ここはあるいは笑ってもいいケースだったかもしれないが、

だがシャナは同時にこうも考えていた。

笑えるほど似合わない、そんな頭にピトフーイは自らなったのだと。

そう考えると、笑うに笑えなかった。この事は確かにシャナに衝撃を与えた。

丁度その時、スネークに連れられてシャ-リーが部屋に入室してきた。

シャーリーはシャナの姿を見て喜んだが、同時に表情を引き締めてもいた。

気持ちは分かるがあまり甘い顔をしないようにしてくれと、

事前にスネークに頼まれていたからだ。

そしてシャーリーは、内心のドキドキを抑えながらシャナに一礼し、

そのままピトフーイの前に立った。

 

「さっきぶりね、ピトフーイ」

「うん、さっきぶり。それじゃあちょっと中央広場に移動をお願いしてもいい?」

「中央広場?」

 

 シャーリーをはじめとした一同は、ピトフーイが何を考えているのか分からなかったが、

おそらく何か考えがあるのだろうと思い、それに従った。

移動した先には野次馬達がひしめいていたが、

ピトフーイの髪型を見て、更にシャナの存在に気付くにつれ、

これから何が始まるのかを何となく悟り、その場はシンと静まり返っていった。

そしてピトフーイは綺麗な所作で正座をし、シャーリーに頭を下げた。

 

「今回は本当にご迷惑をおかけしました、不愉快な思いをさせてごめんなさい」

 

 そのあまりにも丁寧な頭の下げ方に、シャーリーは呆気にとられ、野次馬達もどよめいた。

坊主頭だったのも衝撃的だったが、シャーリーはその事を笑うつもりはまったく無かった。

同じ女なのである、ピトフーイが頭を丸めた事の重大さを、

シャーリーはシャナ以上に実感していた。

 

「ねぇピトフーイ、その頭さ……」

「うん、やっぱり誠意を見せないといけないと思って。

もし今日ここで許してもらえるとしても、当分頭はこのままにしておくつもり。

沢山のプレイヤーの笑い物になると思うけど、それくらいの事を、私はあなた達にした。

だから笑い物になる事を、私は自分への罰だと思って全て受け入れる」

「そう……」

 

 シャーリーはこの時点で、もう許してしまおうかとかなり心を揺らしたが、

そんなシャーリーに、ピトフーイは二本の剣を差し出してきた。

 

「そしてこれは、本気の謝罪の印としてお納め下さい」

 

 それは鬼哭と血華であり、さすがのシャーリーも、平然とした態度を続ける事は出来ず、

思わずあっと声を上げた。当然野次馬達も、その言葉に驚愕した様子を見せていた。

 

「で、でもこれ……」

「これを手放した後、もう私は新しく輝光剣を作る事はいたしません、

これでそちらの方々の心が休まればいいんですが、

もしまだ足りないなら何なりとお申し付け下さい、

万難を排してそれに全て答えたいと思います」

 

 ピトフーイはそう言って再び丁寧に頭を下げた。

 

「さ、さすがにそれは……」

 

 やりすぎだ、とシャナは考えたが、かといってここで余計な口を挟む事は出来ない。

これは他ならぬピトフーイ自身の決断なのだ。

ピトフーイは尚も頭を下げたままじっと動かない。

そしてシャーリーも悩んでいる様子を見せたが、やがてピトフーイにこう言った。

 

「分かったわ、そこまでされて断る事は私には出来ない、謝罪を受け入れる」

「ありがとうございます」

 

 そしてピトフーイは立ち上がり、野次馬達に向かって大きな声で言った。

 

「十狼は今は九狼に戻った、抜けるのはこの私、ピトフーイ!

今回のKKHCに関する件は、全て私の罪であり、

九狼は決してあのような卑怯な真似はしない。

だから不満や文句は全てこの私に言って欲しい、

その言葉を全て私は受け入れ、九狼の信頼を損ねた事をみんなに謝罪する」

 

 そう言ってピトフーイは、野次馬達にも丁寧に頭を下げた。

そんなピトフーイに何か言おうとする者は誰もいなかった。

それどころか温情を求めてシャナの方をチラチラと伺う者が圧倒的多数だった。

シャナはその視線に耐え切れず、困った顔でピトフーイに言った。

 

「い、一応そういう事にしておくが、別に再加入を認めないってルールは無いからな、

一ヶ月後に入団テストを行う、その条件は、一般プレイヤーに街頭アンケートをとり、

その結果、六割以上の支持を得るものとする。まあこんなところか」

 

 その言葉に、観客達はわっと沸いた。

シャーリー自身もその言葉にうんうんと頷いており、

ピトフーイの謝罪はこうして受け入れられる事となった。

 

「この度は、本当にお騒がせしました」

 

 ピトフーイは最後にそう言い、シャナ達は再び元の部屋へと戻る事になった。

丁度それと入れ違いになるようにLFKYがその場に現れ、その場はわっと沸いた。

 

「ん、何の騒ぎだ?」

 

 そしてLFKYの四人は、ついさっきまでここで何が起こっていたのかを知った。

 

「シャナさんがここに!?」

「そうか、やっぱり無事だったんだな」

「どこ?リーダーどこ?」

「まだピト達と話す事があるんだろうな、

聞いた感じだと、恐ろしく厳しい条件での自主的な謝罪だったみたいだし」

「あんまり厳しくしないでくれるといいなぁ……」

「今回はさすがに度を越えた事をしちまったみたいだから、ある程度は仕方ないだろうな。

あいつはそういうの、大嫌いだしな」

「そっかぁ……まあみんなが最後に笑えてればいいね」

「だな、とりあえずここで観客達に応えながら、あいつが出てくるのを待つか」

「は~い!」

 

 そしてLFKYは、ファンサービスと称して観客達の声援に応え始めた。

 

 

 

「はぁ……」

 

 シャナは部屋に戻ると、疲れた顔でそうため息をついた。

 

「ごめんなさい……」

 

 それを自分への非難だと思ったピトフーイは、再びシャナに謝ったが、

シャナはその謝罪をやめさせた。

 

「ん?別にお前にどうこうって事はまったく無いから、これ以上謝る必要はないぞ。

というかお前さ、今だから言うけどさすがにやりすぎ」

「うぅ……で、でも、あれくらいしないと……」

「まあでもよく自主的にあそこまで考えてやりきったな、えらいぞ」

 

 そう言ってシャナはピトフーイの頭を撫でた。

それはピトフーイが欲してやまなかった、久しぶりのシャナとの接触であった。

 

「うん、うん………」

 

 そんなピトフーイの姿を見て、シャーリーはそれがあまりにも、

自分が持つピトフーイのイメージとかけ離れている事に驚いた。

これではまるで、小さな子供のようではないか。

シャーリーはそう思い、自分の中の怒りが完全に消えた事を知った。

そしてシャーリーは、ピトフーイに鬼哭と血華を差し出しながら言った。

 

「ねぇピトフーイ、これ」

「これ?」

「あんたにあげるわ」

「ええっ!?それはさすがに受け取れないよ」

 

 そう言うピトフーイに、シャーリーはぶっきらぼうな態度でこう言った。

 

「べ、別に私の物を私がどうしようとピトフーイには関係ないだろ」

「それはそうだけど……」

 

 そんな二人にシャナが助け船を出した。

 

「それはこれから友達になる為の贈り物って事にでもしておけばいいだろ」

「そうそう、そういう事でいいかな、ほら、さっさと受け取りな、大事な物なんだろ?」

「う、うん、確かにそうだけど、それじゃあこれ」

 

 そう言ってピトフーイは、血華をシャーリーに差し出した。

 

「これ?」

「あげる」

「えっ、そんなの受け取れないって」

 

 その光景に、その場にいた全員が既視感を覚えた。

まあつい先ほどの光景とまったく同じなのだから、当然であろう。

 

「これは私とあなたの友好の証、兄弟剣を一つずつ持ってるのって、何か素敵じゃない?」

 

 シャーリーはその言葉を自分がとても嬉しく思っている事に気付き、

素直に血華を手にとった。

 

「分かった、それじゃあこれはもらっておくね」

「うん!」

 

 そんな仲のいい二人の姿を見て、シャナはこれでやっと丸く収まったと思い、安堵した。

だが横からシャーリーにこんな質問を投げかける者がいた、心配性のロザリアである。

ロザリアはピトフーイと仲がいい分、ピトフーイの事になると神経が細かくなるのだ。

 

「ねぇ、シャーリーさんの事はそれでいいとして、他のメンバーの事はいいの?」

「あ、はい、今回は私以外はいいところがありませんでしたし、

最悪殴ってでも納得させるので大丈夫です」

 

 その男前な言葉に、その場にいた者達は苦笑した。

こうしてピトフーイの謝罪は完全に終了し、

ピトフーイは一ヶ月の間、見習い生活を送る事となった。

それに伴い今後しばらくピトフーイは、

街で初心者プレイヤーの成長を助けるプレイをする事とされた。

 

「それじゃあ俺は、レン達の方に顔を出してくるわ。

おいピト、俺が日本に戻ってくるのは数日後になるから、

とりあえず大人しく俺からの連絡を待っているんだぞ」

「うん、分かった、無事に帰ってきてね!空港まで出迎えに行くから!」

「駄目だ、お前が来ると大騒ぎになっちまうからな」

「大丈夫、完璧な変装をしていくから」

「変装か……仕方ない、それで手を打つか」

「うん、それじゃあそういう事でね!」

 

 その会話の意味を、事情を知らない者達は何となく理解したが、

さすがにシャナがいる前でその事を尋ねる勇気のある者は誰もいなかったようだ。

そしてシャナは部屋を出た所でスネークに捕まった。

 

「おうシャナ、それでさっきの話だけどな」

「あ、はい」

「あのシャーリーって嬢ちゃんと、約束しちまったんだよ……

シャナがいいって言ったら、リアルで紹介してやるってよ」

「マジですか」

「おう、マジだマジ、すまん、この通りだ」

 

 その言葉にシャナは考え込んだが、すぐに答えは出た。

 

「身元の確認はそっちでしてくれるんですよね?」

「おう、そっちは任せてくれ、ついでに誓約書も書かせるつもりだ」

「それなら俺としては別に構いません、

同じ北海道在住のフカ次郎の友達にもなってくれそうですし、

俺にとっても知らない人じゃないんで、まったく問題ないです。

もしあれなら先にフカ次郎に紹介してくれてもいいですよ、

あいつは俺のリアル知り合いですからね」

「まあお前はそう言ってくれると思ってたよ」

「でも閣下は反省して下さい」

「お、おう、悪かった」

 

 そしてシャナ達四人はレン達の居場所を求めて移動を開始し、

スネークは中で談笑しているPM4のメンバー達の所に戻り、

その中に混じって笑っていたシャーリーに、交渉の結果を伝えた。

 

「嬢ちゃん、シャナの許可が出たぞ」

「え、本当にですか?うわ、どうしよう、服とか買いに行かないと……」

「シャナのリアル知り合いのフカ次郎って子が北海道にいるそうだ、

もし良かったら、そっちを先に紹介してやってくれとシャナに言われたんだが」

「そうなんですか?色々意見も聞きたいので、是非お願いします!」

「おう、分かった、そっちの交渉も俺がやっといてやるよ」

「お願いします、ありがとうございます!」

 

 こうしてシャーリーのフカ次郎への紹介と東京行きが、電撃的に決まった。

いよいよ次は、シャナ達とLFKYとの対面である。



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第598話 おめでとうLFKY

本日は二話同時に投稿いたします、こちらは一話目になります、ご注意下さい!


「LFKYと合流すると言ったはいいものの、あいつらの控え室がどこか分からん……」

 

 部屋を出て三十秒、ずんずんと先頭を歩いていたでシャナが、突然そんな事を言い出した。

 

「えっ?知ってるんじゃなかったの?」

「自信ありそうにどんどん歩いていっちゃうから、てっきり知ってるものだと……」

「シャナ様、分からない事は恥ではありません、そういう時は人に尋ねましょう」

「だな、本当にすまなかった。という訳でシズカ……」

 

 シズカは手を前に出してぶんぶん降りながら首を振った。

 

「ええと……ロザリア」

「いくら情報屋の真似事をしていた私でも、さすがに今回は無理ね」

「………マックス」

「部屋にこもっていないと仮定すると、一番声援の多い場所にいるんじゃないでしょうか」

「それだ」

 

 シャナはパチンと指を鳴らすと、耳に手を当て、周囲の音を拾い始めた。

 

「ぴっ、ぴっ、ぴっ………」

「何その効果音………」

「何となく気分で………ってかシズカ、突っ込みが早いな」

「キリト君がいないから、その分私が突っ込まないといけないと思って……」

「なるほど、だがキレがいまいちだな、キリトをよく観察して学ぶといい」

「別に私、突っ込み役になりたい訳じゃないから、そういうのはキリト君に任せるよ」

「そ、そうか」

 

 シャナは少し残念そうにそう言うと、メインホールの方を指差した。

 

「こっちだな、多分さっきピト達がいたホールだ」

「あれ、それじゃあ入れ違いになったのかな?」

「だろうな、多分ピトの手前、気を遣ってくれたんだろう」

 

 そして四人がホールを覗き込むと、果たしてLFKYがそこにいた。

 

「やっぱりいたな」

「でもこれ以上目立ちたくはないよねぇ」

「だな、こっそりキリトに合図するか」

「合図ってどうするの?」

「ふむ、おいロザリア、あいつに殺気を飛ばしてみろ」

 

 シャナは突然そう言い、ロザリアはハァ?という感じの顔をしてシャナにこう尋ねた。

 

「何で私が?」

「お前が一番リアルの見た目が怖い、あと化粧が濃い」

「それ、GGOでの姿に一切関係なくない!?ってか今はスッピンよ!」

「スッピンだと?ああ、だからお前、今日は姿が見えなかったのか」

「見てたでしょ!話したでしょ!化粧を私の本体みたいに言わないで!」

「いいからさっさとやれ」

「くっ………後で覚えてなさいよね!」

 

 そして薔薇はキリトをじっと睨みながら、一生懸命死ね死ね殺すと念を送り始めた。

だがキリトはまったく反応せず、シャナはやれやれと肩を竦めながらロザリアの肩を叩いた。

 

「おいそこのヤンキー、誰が殺気じゃなくガンを飛ばせと言った」

「自分じゃやってるつもりなのよ!そもそも殺気なんて私に飛ばせる訳が無いでしょ!」

「おかしいな、ヤンキーのお前になら出来ると思ったんだが……」

「というか誰がヤンキーなのよ!私はお淑やかで社内でも人気な秘書さんなのよ!」

「自分で自分の事を人気な秘書さんとか痛い事を言うな、益々婚期が遠ざかるだろうが」

「ぐっ……」

 

 自分でも多少なりと自覚があるのだろう、ロザリアは言葉に詰まり、反論出来なかった。

 

「まあいい、とりあえずお手本を見せてやる」

 

 そう言ってシャナが一歩前に出た。

シャナは特に何か特別な事をしたようには見えなかったが、

事実キリトが遠くで何かを感じたようにきょろきょろとしだし、

それを見たシャナはキリトに見つからないように姿を隠した。

 

「分かったか?今みたいな感じだ」

「う、嘘……殺気を飛ばすって本当に出来るものなの?」

「出来るよ?私もやってみようか?」

「う、うん」

 

 次にシズカが一歩前に出た。シズカもまったく自然体のように見えたが、

再びキリトが落ち着かない様子でそわそわし出し、

その手が自然とエリュシデータに伸びているのが確認出来た。

そしてシズカもキリトに見つからないように姿を隠した。

 

「どう?」

「ほ、本当っぽい……」

「分かったか、結局お前の未熟さが原因だという事だ、これはお仕置きが必要だな」

「り、理不尽よ!そもそもそんな技能、何に使うのよ!」

「キリトをおちょくれるだろ」

「それに何の意味があるのよ!」

「俺の手が空いてない時にもキリトをおちょくれる、それによって俺が楽しい気分になれる、

どうだ?どう考えても秘書の役割だろ?」

「どこが秘書の仕事なのよ!本気で意味が分からないわよ!」

 

 そんなエキサイトするロザリアを見て、シャナもさすがにからかいすぎたと思ったのか、

珍しく素直にロザリアに謝った。

 

「すまん、今回は俺が間違っていた、順番を間違えていたようだ」

「じゅ、順番?」

「ああ、キリトは常に俺の目の届く所にいる訳じゃないからな、

ここは代わりにお前に殺気を感じる能力を身に付ける訓練をさせて、

仕事中にふっと気分転換がしたくなった時に、

いきなり殺気を飛ばしてまごまごするお前を見るのがジャスティスだという事に気が付いた」

「ちょっとやめてよ!そんな技能は身に付けたくないわよ!」

「そうか?それは残念だ、凄く楽しいのにな………俺が」

「楽しいのはあんただけだから!とにかく絶対にそんな技能は身に付けませんからね」

「仕方ないな……諦める事にするか」

 

 その時横で控えていた銃士Xが、目をキラキラさせながらシャナに言った。

 

「シャナ様、その役目、是非私に!」

「ん、そうか?それじゃあ今度、ちょっと練習してみるか」

「はい、喜んで!」

 

 ロザリアは銃士Xが自主的にその役目を引き受けてくれそうだった為、

藪蛇にならないようにその会話には参加しないようにしつつ、内心でほっとしていた。

 

 

 

 だが後に薔薇は、何度もそういった場面に遭遇するにあたり、

自然と殺気を感じられるようになってしまい、その度にビクッとしてしまう事になる。

そのせいで殺気を感じる技能を身に付けた事が八幡にすぐにバレてしまい、

薔薇はその後、八幡のいい暇潰しの材料にされてしまうのだった。

 

 

 

「人を散々心配させといて、楽しそうだなおい」

「きゃっ」

「ロザリア、お前、驚きすぎ」

「だって……」

 

 いつの間に移動したのだろう、

その時キリトがロザリアの背後からいきなり声をかけてきた為、

ロザリアはそれにかなり驚いてしまったのだが、

銃士Xが若干驚いたように目を見開いただけで、シャナとシズカは平然としたものだった。

 

「あんた達、何で驚かないの!?」

「え?だって……」

「少し前から気付いてたしな」

「そ、そうなの!?」

「おう、必須の技能だろ」

「必須じゃないわよ!」

 

 そんな再びエキサイトしたロザリアの肩を慰めるようにポンポンと叩くキリトに、

銃士Xがこう話しかけた。

 

「副長、よくここまで一人で来れましたね、あんなに注目を集めてたのに」

 

 どうやら先ほどの銃士Xの驚いた顔の意味は、そういう事だったらしい。

 

「レン達が注目を集めてる間に、間を外すように動いたから、

多分ほとんどの奴は気付いていなかったんじゃないかな」

「それも必須の技能!?」

「落ち着けロザリア、お前はさっきから技能絡みの事で興奮しすぎだ」

「ご、ごめんなさい、つい……」

「まあ必須の技能だけどな」

 

 ロザリアはその言葉に、とても悩ましそうな表情をした。

 

「……………必須という日本語の意味がちょっと分からなくなってきたんだけど」

「俺がお前に身につけろと命令するのが必須の技能だ」

「それ、絶対に私をおちょくる為の嘘よね!?」

「お前のそういう反応が、俺にそういう事を言わせるんだよな」

 

 その言葉にロザリアは絶句したが、それに同意するようにシズカと銃士Xが言った。

 

「うんうん、ロザリアさんってそういう所、かわいいよね」

「室長は完全に突っ込み担当ですね」

 

 その言葉にロザリアは、恨めしそうな顔でシャナを見たが、

シャナは当然ロザリアのそんな態度は意に介さず、キリトと話し始めた。

 

「そろそろレン達にもお前の不在が気付かれる頃か?」

「だな、今のうちに移動しよう、こっちだ」

「オーケーだ、おら、さっさと行くぞ突っ込み担当」

「誰が突………お、おほん、そうね、行きましょうか」

「おお、耐えたな」

「うん、耐えた耐えた」

「そんな面白がっ………は、早く行きましょう、時間が無いわ」

 

 そして一同は移動を開始し、部屋の中に入った後、シャナはレンにメッセージを入れた。

その数秒後、部屋にレンが飛び込んできた。その早さにはさすがのシャナも驚いたようだ。

 

「お、お前、さすがに早すぎないか?」

「えっと、全力で走ってきたから?」

「全力って……まだ闇風も来てないってのに」

「あ、師匠にここに来るって伝えるのを忘れてた……」

「お前な……」

「す、すぐに呼んでくるね!」

 

 だがその心配は無かった。その更に数秒後に、

闇風とフカ次郎が部屋に駆け込んできたからである。

 

「おいレン、一体どうした?」

「まったくうちの相棒はエキセントリックで困るぜ………って、だぁりん!?」

「誰がだぁりんだ」

 

 その瞬間にシャナは素早くそう突っ込み、フカ次郎の頭に拳骨を落とした。

 

「うぎゃっ……でも痛みが癖になる、このカ・イ・カ・ン」

「きめえ」

 

 被せるようにそう突っ込んだシャナに、フカ次郎は顔色一つ変えず、続けてこう言った。

 

「そんな突き刺さる言葉も癖になる、このカ・ン・カ・ク」

「失せろ」

 

 その言葉はさすがに言いすぎではないかと一部の者達は考えたのだが、

フカ次郎は平然とシャナに頭を差し出した。

 

「………何の真似だ?」

「頭を撫でてくだしゃい、フカちゃんは凄く頑張りまちた」

 

 そんなフカ次郎の姿に、周りの者達は感嘆した。

 

「さすがね……」

「めげないなぁ……」

「鉄の心臓……」

「むしろ心臓がハリネズミみたいになってるんじゃない?」

 

 そしてシャナが、冷たい声でフカ次郎に言った。

 

「赤ちゃん言葉が微妙にむかつくが……

それは俺がお前の発言や行動をずっと見てたという事を分かっての言葉なんだろうな」

 

 その言葉を聞いたフカ次郎は、んん~?っと考え込んだ。

そして大会中に自分が何を言ったのか次々と思い出すに連れ、

フカ次郎は若干顔を青くし、少しシュンとした表情でシャナに言った。

 

「どう考えても無理でちた、今回は諦めましゅ………」

 

 だがシャナは、そんなフカ次郎の頭にポンと手を置いた。

 

「まあ頑張ったのは確かだしな」

「リ、リーダーリン……」

「もう一度殴られたいのか?」

「そんなツンデレなリーダーにジュ・テーム!」

 

 フカ次郎はうるうるしながらシャナを見詰め、感極まってシャナに飛び掛ろうとした。

だがその行動は果たされなかった。どうやら待ちきれなくなったのだろう、

横から弾丸のように飛んできたレンが、いきなりシャナに抱きついたからだ。

 

「シャナ、私、凄く頑張った、頑張ったよ!」

「あっ、ずるいぞレン、私も混ぜろ!」

 

 そんなフカ次郎の頭をガッチリとホールドして近寄れないようにしつつ、

シャナは笑顔でレンに言った。

 

「おう、よくやったなレン」

「あはははは、あはははははは」

 

 シャナの生きている姿を見てホッとしたのもあっただろう、

レンはいきなり正面から抱きつくという、

リアルでは絶対に出来ないような事を平然と行っていた。

シズカは内心とても複雑な気持ちだったが、

GGOでのレンはどう見ても小学生にしか見えなかった為、

ここで余計な事を言って場の雰囲気をぶち壊すような事はしない事にした。

その代わり、ログアウトしたら今度は自分が思う存分甘ようと心に誓っていたのだが。

 

「とりあえず見事な試合だったな、優勝おめでとう、LFKY」

 

 そのシャナの言葉に、LFKYのメンバーは、ニカッと笑ってVサインを出したのだった




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第599話 他プレイヤー達のその後

本日は二話同時に投稿されております、こちらは二話目になります、ご注意下さい!


 ここで一旦スクワッド・ジャムに参加していた、

他のプレイヤーの動向について話をしておこう。

 

 

 

『T-S』

 

「なぁエルビンよぉ……」

「おう……」

「ピトの奴を撃ってくれたのは良かったと思うけど、

それ以外の今回の俺達は、駄目駄目だったな……」

「だな……」

「つ~かお前が上への階段なんか見付けちまったのが悪いんだからな!」

「俺のせいかよ!エルビン、何とか言ってやってくれよ!」

「まあまあ、あの時は全員一致で決めた訳だし、

まさかあんなにも下に降りる道が見つからないなんて誰も思ってなかったんだから、

もう終わった事だと思って次からは気を付けようぜ」

「まあそうだよな……悪い、言いすぎた」

 

 エルビンの仲裁により、この言い争いはすぐに収まった。

 

「問題はあれかな、あまりにもあっさりと狙撃されちまったよな俺達」

「だな」

「ああいうのに対する備えも、もうちょっとしっかりさせないとだな」

「俺達は自分で言うのもアレだけど中堅プレイヤーだ。

別に腕がそこまで悪いなんて事は無いし、実際それなりにやるっていう評価もされてるよな」

「あの時はさ、塀の上って事で完全に油断してたよな……」

「とりあえずそこから改善していこうぜ」

「だな!」

 

 そして六人は、どうすればチームが強くなるかのアイデアを出し始めた。

 

「やっぱり強力な武器じゃないか?」

「例えば?」

「対物ライフルとか……」

 

 その意見が出る事は当然と言えば当然なのだが、

それに対してエルビンは、首を傾げながら仲間達に尋ねた。

 

「この中で超遠距離射撃が出来る奴なんかいたっけか?」

「練習すれば誰かしらがモノになるかもしれなくね?」

「それ以前にそもそも対物ライフルの出物なんて皆無なんだから、

中距離射撃なら今でも出来るんだしそっちで良くね?」

「って事は武器は現状維持かよ……」

「それじゃあ防具だ!十狼クラスとまでは言わないけどさぁ、

せめてもうちょっと強力な防具をだな」

「それだとどのクラスだ?」

「二番手クラスだと、ゼクシードさんが装備してる防具辺りか?」

「あれって確か、二百万くらいするはずだぞ……」

 

 その言葉に六人はため息をついた。

 

「武器も駄目防具も駄目、それじゃあ後は腕を磨くしかなくね?」

「それじゃあ問題の解決にはならないだろ、もうちょっとこう、

何ていうか強くなれるというか強く見えるというかだな……」

「あ、それなら全身をプロテクターでガチガチに固めてみるってのはどうだ?」

「それいいな!」

「いかにも強豪っぽいし威圧感も出るし」

「値段も手ごろ?」

「ショップに行って色々見てみようぜ!」

 

 こうしてTーSは、統一された装備に身を包む事になったが、

他のプレイヤーからは陰で没個性だとか地味だとか散々な評価をもらう事になる。

 

 

 

『クラレンス』

 

「くそ……最初にドームなんかに入っちまったせいで、全然活躍出来なかった……

というか映像にもまったく映ってねぇ……くそっ、くそっ、次の機会があったら、

今度はもう少し見栄えのする奴と組んで、絶対に名前を売ってやる!」

 

 こうしてクラレンスのスクワッド・ジャムは、誰にもその存在を知られないまま終わった。

 

 

 

『SHINC』

 

「ボス、さすがにちょっと休憩を入れない?」

「これ、部活の範囲を絶対超えてるよね?もうこれはブラック部活だよ!」

「うるさいお前ら、キリトさんにあんなにあっさりとやられて悔しくないのかよ!」

「え~……」

「だってあの人達は人間じゃないじゃん……人外じゃん……」

「「「「「あっ……」」」」」

 

 その時仲間達の方からそんな声が聞こえたが、

トーマはその事には特に注意を向けなかった。そしてそんなトーマに話しかける者がいた。

 

「達?達って誰の事だ?」

「そりゃもちろんキリトさんとシャナさんですよぉ……」

「ほう?俺は人外か」

「当たり前じゃん、絶対に体の一部をサイボーグ化してるんだって、

そうじゃないとあんな動き、出来る訳ないって………

ってあれ、みんな何でそんな顔でこっちを見ているの?」

 

 トーマは仲間達が全員驚いた顔をしている事に気付き、

今自分は誰と話していたのだろうと疑問に思い、何気なく顔を上げた。

そこにはシャナが満面の笑みで立っており、トーマはきょとんとした後、

大人しくその場で正座し、頭を下げた。

 

「今のはほんの冗談です、非は全てボスにありますので、

是非その事をご理解して頂ければと思います」

「おうそうか、エヴァ、トーマはこう言ってるみたいだが……」

 

 シャナはその言葉を最後まで言えなかった。

直後にSHINCの全員が、シャナに飛び掛ってきたからだ。

 

「うおっ、お前ら何を……」

「シャナさん、無事で良かったです!」

「会いたかった、会いたかったんですよ!」

「無事だとは聞いてましたけど、やっぱり直で姿を見ないとやっぱり……」

「うわああああああん、うわあああああああああん!」

「この早さなら言える、シャナさん、大好きです!」

「お、おう悪い、心配かけたな、ってかアンナ、全部丸聞こえだから自重しような」

 

 トーマはその光景を見ながら、一人呟いていた。

 

「しまった、出遅れた………」

 

 そしてトーマは失点を取り返そうと、焦って余計な事を言った。

 

「シ、シャナさん、せっかくだから、ボスの代わりに私達を鍛えて下さい!」

「ん?久々に再会したんだから一緒に甘い物でもどうかと思ったんだが、

トーマがそこまで言うなら仕方ないな、よし、久々に俺がしごいてやるとするか」

「あっ………」

「「「「「………………」」」」」

 

 この後トーマは狩りが終わった後、全員に袋叩きにされた。

スクワッド・ジャムからしばらくたった後のひとコマである。

 

 

 

『MMTM』

 

「なぁデヴィッド、俺達良くやったよな……」

「でもこんなに叩かれるのは何でなんだろうな……」

「やっぱり最初に仲間を集めちまったのがいけなかったんじゃないか?

批判の大半はそんな感じだし」

「前回もファイヤの下についちまったしな……」

 

 MMTMのメンバーは少し落ち込んだ様子でそんな会話を交わしていた。

確かにMMTMは強豪なのだが、それは屋内限定であり、総合的な評価はあまり芳しくない。

それはひとえにMMTMが持つ、徒党を組みたがる性質によるものだった。

 

「仕方ないだろ、俺達は屋外戦闘は若干苦手なんだからよ……」

「その辺りももうちょっと何とかしないとまずいよなぁ」

「とりあえず、もし次があったら単独で動くのは絶対として……」

「だな、苦手だからって仲間を集めようっていう考えはもう捨てようぜ」

「おいデヴィッド、さっきからずっと黙ってるけど話をちゃんと聞いてるか?」

「俺達に足りないものって他には何があると思う?」

 

 その問いを受け、やっとデヴィッドが顔を上げた。

だがその顔はどこか遠くを見ているようで、若干放心しているように見えた。

 

「お、おい……」

「………………だ」

「え?」

「カリスマの存在だ」

「カリスマ?」

 

 デヴィッドは突然ぶつぶつとそう言い出し、他の仲間達は若干引いた。

 

「い、いきなり何を……」

「いいか、よく考えてみろ、シャナさん然り、キリトさん然り、

強豪と言われる人間は、ほとんどが輝光剣を持っている!

俺達だって、チームの中心に輝光剣を持っている奴がいれば、

前回の戦いでももっと目立てたし、白兵戦での選択肢も増えたはずだ!だろ?みんな!」

 

 その剣幕に押されたのか、メンバー達はその言葉に曖昧に頷いた。

 

「お、おう、そうだな……」

「そ、そういう側面もあるかもな……」

 

 そんな仲間達の姿を見てデヴィッドは満足そうに頷き、こう宣言した。

 

「よし、その為の素材を集めにしばらくこの木なんの木にこもるぞ!

輝光ユニットとやらを入手するまで撤退はしない!」

「えっ………」

「ま、マジで?」

「駄目だ、デヴィッドの奴壊れちまった……」

「まあ仕方ない、こっちの世界に戻ってくるまでは付き合うか……」

 

 MMTMのメンバー達は苦笑し、デヴィッドの意向に従う事にした。

結果的にこの時努力し、ついでに経験値も相当稼いだ事によって、

MMTMは本当の意味で強豪の仲間入りを果たす事になるのだが、

それでピトフーイを倒す事が出来たかというと、結果的には不可能なのであった。

頑張れデヴィッド、負けるなデヴィッド、輝光剣を手にするその日まで!

 

 

 

『ZEMAL』

 

「ヒャッハー!撃て、撃ちまくれ!」

「ダダダダダダダダダダダ、ダ~ン!!!!!」

「やっぱりマシンガンは最高!勝敗とかどうでもいいぜ!」

 

 

 

『KKHC』

 

 シャーリーこと霧島舞は、KKHCのメンバー相手に大立ち回りを繰り広げていた。

 

「そもそもこういう事もあるだろうって分かってて、

スクワッド・ジャムに出場したんでしょ?それを後で文句を言うなんて男らしくない」

「そ、そうは言ってもよ、あれはさすがに……」

「ああもう、誰がKKHCの名誉を守ったと思ってるのよ、

私は一人でT-Sを壊滅に追い込んだのよ、つまり今回一番活躍したのは私。

その私がチームを代表してピトフーイからの謝罪を受けて和解したの。

ぐだぐだ言ってないで、あんた達もいい加減に大人になりなさい!」

「霧島が一番年下なんだが……」

「さ、最初は霧島が一番やる気が無かったはずなのに……」

「一体何があったんだよ……」

 

 スクワッド・ジャムが終わった後の舞の変化は劇的だった。

ピトフーイに対する愚痴をずっと言いながら、

それでもまあ良くやったと慰め合うメンバーを相手に、舞は今後は対人も積極的にやり、

その為に自分はシャナさんに色々教えてもらうと言い出し、メンバー達を仰天させた。

舞は頑なに対人プレイをする事を拒んでおり、今回の大会に参加させるだけでも、

恐ろしく苦労させられていたからだ。そんな舞が、鉄拳制裁も辞さずという強硬な姿勢で、

ピトフーイとの事を水に流すよう迫ってきた為、

大人であるKKHCの他のメンバー達は、苦笑しながらもそれを受け入れる事にした。

その数日後、舞は帯広まで遠出をしていた。

 

「さて、そろそろ時間だけど、どんな人が来るんだろ」

 

 舞は現在二十四歳、自他共に認める狩りガールである。

夏はネイチャーガイド、冬はエゾシカ猟を生業としており、

それなりに他人と会話も出来る方だが、その相手は基本同年代の女性ではない。

もちろん友達とは普通に話せるが、若干人見知りなのは確かである。

だがこの時は、今後の期待に胸を膨らませ、ニヤニヤする自分を止められなかった。

その為下手なナンパ等も舞に寄って来ず、それが舞にとってはいい結果となった。

その時そんな舞に声をかけてくる者がいた、待ち合わせをしていた肉食メガネっ子である。

 

「すみませ~ん、もしかしてシャーリーさんですか?」

「あっ、はい、えっと、もしかしてフカ次郎さん?」

「あ、うんそうそう、私は篠原美優、宜しくね!」

「わ、私は霧島舞だよ、よ、宜しく」

 

 二人はそう自己紹介をし、社交性の高い美優が主導権を握る事で、

二人はどんどん打ち解けていった。

 

「ねぇ、シャナさんってどんな人?」

「う~ん、好き好き大好き、もう私の全てをもらって!って感じ?」

「それ、凄く分かりにくい上に、具体的な事は何も言ってないよね?」

「あ、一緒に撮った写真があるよ、見る?」

「み、見る!是非見せて!」

 

 そしてその写真を見た舞は、名前の通り舞い上がった。

 

「うわ、うわ、凄く格好いいね!いいなぁ、私も一緒にこんな写真を撮りたい!」

「頼めばきっと撮ってくれるよ!それにリーダーは凄くお金持ちだよ!」

「まあ正直見た目とかお金の事は別にどうでもいいんだけどね、

シャナさんって私にとっては芸能人みたいなものだから、サインも欲しいし握手もしたい!」

「舞さんって結構ミーハーなんだ……」

 

 普段そういう事に縁遠い舞が、シャナ相手にそういう態度になるのは仕方がないだろう。

そして二人はその後、美優の見立てで舞が東京行きの時に着る服を選び、

北海道から出た事のない舞の為という名目に加え、

ピトフーイに面会するという香蓮の誘いもあり、美優がガイドを勝って出て、

二人は共に東京へと行く事が決定された。

そして後日舞が閣下の下に向かっている間、美優は香蓮と共にピトフーイに会う事になる。

これは舞と八幡を二人きりにしてあげようという美優の粋な計らいであった。




本日は二話同時に投稿されております、こちらは二話目になります、ご注意下さい!

明日が今年最後の投稿になりますが、明日でこの章は終わりとなります。
次の章は日常編から徐々に戦いの日々に突入していきますので、
年明けは特に休載とかはしない予定です。
そのうちプロットを整理する為に休む期間も出てくるかと思いますが、
なるべく短く済ませますので今後とも宜しくお願いします!


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第600話 エピローグ~香蓮とエルザ、時々美優

今年最後の投稿で、ついに600話に到達する事が出来ました!
GGOアフター編最終話を少し長めにお送りします!
同時に人物紹介を1分後に投稿しますので、そちらもお暇な時にでもご覧下さい(多少のネタバレを含む)


 そして場面は再びLFKYの控え室へと戻る。

その後の大会の話については、実際にシャナに見られていた事が分かった為、

お互い簡単に感想を述べるに留まった。

これはLFKY組に、もっと気がかりな事があったせいであった。

 

「で、アメリカで一体何が……?」

 

 要するにそういう事である。

 

「そうだな………向こうでサトライザーに会ったわ」

 

 シャナはレンの前で命を狙われた事を伝えるのに若干の躊躇いを覚え、

最初にその事から報告する事にした。

ユッコとハルカにはいくらバレても平気だったシャナであったが、

さすがにシャナを取り巻く環境にそこまで詳しくないレンにその事を知られるのは、

やはり躊躇してしまう事案のようである。

 

「マジかよ!あのサトライザーか?ってかどうしてあいつだって分かったんだ?」

 

 その言葉に真っ先に反応したのは闇風である。

実は闇風も、第一回BoBには出場しており、サトライザーに瞬殺された口だった。

 

「お、おお、取引先が雇った、あ~……ガードマンの中にあいつがいたんだよ」

「それだけでサトライザーだって分かったのか?顔がそっくりだったとか?」

 

(くっ……闇風の奴、空気を読めっての!)

 

 シャナは尚も興味津々でそう言ってくる闇風に内心で悪態をついたが、

ここで嘘を言うのもどうかと思い、上手く話をぼかしながら説明を始めた。

 

「たまたまちょっとトラブルがあってな、ガードマンにお世話になる事があって、

その時俺が見せた動きを見て、サトライザーが、シャナ?って尋ねてきてな、

そのせいで発覚したと、まあそういう事だ」

「凄えな、何て偶然だよ!というかもうこれは再戦しろっていう神のお告げだな」

「それは約束した、もし次のBoBが開催された時に手が空いてたら、参戦するそうだ」

「おお、マジかよ!もちろん俺が倒しちまってもいいんだろう?」

「出来るものならな」

 

 そんな二人の会話に事情の分からないレンとフカ次郎はきょとんとしていた。

その時前回の事件のせいで、多少はシャナの事を調べ、

ついでにサトライザーについても調べていたキリトがこう尋ねてきた。

 

「あれ、でもアメリカからのログインって今は出来ないんじゃないのか?」

「今俺達がまさにしてるじゃないか、やりようはいくらでもあるってこった」

「なるほどな、へぇ、あのサトライザーがな……」

 

 そしてキリトは、ニヤニヤしながらシャナに言った。

 

「もちろん俺が倒しちまってもいいんだろう?」

「え、マジで?お前も次のBoBにも出るつもりなの?」

「ディフェンディングチャンピオンが出ないでどうするよ」

 

 そのキリトのド正論に、シャナは苦い表情をした。

 

「それはそうだが……くそ、言うんじゃなかった……」

「最近は手応えのある敵がほとんどいなかったからな、渡りに船って奴だ」

「ああもう、分かった分かった、早い者勝ちな。

どうせ俺とお前、そしてサトライザーとシノンが四隅に配置されるだろうからな」

「問題ない、どうせなら中央に集合って事にしておこうぜ、バトルロイヤルだな」

「ふん、ついでにそのままキリトもぶっ倒してやる」

 

 そんな事を言い出したシャナに、キリトは余裕の表情でこう言った。

 

「それまでにせいぜいシャナのステータスを上げておくんだな、

自分で言うのもアレだけど、今のままの状態だと、

基本ステータスの違いがでかすぎてどうしようもないだろ」

 

 さすがのシャナも、そう言われて否定する事は出来ない。

他ならぬ自分が、戦争終盤でハチマンでログインした時に、その事を実感していたからだ。

 

「そうなんだよなぁ……よしレン、合宿だ、合宿をするぞ」

「えっ、合宿?う、うん、やるやる!テントを張って拠点にして、

食事とかも沢山持ってって、あ、でもおやつは千円までね!」

 

 レンが明るい表情でそう言った為、シャナはこのままレスキネン教授の話と、

今後どうするかの話だけすればそれでオーケーだろうと安堵したのだが、

レンはその直後に真面目な表情で、突然こんな事を言い出した。

 

「で、サトライザーっていう強い人がいて、

みんながその人と戦いたがっているのは分かったんだけど、

シャナがリアルでシャナだとバレるような動きをしないといけない状況って、どんな状況?」

 

 その問いを、シャナは適当にやりすごそうとしたのだったが、

レンは誤魔化しは許さないという表情でじっとシャナを見詰めていた為、

シャナは困った顔でシズカと銃士Xの方を見て、視線で助けを求めた。

二人はそれに応えるように頷き合って前に出ると、レンを左右から挟んで拘束した。

 

「えっ?な、何?」

「これは仕方のない処置」

「とにかく落ち着いて、取り乱さないようにね」

「うぅ……って事はやっぱり危ない事をしたんだ……」

 

 その言葉にシャナは気まずそうな表情をした後、レンに説明を始めた。

 

「今回の渡米は、うちの社にとってはかなり重要な事案絡みでな、

その重要度に比例して、確かにかなり危険もあった。

実際俺達が乗る予定だった飛行機はハイジャックされ、それを回避した後も命を狙われた。

サトライザーは、俺達側の人間が雇ってくれた傭兵でな、

俺達は奴と協力して、襲ってきた奴らを撃退した。

リアルの銃って案外重いんだと、その時実感する事になった」

「銃まで撃ったんだ……」

「だ、だけどしっかり準備してたおかげでもう何も危険は無い、

仲間も全員無事で、この後の日程に関しては何も心配する事はない。

それでも一応凄腕の傭兵を一人、サトライザーから借りてあるし、

万難を排除して無事に日本に帰ってくるつもりだ、

だから心配をかけちまって本当に悪いと思うんだが、今回はそれで勘弁してくれ」

 

 レンは微妙に納得し難い顔でその言葉を聞いていたが、

そんなレンに、シズカと銃士X、それにロザリアも謝った。

 

「ごめんね、心配かけちゃって」

「本当にもう大丈夫だから」

「もうこの後は危険な事は何もないから安心して」

 

 それでやっと、自分の心の中である程度の折り合いがついたのか、

レンはほっとした表情でやっと笑顔を見せ、拘束を外してもらう事となった。

 

「それならまあ今回は許そうかな」

「ああ、ありがとな、レン」

 

 だがそんなレンに苦情を述べる者がいた、フカ次郎である。

フカ次郎は若干レンにヤキモチを焼いたのか、レンの前に立ち、こう言った。

 

「心が狭いぞレン、私みたいに最初からリーダーを信じて待てないのか!」

「あ、う、うん、確かにそうだよね……」

 

 だが次の瞬間に、フカ次郎はシャナに頭を掴まれ、持ち上げられた。

 

「そのお前の信頼は有難いが、あんまりレンをいじめるなっつの」

「いじめてないから!これは友情に基づく叱咤激励だから!」

「百歩譲って今回はそういう事にしておいてやるが、それよりお前さ」

 

 そしてシャナは、フカ次郎の頭から手を離し、こちらを向かせると、

上からじろっとフカ次郎の顔を覗きこみながら言った。

 

「さっき俺をだぁりんって呼んだのは、一体何のつもりだ?」

「あ、そ、それはそのですね……」

 

 その質問にフカ次郎は口ごもったが、そこで闇風が、

本人は好意のつもりなのだろうが横から余計な口を挟んできた。

 

「おお、今回の戦いに備えて装備を揃える為に、

レンがシャナからもらった資金をフカの為にほとんど使っちまったらしいからな、

それに対する感謝の気持ちを親愛の表現として表す為に、そんな呼び方をしちまったんだろ、

あくまで親愛の表現であって、おかしな意味じゃないよな?な?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、フカ次郎はその場を逃げだそうとしたが、

それは当然シャナに阻まれた。

 

「おい、どこへ行く」

「えっと、ちょっとお花摘みに」

「そうかそうか、お前は花が欲しいのか、

今度ハエトリソウとかウツボカズラを買ってやろう」

「ほ、他の人の時はちゃんと気を遣って、言葉の意味を理解してくれる癖に!」

「まあまあいいからいいから、とりあえず詳しい話を聞こうかハニー」

「う……その笑顔が怖いのです……」

 

 そしてフカ次郎は、調子に乗って買い物をしまくった事を告白し、

レンはそれに対しておかしな事を言う訳にもいかず、フカ次郎を遠くから見守っていた。

 

「ほうほう、そういう事だったか」

「は、反省してましゅ……」

 

 フカ次郎はそう言って、おずおずとシャナの顔を見上げたが、

シャナが特に怒った様子ではなかった為、それを意外に思ったようだ。

 

「リーダー、怒らないの?」

「ん?いや、まあだぁりんって呼び方についてはともかく、

銃にまったく馴染みの無いお前が、お前なりに考えて装備を揃えたんだろ?

それにちゃんと活躍出来てたじゃないか、俺の教えもちゃんと実践してたみたいだし、

それなのに俺がここでお前を怒る訳にはいかないさ」

 

 シャナにそう言われたフカ次郎は、褒められ慣れていない為、一瞬硬直したが、

その言葉が脳に染み入ってくるに連れ、やっと自分が褒められた事が分かったのだろう、

感極まったようにうるうるし出し、さすがに学習したのか、

いきなりシャナに抱きつくような真似はせず、レンの方に向かってそのまま抱きついた。

 

「やっとリーダーに褒めてもらえた、嬉しいよぉ!」

「うんうん、良かったね、フカ」

「うん、良かった、本当に良かった!」

 

 その姿を見てシャナは、うんうんと頷いていたが、

周りの者達は、全員が同じ事を考えていた。

 

(((((飴と鞭だ………)))))

 

 その後はいくつかの質疑応答が行われた。

 

「なぁシャナ、傭兵を一人借りたって、まさかサトライザー本人じゃないよな?」

「ん?ああ、それな、本人じゃないが、妹だ」

「えっ、あいつの妹!?マ~ジ~で~?」

「おう、あっちにも色々事情があるみたいでな、

期間限定になると思うが、うちの会社で雇う事になった」

「へぇ、じゃあサトライザーの妹が、もうすぐ日本に来るんだな」

「そういう事だ」

「でよ……」

 

 そして闇風は、シャナの肩に手を回し、こそこそとこう尋ねてきた。

 

「その妹ちゃんって、美人?」

「そうだな、それにボン、キュッ、ボンだ」

「マジか!俺、将来サトライザーを、お兄さんって呼んでもいいぜ!」

「ま、まあ頑張れ」

 

 闇風はそのまま小躍りを続け、次にキリトがシャナにこう尋ねてきた。

 

「で、いつこっちに帰ってくるんだ?」

「そうだな、残るはシズカの親戚のお医者さんの所に顔を出して、

ザスカー社との提携の話を纏めたらそれで終わりだから、三日後ってところかな」

「そうか、じゃあ帰ってきたら、飯でも食いに行こうぜ」

「おう、とりあえず詳しい経緯はクリシュナにでも聞いてくれ、

あいつとロザリアだけは先に日本に帰すつもりだから」

「そうなのか?」

「ああ、あいつは俺達とは別行動になるからな、

あいつの先輩と恩師と一緒に先に戻ってもらって、

うちの社内に研究所を開設してもらう事になるだろうな」

「そういう事か、分かった」

 

 そして最後にシャナは、レンの成長を褒め称えた後、この日はログアウトしていった。

その後、余韻に浸ってぼ~っとしているレンに、残る三人が話しかけた。

 

「おいレン、大丈夫か?」

「しっかりしろ相棒!顔がニヤけてるぞ!」

「まあ実際今回は本当に頑張ったよな、えらいぞレン」

「私、シャナの期待に応えられたかな?」

 

 そのレンの問いに、三人は笑顔でこう答えた。

 

「「「ああ」」」

「そっかぁ、私、ちゃんと出来たんだね!」

 

 こうして一連のピトフーイ絡みのごたごたも終わり、平穏な時が訪れる事になった。

この後もレンは、シャナ達と歩調を合わせて戦い続ける事になるのだが、

その戦いの舞台があんな所まで広がるなど、

この時のレンは予想だにしていなかったのであった。

 

 

 

 そして数日後、レンはいつも通り砂漠地帯に向かい、一人で狩りをしていた。

 

「レ~ンちゃん、遊びましょっ!」

「ピトさん!」

 

 突然そう声をかけられたレンは、そこにピトフーイの姿を見て、破顔した。

 

「今日は新人さんの手伝いはいいんですか?」

「さっきまでやってたんだけど、その新人チームの何人かにリアル用事が出来たみたいで、

今日はここまでって感じになったのよ」

「なるほど!」

 

 そしてピトフーイは、レンにこう尋ねてきた。

 

「で、そろそろ私に何を命令するか、決まった?」

「う~ん、それなんですけど、丁度明後日に、フカがこっちに来る事になったんで、

もし良かったら、その日に三人でご飯でも食べに行きませんか?」

 

 その言葉にピトフーイは目を細めた。

 

「それってリアルでって事?」

「あっ、はい、もしピトさんが良かったらですが」

「ふむ………そうね、別に構わないわよ」

「本当ですか?やった!」

「ちょっと予定を確認するから、明日にでもこっちから連絡させてもらってもいい?」

「はい、分かりました!」

「それじゃあ悪いんだけど、今日はその確認の為に落ちるわね」

「あっ、何かすみません」

「いいのよ、それじゃあまたね、レンちゃん」

「はい!」

 

 そしてログアウトしたエルザは、すぐにエムこと豪志に連絡を入れた。

 

「あ、もしもし豪志?明後日なんだけど、どんな予定になってたっけ?

え?レコーディング?それじゃあその時に、

ちょっと時間が空けられるように調整しておいてくれない?

レンちゃんとフカちゃんが、私に会いたいんだって」

 

 

 

 その二日後、香蓮と美優は指定された場所でエムを待っていた。

 

「今日はエムさんが迎えに来てくれるんだよね?」

「うん、そうみたい」

 

 その会話中に車が横付けされ、中から一人の青年が姿を現し、二人に声をかけてきた。

 

「香蓮さんと美優さんですよね?始めまして、エムこと阿僧祇豪志です」

 

 そう自己紹介された二人はポカンとした。

そこにいる青年は、GGOのごついエムとは似ても似つかない、

細身で美形の青年だったからだ。

 

「ほ、本当にエムさん?」

「あ、はい、そうですけど」

「おお~、格好いいね!」

「はぁ、ありがとうございます」

 

 そして二人は豪志にエスコートされ、仲良く後部座席へと乗り込んだ。

 

「それじゃあピトの所に向かいますね」

「はい、お願いします」

「宜しくね!」

 

 そして香蓮は、若干おどおどとした様子で豪志にこう尋ねた。

 

「あ、あの、私を見ても驚かないんですね」

「それは身長的な意味でですか?」

「は、はい」

「これ言っていいのかな……実は事前に八幡さんに聞いてたんで」

 

 そう言って豪志は、ポリポリと頭をかいた。

 

「あ、そうだったんですか、それなら納得です」

「リーダーは何て?」

「ええと………スーパーモデルと、いかにも肉食系に見えるメガネっ子がいたら、

それが香蓮と美優だからな、と……」

「わ、私は別にスーパーモデルなんかじゃないですから!」

「くそお、この私とコヒーの扱いの違いは………ね、妬ましい」

「美優もそういうのはやめてよね!」

 

 豪志はそんな二人に軽く微笑むに止め、余計な事は一切言わなかった。

これは絶対に内緒だが、豪志は八幡に、こう言い聞かされていたのだ。

 

『いいか、香蓮の身長について、本人にちょっとでもネガティブな印象を与えたら、

絶対に許さないからな、それだけは忘れるなよ』

 

 その言葉を、豪志は忠実に守っているのだった。

 

「でも美優が豪志さんをナンパしないなんて珍しいね」

 

 香蓮は普段の様子をよく知る為、何となく美優にそう尋ねた。

 

「美優さんはいつもそんな感じなんですか?」

「あ~、まあ昔はそうだったけど、ここ最近はそういうのはまったく?」

「え、そうなの?」

「おう、だって私はリーダーにメロメロのエロエロだからね!」

「あ、あは……」

 

 その言葉に豪志はうんうんと頷き、香蓮は苦笑した。

その間に車は目的地へと到着し、エムはそこで車を停めた。

 

「ここです」

「ここって……音楽のスタジオ?ピトさんって音楽関係の人なんですか?」

「まあそうですね、それではこちらへ」

 

 そして二人が案内された部屋には、控え室の文字と共に神崎エルザの名前が書かれてあり、

二人はそれを見て激しく動揺した。

 

「こ、ここって………」

「それじゃあ中へどうぞ」

 

 豪志に促され、二人はおずおずと部屋の中に入った。

そこで見たものは、エルザに馬乗りになられ、

顔を近付けててくるエルザを必死に押し止めようとしている八幡の姿だった。

 

「八幡君!?」

「リーダー!?」

「二人ともいい所に!こいつを何とかしてくれ!」

「あっ、う、うん!」

「了解!」

 

 そして二人は左右からエルザを抱え上げ、八幡は解放される事となった。

 

「やれやれだな………おいエルザ、お前は後でお仕置きな」

「えっ、いいの?やった、お仕置きだ!きついのをお願いね!」

「………やっぱり優しくする事にする」

「えっ、いいの?やった、一晩中かわいがってね!」

「くそっ、だからこいつは手に負えねえ……」

 そして八幡は、香蓮と美優にこう言った。

 

「あ~、何で俺がここにいるのかだが、今日こいつが二人に会うって言ってきたから、

香蓮の事が心配でとりあえず来てみた」

「リ、リーダー、私は!?」

「ん?お前の事はどうでもいい、存分にエルザに食われてくれ、こいつは両刀らしいからな」

「どうせならリーダーが食ってよ!」

「だが断る」

 

 あっさりとそう断られたのにも関わらず、美優はまんざらでもないような顔をしていた。

いざとなったら八幡は、ちゃんと自分の事も大切にしてくれると信じているからだった。

そしてそんな八幡に、香蓮がストレートにこう尋ねた。

 

「えっと、それじゃあもしかして神崎エルザがピトさん……?」

「おう、その通りだ、この変態がピトで間違いない」

「もう、八幡ってば、こいつが俺の大切な人だなんてスキャンダルになっちゃうよぉ……」

「時々こういう意味不明な事を言う奴だが、二人とも今後は仲良くしてやってくれよな」

「む、むしろ喜んで!」

「サ、サイン、サインを下さい!」

「あ、う、うん」

 

 その剣幕に、さすがのエルザも少し押されたようで、

エルザは豪志に色紙を持ってこさせ、そこにサインをした。

 

「はいっ、どうぞ」

「あ、ありがとうございます!」

「一生大切にします!」

「二人とも、もうちょっと普通に接してくれた方が私としては嬉しいんだけど」

「ど、努力する」

「私は全然普通にいけるからな、頑張れよ、コヒー!」

「こういう時はその美優の図太さが羨ましい……」

 

 そしてエルザは香蓮を見上げながらこう言った。

 

「ああ、今思い出したわ、そういえば二人とも、

前に八幡にチケットをもらって私のコンサートを見に来てくれてたわよね」

「知ってたんですか?」

「うん、八幡本人が来なかったから、関係者だと思ってチェックくらいはね」

「そんな二人が全力で殺し合いとか、不思議な縁だよね」

「ふふ、本当にね、それにしてもその身長……」

「あっ、うん」

 

 そう言われた香蓮はやや身を固くしたが、エルザは直後に鬼の形相でこう言った。

 

「羨ましい!妬ましい!私にその身長を少し分けて!」

「ええええええええ!?」

「私はほら、何ていうか八幡好みの体型ではあるけれど、

それでもやっぱりもうちょっと八幡と釣り合う身長でありたかったのよ!」

「お前さ、さりげなく風評を混ぜるんじゃねえよ」

 

 八幡は呆れた顔でそう言ったが、香蓮はとても嬉しそうにエルザにこう返事をした。

 

「私も本当は、八幡君に釣り合う程度には小さくなりたいの!」

「お互い悩みが尽きないよね」

「うん、本当にね」

 

 そして二人はあははと笑い、釣られて八幡と美優も笑い始めた。

こうして香蓮は神崎エルザと知り合いになり、

エルザのコンサートのチケットの確保には不自由しない事となった。

これが香蓮にとってのこの夏一番の収穫であった。

二人の交流は、この後もGGOとリアル両方でずっと続いていく事になる。

 

                          GGOアフター編 了




これにてGGOアフター編は終了となります、今年一年お付き合い頂きありがとうございました、
明日から第六章『キャリバー・トラフィックス編』が開始となります、また来年も宜しくお願いします、良いお年を!


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人物紹介 ver.1.06 CaliberTraffics edition

人物紹介の最新バージョンです。抜けがあるかもしれないので、その辺りは順次修正し、報告致します。


人物紹介

 

『ALO組、ヴァルハラ・ガーデン』

 

・ハチマン

 

 言わずと知れた主人公、その正体はSAOのハチマンである。本名は比企谷八幡。

 ソレイユの社長に就任予定。銀影、ザ・ルーラー。主に指揮担当。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。

 

・アスナ

 

 本編のメインヒロイン、SAOのアスナである。本名は結城明日奈。

 ソレイユの渉外部長に就任予定。閃光、バーサクヒーラー。ヒーラー兼物理アタッカー。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。

 

・コマチ

 

 ハチマンの妹。斥候。

 

・キリト

 

 本名は桐ヶ谷和人、八幡の親友、同級生。黒の剣士、ソレイユの開発部長に就任予定。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。物理アタッカー。

 

・リズベット

 

 本名は篠崎里香、八幡の同級生。和人と付き合っている。ALO最高の鍛治職人。

 物理アタッカー。

 

・シリカ

 

 本名は綾野珪子、現在は年齢を超え帰還者用学校で八幡の同級生。

 竜使い。物理アタッカー兼ヒーラー(ピナを使用時)

 

・クライン

 

 本名は壷井遼太郎、平塚静と交際中。物理アタッカー。

 

・エギル

 

 本名はアンドリュー・ギルバート・ミルズ、喫茶店「ダイシーカフェ」を経営中。

 物理アタッカー。

 

・ユキノ

 

 本名は雪ノ下雪乃、パンさんと猫が大好き、ソレイユの経営部長に就任予定。

 絶対零度。ヒーラー。ALOのセブンスヘヴンの一人。ヴァルハラの頭脳その1。

 

・ユイユイ

 

 本名は由比ヶ浜結衣。八幡の元同級生。ソレイユの芸能部に所属予定。

 冬コミに強制参加させられる。タンク。

 

・ユミー

 

 本名は三浦優美子。八幡の元同級生。ソレイユの芸能部に所属予定。

 冬コミに強制参加させられる。魔法アタッカー。

 

・イロハ

 

 本名は一色いろは。八幡の元後輩。ソレイユの芸能部に所属予定。魔法アタッカー。

 

・リーファ

 

 本名は桐ヶ谷直葉、和人の妹。剣道の有段者。シルフ四天王の一人。

 物理アタッカー。

 

・レコン

 

 本名は長田慎一、直葉の事が好き。斥候。

 

・メビウス

 

 本名は城廻めぐり、ソレイユのメディキュボイド開発部所属。ヒーラー。

 

・ソレイユ

 

 本名は雪ノ下陽乃、ソレイユ・コーポレーションの創設者、絶対暴君。魔法アタッカー。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。

 

・アルゴ

 

 本名は不明、主要キャラの中では唯一本名を隠し通す。

ソレイユの開発部長兼影の情報部長。斥候。

 

・シノン

 

 本名は朝田詩乃、高校生、ソレイユでバイト中。遠隔アタッカー。

 

・フカ次郎

 

 本名は篠原美優、北海道在住。物理アタッカー。

 

・クリスハイト

 

 本名は菊岡誠二郎、総務省通信ネットワーク内仮想空間管理課(通称仮想課)職員。

 魔法アタッカー。

 

・クックロビン

 

 本名は神崎エルザ、今話題のアーティスト。GGOのピトフーイ、変態。物理アタッカー。

 

・セラフィム

 

 本名は間宮クルス、雪乃とは同級生に当たるが学校での面識は無かった。

 シャナを神と崇める少女。八幡の秘書に就任予定。タンク。

 

・クリシュナ

 

 本名は牧瀬紅莉栖、天才脳科学者。彼女の存在が、いずれ何人かの人物の救いとなる。

 HNは栗悟飯とカメハメ波。支援、弱体魔法担当。ヴァルハラの頭脳その2。

 現在は完全に帰国し、ソレイユの次世代技術研究部に所属も、八幡の専属扱い。

 

・フェイリス

 

 本名は秋葉留未穂、最初は見学用アカウントとして作成された。

 現在メイクイーンでの職務の後にヴァルハラ・ガーデンでメイドプレイ中。

 魔法戦闘もこなす戦うメイドさん。魔法アタッカー。

 

・ナタク

 

 本名は国友駒央。将来は医者になる予定、結城家当主の孫、楓の婿にロックオン。

 第三回BoB時にキリトとゲーム内で再会した。

 物理アタッカー。視界の問題が解決していないので職人プレイメインだったが、

 魔法銃の導入により、その問題は解決された。

 

・スクナ

 

 本名は川崎沙希。八幡の元同級生。夏コミを契機にソレイユと関わりを持つ事になる。

 物理アタッカー兼職人なのはナタクと同じ。

 ソレイユのグッズ開発部長に就任予定。

 

・レヴィ

 

 本名はレヴェッカ・ミラー。サトライザーことガブリエル・ミラーの妹。

 八幡のボディガード。身元引受人は八幡だが、実は八幡と同い年である。

 新しく導入された魔法銃を与えられる。遠隔アタッカー。

 

・サイレント

 

 本名は平塚静、プレイはしていない、ゲスト扱い。

 

・ユイ

 

 NPCの少女。ハチマンとアスナの娘。

 

・キズメル

 

 NPCのダークエルフの美女。自称ハチマンの嫁。

 

 

『その他のALOプレイヤー』

 

・サクヤ

 

 シルフ領主。

 

・アリシャ・ルー

 

 ケットシー領主。

 

・ユージーン

 

 サラマンダー領主の弟。サラマンダー軍のトップ。元ALO最強剣士。

 

・カゲムネ

 

 ユージーンの側近。サラマンダー軍のナンバーツー扱い。

 

・シグルド

 

 元シルフ四天王の一人。サクヤに追放された後は不明。

 

・トンキー

 

 邪神型モンスター。

 

・ユウキ

 

 本名は紺野木綿季。絶剣。スリーピング・ナイツのメンバー。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。

 

・ラン

 

 本名は紺野藍子。絶刀。スリーピング・ナイツのリーダー。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。

 

・ジュン

・テッチ

・タルケン

・クロービス

・ノリ

・シウネー

 

 スリーピングナイツのメンバー。

 

・メリダ

 

 本名は山城芽衣子、スリーピングナイツのメンバー。

 

・ゴーグル

・コンタクト

・フォックス

・テール

・ビアード

・ヤサ

・バンダナ

 

 ロザリアの元取り巻き七人衆。

 

・ルクス

・グウェン

 

 詳細不明

 

『十狼』

 

・シャナ

 

 ALOのハチマン、狙撃銃M82を所持使用輝光剣はアハトX、刀身は黒。

 

・シズカ

 

 ALOのアスナ、使用輝光剣はカゲミツG1夜桜、刀身はピンク。

 

・シノン

 

 ALOのシノン、狙撃銃ヘカートII、グロックを改造したグロックX3、チビノンを所持。

刀身は水色。

 

・ベンケイ

 

 ALOのコマチ、使用輝光剣はカゲミツG2白銀、刀身は銀色。

 

・ピトフーイ

 

 ALOのクックロビン、使用輝光剣はカゲミツG3鬼哭。刀身は赤。

 

・ロザリア

 

 本名は薔薇(ソウビ)小猫。なんちゃってヒロイン。八幡の秘書室長に就任予定。

 

・ニャンゴロー

 

 ALOのユキノ。

 

・イコマ

 

 SAOのネズハ、ALOのナタク。

 

・エム

 

 本名は阿僧祇豪志。ピトフーイをこよなく愛する彼女の秘書。ドM。

 

・銃士X(マスケティア・イクス)

 

 ALOのセラフィム。使用輝光剣はカゲミツG5流水、刀身は青。

 

・セバス

 

 本名は都築和彦、雪ノ下家の執事、八幡の師匠、元傭兵。

 

 

『シャナに近いGGOプレイヤー』

 

・薄塩たらこ

 

 本名は長崎大善、元GGOの最大スコードロンのリーダー。ソレイユでバイト中。 

 

・闇風

 

 本名は山田風太、GGO最高のスピードスター。ソレイユでバイト中。

 

・エヴァ

 

 本名は新渡戸咲、高校の新体操部の部長。スコ-ドロン『SHINC』のリーダー。

 

・ソフィー

 

 本名は藤沢カナ、咲と同じ新体操部所属。スコ-ドロン『SHINC』のメンバー。

 

・ローザ

 

 本名は野口詩織、咲と同じ新体操部所属。スコ-ドロン『SHINC』のメンバー。

 狙撃銃デグチャレフの運搬担当。

 

・アンナ

 

 本名は安中萌、咲と同じ新体操部所属。スコ-ドロン『SHINC』のメンバー。

 

・ターニャ

 

 本名は楠リサ、咲と同じ新体操部所属。スコ-ドロン『SHINC』のメンバー。

 

・トーマ

 

 本名はミラナ・シドロワ、ロシア出身。咲と同じ新体操部所属。

 スコ-ドロン『SHINC』のメンバー。狙撃銃デグチャレフの狙撃担当。

 

・ダイン

 

 本名は台場涼一、シュピーゲルの所属するスコードロンのリーダー。

 第三回BoBの決勝進出者。

 

・ギンロウ

 

 本名は犬塚銀治、シャナを崇拝するようになった。

 第三回BoBにて念願の決勝進出を果たす。

 

・おっかさん

 

 本名は田中翔子、女性だけのスコードロン、GGO女性連合(通称G女連)のリーダー。

 サーシャの母親。

 

・ミサキ

 

 本名は海野美咲、G女連のメンバー。銀座でスナック「美咲」を経営。

 気に入った男の前ではつい下ネタを連発してしまう妖艶な女性。

 最初の旦那は政治家だったが死別している。シャナに懸想中。海野杏の母。

 かなりの実力者であり、その腕前は、第三回BoBの決勝に進出する程。

 

・イヴ

 

 本名は岡野舞衣、G女連のメンバー。ハッカー。ソレイユの開発部並びに影の情報部所属。

 母は発明家の岡野由香。

 

・レン

 

 本名は小比類巻香蓮、フカ次郎こと篠原美優の友達。かなりの高身長。

 第一回と第二回スクワッド・ジャムの優勝者。

 

 

・フカ次郎

 

 本名は篠原美優。ALOのフカ次郎。レンに頼まれてGGOに参戦。

 

・コミケ

 

 本名は伊丹耀司、自衛隊三等陸尉。スコードロン『Narrow』のリーダー。

 

・ケモナー

 

 本名は倉田武雄、自衛隊三等陸曹。スコードロン『Narrow』のメンバー。

 

・トミー

 

 本名は富田章、自衛隊二等陸曹。スコードロン『Narrow』のメンバー。

 

・クリン

 

 本名は栗林志乃、自衛隊二等陸曹。スコードロン『Narrow』のメンバー。

 現在ソレイユに出向中。

 

・ブラックキャット

 

 本名は黒川茉莉、自衛隊二等陸曹。スコードロン『Narrow』のメンバー。

 第三回BoBの序盤で八幡の体調の保全を担当、後に連絡役もこなした。

 毒舌女王だが、八幡の事を気に入っているらしく、まだ八幡には毒舌は発揮されていない。

 現在ソレイユに出向中。

 

・キリト

 

 ALOのキリト。使用輝光剣はカゲミツG4、エリュシデータ、刀身は黒。

 

・ゼクシード

 

 本名は茂村保、第二回BoB優勝者、鋼のメンタルの持ち主。

 眠りの森にてVR空間に滞在し、治療を受け復活。その時の事を夢だと思っている。

 最近ではシャナ陣営の一角だと目されている。

 

・ユッコ

 

 本名は桜川悠子、ゼクシード一派。南の元友達。

 シャナとの和解後は積極的に交流を重ねる。

 

・ハルカ

 

 本名は井上遥、ゼクシード一派。南の元友達。

 シャナとの和解後は積極的に交流を重ねる。

 

・スネーク

 

 本名は嘉納太郎、日本の防衛大臣。

 第三回BoBの決勝メンバーの一人。MGSプレイを実践する。

 何かと八幡の事を気にかける、最大の協力者。

 

・シャーリー

 

 北海道で実際に銃を扱う仕事をしている女性。対人は嫌いらしい。

 使用銃はブレイザーR93。要塞防衛戦でシャナからM82を貸してもらった。

 スコードロン『KKHC(北の国ハンターズクラブ)』のメンバー。

 シャナの大ファンであり、ついにシャナとの対面を果たす。

 使用輝光剣はカゲミツG3鬼哭の姉妹剣であるカゲミツG6血華、刀身は赤。

 

 

『その他のGGOプレイヤー』

 

・シュピーゲル

 

 本名は新川恭二、詩乃の事が好きだが気付いてもらえず、悲劇の引き金を引く悲しい少年。

 サクリファイスを殺害、現在収監中。

 

・ステルベン

 

 本名は新川昌一、SAOの赤目のザザ。通称死銃(デスガン)、現在収監中。

 

・ノワール

 

 本名は金本敦、SAOのジョニーブラック、通称ジョー。

 ギャレットとペイル・ライダーを殺害、現在逃亡中。

 

・ギャレット

 

 本名は渡辺光男、第三回BoBにて死亡。

 

・ペイル・ライダー

 

 本名は双葉駆、第三回BoBにて死亡。

 

・獅子王リッチー

 

 ミサキに惚れているがその視界には入らない。第三回BoBの決勝進出者。

 

・ベヒモス

 

 ミニガン使い。

 

・シシガネ

 

 VIT極振りプレイヤー。

 

・デヴィッド

 

 ピトフーイの事が嫌いらしい。古参プレイヤー。

 スコードロン『MMTM(メメント・モリ)』のリーダー。

 使用輝光剣はイコマに頼み込んで作ってもらったカゲミツG7破鳥(ハトリ)刀身は緑。

 

・エルビン

 

 スコードロン『T-S』のリーダー。

 

・シノハラ

 

 マシンガンをこよなく愛する。

 スコードロン『ZEMAL(全日本マシンガンラヴァーズ)』のリーダー。

 

・クラレンス

 

 男性のような見た目を持つ女性プレイヤー。相方募集中。

 

・ファイヤ

 

 本名は西山田炎(ファイヤ)。

 パーティで香蓮と出会い、ひと目惚れをした青年。

 身長は150cm台、業界内ではその名前と身長のせいで有名だが、優秀な若手。

 第一回スクワッド・ジャムでSLに破れ、現在は香蓮の事を諦め、地道に営業中。

 

・餓丸

 

 第三回BoBの予選にてキリトと対戦するも、無意識のキリトにあっさり倒される。

 

・サトライザー

 

 本名はガブリエル・ミラー。シャナの宿敵。第四回BoBに出場。都築と面識有り。

 アメリカで八幡と知り合い、妹であるレヴェッカ・ミラーを八幡に託す。

 現在中東で転戦中。

 

・サクリファイス

 

 本名は凡田平、第三回BoBの直前に死亡。

 

・とある作家

 

 スクワッド・ジャムを提唱し、第一回のスポンサーとなる。

 

 

『元SAOプレイヤー』

 

・ヒースクリフ

 

 本名は茅場晶彦、天才科学者。SAO四天王の一人。神聖剣。

 

・ゴドフリー

 

 本名は相模自由。警察官僚。相模南の父親。

 

・クラディール

 

 本名は倉景時、現在結城塾でしごかれ中。

 

・ノーチラス

 

 本名は後沢鋭二、ユナの元同級生、オーグマーに関わる事件の首謀者の一人。

 ユナの気持ちを曲解し、彼女の意思に反する行いを繰り返し、

 最後にはユナの気持ちも失う。

 

・PoH(プー)

 

 本名はヴァサゴ・カザルス、殺人ギルド、ラフィンコフィンのリーダー。

 現在はガブリエル・ミラーの新しい配下として中東を転戦中。

 

・ザザ

 

 ステルベンの項目を参照。

 

・ジョニー・ブラック

 

 ノワールの項目を参照。

 

・キバオウ

 

 本名佐藤一郎、アインクラッド解放軍のリーダー。

 

・シンカー

 

 本名足立康隆、ネットゲーム攻略サイト、MMOトゥデイの管理人。

 

・ユリエール

 

 本名足立由里子、現在はシンカーの妻。

 

・ヨルコ

 

 本名は明星夜子。

 

・カインズ

 

 本名は明星優。

 

・サーシャ

 

 本名は田中沙耶、おっかさんの娘、現在総武高校で教鞭をとる。奉仕部顧問。

 

・ニシダ

 

 本名は西田俊春、ソレイユの回線保守部門に所属。趣味は釣り。

 

・ディアベル

 

 故人。

 

・リンド

 

 聖竜連合所属。

 

・シュミット

 

 聖竜連合所属。

 

・シヴァタ

 

 聖竜連合所属。

 

・コーバッツ

 

 アインクラッド解放軍に所属。故人。

 

・モルテ

 

 ラフィンコフィン所属プレイヤー。

 

・アシュレイ

 

 本名は神野アリス、SAO一の裁縫師であり、ALO一の裁縫師でもある。

 

・ユナ

 

 本名は重村悠那。ハチマンの弟子だった時期がある。

 彼女の持っていたレア装備と短剣スキルにはハチマンが関与していた。

 通称歌姫、SAOのクリア直前三十秒丁度にゲーム内で死亡。

 そのタイミングの悪さ故に脳に多少の損傷を負い、現在は病院で眠り姫となっている。

 その存在は重村徹大の手により政府にも完全に隠され、公式には死亡扱いとなっている。

 

 

『現実世界の人々』

 

・結城清盛

 

 結城家当主、剣豪。茂村保を見事に治療した。

 

・結城宗盛

 

 結城家長男、現在渡米中。

 八幡の依頼により、藍と木綿季の病気を抑える為の薬品の研究に没頭中。

 

・結城知盛

 

 結城家次男、前例のある手術の技術は超一流。

 

・結城経子

 

 結城家長女、現在東京在住、眠りの森の園長。

 

・結城楓

 

 経子の娘。難病を克服。

 

・国友義賢

 

 イコマの父親。

 

・倉景清

 

 倉エージェンシーの元社長。

 

・倉朝景

 

 倉エージェンシー社長。ソレイユの傘下に入る予定。

 

・雪ノ下朱乃

 

 雪ノ下姉妹の母親、帰還者用学校の理事長だが、八幡らの卒業を機に離任。

夫である純一の衆議院議員当選を受け、雪ノ下建設の社長に就任。

 

・雪ノ下純一

 

 雪ノ下姉妹の父親、千葉県選出衆議院議員。

 

・相模南

 

 八幡の元同級生。八幡の秘書に就任予定。

 

・戸塚彩加

 

 八幡の元同級生。

 

・葉山隼人

 

 八幡の元同級生、ソレイユの法務部長に就任予定。

 

・戸部翔

 

 八幡の元同級生、ソレイユの営業部に所属予定。

 

・川崎沙希

 

 八幡の元同級生。夏コミを契機にソレイユと関わりを持つ事になる。

 ソレイユのグッズ開発部長に就任予定。

 

・材木座義輝

 

 八幡の元同級生、ソレイユの開発部所属。アメリカからの帰国後、再びレクトに出向中。

 

・海老名姫菜

 

 八幡の元同級生、腐女子業界で人気作家となる。サークル「腐海のプリンセス」を営む。

 

・鶴見由美

 

 八幡のリハビリの先生。

 

・鶴見留美

 

 かつて八幡と知り合った少女。総武高校一年生で奉仕部所属。由美の娘。

 

・折本かおり

 

 八幡の元同級生、ソレイユの受付嬢。後に芸能部所属。

 冬コミのソレイユの企業ブースの受付担当。

 

・仲町千佳

 

 かおりの親友、実家は花屋。ソレイユ関連の花や植木の注文を一手に引き受ける事となる。

 

・昼岡映子

 

 詩乃の親友、A、真面目、ソレイユの労務部に所属予定。

 

・夕雲美衣

 

 詩乃の親友、B、調整役、ソレイユの渉外部に所属予定。

 

・夜野椎奈

 

 詩乃の親友、C、コミュ力の鬼、ソレイユの営業部に所属予定。

 その積極性で、三人の中では八幡に一番近い存在となる。

 

・海野杏

 

 クルスの親友、美咲の娘。

 美咲は十代で杏を産んだ為、杏は美咲の事を美咲ちゃんと呼んでいる。

 

・玉縄春樹

 

 元海浜総合高校の生徒会長、ソレイユの入社試験に落ちる。かおりに告白し玉砕。

 

・須郷伸之

 

 SAOの最後の百人事件の首謀者、第一審で有罪判決が下るも控訴中。

 

・重村徹大

 

 東都工業大学電気電子工学科教授、オーグマーの開発者。

 オーグマーの販売メーカーであるカムラの取締役の一人、

 アーガスの元社外取締役。茅場、須郷、神代、比嘉はいずれも彼の教え子。

 重村悠那の父親。悠那の生存を全力で秘匿し、

 オーグマーを使って悠那を復活させようと画策中。

 

・神代凛子

 

 ソレイユのメディキュボイド開発部長。

 

・比嘉健

 

 オーグマーの開発に協力。後にソレイユの開発部所属。

 

・安岐ナツキ

 

 自衛隊付属の看護病院の卒業生、階級は二等陸曹。

 第三回BoBで和人の体調の保全を担当。

 

・結城彰三

 

 明日奈の父親、レクト社長。

 

・結城京子

 

 明日奈の母親。

 

・結城浩一郎

 

 明日奈の兄。

 

・遠藤貴子

 

 詩乃を脅していた一派のリーダー、今は許されてたまに一緒に行動している。

 

・葵梨紗

 

 コミケの元奥さん、姫菜と共にサークル「腐海のプリンセス」を営む。

 

・ダル

 

 本名は橋田至。スーパーハカー。大学卒業後はソレイユの開発部兼情報部に所属予定。

 

・鳳凰院凶真

 

 本名は岡部倫太郎。あだ名はオカリン。八幡と友達付き合いをしている。

 時々情報屋FGとしてアスカ・エンパイアをプレイ中。

 ナユタの事を、スリーピングナイツのメンバーと共に見守っている。

 

・まゆしい

 

 本名は椎名まゆり。メイクイーン・ニャンニャンでバイト中。

 

・比屋定真帆

 

 牧瀬紅莉栖の先輩、ヴィクトル・コンドリア大学の学生。

 ソレイユの次世代技術研究部の部員。

 ニューロリンカーの開発に邁進中。

 

・アレクシス・レスキネン

 

 元ヴィクトル・コンドリア大学教授で、ソレイユの次世代技術研究部の部長。

 ニューロリンカーの開発に邁進中。

 

・桐生萌郁

 

 自殺しようとしていた所を八幡に拾われた女性。SERN所属時のコードネームはM4。

 八幡直属のソレイユの諜報員として活動する事になる。

 

・ミスターブラウン

 

 本名は天王寺裕吾。

 岡部倫太郎のラボ『未来ガジェット研究所』の一階の電気店の店長にしてビルのオーナー。

 SERNのエージェントであり桐生萌郁の上司。

 

・漆原るか

 

 岡部倫太郎の弟子。柳林神社の宮司の息子。

 

・漆原える

 

 柳林神社の宮司の娘。漆原るかの年の離れた姉。ソレイユの受付として勤務中。

 

・阿万音由季

 

 夏コミのソレイユブースに参加した女性コスプレイヤー。橋田至と交際中。

 

・櫛稲田優里奈

 

 現在天涯孤独の身。SAO内で死亡した兄、大地が相模自由の部下だった関係で、

 第三回BoB後に自由から相談を受けた八幡の手によって、

 ソレイユの次期幹部候補生育成プロジェクトの最初の候補生に選ばれる。

 そのおかげで生活は安定。ソレイユでバイトしつつ八幡と交流を深める。

 

・小比類巻蓮一

 

 香蓮の父親。北海道で建設業を営む。香蓮の他に、息子が二人、娘が二人いる。

 香蓮はその末っ子であり、蓮一は香蓮を溺愛している。

 

・はちまんくん

 

 AI搭載型自律式ぬいぐるみ、詩乃が所持。

 

 

・参考資料、現在の社長がモテすぎてむかつく乙女の会のメンバー一覧

 

    会長:薔薇小猫

一般メンバー:相模南

       間宮クルス

       折本かおり

       岡野舞衣

       朝田詩乃

       雪ノ下雪乃

       由比ヶ浜結衣

       三浦優美子

       一色いろは



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第六章 キャリバー・トラフィックス編
第601話 集まりゆく仲間達のトラフィックス


あけましておめでとうございます、今年も宜しくお願いします!

今日から新しい章の始まりです、といっても前章の直後から開始ですが!

お正月は俺は六日まで休みなので、その間は朝八時投稿でいいかなと思い立ったので、そういう事で宜しくお願いします!


 大会を終え、GGOからログアウトした神崎エルザは、直後に自宅のベッドで目覚めた。

 

「はぁ………今日は色々やらかした……」

 

 エルザはそう呟きながら体を起こした。よく見ると正面に人影が見え、

エルザはギョッとしたが、それがよく知っている顔だった為、

エルザは別の意味で再びギョッとした。

 

「あれ、シノのん?何でここに!?」

「エルザ、あんたね………」

 

 その言い方で、詩乃がどうやら全ての事情を知っているのだと悟ったエルザは、

詩乃の表情を見て、自分の事を心配してくれていたのだと悟り、

目に涙を讃えながら詩乃に謝った。

 

「ご、ごめんね……」

「えっ?ちょ、ちょっと、いきなりそうくる?」

「うっ……うぅ……」

「えっと……」

 

 詩乃は訳が分からず困惑したが、そんな詩乃にフェイリスとまゆりが声をかけてきた。

 

「中で何かあったのニャね、とりあえず落ち着いてもらわないとかニャ?」

「その前に服も着ないとだね!」

 

 決死の覚悟でエルザを止めようとしていた三人は、

エルザの様子を見てこれは大丈夫だろうと思い、とりあえず事情を聞く事にした。

 

「……なるほど、八幡に本気で怒られて、本気で反省したと」

「うん、ごめんね心配かけて……」

「まあ死ぬのをやめてくれたなら、全然いいわよ」

「それはもうやめたから大丈夫、ちゃんと和解もしたよ?」

「そう、それなら良かったわ」

「あっ、ごめんね、今お茶を入れるね」

 

 エルザは自宅に来客を迎える形になっている事に気が付き、慌てて台所へと向かった。

そんなエルザの姿を遠目で見ながら、フェイリスとまゆしいは詩乃にこんな事を言った。

 

「いやぁ、しかしまさか相手があの神崎エルザだったなんて、びっくりだったニャ」

「どうしよう、まゆしいは、有名人の全裸を見てしまったのです………」

「別に女同士なんだし気にしなくてもいいでしょ」

 

 そして戻ってきたエルザは三人にお茶を配り、落ち着いた所でエルザは詩乃に言った。

 

「ところでシノのん、私、今度ヴァルハラ入りする事が決まったから」

「そ、そうなの!?」

「ニャニャ、ニャんと!?」

「うわぁ、そうなんだ、凄い凄い、おめでとう、エルザさん!」

「うん、ありがとう!」

 

 エルザはとても嬉しそうにまゆりに微笑み、

そして詩乃は、思いついたようにエルザに言った。

 

「あ、エルザ、ちなみにフェイリスさんも、ヴァルハラのメンバーだからね」

「あっ、そうなんだ!これから宜しくね、フェイリスさん!」

「こちらこそ宜しくニャ!」

「それじゃあヴァルハラのメンバーについて、軽くレクチャーしておく事にしましょっか」

「シノのん先生、お願いします!」

 

 その後、ヴァルハラについて軽くレクチャーを受けたエルザは、

思い出したようにポストを漁り、薔薇が投函した手紙を見つけ出した。

そしてそれを読み、八幡が言っていた事が事実だと理解し、

自分の迂闊さに落ち込んだ為、三人は慌てて再びエルザを励ます事となったのだった。

 

 

 

 そしてその一週間後、美優と舞は、仲良く東京へと向かう飛行機の中にいた。

 

「誘いがいきなりになってしまってごめんね美優、

スネークさんから連絡があったのがおとといだったんだよね」

「リーダーが日本に戻ってきてくれたのが四日前だったから、それは仕方ないよ舞さん」

「でも美優も丁度東京に用事があったんだよね?一石二鳥で良かったね」

「それなんだけど、実は今日、レンと一緒にピトさんに会いに行くんだよね」

「えっ、そうなの?へぇ~、それは楽しみだね」

 

 あっけらかんとそう言う舞に、美優は試しにこんな提案をする事にした。

 

「ねぇ、もし良かったら舞さんもピトさんに会いにいってみる?」

「いや、それはいい」

 

 舞はそう即答し、美優は鼻白んだ。

 

「あれ、ピトさんとはもう和解して、今は凄く仲がいいんだよね?」

「うん、そうなんだけどね、でもリアルで会うのはちょっと……」

「まだ何か何か思う所でもあるの?」

「いや~、何か凄く嫌な予感がするというか、リアルで関わりたくない気がするというか、

前にシャナさんが気になる事を言ってたから、何か危険な気がしてならないの、ごめんね」

「気になる事?何て?」

「いや、気のせいかもしれないからさ、私の事は気にせず楽しんできて」

「あ、うん、まあいいか、楽しんでくる!」

 

 この時のシャーリーの言葉の意味を美優が理解するのは、

実際にピトフーイこと神崎エルザと対面した直後の事になる。

美優個人としては神埼エルザと知り合いになった事は喜ぶべき事だが、

同時にそれが何かと面倒臭い事態を呼ぶ可能性も否定出来なかった為、

美優は舞の危機察知能力の鋭さに感心させられたものだった。

そして空港に着いた二人は、夜に落ち合う事を約束し、

それぞれの目的地へと向かっていった。

 

 

 

「えっと………本当にここでいいのかな?」

 

 舞は指定された場所の位置情報を頼りに、明らかに場違いな場所にポツンと立っていた。

そこはいわゆる議員会館の前であり、いかにもといった高級車がひっきりなしに出入りし、

どこかで見た事があるような人が何人も出入りしていた。

そしてたまたま通りかかった衛視の一人が舞に気が付き、声をかけて来ようとしてきた為、

さすがの舞も身を固くした。だがそこに助け舟を出してきた者がいた。

 

「君、そちらのお嬢ちゃんは俺の知り合いだから大丈夫だ、お役目ご苦労さん」

「あ、そうでしたか、それは失礼しました」

 

 舞はその声にホッとした。政治家に知り合いはいない為、多分人違いだろうとは思うが、

とりあえず職務質問された場合、『スネークさんと待ち合わせです』等と言っても、

信じてもらえるはずがないからだ。

そして舞は、この人が話の分かる人だといいなと思いつつ、

事情を説明しようとその人の顔をまじまじと見詰めた。

だがそこに誰でも知っている大物国会議員の顔があった為、舞は当然の如く固まった。

 

「シャーリーのお嬢ちゃんだよな?

悪い悪い、待たせちまったな、ちょっと総理に呼ばれちまったんでな」

 

(ソウリ?ソウリって何だっけ?)

 

「まあ立ち話もアレだから、とりあえず俺の部屋に行こうか……

どうした?もしかして具合でも悪いのか?お~い?」

 

 その呼びかけで、舞はやっと再起動した。

 

「あっ、は、はい!ご一緒させて頂きます!」

「おう、それじゃあ行くかね」

 

 それからどんなルートで部屋に行ったのか、緊張しすぎてまったく覚えていなかった舞は、

気が付くと座り心地のいいソファーに座ってお茶を飲んでいた。

 

「どうだい、ちょっとは落ち着いたかい?」

「あ、はい、すみません……」

 

 恐縮したようにそう言った舞に、日本国防衛大臣、嘉納太郎は豪快に笑いながら言った。

 

「いやすまんすまん、いきなり俺が迎えに行ったらそりゃ驚くよな」

「はい、凄く驚きました……」

「本当に悪かったな、という訳で、俺がスネークだ、宜しくな」

「はい、宜しくお願いします」

 

(ピトフーイよりもこっちの方がやばかった!)

 

 舞はそう思いながら、疑問に思っていた事を嘉納に尋ねた。

 

「あ、あの、大臣は何故GGOを?」

「ん?ああ、俺は昔、射撃でオリンピックに出た事があってな、まあ息抜きだ息抜き」

「そうなんですか?凄い凄い!射撃がお得意なんですね!」

「まあな、それにあそこだと体力を使わないからな、こんな老人でも楽しめるってもんよ」

「ですね!」

 

 二人は年の差など関係なく意気投合したらしい。そして嘉納が改まった顔で舞に言った。

 

「それじゃあ早速本題に入るとするか、とりあえず悪いと思ったが、

お嬢ちゃんにおかしなバックがついてないかどうか、こちらで確認させてもらった。

結果は問題なし、これで第一段階はクリアだな」

「あっ、はい、私はただのガイド兼ハンターなので、そこらへんは問題ないかと」

「しかしその年でハンターとは、KKHCの事は知ってたが、本当に驚いたぜ」

「親の後を継いだだけなんですよ、選択肢が無かったというか、

気付いたらハンターになってました」

「なるほどなぁ、それじゃあ次はこれをよく読んで、納得したらサインしてくれな」

「あっ、はい」

 

 そこに置かれていたのは誓約書であり、

具体的には比企谷八幡という人物に紹介してもらう代わりに、

その情報に関しては関係者以外には絶対に何も漏らさない事、

そしてもし破った場合は賠償請求が国によって成される事が明記されていた。

 

「あの、すみません大臣、これがシャナさんの名前だと思うんですが、

これって何て読むんですか?あ、いや、

会った時に間違った呼び方をしちゃったらまずいかなと思ったので」

「おお、お嬢ちゃんはしっかりしてるんだな、読み方は、ひきがやはちまん、だな」

「ひきがやはちまんさん……分かりました、ありがとうございます」

 

 そして舞は、一通りその文章に目を通し、

賠償請求の項目を見ても顔色一つ変えずに躊躇いなくサインし、ハンコを押した。

 

「よし、これで全ての条件はクリアだな、待っててくれ、今あいつに連絡する」

「あ、はい、ありがとうございます!」

 

 そして嘉納は八幡に電話をかけ、実に気安い調子で会話を始めた。

 

「おう、俺だ俺、例の話、今まとまったんだが、これからどうすればいい?

おう、おう、そうかそうか、それじゃあお前さんが着くまで俺がもてなしておくから、

近くに来たら連絡してくれな」

 

 嘉納はそう言って電話を切った後、笑顔で舞に言った。

 

「ここに迎えに来てくれるってよ、良かったなお嬢ちゃん」

「そうなんですか?土地勘が全然無いので正直助かります!」

「まああいつの車に乗ったら驚くと思うが、それも楽しみにしておくといい」

「そうなんですか?どんな車なんだろう……」

「実は俺の車もあいつに頼んで作ってもらったんだ」

「えっ?比企谷さんって車関係のお仕事をされてるんですか?」

「いや、全然違うぞ」

「あれ……」

 

 舞はきょとんとして首を傾げたが、嘉納はそんな舞にお茶を出しながら、豪快に笑った。

 

「まあそれも含めて今日は色々話してもらうといい」

「はい、そうします!」

 

 そして嘉納と舞は雑談をしながら、八幡の到着を待った。

 

「多分そろそろじゃねえかな……とか言ってる間にあいつからの着信だ」

 

 嘉納は電話に出て短く返事をすると、舞を伴って駐車場へと向かった。

 

「お、あれだあれだ、お~い比企谷君、わざわざ悪いな」

「いえ、こちらこそお手数をおかけしてすみません」

「いいって事よ、もともと俺が勝手に約束しちまった事だからな」

 

 嘉納は何か気になったのか、チラリとキットの後部座席に目を走らせた後、

舞にその場所を譲った。そして舞はついに念願通りに八幡の目の前に立つ事となった。

 

「あ、あの、初めまして、シャーリーこと霧島舞です!」

「俺はシャナこと比企谷八幡だ、宜しくな、舞さん」

「はい、宜しくお願いします!」

「それじゃあ俺の知り合いのやってる店に行くとするか、まあメイド喫茶なんだけどな」

「メイド喫茶ですか?」

「ああ、一応ALOでの身内のやってる店なんで、融通がきくんだよ」

 

 その言葉に舞は納得し、そして二人は嘉納に挨拶をし、移動しようとした。

 

「あっと、ちょっと待った比企谷君、名前な、カットに決めたわ」

「名前?ああ!カット……ですか、キットとカットってちょっと危険な感じですね」

「わはははは、確かにそうだな、ちょっと今ここに呼ぶから挨拶してってくれや」

「そうですね、分かりました」

 

 舞は何の話だろうときょとんとしたが、そんな舞に八幡が言った。

 

「ごめん舞さん、今からここに嘉納さんの車が来るから、

ちょっと挨拶しないといけないんだよ。少しだけ待ってもらっていいか?」

「車に挨拶……ですか?」

『その前に私を紹介して下さるのが先ではないですか?八幡』

「あっと、悪いキット、そういえばそうだったな」

「えっと……今の声は……」

 

 そしてお決まりのやり取りが繰り返され、舞は他の多くの者達と同じくとても驚いた。

だがそれはまだ序の口だった。直後に遠くからキットと似たような車が走ってきて、

キットの隣に止まった。その車は無人であったが、キットと同じくいきなり話しかけてきた。

 

『お久しぶりです八幡、やっと私も名前を付けてもらいました、カットです』

「お、久しぶりだな、そしておめでとう、カット」

『ありがとうございます』

 

 そのやり取りに舞は死ぬほど驚いた。

 

「こんな車が二台もあるなんて……」

「これは俺が比企谷君に頼み込んで作ってもらったんだ、キットの二号車だな、

名前の由来は『KANOU2000』の頭文字をとってKATT、カットだ」

「あ、そういう意味だったんですね、チョコじゃなく」

「わはははは、当たり前だろ!」

 

 こうして二人は和やかな雰囲気のまま嘉納と別れ、車上の人となった。

 

「えっと、メイド喫茶という事は、秋葉原って所にでも行くんですか?」

「ああ、正解だな」

「なるほど、ずっと興味はあったんですよ、どんな所なのかなって」

「ん~、まあ雑然とした街だな、さて、そろそろ着くぞ」

「うわ、結構近いんですね」

 

 そして二人は数分後、メイクイーン・ニャンニャンの前に立つ事にになり、

直後に中から一人のメイドが飛び出してきて、八幡に抱きついた。

 

「八幡!お帰りなさいなのニャ!」



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第602話 ヴァルハラ・ウルヴズ

実はここまでの話には、いくつか縛りがありました。GGOの時は、ラストまでシノンとキリトを会わせないという縛り、GGOアフターでは、渡米中はピトフーイと連絡不能にしないといけない縛り、他にもいくつかあったと思いますが、
この章からはそれがほとんど無くなります、唯一あるのは、マザーズロザリオまではラン(アイ)とユウキをアスナに会わせないという縛りです。
でもそれだとユウキ達の活躍の範囲が狭くなってしまいますので、少し構成についてお話しておきます。

第六章・キャリバー・トラフィックス編
第七章・マザーズロザリオ編
第八章・キャリバー・クロッシング編
第九章・オーディナル・スケール編

こういった予定でいきたいと思っていますので、今後にご期待下さい。


「もう、来るのが遅いのニャ!待ちくたびれて闇堕ちするところだったニャ」

「悪い悪い、戻ってきてから色々と事務処理に手間取っちまってな、ってか離れろ」

「フェイリスは敵の親玉のところに行って、見事改心させてきたのニャ、

それに対する報酬だと思えば気にもならないニャよね?」

「ピトの事か?それには感謝してるが、

詩乃からはあいつが起きた時には全て解決してたって聞いてるけどな」

「チッ、あのツンデレメガネっ子王女め、余計な事を……」

「王女って何だよ、ってかフェイリス黒い、黒いから」

「仕方ないのニャ、今のフェイリスは、八幡の不在で闇の力にかなり侵食されてるのニャ」

「お前のそれ、いつもだよな?」

 

 そんな二人のやり取りを、舞はぽかんと眺めていた。

そんな舞に気付いた八幡は、フェイリスに舞の事を紹介した。

 

「フェイリス、こちらが舞さんだ」

「フェイリス・ニャンニャンです、舞さん、宜しくニャ!」

「あ、こ、こちらこそ宜しくお願いします」

 

 こういった事に慣れていない舞は、戸惑いながらも何とか挨拶を返す事が出来た。

そして二人は個室に通され注文を済ませると、最初に八幡が舞に頭を下げた。

 

「今回の件、舞さんには不愉快な思いをさせて本当にすまなかった、

十狼の代表として心から謝罪したいと思う」

「や、やめて下さいよ!ピトフーイとは和解しましたし、もう何とも思ってませんから!」

「そうか?でもな……」

「それならこれにサインして下さい、それで十分です!」

「あ、例のアレか……」

 

 舞がニコニコ笑顔で狩猟に使っているポーチを取り出し、八幡に差し出してきた為、

八幡は躊躇しながらも素直にそれを受け取った。

 

「サインなんかした事ないんだけどな……」

「って事は私が初めてって事ですか?うわ、やった、凄く嬉しいです!」

「っていうか俺のサインなんか欲しいもんか?

それよりも普通に芸能人とかのサインの方が……」

「比企谷さんのが欲しいんです!」

「あ、そ、そう……」

 

 八幡は舞の勢いに押され、とにかく丁寧にという事を心がけて、

そのポーチに普通に自分の名前を書いた。

その時ポーチの中から何かがゴトッという音を立てて落ちてきた為、

八幡は何気なくそれを手にとった。

 

「これって実弾じゃ………」

「あっ、しまった、一つ残ってた……」

「け、警察に見つからないようにな」

「大丈夫ですよ、狩猟免許もちゃんと持ってきてますから!」

「いや、それでもさ……」

 

 丁度その時フェイリスが注文の品を持って中に入ってきた。

フェイリスは二人の様子を見て、ニャッと目を見開きながら言った。

 

「そ、それはご禁制の魔力弾なのニャ!?」

「ただのライフルの弾だっつの、舞さんは北海道でハンターをしてるからな」

「ニャニャッ、ニャんと!?プロのモンスターハンターの方だったのニャ!?」

「エゾシカってモンスターの括りになりますかね?」

「すまん、見た事がないから分からん」

 

 そしてフェイリスは優雅な仕草で飲み物を二人の前に置き、

舞はそんなフェイリスを、ぼ~っと眺めていた。

 

「舞さん、どうかしたか?」

「あ、いえ、フェイリスさんはかわいいなって思って……」

「え、そうか?意外とあざとくね?」

「あざとくなんかないニャ、失礼ニャね!」

「いえ、あのほら、私ってこんな仕事をしてるじゃないですか、

だからフェイリスさんみたいな人に憧れるというか、羨ましいというか……」

 

 舞は先ほど落ちた弾を弄びながらそう言い、八幡とフェイリスは顔を見合わせた。

 

「いや、舞さんも普通に美人だと思うが……」

「そうニャよ、とっても美人さんニャよ?」

「あ、ありがとうございます、でもほら、仕草とかそういう部分がちょっと……

どうしてもガサツになっちゃって、職場じゃ残念美人とか言われる事もありますし」

「いやいや、健康的な美人ってだけだろ、なぁ?」

「そうそう、何も気にする事は無いニャよ、方向性の違いニャ!」

「でも……」

 

 尚も下を向く舞に、フェイリスは定番の提案をする事にした。

 

「それなら舞さんも、試しにメイド服を着てみるニャ?」

「えっ、いいんですか?」

「もちろんニャ、ささ、こちらへどうぞ」

 

 あれよあれよという間に舞はフェイリスに連れていかれ、

少ししてからメイド服姿で戻ってきた。

 

「ど、どうですか?」

「おお……かわいい……」

「そ、そんな、かわいいだなんて!」

「いやいや、凄くかわいいニャよ!」

「あ、ありがとうございます……」

 

 舞は普段、美人と言われる事はあってもかわいいと言われる事はまったく無いらしく、

もしもじしながらも、とても嬉しそうにはにかんでいた。

 

「せっかくだから、二人で写真でも撮るのニャ!」

「写真ですか!?はい、是非お願いします!」

「ちょっと待っててニャ、まゆしい、ちょっといいかニャ?」

「フェリスちゃん、どうしたの?あっ、八幡さん!」

「お、まゆさん、挨拶が遅れてすまないな、今回は心配かけてごめんな」

「ううん、まゆしいは無事だって信じてたから平気なのです!

で、フェリスちゃん、どうしたの?」

「ちょっと手伝ってほしいのニャ、ええと……」

 

 フェイリスはまゆりに何か耳打ちし、まゆりはそれに頷いた。

 

「うん分かった、任せて!」

 

 そしてフェイリスは、舞からスマホを受け取り、二人を並ばせて撮影の体制に入った。

 

(あれ、何でまゆさんを呼んだんだ?この状態だと特に必要ないような……)

 

「それじゃあ撮るニャ、準備はいいかニャ?」

「おう、いつでもいいぞ」

「はい、大丈夫です」

「それじゃあいくニャよ、まゆしい!」

「は~い!」

 

 そして横からまゆりが舞を八幡の方にそっと押し、舞は八幡にもたれかかる格好になった。

 

「きゃっ」

「はい、チーズ!」

 

 そしてその瞬間を逃さず、フェイリスはスマホのシャッターを押した。

 

「よし、凄くいい出来ニャ!」

「フェイリス、お前な……」

「ほら舞さん、見てみてニャ!」

 

 そこには恥じらいながらも八幡に寄り添って、

その顔を見上げる舞の姿がバッチリ写っており、

舞はスマホをとても大切そうに自分の胸に抱いた。

 

「あ、ありがとうございます、一生の宝物にします!」

「どういたしましてニャ!」

「まあ本人がいいならいいか」

 

 そして舞は再び席に座り、ドキドキを抑えようとお茶を口にした。

 

「それじゃあごゆっくりニャ」

「あっ、あの、もし良かったらフェイリスさんも一緒に……」

 

 舞が突然そんな事を言い出した為、フェイリスはキョトンとした。

 

「ん~?でも二人きりの方が良くないかニャ?」

「あ、いや、私こういうのに慣れてなくて、一人だと会話に困ってしまいそうなので……」

「ああ、そういう事ニャね、分かったニャ、フェイリスがバッチリフォローしてあげるニャ」

 

 そして三人での会話が始まった。言葉に詰まる場面もあったが、

その度にフェイリスが舞に助け船を出し、会話はとてもスムーズに流れていった。

 

「フェイリスがGGOをやってたら、もっと色々話せたんだけどニャ」

「まあそうだな、フェイリスはとことんファンタジー系だから、

リアル系のGGOの話とか、合わないよな」

「いえ、そんな、私、今凄く楽しいですから気にしないで下さい!」

「それならいいんニャけど」

 

 丁度その時まゆりが追加の飲み物を持って部屋に入ってきた。

八幡は何気なくそちらを見たのだが、まゆりの後ろに見覚えのある人物を見付け、

八幡は思わずあっと声を上げた。

 

「八幡さん、まゆしいがどうかしましたか?」

「あ、いや、今まゆさんの後ろに見た事のある奴が見えたんで……」

「今帰ってきた二人組のご主人様の事かな?」

「帰り?ああ、そうか、確かにここは帰宅する場所だしな。

えっとシャーリーさん、GGOをプレイしてる奴が二人ほどいたけど、話してみるか?」

 

 舞はその言葉に、自分の知ってる人だろうかと首を傾げながら八幡に尋ねた。

 

「誰ですか?」

「闇風と薄塩たらこだ」

「えっ?リアルでもお知り合いなんですか?」

「ああ、で、どうする?」

「そうですね、興味があるので是非お願いします!」

「それじゃあまゆさん、悪いが二人をここに呼んでくれ。

ついでにここからは、舞さんの事はシャーリーって呼ぶ事にするか」

「それじゃあ私もシャナさんって呼ぶ事にしますね」

 

 そしてまゆりに案内され、部屋に風太と大善が入ってきた。

 

「おう、二人とも、こっちだこっち」

「あれ、何でここに?って、また違う女の子を連れてやがる……」

「どういう事だよ!しかもこんな美人メイドさんを二人も!」

 

 その言葉に舞はもじもじした。そんな舞を、八幡は二人に紹介する事にした。

 

「あ~、闇風、たらこ」

「ん?お、おう」

「むっ」

 

 その呼び方でGGO関係者だと分かったのだろう、二人は居住まいを正し、椅子に座った。

 

「こちらはシャーリーさんだ、たらこはともかく闇風はよく知ってるよな?」

「えっ、あのシャーリーさんか?うわ、初めまして、僕が闇風です」

「僕とか気持ち悪い、俺も面識ならあるぞ、

シャーリーさん、初めましてでお久しぶり、薄塩たらこです」

「は、初めまして、シャーリーです、宜しくお願いします」

 

 舞は緊張した面持ちでそう言った。自分と比べ、BoBの常連であるこの二人は、

シャナも含めてかなり格上のプレイヤーだからだ。

 

「あとこれはフェイリス・ニャンニャン、ALOのフェイリスだ、お前らは知ってるよな?」

「えっ、そうだったの?」

「二人とも、宜しくニャ!」

「こちらこそ宜しく!」

「宜しくな」

 

 そしてフェイリスも含めた五人は仲良く会話を始めた。

さすがにフェイリスとは違い、二人は銃の話にも普通についてこれる為、

舞も自然と打ち解け、会話はどんどん弾んでいった。

 

「そういえば聞くのを忘れてたが、二人は何でここに?」

「いやぁ、今日は二人ともバイトだったんだけどさ、

どこかでお茶でもして帰るかって話してたら、丁度そこにダル君が通りかかって、

で、ここを紹介されたから試しに来てみたって感じかな」

「そういう事か」

「しかし凄い偶然だよなぁ」

「だな」

 

 そして風太が、突然思い出したようにこう言った。

 

「そういえばこの前の陽乃さんの会見には驚いたぜ」

「GGOとALOがコラボするなんてな」

「あ、それ私も見ました!」

「フェイリスも見たニャ!」

「新しく二社が共同で、GGOとALOの両方のプレイヤーが同時にログイン出来る、

五層からなる迷宮に挑戦するって奴だよな?」

「バランスを崩さない程度にいい装備とか、特殊なスキルが手に入るとか」

「興味がありますよね!」

 

 その話に八幡は頷き、続けてこう言った。

 

「ああ、その話か、アメリカで上手く提携話が進んだんでな、

アルゴが一緒だった事もあって、とんとん拍子に話が進んで、ああいう事になったんだよ」

「アレのテストプレイも俺達の仕事になるのか?」

「いや、それだとネタバレになっちまうから、他の奴らにやらせる事にした」

「それって……」

「せっかくシャーリーさんがいるんだ、それじゃあその話をするか」

 

 そして八幡は、真面目な顔で三人に言った。

 

「三人とも、俺がそれ用に臨時で作るチーム、ヴァルハラ・ウルヴズに入らないか?」



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第603話 八幡の護衛

「新しいチーム?ALOとGGOからの選抜攻略チームって事か?」

「ああ、ヴァルハラ・リゾートのメンバーから現在十名ほど、

あとは他のGGOの有力メンバーから何人かで構成する予定だ。

時期的に年末になっちまうから、リアルが忙しい奴も結構いるから人数は少なめだけどな」

「俺は参加するぜ」

「俺もだな」

「フェイリスもニャ!お店はまゆしい達に任せるのニャ!」

「お前、それでいいのかよ……」

 

 そして舞が、おずおずとこう尋ねてきた。

 

「あ、あの、私がそんなチームに参加してもいいんですか?

というかさっきからたまに名前が出てるヴァルハラって、

あのALOのヴァルハラの事ですよね?

ALOだけじゃなく、VRゲーム全部で最強って言われてる」

「そうだよシャーリーさん、あそこのリーダーは、このシャナだからな」

「えっ?でもあそこのリーダーって、確かハチ……あっ!」

 

 舞はそこでついに真実に行き当たった。

 

「そういえば一時期そんな噂が……

BoBで二人が同時に出場したせいで立ち消えになりましたけど」

「あれは実は中身だけが別人だったんだよな」

「そうだったんですか!そっかぁ、そういう事だったんだぁ……」

 

 シャーリーはこの件で、更に八幡に心酔する事となったようだ。

 

「ところで今決まってる参加予定メンバーって、誰?」

「あ~……ネットに公開されてるうちのメンバーリストを見ながら説明した方が早いかもな」

 

 そして八幡は、スマホにヴァルハラのメンバー専用ページにログインし、

画面を見せながら説明を始めた。

 

「俺、アスナ、キリト、ユキノ、リズベット、シリカ、セラフィム、フェイリス、レコン、

シノン、フカ次郎、それにクックロビンとレヴィ、職人枠でナタクとスクナだ」

「レヴィって誰なのニャ?」

「新人だからフェイリスが知らないのも当然だな」

「そうだったのニャね」

「他の人はどうしたんだ?」

「いや、それがな……」

 

 八幡は、少し困った顔で説明を始めた。

 

「実際に開発に関わってるソレイユさんとアルゴは無理として、

短大生のコマチとリーファは卒業旅行、

それにユイユイとユミーも卒業を控えて単位がギリらしくて、無理だったんだよ」

「ああ~!」

「今三年生のイロハは就職活動だそうだ。

エギルとクラインとクリスハイトはさすがに年末は仕事が忙しくて無理らしい、

同じ理由でメビウスさんとクリシュナも厳しいそうだ、

クリシュナは次世代技術研究部の立ち上げもあるしな」

「あれ、卒業組の就職活動とかはいいのか?」

「それはもう終わってるらしい、うちにも多分何人か入ると思うぞ、

誰も教えてくれないから誰が入るのかは知らないんだけどな」

「全員だったりして」

「ははっ、まさか」

 

 八幡はそんな訳無いだろうと笑い、そんな八幡にフェイリスがこう質問してきた。

 

「その論でいくと、ユキノとセラフィムは……?」

「あの二人がそんな事で苦労するはずがないだろ……」

「そうだったニャね……」

 

 次に風太が八幡に質問してきた。

 

「GGO組には他に誰に声をかけるつもりなんだ?」

「あとはレンにゼクシードとユッコ、ハルカくらいかな、

後で落ち合うから、その時にでも頼んでみるさ、

もっともその場で話を出す訳にはいかないんだけどな」

「落ち合う?そのメンバーで集まるのか?」

「PM4のお疲れ会があるんだよ、もっとも遠くに住んでるダインとギンロウは不参加だが」

「ああ~、それじゃあ俺が行く訳にはいかないな!」

「レンとフカは行くみたいだけどな」

「それはいいだろ、あいつら仲良しだしな!で、その場で話を出せないってのは何でだ?」

「スネークがチームに参加するって言い出すと困るからだ」

 

 八幡は少しエキサイトした感じでそう言った。

 

「スネークが来ると何か困るのか?」

「シャーリーさんは、俺の気持ちを分かってくれるよな?

あの人が年末にゲームするって言い出したらどうなるか……」

「それは無理、絶対に無理だしやばいです!」

「だろ?まあそういう訳だ」

「よく分からないが、スネークって何か責任がある立場の人なのか?」

「おう、日本人全体のな」

 

 その言葉に風太と大善は固まった後、焦った顔で八幡に抗議した。

 

「お、おいシャナ、余計な事を俺達に言うなよ!ちょこっと聞いちまったじゃねえか!」

「そういうのには関わりたくないな、今のは聞かなかった事にする」

「おう、そうしてくれ、スネークさんの正体が、実は日本の……」

 

 もちろん八幡は二人をおちょくりたいだけだったので、

そこで言葉を止めるつもりだったが、二人はそれに過剰反応し、耳を塞ぎながら言った。

 

「わ~、わ~!」

「それ以上言うなっつ~の!」

「心配すんなって、最初から言うつもりはないからな、

俺はただ、二人をおちょくりたかっただけだ」

「だからシャナ、お前はどうしていつもいつも!」

「ほんの冗談だって、お詫びにレヴィをここに呼んでやるから勘弁な」

「それがどうしてお詫びになるんだよ!」

「さあ、何でだろうな」

 

 そして八幡はどこかに電話をかけ、キッチリ一分後にドアがノックされた。

 

「え、まさかもう?」

「早っ!」

「実はレヴィはずっとキットの後部座席にいたからな」

 

 その言葉に一番驚いたのは舞だった。

 

「え、嘘、本当に?」

 

 そんな舞に、八幡はそこだけ声を潜めてこう囁いた。

 

「やっぱり気付いてなかったのか、嘉納さんは気付いたみたいだったが……」

「うん、全然まったく……」

 

 そして舞は普通の声量でこう続けた。

 

「というかレヴィさんってどういう人ですか?」

「俺の護衛だな、まあ日本じゃ必要ないかもしれないが」

「護衛………やっぱり世界が違う……」

「あ~、まあ知り合いから預かったのを、

遊ばせておく訳にもいかないから護衛にしてるって理由の方が大きいんだけどな、

実際護衛向きの人材なのは間違いないしな」

「その割りにはALOで遊ばせてるニャね」

「そう言われると返す言葉もないが」

 

 そう言いながら八幡はドアを開けた。そこにはまゆりと共にレヴェッカが立っており、

レヴェッカは真面目な表情で八幡にこう言った。

 

「ボス、何かあったのか?怪しい奴は何人もここに入っていったが、

害のありそうな奴は特に見かけなかったが」

「例のALOとGGO絡みの話でな、ここにいるメンバーが俺達の仲間になるから、

レヴィにも紹介しておこうと思ってな」

「そういう事か、オーケーオーケー、俺はレヴェッカ・ミラー、宜しく!」

 

 凄まじい美人でスタイルも良く、

黙っていればどこかのお嬢様で通じるレヴィが乱暴な口調でそう言った為、

さすがのフェイリスも含め、四人は呆然としたが、

四人は我に返った順から自己紹介を始め、レヴィは頷くと、そのまま八幡の隣に座った。

 

「ボス、喉が渇いたから何か頼んでもいいか?トーキョーは暑すぎる」

「キットが温度を調節しててくれただろ?」

「ああ、キットは車にしておくのがもったいないくらいのいい奴だよな、

だが暑いのはそのせいじゃない、ここに来るまでの短い移動のせいだ」

「ああ、まあ外は仕方ないよな……」

 

 そしてレヴェッカは、目を細めながら四人を順に眺め、少し驚いたような顔で言った。

 

「ボス、日本じゃ銃は規制されてるよな?」

「ああ」

「でもそいつとそいつ、それにその子は明らかに銃に慣れてるよな?」

「お前、そういうのが分かるのか?」

「当たり前だろボス、俺を誰だと思ってるんだ」

「手のかかる妹みたいな?」

「チッ、兄貴面すんじゃねえよ、でもまあ悪い気はしないけどな」

 

 そのやり取りに、四人は沈黙する事しか出来なかった。

八幡はそれを見て、レヴェッカの事を少し説明する事にした。

 

「あ~、フェイリスは知らないと思うが、レヴェッカはサトライザーの妹だ」

「あのサトライザーの!?」

「妹!?」

「えっ、マジかよ!?」

「サトライザーって誰ニャ?」

「第一回BoBで、シャナに勝った恐ろしく強いプレイヤーだな」

「本当ニャ?うわ、シャナに勝てる人がキリト君以外にもいたのニャ?」

「次は負けねえよ?」

「いつもながら負けず嫌いニャね」

 

 即座にそう言ってきた八幡に、フェイリスはやれやれといった表情でそう言った。

 

「まあ次やったら確かにボスが勝つかもしれないな、っていうか勝て」

「お前、兄貴の応援をしなくていいのか?」

「忘れたのか?俺はもともとボスのファンだっての」

「あ、レヴィさんもそうなんですか?私もです!」

 

 その時シャーリーが、突然レヴィにそう言い、

レヴィはその言葉ににんまりすると、いきなりシャーリーとシャナ談義を始めた。

 

「お前ら俺の事でそんなに盛り上がるのはやめろ、聞いてて恥ずかしいんだよ」

「何でだよ、別にいいじゃねえか」

「そうですよ、シャナさんが凄いのは至極当たり前の事ですから!」

「ああもう、場所を代わってやるから好きにしてくれ……」

 

 そしてフェイリスがトイレに立った隙に、風太と大善はヒソヒソと八幡に話しかけてきた。

 

「お、おい八幡、何だよあの子」

「だからサトライザーの妹だって」

「ありがとう、そしてありがとう!」

「いやマジ眼福だわ、えらいぞ八幡、よくぞあの子をアメリカから連れ帰ってきてくれたわ」

「だから言ったろ?お詫びだって」

「お釣りとかいるか?さすがにもらいすぎな気がする」

「気にすんな、まあ下手に仲良くなろうとしたら殴られるかもしれないから、

くれぐれも気をつけてな」

「いや~、見てるだけで十分だわ」

「そうそう、十分十分」

 

 そしてしばらく雑談が続けられた後、そろそろ約束の時間だという事で、

八幡達は移動する事になった。

 

「そういえばシャーリーさん、今夜の宿はどうするつもりなんだ?」

「えっと、フカちゃんが案内してくれるとか何とか……それまでは観光を」

「フカが案内?まさかうちか?」

「かもしれないニャね」

「ふ~ん、まあ後で聞いてみれば分かるか、約束の時間は?」

「えっと、夜九時くらいかな?」

「今から四時間くらいか、丁度次の会が終わる頃だな、さてどうするかな」

 

 舞を一人にするのが躊躇われた八幡は、悩むそぶりを見せた。

そんな八幡に、風太と薄塩たらこがこう提案してきた。

 

「あ、それじゃあ俺達がそれまで近場を案内しようか?」

「女の子が行くような洒落た所には案内出来ないけど、

一般的な観光レベルなら案内出来るぜ」

「いいのか?」

「おう、任せとけって、

それに俺達が一緒なら、変な奴に絡まれる事も無いだろうし安全だろ?」

「まあな、それじゃあシャーリーさんが良ければそんな感じでいいか?」

「はい、宜しくお願いします!」

「こっちの会が終わったらまた連絡するから、それじゃあ後でな、シャーリーさん」

「あ、はい、また後で!」

 

 八幡はそう言ってレヴェッカと一緒に去っていき、

舞も風太と大善に案内されて、東京観光へと繰り出した。

 

「ボス、俺の隣にいたあの子だけどよ」

「シャーリーさんの事か?」

「ああ、シャーリーがあの中で、一番銃に慣れてるよな?」

「かもな、あの子は現役のハンターだからな」

「へぇ、そうなのか。俺の腕が鈍っちまわないように、

今度あの子と一緒に狩りに連れてってくれよ」

「そうだな、機会があったらそれもいいな」

「約束だぜボス」

「あいよ」

 

 そして八幡は、ほどなくして目的の場所に到着した。

 

「え、マジでここ?」

「高そうな店だなおい」

「しかもこの店の名前……」

 

 その店は銀座のど真ん中にあり、その名前を『美咲』といった。



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第604話 そして『美咲』へ

人物紹介に以下の人物を追加しました。

・桐生萌郁
・ミスターブラウン
・漆原るか
・漆原える
・阿万音由季


 大会から四日後、八幡が帰国した直後に、

ピトフーイはGGO内で、たまたまミサキと遭遇していた。

 

「あらピトじゃない、ご機嫌よう」

「あれ、ミサキチじゃない、凄く久しぶり」

「この前の試合、見てたわよ、その頭はやりすぎたから反省してるって事なのかしら?」

「うん、そんな感じ、シャナに思いっきり怒られちゃって」

 

 その言葉に家のモニターで試合を見ており、当日現地にいなかったミサキは目を見開いた。

 

「シャナ様があの日にGGOに?」

「うん、アメリカからログインしてたみたい」

「へぇ、そうだったんだ」

 

 ミサキは内心しまったと思いながら、同時に安堵していた。

 

(やっぱりシャナ様は凄いわぁ、ゲームの中だけじゃなくリアルでも凄いなんて、

何とかしてシャナ様とお近付きになれないかしらね、ついでにそのまま既成事実を……)

 

 こういう所がミサキのミサキたる所以であった、とにかく現実的なのである。

もっともミサキは基本身持ちが固く、こんな感情を持つ事は本当に久しぶりであった。

 

「ん、ピトか、大会の時はお疲れさん」

「あれ、スネーク?こんな時間に珍しいね」

「ちょっときつい交渉が終わったんでな、息抜きだ息抜き」

 

 そこに丁度スネークが通りかかった。

スネークはアメリカ軍太平洋司令部の司令官の来日を受け、

直前まで話し合いをしてた為か、少しお疲れのようであった。

その疲れた様子を先日の戦いのせいだと思ったピトフーイは、

申し訳ないと思ったのか、おずおずとスネークに言った。

 

「スネーク、大会の時は本当にごめんね」

「ん?まあちゃんと反省したんだ、過ぎた事は別にいいじゃねえか」

「スネークさん、今日は珍しくよく喋りますわね」

「ん?ああ、これはミサキさん、すみません気付きませんで。

確かに無口キャラが台無しだ、どうもいけねえや、疲れてるせいかもしれねえな」

 

 そのスネークの様子と、申し訳なさそうなピトフーイの姿を見て、ミサキはピンときた。

 

(これはチャンスかもしれませんわぁ)

 

 そしてミサキは二人にこう提案してきた。

 

「二人とも、そういう事なら今度うちの店でPM4のお疲れ会を開いてはどうかしら、

ついでにシャナさんも呼べば盛り上がるんじゃない?」

「お疲れ会?ああ、確かにそれはいいかも!」

「お疲れ会?まあ時間が合えば別に構わないけどよ」

 

 ピトフーイはシャナの名前が出たら、基本こういった提案は断らないし、

シャナが一緒である限り、自分が身バレする事もも厭わない。

スネークもスネークで、シャナともっと仲良くなりたいと思っていた為、

もしシャナの参加が可能であるならば、年末進行で忙しくなる前に、

シャナともっと交流を深めておきたいと、そう考えたのだった。

 

(車のお礼もしないといけないしな、名前も決めないとだし)

 

「でもミサキチ、お店ってどこにあるの?」

「銀座よ、そこに私の店があるの」

「銀座?へぇ、たまにはいいかも、ちょっと他の人にも連絡してみるね」

 

 そしてピトフーイは、ダインとギンロウ、それにゼクシードに連絡を始めた。

その横でスネークが、少し焦った顔でミサキに言った。

 

「な、なあ、もしかしてその銀座のお店って『美咲』の事かい?」

 

 その言葉を聞いた瞬間に、ミサキはやばいと感じた。

まさかGGOプレイヤーの中に自分の店の事を知っている者がいるとは思わなかったからだ。

自分で言うのもなんだが、『美咲』はかなりの高級店なのである。

そしてミサキは、迷った末にスネークに頷いた。

 

「やっぱりか、ミサキちゃん、俺だよ俺、嘉納だ、嘉納太郎」

「えっ?本当に?スネークさんって嘉納さんだったの?」

「おう、凄い偶然だよな、いや~、驚いたわ」

「本当に驚きましたわ、嘉納さん」

 

 ミサキはそのスネークの告白に安堵した。

嘉納ならば、ミサキの事を変に広めたりする心配はまったく無いからだ。

ついでに嘉納は『美咲』の常連の一人だった。そしてそこにピトフーイが戻ってきた。

ピトフーイが言うには、ダインとギンロウは家が遠いらしく、

オーケーをもらえたのはゼクシードだけだったらしい。

そしてもし可能なら、ユッコとハルカも誘ってやってくれという事だった。

 

「なのでとりあえず今の参加人数は五人かな、あっちはいつでも空いてるらしいから、

後はスネーク次第なんだけど、いつくらいが空いてる?」

「俺か?そうだな……確か三日後の土曜の夜なら空いてるぞ」

「あ、その日ってレンちゃん達と会う約束をした日だわ、一緒に呼べば丁度いいかも……

それじゃあシャナに聞いてくるね!ミサキチ、ちょっと待っててもらっていい?」

「ええ、構いませんわ」

「ありがと、行ってくる!」

 

 そしてピトフーイはログアウトし、すぐに八幡に電話をかけた。

これは八幡から言い出した事で、今回のような事が二度とないように、

二人はついに連絡先を交換する事になったのだった。

 

「あ、八幡?エルザだけど……」

「おう、いきなりどうした?何か用事か?」

 

 その言葉にエルザは若干頬を膨らませた。

 

「用事が無いと電話しちゃ駄目?」

「いや、俺が暇なら別に構わないぞ、用事があったら容赦なく切るけどな」

「うん、それでいいよ!」

 

 エルザは途端に機嫌を直し、八幡にお疲れ会の事を説明した。

 

「別に平気だぞ」

「いいの?ありがとう!レンちゃんとフカちゃんも誘うつもりなんだけど、どうかな?」

「レンはともかくフカは北海道だろ」

「丁度その日に二人とこっちで会う約束なの!」

「ん、そうなのか」

 

(エルザと香蓮が?ちょっと香蓮の事が心配だから、俺も行くか……)

 

「それじゃあそういう予定にしておいていい?」

「あ、おいエルザ、その日だけどな、もう一人連れてってもいいか?」

「いいけど誰を?」

「レヴェッカだ、サトライザーの妹だな」

「えっ、何それ、何でそんな事に?」

「詳しい説明はそのうちな、とりあえず今そのレヴェッカが、俺の護衛についてるんだよ」

「そうなんだ、まあいいや、その人も一緒に連れてきて!」

「相変わらず軽いなお前……まあ助かるわ、サンキュ」

 

 そして電話を切った後、エルザは即座にGGOにログインした。 

 

「お待たせ!」

「あら、早かったわね」

「うん、シャナに連絡先を教えてもらったからね!」

「あらそうなの?羨ましい」

「へへ、でしょ?」

 

(何とか私もその連絡先を……いえ、焦っては駄目、こういうのはじっくりいかないと)

 

「それでね、シャナが護衛の人を連れてきたいって言って、

私も丁度その日にレンちゃん達と会うから、全部でえっと、

私、シャナ、レヴェッカちゃん、レンちゃん、フカちゃん、ゼクシード、ユッコ、ハルカ、

スネーク、全部で九人で予約する事って、可能?」

「ええ、問題ないわよ、今度の土曜の夜、

時間は夕方五時くらいでいいのかしら、席を用意しておくわね」

「いきなりなのに本当に大丈夫なの?週末だよ?」

「ええ、大丈夫よ、心配しないで」

 

(その日は確か、遅い時間は予約が結構入ってたと思うけど、

早い時間には予約は入っていなかったはず、それなら八時くらいまでは貸し切りにして、

その日は他の女の子も遅い時間に出勤してもらう事にしましょうか、

きっとシャナ様は、女の子が横に付いても決して喜ばないはずだしね。

料理は早いうちから頑張るとして、その分の手伝いは杏にしてもらって、

ああ、楽しみだわ、本当に楽しみ)

 

 

 

 こうして美咲はまんまと八幡を自分の店に呼ぶ事に成功した。

以前闇風と別に約束はしてはいたが、それはまた別に呼べばいいだけの話である。

もし警戒されて次が無かったとしても、美咲の心は別に痛まない、

闇風が来ようが来まいが美咲にはどうでもいい事だったからだ。

そしてついに八幡は『美咲』という女郎蜘蛛の巣の扉を開けた。

 

「いらっしゃいませ!」

「あっ、ねぇ杏、あのお客さんは私が相手をするから料理の方をお願いね」

「え?あ、ちょっと美咲ちゃん!」

 

 八幡が店に入ってきた瞬間に、美咲は杏を押しのけて入り口へと向かった。

もしこれがゼクシードであれば、後ろには日本人の女性が二人いるはず、

だがこの青年の後ろにはアメリカ人らしき女性が一人しかいない。

そう考えた美咲は、これが八幡だと確信し、胸を熱くした。

 

(やだ、嘘、予想以上に格好いい子なんだけど)

 

 美咲はそんな印象を受け、少女のように胸を躍らせながら八幡の前に立った。

八幡は少し緊張しているようで、やや言葉に詰まり気味だった。

 

「こ、こういう店は初めてで……すみません」

「いえ、いいんですよ」

 

(あらかわいい……) 

 

「あの、本当にこれで分かるのか自信が無いんですが、

ピトフーイの名前で予約が入ってるんじゃないかと……」

「はい、大丈夫ですよ、承っております」

 

 だがそこに、予想外の邪魔が入った。

 

「あれ、君はえっと、確か八幡君?」

「え?あれ、えっと……そうだ、雪乃とクルスの友達の、確か杏さん?」

「うんそう、凄い偶然だね、ここ、私のお母さんのお店なの。で、今日はその手伝い」

「あ、そうなのか、今日は土曜で忙しいはずなのに何か悪いな」

「え?ううん、今は全然忙しくないよ、だって今日は……」

「杏、準備は終わったの?」

「あ、いっけね、それじゃあ八幡君、ごゆっくり!」

「あっと、邪魔しちまってごめんな」

 

 これで緊張が解れたのか、八幡の表情がリラックスしたものに変わった。

知り合いがいた事で、極度に警戒する必要はないと悟ったのだろう。

美咲はそんな八幡を見て、もっと話したかったなと思うのと同時に、

この表情を引き出した杏に対して微妙に嫉妬を覚えた。

 

(あらやだ、私ったら……)

 

 美咲はちょっとガツガツしすぎてたかなと少し反省しつつ、

八幡とレヴェッカを予約席にと案内した。

 

「お席はこちらになります」

「ありがとうございます、ミサキさん」

 

 その言葉に美咲は動きを止めた。そして美咲は表情に気を付けながら、八幡に微笑んだ。

 

「あら、やっぱりバレてましたのね」

「当たり前です、銀座でミサキって名前の店なんて、ここくらいしか無いですよね?」

「この店の事をバラすのを早まったかしらね」

「まあサプライズにならなかったってだけですよ、

それにしても貸し切りになんかしちゃって良かったんですか?

このお店なら、この時間だといってもかなりの売り上げが見込めますよね?」

「………どうして貸し切りだと?」

 

 美咲はその言葉に僅かに動揺した。貸し切りにしたのは美咲の独断であり、

他の誰にも、それこそ杏にすら理由を伝えてなかったからだ。

しかも今日は料理も変に高い物は選んでおらず、

かつ味のクオリティは落とさないように細心の注意を払って用意されており、

お酒も不自然に値段の高いお酒はチョイスから外してあった。

 

「さっきチラリと予約帳が見えたんですよ、それでおかしいなって思って、

杏さんに鎌をかけたんですよね、そしたら案の定、今は忙しくない、と」

 

 さも当たり前のようにニコニコしながらそう言う八幡を見て、

美咲は小細工は通用しないなという印象を受けた。

 

(これは次への含みを持たせるに留めて、余計な事はしない方がいいかもしれないわ、

とにかく今日は、警戒心を無くしてもらう事に専念しましょう)

 

 美咲はそう考え、軽いスキンシップは欠かさずに、

かつ下品にならないような態度を心がける事にした。

 

「それじゃあ改めてシャナ様、いえ、八幡様とお連れ様、『美咲』にようこそ」

「今日はお世話になります、暴れるような奴はいないと思いますが、

何かあったら俺が力ずくで止めますのでご安心を」

「うふふ、頼れる男の人って素敵ですわね」

 

 美咲はそう言って一瞬八幡の腕を抱え込み、

入り口に『本日21時まで貸し切り』の札を出すと、そのまま厨房の方へと戻っていった。

そんな美咲を、杏が驚いたような表情で出迎えた。

 

「うわ、美咲ちゃんが初見の人にあんな事をするのを初めて見たよ、

もしかして美咲ちゃん、八幡君の事を気に入っちゃった?私の恋のライバル?」

「さて、どうかしらねぇ、

実は私、杏に話を聞く前からゲームの中で彼の事を知ってたんだけど、

確かにその頃から、彼となら再婚してもいいかなって漠然と感じてたのは確かだけどね」

 

 その言葉に杏はかなり驚いた。

美咲の口から再婚という言葉が出たのを一度も聞いた事が無かったからである。

 

「そうなの!?うわ、やっぱりライバルだ、しかも最強の!」

「でも彼には決まった人がいるみたいだし、難しいかもしれないわねぇ」

「それって雪乃とかクルスの事?」

「いいえ、それ以上に手ごわい正妻様がいるのよ」

「そうなんだ、うう、まあいいや、せめてもうちょっと親しくなっておきたいなぁ」

「お互い頑張りましょうね、杏」

「うん、美咲ちゃん!」

 

 一方当の八幡は、レヴェッカにからかわれていた。

 

「ボス、顔が赤いぞ」

「お、おう、あの人は苦手なんだよ、色気がありすぎてな」

「確かにそんな感じだな、でも下品じゃない、アメリカじゃ滅多に見ないタイプだな」

「そんなもんか」

「ああ、そんなもんだ」

 

 レヴェッカは自分の前に置かれた箸を弄んでおり、八幡は興味本位でこう尋ねた。

 

「ところでレヴィ、箸は使えるのか?もし無理ならフォークとかを用意してもらうが」

「ん?余裕余裕、うちの兄貴はあれで意外と日本かぶれなんだよ、

だから子供の頃からたまに箸も使ってた」

 

 そう言ってレヴェッカは、綺麗な持ち方で箸を開いたり閉じたりした。

 

「ほほう、上手いもんだな、でもあのガブリエルがなぁ、そんな風には見えなかったが……」

「ほらこれ」

 

 そう言ってレヴェッカは、スマホを操作して子供の頃の写真らしき物を見せてきた。

そこには背中に『海が好き』と書いてあるTシャツを着たガブリエルの姿が写っており、

八幡は思わず噴き出した。

 

「ぶふっ……」

「笑いすぎだぞ、ボス」

「いやだって、海が好きって……」

「この頃は意味が分かってなかったからな、

日本語が書いてあれば何でも良かったんだよ、兄貴は」

「そうか、それじゃあ戦争が終わったら日本にでも来てもらって、

古き良き日本文化を堪能させてやるとしよう」

「ちなみに俺も、そういうのは好きだぜボス」

「分かった分かった、暇を見て色々連れてってやるよ」

「最初はカマクラからな」

「へいへい、どこで調べたんだか」

 

 八幡は、冬の予定がレヴェッカによってどんどん増えていきそうな予感を感じ、

ついでに明日奈と他にもう一人くらい誰かを誘って、

ALOとGGOのクロスが正式に始まるまでは少しのんびりしようと心に決めた。



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第605話 年齢差は友情には関係ない

 丁度その時入り口から誰かが中に入ってくるのが見えた、嘉納である。

 

「お、比企谷君、待たせたな」

「まだ時間には早いですし、俺達も今来たところですよ、閣下」

 

 そこに美咲が再び現れ、驚いたような顔で言った。

 

「あら、お二人はリアルでもお知り合いでしたの?」

「おう美咲ちゃん、そうなんだよ、こいつは中々見どころのある奴でなぁ、

実は前からちょこちょこ間接的に世話になってたんだが、最初はよ……」

「閣下、それ以上言ったらカットを返してもらいますよ」

 

 八幡はそれ以上言わせまいと、咄嗟にそう言った。

 

「おっと、そいつはいけねえ、まあ美咲ちゃん、

とにかくこいつは今後の日本に必要な奴なんだ、目をかけてやってくれな」

「もうとっくにかけてますわよ?」

「おうそうか、さすが男を見る目は一流だな、わはははははは」

 

 その後ろから入ってきたのはゼクシードこと茂村保でだった。

後ろには当然ユッコこと桜川悠子とハルカこと井上遥の姿もあった。

それを見た杏が気を利かせて代わりに嘉納を席へと案内し、

そして保は美咲に案内され、八幡の顔をじっと見詰めながらこちらに近付いてきた。

 

「えっと、初めまして?君がシャナかい?」

「おう、初めましてだな、ゼクシード」

「……………」

「どうした?」

「いや、初めてって感じがどうしてもしなくてさ」

「気のせいだろ、なぁ?ユッコ、ハルカ」

「そうですよゼクシードさん、気のせい気のせい」

「ささ、大人しく席につきましょう」

「あ、ああ、それじゃあ今日は宜しくね、シャナ」

「ああ、楽しくいこうぜ」

 

 だが席についた瞬間、保だけではなく悠子と遥も思わず動きを止めた。

 

「え、え?」

「嘘……テレビで昼に見た……」

「ま、まさか嘉納防衛大臣ですか?」

「おう、俺がスネークこと嘉納太郎だ、宜しくなゼクシード、それにお嬢ちゃん達」

 

 三人はその言葉に完全に固まった。

そして最後にエルザ達が店に入ってきた。後ろには香蓮と美優の姿も見える。

 

「うわ、私こういう店に入るのは初めてだ」

「当たり前でしょ美優、普通こういうお店は男の子しか来ないわよ」

「ミサキチ、ごめん、ギリギリになっちゃった」

 

 そんなエルザの顔をまじまじと見ながら、

美咲はそれでも動揺を表に出さないように気を付けながら言った。

 

「大丈夫よ、それにしてもピト………あなた、神崎エルザさんだったのね」

「うん、正解!驚いた?驚いたよね?」

「そうね、驚いたわよ」

「………う~ん、ミサキチってばそんなに驚いているようには見えないけどなぁ」

「誰が来ても驚いたら失礼に当たるから、表情に出ないように訓練してるだけで、

心の中ではとても驚いているわよ」

「そうなんだ、でも分かるように驚いて欲しかったなぁ」

 

 そう残念そうに言うエルザに、美咲は含み笑いをしながら言った。

 

「でも席について、一番驚くのはあなたじゃないかなって気はするわ」

「え~?そんな事ありませんよ~だ」

「そう?それならいいのだけれど」

 

 そして美咲は三人を席に案内し、その顔ぶれを見た瞬間に、ピトフーイが絶叫した。

 

「ええええええええ、もしかして防衛大臣?誰?スネーク?」

 

 こうしてエルザの強がりは一瞬で破綻し、八幡とレヴェッカ、それに嘉納は思わず笑った。

その直後にエルザの声で覚醒した保が、エルザの顔を見て再び硬直した。

 

「え………か、神崎エルザ?」

「そういうあなたはゼクシード?私はピトフ-イよ、宜しくぅ!」

「あ、あ………何だよこの集まり、どうなってんの………?」

「まあそういう事もあると思って受け入れろ、ゼクシード」

「シャナは全部知ってたのかい?いくらなんでも平然としすぎでしょ……」

 

 ちなみに悠子と遥は平気だった。この事を以前八幡に仄めかされていたからだ。

 

「レンちゃん、食事会以来?」

「だぁね、元気そうだね」

「うん、凄く元気!」

 

 そして香蓮は八幡に促されてその隣に座った。

ちなみにレヴェッカはその反対であり、美優は香蓮の正面という事になった。

席順はちなみにこうである。正面左から香蓮、八幡、レヴェッカ、スネーク、

手前が美優、悠子、保、遥であり、香蓮と美優の間の上座にはエルザが座らされた。

エルザはそれを拒否しようとしたが、八幡がそれを許さなかった。

ちなみに嘉納は最初から上座に座る気はまったく無く、最初に座った席から動かなかった。

 

「おいピト、お前はそこ、一番えらそうな席な」

「え~?八幡か大臣が座ってよぉ……」

「いいからさっさと座って会を始めろ」

「ちぇっ、は~い」

 

 そしてそれぞれ好きな飲み物を頼み、乾杯した後、自己紹介から会は始まった。

 

「それじゃあ私から、神崎エルザ、ピトフーイだよ!」

「あの、小比類巻香蓮、レンです」

「比企谷八幡、シャナだ」

「八幡の護衛をしているレヴェッカ・ミラーだ、ヨロシクな」

「スネークこと嘉納太郎だ、おいお前ら俺の時だけそんなに固くなるなって」

「私はフカ次郎こと篠原美優、宜しくね!」

「桜川悠子、ユッコです」

「し、茂村保、ゼクシードです、宜しくお願いします」

「井上遥、ハルカでっす!」

 

 次に最初に話を振ったのは、予想外に悠子であった。

 

「いやぁ、しかしレンちゃんにはびっくりだよ、

随分成長したよね、もうトッププレイヤーの一角じゃない?」

「そ、それほどでも……」

「いやぁ、本当に凄いって、それにその相変わらずの高身長……」

 

 香蓮はその言葉に反射的にビクッとしたが、

八幡はそんな香蓮を安心させようと優しく微笑んだ。

今の悠子と遥が香蓮を傷つけたりするような事を言うはずがないと信じていたからだ。

 

「凄く格好いい羨ましい!」

「ええっ!?」

「だよね、羨ましいし妬ましいよね!」

 

 ここでエルザもそう被せてきた。

 

「八幡もそう思うでしょ?」

「あ?俺は別に身長とか関係なく、香蓮はかわいいと思うがな」

 

 そう言いながら八幡は、香蓮の頭にポンと手を置き、

次の瞬間香蓮の顔が真っ赤に染まっている事に気付き、慌ててその手を離した。

 

「わ、悪い、いつもの癖でつい……」

「う、うん、大丈夫、いつもの事だから」

 

 その言葉に遥が反応した。

 

「あ~、確かにあんたってよく女の子にそういう事をするよね」

「これはジゴロだね、うん間違いない!」

「だな、よし比企谷君、俺が今度、君がジゴロだと閣議決定するように提案してやろう」

「閣下、もう酔ってんすか!?そういうのは冗談でも本気でやめて下さい!」

「わははははは、保君はどう思う?」

「そういうところ、昔は嫌いだったんですけど、

今でも嫌いです、ええ、キッパリとね!こいつ、モテすぎるんですよ、意味不明でしょう!」

「お前、いきなりキャラが違わないか?」

「フン、もう友達なんだから好きな事を言う事に決めたんだ、

君もこんな僕と友達になっちまった事を諦めて、全部受け入れるんだな」

「そういえばお前、最近自分の事、俺って言わないよな、強がるのはもうやめたのか?」

「フン、無理に格好つけて、俺って言うのが面倒臭くなったのさ、

もともと僕は、自分の事を僕って呼ぶのがデフォだからね」

「へぇ、まあいいんじゃないか」

「べ、別に君にそう言われても嬉しくなんかないけどね」

 

 その言葉に女子組は、ヒソヒソとやりだした。

 

「これってツンデレ?」

「うん、ツンデレだね」

「間違いないよね」

「でもゼクシードさん、本当に変わったよね」

「私、親切なゼクシードさんしか知らないんだけど」

「あ、香蓮ちゃんはそうかもね、昔はこの二人、本当に仲が悪かったんだよ」

「そ、そうなんだ」

 

 その横で、レヴェッカと嘉納は銃談義をしていた。

 

「おお、やっぱり本職だけあって詳しいな」

「あんたも中々話せるね、政治家にしておくのはもったいないよ」

「そうか?わはははは、まだまだ若い者には負けんよ」

 

 そんな一同を、美咲と杏は羨ましそうに眺めていた。

 

「何かいいなぁ、楽しそう」

「そうね、年の差とか、友情には関係ないって本当によく分かるわよね」

「あ、美咲ちゃんその発言はおばさんっぽい!」

「あら、あなたよりは私の方がまだまだ全然モテると思うわよ?」

「くっ、事実だけに言い返せない……」

 

 そして会は進み、ほどよく酔いも回ったところで、嘉納が先に帰る事になった。

 

「すまんな、明日は色々やる事があってな」

「閣下、お疲れ様でした、カットにも宜しく伝えて下さいね」

「おう、伝えとくわ、今度の休日は一日ドライブだな、楽しみだ」

「しばらく忙しいと思うんで、今度は伊丹さん達も交えて暇な時に飲みましょうね」

「だな!今日は短い時間しか参加出来なくて本当にすまんかった。あ、あとエルザちゃんや」

「あ、はい!」

「歌………」

 

 嘉納はそう呟き、エルザはその言葉にきょとんとした。

 

「えっと、はい」

「君の歌、俺は好きだぜ、何があっても比企谷君を信じて、これからも歌い続けてな」

 

 その言葉に、エルザは満面の笑みを浮かべながら元気に返事をした。

 

「はい、頑張ります!」

 

 そして嘉納はどこからか現れたSPに連れられ、帰っていった。

 

「SPの人も大変だよなぁ……」

「あれも仕事だ、プロなんだから大変だとか思わないさ」

「あれ、でも私達が同席する事、危ないと思ってなかったのかな?」

「事前に俺達の身元の調査くらいはしてあったはずだ、

そうじゃないと、レヴェッカがいるのにSPが中に入ってこない理由が説明出来ないだろ」

 

 その言葉にレヴェッカも同意した。

 

「ああ、確かに私なら一瞬で彼を殺せるからな」

「怖い事を真顔で言うんじゃねえ!」

「ボスの命令が無い限りそんな事はしないっての」

 

 八幡は思わずそう突っ込み、レヴェッカはそう言ってニヤニヤしていた。

 

「ほええ、猛獣と猛獣使いって感じ」

「やっぱり八幡君は凄いね」

「香蓮、こんな事で褒められてもちっとも嬉しくないんだが」

「君はほら、あのピトフーイまで手なずけたじゃないか、もう怖い物なんて何もないよね」

「本人の前で『あの』とか言わないでよゼクシード!」

「君ね、今までの自分の行いを胸に手を当てて考えてみなよ、いや今回の事だけじゃなくさ」

「ふふん、胸が無いから分かりません!」

「ピ、ピトさん、泣かないで!」

「ううっ、自虐ネタは自分にもダメージが大きい……」

「ところで今更ですが、今日舞さんをリーダーのマンションに泊めてもいいですか?」

「ああ、別に構わないぞ」

「あざっす!」

 

 その瞬間に、カオス状態だった場の会話がピタリと止まった。

 

「え、今何か聞き捨てならない言葉が聞こえなかった?」

「ん?気のせいだろ」

「い~や、確かに聞こえたね、君のマンションに誰かを泊めるとか何とか」

「ああ、ほとんど使ってないんだが、実は会社の近くに俺が借りてるマンションがあってな、

帰りが遅くなって家に帰れない時とかこうして遠くから美優みたいなのが尋ねてきた時の、

女性陣の溜り場になってるんだよな」

「ああ、そういう事か」

「それなら安心ね、何だ、勘違いしちゃった」

 

 八幡は上手く話を誤魔化し、それを聞いてあははははと笑う保と悠子と遥であったが、

その中に、空気を読めない者が一人いたのを八幡は忘れていた。

 

「ああ、あのボスのハーレムマンションな、泊まってみて驚いたぜ、

あれって一体何人分の予備の下着がストックしてあるんだ?」

 

 そして八幡が止める間もなく、美優がそれに答えた。

 

「この前数えたから知ってる!今は二十七人分だね!

全員自分で自分の予備の下着を持ち込んで管理してもらってるんだよね」

 

 その管理という言葉には、優里奈に、という主語が抜けていた。

それを聞いたエルザの目が座り、八幡はそれを見て、やばい、と思った。

 

「えっと、八幡、説明して」

「違う、誤解だ、決して香蓮の下着とかを俺が管理してるという訳では断じてない」

「そこで私の下着を引き合いに出さないで、は、恥ずかしいから」

 

 香蓮が顔を真っ赤にしてそう言い、それを見た一同は、八幡を問い詰めるのを忘れた。

 

「かわいい……」

「かわいいね……」

「くっ、女子力じゃ負けないと思ってたのに、コヒーめ……」

「お前のどこに女子力があるんだよ……それよりみんな、

エルザと美優、それにレヴェッカにはもう話したが、先に大事な話がある」

 

 突然八幡が真面目な顔でそう言い、一同はその顔を見て、居住まいを正したのだった。




八幡は果たしてこのまま逃げ切れるのか!?


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第606話 お疲れ会の顛末

あと3回でマンション絡みの話が終わり、その後は5話かけてゴニョゴニョ、の話となります!

人物紹介に、メリダを追加しました。


「あ、もしかしてあの話?」

「ああ、幸いここには残りの誘いたかったメンバーが全員揃っているからな」

「そうだね、先にその話を片付けちゃいたいね」

 

 八幡はその話に頷くと、席順を変え、保、悠子、遥、香蓮に並んで座ってもらった。

 

「悪いな、この方が説明しやすいんでな」

「それは構わないけど、それってもしかして、

先日ソレイユの社長が発表したあの話に関係があるのかい?」

「おお、ゼッ君、やっぱりお前って凄いんだな」

「誰がゼッ君だ、まあしかし、名前の呼び方はともかく、

そう言われると悪い気はしないね、情報収集は常に欠かさないってだけなんだけどね」

「それでもだ、ちょっと感動すら覚えたぞ、ゼッ君」

「だからゼッ君言うなって」

「ねぇ八幡君、それって何の話?」

 

 その二人の会話にレンが割って入った。

 

「それじゃあそこから説明するか、先日こんな発表があった。

簡単に言うと、ALOの運営をしてるソレイユと、

GGOの運営をしているザスカーが提携したって話だ。同時にこんな情報が公開された。

二社が協力して、ALOとGGO、どちらからもコンバート無しでログイン出来る、

全五層のダンジョン形式のサーバーを導入しようってプランだ」

「そうなの?うわぁ、それじゃあALOの人達ともそのまま一緒に遊べるんだ」

「まあそういう事だな、要するに、剣と魔法と銃の世界だ」

「うわぁ、うわぁ、凄く楽しそう!」

 

 香蓮は目をキラキラさせながらそう言い、そんな香蓮の態度に他の者達は萌え死んだ。

 

「か、かわいい……」

「比企谷が言ってた事の意味を、今実感したわ……」

「だろ?やっと分かってくれたみたいで何よりだ」

 

 それが自分の事だと気付いたのか、香蓮は顔を真っ赤にして八幡をポカポカと叩いた。

 

「もう、もう!」

「すまんすまん、で、ここからが話の本題だが、

俺は両方のゲームに持てる人脈を結集し、攻略チームを作る事にした。

そのチームの名前はヴァルハラ・ウルヴズ、

まあヴァルハラ・リゾートと十狼を合わせただけの名前だけどな」

「ちょっと待ってくれ、十狼はともかく、ヴァルハラってあのヴァルハラだろ?

ヴァルハラ・リゾートがここでどう関係してくるんだい?」

 

 その言葉に八幡はハッとさせられた。

 

「あ~!お前あれは夢だと思って……」

 

 そんな八幡を、悠子と遥が上手くフォローした。

 

「あ~、そっかそっか、ゼクシードさんはその事、ちゃんとは知らないんだったね」

「そうだったそうだった、えっと、私が説明してもいいのかな?」

 

 遥のその言葉に八幡は頷いた。

 

「えっとね、ゼクシードさん、この比企谷はね、

GGOのシャナであり、ALOのハチマンなの」

「ごめんなさい、さすがにこの事は、

いくらゼクシードさんでも勝手に教える訳にはいかなくってさ」

「えっ………というか、二人は何でその事を?」

 

 ゼクシードにとっては、そちらの方が気になる事だったらしい。

シャナ=ハチマンだという事は、夢だと思っていた例の事件の時から、

彼の中ではもしかしたらそうかもという認識が芽生えていたのだろう。

アチマンの出撃を見送ったのは、他ならぬゼクシードなのだから。

 

「あ、あは……」

「えっと、実は私達、比企谷と同じ学校だったの」

「えっ、そうなのかい?」

「う、うん」

「実は最初からその事を知った上で僕の誘いを受けたとか?」

「あ、ううん、その時は全然知らなくて、最初に知ったのは戦争の最後の方」

「でもその時はまだ、全然友達とかじゃなかったんだよね、私達」

「だな、その頃はまだましだったが、その前は完全に敵対してたよな」

「そうだったのか、世間は狭いって本当だね」

 

 ゼクシードは二人のその変化を我が物として感じたらしく、穏やかな口調でそう言った。

 

「まあそういう事もあるよね、うん」

「ですよね!」

「まあこっちの事情はそんな感じです」

「オーケーだ、悪かったよ、途中で口を挟んだりして」

「いや、疑問は先に解消しておいた方がいいだろうから問題ないさ、それでだ」

 

 そして八幡は、改めて四人にオファーを出した。

 

「ゼクシード、ユッコ、ハルカ、そしてレン、俺の作るチームに参加してくれないか?」

 

 その誘いに、四人はそれぞれこう答えた。

 

「僕で良ければ喜んで」

「お、おお、妙に素直だな、ゼッ君」

「だからゼッ君言うな!言ったろ?

僕は君に、この程度じゃ返しきれない借りがある気がしてならないんだよ」

「気のせいじゃないか?」

「もしそうだとしても、僕がそうしたいんだ、だから君の作るチームに参加する」

「そうか、ありがとな、ゼッ君」

「だからゼッ君言うな!」

 

 ゼクシードは絶叫し、その横で悠子と遥も笑いながら言った。

 

「私は喜んで」

「私も私も!」

「おう、二人ともありがとな」

「いいっていいって、何より私達を、そんな大事なチームに誘ってくれた事が嬉しいよ」

「そうそう、昔じゃ考えられない変化だよね、比企谷も私達も両方ね」

「だな、それじゃあ宜しくな」

「うん!」

「任せて!」

 

 そして最後に香蓮が、ニコニコしながら八幡に手を差し出した。

 

「八幡君は私の師匠の一人なんだから、黙って命令してくれてもいいのに」

「俺がそんな事出来ないのは知ってるだろ?」

「うん、八幡君は優しいもんね」

 

 そう言って香蓮は八幡の胸にコツンと頭を添えた。

 

「頑張ろうね」

「おう、頑張ろうな」

 

 そんな二人の姿を見て、エルザと美優が頬を膨らませた。

 

「何このラブコメ……」

「私達の時と態度が違う……」

「私達の時は『これこれこういうイベントがあるからお前らも暇なら参加しろ』

だけだったもんね!」

「う~、これがヒロイン力の差とでも言うつもりなの!?」

「くそぉコヒーめ、今夜は絶対にひぃひぃ言わせてやる!」

 

 そんな二人に八幡は、容赦なく拳骨を落とした。

 

「きゃっ、い、いい……」

「もっと、もっとぉ!」

「黙れこの変態コンビが!」

 

 八幡は二人にそう一喝すると、話をこう纏めた。

 

「何にせよ、もう少し先、年末くらいの事になると思うが、大丈夫か?」

「問題ないよ」

「うちらも就職は決まってるし」

「余裕だぁね」

「私も大丈夫、これでも優秀だから!」

「そうか、それじゃあその時を楽しみにしててくれ、

それじゃあそろそろいい時間だしお開きにするか」

 

 八幡はそう言って席を立とうとしたが、そんな八幡の肩を、

エルザと悠子と遥がガシッと押さえ、保が八幡の目の前で腕を組みながら言った。

 

「それじゃあ大事な話が終わったところで、もっと大事なさっきの話の続きをしようか」

「くそ、誤魔化せなかったか………」

 

 そして八幡は正座をさせられ、説明を求められる事になった。

 

「先ず訂正させてくれ、さっきのこいつの言葉は色々足りない、

もちろんこいつの頭が足りないというのもある」

「ひ、ひどい……」

「事実だろうが!俺が女性陣の下着を管理している訳じゃない、

隣に俺が保護者をやってる女子高生の女の子がいてな、

その子が部屋の管理をしてくれているんだ、俺はそれに基本関わってはいない。

たまに関わる事があっても、掃除全般だけで、他にはタッチしていない、これが事実だ」

「ああ、そういう……」

「ってか女子高生を囲ってるの?」

「いや、その子はお兄さんをSAOで亡くし、ご両親を事故で亡くした天涯孤独な子なんだ。

そのお兄さんの死に俺が多少関わっていてな、それで俺が引き取る事にした訳なんだ」

 

 その話に一同はシンとした。さすがにここで茶化したりする事は誰にも出来なかった。

 

「そう、えらいね」

「えらくなんかない、俺がもう少し早く現場に着いてれば、

あの子のお兄さんは生きてたかもしれないんだ」

「……自分を責めるのはやめなよ、事実としてあるのは、

あんたが数千人のプレイヤーを生還させたって事だけ、それを誇りなよ」

「いや、しかしな……」

「もう、責任があるとしたら茅場晶彦って人だけでしょ?

あんたには何も責任はない、はい、この話はここで終了!」

「お、おう……まあそうだな、だが俺は絶対に忘れない、絶対にだ」

「うん、そうだね」

「それでいいんじゃないかな」

 

 その会話を遠くで美咲と杏が黙って聞いていた。

 

「ねえ美咲ちゃん、これって……」

「一時期話題になっていたSAOの三人の英雄、そのうちの一人が彼なんでしょうね」

「英雄なのに、凄くつらそう……」

「癒してあげたいよねぇ……」

「癒してあげたいわね……」

 

 この辺りはさすが母娘であろう、考える事は一緒のようであった。

 

「あら、あなたに彼が癒せるの?」

「癒せるもん、私は美咲ちゃんの娘だし!」

「それじゃあ私達、やっぱりライバルね」

「うん、負けないから!」

 

 だがこの二人にチャンスが訪れる事は、ほとんど無いであろう。

同じ事を思っている女性が、八幡の周りには沢山いるのだから。

だが二人がそう思ってくれた事は、決して八幡にとって、マイナスにはならない。

こうして八幡の人脈は広がっていく事になる。

 

「まあそんな訳で、話を元に戻すとだな、誰がいつ来ても平気なように、

着替えのストックを部屋の寝室に用意してある訳だ、

もちろん俺がそのクロ-ゼットを開ける事はない」

「なるほど、色々考えてあるんだねぇ」

「それって絶対女の子の発想だよね、普通男はそこまで考えないし」

「まああいつらが考えて決めた事だってのは確かだな」

「うんうん、まあいくつかルールはあるけどね」

「ルール?」

 

 美優がそう言ったのを、八幡は泊まりの時のルールだと勘違いしたが、

美優が言ったのは、クローゼットの場所決めのルールだった。

 

「クローゼットには、リーダーが自ら名前を書いて、シールを貼ってくれるんだよね、

で、持ち寄った下着に一言感想を述べてもらって、自らの手でしまってもらうの」

「ちょ、おま、何を言って……」

「へぇ?そうなんだ、ふ~ん、その話、もうちょっと詳しく」

 

 そう言うエルザの横で、香蓮はあわあわしており、

美優はしまったと思い、自分の頭をコツンと叩いた。

 

「えへっ、ごめん、これって言っちゃ駄目な奴だった!」

「お、お前な……」

「ねぇ八幡、でも事実なのよね?」

「俺が望んでやってる事じゃねえ、あいつらが命令してくるんだよ!

あいつらは本当に怖いんだぞ!」

「まあいいわ、それじゃあ私も今夜、そこに泊まるから」

 

 エルザがそう宣言し、八幡はそれに頷く事しか出来なかった。

 

「おお、それがジャパニーズ風習って奴か?それなら一丁俺のも頼むぜ」

「レヴェッカまで……」

「あ、舞さんには私が説明しておくね、きっと二つ返事でオーケーすると思うんだ、

何せ彼女、リーダーの大ファンだからさ」

「まじかよ………」

 

 その名前に聞き覚えがなかったのか、悠子が美優にこう尋ねた。

 

「舞って誰?」

「あ、えっと、シャーリーさん」

「ああ~!あの緑の髪の?」

「KKHCの人だ!」

「うんそう、その人」

「なるほどね、頑張ってね、比企谷」

「……………」

 

 そして黙っている保に、遥がこっそりとこう囁いた。

 

「ああいうの見ちゃうと、全然羨ましくないんじゃない?ゼクシードさん」

「ああ、ああはなりたくないものだなと心から思うよ、

まあほんのちょっと羨ましくはあるけどね」

「あ、やっぱりそうなの?」

「でもまああれはやっぱり無いな、うん、無い」

「あは、だよね」

 

 そしてこの日の会はお開きになる事になり、お会計の時の事である。

 

「あ、今日は私が払うから」

「俺も少し出すぞ?」

「いいからいいから、これでも売れっ子だからね」

 

 そしてレジに向かった八人に、美咲が笑顔で言った。

 

「今日のお会計は、嘉納さんにもう頂いてますわ」

「「「「「「「「お~!」」」」」」」」

 

 さすがは嘉納さんと皆が口々に讃える中、美咲はそっと紙袋のような物を八幡に手渡した。

 

「ん?何です?」

「ええと、私と杏のその………予備の下着ですわ」

 

 それを聞いた八幡は、泣きそうな顔でそれを美咲に返した。

 

「すみません美咲さん、もう勘弁して下さい」

「あら残念、私達本気ですのに」

「ごめんなさい!」

 

 そして八幡はその場を逃げ出し、美咲と杏が顔を見合わせて笑う中、

他の者達は慌てて八幡を追いかける事になったのだった。

ちなみに後日、この時断った事を口実に、

ミサキのヴァルハラ・ウルヴズへの参加が決定した事を付け加えておく。

転んでもただでは起きないミサキなのであった。




やはり逃げ切れませんでしたね!
明日から12時投稿に戻りますのでお気をつけ下さい!


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第607話 是非お願いしますむしろ喜んで!

今日からまた12時投稿になります!

人物紹介の川崎沙希の項目を、ヴァルハラ・リゾートのスクナの項目として移動しました。


「キットに乗るのも久しぶりだなぁ」

「だな、それに昔じゃこんなのは考えられない事だよな」

「思いっきり飲酒運転だしね」

「キット様々だね」

『ありがとうございます、なるべく揺れないように走りますので、

気分が悪くなったらすぐに言って下さいね』

 

 キットには今、運転席に八幡、助手席にレヴェッカ、

後部座席に香蓮、エルザ、美優が乗っていた。

キットは先ず最初にエルザの自宅へと向かい、そこでエルザは部屋に置く下着を用意した。

八幡は嫌そうな顔をしていたが、差別は良くないという女性陣の意見に押し通された形だ。

レヴェッカはバッグごと下着を部屋に置きっぱなしだったので、それについては問題ない。

問題は舞であったが、それに関しては本人に状況を説明してから判断という事になった。

ちなみにキットに六人乗るのは厳しい為、舞の顔を知る八幡と美優以外は、

先に八幡のマンションで下ろされていた。

 

「舞さんごめん、お待たせ!」

「風太も大善も、舞さんの事、ありがとな」

「どういたしましてだぜ!」

「それじゃあ舞さん、次にこっちに来る事があったら、その時はまた宜しくね」

「はい是非!お二人とも、ありがとうございました!」

 

 風太と大善はそう挨拶をして去っていき、舞は八幡と美優に笑顔で言った。

 

「おかげでいい観光が出来ました、それじゃあ今日の宿に行きましょうか!」

「それなんだがな……」

「何かありましたか?」

「舞さん、ちょっと私と一緒にキットの中にお願い」

「あ、うん」

 

 舞は美優に連れられ、そのままキットの中で部屋の説明を受けていた。

さすがに八幡はその場に同席するのは躊躇われた為、こういう形になったのだった。

 

「ええっ!?」

 

 突然キットの中からそんな声が聞こえ、八幡はチラリとそちらを見た。

美優にはくれぐれも誤解されないように、正確に伝えてくれと頼んであったが、

舞は驚いた表情から一転して明るい顔でうんうんと頷いていた為、

八幡は美優の癖にどうやらちゃんと説明してくれたようだと安堵した。

そして美優が窓を開けて八幡を呼んだ為、八幡は運転席へと乗り込んだ。

 

「………で、どうなった?」

「うん、リーダーが今思ってる通りかな」

「お手数ですが、近くのデパートもしくは商業施設までお願いします!

是非お願いしますむしろ喜んで!」

「ええと………あ、はい」

 

 八幡にそんな知識があるはずもなく、当然美優もまったく土地勘がない為、

困った八幡は案内をキットに丸投げし、二人を近くの店に案内すると、

下着を選んでいる現場に同席するのは嫌だった為、そのまま車の中で待つ事にした。

八幡はある程度の時間がかかるだろうと思っていたが、

思ったほど待つ事もなく、二人は結構早くに戻ってきた。

 

「あれ、もういいのか?」

「うん、バッチリ!」

「私、こういうのには疎いんで、美優さんのアドバイスに従ってすぐに決めちゃいました」

「そっか、それじゃあ行こうか」

「はい、宜しくお願いします」

 

 八幡は下手な事は言えず、そう言うに留めた。

そしてキットはマンションへと向かい、三人は八幡の部屋の前に到着した。

八幡は一応優里奈の部屋のチャイムも押したのだが、

反応が無かった為、優里奈も今は八幡の部屋にいるのだろうと推測された。

 

「さて、ここがその部屋だ」

「す、凄く高そう……ちょっと気後れしちゃいますね」

「まあ実質女子連中の宿泊所みたいなものだから、気楽にしてくれればいい」

「私、そういうのも慣れてないんで凄く楽しみです!」

 

 普段男社会の中で生活している舞は、期待に満ちた目でそう言い、

八幡はそんな舞に柔らかな表情を見せながら、

扉に鍵がかかっている事を確認してから部屋のチャイムを押した。

自分の持っている鍵で開けても良かったのだが、何かあったら困るので一応そうした感じだ。

 

『はい、どちら様ですか?』

「おう優里奈か、俺だ俺、美優と舞さんを連れてきたぞ」

『すみません、オレオレ詐欺はお断りしてますので……』

「むっ、それくらいの慎重さは必要だ、えらいぞ優里奈」

『冗談だったのにそう真面目に返されると恥ずかしくなっちゃいますよ!

八幡さん、お待ちしてました。今そちらに………あっ、明日奈さん待って……』

 

 それと同時にどたどたという足音と共に扉が開かれ、中から明日奈が顔を出した。

 

「八幡君!」

「あれ、明日奈も来てたのか?」

「うん、こういう場にはやっぱり私がいないとねって事になったみたいで呼び出されたの」

「そうか、今は中に俺が入っても問題ない状況か?」

「大丈夫だよ、今は私が着替えてるだけだから」

「そうか」

 

 見ると通路の奥からエルザと香蓮、それに優里奈がひょこっと顔を出し、

少し驚いた顔でこちらを見ていた。

八幡は一体何を驚いているんだろうと思いつつも、そのまま奥に進んだ。

 

「お前ら何をそんなに驚いてるんだ?」

「だ、だって……」

「八幡は、何でそんな平然とした顔をしてるの?」

「あん?俺が何に驚くんだよ」

「だって、今の明日奈は思いっきり下着姿じゃない!」

 

 そう指摘された八幡と明日奈は、今自分達が置かれた状況に気が付いた。

普段自宅の明日奈の部屋に二人でいる時、明日奈は八幡の前でも平気で着替えており、

明日奈が八幡の部屋にいるケースでも同様であった。

以前の京都旅行の時、二人きりで過ごしていた時から徐々にこうなっていたのだが、

今では二人ともその状況にすっかり慣れてしまい、その事に気付かなかったという訳である。

ちなみにもちろんそういった状況にドキドキしなくなったという訳ではなく、

過剰に反応しなくなっただけであり、当然今も正面から正視している訳ではなかったのだが、

どうやら他の者達にはそうは見えなかったようだ。

 

「「………」」

 

 そして二人は即座にアイコンタクトをとり、直後に明日奈がわざとらしい悲鳴を上げた。

 

「き、きゃぁ!八幡君のえっち!」

「悪い、わざとじゃなかったんだ、すまん」

 

 だがそんな演技が当然通用するはずもない。

 

「これは遠まわしなのろけ?」

「ぐぬぬ、ちょっと羨ましい」

「でも二人とも、なまらかわいい……」

「さすがは八幡さん、女性の半裸くらいでは動じないのですね!」

 

 二人はそう言われ、気まずそうに目を逸らした。

その時舞が、あっと声を上げた。その視線はエルザに向けられており、

八幡はそういえばと思い、ついでにこの状況を何とかしようと舞の肩をポンと叩いた。

 

「後で正式に紹介するけど神崎エルザ本人だ。舞さん、驚いたよな?」

「話から有名な人だろうと思ってはいましたが、本当にまさかでした」

「だよなぁ」

「そういえばエルザさんは、本当に空港に出迎えに来たんですか?」

「うん、もちろん行ったよ!ちゃんと変装してたから、おかしな事にはならなかった!」

「何人かにはバレてたっぽかったから、

写真とかに撮られないうちにと思って慌てて移動したんだよな」

「そうそう、危なかったよね!」

「それはやばかったですね」

 

 そんな和気藹々とした雰囲気の中、八幡は一人足りない事に気付き、香蓮にこう尋ねた。

もちろん先ほどの演技の事をもっと有耶無耶にしたいという気持ちがあった事は間違いない。

まだ明日奈は下着姿のままで佇んでおり、八幡はタイミングを見て明日奈に合図をし、

こっそり移動させるつもりでいたのだが、今回はそれが裏目に出た。

 

「あ、そういえば香蓮、レヴィはどうした?」

「あ、レヴィさんなら寝室で着替えてるよ、

さすがにこういう部屋で普段着ている男っぽい服を着たままでいるのは嫌で、

もっと楽な格好になりたかったみたい」

「あれ、あいつそんな普通の服なんか持ってたっけか?」

「うん、何かお兄さんに持たされた服があるらしくて、それに着替えるんだって」

「ガブリエルが?そうか、これであいつの趣味が分かるな」

「趣味で決めたかどうかは分からないけどね」 

 

 その瞬間に寝室のドアが開き、中から下着姿のレヴェッカが顔を出した。

 

「なぁお前ら、これってどうやって着るんだ?って、やっと来たのかボス」

 

 レヴェッカはそう言うと、自分の身体を一切隠そうともせず、八幡の前に立った。

その胸の破壊力は抜群であり、この場にいる者の中で対抗出来るのは優里奈しかいない。

 

「ロケット弾!?」

「いいなぁ……私もあれくらいの武器があれば、もっとモテてるはずなんだけど……」

「私はそういうのあんまり気にしないけど、でもやっぱりもう少し……」

「う~ん、憧れるけど、狩りの邪魔になりそう」

「皆さん落ち着いて下さい!」

 

 ただ一人動じていなかった優里奈がそう声をかけ、レヴェッカは首を傾げながら言った。

 

「ん、この格好の事か?でもこれって明日奈と同じだろ?何か問題あるか?」

「そ、そう言われると確かにそうなんだけど、でもやっぱり違うから!その、大きさとか!」

 

 明日奈は動揺したようにそう言ったが、

すぐに我に返ったのか、レヴェッカの手を引いて寝室へと向かった。

 

「レヴィ、私が服を着させてあげるから、とりあえず寝室に行きましょ」

「お、助かるわ、頼むぜ明日奈」

「うん!」

 

 そして明日奈は近くにあった自分の服を掴むと、レヴェッカと共に寝室へと消えていった。

こうしてロケット弾の脅威は去り、室内は平穏を取り戻した。

 

「ロケット弾か、確かにそんな感じだったな……」

 

 八幡が見た感想を正直にそう言ってしまう程にロケット弾の破壊力は強大であったが、

それに対して責める者は誰もいなかった。その場にいた者達も全員そう思っていたからだ。

 

「ぼぼ~ん!」

「あれが本当のアルプスかぁ」

「くっ、べ、別に羨ましくなんかないし!」

「ねぇ、あれって優里奈ちゃんとどっちが大きいのかな……」

「ふえっ!?」

 

 美優がそう呟き、八幡も思わずそちらを見た。

 

「八幡さん、八幡さん相手なら別に見られてもいいんですが、

これだけ他の人の目があるとやっぱりちょっと恥ずかしいです……」

「そ、その言い方は俺も恥ずかしいからやめるんだ、優里奈」

 

 八幡はそう言って慌てて目を背けたが、

そんな八幡には構わず、美優は優里奈の胸をガン見したままで言った。

 

「サイズ的には同じくらいじゃないかな?ね?優里奈ちゃん」

「あ、はい、聞いた話だとそうみたいですね」

 

 真面目な優里奈は、美優のそんなセクハラ質問にも律儀にそう答えた。

 

「でも優里奈ちゃんの方が胸が大きく感じない?」

「あ、えと……身長差があるからかもしれませんね、体格も違いますし」

「あっ、そうか、つまり優里奈ちゃんの方がカップが大きいんだ!

さすがは優里奈ちゃん、大和撫子だね!」

「優里奈は確かに大和撫子だが、一般的な大和撫子にそういう要素は無えよ」

 

 ここでやっと調子を取り戻したのか、八幡が即座にそう突っ込んだ。

その言葉は一同の笑いを誘い、その後は誰もその話題について触れなかった。

それでとりあえず胸の話題から離れる事が出来たと判断し、八幡はほっと胸を撫で下ろした。

その後六人はリビングに移動し、香蓮、エルザ、優里奈に舞が紹介される事となった。

 

「こちらがシャーリーこと霧島舞さん、まあエルザと香蓮はよく知っている事と思うが、

わざわざ北海道から俺に会いに来てくれた、大切な仲間の一人だ」

 

 その言葉に舞はとても驚いた顔をした後、元気よく三人に挨拶をした。

 

「八幡さんの仲間の霧島舞です、ふつつかな仲間だけどこれから宜しくね、

エルザさん、香蓮さん、優里奈ちゃん!」

「あ、はい、こちらこそ宜しくお願いします、櫛稲田優里奈です!」

「こっちでもあっちでも宜しく!ピトフーイこと神崎エルザだよ!」

「改めて宜しくお願いします、レンこと小比類巻香蓮です」

 

 二度言うあたり、舞は仲間扱いされた事が余程嬉しかったとみえた。

そして着替え終わった明日奈とレヴェッカがリビングに顔を出し、

八幡はレヴェッカの服装を見て、意外に思った。

 

「なぁレヴィ、それってガブリエルのチョイスだよな?」

「ああ、そうだけどそれがどうかしたか?」

「肩の露出したニットトップスにジーンズか、

とてもあのTシャツを着ていた奴のチョイスだとは信じられなくてな」

「違いねえ」

 

 レヴェッカはそう言って面白そうに笑った。

そして明日奈と舞がお互いに自己紹介したところで、八幡のお腹が鳴った。

 

「………そういえばそろそろ夕食の時間か」

「あ、みんなで一緒に食べようと思って準備はしておいたよ」

「おお、すぐに食べられるのは助かる」

「それじゃあ用意するね、みんなも手伝ってもらっていい?」

「うん」

「了解!」

「ささっと準備しちゃいましょう!」

「あの、私も手伝います!」

 

 そしてその場には、八幡とレヴェッカだけが残された。

 

「なぁ、ボス」

「ん?どうした?」

「ボスもさ、やっぱりある程度の家事って出来た方がいいと思うか?」

「ん~、ある程度はやっぱり出来た方がいいだろうな、何かと便利だしな」

「やっぱりそうか、俺は野外ならそれなりに料理もしてきたけど、

実はまともにキッチンに立った事は無いんだよな」

「ならこの機会に学べばいい、今度明日奈か優里奈に教えてもらうんだな」

「あの二人は料理が得意なのか?」

「おう、今日の飯は期待出来るぞ」

「そうか、それは楽しみだ」

「うん、楽しみにしてて!」

 

 その会話が聞こえたのか、キッチンからそう明日奈の声が聞こえ、

直後に若干過剰かなと思われるくらいの量の料理がどんどんリビングに運ばれてきた。

 

「お、おい、さすがにこれは多くないか?」

「そうか?普通だろ?」

「あ、そういう事か、これはレヴィ用か」

「そういう事」

 

 そして食事が始まり、レヴェッカの食欲に驚いたりもしたが、

八幡以外は全員女性だという事もあり、一同は穏やかな雰囲気の時間を過ごす事が出来た。

その間にそれぞれの者達と八幡との関係の簡単な説明も成されており、

舞はその多様さに驚いた。八幡の素性についてはさすがに平静ではいられなかったようだが、

事前にALOのハチマンとSAOのハチマンについては調べたらしく、

主にそれは八幡のリアル面に対しての驚きであったようだ。

 

「さて、それじゃあ俺はちょっと休憩させてもらうが、みんなは好きにしてくれ」

 

 そう言ってごろごろしようとした八幡に、エルザが言った。

 

「ストップ、その前にやる事があるよね?」

「ん?何かあったか?」

「ぱ・ん・つ?」

「お前さ……少しは言い方ってものを考えろ」

「ぱ・ん・てぃ?」

「そういう意味じゃねえよ!」

 

 そう突っ込みつつも八幡は、これから何をさせられるのか思い出して意気消沈した。

八幡にとって、今日最後の試練はこれからなのである。



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第608話 聖布収納の儀

「というか、なぁ明日奈、もうこのルールって別にいらなくないか?」

 

 八幡はそう言いながら、最高権力者たる明日奈の方を上目遣いに見たのだが、

明日奈は論外だという風に首を振り、八幡に言った。

 

「そうなると後から入った人が悲しむから駄目、こういうのは公平じゃないと!」

「そ、そうか……」

「それにそもそもこれは、私達が始めた訳じゃなく八幡君が始めた事じゃない」

「え、そうだったか?」

「うんそうだよ、見てたのは申し訳ないと思うけど、

八幡君が最初の時に自主的に感想を言ったのが始まりだよ?」

「そ、そういえば………」

 

 八幡はその自業自得さに気が付き、諦めて大人しくクローゼットの前に正座した。

そして向かって左側に明日奈と優里奈が、右側にエルザと舞とレヴェッカが座った。

香蓮と美優は夕飯の片付けを引き受け、そして明日奈が厳かに言った。

 

「それでは聖布収納の儀を開始したいと思います、

見届け人は私、結城明日奈が務めさせて頂きます」

「これ、そんな名前の儀式だったのか……」

 

 当然そんな事はなく、これはレヴェッカがいる事でより気分を出そうとした、

単なる明日奈の悪ノリである。ちなみに優里奈は明日奈のアシスタントであった。

 

「それでは巫女優里奈よ、聖紙と聖筆を」

「巫女!?」

 

 八幡は突っ込みたくて仕方なかったが、その場の雰囲気でそれを我慢した。

ちなみに聖紙と聖筆とは、ただの紙とマジックである。

 

「では神崎エルザよ、聖布を前へ」

「はっ!」

 

 そう言ってエルザは用意してきた下着を白い紙の上に乗せ、恭しく八幡の前に差し出した。

この変態、ノリノリである。そして五人は八幡に注目した。

八幡は内心嫌々ながらも、それを外面に出さないように強化外骨格を駆使し、

エルザが差し出してきたその凝った意匠のシルクの聖布を手にとった。

 

「これは凝ってるな、まさに技術の粋を凝縮した、職人気質のぱ……ぱん……つ……だな、

エルザもこのぱ、ぱんつのように歌う事に技術を凝らし、

その歌で多くの人を幸せにしてやってくれ」

「はっ、仰せのままに!」

 

 そして八幡は、『神崎エルザ』と名前を書き、

それを志乃と茉莉用に増設した棚、最下段の左端に貼り付け、その中に収納した。

 

「では次、霧島舞よ、聖布を前へ」

「はっ!」

 

 次に舞が、エルザの真似をして先ほど買った下着を恭しく八幡の前に差し出した。

八幡は、別に真似をしなくてもいいんだけどなと思いつつも、それを丁寧に受け取った。

 

「こ、これは………」

 

 よく見るとそれは、GGO内のシャーリーの髪の色に合わせた見事な緑の縞パンであった。

 

(これは美優のチョイスだと言ったな、あいつは俺の事を何だと思っていやがる……

だがこういうシンプルなのが来ると安心するな、その点だけは褒めてやってもいい)

 

 八幡はそう思いつつ、厳かな口調でこう言った。

 

「これは簡素ながら、まさに萌えを体現する逸品だな。素材も柔らかくていい感じだし、

色がシャーリーの髪の色に合わせてあるのも実にいい選択だ」

「そこに気付いてもらえて嬉しいです、ありがとうございます!」

 

 舞が本当に嬉しそうにそう言った為、八幡も嬉しくなった。

 

(色々と問題がある儀式だが、まあこんな笑顔を見られるならいいか。

俺に対する崇拝?がやや過剰なのは気になるけどな)

 

 そして八幡は、『霧島舞』と名前を書き、

最下段の左から二番目、エルザの隣のスペースに貼り付けようとしたが、

そんな八幡に舞が言った。

 

「お待ち下さい、私は遠くに住まう身、もし美優さんの許可が得られるなら、

美優さんと同じスペースを共用するのが適当かと思います」

「なるほど一理ある、しばし待たれよ」

 

 明日奈は頷きながらそう言うと、優里奈に指示を出した。

それを受けて優里奈はリビングに向かい、美優にお伺いを立てた後、すぐに戻ってきた。

 

「美優さんはそれでいいそうです」

「あいわかった、それでは八幡殿、そのようにお願いいたす」

 

 その明日奈のセリフにノリノリすぎだろと思いつつも、

八幡は言われた通りに美優の名前の下に舞の名前を貼り付け、

美優の下着の隣に丁寧に舞の下着を収納した。

 

「最後にレヴェッカ・ミラー、ホーリーランジェリーを前へ」

 

 その言葉に八幡は危うく噴き出しそうになったが、ギリギリで我慢した。

明日奈も自分で言って恥ずかしくなったのだろう、その顔は赤くなっていた。

 

「はっ!」

 

 そしてレヴェッカも、他の二人同様に自分の下着を恭しく八幡に差し出し、

八幡がそれを受け取ったのを見て、満足そうに微笑んだ。

 

(こいつがこの事を兄貴に報告しないように、後で口止めしておかないとな……)

 

 八幡はそう思いながら、レヴェッカの下着を開いた。

 

「面積が大きい、それに結構丈夫な素材で出来ているように感じる。

それでいて細かい部分の飾りは手が込んでいておしゃれだ。これは……」

 

 そして八幡は、厳かな口調でこう続けた。

 

「これはまさに戦士の為の常在戦場を心がけたランジェリーだな、

これを見て、俺は俺の命を安心してレヴィに預ける事が出来ると確信した」

「はっ、キョーエツシゴクに存じます」

 

 そして八幡は、『レヴェッカ・ミラー』と名前を書き、

下から二番目の段の左から二番目、香蓮と沙希の間のスペースにそれを貼り付け、

その中に丁寧にレヴェッカの下着を収納した。

 

「これにて本日の聖布収納の儀は終了となる、皆の者、大儀であった!」

 

 同時にこちらの様子を気にかけていたのだろう、

美優と香蓮が外からパチパチパチと拍手をし、そのまま寝室へと入ってきた。

 

「無事に終わったみたいだね」

「明日奈がノリノリで笑った」

 

 その美優の言葉に明日奈は頬を赤らめた。

 

「もう美優、からかわないで」

 

 その横でエルザは、満たされた表情でガッツポーズをしていた。

 

「私の知らない間にこんな面白い事になってたなんてちょっと悔しかったけど、

これで私もやっとファミリーの一員だ!やった!」

 

 それを聞いた舞が、少し心配そうな顔でこう言った。

 

「私なんかがこのファミリーに入れてもらっていいのかな……」

 

 だがその言葉は美優によって否定された。

 

「舞さん、そういうのは言いっこなしだよ、選ばれたと思って一緒に喜ぼう!」

「う、うん、そうだね、やったね美優!」

 

 そして最後にレヴェッカが、ぼそりとこう呟いた。

 

「ジャパニーズ儀式?はエキゾチックだな、もっとエロチックな感じかと思ってたよ」

「そんな大したもんじゃない、が……」

 

 八幡はこの機会にレヴェッカに念押ししておこうと思ったのか、

言葉を止めるのをやめ、こう続けた。

 

「これは秘密の儀式だから、ガブリエルにも絶対に内緒だからな」

「分かってるって、でもこれで俺もやっとここの一員になれた気がするな」

「そうだな、早くお前とエルザのヴァルハラへ・リゾートへの入団式も済ませないとな」

「噂だと基地が凄いらしいじゃないか、早く見てみたいぜ」

「基地?ああ、ヴァルハラ・ガーデンの事か」

「あそこは凄いよ、楽しみにしててねレヴィ」

「私も私も」

「そうだね、エルザもね」

 

 そんな二人を香蓮と舞が羨ましそうに見ていた。

 

「ヴァルハラ・ガーデンかぁ……一度くらいは見てみたいけど……」

「だねぇ、いっその事キャラを作って見せてもらう?」

「あ、うん、そうしたいのはやまやまなんだけどね……」

 

 言い淀む香蓮を見て舞は何か理由があるんだと悟り、それ以上は何も言わなかった。

だが舞はそれでこの話を終わりにはせず、こっそりと八幡にその事を相談した。

 

「そうか、教えてくれてありがとう舞さん」

「いえ、香蓮さんの様子が少し気になったんで」

「香蓮はALOに苦手意識を持ってるんだよな、まあ今回は解決策があるから問題ない」

 

 そう言って八幡はリビングへと向かい、プロジェクターのスクリーンを下ろした。

そしてノートPCを取り出してその画面へと接続した。

 

「これでよしと、お~い明日奈、ちょっといいか?」

「うん?どうしたの?」

 

 その呼びかけを受け、明日奈がリビングへとやってきた。

 

「どうやら香蓮と舞さんがヴァルハラ・ガーデンを見てみたいらしいから、

今ここに映そうと思うんだよ。なのでちょっと二人を呼んできてくれないか?

あ、エルザとレヴェッカは先に見ちまうと本番の時につまらないかもしれないから、

しばらくこっちに来ないように念を押しといてくれな」

「オッケー、分かった!」

 

 そして明日奈は去り際に、八幡の耳元でこう言った。

 

「さっきの事、上手くうやむやに出来て良かったね」

 

 そして明日奈はついでとばかりに八幡の頬にキスをしてから寝室へと向かった。

 

「どうせなら唇の方が良かったな」

「それは今度ね」

 

 八幡はそのまま、すぐに画面に映し出せるように準備を続けた。

 

「八幡君本当?ここで見れるの?」

「八幡さん、わざわざすみません」

「私は中の様子を前に見せてもらいましたけど、せっかくなので」

 

 そう言って現れたのは、香蓮、舞、優里奈だった。

明日奈もその隣におり、残りの三人は寝室でごろごろしているようだ。

 

「それじゃあ映すぞ」

 

 それはヴァルハラのメンバーだけが見られるサイトのコンテンツの一つであり、

映像で完璧に再現されたヴァルハラ・ガーデン内を、

自由に移動して見学出来るという物だった。

ちなみにこの映像には実際のデータをそのままコピーした物が使用されていて、

プログラムを組んだのはもっとヴァルハラ・ガーデンを見てみたいと熱望したダルである。

 

「うわぁ………」

「凄い……これが誰も見た事がないっていう、噂のヴァルハラ・ガーデンなんだ」

「やっぱり凄いですよね、ここ」

 

 香蓮と舞は感動した面持ちで画面に見入っており、

優里奈も久々に見た為か、その後ろでとても嬉しそうに画面を眺めていた。

その後二人は操作方法を八幡に習ってあちこちを見て回り、その度に歓声を上げた。

そしてキッチン近くに移動した時、香蓮が画面を指差しながらこう言った。

 

「あ、あれ!妖精が二人飛んでる!」

「あれはユイちゃんとキズメルさんですね」

 

 その画面を見て優里奈がそう解説した。

 

「名前がついてるんだ?凄くかわいいね」

 

 直後に二人の目の前でその二人が姿を変え、

ユイは少女の姿に、そしてキズメルはダークエルフの姿になった。

 

「わっ、姿が変わった!」

「あの二人は実際にああいう風に姿を変えるんだよ」

「そうなんだ!」

「凄いねぇ」

 

 その後も二人はヴァルハラ・ガーデンの他の設備を見て回り、

伝説と言われたその凄さを存分に堪能した。

ちなみにヴァルハラ・ガーデンの内部に関しては二枚だけ写真が公開されている。

建物の外観と、それに似合わぬ豪華な広間の二枚の写真である。

 

「ふう、楽しかった」

「うん、楽しかったね」

「私も久しぶりに見れて改めて感動しました」

「そうか、それは良かった」

「盛り上がってたねぇ、私も早く見てみたいなぁ」

 

 その時寝室からエルザがそう言いながら姿を現した。後ろにはレヴェッカの姿も見える。

エルザはちょこちょこと八幡の前に移動し、八幡の顔を覗き込みながら言った。

 

「八幡ごめん、私、今日はそろそろ帰らないといけないの」

「あ、そうなのか、仕事か?」

「うん、明日の朝一で移動しないといけなくてね、レヴェッカが送ってくれるって」

「そうか、それじゃあ俺が車を出してやろう」

「本当に?やったぁ、ありがとう!」

 

 そして残る者達は、名残惜しそうにエルザに挨拶をした。

 

「お気をつけて!またここでお待ちしてますね」

「エルザ、またね!」

「またこっちに来るから、その時は一緒にお泊まりしようね」

「その時は私も是非!」

「エルザさん、今日は会えて嬉しかったです、今度はコンサートを見に行きますね」

「うん、みんな、今日は本当にありがとう!またね!」

 

 こうして八幡はエルザとレヴェッカを伴い、キットでエルザの家へと向かった。




作者はたまにこうやって暴走します、という話。


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第609話 首を吊る女

ここから新シリーズです!


 家へ向かう途中、エルザはとても上機嫌だった。

 

「それにしてもレヴィ、キョーエツシゴクだなんて、難しい言葉を知ってるんだね」

「兄貴が日本かぶれらしいから、時代劇か何かで見たんじゃないか?」

「サトライザーってそうなんだ、へぇ~」

 

 その八幡の推測をレヴェッカは肯定した。

 

「正解、アバレンボーで見たんだぜ」

「なるほど、あれか」

「アバレンボーって将軍?」

「だな、お前も名前くらいは知ってたか」

「有名だしね」

 

 そんなのんびりとした会話を交わしながら、三人はエルザの家へとたどり着いた。

 

「送ってくれてありがとう!」

「どういたしましてだな、あとエルザ、寝る前にちゃんと郵便受けはチェックしろよ」

「うぐ………う、うん、最近は毎日ちゃんと片付けてるよ!」

「もっとも俺からの手紙が入ってるなんて事は絶対に無いがな」

「もう、たまには気まぐれでいいから書いてよね!」

「ははっ、分かった分かった、一月一日にな」

「年賀状じゃない!」

 

 そう言いながらもエルザはとても楽しそうな表情をしていた。

そこには荒れていた時の面影はまったく無い。次にレヴェッカがエルザにこう言った。

 

「さっき知り合ってからあんたの歌を探して聞いたけど、俺は好きだぜ、ああいうの」

「本当に?ありがとうレヴィ!」

「今度は是非あんたの歌を生で聞いてみたいもんだ」

「あ、それじゃあ今歌う?」

「おい馬鹿やめろ、近所迷惑だろ」

「てへっ」

 

 八幡にそう言われ、エルザはぺろっと舌を出した。

 

「冗談だってば、今度コンサートに招待するからその時にね!

八幡へのラブソングを書いてそこで歌うから!」

「お前、それは洒落になんねーから」

「大丈夫だって、名前を出したりなんかしないから」

「それならいい………のか?」

「明日奈の許可をとればいいんじゃない?」

「う~ん、微妙に納得し難いが、まあそれならいいか……」

 

 そしてエルザは二人にこう言った。

 

「せっかくだからうちにあがってお茶でも飲んでく?」

「ん、俺は特に喉は渇いてないが、レヴィはどうだ?」

「別に平気だな、特に喉は乾いてない」

「だそうだ」

「そう?残念、それじゃあ代わりに三人でくんずほぐれつ……」

「却下だ」

「え~?レヴィは?」

「別に平気だな、問題ない」

「ほら、レヴィも嫌だって言ってるから諦めろ」

 

 その八幡の言葉に当のレヴェッカはきょとんとした。

 

「ん?俺は別に平気だって言ったろ?三人でファッ……」

「それ以上言うな!そっちの意味かよ!」

 

 八幡は慌ててレヴェッカの言葉を遮ったが時既に遅し、

エルザはギラついた目で八幡の腕をとり、

呼吸を荒くしながら家の中に引きずり込もうとぐいぐい引っ張っていた。

 

「ほら、レヴィもああ言ってる事だし、ね?

大丈夫、先っぽだけ、先っぽだけで満足するから!」

「離せ変態!くそっ、華奢なくせにこういう時だけ馬鹿力を出しやがる……」

「ああんもう、そんなに褒めちゃ駄目だってば!」

「褒めてねえよ、相変わらずうぜえな……おいレヴィ、命令だ、こいつを家に放り込め」

「了解、悪いなエルザ、ボスの命令だ」

「あっ、ちょっとレヴィ、やめてってば、この裏切り者!」

 

 そしてエルザは家に放り込まれ、八幡はその隙にその場を離脱した。

 

「ふう、まったく手がかかる奴だな」

 

 そう言いながらも八幡は微笑しており、エルザとの交流を悪く思っていないように見えた。

そしてレヴィは八幡と合流し、エルザは家のドアから顔だけ出して言った。

 

「八幡、レヴィ、またね!」

「おう、またな」

「またなエルザ、おかしな事はしないでしっかり寝ろよ」

「おかしな事って?ねぇおかしな事って?」

「いいからさっさと寝ろ」

「はぁい」

 

 エルザはニコニコしながら顔を引っ込め、八幡とレヴィはそのままキットに戻った。

 

『お疲れ様でした、八幡』

「本当にな」

『それにしては楽しそうですね』

「ん、そうか?」

『はい、センサーからそう感じます』

「それじゃあそうなんだろうな、願わくばこういった平穏な日々が続いて欲しいもんだ」

 

 そして二人はマンションに戻るべく、エルザの部屋を後にした。

 

『八幡、表通りが混んでいるので少し裏道に入ります』

「エンジン音が近隣住人の迷惑にならないようにな」

『分かりました』

 

 そしてキットは住宅街を、音もなく滑るように進んでいった。

 

「この辺りは一本入ると静かなもんだな」

「ボス、ここも本当にトーキョーか?」

「当たり前だろ、何か気になるのか?」

「いや、ただトーキョーにもこんな場所があるんだなってな」

「まあどこの都市も、全部が栄えてる訳じゃないだろ」

「違いねえな」

 

 そしてとあるアパートの前に通りかかった時、八幡は突然あっと言ったかと思うと、

鋭い声でキットに指示を出した。

 

「キット、ちょっと止まってくれ」

『分かりました』

 

 それほどスピードは出ていなかった為、キットは言われた通り、スムーズに停止した。

 

「ボス、どうした?」

「今あのアパートの二階の部屋で、嫌なものの影を見た」

「嫌なもの?」

「天井から吊ってある、首吊り用のロープだ」

「なるほど自殺か、ボス、行くのか?」

「ああ、見ちまった以上は仕方ない、おいレヴィ、ナイフは持ってるか?」

「当然」

「それじゃあ行くぞ、あの一つだけ明かりの付いてる部屋だ」

 

 その瞬間に部屋の明かりが消え、二人はそれを見てもの凄いスピードで走り始めた。

 

「やべっ、間に合うか?」

「何とかなるだろ」

 

 そして二人は目的の部屋の前にたどり着いた。幸いな事に鍵は開いていた。

 

「お、ラッキーだなボス」

 

 そんなレヴェッカの感想に答える事もなく、八幡は即座に中へと突入した。

ぶらぶらと揺れている人影と、床に転がる踏み台が見え、

八幡はそのシルエットを見て即座にレヴェッカに指示を出した。

 

「レヴィ、切れ!」

「あいよ、ボス」

 

 レヴェッカは即座に行動に移り、跳躍して見事にその紐をナイフで切断し、

八幡がその人物を下で受け止めたが、八幡はその思わぬ体の柔らかさに驚いた。

 

「あれ、女性だったか」

 

 部屋の中に物がほとんど無く、とても地味だった為、

八幡はどうやらこの人物を男だと推測していたようであった。

そして八幡は躊躇いなくその女性の胸に耳を当て、心臓の鼓動を確かめた。

 

「音が聞こえづれえ……」

「こいつはおっぱいが大きいからなボス」

「この状況で言う事がそれかよ!くそっ、駄目だな、心肺蘇生だレヴィ」

「了解、ボスはそのままおっぱい担当な」

「お前がやれよ!」

「それじゃあこいつとキスするか?」

「……ああくそ、仕方ない、もうこのままでいい!」

「了解了解、五回な」

 

 そしてレヴィが一回人工呼吸をし、八幡が五回心臓を圧迫するという作業が開始され、

数回目にしてその女性は蘇生し、げほげほとやりだした。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 だがその女性は何も言わず、恨みがましそうな目でじっと八幡を見詰めているだけだった。

 

「死にたいところを邪魔しちまって悪かったよ、だがもう助けちまったんだ、

これを恩だと思う必要はないが、せめて俺に迷惑がかからないように、

俺の目の届く所にいる間だけは死ぬのを諦めてくれよな。

まあそれでも死のうとしても、力ずくで止めるがな」

 

 その女性はその言葉に何もかも諦めたような表情で頷いた。

 

「さてどうするかな、とりあえず警察に……」

 

 その瞬間に、その女性は縋りつくように八幡に手を伸ばしながら言った。

 

「それは……やめて」

 

 八幡はそれを聞き、深いため息をついた。

 

「はぁ………平穏な日々を送れればいいなって言った途端にこれだ、まあ仕方ないか」

 

 直後にその女性は気絶し、

八幡はレヴェッカに頼んでその女性をキットに運び込んでもらった。

 

「……とりあえずマンションに戻るか」

「だな、俺としてはポリスに引き渡して後は知らんプリを決め込みたい所だが、

どうやらそういう訳にもいかないみたいだしな」

「ん、どうした?」

「こいつ何かの訓練を受けてやがる、もしかしたらどこかのエージェントかもしれねえ」

「マジかよ……」

 

 レヴェッカは女性の身体をまさぐりながらそう言った。

これは性的な意味ではなく、どうやら筋肉の付き方を調べているようだ。

 

「見た目よりちょっと重いから気になってたんだよ、

こいつ、思ったよりいい筋肉の付き方をしてやがるぜ。

もっとも戦場に立つのにはまったく不足してるから、エージェントの類だと判断した訳だが」

「そうか、俺はとりあえず部屋に戻って身元か何かが分かる物を探す、

レヴィはここでこいつを見張りつつ、おかしな奴が来ないかどうか見張っててくれ」

「あいよ」

 

 そして八幡は悪いとは思いながらもその女性の部屋を漁り、

スマホと財布、それに着替えのつもりで適当に衣類をその場にあった紙バッグに放り込んだ。

 

「鍵は……あった、とりあえず施錠だけしておけば後はいいか、

しかし本当に何もない部屋だな……」

 

 他にあったのは申し訳程度の調理器具と冷蔵庫に僅かな食材、

日曜品の小物だけであり、八幡はどうやらレヴェッカの推測の通りらしいと感じていた。

そして八幡はキットに戻り、マンションへと向かった。

人目に付かないように、普段は使わない裏口から女性をエレベーターに乗せた二人は、

そのまま部屋にいる者達に連絡し、その女性を人目を忍んで部屋に運び込む事に成功した。

 

「八幡君、この人は……?」

「悪い、部屋で自殺しようとしてるのが見えたんだが、

警察が嫌だと言うんでとりあえずここに連れてきた」

「えっ、自殺未遂?だ、大丈夫なの?」

「とりあえず生きてるから大丈夫だ、多分」

「訳ありなのかな?」

「だろうな、悪い優里奈、アルゴの部屋に行ってあいつを呼んできてくれ、

この時間なら多分部屋にいるはずだ。もしいなかったら会社だろうから、ここに呼び出す」

「分かりました」

「明日奈とレヴィはこいつの見張りを、絶対に死なせないように気を付けてくれ、

なんなら猿轡をかませておいてもいい」

「うん」

「任せろ」

「美優と舞さんと香蓮には迷惑をかけてすまない、

何かあったら助けてもらうかもしれないが、とりあえず寝室でのんびりと待機しててくれ」

「うん、分かった」

「リーダーは相変わらずトラブル体質だね」

「八幡さん、何かあったらすぐに呼んで下さいね、私は荒事もそれなりに大丈夫なので」

「ありがとう」

 

 そしてほどなくして優里奈がアルゴを連れて戻ってきた。

 

「どうしたハー坊、またトラブルカ?」

「悪い、そんな感じだ」

「この坊主頭の女は何者ダ?」

「自殺未遂者で、警察嫌いな奴らしい。名前は桐生萌郁、

後の事はまだサッパリだが、これからスマホを調べようと思う」

「オーケーだ、とりあえずこいつの事を調べるとするカ」

「話が早くて助かるよ、サンキュ」

 

 二人はそのままスマホを調べ始めた。とりあえずといった形でメールの履歴を見た二人は、

そこに書かれている内容を見て思わず悲鳴を上げた。

 

「うワ」

「何だこれ、ストーカーか?」

 

 萌郁の受信履歴は全て消されており、ただ送信履歴だけが延々と残されていた。

宛名は『FB』、その内容は、ただひたすら返事と指示を求めるものであった。

 

「こいつもしかして、男に捨てられただけなのか?」

「それにしちゃ内容がおかしい、男に、じゃなく組織に捨てられたのかもナ」

「アルゴ、このFBって奴のメールアドレスから身元をたどれるか?」

「やってみル」

 

 さすがはアルゴである、すぐにそのメアドを使用している者を割り出す事に成功した。

 

「これハ………」

「何か分かったのか?」

「前にこれと同じ偽名を見た事がある、というかよく見たら、これはそいつと同じ奴ダ」

「マジかよ、って事は正体は割れてるんだな、何者だ?」

「天王寺裕吾、コードネームはフェルディナント・ブラウン、FBだ」

「FB?ビンゴだな、だがその名前には聞き覚えがある、確か前に何かの報告で……」

「SERNのエージェント、前に報告したよナ?」

「あいつか!」

 

 八幡は以前、キョーマの身辺調査をした時に、その名前に触れていたらしい。

こうして八幡は、桐生萌郁という女性絡みの軽いトラブルに見舞われる事になった。




作者の更なる暴走が始まりました!


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第610話 桐生萌郁

「しかしまさかこいつがSERNのエージェントだとはな……

状況からすると元かもしれないが、さてどうしたもんか」

「ボスに一応お伺いを立てておいた方がいいんじゃないか?」

「だな、姉さんに一応報告しておくわ、ちょっと会社に行ってくる。

アルゴは引き続きスマホの調査を頼む」

「あいヨ」

 

 八幡は社長室の明かりがまだついている事に気付いており、そのまま部屋を出ていった。

そして社長室に到着した八幡は、部屋をノックした。

 

「はい、八幡君よね?何の用?」

「何で分かるんだよ」

 

 八幡はそのまま扉を開け、デスクに座る陽乃の前に立った。

 

「何でって、見てたから」

「……何を?」

「部屋の中からこっちを見てるのを」

「ああ、そういう事か。しかしまあ、姉さんも寂しいなら寂しいって言ってもいいんだぞ?

俺の部屋を寂しそうにまめにチェックする姉さんの事を思うと、心臓が張り裂けそうになる」

「あら、思ったより優しいのね」

「皮肉で言ってんだよ!こっちを気にする暇があったら仕事しろ、仕事!」

「八幡君がどうしてるのか観察し、秘密を探るのが私の仕事よ!」

「怖えよ、何でそんな事をする必要があるんだよ!」

「決まってるじゃない、弱みを握って脅して、代わりにその貞操を捧げてもらうのよ!」

「ストレートに言ってんじゃねえ!大事な話がある、聞いてくれ」

「何?また何かトラブル?」

「まあそんな感じだ」

「まあいいわ、どうしたの?」

 

 そして八幡は、桐生萌郁の事を陽乃に説明した。

 

「へぇ、そんなのほっとけばいいじゃない、うちは慈善団体じゃないんだし」

「いや、まあそれはそうなんだが、

俺もまさかそんな特殊な事情がある奴だとは思ってなかったんだよ、

目の前で自殺しようとしてる奴がいたらとりあえず反射的に止めるだろ?

で、警察に丸投げしようとしたらこうなったと、まあそういう訳だ」

「それにしても凄いところを引いたわね、八幡君、持ってるわね」

「持ってるのは悪運だろうけどな」

「まだそうとは限らないわよ、で、調査の進捗は?」

「今はとりあえずその報告だけだ、

アルゴが調べてるからもしかしたら何か判明してるかもしれん」

「分かったわ、私もそっちに出向くわ」

「悪いな姉さん、それじゃあ行くか」

 

 そして二人は連れ立って八幡のマンションに戻り、

そんな二人にアルゴは復元したというメールの履歴を見せてきた。

 

「おお、さすがはアルゴ、仕事が早いな」

「そう思うんだったらオレっちにも何か飴をよこセ」

「飴か……まあ考えとくわ」

 

 そして二人はアルゴのPCを覗き込み、その履歴をチェックした。

 

「あれ、FBって女なのか?男だよな?」

「文面からするとそんな感じだな、多分女相手だと女のフリをするんだろうさ、

その方が心を開かせるのに便利だからナ」

「なるほど、手がこんでるな」

 

 そして陽乃が最近終えたという仕事の内容を見て、こう言った。

 

「あら、これって例のタイムマシン計画とやらの一環じゃない?

計画自体は先日中止になったはずだけど」

「IBN5100とかいうPCを集めてたって奴か、何の意味があるんだろうな」

「さあ……でもこれによると、無事に一台秋葉原で回収した直後に、

このFBって人からの連絡が途絶えたみたいね」

「らしいな、さてどうするか……」

 

 悩む八幡に、陽乃はあっけらかんとこう言った。

 

「直接話してみればいいんじゃない?接点はあるんだし」

「え、あるのか?」

「ええ、前にほら、キョーマ君の身辺調査をした時に、

近くに危険人物がいるのはまずいからって、向こうの正体を周囲にバラさない代わりに、

絶対に危害は加えない、手出し無用、その代わりにいくらかのお金を払うって条件で交渉済」

 

 八幡はそれは初耳だったらしく、とても驚いたように見えた。

 

「あの時にそんな事をやってたのか、報告書のチェックが甘かったな」

「なので事情を聞いて、使えそうならこの子を手駒に加えるのがいいんじゃないかしら。

駄目ならポイ、ね」

「ポイってゴミじゃないんだからよ、でも可能ならなぁ、

見た感じ、死にたくなる程このFBってのに依存してるように見えるんだが」

「あら、依存先を変えればいいじゃない、そういう子を心酔させるのは得意でしょ?」

「誰がだよ!そんなの得意じゃねえよ!」

「それじゃあ洗脳する?レスキネン教授もいる事だし」

 

 八幡はその言葉に即座にこう返した。

 

「駄目だ、もうあの人にそんな事はさせん、夢を追ってもらう」

「そう言うと思ったわ、それじゃあお願いね」

「くそっ、面倒臭え……」

 

 そして陽乃とアルゴは去っていき、八幡はとりあえず萌郁をどうにかする事にした。

 

「よし、とりあえず叩き起こすか」

「オーケー、今起こす」

 

 レヴェッカがそう言ってすぐに動き、萌郁に活を入れた。

 

「こ、ここは……」

 

 萌郁はぼんやりとした口調でそう言い、すぐに思い出したのか、

まだ自分が生きている事を確かめるように、首に触ったり手を握ったり開いたりした。

 

「暴れないのは賢明だな、ちゃんと約束は守ってるんだな」

 

 その言葉に萌郁はコクリと頷いた。

本人としては、死ぬなら人目の無い所で静かに死にたいのだろう。

 

「まだ死にたいか?」

 

 萌郁は再びコクリと頷き、そんな萌郁に八幡は、無表情で言った。

 

「どうやら覚えているようだな、他に何か覚えてるか?」

「………あなたに胸をまさぐられた」

「いいっ!?」

「八幡君、それはどういう事かな?かな?」

 

 明日奈がそう言って立ち上がり、八幡はそれに対して必死に自己弁護した。

 

「明日奈違うんだ、心肺蘇生だって」

「あ、そういう事かぁ、それならまあいいけど……でもあの大きさはなぁ……」

 

 明日奈は今日の一件で、胸の事を過剰に気にしているようだった。

八幡は明日奈をこれ以上刺激しないように、さっさと本題に入る事にした。

 

「お前をFBに会わせてやる、だから当分死ぬのはやめろ」

 

 その言葉で萌郁の表情が変わった。

 

「………本当に?」

「ああ、本当だ。俺はFBが誰かを知っている」

「………証拠は?」

「そんなの必要があるのか?もしお前が本当にFBに会いたいと思ってるなら、

真偽はともかく俺に頭を下げて教えてもらうしかヒントが無いのは分かるよな?」

「………」

 

 そして萌郁はこくりと頷き、正座して八幡に頭を下げた。

 

「宜しくお願いします」

 

 八幡はそんな萌郁を見ながら明日奈に言った。

 

「よし明日奈、こいつに飯を食わせてやってくれ、まだ残ってるよな?」

「うん、任せて!」

「レヴィはこいつを風呂に入れてやってくれ、着替えは……誰かサイズの合う奴は……」

 

 八幡はそう言って萌郁の胸をチラリと見たが、それは仕方がない事だろう。

 

「それなら私の普段着を持ってきますね、多分胸も大丈夫だと思いますので」

「あ~……ええと、任せる」

 

 八幡はそれ以上、胸の事について触れるのをやめた。

一瞬明日奈が凄い目で八幡をじろっと見たからだ。

 

「それじゃあそんな手はずで頼む、俺は寝室の三人に、当たり障りのない説明をしてくるわ」

 

 八幡はそう言って寝室のドアをノックした。

 

「は~い」

「俺だ、入っていいか?」

「リーダー?今はコヒーが全裸だから、入るなら性的な意味で覚悟してきてね」

「八幡君、もちろん嘘だから気にしないで、いつでもどうぞ」

 

 八幡は美優の言葉を無視し、香蓮の言葉に従い中に入った。

 

「ぶぅ、つまんないの」

「とりあえず状況が変わったので説明にきた」

「あの子の様子はどうですか?」

 

 舞が心配そうにそう尋ねてきた為、八幡は余計な事を言わないように三人に説明を始めた。

 

「もう大丈夫だ、身元も判明したし、近いうちに保護者のところに連れていくつもりだ。

今日はここで一緒に寝てもらうから、くれぐれも彼女を刺激しないように頼む」

「オッケー、当たり障りのない話でもしとく」

 

 当然萌郁にはレヴィをつけるつもりでいたが、先ほどの様子からして心配はないだろうと、

八幡はそう判断していた。

 

「とりあえず風呂に入れて、その後は飯を食わせるから、

その頃にお茶ついでにリビングに来てくれ、まあ可能なら仲良くなってやってくれよな」

「ほえ~、リーダーは見ず知らずの人にも優しいね」

「美優、八幡君は女の子にはとても優しいわよ」

「男の子には?」

「普通じゃない?」

「普通かぁ、さすがは天然ジゴロ!」

 

 その瞬間に八幡は、いつものように美優の頭に拳骨を落とした。

 

「人聞きの悪い事を言うんじゃねえ、殴るぞ」

「も、もう殴ってるし……」

「おお、凄いなお前、未来の出来事を体験したんだな」

 

 八幡はそう言って部屋を出ていき、さすがに疲れたのかリビングでぼ~っとしていた。

当然一切美優には取り合わない。そこに明日奈がコーヒーらしき飲み物を持って現れた。

 

「八幡君、お疲れ様」

「おう、まさかこんな事になるとはなぁ……」

「まあとりあえず人助けをしたと思えば」

「そう思ってないとやってられん」

 

 八幡はそうぼやくと、明日奈の入れてくれたコーヒーに口をつけた。

 

「あれ、これ自作か?」

「ううん、実はマッ缶を温めただけ」

「おお、サンキューな、道理で脳に染み入る訳だ」

「頭を使った時は甘い物が一番だしね」

「ああ、ついでに何か買ってくれば良かったな」

「多少ならストックがあるから大丈夫だよ」

「そうか、それなら今日はまあいいか」

 

 そして明日奈は八幡の隣に座り、あまり大きな声を出さないようにひそひそと言った。

 

「八幡君、とりあえずちゅーしよっか」

「え、いきなりどうした?」

「だってさっき言ってたじゃない、口がいいって」

「いや、確かに言ったが……」

「今しか出来なさそうだから、今のうちにって思って」

「そ、そうか」

 

 そして二人はどちらからともなくキスをし、明日奈は満足そうな顔をした。

 

「よし、今日の八幡君成分補給完了!」

「お前、そういうとこ姉さんの影響を感じさせるよな」

「姉さんは間接的にしか補給出来ないから、ちょっとかわいそうだけどね」

「間接的ってどうやってるんだよ……」

「それはね」

「ああ、何か怖いから教えてくれなくていい」

「そう?それならいいけど」

 

 そして明日奈はテーブルに肘をつき、手の平に頬を乗せながら八幡に言った。

 

「で、あの人の事、どうするの?」

「こういう話はあまり明日奈に言いたくはないが、

もしかしたらうちで諜報員とかをしてもらう事になるかもしれないな、

うちにはそういう要員がいないからな」

「ああ、確かにそうだよね」

「それもこれも、まあ相手との交渉が上手くいったらだけどな」

「上手くいきそう?」

「どうかな、だがまあ悪いようにはしたくないな」

 

 八幡はそう言いながら目を閉じ、明日奈はそんな八幡の顔をニコニコと眺めながら言った。

 

「また一人増えるのかなぁ」

「心配する事は何もないさ、仮に増えるとしても、

ただのビジネスライクな部下が一人増えるだけだ」

「そう、なのかなぁ」

「ところで明日奈、ちょっと頼みがあるんだ、調べておいてほしいものがある」

「ん、何?」

「実はな……」

 

 そして八幡は明日奈に何かを頼み、明日奈はその頼みを快諾した。

 

「分かった、さすがにあのままだとね。でも買い物はどうするの?」

「かおりに頼むさ、そういうのは得意そうだからな」

「私に時間があれば良かったんだけどね」

「まあ仕方ない、出来る奴が出来る事をやればいい」

「そうだね」

 

 そして優里奈が戻り、レヴェッカと萌郁が風呂から出てきた。

優里奈は萌郁に自分の服を着せ、そして明日奈は食事の準備を始めた。

 

「萌郁、少しは落ち着いたか?」

 

 その言葉に萌郁は一瞬変な顔をした後にコクリと頷き、初めて自分から長文を喋った。

 

「まるで虎の檻に入れられた気分だった」

「おお、そういうのが分かるのか」

 

 萌郁はコクリと頷き、そんな萌郁の肩をレヴェッカがガシリと抱いた。

 

「別にとって食ったりしないっての」

 

 萌郁はその言葉に目を伏せて何も反応しなかったのだが、

その身体が小刻みに震えているのを見て、八幡はしめたと思った。

 

(怖いって事は生きたいって事だ、どうやらとりあえずの心配はないみたいだな)

 

 その会話中に香蓮達三人も合流し、とりあえずといった形でGGO絡みの動画を見ながら、

七人は萌郁を囲んで雑談に興じていた。

そんな中、萌郁が明日奈の方をチラチラ見ている事に気付いた八幡は、

何だろうと思って萌郁にこう尋ねた。

 

「おい萌郁、どうかしたか?」

 

 萌郁は再びおかしな表情を見せた後、おずおずと八幡に言った。

 

「あ、あの……」

「おう」

「お、おかわり……」

 

 そんな萌郁を見て、八幡は快活そうに笑った。

 

「そうかそうか、どうやら体は生きたがってるみたいだな、明日奈、おかわりを頼む」

「うん、待ってて!」

 

 ついでに八幡は、疑問に思っていた事を萌郁に尋ねた。

 

「なぁ、さっきからたまに変な顔をしてたけど、あれは?」

「それはいきなり名前を呼び捨てにされたから……」

 

 萌郁は消え入りそうな声でそう言った。

 

「わ、悪い、そういえばそうだったな、今後は苗字で……」

「…………」

 

 その瞬間に萌郁が何か口走ったが、さすがに小さすぎて聞き取れなかった。

 

「悪い、なんだって?」

 

 萌郁はそう言われ、深呼吸をした後に聞こえる程度の小さな声でこう言った。

 

「別に名前でいい」

「そうか」

 

 こうしてその日の夜は更けていき、

自分でも驚いたのだが、萌郁は久々にぐっすりと眠る事が出来た。

レヴェッカが隣にいる事が気にはなったが、それでも萌郁はすぐに眠くなり、

その意識はあっさりと眠りの中に沈んでいった。



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第611話 ラウンダー

このエピソードは今日を含めてあと3回の予定です!


「おう、起きたみたいだな、それじゃあ朝飯でも食うかね」

 

 八幡はリビングに出てきた女性陣にそう声をかけると、

料理の盛られた皿をテーブルへと並べ始めた。

 

「あっ、八幡君が準備してくれたんだ」

「八幡さん、ちゃんと寝ましたか?」

「今何時だと思ってるんだ、むしろそのセリフはお前達に言いたい」

「えっ、あ、もう九時だったんだ……」

「本当だ……」

 

 明日奈はチラリと時計を見て、少し寝すぎてしまったかと反省していた。

 

「まあ昨日は楽しかったみたいだしまったく問題ない。レヴィと萌郁はまだ寝てるのか?」

「みたい、相当疲れてたんだろうね、精神的に」

「萌郁はそうかもしれないな、それじゃあレヴィは?」

「これは寝る前に聞いた話なんだけど、多分萌郁さんに合わせて自然に起きるんだと思う。

完全に意識を彼女に向けて寝たみたいだから、逆にこの長さもその結果なんじゃないかな」

「マジかよ、萌郁とシンクロしてるって事だよな?随分と器用だな……」

 

 八幡はその説明に納得しながら、全ての準備を終え、こう言った。

 

「さあ召し上がれ」

「「「「「頂きます!」」」」」

 

 食卓ではそのまま今日どうするかの話になった。

どうやら美優と舞はお昼過ぎの飛行機に乗るらしく、あまり時間が無いらしい。

 

「その次の飛行機だとあっちに着くのが暗くなってからになっちゃうんだよね」

「そうか、やっぱり遠いから大変だよなぁ……」

「また遊びに来ますから、その時はもっとゆっくりできるように調整しておきますね!

今回は話がいきなりだったんで、スケジュールを二日しか空けられなかったんですよね」

「ああ、いつでも尋ねてきてくれ、逆に俺達がそっちに行くかもしれないけどな」

「えっ、リーダーが北海道に?これは張り切って接待しないと」

「いや、お前には用は無い、舞さんに用があるんだ」

「があああああああああん!」

 

 美優はオーバーアクションでそう言ったが、目的が狩猟なのだからどうしようもない。

その事を聞いた美優は、納得したように頷いた。

 

「ああ~そういう事かあ、レヴィの目的がそれなら仕方ないね」

「エゾシカ猟の解禁は十月頭くらいです、それ以降なら大体大丈夫ですよ」

「なるほど、まあ時間に余裕が出来た頃にまた連絡させてもらおうかな」

「はい、お待ちしてますね!」

 

 優里奈は今日はアスカ・エンパイアに行くらしい。

どうやら最近強力なギルドの人と知り合って、お世話になっているようだ。

 

「へぇ、そうなのか?何てチームだ?」

「スリーピングナイツって方々です、ランさんって人がリーダーで、とっても強いんですよ」

「………ほう、それはいつか戦う時が楽しみだな」

「戦う前提ですか!?」

 

 一同はそこで笑ったが、八幡は笑いながらも内心で、ちゃんと出会えたかと安堵していた。

 

(たまには顔を出さないと、ユウはともかくアイがごねるだろうなぁ……)

 

 ちなみに明日奈は今日は実家に顔を出す予定で、

香蓮はSHINCの連中と待ち合わせらしい。

 

(ああ、そういや香蓮はあの時俺と一緒にいたあいつらが、

実はSHINCのメンバーだってのは知ってるんだったかな?一応確認しておくか)

 

 ちなみに確認の結果、香蓮はその事実を知らないどころか、

相手の顔も名前も連絡先すら知らなかった。それを危惧した八幡は密かにどこかに電話をかけ、

明日奈からメモのような物を受け取った後、美優と舞を送る為にキットで空港へと向かった。

レヴェッカと萌郁の食事は布をかけてテーブルの上に置いてあり、

二人にはソレイユで待つようにと連絡を入れてあった。

 

(後は姉さんかアルゴが応対してくれるだろ)

 

 八幡はそう考えながら、美優と舞を無事に空港まで送り届け、二人に別れを告げた。

 

「おい美優、舞さんに迷惑をかけるなよ、あと今度会う時までに少しは落ち着いておけよ」

「落ち着いてほしいなら、是非リーダーにもその体で協力を……」

「だからお前はそういうのをやめろっつってんだよ」

「旦那旦那、ピトさんほどじゃありませんって」

「比較対象が悪い、香蓮を見習え」

「リーダーはコヒーの事を神聖視しすぎだから!

コヒーだって普通にエロいところがいっぱいあるからね!」

「んな訳あるか、お前と一緒にすんな」

「あるんだってば、もう!」

 

 八幡は、そんな事はないと繰り返すと、次に舞に話しかけた。

 

「舞さん、お元気で!」

「はい、八幡さんも!」

「チームについては詳しい事が決まったら連絡します、

それまでGGOででもまた一緒に遊びましょう!」

「はい、是非!私、対人も頑張ってやってみる事にしましたから!」

「そうですか、それじゃあその時を楽しみにしておきます」

「はい、またお会いしましょう!」

「美優もまたな!」

「リーダーまたね!コヒーにも宜しく!」

 

 こうして二人は機上の人となり、八幡は見えないだろうと思いつつも、

飛行機が見えなくなるまで手を振り続けた。

 

「あっ、舞さん、リーダーが手を振ってるよ!」

「本当だ!」

 

 二人も同じように相手が見えなくなるまで手を振り、

完全に見えなくなった後、二人は笑顔で会話を始めた。

 

「舞さん、今度の旅はどうだった?」

「すごく驚かされる事がいっぱいあったけど、でもとっても楽しかったよ」

「だよね、ああ、北海道に帰りたくないなぁ、こっちで就職しようかな、

リーダーのご威光に頼れば平気な気がする」

「美優ちゃんは頑張れば大丈夫っぽいよね、その点私は……」

「その気があるならなんとでもなるんじゃない?

もっとも婚期が遅れるのは間違いないと思うけどね」

「そうなの?」

 

 きょとんとする舞に、美優はドヤ顔でこう言った。

 

「だってどんな男と出会うにしろ、どうしてもリーダーと比較しちゃうじゃない?」

「あ、ああ~!」

 

 舞もその意味をやっと理解したが、もう一つ別の事にも気が付いて、少し顔を青くした。

 

「ね、ねぇ美優ちゃん、もしかしてそれ、もう手遅れじゃない?」

「手遅れ?何が?」

「例えば一生北海道で生きていくとして、

美優ちゃんは今後、簡単に誰かを好きになったりする?」

「あ…………」

 

 美優もその事に気が付いたようだ。そう、もう手遅れなのである。

 

「ま、まあどうなるにしろ、お互いに頑張ろう」

「そうだね、まあ私にとっての八幡さんは、まだ芸能人扱いだからいいとして、

美優ちゃんは仲がいい分大変そう」

「うぅ……確かに街で男と遊ぶくらいなら、

多少塩対応をされてもゲームの中でリーダーにくっついちゃいそう」

「まずいなぁ、私もそうなっちゃうのかな?」

「そのうち禁断症状が出てくるよ」

「本当に?やばっ!」

 

 こうして二人は空港に着くまで、延々と八幡の話で盛り上がる事となった。

今度の舞の旅は、彼女にとって実り多いものとなったようだ。

 

 

 

 一方レヴェッカと萌郁である。明日奈の言葉通り、

萌郁が起きた瞬間に、それに引っ張られるようにレヴェッカも目を覚ました。

 

「んん………やべ、もう昼か、随分寝ちまったな」

 

 その言葉に起きたばかりの萌郁もコクリと頷いた、どうやら寝起きはいいようだ。

 

「どうだ?よく寝られたか?」

 

 萌郁は再び頷いたが、その表情からは若干の驚きが見てとれた。

どうやら自分がこんなにぐっすり寝られるとは思っていなかったらしい。

 

「そうかそうか、さて、飯はどうするかな……って、用意してくれてるな、しかもボス作か。

朝食って書いてあるけど、どうやら昼になるのを見越して多く作ってくれたんだな、

さすがはボスだぜ!よし、さっさと食っちまおうぜ」

「わ、私、温めてきます」

「お、サンキュー!」

 

 心が落ち着いたせいか、無口な萌郁も多少は自分から喋るようになっていた。

そして二人は一緒に朝食兼昼食をとった。会話はほとんど無かったが、

心底美味そうに食事をし、悩みなど無さそうなレヴェッカの姿に萌郁は羨ましさを感じた。

そのせいか、食事を終えた後に萌郁は自分からレヴェッカに話しかけた。

 

「あの……」

「お、どうした?何か聞きたい事でもあるのか?」

「レヴィさんには悩みとかはないの?」

「ん?そりゃああるさ、色々な。だがそういう時は、必ずボスに相談する事にしてるからな、

それで大抵の事は解決だ」

「そう……なんだ」

 

 萌郁はその会話で、昨夜初めて会ったその人物の顔が頭に浮かんだ。

 

「あの人は、どういう人?」

「ん、ボスか?そうだな、いい奴だ」

「いい……奴?」

「あと面白い奴だな」

「そ、そう」

「あとは気前がいい、これが一番!」

「………」

 

 萌郁はそれ以上、有益な情報は出てこないだろうと思い、質問を終えた。

だが最後にレヴェッカは萌郁にこう言った。

 

「あとボスは、絶対にお前を捨てたりはしねえな」

 

 その言葉に萌郁は言葉が出なかったが、やがてぽつりと一言だけ言った。

 

「かも……」

 

 そして二人はソレイユへと向かい、そのまま陽乃の指示に従って待機した。

陽乃とアルゴはダルも交えて何か相談をしているようだったが、

ただの駒である事を自分に課しているレヴェッカは、その事には興味がなかった。

 

(難しい事はボスや大ボスに任せておけば間違いないからな)

 

 ほどなくして八幡もソレイユに到着し、二人の所に顔を出した。

 

「悪い、待たせたか?」

「いや、大して待ってないぜボス」

「萌郁、昨日はよく寝れたみたいだな」

 

 萌郁はその言葉に頷いた。何か喋った方がいいのかもしれないと一瞬思ったが、

八幡が何も気にした様子を見せなかった為、逆に萌郁は何も喋れなかった。

 

「さて、もう少し待っててくれな、姉さん達と今後の事について相談してくるから」

「ついでに俺の寝床についても早めに頼むぜ」

「ああ、いつまでもあの部屋って訳にもいかないだろうしな、

社員寮の部屋がいくつか空いてるから、多分そこに入ってもらう事になると思う」

「問題ない、むしろその方が気楽ってもんだ」

「まあ飯くらいは当分優里奈に作ってもらえよ、ついでに一緒に料理の勉強でもすればいい」

「おお、いいなそれ」

「それじゃあちょっと行ってくる」

 

 八幡はそう言って部屋を後にし、二人はその場で八幡の帰りをじっと待つ事にした。

そして八幡は、陽乃、アルゴ、ダルと共に、今後の対策の相談を始めた。

 

「え、今日ですか?」

「ええ、早い方がいいでしょ?」

「それはそうですけど」

「っていうかブラウン氏がSERNってマジなん?」

 

 ダルはこの段階でもまだそんな事を言っていた。やはり信じ難いのだろう。

そんなダルに、突然アルゴがこんな質問をした。

 

「おいダル、ラボからヨーロッパにハッキングをかけた事はあるよナ?」

「それは何度でもあるけど……」

「毎回ありえないくらい調子が良くなかったカ?」

「確かにそうだけど、それは僕の腕ですし?」

「あのビルから直通回線がヨーロッパのSERN本部まで伸びてるんだが、

ダルはその事は知ってたカ?」

「え………な、何それ」

「つまりお前は知らず知らずのうちに、その恩恵を受けてたって事だな、これがその証拠ナ」

 

 そう言ってアルゴはPCの画面をダルに見せ、ダルは天を仰いだ。

 

「うあ、マジだ……って事はブラウン氏は本当にSERNのエージェント?

そんな事、今までまったく気付かなかったお……」

「仕方ないさ、そう思って調べないと、証拠なんか出てこないだろうしナ」

「って事は、アルゴ氏は僕達の事を、そう思って調べたって事?」

「そういう事だな、なんたって背後関係を洗う為に調べたんだからな。

おかげでレスキネン教授絡みでSERNの事を調べる時、資料が揃ってて凄く楽だったろ?」

「ああ、あれってそのせいだったんだ!その流れならその話も納得だお」

 

 こうしてダルが納得した後、四人によってこの話の問題点が順に列挙されていった。

だがその根幹は、やはりこの問題だった。

 

「やはり一番の問題点は、SERNの暗部からの干渉だよなぁ……」

「調べた感じ、あそこはかなりのレベルの非合法活動に手を染めているみたいだしナ」

「しかも先日ストラ絡みの勢力が弱ったせいで、相対的にあそこの力が強くなったみたいね」

「調子に乗りまくってやがりますか?本当にふざけんなだお」

 

 ここで八幡が、純粋に昨日感じた疑問をアルゴにぶつけてきた。

 

「そもそも何で仕事を成功させた萌郁が干されてるんだ?

まあ連絡が無いだけで、実際死ぬ事を決めたのはあくまであいつの意思だろうから、

必ずしもそれはSERNの意思じゃないんだろうけどな」

「でもあそこ、仕事に成功しようが失敗しようが、

末端のエージェントは使い捨てにしてるみたいだぞ。

ちなみにそのエージェント組織は、ラウンダーというそうダ」

「あれ、でも萌郁は……う~ん、まあ今はいいか、

それにしてもラウンダーか、マジで気にいらんな」

 

 その八幡の感情を共有したのか、陽乃がぶっそうな事を言い出した。

 

「いっそラウンダーを潰しちゃう?材料ならそれなりに持ってるけど」

 

 その提案を止める者は、ここには誰もいなかった。

 

「それも考慮に入れておくか、あのあたりの国のそういった勢力を、

アメリカさんも叩いておきたいだろうし、その辺りから手を回せば……」

「ついでに頭も変わってもらう?」

「その方がいいだろうな、非合法活動なんかやめちまってもあそこは十分利益を出せるし、

トップに座りたい奴はたくさんいるだろうよ」

「それじゃあそういったやばい資料を複数の人間に送りつけて……」

「そのどさくさで……」

「それじゃあついでに……」

 

 こうして四人の悪巧みは加速的に話が膨らんでいき、

ラウンダーの命運は、彼らのまったく知らない所で尽きていくのだった。



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第612話 八幡は慎重に事を進める

 八幡が陽乃達と話す少し前、一階の受付で、実はこんなやり取りがあった。

 

 

 

「あ、八幡、さっきのスッピンの女の人、誰?」

「スッピン?萌郁の事か?」

「あ、そんな名前だったかも」

 

 八幡がソレイユ本社に入ると、受付をしていたかおりが八幡に話しかけてきた。

 

「実はあいつ、ちょっと訳ありなんだよ」

「あ、そうなんだ」

「何か気になったのか?」

「そりゃなるでしょ、よっぽどの理由がないとあんな髪型にしないし、

スッピンな上に服装にまったく気を遣ってないように見えたしね」

「ああ、まあ確かになぁ……」

「でもあの人、多分美人だと思う」

 

 かおりのその言葉に、八幡も同意した。

 

「お、やっぱりお前もそう思うか?」

「あ、八幡もやっぱりそう思ったんだ?」

「まあ俺のはただの直感だがな」

「そうだ、もし良かったら私が化粧とかしてあげようか?

何も道具とか持ってないみたいだったし」

「お、それじゃあ後で頼んでもいいか?」

「任せて!そういうのは得意だから」

「かおりは確かにそういうの、得意そうだよなぁ。

あ、ついでに頼みがあるんだが、ちょっと受付を離れていいから、用意してほしい物がある」

 

 そして八幡は、何かが書かれた紙をかおりに渡し、耳元で何か囁いた。

 

「え、これってもしかして、八幡が調べたの?」

「まさか、明日奈に頼んださ」

「なんだ、良かったぁ、でもこれ、凄く羨ましい……」

 

 八幡はその呟きにはノーコメントを貫いた。

 

「それじゃあ頼むわ」

「うん、私のセンスに任せて!」

「ウルシエル、そんな訳ですまないが、しばらく一人で頼む」

「もう、また私をその名前で呼ぶ!

まあそれはともかく分かりました、任せて下さい!かおりちゃん、気を付けてね」

「うん!」

 

 かおりは自身の業務をそのウルシエルと呼ばれた同僚に託し、ロッカーへと走っていった。

そして八幡は社長室へと向かった。これが八幡の到着直後の事である。

 

 

 

 そして今、陽乃達との話し合いを終えた八幡は、レヴェッカと萌郁がいる部屋にいた。

 

「話が纏まった、すぐに出発だ」

「お、来たのかボス、結局どうなった?」

「内緒」

「内緒ってボス、そりゃ無いぜ」

「まあ多分レヴィの出番はほとんど無いと思うぞ、

今回はアルゴやダルが色々思いっきりやる事になる」

「ほう?なるほどなるほど、そりゃご機嫌だな」

「ん?今のがどういう意味か分かるのか?」

「いいかボス、戦争ってのは、サイバー空間でも常に行われているもんなんだぜ」

「そこまで分かってるならまあいいか、そうだ、要するに」

 

 そして八幡はニヤリとしながら言った。

 

「戦争の時間だ」

「イヤッホー!!!」

 

 そんな二人を、萌郁は理解出来ない生き物を見るような目で黙って見つめていた。

 

「さて、これから出かける訳だが、その前に萌郁、これを」

「これって……ウィッグ?それにこれは伊達眼鏡?」

「そうだ、お前が誰なのかいきなり相手にバレるのは避けたいんでな。

そういやお前、何で坊主頭なんだ?」

「ええと……変装が簡単だから」

「マジかよ、そんなくだらねえ理由だったのかよ、お前はこんなに美人なのにな」

「……えっ?」

 

 萌郁はそんな言葉がかけられるとは予想もしていなかったのか、

驚いたように八幡の顔を見た。今の自分は化粧もしておらず、服も地味であり、

髪型もこんな感じなのだ。とても美人と呼ばれる状態ではない。

 

「ん?俺は何か変な事を言ったか?」

「………何でもない」

「そうか、次はこれだ」

 

 そう言って八幡は、リネンのトップスとブルーのジャケット、

それに同じくベージュのフレアスカートを手渡してきた。

 

「………これを着ろと?」

「そうだ、うちの受付チョイスだがな」

「………きっと似合わない」

「それを決めるのは俺だ、とりあえず俺は外に出ているから、着替えちまってくれ」

「………サイズは?」

「調べた」

 

 その言葉に萌郁はきょとんとし、無表情ながらも八幡を警戒するように胸を手で隠した。

 

「誤解だ萌郁、お前が寝ている間に明日奈が計った、ただそれだけだ」

 

 つまりそれは、昨日の段階から八幡がこうするつもりだったという事だ。

萌郁はまったく意味が分からなかったが、とりあえず八幡に頷いておいた。

 

「ならいい」

「それじゃあ俺は外に出ているから、ちゃんと着替えるんだぞ」

 

 そう言って八幡は外に出ていき、その場には萌郁とレヴェッカだけが残された。

レヴェッカはこういう事は得意ではない為、特に口を出してくる気配は無い。

そして萌郁は仕方なくその服を身につけ、ウィッグをし、伊達メガネをかけた。

 

「ほう?」

 

 そんな萌郁を見て、レヴェッカがヒュゥと口笛を吹いた。

今の自分はどうやら多少はまともに見えるらしい、

萌郁はそう思うのと同時に、この部屋に鏡が無い事を悔やんだ。

やはり萌郁も年頃の女性なのである、自分の今の外見には興味があるのだ。

その時部屋の扉が開き、先ほど受付に座っていた女性が中に入ってきた。

 

「あ、ええと、萌郁さん、だったよね?私は折本かおり、宜しくね」

 

 萌郁はいきなりそう挨拶され、曖昧に頷いた。

 

「それじゃあ化粧を始めるから、ここに座ってもらってもいいかな?」

「け、化粧?」

 

 どうやら自分は今から化粧までされるらしい。

萌郁はそれくらい自分で出来るのにと思いながらも、

他人に化粧をされるのは初めてだったので、興味本位でかおりの好きにさせる事にした。

そもそもこれが八幡の意思である以上、萌郁に拒否権は最初から存在しない。

そして化粧が始まり、萌郁は自分が知らない道具が沢山ある事に先ず驚いた。

そもそも萌郁は真面目に化粧について学んだ事はなく、練習もした事がない。

いつもは基本的なファンデーションや口紅を使う程度の事しかしておらず、

それは化粧と言っていいのか正直悩むレベルでしかなかったのであった。

そしてしばらくして、かおりが満足そうに頷いた。

 

「よし完成、我ながら会心の出来って感じ!そのまま待ってて、今八幡を呼んでくるから」

 

 かおりはそのまま外に出ていき、すぐに八幡を連れて中に入ってきた。

 

「おお、やるなかおり」

「でしょ?」

「レヴェッカはどう思う?」

「ん?おお、凄えなこれ、まるで別人じゃねえかよ」

 

 その言葉で、萌郁は今自分が褒められているのだと理解した。

人に面と向かって褒められたのはいつ以来だろうか、

確かにFBには何度も褒めてもらったが、それは所詮メールのやり取りでしかない。

 

「鏡………」

「鏡ね、はい、これ」

 

 かおりが萌郁の呟きに反応し、鏡を差し出してきた。

萌郁はその鏡を覗き込んだが、そこに映っているのが本当に自分なのか自信が持てなかった。

美人かどうかは分からないが、それくらい今の自分は、

生まれてからこれまで一度も見た事のない、女性らしい姿をしていたからだ。

 

「どうだ?」

「………よく分からない」

「いやいやいや、萌郁さん、凄くかわいいって」

 

 かおりが横からそう言い、萌郁は八幡と出会ってから初めて恥らう表情をした。

 

「よし、サンキューなかおり、それじゃあ萌郁、レヴィ、出かけるとするか」

「あいよ」

「………はい」

 

 そして三人は、キットで秋葉原へと向かった。

目的地に近付くに連れ、萌郁はどんどん緊張していったが、

八幡はそんな萌郁にお構いなしに、まっすぐ目的地へと突き進んだ。

 

「という訳で、ここだ」

「ここにFBが……?」

 

 そこは雑居ビルの一階にある、とても商売が成り立っているとは思えない電器屋だった。

 

「いいか萌郁、とりあえず何も喋るなよ」

 

 この時八幡は知っていたが、萌郁が知らない事があった。

萌郁はこの時までFBの事をずっと女性だと認識していたが、

八幡は男性だと正しく理解していたという事である。

このせいで萌郁は、これから現れる相手がFBだとどうしても信じられず、

八幡のこの指示が無くともまったく言葉を発する事が出来ない状態となる。

 

「ごめん下さい」

「あいよ、何か探し物かい?うちなんかにお客さんの欲しがる物があればいいんだがな」

 

 FBこと天王寺裕吾は、気さくな感じでそう声をかけてきた。

すぐ近くでは、事前に聞いていた裕吾の娘が興味深そうにこちらを見つめていた。

その直後に入り口からダルが姿を見せた。これは打ち合わせ通りである。

ダルから裕吾の娘の話を聞いた八幡は、その娘に話を聞かせないように、

ダルにここから娘を連れ出すように依頼していた。

ついでに八幡達がキョーマ達に見つからないように、

このタイミングでラボの人間をどこかに連れ出してくれと頼んでもいた。

その中には紅莉栖もおり、紅莉栖だけは八幡に気付いたようだったが、

紅莉栖はチラリとダルの様子を見ただけで何かを悟ったのか、その場所から動かなかった。

当然話しかけてくる事もない、さすがは空気の読める実験大好き天才少女である。

そしてダルはまゆりをだしにしてまんまと娘を連れ出す事に成功し、

八幡はこれでやっと話が切り出せると、上手くやってくれたダルに感謝した。

さすがにこれからする話は、何も知らない娘の前でするような話ではない。

ついでに相手が萌郁の正体に気付かないという事も分かった為、

それに関しても八幡は安堵する事となった。

 

「お客さん、話の邪魔をしてすまなかったな」

「いえ、お気になさらないで下さい」

「そう言ってもらえると助かるよ、で、何の用事だい?」

「はい、今日はあなたと交渉に参りました、ミスターフェルディナント・ブラウン」

 

 その瞬間に、裕吾がスッと目を細めた。

だが直後にレヴェッカが、素人には分からない殺気を放った為、

裕吾はそれ以上は何もしようとはしなかった。

どうやらレヴェッカが、明らかに自分よりも強いと認識したのだろう。

 

「こりゃまた剣呑だな、お前、どこのモンだ?」

「以前お話をさせて頂きました、ソレイユの者です」

 

 だが八幡の口からソレイユの名前が出た途端、裕吾はあからさまに緊張を解いた。

 

「何だそうなのか、驚かせるなよ」

 

 裕吾は一転して笑顔すら浮かべており、さすがの八幡もこれには驚いた。

 

「随分簡単に警戒を解いてしまうんですね」

「そりゃまあ、なぁ?一応友好的な関係を続けてる訳だし、

それを俺のミスでぶち壊す訳にもいかねえからな」

「なるほど、その時の事は俺は知りませんが、話が早そうで助かります」

「まあこの後どうなるかは、何の話かによって変わるだろうけどな」

 

 八幡はその言葉に頷き、説明を始める事にした。

 

「実はですね、先日たまたま、

お宅のラウンダーの一人である桐生萌郁が自殺しようとしている場面に遭遇しまして、

うっかり彼女を助けてしまったんですよ」

 

 さすがの裕吾もそれは初耳だったらしく、若干驚いたような表情を見せた。

その直後に裕吾は一瞬苦い表情を浮かべ、すぐに元の愛想良い表情へと戻った。

 

「なるほどな、で?」

「彼女、うちでもらっちゃってもいいですかね?うちというか、俺がって事ですが」

「………はぁ?」

 

 さすがにその八幡の申し出は想定外だったらしく、

裕吾は今度は驚いた表情をまったく崩さなかった。

 

「それ、本気で言ってるのか?」

「もちろんですよ、だって彼女……」

 

(さて、ここからだ)

 

 そして八幡は、頑張って下卑た表情を浮かべながら、裕吾にこう言った。

 

「だって彼女、とてもいい体をしてるじゃないですか。

特にあの胸とか最高ですよね、なので俺の直属にして、いい思いを………」

 

 八幡はそのセリフを最後まで言えなかった。

顔色を変えた裕吾が、いきなり八幡の顔面に鋭いパンチを放ってきたからだ。

だがそのパンチはレヴェッカによって止められた。

レヴェッカは八幡や裕吾にまったく気付かせずに、

いつの間か素早く八幡のすぐ後ろに移動していたのだった。

 

「ぬっ……」

「サンキュ、レヴェッカ、きっと止めてくれるって信じてたぜ」

「まあそれが俺の仕事だからな、でもボスよぉ、今のセリフはさすがに無いんじゃねえの?

さすがの俺も、それが本心だとしたら実家に帰らせて頂きますって言いたいんだけどよぉ」

「もちろん演技に決まってる。もしレヴェッカが間に合わなかったら、

仕方ないから一発くらうくらいの覚悟はあったけどな。

まあ何でこんな事をしたかというと、こうでも言わないとこの人は、

絶対に本心を見せてくれないと思ったからさ」

「ああ、そういう事か、なるほどなぁ、さすがはボスだぜ、疑って悪かった」

「実はお前、ぜんぜん疑ってなかったよな?」

「何だ、バレてたのか」

 

 そしてレヴェッカは裕吾の手を離し、裕吾も何となく事情を悟ったのか、

再びパンチを繰り出してくるようなそぶりは一切見せなかった。

 

「はぁ、これはもしかしなくても、あんたに一杯食わされたか?」

「すみません、どうしても彼女にこのシーンを見せておきたかったんで」

「彼女ってえと、この美人さんか?この美人さんが今回の件に何か関係があるのか?」

「関係もなにも当事者じゃないですか、あなたもよくご存知ですよね?

ほら萌郁、ちゃんとFBに挨拶しろよ、ずっと会いたかったんだろ?」

「萌郁?ま、まさかお前……M4か?」

 

 どうやらM4というのが萌郁のコードネームであるらしい。

そして萌郁は、裕吾に丁寧に頭を下げた。

 

「はい、M4ですFB、ずっと会いたかった……」

 

 萌郁はその体制のままぽろぽろと泣き始め、裕吾はばつが悪そうに頭をかき、

八幡とレヴェッカは、それを黙って見つめていたのだった。



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第613話 三日後を待て

 FBこと天王子裕吾はこの状況を受け、苦々しい表情で八幡に苦情を言った。

 

「随分回りくどい事をしたもんだなおい」

「さっきも言いましたけど、こうでもしないとあなたは本心を見せてくれないでしょう?」

「本心?本心って何の事だ?」

 

 萌郁がまったく泣き止まない為、話は八幡と裕吾の間で進められる事となった。

 

「だってラウンダーって、成功しても失敗しても処分されちゃうんですよね?

あなたの立場なら、当然その事も知ってますよね?」

「…………」

 

 裕吾はその八幡の言葉に何も答えなかったが、要するに沈黙とは肯定という事である。

 

「でも萌郁はこうして生きている、それは何故か。

あなたは萌郁との連絡を絶つ事によって、それ以上の報告を受ける事を拒否する事にした。

どうせ中断した計画なんだから、こんな事で下手に達成扱いにされて、

萌郁が無駄死にするような事になるのをあなたは避けたかった、そうですよね?」

「随分と面白い推理をしたもんだ、何か証拠があるのか?」

 

 その問いに、八幡はニコニコと笑顔を崩さないままこう答えた。

 

「うちはソレイユですよ?当然本部をハッキングして、

あなたから本部にIBN5100の発見報告がされていない事は調査済です」

 

 そんないかにも軽い気持ちで調べてみました風に言う八幡を見て、

裕吾はため息をつきながらこう言った。

 

「………やっぱりあんたんとこは敵に回したくねえわ、

ストラを潰したのもあんたのとこなんだろ?」

「さあ、どうですかね?多分あなたはこう考えたんですよね?

どうせしばらく日本で何か活動する予定はない、だったらこのまま全て有耶無耶にして、

萌郁をラウンダーという立場から自由の身にしてやりたい、と」

「ああん?何で俺がわざわざ駒の一人にそんな事をしてやらないといけないだ?

俺は東京のラウンダーのまとめ役だぜ、そんな事をする理由がない」

「理由ならありますよ、あなたはこんなにも優しいじゃないですか。

今だって萌郁の為に、そちらにとって何も得が無いのに、俺を殴ろうとしたじゃないですか」

「チッ、食えねえ野郎だ、その為の演技かよ」

「口で説明するだけじゃ、多分こいつは納得しないと思うんで」

 

 そう言いながら八幡は萌郁の頭に手をやった。この頃には萌郁はやっと泣き止んでおり、

とても驚いたような表情をしたが、八幡のするままにさせ、大人しくしていた。

 

「それにしてもどうしてあんたはこいつをこんなに着飾らせたんだ?

俺もこいつがここまで美人だったなんて、俺ですらたった今気付いたくらいなんだぜ?

それなのにどうしてこんな……」

「それはあなたに見る目が無いだけです、

ちょっと表情が暗いのが難点ですが、こいつが美人なのなんて一目瞭然でしょ?」

「いや………まあ確かに俺はそういうのは苦手だけどよ、普通はそう……なのか?」

「はい、ちっとも迷う必要なんかなかったですよ」

 

 八幡はぬけぬけとそう言ったが、それが本心という訳ではなく、

実は今回の件は、思いっきり結果論である。

八幡は単に、萌郁にもっと自信を持ってもらいたかっただけなのだ。

その為にこんな手の込んだ事をし、裕吾から美人という言葉を引き出させたのである。

それは八幡が何度もそう言うよりも、裕吾に一言そう言ってもらう事の方が、

萌郁にとっては確実に自信に繋がると判断した為であった。

ちなみに失礼極まりないが、八幡はもし萌郁があまり美人に化けられなかった場合、

強引に美人美人と連呼するつもりでいたのだが、

会社にいる時点でその心配が無くなったと判明した事は、八幡にとっては幸いであった。

 

「まああんたがやりたかった事はよく分かった、

で、あんたは結局こいつをどうしたいんだ?」

「可能なら、うちの社員として抱えたいと思っています、もちろんエージェントとして」

「………なるほど、俺の思惑がバレちまった以上、反対する理由はあまり無えな」

「あまり、ですか。何か心配事でも?」

「いや、非合法の仕事をやめて非合法の仕事につくってのがどうもな」

「そうですね……まあそこは、成功しようが失敗しようが殺されるっていう、

頭のおかしい職場から脱出出来たって事で、一つ納得してもらえないですかね?」

「……まあ事実だけに、それを言われるとこちらとしちゃ何も言えねえな」

 

 さすがの裕吾もその事を指摘されると何も言う事が出来なくなるようだ。

そして裕吾は萌郁の方に向き直り、優しい口調でこう言った。

 

「結局お前には、まともな事は何もしてやれなかったな」

「……仕事を始めたての頃は、とても良くしてもらった」

 

 萌郁は絞り出すような声でそう言った。だが裕吾はあっさりとそれを否定した。

 

「馬鹿野郎、そんなのは演技に決まってるだろ、

そうやって褒めて褒めて褒めまくって、少しでも仕事を覚えてもらうのが、

一番賢いやり方ってだけなんだよ」

「それでも私にとってはそれだけが支えだった」

 

 萌郁は今度はハッキリとそう口に出し、裕吾は腕組みをすると、ふ~っと深い息を吐いた。

 

「というかお前、死のうとしてたんだよな?せっかく助けてやったのにこの恩知らずが。

お前自身はどうしたいんだ?この人の所に行くつもりか?

正直うちにはお前みたいに心が弱い奴は必要ねえ、

せっかくのお誘いなんだ、この機会にお前はとっととこの兄ちゃんの所に行っちまいな」

 

 裕吾は乱暴な口調でそう言った。だがそれはどう見ても、

萌郁を八幡の所に行かせる為の演技にしか見えなかった。

メール以外ではとんだ大根役者である。

 

「…………はい、今までありがとうございました」

 

 萌郁は思ったよりも素直であり、特にごねる事もなくそう言った。

その言葉には万感の思いが込められており、これで一応問題は全て解決したように見えた。

この事によって損をした者はおそらく誰もいない。

だが他ならぬ八幡自身が、この場の雰囲気をぶち壊しにした。

 

「何を言ってるんですか、そんなの駄目に決まってるじゃないですか」

 

 その言葉をどう解釈したのか、萌郁は身を固くし、裕吾は微妙に怒ったような顔をした。

 

「兄ちゃんそれはどういう意味だ?まさか俺が育てたこいつに不満でもあるって言うのか?」

「ははっ、まさか、俺が言いたいのはこういう事ですよ、

うちに来るのは萌郁だけじゃない、あんたもだ、FB」

 

 その言葉に萌郁はハッとした顔をし、裕吾は苦虫を噛み潰したような表情をした。

 

「あんたのその言葉には確かに思うところはあるがな、それは無理だ」

「どうしてですか?」

「組織がそんな事を許すはずがねえ。こいつクラスの下っ端ならともかく、

俺は色々と知りすぎちまってるんでな」

「なるほど、確かにそうかもしれませんが、知りすぎてるっていうのは、

要するにSERNの裏の事情をって事ですよね?」

「当たり前だろ、それ以外に………いや、ちょっと待て兄ちゃん、まさかお前………」

 

 裕吾はそう言って、引き攣ったような表情をした。

八幡が何をしたいのか理解したのだろう。

 

「そのまさかですよ、俺に三日下さい、

あなたも含めて日本のラウンダーを全員解放してさしあげます、

もっとも俺は手が短いんで、東京のラウンダーくらいしか雇えませんけどね」

「兄ちゃん、お前………何者だ?」

「俺の名は比企谷八幡、一応ソレイユの次の社長って事になってます」

「なるほどそうか、あんたがな………」

 

 そして裕吾は表情を改め、突然八幡の前に跪いた。

 

「分かった、もし三日で色々な事が解決したら、俺はあんたの下につく」

「ありがとうございます、あなた達の事は絶対に悪いようにはしません」

「礼を言うのはこっちの方だ、今のままじゃ俺達はお天道様の下をまともに歩けないからな」

「そうなれるように一緒に頑張りましょう、とはいえうちでやってもらうのも、

ちょっと危険な仕事になるかもしれませんけどね」

「それでも雇い主に殺されるよりは何倍もマシだ」

 

 裕吾はそう言って立ち上がった。

 

「それじゃあ三日後にまたここで会おう、今度は娘は最初から席を外させておく。

娘の事、橋田を使って手を回してくれたんだろ?ありがとな」

「そこにも気付いてたんですね、それは予想してませんでした」

「そりゃまあいつも娘を迎えにくるのはまゆりちゃんの役目だからな、

あいつが来たら、そりゃおかしいとも思うさ」

「確かに子供が好きなようには見えませんからね」

「別の意味で好きかもしれないけどな」

「大丈夫です、あいつは変態だけど紳士ですからね」

 

 そして二人は大きな声で笑い合い、レヴェッカもそれに乗った。

萌郁は最初戸惑っていたが、やがて一緒に笑い始めた。

それは萌郁にとって、生まれて初めての心からの笑いであった。

 

「それじゃあとりあえず今日のところは帰りますね、萌郁はこのままうちで使っても?」

「もちろん構わないぜ、さっきも確認したが、本人がそれでいいみたいだからな」

 

 そう言って裕吾は萌郁の方を見た。萌郁はその視線を受け、今度はしっかりと頷いた。

 

「それじゃあ萌郁、とりあえずお前は俺の運転手な」

「で、でも私、免許はあるけどバイクのしか……」

「へぇ、萌郁はバイクの運転が得意だったりするのか?」

「うん」

「なるほど、それはそれでいいと思うぞ。それに俺の車な、実は免許は必要ないんだな」

「えっ?」

「そ、そりゃどういう……」

「まあ見れば分かりますよ、ちょっと待ってて下さい」

 

 そして八幡は電話でキットを呼び、キットはすぐに店の前に現れた。

 

「キット、ドアを開けてくれ」

『分かりました』

「うおっ……」

 

 キットのガルウィングが開いた事で、その格好良さは際立っており、

裕吾は感動したようにキラキラした目でキットを見つめていた。

 

「これがそうなのか?」

「はい、俺の自慢の車であり、仲間でもあります。おい萌郁、これなら平気だろ?

何せ運転席に座ってるだけでいいんだからな」

「で、でも、それじゃあ運転手の意味が……」

「あくまで名目上の配置だからな、なので何も気にするな。

とりあえずお前は俺にくっついて色々な物を見て、うちの社に慣れる事から始めるといい」

「分かった、頑張る」

 

 平坦な口調ではあったが、萌郁は力強くそう言った。

 

「それじゃあ社に戻るか、裕吾さん、いや、FB?う~ん、天王寺さん?

俺はあなたを何て呼べばいいですかね?」

「裕吾って呼び捨てでいいだろ、俺も萌郁も同じ立場だ」

「え、それはさすがにちょっと……」

 

 そうごねる八幡を見て、裕吾は呆れたような顔で言った。

 

「さっきの迫力はどこにいったんだよ……」

「いやぁ、まあそれとこれとは別問題って事で」

 

 八幡はそう言って恥ずかしそうに笑い、それでも裕吾は主張を引っ込めず、

八幡は仕方なく、裕吾の事を名前で呼び捨てにする事にした。

 

「分かった………おい裕吾」

「あいよ、ボス」

「うげ、そうくるのか……」

「そこの金髪の嬢ちゃんの真似をしただけだけど、案外悪くねえな」

「だろ?しっくりくるよな?」

「マフィアのボスみたいでちょっと嫌な感じなんだが……」

 

 そんな八幡の背中を、裕吾とレヴェッカは二人がかりで叩いた。

 

「い、痛ってぇ!」

「ファーザーじゃないだけマシだと思えって?」

「ははははは、ボスと呼ばれる事に早く慣れろって、さっき自分が萌郁に言ってただろ?」

「ど、努力する」

「そうしてくれ、それじゃあボス、三日後を楽しみにしてるぜ」

「ああ、必ず達成してみせるさ、それじゃあ詳しい事は三日後に」

 

 

 

 そして二日後の早朝に行われたSERN職員の内部告発により、

一日にしてSERNは、アメリカ主導で解体一歩手前にまで追い込まれ、

ラウンダーと呼ばれた者達は、各国で徹底的に追い詰められる事になった。

だがその資料には、日本に関してのデータだけが存在せず、

決して多くはなかった組織の全容を知る者が、

逮捕される事を恐れて次々に自殺していった事もあり、

その結果、日本には最初から工作員が派遣されていなかったものと判断された。

 

 

 

 その日の昼、八幡は萌郁とレヴェッカを伴って、再び裕吾の店の中にいた。

 

「ども」

「どもって、軽いなおい」

「まあ今日は演技とかもする必要が無いんで」

「それでも多少はよ……」

 

 子供のようにごねる裕吾を見て、八幡は仕方なくといった感じでこう言った。

 

「はぁ、それじゃあこれでどうだ、よっ、裕吾、待たせたな」

「それも軽いなおい!まあいい、それにしても上手くやったな、

一体どこからどこまでがソレイユのシナリオだ?」

「そうなるだろうとは思いましたけど、幹部連中の自殺は本当に偶然ですよ。

まあ日本に関する資料は全部消しましたし、もし生き残って何か余計な事を言われても、

知らぬ存ぜぬで通すつもりでしたけどね」

 

 裕吾はそう説明され、うんうんと頷いた。

 

「なるほどな、それで一つ聞きたいんだが、この店はどうすればいい?」

「この店ですか?裕吾のやりたいようにしていいですよ。

このまま続けたいなら自宅勤務って事にすればいいだけですし、

長期で家を空けないといけないような場合は、

娘さんの為にうちの社員の誰かを派遣しますから」

「そうか?それじゃあ出来れば非常勤にしてもらっていいか?

娘がもう少し大きくなるまでは、出来るだけ傍にいてやりたいんでな、

ってあっ、お前もしかして、俺がそう言いだすって最初から読んでたな」

「鋭いですね、正解です。そう言うと思って、今日はうちの社員を一人連れてきてます。

お~い、える、こっちに来て中に入ってくれ」

「はい!」

 

 八幡に呼ばれて入ってきたのは先日かおりと共に受付嬢をしていた女性であり、

その本名を、漆原えるという。

 

「悪いなえる、本来の業務と違う事になっちまうが……」

「問題ないです、次期社長の直々の指名ですから、任せて下さい」

「頼むな、それでこちらが天王寺裕吾さん、俺の新しい部下だ」

「漆原えるです、宜しくお願いしますね、天王寺さん」

 

 だが裕吾はその挨拶に対し、すぐには返事をしなかった。

 

「裕吾、どうした?」

「あ、いや……あれ、君、るか君だよな?ん?んんん?」

「あ、るかは私の弟ですよ、弟はよくこの上のラボに遊びに来ていますから、

それで弟と知り合ったんですよね?天王寺さん」

 

 ちなみにえるの弟、漆原るかは、

キョーマのラボの一員として、この辺りによく遊びにきている高校生である。

その見た目は姉に酷似しており、男っぽいと言われるえるとは正反対で、

性格は穏やかで優しく、下手な女性よりよっぽど女性らしい。だが男だ。

 

「ああ、君はるか君のお姉さんか、そうかそうか、道理で似てる訳だ」

「それもあってえるにここの事を頼む事にしたんですよ、知り合いの身内なら安心でしょ?」

「その喋り方、背筋がぞくぞくするな、もっと命令口調で接してくれよ、ボス」

「え、マジか……まあ努力する」

 

 そして裕吾はそんな八幡の手をとり、深々と頭を下げた。

 

「俺の娘の事までそんなに真面目に考えてくれてありがとうなボス、

俺はボスに一生かけても返しきれない借りが出来た、俺の忠誠は今から全部ボスに捧げるぜ」

「私も……」

 

 同時に萌郁もそう言い、そんな二人を見て、えるはきょとんとした顔で八幡にこう尋ねた。

 

「何か凄い事になってますけど、一体何をしたんですか?次期社長」

「人助けだ」

「人助けですか……凄く気になります」

「まあ気にするなって、大天使ウルシエル」

「もう、またそんな呼び方で私を呼ぶ!

受付の間で定着しつつあるんだからやめてくださいよね!」

 

 そう言いながらもえるは嬉しそうに笑った。

八幡に特別な名前で呼ばれているという事が、本心ではそこまで嫌ではないのだろう。

こうして八幡は、ほんの偶然をキッカケに諜報組織を丸ごと手に入れる事となったのだった




明日から別エピソードとなります、短いですが!


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第614話 戦巫女ナユタの誕生

 ここで過去の話ではあるが、アスカ・エンパイアにおける優里奈の話をしておこう。

舞台は八月八日、八幡の誕生日の直後の事である。

要するにゲーム内で、ナユタが中身が八幡であったFGと会話をした直後の話だ。

優里奈のキャラネームはナユタ、ジョブは戦巫女であるのだが、

ナユタは戦巫女の中では珍しく、武器はその拳であり、装備も軽い物が中心であった。

正直多くの戦巫女プレイヤーのスタイルとは、まったく違っているのだが、

それは実は、この日の会話に由来していた。

 

 

 

「まさかFGさんの中身が八幡さんだなんて、思ってもいませんでした」

「一応言っておくが、今日は本当にたまたまだからな、いつもの中身はキョーマだし」

「ですよね、本当に八幡さんが私を驚かすつもりだったら、

新キャラとかでたまたまその場に居合わせた風な態度をとって、

隙を見てしれっと後ろから私の胸をもんできたりしますもんね」

 

 笑いながらそう言う優里奈に愕然としながらも、八幡は即座に突っ込みを入れた。

 

「いやそんな事はしねえよ!?

お前、ラン辺りからおかしな影響を受けてるんじゃないのか!?」

「ふふっ、冗談ですよ」

「それを冗談と言い切るところがあいつの影響を受けてるって証拠だな、

今度会った時にとっちめてやる」

 

 そんな義理の兄的父親との会話を楽しみながら(あくまで優里奈の脳内の感想である)

優里奈はリビングに置いてあるPCを操作し、

MMOトゥデイのアスカ・エンパイアのページを呼び出した。

そして『ジョブごとの傾向と対策』のページを開いた優里奈は、

その画面を八幡に見せながらこう言った。

 

「それでですね、今日はちょっと八幡さんに相談があるんですよ」

「何だ?ランからのセクハラがひどいから何とかしてくれってか?

分かった、今からキャラを作ってログインしてあいつをボコボコにしてくるわ」

「コンバートでもしない限り、キャラの強さ的に八幡さんがボコボコにされそうですけどね、

それ以前に八幡さんがランさんやユウさんに危害を加える事なんかありえません」

 

 ニコニコしながらそう言う優里奈にまったく反論出来なかった為、

八幡は取り繕うようにPCの画面を覗き込み、優里奈の方を見た。

 

「で?」

「ええとですね……」

「おわっ」

 

 優里奈はそう言いながら八幡の隣に立ち、画面の方に身を乗り出した。

そのせいで優里奈の胸が八幡の頬にもろに当たる事となり、小さく悲鳴を上げた八幡は、

このままではまずいと思い、優里奈の腰に手を回し、強引にソファーに座らせた。

 

「きゃっ」

「優里奈、近い、近いから、とりあえず座って説明してくれ」

「そ、そうですね、すみません、ついわざと胸を押し付けちゃいました」

「確信犯かよ!」

 

 八幡は、どうも最近の優里奈は自分に対して無防備すぎるというか、

スキンシップを求めてくる事が多いなと感じていた。

 

(これは保護者として何とかしないといけないな、

うん、怒るってのはいい事じゃないが、叱るべき時はちゃんと叱ろう)

 

 そう考えながらも、結局優里奈に対してはとても甘い八幡である。

 

「それでですね、ジョブなんですけど」

「ああ、確かこの前は、巫女っぽい服を着ていたよな」

「はい、あの時は後衛ジョブである、『巫女』だったんですよ、

とりあえず最初にそれを選択してみたってだけなんですけどね。

で、結局その派生ジョブである、『戦巫女』で頑張ってみる事に決めたんですけど……」

「何か悩みでもあるのか?」

「はい、どうもしっくりこなくって……」

「じゃあジョブを変えてみればいいんじゃないのか?」

「一通りやってはみたんですよ、でも他のジョブはそれ以上にしっくりこないんですよね」

「ふ~む、って事は戦巫女なのは決まりとして、装備やスキル構成の問題なのかもな」

「かもしれませんね」

 

 そして八幡は、シンカーが書いたと思われる戦巫女の説明文を読み始め、首を傾げた。

 

「優里奈、ここに書いてある事は事実か?」

「え?あ、はい、間違った事は書いてないと思います」

 

 そこにはこう書いてあった。

 

『戦巫女は本来跳躍力に優れたジョブであり、得意武器は長刀で体力値が低く、

一般的には中距離戦闘向きのジョブと言われている。

事実多くの戦巫女プレイヤーは、とにかく長刀の熟練度を伸ばし、

その低い体力値をカバーする為に重装備を身に付けている』

 

「優里奈の装備はどんな感じだ?」

「そこに書いてあるのとほとんど変わらないですね」

「ふむ、優里奈が迷ってる事について、ランとユウは何か言ってたか?」

「一緒に悩んでくれましたけど、特に変わった事は何も」

「あの二人と手合わせとかしてみたりしたか?」

「はい、その上であの二人が言うには、動きがちょっとぎこちないと」

「ふわっとした感想だな、あの二人もまだまだって事だな、未熟者め、今度しごいてやる」

「えっ、何か分かったんですか?」

「合ってるかどうかは分からないけどな」

 

 そして八幡は優里奈を立たせると、ちょっと待ってくれと言いながら部屋の中を漁り、

色々な物を持ち出してきた。

 

「ほれ優里奈、最初はこれだ、イメージは長刀な」

「物干し竿……」

「それを長刀だと思って構えてみてくれ」

「あ、はい」

 

 優里奈はゲームの中の自分をイメージし、自分なりに気合いを入れ、物干し竿を構えた。

だがどうしてもこれを使いこなすイメージが浮かばず、違和感は拭えなかった。

 

「よし次、日本刀」

「布団叩き……」

 

「次は短刀だな」

「警棒……」

 

「次はこれだ、くれぐれも振り回すなよ、クナイだ」

「ペティナイフ二刀流……」

 

 そのどれもが優里奈にとってはしっくりくるものではなかった。

そして最後に八幡は、その全てを回収した後にこう言った。

 

「無手だ」

「無手……ですか?」

「ああ」

「それだとええと、こうかな……あ、あれ?」

 

 優里奈は拳を握ってファイティングポーズをとっただけだったのだが、

不思議とそれは、優里奈の感性にしっくりきた。

 

「よし、終了だな、優里奈に向いてるのは多分素手だ、徒手空拳って奴だな。

なるほど、確かにこうして見てみると、優里奈はまさにティファさんだな。

確か戦巫女は体術適正もそれなりにあったよな?」

「あ、はい、確かにありますね、でもティファさんって誰です?」

「気にするな、ただの戯言だ」

「私の体型………」

「た、ただの戯言だ」

「あ、はい」

 

 そして使った品を片付けた後、八幡は再び元の位置に座り、優里奈もその隣に座った。

密着の度合いが先ほどより大きいのは、優里奈の女心であろう。

 

「俺の知る限りだと、優里奈は相当運動神経がいい。

それは通知表の数値にも現れているから間違いない」

 

 一学期の優里奈の成績を思い出しながら、八幡は優里奈にそう言った。

優里奈は今の保護者である八幡にはちゃんと通知表を見せており、

確かにそこに書いてある体育の成績は、高い数値を示していたのである。

 

 一つ問題があるとすれば、胸が邪魔で動きにくいという点であったが、

優里奈は八幡に、学校にいる時には可能な限り胸を小さく見せるようにと厳命されていた為、

その事は成績にはまったく影響していなかった。

その反動か、自宅や八幡の部屋にいる時の優里奈は、必要以上に楽な格好をするようになり、

その分胸も強調される事になったのだが、

学校での見た目を詳しく知っている訳ではない八幡は、その事に気付いていない。

さすがの八幡といえども、そんな優里奈が目の前をうろうろしているものだから、

どうしても優里奈の胸に視線を向ける回数が増えてしまっている。

優里奈は当然その視線に気付いているが、むしろその事に幸せを感じている為、

今の状態にとても満足しているというのが現状なのであった。

 

「だが優里奈も気付いていると思うが、優里奈はそこまで器用な方じゃない」

「あ、はい、確かにそうかもです、球技も若干苦手ですし」

「通知表を見てもそんな感じだしな、料理に関しても、

例えばキャベツの千切りとかは、俺の方が早い」

「ですよね、明日奈さんとかも凄く早いですよね」

「まあ早ければいいってもんじゃないからそれは気にしなくていいんだけどな、

優里奈の作る飯はとにかく上手い、それが一番大事な事だ」

 

 優里奈は八幡にそう言われ、胸いっぱいに幸福感が広がるのを感じた。

八幡の周りにいる女性陣の中で、優里奈が一、二を争う勝ち組と言われるのは、

こういった部分が大きいのだろう。

 

「でな、優里奈の今の装備だと、基本攻撃は受けるか反らすか弾く感じになるはずだ。

あそこに書いてある事が本当だと言うなら、アスカ・エンパイアにいる戦巫女の、

ほぼ全員がそういったプレイをしている事になる。

「あ、はい、確かにそうですね」

「だがその防御方法には、一定以上の器用さが必要になる。

もしそうじゃないとすると、敵の攻撃を装備任せで全部受ける事になる。

それがいい事じゃないのは分かるよな?」

「あっ……」

 

 そこまで言われて優里奈は、八幡が何を言いたいのか、朧気に理解した。

 

「つまり、今の風潮は間違っていると?」

「そこまでは言わないが、戦巫女が強ジョブだと言われる事には絶対にならないだろうな。

実際普通に遊ぶなら、今の風潮のままでまったく問題はない。

だが優里奈が一定以上の強さを求めるならそれは不正解だ。少なくとも優里奈にとってはな」

「なるほど……」

「そもそもそういうスタイルでプレイするなら、戦巫女を選ぶ理由はほぼ皆無だ、

普通に耐久力の高い女武者とかで長刀を持ち、重装備を身に付けた方が遥かに強いはずだ」

「た、確かに………」

 

 優里奈はそう言われ、自分の見る目の無さに落ち込んだ。

八幡は、そんな優里奈の頭にぽんと手を置き、優しい口調で言った。

 

「まあ優里奈は別にゲーマーって訳じゃなかったはずだ、

分からない事は分かる奴に聞けばいいだけの事だ。

幸い優里奈の周りには、そういった事に詳しい奴が沢山いるからな」

「はい、そうですね!」

 

 優里奈は八幡や明日奈、和人の事を考えながら、確かにそうだと納得した。

 

「それで優里奈に一番合うと思われる防具だが、これは軽装一択、

ただし急所の守りだけはしっかりな、これはクリティカルを受ける確率を下げる為だ」

「はい!」

「そしてスキルはこれ、『無双飛び』だな、そもそも戦巫女は跳躍力に優れてるんだろ?

その長所を捨てているほとんどのプレイヤーは戦巫女をやめた方がいい、無意味だ」

「かもしれませんね」

「まあこれで優里奈は……ああ、俺みたいなスタイルのプレイヤーになっちまうな」

「八幡さんと同じスタイルですか!」

「まあ正確にはカウンター使いの俺とはまた違うが、

極近接で動き回りながらゴリゴリ削る感じになるだろうな」

「八幡さんと一緒かぁ……ふふっ、一緒かぁ……」

「おい優里奈、聞いてるか?お~い」

 

 こうして本当の意味での『戦巫女・ナユタ』が誕生する事となった。

ナユタは八幡にFGでログインしてもらって装備選びを手伝ってもらい、

(これはFGの持つ資金を八幡が勝手に利用する為の措置である)

『白南風の小袖』というレアアイテムを購入してもらった。

装備ステータスもギリギリ足りた為、ナユタはそれを装備したのだが、

その姿を見た八幡は、ひどく慌てながらナユタに胸当てを差し出してきた。

 

「いいかナユタ、重ね着だ。他人の前でこの胸当てを絶対に外すな、絶対にだ」

「あ、はい、分かりました、八幡さんの前以外では絶対に外しません」

 

 その言葉に八幡は何か言いたげであったが、

ナユタがいかにも分かってますよ風な笑顔を崩さなかった為、それ以上は何も言えなかった。

こうして生まれ変わったナユタは、

その特殊なスタイルとありえない強さからプレイヤーの間で噂になり、

ラン、ユウキを含むスリーピングナイツの全メンバーから、

突然変異的に強くなったと驚愕される事となった。

こうしてナユタは人気プレイヤーの仲間入りを果たしたのだが、

そのせいで一時期ストーカー被害に悩まされる事になり、

それにブチ切れた八幡が、ハチマンをコンバートさせてガードに付き、

ストーカーもしくはそれに順ずるプレイヤーを、無敵の力でフルボッコにしまくった為、

アンタッチャブルな存在として、女性プレイヤー以外はナユタには誰も近寄らなくなった。



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第615話 別れのファンシー

ナユタ絡みのエピソードはここまで!


 舞と美優に別れを告げ、八幡の部屋から自室に戻った後、

優里奈はスリーピングナイツとの約束を守るべく、アスカ・エンパイアにログインしていた

そしてナユタは真っ直ぐスリーピング・ガーデンに向かい、そのメンバー達と合流した。

 

「ランさん、ユウさん、みんな!」

「お、ナユっち、来てくれたんだ」

「あ、ナユたんだ、やっほー!」

「ナユさん、今日はありがとうございます」

 

 ランとユウキに続いてこう丁寧に挨拶してきたのは、

回復担当の祈祷師であるシウネーである。

 

「ナユさん、今日は頑張ろうね」

「ナユさんがいるとやる気が出るなぁ、癒されるというか、うちの女連中は怖いからさ……」

「おい馬鹿やめろ、ランに殺されるぞ、

ランは癒し系を自称してて、ナユさんをライバル視してるんだからな」

「俺達が巻き込まなければいいんじゃない?自業自得って事で」

 

 そう喧しく話しかけてきたのは、

剣豪のジュン、重侍のテッチ、軽侍のタルケン、狩人クロービスの四人の少年である。

 

「ナユさん、馬鹿四人組の事は無視していいからね」

「あなた達、馬鹿な事を言ってないでさっさと準備しなさい」

 

 そこに槌師のノリと幻術師のメリダの女の子二人組が横から四人にそう声をかけ、

四人は慌てて奥の部屋へと入っていった。

どうやらスリーピングナイツの権力者は、女性サイドのようである。

そして優里奈はメンバー達と挨拶を交わした後に、確認するようにランに尋ねた。

 

「今日がスリーピングナイツの、アスカ・エンパイアでの最後の戦闘になるんですよね?」

「うん、最後のターゲットは大江山の酒呑童子、大物だよ、覚悟はいい?」

 

 酒呑童子はフィールドボスであり、適正人数は実に二十四人。

一方スリーピングナイツのメンバーは、ナユタを入れても十人しかいない。

だがナユタは負けるなどとはまったく考えておらず、笑顔でこう言った。

 

「分かりました、ボコボコにしてやりましょう!」

 

 その表現から、ナユタも高揚しているのが見てとれる。一同はそのまま大江山へと向かい、

苦戦しつつもその不屈の精神で、見事に酒呑童子を倒す事に成功し、伝説となった。

その後ナユタは彼女自身の申し出で、スリーピングナイツの仮メンバーとなり、

ラン達が戻ってきた時に備えて残されたスリーピング・ガーデンの維持をする事となった。

そしてスリーピングナイツのメンバーは、

ナユタだけを残してアスカ・エンパイアから去っていった。

 

「また会えるかな、うん、きっと会えるよね」

 

 優里奈はスリーピング・ガーデンでのお別れ会を終え、

FGと共にメンバー全員を見送った後、

寂しさを覚えながらも、希望に満ちた目でそう言った。

 

「そうだな、また会えるといいな」

「FGさんもやっぱり寂しいですか?」

「ああ、あいつらは手のかかる弟妹って感じだったからな。

そのせいで余計かわいいと思えたんだよな、だからやっぱり寂しいよ」

「なるほど、確かにそうですよね。それじゃあ私ももう少し、

八幡さん相手に手がかかりますよアピールをした方がいいんですかね?」

「いや、それだと妹ポジションから逃れられなくなるというのが、こういう時の定番だ」

「あっ、確かに!じゃあ代わりにお色気を前面に出す事にします!」

「そ、そうか、ま、まあ程々にな」

「はい、程々に頑張ります!」

 

 こうして一人になったナユタは、やがてコヨミという忍者の友人を作り、

その友人や時々気が向いたようにコンバートして一緒に遊んでくれるハチマンと共に、

アスカ・エンパイアの地を駆け巡る事となる。

 

 

 

 そしてその数日後の事である。突然八幡が喪服姿で現れ、

優里奈にも喪服を着るように指示し、優里奈はその指示に従ったものの、

訳が分からず混乱した。

 

「あ、あの、一体何が……」

「悪い、今もう一人拾うから、説明はその時にな」

「あ、は、はい」

 

 優里奈は八幡と自分との共通の友人の誰かが死んだのだと推測し、顔を青くした。

ところが少ししてキットに乗り込んできたのがキョーマだった為、優里奈は再び混乱した。

 

「キョーマさん?」

「………今日は俺の事は岡部と呼んでくれ。さすがにこんな状況でキョーマと名乗るのはな」

「あ、す、すみません」

「いや、別に優里奈ちゃんが謝る事じゃない、ところで八幡から事情は聞いたかい?」

「いえ、まだです」

「倫太郎が合流してからの方がいいと思ってな」

「そうか……」

 

 そして八幡は、苦渋の表情で優里奈に言った。

 

「優里奈、気をしっかり持って聞いてくれ、

実は昨日、メリダが亡くなったんだ。これからその葬式に参列する事になる」

「えっ?メ、メリダさんが……?」

 

 その言葉が脳に浸透するに連れ、優里奈は自分の頭の中から、

ごうごうと血の気が引いていくのを感じていた。

メリダとはつい先日まで一緒に戦っており、とても元気そうに見えたからだ。

 

「今は優里奈に分かりやすい名前で呼んだが、メリダの本名は山城芽衣子、

そしてこれから行く場所は、眠りの森という施設だ」

「眠りの森……スリーピング・フォレスト?もしかしてそれって……」

「ああ、スリーピングナイツのリアルでの居場所だ」

 

 そして優里奈は眠りの森に到着し、

そこで始めてスリーピングナイツのメンバー達の境遇を知る事となった。

 

「そっか、そういう事だったんですね……」

「俺がソレイユに医療部門を作った理由がこれだ。

俺はこいつらを助けたい、だが正直研究がまだまだ間に合っていないんだ。

今回は時間が足りない上に突然すぎてどうしようもなかった、本当にすまん……」

 

 そんな八幡の頭を、優里奈は黙って胸に抱いた。

八幡は必死で涙を堪えているように見え、優里奈も同じように必死で涙を堪えた。

そして葬式に参列する事になったが、

そこにはスリーピングナイツのメンバーは誰もいなかった。

メディキュボイドの中にいる為、参列したくても出来ないのだ。

優里奈はその事が悲しくて仕方がなかった。

 

「メリダさん………」

 

 そして最後に芽衣子の元気な頃の写真を見て、

優里奈はその姿を絶対に忘れまいと心に誓った。

 

 

 

 その後、遠くからベッドに横たわる藍子や木綿季の姿を見ながら、

八幡は優里奈に先日アメリカに行って聞いた、薬品関係の話を説明した。

 

「宗盛さんの説明だと、本当にもうすぐだ、もうすぐなんだよ、

だが時間が足りるかどうかが微妙なんだ。

ここにいる全員の命を救えるかどうかは分からない、

だが俺はそれまで全力であがき続けるつもりだ」

 

 優里奈はそんな八幡に黙って頷いた。

 

「ナユちゃん、こっちこっち」

 

 その時優里奈に声をかける者がおり、優里奈はきょろきょろと辺りを見回した。

だが該当する人物の姿は見えず、優里奈は戸惑った。

そんな優里奈の手を引き、八幡は横にあったモニターの前に移動した。

そこには四人の女性と四人の少年の姿が映っており、

優里奈はそれがスリーピングナイツだと確信した。

 

「やっほーナユたん、こんな形でごめんね、ボクはユウキだよ」

「こらユウキ、もっとお淑やかにしなさい。

コホン、私はランよ、ねえナユっち、本当は私がやりたいのだけれど、

そこで情けない顔をしている男に、

その男の愛人である私の代わりに一発きついセクハラをかましてもらえない?」

 

 そのあまりにも彼女らしい挨拶に、優里奈はこんな状況にも関わらず、思わず噴き出した。

 

「ぷっ……」

「あっ、やっと笑ったね、ナユさん」

「その方がかわいいよね」

「というか笑ってなくてもやばい、かわいい!」

「お前達さ、八幡さんの前でそういう事を言うと殴られるよ?」

「そんな事で俺はお前らを殴ったりしない、ただ目を潰すだけだ」

「うわ、怖え!」

「八幡さん、潰すなら是非俺以外の三人の目を!俺は何も見てないんで!」

「馬鹿野郎、男なら誰もが見ちまうもんだろ、嘘をつくな」

「うへぇ、やっぱりバレてら」

「あ、あははは、あはははははは」

 

 優里奈は我慢出来ずに上を向いて笑ったが、その目からは涙が溢れていた。

そんな優里奈にシウネーとノリが言った。

 

「ナユさん、メリダの為に泣いてくれてありがとう」

「でも泣くのはそのくらいにね。私達は今から、メリダを笑いながら送り出すつもりだから」

「は、はい」

 

 優里奈はそう言われ、涙を拭いながら画面を注視した。

そして八人が祈りの体制になったのを見て、自分も両手を合わせ、目を閉じた。

そして画面の中の八人は、思い思いの言葉でメリダに別れを告げたが、

その中にメリダの死をネガティブにとらえているような発言は一言も無かった。

 

「私達はスリーピングナイツなのよ、絶対に最後まで諦めない!そうでしょ、みんな!」

 

 それを受けて最初に発言したのはユウキだった。

 

「もちろん!ボクは八幡にちゅーしてもらう予定なんだから絶対に負けないよ!」

「おいユウ、こういう場面でそういう事を言うな」

 

 八幡は呆れたようにそう言ったが、こういう場面で黙ってられない者がいた、ランである。

 

「ユウはやっぱりお子様ね、私はキッチリと愛人としての本分を果たすつもりよ」

「お前はちょっと黙れ、というかもう喋るな」

「ひどい!やっぱり私の体だけが目当てだったのね!」

「だから喋るなっつ~んだよ!」

「ぶぅ」

 

 そして拗ねたランの次に、シウネーが言った。

 

「私は八幡さんの近くで働きたいですね、出来る仕事があればですが」

「任せろ、ちゃんと用意してやるぞ、シウネー」

「やった!」

 

 それが羨ましかったのだろう、ノリが身を乗り出した。

 

「わ、私も私も!」

「おう、どんとこいだぞノリ」

 

 その様子を見て、男性陣も騒ぎ出した。

 

「八幡さん、相変わらずモテモテだなぁ」

「羨ましい……俺もモテたい……」

「そうだ、元気になったら八幡兄貴に女の子の口説き方を教えてもらおう!」

「だな!兄貴、頼りにしてます!」

 

 だがそれに対する八幡の返事はこうだった。

 

「いや、俺はそういうのは得意じゃないからちょっと難しいな……」

「「「「「「「「はぁ?」」」」」」」」

 

 その最後の言葉は見事にハモり、八幡は頭に手を当て、ガシガシとこすった。

そんな八幡に、突然優里奈が抱きついた。

 

「「「「あああああああ!」」」」

 

 女性陣がそれを見て悲鳴を上げ、優里奈はその四人にこう言った。

 

「無理です、八幡さんの娘兼妹兼愛人兼仕事仲間の立場は私の物です!

もし悔しいんだったらいつでも邪魔しに来て下さい、正面から受けてたちます、ふふん」

 

 その挑発するような態度を見て、四人は悔しがった。

 

「ぐぬぬぬぬ、生意気な、ちょっと胸が私より大きいからって!」

「愛人になるのはボク達なのに!」

「くっ、絶対にヒイヒイいわせてやります!」

「待ってなよ、ガチンコ勝負を仕掛けにいくからね!」

「いつでもどうぞ、私は八幡さんのマンションにいますから」

「「「「ううううううう!」」」」

 

 優里奈が何故いきなり抱き付いてきたのか、その意図をこの言葉で理解した八幡は、

優里奈の好きなようにさせる事にした。

 

「それからジュン君、テッチ君、タルケン君、クロービス君、

もし退院したら、私の友達の女の子を紹介してあげるから、

それまでに女の子をエスコート出来るように頑張ってね」

「「「「うおおおおお!」」」」

 

 その優里奈の言葉に四人は大歓声を上げ、遠くでこの様子を見ていたスタッフ達も、

この雰囲気に乗ってやっと笑顔を見せ始めてくれた。

 

(おお、優里奈も中々やるなぁ、後で褒めてやろう)

 

「ところでその隣の人って、FGよね?」

「おう、俺がFGさんだ、やっと自己紹介出来たな」

「FG、ナユっちが性的に暴走しないように、ちゃんと監視しててね」

「せ、性的に!?俺に止められるかなぁ……」

 

 そう自信無さげに言う倫太郎の横で、優里奈がとどめとばかりにこう言った。

 

「私、待ってる、ずっと待ってるから!」

 

 そして優里奈が笑顔でそう言い、画面に手を差し伸べた。

 

「あらあら、仮メンバーにいい所を持ってかれちゃったわね」

「俺達も負けてらんねーな!」

 

 そして画面の中のメンバー達も、画面の前の優里奈の手に合わせるように、

前に手を差し出した。その手は重ねあわされ、そしてアイがこう叫んだ。

 

「スリーピングナイツ、ファイト!」

「「「「「「「「「おおおおおおおおお!」」」」」」」」」

 

 こうしてメリダの葬式は、笑顔のまま終了する事となった。

 

 

 

 メリダはその存在がまるで幻想だったかのように儚く消えていったが、

その命は記憶に形を変え、メンバー達の中で永遠の物となった。

スリーピングナイツのメンバーは残り八プラス一人となったが、

その士気は益々高まり、メンバー達はいつか元気になる事を夢見て今日も戦い続ける。

その瞳から光が消える事は無い。




明日は単発エピソードになります!


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第616話 香蓮と新たな友人達

単発エピソードです!


 八幡の部屋でのお泊り会を終えた香蓮は、一度家に帰った後、自らが通う学校の前にいた。

 

「そういえばここって、八幡君と正式に知り合った場所だ……

懐かしいな、この体育館も、あの喫茶店も」

 

 香蓮は昔を懐かしみながらもきょろきょろと周囲を見回し、

SHINCのメンバーらしき者達が見当たらない事にため息をついた。

 

「正直あんまりここに長居はしたくないんだけどな、さっきからチラチラと見られてるし」

 

 香蓮はただ体育館脇で所在無さげに佇んでいるだけなのだが、とにかく周囲の目を引く。

本人はそれを身長のせいだと考えているがそれは正確ではない。

当然自覚はしていないが、香蓮は均整のとれたプロポーションをしており、

見た目も百人中八十人が振り返るくらい整っている。

自覚していないというか出来ない理由の一つは、皮肉にも八幡との交流であった。

八幡の周りにいる女性陣のレベルは異常であり、香蓮はそれを比較対象にしているのだ。

 

「それにしても、どうして待ち合わせ場所がここなんだろ、

八幡君が私の個人情報を漏らすはずがないし、そもそもこの件には関わっていないはずだし」

 

 香蓮はそう思って考え込んだが、いくら考えても答えは出ない。

どうやら相手が以前チラリと見た、咲達六人の高校生集団だとは思ってもいないようだ。

その六人とはたまに学内ですれ違っており、その度にチラチラとこちらを見られていた為、

香蓮はその六人を苦手としていた。正直顔を正確に覚えている訳ではない。

香蓮が目を合わせるのを避け、下を向いていたからだ。

以前八幡が咲達と話していたのは喫茶店の中から見ていたはずなのだが、

その時の香蓮はぼ~っとしていた為、その記憶は薄い。

人数も丁度六人であり、思い出しさえすればすぐに正解に辿りつけたはずなのだが、

香蓮はその事をまったく思い出す事が出来なかった。

その証拠に、今まさに近付いてくる六人に、香蓮はまったく反応を示してはいない。

香蓮がその六人に気付いたのは、香蓮の隣に咲達が陣取り、雑談を始めてからだった。

 

(ど、どうしよう、少し離れた方がいいかな……)

 

 香蓮は相手がいつものように、こちらにチラチラと視線を投げかけてくるのを感じ、

居心地の悪さを感じていた。目を合わせればそこに憧れの感情を感じる事も出来ただろうが、

当然香蓮にそんな度胸はなく、さりとて移動するのもこの子達に失礼かもと思ってしまい、

香蓮はそのまま六人が去るのをじっと待つ事しか出来なくなっていた。

 

「ねえ咲、相手の顔は分かってるの?」

「ううん、見ればわかるだろうって思ってたから特に聞いてない!」

「相変わらずふわっとしてるわよね、連絡先とかは?」

「君達、個人情報保護法という物を知っているかね?」

「要するにそれも分からないと」

「ああもう、どうするの?」

「周りをよく観察して、小柄な人に声をかけてみるしかないんじゃない?」

「だな、時間になってきょろきょろしている人が、多分当たりだ」

 

(この子達も待ち合わせなんだ、もしかしたらって思ったけど、

小柄な人っていうなら私じゃないね)

 

 香蓮がそう考えて時計を見ようとした瞬間に、香蓮は突然三人組の男性に囲まれた。

 

「ねぇ、君ってモデルか何かだよね?雑誌とかで見た事がある気がするし」

「僕達これから遊びにいくところなんだけど、暇だったら一緒に行かない?」

「車もあるから移動の時も歩く必要はないし、お金の事はまったく心配ないからどうかな?」

「け、結構です、私、人を待ってるんで!」

「でも随分前からここにいるよね?もしかしてすっぽかされた?

世の中にはひどい奴がいるもんだよねぇ、ほら、そんな薄情な奴は放っといてさ」

「そうそう、そんな奴の事なんか忘れちゃえばいいって」

 

 そう言って男の一人が手を伸ばしてきたのだが、

香蓮はその手を反射的に掴み、後ろ手に捻りあげた。

 

「い、痛っ!な、何するんだよ!」

 

 それはシャナに教えてもらった護身法というか、戦闘術の一つであり、

必死に訓練した為にそれが自然と出てしまったのだが、香蓮はその声で我に返り、

相手の手首を握っている事にすら嫌悪感を感じた為、そのままその男を突き飛ばした。

 

「い、嫌っ!」

「くそ、こいつ……」

「いっそ強引に連れてっちまうか?」

「やめなよあんた達、さすがにみっともないよ!」

「そうだそうだ、みっともない!」

「格好悪……」

 

 ここで咲達六人が香蓮に加勢し、そう囃し立てた。

ここはお嬢様学校の構内であり、基本男はいないはずなのだが、

この場所は道路から近く、そこからの移動も簡単に出来るようになっている。

そして同じように簡単にこちらに来れるはずの周りを歩く男どもは、

我関せずとばかりに通り過ぎていくだけだった。

 

「ああん?ガキが余計な口を出すな」

「こうなったら仕方ない、あいつらを呼べ」

 

 そしてすぐに仲間なのだろう、何人かの男がこちらに走ってくるのが見え、

香蓮と咲達は、さすがにこちらに不利だという事を悟った。

 

(どうしよう、せめてこの子達だけでも……いざとなったら強引に囲みを破って……)

 

 香蓮が、自身が傷を負う事も厭わずその考えを実行に移そうとしたその時、

横から一同に声をかけてくる者がいた。

 

「ただ見守るだけのつもりでいたけど、どうもおかしな事になってるみたいね」

「雪乃!?」

「「「「「「雪乃さん!?」」」」」」

 

 お互いがそう声を発した事で、香蓮と咲達は顔を見合わせたが、

その事を確認する間もなく雪乃が動いた。

 

「これはこれは、また凄い美人の登場………うがっ!」

 

 そう言いかけたその男は、顎に掌底をくらってその場に崩れ落ちた。

 

「な、何だぁ!?」

「あなた達、随分とろいのね」

 

 その隣にいた男は膝に雪乃の前蹴りをくらって転げ回り、

その瞬間に雪乃はコマのように回り、次の男を胴回し蹴りでぶっ飛ばした。

 

「うわ………」

「凄っ!」

「雪乃さん、強っ!」

 

 そして野次馬達も集まってきて、通行人の中に通報してくれた者がいたのだろう、

警察官が数人こちらに走ってきて、その男達を全員拘束した。

そして香蓮達は簡単な事情聴取を受けるだけですぐに解放され、

今は近くの喫茶店で自己紹介だけ終え、そのまま休んでいる所だった。

 

「何故私がここにいるか、疑問だって顔をしてるわね」

「あ、うん、どうしてここに?」

「実は朝、八幡君から連絡があったのよ。

あなたが顔も名前も分からない相手と待ち合わせしてるから、

心配だから遠くから見ててやってくれってね。ここはお嬢様学校だし、

念のためという事で私に白羽の矢を立てたのでしょうね」

「そうだったんだ……ありがとう、雪乃」

「別にいいのよ、報酬はちゃんと……あ、いえ、友情の為ですもの、当然よ」

 

 その言葉を聞き漏らさなかった香蓮は、じとっとした目で雪乃を見つめながら言った。

 

「で、何を報酬に提示されたの?」

「べ、別にいいじゃないそんな事」

「何を?」

「ええと、その、友情が……」

「何を?」

「あ、新しく出来た猫カフェの割引券よ」

「え、本当に?それ、私も一緒に連れてって!」

 

 それを聞いた瞬間に、香蓮の口調がガラリと変わった。

香蓮はレンの格好からも分かる通り、実はそういったかわいい物全般が大好きなのであった。

 

「あらそう?それならクルスも誘って今度一緒に行きましょうか」

「うん、約束ね」

「ええ、それじゃあ香蓮もあなた達も、

もうお互いの待ち人が誰なのかは分かっていると思うから、

私はここでお暇するわね、ご機嫌よう」

 

 そう言って雪乃は立ち上がり、ついでに伝票をレジの方へと持ち去った。

 

「これは八幡君に回しておくわね」

 

 その後姿を見送りながら、最初に咲が口を開いた。

 

「はぁ、やっぱり雪乃さんは格好いいなぁ……」

「美人だしね」

「でもそれなら香蓮さんだって……」

「負けてないよね?」

 

 そう言って六人は、香蓮の方を見つめ、香蓮は恥ずかしそうに顔を赤くした。

 

「ボスもみんなも、そんな目であんまり見ないで……」

「「「「「「やっぱりレンちゃんなんだ!」」」」」」

 

 

 

 その三十分後、七人は近くにある香蓮の部屋にいた。

あのまま喫茶店にいても良かったのだが、銃だの殺すだのという単語が飛び交った為、

他の客からの視線が痛くなったせいで移動したのだ。

 

「良かった、紙コップがあった、ついでにこれ、私が作ったんだけど」

 

 そう言って香蓮は、咲達に手作りのお菓子が盛り付けられた皿を差し出した。

 

「うわ、何これ、プロの仕事みたい!」

「いっただっきま~す!」

「美味しい……」

「香蓮さんの女子力がやばい……」

「それに大人っぽい……」

「いつものレンちゃんは、八幡さん大好きオーラを出してる甘えん坊にしか見えないのに!」

「そ、そんなの出してないから、普通だから!」

 

 そう強がる香蓮に、咲達は生暖かい視線を向けた。

 

「はいはい普通普通」

「あれが普通って事は、本気で好き好きオーラを出したらどうなるんだろ」

「というか八幡さんがレンちゃんをお気に入りなのって、このせいだったんだ」

「やべ、かわいい、鼻血出そう」

「リサ、おっさんくさい」

「レンさん、これからも仲良くして下さいね」

 

 香蓮は恥じらいながらも、この六人と仲良くなれた事に喜びを感じていた。

それと同時に今までの態度を謝らないといけないと思い、こう切り出した。

 

「あ、それとみんな、思い返すと今まで何度か私に話しかけようとしてくれてたよね、

それなのに全部無視しちゃってごめんね……」

「あっ、それは確かに!」

「特にミラナが一番多かったよね」

「香蓮さん、あれは一体どういう……」

 

 当のミラナにそう言われ、香蓮はもじもじしながらこう答えた。

 

「あ、うん、ほら、私ってばこんな見た目じゃない?」

「見た目って、美人だからツンツンしてたと?」

「美人じゃないしツンツンなんかしてない!そうじゃなくてほら、身長がさ……」

「はぁ、高いですよね」

「そのせいで私、昔からいじめられてたというか、変な目で見られ続けてたから、

その、他人の視線とかが苦手になっちゃって、それであなた達からの視線も、その……」

 

 それで咲達は、事の本質をやっと理解したようだ。

 

「ああ~、それで私達を苦手に思っていたと!」

「確かにミラナはじろじろ見てたもんな」

「ご、ごめんなさい、悪気は無かったんですよ、ただモデルみたいで格好いいなって思って、

知り合いになれればって思ってただけで……」

「そ、そうなの?」

「ええ、もちろんですよ?」

「そっかぁ、それじゃあ私の早とちりだったんだ……」

「そうだよ、ミラナってば凄く熱っぽい目で香蓮さんの事を見てたんだから、

多分目を合わせれば、こいつ私の事が好きなのか?くらいに思ったはずだよ!」

「カナちゃん、そういう誤解を与えるような事は言わないで!」

 

 こうして香蓮とSHINCの六人は、すっかり打ち解けた。

 

「それにしても香蓮さんがレンちゃんと正反対だからびっくりしたよ」

「それを言ったらまあ、私達もですけどね」

「うん、私もボス達を見てそう思ったから本当にびっくりしたよ」

「人間っておかしなもんだよね、

現実の姿がゲームの中の姿と近いって思い込んじゃうんだから」

「あ、でもそっくりな人、私知ってるよ?」

「え、誰?そんな人いるの?」

「私達の知ってる人ですか?」

 

 その香蓮の言葉に咲達は食いついた。

 

「あ、ええと……まあこれくらいは言ってもいいよね、

あなた達は八幡君のリアル知り合いなんだしね。えっと、銃士X、イクスさん」

「………えっ?」

「あ、あんな顔の人がこの世に存在するの!?」

「それを言ったら雪乃さんだって相当のものじゃない?」

「それはそうだけど!イクスさんって言ったら、胸以外は完璧美少女じゃんよ!」

「あ……えと……」

 

 その咲の絶叫に、香蓮は気まずそうにこう言った。

 

「む、胸はリアルの方が大きいっていうか、わ、私よりも遥かに……」

 

 その言葉の意味を理解した瞬間、六人は絶叫した。

 

「何そのチート、ありえなくない!?」

「だからイクスさんも八幡さんのお気に入りなんだ!」

「ぐあああああ、普通な自分が憎い!」

「何その完璧美少女、おとぎ話の存在かよ!」

「わ、私もいつかあんな素敵な女性に……」

「諦めなって、もう私達、そんなにガラッと変わったりする歳じゃないから」

 

 こうして六人の絶叫が響き渡る中、いきなり香蓮の部屋のチャイムが鳴った。

 

「あれ、誰だろ……私、こっちには八幡君絡みの知り合いしかいないんだけど」

「と、友達いない宣言を平然と……」

「八幡さんさえいればいいって事ですね、分かります!」

「もう、ただ人付き合いが苦手なだけだよ」

 

 そしてインターホンのボタンを押した香蓮は、慌てて入り口へと向かった。

そして香蓮はドアを開け、一人の人物を部屋に案内してきた。

その人物は………間宮クルスその人だった。

 

「あら、こんにちは」

「うわああああ」

「まさかの本人登場!?」

「な、何で?」

「本当にそっくり……」

 

 その問いに首を傾げながら、クルスは六人にこう言った。

 

「ああ、SHINC?」

「ど、どうして分かるんですか?」

「前に身辺調査の結果で見た事がある」

「素性まで完璧に把握されている!?」

「八幡様に近付く人は、一応調査する決まり」

「リアルでもやっぱり様付けなんだ……」

「鉄の忠誠心!?」

「というか……」

 

 そして六人は、クルスの胸をじっと見つめながら言った。

 

「古き言い伝えは本当じゃった……」

「胸囲の格差社会……」

「等身大フィギュアだよね?ねぇ、そうだよね?」

「イクスさん、結婚して下さい!」

「誰かリサを止めて!」

「いいなぁ、私にももうちょっとこうメリハリを……」

 

 そんな六人に再び首を傾げながら、クルスは香蓮にチケットを渡してきた。

 

「はい、これ」

「これって……あっ、猫カフェのチケット?」

「そう、学校で雪乃に渡されたから、私が持ってきた」

「あれ、二人とも今日は学校だったの?」

「ううん、たまたま学校前で会っただけ、今日はまだ休み」

「だよね、それにしてもわざわざごめんなさい」

「ううん、呼ばれてる気がしたからついでに何となく寄っただけ」

 

 その言葉に、六人だけじゃなく香蓮も固まった。

 

「う、嘘……」

「超能力完璧美少女?」

「しかもあの口調だと、雪乃さんと同じ学校!?」

「って事は、超能力才色兼備完璧美少女!?」

「うわあああああ、戦力が強大すぎて嫉妬すら感じねえ!」

「そのクルスさんにこんなに愛されてる八幡さんって、八幡さんって!」

「クルスさん、学校でも凄くモテますよね!?羨ましいです!」

 

 だがクルスはきょとんとしながらこう言った。

 

「学校でモテても別に嬉しくない、私は八幡様にだけモテればいい。香蓮もそうでしょ?」

「わ、私!?私は………う、うん、そうだね」

「「「「「「八幡さんめ!」」」」」」

 

 その後立ち直った咲達は、帰り際にちゃっかりと香蓮に宣戦布告をしていた。

 

「「「「「「今度は絶対に俺達が勝つ!」」」」」」

「うん、私も負けないよ!」

 

 こうして咲達と、香蓮だけじゃなくクルスまでもがすっかり打ち解け、

そこに雪乃も加え、九人は交流を深めていく事になる。



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第617話 二人の入団式(血)

今日からのエピソードは3話構成になります!


 八月も終わりを迎えようとする頃、ALOの中では一つのイベントが行われていた。

そう、クックロビンとレヴィのヴァルハラ・リゾートへの入団式である。

 

「うわ、何この人だかり」

「今回は情報公開をしたからというのもあるが、集まってる人数はかなりのもんだな」

「だねぇ、うわ、緊張してきた……内輪でやるだけでも良かったのに」

「俺もさすがにこの規模だと緊張するな」

「あ、レヴィもなんだ」

「まあヴァルハラ・ウォッチャーと呼ばれる奴らが常にこちらを観察し、

誰も情報をバラしてないのに予想だけでこういったイベントを嗅ぎつけてきたりするからな、

それならいっそ情報公開をしちまおうって、そう考えたって訳だ」

「うう、まあ別にいいんだけど……」

「まあ仕方ねえな、せめて楽しもうぜ」

 

 さすがのクックロビンも、GGOの時のようにおかしな行動はとれないようである。

向こうと違ってこちらの規模は大きく、注目度も段違いだったからだ。

 

「まあお前がこっちに来てから品行方正になってくれたから、俺としちゃ良かったよ」

「え~?最初だから猫を被ってるだけなんだけど?」

「そのまま最後まで被っててくれ、その方が俺も安心だ」

「それじゃあこの緊張をほぐす為に、ちょっと私の胸を揉んでみてくれる?」

「はっ、偽乳がそんなに嬉しいのか?」

「べ、別にいいじゃない、人の勝手でしょ!」

 

 どうやらクックロビンはコンバート時のキャラメイクの時に、

多少スタイルの数値をいじったらしい。これは本来課金要素なのだが、

そんなはした金はクックロビンにとってはまったく問題にはならない。

そもそもGGOにつぎ込んだ金額に比べれば、微々たるものである。

 

「まあまあロビン、それくらいで、ね?」

「そうそう、ここからが本番なんだから、少し気を引き締めましょう」

「しかしアレだよな、今回は入団する二人がコンバート組で良かったよな、

そのおかげで平気で外に出れるんだから」

 

 そんな二人の言い争いを見かねたのか、

一歩後ろを歩いていたアスナ、ユキノ、キリトの三人がそう話しかけてきた。

実はこの少し前、勢揃いしたヴァルハラのメンバー達は、

中央広場から中央出口までパレードを行っていた。

そこで新人二人とハチマン、それに幹部の三人だけが同行し、

観光案内を兼ねた狩りを行うという名目で央都アルンからフィールドへと飛び出し、

六人は今、多少レベルの高い敵がいる山脈へと向かっていた。

残りのメンバーは、今日のために借りたという建物に消えていった。

ちなみに真っ直ぐ進むような事はしておらず、

今回はぐるりと円を描くようなルートを選択している。

そして最初の観光地は、まるでグランドキャニオンのような滝がある場所だった。

 

「よし、ここで休憩にしよう」

「うわ、凄い景色だねぇ」

「GGOじゃあまり見ない景色だよな。

しかし二人とも、随分あっさりと自由に飛べるようになったよな」

「私は結構苦労したんだけどね」

「俺はそうでもなかったな、結局こういうのはイメージだろ?背中に羽根が生えてる感じの」

 

 実は先ほどキリトも言ったが、

レヴィの使用キャラもGGOからコンバートされたものだった。

これはサトライザーがGGOをプレイしていた時に、

その手伝いとして育てられていたキャラであり、

サトライザーと同行しても問題ない程度にそのステータスは高い。

そしてクックロビンは当然ピトフーイをコンバートさせた訳であるが、

その際問題になった名前の件に関しては、エルザはこれも課金する事で解決していた。

 

「しかしその偽乳は、違和感ありまくりだな……」

「別にいいじゃない、私が優里奈ちゃんみたいになっても!」

「というかお前、体型をいじる時、

リアルの体型を反映する機能を優里奈にそのまま使ってもらったらしいじゃないかよ、

道理で見覚えのある体型なはずだよ!」

「ハチマン君、随分と優里奈ちゃんの体について詳しいみたいだね、

うん、ちょっと向こうでお話ししようか」

 

 その時アスナがそう言いながら、ハチマンの肩をガシッと掴んだ。

そしてユキノもこの時とばかりに反対の肩をガシッと掴んだ。

 

「さっきから偽乳偽乳と連呼してくれてるようだけど、、

それはニャンゴローに何か言いたい事があると判断してもいいわよね?」

「ち、違う、二人とも誤解だ!優里奈に関してはたまたま最近接する事が多かっただけだ。

ニャンゴローに関しては、とても素敵なキャラだなと俺は常々思っている」

「ふうん、言いたい事はそれだけかな?かな?」

「詳しい話は向こうで聞くわ、さあ、さっさとこっちに来なさい」

「あ、おい、ちょっと!」

 

 そしてハチマンは二人に連行され、少し離れた所で正座をさせられた。

それを見ながらレヴィは、こんな疑問をキリトにぶつけてきた。

 

「なぁ、結局この中で一番強いのは誰なんだ?」

「そりゃ俺に決まってるだろ、単純な戦闘力だけならな」

「って事は、見方を変えると違うって事か?」

「おう、多分総合力ならアスナが一番だ、回復魔法が使えるしな。

ユキノは攻撃力にやや難があるが、あいつ実は近接戦闘が苦手って訳じゃないから、

回復魔法の精密さも相まって、一番やりにくい相手ではある。

ハチマンは専用武器のあるなしで強さが変わるな」

「ほう?専用武器なんてものがあるのか」

「ああ、アハト・ファウストっていうんだけどな、

素材がアインクラッドのかなり上に行かないと手に入らないんだよ、

こればっかりは俺達にはどうしようもないからな」

「なるほどなぁ、その状態のボスと戦ってみたいもんだ」

「いずれ戦えるさ、楽しみにしておくんだな」

「ああ、そうする」

 

 そして一行は順調に予定を消化し、折り返し地点となる森林の広場へと到達した。

 

「よし、ここでまた休憩だ、まあ油断はするなよ、

ここは別に安全地帯って訳じゃないんだからな」

 

 そう言いながらもハチマンは、その場にごろりと横になった。

右手にはアスナが、左手にはキリトが腰掛け、

そしてユキノはハチマンの頭のすぐ近くに座り、その顔を覗き込んで何か話しかけていた。

クックロビンとレヴィはハチマンの足に関節技をかけたりして遊んでおり、

それはとても穏やかな雰囲気に見えた。

だがその穏やかな時間は長くは続かなかった。いきなりユキノがこう叫んだからだ。

 

「マジックプロテクション!」

 

 その叫びと共に、六人は円形の防護フィールドに包まれた。

どうやらユキノはハチマンの顔を覗き込むフリをして、呪文の詠唱を行っていたようだ。

そしてそのフィールドに膨大な数の魔法が着弾し、全てその表面で弾かれ、消失した。

 

「な、何っ!?」

「あらあら、随分多くの魔導師を動員したみたいだね」

「まんまと罠にはまりやがって、この馬鹿どもが」

「そもそも何で入団式で、私達がこんな単独行動をする必要があるのか分からないのかな?」

 

 そしてハチマンがゆっくりと立ち上がり、敵の集団を指差しながら言った。

 

「おい馬鹿ども、いいからさっさとかかってこいって」

「「「「「「う、うおおおおおおお!」」」」」」

 

 その挑発により、待ち伏せをしていたらしい数多くのプレイヤーが、

一斉に六人に襲い掛かってきた。

 

「おうおう、アルゴから聞いてはいたが、こりゃまた結構な数だな」

「当たり前だ、オレっちの報告が間違ってた事が一度でもあったカ?」

「いや、無いな」

 

 そう言って木の上からアルゴが飛び降りてきて、ハチマンの隣に並んだ。

 

「な、何だと……いつの間に!?」

「何を驚いてるんだよ、斥候を出すのは基本中の基本だろ?」

「お前らは街にいたはずじゃ……」

「そんなのフリに決まってるだロ」

 

 この言葉で襲撃者達は、他の仲間がいる可能性にも気付くべきであったが、

冷静さを失っていた為、そこまで考えが及ばなかった。

 

「く、くそ、やっちまえ!こっちの方が遥かに数が多いんだ」

「前の戦闘みたいに俺達があっさりやられると思うなよ!」

 

 その言葉でハチマンは、それが誰なのか思い出した。

 

「お前達はこの前の………ええと、確かロザリアの取り巻きだった、ABCDEFG!」

「俺達をそんな名前で呼ぶなあああああああ!」

 

 そして戦闘が始まったが、その間もハチマンは、敵を煽り続けた。

 

「思ったよりも動員力があるんだな、驚いたぜA」

「Aじゃねえ、オレはゴーグルだ!」

「そんなの一々覚えてられるかよ、おらBCG、さっさとかかってこい」

「人を予防注射みたいな名前で呼ぶな!」

「落ち着けコンタクト、相手はあのヴァルハラの幹部連なんだぞ、

遠くから囲んで数の力で押し切れ!」

「ほう?Cは意外と冷静だな」

「フォックスだっての!俺はいったん下がる、人員交代はバンダナに任せたぞ!」

「ふむふむ、Gが魔導師部隊に指示を出していると、

自分から手のうちを明かしてくれるなんざ、本当に親切な奴らだな」

「とか言ってちっともこっちに攻撃出来てないじゃねえかよ、

よし、相手の限界点を見切って突撃だ、テール、ビアード、ヤサ、頼むぜ!」

「やっとDEFの出番か、おら、さっさとこい雑魚ども」

「乱戦だ、突っ込んでとにかく囲め!」

「行けえええええええ!」

 

 クックロビンとレヴィを中央に置き、相手の魔法攻撃に対応していたキリトとアスナは、

そこで近接戦闘モードに頭を切り替えた。同時にクックロビンとレヴィも迎撃体制をとり、

ハチマンとアルゴはユキノの隣に控え、戦況をじっと見つめていた。

 

「もういいカ?」

「まだだ、もう少し引きつけろ」

「あいヨ」

 

 そして敵がこちらにどんどん殺到し、広場が飽和状態に近くなった頃、

ハチマンはアルゴに指示を出した。

 

「よし、出撃だ」

「了解」

 

 そしてアルゴはどこからか笛を取り出し、それを口にくわえた。

 

 ピイイイイイイイイイイイイイイイ!

 

 その瞬間に、上空から何人ものプレイヤーが降ってきた。

 

「おらおら、この馬鹿どもが、お前らの相手はハチマン達だけじゃねえぞ!」

 

 そう言いながらエギルがハンマーを敵の頭に叩きつける。

 

「サムライマスターなめんなコラ!」

「元シルフ四天王、リーファ、参る!」

「同じく四天王のフカ次郎、一人残らずお命頂戴!」

「このハンマーは、結構痛いわよ」

「ピナ、ブレス!」

「謎の騎士黒アゲハ推参、死ね」

 

 そしてクライン、リーファ、フカ次郎、リズベット、シリカ、キズメルの六人が、

その後に続いて上空から敵の中に斬りこんだ

 

「お待たせ、ここはもう通さないよ!」

「ハチマン様、御身の前に」

 

 直後にハチマン達の左右を守るように、ユイユイとセラフィムが着地して盾を構えた。

その中央に、次々と魔法アタッカー達が降りたつ。

 

「はいはい、ここからは逃がしませんよ、遠距離型アースウォ-ル!」

「フレイムランス!」

「ユキノジャベリン!」

「気円ニャン!」

 

 クリスハイトの魔法により、広場の外、森の奥にまでせり出す形で巨大な土の壁が出現し、

敵はこの場から簡単には脱出出来なくなった。そしてユミーとイロハ、それにフェイリスが、

味方に当てないように注意しながら直線型の魔法を叩きこむ。

 

「くそっ、上だ!上に逃げろ!」

「させないわよ、インビジブルハンド!」

「ぐおっ、足が、足が掴まれる!」

「今よ、ナタクさん、スクナさん、ユイちゃん、」

「職人だって、戦う手段くらいあるんですよ!」

「えい、えい!」

「本来これは裁縫道具なんだけどね、ニードル発射!」

 

 ユキノの隣に降り立ったクリシュナが何人かの敵を足止めし、

ナタクとユイは、その手に珍しい棒のような形の物を持っていた。

それはつい最近導入されたばかりの魔法銃の初期タイプであり、

今はヴァルハラのメンバーに、二丁だけ試験導入されているものである。

ちなみに作ったのはナタクだった。

そしてスクナが持つのは針を打ち出す機構であり、本人が言う通り、本来は裁縫道具である。

まあネタ枠のようになってしまったが、案外当たると痛い。

 

「外の敵は任せて!」

「殲滅します!」

 

 クリスハイトが逃した僅かの敵は、壁の外に降り立ったコマチとレコンが処理していた。

そしてメビウスがユキノの隣に立ち、交代を告げた。

 

「ここは私に任せて、ユキノは前線のメンバーの回復を」

「任せたわ、お願い!」

 

 その頃にはキリト、アスナ、クックロビン、レヴィの四人も敵陣深くに到達し、

正面の敵を倒しまくっていた。そこにユキノからヒールが飛んだ。

 

「ユキノ、ありがと!」

「勘違いするなよロビン、これはもっと働けって事だぞ」

「ひええ、怖い怖い!」

「あはははは、レヴィは大丈夫?」

「おう、これくらいは余裕だ」

 

 そして最後に上空に逃げようとした敵を、シノンが片っ端から狙撃した。

 

「逃がさないわよ!と言いたい所だけど、さすがに全部は無理かな」

「シノンちゃん、飛び降りて」

「あっ、はい!」

 

 そこについに真打ちが登場した、ソレイユである。

 

「はい、それじゃあ皆さんお疲れ様って事で、行くわよ!テンペスト!しかもダブル!」

 

 どうやっているのだろうか、ソレイユは右手と左手から直線状に二本の雷を発生させ、

両手を左右に広げてぐるりと回転させた。

 

「薙ぎ払え!」

 

 それにより上空の敵は、その平面状に放たれた雷により、黒コゲとなった。

 

「さて、残るはお前らだけか、今回俺はまだ何もしてないんでな、

お前らくらいは俺が頂くとするさ」

「く、くそ、かかれ!」

 

 そんないかにもやられ役なセリフを発し、

ロザリアの元取り巻き七人衆はハチマンに斬りかかった。

だがその全ての攻撃はほぼ同時に弾かれ、七人はハチマンに無防備な首を晒した。

 

「うし、終了だ」

 

 そしてハチマンが片手を振ると、七人の首が一斉に飛んだ。

 

「おお?」

「ハチマン、何それ?」

「これか?カウンターを受けて無防備状態の敵にしか効かないらしいんだが、

糸状の刃の先に重しとしての小さな刃が付いてる武器だ、名前はワイヤーソード、

まあ本来はネタ武器だな」

「うわ、それってカウンター使いのあんたにしか使えない武器じゃない?」

「テクニカルだなおい」

「いや、まあ俺でもこんなネタ武器を使うのは簡単じゃないけどな」

「ハチマン君、凄い凄い!」

「さて、全滅か?犠牲は出てないな?」

 

 ハチマンはクリスハイトに壁を消させ、確認するように指示をし、

アルゴとコマチ、それにレコンが頭の上で丸を作った。

 

「よし、それじゃあこのまま観光を続ける、今度は全員でな」

「お弁当も大量に用意しておいたから、楽しくいこう!」

 

 こうして今回のイベントを利用し、ヴァルハラは多くの敵を殲滅したが、

代わりにまた多くの恨みをかう事となった。

 

「まあ恨まれるのは強者の常だ、火の粉はその度に払えばいいさ」

 

 ハチマンはそう言って先頭をきって空へと舞い上がり、その後にメンバー達が続いた。

 

「何か凄かったねレヴィ」

「だな、せっかくこんな強いギルドに入ったんだ、敵を殺して殺して殺しまくってやろうぜ」

「うん、そういうの得意!」

「あはははは、ロビンは相変わらず物騒だな」

「レヴィもね!」

 

 こうしてヴァルハラ・リゾートの新規入団イベントは、派手に終了する事となった。



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第618話 戦闘開始前のアルンにて

今日明日は蹂躙戦の裏事情となります!


『明日正午、クックロビン並びにレヴィ二名の入団式をアルンの中央広場で執り行う、

詳細は次の通り。一つ、ヴァルハラ・リゾートによるパレード、

二つ、該当二名とリーダー並びに副長三人によるフィールド観光、

三つ、内輪とゲスト数名によるアルン政庁前の食事処を貸しきってのパーティー、

以上をヴァルハラ・リゾートのハチマンの名においてここに記す』

 

 ハチマンの名前でアルンの世界樹前中央広場のモニターにこんな表示がされたのは、

抽選日の深夜零時丁度であった。

 

「おい、見ろよあれ」

「ネタじゃないよな?ザ・ルーラーの署名入りだし」

「クックロビンにレヴィ?誰だ?」

「コンバート組か何かじゃね?聞いた事もない名前だし」

「フカ次郎、シノン、フェイリス、クリシュナ、セラフィム、ナタク、スクナ、

最近だけでもこれだけのプレイヤーが入団してるのに、

名前が知られてたのはフカ次郎だけだよな」

「今度はどんな奴なのか、興味が沸くよな」

「というかヴァルハラが入団式をオープンで開催するなんて珍しくね?」

「ううむ、何か理由があるんだろうな」

 

 たまたまその時間にその場に居合わせた者達は、

あちこちでそのような会話を交わしていた。

その情報は深夜という事もあって最初はそこまで拡散していなかったのだが、

次の日の早朝に誰かが@ちゃんねるVRMMO板の、

ALOヴァルハラ・リゾートスレにその事を書き込んだ為、情報は急激に拡散した。

それを受けて今日、反ヴァルハラギルド連合の集会が急遽行われていた。

 

「連合もあれだけやられたのに、よくここまで盛り返したよな」

「やっぱりあの七人のせいじゃないか?ほら、あの壇上にいる、

SAOサバイバーって噂の」

「あああの噂な、あれ、事実らしいぜ」

「でも噂だと、今の連合には黒幕がいるって話だよな」

「あ、俺も聞いたぜその話、でも都市伝説だろ?誰も見た事がないんだし」

 

 そして七人を代表して、バンダナと呼ばれるプレイヤーが演説を開始した。

 

「みんなももう知っていると思うが、珍しくあのヴァルハラ・リゾートが公に動くようだ。

その内容も知っての通りだが、どうやら今回は、憎きハチマンと三人の副長、

それに二人の新人だけで動く時間があるらしい。罠かもしれない為、

それも考慮して最初に食事処を監視し、誰も移動しないのを確認してから行動に移る。

襲撃地点はアルンから最も離れた地点、予定だとこの森になると思う。

よって早めに軍を動かし、事前にその森に伏せておく事とする。

それじゃあ何か質問があったらどんどんしてくれ」

「もし罠だと確定したらどうするんだ?」

「その場合は大人しく撤退だ、悔しいとは思うが、今回は突発的なイベントの為、

注目度から考えてもこちらが罠などを仕掛ける時間もタイミングも隙もない。

なので本番は夏コミで公開された、ヨツンヘイム奥地の解放後にとっておくとして、

今回は安全が確認された場合のみ、数の力で六人を押し潰す作戦でいきたいと思う。

他に何か質問はあるか?」

 

 今バンダナが言った計画は一見何も問題がないように聞こえた為、

他には特に質問は出なかった。問題はたった六人が相手とはいえ、

あのヴァルハラ・リゾートの最大戦力である最高幹部を相手に勝てるのかという点だが、

それは魔導師を多めに連れていき、遠距離から飽和攻撃を加える事で解決しようと決まった。

 

「それじゃあ集合時刻はイベント開始一時間前、こちらの出発はパレード開始直後とする。

多少慌しくはなるが、これは罠の可能性を最後まで警戒する為の処置である。

つまりヴァルハラのメンバーが全員パレードの場にいる事を確認してから動きたいからで、

その辺りは理解してもらえると有難い」

 

 その言葉に連合のメンバー達は頷き、各自準備をする為に一旦解散した。

そして誰もいなくなった集会場に、突然一人のプレイヤーが姿を現した。

 

「はぁ、考えられているようで実はかなりザルなんだよな、

どうして集会に敵が混じってる可能性を考慮しないかな」

 

 そのプレイヤー、レコンは呆れた顔でそう呟いた。

ご存知の通り、姿隠しはレコンの得意魔法である。

ヴァルハラ・リゾートで鍛えられる事で、レコンは今や一流の斥候となっていた。

もちろん年齢的な側面もある。レコンももう二十歳、立派な青年である。

 

「しかし黒幕ねぇ……ついでだしもう少し調べてみるか、

誰も見た事が無い以上、そいつが接触する可能性があるとしたらあの七人だけだろうしね」

 

 そう考えたレコンは再び姿を消し、七人を尾行する事にした。

七人は、どうやら街の入り口方面へと向かっているようだ。

 

(ん、まさかあいつら街の外に出るのか……?)

 

 その予想通り、七人は街には留まらず、そのまま街の外へと歩いていった。

 

(こんな所に何の用が……まさかやっぱり黒幕が?これは慎重にいかないといけないな)

 

 そしてレコンは慎重に七人に近付いたのだが、いつどこから現れたのだろう、

いつの間にか七人の他に、深くフードを被った八人目のプレイヤーがいる事を発見した。

 

(まさか黒幕は斥候職なのか?ここからじゃ顔がまったく見えないが、

しかしこれ以上近付くのは少しまずい気がする。

しかももううちの集合時間が近い、ここは映像で記録だけして一旦退却するしかないか)

 

 ハチマンの計画上、パレードにレコンが参加しないというのは非常にまずい、

というか計画自体が破綻する可能性がある。

そう考えたレコンはそのまま静かに撤退し、ハチマンに黒幕の存在を報告した。

 

「何?黒幕っぽいプレイヤーが?」

「はい、残念ながら時間がなくて、正体までは掴めませんでしたが、

確かにそれっぽいプレイヤーを見つけました、これがその写真です」

「これか……確かにこれだと顔の判別は無理だな。

ただ一つ分かるのは、種族がシルフかウンディーネだというくらいか」

「ですね、この細身でこの身長、おそらくその二つの種族のどちらかでしょう」

「分かった、とりあえずこの問題は調査続行という事で、

今はその事を忘れてとりあえず今日の計画に集中する事にしよう」

「分かりました」

 

 そう落ち着いた表情で頷くレコンを見て、ハチマンは目を細めた。

 

「それにしてもレコン」

「はい?どうかしましたか?」

「お前ももう二十歳になるんだよな、初めて会った時はまだ子供みたいだったお前が、

こんなに頼りになる日が来るなんて、ずっと鍛えてきた甲斐があったな、感無量だよ」

「やめて下さいハチマンさん、昔の自分の事を考えると、ちょっと恥ずかしいんで……」

「おう悪い悪い、それじゃあ行くか」

「はい!」

 

 そして計画が開始された。パレードが盛大に行われた後、

ヴァルハラは予定通り、二手に別れて行動を開始した。

 

「それじゃあ行ってくる、頼むぜサクヤさん、それにアリシャにユージーン」

「任せてくれ、立派に仕事は果たしてみせよう」

「ハチマン君、また後でね!」

「むぅ、俺もたまには暴れたかったんだがな……」

 

 少し残念そうなユージーンに、キリトがニヤリとしながら言った。

 

「悪いなユージーン、今度また俺が相手をしてやるから、それで我慢してくれ。

雑魚を相手に無双するのもいいが、それよりもお前は強敵とやる方が好きだろう?」

「確かにそうだな、さすがお前らは俺の事をよく分かってるな」

 

 それでユージーンは機嫌を直し、そしてハチマン達が街を出た後、計画は実行に移された。

最初に裏通りに面した部屋の窓を全開にした状態で、

今回ゲストで呼ばれたユージーン、サクヤ、アリシャの三人が雑談を始めた。

三人はさりげなく会話中に窓の外に顔を出したり窓枠に座ったりと細かい動きをしながら、

外で監視をしている者達に自分達がここにいる事をアピールしつつ、

同時に偽情報を流すような会話を続けていた。

ちなみにハチマン作の会話シナリオありきである。

 

「どうやら開始が遅れるようだな、ちょっと料理に凝りすぎたらしい」

「って事は自作なんだ、うわ、楽しみだね!」

 

 そしてその間にレコンとコマチとアルゴのそれぞれが、

姿隠しの魔法を使って、窓から一人ずつ仲間達を外に連れ出していった。

姿隠しの魔法が効果を及ぼせるのは二人までであり、両手で対象の人物に触れる事で、

自分以外にもう一人の姿を隠す事が可能になるのだが、

今回はそれを、対象者が術者をおんぶするという手法によって窓を越える事を可能にした。

男女比率が違う分、レコンだけが若干楽をする事になってしまったが、

実はその分レコンには、ハチマンから別の仕事が与えられていた。

それは姿を隠したまま監視者の人数と居場所を割り出す作業である。

そしてヴァルハラの居残り組は、速やかに奇襲予定地点へと移動を開始し、

見事に奇襲に対する逆奇襲を成功させる事となった。

残るは街で監視の任務についていた敵達だったが、レコンからの情報により、

一人も逃がさないようにと残ったユージーンとサクヤとアリシャが場所を分担する事により、

今まさに三人の手によって、監視者達は壊滅させられようとしていた。

これが映像を観戦していた他のプレイヤー達が、まったく知る事のなかった裏事情である。

 

 

 

 連合の連中が、今まさにハチマン達に襲撃をかけようとした本当にその直前、

ハチマンが持ち込んだ実況アイテムからの映像がアルン中央広場のモニターに映し出された。

 

「お、何だ?」

「あれってザ・ルーラーじゃね?」

「あんなに顔が近い状態で絶対零度とお喋りか、羨ましいな」

「お、黒の剣士とバーサクヒーラーもいるぞ、ピクニックの最中の映像って奴だな」

「新人二人はザ・ルーラーで遊んでやがる、大物だな」

「でもこんなのんびりした動画、何の為に放送してるんだ?」

「さあ……」

 

 これに慌てたのは監視の任についていた者達である。

 

「おい、どうなってるんだ?」

「まさか罠……」

「でも残りのメンバーは、全員あの建物の中だろ?」

「って思うよね?でも違うんだなぁ」

「お、お前は……アリシャ!」

「それじゃあ悪いけど、死んでもらうね」

 

 同じ事を、サクヤとユージーンもそれぞれの担当の場所で行っていた。

そして三人は無事に仕事を終え、広場へと移動し、並んで座って中継動画の観戦を始めた。

 

「さて、こっちは全て片付いたぞハチマン、あとは任せた」

「あっちに監視員から連絡がいってなければいいんだけどね」

「まあもう私達に出来る事はない、せいぜいのんびり観戦させてもらうとしようじゃないか」

 

 ここからヴァルハラ・リゾートのいつもの蹂躙戦が始まった。



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第619話 蹂躙慣れする観客達

 その直後に連合の連中が画面の中で奇襲を仕掛けてきた為、

観戦していた三人は、無事に役目を果たせた事を確信し、ほっとしていた。

 

「ふう、これで肩の荷がおりたね、作戦は成功っと」

「敵の初手は魔法による飽和攻撃か、まあ妥当なところだな、

あれくらいしないとあいつらにはまったく対抗出来ないからなぁ」

「でもユキノはあのくらいなら、魔力を調節してキッチり耐えてしまうんだなこれが」

「我が友人ながら、あの子は見た目に反してかなりの化け物だよな」

「あ~、ユキノに言いつけてやる!」

「やめろアリシャ、ほら、これをやるから」

 

 そう言ってサクヤはアリシャに飲み物を差し出した。

 

「わ~い、ありがとうサクヤちゃん!」

「しかしそんなユキノも、あのメンバーの中じゃ、

それほど特殊な存在という訳ではないというのが何ともな」

「そうなんだよな、化け物集団め」

「あ、ヴァルハラからの逆奇襲が始まったね」

 

 同じく大モニターでそれを観戦していた者達は、ここでやっと事情を理解し、

大いに盛り上がる事となった。

 

「うっわ、いきなり奇襲がきたと思ったら、ここでヴァルハラの反撃開始か」

「あれ、でも他のメンバーってこの街のどこかにいるんじゃ?」

「密かに移動したんだろ、やっぱりさすがだよなぁ!」

「だな、さすがはザ・ルーラー、魅せてくれるぜ!」

「絶対これ、予定の範囲内って奴だよな?」

「うおおおお、盛り上がって参りました!」

 

 そして噂が噂を呼び、ALO中のプレイヤーが、どんどんとこの広場に集まってきた。

だが当然ユージーン達に近付く者など存在しない。

 

「おいお前ら、もう少しこっちに詰めてくれてもいいぞ」

「あ、ありがとうございます!」

 

 その混雑具合は、逆にユージーンが気を遣って、

他のプレイヤーにそう声をかけるレベルであった。

 

「お、よく考えたらあの顔にペイントをした斥候が表に出るのは珍しいな」

「アルゴちゃんね、確かにそうかもねぇ」

「しかし他の連中がまだ出てこないな」

「ハチマン君の事だから、もっと引きつけてようとしてるんでしょ、普通に考えて」

「って事はそろそろか?」

「お、物理チームが最初に来たね!」

 

 その瞬間に、観客の一角からこんな声が上がった。

 

「おい、あれを見ろ!」

「うおおおお、黒アゲハがいるぞ!」

「いつ以来だ?」

「黒アゲハ様!いつ見てもお美しい!」

 

 黒アゲハとは、以前キズメルが顔にアイマスクを付けて登場した時からの呼び名である。

ちなみに今日も、バッチリと蝶のアイマスクを装着済だった。

この時点で黒アゲハの正体がハウスメイドNPCだという事は、実はかなり知れ渡っていた。

この世界には存在しないはずのダークエルフ、イコール絶対にプレイヤーではありえない。

ならば彼女はどこから来たのかと、話題にならない方がおかしい。

前回公の場に登場してから今日まで、様々なサイトで動画が検証され、

実際のシステムから可能性が検討されていった結果、

大手のギルドに同じようなエルフのハウスメイドNPCが出現したという報告が、

写真付きで検証サイトに寄せられ、今ではキズメルは、

ヴァルハラのメンバーに戦闘技能を英才教育されたハウスメイドNPCだと噂され、

広く一般プレイヤーにまで認知されているのだった。

もちろん今ご覧頂いたように、人気も抜群である。

 

「キズメルは本当に人気者だよねぇ」

「こういう時じゃないと、絶対に表に出てこないからな」

「まあ実際はたまに狩りに同行してるんだけどね」

「次は魔法チームの登場だな」

「地味にクリシュナの存在って大きいわよね」

「一見すると分からないが、あそこにいる味方全員に、バフがかかってるな」

「あ、そうなんだ?」

「ああ、いつもよりも動きが鋭い、間違いない」

「さっすが戦闘狂のユージーン君、よく分かるよねぇ」

 

 その説明は周囲のプレイヤーにもしっかりと聞こえていた為、

徐々にその話が広がっていき、観客達は大いに盛り上がった。

 

「うちのギルドにも補助魔法専門の奴がいればなぁ」

「ぶっちゃけアリなんだよな、地味だけど」

「でもクリシュナってバフの掛け替えを、アイドルタイム無しでやってるよな?」

「体内時計が正確すぎだろ……ってか何人の情報を一度に頭の中で処理してるんだよ」

「実はヴァルハラの中で一番の天才?」

「かもしれないよなぁ、武器を使って派手に戦闘とかしてるところは見ないから、

もしかしたら運動は苦手なのかもしれないけどさ」

 

 そして次に職人チームとユイが使ってる武器を見て、観客達は別の意味で興奮した。

 

「あ、あれって導入されたはいいが、入手方法が分からなかった魔法銃じゃね?」

「マジだ、ナタクが持ってるって事は、プレイヤーメイドの品で確定か」

「素材は一体何なんだろうなぁ」

「しかしユイちゃんのかわいさは至高だな」

「いいなぁ、うちにもあんなハウスメイドNPCが来てくれたらなぁ」

「その前にお前は家を手に入れないとな」

「仕方ないだろ、高いんだよあれ!」

「スクナの良さが分からないとはこの萌豚どもが」

「ニードル発射!ニードル発射!」

「クールな表情でのあのセリフ、あれでこそスクナちゃんだぜ!」

 

 そんな中、数少ない斥候職の者は、コマチとレコンの活躍をしっかりとチェックしていた。

 

「地味だけどいい仕事してるよなぁ」

「俺達も見習わないとな」

 

 次はシノンである。シノン本人は不本意なのだが、

シノンは今では弓使いとしてよりも、美脚ツンデレキャラとしての方が有名になっていた。

もちろん本人がわざとやっているという事は絶対にない。いわゆる天然ツンデラーである。

 

「シノンちゃ~ん!今日もナイス脚線美!」

「ツンデレ!ツンデレ!」

 

 この場面をもしシノンが見たら、羞恥に塗れてまたツンデレなセリフを吐き、

再びツンデレコールが起きるという、無限ループに陥る事だろう。

そして新人二人が戦う姿が映し出され、観客達の興味はそちらに映った。

 

「ユージーン君、あの新人二人だが、君の目にはどう映る?」

「ううむ、二人ともステータスは中々高そうだ、コンバート組で確定だな」

「ふむ、ああしてあの場で戦えている事で、それがハッキリと確定した感じだな、

で、個別にはどうだ?何か感想はあるかね?」

「そうだな、クックロビンは正統派といった感じだが、剣筋にどこか狂気を感じるな、

あるいはSAOサバイバーかもしれん。問題はもう一人、あのレヴィというプレイヤー、

あのプレイヤーの短剣術は、何といえばいいかな……」

「何か気になるのかい?」

「ううむ、二人とも、ちょっと耳を貸せ」

「人に言えない類の話か、いいぞ、聞こう」

「私も聞く聞く」

 

 そしてユージーンは、サクヤとアリシャにひそひそとこう言った。

サクヤの言う通り、彼の中では他のプレイヤーにはあまり聞かれたくない話らしい。

 

「おそらくあれは軍人だ、もしくは傭兵という奴だな、

他のゲームの話になるが、GGOでサトライザーという奴がいただろう?」

「あ、その人知ってる」

「有名人だな」

「そいつはBoBというGGOの大会の動画の研究から、

今では軍人ないしそれに順ずる職業の人間だというのが定説になってるんだが、

あの新人の動きはそれとそっくりだ、正直驚いた」

 

 さすがは戦闘狂のユージーン、プレイヤーを見る目は一級品のようだ。

そこで突然観客達から大歓声が上がった、満を持してのソレイユの登場である。

 

「うおおおお、ついに絶対暴君がきたあああああああ!」

「ソッレイユ!ソッレイユ!」

「いやぁ、敵に回すのは絶対嫌だけど、

見てる分にはあれほど盛り上げてくれる奴はいないよなぁ」

 

 そしてソレイユが、まるで手から紫色のビームを発射しているような格好で回転し、

森の木の上半分が消失するに当たって、観客達は今日一番の盛り上がりを見せた。

 

「うおおおお、何だ今の」

「人間技じゃねえ!」

「密かに慌てて飛び降りたシノンちゃん萌え!」

「でもよ、これでほとんど連合は全滅じゃないか?」

「まだだ、まだ終わらんよ」

「あ、本当だ、例の七人が生き残ってら」

「さすがはザ・ルーラー、盛り上げ方を分かってやがるぜ」

「うお、もしかしてあいつ、七対一でやるつもりかよ」

 

 そしてハチマンはどうやったのか、七人同時にカウンターを決め、

その右手が一閃された時、七人の首が同時に落ちた。

 

「はぁ?????」

「な、何だ?今何が起こった!?」

「意味が分からんサッパリ分からんマジで分からん」

「あ、あれって確かワイヤーソードって奴じゃね?ほら、ネタ武器の」

「まじかよ、あれって実戦で使えるもんなのか!?」

「あんなの絶対に他の誰にも無理だろ……」

 

 さすがにその光景には、ユージーンもあんぐりと口を開けるしかなかったようだ。

 

「ユージーン、おいユージーン」

「す、すまん、さすがに今のは意味不明すぎてフリーズしてしまった」

「何あれ?糸?」

「まあ似たような物だな、ワイヤーソード、

相手がよろけ状態の時のみダメージが入るという、完全無欠なるネタ武器だな」

「よろけ状態?つまりカウンターを決められた時の状態という事か」

「よくあんなのに目を付けたよねぇ」

「多分ギャグのつもりで持ってきたんだろうな、使い物にならなくても、

あいつの実力なら問題なく七人を全滅させられただろうからな」

「上手くいってラッキー、とか思ってそうだね」

「だな」

 

 そして戦場は静かになったが、観客達は誰もその場を去らず、

口々に今の戦闘に関する感想を交わし合っていた。

今回のヴァルハラの入団式の中継は、大成功だといっていいだろう、

あくまでヴァルハラ・リゾートの立場に立って言うとであり、

連合にとっては最悪の結末といえるのだが。

 

「さて、それじゃあ俺達は、会場に戻ってあいつらの到着を待つか」

「だね、ああ~お腹が減っちゃった」

「ははははは、精々腹いっぱい食べさせてもらうといいさ、

どうやら今日の料理担当は、アスナらしいからな」

「おお、最高じゃん!」

 

 そして三人が立ち去り、他の観客達も徐々にその姿を消していった後、

その場に残っていた一人のフードを被ったプレイヤーが、ぼそりと呟いた。

 

「やはりあいつら程度じゃ駄目だったか、ハチマン……絶対に復讐してやるぞ、絶対にだ」

 

 そう言ってそのプレイヤーは、どこへとなく去っていったのだった。




このエピソードはここまで!


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第620話 八幡、やらかす

このエピソードは7話になる予定です。
後半は話が思いっきりおかしな方向に飛びますが、いつもの事だと諦めて下さい。
あと俺のわがままで、別作品の理系女子が一人出てくる予定です。
理系のスタッフがもう少し欲しかったので!

理事長への受け答えと鍵のくだりを若干変更しました!(20日14時)


 八幡にとって人生で一、二を争う忙しさだった今年の夏も終わり、

九月に入った今日、八幡は久しぶりに帰還者用学校の門をくぐり、教室へと足を踏み入れた。

 

「八幡君、おはよう!」

「お~い八幡、昨日はお疲れ」

「いやぁ、@ちゃんねるが連合のメンバーの怨嗟の書き込みで凄い事になってたね」

「また恨みをかいましたね、だったら仕掛けてくるなって感じですけど」

「珪子の言う通りだな、まあ黒幕の正体が分かったらまた色々変わるだろ」

 

 それから黒幕の話題で少し盛り上がったが、他に判明した事実も特に無い為、

今日のところはそれ以上その話題が広がる事はなかった。

 

「はい、八幡君、今日のお弁当」

「明日奈、いつもすまないな、明日は俺が作ろうか?」

「ううん、これは花嫁修業だから」

「そ、そうか」

 

 ニコニコしながら平然とそういう明日奈を見て、

八幡はそれ以上自分が作ると主張するのはやめる事にした。

和人はやれやれという風に肩を竦め、里香と珪子はぼそぼそと何か囁き合っていた。

 

「明日奈さん、何か危機感でもあるんですかね?」

「また女の子が増えたって噂だから、そのせいじゃない?」

「もう八幡さんの胃袋は掴んでると思うんだけどなぁ」

 

 そして机に弁当をしまった八幡は、あれっという表情をし、明日奈にこう問いかけた。

 

「なぁ明日奈、いつもは弁当は普通に昼に渡してくるのに、今日は何で朝なんだ?

昼に何か用事でもあるのか?」

「う~ん、女の勘?」

「そうか、ならいい」

「「いいんだ………」」

 

 里香と珪子はジト目で八幡を見たが、八幡はその視線に気付かないフリをして、

一時間目の授業の準備を開始した。

和人は一人、何かに気付いたような表情をしていたが、

そんな八幡をニヤニヤ見詰めるだけで、何も言ってこない。

八幡はそんな和人を問い詰めてやろうかと思ったが、

タイミングを逃し、時刻はまもなく昼休みを迎えようとしていた。

 

「さて、そろそろかな……」

 

 和人がボソッとそう呟き、八幡は朝からの和人の一連の怪しい動きについて、

昼のうちに問い詰めてやろうと椅子から腰を浮かせたのだが、

その瞬間に教室内のスピーカーから八幡にとっては天敵とも言える女性の声が聞こえ、

その声は学校中に響き渡った。

 

『あ~あ~、おほん、比企谷八幡君、あなたの自主性に期待していたけど、

残念ながらその期待は完全に裏切られたようね。っていうか八幡君、

ちゃんと聞いてる?私の言う事を、ちゃ・ん・と・聞・い・て・ま・す・か?

ああもう、喋ってるうちにイライラしてきたわ、

あなたね、朝一で私の所に顔を出さないなんて本当にいい度胸をしてるわね、

私はもう二週間もあなたの顔を見ていないのよ?ほら、禁断症状で手が震えてきたじゃない、

こんな状態じゃ、うっかり手が滑ってあなたにセクハラしてしまうのは間違いないわね、

まあうっかりしなくてもしますけどね、ええ、絶対しますとも。

とりあえず今すぐ死ぬ気でダッシュしなさい、はい、三、二、一』

 

 そこで放送はプツっと切れた。八幡は無表情で仲間達の顔を見たが、

全員八幡から顔を背けており、ぐるりと見渡すと、

全てのクラスメートが同じ態度をとっているのが確認出来た。

 

「おい明日奈、女の勘ってこれか?」

「う、うん、多分ね。まあ頑張って」

「和人、お前絶対朝の時点でこの事を知ってたよな?」

「違う、誤解だ。俺は朝八幡の名前を連呼しながらスキップする理事長をたまたま目撃して、

それでこんな事もあるかなと思ってたってだけだ」

「何でそれを教えてくれなかったんだよ!」

「だってその方が面白……いや、感動的な再会になるだろ!」

 

 尚も抗議しようとする八幡を、里香と珪子がなだめた。

 

「八幡、それよりも急がないとまずいんじゃない?」

「もうとっくにカウントゼロになってますよね……」

「くそっ、仕方ねえ、今日の飯は理事長室で食うから、みんなは俺の事は気にしないでくれ。

とりあえずダッシュで行ってくる!」

 

 そう言って八幡は死ぬ気で走り出した。廊下に出ると、皆状況が分かっているのか、

理事長室までのルートは常に廊下の真ん中が大きく開けられている状況になっており、

そこにいた者達は、八幡に生暖かい目を向けてきた。

だが今の八幡にはその一人一人に抗議している時間は無い。

そして目的地に到着した八幡は、呼吸を整えてから理事長室のドアをノックした。

その瞬間にドアが思いっきり開けられ、中から鬼の形相をした理事長が姿を現した。

 

「遅い、遅すぎるわよ!今はもうカウントマイナス四百よ!」

「す、すみません……」

 

(あれからずっと数えてたのかよ……)

 

「まあいいわ、とりあえず中にお入りなさい」

「は、はい……」

 

 そして八幡が中に入った後、理事長は後ろ手で音を立てないように鍵を閉めた。

怒っているようでその辺りはちゃっかりと冷静なところが理事長らしい。

 

「さて、心が広く胸が大きい私としては、

あなたにセクハラをする前に、とりあえず八幡君に釈明の機会を与えます」

「すみません、セクハラは勘弁して下さい……胸が大きいのは認めますから」

「ふむ……まあ毎回色仕掛けというのも芸が無いし、その辺りで妥協しましょうか」

 

 そう言って理事長は、八幡をじろりと睨んだ。どうやら妥協はしてくれたようだが、

まだその怒りは収まっていないようだ。

そんな理事長を見て、八幡は勇気を振り絞ってこう言った。

 

「特に釈明はしません、すみませんでした」

「あら、釈明しないの?」

「はい、何を言っても言い訳にしかならないので、しません」

「へぇ、潔いわね、それじゃあ大人しく謝罪するのかしら?」

「当然です、今回の件は全て俺が悪いので。ご心配をおかけしたにも関わらず、

顔を出すのが遅れてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 八幡は、下手に話をこじらせておかしな事を言われるよりも、

最初から非を認めて素直に謝る作戦に出た。

それでどうやら理事長も矛を収める事にしたようで、とてもいい笑顔でこう言った。

 

「仕方ないわね、それじゃあ膝枕くらいで勘弁してあげるわ」

「膝枕ですか?それくらいなら別に構いませんけど、

俺が理事長の膝に頭を乗せればいいですか?」

「ノンノン、逆よ逆、私が八幡君の膝に頭を乗せるの」

「分かりました、それでお詫びになるなら喜んで」

 

 八幡はこの提案に対して安易にそう頷いた。

だが実際に自らの膝の上に理事長の頭が乗り、その状態でじっと見詰められた瞬間、

八幡はこの行為が思ったよりも恥ずかしい事に気が付き、やや顔を赤くした。

 

「うふふ、少し顔が赤くなっているみたいね」

「すみません、正直に言いますが、膝枕をなめてました……

いつも自分がやってもらう立場だったんで分かりませんでしたけど、

こんなにも恥ずかしいものなんですね……」

「必ずしもみんなが恥ずかしがるというものでもないと思うけど、

まあ八幡君のその顔を見れただけで、やってもらった甲斐があったわ、

とりあえずこの件はこれで終わりにしましょう」

 

 そう言って理事長は少女のように微笑み、

八幡はその表情を見て、とても五十近い女性だとは思えないなと改めて驚いた。

だがその瞬間に理事長は、八幡の太ももを思いっきりつねった。

 

「い、痛たたたた」

「今私の歳の事を考えたわね」

「な、何故その事を……」

「私はあなたが考えている事が分かるのよ」

「本当に分かりそうだから笑えないです……」

 

 そんな八幡に、理事長は意味深な笑顔を見せるだけであった。

真偽がどうなのかはもちろん不明である。そして理事長は体を起こし、八幡に言った。

 

「まあいいわ、とりあえずこんな時間だし、お昼を一緒に食べましょうか」

「そうですね、俺もそう思って明日奈に作ってもらった弁当を持参しました」

「あら羨ましい、私は今日はデリバリーなのよ、多分もうすぐ届くと思うんだけど」

 

 丁度その時、中の会話が聞こえていたかのような絶妙のタイミングでドアがノックされ、

それに理事長が応対し、事務員が平たい箱を持って入り口に姿を見せた。

 

「理事長、ご注文のピザが届きました」

「今日の昼食はピザですか、一番小さい奴ならまあ大丈夫なのかな」

「ううん、さすがに全部は食べきれないから何枚かもらってね、

男の子なんだから大丈夫よね?」

「あ、はい、もちろんそれくらいなら平気です」

「まあ遠慮しないで好きなだけ食べてくれていいからね」

「はい」

 

 その理事長と八幡の、まるで親子のようなやりとりに、

事務員は一瞬生暖かい視線を向けるとそのまま頭を下げて部屋を出ていった。

 

「あら、美味しそうなお弁当ね、やっぱり明日奈ちゃんは料理が得意なのねぇ」

「最近随分熱心に料理をしてるみたいです、何かあったんですかねぇ」

「下からの突き上げを脅威に感じてるんじゃない?」

「下から……?例えば優里奈とかですか?」

「そうねぇ、それに香蓮ちゃんも、お菓子作りが得意らしいじゃない」

「そうみたいですね、残念ながら俺は食べた事が無いですが」

「まあ競い合うのはいい事よ、女はそれで磨かれるのだから」

「はぁ、そういうものですか」

「そういうものよ。ところで競い合うといえば、

夏休み中に学力を落としていないかチェックする為の、

新学期最初の特別試験が早速明後日にあるけど、

八幡君はちゃんと勉強はしているのかしら?」

 

 理事長がそう発言した瞬間に、それまで笑顔だった八幡は、顔を青くして硬直した。

 

「………まさか忘れてたの?」

「えっと…………………はい」

「あらあら困った子ね、出席日数が足りない分、

どうすれば卒業させてあげられるかの条件は覚えてるわよね?」

「し、試験で毎回学年三位以内に入る事です」

「よろしい、それじゃあ試験までの残り時間、死ぬほど勉強なさい」

「分かりました………」

 

 それから八幡は、虚ろな目で弁当を食べ始めた。その頭の中では、

どうすれば試験までに効率良く一人で勉強出来るかについての考えがぐるぐると回っていた。

そんな八幡の考えを察した理事長は、八幡にこう言った。

 

「一人で抱え込むのはもうやめにしたんじゃないの?

あなたには、頼りになる仲間がいるじゃない」

「そ、そうですね、確かに……」

 

 どうやら理事長は、本当に八幡の考えている事が分かるようだ。

もっともそれは、二割は当てずっぽう、残りの八割は経験に裏打ちされたただの推測である。

そしてその八幡の呟きに重ねるように、理事長はこう付け加えた。

 

「例えばうちのかわいい雪乃ちゃんとか雪乃ちゃんとか雪乃ちゃんとか?

もしくは体の一部分が大きな方の娘でもいいわ、

その報酬として八幡君が体を差し出せば、

晴れて私はあなたの本当のお母さんになれるのだけれど」

「え、遠慮しておきます、俺には明日奈がいるんで」

「いっそ明日奈ちゃんも私の娘になってくれないかしら」

 

 そしてそろそろ午後の授業の時間が近付いてきた為、理事長は八幡をあっさりと解放した。

 

「それじゃあ頑張ってね八幡君」

「はい、頑張ります、あと理事長、ピザをご馳走様でした」

 

 八幡は理事長にお礼を言うと、入り口のドアノブをひねろうとした。

だがそこには鍵がかかっており、八幡はじろりと理事長を睨んだ。

 

「油断も隙もねえ……」

「あら、何の事かしら」

「何でもないです、それじゃあまた」

 

 八幡はそう言って鍵を外し、教室へと急いだ。その最中に八幡はこんな事を考えていた。

 

(姉さんや雪乃だと、理事長から手が回って何か無茶な要求が突きつけられる可能性がある、

これはもう文系教科はクルス、理系教科は紅莉栖にでも勉強を教えてもらうしかないか……)

 

 こうして八幡は、試験に備えて二人に勉強を教わる事にした。



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第621話 ピンクルス

すみません、書いているうちに、このエピソードは全10話になりました!


「八幡君、大丈夫?理事長に何かセクハラされなかった?」

「覚悟はしてはいたんだが、今日は特に無理難題をふっかけられたりはしなかったな、

最初から下手に出たのが良かったみたいだ」

「そっかぁ、それなら良かったよ」

「だが一つ誤算があってな……」

「誤算?何だ?」

「実は明後日の試験の事を完全に忘れててな……」

 

 理事長室を後にし、まっすぐ教室へ戻った八幡は、

仲間達に理事長室での出来事について説明していた。

 

「えっ、それってやばいんじゃない?」

「八幡さんは確か、出席日数と試験の順位がトレードオフでしたよね?」

「まさかの落第確定か?」

「最悪そうなるかもしれん……」

 

 その言葉に、明日奈は心配そうな顔でこう言った。

 

「おかしいとは思ってたんだよね、

アメリカで特に勉強してるような素振りがなかったから」

「面目次第もない」

 

 そんないつになく弱気な八幡の肩を、和人がポンと叩いた。

 

「まあ死ぬ気で勉強するしかないな」

「そのつもりだ」

 

 そしてそんな八幡を見かねたのか、里香と珪子が八幡にこう提案してきた。

 

「実は今日のお昼に相談してたんだけど、今日明日の放課後みんなで集まって、

勉強会を開こうかって話してたんだけどさ、八幡もそれに来れば?」

「あ、それはいいかもですね、一人でやるよりは効率がいいと思います」

 

 だが八幡は、苦々しい顔でその提案を断った。

 

「あ~、その申し出は有難いんだが、今回のヤバさはそんなレベルじゃないんで、

この二日間限定の家庭教師を頼もうかと思ってるんだよ」

「そこまでなんだ……」

「おう、何せ試験範囲も覚えてないしな、だから明日は学校を休んで勉強だ、

こうなると学校に来る意味がまったく無いからな」

「や、休んで勉強!?」

「逆転の発想!」

「それは斬新な考え方ですね……」

「でもまあ困った事に、八幡の立場だと事実なんだよな……」

 

 そんな八幡に四人は呆れ、心配そうな表情をしたが、

直後に八幡が出してきた名前を聞いて、それなら大丈夫だろうと納得した。

 

「一応文型科目はマックス、理系科目は紅莉栖に教えてもらう予定だ」

「この上ない布陣ね」

「豪華メンバーだな」

「そっかぁ、それじゃあこっちはこっちで頑張ってみるね」

「悪いな、まあお互い頑張ろうな」

「うん、一緒に卒業したいし、八幡君も頑張ってね」

「もし落第したら、パシリに使ってやるからな」

「そうならないように努力する」

 

 そして八幡は授業が終わってすぐに、クルスにメールを入れた。

これはクルスが授業中な可能性を考慮した為である。

 

 

 

「クルス、今日の帰り、どこかに寄ってかない?」

「うん、別にいいよ」

 

 ミサキの娘である杏と一緒に授業を受けていたクルスは、

授業が全部終わった後に杏にそう誘われ、一緒にどこに行くか相談している最中だった。

その時八幡からのメールが届き、クルスは心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、

すぐにそのメールを開いた。

 

「随分嬉しそうだけど、もしかして八幡君から?」

「う、うん」

 

 クルスは心ここにあらずといった感じでメールの文面を見た。

そこにはこう書かれてあった。

 

『マックス、緊急の用事があるんだが、今夜俺のマンションに泊まってもらえないだろうか。

ちなみに明日俺は学校を休むから、俺と一日一緒にいてもらう事になる予定だ。

絶対に雪乃にはバレないようにしたいんだが、今あいつは近くにいるか?

とりあえず迎えに行くから、場所を指定してくれ。

今日は優里奈も呼んでないから食事も自分達で作る事になるが、

もし何か作りたい物があったら途中で材料を買おう。

俺は俺で何品が作るから、その分の材料もその時に買うつもりだ。

もし都合が悪いなら返信してくれ、他を当たる事にする。それじゃあまた後でな』

 

「ま、まさかの八幡様からのお泊りのお誘い……?」

 

 クルスはそう呟き、凄まじい速度で脳を回転させ、自分の世界に没頭し始めた。

そしてクルスは脳内がピンク色に染まったピンクのクルス、ピンクルスに変身した。

 

「まさかとは思うけど、優里奈ちゃんも呼んでないって事はつまりそういう事?

い、いいのかな?でも八幡様がそう言うんだから、ルールを破ってもいいんだよね!?」

 

 これは部屋に紅莉栖も来る為、八幡が女子の誰かと部屋で二人きりにならない、

というルールには抵触しないという判断からきた文章なのだが、

クルスはどうやらそうは思わなかったらしい、

というか誤解を生む文章であるのは間違いなく、完全に八幡のミスである。

 

「クルス?お~い、クルス?」

「しかも明日学校を休むって、今日から明日の夜にかけて、

延々と八幡様にベッドの中でかわいがってもらえると?」

「ええっ!?何そのいきなりの大人な発言!?」

「雪乃には内緒?雪乃にバレると邪魔されるから、それを避けて……?

ねぇ杏、今日雪乃は?雪乃はどこ?」

 

 クルスはあわてて杏にそう尋ねた。

先ほどから杏がちょこちょこと話しかけてきていた事には当然気づいていない。

 

「えっ?急にどうしたの?えっと、雪乃は確か……ああ!

今日は午後の講義が無いから猫カフェに行くって嬉しそうに帰ったけど?」

「よ~しよし、猫カフェに行ったなら絶対に長居するはず、何も問題なし、私大勝利!」

「えっ?えっ?」

「そして八幡様と一緒に料理、そうなると多分……

『八幡様、味見してもらえますか?』

『ああ……お、美味いな、さすがは俺のマックスだ』

『はい、八幡様のマックスです、私の身も心も八幡様に捧げていますから!』

『心はともかく身はまだだろう?』

『あっ、八幡様、そんな……』

『もう我慢出来ん、このままお前を味見したいんだが、いいか?』

『はい、優しくして下さいね』なんてなんて、きゃあ、きゃあ!」

 

 突然クルスが自分の頬に手を当て、くねくねと体を捻り始めた為、

杏は周囲の目を気にしながら必死にクルスに呼びかけた。

 

「ク、クルス、落ち着いて?本当に落ち着いてってば!周りの人が見てるから!」

「しかし最後のこの文章、都合が悪かったら代わりを呼ぶ?

つまりもしここで私が行かなかったら、

八幡様はそのリビドーを他の人で解消するという事に!?

それは駄目、絶対に駄目、おそらく八幡様は私を一番に指名してくれている。

このビッグウェーブに乗らない手はない!」

「ビ、ビッグウェーブ?」

「という訳で杏、時間が無いわ、ちょっと付き合って!」

「え?あ、ど、どこにいくの?」

「買い物!」

 

 そしてクルスは急いでメールを書き始めた。

雪乃が不在な事と、三十分後に学校まで迎えに来てほしいという事をメールに書き、

八幡に送信したクルスは、すぐに八幡から承諾のメールがきた為、

そのまま杏を伴って近くのショッピングモールに駆け込んだ。

 

「家に帰る時間が惜しい、杏、八幡様が好きそうな服を選んで!」

「そ、そんなの分からないよ!」

「それじゃあとにかくかわいくてエロいやつを探して!」

「エ、エロいってそんなストレートな……」

 

 そう言いながらもちゃんと服選びを手伝う杏なのである。

どうやら八幡からの大人の誘いである事は先ほどの言葉から明らかであり、

羨ましいと思いつつも、杏は友人の幸せを思い、素直に応援する事にしたようだ。

 

「これでよし、それじゃあ次は下着売り場!」

「そうくると思った……で、どんなのがいいの?」

「さっき選んだ服と真逆の清楚な奴!でもちゃんと露出がある奴!」

「注文が多い……」

「仕方ないでしょ、ギャップ萌えを狙うんだから」

「はいはい、それじゃあ探そっか」

 

 そして無事に下着を選び終わったクルスは、

次に何を考えたかエプロンを売っている店を探し始めた。

 

「つまり料理をするって事?」

「それもあるけど、主目的は私の体型にフィットする裸エプロン選びよ!」

「クルスが壊れた……まあ別にいいけど……」

 

 そして二人は裸エプロンに適したエプロンはどれかと、真面目に議論し始めた。

周囲の客達はドン引きである。そして二人はこれはというエプロンを選び、

クルスがそれを購入した時点で、既に二十分が経過していた。

これは女性の買い物としてはかなり早いペースであり、二人がどれだけ頑張ったかが分かる。

ちなみにクルスはここまで買った物を全部その場で身につけており、

完全にお出かけ準備を整え終わっていた。

 

「よし、間に合った、それじゃあ学校に戻るよ杏!」

「う、うん!」

 

 二人はそのまま学校に戻り、約束の時間までその場で待つ事にした。

 

「付き合ってもらって本当にありがとね、助かったよ杏」

「う、うん、クルスが最初に着てた服はとりあえず私が預かって、ついでに洗濯しておくね」

「いいの?ごめんね杏」

「いっていいって、親友の幸せの為だもん」

 

 そんな会話を交わしつつ、八幡の到着を待っていた二人であったが、

クルスが普段とは違い、女らしさを前面に押し出した格好をしている為、

凄い数の男達が次々とクルスに声を掛けてきた。

 

「間宮さん、その格好、凄くかわいいね」

「はぁ、別にあなたの為に着てる訳じゃないんで」

「間宮さん、良かったらこの後どこか遊びに……」

「私が男の人と遊びに行く事は永遠にありえません消えて下さい」

「それなら俺と……」

「聞こえませんでしたか?ありえません消えて下さい」

 

 杏はクルスのそんな対応を、物珍しそうに眺めていた。

 

(不機嫌そうだなぁ、こんなクルスは珍しいね、でもまあ確かに声をかけてくる人多すぎ)

 

 杏は改めて今のクルスの格好を見て、それも仕方ないかとため息をついた。

そんな杏の視界に先日見た車が入り、杏はクルスにその事を伝えた。

 

「クルス、来たみたいだよ」

「あっ、本当だ、ありがとう杏」

 

 クルスはそう言うと、男達を邪魔そうに睨みつけて道を空けさせ、

そのまま一目散に八幡の方に走っていった。

 

「八幡様ぁ!」

 

 その学内三大美女の一角であるクルスの、

先ほどまでとはまったく違った甘い声に、男達は呆然とした。

あまつさえクルスが蕩けそうな笑顔でまだ車に乗ったままの八幡に話しかけた為、

男達はさすがに悔しかったのか、クルスが車に乗る前に何とかしようと、

ほぼ全員がキットの方へと向かって一歩を踏み出した。

 

「急な話で悪かったなクルス、それじゃあ行くか。キット、ドアを開けてくれ」

『分かりました』

 

 その瞬間にキットのガルウィングが開き、その男達はビクっとした。

どうやらそれで、キットが自分達には手が出ない、高性能で高価格な車だと気づいたようだ。

その為男達はその場から動く事が出来なくなり、

そのままクルスが運転席から降りた八幡にエスコートされ、

キットの助手席に乗り込んでしまった為、すごすごと引き下がる事しか出来なくなった。

そのせいか、キットの所までたどり着けたのは杏だけだった。

 

「八幡君、クルスをお願いね」

「お、杏さんか、悪いがクルスを借りてくわ」

「うん、ごゆっくりね!」

 

 八幡はその杏の言葉に、俺にとってはこれからが地獄なんだがなと思ったが、

口に出しては何も言わなかった。

 

「それじゃあまたそのうちな」

「杏、ありがとね!」

「うん、二人とも、またね!」

 

 そしてキットが発車し、杏も家に帰ろうと振り返った。

そこには敗北感に塗れた男達が死屍累々と並んでおり、杏は内心でこう思った。

 

(プライドだけは高い負け犬さん達、無駄な努力をご苦労様)

 

 この事からも、どうやら杏が母親似で間違いないという事がよく分かる。

 

 

 

「八幡様、今日は一番に私に声を掛けて下さって、本当にありがとうございます」

「いや、こっちこそ急で悪かったな、こういう時は、俺にはお前しかいないからな」

「す、凄く嬉しいです」

「しかしお前には珍しくちょっと派手な格好だな、でもまあ凄く似合ってるぞ」

「は、はい!」

 

 そんな微妙に意味が食い違う会話を交わしながら、二人はマンションへとたどり着いた。

そして部屋のドアを開けた瞬間、中から先に来ていた紅莉栖が顔を出した。

 

「ハイ、待ちくたびれたわよ」

「く、紅莉栖?どうしてここに!?」

「あなたと同じ、八幡に勉強を教える為に呼ばれたのよ、

まったくもう、試験がある事を忘れるなんてどんなドジよ」

「面目次第もない……」

 

 それでクルスは自分の勘違いを悟り、顔を青くした。

 

「それにしてもクルス、随分と気合いの入った格好ね、一体どういう風の吹き回し?」

「え、えっと、これは……」

 

 言いよどむクルスの代わりに、八幡が紅莉栖にこう言った。

 

「そんなに気になる事か?マックスだってお洒落くらいするだろ」

「それはそうなんだけど、クルスって実は、

あんたの前以外だと凄く地味な格好しかしないのよね、だから珍しいなって」

「今は俺の前にいるだろう?」

「でも急に呼び出したって事は、最初からその格好だったって事じゃない?」

「まあそれはそうだが……」

 

 そんな自分のフォローをしてくれる八幡の様子を見て、いたたまれなくなったのか、

クルスは自分が何を考えたのか、正直に二人に告白した。

 

 

 

「あはははは、そういう事だったんだ」

「す、すまん、俺のメールの書き方が悪かった」

「いえ、確認しなかった私が悪いです……」

「余計な出費をさせちまったな、その分はちゃんと出してやるから心配するな」

「いえ、秘書見習いとしてもらっているお給金でお釣りが来ますので」

「いや、しかしだな」

 

 そう困った顔で言う八幡に、紅莉栖がこう言った。

 

「八幡、あんたが言うべき事はそうじゃないでしょう?」

「………まあお前が何を言いたいかは分かってる」

「どういう事ですか?」

 

 その八幡と紅莉栖のやり取りに、クルスはきょとんとした。

そして八幡は頭をかきながらクルスにこう言った。

 

「マックス、事情を説明した上で明日奈の許可は俺がとるから、

今度二人でどこかに遊びに行こう。その時はもちろんその服を着てきてくれよ。

ああ、下着とかは見る訳にはいかないが、エプロン姿は後で料理の時に見せてもらうからな」

 

 その言葉にクルスは、内心泣きそうになりながらも笑顔でこう答えた。

 

「はい、喜んで!」

 

 こうしてラブコメの時間が終わり、勉強の時間が始まった。



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第622話 学ぶ、休む、時々雑談

突然ですが、ストックがたまってきたので今日は二話投稿しようと思います、
本日二話目は夕方六時に投稿します!


「………という訳で、こういった流れで武士が台頭していった訳です」

「なるほど、個別の出来事じゃなく流れで覚えないと、

歴史ってのは本当の意味では身につかないという事なんだな。

ついでにその時世界はどうだったかを考えれば、一石二鳥だな」

「はい、さすがは八幡様、その通りです!素晴らしいです!

世界ではこの時こうだったが、では日本は?ってのはよくある設問ですからね」

「日本史の授業でも、世界史の知識も多少は必要だって事だな、

しかしマックス、無理に俺を褒めようとしてないか?」

「いいえ、これは褒めて伸ばすという私の作戦です!」

「それ、バラしちゃったらあんまり意味が無いからな」

 

 三人は、教師二人が交代で、そして八幡はぶっ続けで試験勉強を行っていた。

ちなみに今はクルスの日本史の授業である。

 

「八幡様は、年号を覚えるのが若干苦手ですか?」

「う~ん、結局あれって語呂合わせが一番早いんだよな?

それで地道に覚えていくしかないか」

「まあ流れが掴めていれば、大きく外れた選択肢が除外出来ますから、

多少試験に関しては楽になると思いますけどね」

「ああ、確かにそうだよな」

「まあ語呂合わせが有効なのは確かなので、主だった事件に関しては覚えていきましょう。

例えばそうですね、平安の女、クルスです!」

 

 突然クルスがテンション高くそう言い、八幡の目は点になった。

 

「………は?」

 

 同時に横でそれを聞いていた紅莉栖の目も点になった。

 

「………平安?」

 

 そんな二人にクルスはドヤ顔で言った。

 

「そうです、平安京遷都は794年、つまり女(07)クルス(94)です!」

「鳴くよウグイスじゃ駄目なのか……?」

「むむっ、確かに知名度はそちらの方が上ですね、ではこんなのはどうでしょう!

いっぱい(18)クルス(94)日清戦争!」

「…………お、おう」

「ついでにその十年後が日露戦争、更にその十年後が第一次世界大戦ですよ!」

「え、マジで?あ、本当だ………確かにこれは覚えるのが楽だ、楽なんだが……

クルスがいっぱいクルスがいっぱい……何か夢に出てきそうだな……」

「私が八幡様の夢に?それはとてもいい事じゃないですか!」

「私はそれよりも、今のクルスのテンションの高さが気になるんだけど」

「だって今の私はこんなにも八幡様に求められているんだよ?

テンションが上がらない方がおかしいよね?ね?」

「私に同意を求められても困るんだけどね……」

 

 そんなクルスを見て八幡は、

今日は絶対にクルスと二人きりにならないようにしようと心に誓った。

どうやらクルスは多少色が薄まったとはいえ、まだ微妙に脳内がピンクのようだ。

 

「それじゃあ次のクルスですが……おっぱい(08)クルス(94)は遣唐使廃止!

平安京遷都から百年後です!」

「ちょ、おま……」

「ぶほっ………」

 

 その言葉に八幡は何とか耐えたが、紅莉栖は思わず女の子にあるまじき噴き出し方をし、

八幡は紅莉栖にそっとハンカチを差し出した。

 

「あ、ありがと……げほっ……」

「仕方ないさ、マックスのテンションがずっとおかしいからな」

 

 そんな紅莉栖の様子には気付かず、クルスは更に何か言おうとした。

 

「更に次の………」

「待てマックス、その辺りは自分で出来るから、流れの説明だけしてくれればいい」

「そうですか?それじゃあ仕方ないですね、私謹製の語呂合わせメモを後で進呈します!」

「そ、そうか………」

 

 そして世界史がひと段落し、交代という事で次に紅莉栖が物理の勉強を教え始めた。

その最中、何故か八幡がうるうるしているのを見て、紅莉栖は思わず後ろに下がった。

 

「い、いきなり何?」

「いや、普通って素晴らしいって思ってな……」

「そ、そう、まあ役に立ててるなら良かったわ」

 

 ちなみにその時クルスは、交代による休憩時間を使って、

一心不乱に単語帳に語呂合わせを書いていたのだった。

 

 

 

「さて、そろそろ晩飯にしようかね」

「そうね、それじゃあ三人でパパッと作っちゃいましょう」

「というか紅莉栖は料理が出来るんだっけか?」

「失礼ね、明日奈や優里奈ちゃんほどじゃないけど、普通に出来るわよ」

「というか、身内で料理が苦手なのって結衣くらいですけど、

その結衣もたまに私達と一緒に料理とかしてるんで、

今じゃ普通に食べられる物を作れますよ」

「その言い方だと昔は食べられなかったみたいに聞こえるが……」

「その辺りは八幡様の方が詳しいのでは?」

「ま、まああいつの料理の腕が上達したのは喜ばしいな、うん」

 

 そして三人はそれぞれがお手軽な料理を作り、夕食を食べた後に勉強が再開された。

今回は明日一日の時間の余裕がある為、日ごとに教科を絞って勉強する事になっている。

 

「八幡様はやはり国語は得意なんですね、教えるのがとても楽で助かります」

「まあ国語はほら、元々どういう順番で何を教えてるのか、生徒からすると曖昧だからな、

読解力さえあればそれなりになんとかなる」

「その点理系教科全般はやっぱり苦手そうに見えるわね、

ロジックを組み立てるのは得意そうなのに、どうしてなのかしら」

「そう言われると確かにそうだな……単純に数字が苦手なのかもな」

「まあ仮にそうだとしたら、将来の為にも克服しないとね」

「だな、まあ昔は逃げまくっていたが、今は逃げずに頑張るつもりだ」

「えらいえらい」

 

 そしてしばらく勉強した後、三人は一度休憩する事にした。

長時間ぶっ続けで勉強しても、能率は絶対に上がらない事を三人はよく分かっていた。

その休憩の最中に、甘いコーヒーを飲みながら八幡が紅莉栖に話しかけた。

 

「なぁ紅莉栖、技研の様子はどうだ?何か不自由してないか?」

 

 ちなみに技研とは、今度新しく立ち上がる『次世代技術研究部』の事である。

その部長には先月アメリカから連れてきたレスキネン元教授が就任する事になっていた。

 

「そうね、まだ立ち上げの最中だけど、多少無理なお願いでも聞いてもらえるって、

教授………じゃない、今は部長ね、レスキネン部長が凄く喜んでたわよ。

おかげでやる気満々みたい」

「そうか、それなら良かったよ」

「まるで無邪気な子供みたいよ、思い返せば昔の教授はたまに表情が曇る事があったけど、

今はそういうのが全然ないの、もうすっかりこの環境に馴染んでる感じ。

そういえば部長が今度、古き良き日本文化を見てみたいって言ってたわ」

「確かにこっちに来てからずっと忙しかったしな、

今度レヴェッカを鎌倉に連れていくって約束してるから、その時一緒に誘ってみるわ」

「そうしてあげて、きっと喜ぶわよ。あ、そういえば……」

 

 そこで紅莉栖は、和やかだった表情を一変させ、八幡とクルスは何となく背筋を伸ばした。

 

「SAOを販売したアーガスの元本社ビルにあったSAOのサーバーは、

今うちの管理下に置かれているじゃない?」

「ああ、それがどうかしたか?」

「そのSAOのサーバーだけど、実はもう一つあったらしいのよ」

「もう一つ?どこにだ?」

「長野の山奥」

 

 その言葉で八幡は、思い当たる建物が一つあった事を思い出した。

 

「晶彦さんの別荘か」

「ええ、その別荘の調査がやっと終わったらしいんだけど、

その過程でサーバーが発見されてね、それの詳しい調査を依頼されたわ」

「それは初めて聞いたな」

「ここに来る直前に聞いた話だから、まだ連絡がいってないんだと思う。

一応メンバーは、アルゴさんと私、ダル君、それにレスキネン部長の四人で行く予定よ」

「そうか、手が足りないなら増員するから言ってくれな」

「それは大丈夫、行くのはうちだけじゃないから」

 

 その言葉に八幡は、目をパチクリさせた。

 

「他にも誰か行くのか?」

「ええ、レクトから何人かと、あと重村教授ね」

「重村教授って……もしかして晶彦さんと凛子さん、それに須郷のクソ野郎の先生だった?」

「そうね、八幡の言う通り、それで合ってるわ。

ちなみに今回は、カムラという会社の一員としての参加になるみたい」

「カムラ………オーグマーか」

 

 さすが八幡は、その辺りの繋がりをちゃんと把握しているようである。

カムラとは、オーグマーと呼ばれる拡張現実端末を開発している会社の名前であった。

 

「まあ確かにうちとレクトだけだと、公平性に疑問を持たれるかもしれないからね、

他社を入れるのは仕方がない事だと思う」

「贔屓されてると世間に思われるのはいい事じゃないしな」

「という訳でちょっと行ってくるけど、何か調べておいて欲しい事とかある?」

「そうだな……うちが管理しているサーバーと、中身に何か違いがあるのかどうか、

そこを重点的に調べておいてくれると有難いな」

「オーケー、任せて」

「すまんが頼む、あ、いや、待てよ」

 

 八幡はそう言って一瞬考え込むそぶりを見せた後、紅莉栖にこう言った。

 

「一人追加だ、桐生萌郁を同行させてくれ」

「むむ……ここで私のライバルの名前が……」

 

 クルスがそう呟き、八幡は思わずこう聞き返した。

 

「ライバルなのか?」

「はい、主に胸に関してですね」

「………小猫もいるんだし今更だろ」

「た、確かに!」

 

 紅莉栖はそんな二人の会話を何も聞こえないという風にスルーした。

 

「桐生さん?って確か、この前入社したあんたの直属の部下よね?

入社したてだったのにいきなり直属だって紹介されたから少し驚いたわ、一体どういう人?」

「拾った」

 

 その八幡の無碍もない言葉に、紅莉栖は鼻白んだ。

 

「拾ったってあんた、猫みたいに……」

「小猫も俺が拾った、だから直属だ、分かりやすいだろ?」

「小猫って薔薇さんよね?へぇ、あんたって女の子を拾いまくる趣味でもあるの?」

「使えそうな男が落ちてれば男も拾うさ、まあたまたまだ」

「たまたまねぇ……」

「まああれで萌郁は中々目端がきく、連れていって損は無いはずだ」

「ふ~ん、まあ話は分かったわ、それじゃあそういう事で」

 

 これで紅莉栖の話は終わり、次に八幡は、クルスにこう尋ねた。

 

「クルスは最近どうだ?何か困った事とか無いか?」

「いえ、困るような事は特には。まああえて言うなら雪乃からの誘いが多いのがちょっと」

「誘い?何のだ?」

「えっと……今日も行ってると思うんですが、猫カフェです」

「ああ………」

「雪乃らしいわね」

「ちなみにもし誘われたら、六時間コースになるので覚悟しておいた方がいいですね」

「「長っ」」

 

 八幡と紅莉栖は思わずそうハモり、顔を見合わせて肩を竦めた。

 

「さすがにそれは勘弁だな」

「一、二時間なら全然構わないんだけどね」

「まあ目に余るようなら俺から注意しておくから、すぐに言うんだぞ」

「分かりました」

 

 そして再び勉強が始まった。交代とはいえ長丁場になる予定であり、大変であろうに、

二人はまったく嫌そうなそぶりを見せず、熱心に八幡に勉強を教えてくれた。

 

「まったく俺は仲間に恵まれてるよな……」

「ん、何か言った?」

「いや、そろそろ休憩の時間だろ、二人で仲良く入浴でもしてくるといい」

「別にそれでもいいけど、何で二人で?ってもしかしてあんた、

見張りがいないのをいい事に覗くつもりじゃ無かろうな!」

「んな訳あるか!」

 

 そして八幡は、紅莉栖の耳元でこう囁いた。

 

「マックスだよ、分かるだろ?」

「クルス?ああ、そういう事ね……」

 

 紅莉栖はそれだけで八幡が何を考えたか理解したらしい。

要するにクルスと二人きりになって、暴走を招くような事にならないようにとの意図である。

 

「はいはい、それじゃあクルス、一緒にお風呂に入りましょ」

「わ、私は別に順番でも……」

 

 紅莉栖はそんな八幡と二人きりになりたそうなクルスを見て、

そのまま強引にクルスを浴室へと引っ張っていった。

 

「いいから行くわよ、お風呂で女子会しましょ」

「う、うん……」

 

 クルスは名残惜しそうな表情でそのままドナドナされていき、

風呂場で紅莉栖に冷水のシャワーを浴びせられ(ご存知の通り今はまだ九月頭なのだ)

風呂から上がった時には、とてもスッキリとした表情でいつもの調子を取り戻していた。

 

「八幡様、戻りました」

「おう、それじゃあ俺も入らせてもらうかな」

「はい、私の体で出汁をとっておいたので、そちらもお楽しみ下さい」

「ちょっと、そこには私の出汁も入ってるんだからやめてよね!」

「お前ら二人して出汁とか言うなよ……」

 

 

 八幡はそんなクルスの態度から、まだテンションがおかしいままなのかと訝しんだが、

よく観察するとその表情が先ほどまでとは違い、わざと言っているような感じだった為、

どうやら元に戻ったみたいだなと安心した。

 

(まあこれが元通りってのもちょっと問題があると思うけどな)

 

 そして八幡も入浴を済ませ、三人は再び勉強をした後、

この日は十分な睡眠をとる事にし、早めに寝たのだった。



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第623話 ソレイユ奨学金

こちらは本日二話目となりますご注意下さい!


 次の日の朝、三人は簡単に朝食を済ませ、再び勉強に没頭していた。

八幡は休養十分な事もあり、順調に二人の教えを吸収していき、

そして昼前に、明日奈が部屋を訪れた。

 

「様子を見に来たけど、調子はどう?」

「順調だぞ、なぁ?」

「そうですね、まあしかし、学年上位にはまだまだな気もしますが」

「そうね、さすがに三位以内は厳しいかもしれないわね」

「あ、でもうちの学校、正直勉強に関してはレベル低いよ?」

 

 その時明日奈が身も蓋も無い事を言い、八幡もその言葉にうんうんと頷いた。

 

「そうなんですか?」

「え、そうなの?」

「そりゃそうだろ、よく考えてもみろ、うちの学校の生徒は全員、

二年半ほど何も勉強していなかったんだぞ?」

「あ……言われてみれば確かに…………」

「それは盲点だったわ……」

「だがまあ地頭がいい奴もそれなりにいるから、

さすがに今の状態だと一桁順位が精一杯な気がするな」

「それじゃあ今日一杯しっかり勉強しないとですね」

「だな」

 

 その様子を見て、明日奈がこう申し出た。

 

「もうすぐ昼だし、私が昼食を作るから、それまで集中して頑張って」

「いいのか?悪いな」

「ありがとう明日奈、正直料理はそこまで得意じゃないから助かるわ」

「それじゃあ八幡様、もうひとふん張りです、頑張りましょう」

「そうだな、それじゃあ勉強を再開するか」

 

 それから昼までの間、先生役を担当したのはクルスだった。

その間紅莉栖は、夕方からやる予定の模擬テストの作成を行っていた。

今回はさすがに全教科の試験を行っている余裕はない為、

どちらかというと八幡が苦手な教科を中心に三科目程の試験を行う予定であった。

それは必然的に理系教科という事になる。

 

「みんな、お昼が出来たよ!」

 

 その明日奈の声で、三人は手を止め、昼食をとる事にした。

 

「そういえば明日奈、昨日の勉強会はどうだった?」

「まあこっちは誰も落第とかはかかってないから気楽だったし、

みんなそれなりに満足出来る程度にはやった感じかな」

「明日奈は大丈夫か?赤点とかの心配はないか?」

「私はちょこちょこ勉強してたから、まあ余裕かな。

何よりお母さんからのプレッシャーが無くなったから、

その分伸び伸びと勉強出来て、凄くいい感じだと思う」

「明日奈のお母さんってそんな勉強ママだったの?」

 

 その紅莉栖の問いに、明日奈は思い出したくもないという顔でこう答えた。

 

「うん、それはもう厳しかったのを通り越して怖かったっていうか、

口を開けば勉強勉強って感じだったよ」

「そうなんだ、でも何で今は何も言わなくなったの?」

「う~ん、うちはほら、一族の中じゃ傍流というか、

お母さんがその……出自の事で色々言われてきたから、その分私が何も言われないように、

しっかり教育しないとって気合いを入れすぎたって言えばわかる?」

「要するに明日奈をどんな場に出しても恥ずかしくない、

文武両道な子に育てようと頑張りすぎたって事ね」

「でも今は平気なの?」

「うん、この年にしてもう私の嫁入り先って決まってるじゃない?

だから誰に何を言われようとも関係ないし、というか誰に何を言われても反撃出来るし、

私が一人で生きていけるようにする必要もまったく無くなっちゃったからね、

むしろ花嫁修業の方が大変なくらいだよ、あはははは」

 

 明日奈はそう能天気に笑い、紅莉栖は苦笑しながら八幡を見た。

 

「と、未来の嫁はこんな事を言ってるけど?」

「俺に何かあったらどうするんだよ、

まあそうは言っても明日奈の面倒は姉さんが見てくれるはずだし、

普通に勉強していれば何も問題はないのは確かだな。

でもそれなりの点はちゃんと取れよ?」

「大丈夫大丈夫、いつも通り成績上位者の中にはちゃんと入るから」

「まあ明日奈の方が、俺より成績は上だからな」

 

 クルスはそんな二人を羨ましそうに見つめていた。

内心ではせめて八幡の子供だけでも欲しいと考えたりもしていたが、

当然そんな気持ちはおくびにも出さない。

もっとも出したとしても、そんな女性は八幡の周りには数多くいるのだから、今更ではある。

そして昼食を終えて食休みに入ったタイミングで、

明日奈が紙の束を取り出し、八幡に渡してきた。

 

「八幡君、これ、姉さんから」

「ん、ここに来る前に会社に寄ったのか?」

「うん、せっかくここまで出てきたんだし、かおりや姉さんにも挨拶しておこうと思って」

「なるほど、で、これは?」

「ええと、ソレイユ奨学金の希望申し込み書」

 

 

 

 ソレイユ奨学金とは、凄まじく厳しい審査がある代わりに大学の学費を全額支給し、

卒業まで面倒を見る代わりにソレイユへの入社が義務付けられる奨学金の事である。

審査に通った後もその条件は厳しく、審査通過後に浪人した場合はその資格は剥奪される。

大学合格後に留年した場合や警察沙汰になるような事件を起こした場合も同様である。

大学在学中に認められる『可』の数は四年間で四つまでであり、

それ以下は一つでもあるとアウトとなる。もしその条件のどれかに引っかかった場合は、

入社資格の取り消しの上、全額返金しないといけない事になるのだが、

それでいてきちんと大学生活をこなせばソレイユへの入社が確定する為、

絶大な人気を誇る奨学金なのであった。

ちなみに入試後ではなくこの時期が締め切りなのは、

この段階から将来を見据えて動き出せる人材を探す為であった。

 

 

 

「それは分かるんだが、でもどうしてこれを俺に?」

 

 八幡はそんな物を渡された理由が分からず、

何となくその申し込み書をペラペラとめくりながら、とある事に気がつき呆れた顔で言った。

 

「というか何で女性の申し込み書ばっかなんだ……」

「えっとね、その中から適当に、将来の直属の部下候補を選んどいて、だって」

「男も選ばせろと声を大にして言いたいんだが……」

「今は直属予定者が女の子しかいないから、気を遣ってそうするしかなかったらしいよ」

「………そう言われるとそうなんだが、まさか今後もずっとそうなるんじゃないだろうな」

「どうだろ?まあさすがにいずれは男の人も配属するんじゃない?」

「それに期待するしかないか……

って、ここからはコネかよ、うちにはコネは通用しないんだけどな」

 

 八幡は履歴書の途中に、『ここからはコネ!だけど考慮する必要は無し!』

と陽乃の筆跡で書かれた紙が挟んであるのを見て脱力した。

 

「え?通用するわよね?」

「コネか?無いだろ?」

「私はコネでしょ?」

「えっ?」

 

 そう紅莉栖に言われ、八幡は目を見開いた。

 

「あ………あったわ、コネ」

「でしょ?あんたと社長が独断で決める入社枠ってのがあるじゃない、

あれってコネじゃないの?」

「正論すぎて返す言葉もない……」

「でしょ、クルスもよね?」

「そう言われると確かにコネですね」

「そ、そうか、まあそれは別腹って事で」

「ふふっ」

 

 明日奈はそのやり取りを見て微笑むと、食器を洗うと言って台所へと向かった。

八幡は腹ごなしのつもりで履歴書を一枚一枚チェックしていき、

途中でその手が止まったかと思うと、そのまま盛大に噴き出した。

 

「ぶふっ……」

「きゃっ、ちょっと、汚いじゃないの!一体どうしたのよ?」

「八幡様、ハンカチです」

「わ、悪い二人とも、この履歴書が面白かったんでつい、な」

「これ?」

 

 八幡から手渡された履歴書を見て、紅莉栖も続けて噴き出した。

「ぶふっ……」

「紅莉栖まで……」

「し、仕方ないじゃない、本当に面白かったんだから、ほら」

 

 その履歴書を手渡されたクルスは、内容に目を走らせた瞬間に手で口を押さえた。

どうやら二人の様子を見た後だった為、何とか耐えるのに成功したようだ。

 

「確かに面白いですね」

「だろ?これは一体誰のコネだ?………ああ、双葉先生か、

以前一度だけ、経子さんと一緒に話を聞きにいったお医者さんだな」

 

 八幡は保護者の名前の欄を見ながらそう言った。

 

「確か奥さんは、アパレルショップの社長か何かをやってるはずだ、

確か商談で海外を飛び回っていると聞いた覚えがある」

「へぇ、そうなんだ」

「それにしてもこの双葉理央って娘さんの志望動機、

こういう言い方はどうかと思うが、トンビが鷹を産んだか?」

「そうね、八幡が気に入りそうな子よね」

 

 その履歴書の志望動機の欄にはこう書いてあった。

 

『うちの父はよく、貴社にはコネがあると事あるごとに周りの者に吹聴しておりました。

最初のうちは素直に感心しておりましたが、貴社の事を調べていくにつけ、

それはおそらく父の完全なる勘違いだと理解するに至りました。

私は貴社への入社を父の事とは関係なく熱望しておりますが、

父の暴走のせいで、逆にその道が絶たれてしまうのではないかと危惧するに至り、

その状況を打破する為に自力でソレイユ奨学金に応募し、

自力でその道を切り開きたいと思って今回応募させて頂きました。

我が父の態度に不快感をお持ちだとは思いますが、

どうか公平に審査して頂けますよう、宜しくお願いします』

 

 そして他の欄にはこうも書いてあった。

 

『好きなもの・相対性理論』

『嫌いなもの・感覚派』

『趣味・相対性理論』

『特技・相対性理論』

『社員寮への入居希望・相対性理論』

『会社までの交通手段・希望します』

 

「という訳で、俺が何を言いたいのかはもう分かってるよな?」

「はいはい、この子を直属にするつもりなのね」

「そういう事だ、おい明日奈、こいつに決めたから、姉さんに伝えといてくれ」

「は~い、ちょっと待ってね」

 

 明日奈は手早く片付けを済ませ、パタパタとスリッパの音を響かせてこちらに歩いてきた。

そして八幡から手渡された履歴書を見て、盛大に噴き出した。

 

「ぶはっ……」

「明日奈、気持ちは分かるがもう少しお淑やかに笑おうな」

「だ、だって相対性理論多すぎだし、それに入居希望の欄……」

「一個下と思いっきりズレてるよな、希望しますってのは入居をって意味だろうしな」

「かわいいものじゃない」

「おい紅莉栖、言っておくが、この子はお前よりも一つ年上だからな」

「わ、私がおばさん臭いとでも言いたいの?」

「俺はそこまで言ってない」

「う……」

 

 そう押し黙った紅莉栖の代わりにクルスが横からこう言った。

 

「将来有望な新人」

「うんうん、確かに有望かもしれないね。

というか、わざわざこれがコネの所に混ぜてある時点で、

姉さんの意図が透けて見える気がしない?」

「この子を直属予定にするだろうって分かっててそうしたのかもしれませんね」

「そう言われると確かに……姉さんの思惑に簡単に乗せられるのはちょっと不快ではあるな」

 

 その八幡の言葉に、三人は目を見開きながら言った。

 

「ちょ、ちょっと、どういうつもり?」

「もったいないです八幡様」

「えっ、八幡君、この子の事落としちゃうの?」

「内緒だ、とりあえず試験が終わったらその足で本人に会いに行って来ようと思う」

「そうしないとどういう人か掴めないから?」

「それもあるが、まあ楽しみにしているといい、あと紅莉栖、ちょっと相談がある」

 

 そして八幡は、紅莉栖に何か耳打ちした。

 

「はぁ?ちょっとあんた、それ本気で言ってるの?」

「嫌か?」

「ううん、まあそれは構わないけど……」

「そうか、なら後は本人の希望を聞くだけだな、

とりあえず明日奈、誰にするか決定したと姉さんに伝えるのは一時保留だ」

「う、うん、分かった」

 

 この話はここで終わり、せっかくだからと明日奈も八幡の横で勉強を始めた。

そして夕方から紅莉栖の作った模擬試験を終えた八幡は、

やはり理系教科の成績が思わしくなかった事に若干焦りを感じていた。

 

「大丈夫だとは思うが、もう少し理解度を上積みしておきたかったな……」

「ちょっと微妙な気もしますね」

「ちなみにこの点数を前回の試験の成績に当てはめるとどうなるの?」

「これだけじゃいいとこ学年十位くらいだろうな、

文系教科の点数を含めてギリギリ三位になるかならないかって所だな」

「そう、それじゃあまあ今回は仕方ないか、私が予想問題を作ってあげるから、

それの答えを死ぬ気で覚えなさい」

「すまん、恩にきる」

 

 その紅莉栖の提案に、八幡は深々と頭を下げた。

 

「今回だけだからね、今後はこういったうっかりには気を付けるのよ」

「ああ、そのつもりだ」

「それじゃあちょっと待っててね」

 

 そして紅莉栖はそれぞれの教科の担当教員の性格や、

過去の試験問題の傾向を八幡に尋ね、その場でパパッと試験問題を作成した。

 

「な、何でお前はそんな簡単に試験問題が作れるんだ……」

「八幡様、それは紅莉栖だからとしか。あ、ちなみに褒めてるからね」

「分かってるわよ、はいこれ、今から説明するから」

「私も見てもいい?」

「いいんじゃない?八幡の順位が落ちるだけだしね」

「う……ま、まあ問題ない、元々明日奈は俺より順位が上だ」

 

 明日奈は成績では常にトップスリーを維持していた。

両親からは、勉強ばかりしなくてもいいと言われてはいるが、

普段の授業や試験で手を抜く事は、明日奈の性格上無理のようである。

 

「それじゃあ二人とも、ちゃんと聞いてるのよ」

「宜しく頼む」

「は~い」

 

 そして予定時間を若干オーバーしたが、八幡は試験対策を済ませ、

三人の送迎はキットに任せ、しっかり睡眠をとる為に早めに寝る事にした。

そして万全の状態で、八幡は試験の朝を迎える事となった。




双葉理央の背景は気にしないで下さい、理系女子だとだけ思っていて頂ければ十分ですので!見た目が分からない方は検索でもして頂ければ!


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第624話 理央、不審人物と出会う

ここから6話は理央シリーズとなります!


「それじゃあ数学の試験を開始する。試験用紙を表にしなさい」

 

 本日は試験二日目、主に理系教科の試験が行われる日であった。

ちなみに昨日の文系教科の試験は、問題なく高得点を取る事が出来、

八幡は今日の試験をリラックスして迎える事が出来ていた。

そして試験が開始された一分後、突然八幡と明日奈がおかしな声を上げた。

 

「ふひっ……」

「はうっ……」

「比企谷君、結城君、どうかしたかね?」

「い、いえ、何でもありません」

「失礼しました」

 

 教師にそう尋ねられた二人はすぐに謝ると、

一瞬アイコンタクトをし、そのまま試験問題へと目を戻した。その理由は簡単である。

今回の数学の試験問題は、紅莉栖が先日作成したものとほとんど同一のものだったからだ。

もちろん数字等はまったく違うが、基本レイアウトはほぼ同一のものだった。

 

(やべえ……もしかして俺、生まれて初めて数学で百点とか取っちまうんじゃねえの?

さすがにこれはやりすぎか?しかし今回は緊急事態だ、仕方ない、仕方ないんだ……)

 

(やばっ、これはもう百点取るしかない感じだよね、

紅莉栖が凄いのは知ってたけど、まさかここまでとは思ってもいなかったよ……)

 

 二人は多少の罪悪感を覚えながらも、凡ミスをしないように丁寧な解答を心がけ、

無事に数学の試験を終える事となった。

 

「二人とも、どうだった?」

「あ、いや……よ、余裕だったわ」

「う、うん、余裕だった……かな」

「へぇ、凄いね!最後の問題とか、難易度が高すぎて何が何だか分からなくなかった?」

「ああ、あれはな」

 

 そう言ってスラスラと、ノートに問題の考え方と答えを書く八幡を見て、

和人達三人はぽかんとした。

 

「お、お前、数学は苦手なんじゃなかったか?」

「た、たまたま前の日に紅莉栖から似たような問題を教わったからな」

「そっかぁ、さすがだよなぁ」

「あれって絶対百点を取らせないようにする為の問題だと思ったのにね」

「まああの先生は毎回同じような事をしてきますから」

 

 その言葉通り、数学の試験の最後の問題に、過去数回の試験で正解した者はいない。

八幡と明日奈はまさか紅莉栖がそこまで当ててくるとは思わず、背筋が寒くなる思いがした。

 

「ま、まあ終わった事はいいだろ、次の試験に備えて教科書でも見ておこうぜ」

「そうだね、次も頑張ろう!」

「お、おう」

 

 そして次の物理の試験、更に午後の化学の試験でも、同じような光景が繰り広げられた。

そして全ての試験が終わった後、八幡と明日奈は二人仲良く机に突っ伏していた。

 

「終わった………」

「どうしよう八幡君、今回の試験はちょっと点数を取りすぎじゃない?」

「ま、まあ全て紅莉栖のせいだ、俺達は悪くない」

 

 何とも恩知らずな言葉ではあるが、それが厳然たる事実なのも確かである。

 

「そ、そうだね、うん、今回は紅莉栖が凄すぎたって事で……」

「あれであいつ、まだ十七歳なんだぜ、信じられるか?」

「今まで天才って言葉を結構軽く使ってたけど、今後は安易には使えないね」

「だな………それじゃあ俺はちょっとキットで神奈川の峰ヶ原高校に行ってくるわ」

「ああ、例の子?試験でいつもより早く学校が終わったし、丁度いいね」

「んじゃまあ双葉理央がどんな奴か、見極めてくるわ」

「気をつけてね」

 

 そして八幡が去った後、明日奈は和人達三人に囲まれた。

 

「う?」

「なぁ明日奈、何か俺達に隠してる事があるんじゃないのか?」

「八幡はどこに行ったの?」

「あ、八幡君はソレイユ奨学金に申し込んできた人で、

八幡君の直属候補になった人に会いにいったよ」

「え、直属?」

「ほほう?俺の将来の同僚って事か」

「和人、気が早い!」

「どんな人なんですか?」

「えっと……真面目そうなんだけどちょっと抜けたところもありそうなかわいい子?」

 

 その言葉に三人は、またかという表情をした。

 

「また女の子かよ……」

「まったくあいつときたら……」

「明日奈さんはそれでいいんですか?」

「う、うん、良くはないけど、今回は姉さんからの指定みたいなものだからさ」

「ほう?」

「そんなに将来有望な子なの?」

「どうだろう、それを見極めに行ったんだと思う」

「なるほど」

 

 これで話が上手く反れたと考えた明日奈は、

そのままこの場を離れようと立ち上がったのだが、

そんな明日奈の肩に、里香がガッシリと腕を腕をからめてきた。

 

「さて、前座の話も終わったところで、試験中にどうして様子がおかしかったのか、

その理由を聞かせてもらいましょうか」

 

 その言葉に和人と珪子もうんうんと頷き、明日奈は悲鳴を上げた。

 

 

 

「ここか……」

 

 明日奈が全て白状させられ、ずるいずるいと羨ましがられた末に、

三人にお茶を奢る羽目になった丁度その頃、

八幡はキットのナビに従い、神奈川県立峰ヶ原高等学校に到着していた。

 

「さて、先ずは事務の人に話を通すか」

 

 八幡は学生ではあるが、スーツを着用していた。

二十二歳という年齢の事もあり、今は冴えない新人社会人のように見える。

そのせいか名刺を受け取った事務員は、驚いた表情で八幡の顔を何度も見たのだが、

このような反応は慣れっこだった為、八幡は堂々と事務員に受け答えしていた。

 

「それではあなたはソレイユの部長さんで、ソレイユ奨学金の候補者に会いたいと……」

「はい、アポ無しで来てしまって申し訳ありません。

当社と致しましてはこちらの学校とは今後ともそういった面で、

良いお付き合いをさせて頂きたいと考えております。その一環として、

こちらの学校がどういった環境なのかを見させて頂きたいと思いまして。あ、これ名刺です」

 

 そう言って八幡は、先ほど見せたものとは別の名刺を事務員に渡した。

 

「わ、分かりました、今校長先生に許可を頂いてきますので、少しお待ち下さい」

 

 そして待つ事数分で、いかにも校長に見える、恰幅のいい男性が姿を現した。

 

「これはこれは、ようこそおいで下さいました」

「アポ無しなのに丁寧な対応をして頂き、本当に感謝します、校長先生」

「いえいえ、あのソレイユの方をお迎え出来て、嬉しく思います」

 

 その『あの』という言葉から察するに、

どうやら校長は、最近のソレイユの業績の上向き加減をきちんと把握しており、

つい最近発表されたソレイユ奨学金についても興味を持っていたようだ。

そして校長は八幡に名刺を渡し、次にこう尋ねてきた。

 

「で、今回ソレイユのお眼鏡に適ったのは、一体誰なのでしょうか」

「双葉理央という女子生徒なんですが」

「双葉理央さん、ですか、すぐにクラスを調べて担任を呼んで参りますので少々お待ちを」

 

 そしてすぐに担任と思しき男性が現れ、理央がこの学校唯一の科学部員だという事と、

放課後は理科室に一人でいる事が多い事が判明し、

八幡は事務員の案内で、理科室へと向かう事となった。

 

「しかし唯一の科学部員って、この学校は部員が一人でも部として認められるんですか?」

「ええ、うちの学校は、一度部として認められたら、

部員がいなくなるまでは廃部にはならない事になっているんですよ。

まあこの時期に部員が三年生一人という事は、新入部員がいないという事なので、

科学部は今年限りで無くなってしまう事は確定してるんですけどね」

「そうですか、それは少し寂しいですね」

「これも時代の流れなんでしょうかね」

 

 そして事務員は、理科室と書かれた教室の前で足を止めた。

 

「ここです」

「ありがとうございます、後はこちらで話してみますので大丈夫です」

「分かりました、それではお帰りの際に一声お掛け下さい」

「はい、ここまでご案内頂きありがとうございました」

 

 そして事務員が去った後、八幡は理科室のドアをノックした。

 

「………はい、どうぞ」

 

 少し間が開いた後、中からそんな声が聞こえてきた。

八幡はその声を受け、遠慮なくドアを開けた。

中にはフラスコとビーカーでコーヒーらしき飲み物を入れる、

制服の上に白衣を纏い、眼鏡をかけた髪の長い女子生徒の姿があり、

その女子生徒は、アルコールランプを見つめたままこちらにこう声を掛けてきた。

 

「梓川、今日は何の用事?また何かトラブル?

もしそうなら相変わらずのブタ野郎だね」

 

(ブタ野郎なぁ……悪口には聞こえなかったから、

その梓川って奴は実は仲のいい友達なんだろうな)

 

 その言葉で八幡は、どうやらここを訪れるのは、

ほぼその梓川という人物だけなんだろうなと考えながら、理央に声を掛けた。

 

「残念、ただの不審人物だ」

 

 理央はその言葉にバッと顔を上げて慌てた表情をしたものの、

落ち着いてアルコールランプの火を消し、

ビーカーやフラスコを割らないように丁寧に机の上に置いた後、

凄まじいスピードで部屋の隅へと移動し、

八幡の目から自らの胸を隠す仕草をしながらこう言った。

 

「梓川!」

「任せろ」

 

 突然八幡の背後からそんな声が聞こえ、直後に一人の男子生徒が、

八幡に体当たりをするように開いたままの部屋の入り口から中に飛び込んできた。

 

「そういうのは声を掛け合ったら意味がない、というかアイコンタクトですら論外だ。

だからこうして避けられる」

 

 そう言いながら八幡は、理央から目を離さずにその体当たりを難なく避け、

その梓川と呼ばれた生徒は派手に教室内に転倒した。どうやら八幡が足を引っ掛けたらしい。

 

「痛ってぇ!」

「梓川、この役立たず!」

「ひでえな双葉、せっかく白馬の王子が助けにきたってのに」

「白豚の間違いじゃないの?」

「王子を否定されなかっただけマシと考えるべきか……

まあいい、双葉、とりあえず俺の後ろに」

「うん」

 

 その少年、梓川咲太は素早く立ち上がると、理央を守るように八幡の前に立ちはだかった。

 

(さて、どうすっかなぁ、もう少しこの『三人』をからかいたい所だが)

 

 そう言いながら八幡は、ひょいっと体を横にずらした。

その横を、別の少年~国見佑真がタックルの格好で通り過ぎていった。

そして先ほどの咲太同様に八幡に足を引っ掛けられ、これまた同様に盛大に転ぶ事となった。

 

「く、国見、大丈夫?怪我とかしてない?」

「おう、大丈夫だ!」

 

 八幡はその受け答えを聞き、咲太に同情の視線を向けた。

それに気付いた咲太は、何ともいえない表情をしながらこう言った。

 

「俺に同情してくれるのが不審人物さんだけだって言うのが悲しいな……」

 

 そんな咲太に八幡がこう声を掛けた。

 

「ドンマイ、梓川」

「馴れ馴れしいなおい!」

 

 そう突っ込みつつも、咲太は後ろ手で理央の腕を掴んで窓際へと誘導し、

そのまま窓の外に脱出させようとした。

 

「国見、双葉を窓から逃がす、時間を稼いでくれ」

「任せろ」

「双葉は先生を呼んできてくれ、それまで二人で何とかこいつを押さえ込む」

「わ、分かった」

 

 そして理央は、言われた通りに窓から外に出ようと窓枠に足を掛けたが、

その瞬間に足を滑らせたのか、後ろに倒れそうになった。

 

「きゃっ」

 

 その声に咲太と佑真は慌てて振り向き、

理央が窓から変な体制で落ちそうになっているのを見て体を硬くした。

その横を、まるで風のように八幡が駆け抜けていった。

 

「うわっ」

「な、何だ?」

 

 そんな二人の視界に、音も無く空中でふわっと理央をキャッチし、

そのままお姫様抱っこする八幡の姿が映った。

そして八幡は心配そうな顔で、理央にこう声をかけた。

 

「大丈夫か?怪我とかはしてないよな?」

「あ、えっと、は、はい、おかげさまで……」

 

 そして八幡は、理央を抱きかかえたまま振り返り、咲太と佑真にこう言った。

 

「考える前に動けってのが今日のお前らの教訓だな、

そうしないといざという時に、大事な人を失う事になるかもしれないぞ」

 

 その言葉に二人が悔しそうな表情をした瞬間に八幡は顔を後ろに反らし、

その顎の下を理央の拳骨が通り過ぎていった。

 

「な、何で今のを避けられるの?」

「おお、こうして助けてもらっても、不審人物には安易に心を開かず、

自力で脱出しようと自ら攻撃するその恩知らずっぷりは中々いいぞ、双葉理央」

 

 八幡に渾身のパンチをかわされた直後に、

突然そう自分の名前を呼ばれた理央は、さすがに戸惑った表情をした。

 

「な、何で私の名前を知ってるの?あんた誰?」

「自己紹介が遅れたな、俺は比企谷八幡、ソレイユからお前に会いにきた、まあ不審人物だ」

 

 八幡はそう言って理央を下ろし、近くにあった椅子に座りながらニヤニヤとこう言った。

 

「とりあえず俺にもコーヒーを頼むわ、理央」

 

 そう言われた理央は、不審そうな表情を崩さないままであったが、

助けてもらったお礼のつもりなのだろう、黙って八幡にコーヒーを差し出したのだった。




梓川咲太と国見佑真は今後はほぼ登場しません!(多分)バニーガール先輩にはソレイユがCM出演を頼む可能性がありますね!まあレギュラーには絶対になりません!
それなりに出る可能性があるのは、病気絡みで牧之原翔子くらいです!
作品背景をほとんど無視する登場の仕方をさせますので、厳密なクロスとは言えないと思います、当然予備知識も必要ありません!


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第625話 理央、期待以上

「双葉、もういいのか?」

 

 咲太は理央が八幡にコーヒーを差し出したのを見てそう尋ねた。

 

「うん、まだ何ともだけど、危ない人とかじゃないと思う。二人ともありがとね。

で、悪いんだけど、もう少しだけここにいてくれる?」

「おう」

「分かった」

 

 理央は二人の方を向いてそう言うと、八幡の方に向き直り、

直後に呆気にとられた顔をした。それは八幡が、どこから取り出したのか、

大量の砂糖とミルクをコーヒーに入れていたからだった。

 

「な、何してるの?」

「見て分からないか?コーヒーを甘くしてるんだよ」

「そういう意味で聞いたんじゃないんだけど……ってかその砂糖とミルクは?」

「これか?こういう所でコーヒーを頼むと、何もついてこないか、

いいとこ一つずつしかミルクと砂糖が出てこないだろ?だからいつも持ち歩いているんだよ。

という訳で理央、スプーンをくれ」

「こんな所にスプーンなんかある訳ないでしょ……」

「何だよ、理央はブラック派か?部活で脳を酷使してるなら、甘い物をとらないと駄目だぞ。

まあいい、それじゃあ代わりに実験用のガラス棒をくれ、それならあるだろ?」

「………」

 

 理央は諦めたような表情で八幡にガラス棒を差し出し、そのまま八幡の前に座った。

 

「うん美味いな、理央はコーヒーを入れるのが上手いんだな」

「それ、インスタントだけど?それにもうコーヒーの味なんてほとんどしないでしょ」

 

 理央は砂糖の袋とミルクのポーションの残骸を見ながら呆れた顔で言った。

 

「インスタントコーヒーを美味しく入れる技術が存在しないとでも?」

 

 そう言われた理央は、言葉に詰まった。

 

「今度研究しとく」

「ほう、出来ませんじゃなく研究しとくときたか、いいぞ、理央」

 

 八幡は機嫌良さそうにそう言い、じっと理央の顔を見た。

理央はその視線にやや緊張しながらも、しっかりとした口調で八幡にこう尋ねてきた。

 

「あなたがソレイユの人間だという証拠は?」

「ほれ、これをやろう」

 

 八幡は即座に理央に名刺を渡し、そのまま理央がどうするのかじっと観察していた。

そして理央はその名刺をじっと見た後、八幡にこう言った。

 

「これじゃ証明にならない、こんなのは私でも簡単に作れる」

「双葉、それはさすがに……」

 

 疑り深すぎじゃないか?そう続けようとした佑真に理央は言った。

 

「ごめん国見、ちょっと黙ってて」

「あ、す、すまん」

 

 実は理央が佑真にこんな態度をとるのは初めての事であった。

理央は彼女持ちである佑真の事が高校入学直後からずっと好きであったが、

去年の夏、花火大会の時に、返事は必要ないと断った上で佑真に自分の気持ちを伝え、

それで満足したのか、今はその思いをスッパリと断ち切っていた。

その後、佑真相手には咲太を相手にする時のような乱暴な言葉遣いをする事もなく、

基本好意的に接してきたのだが、今回初めてそれが崩れた形となった。

当然咲太も佑真も驚いた顔をしたのだが、理央は二人のそんな様子を気にかける事もなく、

じっと八幡の顔だけを見つめていた。

 

「なぁ、理央はいつもこんなに疑り深いのか?」

 

 八幡にそう尋ねられた咲太は、一瞬イラっとした顔をした。

もう二年半も一緒にいる自分達ですら、双葉と苗字で呼び続けているのに、

突然現れたこの男は何故理央と名前で呼ぶのか。

だが咲太はそのイライラを飲み込み、平静を装いながら八幡にこう答えた。

 

「さあ、人に名刺をもらう機会なんて、学生にはまったく無いんで」

「ふ~ん、慣れてないなら逆に思い込みで信じちまうと思うけどな、

まあいつもと違うというならそれでいい」

 

 その言葉に咲太はハッとした。確かに八幡の名刺を横から見た時、

自分は素直にその肩書きを信じてしまった。それなのに理央はそれを疑った。

佑真も横からその会話を聞いて、同じ事に気付いたのだろう、二人は理央の顔を見た。

普段の理央は、どちらかというと何事にも冷めたような対応をする傾向があったが、

この時の理央は、興奮したような、それでいて何かを期待するような目で八幡を見ており、

二人はそんな、初めて見る理央の姿に動揺した。

 

(おい国見、こんな双葉を見るのは初めてだよな?)

(一体何が起こってるんだろうな……)

 

 二人がそう囁き合う中、先に口を開いたのは八幡だった。

 

「事務員さんは、名刺を見せただけで俺がソレイユの人間だと信じてくれたんだが、

お前はこの事についてどう思う?」

「会社に確認とかは?」

「特にしていなかったが」

「待って、今考えるから」

 

 理央はそう言うと、八幡から渡された名刺をじっと見つめながらぶつぶつ言い始めた。

 

「これ一枚で相手の素性を信じるなんて、さすがに今のご時勢じゃ無理、

他に何か信じるに足る材料があったはず。名刺を見せただけというのが事実なら……あれ」

 

 そして理央はハッとした顔で八幡の顔を見た。

 

「名刺は普通渡すもので見せるものじゃない」

「………で?」

「見せたのは………別の名刺?」

「お、正解だ、やるな理央、

さすがはうちの姉さん……いや、社長のお眼鏡に適っただけの事はある」

 

 そして八幡は、懐からやや厚みのある名刺を取り出して理央の前にかざした。

八幡はそのまま名刺の上を指でなぞり、その瞬間に名刺の上に立体映像が現れた。

そこにはソレイユのマークと一緒に八幡の上半身が映し出され、

その下部にはVR事業部部長の文字が表示されていた。

 

「うお、凄いですね……」

「これって立体映像ってやつですか?」

 

 咲太と佑真はその名刺を見た直後から、無意識に敬語を使うようになっていた。

同時に理央も、ほっとしたような表情をした。

 

「おう、格好いいだろ?ちなみにこれは見せる用の名刺、

理央が持ってるのは渡す用の名刺だ」

「これを見せられたらさすがに信じますよね、詐欺師はこんな手の込んだ事はしない、

いや、どうあがいても出来っこありませんしね」

 

 そして理央は、八幡に頭を下げながら言った。

 

「疑ってしまってすみませんでした」

「いや、むしろ疑わなかったら俺はもうここにいなかったと思うから、

理央は正しい道を選択したと自分を誇ってくれていい。

あと俺の事は当面は八幡と呼んでくれていい、何故なら俺は、

学年の上では三人よりも下になるからな」

「えっ?」

「こ、高校生なんですか?」

「おう、一年生だぞ」

「どう見ても年上に見えるんですけど」

「それはまあ、今年で俺も二十二歳になったからな」

 

 その言葉で三人は、八幡がSAOサバイバーなのだと悟った。

さすがに六浪なのかと馬鹿な事を考える者はいないようだ。

そして咲太が三人を代表するかのように、こう口に出して言った。

 

「ご無事で何よりでした、お帰りなさい。僕は梓川咲太といいます、

こっちは親友の国見佑真です」

「おう、ただいま、咲太、佑真」

 

 八幡はにこやかにそう言うと、咲太の肩をがしっと抱きながら言った。

 

「咲太はいい男だな、そう言ってもらえるなんて思ってなかったから少し驚いた」

 

 これで完全に打ち解けたのか、四人は思い思いに椅子を引っ張り出し、

車座になって話をする事になった。

 

「理央がソレイユ奨学金に申し込みをしてきたから、どういう奴か見極めにきた、

というのが今日俺がここを訪れた理由だ、理央が期待通りの奴だった事を喜ばしく思う」

「えっ、双葉は大学卒業後にソレイユに就職するつもりなのか?」

「う、うん」

「そうかそうか、八幡さん、双葉の事を宜しくお願いします!」

「あ、あの、八幡さん、その前に一ついいですか……?」

 

 理央はやや表情を曇らせながらおずおずとそう言い、八幡は首を傾げた。

 

「ん、どうした?まさか希望を取り下げるとか言わないよな?」

「あ、はい、そっちじゃなくてですね、実は私、比企谷さんがソレイユの人だって、

最初から知ってました、ごめんなさい」

「え、マジか、それは全然分からなかったな、どこで俺の事を?」

「結城経子さんと比企谷八幡さんのお名前は、父に聞いてたので……」

「……ああ!考えてみれば確かにそうか、

なるほど、これはやられたな、知っててあの態度だったのか?」

「あ、はい、きっと何かを試されているんじゃないかと思ったので……ごめんなさい」

 

 理央はまるでカンニングをした生徒のように、びくびくとそう言った。

 

「いやいや、何を謝ってるんだ?こっちこそ、さっきの言葉を言い直す事にするわ、

理央、お前は期待通りどころか期待以上だったわ」

「あ、ありがとう……ございます」

 

 理央はストレートにそう言われ、恥ずかしそうに顔を伏せた。

その理央の肩を咲太と佑真が嬉しそうにポンポンと叩いた。三人の仲の良さが伺える。

 

「八幡さんはもしかして、ソレイユ奨学金の候補者全員のところを回ってるんですか?」

 

 理央が恥ずかしさを誤魔化すようにそう八幡に問いかけ、

八幡はその質問に、首を横に振りながらこう答えた。

 

「いや、理央だけだな」

「えっ?」

 

 理央だけじゃなく咲太と佑真もきょとんとし、そんな三人に八幡は言った。

 

「経緯を説明するとだな、姉さん……いや、うちの社長に履歴書を渡されて、

誰を将来の俺の直属部下にしたいかと聞かれたんでな、直接俺が会いに来たと、

まあそういう事だな」

 

 その八幡の言葉に、三人から次々と質問が飛んだ。

 

「は、八幡さんは、社長さんの弟さんなんですか?」

 

 佑真のその真っ当な質問に、八幡は困ったような表情でこう答えた。

 

「ああ、いや、血の繋がりはないんだ、単にかわいがってもらってるだけだな」

「なるほど、それくらい仲がいいという事なんですね」

「まあそういう事だな」

「もしかして八幡さんが双葉を直属を選んだ決め手は……」

 

 次に咲太がそう言いながら、チラリと理央の胸に視線を走らせ、

直後に咲太は理央からボディに一発くらった。

 

「お前は少し黙れ、ブタ野郎」

「げほっ……」

 

 そして理央は、胸を腕で隠すような仕草をしながら不安そうに八幡の顔を見た。

 

「で、あの……その……」

「もしかして理央は、自分の胸の大きさを気にしてるのか?」

「えっと、は、はい、男の子の視線ってちょっと苦手で……」

「ふ~ん、とりあえずちょっと白衣を脱いでみ?」

「えっ?あ、は、はい」

 

 理央は言われた通りに白衣を脱ぎ、今度は胸を隠す事なく真っ直ぐ立った。

だがその表情は不安げである、どうやら白衣が理央にとっての心の鎧なのだろう。

 

「それじゃあ俺からの視線はどうだ?今思いっきり見ちまってる訳だが」

「あ、はい、ええと………あ、あれ、特に嫌な気分には……」

「そうか、なら問題ない」

 

 八幡はそこで話を切り、理央もどこか安心したような表情をした。

 

「それにまあ、直属としてのお前の同僚は、こんな感じだからな」

 

 そして八幡はスマホをいじり、秘書三人組と萌郁、それに優里奈の写真を見せた。

 

「こ、これって全員八幡さんの彼女ですか?」

「いや、秘書とその他もろもろだな」

 

 その五人の写真を見た理央は、別の意味で安心した。

少なくともそのうちの三人の胸が、自分よりも大きいと理解したからである。

 

「という訳で、お前の胸はうちの社内じゃそんなに目立たないから安心しろ。

社長からしてこれだからな」

 

 八幡はとどめとばかりに陽乃の写真を見せ、

理央は今度こそ完全に安心したような表情をした。

 

「まあ胸の事で何か困ったら、今見せた写真の先輩に相談すればいい、

っと、話が逸れちまったな、俺が理央を選んだ理由だが、当然胸は関係ない、こっちだ」

 

 八幡はそう言って理央の履歴書を取り出した。

 

「主にここだな、ここ」

 

 その履歴書を覗き込んだ理央は、そこで初めて自分の失敗に気付いたらしい。

真っ赤な顔で慌てて履歴書を隠し、咲太と佑真を威圧した。

 

「み、見るな馬鹿!」

「いや、もう見ちまったからな」

「相対性理論多すぎだろ、それと欄が一つズレてたぞ」

「うぅ……」

 

 理央はその言葉で、諦めたように履歴書を元に戻した。

 

「まあこれを見てもらえば分かるように、相対性理論が趣味であり特技だと言うからには、

理央は理系的な物の考え方がちゃんと出来るはずだ。

それなのにこういった所がドジでかわいい、

そのギャップ萌えだけで選ぶ理由としては十分だろ」

 

 八幡がそう言った瞬間に、咲太が八幡の手をガシッと握った。

 

「八幡さん、分かってますね!」

「おう、いいよな、ギャップ萌え」

 

 直後に理央は、再び咲太のボディに一発入れた。

 

「な、何で俺ばっかり……」

「八幡さんには通用しないと思ったから」

「じ、実に論理的な答えだな……」

 

 そして理央は、まだ頬を少し赤らめながらも、気になっていた事を八幡に尋ねた。

 

「で、でもそれは私が優秀だという保証には全くならないのでは」

「おう、そこで次の提案だ。理央、お前さ、進学するのをやめねえか?」

 

 八幡のその言葉に、誰も何も言う事が出来ず、場はシンと静まり返ったのだった。



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第626話 理央の即断即決

 理科室は、不自然な沈黙の中にあった。

誰もが何かを言いたげであり、でも何も言えないというような空気の中、

最初に口を開いたのは理央だった。

 

「そ、それはどういう……」

「ご両親とも話なさいといけないが、言葉通りの意味だな。

お前、高校を卒業したら、そのままうちに就職してみないか?」

「そ、それは……」

 

 あまりにも無茶な提案じゃ。この中では一番の常識人である佑真がそう言いかけたが、

隣にいた咲太がそれを制した。

理央がその提案について、真剣に考慮しているように見えたからである。

 

(国見、気持ちは分かるがここは静観だ。双葉の表情を見てみろよ)

(悪い、つい……)

(多分ここが双葉の人生のターニングポイントだ、

どんな決断をするにしても、俺達はあいつの事を応援してやろうぜ)

(ターニングポイントか……そうだな、ここは双葉に任せるとするか)

 

 そしてしばらくの沈黙の後、理央は八幡にいくつかの質問をしてきた。

 

「その場合の問題点をいくつか考えてみました、

最初に何かあってソレイユをクビになった時のリカバリーですが……」

「お前はうちをクビにはならない、契約書にそう盛り込む。

だから再就職の事とかは考えなくてもいい」

「……私が何か大きな失敗をしても?」

「うちはお前一人の失敗で傾くような会社じゃない、

そしてお前の失敗についての責任は俺がとる、

当然そうならないようなシステムにはなっているけどな」

「なるほど、確かにそれだと大卒という事実には特に意味はありませんね、でも……」

 

 そして理央は、一拍置いてから次にこう言った。

 

「私の教育に関してはどうするんですか?今の私は独学である程度勉強しているとはいえ、

その教育程度は所詮高校生レベルでしかありません。

大学でそういった勉強をした方がより会社にとっては有益だと思うんですが」

「確かにジャンルによってはそうかもしれないな、

俺も経営について学ぶ為に、大学には進学するつもりだしな」

「なら……」

「まあ今俺が言っている事は、強制じゃなくあくまで提案な。

俺がこれから一つの条件を提示するから、お前がそれを是とするなら即就職、

非とするなら奨学金の条件に従って大学に進むといい。全てはお前次第だ」

 

 八幡は真面目な表情でそう言い、

理央だけではなく他の二人も緊張しているのか、ゴクリと唾を飲み込んだ。

そして八幡は理央に説明を始めた。

 

「最初に一つだけ、俺の直属というのがどういう存在となるか、説明しておく。

俺は確かにVR事業部の部長という事になっているが、それは正確ではない。

何故ならうちにはそんな名前の事業部は存在しないからだ。

代わりに今存在しているのは、ネットワーク事業部って奴だな」

「そうなんですか?」

「おう、これはあくまで俺の身分を保証する為の仮の肩書きだからな」

「では八幡さんには何の権限も無いと?」

「いや、権限ならあるぞ?社長にいくらでも意見を言えるし、多少のわがままも通せる」

「八幡さん、それって社長の愛人みたいな感じですか?」

 

 咲太が物怖じせずにそう質問し、八幡は面白そうにくっくっと笑いながらこう答えた。

 

「やっぱりそう思うよな?多分同じ事を思ってる奴は、

ライバル会社にはかなり多いんじゃないかなって気がするんだよな」

 

 そして八幡は、先ほど三人に見せた名刺とは別の名刺を取り出し、

その表面を指でサラリと撫でた。そこには先ほどと同じ会社のマーク、

そして同じ八幡の上半身の姿が表示されており、その下の役職だけが違っていた。

 

『ソレイユ社代表取締役社長、比企谷八幡』

 

「こ、これは……」

「まあ十年以内にこうなる事が既に社員全員と、一部の業界関係者には告知済だって事だ、

それにしてもこんな名刺をもう作っちまうなんて、うちの姉さんも気が早いよな。

うちの姉さんな、早く副社長に降格したくて仕方がないみたいなんだよ」

「こ、降格を喜ぶって……」

「そ、それじゃあ……」

「おう、理央が所属する事になるのは次世代技術開発部って事になるんだが、

何かあった時は俺の呼び出しに応じて俺の下で動く事になる、

つまりは社長直属部隊ってのが、今後の理央の役割だな」

「しゃ、社長直属部隊……?」

「おお、何か響きが格好いい……」

 

 咲太と佑真はそう呟き、理央を羨ましそうに見つめた。

その視線を受けた理央は、尚も戸惑った表情で八幡にこう質問してきた。

 

「直属の意味は分かりましたけど、では私の教育に関しては……」

「直属の上司に教育してもらう、ちなみにそいつは理央よりも年下で、

さっきは隠していたが、俺の直属予定の一員でもある」

 

 そして八幡は、スマホを操作して一枚の写真を理央に提示した。

 

「こいつがそのお前のパートナーと呼べる存在となる」

 

 理央はその写真を見て目を見開いた。

 

「ま、牧瀬紅莉栖!?大学をやめてその後どこにいるかは不明ってニュースが流れてたけど、

まさかあの牧瀬紅莉栖がソレイユにいたなんて……」

「ん、そんなニュースが流れてたのか?そうか、公式発表されてなかったんだな」

 

 どうやら紅莉栖の行方について、

ヴィクトル・コンドリア大学の関係者は口をつぐんでいるらしい。

ソレイユ社は引き抜きの代償として、大学への資金提供と、技術協力を確約していたのだが、

おそらくその事に配慮して、発表に関してはソレイユ社に一任する事とし、

大学側からの発表は、それまで控える事にしたのだろう。

 

「というか理央、お前、紅莉栖の事を知ってるんだな」

「あ、当たり前でしょ、私の一つ下でありながら、

飛び級で大学を卒業してそのまま大学院の研究員になり、

その論文が世界的な雑誌にいくつも載せられている天才だよ?知らない方がおかしいでしょ」

「お、喋り方が砕けてきたな、いいぞ理央、その調子だ」

「ちゃ、茶化さないで。えっと、つまり即就職を決断したら、

あの牧瀬紅莉栖が私の師匠になるという事?」

「いや、まあ大学を卒業してからでもそうなる予定だな、まあ時期の違いだ。

あと四年半待つか、それとも今日から紅莉栖と知り合いになるか、まあそんな感じだ」

「高校を出たらすぐに就職します」

 

 理央は何の迷いもなくそう即答し、さすがの八幡も鼻白んだ。

 

「おいおい、もう少し時間を置いてから返事をしてくれてもいいんだぞ?」

「いえ、是非就職の方向でお願いします。

大学に行くよりも、きっとその方が私にとっては有益だと思うんです。

だってあの人より優秀な大学教授なんて、日本には存在しないじゃないですか」

「い、いや、まあそれはそうなのかもしれないが……」

「なぁ理央、その牧瀬さんってどんな人なんだ?」

 

 そう尋ねてきた咲太に、理央は心底意味が分からないという視線を向けた。

 

「はぁ?梓川はどれだけ物を知らないの?」

「そ、そんなに有名人だったのか?悪い、知らないわ……」

「はぁ、これだからブタ野郎は……」

「安心しろ咲太、普通の人は知らないからな」

 

 ここで八幡がそう助け船を出し、咲太はほっとした表情をした。

 

「牧瀬紅莉栖は今十七歳、

ヴィクトル・コンドリア大学の大学院の研究員をしていた脳科学の世界的権威だな。

今は事情があってうちのスタッフとして働いてくれている。

ちなみにサイエンス誌にも何度も論文が載っている、まあ理系の世界じゃ世界的な有名人だ」

「そうなんですか……」

「ほら梓川、これがその雑誌ね」

 

 理央はそう言って古いサイエンス誌を戸棚から取り出し、咲太に渡した。

 

「それでも読んで勉強しなさい」

「お、おう……」

 

 そして八幡が、話を元に戻そうと理央に言った。

 

「まあ話はわかった。それじゃあそういう方向で話を進めておく」

「お願いします、うちの両親は、二人がかりで後日両親が家に揃った時に説得しましょう」

「わ、分かった、頑張って二人で説得しような」

「それじゃあ出かける準備をしますので教室に行ってきます、待ってて下さい」

「………へ?」

 

 理央は相変わらずの平坦な口調でそう言うと、

八幡には目もくれずに一目散に理科室を飛び出していき、自分の教室へと向かった。

 

「………」

「………」

 

 その一部始終を眺めており、今は呆気にとられたような表情をしていた咲太と佑真に、

八幡も戸惑いながらこう尋ねた。

 

「………ええと、理央って普段からああなのか?人の話を聞かないというか何というか」

「いえ、いつもは何ていうか、もっとお堅い感じというか……」

「あんな双葉、初めて見ました」

「そ、そうか……」

 

 そして廊下からパタパタと走る音が聞こえてきたかと思うと、

理央が息を切らせながら教室へと飛び込んできた。

八幡は揺れる理央の胸に一瞬気をとられ、顔をやや赤くしたが、

そんな八幡に理央は、いきなりこう言った。

 

「はぁ……はぁ……準備が出来ました、さあ八幡さん、ソレイユに行きましょう」

「ソレイユに?何でまたそんな事に?」

「だって八幡さんがさっき言ったじゃないですか、

『四年半待つか、それとも今日から紅莉栖と知り合いになるか』って」

「え、あ、そういう事か……」

 

 それで納得した八幡は、気を取り直して理央に言った。

 

「分かった、それじゃあ一緒にソレイユに行くとするか」

「はいっ!」

 

 そして理央は咲太と佑真に振り返ってこう言った。

 

「そんな訳で私、もう科学部は終わりにするから、放課後にここに来ても誰もいないからね」

「えっ?」

「マジかよ……」

「これから毎日放課後はソレイユに通うから、そういう事で宜しく」

「分かった、しっかりな」

「頑張れよ、双葉」

 

 その二人からの激励に、理央は満面の笑みでこう答えた。

 

「うん!」

 

 そして二人が去った後、咲太と佑真は理科室に残り、今の出来事について話をしていた。

 

「なぁ国見、ちょっと寂しいな」

「だな、双葉を八幡さんに取られちまった形になっちまったな」

「しかし双葉も卒業前からソレイユの一員か、まさかこんな事になるなんてなぁ……」

「まだ両親の説得が残ってるみたいだけどな」

「それくらいは何とかするだろ、あんな感情を表に出す双葉なんて、

今までほとんど見た事が無かったしな」

「何にせよ、当分双葉とも会えなくなるって事か」

「まあ日曜にでも三人でどこかに出かけて、その時にでも話を聞かせてもらおうぜ」

「だな」

 

 そしてバスケ部員である佑真は体育館の方へと去っていき、

残された咲太は、コーヒーを飲むのに使った道具類を洗い、棚に片付けた。

そして理科室内をぐるりと見渡し、誰に聞かせるでもなくこう言った。

 

「二年半、一人でよく頑張ったな、そして理科室もお疲れ様」

 

 丁度その時窓から暖かい風が吹き込んできた。

咲太はその風が、どういたしましてと言っているような気がした。

 

「さて、それじゃあ俺も帰るか」

 

 こうして理科室を放課後に訪れる者は、この日から誰もいなくなったのだった。



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第627話 理央の安全保障

「ねぇ八幡さん」

「ん、何だ?」

「八幡さんは、私くらいのサイズの胸は、もう見慣れてるんだよね」

「いきなり何だよその質問は……」

「いや、そういうのに慣れてるはずなのに、

さっきの八幡さんは私の胸を見て真っ赤になってたなって思って」

「お前、微妙に性格変わってないか?もしかしてそっちが地なのか?」

「さあ、どうなんだろ」

 

 理央はこの時、学校という空間から完全に自分の心を解き放っていた。

中学の頃から発育が良かった理央は、そういった面で嫌がらせを受ける事も多く、

自分が女に生まれてしまった事を残念に思っていた部分が少なからずあったのだが、

今はそんな事はまったく考えておらず、その心は解放感に包まれていた。

一番の理由は、もう学校での出来事は自分にとってはどうでもいいと割り切れた事だろう。

そう色々と吹っ切ったせいか、理央はもう自分のスタイルを隠すそぶりもまったく見せず、

堂々と八幡の隣を歩いており、道行く生徒達はそれを見て、少し驚いたような顔をしていた。

その視線のうち、女生徒の視線の多くが八幡に注がれている事に気付いた理央は、

何となく八幡との距離を詰め、袖が触れ合わんばかりの距離まで接近した。

 

「……何だよ」

「いや、私も女の子だったんだなって思って」

「お前はどこからどう見ても女の子以外の何者でもないだろ」

「そうかな?」

「ああ、そうだ」

「そっかぁ、うん、そうだね」

 

 それはいわゆる優越感というものだっただろう、

そんな感情が自分にもあったのかと、理央は少し驚きつつも、

せっかくだからその感情に身を任せてみようと更に八幡にくっついた。

 

「離れろ、歩きにくい」

「じゃあこうしたら?」

 

 そう言って理央は、試しにというつもりで八幡と腕を組んでみた。

 

「学校内でそれは問題だ、いいから離れろ」

「今全然動揺しなかったね、もしかして女の子に抱きつかれ慣れてる?」

「………気のせいだ」

「ちなみに学校の外なら別に構わない?」

「駄目に決まってるだろ、というか周囲の視線が痛いから、そろそろ勘弁してくれ」

「それでも自分からは振りほどかないところが凄く『らしい』ね」

「お前に俺の何が分かるってんだよ」

「少なくとも私の事が嫌いじゃないって事は分かった」

「部下になる奴を最初から嫌ってどうするよ」

「そうやって話を微妙に反らすところとか」

 

 そう言って理央は八幡の腕を解放し、八幡は安堵したような表情を見せた。

 

(この人絶対にモテるんだろうなぁ……)

 

 理央は八幡の周りに複数の女性がいると睨んでいたが、

それがまさか三十人規模に及ぶとは想像すらしていなかった。

理央がその事実を知るのはソレイユに通い始めて初めて社乙会に参加した時の事である。

ちなみに社乙会は泥酔禁止なので、理央でもソフトドリンクのみで参加が可能なのだ。

 

「さて、それじゃあとりあえず事務室に顔出しするからな」

「あ、うん」

 

 そして八幡は窓口から中を覗き込み、事務員に声を掛けた。

 

「すみません、お待たせしました」

「あ、いえ、お疲れ様です、どうやらちゃんと話せたみたいですね」

「はい、こいつはうちで面倒を見る事になりました」

「そうですか、それは良かった」

「後日正式に挨拶に参りますが、校長先生にも宜しくお伝え下さい」

「はい、それではお気をつけて」

 

 そう挨拶を終え、並んで学校の駐車場へと向かった二人は、

その短い道行きでも生徒達の注目を集めていた。

 

「凄い見られてる、こんなの初めてかも」

「他人の視線が怖いか?」

「今は不思議ともう怖くないかな」

「それならいいんだが」

「でも他の女子にヤキモチとか焼かれちゃいそう」

 

 理央がそう若干心細そうに言ったのを見て、八幡は何かに気付いたように足を止めた。

 

「どうしたの?」

「いや、やるべき事を一つ忘れていた」

「やるべき事って?」

「お前の安全保障だな」

 

 そう言って八幡は、少し遠くに停めてあった黒い高級車に声をかけた。

 

「キット、ここまで来てくれ」

『分かりました』

 

 その呼びかけに応え、すぐにキットがこちらに自走してきた。

 

「………えっ?」

「紹介は後だ、キット、確か後部座席にアレの試作品があったよな?」

『はい、黒い袋の中にあります』

「だよな、よし」

 

 そしてキットの扉が自動で上に開き、それだけで場の注目度は最高潮に達した。

八幡は後部座席で何やらごそごそとやっていたが、

やがて何かを取り出すと、理央に渡してきた。

 

「これは?」

「これはこうして首にはめる」

 

 そう言って八幡は理央の首に、布製ではあるが若干重いチョーカーを装着した。

理央は普段そういったアクセサリー類はまったくつける事が無い為、不覚にもドキッとした。

 

「これは?」

「まあ待ってろ、次はこれだ」

 

 次に八幡が取り出したのは指輪であった。八幡はそのまま理央の左手を握り、

緊張した理央は、左手の薬指に意識を集中させてしまう事となった。

年頃の女の子なのだから、当然であろう。

頭ではそんなはずはないと分かっていても、理央の心臓の鼓動は凄まじく速くなっていたが、

八幡は理央のそんな様子にはまったく気付かずに、そのまま左手の中指に指輪をはめた。

理央はそれを見て脱力しながらも、男に指輪をはめてもらったという事実に改めて動揺した。

 

「ちょ、ちょっと……」

 

 その指輪は宝石もなにもない、ただの輪のようなものだったが、

理央は当然そういった経験は皆無であった為、戸惑う反面嬉しさを感じてもいた。

 

「それじゃ最後に……お~い咲太、ちょっとこっちに来てくれ」

「あれ、バレてましたか」

 

 そう言って生徒の中から咲太が姿を現した。どうやら下校途中で二人を見かけ、

そのまま遠くから様子を伺っていたらしい。

 

「それじゃあこれ、バイト代な」

「バイト代?何のですか?」

「これからちょっと痛い目にあってもらうから、侘び料だ」

「マジですか……一万円とか、逆に不安になるんですが、お、お手柔らかに」

 

 そして八幡は、周囲の生徒達に聞こえるように、咲太と会話を始めた。

 

「という訳で、咲太も知っての通り、ここにいる双葉理央はこの俺、

ソレイユ社の比企谷八幡のスタッフの一人となった訳だ!」

「はい、そうですね!」

 

 咲太も空気を読み、上手く八幡に調子を合わせてきた。

どうやらバイト代分の働きはするつもりらしい。

同時にこれが理央にとって必要な行動なのだと理解しているのだろう。

 

「まあそんな訳で、理央にちょっかいを出してくる奴がいたら、

ソレイユ社からそいつに報復が行われる事になる」

「それは怖いですね!具体的にはどうなるんですか?」

「先ずこのチョーカー、これは映像を記録する媒体になっていてな、

誰が何をしてきたか、その情報が全て記録されるようになっている!」

「そうなんですか!」

「そしてこの指輪だ、おい理央、『サンダー』って言って咲太にその指輪を押し当ててみ」

「何その中二っぽい呪文……というかこの展開、何か期待してたのと違う……」

 

 理央はその説明にそう愚痴をこぼしつつ、

少し恥ずかしさを覚えながらも言われた通りの行動に出た。

 

「サンダー」

「うぎゃっ!」

 

 その瞬間に、咲太に電流のようなものが走り、咲太の体から僅かに煙が出た。

 

「い、痛ってえ!」

「分かったか?これは小型のスタンガンみたいなもので、

この大きさでもこれくらいの威力はある」

「そ、そうですか、これなら双葉が危ない目にあう事もありませんね!」

 

 咲太は最後まで自分の仕事を全うしようと大きな声でそう言った。ナイスな根性である。

そして八幡が、追い討ちをかけるようにこう言った。

 

「だな、その後にうちの会社から関係各社に手が回るから、

そいつの人生はそこで終わりだな!」

「ですね!」

 

 そして八幡は咲太に手を差し伸べ、立ち上がらせた。

 

「悪い、思ったより出力が出てたわ」

「いえ、これも仕事ですから」

「プロ意識が高いな咲太」

「それに双葉の為でもありますしね」

 

 咲太がそう爽やかに言った事に少しイラっとしたのか、

理央は再び咲太に指輪を押し当てた。

 

「梓川、今のもう一回やってみてもいい?」

「勘弁してくれ、本当に痛いんだぞそれ」

「冗談だよ、何かごめんね」

「いいって、これで学校でお前にちょっかいを出してくる奴もいなくなるだろ」

「うん、本当にありがとう」

 

 この時理央は本当に感謝していたのだが、後に詩乃と仲良くなった後、

詩乃の学校で八幡が何をしたかを聞き、

自分もそっちの方が良かったと八幡に猛抗議する事になり、八幡を涙目にさせる事になる。

以前雪乃とクルスの学校でも同じ事をした八幡は、その反省から今回こうしたのだが、

それによって逆に理央の不興を買ってしまうという結果となった。

かくも女心とは複雑なものなのである。

 

「それじゃあ俺達は行くわ、咲太、悪いがこの噂を学校内にどんどん広めてやってくれ」

「はい、国見も巻き込んで広めておきますね」

「よし、それじゃあキット、ドアを開けてくれ」

『分かりました』

「そうだ理央、せっかくだからお前、運転席に座るか?」

「え、でも私、免許とか持ってないけど」

「免許なんかいらん、分かるだろ?」

「あ、そ、そうか、うん、それじゃあ乗ってみたい」

 

 理央は目を輝かせながらそう言った。

八幡と出会ってからまだ間もないが、そこからは驚きの連続であり、

理央はこんなにドキドキした一日を送るのは生まれて初めての経験であった。

しかもその時間は、途中も途中、むしろ始まったばかりなのである。

 

「それじゃあ梓川、またね」

「お、おう、またな」

 

 そしてキットは二人を乗せ、どこかへと走り去っていった。

 

「はぁ、何から何まで凄かったな、とりあえず国見のところに行くか」

 

 そう言って咲太も去っていき、この日ここであった出来事とその詳細は、

またたく間に学校中に広がる事となり、

こうして理央に余計なちょっかいを出してくる者はいなくなった。

この件について、学校からの干渉は特に無かった。

ソレイユ社から公式に事情の説明があった事に加え、

今後もし峰ヶ原高校から、同じようにソレイユ奨学金の交付対象者が出た場合、

対応に苦慮する必要が無くなるという学校側の判断もあったようだ。

そしてソレイユに向かう車の中で、キットに関しての説明を受けた後、

理央はそっと自分の首を触りながら、八幡に聞こえないようにこう呟いていた。

 

「首輪まで付けられちゃった」

 

 そう言いながらも理央は嫌がるそぶりも見せず、むしろ嬉しそうな表情をしていた。

 

 そして双葉理央はソレイユを知る。




告知が遅れましたが、明日は二話構成でお送りします!


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第628話 理央、初めてのソレイユ

ストックが十話を超えたので、今日は二話同時にお届けします、
こちらが一話目となります、お気をつけ下さい!


「そうだ、悪いキット、先に最寄の駅に寄ってくれ」

『分かりました』

 

 突然八幡がそう言ってキットに進路を変えさせた。

 

「駅に何か用事?」

「お前がこれから毎日ソレイユに通うってなら、定期が必要だろ」

「そ、そこまでしてもらう訳には……」

 

 そう遠慮する理央に、八幡は少し怖い顔で言った。

 

「何言ってるんだお前、そういった事はキッチリさせとかないといけないんだぞ、

あと通った日数に合わせて、まあ当面は見習い扱いで安いが、給料も出すからな」

「で、でも……」

「いつまでも高校生気分でいるな、社会に出る覚悟を決めるんだ」

「う、うん、分かった」

 

 そこで八幡は表情を穏やかなものにし、笑顔で理央に言った。

 

「何かと便利だろうし、定期には電子マネーを入れられるようにしておくからな、

そこにいくらか資金を入れておくから、休みの日には色々な場所に行ってくるといい、

そうやって見聞きしたものが、いつかお前の役にたつかもしれん。

受験勉強をしなくて良くなった分、残りの高校生活はある程度そういった時間に回すといい」

「わ、私、あまり出歩いたりした事が無くて……」

「咲太や佑真に連れてってもらえばいいんじゃないか?」

「あの二人にも受験があるからそんなには……」

 

 その至極真っ当な意見に、八幡は笑顔を崩さないままこう言った。

 

「そうかそれならこれからソレイユで出来る友達にでも連れてってもらえ

もしくは俺の彼女を紹介してやってもいいぞ」

「えっ?は、八幡さんには彼女がいるの?」

「ん、何かおかしいか?」

「う、ううん、羨ましいな、私も彼氏が欲しいなって思って」

 

 理央はそう言いつつも、胸に僅かな疼きを感じていた。

 

(これってそういう事?ううん、きっと違う、違うはず。

ほら、すぐに疼きが無くなった、とりあえず今はこれからの事だけを考えなくちゃ)

 

「そうか、まあすぐにいい彼氏が出来るだろ、お前はかわいいからな」

「そうだといい……かな」

 

 その八幡の言葉で再び訪れた胸の疼きを、

理央は絶対に気のせいだと自分に言い聞かせ続けた。

やがて胸の疼きもおさまり、駅に到着した後、二人は真っ直ぐに定期売り場に向かった。

 

「……なぁ理央、これってどうやるんだ?」

「えっ、知らないの?」

「いや、よく考えたら定期を買った記憶が無いなって思ってな、

高校の時は自転車通学だったし、今は主に車で移動しているからな」

「ああ、なるほど、それじゃあここは私が……」

 

 そして理央は、八幡の代わりに定期の販売機の操作をし、

無事に定期を購入する事が出来た。

こんな大した事が無い普通のやりとりが、今の理央にはとても楽しかった。

 

「何か悪いな、全部やらせちまって」

「ううん、それはいいんだけど、八幡さん、まるでおじいちゃんみたい、

とてもソレイユの部長さんだとは思えない」

「だな、俺にはまだまだ足りないものがいっぱいある。その分色々と社会勉強をしないとな」

「私もそうかも」

「そうか、まあたまには俺も誘ってくれ、女の子だけだと危ない事もあるかもしれないしな」

 

(別に二人でもいいのに)

 

 理央はそう思いつつ、頭に浮かんだその考えを振り払った。

 

(いけないいけない、こんなのは私じゃない)

 

「そうだね、たまにはね」

「ああ、たまにはな」

 

 そして二人はそのままソレイユへと向かい、無事に本社ビルへと到着した。

受付には美人の受付嬢が二人居り、二人は八幡に気付くと笑顔でこちらに話しかけてきた。

 

「あっ、八幡、お帰りなさい!」

「今日はかおりとウルシエルか、何も変わった事は起こってないよな?」

「うん、特には何も」

「というか八幡さん、私の事をウルシエルと呼ぶのはやめて下さい!」

「いいじゃないか、大天使ウルシエル、かわいいよな?」

 

 八幡にそう尋ねられ、理央はまったく由来は分からなかったが、

素直にそのあだ名をかわいいと思い、その言葉に頷いた。

 

「あ、えっと、こちらは?」

「よく見たら八幡さんが、また新しい女の子を連れてる……」

「人聞きの悪い事を言うな、こいつは双葉理央、春からうちの社員になる予定の高校生だ、

本来はソレイユ奨学金の候補者だったんだが、事情があって大学には行かせない事になった」

「えっ、何で?」

「こいつの教育は大学じゃなくうちで行う。教育係は紅莉栖にやらせるつもりだ」

「ああ~!納得!」

「それはまた、凄い決断をしましたね」

「大学に行かせるより、その方がよりこいつの為になるという判断だ」

「よ、宜しくお願いします……」

 

 そう言って理央は、二人に頭を下げた。

 

「私は折本かおりだよ、八幡の中学の時の同級生!」

「私は漆原える、なので名前をもじってウルシエルって呼ばれてるんだけど、

不本意だから、えるって呼んでね」

「ああ、そういう事だったんですね」

 

 理央はウルシエルの由来を聞き、納得したようにそう言った。

 

「という訳で今後、夕方くらいにちょこちょことこいつがうちに顔を出す事になると思う。

二人とも、しっかりと理央の面倒を見てやってな」

「任せて!」

「理央ちゃん、分からない事があったら何でも私達に聞いてね」

「あ、ありがとうございます」

 

 そこに丁度バイトをしに来たのか、詩乃が顔を出した。

 

「ハイ、何を盛り上がってるの?」

「お、詩乃か、丁度いい、紹介しておくわ」

 

 そして理央は詩乃に紹介され、年が近い事もあり、二人はすぐに仲良くなった。

 

「私はあんまりここには来ないけど、いるとしたら開発室の方にいるから、

また会った時は宜しくね」

「う、うん、またね、詩乃」

 

 理央はもじもじしながらそう言った。同姓の友達がほぼ皆無な理央は、

いきなり友達と呼べそうな女性が三人も現れた事を、とても嬉しく感じていた。

そして八幡と理央は、その足で秘書室へと向かった。

 

「誰かいるか?」

 

 その八幡の呼びかけに、一人で何かの仕事をしていた薔薇が、

ひょいっとデスクから顔を上げた。

 

「あら、今日はどうしたの?確か今日はソレイユ奨学金の……って、もしかしてその子が?」

「おう、こいつが俺の未来の直属になる双葉理央だ、小猫、入館証発行の手続きをしてくれ」

「分かったわ」

「こ……ね……こ?」

 

 理央はそれをあだ名だと思ったのか、思わずそう呟いた。

それを聞いた薔薇は、顔を真っ赤にしながらも、入館証の発行手続きを進め続け、

代わりに八幡が、理央に薔薇の事を説明した。

 

「こいつのフルネームは薔薇小猫、さっき写真を見せた通り、俺の将来の秘書だ。

まあ今は姉さんの秘書だけどな」

「そっか、お名前が小猫さんだったんですね、すみません小猫さん、

一瞬どういう由来のあだ名なんだろうと思ってしまって」

「い、いいのよ、悪いのは全てこの馬鹿だから!」

「ああん?小猫を小猫と呼んで何が悪い、お前は俺が拾ったんだ、

お前の事は、俺は一生小猫と呼ぶからな」

「くっ……改名しようかしら……」

「それでも俺は小猫って呼ぶけどな」

「ああもういいわよ!で、理央ちゃんの肩書きはどうする?」

「見習い社員だ」

「えっ?学生社員とかじゃなくて?」

 

 学生社員とは、主に南やクルスがそれに該当する、要するに大学生でありながら、

既に社内で仕事の勉強をしている者達の肩書きである。

そして見習い社員とは、次の四月から正式な社員として配属される予定の者の肩書きだった。

 

「ああ、この理央は高校卒業後、すぐにうちの社員になる。

そしてそのままうちで教育する。教育係は紅莉栖だ」

「それはまた凄い決断をしたものね」

「お前は反対か?」

 

 その八幡の問いに、薔薇は即座にこう答えた。

 

「ううん、いいと思うわ。うちに求められるのは、

業務によっては大学での勉強は一切通用しないからね」

「だよな、理央はその点いいテストケースになるはずだ」

「了解よ、この事は社長には?」

「これから伝える。あいつの度肝を抜いてやるさ」

「むしろそっちが主目的じゃないの……?

まさかその為に、理央ちゃんに無理強いなんかしてないわよね?」

「するわけないだろ、俺はちゃんと理央にどうしたいか確認をとったからな」

「そう、ならいいわ」

 

 そして薔薇は、理央に笑顔で挨拶をした。

 

「私は秘書室長の薔薇……小猫よ、私はこれから私の事は、室長と呼んでくれればいいわ」

「はい、宜しくお願いします、室長」

 

 そう挨拶をしながらも、理央はちらちらと薔薇の胸を見ていた。

 

「ど、どうしたの?私の胸が何か気になるの?

あっ、い、言っておくけど百パーセント天然だからね!」

 

 薔薇は何を考えたのか、突然そう言い、八幡はその会話を聞かないように遠くに離れた。

 

「あ、す、すみません、えっと、噂通りの大きな胸だなって」

「それはあなたも同じだと思うけど……」

 

 そう言って薔薇は困った顔で八幡の方を見た。

 

「ん、何だ?」

「えっと……今ちょっと胸の話で……」

「そういう話を俺に振るなっての……」

 

 そう言いながらも事情を察した八幡は、こちらに近付いて薔薇にこう言った。

 

「あ~、理央は自分の胸の大きさにコンプレックスがあったみたいでな、

なのでうちじゃまったく目立たないって言ってやったんだよ、

だから俺が言った事が事実だったって本当の意味で納得したんじゃないか?」

「ああ、なるほど、確かに高校生だとそういう事もあるかもね、

大丈夫よ理央ちゃん、うちじゃ私達の胸に変な目を向けてくるような社員はいないから」

「そうなんですか?」

「ええ、うちの会社は女性の方が強いからね、

ついでに言うと、セクハラに対する罰は重いわよ、具体的には即クビね」

「そうですか、良かった……」

 

 理央はその言葉に安心したような表情をした。

どうやら八幡に説明を受けたものの、やはり不安もあったらしい。

 

「ちなみに女子社員が八幡にセクハラするのは無罪放免よ」

「ふざけんな!有罪だ有罪!理央に余計な事を吹き込むんじゃねえ!」

「もう、冗談だってば、本気にしないで」

「はぁ……」

 

 そのやり取りに、理央はクスクスと笑った。

そして八幡も気を取り直したのか、薔薇にこう尋ねた。

 

「さて、今日は姉さんと紅莉栖はいるか?」

「ええ、二人ともいるわよ」

「それじゃあ先に姉さんの所に行ってくるわ」

「分かったわ、事前に連絡を入れておく?」

「いや、いきなりでいい。そうだ、ついでに経理に理央の給料について伝えておいてくれ」

「分かったわ、それじゃあ行ってらっしゃい、理央ちゃん、またね」

「はい、またです」

 

(いいなぁ、何か凄く楽しい、こんなのは高校生活じゃほとんど無かったなぁ……)

 

 そして二人はまっすぐ社長室へと向かった。

理央はこのままいきなり中に入っていいのかと躊躇したが、

八幡はそんな事はおかまいなしに形だけのノックをし、そのまま中に入っていった。

そして理央も慌ててその後に続き、ついに理央は、ソレイユ社社長、雪ノ下陽乃と対面した。

 

「あら八幡君、いつも通りいきなりね」

「これがうちの社長、雪ノ下陽乃だ」

「は、初めまして、双葉理央と言います」

 

 その挨拶に陽乃は一瞬きょとんとし、八幡の隣にいる理央をじっと見つめた。

 

「その子は……そう、やっぱり理央ちゃんを選んだのね、

さっすが私、必ずこうなると思ってたのよ!ここに連れてきたって事は、

理央ちゃんが正式なソレイユ奨学金の支給対象で、将来の直属候補って事でいいのね?」

 

 陽乃は自分の予想通りになった事でご満悦だったのか、

とても嬉しそうに、理央の事を何度も理央ちゃん理央ちゃんと呼んだ。

事前にしっかりと覚えてもいたのだろう。だが八幡は、その問いに首を振った。

 

「残念ながら不正解だ」

「………はい?」

「理央はソレイユ奨学金の対象にはしない」

「嘘、それじゃあ他の子を選んだっていうの?

おっかしいなぁ、他にそんな良さそうな子はいなかったと思うんだけどなぁ、

あれ、それじゃあ何故理央ちゃんをここに連れてきたの?」

 

 そう問われた八幡は、ニヤニヤしながら陽乃にこう言った。

 

「理央はソレイユ奨学金の支給対象にはしない、つまり大学には行かせない、

高校卒業後、すぐにうちの社員として働かせるつもりだ」

「えっ、嘘!?」

 

 さすがの陽乃も八幡がそうくるとは想像すらしていなかったらしく、

目も飛び出さんくらいに驚いた様子でそう言った。

 

「な、何で?」

「このまま理系の大学に行かせるより、紅莉栖に教育させた方が、

有用な人材に育つんじゃないかと考えたからだ」

「紅莉栖ちゃんに?ふむ……確かにそれはそうかもだけど、ちゃんと先の事まで考えてる?」

「紅莉栖に教師役だけさせておく訳にはいかないっていうんだろ?

俺の直属は、よっぽど変わった人材じゃないと採用しない、

具体的には数年に一人レベルにする。そして次からは、理央をその生徒の教師役にして、

紅莉栖にはたまに面倒を見てもらう程度におさめるつもりだ」

「ならいいわ、それでいきましょう!」

 

 その軽さに理央は唖然としたが、これが創業者が社長な会社の利点である。

とにかく決断と実行が早いのだ。

ソレイユがもし株式会社だったらこうはいかなかったであろう。

 

「それじゃ理央、姉さんにちゃんと挨拶だけして紅莉栖の所に行こう」

「は、はい、雪ノ下社長、双葉理央です、これからお世話になります」

「うんうん、勉強以外も色々と頑張ってね」

「勉強以外も……ですか?」

「そうよ、うちにはそんな頭でっかちのお勉強マシーンはいらないの、

勉強も確かに大事だけど、それだけしてればいいってものじゃないって肝に銘じておいてね」

「分かりました、いずれその意味が分かった時に、

そういう事だったんだと納得する事にします」

 

 その答え方を陽乃はいたく気に入ったらしい、

陽乃は目をキラキラさせながら、八幡にこう言った。

 

「八幡君、理央ちゃんってば想像以上にいいね!」

「おう、俺達の見る目が確かだって事だな」

「さっすが私、さっすが八幡君!」

「だな、それじゃあ行くか、理央」

「は、はい、お忙しい中お邪魔しました」

「またね、理央ちゃん」

「はい、またです」

 

 そして部屋を出た後、八幡は理央にこう尋ねた。

 

「さすがのお前もかなり緊張してたみたいだな、姉さんに会ってみてどうだった?」

「オーラが凄かった、企業の社長ってみんなああなのかな?」

「いや、姉さんは特殊だろ、あんな経営者がそうそういてたまるかよ」

「まあそうだよね、八幡さんも、後継としてのプレッシャーを感じる?」

「どうかな、まあ社長を交代しても副社長として俺の傍にいてくれる訳だし、

分からない事は何でも聞くつもりだから、そこまでじゃないかな」

 

 そんな会話を交わしながら、二人は新設された次世代技術研究部の前にたどり着いた。

 

「さあ、ここだ」

「………少し緊張する」

「まあそうだろうな、それじゃあ中に入ろうぜ」

 

 こうしてついに、理央は念願の牧瀬紅莉栖との対面を果たす事になった。



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第629話 理央、新しい生活へ

こちらは本日投稿の二話目となります、先にこちらに来てしまった方は、一つ前の話からお読み下さい!


「紅莉栖、レスキネン部長、真帆さん、いるか?」

「お、八幡じゃないか、どうだいこの研究室、エクセレントだと思わないかい?」

「やっと来たわね八幡、待ちわびたわよ」

「八幡、今日はどうし……って、理央ちゃん?そっか、説得に成功したんだ」

 

 雑誌で何度も見た顔がそこにはあり、あまつさえその口から自分の名前が飛び出した為、

理央は紅莉栖が自分の名前を知っていてくれた事に感動し、思わず紅莉栖に詰め寄った。

 

「は、初めまして、論文は何度も読み返しました、

『側頭葉に蓄積された記憶に関する神経パルス信号の解析』、素晴らしかったです!」

「そ、そう、ありがとう、でもちょっと落ち着いて、ね?」

「あ、す、すみません!」

 

 その姿を見て八幡は、理央にもこんな一面があったんだなと驚いた。

ここまでの理央は、どちらかというと淡々と喋っており、あまり感情を見せなかったからだ。

例外は学校での紅莉栖絡みの話題が出た時くらいだ。

 

(つまりこいつは紅莉栖のファンって事だな、

あんな長い論文名がスラスラと出てくるなんて、よっぽど紅莉栖の事が好きなんだな)

 

 八幡はそう考えつつ、最初に三人に理央の事を紹介する事にした。

 

「こちらが双葉理央、春からここに所属する予定の高校生です、

まだまだ勉強不足だろうとは思いますが、ビシビシしごいてやって下さい」

「部長のアレクシス・レスキネンだよ、宜しくね、リオ」

「研究員の比屋定真帆です、宜しくね、理央ちゃん」

「同じく研究員の牧瀬紅莉栖です、主に理央ちゃんの教育を担当する事になりました、

これから宜しくね」

「よ、宜しくお願いします!」

 

 理央は緊張した面持ちでそう挨拶をし、興味深そうにきょろきょろと周囲を見回した。

 

「み、見た事の無い機械が沢山ある……」

「だろうね、こういった機械類は普通のハイスクールには無いだろうしね」

「まあこれから使い方を覚えていけばいいと思うわ、

それでね、理央ちゃんの教育の事なんだけど」

 

 真帆が八幡にそう話しかけ、八幡は真帆の方に向き直った。

 

「とりあえず聞こうか」

「まだまだ設備が揃わないし、その間は三人で色々教えていこうと思うんだけど、どう?」

「それは助かるな、理央は素質はあると思うが、知識に関してはまだまだだろうからな」

「あともう一つ、三人でディスカッションして考えたんだけどね」

「あ、はい、どんな提案ですか?」

「リオには別に、家庭教師をつけるべきだと思うんだよね」

「ほうほう、家庭教師ですか、誰を付けるつもりですか?」

「彼女だ」

 

 そしてレスキネンは指をパチッと鳴らした。

同時に紅莉栖がタイミング良くモニターのスイッチを入れ、

真帆が何かを操作するそぶりを見せた。どうやら事前に練習してあったらしい。

 

(三人ともノリノリだな)

 

 そして次の瞬間、その「彼女」がモニターに映し出され、

八幡は思わず興奮したような声を上げた。

 

「うおっ、そ、そうか、その手があったか」

 

『初めまして理央ちゃん、私はアマデウスの牧瀬紅莉栖です』

 

 理央は訳が分からずにきょとんとしたが、その横で八幡は、

レスキネンの手をぎゅっと握りながら言った。

 

「レスキネン部長、パーフェクトです!」

「だろう?このアイデアを思いついた時は、思わず三人で拍手喝采してしまったよ」

「でもこれ、家庭で運用出来るものなんですか?」

「ええ、アプリ化する事には既に成功しているわ。後は理央ちゃんのスマホに仕込むだけね」

「理央、いいか?」

「あ、う、うん、これで大丈夫なら……」

 

 そう言って理央は、訳が分からないまま八幡にスマホを差し出した。

 

「紅莉栖、どうだ?」

「大丈夫みたい、それじゃあさっさと済ませちゃうわね」

「それは私がやっておくわ、その間に紅莉栖は理央ちゃんに説明を」

「分かりました先輩、お願いしますね」

 

 その紅莉栖の言葉に理央は内心ギョッとした。

まさか真帆の方が紅莉栖の先輩だとは思わなかったからだ。

だが賢明な理央は、そんなそぶりは一切表に出さなかった。

 

「さて、それじゃあアマデウスの説明をするわね」

「は、はい、お願いします」

 

 

 

「そ、それじゃあこれは、

本物の紅莉栖さんとまったく同じ人格がスマホの中にいるようなものなんですか?」

「ええそうよ、しかも呼び出したい時にいつでも呼び出せる、

リーズナブルな家庭教師という訳」

「す、凄いです!」

 

 理央は興奮したようにそう言い、八幡の方を見た。

 

「ん、何だ?」

「こ、こんなに恵まれた環境で過ごせるなんて、八幡さんに何とお礼を言えばいいか……」

「そうか、それじゃあその気持ちは体で返してくれ」

「えっ?」

「あっ……」

「Oh……」

 

 その誤解を招く言い方に、紅莉栖は思わずそんな声を上げた。

当然レスキネンと紅莉栖は、働いて返せという意味だと理解していたが、

まだ八幡との交流が浅い理央にはそんな事は分からない。

そして理央は、自分の胸を抱いて顔を真っ赤にしながらも、

迷いを断ち切るようにこう言った。

 

「そ、そのくらいなら私で良ければ……」

「おう、しっかり働いて会社の為に稼いでくれ」

 

 ここで八幡が思いっきり地雷を踏みぬいた。

果たして理央は、その言葉で先ほどの八幡の言葉の真意を理解したのか、

下を向いてぷるぷると震えだした。

レスキネンは首を横に振りながら八幡の右肩にポンと手を置き、その手に力を込めた。

紅莉栖は黙って八幡の左肩を背後から押さえつけた。

 

「な、何だよ二人とも」

「残念だよ八幡、もうボクにはこうする事しか出来ないよ」

「歯を食いしばれ、この馬鹿八幡!」

「な、何でだよ、俺は別におかしな事は何も……」

「あんたはもう少し女心を学ぶべきね、あと喋るのはもっとしっかり考えてからにしなさい」

 

 そしてその直後に理央は八幡に平手打ちをかまし、

二人は八幡の顔に付いた手形を見てパチパチと拍手をした。

 

「おお、腰が入ったナイスな平手打ちだったね、リオ」

「自業自得ね、理央ちゃん、よくやったわ」

「い、痛ってぇ!理央、いきなり何をするんだよ!」

 

 だが理央はそれには何も答えなかった。

認めたくはなかったが、どうやら今の一連の出来事のせいで、

理央は自分が八幡に好意を持っている事をハッキリと自覚してしまったからだ。

そしてそんな理央の代わりに紅莉栖が八幡にこう言った。

 

「八幡、ちょっと前の自分の言動を、もう一度再確認してみなさい」

「俺の言動?ええと、理央に礼を言われて、確か俺は………あっ」

 

 どうやら八幡は自分の失言に気付いたらしく、その場で大人しく土下座をした。

 

「悪い理央、俺の言い方が悪かった、不愉快な思いをさせてしまってすまなかった」

 

 八幡はどうやら、自分が権力で理央に望まぬ返事を強いてしまったと考えたようだ。

なので理央が、躊躇いながらも望んで返事をしたのだとは想像もつかなかった。

理央はそんな八幡を恨みがましい目でじとっと見つめると、諦めたような口調でこう言った。

 

「もういいよ、私のチョロさにも原因があるんだし……」

「チョロい?何がだ?」

「ううん、何でもない」

 

 理央はこの時、かつて自分が佑真を好きになった時の事を思い出していた。

それは本当に些細な事がキッカケだった。

理央がお弁当を忘れた日に、佑真が笑顔で理央にチョココロネを渡してきたのだ。

 

『双葉は女の子だから、甘い物の方がいいよな』

 

 そんな些細な出来事のせいで、理央は佑真の事を、入学直後から一年半も思い続けたのだ。

相手に彼女がいた事もあり、理央は告白して返事を求めないという手法で満足感を得、

佑真への恋心を抑える事に成功したのだが、それから一年、理央は八幡と出会ってしまった。

そして今、理央は自分がかつてと同じ道を歩もうとしている事をハッキリ自覚していた。

 

(彼女持ちの男にちょっと優しくされて、こうも簡単に好きになっちゃうなんて、

本当に私はどうかしてる……)

 

 その時入り口から物音がし、八幡はそちらに向かってこう呼びかけた。

 

「おい小猫、何か用事か?」

「な、何で私だって分かるのよ!」

 

 そう言って姿を現したのは、八幡の言葉通り、薔薇であった。

そして薔薇は、理央に何かを差し出してきた。

 

「理央ちゃん、はいこれ、入館証よ、これがあれば受付奥のゲートを一人で通れるわ」

「あ、ありがとうございます」

 

 そして薔薇は、理央の耳元に口を寄せ、そっと囁いた。

 

「今度私が主催する会に誘うから、今日の愚痴はその時に思いっきり言うといいわ」

「えっ、それはどういう……」

「会の名前は社乙会、正式名称は、社長がモテすぎてムカつく乙女の会よ」

「あっ……」

 

 その名前で全てを理解した理央は、薔薇にこう言った。

 

「はい、是非参加させて下さい」

 

 その返事に薔薇は頷き、八幡にこう言った。

 

「経理の方にも話を通しておいたわ、報酬に関してはあんたが設定してね」

「分かった、やっておく」

 

 そしてそのタイミングで真帆がこちらに戻ってきた。

 

「何か凄い音が聞こえたけど、一体何が……って、あはははは、

八幡のその顔は何?見事な紅葉ね!」

「自業自得です先輩」

「いつもの事だよマホ」

「いつもの事ですか、た、確かにそうですね、あはははは、あはははははは!」

「真帆さん、笑いすぎだから」

 

 八幡はそう言って真帆に手を伸ばし、真帆は笑いながら理央のスマホを八幡に渡した。

 

「お、ここですね」

「ええそうよ、理央ちゃんもちょっとこっちに来てみて」

「あ、はい」

 

 そして理央は、自分のスマホについたアマデウスのマークをタップし、

直後にスマホから、こんな機械音声が流れてきた。

 

『パスワードを入力して下さい』

 

「音声でいいわよ、なるべく他の人には分からない言葉にしてね」

 

 その真帆の言葉に、理央はその時の感情の赴くままに、ノータイムでこう答えた。

 

「分かりました、それじゃあいきます」

「もう決めたの?それじゃあ音声をどうぞ」

 

 そして理央は、気合いの入った口調でこう言った。

 

「八幡の馬鹿!変態!女たらし!」

「おい………」

『八幡の馬鹿、変態、女たらし、をパスワードとして登録しました、

同時にユーザーの声紋も登録しました』

 

 その言葉に八幡は天を仰ぎ、理央以外の四人は腹を抱えて笑った。

こうして理央は、波乱のソレイユデビューを終え、

八幡が送ると言ったのを断り、一人で帰途についた。

断った名目は、ここから一人で帰るルートを確認しておきたい、なのだが、

本当の理由は八幡と二人だけで車に乗ると、

顔が赤くなるのを抑えられる自信が無かったからであった。

 

 

 

「はぁ、今日は本当に色々あったなぁ……」

 

 そして一人で無事に家に帰った理央は、食事を終えて風呂に入り、楽な格好に着替えた後、

ベッドにドサっと寝転び、スマホに表示されたアマデウスのマークを見ながらそう呟いた。

 

「これから忙しくなると思うけど、とにかく頑張ろ、

それに室長の主催する会、楽しみだな……」

 

 理央はさすがに疲れたのか、徐々にうとうとし始め、そのまま眠りについたのだった。




このエピソードはここまでです!


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第630話 たまには二人で

ここから新しいエピソードです!4話構成になります!


 数日後の夜、理央関連の事務処理を全て終えた後、

八幡は一人で自宅のベッドの上に座り、スマホを前に唸っていた。

 

「う~ん……いざ誘うとなると、逆に少し勇気がいるな……」

 

 しばらくそうしていた後、八幡は考えていても仕方がないと思ったのか、

スマホを手に取り、どこかに電話をかけ始めた。

 

「お、俺だけど、ちょっと大事な話がある、

キットを迎えに出すから俺の家まで来てもらっていいか?

あ、ええとマンションじゃなく自宅の方な」

 

 そして八幡はキットに何か指示をし、ごろんとベッドに横たわった。

 

「さて、これで良しと」

 

 それで安心したのか、八幡のまぶたは徐々に重くなり、

寝るつもりはなかったのだが、そのまま八幡は眠りへと誘われていった。

 

 

 

(ん、やべ、寝ちまったか……でももう少し寝ていたい気も……)

 

 八幡はまどろみの中で、そう思いながら抱き枕を強く抱きしめた。

 

「ん、抱き枕?そんな物俺の部屋にあったか?

まあいいや、何かが胸に当たる感触がとても心地いいし、それに柔らかい……」

 

 八幡はそう呟くと、抱き枕の感触を楽しむように、手でその枕をまさぐった。

その感触はまるでマシュマロのような、それでいて弾力に富んだ素晴らしいものであり、

八幡は調子に乗って、その弾力を心行くまで楽しんだ。

 

「ふう……よく分からないがとにかくいい感触だった……」

 

 そして八幡はやっと満足したのか、重いまぶたをのろのろと持ち上げた。

そこには羞恥に染まった表情をしたまま必死に何かに耐えるように目をつぶり、

声を出さないようにだろうか、八幡の服をくわえる明日奈の姿があった。

明日奈は八幡の手の動きが止まったせいか、そっと目を開き、

その為八幡と明日奈の目が合う事となった。

 

「…………」

「…………」

「抱き枕が明日奈に見えるという事は、これは夢か……」

「!?」

「まあいいや、せっかくだから目が覚めるまで、もう少しこの感触を楽しもう……」

「!?!?」

 

 そして八幡は、寝ぼけた頭のまま今の状態について漠然と考え始めた。

 

「つまり俺の胸に当たっているのは明日奈の胸という事か、

そして俺が今両手でまさぐっているのは明日奈のお尻か、

うん、実にいい夢だ、出来ればもうしばらくは覚めないでくれるといいんだが」

 

 八幡はそう呟きながら、引き続き抱き枕の感触を楽しんだ。

その時トントンと、遠くで階段を上るような足音が聞こえ、

その瞬間にその抱き枕はとんでもない勢いで八幡から離れ、

八幡はそれを残念だと思いながらも、また同じような夢が見られますようにと思いながら、

まどろんでいた意識を再び夢の世界に旅立たせようと、全ての思考を停止させた。

その瞬間に凄い勢いで体が揺すられ、八幡の意識は一気に覚醒した。

 

「八幡君、起きて、起きてってば!」

「ん………おう明日奈、悪い、寝ちまってたか」

 

 その瞬間に部屋のドアが開き、小町がひょこっと顔を出した。

 

「お義姉ちゃん、お兄ちゃんはまだ起きない?」

「ううん、丁度今起きたところだよ」

「そっかぁ、随分時間がかかってたから、

昔みたいにぐだぐだと起きるのを拒んでたのかと思ったよ」

「ああ?俺はたった今起こされ………」

「さ、さあ八幡君、食事の準備をしておいたから、一緒に食べよう!」

 

 その八幡の言葉を遮るように、明日奈が慌ててそう言った。

 

「お、おう、ありがと……」

 

 そう言って八幡が立ち上がろうとした瞬間に、

明日奈が八幡の胸の辺りを見てギョッとした………ような気がした。

そして明日奈は早口でこう言った。

 

「あ、下におりる前に上着だけ着替えた方がいいかもね、ついでに洗濯に出しちゃうから、

ほら早く脱いで脱いで!」

「わ、分かった、でもそれくらいは一人で出来るから大丈夫だって」

「いいからいいからほら!脱いで脱いで!」

「そうか?それじゃあ頼むわ……」

 

 そして八幡が脱いだ服を明日奈は凄い勢いで奪い去り、そのまま階段を下りていった。

一瞬自分のシャツに口の形をした赤い物が見えた気がしたが多分気のせいだろう。

八幡はそう思い、楽な格好に着替えると、そのまま階段を下り、リビングへと向かった。

 

 

 

「お兄ちゃん、ここ最近は起こされたらすぐ起きてたのに、

今日は随分起きるまでに時間がかかったね、もしかして疲れてるんじゃない?」

「そうだったか?まあ疲れていないといえば嘘になるかもしれないな」

「たまにはお義姉ちゃんと一緒に温泉にでも行ってくれば?」

「ああ、そのつもりだ、今日明日奈を呼んだのもその誘いの為だったしな」

 

 寝る前まで、明日奈をどう誘おうか散々迷っていた八幡は、

その小町の言葉に咄嗟に乗り、ニコニコと笑顔でそう言った。

 

「えっ?」

「そ、そうなの?」

「ああ、週末に長野でちょっとした案件があってな、

それ絡みでそっちに行くから、ほら、うちの会社の保養所が軽井沢にあっただろ?

もうすぐ夏も終わっちまうし、せっかくだから寒くなる前に、

もう一度明日奈と二人で行くのもいいかなと思ったんだが、どうだ?」

「も、もちろん行くよ!」

「そうか、それじゃあ土曜出発で日曜に戻ってくる感じで予定を立てておいてくれ」

 

 その言葉に明日奈だけではなく小町も固まった。

 

「お、お泊り?」

「二人きりで?」

「ん、そうだけど何か予定でもあったか?」

「う、ううん、何も無いし、あってもキャンセルするよ!」

「そ、そうか」

 

 そんな八幡の肩を、小町が目を潤ませながらポンポンと叩いた。

 

「お兄ちゃんもどんどん大人になってくね、小町は本当に嬉しいよ……」

「そ、そうか?もしアレなら小町も一緒に……」

「シャラップごみいちゃん、その汚い口を閉じやがれ!」

「…………」

 

 八幡は小町が冷たい目でそう言ってきた為、思わずその指示に従い口を閉じた。

 

「よろしい、それじゃあご飯は小町が並べるから、二人は旅行の計画でも立てててね!」

「わ、分かった」

「小町ちゃん、ありがとう!」

「いえいえ、これも愛する義姉の為ですから!」

 

 明日奈がそう言った瞬間に、冷たかった小町の目は一瞬にしてデレデレした目に変化し、

八幡はその変わり様に愕然としつつも、弱々しい声で抗議した。

 

「お、お兄ちゃんの事も忘れないでいてくれると有難いんだが……」

「ごみいちゃんはもう少し空気読めっていうかこっち見んな」

「す、すみません………」

 

 八幡はそれ以上抗議する事が出来ず、そう素直に謝る事しか出来なかった。

そんな八幡を慰めるかのように、明日奈が八幡にこう言った。

 

「それじゃあ土曜と日曜の何時くらいに行って帰ってくるか、

最初にそれだけ決めちゃおっか」

「分かった、とりあえず紅莉栖に当日の予定を尋ねてみるわ」

「あ、用事って紅莉栖絡みなんだ」

「ああ、実はな……」

 

 丁度その時配膳も終わり、八幡は食事をしながら二人に茅場晶彦の別荘で発見された、

SAOのサーバーの話をする事にした。

 

「なるほど、用事ってそれだったんだ」

「ああ、俺が行く必要はないんだが、何かトラブルがあった場合、

近くに待機要員がいた方がいいだろうしな。

まあ何もなくても別荘で報告を聞いて、そのまま紅莉栖達には泊まってもらうつもりだ」

「私達と入れ違いになるって事だね」

「レスキネン部長にも、少しは観光も楽しんでもらいたいしな」

「ちなみにお兄ちゃん、その調査には誰が行くの?」

「アルゴ、ダル、レスキネン部長と紅莉栖だな、あとは萌郁だ」

「萌郁って………誰?」

 

 小町のその言葉に、八幡は軽い調子でこう答えた。

 

「小町には言ってなかったか、まあ色々な調査を担当する部署の人間だ」

 

 八幡のその曖昧な返事を受け、小町はヒソヒソと明日奈に囁いた。

 

「お義姉ちゃん、それってアレかな、諜報員的な人かな?」

「ど、どうかな~?あはは、私には分からないや」

 

 その明日奈の返事に、小町はこれは確実に知っているなと思いつつ、

小町には話せない類の事なんだろうなと漠然と理解した。

同時に心配になった小町は、曖昧な言い方で八幡にこう言った。

 

「お兄ちゃん」

「ん、何だ?」

「危ない事はしないでね?」

「………ああ、分かってる」

 

 それ以上は小町も何も言わず、八幡も特に何も言わなかった。

そして食事を終えた三人は、仲良く片付けを終え、

八幡と明日奈は八幡の部屋で旅行の相談をする事となった。

 

「………ん?」

「どうしたの?」

「いや、今ベッドに横になった時、ベッドから明日奈の匂いがした気がしてな」

 

 その瞬間に明日奈の挙動が怪しくなり、明日奈は手の平を前に出し、

左右にブンブン振りながらこう言った。

 

「さ、さっき起こしにきた時についたんじゃないかな?」

「そうか?さっき明日奈はベッドの上に腰掛けたりはしていなかったような気がしたが」

「多分起こす時に触ったんじゃないかな?ほら、八幡君は私の事になると敏感になるから!」

「そう言われると、まるで俺が明日奈フェチみたいに聞こえるな」

「ふふっ、それじゃあ予定を立てよっか」

 

 そう言って明日奈はさりげなく八幡の隣に腰掛け、

先ほど自分が八幡に添い寝した時についた匂いを証拠隠滅とばかりに上書きした。

当然お分かりだと思うが、明日奈は寝ている八幡を見てイタズラ心を起こし、

役得とばかりにその横に横たわったのだが、直後にいきなり八幡に抱きつかれ、

体のあちこちをまさぐられてしまった為にヘヴン状態に陥り、

何とかその状態を維持しようと八幡を起こさないように必死に声を出すのを我慢していたと、

まあそういう訳であった。

 

「それにしても二人きりで旅行に行くのは初めてかな?」

「旅行って程でもないけどな、二人でってのは初めてだな」

「凄く楽しみだね!」

「そうだな、色々と見て回ろう」

「うん、試験結果もセーフだったしね!」

 

 先日行われた試験の結果は、八幡と明日奈が理系教科で全て満点を取り、

文系教科のアドバンテージの分、僅かに八幡が上回り、

二人が学年一位と二位となるという結果に終わっていた。

当然理事長はこの結果をいぶかしんだが、二人がカンニングをしたとも思えず、

無事に無罪放免になっていた。

 

「試験な……あれはちょっとやりすぎたよな……」

「次の試験のハードルが上がっちゃったかな?」

「まあ次は実力でそれなりの点を取ればいいさ、今度は予想問題を作ってもらわずに、

純粋に家庭教師だけ頼めばいいだろ」

「まあそうだね、それじゃあお礼の意味も込めて、

軽井沢の保養所に紅莉栖用の甘い物でも用意しておこっか」

「だな、それじゃあ細かい予定を立てるか」

 

 こうして夜は更けていき、そのまま二人は八幡のベッドで寝落ちした。

そして次の日の朝、先に起きた明日奈が慌てて自分の部屋に戻ろうとし、

そこを小町に見つかって、明日奈は盛大に小町にからかわれる事となった。

 

「あれお義姉ちゃん、もしかして夕べはお楽しみ?」

「ち、違うの小町ちゃん、うっかり二人で寝落ちちゃって……」

「いいんだよお義姉ちゃん、早く甥か姪の顔を小町に見せてね!」

「ほ、本当に違うんだってば!」

「まあどっちにしろ、週末は二人っきりの旅行だし、ね?」

「そ、それは………」

 

 そう言って盛大に顔を赤くする明日奈に、小町は笑顔でこう言った。

 

「まあ二人とも、楽しんできてね!」

「う、うん」

「あ、そうそう、お兄ちゃんのシャツについてたお義姉ちゃんの口紅、

ちゃんと落ちてたから大丈夫だよ」

 

 明日奈はその言葉にこれ以上無く顔を赤くしたのだった。

 

 

 

 そして土曜の朝早く、八幡と明日奈は軽井沢へのプチ旅行に旅立った。



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第631話 イチャラブカップルと勤勉チーム

「ここまで来るとちょっとは涼しい?」

「そうだな、湿気が少ないのがいいよな」

 

 キットで高速道路を飛ばしながら、二人は僅かに窓を開け、気温の変化を確かめていた。

 

「かなり山を越えたね」

「そろそろ軽井沢か、もうすぐ例の連続トンネルだな」

「何か懐かしいよねぇ」

「この前来たのはついこの間のはずなのにな」

 

 二人はそのまま軽井沢インターで降り、軽井沢駅方面へと向かった。

 

「ここのインターって駅から遠いよね」

「こっちは車社会だからな、駅へのアクセスとかはあまり気にしないんだろうな。

それに単純に用地の確保が難しかったんだろう、古い町にはよくある事さ」

「確かに駅近くには、そんな土地の余裕は無さそうだもんね。

そういえば軽井沢から出てる電車って、自分の手でドアを開けるらしいよ」

「マジか、今度試しに乗ってみるか?」

「そうだね、時間がありそうだったらちょっと乗ってみよっか」

 

 そんな会話を交わしながら、二人は軽井沢駅の前を左折し、

そのまま旧軽井沢方面へと向かった。

 

「ふう、やっと着いたな」

「少し休んだら、ちょっと周辺をのんびり歩いてみる?」

「そうするか、この前は周囲の散策がかなりおざなりだったからな」

 

 

 

 一方それより少し前のソレイユ社では、紅莉栖達四人が出かけようとしている所だった。

八幡達より一時間ほど遅れての出発となるが、

これは五人が凛子から施設のレクチャーを受けていた為である。

ちなみに今は一人足りないが、それは萌郁である。

萌郁は車ではなく、自前のバイクで移動する事になっていた。

 

「今回は私達の師匠と呼べる先生が参加してるから、

何か分からない事があったら先生に聞いてもらえればいいと思うわ」

「重村教授ですよね?どういう人なんですか?」

「教え子に嫉妬せず、自由にやらせてくれるいい先生だったわ、

あと娘を溺愛してたわね、ふふっ」

「話を聞くだけでいい人そうですね」

「まあでも今どうなっているのかは分からないし、会ってみて判断してくれればいいわ」

「分かりました、それじゃあ行ってきますね」

「行ってらっしゃい、気をつけてね」

 

 とまあ出かける前にこんなやり取りがあった訳だが、いざ現地に到着し、

茅場晶彦や神代凛子の師匠である東都工業大学教授、重村徹大に会った五人は、

重村が聞いていた通りの穏やかな人物だった事に安堵していた。

 

「穏やかそうな人ですね」

「確かにボクにも人格者に見えるね」

「これなら調査も順調に進みそうでひと安心だお」

「ふ~む、オレっちは何か引っかかるんだが、萌っちはどう思ウ?」

「あれだけではまだ何ともだけど、確かにどこか気になる……かも」

 

 アルゴや萌郁はどうやら何か気になるようであったが、

その本人達も、何が気になるのかまだよく分かってはいないようだ。

ちなみにこの四人はソレイユの中枢の人間だけあって、

萌郁が八幡お抱えの諜報チームの一人だという事を理解していた。

 

「萌っち、それとなく教授の様子を観察しておいてくれナ」

「分かった」

 

 そんな五人に重村が愛想良く話しかけてきた。

 

「初めましてミスターレスキネン、そして牧瀬君、お噂はかねがね」

 

 どうやら重村の興味の対象は、この二人であるらしい。

 

「これはご丁寧にアリガトございます、アレクシス・レスキネンです、

今はソレイユの次世代技術開発部の部長をしています」

「牧瀬紅莉栖です、同じく次世代技術開発部に所属しています」

「雪ノ下夢乃です」

「橋田です」

「桐生と申します」

 

 他の三人は偽名もしくは苗字だけの軽い挨拶で済ませる事にしたようだ。

おかげで重村は、最後までこの三人の事を、

同じ次世代技術研究部のメンバーなのだろうと勘違いしたままだったが、狙い通りである。

まさかハッカーや諜報員ですなどと説明する訳にはいかないのだ。

そして重村を中心に、サーバーの検証が開始される事となった。

 

 

 

「これが雲場池か」

「綺麗だねぇ」

「秋に来たら紅葉が凄いんだろうな」

「その頃にまた来たいね」

 

 その頃八幡と明日奈は保養所周辺を探索し、『雲場池』と書かれた看板を目にし、

今まさにそこに到着した所だった。

 

「あそこにカフェレストランがあるな、少し早いがあそこで昼食にするか?」

「そうだね、何か変わったメニューでもあればいいなぁ」

 

 二人は腕を組んだままその店に入り、何を頼もうかと相談し始めた。

その時萌郁から最初の定時連絡が入り、八幡はそのメールを確認した。

 

『重村教授が少し気になります、サーバーの検証を開始しました』

 

「ふうむ……」

「どうしたの?」

「いや、今萌郁から定時連絡が入ったんだが、これ」

 

 そう言って八幡は明日奈にスマホの画面を見せた。

 

「教授が気になる、か、何だろうね?」

「どうやら確たる根拠があって言っているんじゃなさそうだな、多分勘なんだと思うが、

しかし萌郁はあれでもプロだからな、そういう奴の勘はよく当たる」

「とりあえず続報待ちだね」

「ああ、それじゃあとりあえず注文を済ませちまうか」

「うん!えっと、私は……」

 

 サーバー調査組とは対象的に、二人はのんびりと観光を楽しんでいた。

向こうに何かあったらこの二人はすぐに現地に駆けつけるつもりであったが、

今はそんな差し迫った状況ではない。こういう時のオンオフは大事なのである。

 

「しかし前に来た時と違って、あちこちで色々と塗装やら工事をやってるみたいだな」

「そういえばそうだね、どういう事なんだろ?」

「まあ機会があったら聞いてみればいいさ、自分で保養所を塗り替えるのも楽しそうだ」

「そうだね、みんなでやればきっと楽しいよね」

 

 二人はそんな会話を交わしながらのんびり保養所へ向かって歩いていった。

そしてまもなく保養所に到着する辺りで、

二人は隣の家が今まさに塗り替え工事を始めようとしている事に気がついた。

 

「あっ、丁度いいね、ちょっと話を聞いてみようか」

「おい明日奈、仕事の邪魔をするのは……」

「そ、そういえば確かにそうだね」

「別に仕事じゃないから大丈夫ですよ」

 

 その二人の声が聞こえたのか、今まさに刷毛を持ち、

壁の木部を塗ろうとしていた中年男性が笑顔でこちらに近付いてきた。

 

「あ、邪魔をしてしまってすみません」

「いえいえ、これはただの趣味なので大丈夫ですよ、

昔こういった仕事をしてたので、自分でやろうと思っただけなんでね」

「あ、そうなんですか、それじゃあいくつか質問させてもらってもいいですか?」

「ええ、どうぞどうぞ」

「えっと、先月は静かだったのに、今日はあちこちで色々作業をしてるから、何でかなって」

「ああ、それは自主規制のせいですね」

「自主規制、ですか?」

「ええ、八月の軽井沢はそういった工事関係は暗黙の了解でやらない事になっているんです、

だから九月はそういった工事が一気に始まるんですよ」

「そういう事でしたか」

「ありがとうございます、納得しました!」

「それは良かった」

 

 そして二人はそのままその男性が作業する様子をしばらく見学させてもらう事にした。

養生と言われる塗料で汚してはいけない場所を専用の道具で覆う作業の説明から、

木部にはどんな塗料が適していて何回塗るか、金属部分にはどんな塗料を使えばいいのか、

色々説明してもらった後に、二人は余っているパンフレット類を分けてもらったり、

実際に壁を塗らせてもらったりと、楽しい時間を過ごす事が出来た。

 

「長々とご一緒させて頂いて本当にありがとうございました」

「私達はこの隣の保養所にたまに来る予定なので、

もしまたお会いする事があったらその時は宜しくお願いします」

「ああ、お隣さんでしたか、しばらくは天気も穏やかで過ごしやすいみたいですし、

のんびり楽しんでいって下さいね」

「「ありがとうございます!」」

 

 どうやらその口ぶりから、その男性は別荘に永住しているらしい。

そして家に戻った後、二人は休憩しながら来年塗り替えるとしたらどこがいいか、

楽しそうに会話した後、朝話していた電車に乗る事にした。

 

「しなの鉄道っていうらしいね」

「とりあえず隣の駅まで行ってみて、そのまま少し歩いたところに温泉があるみたいだから、

ちょっと下見に行ってみるか?」

「そうだね、そうしよっか」

 

 そして二人はのんびりと駅に向かい、その途中で明日奈が何かを見つけたのか、

驚いたような声をあげた。

 

「八幡君、あのコンビニ、色が変!」

「ああ、あれか?条例で派手な色が使えないから、ああいう地味な色になってるらしいぞ」

「あ、そういう事なんだ!」

 

 明日奈は他にも色々な物を見つけては大はしゃぎし、

とても楽しそうにこのプチ旅行を満喫しているように見え、

八幡は、来て良かったなとほほを緩ませた。

 

「さて、それじゃあ電車のドアを手で開ける体験をしてみるか」

「うん、そうだね!」

 

 二人は楽しそうに頷き合いながら、そのまま駅へと入っていった。

 

 

 

「それでは最初は全員で何か気になるものが他にないか調査した後、

交代で休憩をとりながら解析作業に入るとしようか」

「分かりました、ローテーションはお任せします」

「ふむ、それじゃあ今日のところはとりあえず会社別に分けるとしようか」

「………はい、そうですね」

 

 重村のその提案に、紅莉栖は一瞬躊躇しながらも同意した。

 

(会社ごとにって事は、もしかして一人になりたいのかしら)

 

 そう思いつつも紅莉栖は、その方がこちらにとっても都合がいいと考えていた。

 

「それじゃあ順番はどうします?」

「私はいつでも構わないよ、どうせ最後は得られた情報を共有するんだしね」

「そうですね、それじゃあジャンケンで勝った順からという事で」

「ははははは、この年でジャンケンとは、随分久しぶりな気がするよ」

「たまには童心にかえったつもりでムキになって勝ちにいくのも楽しいと思いますよ」

「そうだね、それじゃあさっさと決めてしまうとしようか」

「はい!」

 

(順番には拘らないのか、何かを黙って持ち去るつもりとかは無さそうだけど……)

 

 そう思いつつも紅莉栖は、ここでアドバンテージをとる為に、

休憩時間が一番最後になる事を期待していたが、

生憎ソレイユチームの休憩時間は一番最初になってしまった。

レクトチームが二番、重村が三番である。

順番が決まった事で、各チームは動き出し、サーバー以外には特に何も無い事が確認された。

これはまあ政府の人間がかなり頑張って調査した後だったので、想定の範囲内である。

サーバー内の情報のチェックがまだだったのは、単に時間が足りなかっただけである。

ちなみに菊岡が、秘密主義との批判を避ける為という口実で、政府関係者ではなく、

複数の外部の人間に最初に見てもらう事を提案したからという事情もあった。

 

「さて、それじゃあ私達は先に休憩させてもらいますね」

 

 そしてソレイユチームの休憩時間になり、五人はあっさりと部屋を出ていった。

そして別の部屋で、五人は素早く協議を始めた。

 

「アルゴさん、どう?」

「ハッキング出来るような仕込みはしておいたから、何か隠されてもすぐに分かるゾ」

「僕が仕込んだんだお!」

「さっすが橋田、他に何か意見はある?」

「ボクとしては、可能なら彼が何を呟くかまで調べておいた方がいいと思うね」

「なるほど……桐生さん、どう?」

「やってみる」

 

 そして萌郁は、懐から何か機械のような物を取り出した。

 

「それは?」

「盗聴器」

「用意がいいわね……で、それをどうするの?」

「これをこうして、こうすれば……」

「なるほど、それじゃあ教授とはある程度楽に話せる私が行ってくるわ」

「うん、牧瀬氏が適任だろうね」

「分かった、お願い」

「頼むぜ紅莉栖っチ」

「クリス、気をつけて」

 

 紅莉栖は四人に頷くと、コーヒーを持ってサーバールームへと入っていった。

 

「失礼します」

「ん、牧瀬君か、どうかしたのかい?」

「教授の休憩時間まではまだ結構時間がありますし、コーヒーの差し入れをと思いまして」

「そうか、それはありがとう」

「カップとソーサーは、私達が戻った後に適当に片付けちゃいますので、

そのままにしておいて頂いて結構ですよ、女性メンバーがいるのはうちだけなので」

「そうかい?それはすまないね」

「いえいえ、それではまた後ほど」

「ああ、また」

 

 教授に自分で片付けをさせないのは、もちろん盗聴器を発見されないようにである。

ちなみに盗聴器はソーサーの裏に仕込まれている。普通そんな所を見る者はいない。

そして音声のチェックを萌郁に任せ、四人はこれからどうするか、相談し始めた。

 

「とはいえ教授が何かおかしな行動をとるかどうかはまだ何ともなんだよナ」

「まあ保険って事でいいとオモウよ」

「というか、うちらはどうするん?」

「とりあえずうちにあるサーバーデータとこっちのデータを比較して、

差分があるようならそこの解析って事でいいんじゃないかしら、

まあ何も変わりない可能性もあると思うけど」

「違いがあるとしたら何だろ?」

「一つだけオレっちに心当たりがあル」

 

 そこでアルゴが突然そう言い、他の者達はアルゴに注目した。

 

「凛ちゃんから聞いた話だと、茅場晶彦もオレっちやハー坊達と同様に、

自由にSAOからログアウトする事は不可能だっタ」

「ええ、そう言ってたわね」

「だがあいつはSAOの管理者でもあった、

つまり当然何か想定外の緊急事態が発生したら、それに対応しないといけなかったはずダ」

「と、いう事はつまり?」

 

 そのダルの質問に、アルゴはこう答えた。

 

「ゲーム内からシステムに干渉出来る手段を、

茅場晶彦はこっそりと保持していたって事にならないカ?」

「確かにソレは道理だね」

 

 その言葉に、レスキネンが真っ先に同意した。

 

「だがうちにあるサーバーからは、そういった形跡は発見されていないね」

「そう、つまりそれは、こっちのサーバーに存在する可能性が高いと思わないカ?」

「確かに!」

「そっか、言われてみたらそうかもしれないわね」

「という訳で、当面はそれを見つける事に力を注ぐべきだろうな、

まあどうせ何を見つけても、政府や他のメンバーに報告する義務が発生しちまうんだが、

その周辺で何か面白い物が見つかるかもしれないしナ」

「そうだね、それじゃあソレを目標に頑張ってみるとしようか」

 

 レスキネンがそうまとめ、こうしてソレイユチームの方針が決まった。



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第632話 生命の碑、再び

「はぁ、いい湯だったねぇ……」

「思ったよりも空気がひんやりしてたな、標高が高いせいなのかな」

「湿気が少ないっていいよねぇ……」

 

 二人は温泉に入り、今はそのロビーでのんびりと雑談しているところだった。

もちろんその手には、コーヒー牛乳が握られている。

 

「さて明日奈、今日の夕飯はどうする?」

「そうだねぇ、近場で適当なお店に入ればいいんじゃないかな」

「それじゃあそうするか」

 

 二人はそのまま立ち上がり、仲睦まじく寄り添いながら、

駅へ向かって元来た道を戻り始めた。丁度その時萌郁から定時連絡が入り、

八幡は途中にあったコンビニの前で足を止めた。

 

「明日奈、ちょっと返信するから買い物でもしててくれ、俺は飲み物だけあればいい」

「分かった、ちょっと行ってくるね」

 

 そして八幡は、改めてそのメールの文章をじっと眺めた。

 

『重村教授には今のところ怪しい部分は無し、茅場が使っていたゲーム内システムを発見、

この後アルゴさんがアミュスフィアで一層にダイブ予定』

 

「アルゴも思い切った事をするもんだな……というか晶彦さんのアジトは一層にあったのか」

 

 八幡はそう考えつつも、萌郁にこう返信した。

 

『くれぐれも安全確保だけはしっかり頼むぞ、

あともし可能なら、生命の碑のユナの所がどうなっているのか確認するように伝えてくれ』

 

 

 

 その一方で、サーバー解析に勤しんでいたソレイユチームは、

予想通りプロテクトのかかった領域を発見し、その解析に勤しんでいた。

 

「ここカ……」

「どう?いけそう?」

「これはちょっと時間がかかるな、萌っち、ちょっと他のチームの連中を呼んできてくレ」

「分かった」

 

 そして萌郁が出ていった後、紅莉栖はそっとアルゴに耳打ちした。

 

「この段階で重村教授を呼んでも大丈夫かしら?」

「さっきまでは盗聴器にも特に怪しい音声は入ってなかったし、

おかしな部分にアクセスした履歴も無かったから、何かアクションを起こさせる為にも、

エサをまいておこうと思うんだよナ」

「なるほど、そういう手でいくのね」

「まあ何も出てこなかったらそれはそれで今後の協力も頼めるし、

挙動だけ確認して後はボスやハー坊に丸投げだナ」

 

 そして休憩していた重村や、離れたところで作業をしていたレクトチームの面々が集合し、

アルゴが画面を見せながら説明を始めた。

そして夕食までは休み無しでその部分の解析を進める事が決定され、

各チームはそのまま作業に入る事となった。

 

 

 

「まあ考えれば当たり前なんだが、第一層に隠しアジトを持っていたなんてナ」

「私はアルゴさんの提案の方が驚いたわよ……

まさかアミュスフィアでログインしようとするだなんて」

 

 アルゴがとった行動は次の通りである。

まずソレイユが開発した、プレイ中の様子をモニター出来るシステムを使い、

そのままSAOサーバーにログイン、当然ログアウトボタンは無いので、

ログアウトしたい場合は口頭で回線を抜いてもらうように頼む。

この際はナーヴギアではなく調整したアミュスフィアを使用している為、

当然アルゴが死ぬ事は無い。

そして茅場晶彦ことヒースクリフがゲーム内で使用していたアジトに侵入し、

内部からそこに何があるのか調査をする。これを実現させる為に各チームは本当に頑張った。

重村教授もとても協力的であり、怪しいそぶりも一切見せる事は無かった為、

今では一定の信頼関係が出来てきており、

ただ萌郁だけが、油断せずにその行動を監視するに留まっている状態だった。

そして準備が終わった段階で夕食をとる事となり、

十分休養をとった後、代表してアルゴが中にログインし、

外と連絡をとりつつ中で作業を進める事になった。

 

 

 

 その夕食の席での事である。

 

「しかしソレイユの技術者の方達は本当に優秀ですね」

 

 レスキネンにそう話しかけた後、重村はアルゴの方を見た。

 

「そうですね、ボクもいつも助けられていますよ」

「お名前から察するに、夢乃さんは雪ノ下社長のご親族の方かな?」

「私は遠縁です、社長のお父様の隠し子とかいう事は無いのでご安心下さいネ」

 

 アルゴはしれっとそう言い、重村はそのジョークに笑った後、今度は紅莉栖に話しかけた。

 

「しかしまさか、紅莉栖君がソレイユ入りするとはね、別の意味で驚いたよ」

「別の意味……ですか?」

「ああ、どちらかというと、ミスターレスキネンもそうだが、

二人の専門は脳科学だろう?それがどうしてもソレイユのイメージと結びつかなくてね」

 

 その言葉に二人は何と答えようかと少し迷った。

当然アマデウスやニューロリンカーの事を話す訳にはいかないからだ。

そこに助け船を出したのはアルゴだった。

 

「それがそうでもないんですよ、先日うちで面白いおもちゃを開発しましてね、

まだ試作段階なんですけどネ」

「ほう?差し支えなければどんなおもちゃか聞いても?」

「自律型AI人形ですよ、現実に存在する人の思考をトレースし、それと同様に振舞う、ネ」

「思考をトレース?そういえば晶彦の直接の死因は、

自分で自分の脳をスキャンしたせいだと聞いてますが……もしやその技術の応用を?」

 

 さすがに真実が伝えられているらしく、重村はやや声を潜めながらそう言った。

ソレイユが、人の記憶をコピーする技術を開発したのではないかと鎌をかけた形である。

それは確かに真実なのであったが、ここでアルゴが持ち出したのは、

まったく差し障りの無い別の事例であった。そう、はちまんくんである。

 

「いや、そういうのとはまったく違います、色々な人から聞き取り調査をして、

その人物に関する動画とかも含めたありとあらゆる客観的な情報を入力し、

それによってAIを育成し、本人そっくりに振舞うような人形を作り出した感じですネ」

「き、客観的情報だけでそこまでそっくりに再現出来るものなんですか?」

 

 その言葉に重村は、思ったよりも食いついてきた。

 

「そうですね、AIの性能にもよるんでしょうが、

接した感じ、ほとんど本人と変わらないように見えますね、

まあ入力した情報が多ければ多い程、その精度は高まるんだと思います」

 

 その問いには、質問を上手くはぐらかせた事に安堵していた紅莉栖がそう答えた。

 

「なるほど……」

 

 重村はそう呟いたきり、何か考え始め、そこでこの会話は終わった。

そんな重村を、萌郁はじっと見つめ続けていた。

 

 

 

「八幡君、お茶を入れてきたよ」

「おう、ありがとな」

「よっと」

 

 八幡はデッキの椅子に腰掛けて空を眺めており、明日奈もその横に座った。

 

「星が綺麗だよね」

「ああ、そうだな」

「そういえば前に、ユイちゃんとキズメルに星空を見せようって話したよね」

「カメラで見せるのは簡単なんだが、

もう少し自分の目で見ている感を出せればいいよなって思ってるんだよ、

なのでニューロリンカーの開発待ちって事になるかな、

まあ噂のオーグマーとやらが先に完成しちまうかもしれないけどな」

「一応技術協力はしてるんだよね?」

「ああ、可能なら一部は共通規格にしたいしな」

「先日合意したザスカーとのログイン共有に、カムラも参加する事になったんだっけ?」

「そうだな、まあ今後どうなるかはアルゴ次第だな」

「楽しみだね」

「新しい機械って何かわくわくするよな」

 

 そして二人はしばらく星を眺め続けた後、一緒に風呂に入り、

そのまま同じベッドでこの日は眠りについたのだった。

 

 

 

「特に変わった物は何も無し、ただの管理用のスペースって事カ」

 

 アルゴは懐かしきオリジナルのSAOにログインし、

ヒースクリフの隠しアジトの中に入り、そう呟いた。

ちなみに管理用パスワードが『ヒースクリフ』だという事は、八幡に聞いて知っていた。

 

「これを見ると、やっぱり九十一層まで到達した瞬間に、

街にも敵が侵攻してくる仕様になってたみたいだナ」

『そうなったら犠牲もかなり増えたでしょうね、一体何を考えてたのかしら』

「街で安穏と暮らしてるだけの奴らが気に入らなかったんだろうサ」

 

 目の前のウィンドウに現れた紅莉栖の顔に向かってアルゴはそう毒づいた。

 

「どうやらここは本当にただの管理者用コンソールがあるだけみたいだな、

ふ~む……おっ、これは……」

『何かあった?』

「とあるダークエルフのNPCと、

管理権限を持つMHCP(メンタルヘルスカウンセリングプログラム)の一部に、

いわゆる茅場製AIを導入した履歴があるナ」

 

(へぇ、あの二人にね……要するに監視してたんだ……)

 

 紅莉栖は内心でキズメルとユイの事だなと判断しつつ、口に出してはこう言った。

 

『なるほど、動物実験をしたみたいな感じなのかしら』

「かもしれないナ」

『それはプレイヤーの動向も、ある程度詳しく掴めていたという事なのかな?』

 

 そこで重村が、突然そんな事を言い出した。

 

「確かに通常のサーバーログよりも詳しいデータが見れるようになってはいますネ」

『なるほど、そのデータも一応バックアップしておこうか、

いずれ遺族の方に渡す必要が出るかもしれないしね』

「確かにそうですね、時間はかかるでしょうが、そちらに送ります」

 

 そして他には特に何も無い事を確認した後、アルゴは街を歩いてみるといって、

ぶらぶらと周囲の散策を始めた。

 

『これはクリア後のワールドの状況という事になるのかな?』

「はい部長、だと思いまス」

『NPCが全員直立して硬直してるお……』

「ああ、ちょっと不気味だよナ」

『噂では、生命の碑というのがあったらしいが』

「ああ、そうみたいですね、ちょっと行ってみますネ」

 

 アルゴはその重村の言葉に、いい口実が出来たと喜び、そちらへと向かった。

これは当然ログイン前に萌郁に八幡からのメールを見せられたが故の行動である。

 

「情報だとここがその生命の碑らしいです」

『ここが……』

『全ての名前に横線が引かれているね……』

 

 生命の碑は、アルゴが覚えている様子からかなり様変わりしていた。

全てのプレイヤーの名前が線で消されており、

その横に、『ログアウト』と記入されている物が多く見られたのだ。

 

「律儀にプレイヤー全員をシステムがチェックしたって事なんだろうナ」

『茅場晶彦は、悪人という訳ではなかったという事なのかしら?』

「いや、悪人だろ、今世紀最大の犯罪者なのは間違いないサ」

 

 アルゴは少し論点をずらすようにそう言い、さりげなく生命の碑の端の方に向かった。

 

(ユナ、ユナ……あった)

 

 その時重村が、思わず画面に身を乗り出すような仕草をし、外にいた者達は少し驚いた。

 

『重村教授、どなたかお知り合いでも?』

『ああいや、無事なのは知っているんだが、友人の娘さんの名前が見えたものでね』

『ああ、そういう事ですか、気持ちは分かります』

『交流がある子だから、つい身を乗り出してしまった、すまない』

『いえいえ、そういう事ってありますよね』

 

 アルゴはそんな外の会話を聞きながら、じっとユナの名前を見つめていた。

そこには消された名前の横に、ログアウト、の文字が記入されていた。

 

(少なくともシステムには、ちゃんとログアウトしたと認識されてるってこったな、

ハー坊、ユナちゃんが生きてる可能性が少しは高まったゾ)

 

 ハチマンとユナの関係を知る数少ない人物であったアルゴは、

心の中でそう思いつつ、これでやる事は終わったとばかりに外に声をかけ、ログアウトした。

 

 

 

「さて、今日はこれくらいにしておこうか、明日細かい部分を調査して、

その結果を持ち寄って共有したら、政府に報告して解散という流れでいいかな?」

「はい、そうですね」

「いいんじゃないデスかね」

「ではまた明日」

「はい、また明日です!」

 

 そして部屋の明かりが落とされ、

ソレイユの五人はとりあえず男性チームに割り当てられた部屋に集まった。

 

「で、オレっちが潜ってる間に何かあったカ?」

「そうね、目立った出来事といえば……」

 

 アルゴのその問いに、紅莉栖は重村が一度身を乗り出すような仕草を見せた事を伝え、

萌郁がその時密かにその画面の写真をとっておいた事を報告した。

 

「この中に知り合いがいたって事か、それにしても多すぎるな」

「まあ一応記録として留めておきましょうか、何があるか分からないし」

「一応今夜は私が部屋を監視する」

「すまねえ、頼むぜ萌っチ」

 

 こうしてこの日の調査は終わり、萌郁を残して残りの四人は眠りについた。

 

 

 

(足音が……)

 

 萌郁は急激に自分の意識が覚醒するのを感じ、目を開いた。

萌郁は立ったまま、まったく動かないように寝ており、

物音が聞こえたせいで意識を覚醒させたのだった。

萌郁が受けた特殊な訓練が役に立った形である。

そして萌郁は今いる場所から外の様子を伺い、部屋の中に重村が入っていくのを確認した。

実は萌郁は大胆にもサーバールームのロッカーの中に潜んでおり、

モニターの様子も含め、全てを高解像度のカメラで録画していたのだった。

 

「今日は実にいい話を聞かせてもらった、地道だがここから始める事にしよう」

 

(始める?何を?)

 

 萌郁はそう思いつつも、音を出さないように気をつけながら、撮影に集中した。

下手に素人の自分が直接観察するより、

専門家であるレスキネン達にきちんとした動画を見せて、

判断してもらった方がいいと考えたからである。

そして重村が去った後、萌郁はしばらくそのままじっとしていたが、

やがてそれ以上は何も無いだろうと判断し、その場を後にしたのだった。




この辺りの話は、後々の為の種まきだと思って頂ければと思います!
この時期から色々暗躍していないとおかしいですしね!


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第633話 調査を終えて

 次の日の昼過ぎ、軽井沢の保養所に、今回の件に関係する全員が集合していた。

この日の午前中、八幡と明日奈は駅前周辺を散策し、熱心に土産を選んでいた。

調査チームは朝早くから活動を開始し、十時くらいには全ての調査を終えていた。

思ったよりも早く終わったのは、成果がほとんど無かったからである。

 

「まあ成果が無かった事が確認出来ただけでも良かったんじゃないか」

「それよりも気になる事が出来ちまったけどナ」

「重村教授か……」

「教授の様子がおかしくなったのは、夕食の後くらいからかしら?」

「夕食で何かあったか?」

「ええと、あの時話したのは……」

「はちまんくんの事だけだお」

「ふむ……詳しく聞かせてくれ」

「うん」

 

 そしてその説明を聞いた八幡は、腕組みをしながらいくつかの事を質問してきた。

 

「話したのははちまんの概要だけ、で、教授が持っていったのは、

プレイヤーの詳しい個人データだけって事でいいんだな?」

「といってもあれで分かるのは、誰が誰と会っていたとかそういう部分だけだゾ」

「ふむ………はちまんの奴の事は、

教授の手元にも技術協力の一環として茅場製AIがあるはずだから、

自分でも同じ事をやってみようかと考えたってところだろうな。

あと個人データは、何かに悪用したりとかそういった心配はしなくていいんだよな?」

「ああ、だからオレっち達も不問にした。あそこからリアルの正体を探るのは無理だからナ」

「外見データとかは無かったのか?」

「ああ、それはオレっちが保証するぜ、そういったデータは全部削除されていタ」

「削除……晶彦さんの仕業って事か」

「だな、最大限プライベートに配慮したんだろうサ」

「ふ~む……そのデータについて、他のみんなはどう思う?」

 

 その八幡の問いに、ダルがこう答えた。

 

「一応話し合った結果、教授は実はSAO内に知り合いがかなり多くいて、

その中の相当数の人間が死んでるんじゃないかって結論に至ったお」

「普通に考えればそうだよな、よし、この件に関しては様子見とするか」

「一応……調査する?」

「そうだな……教授の気持ちも分からなくはないし、

元教え子あたりでどれくらい被害者がいるのかFBに調べてもらってくれ」

「分かりました」

 

 この時重村本人の家族関係などについて詳しく調べるように指示を出さなかったのは、

八幡のミスといえばミスであった。だがそれは責められない。

この後、重村があんな犯罪に手を染める事になるなどとは誰も想像していなかったのだ。

実際FBの調査により、十数人の重村の教え子が死亡している事が確認されたせいもある。

これは偶然ではなく自分の兄弟子、弟弟子にあたる人物が作ったゲームをやってみようと、

多くの重村ゼミの元、現生徒達がこぞってSAOをプレイしようとしたせいであった。

 

「報告はそのくらいだな、それじゃあ明日まで全員休みって事で、

今夜はここに泊まって各自のんびり過ごしてくれ」

 

 その言葉に四人はとても嬉しそうな反応をした。唯一の例外が萌郁である。

 

「ん、萌郁、どうかしたのか?」

「肩こりがひどくて……」

 

 その言葉に八幡は思わず萌郁の胸を見た後、

胸の事はさすがに関係ないかと首を振りながらこう言った。

 

「何かあったのか?」

「動画を撮影する為にロッカーに潜んでて、ずっと窮屈だったから」

「ああ、そういう事か」

「胸も圧迫されて、血行が悪く」

「あ~………」

 

 八幡は他人の目もあり、どう反応すればいいのか迷って曖昧にそう言った。

そんな八幡に、明日奈が助け船を出した。

このメンバーの中ではそれなりに胸がある方な明日奈は、

その状況がどれだけつらいのか理解したらしく、萌郁に向かってこう言った。

 

「それじゃあ萌郁さん、一緒にお風呂に入ろう!きっとかなり楽になるよ!」

「え、でも……」

「で、その後は八幡君にマッサージしてもらえばいいよ、

八幡君はこう見えて、マッサージが凄く上手なんだよ!」

「で、でもそれは……」

 

 明日奈の顔を見て遠慮がちにそういう萌郁に、明日奈は大丈夫だという風にこう言った。

 

「大丈夫大丈夫、私も立ち会うから、私公認なら何も問題はない、ね?」

 

 明日奈に正面からそう言われた八幡は、頷く事しか出来なかった。

 

「お、おう」

「それじゃあこっちね、ここのお風呂、凄く広いんだよ!」

「う、うん」

 

 そして萌郁は明日奈に連れていかれ、八幡はその後ろ姿を呆然と見送った。

 

「明日奈の奴、珍しく強引だったな」

「どうやら明日奈は萌郁さんの境遇に気を遣ったみたいね」

 

 横から紅莉栖がそう言い、八幡は何の事か紅莉栖に質問した。

 

「萌郁さんが一時期自殺を考えるほど絶望していた事は、一部の人間は知ってるから、

だから明日奈はそれを踏まえてあんな行動に出たんじゃないかしら」

「ああそうか、そういう事もあるのか……」

「だからあんたも夕方向こうに帰るまでは、少しは気を遣ってあげなさいよね」

「分かった、そうする事にする」

 

 八幡は紅莉栖にそう頷き、ダルもさすがにこの状況では、

リア充爆発しろなどと言い出す事もなかった。

 

「さて、それじゃあボクは近場の観光に行ってくるよ、いやぁ、実に楽しみダネ」

「あ、教授、私が案内しますね、それなりにこの辺りの事は知ってるので」

 

 紅莉栖は以前、この辺りの知り合いの別荘に来た事があるらしく、そう案内をかって出た。

 

「あ、それじゃあ僕もご一緒しても?」

「別に構わないわよ、アルゴさんはどうする?」

「オレっちもたまには観光でもしてみっかなぁ」

「オーケー、それじゃあ四人で行きましょ」

 

 そして四人が出ていった後、八幡はリビングの椅子に座りながら、

萌郁と明日奈が風呂から出てくるのを待っていた。

 

 

 

「うわぁ、萌郁さん、肌が綺麗……とても色々訓練を受けてた人だとは思えない」

「ど、どうも……」

 

 萌郁の背中を流しながら、明日奈は感心したようにそう言った。

萌郁は萌郁で、交代で明日奈の背中を流しながら、

その艶々した肌を羨ましそうに見つめていた。

 

「すべすべ艶々……」

「あ、昨日はここの他にもう一ヶ所、隣の駅の温泉に入ったから、そのせいかもね」

「でもそれだけじゃないような……」

「き、気のせいじゃないかな!」

 

 明日奈は昨晩の事を思い出したのか、赤面しながら慌ててそう言った。

 

「それじゃあ湯船につかろっか!」

「うん」

 

 萌郁もさすがにこの状況ではリラックス出来ているのだろう、少し嬉しそうにそう言った。

萌郁は確かに感情が乏しいように見えるが、よく見ると微妙に感情を出してくる事があり、

明日奈はそれを嬉しく感じていた。

 

「萌郁さん、八幡君はどう?」

「ええと……」

 

 萌郁はその質問に困ったような顔をしながらも、ハッキリとこう言った。

 

「色々よくしてくれて、その、感謝してる」

「そう、それなら良かった!」

 

 明日奈は満面の笑みでそう言いつつも、少し探るような口調で萌郁にこう質問した。

 

「萌郁さんも、やっぱり八幡君の事が好きなんだよね?」

「えっ?それは……ご、ごめんなさい」

 

 そこで謝罪する事が、萌郁の気持ちを端的に表していた。

 

「だよね、あ~あ、うちの旦那様はやっぱりモテちゃうんだな」

「ごめんなさい、でも私はその……」

 

 萌郁はそこで、何か考え込むようなそぶりを見せた。

明日奈はそれで、何を言おうか真面目に考えているんだなと考え、

萌郁が何か言うのを辛抱強く待っていた。

 

「わ、私は……」

「うん」

「何かやり終えた時にあの人が頭を撫でてくれて、それで褒めてもらえるのが嬉しくて……」

「あ~!」

 

 明日奈はそれで、萌郁の気持ちが愛情というよりは、慕情なのだと悟り、

思わず萌郁の頭に手を伸ばし、その頭を撫で始めた。

 

「えっと……」

「うんうん」

「その……」

「うんうん!」

「………」

 

 そのまま萌郁は頬を赤らめながらも、とてもリラックスしたような表情をした。

 

(萌郁さんの事はこれで大体分かったかな、今後の扱いに関しては何も問題なし、

それにしても八幡君に対する忠誠心が凄いね)

 

 明日奈は内心で、そう若干黒い事を考えながらも、

萌郁の事は幸せにしてあげたいなと、本気でそう男前な事を考えてもいた。

そしてのんびり温まった後、十数分後に二人は浴衣を来て八幡の前に戻ってきた。

 

「八幡君、お待たせ!」

「おう、二人ともゆっくり出来たか?」

「うん」

「はい」

「そうか、それなら良かった。それじゃあ早速始めるか」

 

 そう言って八幡は明日奈の顔を見た。明日奈が萌郁の背中を押して前に出してきた為、

八幡は萌郁からマッサージしろって事なんだなと思いながら、

二人を伴って寝室に移動し、萌郁をベッドに横たわらせた。

 

「さてと……」

 

 八幡は萌郁の上に陣取り、体の色々な部分のチェックを始めた。

若干触りにくい場所に関しては、明日奈が気を遣い、ここは?ここは?と確認してきた為、

八幡はそういった事を迷う事もなく、萌郁の体全体のチェックを終える事が出来た。

 

「やっぱり肩、それに太ももからふくらはぎのラインが凄い事になってるな」

「萌郁さんってよく歩く方?」

「いや、これは多分バイクのせいだな、山道を走るのは大変だろうしな」

「ああ、そっか、そうかもしれないね」

 

 その言葉に萌郁もコクリと頷いた。だがその顔はかなり赤くなっており、

八幡はその色っぽさにドキリとしつつも施術を開始した。

 

「とりあえず足裏から上にいくか」

「出た~、足裏!萌郁さん、最初は痛いと思うから、

気にしないでいくらでも声を出しちゃっていいからね!」

「う、うん」

 

 萌郁はそれなりに痛み等への耐性も備えていたが、足裏マッサージの痛みは、

またそういった痛みとは別種の痛みであり、さすがの萌郁も思わず声を上げた。

 

「あっ、あっ!」

「効いてる効いてる」

「だな、もう少しで楽になるからそれまで頑張れよ、萌郁」

「く、くふっ……」

 

 そしてその場にはしばらく萌郁の嬌声が響き渡り、さすがの明日奈も思わず顔を赤くした。

 

「萌郁さんがエロい……」

「その分今までのコリが凄かったって事なんだろうさ」

「八幡君はどうしてこの状況で平然としてるの?」

「俺は明日奈で慣れてるからな」

「っ!?」

 

 明日奈はその言葉に赤かった顔が更に赤くなった。

そして施術が続けられ、次は太ももの施術を行う事となった。

 

「八幡君、変な事を考えないようにね」

「明日奈の方が変な気分になってるように見えるけどな」

「うっ……」

 

 八幡はそう明日奈をからかいながらも、真面目な表情で萌郁の太ももを揉み続けた。

時には明日奈の了解を得ながら直接素足に触り、その度に萌郁はビクッとしたが、

やがてそれも収まり、萌郁はとてもリラックスしたような表情になっていった。

 

「どうだ?」

「凄く……気持ちいいです」

「そうか、試しにちょっと立ってみるか?」

「は、はい」

 

 そして萌郁は立ち上がり、驚いたような表情をした。

 

「足が軽い……まるで自分の足じゃないような」

「それなら良かった、でも萌郁、浴衣の裾を捲り上げるのはやめてくれ、

見えちゃいけない部分が見えそうだからな」

「もう、八幡君のえっち!」

「だからそうならないように先に言ってるんだっての」

 

 そう言いながらも明日奈は上機嫌であり、萌郁はそんな二人を見て思わず笑顔を見せた。

 

「さて、それじゃあ次は肩だな、また横になってくれ」

「はい」

 

 そして萌郁は八幡に肩周りを揉み解してもらい、

先ほどと同じように、自分の肩がまるで羽根のように軽い事に驚いた。

 

「どう?八幡君はマッサージが上手いでしょ?」

「うん、上手……」

「そうだろうそうだろう、まめに明日奈で練習してるからな」

「八幡君、一言多いから!」

「わ、悪い」

 

 そして次は明日奈がマッサージをしてもらったが、

明日奈の全身はそれほど凝ってはいない為、短時間で終わる事となった。

 

「萌郁、お前は明日まで仕事の事は忘れてゆっくりするんだぞ」

「い、いいのかな……」

「八幡君がいいって言うんだからいいんだって」

「う、うん」

「とりあえず萌郁も着替えて外に遊びにいってくるといい、

色々な物を見る事も、お前の活動には必要な事だからな」

「分かった、行ってくる」

 

 そして萌郁は外に出て、旧軽井沢の町並みをきょろきょろ眺めながら、

こちらに戻ってくる紅莉栖達を見つけた。

 

「あ、桐生氏、マッサージは終わったん?」

「うん」

「どうだった?気持ち良かった?」

「凄く体が軽くなった」

「そっかぁ、アルゴさん、私達もやってもらう?」

「それもいいかもナ」

「それじゃあ萌郁さん、ゆっくりと楽しんできてね」

「うん、行ってくる」

 

 そして一行の背中を見送りながら、萌郁はこう呟いた。

 

「これが、仲間………」

 

 そして萌郁は軽い足取りで街へと繰り出し、十分楽しんだ後に保養所に戻り、

夕食を食べた後に八幡と明日奈を見送った。

そして夜は紅莉栖とアルゴと一緒に再び風呂につかり、その夜は幸せな気分で眠りについた。

 

 萌郁が悪夢を見る事は、もう無い。




このエピソードはここまで!丁度一月末で終わりました!明日、明後日は単話となります!


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第634話 社乙会(八回目)

 八幡と明日奈が温泉でのんびりしていたその日、

双葉理央は、どんよりとした気分でソレイユへと向かっていた。

それは出発前の咲太との会話のせいであった。

 

「なぁ双葉、ソレイユはどうだ?」

「もう凄い、とにかく凄い。用はそれだけ?それじゃあ私はもう行くから」

「取り付く島もねえ……ちょっと待てって、八幡さんはどうしてる?」

「彼女と二人で軽井沢に行ってる」

「ああ、だから双葉は今不機嫌なのか……」

 

 そう咲太に言われた理央は、咲太の事を凄い目で睨んだ。

 

「はぁ?どうして梓川はそうやって何でも恋愛に結び付けようとするの?

本当に相変わらずのブタ野郎だね」

「いやいや、だってお前のその態度はどう見ても……」

「うるさい、とにかく私はもう行くから、またね梓川」

「お、おう、またな………」

 

 それ以上何を言っても無駄と悟ったのか、咲太は理央を黙って見送った。

理央は理央で、先ほど言われた言葉が胸に突き刺さり、この上なく不機嫌な状態であった。

 

「もう、もう……梓川の癖に生意気だっての、

それは確かに事実だけど、別に口に出す必要は無いじゃない」

 

 そんな理央も、さすがに電車に乗る頃には落ち着きを取り戻していた。

 

(そういえば今夜は室長から社乙会ってのに誘われているんだった、

どんな人達が来るんだろ、ちょっと楽しみだな……)

 

 そう考えながらソレイユに到着した理央は、かおりの姿を見つけて思わず頬が緩んだ。

 

「かおりさん!」

「あ、理央ちゃん、今日も精が出るね」

「かおりさん、その言い方はちょっとおばさん臭い……」

「えっ!?た、確かにそうかも、やばっ、気をつけないと……」

「八幡さんにもそう言われちゃう?」

「う、うん、それが私的に一番やばい!」

「あはははは、かおりさんって本当にそういうところ、隠さないよね」

「理央ちゃんも隠す必要は無いと思うけどなぁ?」

「う……反撃された……」

「ふふっ、それじゃあ今日も頑張ってね」

「うん!」

 

 理央はかおりとそんな会話を交わしながら、次世代技術研究部へと到着し、

そこで待っていた人物を見つけ、ほっこりとした。

 

「あ、理央ちゃん」

「真帆さんは今日もかわいいなぁ……」

「い、いきなり何を言い出すのよ!さあ、今日もしっかりしごくわよ!」

「はい、宜しくお願いします!」

 

 理央はこの背の小さな先輩の事が大好きだった。

その小さな体をちょこまかと動かしながら、面倒見がよく親身に自分の相手をしてくれる、

そんな真帆と一緒にいる時間は、とても楽しかったからだ。

 

「そういえば真帆さん、今日は何かを体験させてくれるって話でしたけど」

「そうよ、覚悟しておきなさい、人生観が変わるわよ」

「そ、それほどですか?」

「ええ、それほどよ」

「分かりました、楽しみにしておきます」

 

 そして真帆は何かの準備を始め、そこに舞衣とレヴェッカが顔を出した。

 

「イヴ、レヴィ、わざわざごめんね」

「いいよいいよ、今は部長もダル君もいなくて仕事も進めづらいし」

「俺もボスがいなくて暇だしな、ノープロブレムだ」

 

 そして二人は手早く部屋のカーテンを閉め始めた。

 

「うわ、そこまでの機密なんだ……」

「そうだよ理央ちゃん、これは本当に社外秘だから、

漏らしたら本気で殺されるかもしれないよ」

「おう、俺が殺す」

 

 舞衣とレヴェッカにそう脅された理央は、逆にわくわくするような顔をした。

 

「逆に凄く興味が沸いてきた」

「はっ、さすがはボスがスカウトしてきただけあって、根性すわってんなおい」

「まあ実は外から見ても、何をしてるのか絶対に理解出来ない類の代物なんだけどね」

「そうなんですか?」

「本来は部外者の俺が知ってるくらいだしな」

「それは八幡さんがレヴィの事を、プロとして信頼してるからでしょ」

 

 その雑談の間に真帆の作業は終わり、

理央は頭にアミュスフィアとは違うヘルメットのような物を被せられた。

 

「さて理央ちゃん、この時計を見て、長針が0時を指した瞬間にこう叫んでね、

『バーストリンク!』って。一秒でもずれると困った事になるから、

絶対に零時になった瞬間に、早口で言ってね」

「わ、分かりました」

 

 そして理央は時間になった瞬間に、言われた通りにこう叫んだ。

 

「「バーストリンク!」」

 

 その言葉が真帆とハモった瞬間、世界が青く染まった。

 

「こ、これは……」

「ようこそ加速世界へ、ってこのセリフ、一度言ってみたかったのよね!」

「加速世界?ええとつまり……時間が加速している?いや、そんな事は絶対に不可能……

だとすると、もしかして思考が加速しているんですか!?」

「おお、正解よ、さすがよねぇ」

「これがソレイユの研究ですか?」

「ええそうよ、これがニューロリンカープロジェクトの成果よ。

私やレスキネン部長や紅莉栖がここにいるのも、突き詰めればこれを見せられたからよ」

「す、凄い……一体どんな仕組みなんですか?」

 

 理央は普段の様子とはうって変わり、とても興奮した様子で質問してきた。

 

「今ここにいるあなたは本当の双葉理央じゃない」

「えっ?」

「とりあえず自分で考えてみなさい、アマデウスは見たんでしょう?」

「アマデウス……?ま、まさか………」

「説明してみなさい」

「は、はい、さっきバーストリンクと叫んだ瞬間に、

私の記憶がおそらくアマデウスにコピーされて、

本来の私の体は多分気を失うか何かさせられて、

なので今ここにいる私はアマデウスで、おそらくAIの性能次第だと思いますが、

処理速度を極限まで上げる事で、擬似的な加速状態を作り出している?」

「正解、さすがにヒントが大きすぎたかしらね」

「なるほど……」

 

 そして理央は、いくつかの質問を真帆に投げかけ、

それでやっと完全に今の状態を把握する事が出来た。

 

「記憶の継続性に関しては、書き戻す事で対応すると」

「そういう事」

「よくこんな事、実現出来ましたね……」

「それは紅莉栖一人のおかげと言う他ないわ、記憶の呼び出しはともかく、

書き込みはどうしても人体実験を行わないと駄目だからね」

「ま、まさかここで人体実験を!?」

「ええ、紅莉栖が自分自身でね」

「そこまでやりますか……」

「まあ紅莉栖だからね……」

 

 そして限界時間が訪れ、自動でログアウトした二人は、正常な世界へと帰還した。

 

「理央ちゃん、ニューロリンカーの初体験はどうだった?」

「す、凄く興奮しました!」

「そう、ちなみにこのアイデアは、紅莉栖と八幡さんが考えた事だからね」

「えっ、八幡さんが?素人なのに?」

「ええそうよ、どう?もっと八幡さんの事を好きになった?」

「え、えっと………」

 

 理央は突然舞衣にそう言われ、もじもじする事しか出来なかった。

肯定しても否定しても負けのような気がしたからである。

 

「あはははは、理央はかわいいなおい!さすがはバストが大きいだけの事はあるぜ!」

「レヴィ、そういう事を私達の前で言わないの!」

「そうよそうよ、私達の年だともう先がほとんど無くて辛いんだからね!」

 

 真帆と舞衣のその抗議を受け、レヴェッカは素直に謝った。

 

「悪い悪い」

「まったくもう……まあいいわ、

それじゃあ理央ちゃん、今日の体験授業はここまでにして、これから座学に入るわよ」

「はい、お願いします!」

「よろしい、イヴ、レヴィ、何かあった時の待機役を引き受けてくれてありがとね」

「おう、また何かあったら呼んでくれ、俺は受付の所にいるからな」

「私も出来る事を進めておこっと」

 

 そして二人が立ち去った後、理央は真帆の授業を受ける事となった。

理央は特に勉強が嫌いという訳ではなかったが、

この日の授業は加速世界を体験した直後という事もあり、

自分がこの研究に参加するんだという興奮で、とても勉強に身が入る事となった。

そしてそろそろ八時になろうかという頃、薔薇が理央を呼びに来た。

 

「入るわよ、真帆」

「あれ室長、もうそんな時間ですか?」

「あら、今日は随分授業に熱が入ったみたいね、

時間をオーバーしてる事に気がつかないなんて」

「す、すみません!」

「いいのよ、理央ちゃんの顔を見れば、どれだけ充実してたのか分かるもの」

 

 そして真帆は、また明日ねと言って理央を送り出した。

理央は社乙会に参加しないのかと真帆に聞いたが、

真帆はその言葉に苦笑しながらこう言った。

 

「興味はあるけど、私は別にあいつに恋しちゃってないからね」

 

 そう言われた理央は、頬を赤らめながら真帆に別れを告げ、薔薇の後に続いて歩き出した。

 

「室長、今日は何人くらい参加する予定なんですか?」

「ええと……私、南、クルス、かおり、舞衣、詩乃、雪乃、結衣、優美子、いろは、

あなたを入れれば十一人という事になるのかしら」

「うわ、凄いですね……」

「まあ潜在メンバーはもっと沢山いると思うんだけどね」

「せ、潜在メンバーですか!?」

 

 十一人でも多いと思っていた理央は、その言葉にとても驚いた。

 

「だってあいつを好きな女の子って、こんなもんじゃないのよ?

その他にもうちの社長とか、今日はここにいないアルゴ部長とか、

めぐり、珪子、フェイリス、千佳もかしら、あとは沙希、エルザ、萌郁、

ああ、後は北海道組の美優と舞さんもか……それに一番手強い香蓮さんと優里奈ちゃん、

自衛隊からは茉莉と志乃もかな、それに噂の双子と、多分絶対他にもいると思うわよ」

 

 その言葉に理央は少し顔を青くした。

 

「つ、つまり三十人弱はいると……?」

「ええそうよ、何となく分かってたでしょ?」

「そ、そうですね……改めて数えてみると、愕然としますが……

正妻の明日奈さんもいますしね」

「まあでもあなたは多分、八幡のお気に入りだと思うから、

簡単に諦めるとか思わない方がいいわよ」

「そ、そうなんですか?」

 

 理央はその言葉に食いつき、薔薇は苦笑した。

 

「な、何か根拠が?」

「だって理央ちゃんは、絶対にクビにしないって言われたんでしょ?」

「あ、はい」

「それってあいつと一生一緒にいられるってお墨付きじゃない。

それをハッキリ口に出してもらったのって、

明日奈以外だと私と優里奈ちゃんと、クルスもかな……あとはあなたしかいないのよ?」

「えっ?」

 

 その言葉に理央は嬉しさを感じつつも、とある事実に気付き、愕然とした。

 

「つ、つまり一生片思いを続けろと……?」

「どうかな、私達の最終目標は一夫多妻制だから、どうなるかはまだ分からないけど、

でもきっと、たまに飴がもらえると思うわよ」

「飴……ですか?」

「ええ、あいつはたまに無自覚に、こっちの恋心を満たしてくれることがあるの。

だから他に好きな人が出来るまでは、諦めない方がいいわよ」

「他に好きな人………」

 

 理央はそれについては無いと断言出来た。

伊達に年齢イコール片思い女子をやっている訳ではないのだ。

思えば小学生の時から、理央は色々な人に片思いを続けていた。

それが多少長くなるだけの話なのである。

 

「私、諦めません」

「いい返事ね、さあ着いたわ、社乙会へようこそ!」

 

 そして理央は参加者に改めて紹介され、まずは乾杯する事になった。

 

「理央ちゃん、乾杯の発声は、バカヤロー!だからね」

「わ、分かりました」

 

 そして薔薇の音頭で乾杯が行われた。

 

「この会もついに八回目、これからどんどん大きくなっていくと思うけど、

今日も思う存分あいつへの愚痴をぶちまけてやりましょう!

泥酔は禁止なので、飲みすぎないようにね。それじゃあいくわよ、八幡の?」

「「「「「「「「「「バカヤロー!!!」」」」」」」」」」

 

 参加者は皆楽しそうにそう言い、そして第八回社乙会が開始された。

理央は戸惑いながらも他の人の体験談などを聞き、

みんな苦労してるんだなと今更のように理解する事となった。

 

「大体何であの男がこんなにモテるのよ……

高校の時にもっと積極的にいっておくべきだったかしらね」

「だよねゆきのん、私達、その点は大失敗しちゃったよね」

「それを言ったら私、私はどうなるの?」

「かおりは本当に愚かだったわよね、この中で唯一彼に自分から告白されたっていうのに」

「い、言わないで!人の黒歴史をえぐらないで!」

「あーしは意外といい目をみさせてもらってる気がする」

「確かに彼の目覚めの時、丁度傍にいられたなんて、最高の体験よね」

「でも優美子先輩は、高校の時先輩に怖がられてましたよね」

「し、仕方ないじゃん、高校の時は本当に興味が無かったんだし」

「それを言ったら私だって……」

「南は明確に敵対してたもんね……まあドンマイ」

「うぅ……昔の馬鹿な自分を殴りたい……」

「この中で一番不遇なのって私じゃないですか!?」

「まあ舞衣はそもそもの接点がそんなに無いからね……」

「それに関しては、詩乃とクルスは恵まれてるわよね」

「ふふん、命を助けてもらいました!」

「努力が実った、頑張って良かった」

「私もお姫様抱っこをされたい!」

「あ、私、この前されました、お姫様抱っこ」

 

 理央がおずおずとそう言い、途端に全員の注目が理央に移った。

 

「理央ちゃん、それってどんな状況?」

「えっと……」

 

 そして窓から逃げようとして足を滑らせたという理央の言葉を聞いて、

参加者達はどよめいた。

 

「相変わらずあの男はいい場面をかっさらっていくわね……」

「その後に心配そうな姿を見せるなんて、絶対に落としにきてるじゃない!」

「さすがは無自覚ラブコメ野郎……」

 

 そんな感想に一緒に笑いながら、理央はこの日、

思う存分仲間達と一緒に八幡への愚痴をぶちまけたのだった。

ちなみにその後の状況については、多分に性的な表現が含まれる為、

彼女達の名誉の為に、一切外に漏らされる事はやめておく。

こうして理央は、適度に片思いのストレスを解消しつつ、

たまに八幡に優しくしてもらう事でその恋心を成長させ、

勉強と恋に邁進していく事となるのであった。




明日も単話となります!


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第635話 産声

 その日、重村徹大は、いつものように娘である重村悠那の様子を見る為に、

密かに悠那を運び込んだ、知り合いの病院の病室を訪れていた。

 

「悠那……もしかしてお前もゲームの中で戦っているのか?

それとも仲間を勇気付けようと、歌い続けているのか?

どちらにしろ、必ず無事に帰ってきてくれ……そして早く私に微笑んでおくれ……」

 

 その瞬間に悠那のナーヴギアが唸りを上げ、バリッという音と共に一瞬だけ発光し、

徹大はまさかゲーム内で悠那が死んだのではないかと心臓の鼓動を早くした。

だがその光は本当に一瞬で止まり、そこに徹大の知り合いの医者が駆け込んできた。

 

「重村さん、今ニュースで……」

 

 そして徹大は、ニュースでSAOがクリアされた事を知った。

だが悠那が目覚める事は無かった。

その直後の検査により、先ほどの発光で脳が損傷している可能性が指摘された。

徹大はその事に深く絶望しつつも、

他にも百人ほど目覚めていない者がいる事が同時に報道された為、

それに一縷の望みを託し、その時を悠那の傍でじっと待ち続けていた。

 

 

 

 そしてついにその時が訪れた。まだ眠り続けていた百人の未帰還者が目覚めたのだ。

徹大はその報道を聞いた瞬間に病院に駆けつけ、

悠那が目覚めるのを今か今かと待ち続けていた。だがこの時も悠那が目覚める事は無かった。

これにより悠那が目覚めない理由は、やはり脳の損傷だろうと断定される事となった。

だが確かにまだ悠那は生きている、悠那を目覚めさせる為なら何でもしよう、

徹大はそう考え、自分には畑違いの脳科学の分野の勉強を、新たに始める事にした。

 

 

 

「教授、お顔の色が優れないようですが、大丈夫ですか?」

「ああ、すまない、色々と気がかりな事が多くてね」

 

 それから実に二年の時が過ぎた。悠那はまだ目覚めてはいない。

徹大は悠那の健康の維持にかなりの金額を注ぎ込んでいたが、

そろそろ体の維持にも本当の限界が近付いており、徹大はかなり焦っていた。

医者にはリミットはあと一年と言われている。

 

(いっそ、今からでも国に助けを求めようか、そもそも隠す必要は無いんだし)

 

 徹大が悠那の存在を政府に報告しなかったのは、ひとえにゴシップを避ける為であった。

だがその利己的な判断は、完全に間違いであった。

最初から報告されていれば、手厚い支援を受ける事も可能であったが、

今となっては逆にマスコミ等によって大騒ぎされる事にもなりかねない、

実際は同情する人の方が多く集まりそうではあったが、

徹大のプライドがそれを許さなかった。そして徹大はそのタイミングで、

技術顧問をしていたカムラ社から、とあるオファーを受ける事となった。

 

「オーグマー?」

「はい、拡張現実端末として、広く普及させたいと思ってまして、

その開発にご協力頂けないかと」

 

 この申し出に徹大はかなり迷ったが、最終的にはそれを受ける事にした。

 

(あるいはこれを使えば、悠那を目覚めさせる事が出来るかもしれん、

つまりはオーグマーの脳への直結、そして脳の再起動、

記憶領域が損傷しているかどうかは未知数だと医者は言っていた、

だったらあるいは記憶を取り戻した状態で、悠那が復活する可能性は否定出来ないはずだ)

 

 そんな夢のような事を考えながら、徹大はオーグマーの開発に邁進していた。

そこに再び転機が訪れた。

 

「SAOの別サーバーが、茅場君の別荘で発見された?」

「はい、それでその調査のお手伝いをしてもらえないかと」

「ふむ、他には誰か来るのかい?さすがに私一人では……」

 

 徹大は忙しい事もあり、遠まわしにその依頼を断ろうとした。

だがそこで出てきた名前を聞いて、徹大は考えを変えた。

 

「牧瀬紅莉栖?まさか彼女が日本に?」

「ええ、他には彼女の恩師のレスキネン元教授とソレイユの技術スタッフ、

それにレクトの技術者が参加する予定です」

「そういう事なら是非参加させてもらう」

「それは良かった、こちらとしても助かります」

 

 その政府関係者の男は菊岡と名乗り、名刺を置いて帰っていった。

牧瀬紅莉栖の名は徹大も知っていた。偉大なる世界最高の脳科学者、

いずれ悠那を目覚めさせる時が来たら、是非彼女達にも協力を依頼したい、

その為にはこのタイミングで是非友誼を結んでおきたい、

徹大はそう考え、長野の山奥へと足を運び、そこではちまんくんの存在を知った。

 

(つまり、他人から悠那に関する記憶を集めれば、例え悠那が記憶を失っていたとしても、

かなりの部分を補完する事が出来る……その為には……)

 

 そして徹大は、悠那がどういった行動をとったのか、

その関係者はどういった行動をとったのかを調べる為に、

より詳細な個人データを得ようと、夜のサーバールームへと忍び込み、

まんまとそのデータのコピーを入手する事に成功した。

そこで徹大は、悠那が主に攻略組と飛ばれる連中と行動を共にしていた事を知った。

これは悠那の行動パターンから推測する事が出来たのだが、

同時に彼に協力者がいた事が、この作業を完遂させる原動力となった。

その協力者の名前は後沢鋭二、ユナの元同級生であり、SAOサバイバーである。

その所属は血盟騎士団であり、プレイヤーネームはノーチラスという。

鋭二は攻略組のほとんどの顔と名前を知っており、

探偵に依頼した結果、そのほとんどが、今は帰還者用学校に通っている事を突き止めていた。

 

「教授、調査がほぼ終了しました」

「そうか、で、結果は?」

「こちらに必要な者は、そのほとんどが帰還者用学校の生徒となります。

最大のターゲットであるハチマンさんも、そこにいます」

 

 徹大は鋭二がそのハチマンというプレイヤーに敬語を使った事が引っかかったが、

まあ以前の上司か何かだったんだろうと思い、それをスルーした。

鋭二は鋭二で、ハチマンには色々と気を遣ってもらった恩がある為、

ハチマンに迷惑をかけるのは正直気が進まなかったのだが、

それでも悠那の為と歯を食いしばり、計画に協力し続けた。

いずれ鋭二がハチマンの事を呼び捨てにする時が、ハチマンの犠牲を容認した時なのだろう。

ちなみにこれは、アスナに対しても同様であった。

 

「そうか………では計画を進める事にしよう」

「はい、悠那を復活させる為に頑張りましょう、その為なら俺は何でもしますので」

 

 徹大は悠那の幼馴染である鋭二の事を、昔からよく知ってはいた。

だが同時に、データを精査する事で、

悠那が死亡した時にこの男がすぐ近くにいた事もまた知っていた。

 

(この男がせめてあと一秒、時間を稼げていれば、こんな事にはならなかったのだ。

今はこの男を利用して、悠那に関する記憶を集めよう、

そして最後はこの男の脳をもスキャンして、そして……)

 

 殺す。徹大は最初から鋭二を使い捨てにする事を決断していた。

鋭二はどうやら悠那の事が好きだったようであり、

悠那を生き返らせようとしているその意欲も本物なのだろう。

だが鋭二は一度も徹大に謝罪をしていない、

それどころか悠那がゲーム内で死ぬ事になった原因を、他のプレイヤーのせいにしていた。

 

(プライドだけは高い、私と一緒だな)

 

 徹大は自嘲ぎみにそう考えつつも、いずれ鋭二を殺す為に、

今日もオーグマーの開発を続けていた。

それと同時に徹大は、他にとある作業を寝る間も惜しんでひたすら続けていた。

それは茅場製AIに、悠那の客観的なデータを入力していくという作業であった。

徹大はありとあらゆるデータを集め、それをひたすら入力していき、

たまにAIを起動させ、どんな反応を示す事になるのかデータを集め続けた。

そしてある時、そのAIは徹大に向かってこう言った。

 

「………お父さん?」

「………悠那、悠那なのか?」

「それは分からない、でも確かにあなたは私のお父さんですよね?」

「おお、おお……」

 

 それからの徹大は、オーグマーの開発を多少遅らせる事になりはしたが、

そんな事はおかまいなしにと、悠那に関する資料を鋭二を使って集めさせ、

ひたすらそのAIに覚えさせる作業に没頭し、

ついにそのAIは、違和感を感じさせないくらい悠那に近い反応を見せるようになった。

これで前準備はそろそろいいだろうと判断した徹大は、ある日、そのAIにこう言った。

 

「お前の名前は?」

「重村悠那だよお父さん、もう、いきなり何を言ってるの?」

「ごめんごめん、その通りだ悠那。だがこれからお前は、別の名前を名乗りなさい、

悠那ではなくカタカナでユナ、そう、お前はユナだ」

「何それ、どういう事?」

「芸名だと思ってくれればいい、ユナ、お前はその名を使い、

これから世界中の人達を歌で幸せにしていくんだ」

「歌で……?うん、分かった、それじゃあ今後はそう名乗る事にするね、

アイドルが本名を名乗る事なんて、確かにありえないもんね」

「ああ、その通りだユナ」

「それじゃあこれからは、自分で曲を作って歌って踊れるように頑張ってみるね」

「何か参考資料が欲しかったら、いつでも言うんだぞ」

「うんお父さん、ありがとう!」

 

 こうしてオーグマーがまだ完成すらしていない段階で、

先行して世界にユナという名前のAIの歌姫が誕生する事となった。

こちらは今後は便宜的に白ユナと呼称する事にしておく。

だがその存在を知る者は、まだ徹大と鋭二だけであった。

 

 

 

 一方本来の悠那は、教授の手によりまめに新しいオーグマーを装着されていた。

 

「これも駄目か……まだだ、まだ足りない、少しでも反応があれば、

脳に直結する研究を進めるところなんだが……」

 

 だが教授は気付いていなかった。その試作段階のオーグマーに、

ほとんど計測出来ないレベルではあるが、本来の悠那からの脳波が届いていた事を。

あるいは紅莉栖なら気付いたかもしれないが、徹大は脳科学の勉強をしたというものの、

まだまだ素人レベルを脱してはおらず、その事に気付かなかった。

そのせいで、電脳世界にもう一人、ユナの名を持つ者がその産声を上げた。

そちらのユナ、仮に黒ユナと呼称するが、

黒ユナは自我があるにはあったが、その自我はもやに包まれたような状態であり、

ただ本能の赴くままに、ハチマンの姿を求めて電脳世界をさ迷い続ける事となった。

こうして二人のユナが産声を上げ、その二人はオーグマーが世に登場した瞬間に、

同時に世界に現れる事となるのであった。だがその時は、まだしばらく先の事となる。




オーディナル・スケールに関する仕込みはこれでほとんど終わり、
後は白ユナが先行してデビューするくらいとなります。
ちなみにユナの健康に関しては、明日奈が受けていたのと同じかそれ以上の待遇であった為、八幡達よりもまともな状態を維持出来ていましたが、それももう限界のようです!


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第636話 理央、学校にて

今日から理央がメインの最終章を、二話でお届けします、要するに両親の説得です!


 旅行を終えた数日後、理央から八幡にこんな連絡があった。

 

「あ、八幡さん?私だけど」

「おう、もうすっかりタメ口だな、いいぞ理央。

で、わざわざ電話してくるなんてどうしたんだ?」

「えっと、実は急な話なんだけど、明日うちの両親が珍しく家に二人揃うみたいなの。

たった今知ったばっかりだから本当にごめん、で、明日って大丈夫?」

「ああ、そういう事か、大丈夫だぞ、それじゃあ明日学校まで迎えに行くから、

理央のご両親を頑張って説得する事にしようか」

「うちの両親ってかなり頭が固いけど、大丈夫かな……?」

「任せろ、どんな汚い手段を使ってでも説得してやる」

「よ、よろしく………あっ」

 

 理央はその八幡の言葉に鼻白んだが、それがどうしても自分を欲しいという、

八幡の意思表示に他ならない事に気がつき、思わず嬉しそうな声を上げてしまった。

 

(うわ、私ってばチョロすぎでしょ、絶対こんなの私じゃないって)

 

「ん、どうした?」

「あ、ううん、何でもない」

「何でもないと言いつつ、随分と上機嫌みたいだが……」

「何でもないってば、それじゃあ明日お願いね!」

「おう、また明日な」

 

 こうして八幡が、双葉家に訪問する事が決定された。

 

 

 

「なぁ双葉、何をそわそわしてるんだ?」

「………国見、そう見える?」

「ああ、せっかく三人での昼飯中だっていうのに、

さっきから校門の方をチラチラ見てばっかだしな。咲太もそう思うよな?」

「確かにそうだな、これはどこからともなく恋の気配が……」

「黙れこのブタ野郎」

 

 そう言って理央は、意識して視線を校門の方に向けないように心がけ、

咲太を睨みながら弁当を食べ始めた。

だが校門の前を車が通る度に、理央は反射的にそちらを見てしまった為、

以前詩乃に聞いた話を思い出して、少し落ち込んでもいた。

 

(詩乃ちゃんがこの前、二回目に八幡さんが学校に迎えに来た時の話をしてくれた時、

それが授業中だったせいで、それ以降はそわそわしっぱなしだったって言ってたんだよなぁ、

さすがにそれはどうなのってその時は笑っちゃったけど、詩乃ちゃん、ごめんね……)

 

 理央は、今まさに自分の状態がそれだと感じており、心の中で詩乃に謝り続けていた。

 

(絶対にこんなのは私じゃない、後で八幡さんに文句を言ってやるんだから)

 

 理央はそう理不尽な事を考えつつ、何とか食事を終える事が出来た。

 

「で?」

「でって何」

「いや、今日何かあるのかなって」

「何でそれを梓川に言わないといけないの」

「双葉、俺でも駄目か?」

「国見でも駄目」

「おおう、俺もついに双葉に咲太扱いされるようになったか、

凄えな八幡さん、ここまで双葉の心を掴むなんて」

 

 その冗談は、かなりギリギリの物だったが、理央はその冗談を笑顔で軽く流した。

 

「別に心を掴まれてなんかないし、というか死ね、ブタ野郎ども」

「笑顔でそう言われると、ちょっと快感になってくるな」

「おお、初めてブタ野郎って言われたぞ、何か新鮮な気分だな」

 

 そんな二人を無視し、理央は校門の方を見つめ続けた。

そんな状態が結局最後まで続き、まもなくこの日の授業が全て終わるという頃、

帰りのホームルームの最中に、それは起こった。

 

「………連絡事項は以上です、何か質問はありますか?」

「あっ」

「双葉さん、何ですか?」

「いえ、何でもないです」

 

 担任の女性教師は、そんな双葉を見て首を傾げ、その視線の先にあるものを見た。

そしてそこに見覚えのある黒い高級車の姿を見つけ、ホームルームの終了を宣言した後、

そっと理央の近くに近付き、こう耳打ちした。

 

「早く行かないと囲まれちゃうわよ、まあもう遅いかもしれないけどね。

そしてソレイユへの就職おめでとう双葉さん、大変だと思うけど頑張ってね」

「は、はい、ありがとうございます」

 

 理央は担任にそうお礼を言うと、脱兎の如くその場から逃げ、外へと駆け出していった。

そんな理央の姿を見た他のクラスメート達は、遅ればせながら八幡の存在に気付き、

野次馬根性を発揮したのか、慌てて理央の後を追った。

 

「おい、またあの人が来てるぜ!」

「おう、あの双葉さんに首輪を着けた人な!」

「そういえば双葉さん、たまに指輪も愛おしそうに見てるわよね、実際は凶器なんだけど」

「双葉って最近何かエロくなったよな」

「あんたね、そういう事を言うと、感電させられるわよ」

「いや、ちょっかいなんか出さねえって、将来ソレイユどころか、

他の所にも就職出来なくなっちまうかもしれないじゃないかよ、単純に褒めてるんだって」

「どこが褒め言葉なのよ、でも双葉さん、本当にかわいくなったよね」

 

 クラスメート達はそんな会話を交わしながら、理央の後を追った。

そして理央が校庭に出た時、先にホームルームを終えたのだろう、

他のクラスの生徒達が、八幡を遠巻きにしている姿が見え、理央はため息をついた。

 

「お、遅かった……」

「まあ今の双葉にちょっかいを出してくる奴は誰もいないだろ、堂々と行け、堂々と」

「いざとなったら八幡さんに駆け寄って、抱きつくくらいしちまえばいいさ」

「あんた達、他人事だと思って……」

 

 そう声をかけてきたのは咲太と佑真だった。

二人は若干息を切らせており、昼の様子から多分放課後に何かあるのだろうと思い、

いち早く八幡の姿を見つけ、ダッシュで校門前に駆けつけたという訳であった。

 

「ほら、早く行けって」

「王子様がお待ちかねだぞ」

「お、王子って、八幡さんはそんな柄じゃないでしょ」

 

 そう言いつつも、理央の目には確かに八幡が王子様のように見えていた。

 

(こんなの絶対私じゃない、絶対に違う……)

 

 そう言いながらも理央は既に駆け出しており、

理央はそんな自分の事を、頭の中のもう一人の自分が、

呆れた顔で見つめているように感じていた。

 

「もういい加減素直に好きって言っちゃえばいいのに」

 

 それはおそらく理央の本能の部分なのだろう、

頭の中からそんな声が聞こえ、理央は思わず声に出してこう言った。

 

「う、うるさい!八幡さんの事が好きだなんて、そう簡単に言える訳がないじゃない!」

「ん、理央は俺の事が好きなのか?」

 

 突然目の前からそんな声が聞こえ、理央は慌ててその人物を見た。

そこには戸惑ったような八幡の顔があり、理央は瞬時に自分の失敗を悟った。

 

「ち、違う、それは気のせい、ただの幻聴」

「あれ、何かと聞き間違えたか?悪いな、おかしな事を尋ねちまって」

「べ、別にいいよ、広い心で許します」

「おお、サンキューな、それじゃあ行くか」

 

 そう素直に謝ってくる八幡に、理央は罪悪感を感じていた。

せめて何かお詫びがしたい、そう思った理央は、無意識に八幡の腕を掴み、胸に抱いた。

 

「おっと悪い、何か用事が残ってたか?」

「あ、えっと……」

 

 理央は困り果て、この後どうしようかと必死で考えていた。

その結果、出た結論はこうである。

 

(これではまったくお詫びになってない、目の前の八幡さんは、

せっかく私がその腕をこの豊満な胸に挟んでいるのに何の反応も示さない。

これじゃあ私がただの変態みたいに見えるだけ、せめて何かリアクションがあれば……)

 

 理央は自分の思考がおかしくなっている事に気付かないまま、

更に八幡の腕を強く自分の胸に押し付けた。それによってさすがの八幡も赤面した。

 

(リアクション来た!やっぱり嬉しいんじゃない!)

 

 そう考える理央の肩を、誰かがポンと叩いた。

それは八幡の事を羨ましそうに見ていた咲太であった。隣には佑真の姿も見える。

 

「おい双葉、八幡さんが困ってるだろ」

「べ、別に困ってなんか……いない……よね?」

「ん?ああ、まあ嬉しくない訳じゃないんだが、さすがに恥ずかしいな、

理央、さっきから一体どうしたんだ?」

 

 それで初めて、理央は周囲からの生暖かい視線を感じ、慌てて八幡の腕を放した。

その顔は真っ赤に染まっており、その表情が更に周囲の視線の温度を上げた。

 

「あ、えっと……」

「おう」

「八幡さんの腕が……」

「腕が?」

「意外と筋肉質だなって思って……」

 

 そのあまりにも苦しすぎる言い訳に、咲太と佑真は天を仰いだ。

だが八幡は、自分の腕をにぎにぎしながら、笑顔で理央にこう言った。

 

「まあ自分の身を自分で守れるくらいには、鍛えてるからな」

「そ、そうなんだ、だからこの前は私を簡単に受け止められたんだね」

 

 理央は知らなかった、こういう時の八幡は、たまに突飛な行動に出る事を。

そして八幡は、周囲の目も気にせずにいきなり理央を持ち上げた。

お姫様抱っこ、再びである。その瞬間に、周囲から黄色い声が上がった。

 

「おう、理央なんか軽いもんだ、ついでにこのまま助手席まで運んでやろう」

「…………っ!?」

 

 理央は今、自分の身に何が起こっているのかまったく理解出来なかった。

ただその頭の中を、先日の薔薇の言葉がぐるぐると回っていた。

 

『でもきっと、たまに飴がもらえると思うわよ』

『飴……ですか?』

『ええ、あいつはたまに無自覚に、こっちの恋心を満たしてくれることがあるの』

 

「これが……飴なんだ……」

「飴?何の事だ?」

「う、ううん、何でもない」

「相変わらず理央はたまに意味不明になるよな、おいキット、助手席のドアを開けてくれ」

『分かりました』

 

 そして音も無く静かに助手席のドアが開き、綺麗に直立した。

 

「おお……」

「やっぱり格好いいな……」

 

 そしてそのまま理央は助手席まで運ばれ、八幡はそのドアを閉めると、

運転席側に戻り、改めて二人に挨拶をした。

 

「久しぶりだな、二人とも」

「お久しぶりです!」

「今日は一体どうしたんですか?」

「ん、理央から何も聞いてないのか?」

「それがですね、双葉は何も教えてくれないんですよ」

「そうか、いやな、今日は理央のご両親が二人とも家にいるらしくてな、

理央の卒業後に進学をやめさせて、就職してもらう事を許してもらおうと、

これから家にお邪魔して説得すると、まあそんな訳だな」

「ああ、この前言ってたあれですか!」

「要するに、お嬢さんを僕に下さいって言いにいくって事ですね」

「まあそういう事だ」

 

 八幡はその冗談にニヤリと笑い、そのまま運転席に乗り込んだ。

 

「それじゃあちょっと行ってくるわ、またな、二人とも」

「はい、またです!」

「双葉の事、宜しくお願いします!」

「おう、任せろ!」

 

 そして八幡達は去っていったが、周囲はまだどよめいたままだった。

 

「いいなぁ、あんなに格好いい車でお迎えなんて、凄く羨ましい」

「今就職って聞こえたよな、どういう事なんだろ」

「噂だとあの子、進学するのをやめて、ソレイユに就職する事になったみたい」

「え、マジかよ、あのソレイユに?それなら進学しないのも全然アリだな」

「初任給っていくらくらいなんだろ……」

「公開されてただろ、確か平均の倍くらいだぞ……」

「凄え……完全にあの子、勝ち組じゃん」

「やっかみも凄そうだけど、どこからもそんな話は聞こえてこないな」

「馬鹿お前、あの話を知らないのか?あの子は完全にあの人に守られてて、

下手に手を出すと、こっちの人生が終わっちまうんだぞ!」

「え、マジかよ、凄いなソレイユ……」

 

 そんな周囲の声を聞きながら、咲太は必死に演技した甲斐があったと一人頷いていた。

 

「さて、俺達も帰るか」

「どうなったかは明日双葉に聞けばいいな」

「だな」

 

 その後理央は、知らないうちに学校内で、姫と呼ばれるようになった。

詩乃とまったく同じパターンである。

当の理央は次の日に学校でそう呼ばれ、大いに焦る事になるのだが、

その理央は、今はただ八幡が隣にいる事を喜んでおり、

同時に頑張って親を説得しようとファイトを燃やしていた。

もっとも親の説得は一瞬で終わってしまう事になるのだが、理央はその事をまだ知らない。



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第637話 理央、覚悟を決める

「ところで理央、まだ結構早い時間だが、ご両親はもう家にいるのか?」

「う、うん、昨日ね、八幡さんが今日家に来るって言ったら、二人とも今日は休むって」

「ほうほう、普段は理央は、ほとんど一人で家にいるんだよな?」

「うん、だから卒業したら、会社の寮に入りたいなって思って」

「なるほど、そういう事情なら確かにそれはありだろうな」

「それにほら、家から会社に通うのは、ちょっと時間がかかりすぎるしね」

「まあ確かにそうだよな」

「あ、別に両親が嫌いな訳じゃないからね?」

「分かってるって」

「本当に?」

「ああ、本当だ」

「ならいい」

 

 二人ともそれ以上は特に何も言わず、キットは順調に理央の家へと向かっていた。

そして家の前に着いた瞬間に、理央の両親が家から飛び出してきた。

 

「比企谷さんお久しぶりです、わざわざお越し頂いて申し訳ありません」

「初めまして、理央の母です」

「こちらこそいきなり来てしまって申し訳ありません、

今日は色々とお嬢さん絡みでお願いがありまして、参上致しました」

「はい、娘から伺っております、どうぞこちらへ」

「ありがとうございます、それではお邪魔します」

 

 そんな堂々とした八幡の姿を見て、理央は内心でさすがだなと感心していた。

以前咲太と佑真がたまたま家に来た時は、家の大きさに驚いてくれたものだが、

八幡はまったくそんなそぶりを見せる気配がない。

なので理央は、何となく八幡にその事を尋ねる事にした。

 

「ねぇ八幡さん、うちってそんなに大きい方じゃないのかな?」

「いきなり何だ?まあ大きい方なんじゃないか?」

「……それにしては全然驚かないんだね」

「そりゃそうだろ、姉さんの家なんか、この十倍くらいあるんだぞ」

「うわ、それは凄いね」

「まあ何でそんな事を聞いてきたのかは分からないが、そんな事は気にするなって、

家がどうだろうと、俺達がやる事は変わらないさ」

「そうだね、ごめん」

 

 そして居間に通された八幡は、おもむろに眼鏡をかけ、何か資料のような物を取り出した。

 

「比企谷さん、それは?」

「これはこれからお二人を説得するのに使う資料です」

「なるほど、それではお話を伺いましょう」

 

 そして八幡は、開口一番にこう言った。

 

「今日はお二人に無理なお願いをしにやってきました。

どうか理央の進学を諦めて頂いて、

高校卒業後にうちに就職するのを認めてやってもらえませんでしょうか」

 

 そのストレートな物言いに、理央はぎょっとし、両親の反発を覚悟したが、

予想に反して二人は穏やかな声で、八幡にこう話しかけてきた。

 

「その前にひとつお詫びを、私は以前から貴社にはコネがあるなどと吹聴しておりましたが、

それは全て撤回致します、ご不快な思いをさせてしまったら申し訳ありません」

「いえ、うちにもコネはやっぱりありますからね、

例えばこの理央は、完全に俺のコネでの入社になりますからね」

「ぶっ……」

 

 その言葉に理央は思わず噴き出した。確かにそうだと思ったからだ。

 

「なのでお気になさらず、悪気が無かった事は分かってますから」

「そう言って頂けると助かります、それでは詳しいお話をお願いします」

「分かりました」

 

 そして八幡は、先ほどの資料を二人に提示した。

だがよく見るとそれは、契約書のような物であった。

 

「まずはこちらをお読み下さい、これはわが社が理央さんに提示する雇用条件です」

「拝見します」

 

 そして二人はそれを読み始めた。理央もその内容が気になったが、

二人がたまに驚いたような顔をしたり、うんうんと頷いたような表情を見せていた為、

多分いい条件を提示してくれたんだろうなと思い、じっと二人の決断を待つ事にした。

そしてどれくらいの時間が経っただろうか、二人は顔を上げ、戸惑ったような表情を見せた。

その様子に理央は、一抹の不安を感じたのだが、それはまったくの杞憂だった。

 

「本当にこの条件でいいんですか?」

「ええ、もちろんです」

「でもこれはさすがに、一介の高校生に提示するには破格すぎるのではないかと……」

 

 その言葉に理央はぎょっとした。

もしかして、想像以上のとんでもない事が書かれているんじゃないだろうか、

そう思った理央は、慌ててその契約書を両親の手から奪い去り、目を通した。

その間に八幡は、二人にあっさりとこう言った。

 

「そうですね、正直賭けの要素はあります、でも多分そうはならないでしょう、

何せ理央はうちの機密を知って尚、是非参加したいとファイトを燃やしたらしいですからね」

「ソレイユの機密ですか……」

「ええ、世界を変える技術だと自負しております、

まあそっちの公開はかなり先になると思いますが、

うちにはそれ以外にも、双葉先生もご存知のアレがありますからね、

理央に払う以上の利益を簡単に増やし続ける事が可能ですので」

「ああ、アレですか……アレなら確かに……」

「はい、アレです」

 

 八幡はそう言って、ただニコニコと微笑んでいた。

 

「分かりました、娘を宜しくお願いします」

「ありがとうございます、必ず幸せにしてみせます」

 

 八幡のその言葉に、理央は思わず噴き出した。

 

「落ち着け理央、別におかしな意味じゃない」

「わ、分かってる」

 

 そう顔を赤くする理央を見て、二人は何か悟ったようだが、特に何も言わなかった。

 

「それじゃあ俺はこの辺りでお暇しますね、

詳しい条件については後日理央に正式な書類を渡しておきますので、

その時に目を通して頂いて、サインを頂ければと」

「分かりました、娘を宜しくお願いします」

「はい、確かに引き受けました」

「それじゃあ理央、またな。ご両親とちゃんと話すんだぞ」

「あ、う、うん」

 

 そしてそのまま八幡は去っていき、残された理央は、

あまりのあっけなさに呆然としつつ、契約書に目をやった。

そこにはこんな文字が書かれていた。

 

・見習い時(高校卒業前)の給料は、時間に関わらず日給一万とす。

・入社時年俸五百万、ただし手取り。

・随時昇給、ただし上限年五十万。減給は無いものとす。

・月の休みは十日、繁忙期にはその限りではないが、時期を見て必ず代休を取る事。

・残業は基本禁止、どうしても当日に必要であり、時間内に仕事が終わらない場合は許可。

・有給は法令通りに付与、出来るだけ消化する事が望ましい。

・交通費支給、その他手当も完備。

・希望があれば寮への入寮も可、寮費は月一万円。光熱費は自腹で支払う事。

・軽井沢他、各地に保養所有り、利用希望者は早めに申告する事。

・オペレーションD8が発動された場合は会社の指示に従う事。

・双葉理央を、比企谷八幡が社長昇進後、その直属メンバーに任命す。別途手当有り。

・双葉理央は、いかなる者によっても定年まで解雇されない事とす。

・ただし上記事項は、本人が重大犯罪を犯した場合は無効とす。

 

 そして最後の一文だけは、手書きでこう書いてあった。

 

・比企谷八幡の名前の呼び捨てを許可す。

 

 これを見た理央は、何と言っていいのか分からず押し黙った。

そんな理央を、両親は穏やかな目で見つめていた。

 

「理央、何か条件に不満でもあるのかい?」

「えっと、そういうのは特に……むしろいい条件すぎて戸惑う……」

 

 そんな理央に、二人はこう言った。

 

「理央に今まで寂しい思いをさせてきた事は自覚してる、

でも理央は、私達が思う以上にいい子に育ってくれたと思う」

「そんなあなたを今、こんなにもいい条件で欲しいと言ってくれる方がいるのを、

私達は誇りに思うわ、理央」

「だからお前はこれからは、好きな事を仕事にして、自由に生きていきなさい」

「もちろん親子の縁を切るって事じゃありませんからね、

帰ってきたくなったらいつでも言ってくれていいのよ」

「幸せになりなさい、理央」

「出来れば早く孫の顔を見せてね、

でも変な男には絶対にひっかからないように気をつけるのよ、

もっとも理央には今、好きな人がいるみたいだけどね」

 

 そう二人に交互に言葉を投げかけられ、理央はぽろぽろと涙を流し始めた。

それはもちろん嬉し涙であり、そんな理央を、二人は優しく抱きしめた。

 

「お父さん、お母さん……」

「大丈夫、ソレイユの比企谷さんといえば、お前が思ってる以上の大物だからね」

「そうなの?」

 

 泣き顔のまま、そうキョトンとする理央に、二人は笑顔でこう言った。

 

「ああ、さっき彼が言ってたアレ、メディキュボイドというんだが、理央は知ってるかい?」

「確かお父さんのいる病院に今度導入される予定の、終末医療に使われるっていう機械?」

「ああそうだ、あれはソレイユの独占商品なんだが、それには理由がある。

他の会社が作らないんじゃなく作れないんだ。あれはそれくらいとんでもない技術の塊でね」

「そうなんだ」

「それをソレイユ社にもたらしたのが彼、比企谷さんなのよ」

「そ、そうなの?お母さん」

「ええ、私の業界でも彼の話はたまに聞こえてくるもの。

それに彼は、本当かどうかは分からないけれど、英雄なのだそうよ」

「英雄?」

 

 その言葉は理央にはピンとこなかったらしい。

 

「ああ、理央も知ってるだろ?彼がSAOサバイバーだという事を」

「うん、それは知ってるけど、英雄って?」

「SAOをクリアした、何人かのプレイヤーの事ね、噂では三人か四人いるらしいわよ」

「SAOサバイバーは、その英雄の正体を、基本的に明かそうとはしないらしいよ、

それだけその人物に感謝しているんだろうね」

「えっと、それって……」

「その人物の名前は、あくまでキャラとしての名前なのだけれど、ハチマンというらしいわ」

「ハチマン………」

 

 理央はその人物が八幡なのだと、漠然と理解した。

 

「そして彼は、SAOがクリアされた少し後に、あの業界に彗星のように現れた。

後は説明しなくても分かるね?」

「う、うん……」

「興味があるなら調べてみるといい」

「分かった、そうしてみる。でも二人はどうしてそんな事に詳しいの?」

「そうだね、よく考えてごらん?SAOサバイバーは約六千人、

ではその六千人には家族がどれくらいいると思う?」

「ええと……数万人?親戚とかも含めるともっとかも」

「それじゃあその人達は、何の仕事をしていると思う?」

「ええと、色々……」

 

 その時点で理央は、二人が何を言いたいか悟ったようだ。

 

「分かったようだね、つまりはそういう事だよ」

「どの業界にも、一定数彼の支持者がいるのよ」

「ちなみにうちの病院にも、何人もSAOサバイバーがいたからね」

「そっか、そういえばそうだね」

「だから理央、もう一度言うが、彼を信じてその後をついていき、幸せになりなさい」

「うん、分かったよお父さんお母さん、私、幸せになる。

そして彼に与えてもらった以上の物を彼に返すつもり」

「頑張るんだぞ、理央」

「頑張りなさい、理央」

「うん!」

 

 こうして理央は、身も心もソレイユに、そして八幡に捧げる決意をした。

そこに恋心が混じるのはご愛嬌である。

 

 

 

 そして次の日、理央は咲太と佑真に昨日提示された条件について説明していた。

 

「………え、これってマジかよ」

「うん、後日正式な書類が届いたら、サインする事になるよ」

「二十代で年俸一千万に届くじゃないかよ……」

「最速ならそうだけど、でもやっぱりこういうのはお金じゃないからね」

「好きな事に打ち込めるのが一番だって?」

「うん、まあそんな感じ」

「好きな人と一緒にいられるのが一番の間違いじゃないか?」

「うん、まあそんな感じ」

 

 理央がしれっとそう言った為、二人は顔を見合わせた。

 

「はいはい、さっさと幸せになってくれ」

「だな、もういいから幸せになっちまえよ」

「うん、幸せになるよ」

 

 理央はそう言いながら、八幡、とボソリと呟いた。

 

「お、早速最後の項目の権利を使いやがったな」

「まあせっかくくれた権利だしね」

「というかこれって、そう呼べって事だよな」

「ここだけ手書きだし、冗談のつもりなのかもしれないけど」

 

 理央は二人には、昨日調べた英雄ハチマンの事は伝えなかった。

八幡が、自分の名前が賞賛される事を望んでいるとは思わなかったからだ。

むしろ迷惑そうな顔をするのは間違いない。そして最後に佑真が理央にこう尋ねた。

 

「で、このオペレーションD8って何だ?」

「あ、それは私も分からなかったから、かおりさんに聞いたんだけど」

「かおりさんって確か、先日写真を見せてもらったあの美人の受付嬢さんだよな?」

「うん、そしたらこういう事なんだって。

もし八幡に危機が訪れた時は、全社員が一丸となって、問題解決まで邁進すべし、

発動されたら家に帰れると思うな!だって」

 

 理央は笑いながらそう言い、咲太が呆れたように言った。

 

「そういう項目に限って、実は発動される事なんか無いんだろ?」

「それが前に一度あったんだって」

「え、マジで?」

「うん、その時は殺人犯を逮捕したらしいよ」

「マジかよ、凄えなソレイユ」

「俺もソレイユに入社出来ればなぁ……」

 

 そんな二人に理央は笑顔でこう言った。

 

「その時は部下としてこき使ってあげる」

「へいへい、その時は大人しく従ってやるよ」

「まあ頑張れよ理央」

「うん、本気で頑張る」

 

 こうして理央はソレイユに就職し、いずれニューロリンカーの開発者の一人として、

歴史に名を残す事となる。その第一歩がまさにこの時なのであった。




これにて理央編は終了!次回は久しぶりのあのカップルの登場で、単話になります!


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第638話 手のかかる二人

「八幡、ちょっと頼みがある、ダイシーカフェまで来てくんねーか?」

「ん、分かった、今から行くわ」

「悪いな」

 

 遼太郎に突然そう呼び出され、八幡は二つ返事でダイシーカフェへと向かっていた。

 

「一体何の用事だろうな、キット」

『どうでしょう、普通に考えれば結婚絡みの何かだと思いますが』

「ああ、そういうのもあるのか、ってかあいつはいつ先生と結婚するんだろうな」

『結婚資金を貯めるのに苦労していたはずですから、

案外そっち方面の頼みかもしれませんね』

「なるほど、確かにそうかもしれないな」

 

 果たしてダイシーカフェに到着した八幡を待っていたのは、土下座状態の遼太郎であった。

 

「八幡、俺に仕事を紹介してくれ!」

「あ、やっぱり金の問題だったか、キットの予想通りだな」

 

 八幡のその言葉に遼太郎はやや面食らいながらも、真摯な表情でこう言った。

 

「恥ずかしながらその通りだ、今の会社だと結婚資金が貯まるのがいつになるか分からねえ、

確かに静さんと俺、二人の給料を合わせれば何の問題も無いんだが、

やっぱり俺は、結婚資金くらいは全額俺が出す事に拘りたいんだ!」

「国からの援助金はどうしたんだ?」

「それは俺が稼いだ金じゃねえ!」

「まあそれは確かにそうなんだが……」

 

 八幡は困った顔でエギルの方を見た。だがエギルは肩を竦めるだけだった為、

既に二人の間では、同じような問答が繰り返された後なのだと推測された。

 

「どうだろう、やっぱり無理か?」

 

 その間を否定だと受け取ったのか、遼太郎がそう問いかけてきた。

だが八幡は八幡で、遼太郎や他の者に頼みたい仕事を丁度抱えていたのである。

 

「いや、そもそもこっちからクラインに頼みたい仕事があったんだよ、

仕事が忙しいかもだから遠慮してたんだが、そういう意味では丁度良かったな」

「そうなのか?」

「おう、もちろん冗談でも今作った話でもなく、例のGGOとの合同イベントな、

あれのテストプレイをクラインに頼みたいと思ってたんだ、

というかエギルにもなんだが、要するに本番に参加出来ないうちのメンバーに、

ネタバレ禁止でテストプレイをやってもらいたいと、まあそういう訳だ」

「ああ、確かに本番に参加する奴らにそんな事をさせる訳にはいかないよな」

「だろ?」

「それじゃあお願いしてもいいか?」

「こっちから頼みたいくらいだ、宜しく頼むぜ、相棒」

「分かった、キッチリ頑張らせてもらうぜ、相棒!」

「俺も少しなら手伝えるぞ、年末は何かと入り用だしな」

 

 エギルも横から会話に参加し、八幡は頷いた。

 

「で、クラインはいくら必要なんだ?」

「残りの費用が三十万くらい、普通にやってれば半年はかかっちまうんだが……」

「ふむ、一ヶ月間、死ぬ気で働けるか?まあ日曜以外だが」

「任せろ、愛する静さんの為なら俺は無敵だぜ!」

「とはいえ一日四時間だけどな」

 

 その八幡の言葉に遼太郎はキョトンとした。

 

「え、それだけでいいのか?それなら余裕だけどよ……」

「もちろん途中で休憩もちゃんと挟むからな、一日四時間のテストプレイ、

ゲームにログインしてのバイトになるから肉体疲労は無い、

疲れるとしたら頭だけだろうな。時給はうちの規定で三千円、

それを二十五日で三十万、どうだ?」

「乗った!というか是非やらせてくれ!」

「オーケー、俺も先生には早く幸せにってもらいたいからな、それで頼む」

 

 こうして静との結婚の為、遼太郎はソレイユでバイトをする事になった。

ちなみにエギルは、店の休日に八時間コースという事が決まった。

こちらは週一であり、まあ一ヶ月程度休み無しという事になるが、

体力のあるエギルなら多分大丈夫なのだろう。

そもそもノリで言えば、休日に少し長くゲームをするのとまったく変わりはないのだ。

 

 

 

「と、言う事がありまして」

 

 そう八幡から説明を受けた静は、呆気にとられた顔でため息をついた。

 

「それで私のところに来たのかね?

普通そういう事は本人には秘密にしておくものだと思うんだが」

「確かにそうなんですけど、

先生ならあいつ一人に頑張らせるのは嫌なんじゃないかと思ったもんで」

 

 その言葉に静は感心したような表情をした。

 

「ふむ、確かにそうだな、一緒に苦労するという事は、夫婦にとっては必須事項だ」

「先生、結婚するのはこれが始めてですよね?何でドヤ顔で夫婦生活を語ってるんですか?」

「う、うるさい、とにかく話は分かった、で、私は何をすればいい?」

「やばいと思ったら俺が連絡するんであいつを支えてやって下さい、

毎日じゃなくていいです、先生もそれは大変だと思うんで」

「ふむ、つまりどうすれば?」

「それは先生の裁量にお任せしますが、

仕事が終わったあいつに膝枕でもしてあげればいいんじゃないですかね、

多分それで最後までもつと思います」

 

 その八幡の提案に、静は再びドヤ顔でこう答えた。

 

「分かった、任せろ、そういうのは得意だ」

「本当ですか?間違っても鉄拳制裁とかはしないで下さいよ」

「君は何を言っているのだ、そんな事はたまにしかしないさ」

「たまにでもやめて下さい」

 

 こうして八幡は遼太郎からの頼みを静にご注進し、

静に遼太郎のフォローをしてもらう事となった。

 

 

 

「さてアルゴ、そんな訳でクラインをこき使ってくれ」

「あいヨ」

「宜しく頼む!」

 

 こうして遼太郎のアルバイトが始まった。

最初の頃は余裕そうな顔でこなしていたが、見えない疲れがたまっていったのだろう、

遼太郎は徐々に元気が無くなっていき、八幡はここで静を投入する決断をした。

 

「そうかそうか、ついに私の出番か!」

「よ、宜しくお願いします」

 

 八幡は一抹の不安を覚えながらも、静に遼太郎の事を託した。

そして次の日、遼太郎はかなり衰弱した様子で姿を現した。

 

「………おい、昨日何があった」

「いや、帰ったら静さんがいて、手料理を振舞ってくれたんだけどよ、

それが妙にスタミナ食ばっかりで、しかも量が多くてな……」

 

 それを聞いた八幡のこめかみに、ビシッと筋が入った。

 

「で、風呂に入った後に膝枕をしてくれるっていうから、

せっかくだししてもらったんだけどよ、ついでに耳かきをしてくれる事になって、

それで頼んだら、力加減のせいなのか、耳が痛くてな……

それであまり眠れなかったと、まあそんな訳でよ……」

「ほほう?」

 

 八幡のこめかみの筋は益々深くなり、遼太郎は慌てて静のフォローに入った。

 

「で、でも俺は嬉しかったんだよ、静さんに愛されてるっていうか、

俺を元気付けようと必死なのは凄く伝わってきたからよ!

だから今日の俺は元気百倍だ、仕事の方は任せてくれ!」

「………分かった、ちょっと先生の所に行ってくる」

「お、おい、今の俺の話を聞いてたか!?」

「ああ、大丈夫、ちゃんと聞いてた」

 

 そして八幡は、明日奈を伴って総武高校に奇襲をかけた。

さすがのリアル拳闘士である静も、二人がかりで奇襲を受けてはひとたまりもなく、

静は二人に捕獲され、そのまま遼太郎の家に連行された。

 

「さて先生、何でこうなったかはちゃんと理解してますよね?」

「こ、これは何の真似だ比企谷、事と次第によってはいくらお前でも……」

「ちゃんと、リ・カ・イ、してますよね?」

「う……た、確かに昨日はちょっと失敗しちゃったかなって……てへっ」

「てへっ、じゃねえ、少しは自分の年を考えろ!もう崖っぷちなんだよ崖っぷち!」

「そ、そこまで言わなくても……」

 

 静は涙目で明日奈に助けを求めたが、そんな静に明日奈は笑顔でこう言った。

 

「大丈夫ですよ静さん、クラインさんが帰ってくるまであと三時間くらいあります、

それまでに特訓すればきっと大丈夫ですよ………スパルタで………ふふっ」

 

 その明日奈の最後の笑い方に、静は背筋が寒くなる思いがした。

もっとも二人はそこまでおかしな事をさせるつもりは無かったのだが、

それで静が素直に教えを請う気になり、結果的に集中する事が出来たのは幸運であった。

 

「そ、それで私は何を……」

「まず料理の特訓です、先生には何種類か、心が安らぐ類の料理を覚えてもらいます、

下手でもいいんです、カロリーが過剰じゃなければね。

いいですか?世の中はスタミナが全てじゃないんですよ?」

「あっ、はい……」

 

 そして静の特訓がはじまった。最初は簡単なものからスタートしたが、

静はどうしてもアレンジしたがり、結果的にそのほとんどが、

いかにもスタミナ抜群の料理に化ける事となった。

 

「………よし、これは自分で全部食べて下さい」

「なっ……そ、そんな!こんなに食べたら豚になってしまうではないか!」

「そんな物をクラインに食べさせるつもりだったのかあんたは!」

「うっ……」

「いいから食え、自分で食わないと分からないだろ」

「うぅ……」

 

 そして静は泣きながら自作の料理を完食し、直後にトイレにこもった。

 

「………」

「………」

「まあこれで分かっただろ」

「胸をおさえてたから、きっとひどい胸焼けがしてるんだろうね」

 

 そして数分後、静がよろよろとトイレから戻ってきた。

 

「さて、これである程度は理解してくれましたよね?」

「あ、ああ、情けない姿を見せてしまってすまない」

「とりあえずレシピから逸脱する事を禁止します、もしそれに反したら、

あえて痛くなるように先生の足裏を俺がマッサージします」

「マッサージ?ふふん、それでは気持ち良くなってしまうだけではないか」

「本当にそう思いますか?」

 

 そして八幡は明日奈に頷き、明日奈は静をうつ伏せにさせ、

その背中の上に乗って静の両手をおさえつけた。

 

「な、何故私の上に乗るのかね?」

「静さんが暴れないようにですよ?」

「私がこのくらいで暴れたりする訳がないだろう?」

「八幡君、入門編」

「おう」

 

 そして八幡は、静の足裏をいきなりぐいっと押した。

 

「うぎゃあああああああああ!」

 

 その瞬間に静は、女性が上げてはいけない声を上げ、本気で泣き始めた。

 

「うっ……ううっ……」

 

 そんな静に八幡は、内心で謝りながら、表面上はとても冷たい態度でこう言った。

 

「先生、今のは手加減しましたからね」

「う………」

「さて、分かってくれたみたいなので、ちゃんとレシピ通りに料理をしましょうね」

「は、はい……」

 

 そして静は再び料理にチャレンジしたが、よほど痛かったのだろう、

今度は一切アレンジをする事なく、正確にレシピ通りの料理を作り上げた。

 

「さて、それじゃあみんなで頂きましょうか」

「わ、私一人で食べなくてもいいのか?」

「ええ、もちろんですよ、それでは頂きます」

「頂きます」

 

 そして二人は静が作った料理に躊躇なく口を付け、満面の笑顔でこう言った。

 

「うん、美味い」

「美味しいです、先生」

「そ、そうか、そうか……」

 

 静は思わず顔を綻ばせ、その瞬間に八幡は静の表情を写真に撮った。

 

「い、いきなり何を!」

「それです先生」

「ど、どれだね?」

「その自然な笑顔がいいんです、いつもみたいに作った笑顔じゃなくていいんですよ」

「し、失礼な、私は別にそんな事は……」

「それじゃあこれを見て下さい」

 

 八幡は自分のスマホを操作し、交互に二枚の写真を静に見せた。

一枚は今撮った写真、もう一枚は、以前撮ったのだろう、いかにも笑顔ですといった、

相手に媚びるようなそんな笑顔だった。

 

「う………」

「どうですか?どれだけ自分の作り笑顔が駄目か理解しましたか?」

「ひ、比企谷、今日は私にきつくないか?」

「いいえ、これは俺なりの先生への愛情の表現です」

「八幡君は本当に先生の事を大切に思ってるんですよ?」

「そ、そうか……」

 

 静は顔を赤くしながら下を向き、黙って自分の作った料理を食べ始めた。

 

「うん、美味い……」

 

 それから静はあと何品か、レシピ通りに料理を作り、

その全てを普通に美味しく完成させる事に成功した。

 

「いいですか先生、背伸びとかする必要はないんです、

あいつと一緒にレシピを見ながら料理してもいいんです、

愛情は一番の調味料だっていうのは本当の事なんですよ?」

「あ、ああ、今回は本当に反省した」

「それじゃあ料理に関してはここまでで、後は耳かきですが……」

 

 その明日奈の言葉を聞いた八幡は、黙って静の前に横になった。

 

「さあ、ひと思いにやってくれ」

「まず最初に私がお手本を見せますね、力加減もちゃんと見てて下さいね」

 

 そして明日奈がお手本を見せ、静は愕然とした顔で二人を見た。

 

「そ、そんな軽くでいいのか?」

「もちろんです、耳ってのは敏感な部分ですからね」

「先生はいつもどれくらいの力加減でやってるんですか?

試しに俺の手でやってみて下さい」

 

 そして静は八幡の手に耳かきを押し当て、擦り始めた。

 

「多分このくらいだな」

「………先生」

「ん、どうしたね?」

「ちょっと横になって下さい、今のを先生の耳の浅い部分で再現します」

「わ、分かった」

 

 そして八幡が力をこめた瞬間、静はその身をもって、自分の認識の間違いを理解した。

 

「痛い痛い痛い!」

「これで分かりましたか?」

「はい……」

「それじゃあ明日奈、先生の耳でお手本を」

「うん」

 

 そして明日奈が耳かきを始め、静はぶるっと震えながら、気持ち良さそうに目を閉じた。

 

「ここが天国か……」

「どうですか?ちゃんと理解出来ましたか?」

「あ、ああ」

「上手くやろうとしなくていいんです、優しくやろうとするだけでいいですからね」

「分かった、ありがとう二人とも」

「いえいえ」

「どういたしまして」

 

 そして最後に八幡が実験台となり、静は手を震わせながらも、

無難に優しく耳かきをこなす事に成功した。

 

「うん、大丈夫みたいですね」

「ああ、本当にありがとう二人とも、確かに私は色々と勘違いしていたようだ」

「分かってもらえて何よりです、あ、そろそろあいつが帰ってくる時間ですね、

余った食材は自由に使ってくれていいんで、そろそろ料理を始めた方がいいですよ。

それじゃあ俺達はここで帰りますので」

「そうか、分かった、一人で頑張ってみるよ」

 

 そして帰り際に、八幡は静と向かい合い、少し涙目になりながらこう言った。

 

「先生、俺、先生の事を凄く尊敬してます、絶対に幸せになって下さいね」

「比企谷……私もお前の事を、手がかかるがとてもかわいい生徒だと思っているよ」

 

 そして二人は抱き合い、ぽろぽろと泣き始めた。

明日奈はそんな二人を穏やかな目で見守っていた。

 

 

 

 そして次の日、元気いっぱいな様子で遼太郎が姿を現した。

 

「おうクライン、今日は元気そうだな」

「ああ、聞いてくれよ八幡、昨日また静さんが料理を作ってくれたんだが、

それが今までとはうってかわって何か安心するっていうか、そんな料理でよ!」

「そうか、それは良かったな」

「で、また耳かきをしてもらったんだけど、

それが妙に心地よくてよ、俺もうっかり寝ちまってな」

「ほうほう」

「で、気がついたらベッドに寝かされててな、

多分静さんが俺を持ち上げて、運んでくれたんだろうな」

「お、おう、そこは男前なのな」

「で、置き手紙があって、『遼太郎、頑張ってね』なんつってな!」

「はいはい、分かった分かった、それじゃあ今日も頑張れよ」

「任せろ、今日の俺は一味違うぜ!」

 

 こうして遼太郎は、静の支えもあり、一ヶ月間のアルバイト生活を乗り切った。

こうして結婚資金もたまり、遼太郎と静は結婚式の日取りを決め、

数ヶ月後に式場の予約を入れた。




やっと二人の結婚が秒読みに入りました!式は内部時間で数ヶ月後になる予定です!


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第639話 空中都市船トラフィックス

このエピソードは二話構成になります!


 その日、ALO並びにGGOのプレイヤーのほとんどが、

それぞれのゲーム内から姿を消していた。

 

『空中都市船トラフィックス』

 

 その名前が始めて登場したのは、

ALOとGGOのクロスワールドの導入が決まった一週間後である。

この都市は、巨大な空飛ぶ船の上に乗っており、

今後も定期的に行われるであろうイベントごとに違う土地に漂着し、

そこで両ゲームのプレイヤーが協力して戦闘やクエストを行う仕様となっている。

何故こんな仕様なのかというと、他のゲームとのクロスも想定しているからであった。

ちなみにトラフィックスは1~8まで存在し、それぞれの内容は皆同じ物となっている。

これは単に混雑緩和の措置であり、各船の間は自由に移動出来るようになっていた。

そして発表から一ヶ月後の今日、ついにトラフィックスが正式導入された。

とはいえ現時点での移動可能なマップは全部開放された訳ではなく、

ALOとGGO、二つのゲームのプレイヤーが、

事前に『ナイツ』と呼ばれる騎士団を作って交流出来るようにとの配慮から、

先行公開されたという訳なのであった。要するに本番に備えて仲間を作れという事である。

そして今、ヴァルハラ・ウルヴズのメンバー達は、

トラフィックス8目指して移動を開始していた。何故8なのかはお察しの通りである。

ちなみにまだ年末ではない為、ヴァルハラ・リゾートのメンバーは全員、

そしてGGOからは先日八幡に声をかけられた者達が、この場に続々と集結中であった。

これは年末以降の他のイベントの事を見据え、

とりあえず全員ナイツに登録しておこうという意図である。

 

「おいリオン、集まってきたメンバーに状況を説明して、

ナイツに登録してもらうんだぞ、分かってるな?

名前を名乗られたら、手元のリストでちゃんと確認してな。

リアルネームが横に書かれているから、それで誰が誰なのかは分かると思うが、

くれぐれも部外者にはリストを見せないようにな」

 

 ハチマンにそう声をかけられたのは、

ソレイユの見習い社員である双葉理央ことリオンである。

リオンは受付嬢の代わりとして、ハチマンの頼みを受け、

わざわざ新規に製作したキャラでここに立たされていたのだった。

ちなみにその手には『ヴァルハラ・ウルヴズ』と書かれたプラカードがあった。

 

「分かってるって、まったくもう、何で私がこんな事を……」

 

 そう愚痴をこぼしつつも、リオンはハチマンにこの事を頼まれた時、

むしろ積極的に承諾していた。ハチマンの活動は何でも把握しておきたかったからだ。

 

「悪いな、正式メンバーは総がかりで拠点に出来そうな物件の吟味をしないといけなくてな」

 

 これらは導入前から正式発表されていた事であり、ハチマンはヴァルハラの資金を使い、

早めに拠点として使う建物を確保する気満々で、今日全員に召集をかけたのであった。

ちなみにこの都市はAIによる作成であり、テストプレイのバイトをしていた者達も、

この都市についてはまったく知らないのである。

 

「私は別にいいけど……」

 

 そう言いつつも、内心ではむしろウェルカムで興味津々なリオンである。

 

「それじゃあとりあえず、ナイツに加入してもらうか、

今そっちに参加要請をするから、目の前の画面をタップして承諾してくれ」

「分かった」

 

 そしてハチマンが何かを操作するような動きをすると、リオンの目の前に、

ナイツ『ヴァルハラ・ウルヴズ』への参加を希望しますか?YES/NOという文字が現れ、

リオンは迷う事なくYESのボタンを押した。

 

「よし、それじゃあ仲間を誘う方法を教えるからな」

「あ、大丈夫、事前に説明は受けてるから」

「そうか、それじゃあとりあえず、来たメンバーには通信機を渡してくれな、

そしてこれがリオンの分だ。その通信機だけは特別製で、一発で全員に連絡がいくから、

もし何かあったらそのボタンを押すんだぞ、仲間達がすぐに駆けつけるから」

「了解」

「それとGGO組が少し遅れてくると思うから、そっちにはこの制服も渡してくれな」

「うん、預かるね」

「それじゃあ俺は街の全容を把握してくるから、後は任せた」

「あ、うん、行ってらっしゃい」

 

 そしてハチマンが去った後、リオンは何気なくメンバーリストを見た。

そこにはハチマンの名前のすぐ下にリオンの文字があり、

リオンはそれを見て、思わずニヤニヤしてしまった。そんなリオンに声をかける者がいた。

 

「ハイ、登録に来たわよ」

「あっ、もしかして、シノ……ン?」

「あれ、その声はもしかして、リオ……ン?」

 

 二人はお互いの事をうっかり本名で呼びそうになり、慌てて『ン』の文字を付け足した。

二人はもうすっかり仲良しであり、お互いの事を呼び捨てにするようになっていた。

 

「登録だね、今送るね」

「あ、うん、今日はどうしたの?もしかしてハチマンに連れてこられちゃった?」

「うん、受付嬢の代わりをしてくれって」

「あは、そうなんだ、で、他の人は?」

「えっとね、まだ誰も来てないんだけど、指示は聞いてるよ」

「ふむふむ」

 

 そしてリオンは、シノンに拠点探しをするようにというハチマンからの指示を伝えた。

 

「あとここは飛べないから注意してくれだって」

「オーケーオーケー、この後もたくさん人が来ると思うけど、頑張って」

「うん、シノンも気をつけてね」

「大丈夫、街の中で戦闘は出来ないから。それじゃあまた後でね」

 

 そう言いながらシノンはリオンに手を振ると、街中へと消えていった。

その後も、続々と参加予定の仲間達がリオンの下を訪れた。

クライン、エギル、キリト、リズベット、シリカの五人を始めとして、

ユキノ、ユイユイ、イロハ、ユミー、コマチ、セラフィム、クックロビン、フカ次郎、

フェイリス、クリシュナ、クリスハイト、リーファ、レコン、メビウス、レヴィ、

ナタク、スクナ、アルゴの順に、続々とヴァルハラ組がメンバー登録していく。

 

「う~ん、うちのナイツの制服って威圧感があるなぁ……

でも格好いいというか、いかにも強そう」

 

 リオンは仲間達の制服姿を見て、そんな感想を抱きつつ、

知らない人も多くいた為、その度に自己紹介をし、同時に今の状況を説明していった。

そしてアスナとソレイユが現れ、最後にロザリアがその姿を現した。

 

「あらリオン、ご苦労様」

「室長!」

「大丈夫?ナンパとかされてない?」

「ええと、今のところは大丈夫です」

「もしあまりにもしつこい奴らが現れたら、すぐにこのボタンを押すのよ。

まあこの制服とヴァルハラの文字を見て、声をかけてくる馬鹿もいないと思うけど」

「そうですね、みんなこのプラカードを見てギョッとしますから」

「それじゃあ私も行くわね、頑張って」

「あ、はい」

 

 そして次に、GGO組が順に姿を現していった。

レン、シャーリー、ゼクシード、ユッコ、ハルカ、闇風、薄塩たらこ、ミサキである。

特にレンは、ヴァルハラの制服をもらい、嬉しそうにはしゃいでいた為、

リオンはそのとてもかわいい姿にほっこりした。

もし理央が香蓮にリアルで会ったらそのギャップに驚く事は間違いない。

ちなみにエムは、リアルが忙しすぎて今回の参加は断念していた。

クックロビンはまだエムに、自分がALOをやっている事を教えていなかった為、

これは彼女にとっては幸いであった。バレたら多少は愚痴を言われた事であろう。

 

(うわぁ、こっちの人達は何か軍隊っぽい……それにしてもレンちゃんはかわいいなぁ……)

 

 リオンは絶対にレンちゃんと友達になろうと思いながら、リストをチェックし、

まだ到着していないプレイヤーが誰もいない事を確認した。

 

「さて、これで全員かな、これからどうすればいいんだろ、

このボタンを押したら全員戻ってきちゃうし」

 

 リオンがそう呟いた丁度その時、リオンに声をかけてくるプレイヤーの集団があった。

 

「ねぇ君、かわいいね、もし良かったら俺達のナイツに入らない?」

「す、すみません、間に合ってます」

 

 リオンは何とかそう言ったものの、内心ではテンパっていた。

こういった事に慣れていないせいである。

リオンの服装を見ても特にリアクションが無いのはGGO出身のプレイヤーだからであろう。

ちなみに今はプラカードを下に置いてしまっており、

リオンはその事に気づくと、慌ててプラカードを相手に見せる為に拾おうとした。

ヴァルハラの名前は他のゲームのプレイヤーでも知っている可能性が高いからだ。

だがそのプレイヤー達は、プラカードに手を伸ばしかけたリオンの手を掴んだ。

 

「まあまあそんな邪険にしなくてもいいじゃない、

こう見えて俺達は、GGOじゃかなり有名なプレイヤーなんだぜ」

「は、離して下さい」

「やだなぁ、変な事はしないって」

「そうそう、ちょっと話を聞いてくれるだけでいいからさ」

 

 さすがにこの状況はまずいと思ったリオンは、

こっそりともう片方の手で通信機のボタンを押した。

 

「ん?君、その手に持ってるのは………」

 

 そのプレイヤーがそう言いながらリオンのもう片方の手を掴もうとしたその瞬間に、

突然リオンの背後に現れたプレイヤーが、いきなりそのプレイヤーを殴り飛ばした。

 

「ぐわっ……て、てめえ、いきなり何しやがる!」

「それはこっちのセリフだ、てめえら、うちのリオンに何してやがる」

「ハ、ハチマン!」

 

 リオンはそう言って、素早くハチマンの背後に隠れた。

 

「ハ、ハチマン?ってもしかして、噂に聞くALOの、ザ・ルーラーか?」

「って事はあのヴァルハラかよ……やべえ、ずらかるぞ!」

「どうやって?」

 

 そのプレイヤーの背後には、既にキリトが仁王立ちしていた。

 

「俺はキリトだ、見た感じGGOのプレイヤーみたいだが、

それでも俺の名前は当然知ってるよな?」

「び、BoBの優勝者のキリト……」

「どうしたの?こいつらは何?」

「十人がかりとは、これはまた穏やかじゃないね」

「おうシノン、ゼクシード、こいつらはうちのリオンに何か用事があるらしい」

「げっ……」

「ま、まさか……」

 

 直後にシノンとゼクシードもその場に駆けつけ、八幡がその名を呼んだ為、

そのプレイヤー達は仰天した。偶然にもBoBの優勝者が三人とも集まったからである。

そしてその場には次々とヴァルハラ・ウルヴズのメンバーが集まってきた。

その数総勢三十七人。リオンに声をかけたプレイヤー達も十人ほどの集団であったが、

さすがに数が違いすぎて、まったく勝負にはならないだろう。

もっとも人数が少なくても勝負にはならないのだが。

 

「で?」

「あ、あの、すみませんでした……」

「もう二度とこいつに関わるな、分かったか?」

「は、はい!」

 

 そしてそのプレイヤーの集団は、脱兎の如く逃げ出していき、

リオンはハチマンにお礼を言った。

 

「あ、ありがと……そして皆さん、お騒がせしました……」

「まさかヴァルハラの名前を見てナンパしてくる馬鹿がいるなんて思ってなかったからな」

「まあこれは仕方ないよね、馬鹿はどこにもいるもんさ」

「リオンは何も悪くないからね」

「ごめん、丁度全員の登録が終わって、プラカードを下に置いた直後だったんだよね」

「ああ、そういう事か、事故だ事故、まあせっかく集合したんだし、

とりあえずこの先にある『フェンリル・カフェ』って店を貸し切って、

そこで集めた情報を一旦まとめよう」

「フェンリルって北欧神話に出てくる狼の怪物だよな?

まるでうちの為にあるような名前の店だな」

「だろ?そう思ってチェックしておいたんだよ」

 

 そしてヴァルハラ・ウルヴズのメンバー達は、移動を開始した。

その店は街の中心にあるビルの五階にあった為、

一同は順番にエレベーターで上へと向かった。

 

「あら、随分とおしゃれなお店じゃない」

「内装とかも凝ってるな、おい」

「これを全部AIが作ったのか、商売あがったりだな、アルゴ」

「楽でいいじゃないかよキー坊、むしろウェルカムだウェルカム」

 

 リオンはリオンで、始めて入るゲーム内での店に興奮していた。

 

「うわ、凄いリアル……」

「でしょ、それじゃあ何か注文してみよっか」

 

 シノンがそうリオンに声をかけ、リオンはそのままハチマンの隣に腰掛けると、

シノンと一緒にメニューを見て、その種類の豊富さに驚いた。

 

「うわ、凄く種類が多いね」

「まあ味の基本データさえあれば、その組み合わせでかなりの数の料理を用意出来るからな」

「材料とかの現物を用意する必要もないしね」

「そっか、確かにそうだね」

「まあ実際に食べる訳じゃないし、お腹が膨れたような気になるだけだけどね」

「ダイエットになっていいんじゃない?」

「まあそういう考え方もあるが、依存すると健康を害するから気をつけろよ、リオン」

「確かに……」

「それじゃあ各自休憩しつつ、持ち寄った情報を整理するとしようか」

 

 ハチマンのその言葉で続々と情報が集まった。だが中々これという物件は無い。

いい感じに拠点に出来そうな物件はいくつもあったが、どうも決め手に欠けるのだ。

 

「これはやはりアレじゃないからか……」

「だな、アレが足りないな」

「ハチマン君キリト君、アレって?」

「ん?そんなの決まってるだろ」

 

 そして二人はお互いの意思を確認するように顔を見合わせた後、こう言った。

 

「「秘密基地だ!」」

 

 ハチマンとキリトが同時にそう言い、一同はその言葉にうんうんと頷いた。

GGO組もそのノリにちゃんと付いていき、うんうんと頷いていたが、

唯一リオンだけが戸惑っていた。まあこれは仕方ないだろう。

 

「おいアルゴ、一つだけ聞かせてくれ、この街に、そういった施設は存在してると思うか?」

「う~ん、AIはSAOの二十五層までの街データを参考にこの街を生成したはずだから、

多分あるんじゃないかとは思うんだよナ」

「そうか……よし、今度は普通の物件じゃなく、そういったポイントを重点的に調べよう。

とりあえずこの店の貸し切り時間がまだ二時間残ってるから、一時間後にここに集合な」

 

 その指示を受け、一同は再び街へと散っていった。

 

「リオンは俺とアスナと一緒に行くか」

「そうだね、それなら何があっても心配ないしね」

「お、お願いします」

 

 こうして三人も、街のあちこちを丹念に調べ始めた。



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第640話 秘密基地を探せ

「いざ探してみると、中々それっぽい場所は見つからないもんだね」

「その代わり街にはどんどん詳しくなってるな」

「秘密基地、秘密基地……」

 

 三人はそれっぽい場所を探索しまくったが、それらしき場所は中々見つからなかった。

途中何度も仲間と行きあい情報交換をしたが、それらしき場所の発見報告は無い。

 

「リオン、マップの具合はどうだ?」

「うん、そっちは順調に埋まってるみたい」

 

 このエリアでは、プレイヤーはいつでも白地図を呼び出す事が出来た。

その地図は一度移動した場所がどんどんオープンになっていくタイプの地図であり、

これはナイツに与えられた機能の一つでもあった。

メンバーの誰がその場所に移動しても、全員のマップが更新される仕様であり、

更にどの場所がどんな施設なのか、名前と業種を登録出来るようになっている。

ちなみに最初に全員に配られた通信機もナイツのメンバーに与えられた機能の一つである。

 

「う~ん、マップはどんどん埋まってくが……」

「見つからないね……」

 

 それから数十分後、ハチマンとアスナもマップを開き、そう嘆息した。

 

「他に行ってない所はもう無いか」

「もうすぐ一時間だし、一度フェンリル・カフェに戻る?」

「そうするか……」

 

 そして三人は、とぼとぼとフェンリル・カフェへと戻り始めた。

途中何人もの仲間と合流したが、その表情は皆暗かった。

 

「もしかして、秘密基地的な場所は存在しないのかもなぁ……」

「絶対あると思ったんだけどな」

「まあ仕方ないね、どこを拠点にするか、通常物件の中から選ぶ相談をしよっか」

 

 そしてリオン達はフェンリル・カフェがあるビルの前に到着した。

 

(素人だから仕方ないとはいえ、せっかく来たんだし、

私ももうちょっとこういう部分で役に立ちたかったな……)

 

 リオンはそんな事を考えながらビルを見上げた。

六階建てのビルの五階に、先ほど見たフェンリル・カフェの内装が見え、

リオンは今度は何を注文してみようかな、等と考えながら、

ハチマン達と一緒にエレベーターの中に乗り込んだ。

そしてハチマンが、一番上の五階のボタンを押したのを見た瞬間に、

リオンの脳内に先ほど自分が見た光景がフラッシュバックした。

 

「あ、あれ?」

「ん、リオン、どうした?」

「ご、ごめん、ちょっと待って」

「お、おう」

 

 そして周囲の者達が何事かと首を傾げる中、リオンはハチマンにこう尋ねた。

 

「ここって五階だよね?」

「ああ、そうだな」

「ごめん、ちょっと来て」

「お、おい……」

 

 そしてリオンはハチマンの手を引いて再びエレベーターに乗り込み、

迷う事なく一階のボタンを押した。

 

「いきなりどうした?」

「ごめん、ちょっと付き合って」

 

 そしてリオンはハチマンの手を引き、そのままビルの外に出た。

まだ下にいた仲間達が、どうしたのかとその後に続いた。

 

「ねぇ、見て」

「ん、どこだ」

「あそこ、あれってフェンリル・カフェだよね?」

 

 リオンは外から見える、フェンリル・カフェを真っ直ぐ指差した。

 

「ああ………あれ?」

 

 それでどうやらハチマンも違和感を感じたらしい。

二人は顔を見合わせて頷くと、再びエレベーターへと走った。

 

「お、おい、どうしたんだよ」

 

 そんな二人に、その場にいた者を代表してキリトがそう尋ねた。

 

「キリト、お前、さっき外からフェンリル・カフェを見たか?」

「それなら見たけど……」

「どこにあった?」

「ビルの五階だろ?上から二番目……」

「じゃあこれはどういう事だ?」

 

 そしてハチマンは、エレベーターの階層ボタンを指差した。

そこには五階までのボタンしかなく、キリトもそれを見て目を見開いた。

 

「お、おい、まさか……」

「分かったか、そうだ、このビルは六階建てなのに、

エレベーターのボタンが五階までしか無いんだ」

 

 その言葉に他の者達もどよめいた。

 

「とりあえずフェンリル・カフェに戻るぞ」

 

 そして一同は、再びフェンリル・カフェに集結した。

 

「ハチマン君、何があったの?」

「今から説明する」

 

 そしてハチマンは、ここが最上階だと思っていたこのビルに、

上のフロアが存在する事を告げ、全員で上へのルートを探す事となった。

 

「階段か何かは無いか?」

「どこにも無いわね……」

「他のフロアから、非常階段的なのが伸びてるとか……」

「分担して全部のフロアをチェックしたけど、何も無かったわね」

「外にも行ってみたけどそれっぽい階段は無かったぜ」

「ただのバグって可能性は?」

「どうだろう……さすがに無いんじゃないか?この街はAI生成だしな」

「一体どこに……」

 

 リオンも必死で上へのルートを探したが、やはり見つからない。

 

「隣のビルから見えない通路が繋がってるとかは?」

「どうだったかな、もう一度外からこのビルを見にいってみるか」

「わ、私も行く」

 

 そう言って下に向かおうとするハチマンに、リオンも同行した。

二人は下からビルを見上げ、このビルの周辺には同じ高さのビルが存在しない事を確認し、

更に外から中に入る扉も何も存在しない事を確かめた。

 

『ハチマン、構造的にも隠し通路の類は存在していないと思うわ』

 

 そこに上にいるクリシュナからそう通信が入り、二人は悩みながら再びビルを見上げた。

 

「一体どこにあるんだろうな」

「どこだろうね………あ、あれ?」

「どうしたリオン、また何か気づいたか?」

「う、うん、ねぇハチマン、あのエレベーターさ、

外から見ると、ちゃんと一番上まで繋がってない?」

「確かに……そうか、エレベーターか!」

「多分」

 

 そして二人は再びエレベーターへと舞い戻り、今度はその中を詳細に調べ始めた。

 

「五階のボタンの上には……何も隠されていないか」

「ボタンを何かの順番で押すとか?」

「そこまで複雑にはしないと思うが……」

 

 そしてエレベーターは再び五階まで上がり、扉が開くと、外からクリシュナが顔を出した。

 

「どう?何か分かった?」

「どうやらエレベーターが怪しいって事が分かった、

外から見るとこのエレベーター、ちゃんと上まで繋がってやがる」

「なるほど……」

「上か……」

 

 ハチマンはそう呟きながら、何となく五階のボタンを押した。

 

 ピッ………

 

 その瞬間に、どこからかそんな電子音が聞こえ、三人は顔を見合わせた。

 

「今確かに音が……」

「今五階のボタンを押したのよね?」

「おう、こういう時の定番って言うと……」

「「「長押し!」」」

 

 三人は同時にそう叫び、ハチマンは五階のボタンを押し続けた。

そしてキッチリ六秒後に、三人の目の前に、物件の購入画面が出現した。

 

「「「あった!」」」

 

 その声を聞き、仲間達がどんどん集結してきた。

 

「あったのか?」

「おう、五階ボタンを六秒押しっぱなしにしたら、この画面が出てきたわ」

「六秒って、一フロア一秒なのかな?」

「どれどれ……購入画面か、やったなおい!」

「ちなみにいくらだ?」

「幸い余裕で買える額だな、五千万」

「ギルドの資金の五分の一くらいか」

「みんないるか?どうやら購入前に六階の様子は見る事は出来ないようだが、

購入する事に異論のある奴はいるか?」

 

 その問いには誰も答えず、ハチマンは頷いた。

 

「よし、買うぞ」

「おう!」

「秘密基地、ゲットだぜ!」

「やったね!」

 

 そしてハチマンは購入ボタンを押し、次に物件の名前の入力画面が現れた。

 

「拠点の名前か……」

「ヴァルハラ・ウルヴズ・ガーデンだと長いよなぁ」

「よし……リオン、お前が決めてくれ」

「えっ?」

 

 その言葉にリオンはとても驚いた。

 

「な、何で私?」

「だってここを見つけられたのはお前のおかげじゃないかよ、なぁみんな!」

「異議なし!」

「リオン、任せた!」

「大丈夫、どんな名前でも誰も文句は言わないって!」

「そうそう、気楽にね!」

「う、うぅ……」

 

 そしてリオンは、迷いながらもこう答えた。

 

「ウ……」

「ウ?」

「ウルヴズヘヴン……」

「よし、今からここはウルヴズヘヴンだ!ここを狼達の天国にしてやろうぜ!」

「「「「「「「「「「おう!」」」」」」」」」」

 

 そしてハチマンが名前を入力した瞬間に、周囲に突然こんなアナウンスが流れた。

 

「このビルは、ナイツ『ヴァルハラ・ウルヴズ』の拠点として登録されました。

以後はビルの入り口にて入室チェックが行われる事となります、ご注意下さい」

「「「「「「「「「「ビル?????」」」」」」」」」」

 

 それはメンバー達にとって、青天の霹靂だった。

誰もが六階が拠点となるのだと思っていたのだが、

どうやらビル全体が拠点扱いになるようだ。そして直後に再びアナウンスが流れた。

 

「これより当ビルは、拠点モードに移行します、中にいるプレイヤーは、

終了までビルの廊下にて待機して下さい、繰り返します……」

「うわ」

「そ、外に出ろ、」

 

 そのアナウンスを聞き、三人は慌ててエレベーターから外に出た。

そして一同が固唾を飲んで見守る中、あちこちから何かが動く音が聞こえてきた。

 

「何だこれ……」

「さすがにこれはやりすぎじゃね?」

「一体どうなるのかしら……」

 

 そしてすぐに音が止み、辺りは静寂に包まれた。

 

「よし、分担して各階層のチェックだ、ユキノ、分担を」

「分かったわ」

 

 そしてユキノの仕切りで分担が割り当てられ、メンバー達は散って行った。

 

 

 

 調査の結果、以上の事が判明した。

 

・フェンリル・カフェのメニューは全部タダ。

・五階から六階にかけては吹き抜けになり、室内の階段で六階に上がれるようになった。

・その六階はただの談話室。

・四階は戦闘訓練場と射撃訓練場。

・三階はロッカーと武器庫。

・一階二階は統合され、ガレージになった。ちなみに乗り物はまだ何も無し。

・外に『ウルヴズヘヴン』の看板が出て、秘密基地感が無くなった。

 

 一番最後の項目に関しては、全員が何ともいえない表情をする事になった。

こうしてヴァルハラ・ウルヴズは、合同イベントの拠点、

『ウルヴズヘブン』をまんまと入手し、しばらくはここを起点に冒険が幕を開ける事になる




このエピソードはとりあえずここまで!


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第641話 アイの岩戸

新しいエピソードの始まりです、このエピソードは2+2話(関連あり)でお送りします!


「どういうつもり?」

「ん、何がだ?」

「今日は勉強を休んで俺に付き合えとか、らしくないっていうか」

「今日は特別だ、勉強が忙しいだろうに、悪いな」

「ま、まあ別にいいけど……」

 

 理央はぶっきらぼうな態度でそう答えたが、内心はもちろんニコニコである。

さすがはツンデレ眼鏡っ子と仲がいいだけの事はある。類は友を呼ぶのであろう。

 

「これから行くのは眠りの森という施設だ」

「眠り……何?」

「ソレイユの事業の一つだ、いずれ俺の直属になる以上、

必ず知っておいてもらわないといけない類の施設だな。

今日はたまたま俺がそこに行く予定の日だったから、

この機会に理央にも説明しておこうと思ってな」

「なるほど、ちなみに何の施設?」

「終末医療を受けている若者達が暮らしている施設だ」

 

 その瞬間に理央はピタリと動きを止めた。

 

「もしかして、メディキュボイド?」

「そうだ、よく知ってるな、お父さんに聞いたのか?」

「それもあるけど一応元から名前くらいは知ってた」

「そうか」

 

 理央からはそれ以上は何も尋ねてくる気配もなく、

二人は無言のまま眠りの森へとたどり着いた。

 

「こっちだ」

「うん」

 

 理央は特に八幡に文句を言うでもなく、素直にその後についていった。

父が医者なせいか、理央なりに思うところがあったのだろう。

そして八幡の案内で、理央は経子に引き合わされ、この施設の説明を受ける事になった。

 

「初めまして理央ちゃん、双葉先生とは何度か学会でご一緒させて頂いたわ」

「父の事、ご存知なんですね」

「ご家族の事までは知らなかったけどね」

 

 理央はそのまま外部の者にメディキュボイドの事を説明する為の部屋に案内され、

そこで経子にレクチャーを受け、そのついでに眠りの森の設立経緯の説明も受けた。

 

「それじゃあこの施設が今ここにあるのは、八幡のおかげなんですか?」

「そういえば理央ちゃんは八幡君の事を呼び捨てにするのね。仲が良さそうで羨ましいわ」

 

 経子は理央の質問に答えようとして、ふとその事に気づき、面白そうにそう言った。

 

「こいつ、一度許可してからはまったく遠慮しなくなったんですよね」

「許可を出したのは八幡でしょうが。

経子さん違うんです、これは単に権利を行使してるだけで……」

「許可?権利?」

「はい、私の入社の契約書に、

八幡の名前を呼び捨てにする事を許可するって書いてあったんです」

「ギャグのつもりだったんですけどね」

 

 八幡は冗談めかしてそう言ったが、特に悪い気はしていないようだ。

 

「へぇ、ふ~ん、権利だから、ねぇ」

「そ、そうです、せっかくもらった権利は使わないともったいないじゃないですか、

だから仕方なく使ってるだけで、別に好き好んでそう呼んでいる訳じゃありません。

私って、貧乏性な部分があるんで」

「あら、嫌なのなら私から八幡君に、許可を撤回するように頼んであげましょうか?」

「い、いえ、一度与えた権利を取り上げたりすれば、八幡の評判に関わると思うので、

い、今のままでいいんじゃないでしょうか!」

「嫌ねぇ、冗談よ冗談」

 

 経子はそんな理央を見てクスクス笑い、説明に戻った。

 

「先ほどの答えはイエスよ、彼が引き受けてくれたからこそ眠りの森は、今ここにある。

もっとも彼はその後、我が家の次期当主の座に収まったから、

結局どうやっても同じ結果に収束したのでしょうけどね」

「と、当主って何の事ですか?」

「あら、お医者様の家系なら、京都の結城家の事は知ってるわよね?」

「はい、それは一応……って、八幡が結城家の次の当主なんですか?苗字も違うのに?」

「ほら、彼はもうすぐうちの一族になるから」

「あっ……結城ってもしかして、明日奈さん……」

「まあそういう事だ、当主に関しては他の人に押し付ける気満々だけどな」

「ふふっ、不思議よねぇ、でもそれが事実よ」

「やっぱり八幡って、無茶苦茶だ……」

 

 理央は呆れた顔でそう言ったが、

これまで聞いた話で八幡の無茶苦茶ぶりは思い知らされていた為、

特にそれ以上突っ込むつもりは特に無いようだ。

 

「それにしても、これも八幡がもたらした成果なんですよね」

「ええそうよ、メディキュボイド一つとってみても、

八幡君の会社への貢献度は計り知れないものがあるわね」

「まあたまたまです、たまたま」

「そのたまたまに出会える人は、世の中にはそうそういないのだけれどね」

『経子さん、まだ~?』

 

 経子がそう言ったタイミングで、どこかからそんな声が聞こえ、経子は苦笑し、

八幡はやれやれという風に肩を竦めた。

 

「えっ?今の声は一体どこから……」

 

 一人状況が掴めない理央は、きょろきょろと辺りを見回したが、

当然その部屋には他に誰もいない。

 

「理央ちゃん、あそこよ」

「……あそこ?もしかして、あの監視カメラですか?」

「あれは実は、監視カメラじゃなくて、コミュニケーションカメラなのよね」

「ええと……よく意味が分からないんですが」

「ラン、ユウ、もう少し我慢しろ」

 

 理央の質問には答えず、八幡はカメラに向かって淡々とそう言った。

このところ八幡はアイの事を、ゲームに合わせてランと呼ぶようになっていた。

 

『八幡が冷たい!』

『後で覚悟しておきなさいよね』

「どうせまたワンパターンのセクハラだろ、さすがにもう飽きたな」

『『ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ』』

 

 それっきりカメラからは何も聞こえなくなり、八幡は理央に、今の声について説明した。

 

「今のはメディキュボイドの中からの声だな、双子の姉妹で、名前は藍子と木綿季という。

ゲーム内での名前はランとユウキだな」

「あ、ここの患者さんなんだね」

「確かにそうなんだが、同情とかは一切しないでやってくれ、

あの二人だけじゃなくここにいる奴らは全員、

前だけを向いて戦っている、とても強い奴らだからな」

「前だけを……」

 

 理央はまだその言葉に実感が持てなかったが、

八幡がここにいる人達をとても大切に思っている事はよく理解出来た。

 

「分かった、それじゃあとりあえず私を今の子達に紹介して」

「紹介?う~ん、お前をなぁ……う~ん……」

「駄目なの?」

「いや、まあラン以外に紹介するのは何も問題は無いんだが、ランはなぁ……」

「何か問題でもあるの?」

「あいつは耳年増のエロオヤジだからな、多分お前、揉まれまくるぞ」

「揉まれ………?」

 

 理央は首を傾げながら八幡の目線を追い、次の瞬間に真っ赤な顔になり、

片手で自らの胸を隠しつつ、もう片方の手で八幡の胸倉を掴み、八幡に詰め寄った。

 

「揉むとか言うな、っていうか見るな!」

「仕方ないだろ、遠まわしに言って、もし理央が言葉の意味をちゃんと理解しなかったら、

後で理央が被害を受ける事になっちまうんだからよ」

「遠まわしに言って、分かってないようだったら改めて言えばいいでしょうが!

何なの?やっぱり八幡は馬鹿なの?」

「確かにそう言われると、そうすれば良かったなという気もするが、

もう過ぎた事だ、素直に俺の忠告を聞け。で、どうするんだ?ランに会うか?」

「もちろん、自分の身は自分で守ればいいんだし、

誰か一人だけ仲間外れにするなんて絶対に良くない」

「その結果、自分の身を守りきれなかったらどうするんだ?」

「揉み返す」

「ぶっ……」

 

 八幡はその言葉に思わず噴き出した。

 

「何?」

「いや、分かった分かった、それじゃああいつらの所に行くか、

ユウ、ジュン、テッチ、タルケン、クロービス、ノリ、シウネー、

聞こえてるよな?こいつをランから守ってやってくれ」

『八幡、ごめん、無理!』

『無理かも』

『無理だよなぁ』

『無理ですね』

『無理だと思います』

『ごめんなさい八幡さん、これは無理』

『力及ばず申し訳ありません……』

 

 その瞬間に、七人が順にそう答えてきた為、八幡は七人に理由を尋ねた。

 

「どういう事だ?ランがまた何かしてるのか?」

 

 その問いには代表してユウキがこう答えた。

 

『うんとね、ランは最初、八幡にワンパターンって言われたのを気にして、

今日は清楚な路線でいこうとしてたみたいなんだけど、

さっき八幡に耳年増のエロオヤジって言われた瞬間に鬼の形相になって、

それなら逆にとことんエロ路線でヤってやるとかぶつぶつ言いながら家に篭っちゃったの。

だから多分中は今頃凄い事になってるんじゃないかなって思うんだよね』

「………」

「………八幡」

「お、おう……」

「死ね」

「わ、悪い……」

 

 さすがの八幡もこれには反論出来ず、素直に理央に頭を下げた。

 

「はぁ、もういいよ、とりあえず今からそっちにお邪魔するけど、いい?」

 

 理央はこうなった以上、いくら文句を言っても仕方ないと考えたのか、

気を取り直し、こちらを見ているであろう者達に向けてそう言った。

 

『うん、待ってるね!』

 

 これに再びユウキが代表してそう言い、その後ろから、様々な歓迎の声が聞こえてきた。

 

『もちろん大歓迎!』

『お待ちしてます!』

「ありがと、それじゃあ八幡、さっさと行こう」

「あ、ああ」

 

 そして二人はアミュスフィアを被り、ユウキ達が待つサーバーへとログインした。

 

「ボク達の拠点、『眠らない森』にようこそ!」

「お、お邪魔します」

 

 ユウキにそう言われ、理央はペコリと頭を下げた。

 

「初めまして!ボクは……」

「まあ待てユウ、ランはこの中か?」

「え?あ、ううん、ボクとランの自宅の方」

「そうか、それじゃあお前達、自己紹介の前に、悪いがちょっとそこまで付き合ってくれ」

 

 八幡はそう言って、スリーピング・ナイツの全メンバーを連れ、

近くにある扉のうち、ランとユウキの家に繋がる扉へと入っていった。

八幡は何度かここを訪れており、中の構造に関しては熟知していた。

 

「で、八幡、これからどうするの?」

「先ずはここで仲良く自己紹介、その後は宴会だな」

「ああ~、天の岩戸作戦ってやつ?」

「そうだな、名付けてラン……いや、語呂的にはアイの岩戸作戦だ、

中に入るとろくな事にならないだろうから、あいつをこっちに引っ張り出してやるさ」

「オッケー!」

「それじゃあお前ら、食い物をじゃんじゃん持ってきてくれ」

「了解!」

「俺は家の中からだと見えない位置に宴会会場をセッティングしておくわ」

「はい、お願いします!」

 

 その八幡の提案に、スリーピング・ナイツの面々はノリノリで従った。

そして準備が進み、宴会が始まった。

 

「それじゃあ理央さんは、八幡さんの直属になるんですね」

「うん、そういう事になってるね」

「いいなぁ、ボクもいつかそうなりたいなぁ」

「そう思うならちょっとは勉強しろ勉強」

「ちゃんとやってるってば!ね、みんな!」

「八幡さん、ユウキの言う事は本当だよ」

「何にでも全力投球がうちのモットーだからね」

「そうか、えらいぞユウ」

「えへへ」

 

 そんな気持ち良さそうに八幡に頭を撫でられるユウキを見て、

ノリとシウネーがいきなり立ち上がった。

 

「八幡さん、私の頭も撫でて下さい!」

「おう、えらいぞノリ」

「あ、あの、八幡さん、私も……」

「それじゃあ俺も!」

「ついでに俺も!」

 

 仕方のない事だが、スリーピング・ナイツのメンバーは、他人と接する事が少ない分、

やや精神的に幼い部分がまだ少しある。

その為八幡は、週一で紅莉栖に模擬授業の先生役を頼んだり、

その授業の合間に息抜きとしてダルにアニメの布教活動をさせたり、

都築にマナー教室を開いてもらったり、定期的にメンバーに色々な事をやらせていた。

その方針は褒めて伸ばす、であり、メンバー達は八幡に褒められる事を目標に頑張っていた。

同時に室内から、ガタガタと焦るような音が聞こえたのを聞いて、八幡はほくそ笑んだ。

 

「まさか八幡がこんなに慕われてるなんて……」

 

 その様子を見て、理央が呆然と呟いた。

 

「お前は今まで会社で何を見てきたんだ……」

「ハーレムブタ野郎?」

「おいこらてめえ、謝罪と賠償を要求するぞ」

「八幡君、大きな声で人に肉体関係を迫らないでもらえるかしら?嫌らしい」

「それは雪乃の真似か?」

「……………そ、そうですが何か?」

「今度は紅莉栖か……お前、他人の影響を受けやすすぎだろ」

「し、仕方ないじゃない、友達なんてほとんどいなかったんだし……」

「そ、そうか、すまん」

 

 そう理央に謝る八幡に、横からユウキがそっと囁いた。

 

「八幡、ランが何とかこっちの様子を探ろうとドアの向こうで躍起になってる」

「ランが見えたのか?」

「うん、何かジタバタしてるみたい」

「他に何か気付いた事はあるか?」

「勝負ぱんつをはいてた」

「…………服は着てたか?」

「着てたけど、肌色の方が多かった気がする」

「……誰かあいつに恥じらいというものを教えてやってくれ」

「恥じらいは、教えるものじゃなく覚えるもの」

 

 そんな八幡に、理央が諭すように言った。

 

「なるほど……要はランに、自発的に気付かせればいい訳だな」

 

 その言葉に八幡は頷くと、理央の手を引きランが潜んでいるという扉の前へと向かった。

 

「ちょ、ちょっと、いきなり何?」

「お前が言った事だろ、ちょっと手伝え」

「手伝えって何を……」

 

 そして八幡は理央を扉の前に立たせ、その前に座った。

理央は短めのスカートをはいていた為、思わず手で八幡の視界を塞ごうとしたが、

八幡はその手を押さえ、理央はどうする事も出来ず、盛大に顔を赤くした。

蹴りを入れるという手もあったが、そうしたら見えてはいけない物が見えてしまうくらい、

それは微妙なバランスの上に成り立っていた。

 

「あ、う……」

「よし、何も見えないな、

やはり見えそうで見えないというのが至高にして究極のエロスだな。

そしてそこに恥じらいがあるというのがマーベラスでエクセレントだ」

 

 その瞬間に、家の中からガタンッという音がし、バタバタと足音が聞こえた為、

八幡は計画通りと再びほくそ笑んだ。

 

「よし、うまくいったな、助かったわ理央、

あ、ぱんつとかは全く見えてないから安心してくれよな、

大丈夫、見えてるのはいつもの理央の健康的な太ももだけだ」

「……っ」

 

 そう言って八幡が理央の手を離した瞬間に、パンッ!という音が響き渡った。

 

「うぎゃっ!」

 

 そのデリカシーの無い言葉を聞き、理央は八幡の頬にフルスイングをかましたのだった。



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第642話 目指すべき場所

 八幡は頬を叩かれた後、慌てて理央を見上げ、

その顔が羞恥と憤怒に染まっているのを見て、自分がやりすぎた事を悟った。

 

(やっべ、これは完全に土下座コースだ……

ついマックスとかを相手にしてるつもりでやっちまった)

 

 それはそれでとても問題がある思考なのだが、

要するに普段八幡を取り巻く女性陣が寛容すぎるという事に他ならない。

そもそも本来は、理央のような反応をするのが普通である。

そして八幡は地面に膝をつき、完全なる土下座の体制になった。

だが今回、その判断は完全に間違っていた。八幡が土下座をした事自体は特に問題はない。

理央はそんな八幡を、謝罪するならまあ許してあげようかと寛容な目で見ていたからだ。

だが悲劇はその直後に起こった。理央はどこかからの視線を感じ、何となく家の方を見た。

そこには幽霊のような白装束を着てこちらをじとっと見つめるランの姿があり、

理央は思わず小さな悲鳴を上げた。

 

「ヒッ……」

 

 その瞬間に、八幡は反射的に顔を上げた。

 

「ど、どうした?」

 

 そして理央と八幡の目が合った。理央はそのまま八幡に状況を説明しようとしたのだが、

その瞬間に八幡の視線が一瞬下を向いた事に気付き、自らも視線を下に向けた。

そこには女子高生らしく短いスカートをはいた自分の下半身があり、

理央はそこで、土下座をした状態で顔を上げた為に、

今まさに自分のスカートを覗く格好となっている八幡の姿を発見した。

その八幡は今、いかにも自分は見ていませんよという風に、慌てて視線を下げた。

 

「は、八幡、今絶対に見えたよね?ねぇ、見えたよね?」

「言っている事の意味が分からない、俺はお前の黒のレースの下着なんか見ていない」

「黒の……レース?」

 

 その言葉に理央は首を傾げた。

今日の自分の下着の色は、少なくとも黒ではなかったはずだからだ。

 

「あ、あれ、今日は確かピンクだったはず、じゃあ本当に見てないんだ……」

「分かってくれたか、それは何よりだ」

 

 焦りまくっていた八幡は、自分が黒のレースなどという自爆発言をした事も覚えておらず、

ただひたすら安堵しており、その為に厄介な人物が動き出していた事に気付かなかった。

 

「え?黒のレースで合ってるじゃない」

 

 理央はそんな声と共に、いきなり自分のスカートが後ろからめくられるのを感じた。

 

「なっ……」

「ほら、自分で確認してご覧なさい、確かに黒のレースでしょう?」

 

 理央は再び繰り返されたそのランの指摘を受け、

ランに抗議する事も忘れて慌てて自分の今はいている下着の柄を確認した。

 

「ほ、本当だ……」

「でしょう?こことリアルじゃ服装は変わるから、多分勘違いしたのね」

「そっか、確かにそうだね、教えてくれてありがとう」

「いえいえ、どういたしまして。私も色々と学ぶ事が多かったし、

あなたとはいい友達になれそうで本当に嬉しいわ」

「あ、私は理央、宜しくね」

「私は藍子よ、ランと呼んで頂戴」

 

 そんな二人の仲睦まじい姿を見て、八幡はうんうんと頷いていた。

 

「仲良き事は美しきかな……」

 

 だがその直後に、振り返った理央はいきなり八幡の顔面に蹴りを入れた。

 

「ぐはっ……」

「仲良き事は、じゃない、やっぱり見たんじゃない」

「な、何の事だ?」

「黒のレース……」

「黒のレース?一体何の事だ?」

「さっき口走ったじゃない、俺はお前の黒のレースの下着なんか見ていないって」

「お、俺、そんな事言ったか?」

 

 八幡は困った顔で他の者達の方を見たが、ユウキ達は八幡の視線を受け、

うんうんと一斉に頷いた。

 

「え、マジか……俺はそんな事を言ったのか……」

 

 そんな八幡の顔面に、理央は再び蹴りを入れた。

 

「やっと分かったかブタ野郎」

「す、すまなかった……だが今の体勢は非常にまずい、

俺が今から目を瞑るから、理央はその間に俺の顔から足を離すんだ」

「はぁ?あんたは一体何を……」

 

 そんな理央の肩を、ランがちょんちょんとつついた。

 

「理央、見えてる、今思いっきりぱんつが見えてるから。

あれ?実はわざと見せてる?もしかしてそういうプレイ?」

「えっ?」

 

 そして理央は気付いた。八幡が平然としている為、自分がいくら八幡の顔面を蹴っても、

リアルと違ってここではダメージは無いらしい事を。

そしてこの体制は、まるで理央が八幡にわざと自分の下着を見せているように見える事を。

 

「あ、あ、あ………」

「うん、大丈夫、大丈夫だからね理央、むしろこれはご褒美よ、

八幡にぱんつをガン見してもらえるだなんて、凄く羨ましい」

「ご、ご褒美な訳無いでしょ!」

 

 理央はそう言って真っ赤になった自分の顔を抑え、その場に蹲った。

そんな理央には誰も何も言う事が出来ず、理央が復活するのに十分の時間を要した。

 

 

 

「………」

「やっと復活したか、とにかく落ち着け。今ここでは何も起こらなかった、オーケー?」

「オ、オーケー」

「よし、それじゃあこの件はこれで終わりだ。さあ、宴会を再開するぞ」

「そうこなくっちゃ!さあみんな、今日は騒ぐわよ!」

 

 ランがそれに乗り、他の者達も気を取り直し、そして宴会が再開された。

 

「しかしお前、何でそんな白装束なんか着てるんだ?」

「本当そうだよ、そのせいでさっきは凄く驚いちゃったし」

「ああこれ?ほら、この服装って……例えばこことか」

 

 そう言ってランは、白装束の胸元を大きく開いた。

 

「あとこことか」

 

 次にランは、白装束の裾をめくり、太もものギリギリのラインまで足を露出した。

 

「このチラリズムが凄くエロいと思わない?」

「お前さ、だからそういうのはもう通用……」

 

 しないって、と言いかけた八幡の肩を、理央がガシリと掴んだ。

 

「ん、どうした理央?」

「私だけが恥ずかしい目にあうのは納得がいかない、ここは初志を貫徹すべき」

「初志?初志って何だ?」

「恥じらいを覚えさせる」

「あっ、そういえば……」

「というわけで、とにかくじっと見る、目は逸らさない」

「わ、分かった、やってみる」

 

 そして八幡は表情を改めると、真面目な顔でじっとランの胸元を見た。

 

「な、何?」

「…………」

「ね、ねぇ八幡、一体どうしたの?」

「…………」

 

 八幡は理央に言われた通り、ランの胸から目を離さない。

そして徐々にランの表情が羞恥に染まっていくのが分かった八幡は、猛烈に感動した。

 

(やっとこいつを羞恥心の入り口に立たせる事が出来た!)

 

 そしてどうやら調子に乗ったらしい表情をしている理央が、再び八幡に何か耳打ちした。

 

「分かった、やってみる」

 

 八幡はそのまま立ち上がってランの正面に立ち、

ラン自身の手で白装束の裾を持ち上げさせた。

この位置からだと八幡の視界に、持ち上げた裾の中が入る事はない。

 

「そのまま絶対に動くなよ、命令だ」

「えっ、えっ?」

 

 八幡はそのまま一歩ずつ後ろに下がっていく。それでランは八幡の意図に気が付いた。

このままあと少し離れたら、自分が捲りあげている裾の中身が、八幡の視界に入る事を。

だが八幡はここまでまったく表情を変えていない。

おそらく八幡は、自分の下半身をそのまま平然と見続けるのだろう。

そう考えた瞬間、ランは頭から煙を吹いたようにその場に崩れ落ちた。

その顔は真っ赤であり、それで八幡は、遂にランにも羞恥心が芽生えたのだと確信した。

 

「やった、やったぞ!」

 

 八幡は思わずガッツポーズし、そんな八幡をユウキが賞賛した。

 

「まさかあのランをここまで恥ずかしがらせるなんて、さすがは八幡!」

「八幡さんがこんなにエロ凄いなんて知りませんでした!」

「エロ師匠!」

「エロ師匠だ!」

「いや、俺はただ理央のアドバイスに従っただけだぞ」

 

 他の者達と一緒にその光景を見てうんうんと頷いていた理央は、

その言葉で改めて、自分が八幡に何を提案したのか自覚し、我に返った。

 

「え?あ、わ、私は何を……」

 

 双葉理央十八歳、彼氏いない歴イコール年齢の彼女には、

どうやら意外と妄想が逞しいという一面が隠れていたようで、

その妄想の一端が今回、八幡へのアドバイスという形で表に現れたのだった。

やはりこの辺りは、どこぞのツンデレ眼鏡っ子とよく似ている。

そして理央にも先ほどの八幡同様、周りの者達からの賞賛の声が届けられた。

 

「よっ、エロ仙人!いやエロ仙女!」

「エロの伝道師!いや宣教師!」

「閃光のエロティシズム!」

「ち、違うから!私はそんなんじゃないから!ただ何となく、

理論的にいけそうだと考えた事を、想像で補完しただけだから!」

 

 そう慌てて否定する理央に、止めのように八幡がこう声をかけた。

 

「なるほど、相対性妄想眼鏡っ子か」

「わ、私に変なあだ名を付けないで!」

 

 理央はそう叫び、もはやぱんつが見える見えないはまったく気にせずに、

そのまま八幡の顔面にハイキックを入れたのだった。

 

「い、いいキックだ……」

「あ、あれ?私にこんな事が出来るはずが……」

「それはお前の脳が、自分にはこのくらいの動きは可能だと考えたからだ」

「私の脳が?」

「ああそうだ、そもそもVR空間での運動能力を決めるのはリアルでの運動能力じゃない、

そう信じ込む力、想像力であり妄想力だ。だから相対性妄想眼鏡っ子のお前なら、

このくらいは出来て当然だ」

「そ、そんなの全然嬉しくないから!」

 

 理央はそう絶叫し、ここにツンデレ眼鏡っ子、肉食眼鏡っ子に続く、

相対性妄想眼鏡っ子という三番目の眼鏡っ子が誕生する事となった。

 

「一体何の騒ぎ?もう、おちおち恥ずかしがってもいられないじゃない」

「恥ずかしがってた事は素直に認めるんだな……」

 

 ここで完全に羞恥堕ちしていたランが復活した。

 

「そうね、とても新鮮な体験だったわ。

やはりこの世には、まだまだ私の知らない事が沢山あるのね。

私は今日、新しい私に生まれ変わったわ!」

「ほうほう、今の気分はどうだ?」

「実に清々しいわね、もうこれからは、恥じらいの無い露出はしないと決意出来る程にはね」

「羞恥心を感じるようになっただけで生まれ変わったと言われてもな……

まあいいか、それならそれで、俺も体を張った甲斐があったというものだ」

「八幡は単にぱんつを覗いて怒られただけでしょ……」

「た、確かにそうかもしれないが……」

 

 そんな八幡に、ランは上機嫌な顔でこう言った。

 

「という訳で八幡、生まれ変わった私にカウンターのコツを指南しなさい」

「カウンターのコツ?そんなの相手をよく見る以外にあるのか?」

「え?無いの?」

「さあ……少なくとも俺は知らないが……」

「まあいいわ、今の高ぶった気持ちを抑える為にも、軽く手合わせして頂戴」

「分かった、それくらいなら別に構わない」

 

 こうして余興という訳ではないが、八幡とランはこの場で手合わせする事になった。

一同はやんややんやと盛り上がり、理央はユウキにそっと声をかけた。

 

「ねえ、いつもこんな感じなの?」

「うんそうだよ、楽しそうな事は思いついたら即実行な感じ」

「そうなんだ、でもそういうのって何か羨ましい」

「理央もこれからは何も遠慮しないで色々やってみればいいじゃない、

高校を卒業したら、何でも出来るんだし」

「そ、そうかな?」

「本人にやる気があればね」

「そっか、うん、そうだね」

「それじゃあボクも乱入してくる、多分このままだとランは負けちゃうと思うから!」

 

 そして八幡とラン&ユウキの戦いを見ながら、理央は心の中でこう考えていた。

 

(私もシノンに色々教えてもらって、少しはリオンとして戦えるようになってみようかな)

 

 理央はそんな事を考えながら、わくわくした気分でこの戦いを観戦した。

だがこの戦いの決着はすぐについた。八幡の勝利である。

八幡はユウキが乱入してくる気配を感じて一瞬そちらに気を取られたランの隙を突き、

見事なカウンターでランを沈めると、今度はそれに動揺したユウキを、

同じようにカウンターで沈め、呆気なく勝利した。

だがその結果ほど楽勝ではなかった事は、八幡自身がよく分かっていた。

 

(二人を同時に相手にしたら負けてたかもしれないな、今のはとにかく運が良かった。

まあ一対一じゃまだまだ負ける気はまったくしないけどな)

 

「くっ、もう少し差が縮まったと思ってたのに……」

 

 そのランの言葉を受け、八幡はランとユウキの更なる成長の為に、

二人に目標とする称号を与える事を思い付き、すぐにそれを実行した。

 

「お前は正統派すぎるんだよ、自分はもっと色々な動きが出来ると自分に思い込ませろ、

自分を騙せ、世界を騙せ、その時お前は絶対的な刀の申し子になる。

そうだな、絶刀とでも名付けるか、お前は絶刀となり、俺の前に立ちはだかってみせろ」

「絶刀………」

「そしてユウキ、お前は絶対的な剣の申し子となれ。その時お前は絶剣を名乗るんだ」

「絶剣………」

 

 そして二人は顔を見合わせ、嬉しそうに八幡に言った。

 

「分かったわ、自分自身が絶刀を名乗ってもいいと判断したその時に、

それを証明する為にALOに乗り込む事にするわ」

「ボクが絶剣になれたと思ったら、八幡を倒しにALOに乗り込むね!」

「ああ、楽しみにしている」

 

 こうしてこの日、未来の絶刀と未来の絶剣は、その名を得る為に真のスタートを切り、

もう一人の未熟なプレイヤーは、自分の意思で初めてスタートラインに立つ事となった。



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第643話 ロジカルウィッチ

「理央!」

「あっ、詩乃!」

 

 ソレイユの最寄り駅でその日、理央と詩乃は偶然遭遇した。

 

「理央はいつものお勉強?」

「うん、詩乃はバイト?」

「そうね、別にこっちにわざわざ来る必要もないんだけど、まあ何となく?」

 

 そんな会話を交わしながら、二人は連れ立ってソレイユに到着し、

詩乃は真っ直ぐ受付に向かい、かおりにこう尋ねた。

 

「かおりさん、今日は八幡はいるの?」

 

 理央は、もはやルーチンワークと化しているその詩乃の質問に微笑ましさを感じつつも、

同時にそのセリフをストレートに口に出せる詩乃に羨ましさを感じてもいた。

 

「八幡なら今日は来てないわよ」

「そう、それじゃあ仕方ないわね、今日の夕飯は自前で何とかしないと」

 

 それは残念さを誤魔化す為の言葉であったが、かおりも理央も当然承知していた。

 

「あ、それじゃあ詩乃、今日は私と一緒に夕飯を食べない?もちろん私が奢るから」

「別に構わないけど、別に割り勘でいいわよ?」

「いいのいいの、相談したい事もあるから、今日は私が払うよ」

「そう?それじゃあ仕事が終わったら合流しましょっか」

「うん、それじゃあ後でね」

「うん、また後で」

 

 そしてバイトと勉強を終えた二人は合流し、そのまま近くのファミレスへと向かった。

 

「で、相談って何?」

「うん、それなんだけどね、ねぇ詩乃、リオンを育てるのを手伝ってもらえないかな?」

「リオンを育成?それって戦えるようになりたいって事?」

「うん、まあそんな感じ」

「へぇ、まあいいんじゃない?せっかくヴァルハラ・ウルヴズのメンバーになったんだしね」

 

 詩乃はあっけらかんとそう言った。

 

「まあ、ただのプラカード持ちとしてだけどね」

「でもメンバーとして登録したままよね?

って事は、きっと八幡は、理央の好きにすればいいって内心で思ってるに違いないわ」

「私の好きに……」

「だから好きにしてやればいいのよ、出来ればこっそり強くなって、

それなりに戦力として数えられるくらいにはなっておいて、

後であいつを驚かすというのがベストなんじゃないかしら」

「う、うん、実は私もそう思ってた」

 

 はにかみながらそう答える理央の手を、詩乃はしっかりと握りながら言った。

 

「よし、それじゃあさっさとご飯を食べちゃって、

家に戻ったらそのまま今日から始めちゃいましょっか」

「私は大丈夫だけど、でもいいの?疲れてない?」

「それはそっちもでしょ、大丈夫大丈夫、ほら、私達はあいつと違ってまだ若いから!」

 

 その詩乃の言葉に理央は思わず噴き出し、そのまま詩乃に頭を下げた。

 

「そ、それじゃあお願いしてもいい?」

「うん、任せて!でも出来ればもう何人か協力者が欲しいところよね、う~ん、誰に頼もう」

「その辺りは詩乃に任せるよ」

「経験値を荒稼ぎしたいから、出来れば超攻撃タイプのパーティで行きたいところなのよね、

オーケー、何人かに交渉してみるから、誰が来るか楽しみに待ってて」

「うん、ありがとう!」

 

 二人はその後、食事をしながら八幡に対する愚痴で盛り上がった後、

ヴァルハラ・ガーデンで待ち合わせの約束をし、家に帰っていった。

 

 

 

「ただいま」

 

 理央は家に帰ると、何となくそう口に出して言った。

おそらく今日も両親はいないのだろう、だが今の理央は、それを寂しいとは思わなかった。

だがこの日は少し違った。理央の言葉に返事があったのだ、それも二つ。

 

「おかえり」

「おかえり理央、調子はどう?」

「あれ、お父さん、お母さん、二人とも家にいるなんて珍しいね」

「そりゃまあ、なぁ?」

「理央はもうすぐ家を出ていってしまうのだから、

それまでは多少無理してでも家に帰ろうって二人で決めたのよ」

「えっ?」

 

 その言葉に理央は、鼻がツンとするのを感じたが、

辛うじて我慢する事に成功し、ぶっきらぼうながらも笑顔で二人に言った。

 

「そうなんだ、あ、ありがと」

「理央は今日はこの後どうするんだい?」

「あ、うん、ちょっと友達と約束があって、ALOに……」

「なるほど、自社の商品なのだし、確かに体験しておく必要があるわね」

「う、うん、そんな感じ。どうせならそっちでも、八幡の隣に立てるようになりたいなって」

 

 理央は素直に自分の心情を二人に伝え、

二人は二人で理央が八幡の事をナチュラルに呼び捨てにした事で、

ソレイユでの生活が上手くいっているのだなと安心する事となった。

 

「そうか、まあ何事も経験だ、好きなようにしなさい」

「三年のこの時期にゲームだなんて、本来なら怒らないといけないのでしょうけど、

今の理央にはその心配も無くなったのだし、肩肘を張らずに楽しんでくるのよ」

 

 そう笑顔で返事をしてくれた二人に、理央はこう伝えた。

 

「十一時にはログアウトするつもりだから、その頃に下に下りてくるね」

「あら、私達の事は気にしなくていいのに」

「まあそれでも、ね」

 

 そして理央は二階に上がり、自分の部屋に駆け込むと、

少し気恥ずかしさを感じつつも、心楽しい気分でアミュスフィアを被り、

ALOへとログインした。

 

 

 

「ハイ、リオン、助っ人を二人確保したわよ」

「よぉ、強くなりたいんだってな、リオン」

「宜しくね、リオン!」

 

 そこにいたのはキリトとリーファだった。

詩乃は最初、和人ならばSAO時代のノウハウを持っており、

狩場にも詳しいだろうと考え、連絡を入れたのだが、

丁度暇だった直葉が一緒に釣れたと、まあそんな訳なのであった。

 

「しかしシノンとリオンは、二人とも本当に仲がいいよな」

「何?羨ましいの?リオンはあげないわよ」

「そんな事、一言も言ってないだろ……」

 

 呆れた顔でシノンにそう言った後、キリトはリオンにこう問いかけた。

 

「とりあえず装備を揃えないとな、なぁリオン、どんな戦闘スタイルにするかとか、

そういったイメージはあるのか?」

「イメージ………えっと、体を動かすのはそんなに得意じゃないんだけど、

ハチマンの役に立てるなら私は何でも……」

 

 理央はもじもじしながらそう言い、シノンはそんなリオンに抱きついた。

 

「やだ、リオンってばかわいい」

「とりあえず色々やってみて、自分に合うと思った戦い方に必要な能力を伸ばせばいいな、

それじゃあ最初に防具と武器を調達するか」

「あ、それならこの前ハチマンに、

ロジカルウィッチスピアっていう装備をもらったんだけど……」

「槍?へぇ、ちょっと見せてもらっていい?装備の変え方は分かる?」

「あ、えっと、確かここをこうして……」

「そうそう、それでね」

 

 シノンとリーファがリオンのコンソールを覗き込み、指導をしていく。

そして少し後に、リオンの手元に不思議な物体が出現した。

 

「何だそれ……」

「両手持ちの握りの鍔の部分が傘の骨組みみたいになってて、ボタンが四つついてる?」

「確かに槍だけど、先端が変わった形だな、中央は筒になってて、

その周囲に四枚の刃が付いてるのか」

「えっとこの骨組みの部分は魔法盾って言ってたと思うんだけど……」

「はぁ?魔法盾?」

「う、うん、我が名はリオン、目覚めよ我が娘!」

 

 リオンがそう言った途端に、

骨組みの間に、赤、青、黄色、緑の膜が発生し、三人は驚愕した。

 

「えっ、何これ?どういう仕組み?」

「ハチマンの話だと、属性の優劣を使って魔法を防御する仕組みだとか?」

 

 そのリオンの言葉にキリトは首を傾げ、リーファに指示を出した。

 

「よく分からないな、なぁリーファ、ちょっとリオンに軽く風魔法を撃ってみてくれ」

「う、うん」

 

 そしてリーファは少し離れた所から、リオンに魔法を放った。

リオンはそれを受け、手元に四つあるボタンのうち、黄色いボタンを押した。

その瞬間に黄色い膜が広がり、リーファの魔法はその膜に当たった瞬間にかき消えた。

 

「うおっ……」

「え、何それ、面白い!」

「今の、魔法が消されたというより吸い込まれたように見えたな……」

 

 その時リオンは、手元の緑のボタンが光っている事に気が付き、

何だろうと首を傾げながらそのボタンを押した。

その瞬間に槍の先端の中央の筒から緑色の弾丸がキリト目掛けて放たれた。

 

「うおおおお」

 

 キリトはその不意打ちに絶叫し、慌ててその弾丸を斬った。

 

「ご、ごめんなさい」

「い、今のって……」

「おいおい、これってまさか特殊な魔法銃か何かなのか?」

「でも確かに槍って……」

「ハチマンに説明を……って訳にはいかないか、どうする?」

「よし、作った奴に聞こう、これはどう見てもリズの作品じゃない、

多分ナタクの作品だろうからな」

「ナタクは今工房?」

「ああ、さっき見かけたからまだいるはずだ」

 

 そして一行は、そのままヴァルハラ・ガーデンの工房へと向かった。

 

「とりあえず先に行ってナタクがいるか確認してくるから、休んでてくれ」

 

 そう言ってキリトは一人、工房へと足を踏み入れた。

 

「お~いナタク、まだいるか?」

「あれ、キリトさん、どうかしたんですか?」

「実はこれについて話を聞きたいんだけど、これってナタクの作品だよな?」

「あれ、ロジカルウィッチスピアじゃないですか、確かに僕の作品ですね。

ちなみにアイデアを出したのと名付けたのはハチマンさんですよ。

でもこれってリオンさんの専用装備ですよね?どうしてこれをキリトさんが?」

「専用装備?やっぱりそうなのか……いや、まあリオンも一緒にいるぞ」

「そうなんですか、で、これがどうしたんですか?自分ではいい出来だと思ったんですけど」

「いや、これの詳しい説明を、ナタクからリオンにしてもらおうと思ったんだよ」

「ああ、そういう事ですか、分かりました、リオンさんはどちらに?」

「リビングの方だ」

「それじゃあ今そっちに行きますね」

「待って、私も行く」

 

 その時工房の別の扉から、スクナが姿を現した。

 

「あ、スクナもいたのか、リオンに何か用事か?」

「うん、ハチマンに頼まれてた、リオン専用装備が完成したからついでに渡そうと思って」

「そっちも専用装備か……相変わらずあいつは過保護だな」

「そうかもだけど、でもこれは防御力が高いだけの硬質レザーのドレスアーマーよ」

「あれ、そうなのか?それじゃあどの辺りが専用なんだ?」

「胸を強調しないで隠すようなデザインにしてくれってさ」

「ああ、そこだけ気を遣ったわけか」

「そうみたいね」

 

 そしてイコマとスクナは、キリトと共にリオンの下へと向かった。

 

 

 

「リオン、はいこれ、ハチマンからよ」

「えっと、これは?」

「ドレスアーマーね、こう見えて防御力はかなり高めよ」

「あ、ありがとうございます!」

「あと、背中にあなたの個人マークを付けておいたわ」

 

 リオンはスクナに渡されたそのドレスアーマーを手に取り、背中の部分を見た。

そこには数字で描かれたホウキにまたがる魔女の姿がシルエットで描かれていた。

 

「これが私の個人マーク……」

「そう、それがあなたの個人マーク『ロジカルウィッチ』よ。

あなた、ハチマンに自分の個人マークの作成を丸投げしたらしいじゃない」

「うっ……わ、私はこういうののセンスが無いので……」

「まあハチマンがセンスがあるとは思えないけど、これは素敵だと思うわ」

「は、はい、凄く気に入りました」

「そう、それなら良かったわ、とりあえず着てみれば?」

「あ、はい、そうしてみます」

 

 そしてリオンは早速そのドレスアーマーを身に付けた。

そのシックなデザインをリオンは気に入ったが、一つだけ不満な部分があった。

 

「スクナさん、この胸の部分なんですけど」

「あ、うん、目立たないようにしてくれってハチマンに言われたのよね」

「これ、それなりに強調してもらっていいですか?

出来ればハチマンがその部分を見て、動揺するくらいには!」

 

 そのリオンの頼みに、一同は思わず噴き出した。

 

「あはははは、リオン、攻めるわね」

「その時のハチマンの顔、絶対見てみたいな!」

「オーダーと違うって、愕然としそう」

「そうね、それでリオンが平気そうな顔をしていたら、もっと愕然とするでしょうね。

いいわ、直ぐに調整出来るから、ちょっと待ってて」

「ありがとうございます!」

 

 そしてスクナはパパッとドレスアーマーの情報をいじり、

五分くらい何かしていたかと思うと、

五人の目の前で、いきなりドレスアーマーの形が変化した。

 

「はい、出来たわよ。早速着てみてね」

「はい!」

 

 その新しいデザインは、色合い的に目立たないながらも、

しっかりと胸部が強調されたデザインになっており、リオンはとても満足した。

 

「ありがとうございます凄く気に入りました!これでハチマンをあっと驚かせてやります!」

「それは良かったわ、あとその胸の宝石ね、

それは映像を記録出来るようになってるから活用してね」

「映像を記録……ですか?」

「ええ、ハチマンが言うには、リオンがもし誰かに痛い目にあわされたら、

その映像を見てとにかく考えて考えて考え抜いて対策をとるのがいいだろうって。

間違ってもキリトみたいに本能で動くタイプにはならないだろうから、だってさ」

「あは、確かにそうかもしれませんね」

「ついでにハチマンを驚かせた時の顔も、それを使って映像に残しておいてね、

後で見せてもらうから。それじゃあ私は仕事に戻るわ、またねリオン」

「は、はい、またです」

 

 そしてスクナは踵を返し、ひらひらと手を振りながら去っていった。

 

「どれどれ……へぇ、やっぱりスクナさんはセンスがあるよね、

胸の大きさが平凡な私が見ても、全然嫌味な感じがしない仕上がりになってる」

「背中の『ロジカルウィッチ』がまた、リオンにはお似合いよね」

「うん、凄く気に入った……」

「これでリオンも本当の意味で正式なうちの団員ね」

「あ、ありがとうリーファさん!」

「よし、それじゃあ次はイコマに色々とレクチャーしてもらうか」

 

 そしてリオンは次に、ハチマンに渡された装備の説明をイコマから受ける事になった。



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第644話 独特のスタイル

「さてイコマ、これは一体どんな武器なんだ?」

「ええと、ああ、初期状態のままだったんですね、

リオンさん、『眠れ我が娘よ』って言ってみて下さい」

「あ、うん、『眠れ我が娘よ』」

 

 その瞬間に四色の光が消え、先端部が引っ込み、

ロジカルウィッチスピアは傘そのものの形に変化した。

だが膜は光が消えただけで、健在であった。

 

「その状態だと、普通に盾として使えますよ」

「お、そうなのか、で、さっきのモードにするにはさっきの言葉を唱えればいいって事か?」

「はい、ちなみに……」

「『我が名はリオン、目覚めよ我が娘よ!』」

 

 ナタクが何か言おうとしたが、リオンはそれに気付かずに、

ノリノリでそう呪文を唱え、ロジカルウィッチスピアは最初の状態に戻った。

 

「……なになに我が娘ってのが合言葉になってます、はい」

「リオンは今の合言葉だけ、ハチマンに教えてもらったみたいよ」

「ああ………」

 

 ナタクはシノンにそう教えられ、困ったような顔でリオンの顔を見た。

 

「ど、どうしたんですか?」

「ああ、いやね、『我が名はリオン』って部分は必要ないっていうか、

多分ハチマンさんが、ノリで付け加えただけなんじゃないかなと……」

「えっ?」

 

 そしてリオンは、愕然とした顔で、連続してこう言った。

 

「『眠れ我が娘よ』『目覚めよ我が娘よ』」

 

 ロジカルウィッチスピアがその言葉だけで問題なく形状を変化させた為、

リオンはわなわなと震えながら拳を握り締めた。

 

「ぜ、絶対に今度殴ってやる……」

「あ、あは……」

 

 そんなリオンを慰めるように、リーファとシノンがその肩をポンと叩き、

それでリオンも多少落ち着いたようだ。リオンはナタクに武器の説明を求め、

ナタクはロジカルウィッチスピアを手に取り、詳しい説明を始めた。

 

「これは先日導入された、魔力を吸収する鉱石を使って作ったものです。

その鉱石には、魔力を吸収してエネルギーを蓄えるという性質があるんですよ」

「ふむふむ」

「まあ本来は多分、別の目的で導入されたんじゃないかと思うんですが、

今回はそれを利用させてもらいました。

ALOって、そういう職人的な部分の融通が結構きくんですよね。

まあこれは多分、茅場晶彦の作った基本システムが優れているという事なんだと思います」

「なるほどな、職人的要素はそこまでかじってないから分からないが、

さすがは茅場晶彦ってところか」

 

 感心するキリトに他の者も同意したのか、うんうんと頷いた。

 

「それでですね、この四つの膜なんですけど、

もうお察しかと思いますが、四大元素に対応しています。

赤が火、青が水、黄色が土、緑が風ですね。

火は風に勝ち、風は土に勝ち、土は水に勝ち、水は火に勝つっていう例のアレです」

「火は風で煽られて大きくなり、風は土を削り、土は水を吸収し、水は火を消すってアレか」

「はい、敵の魔法の属性を見極め、その魔法に対する強属性の膜を広げる事で、

敵の魔法を相殺しつつ、魔力を吸収するという仕組みになってるんですよ」

「なるほどな、さっき試した通りだな」

「あれだけはハチマンに教えてもらってたので……」

「それじゃあ実演しながら説明を続けますね」

 

 そしてナタクは自ら火魔法を唱え、リオンに吸収してもらった。

直後に赤いボタンが点滅を始め、やがて光りっぱなしの状態で落ち着いた。

 

「その状態で赤のボタンを押せば、弾が出ます。

チャージ出来るのは各属性ごとに三十発までで、

それ以上の魔力は、相殺は出来ますが吸収はしません。

ちなみに魔力を吸収していない状態でボタンを押すと、

自前の魔力で攻撃する事になりますので、MPの使いすぎに注意です」

「なるほど……」

「ちなみにボタンを長押しする事で、先端の刃に魔力を纏わせる事が可能です、

それにより、近接戦闘にも対応出来ます、説明は以上ですね」

「分かりました、頑張って使いこなしてみせます」

「頑張って下さいね、リオンさん」

「ナタクさん、ありがとうございました」

 

 そしてナタクが去った後、キリトが感慨深げに言った。

 

「つまりこれは、槍であり盾であり銃でもあるのか」

「使いこなすのが難しそう」

「まあ基本は中衛もしくは後衛装備なんだろうな」

「そうね、防御機構はあくまでも、まだMP総量が少ないリオンの為なんだろうし、

基本は後ろから魔法属性攻撃を……あ、あれ?ねぇお兄ちゃん、

もしかしてこれって、敵の魔法の発動も潰せたりしない?」

「………確かに可能性はあるな」

「やってみる?」

「そうだな、試してみよう。あと試した後の狩場はアインクラッドじゃなく、下界だな」

 

 そのキリトの言葉にリーファは首を傾げた。

 

「何で?」

「元々アインクラッドは、魔法無しの世界だったからな、

どの敵がどんな魔法を使うのかとか、正直ほとんど把握してないんだよ」

「あ、そっか、確かにそうだね」

「と言う訳で、最終的にはヨツンヘイムに行くとして、

最初は街周辺で乱獲してみるか」

「オッケー!」

「それじゃあリーファとリオンで検証を頼む」

 

 その試みはあっさり成功し、リーファが唱えようとした風魔法は、

リオンの攻撃により、発動前に霧散した。

 

「うわぁ、凄いねこれ」

「見た感じ、タイミングが難しそうだけどね」

「でもさ、敵の魔法使いを狙撃して殺しちゃった方が早いんじゃない?」

「確かにそうだな、だが仮に敵に耐えられたら、魔法が発動しちまうだろ?

プレイヤー相手よりも、魔法を使うモンスター相手により効果的という気がするな」

「なるほど、確かにボスクラスの魔法を潰せるのなら、かなり有用よね」

「つまり当面リオンが目指すのは、あくまでロジカルウィッチスピアを使うのならだが、

ハチマンの隣とかで戦場全体を俯瞰しつつ、敵の魔法の発動を確認したら、

咄嗟にその敵に対抗属性の魔法狙撃をして、敵の攻撃を止めるスタイルって事になるか」

「うわぁ、かなり特殊なスタイルだね、というかオンリーワンかも」

「全体を見るなら、参謀的な役割を果たす必要もあるかもね」

「敵の攻撃を覚える事と、全体の俯瞰………かなり頭を使う事になりそう」

「任せて、少なくとも暗記は得意」

 

 リオンはその会話により、自分の目指す方向性が見えた気がしたのか、

やる気満々でそう言った。

 

「もしかしたら、モンスターのスキル攻撃も止められるかもしれないな」

「とりあえず敵のスキルによる特殊攻撃も吸収出来るか試さないとね」

「それによって、その攻撃が何属性かも分かるから、一石二鳥だな」

「惜しむらくは、光と闇の属性には対応出来ないって事ね」

「それはいずれバージョンアップすればいいだろ、

その二属性の攻撃技なり魔法を使う敵は、ほとんどいないしな」

「それじゃあ早速色々試してみよっか」

「そうしよう、それじゃあ出発だな」

「宜しくお願いします」

 

 こうして一同は狩りに出かけ、リオンは敵に一撃当てるだけで、

どんどん経験を得ていった。まさにパワーレベリング状態である。

これは別にリオンがサボっていた訳ではなく、まだHPが少ない為、

当面は後方で控えていた方がいいという判断に従った結果であった。

 

「ステータスも大分上がったみたいだな」

「うん、おかげさまでHPも大分増えたよ」

「よし、それじゃあ敵を倒すのと同時に、データ収集も進めていくか」

 

 そして攻撃参加後、リオンは何度も敵の特殊攻撃を止める事に成功した。

 

「どうやら敵のスキルや特殊攻撃にも対応出来るみたいだな」

「このロジカルウィッチスピアって、何気に凄くない?」

「凄いのはリオンもだな、敵の使う攻撃や魔法がどの属性なのか、

しっかり見極められているって事になるんだからな」

「あっ、そういえばそうだね!」

「さっすがリオン!」

「と、とにかく必死なだけだよ」

「ハハッ、この調子でどんどんいこう」

 

 こうして調子に乗った一行は、予定通りヨツンヘイムへと狩場を変え、

どんどん奥へと侵攻していった。

 

「これってボス戦の切り札になるんじゃない?」

「可能性はあるな」

「戦闘が凄く楽」

「役に立ててればいいんだけど……」

「役に立つどころか、戦闘効率爆上げだな」

 

 リオンは敵の攻撃の属性をほぼ一度で覚え、あまつさえ魔法詠唱の呪文のエフェクトから、

どの属性の魔法が来るのか見極める事すら出来るようになってきていた。

 

「しかしこれは……」

「ロジカルウィッチとはよく言ったものね……」

「絶対にこれ、公にデビューしたらそれが二つ名になるだろ」

「あとは対人経験を積ませられれば言う事は無いんだけど」

「よし、ユージーン辺りに連絡して、仕込むか」

「そうね、リオンはユージーン将軍との面識はまだ無いはずだしね」

 

 そしてキリトはすぐにユージーンに連絡を入れ、

待ち合わせ場所を決めてこちらを攻撃するフリをしてもらう事にした。

 

 

 

(さて、そろそろだな……ユージーンはリオンを見てどう思うのかな、

随分と楽しい事になってきたな)

 

 キリトはそう思いながら、パーティを待ち合わせの場所へと誘導していった。

 

(最初は弓攻撃から入るって言ってたな、

リオンに流れ矢が当たらないように気をつけないとな)

 

 そしてキリトはリオンにチラリと目を走らせ、正面に向き直ったのだが、

不幸な事に、その直前にユージーンがキリト目掛けて矢を放っていた。

 

「ちっ」

 

 キリトは当然その矢に気が付き、短く舌打ちをした。

 

(しまった、このタイミングでか)

 

 キリトはギリギリだなと思いつつ、矢を斬り払おうと迎撃体制をとろうとした。

だがその目の前に、ヌッとリオンのロジカルウィッチスピアが突き出され、

キリトは思わずたたらを踏んだ。

 

「おっと」

「キリトさん、盾で防ぎます」

 

 そして未起動状態のロジカルウィッチスピアは、見事に敵の矢を受け流した。

正面から受けるとリオンがその威力に押されるかもしれないという観点から、

その傘の部分は上手く後方に敵の攻撃を流せるような曲線を描いている。

 

「悪い、助かった!」

 

 そうリオンにお礼を言いながらも、キリトはリオンの対応力に舌を巻いていた。

 

(いつの間に俺の後ろに来たんだ?

まあそれだけ集中出来てるって事なんだろうな、さて、次は魔法だが)

 

「敵襲ですよね?」

「ああ、他のプレイヤーのな。この距離だと多分次は魔法攻撃が来る、頼むぜリオン」

「はい」

 

 そしてリオンは矢が放たれた方向を観察し、そこに多くの人影がある事に気が付いた。

その人影の周囲には、魔法を準備しているエフェクトが多数発生していた。

 

「魔法、来ます!」

 

 そしてリオンは高らかに叫んだ。

 

「目覚めよ我が娘!」

 

 その言葉と共に、一同の目の前にロジカルウィッチスピアが色鮮やかに展開され、

リオンは飛来する色々な属性の魔法を、

その色を観察して的確にボタンを押す事により、次々と防いでいった。

 

「おお……」

「凄い……」

 

 そして魔法攻撃が止む頃、ロジカルウィッチスピアはフルチャージ状態になっていた。

 

「よし、俺とリーファで斬り込むぞ!シノンとリオンは援護を頼む」

「「了解!」」

 

 そしてシノンは敵を一撃で屠らないように気を付けながら弓での攻撃を開始し、

リオンは魔法攻撃のエフェクトが見える度に、その魔法を潰していった。

そしてキリトはユージーン目掛けて襲い掛かったが、

これは単に戦うフリをしながらユージーンと会話をする為だった。

 

「よぉ、いきなりこんな事を頼んじまって悪かったな」

「それは別に構わんのだが、おいキリト、

あの子の持っている武器は何だ?見た事が無いタイプの武器のようだが」

「あれはロジカルウィッチスピアという。使ってるのはうちの新人だな」

「新人だと?」

「そっちの魔法攻撃が、発動前に全部潰されてるのには気付いたよな?」

「ああ、あれにはさすがに驚いた。一体どうやってるんだ?」

「その魔法の反対属性の攻撃をぶつけて、集まった魔力を散らしてるらしい、

詳しい理屈はまだよく分からない」

「それを新人が?凄いな……」

「うちのホープだからな」

「くっ……何故だ……」

 

 ユ-ジーンはぶるぶる震えながら肩を落とし、

キリトはサラマンダー軍には有望な新人が中々来ないのだろうと内心同情した。

だがその直後にユージーンはこう絶叫した。

 

「何故ヴァルハラにばかり女性プレイヤーが集まってくるんだ!

昔は一人だけ性格の悪いのが存在したが、今やうちの女性プレイヤーはゼロだぞゼロ!

何故こんな不公平がまかり通るんだ!

あの新人の子のように巨乳とは言わん、是非我が軍にも、姫的存在の女性プレイヤーを!」

 

 その瞬間にユージーンの顔面に青い光が直撃し、ユージーンはそのまま地面に倒れ伏した。

 

「あ、当たった」

「ユージーン将軍に当てるなんて凄いじゃないリオン」

「あ、うん、何か水属性の攻撃を顔面に当てないといけない気がしたの」

 

 そしてキリトは、ピクピクしているユージーンに向かって言った。

 

「お前、しばらくうちには出禁な」

「ノオオオオオオオオ!」

 

 そんな自業自得なユージーンに、キリトは笑顔でこう言った。

 

「まあ出禁にしないでやってもいいが、それには一つ条件がある」

「な、何だ?」

「このまま大人しくリオンの経験値になれ」

「くっ………わ、分かった、ひと思いにやってくれ!」

「オーケーオーケー、おいリオン!」

 

 キリトはそうリオンに声をかけながら、ユージーンを指差し、親指を下に向けた。

 

「ねぇシノン、あれって止めを刺せって事かな?」

「そうじゃない?お許しが出たんだからやっちゃいなさいよ」

「う、うん、分かった」

「ユージーン将軍はかなりタフだから、全力で攻撃した方がいいわよ」

「全力ね、オーケー」

 

 そしてリオンはチャージされていた全ての魔力と共に、自分の魔力も総動員し、

ユージーン目掛けて凄まじい密度の連続射撃を開始した。

 

「うわっと危ない、容赦ないな、少し離れておくか」

「お、おいキリト、この徐々にHPが減っていく感覚は、かなり恐怖なんだが」

「まだリオンの攻撃力は低いんだから仕方ないだろ、

今日は検証に付き合ってくれてありがとな、まあ見ててやるから往生してくれ」

 

 そのキリトの言葉にユージーンは律儀にも挨拶を返そうとしたのが、

直後にユージーンのHPは全損し、ユージーンはリオンの糧となって消えた。

その瞬間に、サラマンダー軍のプレイヤー達は大爆笑し、

リオンに惜しみない拍手が送られる事となった。

どうやらキリトとユージーンの会話が丸聞こえだったらしい。

 

「ふう」

「やったなリオン、今の戦闘でかなりの経験値が入っただろ」

「凄く出来レースっぽい感じなんだけど、まあ、うん」

「よしよし、この調子でガンガンステータスを上げていこうぜ」

「が、頑張る」

「おいお前ら、手伝ってくれてありがとうな!」

 

 サラマンダー軍のプレイヤー達は、笑顔で手を振ってそれに応え、そのまま去っていった。

こうしてリオンはしばらくの間、毎日戦闘に明け暮れる事となる。

そしてそれが終わった後、毎日夜十一時に、

両親と少しだけ会話をするのが彼女の日常となったのだった。




このエピソードはここまで!明日からしばらくは、トラフィックス内の探索が行われます!


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第645話 北の探索行・巨人戦

今日から新たなエピソードの始まりです!これは全六~八話程度になると思います!


 八幡が眠りの森を訪れたり、理央がそれに触発されて戦闘に明け暮れていたその頃、

年末に予定されているALOとGGOの合同イベントに参加予定の者達は、

ウルヴズヘヴンに集まり、空中都市船トラフィックスの全容を把握しようとしていた。

 

「ネットで集めた情報によると、このトラフィックスは、空中都市船とは言いつつも、

実は島にエンジンを付けて浮かびあがらせているようなものだというのが今の主流の見方ね」

 

 今日集まったメンバーの中で唯一の役付きであるユキノが司会役を努め、

その日の話し合いは始まった。

 

「島を丸ごと?豪快よねぇ」

「実はかなり広いよな、ここ」

「情報だと北は山岳地帯、南は海岸、西は湿原で、東は荒野になっているようね」

「ほうほう、どこから調べていくつもりだ?」

 

 その闇風の質問に、ユキノはこう即答した。

 

「まだ水棲のモンスターを効率良く倒す方法は確立されていないのだし、とりあえず北ね。

今日はGGO組が少ないから、湿原や荒野みたいな開けた場所は、

後回しにした方がいいと思うの」

「ああ~、確かに今日は俺とレンしかいないからな、

まあ俺達ならどんな場所でも問題ないよな?レン」

「うん師匠、まったく問題ないよ!」

「しかしそれにしても……」

 

 そう言いながら闇風は、チラリとユキノの顔を見た。

 

「………何かしら?」

「いや、やっぱり違和感が……ユキノは語尾に、~なのだ!とか付けないのか?」

 

 その瞬間に、闇風の後頭部に衝撃が走った。

 

「ヤミヤミ、デリカシーが無い」

「痛っ!てめえピト、痛いんだよ、この筋肉ゴリラが!………って、あれ?ピト?」

 

 闇風はそう言いながら、きょろきょろと辺りを見回した。

だがそこにいるのはピトフーイではなくクックロビンである。

 

「えっと……」

 

 闇風は困ったような顔でレンの方を見た。そんな闇風に、レンは笑顔でこう言った。

 

「師匠、誰を探してるの?」

「いや、今ここにピトがいなかったか?あいつは今回のナイツには参加してないよな?」

「やだなぁ師匠、あのピトさんが、ハチマン君の主催する集まりに参加しないとでも?」

「へ?って事は……」

 

 闇風は振り返り、じっとクックロビンの顔を見た。

そこには姿かたちは違えども、よく見慣れたピトフーイと同じ、ニヤニヤ顔があった。

 

「ま、まさかお前、ピトなのか!?」

「むしろ知らなかった事の方が驚きよね、ヤミヤミ、ハチマンに嫌われてるんじゃないの?」

「がああああああああああん!」

 

 そう絶叫した闇風に、ユキノが冗談のつもりでこう言った。

 

「そういえば確かにこの前、ハチマン君があなたの事を………あっ、ちょっと」

 

 ユキノは先ほどの仕返しに闇風をからかおうとしただけであったが、

闇風が落ち込んだような表情でうるうるし始めた為、大いに慌てる事となった。

 

「冗談、冗談よ、ハチマン君は何も言ってないわ、だから安心してね、闇風君」

「ほ、本当にか……?」

「ええ、単純に忘れてただけだと思うわ、というか誰にも説明していないはずよ、

だからあなただけが仲間外れにされているとかではないから安心してね」

「う、うぅ……そうか、それなら良かった……ハチマンに嫌われたら、俺、俺は……」

 

 周囲にいた者達は、そんな闇風の姿を見て、

本当にハチマンの事が好きなんだなと暖かい視線を送ったが、

直後に闇風自身がそれをぶち壊しにした。

 

「バイト先も無くなっちまうし、何よりハチマンの近くにいる美人さん達を見て、

目の保養をする事も出来なくなっちまうところだったぜ……」

 

 その瞬間に、クックロビンが再び闇風の後頭部を殴った。

 

「うぎゃああああああ!」

「ヤミヤミ、そういう事を言うからあんたはモテないのよ」

「師匠、さすがの私も今のはどうかと……」

「う、うるせえ!俺はただ正直なだけだ!美人を美人と言って何が悪い!」

 

 それは闇風にとっては起死回生の言葉であった。こう言えばこれ以上、

自分への印象が悪化しないだろうという計算によって放たれたその言葉は、

しかしセラフィムによってあっさりと粉砕された。

 

「ハチマン様以外の賞賛、不要。闇風、反省」

「そ、その喋り方……まさかお前、イクスか!?

し、しかもその胸……完全版だと……!?」

 

 闇風はセラフィムの胸を見ながらそう絶叫した。懲りない男である。

 

「ふふん、ALOを始めてから、ハチマン様が私の胸に視線を走らせる確率が更に上がった。

ユキノとは違うのだよユキノとは」

 

 その瞬間に、ユキノがセラフィムの頭をガッチリ掴んだ。

 

「ねぇセラフィム、ちょっとお話があるからこっちに来てもらえるかしら?」

「ち、違うのユキノ、今のはただの言葉の綾で、

ユキノなら今のが冗談だって分かるよね?ね?」

「その辺りも含めてちょっとお話ししましょうか、

とりあえずみんなは出発の準備をしておいて頂戴。

敵はどうやら巨人族の可能性が高いから、それ用に各自備えてね」

 

 そしてセラフィムはユキノによって連行されていったが、

他の者達はもう慣れっこなのか、平然と準備を開始した。

 

「た、助かった……」

「ほら師匠、さっさと準備、準備!」

「お、おう、レンは随分平然としてるのな……」

「まあ私はそれなりに、ここの人達と交流があるしね」

「そ、そうか……」

「まあユキノに滅多な事は言わない方がいいよ師匠、場合によっては……」

「よっては?」

「もがれる」

「どこを!?」

「さあ?」

 

 そしてレンは笑顔で準備を始め、闇風も大人しくそれに従った。

そしてしばらく後に、ユキノがセラフィムを引きずって戻ってきた。

その光景に、闇風は目を剥いた。

 

「な、なぁレン、ユキノってヒーラーなんだよな?」

「うん師匠、でも多分ユキノはSTRも相当高いよ」

「な、なるほど……さすがはヴァルハラ・リゾートの副長って事か……」

 

 闇風はその事実に面食らい、以後ユキノをからかう事は絶対にしなくなった。

 

「さて、今日のメンバーは、斥候がレコン君と闇風君でお願い、

二列目はセラフィム、私、レンちゃん、ロビンよ、レヴィは最後尾で後方監視をお願い」

「「「「「「了解!」」」」」」

 

 そして一行は出発し、北の山岳地帯へと向かった。

 

 

 

『ユキノさん、前方に巨大な人影、おそらくモンスターです!』

 

 先行していたレコンからそんな通信が入り、ユキノは一端進軍の足を止めさせた。

そこに別方向に偵察に出ていた闇風が快足を生かして合流し、

しばらくしてレコンも無事に合流を果たした。

このトラフィックスでは誰も飛ぶ事は出来ない。

GGO組を飛ばすよりもその方がバランス調整が簡単だからだろう。

 

「敵は一体、一つ目の巨人です、武器は普通の棍棒、魔法攻撃を行うかどうかは不明です。

移動速度はたいした事はありませんが、走るとどうなるかは観察出来ませんでした」

「ふむ、情報通りね、敵はやはり巨人系のボスモンスターよ。

とはいえここは街なのだから、必ずチュートリアル要素が含まれていると推測出来るわ。

おそらくナイツの連携を深める為に用意されたモンスターなのでしょう」

「その子は何かアイテムを落としたりするのかな?」

「それがまだ撃破報告が無いのよね、それほど強敵だとは思えないのだけれど、

おそらくナイツがまだほとんど存在しないせいかもしれないわね」

「うちみたいに事前に準備してたところなんて、普通は無いって事か」

「でしょうね、ALOとGGOじゃ雰囲気が違いすぎるもの」

 

 そう言った後、ユキノはすぐに戦闘への突入を決断した。

 

「幸いここは広い空き地だし、ここに敵を釣りましょうか。

とりあえずさっさと片付けてしまいましょう、総員戦闘準備を!」

 

 そしてレコンが釣り役に指名され、正面にセラフィムが陣取り、

右にクックロビンとレン、左にレヴィと闇風が配置された。当然中央はユキノである。

 

「どんな些細な事でも構わないから、戦闘後に情報を整理するわよ、

余裕がある時は各自で敵の観察を!」

 

 その言葉と同時くらいに、敵を釣りに出たレコンが駆け戻ってきた。

 

「敵に遠隔攻撃の手段無し!」

 

 レコンは足を止めずにユキノにそう声を掛け、

そのまま背後の守りを固める為に、かなり後方へと陣取った。

言われなくとも自分の役割を果たし、決して目立とうとはしない、

レコンはそんな行動を繰り返す事で、

ハチマンから絶大な信頼を向けられるようになっていた。

ちなみに戦闘の腕もハチマン仕込みであり、ユージーンには勝てないまでも、

簡単には負けないような戦い方が出来るくらいには成長している。

 

「来ます!」

 

 森の中から飛び出してきたその巨体は、かなり威圧感があった。

巨人が棍棒を振り上げ、目の前にいたセラフィムに振り下ろす。

セラフィムはその攻撃を、真正面から受けないように、盾をやや斜めにして受け流した。

 

 ドンッ!

 

 という音と共に棍棒が地面にめり込む。

 

「おおおおおおおお!」

 

 クルスは雄叫びを上げ、そのまま敵からのヘイトを上げるスキルを使い、

棍棒を持つ巨人の手首に全力で剣を振り下ろした。

 

 ザシュッ!

 

 という音と共に、巨人の右手首が切断される。

その瞬間に巨人は絶叫を上げ、左足でセラフィム目掛けて蹴りを放った。

 

「っ……アンカー!アイゼン倒立!」

 

 セラフィムはその蹴りをまともに受け止める形になると判断したのか、そう叫んだ。

セラフィムの持つ盾から鎖のようなものが左右に飛び出し、地面に突き刺さる。

そしてブーツの踵がザシュッと音を立て、そこから生えたアイゼンが地面にめり込む。

その直後に巨人の蹴りがセラフィムの盾に直撃したが、

セラフィムはその体格差をものともせずに、その攻撃をまともに受け止めた。

 

「スパイク!」

 

 そしてセラフィムのその叫びにより、盾からトゲのような物が飛び出し、

蹴りを放った巨人の左足に突き刺さった。巨人はもがいたが、

そのトゲは返しがついているのか足から抜ける気配がない。

セラフィムはそのままその場に踏みとどまる事で、巨人の体制を安定させないようにした。

そこで初めて巨人の動きが止まる事となった。

 

「今よ、攻撃開始!目標は右足と左手よ!」

 

 ユキノはセラフィムにヒールを飛ばしつつ、そう指示を出した。

 

「ここから狙撃する」

「あいよ!」

 

 レヴィがその場に膝立ちし、大口径の魔法銃で巨人の右足を的確に撃ち抜いていく。

確かに巨人の右足はかなり太いが、その足首が徐々に穴だらけになっていく。

 

 ググググググググググ

 

 巨人の口からそんな声ともつかないような音が聞こえ、

巨人は拘束された左足を無理やり地面に下ろし、右足を動かしてその攻撃を避けようとした。

 

「させるかよ!」

 

 そこに凄まじい速さで闇風が肉薄し、巨人のアキレス腱を狙って攻撃を開始した。

こうして遠距離と近距離からの二人の攻撃により、巨人の右足は徐々に削られていった。

 

 

 

「レンちゃん、やるわよ!」

「オーケーピトさん……じゃなかったロビン、ぶちかまそう!」

「とはいえちょっとあの位置は高いわね、レンちゃん、私を踏み台に……」

 

 クックロビンがそう言いかけた瞬間に、二人の目の前に青い立方体が複数出現した。

 

「ロビン、あれって氷だよね?」

「氷?そっか、さっすがユキノ!」

 

 それはユキノが地面に生える草を対象に掛けた、氷の棺の魔法であった。

名はそのままアイスコフィンである。ユキノはその魔法に魔力を多めに込める事で、

二人の為に足場を作ったのであった。

 

「ユキノ、ありがとっ!今度お礼に私とムフフな事を……」

「謹んで遠慮するわ」

「くっ……ガードが固い」

 

 そう軽口を叩きながら氷の足場に上ったクックロビンに、

ユキノは聞く耳持たずという風に、あっさりとそう返した。

 

「仕方ない、それじゃあその役はレンちゃんに!」

「ごめんロビン、私も無理!」

 

 そう言いながらレンは速度を上げ、凄まじい速度で飛び上がると、

巨人の左手に肉薄してその手首にフルオート射撃をした。

その背後からクックロビンが、手首を切断しようと剣を振りかぶったが、

ここで巨人は予想外の行動に出た。

左手に攻撃し、別の氷の足場に着地しようとしたレンに、裏拳を放ったのだ。

 

「レンちゃん、危ない!」

「えっ、うわっ、わわわわわ!」

 

 レンは慌てて止まろうとしたのだが、そのまま足を滑らせ、足場の下に落ちた。

その頭の上を、巨人の裏拳が通り過ぎていった。

 

「わ~お、さっすがレンちゃん、ラッキーガール!」

「こんなの全然嬉しくない!」

 

 そう言いながらもレンは、そのまま真上にフルオート射撃をし、

裏拳をかわされて静止状態であった巨人の左手に攻撃を集中させた。

その直後にクックロビンが、レンが足を滑らせた足場に器用に着地し、

前に戻ってくる巨人の左手の前に剣を立てたが、

足場が悪い為、そのまま後ろに押されてしまう。

 

「くっ……」

 

 だが突然その足の滑りが止まった。クックロビンの足元に黒いツタのような物が巻き付き、

足が滑らないように止めてくれていたのだった。

 

「さっすがレコン!縁の下の力持ち!」

 

 そしてクックロビンは足を踏ん張り、見事に巨人の左手を切断した。

 

「よし!」

 

 同時に巨人は遂に右前足に力が入らなくなったのか、そちらに向けて膝をついた。

 

「あっちも足の破壊に成功したみたいね」

「これで敵の動きが大分鈍るかな?」

「そうね、一旦距離を取りましょう」

 

 二人がそう言って巨人から距離をとった瞬間に、突然ユキノが叫んだ。

 

「セラフィム、右手よ!」

 

 その言葉通り、巨人は右手に棍棒を持ち直し、

セラフィム目掛けて振り下ろそうとしていた。切断されたはずの右手で、である。

セラフィムは咄嗟に盾のアンカーを外し、盾を上に構えた。

それによって防御が間に合ったが、

さすがに上から振り下ろされる攻撃をまともに受けるのは負担が大きいのか、

セラフィムもいくらかのダメージを負った。

もっともそれはユキノによってすぐに癒されてしまうのだったが、

問題は巨人の再生能力の方だった。見ると右足と左手の肉も不気味に蠢いており、

どうやらその二部位も再生が進んでいるのだと推測された。

 

「ユキノ、どうする?」

「大丈夫、敵のHPは回復していないわ、とりあえず両足を交互に攻撃して敵の足を止め、

そのまま最後までHPを削りきりましょう」

「分かった、攻撃を続けるね!」

 

 そのまま攻撃は継続され、遂に巨人は全てのHPを削り取られ、消滅した。

後に残されていたのは一本の鍵であり、

説明文には『上陸用トラフィックス北転移門の鍵』と書かれてあった。

 

「この鍵、何に使うんだろ」

「普通に考えれば、イベント開始時に北門を通れるって事なのではないかしら」

「まさか人数分必要とかじゃないよな?」

「いえ、これは一度取ればナイツ全体で有効なアイテムみたいね、今使用するわ」

 

 そしてユキノが何かを操作するとその鍵は消滅し、

代わりにナイツの状況を確認する為のメニュー画面に、鍵所持の情報が記載された。

 

「よし、これでいいわね」

「やった!これでハチマンに褒めてもらえるね!」

「この後どうする?」

「そうね、あの巨人が復活しないうちにある程度周囲を探索して……」

「むっ……」

 

 その時突然レヴィが何かを感じたように辺りを見回した。そしてレコンがこう叫んだ。

 

「ユキノさん、敵襲です!」

 

 一同はその声を聞き、すぐにセラフィムの背後に展開し、

セラフィムは盾を構えて戦闘態勢をとった。

正面の森の中に複数の銃口が見え、セラフィムは咄嗟にこう叫んだ。

 

「シールド展開、鋭角広域防御!」

 

 その瞬間にセラフィムの持つ盾が、

一同を守るように横に広がって、そのまま矢印のような形に変化した。

その盾に向け、森の中から銃弾が雨あられと降り注いだのだった。



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第646話 北の探索行・知られざる強者

「師匠、これって……」

「マシンガンによる攻撃ね」

「ロビンもそう思うか?」

「ええ、間違いないわ」

「という事は、心当たりのあるチームが一つあるわね」

 

 レン、闇風、クックロビンのその言葉に、ユキノがそう言った。

 

「レンちゃん、単眼鏡はあるわよね?私はALOのキャラだから、持ってないのよね」

「確認してみます!」

「俺も見てみる」

 

 そしてレンと闇風が攻撃をくらわないように慎重に敵の様子を観察し、続けてこう言った。

 

「あ、やっぱりZEMALだ」

「シノハラの野郎がいやがるぞ」

「そう、それじゃあこのまま共用サーバーに来て初の対人戦という事になるのかしら」

「だな、目には目を、攻撃には反撃を、だぜ!」

「レコン君、この状態で偵察は可能?」

「大丈夫です、いけます」

 

 そしてレコンは地面を這うような体制になり、そのまま姿を消す魔法を唱えた。

 

「おお、さすがは本職、凄いな!ここなら俺も魔法が使えたりしねえかな?」

「師匠は絶対に悪用するから駄目」

「あ、悪用って何だよ、俺はそんな事はしない!」

「女性の着替えを覗いたりしないと自信を持って言えるの?」

「…………あ、当たり前だろ!」

「はい、間があった時点でアウト~!」

 

 そんなノンビリとした会話を交わしながらも、一同は戦闘準備を進めていた。

 

「セラフィム、あとどれくらい耐えられる?」

「弾を受けるのではなく、後方に弾いているから当分大丈夫、

でもこのままだとジリ貧、相手の弾切れを狙って突っ込むしかない」

「なるほど、それじゃあレコン君からの報告を待ちましょうか」

 

 その時突然銃声が止んだ。

 

「あら、まさかもう弾切れなのかしら」

「突入のチャンスを逃しちゃったかな?」

「いや、しかしよ、こんなに早く弾切れにはならないはずだろ?」

 

 経験上、ZEMALの攻撃はこの程度で終わる事は無い。

それ故にGGO組は、首を傾げる事となった。

 

「でもレコン君からの報告が無いという事は、まだ現場に到着していないという事よね」

「って事は、自主的に攻撃をやめた?あのマシンガン馬鹿のあいつらがか?」

「そうね、ありえないわよね……ここは素直に報告を待ちましょうか」

 

 そして少し後に、レコンからユキノに報告が入った。

 

『すみません報告が遅れました、ユキノさん、敵は七人です』

 

 七人というその言葉にGGO組は首を傾げた。

ZEMALのメンバーは六人だったはずだからだ。

 

「レコン君、何があったの?」

『いえ、敵のリーダーらしき女性が、僕が到着する前に撤退指示を出したみたいで、

慌てて追いかけて、今やっと追いついたところです』

「へぇ、いくら攻撃しても無駄だと悟ったのかしらね」

「いい判断だと思うけど、でもZEMALに女性メンバー?聞いた事がないわね」

『あの女性はおそらくALO出身の人間だと思います、

ただキャラはGGOのキャラみたいですが』

「どうしてそう思うの?」

『はい、銃だけだと決め手に欠けるから、

私が以前所属していたサラマンダー軍の知り合いを何人かスカウトするから一度撤退だと、

あの女性はそう言ってたんですよ』

「そう……」

 

 そしてユキノは少し考え込んだ後、レコンにこう指示を出した。

 

「分かったわ、レコン君はそのままZEMALの後を追って頂戴、

決して無理はしないように注意してね」

『分かりました』

 

 そしてユキノは通信を終えた後に、レンに言った。

 

「レンさん、早い段階でフカさんを呼んでもらってもいいかしら」

「それは別に構わないけど、でも何で?」

「多分その女性っていうのが、フカさんと因縁のあるプレイヤーだと思うのよね」

「フカと?そうなの?」

「ええ、まあレコン君の報告待ちになるのだけれど、多分合っていると思うわ、

何故なら過去にサラマンダー軍に所属していた女性プレイヤーは、一人しかいないのだから」

「なるほど」

 

 この場には他に、古参のALOプレイヤーは存在しない為、

ユキノは詳しい事はいずれウルヴズヘヴンでねと言って、一旦この話題をここで終えた。

そして一同はそのまま探索を続け、再び先ほどと同じタイプの巨人と遭遇した。

 

「……これは少し面倒ね、移動だけでこれだけ手間を掛けさせるなんて、

開発AIは一体何を考えているのかしらね」

「案外一度鍵を取ったら敵対してこなくなるとか……」

「……その可能性は無くもないわね、セラフィム、ちょっと生贄になってもらえるかしら」

「さっきの事をまだ根に持ってる!?」

 

 セラフィムはそう言いつつも、文句を言わずに一人で巨人の前に立ちはだかった。

他の者達は何があってもすぐ飛び込めるように準備をしており、

ユキノに至っては既に回復魔法の詠唱を開始している状態であった。

ユキノもやはりハチマンの傍にいる事で、

毒舌と同時にツンデレスキルも鍛えられているようである。

 

「さて、どうなるかな……」

「セラフィム、気をつけてね!」

 

 だが巨人はセラフィムに一瞥もくれず、そのままその前を素通りしていった。

 

「あ、やっぱりそういう事か」

「平気だったね~!」

「ユキノ、もう大丈夫みたいだよ」

 

 ユキノもその言葉を受け、魔法の詠唱をやめた。

 

「それじゃあ転移門というのを探しつつ、周囲を探索しましょうか。

もしかしたら使える素材とかもあるかもしれないから、

気になった物があったらまめにチェックをお願い」

 

 そして一同はあちこちを観察しながら周囲の探索を進めたが、

ここまで巨人以外の敵キャラはまったく出現してこない。

 

「なぁ、ここには他にモンスターは出ないのかな?」

「プレイヤー間のコンビネーションを鍛えるには、

それなりの数の雑魚モンスターが出現した方がいいと思うんだけどね」

「確かにそうね、他の方面に敵を集中させているのかしらね」

「まあ順に調べていけばいいね」

「あっ、見て!大きな門みたいなのがある!」

 

 少し先を歩いていたレンの口からそんな声が聞こえ、一行はそちらに向けて駆け出した。

 

「あっ、本当だ」

「デカいな……」

「ユキノ、どう?何か反応してる?」

「ええ、『転移門の利用許可を感知しましたが、現在この門はどこにも通じていません』

だそうよ、やっぱりここが、イベント時の入り口の一つという事になるようね」

「オーケーオーケー、他に何か気になる物とかあったか?」

「素材が結構あるよね、ここ。まあ一般的に流通してるレベルの素材だけど」

「まあ街中という扱いではある訳だしね、もっともそう言っていいのかは分からないけど」

「それじゃあとりあえず戻りましょうか、レコン君の報告も聞きたいし」

「だな!」

 

 そして一行は街へと引き返した。途中で他のプレイヤーに遭遇する事は一切無かった。

やはりまだナイツを組むのに苦心しているのだろう。

その証拠に街に帰ると、メンバー募集掲示板の前は大盛況であった。

 

「やっぱりまだこんな感じなんだ」

「鍵を持つモンスターの取り合いにならない今のうちに、

さっさと全部集めてしまいたいところね」

「それじゃあウルヴズヘヴンに帰ろう!」

 

 そしてビルの入り口をメンバー認証して通過した一行を、

二人のメイド服を着た人物が出迎えた。

 

「みなさん、お帰りなさい!」

「お帰りなのニャ、何か収穫はあったかニャ?」

 

 それはユイとフェイリスであった。

ユイはキズメルと交代で、こことヴァルハラ・ガーデンを行き来するようだ。

フェイリスは完全に趣味である。一応別に店員NPCも設定出来るのだが、

ハチマンはそれを利用せず、ここをユイとキズメルに任せる事にしたのだった。

 

「フェイリスさん、来ていたのね」

「うん、フカちゃんもさっき来たのニャ」

「フカが?」

「あら、それは手間が省けたわね」

 

 そこに丁度レコンも戻ってきた。

 

「ユキノさん、戻りました」

「お帰りなさい、それじゃあ報告を聞きましょうか。

レンさん、フカさんを呼んできてもらえるかしら」

「うん、待ってて!」

 

 そしてレンに連れられて、他のフロアにいたフカ次郎が姿を現した。

 

「やぁやぁ、このかわいいフカ次郎ちゃんの出迎え、ご苦労様!」

 

 その挨拶に一同は、やれやれと肩を竦めたが、

そんなフカ次郎に一人だけ返事をした者がいた。

 

「おう、労ってもらってすまないな、本当にお前はかわいいな、

かわいすぎるから、ついつい殴りたくなる」

「リ、リーダー!?い、いつの間にここに……?今日は用事があったのでは?」

 

 そこにいたのは眠りの森への訪問を終え、

顔だけは出しておこうとログインしたハチマンであった。

 

「用事は終わった、お前こそ用事があるとか言ってなかったか?」

「う、うん、レンが何か粗相をしてないか心配で……」

「私をフカと一緒にしないで!」

 

 そしてレンはぷんぷんと怒りながら、そのままハチマンの手を取り、

テーブルまで連れていくと、その隣に陣取った。

それを見たユキノがさりげなくその隣に座り、フカ次郎は完全に出遅れる事となった。

 

「なっ、ななななな、なんて抜け目ない!」

「え?何の事?」

「い、いや、何でもねえ……敗者はただ去り行くのみだぜ」

 

 そう言って、せめてハチマンの正面に座ろうとしたフカ次郎は、

横からスッと移動してきた人物にあっさりと先をこされた、レコンである。

 

「どうしたレコン、何か報告でもあるのか?」

「はい、フカさんにも関係がある報告です、フカさん、ここに座ってもらっていい?」

 

 そう言ってレコンはフカ次郎に、ユキノの前に座るように促した。

フカ次郎はそんなレコンの態度を見て、これは真面目な話があるのだと思い、

大人しくユキノの前に座った。他の者達は、周りのテーブルに思い思いに腰掛けた。

 

「ユキノ、何かあったのか?」

「ええ、今日は北の山岳地帯の調査に行ったのだけれど、

メニューのナイツのページを見て頂戴、北の転移門の鍵を手に入れておいたわ」

「ほうほう、どうやって手に入れたんだ?」

「普通に徘徊している巨人族が持っていたわ。

ちなみに一度鍵を入手した後は、ノンアクティブに変化したわ」

「なるほど、そういう仕組みか」

「問題はその後なのだけれど」

「ふむ」

 

 真面目な顔をしたハチマンに、ユキノはこう切り出した。

 

「ZEMALから襲撃を受けたわ」

「あいつらの?ほうほう、あいつらがここにいるのか」

「ZEMALには、見知らぬ女性プレイヤーが一人加わっていたそうよ」

「ほう?」

「後の報告はレコン君にお任せするわ」

 

 そう促されたレコンは、その言葉に従い説明を始めた。

 

「はい、僕はその集団の後を尾行し、つい先ほど解散するまでその話を聞いていました。

それによると、おそらくその女性プレイヤーは、ビービーだと思われます」

 

 その言葉を聞いた瞬間に、フカ次郎は下を向き、わなわなと震えだした。

 

「ビービー?誰だ?」

「あなたが知らなくても当然ね、ビービーとは、

かつてサラマンダー軍に所属していた唯一の女性プレイヤーよ。

サラマンダー軍とシルフ軍が和解した直後に、

シグルドと一緒にサラマンダー軍を離脱しているわ」

「シグルドって、あのシグルドか?あいつはシルフ軍だっただろ?」

「言い方が悪かったわね、シグルドの計画については覚えているかしら?」

「計画?計画ってアレだ、え~と……」

「別に覚えているフリをしなくてもいいのよ」

「悪い、雑魚すぎて忘れた」

「ふふっ、まあそうよね」

 

 そしてユキノはシグルドの計画について説明を始めた。

 

「シグルドは、もうすぐ実装予定と言われていた転生システムを使って、

シルフからサラマンダーに転生して権力を握ろうとした裏切り者よ。

そしてその目的は、そのままサラマンダー軍にグランドクエストをクリアさせ、

光妖精族のアルフに更に転生する事だったらしいわね」

「ああ、そうそう、そんな感じだったな」

 

 ハチマンはやっと思い出したのか、若干曖昧ながらもその説明に頷いた。

 

「で、その時のサラマンダー軍の窓口になっていたと思われるのが、

そのビービーっていうプレイヤーなの」

「ああ、だから二人で逃げ出したと」

「ユージーン将軍は、ビービーを責めるつもりはまったく無かったようなのだけれど、

彼女としては、やはり軍には残り辛かったのでしょうね、

それから二人はどこへともなく姿を消したわ」

「二人は一緒に姿を消したのか?」

「いいえ、ビービーはシグルドの事が大嫌いだったらしいから、

別行動なのは間違いないと思うわ。たまたまタイミングが同じだっただけね。

そして種族間の壁は、アインクラッドの導入によって取り払われ、今に至ると」

「なるほどなぁ、話の腰を折って悪かった、それじゃあレコン、報告を続けてくれ」

 

 レコンはその言葉に頷き、説明を続けた。

 

「何故僕がその女性をビービーだと判断したかというと、

ユキノさんはもう気付いているみたいですが、その女性が、

『私が以前所属していたサラマンダー軍の知り合いを何人かスカウトするから』

と言っていたせいですね、該当する女性はビービーだけですから」

「え、サラマンダー軍ってそうなのか?」

「そうですよ、ハチマンさんも、女性を見た覚えはありませんよね?」

「た、確かに……そうか、ユージーンってかわいそうな奴だったんだな、

今度会ったらもう少し優しくしてやろう……」

 

 ハチマンのその言葉に噴き出しつつも、レコンは更に説明を続けた。

 

「ビービーの見た目は変わってました、

おそらくGGOに新しくキャラを作ったんだと思います。一応これがその写真です」

「これか?ふむ、俺には見覚えはないな、レン……は知っているはずがないな、

ロビン、闇風、どうだ?」

「どれどれ」

「ほいほいちょっと拝見っと……あ、あれ?おいロビン、こいつって『指揮者』じゃね?」

「あ、本当だ、これって『指揮者』だね」

「知ってるのか?」

「うん、第一回BoBにも出てたはずだけど、覚えてない?」

「………お、覚えてない」

「まあそれもそうか、イクスの事も覚えてなかったくらいだしね」

「う……す、すまんマックス」

「いえ、私は一瞬でサトライザーに倒されましたから」

「あ、レヴィはどうだ?こいつの事、覚えてるか?」

 

 闇風のその言葉に、レヴィは写真を見ながらこう言った。

 

「ああ、確かに兄貴が倒した奴の中に、こいつがいたな、確か十三番目だ」

「それじゃあ後で動画をチェックだな、で、指揮者って何の事だ?」

「うん、こいつってば傭兵でね、色々なスコードロンに招かれて、

戦闘の指揮を請け負ってたんだよね」

「こいつに指揮された奴らは、それは強かったぜ」

「そうなのか、シグルドと違って出来る奴なんだな」

「ビービーはZEMALのメンバーから、女神様って呼ばれてました」

 

 レコンがそう報告を続け、フカ次郎の髪がブワッと逆立ったような気がした。

今のフカ次郎は、GGOの時の金髪の少女の姿ではなく、本来の姿に戻っている。

その外見は美人と評されるのに相応しい姿であり、

その髪が物理的に逆立ったりする事はないが、周りの者からは確かにそう見えたのだ。

 

「あのクソ野郎が女神……?」

「そういやフカも古参だったな、知ってるのか?」

「知ってるもなにも、私はあいつに石臼で潰されたり、飛んでる最中に羽根を切られたり、

火山の火口に突き落とされたり、顔面を弓で射られたりした事もあるんだからね!

見つけた瞬間に殺す、絶対に殺す、死んでも殺す」

「それってあれか、お前の方が弱かったって事だよな?」

 

 そのハチマンの正直な言葉に、フカ次郎はうっと言葉に詰まった。

 

「リ、リーダー……」

「ああ、悪い悪い、昔のお前は確かに弱かったと思ってな、でも今はもう違うだろ?

だから相手を恨んでばかりいないで、正面から相手を粉砕して、それで昔の事は水に流せよ」

「で、でも!」

「いいから流せってんだよ、恨みからは何も生まれない、

お前には今は頼れる仲間がいるんだ、そんなぼっち気質の奴にいつまでも拘るな」

「う、うん、確かにそうかも……ごめんなさい」

 

 そんな殊勝に謝るフカ次郎の姿を見て、ハチマンはうんうんと頷いた。

 

「さてレコン、他に報告は何かあるか?」

「いえ、そのビービーだと思われる女性は、そのままログアウトしてしまったので、

特に追加の情報はありません」

「だが、とりあえず敵対してきたってのは事実なんだな?」

「はい、少なくともユキノさんは超有名ですし、面識もあるはずですし、

うちの事を分かって仕掛けてきたのは間違いないと思います」

「分かった、それじゃあメンバー間で情報を共有し、

突然の奇襲も返り討ちに出来るような体制を整えよう」

「はい!」

「それじゃあ明日はどうするのかしら?一応予定では、GGO組が多い日に、

西の湿原か東の荒野に行ってみようと思っていたのだけれど」

「南には行かないのか?」

「だって水中での戦闘は無理でしょう?」

「ふむ」

 

 ハチマンはユキノが言いたい事を理解し、少し腕組みをした後にこう言った。

 

「それなら俺に心当たりがある、明日は南に行くぞ、

南門の通行権を独占する為にも、あまり人目につきたくはないからな」

 

 こうして明日の、南への調査隊の派遣がハチマンの鶴の一声で決定された。



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第647話 南の探索行・総員水着を用意せよ!

世間ではバレンタインのようですが、この作品は当然バレンタインSS等はやりません。
という訳で今回は水着回です!(何が、という訳、なのか)



「今日は南の海岸へと進軍する、要するに観光だ。各自、水着はちゃんと用意したか?」

「「「「「「した~!」」」」」」

「では出発だ、ただし必ず全員ワンタッチで戦闘準備が出来るように準備は怠るなよ!」

「「「「「「お~!」」」」」」

 

 こうしてヴァルハラ・ウルヴズ一行は、南の海岸地帯に向けて進軍を開始した。

 

 

 

「お、この辺りが遊ぶのに適していそうだよな」

「深い所にはモンスターがいる可能性があるから、あまり沖には行くなよ」

「了解了解、ビーチチェアとビーチパラソルを用意してっと……」

 

 そして五つの巨大なパラソルが用意され、

それを囲むように人数分のビーチチェアが並べられた。

 

「それじゃあ俺はしばらくのんびりするから、みんな好きにしてくれ」

「ハチマン、着替えを覗いたりしちゃ駄目なのニャよ?」

「覗くも何も、ワンタッチじゃねえかよ……」

「気分の問題ニャ!そういう事を言ってみたい年頃なのニャ!」

「はいはい、それじゃあ俺は少し横になってるからな」

 

 ハチマンは水着に着替えた後、そう言ってごろんと横になった。

 

「ふう、落ち着く……」

 

 そこにぞろぞろと男性陣が集まり始めた。

 

「………お前ら、何でわざわざここに集まってきやがる」

「俺は先にお礼を言っておこうかなって思ってな」

「俺も俺も!」

「………僕は何というか、今猛烈に感動しているよ、

まさか僕の人生において、こんなイベントが発生するなんてね」

 

 最初にそう言いだしたのは当然闇風と薄塩たらこ、そしてゼクシードである。

三人にとっては、これほどおいしいイベントは無いのであろう。

普段はすましているゼクシードですらこの始末なのだ。

とにかくヴァルハラ・ウルヴズのメンバーは、現実の姿と違うとはいえ美人揃いなのである。

 

「お礼?何の事だ?」

「いやいや、こんな楽しいイベントに誘ってもらったんだ、そりゃ感謝もするだろ」

「う~、目の保養目の保養」

「うん、これはいいね、凄くいい、実にいいよ」

「ゼクシードの性格が昔と違う気がしてならないな……

まあ三人とも、女性陣に怒られない程度にほどほどにな」

「分かってるって、もしここで嫌われたら、ずっと針のむしろだからよ!」

「当然だ、ノータッチは基本だからな!」

「僕はここで死んでももう悔いは無いと思えるよ」

「おいゼクシード、お前だけは冗談でもそういう事は言うな」

「な、何故だい?」

「さあ、何でだろうな」

 

 そしてその後ろから、キリトとレコンとナタクが姿を現した。

 

「レコン、今日はリーファが来られなくて残念だったな」

「あは、こればっかりは仕方ないですよ、

まあたまに一緒に出かけたりしてるんで問題ないです」

 

 今日の参加者は、年末に参加出来る者に限られていた。要は親睦会のようなものである。

なのでここにはリーファはおらず、コマチもユイユイもユミーもイロハもいない。

ついでに言うと、当然ソレイユもメビウスもアルゴもロザリアもいないのだ。

なので参加者の体の一部の平均サイズが下がっているのも事実なのだが、

それに対して文句を言う者はこの場には皆無であった。

 

「キリトとナタクは最近こそこそと何かやってるみたいだが、そっちは落ち着いたのか?」

「おう、もう少ししたら、きっとお前も驚くような光景が見られると思うぜ」

「ですね、あそこまでとは予想外でした」

「ほう?それは楽しみだ」

 

 ハチマンは遠くに見える、リオンの後ろ姿をチラリと見ながらそう言うにとどめ、

二人はその姿を見て、これはバレバレだなと苦笑した。

その直後に女性陣がぞろぞろとこちらに近付いてくる気配がした為、

男性陣は慌ててその場を逃げ出した。もしハチマンにアピールするのを邪魔したら、

地獄すら生ぬるいと思える程の仕打ちを受ける事が確定してしまうからである。

それくらい、ヴァルハラ・ウルヴズの女性陣の権力は強大なのである。

 

「ハチマン君!」

 

 そこに最初に現れたのは、当然アスナであった。

アスナは白地に赤のストライプの入ったビキニを着ており、

その胸元には赤いリボンが飾られている。

 

「おっ、アスナ、今年の水着姿もまたかわいいな……

あれ、もしかして今年水着を着るのはこれが初めてか?」

「うん、今年は色々あったしね」

「そうか、来年は多少はリアルで海に行ければいいな」

「ふふっ、そうだね」

 

 そしてアスナは当然のようにハチマンの隣に寝そべった。さすがの貫禄である。

 

「さて、それじゃあ他のみんなの水着姿もちゃんと褒めてもらいましょうか」

 

 そう言いながら、次にハチマンの前に出てきたのはユキノだった。

ユキノの水着は白地にふちが黒になっている水着であり、

胸元はその黒の紐で結ばれていた。ちなみに下はパレオを着用している。

 

「そんな義務みたいな言い方をされてもな……」

「何を言っているの?リーダーの義務に決まっているじゃない、ねぇみんな?」

「はい、ハチマンさんに褒めてほしいです!」

 

 笑顔でシリカがそう言った。

シリカの水着はオレンジに白のフリルが全面に施されたデザインである。

 

「私はキリトの所に行くけど、あんたも後でちゃんと私を褒めなさいよね」

「へいへい、分かってるって、相棒」

「うん、よろしい」

 

 リズベットはそう言いながら、キリトの方へと走っていった。

リズベットの水着は下がジーンズ調になっており、上は白地に黒の横ストライプであった。

 

「リーダー、私は私は?」

 

 そう言うフカ次郎の水着は、上下が迷彩柄になったビキニであった。

その隣にはシャーリーも居り、色違いの迷彩柄のビキニを着用していた。

 

「シャーリーさん、凄く似合ってます」

「あ、ありがとうございます!」

 

 そしてハチマンはチラリとフカ次郎の方を一瞥し、こう尋ねた。

 

「おいフカ、レンの姿が見えないが、どうした?」

「うっ、レンにまた持ってかれた……」

 

 そんな落ち込むフカ次郎に、ハチマンは容赦なく質問を続けた。

 

「さっさと質問に答えろ、レンはどうした?まさかはぐれたりしてないよな?」

「あ、ああ、そっちの心配?大丈夫大丈夫、ちょっと遅れてるだけ」

「そうか、それならマックスも遅れてくるから、合流してから来るように伝えてくれ」

「了解!ってリーダー、かわいいフカちゃんの水着姿に対する感想は!?」

「ああはいはい、かわいいかわいい」

「ぐっ……な、何故リーダーはいつもフカちゃんに適当なのれすか!?」

「そりゃまあ、お前の馬鹿なところがかわいいからだろ、なぁアスナ」

「そこで私に同意を求めないで!どう答えてもアウトじゃない!」

 

 ここで肯定すれば、かわいいが馬鹿な事を肯定する事となり、

否定すれば、馬鹿ではない代わりにかわいくもないという事になる。

 

「そうか、よしフカ、どっちがいいか自分で選べ」

「馬鹿でいいでしゅ」

 

 フカ次郎は、にへらっ、と笑いながらそう答えた。

どうやら真面目にかわいいとさえ言ってもらえれば、後は何でもいいらしい。

そして次に現れたのは、フェイリスとクックロビンである。

フェイリスは黒地にところどころピンクのリボンのついた水着に猫耳を標準装備、

クックロビンは胸の部分がV字に大きく開いた緑のビキニを着用していた。

 

「ハチマン、どうかニャ?」

「おう、てっきりメイド服をアレンジした水着で登場するかと思ったが、

その普通さがかわいいな、何か見てて安心する」

「よく分からないけど褒めてるみたいだからまあいいかニャ」

「ハチマン、私は私は?」

「お前は何というかな……レンと逆パターンでリアルと違いすぎるのに戸惑うが、

その姿にはとても似合ってていいんじゃないか?」

「あ、やっぱりこの程度の露出ならオーケーなんだ、こっちにしなくて良かった!」

 

 そう言ってピトフーイは、ほとんど布地のない水着に一瞬着替え、

ハチマンに睨まれてすぐに元に戻した。

 

「冗談、冗談だってば!」

「今年も残り少ないが、お前の今年の目標は、その変態さを少しは抑えるって事にしような」

「もう、ハチマン以外の前じゃ普通だってば!」

「余計悪いわ馬鹿野郎」

「うっ……いきなり罵声を浴びせてくるなんて、私を興奮させないで!」

「フェイリス、さっさとそいつを海に叩き込んできてくれ」

「分かったニャ、ほらロビン、行くよ」

「あ、待って、もう少しで天国にイけるから!」

「はいはい、海で頭を冷やしに行くのニャ」

 

 二人が去った後、ハチマンはグッタリと横になった。

 

「はぁ……やっぱりロビンの相手が一番疲れるな、まあこれで山は乗り切ったか」

「まだ油断するのは早いと思うけど……」

「あらハチマン様、どうやらお疲れのようですわね、

これは私が癒して差し上げないといけない流れですわね?」

「げっ、ミサキさん……」

「あらあらうふふ、そんなに乙女の体をじろじろ見るものではありませんことよ?」

「あ、はぁ、相変わらずスタイルがいいですね、その水着も似合ってますよ」

 

 ハチマンは早くミサキを追い払おうと、とにかく色々と褒める方針でいく事にした。

ミサキはそれで気分を良くしたのか、珍しく大人しく引き下がった。

 

「うふふ、私もまだまだ捨てたものじゃありませんわね」

「ミサキさんは十分現役ですよ、とても俺と同い年の娘がいるなんて……」

 

 そういいかけたハチマンの唇を、ミサキは指で軽く塞いだ。

 

「それは言いっこなしですわよ、めっ」

「す、すみません」

 

 そしてミサキは海の方へと移動していった。どうやら他の子達と一緒に遊ぶつもりらしい。

日々を仕事に追われるミサキにとって、例えゲームの中といえど、

海に来るなどというのは本当に何年ぶりかの事であり、

ミサキは久々に水着になった事で、開放感を感じているのだった。

 

「た、助かった……案外簡単に引き下がってくれた……」

「ミサキさんっていつも若いよね、私もああいう風に年をとれたらなぁ」

「アスナは年をとっても若いままでいると思うけどな、ソースは京子さんだ」

「あ、確かにお母さんは若いかも!そっか、それなら安心かなぁ」

「ああ、安心していい」

 

 その次に現れたのは、シノンとリオンである。

さすがのリオンもこのイベントを逃すつもりは無かったのか、

今日は戦闘を休んでここに遊びに来ているのだった。

 

「ほらハチマン、これが現役女子高生の水着姿よ、感謝しなさい」

「あ、ありがとうございます……」

「ふふん、随分と素直じゃない、いつもそういう態度でいなさいよね」

 

 ハチマンは、ここはこう言うしかないだろうと思い、

素直にそう感謝の言葉を述べた。それによりシノンはあからさまに機嫌が良さそうになった。

アスナはそれを見て、さすがシノノンの性格をよく理解しているなと感心した。

シノンは紐の部分が緑色になった、脚線美を強調する際どい白のビキニを着用し、

その後ろに隠れるようにしているリオンは、

上下共に青いビキニで、上にはTシャツを着ており、腰の部分でその裾を縛っていた。

本人は胸を隠すつもりでそうしたのだろうが、

Tシャツに透ける青の水着がまるで下着のように見え、

より背徳感がアップしている事に、本人はまったく気付いていない。

だが大人であるハチマンは、その事をちゃんと口に出して本人に伝える事を選んだようだ。

相変わらず時々デリカシーという言葉を忘れてしまうハチマンである。

 

「おい理央、その格好な」

「な、何?っていうかジロジロ見るな!」

「Tシャツを着たままだと余計にエロいから、それは脱いだ方がいい」

「なっ、何を訳の分からない事を………あ、あれ?」

 

 リオンはハチマンに苦情を言いかけ、その横のアスナの顔を見た。

アスナはリオンにうんうんと頷き、そしてシノンも同じくうんうんと頷いた。

 

「えっ、ほ、本当に?」

「うん、言い方はともかく、確かにそうだなって私も思っちゃった……」

「私は狙ってやってるものだとばかり……」

「っ!」

 

 そしてリオンは勢い良くTシャツを脱ぎ捨てた。

 

「こ、これでどう?」

「おう、普通にかわいくなったな」

「かっ、かわ……」

「あ、いや、マジだって、なぁアスナ」

「う、うん、さっきよりも健康的になった!」

「そ、そっか、健康的か、それなら良かった……」

 

 そうほっとするリオンに、三人は生暖かい視線を送った。

確かに背徳感は和らいだが、その体型的に、エロさを消し去る事は不可能だからである。

 

(まあクルスが来れば目立たなくなるか、もしくはミサキさんの近くにいてくれれば……)

 

 ハチマンはそう考え、それ以上余計な事は言わない事にした。

君子危うきに近寄らずという奴である。

 

「あんたも大変ね……」

「モテすぎるのも苦痛なんだって、実感したわ……」

 

 そこにユッコとハルカが現れた。二人はデザインがお揃いで色違いの、

白地に緑と白地に青のワンピースタイプの水着を着用していた。

本人達曰く、『ゼクシードが勘違いしないように、露出を控えた』そうである。

 

「どうだ、楽しんでるか?」

「ええ、今年は海に行けなかったから楽しいわよ」

「こういう手段もあるんだねぇ」

「観光名所を回れるゲームもあるみたいだぞ」

「え、マジ?ハルカ、今度やってみよ?」

「うんうん、いいかもしれないね」

 

 そして二人は笑顔で去っていった。この後ジャンケンで負けた方が砂に埋められるらしい。

 

「さて、レヴィはっと……」

「単眼鏡を持って、ずっとキョロキョロしてるよね……」

「あいつ、これも仕事だからって譲らねえんだよな……」

「まあハンドサインでも送っておけば?」

「そうだな、そうするか……おいレヴィ!」

 

 ハチマンのその呼びかけに、レヴィがこちらをチラッと見た。

そしてハチマンは、そんなレヴィにハンドサインを送った。

 

『水・着・似・合っ・て・る』

『あ・り・が・と・よ』

 

 レヴィに関してはこれでおしまいであった。年に似合わぬ真面目さである。

そしてここまでまったく目立っていなかった人物が、スッとハチマンの後ろに立った。

その人物は腕組みをしたままじろっとハチマンの方を睨み、

ハチマンはその気配を感じて振り向いた。

 

「あ、スクナ……」

「あんたね、こういうイベントを企画するなら、もっと早くに私に言いなさいよね」

「スクナに?あっ……ま、まさか」

 

 スクナが怒っている理由に、どうやらハチマンも思い当たったらしい。

要するにいきなり水着を要求されて、リアルではともかくゲームの中で女性陣がとる行動は、

スクナに水着の製作を依頼する事だったのであろう。

 

「わ、悪い……」

「ふん、まあ今回はみんなが楽しそうだし勘弁してあげるわ、で?」

「で、とは?あ、ああ!」

 

 質問を返そうとして、ハチマンはスクナが何を求めているのかギリギリ気が付いた。

 

「スクナはスラッとして凄くいいスタイルをしているよな、よく似合ってるぞ」

「そう」

 

 そしてスクナは腕組みをしたままその場を立ち去った。どうやら満足してくれたらしい。

 

「あ、相変わらずだなあいつ……」

「ふふっ、でもきっと喜んでると思うよ」

「大変だったろうし、のんびりしてくれればいいんだけどな」

「水着を作ってもらった一員である私としても、それには本当に同意するよ」

 

 その時レヴィが、突然ハチマンにこう声を掛けてきた。

 

「ボス、セラフィムが来たぞ!他に知らない奴が二人、一人はおっさんだ!」

「お、ニシダさんが来てくれたみたいだな」

「えっ、ニシダさんって、あのニシダさん?」

「ああ、今日の主役だからな」

「あっ、そっか、そういう事だったんだ!」

 

 その声を聞いて二人は立ち上がり、他の者達も続々と集まってきた。

 

「え、ニシダさんだって?うわ、久しぶりだな!って事は釣りか?釣りだよな?」

「そっか、水棲モンスター退治……確かにいいかも」

 

 ニシダと面識のあるキリトとリズベットは、

ハチマンが鍵持ちモンスターを釣り上げてから始末するつもりなのだと理解し、

その為に助っ人としてニシダを呼んだのだという事にもすぐに気が付いた。

 

「やぁハチマン君、まさかまたゲーム内で大物釣りが出来るなんて思ってもいなかったよ」

「ニシダさん、お久しぶりです」

「ニシダさん!」

「おお、アスナさんかい?それにキリト君にリズさんも、いやぁ、久しぶりだね」

「マックス、ニシダさんを連れてきてくれてありがとうな」

「いえ、ニシダさんと面識がある私が適任ですから。

ところでハチマン様、私も水着になっても?」

「ああ、もちろん構わないぞ」

「では」

 

 そしてセラフィムも水着姿になった。

その赤のビキニはとてもシンプルなデザインであったが、

その体型と相まって、他人の追随を許さない。

 

「ハチマン様、どうですか?」

「おう、マックスは相変わらず神スタイルだよな、シンプルな水着なのに凄いな」

「ありがとうございます!」

 

 セラフィムはそう微笑むと、後ろに控えていた女性に前に出るように促した。

その女性はかなりの長身であり、その顔はフードに隠れて誰なのか判別出来ない。

 

「で、マックス、こちらの方は?」

「あ、はい、ほら、早くフードを取って」

「で、でも……」

「いいからほら」

 

 そしてその女性はフードを取った。

そこには凄まじく美人ではあるが、見知らぬ顔があった。

 

(ん、誰だ?それにレンの姿が見えないが……)

 

 だがハチマンは、そんな疑問はおくびにも出さずに、その女性に丁寧に挨拶をした。

 

「初めまして、私はこのナイツのリーダーをしております、ハチマンと申します」

「もう、ハチマン君、もちろん知ってるよ?」

「あ、あれ、もしかして俺と既に面識があったか?でも確かにその面影には見覚えが……」

 

 その瞬間に、後ろに控えていたフカ次郎が突然こう叫んだ。

 

「あれっ、そ、その顔……ま、まさか……」

「ん、おいフカ、お前、この人と知り合いか?」

「知り合いも何も、え、だってこの顔、この顔は………」

 

 そしてフカ次郎は、信じられないという風にこう叫んだ。

 

「ALOのレンじゃん!」

「「「「「「「「「「「えええええええええええ?」」」」」」」」」」

 

 その驚きの声は、辺り一面に響き渡ったのであった。




ニシダ「一年半ぶりの登場なのに、最後に持ってかれた……」


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第648話 南の探索行・フィッシング!

「ほ、本当にレン……なのか?だ、大丈夫なのか?」

「う、うん、まだちょっと怖いけど、でも大丈夫、

私がこの姿になっても耐えられるようになったのは、全部ハチマン君のおかげだから、

だからせっかく水着姿を見てもらえるこのチャンスに、

もう大丈夫な私を真っ先にハチマン君に見せたいなって思って」

 

 そう言いながらレンは、完全にフードを脱ぎ捨てた。

その下は驚いた事に、既に水着姿であった。そこだけはレンらしい、ピンクの水着である。

 

「この格好でここまで来たのか?」

「う、うん、もしかして途中で力尽きちゃったら困るなって思って、

最悪その時は、写真を撮って送ろうかなって、だから最初から着てきちゃった……」

「そうか、うん、そうか……その水着姿、よく似合ってるぞ」

「あ、ありがとう、頑張った甲斐があったよ」

 

 そう言いながらもレンは、まだ若干震えているように見えた。

そんなレンの姿を見て、さすがのアスナも脅威を覚えていた。

ここまで水着姿にフードという格好でたどり着いた、レンの根性に驚愕させられたのだ。

 

(やっぱり現時点では、香蓮が一番の脅威だね、やっぱり根性が凄い……)

 

 そう考えつつも、賞賛する気持ちの方が大きかったアスナは、

そのままレンの手を取り、レンに何かあったらすぐに対応出来るようにと、

レンをビーチチェアに座らせ、その横についた。

同様にフカ次郎も反対側に立ち、そんな二人にレンはニッコリ微笑んだ。

 

「あ、ありがとう、二人とも……」

「おいおいレン、お前、無理しすぎだろ、でも凄い根性だな、見直したぜ!」

「う、うん、やっぱりあの姿で水着って、確かにかわいいんだけど、ちょっと違うかなって」

「気持ち悪くなったらすぐに言ってね、強制切断って、あれはあれで凄く辛いからね」

「うん、ありがとうアスナ」

 

 そんなレンを、ハチマンは心配そうに見ていたが、

アスナがハチマンの顔を見て頷いた為、ハチマンは本来の目的達成を優先させる事にした。

 

「それじゃあニシダさん、今竿を用意しますね、ナタク、頼む」

「はい!」

 

 そしてナタクは、巨大な竿とリールを取り出した。

 

「おお、こんな竿を使わないといけないくらいの大物かい?」

「はい、一応リールも特別製で、より少ない力で巻き取れるような構造になってます」

「そうかそうか、でもさすがに掛かった後の釣り上げは、

またキリト君に頼むしかなさそうだね」

「今回のメインターゲットはモンスターですし、正直魚が釣れるかどうかも怪しいんで、

その方が安全かもしれませんね」

「なるほどなるほど、それじゃあキリト君、また今回も宜しく頼むよ」

「任せて下さい!ヒットするまではニシダさんに任せますので!」

「うんうん、腕が鳴るねぇ、それじゃあ早速いこうか!」

「はい!」

 

 そしてニシダは年老いた見た目からは思いもつかない豪快なスイングで、

エサを思い切り遠くまで投げ込んだ。

ちなみにエサは、食材アイテムを片っ端から試す事になっていた。

まあしかし、本当に魚が存在するかも分からない為、

他ならぬニシダ自身も長丁場を覚悟していた。だが予想に反して何かがすぐにヒットした。

 

「おや?」

「あれ、何かかかりましたね、ニシダさん、代わりますか?」

「いや……どうも当たりが弱いね、これはモンスターじゃないと思うよ」

「とりあえず釣り上げてみて下さい」

「うん、任せて」

 

 そしてニシダはリールを巻き取り、その獲物をごぼう抜きにした。

 

「う?」

「青く光ってない?」

「というか小さくない?」

 

 ニシダによって最初に釣り上げられたのは、一匹の青い鱗を持った魚であった。

 

「な、何だこれ?」

「ナタク、分かるか?」

「ええと……あっ、この名前はレシピの中で見た事があります、

そうか、これって魚だったんだ!」

 

 どうやらその魚は合成素材の中でもまだ発見報告が無い貴重な物だったらしく、

ナタクは興奮した口調でそう言った。

 

「おお、それはいいね、この調子でジャンジャンいこう!」

「はい、お願いしますニシダさん!」

 

 ハチマンはそう言いつつも、これからはALOの通常フィールドでも、

あちこちで釣りをする必要があるなと考えていた。

確かに水産物系の素材はある程度出回っているが、それは低レベルの物に限られていた。

ALOで熱心に釣りをやっている層は、戦闘よりも釣りを優先させる為、

基本的にステータスがさほど上がっておらず、

例えばヨツンヘイム等に行けるプレイヤーは極少数なのだと推測され、

ハチマンは今回、戦闘以外のそういった要素も疎かにしてはいけないなと思い知らされた。

 

「うほぉ、入れ食い入れ食い!」

「凄い凄い!」

「さっすがニシダさん、これは完全に腕のおかげですね!」

「貴重な素材がどんどんたまりますね!」

 

 そしてあれよあれよという間にその場には、色とりどりの魚達が積みあがった。

 

「これが全部レア素材か」

「これはもうレアとは言えないね」

「何故か鉱物扱いなんですよね」

「あ、これ、裁縫に使える……」

「しかし逆にモンスターが一匹もかからないな……」

「これはやっぱり例の作戦でいくしかないって事か?」

 

 中には大物も混じっており、ニシダも満足してくれたようなので、

ハチマンはそう呟いた後、ニシダにお礼を言い、次にレコンとキリトに声を掛けた。

 

「よし、二人とも………ジャンケンの時間だ」

「遂にか……」

「アレをやるんですね……」

「ああ、魚の種類によって使うエサが違うように、

モンスターを釣るにはそれなりのエサを使わないと駄目だろうからな、

という訳で、誰がエサになるか勝負だ」

 

 ちなみに闇風と薄塩たらことゼクシードは、海中で仮に敵に襲われた場合、

対抗手段が無い為に、この勝負への参加を免除されていた。

 

「モンスターに食われる役か……」

「即死はしませんよね?」

「どうだろうな、まあ釣り上げるまで頑張って生き残るか、

もしくは外れないように口の中にしっかりと釣り針を刺すか、どちらかが必須になるな」

「オーケーです、それじゃあいきましょう!」

「おう!」

「よし、最初はグー!」

「ジャンケン!」

「「「ポン!」」」

 

 キリトはチョキ、レコンもチョキ、そしてハチマンが出したのは………パーであった。

 

「くっそお前ら、最初はどう考えても気合いのグーだろ!」

「そう考えたから、チョキを出したのだよチョキを!」

「さあハチマンさん、この針を持って、体にロープを巻き付けて下さいね」

「くっ……分かった、やってやる」

 

 そんなハチマンに、女性陣から声援が送られた。

 

「ハチマン君、頑張って!」

「しっかりモンスターに食われるのよ」

「ハチマン様大丈夫です、仇はちゃんと取ります」

「仇ってマックス、最初から俺が死ぬ前提なのな……」

 

 ニシダはそこで観戦モードになり、レンが寝ているビーチチェアへと避難した。

だがそこにはレンはおらず、ニシダは首を傾げつつ、

近くでのんびりしていた、非力さ故に不参加のスクナに、レンはどうしたのかと尋ねた。

 

「あ、あれ?あの子は?」

「あ、レンならお花を摘みに行きましたよ、ニシダさん」

「あっとこれは失礼、それじゃあスクナさん、一緒に観戦しましょうか」

「はい、あいつがエサになって死ぬところを楽しく見させてもらいます」

「は、はは……」

 

 ニシダはそのスクナの言葉に乾いた笑いを返しつつ、

準備運動をするハチマンの方を眺めた。ハチマンは体にしっかりとロープを巻きつけ、

そのまま海に入り、沖へと泳いでいく。

もう片方の端は、まるで綱引きの綱のようにスクナ以外の全員が持っており、

合図一つで一気に引っ張られる事になっていた。

 

「闇風、どうだ?」

「まだ何も見えねえな、それっぽい気配も皆無だ」

 

 より遠くが見えるように、薄塩たらこに肩車をしてもらいつつ、

一旦単眼鏡から目を離して闇風がキリトにそう言った。

 

「あ、あれ?」

 

 直後にもう一度単眼鏡を覗き込んだ闇風は、

ハチマンの姿が見えなくなっている事に気が付いた。

 

「どうした?」

「ハ、ハチマンの姿が消えた……」

「むっ」

 

 そして遠くで海面が盛り上がるのが見え、キリトは慌ててメンバー達に指示を出した。

 

「ひ、引け~!!!!!」

 

 その言葉に応じて全員がロープを引っ張り始めた。

 

「ま、まさか食われたのか?」

「多分……」

「マジで?やばくない?」

「アスナ、パーティリストはどうなってる?」

「HPは減ってない、まだ生きてる!」

「そうか、よし、引け、力の限り引け!根性見せてみろ!」

 

 参加メンバー達は、その言葉を受け力の限りロープを引っ張った。

そのおかげで山のように盛り上がった海面が、どんどんこちらに近付いてくる。

だがその山は、一定の距離で止まってしまった。

 

「うが、急に重くなったぜ」

「もしかして、海底に引っかかったか?」

「今まで浮いていたものが、海底が浅い部分まで到達したのでしょうね」

「なるほど、ユキノ、どうする?」

「まだ結構距離があるけれど、動かないのなら自分で来させればいいのではないかしら」

「その心は?」

「誰かが腰にロープを巻き付けた上で海に入って、

敵から感知された瞬間にそのロープを引っ張れば、、

敵は自発的にこちらに向かってくるんじゃないかと思うの」

 

 それは確かにいいアイデアに聞こえ、闇風がその役に立候補した。

 

「よし、ここはGGO最速のスピードスターである俺が……」

「その役目、私がやる!」

 

 その意見に誰かがそう宣言した。一同が振り返ると、そこにはレンが仁王立ちしていた。

その姿は先ほどのALOのレンではなく、GGOのレンであった。

 

「レン、キャラを変えたのか?」

「うん、戦闘になるのにあの姿じゃいられないからね!

それに師匠、ロープをくくりつけるとしたら、この中で一番体重の軽い私が適任だよ!」

 

 どうやらレンは、トイレに行くついでに急いでキャラを再コンバートさせたようだ。

ちなみに装備類は、パラソルの脇に置いておいておいたらしい。

その中には今の体のサイズに合わせた水着もあり、

レンはピンクのワンピース姿で体にロープを巻きつけ、そのまま海に飛び込んだ。

 

「おおおおおおお!」

 

 そしてレンは凄い勢いで沖へと泳いでいき、ターゲットから一定距離に近付いた瞬間、

止まっていた山が再び動き出した。

 

「釣れた!」

「みんな、レンに巻き付けたロープを引っ張れ!」

 

 そしてレンはぐいぐいと海岸に引っ張られ、山はどんどん大きくなっていった。

 

「な、何か思ったより大きくない?」

「お、おう……」

 

 その瞬間に、レンが海の中から走り出てきた。

レンはどうやらロープに引っ張られるままにはせず、

自身も根性で海底を走る努力をしていたらしい。

 

「こ、怖ええええええええええええええ!」

 

 そしてレンは一気に海岸を離れ、その背後から人の顔のような物が徐々に姿を現してきた。

 

「な、何だあれ……」

「芋虫?」

「いや、ヒレがあるな、魚の巨人か?」

 

 その巨人はヒレを器用に動かしながら、ずるずると海岸へと上陸し、

そのままその場でピチピチと痙攣し始めた。

 

「………あまり動かないね」

「後先考えずに上陸したんだろ……」

「ハ、ハチマン様は!?」

「やべ、そうだった!」

 

 そして一同は、再びロープを引っ張った。

巨人の口の中からロープがずるずると引き出され、口の辺りでその動きが止まった。

 

「よし、STRメインで振ってる奴は、全員巨人の口を開けるんだ!」

「ラジャー!」

「任せて!」

「私もお手伝い致しますわ」

「私も参加するべきかしら」

 

 その言葉でフカ次郎、ピトフーイ、ミサキ、ユキノがキリトと共に巨人の下へと走った。

そして五人は巨人の口をこじ開け、その中からハチマンがのそりと姿を現した。

 

「リーダー!」

「ハチマン、大丈夫?」

「お、おう、何とかな……」

 

 ハチマンは口から水を吐きながら、よろよろと巨人から離れた。

その瞬間に巨人の目が開き、まるでしゃくとり虫のように腰を曲げ、

それなりに早いスピードでズルズルと動き出した。

 

「うわ、気持ち悪い……」

「こっちに来ないで!」

「やべええええ、くねくねしてやがる!」

 

 それを見たアスナが、メンバー達に指示を出した。

 

「攻撃開始!」

 

 そしてずるずると這いずり回るその巨人に向け、全員が一斉に攻撃を始めた。

 

「こいつは銃で攻撃すれば楽勝だな!」

「距離がある程度とれるしね」

「撃て、撃ちまくれ!」

「あはははは、あはははははは」

 

 ここで主に力を発揮したのはGGO組とシノン、それにレヴィであった。

ちなみにリオンはここでは後方に下がっていた。

ハチマンにロジカルウィッチスピアを使っている所を見られるのを避ける為である。

どうやらリオンはまだハチマンへのサプライズ公開を狙っているようだ。

 

「ここはあいつらに任せるか」

「というか危なくて近くに寄れないわね」

 

 何も考える事もなく若干移動しながらフルオートで弾丸を撃ちまくるだけでいい為、

GGO組は全弾撃ちつくす勢いでとにかく巨人を撃ちまくった。

やがて巨人のHPも尽き、巨人は断末魔の悲鳴を上げ、そのまま消滅した。

こうしてヴァルハラ・ウルヴズは、多くの素材と共に無事二つ目の鍵を手に入れたのだった。



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第649話 西の探索行・湿原を歩く

「さて、今日は西の探索行に出ようと思う。

敵襲がある可能性もあるから、各自周辺警戒を怠らないように頼む」

 

 今日集まったメンバーは九人、ハチマン、アスナ、ユキノ、レン、フカ次郎、レヴィ、

シャーリー、薄塩たらこにユッコであった。

驚いた事に、フカ次郎は今日はGGOの姿で現れた。

 

「おいフカ、その姿は一体……」

「いやね、開けたところだと、多分グレネーダーなフカちゃんが役にたつんじゃないかなと」

「おお……」

 

 そう言われたハチマンは、少し感動したような声を出した。

 

「な、何?」

「いや、お前が珍しく頭を使ってるみたいだから、ちょっと感動してな」

「ムキー、フカちゃんはいつもちゃんと頭も使ってるからね!」

「すまんすまん、しかしあれだ、ユッコがハルカと一緒じゃないのも違和感ありまくりだな」

「まあたまには?私達も、いつまでもセットでいられる訳じゃないしね」

「もうすぐ就職だし、確かにそうかもな……」

「まあでも休みの日とかはもちろん一緒に遊ぶけどね」

「出来ればそこに、南も加えてやってくれよ」

「うん、南がいいなら喜んで」

 

 そして出発した一行の前に、湿地というよりは湿原と言っていい光景が姿を現した。

 

「うわ……こ、これは……」

「まるで釧路湿原だね」

「あ、確かにそうかも」

「こういう時、湿原の事を知ってる人間がいると頼りになるな、

SAOにはこういった地形は無かったからな」

「あ、そうなんだ」

「で、こういう場所を歩く時の注意点は何かあるか?」

 

 ハチマンにそう尋ねられ、フカ次郎とシャーリーは少し相談した後にこう言った。

 

「やっぱりヤチマナコに注意ってくらいかな?」

「あと川が草で見えない場合があるので、それもしっかり確認かな」

「川は分かるがヤチナマコって何だ?」

「ナマコじゃなくてマナコ、要するに水溜り、小さな底無し沼かな」

「リアルで落ちたら死ぬ可能性だってあるよ」

「マジか、湿原怖えな……」

 

 二人にそう注意を受けた一同は、相談の上、各自使い捨ての棒を持っていく事にした。

 

「これで前をトントンしながら歩けばいいかな?」

「ただ叩くんじゃなくて、地面を押す感じがいいね」

「まあ道を歩く場合は先頭の人だけでいいと思うけど、

散らばって探索する時は全員で使わないと駄目でしょうね」

「それじゃあそんな感じで行くか」

「通信機を会議モードに合わせておこうぜ、何かあった時に一気に連絡出来るようによ」

「オーケーだ、みんな調整を頼む」

 

 そして準備を終えた一行に、シャーリーがこう提案してきた。

 

「ハチマンさん、私が先頭を歩きます、湿原でガイドをした事もあるんで」

「おお、それは心強い」

「それじゃあ準備が出来たのなら行きましょうか」

 

 こうしてシャーリーを先頭に、一行は湿原の中を進み始めた。

 

「しかしモンスターが出てこない……」

「もしかしたら東なのかもね、もしくはいないのかも」

「他のプレイヤーにも出会わないな、もしかしてここは難易度が高いのか?」

「そうかもしれませんね、そこらじゅうに穴が開いてるみたいですし」

 

 そう言いながらシャーリーは、少し脇に反れた場所を棒で突いた。

棒はスルッと地面に滑り込み、手元まで入れてもまだ底には届かなかった。

 

「うお、巧妙に隠されてやがるな」

「でもよく見ると、少し色が違うかも」

「よく観察して、絶対に落ちないようにして下さいね」

 

 そして一行は、ぽっかりと開けた丘のような場所で一旦止まり、

そこを拠点に周囲の探索に出る事にした。

 

「一応奇襲を警戒して、宇宙船の装甲板をいくつか持ってきた。

これを立ててベースキャンプを作っておくか」

「うわ、これってまだまだレア素材なのに、こんなに持ってるんだ……」

「世界樹要塞の拠点防衛戦にまめに参加してるからな」

「いいなぁ、今度ゼクシードさんにも、サボらず参加するように伝えとこ……」

 

 そして敵が接近してきたら察知可能なレヴィと、いざという時に高速で離脱可能なレン、

そして右太と左子という強力な範囲攻撃の手段を持つフカ次郎を残し、

ハチマンとユッコとユキノが北西、アスナと薄塩たらことシャーリーが南西へと偵察に出た。

 

「ユキノ、ユッコ、ここまでの流れ、どう思う?」

「やはり街は街という事かしら、東にモンスターが出現するっていう情報も伝わってくるし、

他の方角は鍵さえ取ってしまえばただの安全な採集場所のような扱いなのかもしれないわね」

「鍵さえ取れれば、な」

「その点うちは現段階でもかなり優位に立ったと言えるんじゃない?

戦力的にも申し分ないし、まあ年末にはスタートダッシュを決められるんじゃないかな?

問題があるとすれば、逆にどの門から突撃するか迷うって事かなぁ?」

 

 そのユッコの指摘に二人は感心した。

 

「確かにその通りだな、ちょっと前まで素人だったユッコも、よく成長したよなぁ……」

「えっへん!ハチマンを敵に回して経験を積んだからね!

その意味じゃ、一番成長したのはゼクシードさんかもしれないけどね」

「ああ、あいつは確かにそうだよな……主に人間的にな」

「うんうん、最初は確かに、それはどうなのって思った事も一度や二度じゃなかったっしょ」

「それが今では大事な仲間ですものね、正直こんな未来は予想すらしていなかったわ」

「まあ確かにそうだよな」

 

 そして話は門の話に戻り、ハチマンは腕組みしながらこう言った。

 

「やはり最初は各門に戦力を振り分けざるをえないか」

「そうね、ただ可能性だけを言えば、

これほど広いフィールドを戦闘に使わないのはもったいないから、

案外どこかの土地にたどり着いたら、

その方向から敵が攻めてくるイベントとかもあるかもしれないわね」

「あ、それありそう!」

「防衛戦のプログラムを流用して実装してくる可能性は確かにあるな」

「まあそれはそれで楽しそうじゃない?」

「ああ、攻めて守る戦いとか、面白そうだよな」

 

 三人は和気藹々とそんな会話をしながら周囲の探索を行っていたが、

特に変わったものは何も発見出来なかった。いくつか植物系の素材を見つけただけである。

 

「そろそろ定時連絡の時間?」

「そうだな、一度レンに連絡を入れるか」

 

 そしてハチマンはレンに通信を入れ、今どんな状況か確認する事にした。

 

 

 

「あ、ハチマン君からコールだ」

「定時連絡じゃないか?」

「だね、フカ、ちょっとハチマンと通信するから、単眼鏡でこっち側の監視をお願い!」

「おうよ、任せとけ」

 

 レンはフカ次郎にそう伝えると、単眼鏡をフカ次郎に渡し、代わりに通信機を取り出した。

 

『レン、そっちの様子はどうだ?何か変わった事はあったか?』

「ううん、何も無いかな。さっきアスナからも連絡があったけど、

あっちも特に変わった物は見つけられてないみたい」

『そうか……ボスらしき敵の姿もまったく見えないんだよな?』

「あ、ちょっと待っててね、ねぇレヴィ、フカ、敵の姿とか、まったく見あたらないよね?」

「ああ、何も見えないな」

 

 そのレンの問いに、レヴィはそう答えたが、フカ次郎は何も答えてこない。

 

「レヴィは何も見えないって」

『そうか、う~ん、どこにいるんだろうなぁ……』

 

 レンはとりあえずハチマンにそう伝えた後、通信機を持ったまあ周囲をうろうろし、

フカ次郎の姿を探した。だがフカ次郎はどこにもおらず、レンは首を傾げた。

 

「あれ……」

『ん、どうした?』

「それがねハチマン、フカがどこにもいないの」

『フカが?あいつの事だ、近くをうろうろしてるんじゃないか?』

「ううん、直前に監視をお願いして単眼鏡を渡したから、わざわざ外には出ないと思う」

『ふむ……』

 

 レンはレヴィにもフカ次郎を知らないか尋ねたが、レヴィも何も知らないようだ。

 

『とりあえずそっちに戻る、アスナにも一旦戻るように伝えてくれ』

「了解!」

 

 そしてしばらくして六人がベースキャンプに戻ってきた。

 

「お帰り!」

「ここに来るまでに周囲を確認したが、あいつの姿は見えなかったな」

「こっちにもいなかったよ」

「う~ん……もしかしてログアウトしたのか?」

「お腹が痛くなったとか」

「あ、確かに前に、アイスの食べすぎでお腹を壊してた事はあったよ、

確か一リットルサイズのアイスを五個くらい食べたとか言ってた」

「はぁ?五個だと?そうか、やっぱりあいつは馬鹿だったんだな……」

「それは否定しないけど、パーティリストにはしっかり名前があるんだよね、

HPも減ってないから健在のはずなんだけど」

「そうか……とりあえずフカの通信機にコールを入れてみるか」

「あっ、その事を忘れてた」

 

 ハチマンはフカ次郎の通信機に連絡を送ってみたが、まったく反応がない。

 

「反応がないな」

「むっ……ちょっと待ってくれボス」

「レヴィ、どうした?」

「いや、どこかから通信機のコール音が聞こえるような気が……」

「マジか、お前、耳もいいんだな」

「まあな、う~ん……これは……」

 

 そしてレヴィはいきなりしゃがみ、地面に耳を当てた。

 

「下だ、ボス、どうやら下から音が聞こえる、もしかしたら近くに穴があって、

そこに落ちたんじゃないか?」

「この付近にか?さっき調べた時は何も無かったと思うが……

おいレン、フカはどの辺りにいたんだ?」

「えっとね、多分その辺り……あ、あれ?そういえば装甲板が一枚足りない……」

「ふむ、ここか?」

 

 そのレンが指差した辺りに移動したハチマンは、そこで地面に耳を当てた。

 

「………確かに下から音が聞こえるな、ちょっと周囲を調べてみるか」

 

 その時ハチマンの通信機から、フカ次郎の声が聞こえてきた。

 

『リ、リーダー!』

「お、やっと繋がったか、おいフカ、今どんな状況だ?」

『多分だけど……食われた』

「はぁ?」

 

 その瞬間にハチマンの足元の地面が消失し、ハチマンはそのまま落下した。

 

「うおっ……」

「ハチマン君!」

 

 アスナが咄嗟にハチマンに手を伸ばしたが、一瞬にしてその穴は閉じ、

まるで地震のように、突然地面が揺れた。

 

「な、何?」

「じ、地震?」

「そんな設定あったかしら?過去にどこかで地震が起こったなんて話は聞いた事がないけど」

 

 その直後に南に五本の柱が立った、それも二箇所に。

 

「今度は何だ?」

「あ、あれは……そう、そういう事、みんな、急いで西に走って!」

 

 そのユキノの言葉に従い、一同は慌てて西に走った。

 

「ユキノ、何か分かったの?」

「よく見て、あの十本の柱、あれは巨人の指よ」

「ゆ、指?」

「って事はまさか……」

 

 一同の前で、先ほどまでベースキャンプにしていた丘が、どんどん高くなっていく。

 

「どうしてあそこだけが穴一つ無い丘になっていたか、その答えがあれよ。

私達が探していた巨人は、実はずっと私達の目の前にいたのよ、

そう、あの丘自体が目的の巨人だったのよ!」

 

 そして一同の目の前で丘はどんどん高くなり、ぽろぽろと土が落下していった。

その下から赤銅色の肌が徐々に現れ、やがてその土も完全に落ちきり、

ついに目的の巨人がその姿を現したのだった。



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第650話 西の探索行・超大型巨人

皆様のご愛顧のおかげでこの作品も実質650話まで到達しました。
評価の数値からして好き嫌いがハッキリ分かれているらしいこの作品ですが、
面白いと思って読み続けて頂いている方々に、今後とも楽しんで頂ければ幸いです!


「で、でかいな……」

「今までの巨人よりも大きいね」

「やばい、これはやばい!」

「アスナ、どうする?」

「やるしかないけど、胃の中の二人に攻撃が当たるのはまずいよね、

とりあえずハチマン君に通信が繋がるか試してみないと」

「そうね、今やってみるわ……ハチマン君、聞こえる?ハチマン君!」

 

 一同が巨人の威容に圧倒されていた中、

アスナとユキノは冷静にハチマンへの通信を試みていた。

 

「もしもし?聞こえる?もしもし?」

『悪い、こっちの状況の把握に手間取って連絡が遅くなった、そっちはどうなってる?』

「全員無事よ、今は巨人が立ち上がって、これから戦闘になるというところね」

『そうか、中なら大丈夫だから、思いっきりやってくれていい。

どうやら胃の中は、微妙にインスタンスっぽくなってるみたいでな、

どう考えても妙に広すぎるんだよ、ここ』

「分かったわ、それだけが懸案だったから、こっちはこっちで何とかするわ、

そっちも何か出来そうなら、色々試してみて頂戴」

『オーケーだ、とりあえず通信は繋ぎっぱなしにしておこう』

「了解よ、頑張ってね」

『ああ、そっちもな』

 

 そして通信を終えた二人は頷き合い、仲間達に指示を出した。

 

「あの大きさだともう、タンクがどうとかいうレベルじゃないね」

「とにかく全員でヒット&アウェイよ」

「とりあえず足元だけは注意してね、

やっぱりそこら中にヤチマナコ?ってのがあるみたいだから」

「「「「「了解!」」」」」

 

 そして仲間達は散らばっていった。その場に残ったアスナとユキノは、

その姿を頼もしく見つめていた。

 

「こうなると、GGO組が多かったのが幸いしたね」

「ここで近接戦だとどうしても事故が起きるかもしれないものね」

「適材適所って奴」

「あとはこの状況で敵襲が無い事を祈るばかりね」

「ユキノ、それフラグだから言っちゃ駄目!」

「大丈夫、私はフラグクラッシャーの異名も持っているのよ」

「その異名、初耳なんだけど……」

「恥を忍んで言うけど、私はハチマン君とのフラグを全く回収出来なかったのよ」

「な、何かごめん……」

「気にしないで、さあ、戦闘開始よ!」

 

 こうして残された者達は、超大型巨人との戦闘に突入する事になった。

 

 

 

 一方巨人に食われたハチマンである。

昨日に引き続き、巨人に食われる体験をするという不幸なハチマンであったが、

逆に昨日食われた事で、冷静さを維持出来ていた。

ハチマンは多くを語らなかったが、前日巨人の体内に入った時は、

中がインスタンスエリアのようになっており、若干広かった為、

今回もおそらく同じ仕様だろうと考えていたが、まさにその通りだった。

誤算だったのは、真下にフカ次郎がいた事である。

 

「リーダー!」

「お、おい馬鹿危ないぞ、早くどけ!」

「だが断る!フカちゃんが下で受け止めて、そして合法的にリーダーに抱き付くのれす!」

「お前、こんな……」

 

 こんな時にまでそんな事を言ってやがるのか、そう言いかけたハチマンであったが、

言い終える前にハチマンはフカ次郎に抱きかかえられていた。

さすがSTRをしっかりと上げてあるだけの事はある。だが絵面的にはひどいものだ。

今はALOのフカ次郎ではなくGGOのフカ次郎である為、

まるでハチマンが幼女に抱きかかえられているように見える。

しかも明らかに体のサイズが足りない為、

形としてはフカ次郎がハチマンのお尻を揉んでいる状態になっていた。

フカ次郎は当然その感触を楽しむように、手をにぎにぎさせる事を忘れない。

 

「どさくさ紛れにセクハラをするのはやめろ、とりあえずさっさと俺を下ろせ」

「ラジャー!」

 

 フカ次郎は元気良く返事をし、ハチマンを下ろそうと前かがみになった。

だがさすがにそれは体のサイズ的に無理があった。

フカ次郎は足をもつれさせたようによろけ、ハチマンは背中から地面に落下した。

 

「うおっ」

「ご、ごめんなさいリーダー、今のフカちゃんは、おっぱいが小さいのを忘れていたのれす」

「それを言うなら体が、だろうが!

というか何故お前は俺の上にまたがるような体制になってるんだ?」

「リーダーを踏まないように咄嗟に足を開いたのれす」

「普通は俺の腹あたりにお前が頭から激突して終わりだよな?」

「えっと………」

「つまりわざとか」

「ち、違いましゅ!信じてくだちゃい!」

「お前がその口調になる時は、何かを誤魔化そうとしている時だと相場が決まってる」

「そんな事は………あっ、立ちくらみが!あ~~~~~れ~~~~~~!」

 

 そしてフカ次郎は、そのままハチマンの胸に倒れ込み、

あろう事か発情した犬のように腰を振った。

 

「わざとらしすぎるんだよ!」

「ぎゃっ!」

 

 そしてハチマンはフカ次郎の頭にいつものように拳骨を落とし、

フカ次郎を横に転がして脱出する事に成功した。

フカ次郎は地面でピクピクしながらも、その表情はだらしなく緩んでいた。

 

「わ、我が生涯に一片の悔い無し……」

「お前、そういう根性だけは凄いよな……」

 

 ハチマンは呆れながらも、フカ次郎に手を差し伸べてその場に立たせた。

 

「で、何があった?」

「あっ、えっと、地面にいきなり穴が開いて、ここに落とされた!」

「俺と同じか……多分あれが巨人の口だな」

 

 ハチマンは上空にぽっかりを開いている穴を見ながらそう言った。

 

「やっぱり……」

「一応リアルな胃袋のデザインになっていない事を感謝すべきかもしれないな、

もしくはさすがにそれはやりすぎだと思ったんだろうな」

「もしそこまで再現されてたら、今頃リーダーと一緒に溶かされてるね!」

「スライムみたいになったお前に抱きつかれるのか?さすがにそれはぞっとするな」

「言ってるフカちゃんもそう思った……」

 

 その時いきなりどこかから通信機の音がした。

 

「通信だ、探せ!」

「あっ、それならとりあえずフカちゃんのを!その間にリーダーの通信機は探しとくから!」

「おう、珍しく気が利くな」

「いつもだから!」

 

 そして場面は冒頭に戻る。ハチマンが通信を終え、

フカ次郎が戻ってきたすぐ後に地面が激しく揺れた。どうやら戦闘が始まったようだ。

 

「そういえば、昨日の海の時、リーダーは簡単に巨人の体内から脱出してなかったっけ?」

「簡単じゃなかったが、まあこれが横倒しな状態だったと考えればいい」

「ああ、それは口の所までたどり着くのが楽だね!」

「だろ?しかしここは微妙に広い空間だよな、何か変わった物とかは無かったか?」

「あ、焦っててまだ調べてないでふ……」

「よし、とりあえずやれる事も無いし、この空間がどうなってるか調べるか」

「あっ、やれる事と言えばリーダー、ここから上に向けてグレネードを撃つのはあり?」

「そんな事をしたら、俺達まで爆風で吹き飛ばされちまうだろうな」

「デスヨネ……」

 

 そして二人は、そこそこの広さしかないとはいえ、周囲の探索をする事にした。

 

 

 

「くっ、こいつ、最初より明らかに動きが早くないか?」

 

 その薄塩たらこの言葉に、他の者達は通信機越しに同意した。

 

『ヘイトが乗ると本気で動くタイプかな?』

『結構な速さであちこち行ったり来たりだね』

 

 並んで銃を撃っていたユッコとシャーリーは、落ち着かないといった感じでそう言った。

 

『アスナが敵を追いかけてるが、あまりダメージを与えられてないみたいだな』

『うん、ちょっと精神的に疲れてきたよ……』

『アスナ、とりあえずレンちゃんと交代して。

レンちゃんならその速度を生かして追い抜けば、多少は足を止めて攻撃出来ると思うわ』

『うん、一旦下がるね』

『アスナ、後は任せて!』

「頼むぞレン!」

 

 そしてレンは大胆にも巨人と併走して走り、

巨人がこちらを向くまでPちゃんを乱射し続けるという荒技に出た。

その隙にアスナはとりあえずユキノと合流した。

 

「レンちゃん、足元にはくれぐれも注意してね!」

「うん!って、ぎゃあ!」

 

 言っている傍からレンは小さなヤチマナコに足をとられ、

タイミング悪く、その瞬間に巨人がレンの方を向いた。

 

「レン、危ない!」

「アイスコフィン!」

 

 その瞬間にユキノの魔法が発動し、巨人は氷で足を拘束された。

だが通常はもっと長く拘束出来るはずのその魔法は、

敵のサイズが大きすぎる為、簡単に粉砕されてしまった。

 

「ユキノ、ありがと!」

 

 だがレンはその一瞬で脱出を果たしており、ユキノはほっと胸をなでおろした。

 

「ふう、間に合って良かったわ」

「ユキノ、どうする?このままじゃ長期戦になっちゃうかも」

 

 その言葉にユキノは、やや自嘲ぎみにこう答えた。

 

「いくら私がフラグクラッシャーだと言っても、

このままだと他のナイツから襲撃を受ける可能性も上がってしまうかもしれないわね」

「そのネタまだ続けるんだ……」

「ふふっ、冗談よ冗談。こうなったら仕方ないわ、

アスナ、今から私は全MPを使って敵の足止めをするわ、

後の回復はアスナに任せていいかしら」

「う、うん、分かった!」

『待てユキノ、今体内からこいつにきつい一撃をくらわせてやる、

それでこいつは一瞬足を止めると思うから、その隙に魔法を放て!』

 

 その時通信機からそんなハチマンの声が聞こえてきた。

 

「中から?大丈夫?そっちが吹き飛ばされたりしない?」

『大丈夫だ、いい物を見つけたんでな』

「いい物?」

『さっき無くなったって言ってた、宇宙船の装甲板だ』

「あ、そこにあったんだ!」

 

 ハチマンとフカ次郎は周辺の探索で、

おそらくフカ次郎が食われたのと同時に体内に入ったのだろう、装甲板を発見していた。

これにより二人の作戦は決まった。ハチマンが壁に背を向けて座り、

爆風に押されるはずの装甲板がズレないようにしっかり支える。

フカ次郎がそのハチマンの胸に更に寄りかかるように股の間に座り、

上空の穴に向けてグレネードで狙撃をし、撃ったらすぐに装甲板の支えを手伝うという、

フカ次郎にとっては夢のような作戦であった。

 

「しかしリーダーが、こんなフカちゃんが喜ぶ作戦を提案してくれるなんて……」

「セクハラさえしなければ、作戦上必要な事なら俺は別に文句は言わないんだっつ~の」

「そ、そうなの?」

「この場合は仕方ないだろ、二人がかりでズレないように支えないと、

多分この距離だと衝撃が凄い事になって最悪死ぬからな。真面目にやれよ、フカ」

「うん!リーダーの胸の中で死ぬのは悪くないけど、やっぱり一緒に生還したいからね!」

「よし、それじゃあ行くぞ」

「うん!」

 

 そしてフカ次郎は慎重に狙いをつけ、

巨人の口目掛けて右太と左子のグレネードを同時に放った。

 

「よし、後は壁と装甲板の間で押しつぶされないように、しっかり支えるぞ!」

「横にもズレないようにだね!」

 

 直後に大爆発が起こり、凄まじい爆風が二人に押し寄せた。

 

「ぐっ………」

「こ、根性!」

 

 そして二人は身を寄せ合うように、その衝撃に耐え続けた。

 

 

 

「見て、巨人の顔が!」

 

 凄まじい爆発音と同時に、巨人の顔が内部からの衝撃で醜く歪んだ。

だが巨人はその攻撃にも耐え、倒れる事は無かった。

HPの減りから見ると、どうやら内部からの攻撃は補正がかかり、威力が弱められるらしい。

 

「マイナス補正が大きいね」

「でも足が止まったよ!」

 

 これは一時的に、巨人のヘイトが自らの体内に向いた為である。

それ故に巨人はその場から動かなかったのだ。そのチャンスを逃すユキノではない。

 

「くらいなさい、アイスジャベリンアイスジャベリンアイスジャベリンアイスジャベリン!」

 

 その瞬間に巨人の周囲の上空に巨大な氷の槍が四本出現し、

そのまま自由落下して巨人を囲むように深く地面に突き刺さった。

 

「外れた?」

「いえ、わざと外したんじゃないかしら」

「そ、そうなのか?」

 

 その直後にユキノは次の魔法を詠唱した。

 

「アイスコフィンアイスコフィンアイスコフィンアイスコフィン!」

 

 その四本の槍を起点に、氷の棺の魔法が四つ発動した。

これにより、その槍の太さがかなり増す結果となった。

要するに巨人が通れないくらいの狭さになったのだ。

 

「今だよ、全員巨人の上半身に向けて一斉射撃!」

 

 そのタイミングでアスナから攻撃指示が出た。

こうなるとアスナにはしばらく何もやる事が無いが、

その分アスナは仲間達を深く信頼していたのだ。

 

「おらおらおら!」

「撃て~!」

「Pちゃん、お願い!」

 

 薄塩たらこたらこ、ユッコ、レンはそう言って普通に攻撃していたが、

レヴィとシャーリーは女性とは思えない激しい口調で、

巨人に罵声を浴びせながら攻撃していた。

 

「くたばれ化け物!」

「さっさと死にやがれ!」

 

 そしてユキノの足止めもまだ続いていた。

 

「ブリザードウォールブリザードウォールブリザードウォールブリザードウォール!」

 

 柱と柱の間を、ユキノが生成した氷の壁が繋いでいく。

幅が狭くていい分、より厚みを増したその氷の壁は、

今までとは違い、巨人の一撃で壊れる事は無い。

さすがに数回攻撃を受ければ破壊されるが、ユキノが連続して詠唱を続ける事により、

その壁は次から次へと新しく生成されていく。まさに『絶対零度』の面目躍如である。

 

「ユキノ、MPは大丈夫?」

「ブリザードウォール!あと三十秒は持たせてみせるわ!ブリザードウォール!」

「分かった、二十秒後に私も動くね!」

『こっちからももう一発くらわせる!巻き込まれないように注意してくれ!』

「分かったよハチマン君!」

 

 そして再び体内からの攻撃が炸裂し、さすがの超大型巨人もグラリときた。

 

「行く!今のうちに各自リロードを!」

 

 巨人を取り囲んでいた五人はその言葉で攻撃の手を止め、弾込めの動作に入った。

その瞬間にアスナは凄まじい速さで壁に向かって走り、

そのまま壁を駆け上って柱の一つの天辺まで到達すると、

全精力を傾けて巨人の頭に攻撃を開始した。

 

「リニアー!」

 

 何千回何万回と使用したその慣れ親しんだ技を、

アスナは例えソードスキルのシステムアシストが無くとも自在に繰り出す事が可能である。

そしてアスナは巨人に攻撃をしてはその体を踏み台にして周囲の四つの柱まで飛び、

再びその柱を蹴って巨人に攻撃するという行為を繰り返し、

それによって巨人の体をズタズタに引き裂いた。

それはまるで、巨人の周りを光の線が駆け巡っているように見え、

周囲の者達はその光景に思わず息を飲んだ。

 

「攻撃再開!」

 

 アスナはそのまま巨人の足元に下り、自らの安全を確保した後にそう指示を出した。

そして銃撃が再開され、HPを相当削られていた巨人はそのまま消滅し、

その足元にハチマンとフカ次郎の姿が現れた。

 

「ふう……」

「やった、脱出出来た!」

「二人とも、大丈夫?」

「おう、悪いアスナ、心配かけたな」

「フカちゃんが巨人に食べられたせいで、ごめんなさい……」

 

 そう謝るフカ次郎に、アスナは笑顔を向けた。

 

「フカのせいじゃないって、むしろ中からナイスな攻撃だったよ!」

「ほ、本当に?」

「ああ、今回はよくやったぞ、頑張ったなフカ、

その調子でビービーとかいう奴もぶっ飛ばしてやれ」

「う、うん!」

 

 珍しくハチマンもそう言いながらフカ次郎の頭を撫で、

フカ次郎は絶対にこの手でビービーを倒してやると心に誓った。

こうしてヴァルハラ・ウルヴズは三体目の巨人の討伐に成功した。

ユキノの異名のおかげかどうかは分からないが、

幸いこの後は他ナイツからの襲撃も無く、残るは東の荒野の探索を残すのみとなった。




ちなみにユキノの詠唱に関しては、本来はもっと長いはずなんですが、演出優先で省きました!


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第651話 東の探索行・初の戦死者

 ヴァルハラ・ウルヴズの面々は次の日、予定通り東の荒地へと向かった。

だがそこは……………………大混乱の真っ只中にあった。

 

「な、何だこれは……」

「悲鳴と怒号が溢れてるね……」

「このカオスっぷり、美しさの欠片もないね」

 

 ハチマンとクックロビンはその光景を見て呆然とし、

ゼクシードは頭痛を堪えるように、こめかみに手を当てた。

 

「うわ、危なっ!」

「おいおいおい、あちこちから弾が飛んでくるぞ」

「これはまずいね、剣と銃のゲームを組み合わせた弊害の、一番悪い部分が出ちゃってるよ」

 

 その荒野は見渡す限り何も無い場所であった。

故にかなり離れた場所で戦っているナイツにも、他ナイツが撃った弾が届いてしまうのだ。

流れ弾天国とでも言えばいいだろうか、それ故に死者が続出し、

ナイツ同士の諍いが多発しているのだった。

 

「しかしすごい人数だな……」

「この島で通常の敵がいるのはここだけらしいよ、だからどうしても人数が集中するんだね」

「ああ、やっぱりそうなのか」

「このエリアにいる人数によって、沸きの速度が上がるみたいだね、

しかも沸く場所はランダムなんだって!」

「おいおいそれって……」

「あ、ほら、言ってる傍から敵が沸いた」

 

 そう言いつつ、クックロビンは持っていた剣で、目の前に沸いたその敵を真っ二つにした。

 

「こんな場所に長居したくはないな……背後から襲われる可能性もあるし」

「むしろそうなっているからこそのこの状況なのではないかしら」

 

 ユキノのその正論に、ハチマンは頭を抱えた。

 

「で、ここの鍵の取得条件は分かってるのか?」

「雑魚を倒しているうちに、勝手に手に入るみたいよ」

「って事は、しばらくここで狩りをするしかないのか……」

「そうね、人の少ない端の方で大人しくやってさっさと離脱するのがいいと思うわ」

「それじゃあそうするか」

「でもまああからさまに仕掛けてくるナイツがいたら、当然反撃しないとな!」

「そうだな、なめられる訳にはいかないからな」

 

 そう相談も纏まり、ハチマン達は戦場の外周を回るように奥へと進んだ。

今日の参加メンバーは、ハチマン、ゼクシード、ハルカ、シャーリー、ユキノ、ミサキ、

それにクックロビンとセラフィムであった。少数であるが、そのバランスはいい。

移動中、ゼクシードとシャーリーは、後方で射撃について議論を交わしていた。

これまでまったく接点の無かった二人だが、ゼクシードは理論派であり、

シャーリーもその職業柄、現実的な意見を口にしてくる為、

この二人は案外相性がいいようであった。

その前ではクックロビンとユキノとセラフィムが、しきりにミサキに何か話しかけていた。

 

「効果的に男性を誘惑するには……」

 

 などという不穏な言葉が聞こえてきたのをハチマンは全力でスルーしていたのだが、

隣にいたハルカは憐れむような口調でハチマンにこう話しかけてきた。

 

「………あんたも苦労するよね」

「………な、何の事だ?」

「いや、後ろ……」

「アーアー聞こえない聞こえない、俺には何も聞こえない」

「ガキか!」

 

 そう言いながらもハルカは、笑顔でハチマンに言った。

 

「しかし私達がこうやって並んで歩く日が来るなんて、想像もしなかったよね」

「ああ、人生ってのは分からないもんだよなぁ」

「ところでさ」

 

 そしてハルカは改まった口調でこう言った。

 

「さっきたまたま会ったGGOの知り合いに言われたんだけど」

「何をだ?」

「ハルカさんって、ゼクシードさんと付き合ってるんですか?って」

「………お、おう?」

「まあ即否定しておいたけど、うちらの中じゃ、昨日はユッコだけが参加してたじゃない?

で、今日は私とゼクシードさんがセットで、ユッコはいないじゃない。

だから遂に三角関係にも終止符が?って思っちゃったらしいんだよね」

「ああ、確かにそうも見えるか」

「どうすればいい?」

「俺に聞かれてもな……」

 

 ハチマンはその問いに困った顔をした。確かにハチマンは昔と比べてかなり成長したが、

恋愛面に関しては、それほど成長した訳ではないからだ。

むしろ無自覚におかしなフラグを乱立させてしまっている、へっぽこだと言ってもいい。

 

「別にゼクシードさんの事が嫌いな訳じゃないの。人として成長したなとも素直に思う。

でもそれとこれとは別じゃない?正直まったく恋愛感情とか無いし」

「お、おう、それはゼクシードには言ってやるなよ」

「大丈夫、私は空気が読めるから!」

 

 そしてハルカは直後に何か思いついたのか、ニヤニヤしながらハチマンに言った。

 

「あれか、私もあんたの女扱いって事にしちゃえば、おかしな噂が流れないで済むのかな?」

「おい馬鹿やめろ、そういうのは間に合ってるから、

これ以上俺の精神を削るような事は勘弁してくれ」

「ふふっ、冗談だよ冗談」

 

 そう言いながらハルカは頭の後ろで手を組み、楽しそうに言った。

 

「あ……れ……?」

 

 そして空を見上げたハルカは、そこに何か黒い物が大量に発生するのを見てゾッとした。

それはまがりなりにもGGOの第一線で活躍してきたハルカが、

経験によって自然と身に付けていたプレイヤーとしての危機感覚であった。

その感覚に素直に従い、ハルカはハチマンに飛びかかり、地面に押し倒した。

 

「違ったらごめん、よく分からないけど多分危ない!」

「おわっ……」

 

 直後にハチマンの上にのしかかったハルカの背中に銃弾が降り注いだ。

後方にいた者達もそれなりに被弾したが、咄嗟にセラフィムが盾を展開した為、

ダメージを受けた者は多かったが、死んだ者はいなかった。

直後に被弾した事で見えるようになったのか、大量のバレットラインが、

こちらに向かって弓なりの角度でいきなり可視化された。

 

「ハルカ、おい、ハルカ!」

「良かった、合ってた……」

「ハチマン様、私の後ろに」

「お、おう!」

 

 そしてハチマンは、ハルカを抱きかかえてセラフィムの後ろに移動したが、

ハルカのHPはそのまま減少を続け、ハチマンの腕の中でゼロになった。

ヴァルハラ・ウルヴズ初の戦死者である。

 

「ユキノ、蘇生魔法を」

 

 蘇生魔法は詠唱が凄まじく長い為、その使い手は少ない。

実に一分近くの詠唱を必要とする為、暗記するのが困難なのだ。

だがユキノにとってはそんな事は問題ではなく、完璧に発動させる事が可能である。

その一分の間に、仲間達によって状況の分析が始まった。

 

「この弾数は、マシンガンじゃないのか?」

「確かに空中に向けてマシンガンをバラ巻けば、

こういった弾幕を形成する事が可能かもですわね」

「そう考えると思い当たる名前があるよね」

「ZEMALの奴ら、最近随分好戦的だな、ビービーって奴の指示か?」

「どっちにしろうちに二度目の喧嘩を売った事は間違いないね」

「ハルカさんの仇、絶対に逃がしませんわ」

 

 シャーリー、ミサキ、そしてクックロビンがそう盛り上がる中、

ハチマンとゼクシードは、じっとハルカが蘇生するのを待っていた。

 

「リザレクション!」

 

 そしてユキノの魔法の最後の一節が唱えられ、ハルカはゆっくりと蘇生した。

 

「おいハルカ、大丈夫か?」

「よくあの場面で動けたね」

「う、うん、何か危ないって思ったから、とにかく夢中で……」

「もう動けるか?」

「うん大丈夫、さあ、私の仇をうちにいこう!」

「さっきまで死んでたとは思えない明るさだね」

 

 ゼクシードはそう苦笑し、ハチマンは敵を見極めようと単眼鏡を手にとった。

弾の飛んできた方角を見ると、そこには果たして見慣れたZEMALの面々が居り、

その横に灰色の瞳でワインレッドの赤毛をショートカットにした女性プレイヤーがいた。

 

「あれがビービーって奴か、レコンが撮影した写真の通りだな」

 

 そのセリフを聞く限り、この時のハチマンは冷静さを保っているように見えた。

ハチマンが仲間をどれだけ大切に思っているのかよく知るユキノは、

どうやらこれくらいではハチマンが暴走する事は無さそうだと安堵し、

同じく単眼鏡を取り出してZEMALの方を見た。

 

『やはりあのタンクは脅威ね、このままだと何発撃っても敵にダメージを与える事は難しい、

せめて最初の攻撃でハチマンかユキノを倒せていれば……』

『女神様、どうしますか?』

『倒せたのが雑魚だけだなんて、ナイツの勢力拡大の宣伝材料にならないわ、

まったくあの雑魚め、ハチマンへの忠誠心だけは一人前ね。

どうにか作戦を考えて、一人くらいは大物を倒しておきたいところね』

 

 ここで一つ断っておくが、ビービーは別に傲慢な人間でも、頭の悪い人間でもない。

むしろ平時なら、ハチマンと気が合いそうな、理論的で頭の回転の早い人間である。

彼女はこの直前に、サラマンダー陣営の知己のところを回り、

その全てにナイツへの参戦を断られていた。その理由はただ一つ、

ビービーがヴァルハラ・ウルヴズに喧嘩を売ったという噂が流れていたからであった。

ビービーにしてみれば、ただ目の前に現れた敵に攻撃しただけであって、

それがたまたまヴァルハラ・ウルヴズだったというだけの事だったのだが、

それにより、かなりイライラしていたビービーは、

戦場に現れたヴァルハラ・ウルヴズのメンバーを見て、

腹いせのつもりで先日思い付いたマシンガンの面制圧的な運用方法を試し、

戦果が想定より少なかった事に対する愚痴として、

ついハルカの悪口を言ってしまったと、そんな訳なのであった。だが覆水盆に返らずである。

 

 そのビービーの口の動きを読んだユキノの心臓の鼓動がいきなり跳ね上がった。

それは隣で同じようにビービーの唇を読んでいるであろう、

ハチマンの雰囲気がいきなり変わったからだった。

 

「やっ……あっ……」

 

 同時に後ろにいたクックロビンが恍惚とした声を上げてその場に倒れた。

どうやらこの変態は、ハチマンの変化を敏感に感じ取ったようだ。

さすがは変態エリートの中の変態エリートである。フカ次郎とは格が違う。

変態エリートたるクックロビンは、変態的快楽を貪るチャンスを絶対に逃さないのだ。

 

「ま、待ってハチマン君、落ち着いて、このまままともに攻撃すれば、

あんな泡沫ナイツは簡単に潰せるから、だから大丈夫、何も問題は無いわ!」

「ユキノさん、いきなりどうしたんですか?」

 

 事情を知らないシャーリーが、クックロビンを抱き起こしながらそう尋ねてきたが、

ユキノはそれには答えず、冷や汗をたらしながらハチマンの方を見ていた。

そのハチマンは、ユキノの言葉が何も聞こえなかったかのように、こう呟いた。

 

「ハルカが雑魚?雑魚と言ったか?たまたま奇襲が上手くいったから、

どうやら自分達は強いんだと勘違いさせちまったんだな、これは俺の責任だ、

ヴァルハラが何故恐怖の象徴と言われるのか、思い出させてやらないとな」

「ハチマン君、ハチマン君!」

「よしユキノ、拡声魔法で宣戦布告だ」

「ハチマン君ってば!」

 

 だがブチ切れたハチマンにその声は届かない。

ハチマンはただじっと黙って敵の方を見つめているだけだった。

 

「ユキノ、せっかくハチマンがヤる気になったんだから、もうこうなったらヤっちゃおう!

進軍ラッパを鳴らしてさっさとケリを付けて、一緒にハチマンをお持ち帰りしよう!

私は二番目でいいから!最初はユキノに譲るから!

あ、もちろん二人一緒でもむしろウェルカム!でも放置プレイも捨てがたいこのジレンマ!」

「あなたはもう少し自重を覚えなさい」

 

 ユキノはため息をつきながらそう言い、仲間達の方に向き直った。

 

「………どうやらそういう事になったわ、申し訳ないのだけれど、

彼のわがままに付き合ってあげて頂戴」

「それは別に構わないが、事情を説明してくれないか?」

 

 ゼクシードが代表してそう言い、ユキノはそれに頷くと、ハルカの方を見ながら言った。

 

「私とハチマン君は、あのビービーって人の唇を読んでいたのだけれど、

さっきビービーはこう言ったの。

『倒せたのが雑魚だけだなんて、ナイツの勢力拡大の宣伝材料にならないわ、

まったくあの雑魚め、ハチマンへの忠誠心だけは一人前ね』

多分この言葉が、ハチマン君を怒らせたのだと思うわ」

「えっ、もしかしてあいつは私の為に怒ってくれたの?」

 

 ハルカはその言葉に驚き、意外そうな顔でハチマンの方を見た。

 

「そうね、でも多分、この中の誰が同じ事を言われたとしても、

ハチマン君は同じように怒ったんじゃないかしら。彼は自分が馬鹿にされても怒らないし、

敵が例え卑怯な攻撃手段を用いたとしても、それも戦術だと言って怒らないでしょうけど、

仲間が理不尽に傷つけられたり、侮辱されるとああなる事が多いわ」

「そういえば前にロザリアさんが拉致されて拷問を受けた時もそうだったっけ」

 

 ハルカはその説明でロザリアの事を思い出し、その言葉に納得した。

 

「そんな訳で戦闘準備をお願い。あの中を突っ切るのは正直気が進まないのだけれど……」

「でもやるんだよね?」

「そうね、私達は、ヴァルハラ・ウルヴズだから」

 

 ユキノはそう言って頷いた。

 

「今こそ私達が力を示す時よ」

 

 そしてユキノは拡声魔法を使い、フィールド中に響き渡るような声でこう叫んだ。

 

「私はヴァルハラ・ウルヴズのユキノよ、このフィールドにいるプレイヤー達に告げるわ。

大変申し訳ないのだけれど、とある事情でうちのリーダーがキレてしまって、

今から私達八人は全力で戦場に突撃する事になったわ。

標的以外に手を出すつもりはないのだけれど、

こちらに攻撃を仕掛けてきたら全力で反撃するからそのつもりでいて頂戴。

それじゃあ突撃を開始するわ、ご機嫌よう」

 

 その瞬間に戦場から全ての音が消えた。

 

「お、おい、今の言葉、聞いたか?」

「マジかよ……どうする?」

「ザ・ルーラーをキレさせた馬鹿は誰だよ」

「普通に攻撃したくらいじゃ、あの人は絶対に怒らないよな?」

「ヴァルハラ・ウルヴズのメンバーを侮辱したんだろ、

ザ・ルーラーは仲間思いだって評判だからな」

 

 さすがヴァルハラ・ウルヴズは有名なだけあって、

伝わってくる情報の量も質も段違いのようで、

ハチマンがキレた理由を正確に推測出来た者も多くいたようだ。

そのせいでビービーも正確に事情を把握したが、

気が強い彼女は相手が八人と聞いて、むしろやる気満々で迎え撃つつもりでいた。

 

「女神様!」

「大丈夫よ、今のうちに弾をフルチャージしておきなさい。

相手が正面から来てくれるなら、マシンガン使いの私達にとって、

これほどいい条件は無いでしょ?」

「た、確かに!」

「ヒャッホー!徹底的に撃ちまくってやるぜ!」

「ヴァルハラ・ウルヴズを倒せばうちのナイツ『マシンガン&ゴッデス』が最強だな!」

 

 マシンガン&ゴッデス、通称M&Gのメンバー達は、そう言って盛り上がっていた。

だが彼らはヴァルハラ・リゾートの事をよく知っている訳ではない。

確かに十狼についてはそれなりに詳しかったが、

その実力を知って尚、彼らはマシンガンさえ当たれば勝てると思っていた。

だがこの世には、そんな常識を簡単に飛び越えてくる存在がいる。

 

「宣戦布告は終わったな、マックスは俺の左腕を、ロビンは右腕を抱け、

そしてユキノは俺の背中に乗るんだ」

「はい、ハチマン様」

「え、いいの?うん、分かった!」

「ちょ、ちょっと、何故私があなたの背中に?」

「いいから早くしろ、おんぶしてやるから」

「ま、まあ命令なら仕方がないわね」

 

 ユキノはいかにも仕方ないという風にそう言ったが、

当然その表情は、まったく嫌そうではなかった。

そしてユキノを背負ったハチマンは、幻影魔法の詠唱を開始した。

その事を理解した三人はさすがに驚愕した。

 

「この状態で幻影魔法ですって!?」

「これは斬新……」

「これってどうなるの?」

 

 後方の四人もその状態を見て、ハチマンが何をするのか興味深々であった。

 

「幻影魔法って動画で見た事あるかも、確か前は巨大なサンタの姿に変わってたっけ」

「あらあらそうなんですの?でも羨ましいですわ、一体何が始まるのかしら」

「あ、私も教えてもらったヴァルハラ・リゾートのライブラリで見たかも」

「何にせよ、何が起こっても対応出来るように準備しておこう」

 

 同じ頃、ヴァルハラ・ウルヴズの様子を伺っていた無関係のプレイヤー達は、

ハチマンが女性三人に囲まれた事で歯軋りし、直後にハチマンが煙に包まれた事に恐怖した。

 

「お、おい、あれって噂の背教者ニコラスの出現フラグじゃないのか?」

「両手に短剣を持った、ニヤケ面のサンタだったか?」

「あれって都市伝説じゃなかったのかよ」

「まさかこの目で見られるとは……」

 

 そして煙が晴れると、そこには硬質なフォルムを持つ何かの姿があった。

 

「お、おい、何か噂よりも大きくないか?」

「両手に短剣だって?どう見てもあれは、大剣と盾に見えるんだが」

「何だよあの鎧……」

「肩に大砲までついてるじゃねえか!」

 

 こうして戦場に、完全武装型背教者メカニコラスが顕現した。



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第652話 東の探索行・メカニコラスの恐怖

 その頃、ALOではリオンが今日も修行に明け暮れていた。

今日はリーファがいない為、白羽の矢が立てられたのはアスナであった。

アスナは事情を聞いてその頼みを快諾し、ハチマンに内緒でこちらに参加していたのだ。

 

「ふう、そろそろ一旦休憩にするか」

「うん、それがいいね」

 

 しばらく戦い続けていた一行は、そのキリトの提案で一息つく事にした。

 

「アスナ、ハチマンの隣にいたいでしょうに、誘っちゃってごめんね?」

「ううん、全然いいよリズ、私もリオンには興味あったし」

 

 そのリズベットの謝罪に、アスナは問題ないという風にそう言った。

 

「でもアスナさんが興味を引かれるのも分かります、本当に珍しいスタイルですよね」

「そ、それほどでも……」

 

 シリカのその言葉に、リオンはもじもじしながらそう言った。

 

「リオンはいいスナイパーになる素質がある気がするわね」

「シノンはそう思うの?」

「今だって魔法を打ち消す時の狙いはかなり正確じゃない」

「そっか、私にはそんな可能性もあるんだ」

 

 今では大の親友であるシノンにそう言われ、リオンはとても嬉しかったのか、

ニヤニヤしながらそう呟いた。

 

「リオンって反射神経は結構あるよね」

「それプラス判断力も」

「無いのは持久力だな」

「実際はそんな事は無いんだが、まだリアルに引っ張られてるって事なんだろうな」

 

 年齢の差はあれどもこの六人は、学年の上ではリオンが一番先輩という事になる。

そのせいという訳ではないが、シノン以外の四人もリオンに普通に喋るように頼んでおり、

リオンは若干気後れしつつも、何とかその頼みに応えられている状態であった。

まだ慣れないのは確かであるが、それは時間が解決してくれるだろう。

 

「しかしここでもネットが使えるんだね、知らなかったよ」

 

 リオンは暇つぶしにコンソールを操作しながらそう言った。

 

「色々と便利だよね」

「リアルタイムで今配信されてるALOとかの動画も見れるんだよね」

「トラフィックスで何かやってないかな?」

「あっ、今まさに何か………あ、あれ?」

 

 シリカがそう驚いたような声を上げ、五人は何事かと思い、シリカの顔を見た。

 

「ちょっと待って下さいね、今私のコンソールを可視化して、拡大させるんで」

 

 そして六人の目の前に仮想モニターが展開され、そこにハチマンの姿が映し出された。

 

「あ、ハチマン君だ!ってあれ………これって………」

「うわ、何か怒ってない?」

「やばいやばいやばい」

「そ、そうなの?」

 

 リオンはハチマンの笑顔しか見た事がなかった為、きょとんとしながらそう言った。

 

「私には全然分からない……」

「大丈夫よリオン、私もまだそこまで長い付き合いじゃないけど、

もう分かるようになったから」

「そうなの?でも私、まだニコニコしてるハチマンの顔しか見た事が無いんだよね」

「ゲームを続けてれば、そのうち何度も見れると思うわよ」

「そうなんだ……」

 

 リオンはまだ怒るハチマンの姿がよくイメージ出来ないらしく、

この機会によく観察しておこうとじっとモニターを注視した。

そのリオンの目の前で、ハチマンとセラフィムとクックロビンとユキノが合体した。

 

「ハチマンは何がしたいんだよ……」

「親友のキリトでも分からないんだ……」

「あいつは時々こういう理解不能な事をするけど、これは本当に分からないぞ……」

 

 シノンにそう言われたキリトは、お手上げという風に両手を上げた。

 

「何でしょうこれ、もちろん性的な意図が無いのは分かってるんですけど」

「アスナ、キレないでね」

 

 シリカがそうフォローするように、そしてリズベットは直接的にアスナにそう言った。

「ん?別に気にしてないよ?むしろ適度にこういうガス抜きがある事で、

みんな勝手に満足しちゃって、逆に私の立場が安定するんだよ?」

「ア、アスナが黒い………」

「さすがですよね……」

 

 そのアスナの余裕に、シノンは悔しそうにこう言った。

 

「くっ……悔しいけど事実だけに反論出来ない……」

「シノン、ドンマイ」

「言っておくけど、リオンもいずれ同じ思いを味わうんだからね」

 

 そのシノンの言葉にリオンが減らず口で返そうとした瞬間、

ハチマンが何かの呪文の詠唱を始めた。

 

「ここで魔法?」

「おいおい、これは幻影魔法の呪文だぞ」

「意図は分かるけど、じゃあ周りの三人は何?」

「魔法に巻き込むつもりなんじゃ?」

 

 リオンがそう正解を言い当てたのだが、他の五人は懐疑的だった。

常識が邪魔をしてしまっているのだ。

 

「えっ、本当に?」

「その発想は無かったですね……」

「う~ん、でもそんな事が可能なの?」

「どうなんだろうね……」

「まあ見てれば分かるだろ、そろそろ姿を現すはずだ」

 

 そのキリトの言葉通り、直後に煙が晴れ、そこには見た事もない巨大な物体があった。

 

「でかっ……」

「凄く大きいね……」

「いつもと違う……」

「そうなの?」

「うん、いつもはこれ」

 

 そう言ってアスナはすばやくコンソールを操作し、

背教者ニコラスの写真を可視化した自分のコンソールに映し出した。

 

「何この気持ち悪いサンタ……」

「それはSAOのイベントボスだな、蘇生アイテムをドロップするんだよ」

「え、そうなの?」

「ああ、だが使用条件が、死んでから十秒以内って制限があってな、

結局一度も使う機会が無かったんだよな」

「そうなんだ」

 

 リオンはそう言いながら画面の中のハチマンに視線を戻し、こう呟いた。

 

「でもこれって………」

「メカっぽい」

「メカだね」

「メカだよね」

「メカですね」

「メカニコラス?」

「マシンっぽい……って、うん、メカだねメカ!」

 

 リオンは慌ててそう言いなおし、五人は声を出して笑った。

 

「リオン、別に言い直さなくてもいいのよ?」

「だって仲間外れみたいで嫌だったんだもん」

「ふふっ」

「しかしセラフィムとロビンとユキノの姿が無いな、本当に融合したのか?」

「この魔法ってそんな応用が利いたんだね」

「イメージ力の勝利だろうな」

「さて、どうなる事やら……」

 

 そして六人は、食い入るように画面に見入ったのだった。

 

 

 

「ここってどこなのかなぁ?」

「本当にどこなのかしらね」

「謎空間」

 

 その頃当の三人は、モニター以外は何も無い真っ白な小部屋にいた。

そのモニターに映し出されているのは、状況から見てハチマンの視界であるようだ。

 

「やはりここは、ハチマン君の頭の中とでも言うべき場所なのかしら」

「だろうね、こんな体験はさすがに初めてだよ」

「貴重な体験」

「というかこれって、ハチマンと私が合体した事に……」

「それを言ったら私達もなのだけれど」

「つまり三人まとめて相手をしてやるぜ、ぐへへへへ状態」

「良いではないか良いではないか、状態ともいうね」

「あっ、見て、動き出したわ」

 

 その言葉通り、モニターに映し出される景色が凄まじい速度で流れ始めた。

 

 

 

「何あれ……」

「ハチマンさん……?」

「右手の剣は、ロビンの持ってた剣だよね?」

「盾はセラフィムの盾ですわね」

「とすると両肩の大砲がユキノ……?」

「まあ詮索は後だ。多分そろそろ動き出すと思うから、様子を見てハチマンに続こう」

「「「了解!」」」

 

 さすがはゼクシードである。直ぐに自分達のやるべき事を把握し、そう指示を出した。

そしてその言葉通り、ハチマンことメカニコラスは、滑るように移動を開始した。

 

「うわ、速っ」

「あらやだハチマン様ってば、もう、我慢出来なくて先走りすぎですわぁ」

「これについてっていいのかな?」

「いや、さすがにちょっと待機だ、今突っ込むと危ない。

でも指示があり次第すぐに動けるように備えておいてくれよ」

 

 メカニコラスは、ビービー達M&G目掛けてぐいぐい進んでいく。

だがそのまま順調に敵の所へ到達する事は出来なかった。

メカニコラスのプレッシャーに恐怖した一部のプレイヤーが、

うっかり銃の引き金を引いたのだ。

だがその攻撃は、メカニコラスの持つ盾にあっさり防がれた。

 

「う、うわああああああああ!」

「おい馬鹿やめろ!落ち着けって!」

「で、でも……」

「あいつの標的は俺達じゃない、俺達じゃ………あっ」

 

 その言葉を最後まで言い終える事は出来なかった。

メカニコラスの持つ大剣が、その二人を真っ二つにしたからだ。そこから恐慌が始まった。

 

「う、撃て、撃て!」

「やめろ、俺達を巻き込むな!」

「く、来るな!」

 

 どこかで銃声が鳴り響く度に、プレイヤーが両断されていく。

荒野は今は荒野ではなく、リメインライトという花が沢山咲いている状態であった。

 

「銃はやばい、魔法だ、魔法ならきっと……」

 

 そう判断して魔法攻撃を集中させたナイツがあった。

だがその魔法が着弾した瞬間に、メカニコラスの肩の大砲が発光し、

メカニコラスのHPが見る見る回復した。

 

「ま、まさか回復魔法まで?」

 

 直後にその大砲から、今度は白い光線のような物が放たれた。

それによって、そのプレイヤー達は氷漬けになり、

直後に大剣によって、その氷は中のプレイヤーごと粉々に粉砕された。

一方ゼクシード達も、ただその光景を傍観していた訳ではない。

四人はある程度のプレイヤーが倒された時点で、

少し離れた位置でメカニコラスを追走していた。

 

「左舷九時の方向、撃ち漏らし一人」

「オーケー、私が狙撃する」

「次、右舷二時、ブッシュの中に潜む敵影あり」

「それは私がもらいますわ、この手で優しく逝かせて差し上げますわぁ!」

 

 万事がこんな調子であり、メカニコラスの通った道に、生存者は今の所皆無であった。

要するに全てのナイツの誰かしらがメカニコラスに手を出してしまったという事になる。

 

 

 

「さすがはハチマン君というか何というか……」

「凄い速さで動きながら、魔法攻撃も交えつつ自己回復までこなすなんて……」

「とんでもない化け物ね、メカニコラス……」

「もうそれが正式名称で決まりなのかよ!」

「私達は、とんでもない化け物の誕生に立ち合ってしまったようね……

ほらリオン、次、ナレーションナレーション!」

「あっ、う、うん!こ、ここから私達の、長きに渡る戦い日々が始まったのです、

それは想像を絶する苦難の連続でした」

「おいお前ら、ニヤニヤしながら深刻そうなフリをするなよ!

っていうか何で映画のナレーションみたいになってるんだよ!

リオンまで一緒になって、ノリが良すぎだろ!」

 

 その五人の悪ノリに、キリトはたまらず突っ込んだ。

 

「だって、ねぇ?」

「もう笑うしかないというか」

「このままだと本当に荒野にいた数百人のプレイヤーが、全滅するんじゃない?」

「もう荒野じゃなくて花畑みたいになってるわよね」

「ハチマンってこういう部分もあるんだね、覚えとこ……」

 

 そして六人は、そろそろ戦いも終わるだろうと思い、

このまま放っておいても問題ないだろうと考え、狩りに戻った。

話の大小はあるが、こういった事はヴァルハラのメンバーにとっては日常茶飯事なのである。

 

 

 

「ぐへへへへ、大丈夫、先っぽだけ、先っぽだけだから!」

 

 ハチマンが右手に持つ大剣をプレイヤーに突き入れる度に、

クックロビンはそんなセリフを口にしていた。

 

「ハ、ハチマン様、壊れる、壊れちゃいます!」

 

 そしてセラフィムは、ハチマンが左手に持つ盾で敵の攻撃を防ぐ度に、

そんなセリフを口にしていた。

 

「あなた達、暇なのは分かるけど、いい加減にその路線から離れなさい」

 

 こちらの突っ込み役はもちろんユキノであった。

 

「というかセラフィム、あなたの本性って……」

「気のせい、私は別にエッチでもハレンチでもない」

「どう考えてもそうは聞こえないのだけれど」

 

 最初は二人の好きにさせていたユキノも、さすがに我慢の限界がきたらしい。

 

「うん、まあ確かに私も疲れてきてたからちょっと休む」

「考えて見ると、それくらい敵を倒したという事になるのよね」

「何人の敵の心を折ったのかな」

「かなりでしょうね、というかずっと観察してたけど、

記念受験みたいなノリで手を出してくるナイツもかなりあったわよ」

「楽しんでもらえて何よりだね!」

「というかまだビービーの所にたどり着けないのね」

「そういえばそんな人もいたっけ」

「あ、ついに到達したみたい」

「うわ、ビービー以外は完全に怯えてるね……」

「まあ当然よね、今のハチマン君は、完全に人の理解を超えているもの」

「さて、最終局面だね」

 

 立ちはだかる者達や、話の種にと攻撃を仕掛けてくる者達を、

ヴァルハラ・ウルヴズは蹂躙し、遂にここまでたどり着いた。

今、メカニコラスの目の前にはビービーが立っており、

その後ろではZEMALのメンバーが、大好きなマシンガンを撃つ事も忘れて震えていた。

 

「なんてデタラメな……」

「女神様!」

「お、俺達の後ろに!」

「いえ……ここは私達の負けよ、でも次は負けない、絶対に」

 

 そしてM&Gはその場でメカニコラスに潰され、リメインライトだけがその場に残った。

これをもって荒野は完全に静寂を取り戻し、

そこは今や、少数のモンスターが闊歩するだけとなっていた。

 

「ふう、いい運動になった」

 

 ハチマンはそう言って変身を解き、その瞬間に、

その場にはユキノとセラフィムとクックロビンが投げ出された。

 

「ああっ、ハチマン様の中から出されてしまった……」

「まあ面白かったね!」

「レアな体験だったのは確かね」

 

 そこに残りの四人も追いついてきた、どうやら残敵の掃討も終わったらしい。

メカニコラスに心を折られたプレイヤーに向かって引き金を引くだけの、

簡単なお仕事だったようだ。

 

「ふう………まさかこんな事になるとはね」

「あれだけいたプレイヤーが、もう誰もいないよ……」

「さすがはハチマン様、怒張してそそり立つその姿は素敵でしたわぁ」

「でもさすがにこれは………」

「どう考えてもやりすぎね」

「もう終わった事だ、気にするな」

「あはははは、あはははははは!」

「よし、鍵も取れてるみたいだし、帰るとするか」

 

 蹂躙の最中にどうやら鍵も取得していたようで、一行はそのまま撤収する事にした。

そしてハチマンは去り際に、ビービーのリメインライトに向かって言った。

 

「お前がうちのハルカに向かって言った言葉はともかく、

戦術的には中々良かったぞ、これに懲りず、またいつでも仕掛けてこいよ」

 

 こうしてヴァルハラ・ウルヴズの伝説は積み重なっていく。

それには必ず敵役が必要であり、ビービーのみならず、この時殲滅された数多くのナイツが、

やがてヴァルハラ・ウルヴズの前に立ちはだかる事になる。




このエピソードはここまでです!


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第653話 明日奈と優里奈、詩乃の学校へ

今日からは五話構成で、学校に行こうシリーズをお送りします!
いつも誤字の訂正をして下さる皆様、本当にありがとうございます!


 ハチマン達が目的を達成して帰還した頃、狩りをしていたリオン達も、

この日の活動を終え、ヴァルハラ・ガーデンに戻っていた。

 

「いやぁ、今日もよく戦ったね」

「リオンもかなり急成長したんじゃない?」

「狩場がすいてるってのはやっぱいいよなぁ」

 

 六人は和気藹々とした雰囲気で、今日の狩りについて振り返っていた。

途中で誰にも遭遇しなかったという事は無いが、

主だったプレイヤーは皆トラフィックスに移動していた為、

狩りのコンディションは最高、獲得経験値もまた最高であった。

 

「さて、俺は今日はこれで落ちるけど、明日はちょっと用事があるから休みでいいか?」

「そうだね、このところ毎日だったしそうしましょうか」

「あ、それじゃあ私もちょっと実家に戻ってこようかな」

「せっかくだし、それじゃあ私もそうしますね!」

 

 キリトの言葉にシノンが同意すると、リズベットとシリカがそう言いだした。

ちなみに実家に帰ると言っても、単に寮ではなく自宅に帰るというだけで、

二人の実家は都内にある為、別に遠くに行く訳ではない。

 

「私は別に予定は無いんだよね」

「今日でトラフィックスの探索も一区切りだし、そうなると一日予定が開いちゃうね」

「私も明日は、会社での勉強が休みの日なんだよね、

紅莉栖さんだけじゃなく、真帆先輩もレスキネン部長もがいないらしくて」

「それじゃあ三人でどこかに出かける?」

「いいね、それじゃあどうやって集まろうか」

「あ、それなら私がハチマン君にキットを借りて迎えに行くよ、

キットなら、別に免許が無くても問題ないしね」

「そうだ、ついでに優里奈も誘ってみない?」

「優里奈?」

 

 リオンはその聞き覚えの無い名前に首を傾げた。

 

「あ、リオンは優里奈とはまだ面識が無いんだ」

「あ、うん、どういう人?友達?」

「ええと、私達のママかな」

「えっ?」

「私とハチマン君の娘だよ」

「ええっ!?」

 

 そのシノンとアスナの返事は、リオンにとってはまったく意味が分からなかった。

 

「おいおい、説明を端折るなって」

「他に言いようが無いってのは分かるけどね」

「つまりママっていうのは、あ~、食事とか色々の事で、日ごろお世話になってる感じ?」

 

 シノンはあの部屋にリオンがまだ場所を確保していない以上、

その事には触れない方がいいのかもしれないと考え、咄嗟にそう言い訳した。

他の者達も、時間の問題だろうなとは思っていたが、

それでももしかしたらハチマンには何か考えがあるのかもしれないと思い、

そのシノンの考えに内心で同意し、詳しい説明をしなかった。

実際は無理に進学をやめさせ、ソレイユに就職させた手前、

両親の信頼を損なうような事はしてはいけないという、ハチマンの気遣いのせいであった為、

その判断は限りなく正解に近かったのである。

 

「えっと、娘ってのは、ハチマン君が優里奈ちゃんの保護者になってるからだよ」

「保護者って、優里奈ちゃんってまだ小さい子供なの?」

「シノノンと同い年かな」

「え、それじゃあ私の一つ下なんだ」

「うん、ご両親とお兄さんに不幸があって、天涯孤独になっちゃったからさ、

多少縁があったハチマン君が保護者の役をやる事になって、

だから私にとっても娘、みたいな?」

「実際はただの友達だけどな」

「まあそうなんだけどね」

 

 その説明で、リオンは優里奈の事をある程度理解したらしい。

 

「まあリオンのライバルだよ、うん、色々な意味で」

「そうなの?」

 

 リオンの胸に視線を向けながらリズベットがそう言った。

 

「リズ、何かおっさんっぽい」

「あはははは、まあ会えば分かるよ会えば、凄くいい子だから何も心配する事はないしね」

「そ、そうなんだ、うん、それじゃあ楽しみにしとく」

「家の位置的に、優里奈ちゃんと一緒にシノノンを迎えに行って、

最後にリオンを迎えに行く感じになるから、事前に着替えを用意しておいた方がいいね」

「着替えって……も、もしかして学校に迎えに来るの?」

「うん、その方が話が早いからね」

「わ、分かった」

「私もそれでいいわ」

 

 こうして四人で遊びに行く事が決まり、そして迎えた次の日、

明日奈は学校で余所行きの格好に着替え、キットの迎えを待っていた。

詩乃や理央と違い、帰還者用学校の校則はこういう部分は緩いのである。

そして八幡も今日はソレイユに顔を出す為、明日奈と一緒にキットを待っていた。

 

「随分おめかししてるんだな、明日奈」

「うん、かわいいでしょ?」

「今日に限らず明日奈はいつもかわいいと思うが……」

「え~?もう、八幡君ったら正直なんだから」

「そういうとこ、明日奈も図太くなったよな……」

「べ、別に太ってないよ!?」

「それ、分かっててわざと言ってるよな?」

「ふふっ」

 

 そんな二人に声をかけてくる者がいた。

 

「はい、そこの二人、校門でいちゃいちゃするのはやめなさい、逮捕するわよ」

「………理事長、何故婦警っぽいコスプレを?」

「うわ、理事長、凄く似合ってますね!」

 

 そこには何故か婦警の格好をした理事長が立っており、

理事長はおもちゃの銃を八幡に突きつけながら言った。

 

「コスプレとか言うんじゃありません、明日奈ちゃんを見習って素直に褒めなさい」

「…………年を考えろって言ってるんです」

「シャーラップ!これは今度やる事になった一日署長の服装よ!

つまりこれは仕事の上での戦闘服、つまりは正装よ!」

 

 その予想外の言葉に八幡は驚いた。

 

「えっ、理事長、一日署長をやるんですか?」

「ええ、本業の絡みでちょっとね」

「芸能人でもないのに何でそんな事を……」

「それがねぇ、この前週刊誌で、私の事が報道されちゃったのよ、

美人すぎる建設会社社長ってね、しかも陽乃とセットでなの。

まったく今頃気付くなんて周回遅れもいいところよね、

ぷんぷん、八幡君もそう思うでしょう?」

 

 そんな子供っぽい事を言う理事長に対し、八幡は思わず本音が出そうになった。

 

「ぷんぷんって所がオバ……あ、いや、ええ、本当に気付くのが遅すぎですね。

というか、もしかして姉さんも一日署長を?」

「いいえ、これは私と陽乃による、血で血を洗う勝負の結果なのよ。

ああもう、何故私はあそこでチョキを……」

 

 それで、ジャンケンで負けたんだなと分かった八幡は、

とりあえず理事長を持ち上げておく事にした。

これ以上おかしな絡まれ方をするのが面倒臭かったのだろう。

 

「ド、ドンマイです理事長、でもあれです、その格好、とても素敵ですよ」

「でも理事長、本当に美人婦警って感じで凄く格好いいですよ」

「でしょう?ただこの制服、胸のあたりがちょっときついのよね、

八幡君もそう思うでしょう?」

「………何故俺にその質問をしたんですかね」

「だってあなた、女の子をチラッと見ただけで、そのスリーサイズが分かるのよね?」

「何だよその風評被害は!おかしな噂を広めるのはやめろ!」

「ふふっ、で、ここで何をしているの?」

 

 どうやら理事長は、二人がここに立っているのを見て、

暇つぶしに着替えて降りてきただけらしい。

 

「ああ、今から明日奈が友達と遊びに行くんで、キットを待ってるんですよ。

俺はそれに便乗してソレイユ本社に顔を出そうと思って」

「あらそうなの、明日奈ちゃん、今日は八幡君の悪口で盛り上がるのね」

「はいっ!」

「はいっ、て、おい明日奈……」

 

 明日奈が笑顔でそう答えた為、八幡は心底情けなさそうな顔をした。

 

「も、もちろん冗談だよ?」

「いや、分かってるんだが……」

「もう、ほら泣かないの、よしよし」

「そうよ、泣かないの、泣くならこの私の胸の中で泣きなさいな」

「いや、泣いてないからな、お、キットが来たみたいだ、

それじゃあ理事長、一日署長、頑張って下さいね」

「ええ、それじゃあ明日奈ちゃん、気をつけてね」

「はい、行ってきます!」

「それじゃあ理事長、またです」

 

 そしてキットに乗り込んだ後、八幡は思わずこう愚痴った。

 

「まったくあの人は、相変わらずフリーダムだよな」

「あの格好を見ても、他の生徒がまったく反応しないってのも凄いよね」

「もう慣れっこだからな、まあでも、裏を返せば慕われてるって事なんだろうな」

「うん、そうだね!あっ、優里奈ちゃんだ、お~い!」

 

 明日奈はソレイユの前で待っていた優里奈に車の中から手を振った。

そしてキットから降りた八幡は、優里奈にその席を譲った。

 

「さて、それじゃあ二人とも、気をつけてな」

「うん、行ってくるね!」

「八幡さん、行ってきますね」

「キット、今日は頼むな」

『はい、お任せ下さい、八幡』

 

 こうして二人はキットの運転で詩乃の学校へと向かった。

 

「優里奈ちゃん、今日はいきなりごめんね」

「いえ、私こそ、誘って下さってありがとうございます」

「迷惑じゃなかった?」

「そんな事思った事もありませんよ!」

「それならいいんだけど」

 

 そう言いながら明日奈は優里奈の格好を見た。

まだ暑いが優里奈はラフな格好はしておらず、

薄手ではあるがジャケットをしっかり着用しており、その胸部はいつもより控え目に見えた。

 

「優里奈ちゃん、その格好、暑くない?」

「いいえ、暑さに強いのもありますけど、特には」

「そっか、もしかして、八幡君に何か言われた?」

「どうしてですか?」

「ううん、その、ほら、胸がちょっと……」

「ああ!」

 

 優里奈はその言葉に微笑みながらこう答えた。

 

「それは常に気にしてますよ、外出する時はいつもこんな感じです」

「あ、そうなんだ、でもたまにはもっとラフな格好とかしたくない?」

「それは八幡さんの前だけでいいと思って。でもそれって明日奈さんも一緒ですよね?」

「あ、バレた?」

「はい、皆さんの家での格好がどういう感じか、私はよく知ってますからね」

「まあそうだよね、八幡君って意外とそういうところ、気にするよね」

「それでいて、家じゃ何も言わないんですよね」

「独占欲が意外と強いっていうか」

「でも明日奈さんも、そういうの、嫌いじゃないですよね?」

「優里奈ちゃんもだよね?」

「ふふっ」

「あはっ」

 

 こんな感じで二人は和やかに会話しながら詩乃の学校へと到着した。

そこには既に人だかりが出来ており、ABCの三人娘が必死で詩乃のガードをしていた。

二人はそれを見て、何事かと目を剥いた。

 

「し、シノのん、どうしたの?」

「凄い人ですね……」

「た、助かった!二人とも、早くキットの外に出て!」

「えっ?」

「どうしたんですか?」

 

 そして二人は言われた通りキットの外に出た。

それにより、その場は一瞬ガッカリしたような雰囲気となったが、

直後に周りにいた男子生徒達が色めきたった。

 

「シノのん、これってどうなってるの?」

「私がここで待ってるのを見て、

八幡が久しぶりに迎えに来るんじゃないかって思ったらしいの」

「ああ~!」

「それでこの人だかりですか……」

 

 二人はかつてここで起こった八幡絡みの騒ぎを知っていた為、納得したようにそう言った。

 

「シノのん、凄い人気だね」

「これは八幡の人気なんだけどね……」

「八幡さんは本当に、どれだけやりすぎたんですかね」

 

 そんな三人を守るように、椎奈が周りを囲む生徒達にこう叫んだ。

 

「ほら、今日は八幡さんは来ないんだってば!

この二人は八幡さんの大事な人なんだから、変な事をしたら八幡さんに睨まれるよ!」

 

 そう言いながら三人は、早く行くように詩乃にゼスチャーをした。

 

「映子、美衣、椎奈、ありがとうね!」

「三人とも、またね!」

「いいっていいって」

「気をつけてね!」

「行ってらっしゃい!」

 

 こうして明日奈と優里奈と詩乃は、逃げ出すように詩乃の学校を離れ、

詩乃は深いため息をついた。

 

「はぁ………やっと楽になれたわ」

「大変だったねぇ」

「うん、本当に大変だった……」

「今度あの三人にお礼を言わないとね」

「実は毎日言ってるんだけどね」

「そうなんですか!まったく八幡さんにはもうちょっと自重して欲しいですよね」

 

 三人は笑いながら、理央の学校に着くまで女子トークを繰り広げた。

 

「そういえばシノのん、着替えは持ってきた?」

「うん、理央を拾ったらどこかで一緒に着替えるつもり」

「キット、あとどのくらいで着く?」

『あと五分ほどです、もうすぐ見えてきますよ』

 

 そして理央の学校に着いた三人は、校門の様子を見てあんぐりと口を開けた。

そこには詩乃の時よりは若干遠巻きにしてる感じではあったが、

人数的には詩乃の学校の時と同じくらいの人だかりが出来ていたのだった。



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第654話 そして理央の学校へ

「うわ、どこかで見たような光景ですね」

「何これ……え、何で?これじゃあうちと一緒じゃない」

「あれ、そういえば八幡君がここで何をやったか、詳しく聞いてないや」

「あ、理央がいた!それと何か隣に男の子が二人いるね」

「そこまで私と一緒なんだ、とりあえず理央に事情を聞いてみないとね」

 

 三人はそう会話を交わしながら、理央のすぐ近くにキットを停めた。

 

「理央、これってどうなってるの?」

「ご、ごめん、よく分からないんだけど、いつの間にか私、

学校で姫って呼ばれてるみたいで……」

「ぶふっ……」

 

 その理央の言葉に詩乃は思いっきり噴き出した。

 

「シノのん、今女の子にあるまじき噴き出し方を……」

「げほっげほっ、ご、ごめん、つい……」

「それって詩乃ちゃんと同じだよね?」

「八幡め……ここで一体何を……」

 

 理央の説明によると、どうやら最初に八幡が王子だという呼び名が広がり、

そのせいでセットのように理央が姫と呼ばれるようになったらしいのだが、

表立ってそう呼ばれた事は無い為、今まで気が付かなかったのだという。

そして今日、理央が友達と一緒に人待ち顔で校門に立っていた為、

それでまた八幡が来るんじゃないかという噂が広がってこうなったようだ。

ついでに詩乃は、理央に八幡から変わった扱いをされたかどうかを尋ねたが、

八幡には首輪と指輪を付けられただけで、それ以上は何もされていないという事だった。

さすがに理央は、お姫様抱っこをされた事は詩乃に言えなかったのだが、

その事は別に大事な事ではない。何故なら詩乃もそれは経験済だったからである。

 

「なるほどね……」

「というか、首輪と指輪!?それってどういう事?」

「えっと、首輪はどうやらカメラになってるみたいで、

誰かに嫌がらせとかを受けた時にその様子を録画して、証拠にする為の物みたい」

「ああ~、そうなんだ、理央ちゃんの身を守る為のアイテムなんだね。で、指輪は?」

「これは………スタンガン」

「うわ……」

「八幡さん、それは別の意味でやりすぎです……」

「私の時で反省したんだろうけど、違う方向に張り切りすぎてるわよね………」

 

 幸いな事に、キットの登場と、その中から美少女が三人登場した事で、

気後れした生徒達は、理央達を遠巻きにしたままそれ以上近寄ってこようとはしなかった。

どうやら首輪の抑止力は健在のようだ。

そして周囲に睨みをきかせていた咲太と佑真がこちらに歩いてきた。

 

「あっ、初めまして、八幡さんの舎弟その一の梓川咲太です」

「その二の国見佑真です」

「舎弟………?」

「理央、そうなの?」

「自称だよ自称、でもありがとう二人とも、私一人じゃどうしていいか分からなかった」

「いいっていいって、元をたどれば俺達が八幡さんの事を、王子なんて表現したせいだしな」

「あんた達のせいか!」

 

 その瞬間に、理央は乱暴な言葉でそう言うと、二人のボディに連続してパンチを入れた。

どうやら理央は、ALOで揉まれる事で若干好戦的になったようである。

 

「ぐはっ……」

「双葉、いいパンチだな……」

 

 そして二人はその場に崩れ落ち、周囲から、おおっというどよめきが上がった。

 

「うわ、理央、バイオレンス~!」

「やるもんだね」

「は、初めまして、櫛稲田優里奈です、お会いできて嬉しいです!」

「ふ、双葉理央です、宜しくお願いします」

「理央さんの方が年上なんだから、敬語なんか使わないで下さい!」

「そうね、私がタメ口なんだから、二人ともそうしましょうか」

「えっ?でも……」

「そ、その方が私も助かる……かも」

「性格的に私は難しいですけど、が、頑張りま……頑張るね!」

 

 そう言いつつも、理央は普通に喋れるようになったが、

優里奈は結局丁寧な言葉で落ち着く事になる。

 

「ほら、あんた達も男の子なんだからしっかりしなさいよ」

「あ、ああ、どこの誰だか知らないが、ありがとう」

「私は朝田詩乃、宜しくね、え~と、咲太君と佑真君だっけ?」

「私は結城明日奈だよ、二人とも、宜しくね」

「櫛稲田優里奈です、宜しくお願いします」

「おお………」

「美少女がこんなに……」

「二人とも、彼女にチクっとくからね」

 

 そんな二人に理央は無慈悲にそう言った。

佑真の彼女である上里沙希と理央は、かつては仲が悪かった。

要するに佑真に好意を寄せる理央に、沙希が一方的に敵対心を抱いていたのだ。

だが八幡の登場により、沙希の感情は軟化し、今では仲良しという程ではないが、

普通に話せる程度には友好関係を築けていた。

ちなみに咲太の彼女は女優の桜島麻衣であったが、

彼女とは当初から友好的な関係を築いている。

 

「いやいや、そういうんじゃないって」

「三人は、八幡さんの関係者の方ですよね?」

「明日奈は八幡さんの正式な彼女、詩乃は……えっと、何?」

「何だろ?」

「私に聞かないでよシノのん!好きな事を言っていいから!」

 

 明日奈のその言葉に、詩乃は少し考え込んだ後にこう言った。

 

「明日奈の最大のライバルよ!」

「「おおっ」」

 

 二人はその自信満々な態度に思わず拍手をした。

 

「私は八幡さんの………えっと、娘って言っていいんですかね?」

「別にいいんじゃないかな?法的には事実なんだし」

「分かりました、明日奈さんの娘です!」

 

 優里奈は機転を利かせて冗談のつもりでそう言ったのだが、

その言葉は見事に明日奈に切り返された。

 

「うんうん、私が五歳の時に産んだ娘だよ」

「ええっ!?」

 

 その言葉に他ならぬ優里奈自信が驚いた。

 

「そこで優里奈が驚いちゃ駄目でしょ」

「今のは明日奈の渾身のギャグだったと思うんだけど……」

 

 詩乃と理央にそう言われ、優里奈は顔を真っ赤にした。

 

「そ、そうです、五歳の時の娘です!」

「ね?うちの娘はかわいいでしょ?」

「「素晴らしい……」」

 

 その言葉に咲太と佑真は感動したように涙した。

どうやら事情を察したのか、二人は娘だというその事自体には何も突っ込まなかった。

ちゃんと空気の読める二人である。

 

「それじゃあ私達は行くけど、二人とも、理央を守ってくれてありがとうね」

「おう、友達だからな!」

「八幡さんにも宜しく伝えておいてくれよな!」

 

 そして理央は、二人に小さく手を振りながら言った。

 

「二人とも、あ、ありがと………それじゃあ遊びに行ってくるね」

 

 そしてキットが走り去り、咲太と佑真は今の出来事について、感想を交わしていた。

 

「おいおい、八幡さんの周りの女の子って、マジでやばいな」

「明日奈さんが正式な彼女なんだな」

「でもあの詩乃さんと優里奈さんも、双葉と一緒で明らかに八幡さんの事が好きだよな」

「やっぱり八幡さんは凄えよなぁ、双葉も含めたあの四人、全員仲が良さそうだったし」

「俺達には想像もつかない世界だよな……」

「まあいっか、双葉も楽しそうだったしな」

「だな、ほら解散解散、下手に関わると、八幡さんに睨まれるぞ~!」

 

 そして二人は集まった生徒達を解散させ、仲良く下校していった。

 

 

 

「まさか理央が私と同じような状況になってるなんて、思ってもみなかったよ」

「えっ、詩乃も学校だとあんな感じなの?」

「うん、そうなんだよね……」

「それじゃあ詩乃も護身グッズを?」

「ううん、私の場合は八幡の彼女扱いされて、

同時にその時私をいじめてたグループを屈服させたから、

そのせいでうちの学校じゃ、八幡は英雄扱いなんだよね」

「えっ、な、何それ………何かずるい」

 

 理央は何故自分も詩乃のように彼女扱いしてくれなかったのか、

八幡に対して恨めしく思った。同時に明日奈の顔を見て、申し訳なさを感じたのか、

理央はそのまま明日奈に謝った。

 

「ご、ごめん、失言だった……」

「ううん、そのせいで八幡君自身が苦労してるんだし、私も気にしてないから大丈夫だよ。

でもまあそのせいで理央の時は、別の方法をとる事にしたんじゃないかなって思うんだよね」

「学習しちゃったんだ……」

「うん、学習『しちゃった』んだね」

「あっ、ご、ごめん」

「本当にいいんだってば、気持ちは分かるもん、

私が同じ立場だったら、きっと同じ事を思ったに違いないもん」

「私でも、多分そう思ったかもしれませんね、

やっぱり女の子ですし、仕方ないですよね」

 

 そう言う優里奈に対し、詩乃が何気なくこう尋ねた。

 

「そういえば八幡は優里奈の学校には行ってないの?」

「そういえば来た事はありませんね、でも多分もうすぐ来る事になると思いますよ」

「えっ、そうなの?」

「うん、保護者を交えた進路に関する面接があるから……」

「ああ!」

 

 三人はその言葉に顔を見合わせ、思わず噴き出した。

 

「ど、どうして笑うんですか?」

「だって、八幡がスーツを着て、保護者ぶって先生の前に座るんでしょ?」

「あ、た、確かに!」

「優里奈、八幡の事は、パパって呼んであげなさいよ」

「いいですね、そうしてみます!」

「その時の先生の顔、ちょっと見てみたいかも」

「うわ、こっそり写真を撮っとこうかな」

「それ、凄く見てみたい!」

「頑張ります!」

 

 やはりこの四人の間では、八幡ネタが一番盛り上がるようだ。

この後四人は私服をあまり持っていない優里奈と理央の為に服を選んだりしたのだが、

その基準もやはり、八幡が気に入るかどうかなのであった。

 

「理央は今日は時間は大丈夫なの?」

「うん、大丈夫だよ」

「それじゃあこの後どこかでご飯を食べて帰ろっか」

「いいね、どこにする?」

「というか、詩乃達は時間は平気なの?」

「私は一人暮らしだからね」

「私もです」

「私は寮だから一応門限があるけど、

うちの両親は私がどこに泊まろうがまったく気にしないし、

多分もう八幡君に嫁に出したつもりでいるから、一切干渉してこないんだよね」

「うわ、大人だ………」

 

 理央は感心したようにそう言ったが、それには詩乃が突っ込んだ。

 

「とか言って、理央だってもうすぐ社会人になって、一人暮らしじゃない」

「あっ、そういえばそうだった……」

「早めに寮に入れてもらって、正式な仕事が始まる前に、色々揃えちゃった方がいいかもね」

「そういえばそうだね、凄く楽しみかも」

「荷物運びは八幡にやらせればいいわね」

「え、でも悪いよ……」

「それくらいはしてもらいなさい、理央をスカウトした責任ってものがあるんだからね」

「そうだよ、それくらいはしてもらえばいいと思うよ」

「そっか、うん、そうしてみる」

 

 理央は嬉しそうにそう言い、そして四人はそのまま近くのサイゼに入った。

何故サイゼかというと、明日奈がこう主張したからである。

 

「八幡君はサイゼが大好きだから、

理央も今のうちにメニューをある程度把握しておいた方がいいと思うんだ」

「ああ、確かに八幡はサイゼ大好きよね」

「そ、そうなんだ、私、一度も行った事が無いから行ってみたい」

「決まりですね!」

 

 こうして四人はサイゼで食事を楽しみ、

明日奈が最初とは逆の順番で三人を家まで送り届けた。

理央は家に帰ると、今日買った服を大切にクローゼットにしまい、

三人と一緒に撮った写真の数々を、ニヤニヤしながらベッドで眺めていた。

 

「今日は楽しかったな……」

 

 理央にとって、女友達とこうやってお出かけするのは初めての経験であった。

咲太の彼女である麻衣と一緒に出かけた事はあったが、

相手が有名女優である為、どうしても気後れしてしまう部分があったのだ。

その点今日は、まったくそんな事は無かった。

 

「それにしても優里奈が私のライバルだって、どういう意味だったんだろ、

どう考えても優里奈の方が私なんかより全然かわいいと思うんだけど……」

 

 理央はそう考えながらじっと写真を眺め、その視線が優里奈の胸で止まった。

 

「あ、ああ!」

 

 それでリズベットの言葉の意味を理解した理央は、

恥ずかしさと同時に疑問が解けた事で、スッキリした表情になった。

 

「まったくリズったらもう……」

 

 そう思いながら理央はベッドに横たわり、幸せな気分で電気を消し、目を瞑った。

 

「明日からまた頑張ろ………」

 

 こうして理央はまた友達を増やし、自分を取り巻く未来に思いを馳せながら眠りについた。



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第655話 八幡、優里奈の学校へ

 数日後、八幡は優里奈の学校にいた。

先日話していた、保護者を呼んでの進路相談に、保護者として参加する為である。

 

「う~、緊張するな」

「確かに八幡さんの年齢で、こういった経験をする事って普通ありえませんよね」

「いや、まあ両親がいない家で、兄が親代わりをするって事はあると思うけどな」

「あっ、確かにそうですね」

 

 優里奈は特に何も考えずにそう同意したが、八幡は何かに気付いたのか、

一瞬無言になった後、ばつの悪い顔をして優里奈に謝罪した。

 

「…………悪い、例えが悪かったな」

「何で謝るんですか?」

 

 優里奈はきょとんとしながら八幡にそう尋ねた。

どうやら本当に、何の事か意味が分からないらしい。

 

「いや、ほら、優里奈の境遇を考えたら無神経な発言だったと思ってな」

 

 その八幡の言葉で、優里奈はやっとその意味を理解した。

同時に優里奈は他の生徒の目をまったく気にせず、

八幡の肩に頭をもたれかけさせながら言った。

 

「気にしないで下さい、私は八幡さんに、十分愛してもらってますから」

 

 それはもちろん家族としてという意味であったが、

八幡はその言葉の意図を正確に把握しつつも、あまりにストレートなその物言いに赤面した。

 

「お、おう、優里奈は大事な家族だからな」

「はい!」

 

 優里奈は嬉しそうにそう言ったが、こう見えて優里奈はとてもモテる。

その優里奈が人目もはばからずにやや年上に見える男性といちゃついているのだ。

その姿は注目の的となり、八幡は居心地の悪さを覚えつつも、

優里奈がとても嬉しそうに見える上に平然としていた為、何も言えずにいた。

そんな中、突然二人組の女生徒が、二人に話しかけてきた。

 

「櫛稲田さん、えっと、こ、こちらの方は………もしかしてお兄さん?」

「あ、ううん、えっと、分かりやすく言うと……」

 

 そして八幡は、優里奈がボソッとこう呟くのを聞いた。

 

「お兄さん……は今否定したからお父さん、いや、ここはやっぱり……」

 

 そして優里奈は満面の笑みで、その女生徒二人に向かって口を開いた。

 

「うん、この人は私のパ………」

「初めまして、私は優里奈の保護者の比企谷八幡と言います」

「あっ……」

 

 優里奈はとっておきの言葉を八幡にそう遮られ、悔しそうに小さくそう声を上げた。

八幡にしてみれば、今の状態で絶対にパパなどと呼ばせる訳にはいかないのだ。

それはどう考えても事案である。もしかしたら即逮捕まである、

優里奈の言葉から次に出てくる言葉を推測し、そう考えた八幡は、

こうしてまんまと優里奈を出し抜く事に成功したのだった。

 

「あっ、そうなんですね」

「もしかしたら、櫛稲田さんが年上の彼氏を連れてきたんじゃないかって、

クラスで話題になってたんですよ、で、私達がジャンケンで負けて確認する事に……」

「ははっ、それは災難でしたね、でも残念ながら違いますよ」

「そうなんですか、それにしてもお若いですね、

もしかしてまだ大学生とかだったりします?」

「ああ、私はこういう者です」

 

 そう言って八幡は、二人に名刺を差し出した。

 

「えっ、その若さでソレイユの部長さんなんですか?」

「ええ、まあそういう事になってますね」

 

(表向きはな)

 

 八幡はそう考え、心の中でペロッと舌を出した。

 

「もしかして櫛稲田さんと一緒に暮らしてるんですか?」

「う~ん、まあそれに近い状態ではありますが、完全にそうだという訳ではないですね」

 

(おお、この優里奈の友達はぐいぐいくるな。

でも待てよ、呼び方からして苗字だし、実は友達じゃないのかもしれないな、

というか優里奈が紹介してこない以上、やっぱりそれほど親しくないんだろう)

 

 その推測は実は正解であった。クラスというのも実は隣のクラスの事であり、

優里奈と仲のいい友達は、今は面接の順番待ちの真っ最中であり、この場にはいない。

 

「うわぁ、櫛稲田さんって大人だぁ」

「羨ましいなぁ」

 

 そう紅潮した顔で言った二人に対し、優里奈は軽く頭を下げるに留めた。

 

「それじゃあそろそろ時間なんで、私達はそろそろ行きますね」

「あっ、はい、呼び止めてしまってすみませんでした」

「すみませんでした」

「いえいえ、お気になさらず」

 

 八幡はそう無難に挨拶をし、優里奈を伴ってその場を離れた。

案の定、少し離れた所で優里奈が八幡にこう言ってきた。

 

「八幡さん。あの二人、お知り合いって訳じゃないんですよね?」

「それは俺のセリフなんだが……まさか優里奈はあの二人の名前すら知らないのか?」

「はい、だって隣のクラスの人ですから」

「そうなのか……怖えな最近の女子高生は、

あのフレンドリーさは俺にとっては恐怖の対象だぞ」

「それにしては随分親しげに受け答えしてましたね」

「ふふん、これが大人になるという事だ」

「はいはい、凄いですね」

「適当だなおい!」

 

 そんな八幡の抗議を軽く受け流し、優里奈は八幡の手を握り、ずんずんと歩き始めた。

もしかしたらやきもちをやいていたのかもしれない。

 

「ほら八幡さん、こっちですよ、予定時間が迫ってるんだから、早く行きましょう!」

「お、おう、そうだな、ちょっと急ぐか」

 

 この光景も十分事案だっただろうが、前を歩く優里奈が真剣な顔をしていた為、

そんな二人に話しかけてくる者はもういなかった。

途中で何人かの、優里奈と同じクラスの生徒だと思われる者が、

すれ違いざまに優里奈に手を振ってきたりする事もあったが、

話しかけてくる気配は皆無であった。

それを見て、八幡は心配そうな声で優里奈にこう尋ねた。

 

「なぁ優里奈、もしかして優里奈は友達が少ないのか?」

「えっ、どうしてですか?そんな事はありませんけど……」

「いや、みんな手を振るだけで、誰も優里奈に話しかけてこないからさ」

「あっ、それはですね、事前に私が八幡さんの事を説明しておいたからですよ、

だから多分みんなは、後で話を聞く気満々で、今は自重してるんだと思います」

「なるほど……」

 

 事実、よく観察すると、優里奈に手を振る多くの女生徒はニヤニヤしている者が多かった。

逆に男子生徒はあからさまな敵対心を向けてくる者が多い。

そして目的の教室の前に到着し、椅子に座った優里奈に、

先に座って待っていた女生徒が声を潜めて話しかけてきた。

 

「優里奈ちゃん、そちらの方が、噂のお兄さん?」

「うん、そうだよ」

「そっかぁ、格好いい人じゃない、羨ましいなぁ」

「ふふ、そうでしょ?ほら、私ってば凄く愛されてるから」

 

 その優里奈らしくない言葉に八幡は思わずむせた。それはもう派手にむせた。

そして同時に、優里奈が確かにやきもちをやいていたのだという推測も現実味を帯びてきた。

 

「ごほっ……し、失礼」

 

 そう取り繕った八幡に、優里奈がハンカチを差し出してきた。

 

「八幡さん、大丈夫ですか?」

「お、おう、っていうか優里奈、さっきのは一体……」

「さっきの?か、家族愛について話してた時の事ですか?」

 

 優里奈は自分がやきもちをやいていたという自覚があった為、取り繕うようにそう言った。

 

「い、いや、家族愛、家族愛な、そうだよな、うん、大丈夫だ、何でもない」

 

 そんな二人を見て、その女生徒は意味深な顔をして笑ったのだが、

八幡はその事には気が付かなかった。

実は優里奈は学校では、八幡という彼氏がいると、周りには触れ回っているのである。

それが嘘だという事は、仲のいい女生徒達は皆知っているのだったが、

男子は全員その事を知らない。要するに優里奈は、八幡に申し訳ないなと思いつつ、

八幡を安心させる為に、男子生徒が自分に寄ってこないように、対策を講じていたのだった。

 

「それじゃあ優里奈、先に行くね」

「うん、頑張ってね」

 

 そしてその女生徒が、そう言って先に教室に入った。

八幡は保護者らしく、その女生徒の父親に会釈をし、優里奈と一緒に席を二つずれた。

 

「で、優里奈は進学って事でいいんだよな?

成績も問題ないみたいだし、それで話を進めていいよな?」

「はい、お願いします」

「まあ俺が若すぎるせいで色々言われるかもしれないが、

その為の説得材料は色々用意してきたから、優里奈はどんと構えててくれればいいからな」

「ありがとうございます、信頼してますから大丈夫ですよ」

 

 そう言って優里奈は再び八幡の肩に頭を乗せた。

幸い他には生徒の姿は見えず、八幡は優里奈の好きにさせる事にした。

 

「八幡さん」

「おう」

「私、八幡さんのいい娘をやれてますかね?」

「色々世話になりっぱなしで、逆に申し訳ないくらいだな」

「それは私のセリフなんですけど……」

「ん、そうか?じゃあチャラって事で、今後はもっと好きにしたらいい」

「もう十分好きにしてますよ、ほら、今みたいな感じで」

「そうか、まあ優里奈がいいならそれでいいさ」

「はい、そうですね」

 

 そしてしばらくして、先ほどの生徒が父親と共に部屋から出てきた。

優里奈は慌てて座りなおし、その女生徒に軽く手を振った。

その女生徒は優里奈に手を振り返した後、優里奈が部屋に入ったのを確認し、

こっそりと八幡にこう耳打ちした。

 

「二人とも、凄く仲がいいんですね、お兄さん」

「おう、仲良しだぞ」

「あんな幸せそうな優里奈の顔、初めて見ましたよ」

「そうなのか、まあ優里奈は将来的にも必ず俺が幸せにしてやるつもりだけどな」

「ふふっ、優里奈が立ち直ってくれたのはお兄さんのおかげなんですね、

今後とも優里奈の事、お願いしますね」

「任せろ」

 

 八幡はそう言ってその女生徒に親指を立て、優里奈の後を追って教室へと入っていった。

そして優里奈の隣に座った八幡は、担任と話を始めた。

ちなみに優里奈はこっそりとこの光景を録画しているのだが、当然八幡はその事を知らない。

 

「これは……事前に伺ってはいましたが、随分とお若いのですね」

「あ、はい、まだ若輩者でして……」

 

 八幡は、驚いた顔をした担任に、そう愛想笑いを返しつつ、

事前に聞いたというのが誰に何を聞いたのか疑問に思った。

 

「すみません、失礼かと思いますが、今先生が仰られた、伺っていたというのは……」

「おっと、これはすみません、

比企谷さんの事は、相模さんから一応話をお聞きしていたんですよ」

「ああ、自由のおっさ……っと、失礼、相模さんからでしたか、なるほど」

「なので申し訳ないのですが、多少比企谷さんのプライベートに関わる話まで、

踏み込んで聞いてしまっているんですよ」

「ああ、それはお気になさらず。

そもそも私みたいな若輩者がいきなり優里奈の保護者ですと言っても、

普通は通用しないと思いますので、逆に助かりました」

「そう言って頂けると……」

 

 こうして話し合いは、和やかな雰囲気で始まった。

 

「で、事前調査では、一応進学という事で本人からの希望を聞いてますが、

それで宜しいですか?」

「はい、俺としては、優里奈の行きたい大学に行かせてやりたいと思っています」

「櫛稲田さんもそれでいいんだよね?」

「はい、パパが言う通りです!」

 

 その質問を待っていたかのように、優里奈が満面の笑みでそう言い、

二人は思わず噴き出した。

 

「ぶはっ……」

「ぶほっ……」

 

 そして二人は顔を見合わせて苦笑いし、優里奈の方を見た。

優里奈は笑顔を崩さすに、担任に向かってこう言った。

 

「ごめんなさい先生、冗談が過ぎましたね」

「いやいや、むしろ逆に嬉しくて仕方がないよ」

「嬉しい……ですか?」

 

 その反応は予想していなかったのか、優里奈は首を傾げた。

 

「ここだけの話、櫛稲田君は一年の時から、まったく笑わなかっただろう?

それが最近は凄く明るくなって、友達も増えたじゃないか。

これも全てはここにいる比企谷さんのおかげなんだろう?」

「あ、はい、その通りです!」

「それが私にとっては本当に嬉しかったんだよ、

だからこうして笑顔で冗談を言ってくれる櫛稲田君の姿を見られて、

もう何というか感動してしまってね」

「そ、その節は先生にもご心配をおかけしました……」

 

 優里奈は恐縮したようにそう言ったが、担任はそれを制した。

 

「君はそれでも優等生だったし、確かに少し心配はしていたけど、

それはもう終わった話なんだからいいじゃないか。

今日は比企谷さんと一緒に、三人で君の未来の事について話そう」

「はいっ!」

 

 優里奈は明るくそう返事をし、八幡は黙って頭を下げた。

 

「さて、それでは進学という事で、現状を説明させて頂きますね」

「はい、お願いします」

 

 どうやら八幡達の後ろに他の生徒がいなかったのは、

話が長くなると思った担任が気を利かせてくれたかららしい。

保護者としてはビギナーな八幡に、担任は懇切丁寧に色々な事を教えてくれ、

八幡は熱心にメモをとった。そして優里奈は最後に現時点での志望校を言ったのだが、

八幡はそれを聞き、思わずこう叫んだ。

 

「おい、それって俺と同じ所じゃないかよ!」

「そうですよ?二年後には詩乃ちゃんやフェイリスさんと一緒に同級生ですね、パパ」

「あいつらもかよ!」

 

 よく分からないが、それが友達の事だろうと思った担任は、笑顔で八幡に言った。

 

「それはいいですね、とても楽しそうです」

「は、はぁ、こいつには振り回されてばっかりで……」

「もうパパ、こいつ呼ばわりしないで」

「お、おう、すまん……」

「あはははは、今の学力なら問題ないと思うが、油断しないで頑張るんだよ、櫛稲田君」

「はいっ!」

 

 こうして進路相談は無事に終わり、教室の外に出た後、優里奈は表情を改めてこう言った。

 

「学費は就職したら返しますね、それまでは金銭面でお世話になります」

「ん?優里奈はうちの子をやめるつもりなのか?」

「えっ?そんな気はまったくありませんよ?あくまでお金の問題です」

「別にそんな事を心配する必要はないさ、優里奈一人を養うくらいの甲斐性はあるつもりだ」

「で、でも……」

 

 そう困った顔をする優里奈に、八幡はそっと預金通帳を差し出した。

 

「あの、これは……?」

「これは先生を安心させようと思って一応持ってきた俺の通帳だ、

まあ自由のおっさんのおかげで必要なかったけどな」

「これ………えっ、八幡さんってこんなにお金持ちだったんですか?」

 

 そこにはまもなく九桁に届こうという数字が記載されており、優里奈は驚愕した。

 

「メディキュボイドの権利の一部が俺に入ってるからな、

だから優里奈はおかしな事を心配しないで、本当に好きなようにしてくれればいい」

「で、でも、始まりからして私は押しかけた娘ですよ?」

「そんな事は問題じゃない、もう決めた事だ。

もし納得いかないなら、優里奈の苗字を強制的に比企谷にしちまってもいいんだぞ?」

「あ、それは嫌です」

「そ、そうか」

 

 優里奈がそう即答した為、八幡は正直少しへこんだ。だが優里奈は続けてこう言った。

 

「もしそんな事をしたら、八幡さんと結婚出来る可能性が無くなっちゃうじゃないですか、

そんなのは絶対に嫌です」

「いや……まあ……優里奈がそう言うならそれで構わないが……」

 

 八幡は、困った顔でそう言った。

 

「ふふっ、そうやって一生困っていて下さいね」

 

 優里奈はそう言って花のように笑った。その瞬間にあちこちから女生徒が飛び出してきた。

 

「優里奈、頑張れ!」

「初めまして、優里奈の友達で~っす!」

「うわぁ、話には聞いてたけど、本当にお若いんですね!」

「その上お金持ち?優里奈、玉の輿だよ玉の輿!」

「うわぁ、優良物件だね!」

「お金なんか無くても別に構わないもん!」

「おうおう、のろけてますなぁ」

「今後とも優里奈の事、お願いしますね!」

「え………あ………う………」

 

 八幡はいきなりたくさんの女生徒に囲まれ、咄嗟に言葉が出なかったが、

同時に優里奈が学校で、友達にとても愛されているのだと知って、嬉しくなった。

 

「こ、こちらこそ、優里奈と仲良くしてくれてありがとうな」

 

 八幡はそう言ってその女生徒達に頭を下げ、女生徒達は、そんな八幡に拍手喝采した。

 

「もう、みんな、やりすぎだよ!」

「え~?だってさ、どんな男もまったく相手にしない優里奈が、

凄くデレデレした顔をしてたって聞いたからさ」

「そしたらもう見にくるしかないじゃない!」

「もう、恥ずかしいったら!八幡さん、行きましょ!」

「あ、おい優里奈……」

 

 優里奈は赤い顔をしたまま八幡の手を握り、そのままずんずんと歩き始めた。

まだ下校していなかった生徒達が、その光景を見て何事かと思い、その後をついていく。

そして大人数を引き連れたままキットの所に到着した優里奈は、

そこで初めて背後を見てその事に気付き、あんぐりと口を開けた。

 

「な、何これ……」

「何だろうな……」

「えっ、これが比企谷さんの車?」

「何か凄く高そうなんですけど……」

 

 多くの生徒達は、そんな二人を遠巻きに眺めているだけだったが、

クラスメート達は、興味津々でキットに群がった。

 

「おいおい、キットが恥ずかしがるからそのくらいでな」

「キットってこの車の名前ですか?」

「こんにちはキット君、優里奈の事、宜しくね」

 

 それはもちろん冗談として放たれた言葉であったが、

キットは律儀にその言葉に返事をした。

 

『はい、もちろんです』

 

 突然キットがそう喋り、女生徒達は思わず後ろにザザザッと下がった。

 

「え……今の何?」

「車が喋った?」

『喋りましたよ、私はキットです、こんにちは』

「うわ、ちょ、ちょっと、これって夢じゃないよね?」

「これいくらするの!?」

「凄い凄い!」

 

 そのせいでキットの周りにスペースが開き、優里奈は咄嗟にキットにこう言った。

 

「キット、ドアを開けて!」

『分かりました』

 

 そしてキットのドアが綺麗に直立し、その場は驚愕に包まれた。

キットが驚かれるいつものパターンその二、である。

 

「嘘ぉ!」

「あ、ちょっと優里奈、優里奈ってば!」

 

 慌ててキットに駆け寄る女生徒達の前で、そのままキットのドアが閉じられた。

そして優里奈は友達に笑顔で手を振り、キットはゆっくりと走り出した。

女生徒達は慌ててキットの進路を開け、そしてキットはそのまま走り去っていった。

 

「な、何か凄かったね……」

「べ、別に羨ましくなんかないし?」

「明日は朝から色々聞かせてもらわないとね!」

 

 こうして八幡は、優里奈の学校でも有名人となり、

次の日登校してから放課後まで、優里奈は学校中の注目を集めつつ、

一日友達からの質問攻めに遭う事となった。

 

 

 

 その更に後日談である。優里奈は約束通り、録画した映像を明日奈達に見せた。

明日奈達は大爆笑しつつも、思った以上に八幡が保護者している事に感動したものだった。

 

「優里奈ちゃん、幸せになるんだよ」

「違いますよ明日奈さん、一緒に幸せになりましょう!」

「あっ……う、うん、そうだね!一緒に幸せになろうね!」

「はいっ!」

 

 優里奈は八幡や明日奈の横で、これからも微笑み続ける。未来への希望と共に。



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第656話 お嬢様学校、金糸雀学園

 久しぶりにメイクイーンに顔を出した八幡は、

珍しく少し離れた所でキットから下り、今日は徒歩で店を訪れたのだが、

どんな第六感を働かせたのかその八幡を、

フェイリスは店の前で仁王立ちをして待ち構えていた。

 

「……何で俺が来るのが分かった?」

「メイドの勘ニャ!」

「凄えなメイドの勘……」

 

 そして有無を言わさず特別扱いで個室に案内された八幡は、

注文を取りに来たまゆりに挨拶をした。

 

「まゆさん久しぶり、元気だったか?」

「うん、私はいつも元気だよ!」

「そうか、それは良かった」

 

 そう普通に挨拶した八幡から何かを感じたのか、まゆりが少し心配そうに八幡に尋ねた。

 

「あれ、八幡さんはちょっとお疲れぎみ?」

「ん?どうだろう、自分じゃそんな感じはしないけど、

まゆさんがそう感じるならそうなのかもしれないな。

思い当たるとすれば実は昨日、優里奈の保護者として進路相談に同席したから、

そのせいで気疲れしてるってのはあるかもしれない」

「へぇ、そんな事があったんだね」

 

 そして八幡はいつもの通り『メイクイーンコーヒー練乳ラテアート』を注文した。

これは名前はともかく飲み口がマックスコーヒーに似ており、八幡のお気に入りなのである。

 

「ふう……」

 

 注文を終え、八幡はリラックスした表情でそう息を吐いた。

その直後にフェイリスが現れ、注文の品を持ってきた。

どうやら八幡が注文する品を先読みして、事前に準備しておいたらしい。

 

「………なぁ、俺が別の物を注文したらどうするつもりだったんだ?」

「八幡はこれしか頼まないニャ」

「いや、まあそうなんだがもしもの話でな」

「そこはメイドの勘ニャ」

「………凄えなメイドの勘」

 

 そんな会話を交わしながら、八幡はフェイリスの持ってきたトレイの上に、

カップとソーサーが二組ある事に気が付いた。

それを見てまさかとは思ったが、案の定、フェイリスはテーブルに飲み物を二つ置き、

八幡のメイドコーヒーに練乳でハートマークを描いた後、

もう一つのコーヒーに適当に練乳をかけ、さも当然というように八幡の隣に座った。

 

「………何故正面じゃなくそこに座る」

「メイドの勘ニャ」

「お前、そう言っておけばそれで済むとか思ってたりしてないよな?」

「メイドの勘ニャ」

「………はぁ、まあいいけどな」

 

 最近の八幡は、『まあいいけどな』と言う機会が増えてきたようである。

それだけ女性陣の我侭に振り回されているという事なのだろうが、

八幡はその事についてはまったく気にしていない。

そしてフェイリスは、じっと八幡の顔を見た後、突然八幡にこう連呼しだした。

 

「聞いたニャ聞いたニャずるいニャずるいニャ!」

「………何がだよ」

「まゆしいから聞いたニャ!八幡は優里奈ちゃんの保護者役として進路相談に行ったって!」

「俺は優里奈の保護者なんだから当たり前だろう」

「フェイリスにも親がいないのニャ……」

「それは前に教えてもらったよな、気の毒だとは思うが……」

「なのでフェイリスも、八幡に保護者の代理として学校まで来て欲しいのニャ!」

「え、ええ~………まさかとは思ったが、やっぱりそうくるのかよ……」

「駄目なのかニャ?」

 

 そう言ってフェイリスは、うるうると涙を流し始めた。

 

「うおっ、嘘泣きだよな?な?」

「…………」

「ええと…………」

「うぅ………」

「ほ、本当に泣いてるみたいな……?」

「ぐすっ……」

 

 いつまでもフェイリスが泣き止まない為、

八幡は仕方なくその役を引き受けようとしたのだが、

丁度その時、部屋に乱入してくる者がいた。

 

「ちょっと待ったぁ!」

「ダル?」

「ダルニャン?」

「その話、僕が引き受けるお!ここはどう考えても老け顔の僕の出番!

合法的にフェイリスたんにパパと呼ばれるこのチャンス、逃す訳にはいかないんだお!」

「え~……………やだ」

 

 フェイリスは、語尾に『ニャ』を付ける事も忘れ、本当に嫌そうにそう言った。

 

「な、何故なのだぜ!?」

「やっ」

 

 フェイリスは、とにかく嫌だというようにそう言って、

頬を膨らませながらプイッと横を向いた。

 

「フェ、フェイリスたん……かわいいんだけど、そこを何とか!」

「とにかくダルニャンは、やっ」

「くっ……くそおおおおお!」

 

 そしてダルは、泣きながら部屋を出ていった。

同時に部屋の入り口からキョーマが顔を出し、

スマンというゼスチャーをして、部屋のドアを閉じた。

 

「別にダルでも良かったんじゃないか?あいつ、お父さんぽいし」

「八幡はそんなにフェイリスの保護者をやるのが嫌なのニャ?」

 

 そう言ってフェイリスは再び涙を流し始め、

慌てた八幡は、仕方なくその頼みを引き受ける事にした。

 

「わ、分かった分かった、行ってやる、行ってやるから泣き止んでくれ、な?」

「言質をとったニャ~~~~~!」

 

 その瞬間にフェイリスは、天に拳を突き上げた。

 

「あっ、てめっ、やっぱり嘘泣きかよ!やり方が汚ねえ!」

「涙は本物ニャよ?ただフェイリスは、自由自在に涙を流せるだけなのニャ」

「くそ、やっぱりやめだやめ、俺は行かないからな!」

「一度口に出した言葉を反故にするのニャ?」

「俺は今、何か言ったか?言ったという証拠を出せ」

「出すのニャ」

 

 そしてフェイリスは、スマホを取り出してその画面をタップした。

 

『わ、分かった分かった、行ってやる、行ってやるから泣き止んでくれ、な?』

「…………くっ、用意周到な」

 

 八幡は録音で先ほど自分が言ったセリフを聞かされ、それであっさりと降参した。

 

「分かった分かった、で、俺はどこに行けばいいんだ?」

「私立金糸雀学園ニャ」

「お嬢様学校じゃねえか……まあいいや、いつの何時だ?」

「明日の午後四時に来て欲しいのニャ」

「明日!?」

「無理かニャ?」

「いや、まあ間に合うと思うが……」

「それじゃあそれでお願いしますのニャ」

「分かった分かった、お願いされますのニャ」

「真似すんなニャ」

「俺は三毛猫、お前はチェシャ猫だニャ」

「言いたい事は分からなくもないけど、よく考えると意味不明ニャ……」

「とりあえず分かったからそろそろゆっくりさせてくれ」

「了解ニャ、それじゃあごゆっくりニャ~!」

 

 フェイリスはそう言って仕事に戻り、八幡は目の前に置かれたコーヒーをズズッと啜った。

 

「………うん、美味い」

 

 

 

 次の日の夕方、ホームルームが終わった瞬間に、八幡は腰にタオルを巻き、

いきなりその場で着替え始めた。

 

「は、八幡君、一体どうしたの?」

「おっ、公開ストリップか?露出趣味にでも目覚めたか?」

「これからフェイリスの学校に急いで行かないといけないんだよ……

だからちょっとスーツに着替えないといけなくてな」

「えっ、何で?」

「いやな、フェイリスも優里奈と一緒で両親がいないだろ?

で、進路相談の保護者役をしてくれと、押し切られちまってな……」

「おお、八幡えらい!」

「そっか、言われてみれば確かにそうだよね……」

「それを言ったら詩乃も同じような境遇じゃない?」

「おい里香やめろ、フラグを立てんな!

とりあえずそういう事だから、これから私立金糸雀学園まで行ってくるわ」

「うわ、お嬢様学校じゃないですか!」

「頑張れよ~!」

「パパ、頑張って!」

「明日奈、帰ったらお仕置きな」

「じょ、冗談だってば!」

 

 八幡はそのままキットに乗り込み、私立金糸雀学園へと向かった。

そしてキットに自分で駐車場に入ってくれと頼んだ八幡は、

近くに立っていた女生徒に、保護者用の入り口はどこか尋ねた。

 

「すみません、あの、進路相談の付き添いで保護者として来たんですが、

来賓入り口はどこなのか教えて頂いても宜しいですか?」

「間に合ったみたいだね、それじゃあ行こっか、八幡君」

 

 そう言ってその女生徒は、八幡の腕に自分の腕を回した。

 

「え?」

「え?」

 

 驚いてその女生徒の顔をよく見ると、果たしてそれはフェイリスであった。

 

「あ、あれ?フェイリスだったのか?猫耳が無いから気付かなかったわ……」

「ええっ?私を私だと判断してるポイントってそこなの?」

「いや、まああれだ、とりあえず行くか」

「誤魔化された!?」

 

 そしてフェイリスは、歩きながら八幡に言った。

 

「さっきの質問の答えは、ノーかな」

「質問?何か聞いたっけか?」

「フェイリスだったのか?って」

「え、まさか別人ですか!?」

 

 八幡は思わず敬語でそう言った。

 

「う~ん、別人じゃないけど、今の私は秋葉留未穂だよ」

「違いが分からん………あ、語尾にニャがついてない!」

「うん、まあそんな感じ。それじゃあ時間もないし、早速行こっか」

「あ、ああ……」

 

 そして二人は並んで歩き始めた。フェイリスはまだ八幡の腕を抱いたままであり、

八幡は場所柄も考慮して、留未穂に腕を離してくれと頼んだ。

 

「嫌よ」

「嫌よってお前さ、ここは学校だぞ?」

「別にいいじゃない、秋葉留未穂として会うのは初めてなんだし」

「理由になってるようでなってない気がするが……」

 

 八幡がそう言うと、留未穂は絶対に離さないという意思を込めて腕に力を入れた。

 

「分かった分かった、もうこれでいいからちょっと力を抜いてくれ、歩きにくい」

「逃げないでよ?」

「ここまで来て逃げるかよ、今の俺はお前の保護者だからな」

「保護者………ふふっ、今日は宜しくね、パパ」

「パパって言うな」

「優里奈ちゃんから聞いたんだもん」

「くっ………」

 

 そして教室に向かう途中で、二人は何度も女生徒に話しかけられた。

 

「あら留未穂さん………?あ、あの、そちらの殿方は?」

「私の保護者です」

「あら、そうなのですね!素敵な方ですわね!」

「私の自慢ですから」

 

 基本はこれの繰り返しである。

 

「しかしフェ……」

「留未穂」

「留未穂、お前、本当にお嬢様だったんだな……」

「八幡君は知ってたよね?」

「確かにそうだが実感したのは今日が初めてだな、というか、

語尾が普通なだけじゃなく、俺の事、八幡君って呼ぶのな」

「だって呼び捨てなんて無理だし」

「いつも呼び捨てじゃねえか」

「とにかく無理なの!」

 

 そうこうしてる間に二人は目的の教室に着いた。

 

「さて、それじゃあ保護者をやるとするか」

「宜しくね!」

 

 こうして進路相談が開始された。

 

 

 

「絶対お前も俺が行く予定の大学の名前を出すと思ってたよ」

「優里奈ちゃんから聞いてたよね?」

「まあな、それにしてもあの先生、絶対俺の事を保護者だって認めてなかったよな」

「そうだね、八幡君が名刺を出した後も、渋々って感じだったね」

「こうなったら次の相談の時も俺が来る事にするか、

次も同じ態度をとるかどうか興味が沸いてきたわ」

「あ、あの、それじゃあ………」

 

 そう言いながらも、留未穂はしばらく無言でいた。

どうやら何か言いたい事があるようだが、口には出しにくいようだ。

八幡はそんな留未穂の頭に手をやり、留未穂は驚いて八幡の顔を見た。

八幡は、その留未穂の目を真っ直ぐに見つめ返しながらこう言った。

 

「ちゃんと聞くから言ってみろって」

「うん、ねえ、今私の保護者って、親戚のおじさんなんだけど、凄く強欲で嫌な奴なの。

だから、だからもし八幡さえ良かったら……」

「正式な保護者になってくれってか?」

「う、うん……」

 

 八幡はその頼みに対し、少し考えた後でこう言った。

 

「留未穂は今十七歳だよな、あと三年か、それくらいなら付き合ってやるか」

「いいの?」

「ああ、別にいいぞ」

「あ、ありがとう!」

 

 留未穂は泣きそうな顔で、八幡にそうお礼を言った。

 

「また嘘泣きか?」

「もう、そんな訳ないじゃない」

「お前には前科があるからな」

「うぅ……八幡の意地悪!」

「ははっ、それじゃあ帰るとするか」

「うん!」

 

 そして玄関から外に出た二人の前に、予想もしなかった人物が姿を現した。

 

「待ってたわ、八幡!」

「し、詩乃?お前、何でこんな所にいるんだ!?」

「あれ、詩乃?一体どうしたの?」

「たまたま明日奈に電話をしたら、進路相談の話が出て、

八幡が今日ここにいるって聞いたから、わざわざ出向いて来たのよ!」

「何だよその行動力、っていうか電話しろよ……」

「したわよ!スマホの電源、切ってるでしょ!」

「あ………」

 

 八幡は進路相談に当たってスマホの電源を落としていたのを思い出した。

 

「悪い、そういえばそうだった」

「お詫びをしなさい」

「いきなりそうくるか……何となく話が読めたが、どうすればいいんだ?」

「明日、うちの学校に、私の保護者として来なさい!」

「やっぱりそうなるのか……くそっ、フラグを立てた里香のせいだな」

「八幡君、ファイト!」

 

 こうして八幡は、三日連続で保護者として、進路相談に参加する事となったのだった。



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第657話 そして再び詩乃の学校へ

「はぁ……憂鬱だ………」

 

 八幡は詩乃の学校の近くで、キットのハンドルに突っ伏していた。

 

「他の学校はともかく、ここの生徒にはほぼ全員に顔を知られちまってるしなぁ………」

 

 だがいつまでもここでこうしている訳にもいかない。詩乃との約束があるからだ。

 

「まあ約束だし、腹をくくるか」

 

 八幡はそう覚悟を決め、キットに校門に向かうように伝えようとしたのだが、

丁度その時詩乃から連絡が入った。

 

「中止か?中止だな?やれやれ近くまで来たのにそれは残念だ、それじゃあまたな、詩乃」

「はぁ?何あんた、幻覚でも見てるの?とりあえず今すぐキットから下りて頂戴。

その後は迎えがいるはずだから、一人で裏門まで来て。キットはそのまま正門ね」

「何故そんな面倒臭い事を……」

「し、仕方ないじゃない、正門前に、全校生徒が集まっちゃってるんだから!」

「そうか、それなら仕方ないな……って、全校だと!?

お前まさか、今日俺がそっちに行くって吹聴して回ったんじゃないだろうな?」

「違うの、言い訳をさせて頂戴」

「言い訳?お前が言い訳だなんて珍しいな、いつもは何でも強気で押し通すのに」

「そんな事してないわよ!」

「何よ、何か文句でもあるの?」

「っ……」

 

 その心当たりのありすぎる八幡の言葉に、詩乃は思わず言葉に詰まった。

確かに自分はその言葉を多用しているかもしれないと思い当たったのである。

 

「わ、私の真似のつもり?全っ然似てない」

「何よ、何か文句でもあるの?」

「…………」

「何よ、何か………」

「分かった、分かったから、時間が無いからとにかく言い訳だけさせて」

「素直に負けを認めたようだな、よし、聞こう」

「くっ、生意気な……」

 

 それから詩乃が語った言い訳とはこうだった。

実は詩乃は、母親が療養中で、祖父母が遠くにいるという事で、

当初は進路相談の三者面談は行われない予定になっていた。

だが昨日の放課後に担任に相談したところ、無事オーケーをもらえ、

大体これくらいの時間にという事で、八幡に来てもらうように言われたらしい。

大体これくらい、というのは面談時間の調整にやや時間が必要だったからなのだが、

今日の午後にやっとその調整が終わり、帰りのホームルームの時に、

正確な時間が、他のクラスメートの前で担任の口から詩乃に伝えられたらしい。

皮肉な事にクラスメート達は、過去の詩乃に関する噂話のせいで、

ある程度詩乃の家庭環境を把握していた為、一体誰が来るのかと教室がざわめき、

それを鎮めるために、悪気は無かったのだろうが、担任がこう言ったらしい。

『比企谷さんに迷惑をかける事は許しませんからね』と。

 

「その話がまたたく間に広がっちゃって………ごめん」

「その説明だとお前、俺に可否を確認する前に先生に相談してるよな?」

「という訳で、本当にごめん」

「俺の質問はスルーかよ!とりあえずABCはどうした?」

「火消しに走ってる」

「なるほど、まあそういう事なら仕方ない、裏門に向かうわ」

「ごめんね、お願い」

 

 そして詩乃自身はそのまま正門へと向かった。カモフラージュの為である。

その代わりに裏門で八幡を待っていたのは、

かつて詩乃をいじめていた主犯である遠藤貴子であった。

 

「お?遠藤?遠藤じゃないか、久しぶりだな」

「う、うん、久しぶり」

「その後どうだ?詩乃達と仲良くやってるか?」

「うん、そ、その……ありがとう」

 

 八幡が貴子にプレッシャーをかけ、詩乃へのちょっかいを禁じた後、

貴子はしばらく微妙な立場に立たされていた。

直接的に何かされていた訳ではないが、その存在は明らかに煙たがられていた。

その貴子に手を差し伸べたのもまた、八幡であった。

貴子がお礼を言ったのは、そういう経緯があったからであった。

 

「質問の答えになってない気がするんだが」

「ご、ごめん、うん、大丈夫、仲良くしてもらってるよ」

 

(仲良くしてるよじゃなく、仲良くしてもらってるよ、ときたか)

 

 そのあまりにも素直な貴子の態度を見て、八幡は貴子を少しからかってみたくなった。

 

「そういえばお前と詩乃が決裂したのは、

お前が詩乃の部屋に男共を連れ込んだせいだったよな、そいつらはどうなった?」

「あんた、的確に人の傷をえぐってくるよね」

「悪い悪い、お前がからかって欲しそうな表情をしてたから、つい、な」

「そ、そんな表情してないってば!………あいつらはあの直後から、

手の平を返したように私に冷たくなったから、こっちから縁を切ってやったよ」

「そうか、男を見る目が無かったな」

「それは自分でもそう思う。その後に私が詩乃達と普通に話せるようになったせいで、

逆にあいつらは私だけじゃなく詩乃にも近寄れなくなって、

今じゃ針のむしろなんじゃないかな?」

「そうかそうか、リア充の転落話を聞くのは気分がいいな」

 

 その言葉に貴子は目を見張った後、ふっと自嘲ぎみな表情を浮かべながら言った。

 

「やっぱりあんたって、実は性格悪いよね」

「おう、俺は性格が悪いぞ、お前ならよく分かるだろ?」

「でも優しい」

「はぁ?ど…………」

 

 八幡はその言葉に何か反論しようとしたのがが、

貴子はそれを遮るように、八幡の手を引いて走り出した。

 

「ほら、早く面談の教室に逃げ込まないと、大騒ぎになっちゃうよ、こっちこっち」

「お、おう、確かにそれは困るな」

 

 そして八幡は手を引かれるままに、黙って貴子の後をついていった。

 

 

 

「おっ、王子の車だ!」

「久しぶりの姫と王子、きたああああ!」

「この前は、とんでもない美人の姫が二人来て、それはそれで目の保養だったんだが……」

「やっぱり王子が一番だよな!」

 

 そして生徒達が見守る中、詩乃がキットに近付いていった。

 

「キット、ドアを開けてもらっていい?」

『はい、分かりました』

 

 そしてキットのドアが垂直に立ち、生徒達は、おおっと声を上げた。

だがその車内に八幡の姿は無く、生徒達は、ん?という雰囲気に包まれた。

 

「あ、あれ?」

「王子はどこだ?」

 

 だが詩乃はそのままキットの助手席に自分の荷物を置き、

そのままキットに手を振りながら去っていった。

一方キットは自走して駐車場へと向かい、生徒達は何となくその後をついていった。

そして駐車場に器用に停止したキットに、一人の生徒が勇気を出して話しかけた。

 

「あ、あの、キットさん」

『はい、何か御用ですか?』

「えっと、今日は王子……八幡さんはいないんですか?」

『八幡なら、皆さんもご存知の通り、今まさに三者面談の真っ最中だと思いますよ』

「今まさに………?あれ、そういえば姫はどこだ!?」

「出し抜かれた!」

 

 こうして生徒達は、詩乃にまんまとやられた事を悟った。

生徒達はいつも面接が行われている教室へと向かったが、

そこは既に教師達によって封鎖されていた。

 

「お前ら、ここはしばらく通行止めだ、他を当たれ……じゃない、今日はもう諦めろ」

 

 その言い直し方から、どうやらその教師は、

一度そのセリフを言ってみたかったのだろうと思われた。

 

「は~い、解散解散!」

「詩乃っち達に迷惑をかけちゃ駄目だよ~?」

「キットにもね!」

 

 そこでABCがその場に顔を出し、生徒達を散らせた。

 

「くっ、そう言われたら仕方ないか」

「久しぶりに王子の顔を見たかったのに、残念ね」

「まあ仕方ない、今日はもう帰ろうぜ」

 

 生徒達はそう言って、それぞれ下校していった。

無理を押し通そうという者はおらず、そこから校内がいい雰囲気に包まれており、

秩序もしっかりと保たれている様子が伺えた。そこに八幡の功績がある事も間違いない。

映子と美衣と椎奈も、八幡に命じられた自己の役割を何とか達成する事が出来たと安堵した。

 

 

 

「………外が静かになりましたね」

「お騒がせしてしまって本当にすみません、先生」

「いえいえ、あなたのせいではありませんし、元はと言えば私のミスですから」

 

 詩乃の担任は、申し訳なさそうな顔で八幡にそう言った。

 

「それにしても凄い人気ですよね」

「はぁ、正直まったく理由が分からないんですけどね」

「生徒達も、あなたのおかげで学校が過ごしやすくなったと感じているのでしょうね」

 

 担任は、柔らかい笑顔でそう言った。

 

「何かすみません、どうも俺は時々やりすぎてしまうみたいで」

「確かにそうかもしれませんが、結果この学校が良くなったんだし、

私共としましては、感謝の気持ちしかありませんよ」

「そう言って頂けると」

 

 八幡はそう言って、軽く頭を下げた。

 

「まあそういう話はそれくらいにして、私の将来の話をしましょう」

「そうだな、それじゃあ先生、うちの娘はちゃんと勉強してますか?

何か学校で問題を起こしたりはしてませんか?」

 

 その言葉に担任は噴き出し、詩乃は八幡をじろっと睨んだ。

だが詩乃は、おちょくられたままでいるような女ではない。

 

「もちろんよパパ、私はこれでも成績はいいのよ、ね?先生」

「お前もかよ、パパって言うなっつ~の」

「最初に娘とか言い出したのはあんたでしょ!」

 

 そのやり取りを聞き、担任は思わず噴き出した。

 

「ぷっ………こ、これは失礼、ええそうね、朝田さんは常に成績は上位ですし、

真面目で模範的な生徒だと認識しております」

「それじゃあもっと上のランクの大学も狙えるって事ですよね、

将来の為にはそれが一番ですよね?何、金の事は心配するな、俺が無利子で貸してやるから」

「ぐっ……」

 

 八幡がやられっぱなしになるはずもなく、詩乃が示した志望校、

これは当然八幡と同じ大学なのだが、それより上を目指すように薦めてきた。

 

「そうですね、それも可能だと思いますよ」

「せ、先生!」

 

 詩乃は旗色が悪くなってきたのを感じ、すがるような視線を担任に向けた。

 

「でもやはり、本人の希望を実現する事が一番でしょうし、

例えランクが上の大学でも、そこが必ずしも本人が学びたい事を教えてくれるかというと、

そうでもないのが現状です」

「そ、そうよそうよ!」

「ふむ、とりあえず詩乃は、大学で何を学びたいんだ?」

「えっと………」

 

 この質問を詩乃は一番恐れていた。これはという明確な目的が、詩乃にはまだ無いからだ。

詩乃が余計な事を言わなければ、

優里奈とフェイリスの時にはその話を持ち出さなかった八幡だ、

この場でも何も言わなかっただろうが、これは詩乃の自業自得である。

 

「どうした詩乃、早く答えろ」

「う、うるさい、今考えてるから待ってなさい!」

「今考えてる?それじゃあ上のランクの大学でもいいんじゃないのか?」

「うぅ………」

 

 担任はそんな二人を見てクスクス笑った。

 

「まあ比企谷さん、それくらいで」

「そうですね、おい詩乃、大学はお前が行きたい所に行けばいい、

そこでじっくりと自分の将来について考えるんだぞ。

学費は本当に俺が無利子で貸してやるから心配するな」

「将来についてはまあ決めてるんだけど、その後がまだ分からないのよ」

「ほう?どうするつもりだ?」

「ソレイユ奨学金に申し込むつもりよ。でもまだソレイユに入った後、

自分が何を成すべきか、自分に何が向いているのかが分からないの」

「それなのに志望校はもう決めているのか?」

「ご、ごめんなさい」

 

 詩乃もさすがに気まずいと思ったのか、ここは素直に謝った。

だが八幡は、ここで寛容な態度をみせた。

 

「まあ俺もお前と同じくらいの頃は、将来についてなんてまったく考えてなかったからな、

願書を出すまでにしっかり考えてみるといい」

「………それでいいの?」

「ああ、お前の人生だ、俺は助けられる部分で少しだけ手を差し伸べるだけだ」

 

 詩乃はそう言われ、少し涙目になりながら、八幡にお礼を言った。

 

「あ、ありがとう、パパ」

「そこでパパと言うな!いいシーンが台無しだろうが!」

「ふふっ、仲がいいみたいで羨ましいです」

 

 これで面談は終わり、詩乃は進学希望という事で纏まり、

口には出さなかったが詩乃が密かに心配していた学費の問題も、一応解決という事になった。

 

「まあ経緯はともかく、四人で一緒の大学に通えたら楽しそうよね」

「明日奈も同じ大学の予定だし、もっと人数は増えると思うけどな」

「新しいサークルでも作っちゃう?VRゲーム研究部みたいな」

「そうだな、まあそれも楽しいかもな」

 

 二人は未来の自分を想像し、そこに思いを馳せた。

 

「まあとりあえず、受験に合格しないとな」

「ちゃんと勉強しなさいよね」

「お前もな」

 

 こうして八幡は、やっと三日間のパパ生活から解放される事になったのだった。




学校へ行こうシリーズはここまでです!


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第658話 遺品

今回のエピソードは二話構成でお送りします!


「ねぇ八幡君、ちょっとだけ時間をもらってもいいかしら」

「あ、はい、大丈夫ですよ」

 

 その日の夜、自宅でのんびりしていた八幡に、経子から連絡が入った。

 

「実は藍子ちゃんと木綿季ちゃんのご両親の遺品が、二人の元の自宅から見付かったのよ、

今その家に住んでる方から不動産屋に連絡があって、それがうちに回ってきたの」

「ほうほう、遺品ですか、どんな物ですか?」

「二人のお母様が、おそらくずっと身に付けていたロザリオよ」

「ロザリオ……十字架ですか、おそらくっていうのは?」

「二人のお母様の写真、その全てにその十字架が写っていたのよね」

「なるほど」

 

 そして八幡は、それが一つしか無いだろう事に気が付き、経子にこう言った。

 

「それじゃあ二人が二人ともそれを身につけるって訳にはいきませんね」

「そうね、まあとりあえず実物をどうするかは二人に任せるつもりなのだけれど、

ほら、今二人はVR空間の中の家で暮らしてるじゃない、

で、せめてそこでは二人が同じ物を身につけられないかって、アルゴさんに相談してみたの。

そしたら問題ないって言われて、それであくまでデータとしてだけど、

実物と寸分変わらない物を二つ作ってもらったのね」

「ほうほう、それはいい事を思いつきましたね」

「ちなみにALOになら持ち込めるらしいの。おしゃれ装備の需要が高まってるから、

それ系の装備品を合成と店売りで、最近大幅に増やしたらしいじゃない?

で、その流れで、アルゴさんがそのロザリオを、特例として持ち込める事にしてくれたの」

「あの二人の最終目標はALOみたいですから、それは良かったですね」

 

 八幡は二人の気持ちを考え、うんうんと頷いた。

 

「でも問題が一つあって、実はまだ二人に、この事に関する許可をもらってないの」

「ああ、そういう事ですか、確かに二人がそれを望むかどうかは何ともですしね」

「なので八幡君に、その二つのロザリオを託したいなって」

「なるほど分かりました、それじゃああの二人にその事を伝えてみますね」

「ごめんなさい、面倒な事を頼んでしまって」

「いえいえ、自分で言うのもなんですが、そういうのは俺が適任だと思うので問題ないです」

「ありがとう、それじゃあ今度時間のある時に、ここまで来てもらってもいいかしら」

「はい、分かりました」

 

 

 

 そして早速次の日、八幡は眠りの森へと向かった。

 

「八幡君、今日は本当にありがとうね」

「いえいえ、気にしないで下さい」

「八幡君、久しぶり!」

「あっ、はい、めぐりさ………」

「めぐりん」

「………めぐりん、久しぶり」

 

 うっかりめぐりさんと呼びそうになった八幡は、

めぐりに言葉をかぶせられ、慌ててそう言いなおした。

八幡からの名前の呼ばれ方に対しての、めぐりのこだわりはかなりのものである。

 

「本当に久しぶりだね!」

「めぐりんはまだアメリカだと思ってました」

「うん、またすぐにあっちに行くつもりなんだけど、

ちょっと藍子ちゃんと木綿季ちゃんの臨床データとか、

他にも色々な物が必要になったから、一度戻ってくる事にしたんだ」

「そうでしたか、すみません、あの二人の事、宜しくお願いします」

「うん、宗盛さんにも協力してもらってるし、私も頑張るよ!」

「ありがとうございます」

 

 そしてめぐりは渡米の準備があるからと去っていった。

その後姿は軽快であり、八幡から何かしらのエネルギーをもらったように見えた。

 

「実はめぐりさん、この後すぐに空港に向かう予定なのよ」

「そうだったんですか、それはナイスなタイミングでしたね」

「彼女、足取りが軽くなったわね、元気になったみたいな」

「俺なんかの顔を見て元気になってくれるなら、まあ良かったです」

「でも八幡君、私が思うに、ここは、

『会えて嬉しいです』ってちゃんと伝えるべきところじゃないかしら」

 

 経子にそう駄目出しされた八幡は、ぽりぽりと頭をかきながら、

今まさに角を曲がって見えなくなりそうなめぐりに向かって叫んだ。

 

「めぐりん!」

「えっ?……八幡君、なぁに~?」

「今日会えて、とても嬉しかったです!」

「………わ、私も凄く嬉しかった!ありがとう八幡君!」

 

 めぐりは一瞬言葉に詰まったように見えたが、

直後に満面の笑顔でそう言いながらブンブンとこちらに手を振り、そのまま去っていった。

 

「よろしい」

「アドバイスありがとうございます、まだまだ未熟者でして」

「ふふっ、頑張ってね、次期社長」

「はい」

 

 そして経子は、綺麗な布に包まれた古びたロザリオを、大切そうに取り出した。

 

「これがそのロザリオよ」

「なるほど、これはどうするつもりなんですか?」

「私なりに考えた結果、八幡君に任せようかなって思ったんだけど」

「俺がですか?う~ん、そうですね、それじゃあ銀行の貸金庫にでも入れておこうかな」

「なるほど、それじゃあお願いしてもいいかしら」

「はい、任されました」

 

 そして次に経子は、八幡にPCの画面を見せてきた。

そこには手元にあるロザリオと、まったく同じデザインのロザリオが描かれており、

ただその名前の欄だけが空白とされていた。

 

「これは?」

「アルゴさんが言うには、これの名前を八幡君に付けて欲しいらしいの。

ここに名前を入力してもらって、その上でここをクリックすれば、

それでそのままゲーム内アイテムとして実装されるそうよ」

「名前ですか………俺、そういうのを付けるのが苦手なんですよね」

「私もよ、まあ後で変更も出来るらしいから、気楽にやってくれと言っていたわ」

「気楽にですか………」

 

 そして八幡は腕組みをして、うんうんうなり始めた。

色々と中二病なワードが頭の中をぐるぐる回ったが、どれもしっくりこない。

 

「迷ってるみたいね」

「う~ん、色々あいつらの気に入りそうな、中二っぽいワードを考えたんですが、

どうもしっくりこないんですよね」

「それじゃあもっとシンプルに考えてみたらどうかしら?

名は体を現すというし、二人がどうやっても文句を付けられないような、そんな名前を」

「シンプルですか、そうですね、捻りすぎるのも良くないですよね」

 

 そして八幡は、ロザリオの出自を思い出し、思わずこう口に出した。

 

「マザーズ・ロザリオ………」

「あら、それ、いいじゃない」

「はい、シンプルかつ語感もいいですし、何よりどんな品なのか分かりやすいかなって」

「いいと思うわ、私は大賛成」

「じゃあそれにしましょう」

 

 そして八幡は、マザーズ・ロザリオと名前を入力し、

ついでにアイテムの説明文に何か記入した後、実装のボタンを押した。

 

「これで良しっと」

「アルゴさんが言うには、これで二人の家のポストに、現物が自動で届くらしいわ」

「そうなんですか、それじゃああいつらに知らせに行ってきます。

ってあいつら、もしかして今やってるゲームの攻略とかに出かけてるかな」

「確認してみるわね、ちょっと待ってて」

 

 そして経子は、二人の家に直通している連絡ボタンを押した。

これは普通の家のインターホンに当たる物である。

 

「は~い」

 

 直後にスピーカーからユウキの声がした。少なくともユウキは家にいるようだ。

 

「あ、経子だけど、今ちょっといい?」

「経子さん?今モニターのスイッチを入れるね、男の職員さんとかはそこにいない?」

「ええ、男の『職員』はいないわよ」

 

 経子はチラッと八幡の方を見ながらそう言った。

その態度に不穏なものを感じた八幡は、慌ててマイクに呼びかけようとしたのだが、

それは僅かに遅かった。その直後にモニターのスイッチが入り、

VR空間の二人の様子が映し出されたのだ。

ユウキは思いっきり下着姿であり、背後のベッドでだらだらしているランに至っては、

何も服を着ていなかった。それを見た八幡は、慌ててモニターから目を背けた。

 

「あらあら、今日もラフな格好ね、二人とも」

「うん、まあ今日は休みだし、ここには八幡以外は誰も来ないしねって、あれ、八幡?」

「ごめんなさい、男の職員はいないけど、八幡君はいるのよね」

 

 経子はこの期に及んでしれっとそう言い、八幡はやられたと思い、手で顔を覆った。

 

「それは全然問題ないから今後も言わなくても平気!八幡、来てくれたんだ?」

「あら、八幡が来てるの?」

 

 そのユウキの言葉を聞きつけたのか、ランもモニター前にやってきたようだ。

ようだというのは、八幡がモニターから目を背けている為、状況が確認出来ないからである。

 

「お、おう、遊びに来てやったから、二人ともとりあえず服を着ろ」

「嫌よ、休みの日くらいは全裸でのんびりしたいわ」

「それでも構わないが、そうしたら俺は絶対にそっちに行かないからな」

 

 その八幡の言葉に、ユウキは焦ったようにこう言った。

 

「え~?それはやだな、ラン、諦めて服を着ようよ~?」

「仕方ないわね、ここは引いてあげるとしましょうか」

「ああ、そうしてくれ」

「でも八幡、これだけは覚えていて頂戴?」

「な、何だ?」

 

 ランが改まった口調でそう言った為、八幡は何だろうと思い、そう聞き返した。

 

「現実の私達の体は、今は若干やせすぎな状態になっているの」

「お、おう、それはまあそうだろうな」

「でもここでの姿は、一定以上は痩せないように設定されているの。

これはアルゴさんが言うには、この体型を今のうちに体で覚えておいて、

社会復帰の時に、この状態まで体重を戻すようにって配慮からそうなっているらしいわ」

「ほう?アルゴの奴、中々味な真似をしやがるな、

だがその事を今俺に伝える理由がまったく分からん」

「ふふっ、でもそれには一つ例外があるのよ」

「ほう?何だ?」

「それはバストサイズよ!」

 

 その言葉に八幡は目が点になった。

 

「よく意味が分からないが」

「胸に関しては、私達の成長度合いを加味して、

復帰後にどうなるかを綿密に計算した上で、そのサイズになるように調整されているの。

これもさっきと同じ理由によるものよ、私達が社会復帰後に戸惑わないようにね!」

「ええと………つまり何が言いたいんだ?」

「実は先日の検査の結果、私はバストサイズが三センチ増えたわ!」

「元が小さいから恥ずかしいけど、実はボクも二センチ増えたよ!」

 

 八幡からは見えないが、二人はこれ以上無いというドヤ顔で八幡を見ていた。

八幡は何と答えようか迷ったが、ここはシンプルにいく事にした。

 

「お、おめでとう?」

「「ありがとう!」」

 

 二人は元気よくそう答え、続けてこう言った。

 

「そしてそのデータはもうこちらに反映済よ、つまり今の私はランディー!」

「ボクはユウビー!」

「そ、そうか」

 

 八幡はそのノリに付いて行けず、そう頷くに留めた。

 

「という訳で、仕方なく着替えておくけどちゃんと違いをその目で確認してね」

「待ってるね!」

 

 そして二人は一方的にモニターを切った。

その気配を察した八幡は、横目でちらりとモニターが消えている事を確認し、

ちゃんと消えている事を確認して向き直り、困った顔で経子に言った。

 

「あのノリの良さは一体何ですかね?」

「ふふっ、VR空間でもちゃんと自分達の体が成長している事が実感出来て、

それが嬉しかったんだと思うわ」

「ああ、そういう事ですか、なるほど」

 

 八幡は今の二人にポカンとしたせいか、まだ頭が上手く働いておらず、

自分の存在を二人に最初に伝えてくれなかった事を、経子に抗議するのを忘れていた。

その為に後日、また同じような光景が繰り返される事になるのだが、

まあそれは眠りの森の風物詩のようなものであろう、要するにいつもの事、である。

八幡はそのまま二人の家にログインし、少し警戒しながら二人の家のドアをノックした。

 

「は~い!あれっ、八幡、何で横を向いてるの?」

「分かるだろ、お前らには前科がありまくるからだよ!」

「大丈夫だって、ほら、ボクもランもちゃんと服を着てるよ?」

「本当か?」

 

 八幡はそう言って、チラッと横目で二人の方を見た。

一瞬ではあったが、確かに肌色の部分は見えなかった為、八幡は安心して二人の方を向いた。

 

「ふう、いつもその調子で頼むわ」

「え~?」

「私達の貧相な体には興味がないとでも言いたいの?」

「そんな事は一言も言ってない、単に慎みの問題だ」

「あら、私達に慎みが無いと?」

「ボク達、八幡以外に肌を見せたりなんかしないよ!」

「それはそれで問題があると思うが、まあいい、今日は二人に聞きたい事があってな」

「聞きたい事?バストサイズ……は知っているはずだし、指のサイズとかかしら?」

「えっ、ボク達の薬指に指輪をはめてくれるの?」

「ランはとりあえず黙ろうな、聞きたい事ってのはこれの事だ」

 

 八幡はそう言いながら、密かにポストから回収しておいたロザリオを二人に差し出した。

 

「あら、それは?」

「ロザリオ?」

「おう、これに見覚えはないか?」

「そう言われると確かに………」

「どこかで見た事があるよね」

 

 二人はそのままうんうん唸りだし、やがてランがハッとした顔でこう言った。

 

「もしかしてそれ、お母さんが付けていたロザリオ?」

「あっ、本当だ!でもあれって一つしか無かったはずだよね?」

「ユウ、ここはVR空間なのよ、なので同じ物を作り出すのは簡単なのよ?」

「ほう、やっぱりランは頭がいいな、その通りだ、

お前達が昔住んでた家からこれが発見されてな、先日眠りの森に届いたって訳だ。

で、それをアイテム化し、複製したのがこれだ、

ちなみに現物は、俺が責任をもって銀行の貸金庫に預けるつもりだ」

「へぇ~」

「そういう事、で、聞きたい事ってのは何かしら?」

「ああ、これをお前らの許可なく作っちまったからな、

もしこれを身に付けたいならプレゼントするし、

いらないならアイテムごと消去しようと思ってな。

ちなみにこれ、ALOになら持ち込めるらしいぞ」

「えっ、そうなの?」

「おお~、いいね!」

 

 そして二人は返事の代わりに、祈るような格好で手を組み、八幡の前に跪いた。

 

「さあ八幡、お願いするわ」

「八幡の手でボク達の首にかけてよ!」

「ああ、分かった」

 

 そして八幡は、二人の首にロザリオをかけた。

それはまるで二人がずっと付けていたかのように自然に見え、

二人は嬉しそうにお互いにロザリオ姿を見せあった。

 

「懐かしいわね」

「八幡、どう?似合ってる?」

「ああ、二人ともよく似合ってる」

 

 そして八幡は、続けてこう言った。

 

「あ~、事後承諾で悪いが、そのロザリオはあくまでアイテムだから、

名前を付ける必要があってな、悪いが俺が付けさせてもらった」

「そうなの?」

「どれどれ……」

 

 そして二人はアイテム名を見て、同時にこう言った。

 

「「マザーズ・ロザリオ……」」

「ああ、気に入ってもらえたら嬉しいんだが」

「もちろん気に入ったよ!」

「八幡にしてはいいセンスね、中二病な名前だったらどうしようかと思ったところよ」

 

 八幡はランのその言葉に、捻った名前を付けなくて本当に良かったとほっとした。

 

「あら?この説明文は……」

「ああ、それも俺が書いた」

 

 その説明文には、『母から受け継いだ祝福されたロザリオ』と書かれており、

二人はそれを見て、ロザリオを大切そうに握り締めたのだった。



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第659話 もっと強く

「ねぇ八幡、ちなみにこれ、この鎖が切れたりしても、ちゃんと直せるのかな?」

「もしくは落としたとか」

「う~んそうだな、今度アルゴに確認しておくが、多分ALOの仕様と一緒なら、

落としたり壊したりしても装備リストには残ってるはずだから、

それを一度所持品に戻してから装備し直すか実体化させれば、元に戻るはずだぞ」

「そうなんだ!」

「それじゃあ今度、確定情報が分かったら教えて頂戴」

「ああ、分かった」

 

 そして二人は八幡を居間に案内し、珍しく隣ではなく正面に座った。

ちなみにいつもは、八幡の両隣に座るのが通例である。

二人はそのままテーブルに手をついて身を乗り出した。

それで八幡は、二人が何をしたいのか、やっと理解した。

 

「ええとつまり、さっき言っていたように、胸の大きさの違いを見ろと?」

「うん!」

「どう?大きくなっているでしょう?」

 

(そんなの俺に分かる訳ねえだろ!)

 

 八幡は口に出してそう言いたかったが、それをやると二人が拗ねるのでやめておいた。

特にランは、それなら実際に触って確かめろと言ってくるに決まっているのだ。

そもそも二人の胸の谷間を凝視する事など、八幡には不可能である。

確かにある程度の体の接触には慣れさせられているが、そういった部分を見るという事は、

別の意味でハードルが高いのである。だがこの状況で、八幡に何が出来る訳でもない。

八幡は仕方なく二人の胸の谷間を見ながら、

さっさとこの状況から逃れようと、とりあえずこう言った。

 

「確かに大きくなっている気がするな、

うん、ちゃんと成長してるみたいだな、良かったな二人とも」

「でしょ?でしょ?」

「わ~い、八幡に褒めてもらった!」

 

 二人は手を取り合って喜び、そんな二人を見て、八幡は無理をした甲斐があったと喜んだ。

 

(こうして見ると、二人はまだまだ子供なんだよな、結構ちょろい)

 

 そう思いつつも、八幡はそんな二人のそういう部分を逆に好ましくも思っていた。

 

(まあ純粋って事だ、結構結構)

 

「でもこれで終わりじゃないわよ、早く病気を克服して、

ランディーからランイーにステップアップしないと!」

「ボクもユウシーくらいにはなりたい!」

「おう、俺も出来る限りの事はするから、一緒に頑張ろうな」

 

 八幡はもちろんそれを、病気を治すという事を主眼において発言したのだが、

この状況でそれは失言である。案の定、二人は顔を見合わせると、

ニヤリとしながら八幡の両隣に座り、その手を自分達の胸に持っていこうとした。

それに気付いた八幡は、慌てて腕に力を込め、それを防いだ。

 

「お、お前ら、いきなり何て恐ろしい事をしようとしやがる!」

「あら、今言ったじゃない、俺も出来る限りの事をするって」

「言った言った!八幡、女の子の胸を大きくするには、揉むのが一番らしいよ?」

 

 それで八幡は、自分のミスに気が付いた。

何度言われてもつい繰り返してしまうのだが、主語を抜くというのは八幡の悪癖である。

この場合で言えば、病気の克服の為に出来る限りの事をする、

と言えば何の問題も無かったのだが、時既に遅しである。

 

「ぐぬぬぬぬ」

「むむむむむむむ」

「う~ん、う~ん!」

 

 そしてその力比べの結果、さすがの八幡も二対一では分が悪いのか、

その手はじりじりと、二人の胸に近付いていった。

 

「も、もう少し………」

「ユウ、ここが勝負どころよ!既成事実を作る為に根性を入れなさい」

「お、おま……え……ら……」

 

 今や八幡の手は、ユウの方は若干距離に余裕があるが、

ランの胸までは既に一センチを切っていた。

 

(やばい、もう諦めるか?別に現実でこいつらの胸に触る訳じゃない、

これはあくまで擬似的なデータなんだ、いわゆる偽乳だ)

 

 八幡は一瞬そう考えたが、すぐにその考えを打ち消した。

 

(いや、諦めるな、必ず道はある!)

 

 八幡はそう思いなおし、必死に頭を回転させた。

 

(今の俺に出来る事……動く部位…………あった、一つだけあった!)

 

 そして八幡は、一気に腕を持っていかれないように慎重に右を向き、

目の前にあるランの耳に、息を吹きかけた。

 

「きゃっ!」

 

 その瞬間にランの腕から力が抜けた。

 

「よし、ここだ!」

 

 そして八幡はランの手を振りほどき、自由になった右手で左手を掴み、

そのまま両手で左手を引っ張って、ユウキの手から左手を解放した。

片手の時と違い、両手対両手ならば、まだ八幡の方がステータスが上のようだ。

 

「ああっ、やられた!あと少しだったのに!」

「くぅ、まさかそんな手で来るなんて、八幡はやはり私の性感帯を知り尽くしているのね!」

「んなもん知るか、それしかなかったからそうしただけだ」

 

 八幡は勝利した事に安堵し、落ち着いた声でそう言った。

 

「ぐぬぬぬぬ」

「もう諦めろ、今の俺に隙は無い」

「こうなったらおっぱいタッチを賭けて、剣で勝負よ!」

「はぁ?」

 

 突然ランがそんな事を言い出し、八幡は目を剥いた。

 

「勝った方が負けた方に胸を揉まれるのよ!」

「それ、普通逆だよな………?」

「逆がいいならそれでもいいわ、さあ勝負よ!そして即ギブアップ!

やられたわ、私の負けよ、さあ、約束通りに私の胸を思いっきり揉みなさい!」

「小芝居に走るんじゃねえよ、最初の条件でちゃんと勝負してやるって」

「本当に?二言は無いわね?この差し出された据え膳おっぱいも揉めないチキン野郎め」

「うっせえ、チキンで結構だ!そのくらいは付き合ってやるから、さっさと準備するぞ」

「分かったわ、ユウ、早速準備しなさい」

「オッケー!実力勝負だね!」

 

 そして三人は準備をし、先ず最初にランと八幡が庭で向かい合った。

 

「勝利条件は?」

「初撃決着モードで」

「懐かしいな、そんなのも実装されてんのか、ここ」

「実装はされてないわ、ただそういうモードがSAOにあったと知っているだけね。

なので審判は第三者がやる事になるわ。

まああくまでお遊びなのだけれど、訓練には中々重宝するわよ」

「そうか、まあいい、ユウ、開始の合図を」

「オーケー!それじゃあ勝負開始!」

 

 その声と共に、ランは居合いの形をとり、八幡は少し驚いた。

 

「居合い………か」

「ええ、VRには居合いの練習用プログラムもあったから、それで死ぬほど練習したわ」

「なるほどな、教科書通りのいい構えだ」

 

 などと八幡は言ってみたが、居合いは少しかじっただけなので、実はかなり適当である。

 

(さて、どうするかな、カウンターを仕掛けてもいいんだが………)

 

 その瞬間にランが動いた。八幡の胴に凄まじい速さの斬撃が迫る。

 

「おっと」

 

 八幡はそれを、後方にステップを踏んでかわしたが、かなり紙一重であった。

 

「くっ、遠かったわ」

「そうだな、その分簡単に避けられたわ」

 

 八幡は口ではそう言ったが、今のはやばかったと内心考えていた。

斬撃への対応が間に合わなければ短剣で止めただけであるが、

今は考え事をしていた為、満足な体制で斬撃を止められず、体制を崩されたかもしれない。

そこを突かれたらおそらく八幡が負けていた可能性が高いのだ。

 

(危ない危ない、油断はなしだ、集中集中)

 

「次は外さない」

 

 そしてランは、じりじりとすり足で距離を詰めてきた。八幡も負けじと前に出る。

そしてランの腕の筋肉が、ピクリと動いたような気がした瞬間、

八幡は地面を蹴り、ランに突撃すると、右足の足裏でランの刀の柄を押さえ込み、

ランに刀を抜かせないようにした。刀を抜こうと力を入れた瞬間を狙われたランは、

その足技を防ぐ事が出来なかった。

 

「くっ………」

 

 そして一瞬そちらに気を取られたランの顎を八幡の蹴りが襲い、

ランはそのまま手痛い一撃をくらった。

 

「勝者、八幡!」

「うう、負けたああああああああ!」

 

 ランはそう絶叫し、その場に蹲った。

 

「まあドンマイだな、もう少し修行しろ、修行」

「うぅ、これじゃあいつまでたってもランイーになれないじゃない」

「お前な、っていうか今思ったんだが、リアルならともかく、

ここで俺がお前らの胸を揉んでも、お前らの胸が大きくなるなんて事、絶対に無いよな?」

「はっ、そ、そういえば………」

 

 ランは素で勘違いしていたのか、ショックを受けたような顔でそう言った。

それを聞いていたユウキが八幡にこう言った。

 

「それじゃあボクの場合は勝利条件を変更で、ボクが勝ったらリアルでボクの胸を揉んで!」

「おいユウ、お前、言ってる事が残念すぎるぞ………」

「別に残念でもいいですし~、そんな訳で、その条件でいいよね?」

「まあいい、かかってこい」

「やった~!ラン、開始の合図をお願い!」

「分かったわ、頑張るのよユウ、試合開始!」

 

 開始直後にユウキは八幡に襲いかかった。

ユウキはどうやら攻撃に体重を乗せすぎないように注意しているようであった。

その為八幡にカウンターをくらっても、容易には体制が崩れない。

だが八幡の防御を破る事も出来ず、勝負は凄絶な斬り合いとなった。

 

 ガン!ガン!ギィン!ガンガンガガン、ギィン!

 

 どうやらユウキは、弱めの斬撃を続ける事で敵の体制を崩し、

その瞬間に強めの斬撃を放っているらしい。

時々攻撃を受けた時の音が高くなるのがその証拠だ。

八幡は、時折混じるトリッキーな動きから繰り出される斬撃も完璧に防ぎながら、

ユウキのその攻撃を観察し、強めの攻撃が来るタイミングを把握しようとしていた。

そして何度目かの攻撃の時、遂に八幡が動いた。

 

「うわっ!」

 

 連続技からの強めの攻撃にまったく手応えが無かった為、ユウキは思わず体制が崩れた。

ここまでわざと全ての攻撃を受けてきた八幡が、

足さばきを上手く使って一度だけ攻撃を避けたのだ。

そして八幡はその隙を突き、ユウキに急接近すると、その腹にトンと短剣の先を触れさせた。

 

「そこまで、勝者、八幡!」

「くぅ、負けたぁ!」

 

 この勝負、見た目以上に八幡の完勝であった。

 

「はぁ、全部攻撃を防がれちゃった………」

「まあユウは攻撃が素直だったからな」

「素直?どんな風に?」

「例えば攻撃が途中で伸びてきたりしない、なので避けやすい」

「途中で伸びる?どんな風に?」

「そうだな、よしラン、ちょっとその刀を貸してくれ」

 

 そして八幡は居合いの形を取り、不慣れながらもそれなりに見れる形で剣を振り抜いた。

 

「最初がこれだ、何度かやってみるぞ、よく見ておけ」

「「うん」」

 

 そしてその剣筋を二人が覚えた頃、八幡は次のステップに移った。

 

「次、よく剣筋を見てろよ」

 

 そして八幡は、最初は極端に腕を折り畳み、

途中から思い切り腕を伸ばして斬撃を繰り出した。

 

「あっ」

「今剣筋が凄く伸びたように見えた!」

「まあ今のは目の錯覚だけどな、最初は縮こまった状態から、急に腕を伸ばしただけだ」

「なるほど」

「避け手のタイミングを外すのね」

「もしくはこうだな」

 

 そして次に八幡は、すり足を上手く使う事にとって、

実際に先ほどより半歩先まで足を踏み込み、実際に斬撃の到達距離を伸ばしてみせた。

 

「おおっ」

「伸びてるね」

「後は股関節の柔らかさを生かしてこうとかな」

 

 八幡は股関節が地面に着くスレスレまで足を伸ばし、超低空の斬撃を放った。

その後に足の力だけで普通に体を起こして見せ、二人を驚かせた。

 

「おお~!」

「柔らかいだけじゃなく、立ち上がりも早い!」

「お前達にも昔、関節を柔らかくしておけと言ったはずだ、

それが出来れば案外簡単に出来るもんだぞ」

「練習してみる!」

「変幻自在さに磨きをかけてみるわ」

「おう、頑張れ」

 

 そんな八幡に、二人がいきなり抱きつき、その胸をまさぐり始めた。

 

「お、おいお前ら、何故俺の胸を触る!」

「だって約束したじゃない、負けた方が勝った方の胸を触るって」

「そうだよ!ボク達はその約束を果たしているだけだよ!」

「いや………まあそのくらいは別に構わないけど、俺の胸を触って何か楽しいか?」

 

 そう言われた二人は、しばらく八幡の胸を、感触を確かめるように触っていたが、

やがてそこから手を離し、しょぼんとした顔で言った。

 

「楽しくない………」

「うん、思ったより楽しくなかった………」

「当たり前だろ、柔らかくも何ともない、ただのごつごつした物体だからな」

「で、でも固くて面白かった!」

「まあ男と女の違いが興味深かったわ」

「ああはいはい、満足してくれたなら良かったよ」

 

 この時の八幡の教えを身につけようと、二人はその後も地道に反復練習を続けた。

ただ純粋に強くなろう、そして八幡を超えようと、

次の日も、また次の日も、二人は仲間達と共に戦い続ける。ALOに乗り込むその日まで。




このエピソードはここまで!


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第660話 ソレイユの社員寮

今日からのエピソードは三話構成でお送りします!


 十月半ばの日曜日、たまには一人で買い物にでも行こうかと思い立った理央は、

コンビニでお金を下ろそうと、銀行の残高を確認していた。

 

「えっ?な、何これ………」

 

 理央の口座は夏休みの終わりに確認した時から、想像以上に金額が増えていた。

 

「確かに毎日ソレイユに通ってたけど、さすがにこの金額はおかしい気がする、

一応銀行で通帳記帳をしてみて、確認した方がいいかな………」

 

 家がそれなりに裕福な癖に、小市民的なところがある理央は、

若干びびりながら家に戻り、久々に通帳を持ち出して、駅前の横浜銀行で通帳記帳をした。

 

「あ、あれ?お父さんとお母さんの口座から振り込みがある………」

 

 ソレイユからの振り込みは、想定より若干多い程度の金額であったが、

これはおそらく交通費とか、理央が計算していなかった部分の金額だろうからいいとして、

問題はつい最近振り込まれた親名義の振り込みであった。

 

「今日はお父さんが家にいたし、帰って聞いてみよ………」

 

 理央はそう呟いて家に引き返し、父親に振り込まれていた金額について尋ねた。

 

「お、お父さん、この振り込みなんだけど………」

「ん?ああ、それはお父さんとお母さんからの就職祝いだよ、

ごめんごめん、伝えるのを忘れていたね」

「し、就職祝い?」

「お金でしか祝ってやれないのは申し訳ないと思うが、

寮に入るにも、色々揃える必要があるだろうしね、まあ何も言わずにもらってやってくれ」

「あ、うん、あ、ありがと………」

 

 理央はその両親からの好意を素直に受ける事にした。

 

(今すぐお礼ってのも変だよね、初任給で何か買って、二人にプレゼントしよっと)

 

 理央はそう思いながら、一ヶ月くらい前に、

明日奈達と遊びにいった時の会話を思い出した。

 

『早めに寮に入れてもらって、正式な仕事が始まる前に、色々揃えちゃった方がいいかもね』

 

「まずい、忘れてた………入居が可能かどうか、今のうちに八幡に聞いておかなくちゃ」

 

 理央はこの時本気で焦り、慌てて八幡に連絡を入れた。

 

「は、八幡!」

「朝っぱらから大きな声を出すな理央、で、何かあったのか?」

「ご、ごめん、私、まだ入寮希望を出してない事に気付いて、それで……」

「ん?寮?会社のか?お前の部屋ならもういつでも入居出来る状態になってるが……」

「ええっ!?」

「あれ、言ったよな?」

「聞いてない!」

「あれ、俺の勘違いか……悪い悪い、伝えるのを忘れてたみたいだわ」

「う、ううん、それならそれでいいの、本当に良かった……」

 

 理央は安心したのか、そう言ってその場にへたりこんだ。

 

「とりあえず今日は暇だし、お詫びの意味も込めて理央の部屋まで案内するか?」

「あ、うん、私も忘れてたから、お詫びは別にいいんだけど、部屋は見てみたいかも」

「そうか、それじゃあちょっと時間はかかるが、そっちに迎えに行くから待っててくれ」

「いいの?それじゃあお願いしようかな、一時間後くらい?」

「それくらいだな、それじゃあ後でな」

「うん、また後で」

 

 理央は電話を切った後、クローゼットを開け、いくつかの服を取り出した。

それは先日明日奈達に選んでもらった服であり、

選んだ時の基準が八幡が気に入るかどうかだった為、

気に入ってもらえる事は間違いないと思うが、どちらの服がより気に入ってもらえるか、

とても悩む羽目になった。

 

「う~~~~~~~ん、う~~~~~~~~~ん」

 

 だがいくら悩んでも、決して女子力が高いとは言えない理央は決断する事が出来なかった。

そして理央は最終手段に出る事にした。いわゆる他人に丸投げである。

理央は知り合いの中ではダントツで服選びのセンスあると思われる、

女優の桜島麻衣に、どちらがいいか尋ねる事にしたのだった。

 

「あ、麻衣さん?突然ごめんなさい、ちょっと助けて欲しいんです」

『あれ、理央ちゃん?一体どうしたの?』

「その……これから知り合いの男の人と会うんですけど、

どっちの服を着て行けばいいか、アドバイスがもらえればと思って……」

『知り合いの男の人?その言い方だと咲太でも国見君でもないのよね?

あ、もしかして、咲太が言ってた比企谷さんって人かな?』

「そ、そうです」

『私が役に立てるかわからないけど、とりあえず服の写真を見せてもらえる?』

「今送ります」

 

 そしてしばしの沈黙の後、麻衣は理央にこう言った。

 

『正直驚いた、理央ちゃん、最近おしゃれに目覚めた?どっちも凄くかわいいんだけど』

「あ、えっと、友達に選んでもらったので……」

『そうなんだ、う~ん、甲乙付けがたいけど、このレベルになると、もう相手次第なのかな、

比企谷さんって人がどんな人か知りたいから、いくつか質問してもいい?』

「あ、それじゃあとりあえず写真を見てみます?

『写真があるなら見てみたいかも、比企谷さんの服の傾向とかも分かるし』

「分かりました」

 

 そして再びの沈黙の後、麻衣は驚いた様子でこう言った。

 

『あ、あれ、私、この人の事知ってるかも』

「そうなんですか?」

『う、うん、前にうちの事務所に来てたのを見かけた事があるわ』

「麻衣さんの事務所って倉なんとかでしたっけ?」

『倉エージェンシーね、で、後で彼が誰なのか聞いたら、

ソレイユのえらい人で、うちの事務所の恩人だって教えてもらったんだけど、

そっか、あの人が比企谷さんだったんだね』

「世間は狭いって本当ですね……」

『そうみたいだね、そっかぁ、私達を助けてくれた人が、理央ちゃんの思い人かぁ』

「えっ、な、何ですか?それ」

『えっとね』

 

 麻衣は個人名は伏せながらも、以前のクラディール絡みの事件について理央に説明した。

 

「そんな事が……」

『うん、なので理央ちゃんの見る目は間違ってないと思うわ、おめでとう』

「あ、ありがとうございます」

『その上であの人が気に入りそうな服装かぁ、う~ん、それなら二枚目の写真の方かな』

 

 二枚目の写真の方とは、より理央のプロポーションを強調するような服であった。

 

「こっちを選んだのって、何か理由があるんですか?」

『うん、ライバルに勝つ為』

「ライバル?」

『神崎エルザ』

「えっ?」

『あの子がその比企谷さんにベッタリだったからね、

負けない為にはそっちの服しかないと思って』

「あ、あの神崎エルザが八幡にベッタリ………?」

『うんそう、だから理央ちゃんも負けないように、頑張って自分をアピールするんだよ!』

「は、はい、ありがとうございました」

 

 電話を切った後、理央は思ったよりも自分が衝撃を受けている事に気が付いた。

 

「芸能人がライバルとか、どう考えても無理だし……」

 

 もっとも正式な彼女が明日奈である以上、

理央のライバルは明日奈以外にはありえないのだが、

理央も神崎エルザのファンであり、憧れてもいた為、

神崎エルザが明日奈以上に高い壁に感じられてしまい、仕方がなかったのである。

 

「ああもう、これ以上考えても仕方がない、八幡が来る前に、

私なりにベストを尽くせるように、精一杯おめかししよ……」

 

 理央はそう考え、気持ちを切り替えようと自分の頬を叩いた。

そもそも八幡が神崎エルザと知り合いだからといって、

しょっちゅう会っているというそぶりも全く見えないし、

今後の自分の人生に関わってくる事もないだろうと考えたのである。

 

「さて、この服に合う髪型はっと、それにコンタクトにして、

胸はいつもより強調、メイクは控えめなのがいいって明日奈さんが言ってたからそうして、

うん、こんな感じかな、我ながらこれはかわいいんじゃないかな」

 

 理央は先ほどまで悩んでいた事も忘れ、ニヤニヤしながら鏡に見入っていた。

理央なりに頑張った成果はちゃんと出ており、街を歩けば十人中八人は振り返ると思われる。

気が付くと思ったよりも時間が経っていたらしく、丁度八幡から連絡が入った。

どうやらもう到着したらしい。

 

「え、もうそんな時間?危なかった……」

 

 理央は胸をなでおろし、父親に、今から寮の部屋を見せてもらってくると伝えた。

 

「寮の部屋を?それにしちゃ随分おめかししているね、理央」

「え、そ、そうかな?これくらい普通だよ、

八幡を外で待たせてるからとりあえずもう行くね」

「比企谷さんが迎えに?それじゃあ挨拶くらいしておくか」

「え、あ、確かにそうだね、ごめん、教えておけばよかったね」

 

 さすがの理央も、その父親の意見を無視する訳にはいかなかった。

社会人としては当然だと思ったからだ。

そして理央の父親に見送られ、二人はソレイユへと向かった。

 

「今日は眼鏡じゃないんだな」

「うん、まあたまにはね」

「つまり今日は相対性妄想眼鏡っ子じゃないという事か、それは残念だ」

「だから人に変なあだ名を付けないで!」

「まああれだ、その格好にはその方が合ってるかもしれないな、

うん、よく似合ってていいんじゃないか?」

 

 理央の心臓はその瞬間に跳ね上がった。

 

「あ、ありがと……」

「おう」

 

 最初に眼鏡の事を言われたせいで、理央は完全に油断していた。

もしかして服装については何も言われないのではないかと思ったからだった。

だが八幡は不器用ながらもちゃんと褒めてくれた。

理央はその事が嬉しくて、八幡に表情を見られないように窓の外を見ながら、

だらしなく表情を緩ませていた。

 

「とりあえず今部屋の中には備え付けの家電以外何も無いが、

見取り図を用意してあるから家具とかを買う時は、それを参考にな」

「基本的な設備って、どんな感じ?」

「口で説明してもいいんだが、見た方が早いと思うぞ、ほれ、着いたぞ」

「確かにそうかもね」

 

 理央は八幡に案内され、わくわくしながらその部屋に足を踏み入れた。

両親が不在がちだった為、今までも一人暮らしのようなものだったが、

今回は意味合いがまったく違う。以前は結果的に一人暮らしのような感じになっただけ、

だが今度からは、自分で選んで決めた一人暮らしなのだ。

ついでに八幡との距離が縮まれば言う事はないが、

差し当たり理央は、部屋を確認したら、八幡に買い物に付き合ってもらおうと考えていた。

 

「うわ、何か広くない?」

「ゆったりした間取りにしてもらったからな」

 

 寮の部屋はドアを開けると真っ直ぐな通路があり、右手前にはトイレと浴室が並んでいた。

トイレは当然最新式のウォッシュレットであり、浴室に併設された脱衣所には、

洗面台の他に乾燥機付きの洗濯機が置いてあった。

通路の左は壁面収納になっており、かなり多くの物が入れられそうに見える。

ドアの正面には十畳程の広さの部屋があり、左側はクローゼットと収納、

右側にはカウンター付きのキッチンが併設されていた。冷蔵庫も標準装備である。

コンロはガス式のようであり、電気式のコンロが嫌いな理央は、それを見てほっとした。

そして部屋に入って左にもう一つドアがあり、

そこはそれほどの広さはないが、寝室となっていた。

ベッドは備え付けのようであるが、さすがに布団の類は用意されていない。

 

「うわぁ、家電はとりあえず用意しなくても大丈夫だね」

「調理道具は揃えないといけないだろうが、まあそれと布団、

後は小物類があれば、とりあえず暮らせるようにはなるな」

 

 八幡は部屋の真ん中に座りながらそう言った。

その間も理央は、目をキラキラさせながらあちこち見て回っていた。

 

「とりあえず落ち着け、部屋は逃げないからな」

「こ、ここが本当に私の部屋って事でいいんだよね?」

「ああ」

「本当の本当に?」

「ああ」

「私、今すぐここに住みたい!」

「無茶言うな、ここからだと学校が遠くて仕方ないだろ」

「うぅ……」

 

 理央はそう言われ、残念そうに呻いた。

 

「あとな、ちょっとベランダに出てみろ」

「ベランダに何かあるの?」

「ああ、正面のあのマンションのな、ええと、ああ、あの布団と洗濯物が干してある部屋な、

あそこが優里奈の部屋だから、一応教えておくわ。優里奈とはもう仲良くなったんだよな?」

「えっ、そうなんだ!うわ、うわぁ、それなら毎日でも会えるね!

私、ちょっと優里奈に電話してみる!」

「部屋にいるかは分からないけどな」

 

 運良く優里奈は部屋に居り、理央からの電話を受け、ベランダから顔を出した。

そして理央に手を振った後、隣に八幡がいる事に気が付いた優里奈は、

ギョッとした顔をして、慌てて洗濯物の前に立ち、後ろ手で何かごそごそし始めた。

 

「ん、優里奈は何をしているんだ?」

「さあ、まだ電話が繋がってるから聞いてみる」

 

 そして理央は、優里奈にその事を質問した。

 

「ねぇ優里奈、動きが変だけど、何をしてるの?」

『えっと、まさか八幡さんが一緒だとは思わなくて、その、干してあった下着の回収を……』

「あっ!」

 

 理央は優里奈の言葉の意味を理解し、慌てて八幡を部屋の中に押し込んだ。

 

「おわっ、いきなり何をするんだお前は」

「いいから!」

「分かった、分かったから!」

 

 八幡は優里奈に軽く手を振り、そのまま大人しく部屋に入った。

理央も優里奈にまたねと伝え、手を振って一緒に部屋の中に入った。

 

「さて理央、この部屋の鍵はどうする?

今渡してもいいんだが、その場合は来月から寮費を払う事になるが」

「寮費って月一万だよね、天引きって感じでいいのかな?」

「まあそうだな」

「それじゃあもらっとく!会社に連絡しておいた方がいい?」

「それは俺がやっとくから問題ない。それじゃあほれ、ここの鍵だ」

 

 そう言って八幡が渡してきたのは、一枚のカードだった。

 

「あ、カードキーなんだ」

「もし無くしたり壊れたりしたら、予備のカードが管理人室にあるから、

そこでもらうようにするんだぞ。仮社員証を見せれば出してくれるから」

「分かった、でもそんな事が無いように気を付けるね」

「そうしてくれ。で、これからどうする?優里奈の部屋にでも遊びに行くか?

もしそうするなら、俺は会社で仕事でもしながら待ってるけどな」

 

 理央はここが八幡にお願いするチャンスだと思い、おずおずと言った。

 

「あ、えっと……もし迷惑じゃなかったら、買い物に付き合ってもらっていい?

この部屋に置く物とかを色々揃えたいの」

「ああ、まあ車があった方が便利だろうし、別に構わないぞ」

「いいの?ありがとう!」

 

 二人はそのまま連絡通路を通り、ソレイユの本社ビルへと向かった。

理央の部屋の事を経理の者に伝える為である。

その途中の廊下の曲がり角で、二人は何者かとぶつかりそうになり、慌てて足を止めた。

 

「きゃっ」

「あっと、すみません」

「あっ!」

 

 その瞬間にその何者かは、いきなり八幡に体当たりをくらわせた。

 

「うおおおお!」

「八幡見っけ!そしていただきます!」

 

 その何者かはそのまま八幡を押し倒し、八幡の唇を奪おうと顔を近付けてきた。

 

「お前、来てたのかよ、とりあえずそれ以上顔を近付けるな」

「いいじゃない少しくらい、先っぽだけ、先っぽだけだから!」

「させねえよ」

「ぐぬぬぬぬ」

 

 八幡はその人物の顔を押さえ、顔がそれ以上接近するのを防いでいた。

 

「えっ?えっ?」

「落ち着け、とりあえずこいつを引き剥がすのを手伝え」

 

 あまりの事に思考が付いていってなかった理央は、

八幡にそう言われ、慌ててその人物の顔を見た。

そこには先ほど麻衣との会話で名前が上がっていた人物の顔があり、

理央は驚いてその人物の名前を呼んだ。

 

「か、神崎エルザ………?」

 

 その声でその人物、神崎エルザは顔を上げ、きょとんとした表情で八幡に質問してきた。

 

「ん?八幡、この子誰?」

「双葉理央、うちの新人だ」

「新人?理央?あっ、もしかしてリオン!?」

「そうだ」

「えっ?」

 

 理央はいきなり自分のプレイヤーネームを呼ばれ、混乱した。

おそらくヴァルハラ・ウルヴズの誰かだと思うが、誰なのかは分からない。

というかまさか神崎エルザがあの中の誰かだなどと、理央は想像すらしていなかった。

 

「私、ロビンだよロビン!初めましてだね、リオン!」

「えっ、ロビンってあのロビン?」

「うん、そうだよ?」

「ええええええええええええ!?」

 

 他人の目を気にせずに我が道を行き、

常に自分の欲望に忠実に行動しているあのクックロビンが神崎エルザだという事実は、

理央にとって、人生でベストスリーに入る衝撃であった。



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第661話 二人の芸能人

「で、今日は何でここにいるんだ?」

「えっとね、CM撮影の打ち合わせ!」

「ほう?また新曲でも歌うのか?」

「歌も歌うけど、今度はアクションだよ!」

「アクション?その姿でか?」

 

 エルザの話によると今度のCMは、現実のエルザそっくりに作られたプレイヤーが、

敵をばったばったとなぎ倒すCMになるらしい。

 

「うん、その為に専用アバターを作ってもらったの、本当に私そっくりだよ!

あ、でも胸はもう少し大きくしてくれって頼んだ!」

「お前がそういう事を気にするなんて意外だな」

「気にしないよ?」

「ならどうして……」

「いやね、アクションって事は乳揺れじゃない!

自分の胸が揺れるとどうなるのか興味があってさ!」

「ただの興味本位かよ……」

 

 そしてエルザは理央の方を向き、天真爛漫にこう尋ねた。

 

「そういえばリオンは素で胸が揺れるよね?

ちょっと参考までに、揺れる所を見せてもらってもいい?」

「理央にセクハラすんな」

 

 だが理央はそのセクハラめいた言葉にまったく反応を示さなかった。

 

「お~いリオン?あれ?え~と……わっ、八幡大変!リオンが固まってる!」

「何だと?……本当だ、おい理央、お~い?」

 

 八幡はそう言って理央の頬をペチペチ叩いたが、まったく反応がない。

 

「むむむむむ、動かないね」

「だな……」

「よ~し、こういう時は……」

 

 エルザはそう言って、いきなり理央の胸を鷲掴みにした。

むにゅっ、という音が聞こえてきそうな感じで理央の胸がエルザの手の形に変形する。

 

「ちょ、ちょっと、いきなり何するの八幡!」

 

 それで覚醒したのか、理央は八幡に向かってそう叫び、八幡は理央に抗議した。

 

「俺は何もしていない、風評を広めるのはやめろ」

「えっ?あ、ごめん、ってロビン、何してるの!?」

「お主の胸を揉んでおるのじゃよ、ふぉっふぉっふぉ」

「何故おじいちゃん風!?ってかやめてってば!」

「むむぅ、まあいいか、十分堪能させてもらったし」

「や、やっぱりロビンだ……」

 

 その変態的なフリーダムさに、理央は本当にエルザがロビンなのだと実感した。

 

「他人に迷惑をかけるなっつってんだろ」

 

 八幡はそう言いながら冷たい視線をエルザに向けた。

その瞬間にエルザは突然その場に蹲った。

 

「お、おい、どうした?」

「ご、ごめん、八幡に性的な目で見られたから、つい興奮しちゃって……」

「俺はただお前に冷たい視線を向けただけなんだが」

「そう言いながらも八幡は、実は興奮していたのだろう、その手をエルザの胸に伸ばした」

「ナレーションを捏造するんじゃねえ!

分かったか理央、神崎エルザってのはこういう奴なんだ」

 

 八幡はエルザを無視して理央にそう言った。

理央はその言葉に曖昧に頷く事しか出来なかったが、

エルザは無視された事で、蹲ったままビクンビクンしていた。

 

「いつものロビンだ……」

「理央はこうなるなよ」

「うん、なろうと思っても絶対に無理だから大丈夫」

「それはそうだよ、神崎エルザはオンリーワンなんだから!」

 

 そこで何の前フリもなくエルザが復活した。さすがにメンタルが強い。

第二回スクワッド・ジャムの時とはまるで別人であるが、これはつまり八幡の存在が、

エルザのメンタルに多大な影響を与えているという事なのだろう。

 

「というか、ロビンがまさかエルザさんだったなんて想像もしてなかった」

「エルザでいいよ、私達、もう友達じゃない」

「と、友達?私と?」

「うん、まあ仲間でもいいんだけど、

友達の方が、またおっぱいを揉ませてもらえそうだし?」

「それは許さないけど」

「え~?減るもんじゃないんだし、別にいいじゃない!」

「多分何かが減る」

「もう、仕方ないなぁ、八幡、私の代わりにリオンの胸を揉んであげて!

私はそれを見て興奮する事にするから!」

「いや、しねえから」

「えっ、しないの?凄く柔らかかったよ!明日奈の胸みたいに!」

「お前、いつの間に明日奈の胸を揉んだんだよ!」

「私の中の神崎エルザのイメージが……」

 

 丁度その時、エルザの名を呼びながら薔薇が姿を現した。

 

「エルザ、どこ?あ、いた!

もう、トイレに行くって言ってから何分経ってると思ってるのよ!」

「ごめ~ん、八幡がいたからつい……」

「え、八幡?それに理央じゃない、二人でどうしたの?」

「さっきまで理央を寮に案内してたんだよ。

そうだ小猫、ついでに理央の寮の利用申請をしておいてくれ。

俺達はこれから、寮生活に必要な物を買いにいってくるから」

「分かったわ、それじゃあエルザ、行くわよ」

「ああっ、もう、分かった、分かったから、そんなに引っ張らないで!

気持ち良くなっちゃうから!理央、寮に入るなら今度遊びに行かせてね!」

「あ、うん」

 

 そしてエルザは薔薇に引きずられて去っていった。

 

「何か凄かったね……」

「まあいつもの事だ」

 

 この時点で神崎エルザに対する理央の認識は、ガラッと変わっていた。

芸能人が相手なんて、絶対無理という感覚はもう完全に無くなっている。

そしてエルザ達の姿が見えなくなった後、理央はしまったという表情でこう言った。

 

「あ、サインをもらえば良かった……」

「ん、理央はあいつのファンなのか?」

「うん、大好き」

「まあ今は色紙も無いんだし、ついでに買って部屋に置いておけばいい」

「あっ、そうだね!」

「それじゃあ行くか」

「うん!」

 

 二人はそのままキットに乗り、最初に近くの家電店に向かった。

 

「でもさっきは本当にびっくりした、丁度麻衣さんと神崎エルザの話をした直後だったから」

「麻衣さん?誰だ?」

「桜島麻衣、咲太の彼女さんだよ」

「ん、女優の桜島麻衣か?へぇ、咲太もやるもんだな」

「八幡は麻衣さんの事、知ってるんだ?」

「あそこの事務所とは縁があるし、うちのCM候補にもなってるからな」

「あっ、今の社長のお兄さん絡みの話?」

「よく知ってるな、それだそれ」

「電話で麻衣さんに教えてもらったの、八幡、麻衣さんを助けてくれて、本当にありがとう」

「助けようと思ったのはエルザだったんだが、ついでに役に立てたのなら良かったわ」

 

 そして家電店に着いた後、二人は真っ直ぐ電子レンジのコーナーへと向かった。

 

「とりあえずレンジがないと話にならないもんね」

「そうだな、資金の方は大丈夫なのか?」

「あ、うん、お父さんとお母さんから就職祝いをもらったの」

「そうなのか、それじゃあさっさと選んじまうか」

「うん!」

 

 ついでに理央は、コーヒーメーカーも購入した。

自宅で使っているのと同じタイプの物である。

 

「あ、これだ、うちにあるのと同じ奴」

「やっぱり使い慣れた物の方がいいからな」

「うん」

「でもそうなると、お前はビーカーとアルコールランプになるんじゃないのか?」

「もう!確かにそうなんだけど!」

 

 次に二人はホームセンターへと向かった。

理央は必要だと思う物を片っ端から買い物カゴに入れていき、

八幡は大人しくカートを押して理央の後をついていった。

 

「家にある物は買わなくてもいいかな……」

「すぐに引っ越す訳じゃないんだ、高い物ならともかく、

安い物は別に買っちまった方がいいんじゃないか?」

「確かにそうだね、うん、そうする」

 

 しばらくは家と寮との二重生活になるだろうと思った理央は、

ほくほくした表情で、思いつくままに色々な物を購入した。

 

「楽しそうだな。理央」

「うん、一度にこんなに買い物をしたのは初めて!」

「それじゃあ部屋に運び込むか」

 

 そのまま寮に戻った二人は手分けして荷物を運び、

八幡がレンジ等のかさばる物を設置している間、理央は小物類の整理を始めた。

 

「バスタオル類はこっち、洗濯洗剤やボディシャンプーと歯ブラシ、後は……」

「おい理央、コーヒーを入れたから、ちょっと休憩しないか?」

「あ、ありがとう!今行くね!」

 

 部屋の真ん中には、先ほど二人で選んだテーブルが置いてあり、

その上にコーヒーが二つ置かれていた。

それを見た理央は、まるで新婚さんみたいだなと思い、顔を赤くした。

 

(早くここに住みたいなぁ……)

 

 理央は部屋が整えられていくうちに、その欲求がどんどん高まっていくのを感じていた。

 

「ベッドメイキングもやっておいたからな」

「あ、うん、ごめんね、色々と手伝ってもらっちゃって」

「気にするな、乗りかかった船って奴だ」

「あ、ありがと」

「大分いい感じになってきたな」

「うん、早くここに住みたい」

「生活してみて、あれが足りないこれが足りないって気付く物も多いだろうから、

まめにメモっておくんだぞ」

「うん、そうする」

 

 その後、買ってきた物の片付けも終わり、

理央はそのまま八幡に送ってもらい、自宅に戻った。

 

「それじゃあまたな、理央」

「うん、今日は色々ありがとうね」

「おう、気にするな」

 

 八幡が去った後、自分の部屋に戻った理央は、再び麻衣に電話をかけた。

 

『あ、理央ちゃん、今日はどうだった?』

「凄く楽しかった!」

『服装は気に入ってもらえた?』

「うん、褒めてもらった!」

『そっか、良かったね、理央ちゃん』

 

 その後、興奮状態だった理央は、寮の部屋について一方的に喋りまくった。

麻衣はそれを迷惑そうなそぶりも見せず、ちゃんと聞いてくれた。

そして話は神崎エルザとの出会いの話に移った。

 

『そんな事があったんだ、へぇ、あのエルザがねぇ』

「うん、実はもう知り合いだった、びっくりした……」

『あ、そういえば……』

 

 その話を聞いていた麻衣は、ふと思い付いたようにこう言った。

 

『そういえばついさっき、ソレイユからCMのオファーがあったらしいのよね、

もしかしてその事が関係してるのかな?』

「えっ、CM?エルザだけじゃなく、麻衣さんもうちのCMに出るの?」

『まだ分からないけど、火曜の夕方に話を聞きに行く予定よ』

「あ、火曜なら私もいるかも!そうだ麻衣さん、もし時間があるなら、

ついでに私の部屋に来てみない?」

『いいの?それなら少しお邪魔しようかな』

「うん、むしろ最初は麻衣さんがいい!」

『ふふっ、ありがとう』

 

 

 

 そして迎えた火曜日、理央は麻衣と合流し、二人は理央の部屋へと向かった。

 

「お邪魔します」

「麻衣さん、この部屋はどうかな?」

「うわぁ、思ったより広いんだね、というか寮なのに随分と設備が充実してるのね」

「それは私も思った」

「春からここでの生活が始まるんだね」

「うん、凄く楽しみ!というかもう今日からでもここで暮らしたい……

でも学校があるからなぁ……」

「学校かぁ、でもまあ就職が決まったんだし、もう働いているようなものなんだから、

出席日数が足りてるなら、ギリギリまで休むのも手だと思うけど」

「あ、そっか、麻衣さんも去年は確かそんな感じだったよね」

「まあ私の場合は受験が終わった後だったから、さすがに早すぎるかな……

とりあえず担任の先生と比企谷さんに相談してみれば?」

「うん、そうしてみる!」

 

 二人はそのまま一緒に夕食を作って食べ、楽しい時間を過ごした。

途中で麻衣が咲太に電話をし、ことさらに二人の仲の良さをアピールしたりもした。

咲太は電話の向こうでかなり悔しがっており、二人はその様子に声を出して笑った。

 

「今日は楽しかったわね」

「麻衣さん、また来てね」

「是非。さて、それじゃあそろそろ帰りましょっか」

「うん!」

 

 こうして理央は、少しずつ生活基盤を寮へと移してしていく事となった。



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第662話 培われた力

「学校を休みがちになってもいいか、ですって?」

「はい、先生はどう思うかなって……」

 

 理央はその日の昼休み、担任の先生についに相談を持ちかけた。

事前に八幡には、落第しなければ問題ないと言われ、許可をとってあった。

 

「担任としては複雑な気分だけど、学校よりもソレイユで学ぶ方が双葉さん的にはいいの?」

「いや、そこまでは言わないですけど……」

 

 理央はまさか、寮に早く住みたいから等とは言えず、そう曖昧に言った。

 

「ちょっと校長先生と学年主任と話をしてみるわ、また放課後に来てもらってもいい?」

「わ、分かりました、お手数をおかけしてすみません」

「いいのよ、だって双葉さん、最近毎日本当に充実してるって顔をしてるもの」

「あ、はい、充実してます!」

「ふふっ、それじゃあ放課後にね」

「はい、お願いします!」

 

 そして教室に戻る途中、咲太と佑真が理央に話しかけてきた。

どうやら理央を待ち構えていたらしい。

 

「おい双葉、先生と二人で話すなんて、ソレイユ絡みで何かあったのか?」

「絡みといえば絡みだけど、その、学校に来る日数を少し減らそうかな、なんて」

「えっ、この時期からか?」

「まだ卒業まで半年も残ってるけど」

「う、うん、まあ出席日数ギリギリまで、みたいな?」

「とりあえず理科室にでも行くか?」

「う、うん、そうだね」

 

 そして理央は、久しぶりに理科室を訪れる事になった。

 

「ここも何か久しぶり」

「さて、どういう事だ?」

「えっとね……」

 

 理央は二人に隠し事は出来ず、詳しい理由を二人に説明した。

 

「あはははは、そんな理由かよ!」

「麻衣さんからちょっとは話を聞いたけど、そんなに凄いのか?その寮」

「う、うん、きっと梓川の部屋よりも豪華」

「マジかよ……今度見せてくれよ」

「それは嫌」

「う……まあそうだよな」

「その代わりに今ここで黒板に書いて説明してあげる」

「おお、サンキュー!」

 

 そして理央が黒板に書いた図を見て、二人はぽかんとした。

 

「えっ、これマジで言ってんのか?」

「うん、マジだけど」

「寮なのにバスとトイレが別で、更に寝室と、キッチンカウンターまであるのか」

「寝室とかはともかく、バスとトイレが別なのは、八幡のこだわりらしいよ」

「確かにその方がいいもんな」

「凄え羨ましい……」

 

 二人は理央の話を聞いて興奮状態であった。

 

「でもこんなに大事になるなんて……」

「校長先生と学年主任に話をなぁ」

「まあ規定以上に休むって訳じゃないんだから、多分大丈夫だとは思うが、

駄目なら駄目で、あと半年だけ我慢すればいいだけだから、気楽に構えてろって」

「まあ確かにそうだよね、うん、ちょっと気が楽になったよ、ありがとうね二人とも」

「気にするなって、俺達友達だろ?」

「あっ、友達と言えば、実はあの神崎エルザが、私の友達だったの……」

 

 その理央の言葉は、二人にとっては特大の爆弾となった。

 

「ええっ?」

「か、神崎エルザって、あの神崎エルザだよな?」

「うん、その神崎エルザ……」

「友達『だった』って、どういう事だ?」

「ええと、実は私のゲーム仲間だったの」

「ああ~、ALOか!そういう事か!」

「今度色紙を持ってくるから、サインしてもらってくれ!」

「エルザに迷惑をかけるのは避けたいけど、一応頼んでみるね」

 

 もちろんエルザが嫌がるはずもなく、むしろ大歓迎といった感じで、

二人は後日、神崎エルザのサインを無事に入手する事になる。

 

「まあとりあえずは放課後にどうなるかだな」

「ここで待ってるから、話を聞かせてくれよな」

「うん、分かった」

 

 

 

 そして迎えた放課後、進路指導室で、理央は予想外の条件を提示されていた。

 

「明日行われる校内模試………ですか?」

「ええそうよ、双葉さんは就職が決まったから本来は受ける必要が無いのだけれど、

そこで今の学力がどうなっているのか見たいって話になってね、

凄く急なんだけど、その模試を受けてほしいのよ」

「で、好成績を残したら、どのくらい休んでも特例として許可してもらえると?」

「そうね、成績さえ良かったら何も問題はないわ、

世間でも、そろそろ日本でも飛び級を認めるべきだって議論が高まってるし、

今回はちょっと違うけど、そのテストケースの一つとして、認めてもいいそうよ」

「そういう事ですか、分かりました、是非お願いします!」

 

 こうして理央は突然ではあるが、模試を受ける事になり、

その事を化学室で待っていた二人に報告した。

 

「え、明日の模試を受けるのか?」

「いきなり明日って、大丈夫なのか?」

「分からない、でも今からジタバタしてもしょうがないし、ベストを尽くすつもり」

「特に試験勉強とかはしてないよな?」

「うん、でもまあやるしかないからね」

「そうだな、やるしかないな……」

「とりあえず今日は帰ってちょっと勉強する事にするね」

「俺達も勉強しないとだな」

「明日はお互い頑張ろうぜ」

「うん、二人とも、今日は話を聞いてくれてありがとうね」

「おう!」

「落ち着いたらサインの事も頼むな!」

「うん、ちゃんと聞いておくね」

 

 そしてその日の夜、理央は焦る事もなく、教科書をじっくりと見直していた。

 

「教科書に載っていない事は試験に出ない、そしてあとは応用だけ……

あれ、でも教科書って、こんなに簡単な内容だったっけ……」

 

 理央はそんな感想を抱きながら、全ての教科のチェックを終え、

体調を整える為に、早めに寝る事にした。

 

「明日は頑張らないと……」

 

 理央は特に緊張などもしていなかった為、すぐに眠りにつく事が出来た。

そして迎えた次の日、理央が教室に入ると、クラスメート達が少しざわついた。

これは悪い意味ではなく、単に理央が模試を受ける必要が無いと、皆が知っていたからだ。

そしてそれなりに仲の良い女友達が数人、理央に話しかけてきた。

 

「あれ、理央もこの模試を受けるの?」

「今日は休みだと思ってたからびっくりしたよ!」

「う、うん、実はね……」

 

 理央はそこまで詳しくではなかったが、今回の経緯を軽く説明した。

 

「そういう事だったんだ!」

「一夜漬けかぁ、大丈夫?」

「う、うん、やるしかないから頑張ってみる」

「あは、そうだね」

 

 こうして試験が始まり、その日の放課後、理央は再び化学室にいた。

 

「お~い双葉、模試はどうだった?」

「う、うん、二人はどうだった?」

「結構出来た方だと思うけどな」

「俺もそれなりだなぁ、双葉は?」

「いや、それがね……」

 

 その理央の少し不安そうな表情に、二人は出来が悪かったのかと心配そうな表情をした。

だがその直後に理央は二人にこう言った。

 

「な、何かありえないくらい出来たんだけど、一体どうなってるの?」

「え?」

「そんなに出来が良かったのか?」

「う、うん、今回私は理系教科中心の試験だったんだけど、

数学と物理と化学は基本的な事しか出題されなかったし、

英語は小学生の作文みたいに思えたし、現国もいつもよりスラスラ解けたし、

日本史は元々得意だったからいいとして、模試ってこんな感じだったっけ?

もっと苦労した覚えがあるんだけど……」

 

 その理央の言葉に二人は黙りこくった。

 

「二人ともどうしたの?」

「あ、いや……」

「なぁ双葉、数学と物理と化学、基本的な事ばっかりだったか?」

「う、うん、だってあんな事、紅莉栖さんに散々教えてもらったしね」

「なるほど……」

「結論から言うと、今回の模試、その三教科の平均はかなり低いと思うぞ、

試験が終わった後、他の奴らがざわついてなかったか?」

「え?あ、うん、確かにそうだったかもだけど」

「英語に関しては何故そう思ったのかは分からないが、

もしかして双葉は日常的に英語に触れたりしてるのか?」

「それはほら、論文って基本英語だからね、

それにうちの部の三人とも、アメリカで暮らしてた訳だしね、ってか部長はアメリカ人だし」

「そうか……」

「まあ数日後には結果が貼り出されるはずだから、それを待とうぜ」

「うん、まあそうだね」

 

 その次の次の日の朝、理央が学校に来ると、

何故か一時間目は全クラスが自習になっていた。三年だけじゃなく全校である。

 

「え、この自習って全クラスなの?」

「うん、そうみたいだよ」

「何か緊急の職員会議があるんだって」

「一体何があったんだろうね」

 

 その頃会議室では、集まった先生達が、何ともいえない表情で会議に参加していた。

 

「これ、本当ですか?」

「間違いなく公正な試験の結果です」

「この生徒って、例のソレイユへ就職した子ですよね?」

「はい、そこで毎日放課後に勉強しているとか」

「毎日ですか、体調とかは大丈夫なんですかね?」

「それどころか凄く楽しそうで、とても元気そうに見えます。

ちなみに双葉さんの担当をしているのは、あの牧瀬紅莉栖さんだそうです」

 

 どうやらこの日の議題は理央についてであるようだ。

そして牧瀬紅莉栖の名前が出た瞬間に、

その事を知らなかったらしい、理系教科の担当教師達がざわついた。

さすがは世界的有名人の紅莉栖である。

 

「一体どんな勉強をすればこうなるのか」

「本人に聞いてみますか?」

「そうしますか、結果も伝えないといけませんしね」

「あ、じゃあ私が呼びにいってきますね」

 

 そして担任が、教室まで理央を呼びに来た。

 

「双葉さん、ちょっと会議室まで来てもらってもいい?」

「えっ、あ、は、はい!」

 

 それで双葉は、職員会議が自分のせいで開かれたのだと悟った。

他のクラスメート達も、それを聞いて同じ事を考え、ざわついた。

 

(問題ない成績だったらこんな事にはなってないはず、駄目だったのかな、まあ仕方ないか)

 

 理央はそう覚悟を決め、会議室へと入室した。

 

「失礼します、双葉理央、入ります」

「双葉さん、わざわざ来てもらってすまないね、ちょっと君に聞きたい事があってね」

「あ、はい、何でしょうか」

「先ずは試験の結果を見てくれ」

 

 校長から理央の採点結果が手渡され、理央はそれを見て、目を見張った。

 

「え、こ、これ、本当ですか?」

「ああ、ちなみに下に書いてあるのが平均だよ」

「こ、こんな点数をとったのは初めてです」

 

 そこには凄まじい点数が並んでいた。理系教科は全て百点、

英語が九十六点、現国が九十二点、日本史は八十八点である。

理央は理系な為、今回受けたのはこの六教科のみであった。

 

「ちなみに学年全体でもトップ、今回の試験は校内試験だからあくまで参考だけど、

多分全国でもかなり上位の成績だからね」

「し、信じられません」

「それでだ、普段どんな勉強をしているのか、聞いてみたいと思って来てもらったんだよ、

あくまで興味本位だから、言えない事は言わなくてもいいからね」

「あ、はい!」

 

 そして理央は、企業秘密に類する部分は上手く伏せつつ、正直にそれに答えた。

 

「そ、そんな事を……」

「高校の教育レベルを逸脱してますが、確かにそれならこの成績も頷けますね」

「そうか、論文か、英語はそういう事だったんだな」

「もしかして英会話も?」

「あ、はい、職場で普通に英語が飛び交ってるんで、

自然とある程度は話せるようになっちゃいました」

「現国と日本史についても前よりは上がってるみたいだが」

「日本史は前の日に頑張って暗記しました、現国は多分たくさんの論文を読んでいるうちに、

読解力が上がったんじゃないかなと」

「なるほどね、そういった影響もあるか……」

「はい、多分ですけど」

 

 そして校長は、笑顔で理央に言った。

 

「まあもう分かっていると思うが、試験結果は合格だよ、

これからは学校に来ても来なくても構わないから好きにするといい」

「あ、ありがとうございます!」

「しかしこんなにいい成績をとられると、ちょっと悔しい気もしますね」

「今回の問題は、かなり難しかったと思うんだけどなぁ」

 

 理系教科の担当の教師達が、口々にそう言った。

 

「な、何かすみません」

「いやいや、いつか双葉さんの姿をテレビとかで見るのを楽しみにしているよ」

「就職してもソレイユで頑張ってね、応援してるから」

「はい、ありがとうございます!」

 

 そして少し後に、今回の試験結果が廊下に貼り出され、

その結果は驚きをもって生徒達に迎えられた。

 

「うわ、双葉の奴、やっぱり一位だよ」

「話を聞いていて、そうじゃないかなって思ったんだよな」

「ソレイユやばいな、というか牧瀬紅莉栖って人がやばいのか」

「まあこれで双葉と会う機会もかなり減るだろうな」

「ちょっと寂しいけど、いなくなる訳じゃないし、ここは素直に双葉の事を祝福しようぜ」

「だな」

 

 こうして理央は実力をもって学校から解放され、

両親の許可も得て、理央の寮生活がスタートする事となった。




このエピソードはここまで!


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第663話 集まる人材達

このエピソードは2話構成でお送りします!


 この日ソレイユでは、就職の最終面接が行われる事になっていた。

時期的にはやや遅いくらいなのかもしれないが、この日の面接は特別であった。

先日八幡が、多分ソレイユに知り合いが何人か入ると風太達に冗談めかせて言っていたが、

その面接の日が今日なのである。

 

『あれ、卒業組の就職活動とかはいいのか?』

『それはもう終わってるらしい、うちにも多分何人か入ると思うぞ、

誰も教えてくれないから誰が入るのかは知らないんだけどな』

『全員だったりして』

『ははっ、まさか』

 

 あの時の会話はこうであったが、果たしてどうなったのか。

面接官として参加させられている八幡には、まだ誰が来るのか教えられてはいない。

実は昨日までに、知り合い組も別に厳正な面接を受けており、全員が無事合格を決めていた。

今日の面接はある意味おまけであり、ハッキリ言えば陽乃の趣味で開かれるものなのだ。

その事を知っている八幡は、嫌々ながら今日の面接に参加している。

ちなみに面接官は八幡と陽乃、アシスタントが薔薇である。

 

「姉さん、今日は結局誰が来るんだ?」

「名前は言えないけど今日は十人以上来るわよ、まあ気楽にしてなさいな」

「そんなに身内がうちを希望したのか、

しかしこのおまけの面接、本当にやる必要があるのか?」

「今日の面接の結果は、配属先の参考にする予定よ、もう決まってる人もいるけどね」

「そういう事か、まあさっさと始めようぜ」

「そうね、それじゃあ薔薇、案内をお願い」

「はい」

 

 そしてトップバッターが中に入ってきた。

 

「失礼します」

 

 八幡はその瞬間に、満面の笑みでこう言った。

 

「よし、お兄ちゃんの秘書に決定な!さあ姉さん、早く手配を!

おい薔薇、うちの小町に失礼のないように、懇切丁寧に仕事をレクチャーするんだぞ」

「きもっ」

 

 小町はそう言って八幡を完全に無視し、八幡は落ち込んだ表情で下を向いた。

 

「比企谷小町です、宜しくお願いします」

「さて、小町ちゃんは、自分にはどんな仕事が向いてると思う?」

「そうですね、やはりお兄ちゃんとは比べ物にならないこの社交性を生かして、

営業か渉外、もしくはアンテナショップの店員とかでしょうか。

少なくともそこのお兄ちゃんの秘書のような仕事は、

やれば出来るかもしれませんが、私に向いているとは思えません」

「なるほどねぇ、では希望の部署とかはどこかあるかしら」

「私としてもなるべく近くでお兄ちゃんを支えていきたいという気持ちはありますが、

さっき見たように、うちのお兄ちゃんはまだ妹離れが出来ていないので、

適度に距離をおきつつ、得意分野でお兄ちゃんの助けになれればと思います。

なので特にこれといった希望はありません」

「こ、小町……」

 

 八幡は、感動したような面持ちで小町の顔を見た。

小町はそんな八幡を諭すようにこう言った。

 

「お兄ちゃんもいい歳なんだから、そろそろ妹離れしなくちゃだめだよ、

そうじゃなくてもここにいる陽乃お姉ちゃんや薔薇さんの他に、

お兄ちゃんの隣にいたい人がたくさんいるんだから、

その人達の為にももっとしっかりしなさい」

「は、はい……」

「はい、ここまでで結構です、ありがとうございました!」

 

 小町はその言葉を受け、一礼して去っていった。

 

「さて、どんどんいくわよ」

「ああ、小町の期待に応えないといけないからな」

 

 八幡のシスコンが多少改善の兆しを見せたところで、次の面接者が入室してきた。

 

「二番、桐ヶ谷直葉、入ります!」

「いつも通り元気がいいわね、直葉ちゃんは、自分にはどんな仕事が向いてると思う?」

「そうですね、不審者がいたら、ボコボコに出来ます」

「た、確かに直葉なら出来そうだ……」

「八幡さんのと同じ警棒とかがあれば、なおいいですね 

「なるほど……希望の部署とかはあるの?」

「受付ですね、ソレイユは私が守ります!」

「戦う受付嬢さんか……ありね」

「ありだな」

「ありですよね!」

「オーケーオーケー、話がスムーズで気持ちいいわね、それじゃあそういう事で、

直葉ちゃん、ありがとうございました」

「はいっ、失礼します!」

 

 直葉は元気よく部屋から出ていき、八幡と陽乃はその姿を見てほっこりした。

 

「やっぱり元気がある子ってのはいいわね」

「ああ、会社に活力が出るからな」

「とりあえず受付って事でいいかしらね」

「そうだな、その上で、これはかおりやウルシエルにも言える事だが、

他に適正があるかどうか、色々なカリキュラムを組んで見極めていけばいいんじゃないか」

「そうねぇ、学生の時に自分の適性を理解している子なんてほとんどいないからね」

「そういう事だな、長い目で人材を育成していこう」

「それじゃあ薔薇、次は………ああ、次は三人一緒でお願い」

「分かりました」

 

 八幡はその言葉の意味がよく分からなかったが、陽乃を信じて静観する事にした。

 

「「「失礼します」」」

 

 次に薔薇に案内されて入ってきたのは、結衣と優美子といろはだった。

 

「由比ヶ浜結衣です、宜しくお願いします」

「三浦優美子です、宜しくお願いします」

「一色いろはです、宜しくお願いします」

 

 普段からは想像もつかない程、しっかりとした挨拶をする三人がそこにいた。

特に結衣のギャップが激しい。

 

「さてと、最初の二人には、自分の適性や希望について質問したんだけど、

今回三人を同時に呼んだのは理由があるの。というか、頼みたい事があるの」

「「「はい」」」

「ほう?」

 

 八幡はその様子を興味深げに眺めていた。

 

「頼みというのは他でもない、私としては三人を、

来年立ち上がる芸能部に配属したいと思っています」

「芸能部、ですか?」

「ええ、実は今年中に、倉エージェンシーがうちの傘下に入る事が決定したわ」

「そうなのか?」

「話があったのはまだ先日だから、八幡君にその事を話すのはこれが始めてね」

「なるほど、ついにか」

 

 陽乃はその言葉に頷きながら、説明を始めた。

 

「倉社長は、大手事務所が好き勝手している今の芸能界の体質が気に入らないらしくてね、

今やどこも手出しが出来ないくらいに成長し、勢いのあるうちをバックにして、

誰にも手が出せない公平で公正な事務所を設立したいと考えてるみたいよ」

「おっ、喧嘩か?」

「まあそういう事になるかもしれないわね、で、三人には倉社長……

まあもうすぐうちの部長になるんだけど、その下で今の芸能界の事を学んでもらって、

そういった色々な問題点を、こちらに報告して欲しいの。

まあ最初から普通の芸能活動をするのは厳しいでしょうから、

うちの広報活動から始めましょうか」

「それはつまり、広告塔になれという事ですか?」

「ええ、あなた達ならきっと出来るわ、どうかしら?」

「やります、やってみせます」

「あーし達が頑張れば、陰で泣く子が減るかもしれないって事っしょ?

これはもうやるしかないね」

「ふふふふふ、任せて下さい、そういうのは得意です」

 

 力強くそう言う三人に、八幡は眩しいものを見つめるかのような視線を送っていた。

そんな八幡を、陽乃が肘で小突いた。何か言え、具体的には褒めろと言いたいらしい。

八幡はその意を汲んで、三人にこう言った。

 

「三人は芸能人みたいな活動をする事になるのか、うん、いいんじゃないか?

安易に向いてるとか言うつもりはないが、三人ともそれぞれ違うタイプの美人だしな」

「「「美人……」」」

 

 三人はその言葉にピクリと反応した。面接という形をとっている以上、

過剰な反応は出来ないようだが、三人は明らかに嬉しそうであった。

 

「もし活動が上手くいかなくても問題はない、

ちゃんと個人の適正については長い目で調べていくから、

それに従って適正な部署に移ってもらうつもりだ。だからといってそれを逃げ道にせず、

その上で失敗を恐れずに、思い切って活動してくれると嬉しい」

「あ……ありがとうヒッキー、やれるだけやってみるね!」

「あーしなりに精一杯やってみるよ」

「見てて下さい、先輩の手が届かないくらいの人気者になってやりますからね!」

「ああ、期待してるからな」

 

 こうして三人同時の面接は終わり、八幡と陽乃は相談の上、

後日倉エージェンシーに赴く事を決めた。

 

「それじゃあ明日は倉エージェンシーだな」

「ところでさ、いずれはかおりちゃんも芸能部に所属させたいんだけど、

その事について八幡君はどう思う?」

「いいんじゃないか?あいつのあの明るさは、きっと武器になると思うぞ。

まあ本人の希望はちゃんと聞いてやってくれな」

「うん、分かってるって」

「よし、それじゃあ小猫、次にいこう」

「分かりました」

 

 次に中に入ってきたのは相模南であった。

 

「相模南、入ります」

「南ちゃん、秘書の仕事は大分覚えた?」

「はい、まだ室長ほどではありませんが、ほとんど覚えました」

「早めに秘書室に出入りしてもらった甲斐があったってものね。

一応確認しておくけど、他に希望する部署とかはあるかしら」

「ありません、私は八幡をしっかりと支えたいと思います」

「そう、それじゃあ予定通り、卒業後はそのまま八幡君の秘書として頑張ってもらうわ」

「はい!」

 

 南に関しては、八幡は特に口を挟まなかった。他の者とは違い、規定路線だったからだ。

 

「頼むな、南」

「うん、何か困ったらどんどん私を頼ってね」

「ああ、もちろんだ、頼りにしてるぞ」

「任せて!」

 

 そして次に入ってきたのはクルスであった。

クルスへの対応も南と同様だろうなと八幡は考えていたが、

どうやら陽乃の考えは違ったようだ。

陽乃は開口一番に、クルスにこう言ったのである。

 

「クルスちゃん、あなた、どれくらい戦える?」

「戦いですか?そうですね、八幡様のボディガードくらいはこなせると思いますが、

あくまでそれは、向かってくる脅威を排除出来るかどうかという話なので、

身辺警護という意味ではまだまだ学ぶ事が多いと思います」

「姉さん、一体何を……」

「これはさっきの話とも繋がる事なんだけど、さっき言ってた芸能部、

あの三人にも護衛が必要だと思わない?」

「ああ、まあそれは確かにな」

「今うちにいるそういった戦力は、レヴィちゃんと萌郁ちゃんしかいないわよね、

なので何かの時に彼女達の代わりが出来る人材が欲しいのよ」

「つまりそれには、秘書として八幡様に同行する事が多いだろう私が向いていると」

「そういう事ね、さすがはクルスちゃん、理解が早くて助かるわ。

実はクルスちゃんって、それなりに戦える子でしょう?」

「はい、八幡様のお傍にいられるように、鍛えてきましたので」

「そ、そうなのか?」

「はい、それも秘書の努めですから」

 

 さすがは才女と名高いクルスである、実にそつがない。

 

「就職前に、それなりの知識を身に付けてもらおうと思ってるけど、その余裕はあるかしら」

「お任せ下さい、やりとげてみせます」

「うん、信頼してるわ」

 

 この言葉で、八幡は陽乃がクルスの事を高く買っている事に気が付いた。

ここで八幡に出来る事といえば、激励くらいだろうか。

八幡はそう考え、クルスにこう言った。

 

「いつも俺の事を一番に考えてくれるクルスには、いつも感謝してるぞ。

その気持ちには必ず報いるつもりだから、大変だとは思うが、これからも頼むぞクルス」

「はい、いつまでも八幡様のお傍から離れません!」

 

 こうして未来に向けて多くの新人を迎えつつ、

八幡が社長に就任した時に、思い通りの活動が出来るように、

陽乃はソレイユの体制を徐々に固めていく。

 

 尚も面接は続く。



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第664話 飛躍の日

 次に部屋に入ってきたのは、八幡にとってはまったく予想外の人物であった。

 

「お、おお、戸部、戸部じゃないか、久しぶりだな!」

「ヒキタニ君も元気そうで良かったっしょ」

 

 戸部は八幡に、ニヤリと笑いかけた。

 

「もしかしてソレイユに入ってくれるのか?」

「当ったり前じゃんよ、ここにいるんだからさ」

「確かにそうだな、そうか、そうか……」

 

 八幡にとって、男友達は本当に貴重である。その数は十人に満たない。

 

「さて、それじゃあ感動の再会が終わったところで面接に移りましょう」

「さすがに感動の再会は言いすぎだぞ姉さん」

「あらそう?それじゃあさくっといっちゃいましょうか、

で、戸部君は、何が得意でどんな仕事をしたいと思うのかしら」

「俺には正直そこまで人に誇れるものはありません、

ただ一つだけ言えるとしたら、すぐに他人と友達になれるというところでしょうか」

「確かにそれは、八幡君の倍の能力といえるわね」

「倍?倍って何の事だ?」

「だって八幡君は、女の子を落としまくってるじゃない」

「だから風評を流すなっつってんだよ!」

「「風評?」」

 

 その言葉に、陽乃と戸部がきょとんとした表情でそう言った。

 

「えっ?」

「「えっ?」」

 

 八幡もその言葉にきょとんとし、陽乃と戸部も、それを見て再びきょとんとした。

 

「え、あれ、俺ってそういう風に見えるのか?」

「それ以外に無いというか……」

「無自覚だとしたら、逆に凄いっしょ……」

 

 まあこれは二人の冗談なのだが、焦った八幡はその事に気付かない。

 

「い、いや、違う、誤解だ。俺はそういう意図を持った事は今まで一度もない」

「あはははは、冗談だってば」

「ごめんごめん、ちょっとやりすぎだったっしょ」

「驚かせるなよ……二人で事前に示し合わせてたのか?」

「ううん、そんな事はしてないわよ?」

「今のは俺が社長に呼吸を合わせただけしょ」

「まあそんな感じね」

「マジかよ、戸部、お前ってかなり凄くね?」

 

 八幡はその戸部の才能に素直に感心した。

 

「いやぁ、俺ってば人に合わせる事だけは得意だからさ、営業とかが向いてるかなって」

「確かにそうかもしれないわね、というか営業をする為に産まれてきたと言ってもいいかも」

「ううむ、それじゃあ決まりかな」

「体力もあるし、完璧ね」

「あざっす!」

 

 こうして戸部は、営業部に配属される事になった。

今のソレイユであれば、嫌なら買うな商法をとってもユーザーからの需要は尽きないが、

陽乃はそういった手法は絶対にとらない。むしろこういった地道な活動をこそ重視していた。

 

「さて、次は……入社希望ではないけれど、まあ顔合わせね」

「ほう?」

「薔薇、連れてきて」

「はい」

 

 次に中に案内されたのは、葉山隼人であった。

 

「お、おお、葉山、葉山じゃないか、久しぶりだな!」

「そのセリフ、さっきドアの外から聞こえたセリフとそっくりだね」

「そう言われると確かに……というか、入社希望じゃないってのはどういう事だ?」

「司法試験にはまだ受かってないけど、今度親の事務所で見習いをする事になったんだよ、

で、ソレイユの担当の補助をする事になったんだ」

 

 ちなみに今は、隼人の父親がソレイユの顧問弁護士の任についている。

 

「おお、おめでとう!」

「ありがとう、これからも宜しく」

「何かあったらすぐに相談させてもらうわ、俺はそっち方面は全然だから」

「ああ、清濁合わせて役にたてるように頑張るよ」

 

 その言い方が少し気になった八幡は、じっと葉山の目を見つめた。

 

「ああ、ごめんごめん、新しく喧嘩を始めるらしいから、それ用にね」

「ああ、そういう事か、まあそっちが本業になる事は無いんだが、

トラブルのいくつかは避けられないと思うから、宜しく頼む」

「それには早く司法試験に受からないとね」

「そっちは頼んだ」

「ああ」

 

 二人は握手をし、葉山は笑顔で去っていった。

 

「しかしまあ、いよいよ知り合いを総動員してる感じになってきたな」

「言っておくけど知り合いだからという理由で採用した人は一人もいないわよ、

将来的にあなたの役にたちたいからと、みんなが努力した結果ね」

「それは……ありがたいな」

 

 八幡はその話を聞き、少し目を潤ませながらそう言った。

 

「まだ面接はあと三人残ってるわよ、ほら、しっかりしなさい」

「お、おう、小猫、次を頼む」

「分かりました」

 

(そういえばさっきから小猫は、『分かりました』と『はい』しか言わないな。

完全に秘書モードか、こうして見ると、いつものポンコツっぷりが想像出来ないな)

 

 八幡がそんな失礼な事を考えた瞬間に、薔薇がじろっと八幡を睨んだ。

 

「………何だ?」

「いえ、多分気のせいです」

 

 薔薇はそう答えたが、八幡は内心驚いていた。

 

(こいつ、エスパーか何かかよ……)

 

 そして次に、沙希が案内されてきた。

沙希は既にソレイユへの入社を決めており、仕事も定まっていたのだが、

一応形式的なものとして面接を受けたらしい。

 

「あれ、沙希も来てたのか」

「何よ、文句でもあるの?」

「いや、必要もないのに何か悪いなと」

「ふん、他のみんなが来るっていうから、それならあたしもって思っただけ」

「お、おう、意外と寂しがりやさんなんだな……」

 

 八幡は小さな声でそう呟いたが、沙希はどうやらその声が聞こえたようだ。

 

「何ですって?」

「い、いや、何でもない」

「そう、それじゃあこれからも宜しくね」

「ああ、頼りにしてる」

 

 会話はこれで終わりだった。だがその後姿は機嫌が良さそうであり、

八幡は、何故うちにはこうツンデレが多いのかと嘆息した。

 

「さて、お次は真打ち登場よ!薔薇、雪乃ちゃんをここへ!」

「はい」

「相変わらずのシスコンっすね」

「ええ、次々と試練を課しちゃうくらい、私は雪乃ちゃんの事が大好きよ!」

「確かに高校の時はずっとそんな感じでしたね」

「まったく姉さんの歪んだ愛情にも困ったものね」

 

 そう言いながら、雪乃が会話に加わってきた。

 

「さて、私は入社後はどうしましょうか」

「いきなりで悪いが、新設される経営部の部長だな、ついでに俺の専属だ」

「分かったわ、そのつもりで準備を進めるわ」

 

 そのまま雪乃は外に出ていこうとし、陽乃はそんな雪乃を慌てて止めた。

 

「ちょ、ちょっと待って二人とも、話はそれだけ?」

「それだけ、とは?」

「もっとこう、二人で詳しく話すこととかは無いの?」

「そんなの一言聞けば大体分かるじゃない、姉さんもボケたわね」

「がああああああああん!いつの間にか、八幡君と雪乃ちゃんがツーカーになってる!」

「ツーカーって懐かしい言葉だよな」

「昔そんな名前の携帯会社があった気もするわね」

「いいから二人とも座りなさい!話をするわよ!」

 

 陽乃はたまらず二人にそう言った。

 

「分かった」

「そうね、まあ今後の事でも話しましょうか」

 

 そして三人は今後の方針について話し合った。

現在の状況は、ALOについては特に問題はなし、他企業との提携も順調、

ニューロリンカーの登場と共に市場が縮小する可能性はあるが、

きちんと棲み分ければ問題なし。医学界にはもはや逆らえる勢力は皆無であり、

マスコミを含む芸能界には徐々に勢力を伸ばす予定、自衛隊にも食い込んでおり、

今後の課題はVRやAR技術の民生事業への転用と、警備会社の買収と強化、

雪ノ下建設の吸収による建設業界への浸透と、話はとんとん拍子に進んだ。

 

「後から後から簡単な説明だけでよくもまあ、本当に二人は通じ合ってるのね」

「まあ雪乃は俺の右腕ですからね」

「ゲームによって培われた技術よ、まあまだ明日奈には及ばないけど、

クルス辺りはいい線いってるわよ、姉さん」

「そうなんだ……ずるい、私も特訓する!」

「姉さんは仕事をしなさい」

「うぅ……」

 

 陽乃はその言葉に落ち込んだが、二人に陽乃をいじめる意図は当然ない。

 

「でも姉さんには本当に感謝しているのよ」

「ああ、俺達が生きて行ける場所を作ってくれたんだ、いくら感謝してもし足りないな」

「そ、そうかな?私えらい?」

「ええ、えらいわ」

「おう、えらいえらい」

「えへへぇ」

 

 陽乃はその言葉にニヤニヤが止まらないようであった。

 

「まあ特訓は、もう少し仕事が落ち着いたらでもいいだろ」

「あと数年は頑張ってね、姉さん」

「任せなさい!ソレイユを無敵のギルドにしてみせるわ!」

「ギルドじゃないけどな」

「まああまり変わらないわね」

 

 雪乃はここで退出し、最後の一人が部屋に呼ばれる事となった。

 

「次が最後よ、とはいえ隼人みたいに入社希望じゃないけどね」

「ほう?そんな奴が他にいたか?」

「それじゃあ薔薇、あの子をここへ」

「あの子?」

 

 そして薔薇に案内されて部屋に入ってきたのは、神崎エルザだった。

 

「え、トリがお前なの?何か間違ってない?」

「えええええ?いきなりそれ?」

「いやいやありえないだろ、普通ここは、もっと謎めいた人物の出番だろ?」

「それってまさに私じゃない」

「お前、自己評価が高すぎだろ……」

 

 その八幡の言葉にエルザはムッとしたのか、こう反論してきた。

 

「それじゃあ八幡、私の地元がどこか知ってる?」

「いや、知らないが……」

「私の本名が何か知ってる?」

 

 その言葉は確かに八幡に衝撃を与えた。

 

「え、お前に本名とかあるの?神崎エルザって芸名なの?」

「ほら、謎めいてるでしょ?」

「むぅ、確かに俺はお前の事を何も知らないな」

「性癖は知ってるのにね」

「知りたくて知った訳じゃねえ、で、お前の本名は何て言うんだ?」

「神崎えるざ」

 

 エルザにそう言われた八幡は、しばらく無言だった。

 

「………だから神崎エルザだろ?」

「ううん、神崎えるざ」

「違いがまったく分からないんだが」

「発音がひらがなっぽかったでしょ?」

「え、つまり『えるざ』が平仮名なだけか?」

「うん」

「………ちょっと殴っていいか?」

「ええっ?そんな人前でのプレイは恥ずかしいよぉ」

「くっ、やっかいな……」

「はいそこまで!」

 

 そんな二人を陽乃が止めた。二人はそれで会話をやめ、八幡は元の席に戻った。

 

「それじゃあエルザちゃん、相談を始めましょうか」

「あ、ちょっと待って!今日はたまたま連れがいるんだけど、

ある意味関係者だから、ここに呼んでもいいかなぁ?」

「関係者?そうね、エルザちゃんがそう言うなら別に構わないわよ」

「わ~い!」

 

 そして薔薇が黙って扉を開け、外から一人の女性を連れて戻ってきた。

どうやら薔薇は、事前にこの事を知っていたらしい。

 

「は、初めまして、桜島麻衣です」

「あら、もしかして女優の桜島麻衣さん?

なるほど、確かに倉エージェンシー所属という点では関係者ね」

「あの、今日はこちらにCMの件でお邪魔していたんですが、

途中でエルザに捕まってしまってここまで連れてこられました。

何かうちの事務所の一大事と聞きましたが……」

 

 八幡はどうやらCMの事を知らなかったらしく、ひそひそと陽乃に話しかけた。

 

「CM?姉さん、どういう事だ?エルザもこの前そんな事を言ってたが」

「アルゴちゃんが担当だから分からないけど、そのうち報告があるんじゃないかしらね」

「それならいいか、それじゃあとりあえずこの場の話を進めてくれ」

「は~い」

 

 そしてエルザと麻衣に座ってもらい、陽乃が話し始めた。

 

「え~と、桜島さん、そのうちそちらの社長から話があると思うんだけど、

倉エージェンシーは、年内にはソレイユ・エージェンシーと名前を変える事になったわ」

「えっ、そうなんですか?」

「ええ、まあしばらくは今までと何も変わらないから安心して。

望まない仕事を押し付ける事も絶対にしないし、むしろ待遇面では良くなるはずよ」

「その辺りは信頼してます、理央ちゃんから色々と話は聞いてるんで」

「あ、そういえば桜島さんは、理央の友達なんですっけ、この前理央から聞きました」

「はい、友達です!」

「そうですか、これからも理央の事、宜しくお願いしますね」

「それはこっちのセリフですよ、比企谷さん」

「そういえば確かにそうですね」

 

 二人の会話が終わったのを見て、陽乃が再び麻衣に話しかけた。

 

「ただこちらから、一つだけ雇用を続ける条件があるの」

「……何でしょうか」

「もし、芸能界の暗い部分とかを目撃したり、話を聞いたりした時は、

会社に報告して欲しいのよ、その為の窓口も用意するわ」

「それを知ってどうするんですか?」

「潰すわ」

「………出来るんですか?」

「ふふっ、どうかしらね」

「………分かりました、それくらいならお安い御用です、でも何でそんな事を?」

「そういえば話を聞いて無条件で賛同しちまったが、この話の始まりはどこなんだ?」

「私!」

 

 そう言ってエルザが元気よく手を上げた。

 

「お前?何かあったのか?」

「うん、この前私、独立したじゃない?そしたらさ~、

私の後援をしたいとかって言ううさんくさい人達が、うじゃうじゃ集まってきてさ」

「ほほう?」

「エルザちゃん、それ、本当?」

「うん、あと大手から嫌がらせが来たりして、その事を陽乃さんに相談したの。

私はまあそういうのはどうでもいいんだけど、全部の相手をしてる豪志がかわいそうでね」

「ああ、だから最近あいつはとても忙しそうなんだな」

「そうなんだ、やっぱりフリーでやってくのって大変なんだね……」

 

 どうやらエルザと仲がいいらしく、麻衣は心配そうにそう言った。

 

「なるほど、話が読めてきたぞ」

「でしょう?それで相談を受けた直後に、

倉エージェンシーからうちの傘下に入りたいって頼まれて、

その理由が大手事務所からの圧力がひどい事と、

そういった理不尽に対抗したいからだって聞いたからさ、

この際そっち方面の大掃除をしちゃおうと思った訳」

「そういう事か……」

「あ、それ、私も何度か経験しました。決まってたCMが駄目になったり、

オーディションが最初から出来レースだったり……」

「よく聞く話だな」

「ええ、やっぱりそういうのって、あるんですよね」

 

 陽乃の話をそう補足した麻衣は、残念そうにそう言った。

 

「私もそういうのがずっと嫌で……」

「私も私も!ねぇ八幡、そういうのって何とかなるもの?」

「そうだな、とりあえずエルザはうちの傘下に入れ、独立したままでいいから」

「それは別に構わないけど、そうするとどうなるの?」

「そういううざったい奴らがある程度近寄ってこなくなる」

「本当に?」

「ああ、そしてそれは時間と共に、ゼロに近付いていくだろうな」

「ほええ、やっぱりソレイユって凄いんだねぇ」

「本当にそんな事が出来るんですか!?」

 

 ソレイユの事を良く知らない麻衣は、驚いた表情でそう言った。

 

「あまり大きな声じゃ言えないが、うちは防衛省と繋がりがあるし、政府に知り合いも多い。

それに医学界にかなり顔が利く上に、建設業界にも浸透中だ。

警備会社を買収して、ある程度の武力を行使出来る部隊も作る予定だな」

「それだけだと、芸能界にはあまり関係がないように聞こえますが」

「一番大きいのは医学界よ、例えば地方で芸能事務所のスポンサーになっている団体、

やばい所が色々あるわよね?そういった所のえらい人が、いざ入院したとする、

もしくは人に言えないような患者を病院に運び込むとする、

さて、その病院に圧力がかかったら、どうなると思う?」

「……なるほど、怖い会社ですね」

「悪い人にとっては怖いでしょうね」

「だが真っ当に生きてるエルザや麻衣さんにとってはそうじゃないだろ?」

「はい、そうですね」

 

 麻衣はそう言って微笑んだ。

 

「分かりました、もし事務所の名前が変わっても、引き続きお世話になります」

「もっと大きな仕事もとってくるつもりだから、お願いね」

「本当ですか?期待してますね!」

「あ、ついでに恋愛については隠したりしなくていいからな、

あれから調べたんだが、色々制約が厳しかったんだろ?

うちは自己責任って事で、そういうのは好きにすればいい」

「まあ問題が大きくなっても、うちは全力で所属タレントは守るつもりだけどね」

「え、あ、あの……」

「大丈夫、咲太と幸せにな」

「は、はい、ありがとうございます!」

「エルザもこれから頑張れよ、お前の歌が世界に届くようにな」

「うん、ありがとう!」

 

 こうして一連の面接は終わり、いずれ来る八幡体制に向けて、

ソレイユはまさにこの日から、より成長を早める事になるのだった。




このエピソードはここまで!


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第665話 麻衣のお願い

ここから新エピソードです、まだ何話になるのかは未定です!(書けていないので


「倉社長、お久しぶりです」

「お久しぶりですわね」

「これは比企谷さんに雪ノ下社長、ようこそいらっしゃいました」

 

 先日話した通り、二人は今日、倉エージェンシーを訪れていた。

今回は情報収集の為に、電子のイヴこと岡野舞衣も二人に同行している。

 

「早速ですが、先日のオファーについてお話しをしましょうか」

「はい、宜しくお願いします」

「結論から言うと、この話、お引き受けしたいと思います」

「おお、ありがとうございます」

「条件としましては、倉社長の続投はもちろんの事、所属タレント全員の雇用保証、

それに積極的なバックアップという事になります」

「事前にお伝えしていた通りですね、

衣が変わるだけになりますが、我が社に出来るだけの事はします」

「助かります、兄貴のやらかしの時以来の念願が、やっと叶いました」

「そういえばあの時そんな事も仰ってましたね」

「ソレイユグループを大きくする為に、これから粉骨砕身頑張らせて頂きます」

「こちらも協力は惜しみません」

 

 そう言って三人は握手を交わした。

 

「さて、麻衣さんやエルザからも少し話を聞きましたが、

現状何か妨害が行われたり、圧力がかかったりとかいう事はありますか?」

「そういうのは日常茶飯事ですね、とはいえうちを名指しで攻撃してきている所は、

今のところありませんので問題ないといえばないと言えます」

「という事は、名指しじゃない攻撃はあるという事ですか」

「芸能界では自由競争の原則などという物は、あってないようなものですからね、

タレントのごり押しから始まって、出来レースや枕営業、話を挙げれば枚挙に暇が無いです」

 

 八幡は、やっぱり芸能界ってそうなんだなと思い、渋い顔をした。

 

「うちのタレントは大丈夫ですか?」

「はい、そういう工作は一切させていませんし、枕についても拒否しております」

「よくそれで今まで無事でしたね」

「本当にたちの悪いところには関わらないようにしてましたからね」

「なるほど、とりあえずそういった要注意な企業やプロダクションについて、

詳しく教えて頂いても宜しいですか?」

「はい、喜んで」

 

 二人は朝景から詳しく話を聞き、それを全て舞衣に記録させた。

場合によっては舞衣にその場で調べさせ、

あっさりといくつかの不正の証拠を掴んだりもした。

 

「さ、さすがというか……」

「とりあえずしばらくは、こういった情報をどんどん集めていきたいと思いますわ」

「どこかがうちにちょっかいを出してきたら、その瞬間に叩き潰します」

「そんな簡単にいくものなんですか?」

「バックがいなければ簡単ですね、バックがいたら若干時間がかかるかもしれませんが、

まあその場合は、マスコミを上手く使います」

 

 そう言って八幡はニヤリと笑った。

 

「本当にあなた方が味方で良かったと思いますよ」

「力の使い方を間違わないように、自らを戒めていきますので」

「その辺りはまったく心配してませんけどね、

そういえばご存知ですか?今度カムラ社が、

AIアイドルを大々的に売り出す予定らしいですよ」

「AIアイドル?へぇ、あのカムラ社がねぇ」

「デビューはオーグマーとかいうAR端末と同時になるようですね、

名前だけは決まっていて、『ユナ』というらしいです」

「ユナ、ねぇ………」

 

 八幡は、当然あのユナの事を思い出し、苦い顔をした。

 

「どうかしましたか?」

「いや、何でもないです、それにしてもAIアイドルですか、

ユナとやらが成功するようなら、うちでも開発してみますかね」

「カムラ社のお手並み拝見といったところですか」

「舞衣はどう思う?成功すると思うか?」

「う~ん………確かカムラにも、茅場製AIが流れてるよね?」

「そうね、向こうにもあるわよ」

「ただし『OR』だけどな」

「えっ、そっちなの?」

「当たり前だろ、『AK』はそう簡単に他の会社に流せるような代物じゃねえ」

「オリジンかぁ、それじゃあデフォルトのフラットな人格に、

とにかく情報を詰め込みまくらないといけないから、

完成させるのにはかなりの根気がいるんじゃないかなぁ」

「つまり時間がかかると」

「うん、むしろかけた時間で完成度が変わると思う」

 

 ORというのは、SAOがデスゲームと化した時、茅場晶彦の研究室で発見され、

その後、レクトに受け継がれたAIの事である。ORはオリジナルの略だ。

通常ソレイユから他社へのAI技術の移転が行われる場合、提供されるのはORである。

ORは全ての基本となるAIプログラムなのだ。

一方AKとは、SAOのサーバー内にあった、とあるプログラムを詳しく解析した結果、

茅場晶彦の手によって、試験的に導入されていたという事が発覚したAIである。

AKの学習能力はORの比ではなく、最終的には擬似的な感情を持つ段階にまで発展する。

ちなみに政府の技術者も、これを発見する事は出来なかった。

その理由は一つ、凄まじい数が存在していたSAOのNPCの中で、

これが搭載されていたNPCは、たった一体しかいなかったからだ。

発見したのはアルゴであり、これは偶然ではない。

何故ならその特別なNPCの名は『キズメル』というからだ。

八幡がキズメルと出会った事は偶然ではなく、

当該クエストを、『ハチマン』という名前のプレイヤーが受けた時のみ、

『キズメル』が登場するようにプログラミングされていた事が調査によって分かっている。

SAO時代にはORだったユイのAIも、

ハウスメイドNPCシステム導入と共に、記憶を継承した上でAKに切り替わっている。

ユイはORの中でも一番の完成度を誇っていたが、

その理由はプレイヤーの精神的なケアをするという役割上、

かなりの量のデータを蓄積していた為である。それこそ本来の目的を見失うくらいに。

牧瀬紅莉栖に提供されたAIだけは、最初からAKであったが、

これは例外中の例外である。八幡の紅莉栖に対する信頼が、それほど重かったという事だ。

現在では、ソレイユ社内で茅場製AIといえば、全てAKの事であり、

対外的に提供された物を分類する時だけ、ORとAKという用語が使用される。

ちなみにAKとは、『アドバンス』と『キズメル』という二つの単語の略である。

 

「何が何やら僕にはサッパリですが、

カムラ社が苦労するんだろうなという事は分かりました」

「すみません、一応うちの機密なんですよ、もしその時が来たら説明しますね」

「いえいえ、そういう事は知っている人間が少ない方がいいと思いますから、

僕の事はお気になさらず」

「お気遣いありがとうございます」

 

 さすがクラディールのせいで一時はピンチになりかけた会社を、

しっかりと立て直しただけの事はある。そういった機微をよく分かっている発言であった。

君子危うきに近寄らず、世の中には知らなくていい事というのは確かに存在するのだ。

 

「ところで名前繋がりですが、舞衣さんという名前をお伺いした時にふと思ったんですが、

うちの桜島麻衣をCMに起用したのには何か理由があるんですか?

いや、うちとしては嬉しいんですけどね」

「そういえば理由までは聞いてませんね、舞衣、何か知ってるか?」

「ああ、それはね、倉エージェンシーに所属している人を起用する事だけが決まってて、

誰にしようか選ぶ為に、色々な動画を見ながらみんなで話し合ったんだけど、

桜島麻衣さんを選んだのは、単純にうちの部長の鶴の一声かな」

「アルゴがか?何か理由は言ってたか?」

「『こいつ、実は運動神経抜群だな、ついでにこっちも』だってさ」

 

 そう言いながら舞衣は、自身の頭を指差した。

 

「頭の運動神経が抜群、か……」

「どういう意味でしょうかね」

「そうですね、多分頭の回転が速くて機転が利くって事でしょうね」

「運動神経ってVRゲームに関係あるんですか?」

「あるとも言えるし無いとも言えますね、

運動神経がいいと、確かにゲーム内での動きは良くなりますよ。

体の動かし方をよく知ってるって事ですから」

「なるほど」

 

 朝景はイメージが沸きやすかったのか、その説明にうんうんと頷いた。

 

「まあでも、そういったプレイヤーは大成しにくいのも確かですね」

「どうしてですか?」

「逆に自分に枷をはめてしまうからです、体の動かし方を知ってるって事は、

逆にその範囲内でしか自分の動きをイメージ出来ないって事ですからね」

「つまり限界を超えられないと?」

「ええ、むしろアニメなどで通常はありえない動きを日常的に見ている人の方が、

ゲームの中では強い傾向があると思います」

「それはどうしてですか?」

「そういったありえない動きを、自分も実行出来るとイメージしやすいからですね、

そういった動きも、VRゲームの中ではほぼ再現可能になってますから」

 

 その説明を聞き、朝景はううむと唸りながら言った。

 

「なるほど、脳の運動神経……それが大事だと」

「うちのアルゴは麻衣さんを見てそう判断したんでしょうね、

俺は彼女については詳しくないですが、多分演技力とか凄いんじゃないですか?」

「はい、麻衣の演技の才能はかなりのものだと思います」

「それならとんでもない動きを平気でこなすかもしれませんね、

そういう動きが絶対に出来ると自分に思い込ませればいいんですからね、

ある意味役作りみたいなものでしょう」

「なるほど、そう言われると納得です」

 

 八幡は、場合によってはヴァルハラにスカウトするのもありなんだがなと思いつつ、

多分仕事が忙しくて無理だろうなと考えていた。

エルザが何とか両立出来ているのは、ライブ以外の露出を極力控えているからであって、

麻衣のように映画にドラマにCMに引っ張りだこな人物には、

とてもそんな余裕は無いだろうなと思われた。

 

「そういえばエルザが、スポンサーになりたいという申し出が多いって愚痴ってましたよ」

「なるほど、確かに本人の事をよく知らないと、そう思うのかもしれませんね」

 

 朝景はそう言って苦笑した。実は朝景も、かつてはエルザの事を勘違いしていた。

エルザは歌に対してストイックで、清楚な人物だと思い込んでいたのだ。

だが以前何度か接した時のエルザと、八幡と一緒に事務所に来た時のエルザは、

まるで別人かと思われるくらい、正反対な人格をしていた。

今でこそ、八幡の隣にいる時のエルザが本当のエルザなのだときちんと理解しているが、

その時はあまりのギャップに本当に驚いたものだ。

 

「エルザの奴、その後何て言ったと思います?

『本当の私を知ったら、この人達はそれでもスポンサーになりたいって言うのかな?

今の私は身も心も八幡の物なのにさ!』だそうですよ。

だからとりあえず一発頭に拳骨を落としておきました」

「……そんな事をしたら、逆に喜んだんじゃないんですか?」

「そうなんですよ、もうどうしようもないというか何というか……」

「が、頑張って下さいね」

「正直頑張りたくはないんですが、まああいつが自由に歌えるように、

守ってやるつもりではいます」

「エルザの事、宜しくお願いします」

 

 朝景はそう言って八幡と陽乃に頭を下げた。

 

「お任せ下さい、うちにとってもエルザちゃんは、大切な仲間ですから」

「ありがとうございます」

「まあそんな訳で、今後とも宜しくお願いしますね」

「はい、今日はわざわざお越し頂き、本当にありがとうございました」

 

 そして三人は社長室を出て、駐車場へと向かったのだが、

その途中で三人は、先ほど話をしていた桜島麻衣と遭遇した。

 

「あっ、比企谷さん!」

「お、麻衣さん、CMの仕事を請けてくれてありがとうな」

「いえ、こちらこそご指名頂いて感謝しています」

「今回は宜しくね、麻衣さん」

「こちらこそ宜しくお願いします」

「そしてこっちは開発部の岡野舞衣だ」

「私も舞衣です、もっとも舞う衣で舞衣なので、麻衣さんとは字が違うんですけどね」

「読み方が同じってだけでも親近感が沸きますよね」

「はい、それは思います!」

 

 その偶然の出会いはそんな調子で和やかな雰囲気だったが、

よく見ると麻衣は、会話中に八幡をチラチラ見て少しもじもじしていた。

八幡はそんな麻衣の態度を見て、自分に何か相談でもあるのかなと考えた。

咲太の存在を知っていた為、当然自分に気があるのかなどという誤解をする事は無い。

 

「あの、麻衣さん、もしかして俺に何か用事でも?」

「あっ、すみません、分かりますか?えっと、その……

こんな事をお忙しいだろう比企谷さんに頼むのは少し気が引けるんですが」

「遠慮しないで何でも言ってくれ、

希望に添えるかどうかは聞いてみないと分からないけどな」

「ありがとうございます、えっと、CM絡みの話なんですけど、

私、実はVRゲームってやった事が無いんです、でもCMの仕事を請けたからには、

可能な限り見た人に驚いてもらえるような演技がしたいんです」

「プロ意識が高いわね」

「本当にそうですね」

「さすがだよなぁ」

 

 三人はその言葉を聞いて感心したようにそう言った。

麻衣はその言葉に少し照れたような表情をした後、いきなり八幡に頭を下げた。

 

「エルザちゃんに聞きました、比企谷さんは、VRゲームに関しては第一人者であり、

そして何よりとても強いと。あの、もしご迷惑でなかったら、私を鍛えてくれませんか?」

 

 その麻衣の頼みを、八幡は当然快諾した。

 

「ああ、それなら喜んで協力させてもらう。

というか、そういう事ならエルザも呼んだ方がいいな」

「ありがとうございます、助かります!」

「という訳なんだが姉さん、キャラはどうすればいいと思う?」

「そうねぇ、ちょっと反則だけど、CM用に作ったキャラをコンバートさせましょうか、

ALOに移動する時に多少外見も変わるでしょうし、問題ないと思うわ」

 

 その提案に八幡はすぐには頷かなかった。

何か考えがあるのか少し考えるそぶりを見せた後、

八幡は何か思い付いたような顔で陽乃にこう言った。

 

「う~ん……それならいっそ、外見をそのままに維持出来ないか?」

「……どういう事?」

 

 それだとALOの中に神崎エルザと桜島麻衣がいると噂になり、

大騒ぎになるのではないだろうかと思い、陽乃と舞衣はその事を八幡に尋ねたのだが、

八幡はまったく問題ないという風にこう答えた。

 

「俺が鍛えるんだ、麻衣さんは必ず強くなる。

戦闘訓練はまあヴァルハラ・ガーデンの訓練所で行うとして、

顔を隠して飛ぶ訓練もしておいた方がいいと思う。

その上である程度ゲームに慣れたら、撮影風景をゲーム内で公開するとかして、

それをそのまま宣伝に使えばいいんじゃないか?」

「おお」

「その発想は無かった」

「それでいいです、可能なら是非お願いします」

 

 陽乃と舞衣は驚いた顔で、そして麻衣はむしろ歓迎といった表情でそう答えた。

 

「もちろん手間が増える分、ギャラは弾ませてもらう、姉さん、それでいいよな?」

「そうね、今回だけじゃなく、そういった展開を今後の戦略に組み入れるとして、

そのテストケースとするには丁度いいかもしれないわね」

「舞衣、技術的には問題ないよな?」

「うん、余裕余裕」

「なら決まりだ、それじゃあ麻衣さん、

スケジュールが調整出来たらまた連絡するから楽しみに待っててくれよな」

「はい、ありがとうございます!」

 

 こうして麻衣は数日後、生まれて初めてVRMMOの世界に足を踏み入れる事となった



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第666話 麻衣、初めてのALO

 麻衣の依頼を受け、その夜八幡は、エルザに連絡を入れた。

 

「えっ?CM撮影の為の戦闘訓練?」

「そうだ、麻衣さんはお前と違って真面目だよなぁ」

「やっ、いきなりそんな興奮するような事を言わないでよぉ……」

「………」

 

 エルザが荒い息づかいでそう言ったが、八幡はもちろんそれには反応しない。

 

「という訳で、スケジュールの調整がしたい、空いている時間を教えてくれれば、

こちらから倉エージェンシーに問い合わせて予定を組むつもりだ」

「予定、予定、うん、それじゃあ後で、私の詳しい予定表を送るね」

「悪いな、それじゃあ宜しく頼む」

 

 八幡は電話を切り、そのまま風呂に入ろうと階下へと向かった。

そして戻ってきた直後に、エルザから文書が届いた。

 

「あいつにしては珍しく仕事が早いな……」

 

 感心しながらそのファイルを開いた八幡は、ピタリと動きを止めた。

 

「……八時起床、八幡の抱き枕におはようのキス、ついでに人に言えない事を色々。

九時にシャワー、火照った体を冷ますも、逆に火がついて色々……

妄想の中で八幡に触られた所は洗わない。

十時から曲作り、曲目は、もっといじめて八幡君?

十二時昼食、八幡の好きなサイゼリアへ……何だこれは……」

 

 そこにはまるで小学生の日記のような、エルザの日常が数日分延々と記されていた。

 

「詳しいの意味が違え……というか何故スケジュールが物語形式……」

 

 八幡は途方にくれながら、再びエルザに連絡を入れた。

 

「おい、これはどういう事だ?」

「何が?」

「俺は空いている時間を教えてくれと言ったんだ、

お前が俺をおかずにどんな妄想をしようとどうでもいいが、

とりあえず最低限の情報は開示しろ」

「あ、うん、えっと、情報、情報ね、さっき私の妄想の中で八幡は……」

「そんな情報開示しなくていいんだよ!」

 

 八幡は即座にそう突っ込んだ。

 

「もう、わがままだなあ、空いてる時間ね、えっと、全部かな」

「ぜ、全部?」

「うん、今は充電期間という事でCM以外の仕事はしばらくお休み!

なのでいつでもオーケーだよ!」

「はぁ?じゃあ何でエムだけあんなに忙しそうなんだよ」

「オファーだけは多いから、それを断るのが大変でねぇ」

「エムに丸投げかよ、さすがにエムが気の毒な気がするんだが」

 

 さすがの八幡も、そう言ってエルザを嗜めた。

 

「大丈夫大丈夫、仕事が来る度に、

『お前の努力が足りないからこういう仕事ばっかり来るんだよ!』

って言って腹パンしてるけど、凄く嬉しそうだから」

「そ、そうか……」

 

 八幡は、本人が幸せだったらいいんだろうかと納得しそうになったが、

エルザがおかしな事を言っていた事に気が付き、その事を質問した。

 

「というか、さっきお前が言っていた、こういう仕事って何だ?」

「えっと、グラビアだの雑誌のインタビューだの、

テレビだのなんだのって、元々NGだって言ってる仕事かな?」

「そういう事か……」

 

 八幡はそう言われ、それ以上余計な事を言うのはやめた。

そもそもエルザをメディアに出演させるなど、放送事故確定である。

 

「それじゃあとりあえず、こっちで勝手に予定を決めとくからな」

「うん、私なんかより麻衣ちゃんの方が全然忙しいはずだから、向こうに合わせてあげて」

「まあ武器や戦闘スタイル云々の詳しい話は直接会って話せばいいか」

「そうだね、まああの子は器用らしいからどんな武器でもいけそうだけどね」

「リズとナタクに色々用意しておいてもらうかな」

 

 こうして着々と準備が進み、ついに麻衣がログインする日がやってきた。

 

「さて、準備はこれでいいか」

 

 ハチマンはフーデッドローブを二着持ち、自らも顔を隠しながら、

コンバートしてくる者がPOPする広場で待機していた。

 

(騒ぎにならないように、くれぐれも気を付けないとな、

まあ最悪俺が顔見せをして押さえ込めばいいか)

 

 ハチマンはそう考えながら、じっと約束の時間を待っていた。

するとそこに、見覚えのある一団が現れた。

 

(あれは……ロザリアの元部下どもか、連合だな)

 

 ハチマンは、このタイミングでの揉め事は勘弁だと思いつつ、

目立たないように大人しくしていた。

だが彼らにとってハチマンは、ある意味自分の仇である。

当然見逃してもらえるはずもなく、むしろ彼らは積極的にハチマンにからんできた。

簡単に顔を隠したくらいでは、その恨みのこもった視線は誤魔化せないらしい。

 

「これはこれは、ハチマンさんじゃないですか」

「今日は取り巻きの女どもはどなたもいらっしゃらないみたいですねぇ?」

「顔なんか隠して、新しい女と待ち合わせでもしてるんですかあ?」

 

 街の中では攻撃される事は無い為、元トリマキーズの面々は強気であった。

人数が多い事も影響しているのだろう、

実際もしここにいたのがこの中の誰か一人だった場合、

その者は尻尾を股にはさんで知らん顔で通り過ぎていた事は間違いない。

 

(あ~面倒臭え、どうすっかなぁ、手っ取り早く威圧して追い払うか)

 

 ハチマンは時間が迫っていた為、そう考えて一歩前に出た。

だが七人はひるまない、ここでは自分達にダメージを与える事は不可能だからだ。

確かにSAOでもかつてあったように、衝撃をくらうくらいの事はあるかもしれないが、

七人で囲めば何とでもなるのではないかという甘い考えの元、

元トリマキーズは強気な態度を崩さなかった。フィールドで出会ったら即殲滅される以上、

街中でくらいは多少なりともイキりたいのだろう。

 

「ハチマ~ン!」

「お待たせしました」

 

 その時背後から、よく聞き慣れた声と、少し緊張したような声が聞こえた。

 

(しまった、もう来ちまったか)

 

 ハチマンは仕方なく、振り返らないまま二人を制するように手を軽く後方へと振り、

全力で元トリマキーズを威圧した後に、すぐにこの場を離れようと考えた。

多少二人の顔は見られるかもしれないが、

しばらくヴァルハラ・ガーデンに入りさえすれば何の問題もない。

そんなハチマンの意図を、頭のいいエルザは状況を一目見て理解していた。

ちなみに二人の名前は、CM用のキャラである為、そのまんまエルザとマイである。

 

「マイちゃん、どうやらお邪魔虫がいるみたい」

「あの人達は?」

「敵対ギルドの人!」

「でも確か、圏内でのプレイヤー同士の戦闘は出来ないのよね?」

「うん!マイちゃんよく勉強してるね!」

「昨日リオ……ンちゃんに教えてもらったの。で、どうする?」

「あの感じだと、二人はちょっと下がってろって言ってるみたいだね」

「とりあえず移動する?」

 

 そのマイの常識的な意見に、エルザはニヤニヤしながら首を振った。

 

「ううん、こういう時はね、全力で煽ってやればいいんだよ!」

 

 そう言ってエルザは、いきなりハチマンに向けて走り、その右腕をぎゅっと抱きしめた。

 

「おわっ、お前、俺の指示を……」

 

 ハチマンはその顔を見て、やっぱりエルザかと思いながら、抗議しようと口を開いた。

だがエルザはそんなハチマンの事は気にせずに、元トリマキーズに向けてこう言った。

 

「初めまして!私達のダーリンに何か用事でも?」

「え、あ、う……」

「か、神崎エルザ!?」

「よく言われますぅ、ここでの私って、とってもかわいいですよね!」

 

 さすがはエルザ、後々撮影風景が公開された時の事も考えているのだろう、

自分の正体について否定も肯定もせず、あいまいな言い方で通すつもりのようだ。

その上で全力でハチマンにくっつく、ゴシップをものともしないその姿勢は、

さすが自分の欲望を何よりも最優先させるエルザらしい。

元トリマキーズの面々は、どうやら女性慣れしていないのかエルザの登場に戸惑っており、

それを見たマイは、女優としての本能が目覚めたのか、

エルザの後を追い、ハチマンの左腕にすがりついた。

 

「こんにちは!でもごめんなさい、私達、これからデートなんです!

さあハチマンさん、三人で仲良く遊びましょ?」

 

(マイさんもか!)

 

「えっ?さ、桜島麻衣!?」

「よく言われます、ここでの私って、とっても美人ですよね!」

 

(エルザのセリフをアレンジしてきやがったか)

 

 そう思いつつもハチマンは、そのエルザとは一味違う、

少しもじもじしつつも本当に楽しそうで、かつ誇らしげなマイの演技に瞠目した。

 

(さすがだよなぁ……)

 

 こうなってはこのまま押し通すしかない、

ハチマンはそう考え、その場の雰囲気に乗る事にした。

 

「そういう訳でお前ら、悪いが今日は相手をしてやれない、

今度フィールドで会った時に、全力でやりあおう」

 

 ハチマンはやや引きつった表情でぎこちない笑顔を浮かべながらそう言い、

それを見ていたエルザとマイは、含み笑いをした。

 

「お、おう」

「くそっ、何でこいつばっかり、こいつばっかり!」

「あっ、その武器格好いいですよね、へぇ、いいなぁ」

「えっ、そ、そうか?」

「私もそう思います、見た目が凄くこってますよね」

「だ、だろ?」

 

 相手がネガティブな方向に流れそうになると、

エルザとマイが二人がかりでそう声をかけ、方向修正させていく。

かわいいも美人も正義なのだという事を、ハチマンはそれで思い知らされた。

 

「あっ、時間が無くなっちゃう!ほらハチマン、早く行こ?」

「そうですね、それではみなさん、ごきげんよう」

「それじゃあまたな」

 

 そう言って三人はその場を去っていき、アインクラッド行きのポータルに消えていった。

残された元トリマキーズの面々は、それを呆然と見送る事しか出来なかった。

 

 

 

「あはははは、見た?あいつらのあの顔」

「何というか、悔しいけど口には出せないみたいな表情だったわね」

「でもやっぱりマイちゃんって演技が上手だよねえ、私にはああいうのは無理!」

「無理って事はないんじゃない?ほら、さっきみたいな役とか、

エルザちゃんは外面がいいから、適役なんじゃないかな?」

「あとドSっぽい役な」

「あ、ハチマンさんも知ってるんですね、エルザちゃんの本性!」

 

 どうやらエルザとマイは想像以上に仲がいいらしい、

その事を理解したハチマンは、エルザにも友達と呼べる者がいたのかと少し驚いた。

だが大人なハチマンは、それをストレートに口に出すような事はしない。

 

「ここがアインクラッドですか」

「うん、全ての始まりの地だよ!」

「凄いなぁ、私、こういうのをやるのは初めてだから、本当にびっくりする事ばっかり」

 

 マイはまるで子供のように色々な物に興味を示し、

その度にハチマンやエルザに質問してきた。二人はそんなマイの姿を見てほっこりした。

 

「マイさんって本当に初心者なんだなぁ」

「うん、私がこれから色々教えてあげなくちゃ!」

「お前、随分マイさんと仲がいいよな」

「だってマイちゃんって、色々な事に偏見が無いんだもん!

私の本性についても理解を示してくれたし!」

「なるほどなぁ」

 

 ハチマンはそれで、エルザがマイに好意的な理由に納得した。

 

「さて、それじゃあ二人とも、これを着てくれ」

「これは?」

「フーデッドローブって奴だな、これで顔を隠さないと、ちょっと面倒な事になるからな」

「あ、そうですね、分かりました!」

 

 ハチマンも同じようにフードを頭に被り直し、三人はそのまま歩き始めた。

 

「ハチマンさん、あそこにハチマンさんの名前が!」

 

 その時マイが何かを指差してそう言った。

 

「ん、ああ、剣士の碑か」

「剣士の碑?」

「全員じゃないが、フロアボスを倒すと、

ああやってあそこに参加してた者の名前が表示されるようになってるんだ」

「そういう事ですか!」

「ちなみに第三層までは、全部うちのギルドのメンバーだな」

「なるほど、歴史に名が残るみたいなものなんですね」

 

 そこにエルザが、ややエキサイトしたように話に割り込んできた。

 

「私もあそこに名前を載せたい!」

「ん?ああ、そういえば途中参加組は、まだ名前が載ってないんだったな」

「うん!」

「それじゃあ今度全員の名前を載せにいくか、俺の名前が先頭にあれば、

うちのメンバーだって分かるだろうしな」

「やった!ねぇハチマン、ついでにマイちゃんの名前もあそこに載せようよ」

「ん?そうだな、戦力的には問題ないだろうし、そうするか」

「か、軽く言いますね……」

 

 マイはそんな二人の軽い態度に驚いた。

よく分からないが、フロアボスというのはとても強い敵なのではないだろうか。

 

「大丈夫大丈夫、うちはヴァルハラだから!」

「ヴァルハラ……って何?」

「ヴァルハラ・リゾート、ALOの最強ギルドだよ!」

「最強……そっか、凄くいいね!」

「でしょでしょ?」

 

 マイのその言葉に本当に偏見が無いんだなとハチマンは感心し、マイへの好意を強くした。

ゲームの中で最強と言われても、それがどうしたのという態度をとる者はやはり多いからだ。

 

「あ、今は二十六層まで攻略が進んでるんですね、あれ?表示されてる名前が増えてるんだ」

「え、何だそれ、初耳だな」

 

 ハチマンはその言葉に驚き、二十六層に表示されている名前を見た。

そこには八人の名前が表示されており、確かに以前から一人増えていた。

 

「それは気付かなかったな」

「多分上の層に行く度に、増えてく仕様なんじゃない?

これからどんどん敵は強くなっていくんだし、

出来るだけ多くの名前を載せてあげたいみたいな?」

「それはあるかもしれないな」

「でしょでしょ?」

 

 三人はそんな会話をしながら移動を再開し、転移門へとたどり着いた。

 

「エルザ、先に行け。俺は転移門を調整してマイさんをそっちに送り出すから」

「は~い!」

 

 そしてエルザが転移門に消えた後、ハチマンは移動先を二十二層に合わせ、

マイに中に入るように促した。そしてマイは躊躇いなく転移門を潜り、

一瞬視界が暗転した後、マイの目の前には、

始まりの街とはまた違う、真っ青で広大なアインクラッドの空が広がっていた。



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第667話 二人の武器選び

「うわぁ、空が青いなぁ」

「マイちゃん、こっちこっち!」

「あ、うん」

 

 しばらく空に見入っていたマイの手をエルザが引っ張った。

そして三人は、コラルの街の外れにあるヴァルハラ・ガーデンへと向かって歩き始めた。

 

「な、何かプレイヤーが多くない?しかも女の子が多い気がする……」

「まあいつもの事だよ」

「ここは観光名所になってるみたいだしな」

「か、観光名所?」

 

 その言葉通り、多くのプレイヤーが、正面にある塔のようなものを遠巻きに眺めていた。

そしてその視線は、次にこちらに向かってきた三人に注がれる事になる。

 

「凄く見られてるんだけど」

「まあこの道を通るのは、俺達しかいないからな」

「ここってば、うちの専用道みたいなものなんだよ」

「そうなんだ」

 

 塔の前の石畳の道は、プレイヤー間の不文律によって、

ヴァルハラ・リゾートのメンバーしか通らない事になっていた。

そして今、三人はその道を平気で歩いている。つまりはそういう事なのだ。

なのでその場にいるプレイヤー達は、そんな三人を興味津々で見つめているのだ。

 

「しかし顔を隠してる分、いつもよりも注目度が大きいか?」

「そうかもしれないね」

「この中で仮メンバーに登録したら、エルザとマイの名前がアナウンスされちまうな」

「面倒だけど、入館証をアイテム化してハチマン宛に発行するしかないね」

「だな、とりあえず注意を俺に引き付けるわ」

「どうやって?」

「こうやってだ」

 

 そしてハチマンはフードを外し、その顔をプレイヤー達に見せた。

 

「あっ、ザ・ルーラー様よ!」

「支配者様!」

「ハチマン様!やっとお姿を見る事が出来たわ!」

 

 ハチマンはそんなプレイヤー達に向けて軽く手を上げ、その場に大歓声が起こった。

それにより、プレイヤー達の視線はエルザとマイから完全に外れ、ハチマンに集まった。

 

「う、うわ、何か黄色い声が凄いね……」

「まあうちのリーダーと幹部連は格が違うからね、こうなるのは仕方ないかな」

「幹部って、誰?」

「黒の剣士のキリト、バーサクヒーラーのアスナ、絶対零度のユキノの三人だよ」

「へぇ、会ってみたいなぁ」

「そのうち会えるよきっと」

 

 そしてハチマンは塔の入り口で何か操作し、カード式の入館証を二人に差し出してきた。

三人はそれを使って塔の中に入り、ハチマンはやっと落ち着いたのか大きなため息をついた。

 

「はぁ、いつもの事ながら、相変わらずここは人が多いな」

「だねぇ、まあ仕方ないんじゃないかな?」

「びっくりしました、本当に凄かったです」

「まあ驚くよな……さて、上に上がるか」

 

 そして螺旋階段を上り、館が見えてくる頃、中から四人の人物が姿を現した。

 

「お~い、ハッチマ~ン!」

「誰がハッチマンだ、俺はハチマンだ」

「ハチマン、そのギャグは面白くない」

 

 最初にそう声をかけてきたのはリズベットだった。

 

「ハチマンさん、お待ちしてました」

「おうナタク、何か面白い武器は出来たか?」

「はい、リズさんと共同で色々取り揃えておきました!」

「悪いな、二人ともありがとな」

 

 次にナタクが朗らかな表情でそう言った。次に前に出てきたのはスクナである。

 

「待ちくたびれたわよ」

「悪い悪い、相変わらず人が多くてな」

「フン、鼻の下を伸ばしてるんじゃないわよ」

 

 スクナは不愉快そうにそう言ったが、

それはどこからどう見てもヤキモチを焼いているようにしか見えなかった。

 

「スクナは相変わらずツンデレだよねぇ」

「な、何よロビン……じゃなかった。今はエルザだったわね、

べ、別に私はそんなんじゃないから」

「それ、シノノンとスクナの共通の口癖だよね?」

「く、口癖?い、いや、確かにそうかもだけど、それはそのままの意味だから!」

「はいはい」

 

 そして最後にユイが、妖精姿でヒラヒラとハチマンの肩にとまった。

 

「パパ!」

「おうユイ、スクナが怖くなかったか?」

「なっ……」

「パパ、冗談でもそんな事を言っちゃだめですよ、スクナさんは本当に優しいんですから」

「ああ、そういえばこいつは重度のシスコンだったわ」

「あ、あんたね……」

「まあまあスクナちゃん、そのくらいで、ね?」

 

 スクナはぷるぷると拳を振り上げようとしたが、エルザに窘められてその手を引っ込めた。

 

「ユイ、今日はキズメルがあっちか?」

「うんパパ、あっちにいますよ」

「そうか、それじゃあ今日は、マイさんの事はお前に頼むな」

「任せておいて下さい!」

 

 そこで名前が出た事で、マイが一歩前に出て、四人に挨拶をした。

 

「しばらくお世話になります、マイです、宜しくお願いします」

「おお、本物だ……」

「当たり前だろ」

「後でサインして下さい!」

「スクナって意外にミーハーだよな」

「ハチマンさんの人脈はさすがですよね……」

「俺というか、会社絡みだけどな」

「ハチマン!早くマイちゃんに中を見てもらおうよ!」

「おう、そうだな」

 

 エルザが待ちきれないという風にハチマンにそう言ってきた。

どうやらマイに、ヴァルハラ・ガーデンの中を自慢したいらしい。

そして中に入ったマイは、その内装を見て目を輝かせた。

 

「うわ、凄い広い!それに豪華!」

「ふふん、でしょでしょ?」

「まさかこんな事になってるなんて、想像もしなかったよエルザちゃん」

「もっと褒めて褒めて!」

「凄いなぁ、これが最強と呼ばれるギルドの本拠地なんだ」

「この中を直接見た事のある人って、メンバー以外だと数人しかいないんだよ!」

「そうなんだ、それは光栄だなぁ」

 

 マイが本当に嬉しそうだったので、それを見ていた他の者達も嬉しくなった。

これが女優、桜島麻衣の持つ魅力の一つなのだろう。

そして一同はリビングのソファーに腰掛け、実務関連の相談を始めた。

 

「最初はやっぱり武器をどうするかだよね」

「CM撮影だし、やっぱり派手なのがいいのかな?」

「そうなると、二人とも大剣、もしくはいくつかの武器をとっかえひっかえがベストかな」

「性能はいまいちでもいいから、派手なエフェクトを出す武器や防具が必要か」

「いくつか作ってあるわよ、いわゆるネタ武器」

「おお、それじゃあ訓練場に移動するか」

 

 職人組の提案を受け、一同は訓練場へと向かった。

その途中で、ハチマンはエルザとマイにこう尋ねた。

 

「ところでそのキャラ、ステータスはどうなってるんだ?」

「う~ん、中の上くらいで、平均化されてる感じかな」

「なるほど、どんなスタイルもとれるようにか」

「本気武器はちょっと装備出来ないかも、でもまあネタ武器なら大丈夫かな?」

「大丈夫ですよ、必要ステータスは低いですから」

「なら安心だね!」

 

 訓練場についた後、その場には早速色々な武器が並べられた。

大剣、大鎌、鉄扇、鉄鞭、それ以外にも、

ハチマンでもよく分からない武器が多数並んでいた。

 

「とりあえず色々使ってみるか」

 

 ハチマンはそう言いながら、順に武器を試し振りしていく。

 

「大剣は慣れてないが、まあ普通に派手だよな」

「慣れてない……?」

「剣筋が凄まじく速いんですけど」

「ん、何だこのボタンは」

 

 ハチマンはそう言って何かを操作した。その瞬間に剣の腹に刻まれていた文字が発光した。

 

「おお」

「格好いい!」

「まあ何の効果も無い、ただの演出ですけどね」

「おお、やっぱりこういう武器っていいよな」

 

 ハチマンはしばらくそれをブンブン振り回した後、それを地面に突き刺した。

 

「ふ~む、こんな感じか」

「ハチマンって、そんなの大剣の扱いが上手かったっけ?」

「いや、単にこれが軽いだけだ、だから例えまともにヒットしても、

威力も大した事はなかったはずだぞ」

「あ、そういう事なんだね」

「まあネタ武器ですからね」

 

 そしてハチマンは、どんどん色々な武器を披露していった。

 

「大鎌か」

「今度は剣そのものじゃなく、剣筋が光るんだ」

「ゆらゆら揺れて、死神の鎌っぽいね!」

「鉄扇は……扱いが難しいな、開け閉めするタイミングがよく分からん」

「格好つけたい時に開けばいいんじゃない?」

「それか身を守る時ですかね」

「まあCMなんだし、開きっぱなしでもいいか」

 

 その鉄扇は攻撃がヒットした瞬間に光る仕様になっているようで、

地味な見た目に反し、その戦っている姿はとても華麗に見えた。

 

「鉄鞭はただのしなる棒だよな」

「長さもそれほどじゃないしね」

「さて、これはどうなるのか……」

 

 ハチマンはそう呟きながらボタンを押した。

その瞬間に鞭の先端に氷の結晶のようなエフェクトが現れ、

鞭を振るう度にそのエフェクトが周囲に散らばっていく。

 

「おお?」

「ぷっ、ハチマンが氷の妖精とかまったく似合わないんですけど」

「リズ、後で覚えてろよ」

 

 そう言いながらもハチマンは、真面目に武器を振るい続けた。

 

「で、ここからは俺もよく分からないんだが、

このぶ厚いバームクーヘンみたいな物体は何だ?」

「ロケットパンチです」

「……すまんナタク、もう一回言ってくれ」

「ロケットパンチです」

「え、マジで?」

「はい、それを腕に装着してこう叫んで下さい、『飛ばせ鉄拳、ロケットパンチ!』と」

「マジかよ……」

 

 さすがのハチマンも、それは恥ずかしかったらしい。

しばらく逡巡した後に、ハチマンは諦めたような顔でこう叫んだ。

 

「飛ばせ鉄拳、ロケットパンチ!」

 

 その瞬間に腕にはめた円筒部分が高速回転し、目標へ向かって飛んでいった。

 

 ゴガン!

 

 という音と共に、その円筒は見事に標的に命中し、

その二本の円筒部分は、勢いよくハチマン目掛けて戻ってきた。

 

「うおおおお、怖えよ!」

 

 だがその円筒は見事な軌跡を描いてハチマンの両腕にはまり、

ハチマンは手に直撃しなかった事に心底安堵した。

 

「何よハチマン、そんなのが怖いの?」

「その喧嘩、買ったぞリズ、ちょっとお前、自分でやってみろ」

「え?」

「大丈夫だ、全然怖くない、さあやってみろ」

「え~っと……」

「いいからさっさとやれ」

「う、うぅ……」

 

 口は災いの元とはまさにこの事だろう。早速のハチマンの仕返しのターンである。

 

「そ、それじゃ行くよ、と、飛ばせ鉄拳、ロケットパンチ!」

 

 リズベットが渋々と言った感じでそう叫ぶと、先ほどと同じように円筒が目標に命中し、

くるりと回ってこちらに戻ってきた。

 

「う、う、うわあああああん!」

 

 リズベットも怖かったのだろう、そう絶叫してバンザイの格好になったが、

円筒は見事にその動きをコントロールし、リズベットの両腕にはまった。

 

「はぁ、はぁ……」

「どうだ、怖かっただろ」

「う、うん、想像以上だった……ごめん……」

 

 さすがのリズベットもよほど肝を冷やしたのだろう、素直にそう謝った。

 

「さて、次はこれだが……」

「バル・バラです」

「え?まじで?」

「はい、ホーミングブーメランです」

「おぉ……」

 

 バル・バラの元ネタが出てくる作品は、ハチマンとキリトのお気に入りであり、

特にキリトはその技を度々パクって使用している常習犯なのである。

一例として、剣の衝撃波と共に敵の懐に飛び込む、

ブレイクダウン・タイフォーンもどきという技があげられる。

そしてこのセリフからして、どうやらナタクもその一員のようだ。

ハチマンはわくわくした表情でそれを目標に向けて投げつけ、

それは美しい軌道を描きつつ、光のエフェクトを発しながら目標に命中し、

そのままジェット噴射をして軌道を変え、見事にハチマンの手元に戻ってきた。

 

「おお」

「何か格好いいね」

 

 だがそんな賞賛にはまったく反応せず、ハチマンはこう言った。

 

「使えん」

 

 ハチマンはそのままバル・バラを下に落とし、続けてこう言った。

 

「まったくうちのナタクときたら、思い付きでこんな武器ばっか作っちゃってさぁ」

 

 その言葉にリズベットを始め、他の者達は思わず唖然とした。

だが当のナタクは、それを見た瞬間に割れんばかりの拍手をした。

 

「ハチマンさん、続きもいけます!」

「マジかよ、ナタク、信号弾!」

「はいっ!」

 

 イコマは事前に用意していたのだろう、本当に信号弾を上げた。

それは朱色、草色、桃色の三色であった。

 

「バーミリオン(朱)、グラスグリーン(草色)ピンク(桃)!」

「ナタク、早く調べろ、敵か味方か?」

「朱色はヴァルハラ、グラスグリーンは攻撃隊!そしてピンクは……」

 

 そして二人は同時に叫んだ。

 

「「アイシャ様だ~!!!」」

「あはははは、あはははははは」

「ナタク、よくやった!パーフェクトだ!」

「はい、準備しておいた甲斐がありました!」

 

 そんな二人の寸劇を、他の者達はポカンと眺めていた。

 

「な、何あれ……」

「私達には分からない世界ね」

「どうもヴァルハラ・コールの元ネタみたいだけど」

「まあ楽しそうだからいいんじゃない?」

「パパ、凄く嬉しそうです!」

 

 ハチマンとナタクの笑い声が周囲に響き渡る中、

他の者達は冷静にどの武器を選ぶか相談し始め、

エルザは大鎌とロケットパンチを、そしてマイは鉄扇とバル・バラを、

それぞれ同時装備するという事が決定された。

ちなみにバル・バラを選んだマイが、その真面目さ故に出典を調べ、

その出典元のマンガにはまったのはまた別の話である。



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第668話 訓練の開始

「それじゃあ訓練を始める」

「はい、宜しくお願いします」

 

 訓練場で、ハチマンとマイは向かい合っていた。

エルザは離れたところで一人、ロケットパンチをうちまくっている。

どうやら大鎌を振るった後に、スムーズにそちらの動作に移行出来るよう、

頑張って練習しているようだ。片手ずつロケットパンチを飛ばしているところから、

どうやら叫ぶ言葉を変えればそういう事も出来るのだろうと推測された。

 

「鉄扇はリーチが短いのが難点だ。逆にバル・バラは、

敵をターゲッティングさえ出来れば少なくとも命中は必ずさせる事が出来る。

なのでマイさんに求められるのは、敵の懐に飛び込める度胸、

そして死角を作り出し、その隙にバル・バラを投擲する瞬発力という事になる」

「なるほど、近接戦闘で幻惑しつつ、

敵にバル・バラを投げた瞬間を悟られないようにするって事ですね」

「というのがまあ、正しいスタイルなんだろうな」

「えっ?」

 

 ハチマンがニヤリとしながらそう言った為、マイは驚いた表情でそう言った。

 

「まあ実際ガチで戦うならそうなんだが、これはあくまで映画の為の演出だからな、

動きを大きく、そして派手に見せるのが大事になるんじゃないか?」

「あ、確かに……」

「という訳で、先ずは多少オーバーアクションで動けるように、

基本動作から入って、徐々にその動きをゆっくりと大きくしていこう。

そこから段々と速度を上げていく」

「分かりました、お願いします」

 

 マイはその方針に納得したのか、力強くそう言った。

そしてハチマンの指導が始まった。扇と言えど、開いた状態では刃物と変わらない。

故に力強く切り裂くように振りぬくべし、

最初はゆっくりと動作を行っていたマイは、慣れるに連れ、どんどんその速さを増していく。

基本動作は結局反復練習なのだ。咄嗟の時ほどそれが無意識に現れる。

マイは我慢強くそれを繰り返し、相手に背中を向けた状態から動いたりもしつつ、

どんな体勢からも寸分違わず思った位置に鉄扇を振り抜く事が可能となった。

 

「それじゃあ次は防御だな、俺がゆっくりと武器を振り下ろすから、

それを自分なりの加減で受け流してみてくれ」

 

 防御は扇を開いた状態で行うが、敵の攻撃が激しい時は受け流すように動くべし、

そう言ってハチマンは大鎌を持ち、ゆっくりとマイ目掛けて振り下ろす。

マイはそれを、最初はしっかりと受け止めてみた。

だが攻撃は止まらずに、そのまま徐々にマイを両断しようと迫ってくる。

そこでマイは鉄扇の角度を変え、同時に体をずらし、大鎌の刃を自分の体の横へと流した。

同じ事が何度も繰り返され、徐々に速度が上がっていく。

完全にその角度の攻撃を受け流せるようになったら、今度は剣筋を変える。

それが延々と繰り返され、マイは今や、様々な角度からの攻撃を、

咄嗟の動きで受け流せるようになっていた。

 

「ハチマ~ン、そろそろ休憩にしない?」

「そうだな、マイさん、少し休もうか」

「はいっ!」

 

 マイは明るい表情でそう答え、ハチマンの後に続いてリビングへと向かった。

そこには見知らぬながらもどこか見覚えのある子供がおり、

マイは少し驚きつつも、その子供に挨拶をした。

 

「あ、は、初めまして」

「えっ?あ、やだな、私ですよマイさん、ユイです」

「えっ、そうなの?」

「はい、ちょっと待ってて下さいね!」

 

 そしてユイは、マイの目の前で元の妖精の姿に戻った。

 

「うわ、ユイちゃんって変身出来たんだ!」

「はい!」

「どっちの姿もかわいいなぁ」

 

 マイはニコニコしながらそう言って、小さなユイの頭を撫でた。

 

「そういえばマイちゃんは、ユイちゃんを見てもあんまり驚いてなかったよね?」

「ううん、内心では驚いてたけど、ハチマンさんの事をパパって呼んでたから、

多分ゲーム内にのみ存在する、AIか何かなんだろうなって思ったの」

「ほええ、マイちゃんって鋭いんだねぇ」

 

 エルザは本当に感心したようにそう言った。

 

「親戚の子供じゃないかとかは考えなかったの?」

 

 リズベットのその質問に、マイは少し考えた後、こう答えた。

 

「う~ん、でもこのゲームは一応年齢制限がありますし、何よりハチマンさんの年齢だと、

どんなに早くてもユイちゃんみたいな大きさの子供がいる事はありえないですしね」

「もしかしたら、違う意味でパパって呼んでたのかもよ?」

「ハチマンさんはそういう人じゃないと思うよ、エルザちゃん」

 

 そのエルザの軽口に、マイは真面目な表情でそう答えた。

 

「さすが、マイちゃんは私と違って常識人だなぁ」

 

 エルザは自虐的にそう言ったが、マイはそんなエルザすらたしなめてみせた。

 

「エルザちゃんは破天荒だけど、他人に迷惑をかけないって常識はちゃんとあるじゃない、

だからそんな事言っちゃ駄目だよ?」

「マ、マイちゃん……」

 

 エルザは感動したようにそう言ったが、そんなエルザをハチマンがバッサリと切り捨てた。

 

「いや、マイさん、こいつはこの前、思いっきり他人に迷惑をかけたからな」

「えっ、そうなんですか?」

「ああ、実は先日な……」

 

 ハチマンはそう言って、先日のスクワッド・ジャムの時の話をし、

マイはその話を聞くに連れ、どんどん無表情になっていった。

 

「マ、マイちゃん……?」

「エルザちゃん」

「は、はいっ!」

 

 そのマイの呼びかけが氷のように冷たい声だった為、

エルザは思わず背筋を伸ばしながらそう言った。

だが次の瞬間マイは少し涙目になりながら、エルザにこう言った。

 

「今度からそういう事があったら真っ先に私に連絡してね。一緒に悩んで苦しんだ後に、

どうやったら希望が持てるか、解決へと向かう手立てが本当に無いのかどうか、

エルザちゃんと一緒に考えてあげるから」

 

 その言葉は確かにエルザの心を揺さぶったらしい。

エルザは人目もはばからずに目をうるうるさせながら、マイに抱きついた。

 

「うわ~~~~ん、マイちゃ~~~~ん!」

「よしよし、困ったらいつでも相談してね」

「う、うん!」

 

 その光景を見ていた他の者達は、その姿に素直に感動しつつ、マイの事をこう評した。

 

「いい人だ……」

「いい人だね……」

「いい人ですね……」

「ちょっと感動しちゃった」

「マイさんってママの次くらいに素敵ですね!」

 

 そして元の姿に戻ったユイがお茶を入れ、五人はのんびりと休憩を始めた。

 

「スクナ、ここまでで、何か衣装の案とかは浮かんだか?」

「うん、エルザはやっぱり定番のゴスロリ風、ただし普通の服装じゃ駄目、

ここは細かいパーツで構成された、ゴスロリ風アーマーがいいと思うわ、しかも紙装甲のね。

マイさんについては普通に和風かチャイナでいいと思うんだけど、もう少し考えさせて」

「ふむ、エルザの方の装備、その心は?」

「ネタ武器だから、普通の鎧だとまったく攻撃が通らなくて地味な戦闘になってしまうわ、

でも紙装甲の装備にしておけば、おそらく弱い攻撃でも、

パーツが細かければ部位単位での装備破壊が起こせると思う」

「なるほど、つまり徐々に装備が壊れていく訳か」

「えっ、もしかして私を公開の場で全裸にしちゃって、それをハチマンに見られちゃうの?

そんな嬉しい状況があってもいいの?」

 

 エルザはそのアイデアに凄い勢いで食いついた。

もちろんハチマンが見ている事が前提条件なのだろうが。

 

「ううん、あくまで戦闘を派手に見せる為のテクニックよ、

当然見えてはいけない部分の防御力は普通に高くしておくわ」

「あ、そうなんだ、残念……」

「エルザちゃん、ちょっと性癖が変わった?露出狂の気なんか無かったよね?」

 

 エルザの事をそれなりに知るマイの質問に、エルザは頭をかきながらこう答えた。

 

「うん、何かハチマンにいじめられる時だけは、性癖が逆転しちゃうみたいなんだよね」

「そ、そう……」

 

 マイはそれを聞き、申し訳なさそうな顔でハチマンの方を見た。

おそらくハチマンが何かした訳ではなく、

エルザが一方的にハチマンを困らせているのだという事が分かったのだろう。

ハチマンはそれに答え、諦めたような表情をして肩を竦めた。

同時にハチマンは首を振り、気にするなというゼスチャーをし、

マイはそれを見て小さく頷いた。どうやらマイは、思った以上に成熟した女性のようだ。

 

(はぁ、変に混ぜっ返してこない人は本当に貴重だな、

咲太は本当にいい人と巡り合えたよなぁ)

 

 ハチマンは、自身にとっては親しい後輩と呼べるかもしれない咲太の顔を思い出し、

心がほっこりするのを感じた。

そして他にも色々と雑談をした後、ハチマンとマイは再び訓練へと戻った。

エルザは一通り、イメージした動きが出来るようになったのだろう、

次はリズベット相手に模擬戦を行う事にしたらしい。

 

「さて、お次はカウンターだな」

「カウンター……ですか?」

「ああ、実際にやってみよう、マイさん、気にせず自分のタイミングで、

俺に不意打ちぎみに攻撃を仕掛けてきてくれ」

「あ、はい」

 

 そしてマイは心の中でタイミングを計りつつ、いきなりハチマンに攻撃し……ようとした。

だがその瞬間に目の前のハチマンの姿がぶれ、マイは攻撃する事が出来ずにたたらを踏んだ。

 

「えっ?」

「これがカウンターだ、ちょっと難しいかもしれないが、

相手の攻撃の気配を読み、それに合わせる形で敵の攻撃の出を潰す技術だな」

「出を潰す……出来るか分かりませんが、やってみます」

「これは速度を遅くしても意味が無いから、それなりの速さで寸止め攻撃を行う。

マイさんは好きに迎え撃ってくれていい」

「はい、お願いします!」

 

 ここまでは地味な作業が続いており、これからも多少応用が必要だが、

再び地味な作業となる。だが見た感じ、マイはそれを嫌がってはいなかった。

それどころか段々と動けるようになってきている自分を見て、喜んでいるふしがある。

 

(何というか、努力家だよなぁ)

 

 ハチマンはマイの評価を更に上げつつ、根気よくマイの訓練に付き合った。

 

「さて、今日はここまでだな、それじゃあ最後にエルザとマイさんで、

簡単な模擬戦をやってもらうか」

「おっ、いよいよだね!」

「エルザは大鎌には習熟出来たか?」

「う~ん、片手直剣よりも刃筋を通すのが難しいから、もう少しかかるかな」

「そうか、まあ二人とも、動作を大きく見せる事を忘れないように頼む」

 

 そして二人の戦いが始まった。二人ともあくまで見せる演技という事で、

とにかく大振りをしてくる為、逆に防御なども上手くいき、中々見れる戦いとなった。

 

「リズ、どう思う?」

「初日にしては中々動けてるんじゃないかな、特にマイさん」

「覚えが異常に早いんだよな、マイさん……」

 

 そんな中異変が起こった。エルザが放った一撃に、マイが見事なカウンターを決めたのだ。

それはたった一度だけであったが、エルザは確かにそのカウンターでよろける事になった。

 

「わっ、わっ」

「あっ、う、上手くいった!」

「くぅ~、マイちゃんやるなぁ」

「うん、今のは自分でも上手くいったと思う!」

 

 そこで模擬戦は終了となり、こうしてエルザとマイは、一日目の訓練を終えた。



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第669話 マイの決断

「はい、それじゃあ今日はマイさんに、見た目だけは派手な魔法を覚えてもらいます、

その為に特別ゲストをお呼びしました、絶対零度のユキノさんです」

「何故司会風!?」

「魔法ですか?うわぁ、一度使ってみたかったんですよ!」

 

 エルザはそんなハチマンにいきなり突っ込んだが、

マイは目を輝かせながらわくわくした表情をした。

この辺りはやはり、ゲーム経験の差なのであろう。

 

「それでは本人のご登場です、どうぞ!」

 

 ハチマンは悪ノリし、そのまま司会を続けていた。そして館の中からユキノが姿を現した。

 

「初めまして、ヴァルハラの副長を拝命しています、ユキノです」

「こちらこそ初めまして、マイと言います、しばらくお世話になります」

「それじゃあユキノはマイさんについてくれ」

「ええ、分かったわ」

 

 ちなみにエルザは魔法に関しては、別に使えないという事はない。

歌の歌詞を覚えるノリでいけるので、呪文が長い魔法に関しても問題なく使う事が出来る。

ただ単に趣味嗜好の問題で、普段は使わないだけなのだ。

そして今日、マイの教師役としてユキノが選ばれた理由は、

ヴァルハラの中で一番動きながらの平行詠唱が得意だからである。

これはアスナも得意なのだが、実はアスナは回復魔法に特化している為、

派手な攻撃魔法を教えるという点を重視し、今日はユキノが選ばれる事になったのだった。

 

「それではマイさん、最初に五音節くらいの魔法の詠唱から練習しましょうか、

一言一句間違わないように覚えて頂戴ね」

「任せて下さい、セリフを覚えるのは得意なので」

 

 その言葉通り、マイはユキノに教えられた呪文を一瞬で覚えてしまった。

 

「それじゃあ動きながらその呪文を詠唱してもらいます、ハチマン君、妨害をお願い」

「あいよ」

 

 ハチマンはそのユキノの頼みを受け、大胆にマイに歩み寄ると、

あちこちに短剣を突きつけ始めた。マイはそれを避けつつ詠唱を完遂しようとしたのだが、

やはり中々上手くいかない。

 

「結構難しいですね」

「まだ呪文を頭で考えながら唱えているからだと思うわ、

それこそ無意識に鼻歌を歌うように、呪文を唱えているというのがベストね」

「なるほど……すみません、ちょっと時間を下さい、完璧に頭に叩き込みますので」

「そう?それじゃあ少し時間を置きましょうか」

 

 ユキノはお手並み拝見とばかりにその場に座り込み、ハチマンはその隣に座った。

 

「ユキノ、マイさんの事、どう思う?」

「私とキャラがかぶっているわね」

「お前の口からそんなセリフが出るとはな」

「そうは言うけれど、ハチマン君も、マイさんは私と似たタイプだと思うでしょう?」

「どうかな、ユキノはどちらかというと秀才タイプだしな、

あっちは明らかに天才タイプだろう?」

「演技の面ではそうかもしれないけれど、

それを支えているのは彼女の不断の努力の賜物だと思うわ」

「今みたいにか?」

「ええ、あの真面目さは好ましいわよね」

「だな」

 

 そんな二人の目の前で、マイはずっとぶつぶつと呟いていたが、

やがてマイは、歌うように呪文の詠唱をしつつ、うろうろとそこら中を歩き始めた。

 

「あら、もしかしてもう覚えたのかしら」

「かもしれないな、歩きながら確認しているように見えるな」

「オーケーです!」

 

 マイは足を止め、笑顔で二人にそう言った。

どうやら満足がいくレベルまで呪文を頭に刻み込む事に成功したらしい。

 

「それでは再開しましょうか」

「はい!」

 

 

 

「まさかああも簡単に攻撃を避けながらの呪文発動に成功するなんてな」

「さすがは人気女優と言うべきなのかしらね」

「楽しいからだと思います、好きこそ物の上手なれって言うじゃないですか」

「マイさんは今、そんなに楽しいのか?」

「はい、だってゲームをするのが仕事だなんて、普通はありえないじゃないですか、

自分がどんどん強くなっているのも分かるし、私今、とても楽しいですよ」

「それなら良かった」

「これは教え甲斐があるわね」

 

 今は三人は、休憩しながらエルザの訓練風景を見物していた。

さすがエルザはゲーム歴が長いだけの事はあり、

観客に見せる戦闘のコツもすぐに掴んだようで、

今は大鎌とロケットパンチと魔法の三連コンボに挑戦しているようだ。

 

「エルザちゃんは凄いなぁ」

「手がかからないのはいいわね」

「私生活じゃ手がかかりまくるけどな……」

「それはハチマン君限定じゃない、頑張って彼女の暴走を抑えてね」

「俺は別にあいつの担当になったつもりはないんだが」

「でもお二人って本当に仲良しですよね、やっぱりゲームの中で出会ったんですか?」

「俺とあいつの出会い?GGOってゲームでストーカーしてきたあいつを俺が捕獲したら、

あいつが色々とカミングアウトしてきやがって、そこからの腐れ縁って事になるのかな」

 

 その言葉の意味が脳に染み渡るのに時間がかかったのか、

マイは少し置いた後に、戸惑った様子でこう言った。

 

「……今色々と危険な単語が出てきた気がするんですが」

「まあ事実だからなぁ」

「う~ん、エルザちゃんって誰かをストーカーするような子だったかなぁ」

「変態は変態同士、惹かれあうという事なのじゃないかしら」

「おいユキノ、ちょっと表に出ろ」

「あはははは」

 

 そんな和やかな会話が続く中、ハチマンはのんびりと立ち上がり、

エルザの方に向けて歩き出した。

 

「ちょっとあいつの相手をしてくるわ、放置しすぎてまた興奮されても困るしな」

「行ってらっしゃい」

「こ、興奮?興奮って?」

「性的な意味だと思うわ、ハチマン君に放置されると興奮するみたい、本当に困った子よね」

「せ、性……」

 

 マイはユキノのその言葉に顔を赤くしたが、

ユキノが優しい目でエルザの方を見ていた為、

悪い意味で言っているのではないのだろうと思い、同じようにエルザの方を見た。

エルザはハチマンの接近を感じ取った瞬間、何故かその場に正座し、

ハチマンに背中を向けたまま荒い息を吐いているように見えた。

そんなエルザの頭にハチマンは容赦なく拳骨を落とし、そのまま立ち上がらせた。

マイはそれを見てギョッとしたが、

立ち上がったエルザがとても嬉しそうにハチマンの周りをぐるぐる回っていた為、

やっぱり仲がいいんだなと改めて感じる事となった。

 

「あら、どうやら手合わせをするみたいね、エルザが得意武器を取り出したわ」

「片手直剣って奴でしたっけ?」

「ええ、エルザはああ見えて、オーソドックスな剣士なのよね」

「そうなんですか」

 

 そして二人の戦いが始まった。

だが打ち合いにはならず、ずっとお互いにけん制しているように見えた。

 

「あれはどういう状態なんですか?」

「ハチマン君のカウンターを極度に警戒しているみたいね、

彼はALO最強のカウンター使いだから」

「あ、どんなに工夫しても毎回あっさりとカウンターをとられちゃうのって、

そういう訳だったんですね」

「ふふっ、イライラするでしょう?」

「は、はい、実はちょっと……」

「エルザはどうするつもりなのかしらね」

 

 そして二人が見守る中、ついにエルザが動いた。

エルザは緩慢な動作でハチマン目掛けて剣を振り下ろし、

ハチマンはその瞬間に大きく一歩踏み込んで、

いつものようにカウンターを…………取れなかった。

 

「あら?」

「剣があっさりと弾かれ……あっ!」

 

 どうやらエルザはカウンターを取られる瞬間に武器から手を離し、

体勢を崩すのを防いだようだ。当然先ほどまで持っていた剣は後方に弾かれたが、

エルザはそのまま別の剣を出現させ、ハチマンめがけて思いっきり叩きつけた。

だが次の瞬間、ガン!という音と共に、エルザは大きく体勢を崩した。

どうやらそれにも対応され、ハチマンにカウンターをくらったようだ。

そしてエルザの首に短剣が突きつけられ、エルザはあっさりと降参した。

 

「むぅ、参った!」

「ふう、中々いい工夫だったな」

「どうして私が武器を変えるって分かったの?」

「左手の動きがな、自然を装ってたが、

まんまメニュー画面を操作しているような動きだったからな」

「くそ~、そっちの練習が足りなかったか!」

「まあもっと工夫してみるんだな」

「うん!」

 

 それはマイが見た初めての本気のエルザであった。

見せる為の演技とは違い、速度もまた凄まじい。

もっともキャラが違う為、厳密には本気とは言えないかもしれないが、

マイはそれを見て、自分の内にもっと強くなりたいという衝動が沸き起こるのを感じていた。

その後も二人は組み手を行ったりしながら派手な演技に徐々に習熟し、

そして次の日、これならどんな演技を要求されても大丈夫だろうというレベルまで、

二人はネタ武器を使いこなす事に成功していた。

 

「かなり見ごたえのある戦闘が出来るようになったな、

このレベルなら今すぐCM撮影が行われてもまったく問題ないだろう」

「頑張ったもん、ね?マイちゃん」

「う、うん」

 

 訓練の目的は無事達成されたというのにマイの表情は今ひとつ優れない。

 

「マイさん、どうかしたか?」

「うん、何か元気が無いように見えるけど」

「ううん、そうじゃないの、私は凄く元気だよ、エルザちゃん。

あ、あの、ハチマンさん、ちょっとご相談があるんですが」

「相談?別に構わないが、場所を変えた方がいいか?」

「あ、いえ、そこまでは大丈夫です、それでですね……」

 

 そしてマイは、躊躇いがちにハチマンにこう切り出した。

 

「その、これは仕事とは関係ない話なのでちょっと気が引けるのですが、

もしご迷惑でなかったら、私を鍛えてもらえませんか?私も本気で戦ってみたいんです!」

「ほうほう、何か理由が?」

「強いってのがどういう事なのか知りたいんです、

確かに最初よりも絶対に強くなれてるという実感はあるんですが、

それはあくまで素人が初心者レベルになっただけって気がしてならないんです。

だから心構えを変えて、本気で強くなる為に戦闘に取り組めば、

私の演技にもっともっとプラスになるんじゃないかなって気がして……」

「なるほど、演技の幅を広げる為か」

「もちろんそれだけじゃなく、単にエルザちゃんが羨ましかったっていうか、

私は部活もやった事がないし、今まで全力で誰かにぶつかった事が無かった気がして……」

 

 ハチマンは、やはりマイさんは真面目なんだなと思いつつ、その頼みを快諾した。

 

「分かった、出来るだけの事はさせてもらう、先ず手始めにそのキャラは成長しないから、

一から新しいキャラを作る事になるけど、それでいいか?」

「はい!最後に予定してた飛ぶ練習も、新しいキャラでお願いします!」

「分かった、それじゃあしばらく一緒に頑張ろう」

「宜しくお願いします」

 

 こうしてマイは、ALOに新たな一歩を踏み出す事となった。



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第670話 アサギとリオン

 こうしてマイ改め、アサギの強くなる為のチャレンジが始まった。

準備期間を一日おいて次の次の日、新キャラでログインした麻衣は、

約束の時間に自らハチマンに声をかけた。

 

「ハチマンさん!キャラを作ってきました!」

「お、随分と長身美女に作ったんだな、しかも金髪か」

「顔は全然違うんですけど、髪の色と髪形は妹のをそのまま真似しちゃいました」

「マイさんには妹がいたのか、で、これからはマイさんの事、何て呼べばいいんだ?」

「はい、アサギでお願いします」

「ほうほう、どんな由来が?」

「それはですね……」

 

 麻衣の説明によると、アサギとはどうやら麻衣の名前をあさぎぬと読み、

そこから「ぬ」を取ったものらしい。候補としてはマインというのもあったようだが、

リオンと名前の付け方がかぶる為、個性が出ないと考えてやめたようだ。

 

「確かにシノンもリオンも同じ系統だよな、アサギか、うん、いい響きじゃないか」

「そういえば浅葱色って、新撰組の羽織の色ですよね?」

「お、よく知ってるな、アサギ」

「実は私、前に新撰組のドラマに出たんですよ、中沢琴役で」

「中沢琴か!これは知る人ぞ知る名前が出てきたな、なるほど、今度探して見てみるか」

「出番はそこまで多くないですけどね」

「まあそれは、どちらかというとマイナーな役だしそうだろうな。

そうか、アサギのヴァルハラの制服をそんな感じに改造するのもありだな」

「それもいいですね、今度スクナさんに相談してみようかな」

 

 アサギはそのハチマンの言葉通り、既にヴァルハラ入りする事が決定していた。

育成は主に午後九時から十一時の間にログインし、その時ログインしていた他のメンバーと、

毎日狩りへと出撃する予定になっている。

ちなみに同じくキャラ育成中のリオンとは別口である。

リオンがキャラを育てている事はハチマンには内緒だった為、万が一を考え、

リアルで麻衣と理央が相談した上で、当分は同行しない事になったのだ。

更にハチマンが狩場に出没する確率が増えるのも考慮して、

リオンに同行するチームは、リオンを含めて全員フレンドリストをオフにし、

変装までするという気の遣いようだった。

もっともハチマンは、こういう方向だとは想像していなかったのだが、

リオンがキャラを育てている事だけは薄々勘付いていた為、これは無駄な努力である。

ちなみにハチマンはその事を誰にも言っていない為、

他の者達はハチマンが気付いている事をまだ知らない。

 

「ハチマン君!」

「お、アスナ、付き合ってもらって悪いな、こちらはマイさん改めアサギさんだ」

「アサギさん、今日は宜しくね」

「こちらこそ宜しくお願いします」

「アサギさんもヴァルハラ入りしたからには、

これからはお互いなるべくフランクな話し方にしないとだね」

「あ、う、うん、そうよね」

「ふふっ、それじゃあ飛行訓練にレッツゴー!」

「ゴー!」

「おう、それじゃあ行きますかね」

 

 そして三人は、そのまま街の外に向かって歩いていった。

 

 

 

 リオンは変装する事になった時点で、何かいい装備は無いかスクナに相談したのだが、

スクナが出してきたのは、まさかの正統派魔法少女の装備であった。

これはお試しで作った合成装備の一つらしい。

 

「わ、私にこれを着ろと……?」

「白衣がベースのロジカルウィッチの装備とは全然系統が違うでしょ?」

「で、でも……」

「これならまさか中身がリオンだとは思わないでしょ?今もかなり渋ってるんだし」

「確かにそうだけど……」

 

 リオンは最初、その格好をするのを渋っていたが、

これで髪を全部帽子の中に収納し、顔にマスクを付け、

パーティ-グッズアイテムで肌の色を変えれば、

ハチマンに正体がバレる事は絶対に無いとスクナに説得され、仕方なくそれを着る事にした。

そう、仕方なくのはずだったのだが……。

 

「ロジカル・ウィッチ参上!さあ、今日も狩るわよ!」

「おいおいノリノリだな、さっきあんなに渋ってたのは何だったんだ」

「リオンって、顔が隠れると性格が変わるタイプなのかな?」

「行くわよ、マジカルロジカルビーム!」

「「………」」

 

 この日、リオンに同行していたのはキリトとリズベットである。

シリカはピナがいる時点で誤魔化しようがない為、

しばらくリオンとは同行しない事になっていた。

アスナはハチマンに呼ばれた為、今日はこちらには参加していない。

当然二人も念入りに変装をしており、キリトは普段とは正反対の純白の騎士鎧姿、

リズベットはフリフリのドレスアーマー姿であった。当然仮面も着用している。

 

「しかしリオンも大分ステータスが上がったよなぁ」

「ボス戦に参加出来る最低ラインには届いたかな?」

「リオンはボス戦に参加したいの?」

「うん、アサギさんと一緒に名前を載せたいしね」

「アサギって誰だ?」

「マイさんの新しいキャラの名前だよ、昨日電話で聞いたの」

「あっ、そうなんだ」

「なるほど、それじゃあ初心者のアサギさんのフォローが出来るように、

もっともっと強くならないとな」

「うん、そうなれるように頑張る」

「そういえばアサギさんはどんなプレイスタイルにするとか聞いてるか?」

「そこまでは聞いてないかな」

 

 リオンはどうやら昨日はそういう話はしなかったらしい。

だがその問いに、リズベットがこう答えた。

 

「私知ってるよ、タンクだって」

「え、マジか!」

「うん、タンクをやる前提で装備を作ってくれって昨日頼まれたの」

 

 どうやらアサギが選択したのはタンクらしい。

リズベットの説明によると、武器はどうやら気に入ったのか、巨大な鉄扇らしい。

防御中も攻撃出来るように、バル・バラも引き続き標準装備としているそうだ。

当然ネタ武器要素は廃され、リズベットとナタクの手によって、

その二つの武器は実戦で使えるようにきっちり強化されていた。

 

「いやぁ、私も鉄扇をそのまま使うなんて思ってなかったからびっくりしたわよ」

「ALOの合成システムって、その辺り応用がきくんですね」

「その槍もそうだけど、ALOの合成品って実はかなりいじりがいがあるのよね」

「確かにこの槍も特殊ですよね、私、凄く気に入ってます!」

 

 リオンはロジカルウィッチスピアを大切そうに胸に抱きながらそう答えた。

いわゆるパイスラ状態である。リズベットはそれを見て、ぐぬぬと唸っていたが、

どうやら早く戦いたくてしびれをきらしたのか、キリトが二人に声をかけてきた。

 

「さて二人とも、そろそろ狩りを始めようぜ」

「はい!」

「あんたも大概戦闘狂よね、それじゃあキリト、敵を釣ってきて」

「おう、それじゃあ行ってくる」

 

 こうしてこの日もリオン達の狩りが開始された。

 

 

 

「アサギ、どう?上手く飛べそう?」

「一応事前に色々調べてきたから、飛ぶだけならコントローラーを使えば大丈夫かも」

「慣れたら徐々に随意飛行が出来るようにしていこうな、

俺とアスナがちゃんとフォローするから大丈夫、怖くない怖くない」

 

 その頃アサギは、ハチマンとアスナに待ちに待った飛行の手ほどきを受けていた。

さすがはプロの女優というべきか、既に二人とは普通の口調で喋れている。

そのアサギは恐る恐るではあるが、しかしとても楽しそうに飛ぶ練習をしていた。

やはり誰にとっても飛ぶという事は心が躍るものなのだろう。

 

「凄い凄い!私、今確かに飛んでるよね?」

「ふふっ、気持ちは分かるよ」

「浮かれるのはいいが、最初はコントローラーを手放さないようにな」

「うん!」

 

 だがアサギの成長速度は予想以上だった。

遂には曲芸飛行までこなすようになり、ハチマンとアスナはそれを見て舌を巻いた。

 

「相変わらず覚えが早いよな」

「才能なのかなぁ」

「クリシュナとは違う方向の天才だよな。

どう思う?もう随意飛行の訓練に移ってもいいと思うか?」

「そうだね、この成長速度なら、補助をしながらそっちを始めてもいい気がするよ」

「それじゃあ最後に自由落下から、地上スレスレで体勢を立て直す練習をして終わるか」

「うん、まあコントローラーを使った練習としては、それが出来れば合格だね」

「オーケーだ、アサギ、ちょっといいか?」

「待って、今そっちに行くわ」

 

 そして二人にその事を指示されたアサギは、笑顔でこう言った。

 

「自由落下か、遊園地のアトラクションみたいね」

「リオンも少し前にやった訓練だな」

「あ、そうなんだ」

「最初は別に地面スレスレまで落ちなくてもいいからね」

「うん、無理せずちょっとずつやってみる」

 

 そう言って下を見たアサギの視界に、何人かのプレイヤーの姿が移った。

 

「あっ、この下に人がいるかも」

「えっ?あ、あれはどうやら狩りをしてるみたいだね」

「それは見てなかったな、それじゃあ驚かせないようにちょっと離れるか」

「今釣った敵の集団が片付いたらでいいね」

 

 そして三人はその場から少し移動し、そのまま下の戦闘風景を見物した。

 

「あれ?なあアスナ、後ろにいるのは知らない奴だが、

前衛の二人はもしかしてキリトとリズじゃないか?

武器も防具もいつもと全然違うから自信は無いが、何となくそんな気がする」

「えっ?」

 

 このハチマンの認識の差は、付き合いの長さの違いが大きいと思われる。

アスナとアサギはそう言われ、慌ててその三人組を観察した。

二人にはそれがキリトとリズベットだとは分からなかったが、

後ろにいるのはリオンだとすぐに分かった。

ロジカルウィッチスピアを使っていたからだ。

 

(しまった、フレンドリストがオフになってるから気付かなかったよ……どうしようアサギ)

(確かに困ったわね、どうしましょっか……)

(接触しなければ大丈夫かな?ハチマン君も自信がないみたいだし)

(その線で押し切ろっか)

 

「キリト君もリズも、あんな格好はしないんじゃない?というかする意味がないし」

「フレンドリストにも名前がありませんしね」

「確かにそうだな、まあ他人の空似って奴か」

「うん、多分そうだね」

 

(よし!)

(何とか誤魔化せたみたいね)

(うん!)

 

「それじゃあアサギ、やってみてくれ」

「うん、やってみる!」

 

 そしてアサギは重力に任せ、下へと落下していった。

 

 

 

「ふう、全部片付いたか」

「結構狩ったね」

「んんっ」

 

 敵の集団を片付けた後、リオンは上を向いて大きく伸びをした。

その視界に三人のプレイヤーの姿が映り、リオンはまさか上からの奇襲かと身を固くした。

 

「二人とも、上空に誰かいる」

「ん、上?」

「本当だ、気付かなかったなぁ」

「って事は敵じゃないんだろ、敵なら殺気で気付くと思うしな」

「キリト、普通の人は気付かないからね?」

「どれどれ」

 

 そう言ってリオンは単眼鏡を取り出し、上空にいる人物を見て、心臓が止まる思いをした。

 

「あ………」

「ん、どうした?」

「ハ、ハチマンだ……」

「え?」

「上にいるの、ハチマンとアスナさんだ」

「マジか!」

「って事は、もう一人はアサギさんだね」

 

 そのリズベットのセリフを聞き、リオンは再び単眼鏡に目をやった。

 

「まずいわね、とりあえず不自然にならないように狩場を移動しましょっか、

多分声をかけてこないって事は、まだバレてないと思うしね」

「だな、多分あいつらは、飛行訓練……」

 

 その時単眼鏡を覗き、アサギを見ようとしていたリオンは、

アサギがまるで墜落してくるかのように自由落下している事に気が付いた。

 

「ア、アサギさんが!」

「えっ?」

「お、おい!」

 

 リオンもかつて、今アサギが受けている飛行訓練をこなしており、

その時に自由落下から体勢を立て直す訓練は経験したはずなのだが、

自分の親しい知り合いが、どう見ても落下しているのを見て、

どうやらリオンは平静さを失ってしまったようだ。

リオンはアサギを助けようと、体が勝手に動いてしまい、

一直線に落ちてくるアサギ目掛けて飛び出した。

 

「駄目だリオン、あれはただの訓練だ!」

「聞こえてないみたい、まずいわね、どうする?このままだと接触する事に……」

「こうなったら無言で押し通すしかないな、肌の色も変えてあるんだし、

喋らなければ何とでもなるだろ」

「バレたらその時はその時よね」

「ああ、とりあえずリオンを回収だ」

 

 そう言ってキリトとリズベットもリオンの後を追った。

丁度その時リオンは、弾丸のようにアサギに飛びつき、

アサギをしっかりとキャッチしたところだった。

 

「アサギさん、大丈夫?怪我は無い?」

「きゃっ、だ、誰?ってその声はリオンちゃん?」

「う、うん、今は変装してるけど、リオンだよ」

「ど、どうして出てきちゃったの?」

「えっ?だってアサギさんが落ちてきたから……」

「あれ、この訓練、リオンちゃんもやったってさっきハチマンさんに聞いたけど」

 

 その言葉にリオンはきょとんとした後、意味を理解したのか、真っ青になった。

 

「そ、そっか、これって自由落下の……」

 

 リオンが状況を理解してそう呟いた瞬間に、背後から声をかけてくる者がいた。

 

「すみません、飛行訓練をしてたんですが、驚かせちゃいましたね、

ちゃんと距離をとったつもりだったんですが、本当にすみません」

 

 それはもちろんハチマンであった。

その声を聞いた瞬間に鼓動が跳ね上がり、リオンは焦りで身を固くした。

ハチマンは落下中のアサギにリオンが急接近してきた事に当然気付いており、

リオンが武器を抜いたら即座に攻撃しようと、全力でアサギ目掛けて飛んでいたのだったが、

リオンがアサギを助けようとしているように見えた為、

訓練を事故だと勘違いさせてしまったのだろうと判断し、

攻撃するのをやめ、こうして謝罪したと、そんな訳であった。

ハチマンの後ろにはアスナの姿もあるが、こちらはかなり慌てているようだった。

幸いその姿はハチマンからは見えない為、

ハチマンはそのアスナの態度の不自然さに気付いてはいない。

こうしてリオンは、自身のミスから絶体絶命のピンチを迎える事になった。



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第671話 ギリギリの攻防

 リオンは素早くロジカルウィッチスピアをしまい、

必死に気取った声を作り、謝罪してきたハチマンにこう答えた。

 

「あら、訓練でしたのね、余計な事をしてしまい、こちらこそ申し訳ありませんでしたわ」

 

 その瞬間にハチマンの後ろにいたアスナがげほげほと咳き込んだ。

これは笑いを堪えきれなかったのを無理やり誤魔化したせいである。

 

「お、おいアスナ、大丈夫か?」

「ごほっ、だ、大丈夫、私の事は気にしないで」

 

 アスナは顔を隠しながらハチマンにそう答えた。

顔を見られると、笑いを必死で堪えているのがバレてしまうからである。

丁度その時キリトとリズベットが、おずおずとこちらに近付いてきた。

その二人を見たハチマンは、その物腰から二人の正体を確信した。

 

(やっぱりキリトとリズじゃないかよ、

二人ともフレンドリストまで隠して何やってんだ?)

 

 さすがにここまで近付くと、どんなに変装をしていてもハチマンには分かるようだ。

一人だけレベルが違う変装をしているリオンについては、まだ誰なのか確信は出来ていない。

 

(もう一人は誰だ?とりあえず様子を見るか……)

 

 ハチマンはそう考え、じっと二人の顔を見た。

二人はマスクの下で冷や汗をかきながら、早くリオンを連れ出そうとハチマンに話しかけた。

 

「あ、あの、うちの魔法少女が……」

「ぶっ……」

 

 キリトがそこまで言った瞬間に、魔法少女という呼び方がツボにはまったのか、

アスナが思わず噴き出した。

 

「す、すみません、続けて下さい」

 

 これにはハチマンは特に突っ込まなかった。

どうやらハチマンも、その魔法少女という呼び方が面白かったようだ。

何故ならハチマンも何かに耐えるように若干顔を赤くしていたからである。

 

「……お邪魔したみたいで本当にすみませんでやんす」

「すぐ引き上げますので、どうぞ飛行訓練を続けて下さいなのだ!」

「ぶっ」

「げふっ……」

 

 その二人の無理がありすぎる語尾に、さすがのハチマンも耐えきれずに噴き出し、

アスナは再び咳き込んだ。

 

(おいキリト、やんすって何だよやんすって!

リズも、なのだ!とか似合わないにもほどがあるぞ)

(ふ、二人とも、バレない為の演技のつもりなんだろうけど、それは無理すぎだから……)

 

「ど、どうかしたでやんすか?」

「大丈夫なのだ?」

 

 再び放たれたその言葉は、ハチマンとアスナにとってはクリティカルな一撃となった。

 

「ぶはっ……あはははは、あはははははは!」

「も、もう無理、我慢出来ない……あはははははははは!」

 

 ちなみにアサギは能面のような表情を保っていた。

逆に言えば、そういう表情を意識して作らなければ、耐えられなかったのである。

今のアサギは、脳内で必死に円周率を唱えている状態であった。

リオンはリオンで、二人の反応を見て、これはバレたなと諦めの境地に入っていた。

案の定、ハチマンは笑いながらキリトとリズベットにこう言った。

 

「お前ら面白すぎだろ、やんすって何だよキリト、語尾を変えるにしてもそれは無いだろ。

それにリズもリズで、何故なのだを選んだんだ、大丈夫なのだ?とか、ぷっ、くくっ……」

「う……」

「ぐ……」

 

 それで二人は作戦の失敗を知り、同時に羞恥で顔を赤くした。

 

「で、ここで何をしてたんだ?随分派手に敵を釣ってたみたいだが、

あ、もしかしてこちらの魔法少女さんと知り合って経験値稼ぎに来たけど、

いつものままだと敵対ギルドの邪魔が入るかもしれないって心配して変装したのか?」

「えっ?」

「あれ?」

 

 その言葉に二人は思わずそう声を出した。

ハチマンの後ろにいるアスナとアサギも、声を出さないように気を付けつつも、

驚いたような表情をしていた。

 

「ん、もしかして間違ってたか?」

「い、いや、変装についてはその通りなんだよ、フレンドリストを隠したのは、

ユージーンとかが興味本位で乱入してくるのを防ぐ為でな」

「うん、魔法少女さんに迷惑をかける訳にはいかないからね!」

「やっぱりそうだったか」

 

 二人は必死にそう取り繕い、ハチマンはその説明に納得したようだ。

そしてハチマンは、まだ自己紹介をしていなかった事に気付いたのか、

慌ててリオンに向かってこう言った。

 

「すみません、自己紹介がまだでしたね、

俺はヴァルハラのリーダーをしていますハチマンと申します、

魔法少女さん、うちのメンバーをこき使って、経験値稼ぎ、頑張って下さいね」

 

 確かに今のリオンは髪型もまったく分からないし、肌の色も違う。

ロジカルウィッチスピアを見られればあるいはバレたかもしれないが、

ハチマンはナタクに頼まれて武器の名前と起動の合言葉を決めはしたものの、

その時はまだロジカルウィッチスピアが完全には仕上がっていない状態であり、

見た目も今とは違った為、そこからこれがリオンだと確信する事は出来なかったのである。

そしてその反応からリオンだけはまだ正体がバレていないと悟ったアスナとアサギは、

しれっとした顔でこちらも自己紹介をした。

 

「同じくヴァルハラで副長をしていますアスナです、宜しくお願いします」

「この度ヴァルハラに新規加入しましたアサギと申します、初めまして」

「ま、魔法少女ですわ、初めまして」

 

 リオンは長く喋るのはまずいと考え、短くそう言った。

その瞬間にハチマンが、ん?という顔をした為、リオンは肝を潰した。

 

「ハ、ハチマン、どうかしたのか?」

 

 そのハチマンの顔を見て、仮面を外しながらキリトがそう声をかけてきた。

もしハチマンが今の声で何かに気付いたのなら、フォローしようと思ったからだ。

案の定、ハチマンは首を傾げながらキリトにこう言った。

 

「あ、いや、魔法少女さんの声がリオンに似ているなって思ってな。

どこからどう見ても別人なのにな」

「ま、まあ似た声の人なんてそこら中にいるって、アスナとかおりさんも声が似てるしな」

「ああ、確かにそうだよな、二人の声はよく聞くとそっくりだよな」

 

 キリトの言葉はハチマンにとっては確かに納得がいくものだったが、

リオンから見たハチマンは、まだ微妙に疑っているように見えた。

もっともリオンがそう思った理由は、リオンにやましいところがあるせいであったが、

それはリオンをテンパらせるのには十分だったようだ。

 

「それはこういう事ですわ」

 

 リオンは慌ててそう口に出し、その後から必死に言い訳を考え始めた。

他の者達はリオンが余計な事を言うのではないかとやきもきしつつも、

下手に突っ込む事も出来ず、リオンが何を言うのか黙って見ている事しか出来なかった。

そして一同が見守る中、リオンの頭に天啓(本人の主観)がひらめき、

リオンは深く考えないままその天啓をそのまま口に出した。

 

「た、体型が……」

「体型?」

「そのリオンさんという方と私は、この辺りの体型がよく似ているのではないかしら、

なので声の質もやはり似てしまうのでしょうね」

 

 そう言いながらリオンは自分の胸を持ち上げた。リオン、まさかの大暴走である。

ハチマンは思わずその揺れる胸に目が釘づけになり、

その瞬間にアスナがハチマンの足を思いっきり踏みつけた。

 

「ハチマン君、じろじろ見ないの」

「わ、悪い、でも今のは仕方ないだろ……」

「気持ちは分かるけど、失礼でしょもう!」

「お、おう、そうだな、すまなかった」

 

 ハチマンの謝罪を聞いた後、アスナはぼそっとこう呟いた。

 

「私の胸もこのところかなり大きくなってきたけど、あれにはまだ及ばないなぁ」

 

 アスナはSAOからの脱出後、栄養状態が改善した為か、

どうやら最近胸のサイズが成長著しいようだ。

ちなみにキリトはリズベットに全力で後頭部を殴られていた。

アサギは少し残念そうな顔で、自分の胸を持ち上げていた。

アスナとは違い、他の二人は胸に関しては若干思うところがあるらしい。

そんな中、テンパったままのリオンは、

周囲の反応には目もくれずに自分の発言へのハチマンからの返事を待っているようで、

マスクごしにハチマンの方をじっと見つめていた。

それに気付いたハチマンは、何か言わなければと思い、無難な言葉を口にした。

 

「あ~……た、確かにそういう面もあるかもしれませんね」

「でしょでしょ?……じゃなくて、そうですわよね!」

 

 そんな魔法少女をハチマンは、きっとロールプレイに失敗して素が出ちまったんだなと、

生暖かい目で見つめていた。そして魔法少女に何となく保護欲をそそられたのか、

ハチマンはこんな事を言い出した。

 

「そうだ、順番が前後しちまうが、せっかくだからアサギの経験値稼ぎも兼ねて、

六人で狩りでもしませんか?」

「えっ?」

「あ……」

「そうくるか……」

 

 ハチマンは親切心で言っているのだが、三人にとっては迷惑以外の何物でもない。

だが経験値稼ぎの効率が段違いになるのは分かりきっているし、

ここで断るのも不自然極まりない為、

どう答えればいいか困っていたリオンをフォローしようと、

代表してキリトがハチマンにこう答えた。

 

「せっかくだしそうするか、とりあえずこの狩場は危険だから、

最初はアサギには後ろに下がっててもらうとしよう」

「釣りは俺だな」

「リズはリ……えっと、魔法少女さんとアサギのガードをお願い。

何匹からそっちに流れちゃうかもしれないし」

「それじゃあパーティを組むか」

「あっ、そんなに長くはやれないし、パーティユニオンにしておかないか?」

 

 パーティを組まれてしまうと、もろにハチマンの視界にリオンの名前が表示されてしまう。

対して別のパーティ同士を同じチーム扱いする為に結合するだけのパーティユニオンなら、

ハチマンがあえてリストを切り替えない限り、リオンの名前が画面に表示される事はない。

キリトはその可能性に賭け、咄嗟にハチマンにそう提案したのだった。

 

「ん、そうか?確かにそうだな、それじゃあそうするか」

「ハチマン君、敵を釣ってくる前に、

メンバーのコンディションは完璧に回復させておくから、

私達のHPは気にせずどんどん釣ってきていいからね」

 

 そこでアスナが横からそう口を出してきた。

どうやらキリトの抱いた危惧をフォローしようというつもりらしい。

釣りの際にハチマンが、仲間全員のHPを事前に確認しようとさえしなければ、

魔法少女の正体がリオンだと判明する可能性は著しく低くなるはずだ。

その事を理解したキリトは心の中でアスナに感謝した。

 

「分かった、とりあえず釣りの前に、魔法少女さんの戦闘スタイルを聞いてもいいか?」

 

 リオンはハチマンにそう言われ、再び返事に困る事となった。

だがそんなリオンにリズベットがこっそりと普通の槍をトレードしてくれ、

リオンはその画面を見て、ハチマンにこう答えた。

 

「私は槍術を少々嗜みます」

「なるほど、でもさすがにレベルがかなり高いこの狩場だとつらいかもしれないな、

とりあえずアサギと一緒にトドメ専門でやってもらうか、リズ、フォローを頼む」

「オーケー、任せて」

「それじゃあ釣ってくるわ、五分後にここに戻ってくるように調節するから、

細かい部分は二人に説明しておいてくれ」

「分かった」

「気を付けてね」

「こっちは任せて」

「おう、頼んだ」

 

 そしてハチマンは風のように去っていった。

 

「ふう、危なかったね……」

「しかしこうなったら、途中でリオンの正体がバレる事も覚悟しないとだな」

「まあその時はその時かな」

「さて、それじゃあとりあえず俺とリズは装備を元に戻すとするか」

「あっ、そうだね。この格好はほんと恥ずかしかったから戻せるなら戻したかったのよね」

「俺もだよ、白い鎧だとやっぱり落ち着かないんだよな」

「あんたは黒の剣士だしね」

 

 五人はとりあえずほっとしたのか、リラックスするように各自体をほぐした。

そしてリオンとアサギにアスナがこんな事を言った。

 

「それじゃあとりあえずアサギは、最初は頑張ってステータスをVITに振ってね」

「あ、うん、それはそのつもりだけど……頑張ってって?」

「うん、最初は多分びっくりすると思うけど、とにかく落ち着いてね。

リズがちゃんと守ってくれるから、とりあえず最初のうちは、

安心して確実にステータス画面を開きっぱなしにしてていいからね」

「う、うん」

 

 アサギは訳が分からなかったが、とりあえずそう返事をした。

隣にいるリオンもきょとんとしていた。

そのアスナの言葉の意味を、二人は数分後に理解する事となる。



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第672話 必死な二人

このエピソードは、しあさってにやっと終わりそうです、ストックが無いのでちょっと今日頑張って書き溜めたいです!


 リオンとアサギはアスナの言葉に頭にハテナマークを浮かべていたが、

その時キリトが鋭くこう叫んだ。

 

「来るぞ」

 

 その言葉で我に返った二人は、とりあえず指示通りに動こうと、指示内容の復唱を始めた。

 

「あっ、え、えっと、メニュー画面を開いてその場で待機」

「敵にとどめ、敵にとどめ……」

 

 二人はそう呟きながら、こちらに向かってくるハチマンの方を見た。

その後ろには、何か黒いモヤのような物がかかっている。

 

「あのモヤみたいな物は何?」

「敵だ」

「えっ?」

「あれが全部敵だよ」

「全部って……見渡す限りモヤがかかってるんですけど」

「だからさっき言ったじゃない、驚かないでって。さ~て、久しぶりにやりますか」

 

 そう言ってアスナは自らの愛剣『暁姫』を抜いた。

 

「派手にぶちかますか」

 

 キリトもそう言って、自らの愛剣『彗王丸』を抜いた。

こちらは一本の剣を二本に分けられる特殊な剣となっている。

当然一本のまま使用する事も可能である。

『暁姫』と『彗王丸』、そしてハチマンの持つ『雷丸』は、

全てリズベットの手による傑作である。

こちらも彗王丸と同じく、二本に分ける事が可能となっていた。

 

「アスナ、最初の一撃はいつものでいくぞ、空いた穴に突撃だ」

「了解!」

 

 そしてキリトは彗王丸を肩にかつぎ、それを見たハチマンは急角度で横へと走った。

その瞬間にキリトは、彗王丸を全力で前方へと振り下ろした。

 

「ブレイクダウン・タイフォーン!もどき!」

 

 その剣先の凄まじい早さに衝撃波が発生し、前方の敵が吹っ飛ばされる。

 

「うわ」

「凄い……」

「あ、あれ、キリトは?」

「敵の真ん中よ、あれはそういう技なの。

剣で衝撃波を放つのと同時に敵の懐に飛び込むの」

 

 そのリズベットの解説通り、既にキリトは敵のど真ん中に移動しており、

周囲の敵を斬りまくっていた。アスナはハチマンが避けた方向とは逆に突撃し、

三人は並んで敵を倒しまくっていた。

ハチマンは雷丸を二本に分け、片方の手で敵の全ての攻撃にカウンターを合わせ、

もう片方の手でとどめを刺していた。

アスナの周りには常に魔法詠唱のサークルが表示されていた。

それはつまり、アスナが常に魔法の詠唱をしているという事に他ならない。

アスナはヒールを常に待機させ、ハチマンとキリトが被弾する度にヒールを飛ばし、

まるで脳が複数あるかのように、同時にその手は正確に敵を屠り続けていた。

だが当然何匹か、その弾幕のような三人の剣の嵐を避ける敵も出てくる。

その敵はリズベットが確実に叩き潰していた。

 

「ちょ、ちょっと待って、こんなの聞いてない、聞いてないよ!?」

「VITをクリック、プラスをクリック、VITをクリック、プラスをクリック」

「アサギさん、あっちの世界に行かないで!戻ってきて!」

「今それどころじゃないの、私の事は気にしないで、魔法少女さんは敵の相手をお願い」

「うぅ、わ、分かった」

「リオン、私達はこっちまで来た敵を攻撃よ、アサギを守るんでしょう?」

「そ、そうだった、うん、今行く!」

 

 アサギとリズベットにそう言われ、

リオンはそれなりに様になった構えで漏れてきた敵を突きまくった。

ほとんどの敵が手負いだった為、まだ決して高いとはいえないリオンの攻撃力でも、

その敵を何とか倒す事が可能となっていた。

 

「ヴァルハラの本気の戦闘っていつもこんな感じなの?」

「ううん、あの三人が異常なだけ。とはいえ『ヴァルハラ・リゾート』の戦闘っていうなら、

あの三人を含めて他のメンバーがもっと多い状態なら、こんなものじゃないわよ」

「そうなんだ……」

 

 その言葉にリオンは愕然とした。明らかに自分の知るALOの戦闘とは、

一線を画している状態だったからだ。事実先ほどからアサギは必死で手を動かし続けている。

確かにリオンの時のキリトも凄かったが、ここまでハイペースではなかったはずだ。

 

「ただこの方法だと、ちゃんとした戦い方が身に付かないから、

正直あまり推奨は出来ないのよね」

「そう言われると、それは確かにそうかも」

「まあいずれペースダウンするとは思うけど、今はとにかく経験値の為と割り切って、

ここで十分に能力のベースアップをしておくといいわよ」

「う、うん、分かった」

 

 そしてしばらくして戦闘は終了し、リオンが経験値を能力に振り分けていたその横で、

ハチマンはアサギにこう尋ねた。

 

「アサギ、ちょっとウィンドウを可視化して、今の能力を見せてくれないか?」

「うん、今はこのくらいかな」

 

 そしてじっとアサギのステータスを眺めていたハチマンは、

あっさりとした口調でこう言った。

 

「この狩場だと、もう少しってところか。

キリト、アスナ、もう一セットだ、すぐにいけるか?」

「大丈夫、そんな柔な鍛え方はしてないぜ!」

「こっちも大丈夫、MPも回復済みだよ」

「オーケーだ、アサギは今度はSTRとVITに半々で数値を振るようにな。

それじゃあまた五分後に」

 

 そう言ってハチマンは風のように去っていき、

リオンとアサギはそのハチマンの後ろ姿をポカンと眺めた。

 

「行っちゃった……」

「そうだね……」

「二人とも、驚いたでしょ」

「う、うん」

「本当に凄かった……」

 

 だがそんな二人に、キリトがとんでもない事を言い出した。

 

「まあまだ本気とは言えないんだけどな」

「えっ、そ、そうなの?」

「ああ、本気の場合、ここにクリシュナの支援魔法が加わるからな」

「あ、ああ!」

「あれはやばいぞ、二人ともそのうち体験させてもらうといい」

「そうなんだ」

「ちょっとわくわくするかも」

 

 そして数分後、再び大量の敵がこちらに押し寄せ、

先ほどと同じ光景が再現される事となった。

 

「槍もそれなりに使えるようになってきたみたいじゃない」

「う~ん、自分ではただ振り回してるだけって感じなんだけど」

「そのうち最適化されていくわよ、とはいえ槍をそうやって振るうのは、

今日だけかもしれないけどね」

 

 リズベットとリオンはあちこちを走り回りながら、どんどん敵にとどめをさしていった。

そんな事を繰り返しているうちに、リオンは段々気が大きくなってきた。

仮面で顔が隠れている影響もかなりあると思われるが、

この日の最初、ノリノリで魔法少女プレイをしていた時のように、

リオンは段々とテンションが上がり、そのおかげで周囲の警戒が若干疎かになってきていた。

そんな中、二セット目の敵の殲滅が終わり、

再びアサギのステータスをチェックしたハチマンは、

アサギに次から戦闘に参加するように伝えた後に、三セット目の釣りへと向かった。

 

「これでやっとリオンと一緒に戦えるね」

「アサギさん、私にもちょっとステータスを見せて!」

「うん、構わないわよ、今はこんな感じ」

 

 そのリオンのお願いを、アサギは快諾した。

釣られて他の者達も、アサギのステータスを覗き込む。

 

「うわ、凄い上がってる……VITだけならもう私より高いし」

「これだけあれば、ここの雑魚数匹を同時に相手にしても大丈夫だな」

「でも無理はしないようにね、囲まれないように戦うのが一番いいんだから」

「うん!でも仲間が危ない時は、無理しちゃうかも」

「まあいつかはそういう時が来るかもしれないが、

その時もとにかく落ち着いて動けるように、よく周りを見て心は常に冷静にな」

「どんな時でも落ち着いて冷静に、って事ね」

 

 アサギはそのアドバイスを心に刻み付け、役に入り込む時のように自分に言い聞かせた。

 

 

 

「おい、敵が全然いないぞ、どうなってる?」

「情報と違うな」

「この辺りには、高レベルの敵がかなり多くいるって話だったが……」

 

 その頃同じ狩場に、連合に加盟しているいくつかのチームが別方向から到着していた。

ここはきついという評判の狩場な為、かなり人数が多い。

戦列が横に広がり過ぎないように、タンクを数名と斥候が二人、物理アタッカーは最小限で、

残りは魔法使いメインで構成されており、連合の主力という訳ではないが、

今後を担う中堅チームを中心に構成された、比較的ゲーム歴が短い者達の集まりであった。

彼らの長所は何者をも恐れぬ勇気と決断の早さ、

悪く言えば蛮勇と短気さといった所であろうか、

そんな彼らは狩場の状況を見て進軍を一時やめ、情報収集の為に斥候を二人放っていた。

 

「なぁ、ここってどんな狩場なんだ?」

「かなりきついとしか聞いてないな」

「でもその分経験値はいいんだろ?」

「そうらしいな、まあ今日のタンク連中は装備も充実してるし確実に敵を止めてくれるだろ、

その間に魔法攻撃を集中させて敵をドカンだ、かなりきついといってもそれなら余裕余裕」

 

 まだ敵と出会えていないせいか、連合の者達の間には、

若干そういった弛緩した空気が流れていた。

そんな中、斥候が一人、また一人と戻ってきた。

 

「お、どうだった?」

「ヴァルハラがいた、『ザ・ルーラー』と『黒の剣士』『バーサクヒーラー』『神槌』

あとは知らない女が二人、多分新人だろう」

 

 その言葉にメンバー達は、色々な意味でざわついた。

 

「よりによってその三人かよ」

「『絶対零度』がいないのはラッキーだったと言うべきか?」

「女の新人が二人?くそっ、どうしてヴァルハラにばっかり女が集まりやがる」

「あいつら絶対に許さねえ……」

「この人数で勝てるかどうかは分からないが、とりあえず近くまで全員で行ってみるか」

「そうだな、とにかく状況が知りたい」

「よし、行こう」

 

 こうして連合のメンバー達は、ヴァルハラがキャンプにしている広場に向け、

体勢を低くしながら徐々に接近していった。

 

 

 

「あそこだ」

「おい、何だよあれ……」

「あいつら、あんなに大量の敵を一度に相手にしてやがるのか……」

 

 そこは一言で言うと、無双ゲームの舞台のようであった。

一行がその光景を見て放心する中、一人のプレイヤーがこんな事を言い出した。

 

「なぁ、ちょっと今、公開されてるヴァルハラのサイトにアクセスしてみたんだけどよ、

新人が二人いて、その片方のアサギって奴、加入日が今日になってるぜ」

「って事はズブの素人か、そのアサギってのがどっちかは分からないが、

どっちも普通に戦えてるみたいだが……」

 

 一人がそんな事を言い出し、その場はやや紛糾した。

 

「って事はもしかして、ここの敵ってそんなに強くないんじゃないか?」

「いや、しかし情報によるとだな……」

「でも実際新人が普通に戦えてるじゃないかよ」

「だよな……って事はボーナスステージみたいなものか?

敵は弱いが経験値は稼げるみたいな」

「というか、今目の前に宿敵がいるんだぜ?どうする?攻撃するか?」

「いや、前は百人単位で蹴散らされてるからな、この人数だとどうかな」

「でも魔法使いの人数は、その時と変わりないんじゃないか?」

「しかも相手は人数が少ない、あの時とは明らかに状況が違う」

「確かにそう言われるとそうだな」

「でもあの三人が揃ってるんだぜ、それってやばくないか?」

「う~ん……」

 

 そんな状況の中、ハチマンがおそらく釣りに出たのだろう、その場から離れていった。

 

「お、ザ・ルーラーがいなくなったぞ」

「残りは五人……しかもこの位置は黒の剣士とバーサクヒーラーの背後になるのか」

「それじゃあこういうのはどうだ?俺達としては、絶対に相手に一泡ふかせてやりたい、

でもまともに戦闘したらもしかしたらあの人数が相手でもこっちがやられちまうかもしれん、

なので魔法使い全員で、この位置から全力であの五人に魔法攻撃を放ち、

何人かにダメージを負わせたところでどうなるか様子見をして、

さすがに傷ついた仲間を放置してこっちに突撃してくるって事はないと思うが、

敵がその場を動かないようなら全力で次弾を放って、それで全力で離脱しよう。

それならザ・ルーラーが戻ってくる前に逃げられるはずだ。

もし敵が最初の一撃の直後に動いたら、次の攻撃はやめて即離脱。

どちらにしろ一泡はふかせられるはずだ」

「おお」

「それでいくか」

「だな!このままただ帰るのはちょっと悔しいしな」

 

 こうして五人への攻撃が決定され、魔法使い達は魔法の詠唱を開始した。

 

「十秒後に全員で攻撃だ、俺がカウントするから各自でタイミングを合わせてくれ」

 

 そしてカウントが開始され、カウントがゼロになった瞬間、

凄まじい数の魔法攻撃が、丁度最後尾にいたリオンの背後に迫る事となった。



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第673話 私が守る

 ハチマンの釣りを待つ中、キリトとアスナ、そしてリズベットは、

ハチマンが戻ってくるのを見逃さないように、少し前のめりで前方を注視していた。

前から順番にキリト、少し離れてアスナ、その更に後ろにリズベットという布陣である。

一方リオンは高揚した表情でメニュー画面を開き、

ステータスを上げるか何かスキルを取るか、ニヤニヤしながらもうんうんと唸っていた。

そんな中、アサギだけは集中を切らさず、冷静な表情で辺りを見回していた。

 

「どんな時も冷静に、とにかく周りを見る。戦闘中も、そうでない時も」

 

 そんなアサギの目に、何か光る物が映った。

一瞬ではあったが、確かにリオンの背後の方向に、詠唱の輪のような物が見えたのだ。

 

「あれは……」

「ん、アサギ、どうかした?」

 

 その様子が気になったのか、リズベットがアサギにそう声をかけてきた。

 

「うん、今……」

 

 それに答えようとした瞬間に、森の中から色とりどりの光が見え、

アサギは喋るのを途中でやめ、リオン目掛けて走り出した。

 

「リズさん、前の二人に連絡を!」

「わ、分かった」

 

 一瞬で状況を把握したのか、リズベットはその言葉を受け、

少し前にいるキリトとアスナに声を掛けた。

 

「キリト、アスナ、敵襲!」

 

 そしてアサギは、後ろで呆けていたリオンに向けてこう叫んだ。

 

「リオンちゃん、その場にしゃがんで!」

「えっ?」

 

 リオンは咄嗟にその場にしゃがみ、

その頭の上を跳び越したアサギはリオンの前に仁王立ちし、

前方に鉄扇をかざすと、手元のボタンを操作して鉄扇を大きく広げた。

 

「リオンちゃんは絶対に私が守る!」

 

 だがアサギの今のステータスでは、その魔法の奔流を完璧に止めるのは難しい。

どうしても物量の力に押されてしまうのだ。しかも初期ステータスでも装備出来るように、

今のアサギが持つ鉄扇は、性能的には頑丈な事だけが取り柄の普通の武器であった。

その耐久度は魔法を受ける度にどんどん減っていき、

魔法がまだ飛んできている最中にも関わらず、

鉄扇は負荷に耐えかね、耐久度を全損させてあっさりと消滅した。

 

「あっ!ア、アサギさん!」

「まだよ!絶対に守るんだから!」

 

 アサギはそのままリオンの上に覆いかぶさり、背中で必死にその攻撃に耐えた。

 

「ア、アサギさん!」

「大丈夫、大丈夫だから」

 

 そう絶叫したリオンに対し、アサギは安心させるようにそう囁きながら、

必死にその攻撃に耐え続けた。幸いVITをかなり上げた甲斐もあってか、

敵の攻撃が止む頃には、アサギのHPはまだ一割ほど残っていた。

 

「アサギさん!」

「ふふっ、何とかなったね」

「で、でもアサギさんのHPが!」

「大丈夫だよ、ほら」

「エクストラヒール!」

 

 その瞬間にアスナのヒールが発動し、アサギのHPは全快した。

どうやらアサギは冷静にアスナの方を見ていたようだ。

 

「ね?」

「う、うん」

 

 だがまだアスナのいる位置からは距離があり、しかもアサギは鉄扇を失っている。

頼みの綱であった防御手段はもう無いのだ。もし今先ほどと同じ攻撃をくらいでもしたら、

おそらくアスナがヒールをかける間もなくアサギのHPは確実に短時間で全損する。

下手すると一瞬かもしれない。リオンがそう思い、背筋を寒くする中、

そんなリオンをあざ笑うかのように、再び森の中に大量のエフェクトが現れた。

 

「アスナ、無理かもしれないがヒールを連打してくれ!リズはヴァルハラ・コールだ!」

 

 一方キリトは、走りながら二人にそう指示を出していた。

 

「うん、何とかやってみる!」

「キリト、コールの色は?」

「緑と青だ!」

「緑と青ね、分かった!」

 

 リズベットは決まり通りに復唱した後、緑と青の魔法を空に打ち上げた。

 

「頼むぜハチマン、理解してくれよ」

 

 キリトは一番前にいたせいか、アサギの前に出るのはおそらく間に合わないが、

そう呟きつつ全力でアサギとリオンの方に向けて走っていた。

アスナは逆に足を止め、最速で発動する短詠唱のヒールの準備をしていた。

これは間違っても唯一のヒーラーである自分が、

敵に倒されてしまう事がないようにとの判断からであった。

 

(これは……ギリギリだな)

 

 キリトの速度をもってすれば、おそらく敵の攻撃の最中にアサギの前に出る事が可能だ。

もっともその最初の攻撃にアサギが耐えられる保証はない。

だがそんなキリトの心配は杞憂だった。突然前方から、こんな声が聞こえたからだ。

 

「目覚めよ、我が娘よ!」

 

 いつの間にかリオンの手には、ロジカルウィッチスピアが握られていた。

リオンはアサギを制してその前に立ち、高らかにそう宣言した。

その瞬間にロジカルウィッチスピアが展開し、リオンはスッと、その持つ手を前へと向けた。

 

「リオンちゃん!」

「魔法の事なら私に任せて、大丈夫、今度は私がアサギさんを絶対に守ってみせるから!」

 

 振り向いてそう言ったリオンの目には涙が溢れていた。

その涙を拭い、リオンは敵に向かって高らかに叫んだ。

 

「我が名はロジカルウィッチ!あなた達の魔法は、全て私が制してみせるわ!」

 

 

 

 釣りから戻る最中、ハチマンは空にヴァルハラ・コールが上がるのを見た。

 

「緑と青?敵襲か、だが防御、それに待機、どういう事だ?」

 

 状況からしてキリト達が敵の攻撃を受けたのは間違いない。

だがキリトとアスナがいて、ただ防御してるだけというのはありえない。

しかも待機のコールまで上がっているのだ。

 

「敵から攻撃を受けたとして、方向はおそらく背後からか、

そうすると、こちらの誰かがダメージを負ったのかもしれないな、

だがおそらく乱戦にはなっていない。それなら赤と黒のコールが上がるはずだ」

 

 赤は攻勢に出ろ、黒は救援求むのコールであり、

それなら確かに応戦しているという事になる。

 

「だがコールは待機だ、これはおそらく敵が待機しているという事なんだろう、

つまり敵が遠隔攻撃中心の攻撃を仕掛けてきて、

それからその場を動いていないって事になるな」

 

 ハチマンはそう正確に状況を判断し、走る方向を変えた。

 

「そうなると俺の役目は……こっちだな」

 

 そしてハチマンは大量の敵を引っ張ったまま、ぐるりと弧を描くように、

敵の背後になるであろう方角へと向かい始めた。

 

 

 

「よし、いける!」

「後ろの二人は倒せるだろうな」

 

 連合の一同は、おびただしい数の魔法が敵に降り注ぐのを見て、

敵に痛撃を与えられる事を確信していた。

だが次の瞬間にアサギが鉄扇を広げるのを見て、彼らは動揺した。

 

「おいおい、あの新人、タンクだったのかよ!」

「あれは扇か?またおかしな物を装備してやがる」

「だが所詮新人だ、長くはもたないだろ」

 

 その推測通り、アサギの鉄扇は霧散し、アサギは体を張って、

もう一人の派手な格好をした少女を守り始めた。

 

「半分以上は防がれたとしても、何でこの攻撃に耐えられる?」

「おかしいだろ、だってあいつは新人なんだろ?」

 

 この時点で、連合の者達の間には、若干の動揺が走っていた。

 

「ど、どうする?」

「黒の剣士がこっちに向かってるぞ、早く逃げようぜ!」

「でもバーサクヒーラーは足を止めたぜ、

さすがの黒の剣士も、一人で突っ込んできたりはしないんじゃないか?」

「あっ、見ろ、空に!」

 

 そんな連合の者達の目の前で、ヴァルハラ・コールが打ち上げられた。

 

「青と緑?それって確か……」

「あれって待機と守備の合図じゃなかったか?」

「確かそうだ、あいつら、防御してそのままザ・ルーラーを待つつもりだ!」

 

 連合の者達には個別のヴァルハラ・コールの意味は理解出来ても、

その組み合わせの意図を深く考える事は無理だったらしい。

これにより連合の者達は思考停止し、

相手がただその場で待機するつもりなのだと思いこみ、続けて攻撃する事を選択した。

 

「よし、これなら予定通りいけるな、敵にもう一度魔法を集中させて、それで離脱だ」

「ヒャッホー、ついにあいつらに一泡ふかせてやれるな!」

「魔法の詠唱を開始しろ!カウントを開始する!」

 

 そして再び大量の魔法使い達による魔法の詠唱が開始された。

 

「よし、このままこのまま」

「しんがりは斥候の俺達に任せてくれ、すぐに仕掛けられる罠を準備しておく」

「すまん、頼んだ!俺達タンクは一応黒の剣士の突撃に備えておく!」

 

 この辺り、彼らのチームワークは中々のものだといえよう。

彼らも彼らなりに、敗北を続けて成長しているようだ。だがまだ足りない。

そんな彼らの耳に、こんな声が飛び込んできた。

 

「我が名はロジカルウィッチ!あなた達の魔法は、全て私が制してみせるわ!」

 

 その声に魔法使い以外の者達は顔を見合わせた。

 

「ロジカルウィッチ?誰だ?」

「あの新人の派手な方か?ロジカルウィッチって、自分で付けた二つ名かよ?」

「気にするな、あんなちゃちな傘みたいな物で、これだけの魔法を防げる訳がねえ」

「だな、よし、撃て!」

 

 その言葉と共に、再び大量の魔法がリオン目掛けて降り注いだ。

その瞬間にその傘のような武器についた宝石が光り、

着弾コースだった全ての魔法はその武器の前で、文字通り消滅した。

それ以外の魔法は全て誰もいない後方の地面に着弾し、

その後には何事もなかったかのようにその場に立つ、リオンとアサギの姿があった。

 

「はぁ?」

「な、何だよあれ……」

「何で魔法が消えたんだ?」

「お、おい見ろ、あの武器に付いてる宝石が光ってるぞ」

「まさか魔法を吸収したんじゃないだろうな?」

 

 その瞬間に、後方で斥候達の悲鳴が聞こえ、一同は慌てて振り返った。

その瞬間に彼らの横を、何かが凄い速度ですり抜けた。

 

「な、何だ?」

「おい見ろ、モブが、モブがあんなに……」

 

 その視線の先には大量のモブが溢れ返っており、

後方で罠を仕掛ける準備をしていた斥候がその波に飲み込まれ、死亡したのが見えた。

 

「どこからこんなに沢山のモブが……」

「ま、まさか今通ったのは……」

 

 愕然とし、再び前に向き直った一同に向け、ハチマンがヒラヒラと手を振っていた。

 

「何でザ・ルーラーがあそこにいやがる!」

「今俺達の横を通ったのはあいつだったのか!」

「あ、あの野郎、こっちにモブをなすりつけやがった!」

「畜生、各自でモブに応戦しろ!さっき見ていた通り、こいつらは攻撃力は弱いはずだ!」

 

 だがそれは間違っていた。そのモブ達は相当強力であり、

連合の者達は、抵抗しきれずバタバタと倒されていった。

 

「なっ、何で……」

「こいつらは雑魚のはずだろ?」

「もしかしてこいつらが雑魚なんじゃなくて、あいつらが強すぎるんじゃ……」

 

 その気付きは少しばかり遅すぎた。連合の者達も彼らなりに上手くやったと思うが、

ハチマン達はあっさりとその上をいった。

こうしてその場はプレイヤー達の阿鼻叫喚に包まれる事になったのだった。



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第674話 リオンの油断

「ハチマン!お前なら絶対にコールの意味を分かってくれると信じてたよ!」

 

 敵陣の真っ只中を抜けてきたハチマンの姿を見て、キリトが感激したようにそう言った。

そしてアスナもにこやかな顔でハチマンにこう言った。

 

「ハチマン君、釣ったモブを敵になすりつけたんだね」

「本来はマナー違反だが、この場合はまあ仕方ないよな、

俺はただ、仲間を助けようとしてショートカットしただけだ。

もちろんそこに人がいるなんて思いもしていなかった、まあそういう事だ」

「またハチマンの悪評が高まっちゃうね」

「今更だろリズ、さて、状況の説明を受けるのは後だ、

キリト、アスナ、残敵の掃討に入るぞ」

「「了解!」」

「私はどうする?」

 

 自分の名前は呼ばれなかった事でリズはハチマンにそう尋ねた。

 

「リズはアサギと魔法少女さんと協力してこっちに逃げてきた敵を倒してくれ、

多分何人かは抜けてくるはずだ」

「分かった、頭を叩き潰してやるわ」

「任せたぞ」

 

 そして三人はそのまま森の中へと斬り込んでいった。途中で一瞬ハチマンが、

チラリとリオンの持つロジカルウィッチスピアに目をやった気がしたが、

ハチマンは何も言わず、そのまま突撃していった。

 

「リオンちゃん、ありがとう、本当に助かったわ」

 

 三人が去った後、気持ちが落ち着いたのか、アサギがリオンにそう言った。

 

「ううん、本当は私が最初からアサギさんを守るつもりだったのに、

私の方が守ってもらっちゃったから、今度はどうしても私がアサギさんを守りたかったの」

「リオンちゃん!」

「アサギさん!」

 

 そして二人はしっかりと抱きあった。

どうやら戦いを通じて二人の友情はより深まったようだ。

そんな二人を見ながら、リズベットはニコニコと笑顔でこう言った。

 

「しかしその槍、やっぱり魔法相手だと無敵だね」

「凄かったわね、ロジカルウィッチスピアだっけ?

リオンちゃんはよくそんな複雑なシステムを使いこなせるわよね」

「沢山練習したから……」

 

 リオンは顔を赤くしながらアサギにそう答えた。

その時何人かの敵が、負傷した状態でこちらに向かって飛び出してきた。

 

「むっ」

「来たわね」

「任せて、ロジカルウィッチスピア、エネルギー充填百二十パーセントよ!」

 

 その敵に構えたリズベットとアサギの横で、リオンが事も無げにそう言った。

そしてリオンは高揚した気分でこう言った。

 

「マジカルロジカルビーム!」

 

 その言葉と共に、ロジカルウィッチスピアからいくつかの魔法が飛び出し、

その敵達はその攻撃を受け、あっさりと死亡した。

 

「……リオンちゃん、ノってるね」

「あっ、つ、つい……」

「さっすが魔法少女、凄くマジカルでロジカルだね!」

「ロジカルさは魔法少女には関係ないと思う」

 

 そんな会話を交わしながら、三人はころころと笑った。

そしてその後も飛び出してくる敵をリオンが狙撃し、

アサギはリズベットに借りた剣で敵を斬り裂き、リズベットはその頭を文字通り叩き潰した。

 

「ふう、こっちはそろそろ静かになってきたね」

「森の中はまだ騒がしいみたいだけどね」

「まあ敵プレイヤーとモブ、両方を相手にしてるはずだしねぇ」

「あの三人、凄いよね……」

 

 そのリオンの言葉に、リズベットはため息まじりにこう答えた。

 

「SAOの頃からの付き合いだからもう慣れたわ、

あの三人を相手にするなんて、想像するのも嫌」

「あはははは、同感」

「そうだね、本当に味方で良かったよね」

 

 そしてしばらくした後、キリトとアスナがこちらに戻ってきた。

 

「よぉ、お疲れさん」

「誰も死ななくて良かったね本当に」

「うん、そうだね」

 

 だがそこにはハチマンの姿だけが無かった。

まさかハチマンが敵に倒される事などないと思うが、

少し心配になったリオンは、二人にその事を尋ねた。

 

「あ、あの、ハチマンは?」

「ああ……」

「ハチマン君ね……」

 

 二人はその問いに、若干苦々しい表情をしながらこう答えた。。

 

「次のモブを釣りに行くってさ」

「止める暇も無かったよ」

「……え?」

「森の中にいた連中が思ったより弱くてなぁ、物足りないからもう一回釣ってくるって……」

「嘘っ!?」

「あ、あは……」

 

 五人はそんなハチマンに、苦笑する事しか出来なかった。

 

「しかもハチマンが言うには、今のモブとプレイヤーを倒して入った経験分を合わせても、

多分あと一回は釣りをしないと、アサギのSTRが上級装備を持てるレベルに届かないって」

「えっ?」

「アサギ、ちょっとステータスを見せてくれないか?」

「う、うん」

 

 そしてアサギのステータスを覗きこんだキリトとアスナとリズベットは、

そのステータスがハチマンの言う通りだった事に驚いた。

 

「本当だ……今たまってる分を振ってもちょっと足りないね」

「それってどんな基準なんですか?」

「俺達が持ってるこの武器の最低要求STRが一つの目安になってるんだよ、

意外と低いんだよこの要求数値。でもまあこの数値が全プレイヤー共通の、

上級プレイヤーへの境界線だって事になってるよ」

「そうなんだ」

「他の武器も、これ以上の数値を求められる事はほぼ無いんだよね、

なのでもし存在するとしたら、伝説級の武器くらいじゃないのかな」

「とりあえずアサギもリオンも、今の戦闘でたまった分の経験値を振り分けておくといい、

もうすぐまた大量のモブが来ちまうからな」

 

 キリトにそう言われた二人は、慌ててステータス画面を操作し始めた。

 

「しかしアスナ、ハチマンの奴、確か数学は苦手だったよな?」

「そうなんだよね、どうして細かい数値の事まで分かるんだろうね」

「勘なんじゃない?計算して言ってるようには思えないし」

「勘かぁ、もしくは経験なのかな、あいつが一番新人のパワーレベリングに出動してるしな」

「あ、確かにそれはあるかも。何か明確な根拠があるとかじゃなく、

多分経験的に、このくらいだなって感じなんだろうね」

「まあハチマンだから、何があってもおかしくないけどな」

「うん、ハチマンだから仕方ないね」

「彼女としてはノーコメントって事で……」

 

 その時遠くにモヤのような物がかかった。どうやら五分経ったらしい。

 

「お、ハチマンが戻ってきたな、さて、お仕事お仕事っと」

「多分これで今日は最後だろうし、張り切っていこう!」

「あんた達二人も大概タフよね……」

 

 そしていざ戦闘が始まろうとした瞬間に、アサギが慌ててリオンに言った。

 

「あっ、リオンちゃん、武器、武器!」

「しまった!」

 

 リオンは慌ててロジカルウィッチスピアをしまい、先ほどまで使っていた槍を出した。

不思議な事に、それなりに使っているせいか若干愛着を感じるその槍を、

リオンはビシッと構え、そのまま敵を迎え撃った。

アサギはアサギでリズベットに借りた予備の剣を使い、タンクとしての役割は諦め、

今は完全にアタッカーとして動いていた。それが実に様になる。

もしかしたら中沢琴の役をやった時に、剣術の基本をどこかで学んだのかもしれない。

真面目な麻衣なら十分ありえる事である。

 

「アサギさん、何か格好いい」

「ありがと、リオンちゃんも学校での姿からは想像もつかないくらい、

随分と行動的になったわよね」

「まあゲームの中だけだけどね」

「それでも毎日それなりに歩いてるわよね?この前会った時、少し細くなってた気がしたわ」

「えっ、本当に?」

「うん、腰の辺りが締まってた気がした」

「うわぁ、それが今日一番嬉しいかも!」

 

 リオンはそれでかなり上機嫌になった。

そんなリオンを微笑ましく見つめながら、アサギはぼそっとこう呟いた。

 

「まあもっと脅威なのは、胸のサイズがまったく変わってないというか、

バランスの関係で昔より大きく感じるって事なんだけどね……」

 

 腰が細くなれば、胸が強調されるのは当然の摂理と言えよう。

だがそんな微妙な乙女心は一切表に出さず、アサギはリオンと共に敵のトドメを刺し続けた。

 

 

 

 こうしてこの日最後の戦闘も無事に終わり、

さすがのハチマン達もステータスを振る必要が出たのか、

全員が揃いも揃ってメニュー画面をいじり始めた。

もっともリオンとアサギ以外はそんなに時間がかかる訳ではない。

早めにその操作を終えた四人は、リオンとアサギの二人を微笑ましく見つめていた。

二人はどう見てもずっと昔からの友達のように見え、

相談しながら仲良くステータスを振っていたからである。

そんな二人にハチマンが声をかけた。それはもう、さも自然な感じで、

普段友達に話しかけるような軽い感じでこう言ったのだ。

 

「しかしこうしてみると、リオンとアサギは本当に仲がいいよな、

高校に入った時からずっとそんなに仲が良かったのか?」

 

 その言葉の意図を、アサギは即座に理解した。

ついさっき、リオンの持つロジカルウィッチスピアを見たハチマンは、

もしかしたら魔法少女はリオンなのではないかと思ったのではないだろうか。

ロジカルウィッチスピアの外見をハチマンが知らない事をアサギは知らないが、

その推測は実は正しい。ハチマンはある程度の情報はナタクから伝え聞いており、

武器が傘状になっている事と、そこに宝石が散りばめられている事だけは知っていたのだ。

アサギが思うに、これは明らかに罠であり、

リオンが何か言う前に、自分が先に口を開かないとまずい事になる。

そう考えてアサギは、この場にリオンはいませんよという趣旨の発言をしようとしたのだが、

それよりも先に、おそらく気が抜けていたのだろう、リオンが先に口を開いてしまった。

リオンはメニュー画面を操作しながら、その問いに自然に返事をしてしまったのだ。

 

「咲太が麻衣さんと付き合い始めた辺りからの付き合いだから、

二年くらいの付き合いになるのかな、だから高校入学直後からって訳じゃないよ、ハチマン」

「ほうほう、そうだったのか」

 

 そう言いながらハチマンは、そっとリオンの背後に立った。

そんな二人を、残った四人はあわあわしながら見つめていた。

 

「いやぁ、さっきは胸を強調されたせいで、思わずそっちを見ちまってアスナに怒られたが、

もっと声についてちゃんと考えるべきだったよなぁ、

似てるというか、どう考えてもお前の声だったんだから」

 

 その言葉でやっとリオンは我に返った。そして恐る恐る振り返ったリオンの目の前に、

じろじろと観察するような目をしたハチマンが立っていた。

 

「なるほど、パーティグッズか」

 

 そしてハチマンは、リオンのかぶっていた魔法少女の帽子をそっと外し、

その中から現実と同じくかなり量が多い、リオンの長い髪がバサッとあふれ出た。

 

「すっかり騙されたわ、だろ?魔法少女リオン」

 

 ハチマンはそう言って、リオンにニヤニヤと笑いかけたのであった。



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第675話 リオン観念す

「え、えっと……」

「普段のリオンと違って随分健康的な肌の色だよなぁ、

それもありだとは思うが、まあ普段の不健康そうな色の方がお前らしいよな」

 

 ニヤニヤしながらそう言われ、リオンは諦めたように肌の色を元に戻し、

装備もいつもの装備に戻した。残りの四人は頭を抱えつつも、

大人しくハチマンがどう出るのか見守っていた。

 

「しかしお前さ、さっきのあの言い訳は無いだろ、

胸のサイズが同じだから声も同じになる?思わず迎合するような事を言っちまったが、

普通に考えてそんな訳無いだろうが!」

「え?何それ、私そんな事言ってないけど」

 

 リオンはどうやら先ほど自分がとった行動について覚えていないようで、

戸惑ったような顔でそう言った。あの時はよほどテンパっていたのだろう。

 

「お前それ、本気で言ってんのか?」

 

 ハチマンにそう言われ、リオンは他の四人の顔を見た。

その四人がリオンに見つめられた瞬間に、

曖昧に笑ったり目線を合わせないように愛想笑いをした為、

リオンはそれで、ハチマンの言う事が真実なのだと理解した。

 

「嘘……ア、アサギさん、私は一体何をしたの?」

「わ、私?えっとね……」

 

 リオンに指名されたアサギは、縋るような視線をアスナとリズベットに向けたが、

二人は露骨に顔を背け、諦めたアサギは女優としての能力をフルに使い、

先ほどリオンがとった行動を、完璧に再現してみせた。

 

「そのリオンさんという方と私は、この辺りの体型がよく似ているのではないかしら、

なので声の質もやはり似てしまうのでしょうね」

 

 そう言いながらアサギは自分の胸を持ち上げた。あの時のリオン、そのまんまである。

違うのは胸の揺れ方くらいであったが、その事に突っ込むような野暮な者はここにはいない。

 

「「「「おお~」」」」

 

 四人はその演技を見て、大きな拍手をした。

アサギは恥ずかしそうにそんな四人に頭を下げた後、続けてリオンにこう言った。

 

「って感じかな、リオンちゃん」

「ええっ!?ほ、本当に?」

「う、うん」

 

 リオンは今アサギがとった行動に愕然とした。

 

(あ、あれを私が?は、恥ずかしい……)

 

 まさか自分がそんな痴女のような行動をとるなど思いもしなかったリオンであったが、

他の者の反応を見るに、それは間違いなく事実らしい。

 

「くっ……」

 

 悔しそうにそう呟いたリオンは、羞恥に塗れた表情でハチマンに詰め寄った。

要するに、恥ずかしさを誤魔化す為の逆ギレである。

 

「で、見たの?見たんでしょ?」

「い、いきなり何だよ、ってか何をだよ」

「私の胸を、そのいやらしい目でじっと」

 

 そのリオンの言いがかりにも近い言葉を、ハチマンは慌てて否定した。

 

「見たという言い方は正確じゃない、視界に入ったというのが正しい」

「やっぱり見たんじゃない!」

「見たんじゃねえ、見せられたんだ!」

 

 その言葉にキリトだけはうんうんと頷いていたが、

即座にリズベットに睨まれ、キリトは頷くのをやめた。

そしてリオンは目をぐるぐるさせながら更にハチマンに詰め寄り、

焦ったハチマンはリオンを止めようと手の平を前に差し出した。

その瞬間にリオンは足をもつれさせ、ハチマンの手がリオンの胸を鷲掴みする格好となった。

 

「「「「あ」」」」

「いっ!?」

「う………」

 

 体重がかかっている為にそう簡単に手を離す訳にもいかず、

それでいて下手に手を動かすわけにもいかない為、

ハチマンは必死に手を固定させようと努力していた。

だが得てしてそういう場合、無意識に手が動いてしまうものなのだ。

下手に力を入れた為、ハチマンの手はピクッと動き、

それはどう見ても、ハチマンがリオンの胸を揉んだように見えた。

そのタイミングで体勢を立て直す事に成功したリオンは慌ててハチマンから体を離した。

ハチマンはそれでほっと安心したのだが、次の瞬間背後から殺気を感じ、

ハチマンは慌てて振り返った。

そこには案の定、ゴゴゴゴゴという文字を背負ったアスナの姿があった。

 

「ハチマン君、ちょっと大事なお話があります」

「ま、待ってくれ、今のは違うぞ、俺のせいでもないしリオンのせいでもない、

今のは明らかにラッキースケベの神様のせいだ、ただの事故だ。

俺の手がうっかり動いてしまったのも、

これ以上の被害を防ごうと力を入れすぎてしまったせいであり、決してわざとじゃないんだ」

「うん、それはそうなんだろうけど、でも罪は罪だよね。

信賞必罰、ハチマン君に罰を与えるのは、彼女である私の役目だと思うんだ。

それに今ラッキーって言った?リオンちゃんの胸を揉んだのは、ラッキーなのかな?かな?」

「ち、違う、ただの言葉の綾だ、キリト、リズ、お前達からも何とか言ってくれ!」

 

 アスナにそう言われたハチマンは、必死にキリトとリズベットの方を見たが、

二人は完全にこちらに背中を向け、今日の戦闘について話をしていた。

いわゆる何も見えない何も聞こえない状態である。

 

「お、おい二人とも……」

「いやぁ、今日の戦闘の総評をしないとな」

「反省すべき点もいくつかあるよね」

「だな、とりあえず早めにその辺りの事をちゃんと話しておかないといけないな」

「お、おい……」

 

 だが二人はこちらに反応しようとはしない。

諦めたハチマンは、縋るような視線をリオンに向けた。

当のリオンは顔を真っ赤にしており、搾り出すような声でハチマンにこう言った。

 

「エ、エッチ……」

 

 その言葉で自分の運命を悟ったハチマンは、アスナの正面に立ち、目を瞑った。

 

「し、仕方ない、さあ、思いっきりやってくれ」

「ふふっ、素直なのはいい事だよね」

 

 そしてアスナは思いっきり手を振りかぶり、直後にバチーンという音が周囲に響き渡った。

そして振り向いたハチマンは、ゲーム故に顔に手形が残ったりはしていなかったが、

微妙にHPが減った状態で、再びリオンの前に立った。

 

「よし、今の事故についてはこれでよし、さて、話の続きをするとするか」

「あ、えっと、何かごめん」

 

 さすがのリオンもハチマンに悪いと思ったのか、ばつが悪そうにそう言った。

 

「気にするな、で、どうしてこんな演技をする事になったんだ?」

「うん、キャラを育てる事にしたのはいいとして、

その成長した姿をサプライズでハチマンに見せようと思って、

それでちゃんと育つまでは秘密にしておこうかなって」

「なるほどな、この場にいる他の奴らは全員その事を知ってた訳だ」

 

 ハチマンはそう言って他の四人の顔を見た。

四人は誤魔化すように顔を背け、ハチマンはため息を一つついた。

 

「まあいい、とりあえずさっきもってた武器を見せてくれ、

あれってロジカルウィッチスピアって奴だろ?」

「えっ?あれを見て私だって気付いたんじゃなかったの?」

「実は俺は、ロジカルウィッチスピアの正確な見た目を知ってた訳じゃないんだ、

だからとりあえず魔法少女さんがリオンなのかどうか、試してみたって感じだな」

「そ、そうだったんだ」

 

 リオンは自分の行いのせいでバレてしまったのだという事をそれで理解し、

少し落ち込んだ気持ちでロジカルウィッチスピアをハチマンに差し出した。

 

「おお、何だこれ、随分と凝ったデザインだな」

 

 そしてハチマンは、躊躇いなく合言葉を口にした。

 

「目覚めよ、我が娘よ」

 

 その瞬間にロジカルウィッチスピアが展開し、

そこに散りばめられた四種の宝石が光を放った。

 

「うおお、これって魔力がチャージされてるって事だよな?」

「うん、さっきアサギさんを守る為に沢山吸収したからね」

 

 ハチマンは嬉しそうにロジカルウィッチスピアの試し撃ちをし、

リオンはそれを見ながら、敵の魔法の発動が潰せた事を報告した。

 

「ほうほう、そんな事が出来たのか、ALOもまだまだ奥が深いんだな」

「うん、そうみたいだね」

「スタイルも独特だし、お前って実は凄い奴だったんだな」

「この武器の特徴が、凄くロジカルで楽しいからじゃないかな」

 

 リオンのその言葉に、ハチマンはうんうんと頷いた。

 

「それにしてもロジカルウィッチなぁ、自分で名付けておいてアレだが、

お前にはピッタリの名前だったな、魔法少女リオン」

「もう、そんな名前で呼ばないでよ」

 

 リオンは恥ずかしそうにそう言い、他の者達もそんなリオンを囃し立てた。

 

「よっ、魔法少女リオン!」

「ロジカルウィッチ!」

「マジカルロジカルビーム!」

「ちょ、ちょっと本当にやめてよ、もう二度とあんな事はしないんだからね」

「お前、もしかして戦闘中にそんな事を叫んでたのか?」

「い、一時の気の迷いよ、いいから忘れて」

「嫌だね、絶対に流行らせてやる」

「だから本気でやめてよね!」

 

 そしていざ帰る事になり、六人はそのままその場から飛び立った。

道中ではリズベットがアサギから、新しい武器に対する要望などを聞いたりしていた。

 

「そうだ、そういえばその時の状況の説明をまだ聞いてなかったな、

一体どういう流れで戦闘に突入したんだ?」

「あ、えっと、それはね」

 

 リオンは思い出せる限りのその時の状況をハチマンに話してきかせ、

ハチマンはううむと唸った後に、横を飛ぶリオンとアサギの肩に手を沿えながら言った。

 

「そうか、二人とも助け合って頑張ったんだな、えらいぞ」

「う、うん」

「あ、ありがと」

「アサギの新しい鉄扇も早く用意しないとな、リズ、頼むぞ」

「うん、任せて!ナタクと話し合って最高の武器を作ってみせるわ」

「素材も必要だよな、必要な分は俺が取りにいってくるわ」

「わ、私も行く!私の為に武器が全損しちゃったんだし!」

「まあ修理をすればまた使えるようになるんだがな」

「えっ、そうなの?」

「うん、ただそれにもアイテムが必要だけど、所詮初期装備に毛が生えた程度の武器だから、

それなら今の実力に合わせて新調した方がいいしね」

「なるほど……」

 

 その説明にリオンは納得し、ハチマンは少し考えた後にこう言った。

 

「確かにリオンやクリシュナ、それにユキノやクルスにも、

ある程度のレシピを覚えてもらって素材採集も手伝ってほしい所だな」

 

 ハチマンが上げた四人は、ヴァルハラの中でも頭脳派と呼ばれる面々であった。

 

「俺も別に自分が馬鹿だとは思わないが、

さすがに覚えないといけない物の種類と量が多すぎてなぁ……」

「任せて、そういうのは得意だから」

「頼むぜマジで、俺とキリトじゃ頭の出来の問題で、限界があるんだよ」

「そこで俺を巻き込むなよ!俺だって百や二百の素材とその用途くらい覚えてるよ!」

「マジかよ、このゲーム脳め」

「お前が言うな!」

 

 アサギのALO生活は、こうして波乱の幕開けとなり、

この日から、アサギとリオンは仲良く経験値稼ぎに出撃する事となる。




このエピソードはここまで!次から関連の職人話が始まります!


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第676話 ALOの新生産システム

今日から新しいエピソードです!


 少し前、ALOで画期的なバージョンアップが行われた。生産システムの大改革である。

導入されたのは、設計図、エンチャント、パーツの概念であり、

素材を元にパーツを作り、そのパーツを組み合わせる設計図を書き、

出来上がった武器にエンチャントを施すという三段構えのシステムである。

他にも簡易製作システムという物もある。

かつてリズベットがアスナやハチマン、そしてキリトの武器を作るときに、

高品質な製品ほどハンマーを叩く回数が増えた事を覚えているだろうか。

簡易生産システムとは、ハンマーを使うという手順を省略し、

失敗なしに確実に、しかも一瞬で製品が出来上がる代わりに、

品質が常に一定の物しか出来ないというシステムである。

この合成に関する複数の概念の導入により、クラフターは完全に二つの層に分けられた。

全て簡易製作で済ませ、まるで工場で生産しているかのように、

一定規格のそれなりに性能のいい武器を作る層と、

基本オーダーメイドで、素材の質からしてこだわりを見せ、

パーツ作りの段階から高品質の品を目指し、それを自由自在に組み合わせて、

ハイエンドな装備を作る層とに分かれたのだ。

そちらは当然今まで通り、ハンマーを使用する事になるのだが、

こちらには失敗というものが存在する。ちなみに使う材料の品質が高ければ高いほど、

更にハンマーで叩く要求回数が増えれば増える程、高品質な製品が完成する確率が増える。

この辺りはSAOの時から変わっていない。

このシステムの導入以降、そういった素材採集を専門に行うプレイヤーも現れた。

いわゆる掘り師や採集師である。ハウジングの中で植物を栽培するのもブームの一つだ。

プレイヤーの多くが、今や生産系スキルの一つや二つ身に付けている。

その理由は単純にいい金策になるからである。オーダーメイドの武器は当然値が張る為、

プレイヤーの金策能力が、今やそのまま強さに直結する時代なのである。

だがヴァルハラにおいては、個人個人の金策能力はそれほど重要視されていない。

何故ならば、専属の職人が三人もいるからだ。

その三人は今日、ハチマンの召集を受け、ヴァルハラ・ガーデンで四人で会議を行っていた。

 

「さて、今日集まってもらったのは他でもない、

アサギが一日にして上級武器を装備出来るようになった為、

その新しい装備に関して話をしたいと思ったんだ」

 

 その言葉にリズベット以外の二人が驚いた顔をした。

 

「えっ、一日でですか?それはまたやらかしましたね」

「おいナタク、俺が何かやらかしたような表現を使うのはやめてくれ」

「僕は別に、ハチマンさんが、とは言ってませんけど……」

「そ、そうか、それならいい」

 

 ハチマンは確かにそうだと思い、気まずそうな顔をした。

 

「でもやらかしたのは事実だけどね」

 

 リズベットが横からそう言い、ハチマンは反論出来ずに黙り込んだ。

心当たりがありすぎるからである。

 

「まあそうよね、で、ハチマンは何をしたの?」

 

 スクナがそんなハチマンを呆れた顔で見つつ、リズベットにそう尋ねた。

 

「周辺にいる敵を一気に全部釣って、キリトとアスナと三人で何度も無双してたわ、

ついでに連合の若手っぽいパーティユニオンを壊滅させたのよね」

「いつも通りじゃない」

「うん、いつも通り」

「ま、まあそうかもな」

「ああ、だからハチマンさんの悪口が、酒場とかで広がってたんですね」

「それもいつもの事だ」

 

 ハチマンは、その立場上、色々言われるのは日常茶飯事だった為、

そういった事への関心はかなり低いのであった。

 

「それとは別に、ロジカルウィッチの名が急速に広まってましたね、

おかげで魔力吸収系のエンチャントの素材がかなり品薄になってます」

「そうなのか?」

「はい、リオンさん、『我が名はロジカルウィッチ!』

って盛大に名乗りを上げたみたいじゃないですか。

そのせいかかなり噂になってますよ。もっとも名前までは伝わってないみたいですけどね」

「それはあいつの自業自得だからまあいいだろ、精々魔法少女として名を上げればいい」

「ぶふっ……」

 

 事情を知るリズベットはその言葉に噴き出した。

ナタクとスクナは事情が分からない為ぽかんとしていた。

そんな二人にリズベットが事情を説明し、

二人は苦笑しつつもリオンの魔法少女的装備を色々開発せねばと、

密かにアイコンタクトを交わしていた。

 

「まあその話はとりあえず置いておいて、今日頼みたいのは、

さっきも言ったがアサギの新しい装備の製作だな」

「基本鉄扇でいいんですよね?」

「ああ、バル・バラも前回は使わなかったみたいだが、この機会に強化すべきだろうな。

なのでその二つについて、どうすればいいか相談したいと思ってな」

「本人の希望も聞きたいところですね」

「そう思ってちゃんとアサギも呼んである、まもなくログインしてくるはずだ」

「それじゃあもう少し待ちますか」

「あ、じゃあその間に私は昨日使った装備のメンテをしておくね」

「悪いなリズ、頼むわ」

 

 今日ここに持ち込まれているのは、ハチマンの雷丸とキリトの彗王丸、

アスナの暁姫と、リオンのロジカルウィッチスピアであった。

 

「オッケーオッケー、任せといて」

「まあ基本、アサギについては三人に任せるつもりだ、

俺はこの後、リオンとクリシュナ、それにユキノとセラフィムを連れて、

グロッティ鉱山の奥に素材採集に出てくる」

「あそこですか……それはユキノさんがいないと駄目ですね」

「それも理由の一つだが、今回は学力が高い奴を選んで連れていく事にしたんだよ、

素材に関する知識も覚えてほしくてな」

「ああ、確かに素材の種類も用途も爆発的に増えたわよね」

 

 スクナは、その四人なら確かに適役だろうなと思いつつ、そう相槌をうった。

 

「なのでその四人の手が空いた時にでも、

うちのメンバー専用ページに素材のデータベースを作ってもらうつもりだ」

「ああ、それは助かるわ」

「リズは特にそうだろうな」

「悪かったわね、どうせ私の成績は平凡よ!」

「冗談だって、大丈夫、俺も全然覚えきれてないからな」

「私も無理ね」

 

 スクナも苦笑いしながらそう言い、リズベットもうんうんと頷いた。

 

「まあそうよね、ナタク君がおかしいだけ!」

「ええっ!?」

「すみません、お待たせしました」

 

 丁度そこにアサギがログインしてきた為、その話はそこでとりあえず終わりとなった。

 

「いや、時間通りだろ、それじゃあちょっと話すか」

 

 そしてアサギを交えての話し合いが始まった。

 

「さて、昨日は通常時は鉄扇で攻撃、

防御時は鉄扇を大きくして受け止める、みたいな運用だったよな」

「うん、でもそれだとやっぱり不便かなって……」

「まあ確かにそこまで鉄扇を巨大化させるケースなんて、滅多に無いからな」

「鉄扇を盾の代わりに使えればいいのかなって思ったんだけど」

「ああ、それならアサギさん、腕輪を使ってみますか?」

「腕輪?それってどんな……」

「具体的にはこんなやつです」

 

 ナタクは奥からサンプルとして、既製品の腕輪を持ってきた。

この場合の既製品とは、簡易生産品という事である。

 

「これを左腕にはめて、鉄扇を持つじゃないですか」

「うん」

「で、左手を曲げて、手の甲を正面に向けるように左手を構えて、

右手の鉄扇をこうはめると……」

「ああ、腕にはめ込み式の盾にするのか」

「はい、大きさも二種類くらいなら、キーワードで対応出来ますしね」

「それ、いいかも!」

 

 アサギはそれでイメージが沸いたのか、わくわくした顔でそう言った。

 

「それじゃあサンプルを作ってみますね、僕に五分下さい」

「えっ、そんなにすぐに出来るのか?」

「はい、任せて下さい」

 

 そしてナタクはその場でエンチャントを始めた。

 

「エンチャント、セット、伸縮自在、大きさ指定、大、小、セット」

 

 ナタクがそう唱えた瞬間に、鉄扇が僅かに光を発した。

 

「エンチャント、セット、アタッチメント、対象指定、鉄扇、シリアル63ー259」

 

 シリアルというのはどうやら、その装備固有に割り振られた番号のようだ。

そして腕輪が僅かに光を発し、手の甲の側が少し盛り上がった。

更にナタクは続けてこう言った。

 

「エンチャント、セット、伸縮自在キーワード、大、ラージ、小、スモール。

エンチャント、セット、アタッチメントキーワード、ディフェンス」

 

 そして鉄扇と腕輪は再び光を発し、ナタクはにこやかな顔でアサギに言った。

 

「それじゃあこの二つを装備してみて下さい」

「うん」

 

 アサギはその二つをナタクから受け取り、腕輪をはめ、鉄扇を手に持った。

 

「次に、ディフェンス、と唱えて鉄扇を腕輪に近づけて下さい」

「ディフェンス!」

 

 その瞬間に鉄扇は、腕輪にピタリと装着された。

 

「あっ、盾みたいな感じになったわ!」

「最後にラージ、スモールと、適当なタイミングで言ってみて下さい」

「ラージ」

 

 その瞬間に腕輪にはまった鉄扇が大きくなった。

 

「スモール」

 

 次にアサギがそう唱えると、鉄扇は元の大きさに戻った。

 

「まあこんな感じですね」

「凄い凄い!」

「ちなみにもう一回ディフェンスと唱えると腕輪から外れますよ」

「ディフェンス」

 

 鉄扇はあっさりと腕輪から外れ、アサギの手に吸い寄せられるように移動した。

 

「それじゃあ最後に……」

「ラージ」

「おっ」

 

 アサギが自発的にそう唱えると、その状態のまま鉄扇は長くなり、剣のようになった。

 

「教えなくても応用出来ましたね、アサギさんは凄いなぁ」

「多分こうかなって思って」

 

 アサギは少し照れながらナタクにそう言った。

 

「まあこんな感じになるんですけど、どうですか?」

「これでお願いします!」

「はい、分かりました」

 

 こうして基本方針は決まった。

あとはデザインや、他にギミックをエンチャントするかどうかの相談である。

 

「それもそうだけど、別口でタンクだからアイゼンは必須として、

バル・バラはどうしましょっか」

「弱スタンとかいいかもしれませんね、あれは本当に一瞬の足止めにしかなりませんが、

相手に耐性があっても発動しますしね」

「一瞬敵の足が止まるだけでも、確かにタンクは楽になるかもな」

「でもどっちもエンチャントの素材が足りないわよ」

「そうか、それじゃあ俺が『スモーキング・リーフ』に顔を出して、

使えそうな素材があるか見てくるわ、話し合いの方は四人で続けてくれ」

「分かりました、お願いします」

 

 スモーキング・リーフとは、六人の女性プレイヤーが経営している素材店である。

そしてハチマンは買い物の為に、『スモーキング・リーフ』へと向かった。



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第677話 スモーキング・リーフの六姉妹

「さて、いい素材が入荷していればいいんだがな」

 

 ハチマンはアルンの裏通りに入り、複雑な町並みを、迷う事なく進んでいった。

それからどれくらい歩いただろう、

ハチマンは、路地の突き当たりにある一軒の店の前にいた。

ちなみに看板の類は一切出ていない。この店の名は『スモーキング・リーフ』、

一部のベテランプレイヤーしか知らない隠れ家的な素材店である。

 

「さてと、パスワード入力、WAKABAっと」

 

 ハチマンが店の前のコンソールにそう入力すると、店のドアが音もなく開いた。

そのシステムから、この店がプレイヤーズホームだという事が分かる。

 

「リツ、いるか?」

「あっ、ハチマン君、いらっしゃいませなのにゃ」

 

 ハチマンの呼びかけに応え、

カウンターからにこやかに返事をしてきたこの女性の名はリツという。

種族は語尾から分かるようにケットシーである。

 

「相変わらずここはガラガラだよなぁ」

「まあこの店の事は一部の人しか知らないからにゃ」

「それって店って言えるのか?経営は大丈夫なのか?」

「問題ないのにゃ、やっと水の心配がいらなくて敵もいない、

安住の地にたどり着けたんだもの、程ほどに稼いで姉妹仲良く暮らしていくにゃ」

「その設定も相変わらずだな」

 

 そのハチマンの言葉にリツは何も答えず、ニコニコと微笑んでいるだけだった。

そしてハチマンは庭から人の気配を感じ、そちらに目をやった。

そこには真ん中から切断された電車の車両のオブジェが鎮座していた。

というか、オブジェというよりは車両そのものである。

その横には立派な緑色の葉をつけた木が立っており、時々光を発している。

その木の向こうから、気配の主が姿を現した。

 

「ハチマン」

「おうリン、今日もいつも通り無愛想だな」

「なっ……」

「冗談だ冗談、元気だったか?」

「ああ」

「そうか、ちょっと商品を見せてもらうぞ」

「分かった、在庫は把握してるから何でも聞いて」

「おう、サンキュ」

 

 この女性の名はリン、この店の在庫管理担当であり、

基本リツと一緒に店番をしている女性である。

リンは結わえた後ろ髪が真っ直ぐ上を向いている珍しい髪型をしており、

実は戦うと強いという噂の重機系女子である。

何故重機系かというと、在庫を管理している立場上、

重い荷物を持つ必要性がある事から、STRをガン上げしてあるからである。

 

「リツ、客か?って、ハチマンじゃねえか、久しぶりだな」

「おうリク、久しぶり」

「って、ああっ!?それが噂の雷丸って奴か?ちょっと触らせてくれよ」

「ん?ああ、別に構わないぞ、ほれ」

「うわぁ、この手触り、この辺りの曲線もいい仕事してやがる、

こうして持ってるだけで、ビンビンとオーラが伝わってきやがるぜ」

「相変わらずお前が何を言ってるのかよく分からん」

「細けえ事はどうでもいいんだよ」

 

 この女性の名はリク、ご覧の通り、色々な装備を撫で回すのが趣味だという、

一風変わった女性である。そしてその後ろから、更に三人の女性が姿を現した。

 

「あ~、ハチマン、久しぶりじゃない」

「リョウか、お前は相変わらず常に鉄パイプを持ってんのな……」

「厳選しているとはいえ、ここにもたまにおかしな客が訪れるから、

それを圏内戦闘で叩きだすには、こういった鈍器が最適なんだよねぇ、

まあこれが無いと落ち着かないってのが一番の理由なんだけどねぇ」

「口調はのんびりだが、言ってる事は相変わらず過激だなおい」

「あ、リクが持ってるそれ、ハチマン君の新しい武器?

只者じゃないオーラを感じるけど、試しにちょっと私とやりあってみない?」

「相変わらずお前は戦闘狂だな、悪いが遠慮しておく」

「あら、残念、だわねぇ」

 

 この間延びする話し方をする女性は姉妹の長女のリョウ、

その会話の通り、戦う事が三度の飯よりも大好きという、戦闘狂である。

 

「あっ、ハチマン!待ちくたびれたのな、今日はまたリナを外に連れ出してくれるのな?」

「場合によってはな」

「それじゃあ準備してくるのな」

「あっ、おい」

 

 そう言ってその女性、リナは店の奥の居住スペースへと消えていった。

好奇心旺盛な性格をしており特殊な鑑定スキルを持つリナは、ハチマンにかなり懐いている。

そのせいで、事あるごとにハチマンと同行して外に出たがるのだ。

最初他の者達は、リナがハチマンと一緒に外に出る事に難色を示していたが、

一度六人全員がハチマンに同行して素材収集に出た後は、すっかりハチマンの事を信頼し、

今は一緒に出かける事に文句を言う事もなくなっていた。

 

「ああリン、今日のリナはどのリナだ?」

「今日はリナゾーだよ、ハチマン」

「リナゾーか、サンキュー、リン」

 

 その他に特筆すべき点として、よく分からないが、リナはどうやら六人いるらしい。

会話した感じから、中身が別人という事は無いようなのだが、

さりとて多重人格という訳でもないらしい。

とにかくリナは日によって、リナッチ、リナジ、リナゾー、リナヨ、リナコ、リナムという、

六人のうちの誰かとして振舞うのである。

もっとも一人称は常に『リナちゃん』なので、その事実を知る者はハチマン以外にはいない。

その事についてハチマンは特に詮索する事もなく、リナの好きにさせる事にしていた。

ハチマンにとってのリナは、妹のような存在なのである。

そして最後にもう一人の妹的存在が姿を現した。その名をリョクという。

 

「どうしてリナが浮かれてるのかと思ったらハチマンじゃん、

これからどっか行く?それなら私も準備してくるじゃん?」

「一応出かけはするが、お前を連れていくかどうかはまだ……」

「あ~あ~聞こえない聞こえない、直ぐに準備してくるじゃん」

「待て……って、もういねえ……」

 

 当のリョクは、リナ同様に素早く店の奥に戻っていた。

何とも強引な事である。ちなみにリョクは素材に関しての知識はかなりのもので、

リナと同じく好奇心旺盛な性格をしている。

 

「はぁ……」

「ごめんとしか言えないわねぇ」

「ハチマン君、今日もし余裕があるんだったら、

悪いんだけどあの二人を外に連れ出して欲しいにゃ。

あの二人、最近随分退屈そうにしてたから、そろそろ連れ出さないと爆発しそうなのにゃ」

「そういえば最近ここには顔を出せてなかったからな、

まあ今日はちょうどグロッティ鉱山の奥に行くつもりだから、

二人を連れてストレスを発散させてくるわ」

「グロッティ鉱山の奥って、本当の奥?」

 

 その言葉が聞こえたのか、外からリンがひょっこり顔を出し、そう言った。

 

「おう、その為にユキノを呼んであるからな」

「あっ、それじゃあ余った素材を売って欲しいのにゃ、

あそこの素材はハチマン君達以外からの仕入れルートが無いからにゃ」

「もちろんそのつもりだ、それじゃあユキノ達にはここに直接来るように言っておくから、

ここでちょっと待たせてもらう事にするか」

「あいにゃ、今お茶を入れるにゃ」

 

 リツはそう言って、居住スペースへと消えていった。

代わりに話しかけてきたのはリンである。

 

「ところでハチマン、今日は何の素材が必要なの?」

「おっと、そうだったそうだった、魔法吸収系のエンチャント素材って、まだあるか?

最近品薄だと聞いたから、駄目元で来てみたんだが」

「無い……と言いたいところだけどちゃんとあるよ。

ハチマンがいるだろうなと思う素材は、ちゃんと別にキープしてあるから」

「マジか、お前は神か」

「おだてても素材以外は何も出ないぞ」

「いや、十分だ、本当にありがとうな」

 

 ハチマンに真っ直ぐな感謝の視線を向けられたリンは、

やや顔を赤くし、心臓の辺りを押さえながら言った。

 

「い、今私に毒を盛らなかったか!?」

「またそれかよ、意味が分かんねえよ」

 

 ハチマンは何度か同じ事を言われているらしく、呆れた顔でそう言った。

 

「ち、違うなら別にいい」

 

 リンはそう言うと、素材を持ってくると言って外に出ていった。

 

「なぁリョウ、リク、毒って何の事だ?」

「多分心臓がドキドキしたんだわねぇ」

「褒められて恥ずかしかったんだろ、あいつは人に慣れてねえからな」

「照れ隠しみたいなものか?」

「そんな感じにゃ、きっと本心ではリナちゃんやリョクちゃんみたいに、

ハチマン君に甘えたいと思ってるのに違いないにゃ」

「なるほど、それじゃあ高い高いでもしてくるか」

「高い高い?なんだそれ?」

「まあ実際にやってくるわ」

 

 ハチマンはそう言って外に出ると、丁度倉庫から出てきたリンの前に立った。

 

「どうしたハチマン、まあいいか手間が省けたな、これがその素材だ」

「おう、サンキュー」

 

 ハチマンはとりあえずその素材を先に受け取り、アイテムとして収納した。

そしておもむろにリンの両脇に手を入れ、思いっきり上に投げ上げた。

 

「ほ~らリン、高い高~い」

「え?ひゃっ!」

 

 リンは珍しく慌てたような悲鳴を上げて宙を舞い、そのまま下へと落ちてきた。

そんなリンをあっさりとキャッチしたハチマンは、再びリンを上へと投げ上げた。

 

「ほ~ら高い高~い」

「な、何のつもりだ!?」

「高い高~い」

「だから……」

「高い高~い」

「わ、分かったからそろそろ下ろせ!」

 

 ハチマンはそのリンの言葉に素直に従い、リンを下へと下ろした。

 

「もう、いきなり何なんだ?」

「いや、何となくリンを甘やかそうかと思ってな、どうだ?面白かったか?」

 

 そう言われたリンは、きょとんとした顔をした後、

顔を赤くし、下を向きながら言った。

 

「ま、まあ確かにちょっと面白かったが……」

「そうか、それなら良かった」

「何なんだまったく……」

「こんな感じでどうだ?」

 

 そう言って振り返ったハチマンの目の前に、リツとリクとリョウが一列に並んでいた。

 

「な、何だよおまえら」

「ずるいのにゃ、次は私の番にゃ」

「その次は俺な」

「私はその次、だわねぇ」

「マジかよ……」

 

 そしてハチマンは三人を順番に高い高いした。

リツは無邪気に喜んでくれ、リクはずっと笑っていたが、

リョウは落ちる時にハチマンを狙って鉄パイプを振り下ろしてきた。

 

「危なっ、おいリョウ、お前いい加減にしろ!」

「とか言いながらも、ちゃんと防いでるよねぇ」

「当たり前だ、そんなもんまともにくらったら死ぬわ」

「ダメージは通らないはずだわねぇ」

「例えだ例え、とにかくお前はそういう事をするんじゃねえよ、この戦闘狂め」

「あ~っ、ずるい、ねぇね達が楽しそうな事をしてるのな!」

「ハチマン、どういう事?私達にもするじゃん!」

「まためんどくさいのが……はぁ、分かった分かった、お前らもこっちに来いって」

 

 ハチマンはリナとリョクを呼び、同じように高い高いした。

 

「おおっ!リナちゃんは今、空を飛んでるのな!」

「これが落ちるという感覚……覚えておくじゃん」

 

 そんな事を何度か繰り返すうちに、皆満足してくれたようだ。

丁度その時入り口のドアが開き、外からユキノがひょっこりと顔を出した。

 

「リツさん、いる?ハチマン君が先に来ていると思うんだけど」

「あっ、ユキノちゃん、こっちこっち」

 

 ユキノはリツに連れられ、そのハチマンの姿を見て呆れた顔をした。

 

「あらあら、随分と楽しそうね」

「おう、楽しいぞ、なぁリナ」

「あっ、ユキノ、久しぶりなのな!」

「ユキノ、久しぶり、今日はリナと二人でご一緒させてもらうじゃん」

「あらそうなのね、それは心強いわ」

「後ろの三人は見た事ねえな、新人かあ?」

「ごめんなさいリクさん、紹介が遅れたわね、この三人はうちの新人……

そのうち二人はまあそれほど新しいメンバーじゃないのだけれど、

とりあえず紹介するわ、セラフィム、クリシュナ、それにリオンよ」

「初めまして、セラフィムです、皆さんのお噂はかねがね」

「クリシュナです、宜しくお願いします」

「リオンです、は、初めまして」

 

 三人は、初めて見る姉妹達に自己紹介をし、

こうして七人は、グロッティ鉱山へと向け出発した。




彼女達の安住の地がALOにあってもいいんじゃないかと思いました。


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第678話 鉱山の奥へ

「なのなっ、なのなっ」

「上機嫌だな、リナゾー」

「なっ!ハチマン、どれが何リナか分かるのか?」

「……悪い、さっき教えてもらった」

「むぅ、早く分かるようになるのな!」

「お、おう、努力するわ」

「ハチマン、私の話もちゃんと聞いてよ」

「ちゃんと聞いてるぞ、リョク」

「それならいいじゃん」

 

 リナとリョクの二人は、ハチマンの両脇をしっかりと固め、とても楽しそうにしていた。

 

「こうして見ると、ハチマン君はやっぱりお兄ちゃんなんだなってよく分かるわよね」

「ハチマン様をハチマンお兄ちゃん、

もしくはリナちゃんに合わせてにぃにと呼ぶ……私的にはアリ」

「セラフィムは相変わらずハチマンの事が大好きよね……」

「リオンほどじゃない」

「こっちに飛び火した!?」

「私は大人だからちゃんと自制している」

「あれで!?」

 

 そのセラフィムの言葉に、ユキノでさえも驚いた顔で振り返った。

 

「えっ?」

「い、いいえ、そう、自制してるのね、なるほど……」

「そう、鋼の精神力」

 

 何故かセラフィムはドヤ顔をし、他の者達は、

鋼ってそんなに柔らかかったっけともやもやした気分になった。

 

「お前ら、そろそろ到着するぞ」

 

 ハチマンはそう言って、山肌に隠れるように口を開けた、鉱山の入り口前に着地した。

 

「こんな所に鉱山があったのね」

「ユキノ以外はここは初めてだよな、敵もかなり強いし、

一応おかしなルートに入ると落下したら即死みたいな場所もあるから注意してな。

ちなみにこの中は飛べないからな」

「えっ、そんなに危険な場所なの?」

「一般用のメインルートはそこまでじゃないけどな、ただ敵が強いだけで」

「ちょっと、不安になるような事を言わないでよ」

「大丈夫大丈夫、それじゃあ行くか」

「なのな!」

「ハチマン、おんぶ」

「甘えんなリョク、自分の足で歩け」

「え~っ?別にいいじゃん」

「いいからさっさと来い」

「は~い」

 

 ハチマンとリナとリョクは、そう言って先に洞窟へと侵入していった。

 

「さて、私達も行くわよ」

「ユキノ、入り口付近って、敵は沸くの?」

「滅多に沸かないけど、メインルートを進んでる間は一応出るわよ」

「さっきから言ってる、そのメインルートって言葉が凄く怖いんだけど……」

「つまり私達は、メインじゃない道を行くって事だよね?」

「大丈夫よ、その為に私がいるのだから」

「その説明だけじゃ全然安心出来ないんだけど……」

 

 そう言いつつも、セラフィムとクリシュナとリオンは、大人しくユキノの後に続いた。

 

「ユキノ、リナちゃんとリョクちゃんって、戦闘力はそんなに無いよね?

ここって敵がかなり強そうだけど、大丈夫なの?」

「ハチマン君が守るでしょ」

「それはそうかもだけど」

「リョクさんの素材に関する知識は凄いのよ、

それにリナさんの解析スキルはちょっと特殊でね、みんな見たらきっと驚くわよ」

「鑑定スキルとかじゃなくて、解析?

それは少し興味があるわね、私にも覚えられるのかしら」

「可能でしょうけどおすすめはしないわ、そもそもあんなスキルが存在するなんて、

アルゴさんですら知らなかったくらいだし、出現条件がまったく謎なのよね」

「えっ、そうなの?」

「ええ、まあとにかく見れば分かるわ」

 

 ユキノはニコニコしながらそう言い、何かに気付いたように足を止めた。

 

「ハチマン君、ちょっと待って」

「ん、どうした?」

「これ、ここにほんの少しだけ顔を出してるのって、

もしかしてアダマンタイトなんじゃないかしら?」

「ん、表ルートにあるなんて珍しいな、どれ……」

 

 ハチマンはそう言って、ユキノが指差す先をじっと見つめた。

 

「お前これ、よく見つけたな、ほぼ完全に埋まってるじゃないかよ」

「鉱山の中だと、アイテム名が表示されないのが難点よね」

「だな、とりあえず掘ってみるわ」

 

 ハチマンはそう言ってピッケルを取り出し、その岩を掘り出して、リョクに差し出した。

 

「リョク、どうだ?」

「多分そうだと思うけど、でもどこか違和感があるじゃん」

「そうか……それじゃあリナ、いつものを頼むわ」

「うん、リナちゃんに任せてなのな!」

 

 そしてリナは、その岩を手に取ると、いきなり口に運んだ。

 

「ひょいパクっと」

「えええええええええ!?」

「リ、リナちゃんそれ、食べられるの?」

「お腹を壊しちゃう!」

「いつ見ても凄い光景よね……」

「俺達も慣れるまでにちょっと時間がかかったからな」

「どういう事?」

「まあ見てれば分かる」

 

 そしてリナは、うんうんと頷きながら、驚いた顔をしている三人にこう告げた。

 

「これは普通のアダマンタイトよりも強度が低くてその分比重が軽いな、

加工するのに必要なスキルの数値も多少低いみたいなのな」

「という事はそれ、軽アダマンタイトだね、幸先いいじゃんね」

 

 リナがそう分析し、その結果を元に、リョクがそう結論付けた。

 

「もしかして今のが分析スキル……?」

「そうだ、リナは食べた物の特徴を言い当てる事が出来る、

そしてリョクは、ALOの素材についてはほぼ網羅している」

「えっへん!」

「まあこれくらい普通じゃんね」

「「「おお」」」

 

 方法はともかく、その見事なコンビプレーにクリシュナとセラフィムとリオンは感心した。

それと同時に、クリシュナがあっと呟き、リナにこう尋ねた。

 

「あれ、でもそうしたら、素材そのものは手に入らないんじゃ……

リナちゃんが食べちゃった訳だし」

「問題ないのな、ここにあるのな」

 

 そう言ってリナは、先ほど食べた物と寸分違わぬ軽アダマンタイトの塊を、

スカートの中からひょいっと取り出してクリシュナに手渡した。

 

「えっ?」

「い、今何をしたの?」

「食べた物を取り出したのな」

「ど、どこから!?」

「それは乙女の秘密なのな」

「す、凄く気になる……」

「考えても無駄よ、そういう物なんだと思うしかないわ」

 

 ユキノやセラフィムはこういった事にさほど拘ったりはしないのだが、

クリシュナやリオンのように、科学を生業としてる者からすると、

どうしても何故そうなるのかが気になって仕方がないようだ。

 

「あっ、ハチマン、奥から何かが近付いてきてるのが見えるじゃん」

「敵襲か?」

「多分そう、この方向」

 

 そう言ってリョクは、暗闇の奥を指差した。

 

「確かに気配があるな、しかしいつも思うが、リョクは本当に目がいいよな」

「いいから早くやっちゃってよ、私達はユキノの後ろに隠れてるから」

「おう、任せろ、行くぞマックス」

「はい、ハチマン様!」

 

 そしてクリシュナが即座に二人に支援魔法をかけ、

リオンはロジカルウィッチスピアを展開した。

 

「目覚めよ、我が娘よ!」

 

 それを見たリナの目が輝いた。

 

「そ、それは何なのな?」

「これはロジカルウィッチスピアっていう武器だよ」

「ロジカルウィッチスピア……じゅるり」

「じゅるり!?じゅるりって何!?」

「……………それ、食べていい?」

「だ、駄目ぇぇぇ!」

 

 リオンはそう言ってロジカルウィッチスピアを胸に抱えた。パイスラ再びである。

それを見たユキノは片手でリナの頭を撫でながら、笑顔でこう言った。

 

「リナちゃん、食べるならこの子とあの子の胸を食べましょうね」

「ひ、ひいっ」

「それって美味しいのな?」

「どうかしら、もいでみれば分かるかもしれないわね」

「それじゃあもぐのな!」

「もぎましょうか」

「ハ、ハチマン!何とかして!」

 

 だがリオンの頼みの綱のハチマンは、一人で敵を殲滅していた為忙しそうにしていた。

同時に前に出たセラフィムは、どうやらユキノの言葉が聞こえたのだろう、

胸を押さえてこちらを警戒していた。

 

「あらあら、二人もまだまだね」

「おいこらユキノ、お前は戦闘中に余計な事を言うんじゃねえ」

 

 そこに戦闘を終えたハチマンが戻ってきて、ユキノに苦情を言った。

 

「このくらいで戦闘中に心を乱すようでは困るのだけれど、

確かに今のはやりすぎだったわね」

「まあお前が言いたい事は分かるけどな、セラフィムもリオンも、

ユキノが本気でそんな事を言う訳ないだろ、いくらなんでもびびりすぎだぞ」

「そ、そうですよね、いくらユキノでもそんな……」

「ご、ごめんなさい、冗談を真にうけてしまって……」

「クリシュナみたいにどんな時でも戦闘中は、心を乱さずそっちに集中するんだぞ」

「ふふん、さすがは私といったところね」

「お前も調子に乗るな、まあそういうところは凄いと思うけどな」

 

 その会話の間、ユキノはニコニコしているだけで何も言わなかったが、

セラフィムとリオンはずっとユキノからのプレッシャーを感じ、冷や汗が止まらなかった。

その瞬間に大変珍しい事に、ハチマンがユキノの頭に拳骨を落とした。

 

「ちょっとハチマン君、いきなり何をするの?」

「やっぱりお前が悪い、お前の価値はそういう所には無いんだから、

いい加減にその事を理解しろ」

「確かに今のはちょっと感情が混じりすぎていたわね、本当にごめんなさい」

 

 ハチマンは、『言いたい事は分かるけどな』と前置きしたように、

ユキノが、戦闘中に心を乱さないようにと二人を鍛えようとしたと認識していたが、

さすがに戦闘後のユキノの状態を見て、鍛えるというには私情が入りすぎていると感じ、

ここで嗜めておかないとと思ったようだ。

それに対してユキノが素直に謝った事で、ハチマンはそれ以上は何も言わなかった。

 

「さて、その事はもういいとして、もうすぐ出番だから頼むぞユキノ」

「そういえばそろそろね、分かったわ、任せて頂戴」

 

 ハチマンとユキノはそう初見組には訳が分からない会話を交わし、一行は再び歩き出した。

その道中でリナが、ハチマンにこう話しかけてきた。

 

「それにしてもハチマンは相変わらず強いのな」

「おう、俺は強いぞ」

「もしアカムシとの戦いの時にハチマンがいてくれたら、きっと……」

「前もそんな事を言ってた気がするが、アカムシって何だ?」

「ううん、何でもないのな、今が幸せだから問題ないのな」

「ふ~ん、まあリナやリョクや他のみんなが幸せだって言うならそれでいい」

「リナは色々な物が食べられて嬉しいのな」

「私はこの広い世界の事をもっと知りたいじゃん」

「そうか、まあちょくちょく連れ出してやるから一緒に冒険しような」

「なのなー!」

「約束だからね」

 

 そしてそれからしばらく歩いたところで、ユキノがハチマンに声をかけた。

 

「ハチマン君、そろそろ最初の分かれ道よ」

「お、もう着いたか、今日は敵が少なくてラッキーだったな」

「この横道に入るの?」

「違う違う、あっちだあっち」

 

 確かにそこには奥へと続く横道があった。

だがハチマンが指差したのは、そこから横に反れてすぐのところにある崖であった。

 

「ハチマン様、そっちには道が無いのでは……」

「あ、一応道っぽいのがあるにはあるわね」

「うわ、何ここ……まさかここを渡れっていうの!?」

 

 そんな一行の前に姿を現したのは、下が見えない程深い崖と、

そこにかかった数センチしか幅がない岩の釣り橋という、道と呼ぶには細すぎる道であった。



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第679話 ハチマン、ご乱心?

「あの道みたいなの、片足くらいの幅しか無くない?」

「無理、こんなの絶対に落ちちゃう」

「しかも途中で道が切れてるよ……どうするのこれ」

 

 それに対して、ここに何度か来た事のあるハチマンら四人も同意した。

 

「まあ俺達も、最初ここに来た時は確かにそう思ったな」

「正気じゃないのな!」

「どう考えても無理って普通は思うじゃん?」

「まあ私以外はそう考えたみたいだったわね」

 

 そこでユキノが一歩前へと踏み出した。

 

「いつも通りユキノの出番なのな!」

「またアレが見られるじゃん」

「ユキノは一体何をしたの?」

「まあ見てれば分かるさ、あとここからは敵は出ないから、もう警戒しなくてもいい。

それじゃあユキノ、いつも通り頼むわ」

「ええ、任せて頂戴」

 

 そしてユキノはかなり長い魔法の呪文の詠唱を始めた。

 

「ちょっと、こんなに長い詠唱が必要って……」

「大規模魔法?」

「まあそうだな、俺もキリトもアスナも承知の通り、SAO出身な訳だが、

何故SAOを未経験のユキノが、他のSAO出身者を差し置いて副長をやっているか、

多分ここで嫌というほど実感出来ると思うぞ」

 

 そしてユキノの長い詠唱が終わり、魔法が発動した。

 

「アイス・フィールド!」

 

 その瞬間に岩の通路と同じ高さに氷のフィールドが形成され、

その谷は、完全に氷で塞がれる形となった。

 

「うわ」

「言葉もないわ……」

「谷が通れるようになった……」

「さっすがユキノ、いつ見ても凄いのな!」

「相変わらずユキノは化け物じゃん」

「褒め言葉と受け取っておくわ、さあ、行きましょうか」

 

 こうして一行は谷を超え、全員が氷の橋を渡りきった後、ユキノはすぐに魔法を解除した。

 

「あれ、すぐ消しちゃうの?」

「ええ、そうしないと、モブがこちらに渡ってきてしまう事があるのよ」

「前それで、背後から不意打ちをくらったからな、まああっさりと返り討ちにしてやったが」

「なるほど、全て経験に基づいているのね」

「そういう事だ、さあ、ここからは他のプレイヤーが手付かずの鉱脈が広がってるから、

気になる所を採掘しながら進むとしよう」

「確かにこんな場所に来れるプレイヤーは他にはいないわね……」

 

 ALOにおける採掘は、埋まった素材の一部が必ず外から見えるように配置されている。

その直径は最小で二センチほどであり、一行は目を皿のようにしながら、

ちょこちょこ角度を変えつつじっと壁を観察しながら進んでいった。

 

「あ、ここに何かある」

「ひょいパク」

「これも……」

「ひょいパク」

「これって何だろう」

「ひょいパク」

 

 道中はこのように手当たり次第であった。

おかげで素材もそれなりに集まってきたところで、

ユキノが茶目っ気を出したのか、ハチマンに向かってこう言った。

 

「リナさん、ハチマン君のその腰にある短剣だけど」

「ひょいパ……」

「うわあ!やめろリナ、ストップだストップ、これは素材じゃねえ!」

「惜しかったのな、もう少しで食べられたのに……」

「お前わざとかよ!もしこれを食ったらリツに言いつけるからな」

「リツねぇねは怒ると怖いからそれは勘弁なのな……」

「ユキノも例え冗談でもそういう事をするんじゃねえ」

「ふふっ、ごめんなさい、それじゃあその分働く事にするわ」

「おう、掘って掘って掘りまくってリナをお腹いっぱいにしてやってくれ」

「そっちじゃないわよ、そろそろ次の関門よ」

「ああ、地底湖か」

 

 そのハチマンの言葉通り、一行の目の前に、

シンと静まり返った不気味な地底湖が姿を現した。

 

「結構広いわね」

「でも生物が生息出来る環境じゃないですね、先生」

「おいリオン、お前、これがゲームだって事を忘れてないよな?」

「だってALOってそういうところ、意外とリアルじゃない?ね、先生」

「そうね、確かに合成レシピとか敵の配置とか、妙にリアルな部分がたまにあるのよね」

「それはクリシュナだから分かるんであって、俺達にはサッパリだからな」

「セラフィムなら分かるんじゃない?」

「私はそういうのは専門じゃないから無理かも」

「まあ結論から言うと、多分何かいるわよ」

 

 そこでユキノが横からそう言った。

 

「何か?何かって何?」

「さあ……」

「俺達もその姿を見た事はないからな」

「それなのに何かいるのは分かるの?遠くに波紋が見えたとか?」

「いや、まあこれからここを通過する事になるから、

とりあえずメニューを開いて経験値の欄をじっと見てろ」

「何それ……これから何をするつもり?」

「ユキノ、頼んだ」

「分かったわ」

 

 そして再びユキノが長い呪文の詠唱を始めた。

 

「またこのパターンなんだ……」

「大魔法を連発出来るところが凄いわよね……」

「ユキノは一日に、このクラスの魔法なら三回行使出来るからな」

 

 そのハチマンのセリフに、セラフィムが即座に突っ込みを入れた。

 

「ハチマン様、それはフラグですね」

「おう、まあそうだな」

「ちなみに私のフラグはもう立ってますよ、後は攻略するだけです」

「あ~はいはい、攻略本が発売されたら考えるわ」

 

 ハチマンはそう言って軽く流し、それに対してセラフィムが何か言おうとした瞬間に、

ユキノの呪文の詠唱が完了した。

 

「アイス・ワールド」

 

 その瞬間に地底湖は完全に凍りつき、同時にリオンがあっと声を上げた。

 

「どうしたの?」

「い、今経験値が入りました、しかもかなりの量が……」

「ええっ?」

 

 驚くリオン達に、ハチマンはドヤ顔で言った。

 

「どうだ、俺が言った意味が分かっただろ?」

「実はこれでリナちゃんとリョクはどんどん強くなってるのな!」

「まあでも敵の姿を見た事は一度も無いんだけどね」

 

 リナとリョクは続けてそう言った。

 

「確かにこれは、何かがいる事の証明ね、でも正体は不明と」

「もしかしたら岸からかなり遠くまで泳げば出てくるのかもしれないが、

こんな場所で泳ぐのは嫌だからな」

「確かにそうね、シンプルにおまけくらいに考えておくべきね」

「それじゃあ奥に進みましょうか、渡りきったら休憩にしましょう」

「そうだな、そうするか」

「ここを歩くのはきついから、いつものようにハチマンに掴まるのな」

「私も便乗しよっと」

 

 リナとリョクはハチマンの腕を掴み、滑りながらハチマンに引っ張ってもらうようだ。

他の者達もそれに続いて地底湖を渡り始めたのだが、

先ほどの岩の釣り橋の時は、中央に岩の部分があったから平気だったが、

今回はそういう部分が何もない為に、リナやリョクが最初から歩く事を放棄するくらい、

とにかく足元が滑る。本当に滑る。バランス感覚が鋭いユキノは平然と歩いており、

セラフィムは足のアイゼンを上手く利用して滑り止めにしていたが、

クリシュナとリオンはびくびくしながら氷の上を歩いていた。

 

「先生……」

「リオンちゃん……」

「おいおいお前ら大丈夫か?」

「だ、大丈夫、もうすぐ岸だしそれまでは何とか……」

「う~ん、随分と危なっかしいな、仕方ないか、リナ、リョク、先に行っててくれ」

「あいな!」

「オッケー、先に行ってるじゃん」

 

 そこでハチマンは予想外の行動に出た。腕を前に振り、二人を前へと滑らせたのだ。

 

「リナちゃん発進!」

「それじゃあお先に~」

 

 二人は氷の上を滑り、スイスイと前へと進んでいく。

その実態は、単に倒れないように前傾姿勢をとっているだけである。

要するにカーリングみたいな感じであろうか。

 

「あっ、そっか」

「最初から滑れば良かったんだ……

もし仮に転んでも、冷たくもないんだし装備が濡れる事もないし」

「まあそういう事だな、ほら、引っ張って前に飛ばしてやるから転ばないようにな」

「あ、ありがとう」

「私、スケートは苦手なんだよね……」

 

 ハチマンに引っ張ってもらった二人は、リナとリョクと同じように前に滑っていった。

 

「なるほど、こういうのはゲームならではね」

「こ、転ぶ、転んじゃう!」

「むしろ転んじゃってそのまま滑っていけばいいと思うわよ」

「そ、そうします」

 

 そのままクリシュナとリオンは滑っていったが、

クリシュナが普通に陸地にたどり着いたのとは違い、

リオンは上手く止まる事が出来ず、そのまま岸にあった岩めがけて突っ込んだ。

もっとも多少ダメージがくるくらいで別に痛くはないのだが、

リオンは慌てて足を出し、その岩を思いっきり蹴った。

 

 ガン!

 

 という音と共にその岩は破壊され、同時にリオンも何とか止まる事が出来た。

だがそのスカートは完全にめくれており、心配してリオンの様子を見にきたハチマンは、

慌てて目を背けた後、すぐに視線を戻し、しげしげとリオンのスカートの中を覗きこんだ。

他の者からすれば、完全に事案である。

 

「ちょっとハチマン君、あなたは何をしているの?って、ああ、そういう事」

 

 同じくリオンの事を心配してハチマンの後を追いかけてきたユキノは、

一瞬ハチマンを詰問しかけた後に、同じくリオンのスカートの中を覗き込み、

何かに納得したような表情でそう言った。

 

「どうだ?凄いだろ?」

「ええ、確かにそうね、派手だわ」

「これは早く全員に見せてやらないとな」

 

 そう言ってハチマンは、リオンのスカートの中に手を突っ込んだ。

もはや事案を通り越して犯罪である。

 

「な、な、な……」

 

 その時やっと体勢を立て直したリオンは、

その様子を見て顔を真っ赤にし、慌ててスカートを直して脚を閉じた。

 

「あっ、何するんだよお前、さっさと脚を開け」

「あ、あんたは一体何がしたいの!?」

「そうされると取りにくいんだよ!」

 

 一方その光景を呆然と眺めていたクリシュナは、

腕組みをしながら何か考え込んでいるセラフィムに、慌ててこう言った。

 

「ちょ、ちょっとセラフィム、止めなくていいの?」

「ユキノが止めてないから多分平気」

「それは確かにそうかもだけど……あれは何がどうなってるの?」

「素直に文脈から判断すると、リオンのパンツがとても派手な凄いパンツで、

それを全員に見せてやろうとハチマン様がリオンのパンツを脱がせようとしていて、

それにユキノが協力……」

 

 そこまで言ったセラフィムに、ハチマンからこう指令が飛んだ。

 

「おいマックス、リオンの脇に手を入れて、上に持ち上げてくれ」

 

 その言葉にセラフィムは目を見開いた。

 

「つまり私に手伝えという事ですね、ハチマン様」

「おう、手伝ってくれ」

「分かりました、ハチマン様と共に堕ちるなら本望!リオン、パンツお覚悟!」

「ちょ、ちょっと、やだ、やめ……」

 

 リオンはセラフィムに持ち上げられ、STRの差から抵抗する事も出来ず、

羞恥心から目をつぶった。その耳に、ハチマンのこんな言葉が聞こえてきた。

 

「おいクリシュナ、リナ、リョク、ちょっとこっちに来てみろ、これだこれ」

「え、えっと、うん……えっ、あ、本当に凄いじゃないこれ」

「本当にまさかよね」

「凄いのな!」

「お~っ、これは興味をそそられるじゃん」

「マックスもちょっと見てみろよ」

「はい、ハチマン様」

 

 リオンは自分のパンツの品評会が行われているのだと思い、

羞恥心から何も言えなかったが、そんなリオンをセラフィムは横にそっと下ろした。

 

「なるほど、これは凄いですね」

「えっ?」

 

 それでやっとリオンも、何かおかしいと気付いたようだ。

リオンはそっと目を開け、先ほどまで自分がいた場所を見た。

そこにはキラキラ光る珠が落ちており、リオンは目を見開いた。

 

「こ、これは?」

「お前が砕いた岩の中から出てきたんだよ、多分全属性の宝珠だな、リナ、頼むわ」

「はいな、ひょいパクっ……うん、四種の魔力を感じるのな!」

「って事は目的の魔法吸収エンチャントの素材の中でも最高位の奴で確定じゃん」

「おお、これでアサギが喜ぶな、やったなリオン、お前の手柄だ」

「え、あ、う、うん、ってあれ?ハチマンは私のパンツを見たのよね?」

「いや、心配しなくても太ももまでだ、セーフだったなリオン」

「そ、そう、ま、まあ良かったかな、いい素材も手に入ったんだしね!」

 

 そのリオンの言葉に、嬉しいながらも少し残念そうな響きが混じっていたのを、

師匠であるクリシュナは聞き逃さなかった。

 

「ねぇユキノ、セラフィム、今リオンちゃん、少し残念そうじゃなかった?」

「それはそうよ、先日も事故でハチマン君がリオンちゃんの胸を揉んだらしいけど、

リオンちゃんはどう考えてもハチマン君を、

ハラスメントのセーフリストに登録してるじゃない」

「あっ!」

「今もハラスメント警告は出ていなかった、つまりそういう事」

「なるほど、あれは手順が面倒だから、

確固たる意思で自発的に登録しようとしない限り、普通はいじらないものね」

「ちなみに私も外してるわよ」

「私も」

「そ、そうなの?」

「当たり前じゃない、せっかくのラッキースケベをシステムに邪魔されてたまるものですか」

「むしろ自分から押し付けるのが吉」

「ふ、二人ともたくましいのね……」

 

 何はともあれ目的の品の一つを運よく入手する事に成功した一行は、

そのまま更に奥へと進んでいく。



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第680話 頑張る職人達、そして最終目的地へ

 一方その頃ヴァルハラ・ガーデンでは、ナタク達三人が、

アサギの新装備について活発に議論を交わしていた。

 

「浮遊型シールド?」

「はい、アサギさんのスタイルも、結構特殊になりそうじゃないですか。

攻撃的タンクって言うんですか?鉄扇を守りに使うのはいいとして、

アサギさんのスタイルだと、敵の一撃を防いだ直後にその鉄扇で攻撃、

同時に空いた手でバル・バラを投擲、みたいな感じになりますよね?」

「そうねぇ、確かに攻防一体って感じになるわよね」

「攻撃の手が足りない時は、腕に鉄扇を装着してバル・バラを両手で投げる予定よね」

「で、懸念されるのは、最近飛び道具が増えたじゃないですか、

そうすると、鉄扇で防御中にバル・バラを投擲して、

その間に飛び道具なりなんなりで、側面から攻撃を受けた時に、

防御に回せる装備が一切無いって事だと思うんですよ」

「ああ、確かにその時に簡単な防御が出来るような装備があるといいわよね」

「です、なので肩あたりに、浮遊型のシールドみたいな、

動きを阻害しない自立防御が可能な簡単な防具を付けられればいいなと思ったんですよね」

「一理あるわね」

「乱戦だとタンクは忙しいものね」

 

 ナタクのその意見に、リズベットとスクナはうんうんと頷いた。

 

「一応簡単な設計図とエンチャント候補は用意してあるんですけど、

どうしても三賢者の承認が得られなくて困ってるんですよ、どうすればいいですかね?」

「ちなみに何のエンチャントを付けたの?」

「プレイヤー追随、浮遊、自動攻撃判定、戦闘時位置関係固定ですね」

「戦闘時位置関係固定?持ち主との座標を常に一定にするって奴よね、

それはまたマイナーなのを引っ張り出してきたわね」

「それが無いと、多分敵の攻撃を受けた瞬間に盾が弾かれるだけだと思うんですよね……」

「確かにそうよね、でも戦闘時位置関係固定が、多分承認不可の原因だと思うわ、

自動攻撃判定と矛盾するもの」

「やっぱりそこですよね、う~ん、これは困った……」

「それに固定されちゃうと、自在に敵の攻撃を迎撃ってのは無理じゃない?」

「あっ……」

 

 三人は色々と意見を出し合ったが、他にいいエンチャントの組み合わせも見つからず、

この件は実現不可という結論に達した。

 

「これは無理ですね」

「そうね、でも基本アイデアは悪くないと思うわ、

これ、宙に浮かせる事を諦めればいけるんじゃない?」

「なるほど、確かにそこに拘る必要はないかもしれませんね、

可動式盾か……それならいいサンプルがあります、こんな感じですよね?」

 

 そう言ってナタクは、とある作品に登場する人型兵器のイラストを二人に見せた。

 

「ああ、うん、こんな感じかな」

「肩に盾が付いてて自在に動く感じよね」

「ですです、これなら設計も簡単ですね、あとは簡単に破壊されないように、

軽くてそれなりの硬度のある素材があればいけますね」

「アダマンタイト……は硬さは申し分ないけど重さがなぁ」

「それなら軽アダマンタイトね、ユイちゃん、在庫はあったかしら」

「軽アダマンタイトの在庫は今丁度切らしてますね、ママの暁姫でかなり使いましたから」

 

 その三人の言葉を聞いて、ユイが即座にそう答えた。

ユイはヴァルハラが保有している素材の種類と量を常に把握しているのだった。

 

「う~ん、ハチマンさんが都合よく取ってきてくれないかなぁ」

「まあ最悪それ目的でまた行ってもらうとして、設計だけしておけばいいんじゃないかしら」

「そうしますか」

「そうするとエンチャントは……」

「自動攻撃判定だけでいけるんじゃないかしらね」

「アサギさんの動きを阻害しないように、稼動域を調節すればそれだけでいいですね」

 

 こうしてまた一つ、ヴァルハラに特殊な装備が登場する事になった。

ヴァルハラの装備はこうして作られているという一つの事例である。

 

「お、今日もやってるな、本当に三人は熱心だよナ」

 

 丁度そこに、珍しくアルゴが姿を見せた。

 

「あ、アルゴさん、珍しいですね」

「ちょっと気晴らしかな、色々煮詰まってるんだよナ」

「お疲れ様です」

「ザスカーとの兼ね合い?」

「それもあるんだが、飛び込みでちょっと大きな仕事が入っちまったんだよナ……」

「へぇ、別のイベント?」

「ああ、しかもあっちが事前にかなり準備を進めた上でプレゼンしてきたから、

こっちもそれに合わせないといけなくて、今はちょっと人を多く動員してるんだよな、

それを纏めるのが大変なんだゾ」

「そうなんだ、それじゃあもう発表まで秒読み?」

「ああ、楽しみにしてくれていいぞ、オレっちも最初は驚いたからナ」

「なるほど、それじゃあ期待しておくわ」

「で、今日はハー坊は?」

 

 アルゴはハチマンに用事があったのだろうか、きょろきょろしながらそう尋ねてきた。

 

「今日はスモーキング・リーフに行ってから、クリシュナ、リオンちゃん、

セラフィム、ユキノの四人と一緒に素材収集にグロッティ鉱山に行ってるわよ」

「スモーキング・リーフ?ああ、あのアンノウンか……」

「アンノウン?」

「リナのスキルの事については、職人の三人はもちろん知ってるんだよナ?」

「うん、もちろん」

「あれって確かに特殊なスキルだと思うけど、取得条件は何なの?」

「存在しなイ」

「えっ?」

「無いんですか?」

「どういう事?」

 

 そのアルゴの答えに、三人はポカンとした。

 

「実はあのスキルな、三賢者の追認なんだよナ」

「追認?まさか最初から取得してたって事ですか?」

「だな、あの六人は少し前に突然ALOに現れたんだが、

それをハー坊がたまたま拾って、色々支援して今の場所に落ち着いたのは知ってるカ?」

「うん、概要だけだけど知ってる」

「ログを確認すると、その直後に三賢者がリナのスキルを公式に承認してるんだよナ」

「そうだったんですか……」

「まああの六人に関しては謎が多いが、直接会った感じ、

邪悪な意図を持った存在じゃないと思うし、

むしろ今の状態を幸せだと思っているみたいだから、三賢者とハー坊が認めた以上、

オレっちもそういうものだと思って深く考えないようにしてるんだよナ」

「そうだったんですか、分かりました、僕も今まで通り、仲良くしていきたいと思います」

「私もそうするわ」

「あたしもあたしも!」

「そうしてやってくれ、で、今は何の話をしてたんダ?」

「あ、これです」

 

 ナタクはそう言って、『バーガ・ハリBS-R』と書かれたイラストをアルゴに見せた。

 

「ああ、もしかしてラウンドバインダを作ってたのカ?」

 

 どうやらアルゴもハチマンやキリトの影響を受けたのか、

その元ネタには詳しいらしく、専門用語がポンと飛び出してきた。

 

「さすがはアルゴさん、話が早いですね。

本当は浮遊型のシールドにするつもりだったんですけど、

浮遊させるのがどうしても無理だったんですよ、三賢者の承認が得られなくて。

でもよく考えると確かに問題があったんですよね、三賢者って凄いですよね」

「あれはよく出来たシステムだろ?作ったのはダルだけどナ」

「そうなんですか」

「三つのAK型AIによる承認システム、世界観、実現可能度、他者とのバランスの、

三つの観点から合成完成品の導入の可否を判断する管理システム、

これが完成したからこその、新しい合成システムの導入だナ」

「おかげで毎日凄く充実してますよ」

「これ、自由度が上がったのが凄くいいわよね、いかにも物作りをしてるって感じ」

「裁縫は主にデザイン重視なんだけど、それもやりやすくなったし、

エンチャントを考えるのも凄く楽しくてやりがいがあるわね」

「好評みたいでオレっちも嬉しいゾ」

 

 そしてアルゴも何となく相談に加わり、リズベットが次にこんな事を言い出した。

 

「あと、リオンちゃんの例の槍の事なんだけどさ」

「ああ、愛着が沸いたって、手放すのを惜しがってましたよね」

「これ、素材に戻して武器の魂を継承するのもありかなって思ったんだけど」

「それはいいかもしれませんね」

「問題は、どういうパーツにしてロジカルウィッチスピアに装着するかなのよね」

「あれはかなり完成された武器ですもんねぇ」

「あえて言うなら直接攻撃の射程が短いところかなって個人的には思うんだけど」

「穂先を伸びるようにしますか?」

「それならいっそ、ギミックを追加しちまえばいいんじゃないカ?」

 

 その会話を聞いていたアルゴが、突然横からそう言ってきた。

 

「ギミックですか?」

「ああ、ハー坊もキー坊もナタクも大好物な奴だ、ロマン武器だナ」

「ロマン武器?ま、まさか……」

「ああ、あれダ」

「あれですか!」

 

 その二人の会話にきょとんとしていたリズベットとスクナは、

ナタクに概要を説明されても、まだきょとんとしていた。

 

「仕様は分かったけど、そこまで燃える理由がよく分からないわ」

「まあそうですよね、男のロマンって奴です」

「まあハチマンやキリトが好きな武器だってなら、それでいいんじゃない?」

「はい、僕が必ず仕上げてみせます!」

「が、頑張って」

 

 それからもアサギの装備関連について色々提案が成され、

同時に他のメンバーの装備についてもいくつかの問題点が指摘された。

こうして日々、ヴァルハラのメンバー達の装備は魔改造されていくのだった。

 

 

 

 一方その頃、ハチマン達は第三の難所へと差し掛かっていた。

 

「こ、これは……」

「何これ、確かにちょっと暑いなとは思ってたけど、

何で地底湖の奥にこんな場所があるの?」

「落ちたら絶対に死ぬよね?」

 

 そこにあったのは、マグマが流れる川であった。いわゆる溶岩流である。

 

「当たり前だろ、さて、ユキノ先生、宜しくお願いします」

 

 ハチマンが澄ました顔でそう言い、ユキノが一歩前に出た。

 

「またユキノの出番なんだ……」

「っていうか、いつの間にか呪文の詠唱を始めてたのね」

 

 どうやらユキノは既に呪文の詠唱を開始していたらしく、即座にその呪文は発動した。

その為他の者達は気付かなかったが、この呪文は前の二つと比べても、

倍以上の長さの呪文の詠唱を必要とする程の極大魔法である。

最初の魔法で使ったMPはユキノのMPの三割、次の魔法も三割、

この魔法は実にその倍の六割を必要とする魔法であったが、

移動中に二割ほど回復する事で、ユキノは帳尻を合わせているのだった。

 

「次の魔法は一分くらいしか持たないから、まあ時間に余裕はあるが、

魔法の発動と同時に全員ダッシュで向こうに渡るんだぞ」

「わ、分かったわ」

「みんなでダッシュだな!」

「私、走るのはちょっと苦手じゃん……」

「心配するな、いつも通り俺がかついでやるから」

「何かごめんね、ハチマン」

「気にするなって」

 

 そしてユキノの魔法が発動した。

 

「アルティメット・アイスノヴァ!」

 

 その瞬間に、溶岩流が白くなり、一気に凍りついた。

 

「今だ、走れ!」

「行くのな!」

 

 六人はその言葉で一斉に走り出した。ちなみに一人足りないのは、

ハチマンがリョクを肩に担いでいたからだ。いわゆるお米様抱っこである。

リオンがふと横を見ると、上流の方から徐々にではあるが、

元の溶岩の色に戻ってきているのが確認出来た。

 

「あのペースならそこそこ余裕があるわね」

「ユキノは本当に化け物だよね」

「ある意味ハチマンよりも強い気がするわ」

「おう、俺は昔から、ユキノには頭が上がらなかったからな」

「あ、やっぱりそうなんだ」

「やっぱり?リオンさん、ちょっと後でお話しましょうか」

「ご、ごめんなさい、遠慮します!」

 

 そしてリオンは走る速度を上げ、一番に対岸にたどり着いた。

 

「リオン、その目の前の洞窟の先だ」

「分かった!」

 

 リオンはハチマンにそう言われ、そのまま洞窟へと突入した。

遠くに明かりのようなものが見え、リオンはその光を目掛けて走り、

洞窟を抜けると、そこには白い空と一面緑色に覆われた世界が広がっていた。

 

「な、何これ……」

 

 すぐにハチマン達もリオンに追いつき、初めてここを訪れたセラフィムとクリシュナは、

リオンと同じように驚きの声を上げた。

 

「草原?」

「凄く明るい、これってもしかして、天井が光ってるの?」

「ああ、ここが最終目的地、名付けてヴァルハラ広場だ」

「さりげなく所有権を主張してるのね」

「第一発見者は俺なんだから別に構わないだろ」

「まあ別に異論はないけどね、まさか溶岩流のすぐ奥にこんな場所があったなんて……」

 

 そこには天井が光り輝いている広い広い広場があり、

そこには見渡す限り、色々な草花が咲き誇っていたのだった。



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第681話 その日アルンの裏街で

「ここが採集の最終目的地なんですね、ハチマン様!」

「お、おう、上手い事を言うなマックス」

「えへへ、それじゃあ頑張って素材を集めますね!」

「ああ、俺はとりあえず、ここまで取った素材の整理を、

リナとリョクと一緒に終わらせてから参加するからな」

「はい、それじゃあみんな、色々集めてリナちゃんの所に持ってきましょう!」

 

 まさかこんな所にこんな場所があるなどとは思ってもいなかったのだろう、

セラフィムがテンション高めにそう言い、同じくクリシュナとリオンも、

連れ立って広場の奥へと走り出していった。

ユキノも微笑みながらそこに付いていき、セラフィムもその後に続いた。

 

「さて、とりあえず未鑑定の素材のチェックと整理整頓をしちまうか」

「はいな、沢山食べるのな!」

「私がメモっておくから、二人はどんどん鑑定していくじゃん」

「というか、今気付いたんだがリナゾーに会うのは実は今日が初めてか?」

「そういえばそうなのな、でも他のリナちゃんが経験した事も全部記憶にあるから、

初めてだって気はしないけどな!」

「そうなのか」

「実は私も、リナゾーと直接会ったのは、ここに来てからなんだよね、

私は姉妹の中で、一番最初に退場したから」

「なのな、その後リナゾーも退場しちゃって、

リンねぇねの中で復活したリョクと入れ違いになったのな!」

「だからうん、会えて本当に良かったじゃん」

「だな!」

 

 ハチマンは二人の会話に特に何もコメントはせず、黙って二人の頭を撫でるにとどめた。

彼女達に何か事情があるのは理解していたが、

彼女達の表情が初めて会った時と比べて段違いに明るくなっており、

何よりハチマンのおかげで今が幸せだと言ってくれているのだ、

ハチマンはその彼女達の気持ちを尊重し、

その幸せを守る為に可能な限り協力しようと思っていたのだった。

 

「これが頭を撫でられる感覚なのな、リクねぇねはいつもこんな気持ちだったのな」

「気持ちいいよねぇ、やっと色々な感覚に慣れてきたって感じじゃんね」

「しかしここに来て最初に会ったのがハチマンで本当に良かったのな!」

「最初はかなり戸惑ったけど、あれは本当に運が良かったじゃん」

「よく分からないが、二人がそう思ってくれるんだったら、俺としても本当に良かったよ」

 

 三人はそんな会話を交わしながら、初めて出会った時の事を思い出していた。

 

 

 

 GGOの事件が解決して少しした頃ハチマンは、

この機会にALO内で敵性勢力が拠点にしそうな場所を予めチェックしておこうと思い立ち、

各種族の街の正確な地図を作る必要性にかられ、

手始めに滅多に人が通らない、アルンの裏町の調査をしていた。

 

「この辺りはやっぱり人が来ないんだな、いくつかプレイヤーズハウスの物件も出ているが、

今はアルンに拠点を構えるよりは、アインクラッドの方が人気だからまったく売れてないな」

 

 そう呟きながらハチマンは、片っ端から街の路地の様子を確認していった。

そしてとある路地に差し掛かった時、

そこにハチマンは、六人の赤い髪の女性が倒れているのを発見した。

 

「うおっ、何だ?まさかの行き倒れか?」

 

 そもそもALOのシステムで、気絶というのはありえない。

リアルで気絶していたら強制ログアウトされているはずなのだ。

だが不思議な事に、その六人の女性は完全に気を失っているように見えた。

 

「おい、何があった?」

 

 そのハチマンの言葉に反応したのか、六人の女性は一人、また一人と起き上がり始めた。

 

「ん、ここは……?」

「急に目の前が真っ暗になったのは覚えてるんだけど、どうなってるのにゃ?」

 

 最初に起き上がった二人は、きょろきょろと辺りを見回し、

横に倒れている三人の姿を見て、大きく目を見開いた。

 

「あれ、これって何がどうなってるんだ?」

「別々に実体化してるみたいだわねぇ」

「何これ、凄く興味があるじゃん」

「リョウちゃん、リクちゃん、リョクちゃん!」

「リョウねえ、リクねえ、リョク!」

 

 リョウ、リク、リョクと呼ばれたその三人は、軽い感じでその二人に声をかけた。

 

「あは、久しぶりだねぇ」

「まさか再び実体化するとはなぁ」

「何が起こったのか、解明しなくちゃじゃんね」

「ま、まさかこんな……」

「また会えるなんて!」

 

 二人はその三人に抱き付き、わんわんと泣きだした。

三人は苦笑しながらもその二人をしっかりと抱き締め、

どうやら五人は再会を喜びあっているんだなと、ハチマンは漠然と感じていた。

 

「あっ、そういえばリナは?」

「見てリン、リナッチ一人しかいないにゃ……」

「リナ、起きろリナ、他のリナはどうしたんだ?」

 

 そのリンと呼ばれた女性は、ただ一人倒れたままでいる、

若干幼く見えるリナというらしい女性を必死で揺さぶった。

 

「ん……リンねぇね、一体何なのな?」

「何じゃない、リナッチ、他のリナはどうしたんだ?

まさかリナコに続いて他のみんなも……」

「他のリナ?ちょ、ちょっと待ってな、何かおかしいのな」

 

 そしてリナは目をつぶり、しばらく後に再び目を開けたのだが、

ハチマンはそのリナと呼ばれた女性を見て、違和感を感じていた。

 

(あの子から複数の気配を感じる気がするんだが気のせいか?)

 

 それはあくまでもハチマンの感覚によるものであり、

まったく確信などがある訳ではなかったのだが、

当のリナが、ある意味それを裏付けるような事を言った。

 

「分かったのな、他のリナはいなくなったんじゃなく、

体だけが一人に統合されたみたいなのな、今リナの中に、六人とも存在してるのな」

「そ、そうなの?そじゃあみんな無事なのね?リナゾーやリナコも?」

「大丈夫、ちゃんといるのな!」

「それは嬉しい事実なのにゃ!」

 

 その女性達は、おそらく姉妹なのだろうが、嬉しそうにそう微笑みあった。

 

「それにしても一体何が起こったのにゃ……」

「それよりも先に、安全を確保する必要があるみたいよねぇ」

「だな、リツとリンも手伝え、敵だ!」

 

 その瞬間に、戸惑いながらも六人の様子をじっと眺めていたハチマンは、

咄嗟に後ろに飛んだ。その目の前を、鉄パイプのような物が通り過ぎた。

 

「あれぇ?結構いい反応をするみたいな?当たったと思ったんだけどなぁ」

「リョウ、何かおかしい、ケムリクサの力が出ない、というか無いみたいだぜ、

リツ、ミドリちゃんはどうなってる?」

「ミドリちゃんの葉っぱも無くなって、本体だけになっちゃってるみたいだにゃ……」

「え~?本当に?」

「悪いリョウ、そうなると俺は役に立たねえ」

「私もにゃ」

「それじゃあリン、二人でやるよぉ?」

「分かった、私がみんなを守る!」

 

 そう言ってそのリンという少女は、猛烈な勢いでハチマンに突撃してきた。

 

「待て、事情は分からんが俺は敵じゃない、

六人が倒れているのを見て起こそうとしただけだ」

「アカムシが喋った!?」

「アカムシって何だ?」

「アカムシはアカムシだ!」

「なるほど、よく分からん」

 

 そう言ってハチマンは、とりあえずリンを制圧しようと思い、

相手を傷つけないようにと鞘に入れたまま短剣を構えた。

 

「何だそれは、武器か?」

 

(ん、こいつもしかして、鞘に入っているとはいえ刃物を見た事が無いんじゃないだろうな)

 

 ハチマンはそんな疑問を感じながら、リンの拳にカウンターを合わせた。

 

「あっ」

「ほれ、捕獲っと」

 

 そう言ってハチマンは、体勢を崩したリンの体を抱きとめ、

ぐるりと体を入れ替え、そのままリンの腰の辺りを背後から片手で拘束した。

 

「くっ……」

「おっと」

 

 次の瞬間に、ハチマンの頭があった位置を鉄パイプが通り過ぎた。

一歩間違えばリンという女性に当たっていたかもしれないが、

その鉄パイプは完全に軌道をコントロールされており、

スレスレでリンの体に命中しないような軌道を通っていた事にハチマンは気付いていた。

 

「ありゃ、君、中々やるねぇ、リン、抜けられる?」

「大丈夫、離せ!」

「うお、力はかなり強いんだな、リン」

「人の名前を勝手に呼ぶな!」

 

 リョウの攻撃を避けたせいで力が抜けたとはいえ、リンは力ずくで拘束から逃れ、

ハチマンはリンの拘束を続けるのは少し厳しいかと考え、ターゲットを変える事にした。

 

「よっと」

 

 次の瞬間に、再びハチマンの頭を目掛けて鉄パイプが放たれた。

だがハチマンは、むしろその攻撃を待っていた。

ハチマンは鉄パイプをギリギリで避けつつ、リョウと呼ばれた女性の懐に飛び込み、

その首に手を回してそのままリョウの足を引っ掛けて地面に引き倒した。

 

「リョウねえ!」

「君、やっぱりやるねぇ、これはちょっとまずいかも?」

「聞いた感じお前が長女なんだよな?俺はこれ以上お前達と争うつもりはないから、

他の奴らを引かせてくれないか?」

「そうねぇ、確かに殺気を感じないし、信じてあげてもいいんだけど……」

「ならもう終わりだ、ほれ」

 

 そう言ってハチマンは、自分の武器をリョウに渡し、無防備にその場に腰を下ろした。

 

「ありゃ、いさぎよいねぇ、リン、戦闘終了。どうやらこの人はアカムシじゃないみたい」

「アカムシじゃなければ何?」

「多分、人なのかなぁ」

「人?本当に?」

「うん、まあ多分だけどねぇ。それに気付かない?私もさっき気付いたんだけど、

私達、触覚や他の感覚が、全部分かるようになってるみたいよ」

「あっ、そういえば確かに……」

「えっ、マジか」

「確かにいつもと体の感じが違うのにゃ」

「色々分かるのな!」

「お前達が言ってる事は、本当に訳が分からないな」

 

 ハチマンはその姉妹の会話がまったく理解出来ず、ただ苦笑する事しか出来なかった。

 

「とりあえず、そろそろ水を補給したいところだけど」

「でもケムリクサが無くなったせいか、前よりも水が必要な感じがしないのにゃ」

「とりあえず、どこか落ち着ける場所でこの人に色々と話を聞きたいじゃん」

「落ち着ける場所に行きたいのか?

それなら俺が何とかするが、とりあえずお前らはコンバート組なんだよな?」

「コンバートって何だ?」

「知らない言葉じゃん」

「マジか、一体どうなってるんだ……」

 

 ハチマンは混乱しつつも、とりあえず六人と話をする為に、

近くの宿屋の一室を借りる事にした。

 

「とりあえずここを借りたから、ここで話すとするか、

そこの蛇口を捻ればいくらでも水が出てくるから、飲みたいならいくらでも飲むといい」

「いくらでも!?」

「本当なのな?」

「嘘を言ってどうするよ、ほれ、こうするんだ」

 

 ハチマンはそう言って蛇口を捻り、そこから水が溢れだした。

それを見た瞬間に、六人はわっと沸いた。

 

「こんなに水が……ちょっと感動なのな!」

「どうやらここには水がいくらでもあるみたいよねぇ」

「赤霧の気配も感じないし、ここは天国なのにゃ」

「まあ良く分からないが、とりあえず情報交換といくか」

 

 こうしてハチマンは、成り行きで不思議な六人の姉妹を拾う事となったのだった。



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第682話 真実は闇の中

「私達は、始まりの人から同時に生まれた存在なのにゃ」

 

 そのリツの最初の言葉に、ハチマンはいきなり混乱させられた。

 

「始まりの人……」

「私達が生きていくには絶対に水が必要なんだけど、

あの世界の水は、もうほとんど残ってなかったの」

「水か……」

 

(そういう設定なんだろうか、でも彼女達は真面目に話してくれている気がする)

 

「で、俺達は水を求めて一島から二島、三島と色々な島を調べていったんだけどよ」

「おう、シンプルな名前だな」

 

 ハチマンがそう、ありきたりな感想を述べた瞬間に、リョクが平然とした顔でこう言った。

 

「最初に私が力を使いきって消滅したじゃん」

「消滅……だと?」

 

(あるいはそういうゲームだったのか?聞いた事は無いが)

 

「うん、で、次に私が、主との戦いでうっかり死んじゃってねぇ」

「リョウがか……主って強いんだな」

「そこでリナが六人に増えたのな!」

「はぁ!?」

 

 ハチマンはその増えたという表現に驚きつつ、平静を装ってこう言った。

 

「……お、おう、そうなのか」

「その直後にリナゾーが大型のアカムシに倒されて」

「リナゾー?それって、リナの中の一人か?」

「順にリナッチ、リナジ、リナゾー、リナヨ、リナコ、リナム、

全員合わせてリナちゃんなのな!」

 

(なるほど、ゾーって、三の事か……)

 

「で、次に俺がやられちまってよ」

「その後に、リナコが大型のアカムシとの戦闘で力を使いきって消滅したの」

「その時に発見した水を回収してる最中に、急に大きな水音がして、

そこからの記憶が無いのにゃ」

「なのな!急に眠くなって、そのまま気付いたらここにいたのな!」

「それ、私も覚えてるじゃん」

「確かにそんな感じだったわねぇ」

「ああ、そうだったよな」

「えっ、何で姉さん達がその事を?」

 

 ハチマンはもう口を挟む事はせず、六人の会話を黙って聞く事にしたようだ。

そしてリョウ、リク、リョクの三人は、顔を見合わせた後にリンにこう言った。

 

「実は私達、ずっとリンの中にいたんだわなぁ」

「交互に表に出る感じでな」

「まあ表に出なくても、三人の中だけなら自由に会話は出来たんだけどね」

「そ、そうなのか!?」

 

 リンは慌てて自分の体を見ながら、とても驚いたようにそう言った。

 

「でもまあ理由は分からないけど、こうして再び四人に分かれたじゃん」

「しかも全員完全に復活してだにゃ、とてもめでたいのにゃ、尊いのにゃ」

「なるほど、とりあえず事情は把握した」

 

 ハチマンは深く考えるのをやめ、今姉妹が言った情報を、

事実としてとらえる事にしようと決意した。

突拍子もない話ではあるが、姉妹がそう言うからにはそうなのだろうし、

安易に否定したり疑ったりするべきではない。

後で冗談だと言われたら、そうだったのかと笑い飛ばせばいい。

ハチマンはそう考えながら、今度はこの世界の事を説明する事にした。

 

「先ず最初に言っておくが、ここは現実じゃない、ゲームの中の世界だ」

「ゲーム?ゲームって何?凄く興味があるじゃん」

 

 その言葉に食いついたのは、やはりリョクであった。

ハチマンの感覚だと、リョクは学者のような雰囲気を湛えており、

知識欲が姉妹の中では突出して高いように見えた。

 

「分かりやすくいうと、ここは人が作った娯楽の為の世界だ。

とはいえ現実とはそれほど変わりがないし、かなり細かく作りこまれている。

ここで食べたり飲んだりも出来るし、現実の体の維持さえちゃんと出来れば、

一生ここで暮らし続けていく事も可能だ」

「つまりここにいるハチマンは、本当のハチマンじゃないの?」

「まあそういう事だな、現実世界はこんな感じだ、今写真を見せる」

 

 ハチマンはそう言って、姉妹にリアル世界の色々な写真を見せた。

 

「これってもしかして、私達がいた世界の元の姿かにゃ?」

「そうかもね、この世界がずっと放置されたら、ああいう感じになる気がする」

「一島は小さな島だったけど、赤霧のせいでぼろぼろだったしな!」

「小さな島で廃墟?軍艦島みたいなもんか……」

「軍艦島?それってどんな島?」

「これだな」

 

 ハチマンが見せてきたその写真を見た瞬間に、姉妹達は全員同時に息を呑んだ。

 

「ん、どうかしたか?」

「ハチマン、これが軍艦島なのにゃ?」

「おう、俺は行った事はないが、そうみたいだな」

「こ、これって一島じゃん!」

「え、マジでか」

「うん、確かにこれは一島だねぇ」

「そうなのか……」

 

(って事は、六人がいう『あの世界』ってのは、日本を再現した世界なのか……?

駄目だ、もう何が何だかまったく分からん)

 

 ハチマンは軽いパニック状態に陥り、素直に外部に助けを求める事にした。

ALOといえばこの人しかいない、アルゴの出番である。

 

「ちょっと待っててくれ、今そういう事に詳しい仲間を呼ぶから」

 

 そう言ってハチマンは、この宿にアルゴを呼び出した。

 

 

 

「いきなりゲームの中からリアルに連絡してくるなんて、ハー坊にしちゃ珍しいナ」

「緊急事態だ、とりあえずちょっと付き合え」

「ふ~ん、何があったんダ?」

「とりあえず中に入ってくれ」

 

 宿の入り口でそう言われ、アルゴはきょとんとした後、やや顔を赤くした。

 

「……宿の中で二人きりって、そういう事か?

緊急事態って言うくらい我慢の限界だったんだなハー坊、

まあもらえる飴はもらっておくぞ、アーちゃんには黙っててやるからナ」

「お前が何を想像しているのかは何となく分かるが、そういうんじゃない、

本当に緊急事態なんだ、とりあえず会って欲しい奴らがいる」

「ふ~ン?」

 

 アルゴは訝しげな表情でそう言い、大人しく中に入った。

そして六人を紹介され、先ほどハチマンが六人にされた説明が、再び繰り返された。

 

「……なるほどナ」

「しかもこの六人、お前を待ってる間、普通に寝てたんだよ、ありえないよな?」

「……SAOならともかく、ALOでそれは無いナ」

「なのでとりあえず、六人がどのゲームからコンバートしてきたのかを調べてくれ、

可能ならどの地域から接続しているかもだ」

「オ-ケーだ、ちょっと待っててくれナ」

 

 そしてアルゴはコンソールから仮想キーボードを呼び出し、ソレイユにアクセスした。

六人はその姿を興味津々で眺めていたが、

やがてアルゴが信じられないといった顔でハチマンにこう言った。

 

「どっちも不明……」

「え、マジかよ、そんな事ありうるのか?」

「ある訳ないだろ、でもそれが事実ダ」

「そういう結果が出るような事象に心当たりは?」

「そうだな……一つだけあるにはあル」

「何だ?」

 

 アルゴはじっとハチマンの顔を見つめた後、躊躇いがちにこう言った。

 

「……茅場晶彦」

「晶彦さん?あっ、まさかお前……」

「そのまさかだ、始まりの人ってのが、茅場晶彦のように脳をスキャンした人物だとして、

その意識が仮にネットワーク内に残る事に成功したとする。

で、その意識がネット内で六つに分かれ、そのショックで人間だった時の記憶を失う。

そのまま六つの意識は一緒にネットの中を移動し、それぞれが別々の人格として成長し、

最終的にALOに着地する事になっタ」

「もう一度同じ事を言わせてもらうが、そんな事ありうるのか?」

「あるか無いかで言えば、可能性は無限だぞ。現実にこうなってるだロ」

 

 ハチマンはその言葉に、ううむと唸りながらもこう答えた。

 

「真実は闇の中、ただ目の前の事実だけを受け止めろと」

「理解が早いな、まあそういう事だ。で、拾った当人としては、どうするのがいいと思ウ?」

「そういう事なら、あの六人はここでずっと生きていく事になるんだよな?」

「まあそういう事になるんだろうな、もしそれが事実なら、だガ」

「だったら彼女達のしたいようにさせてやるさ」

 

 ハチマンはそう言って、訳が分からないという顔をしている六人にこう尋ねた。

 

「難しい話はもういいだろ、とりあえず、みんなはこれからどうしたいんだ?

ここにはみんなにとって脅威となる化け物は存在しないし、水も豊富にある。

もっとも水だけじゃ生きられないだろうから、普通に食事もする事を勧めるがな。

希望するなら六人が生活する為の家も俺が用意する。

なので六人で話し合って、これからどうしたいか決めてくれ」

「なるほど、それじゃあ相談するからちょっと待ってもらってもい~い?」

 

 六人を代表してリョウがそう言い、ハチマンは頷いた。

 

 

 

「いくつか質問があるんだけど、いい?」

 

 姉妹の中では一番頭の回転が早いと思われるリョクが、

話し合いの後にハチマンにこう尋ねてきた。

 

「ああ、もちろんだ」

「ここでもし死んだら私達はどうなると思う?」

「アルゴ、どうなるんだ?」

「データとしてはもう完璧にプレイヤーとして定着してるから、

普通に何度でも復活するゾ」

「だそうだ」

「そっか、死なないんだ」

「正確には死にはするが、存在が消滅する事は永久に無いって事だけどな」

 

 ハチマンは姉妹にそう言い、リョクは他にもいくつかの質問をしてきた。

 

「用意してくれる家ってどのくらいの広さなの?」

「六人が生活していくのに十分な広さを確保するつもりだ、

具体的にはこの部屋の三倍くらいの広さだと思う」

「この世界に、私達にとって脅威となる敵はいるの?」

「基本的に、他のプレイヤー……あ~、他の人は、敵もいるし味方もいるな、

その他に、モンスターと呼ばれる強敵がいる。まあ街の外にしかいないから、

街で暮らしている分には、そういった脅威を感じる事もないだろう」

「この世界ってどれくらい広いの?」

「今でもかなり広いが、今後はもっと広くなるな、

少なくともお前が当分退屈する事は無いぞ、リョク」

「なるほど、大体分かったじゃん」

 

 そしてリョクは姉妹達の方を向き、残りの五人はリョクに頷いた。

 

「それじゃあ申し訳ないけどしばらくお世話になるじゃん」

 

 その言葉にハチマンは笑顔で頷いた。

 

「おう、これからずっと仲良くしていこうぜ」

「うん、そうだね」

 

 その言葉を皮切りに、六人はハチマンを囲んで口々にこう言った。

 

「落ち着いたら私を敵のいるところに連れてって欲しいんだわなぁ」

「分かったリョウ、そのうち俺の仲間とみんなで一緒に狩りに行こう、

武器と装備も揃えないといけないな、とにかくそれなりに強くなっておかないと、

生活していく上じゃ何かと不便だからな」

「これは楽しくなってきたわねぇ、とりあえず私と戦う?」

「いや、戦わねえから」

「まあそのうちにお願いねぇ」

 

 リョウは心底楽しそうな表情でそう言った。

 

「俺は色々な物が作れるようになりたいな」

「それならリクには俺の知り合いの職人を紹介しよう、そいつに色々教わるといい」

「やりぃ!サンキュー、ハチマン」

 

 リクは指をポキポキ鳴らしながらそう言った。

 

「私はもう一度ミドリちゃんを育てたいのにゃ、どうにかならないかにゃ?」

「ミドリちゃんって、本体だけ残ってるとかいう木だよな?

芽吹くかは分からないが、とりあえず広い庭を用意するわ」

「ありがとうにゃ、感謝するのにゃ」

 

 リツはそう言って、ミドリちゃんと呼んでいる光る枝を、大切そうに抱き締めた。

 

「私は……まだ自分が何をしたいのかよく分からない」

「だったらそれをゆっくり探す為に、色々見て回るといい、

もし必要なら俺が案内してやるよ」

 

 そう言われたリンは、顔を赤くしながら動揺したようにこう言った。

 

「なっ……何だこれは、ハチマン、もしかして今、私に毒を盛らなかったか?」

「いや、何を言ってるんだお前、意味が分からないからな」

「な、なら別にいい」

「何なんだ一体……」

 

 リンはそのまま、恥ずかしそうにそっぽを向いた。

 

「ハチマン、リナちゃんは色々な物を食べたいのな!」

「そうか、料理でも習うか?」

「料理って何の事な?」

「食べ物をもっともっと美味しくする為の技術だな」

「もっと美味しく?なら覚えるのな!」

 

 その時アルゴが、横からそっとハチマンに囁いた。

 

「おいハー坊、そのリナって子、とんでもないスキルを持ってるぞ。

今仮運用中の三賢者が、スキルを承認してやがル」

「三賢者?何だそれ?」

「新しい合成やら、スキルの管理の為に作った三つのAIの集合体だな、

作ったのはダルなんだが、今試験的に仮運用してるんだゾ」

「ああ、そういえば報告書で見た記憶があるわ、AK三つの集合体だろ?」

「それだそれ、で、その承認されたスキルってのがナ……」

 

 そのアルゴの説明を聞いて、ハチマンはぽかんとした。

 

「何だそれ……」

「いや、マジなんだって、何か素材を持ってたら、リナに食わせてみろヨ」

「わ、分かった」

 

 そしてハチマンは、たまたま持っていたミスリル鉱を、リナに差し出した。

 

「なぁリナ、これって食べられるか?」

「なんななんな?もしかしてリナちゃんにくれるのな?」

「お、おう」

「ひょいパク」

 

 リナはそれを平然と食べ、ハチマンとアルゴはあんぐりと口を開けた。

 

「マジか……」

「これは驚きだナ……」

「これは食べた事のない味なのな!ハチマン、ありがとうなのな!」

「い、いや、それよりも今食べた素材、もう一度出せるか?」

「うん?もう一度な?」

「お、おう」

「はいな」

 

 そう言ってリナは、スカートの中から先ほどの物と寸分違わぬミスリル鉱を取り出した。

 

「はいこれな」

「マジか……」

 

 ハチマンは先ほどとまったく同じようにそう言い、リナは得意げにこう言った。

 

「リナちゃんは食べた物をいつでも取り出せるのな!」

「そうなのか、す、凄いなリナ」

「なのな!」

 

 ハチマンはアルゴの言った事が真実だったと納得したが、

やはり人が鉱石を食べたという事実に頭がついていかないようだ。

そんなハチマンに、最後にリョクが声をかけてきた。

 

「ハチマン、今のって何?」

「ミスリルっていう素材だな」

「ふ~ん、何に使うの?」

「色々な武器や防具やアイテムを製作するのに使うな、他にも沢山種類があるぞ」

「そっか、なら私は最初にどんなアイテムがあるのか調べる事にする!

きっとそういう知識が役に立つ時がくるじゃん!」

「そうか、それじゃあうちのデータベースが見れるように色々と教えるわ」

「やった、感謝するじゃん!」

 

 こうしてハチマンは、アメリカに行く為の準備の合間を縫って、

六人姉妹の世話をする事となった。



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第683話 準備は着々と

 その日からハチマンは、六人の為にあちこちを走り回った。

先ず最初に行ったのは、姉妹の家探しである。それに際して姉妹に、

『家』の概念を教えるところから始めないといけなかったのはご愛嬌である。

 

「個室が六部屋、全員が集まれるキッチン併設のリビング、植物を育てられる庭か、

これは探すのに苦労しそうだな、せめてアインクラッドの攻略がもう少し進んでいれば、

心当たりもいくつかあったんだがなぁ」

「ハー坊、やっぱりベッドも必要みたいだぞ、あの六人、ゲーム内で眠るらしい。

ついでに言うと、まあ当たり前なんだが、最初のログインから一度もログアウトしてねエ」

「やっぱりか……分かった、何とかするわ」

「ああ、そうなると、メディキュボイドで接続してる誰かって可能性も出てくるが」

「確かにそうだが、まあ限りなく可能性は低いだろうナ」

「相変わらず真実は闇の中、いや闇って表現はあの六人には似つかわしくないか、

真実は光の中って事か」

「そういえば、ハー坊、リョクがハー坊の事を探してたみたいだぞ」

「分かった、宿屋に顔を出してみるわ」

 

 そして宿屋を訪れたハチマンに、リョクが一つ頼み事をしてきた。

それは、姉妹が自力で最低限生きていけるように、

店を構えてそこで素材を売りたいというものだった。

ハチマンはそれを快諾し、更なる苦労をしょいこむ事になったのだが、

一時期生き続ける事を諦めていたくらい苦労してきたらしい、

あの姉妹の笑顔の為だと思えばそれも苦にはならなかったようだ。

 

「家探しとかの環境を整えるのは俺が何とかするとして、

六人に色々教える教師役が必要だな、

とりあえずリズとナタクとスクナには色々作ってもらうから、あの三人は当然として、

キリトとアスナとシリカに追加で協力を仰ぐとするか、

とりあえずの情報開示はその六人までだな」

 

 ハチマンはそう判断し、その六人に姉妹を紹介した。

当然事前に姉妹の背景については説明済である。

当然その内容は、荒唐無稽な話になってしまったのだが、

ハチマンが言うならと、六人はそれを信用し、

交代で姉妹の借りている宿に通い、この世界で生きていく為の様々な事を教える事となった。

ちなみにキリト達を選んだ理由は、色々相談するのに学校が都合がいいという理由である。

他のメンバー達に紹介するのは、もう少し環境が整ってからにするつもりのようだ。

 

「ねぇキリト君、ちょっと戦わない?」

「またかよ、仕方ないな、近くのレンタル訓練スペースに行くか」

「キリト、リョウ姉さん、私も一緒に連れてって」

「そう?それじゃあリンも一緒にお願いだわね、キリト君」

「オッケーオッケー、それじゃあ行こうぜ」

 

 リョウとリンは、死ぬ危険は無くなったとはいえ、自らをもっと鍛える事にしたようだ。

その為キリトはここを訪れる度に戦いに駆り出されていた。

 

「アスナねぇね、また料理を教えてなのな」

「ちょっと待ってね、今リツさんに、一般常識について教えてるところだから」

「それならリナも一緒に勉強するのな!」

「それじゃあ一緒にやろっか、その後三人で料理ね」

「ありがとうアスナ」

「はいな!」

 

 リツとリナは、姉妹達の生活を支える役目を選んだらしく、

アスナと一緒にいる事が多くなった。

特にアスナはリナの事がかわいくて仕方がないようで、何かとリナの事を気にかけていた。

リクはナタク達三人に合成について教えてもらい、

今では初級の職人として、簡単な修理や製作は出来るようになっていた。

そんなキリト達を、シリカは積極的に補助していた。

 

「やっぱり頼れるものは仲間だよなぁ」

「ハチマン、今日はどこに行く?」

「そうだな、アインクラッドはやはり望み薄みたいだから、

初心にかえってアルンのまだ行った事のない方面に行ってみるか」

「オッケーオッケー、準備するじゃん」

 

 そして最後の一人であるリョクは、積極的にハチマンと一緒に行動していた。

おそらくは、もっとこの世界の事を知ろうとしているのだろう。

 

「昨日の物件は惜しかったじゃんね」

「ちょっと部屋数が足りなかったな。

こうなったらもう、立地で決めちまった方がいいかもな、

で、資金を投入して中を拡張すれば、それでおそらく素敵な家の完成だ。

ベッドとかはもう、自前で用意する前提で条件から除外しよう」

 

 ALOのプレイヤールームには、基本寝室は存在しない。

何故ならベッドの存在価値がまったく無いからだ。

寝ればアミュスフィアの機能で自動でログアウトしてしまうし、

実際宿屋にベッドがあるのも、単にSAO時代の名残と雰囲気作りの為である。

ベッドに需要があるとすれば、後は十八禁な用途で使う目的くらいのものであろう。

 

「とりあえず最初の部屋数が多ければ多いほど、拡張出来る部分もまた大きくなるから、

とにかく出来るだけ初期の面積が広い物件を探すとするか」

「なるほど、事前に考えておく事が結構あるんだね」

「そういう事だ、リョクは六人の参謀役として幅広い知識を身につけてくれ。

常に俺が近くにいてやれる訳じゃないからな」

「え~?そうなの?」

「ああ、もう少ししたら俺はちょっと遠くに出かけてくるから、

しばらくここには来れなくなるんだよな」

「それはちょっと寂しいじゃんね」

「俺がいない間は一人でネットでも見て勉強しておくといい、使い方は教えたよな?」

「うん、だけどあれ、情報量が多すぎだし」

「まあ基本はALO関係のサイトだけ見ておけばいいさ、

で、分からない言葉があったら調べる、みたいな」

「う~、頑張る」

「そのうち他の五人にも文字を教えた方がいいな、

今のままだと街を歩くのにも一苦労だろうしな」

「それは凄く思うじゃん」

 

 二人はそんな会話を交わしながら、あちこちを見て回った。

 

「中々いい物件がないな」

「ハチマン、こっちは?」

「そっちは色々な施設が遠くて何かと不便な地域なんだよな、人通りもほぼ無いしな……

あ、待てよ、でも実はそれでいいのか?」

「人は少ない方がいいじゃんね、うちの店の事を知ってる人だけが来る、みたいな」

「確かにそうだな、よし、行ってみるか」

 

 リョクの言葉に一理あると思ったハチマンは、そう言ってリョクと共に、

人気がまったくない裏路地へと入っていった。

 

「この辺りはまるで迷路だな」

「でもちょっとわくわくするじゃん」

「確かにな……ん?」

「どうかした?」

「いや、この路地、ただの袋小路だと思ったら、どうやら奥が扉になってて、

そこが売りに出されてるみたいだな、チラッと値札が見えたわ」

「本当に?行ってみるじゃん!」

 

 そして二人はその扉の前へと移動し、値札をいじって見学モードを選択し、

その扉の中へと入っていった。

 

「お」

「結構広いじゃん?ちょっと部屋の数を数えてくる!

「おう、頼むわリョク。庭も最初からあるな、

少し狭いが広げるだけならゼロから増設するより簡単だからこれはかなり大きいぞ。

あれ、風呂まであるのか、まあこれはこのままでいいか」

 

 ハチマンが設備関係を確認し終わった頃、奥からリョクが戻ってきた。

 

「部屋数はリビングの他に個室が五つあるじゃん」

「おお、それならいけるか?」

「うん、場所的にも奥まった所にあっていい感じ、ちょっと気に入ったかも」

「じゃあここに決めちまうか」

「うん!」

 

 こうして都合のいい条件の個人ハウスを発見した二人は、

ハチマンがリョクに資金を提供し、無事に購入を済ませる事が出来た。

 

「さて、細々とした部分の設定だけ先にしちまうか、

リョク、今から俺が言う通りにコンソールを操作してくれ」

「分かった、やってみるね」

 

 そして店舗用のスペースが増設され、個室も六つに増えた。

庭も広くなり、そこに店の商品をしまっておく倉庫も新たに増築された。

 

「基本はこんな感じか、それじゃあ先にナタク達を呼んで、内装をどうにかするか」

「わくわくするなぁ、どうなるのか凄く楽しみじゃん!」

「他の五人が気に入ってくれればいいんだがな」

「大丈夫、あの五人はちょろいから!」

「そ、そうか」

 

 そして五人には内緒でナタク達が呼ばれ、

三人はリョクの意見を聞きつつ家の整備を開始した。

 

「手始めに、僕はベッドを用意しますね、スクナさん、布団の準備をお願いします」

「分かったわ、任せて。リョク、布団に書く絵柄とか、何か意見はある?」

「それなら絵柄は無しでもいいから、色を緑色系統にしてもらえると安心するじゃん」

「オーケー、それじゃあその方向でやってみるわ」

「ねぇハチマン、これだと風呂が狭くない?」

「ん、そう言われると確かにそうだな、

おいリョク、この部屋を六倍くらいに大きく出来ないか?」

「出来るけど、そもそもこの部屋って何の部屋?全然必要性が感じられないというか、

何の為にこんな場所があるのか意味不明なんだけど」

「騙されたと思ってやっとけって、俺がお前達が困るような事を言うはずがないだろう?」

「まあそうだけどさ、分かった、やっとくじゃん」

 

 それからスクナはナタクにクローゼットを作ってもらい、

服を色々なデザインで数着ずつ収納し、それ以外にお揃いのパジャマも用意した。

後は姉妹に自分で買いに行ってもらうつもりのようだ。

やはり好きな格好をして欲しいからだ。当然スクナは頼まれたらそれも作るつもりであった。

他にも食器棚やその他もろもろの家具を相談して用意し、

一般生活環境がほぼ整ったところで、次は店舗と庭をいじる事になった。

 

「現物を飾るのは問題があるだろうから、商品リストを表示出来るようにしてっと」

「庭の倉庫は種類別に綺麗に収納出来るようにしておくわね」

「セキュリティの問題もありますね、ハチマンさん、どうします?」

「録画端末の設置に加え、抑止力的にうちのマークをどこか見える所に置くか、

まあここは扱いは個人ハウスだから、パスワードを一般公開する事もないし、

おかしな奴が入ってくる可能性はほぼゼロなんだが、

口コミで伝わる過程で変なのが紛れ込む可能性はあるからな」

「それとは別に、固有の排除機能もオンにしておきましょうか、

パスワードを分けて、店舗以外には他人は入れないモードも作りましょう」

「だな、リョク、頼むわ」

「分かった、設定しておくね」

 

 こうして三人の手によってどんどん家の改良が進み、

数日後、ついに姉妹に公開される運びとなったのであった。



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第684話 ハチマンはどうやら鬼畜らしいです

「それじゃあ今日は予定通り、全員で飛ぶ練習だな」

「やっとだにゃ、凄く楽しみだにゃ」

「ハチマン、リナも練習すればお空を飛べるのな?」

「おう、絶対に飛べる、というかもう飛べる、後は慣れるだけだな」

「そうなのな?それじゃあ早く慣れて、ぶんぶん空を飛びまわるのな!」

 

 六姉妹の為の家の整備が終わった直後、ハチマンはそういう口実で姉妹を外に連れ出し、

そのまま宿屋ではなくその家に連れて行く腹積もりで、そう話を進めていた。

 

「空かぁ、とりあえず戦う?」

「リョウはそれしか言えないのかよ……そういうのはキリト相手にやってくれ」

「え~?最近ちょっとマンネリぎみでさぁ、新しい相手と戦いたいんだよねぇ」

「そういうセリフは一度でもキリトに勝ってから言うんだな」

「あ~、彼強いよねぇ、私とリンが二人がかりなのにちっとも勝てないよ」

「当然だな、あいつはALO最強の剣士だからな」

「やっぱりそうなのか、道理で強い訳だな」

「まあもう少し頑張ってみろよリン、リョウと協力してみるとかな、

息の合ったコンビ攻撃ってのは意外とやっかいなもんだぞ」

「そうか……うん、リョウ姉、今度ちょっと考えてみよっか」

「そうねぇ、そういうのもきっと必要だわねぇ」

 

 リョウとリンはあれからずっと、キリトを相手に戦闘訓練をしていたようだが、

それでどうやらキリトの強さを思い知らされたらしい。

だがキリトに何度やられようとも二人の向上心は衰えず、

姉妹の為にもより強くなろうという姿勢が伺え、

ハチマンは、この二人はまだまだ伸びると確信していた為、そのようなアドバイスをした。

鈍器と格闘装備という珍しいスタイルの為、それ専用の武器も作らないといけない、

そう考えたハチマンは、家関連の製作が終わったナタクとリズベットに、

引き続き二人の武器の製作を依頼する事を決めた。

 

「か~っ、空を飛ぶのってさ、さぞ気持ちいいものなんだろうな」

「おう、期待してくれていいぞ、リク」

「それって背中をかいてもらうのとどっちが気持ちいいんだ?」

「いや、比べるものじゃないと思うが……」

 

 さすがのハチマンも、そのリクの訳の分からない比較に適切なコメントは出せなかった。

 

「う~ん、ちゃんと比較したいから、飛ぶ前に誰かに背中をかいてもらうべきなのかねぇ?」

 

 リクはそう言いながら、ハチマンの顔を下から覗きこんだ。

 

「まあ比較するってならその方がいいかもしれないな」

「だろだろ?」

「……」

「いやぁ、俺もその方がいいって思ってたんだよなぁ?」

 

 そう、うんうん、だよなだよなと一人で何かに納得したそうに頷いているリクに、

ハチマンは普通に正論で答えた。

 

「まあよく分からんが、今は姉妹全員が五感を備えているんだろ?

良かったな、いつでも誰かに背中をかいてもら……」 

「あ~あ、どこかに俺の背中をかいてくれる親切なハチマンはいないのかねぇ?」

 

 ハチマンがそう言いかけた瞬間に、リクは再びハチマンの顔を下から覗き込み、

かぶせるようにそう言った。ハチマンはそれで黙り込み、ため息をつくと、リクに言った。

 

「分かった分かった、かいてやるから背中を出せ」

「おお~、別に催促した訳じゃないのに話せるな、ハチマン!」

「あれが催促じゃないとかどの口が言ってるんだ、ああ?」

 

 ハチマンはそうリクに凄んでみせたが、リクにはまったく通用しない。

 

「いいから早く頼むぜ、もう待ちきれないんだよぉ~」

「だから背中をこっちに向けろと」

「ああん?このまま俺の背中に手を回せばいいじゃねえかよ」

「………………はい?」

「ほら、早くやってくれよぉ、ほらぁ」

 

 ハチマンはさすがに面食らい、助けを求めるように他の者の顔を見たが、

全員どうにもならないという風に首を振った。

 

「まじでそれ、俺がやんのか?」

「まだかぁ?もう待ちくたびれたんですけど~?」

「わ、分かったよ、やってやるから絶対におかしな事はしてくるなよ」

「おかしな事って何だ?よく分かんね」

「そ、そうか、それならいい」

 

 そしてハチマンは正面からリクの背中に手を回し、

余計な所が接触しないように気を遣いながらリクの背中をカリカリとかいた。

 

「ああ~、あああ~~~~、もうたまんねぇ~、これ最っ高……

これ、自分でやっても何か違えんだよなぁ、ハチマンもそう思うだろ?」

「ま、まあそうかもな」

「しかも妙にハチマンを身近に感じるこの感覚、うはぁ、癖になるぜぇ……」

 

 その瞬間に、宿屋の奥からアスナがリョクと一緒に姿を現した。

どうやら二人で今日の練習が終わった後の事について話していたらしい。

そしてアスナはハチマンとリクの姿を見て、ピタリとその動きを止めた。

 

「ハチマン君、一体何をしているのかな?かな?」

「い、いや、これはだな……」

「おお~、アスナ、お前もこっちに来てハチマンに背中をかいてもらえよ、

これはかなりきくぜぇ……」

 

 アスナの形相を見て必死に言い訳しようとしていたハチマンだったが、

どうやらその必要は無かったようだ。

アスナはリクにそう言われ、きょとんとした後、手をポンと叩いてこう言った。

 

「あ、ああ~、この前言ってた奴だ!」

「そうそう、この前アスナに背中をかいてもらった時に、ふと思いついたアレだよアレ」

 

 どうやら二人の間では、何かこの行為に関するやり取りが過去にあったようだ。

そしてリクはアスナと場所を代わり、アスナは少し頬を赤らめながらハチマンに言った。

 

「えっと、それじゃあ宜しくお願いします」

「あ、はい」

 

 思わず敬語になってしまった二人であったが、

いざ行為が始まると、アスナは頬を紅潮させ、気持ち良さそうに呟いた。

 

「んっ、はぁ……こ、これは癖になる……

確かに私の体にはハチマン君の手しか触れていないのに、

他から見ると、抱きしめられる寸前にしか見えないこの状態は、

二人の秘密の行為を他人に見られているような背徳感が凄い……」

「アスナ?お~い、アスナ?」

「まずい、これはまずい、もしここで私が誘惑に負けてハチマン君に抱き付いてしまったら、

あの子達の誰かが他意はないまま真似をしちゃう可能性が高い、

そうなると、芋づる式に他の子達にも広がってしまう、

耐えるのよアスナ、ここが私の天王山よ!」

「いやアスナ、もう手は離れてるからな、お~い?」

 

 ハチマンはアスナの表情を見て恥ずかしくなったのか、

とっくにアスナの背中から手を引っ込めていたのだが、

アスナはそれには気付かず、妄想の世界で必死に何かと戦い続けていた。

アスナは今でもSAO時代の名残で、たまにこうなる事があるが、

当然ハチマン絡みの出来事限定である。

 

「あ~、それじゃあアスナの事はほっといて、とりあえず行くとするか」

「アスナはこのままでいいのにゃ?」

「まあ問題ないだろ、正気に戻ったら追いかけてくるだろうさ、

それじゃあ俺の後についてきてくれ」

「ほらほらみんなさっさと行くじゃん」

 

 五人をハチマンとリョクがそう促し、七人は歩いてアルンの外へと出た。

その後を、アスナが慌てて追いかけてきた。

 

「ハチマン君、待って、待ってってば!」

「おうアスナ、やっと正気に戻ったか?」

「正気?何の事か分からないけど、私、強大な敵との戦いに勝ったよハチマン君!」

「そ、そうか、よくやったなアスナ」

 

 ハチマンはアスナが得意げな表情をしているのを見て、

深く突っ込む事はせず、そう言うに留めた。

そしてアルン郊外で、姉妹達の飛行訓練が始まった。

最初は当然コントローラーを使用しての飛行となる。

 

「ここをこうして、こうか……おっ、簡単じゃねえか」

「余裕余裕、予習した通り」

「まあこんなもんか、問題ないな」

 

 物の細かい操作に慣れているリクが最初に自由自在に飛べるようになり、

コントローラーの操作を事前に予習していたリョクがそれに続いた。

そして身体能力に優れるリンが三番目に飛行を会得したが、

残る三人は、中々苦戦しているようだった。

 

「まさかリョウがここで手こずるとはなぁ」

「予想外だったね」

「あいつ、戦いが絡まないと意外とポンコツなんだな……」

 

 ハチマンが見るに、リョウがいけない点は、要するに肩の力の入りすぎである。

受け流すのは得意だが、カウンターは苦手みたいな感じだろうか、

戦闘技術はかなり卓越しているはずなのだが、技術の方向性の違いなのだろう。

 

「よし……アスナ、あいつの背中をかいてやってくれ、脱力させるんだ」

「さっきの奴だね、分かった!腰くだけにさせてくる!」

 

 そう言ってアスナはリョウの下に向かい、リョウの背中を正面からかきはじめた。

だが何かがしっくりこないようで、アスナはしばらく後、とぼとぼとこちらに戻ってきた。

 

「ハチマン君、どうやら私が相手だと、技術とときめきが足りないみたいだよ……」

「技術はともかくときめきって何だよ、意味が分からないんだが……」

「彼女としては忸怩たるものがあるけど、ここはもうハチマン君に出てもらうしか!」

「いや、まあそれは別に構わないんだが……」

 

 そう言ってハチマンはリョウの背中側に回りこんだのだが、

当のアスナがゼスチャーでそれを否定した。

 

「ハチマン君、前、前だってば!」

「え、ええ~……」

 

 ハチマンは仕方なくリョウの前に回り、先ほどリクやアスナにしたように、

ぐるりとリョウの背中に手を回した。

 

「お手数をおかけしてすまないねぇ」

 

 心なしか恥ずかしそうな顔でリョウがそう言った。

 

「いや、それは別に構わないんだが……それじゃあまあ、やってみるわ」

「う、うん、よく分からないけど宜しくねぇ?

………って、妙に近いんだけど、え、何これ、何か顔が熱いしドキドキするんだけど」

 

 そして施術が始まってしばらくした後、いきなりリョウがそんな事を言い出した。

口調もいつもののんびりしたものではなく、慌てたような感じになっている。

 

「お、おい、どうした?」

「も、もう無理……だわねぇ……」

 

 そこにアスナが駆け寄ってきて、リョウの状態を確認した後、

うんうんと頷き、ハチマンに惜しみない賞賛を与えた。

 

「ほらね、リョウは男の子に慣れてないはずだから、絶対いけると思ったんだ!

ほら、リョウのこんな顔、見た事ないでしょう?凄くかわいいよね!

それに加えてまだ触られる感覚に慣れてないリョウに、

マッサージで鍛えた技を存分に駆使したこの鬼畜な所業、さすがはハチマン君だよ!」

「お前それ、褒めてんのか……?」

「当然だよ!ハチマン君、鬼畜!」

「ええ~……」

 

 ハチマンは納得いかないようだったが、その結果はすぐに出た。

完全に脱力したリョウが、すいすいと飛び始めたのだ。

 

「お、おお、おお~!」

「やった、大成功!」

「本当に自由自在に飛んでやがる……」

 

 これで残るは二人、リツとリナである。だがリツの場合は単純にのんびりしていただけで、

その気になったら飛べるようになるのはすぐだった。

リナは興味本位でコントローラーをめちゃくちゃにいじっていただけだったらしく、

リョウにきちんと説明を受けたらすぐに飛べるようになった。何ともお騒がせな二人である。

 

「よし、それじゃあ全員飛べるようになったし、

飛行訓練はここまでにして、とりあえず『家』に帰るか」

「うん、『家』に帰るじゃん!」

 

 そしてアルンに戻った後、残る五人の姉妹達は、

ハチマンが見知らぬ道に入っていくのを見てきょとんとした。

 

「ハチマン、こっちは知らない道なのな、本当にこっちでいいのな?」

「ああ、こっちでいい。もうすぐ着くからまあ待っててくれ」

「むむむ、まあハチマンがそう言うなら……」

 

 そして数分後、姉妹達は袋小路の奥にある扉の前にいた。

そこでリョクは姉妹達に振り返り、満面の笑みで言った。

 

「ここが私達の新しい家だよ!みんなおかえりじゃん!」



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第685話 姉妹の家

「ここが私達の新しい家だよ!みんなおかえりじゃん!」

 

 リョクのその言葉に対する五人の反応は、あまり芳しくはなかった。

どうやら戸惑っているようだ。

 

(まあ確かにいきなりすぎたからなぁ、さて、リョクはどうするのかね)

 

 ハチマンが見守る中、リョクは特に気にした様子もなく、

姉妹達を家の中へと招き入れた。どうやら姉妹のこの反応は想定の範囲内だったらしい。

 

「まあまあいいからみんな中に入るじゃん!」

「あ、う、うん……」

「ここが私達の家……」

「とりあえず入ってみるにゃ!」

 

 中に入った姉妹は、最初にその広さに驚き、目を見開いた。

 

「これは広いな」

「こ、このキッチンを好きに使ってもいいのな!?」

「お庭が凄く広いのにゃ、ここならもしかしたらミドリちゃんを……」

「奥に部屋がたくさんあるわねぇ、そこにみんなの名前が書いてあるんだわねぇ」

 

 リョウのその言葉に、ハチマンとリョクはかなり驚いた。

 

「リョウ、お前、字が読めるのか?」

「ええ~?もちろん読めるけど?」

「リン、お前はどうだ?」

「どれ?ここに書いてある私の名前の事?」

「読めてるじゃん!」

 

 リョクは思わずそう絶叫した。

 

「え、何で何で?いつの間に?」

「そういえば今は読めるみたいだけど前は読めなかったにゃ」

「リナも普通に読めるのな!」

「ここに来てからじゃねえの?知らんけど」

 

 リツとリナとリクも普通に文字が読めるようになっているようだ。

ALOのキャラとしてデータ化された事による副産物なのかもしれないが、

おそらく理由は誰にも説明出来ないだろう。

 

「忘れてたのを思い出したって感じかね、まあ良かったじゃないか、リョク」

「う、うん、まあこれで色々手間が省けたから良かったといえば良かったのかも」

「だな、前向きにいこう」

「うん!」

 

 そしてリョクが、改めて設備の説明を始め、五人はその一言一言に目を輝かせた。

 

「ここが私達の家なんだな」

「いくらでも水が出てくるのな!」

「おお~、このベッドってのの感触、た、たまらねえ……」

「敵もいないみたいだし、これで安心だわねぇ」

「あ、でもリョクちゃん、こういうのを用意するのには、

お金ってのが必要なんじゃなかったのにゃ?」

「うん、だからハチマンに借りた、それを返済する為に、ここで店をやるから」

「「「「「店?」」」」」

 

 リョクはそう宣言し、五人はその言葉にきょとんとした。

 

「ここで暮らしていくのにはお金ってのが必要だから、

外で色々な物を拾ってきて、それをここに並べて欲しい人に売るじゃん!

そうすれば私達でもお金が稼げるじゃん!」

「なるほど、それが店なんだな」

「もちろんここ以外のスペースには他人が入れないようにしてあるじゃん、

まあハチマン達は例外だけど」

「それならおかしな敵が紛れ込んできても安心だわねぇ」

「おかしなのは私がぶっ飛ばすから大丈夫かな」

 

 姉妹達はリョクの説明を受け、店というものが何なのか理解したようだ。

ここまでの流れを受けてハチマンは、

やはりこの姉妹は存在自体が謎なんだなと、改めて実感する事となった。

 

「さて、それじゃあリツ、そろそろミドリちゃんを庭に植えてみない?」

 

 アスナにそう言われ、リツはハッとした顔をした。

 

「そ、そうだったにゃ!上手く定着してくれればいいんだけど……」

 

 リツはそのまま庭に出て、畑として用意されたスペースにミドリちゃんを植え、

そこに庭の蛇口から伸びたホースを使い、水をかけた。

 

「これでいいのかにゃ?」

「うん、毎日決まった時間に水をやるといいよ、

水のやりすぎはここではあまり良くないと判定されるから、くれぐれも注意してね」

「分かったのにゃ!」

 

 そしてアスナを家に一人残し、七人はそのまま買い物に出かける事にした。

ほとんどの物は職人チームが用意してくれていたが、

生活するという事は、必須な物だけあればいいという訳ではない。

時には無駄だと思える物も、必要な事がある。

まあそれは主にインテリアやら何やらの雑貨なのだが、

そういった物を買いにいこうという話になったのだった。

ちなみにアスナが残ったのは、お祝いの為の料理を用意する為であった。

そのまま七人はハウジング用の色々な品がある店に向かい、

個人個人が自分の部屋に置きたいと思う物を適当に購入した。その帰り道の事である。

 

「そういえば、店の名前はもう決めたのか?」

「うん、スモーキング・リーフ」

「ほう?意味は?」

「えっと、ケムリクサの事をナタク君に話したら、なるほどって言って教えてくれたじゃん」

「ケムリクサって何だ?」

「ケムリクサはケムリクサじゃん」

「なるほど、分からん」

「ハチマンはそればっかだよな」

「それじゃあ家の名前は何にしたんだ?ハウジングの固有名な」

「リリとワカバの家」

「………リリ?ワカバ?そういえば家に入る為のパスもワカバにしてたが、

リリとワカバって一体何なんだ?」

「分からないけど、でもそうしなきゃいけない気がしたじゃん」

「そうか、まあそういう事ってあるよな」

 

 ハチマンはそれで納得したようだ。この姉妹相手に物事を深く詮索する必要はない。

それでいいというならつまりそれは正解なのだ。

ハチマンはそう考え、家への最後の路地を曲がった所で姉妹達にこう言った。

 

「さて、多分アスナが出迎えてくれると思うから、

みんなちゃんと『ただいま』って言うんだぞ」

 

 そのハチマンの言葉通り、入り口から顔を出したアスナは、満面の笑みで言った。

 

「みんな、おかえり!」

「「「「「「「ただいま!」」」」」」」

 

 こうして姉妹達は安住の地を手に入れ、そこで暮らしていく事となった。

キリト達協力者全員も後で駆けつけ、その日は盛大なお祝いの会が開かれる事となり、

ハチマン達が帰った後、姉妹達は慣れない自分専用のベッドに戸惑いつつも、

生まれて始めての個室で幸せな気分で眠りについた。

 

 

 

 その次の日ハチマンは、姉妹達と共に店に置く為の素材を取りに行く事にし、

その紹介も兼ねてユキノを誘った。これは前日の帰りにリョクに頼まれた為であり、

最初はリナとリョクだけが一緒に行くという話だったのだが、

他の四人が難色を示した為、全員一緒に行動する事になったのだった。

これはハチマンの事は信頼しているが、敵がどういう存在か不明な以上、

ハチマン一人に二人の事を任せっきりにするのは少し不安だったからである。

キリトがいればまた違ったかもしれないが、姉妹はハチマンの実力をまだ知らないのだ。

 

「昨日話を聞いた時はちょっと疑問だったけれども、本当に不思議な人達ね」

「これから色々面倒をかけると思うが、頼むぞユキノ」

「まだ他の人達には秘密なのよね?」

「ああ、これからどうなるか、まだ分からないからな」

「まあ任せて頂戴、陰で色々動くのは得意なのよ」

「昔のお前からは想像もつかないセリフだよなぁ……」

 

 ハチマンはそう言いながら、後ろを付いてくる姉妹達に振り返った。

 

「まあみんなが幸せになれるならどうでもいいか」

「随分と彼女達に肩入れしてるのね」

「そうだな、あいつら最初に会った時、何かに絶望したような目をしてたからな」

「そう……一体何があったのかしらね」

「さあなぁ……だがこうして今笑ってくれてるんだ、それならそれでいい」

「私達は、出来る事しか出来ないものね」

「だな、よし、そろそろ着くな」

 

 グロッティ鉱山に着いた一行は、一応隊列を組み、入り口から中に入っていった。

先頭は当然ハチマンであり、その隣にはリンとリナが並ぶ。

その後にリツとリクが続き、最後尾のユキノにまとわりつくように、

リョウとリョクがそのすぐ前を歩いていた。

 

「ねぇユキノ、ちょっと戦う?」

「……何故私と?」

「強そうだから」

 

 どうやらリョウが最後尾に下がった理由はそういう事のようだ。

リョクはそれが不満なようで、リョウに抗議した。

 

「リョク姉、私とユキノの知的な会話の邪魔をしないで欲しいじゃん」

「え~?ちょっとくらいいいじゃない、きっとユキノは戦えば強いと思うのよねぇ」

「ふふっ、でも私の本職はヒーラーだから、本来戦うのは仕事じゃないのよね」

「ヒーラー……確か回復役って奴だっけ?」

「ええそうよ、いずれあなた達も単独で素材取りに行く事になるでしょうし、

誰がヒーラーをやるのか今のうちに決めておいた方がいいかもしれないわね」

「なるほど、それなら多分リツだろうなぁ」

「リツ姉なら適役じゃん」

「そう、なら今度少し手ほどきしておきましょうか」

「うん、お願い!」

「一応無理強いはしないでやってもらえるかなぁ?

多分大丈夫だと思うけど、本人の意思も大事にしてあげたいしねぇ」

「ええ、その辺りはきちんと頭に入れておくわ」

 

 この後、結局リツはヒーラーを希望する事となり、

他の姉妹達も戦闘においての自分の役目を各自で考えていく事になる。

 

「お~いユキノ、この辺りでそろそろ休もうぜ」

「ここで?そうね、洞窟の中に入ると敵の出現頻度が増えるでしょうし、

ここなら丁度いいかもしれないわね」

 

 そのハチマンの呼びかけにユキノは同意し、一同はそこで小休止する事となった。

 

「あっちには何かあるのな?」

「見た感じ崖で行き止まりみたいに見えるが、一応見てみるか?」

「見てみたいのな!」

「ん、まあ別にいいぞ、くれぐれも下に落ちないようにな」

 

 そう言ってハチマンは、リナを連れてそちらへと向かった。

ついでとばかりに他の者達も、ぞろぞろとその後をついてくる。

 

「ん、こんな感じになってたのか」

「凄い崖なのな!」

「細い橋のような物があるわね、これは気付かなかったわ」

「真ん中がスッポリと抜け落ちてるな」

「オブジェみたいなものかしら」

「でも向こう側は一応奥に続いてはいるように見えるが」

「あそこに行く道は無いわね、

もしかしたらいずれ洞窟内を飛べるようになるのかもしれないけど」

「まあどう考えてもあそこには行けないな」

「そうでもないのだけれど、例えば……」

 

 ユキノがそう言いかけたその時、リナが突然こう言った。

 

「ハチマン、あの奥から美味しそうな気配がするじゃん!」

「何だそれ、あの奥から?」

「うん、あの途切れた所まで行って、向こう側に飛び移ったりは出来ないのな?」

「あそこか……全力で走れればいけるかもしれないが……」

「やってみてな!ハチマンならきっと出来るのな!」

「いいっ!?マジかよ……」

 

 さすがのハチマンも、この申し出に簡単に頷く事は出来なかった。

岩の足場は五センチ程度しかなく、見た感じでは、

対岸へと届かせるには全力疾走が必要になる。

そしてその対岸の足場の幅も五センチ程度しかないのだ。

 

「命綱を付ければいいんじゃないかしら、その端を全員で持っていれば、

まあ支える事くらいは出来ると思うわ」

「……せめて端を岩にくくりつけるとかしてくれ」

「分かったわ、つまりやってくれるのね?」

「ああもう、分かった、やればいいんだろやれば」

「ハチマン、ファイトにゃ!」

「おいおいやるなぁ、頑張れよ!」

「やっぱり男の子、だわねぇ」

 

 ハチマンは本心ではもちろんやりたくはないのだが、

リナの前で弱気なところを見せる事は出来なかった。お兄ちゃん的見栄があったのだろう。

 

「よし………行くぞ」

 

 そしてハチマンは腰にロープをくくりつけ、崖に向かって走った。

さすがハチマンの全力は早く、一瞬で崖の手前まで到達し、

ハチマンは覚悟を決めて岩の橋へと飛び込み、その端で思いっきり飛んだ。

 

「うおおおおおお!」

 

 ギリギリ、本当にギリギリのところでハチマンの右手が向こうの端に届き、

ハチマンは何とか向こう側の岩の橋の端に手をかける事に成功した。

 

「おお!」

「さすがはハチマンなのな!」

「凄っ」

 

 だがその体勢から橋の上に体を起こすのは並大抵の事ではない。

ハチマンはジタバタしながら何とか体を持ち上げ、

橋を抱くようにして、何とかその下に両手両足でぶら下がる事に成功した。

 

「悪い、向きも変えないとだし、これはちょっと時間がかかるわ。

しかもよく考えたら、このロープは向こう岸までは届かないから、慎重にいかないとだ」

「そうね、まあ向こう岸で待ってて頂戴、私達は私の魔法でのんびりと……」

「魔法?魔法って何の事だ?」

「待って、まずいわ、敵襲!かなり多いわ!」

 

 その時突然ユキノがそんな声を発し、その会話は途中で中断される事となった。



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第686話 満足のいく成果

「敵襲!かなり多いわ!」 

 

 ユキノが突然そう叫び、ハチマンは慌ててそちらを見た。

見るとかなりの敵の大群が、ユキノ達の方へと向かってきているのが見え、

ハチマンはためらいなく岩から手を離し、元の岩場にブランとロープでぶら下がると、

そのロープを上り始めた。その時上からこんなユキノの声が聞こえてきた。

 

「リョクさん、リンさん、一分時間を稼いで頂戴、そうすれば私が何とかするわ」

「ほいほ~い」

「分かった、やってみる」

 

 ハチマンはその言葉で、ユキノが大きな魔法を使うつもりだと判断し、上る速度を早めた。

戦闘力があるのがリョウとリンしかいない以上、

もしかしたら姉妹が危機に陥る可能性があるからだ。

もっともユキノなら、詠唱しながら武器を振るうくらいの事はしてくれそうだが、

ユキノに任せきりにする訳にはいかない。ハチマンはそう考え、必死でそのロープを上った。

 

「ユキノ、俺が上に行くまでにあと三十秒くらいかかる、それまで持たせてくれ」

 

 当然詠唱中のユキノからの返事はない。

そして上からは、リョウとリンが必死に戦う声だけが聞こえてくる。

 

「この作ってもらった特製の伸縮自在の鉄パイプ、中々調子がいいわねぇ」

「この刃が飛び出すナックル、使える!」

「リン、そっちに行ったのは任せるわ」

「うん、敵は強いけど、ここは狭いから多分大丈夫!みんなは私が守る!」

「そろそろだ、今行く!」

 

 そしてハチマンは遂に岩に手を届かせ、一気に体を引きつけ、上へと飛び上がった。

 

「ハチマン!」

「待ってたのな!」

 

 その瞬間にユキノの魔法が発動し、ハチマンの後方から氷がきしむ音が聞こえた。

 

「ハチマン君、前へ!リョウさんとリンさん、それに他のみんなはこっちに走って!」

 

(ユキノの奴、崖を背にするつもりか?)

 

 ハチマンは一瞬そう思ったが、今はとりあえず敵の排除が優先な為、

ハチマンはその指示通り敵に襲いかかった。まだ敵はかなりの数が残っており、

道が狭い事もあって、その殲滅には時間がかかりそうだ。

だがそのせいで逆にリョウとリンが時間を稼げたともいえる為、

ハチマンは、痛し痒しだなと思いつつ、全力で敵の排除を続けた。

 

「ハチマン、凄いのな!強いのな!」

「まさかこれほどだとはねぇ……ちょっと戦う?」

「リョウちゃん、こんな時なんだから自重するのにゃ」

「もしかしてキリトとほとんど変わらない?ハチマンってこんなに強かったのか」

「おいリン、顔が赤いぞ、もしかして具合でも悪いのか?」

 

 リクにそう言われたリンは、慌てて定番の言葉を叫んだ。

 

「な、何でもない!きっと毒だ!」

 

 その瞬間にリンの体が光った。どうやらユキノが魔法を使ったらしい。

 

「どうやら毒ではないようね」

 

 その断定的な口調に、リンは益々顔を赤らめ、下を向いた。

ハチマンは姉妹達がのんびりした様子であり、ユキノもまったく慌てていないのを感じ、

みんなは無事なんだと判断して安心し、そのまま敵の殲滅を続け、ついに敵を全滅させた。

 

「ふう、結構数が多かったが、まあ問題ないな」

「ハチマン、お疲れ!」

「結局全部一人で倒しちゃったわねぇ」

「俺達も戦えるようにならないとだな」

「なのな!」

「うん、そうだね、今ので痛感したにゃ……」

「私もこんな魔法が使えるようになりたいじゃん!」

 

(こんな魔法?)

 

 その言葉だけに反応した訳ではなかったが、それでハチマンは振り返った。

 

「うおっ、どうなってるんだそれ……」

 

 そこには一面の銀世界が広がっており、ハチマンは薄々事情を理解すると、

真っ直ぐユキノの所へと向かった。

 

「おい……」

「ハチマン君、お疲れ様」

「これはどういう事だ?」

「これ?これって何の事かしら」

「この氷の大地、って言っていいのか、これだよこれ!」

 

 そこには崖を埋め尽くさんばかりの氷の大地が広がっており、

向こう岸まで余裕で通れる状態になっていた。

ハチマンはそれを指差しながら、ユキノにこれでもかというくらい激しくアピールした。

 

「だからさっき言いかけたじゃない、私の魔法でって」

「……おいお前、何で俺を跳ばせた」

「あら、あなたが跳ぶ気満々だったから、それを邪魔してはいけないと思ったのだけれど」

「た、確かにそうだったけどよ!安全な方法があるなら教えてくれてもいいじゃないかよ!」

「子供みたいな事を言うんじゃないの、もういいじゃない。

ほら、敵の後続が来るかもしれないから、早く向こうに渡ってしまいましょう」

「く、くそっ、お前は昔からそういうところがあるよな!」

 

 ハチマンは納得いかない表情でその言葉に従い、向こう岸へと歩き始めた。

その周りをリナがぐるぐる回り出した。

 

「ハチマン、格好良かったのな!凄く強かったのな!」

「お?そ、そうか?まあ俺は強いからな」

「なのな!」

 

 それであっさりとハチマンの機嫌は直ったようだ。何ともチョロインである。

 

「ユキノはこんな事が出来たんだわねぇ」

「ええ、まあ詠唱にかなり時間がかかってしまうのだけれど」

「私にもいつかこんな魔法が使えるようになる?」

「ええ、リョクさんも、頑張って鍛えればこうなれるわよ」

「俺にはあんな長い呪文を覚えるのは無理だなぁ」

「リクさんは器用だから、魔法の手数で勝負すればいいと思うわ」

「なるほど、数で勝負か!」

「私はみんなを回復出来るようになりたいにゃ」

「そっちは私の専門よ、リツさん、今度色々教えるから、一緒に強くなりましょうね」

「ありがとう、お願いにゃ!」

 

 そんな和やかな雰囲気の中、一同は坑道らしき入り口を遠くに見つけた。

ここはもう完全に向こう岸であり、ユキノはそれを確認すると、氷の大地を消した。

背後にチラリと敵が見えた為である。どうやら敵の後続が到着したようだ。

それにより敵はあっさりと落下して死亡し、ハチマン達の安全は完全に確保された。

 

「さて、それじゃあハチマン君、これからどうしましょうか」

「この辺りで少し採掘してみるか?リナが気になる場所を掘れば何か出てくると思うし」

「任せてな!そこら中から美味しそうな気配がするのな!」

 

 そう言ってリナはあちこちを指し示し始め、姉妹達が分担してそこを掘り始めた。

ユキノもそれを手伝い、ハチマンは一応危険が無いかどうか、

正面に新たに口を開けている坑道の前に陣取り、敵が来ないかどうか見張っていた。

 

「ハチマン、怪しい場所を指示してきたのな!」

「おう、えらいぞリナ……あ~、ところで今日は何リナだ?」

 

 ハチマンはユキノに聞こえないように、こっそりとリナにそう尋ねた。

隠す必要はないのかもしれないが、ハチマンはこの事を他人に言うつもりはないようだ。

 

「リナコなのな!ハチマンはまだどれが何リナか区別がつかないのな?」

「そうだな、悪い、まったく見分けがつかないわ……」

 

 ハチマンは申し訳なさそうにそう言ったが、リナは気にしないという風に首を振った。

 

「別に気にする事じゃないのな、リナちゃん達は全員そっくりだしな!

それに毎回ハチマンに、今日は何リナなのか当ててもらう遊びも楽しそうなのな!」

「ああ、それはいいな、そのうち区別がつくようになるかもしれないな」

「そもそもハチマンは、リナちゃんが何リナだろうと変わらずいつも優しいのな!

だからリナちゃんは、あまりそういう事は気にしないのな!」

「そうか、ありがとな、リナコ、それにリナッチ、リナジ、リナゾー、リナヨ、リナム」

 

 ハチマンは敢えて全員の名前を出してそうお礼を言った。

もしかしたら全員が聞いているかもしれないと思ったからだ。

 

「どういたしましてなのな!あ、ハチマン、その足元から美味しそうな感じがするのな!」

ちょっとリナちゃんが掘ってみるのな!」

「分かった、俺は見張りをしておくから、何か出てきたら教えてくれ」

 

 そして楽しそうに採掘を始めるリナの様子を、ハチマンは微笑みながら見つめていた。

遠くに目をやると、他の五人も楽しそうに採掘を楽しんでおり、

ハチマンはその傍にいるユキノと目が合い、頷き合った。

 

「ハチマン、何か出てきたのな!」

「おう、さすがはリナだな」

「えっへん!」

 

 そしてリナは、それを持って姉妹達の方に走っていった。

どうやらまとめて鑑定するつもりらしい。

 

「あれはいつ見ても慣れないな……」

 

 ハチマンは、遠くでリナがひょいパクしている光景を見ながらそう呟いた。

その後、ハチマン達は、地底湖やマグマ地帯をユキノ任せで通り抜け、

遂にヴァルハラ広場へと到達する事となったのだった。

 

 

 

「あの時はそうやってここに到達したんだよな」

「今日まで色々あったじゃんね」

「おかげでリナはいつもお腹いっぱいなのな!」

「二人とも、今は幸せか?」

 

 ハチマンは二人にそう尋ね、二人はハチマンを見上げながら笑顔で言った。

 

「当たり前なのな!何でそんな分かりきった事を聞くのな?」

「ありがとうハチマン、大好きじゃんね!」

「そうか、それならいい」

 

 そして三人も採取活動に加わり、その日は必要なエンチャント素材に加え、

リツも満足するであろう、店の為の十分な商品のストックも集める事が出来た。

鑑定中はリョクによる講義も行われ、クリシュナ、リオン、セラフィムは、

持ち前の頭脳を生かし、素材に関しての基礎知識を確実に蓄えていった。

 

「さて、そろそろ帰るか」

「そういえばここってどうやって帰るの?ユキノの魔力はそんなに残ってないよね?」

「普通に飛んで帰るぞ」

「飛んで!?ここって飛べるの?」

「いや、こっちに外に出れる出口があってな、そこから飛べるんだよな」

「あ、そうなのね。あれ、でも逆に言えば、そこからここに直接来る事は出来ないの?」

「それがなぁ……」

 

 そしてハチマンに案内されたその場所は、何と言えばいいか、

ウォータースラーダーのような細い細い滑り台のような道だった。

 

「一応外から中に戻ろうとした事はあるんだがな、

羽根が広げられない上に、角度が急すぎて、とてもじゃないが上れなかったんだよな」

「そういう事か、でもハチマン、よくここに入ってみようって思ったわよね」

 

 リオンのその疑問に、ハチマンはあっさりとこう答えた。

 

「一応向こうに光が見えたんで、外に通じてると確信はしていたが、

最悪どうにもならなくなったらそこで死ねばいいかなと」

「……ハチマンってさ、仲間が死ぬ事は許さない癖に、自分は簡単に死のうとするのね」

「ぐっ、わ、悪いかよ」

「ううん、ハチマンらしいなって」

 

 そしてハチマンの説明を受け、ハチマン、リオン、クリシュナが外に出て、

次にリナ、リョク、セラフィム、ユキノが外に出た。

一応リナとリョクを真ん中に挟む格好で、何かあってもすぐに対応出来るようにした形だ。

滑り台から外に飛び出し、そこから飛行状態になる感覚は新鮮だったようで、

リオンやセラフィムは、一度出たら、再び滑る事が出来ないのをとても残念がっていた。

 

「お前ら、絶叫マシンが平気なタイプだろ」

「うん、全然平気」

「ハチマン様は苦手なんですか?それじゃあ今度私が手を握っててあげますね」

「別に苦手じゃないから大丈夫だ、さて、帰るとするか」

 

 そして七人は意気揚々とアルンへと向けて飛んでいった。

 

 

 

「こんなに?凄いのにゃ!」

「多分しばらく行けてなかったからだろうな」

「ハチマン、ありがとにゃ!」

「いやいや、何か困ったらいつでも言うんだぞ」

 

 こうしてスモーキング・リーフにリナとリョクを送り届けた後、

ハチマン達はそのままヴァルハラ・ガーデンへと向かった。

リオンとクリシュナはそこですぐに落ち、そのままリアルで勉強をするようだ。

残ったセラフィムとユキノはハチマンと分担して素材を持ち、

職人達の作業部屋へと向かった。

 

「あれ、アルゴじゃないか、珍しくこっちに来てたんだな」

「お帰りハー坊、待ってたぜ、収穫はどうだっタ?」

「豊作?大漁?まあそんな感じだな、で、用件は?」

「まあそれは後でいいぞ、とりあえず素材を出してやれよ、

この三人がうずうずしてるみたいだしナ」

「オーケーだ、それじゃあ全部出すからな」

 

 そして三人は、次から次へと素材を机の上に並べていった。

 

「おお、おおお……」

「あっ、軽アダマンタイトがこんなに……これでいけますね!」

「オリハルコンまであったんだ、後はダマスカスに、ミスリルに、

凄い凄い、これでうちの素材ストックもかなり改善されるね」

「こっちも凄いわ、蜘蛛花に虹綿、木材関係もこんなに……」

 

 三人は興奮したようにそう言葉を交わし、必要な素材を振り分けると、

その場でいくつかの合成を開始した。

 

「それは何だ?」

「アサギとリオンのアイゼンだよ」

「アイゼン……?後方に下がらないようにする為のかかとのアレだよな?

アサギは分かるが、何でそれをリオンにも?」

「それはこれのせいですよ、ハチマンさん」

 

 ナタクがそう言って、ロジカルウィッチスピアを持ち、

隣の部屋に併設された的に向けて何かを発射した。

 

「おお、マジかよ、こんなのまで設計してたのか」

「ふふっ、どうですか?」

「完璧だ、リオンが慌てる姿が目に浮かぶようだわ」

「ククッ、ククククク」

「フッ、フフッ、フフフフフ」

 

 リズベットはリズベットで、アサギの為の武器を作っており、ナタクもそれに加わった。

スクナはスクナでリオンとアサギの為の色々な装備を作っていたが、

それを見たユキノがスクナに何か言い、スクナはそれに頷くと、装備の修正を始めた。

ユキノはそれを見て満足したように頷くと、ハチマンの方へと戻ってきた。

 

「ユキノ、今スクナに何を言ったんだ?」

「もう少し露出を上げたらどうかしら、と言ったわ」

「露出を?何でまたそんな事を……」

「ヴァルハラのメンバーは、憧れじゃないといけないのよ、

その為には多少露出部分を増やした方がいいわ、アスナやシノンだってそうでしょう?

それにセラフィムやフェイリスさんだってそうなっているはずよ」

「そ、そう言われると確かに……」

 

 ハチマンはそのユキノの言葉に驚かされた。

まさかそういう意図があったなどとは思いもしなかったからだ。

そんな二人にアルゴが声をかけてきた。

 

「二人とも、そろそろいいカ?」

「あ、悪いアルゴ、そういえば待たせてたんだったな、で、何かあったのか?」

「おう、実はな……トラフィックスが、

一週間後にアスカ・エンパイアに寄港する事になったゾ」

 

 その言葉は突然放たれ、そんな事は予想もしていなかった二人は思わず固まった。




このエピソードはここまでです!


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第687話 特別な絆

今日から新しいエピソードです!


「どうしてまたそんな事になったんだ?」

「それがなぁ、業界一位と三位のALOとGGOが提携する事に、

AEの開発が危機感を覚えたらしくてヨ」

「ああ、まあ確かにそれはそうだよな」

「で、向こうが自発的に、

うちとGGOが今度採用した新しいログインシステムを導入したみたいで、

トラフィックスからの接続が簡単に可能になった状態で交渉してきたんだよナ」

「それはまた準備がいい事ね」

「だよなぁ、まあそんな訳で、

どうやら先方のいくつかのイベントを体験出来るだけみたいなんだが、

こっちの手間はほぼ無いに等しいし、こっちの正式イベント開始までのいい繋ぎになるから、

あっさりとボスからのオーケーが出て、先方からの申し出を受ける事になったわけだナ」

「アスカ・エンパイアも頑張ってるよなぁ……」

 

 ハチマンは感心したようにそう言った。

先方の開発陣の苦労を考え、頭が下がる思いだったからだ。

 

「という訳で報告はしたからな、さあ、さっさとオレっちをねぎらエ」

「何でそうなる、今回お前はほぼ何もしてないんだろ?」

「今までの積み重ねだぞ、あんまりごねるようだと性的なねぎらいを要求するゾ」

「ああもう、分かった分かった、で、俺は何をすればいいんだ?」

「マッサージだな、リアルで頼むぞ、最近特に肩がこっちまって色々やばいんだヨ」

「まあそのくらいなら……」

 

 ハチマンはアルゴに押し切られ、普段かなりの負担をかけているという負い目もあり、

渋々ながらもその申し出をオーケーする事にした。

 

「アーちゃんによく聞かされていたからな、凄くよく効くってナ」

「まあやるからにはリラックス出来るように真面目にやってやるよ、

というか、いつも負担ばっかかけてごめんな」

 

 ハチマンは素直にアルゴにそう謝罪をし、

アルゴはニコニコしながらハチマンにこう言った。

 

「それじゃあオレっち今日はオフだから、マンションの自宅で待ってるからナ」

「自宅だと!?お、おい!」

 

 そしてアルゴはそのままログアウトしていき、

ハチマンはやられたと思いつつ、ユキノに縋るような視線を向けた。

 

「なぁユキノ……」

「はいはい、分かったわよ、一緒に行けばいいのね」

「悪いな、お礼にユキノにもマッサージをしてやるから、

最近こっている所とかがあったら教えてくれな」

「そうねぇ、私も肩かしらね、

何度か言ったかもだけど、最近本当に、徐々に胸が大きくなってきているみたいなの」

「確かに言ってたな、それは驚きだな」

 

 ユキノはハチマンには気を許しているせいか、あけっぴろげにそんな事を言い出した。

 

「ええ、やっとうちの家系の遺伝子が仕事を始めたみたいね、

さすがに今からだと姉さんや母さんみたいにはなれないでしょうけど、

せめて人並みになってくれればいいと思うわ」

「お前が言うんだから本当なんだろうが、あまりそこに拘りすぎるなよ」

 

 ハチマンは、今までユキノが胸絡みの話題で、

何度も激発していた光景を思い出してそう釘を刺した。

だがユキノは最近見られる傾向なのだが、以前よりもその事には拘っていないように見えた。

 

「ふふっ、私の価値はそんな所には無い、でしょう?」

「ああ、その通りだ」

「でも私がその、もう少し抱き心地のいい体型をしていたら、

やはりあなたも少しは嬉しいと思うわよね?」

「え、いや、その……」

 

 ハチマンはユキノにそう言われて面食らった。

ここでキッパリと否定してしまうのは問題があるように思えるし、

かといって肯定するのも、それはそれで問題がある気がしたからだ。

そしてハチマンは考えに考え抜いた上で、少し角度をずらした返事をする事にした。

 

「俺も男だから、確かにそれは否定しづらいけどな、でも俺は初めてお前と会った時から、

ずっとお前の事は綺麗だと思ってたし、その凛とした態度にも内心憧れていたさ、

それは絶対に間違いない」

「ありがとう」

 

 ユキノは柔らかく微笑んでそう言うに留めた。

アスナの事がある以上、理性的に振舞わなくてはいけないと、

普段から自分を戒めているのだろう。

確かにハチマンと二人きりの時は時々甘えてくる事がある。

それはユイユイも同じなのだったが、その頻度はユキノの方が少ない。

おそらく性格なのだろうが、ハチマンはそういう時、

言葉を飾らずに、正直に自分の思った事を口に出すようにしていた。

それがユキノとユイユイに対するハチマンなりの特別扱いであり、

それ故に三人の絆は強固なものとなっているのだ。

 

「さて、今は自宅だから、少し時間がかかるわよ」

「俺も自宅だから問題ない、どこか場所を決めてキットで迎えに行くわ」

「それじゃあ千葉で待ち合わせしましょうか」

「分かった、千葉だな」

「それじゃあまた後でね、ハチマン君」

「おう、後でな」

 

 そして二人は職人組に挨拶をして、ログアウトしていった。

 

 

 

「ごめんなさい、待たせてしまったわね」

「いや、それは別に構わないんだが、何故結衣がここにいるんだ?」

 

 千葉で待ち合わせといえば、八幡達にとっては当然千葉駅で待ち合わせという事だ。

そして駅前に着いた八幡を待っていたのは、雪乃と結衣であった。

 

「えへへ、実は今日、ゆきのんと一緒に出かける約束をしてたんだよね」

「え、マジか、それは悪かったな、もしアレなら優里奈あたりに一緒に来てもらうから、

二人の約束を優先させてくれてもいいんだぞ、もちろんその場合は送らせてもらう」

「大丈夫よ、実はまだ約束の時間までには結構あるのよ、ね、結衣」

「うん、実はあたしも肩がこっててさぁ、丁度良かったなって」

 

 八幡はその結衣の言葉に、雪乃がおかしな反応をするのではないかと一瞬ドキリとしたが、

雪乃はその言葉に何の反応もせず、結衣の胸をじっと見ながら平然とこう言った。

 

「そうね、結衣の胸は相変わらずですものね、それじゃあ肩もこるわよね」

「そういうゆきのんだって、最近明らかに胸が大きくなってきてるじゃん、

その年から成長するなんて、正直凄く驚いた」

「私も驚いたわ、でもあなたと比べるとまだまだよ」

「まあそうかもだけど、ゆきのんくらい細くてあたしみたいな胸だと、

多分不気味だと思うんだよね……」

「八幡君、そこはどうなの?」

「た、確かにバランスは悪いかもな」

 

 急に言葉を振られた為に、慌ててそう答えつつも、

八幡はこのやり取りを受けて、雪乃は本当に成長したんだなと感慨深く思った。

そのキッカケは、実は先ほど雪乃がゲーム内で言った、

『お前の価値はそこじゃない』という言葉のせいだったのだが、

八幡は自分の言葉を軽く考えているので、それが直接の原因だとは理解していない。

 

「そう、つまりクルスの体はバランスが悪いという事でいいのね」

 

 そこで雪乃が冗談めかしてそう言った。

 

「え?あ、いや、マックスも確かに細いけど、別にバランスが悪いと思った事はないぞ」

 

 その返事に二人は何故か軽く目を見開いた。

 

「あの子が細い、か、まあ確かにそうなのだけれど」

「ね」

「な、何だよ、別におかしな事は言ってないだろ?」

「なるほど、やっぱりあの子って徹底してるのね、そういう所は見習うべきなのかしら」

「かもね、正直びっくりだよね」

「お前らは一体何の話をしてるんだ?」

 

 そう問われた二人は顔を見合わせ、よく事情が分かっていない八幡にこんな説明をした。

 

「えっと、最近のクルスは普段はかなり地味で、

体型もどちらかというと太く見えるくらいなの」

「まあ一部の人にはそんな事は無いってバレちゃってるみたいだけどね、

前ヒッキーがクルスの学校に行った時さ、クルスは凄くおめかししてたんでしょう?」

「普段のあいつを知らないからよく分からないが、普通に美人だと思ったのは確かだな、

もしかして普段は違うのか?」

「あの日からは違う、と言うべきでしょうね、

あれからクルスに告白してくる男子が異常に増えて、

それを全て断った上で、あの子は自分をとにかく地味に見せるように、

普段から色々と工夫するようになったわ。

おかげで男子からの告白は、今はもうほぼ皆無に等しいらしいわね」

「そうなのか?俺からしたら、まったく変わったようには見えないんだが……」

 

 そう困った顔をする八幡に、二人はこう断言した。

 

「それはあなたの前でだけよ」

「化粧まで工夫して、その上体型も隠して、とにかく自分を地味に見せようとしてるよね」

「そうだったのか……」

 

 いつもこれでもかという風にアピールしてくるクルスの姿を思い浮かべ、

八幡は心底驚いたようにそう言った。

 

「どう?男冥利に尽きるでしょう?」

「というか、そこまでさせちまって申し訳ないなとしか……」

「それはいいんじゃないかな?クルスが自発的にやってる事だし」

「それはそうかもしれないけどよ……あ、まさかお前らも……」

 

 八幡は思わずそう言ったが、その言葉は要するに、

雪乃と結衣が、自分の事を好きだと信じきっていないと出てこない発言である。

八幡はその事を分かっていないが、二人はしっかりとその事を理解しており、

二人は満面の笑みで八幡にこう答えた。

 

「そんなの当然じゃん」

「私達も、それなりに工夫はしてるわよ」

「何か悪いな、色々と迷惑をかけているみたいで……」

「ううん、気にしないで頂戴」

「そうそう、逆におしゃれにまったく気を遣わなくていいのって、凄く楽なんだよ!」

「ならいいんだが……」

 

 そんな八幡の反応に、二人は内心喜んでいた。

八幡がちゃんと自分達の気持ちを理解してくれていると思ったからだ。

二人は一瞬顔を見合わせて微笑んだ後、両方から八幡の手を引いて言った。

 

「それじゃあ行きましょうか、アルゴさんがお待ちかねでしょうしね」

「うん、ヒッキーのマッサージの腕にも期待してるからね、

ちゃんとしたお店に行けばいいのかもだけど、

マッサージしてくれるのが女の人ならいいんだけど、

万が一変な男の人に体を触られるのは嫌だしさぁ」

 

 普通女性のマッサージは女性が行う為にその心配は無いのだが、

結衣は敢えてそう言う事で、八幡の義務感を煽ったのである。

結衣は結衣で、そういった駆け引きをしっかりと駆使出来る大人の女になっているようだ。

案の定八幡は、その結衣の狙い通りに自分がやらねばと思ったらしい。

 

「そうだな、それじゃあ行くか、しっかりと体のこりを解してやるからな」

「ええ、お願いね」

「凄く楽しみだなぁ」

 

 こうして三人は、アルゴの部屋へと向かう事となったのだった。




アルゴが「ねぎらエ」と言った瞬間から、キャラが勝手に暴走しだしました。
最初の予定とは全然違うんですよね、何故こうなったのか………orz


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第688話 尊厳との戦い

ただ今各キャラが絶賛暴走中です!


「ねぇ、せっかくだから、優里奈ちゃんも誘ってみる?

ここまで来て誘わないのもどうかと思うしさ」

 

 マンションに着いた直後に放たれたその結衣の言葉に、八幡は確かにそうだなと同意した。

 

「そうだよな、親代わりとしての責任もあるし、その辺りはしっかりしないとな」

「うん、それじゃあ優里奈ちゃんに聞いてみよっか」

 

 だが残念な事に、優里奈はどうやら今は留守にしているようだ。

この場合の残念というのは、優里奈にとって、という意味である。

 

「いないみたいだね」

「まあ約束してた訳じゃないからな、それじゃあアルゴの部屋に行くか」

「うん!」

「アルゴさんの部屋に入るのは初めてね、というかいきなり尋ねてしまっていいのかしら」

「それならさっき伝えておいたぞ、もっとも結衣の事はまだ伝えてないが、

まあ雪乃がオーケーなんだったら問題ないだろ」

「もし駄目だったら、ゆいゆいがアルゴさんに嫌われているという事になるわね」

 

 雪乃のその冗談に、結衣は本気で涙目になった。

 

「ちょっとゆきのん、冗談でもそういう事は言わないでよ、不安になるじゃん!」

「ごめんなさい、多分大丈夫よ、多分ね」

「ゆきのん言い方、言い方!」

 

 そして八幡は、アルゴの部屋のインターホンを押した。

 

「中が散らかってたら、最初は片付けをしないとだな……」

 

 直後にアルゴが部屋の扉を開けて顔を出し、結衣の顔を見たのだが、

アルゴは特に何も言わず、そのまま三人を家の中へと誘った。

 

「待ちくたびれたぞハー坊、ささ、みんな中に入ってくれヨ」

「ふう……良かった……」

「何が良かったんだゆいゆい?気になるじゃないかヨ」

「あ、えっと、ここで断られたら、あたしがアルゴさんに嫌われてるんだって、

ゆきのんに散々脅かされたからさ……」

「んな訳ないだろ、さあ、さっさと三人で天国に行っちまおうゼ」

「うん、そうだね!」

「お邪魔します」

 

 そのアルゴの別の意味での不穏な言葉に、八幡は一瞬顔をしかめたが、

特に深い意味は無いだろうと思い直し、そのまま中に入った。

アルゴはこういった思わせぶりな言い回しを、面白がってわざとする事が多いからだ。

中に入ると、アルゴの部屋は八幡の予想とは違い、まったく散らかってはおらず、

むしろ物の少なさに驚くくらい、綺麗な状態であった。

 

「おお……」

「ハー坊、どうしタ?」

「いや、予想以上に綺麗な部屋だと思ってな、それに結構物が少ないんだな」

「まあハー坊のせいで疲れてるから、帰ってからは寝るだけだしナ」

「う……何かすまん」

「いいっていいって、その分たまにこうして労ってもらうからナ」

「ああ、しっかりと疲れを取らせてもらうさ」

 

 八幡は義務感にかられてそう言った。

先ほどの結衣の作戦は、どうやら大成功のようである。

 

「さて、誰からやる?」

「そうだな、順番を決めたり楽な格好に着替えたりしたいから、

ちょっとここで待っててくれるか?オレっち達はちょっと寝室で色々と相談するワ」

「分かった、決まったら呼んでくれ」

「悪いなハー坊」

 

 そして三人は寝室に消えていき、八幡は三人にどういった施術をするか真剣に考え始めた。

 

「三人ともとりあえず肩こりがひどいらしいから、肩をしっかりと揉み解すとして、

アルゴは座り仕事が多いから、おそらく腰も何とかしないと多分やばいな、

雪乃と結衣はその辺りは問題無いとは思うが、

こればっかりは触って確認してみないと何ともだな……」

 

 八幡にとって、女性の肌に直接触る事は、通常は躊躇われる事であったが、

今回は結衣の作戦のせいで、八幡が義務感に燃えていた為、

その八幡の躊躇いはかなり軽減されている。

一方寝室に入った三人は、示し合わせたように水着に着替えている真っ最中であった。

 

「二人とも水着を用意してきたんだな、まあオレっちもそうだから人の事は言えないけどナ」

「というか、他に何も思い浮かばなかったというのが正しいのかしらね、

さすがに下着姿、もしくは全裸でマッサージしてもらうというのは問題があると思うし」

「あたしはそれでもいいかなってちょっと思っちゃってた……

こんな機会滅多にないし、まあ結局水着にしたんだけど」

「まあさすがにあからさますぎると引かれちまうだろうし、

バランス的には丁度いいんじゃないカ?」

 

 アルゴもその結衣の言葉に頷きつつ、何か気になったのか、二人にこう質問してきた。

 

「しかしハー坊の奴、随分と素直にオレっち達の好きにさせてくれたよな、

最悪オレっち達が全員裸で現れる可能性もあったと思うんだがなぁ、

もしかして雪乃が何か言ったのカ?」

「それなら多分、ゆいゆいの一言だと思うわ」

「ゆいゆいの一言?どんナ?」

 

 アルゴは意外そうな顔で結衣にそう尋ねてきた。

 

「えっとね、本職にやってもらってもいいんだけど、

もし相手が変な人だったらやだなって、その、遠まわしに今後もお願いってつもりで、えへ」

「なるほど、それが別の意味で作用したって訳カ」

「うん、多分ね」

「それじゃあ多少露出を増やしても問題ないカ?」

「でもこれ以上布地を減らしても、あんま変わらなくない?」

「確かにそうだな、あとは水着をずらすなりで工夫するしかカ」

「そうなると、大事なのはトップバッターという事になるわね」

 

 その言葉にアルゴと結衣は頷いた。

 

「ここまではセーフっていう線引きをしないとだしね」

「そうなると適任は……」

「オレっちか雪乃って事になるか、正直ゆいゆいはトップにするにはエロすぎるからナ」

 

 アルゴがハッキリとそう言い、雪乃もそれに同意した。

 

「そうね、同じ露出具合でも、そのエロさに八幡君が構えてしまう可能性があるわね」

「二人とも、エロいとか言わないで!」

「それじゃあトップは私が行くわ」

 

 そこで雪乃が手を上げてそう言った。

 

「私はアルゴさんほど、八幡君の観察に自信がある訳じゃないから、

最初は少しずつ様子を見ながらアルゴさんからサインを出してもらって、

それでギリギリのラインを見極めるのがいいんじゃないかしらね」

「なるほど、それはいいかもしれないナ」

「あたしもその方がいいかも、実際に見ながらの方が、

どのくらいまでがセーフなのか把握しやすいしね」

「よし、それじゃあその線でいくカ」

「オーケーよ、頑張りましょう」

「頑張ろうね!」

 

 こうして三人は順番を決め、八幡を寝室へと招き入れた。

雪乃はあらかじめベッドに横たわって待機していた。

これは八幡が三人の水着に対して抱く印象を、少しでも大人しめに見せる為の演出である。

 

「最初は雪乃か、よし、それじゃあ真面目にやらせてもらうわ」

「お願いするわね八幡君、特に肩と腰をお願い、本当につらいのよ」

 

 ここぞとばかりに雪乃はそうアピールし、八幡の脳内を完全に治療モードへと変えた。

 

「任せろ、普段世話になってる分、その償いのつもりでしっかりやるわ」

「償いなんて必要ないわ、こうして気にかけてもらえるだけで十分よ」

「そうはいかないさ、その……本当にみんなには感謝してるんだ」

 

 その言葉だけで三人はお腹いっぱいなくらい幸福感を感じていたが、

それだけで済ますにはこのチャンスはもったいなさすぎた。

そして雪乃はあくまでも自然さを装い、八幡にこう言った。

 

「この水着の背中の紐、少し太くてちょっと気になるのよね、

もし嫌じゃなかったら、施術にも邪魔だろうし外してくれると嬉しいわ」

「分かった、別に見えちゃいけない所が見える訳じゃないし、外させてもらうわ。

確かにこの太さだと少しやりにくいしな」

 

 その雪乃の仕込んだ小技に、二人は心の中で惜しみない賞賛を送った。

 

(雪乃、ナイス!まさかそこまで考えて水着を選んでくるなんてナ!)

(さっすがゆきのん、我らが副長!)

 

 そして遂に八幡のマッサージが開始された。

 

「一番やばいのはやっぱり肩か?」

「そう思っていたのだけれど、今横になってみて感じたのは、

最近ちょっとデスクワークが多かったせいか、腰の方がより重いように感じるわ、

高校の時は何故平気だったのか分からないくらいにね」

「高校の時か……そういや確かに授業中はずっと座ってた訳だし、

放課後も雪乃は部室でずっと座って本を読んでたよな」

 

 そう言いながら八幡は、平然と雪乃の腰に手を当て、色々探り始めた。

その視線は目の前の雪乃の腰を見ているようで見ていない。

どうやら昔の事を思い出しているようだ。アルゴと結衣はその事に気付き、目を見張った。

 

「んっ……い、今考えると、学校にいる時間の半分以上は座っていた訳じゃない、

それなのに……あんっ……あの頃は腰が痛くなる事なんてまったく無かったわよね。

あ、もう少し下の方が結構痛むのだけれど」

 

 雪乃はアルゴが出すサインをこっそり見ながらそう付け加えた。

 

「だな、そう考えると、高校生くらいの年の時って体の構造が謎すぎるよな、

何であんな固い椅子に長時間座ってても平気だったんだろうな」

 

 八幡の視線は微妙に定まっておらず、

アルゴと結衣の、雪乃に対する評価は天元突破し、天井知らずとなっていた。

 

(凄い凄い、完璧にヒッキーの意識を逸らしてるね)

(思い出補正って奴だな、さすがとしか言いようがないよナ)

 

 そしてアルゴはまだいけると判断し、雪乃にそうサインを出した。

 

「そうなのよね……んっ……今同じ事をしろと言われても、んっ、あっ、

絶対に無理……だと……んあっ……断言……出来るわ」

 

 だが雪乃はそれ以上の事を要求する事をしなかった。

声からすると、どうやらかなりやばい状態らしい。あの冷静な雪乃からしてこれである。

二人は八幡の手元を注視しつつ、それに対する雪乃の反応を見て戦慄した。

 

(嘘、今ってまだそこまで際どい位置じゃないよね?)

(あの雪乃の反応……あの程度でも相当やばいって事だナ)

 

 二人はそれ以上の要求を雪乃にしてもらう事を諦め、

ただただ自分の番が来た時に備え、八幡の手技をその目に焼き付ける事しか出来なかった。

 

「はぁ、はぁ……あ、あとは八幡君が色々触って確かめてみてくれるかしら、

じ、自分では分からない所がこっているかもしれないのだしね」

「分かった、痛かったら直ぐに言ってくれな」

「ありがとう、相変わらず、や、優しいのね」

「俺は別に優しくなんかないけどな」

「そういう所は変わらないわね」

「どうだろうなぁ」

 

 雪乃は息も絶え絶えな状態になりながらも、後の二人の事を考え、

先鋒たる役目を果たそうと、根性を出してそう言った。

 

(ゆきのんが尊い……)

(心から尊敬と感謝の念を送るゾ……)

 

 この頃には八幡は、完全に雪乃の体調の事を考えながらマッサージに集中しており、

おかしな邪念が入る余地はまったく無いようで、

冷静な状態なら少しは躊躇してしまうような位置にも平気で手を伸ばし、

確認するように撫でたり押したりしてきた。それによって雪乃自身も我慢の限界を超え、

八幡が本格的に体の各部を揉み解し始めるのと共に、

その体はびくんびくんとし始め、大きな声を出す事こそ我慢していたが、

その表情はとても人に見せられないような状態になっていた。

だがうつ伏せだった為、幸いな事に、八幡には気付かれなかったようだ。

 

「よし、こんな感じか、どうだ?まだつらい部分はあるか?」

「い、いいえ、凄く体が楽になったわ、ありがとう八幡君」

 

 そして雪乃はよろよろと立ち上がり、アルゴに渡された大きめのタオルを肩にかけ、

リビングから寝室に持ち込んであったソファーに腰掛けた。

 

(ごめんなさい、出来ればもっと際どい部分や、可能なら前もいきたかったんだけど)

(さすがにあれを見せられたら、そこまで要求するのは不可能だと思うから大丈夫だよ)

(今以上を求めるなら、本気で女の尊厳を捨てる覚悟をしないといけないだろうからナ)

(そう言ってもらえると助かるわ、二人とも、頑張って耐えてね)

(そう言われるとちょっと怖いナ……)

(でもまあとにかく頑張るしかないよね!)

 

 最初に雪乃がこんな感じというラインを引いてくれた為、

アルゴと結衣のマッサージに関しては、特に問題なく進む事となった。

 

「おいおいアルゴ、お前は腰の痛みが完全に慢性化してるだろ、

俺も頑張るが、それとは別に、もっと腰に負担がかからないような椅子を用意させるから、

それまではあまり無理しないでくれよな」

「それは……た、助かる、あと他に……んっ、んんっ……おかしな所は、あっ……無いカ?」

「待ってろ、今確認するからな」

 

 治療モードに入った八幡は容赦なくアルゴの体をまさぐり続け、

アルゴはそれで完璧に陥落し、結衣と交代する頃には雪乃以上に息絶え絶えとなっていた。

 

「よ、よし、ゆいゆい、交代だナ……」

 

(これは想像以上だぞ、死ぬ気で頑張れヨ)

(う、うん、頑張る……)

 

 結衣はそう気合いを入れてマッサージに臨んだのだが、

結衣は主に肩周りが一番やばかった為、出だしは思ったよりも穏やかなものとなった。

 

「ああ、やっぱり結衣は肩だよなぁ……」

 

 ここにきて八幡の顔が、初めて赤く染まった。

結衣の胸の膨らみを、横からまともに見てしまったからだ。

だが八幡はその状態から持ち直し、真剣な表情で結衣の肩を解し始めた。

これはひとえに高校時代の結衣の功績である。

あの頃の結衣はかなり無防備に八幡に胸を押し付けたりしてくる事が多く、

それによって八幡の脳には、『結衣というのはそういう生き物だ』

という情報が刷り込まれてしまったのだ。

そして結衣もまた、他の部位を八幡にチェックしてもらい、

太もものあたりがかなり張っていると指摘された。

 

「あ、た、確かに最近、よ、よく歩いてたかも」

「そのせいか、まあ大丈夫、羽のように軽くしてやるさ」

「お、お願いね、ヒッキー」

「ああ、任せておけ」

 

 そこから結衣は布団を口にくわえて必死に耐え続けた。

八幡は容赦なく結衣の体を揉み倒し、

そろそろ我慢の限界という所でやっとマッサージが終了した。

 

「はぁ……はぁ……」

「どうだ?体が軽いだろ?」

「う、うん、信じられないくらい全身が軽い」

「肩はどうだ?」

「全然痛くない!凄いよヒッキー!」

「そうだろうそうだろう、やばかったらいつでも言ってくれ、俺がなんとかしてやるから」

「うん、お願い!」

 

 こうして三人は、最初にアルゴが言った通りに天国に連れていかれた。

雪乃と結衣は、家まで送るという八幡の申し出を断り、

三人で簡単な女子会をするという理由をつけてアルゴの家に居残った。

実際は腰砕けになってしまい、まだ動けなかっただけであり、

復活までにはかなりの時間を要する事だろう。

そして八幡は三人に挨拶をすると、そのまま自分の部屋へと向かった。

これはアスカ・エンパイア絡みの話を優里奈とする為である。

 

「凄かったわね……」

「凄かったね……」

「正直何度も女の尊厳を失いかけたゾ……」

「うん……」

「表情を見られてたら、完全にアウトだったわね」

「あれを正面からもしてもらってるアーちゃんは正直化け物だナ」

「色々と自重しないでいいなら楽なのだけれど」

「まあその辺りはいずれボスが何とかしてくれるだロ」

「そういう未来が来ればいいよねぇ」

 

 一方その頃、八幡から連絡を受けた優里奈は、

八幡の部屋に向かう前に明日奈に連絡を入れていた。

 

『優里奈ちゃん、アルゴさんは計画通りに八幡君を家に呼んだ?』

「はい、バッチリでした!」

『そう、さりげなくアルゴさんにその事を勧めた甲斐があったよ、

最近ちょっと煮詰まってた感じだったから、

この辺りでストレスを発散させておかないといけないって思ったんだよね。

で、同行者は誰かいたの?それとも優里奈ちゃんが?』

「アルゴさん以外に雪乃さんと結衣さんが来たので、

最初の計画通り、私は居留守を使いました」

『三人なら何も間違いは起こらなかっただろうね、うん、計画通り!』

「ですね、いいガス抜きになったと思います、

しかし明日奈さんも大変ですよね、そういった部分にも気を遣わないといけませんし」

『八幡君を他の人に取られたくないから必死なだけだよ、

もっともその努力がいつか無駄になるかもしれないけど、

それならそれでみんな一緒なら毎日楽しいと思うしね。

とりあえず優里奈ちゃんも、この機会に八幡君にマッサージをしてもらうといいよ、

二人きりになっちゃうのも優里奈ちゃんなら許すし、多少羽目を外しても目を瞑るからね』

「ありがとうございます、明日奈さん」

 

 どうやら今回の黒幕は明日奈であり、これもガス抜きの一環であったようだ。

こういった根回しがしっかり出来るが故に、明日奈の正妻としての地位は磐石なのである。

そして明日奈との通話を終えた優里奈は、軽い足取りで八幡の部屋へと向かった。



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第689話 優里奈の望みは

 優里奈は八幡の部屋の前に立ち、一応インターホンのボタンを押した。

当然合鍵は所持しているのだが、親しき仲にも礼儀は必要だと考えたからである。

 

「優里奈か?遠慮せず合鍵で中に入ってくれ」

「はい、分かりました」

 

 そして優里奈は合鍵を使って中に入った。当然安全の為にも施錠は忘れない。

 

「八幡さん、何かお話があるという事でしたが……」

「おう、きっと聞いたら優里奈も驚くぞ……って、どうした?肩でも痛いのか?」

 

 その言葉通り、優里奈は少し肩を気にするようなそぶりを見せていた。

当然演技も入っているのだが、半分は本気である。

それもまあ優里奈の体型なら当然であろう。

 

「いえ、あの、何でもないので……」

「何でもない事はないだろ、まさか怪我をしたとかじゃないだろうな」

 

 八幡はおろおろしたようにそう言った。

そんな八幡の様子を見て、優里奈は少し心が痛んだが、

この時はそれ以上に八幡に甘えたいという気持ちが勝っていた。

せっかくの明日奈の好意であり、優里奈自身も八幡の事が大好きな為、

こういうチャンスは確実にものにしたいのだ。

普段は控えめで大人しい優里奈にも当然欲はあり、

その中で今一番大きいものが、もっと八幡に愛されたい、もっと触れられたいという、

年頃の女の子に相応しい欲なのであった。

 

「いえ、えっと、これはまあ前からなんですが、肩の具合が少し……」

「ああ……優里奈はスタイルがいいから、まあ当然そうなるか……」

 

 八幡はかなり婉曲な表現を使ってそう言った。

年頃の娘的存在を持つ親的な八幡にとっては、

下手な表現を使って優里奈に嫌われる事が、一番恐れる事なのである。

だが他ならぬ優里奈自身が、そんな八幡の気遣いをぶっちぎってストレートにこう言った。

 

「はい、胸が大きいとどうしても肩こりがひどいんですよね……」

「おい、俺の気遣いをあっさり無にするな。まあでも結局原因はそれなんだよな」

 

 八幡は面食らいながらも優里奈に合わせてそう言った。

このぐいぐいくる感じが、本来の優里奈の持ち味である。

この辺りが理央や香蓮とは正反対であり、詩乃と共通する部分であろう。

 

「あ~、優里奈が嫌じゃなかったら、俺がマッサージをしてやってもいいんだが」

 

 そして優里奈が待ち望んでいた言葉が八幡の口から飛び出した。

正直不満な部分もあったが、優里奈は喜んでその言葉に飛びついた。

 

「はい、是非お願いします!でも一つだけいいですか?

私が八幡さんに触られて嫌な部分なんてありませんから、

そんな事は気にしなくていいんですからね」

 

 不満とはつまり、そういう事である。

更に言うと、内容をよく考えると実はかなり危険な発言であった。

だが八幡はその発言について深く考える事もなく、反射的に優里奈に謝った。

 

「わ、悪い、年頃の美人で気立てがいい娘を持つと、

どうしても嫌われたくないって気持ちが先に立っちまうんだよな、

そもそも俺は、親代わりをするにしてもまだちょっと未熟すぎるからなぁ……」

「八幡さんは未熟なんかじゃありません、私にとってはとても大切な人です!」

 

 優里奈はそう言ったが、それは親としての在り方とは違う視点で放たれた言葉である。

だが好き嫌いという視点だけで言えば、それは極上の好意を示しており、

八幡はやや赤面しつつ、その場の雰囲気を誤魔化すようにこう言った。

 

「それじゃあとりあえず寝室に移動して、横になってもらってもいいか?」

「はい、寝室ですね」

 

 優里奈はその言葉に素直に従い、寝室へと向かった。続けて寝室に入った八幡は、

ベッドに座った優里奈が八幡の存在を気にせず、平気な顔で服を脱ぎ始めた為、

慌ててそこから目を背けた。

 

「ゆ、優里奈、とりあえず準備が出来たら声をかけてくれな」

 

 その数秒後、優里奈は八幡にこう返事をした。

 

「はい、出来ました」

「おおう、早いな、それじゃあ……」

 

 そこには上半身裸の優里奈が座っており、八幡は再び目を背けた。

ちなみに下半身にはバスタオルが巻かれており、その下がどうなっているのかは分からない。

 

「ゆ、優里奈、そのままうつ伏せでベッドに横になってくれ」

「あっ、そうでしたね、すみません」

 

 そんな八幡の態度を見て、優里奈は今はこれくらいにしておいてあげようかなと、

ペロっと舌を出した。今日はいつもと比べてより小悪魔的な優里奈である。

 

「準備が出来ました」

「よし、それじゃあちょっと、どこがこっているか調べてみるからな」

「お願いしますね」

 

 そう言って八幡は、本丸である肩周辺に手を当て、軽く揉みほぐし始めた。

 

「うっ、ん……八幡さん、やっぱり相当こってますか?」

「そうだな……正直大変だよな、とは思うわ」

 

 八幡は直接的な表現は避け、遠まわしにそう言った。

 

「やっぱりまめに揉んでもらうしかないんですかね」

「う~ん、まあやっぱりそれが一番なんだろうな」

「それじゃあ私には八幡さんがいてくれるから、一生安心ですね」

「そうだな、まあ時間がある時に、俺がまめに肩のこりを解してやるさ」

 

 こうやって日々、八幡は言質をとられていくのである。

 

「学校の方はどうだ?何か問題はあるか?」

「特に何も問題はありませんよ、

ちゃんと毎日地味で胸が目立たない格好をしていますから安心して下さいね」

「い、いや、勉強とか部活とか、そっちの事を聞いてるんだが」

「そっちですか?八幡さんが一番心配してるのは、私の格好の事だと思ってましたけど」

「う……ま、まあそっちも心配してるのは確かだが……」

 

 八幡はしどろもどろでそう答えつつも、しっかりと肩のマッサージを終えた。

 

「どうだ?肩が軽くなっただろ?」

 

 そう言われた優里奈は手で胸を隠し、もう片方の手をぐるぐるさせた。

 

「本当だ、凄いです八幡さん、肩が凄く軽いです!」

「そ、そうか、うん、それなら良かった」

 

 八幡は優里奈の体を直視しないようにそう言ったが、

それをいい事に優里奈は八幡の隙を突き、裸のまま八幡に抱きついた。

 

「ありがとうございます八幡さん!これからも宜しくお願いしますね!」

「わっ、ちょっ、落ち着け優里奈、とりあえず他の所もチェックするから、

また横になってくれ、な?」

「はい、八幡さん、私今、とっても幸せです!」

 

 そう言って優里奈は最後の仕上げとばかりに八幡の首筋にキスをし、少し舌を這わせた。

明日奈の許可との兼ね合いで、口はアウトだと判断したからであったが、

何故頬にしなかったのかというと、そっちの方が八幡が焦ると思ったからであった。

 

「お、おい、優里奈!」

「日ごろの感謝の気持ちですよ、それじゃあ続きをお願いします」

「お、お前な……」

「ふふっ、ただのいたずらですってば」

「はぁ……」

 

 八幡はどぎまぎしながらも、そのまま優里奈の体のこり具合をチェックし始めた。

他の部分のこりはそうでもなかったが、ふくらはぎだけが多少張っている感触があった。

 

「若干足が張ってる感じがするな」

「女子高生は歩くのが仕事ですからね!」

「い~や、勉強が仕事だ、ちゃんと勉強してるか?」

「はい、成績上位をちゃんと維持してますよ!

環境が変わったせいで成績が落ちたとか言われたくないですからね」

 

 それはひとえに八幡の評価を下げたくないという優里奈の意地でもあった。

今が幸せであり充実していると証明する為に、優里奈は日々努力しているのだ。

 

「そうか、それならいいが、でも優里奈はもっと好きに生きてもいいんだからな」

「好きに………ですか?」

 

 その瞬間に優里奈の瞳が蠱惑的に光った。

 

「ああ、優里奈の事はソレイユの次期幹部候補生育成プロジェクトに登録してはあるが、

優里奈が何かやりたい事があるならその道に進んでくれてもいい。

俺はお前がどんな進路を選択しようと援助を惜しむつもりはないし、

最大限その決断を尊重するつもりでいる」

「…………さん」

「ん?」

 

 その時優里奈が小さな声で呟いた。

 

「悪い、よく聞こえなかった、今何て言ったんだ?」

「八幡さんのお嫁さん、と言いました」

「いっ!?」

「どんな進路を選択しても援助してくれて、尊重してくれるんですよね?

それじゃあ私、八幡さんのお嫁さんになりたいです」

「い、いや、それは……」

 

 そんなしどろもどろになった八幡に、優里奈は体を起こして徐々に近付いていった。

 

「ま、待て、落ち着いて話し合おう、きっと話せば分かる、そうに違いない」

「何かを話したとして、私がその内容に納得しますかね?」

「う……」

 

 八幡は、そのいつもとは違う優里奈の迫力にたじたじとなった。

いや、思い返せば過去にも何度かそういう事はあった。

だが今回のそれはいつもとは違う気がする。八幡は優里奈の方をじっと見つめ、

それで改めて優里奈の胸が完全に見えてしまっている事に気が付き、

懇願するように優里奈に言った。

 

「なぁ優里奈、せめて胸を隠してくれ……」

「そうですね、それじゃあバスタオルを上げて隠しますね」

「えっ?」

 

 その瞬間に、八幡の虚を突くように優里奈が下半身に巻いていたバスタオルを上げた。

 

「うわっ」

 

 八幡は思わず悲鳴を上げたが、どうやら事前に服の下に着ていたのだろう、

優里奈はバスタオルの下に水着を着ており、

八幡は心の底から安堵したようにため息をついた。

 

「お、驚かせるなよ……」

「ふふっ、もしかして、私が全裸だと思っちゃいましたか?」

「あ、ああ、まんまと騙されたわ」

「まあ冗談はこのくらいにして……」

「冗談!?冗談だと!?」

 

 優里奈がさらっとそう言った為、八幡は完全に脱力した。

 

「当たり前じゃないですか、最近八幡さんにあまりかまってもらえてなかったから、

ちょっと仕返しをしてみただけです」

「い、いや、その、すまん………」

 

 とは言ったものの、実際優里奈はかなり本気であった。

だがそれは明日奈に許可された範囲を十分意識した上での本気である。

何故なら優里奈の幸せの中には明日奈の存在も含まれており、

ここでごり押しして明日奈を失うような事は、優里奈はしたくなかったからだ。

だが自分が娘のような扱いばかりされてしまうのは防ぎたかった為、

きっちりと女としての自分を八幡に意識させたという訳であった。

 

「さて、それじゃあマッサージの続きをお願いしますね」

「お、おう、分かった」

「でも八幡さん」

「ん?」

「さっきわたしの胸を見ましたよね?」

 

 それで思い出してしまったのか、八幡の心臓がドキリと波うった。

 

「う……あ、あれはあれだ、年頃の娘のいる家庭では稀によくある事だ」

「もうわたし、お嫁には行けませんね、でもまあ望むところです」

「ほ、本当に冗談なんだよな?」

「ふふっ、八幡さん、わたしって実はかなり重くて面倒臭い女かもしれませんよ?」

「もう勘弁してくれ……」

 

 八幡はそう言ってギブアップという風に両手を上げた。

 

「じゃあその分しっかり私の体を揉み解して下さいね、

もちろん全身ですよ、当然前もですよ」

「む、胸はちゃんと隠してくれよな……」

「はい!」

 

 こうしてマッサージが再開され、優里奈は自分の体がかつてない程に軽いと感じていた。

 

「凄い凄い、さすがは八幡さんです!

先生、今のうちに次のマッサージの予約をしたいんですけど!

そうですね、それじゃあ三日後くらいにしましょうか、はい!」

「何だその小芝居、テンション高いなおい……」

 

 そう言いながらも八幡は、優里奈の全身をきっちりと揉み解した。

 

「まあこんなもんかな」

「ありがとうございます!それじゃあリビングで一家団欒でもしましょうか」

 

 優里奈は服を着ながら八幡にそう提案した。当然八幡は優里奈の方は見ていない。

 

「一家って、今は俺達二人しかいないけどな、まあそうするか」

「とりあえず愛情のたっぷり詰まったコーヒーを入れますね、いつものでいいですか?」

「おう、甘いやつな」

「はい、甘いやつで!」

 

 

 

 そして二人はリビングで向かい合い、ずずっとコーヒーをすすった。

 

「ふう……」

「さて、それじゃあお話を聞かせて下さい」

「話?何の話だ?」

「もう、八幡さんは、私が驚くような話をする為にここに来たんですよね?」

「あっ」

 

 八幡はそれで本来の目的を思い出し、優里奈に説明を始めた。



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第690話 あやかし横丁

「優里奈はトラフィックスの事は当然知ってるよな?」

「はい、ALOとGGOからログイン出来る宇宙船ですよね?」

「宇宙船……優里奈の中ではそういう認識なのか」

「あれ、違いましたっけ」

「いや、まあそんな感じのイメージでいい。で、そのトラフィックスがな、

今度アスカ・エンパイアに寄港する事になったらしい」

「そうなんですか!?」

「おう、先方の強い要望で実現する事になったそうだ」

「いつ頃ですか?」

「もう少し先らしいが、多分来月半ばくらいだと思うぞ」

「それならすぐですね!」

 

 優里奈はわくわくしたような顔でそう言った。

優里奈もいずれはヴァルハラ入りする事になるのだろうが、

今は一人でアスカ・エンパイアをプレイしている。

それが優里奈の意思だったとはいえ、やはり時々寂しくなるのだろう。

 

「ゲーム内で皆さんにお会い出来るなんて、凄く楽しみです!」

「あ~、まあうちは目立つ分敵も多いから、その辺りは十分注意してな」

「大丈夫ですよ、私、結構強くなりましたから!」

「真面目に鍛えてるんだな、えらいぞ優里奈」

「えへへ」

 

 優里奈はそう言って八幡の方に頭を差し出してきた。

 

(これは撫でろって事なんだろうなぁ)

 

 八幡はそう思い、そのまま優里奈の頭を撫でた。

 

「撫で撫で頂きました!」

「やっぱりテンション高いなおい!」

「八幡さん、私、最初は正体を隠して、サプライズで私バレしてみたいです!」

「ほうほう、それは面白いかもしれないな」

「ただいまアイデアを募集中です!採用された方にはもれなく私をプレゼント!」

「それってそもそも俺しか応募しないよな……?」

「まあもう私はとっくに八幡さんの物なんですけどね」

「だから何でそんなにテンションが高いんだよお前は……」

 

 八幡は苦笑したが、優里奈がやる気になっているのは間違いない為、

そこに水をさすような事を言うつもりはまったく無かった。

 

「で、正体を隠すってどうやるつもりだ?」

「変装します、あ、当日はこの胸当てを外してもいいですよね?」

「う~ん、まあこういう時くらいは別にいいか、で、どんな変装をするつもりだ?」

「そうですね、アイデアを引き続き募集中です!」

「ああ悪い、そういえばさっきそう言ってたな、ふ~む、ゲーム内で変装なぁ……

でもナユタの顔を知ってる奴は誰もいないんだから、

別に普段の格好でも問題ないんじゃないか?」

「あ、そういえばそうですね、でもなぁ、う~ん……」

 

 どうやら優里奈はまだ変装に拘っているようだ。

 

「他の奴らがナユタを優里奈だと最初から認識してるなら変装する意味もあるだろうが、

誰も知らないんだから、いつもの格好を少し派手にするくらいで十分なんじゃないか?」

「そういえばそうですね、それじゃあアイマスクをつけて……」

「あ、髪型はちょっといじらないと駄目だな、完全にリアルと一致してるからな」

 

(それと体型とでバレる可能性があるからな)

 

「確かにそうですね、ちょっと考えてみます」

「まあほんの少し変えるだけでも大分違う印象で見えるから、工夫してみるといい」

「そうですね、それじゃあ早速アスカ・エンパイアに行きましょう!」

「え、今からか?」

「はい、今からです!」

「それじゃあここからFGでログインするか、

いや、そういえば丁度シャナが今何も持ってない状態だったな、そっちにするか」

「え?そうなんですか?」

「おう、場合によってはシャナで、

ALOとGGOのイベントに参加する可能性もあると思ってな」

「ああ、戦闘スタイルの問題でですか」

「そんな感じだ、とりあえずシャナでログインして情報屋FGに行くわ」

「それじゃあ私も情報屋FGに行きますね」

 

 二人はそう言って、並んでベッドに横たわってログインした。

ちなみに八幡に先にログインさせ、少し遅れて優里奈が、

八幡の手をしっかりと握ってからログインしたのはまあご愛嬌であろう。

 

 

 

「シャナさん、お待たせしました!」

「おう、それじゃあ早速買い物に行くとするか、

とはいえ俺は、どこに店があるのかなんてまったく知らないけどな」

「あ、それなら最近あやかし横丁っていう新しい街が出来たみたいなんですよ、

まだ商店街しかないんですけど、いずれ百物語ってイベントが導入される予定なんですよね」

「ほうほう、それじゃあ試しにそこに行ってみるか。

いい物が無かったら、別の場所に行けばいいだけだしな」

「はい!」

 

 そして二人は店を出て、並んで歩き出した。

だが繁華街に近付くにつれ、ナユタはやや困ったような顔をしだし、

少し迷うようなそぶりを見せた後、突然こう言いだした。

 

「あ、あの、えっと、シャナさん、手を繋いでもいいですか?」

「それくらいなら別に構わないが……その表情だと何か理由がありそうだよな」

「ありがとうございます、繁華街だと結構初心者が多くて、

私に声をかけてくるプレイヤーの比率がグンと上がっちゃうんですよね」

 

 その言葉にシャナは、こめかみをピクリとさせた。

 

「ほう、以前ちょっと暴れたくらいじゃ、まだ足りなかったみたいだな」

 

 その言葉通り、以前八幡は、わざわざハチマンをコンバートさせ、

ナユタにまとわりつく男共をたった一人でボコボコにした事がある。

 

「ちょ、ちょっと?」

 

 その瞬間にナユタは、口をあんぐりと開けながらシャナにそう言い、

シャナは首を傾げながらナユタに聞き返した。

 

「ちょっとだよな?」

「あれがちょっと……ま、まあ私としては、

あれから煩わしい人が減ったんで良かったんですけど……」

 

 ナユタは何ともいえない表情でそう言うと、何故かシャナに頭を下げた。

 

「え~っと……ごめんなさい、言葉が足りませんでした。

さっきの言葉にはまだ続きがあるんですよ」

「そうなのか?俺こそ早とちりしちまったみたいだな、すまん」

「いえ、それじゃあ説明を続けますね。

で、私が声をかけられるじゃないですか、そうすると、

二次被害を恐れて周りのベテランの人達が止めてくれるんですけど……」

「二次被害って何だ?」

 

 シャナはその言葉にきょとんとした。

 

「その、前にハチマンさんが……」

「ハチマン?それはリアルの俺の事じゃなくて、キャラの事だよな?」

「あの、はい、関係ない男性プレイヤーまで、その……ボコボコに」

「えっ?ええと、確かあの時は…………あ」

 

 シャナは必死に記憶の糸を手繰り、自分が何をしたか思い出したのか、

気まずそうにナユタから目を背けた。

 

「近くにいたあいつらが悪い。で、止めてくれるとどうなるんだ?」

 

 シャナはそう抗弁し、露骨に話題を元に戻した。

 

「どうなるというか、このまま私とシャナさんが一緒に歩いてたら、

凄い数の人が私達に声をかけてくると思うんですよ、

当然その目的は、シャナさんを私から引き離す事です」

「あ、ああ~、その発想は無かったわ」

 

 要するにナユタは、シャナがナユタにまとわりついているように見られれば、

再びの二次被害を恐れる他のプレイヤーが、

次から次へとシャナを排除しようと二人に声をかけてくると言いたいのであった。

 

「それが煩わしいので、私が自発的に一緒にいるんだと分からせる為に、

手を繋いでおきたいなって思って」

「な、何かすまん」

「いいんですよ、普段は別に困ってませんから。シャナさんが一緒の時だけです」

「まあそういう事なら……」

 

 それで納得したのか、二人は仲良く手を繋いだままあやかし横丁へと足を踏み入れた。

ナユタが危惧した通り、何人かがシャナに声をかけようとするそぶりを見せたが、

ナユタの表情を見て、そのほとんどが思いとどまり、ほぼ誰にも声をかけられずに済んだ。

例外的に声をかけてきたのは、ナユタと顔見知りらしい、数人の女性プレイヤーだけである。

 

「あら、今日はデート?」

「はい、そうですよ」

「ただの付き添いです」

 

 だがそのシャナの発言はスルーされた。こう言う場合、男には発言権は無いのだ。

 

「例のあの人と違う人みたいだけど、大丈夫なの?」

「あ、大きな声じゃ言えませんが、大丈夫なんです」

「あ~、もしかして中の人が……」

 

 その女性は何かに納得したようにそう言ったが、

ナユタはそれを肯定も否定もしなかった。

ここで下手に何か言ったら、ハチマンとシャナの関係性について、

余計な噂が流れてしまう可能性も否定出来なかったからである。

 

「そっかそっか、末永くお幸せにね!」

「ありがとうございます!」

 

 その親しげな会話にシャナは、ナユタにも仲のいい友達が出来たのかと安心したが、

実際は何度か言葉を交わした程度の顔見知り程度の相手だったりする。

それが友達に見えたのは、ひとえにナユタの社交能力の賜物である。

 

「結構お店がありますね」

「こういう店ってプレイヤーがやってるのか?」

「はい、街が出来る時には事前にオークションが開かれるんですよ」

「そうなのか……商品のラインナップはと……ああ、結構色々なおしゃれ装備があるな、

ネコ耳カチューシャにエルフ耳カチューシャ?これって合成品だよな?」

「はい、AEも結構合成品の種類が多いんですよ」

「そうなのか、とりあえず色々試着してみるか」

「はい!」

 

 メイン装備まで変更するつもりはなく、プチ変装しかするつもりがなかったナユタは、

キズメルが付けている通称黒アゲハ様マスクや各種獣耳装備を楽しそうに付け、

その度にシャナと一緒にスクリーンショットの撮影をしていた。

 

「これも中々……でもこれも捨てがたい」

「まあゆっくり選ぶといい、別にどうしてもここで買わないといけない訳でもないから、

じっくりと吟味して選ぶんだぞ」

「はい!」

 

 その後もナユタは店内全ての品をチェックする勢いでうろうろと歩き回り、

とあるアイテムの前で足を止めた。

 

「これは……アイマスク?いや、目隠しですかね?」

「目隠しに見えるが、装備しても普通に視界は確保されるみたいだな、

まあ完全なネタアイテムだな」

「ちょっと装備してみますね」

「おう」

 

 ナユタはそれを手に取り、しゅるっと顔に巻いた。

 

「本当だ、普通に見えますね」

「ふむ、思い出したわ、それは昔やってたゴブリンを退治するアニメの中で、

剣の乙女が装備してた奴だわ、昔は好きだったなぁ」

 

 シャナはあくまで作品が、というつもりでそう発言したのだが、

ナユタはどうやら別の意味にとったようだ。

 

「なるほど、後で調べてみよう……」

 

 ぼそっとそう呟いた後、ナユタはこれに決めた事をシャナに告げ、

即座にその目隠しを購入した。

 

「いい買い物が出来ました!」

「そうか、良かったな」

「それじゃあとりあえず、スリーピング・ガーデンにでも行きましょうか」

「そういえば今はナユタが管理してるんだったか」

「はい、留守は立派に守ります!」

「ん~、あいつらにとっては仮の拠点だし、最終的にはあいつらはALOに来るはずだから、

あまり守ろう守ろうって気を張りすぎるなよ」

「あ、そうなんですか、う~ん、家ごとコンバート出来ればいいんですけどね」

「ふむ……」

 

 シャナはその言葉で何か思い付いたのか、一瞬考え込むそぶりを見せた。

 

「どうかしましたか?」

「いや、何でもない。それじゃあ案内してくれ、俺も一度も行った事が無いんでな」

「はい、それじゃあ行きましょうか」

 

 二人はそのまま街と街とを結ぶ街道に出た。

AEの首都であるヤオヨロズはこういった街の集合体であり、

全てが建物で埋め尽くされている訳ではないのである。

いずれはこの街道も街になるのかもしれないが、少なくとも今はそんな状態である。

 

「こっちですシャナさん」

「ん」

「きゃっ」

 

 ナユタがシャナにそう声をかけた瞬間に、シャナはいきなりナユタを抱き寄せた。

 

「だ、駄目ですシャナさん、そういうのはその、ログアウトした後で……」

「落ち着けナユタ、戦闘だ」

「えっ?敵ですか?」

「いや、今あっちの森の中に光る物が見えた、多分誰かと誰かが戦ってる」

「本当だ……こっそり見てみますか?」

「そうだな、AEの戦闘はちゃんと見た事が無かったから一度ちゃんと見てみたい。

ナユタ、一応何か俺が使えそうな武器はあるか?」

「それじゃあこの短刀を」

 

 そして二人は茂みに隠れ、その戦闘の様子を伺った。



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第691話 女忍者コヨミ

 シャナとナユタはそっと草むらに身を潜め、森の中の様子を伺っていた。

 

「あれってもしかして、忍同士の戦いってやつか?」

「そうみたいですね、結構ありますよ、推しの忍び衆同士の争い」

「推しって……それじゃあこれは、伊賀と甲賀の争いとかそういう奴か?」

「あるいは風魔と軒猿の争いかもしれませんね」

「ナユタは意外とそういうマイナー知識を持ってんのな……」

 

 シャナはナユタが何故そんな知識を持っているのか聞きたいと思ったが、

その間にその忍同士の戦いはかなり激化していた。

片方がオレンジ色の髪の少女が一人、もう片方は、屈強な男が三人という、

一見眉をひそめざるを得ない組み合わせの戦いであったが、

どうやら押しているのは女性の方のようだ。とにかくスピードが半端無いのである。

 

「あの女忍者、相当強いな」

「多分速度特化のビルドですね、スタミナさえ持てばこのまま勝ちきりそうですが……」

「心情的にはこういう場合、女忍者の方を助けるべきなんだろうな」

「でも正直正義がどっちにあるのか分かりませんよね」

「そもそも正義自体があるのかどうかも怪しいけどな」

「まあ介入する必要は無いかもしれませんね、本当に良くある事なので」

「そうなのか、まあとりあえずもう少し見物だけして、移動するとするか」

「はい、そうですね」

 

 二人はそのまま戦いの見物を続けた。

 

「あんなに小さいのにやるもんだよなぁ」

「シャナさん、それはセクハラです」

 

 いきなりナユタにそう言われ、シャナはぽかんとした。

 

「え、マジで?あの子はナユタより全然身長が低いよな?

AEではそういうのもセクハラになるのか?」

「あっ、し、身長ですね、はい、全然セクハラじゃないです」

 

 ナユタは慌ててそう言い、シャナはそんなナユタを訝しげに見つめた。

そして再びその女性に目をやったシャナは、ナユタが何の事を言っていたのか理解した。

 

「なるほど、確かにナユタと比べると小さいかもしれん」

「シャナさん、それはセクハラです」

「今度は合ってるな」

「もう、駄目ですよ、見知らぬ人の胸なんか見ちゃ。

シャナさんは私とアスナさんとハル姉さんの胸だけ見ていればそれでいいんです」

「まだテンション高いなおい、ってか、あれ?

ナユタはいつから姉さんの事をそんな風に呼んでるんだ?」

「ふふっ、秘密です」

「何だそれ、いつの間に…………」

 

 そう言いながらもシャナは、黙って頭の上に短剣を掲げた。

直後にギン!という音と共に、背後から忍び寄っていた敵が振り下ろした忍刀が弾かれ、

その敵に対していつの間に動いていたのだろう、ナユタが思いっきり掌底をくらわせた。

 

「お、いい反応だなナユタ、もしかして気付いてたのか?」

「はい、私はシャナさんの娘ですよ、当然気付いてました」

「そうか、俺はこれから一生、ナユタにこっそり背後から近付いて、

『だ~れだ』って目隠しをする楽しみが味わえないのか……」

「何故突然その話が出てくるのかは分かりませんが、

大丈夫ですよ、ちゃんと気付かないふりをしますから。ってかこれ、どうします?」

「決まってるだろ、敵対してきた奴は殲滅ってのがうちの家訓だ」

「うちの、じゃなくてシャナさんの、ですよね?」

「まあそうとも言うな」

「まあいいです、って事は私にとっては家訓って事で間違いないですからね。

それじゃあぱぱっとやっちゃいましょう」

「とりあえずどっち側か確認するか、まあ大体想像は付くが」

 

 シャナはそう言って、ナユタの攻撃を受けてすぐには立ち上がれない状態の敵を持ち上げ、

女忍者達が争っている方にぽいっと投げた。

 

「うわっ、いきなり何?ってかあんた誰?」

「さっきまではただの見物人だ、今はあんたの敵か味方のどっちかだよ、女忍者さん」

「どっちなのかハッキリしてよ、その結果次第でとんずらするから!」

「それはあんたらの返答次第だな、で、こいつはどっちの陣営のプレイヤーだ?」

「そんな奴、私は知らないわよ」

「なら決まりって事でいいのか?」

 

 そのシャナの問いに、男達は無言の攻撃で答えてきた。

だがその攻撃は全てカウンターを決められ、たたらを踏んだその三人は、

順番にシャナに蹴り飛ばされた。

 

「ヒュゥ、やるじゃないあんた」

「と言う訳で、どうやら俺達はあんたの味方らしいな」

「助かるわ!正直ちょっとやばいなって思ってた所だったのよ」

「押してたように見えたが」

「さすがに三対一だと、実際はいっぱいいっぱいだったわよ」

「そうか、それじゃあ……」

「シャナさん、ここは私が」

 

 その時ナユタがシャナの前に出た。

その瞬間にその男達は明らかにひるんだような様子を見せた。

どうやらナユタの事を知っているらしい。

 

「まずいな、こいつは例の悪魔使いだ」

「マジかよ、でも隣にいるこいつはあの悪魔じゃないぞ?」

「なら何とかなるか?こっちは今顔を隠してるからな」

 

 その言葉通り、その男達は古き良き忍者装束を身に纏っており、

その顔は目以外はまったく見えない状態であった。

 

「でも多分こいつも相当やるぞ」

「大丈夫だ、まもなく援軍が到着するはずだ」

「だってよナユタ」

「もし援軍がきたら、抑えといて下さい。その間にこの四人を私が殲滅します」

「オーケーだ、ってな訳でお前らの相手はうちのナユタだ、

俺は出ないから心配しなくてもいいぞ」

「ふざけるな!」

 

 その言葉に四人の男達は激高し、目の前にいるナユタに襲いかかってきた。

 

「死ね!」

「あなたが死になさい」

 

 ナユタはそう言って、敵の攻撃を交わしざまに、

目にも止まらぬ速さで近くの木に向かって跳躍し、

その木を蹴って、先頭にいた男の延髄に思いっきり蹴りを入れた。

 

「がっ……」

「次!」

 

 ナユタはそのまま一瞬怯んだ二番目の男の懐に入り、その鳩尾に掌底をかました。

 

「ぐはっ……」

「てめえ!」

「遅いですよ」

 

 ナユタはそう言って、いわゆるサマーソルトキックを三番目の男の顎にくらわせ、

そのまま上にあった木の枝を蹴って、四番目の男の顔面に蹴りを入れた。

まばたきする暇もない、見事な瞬殺であった。

 

「おお、やるなナユタ、凄い跳躍力だな」

「今の戦闘、どうでしたか?」

「ん、そうだな、正直驚いたな、いつの間にそんな技を身につけたんだ?」

「えっと、こういうのは全部ハル姉さんに教わりました」

「え、マジかよ、いつの間に……」

 

 シャナはその言葉に瞠目した。

優里奈と陽乃の接点がそこまであるとは思っていなかったからだ。

 

「まあその話はスリーピング・ガーデンででも説明しますね、

とりあえずこいつらにとどめをさしましょう」

「そうだな、そうするか」

 

 だがその心配は無かった。女忍者がにこやかな顔で、

倒れている四人の男に、順番にクナイを突き刺していたからだ。

 

「あ、トドメならさしといたよ!」

「お、サンキューな、手間が省けたわ」

「ううん、助けてもらったのはこっちだしね、ありがとう、二人とも」

「とりあえず敵の援軍が近付いてきてる気配がする、

倒すのは簡単だが正直めんどくさい、先に移動しようぜ」

「ん、分かった」

「それじゃあこっちへ」

 

 そして三人はナユタの案内で、スリーピング・ガーデンがある街の酒保に入る事にした。

 

「ふう、追っ手は来ないみたいだな」

「良かった良かった」

「これで落ち着けますね」

 

 そして女忍者は頭の後ろで手を組み、にこやかに言った。

 

「私の名前はコヨミ、あなた達は?」

「私はナユタです」

「俺はシャナだ」

「ふ~ん、ナユタにシャナね、ってナユタ!?悪魔使いの?」

 

 コヨミはどうやら先ほどの男達の会話は聞いていなかったようだ。

そしてそのコヨミの言葉に二人は顔を見合わせた。

 

「さっきも言ってたけど、その悪魔使いって何の事ですか?」

「だ、だってナユタって、あの戦巫女のナユタだよね?」

「あの戦巫女がどの戦巫女か分かりませんが、確かにそうですね」

「えっと、纏わりつくストーカー共を、無関係なプレイヤーも巻き添えにして、

悪魔みたいに強い男を使役してフルボッコにしたって……」

 

 その言葉にナユタは困った顔でシャナの方を見た。

シャナはシャナで、気まずそうに顔を逸らしている。

 

「え、もしかしてその男ってのがあんたなの?聞いてた外見と違うんだけど」

「……これは別キャラだが、まあ確かに少し前に、そんな事をした記憶が無い訳じゃないな」

 

 シャナは渋々とその事実を認め、コヨミはそんなシャナの肩をポンと叩いた。

 

「彼女思いなんだね」

「そうなんです、シャナさんは凄く私思いなんです!」

 

 そのコヨミの言葉にナユタは光の早さでそう言った。

 

「ナユタ、おかしな食いつき方をするな、言っておくが、彼女とかじゃないからな」

「えっ、そ、そうなの?それであんな暴れ方をしたの?」

「世の中にはコヨミの知らない事がまだまだ沢山あるんだよ」

「ふ~ん、まあ詮索はしないけど、でもナユタの事が大事なのは間違いないよね」

「まあそれはな」

「なら悪魔さんはいい人だ、うん、それだけ分かればいいや」

 

 そういってコヨミは笑い、こちらに手を差し出してきた。

 

「私は忍者のコヨミ、改めてよろしく!」

「よろしくお願いします、戦巫女のナユタです」

「俺はシャナ、生憎コンバート直後なんで、特に職業にはついてない。

まあ素浪人みたいなもんだ」

「えっ?」

 

 コヨミはその言葉に呆然とした顔をした。

 

「ん、俺は何かおかしな事を言ったか?」

「え、だ、だって、要するに無職って事だよね?」

「おいコヨミ、その言い方はやめろ」

「ごめんごめん、って事は、職業特性が一切無い状態であの強さ!?

意味がわからないんだけど!?」

「ふふん」

「そこで何故ナユタがドヤ顔をする……」

「ふふん」

「……まあいい、俺は他のゲームで短剣を使い慣れてるから、そのせいだろうさ」

「そういうレベルじゃないと思うんだけど……」

 

 どうやらコヨミはその説明に納得出来ないようだった。

 

「まあコンバート組ってのはそういうもんだ」

「元は何のゲームをやってたの?」

「GGOだな」

「GGO!?GGOなのに何で短剣使い!?あ、待って待って、

そういえば前GGOの動画で、プレイヤーが光る剣を振ってるのを見た事がある気がする」

「それも持ってるが、それとは関係なく、GGOのプレイヤーは普通に短剣も使うぞ、

というか軍人ってのは、短剣くらい普通に扱うもんだろ?」

「た、確かに……って違う、問題はそこじゃない!

要するに短剣で銃相手に戦ってるって事でしょ?」

「まあそういう事になるな、もっとも俺はちゃんと銃も使ってるがな」

「それでもよ!なるほど、それは強い訳だわ……GGO、シャナ…………ん?」

 

 その言葉にコヨミは何かを思い出したようだ。

コヨミは端末を取り出して何か操作し、その画面を見た後、驚愕した顔でシャナの顔を見た。

 

「あ、あんた、もしかしてあのシャナなの!?」

「あのシャナがどのシャナなのかは分からないが、まあそうだな」

「シャナさん、そのネタはさっき私が使いました」

 

 その言葉にナユタが安定の突っ込みを入れた。

 

「おう、悪い悪い、ちょっと真似してみたわ。

まあそういう事だ、ってな訳で俺達は行く所があるからそろそろ行くわ、

何で争ってたのかは知らないが、これからも頑張ってくれ、コヨミ」

「あ、うん、今日は本当にありがとうね、もしどこかでまた会ったら、

今度は普通に遊ぼうね!」

「はい、その時はまた」

「俺は今日はたまたま顔を出しただけだから、こっちにいる可能性はほぼ無いと思うが、

こっちのナユタはずっといるから、出来れば敵対する事なく仲良くしてやってくれ」

「もちろんだよ!」

 

 こうしてナユタは新たな知り合いを得る事になった。これ以降ナユタとコヨミは、

パーティを組んでアスカ・エンパイアの地を共に冒険する事になる。



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第692話 情報屋ソレイアルさん

「ここがスリーピング・ガーデンか」

「今は私しかいませんけどね」

「随分とヴァルハラ・ガーデンに似てるな……」

「あ、こっそりアルゴさんに教えてもらって真似したらしいですよ」

「そういう事か、そりゃ似てる訳だわ」

 

 スリーピング・ガーデンの作りはヴァルハラ・ガーデンとそっくりだった。

シャナはナユタにお茶を入れてもらい、ソファーでしばらくくつろぐ事にした。

 

「ここの本来の主達は、今も戦ってるんだろうな……」

 

 シャナはそう、ぼそっと呟いた。

 

「スリーピング・ナイツのみんなは今は何のゲームをやってるんですか?」

「今はリアル・トーキョー・オンラインとかいう、

限りなく東京を忠実に再現したゲームをやってるらしいぞ」

「そうなんですか、うわぁ、そういうのも楽しそうですね」

 

 ナユタはわくわくした顔でそう言った。

確かにゲームの中に自分がよく知っている場所が出てくるというのは謎のわくわく感がある。

 

「最近普及してきたソーシャルカメラってのがあるだろ?」

「あ、最近あちこちに設置されてきてる、あの監視カメラみたいな奴ですね」

「まああれは実はうちの製品なんだがな、

あれから送られてきている映像を利用して街を再現してるんだよ」

 

 そのシャナがさりげなく言った一言に、ナユタは驚いた声で言った。

 

「あれってソレイユの製品だったんですか!?」

「おう、うちも色々手広くやってるからな。

ちなみにうちが今研究してるニューロリンカーって機械も、

ソーシャルカメラと連動する事になってるわ」

「そうなんですか、どんな機械なんですか?」

「一言で言うなら、人生をより長く楽しめるようになる機械、かな」

「なるほど、それはいい感じですね!」

「お前が大人になる頃には、完成させてみせるさ」

 

 シャナはあと何年かかるかな、などと思いながらそう言ったのだが、

ナユタはずばっと正論で斬り込んできた。

 

「じゃああと一年ですね、私も来年十八になりますから!」

「いっ!?あ、いや、年齢的なものじゃなく、体……はもう大人だし、

精神的……には成熟してる気がするか、あ~、まあもう少し時間をくれると嬉しい」

「仕方ないですね、それじゃあもうちょっと待っててあげます」

「おう、ありがとな」

 

 その後、ナユタが家の機能を使い、

スリーピング・ナイツのメンバーが写った写真を見せてきた。

二人はソファーに並んで腰掛けながらそれを見て、

スリーピング・ナイツ関連の思い出についてお互いに語り合ったのだった。

 

 

 

 一方その頃、当のスリーピング・ナイツを纏める二人のリーダーは、

現実世界でメイクイーン・ニャンニャンがある場所にいた。

そこはゲームの中では情報屋となっており、

その扉には『情報屋・ソレイアル』という看板がかかっていた。

 

「やっほ~ソレイアルさん、八幡は元気してる?」

「うん、元気元気、でも毎日忙しそうにしてるよ」

 

 このソレイアルは、以前二人が始めて情報屋FGを訪れた時、

FGに見せられたビデオメッセージの中で八幡が語っていたように、

各ゲームに潜り込ませているソレイユの社員の一人であった。

ちなみにソレイアルはゲームに関しては初心者であり、

ゲーム選びこそ自分でしたものの、キャラを作る段階からつまってしまい、

八幡に手伝ってもらってやっとログイン出来たという経緯があり、

その為このキャラの名付け親も八幡だったりする。

 

「そうなんだ、それじゃあしばらくかまってもらえないわね」

 

 ランはとても寂しそうにそう言った。

 

「もっと一緒に遊んで欲しいよねぇ」

「まあ仕方ないわね、今度うちに来てくれた時に、思いっきりセクハラしましょう」

「ふふっ、頑張ってね」

 

 姉妹の裏事情を多少なりとも伝え聞いていたソレイアルは、

それがVRの中での話なのだと理解しており、微笑ましいものを見るような目でそう言った。

 

「そういえば前はAEをプレイしてたのよね?

今度ALOとコラボするみたいだけど、一時的にでもそっちに戻ったりしないの?」

「う~ん、それなんだけどねぇ……」

「興味はあるんだけど、今度会う時はALOでって決めてるのよね」

「そっかぁ、じゃあそれまで頑張って鍛えるしかないね」

「そこまで遠い未来の話じゃないと思うのよね」

「ボク達かなり強くなったよね」

「それでもまだ八幡に勝てる気はしないから、まだまだ修行が必要ね」

 

 AEの話はそれで終わり、二人は身内という安心感もあり、

ソファーに座ってだらだらし始めた。

普段二人がどれだけ頑張っているのかを知っているソレイアルは、二人に飲み物を提供し、

同時に自分の分も用意して、二人の前に座った。

 

「ありがとうソレイアルさん」

「最近はかなり頑張ったから、たまには自宅で一日のんびりしようかしら?」

「その時に合わせて八幡を呼び出そっか」

「そうね、自宅でのんびり寛ぎつつたくさん甘やかさせてもらうのは最高ね」

「それある!じゃなかった、それあり!」

「ソレイアルさんは、相変わらずそれが口癖になってるのね、

もしかしてその名前も、そこから来てるのかしら」

「あはははは、まさかぁ」

 

 ソレイアルはそう言って楽しそうに笑ったが、実はそれは正解である。

かおりが最初にこのゲームを選択し、キャラ作成について八幡に相談した時、

名前は何がいいか聞かれた八幡は冗談のつもりで、

『それ、ある、とかでいいんじゃね』と言ったのだが、

それを聞き間違えたかおりが、『ソレイアルかぁ、ソレイユっぽいしそれでいいかな』

とそのまま入力してしまい、八幡もまあそれでいいかと特に何も突っ込まず、

この名前になったと、そんな訳なのであった。

 

「ソレイアルさんって、八幡と結構親しいの?」

「う~ん、まあ他の社員さん達と比べたらそうかもね、

実は私、八幡とは中学の時に同級生だったの」

 

 すっかり雑談モードに入ったソレイアルは、あっさりと二人にそうカミングアウトした。

 

「えっ、そうなんだ!」

「中学の時の八幡ってどんな感じだったの?」

「そうだねぇ、実は中学の時、彼に告白されたんだけど、

その時は私、特に彼の事を知ろうともしないまま、あっさりふっちゃったんだよね……」

「ええっ!?」

「世が世ならソレイアルさんは、八幡の彼女だったかもしれないの!?」

「う、うん……もう本当に痛恨だよ、私は一生その事を後悔しながら生きていくんだよ……」

 

 そんなソレイアルを、二人はよしよしと慰めた。

もし自分達が同じ立場だったら、同じように落ち込むのは間違いないからだ。

 

「ドンマイ、ソレイアルさん」

「強く生きるんだよ、きっとそのうちいい事があるよ」

「うん、うん……」

 

 その日から、二人がソレイアルを見る目が以前よりも温かくなったのは、

当然の成り行きであっただろう。

 

 

 

 後日二人の自宅を八幡が訪れた時、二人はソレイアルと知り合った事を八幡に伝えた。

 

「ああ、それあるさんな」

 

 その八幡の返事を聞いた二人は顔を見合わせて、

先日自分達が言った冗談が真実を言い当てていた事を知った。

 

「中学の時の同級生だったのよね」

「まあな、高校に行ってから疎遠になってたが、高校二年の時に再会して、

俺がSAOから戻った後に、改めて親しくなったって感じだな」

「八幡ってどんな中学時代を送ってたの?」

「……あまり言いたくはないが、まあ周りからはうざい奴だと思われてただろうな」

「そうなの?」

「まさかソレイアルさんにもそう思われてたのかな?」

「いや、あいつはそういう奴じゃなかった。誰にでも等しく優しい奴だったよ」

「裏を返せば誰にも特別な興味がなかったって事なのかしら」

「かもしれないな、だから今親しくしてるのが正直意外なんだよな」

 

 その八幡の返事を聞いた二人は顔を見合わせ、ひそひそと囁き合った。

 

(八幡ってたまに女心がまったく分かってない時があるよね)

(ソレイアルさんも苦労するわよね)

 

「ん?どうかしたか?」

「ううん、何でもないよ」

「でもそんな八幡なんて、今からは想像もつかないわね」

「正直俺もそう思う、環境が変わりすぎだよな」

 

 そう言って八幡は乾いた笑いを浮かべ、二人はそんな八幡の両端に移動した。

 

「まあ昔の事は別にいいかしらね」

「しばらく放置してた分、今日はボク達をしっかりと甘やかしてね!」

「セクハラしてこないなら別に構わないぞ」

「うっ、それじゃあ私のアイデンティティが崩壊してしまうじゃない」

「お前のアイデンティティはセクハラで成り立ってるのかよ……」

 

 そう言いつつも、八幡は相変わらず二人には優しく、

二人は久々に、思う存分八幡に甘える事が出来た。

 

 

 

 そして現在である。シャナは先ほどの疑問について、ナユタにこう切り出した。

 

「そういえば姉さんの呼び方について、ここで聞かせてもらうって話だったよな」

「そうでしたね、えっと、ハル姉さんはたまにここに泊まりに来るんですよ」

「そうだったのか、それは知らなかったな」

「来る時は一人で来るので、別に私が一緒にいなくてもいいんですけど、

それはそれで寂しいんじゃないかって思って、

毎回私が相手をしてたと、まあそういう訳ですね」

「なるほどなぁ、その流れで姉さんが、『今度から私の事は、ハル姉さんと呼びなさい!』

とか言い出したんだろ?」

「正解です、口調もまさにそんな感じでした」

「姉さんは案外寂しがりやなんだよな、きっと優里奈が一緒にいてくれて喜んでたと思うぞ」

「それならいいんですけどね」

 

 ナユタはそう言って微笑んだ。

 

「で、その流れで色々と教えてもらったんですよ、

戦闘術や護身術、言い寄ってくる男の上手なあしらい方、会話の打ち切り方、

あとは、街中がゾンビで溢れた時のサバイバル術、とかですかね」

「前半は理解出来るが、最後のそれは意味が分からねえよ!」

 

 シャナは思いっきりそう突っ込み、ナユタは楽しそうに笑った。

 

「いつかきっと役にたちますよ」

「その知識が役にたつような状況になったらマジで困るんだがな……」

「そういえばそうですね」

「それじゃあそろそろ落ちるか、時間的にそろそろ飯が食いたい」

「そうですね、それじゃあログアウトしましょうか……

あっ、シャナさん、私は先に落ちて食事の準備をしてますね」

 

 そう言ってナユタは素早くログアウトした。

 

「うおっ、あいつは何をそんなに焦ってるんだ……」

 

 それはリアルで優里奈がこっそりと八幡の手を握っていたからであるが、

八幡がその事実に気付く事は無かった。

そして優里奈が食事の準備を始めようとした丁度その時、部屋のチャイムが鳴った。

 

「ん、誰か来たみたいだな」

「誰ですかね」

 

 八幡はそのままインターホン越しに、ドアの外の様子を確認した。

 

「ああ、噂をすればか、姉さんだわ」

 

 そして八幡がドアを開けた瞬間に、陽乃は相手が誰なのかを確認せず、

のんびりした口調でこう言った。

 

「いやぁ、最初は優里奈ちゃんの部屋に行ったんだけど、

誰もいなくてこっちの明かりが点いてたから、こっちにいるんじゃないかって思って……

って、あれ、八幡君?今日はこっちに来てたんだ、

そっかぁ、それじゃあ邪魔しちゃ悪いから、とりあえず今日はこのままお暇しようかしら」

「おいこら何を訳の分からない遠慮をしてやがる、今いるのは俺と優里奈だけだ。

せっかく血の繋がらない三人の家族が集まったんだから、これから一家団らんをするぞ」

 

 そう言って八幡は、陽乃を強引に家にあがらせた。



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第693話 やはり陽乃は格違い

「ちょ、ちょっと、私は別にいいってば……」

「あ~うるさいうるさい、最近優里奈と仲良くしてるんだろ?気にせずさっさと来いっての」

 

 いつもとは違い、何となく消極的な陽乃を、八幡は強引に引っ張っていった。

 

「あっ、ハル姉さん!」

「こ、こんばんは~?」

「今ハル姉さんの分も料理を用意しますね!」

「ほ、ほら、やっぱり優里奈ちゃんも困っちゃうと思うし……」

「何でいつもとそんなにキャラが違うんだよ、いいからほら、こっちに座れって」

 

 八幡は呆れた顔で陽乃にそう言った。

だが陽乃はその場を動こうとはせず、少し目をうるうるさせながらこう言った。

 

「わ、私、ここにいてもいいのかな?」

「意味が分からん、いいに決まってるだろ」

「うわあああああああん!」

 

 陽乃は突然泣き出し、そのまま八幡に抱きついた。

 

「お、おい」

「だって、だって、凄く嬉しかったんだもん!」

「何でそんなに情緒不安定なんだよ、何かあったのか?」

「何も無いけど、何も無いけど!」

「まったく子供かっての」

 

 そう言いながらも八幡は、そのまま優しく陽乃を自身の胸の中に受け入れた。

優里奈もそんな陽乃の様子に驚きつつも、微笑みながらそんな二人を見つめていた。

だがその優里奈の目の前で、いきなり陽乃の表情が変わった。

八幡と抱き合っている格好な為、その表情は八幡からは見えていないが、

優里奈からはバッチリ見えていた。

むしろ優里奈に見せるようにしているというのが正解かもしれない。

陽乃はやや興奮したような表情でニヤニヤしており、

声を出さずに優里奈に向け、こう口を動かした。

 

(こ・う・や・る・の・よ)

(さ・す・が・で・す)

 

 優里奈も声を出さずに陽乃にそう答え、二人はニヤリと笑みを交わしあった。

ただ八幡だけが、何も知らずに陽乃の頭を撫で続けていた。

 

 

 

「ごちそうさま!今日も美味しかったぁ!」

「優里奈の作る料理は美味いからな」

「私ももう少し料理の修業をしようかしらね?」

「時間に余裕が出たらいくらでもやってくれ、試食はしてやるから」

「本当に?それじゃあ二人っきりで、媚薬入りの……」

「却下だ却下、やっぱり味見はやめだ」

「ええ~?冗談、冗談だってば!」

「ハル姉さん、その媚薬っての、私、興味があります!」

「おい優里奈……」

「冗談、冗談ですよ?」

「ったくお前らな……」

 

 そして仲良く食後の片付けを終えた後も、三人はそのままのんびりと団らんを続けていた。

 

「そういえばこの前あの六姉妹の下二人と一緒に素材を取りにいったみたいじゃない、

結局あの子達って何者なの?信用は出来そう?」

 

 ちょこちょこと報告は受けていたのだろう、陽乃が興味深げにそう尋ねてきた。

 

「謎だらけな姉妹だが、信用して大丈夫だ。

自活出来るようにしてやりたいから、色々な事を教えてやってるが、今は主に戦闘訓練だな。

ちなみにもうすぐあいつらの武器も完成する予定だ」

「へえ、随分と肩入れしてるのね」

「最初会った時のあいつらは、高校に入りたてくらいの時の俺の目と同じ目をしてたからな、

ほっとけないだろ」

「ああ、腐った目をしてたのね」

「そこはもっとオブラートに包めよ!」

「でも事実でしょう?」

 

 そう言われた八幡は、少し考えるようなそぶりを見せた。

 

「あ~、いや、正確にはちょっと違うかもしれん、

生きる事を諦めた目とでもいうのかな、

ほおっておくと消えてしまいそうな、そんな目をしていたな」

「へぇ、今の日本の、しかもゲームの中でね、本当に不思議よね」

「どこからログインしているかも不明、どのゲーム出身かも不明、

まあ本気で調べれば分かるのかもしれないが、

そこまでしなくてもいいかなと思って、特に調査はさせていない」

 

 実際アルゴ、ダル、イヴの三人が本気を出せば、

おそらく何かしらの事実が分かるであろうが、

八幡はそこまでの必要性を感じていない。

彼女達が誰かから送り込まれたような存在だとは決して思えなかったからだ。

むしろ、アニメの中の住人だと言われた方がしっくりくるくらいである。

当然そんな事、あるはずがないのだが。

その少し後に、八幡の携帯にどこかからメッセージが届いた。

八幡はそれを確認した後に二人に言った。

 

「お、言ったそばからナタクから連絡だ、どうやら何かしらの装備が完成したらしい。

ちょっとALOに顔を出してくるわ」

「あら、こんな時間に?」

「アサギ……いや、麻衣さんはこの時間の方が都合がいいらしくて、

理央もそれに合わせて来るらしい。

という訳でそこのソファーを使うから、二人は寝るなら先に寝室で寝ちまってくれ」

「ええ、分かったわ」

「八幡さん、行ってらっしゃい!」

 

 その時陽乃の目が一瞬妖しく光った。

 

「そうだ優里奈ちゃん、今日は一緒にお風呂に入ろうか」

 

 そう言いながら陽乃は立ち上がり、八幡の目の前でその胸が、

まるでぽよんと言う音が聞こえるかのようにたわわに揺れた。

 

「分かりました!ハル姉さん、一緒にお風呂に入りましょう!」

 

 同時に立ち上がった優里奈の胸も同じように揺れた。

 

「それじゃあ二人で体を洗いっこしましょうか」

「はい!」

 

 その会話で八幡は、一瞬二人の入浴シーンを思い浮かべ、

この二人が一緒に入浴すると、さぞ壮観なんだろうななどと思ってしまい、

それを打ち消すようにぶんぶんと首を振ると、

そのままソファーへと横たわり、アミュスフィアをかぶった。

 

「それじゃあ行ってくる」

「「は~い」」

 

 そしてアミュスフィアがチカチカと光りだし、八幡はALOへと旅立っていった。

それを確認した陽乃は、優里奈にこう言った。

 

「優里奈ちゃん、さっき八幡君がぶんぶん首を振ってるのを見た?

あれは心の中で、私達の入浴シーンを想像した時の仕草だから覚えておくといいわ」

「そ、そうなんですか!もしかしてハル姉さん、

八幡さんに聞かせる為に、わざとお風呂の話題を出しました?」

「当たり前じゃない、いい?こういう時にまめにああいう会話を聞かせておいて、

そういうのが当たり前になるように、徐々に刷り込んでいく事が大事なのよ」

「なるほど、勉強になります!」

「その点さっきの優里奈ちゃんの対応は良かったわよ、

立ち上がった時に揺れる胸をしっかりと八幡君に見せつけていたわね」

「あ、あれは別にわざとじゃないんですが」

 

 優里奈は自分の胸と陽乃の胸を見比べながらそう言った。

 

「それがいいのよ、あくまで意識せずに胸を揺らせるようにする、

そうすればいつか、八幡君の中ではその光景が日常的のものになっていくのよ」

「分かりました、今度から八幡さんの前では、まめに立ったり座ったりするようにって、

その事を心がけるようにします!」

「そうそう、あくまで無意識に、自然にね。

さて、それじゃあぱぱっとお風呂に入った後、八幡君の体をベッドまで運ぶとしましょうか」

 

 突然陽乃がニヤニヤしながらそんな事を言い出した。

 

「八幡さんをベッドに移動させるんですか?」

「ええ、そしてその後私達は、その横で八幡君の腕をしっかり胸に抱えながら、

幸せそうにぐっすり眠ってしまうのよ。

そうすれば優しい八幡君は、幸せそうに熟睡する私達を起こす訳にもいかず、

焦りに焦りまくった末に、現状維持を選択するはずよ!」

「もしその時までに熟睡出来てなかったらどうします?」

「当然そのまま寝たフリよ、軽く寝言を言うのもありね!」

「さすがは姉さん、勉強になります!」

 

 こうして盛り上がった二人は、そのまま浴室へと消えていった。

その少し後に、一瞬優里奈の悲鳴が聞こえた。

おそらく陽乃が優里奈の胸を揉むか何かしたのだと思うが、

その声が八幡の耳に届く事はなかった。

 

 

 

「おうナタク、待たせたな」

「いえ、アサギさんとリオンさんももう少ししないと到着しないんで、

逆に早かったくらいですよ」

「そうか、それなら良かったわ。しかし二人の装備がどうなったのか、興味深いな」

「あ、それとハチマンさん、ここにあの子達を招待しちゃ駄目ですかね?

あの姉妹の装備も完成したんですが、スモーキング・リーフには訓練場が無いから、

出来ればこっちに呼んだ方がいいと思うんですよ」

「あの六人をこっちにか?う~ん、まあそろそろ頃合いか、分かった、迎えに行ってくるわ」

「ありがとうございます、お願いします!」

 

 どうやら先日得た素材はかなり質と量が豊富だったらしく、

調子に乗った三人は、そのまま六姉妹の分の装備まで作ってしまったらしい。

そしてハチマンは六姉妹を迎えに行く為にスモーキング・リーフへと向かった。

 

 

 

「さて優里奈ちゃん、それじゃあ八幡君を運んじゃいましょうか」

「はい!こういうのはちょっとドキドキしますね!」

「いたずらっていうのはいつも楽しいものだからね」

 

 その頃入浴を終えた二人は、八幡の体を寝室へと運んでいる最中だった。

幸いALOにログイン中な為、多少の刺激があっても八幡が目覚める事はない。

 

「よいしょっと」

「そ~っと、そ~っと」

 

 そして無事に八幡の体を運び終えた後、優里奈が陽乃にこう尋ねてきた。

 

「この格好のまま寝てもらうのは、さすがにちょっと八幡さんに悪いですかね?」

「あら優里奈ちゃん、どさくさまぎれのいい欲望……じゃない、気遣いね。

そうね、確かにそうかもしれないわ」

「ですよね、これは仕方がない事なんですよね、それじゃあ脱がしますか!」

「ええ、本当に仕方ないけど脱がせましょうか!」

 

 二人はそう言って、ノリノリで八幡の服を脱がせ、

途中いくつかトラブルもあったが、無事に八幡をパジャマに着替えさせる事が出来た。

 

「危なかったですね……」

「ええ、うっかりパンツまで脱がせてしまうところだったわね……」

「とか言いながらハル姉さん、途中でどうしようか凄く葛藤してませんでした?」

「あ、分かった?全裸でパジャマを着せるのもありかなって迷っちゃってね」

「た、確かにそれもありだったかもしれませんね……」

 

 陽乃が一緒で気が大きくなっているのだろう、優里奈がそう、

普段なら絶対に言わないような事を言った。

 

「まあこれでいいでしょう、それじゃあ八幡君の腕を抱えて寝る事にしましょうか」

「はい!家族は川の字になって寝るのが普通ですからね!」

 

 そう微妙に理論武装をしつつ、二人はそのまま八幡の腕を胸に挟むようにして、

幸せそうに八幡の隣に横たわったのだった。

 

 

 

「むっ、何か両腕が幸せになった気がしたな……正直自分で言ってても意味が分からないが」

 

 丁度その頃八幡は、そんな事を呟きながら、アルンの街を歩いていた。

 

「よし着いた、さてと『ワ・カ・バ』っと」

 

 八幡はそうパスワードを入力し、姉妹の家に入っていった。

このまま奥に進んでも、特に何か怒られたりした事は無いのだが、

八幡は一応礼儀として、入り口を入ってすぐの所にある呼び鈴を押した。




この話が投稿される頃には新元号が発表されているのでしょうか、感慨深いですね


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第694話 ヴァルハラ・ガーデンへの誘い

今日で(仮)700話に到達しました!実質700話ももう少しですね!


「は~い、もしかしてハチマンかにゃ?」

「あれ、よく分かったな……」

「この時間は営業時間外って事になってるからにゃ、

ハチマン以外は誰も来るはずがないのにゃ」

 

 そんなハチマンを、リツが迎えに出てきた。

リツはいつもの巫女服ではなく今日は楽な格好をしており、

以前とは違って張り詰めた雰囲気も無く、完全にリラックス出来ている姿が確認出来た。

 

「もしかしてもう寝てたりしたか?」

「ううん、今は六人でお喋りしてたのにゃ、昔話にゃね」

「あ~……せっかくの一家団らんを邪魔しちゃって何か悪いな」

「気にしなくていいのにゃ、みんな大喜びにゃ」

 

 そのままハチマンは店舗の一つ奥にある居間に案内され、

そこで六人に歓迎される事となった。

 

「お、ハチマンじゃない、ちょっと戦う?」

「戦わねえよ、あ、でもリョウ用の装備は新しく完成したらしいぞ、

今日はそれで、みんなをうちの拠点に招待しようと思ってここに来たって訳なんだ」

「お、マジでか、行く行く、当然俺の装備も出来てるんだよな?」

「当然リクの装備も出来てるぞ」

「わ、私のもか?」

「ああ、リツは多分格闘系の装備だと思うが、全員分って聞いてるからあるだろうな」

「拠点って、噂のヴァルハラ・ガーデンの事だよね?

興味津々だったじゃん、さっさと行くじゃん」

「なのな!ハチマン達が暮らしてる所を見てみたいのな!」

「いや、暮らしてはいないからな」

「細かい事は別にいいのな、早く行くのな!」

「ハチマン君は、五人に大人気にゃね」

「そう言いながらリツ姉はちゃっかりハチマンの隣に座ってるじゃん」

 

 それに対してリツはただ微笑んでいるだけだったが、

どうやらその場を他者に譲る気はまったく無いようだ。

 

「まあまあ、出かける準備もあるだろうから、俺はそれまでここで待ってるわ、

準備が出来たらみんなでヴァルハラ・ガーデンに向かうとしよう」

 

 最近家事の腕を上げてきたリナにお茶を出してもらい、

ハチマンは六人の準備が出来るのを待っていた。

 

「ALOの料理システムは基本スキル次第とはいえ、リナも腕を上げてきたよなぁ……」

 

 そのお茶にはリナの努力の成果がハッキリと示されており、

ハチマンはそれが嬉しくなった。

 

「本当にあいつら、生きる喜びに溢れているというか、随分と明るくなったよなぁ」

「お待たせな、リナッチ登場なのな!」

 

 そう言ってリナが真っ先にハチマンの隣に座った。

リナはいつも通りのメイド服調の姿とは違い、

年頃の女の子らしく、白いワイシャツにピンクのスカート姿である。

 

「お、早かったなリナ、というか今日はリナッチなのな」

「リナッチの真似をするなのなと言いたい所だけど、でもハチマンなら別にいいかな」

「今日はいつもとは違う格好なんだな、ちょっと見違えたぞ」

「ハチマン、今日のリナはかわいい?」

「おう、かわいいかわいい」

「やったのな!スクナ、ありがとう!」

「くそ、一番じゃなかったか!」

 

 そこにリクが走って登場した。リクは普段の黒いフード姿ではなく、

柔らかそうなもふもふの白いセーターを着ていた。

おそらくその手触りは、リクが好むような感触になっているのだろう。

下はいつもはショートパンツの上に透明なスカートをはいているのだが、

今日は中が見えない紫色のスカートをはいている為、

おそらく下にはショートパンツははいていないと思われる。

 

「まあいいか、俺が二番目だ、ハチマンの隣をゲットだぜ!」

 

 そう言ってリクは、ハチマンの隣にジャンプしてボスッと座った。

それによってスカートがまくれて下着がもろに見えてしまっているのだが、

リクはその状態をまったく気にせずハチマンの隣で楽しそうに足をブラブラさせていた。

 

「お、おいリク、スカート、スカートが」

「ああん?別にそんなのいつも…………あ」

 

 リクはそう言って、すました顔でスカートを直した後、

まったく普通の口調でハチマンに言った。

 

「いやぁ、新しい武器、楽しみだな!」

「おう、わくわくするよな」

 

 リクは露骨に話題を逸らし、ハチマンもそれに乗り、

今の出来事に関してはスルーする事にしたようだ。

リクの顔が少し赤くなっていた事も、その一因だっただろう。

 

「ふ、二人とも早すぎじゃん!」

 

 そこに息せき切って飛び込んできたリョクが、

ハチマンの隣が空いていないこの状況を見て、そう絶叫した。

 

「ああん?乗り遅れたリョクが悪いんだろ」

「くぅ~……」

 

 リョクの服装は、いつものセーラー服に似た格好とはまったく違い、

三層のレースフリルのついた肩出しブラウスに、

薄い黄色のフレアスカートといういでたちだった。

 

「もういい、私はここに座るじゃん」

「あっ!」

「そ、それはずるいのな!」

 

 リョクはいきなりハチマンの膝の上に飛び乗り、

満足そうにハチマンに背中をもたせかけた。

その時残りの三人が部屋に姿を現し、そのリョクの姿を見てぎょっとした。

 

「あらあら、凄い事になってるわねぇ」

「ハチマン君はやっぱりモテモテにゃ」

「リョ、リョク、それはやりすぎだ、というか羨ま……」

 

 最後にリンが、小さな声で悔しそうにそう言った。

リョウは黒いロングスカートをはき、上は白のタンクトップに、

黒のレザージャケットを羽織っている。

リツは何故かスーツ姿であり、おしゃれなのか、眼鏡をかけていた。

その髪は後ろで簡単にまとめられており、一見するとまるで女教師のようだ。

リンはジーンズ姿に白いTシャツを着ているだけという、シンプルな格好であった。

だがその髪には大きなピンクのリボンが結わえられていた。

 

「みんないつもとは格好が違うんだな、うん、凄くいいな」

 

 ハチマンはそんな六人の服装を見て、素直な気持ちでそう言った。

人を褒める事に関しては不器用なハチマンであったが、

正直な気持ちというのは、きちんと相手に伝わるものだ。

六人はその言葉に笑顔を見せ、こうして六人は、

ハチマンの案内でアインクラッドの二十二層へと向かった。

 

「おお、何だここ、凄え明るいな!」

「緑と青、凄く落ち着くにゃ」

「あっ、水があんなにたくさん流れてるのな!」

「あれは川って奴だ、あそこで釣りとかも出来るぞ、今度試しにやってみるか?」

「釣り?釣りって何?」

「竿に針と糸をつけて、川にいる魚を取る遊びだな」

「それは興味深いじゃんね」

「その魚っての、戦える?」

「お前はその芸風をいい加減何とかしろ、

あ~、中にはそういう魚もいるぞ、俺も前に戦った事がある」

「そうなんだ、それならやってみたいわねぇ」

 

 そんな雑談をしながら、六人はヴァルハラ・ガーデンへと向かって歩いていった。

もう深夜近いとはいえ、その道沿いにはそれなりにまだプレイヤーがおり、

ハチマン達を興味深く見つめていた。

 

「な、何か人が多くないかにゃ」

「ここはいつもこんなもんだ、観光地みたいになってるからな」

「何か落ち着かない」

「気にするなリン、一定範囲以内には近づけないようになってるからな」

 

 そのハチマンの言葉通り、ヴァルハラ・ガーデンの入り口前には誰もいなかった。

 

「ここがハチマンの家なのな?」

「おう、ここが俺達の本拠地、ヴァルハラ・ガーデンだ」

「思ったより小さいんだな」

「まあ外見はな、中は見た目よりも広いぞ」

 

 そしてハチマンは慣れた手付きでコンソールを操作し、

その瞬間に周囲にアナウンスが響き渡った。

 

『プレイヤー、リョウ、リク、リツ、リン、リナ、リョクにゲストパスを発行します、

実行開始………実行完了、パスが発行されました』

「これで良しっと、さあ、中に入るぞ」

 

 その直後に塔の入り口が開き、七人はそのまま中に入った。

 

「これって螺旋階段って奴だっけ?」

「何かわくわくするな!」

「もうすぐ見えてくるぞ、ほら、あれだ」

 

 そこにはこじんまりとした家が建っており、

姉妹達はそれを見てきょとんとした。

 

「もしかしてうちより狭いのか?」

「まだここは中じゃない、ほれ、行くぞ」

 

 そしてハチマンは、ヴァルハラ・ガーデンの扉を開けた。

 

「お、ハチマン、お帰り」

「キズメルか、悪いがお茶を人数分頼むわ」

「任せろ、私も大分お茶を入れるのが上手になったんだぞ」

「それは楽しみだ、ナタク達はどこにいる?」

「訓練場だな」

「それじゃあ悪いがお茶もそっちに頼むわ」

「ああ、分かった」

 

 そしてハチマンは妙に静かな姉妹達の方に振り向いた。

 

「それじゃあみんな、あっちの訓練場の方に……って、どうした?」

「な、何これ凄い」

「とんでもない広さにゃ……」

「おお、強者の気配がぷんぷんするねぇ」

「うおおおお、これは滾るな!」

「大きいのな、びっくりなのな!」

「ハチマン、ここが?」

「おう、ここが俺達の本拠地ヴァルハラ・ガーデン、その中枢部だ」

 

 六人はどうやら圧倒されているらしく、咄嗟には言葉が出てこないようだ。

それを見たハチマンは、気分良さそうに訓練場の方へ向かって歩き出した。

 

「それじゃあみんな、こっちだ」

 

 六人はその後を大人しく付いていき、そのまま訓練場の中に入った。

 

「うわぁ、もっと広い……」

「ここって戦う場所だよね?ねぇ、そうなんでしょ?」

「興奮しすぎだリョウ、後でちゃんと相手をしてやるからそれまで我慢しろ」

「本当に?約束したからね」

 

 珍しくリョウが、前のめりでそう言った。

リョウはまだハチマンと一度もまともに戦ってもらう事が出来ておらず、

ここにきてその望みがやっと実現した形であった。

 

「他の五人も、ここで新しい装備を試してみるといい、

見れば分かる通り、それくらいの広さはあるからな」

 

 ギィィィィィィィン!

 

 その時遠くから、すさまじい金属音が聞こえた。

 

「ん、何だ?」

「あそこで誰かが戦ってるにゃ!」

「ああ、アサギさんとリオンか、お、あれは……」

 

 七人はそのまま二人が戦っている方へと近付いていった。

見るとリオンが両手でしっかりとロジカルウィッチスピアを持ち、

そこからアサギに向けて、何かが伸びているのが見えた。

 

「何これ何これ、あっ、ハチマン!

私のロジカルウィッチスピアに何を付けてくれちゃってるのよ!」

「パイルバンカーの事か?具合はどうだ?いいだろ?」

「衝撃が強すぎてこっちが飛ばされちゃうわよ!」

「ちゃんとアイゼンを使え、頑張って使いこなすんだぞ」

「うぅ、ハチマンの馬鹿あああああああああ!」

 

 そのリオンの絶叫は、訓練場中に響き渡ったのだった。



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第695話 姉妹達の新装備

「ハル姉さん、八幡さん、遅いですね」

「新装備のお披露目だから、やっぱりそれなりに時間がかかるんじゃないかしら」

「私、そろそろ眠くなってきました」

「私もよ、八幡君がどんな反応をするのか見たいと思ってたけどもう限界、

ふわぁぁぁ、おやすみ優里奈ちゃん、また朝にね」

「はい、おやすみなさい!」

 

 雑談をしながら八幡の帰りを待っていたらしい二人もそろそろ限界のようだ。

二人はしっかりと八幡の腕を胸に抱きつつ、ついでに八幡の足に自分達の足を絡め、

そのまま急速に眠りに落ちていった。二人は眠かったせいで意識していなかったが、

その時点で二人のパジャマはかなりはだけており、非常に危険な状態となっていた。

この状態で八幡がどんな反応を示すかは、神のみぞ知る。

 

 

 

 一方その頃、八幡はアサギの装備について、ナタクとアサギから説明を受けていた。

 

「防具は思ったより軽装なんだな」

「アサギさんはかなり動き回るタンクですからね」

「基本はこの迦楼羅で敵の攻撃を弾く事になるみたい」

「なるほどな、それじゃあ足を止める事になる装備はNGだな」

「アイゼンも付けてもらったけど、これを使うのは、

ボスクラスのよっぽどの強敵が相手の時だけになると思うわ、あとはさっきみたいな……」

 

 そう言ってアサギはチラリとリオンの方を見た。

 

「ああいう攻撃な」

「まあ受け流せばいいんだけど、そう出来ない場合もあるだろうしね」

「だな、魔法への対応はどうなってる?」

「鉄扇公主の基本機能で何とかするつもりです、

大魔法を全部防ぐのは無理ですが、ある程度の規模までの魔法は吸収する事が可能です」

「その吸収した魔力はどこで使うんだ?」

「敵の攻撃を反射するのに使うわ、衝撃の全部を無効化なんて出来ないけど、

それによってタンク能力はかなり向上すると思う」

「確かに敵の攻撃を、ずっと片手で跳ね返し続けるのは負担が大きいからな」

 

 ハチマンはそう言って、アサギの両手を見た。

 

「しかし、まさかそうくるとはな」

「彗王丸や雷丸についている機能ですね、要は分離と合体です」

 

 その言葉通り、アサギの両手には二本の鉄扇公主が握られていた。

 

「その分扱いが難しいと思いますが、アサギさんは凄く機転がきくので、

使いこなしてくれるだろうと信じて作りました」

「大丈夫、コツは掴みつつあるから」

 

 アサギは短くそう言ったが、その顔には自信が溢れていた。

 

「まあ武器についてはオーケーだ、

リオンに関しては、パイルバンカー以外の装備は追加されてないんだよな?」

「はい、武器に関してはそうですね」

「あいつ、あれを使いこなせるのかね」

 

 そう言ってハチマンはリオンに視線を向けた。

そのリオンは仮想の敵相手にパイルバンカーをぶっ放しており、

微妙にアイゼンの展開が遅いせいか、その度に後方に下がっていた。

 

「リオンちゃんなら大丈夫、あの子は努力家だもん」

「だな、試験の結果も相当良かったらしいしな、

それこそ学校に通う事を免除してもらえるくらいにな」

「うん、あれには本当に驚いたわ」

 

 アサギもそれに同意した。本当に驚くべき出来事だったようだ。

 

「おかげで最近は、よくリオンちゃんの部屋に泊めてもらってるんだけどね」

「アサギ、あいつの事、ちゃんと見ててやってくれな、

もし潰れそうな気配があったら直ぐに教えてくれ、無理してないか、正直心配なんだよ」

 

 これはハチマンが、クリシュナこと牧瀬紅莉栖の異常性を、

よく理解しているが為に出てきた言葉である。

それくらい牧瀬紅莉栖という人物の天才性が、飛び抜けているという事なのであろう。

そんな紅莉栖と共に行動している理央の負担はハチマンには計り知れない。

 

「うん、おかしな事があったら直ぐに教えるね」

「ありがとう、宜しく頼むわ」

 

 ハチマンがそう言ってアサギに頭を下げたのは、

アサギにとってはかなり好感度の高い行為だったらしい。

アサギは心からの笑顔を見せ、リオンと模擬戦をしてくると言って、そちらに駆けていった。

次はいよいよ姉妹の装備の出番である。

 

「さて、それじゃあ順番にいくか、そろそろ着替えも終わる頃だと思うしな」

 

 ハチマンがアサギと長々とお喋りが出来た理由はこれであった。

今姉妹達は、新しい装備へのワンタッチでの着替えの設定をする為に、

少し遠くであくせくとコンソールをいじっていたのだった。

 

「まあ来た順って事でいいよなナタク」

「はい、最初は……リクさんですね」

「あいつは器用だからなぁ、まあ妥当だな」

 

 姉妹達の装備は、デフォルト状態からデザインの大きな変更は無いようだ。

ただ一つ明らかに違うのは、その頭に装備している鉢金であった。

そこには姉妹を象徴する葉っぱのマークが描かれており、

同時に全身に行き渡るような、弱くはあるが、防御フィールドも形成されているようだ。

それとは別に、それぞれに姉妹独自のエンチャントが施されている。

 

「いえ~い、今度こそ一番乗りだぜ!」

 

 そこにいつものようにフードを被ったリクが到着した。

 

「リクは魔法をテクニカルに使えるようなスタイルでいくんだったよな?」

「ああ、ある程度の長さの呪文は許容するが、

俺としては小さな魔法でバンバン押していくスタイルが好みだな」

「なので鉢金に、早口のエンチャントを付与しました」

「なるほどな、リク、いけそうか?」

「おう、余裕余裕、むしろ魔法の発動が早くて気持ちいいよなぁ」

「そして武器はこれです、簡単な魔法なら空中に固定出来、

なおかつ直前に使った魔法を三回まで複製出来る杖、コピーキャットです」

「模倣犯ときたか、なるほどなぁ。

そういえば小猫のGGOのダミーキャラもそんな名前だったな」

「そうなんですか、偶然ですね」

 

 その杖は杖というには小さく、何かの枝のようなデザインをしていた。

そしてナタクは何事かをリクに耳打ちし、リクはその直後にいきなり空中に、

雷属性の足場のような物を四つ形成した。

 

「なるほど、こうだな」

「さすが飲み込みが早いですね、凄いですよリクさん」

「ふふん、そうだろそうだろ?俺はこういうのは得意なんだよ」

 

 そう言いながらリクは、呪文を素早く口走っては放出し、

見る見るうちに、空中に小さな黄色い直方体の物体を並べ、

その上を滑るように走り出した。

 

「おお?何だそれ?」

「ブーツに魔法を反射する仕組みをエンチャントしてあるんですよ、

強すぎるせいで本来は三賢者に許可されるようなエンチャントじゃないんですが、

反射距離を限りなく短くし、実戦で盾とかにエンチャントするのには向かないどころか、

役に立たないレベルまで性能を落とす事によって、やっと実現出来ました。

「ほう?つまりどういう事だ?」

「魔法をほんの少しだけ弾き返すって事は、

つまり一センチくらいではありますが、ああやって空中に設置した魔法の上に立てるんです。

なので足の角度を上手く調整すれば、

ああいった移動をする事が可能になる……んでしょうね、

すみません、リクさんに言われて作ったものの、

まさかこんな使い方をするなんて思ってもいなかったので、これは僕なりの解釈になります」

「まあ実際にああして動いてる訳だしな、多分そうなんだろう」

 

 二人の目の前でリクは、楽しそうに空中を散歩していた。

普通に飛べるエリアでは役立たずなのかもしれないが、

洞窟などの飛べないエリアでは、その力は大いに発揮されるに違いない。

 

「あはははは、最高!」

 

 リクは足場が完全には無くならないように気を遣いながら、

楽しそうに空中から魔法を連発していた。その練習は、これからしばらく続くのだろう。

 

「ハチマン君、次は私にゃ」

 

 そこにリツが、いつもの巫女服姿で現れた。

 

「おお、次はリツか、リツはヒーラー志望なんだよな?」

「うん、だからこれも簡単な魔法をストック出来るだけの機能しか持ってないの、

名前はストレージ・スタッフにゃ!」

「魔法ストック?」

「はい、これは外部の鉢金と連動させて、

通常の魔法の半分程度の威力の魔法を五つほどストック出来ます」

 

 ナタクはそう言って、リツが額につけている鉢金を指差した。

そこには無色の宝石が五つ散りばめられており、

今はそのうちの三つが白く光っている状態だった。

 

「今はヒール3にゃ、あとは私に使えるのは足止めの魔法くらいだから、

試しにそれを二つ込めてっと……」

 

 リツが呪文を唱えると、リツの額の宝石の残り二つが緑色に光った。

 

「これでバインド2にゃ、それじゃあ放出!」

 

 リツの持つストレージ・スタッフには五つのボタンが付けられており、

リツがそれを押すと、ハチマンとナタクの足元に、一瞬緑色の手のような物が現れ、

二人の足を一瞬だけ拘束して消えた。

 

「なるほど、敵の進軍の妨害だけならこのくらいが適当だよな」

「走ってる最中にこれをやられると、絶対に転んじゃいますからね」

「ヒールの威力は小さくとも、事前に準備しておける分、

本当におまけみたいな感じになるから、プラスアルファとしてはいい感じだよな」

「そうなのにゃ、後は使える魔法の種類を増やせば戦いにも応用がきくにゃ!」

「頑張れよ、リツ」

「うん、ありがとうハチマン君、ナタク君!」

 

 次にこちらに近付いてきたのはリンであった。

その姿はいつも通り、ライダースーツを着ているような姿である。

 

「リンはパワーファイターだろうし、まあ普通の装備なんだな」

「うん、一応魔法吸収はあるけどね、名前はスラッシュナックルって言うみたい」

「名前からすると斬撃の機能がついてそうだな」

「うん、さっきリョクに魔法を撃ってもらったから、ちょっとそこで見てて」

 

 そう言ってリンは、シャドーボクシングの要領で拳を振るった後、

何かをなぎ払うように手を横に振った。

その手の先から刃のような物が飛び出すのを、ハチマンは確かに見た。

 

「効果時間は一瞬なんだな、とはいえこういうシンプルなのが一番手ごわいんだよな」

「これも制約が厳しかったんですよね、なので一秒しか使えないんですよ」

「確かにずっと使えたら、それはそれでまずいだろうな。

具体的には魔法使いの出番が無くなっちまう」

「ですね、なのでまあこれくらいが妥当かなと」

「十分だよ、気に入った」

 

 リンは本当に気に入ったらしく、嬉しそうにそう言った。

次にこちらに近付いてきたのはリナである。

 

「ハチマン、リナはみんなに力を与える事にしたのな!」

「付与術師か、クリシュナみたいな感じか」

「リナさんの鉢金と杖には、両方に魔法効果延長を付けておきました、

名付けてエンハンス・スタッフですね」

「とりあえずハチマンに、補助魔法をかけてみるのな!」

 

 そう言ってリナは呪文の詠唱を始めたのだが、

何故かその呪文は、いくつもの違う言葉が重なって聞こえ、ハチマンは首を傾げた。

 

「何だこれは、ナタク、どうなってるんだ?」

「何ですかね、僕にもサッパリですよ……」

 

 ナタクにもそう聞こえたのか、同じように首を傾げていた。

そしてリナは呪文を完成させ、その瞬間にハチマンの体に六つの強化魔法が同時にかかった。

 

「うおっ、何だこれ」

「ハチマンさん、どうしました?」

「強化魔法が六つ同時にかかってやがる……」

 

 ハチマンは自分のステータスを確認しながらそう言った。

 

「ええっ!?」

 

 そんな二人にリナは、得意げな顔で言った。

 

「全員で別々の呪文を詠唱したから当然なのな!」

「マジかよ……」

「ハチマンさん、全員って何の事ですか?」

「いや、それがな……」

 

 この事実を前に、ハチマンはナタクにだけ、リナの特殊性を話しておく事にした。

その説明を聞いたナタクはなるほどと頷いたが、正直信じられるような事ではない。

なので二人は現実だけを見る事にした。理屈は分からないが、

とにかくリナはそういう事が可能なのだと思っておこうという事だ。

 

「参ったな、こいつ天才かよ……いや、天才というより特殊なスキルか……?」

「よく分からないけどそれは褒めてるのな?」

「おう、大絶賛だ」

「やったのな!ハチマンに褒めてもらったのな!」

「まったくお前には一番驚かさせられるわ……」

 

 同時にハチマンとナタクは、

リナを一般プレイヤーとは絶対に組ませてはいけないという認識で一致した。



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第696話 ハチマンの偉業

「さて、次はリョクの番じゃんね」

「リョクはいつものセーラー服か」

「いつものとは失礼な、ほんのちょっとだけ違う所があるじゃん!」

「ん、それは見た目的にか?」

「うん」

「う~ん……」

 

 ハチマンはそう言われてリョクの服装をじっと見たのだが、

ハチマンにはその違いがよく分からなかった。

 

「悪い、俺には分からないわ」

「スクナと話をして、スカートの丈を一センチ短くしてもらったじゃん」

「えっ?た、確かにそう言われると、いつもとちょっと違う気もするが……」

 

 ハチマンはじっとリョクの太ももを見つめ、

リョクは恥ずかしそうに自分の絶対領域を隠した。

 

「そ、そんなにじっと見るな!」

「お、おう、悪い、なるべく見ないようにするわ」

「それじゃあ短くした意味がないじゃん!ちゃんと見てよ!」

「どっちだよ!」

 

 どうやらリョクの女心は複雑なようだ。

 

「で、お前のその装備、それは一体どうなってるんだ?

鉢金が他の奴とはかなり違うみたいだが……」

 

 その言葉通り、その鉢金からは、四本の触手のような物が伸びており、

その先端には宝石のような物がはまっていた。

武器はライフル型の魔法銃に見えるが、ナタクが作ったのだ、

もしかしたらそうではなくまた別な物なのかもしれない。

 

「これは増幅器じゃん、このテンタクルライフルの威力を高めるじゃん」

「え、そうなのか?これが?」

「実際にやってみるじゃん」

 

 そう言ってリョクは地面に膝をつき、ライフルを訓練場の反対側にある的に向けた。

その瞬間にその四本の触手がそちらの方を向き、

そこにレンズのような物を浮かび上がらせた。

 

「なるほど、そういう事か」

「はい、実弾銃じゃ無理ですが、魔法銃ならいけるかなって思って実験してたんですけど、

これが存外上手くいきまして」

「さすがはナタク、マッドだな!」

「はい、マッドです!」

 

 それは世間一般では褒め言葉ではないはずなのだが、

ハチマンとナタクの間では、立派な褒め言葉のようであった。

そしてリョクは魔法の呪文を唱え、魔法銃を発射した。

その先端から放たれる光線は、レンズの部分でより太くなり、

そのまま遠くの的の少し右に突き刺さった。

 

「ちっ、もう少し左か」

 

 即座にリョクは軌道を修正し、次の射撃で見事に的の中心を貫いた。

 

「おお、やるなリョク」

「ふふん、どう?」

「実に見事だった、外れた後の軌道修正もバッチリだったな」

「あっ、で、でも一つだけ言わせてくれ」

 

 そこでハチマンは何かに気付いたようにハッとし、顔を背けながらリョクにそう言った。

 

「いきなり顔を背けて、一体どうしたの?」

「膝撃ちの体勢をとるのはいいが、おかげでお前のその……ぱ、ぱんつが丸見えだから、

今後はその点には十分注意してくれな」

「びゃっ!?」

 

 その瞬間にリョクは慌てて立ち上がり、顔を真っ赤にさせた。

そしてリョクはハチマンに駆け寄ると、その胸をポカポカと叩いた。

 

「もう、ハチマンの馬鹿!見るな馬鹿!」

「お、おう、本当に悪かった」

「でも教えてもらえて良かったじゃん、今度からはハチマンの前でだけ、

この姿勢で攻撃するじゃん」

「だからお前はどっちなんだよ!」

 

 やはりリョクの女心は複雑なのであった。

 

「さて、最後は真打ちか」

「あ~ら、やる気満々だわねぇ?」

「この辺りで相手しておかないと、お前に闇討ちされそうだしな」

「え~?やだなぁ、やるつもりならとっくにやってるって」

「まあいい、武器はそれでいいのか?」

「うん、見た目は一緒だけど、これ新しい武器なのよねぇ」

「そうなのか、それじゃあかかってこい」

「それじゃあまあ遠慮なく」

 

 そう言ってリョウは、チャイナドレスの裾をはためかせながら、

一気にハチマン目掛けて突っ込んだ。いきなりのバトル開始である。

 

「私、本当は受けてから攻撃するタイプなのよねぇ」

「奇遇だな、俺もだ」

「でもまあ今日は、こっちからいかせてもらうわぁ」

 

 そう言ってリョウは、鉄パイプを振りかぶり、

何の工夫もなくハチマン目掛けて振り下ろした。

 

「むっ」

 

 ハチマンはその鉄パイプを受けず、そのまま後方へと飛び退った。

 

「あらぁ?お得意のカウンターはぁ?」

「お前の攻撃がわざとらしすぎる、

カウンターってのはカウンターを受ける前提で放たれた攻撃に対して決めるものじゃない」

「ちょっとあからさますぎたかしらねぇ」

「おう、まあそうだな」

「やっぱり本気で当てにかからないと駄目って事ね、それじゃあ今度はっと」

 

 そう言ってリョウは、今度は全力でハチマンに攻撃し始めた。

その攻撃は鈍器の攻撃にしては鋭く、ハチマンは中々カウンターを決める事が出来ない。

それは単に、鈍器を相手にした経験が少ない事も由来していたのだが、

さりとて徐々にその攻撃に慣れてきたハチマンは、

いよいよカウンターを取ろうとチャンスを伺っていた。

この時ハチマンは、いずれ他の鈍器使いの相手をする時に備え、

今回はいい練習のチャンスだとすら思っていた。

だがそんなハチマンの脳裏に、先ほどの光景が浮かび上がった。

リョウが何故わざとカウンターを取らせようとしていたのか、

まだその謎に関する手がかりを何も掴んでいない。

ハチマンはそう考え、駄目元でリョウに、ヒントを求めて話しかけてみる事にした。

 

「おいリョウ、見た目はいまいちだが随分といい武器だなそれ」

「え~?私の神珍鉄パイプちゃんって見た目も素敵だと思うんだけど?」

 

(神珍鉄だと!?)

 

 その金属の名前をハチマンは知っていた。

孫悟空が持っていた武器として有名な如意棒、それに使われている材料が神珍鉄である。

 

(という事は、もしかして伸び縮みしたりするのか?)

 

 ハチマンは一瞬でそう判断し、瞬時にリョウの攻撃にカウンターを合わせると、

そのままリョウの懐に飛び込んだ。

 

「ここ!」

 

 その瞬間にリョウの持つ神珍鉄パイプの先に光の輪が連続して現れた。

例えていうなら連続性の無いバネのような物である。

その円形構造体部分は鞭のようにしなり、カウンターを受けたにも関わらず、

そのままハチマンの体に巻きつこうと動き出した。

 

(そういう事か、固定観念ってのは本当に厄介だな)

 

 ハチマンはそう反省しつつ、状況を正確に理解した。

 

「そういう事ならこうだ!」

 

 ハチマンはそのままリョウの体に密着し、

その構造体はそのままハチマンの想定通り、ハチマンとリョウを二人纏めて拘束した。

 

「まさかそんな防ぎ方が……もしかして読んでた?」

「いや、伸び縮みするのかなとは思ってたが、こんな感じだとは想像してなかったわ」

「それじゃあ完全にアドリブ対応って事?いやぁ、さすがよねぇ。

こうやって自分ごと拘束されたら、解かないとどうしようもないわねぇ」

「まあその瞬間に俺はお前に攻撃するがな」

「あ~、だよねぇ……これは私の負けだわねぇ」

 

 リョウは諦めたような口調でそう言い、あっさりと自分とハチマンを解放した。

 

「これはつまらない結末になっちゃったわねぇ……」

「まあもう一回相手してやるよ、さすがに今のは消化不良だろ」

「まあハチマンと固く抱き合えたのは良かったかなぁ」

「平然と恥ずかしい事を言うなよ、あれはどう考えてもそういうんじゃないだろ」

「え~?乙女の初めてだったのになぁ」

「お前、その発言は誤解を生むから絶対に誰かに言うなよ」

「ちぇ~っ、それじゃあ次、早速いこっか」

「おう、今度は最初からお互い本気でな」

 

 二人は再びにらみ合い、再び二人の戦いが始まった。

 

「それが神珍鉄パイプの真の姿か」

「うんそう、まあこんな感じ。私の鉢金は、この姿を維持する為の燃料タンクだわねぇ」

 

 リョウが構える神珍鉄パイプの先からは、先ほどの連続する輪の構造体が揺らめいていた。

 

「ふっ」

 

 リョウがそう掛け声をかけ、ハチマンに襲いかかった。

直線で迫ってくるその軌道は、ハチマンにとっては一番カウンターを取りにくい攻撃である。

しかもリョウが、攻撃中に力を入れる方向を変えると、

先端部分がそのままハチマンに迫るように、ぐにゃりと曲がってくるのだ。

 

(これはやりにくいな)

 

 平然とその攻撃をかわしているようなそぶりを見せながら、

ハチマンは内心でそう思っていた。元々直線軌道を通ってくる武器は苦手なのだ。

ハチマンがアスナを苦手とする理由はそれである。

その力の入れ具合からして、刺突系の武器にはカウンターの効果は薄いのだ。

 

(さてどうすっかなぁ、この場合はやはり、攻撃を流しつつ懐に入るのが定石なんだが、

中々そのチャンスが来ないんだよなぁ)

 

 その考え通り、今のリョウは遠距離での戦闘に徹しており、

ハチマンはチャンスを掴むのに四苦八苦していた。

 

(やっぱり肉を斬らせるしかないか)

 

 そう考えたハチマンが動こうとした瞬間に、リョウの動きが変わった。

神珍鉄パイプを横に大きく振り回し始めたのだ。

 

「おっと」

 

 ハチマンはその不意打ちを受け、大きく飛び退いた。

その瞬間にリョウは、ピタリとその先端をハチマンに向けた。

 

(やばい、今度ははなから伸び縮みしないって決めつけてたが、

そんな保証はどこにも無いじゃないかよ)

 

 そう判断したハチマンは、神珍鉄パイプの先端をじっと観察し続けた。

 

「ここだ!」

 

 神珍鉄パイプの先端は一見すると何も変わらないように見えたが、

ハチマンはそこから何かを感じ取り、その先端目掛けて突っ込んだ。

そしてリョウの目の前でハチマンが身を沈めた瞬間に、

神珍鉄パイプの先端の輪の中から魔法の弾丸が飛び出した。

 

「魔法銃だったのかよ!」

 

 ハチマンの頭の上ギリギリを魔法の弾丸が通り過ぎ、

ハチマンはそのままリョウの懐に飛び込んだ。

だがその目の前に、まさかのリョウの足の裏が立ちはだかった。

どうやらリョウはハチマンの行動を予想しており、そこに蹴りを放ったようだ。

 

「いらっしゃ~い」

 

 リョウは命中を確信してそう言ったが、その攻撃は空振りした。

 

「あれ?」

 

 その瞬間にリョウの頭に衝撃が走った。

ハチマンはリョウが蹴りを放ってくる事を、その筋肉の動きから察知しており、

リョウに察知されない本当に蹴りの直前のタイミングで前方宙返りをし、

そのままリョウの脳天にかかと落としをくらわせたのだった。

そしてそのままリョウは地面に背中から倒れ、回転の勢いのままハチマンは、

リョウに対してマウントを取る形となった。

当然リョウの首には、雷丸が突きつけられている。

 

「はぁ、負けちゃったかぁ」

「中々いい戦いだったな、相手の動きを予測するような戦いは久々だったが、

まあ上手くこっちに天秤が転んでくれたわ」

「はぁ、まあ楽しかったからいいか、はいギブアップギブアップ」

「これで多少は満足したか?」

「まあねぇ、でも一つだけ言わせてもらっていい?」

「ん、別に構わないが、何をだ?」

「ハチマンさぁ、私の足をじっと見てたんだよね?

それじゃあ当然見たんだよね?私のぱんつ」

「びゃっ!?」

 

 ハチマンは思わずそう口に出した。まるで先ほどのリョクのように。

 

「やっぱりかぁ、うんうんなるほどねぇ」

「いや、それは不可抗力だ、俺が見ていたのはあくまでお前の足であってだな……」

「まあ減るもんじゃないから別にいいけどねぇ、

何だったら勝者の権利としてもう一回見とく?」

「お前、緊迫した戦いが色々台無しだろ!」

「ちなみにこれ、普通に伸び縮みもするんだわ」

「マジかよ、シンプルな分、厄介だな」

 

 こうしてハチマンはリョウを退けた。そのついでに今日一日で姉妹のうち、

先ほどのリクも合わせて、三人のぱんつを見るという偉業を成し遂げる事となったのだった。



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第697話 幸せへの道筋

「思った通り、やっぱりハチマンって強いわねぇ」

「いい勝負だったな、装備を使いこなしたら次は危ないかもしれないな」

「とか言ってまだまだ余裕があったんじゃない?」

「まあ確かに限界ギリギリじゃなかったが、いい勝負だったのは間違いないと思うぞ」

「私もまだまだだわねぇ」

「まあこれからは素材狩りとかに行くのにチームワークが大事になるだろうから、

個人の強さを求める前に、そっちの連携を高めるようにした方がいいだろうな」

「チームワークかぁ、確かに今まで通りじゃ厳しい場面も出てきそうよねぇ」

「とりあえず参謀役が必要だよな、多分リョクになると思うが」

「まあそうだわねぇ、ねぇ八幡、たまにあの子を鍛えてあげてくれない?」

「あ~、そうだな、それじゃあうちの戦闘に混ぜるとするか」

「宜しくねぇ」

 

 そんな会話をかわしながら、ハチマンとリョウは仲間達の所に戻った。

 

「ハチマン、お茶だ」

「おうキズメル、ありがとうな」

 

 キズメルが用意してくれたお茶を飲みながら、一同は雑談しつつ休憩する事にした。

 

「ねぇハチマン、あのパイルバンカーっての、扱いが難しいんだけど」

 

 最初にリオンがいかにも悩んでますという顔でハチマンに話しかけてきた。

 

「ん、あれに難しい要素なんてあったか?」

「というか、どういう時に使えばいいのか分からないの、あれって遠隔攻撃武器だよね?」

 

 その言葉にハチマンは、自分の失敗を悟った。

 

「ああ……すまん、とりあえず自由にやってもらってたが、

確かにあれの事をそう思っちまっても仕方ないよな。

あれはな、遠隔攻撃にもまあ使えるが、基本は近接戦闘用の武器なんだ。

リオンの場合は懐に入ってきた敵の体にロジカルウィッチスピアの先端を当て、

そのままぶっ飛ばしてやればいいんだよ」

「ああ~!あれってそういう武器なんだ!」

「そういう事だ、もっと早く説明しておけば良かったな、悪い」

「ううん、私も思考が硬直してたみたい、そっか、私は懐に入られると弱いと思うから、

その弱点をカバー出来るのは凄くいいかも」

「頑張って慣れてくれな」

「うん」

 

 そしてリオンはアサギに協力を仰ごうとしたのだが、

アサギが時々口をパクパクさせながらじっとハチマンの方を見ていた為、

一体どうしたんだろうと思い、そっとアサギに尋ねた。

 

「アサギさん、もしかしてハチマンに何か言いたい事でもあるの?

ごめんなさい、私ばっかり長々と話しちゃって」

「あ、ううん、確かにあるんだけど、今ここで話していいものかちょっと迷っちゃって……」

「ああ、って事はリアル絡みの話?」

「うん、まあそんな感じ」

「それじゃあハチマンと二人でちょっと離れた所に移動すれば?」

「出来ればリオンちゃんにも聞いて欲しいのよね」

「そうなんだ、それじゃあ二人でハチマンに話してみよっか」

「ありがとうリオンちゃん」

 

 そして二人はハチマンにその事を伝えた。

 

「ん、リアルの話?まあこの六人は大丈夫なんだが、とりあえずリビングにでも移動するか、

え~っと、あいつらは何か話してるな、多分連携に関する相談だな」

 

 ハチマンは六姉妹の方を見てそう判断し、キズメルを呼んだ。

 

「悪いキズメル、アサギさんとリオンとちょっと話があるから、

俺がどうしたのかあいつらに聞かれたら、そう説明しておいてくれ」

「ああ、任せておくがいい」

「悪いな」

 

 こうしてハチマン達三人は、とりあえずリビングに移動する事となった。

 

「で、何か俺に話があるんだよな?」

「あ、そんな深刻な相談とかじゃないからね」

「そうなのか、まあ話してくれ」

「うん、実は……今度映画で主演をやる事になったの」

「「おお!」」

 

 二人はそのアサギの言葉にとても喜んだ。

 

「うわぁ、遂にアサギさんが主演かぁ、絶対見に行かなくちゃね」

「初日の舞台挨拶の席をいくつか押さえるか」

「公開は来年だから、まだまだ先だけどね」

「どんな内容なの?」

「不思議系恋愛映画らしいわ、まだシナリオを読み込んでないんだけどね」

「そうなんだ、どんな話なんだろう」

「内容は後のお楽しみって事で、二人とも、喜んでくれて本当にありがとう」 

 

 アサギは満面の笑顔で二人にお礼を言った。

 

「ところで当然うちはその映画のスポンサーになってるんだよな?」

「ええ、有り難い事にね」

「そうかそうか、もしアサギさんの主演に文句を言ってくる奴がいたり、

撮影を妨害してくるような奴らがいたら直ぐに教えてくれ、俺が潰しておくから」

「あ、あは……それだけ聞くと、凄く悪い人みたいね」

「敵にとっては悪い人で間違いない」

「それもそうね」

 

 そう言ってアサギはクスリと笑った。

 

「芸能界のしがらみを考えずに純粋に演技に集中出来るのって、幸せよね」

「それが本来あるべき姿なんだろうけどなぁ」

「その点では本当に感謝してる、私、頑張るね」

「おう、少なくともここにいる二人はずっとアサギさんのファンだから、

ファンがいなくなるという事だけはないと保証しておく」

「アサギさん、頑張ってね!」

「うん、本気で頑張る!」

 

 二人の心からの応援に、アサギは嬉しそうにそう答えた。

 

「さて、俺はあいつらと話をしてくるわ、家にも送ってやらないとだしな」

「私はさすがにそろそろ落ちるわ、勉強の途中で寝たら先生に怒られちゃうもの」

「私も夜更かしはお肌に悪いから寝ようかな」

「アサギさんは大事な時期だもんね」

「風邪とかをひかないようにな」

「うん、今回は本当にありがとう、

ソレイユにもらったと言える大仕事だもの、立派にやりとげてみせるわ」

「困った事が起こったら本当に言ってくれよな、大抵の事は権力で何とかするから」

「あはははは、その時はお願いね」

 

 そして二人は落ちていき、ハチマンは姉妹達と合流した。

 

「そういえばリナ、ちょっといいか?」

「何なのな?」

「さっきリナが使ってたあの六つ同時の強化魔法な、あれは普通の奴には出来ないんだ、

だからおかしな事にならないように、今この場にいる奴以外には、

強化魔法は一つずつかける感じで頼むわ」

「そうなのな?まあハチマンがそう言うならそうするのな!」

「ありがとな、リナ」

「どういたしましてなのな!」

 

 とはいえ今は総MPが少ないからそこまで強くはないが、

いずれリナの力が必要になる事があるかもしれないと思いつつ、

ハチマンは姉妹達の新装備を個別に脳内で検証していた。

 

(リクの詠唱短縮は、呪文の一部を固定で省く感じになるから大魔法には使えないが、

リクのスタイルだと小魔法を連打出来る分ピタリとはまってるな、

リクの発想力が普通じゃない分いずれ化けるかもしれん。

リョウとリンはそこまで特殊な装備じゃないが、

どっちも初見殺しだよなぁ……魔法銃を鈍器に使うとか、

ナックルに斬属性をつけるとか、ナタクの奴最近は本当に自重しなくなってきたな、

まあしかし、リツとリナが回復と補助を担当すれば、

こいつらはきっと強いチームになるだろうな、あとはリョクがうちで経験を積めば……)

 

 ハチマンは姉妹達の強さが増した事を素直に喜んだ。

これで自活への道筋もきちんと立てられたはずだ。

 

「六人とも強くなったな、これなら俺も安心だ」

「お、お墨付きだわねぇ」

「やったのな、ハチマンに褒めてもらったのな!」

「まあ俺は元々強かったけどな」

「みんなは私が守る!」

「これで私もしっかりとリョウ姉とリン姉のフォローが出来るじゃん」

「回復は任せてにゃ!」

「まあくれぐれも無理だけはしないでくれよ、あとこの世界を楽しんでくれると嬉しい」

 

 ハチマンはそう締めくくり、姉妹達を家まで送った。

街から街への移動の為、危険がある可能性は皆無であったが、

ハチマンは、自分が見ていない所で姉妹の身に何か起こった場合、

悔やんでも悔やみきれないと思い、特にこれから何か用事がある訳でもなかった為、

自分に出来る範囲で出来る事はきちんとやろうと考えたのだった。

 

「ハチマン、今日は素敵な装備をありがとねぇ」

「ハチマンには本当にお世話になりっぱなしにゃ」

「私達に出来る事があったらいつでも言ってくれ」

「なのな!」

「今度会うまでに俺も戦いの手札を増やしておくから見てくれよな」

「今度そっちの狩りに参加する時は、指揮の勉強をさせてもらうじゃん」

 

 姉妹達は口々にそう言い、ハチマンは六人に笑顔で別れを告げた。

 

「今日は楽しかったな、それじゃあまたな、みんな」

 

 去っていくハチマンの姿が見えなくなるまで、姉妹達はずっと手を振り続けていた。

 

 

 

「ふう、とりあえずあいつらの事はこれで安心か、

中級プレイヤー位じゃもう相手にもならないだろうな」

 

 八幡はそう呟きつつアミュスフィアを外そうとしたが、両手がまったく動かせない。

 

(どうなってるんだこれ……何かに拘束されているような……

というか俺は確か、リビングのソファーでログインしたはずじゃなかったか?)

 

 八幡はアミュスフィアを外すことが出来ず、

顔を上げて視線を限りなく下に向ける事で、状況を把握しようとした。

 

(あれは……姉さんと優里奈?まさか二人で俺を運んでベッドに寝かせたのか?

で、そのまま寝ちまったって事か?)

 

 八幡はそう推測し、途方にくれた。

 

(二人とも気持ち良さそうに寝てやがる……さすがにこの状態で起こすのは二人に悪い、

だがとりあえず手が自由にならないと脱出する事も出来んか……)

 

 だが八幡の両手はガッチリとホールドされ、ピクリとも動かせない。

 

(マジで勘弁してくれ……まあしかし、視界が塞がれていたのは不幸中の幸いだな、

もし二人の見えてはいけないところが見えていたらまずいからな)

 

 その瞬間にガツンという音と共に、八幡のアミュスフィアが弾き飛ばされた。

見ると陽乃の右手が顔の横にあり、どうやら陽乃が寝返りをうつか何かして、

アミュスフィアが弾かれたのだと推測された。

 

(よし、視界が開けた、これで何とか腕を……)

 

 そう呟いた八幡の目に飛び込んできたのは、

胸の谷間に八幡の右腕を抱え込む優里奈の姿と、

だらしない顔で色々とあけっぴろげにした状態で、

八幡に重なるように仰向けで寝ている陽乃であり、八幡は慌ててそこから目を背けた。

 

(おいおいおい……だがこれは……

優里奈の方はともかく姉さんの方は何とかなるかもしれん)

 

 八幡はそう考え、まるで蟻の歩みのようにじりじりと左手を抜いていった。

幸い陽乃が気付く気配はない。

 

(よし、もうすぐだ……)

 

 そして遂に八幡の左手は自由になった。

だがそこで八幡は気付いた、左手が自由になっても、

優里奈に完全に拘束されている以上、動く事が出来ないという事に。

 

(これは参ったな……せめて優里奈が腕を離してくれれば……)

 

 だがいくら待っても優里奈が動く事は無かった。

まるで本能で八幡の傍を離れる事を拒んでいるかのように。

そうこうしている間に、陽乃が八幡とは反対側にごろんと転がり、

チャンスだと思った八幡はそこで目を開け、手を腰のあたりにつき、半身を起こそうとした。

だがよりによって陽乃は再び転がり、元の位置に戻った八幡の手を抱え込んだ。

 

(だ、駄目だ、これはどうにもならん……)

 

 そのまま八幡は疲れていた為か、いつしか眠りについた。

 

 

 

 その次の日の朝、八幡が目覚めると、二人は昨日のままの体勢ですやすやと眠っていた。

 

(今は……七時か、この時間なら起こしても問題ないだろう)

 

 八幡はそう考え、二人に声をかけた。

 

「おい優里奈、姉さん、そろそろ朝だぞ、いい加減に俺を解放してくれ」

「う、うう~ん」

「すぅ、すぅ……」

 

 その声に二人が反応する気配はない。だが八幡は二人が薄目を開けたのを確認していた。

 

「おい、寝たふりをするな、起きてるのは分かってるんだぞ!」

 

 八幡の悲鳴にも似たその叫びを二人は無視し、

むしろ八幡の腕を強く抱くという暴挙に出た。

 

「おいこらいい加減にしろ、お前ら絶対にわざとやってるだろ!」

 

 だが二人はそんな八幡を完全に無視し、まったく動こうとはしない。

 

「マジでもう勘弁してくれ……」

 

 その状態はそれから三十分程も続き、やっと解放された後に八幡は、

二人をベッドに正座させて説教をしようとした。だが二人はその瞬間に再び八幡の腕を抱え、

八幡をベッドに押し倒した。

 

「お前らな!」

「え~、何?聞こえませ~ん!」

「八幡さん、今何か言いましたか?」

 

 二人はそう言い、八幡はさっき完全に解放された時に逃げ出しておけば良かったと、

自分の行動を激しく後悔した。その攻防はそれから十分ほど続き、

そろそろ学校や会社に行く準備をしないとまずい時間になって、

やっと八幡は解放されたのだが、当然説教をする時間などまったく無かったのであった。

そして陽乃はそのままソレイユに向かい、八幡は優里奈を学校に送る事にした。

その道中の事である。

 

「おい優里奈、今朝は……」

「今朝は本当にごちそうさまでした!」

「ごちそうさまって何の事だ!?」

「ふふっ、何でしょうね」

 

 八幡はその笑顔を見て、結局何も言えなかったのであった。




このエピソードはここまで!この辺りから本編がじわじわと進んでいくはずです!


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第698話 とある日の八幡の放課後

ここから新しいエピソードです!


 最近の八幡は基本、日曜以外は最低一回はソレイユに顔を出す。

明日奈らと約束があって顔を出せない日もあるが、

この日の放課後も八幡は、いつも通りにソレイユへと到着し、

受付にいたかおりとえるに軽い感じで挨拶をした。

 

「よっ、今日はどうだ?何か変わった事とか厄介事は無かったか?」

「うん、何もないよ八幡、じゃなくて……何もありませんわ、次期社長」

 

 そのかおりの気取った言い方に、隣にいたえるが思いっきり噴き出した。

 

「かおり、その喋り方はさすがにどうかと思う」

「えっ、今の私、凄くお淑やかそうじゃなかった?」

「そう思わせるにはかおりには絶対的に色気が足りない、あと最近化粧が濃い」

「うっ……実はこのところ、ちょっと夜更かしでさ」

「あれか、リアルトーキョーオンラインのせいか」

「うん、あの子達と一緒にいると、時間の感覚が無くなっちゃうんだよね」

「あいつらは基本夜更かしだからなぁ、

まああいつらの面倒を見てくれてありがとな、かおり」

「あ~あ、その子達、私のやってるゲームにはいつ来てくれるんだろ」

 

 その会話を横で聞いていたえるが、二人に割って入った。

 

「ウルシエルは何のゲームをやってるんだったか?」

「もう、私を天使扱いするのはいい加減やめて下さい、

これでも地元じゃ男前で通ってるんですからね!」

 

(それって女性に対する褒め言葉なのか……?)

 

 八幡はその言葉にそんな感想を抱いたが、本人がいいならそれでいいかと思い、

えるに倒して曖昧に頷く程度に留めた。

 

「えっと、今私がやってるのは、『天魔ウォーズ』っていう天使と悪魔が戦うゲームですね」

「…………………お前はどっちの軍なんだ?」

「そんなの天使軍に決まってるじゃないですか、かわいいですし」

「お前さっき、私を天使扱いするのはやめてくれとか言ってたよな、

それなのにプライベートじゃ普通に天使をやってんじゃねえか!」

「まあそういう説もありますね、名前もそのまんまウルシエルですし」

「説とか意味が分かんねえよ、ってか名前まで一緒かよ!」

「仕方ないじゃないですか、もうすっかり呼ばれ慣れちゃってるんだし、

これって全部八幡さんのせいですからね、

責任をとって初詣はうちの神社に来てお賽銭をはずんで下さい」

「いきなり俗っぽい話になったな……まあいい、来年はキョーマ達と一緒に行くわ」

「約束ですからね!出来れば封筒に入れて、『えるへ』って書いておいて下さい!

そうすればお父さんも、文句を言わずに素直に私にそれを渡してくれると思うので!」

「お前も神職の娘なら、もっと神様に敬意を持て」

 

 八幡は呆れた顔でそう言い、自分の部屋に向かいかけてピタッと足を止めた。

 

「そういえば多分だが、もうすぐ受付に和人の妹の直葉が入ってくると思うから、

ちゃんと二人で面倒を見てやってくれよな」

「直葉ちゃんね、オッケー、任せて!」

「やった、新しい後輩だ!色々教えてあげなくちゃ!」

「おかしな事は教えなくていいからな、ウルシエル」

「大丈夫ですよぉ、私がおもちゃにするのはうちの弟だけです」

「………るかがかわいそうだからやめてやれ、

あとかおり、俺に対して丁寧な言葉を使うのは、

五年後くらいからでいいから今は普通にしといてくれ」

「五年後?ああ、大学を卒業して就職するまでって事ね、ってか現役で受かる気満々なんだ」

「いやいや、こうして日々、自分にプレッシャーをかけてるんだよ」

「まあ頑張って」

「ああ、それじゃあ二人とも、またな」

「うん、また!」

「初詣の約束、忘れないで下さいね!」

「おう、何かあったら部屋の方に連絡してくれな」

 

 そう言って八幡は自分の部屋へと向かった。

八幡の部屋は、社長室から見て秘書室を挟んで反対側にある。

その扉を開けると、そこにいたのは桐生萌郁であった。

萌郁は癖になっているのか、指で自分のデスクを一定間隔でトントンと叩いている。

本来は薔薇とクルス、それに南が八幡付きになる予定なのだが、

クルスと南はまだ正式に入社しておらず、

現状は薔薇と他数名の秘書が陽乃に付いて秘書業務を行っており、

そちら方面の人手がまったく足りていない為、

臨時扱いという事で、八幡はソレイユを訪れる前に毎回萌郁に連絡を入れており、

秘書扱いとしてこうして部屋にいてもらっているのであった。

 

「今日も悪いな萌郁」

「ううん、これも仕事だから」

「FBはよくしてくれてるか?」

「うん」

「そうか」

 

 八幡は萌郁に頷くと、ここにいる事が多いが今はいない、もう一人について尋ねた。

 

「今日はレヴィはいないんだな」

「今日は社長のお供でレクトに行ってる。材木座君も一緒」

「材木座か、あいつはレクト番だからなぁ、そういえば最近あいつを見た覚えがないな、

たまには飲みにでも誘ってやって、話でもするかなぁ」

 

 以前は基本八幡の傍を離れなかったレヴェッカは、

萌郁の加入によって八幡の護衛任務の負担が減った為、

陽乃が外出する時の護衛任務も行うようになっていた。

レヴェッカが今日のように陽乃について動く時は、基本萌郁が八幡に付いている。

ちなみに八幡が外出する時は、萌郁が密かにその後を付いていき、

周辺の監視やらの護衛業務を行っていたりするのである。

 

「で、レクトには何の用事だって?」

「カムラ社が例のALOとGGOとAEの共通ログインシステムを利用したいらしくて、

それに対してどうするかの相談と、

リアルトーキョーオンラインの版権買取希望が来たらしく、その事について相談したいとか」

「あ、あれってレクトのゲームだったのか、買取なぁ、ふ~ん、

つまりオーグマーでそんな感じのゲームを出すって事なんだろうな」

「うん、多分」

「まあ特に重要な事じゃないな、共通規格が広がるのは業界全体にとっていい事だしな」

「それはそう思う」

「お、今日は姉さんから何かあるのか、もしかしてそれ関連か?」

 

 そして八幡は自分のデスクに座り、その上に置いてあった報告書に視線を向けた。

これは会社的には正式なものではなく、八幡に言っておいた方がいいと判断された物と、

意見を求めたい物が陽乃の気分で置かれるという、何とも大雑把なシステムとなっていた。

 

「最初は麻衣さんの映画の件か、って手書きのイラストかよ、姉さんも多芸だよな」

 

 一枚目の紙にはデフォルメされた麻衣の絵が書いてあり、

その下に陽乃の字で『麻衣ちゃん映画主演おめでとう!』と書かれてあった。

 

「ぷっ、なぁ萌郁、これって結構似てるよな」

「麻衣ってあの桜島麻衣?それなら確かに似てる……と思う」

「だよな、これは永久保存しておくか」

 

 最近の萌郁は八幡と一緒の時はそれなりに喋ってくれるようになった。

萌郁はFBが趣味で経営しているブラウン管工房にもたまに顔を出すようで、

その関係でキョーマともそれなりに親交があるようなのだが、

話によると萌郁は、キョーマが相手の時は、基本携帯のEメールで会話をしているらしく、

キョーマには『閃光の指圧師(シャイニング・フィンガー)』と呼ばれているらしい。

要するに、まだ誰とでもこうやって話せる訳ではないという事のようだ。

だが少なくとも八幡が相手の時は、萌郁はぶっきらぼうながらもちゃんと話してくれる為、

八幡はその事に関しては満足感を抱いていた。

 

「あれ、この映画ってレクトもスポンサーになってるのか、

さすがは章三さん、麻衣さんの将来性に気付いたか」

 

 八幡は満足そうにそう呟き、次の項目を見て目を見開いた。

 

「スポンサーに対してのロケ見学の案内?つまりこれは俺に行けって事か……

日曜だし行ってみっかなぁ、メンバーはとりあえず明日奈と理央でいいな、

後はそうだな、毎回陰から見守っててもらうってのもアレだし、

萌郁、このロケ見学ってのに俺達と一緒に行くか?」

 

 その八幡の提案に、萌郁は目を見開いた。

デスクを一定のリズムで叩いていた指が、今はまるで何かの曲のように、

リズミカルにトントントトンと叩かれていた。

これは最近八幡が発見した、萌郁が機嫌がいい時の合図である。

 

「………いいの?」

「おう、当たり前だろ」

「………………行く」

「そうか」

 

 八幡はその返事に満足そうに頷いた。

 

「そういえば萌郁は映画とかはたまに見たりするのか?」

「それなりに」

「それなりか、俺はさっぱりなんだよな。もしかして映画を見るのが好きなのか?」

「ううん、単に一人で出来る事だからってだけ」

「…………」

「…………」

 

 八幡は、萌郁が好んで一人でいたいならそれはそれで構わないが、

微妙に諦めが伴うその答えを聞いて、どうしたものかなと考え、

咄嗟の思いつきで萌郁にこう言ってみた。

 

「一人でなぁ、う~ん、今何か面白そうな映画がやってたら、

今日の会社からの帰りにでも俺と一緒に見に……」

「行く」

 

 萌郁は八幡が最後まで言い終えないうちにそう被せてきた。

いつもの萌郁からは考えられない積極的な行為であり、

おそらく上機嫌なのであろう、萌郁の指トントンが、

先ほど以上にとてもリズミカルに行われていた。

 

「………分かった、それじゃあ後で調べて何を観るか二人で決めるか」

「うん」

 

 そう話が纏まると、八幡は報告書をめくって次の一枚に目を通した。

 

「会社のメインPCの性能アップについて?ふ~ん、次世代技術研究部からか」

 

 そこには性能をアップする方法として、二つの選択肢が提示されていた。

最初からスパコンクラスの高性能のPCを入れるか、

複数のPCを接続してそれに代えるか、どちらかを選んで欲しいというものだ。

 

「こんな専門的な事、俺に分かるかよ……

まあしかし、俺に尋ねるという事は、専門的な議論を尽くした上で、

素人の目先の変わった意見を聞きたいという事なんだろうな」

 

 八幡は勝手にそう判断し、素人目線でこう文書を作成した。

どうやら過去にも同じような事例があったのだと思われる。

 

『PCが一つだと、いざ故障の際に主要業務が停止してしまう可能性がある気がする。

なのでそういった事に対応しやすい複数のPCをリンクする案がいいと思う。

あくまで素人意見なので、最終的な判断はレスキネン部長に任せる。

ニューロリンカーのバーストリンク機能の向上の為には絶対に必要な事だと思うので、

予算に関しては気にせず要求してくれ。

後は姉さんがその金額が妥当かどうか判断してくれると思う』

 

 八幡はそう文書にしたため、そこで手を止めた。

 

「レスキネン部長……?あ、そうか、さっきのロケ、撮影場所は鎌倉だったよな、

レスキネン部長を鎌倉に案内する約束がまだだったから、この機会に誘ってみるとするか、

案内役は理央がいるから問題ないだろ、萌郁はどう思う?」

「きっと喜ぶ」

「だよな、後部座席に明日奈と理央と萌郁に乗ってもらって、

少し狭いかもしれないがそれでいいか?」

「大丈夫、私は細いから」

「!?」

 

 その発言に八幡は意表を突かれた。

 

(萌郁が自分の何かをアピールするなんて珍しいな、まあいい傾向か)

 

 八幡はそう考えつつ、萌郁に向かってこう言った。

 

「そうだな、萌郁は細くてスタイルがいいよな」

 

 その瞬間に萌郁の指トントンが二本に増え、八幡はその初めて見るパターンに、

萌郁は今とても機嫌がいいようだと一人頷いた。



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第699話 八幡と萌郁の脱出行

「さて次はっと……んんん?なぁ萌郁、

『ゾンビ・エスケープ』ってどんなゲームだったっけか?」

「ゾンビが徘徊する街の中で頑張って生き残って最後は脱出するっていうサバイバルゲーム、

基本一人~数人のチームで参加するタイプ」

「本来の意味のサバゲーとは違う意味のサバイバルか、う~ん、これはなぁ……」

 

 ゾンビ・エスケープはALOとGGOに共通ログインシステムが導入された時、

いち早く名乗りを上げて、それに乗っかったゲームの名前である。

だが八幡は、ゲームの名前は知っていても内容までは知らなかったようだ。

 

「萌郁って、基本何でも知ってるよな」

「何でもじゃない、調べた事だけ」

「本当に色々調べてるよなぁ」

「それが私の仕事だから」

「まあそれはそうなんだけどな」

「この報告書に何か問題が?」

 

 萌郁はどこか躊躇うような、その八幡の態度に疑問を覚えた。

横から見たその報告書には、ゾンビ・エスケープの名前と、

AEと同じパターンでイベント提携の申し込み有りというただそれだけが書かれており、

特に何か問題がある提案だとは思えなかったからである。

 

「いやな、明日奈がこういうのを凄く苦手にしているんだよ、

だからここで俺がゴーサインを出したら、後でひっかかれるんじゃないかと思ってな」

「でも断る手はないと思う」

「そうなんだよなぁ、まあ明日奈は不参加だろうしこれは賛成って事にしておこう」

「ちょっと面白そう」

「お、萌郁はこういうホラー系が好きなのか?」

「サバイバル要素に興味がある」

「なるほどなぁ、実は俺も興味はあるんだよな、今度試しに一緒に……」

「やる」

 

 再び萌郁が光の早さでそう即答し、八幡はその迫力に一瞬気圧された。

 

「……そ、そうか」

「うん」

「確かうちには他社のゲームが一通り揃ってるはずだから、

暇を見てちょっとずつ進めてみるか、時間を決めてこまめにセーブすればいいしな」

「ちょっと楽しみ」

「だな」

 

 萌郁のその言葉は嬉しそうな響きを伴っており、

本当に楽しみにしている事がハッキリと感じられた。

 

「さて、次が最後っぽいな、え~とこれは………………………よし、今日はここまで」

「よく見えなかった」

「おう、大した物じゃなかったわ」

「見せて」

「う……」

「見せて」

「いや、その……」

「見せて」

「お、おう……」

 

 八幡は諦めたように、報告書の最後の一枚を萌郁に渡した。

それはいつの間に撮影したのか、先日陽乃と優里奈に拘束された時の写真であった。

どうやら八幡を寝室に運び込んだ直後に撮影された写真らしく、

そこにはアミュスフィアを被った八幡の腕を思いっきり胸に挟み、

ニコニコと満面の笑顔を見せる二人の姿があった。

それを見た萌郁の指トントンが一瞬止まり、

直後に強めに一定のリズムでトントンが再開された。

萌郁の表情は怒ったというより拗ねているようであり、明らかにその機嫌は悪そうに見えた。

 

「い、一応言っておくが、もちろん何も無かったからな」

「私は何も言ってない」

「そ、そうだな……」

「………」

 

 そして二人はしばし沈黙した。

やましい事は何も無いのだが、八幡にとっては胃が痛くなるような時間が続き、

やがて萌郁の表情が拗ねた顔から少し躊躇うような表情に変わったかと思うと、

萌郁は八幡にこう尋ねてきた。

 

「やっぱりこういう明るそうで胸の大きい美人の女の人が好き?」

「せ、世間一般では大抵の奴は好きだろうな、

まあ俺は特にそういった細かい部分にはこだわりは無いけどな」

「二人とも、凄く綺麗な肌をしてる」

「そうだな、健康的でいいんじゃないか?」

 

 八幡は萌郁の地雷がどこにあるのかまだ把握しきれていないようで、

ビクビクしながらそう言った。

萌郁はしばらく無言だったが、やがて何か決意したような表情をすると、

おもむろに立ち上がり、いきなり上着を脱ぎ始めた。

 

「い、いきなり何を」

 

 この萌郁の行為に八幡はびびった。

ちなみにレヴェッカが同じ事をしても、八幡は同じようにびびったであろう。

この二人に共通する事は、リアル戦闘力が明らかに八幡より高いという事である。

正直力ずくで迫られた場合、八幡に成すすべは無い。

だが萌郁からは八幡に迫ろうとする意思は感じられず、

八幡は萌郁の意図が分からず逆に混乱したのだが、その答えはそのすぐ後に出た。

萌郁がインナーの裾をまくりあげ、八幡に自分の肌を見せてきたのだ。

 

「羨ましい、私の体は傷だらけだから………こんな風に」

 

 萌郁の肌は透き通るように白く、一見すると何も無いように見えたが、

よく見るとそこには細かい傷の跡がかなり多くあり、八幡は思わず息を呑んだ。

だが八幡がそれを表情に出す事は無かった。どうやら八幡の強化外骨格は健在のようである。

おそらく過去の任務でついた傷なのだろうが、

八幡は少し悲しそうにしている萌郁の顔をじっと見つめた後、諭すようにこう言った。

 

「俺はお前に守ってもらってる身だ、俺が本当に危ない時とかは、

お前の肌に傷がついてしまうような事があるかもしれない。

だが俺はお前の綺麗な肌が無駄に傷つくような命令は絶対に出さない」

「私の肌が………綺麗?」

「おう、傷なんか関係あるか、俺は綺麗だと思うぞ」

「そう」

 

 それで意識してしまったのか、萌郁は自分が今どんな格好をしているのか理解し、

インナーの裾を下ろして恥らうような表情をした。

 

「とりあえず服を着ろって、まだ暖かいとはいえ、風邪をひいちまったら大変だからな」

「うん………あ、でも………」

「ん、どうかしたか?」

「せっかく今こんな格好をしているんだし………する?」

「な、何をだ?」

「そういう事」

「い、いや、しないぞ」

「そう……」

 

 萌郁は八幡にそう言われ、しゅんとした表情を見せた。

八幡はそれを見て再びおろおろしつつ、慌てて萌郁をフォローした。

 

「お、お前が嫌いだとかそういう事は絶対に無いからな、

少なくとも俺は、嫌いな奴は絶対に傍に置いたりしないし、二人きりになったりもしない」

「そう」

 

 それは先ほどの『そう』とはまったく違う響きを伴っていた。

萌郁はそのまま大人しく服を着ると、

自分の席に腰掛け、トントントトンとリズミカルにデスクを叩き始め、

それを見た八幡は、ピンチが去った事と萌郁の機嫌が良くなった事を理解し、安堵した。

 

「さて、それじゃあゾンビ・エスケープをプレイしてみるとするか」

「うん」

 

 二人はそのままアミュスフィアが設置してあるプレイルームへと移動し、

無事にゾンビ・エスケープのソフトを発見する事が出来た。

実際にはありえない設定とはいえ、多少はリアルっぽさを出そうと、

二人は相談の上で現実の姿でプレイする事を決め、外見スキャンの機能をオンにし、

そのままプレイを開始した。

 

「これはまた……天気が快晴ってのが斬新だな」

「明るい」

「ここはマンションの一室っぽいな」

「テレビがついてる」

「本当だ、ちょっと見てみるか」

 

 そこにはニュース番組が映されており、突然ゾンビが発生した事、

自衛隊が相手をしているが、数が多すぎる上に突然変異種のゾンビが多数いて劣勢である事、

生存者は市庁舎に向かってもらえれば、

その屋上のヘリポートから脱出が可能だという情報を得る事が出来た。

 

「ありきたりだが、いかにも王道って感じでいいよな」

「一番簡単なステージを選んだけど、目的地が結構遠い」

「目的地がここから見えるのか?」

「うん、あの建物が、ニュースに映ってた建物みたい」

 

 マンションの窓から見える市庁舎は、目算で十キロ程度離れているように見えた。

 

「あれか、確かに屋上にヘリポートみたいなのが見えるな」

「とりあえず何か武器が欲しい」

「一般家庭には銃とかはある訳ないよな、あるとすれば包丁とか、ゴルフクラブくらいか」

「うん」

 

 二人はそのまま部屋の探索を始め、台所から包丁を、

そして押入れの中からゴルフクラブを手に入れた。

 

「そのまんまこの二つか」

「噛まれると感染して即ゲームオーバーだとマニュアルには書いてあったから、

射程が短い包丁は危険な気がする」

「俺がそんなヘマをするかよ、とりあえず萌郁はゴルフクラブな、包丁は俺が持つ」

「分かった」

 

 そして二人は十分警戒しながら部屋の外に出た。

 

「俺ならここでいきなり奇襲させるんだがな」

「確かにゲームだからとなめてかかっているプレイヤーに、

気を抜いてると即やられると教えるのには効果的」

「だろ?とりあえず怪しいのは他の部屋の扉か」

「扉か開いたら確かに他の生存者かと思うかも」

「よし、慎重に進むか」

 

 二人はそう結論付け、油断しないように慎重に進み始めた。

そして案の定、三つ先の部屋の扉がギギギと音を立てて開いた。

 

「多分いるな」

「うん」

「どうする?」

「任せて」

 

 萌郁はそう言ってその扉に駆け寄ると、扉を思い切り蹴って閉めた。

そしてグシャッと何かが潰れるような音がして、

二人の目の前にコロンとゾンビの首が転がってきた。

 

「やるな」

「まあこれくらいは」

「よし、このまま進もう」

「背後の警戒は任せて」

「頼んだ」

 

 二人はそのままゆっくりと進み、エレベーターホールへとたどり着いた。

すぐ近くには非常階段へと続く扉もある。

 

「ここでエレベーターを使う手は、まあ無いよな」

「でもここはかなりの高層階だから、階段で下に下りたら敵とのエンカウントが凄そう」

「確かにそうだよなぁ」

「点検口から上に上がってエレベーターの屋根にいれば、敵が襲ってきても安心?」

「そうだな、定番だよな、でもちょっと気になる事があるんだよな」

「何?」

「さっき初めてこのエレベーターに近付いた時、上の方からおかしな音がした。

だからもしかしてその手段をとると、上から敵が襲いかかってくるかもしれん、

おそらくいるとしたら、特殊な動きをするゾンビだろうな。

安易な手段をとるなという開発からの警告なんだろうと思うが、どう思う?」

「確かにそれはあるかも」

 

 萌郁もその八幡の意見に同意した。

先ほどの部屋の中から現れたゾンビの事もあり、いかにもありそうな話だと思ったからだ。

 

「それじゃあ階段を下りる?」

「いや、ここはやはりエレベーターでいこう」

「大丈夫?点検口から敵が侵入してくる可能性もあるんじゃない?」

「まあ見てろって」

 

 八幡はそう言って、萌郁と共にエレベーターに乗り込むと、最上階のボタンを押した。

 

「なるほど」

「いいだろ?」

「うん」

 

 そして最上階に到達した瞬間、上から何かが潰れるような音がした。

エレベーターと最上階の壁に挟まれて、敵が死亡したらしい。八幡の思惑通りの結果である。

 

「ほい、一丁あがりっと」

「問題はこのドアの向こうに敵がいるかどうか」

「どうだろうな、まあいたらいたで倒せばいいさ」

「分かった、任せて」

 

 そして萌郁はゴルフクラブを振りかぶり、敵の出現に備えた。

次の瞬間にドアが開き、萌郁はゴルフクラブを振るったが、

幸いにしてそこに敵の姿は無かった。

 

「いないね」

「だな、ちょっと屋上から周囲の様子を見てみるか?」

「それはいいかも」

「一応給水塔の上とかに敵がいる可能性も考慮するか」

「うん」

 

 そして二人は屋上へと一歩足を踏み入れ、敵がいない事を確認すると、

屋上の手すり近くへと向かい、周囲の様子を観察し始めた。



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第700話 二人のチームワーク

ついに700話に到達しました!今後とも宜しくお願いします!


「クリア」

「こっちもクリアだ、屋上には敵はいないらしいな、さてと……」

 

 屋上の安全を確認した二人は、情報収集の為に周囲の確認をする事にした。

 

「あそこが目的地として、周辺はっと……

うわ、もしかして下に見えるあの動いてるのが全部ゾンビなのか?」

「多分」

「これはやっかいだな、完全にパンデミック状態なのか」

「中に動きが素早いのが混じってる、あれがきっと突然変異」

 

 八幡は萌郁にそう言われてじっと下を見た。

確かに下に蠢くゾンビの中に、異常に速いゾンビや、

ぴょんぴょん跳ねているゾンビが混じっている。

 

「ふ~む、とりあえずはまともな武器が欲しいよな」

「銃なら警察にあるはず」

「確かに定番だよなぁ……警察署はあそこか、反対方向になっちまうな」

「このビルの三階から隣のビルに移れそう」

「だな、下から出るよりはあそこの方が……むっ」

「敵がこのビルに集まってきた」

「これは……時間制限付きって奴か、多分一定時間が過ぎると、

スタート地点であるこのビルに敵が殺到してくるようになってるんだろうな」

「どうする?」

「とりあえずエレベーターで五階まで降りて、そこから外を伝って三階まで降りる。

見ろ、あそこの壁に太いパイプが通っている、多分あれを使って下に降りれるはずだ」

「了解」

 

 そして二人はエレベーターに乗り込むと、とりあえず一つ下の階のボタンを押し、

エレベーターを一階分下げてから、天井にある小さな扉から上にのぼった。

案の定そこには潰れたゾンビの死体があり、

二人はそれを見て顔をしかめながらも五階のボタンを押し、

何が出てくるか、そっと様子を伺っていた。

 

「着くぞ」

「うん」

 

 そしてエレベータの扉が開くと、大量のゾンビが中に入ってきた。

 

「うお、もうかなり侵入されてるな」

「どうする?」

「もう少し上の階から何とか降りるしかないか、まあベランダに出られれば何とかなるだろ」

「扉が開いてる部屋があればいいんだけど」

「そういう部屋は中にゾンビがいそうだが、まあそれしかないよな」

 

 直後に当然の事ながら扉が閉じ、エレベーター内には三体のゾンビが残った。

 

「さて、どうするか」

「こっちが姿を見せたらどんな反応をするのか見てみたい」

「なるほど、ここまでは上ってこれないだろうから、ちょっと顔を見せてみるか」

 

 八幡はそう言ってエレベーターの天井の小さな扉を開け、

堂々と顔を覗かせてみた。だがゾンビ達は八幡の方を見る事すらしない。

 

「どうやら視覚は目線より上には向かないみたいだな」

「音は?」

「やってみるか」

 

 八幡はそう言うと、コン、とエレベーターの天井を叩いた。

だがゾンビ達は反応を見せない。八幡は叩く強さを徐々に大きくし、

ちょっとうるさいなと思うくらいの音が出た時、初めてゾンビ達が反応をみせた。

 

「音が聞こえた真下をうろうろしてるな」

「こっちを発見してる訳じゃなさそう」

「なるほど、そういう挙動か」

「多分上にいるプレイヤーに気が付くのは突然変異種だけなのかも」

「だな、萌郁、とりあえずゴルフクラブで八階のボタンを押してくれ」

「うん」

 

 エレベーターはそのまま八階に上がり、扉が開くと外にはまだゾンビは到達しておらず、

中にいた三体のゾンビはそのまま外に出ていった。

 

「よし、降りよう」

 

 二人は音も無くエレベーターの内部に戻り、そっと外の様子を伺った。

 

「右に一体、左に二体」

「よし、俺が左に行く、萌郁は右を頼む」

「了解」

 

 そして二人は左右に分かれ、ゾンビ目掛けて風のように走った。

萌郁は一撃でゾンビの頭をふっ飛ばし、

八幡は包丁を使って立て続けに二体のゾンビの首を刎ねた。

 

「クリア」

「クリア」

「よし、鍵がかかっていない部屋を探そう」

「うん」

 

 二人は手分けして中に入れる部屋を探した。

その結果、一つだけ鍵がかかっていない部屋が発見され、

二人は合流すると、そっとその部屋の扉を開いた。

 

「………中には何もいないようだが」

「とりあえず入ってみる?」

「だな、少なくとも室内がゾンビで溢れてるって事は無いだろ」

 

 二人はそのまま部屋に入り、扉の鍵をかけた。

そして室内をくまなく探索したが、ゾンビの姿は見当たらなかった。

 

「とりあえず使えそうな物を持ってくか」

「この双眼鏡は使えるかも」

「釣竿……?う~ん、アウトドア派な人の家みたいだが、この釣り糸だけ持ってくか」

「この釣り用のベスト、二着あるけど便利そう?」

「おお、これはいいな、ポケットが多いから色々収納出来るな」

「後はこのロープと、ドライバー、ガムテープ……うん、場合によっては使えるかも」

「ちょっと楽しくなってきたな」

「うん、楽しい」

 

 こうして準備を整えた二人は、そのままベランダに出た。

 

「このロープで一気に五階まで行けるな」

「かも」

「ここに結べばいいな」

 

 そして二人はロープを下り始めた。幸いベランダにはゾンビは侵入していないようで、

そのまま簡単に五階まで到達する事が出来た。

 

「よし、後は横の移動だが……」

「さすがにここまで来ると、ゾンビに侵入されてる部屋があるかも」

「ちょっときついが、ベランダの手すりにつかまって、ベランダの外を移動するか」

「三部屋分横に移動するだけだから大丈夫」

 

 二人はそのままベランダにぶら下がり、横に移動を始めた。

 

「いけそうだな」

「うん」

「よし、パイプに着いた、先に下に下りるぞ」

 

 先にパイプに到達した八幡は、パイプ伝いに素早く三階まで下り、

そのままビルの壁を蹴って隣のビルへと着地した。

 

「さて、次は萌郁の番……まずい、萌郁、一度上に!」

 

 その時四階のベランダ、萌郁の足元にゾンビが姿を現した。

そのゾンビはぴょんぴょんと跳ねており、今まさに萌郁の足を掴もうとしていた。

だが萌郁は八幡の叫びを聞いた瞬間に五階に上がり、そこに再びゾンビが姿を現した。

 

「萌郁、こっちに飛べ!」

 

 萌郁はその声に従って宙へと身を躍らせた。

八幡はそんな萌郁の脇の下に手を入れ、くるりと回転して衝撃を逃し、

そのままその場でくるりと回った。

そんな二人を目掛けて四階の変異ゾンビが跳躍してきた。

 

「くっ」

「そのまま回って!」

 

 焦ったような声を出した八幡に萌郁がそう叫び、八幡はそのまま回転を続けた。

そして萌郁は回転の力を手に持ったゴルフクラブに乗せ、

飛んできたゾンビを横殴りにし、下へと叩き落とした。

 

「おお、やるな萌郁」

 

 八幡はそのまま踵を上手く使って回転を止め、トン、と萌郁を着地させた。

 

「上手くいった」

「だな、よし、このままビルを伝って警察方面へと向かうか」

 

 二人は協力し、次々とビルを伝って警察署へ近付いていった。

時には八幡が萌郁を肩に乗せ、やや高い所にあるビルのフロアへと移動し、

時にはビルの中に入り、ゾンビの群れをなぎ倒しながら窓ごしに隣のビルに移動した。

 

「ビル沿いに行けるのはここまでだな」

「そろそろ地上を移動?」

「そうだな……むっ」

 

 その時突然警察署の方から銃声が聞こえた。

 

「何だ?あれはNPCか?」

 

 どうやら二人が近付いた事で、何かのフラグが立ったのだろう、

突然NPCの警察官が多数警察署の入り口前に現れ、ゾンビ相手に銃撃を行い始めた。

 

「ほほう?こんな事も起こるのか」

「どうする?」

「丁度いい、この機会に裏口から侵入だ、

どうせここで警察側が勝つ事は絶対に無いはずだからな」

 

 ここで警察が勝ち、ゾンビを殲滅してしまったらそこでゲームが終わってしまう為、

その八幡の推測は至極妥当であった。

 

「ちょっと急ぐ必要があるかもしれないな、大きい音を立てているせいか、

ゾンビがどんどん集まってきちまってる」

「裏口方面から表にどんどんゾンビが来てるね」

「大チャンスだな、よし、行こう」

 

 二人はそのまま裏口方面に回り、音を立てないように窓ガラスにガムテープを貼って、

ドライバーでその窓を破壊して中に侵入した。

 

「銃の保管庫は………NPCが来る方に進めばいいか」

 

 ここでNPCに発見されたらどうなるか分からなかった為、

二人は最初は慎重に移動し、銃撃音が消えた頃にやっと銃器の保管庫へと入る事が出来た。

 

「おお、色々あるな。俺はこの狙撃銃と、自動小銃……はさすがに無いか、

仕方ない、不慣れだが拳銃で我慢するか、あとはこの警棒をもらうわ」

「思ったより詳しいんだ」

「まあGGOで日々鍛えてるからな」

「私はこれを」

 

 萌郁が選んだのも普通の拳銃であった。

そもそも警察に軍用の銃があるはずもない。

二人は弾薬をバッグに詰め、ついでに他に使えそうな物をぱぱっと手に取り、

即座に元来た道を引き返し始めた。

 

「まだゾンビどもはこっちには来てないな、このまま逃げるぞ」

「待って、もしかしたらこっちに……」

 

 その時萌郁が何かに気付いたように八幡を手招きした。

見るとそこは車庫になっており、パトカーと白バイが何台か停まっているのが見えた。

 

「お、まあ警察署には当然あるよな」

「どうする?」

「車だと道が塞がれていた場合に詰む、ここは白バイだな」

「分かった、後ろに乗って」

「おう、頼むわ」

 

 幸いキーは付けっぱなしであり、萌郁は慣れた手付きでバイクのエンジンを始動させた。

 

「いつでも」

「おう、今開ける」

 

 そして八幡は自動シャッターのスイッチを入れ、萌郁の後ろに座った。

 

「しっかり捕まってて」

「あ、う~……わ、分かった」

 

 八幡は躊躇いながらも萌郁の腰を抱いた。

 

(うわ、こいつ細くねえ?)

 

 八幡は萌郁のプロポーションの良さを改めて実感しつつ、

シャッターの下から数体のゾンビの足が見えた為、

いつ発進してもいいようにしっかり備えた。

果たしてまだシャッターの開き具合が全然足りないうちに、

萌郁は白バイをスタートさせ、車体を斜めにして無理やり公道へと飛び出した。

 

「ふんっ!」

 

 八幡は右手に警棒を持ち、通り抜けざまに周囲のゾンビをなぎ倒した。

 

「これで目的地まで一気に移動出来れば楽なんだが、そうはいかないだろうなぁ」

「そろそろ二時間になるけどどうする?」

「お、もうそんな時間か、安全そうな場所でセーブして、今日はここまでにするか」

「それじゃあ適当な場所に入る」

「白バイの置き場所にスムーズに行ける場所がいいよなぁ」

「そうすると、専用駐車場が併設されている建物、

でもホームセンターとかデパートは多分危ない」

「お、分かってるな、そういう場所にはボスクラスのやばいのがいる可能性が高いからな」

 

 八幡は萌郁の判断をそう肯定した。

 

「塀がしっかりした駐車場付きの戸建てを探すね」

「だな、少し横道に逸れてもいいからとりあえず頑丈そうな建物を探そう」

 

 萌郁はそう言われ、何かを確信したような態度で運転を続け、

あっさりと条件に適合する建物にたどり着いた。

 

「おお、嫌にスムーズだな、もしかして上からある程度の当たりを付けておいたのか?」

「うん」

「やるなぁ、それじゃあ中に入るか」

 

 その家の扉はしっかりと施錠されていたが、

二人はそんなものには目もくれずに壁伝いに二階に上り、二回の窓を割って中に入った。

一応家の内部を調査して安全を確認した二人はそのまま寝室でログアウトし、

ソレイユのプレイルームで目を覚ました。

 

(今日は色々収穫があったな、やはり萌郁は観察力、判断力、戦闘力に優れている、

得がたい人材だという事がよく分かった。問題があるのはコミュニケーション能力だが、

まあ俺がその辺りを考慮しつつ仕事を割り振れば問題ないだろうな)

 

 八幡は、萌郁にもっと色々な仕事をさせてみようと考えつつ、口に出してはこう言った。

 

「ふう、お疲れさん」

「お疲れ様」

「お、二人ともやっと戻ってきたか、飯に行こうぜ飯!」

 

 そんな二人のログアウトを横で待っていたのか、レヴェッカがそう声をかけてきた。

 

「お、姉さんのお供は終わったみたいだな、それじゃあ三人で飯に行くか、

萌郁、この続きはまた今度な」

「うん」

「今日は二人は何をやってたんだ?」

「おう、今度レヴィも一緒にやろうぜ、今日やってたのはな……」

 

 三人はこの日から、急速に戦闘のチームワークを深めていく事になった。



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第701話 にくにク

「おっ、ハー坊、もしかして飯か?今のオレっちは、ガッツリ肉が食いたい気分だぞ」

 

 何を食べようかと話しながら今まさに外に出かけようとしていた八幡達に、

たまたま通りかかったアルゴがそう声をかけてきた。

 

「そうか、それじゃあ一人で美味い肉を食べに行ってこい」

「おいこらハー坊今のオレっちは本当に飢えてるんだ、終いにゃ性的に襲うぞコノヤロー」

「分かった分かった、それじゃあ一緒に行くか」

「いえ~い、肉、肉ダ!」

 

 アルゴはハイテンションで喜んだ。もしかしたら寝不足なのかもしれない。

 

「おっ、アルゴ、随分機嫌がいいな」

「おうよレヴィ、オレっち最近簡単な飯しか食ってなかったから、

今日はがっつりいきたい気分だったんだよ、

でも面倒臭いから結局今日も簡単に済ませちまおうかとか思ってたんだけどよ、

そしたら丁度目の前を財布が歩いてくるじゃねえか、

テンション爆上げになるのは当然だロ?」

「おう、それはアガるな!」

「俺を財布扱いするんじゃねえ!というかお前はもっと社食を利用しろ!

それにそのテンションは寝不足のせいとかじゃなかったのかよ!」

「ぐぬぬ、確かにそうなんだけどよ、あそこは確かに安くて美味いけど、

今日みたいな気分の時に食いたい、値が張る分ガッツリいける料理が無いんだヨ」

「あ~分かった分かった、今度ちゃんとマスターに伝えておいてやるよ」

 

 マスターとはソレイユの社員食堂『ねこや』の店主である。

特に本名を呼ぶ必要が無い為、八幡はそのフルネームを知らないが、親しいのは間違いない。

ただ苗字が山方という事だけは、ネームプレートを見て知っていた。

 

「そういやねこやといえば、あそこのアルバイトの子、個性的だよなぁ」

「ああ、いつも角を付けてる留学生コスプレイヤーのアレッタさんと、

ボソリと喋るのに何故かよく声が聞こえるクロな」

「何故クロっちだけ呼び捨てなんダ?」

「前にたまたま空腹に耐えかねた事があって、

ねこやの終了時間過ぎに何か作ってもらおうかと思って顔を出した事があるんだよ、

で、その時はアレッタさんはいなくて、クロだけがいたんだが、

マスターの好意で賄いのチキンカレーをクロと一緒に食べさせてもらったんだよ、

どうやらクロの奴はカレーが大好物らしくて、その時に俺の三倍くらい食べてやがってな、

それからたまに時間がある時は、

クロを都内の色々なカレー店に連れてってやってるから、その分親しくなったって感じだな」

「はぁ、ハー坊も手広く女に手を出してやがるナ」

「人聞きが悪い事を言うな、ただの飯友だ」

 

 八幡は憮然とした顔でそう言った。

 

「アレッタちゃんは誘ってやらないのか?」

「いや、ちゃんと誘ってるぞ、この前はアレッタさんしかいなかったから、

メイクイーンに連れてってやったしな」

「ああ、レイヤー繋がりカ」

「おう、まゆさんに紹介してやったから、多分一緒にイベントとかに参加するんじゃないか」

「はぁ、ハー坊も手広く女に手を出してやがるナ」

「それはさっき聞いた」

 

 そんな会話を交わしながら三人は、キットは使わず徒歩で近くにある焼肉店へと向かった。

この店はソレイユの社員が多く利用しており、八幡もすっかり顔なじみになっている。

 

「に~く!に~ク!」

「肉は逃げないから落ち着けよアルゴ」

「さて食うか!」

「萌郁も遠慮しなくていいからな」

「うん」

「レヴィは遠慮するタイプじゃないから言うまでもないな」

「おうよ!」

 

 そしてまたたく間に大量の肉が消費され、若干食べ過ぎたのか、

アルゴとレヴェッカはその場でだらしなく横になった。

ここは座敷な為、それを咎める者はいない。

 

「萌郁も苦しかったら横になっていいからな」

「大丈夫、腹八分目」

「何………だと………?」

 

 八幡の記憶だと、萌郁も他の二人に負けず劣らず肉を食べていたはずだ。

だが隣にいる萌郁は涼しそうな顔で、デザートは何を食べようかとメニューを見ている。

 

「おい萌郁、ちょっと腹を見せてみろ」

 

 ここで八幡がいきなりそう言い、ぐったりしているアルゴとレヴェッカも、

その言葉に驚いて体を起こした。

 

「おいおいハー坊、さすがにここでおっぱじめるのはどうかと思うゾ」

「三人同時に相手をするつもりなのはさすがだと思うが、今は勘弁してくれ、腹が苦しい」

「お前らふざけんな!萌郁がまだ腹八分目らしいから、

萌郁のお腹が一体どうなってるのか、好奇心を抑えられなかっただけだ」

「普通にセクハラだろうけどマジかよ、俺にも見せろ」

「凄えなモエモエ、オレっちにも見せてくれよ」

 

 いきなりそう注目を浴びた萌郁は、顔を赤くして下を向いた。

 

「す、すまん、嫌ならいいんだ、悪かった」

「別に嫌じゃない」

 

 萌郁は顔を赤くしたままではあったが、その八幡の言葉には敏感に反応し、

そう言ってインナーの裾をまくりあげた。

 

「うわ、モエモエってばオレっちと腰の細さが変わらねエ」

「ちょ、ちょっと触っていいか?」

「う、うん」

 

 レヴェッカはそう言って萌郁の腹部をつんつんつついた。

 

「おお、内部は綺麗に割れてやがるが、こうして見ると全然分からねえ!」

「そうなのか、やっぱり萌郁は鍛えてるんだな」

「それなりに」

 

 萌郁の腹部はあれだけ食べたのにまったく膨らんだりはしていなかった。

それを確認出来た八幡は、まさか胃が胸の位置にあるとかはないよな、

などと訳の分からない事を考えてしまったが、

目的は達成出来た為、とりあえず萌郁にお礼を言った。

 

「理屈は分からないが、どんな状態かは分かった、ありがとうな、萌郁」

「どういたしまして」

「まだ入るなら、好きなデザートを頼むといい」

「うん」

 

 そのデザートが届く頃には多少消化が進んだのか、アルゴとレヴェッカも復活してきた。

そして四人はそのまま雑談を始めた。

 

「アルゴ、仕事の進み具合はどうなんだ?」

「順調だぞ、AEの件も、先方がほとんど全部やってくれてるから特に負担はないしナ」

「そうか、そういえばカムラが何か動いているようだが……」

「ああ、あれな、どうやらオーグマーの目玉の一つとして、

リアルトーキョーオンラインのAR版の開発を進めるらしいナ」

 

 その言葉を聞いたレヴェッカが、キョトンとしながら横から尋ねてきた。

 

「リアルトーキョーオンライン?何だそれ?」

「今の東京の風景をVRで再現して、そこで敵と戦うゲームらしいぞ」

「へぇ、ファンタジー設定もいいけど、そういうのもいいな」

「そうだな、試しに今度やってみるか?」

 

 だがその八幡の提案は、アルゴによって遮られた。

 

「あ、ハー坊、リアルトーキョーオンラインはしばらくサービス休止になるらしいゾ」

「え、マジかよ」

「別にAR対応版の製作を開始する為に、VR版もしばらくお休みするそうダ」

「そういう事か」

「まあ仕方ねえ、それじゃあゾンビ・エスケープで我慢するとするか」

 

 そのレヴェッカの言葉に今度はアルゴが反応した。

 

「ゾンビ・エスケープ?ハー坊はもしかして、あれをやってみたのカ?」

「おう、ついさっきまで萌郁と二人でやってたわ」

「へぇ、どうだっタ?」

「いやぁ、思ったよりもリアルで面白かったわ、

今日は一番最初のステージを途中までクリアした状態でセーブしてきたけど、

大規模なマップを大人数でやってみたい気もしたなぁ」

 

 八幡はそう言いながら、今日ゲームの中で何があったのか語ってきかせた。

 

「随分慎重に動いたんだナ」

「まあ最初だったしな、特にピンチらしいピンチも無かったし、順調だったよな、萌郁」

「うん、武器も手に入れたから後は簡単だと思う」

「ゾンビ・エスケープの一面は、難易度が高いって事で有名なんだがナ」

「難易度が高い?そうなのか?」

「とにかく敵の数が多いから、基本は数の暴力にやられて死ぬって話だゾ」

「何も考えずに敵にまともに突っ込むからだろ、

ただ家の外に出て目的地を目指したって、そりゃ死ぬに決まってる、

あれは無双ゲーじゃないんだからな」

「まあそれもそうか、プレイヤーのレベルが低いって事だナ」

 

 それから四人はたわいない話をしばらく続け、その日は大人しく帰宅した。

レヴェッカと萌郁は寮であり、アルゴも目と鼻の先のマンション住まいの為、

八幡は一人で自宅まで戻る事にした。

 

 

 

「八幡君、おかえり!」

「お、明日奈、こっちに来てたんだな、それじゃあ戻ってきて良かったな」

「今日は何か面白い事はあった?」

「そうだな……」

 

 八幡は明日奈にゾンビ・エスケープの事を話すかどうかとても迷った。

明日奈が怖がるかもしれないと思ったからだ。

だが特に隠し事をするような話でもないと思い、

八幡は明日奈にゾンビ・エスケープの事を話す事にした。

 

「何それ面白そう、今度みんなで少し大きめなマップをやってみようよ」

「え、あれ、明日奈はオバケとか苦手なんじゃなかったか?」

「うん、オバケは苦手だよ?」

「じゃあどうして……」

「だってゾンビはオバケじゃないじゃない、普通に実体があるんだし、

そりゃ確かに多少気持ち悪いかもしれないけど、剣で倒せるなら別に怖くもなんともないよ」

「そういう基準か……そういえば前に聞いた事があったかもしれん」

 

 八幡はその明日奈の言葉にとても納得した。

だが明日奈がまったく怖がらないのもちょっと悔しいなと思った八幡は、

楽しそうにゾンビ・エスケープの情報を検索している明日奈の隣に何気なく座り、

横から画面を覗き込むと、直後に何かにハッとしたような演技をし、こう言った。

 

「あれ、何だこの音は、ほら、カタカタっていう」

「え?私には何も聞こえないよ?」

「あっ、また鳴った、これって何の音なんだろうな」

 

 八幡はそう言って、部屋の中を調べるフリをした。

明日奈はそれを見て不安になったのか、心細そうな声でこう言った。

 

「な、何かあった?」

「いや、何もないな……ってまたか、一体何なんだこの音は」

「えっ?えっ?」

 

 明日奈は耳に手を当てて、その音とやらを必死に聞こうとしたが、

当然何かおかしな音が聞こえるはずもなかった。

 

「な、何だろうね……」

「何だろうな……」

 

 その時部屋の外で本当にカタンという音がし、それを聞いた二人は思わずビクっとなった。

 

「な、何今の音」

 

 明日奈にもその音が聞こえたのか、明日奈は慌てて正面から八幡に抱きついた。

 

「ちょっと見にいってみるか……」

「う、うん……」

 

 だがそう言いつつも、明日奈は八幡から離れようとはしなかった。

八幡は仕方なくそのまま明日奈を抱えて立ち上がり、入り口の方へと向かっていった。

 

「明日奈、しっかり捕まってろよ」

「うん……」

 

 明日奈は言われた通りにしっかりと八幡の首に手を回し、

同時に両足を八幡の腰に回した。どう見ても誤解されてしまうような格好であったが、

この状況でそんな事を考える余裕は二人にはなかった。

 

「よし、開けるぞ」

 

 八幡はそう言って、少しずつ部屋のドアを開けた。

その瞬間に、何か丸い物が部屋に飛び込んできた。

 

「うおっ」

「きゃっ!」

 

 八幡は思わず尻もちをつき、明日奈はその上に座る格好となった。

そんな二人の方を、「何してるの?」という顔で見つめている二つの目があった。

 

「何だ、カマクラだったのか」

「カマクラちゃんかぁ、びっくりした」

 

 それは比企谷家の愛猫、カマクラであった。

カマクラはあくびを一つし、そのまま八幡の横で丸くなった。

丁度その時、音を聞き付けたのか、小町が慌てた顔で部屋に飛び込んできた。

 

「お兄ちゃんお義姉ちゃん、今のは何の音?」

「おう悪い、ちょっと驚いちまってな」

「ごめんね小町ちゃん、何も無かったから大丈夫だよ」

「………」

 

 だが小町は顔を赤くしているだけで何も言わず、二人は首を傾げつつ、

今自分がどんな状態なのかを改めて眺めた。

 

「あっ!」

「ち、違うの小町ちゃん、これは事故、あくまで事故なの!」

「こ、これからゆっくり時間をかけてお風呂に入るから、

小町には何も聞こえないから安心してごゆっくり!」

 

 そして小町はそのまま風呂場へと走っていった。そんな小町を明日奈は慌てて追いかけた。

 

「八幡君、私も小町ちゃんと一緒にお風呂に入ってくる!」

「お、おう、頼むわ」

「任せて!」

 

 そして明日奈もそのまま風呂場に向かい、

残された八幡は、カマクラを撫でながらため息をついた。

 

「驚かせるなよカマクラ」

 

 カマクラは八幡に撫でられて目を細めながら、

自分は何もしていないとアピールするように、ニャ~ンと鳴いたのだった。



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第702話 その時は徐々に近付く

「小町ちゃん、お義姉ちゃんの話を聞いて!」

 

 その時階下からそんな声が聞こえ、八幡は心の中で明日奈にエールを送った。

そしてここにいても仕方がないと思い、リビングへと移動する事にした。

 

「二人が風呂から出てきた時にすぐ出せるように、冷たい飲み物でも用意しておくか」

 

 八幡はそう考え、あらかじめグラスを三つ冷やしておき、

そのままノートPCを開いて情報収集を始めた。

 

「ALOのアップデート情報?ソードスキルの導入と、オリジナルソードスキルについて?

ああ、ついにこれがくるのか、う~ん、俺も何か作ってみるかなぁ」

  

 八幡はそう呟きつつ、いくつかのソードスキルの型をリビングでなぞってみた。

 

「う~ん、まあ実際にやってみてからまた考えるか」

 

 その時八幡は背後に人の気配を感じ、慌てて振り返った。

 

「何だ明日奈か」

 

 そこには笑わないようになのだろう、口を押さえた明日奈が立っていた。

後ろには小町の姿も見える。

 

「というか明日奈、何でバスタオルを巻いたままなんだ?」

「あ、これはね、急いでたせいで着替えを持たないまま風呂場に突撃しちゃったから、

今から自分の部屋に持ちに行こうと思って」

「お義姉ちゃんって普段は凛としてるのに、時々ドジな事があるよね」

「もう小町ちゃん、八幡君はそういうギャップに萌えるんだよ?」

「それは否定しないが、とりあえずさっさと服を着て来いって」

「うん、八幡君が怪しい動きをしてたから、つい見ちゃってたけどとりあえず行ってくるね、

それにしてもさっきの八幡君の動き………」

 

 そう言いながら明日奈は再び口を押さえ、

八幡はちょっと恥ずかしかったのか、こう抗弁した。

 

「あれはSAOのソードスキルの動きをなぞってただけだ、

今度やっとソードスキルが解禁になるらしいからな」

「あっ、そうなんだ」

 

 明日奈は口から手を離して若干身を乗り出した。

八幡を笑った事に対する天罰とかではないのだろうが、

その瞬間に明日奈の体を覆っていたバスタオルがハラリと下に落ちた。

 

「あ………」

「お義姉ちゃん、またそんなドジっこアピールを……」

「こ、これは別にアピールじゃないから!」

 

 そう言って明日奈は慌ててバスタオルを拾い上げ、再び体に巻いた。

その時の二人の行動にひっかかる物を感じた小町は、腕組みをしながら考え込んだ

 

「小町、どうした?」

「ううん、何かおかしいなって思って………

あ、そっか、二人がちっとも恥ずかしがらないからだ!」

 

 小町は二人を見ながらそう叫んだ。

 

「え?十分恥ずかしがってるつもりなんだが」

「そうだよ小町ちゃん、普通に恥ずかしいよ?」

「え、でも……」

 

 小町はそんな二人の言葉に首を傾げ、まさかと思い二人にこう尋ねた。

 

「ね、ねぇ、二人は今何に対して恥ずかしがってるの?」

「俺のソードスキルの型が変に見えた所だが」

「うっかりタオルを落としちゃったドジな事にかな」

「あ~………やっぱり裸を見たり見られた事にじゃないんだ、そっか、そっかぁ……」

 

 その小町の呟きを聞いて、二人は顔を見合わせた。

二人のその表情は、今更何をという感じだったのだが、よく考えるとそれは、

要するに二人がお互いの裸をある程度見慣れているという事の証明である事に気が付いた。

 

「う、うん、そうだよね、二人ももう大人なんだし、何度も何度もそういう事を……」

 

 そして小町がとんでもない事を言いかけ、二人は焦ったようにこう叫んだ。

 

「き、きゃあ!八幡君、恥ずかしいから見ないで!」

「わ、悪い、大丈夫、肝心な部分はまったく見えなかったから安心してくれ」

 

 そんな二人を小町はジト目で見つめ、二人は素直に謝った。

 

「「ごめんなさい」」

「ん、今更だしどうでもいいよ、とりあえずお義姉ちゃんには服を着てもらうとして、

お兄ちゃん、何か冷たい飲み物を頂戴」

「うん、ささっと行ってくる!」

「待ってろ、もう準備してあるからすぐ出してやるからな」

 

 二人はそう言ってそれぞれ行動を開始し、小町は一人ソファーに腰かけ、ため息をついた。

 

「はぁ、小町もそのうちこういう事に慣れちゃうのかなぁ……

彼氏を作れば分かるのかもだけど、最近のお兄ちゃんを見てると、

他の男がつまらなく見えちゃうから、やっぱり当分彼氏は出来ないんだろうなぁ……

昔はお兄ちゃんに家族の情はあっても、男としては無いなとしか思わなかったのに、

変われば変わるもんだよなぁ、はぁ…………」

 

 それがどうやら小町の密かな悩みのようであった。

 

 

 

 一方その頃、ランとユウキは仲間達と共に、緊急会議を開いていた。

 

「まさかリアル・トーキョーオンラインがサービス休止になるとはね」

「あと一週間かぁ」

「ちなみにALOにソードスキル導入だってよ、どうする?」

「ランとユウキは今すぐALOに行ってもトッププレイヤーとして活躍出来るだろうけど、

ALOはチーム戦な側面もあるからなぁ」

「もう少し連携を深めたいですね」

「ふ~む……」

 

 ランは目を閉じて色々考えているようだった。

そこに誰かからのメッセージが届き、それを読んだランは、仲間達に向けてこう言った。

 

「ハチマンがゾンビ・エスケープを始めたらしいわ、

まあ遊びでちょこっとって感じみたいだけど」

「ハチマンさんが?」

「それって誰情報?」

「アルゴさんよ」

「ああ~、なら確定だね」

 

 ランはユウキに頷くと、アルゴからの情報を仲間達に伝えた。

 

「アルゴさんが言うには、仲間との連携を深めるのに良さそうなゲームだったと、

ハチマンが肉を頬張りながら楽しそうに語っていたみたい」

「ゾンビの話をしながら肉とか……」

「さすがハチマンさんだぜ!」

「なのでそれを踏まえて今後の方針よ」

 

 ランはそう言って一呼吸入れ、続けてこう言った。

 

「リアル・ト-キョー・オンラインの現時点での最強ボスを一週間で制覇する、

その後はゾンビ・エスケープで連携を磨いて、

ピンチの時にどうすればいいかの対応力を磨く事にするわ。

ゲームとしては畑違いなのでしょうけど、そういった部分に関しての応用力は養えるはず。

そしてALOにソードスキルが導入されるのを見計らって、

密かにALOに移動、そこで旗揚げよ。最初は目立たないようにモブ狩り専門にして、

自由自在に飛びまわれるようになったら、次は魔法への習熟作業、

そして同時にソードスキルの作成、これが終わったらいよいよヴァルハラに殴りこみよ。

出来ればヴァルハラとどこかのギルドが激突している時に乱入するのが望ましいわね」

「直でぶつかってくんじゃないんだ、何で?」

「そのほうが目立つからよ」

 

 ランはさも当然という風にそう言った。

 

「そうする事で、同時に敵陣営にも我々が脅威だと見せつけてやりましょう」

「オーケー!それじゃあ早速ボス戦へのフラグを回収していこっか!」

「このゲームでの強い武器も入手しないとね」

「今回は金策もマッハでやらないとまずいなぁ、クロービス、いける?」

「う、うん、最近ちょっと調子が悪いんだけど、AEの百物語クエストの応募も終わったし、

ちょっと集中して頑張ってみる」

「お願いね、信じてるわよ」

「うん、任せて!僕が生きた証をここで立ててみせるよ!」

 

 この時点で金策担当のクロービスの病気はかなり危険な状態まで進行していたが、

その事は既にスリーピング・ナイツのメンバーの中で共有されていた。

だがクロービスはその歩みを止めず、メンバー達も誰も止める事はない。

ここからクロービスは、リアル・トーキョーオンラインのボスクリアの為に、

残された短い時間の中、獅子奮迅の活躍を見せる事となる。

 

 

 

「さて、とりあえず今日はクリアまでいってみるか」

「うん」

 

 次の日、八幡と萌郁はゾンビ・エスケープをクリアする為に再び一緒にログインしていた。

 

「状態は昨日のままだね、室内に敵もいない」

「さて、目的のビル近くまで突っ走るか」

 

 二人はそのまま白バイを使い、最終目的地のビルへと向かった。

 

「ん、思ったよりも敵が少ないか?」

「まるでさっさと中に入れと言わんばかり」

「だよな、これは一階にやばい敵がいるパターンかもしれん、

勝てないとは思わないが、無駄に連戦するのは避けたいよな」

「壁を登ってみる?」

「そうだな、ん、あそこに車が停まってるが、あの上に白バイで上れれば、

あの二階についてるポールみたいな物に手が届くんじゃないか?」

「確かにいけるかも」

「うし、それじゃあやってみるか、失敗したらその時はまた別の方法を考えよう」

 

 二人はそのままその車に向かって走り出した。途中で八幡が何故か荷物を投げ捨てたが、

萌郁は気にせず器用にバイクを操り、ウィリー状態でその車の上に白バイを乗り上げた。

直後に八幡は萌郁の肩に足を乗せ、二階のポールに手をかけた。

 

「よし、いける!」

 

 八幡はそのまま力ずくでポールに体を引き寄せ、二階のポールに両足の膝をかけると、

頭を下にしてブランとぶら下がった。

 

「ゾンビが来てる、萌郁、手を!」

「うん」

 

 そして萌郁はバイクのシートの上に立ち、八幡の手に捕まった。

ゾンビが近付いていた為、萌郁はそのまま白バイを足で蹴って転倒させた。

 

「よし、今引き寄せるからな」

 

 八幡はそのまま萌郁を腹筋の要領である程度まで引き寄せ、

萌郁は萌郁で足を壁面に当てて手を伸ばし、自力でポールを掴んだ。

 

「よし、先に上がるわ」

「了解」

 

 八幡はそのまま一階と二階の縁に立ち、近くの窓に向かって横に移動し、

腰にさしていた銃の銃床で窓ガラスをぶち破り、二人は中に入った。

 

「荷物は惜しかったね」

「大丈夫だ、今回収する」

 

 そう言って八幡は、ポケットに入れていたらしい何かを取り出した。

 

「それは?」

「釣糸を巻く為の道具だな、荷物にくくりつけて、ポケットの中に入れといたんだよ、

自由自在に糸が出ていく状態にしてな」

 

 その言葉通り、その糸は捨てた荷物まで伸びていた。

八幡はその糸をたぐり、弾丸等が入ったその荷物を二階まで手繰り寄せた。

 

「よし、オーケーだ」

「さすがというか、抜け目ないね」

「過分なお褒めの言葉、光栄だよ」

 

 そして二人はその荷物で装備を整え、二階通路に繋がるドアを開けた。

 

「ゾンビはいないようだが……」

「仮に一階にボスがいたとしたら、とりあえず二階は安全地帯にすると思う」

「かもな、このビルは十階までしかないし、とりあえずビル内の探索だな」

 

 二人はそのままビルの中心に向かったが、そこは吹き抜けになっていた。

 

「ああ、ここはこうなってるのか、下には……」

 

 こっそりと下を覗くと、そこにはボスのようなゾンビが鎮座していたが、

幸いこちらに気付く気配はない。

 

「なるほど、下から入っていたら、五階までは追い掛け回されてたって事か」

「このドアも中から鍵がかかってたしね」

「だな、まああいつに見つからないように、このまま五階まで行っちまおう」

 

 二人はそう相談し、出来るだけ壁沿いを、上へ上へと進んでいった。

もし下の敵に見つかったら、普通に階段で上ってこれる構造の為、

二人は神経を尖らせて、慎重に五階まで上がった。

 

「ふう、扉はここだけか、さてどうしたもんかな」

「この形状だと、ドライバーで分解が可能」

「マジか、確かに旧式っぽい扉だしな」

「とりあえずやってみる」

「おう、俺は監視を続けるわ」

 

 その言葉通り、萌郁は取っ手を分解し、そのドアは音もなく開いた。

 

「行くか」

「うん」

 

 そして二人は五階に滑りこみ、そこで一息ついた。

 

「ふう……」

「上手くいったね」

「さて、ここから上は……」

 

 そこはヘリが助けに来れるという設定になっているせいか、

それぞれの扉はゾンビが入ってこれないように頑丈になっており、

鍵はかかっておらず、中から鍵をかけられるようになっているようだ。

 

「外の非常階段に敵の姿は見えなかったけど……」

「問題は多分九階か十階だよなぁ……」

「どうする?」

「この辺りならまだ攻撃も激しくないだろ、普通に階段で行ってみようぜ」

「うん」

 

 二人はそう言って内部の階段まで移動した。さすがにそこはゾンビによって守られている。

 

「二体ならまあ余裕だな、警棒で粉砕だ」

「私も警棒で」

「だな、音を立てるのはもういくつか上のフロアに行ってからにしよう」

 

 二人はそのままゾンビに向かって直進し、その頭をぶっ飛ばした。

 

「まあ余裕だな」

「動きが鈍いからね」

「よし、上だ」

 

 二人はそのまま階段を駆け上がったが、

どうやらこの階段は九階まで普通に通じているらしい。

一階で敵と遭遇せずにここまで来たせいか、内部の敵はとても少なかった。

 

「このまま行けるか?」

「どうかな」

「さて九階だ」

 

 そこで八幡は足を止め、九階内部を鏡を使ってチラリと見た。

そこはゾンビが通路を埋め尽くす勢いで溢れており、

八幡は頭痛を感じながら萌郁にこう囁いた。

 

「多分普通にここまで上ってくると、

このフロアにいるゾンビ達が、順に下に向かう仕様だったんだと思う。

とんでもない数のゾンビがいやがる」

「どうする?」

「そうだな、ん、あれは……」

 

 八幡はそう言いながら上を見た。そこには点検口があり、

おそらくそこから天井の上に侵入出来ると思われた。

 

「あそこから上に入ろう、俺が肩車をするから、萌郁はあそこを調べてくれ」

「分かった」

 

 そして萌郁は点検口を調べ、難無くその口を開けた。

 

「行けそう、中も結構広い」

「よし、萌郁は先に上に上がってくれ」

「うん」

 

 そして上から萌郁が八幡を引っ張り上げ、二人は首尾良く内部に侵入出来た。

 

「さて、ここでこれをっと」

「それは?」

「暴徒鎮圧用の音響閃光弾、スタン・グレネードだな。

これで騒ぎを起こせば、ゾンビ達が本来の役割通り、下に向かってくれると思うんだよな」

「なるほど」

 

 そして八幡は下に向かってそのスタン・グレネードを投げた。

その瞬間に、九階にいたゾンビ達が大挙して下へと向かった。

その中には特殊なゾンビも数多く含まれており、

普通にビルに侵入していたら大変な事になったと思われた。

 

「よし、上手くいったな」

「とりあえずここから奥に進む?」

「だな、ちょこちょこ点検口を開けて様子を見ながら進もう」

 

 二人はそのまま慎重に進み、やがて上に繋がっている階段を見つけ、

そこから下におりて十階へと向かった。

 

「さて、予想通りならここにボスがいると思うが」

「………いた」

「いたな」

 

 十階は巨大な一つのフロアになっており、その中に巨大なゾンビがいた。

 

「戦闘に突入したら、あるいは下からも敵が押し寄せてくるか?」

「その前にあいつを倒せばいい、所詮初級の敵」

「だな、それじゃあ俺からいくわ」

 

 八幡はそう言って、狙撃銃を構えた。

 

「狙いは……あの首か、頭がでかいから、

一部を吹っ飛ばしただけじゃまだ動いてきそうだしな」

「了解、私も首を狙ってみる」

 

 そして八幡の攻撃で戦闘は開始された。

そのボスの首に大穴があき、ボスはこちら目掛けて走り出した。

 

「首もでかいなおい」

「あれならそんなに時間もかからずに首を落とせそう」

「その後どうなるかは神のみぞ知る、だな」

 

 二人はそのまま敵に向かって発砲しながら突撃した。

敵は首を守るように手でガードしてきた為、やはりそこが弱点だと思われた。

 

「ふむ、銃だと切断までは至らないか、萌郁、援護してくれ。

俺がこの包丁で首を切り落とす」

「了解」

 

 八幡はそのまま包丁を構えてボスへと突撃した。

ボスはガードに使っていた手を八幡目掛けて振り下ろす。

その瞬間に八幡は横に飛び、代わりに正面から萌郁が銃を乱射しつつボスに突撃した。

 

「ぐわっ、ぐぐぐ、ぐるるるる」

 

 ボスがそんな感じの声を上げ、萌郁に注意を向ける。

その瞬間に横に飛んだ八幡は、床を蹴ってボスに突撃し、

一撃で細くなっていたボスの首の片側を切断した。

 

「ごおおおおおおおおお!」

 

 それにより、ボスの首が反対方向にだらんと下がった。

萌郁はその隙を見逃さず、もう片方の手に持っていたゴルフクラブでその頭をぶっ叩いた。

 

「ぎゅおおおおおおおおお!」

 

 ボスはそれで首を飛ばされ、断末魔の悲鳴を上げた。

 

「何だ、これで終わりか?」

「所詮初級、こんなもの」

「だな、まあ銃だけで戦ってたら、多少苦戦したかもしれないな、

最初の狙撃なしで銃での攻撃だと、多分ほとんどこいつにはダメージがいかないと思う」

「うん、撃った感じだとそんな感触だった」

「それじゃあ上に行くか」

「うん」

 

 そして二人が屋上の扉を開けた瞬間に、空からヘリが下りてきた。

 

「いいタイミングだな」

「まるで待機してたみたい」

 

 二人は顔を見合わせてクスリと笑うと、そのヘリに乗った。

その瞬間にエンドロール的なものが短く空に流れ始めた。

 

「おおう、凝ってるな」

「何か数字が並んでるけど」

「ランク1st?何だろうな?まあいいか、後で確認出来るだろ」

 

 それは撃破数、敵との遭遇数、かかった時間などが加味されたランキングだったのだが、

二人は自分達がとんでもない記録を出して歴代一位をとった事に、ずっと気付かなかった。

こうして八幡と萌郁は最初のステージを終え、

以後は時間が出来る度に、少しずつレヴェッカや明日奈も交えながら、

ステージの攻略を続けていく事になる。




このエピソードはここまでです!明日からはしばらく単話が続きます!


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第703話 ナユタとコヨミ、友情を育む

 その日ナユタは一人でヤオヨロズの外の森の中にいた。

 

「さて、名乗りはどうしよっかな……謎の盲目格闘家、ナユタ参上!

うん、こんな感じかな、あとは本番の時は髪を金髪に変えるとして、

服装は……う~ん、元ネタの通りだとさすがにハチマンさんが許してくれないだろうしなぁ、

あの衣装はちょっと露出がなぁ、特に横の部分とか……」

 

 ナユタは腕組みをしながら悩み、服装については後回しにする事に決めた。

 

「まあいいや、まだ時間はあるし、今はとりあえず振り付けかな」

 

 そしてナユタは身軽さと存分に発揮して近くの木に登り、

そこから飛び降りて決めポーズをとった。

 

「そこの人、何かお困りのようですね、私が今助けます!

我こそはアスカ・エンパイアにその名も轟く謎の盲目格闘家、ナユタです!」

 

 ナユタはビシッと正面に指を差し、高らかにそう宣言した。

その直後に森の中から、どこかで見たような忍装束を着た女性が姿を現した。

 

「う~ん、今は困っている事は特に無いかなぁ」

「あっ、あなたは……」

「やっほーナユさん、この前会った美少女忍者、コヨミちゃんだよ!」

「普通自分で自分を美少女とか言いますか?」

「え~?美少女だよね?」

「さて、どうですかね」

「まさか見つかっちゃうとは思ってもいなかったよ、うまく穏形してたはずなんだけどなぁ」

 

 どうやらコヨミは先ほどのナユタの行為が、

自分を見つけたが故の行為だと勘違いしているらしい。

もちろんまったくそんな事はなく、ナユタはハチマン達と会った時の為に、

効果的な登場をする為にその練習をしているだけであった。

 

「もちろん最初から分かってましたよ、だからわざとあんな演技をしたんです」

「やっぱりかぁ、私もまだまだ修行が足りないなぁ」

 

 コヨミは自嘲ぎみにそう言うと、ナユタの隣に移動し、その顔を覗きこんできた。

 

「その眼帯……とは違うか、目隠しってこっちの事が見えてるの?」

「はい、見えてますよ」

「うわ、格好いいなぁそれ、私も付けてみようかな」

「真似しないで下さい、せっかくハチ……シャナさんの好みに合わせたんですから」

 

 ナユタはうっかりハチマンの名前を出しそうになり、慌ててそう訂正した。

だが次にコヨミがこんな質問をしてきた為、ナユタは固まった。

 

「あ、ナユさん、さっき言ってたハチマンって誰の事?もしかしてあのALOのハチマン?」

「…………聞いてたんですか?」

「うん、ほら、私ってば耳がいいからさぁ、忍者だから!」

 

 嬉しそうにそう言うコヨミの正面に、しかしナユタはいなかった。

 

「あ、あれ?」

「忘れて下さい」

 

 そんな声が背後から聞こえ、コヨミは首筋に衝撃を受けてその場に崩れ落ちた。

ログアウトしていない事からおそらく意識はあると思うが、

目を回しているような状態なのは間違いないだろう。

 

「あ、あれ……ここは……?」

 

 直後にコヨミが目をこすりながら起き上がった。

 

「あ、あれ?確かナユさん、ナユさんだよね?」

「そういうあなたはコヨミさんでしたよね、お久しぶりです」

「あれ、私ここで何してたんだっけ?」

「私が通りかかった時にはもう倒れてましたね」

「そっかぁ、まあいっか、ナユさん、久しぶり!」

「まあナユさん呼ばわりされる程親しくなった覚えはありませんけど、

同じ女性という事でセーフにしておきましょうか」

「うわ、ナユさん寛容!凄く優しくてちょろいから好き~!」

「ちょっといきなり距離を詰めすぎじゃないですか?」

「え~?いいじゃん別に、貴重な女性プレイヤー同士なんだしさぁ?」

「はぁ……まあいいですけど」

 

 その瞬間にナユタはト~ンと後ろに跳び、そのまま真横に突撃した。

コヨミはコヨミでその場に伏せ、ナユタの行く手に向けて手裏剣のような物を投げつけた。

コヨミの手裏剣を咄嗟に手で防ごうとしたその男は、

ナユタの腹パンをくらってその場に崩れ落ちた。

 

「ぐふっ……く、くそっ、気付いてやがったか!」

「当たり前です、思いっきり見えてましたから」

「ば、馬鹿な……俺の穏形スキルはかなり高いんだぞ!」

「あんた馬鹿なの?そんな柿色の装束、森の中じゃ目立つに決まってるじゃない」

 

 その指摘にその男はうろたえた。そんな事は考えてもいなかったのだろう。

 

「で、どっちが狙い?私?ナユさん?」

「ちょっと待って下さい、この人には見覚えが……」

 

 ナユタはそう言ってじっと男の顔を見た後、口の部分を覆っていた布を下に下げた。

そこには先日ナユタが振った男の顔があり、ナユタは盛大にため息をついた。

 

「ナユさん、知り合いだった?」

「知り合いではないですね、先日街でナンパしてきた男です。

当然お断りしましたけど、たまにいるんですよ、

私に関する噂を知らないでこうしてつきまとってくるゴミ虫が」

「ああ~、確かに噂を知ってたらそんな事はしないもんねぇ」

 

 男はその言葉にきょとんとした。

 

「う、噂って何だ?」

「それは自分で調べなさい、私の名前はナユタです」

「ナユタ……」

「それじゃあナユさん、こいつに止めを刺しちゃおっか」

「そうですね、私はもう触れたくもないので、コヨミさん、お願いします」

「あいよっ、敵対流派の奴だから、むしろ喜んで!」

 

 そう言ってコヨミはその男にクナイを刺し、男は消滅した。

 

「いや~、ナユさんも、そんな立派な物を持っているせいで色々大変だよねぇ」

「立派な物?私の装備は特にそこまでレアリティのある物じゃないと思いますが」

「違い違う、ほら、これだよこれ、

ナユさんは本当にけしからん胸をしてるもんね、羨ましいなぁ」

 

 そう言ってコヨミはいきなりナユタの胸を揉みだした。

そんなコヨミの鳩尾に、ナユタは容赦なく掌底を入れ、

直後にアッパーをかましてコヨミを再び昏倒させた。

コヨミはどさっとその場に倒れ、直後に再び起き上がった。

 

「あ、あれ?あの男は?」

「私がもう倒しておきましたよ、

ほらコヨミさん、こんな所で横になってると風邪をひきますよ」

「まあゲームの中だから風邪はひかないだろうけど、でもありがとう!」

「いえいえ、どういたしまして」

 

 ナユタはニコニコしながらコヨミを立たせ、コヨミはそんなナユタに頭を下げた。

 

「ナユさん、暇してるならちょっと化け物狩りでもしない?」

「別にいいですよ、私はそんなに強くはないですけど」

 

 基本ハチマン基準で物を考えるナユタは謙遜するようにそう言ったが、

コヨミはそんなナユタを信じられない物を見るような目で見た。

 

「え、ナユさんが弱いとか何の冗談?」

「別に冗談のつもりはないんですが、私はもっと強い人をたくさん知ってますから」

「そっかぁ、まあ上には上がいるのも確かだしね」

 

 コヨミはあっけらかんとそう言い、二人はそのまま狩り場へと向かった。

途中何度か敵襲があったが、その全てがコヨミの敵対派閥の忍者からのものであり、

ナユタが容赦なくそいつらを殲滅した為、コヨミはとても嬉しそうにしていた。

 

「いやぁ、ナユさんがいてくれると心強いよ本当に」

「コヨミさんって結構敵が多い人ですか?」

「いやぁ、単にうちの流派が弱小ってだけなんだけどね」

「なるほど、まあ私的には経験値がおいしいから構わないんですけどね」

「まあ化け物狩りの最中はPVPは仕掛けないって不文律があるから、

もうちょっとしたらわずらわしいのもいなくなるでしょ」

「そうですね、プレイヤーが化け物に安易に倒されてしまうと、

ヤオヨロズの街が縮小しちゃいますからね」

 

 そういった不文律が出来たのはそういう理由からである。

化け物との戦闘中にプレイヤーがPKによって倒されても、

システムはそのプレイヤーが化け物に倒されたと判断するのだ。

そのせいで一時期ヤオヨロズの街が縮小を始めて騒然となり、

プレイヤーが苦労して原因を究明した結果、そうした事実が分かり、

それ以降、こうした不文律が出来たという訳なのであった。

 

「さて、ここが私お勧めの狩り場だよ!」

「へぇ、綺麗な場所ですね」

「それじゃあ私が敵を釣ってくるね!」

「お願いします」

 

 こんな事が数回繰り返されるうちに、徐々に二人の間には信頼関係が構築されていった。

 

「ナユさん、今日はどこに行く?」

「私は別に一人でもいいんですけど」

「いいじゃん!一人は寂しいんだよ!コヨミは寂しいと死んじゃう生き物なんだよ!」

「はぁ、仕方ないですね……」

「やった!ナユさんってちょろいから好き~!」

「それじゃあ私は今日はログアウトしますね、コヨミさん、ご機嫌よう」

「わっ、嘘だってば、お詫びに何か奢るから許して!」

「それじゃあ化け猫茶屋のわらび餅で」

「オッケーオッケー、で、どこに行く?」

「今日はちょっとおしゃれ関係の装備が見たいなって」

「あ、それじゃあ私も付き合う!この前特殊効果付きなのに、

いいデザインのかんざしがあったんだよね」

「それは結構レアですね、でも私にかんざしは似合うのかなぁ……」

「刺突武器としても使えるよ、奥の手としてはありじゃない?」

「そう言われるとそうですね、って、問題は似合うかどうかなんですけど」

「そんなの似合うに決まってるじゃん!ナユさんの髪はそんなに綺麗なんだから!」

 

 こうして二人はどんどん仲良くなっていき、

いつしかナユタもコヨミに完全に気を許し、恋愛話が出来るようにまでなっていた。

 

「そっかぁナユさんの好きな人って、微妙に手が届かない人なんだ」

「そうですね、一生一緒にいられるのは間違いないと思うんですけど」

「……それってまさか、実の兄とかじゃないよね?」

「いいえ、敢えて言うならパパですかね」

「ええっ!?」

「あ、でも血の繋がりはありませんよ?」

「そっかぁ、あ~、びっくりした」

「ちなみにママになる予定の人とも血は繋がってません」

「うわ、何か複雑な……」

「でも今私は幸せだからいいんです」

「私、ナユさんの事、応援してるからね!」

 

 こんな状況の中、トラフィックスがアスカ・エンパイアに寄港する日は、

刻一刻と近付いていた。



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第704話 優里奈のお墓参り

「八幡さん、相模のおじ様、今日はお忙しい中、

私のお墓参りに付き合って頂いてありがとうございます」

「子供がそんな事を気にするもんじゃないわい」

「いや、ゴドフリー、優里奈は気立てはいいし見た目はかわいいしスタイルはいいし、

家事も得意だしよく気が付くし勉強も出来るし、

その辺りの駄目な大人よりもよっぽど大人だぞ」

「ベタ褒めですな、まあ優里奈ちゃんが幸せそうで、私も安心しましたぞ」

「俺が優里奈を不幸にするはずが無いだろ」

「いやいや、もしかしたら苦しい恋をしているんじゃないかと思いましてな」

「大丈夫ですよおじ様、適度に八幡さんを誘惑して、ちゃんと発散してますから」

 

 その優里奈の言い方に二人は苦笑した。

 

「参謀も大変ですな」

「もう慣れた」

「ですか、わはははは!」

 

 今日は八幡と優里奈は学校を休み、自由も仕事を休んでおり、

三人は優里奈の家族の墓参りへと向かっている真っ最中であった。

 

「まだちょっと残暑が厳しいな、優里奈、体調は大丈夫か?」

「大丈夫ですよ、私、健康優良児ですから」

「ん、それならいいんだが、どこかおかしいと思ったらすぐに言うんだぞ」

「はい、前みたいなミスは絶対にしません」

 

 以前優里奈は自身の健康に関してミスを犯した事があった。

八幡に引き取られた直後、風邪でひどく具合が悪いのに、

八幡が学校に悪く思われないようにと無理をして学校に行き、

そのまま学校で倒れてしまい、慌てて八幡が駆けつけたという事があったのだ。

八幡は直ぐに優里奈を病院へと連れていき、そのままその日は優里奈の部屋で、

一晩中優里奈の看病をして過ごしたのである。

八幡は目隠しをして優里奈の体を拭いたり着替えさせたりと、

神経の磨り減る事を文句一つ言わずにこなし、

翌朝優里奈が目覚めた時にはすっかり熱も下がっており、

ベッドの脇で寝ていた八幡は、しっかりと優里奈の手を握ってくれていたのだった。

優里奈にとっては八幡に申し訳ないと思いつつも、とても幸せな思い出であった。

 

「あれをミスと言うのはやめるんだ、優里奈はただ頑張っただけだ。

というか優里奈がそういう時に気軽に俺に報告出来ないような、

プレッシャーみたいな物を受けていた事に気が付かなかった俺も悪い」

「そんな事ないです、あれは……」

 

 そう何か言いかけた優里奈の口に、八幡は人差し指を当てた。

 

「どんな理由があろうと、優里奈のした事は俺の責任だ。それが保護者ってもんだからな」

「で、でも……」

「いいんだよ、俺は優里奈の保護者をする事を楽しんでるんだからな、

もし俺に申し訳ないと思うなら、もっと面倒をかけてくれればいい」

「八幡さん、普通は逆ですよ」

「いいんだって、その方が、いかにも保護者~!って感じだろ?」

「もう……」

 

 優里奈はそう言って、幸せそうな顔をした。

自由はそんな二人を見て、うんうんと頷いていた。

 

「さて、そろそろ到着だな」

「それじゃあ向かいますかのう」

 

 三人は荷物を分担して持ち、櫛稲田家のお墓へと向かった。

 

「おや、他にも櫛稲田家のお墓があるんだな」

「きっと全国でここにしか無いと思いますけどね」

「珍しい苗字だからなぁ」

「まあもう誰も入る事のないお墓ですけどね」

 

 その言葉で八幡は、優里奈がこのお墓に入るつもりが無い事を知った。

 

「まあ俺が死んだ後の話になるんだろうが、優里奈はもしかしてここのお墓には……」

「もちろん入りません、私は八幡さんと同じお墓に入りますから」

「そうか」

「はい、死んだ後も八幡さんのお世話をしないといけませんからね」

 

 八幡はその言葉にポリポリと頭をかいた。

自由はそんな二人を見てニヤニヤしているだけである。

 

「俺ってそんなに頼りなく見えるのか?」

「いいえ?まったくそういう所が見えないから、逆に困ってます」

「そ、そうか……」

「まあ私が好きで押しかけているような面もありますから、気にしないで下さい」

 

 八幡は、それで本当にいいのか迷ったが、

優里奈がそう言う以上、否定してはいけないと考え、

同時に優里奈の両親や兄が安心出来るような方法を思いつき、それを口に出した。

 

「ん~、まああれだ、いずれうちのお墓の近くに優里奈の家のお墓を移せばいい。

そうすれば優里奈も安心して俺と同じ墓に入れるだろ」

「そんな手がありましたか」

 

 目から鱗だったのか、優里奈は感心したようにそう言った。

 

「まあずっと先の話だ、今日は難しい事を考えず、お墓参りをしよう」

「はい!」

「こっちですぞ、参謀」

 

 そして三人は、櫛稲田のお墓の前に立った。

 

「ここに優里奈の家族が眠ってるんだな」

「はい、それじゃあお参りをしましょうか」

 

 三人はテキパキと準備を進め、お墓に花を沿えて線香を置き、

心から優里奈の家族の冥福を祈った。

優里奈は同時に家族に色々報告したようで、八幡や自由よりも長く祈っていた。

 

「お待たせしました、さあ、帰りましょう」

「私はこの後近くに寄る所があるので、これで失礼します、参謀」

「ん、送らなくてもいいのか?」

「大丈夫、部下の車を待たせておりますでな」

「そうか、今日はありがとな、ゴドフリー」

「いやいや何の何の、それじゃあ優里奈ちゃん、また何かあったらその時にね」

「はい、相模のおじ様、またです!」

 

 二人は自由を見送り、そのままキットで自宅へと戻る事にした。

 

「そうだ優里奈、ちょっと一緒に行ってほしい所があるんだが……」

「分かりました、行きましょう!」

「即答かよ、どこに行くのか聞いてくれてもいいんだぞ?」

「そんなの別にいいですよ、八幡さんと一緒という事実があれば十分です」

「俺としてはそう言われると、優里奈の親離れの必要性を感じてならないんだが……」

「嫌ですよ、私、親離れは絶対にするつもりはないですから!」

「まあそれはそれで安心ではあるんだがな、う~ん……」

 

 八幡は、まあいずれ時が解決してくれるかもしれないなと問題を棚上げする事にした。

 

「それで八幡さん、行きたい所というのは……」

「優里奈が自作した、家族に会う為のシステムがあっただろ?」

「あ、はい、あの後八幡さんに渡したあれですね」

「あれなんだがな、ちょっとアルゴに頼んで改修させてみたんだ、

優里奈もAIとはいえ、まだご両親やお兄さんに直接報告したい事もあるだろうと思ってな」

「それはまあ無くもないですけど……」

 

 優里奈は若干不満そうにそう言った。優里奈としては、もう亡くなった家族の事は、

完全に割り切っているという自覚があったからだ。

 

「優里奈の気持ちは分からなくもないが、

新しいシステムにはAKを使ってるからな、以前とはまったく別物になっているはずだ。

あくまでAIと割り切った上で会話してくれればいい、

そこから何か新しい気付きもあるかもしれないしな」

「AKって前に八幡さんが言っていた、感情が成長するAIって奴ですよね?」

「おう、その通りだ」

「分かりました、せっかくですし、ログインしてみますね」

「あ、俺も一緒に入るからな」

「八幡さんもですか?それならまったく意味が違ってきますね、

分かりました、張り切って行きましょう!」

 

 優里奈は突然明るい声でそう言った。もしかしたら、

結婚相手を親に紹介するような感覚なのかもしれない。

まああながち間違った感覚でもないので、八幡は苦笑しながらもそれでいいと思う事にした。

実は今日の本当の目的は、自分の口で優里奈の両親と兄に、

優里奈の将来を引き受ける事を報告したいと八幡が考えたからであり、

立場は逆だがその優里奈の感覚は、大筋においては正しかったのである。

 

「俺の部屋からログインするからな」

 

 二人はそのままマンションの八幡の部屋へと移動した。

 

「それじゃあ行くか」

「はい!」

 

 八幡がそう言ってログインしたのを確認した後、

優里奈はいつものようにそっと八幡の手を握り、少し遅れてログインした。

それは八幡には内緒の優里奈の隠れた幸せでもあった。

 

 

 

「うわぁ、ここも久しぶりだなぁ」

 

 優里奈はかつて自分が使っていた部屋にログインし、懐かしそうに部屋の中を見回した。

 

「あっと、八幡さんはどこかな……」

「優里奈、戻ったのかい?比企谷さんが来ているからこっちにおいで」

「あ、は~い!」

 

 優里奈は思わずその父の声にそう返事をした。

 

「えっと、ただいま」

「おう、おかえり」

「おかえりなさい」

「久しぶりだな優里奈、お前、もしかしてちょっと太ったか?」

 

 いきなり兄である大地にそう言われ、優里奈は面食らった。

確かにこのシステムを使っていた頃よりも優里奈は太っている。

いや、その言い方は実は正確ではなく、その頃の優里奈が痩せすぎていただけなのだ。

今は標準よりもやや少なく、理想的な状態を保っていた。

優里奈がそう抗議しようとした時、横から母親がこう言った。

 

「大地、あなたはデリカシーが無い事を言うんじゃないの、

よく見てみなさい、優里奈は前より健康的になっただけなのよ」

「確かに前よりも肌の艶がいい気がするな、俺が間違ってた、ごめんな、優里奈」

「仕方ないなぁ、許してあげるから今度何か甘い物を買ってきてね」

 

 その言葉は優里奈の口から自然と零れ落ちた。

作り物だとは分かっていても、やはり家族は家族なのだろう。

優里奈はそう考え、難しい事は考えず、思いつくままに受け答えをする事にした。

 

「分かった分かった、あっと比企谷さんすみません、お話の邪魔をしてしまって」

「いえいえいいんですよ、それじゃあ本題ですが、

皆さんが亡くなってからもう三年近くになりますが、

少し前から私が正式に優里奈の保護者を努める事になりました。

なので今日はそのご報告に参った次第です」

「ああ、もうそんなになりますか……」

「そっか、もうそのくらいになるんだね」

「時間のたつのって早いものなのねぇ」

 

 三人はそう言いつつ、優里奈に話しかけた。

 

「優里奈、私達は進化したとはいえ、所詮は作り物だ。

だが優里奈を大切に思う気持ちは本物のつもりだ」

「その上で聞くわよ、あなたは今、幸せ?」

「うん、幸せだよ、お父さん、お母さん」

「そうか……なら比企谷さん、うちの優里奈の事、宜しくお願いします」

「はい、お任せ下さい」

 

 八幡はそう言って頭を下げ、大地が横から優里奈に話しかけた。

 

「優里奈、こんな形でしか帰ってこれなくてごめんな、

比企谷さん、俺の代わりに優里奈の事、守ってやって下さい」

「はい、全力で守ります」

「ありがとうございます」

 

 そこで優里奈は八幡の意図にやっと気付いた。

これは優里奈に話させる為ではなく、八幡が話す為に作られた物なのだと。

事実八幡は、直後に優里奈にこう言った。

 

「悪い優里奈、要するに俺が優里奈のご家族とこうして話したかったんだよ」

「やっぱりそうだったんですね、でも何でですか?」

 

 それに答えたのは、優里奈の父であった。

 

「それは私達の元になったプログラムを作ったのが優里奈自身だからだろうね」

「お父さん……」

「まだそう呼んでくれるのは有り難いね、

要するに比企谷さんは、私達に気を遣ってくれたんだと思うよ」

「気を……遣う?」

 

 その問いには優里奈の母が答えた。

 

「私達は優里奈の親代わりとして、優里奈自身の手で作られたのが始まりよ。

だから多分比企谷さんは、私達に考える能力をくれた上で、

筋を通す為にこうして挨拶に来てくれたんだと思うわ」

「お母さん……」

 

 そして最後に優里奈の兄の大地がこう締めくくった。

 

「おい優里奈、こういう時に何て言えばいいか、分かってるよな?

優里奈は嫁に行きます、今まで育ててくれてありがとうございましたってのが定番だぞ」

「もう……からかわないでよお兄ちゃん、でもそれは確かにそうだよね、

お父さん、お母さん、お兄ちゃん、私はこれから八幡さんと一緒に生きて、

絶対に幸せになってみせます、また何か幸せな出来事があったら報告に来るので、

その時は私の話を聞いて下さいね」

 

 

 

「優里奈、何かスッキリした顔をしているな」

「八幡さんの気持ちがちょっと分かりましたから」

「そうか」

 

 ログアウトした後、二人は穏やかな顔で、そんな会話を交わしていた。

 

「これでやっとスッキリしたわ」

「私もです」

「それじゃあ昼飯にするか、その後はどうする?」

「たまには家で八幡さんと一緒にのんびりしたいですね」

「そうか、それじゃあそうするか」

 

 こうして優里奈にとって、今年のお墓参りはのんびりとした幸せな一日になったのだった。



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第705話 襲撃のエルザ

『八幡に会いに行くので今日の仕事はキャンセル、

と言ってもお世話になった事務所への報告だけだから別にいいよね!

それじゃあ行ってきます、決して私を探さないように!』

 

 エルザからのこんな置手紙を見つけた豪志は、苦笑する事しか出来なかった。

 

「まあ最近熱心に仕事をしてくれてたし、今日は別にいいか……

倉社長も話せば分かってくれると思うし。

それにしても、八幡さんに会いに行くと言いながら探すなとは……」

 

 そう呟いた豪志は、倉エージェンシーに連絡を入れた。

 

「あ、倉社長、今日はエルザと一緒にそちらにお伺いする予定だったんですが、

またエルザの悪い病気が出まして……」

『病気?って事は、比企谷さん絡みかい?』

「はい、そうです」

『あはははは、それはエルザにとっては必要な事だと思うから別に構わないし、

当然僕が気分を害したりする事もないから安心してよ、

それにしても豪志君も苦労するよね、まあ頑張って』

「はい、大変申し訳ありません、そういう訳で、今日は僕一人でそちらに伺います」

『了解、それじゃあ後でね』

「はい、宜しくお願いします」

 

 どうやら倉エージェンシーの朝景社長は、エルザについてはかなり寛容であるようだ。

そして豪志は電話を切った後、八幡に連絡を入れた。

 

「さすがにこれは報告しない訳にはいかないよなぁ……

後でエルザに殴られるかもしれないけど、まあそれはそれでいいか……」

 

 豪志にとってそれはご褒美以外の何物でもなかった為、

ここで八幡に連絡をしないという選択肢は、豪志の中には存在しないのであった。

 

 

 

「遂にやってきたわよ帰還者用学校!さ~て、八幡はどこかなぁ?」

 

 その頃当の神崎エルザは帰還者用学校に突撃しようとしていた。

どこで手に入れたのか、制服まで用意する念の入れようである。

 

「八幡は多分有名だろうから、誰に聞いてもどこにいるか、すぐ分かると思うんだけど、

でもその前に、一応筋は通さないといけないよねぇ」

 

 エルザはそう呟くと、近くを通った生徒にこう尋ねた。

 

「ごめん、ちょっとそこの君、理事長室ってどこかなぁ?」

「はい?えっ、か、神崎エルザ?」

「あら、私の事知ってるんだ?」

「当たり前じゃないですか!理事長室ですね、今案内します!」

「ありがと、それじゃあ宜しくね!」

 

 さすがは神崎エルザ、そのネームバリューは抜群であった。

 

 

 

「ふう、昨日一日のんびりしたせいか、ちょっとだるいな」

「八幡、昨日はお墓参りだったんだよな?」

「ああ、しっかりと優里奈のご両親と兄貴に挨拶してきたぞ」

「もうすっかりパパだよねぇ」

「優里奈とは五つしか違わないけどな」

 

 その時八幡のスマホに着信があった。

 

「っと、電話か、エムから?う~ん、ホームルーム開始まではまだちょっと時間があるな」

 

 八幡はチラッと時計を見た後にその電話に出た。

 

「エムか?何かあったか?」

『すみません八幡さん、実は……もしかしたらエルザが、そっちに向かったかもしれません』

「そっちって、まさか学校にか?」

『はい、八幡に会いに行くので今日の仕事はキャンセル、との書き置きがありまして……』

「うえっ、マジかよあの野郎、仕事の方は大丈夫なのか?」

『はい、倉社長に報告する事があっただけなので、そっちは大丈夫です』

「そうか、それなら良かったが」

『とりあえず取り急ぎ、それだけ伝えておこうと思って連絡しました』

「おう、ありがとな、後はこっちで対処するわ」

『はい、お願いします』

 

 そして電話を切って直ぐに、八幡は窓へと駆け寄った。

 

「どうやら姿は見えないようだが……」

「八幡君、どうかした?」

「いや、それがよ、もしかしたらエルザがここに襲撃してくるかもしれないらしくてな」

「エルザが襲撃?ああ、会いに来るかもって事?」

「そうとも言うな」

「もう、襲撃だなんて大げさなんだから。でもそっかぁ、まだ来てないみたいだけど、

ちゃんと監視しておかないと、もしかしたら大変な事になるかもね」

「色々な意味でな、おい和人、頼みがある」

「分かってるって、窓際の席の俺が、ちょこちょこチェックしておくって」

「悪い、頼んだ」

「おうよ!」

 

 和人はその八幡の頼みを快く引き受け、

授業中もちょこちょこと入り口の方をチェックしていたのだが、

エルザが姿を現す気配はまったく無い。

 

「来ないな」

「だな……もしかしたら自重して、放課後にでも来るつもりなのかな」

「あいつの辞書に自重なんて言葉は無いんじゃないか?」

「だよなぁ……まあ引き続き警戒を頼むわ」

「あいよ」

 

 そして迎えた三時間目、本来は体育の時間なのだが、何故か自習という事になった。

 

「体育が自習なんて珍しいな」

「何か急な用事が出来たとか何とか」

「まあいいか、とりあえず俺はちょっと眠いから寝るわ、

明日奈、悪いが何かあったら起こしてくれ」

「うん、分かった」

 

 続く四時間目も何故か自習になり、一同は首を傾げる事となった。

 

「一体何なんだろうな」

「さあ……まあそういう日もあるよ」

「何となく不気味だ……」

 

 だが迎えた昼休みに事態が動いた。いきなりこんなアナウンスが流れたのである。

 

『全校生徒の皆さん、突然ですが午後の授業は中止し、臨時の生徒総会を行います。

時間までに体育館に集合して下さい、

尚、比企谷八幡君はお昼休みが終わったら理事長室までお越し下さい』

 

「ぐぬ……」

「授業が中止?おい八幡、一体何をやったんだ?」

「濡れ衣だ、今日は俺は何もしていない」

「今日は……ね。珍しく理事長本人からの呼び出しじゃなかったね、一体何だろうね」

「まったく心当たりが無いな……」

 

 八幡は一体何をされるのか不安で仕方がなかったが、

さりとて無視していい案件でもなく、重い足を引きずりながら理事長室へと向かった。

 

「はぁ……何なんだよ一体」

「まあ頑張って、八幡君」

「私達は体育館に行きますね」

「やばいと思ったらすぐに逃げてくるのよ」

「まあやばいと思った時点でもう手遅れだろうけどな」

「そうなんだよなぁ、はぁ……」

 

 もはやため息しか出ない状態であった八幡は、

そんな仲間達の声を背中に受けながら移動を開始し、

特に何事もなく理事長室へとたどり着いた。

 

 コンコンコン。

 

 だがそのノックに対する反応は何もない。

 

 コンコンコン。

 

 理事長室の中からは何の音もせず、八幡は場所を間違えたのではないかと不安になった。

 

 コンコンコン。

 

「はぁ……人を呼び出しておいて何なんだよあの魔女は」

 

 八幡はそう呟きながら、もういいやと思い、ドアノブを捻って理事長室の中に入った。

 

「失礼しま~っす、ってやっぱり誰もいないか……」

 

 そのままソファーに座り、しばらく待つ事にした八幡であったが、

待てど暮らせど一向に理事長が現れる気配はない。

 

「もしかして俺の聞き間違いか?いや、さすがにそんな事はないよな、う~ん……」

 

 その時体育館から悲鳴のようなものが聞こえ、八幡は慌てて立ちあがった。

 

「今のは……」

 

 八幡は体育館まで全力疾走した。だが体育館の扉は閉ざされている。

 

「ここで一体何が……」

 

 そして八幡はその扉を開けた。その目の前に現れたのは、大量のサイリウムの光であった。

 

「な、何だこれは……」

 

 八幡は全校生徒がサイリウムを振っているという訳の分からない状況に絶句した。

そんな八幡の耳に、とてもよく聞き覚えのある声が飛び込んできた。

 

「ま、まさか……」

「今日は私の生徒総会臨時コンサートに来てくれてありがと~っ!

でもまあみんなアナウンスで呼ばれたんだろうから、

来てくれたって言うのはちょっと変かもだけどね、てへっ」

「「「「「「「エ・ル・ザ!エ・ル・ザ!」」」」」」」

「あっ、来た来た、八幡、こっちこっち!」

 

 さすがエルザは八幡を目ざとく見つけ、いきなりそう声をかけてきた。

その瞬間に生徒達が横に避け、花道が出来上がった。

 

「いいっ!?」

「ほらこっちこっち」

 

 八幡が動かないのを見て、エルザはステージから下に降りると、

たたっと八幡に走りより、その手を取ってステージの上へと誘った。

 

「おいエルザ、これは何のつもりだ?」

「何って私のコンサートだよ?」

「だから何故うちの学校でお前のコンサートが開かれてるんだって聞いてんだよ!」

「さあ、何でだろうねぇ?」

「お前な……」

 

 八幡は怒りのあまりわなわなと震えたが、

エルザはそんな八幡を強引にステージまで引っ張っていった。

 

「みんな、紹介するまでもないと思うけど、一応紹介するね!

こちらが今日のコンサートを企画してくれた人で~っす!」

「なっ……」

 

 八幡は慌ててそれを否定しようとしたが、場の雰囲気がそれを許さなかった。

生徒達から大歓声が上がったからである。

 

「「「「「「「「うおおおおおお!」」」」」」」」

「お前さぁ……」

「はい、そしてもう一つ、今聞いた通り、彼は私の事をお前と呼びます!

それは何故でしょう?答えは彼が私のご主人様だからで~っす!」

 

 その宣言にはさすがの八幡も大いに慌てた。

 

「おいこらてめえ、いきなり何を……」

「てめえ、頂きました!今の私に対する呼び方を、みんなも聞いたよね?」

「「「「「「「「聞きました!」」」」」」」」

 

 そのエルザの問いかけに、生徒達はノリノリでそう答えた。

見ると明日奈と里香、それに珪子は苦笑するに留めていたようだが、

和人はノリノリで一緒に叫んでいるようだ。

 

「あの野郎……」

 

 だが今の八幡には和人に文句を言う余裕はない。

何故ならステージ脇に、生徒達が集まってきたからだ。

 

「さすがは参謀!」

「まさかあの神崎エルザと知り合いのみならず、支配下に置いているとは……」

「みんな、この事は絶対に校外に漏らすなよ!」

「八幡様、私のご主人様になって下さい!」

 

 一部問題発言をしている女子もいるようだが、生徒達は口々に八幡を賞賛し、

八幡は何も言う事が出来ず、口をぱくぱくさせた。

 

(くそっ、やられた、呼び出しは俺の先手をとる為だったか……って事は黒幕は……)

 

 八幡は辺りをきょろきょろと見回し、端の方でニヤニヤしている理事長を発見した。

 

(絶対そのうち仕返ししてやる……)

 

 八幡はそんな念のこもった視線を理事長に向けたが、

理事長は何を勘違いしたのか、それを見て八幡に投げキッスを送ってきた。

 

(くそっ、あの魔女、思いっきり楽しんでやがる……)

 

 だがこの段階でエルザを止める訳にはいかなかった。

その場にいた全ての生徒達がわくわくした表情をしていたからだ。

そしてエルザのミニコンサートが始まり、エルザはいきなり新曲を披露した。

それは実は桜島麻衣主演の映画の主題歌であり、エルザが八幡に一番に聞かせる為に、

わざわざ学校を訪れた事がコンサートの後に判明した為、

八幡は結局エルザを怒る事が出来なかった。

もっとも最初から怒る事は出来ない。もし怒ったら、エルザが喜ぶだけだからだ。

かくも神崎エルザとは、八幡にとって扱いにくい人物なのである。

 

 

 

「八幡、私の歌、どうだった?」

 

 コンサートが終わった後、控え室の代わりにしていた理事長室で、

エルザは八幡にこう尋ねてきた。

 

「………あの映画の主題歌を歌う事になったんだな、

日々の努力の賜物だな、えらいぞエルザ」

「えへへぇ、ありがとう!」

「そしてこれは俺をはめた罰だ、心して受け取れ」

 

 そう言って八幡はエルザにデコピンをした。

 

「ええっ!?ここはもっときつい罰を与えるべきなんじゃない?」

「お前にはこれで十分だろ」

「えええええええええ!?」

 

 これに乗じて八幡にきつい罰という名のご褒美を与えてもらうというエルザの計画は、

最後の最後で見事に失敗する事となった。

こうして八幡はギリギリの所でエルザに一矢報いる事に成功したのだった。



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第706話 男と男の約束

単話は昨日まで、今日明日が連続した話となり、
その後にAEとALOのコラボの話が挟まり、その後に今日明日の話の続きが入って、
それで次の章に入る予定でいます、宜しくお願いします。


「なるほど、今の連続使用の限界は二十四時間か、加速レートは?」

 

 この日八幡は、紅莉栖から現在のバーストリンクシステムの進捗状況の報告を受けていた。

 

「百倍が限界ね、データに混じって蓄積されるノイズをどうにか出来れば、

もっと安全に脳に書き戻せるようになると思うんだけど」

「あと、ソーシャルカメラの映像を利用している分、回線品質が大事になってくるんダヨネ」

 

 紅莉栖のその推測をレスキネンがそう補足した。

 

「もうすぐ第6世代移動通信システム、いわゆる6Gが導入されるじゃないですか、

それによる影響はどうですか?」

「あれが導入されればこの技術にとってはかなりのアドバンテージになると思うわ。

伝え聞く限り、通信品質が相当良化し、時間当たりの通信可能データ量が激増するわよ」

「なるほど、5Gで爆発的に増えた同時接続可能数が今度は質をも備えると」

「そういう事だね、なのでボク達は、当分それに備えて準備をするツモリだよ」

「なるほど、そうなれば研究が更に前に進みそうですね」

 

 笑顔でそう言う八幡に、紅莉栖がこれまた笑顔でこう答えた。

 

「それはこちらの要望に会社がきちんとした対応をしてくれているおかげね、

本当に遣り甲斐のある職場だと思うわ」

「基礎研究に金がかかるのは当然だ、まあその分はきっちり他で稼いでるから問題ないさ。

メデュキュボイドとソーシャルカメラが今の軸だが、

先日完成したVRオフィスシステムも、調査の結果かなりの需要が見込めるらしい」

「最後の報告はまさにそれ絡みね、

加速世界からのVRオフィスへの接続実験が無事に成功したわ」

「おお、遂にそこまで完成したのか。今まではソーシャルカメラを利用する事で作られた、

擬似空間内を移動するくらいしか出来なかったから、それは大きな進歩だよな」

「そうね、まずは第一歩というところかしら。もっともそれを踏まえて製品化するなら、

労働時間をどうするかの法整備が必須になると思うわ。

まあとりあえずは単体で販売する事になるでしょうけど」

 

 その時部屋に備え付けられた電話が鳴り、一番近くにいた真帆がその電話に出た。

 

「はい、こちら次世代技術研究部、ああ萌郁さん、うん、うん、分かったわ、

八幡に聞いてみて、こちらから折り返し連絡するわね」

 

 真帆がそう言って電話を切った為に八幡は、どうやら連絡してきたのは萌郁であり、

自分に何か用事があるらしいと判断し、大人しく真帆の言葉を待った。

 

「めぐりさんが八幡に相談があるらしくて、今こっちに来てるみたいよ」

「めぐりんが?」

 

 八幡は今やすっかり慣らされてしまったその呼び方でめぐりの名を呼んだ。

その呼び方に慣れていない真帆は、一瞬きょとんとした後に、生暖かい目で八幡を見つめた。

 

「な、何だよ」

「い~え、特には何も」

「し、仕方ないだろ、俺がそう呼ばないとめぐりんが怒るんだよ、まほりん」

「まほりん言うな」

 

 真帆は即座にそう返した。さすが頭の回転が速い。

 

「いいじゃないかマホリン、本人が望んだ事みたいだしネ」

「その事については別に反対はしていません、

というかどさくさ紛れに私をマホリンと呼ばないで下さい部長」

「まあまあまほりん先輩、かわいい呼び方だし別にいいじゃないですか」

「あんたも調子に乗るんじゃないわよクリリン」

「ク、クリリンって言うな!」

「お前らさ、漫才やってるんじゃないんだからさ……」

 

 呆れたような声で八幡にそう言われた三人の反応は三者三様だった。

レスキネンは楽しそうに笑い、紅莉栖は拗ねた顔でそっぽを向き、

真帆は咳払いを一つすると、真面目な顔で八幡に言った。

 

「で、どうする?別にここに呼んでもいいわよ?」

「それじゃあそうさせてもらうか、萌郁にそう伝えてくれ」

「分かったわ、ちょっと待ってて」

 

 真帆はその言葉に頷いて萌郁に連絡をした。

そしてしばらく後、めぐりが次世代技術研究部に現れた。

 

「忙しいのに時間をとってもらってごめんね」

「いやいやめぐりん、仕事の話ですよね?それなら何の問題もないです」

「でも正直丁度良かったかな、次世代技術研究部にも関係のある話だから」

「ほほう?ウチの部に?」

「それじゃあめぐりん、説明をお願いします」

「うん」

 

 そう言ってめぐりは用件を話し始めた。

 

「八幡君、クロービス君の容態がそろそろまずいの。でね、彼に頼まれたんだけど……」

 

 

 

 それからしばらく五人は色々と話し合っていた。

 

「本人の希望は分かりましたが、その理由は何ですか?」

 

「技術的には可能ね、むしろデータ集めの方が大変だと思うわ」

 

「その為にもそうした方がいいと思うわ、ただし加速については……」

 

「大丈夫だよ八幡さん、一人じゃなく二人だもん!」

 

「うちはしばらくこのプロジェクトに集中する事にナルネ」

 

「それじゃあ八幡君、私は準備が済み次第アメリカに飛ぶね」

 

 そこに理央がやってきた。

 

「おはようございます……って、空気がおかしい気がするけど何かあった?」

「あったといえばあったな、とりあえず理央、出かけるからお前も俺と一緒に来い」

「えっ?」

 

 八幡は有無を言わさず理央を引っ張っていき、理央は困った顔で紅莉栖の方を見た。

だが紅莉栖が理央に頷いた為、緊急事態なのだろうと考えた理央は、

そのまま大人しく八幡に付き従った。

 

「説明はしてくれるんでしょ?」

「当然だ」

「とりあえずこれからどこに行くの?」

「お前をホテルに連れ込んで、エロい事をする」

 

 その八幡の言葉に理央は一瞬固まったが、チラリと八幡の顔を見た理央は、

何を思ったのか、八幡の手をぎゅっと握った。

 

「そんな表情で無理に冗談を言おうとしなくてもいいよ、

私、何を言われてもちゃんと真面目に聞くから」

「悪い」

「別にいいよ、で、本当の目的は?」

「死にゆく友に残酷な提案をして、別れを告げに行く。

理央にはそこで別の仕事をやってもらう」

「………そう、眠りの森に行くのね」

「ああ」

 

 以前八幡に連れられて眠りの森を訪れた経験のある理央は、それで事情を悟った。

 

「で、誰?」

「クロービスだ」

 

 理央はその八幡が告げた名前が、

自分が面識のあるランとユウキではなかった為、思わず安堵した。

だが直後に不謹慎だと思ってぶんぶんと首を横に振り、八幡にこう尋ねた。

 

「私の役目は?」

「ああ、着いた後にお前にやってもらいたいのはな……」

 

 そして八幡は、五人で話し合った内容を理央に伝え、とある頼み事をした。

 

 

 

「彼の望みに合致するとはいえ、それは確かにある意味残酷な提案だね」

「お前まで巻き込んじまって悪いな」

「気にしないで、友達じゃない」

 

 理央はあえて八幡に、仕事だからとは言わずそう言った。

理央にそう言われた八幡は、ぼそっとこう呟いた。

 

「友達だからか」

「うん、友達だから」

「友達ってやっぱりいいよな」

「うん、だからきっと彼も、八幡の提案を喜んでくれると思うよ」

「そうだといいな」

 

 そして眠りの森に着いた後、理央は凛子と二人で忙しそうに何かの準備を始め、

八幡は一人、電脳世界の中のクロービスの下を訪れた。

 

「あれ?八幡さんじゃん!」

「よっ、お前ら元気してたか?」

「もっちろん!あれ、八幡さんがこっちに来るのってもしかして初めて?」

「だな、今日はラン達の家に行くつもりは無いから、特にランには絶対に言うなよ」

「うわ、ランにバレたら俺達絶対に殺されるな」

 

 そんな八幡を出迎えたのはジュンとテッチとタルケンであった。

この世界では元々、ランとユウキ、ノリとシウネーとメリダ、

ジュンとテッチとタルケンとクロービスが、三つの家に分かれて暮らしていた。

 

「で、八幡さん、今日はクロービスに会いに?」

「ああ」

「そっか、あいつ、きっと喜ぶよ」

「これは決して悪い意味で言うんじゃないけどさ、

メリダの時と違って今回は八幡さんが間に合ってくれて本当に良かったよ」

 

 八幡はその言葉でいたたまれない気持ちになり、目を伏せながらこう言った。

 

「………あの時は間に合わなくて悪かった」

「だから悪い意味じゃないんだってば。

あの時は本当に突然だったし、八幡さんが謝るような事は何もないって。

さあ八幡さん、とりあえずこっちこっち」

「お~いクロービス、八幡さんが来てくれたぞ」

「邪魔しないでおいてやるから、八幡さんとゆっくりな!」

 

 三人はそう言ってクロービスの部屋に八幡を案内し、それぞれの部屋に戻っていった。

そして部屋の中からドタバタと音がしたかと思うと、クロービスがひょこっと顔を出した。

 

「八幡さん、来てくれたんだ!」

「おう、お前の希望をめぐりんから聞いたんでな、ちょっと話をしに来たわ」

「めぐりさん、こんなすぐに話をしてくれたんだ。それじゃあめぐりさんと一緒にここに?」」

「いや、めぐりんはお前の望みを叶える為にアメリカに行く必要があってな、

今会社でその根回しをしてる」

「アメリカに?うわ、ごめんなさい八幡さん、何か大事になっちゃったみたいで」

「そんな事気にするなって、でな、外で他にやってもらいたい仕事があったんで、

今回は理央を連れてきたわ」

「あ、もしかしてエロ師匠?うわぁ、久しぶりだなぁ」

「おう、ツンデレで妄想逞しい眼鏡っ子のおっぱいさんだ」

「そう並べられると、理央さんって属性が完璧だね!」

「だな」

 

 二人はまるで本当の兄弟のように笑い合った。

ジュン、テッチ、タルケン、クロービスの四人は、

男の兄弟のいない八幡にとっては、かわいい弟のような存在なのである。

そして八幡は何か操作し、外にいる理央の姿をモニターに映した。

 

「ほれ、お待ちかねの相対性妄想眼鏡っ子だぞ」

「あっ、エロ師匠だ!やっぱりかわいい!」

「だな」

 

 八幡は理央には聞こえていないだろうと思い、珍しく素直にそう同意した。

だが直後に理央がバッと顔を上げてキョロキョロし出し、

その隣にいた凛子がニヤニヤしながら画面に向かってこう言った。

 

「八幡君、聞こえてるわよ」

「えっ?」

「今の会話、全部」

「やべっ」

 

 八幡は凛子にそう言われ、慌ててモニターを切った。

 

「あはははは、あはははははははは」

 

 それを見たクロービスは腹を抱えて笑い、八幡は頭を抱えた。

 

「やばい、後で理央に殴られる……」

「八幡さん、ドンマイ!」

「お、おう、俺ドンマイ……」

 

 ちなみにこの後、ログアウトした八幡に対し、理央は責めるような事は何も言わなかった。

むしろ逆に機嫌良さそうに見え、八幡は内心で首を捻ったものだ。

それは当然二人の最後の会話に起因している。

 

『あっ、エロ師匠だ!やっぱりかわいい!』

『だな』

 

 理央の女心は、複雑なようで案外単純なのであった。

 

 

 

「さてクロービス、ここからが本題だ。

さっきめぐりんがお前の望みを叶える為にアメリカに行くと言ったが、

実はあれはちょっと違う。正確には、お前が俺の提案を受け入れたら、という条件がつく」

「そうなんだ、その条件って?」

「お前にとっては残酷な提案かもしれないから心して聞けよ」

「う、うん」

 

 そして八幡はクロービスに何か提案し、クロービスはそれに即答した。

 

「マジすか、それじゃあそれで!」

「いいのか?」

「むしろ願ってもないというか、さすがは兄貴って感じ?」

「そうか」

 

 八幡は短くそう答えると、いきなりクロービスを抱きしめた。

その体は震えており、明るく気丈に振舞っていても、やはり怖いのだろうと思われた。

 

「大丈夫か?」

「ありがとう八幡さん、会いに来てもらったしもう大丈夫だよ。

俺、最後の最後まで頑張るから、俺の葬式の時は笑って見送ってくれよな!」

「分かった、頑張るんだぞクロービス、いや、清文、男と男の約束だ」

「うん、約束!」

 

 この時の男と男の約束を、八幡とクロービスは最後まで守り通した。




6Gについての話は適当です!


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第707話 ボス戦の準備は進む

「データはこんな感じなんだけど、大丈夫?」

「はい、ソレイアルさん、これで多分何とかなります」

「そう、役に立てたなら良かったんだけど」

 

 八幡と話をした後、クロービスは精力的に活動を始めた。

その仕事はパーティの装備集めと、それに伴う金策である。

菓子舗、矢凪屋竜禅堂の息子である彼はこういった才能があるらしく、

どのゲームに移動しても、チームの資産を確実に増やしている。

 

「えっと……」

 

 ソレイアルはクロービスに何か言いたそうな顔をしており、

その顔は若干沈んでいるように見えたが、そんなソレイアルにクロービスは言った。

 

「ソレイアルさん、そんな顔しないで下さい、八幡さんからもきつく言われてますよね?」

「確かに常に笑顔でいるようにって言われたけど、でも、でも……」

「僕なら大丈夫ですから。めぐりさんや八幡さん、それに他のみんなだって、

常に笑顔でいてくれますよね?気持ちは嬉しいですけど、そのルールは絶対ですよ」

 

 先日めぐりが次世代技術研究部を訪れた時、

悲しむそぶりを一切見せなかったのはこのルールがあったからである。

内心はどうあろうと、関係者達は今後もそんなそぶりを見せる事はないだろう。

スリーピング・ナイツのメンバーと関わって日が浅いソレイアルは、

まだその心構えが完全には出来ていなかったが、

それでも必死に笑顔を作り、クロービスへの協力を続けていた。

 

「……と、これが今あるボスの情報ね」

「まさかのお台場決戦ですか……」

「必要だと思われるアイテムの情報はこれ」

「うわ、結構大変ですね、でも凄く分かりやすく纏められてるので助かります、

あれ、これお金で買えるかどうかの可否まで書いてあるじゃないですか、

凄いですね、ソレイアルさん!」

 

 そうクロービスに賞賛されたソレイアルは、何故か気まずそうに目を背けた。

 

「どうしたんですか?」

「いやぁ、あはは、私はこういうのは初心者だからさ、

実は昨日、八幡に頼んでデータを整理してもらったんだよね……」

「ああ、これは八幡さんの仕事でしたか、本当に敵わないなぁ……」

 

 それは要するに、クロービスの下を訪れた後に、

八幡がデータを整理したという事に他ならない。

 

「私も手伝ったんだよ!久々に残業しちゃった!」

 

 ソレイアルは何故か、何かを思い出すようにニヤニヤしながら残業自慢をした。

その表情を見て、クロービスは一つだけ思い当たる事があった。

 

「………もしかして残業中は八幡さんとずっと二人きりで、

ついでにそのまま食事とかを奢ってもらったりしましたか?」

「ふぇ!?な、何で分かるの!?」

「いやぁ、何でと言われても、分かりやすすぎて考えるまでもないというか……」

「そ、そんなに!?」

「はい、ソレイアルさんは出会った当初からそんな感じでしたし」

「そ、そうだったっけ!?」

「まあそういうのは自分じゃ分かりませんからね」

「うぅ……」

 

 ソレイアルはそのクロービスの指摘に盛大に恥じらった。

 

「ソレイアルさんって本当にかわいい人ですよねぇ」

「こ、子供が大人をからかうんじゃないの!」

「ほらそういう所ですよ、まったく八幡さんも罪な男ですよねぇ」

「それには激しく同意するけど、するけど!」

 

 ソレイアルは悔しそうにそう言った。

そして二人は示されたデータをチェックし終わると、二人で街に出かける事にした。

行く先は安全地帯として露店が乱立している新宿歌舞伎町である。

ここが唯一の安全地帯とは、開発も皮肉な事をするものだ。

 

「それじゃあ必要な物があるかどうかチェックして、あったら購入、

無かったら取りにいく算段をつけるとしましょうか」

「うん、頑張ろう!」

 

 二人はそう言って露店のチェックを始めた。

 

「あ、これ、キーアイテムじゃない?」

「ですね、これも購入っと」

「リストをチェックっと、後は……」

 

 二人は資金と相談しながら順調に物資を集めていった。

だがやはり、全てのアイテムを購入する事は不可能だった。

 

「全員で取りに行かないといけないアイテムはこの辺りか……

こっちは僕一人でも取りに行けるな……」

「私も一緒に行くよ!戦いには慣れてないけど、一応レベルはちゃんと上げてあるからね!」

「すみません、助かります」

 

 この時二人はデータに集中するあまり、モブの強さにばかり目がいっていた。

だがこの世界にはモブ以外の悪意が存在する。他のプレイヤーである。

二人はそのまま歌舞伎町を出て、入手難易度の低い素材を入手する為に、

池袋方面へと向かっていた。その後を、数人のプレイヤーが音も無く付いていっている事に、

二人は気付かないままであった。二人はアイテム購入で少し派手に金を使いすぎたのだ。

時間が無い為、必要なアイテムを一気に揃えようとした弊害である。

 

「情報によるとこの辺りなんですが」

「あっ、あそこじゃない?」

「写真と一致しますね」

「それじゃあ慎重に行ってみよっか」

「はい」

 

 二人はそのままそのビルに入っていった。

その様子を数人のプレイヤーの集団が観察していた。

 

「獲物がビルに入ったぜ」

「どうする?」

「出てきた所を襲えばいいんじゃないか?モブに襲われるとちょっとうざいしな」

「そうだな、それが良さそうだ」

 

 フードをかぶったプレイヤーがそう提案し、

横にいたもう一人のフードをかぶったプレイヤーが、妙に甲高い声でそう同意した。

もっともここにいる全員がフードをかぶっている為、それは特徴とは言い難いのであったが。

 

「それじゃあそうするか、相手のうち片方は、

例のスリーピング・ナイツとやらのメンバーだが、もう一人は街の情報屋だ。

この人数なら負ける事はまず無いだろ」

「見つけてから慌てて集めたとはいえ、こっちは八人もいるからな、

全員フードを着用する事にしたし、こっちの正体がバレて報復される心配もほぼ無いだろ」

 

 そしてそのプレイヤー達は、物蔭に隠れて二人が出てくるのを待ち始めた。

 

 

 

「ソレイアルさんって、意外と運動神経がいいんですね」

「これでも運動は得意だからね!」

「そうなんですね、いやぁ、ただの色ボケお姉さんかと思ってました、本当にすみません」

「クロービス君、言い方、言い方!」

 

 かおりは気を悪くした様子もなく、笑いながらそう突っ込んだ。

 

「おっとすみません、ただの恋する乙女かと思ってました、本当にすみません」

 

 クロービスも笑いながらそう言いなおしたが、

その言葉はソレイアルにとっては微妙だったらしい。

 

「その言い方って、いざ自分がされてみると、ちょっと恥ずかしいよね……」

「ああ、確かに僕も、恋する少年とか言われたら悶絶するかもしれませんね……」

 

 二人はそう言って微笑み合った。

その瞬間に物蔭から、隠れていたプレイヤー達が飛び出してきた。

 

「おい兄ちゃん、いい女を連れてるじゃねえか」

「命だけは勘弁してやるから、有り金全部とその女を置いてきな」

 

 その言葉を発したのは、先ほどのフードをかぶった二人のプレイヤーだった。

 

「えっ?」

「そ、そんな話だったか?」

「ま、まあいいか、その通りだ、大人しく従えば命だけは助けてやる」

 

 打ち合わせと違った為に戸惑ったようにそう言った他のプレイヤー達は、

しかしその物腰から中堅から上級プレイヤーだと思われ、クロービスは少し焦った。

 

(さすがに数が多い……まさかソレイアルさんを置いていく訳にもいかないし、

僕一人でやれる所までやるしかないか……しまったな、もっと周りに注意するべきだった)

 

 そしてクロービスはソレイアルに言った。

 

「ソレイアルさん、僕の後ろに!」

「え?そんな必要なくない?」

「あいつらは多分かなり上のランクのプレイヤーです、

ソレイアルさんのレベルだとやり合うのは危険です!」

「いや、そうじゃなくってさ」

 

 そう言ってソレイアルは一歩前に出た。そして戸惑うクロービスの前で、

ソレイアルは親指を立てて前に突き出し、その親指を下に向けた。

 

「命だけは助けてくれるっていう話だったけど、

私達はそんな手加減はしないわよ、あんた達は大人しくここで死になさい」

 

 その根拠の無いセリフに襲撃者達はぽかんとしたが、

意味を理解した瞬間頭に血が上ったのか、一斉に二人目掛けて襲いかかってきた。

 

「ふざけるな、雑魚のくせによ!」

「まったくやれやれだよな、後でお仕置きの必要があるな」

「あ、あは……ほどほどにしてあげて下さいね」

 

 そう言いながら例の二人組が、いきなり背後からそのプレイヤー達に襲いかかった。

 

「うおっ、お前ら一体何のつもりだ!」

「つもりも何も、俺達は最初からお前達の仲間じゃないんだが」

「仲間の人数くらい数えましょうよ」

「な、何だと!?」

 

 慌てて周りを見回したそのプレイヤーの目に映った、

ソレイアルとクロービス目掛けて襲いかかったプレイヤーの数は八人。

そして背後にこの二人、確かに当初よりも二人増えていた。

 

「な、何で……」

「何でって、お前らが雑魚なだけだろ」

「それじゃあお掃除を開始しますか」

「だな」

 

 そして二人と八人の戦いが始まった。それを呆然と見ていたクロービスは、

慌てて自分も参戦しようとしたが、

その二人のうちの背の高い方のプレイヤーの動きを見て思わず足を止めた。

 

(うわ、あの人、ランやユウキクラスの最上級プレイヤーだ、隣にいる人も僕達クラスかも)

 

 その考え通り、襲撃者達はあっさりと排除され、

その瞬間にソレイアルが二人に駆け寄った。

 

「もう、いるならいるって言ってよ、ちょっと怖かったんだからね!」

「その割には随分強気だったじゃないか、まったくお前は弱い癖に……」

「だって声で分かったんだもん」

「あ、やっぱりそうだったんですね」

「私、そういうのは鋭いんだよね!」

 

 その様子をクロービスはぽかんと見つめていたが、

どうやらその二人がソレイアルの知り合いだという事だけは理解した。

 

「ソレイアルさんのお知り合いですか?

すみません、危ない所を助けて頂いてありがとうございました」

「クロービス、いくら目的に向かって突き進んでいたとしても、

ちゃんと周りにも注意を払わないと駄目だぞ」

「えっ?」

 

 クロービスは相手が自分の名前を知っていた事に驚いた。

そして二人はフードを外し、クロービスはそれが誰なのかやっと理解した。

 

「ハチマンさん、それにナユさん!」

「おう、ちょっとお節介させてもらったわ、もっとも今日の主目的は……」

「クロービスさん!」

 

 そう言いかけたハチマンを遮り、ナユタが一歩前に出て、クロービスの手をとった。

ナユタの表情は一点の曇りもない笑顔であったが、

その手はこれ以上ないくらい強くこちらの手を握ってきており、

それでクロービスは、ナユタが何の為にここに来てくれたのか、その理由を知った。

 

「ありがとうナユさん、本当に嬉しいよ」

「また会えて私も嬉しいです!」

 

 ナユタはまったく笑顔を崩さず、

クロービスはハチマンさん経由で頼んだ約束をちゃんと守ってくれているんだなと、

心の中でナユタの優しさに感謝した。

 

「ハチマンさんはともかく、ナユさんも相当強くなったよね」

「はい、私だってスリーピング・ナイツですから!」

「あは、ごめんごめん、そうだったね」

「ログインシステムが共通化されたせいで、

ゲームを跨いでチームを維持する事が可能になったからな。

多分今スリーピング・ナイツのメンバーリストにナユタの名前が載ってるんじゃないか?」

「そうなんですか?あっ、本当だ!」

「なので俺はさっさと逃げ出すわ、何かやばいのが近寄ってきてる気配がするんでな」

「えっ?」

「ナユタは挨拶の必要があると思うからここに残すが、

AEとALOのコラボの日が近いからな、

ナユタがこっちでの戦いに参加するかどうかはみんなで決めるといい。

っと、言ってる傍から来たみたいだ、じゃあな、クロービス」

「あっ、ハチマンさん!」

 

 そしてハチマンはそのままログアウトした。

そして最後の言葉通り、遠くから人の集団が走ってきているのが見えた。

その先頭にいるのはどう見ても………ランであった。

 

「ハチマン、ハチマンハチマン!」

「あっ、ナユさん、久しぶり!」

「お久しぶりです!」

 

 こうしてナユタはスリーピング・ナイツのメンバー達と再会した。

ランもさすがにハチマンではなくその場はナユタとの再会を優先したが、

それも束の間、直後にランは、血走った目で三人にこう尋ねてきた。

 

「ナユさんがいるって事は、きっとハチマンもいるのよね?

メンバーリストにナユさんの名前が出たから、そう推理して慌てて全員で走ってきたの」

「えっと、ハチマンさんは……」

「どこ?ハチマンはどこ?」

 

 そうきょろきょろするランに、ナユタとソレイアルはこう言った。

 

「ハチマンさんならやばいって言ってもうログアウトしましたよ」

「うんうん、あっさり逃げやがったよ」

「な、何ですって!?この私のリビドーはどう発散すればいいの!?

うわぁぁぁぁぁん!ハチマンはとんでもない物を盗んでいきました、私の心です!」

 

 そう言ってランはそこら中を走り回り始めた。

どうやらリビドーとやらを発散させているらしい。

そんなランを尻目に、ユウキ達はナユタを会話を始めた。

 

「ナユさんはしばらくこっちにいられるの?」

「えっと、ボス戦があるんですよね?その日はこっちにいるようにするつもりです、

でも他の日はちょっと用事がありまして……」

「あ~、そっか、AEとALOのイベントがあるもんね」

「皆さんはそっちには参加しないんですか?」

「ヴァルハラに戦いを挑むのはALOでって決めてるからね」

「なるほど」

「とりあえずボス戦の日は宜しくね、一緒に頑張りましょう」

「はい!」

 

 こうしてナユタは一時的にではあるが、スリーピング・ナイツに復帰する事となった。



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第708話 トラフィックス、AEに寄港す

 その数日後、ナユタは再びアスカ・エンパイアの地にいた。

いよいよ今日からALOとのコラボイベントが始まるからである。

 

「わっ、わっ、来た来た、凄いなぁ、あの演出」

 

 見ると空に巨大な宇宙船の映像が映し出され、

それが徐々にアスカ・エンパイアの地に降下してきているのが見えた。

周りでは沢山のプレイヤーがその様子を撮影しており、

夜には動画サイトでこの動画が話題になるだろうと思われた。

 

「さて、準備はこれで良しっと、この見た目なら多分絶対に私だってバレないよね」

 

 その言葉通り、今のナユタは金髪であり、目には例の目隠しを付けていた。

服装は結局巫女服のままであった為、和洋折衷の不思議な雰囲気となっている。

ハチマンにきつく言われている為、ナユタは普段から胸を隠す用に別の胸当てをしているが、

ヴァルハラ・ウルヴズのメンバーの前に出る時は、それを外すつもりでいた。

 

「さて、ここからどうなるんだろ?このまま着地するのかな?」

 

 ナユタはそう呟きながら、宇宙船『トラフィックス』の方を注視していた。

やがてトラフィックスは空中で停止し、そこから光の帯のような物が地上へと延びてきた。

 

「あ、そういう……」

 

 そしてトラフィックスから人の一団が次々と地上へと降りてきているのが見えた。

よく見るとその先頭はヴァルハラ・ウルヴズの面々であり、ハチマンやアスナの姿も見える。

 

「先頭かぁ、やっぱり凄いなぁ……まあ探すのが楽だからいいんだけど」

 

 そう思いながらナユタは、人ゴミをかき分けてその着地点へと向かった。

 

 

 

「ここがアスカ・エンパイアなんだ、凄く日本っぽいね」

「だな、古き良き日本って感じだな」

「江戸チックよねぇ」

「こういうの、嫌いじゃないぜ!」

 

 一番最初に地上に降り立ったヴァルハラ・ウルヴズの面々は、そう言いながら歩き始めた。

周りはすっかりアスカ・エンパイアの野次馬プレイヤー達に取り囲まれているが、

そんな事を気にする彼らではない。

 

「さて、これからどうする?自由行動か?」

「自由行動にするにしても、集合場所を先に確保しておきたいところだよなぁ」

「それじゃあとりあえず全員で行動して、それっぽい場所を探す?」

「本来ならそうしたいところだけれど、

でもこの街、ヤオヨロズっていうらしいけど、相当広いらしいわよね?」

「だな、仕方ない、いくつかの集団に分かれてそれっぽい場所を探すか」

 

 今日参加しているのはヴァルハラ・ウルヴズの全員ではなく、その一部のメンバーである。

それでもその人数はかなり多い。

ハチマン、アスナ、キリト、リズベット、シリカの帰還者用学校組を始めとして、

ユキノ、ユイユイ、イロハ、ユミー、コマチ、リーファの初期組と、

シノン、セラフィム、フカ次郎、レコン、ナタク、スクナがALOから参加しており、

GGO組からはレン、シャーリー、ゼクシード、闇風、ミサキの五人が参戦していた。

クライン、エギル、フェイリス、クリスハイトは仕事であり、

クリシュナ、メビウス、アルゴ、リオンも先日の一件があり、リアルで精力的に活動中だ。

ソレイユもその関連で色々動いており、レヴィがその護衛をしている。

クックロビンとアサギは映画関連で欠席しており、

ユッコとハルカはどうしても断れない合コンに参加中、薄塩たらこは車の教習所通いらしい。

 

「それじゃあハチマン、どう分ける?」

「今日は全部で………二十二人か、五人六人で四組に別れるか。

ジャンケンで決めてたら時間がかかってしょうがないし、

ずっとそのチームで動く訳でもない、ここは暫定的にくじ引きか何かでいこう」

 

 その意見には特に反対もなく、一同は即席で作られたクジを引いた。

そしてその結果をキリトが発表していった。

 

「それじゃあ発表するぜ、

一組目はハチマン、アスナ、ユキノ、セラフィム、シノン、ミサキの六人だ」

「え、俺がそのメンバーを引率するのか?」

「ハチマン君、私達に何か文句でもあるのかしら」

「そうよそうよ、私達と一緒は嫌なの?」

「ハチマン様、心外ですわぁ」

「い、いや、まったく文句はありませんです、はい」

 

 ハチマンはユキノとシノンとミサキに威圧され、思わず敬語になってそう答えた。

 

「二組目、俺、リズ、ユイユイ、ユミー、ゼクシード。

三組目、イロハ、シリカ、コマチ、リーファ、フカ次郎、シャーリー。

四組目、レン、闇風、レコン、ナタク、スクナ、以上!」

「一応戦闘になる可能性もあるが、GGO組は銃の威力が減衰してるから注意してくれな」

「まあそれは仕方ないな、バランス調整は無理だろうし」

「貫通力が減らされて、鈍器扱いになってるだけらしいから、

その事だけ覚えておけばいいのではないかしらね」

「なるほど、そういう調整なんだね」

 

 そのユキノの説明に、ゼクシードは納得したように頷いた。

 

「弾丸で殴る!いいねぇいいねぇ」

「師匠、フルボッコにしてやりましょう!」

「レン、お前は最初から好戦的すぎだ、もう少し自重しろ、闇風もな」

「は~い」

「おうよ!」

 

 ハチマンはそんな二人に苦言を呈し、レンはぺろっと舌を出し、

闇風はニヤニヤしながらそう答えた。この男、内心ではやる気満々のようだ。

 

「はぁ、まあいいけどな。とりあえずそんな感じで東西南北に分かれよう、

一組目から順番に東西南北って割り振る感じで」

「全員が集まれるような広場や大きいお店、

その他諸々の施設が見つかったらとりあえず情報共有ね」

「だな、それじゃあみんな、気負わず楽しんでくれよな」

 

 そして四組はそれぞれの方向に散っていった。

 

「う~ん、私が姿を見せるのは全員が集まった時でいいのかなぁ、

とりあえずハチマンさん達の後をついていけばいっかぁ」

 

 その一部始終を見ていたナユタはそう判断し、

少し距離をおいてハチマン達の後をついていく事にした。

 

 

 

「くそっ、イライラするぜ、最近例のはぐれの女忍者にやられっぱなしだな」

「力関係が完全に逆転してるよな」

「あの戦巫女がなぁ……四、五人でもやられちまうし、厄介すぎる」

「このままじゃ忍者とか関係なく、他のギルドの連中になめられちまうぜ、

しばらく大人数で動く事にしようぜ、数もまた力なり、だ」

 

 トラフィックスが降下してきたその少し前、

少し離れた茶屋に忍装束を着た男達が集まっていた。

ナユタとコヨミを相手に最近負け続けのこの忍軍は、

AEの中ではそれなりの規模を誇る大手のギルドであり、その名を『忍レジェンド』という。

その構成メンバーは一度に全員が集まる事はないが百人を超え、

今ここにはその四天王と言われる幹部連中が集まっていた。

その名も『トビサトウ』『ロクダユウ』『スイゾー』『ユタロウ』と、

それぞれ鳶加藤、百地三太夫、服部半蔵、風魔小太郎ら、

有名な忍者の名前をもじったものになっていた。

ちなみにリーダーはおらず、この四人がそれぞれ二十五人くらいずつの配下を従えている。

今日この場には、それぞれが四人ずつ、本人達を合わせて合計二十人が集まっていた。

 

「しかしうちのギルドには本当に女性メンバーがいないよな」

「まあそれはどのゲームも一緒だろ」

「最初はあのコヨミってのを、うちのギルドの姫にしようって思ってたんだよなぁ」

「今じゃ不倶戴天の敵だけどな」

「どうしてこうなった」

「ああもう、ストレスがたまるぜ」

「今日はせっかく数がいるんだ、勢力拡大の為にどこかのギルドとやりあうか?」

「そうだなぁ……」

 

 四人は腕組みしながらどうしようかと考えていたが、

その四人の目に、空中から徐々に降下してくる巨大な宇宙船の姿が映った。

 

「うおっ、おい、あれ!」

「あ、例のイベントって今日だったか?」

「そうだそうだ、宇宙船トラフィックスって奴だな」

「業界ナンバーワンのALOと、ナンバースリーのGGOがつるんだっていうあれか」

「ちょっと見にいくか?」

「だな、行ってみよう」

 

 こうして忍レジェンドのメンバー達は、トラフィックスの所へ向かった。

 

 

 

「ぬっ、おい、あれを見ろよ」

「あ、あんなに女性メンバーが沢山居るなんて、ALOとGGOはどうなってんだよ!」

「しかもレベルが高え……」

「待て待て、後続は男ばかりだぞ、きっとあいつらが特殊なんだ」

「許せん……」

 

 忍レジェンドのメンバー達は、

先頭をきって船から降りてきたヴァルハラのメンバー達を見て、驚愕のあまり目を見開いた。

それは彼らが置かれた状況からすると、当然許しがたいものであったようだ。

 

「どうやらあいつら同じギルドみたいだな、これ見よがしに女連れアピールをしやがって」

「後続の連中の何組かがわざわざ挨拶しにいってるな、有名なギルドなのか?」

「確かALOとGGOのコラボイベントの即席ギルドは、ナイツっていうらしいぜ」

「ほうほう、って事はあいつらは、かなり有名なナイツなんだろうな」

「そりゃまああれだけ女がいれば有名にもなるだろ」

「どうするよ」

「う~ん」

 

 相手の方が数が多い為、どうするか悩んでいた忍レジェンドのメンバー達の目の前で、

ヴァルハラのメンバー達は四組に分かれ、それぞれの方向へと散っていった。

 

「お、四組に分かれたな」

「男が二人に女が三人のチームと、男が三人に女が二人のチーム、

それに女だけのチームはいいとして……」

「問題はあそこだな、男が一人に女が五人だと……!?」

「これは許せんな」

「しかもその五人があの男を取り合ってるように見えるんだが?」

「あの男をボコらないと気がすまん、卑怯と言われても構わん、行くぞお前ら」

「「「おう!」」」

 

 こうして忍レジェンドの幹部連とその一行は、ハチマンを狙って動き出した。



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第709話 忍レジェンドの姫

 ナユタがハチマン達を追い、忍レジェンドの面々もその後を追った頃、

コヨミもまた、宇宙船トラフィックスを見物する為にその広場にいた。

 

「うわぁ、何あれ、あれが噂のヴァルハラって奴かな?

凄いなぁ、風格があるなぁ、しかも後続のナイツの連中がわざわざ挨拶に行ってるよ……

まあ睨むだけで素通りするナイツも多いみたいだけど」

 

 この言葉から、コヨミがそれなりに他のゲームに関しての情報収集をしている事が分かる。

 

「それにしても女の子が多いなぁ、いいなぁ、いいなぁ……

ま、まあ私にはナユさんがいるから別にいいんだけど!」

 

 その口調からは少し悔しさが滲んでいたが、それは仕方ない事だろう。

ハチマン達が特殊すぎるのであって、コヨミのような女性プレイヤーの絶対数は、

まだまだどのゲームでも少ないのだ。

 

「四組に分かれるんだ、あの人がリーダーっぽいなぁ、

う~ん、随分モテてるけどどんな人なんだろ、ちょっと後をついてってみようかなぁ」

 

 コヨミも特に理由もなくそう考え、ハチマン達の後をついていく事にしたようだ。

ちなみに今の位置関係は、先頭がハチマン達六人、その後ろに忍レジェンド、

その後ろにコヨミ、最後方がナユタという順番になっていた。

 

「あ、あれ?あいつら……」

 

 まだこの周辺には多くのプレイヤーが混在していたが、後方をいくコヨミは、

明らかに自分と同じようにハチマン達のチームを追いかけている、

もうすっかり顔を覚えてしまった忍レジェンドの面々に気が付いた。

 

「あいつら何やってるんだろ……随分と物々しい雰囲気だけど……」

 

 ヤオヨロズの街には所謂宿場町が各所に点在しており、

その宿場町同士を街道が繋ぐ感じで巨大な街が形成されている。

今はまだ宿場町の範囲内なのだが、まもなく街道に出る事になる。

コヨミはそこで何かあるかもしれないと考え、息を潜めながらその後をついていく。

そしてその後ろで今、ナユタは激しく悩んでいた。

 

「何故コヨミさんとその敵対ギルドまでハチマンさん達の後を追いかけてるんだろう、

コヨミさんに理由を聞いてみたいけど、でもこの状況で話しかけるのもなぁ……」

 

 そんな状況の中ハチマン達は、

後方からプレイヤーの集団が後を付いてきている事に気が付きながらも、

特に脅威だとは感じられなかった為、そのまま放置してAEの世界を楽しんでいた。

 

「おお、こういう景色って新鮮だな」

「時々NPCっぽい飛脚が通るのもいいわね」

「スズメとかもいるんだ、何か落ち着くなぁ」

「そろそろ街道って奴か、何かあるとしたらそこだから、

まあそれまでは散歩のつもりでのんびりいくか」

 

 その推測通り、街道に出てしばらくした後、後方の集団がこちらに走ってきた為、

ハチマンは一応自分達とは無関係だった時の事を考え、一歩脇にずれて道を空けてみた。

だがその集団がハチマン達の隣で止まった為、ハチマンはやっぱり俺達が目的かと思いつつ、

その集団の先頭にいる者達に声をかけた。

 

「俺達に何か用か?ここにはついさっき来たばっかりだから、

敵対されるような事は何もしてないはずなんだけどな」

「お前はその存在自体が俺達と敵対してるんだよ!」

「くそっ、これ見よがしに女をはべらせやがって!羨ましい!」

 

 その言葉を聞いたハチマンは、またかよといった表情で仲間達の方を見た。

 

「ハチマン様、私の後ろへ」

「またそのパターンなんだ」

「まあどこにでもそういう人達はいるよね」

「そうねぇ、確かに目の毒だったかもしれないわね」

 

 一歩前に出て盾を構えたセラフィムの後ろで、アスナ、ユキノ、シノンの三人は、

やれやれといった表情でそう言った。

そしてミサキがハチマンにしなだれかかりながらこう言った。

 

「あらごめんなさぁい、こんな風に見せつけてしまった私達がいけないのよねぇ」

 

 ミサキは煽る気満々のようで、ハチマンは苦笑しながらミサキから少し距離をとった。

 

「あらハチマン様ったらいけずですわぁ、私、最近欲求不満ぎみですのよ」

 

 ハチマンはそんなミサキに何か言おうとしたが、その目が獰猛な光を湛えていた為、

何も言わないで様子を伺う事にした。

こういう時に割り込んできそうな他の四人も、その気配を感じたのか何も言おうとはしない。

むしろハラハラしているのは、その様子を後方で伺っていたナユタであった。

 

「もう、ハチマンさんったら、あんなにデレデレして」

 

 一応断っておくが、ハチマンは決してデレデレなどしていない。

だが遠くにいるナユタからはそう見えたようで、

ナユタは拳を握り締めながらどうしようか悩んでいた。

 

「う~ん、ここで出ていくのもありなんだよなぁ、どうしようかなぁ……」

 

 ナユタは格好良く登場して忍レジェンドの面々を蹴散らす自分の姿を想像し、

一歩前に踏み出そうとした。だが次の瞬間に、前にいたコヨミが先に動いた。

 

「待て待て~い!あんたらAEの恥をさらしてんじゃないわよ、格好悪い!」

「あ、あれ、お前は確か……」

 

 ハチマンはコヨミの顔に見覚えがあり、思わず声をかけそうになったのだが、

あの時自分はシャナの姿だったはずだと思いなおし、口をつぐんだ。

 

「邪魔すんなよ姫!」

「はぁ?おい佐藤、姫って何の事?」

 

 トビサトウにそう言われ、コヨミは思わずそう聞き返した。

 

「佐藤言うな!俺はトビサトウだ!」

「でもリアルだと佐藤さんなんでしょ?」

「ぐっ……」

 

 トビサトウはそれが事実だった為に言葉に詰まった。

そんなトビサトウに追い討ちをかけるようにコヨミは早口でこうまくしたてた。

 

「で、姫って何?今私の事姫って言ったよね?どういう事?

それとももしかして、私の事をかつて仕えていた殿様のところの姫設定にでもしてんの?」

「い、いや、それは……」

「ほら早く答えなさいよ佐藤!」

「そ、それは……くそっ、さっきあんな会話をしたばっかりに……」

 

 そしてトビサトウは、苦渋の表情でコヨミにこう言った。

 

「それは以前、始めてお前に会った時に、

あわよくばお前をうちのギルドの姫にスカウトしようと思ってたからだ……」

「はぁ?」

 

 その言葉にコヨミは訝しげな顔をし、何かに思い当たったようにハッとした顔をした。

 

「そ、それってまさか、オタサーの姫みたいな奴?」

「オタサー言うな!うちのギルドはこれでもかなりメジャーなんだぞ!」

「でもメジャーな割に、女性プレイヤーって見た事ないんだけど?

他の大手には数人は所属してるよね?」

「ぐっ……た、確かにうちにはクノイチは一人もいないが……」

「ほら、やっぱりそうなんじゃない!」

 

 コヨミはトビサトウを指差しながらそう言った。

だがそこでコヨミははたと動きを止め、ぶつぶつと何か呟き始めた。

 

「あ、あれ?でもそれっていわゆる逆ハーレム状態なんじゃない?

百人近くメンバーがいれば中には格好いい人もいるはずだし、

そうなれば彼氏いない歴イコール年齢の私にも、もしかして春が……」

「コヨミさん、何をぶつぶつ言ってるんですか?」

「あっ、ナユさん!」

 

 そこに追いついてきたのはナユタであった。

ナユタはコヨミに先を越されたと思って焦り、

特に考えもなく飛び出してきてしまったのである。

ハチマンはそんなナユタに話しかけようかどうしようかと迷ったが、

格好よく登場したいみたいな事をナユタが言っていたのを思い出し、

とりあえず様子を見る事にした。

 

「ん?もしかしてお前はあの戦巫女か?」

「イメチェンしたのか!」

 

 そのナユタの姿を見て、忍レジェンドの面々は何故か色めき立った。

 

「何ですか?」

「い、いや、その……」

 

 言いよどむその連中に、ナユタはきつい視線を向けた。

そんなナユタに横からコヨミが突然こんな事を言ってきた。

 

「ねぇナユさん、この人達、実は私を忍レジェンドの姫にしたかったんだってさ」

「はぁ?何ですかそれ?」

「ほら、オタサーの姫的な?」

「ああ……」

 

 ナユタはそれで意味を理解したが、コメントのし様が無い為に何も言えなかった。

その状況で先に口を開いたのは忍レジェンドの幹部達の方だった。

 

「いや、やっぱりそれは無しで」

「えっ、な、何で?」

 

 きょとんとするコヨミにはもう目もくれず、幹部達は口々にナユタに言った。

 

「おい戦巫女、頼む、俺達のギルドの姫になってくれ!」

「はい?」

「ルックス、実力、そしてそのプロポーション!俺達にはお前しかいないんだ!」

「ええええええええええ?私は?」

「チェンジで」

「きょ、胸囲の格差社会がこんな所にまで……」

 

 コヨミはそう言われ、がっくりと膝をついた。

 

「この姿になる前は何も言ってこなかったのに、どういう風の吹き回しですか?」

「いや、だってその姿ってどう見ても姫っぽいじゃん!」

「それに前は、一方的にやられるばっかりで、

あんたの事をちゃんと見た事がなかったからな」

「……私の名前を知った上で言ってるんですよね?」

 

 ナユタはハチマンをチラリと横目で見ながらそう言った。

 

「当然だ!あんたのバックに怖い人がいるのは知ってるが、

姫になれば逆に俺達があんたの事を全力で守る!」

「当然身内であんたを口説こうとするような不届き者はいないし、

口説いてきた奴らも絶対に排除する。だから真面目に検討してみてくれ!」

「お断りします」

 

 ナユタは面倒臭そうにそう答え、四人はコヨミと同様がっくりとその場に膝をついた。

 

「や、やっぱり駄目か……」

「俺達の夢が……」

「そ、それなら私でいいじゃない、ね?ね?」

 

 そのやり取りを受け、がっくりしていたコヨミが突然立ち上がってそう言った。

 

「むう、消去法でそういう選択肢もあるのか……?」

「コヨミさん、血迷わないで下さい」

 

 横からナユタがそう言い、いきなりコヨミの首筋に手刀を入れた。

 

「ぐふっ……」

 

 それでコヨミは目を回し、その場に崩れ落ちた。

完全に気絶させないように調整された、見事な力加減である。

そしてナユタはそんなコヨミの体を片手で持ち上げながら一同に言った。

 

「すみません、お騒がせしました、私達はこれで失礼します」

 

 ナユタはそう言ってスタスタと立ち去った。

どうやらこれ時以上この場にいても仕方が無いと思ったのだろう。

 

(優里奈の奴、絶対後で姿を変えて登場してくるんだろうな)

 

 ハチマンは内心で笑いを堪えながらそんな事を考えつつも、

この空気を何とかしなくてはと思い、忍レジェンドの面々にこう言った。

 

「で、お前らは俺達に何か文句があるんだよな?」

 

 そのハチマンの言葉に幹部達はハッとした。

 

「そ、そうだった!」

「こうなった以上、お前だけは許せん!」

「八つ当たりかよ……」

 

 こうしてハチマン達と忍レジェンドのメンバー達は、再び対峙する事となったのだった。



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第710話 ミサキさんそのくらいで

「ああもう、まったく意味が分からない、何でこんな事に……」

 

 ナユタはイライラしながらそう呟き、少し離れた所でコヨミを下におろした。

 

「コヨミさん、いい加減に起きて下さい、こんな所で寝てたら風邪をひきますよ」

 

 そう、以前どこかで見たような光景が再び繰り返された。

それで目を覚ましたコヨミは、目をこすりながらきょろきょろと辺りを見回し、

そしてナユタと目が合った。

 

「う、う~ん、ここはゲームの中だから風邪なんかひかない……ってナユさん?」

「ええ、そのナユさんです」

「え?え?何でここにいるの?」

「偶然ここを通りかかったら、コヨミさんが寝てるのを見つけて声をかけたんです」

「そっかぁ、ごめんごめん!ナユさんと知り合ってから、どうもこういう事が多いんだよね、

直前まで何をしてたか思い出せないっていうかさ」

 

 ナユタはそのコヨミの言葉に黙って微笑むだけだった。

自分からは何も言わない方がいいと判断したのだろう。

 

「そういえば、沢山の男の人にちやほやされる夢を見たような……」

「コヨミさんに限ってそんな事ある訳ないじゃないですか、夢ですよ夢」

「ううっ、何気にナユさんがひどい……」

 

 コヨミは落ち込んだような顔をしたが、すぐに立ち直って笑顔でナユタに言った。

 

「そういえばナユさん、宇宙船トラフィックスがついにやってきたね、

これからちょっと見物にいかない?」

「そうですね……」

 

 ナユタはヴァルハラの一部のメンバーに顔バレしてしまった以上、

先にどこかの店で適当な装備を買って姿を変えようと思っていたのだが、

目隠しを外して髪の色を再び変えればいいのだと思い当たり、

そのコヨミの提案に乗る事にした。

 

(まあ別にどうしても今日接触しなくちゃいけない訳でもないしなぁ)

 

 ナユタはそんな事を考えながら、コヨミの目の前でいきなり髪の色をピンクにした。

 

「うわっ、ナユさん、いきなりどうしたの?」

「イメチェンです、コヨミさんもたまにはどうですか?」

「イメチェンかぁ、そしたら私も男の人にモテるようになるかな?」

「なりません」

「ひどい……」

 

 だがナユタはクスクス笑いながらそう言った為、

コヨミもそれが冗談だとすぐに分かったのか、明るい顔でこう言った。

 

「それじゃあ行こっか!」

「はい、そうですね」

 

 そして二人は仲良くトラフィックス見物に向かったのだった。

 

 

 

「さて、俺を許せないのは分かったが、具体的にはどうするつもりだ?」

「全員でボコる!」

「ほうほう、シンプルで結構だ、それじゃあ早速やりあおうか」

 

 そう言ってハチマンは雷丸を抜き、二本に分離させた。

 

「何だその素敵な武器は、まさかお前も忍なのか?」

「羨ましいか?ふふん、いいだろこれ?」

「ぐぬぬぬぬ、羨ま……ま、ま、益々許せん!」

「俺としては仲良くしたいと思うんだが、まあそういう事なら仕方ないよな」

 

 ハチマンは女性陣に戦わせる事をよしとしなかったのか、

そう言って自らが一歩前に出て戦闘体勢をとった。だがその前にミサキがスッと進み出た。

 

「ハチマン様、この方達は私と先約がありましてよ?」

「先約……ですか、もちろん止めても聞きませんよね?」

「当然ですわぁ、私、本当に欲求不満ですのよ?」

「わ、分かりました、お任せします」

 

 ハチマンはそう言ってミサキに場所を譲り、それを見たロクダユウはいきり立った。

 

「おい、ふざけるなよ、女を盾にしやがって」

 

 その瞬間にミサキは一歩前に出たロクダユウの頭をガシッと掴み、

自身の膝に思いっきり叩きつけた。

 

「ぐはっ……」

「何を勘違いしているのかしらね?

ハチマン様が私達を盾にするのではなく、私達がハチマン様の盾をしているのよ?

その辺りの機微は、女性にモテないらしい貴方達には分からないのかもしれませんけど」

 

 ミサキはそう言って艶然と微笑んだ。

その手には血塗れのロクダユウがぶら下がっている。

 

「さて、次はどなたが相手をして下さるのかしらぁ?」

 

 ミサキは上目遣いでそう言い、何げなくロクダユウをぽいっと放り投げた。

その仕草は特に力が入っているようには見えなかったが、

ロクダユウは凄まじい勢いで吹っ飛び、そのまま何度も地面を跳ねて草むらに突っ込んだ。

そんな光景を見せられた残りの三人は咄嗟に言葉が出ず、

呆然とその草むらの方を見つめていた。だがその隙を見逃すミサキではない。

ミサキは次にスイゾーに狙いを定め、その顎をつま先で蹴り上げた。

 

「うがっ!」

 

 スイゾーはその攻撃をまともにくらい、上を向いたまま大の字で地面に倒れた。

驚愕すべきはまったく年齢を感じさせないミサキの体の柔らかさである。

ちなみにリアルでのミサキはこんな事は絶対に出来ない。

これは例のハチマンのアドバイスに従い、

ゲームの中で自由自在に体を動かす訓練をしたミサキの努力の成果である。

 

「ミサキさん、普段の動きを見てて思ってましたけど、随分体が柔軟になりましたね」

「ハチマン様の言葉に従って、

これくらいの動きは出来ると自分に思い込ませた成果ですわ」

 

 ハチマンのその褒め言葉にミサキは花のように微笑んだ。

自分が努力していた事をハチマンがちゃんと見ていてくれた事がよほど嬉しかったのだろう。

そして直後にミサキから放たれた次のセリフは、ミサキの機嫌の良さを示すものであった。

 

「今が最大のチャンスでしたのに、

残るお二人は私のスカートの中を見る機会を逃してしまいましたわね、

仕方ないから少しサービスして差し上げましょうか」

 

 その言葉に敏感に反応し、残るユタロウとトビサトウが、

思わずミサキの腰の辺りに視線を注いでしまったのは仕方がない事なのだろう。

 

「そんなに見られると、興奮してしまいますわぁ」

 

 そう言いながらミサキは自らのスカートの裾を持ち、僅かに上へと持ち上げた。

おそらく二人の視線をそこに引き付け、何かを仕掛けるつもりだったと思われる。

実際その狙い通りに二人は視線を下げたのだが、

その瞬間にいつの間に飛び出したのか、アスナが暁姫でユタロウの胸を貫き、

トビサトウはシノンの弓に射抜かれた。

 

「あら、二人とも素早いですわね」

「まあ隙だらけだったしね」

「まったくこれだから男って生き物は……」

 

 二人はそう言って肩を竦め、ユタロウとトビサトウはそのまま消滅した。

 

「ミサキさん、まあそのくらいで」

「まあそうですわね、欲求不満も多少は解消出来ましたわ」

「ハチマン様、残ったこれはどうしますか?」

 

 その時今回見せ場が無かったセラフィムが、

いつの間にか草むらの中からロクダユウを拾ってきてそう尋ねてきた。

こちらも中々素早い動きである。

ロクダユウを物扱いしているのはまあ活躍出来なかった事への八つ当たりであろう。

 

「ハチマン様、こちらの殿方もどうしましょうか」

 

 そう言って倒れていたスイゾーをあっさりと持ち上げ、ミサキもハチマンに見せてきた。

 

「どうすっかな……おいユキノ、ユキノはこいつらをどうすればいいと思う?

ってユキノ?どこだ?」

 

 ハチマンはユキノに相談しようとその名前を呼んだが返事がない。

見るとユキノは少し離れた所で何か黒い物をいじっているようだ。

 

「にゃぁ………にゃぁ?」

 

 ユキノの方からそんな声が聞こえ、それでハチマンは事情を悟った。

おそらくユキノはNPCか何かの猫を見つけ、

こちらが争う様子などどこ吹く風で、それに夢中になってしまったのだろう。

 

「……まあユキノはあのままでいいか、

で、こいつらをどうするかだが、別にこいつらに恨みとかがある訳じゃないんだよな」

「そうね、ただの降りかかった火の粉だもんね」

「火の粉ほど熱くはなかったけどね」

「まあ懐柔しておけばいいか、何かの時に役に立つかもしれないしな」

 

 ハチマンはそう身も蓋もない事を言うと、

とりあえず二人を受け取って地面に座らせ、その頬をぺちぺちと叩いた。

 

「おい、起きろ」

「う……うわああああ!」

「ひ、ひいっ!」

 

 二人は完全に怯えており、そんな二人にハチマンは申し訳なさそうにこう言った。

 

「悪いな、うちの女性陣は血の気が多くてな」

「な、何なんだよお前ら!俺達はこれでもAEの中では上の下くらいの実力はあるんだぞ!」

「あ~……まああれだ、俺たちは言うなれば、ALOとGGOの最高戦力だからな、

別にお前達が弱い訳じゃないからその辺りは安心してくれ」

「何だよそれ……」

「上の上ですらなく、更にその上って事かよ……」

「まあそんな感じだな、俺達はヴァルハラ・ウルヴズだ、

ネットで調べればその名前が簡単に出てくると思うから、

今後は喧嘩を売る相手を間違えないように暇な時にでも俺達の事を調べておくんだな」

 

 そう言った後、ハチマンは何か合図をするようにアスナとシノンの腰をぽんぽんと叩いた。

それを受けてアスナとシノンは態度を軟化させ、ロクダユウとスイゾーにこう言った。

 

「まあドンマイだよ」

「自衛とはいえ少しやりすぎたわ、ごめんなさいね」

 

 ロクダユウとスイゾーは、自分達が悪いにも関わらず美人の女性に優しい言葉をかけられ、

それで一発で参ってしまったようだ。

 

「あ、ありがとうございます!」

「AE内で何か困った事があったら、いつでも俺達を頼って下さい!」

「そう?それじゃあその時は宜しくお願いね」

「「はい!」」

 

 こうして飴と鞭を上手に使い分け、ハチマンは難無くヴァルハラのシンパを手に入れた。

まあ概ねハチマンの思惑通りの結果になったと言えよう。

以後忍レジェンドの幹部達は、時々遊びにくるハチマンに鍛えられ、

後にとある大事な戦いに参加する事となる。



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第711話 もしかしてナユちゃん?

 トラフィックスから出てくる人達の様子を見物していたナユタとコヨミは、

プレイヤーの男女比に大きな隔たりがある事を目の当たりにし、

自分達が少数派である事を実感していた。

 

「やっぱり女性プレイヤーって少ないんだね、ナユさん」

「でもその数少ない女性プレイヤーは、皆さんかなり気合いの入った格好をしてますよね。

いいなぁ、AEは基本和風のみだから、そういう所は羨ましいです」

「ああ、西洋ファンタジーものって和洋折衷な事が多いしね、

それに関してはあっちの方が全然選択肢が多いよね」

「別に不満って程じゃないんですけど、そうなんですよねぇ」

「わっ、わっ、ねぇナユさん、あれ見てあれ」

 

 その時トラフィックスの中から、いきなり沢山の女性達が姿を現した。

 

「何あれ凄い、あんなナイツもあるんだ?

お揃いの装備の肩の所に、G女連って書いてあるね、ナイツの名前かな?」

「ああ、G女連ですか、それならGGOでのスコードロンの名前ですね、

知り合いから話を聞いた事があります」

 

 ソースは当然ハチマンである。

 

「そうなんだ?それにしてはみんな個性的でお洒落な格好をしてるよねぇ」

「銃で戦うゲームの服装っぽくはないですね、もしかして今日の為に新調してたりして」

 

 実際のところ、その通りであった。ちなみにそう仕向けたのはおっかさんである。

おっかさんは、今回のイベントを迎えるにあたり、メンバー達にこう言ったのである。

 

『あんた達、せっかくのお祭りなんだ、当日はちゃんと着飾るんだよ』

 

 その言葉に従い、今こうしてG女連のメンバー達は、

精一杯おしゃれをした状態でこの場に集まったという訳なのである。

そんな彼女達の姿を見て色めき立ったのは、当然周りにいる男共であった。

これはAEのプレイヤーのみならず、ALO出身のプレイヤーも同じ状態である。

逆にGGO出身のプレイヤー達は、下手に彼女達にちょっかいをかけると、

十狼が出てくる事を知っている為、彼女達には近付こうとはしない。

君子危うきに近寄らず、だが何が危うきか分からなければ、

やはりこうした場合は近寄ってしまうものらしい。

我も我もとG女連のメンバーに話しかけた男達は、

しかし直後に全員が銃口を向けられ、すごすごと退散する事となった。

 

「うわ、もしかしてあの人達って武闘派?」

「そこまでじゃないはずですけど、まあアウェイだからかもしれませんね」

 

 そんな勇ましい姿を見せたメンバー達をかき分け、一人の年配の女性が姿を現した。

 

「あんた達、ちょっとこっちに集まりな」

「はい、おっかさん」

「みんな、集合だよ集合」

 

 その風格漂う姿を見て、二人はこの女性がリーダーなのだと確信した。

 

「あの人がリーダーだよね?」

「統率力が高そうですね」

「それにしてもみんないい笑顔をしてるよね」

「多分メンバーに凄く慕われてるんでしょうね」

 

 G女連のメンバー達は、おっかさんから何か指示を受けたようで、

直後に四方八方へと散っていき、自分達から他のプレイヤーに声をかけはじめた。

 

「……どうしたんだろね?」

「さあ………まあ私達に話しかけてきてくれたら事情が分かるかもですけどね」

「私、ちょっと偵察に行ってくる!」

 

 コヨミはそう言うと、ナユタの反応を待たずにその女性達の方に走っていった。

丁度そのタイミングで、その中の一人のプレイヤーが、ナユタに声をかけてきた。

 

「すみませ~ん、あの………あ、あれ?」

 

 その小柄な女性プレイヤーはきょとんとした顔をすると、

目を細めてじっとナユタの顔を見つめた。

 

「あ、あの、私の顔に何か……」

「もしかして………優里……じゃない、ナユちゃん?」

「えっ?はい、そうですけど、あの、貴方は……?」

 

 相手が優里奈と言いかけた為、おそらく知り合いだろうと考えたナユタは、

しかし相手が誰だか分からなかった為、素直にそう尋ねる事にした。

「あっとごめん、私、イヴだよ!」

「あ、イヴさんでしたか!」

 

 滅多にハチマンのマンションを訪れる事はないが、ナユタは当然イヴとは面識があった。

だがゲーム内で会った記憶は無かった為、ナユタは何故自分の事が分かったのかと驚いた。

 

「ど、どうして私だって分かったんですか?ゲーム内で会うのは初めてですよね?」

「ああ、うん。ほら、私ってばスリーピング・ナイツの動向をチェックしたりもするし、

その過程でナユちゃんの姿も見た事があったんだよね」

「ああ~、そういう事ですか!」

 

 ナユタはその説明に納得した。

 

「今日はさ~、半休だったんだよね、だから私もちょっとAEを見物してみようかなって」

「そうだったんですね」

「しかし直で見ると、画像で見るのとはまた違う趣きがあるというか、

相変わらず羨ましいおっぱいだよねぇ……」

 

 イヴはそう言ってナユタの胸をじっと見つめた。

ナユタはイヴに対してコヨミを相手にするような態度をとる事はなく、

恥ずかしそうに自分の胸を抱くような仕草をした。

だが逆にそのせいで、更に胸の大きさが強調される事になってしまった為、

イヴはそれを見て驚愕の表情をした。

 

「やっぱり凄い……羨ましい」

「以前ちょこっとだけGGOもやってみたんですけど、その時もこうだったんですよね。

何故か毎回胸がリアルと同じサイズになっちゃうんですよ……」

 

 その言葉にイヴは、何か思い当たるフシがあったようだ。

 

「えっ、それって……ね、ねぇナユちゃん、生体スキャン機能って知ってる?」

「えっ?何ですかそれ?」

「ああ、やっぱり知らなかったんだ……」

 

 イヴはため息をつくと、その機能についてナユタに説明した。

 

「ええっ!?そ、そんな機能があったんですか?特に何もいじりませんでしたけど」

「うん、デフォルトだとオンなんだよね、

ナユちゃんってもしかして、マニュアルとか見ないタイプ?」

「ああ、えと……は、はい」

「ハチマンさんがナユちゃんの胸の事をかなり気にしてたけど、

そういう事なら必然的にそうなっちゃうよねぇ……」

「わ、私ってばとんだミスを……」

 

 ナユタはその言葉に激しく動揺したが、イヴはそんなナユタの肩をポンと叩いた。

 

「まあここまで育っちゃったらもう仕方ないよ」

「そ、それは私の胸の事ですか!?それともキャラの事ですか!?」

「う~ん、まあ両方?」

 

 そう言いながらイヴはあろうことか、ぽよんっ、とナユタの胸に触れた。

 

「きゃっ」

「まあほら、ハチマンさんは過保護だから、

他の男にこの素敵な胸をじろじろ見られるのが嫌なだけで、

胸自体に不満がある訳じゃないだろうから、心配するような事は何もないよ」

「で、でも……」

「大丈夫大丈夫、だから気にせずゲームを精一杯楽しむといいよ」

「は、はい」

 

 会話がそう締めくくられた丁度その時、偵察にいっていたコヨミが戻ってきた。

 

「ああ~っ、ずるい!ナユさんの胸は私の物なのに!」

「私の胸は私の物です、まあ敢えて他の誰の物かと言うなら、

それはハチ……いいえ、私の大切な人の物です!」

 

 ナユタはハチマンの名前を出しそうになり、慌ててそう訂正した。

だがその言葉を聞き逃さなかったであろうイヴは、ニヤニヤしながらナユタの方を見ており、

ナユタは頬が熱くなるのを感じつつも、

自分の胸に手を伸ばしてきたコヨミの手をガシッと掴んで止め、

同時にもう片方の手でコヨミの頭を掴んだ。

 

「コヨミさんやめて下さい、お仕置きしますよ?」

「ナユさんのお仕置きならちょっとされてみたい気もする!」

「それじゃあ遠慮なく」

 

 コヨミがそう言った瞬間、ナユタはそのままコヨミを片手で投げ飛ばした。

それでコヨミは吹っ飛ばされ、地面を転がりつつも見事に体勢を立て直し、

何事もなかったかのようにナユタの隣に戻ってきた。

 

「でね、色々回って情報収集してきたんだけど……」

「コヨミさん、めげませんね……」

「まるでピトみたいな人ね、あ、今はロビンか」

「ですね……」

 

 ちなみにこの『ですね』は、ナユタ的に褒めているニュアンスで出た言葉である。

まさかあのロビンさんレベルとは!といった感じだろうか。

当のコヨミは二人の会話の意味が分からず、さりとて何か言う事もなく、

マイペースでナユタに情報収集の報告を始めた。

 

「ナユさん、あの人達は、ハチマン?って人か、

もしくはヴァルハラ・ウルヴズっていうナイツを探してるみたい。

多分あの有名人のALOのハチマンの事だと思うんだけどね」

「そうなんですか?」

「うん、そうだよ」

 

 ナユタはコヨミではなくイヴにそう尋ね、イヴもあっさりとそう答えた。

 

「あ、あれ?もしかしてこちらは関係者さん?」

「うん、まあそうかな。私はナユちゃんの知り合いのイヴ、宜しくね」

「が~~~~ん、私が情報収集に行った意味があまり無かった!」

「まあ結果論だって、ナユちゃんも別に悪く思ってはいないよね?」

「はい、もちろんです」

「フォローをありがとう二人とも!私はコヨミ、宜しくね、イヴさん」

 

 こうして自己紹介が終わった所で、

ナユタはイヴにハチマン達の行方について、こう説明した。

 

「ハチマンさん達なら、四チームに分かれて東西南北に散っていきましたよ。

とりあえず全員が集まれるような広場や大きいお店、

もしくは何らかの施設を探しに出たみたいです。

多分そういった場所が見つかったらそこに集合するんじゃないですかね」

「なるほど、ランドマーク的な奴だ」

「はい、目印になるような集合場所を決めておくつもりなんだと思います」

「そっかぁ、って事は、もう少ししたらここに戻ってくる可能性が高い?」

「でしょうね、トラフィックスは遠くからでもよく見えますからね」

「オッケーありがと!ちょっとおっかさんに報告してくるね」

「はい、行ってらっしゃい」

 

 そう言ってイヴはおっかさんの所へ走っていき、

その会話を横で聞いていたコヨミが、ぼそっとナユタに言った。

 

「ナユさんって、もしかしてALOのハチマンの……」

 

 ナユタはその瞬間に再びコヨミの意識を飛ばそうとした。

何故コヨミが聞いている横で普通にハチマンの話をしたのかというと、

要するに最初からそのつもりだったからである。

だがナユタはコヨミの死角から振り下ろそうとしたその拳を寸前で止めた。

コヨミがそこで言葉を止めず、続けてこう言ったからである。

 

「ファンだったんだね!」

「……………そうですね」

「やっぱり!顔を知ってた事といい、会話の内容をしっかりと記憶していた事といい、

一瞬ナユさんってストーカー気質?とか思っちゃったりもしたけど、

よくよく考えたらナユさんがハチマンって人のファンだってのが一番自然な考え方だよね!」

「……………ええ」

 

 ストーカー扱いされた事で、やっぱり記憶を飛ばしてやろうかと考えたナユタだったが、

コヨミの性格上、多分悪い意味で言っている訳ではなく、

ただ軽率なだけなんだろうなと考え、そのまま熱狂的なファン設定でいく事にした。

 

「そうですね、私、ALOのハチマンさんの大ファンなんですよ、

もう何度も会いにいってるものだから、顔も覚えられちゃっているくらいです」

「そうなんだ、凄いなぁ!」

 

 コヨミはその言葉に何の疑問も抱かず、本気で賞賛しているようなそぶりを見せた。

普通に考えれば、AEを熱心にプレイしているナユタが、

何故ALOのハチマンに何度も会いに行っているのかと疑問に思うところであろう。

 

(コヨミさんが単純で良かった……)

 

 ナユタはほっとしつつも、そんなコヨミが満面の笑みを浮かべていた為、

やっぱりコヨミさんは憎めないなぁ等と考えていた。

 

(まあ信用出来るって確信出来たら謝って全部話せばいいかな)

 

 ナユタは内心でコヨミに対して謝りながらそう考えを纏め、

そこでイヴが再びこちらに近付いてきた。

 

「ナユちゃん、情報ありがとね、私達、しばらくここで待つ事にしたよ」

「あの、フレンドリストとかからハチマンさんにメッセージを送れないんですか?」

「あ、うん、どうやらここは別のゲームのそういうリストは使えないみたいね、

まあスコードロンやギルドがゲームを跨いでても有効になったんだし、

多分そのうち使えるようにはなるんだろうけどね」

「そうなんですね、それじゃあ私からも開発に要望を出しておきます」

「うん、ありがとう!」

「いえ、どういたしまして」

 

 こうして和やかな雰囲気の中、

せっかくだから私もハチマンって人を見てみたいとコヨミが言い出した事もあり、

ナユタとコヨミもイヴ達と一緒にヴァルハラのメンバー達が戻ってくるのを待つ事にした。



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第712話 ナユタとG女連

「ところでイヴさん、どうしてG女連の方々は、

ハチマンさん達と接触しようとしてるんですか?」

「あ~、うん、うちってさ、メンバーは女性オンリーな訳じゃない?

で、今回みたいに初見の場所に来た場合、どんな危険が潜んでいるかある程度分かるまでは、

何があろうと絶対安全なヴァルハラの近くにいるのがいいんじゃないかって、

そう、おっかさんが判断したみたいなの」

「ああ、そういう事ですかぁ」

「確かにおかしなギルドもいっぱいあるからね、ここ」

 

 そのイヴの言葉にコヨミもそう同意した。

 

「このイベントが逆にGGOにAEの人が上陸するって設定なら、

そんな心配をする必要はまったくないんだけど、何もかもが初めての土地だからねぇ、

万が一すら起こらないように気を遣ったんじゃないかなぁ」

「まあ用心するに越した事はないですしね」

「まあそんな感じかなぁ、もっともまだハチマンさんにはその事を話せてないんだけどね」

「きっと大丈夫ですよ、ハチマンさんは優しいですからね」

「その辺りはまったく心配してないんだけどね。

ところでナユちゃん達はここで何をしてたの?トラフィックス見物?」

「えっとですね……」

 

 ナユタはイヴにどう説明しようか悩んだ。

今は隣にコヨミがいて、おかしな事を言えないという事情もある。

イヴはちらちらとコヨミの方を何度も伺うナユタの態度でそれを察し、

コヨミにこんな頼み事をした。

 

「コヨミちゃん、AEって何か美味しい食べ物とか売ってないの?」

「ああ、甘味処、化け猫茶屋のわらび餅とかがお勧めかなぁ」

「そうなんだ、でも今はここを離れられないしなぁ」

 

 そのイヴのある意味誘導するような言葉にコヨミは見事に引っかかった。

 

「あ、それじゃあ私が買ってくるよ、すぐ近くだしね」

「え、いいの?ありがとうコヨミさん!」

「気にしないで、ナユさんの友達は私の友達だから!それじゃあ行ってくる!」

 

 コヨミはそう言うと、凄いスピードでどこかに走り去っていった。

 

「………いい子じゃない」

「………はい」

「あの子とナユちゃんって微妙に他人行儀かなって思ったけど、

とりあえず様子見してる最中とか?」

「はい、実は出会ってからあまり時間が経ってないんですよね、

でもまあ信用出来そうなら色々話そうかなって思ってます」

「いい友達になれるといいね」

「はい!」

 

 そしてコヨミが戻ってこないうちにと思い、ナユタはイヴに事情を話した。

 

「実は私、ゲームの中でヴァルハラの人達に会うのって、今回が初めてなんですよ」

「ふむふむ」

「なのでサプライズっぽく印象的で格好いい登場の仕方をしたいなって」

「ぷっ」

 

 そのナユタの言葉にイヴは思わず噴き出した。

 

「わ、笑わないで下さい!」

「ごめんごめん、何かかわいいなって思ってさ」

 

 イヴはそう言うと、ナユタの髪にちらっと視線を走らせた。

 

「もしかして、その髪の色もその一環?前は確か黒髪だったよね?」

「はい、実は当初の予定だと、こんな格好をするつもりだったんですよ」

 

 ナユタはそう言って、髪を金髪に戻し、例の目隠しをした。

 

「なるほど、まったく印象が違うね」

「ですよね、いい感じだと思ったんです!で、ついさっき、

忍レジェンドっていうギルドの連中がハチマンさん達に絡んだんですけど、

それをチャンスだと思って正義の味方風に登場しようと思ったら、

コヨミさんに先を越されちゃって、焦って私も突撃したら、

ハチマンさん達よりも先にその忍レジェンドってギルドの人に話しかけられてしまって、

微妙な感じの登場になっちゃったんですよ……

で、まずいと思ってコヨミさんを殴って気絶させて、ここに戻ってきたという訳なんです」

「な、何か物騒な言葉が混じってた気がするけど、まあ大体事情は分かったよ」

 

 内心でナユタって案外武闘派なんだなと思いつつ、イヴはそう言った。

 

「で、とりあえず応急処置的に髪をピンクにして、

このまま登場しようかって思ったんですけど……」

「う~ん、何か物足りないね」

「やっぱりそうですよね……」

 

 ナユタはそう言って落ち込んだ。そんなナユタを見て力になってあげたいと思ったのか、

イヴはナユタにこんな提案をしてきた。

 

「大丈夫だって、私に任せて。仲間に余ってる装備を貸してもらうから、

それを使って変装すればいいよ」

「い、いいんですか?いいなら是非それでお願いします!」

「それじゃあちょっと待ってて、みんなに話してくるから」

 

 イヴはそう言って仲間達の方に走っていった。

残ったナユタは期待に目を輝かせながらそちらの方を見ていたのだが、

どうやら無事に承諾を得られたらしく、沢山の女性達がナユタを取り囲んだ。

 

「この子がハチマンさんのお知り合い?」

「おお~、これはこれはいいものをお持ちで……」

「これはいじりがいがあるわね、髪型は私に任せて!」

「とりあえず片っ端から着てもらおうよ」

 

 こうしてナユタはG女連の女性達の着せ替え人形となった。

様々な服がナユタに着せられていき、その度に周りの女性達は歓声を上げた。

 

「どれも甲乙付けがたいね」

「というかどれも似合っちゃうんだなぁ、さすが美人は特だねぇ」

「早く決めてよ、そこに髪型を合わせるから」

「ナユちゃんは何か気に入った服はあった?」

「えっと、私は普段滅多に着られないような服がいいかなくらいしか」

「なるほどなるほど、それじゃあ普段の私服姿から考えると……」

 

 そしてイヴは、仲間達にこう言った。

 

「それじゃあ基本はドレス、それも思いっきりかわいい感じの奴メインでお願い」

「オッケーオッケー、さあナユちゃん、着飾るわよぉ?」

「は、はい、お手柔らかにお願いします」

 

 ここからはスムーズに事が運んでいった。

フリフリのドレス、派手な色合い、そして強調された胸、

これに関してはハチマンが不快に思うかもしれないからと、ナユタが頑強に抵抗したのだが、

大きな胸が嫌いな男の子はいないとよってたかって説得され、渋々受け入れた形だ。

 

「さて、こんな感じかな?」

「いいねいいね、何か魔法少女みたい」

「これならさすがのハチマンさんも文句を言えないでしょ」

「というかナユちゃん、ハチマンさんが何を言っても笑顔を崩さず、

私気に入ってます風な態度をとらないと駄目よ」

「そうそう、そしたらハチマンさんも、何も言えなくなるからね、

まあもっとも私もハチマンさんが何も言えなくなるように別の策を練るつもりだけどね」

「わ、分かりました!」

「それじゃあ登場の仕方だけど、私はハチマンさんにこう話しかけるつもりだから……」

「ああ、それはありかもしれませんね、それじゃあちょっと考えてみます」

 

 しばらくそうして何人かでああだこうだと話し合っていると、

遠くからざわつきのようなものが聞こえてきた。

 

「もしかしてハチマンさん達が戻ってきた?」

「あ、あれだあれだ」

「まずい、こっちからも来た」

「あれはキリトさんだね」

「どんどん来るなぁ、みんな、とりあえずナユちゃんを真ん中にして周りに立って!」

「ハチマン坊やの相手は私に任せな、

あんた達はとにかくこの子を坊やの視線から守るんだよ!」

「「「「「「はい!」」」」」」

 

 こうしてヴァルハラ・ウルヴズの到着を受け、ナユタはG女連の者達の協力を得て、

ギリギリまで姿を隠す事となった。

 

「あれ、おっかさんにG女連のみんなも、来てたんですか」

「ああ、ついさっきね。で、下手に動くのはやめて、ここで坊やを待ってた訳さね」

「あっとすみません、こっちは周りの様子を確認しようと偵察に出てました。

俺に何か用事でもありましたか?」

「ああ、実はしばらく一緒に行動させてもらえないかと思ってねぇ」

「うちとG女連がですか?それは別に構いませんけど、何かありましたか?」

「うちの子達がここに慣れるまでは、

面倒なトラブルに巻き込まれないようにしたいと思ってね。

とりあえずヴァルハラと一緒に行動しておけばそんな心配はまず無いだろ?」

「ああ、そういう事ですか。分かりました、お引き受けします。

多分何かあってもうちのメンバーがいれば問題ないと思うんで」

「すまないね、それにしてもシャナの時も頼りになると思ったが、

その姿の時は更に威圧感が増してるじゃないか、さすがだねぇ坊や」

「いやぁ、まあシャナと違ってこっちには二年半の貯金がありますからね」

 

 そしてG女連のメンバーとヴァルハラ・ウルヴズの中のヴァルハラ・リゾート組の、

簡単な自己紹介が行われた。ちなみに一番話題をさらったのは当然ユキノである。

 

「えっ、あんた、本当にあのニャンゴローなのかい?」

「えっと、は、はい」

「嘘っ、百八十度違う……」

「まあでも私達の中にもそういう人っているしね」

「普段の自分とはまったく別キャラになるのって楽しいよね」

「というかGGOのキャラ生成はランダムなんだし、そういう事ってよくあるよ!」

 

 こうして和気藹々と交流を深めた後、一同はこれからどうしようか相談する事になった。

 

「とりあえず外でこうやって突っ立ってるのは問題があると思うし、

どこかの店なり何なりに移動したいところだな」

「さすがにこれだけの人数になると、さっき俺達が見つけた店だと狭いかもしれないな」

「現地のプレイヤーにいい施設が無いかどうか聞いてみるのもいいかもね」

「それじゃあ忍レジェンドの奴らに……」

 

 ちなみに忍レジェンドの残党は、先に倒されたユタロウとトビサトウと街で合流し、

今はヴァルハラ・ウルヴズとG女連の交流を羨ましそうに遠くから眺めている状態だった。

 

「あ、ハチマンさん、ちょっといい?」

「あれ、イヴじゃないかよ、お前も来てたのか」

「うん、今日は半休だったの」

「おっ、そうだったのか、それはいいタイミングだったな」

 

 ハチマンはイヴにも負担をかけている自覚があった為、

イヴがここに来れた事が素直に嬉しいようだ。

 

「でね、さっき言ってた店の件なんだけど、

丁度私達がついさっき知り合った子がいるんだよね、

もし良かったら、その人に紹介してもらうってのはどうかな?」

「お、そういう事なら是非お願いしたいところだな」

「とってもかわいい女の子だけど、ハチマンさん、変な事言っちゃ駄目だよ?」

「俺がそんな事をした事があるか?しないしない、するはずがない」

 

 ハチマンはさも心外だという風にそう言い、

イヴは内心で言質をとったとほくそ笑んでいた。

 

「それじゃあ今ここに呼ぶね、ちょっと待ってて」

「おう」

 

 そしてG女連の女性達の中からナユタが堂々と進み出てきた。

 

「初めまして皆さん、私は美少女魔法少女格闘家のナユタと言います」

 

 ナユタはいかにも魔法少女という格好で、

極限まで胸を強調したデザインの服を着ていたのだが、

ハチマンは変な事を言わないと言った手前、突っ込むに突っ込めず、

とても複雑な表情をする事となったのだった。



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第713話 被害者の会

「……………」

 

 ナユタを前にまったく動こうとせず、何も言おうとしないハチマンを訝しげに思いつつも、

場を動かす為にキリトが最初に動いた。

 

「肩書き長いなおい!」

 

 その言葉が呼び水になり、他の者も次々とナユタに話しかけ始めた。

 

「魔法少女なのに格闘家なの?どんな魔法が使えるの?」

「ごめんなさい、実は使えません」

「えっ、そうなの?あはははは、新機軸だね!」

「うわぁ、うわぁ、何か色々凄いなぁ、私もこうだったらなぁ」

「無いものねだりはやめろレン、私達はこれでいいんだ」

「でも、やっぱりちょっとは……ねぇ?」

「くっ、最近成長著しいとはいえ、

さすがにこんな魔王サイズまで成長するのは私には無理ね」

「むぅ、あたしだってサイズなら負けてないもん!」

「こういう正統派な服もありね、今度デザインしてみようかしら」

「あれ、これって前に僕がG女連の方に頼まれて作った奴に似てるような」

「んん~?なぁ闇風君、この子どこかで……」

「奇遇だなゼクシード、俺も気になってたんだよそれ。

どこだったかなぁ、シャナ絡みだと思ったんだけどな」

「ねぇ、格闘家って言ってたけど、攻撃は基本素手なの?専用武器とかは無いの?」

 

 こんな感じでいきなりの大賑わいである。

そんな仲間達の様子を見て我に返ったのか、ハチマンがやっと再起動した。

 

「お前ら、ナユタが困ってるだろ。あまり長く立ち話を続けるのもアレだし、

とりあえず先にどこかに案内してもらって一旦落ち着こうぜ」

「ハチマンさん、その前に、この子の格好ってどう思う?」

 

(ぐっ、こいつ、分かってて言ってやがるな……)

 

 ハチマンはイヴにそう言われ、イヴがナユタの正体を知っている事を確信した。

だがここで自分がイヴに何か言ってネタバレをしてしまう訳にもいかない。

今のナユタの格好についても色々言いたい事はあったが、

自分がいる事を分かった上でのこの格好なのだろうし、これくらいは大目にみるべきだろう。

ハチマンは無言のままそう考え、無難な褒め言葉を選択する事にした。

 

「いいと思うぞ。凄く似合ってるしな」

 

 そう言われたナユタはあからさまにほっとした顔をした。

 

(案外優里奈も俺に叱られないかと緊張していたのかもしれないな)

 

 ハチマンはそう感じつつ、ナユタが落ち着いた頃を見計らって仲間達に号令をかけた。

 

「それじゃあ出発だ、ナユタ、案内を頼む」

「はい!こっちです!」

 

 こうしてヴァルハラ・ウルヴズとG女連の合同チームは、

ナユタの案内で繁華街の方に向かって歩き始め、

その後を忍レジェンドの面々も、何となくついていく事になった。

そんな大軍勢と化したハチマン達の様子をこそこそと伺う集団があった。

 

「おい見ろよ、遂にあいつが帰ってきやがった」

「忍レジェンドは敵側に付くのか?」

「忘れもしないあの姿……よし、緊急連絡網を使って出来るだけ人数を集めろ」

「悪魔め……」

 

 そんな会話を交わしつつ、その男達はどこかへの連絡を続け、

そしてその場には、次々とAE所属のプレイヤーが集結を始めた。

 

 

 

 一方のんびりと観光気分で歩いているハチマン達である。

 

「ナユタ、これからどこに行くんだ?」

「はい、温泉旅館『安土』に行こうと思います」

 

 そのナユタの言葉に、ハチマンとキリトは顔を見合わせた。

 

「安土って、まさかとは思うが、安土城の事じゃないよな?」

「いいえ、そうですよ?ゲーム内で想像図を完全再現されていますね」

「マジかよ!」

 

 その言葉に一番食いついたのは、横にいたキリトであった。

 

「そうか、確かにゲーム内だとそういうのが可能なのか、これは盲点だったな」

「キリトさんはお城とかお好きなんですか?」

「もちろんだよ、男で戦国時代が嫌いな奴はいないよな、ハチマン」

「ああ、嫌いだという奴は男じゃねえ、何か別の生き物だな」

「そういうものですか……」

 

 その後も二人は大はしゃぎであった。闇風やゼクシード、ナタクにレコンもそれに乗り、

男性陣は大盛り上がりとなった。それと入れ替わるように後方に下がったアスナは、

苦笑しながらリズベットにこう話しかけた。

 

「私にはよく分からない話で随分盛り上がってるみたいだよ」

「まあ男ってどうでもいい事で盛り上がる事があるわよね」

「仕方ないですよ、多分そういう生き物なんですよ」

「ハチマン様、かわいい……」

「しかしここは江戸をメインで再現した街なのだと思っていたけれど、

そういう施設もあるのね」

 

 そこに同じく下がってきたナユタが、何気なくこう言った。

 

「近くに番町猫屋敷ってのもありますけど」

「ナユタさん、その話、詳しく」

 

 今度はユキノがそのナユタの言葉に盛大に食いついた。

 

「えっと、番町猫屋敷っていうのは、近くにあるオバケ屋敷の名前です」

 

 ナユタがそう言った瞬間に、アスナがビクッとした。

 

「確かALOのキャラでも普通に遊べる仕様だと、公式に書いてあった気がします」

「そう、名前からしてもしかしたらそうかもとは思ったのだけれど、

猫屋敷でオバケ屋敷……これはもう行ってみるしかないわね、アスナ」

 

 ユキノはそう言って、さりげなく遠くに離れようとしていたアスナの肩をガシっと掴んだ。

 

「い、嫌だよ、絶対怖そうだもんそれ!」

「大丈夫よ、怖いのは最初だけだから、ちょっとしたらきっと肉球が気持ち良くなるから」

「ユキノ、意味が分からないから!」

 

 そんな別ベクトルの盛り上がりをみせながら、一行は尚も歩き続けた。

 

 

 

 再び一方、こちらは甘味処、化け猫茶屋に買い出しに出ていたコヨミである。

ユキノがその事を事前に知っていたら、もう少しその場に残る事を主張したに違いない。

だが結果的にその選択がとられなかった事が、ヴァルハラにとっては幸いした。

 

「誰もいない………」

 

 コヨミはナユタにすっかり忘れ去られていた………訳ではなく、

その場にはトビサトウがメッセンジャーとして残されていた。

 

「コヨミさん、こっちこっち」

「あれ、佐藤さん、ナユさんとイヴさんは?」

「佐藤言うな!俺はトビサトウだ!」

「でも佐藤さんなんでしょ?」

「そのパターンはさっきやっただろ!まあいい、姫候補からの伝言だ、

ヴァルハラ・ウルヴズとG女連を安土に案内する事になったから、

申し訳ないけれどそっちで合流しましょう、だそうだ」

「ちょっと、どういう事!?」

「まあ置いていかれた事には確かに同情……」

 

 トビサトウはその事でコヨミが憤っているのだと思い、そう言いかけた。

だが次の瞬間コヨミは顔を真っ赤にしてトビサトウに詰め寄った。

 

「あんた達の姫候補筆頭は私でしょうが!」

「怒るとこそっちかよ!」

「何よ、他に何があるって言うのよ!」

「いや、まあそれならそれでいいんだが……」

 

 ナユタに置いていかれた事がコヨミ的に問題ないならそれでいい、

トビサトウはそう考え、言葉を濁すに留めた。

その時二人の耳に、こんな言葉が聞こえてきた。

 

「おい、あいつらはどこに行った?」

「情報によると、『安土』に向かったらしい」

「くそっ、逃げられたか!」

「いや、逆にこれは幸いかもしれん、安土といえば温泉だろ?

という事は、あいつらはそこにしばらく逗留するはずだ。

なので今のうちにここで傭兵を集めて戦力を充実させよう」

「確かにそれは名案だな!よし、ハチマンめ、目にものをみせてやるぞ!」

 

 その物騒な会話にトビサトウとコヨミは顔を見合わせ、ヒソヒソと会話を始めた。

 

「佐藤さん、これって……」

「あれは確か、『被害者の会』だな」

「被害者の会?何それ?」

「知らないのか?あんたの友人絡みの有名な話だぞ?」

 

 友人と言われ、コヨミの脳裏をよぎったのはナユタの顔であった。

まあ単純に、コヨミには他に友達がいないだけであったが。

 

「友人ってナユさんの事だよね?ああ、もしかして例の悪魔使いの噂の元ネタの?」

「ああ、姫候補にストーカーっぽく付きまとっていた奴を、

突然現れた恐ろしく強いプレイヤーがフルボッコにした例のあれだ。

あの事件の時巻き込まれた奴が相当いるらしくて、そいつらの集まりだな」

「だから姫候補筆頭は私だってば!」

「その話は一旦横に置いとけよ!」

 

 そこに拘るコヨミに対し、トビサトウは大きな声を出し、

二人は慌ててお互いの口を押さえた。

 

「佐藤さん、声が大きい」

「あんたもな」

 

 二人はそう言い合い、気まずそうな顔をした後、お互いの口から手を離した。

 

「とりあえず話を続けましょ、で、それが今、不穏な動きをみせている?」

「ああ、どうやらターゲットはうちの殿候補らしいな、

正直被害者の会はうちよりも全然大きな組織だから事を構えたくはないんだが、

報告くらいはしておくべきだろうな」

「殿候補ってハチマンさんの事?」

「当たり前だろ、他に誰がいるというんだ」

 

 その変節っぷりにコヨミは呆れたが、まあ本人達がいいならいいかと考え、

情報を頭の中で整理しつつ、トビサトウにこう尋ねた。

 

「まあいいや、というか忍レジェンドよりも全然大きな組織って、

ハチマンさんはどれだけやらかしたの?」

「情報によると数百人単位らしいぞ」

「うわ、やばいねそれ……まあでもナユさんがピンチなんだし、私は急いで安土に向かうね」

「うちとしてはその後はどう動く事になるかは分からないが、そこまでは付き合うさ」

「ありがと、佐藤さん」

「佐藤言うな!」

 

 こうして偶然情報を得た二人は、ハチマン達の後を追いかける為に同行する事になった。

急ぎ出発した二人の背に、こんな声が届いたが、

かつての敵味方である二人は、そのまま振り返る事なく並んで安土へと向かって走り出した。

 

「おっ、お兄さん、見るからに強そうだね、

実は俺達、凄く強いプレイヤー相手に戦わないといけないんだけど、

もし良かったらうちに傭兵として雇われてみない?」

「何?凄く強いプレイヤーだと?それは興味があるな、是非参加させてくれ。

今宵の魔剣グラムは血に飢えているのでな」

 

 こうして事態は急変する。



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第714話 ハチマン君を拉致します

「おお、中々いいじゃないか」

「うわ、あの天守閣、格好良すぎだろ……」

「中は完全にぶち抜きか、さすがよく分かってるな」

「あっはっはっはっは」

「ははははは、ははははははは」

 

 仲間達がチェックインを済ませ、大部屋でくつろいでいたその頃、

ハチマンとキリトは早速二人で天守閣に突撃し、

その奇抜さに度肝を抜かれ、楽しくて仕方ないという風に高笑いしていた。

 

「あの二人、本当に楽しそうだよな」

「休憩もそこそこに走っていきましたね」

「本当にタフだよねぁ……」

「いくら肉体的な疲れがほとんど無いとはいえ、

初めての場所に来るとやっぱり精神が疲弊しますしね」

 

 それを見た男性陣の反応はそんな感じだった。

一方女性陣は、ハチマンやキリトはそっちのけで温泉の話題で盛り上がっていた。

 

「せっかく温泉旅館に来たんだし、入らないって手はないよね」

「そうだ、温泉に行こう!」

「今日の男女比だと、男風呂は快適そうだけど、女風呂は交代制になるかな?」

「ちなみにここには混浴もありますよ。

今日は運良く貸し切りに出来たので、他の人がこの旅館に入ってくる事もないです」

 

 その瞬間に女性陣はピタリを話すのを止め、お互いに様子を伺うような状態となった。

こういう時に場を仕切るのはアスナの役割である。

 

「それじゃあ女湯派と混浴派に分かれようか、男性陣は基本男湯でいいよね?」

「お、おう、当然だろ!」

「当然僕にはまったく依存はないよ」

「ぼ、僕もです」

「僕も男湯で。あ、ハチマンさんに関しては皆さんのお好きに……」

 

 闇風は若干未練がありそうではあったが、さすがに女性陣からのプレッシャーには勝てず、

そう言わざると得なかったようだ。良識派のゼクシードとレコンは最初から男湯一択であり、

ナタクは黙ってハチマンの身柄を女性陣に差し出した。

 

「は~い、それじゃあ好きにしていいらしいので、ハチマン君は拉致して混浴に放り込むね。

混浴は水着着用、その上で先ず女湯希望の人、挙手!」

 

 ここで手を上げたのは、リズベット、シリカ、コマチ、リーファのみである。

残るアスナ、ユキノ、ユイユイ、イロハ、ユミー、シノン、セラフィム、

フカ次郎、スクナ、レン、シャーリー、ミサキは当然のように混浴を選択した。

 

「それじゃあG女連の皆さんには女湯を使ってもらうとして、

おっかさん、イヴさんだけ混浴って事でこっちでもらってもいいですか?」

「問題ないよ、この子、さっきから何か言いたそうにうずうずしてたしね」

 

 そう図星を突かれたイヴは、恥ずかしそうに下を向いた。

 

「それじゃあ拉致計画を立てるので、ユキノ、リズ、ちょっとこっちへ」

「あ、私もなのね」

「うん、ちょっとリズにはやってもらう事があってね」

 

 三人は端の方に集まって何か相談を始めた。

ユキノが何かを提案し、リズベットがそれに頷く。

どうやら作戦が決まったようで、アスナはこちらに戻ってくると、各人に指示を出した。

 

「先ずリズからキリト君に連絡を入れてもらって、

ハチマン君を逃がさないように足止めだけしてもらうね。

その後、希望者は全員水着に着替えてハチマン君を襲撃、

こちらをまともに見れない状態にして取り囲み、そのまま女湯へと連行するよ!

女湯を希望しない組はバックアップに入って!」

 

 その指示を受け、各人は忙しく動き始めた。

 

「リズ、タイミングはこちらから指示するから、キリト君に事前に連絡だけ入れておいて」

「了解」

「ミサキさん、この鞭って使えますか?いざという時に巻き付かせて拘束する用なんですが」

「任せて下さいな、私、鞭の扱いも得意ですのよ」

「スクナ、予備の水着ってある?一応持ってるけど、ちょっと地味なんだよね」

「あるわよ、これとかこれ、これなんかどう?」

「うわぁ、これ全部スクナさんのデザインですか?凄くかわいいですね!」

「レンに似合いそうなのもちゃんとあるわよ」

「やった!ありがとう!」

 

 そして女性陣の準備が整い、リズベットからキリトに連絡がいった。

 

「げ……さっきのってマジだったのか……」

「ん、どうしたキリト?」

「いや、リズに呼ばれた」

「何か緊急事態とかじゃないよな?」

「おう、悪いがちょっと行ってくるわ」

「分かった、俺はもう少しここにいるわ」

 

 そしてキリトはあくまでも自然な動きを装ってハチマンの後ろに立つと、

ハチマンの体にガシッと手を回し、そのまま持ち上げた。

 

「ふんっ!」

「うおおおおお、おいキリト、いきなり何するんだよ!」

「すまんハチマン、さすがの俺も、女性陣全員を敵に回す訳にはいかないんだ、

大人しくこのまま俺に連行されてくれ!」

「な、何だと!?まさか裏で何かの計画が……」

「すまん、すまん!」

「く、くそっ、こうなったら……」

 

 ハチマンは唯一自由になっていた足を使い、キリトを転ばそうとした。

だがその瞬間に、どこからか鞭が飛来し、キリトごとハチマンの体をぐるぐる巻きにした。

 

「うお、だ、誰だ!」

「私ですわハチマン様、絶対に逃がしません事よ」

「ミ、ミサキさん、一体これは……」

「さあ皆さん、出番ですわよ!」

 

 そのミサキの言葉を受け、あちこちから水着姿のメンバー達が現れ、

そのまま二人を取り囲んだ。

 

「な、何だこれは!」

「さあハチマン君、温泉に行くよ」

「ア、アスナ……」

「ミサキさん、もう拘束を緩めても大丈夫、でもまだ完全には外さないで」

「心得ましたわぁ」

「リズ、リーファちゃん、キリト君を今のうちに引っ張り出して。

他のみんなは絶対にハチマン君の囲みを解かないようにね。

もしハチマン君が暴れたら、思いっきり押し付けちゃえばいいから」

「押し付ける!?押し付けるって何をだよ!」

「ハチマン様、私の胸はこの時の為に存在するんですよ」

「マックス……ユイユイまで……くそっ、分かった、分かったから!

大人しく温泉に入ればいいんだろ?まったくどうせ男湯と女湯に分かれるのに、

何でこんな回りくどい事を……」

 

 ハチマンはそう言いつつも、実は混浴の存在を確信しており、逃げる機会を伺っていた。

この状況で混浴が存在しないという事はまったく考えられなかった。

 

(何とか雷丸を取り出せれば、位置的にこの鞭は切れるはず、

周りはこいつらに囲まれているから強引に突破するのは無理、

となると、キリトがまだ踏み台として使える今のうちに、

それを踏み台として上から脱出して、そのまま天守閣に逃げ込めば……)

 

 ハチマンはそう思い、キリトが簡単に拘束から引っ張り出されないように、

適度にその邪魔をしつつ、密かに手元にコンソールを出して雷丸を装備しようとした。

 

(もう少し……よし!)

 

 そしてハチマンの手に雷丸が現れた。

 

「あっ、アスナ!」

「まずい、みんな、囲みを詰めて!」

 

 だがその指示が達成される直前に、

ハチマンはそのままキリトの肩を踏み台にして飛び上がり、

上から囲みを抜け、上への階段方面に着地しようとした。

その瞬間に横から何かが凄いスピードでハチマンに迫り、

まだ空中にいたハチマンの顔をその胸に押し付け、そのまま拘束した。

 

「だ、誰だ!?いや、この胸は……」

「ふふっ、油断しましたね、ハチマンさん」

 

(優里奈か!)

 

 そして後方から、女性陣が口々にナユタを賞賛した。

 

「魔法少女ちゃん、ナイス!」

「ナユちゃん、助かったよ、ありがとう!」

「くっ、その役目、私がやりたかった……」

「ハチマンの奴、何て羨ま……い、いや、それはいつもか、さすがにもう慣れたな」

「やれやれ、まったく往生際が悪いね」

 

 ハチマンは抗議しようとしたが、

顔が完全にナユタの胸に埋まっていた為に言葉を発する事が出来ない。

そしてハチマンはそのまま両手両足を完全に女性陣に捕まれ、

よってたかって混浴へと連行される事となった。

 

「おいアスナ、お前……」

「うん、言いたい事は分かるけど、男湯はともかく女湯は、

このメンバーだと絶対的にスペースが足りないの。

だから混浴も活用しないといけないんだよね」

「だったら俺も男湯に……」

「他の人の希望もこういう時に聞いておかないと、ガス抜きにならないんだよね、

これって誰のせいなのかな?かな?」

「な、何かすまん……」

 

 そのアスナの威圧感に、ハチマンが逆らえるはずもなかった。

 

「まあ水着着用なら別にいいか……」

「そうそう、人間諦めが肝心だよ」

 

 ハチマンはそこで抵抗をやめ、大人しく連行されていった。

そしてアスナは功労者であるナユタにこう言った。

 

「という訳でナユちゃん、今回の功績により、混浴での入浴を許可します」

「ありがとうございます!」

 

 こうして混浴で、ハチマンは大人しく女性陣の相手をさせられる事になり、

ご想像にお任せするが、中では色々と人に見せられないようなハプニングが続出した。

当然事前にアスナの許可を得、そこまでならいいだろうという線引きが成された結果である。

 

 

 

「ふう、いいお湯だったねぇハチマン君」

「おいアスナ、もしもこの後ユキノが番町猫屋敷に行くと言い出しても、

俺はお前の味方はしないからな」

「えっ?」

 

 アスナはそのハチマンの言葉に顔を青くした。

 

「そ、そんな!ハチマン君、私の事愛してるよね?だったら……」

「おう、だから俺が隣でちゃんと守ってやるから心配するなって」

「う、うぅ……」

 

 その時旅館の入り口から、こんな声が聞こえてきた。

 

「殿、ハチマンの殿!緊急事態です!」

「ナユさんいる?大変なの、ハチマンさんに繋いで!」

「ん、何だ?」

「何だろうね……」

 

 こうしてコヨミとトビサトウは中に通され、

先ほど見聞きした事について説明する事となった。




ちょっと残業が続いて執筆時間がまったくとれなかったので三日ほど投稿をお休みさせてい頂きます、再開は金曜のお昼からになりますので申し訳ありませんがご了承下さい……


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第715話 オンオフ

すみませんお待たせしました!


「お前は確か……トビサトウだったか?それにコヨミさんか、何かあったのか?」

「殿!実は私達は……」

「誰か殿だ」

 

 ハチマンは即座にそう突っ込んだ。殿扱いされたのはさすがに初めてだったらしい。

 

「当然我らが主君、ハチマンの殿の事でござる!」

「普段は言わないのにこういう時だけござるとか言うな」

「うぅ……拙者の話を聞いて下され、とにかく緊急事態なのでござる!」

「ああ、分かった分かった、ロールプレイのままでいいから何があったか聞かせてくれ」

「かたじけない!」

 

 報告しているうちに、どうやら気分が高まってノリノリになってしまったのだろう、

トビサトウはそんな時代がかった言い方でそう言った。

 

「まあまあ佐藤さん、とりあえず落ち着いてって。ハチマンさん、私達さっきね、

トラフィックスの所で被害者の会がこんな会話をしてるのを聞いちゃったの」

 

 コヨミはコヨミで佐藤呼ばわりを続けていた。

トビサトウももう諦めたのか、特にコヨミに抗議をする気配はない。

ハチマンもその呼び方に対して思わず噴き出し、

面白いので自分もそう呼ぼうなどと思いつつコヨミにこう聞き返した。

 

「被害者の会?何だそれ?」

 

 ハチマンは一体何の被害者なのだろうかと訝しげな表情をしていた。

ちなみに横でそれを聞いていたナユタは、

ハチマンさんは思いっきり当事者ですと突っ込みたいのを必死で我慢していた。

 

「えっと……凄く言いにくいんだけどさ、

ハチマンさんって、以前AEで大暴れした事があるよね?」

「お、おう、遠い昔にそんな事もあったかもしれないな………」

 

 そのハチマンの態度に、先ほど踏み台にされたキリトがここぞとばかりに突っ込んだ。

 

「おいハチマン、お前、俺達の知らない所でまた何かやらかしたんだろ!」

「失礼な、またとは何だまたとは。そんなに何度もやらかしたりはしていない」

「で?」

「……い、いや、まあちょっと知り合いにしつこく声をかけてきた奴らをボコっただけだ、

ただその数が結果的にちょこっと多かっただけでな……」

「なるほど、その時の連中が集まって作った会という事ね」

 

 ユキノは冷静な口調でそう言うと、続けてコヨミとトビサトウにこう尋ねた。

 

「で、その被害者の会というのはどのくらいの規模の集まりなのかしら」

「被害者の会の構成員は、最初はギルドの枠を超えて二百人くらいだったんですが、

いつしかその所属ギルドのメンバーが結集して連合し、今は五百人くらいになってますね」

「ごっ………」

「多いね……」

 

 さすがの一同も、その数の多さに絶句した。

 

「そんなにかよ!ハチマン、お前やりすぎなんだよ!」

「ご、誤解だ、今聞いた通り、俺がボコったのは二百人だけだ」

「二百でも十分多いっての!」

「うぅ……す、すまん、今回はさすがの俺もほんのちょこっとだけやりすぎたかもしれん」

「ほんのちょこっとなぁ……はぁ……まあやっちまったもんは仕方ないか、

ユキノ、実際この人数を相手にするってのはどうなんだ?」

「さすがに残りのメンバーにも召集をかけないと少し危ないかもしれないわね、

特にここはアウェイなのだし、本来の力は出せないと考えた方がいいでしょうね」

「何だい?デカい喧嘩かい?それならうちも手伝ってやろうじゃないか」

 

 その話をそれとなく聞いていたのだろう、おっかさんが、ドンと胸を叩いてそう言った。

 

「いいんですか?正直助かります」

「何だい、今回は随分弱気じゃないか」

「さすがにホームじゃないですからね、色々と攻撃の威力が減衰されてるんですよ」

「もしかして銃もかい?」

「はい、鈍器扱いになってるみたいですね、この世界にはまだ銃が実装されてませんしね」

「それならそれでやりようはあるさね、なぁユキノの嬢ちゃん」

「はい、面制圧は十分可能だと思います」

 

 ユキノはそう太鼓判を押し、ここにG女連の参戦が決定した。

 

「私もお手伝いします」

「あっ、私も私も」

「おお、ナユ………さんにコヨミさん、ありがとな」

 

 ハチマンは、ナユタがここで大活躍し、

その実績をもって効果的な正体のバラし方をするつもりなのだろうと思いつつも、

実際戦力が欲しかった為、その申し出に素直に感謝した。

そんな二人とは対照的に、トビサトウは逡巡するような表情を見せていた。

 

「と、殿、拙者は……」

 

 その表情で色々と悟ったのだろう、ハチマンは穏やかな口調でトビサトウにこう言った。

 

「ああ、まあこっちはこっちで何とかするから気にするなって、

お前一人に今ここで決断を迫るような事はしないさ」

「一応他の首領連中と諮りますが、この場でこの戦いにどのような形で参加するか、

某一人で決断する事は出来ませぬ、ふがいないこの身をお許し下さい……」

 

 さすがにAEの最大派閥を安易に敵に回すような大事な事は、

トビサトウの一存では決められないようである。

 

「拙者、他の者達の所に行ってくるでござる!」

「おう、期待しないで待ってるわ」

「最悪拙者一人でもお味方します故、平に、平に!」

 

 そう言ってトビサトウは外へと駆け出していった。

 

「最初の印象とは違って、思ったよりも熱い奴みたいだな」

「ふふっ、そうだね」

 

 そしてハチマンはナユタにこう尋ねた。

 

「ナユ……さん、この付近に大規模な戦闘が行えるような場所ってあるか?」

「そうですね、猫が原という名前のそれなりに広い場所がありますが……」

「猫が原?なんて素敵な響きなのかしら」

 

 そう恍惚とした顔をしたユキノを横にどけ、ハチマンは続けてナユタにこう尋ねた。

 

「猫が原?もしかして関が原のもじりか?」

「かもしれませんね」

「なるほど……まあ後で見に行ってみるか、ここから近いのか?」

「はい、まあ歩いて十分くらいですかね」

「そうか、悪いが後で案内してくれないか?」

「はい、任せて下さい」

 

 そしてハチマンは、まだ恍惚としているユキノを覚醒させようと、

その頬をむにゅっとつまんだ。

 

「とりあえずユキノ、作戦の立案はこちらの戦力が確定してからでいいのか?」

「い、いひなりにゃにをするのよ!」

「お、意識が戻ったみたいだな」

 

 ハチマンはそういいながらユキノの頬から手を離した。

 

「ご、ごめんなさい、ちょっと我を忘れてしまっていたみたいね。

そうね、今すぐ開戦という訳でもないでしょうし、

今晩くらいはゆっくりしてもいいんじゃないかしら」

「という訳だ、明日か明後日あたりが決戦になると思うから、

今日はみんなでここでのんびりさせてもらって英気を養おう」

 

 ここでハチマンによりスイッチが切り替えられた。

元々ヴァルハラのメンバーは、こういったスイッチのオンオフがしっかりしているので、

戦うべき時は戦い、遊びべき時は遊ぶ。

 

「という訳でアスナ、番町猫屋敷に行ってみない?」

「ええええええ?ユキノ、一体何が、という訳でなの!?」

「あらやだ、喜びのあまり叫びたくなる程行きたかったなんて気付かなかったわ、

本当にごめんなさいね、それじゃあ一緒に番町猫屋敷に行きましょうか」

 

 恐るべき事に、この時のユキノは本心からそう思っていた。

猫がからむとどうしてもポンコツになるのは避けられないユキノである。

 

「ちょ、ちょっと待って、私はまだ行くとは一言も……

って、力じゃユキノに敵わない、ハチマン君、助けて!」

「こうなったユキノを俺に止められる訳がないだろ……」

「うぅ……この中で絶対にユキノよりも力が強いのは……そうだ、キリト君!」

「猫がからんだユキノの行動を邪魔しろって?

そんな自分の死刑執行許可書にサインするような真似は絶対に無理だって」

「そ、そんなぁ……」

 

 そしてアスナはずるずるとユキノに引きずられていった。

 

「尊い犠牲だった……だがオバケとはいえ所詮相手は猫、そこまで怖くないだろうし、

これでアスナのオバケに対する苦手意識も多少は軽減されるだろう」

 

 ハチマンはうんうんと頷きながらそう言った。

だがそんなハチマンの肩を、がしっと掴む者がいた。

慌てて振り返ったハチマンの前にいたのは、何故かきょとんとした顔をしたユキノであった。

 

「ハチマン君、どうしてあなたは私達の後をついてこないのかしら?」

「ユ、ユキノ!?な、何で……」

「黙っていてもあなたがついてくると思っていたから放っておいたのに、

どうやらまだまだ教育が足りないようね、ほら、さっさと来なさい」

「えっ、あっ、キ、キリト!」

「おう、楽しんでこいよ」

 

 キリトは満面の笑顔でそう答え、焦ったハチマンはメンバーの顔を見回し、

確実に自分の味方をしてくれる者の名を呼んだ。

 

「ぐっ……マ、マックス!」

「はい、もちろんお供します」

 

 さすがはセラフィムである、セラフィムはその呼びかけに応え、

待ってましたという風にハチマン達の後に続き、更にその後をナユタが追った。

 

「案内役として私も行ってきますね」

「おう、頼むぜナユ……リナ」

「えっ?」

 

 そのおかしな呼び方に、ナユタはきょとんとした。

聞き間違いだろうか、今確かにナユタではなくナユリナという変な呼び方をされた気がした。

 

「あ、あの、もしかしてバレてました?」

「まあな、ハチマンがナユタの方を心配したような顔でチラチラ見ていたからな、

ハチマンがそこまで気にする奴なんてそうそういないし、

まあその、なんだ、該当する人物の中で、似たようなプロポーションの女性といえばまあ、

他にはいないというか何というか……」

 

 キリトはリズベットの手前、無難な言葉を選びながらそう言った。

 

「そうでしたか、残念です……」

「何が残念なんだ?」

「いえ、皆さんには、もっと格好良く正体をバラしたかったなと」

 

 その言葉に一同は思わず噴き出した。

 

「大丈夫だよナユタちゃん、お義姉ちゃんにはバレてないと思うから、

猫屋敷で思いっきりサプライズすればいいよ」

「大丈夫ですかね……?」

「大丈夫大丈夫、アスナってば猫屋敷の事ばっか考えてたみたいだから、

絶対に気付いてないはずだし!」

 

 他の者達も口々にナユタの事を励まし、ナユタはやる気を取り戻したのか、一同に言った。

 

「分かりました、頑張ってきますね!行ってきます!」

「「「「「「頑張って!」」」」」」

 

 こうして五人は番町猫屋敷へと向かい、他の者達は、ある者は部屋でのんびりし、

ある者は近場の観光スポットについて店員NPCに尋ね、

思い思いに楽しむ事にしたのだった。



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第716話 番町猫屋敷

「ここが猫屋敷?」

「はい、そうですね」

「な、何か不気味じゃない?」

「オバケ屋敷ですからね」

「そ、それはそうかもだけど……」

 

 アスナは入る前から及び腰であったが、

そんなアスナの左右はハチマンとナユタでガッチリと固められていた。

セラフィムは三人の背後を守る事にしたようで、先頭は当然ユキノである。

ユキノは番町猫屋敷をじっと見つめていたが、珍しく無言であった。

どうやら興奮が極限に達しているのだろう、その表情は蕩けるような笑みを浮かべていた。

だがこのオバケ屋敷がそれほど甘いものではない事を、ユキノだけではなく、

他の四人も少し後に思い知らされる事になる。

 

「なあナユタ、ここの評判ってどうなんだ?」

「ええと……『色々な意味できつい』ってのが一般的らしいですね」

「ほほう……」

 

 ナユタの説明は何とも分かりにくかったが、ハチマンは色々なパターンを想像し、

どんな状況でも対応出来るように心の中で準備し始めた。

 

「まあとりあえず中に入ってみましょう、そうすれば分かるわ」

「まあそうだな」

「ハ、ハチマン君、私、何だか嫌な予感がするんだけど……」

「大丈夫だ、俺がついてるからな」

「で、でも本当に嫌な予感が……」

「むぅ……」

 

 まがりなりにもデスゲームという修羅場を潜り抜けたアスナの勘も、

ハチマンやキリトに負けず劣らずよく当たる。

だがせっかくここまで来たのだ、怖いもの見たさもあり、

ハチマンはアスナと手を繋ぐ事でその不安を軽減させ、その状態のまま中に入る事にした。

 

「うぅ……何だか空気がひんやりしてる気がする……」

「さて鬼が出るか蛇が出るか……」

「そんなの猫が出るに決まってるじゃない、おおげさね」

 

 その会話を聞いていたのかいきなりユキノは振り返ってそう言い、

それがまったくの正論だった為、ハチマンはぐうの音も出なかった。

だが直後にユキノが悲鳴を上げた為、ハチマンは心臓をドキリとさせた。

 

「お、驚かすなよ、いきなりどうしたんだ?」

「ハ、ハチマン君、こんな所でいきなり人のおしりを触るなんてどういうつもり?」

「へ?」

 

 そのいきなりのユキノの抗議にハチマンは思わずそう間抜けな声を上げた。

だがその直後にアスナとセラフィム、そしてナユタも同時に悲鳴を上げた。

 

「「「きゃっ」」」

「ハチマン君、あなたまさか……」

 

 スッと目を細めたユキノにそう言われたハチマンは、

当然身に覚えがなかった為、慌ててこう言い訳をした。

 

「いやいやいや、俺は何もしてないって。

そもそも俺の右手はこうしてアスナの手を握ってるんだ、

この状態で左手だけでアスナやナユさん、それにマックスのおしりを触るのは不可能だろ?」

「確かにそうね、じゃあ……」

 

 そう言ってユキノは下を見た。それに釣られて他の四人も下の方を見たのだが、

五人はそこに何か肌色の物が蠢いているのを見つけ、ビクッとした。

 

「な、何?」

「人の手………?」

 

 そこにあったのは確かに小さな人の手であった。それは何か黒い物に繋がっており、

その黒い物は、待ってましたとばかりに鳴き声を上げた。

 

「うにゃぁぁぁぁあぁぁあああぁぁ」

「「「「ひいいいいいいいい!」」」」

 

 そこにいたのは一匹の猫だった。否、猫というにはあまりにもおかしなその生物は、

確かに顔は猫であったが、その表情は下卑た笑いを浮かべており、

両手両足が全て人間の手のようになっている、おかしな生き物であった。

正直とても気持ちが悪い。それを見たナユタ以外の四人は思わず走り出しそうになったが、

その瞬間にその生き物は、まるで霞のようにフッとその姿を消した。

 

「な、何だ今の生き物は……」

「確かに顔は猫だったけど、あれを猫と呼びたくはないわね……」

 

 さすがのユキノも今の生き物は愛せないようで、やや顔を青くしながらそう言った。

アスナは完全に固まっており、その姿を見たナユタは、

私が守らなくてはと使命感にも似た思いを抱き始めた。

 

「アスナさん、大丈夫ですか?アスナさん」

「えっ?あ、う、うん、どうかした?今何かあった?」

 

 アスナはどうやら現実から目を背ける事にしたようだ。

 

「大丈夫ですよ、私がついてますから」

「う、うん、ありがとう優里奈ちゃん」

 

 それは無意識に出た言葉だったようだ。直後にアスナが普通にこう続けたからだ。

 

「ナユちゃんがいてくれて本当に良かったよ、うん」

「ア、アスナさん、今私の事を……」

「ん?どうしたのナユちゃん、私今何か言った?」

「い、いいえ、何でもないです」

 

 今のやり取りで、アスナが無意識に自分を頼ってくれているのだと感じたナユタは、

心の中で、ここぞという時にはアスナは絶対に自分が守るという誓いを立てた。

 

「と、とりあえず先に進みましょうか」

「だ、だな、正直俺もここを早く出たい気がしてきたわ……」

 

 そして一行は先へと進み、おどろおどろしい池のほとりにたどり着いた。

 

「いかにも何か出てきそうな池だな……」

「ここまであからさまだとさすがの私も事前に心の準備が出来るから助かるよ……」

「さて、何が出てくるんですかね」

 

 一同はそう言って探るように池の中を見つめていた。

だが次の攻撃は予想外の方向から来た。突然上から何か落ちてきたのだ。

 

 ポチャン!

 

「う、うわっ!」

「何か落ちてきた!?」

「い、今のは……」

 

 直後に池の中から猫の顔が現れ、こちらをじっと見つめてきた。

 

「ね、猫……?」

「良かった、今度は普通だね……」

 

 その猫は、ニャ~ッと鳴いてジャンプしたが、その首から下は………魚であった。

 

「ね、猫面魚か……」

「これは怖くはないけど、微妙に嫌悪感を誘いますね」

「確かに気持ち悪い……」

 

 そして猫面魚はチャプンと水の中に消えていった。

 

「それじゃあ次いくか次」

 

 五人はそのまま奥へと進んだが、数歩進むとどこからともなく水音が聞こえ、

にゃ~ん、というか細い鳴き声が聞こえてきた。

 

「今の音はどこからだ?」

「どこかしらね……」

「どこにもいないみたいだけど……」

 

 そしてまた少し進むと、同じような水音と鳴き声が聞こえ、

今度は草むらの中から猫の顔だけが姿を現した。

 

「こ、こっちを見るなよおい……」

「下半身はまた魚なのかしらね」

 

 気味悪さを感じながらも五人は先へと進んでいく。

だがその背後から、ずるずると何かをひきずるような音が聞こえてきた。

 

「お、おいユキノ、猫好きのお前ならきっと大丈夫だ、

ちょっと後ろに何がいるか確認してみてくれよ」

「何が大丈夫なのかさっぱりなのだけど、こういう時はやはり男の子の出番じゃないかしら」

「それじゃあ私かアスナが……」

 

 セラフィムが自分の名前を出した瞬間に、アスナが光の早さでこう言った。

 

「ひ、一人に押し付けるのは良くないよ、うん。みんなで見てみようそうしよう」

「みんなでか……」

「そうね、死なばもろともという奴ね、それじゃあハチマン君、タイミングは任せるわ」

「お、おう……それじゃあ三、二、一、振り向け」

 

 その合図で五人は振り返った。だがそこには何もいなかった。

 

「あれ?」

「な、何もいないね」

「ふう……びびらせやがって……」

 

 五人はほっと胸をなでおろし、再び前を向いたのだが、

その瞬間に、五人の目の前にピチピチと跳ねる物体が上から落ちてきた。

それは体の部分が魚の骨状態となった猫面魚であり、

その口からはぶくぶくと泡をふいていた。

 

「う、うわあああああああああああああ!」

「「「きゃああああああああああああああ!」」」

 

 これにはさすがの豪胆なヴァルハラ組も思わず悲鳴を上げた。

だがナユタだけは今度も悲鳴を上げず、そのままアスナの前に出た。

 

「大丈夫です、アスナさん、私がいますから!」

「ナ、ナユちゃん!」

 

 アスナはべそをかきながらナユタの背中にすがりつき、

ナユタはアスナを守るように仁王立ちした。

やがて猫面骨魚は消滅し、ナユタは笑顔でアスナに言った。

 

「もう大丈夫ですよ」

「うう、こ、怖かった!うわああああん!」

 

 そのままアスナは泣き出し、さすがのハチマンも、

ここにアスナを連れてきた事を少し後悔していた。

 

「まさかこういう系統だったとはなぁ……」

「ハチマン君、私もかなりめげそうなのだけれど」

「ユキノがそんな事を言うなんて相当だな……」

「だってこれ以上ここにいたら、猫に対して苦手意識を持ってしまいそうじゃない?」

「確かに……」

 

 そしてユキノだけではなく、セラフィムまでもが弱音をはきはじめた。

 

「ハチマン様、私もさすがにこれはきついです、まだゾンビとかの方がましですね」

「ううむ、よし、さっさとここから脱出する事にしよう。

ただひたすら前だけを見て走りぬけるんだ」

 

 そのハチマンの言葉に残る四人は頷いた。

 

「それじゃあ多少ここの事を知っている私が先頭に立ちます」

「ナユさんは大丈夫なのか?」

「はい、私、こういうのって何か平気なんですよね」

「そ、そうか、それじゃあ任せる」

「はい、お任せ下さい」

 

 そしてナユタは先頭をきって走り始めた。

たまに行く手に猫っぽい物体が現れるのだが、誰もそれをまともに見ようとはしない。

その道中で出てきたろくろっ首猫や怨霊猫、それにお菊さん猫やお岩さん猫などを、

ナユタは思いっきり殴りつけて道を開き、五人はそのままあっという間に出口へと到達した。

 

「やっと出れた!ありがとうナユちゃん、このお礼はいつか必ず!」

「それじゃあ今日、ハチマンさんのマンションで三人で川の字になって寝ましょう」

 

 そのアスナの言葉にナユタは笑顔でそう答え、アスナはきょとんとした。

 

「えっ?えっ?」

「あらアスナ、やっぱり気付いていなかったのね」

「まあ仕方ないよ、ここの話を聞いてからのアスナは、ずっと心ここにあらずだったし」

 

 ユキノとセラフィムにそう言われたアスナは、んん~?と目を細め、

ナユタの全身をなめるように見つめた。

 

「そう言われると、この凶悪な胸には心当たりが……」

 

 そう言ってアスナはいきなりナユタの胸を揉み始めた。

 

「きゃっ」

「あ~!やっぱり優里奈ちゃんだ!」

「何故胸を揉んで優里奈だと分かるんだ」

 

 ハチマンは本当に驚いたような顔でアスナにそう突っ込んだ。

 

「いやぁ、優里奈ちゃんとはよく一緒にお風呂に入るから、まあそれで色々?」

「アスナって意外とおっさんっぽいところがあるのね。

いきなりお風呂で『ぐへへへへ、おい優里奈、ちょっと胸をもませろよ』

とかやったりしているのかしら」

「やってないよ!?」

「そう、それじゃあハチマン君がやっているのね」

「流れ弾を無理やり俺に当てにくるなよ!そんな事一度も言った事無えよ!」

「むむむ、ハチマン様、私が誰なのか当ててみて下さい!」

「お前もお前で便乗しようとしてくるんじゃねえ!

どう考えてもマックス以外にありえないだろうが!」

「今私の事を視姦して私だと判断しましたよね!?」

「お前のテンションが上がると本当に疲れるな……」

 

 ハチマンは突っ込みに疲れたのか、ため息をつきながらそう言った。

 

「そんなハチマンさんに朗報です、ここからはボーナスタイム、猫天国ですよ!」

 

 突然ナユタがそんな事を言い、ハチマンは意味が分からずきょとんとした。

 

「言葉の意味が分からないんだが……」

「まあまあ、とりあえずこちらへ」

 

 そしてナユタが進む先に、確かに『猫天国』の看板が見えた。

 

「あれは?」

「『猫を嫌いにならないで欲しいにゃん』と書いてあるね」

「まあそういう事です、いくらでももふもふ出来ますよ」

「マジか、開発も中々粋な事を……」

 

 ハチマンがそう言いかけた瞬間に、ユキノが鬼のようなダッシュをみせた。

 

「は、速っ……」

「ハチマン君、私達も行こう!」

「お、おう」

 

 そこは世界中の様々な猫がにゃんにゃん言いながら歩き回る、まさに猫天国であった。

 

「うわぁ、凄い凄い!」

「これがあるのからまあ多少怖くても大丈夫だと思ったんですが、

別の意味で怖すぎましたね、ごめんなさいアスナさん」

「いいのいいの、さあナユちゃん、一緒に猫と遊ぼう!」

「はい!」

 

 こうして思う存分猫に癒された五人は、この日は宿に帰ってそのままログアウトし、

八幡と明日奈と優里奈は、約束通り川の字になって、

まるで本当の家族のように仲良く眠りにつく事となった。



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第717話 集う戦士達

「頼もう!」

「おお、ダインにギンロウじゃないか、来てくれたんだな」

「そりゃまあシャナ……じゃない、ハチマンの頼みなら当然よ!」

「やっぱりシャナさんはハチマンさんだったんっすね、今日は派手にぶちかましましょう!」

 

 前日に薔薇に連絡し、援軍依頼をしておいてもらった甲斐があったのか、

この日の早い時間に、安土温泉旅館にダイン達が尋ねてきてくれた。

言うまでもなく今日の大戦に参加する為である。

だがその直後に、ハチマンにとっては更に衝撃的な人物が突然現れた。

 

「よぉ、来てやったぞ」

「閣下!?いや、あの、うちのロザリアも、

さすがに閣下には声をかけてないと思うんですが……」

 

 次に尋ねてきたのは何とスネークであった。

後ろにはどこかで見たような面々が並んでいる。

 

「おう、俺はそもそもログインしていなかったから直接は聞いてないぞ。

実は今日な、たまたま見かけたこいつら三人が、

廊下で『合戦だ合戦だ』とか盛り上がった会話をしてやがってな」

 

 そしてスネークは三人と言いつつも、五人のプレイヤーを前に押し出してきた。

それは当然コミケ、トミー、ケモナー、クリン、ブラックキャットの五人であった。

 

「で、当然俺にも声がかかると思ってたんだけどな、

事もあろうにこいつらは、俺に内緒のまま去っていきやがってな、

なので俺も慌てて後を追ったら、中でこの二人が合流してきてな」

 

 そう話を振られたクリンとブラックキャットは、ハチマンに謝るような仕草をした。

要するにこの二人がロザリアから連絡を受け、コミケ達を誘って戦いに参加しようとしたら、

閣下に見つかってしまったという訳なのであろう。

 

「まったく水くさいじゃねえか、直接俺に電話してきてくれても良かったんだぜ?」

「あ、いや、その、あはははは」

 

 ハチマンはそう言われ、愛想笑いで返す事しか出来なかった。

確かにハチマンと閣下が連絡先を交換したのは事実だが、一体どこの誰が、

現役の防衛大臣をゲームの中の戦争に気軽に誘えるというのか。

というかプライベートで普通に連絡するだけでもハードルが高すぎる。

 

「という訳で俺も参戦するぜ、たった六人だが宜しくな」

「はい、宜しくお願いします」

 

 ハチマンにはそう言う以外の選択肢はなかったが、心強い事も確かである。

 

「あらあら閣下、来てしまいましたのね」

「おう、ミサキさんか、久しぶりだな」

「お久しぶりですわぁ、今日は私も久しぶりにG女連の一員として参加しますのよ」

 

 事前の話し合いで、GGO組は今日はヴァルハラ・ウルヴズとしてではなく、

元の所属のまま戦う事が決められていた。

これは単に、GGO組を効率よく運用する為の措置であった。

という訳でヴァルハラ・ウルヴズのうち、

レン、闇風、ゼクシード、ユッコ、ハルカ、薄塩たらこの六人は、

閣下達と一緒に行動する事が決められた。

 

「ここにうちの全メンバーを加えれば、百人近くにはなるか」

 

 その内訳は、大雑把にヴァルハラ・リゾートが三十人、

ダイン達が三十人、G女連が二十人、その他勢力が十人程度という計算である。

 

「問題は敵が何人くらいまで膨れ上がったかだが……」

 

 丁度その時、トビサトウが旅館に駆け込んできた。どうやらトビサトウが、

忍レジェンドとヴァルハラ・ウルヴズとの連絡役という事になったらしい。

 

「殿!敵が続々とトラフィックス前広場に集結中でござる!」

 

(こいつ、今後はこういう喋り方でいく事にしたのかな。

まあいいか、それよりも今俺が言うべきなのは……)

 

 ハチマンはそう思いつつ、口に出してはこう言った。

 

「今敵と言ったな、佐藤」

 

 その言葉にトビサトウは思わずぶるっと震えた。『敵』というその自分の短い一言で、

ハチマンは自分達の決断について察してくれたのだと理解したからだ。

 

「はい、我ら忍レジェンドは、中立の立場を捨て、殿にお味方させて頂きます!」

「うむ、大義である」

 

 ハチマンはその決断が嬉しかったのか、機嫌良さそうにそう言った。

 

「で、何人が参加してくれるんだ?」

「申し訳ござらん、なにぶん急だった為、全体の六割、六十人しか」

「いやいや十分だって、ありがとな、トビサトウ。

お前が他のみんなを説得してくれたんだろ?」

 

 ここでハチマンは、改めて『トビサトウ』と呼びかけた。

その事にトビサトウは更に感激したような表情をみせた。

 

「はい、最初は他の幹部三人は中立を主張しましたが、

拙者がヴァルハラ・ウルヴズがどれだけ強力なナイツかを懇々と説き、

最初にスイゾーとロクダユウが折れ、最後にユタロウが折れ、

四人がかりでメンバー達を説得する事に成功したのでござる!」

「なるほど、それじゃあ俺達の力をしっかりとその目に焼き付けておくといい」

「はっ!」

「ハチマンさん、戻ったよ!」

 

 そこにコヨミが駆け込んできた。

コヨミもハチマンの依頼で、被害者の会の偵察に出ていたのだった。

 

「コヨミさん、相手の様子はどうだった?」

「大雑把に数えたんだけど、多分敵の本隊は三百人、全体の六割程度だと思う」

「ほうほう、まあそれでも脅威ではあるが、やはり俺が直接ボコった奴らが中心か?」

「もしかしたらそうかもね、本隊からは、

ハチマンさんに対する怨嗟の声がかなり聞こえたから」

「ふむふむ、本隊って事は、別に部隊が?」

「うん、傭兵隊の方が規模が大きかった。多分三百人くらい」

「おおう、そんなにか、結局六百人規模かよ」

 

 結局敵味方の戦力比はおよそ六倍である。

だがハチマンは、これなら何とかなるだろうと考えた。

アウェイな地での戦闘になるが、様々な要因を慎重に戦力評価をした結果である。

 

「で、その傭兵隊のナイツもしくはスコードロン、ギルド名とかは何か言ってたか?」

「う~ん、そういうのは誰も言ってなかったんだよね、

ただ何の単語か分からないのも混じってるんだけど、ちょこちょこ出てきたのが、

『ビービー』『将軍』『連合』『領主さま』って単語だったかな」

「ビービーだと?おいフカ、敵にビービーがいるみたいだぞ」

「何ですと!?あの野郎、今度こそボコボコにしてやる!」

 

 ビービーに個人的に恨みがあるフカ次郎は、意気盛んにそう言った。

 

「で、連合ってのは多分あの連合だとして、何人くらいだった?」

「そこは百二十人くらいかな、ビービーってのの軍が三十人くらい」

「ふうむ、あそこも結構増えてるなぁ、しかし将軍に領主さまねぇ……」

 

 ハチマンは、まさかなと思いつつ、

コヨミにユージーンとサクヤとアリシャの特徴を伝えた。

 

「あっ、いたいた、その三人なら確かにいたよ!

将軍様の勢力が百人くらい、領主様の勢力が五十人くらいだった」

「おおう、なるほどなるほど、これは面白くなってきやがった」

 

 そしてハチマンは、キリトとユキノ、そしてアスナを呼んだ。

 

「どうやら敵に、ユージーンとサクヤさんとアリシャさんがいるらしいぞ」

「お、マジか、多分今回の敵が俺達だって知らないんだな」

「恐ろしく強い無法者を退治するとかだけ言われたんじゃないかな」

「まあそんなところでしょうね、で、私達を呼んだ理由は?

まさかこちらに引き込めなどとは言わないわよね?」

「そういうのは戦闘中に発生するかもしれないイベントだから別にいい。

まあ遊びのつもりで今回はあいつらともガチでやりあおうと思う」

 

 ハチマンはそう前置きした上で、三人に言った。

 

「という訳で、キリトはユージーンを、

そしてアスナとユキノにはサクヤさんとアリシャさんを担当してもらおうと思ってな」

「なるほど、そういう事、私は構わないわよ」

「私も私も」

「俺も別に構わないぜ、で、ハチマンはどうするんだ?」

「大人しく指揮をとるさ、それに一つやってみたい事があるんでな」

「やってみたい事?何だ?」

「秘密だが、サラマンダー軍に仕掛けるつもりだ」

「ほうほう、まあ楽しみにしておくわ」

「ハチマンさん、一先ず僕が伝令として戻りました」

 

 そこにレコンが伝令として現れた。

ハチマンはコマチとレコンをも偵察としてトラフィックス前に送り込んでおり、

街の様子を交互にチェックさせている状態であった。

 

「敵が集結を終え、編成を始めました。あとソレイユさん達が到着しましたよ」

「おお、いいタイミングだな、それじゃあちょっと行ってくる」

「行ってくる?どこにだ?」

「ちょっと敵陣に挨拶にな」

「敵陣に?」

「挨拶ぅ?」

 

 その言葉が意外だったのか、キリトとアスナがそんな声を上げた。

 

「また何でそんな事を……」

「敵を確実に猫が原に連れてこようかと思ってな」

「ああ、そういう……」

「という訳で、先に有利な地点に布陣しておいてくれ、

出来るだけこちらが陣を敷いているのが相手に分かりやすいようにな」

「奇襲はしないんだな、了解」

「ハチマン君、気をつけてね」

「おう、まあ姉さんとナユタを連れていくから滅多な事にはならないと思うけどな」

 

 そしてハチマン達三人は、ナユタ以外の二人が変装した状態で、

トラフィックスの方へと戻っていった。

 

「もう、着いたばっかりなのに人使い荒いなぁ」

「まあまあ、こういう時はやっぱり俺と姉さんじゃないと」

 

 そのハチマンのあからさまな追従に、しかしソレイユは上機嫌な様子を見せた。

 

「そうでしょうそうでしょう、やっぱりここぞという時は私の出番よね」

「ええ、まあそういう事です」

 

 ちなみにそんなソレイユは、ナユタから譲り受けた例の衣装を、

完全体バージョンで着用していた。要するに露出度がとても危険な状態である。

代わりにナユタはいつもの巫女服に戻している。ハチマンは何故か袈裟を着用していた。

要するにここには、巫女、神官、僧侶が揃った事になる。

 

「さて、それじゃあ挨拶といきますか」

「ハチマンさん、多分あの辺りにいるのがリーダー格の人達です」

「ほうほう、お、ユージーンがいやがる、おちょくりたいところだが今は我慢するか」

 

 そしてハチマンは、でたらめなお経を唱えながらその者達に近付いていった。



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第718話 天下分け目の猫が原

 集結する被害者の会に、遠慮なしにどんどん近付いていくそのハチマン僧侶は、

当然ではあるが、会の者達に呼びとめられた。

 

「おい、何だお前は」

「見た通りの坊主でございますよ」

「坊主が俺達に何か用か?」

「はい、皆様の背後に暗雲が漂っているようでしたので、

お節介かとは思いましたが、一言お伝えせねばと」

 

 そのハチマンの言葉にその場にいた者達はざわっとした。

 

「何だと!?お前、何者だ?」

「だから見た通りの坊主でございますよ、ただ拙僧は先日、

大量の羽虫にまとわりつかれて大層難儀したという娘を拾いましてな、この子なのですが」

 

 そして後ろからナユタがその姿を現し、その場にいた一部の者は気まずそうに目を背けた。

 

「お、俺達が羽虫だと?」

「誰もそんな事は言っておりませぬが、そうですなぁ、

ハラスメント警告ぎりぎりの所をブンブン飛び回るというのは、

やはり羽虫の習性なのやもしれませぬな。

まあいずれにしろ、皆様の背後に漂う暗雲がまもなく雷雲に変化しようとしております、

女神からの天罰が落ちぬように、ゆめゆめお気をつけ下されい」

「雷雲?天罰……?」

「そうですじゃ、ほれあのように」

 

 そしてハチマンは背後にいたソレイユを指差した。

確かにその神々しい姿は、その衣装と相まってまるで女神そのものである。

だがその中身は女神などではなく、悪魔そのものであった。

 

「は~い、それじゃあ天罰の入門編ね」

 

 そう言ってソレイユは、軽目の雷魔法を唱えた。

これはどの程度の威力が出るか測る為の観測気球のようなものである。

そしてソレイユの魔法はAEでの同じクラスの術として発動し、

その場にいた者達はビリッとした衝撃を受けた。

 

「うおっ」

「な、何だ今の?」

「詠唱が雷術と違ったぞ、まさかALOの魔法か?」

 

 一方ハチマンは、のんびりとした口調でソレイユにこう尋ねていた。

 

「姉さん、どんな感じだ?」

「そうねぇ……五十パーセントってところかしらね」

「半分か、まあ十分だな」

「そうね、これなら何とかなるんじゃないかしら」

「だな、それじゃあこのまま敵を釣るとするか」

「そうね、そうしましょう」

 

 そしてハチマンは再び被害者の会の者達の方に向き直り、

小道具の数珠をシャランと鳴らしてこう叫んだ。

 

「という訳で久しぶりだなお前ら、お前らが恨み骨髄な俺様がわざわざ出向いてやったぞ!」

「な、何だと!?」

「でも確かにあの顔は忘れもしない……」

「あの野郎!絶対に許さねえ!」

 

 そのハチマンの言葉でエキサイトしたのか、

かなりの人数がハチマン目掛けて突撃し始めた。だが速度に特化したハチマンやナユタ、

それに万能タイプのソレイユに追いつく事は出来ない。

 

「うちの娘にちょっかいをかけたあげく、開き直って逆ギレかよ、本当に格好悪い奴らだな」

「う、うるさい!その子が美人すぎるのがいけないんだろ!」

 

 その中の一人が開き直ったようにそう言った。

だがその言葉に対するハチマンの返事もまたぶっ飛んでいた。

 

「お、お前は中々見どころがあるな、確かにうちのナユタは美人すぎるからな。

よし、お前だけは半殺し程度で済ませてやろう」

 

 ハチマンは茶化すようにそう言うと、続けてこう言った。

 

「お前達の速度じゃ俺に追いつく事は出来ないぞ、猫が原でお前らを待っててやるから、

精々頑張って体勢を整えて、正々堂々とかかってくるんだな、ははははは、ははははははは」

 

 ハチマン達はそう言って速度を上げ、凄いスピードで走り去っていった。

取り残された被害者の会の者達は、悔しそうな表情でその場で足を止めると、

口々にこう言った。

 

「決戦は猫が原だ、軍を編成してすぐに向かうぞ!」

「後から付いてきている傭兵隊を誰か案内してやってくれ!

あと地形の説明も忘れるな!」

「それじゃあサラマンダー軍には私が!」

「おう、頼む」

「任せて下さい!」

 

 そう返事をしたのが見覚えのない者だとは誰も気付かなかった。

こうして被害者の会の者達は、まんまと猫が原に引きずり込まれる事となった。

 

「むむ、中央が何か騒がしいが、何かあったのか?」

「うん、何かお坊さんが暴れたらしいよ、本当に和風だよねぇ」

「どうやらそのお坊さんが、敵の首謀者だったらしいな」

 

 たまたま同じ陣営に所属する事になり、

のんびりと会話していたユージーンとアリシャの前に、

事情を確認しに行っていたサクヤが現れてそう言った。

 

「そうなのか?」

「ああ、私も遠目でチラリと見たが、相当な美人を二人連れていたぞ」

 

 サクヤのその言葉に、ユージーンは冗談めかしてこう言った。

 

「ほうほう、まるでハチマンだな」

「だねぇ、あはははは」

「まあどのゲームにも、ああいう奴はいるものなのだろうな」

 

 この三人は偶然真実を言い当てた格好だが、

合同イベントの開催前からAEの連中が被害を受けていたという話を聞いていた為、

三人は敵の正体がまさかヴァルハラ軍だとは、想像もしなかったのである。

 

「おっ、どうやら出発のようだな」

「それじゃあ私達も動くとしよっか、

他人に迷惑をかけまくったというそのお騒がせ野郎に一泡吹かせてやろう」

「俺は強い奴とやれれば何でもいい」

 

 そういって三人も、それぞれ宛がわれた案内役に従い、猫が原へと向かう事となった。

 

 

 

「お~い、準備はどうだ?」

「ハチマン君、無事で良かった」

「余裕余裕、あいつら足が遅いからな」

「ああ、ナユちゃんも速いし、姉さんも実は身体能力が凄いもんね」

 

 トラフィックスから無事戻ったハチマンに、アスナは笑顔でそう言った。

 

「準備はバッチリだよ、配置はこんな感じ」

 

 中央の重要な高地は、既に味方によって全部抑えられている。

残るは一つを覗き、正面からぶつかり合うのには明らかに不利な微妙な丘ばかりであった。

 

「装備の方はどうだ?」

「ちゃんと行き渡ってるよ、ほら、あのキリト君の格好を見てみて」

 

 ハチマンはそう言われ、単眼鏡を覗き込んだ。

そこに写ったのは全身を漆黒の鎧兜に身を包んだキリトの姿であった。

その鎧兜は洋風であり、どこかかつて織田信長が愛用していたという鎧に似ていた。

 

「おお、格好いいじゃないか」

「あれならキリト君の正体も簡単にはバレないでしょ?」

「おう、途中でキリトだと気付いた時のユージーンの顔が楽しみだな」

 

 ハチマンは遠くからこちらに接近中のサラマンダー軍を見ながらそう呟いた。

 

「さて、ユタローはちゃんとユージーンを誘導してくれてるかな……」

 

 

 

 重ねて言うが、被害者の会軍団が編成を終えた後、各傭兵隊には案内役が与えられた。

サラマンダー軍を担当する事になったのは、立候補したロクローというプレイヤーである。

だが実はこのロクローは、ユタローのサブ垢であった。

自身の隠密性を極限まで高める為に、ユタローが考えに考え抜いて出した結論は、

二つのキャラを使い分ける事であった。これは単純だが、実に効果的である。

かつてMMORPGが全盛期だった時は、多くのプレイヤーが普通に複垢プレイをしていた。

それは合成キャラだったりヒーラーだったりする事が多かったが、

ユタローはそれを隠密行動に特化したキャラに育て上げていた。

この決して敵に悟られずに情報収集を行うユタローのスタイルが、

この時のハチマンの考えにピタリとはまったのである。

 

「こっちです、将軍」

「ここは……中々いい地形だな、一気に敵目掛けて駆け下りる事が出来そうだ。

だがよくこんな絶好の場所が残っていたもんだ、あっちの指導者の目は節穴だな」

 

 その口の動きはハチマンに読まれており、後でユージーンはこの事で、

ハチマンにネチネチといじめられる事になる。口は災いの元なのだ。

 

「この山には名前はあるのか?」

「はい、ここは松尾山と言います」

「ほうほう、松尾山な、さすがは地名も和風なんだな」

 

 ユージーンはその言葉の意味に気が付かず、ただそう感想を述べるにとどまった。

 

「それじゃあ私はこれで本隊に戻りますので」

「うむ、案内ご苦労、もしかしたら俺達が敵の首魁を倒してしまうかもしれないが、

それでも構わんのだろう?」

「はい、問題ないです、宜しくお願いします」

 

 そしてロクローは途中でこっそりと草むらに入り、そこでキャラチェンジした。

 

 

 

「殿、作戦は無事に成功です、将軍の軍を正面の松尾山まで誘導する事に成功しました」

「よくやった、残るは領主軍とビービー軍だが……お、いた、あそこか」

 

 その二つの軍は正面やや斜め方向の、本隊の横に布陣していた。

今回の戦いにそれほど熱心でないのか、二軍ともにかなりのんびりとした雰囲気だった。

 

「まあこれだけの人数差だ、当然そうなるよなぁ。うちの正体を知らない訳だしな」

 

 ハチマンはとても嫌らしい笑みを浮かべながらそう言うと、

気分を出す為に用意した小道具の中から、先ず花火を用意させた。

 

「さ~て、祭りの始まりだ。ロクダユウ、花火を上げろ!」

「はっ!」

 

 こうして後に『天下分け目の猫が原』と呼ばれる戦いが幕を開けたのだった。



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第719話 膠着する戦線

「お、花火とは敵さんも粋な事をするねぇ」

「おいアリシャ、敵が動き出したぞ」

「ほいほ~い、ここじゃ竜騎士軍団は使えないからみんな徒歩だけど、

AEでの戦闘を楽しむつもりでみんな、頑張ろう!」

「シルフ軍も戦闘準備だ!」

 

 そんなまったりとした雰囲気のシルフ・ケットシー連合領主軍と比べ、

本隊を挟んでその反対にいるビービー軍は、ピリピリとした雰囲気であった。

それはリーダーであるビービーが、イライラするようにうろうろしていたからである。

 

「何か気になる……何かおかしい……」

「女神様、何か気になるんですか?」

 

 そう問いかけてきたのはZEMALのリーダーであるシノハラであった。

今やM&Gは、ビービーのカリスマ性により、かなりの規模のナイツとなっている。

ZEMALの連中は、今やその最側近という扱いになっているのだった。

 

「何といえばいいか、どうしても嫌な予感が頭から離れないのよ。

この雰囲気を何かに例えるなら、この前メカっぽいサンタに潰された時みたいな……」

 

 ビービーは、先日メカニコラスにペチッとされた事がよほどトラウマになっているらしい。

 

「………おいシノハラ」

「何でしょう女神様!」

「私がやばいと思ったら、どんなに有利でも即撤退指示を出す。

その時は何の疑問も持たずに即味方を下げるのよ」

「わ、分かりました!」

 

 

 

「『わ、分かりました!』だそうよ」

 

 同じ頃、ハチマンの隣で同じく単眼鏡を使い、

各陣営の主だった者の口の動きを読んでいたソレイユが、

ビービー達の会話を全て伝えてきた。

 

「ふ~ん、勘のいい奴だな、まああいつだけは逃がさないけどな」

「ハチマン君も結構執念深い所があるよねぇ」

「まあトドメはフカに譲ってやるさ」

「任せて!悪・即・斬!」

 

 フカ次郎はいきり立ち、ブンブンと日本刀を振り回した。

これは万が一ビービーに正体がバレないようにと用意したフェイク武器である。

メイン武器のツヴァイヘンダーは、ボタン一つで装備出来るように準備済みだ。

 

「さて、そろそろ開戦するか、キリト、一番槍は任せた」

「任された、それじゃあキリト隊、出撃!」

 

 今回キリト隊に配置されたのは次の者達である。

キリト、リズベット、シリカ、クライン、エギルの五人に加え、

クリスハイトとメビウス、そしてその後に、忍レジェンドの半数である三十人が続く。

三十七人での百人相手の突貫である。

 

「突撃!突撃!」

「ふっ、俺もなめられたものだな、たったそれだけの人数で突っ込んでくるとは」

 

 だがキリトはさすがであった。ゲリラ戦が得意な忍レジェンド隊に、

敵側面からのタイミングを合わせたかく乱を行わせる事により、

数的有利なはずの敵に囲まれたのかと誤認させ、

それにひるんだ奴らをキリトとクライン、そしてエギルが食いまくっていた。

普段はハチマン達の影に隠れてしまっている二人だが、

さすがはSAOの攻略組にいただけの事はある。

 

「くっ、うちの構成員よりはさすがにちょっとはやるようだな、

だがその快進撃もそこまでだ、俺が直々に相手をしてやろう、日本刀の男」

 

 キリトも当然正体がバレないように、今は日本刀を使っている。

そうすると普段から日本刀を使っているクラインはどうするのかという事になるが、

逆に普段通りの方が目立たないという事で、

メンバーの中では唯一通常のメイン武器を使用していた。

そのせいか、今ユージーンが自分の相手にと指名したのは、実はクラインだったりする。

だが普段だとそんな事はありえない為、この時もクラインが一歩後ろに下がり、

キリトが前に出る格好となった。それに怒ったのはユージーンである。

 

「貴様、俺なぞ相手にするまでもないとでも言いたいのか?」

「へ?もしかして俺をご指名だったのか?」

「当たり前だ、どう見てもこの中では貴様が一番強いではないか!」

 

 当然二人はその言葉にハテナ?となった。

 

「どういう事だ?」

「多分クラインだけが、普段と同じ武器を使ってるから勘違いしたんじゃないか?」

「あ~、なるほどな、まあいいか、面白いからこのままユージーンの相手を頼むぜキリト、

その代わり俺が煽っといてやるからよぉ」

「了解、もっとかっかとさせてやってくれ」

 

 キリトはニヤニヤしながらそう言い、

クラインは上から見下ろすような態度でユージーンに言った。

 

「俺に相手をしろだなんて一億年早いわ、まだ未熟者だが、

そこにいる俺の側近を倒せたら俺が直々に相手をしてやろう」

「貴様、俺を愚弄するか!」

 

 そうまんまと挑発に乗って頭に血を上らせたユージーンを見て、二人は内心ほくそ笑んだ。

 

「愚弄しているのはどっちだ、確かに俺は未熟者だが、お前なんかには負けん」

「ちっ、まあいい、かかってこい下郎!」

「おう!」

 

 こうして予定通りにキリトとユージーンの戦いが開始される事となった。

 

 

 

 一方こちらはシルフとケットシーの連合領主軍である。

こちらを担当するのはアスナとユキノに加え、リーファとクリシュナ、

そして忍レジェンドから十人が参加していた。

十四対五十という人数差になるのだが、その十四人がまったく崩れる気配がない。

 

「サクヤちゃん、何か手ごわくない?」

「そうだな、あの般若の面をかぶった二人は相当戦い慣れしているようだ。

後方にいる能面をかぶった二人は支援役なのだろうが、時々指示も出しているようだな、

それが実に的確だ、正直私の副官として欲しいくらいだよ」

「だよねぇ……あの般若さん、片方は正統派の剣士でもう片方は突き主体だけど、

あれってば私達よりも確実に強くない?」

「うむ……軽い気持ちで参加したが、さてどうしたものか……」

 

 二人は徐々に減らされていく仲間達の様子を見て、

それからしばらく悩み続ける事となった。

 

 

 

 正面に陣取る敵本隊とビービー軍は、ビービーが妙に消極的だった為、

一緒に行動するような形となっていた。

 

「くっ、敵に近付けねえ……」

「撃ち返そうにもこの状況じゃ……」

 

 ZEMALのメンバー達は、ぶつぶつとそう言った。

ここを担当しているのは閣下達とダイン軍である。

その戦力差は実に十倍近く、三百二十対四十となっていた。

だがいくら殺傷能力を抑えられているとはいえ、その四十人全員が銃を持っているのだ、

その面制圧力は凄まじいものがある。しかもこの四十人は、

そのほとんどがかつて源氏軍でもっと多くの敵を相手に、

最後まで戦い抜いたつわもの揃いである。

これくらいの人数差を恐れる事もないし、何より多数を相手に戦い慣れている。

要所要所をコミケ達が締めている為に、戦線が破綻する気配はまったくなく、

敵が何かしようと別働隊を動かそうとしても、ハチマン本隊から出撃した者に蹂躙される、

そんな状況がずっと続いているのだった。

 

「おうおう、また敵の一部がじれて横に移動し始めたぜ、

まあそうやって現状を何とかしようと努力する姿、嫌いじゃないけどな!」

「大丈夫だ、本隊がまた潰しにいった」

「さっすがハチマン、よく見てやがるぜ!」

「各方面をしっかりとサポートしてくれるから有り難いな」

「だな!」

「師匠、左に数人また動き出した!」

「そっちは俺とお前で潰すか、行くぞレン!」

「はい!」

 

 

 

 本隊の後方には、連合の百五十人が布陣していた。

こちらを担当するのはG女連と、忍レジェンドの残り二十人である。

人数比は百五十対四十だが、正直こちらの戦線は何の問題もない。

連合はまだ相手がヴァルハラだと知らない為、本気で戦っていないし、

なおかつ相手がG女連だという事だけは分かっている為、そもそも手が出せない。

これ以上G女連といざこざを起こしたくないというのが彼らの切実な願いであった。

 

「何だい、張り合いがないね」

「まあ楽といえば楽だからいいんじゃありません?」

「ちっ、こっちから仕掛けて無理にでも相手してもらおうかね」

「おっかさん、まだ早いですわよ、ここぞという時の為に、今は力を貯めておきましょう」

「やれやれ、いつ本格的な戦闘が始まるのかねぇ」

 

 そう言いながらおっかさんは、本陣のハチマンの方を見た。

ハチマンは何とあくびをしており、若干退屈そうに見えた。

 

「おやおやこれは……そろそろだね」

「おっかさん、どうかして?」

「ミサキ、ハチマン坊やがそろそろこの状態に飽きてきたみたいだから、

多分そろそろ動きがあるよ、こっちもいつでも動けるように準備させな」

「分かりましたわぁ」

 

 

 

「敵の実力は大体把握出来たし、そろそろかねぇ」

「そろそろあっちの準備もオーケーみたいよ」

「それじゃあやるか、姉さん、信号弾を」

「は~い」

 

 そして空に赤い信号弾が打ち上げられ、同時に各陣に、ヴァルハラの旗が掲げられた。



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第720話 正体を現す~ビービー、領主軍

 信号弾が打ち上げられた直後、各方面に散っていた者達はそれに気付くと、

予め準備していた旗を上げた。

 

「来た、合図だ!」

「全員武器を持ち替えて装備も変えて!ここからは本気だよ!」

 

 各人は手はず通りにスムーズに、次々とヴァルハラとしての姿を現していった。

 

 

 

「シノハラ、全速で撤退!この場から逃げ出すわよ!」

「りょ、了解!」

 

 一番迅速に動いたのはビービーであった。

ビービーはまだ信号弾が上がりきらないうちからシノハラにそう叫び、

ビービー軍は即座に撤退を始めた。

 

「女神様、一体何が……」

「馬鹿、見て分からないの?あれは多分ヴァルハラ・コールよ!」

「それって例の……」

「ええ、とんだまぬけだったわ、遊びだと思って参加した戦いが、

実はヴァルハラが相手だったなんてね。

いくら私でも、トラフィックス内ならともかく、銃が弱体された今の状況で、

フルメンバーのヴァルハラと簡単に事を構える気はまったくないわよ、勝てる訳がない」

 

 先日は東の荒地でヴァルハラとやりあったビービーであったが、

それはあくまでヴァルハラがフルメンバーではなく、銃が有効に機能していたからだった。

 

「おいお前ら、まだ戦いの最中だぞ、怖気づいたのか?」

 

 そう声をかけてくる被害者の会の本隊の者に、ビービーは怒鳴るように言った。

 

「やばいから速攻でここから逃げるのよ、あんた達も精々死なないように頑張りなさいな!」

「なっ………せ、せめて報酬分くらいは働けよ!」

「それなら返すわよ、ほら!」

 

 ビービーはそう言ってその場に金をバラまいた。

どうせAEの専用通貨など、このイベント中にしか使えないのだし別に惜しくはない。

そしてその背後でヴァルハラ・コールの赤い花が咲き、直後にヴァルハラの旗が掲げられた。

 

「ほら見なさい、やっぱりヴァルハラじゃないの」

「ほ、本当だ……」

「正面の森に入っちゃえば多少は安全だろうから、みんな、スピードを上げて全力疾走よ!」

「ま、待って下さい女神様!」

 

 ここで身体能力の差が出た。ビービーはまがりなりにも一流のプレイヤーであり、

ZEMALや他の連中よりもはるかに足が早い。だがこの時はそれが裏目に出た。

ビービーの足にいきなり何かが巻き付き、そのまま一気に上へと吊り上げられたのだ。

 

「きゃっ……ちょ、ちょっと、何なの?」

「何でしょうね」

「はい、確保~!」

 

 ビービーはその声の主達に樹上で目隠しをされ、口には猿轡をかまされた。

直後に手足も何か紐のような物で拘束され、そのまま何か袋のような物に押し込められた。

おそらく相手は手だれなのだろう、ここまでがわずか十秒ほどの出来事である。

そしてビービー軍の残りの者がこのタイミングで森に入り、

ビービーの不在に気付かずにそのまま通り過ぎていった。

 

「女神様、待って下さいってば!」

 

 その声を聞き、ビービーを拘束した者はぼそりとこう呟いた。

 

「まあその女神様はここにいるんだけどね」

「それじゃあしばらくしたら下におりて、そのまま大回りして本陣に戻ろっか」

「はい」

 

(この声はレコンとコマチ!?くっ、これはやられたわね)

 

 ビービーはその声で、敵の正体に気がついた。だがこの状態ではどうする事も出来ない。

 

(はぁ、まあいいわ、別にリアルで死ぬ訳じゃないし、

この後自分がどうなるのか一応興味はあるし、

とりあえず大人しく様子を見る事にしましょうか)

 

 こうしてビービーはあっさりと捕らえられ、

レコンとコマチの手によって本陣へと連れていかれる事となった。

 

 

 

 一方その頃サクヤとアリシャは、呆然と空を見上げていた。

 

「サクヤちゃん、私、とんでもない物が見えるんだけど」

「奇遇だな、私もだ」

 

 そう呟く二人の目の前の空には、赤い花が咲いていた。

二人は当然ヴァルハラ・コールには精通しており、

その指示を受けて一緒に戦った事もあるのだ。

だがこうしていざ自分達が標的にされるのは初めてであり、

その赤い色は気のせいか、やや黒味がかって見え、

まるで血の色であるかのようなイメージを沸き起こさせた。

 

「えっと……あれってやっぱりあれだよね?」

「そういう事なら心当たりが無いでもないな、あそこで突きを主体にして戦ってたのは……」

「当然アスナだよね?」

「そして正統派の剣士はうちのリーファだろう」

 

 そして二人はやや青ざめた表情で顔を見合わせた。

 

「うわ、どどどどうしよう、これってもしかしてピンチ?」

「私達二人が出れば、まああの二人だけなら勝てないまでも、いい勝負が出来ると思う。

だが問題は、今あそこで能面を外してニタリと笑っている、性格の悪い奴の方だな……」

「ひっ………」

 

 前方には、先ほどまで指揮をとっていた者と支援魔法らしき物をかけていた者が、

二人とも能面を外してニタリと笑っていた。

 

「ユ、ユキノ……」

 

 ハチマンがSAOから戻ってくる前の段階であれば、

ユキノはそこまでこの二人と差があるプレイヤーではなかった。

だがそこからのユキノの成長率は凄まじいものがあった。

そのせいで今では、二人がかりでも絶対に勝てないと断言出来る程の力の差がついている。

 

「その横にいるのはクリシュナだな、この時点でもう絶対に無理だ」

 

 ただでさえ手に負えないアスナ、リーファ、ユキノの三人が、

クリシュナの魔法によって超絶強化されるのだ。これはもう笑うしかない状況である。

 

「おい見ろ、アスナの武装が……」

「暁姫……それにあれはオートマチック・フラワーズ……まだ未完成っぽいけど」

「リーファもだ、あれはイェンホウだな」

「クックロビンのリョクタイとの兄弟剣だっけ、あれもやばいよね……」

 

 二人はアスナの武器、暁姫の威力と、

その専用装備であるオートマチック・フラワーズの防御性能の高さをよく知っていた。

そしてその横には、オレンジ色に輝く片手直剣イェンホウを持ったリーファの姿があるのだ。

 

「う、もう一人増えた……」

「あれって新人の子じゃない?でもあの子も相当強いのよね、動きが軍人っぽいし」

「お手上げだね、うん、諦めよう」

「だな……」

 

 二人の目の前でアスナ達の下に合流したのはレヴィである。

レヴィは捕虜にしたらしい、敵のプレイヤーを一人引きずっており、

そのまま戦意を喪失した二人の方に、アスナ達が近付いてきた。

当然それを取り囲むシルフとケットシーの連合軍の者達も、同様に戦いを放棄している。

 

「あら二人とも、こんな所で奇遇ね」

「は、はは……」

「そ、そうだな」

 

 最初に声をかけてきたのは二人と一番付き合いの長いユキノである。

二人は何を言えばいいか分からず、ただそう答えるに留めた。

そしてユキノはレヴィを促し、引きずっていた捕虜をそんな二人の前に差し出した。

 

「この男は?」

「ハチマン君からの伝言よ、返金はこの男にお願いします、

そして新たな雇用費は私から受け取るように、だそうよ」

「新たな雇用費?」

「えっと、それってつまり……」

 

 何となく事情を察した二人に、

ユキノはアイテム化したALOの通貨がつまった袋を差し出した。

 

「ようこそ我が軍へ」

 

 その言葉に二人は一も二もなく飛びついた。

 

「う、うん、もちろん最初からそのつもりだったよ、宜しくね、ユキノ」

「こ、これは有り難く受け取っておく、そしてこっちはそこの捕虜の君、

君達のトップの所に持ってってやってくれ、ついでに説明を忘れないようにな」

 

 サクヤはそう言って、同じくアイテム化させた通貨をその捕虜に差し出した。

 

「これは?」

「傭兵として雇われた際にそちらからもらった報酬だな」

「くっ、お前ら、裏切るのか!」

「裏切るというか、元々私達はこちら側なのでな……表返ると言えばいいかな」

「えへっ、ごめんね、うっかり所属する先を勘違いしちゃったみたい!」

 

 サクヤのその言葉を受け、アリシャがドジっ子アピールをしながらそう言った。

 

「という訳ですまんな、途中で死なないように気をつけて戻ってくれ」

「くそっ、後で目にものをみせてやる!」

 

 解放されたその捕虜のプレイヤーは、そう三下っぽい捨てゼリフを言い、解放された後、

自らが所属する被害者の会の本隊の方へと走り去っていった。

 

「さて、これですっきりしたな」

「みんな、ここからが本番だよ、今までのは悪い夢だった、いい?」

 

 アリシャがそんな事を言い、シルフ・ケットシーの同盟軍は息を吹き返した。

 

「そういえばユージーン君はどうする?ついでにやっちゃう?」

「そっちはハチマン君がおもちゃにして遊ぶそうだから心配いらないわ」

「お、おもちゃね……」

「まあいいや、こっちはどうする?」

「次に赤いヴァルハラ・コールが上がったら敵の本隊に突撃よ」

「了解了解、みんな、そのつもりで準備してね!」

 

 こうしてサクヤとアリシャは無事にヴァルハラ軍に寝返る事となったのだった。




ありがとう平成、ようこそ令和!


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第721話 正体を現す~連合、サラマンダー軍

 赤いヴァルハラ・コールが上がった時、

一番混乱したのはおそらく連合のメンバー達であった。

リアルで帰宅時に、空が夕焼けに包まれているだけでもビクッとしてしまうくらい、

トラウマになっている者がかなりの数存在したのである。

だがその状態を、何とか支えようとする者達がいた。例のロザリアのトリマキーズである。

 

「落ち着けお前ら、別にまだヴァルハラのメンバーが現れた訳じゃない、

俺達の前にいるのはあくまでG女連の連中だ、

確かにうちは先日G女連にナイツの申し入れをし、今は保留状態だが、

こうして敵対する事で悪い印象を与えちまったんだし、それはもう諦めよう、

女性ばかりとはいえ所詮は他のゲームのプレイヤーなんだから気にする事はない、

戦力はこっちが上なんだから、援軍が来る前にやっちまおうぜ!」

 

 普段はALOで活動している連合がG女連と面識があったのは、

先日こんな事があったからだ。トラフィックスの導入にあたり、

当然連合もどこかとナイツを組みたいと考え、その候補を色々と探していた。

そこで筆頭候補に上がったのがG女連である。女性だけのスコードロン、最高ではないか。

そう考えた彼らは、あくまで紳士的にG女連に声をかけたのだが、

その頼みはあっさりと断られたのである。

 

「確かに私達はまだナイツは組んじゃいないが、

申し訳ないがあんた達と組む選択肢は無いね」

「な、何故ですか?うちはこう見えて、ALOの最大勢力ですよ?」

「だって連合って、反ヴァルハラ連合の略なんだろう?

噂じゃそのヴァルハラってのが、最大勢力じゃなくとも最強勢力らしいじゃないか、

そんな所と敵対するのは女性ばかりのうちにとってはちょっとねぇ。

うちはそういった敵対関係とは無縁な、女性ばかりのギルドを探して組む事にするよ」

 

 おっかさんのこの言葉は、

ヴァルハラがシャナ=ハチマンのギルドだと分かった上での発言である。

もちろんG女連がヴァルハラと直接繋がりがあるなどと言う事はしない。

いずれはバレる事なのだろうが、ここで相手を激高させても何もいい事はないのだ。

だが連合の連中の物分りの悪さは、おっかさんの想像を超えていた。

 

「だ、大丈夫、俺達が絶対に守りますから!」

「確かに今までは負けてばかりだったけど、

G女連の皆さんが一緒なら百人力です、頑張りますからそこを何とかお願いします!」

 

 こうなるともうまったく手がつけられない。

そもそもヴァルハラには一度も勝った事がないのに絶対に守るという事が既に矛盾している。

更にG女連が一緒だと百人力というのが意味が分からない。

銃の威力はトラフィックス関連だと基本弱体されており、

共通エリアでは殺傷力こそあるものの、AEでは鈍器扱いである。

おっかさんは困り、ちょっと待っててくれと言って仲間達と相談を始めた。

 

「お前達、どう言えばあっちは引いてくれると思う?」

「何か必死すぎて気持ち悪いですね……」

「もう相談したけど無理でした、ごめんなさいでいいんじゃないですかね」

「もしくは今ここにいないメンバーとも相談したいので、先送りさせて下さいとか」

「先送りか、とりあえずそうするのがいいかねぇ……」

 

 そして今に至ると、まあそんな訳なのであった。

 

「おっかさん、敵の目付きが変わった、向こうも動き出すかも」

「ほうほう、そうかいそうかい、それじゃあ迎え撃つとしようかね。

こっちには心強い味方もいてくれる事だしね」

「はぁい、任されましたぁ、私が相手を一瞬スタンさせるから、

その無防備状態の敵にじゃんじゃん弾を撃ち込んじゃってね!」

 

 そう言ってG女連の女性陣の中から出てきたのは、何とソレイユであった。

どうやらハチマンの指示で事前にこちらに移動していたらしい。

 

「うちの隠し玉にもそろそろ動いてもらおうかなぁ」

「そんなのがいるのかい?」

「ええ、とっておきが。もっとも腕は少々落ちるかもだけど、

まあこれだけ敵が沢山いれば何とかなるのかなぁ」

 

 ソレイユはそう言って、自身の帯剣である『ジ・エンドレス』を抜き、高々と空に掲げた。

ジ・エンドレスは本邦初公開であった為、連合の連中は、

その剣を見てもソレイユがこの場にいる事にはまだ気付いていないが、

それを遠くから見ていたその隠し玉とやらは当然それに気が付き、

連合に向け、M82の銃口を向けた。

 

「やれやれ、やっと俺の出番か……なんちゃって」

 

 そしてそのプレイヤーは、戦場に閃光が走ったタイミングに合わせ、銃の引き金を引いた。

 

 

 

「さてお前ら、覚悟は出来たな!こっちも仕掛けるぞ!」

「おう、もうこうなったらやってやらぁ!」

「あの女共を屈服させてやる!」

 

 そう雄叫びを上げながら、連合のメンバー達はG女連に突撃しようとした。

その瞬間にG女連の真ん中あたりにいた女性プレイヤーが、剣を前に振り下ろした。

同時にその剣の先から光のエフェクトが走り、連合百五十人全員が、一斉にスタンした。

ちなみに剣にそんな効果がある訳ではなく、ただの演技である。

 

「がっ………ぐっ………!」

「な、何………らこれ」

 

 その瞬間にG女連から一斉射撃が行われ、

防御も受身もまったくとる事が出来ない連合のメンバー達は、そのまま地面にどっと倒れた。

後方にいた者達も巻き込んで、まるでドミノ倒しである。

直後にどこか遠くから、大口径の弾が次々と飛来し、

さすがに鈍器扱いとはいえ凄まじい威力を持ったその弾は、

トリマキーズの者達の頭を軽く吹き飛ばした。

 

「あら、あの子も中々やるじゃない、伊達に十狼とやらじゃないって事かしら」

 

 そう一人呟くソレイユに、おっかさんが尋ねた。

 

「今のってもしかして、シャナのM82じゃないかい?」

「ええ、今はシャナを、うちのロザリアが使ってるんで」

「ああ~、そういう事かい、なるほどなるほど、ロザリアちゃんもやるもんだねぇ」

「ここまで命中させられるとは思ってなかったけど、精密な狙撃は出来なくても、

敵が密集してるから当てるだけならいけるんじゃないかって話だったのよねぇ」

「おっ、相手が起き上がり始めたね、次いこうか次」

「ええ、それじゃあ続けて徹底的に敵を殴りつけてやりましょっか」

 

 こうして連合のメンバー達は、無防備状態のまま何度も何度も銃による打撃をくらい、

さすがにHPが耐え切れない者が続出し、徐々にその数を減らしていく事になったのだった。

 

 

 

 そして最後はやはり、サラマンダー軍である。

所謂戦闘馬鹿のユージーンは、赤いヴァルハラ・コールを見て、

味方に突撃の指示を出しかけ、寸前で思いとどまった。

 

「むっ、いつもの癖で突撃しようとしてしまったが、

まさかヴァルハラのメンバーが味方にいるのか?」

「そんな訳ないだろ、まだ気付かないのかよユージーン、

俺達はこっちだこっち、まったくやれやれだな」

 

 そう言いながら、目の前にいた二刀流の侍は、自らが着ていた鎧の面頬を外し、

その下からとても見覚えのある顔を覗かせた。

 

「キ、キリト………ま、まさか今まで俺達が相手にしてきたのは………」

「むしろ何で気付かないんだよ、いくらAEでの出来事とはいえ、

一人で二百人規模のプレイヤーを倒せる奴なんて、俺達以外にいる訳ないだろ」

「う………」

 

 確かに言われてみればそうかもしれないとユージーンはそう思ったが、

ここまできたらもう後には引けないと考え、キリトに言った。

 

「く、くそっ、こうなったらキリト、このまま勝負だ!」

「おう、それじゃあこんな使いづらい装備は解除して、メイン装備に戻すか」

 

 そう言ってキリトはコンソールを操作し、その姿が一瞬で変化した。

手に持つのは彗王丸、そして身に付けるのは、漆黒のオートマチック・フラワーズである。

 

「そ、その武器と鎧は……」

「ああ、ユージーンはまだ見た事がなかったか、これは彗王丸、

リズとナタクが二人がかりで作り上げた、まあ魔剣だな、

そっちの魔剣グラムと同じくらいのランクの武器だ」

「グラムと同じだと………?そ、そんな物が……」

 

 ユージーンはそう言われ、自分のアドバンテージが無くなった事を悟った。

 

「そしてこの装備はオートマチック・フラワーズ、まだ試作品だが、

とりあえず幹部用に制式採用された、スクナ特製の装備だな、

ちなみに色々な機能があるが、まだ秘密だ」

「幹部用だと……」

 

 その言葉に、ユージーンは内心でうめいた。

ヴァルハラの幹部と言えるのは五人、その誰もが明らかに自分よりも強く、

その五人の専用装備といえば、並大抵の性能ではないだろうからだ。

 

「ちなみに俺のオートマチック・フラワーズの色は黒、

ハチマンが赤でアスナが白、ユキノが青で、ソレイユさんが金だ」

「う、うぬ……ハチマンが赤だと!?」

 

 そう言うユージーンの表情を見て、キリトは面白そうにこう言った。

 

「何だ、羨ましいのか?」

 

 そう図星を突かれたユージーンは、虚勢を張ってこう言い返した。

 

「べ、別に羨ましくなんかないわ!」

「そうかぁ、ユージーンにも一着あげてもいいかなって話もあったんだが、残念だ……」

 

 キリトが寂しそうな表情でそう言った為、ユージーンは慌てて前言を翻した。

 

「い、今のは嘘だ、凄く羨ましいから俺にもそれをくれないか!?」

「いや、今のは冗談だからな」

「おいいいいいいいいいい!?」

 

 キリトはそんなユージーンを見て、楽しそうに笑った。

 

「さて、それじゃあやるとするか」

「く、くそっ、こうなったら実力で奪い取ってやる!」

「出来るもんならやってみろ」

 

 キリトはそう言って彗王丸を二つに分け、二剣を構えた。

 

「なっ、そ、その剣は分離するのか?何で格好いい……い、いやいや、

別に羨ましくなんかないからな!」

「俺は何も言ってない………っての!」

 

 キリトはそう言ってユージーンに斬りかかり、

サラマンダー軍の者達は、どうしていいか分からずカゲムネの下に集まった。

 

「カ、カゲムネさん、俺達は一体どうしたら……」

「そんなの俺にも分からねえよ、とりあえず待機だ待機!」

 

 そんなサラマンダー軍の様子を見て、キリト以外の者達は、クラインだけをその場に残し、

こっそりとハチマンのいるヴァルハラ本陣へと帰投していったが、

キリトとユージーンの戦いに目を奪われていたカゲムネ達は、その事に気付かなかった。

 

 

 

「ハチマン、予定通りキリトがユージーンと一騎打ちを始めたよ」

「了解だリズ、キリトがユージーンを倒したら、例の行動に移るぞ」

「あんたも本当にそういうの、好きよねぇ」

「おう、一度やってみたかったんだよ、ユージーンが倒れたら、

残るメンバーを統率するのは多分カゲムネだよな?

クラインはちゃんと単眼鏡を持っていったか?」

「うん、ノリノリで準備してた」

「さすがはクラインだ、さて、キリト達の戦いはどうなったかな」

 

 ハチマンはそう言って単眼鏡を覗きこんだ。

見ると丁度ユージーンがどっと地面に倒れる所であったが、

どうやら完全に殺してはいないようだ。

 

「おお、早かったな、さすがはキリトだ」

「えっと、キリトと一緒にクラインが、カゲムネ君の方に向かったね」

「よし、シノン、リオン、準備はいいか?」

「うん、バッチリよ」

「やっと私達の出番だね」

 

 二人はそう言って、サラマンダー軍の方に向けて武器を構えた。

ちなみにシノンの無矢の弓は魔改造されて、最大三本だった増やせる矢の数が、

今は五十本くらいにまで増えている。

 

「さて、それじゃあ俺も演技をするか」

 

 ハチマンはとてもいい笑顔でそう言った。

 

 

 

「おいカゲムネ、結果は見ての通りだ、これからどうするんだ?」

 

 丁度その頃クラインが、カゲムネにそう話しかけていた。

キリトは黙ってその後ろに佇んでいる。

 

「ユージーンさん……」

「ぐ、ぐぬ、紙一重の戦いだったな……」

 

 ユージーンは片手片足を失い、悔しそうにそう言ったが、

誰がどう見てもユージーンの惨敗である。

 

「どうすると言われても………」

「そんなお前に判断材料を一つ提供しよう、ほれ、これでうちの本陣を見てみろって」

「本陣を?」

 

 カゲムネはそう言われ、単眼鏡を覗きこんだ。

そのレンズの中では、鬼の形相になったハチマンが、シノンとリオンに何か叫んでいた。

 

「あ、これついでに通信機な、あっちの声が聞こえるからよ」

 

 クラインは次に通信機を出し、そのスピーカーをカゲムネに向けた。

そこからはハチマンのこんな声が聞こえてきた。

 

『カゲムネの奴、何故ユージーンと一緒になってうちと敵対してやがる、

もうこうなったら仕方ない、あの馬鹿どもに弓と銃を撃ちかけろ!』

 

 その瞬間に、シノンとリオンの二人が攻撃を開始した。

シノンは威力はほぼ無くなるが、最大まで矢を分裂させ、

凄まじい数の光の矢がサラマンダー軍に降り注ぎ、

リオンのロジカルウィッチスピアからは、事前に充填しておいた四色の魔力が、

全弾撃ち尽くすつもりなのか、一気にサラマンダー軍を襲った。

 

「う、うおおおおおお!」

「うひぃ!」

「おっと危ない、キリト、防御頼む」

「あいよ」

 

 クラインはそう言ってキリトの背後に隠れ、

キリトはキリトで降り注ぐ矢と弾を手に持つ彗王丸であっさりと叩き落とし、

その攻撃が止むと、二人はカゲムネがどう動くか興味深そうにそちらを見つめた。

ちなみに先ほどの、うひぃ!は、ユージーンに流れ弾が当たった時の声である。

 

「や、やばい、ハチマンさんが怒ってる………」

 

 カゲムネはそう呟き、他のサラマンダー軍の者達の脳裏にも、

かつて蹂躙された苦い記憶が浮かび上がった。

 

「カゲムネさん、どうします?」

「き、決まってる、突撃だ!」

「ハ、ハチマンさん達の本陣にですか!?」

 

 慌ててそう言ったそのプレイヤーに向け、カゲムネは必死の形相でこう言った。

 

「馬鹿野郎、そんな訳ないだろ!被害者の会に向けて突撃だ、とにかく急げ!」

「は、はい!」

 

 サラマンダー軍はそのまま被害者の会の本陣に突撃していき、

こうしてこの戦いは、最終局面を迎える事となった。




シノンの無矢の弓が出てきたのは第289話です。
オートマチック・フラワーズは、アニメ版ユウキが着ている服と同じデザインだと思って下さい。
いずれユウキとランが、ヴァルハラには所属しないまま、
オートマチック・フラワーズを手に入れるエピソードも公開されると思います!


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第722話 サッコ

「お、おいカゲムネ……」

「ユージーンさんは復活するまで大人しく俺達の戦いぶりを見てて下さい!

ハチマンさんの怒りは俺達が何とかしますので!」

「あ、ああ……」

 

 目の前で被害者の会に突撃していく部下達を、ユージーンは呆然と見つめていた。

そんなユージーンにキリトが声をかけた。

 

「それじゃあ俺達も一緒に無双してくるわ、楽しい時間の始まりだ」

「む、無双だと……ずるいぞキリト、俺にもやらせろ!」

 

 どうやらその言葉でユージーンは、

自分が敵を斬って斬って斬りまくる姿を想像したらしく、

少し上気したような顔でキリトにそう言い返した。

 

「手足が生えたら追いかけてこいって、それじゃあ行くわ、また後でなユージーン」

「落ち武者狩りにやられるなよ!」

 

 キリトとクラインはそう言って、カゲムネ達の後を追った。

 

「だ、誰が落ち武者だ!」

「お前だお前」

「他に誰がいるんだよ」

「ぐぅ………」

 

 

 

 一方その頃ハチマンは、敵に突撃を始めたサラマンダー軍の様子を見て、

嬉しそうにこう叫んだ。

 

「よし、松尾山の小早川……じゃない、サラマンダー軍が動いたぞ、

赤いヴァルハラ・コールを打ち上げろ!」

「あんた、ノリノリね……」

「まあ仕方ないですよ、ハチマンさんはこういうの、大好きですから!」

 

 そして再び赤いヴァルハラ・コールが天に打ち上げられた。

 

 

 

「ユキノ、あれ!」

「どうやら上手くいったようね、サラマンダー軍が動いたわ」

「ユージーン君達が?一体何をしたの?」

 

 そう尋ねてきたアリシャに、ユキノはこう答えた。

 

「関が原の故事に倣ったのよ、ハチマン君は怒った演技をして、

サラマンダー軍に遠距離攻撃を仕掛けたの」

「あ、ああ~!あれかぁ!」

「なるほど、そういう事か……その時のユージーンの顔を見てみたかったな」

「ちなみに仕掛けるのはユージーン将軍にではなく、カゲムネ君にらしいけどね」

「なるほど、ユージーンは意地になって反撃してくるかもしれないからな」

「まあそれも、今頃キリト君に抑えられていると思うけどね」

「ほうほう、益々見てみたかったな」

 

 サクヤは興味深そうにそう言うと、味方の方に振り返った。

 

「よし、シルフ軍、出撃だ!」

「ケットシー軍も出撃だよ!サラマンダー軍と呼吸を合わせて敵に攻撃を仕掛ける!」

 

 こうして被害者の会は、正面と左右から激しい挟撃にさらされる事となった。

 

 

 

「リーダー、領主軍の連中が傭兵料を突き返してきました!」

 

 先だって、レヴィが捕獲していたプレイヤーが丁度この時本陣に戻り、

被害者の会のリーダーであるヨツナリにそう伝えていた。

 

「何だと、どういう事だ?」

「それが、もともと領主軍は、敵と深い協力関係にあったようで、

敵の正体が判明した瞬間にこちらとの関係を切ってきました」

「むぅ……だがこちらの方が圧倒的に数が多いんだ、まだやれる!」

「リーダー、サラマンダー軍が裏切りました!」

「くっ、このタイミングでか……」

 

 そんな凶報が相次ぎ、ヨツナリは傍らに控えていた一人のプレイヤーの方を見た。

そのプレイヤーは被害者の会のメンバーではないが、その腕を見込み、

事情を話して今回の戦いに参加してもらった、まあゲストのような存在であった。

 

「サッコさんはこの戦況、どう思います?」

 

 サッコというのがそのプレイヤーの名前であった。

これは単に、苗字が柏坂であった為、坂をサッカにし、

女性っぽくする為に末尾をコに変えただけであった。

 

「私はそういう事は分からない、ただ目の前の敵を斬るだけ」

「ですね……」

「でも正面から凄いプレッシャーが近付いてる気はする、だからそちらは私に任せて」

「あ、ありがとうございます、お願いします!

右翼の二百人はサラマンダー軍に備えるんだ!左翼の百人は領主軍に備えろ!

残る二百人は正面の敵を撃破だ!

挟撃されているとはいえ、どの戦場もこちらの方が数が多い、

落ち着いて数的優勢を生かして対処してくれ!」

 

 ヨツナリが言っている事は至極真っ当であり、

むしろそれしかないという指示であったが、何せ相手はヴァルハラである。

そういった常識はまったく通用しない。

 

「お前ら、ここで負けたら俺達に明日は無いぞ!」

 

 カゲムネがそう叫ぶ中、その横をキリトとクラインが駆け抜けた。

 

「カゲムネ、付いて来い!」

「うおおおおおおお!」

 

 二人が敵陣に到達した瞬間、誇張でも何でもなく敵が弾けとんだ。

特にキリトの暴れっぷりが凄まじい。敵陣を縦横無尽に切り裂いていき、

カゲムネもそれに乗って敵陣へと突貫した。

 

「思ったより敵が薄いな、反対でも戦いが起こってるみたいだな」

「サクヤさんやアリシャさんがユキノに尻を叩かれて攻撃を開始したんだろ」

「ユキノなら本当にやってそうだな………」

 

 

 

 その当のユキノは、珍しくヒーラーとしての仕事に集中していた。

混戦状態になると、ユキノの魔法は使いにくい。

その上アスナとリーファには特にサポートする必要もなく、自己回復してしまうので、

今は主に領主軍の面倒を見ている形だ。

指示出しもサクヤとアリシャがやっているので楽な事この上ない。

 

「こうしてユキノと一緒に戦うのは久しぶりだな」

「そう言われると確かにそうかもしれないわね」

「何か懐かしいね!」

「敵はこちらの倍くらいかしら、そこまで手こずらずに終わりそうね」

「ユキノ、本陣の方に行かなくても大丈夫か?」

「もう少ししたら行ってみるわ、多分大丈夫だとは思うのだけれど……」

 

 それがフラグだったかどうかは定かではないが、

当のハチマン達は、意外な程頑強な抵抗を受けていた。

 

「おお?あのプレイヤー、中々やるな」

「大将、銃の殺傷能力が低い分、あそこだけ押されちまってるみたいだ」

「ダイン達も忍レジェンドと連携して頑張ってるように見えるけどなぁ。

よし、あそこにはうちが行く、閣下、ダイン達と共に左翼に移動して下さい、

右翼はうちが叩きます」

「おう、分かった、こっちは任せたぜ」

 

 その指示を受け、ダイン達が徐々に左へと移動し始めた。

その穴にヴァルハラの本隊が滑りこむ。

 

「ユイユイ、セラフィム、アサギ、三人で先頭に立って敵を押し込んでくれ、

手ごわそうなのが一人いるから注意してくれな」

「あの黙々と戦ってる女剣士だよね」

「隣にいる副官っぽいのはうるさいけどね」

 

 その視線の先にいるのはサッコであった。

そして隣にいる男が、かかれ、かかれぇ!と大きな声で叫んでおり、

その方面だけがまだ味方が優勢とは言えない状況となっていた。

 

「リズ、シリカ、エギルはそれぞれタンク三人に付いてくれ、

フェイリスとイロハ、ユミー、それにシノンとリオンはその後ろから、

なるべく敵が密集してる後方をターゲットにして全力攻撃だ。

アルゴとロビンは俺に続け、あの女剣士の所に向かうぞ、

メビウスさんは俺のサポートをお願いします」

 

 その言葉に一番喜んだのは、もしかしたらクックロビンだったかもしれない。

ハチマンの隣で戦えるのだ、これ以上興奮する事はないのだろう。

 

「任せて!今宵のリョクタイは血に飢えておるわ!」

 

 クックロビンはそう言って、緑色に光るリョクタイをブンッと振った。

 

「よし、突撃!」

 

 そしてタンク三人を先頭に、ヴァルハラ本陣が突撃を開始した。

それまで互角だった形勢が、見る見るうちにこちらが有利に傾いていく。

 

「道が開いたな、行け、ロビン」

「うん!」

 

 そしてクックロビンは跳ねるようにドンッ、と加速し、一気にサッコに迫った。

 

「むっ」

 

 サッコがそれを迎え撃ち、二人は一対一のような状況となった。

どうやらハチマンはサッコの戦闘能力を、自分が出るまでもないと判断したようだ。

 

「何奴………ぐわっ!」

 

 その戦いに介入しようとした敵の副官らしき人物は、アルゴによってあっさりと倒された。

 

「ロビン、後は頼むゾ」

「ありがとう、任せて!」

 

 そしてクックロビンとサッコは正面から向かい合った。

 

「という訳で、あなたの相手は私よ!」

「……………」

「随分と物静かな人だねぇ、まあいいや、始めよっか」

「……分かった」

 

 そして二人は戦闘へと突入した。形勢は今のところ互角に見えるが、

二人とも様子見らしく、まだどちらも本気を出しているようには見えない。

 

「あのプレイヤー、多分SAOサバイバーだな」

 

 サッコの動きを見ていたハチマンが、後ろにいたメビウスに言った。

 

「そうなの?」

「はい、たまにSAOのソードスキルを再現したような動きをしてますからね、

もっともナーブギアを使ってる訳もないんで、ステータスは引き継いでないはずですが」

「そっかぁ、やっぱりそういうのって分かるもんなんだね」

「まあでもロビンなら負ける事は万が一にもないでしょう、

とりあえず俺達は周りの奴らを片っ端から倒していきましょう」

「うん、多少無茶してもいいよ、私が癒すから!」

「頼りにしてます」

 

 そしてハチマンは雷丸を抜き、二人の戦いを邪魔しそうな周辺にいた敵を蹂躙し始めた。

それを横目で見ながらも、サッコはロビンを相手に全力を出さざるを得ず、

まるで自分が丸裸にされているような気分を味わいながらも、

戦い続ける事しか出来なかった。

 

「チラチラよそ見してないで、こっちの戦いに集中しなさい」

「くっ……」

「まああなたが気にしようとしまいと、ハチマンが全員片付けちゃうと思うけどね!」

 

 クックロビンがそう言った瞬間、サッコはピタっと動きを止めた。

 

「ハチ………マン?」

「ええそうよ、うちはヴァルハラだもの。

リーダーはハチマン、VRMMO界一の有名人なんだけど聞いた事ない?」

「嘘………それはまずい………」

 

 そう呟いたサッコは戦意を失ったのか、いきなり武器をしまった。

 

「え、ちょ、ちょっと、いきなりどうしたの?」

「ハチマンさんが相手じゃ戦えない、降伏する」

「ええええええええ?」

 

 そんな二人の様子を見て、何があったのかとハチマンがこちらに近付いてきた。

もはや周りに敵の姿はなく、その場にいるのはその四人だけであった。

 

「どうした?何かあったか?」

「って、早っ、もう敵がいない!?」

「ふふん、このくらい余裕だろ」

「くっ、いつか私もそのくらいの強さを……じゃなくて、

ハチマン、この人、ハチマンの事を知ってるみたい」

「ふ~ん?」

 

 ハチマンはそう言ってじろじろとサッコの事を見たが、当然見覚えはない。

 

「名前は?」

「ここではサッコと言います、SAOではルクスと名乗ってました」

「ルクス……?いや、そんな名前の知り合いはいなかったが……」

 

 そこにアルゴがやってきて、戸惑うハチマンの耳元でこう言った。

 

「ハー坊、あいつ、ラフコフの末端のメンバーだゾ」

「何だと?」

「もっとも脅されて下部組織の監視役をしていた奴だから、多分人を殺した事はないんだゾ」

「なるほどな、それなら別に問題ないか」

「ちなみにハー坊の隣のクラスの生徒で、名前は柏坂ひよりダ」

「はぁ!?」

 

 ハチマンはそう言われ、驚いた顔でサッコの方を見た。

サッコはきょとんとしたが、二人の会話が聞こえないせいで特に反応はない。

 

「お前は何でも知ってるな……」

「何でもじゃないぞ、調べた事だけダ」

「まあいいや、アルゴ、ロビン、メビウスさん、俺はちょっとこいつと話があるんで、

ユイユイ達の方に向かってそのまま敵の大将の首をとってきて下さい」

「了解、さ~て、大将首は私が頂くぞ~!」

「気をつけてね、ハチマン君!」

 

 そして三人が去った後、サッコはハチマンに言った。

 

「あ、あの、今の人、アルゴって……」

「アルゴの事は知ってるのか」

「あ、はい、初期の頃に何度か情報を買った事が……」

「なるほど、初期の頃な、で、途中から道を踏み外したと」

「す、すみません……」

 

 サッコはその言葉で自分の事情を全て知られていると理解し、ハチマンに謝った。

 

「いや、まあ脅されてたなら仕方ないさ」

「あの、ラフコフを潰してくれて、本当にありがとうございました、助かりました」

「ああ、まあ『ひより』の為にやった事じゃないから気にしないでいい」

 

 その言葉でサッコは心臓をドクンと跳ねさせた。

 

「そ、そこまで知ってるんですか?」

「知ってたのはアルゴだけどな、まあいい、俺は戦いでまだ忙しいんでな、

この話の続きは後日学校でな、え~と、ここではサッコだったか、

サッコはこの後どうするんだ?」

「あ、はい、もうこのゲームはあまりやる気がないので、

ALOにキャラをコンバートさせて、名前も戻してそこでのんびり遊ぼうかと」

「そうか、それじゃあ明日にでも、時間がある時にうちのクラスに遊びに来てくれ」

「そ、そっちのクラスにですか!?分かりました、必ず行きます」

「おう、それじゃあまたな」

「はい!」

 

 そしてサッコはお辞儀をし、そのままログアウトしていった。

 

「さて、と……」

 

 ハチマンはそう言って、ユイユイ達と合流する為に走り出した。



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第723話 因縁の一区切り

「ナユちゃん、目的地まであとどれくらい?」

「もうすぐですよフカさん」

「ふふふふふ、遂にこの時が来た、あのビービーとまともにやりあえる日が!」

 

 戦場に不在だったこの二人は、レコンとコマチと合流する為に、

ナユタの案内で待ち合わせ場所へと走っている所であった。

 

「まともにって、今までも何度か戦ってきたんですよね?」

「う~ん、それがさ~、基本ビービーとの戦いって、ガチでやりあうんじゃなくて、

相手の立てた策との戦いだったんだよね」

「そうなんですか?」

「遠くから目を射抜かれたり、溶岩に突き落とされたりってもう散々だったんだよ本当」

「そ、それは災難でしたね……」

「でもここにきてやっとまともに刃を交えられるよ、本当に嬉しい!」

「そうですね、頑張って下さいね!」

「うん!」

 

 フカ次郎は目を輝かせながらそう言い、二人は待ち合わせ場所へと到着した。

 

「この辺りです」

「さて、二人はどこかな……」

「フカさん、こっちこっち」

 

 そこに茂みの中からコマチとレコンが姿を現した。その後ろには大きな袋がある。

 

「ビービーはその中?」

「はい、依頼はバッチリです」

「よっしゃ~、やってやるぜ!」

「頑張って下さいね」

 

 そして二人は袋の口を開け、中で拘束されていたビービーを引っ張り出し、

その拘束具を全て外した。

 

「あ、あんた……フカじゃない、そう、そういう事」

「ふふん、やっとまともに戦える状態を作ってやったぜ!」

「なるほど、策じゃ勝てないからこういう手に出たと」

 

 そう負け惜しみのような事を言うビービーに、フカ次郎は得意げな顔で言った。

 

「いやいや、これも策の一環だからね、で、私とタイマンする所までが策、オーケー?」

「………確かにそう言われるとそうね、誰の策かは分からないけど」

「ん、私の策だけど?」

 

 その言葉にビービーは心底驚いたような顔をした。

 

「えっ、本当に?」

「うん、あんた達を敗走させるのはうちのリーダーに任せたけど、

その後からは全部私なんだけど、あんたの逃げ足が想定より早くて、

まさか逃げられちゃうんじゃないかって本当にびびったよ」

「くっ、もう少し早ければ逃げられたって訳ね」

 

 その言葉でビービーは、十分早いと思っていた自分の判断が、

紙一重で遅かった事を知った。

 

「中々ままならないものね」

「まあそういう事ってあるよね。てな訳で、はいこれ」

 

 そう言ってフカ次郎は、ビービーに一本の片手直剣を差し出した。

 

「………これは?」

「同じ条件でやりあわないと、お互い納得いかないじゃない?だから同じのを用意したの」

「………お互いのメイン武器で普通にやりあえばいいんじゃない?」

「いいの?」

 

 その、いいの?に不穏なものを感じたビービーは、自身の武器を抜きながらこう言った。

 

「私の武器はこれだけど、参考までにフカ、あなたの武器を見せてもらえる?」

「ほええ、初めて見たけどこれは中々……

まあでもちょっとハンデが大きすぎるかなぁ、私のはこれ『ハイファ』だよ」

 

 そう言ってフカ次郎が取り出してきたのは、とんでもない威圧感を持つ片手直剣であった。

 

「ちょ、ちょっと、それは……?」

「ナタク君がこの所張り切って作ってるミラージュ・シリーズの一つだよ、

ロビンのリョクタイとかリーファのイェンホウとかと一緒で個性的な名前だよね。

まあ幹部連のマイティ・シリーズには敵わないけどね」

「そ、そう……それじゃあとりあえずこっちで決着をつけましょうか」

 

 そう言ってビービーが手にとったのは、最初にフカ次郎が差し出してきた剣であった。

 

「まあ当然そうなるよね」

「な、何の事?私はただ、条件を一緒にしようと思っただけよ」

「はいはい」

 

 この時点でフカ次郎は精神的優位に立つ事が出来た。

逆にビービーは、焦りながら内心でこう思っていた。

 

(冗談じゃないわ、あんなのとやり合えないわよ。

ミラージュ・シリーズ?あんな化け物みたいな剣を持ち出されたら、

どう考えても敵いっこないじゃない、まだこっちの方が数倍ましね)

 

 この時点で勝負あったと言うべきだろう、事実直後にやりあった二人は、

フカ次郎があっさりとビービーの剣を弾き飛ばし、

圧倒的にフカ次郎の勝利で戦いを終えた。

 

「うし、圧勝!」

「ちょ、ちょっと、あんたこんなに強かったっけ?」

「え?あれ、いやどうだろう、自分じゃ分からないんだけど、

入団の時に何度も何度もキリト君やアスナやリーダーとやりあったくらいで、

その後は普通に仲間達と一緒に並んで戦うくらいしかしてないはずなんだけどなぁ」

「あの化け物達と一緒にね……」

 

 ビービーはそれで、フカ次郎の実力が上がった理由を悟った。

 

(何なのよもう、本当にヴァルハラって嫌なギルドよね……)

 

「私の負けよ、あなたの好きにすればいいわ」

 

 ビービーは直後にそう言い、フカ次郎はきょとんとした。

 

「え?別に何もしないけど?」

「……敗者を好きにするのは勝者の権利だと思うけど」

「それじゃあおっぱいをもませろ!」

「そういうの、冗談でも本当にやめてよね!」

「う~ん、別に冗談じゃないんだけどなぁ、それが駄目ならやっぱ何も無いかなぁ、

リーダーにも、苦手意識を克服してこいって言われただけだしなぁ」

「苦手意識、ね」

 

 それでハチマンの狙いを悟ったビービーは、観念したように地面に大の字に寝転んだ。

 

「はぁ、まったく敵わないなぁ……」

「あっ、それ、気持ち良さそう、私も私も!」

 

 そう言ってフカ次郎もその横に寝転んだ。

 

「で、そもそもこの戦いの発端って何なの?

聞いてた話だと、どう考えてもヴァルハラには結びつかないんだけど、

何であんた達がメインの敵みたいになってるの?」

「えっ?知らなかったの?」

「単純にお金目当てと、ちょっとの正義感で受けただけだからね」

「あ、それは私が説明しますね」

 

 そこでナユタが一歩歩み出てそう言った。

ちなみにレコンとコマチはいつの間にかいなくなっており、

どうやら本陣へと帰還したのだと思われる。

 

「あ、うん、お願い」

「えっとですね……」

 

 そしてナユタから話の一部始終を聞いたビービーは、

珍しく感情を露にし、憤慨したようにこう言った。

 

「何よその女の敵共は」

「はぁ、まあハチマンさんもちょっとやりすぎたって反省してましたけどね」

「同じ女として許せない奴らね、まあ気持ちは分かるけど」

 

 そう言ってビービーはナユタの胸を、もにゅっっと揉んだ。

 

「きゃっ」

「おいビービー、自分の胸は揉ませないくせに他人の胸は揉むのか!」

「ええそうよ、悪い?」

「悪くないけどずるい!おいこらビービー、私にもその素敵なおっぱいを揉ませろ」

「フカさん、許可は私からとって下さい!」

 

 そんなナユタの抗議もなんのその、

直後にフカ次郎はもう片方のナユタの胸を揉み、その後にこう言った。

 

「私も揉んでもいい?」

「じ、事前に許可をとって下さいよ!」

 

 そう言いながらもナユタは、二人のやりたいようにさせていた。

さすがに当事者として、この戦いに関しては思うところが多いのだろう、

迷惑をかけているという自覚もあり、ナユタは甘んじて二人の手を受け入れた。

もっとも相手が男だったら、当然そんな事をさせるはずもない。

 

「ふふん、観念したようだねナユたん」

「はぁ、まあそれでお二人の気が済むならまあ、ちょっとくらいいいかなって」

 

 そして先にナユタの胸を揉んでいたビービーが、驚愕した表情で呟いた。 

 

「こ、これは確かに男を狂わせるかもしれないわね」

「私もあんたもある方だとは思うけど、ナユちゃんにはちょっと敵わないよね、

しかもナユちゃんって、リアルでもまったく同じ体型なんだよ」

「何ですって!?」

 

 ビービーは信じられないという風にナユタの顔を見て、

ナユタは恥ずかしそうに顔を伏せた。

 

「す、すみません、生体スキャン機能をオンにしたまま作ったキャラなので……」

「あ、順番が逆なのね、なるほどそういう事なんだ」

「で、ビービーはこの後どうすんの?私達はそろそろリーダーの所に戻るけど」

「そうね、心情的には今日だけでもそっちに寝返りたいところだけど、

さすがにこのままそっちの味方をするのはまずいでしょうし、

この借りの代償として、今後一度だけ、あんた個人に味方してあげる事にする」

「私個人に?」

「ええ、あんたが危ない時、一度だけ助けてあげるわ、それでチャラでいい?」

「オッケーオッケー、そういうの嫌いじゃないぜ!」

 

 フカ次郎は闇風の真似をしながらそう言い、ビービーはそのまま立ち上がった。

 

「それじゃあ行くわね、あ、でもナユタさん、だったっけ、

あなたに敵対するような事は今後も絶対にしないから、まあ色々と頑張ってね」

「い、いいんですか?ありがとうございます!」

「別にいいのよ、まあ直接やりあっている最中にあなたがヴァルハラの味方をする時は、

必ずしもそうは言えないけど、それ以外の時には、ね」

「はい、それは当然です!」

「それじゃあフカ、私も鍛えなおしておくから今度は負けないわよ」

「おう、リベンジを待ってるぜ!」

 

 そしてビービーは去っていき、二人も立ち上がった。

 

「さて、私達も戻ろっか」

「はい!」

 

 こうして完全にではないが、区切りとしての決着がついた。

そして後日、といってもかなり先だが、ビービーはこの時の約束を忠実に守った。



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第724話 猫が原、終戦

「リーダー、サッコさんがやられました!こちらの戦線はズタズタです!」

「ぐっ……こ、こうなったら敵中を突破して連合と合流するしか……

一応確認するが、連合は裏切ってないんだよな?」

「はい、ただ遠目に見ると、徐々にその数を減らしているようです」

「急ぐ必要があるな……だが問題は、そちらの方角が完全に塞がれているという事か……」

 

 彼らから見て正面左にはハチマンが、正面右にはユイユイら、ヴァルハラ本隊がいる。

そして右翼からはキリトが凄い勢いで迫ってきており、

左翼からはアスナが敵を次々と敵を葬っている。

 

「よし、味方を全員ここに戻すんだ、生き残りはまだ二百人くらいはいるはずだから、

その全軍をもって正面に向かい、敵中を突破する」

 

 ヨツナリはそう決断し、矢継ぎ早に指示を出した。

この判断は確かに正しい。正面の今ハチマンがいる位置の人数は少なく、

数の力で押せば何人かやられるにしても、かなりの数の味方が抜けられるからである。

 

「ハチマン様、敵が引いていきます」

「お?遂に負けを認めたか?それにしちゃまだ随分と数が残ってるように見えるが」

 

 ユイユイ達と合流した後、そのセラフィムの報告を受け、

ハチマンはじっと敵を観察し続けた。

 

「ハチマンさん、戻りました」

「お兄ちゃん、敵の両翼も引き始めてる、というか中央に戦力を集中させてきてる」

 

 そこにコマチとレコンが到着し、そう報告してきた。

 

「ああ、なるほど、戦力再編……にしちゃ強引だな、

敵としては連合と連携したいはずだし、となると、残る戦力が全てここに殺到してくるのか」

「かもしれないね」

「まあそのまま敵が後方に逃げる可能性も無きにしもあらずだが……それならそれでいいか」

「そしたら味方の一部に追撃させればいいしね」

「だな、よし、とりあえずコマチ、姉さんに伝令を頼む。

もうすぐそっちに敵が行くはずだから、上手い事中央を空けておいてくれと伝えてくれ」

「分かった、行ってくる」

「レコンはキリトの所に行ってくれ、そして一言、追撃しろ、と伝えて欲しい」

「はい、行ってきます!」

「アスナとユキノは……まあ自分で判断するだろう、後は忍レジェンドだな」

 

 その言葉が聞こえたのかどうかは分からないが、

どこからともなくロクダユウがスッと現れた。

 

「殿、お呼びですか?」

「お、おう、近くにいたのか、さすがは忍だな、全然気付かなかったわ」

「お褒め頂き光栄です!」

「ロクダユウは忍レジェンドを全員連合の背後に伏せさせてくれ、

ただし敵の逃げ道を塞ぐんじゃなく、少し横にずれる感じでな。

敵を側面から叩ける位置で頼む。

で、ロクダユウ達四人は、もし敵のリーダーが逃げた場合、それを捕らえて欲しい」

「はっ、必ずやヨツナリを捕らえてごらんにいれます!」

「まああくまで逃げたらだけどな、それとな……」

 

 そしてハチマンは、ロクダユウに何か耳打ちした。

 

「な、なるほど、そんな者達が……」

「なのでお前にはこれを渡しておく。うちの旗だ。

これを見れば向こうもお前が味方だと認識してくれるはずだ」

「お預かりします!」

「シノン、リオン、二人もこっちへ」

「ん、どうしたの?」

「いや、実はな……」

 

 ハチマンは二人にも何か耳打ちし、二人は納得したように頷いた。

 

「なるほど、オーケーオーケー、そういう事なら任せて」

「うん、行ってくるね」

 

 そしてロクダユウは忍レジェンドのメンバー達を引き連れ、

シノンとリオンと共に連合の後方へと忍んでいった。

 

「さてと、それじゃあ俺達も徐々に下がるとするか」

「了解、みんな、下がるよ!」

 

 ユイユイの指示でセラフィムとアサギは徐々に戦線を後退させていき、

被害者の会の正面に、ぽっかりとスペースが出来上がる事となった。

 

「い、今だ、今しかない、あそこに向けて全軍突撃だ!」

 

 キリトに相当プレッシャーをかけられていたヨツナリは必死にそう指示を出し、

被害者の会の者達は慌ててそこに突入した。

 

「よし釣れた、敵はそのままキリトが追撃していくはずだ、

アスナ達がG女連と合流して側面攻撃を行うはずだから、

こっちは逆の側面から敵が合流する瞬間を見計らって攻撃をかけるぞ」

「了解!」

「ついに大詰めだね」

「行こう!」

 

 こうしてハチマン達も、被害者の会を遠目に見ながら移動を開始した。

 

 

 

「よし、囲みを抜けたぞ!」

「上手くいきましたね、ヨツナリさん!」

「敵が追ってきてる、一刻も早く連合と合流し、反撃だ!」

 

 そんな彼らの目に、連合の者達がこちらに手を振っている姿が映り、

被害者の会の者達は心から安堵した。だがここで彼らは疑問に思うべきだったのだ。

連合の者達が何故戦闘中ではないのかと。

 

「お~いあんたら、大丈夫だったか?」

「そっちこそ、大丈夫か?」

「いや、じわじわと戦力を削られてたところだったから、正直あのままだとやばかった。

だがついさっき、敵が徐々に後退していったんだよな、もしかしたら弾切れなのかもしれん」

 

 人は理解出来ない事を自分の都合のいいように解釈しがちな生き物である。

この時のトリマキーズの面々も例に漏れず、そう自己流の解釈をしていた。

 

「なるほど、こちらは味方の裏切りが相次いでこっちと合流しようと移動してきたんだ、

サラマンダー軍と領主軍の奴ら、あの旗を見た瞬間に寝返りやがってな」

「ああ、あそこはな……」

 

 一応中立の立場でその二つの軍に接している連合ではあるが、

こういう局面だとおそらく敵に回るだろうと覚悟はしていたらしい。

 

「元々あいつらはよくつるんでやがったからな、こうなったら一緒に叩きのめしてやろうぜ」

「だな!しかしこの場所に留まるのは、飛び道具がこっちの方が少ない分不利か?」

「確かにそうかもしれない、もう少し後退してあそこの山の上で白兵戦を行った方が、

こちらにとっては場所的にいいかもしれない」

「なるほど、あそこに敵を引き込むんだな」

「そうと決まったら急ごう」

「ああ」

 

 こうして彼らはその山へと向かい始めた。

 

 

 

「よし、ここから一気に山頂に……」

 

 そう言いかけたそのプレイヤーの頭が、一瞬で弾けとんだ。

 

「うおっ」

 

 直後にその山からこちらに向かってかなりの数の銃撃が飛んできた。

その中には威力の高い攻撃もかなり混じっている。

 

「くそっ、伏兵か!」

「ここにもいやがったか……」

「敵が何人くらいいるのか分からない、盾持ちを先頭に慎重に前進だ!」

 

 

 

「来たわね、それじゃあ私が撃ったらみんなも撃って頂戴」

「シャナさんの顔でそう言われると違和感が半端ないな……」

「何よ、それじゃあこんなのはどう?おいシャーリー、お前、俺の女にならないか?」

「は、はい、喜んで!」

「あんたちょろすぎでしょ……」

「ハッ、つ、つい反射で……」

 

 そんな会話をしているのは当然シャナザリアと、

今まで姿が見えなかったシャーリーである。

 

「二人とも、見てて面白いけどそろそろおっぱじめようぜ」

「ご、ごめんなさい、それじゃあ撃つわ」

「トーマ、それに合わせてあんたもデグチャレフを撃ちな」

「オッケー!」

 

 そんな二人と共に、SHINCのメンバー達がここに伏せていた。

 

「いやぁ、出番があって良かった」

「うん、久しぶりに暴れられるね」

 

 実はシャーリーとSHINCのメンバーは、最初からこの山に伏せていたのである。

連合のメンバーが逃げ出した場合の備えであったが、

それがここにきて絶好の足止めとして機能した。

 

「お前達、死ぬ気で撃ちまくりな!」

 

 SHINCは今までの鬱憤を晴らすように敵に向かって銃を撃ちまくり、

被害者の会と連合の歩みは否応無くペースダウンする事になり、

そこに遂にキリト達が追いついた。

 

「よし、全軍突撃!俺に続け!」

「「「「「「おう!」」」」」」

 

 そして時を同じくして、先に移動していたソレイユとG女連が攻撃を開始した。

その横からはアスナ達が、そして反対からはハチマン達が攻撃を開始する。

その背後にはダイン達の姿もあり、同時にシャーリー達のいた山に、

ヴァルハラと忍レジェンドの旗が上がった。ロクダユウはハチマンに囁かれた通り、

ヴァルハラの旗を見せてシャーリー達と合流していたのだった。

さすがは忍、その移動速度はかなりのもののようだ。

 

「か、完全に囲まれた……」

「やばい、やばいって!」

「くそ、とにかく全員死ぬ気で戦え!」

 

 もうそう言うしかない状況であったが、彼らはそれなりに頑張った。

だが今回は相手が悪すぎた。確かにサラマンダー軍や領主軍、

それに忍レジェンドのメンバーをそれなりに倒す事に成功していたが、

回復がしっかりしているヴァルハラ・ウルヴズのメンバーはここまで誰も倒せておらず、

大将首と言えるものも一つも取れていない。

そのまま徐々に数を撃ち減らされた彼らは、ついに最後の決断をする事にした。

 

「こうなったらもうとにかくハチマンの首を狙うしかない」

 

 そう決断した彼らは形振り構わずハチマンの方に突撃を開始した。

生き残りはもう五十人程しかおらず、無謀な突撃ではあったが、

もしかしたら一矢報いる事くらいは出来るかもしれない。

そう考えた彼らの前に、ヴァルハラの誇る三人のタンクが立ちはだかった。

 

「ここは通さないよ!」

「ハチマン様のところには行かせない」

「させません!」

 

 三人の守りは強固であり、最後の賭けに出た彼らの足が一瞬止まった。

その瞬間に、トリマキーズの二人の頭が吹っ飛んだ。

当然やったのはロザリアとトーマである。

 

「はぁ……元リーダーとして、あいつらを片付けるのは私の仕事よね、

まあもうあいつらと接触する気はないけど」

「私も手伝うわ」

「私も私も」

「いいなぁ、私も対人ライフルが欲しいなぁ」

 

 そこにシノンとリオンも加わり、シャーリーが羨ましそうにそれを見る中、

トリマキーズはあっさりと全滅した。そしてタンク陣の隙間から誰かが飛び出した。

それはここにきてやっと追いついたナユタである。

ナユタの顔を見た生き残りはさすがに気まずかったのであろう、

抵抗という抵抗もせず、そのままナユタに打ち倒されていった。

そんなナユタに最後に生き残ったヨツナリがこう叫んだ。

 

「く、くそっ、お前が、お前のせいで俺達被害者の会は……」

「あなた達は被害者じゃない、私にとっては加害者です」

 

 ナユタはそう言ってヨツナリの腹を思いっきり殴り、

こうしてヨツナリも捕虜にされたのだった。

 

「よくやったナユタ、俺達の勝利だ、えいえいおー!」

「「「「「「「「「「おおおおおお!」」」」」」」」」」

 

 こうしてこの戦いは、圧倒的有利な数を揃えていた被害者の会の敗北に終わり、

そのまま捕虜にされた二十人程のプレイヤーは、縛られたまま街へと連行される事となった。

 

「ハチマンさん、出来ました」

「へぇ、AEはこういうのが簡単に出来るんだな」

「はい、旗は結構よく使われますからね」

 

 ナユタが作成したのは、『加害者の会』と書かれた旗であった。

その旗をヨツナリに持たせ、ヴァルハラ軍はそのまま街へと帰還し、

その場面を目撃したAEのプレイヤー達は、

訳が分からずただその光景をぽかんと見つめる事しか出来なかった。

後日その記事がMMOトゥデイに載せられ、顔と名前を伏せた上で、

この戦いの元になった事件の経緯が詳しく説明され、

あいまいな事しか知らなかったAE内の世論が一気に沸騰し、

加害者の会はそのまま解散する運びとなり、AE内の治安がやや改善するという結果で、

この件は完全に幕を閉じる事となったのだった。



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第725話 猫が原祝勝会

 戦いの後、安土温泉旅館にて、今回の戦いの祝勝会が行われていた。

参加したのはヴァルハラ・ウルヴズの全員とSHINCの全員、

それにおっかさんとイヴとG女連の数人、そしてサクヤとアリシャと領主軍の数人、

それにカゲムネとサラマンダー軍の数人、ダインとギンロウ、

それに忍レジェンドの幹部四人にコヨミであった。そして更には……。

 

「何で私がここに呼ばれてるのか意味が分からないんだけど」

「まあまあビービー、こういう時くらいいいじゃない」

「そもそも私は中立には戻したけど、絶対に味方じゃないんだけど」

「それじゃあ敗者を晒し者にする為にここに呼び出したって事でもいいよ?

勝者の権利って奴」

「そういう事ならまあいいわ、甘んじて受けましょう」

 

 どうやらビービーは、フカ次郎に街で捕まり、そのままノリで連れてこられたらしい。

そんなビービーに声をかける者がいた、ハチマンである。

 

「よぉビービー、久しぶりだな」

「う………」

 

 ハチマンの顔を見たビービーは、思わず後じさった。また苦い記憶が蘇ったのだろう。

 

「どうした?」

「な、何でもないわよ」

「そうか」

 

 そう言ってハチマンは、そのままビービーの隣に腰をおろした。

 

「な、何でここに座るのよ!」

「いや、真ん中にいると、色々挨拶とかが面倒でな。

だから今日の主役に席を譲ってきたわ」

 

 ハチマンはそう言いながら、沢山の仲間に囲まれているナユタに目をやった。

その横ではコヨミが嬉しそうに飛びまわっている。

 

「ああ、そういえばあの子が例のあんたの娘?」

「娘的存在ではあるが、正式にそうなった訳じゃないけどな、

あくまで俺が保護者を買って出ただけだな」

「ふ~ん、その若さでねぇ、あんた、光源氏にでもなるつもり?」

「何でそうなるんだよ、そんな事欠片も思っちゃいねえよ」

「それなら正式に娘にしちゃえばいいじゃない、

年の差一桁の親子ってのもまあありなんじゃないの」

「いや、それは昔拒否された。うちの子になるか?って聞いたら……

あ、いや、何でもない、まあとにかく嫌だそうだ」

 

 そんなハチマンの様子を見て何か思い当たったのか、

ビービーはニヤニヤしながらこう言った。

 

「ははぁ、そしたらあんた、

『それじゃあハチマンさんと結婚出来なくなっちゃうじゃないですか』

とか言われたんでしょ」

「凄いなお前、エスパーかよ!しかも芸達者かよ、今のちょっと似てたし!」

「まあ年頃の女の子ってのはそういうもんよ」

「そういうもんか」

「ええ」

 

 そのまま二人は黙りこくり、

何となく真ん中で行われている忍レジェンドの連中の芸をぼ~っと眺めた。

 

「あの忍者達、芸達者よねぇ」

「正直いい拾い物だったわ」

「水芸にジャグリング、マジックショーとか、らしいといえばらしいわね」

「まあ楽しそうでいいんじゃないか」

「ええそうね、私も楽し………」

 

 そう言いかけたビービーは、そこで言葉を止めた。

 

「どうした?」

「今日はもう帰るわ」

「用事でも思い出したか?」

「ううん、もしこのままここに長居すると、

あんた達に感情移入しちゃって今後戦えなくなるかもしれないなって思って」

「なるほど、まあ俺は平気で戦えるけどな」

「手加減してくれてもいいのよ」

「そしたら不快に思うんだろ?」

「正解、それじゃあね」

「おう、またな」

「ええ、また戦場でね」

 

 こうしてビービーはあっさりと去っていき、ハチマンはそれを黙って見送った。

 

「あれ、リーダー、ビービーは?」

「仲良くしすぎると戦いの時に困るから帰るとさ」

「ああ、確かにそれはあるかも、まあいっか、あいつは所詮敵だし」

「お前はそういうの、割り切れるんだな」

「うん、私は例えレンが相手でも戦える女だからね!」

「そしたら俺はレンの味方になるがな」

「がああああああああああん!」

 

 そう口だけで言ったフカ次郎は、そのまま平然とハチマンの隣に座った。

 

「リーダー、ありがとね」

「何がだ?」

「私、ビービーには苦手意識を持ってたんだけど、

今回の戦いに圧勝して、やっとそれが無くなったよ」

「やってみたら案外余裕だっただろ?」

「うん、余裕だった」

 

 そしてフカ次郎は、笑顔でハチマンに言った。

 

「私、強くなってるよね?」

「おう、なってるぞ」

「よし、よし」

 

 フカ次郎はそれだけ確認すると、レンで遊んでくると言って去っていった。

 

「レンと遊ぶじゃなく、レンで遊ぶ、か」

 

 ハチマンは苦笑しながらフカ次郎を見送り、

その横に、待ってましたとばかりにクックロビンが座った。

 

「ハッチマ~ン!」

「おう、それじゃあ俺はそろそろ移動するわ、まあゆっくりしてってくれ」

「ちょ、ちょっと!何で私に対しては当たりが厳しいの?」

「それは自分に聞け」

「え~?まったく心当たりが無いんだけど……」

「お前はもっと色々と自分の事を省みる癖を付けろ」

「いいから座って!」

「お前は本当に人の話を聞かないな」

 

 そう言ってハチマンは、仕方なく再び腰をおろした。

 

「で、俺に何か用か?」

「ううん、甘えに来ただけ、あとあの敵を倒した事を褒めてもらおうかなって、

それにまあ他にもちょっとね」

「お前さ、子供じゃないんだからさ」

「体は子供だもん!」

「そこで自虐ネタかよ!」

 

 だがクックロビンは珍しくそれには乗ってこず、少し思い詰めたような表情をしていた。

 

「どうした?元気が無いのか?」

「ううん、でもちょっと思うところがあってさ~」

「ああ、今言ってた他にもちょっとってやつか」

 

 クックロビンは頷き、じっとハチマンの目を見つめながら言った。

 

「私、もしかしてエムに負担をかけすぎてる?」

「そう思うならもう一人くらい人を雇え、さすがに一人じゃきついだろう」

「だよね……」

 

 この場にエムがいない事を、クックロビンも自分なりに気にしていたらしい。

確かに十狼の中で、エムだけがここにいない。

 

「でも中々いい人がさぁ……」

「確かにお前のノリに付いて行ける奴なんて中々いないよな、

倉さんに頼んで誰か紹介してもらったらどうだ?」

「それが、アサギちゃんがブレイクしそうだから、あそこも今人手が足りないみたいなのよ」

「ああ、確かに最近露出が増えたよな、今日はよく来てくれたもんだ」

「だよね、CMとか凄いよね」

「確かに毎日忙しそうだなぁ……となると新人か……ん、新人?

そうかそうか、あの三人の中でお前と合いそうなのは……」

 

 ハチマンはそれで何かに気付いたのか、じっとイロハの方を見つめた。

その視線に気付いたのか、イロハがとてとてっとこちらに走ってきた。

 

「何ですか先輩、そんなに私を舐めるように見つめちゃってもしかして欲求不満ですか?

さすがの私もここでってのは嫌なんで、

高級ホテルを予約してから改めて今日中に連絡して下さいごめんなさい」

「あ~はいはい、お前が大人になったのは分かったからとりあえず俺の話を聞け」

 

 イロハはそのまま大人しくハチマンの隣に座り、そんなイロハにハチマンは言った。

 

「なぁイロハ、お前、こいつの事務所にしばらく出向するか?」

「えっ、そ、それはどういう……」

「あくまで倉さんと相談してからになるが、こいつのところがかなりの人手不足らしくてな、

新しく人を雇うまでの間、勉強だと思って、

ちょっとこいつの芸能事務所の手伝いをしてみないかなと」

「な、なるほど……う~ん、学校の方は多分もう大丈夫だから、可能ではありますね……」

 

 そんな少し迷うそぶりを見せたイロハに、クックロビンはニコニコしながらこう言った。

 

「ちなみに来年全国ツアーがあるよ!」

「やります、やらせて下さい!」

「そうか、それじゃあ全国のお土産宜しくな」

「はい、各地の風景をバックにした私のセクシーショットと一緒にいっぱい送りますね」

「セクシー?誰が?」

 

 ハチマンは顔色一つ変えずにそう返したのだが、当然いろははマイペースさを崩さない。

 

「もう、先輩ったら本当は嬉しい癖に!」

「ああ、はいはい、分かったからせめてデータにしてくれ」

「了解です!」

 

 こうしてイロハの出向が決定し、

本人の知らないところでエムの仕事の負担が多少は軽くなった。

そしてクックロビンとイロハは仲良く去っていき、

次にキリトとアスナがハチマンの隣に腰かけた。。

 

「おう、二人ともお疲れ」

「いやぁ、今日は沢山暴れられたな」

「私もこういうのは久しぶりだったなぁ」

「まあそうだな、俺も久しぶりだった、しかし何か忘れてる気がするんだよなぁ………

う~ん、何だったかなぁ……」

 

 そんなハチマンの様子を見て、キリトとアスナはうんうんと頷いた。

 

「あるあるだな」

「絶対に知ってるはずなのに思い出せない事ってあるよね」

「いつもはすぐ思い出せるのにな」

「そうそう、喉まで出かかってるのが凄く気になるんだよね」

「で、ちょっと後に思い出すんだよな」

 

 三人はそんな日常生活あるある話をした後、

今日の戦闘について、反省すべき点は何かないかと話し始めた。

ここにはソレイユとユキノも呼ばれ、五人はう~んと唸りながら今日の戦闘を振り返り、

まあ特に問題ないだろうという事であっさり話が終わり、次に武器の話をし始めた。

 

「姉さん、ユキノ、『ジ・エンドレス』と『カイゼリン』はどうだった?」

「一言じゃ言えないんだけど、まだ装備に慣れていない事を考えても破格の性能ね、

MP効率がいいから魔力の通りがいいというか」

「MPが余って仕方なかったわ、ヒールのスキル回しを考え直す必要があるわね、

そうすればその分攻撃に回せると思うし」

 

 どうやら二人には概ね好評のようである。

 

「キリトとアスナはどうだ?」

「慣れるまでにかなり時間がかかるかもしれないな」

「だよなぁ……俺も使いこなせてるとはまだ言えないわ」

「ちょっと時間がかかるね」

 

(となると『セントリー』と『スイレー』も、

早めにあいつらの手に渡るようにしないとか……)

 

 ハチマンは誰にも聞こえないような小さな声でぼそりとそう言った。

 

「ピーキーな武器だものね、人を選ぶというか」

「まあ魔剣クラスだからな、例えば俺達がユージーンのグラムを使っても、

直ぐには使いこなせないように……」

 

 そこで三人は、ハッとした顔をして同時に叫んだ。

 

「「「それだ!」」」

「どれかしら?」

「いや、さっき何か忘れてるなって三人で話をしてたんだよ、

今の会話で思い出したわ、ユージーンがいないんだが誰か知らないか?」

 

 最後の言葉は大きな声で全員に聞こえるように言ったハチマンであったが、

誰からも返事は無い。

 

「カゲムネ、どうだ?」

「おかしいですね、もうとっくに到着しててもおかしくないはずなんですが……」

「まさかとは思うが、落ち武者狩りにやられたりしてないよな?」

「それなら一瞬で街に戻ってきてると思います」

「だよな……って事は、まさか迷子とかじゃないよな?」

「あ~………確かに将軍は、ちょっと迷子癖がありますけど……」

「まあまさかだよな」

「ですね、まさかですね」

「「「「「「あははははははは」」」」」」

 

 全員がその会話に笑った瞬間に、店の入り口からユージーンが姿を現した。

 

「おいキリト、ひどいではないか!この場所を拠点にしているなら先に教えておけよ!

おかげですっかり迷子になってしまった。

偶然G女連とやらのメンバーと会わなかったらここまでたどり着けなかったぞ!」

「あ………」

 

 ユージーンにそう言われたキリトは気まずそうに目を背けた。

まだメッセージ機能は使えるようになっておらず、

ヤオヨロズの複雑さを考えると、どれだけユージーンが難儀したか想像出来たからだ。

 

「わ、悪い、迷子になってるんじゃないかと思って笑っちまった、悪かった……」

「い、いや、確かに迷子にはなっていたからそれは別に構わん。

まあそれでも悪いと思うなら、ちょっと俺と立ち会え、今日は戦い足りなくて消化不良でな」

「おう、それくらいなら全然いいぜ」

 

 そう言って二人は仲良く外へ出ていった。

 

「相変わらずの戦闘狂どもが……」

「まあそれがあの二人だから仕方ないよ」

「とにかく勝てたんだし良かったじゃない」

「だな、みんな、今日は存分に楽しんでいってくれ!」

 

 こうしてナユタの件から始まった今回の戦争は終わり、

忍レジェンドが友好ギルドとなった事で、ナユタの安全も完全に確保される事となった。

そしてハチマン達は、アスカ・エンパイア中にその名を轟かせる事になった。




多分残り三話くらいでこの章は終わりとなる予定です!


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第726話 ひよりの過去

 次の日学校で、サッコこと柏坂ひよりは、

前日に八幡に言われた事を実行しようと悪戦苦闘していた。

 

「うぅ……クラスに尋ねてこいと言われても……」

 

 八幡達のクラスは、生き残ったSAOの四天王の全員が所属している為、

全校の中で一番ヒエラルキーが高いクラスであり、

クラス内の団結力も半端無い為、他のクラスの人間が行きにくい雰囲気があった。

 

「どうしよう、でも行かない訳にはいかないし……」

 

 ひよりは八幡達のクラスの前で立ちすくみ、どうしようかと下を向いていた。

そんなひよりの姿はそれはもう目立つ。

ひよりは美人ではあるが、普段はあまり目立たない物静かな生徒であり、

実は胸も大きいのだが、それを悟らせないように普段から地味な服装を心がけていた。

そんなひよりにとって、今の状況はまるで拷問であった。

 

「まずいまずいまずい、これ以上目立つのは……」

 

 そんなひよりの肩を叩く者がいた。ひよりが来るのを今か今かと待っていた八幡である。

 

「悪い悪い、そういえばこのクラスは入りにくいって評判なんだったわ、

とりあえず昼に屋上……は駄目だな、視聴覚室を借りておくからそこで待ち合わせるか」

「あっ、は、はい、すみません」

 

 そしてひよりは逃げ出すように自分のクラスに戻り、

八幡は苦笑しながらぼそりと呟いた。

 

「随分ビクビクしてるな、まああいつの境遇なら仕方ないか」

 

 八幡は昨日の祝勝会が終わってログアウトした後、

アルゴと連絡をとり、ひよりの境遇についてしっかりと予習をしてきていた。

それによるとひよりは、SAOのダンジョンで命の危険に晒された時に、

たまたまそこに通りかかったラフコフのメンバーに命を救われ、

無事に脱出させてもらうのを条件に、ラフコフの後方支援メンバーとして採用され、

そのまま金策や情報収集や補給を担当していたらしい。

当然本意ではなく、脅された上での行動であったようだ。

他にもそういうプレイヤーは数多くいたらしく、

そういったプレイヤーは、ラフコフのグリーンメンバーと呼ばれていたようだ。

グリーンとは当然ネームの色の事である。

 

「さて、視聴覚室を借りてくるか」

 

 そう呟いた八幡は、職員室へ向かっていった。

 

 

 

「なぁ、さっき八幡が話しかけてた子は誰だ?八幡の知り合いか?」

 

 その姿を見ていた和人が、同じくその様子を見ていたアスナにそう聞いてきた。

 

「えっとね、大きな声じゃ言えないんだけど、元ラフコフの子らしいよ」

「あんな子が?というかラフコフに女性メンバーなんていなかったよな?

ああ、もしかして下部組織か?」

「本隊で下部組織のお目付け役みたいな事をさせられてたんだってさ」

「なるほど、確かにそう言う奴がいないと、みんな逃げちまうよな」

 

 和人は察し良くそう言い、明日奈はそれに頷いた。

 

「それじゃああの時あそこにはいなかったんだな」

「もしかしたらいたかもしれないけど、少なくとも私は見つけられなったなぁ」

「そうか、あの時明日奈は外にいたんだもんな」

「うん、その時は見なかったね」

 

 二人はそう、当時の事を思い出しながら言った。

 

「で、何でその子と八幡が?」

「えっとね、昨日の戦いの時にあの場にいたらしくて、

それでちょっと話すかってなったみたい」

「ほうほう、それでよく元ラフコフだって分かったな」

「それが彼女、八幡君の名前を聞いて降伏したらしくてさ、

で、その時名乗ったSAOのプレイヤーネームを、アルゴさんが知ってたんだよね」

「なるほどなぁ、まあそういう事なら全部八幡に任せればいいな」

「うん、必要があるならまた声がかかるだろうしね」

「だな」

 

 

 

 そして昼休み、約束通り、ひよりが視聴覚室に顔を出した。

 

「失礼します」

「おう、悪いな呼び出しちまって」

「いえ、こちらこそ昨日は敵対しちゃってすみませんでした」

「いや、まあそういうのはよくある事だから気にしなくていい」

 

 そして二人は向かい合って座り、とりあえず昼食をとりながら話す事にした。

 

「八幡さんのお弁当って手作りですか?」

「ああ、今日は優里奈っていう俺が保護者をやってる子に作ってもらった」

「ほ、保護者!?」

「おう、SAOで死んだ、ヤクモっていうプレイヤーの妹なんだよ、

優里奈は両親ももういなくてな、ヤクモの死にたまたま居合わせた俺が、

そのまま優里奈の保護者をやってると、まあそういう事だな」

「そうなんですか……さすが凄いです八幡さん!」

「まあたまたま機会があったってだけだけどな」

「それでも凄いです!」

「お、おう」

 

 どうやらひよりは八幡に感謝するだけではなく、かなり尊敬しているようだ。

まあそれはそうだろう、一部を覗き、SAOのプレイヤーは大抵こういう反応を示す。

 

「さて、とりあえず話を聞こうか」

「あっ、はい」

 

 そしてひよりは当時の事を八幡に説明した。

自分が迷宮内で転移の罠にはまり、結晶使用禁止エリアに飛ばされた事、

そしてそこで一人じゃ倒せない敵に遭遇し、死を覚悟した事、

そこでラフィンコフィンの幹部に助けられた事、そしてその後の事まで、

ひよりは詳しく八幡に話してくれた。

 

「なるほどなぁ、それはつらかったな」

「でもいい事もあったんですよ、そのおかげで友達が出来たんです。

向こうはオレンジプレイヤーでしたけど、二人で一緒に物資を取りにいったり、

買い物をしたり食事をしたり、凄く楽しかったんです」

「オレンジか、多分そいつも脅されてたんだろ?」

「そうですね、下部組織はラフコフには絶対服従でしたからね」

 

 どうやら八幡が知る以上に、ラフィンコフィンというギルドの傘は広がっていたようだ。

八幡は、当時は気付かなかったなと思いつつ、

そういえばロザリアは自分から進んでやってたなと思い、

とりあえず後で頭を一発殴っておこうと考えた。

 

「でもラフィンコフィンが無くなったあの日、

そこにいた私は、その友達の手を取る事が出来なかったんです」

「ん、ひよりもあそこにいたのか?」

「はい、ハチマンさんとキリトさんの姿は見ました」

「そうだったのか、でも悪い、俺は覚えがないな」

「でしょうね、遠くから見ただけですから」

「ふむ」

 

 ひよりが言うには、どうやらあの時あそこの近くには、

下部組織の者達も集められていたらしい。

グリーンとオレンジが混在していた中、その者達を発見した血盟騎士団のメンバーは、

オレンジプレイヤーだけを問答無用で牢屋に叩きこんだらしい。

 

「そうだったのか、そういえば確かにそういった報告があったかもしれない」

「その時の血盟騎士団の人達は殺気だっていて、

私はどうしても、その友達も被害者ですって言えなかったんです」

「まああの時はな……」

 

 八幡は、苦い思いで当時の事をそう振り返った。

 

「それ以来その友達には会えていません、

本当は謝りたいんですが、居場所がまったく分からないんです」

 

(調べてやってもいいんだが、会うのが正解かどうかは分からないんだよな……)

 

 八幡はそう考え、その場は頷くに留めた。

 

「なるほど」

「私の方はそんな感じです、その後私は無理をせず、十分安全マージンをとりつつ、

ただ生きる為だけに下層で狩りをしていました。

そして街で、あのゲームクリアのアナウンスを聞いたんです」

「そうか」

「八幡さん、本当にありがとうございました、私は体力があった方じゃないんで、

実はかなり危ない状態だったらしいんです、おかげで今こうして私は生きています」

「気にしないでくれ、自分の為にやった事だからな、

まああの時は正直俺も一歩間違えば死んでたんだけどな」

「そうなんですか!?」

「おう、あの時はな……」

 

 八幡もひよりに自分達に何があったかを伝え、こうして二人は情報交換を終えた。

 

「まあこっちはこんな感じだ」

「凄い、本当に凄いです!」

「あ~、まあそっちの事はいいとしてだ、ひよりはALOをやるって言ってたよな?

もし良かったらうちに入るか?」

 

 その八幡の申し出にひよりの心は激しくぐらついた。ヴァルハラに憧れていたからだ。

だがひよりはそれを断った。自分にはその資格がないと思ったからだ。

八幡がこう言う以上、問題はないのかもしれないが、

ひよりはどうしても、その申し出を受ける気になれなかった。

 

「すみません、少し考えさせて下さい」

「おう、まあその気になったらいつでも言ってくれ、

でな、それ絡みで一つ、こちらから提供出来る物があるんだよな」

「提供……ですか?」

「おう、これだ」

「ひっ……」

 

 そう言って八幡が取り出した物を見て、ひよりは思わず小さな悲鳴を上げた。

それはひよりにとっては思い出したくもないが忘れられない物……ナーヴギアであった。

 

「こ、これ、まだ残ってたんですか?」

「おう、まあ危ない機能は外してあるけどな」

「何故これを?」

「実はな、これを使ってALOにログインすると、当時のキャラを引き継げるんだよな」

「そうなんですか!?」

「ああ、そしてそのコンバートは他人のナーヴギアを使っても可能だ、

実はSAOのキャラデータは今もALOのサーバーに残ってるんだよ、

開発に携わってた須郷って馬鹿のせいでな」

「あっ、この前裁判で有罪になったあの人ですね!」

「控訴したらしいがまあ無駄だろうな、で、本題だが、

これをかぶる勇気があれば、ひよりは昔のキャラ、ルクスだったか、

ルクスをまた使う事が出来る。まあ強制するつもりはないから好きにしてくれ、

これはひよりに貸しておくからな」

「あ、ありがとうございます、ちょっと考えてみます」

 

 ひよりはナーヴギアを恐々と受け取り、こうして二人の話は終わった。

この日ひよりは悶々とした夜を過ごす事となったが、

結局ナーヴギアを使い、SAOからキャラをコンバートさせる事を決めた。



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第727話 いつも通りのスリーピング・ナイツ

「これはラン、これはユウキが、後は分担して持てるだけ持っておいて」

「クロービス君、これは?」

「あ、ナユさん、それは僕が持ちます、あとこれがナユさん用の武器です、

今のうちに慣れておいて下さい」

「ありがとう、色々試してみるね」

 

 リアルトーキョーオンラインでのボス戦の準備は、

クロービスの仕切りで着々と進んでいた。

通常は一週間はかかるその準備を、クロービスは三日で終えていた。

その獅子奮迅の働きの理由は自分の命の火が消えようとしている事を自覚している為である。

当然他の者達もその事は分かっていたが、誰もクロービスを止めるような事はせず、

むしろ積極的に協力していた。ナユタも八幡に、決して涙を見せるなと厳命されていた為、

歯を食いしばりながらもその内心を絶対悟られないようにと、

常にニコニコと笑顔で作業をしていた。

 

「で、目的のボスのいる位置は判明したの?」

「うん、東京タワーみたい」

「へぇ、スカイツリーじゃないんだ?」

「まあいずれはそういうボスも出てくるのかもだけど、

まだメインシナリオが最後までいってないからね、それは老後のお楽しみって事で」

「老後………ね、うん、そうしましょう」

 

 それはクロービスが望んでやまない言葉であった。

自分はまもなく退場するが、せめて仲間達は幸せな老後を迎えて欲しい、

それがクロービスの心からの願いなのである。

 

「よし、それじゃあ出発しましょうか」

「待って、途中にいる中ボスの事も説明するから」

「あ、直接は行けないの?」

「うん、何体か中ボスを倒したフラグが必要なんだよね」

「なるほど、敵はどれでもいいの?」

「この前一体倒したのがフラグ持ちだったから、残るはもう一体なんだけど、

敵によって難易度が違うんだよね、まあ簡単なのを選べばさくっと終わるんだけど……」

 

 そこでクロービスは、ニヤリとしながらこう言った。

 

「当然まだ誰も倒した事がない、一番難易度の高い奴を選んでおいたよ」

 

 その言葉にスリーピング・ナイトのメンバー達は大歓声を上げた。

 

「当然だな!」

「そうこなくっちゃ!」

「よ~し、ここでも歴史に名を残してやろうぜ!」

 

 スリーピング・ナイツの名は、一部のゲーマー達の間では既にビッグネームになっていた。

色々なゲームで常に少数でボスの初討伐を繰り返す彼女らの名声は高まる一方である。

後はいつALO、もしくはGGOに乗り込むかというのが最近のもっぱらの話題であった。

 

「で、どこに行くの?」

「雷門」

「もしかして風神雷神!?」

 

 それを聞いたユウキが興奮したようにそう言った。

 

「うんそう、風神雷神」

「龍神は?龍神はいないの!?」

 

 それを聞いていたランが、突然そんな訳の分からない事を言い出した。

 

「ラン、何で龍神?全然関係なくない?」

「あるわよ!この前私が検査で一人だけ落ちた時があったじゃない」

「それとこれにどんな繋がりがあるの……」

 

 ユウキは呆れた顔でランにそう言った。

我が姉ながらさすがに自由すぎでしょ、と内心思っていたのは秘密である。

 

「まあ聞きなさい、検査と検査の間にちょっと時間があくタイミングがあって、

その時に八幡に私の相手をするという栄誉を与えたのだけど」

「えっ、何で八幡がいたの?ボクの時はいなかったのにずるい!」

「ユウはそういう所がまだまだ子供ね、八幡がその日いた理由は一つ、

私があちこちに手を回して、その日に私の検査があるという事を、

さりげなく八幡の耳に入るように仕向けたからよ!」

「耳に入れただけ?来いって言ったんじゃなくて?」

「だからユウはまだまだだというのよ、

そんな事を直接強請ったら、あの捻くれ者が素直に来るはずがないじゃない」

 

 その言葉にナユタは心当たりがあるのか、うんうんと頷いた。

それでも経子あたりがわざわざ連絡してくるような特別な検査であれば、

八幡も自主的に動いたかもしれないが、その場合はそうではなく、

本当にただの定期検査だった為、特に八幡に連絡がいく事はなかったのである。

 

「そ、それはそうかもだけど……」

「だから私は一計を案じたわ、せっかくログアウトするのだから八幡に会いたい、

だが素直じゃないあの男を動かすにはどうするか、答えは……」

「答えは……?」

 

 そのランのもったいぶった言い方にまんまと乗せられたのか、

一同はゴクリと鍔を飲み込んで次のランの言葉を待った。

 

「ソレイアルさんの前で、今度検査があるんだよねとだけ言って、

直後に不安そうなそぶりを全力でアピールしたのよ!もちろん直接言葉にしないでね!」

「あ、ああ~!」

「そ、それは絶対に八幡さんの耳に入りますね……」

「ソレイアルさんは、そりゃ心配になって、その事を八幡の兄貴に言うよなぁ」

「汚い、さすがラン汚い!」

「お~っほほほほほ、頭脳の勝利よ!」

 

 ランはドヤ顔でそう言い、ユウキは悔しそうにその場に蹲った。

 

「くっ、攻めの姿勢が足りなかった……って、あれ?今の話のどこに龍神の要素が?」

 

 それでランも話の本題を思い出したのだろう、ハッとした顔で再び話し始めた。

 

「そういえばそうだったわね、で、相手をしてもらったのはいいけど、

その日八幡は疲れてたらしく、私の前でまんまとうとうとし始めてくれたの」

「まんまとって……」

「なのでこれ幸いにと、私はその場で全裸になり、そしてさりげなく八幡を起こしたわ」

「「「「「「「ええ~!?」」」」」」」

 

 スリーピング・ナイツの全員が、その言葉に驚いたような声を上げた。

だがナユタは一人、なるほどという風に頷き、ぶつぶつと何か呟いていた。

 

「そして私の裸を見た八幡は、我慢出来なくなって私に襲い……」

「「「「「「「「それは嘘」」」」」」」」

 

 その言葉に対しては、その場にいた全員が見事にそうハモった。

 

「くっ……ど、どうしてそう思うのよ、世の中にはもしもって事があるのよ!」

「もしもって自分で言ってる時点で嘘じゃん……」

「う、嘘だと証明してみなさいよ!」

「よ~しみんな、一斉に八幡にメールを送ろう、内容は……」

「ストップ!スト~~~ップ!分かった、分かりました、

今までのは全て嘘ですごめんなさい」

 

 さすがのランも、そうなった場合の八幡の怒りを想像し、

これ以上のごり押しは出来なかったようだ。

 

「ところでまた話がズレたみたいだけど、結局龍神って何?」

「ああ、それはね、私の裸を見た八幡が、私に布団を被せた後に、

お前、いい加減にしろよな!風邪でもひいたらどうするんだよ!

って少しズレた事を言ってきて……」

 

 そこまで聞いた時点で、周りの者達はざわっとした。

 

「おぉ……」

「やべえ、俺、兄貴に惚れそうだ」

「八幡さんの好感度が爆上がりすぎるわ……」

「えっ?」

「「「「「「「えっ?」」」」」」」

 

 ランはその言葉にきょとんとし、そんなランの様子を見た皆もきょとんとした。

 

「わ、私の裸に欲情しないどころか褒めもしなかった八幡に、何で好感?」

「いや、だって何よりも先ず、ランの体を心配してくれたって事でしょ?」

「女の裸を前にして、最初にそう言えるって俺達は凄えって思うんだけど……」

 

 その言葉が徐々に脳に染み入るに連れ、ランの表情が驚愕に包まれた。

 

「ど、どどどどうしよう、いつもなら、この耳年増めいい加減にしろって言われる所だから、

自分が凄く大切に扱われていた事にまったく気付かなかったわ……」

「まあ後で謝ればいいんじゃない?」

「そうそう、そういう時は素直に謝るのが一番だって」

「う、うん……」

 

 珍しくランはそんな殊勝さを見せ、そして先ほどの続きを話し始めた。

 

「まあその後、何で脱いだんだよって聞かれて、だって暇だったんだもんって答えたら、

じゃあこれでも読んでろって言ってスマホの中に入ったマンガを見せられて、

そのヤンキーマンガの中に、風神雷神龍神っていう三人組が出てきたと、まあそんなオチよ」

「それだけであんなに興奮してたの!?」

「長々と引っ張っておいてそれだけかよ!」

「ほい解散解散、それじゃあ出発しようぜ」

「あ、ちょっと、本当に面白かったんだってば!もう、待ちなさいって!」

 

 メンバー達はランには構わずそのまま出撃していった。

ランも慌てて後を追い、こうしてこの日の戦いの火蓋は、

いつも通りの緩い雰囲気で切って落とされた。

そこには悲壮感はまったく無く、若干気が張り詰めていたクロービスは、

その事で肩の力が抜け、いつも通りに振舞ってくれる仲間達に感謝した。

 

 

 

「この辺りの敵って強いですよね?」

「う~ん、まあ普通?」

「このくらいなら楽勝だから心配しないでいいよ」

「は、はぁ……」

 

 表示される敵の強さを見て、ナユタは内心で若干驚いていた。

この辺りの敵はAEで言えば現時点での最強のフィールドエネミークラスの敵ばかりであり、

それをスリーピング・ナイツの面々がいとも簡単に殲滅していくのが信じられなかったのだ。

AE時代もランやユウキは確かに強かったが、ここまでではなかったように思う。

AEから他のゲームに移動した後、みんながどれだけ戦闘経験を積んできたのか想像し、

ナユタは眩暈にも似た感覚を覚えた。

 

「みなさん、あれから随分強くなったんですね」

「ん、そうかな?」

「まあ確かにずっと戦い続けてたからねぇ」

「でもまあほら、私達はスリーピング・ナイツだしね」

 

 そのランの言葉の続きを補完するとしたら、『強くて当たり前』という事になるのだろう。

そんなナユタの脳裏に、不意に過去の八幡とのやり取りが浮かんだ。

 

『八幡さん達ってやっぱり強いですよね』

『ん、まあ俺達はヴァルハラだからな』

 

 今のランのセリフは、いかにも八幡が言いそうな言葉に感じられ、

それを踏まえてナユタは、クスリと笑いながらランにこう尋ねた。

 

「ランさん、それってもしかして八幡さんの真似だったりします?」

「あ、分かる?さっすが私の娘ね」

 

 その相変わらず意味不明なランの言葉に、

ナユタは頭にハテナを浮かべながらこう聞き返した。

 

「何で娘なんですか?」

「だって私が八幡と既成事実婚をしたら、ナユちゃんは私の娘って事になるじゃない」

「ランさんの中では、既成事実婚が確定なんですね……」

 

 ナユタは、ランさんはブレないなぁと思いながらそう呟き、ランは得意げにこう言った。

 

「ちなみに出来ちゃった婚と言わないのは、出来なくても結婚する予定だからよ!」

 

 ランはまるで狩人のような目をしながらそう言い、

ナユタはそんなランの目を正面から見返しながらこう言った。

 

「でもそれ、残念ながら間違ってますよ、私は娘じゃなく、

ランさんにとっては姉妹って事になるんだと思います」

「姉妹?へぇ、言うじゃない」

「私だって、現時点で比企谷家の子になるのをキッパリ断ってますからね」

 

 二人は火花を散らしながらそう応酬し、

ユウキもその横で、それに混ざりたそうな表情をしていた。

丁度その時、突然犬タイプのモンスターが二人目掛けて猛然と近付いてきた。

だが二人はその犬を見もせず、最初にランがその犬を真っ二つにし、

直後にナユタが裏拳でその体を遠くにぶっ飛ばした。

 

「邪魔ね」

「うるさいですよ」

 

 そのままその犬は消滅し、二人は尚もにらみ合いを続けていた。

 

「はぁ、仲がいいんだか悪いんだか」

「いいに決まってるだろ、あんなに息がピッタリなんだし」

「まあそうだね、くぅ、ボクだって……」

 

 そしてユウキもその争いに参戦した。

 

「二人とも、ボクの事も忘れないでよね!」

「あら、ユウも参戦するのね」

「望むところです!」

 

 その状態でも三人は敵を倒しまくっており、

残りの五人はやれやれと言った顔で、三人を浅草方面へと誘導していった。

そこからしばらくして、敵の出現頻度が明らかに少なくなり、

前方に通行可能な光の壁が現れた。敵が絶対に出ないエリア、セーフティゾーンである。

 

「よし、休憩休憩っと」

「位置からして、ここが最後のセーフティゾーンかな」

「それじゃあここで、休憩ついでに準備の最終確認もしてしまいましょう」

 

 ランのその一声で、一同はそれぞれ荷物の確認を始めた。

そんな中、シウネーがこっそりクロービスにこう声をかけてきた。

 

「クロービス、大丈夫?」

 

 極力クロービスの状態については触れないようにし、

いつも通りに振舞おうと決めてはいても、やはり心配なものは心配なのであろう、

心優しいシウネーは、どうしてもクロービスに声をかけずにはいられなかったようだ。

 

「うん、大丈夫、今日の戦いが終わるまでは持つ、いや、絶対に持たせてみせる」

 

 その力強い宣言を受け、シウネーはただこう答える事しか出来なかった。

 

「絶対に勝ちましょう、クロービス」

 

 そして最初の関門である、風神雷神戦がついに開始された。



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第728話 クロービス、最後の戦いへ

 結果的に言うと、風神雷神戦は、それはもうあっさりと終わった。

 

「おいおい、こんなんでいいの?」

「まだ誰も勝ててなかったのよね」

「えっと、それは皆さんが強すぎるせいだと思います」

 

 それなりに活躍したとはいえ、逆の見方をすれば、

それなりの活躍しか出来なかったナユタがその事実を踏まえてそう言った。

こう見えてナユタはAEでは有名人であり、その強さはかなりのものである。

だがそのナユタをもってしても、後発のゲームにコンバートしたにも関わらず、

それなりの活躍しか出来ないという時点で、

今のスリーピング・ナイツの実力がどのくらい突き抜けているのかがよく分かる。

 

「まあほとんど消耗が無いまま勝ったのだからよしとしましょう」

「そうだなぁ、大した事なかったとはいえ、所詮前座だしな」

「本番に向けて気を引き締めよう!」

 

 そして一行は、最終目的地である東京タワーへと向け歩き出した。

その道中、ナユタは先ほどの戦闘の感想を、ランに向けて話していた。

 

「しばらく見ないうちに皆さん随分とその、何て言えばいいのか分からないですけど、

動きが自由……って言うんですか?そんな感じになりましたよね。

あんな動きが出来るのは、ハチマンさんやキリトさんだけかと思ってました」

 

 その言葉から、ナユタの中ではアスナはまだ、

他の二人よりは常識的な動きをするように見えているらしい事が分かる。

もっともアスナはヒールを捨てれば常識外のとんでもない動きをいくらでもするのだが、

生憎ナユタはまだそんな場面には遭遇していない。

その為ここでアスナの名前が出る事はなかった。

こういった偶然が積み重なったせいか、ランとユウキは、まだアスナの名を知らない。

 

「ハチマンに常に言われてるからね、『イメージ出来る動きは全て再現が可能だ、

だから常識に捕らわれてはいけない』ってね」

「それ、ハチマンさんの常套句ですよね、私もよく言われますよ」

「まあ要するにそういう事、私達はとにかく強くなる事だけを考えて、

思いついた事をとにかく試しまくってきたわ。さて、やっと目的地に着いたようね」

 

 そのランの言葉通り、東京タワーはもう目の前であった。

東京タワーの前では、一般プレイヤーが数多くたむろっていた。

そう、ここはセーフティゾーンなのである。

だが東京タワーに入ろうとする者は誰もいない、否、フラグを立てていない為入れないのだ。

もっとも中にはボス部屋の入り口があるだけな為、特に中に入る意味はないのである。

そんな中、スリーピング・ナイツの面々はその人ごみの中を堂々と進んでいった。

中には顔なじみの者もおり、こちらに手を振ったりもしてくるのだが、

そんな知り合いにランとユウキは笑顔で手を振り替えしていた。

そして東京タワーの入り口に、一際激しく手を振ってくる者がいた、ソレイアルである。

 

「みんな、ついにここまで来たね」

「ソレイアルさん、来てくれたのね」

「ええ、貴方達の戦いの結果を見届けにね」

「まあ結果はもう分かってるんだけどね、当然勝って戻ってくるわ」

「うん、期待して待ってる」

 

 ソレイアルはそれ以上特に何か干渉するつもりはないようで、

黙ってスリーピング・ナイツを見送った。

 

「ソレイアルさん、行ってきます」

「行ってくるぜ!」

「吉報を待っててね!」

 

 メンバー達がそう言って通り過ぎる中、クロービスだけがその前で足を止め、

そんなクロービスに、ソレイアルは何かをそっと手渡した。

 

「これ、ハチマンからよ。あと伝言、『そのアイテムが使われた瞬間に実行する』だそうよ」

「ありがとうございます、戦闘が終わったら使いますね」

「私もその時は、ハチマンと一緒に外で待ってるからね」

「はい、ではまたその時に」

 

 そう言ってクロービスは、仲間達の方へと向かった。

 

「さて、それじゃあついにラスボスの登場よ、もっともどんな敵かは知らないけど」

「とにかく見てみないとだね」

 

 代表してランが誰も近寄らない東京タワーの入り口の扉を開け、

それを見ていた周りの者から大歓声が上がった。

 

「おい、ついに誰かがボスに挑戦するみたいだぜ」

「あれってスリーピング・ナイツじゃないの?今売り出し中の」

「売り出すも何も、あそこにかなうギルドなんて存在しないだろ」

「これは是非観戦しないと」

 

 リアル・トーキョー・オンラインにおいては、

確かにボス戦はインスタンスエリアで行われる。

だが演出の一環なのだろう、戦闘エフェクトは、その場所において再現されていた。

なので今回のような場合、それなりに離れた開けた場所に移動すれば、

展望台の上の戦闘の様子が何となく分かるのである。

その為、すぐ近くにある開けたセーフティゾーン、芝公園に、

どんどんと観客が詰めかける事態となったのであった。

その頃エレベーターに乗ってどんどん上へと上がっていったスリーピング・ナイツは、

インスタンスエリアに入った時特有の気持ち悪さを感じ、目的地が近い事を悟っていた。

 

「そろそろ着くかな」

「芝公園に見えていた人の頭が一瞬で消えたから、

もうここはインスタンスエリアの中だろうな」

「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」

 

 そして展望台に到着した一同は、その場の様子を確認してぽかんとした。

 

「展望台の屋根が無い……」

「下からは分からないしなぁ、これは一本とられたわ」

「って事は、敵は上から来る?」

 

 その言葉で一同は、何となく顔を上へ向けた。

そして塔の基幹部に何か緑がかった物が蠢いているのを見て、一同は慌てて行動に移った。

 

「あ……」

「おいおい真上かよ!」

「とりあえず距離をとるわよ、みんな、走って!」

 

 そして展望台の端で振り返った一同は見た、塔に巻きつく巨大な生き物の姿を。

 

「き………きたあああああああ!」

 

 その姿を見た瞬間に、ランが大歓声を上げた。

 

「ちょっとラン、落ち着いて」

「これが落ち着いていられますか、ああ開発様、空気を読んでくれてありがとう」

 

 そんな一同を赤く光る目で見下ろしているのは、まごうことなき龍の姿であった。

その姿は観客達からもよく見えており、地上はざわついていた。

 

「龍か」

「龍だな」

「でかくないか?」

「あれはやばそうだな……」

 

 観客達とスリーピング・ナイツの面々の感想には特に差がないようで、

戦場で交わされていたのも同じような会話であった。

 

「おいおい本当に龍神か?」

「実はフラグだったのか……」

「まあ敵が何だろうとぶっ飛ばす!」

「そうね、スリーピング・ナイツの進む道には勝利あるのみよ!」

 

 だがさすがのランとユウキも、若干表情を強張らせていた。

それも当然だろう、多分この龍は飛ぶ、そして飛ぶ敵は基本恐ろしく手ごわい。

遠距離攻撃が豊富なゲームならまだいいが、

リアル・トーキョー・オンラインは、東京が舞台のくせに、

その設定はゴリゴリの魔法なしの物理ファンタジーなのである。

当然ファンタジー故に銃も存在しない。弓は存在するが、この中に弓の使い手はいない。

そんな緊張状態の中、クロービスが動いた。

クロービスは、ランとユウキの肩をポンと叩き、満面の笑みでこう言った。

 

「二人とも大丈夫だって、もう勝つ事は決定事項なんだから」

 

 そう言われた二人は顔を見合わせ、その表情から強張りが消えた。

 

「そういえばそうだったわね」

「ごめんごめん、ボクも忘れちゃってたよ」

 

 他のメンバー達もそれで肩の力が抜けたのか、リラックスした表情になった。

それを確認したランは、剣を掲げて戦闘開始を宣言した。

 

「スリーピング・ナイツ、ゴー!」

 

 その声に反応するように、龍神が鎌首をもたげさせた。

龍神はそのまま予想通り宙に浮かび上がり、凄い勢いで先頭のラン目掛けてダイブしてくる。

ランはスライディングでその攻撃をかわしつつ剣を立て、龍神の顎を斬り裂こうとした。

それを察知した龍神は突撃を中断し、そのまま飛びあがろうとした。

 

「ユウ!」

「任せて!」

 

 龍が回避行動をとった事で、余裕が出来たユウキはそのまま加速し、

ランの背中を踏み台に、思いっきり飛んだ。

 

「だああああ!」

 

 ユウキは凄まじい速度で剣を振るったが、龍神はその攻撃を体を捻ってかわした。

 

「ちっ………ヒゲ一本だけか!」

 

 その攻撃は龍神の左ヒゲを斬り落とすに留まり、ユウキは毒づいた。

 

「くっそ、やっぱり飛ぶ敵は面倒だなぁ」

「地面に落とそうにも、羽根とかがある訳じゃないし、

どうやって飛行能力を奪えばいいか分からないしな」

「後は相手に遠隔攻撃が無い事を祈るばかりだよな」

「おいタルケン、フラグ立てんな!」

 

 テッチがタルケンにそう突っ込んだ瞬間に、突然上空にいる龍神の目が光り、

残る右のヒゲがバチバチと電気を帯びたように発光し始めた。

 

「やばいやばいやばい」

「これは……みんな、右に避けて!」

 

 ランは咄嗟にそう叫び、メンバー達は全力でその言葉に従った。

そのランの読みはピタリとはまり、敵の攻撃範囲は、こちらから見て左のみに留まった。

要するに敵の残る右のヒゲのある方角である。

 

「ユウ、さっきのはファインプレーだったみたいよ、

ヒゲを落とした事で、敵の攻撃が半分になったわ」

「やったね!ボクえらい!」

「残る攻撃手段は……基本の噛みつき、爪、後は尻尾くらいかしらね」

「東洋龍だとブレスは無いかな?」

「まあ備えは怠らないようにしましょう」

 

 この後は一進一退の攻防が続いたが、その最中にクロービスは敵をじっと観察し、

敵の行動パターンと、その確率の把握に努めていた。

そんな龍神の様子は下からもよく見えていた。

 

「おいおいおい、ほとんどが雷っぽい範囲攻撃じゃないかよ」

「バ開発め、やりすぎだろ!」

「他の攻撃が選択された時は、龍が凄い速度でビュンビュン飛び回ってるな」

「だけどまだあの龍が動いてるって事は、スリーピング・ナイツが健在だって事だよな」

「頑張れよ、スリーピング・ナイツ!」

 

 その激しい戦闘の中、ランはそろそろデータが溜まってきたはずだと思い、

戦いの手は止めないまま、短くクロービスに質問を飛ばした。

 

「クロービス、どう?」

「やっぱり序盤は噛みつき、爪、尻尾、そして雷光の四パターンのみだと思う。

確率は噛みつき十パー、爪十パー、尻尾十パー、雷光七十パー!」

「なるほどね、っと、右!」

 

 一番前で敵と対峙していたランとユウキは、敵の雷光を察知する度にそう叫び続けている。

 

「これって最初にどちらかのヒゲを落とせてなかったら、

逃げ場が無かったように思うんだけど」

「確かに……」

「クソゲーかよ!」

「右!」

「くそ、またか!」

 

 一同はその言葉で再び右に飛んだ。龍神は直後に空中でぐるりと回った。

どうやら次の攻撃は、三割の直接攻撃のどれからしい。

 

「この直接攻撃の数少ないチャンスにもう一本のヒゲを落とすわよ!」

そうすれば敵の雷光は収まり、その後は延々と直接攻撃が続く事になるはず、

みんな、それまでひたすら我慢よ!」

「「「「「「「おう!」」」」」」」

 

 だが中々そのチャンスは訪れない、どうやら噛みつきにも二種類あるようで、

そのほとんどがヒゲを斬られる事を警戒した、浅い噛みつき攻撃のようであった。

 

「ラン、ごめん、噛みつきは二種類、途中から上空に逃げるパターンと、

そのまま突っ込んでくるパターンがある、確率は一対四!」

「それは厄介ね……さすがに無傷とはいかないし、

このままだとジリ貧になる可能性があるわ」

「ラン、どうする?」

「私に任せて下さい!」

 

 そんなメンバー達に向け、ナユタがそう叫んだ。



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第729話 MVP

「ナユちゃん、何かいい手があるの?」

「いい手というか、最近の私って、AEだと基本ぴょんぴょん跳ねまわってるんですよね、

その経験から考えると、うん、多分スキル無しでもいけます」

「自信はどのくらい?」

「そうですね、八割方いけると確信してます」

「分かったわ、でも約束して、絶対に死なないって」

「もちろんですよ、私、こう見えて結構しぶといんですよ」

 

 そしてナユタは隣にいたクロービスに、一つ頼み事をした。

 

「クロービス君、予備の剣を貸してもらっていい?」

「あ、うん、これでいい?」

「ありがとう、クロービス君の剣を使ってあいつのヒゲをぶった切ってくるね」

 

 ナユタはそう言って、一人で一番先頭に立ち、龍神のダイブを待ち構えた。

 

「ナユさん、気をつけてね!」

「はい!」

 

 そんなナユタ目掛けて龍神が飛び込んでくる。だがそれはいつもの浅いパターンであり、

龍神はナユタがしゃがんで回避行動をとった瞬間に、上空へと向きを変えた。

 

「逃がしません!」

 

 ナユタがとったその行動は、当然それに対する備えであった。

ナユタはしゃがんだ反動を使って思いっきり飛び上がり、

半開きになったままの龍神の下あごに手をかけた。

それに気付いた龍神は、ナユタを振り落とそうと、ブンブンと顔を上下に振った。

 

「ナユちゃん!」

 

 思わずそう叫んだランだったが、その瞬間にナユタはまるで魔法のように、

一瞬で龍神の目の前、上顎の上に立っていた。

 

「ええっ!?」

「何今の、魔法?」

「い、今の瞬間に一体何が?」

 

 種を明かすと、ナユタはブンブンと首を振る龍神に呼吸を合わせ、

龍神が頭を持ち上げた瞬間にパッと手を離し、

続けて龍神が頭を下げた瞬間にその手で鼻先を掴み、

そのまま筋力に任せて手で自分の体を引き寄せ、龍神の目の前に飛び移ったのであった。

おそらく成功させるにはコンマ単位のタイミング調整が必要だったと思われるが、

普段から戦巫女として無双跳びを多用し、

一瞬のタイミングに賭けた戦闘を繰り返しているナユタにとっては、

特に難易度の高いものではなかったようだ。当然本人のセンスの問題もあるだろう。

 

「その左ヒゲ、貰い受けます」

 

 ナユタはそう言って、返す勢いでクロービスから借りた剣を振るい、

飛び降りざまに龍神の左ヒゲを切断した。

 

「わ~お、やるなぁ」

「私達も負けてられないわね!」

 

 ナユタはそのまま見事に着地を決め、笑顔でクロービスに剣を差し出してきた。

 

「ふふっ、いい剣ですね、髭切の太刀とでも名付けましょうか?」

「そんなメジャーな名前を付けたらプレッシャーになっちゃうよ」

 

 そんな冗談を交わしつつ、二人はそのまま仲間達と共に龍神との近接戦闘へと突入した。

もう雷光は使えない為、龍神は延々とダイブを繰り返すモードへと移行したのだ。

 

「こうなったらこっちのものよ、一気に削るわよ!」

 

 その言葉通り、龍神の体力は順調に削られていった。

その様子を見ていた観客達もまた、大盛り上がりだった。

 

「おお、雷がこなくなったな」

「どうやったのかは分からないが、封じる事に成功したみたいだな」

「おうおう、龍がブンブン飛び回ってやがる」

「おわっ、何だこの声」

「耳が、耳が!」

 

 そして残り二十パーセントまで体力を減らされた瞬間に、龍神は凄まじい音量で咆哮した。

その声は、遠く離れた別の地域にまで響き渡る程の大音声であった。

 

「うるせえなこいつ」

「断末魔……には早いか、って事はこれはいつものアレか」

「ここからが本番よ、敵は発狂モードに移行したわ!」

 

 発狂モードに入った龍神は、目を光らせて雨雲を呼んでいく。

周囲は一気に真っ黒な雲に包まれ。スリーピング・ナイツの面々の視界を一気に奪った。

 

「ちっ、やっかいな」

「これはまずいね、下手に直撃をくらうと、一発でHPが持ってかれるかも。

みんな、直撃だけはくらわないように気をつけて」

「くそ、敵がどこから来るのかまったく分からねえ」

「何かいい手は……」

「待って、確かこの辺りに……」

 

 その時クロービスが何か思い出したようにアイテム欄を見始めた。

 

「あった、超強力LEDランタン!」

 

 夜間探索用のそのランタンのスイッチを入れたクロービスは、

レーザーの類ほどではないものの、その光が雨雲を突き抜け、

かなり先まで届く事をしっかりと確認した。

 

「これならいける、みんな、一分程度時間を稼いで」

「分かったわ、みんな、とにかく集中、集中よ」

 

 その後、突っ込んできた龍の攻撃は、幸い誰にも直撃する事はせず、

次の敵の襲撃に備えて散る仲間達を横目に、

クロービスは自分の剣の柄にそのライトを結んだ。

 

「準備出来たよ!」

「クロービス、後ろ!」

 

 その時ノリがそう叫んだ。振り向いたクロービスの眼前に、龍神の口が迫る。

 

「ナイス・タイミング!」

 

 クロービスは右手に持ったランタン付きの剣を前に差し出し、

右手が龍神の口に飲み込まれたまま、宙へと体を持っていかれた。

 

「くおっ……!」

「クロービス!」

「ま、待って、大丈夫、ちゃんと考えてあるから!」

 

 クロービスは龍神の口の端に左手をかけ、

一瞬だけ体を安定させると、口内に飲み込まれた剣を強引に捻り、

そのまま龍神の口の中に突き刺した。

 

「GYAAAAAAAAA!」

 

 その瞬間に龍神は激しく咆哮し、口を開けてクロービスを下に落とした。

 

「やばっ、これは考えてなかった、この高さだと……」

 

 かなりの高さから落下していくクロービスを、だがナユタが受け止めた。

どうやら上空の光を追いかけていたらしい。

 

「大丈夫ですか?」

「あ、ありがとうナユさん、助かったよ、でもこの事は八幡さんには内緒で……」

 

 クロービスはナユタの胸に顔を埋める形となっていた為にそう言ったが、

クロービスにとってはいい思い出になった事だろう。

そしてナユタに抱かれたまま、クロービスは顔を上げて仲間達に向けて叫んだ。

 

「みんな、ランタンは敵の口の中だ、光を目印に攻撃を!」

「よくやったわクロービス!」

「後はボク達に任せて!」

「お前はそのままナユさんの胸の中でちょっと休んでろよ!」

 

 仲間達は上空の光を目で追いながら、敵の襲撃に備え、

その光が下に降りたのを見て、その方向からの攻撃に備えた。

 

「すれ違いざまに全力で攻撃を叩きこめ!」

 

 そして龍神がダイブしてきた瞬間に、全員が渾身の力を込めて攻撃を叩きこんだ。

 

「くらえ蛇野郎!」

「いい加減しつこいんだよ!」

「もう死んどけ!」

「その目………もらったわ」

 

 最後にランが、龍神の目に剣を突き差し、龍神は絶叫して天へと上っていった。

 

「やったか!?」

「だからフラグ立てんな!」

「でも今回はフラグを折ったはずだよ」

「そうね、手応えはあったわ」

 

 その瞬間にぶわっと雨雲が晴れ、上空で身悶える龍神の姿が見えた。

そして龍神は力を失ったように落下を始めると、そのまま地面へと激突した。

 

「我らの勝利よ!」

 

 そして宙に『龍神 撃破』の文字が表示され、それが見えた観客達も、大歓声を上げた。

 

「あいつら、やりやがった!」

「初見突破かよ!」

「凄えなスリーピング・ナイツ!」

 

 当のスリーピング・ナイツのメンバー達も、イエーイとハイタッチをしており、

クロービスをその輪に加わらせる為に、ナユタはクロービスを下に下ろした。

その瞬間にクロービスの体が、ジジッと音を立て少しブレ、

クロービスはまともに立つ事が出来ずによろけ、

ナユタはそんなクロービスを再び抱き締めた。

 

「みんな、クロービス君が!」

 

 その言葉を受け、仲間達が二人を取り囲んだ。

 

「クロービス!」

「おいおい、羨ましいな」

「今日の戦いで勝てたのは、しっかり準備をしてくれたクロービスのおかげだな」

「最高だったな!」

 

 仲間達は誰も余計な事は言わず、順番にクロービスとハイタッチをしていく。

 

「クロービス、今日の勝利はあなたのものよ」

「みんなの勝利でしょ、ラン」

「じゃあMVPって事にしておこうか」

「ははっ、ありがとうユウキ」

 

 そしてクロービスの姿のブレがどんどん大きくなり、

そんな中、クロービスは最後の力を振り絞り、輝くような笑顔を仲間達に向けた。

 

「みんな、ありがとう」

 

 クロービスはそう言うと、密かに左手に隠し持っていた、

八幡から託されたというアイテムのスイッチを入れ、そのままその姿は光となって消滅した。

仲間達は最後まで笑顔を崩さなかったが、それを確認した瞬間に全員がナユタに背を向けた。

そして誰もがお互いの顔を見えない状態で、全員が肩を振るわせ、

声を出さないように全員が泣き始めた。もちろんナユタも、その状態で嗚咽を漏らしていた。

 

 

 

 こうしてクロービスは最後の戦いを乗り越え、

スリーピング・ナイツの前から静かに退場していった。




明日でこの章は終わりとなります


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第730話 エピローグ~別れと出会い

 リアル・トーキョー・オンラインからクロービスが姿を消した直後、

眠りの森の内部の、クロービスこと矢凪清文の病室では、

八幡、紅莉栖、真帆、理央の四人が慌しく動き回っていた。

 

「う……」

 

 その時清文が目を覚ました。その顔色はかなり悪かったが、

清文は最後の力を振り絞り、八幡に笑顔を向けた。

 

「おかえり、清文。どうだ?いい夢は見れたか?」

「はい兄貴、無事に龍神を撃破してきました!」

「龍神?そうか、よくやったな清文」

「僕、ちゃんとやれてましたかね?」

「決まってるだろ、勝ったんだからな。お前は俺の自慢の弟だ、

もっと自分の働きを誇ってくれていいんだぞ」

 

 清文は大好きな八幡にそう言われ、とても嬉しそうにはにかんだ。

 

「ありがとうございます、そちらの首尾はどうですか?」

「全てオーケーだ、お前から合図をもらった瞬間に実行し、コンプリート済みだ」

「そうですか、彼とちょっと話せますか?」

「おう、ちょっとだけだぞ」

 

 清文はやや疲れたような表情でそう言った後、しばらくその人物と会話し、

くれぐれもと何か念押しして、再び八幡の方に顔を向けた。

 

「オーケーです、もう思い残す事はありません」

「分かった、清文、向こうでも暴れてやるんだぞ」

「向こうって、スリーピング・ナイツのあの世支部ですか?」

「おう、あっちでメリダと二人で天下をとっちまえ」

「あはは、そうですね、てっぺんを目指してみます!」

 

 清文は楽しそうにそう言った後、今度はクリス達三人に笑顔を向けた。

 

「紅莉栖さん、真帆さん、理央さん、本当にありがとうございました」

「ううん、清文君、私はあなたを尊敬するわ」

「ファイトだよ、清文君」

「頑張って、清文君」

 

 そう言って紅莉栖達三人は、順番に清文にハグをしていった。

 

「あは、人生の最後がこんな華やかでいいんですかね?」

「いいに決まってるだろ、お前は俺の大事な……」

 

 そこで八幡は言葉に詰まり、それ以上何も言えなかった。

 

「兄貴、湿っぽいのは無しですよ」

「おう、悪いな弟よ、それじゃあ俺達はそろそろここでお別れだ」

「めぐりさんにはこの前挨拶をしましたけど、改めて宜しくお伝え下さい」

 

 その瞬間に、外から誰かの声が聞こえた。

 

「っと、悪い、その前にあと二人……」

 

 その瞬間にドアが開き、二人の人物が中に入ってきた。

 

「清文!」

「清文君!」

「あ、えっと……ど、どちら様ですか?」

「俺だ、FGだ」

「私はソレイアルだよ!」

 

 キョーマは八幡と紅莉栖に呼ばれ、慌てて駆けつけたらしい。

キョーマにとっても清文は、弟のような存在なのである。

そしてかおりは、実は眠りの森からログインしていた。

当然清文に別れを言う為の措置である。

 

「お二人とも、来てくれたんですね」

「当然だ、お前の門出だからな」

「清文君、勝利おめでとう、下も凄い騒ぎになってたよ」

「ありがとうございます!まさかこのタイミングでお二人に会えるなんて、

思ってもいませんでした、凄く嬉しいです!」

 

 二人は両側から清文を抱き締め、清文はとても嬉しそうに微笑んだ。

そして最後に、清文の両親と、経子と楓と凛子が笑顔で入ってきた為、

そこで八幡達は清文に別れを告げ、外に出た。

その瞬間に堪えきれなくなったのだろう、理央とかおりが両側から八幡に抱き付いてきた。

二人とも、大粒の涙を流している。

 

「よく我慢したな、みんな」

 

 見るとクリスは真帆と抱き合って号泣しており、キョーマも一人、涙を流していた。

 

「八幡だって同じじゃない」

「俺はこういう時に泣いたりなんかしない」

「じゃあそれは?」

 

 八幡の目から零れ落ちる涙を見て、理央がそう言った。

 

「これはそう、汗だ、まだ残暑が厳しいからな」

「ふ~ん、まあそういう事にしておいてあげるよ」

 

 丁度その時、部屋の中から聞こえていた笑い声が、すすり泣きへと変わった。

それで一同は、遂に清文が旅立った事を知った。

こうして清文は、その短い生涯を、たくさんの人々の笑顔に包まれて終える事となった。

 

 

 

 

「ラン、ユウキ、これからどうする?」

「今日の戦いで分かったでしょう?私達はもう十分に強い。

この後すぐにALOに乗り込んで、しっかりと準備を整えた上で、

ALOの最強ギルド、ヴァルハラ・リゾートに挑むわ」

「おっ、遂にか」

「腕がなるぜ!」

「まあもっとも、集団戦だと絶対に敵わないのは分かってるのよね、数が違いすぎるもの」

「確かに……」

 

 そう冷静に分析をしつつ、ランはそれでも前向きな態度でこう宣言した。

 

「でもハチマンさえ倒してしまえばうちの勝利って事でいいと思うわ、うん、きっとそう」

「さすがラン、さすが汚い」

「という訳で、とにかく狙うのはハチマンの首よ、

その為にしばらくはALOに慣れる事を優先するわ、同時に情報収集と装備集め、

ここには他のゲームでハチマンが用意してくれていたような情報屋は存在しないから、

全て自分達でやるつもりで気合いを入れていくわよ!」

 

 この後、再会を約しつつナユタと別れた一行は、

遂に最終目的地、ALOへのコンバート処理を開始した。

 

 

 

「まさかまたこの姿でゲームする事になるなんて……」

 

 柏坂ひよりことサッコことルクスは、八幡に借りたナーヴギアを使い、

SAO時代の姿でALOに立っていた。

 

「右も左も分からないなぁ、というか、

スタート地点をアルンにしちゃったけどこれで良かったのかなぁ……」

 

 ルクスはALOについてはまったくの初心者の為、やや心細さを覚えていた。

 

「そこの彼女、良かったらひと狩りいこうぜ!」

「ふえっ!?」

 

 まさかナンパかと思い、まごまごしながら振り返ったルクスの前にいたのは、

先日会ったばかりのハチマンであった。

 

「ハチマンさん!」

「おう、今日この時間にログインするって話だったから、ちょっと様子を見にきてみた」

「あ、ありがとうございます、正直困ってまし………た、けど、

あの、ハチマンさん、少し元気が無いように見えますけど大丈夫ですか?」

 

 それもそのはず、ハチマンは清文に別れを告げた直後に、

用事があるといってそのまま眠りの森からここにログインしていたのだった。

 

「……そう見えるか?」

「あ、はい、何となくですけど」

 

 そう言われたハチマンは、自らの頬をパンパンと叩き、気合いを入れなおした。

 

(こんな事じゃ清文に笑われちまうな)

 

「ハ、ハチマンさん、いきなり何を!?」

「いや、ちょっと眠気覚ましにな」

「ああ、眠かったんですか?それなのにわざわざすみません」

「いや、気にしないでくれ、この前ルクスはアルンから開始するって言ってたから、

最初だけでも少しアドバイスしておこうと思ってな」

「ありがとうございます、宜しくお願いします」

 

 そしてハチマンは、右も左も分からないであろう、ルクスに簡単なレクチャーを始めた。

 

「昔は各種族の領都からスタートだったから、

やれる事の選択肢はそんなに多くなかったんだよな、

でも今は央都アルンから開始出来るから、選択肢がかなり増えた分、

初心者は困る事が多いのが現状の課題なんだよな」

「なるほど……経営者側の視点ですね」

「まあそんな感じだ、まあでもルクスはSAOサバイバーなんだ、

とりあえずアインクラッドに行けば、何をするにしても困る事は無いだろう」

「えっ、いきなりあそこに行けるんですか?」

「おう、転移門があるからな」

「転移門……懐かしいですね」

 

 ルクスは昔を懐かしむように、目を細めながらそう言った。

 

「それじゃあとりあえず門に案内するわ」

「ありがとうございます!」

「っと、その前にだ」

「はい?」

「ちょっと知り合いの店を紹介しとく、素材屋なんだが、

出来ればそこで素材を売ってやって欲しいからな」

「ああ、なるほどです」

「こっちだ」

 

 そしてハチマンは、ルクスをスモーキング・リーフへと案内した。

これには顔繋ぎという意味合いもあった。

 

「あれ、ハチマンにゃ!」

「リツ姉、ハチマンが来たのな?」

「おう、リツ、リナジ、今日は知り合いの新人を連れてきた、今後仲良くしてやってくれ」

 

 ハチマンはそう言って、ルクスを二人に紹介した。

 

「ルクスです、今後とも宜しくお願いします」

「こちらこそ宜しくにゃ、私はリツにゃ」

「リナなのな、宜しくなのな!」

「それじゃあリツ、店の事をルクスに説明してくれ」

「分かったにゃ」

 

 そしてリツが店の事をルクスに説明している間、リナがハチマンに話しかけてきた。

 

「ハチマン、何で今日はリナジだって分かったのな?」

「まあさすがにもう何度も会ってるんだ、何となくだが見分けもつくさ」

「くっ、ハチマンのくせに生意気なのな!」

 

 そう言いながらもリナはとても嬉しそうな顔をしていた。

 

「あ、後な、多分もうすぐ、俺達の敵になる奴らがこの世界に来るかもしれないから、

町で見かけたら声をかけてやってくれないか?」

「敵なのに声をかけるのな?」

「おう、敵といってもまあ、身内みたいなものだからな」

「なるほど、分かったのな、ちなみに名前は何て言うのな?」

「ギルドの名前はスリーピング・ナイツ、

個人名なら、ラン、ユウキ、ジュン、テッチ、タルケン、ノリ、シウネーだな」

「覚えたのな!」

 

 リナはこう見えて、記憶力に優れているのか、こういう事を忘れた事はない。

丁度その時説明を聞き終えたルクスがこちらに戻ってきた。

 

「説明は聞き終わりました、こんな素敵な店を紹介して頂いてありがとうございます」

「こちらこそお得意様が増えて助かりますにゃ」

「だそうだ、それじゃあ転移門に向かうか」

「はい!」

 

 そして二人はそのまま転移門へと向かった。

 

「あっ、作りはSAOと一緒なんですね」

「操作方法も一緒だぞ、まあSAOの門のプログラムを流用したからだけどな」

「あは、それじゃあ同じで当たり前ですね」

 

 二人はそのままアインクラッドに転移し、始まりの街へと足を踏み入れた。

 

「うわぁ、懐かしいです……」

「まあそうだよな」

 

 その時ハチマンの耳に、とても聞きなれた声が飛び込んできた。

 

「ラン、あっちに店がいっぱい並んでるよ」

「ちょっと待ちなさいユウキ、今どこかで愛する人の声がした気がするのよ」

「え~?本当に?もしかして近くにいたりするのかなぁ?」

 

(やべっ)

 

 そのランのセリフを聞いたハチマンは、慌ててルクスの手を引き、その場から離れた。

 

「ハチマンさん、どうしたんですか?」

「いや、あ~……とりあえずSAO時代と違う点だけ教えておこうと思ってな」

「あ、なるほどです」

 

(あいつらもう来やがったのか……予想してたとはいえ、これから楽しくなりそうだ)

 

 ハチマンは内心で闘志を燃やしつつ、ルクスをとある場所へと案内した。剣士の碑である。

 

「ここだ」

「生命の碑……」

「今は剣士の碑って名前なんだよな、その機能は……」

 

 ハチマンは剣士の碑について説明し、ルクスはそれを聞いて目を輝かせた。

 

「なるほど、いつかは私も名前を載せたいですね」

「ちなみに一番最初の名前を見てみろ」

「あっ、ハチマンさんの名前がある!」

「ちなみに三層まで全員うちの身内だ」

「キリトさんやアスナさんの名前も……やっぱり凄いですね!」

「おう、凄かろ?」

 

 ハチマンは自慢げにそう言い、その後もルクスを色々な場所へと連れていった。

 

「さて、まあこのくらいか」

「参考になりました、今日は本当にありがとうございます!」

「何か困った事があったら尋ねてきてくれ、教室でもいいしヴァルハラ・ガーデンでもいい」

「ヴァルハラ・ガーデン!今度行ってみます!」

「場所は分かるか?」

「はい、コルンの街ですよね?」

「事前に調べてたのか、それじゃあまたな、ルクス」

「はい、またです!」

 

 そしてハチマンが落ちた後、

ルクスはとりあえず装備を揃えようと、始まりの街の露店へと向かった。

 

「最初はやっぱり一番弱い武器しか買えないなぁ」

 

 そこに、とても賑やかな集団がやってきた。

 

「ラン、とりあえず弱くてもいいから武器を買っとこうよ」

「そうね、でもどこに売ってるのかしらね、あ、そこの美人さん、すみません、

ALOを始めたての初心者でも買える武器を売ってる露店をご存知ありませんか?」

「あ、私もついさっき始めたばかりの初心者ですよ、でも案内は出来ます、こっちです」

「ありがとう!親切な美人のお姉さん!」

「みんな、行くわよ!」

 

 こうして偶然ながら、ルクスはスリーピング・ナイツと知り合う事になったのであった。

ここから彼女達の冒険が始まる。




これでこの章は終わりとなります、明日からは新章の始まりです。


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人物紹介 ver.1.10 Mother's Rosario edition

人物紹介

 

『ALO組、ヴァルハラ・ガーデン』

 

・ハチマン

 

 言わずと知れた主人公、その正体はSAOのハチマンである。本名は比企谷八幡。

 ソレイユの社長に就任予定。主に指揮担当。ALOのセブンスヘヴンの一人。

 

・アスナ

 

 本編のメインヒロイン、SAOのアスナである。本名は結城明日奈。

 ソレイユの渉外部長に就任予定。ヒーラー兼物理アタッカー。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。

 

・コマチ

 

 ハチマンの妹。斥候。ソレイユの渉外部に所属予定。

 

・キリト

 

 本名は桐ヶ谷和人、八幡の親友、同級生。

 ソレイユの開発部長に就任予定。物理アタッカー。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。

 

・リズベット

 

 本名は篠崎里香、八幡の同級生。和人と付き合っている。ALO最高の正統派鍛治職人。

 物理アタッカー。

 

・シリカ

 

 本名は綾野珪子、八幡の同級生。

 物理アタッカー兼ヒーラー(ピナを使用時)

 

・クライン

 

 本名は壷井遼太郎、平塚静と結婚秒読み。物理アタッカー。

 

・エギル

 

 本名はアンドリュー・ギルバート・ミルズ、喫茶店「ダイシーカフェ」を経営中。

 物理アタッカー。

 

・ユキノ

 

 本名は雪ノ下雪乃。ソレイユの経営部長に就任予定。ヒーラー。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。ヴァルハラの頭脳その1。

 

・ユイユイ

 

 本名は由比ヶ浜結衣。八幡の元同級生。

 ソレイユの芸能部『ルーメン』広報課に所属予定。タンク。

 

・ユミー

 

 本名は三浦優美子。八幡の元同級生。

 ソレイユの芸能部『ルーメン』広報課に所属予定。魔法アタッカー。

 

・イロハ

 

 本名は一色いろは。八幡の元後輩。

 ソレイユの芸能部『ルーメン』広報課に所属予定。魔法アタッカー。

 

・リーファ

 

 本名は桐ヶ谷直葉、和人の妹。剣道の有段者。シルフ四天王の一人。

 物理アタッカー。ソレイユの受付嬢に就職予定。

 

・レコン

 

 本名は長田慎一、直葉の事が好き。斥候。

 

・メビウス

 

 本名は城廻めぐり、ソレイユのメディキュボイド事業部所属。ヒーラー。

 

・ソレイユ

 

 本名は雪ノ下陽乃、ソレイユ・コーポレーションの創設者、魔法アタッカー。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。

 

・アルゴ

 

 本名は不明、主要キャラの中では唯一本名を隠し通す。

 ソレイユの開発部長兼影の情報部長。斥候。

 

・シノン

 

 本名は朝田詩乃、高校生、ソレイユでバイト中。遠隔アタッカー。

 

・フカ次郎

 

 本名は篠原美優、北海道在住。物理アタッカー。シルフ四天王の一人。

 

・クリスハイト

 

 本名は菊岡誠二郎、総務省通信ネットワーク内仮想空間管理課(通称仮想課)職員。

 魔法アタッカー。

 

・クックロビン

 

 本名は神崎えるざ、今話題のアーティスト。GGOのピトフーイ、変態。物理アタッカー。

 

・セラフィム

 

 本名は間宮クルス、八幡の秘書に就任予定。八幡の専属。タンク。

 

・クリシュナ

 

 本名は牧瀬紅莉栖、天才脳科学者。彼女の存在が、いずれ何人かの人物の救いとなる。

 HNは栗悟飯とカメハメ波。支援、弱体魔法担当。

 ヴァルハラの頭脳その2。ソレイユの次世代技術研究部に所属、八幡の専属。

 

・フェイリス

 

 本名は秋葉留未穂、魔法アタッカー。

 

・ナタク

 

 本名は国友駒央。遠隔アタッカー兼職人。

 

・スクナ

 

 本名は川崎沙希。八幡の元同級生。遠隔アタッカー兼職人。

 ソレイユのグッズ開発部長に就任予定。

 

・レヴィ

 

 本名はレヴェッカ・ミラー。サトライザーことガブリエル・ミラーの妹。

 八幡のボディガード。身元引受人は八幡だが、実は八幡と同い年である。

 新しく導入された魔法銃を与えられる。遠隔アタッカー。

 

・リオン

 

 本名は双葉理央、ソレイユの次世代技術研究部に所属。遠隔アタッカー。

 

・アサギ

 

 本名は桜島麻衣、女優。タンク。ソレイユ芸能部『ルーメン』所属。

 

・サイレント

 

 本名は平塚静、プレイはしていない、ゲスト扱い。クラインこと壷井遼太郎と結婚秒読み。

 

・ユイ

 

 NPCの少女。ハチマンとアスナの娘。

 

・キズメル

 

 NPCのダークエルフの美女。自称ハチマンの嫁。通称黒アゲハ。

 

 

『その他のALOプレイヤー』

 

・サクヤ

 

 シルフ領主。

 

・アリシャ・ルー

 

 ケットシー領主。

 

・ユージーン

 

 サラマンダー領主の弟。サラマンダー軍のトップ。元ALO最強剣士。

 

・カゲムネ

 

 ユージーンの側近。サラマンダー軍のナンバーツー扱い。

 

・シグルド

 

 元シルフ四天王の一人。サクヤに追放された後は不明。

 

・トンキー

 

 邪神型モンスター。

 

・ユウキ

 

 本名は紺野木綿季。スリーピング・ナイツのメンバー。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。

 

・ラン

 

 本名は紺野藍子。スリーピング・ナイツのリーダー。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。

 

・ジュン

・テッチ

・タルケン

・ノリ

・シウネー

 

 スリーピング・ナイツのメンバー。

 

・クロービス

 

 本名は矢凪清文。スリーピング・ナイツのメンバー。

 

・メリダ

 

 本名は山城芽衣子。スリーピング・ナイツのメンバー。故人。

 

・ゴーグル

・コンタクト

・フォックス

・テール

・ビアード

・ヤサ

・バンダナ

 

 ロザリアの元取り巻き七人衆。

 

・ルクス

 

 本名は柏坂ひより。帰還者用学校の生徒。ラフィンコフィンの元メンバー。

 アスカ・エンパイアでサッコを名乗る。

 

・グウェン

 

 詳細不明

 

・ビービー

 

 元サラマンダー軍。ナイツ『M&G(マシンガン&ゴッデス)』のリーダー。

 通称女神様。

 

・リョウ

・リク

・リツ

・リン

・リナ(リナッチ、リナジ、リナゾー、リナヨ、リナコ、リナム)

・リョク

 

 素材屋『スモーキング・リーフ』を営む六姉妹。

 

・ローバー

 

 スモーキング・リーフ内で万屋『ローバー』を営む謎の老婆。

 

 

『十狼』

 

・シャナ ALOのハチマン。     ・シズカ ALOのアスナ。

・シノン ALOのシノン。      ・ベンケイ ALOのコマチ。

・ピトフーイ ALOのクックロビン。 ・銃士X ALOのセラフィム。

・ニャンゴロー ALOのユキノ。   ・イコマ SAOのネズハ、ALOのナタク。

 

・エム

 

 本名は阿僧祇豪志。ピトフーイをこよなく愛する彼女の秘書。ドM。

 

・ロザリア

 

 本名は薔薇小猫。ソレイユの秘書室長。

 

・セバス

 

 本名は都築和彦、雪ノ下家の執事、八幡の師匠、元傭兵。

 

 

『シャナに近いGGOプレイヤー』

 

・薄塩たらこ

 

 本名は長崎大善、元GGOの最大スコードロンのリーダー。ソレイユでバイト中。 

 

・闇風

 

 本名は山田風太、GGO最高のスピードスター。ソレイユでバイト中。

 

・エヴァ

 

 本名は新渡戸咲、高校の新体操部の部長。スコ-ドロン『SHINC』のリーダー。

 

・ソフィー

 

 本名は藤沢カナ、咲と同じ新体操部所属。スコ-ドロン『SHINC』のメンバー。

 

・ローザ

 

 本名は野口詩織、咲と同じ新体操部所属。スコ-ドロン『SHINC』のメンバー。

 狙撃銃デグチャレフの運搬担当。

 

・アンナ

 

 本名は安中萌、咲と同じ新体操部所属。スコ-ドロン『SHINC』のメンバー。

 

・ターニャ

 

 本名は楠リサ、咲と同じ新体操部所属。スコ-ドロン『SHINC』のメンバー。

 

・トーマ

 

 本名はミラナ・シドロワ、ロシア出身。咲と同じ新体操部所属。

 スコ-ドロン『SHINC』のメンバー。狙撃銃デグチャレフの狙撃担当。

 

・ダイン

 

 本名は台場涼一。シュピーゲルの所属するスコードロンのリーダー。

 第三回BoBの決勝進出者。

 

・ギンロウ

 

 本名は犬塚銀治。第三回BoBにて念願の決勝進出を果たす。

 

・おっかさん

 

 本名は田中翔子、女性だけのスコードロン、GGO女性連合(通称G女連)のリーダー。

 サーシャの母親。

 

・ミサキ

 

 本名は海野美咲、G女連のメンバー。銀座でスナック「美咲」を経営。

 最初の旦那は政治家だったが死別している。シャナに懸想中。海野杏の母。

 

・イヴ

 

 本名は岡野舞衣、G女連のメンバー。ハッカー。ソレイユの開発部並びに影の情報部所属。

 母は発明家の岡野由香。

 

・レン

 

 本名は小比類巻香蓮。第一回と第二回スクワッド・ジャムの優勝者。

 

・フカ次郎

 

 ALOのフカ次郎。

 

・コミケ

 

 本名は伊丹耀司、自衛隊三等陸尉。スコードロン『Narrow』のリーダー。

 

・ケモナー

 

 本名は倉田武雄、自衛隊三等陸曹。スコードロン『Narrow』のメンバー。

 

・トミー

 

 本名は富田章、自衛隊二等陸曹。スコードロン『Narrow』のメンバー。

 

・クリン

 

 本名は栗林志乃、自衛隊二等陸曹。スコードロン『Narrow』のメンバー。

 現在ソレイユに出向中。

 

・ブラックキャット

 

 本名は黒川茉莉、自衛隊二等陸曹。スコードロン『Narrow』のメンバー。

 現在ソレイユに出向中。

 

・キリト

 

 ALOのキリト。使用輝光剣はカゲミツG4、エリュシデータ、刀身は黒。

 

・ゼクシード

 

 本名は茂村保、第二回BoB優勝者。

 

・ユッコ

 

 本名は桜川悠子、ゼクシード一派。南の友達。

 

・ハルカ

 

 本名は井上遥、ゼクシード一派。南の友達。

 

・スネーク

 

 本名は嘉納太郎、日本の防衛大臣。

 第三回BoBの決勝メンバーの一人。MGSプレイを実践する。

 

・シャーリー

 

 スコードロン『KKHC(北の国ハンターズクラブ)』のメンバー。

 

 

『その他のGGOプレイヤー』

 

・ビービー

 

 ALOのビービー。

 

・シュピーゲル

 

 本名は新川恭二、サクリファイスを殺害、現在収監中。

 

・ステルベン

 

 本名は新川昌一、SAOの赤目のザザ。通称死銃(デスガン)、現在収監中。

 

・ノワール

 

 本名は金本敦、SAOのジョニーブラック、通称ジョー。

 ギャレットとペイル・ライダーを殺害、現在逃亡中。

 

・ギャレット

 

 本名は渡辺光男、第三回BoBにて死亡。

 

・ペイル・ライダー

 

 本名は双葉駆、第三回BoBにて死亡。

 

・獅子王リッチー

 

 第三回BoBの決勝進出者。

 

・ベヒモス

 

 ミニガン使い。

 

・シシガネ

 

 VIT極振りプレイヤー。

 

・デヴィッド

 

 ピトフーイの事が嫌いらしい。古参プレイヤー。

 スコードロン『MMTM(メメント・モリ)』のリーダー。

 

・エルビン

 

 スコードロン『T-S』のリーダー。

 

・シノハラ

 

 マシンガンをこよなく愛する。

 スコードロン『ZEMAL(全日本マシンガンラヴァーズ)』のリーダー。

 

・クラレンス

 

 男性のような見た目を持つ女性プレイヤー。相方募集中。

 

・ファイヤ

 

 本名は西山田炎(ファイヤ)。

 パーティで香蓮と出会い、ひと目惚れをした青年。

 身長は150cm台、業界内ではその名前と身長のせいで有名だが、優秀な若手。

 第一回スクワッド・ジャムでSLに破れ、現在は香蓮の事を諦め、地道に営業中。

 

・餓丸

 

 第三回BoBの予選にてキリトと対戦するも、無意識のキリトにあっさり倒される。

 

・サトライザー

 

 本名はガブリエル・ミラー。シャナの宿敵。第四回BoBに出場。都築と面識有り。

 アメリカで八幡と知り合い、妹であるレヴェッカ・ミラーを八幡に託す。

 現在中東で転戦中。

 

・サクリファイス

 

 本名は凡田平、第三回BoBの直前に死亡。

 

・とある作家

 

 スクワッド・ジャムを提唱し、第一回のスポンサーとなる。

 

 

『ヴァルハラ・ウルヴズ』

 

・『ヴァルハラ・リゾート』のメンバー全員と一部のGGOプレイヤーが所属。

・年末イベント参加予定者はハチマン、アスナ、キリト、ユキノ、リズベット、

 シリカ、セラフィム、フェイリス、レコン、シノン、フカ次郎、クックロビン、

 レヴィ、ナタク、スクナ、リオン、

 レン、闇風、薄塩たらこ、ゼクシード、ユッコ、ハルカ、ミサキ、シャーリー。

 

 

『その他アスカ・エンパイアのプレイヤー』

 

・コヨミ

 

 本名は暦原栞。二十三歳で大阪のOLだがその外見は中学生レベル。

 

・トビサトウ

・ユタロウ

・スイゾー

・ロクダユウ

 

 忍レジェンド四天王。

 

・ヨツナリ

 

 被害者の会のリーダー。

 

 

『元SAOプレイヤー』

 

・ヒースクリフ

 

 本名は茅場晶彦、天才科学者。SAO四天王の一人。神聖剣。故人?

 

・ゴドフリー

 

 本名は相模自由。警察官僚。相模南の父親。

 

・クラディール

 

 本名は倉景時、現在結城塾でしごかれ中。

 

・ノーチラス

 

 本名は後沢鋭二、ユナの元同級生、オーグマーに関わる事件の首謀者の一人。

 ユナの気持ちを曲解し、彼女の意思に反する行いを繰り返し、

 最後にはユナの気持ちも失う。

 

・PoH(プー)

 

 本名はヴァサゴ・カザルス、殺人ギルド、ラフィンコフィンのリーダー。

 現在はガブリエル・ミラーの新しい配下として中東を転戦中。

 

・ザザ

 

 GGOのステルベン。

 

・ジョニー・ブラック

 

 GGOのノワール。

 

・キバオウ

 

 本名佐藤一郎、アインクラッド解放軍のリーダー。

 

・シンカー

 

 本名足立康隆、ネットゲーム攻略サイト、MMOトゥデイの管理人。

 

・ユリエール

 

 本名足立由里子、現在はシンカーの妻。

 

・ヨルコ

 

 本名は明星夜子。

 

・カインズ

 

 本名は明星優。

 

・サーシャ

 

 本名は田中沙耶、おっかさんの娘、現在総武高校で教鞭をとる。奉仕部顧問。

 

・ニシダ

 

 本名は西田俊春、ソレイユの回線保守部門に所属。趣味は釣り。

 

・ディアベル

 

 故人。

 

・リンド

 

 聖竜連合所属。

 

・シュミット

 

 聖竜連合所属。

 

・シヴァタ

 

 聖竜連合所属。

 

・コーバッツ

 

 アインクラッド解放軍に所属。故人。

 

・モルテ

 

 ラフィンコフィン所属プレイヤー。

 

・アシュレイ

 

 本名は神野アリス、SAO一の裁縫師。

 

・ユナ

 

 本名は重村悠那。ハチマンの弟子だった時期がある。

 彼女の持っていたレア装備と短剣スキルにはハチマンが関与していた。

 通称歌姫、SAOのクリア直前三十秒丁度にゲーム内で死亡。

 そのタイミングの悪さ故に脳に多少の損傷を負い、現在は病院で眠り姫となっている。

 その存在は重村徹大の手により政府にも完全に隠され、公式には死亡扱いとなっている。

 

 

『現実世界の人々』

 

・結城清盛

 

 結城家当主、剣豪。茂村保を見事に治療した。

 

・結城宗盛

 

 結城家長男、現在渡米中。

 八幡の依頼により、藍と木綿季の病気を抑える為の薬品の研究に没頭中。

 

・結城知盛

 

 結城家次男、前例のある手術の技術は超一流。

 

・結城経子

 

 結城家長女、現在東京在住、眠りの森の園長。

 

・結城楓

 

 経子の娘。難病を克服。

 

・国友義賢

 

 イコマの父親。

 

・倉景清

 

 倉エージェンシーの元社長。

 

・倉朝景

 

 ソレイユの芸能部『ルーメン』部長。

 

・雪ノ下朱乃

 

 雪ノ下姉妹の母親、帰還者用学校の理事長だが、八幡らの卒業を機に離任。

夫である純一の衆議院議員当選を受け、雪ノ下建設改めソレイユ建設の社長に就任。

 

・雪ノ下純一

 

 雪ノ下姉妹の父親、千葉県選出衆議院議員。

 

・相模南

 

 八幡の元同級生。八幡の秘書に就任予定。

 

・戸塚彩加

 

 八幡の元同級生。

 

・葉山隼人

 

 八幡の元同級生、ソレイユの法務部長に就任予定。

 

・戸部翔

 

 八幡の元同級生、ソレイユの営業部に所属予定。

 

・材木座義輝

 

 八幡の元同級生、ソレイユの開発部所属。アメリカからの帰国後、再びレクトに出向中。

 

・海老名姫菜

 

 八幡の元同級生、腐女子業界で人気作家となる。サークル「腐海のプリンセス」を営む。

 

・鶴見由美

 

 八幡のリハビリの先生。

 

・鶴見留美

 

 総武高校一年生で奉仕部所属。由美の娘。

 

・折本かおり

 

 八幡の元同級生、ソレイユの受付嬢。後に芸能部『ルーメン』所属。

 アスカ・エンパイアの情報屋ソレイアル。

 

・仲町千佳

 

 かおりの親友、実家は花屋。ソレイユ関連の花や植木の注文を一手に引き受ける事となる。

 

・昼岡映子

 

 詩乃の親友、A、真面目、ソレイユの労務部に所属予定。

 

・夕雲美衣

 

 詩乃の親友、B、調整役、ソレイユの渉外部に所属予定。

 

・夜野椎奈

 

 詩乃の親友、C、コミュ力の鬼、ソレイユの営業部に所属予定。

 その積極性で、三人の中では八幡に一番近い存在となる。八幡の専属。

 

・海野杏

 

 クルスの親友、美咲の娘。

 美咲は十代で杏を産んだ為、杏は美咲の事を美咲ちゃんと呼んでいる。

 

・玉縄春樹

 

 元海浜総合高校の生徒会長、ソレイユの入社試験に落ちる。かおりに告白し玉砕。

 

・須郷伸之

 

 SAOの最後の百人事件の首謀者、第一審で有罪判決が下るも控訴中。

 

・重村徹大

 

 東都工業大学電気電子工学科教授、オーグマーの開発者。

 オーグマーの販売メーカーであるカムラの取締役の一人、

 アーガスの元社外取締役。茅場、須郷、神代、比嘉はいずれも彼の教え子。

 重村悠那の父親。悠那の生存を全力で秘匿し、

 オーグマーを使って悠那を復活させようと画策中。

 

・神代凛子

 

 ソレイユのメディキュボイド事業部部長。

 

・比嘉健

 

 オーグマーの開発に協力。後にソレイユの開発部所属。

 

・安岐ナツキ

 

 自衛隊付属の看護病院の卒業生、階級は二等陸曹。

 第三回BoBで和人の体調の保全を担当。

 

・結城彰三

 

 明日奈の父親、レクト社長。

 

・結城京子

 

 明日奈の母親。

 

・結城浩一郎

 

 明日奈の兄。

 

・遠藤貴子

 

 詩乃を脅していた一派のリーダー、今は許されてたまに一緒に行動している。

 

・葵梨紗

 

 コミケの元奥さん、姫菜と共にサークル「腐海のプリンセス」を営む。

 

・ダル

 

 本名は橋田至。スーパーハカー。大学卒業後はソレイユの開発部兼情報部に所属予定。

 

・鳳凰院凶真

 

 本名は岡部倫太郎。あだ名はオカリン。八幡と友達付き合いをしている。

 時々情報屋FGとしてアスカ・エンパイアをプレイ中。

 ナユタの事を、スリーピングナイツのメンバーと共に見守っている。

 

・まゆしい

 

 本名は椎名まゆり。メイクイーン・ニャンニャンでバイト中。

 

・比屋定真帆

 

 牧瀬紅莉栖の先輩、ヴィクトル・コンドリア大学の元学生。

 ソレイユの次世代技術研究部所属。ニューロリンカーの開発に邁進中。

 

・アレクシス・レスキネン

 

 元ヴィクトル・コンドリア大学教授で、ソレイユの次世代技術研究部の部長。

 ニューロリンカーの開発に邁進中。

 

・天王寺祐吾。

 

 コードネームFB。通称ミスターブラウン。

 岡部倫太郎のラボ『未来ガジェット研究所』の一階の電気店の店長にしてビルのオーナー。

 ソレイユ情報部『ルミナス』(表向きは市場調査部)部長。

 

・桐生萌郁

 

 コードネームM4。ソレイユ情報部『ルミナス』所属。八幡の専属。

 

・漆原るか

 

 岡部倫太郎の弟子。柳林神社の宮司の息子。

 

・漆原える

 

 柳林神社の宮司の娘。漆原るかの年の離れた姉。ソレイユの受付として勤務中。

 通称ウルシエル。

 

・阿万音由季

 

 夏コミのソレイユブースに参加した女性コスプレイヤー。橋田至と交際中。

 

・櫛稲田優里奈

 

 八幡の被保護者。八幡のマンションの部屋の管理役を努める。

 

・櫛稲田大地

 

 優里奈の兄。故人。

 

・小比類巻蓮一

 

 香蓮の父親。北海道で建設業を営む。香蓮の他に、息子が二人、娘が二人いる。

 香蓮はその末っ子であり、蓮一は香蓮を溺愛している。

 

・はちまんくん

 

 AI搭載型自律式ぬいぐるみ、詩乃が所持。



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趣味の資料 ver.1.00 Mother's Rosario edition

** 各組織所属メンバー一覧 **

 

『ヴァルハラ・リゾート』

 

リーダー  ハチマン

副リーダー アスナ    キリト    ユキノ    ソレイユ

メンバー  リズベット  シリカ    セラフィム  フェイリス  レコン

      シノン    フカ次郎、  クックロビン レヴィ    ナタク

      スクナ    リオン    アサギ    コマチ    クライン

      エギル    ユイユイ   ユミー    イロハ    リーファ

      メビウス   アルゴ    クリスハイト クリシュナ  ロザリア

 

                                  計 三十名

 

『十狼』

 

リーダー  シャナ

メンバー  シズカ    ベンケイ   シノン    銃士X    ロザリア

      ピトフーイ  エム     イコマ    ニャンゴロー

     

                                  計  十名

 

『ヴァルハラ・ウルヴズ』

 

リーダー  ハチマン

メンバー  アスナ    キリト    ユキノ    ソレイユ   リズベット

      シリカ    セラフィム  フェイリス  レコン    シノン

      フカ次郎、  クックロビン レヴィ    ナタク    スクナ

      リオン    アサギ    コマチ    クライン   エギル

      ユイユイ   ユミー    イロハ    リーファ   メビウス

      アルゴ    クリスハイト クリシュナ  ロザリア   レン

      闇風     薄塩たらこ  ゼクシード  ユッコ    ハルカ   

      シャーリー  ミサキ    

 

                                  計三十八名

 

 

『社長がモテすぎてむかつく乙女の会(社乙会)』

 

  会長  薔薇小猫

メンバー  相模南    間宮クルス  折本かおり  仲町千佳   岡野舞衣

      朝田詩乃   雪ノ下雪乃  由比ヶ浜結衣 三浦優美子  一色いろは

      栗林志乃   黒川茉莉   双葉理央   桐生萌郁

 

                                  計 十五名

 

 

** 二つ名一覧 **

 

ハチマン   銀影、ザ・ルーラー、覇王   アスナ    閃光、バーサクヒーラー

キリト    黒の剣士、剣王        ユキノ    絶対零度

ソレイユ   絶対暴君           セラフィム  姫騎士イージス

シノン    必中             リズベット  神槌

フカ次郎   ツヴァイヘンダーシルフ    リオン    ロジカルウィッチ

クライン   サムライマスター       エギル    アクスクラッシュ

シリカ    竜使い            クリシュナ  タイムキーパー

 

レン     ピンクの悪魔         闇風     スピードスター

 

ビービー   指揮者

 

 

** ヴァルハラ・個人マーク(既出分) **

 

ハチマン   覇王          (王冠の中に毛筆の『覇』の文字)             

アスナ    クロスレイピア     (十字になったレイピア)

キリト    剣王          (王冠の中に毛筆の『剣』の文字)

ユキノ    アイスクリスタルクロス (通称アイスクロス、氷の十字架)

セラフィム  セラフィムイージス   (巨大な羽根の生えた炎を纏った盾)

シノン    キューピットアロー   (先端にハートが付いた矢を番えた弓)

ユミー    ヘルファイア      (波型の炎)

リズベット  スターハンマー     (ハンマーの右上に星)

フカ次郎   愛天使         (ハートに羽根と天使の輪)

リオン    ロジカルウィッチ    (数字で書かれたホウキにまたがる魔女)

スクナ    ソーイング       (針と糸)

ナタク    ツールボックス     (金槌と鋸とペンチ)

 

 

** ヴァルハラ・メイン武器(既出分、現在の状況) **

 

ハチマン   雷丸

アスナ    暁姫

キリト    彗王丸(二本に分けた時の呼称はエリュシデータ、ダークリパルサー)

フカ次郎   ハイファ

リーファ   イェンホウ

クックロビン リョクタイ

ソレイユ   ジ・エンドレス

リオン    ロジカルウィッチスピア

シノン    無矢の弓・改

ユキノ    カイゼリン

 

 

** 他プレイヤー・メイン武器 **

 

ユウキ    セントリー

ラン     スイレー

 

リョウ    神珍鉄パイプ

 

 

** ヴァルハラ制式装備 **

 

オートマチック・フラワーズ(リーダー、幹部用)

ヴァルハラ・アクトン   (メンバー用)

 

 

** 輝光剣シリアル **

 

ハチマン   カゲミツX1、2  アハトX     刀身は黒

シノン    グロックX3    チビノン     刀身は水色

シズカ    カゲミツG1    夜桜       刀身はピンク

ベンケイ   カゲミツG2    白銀       刀身は銀

ピトフーイ  カゲミツG3    鬼哭       刀身は赤

キリト    カゲミツG4    エリュシデータ  刀身は黒

銃士X    カゲミツG5    流水       刀身は青

シャーリー  カゲミツG6    血華       刀身は赤

デヴィッド  カゲミツG7    破鳥       刀身は緑

闇風     カゲミツG8    電光石火     刀身は紫

                    

 



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第七章 マザーズ・ロザリオ編
第731話 謎のローバー


お待たせしました、遂にマザーズ・ロザリオ編の開幕です!


 スリーピング・ナイツがALOに上陸してから実に一週間が過ぎた。

だがその事はほとんど話題には上がっていない。

それは単純に、目立つような行動をまったくしていないせいであり、

とにかく今は、ALOで確固たる地盤を築こうと躍起になっていたのだった。

そして物語は、スモーキング・リーフから幕を開ける。

 

「おばば様、何か私好みの情報は無い?」

 

 ソファーでリツに入れてもらったお茶を飲みながら、

ランは前に座っている老婆にそう質問をした。

 

「儂はお前さんの好みなぞにはまったく詳しくないのじゃが、

そうさのう、お前さん達は十分な強さを誇っておるが、

その武器じゃまだまともに戦えんじゃろ?とりあえず金策にいい狩り場の情報でいいかの?」

「それよそれ、私達が求めていたのはまさにそんな情報なの、

さっすがおばば様、頼りになるわ!」

「褒めても何も出んぞい」

「そんなの分かってるわよ、でも褒められて悪い気はしないでしょう?」

「まあのう、それで狩り場の情報じゃが……」

 

 ここはスモーキング・リーフの中にある万屋『ローバー』であり、

この老婆はその店長の『ローバー』である。

要するにプレイヤーネームが店の名前になっているのだが、

老婆だからローバーとは何とも安直な話だ。

ちなみに何故今こうなっているのかというと、

話はルクスとスリーピング・ナイツの出会いの次の日まで遡る。

 

 

 

 AEで猫が原の戦いが行われた次の日、ひよりは学校の廊下で八幡に話しかけられ、

昨日八幡が落ちた後に何があったのかを、嬉しそうに話し始めた。

 

「よぉひより、調子はどうだ?」

「あっ、八幡さん、あの後なんですけど、実は早速お友達が出来たんですよ、

あの直後にALOの初心者だっていうコンバート組の人達に、

初期の資金で買える武器を売ってる店はないか聞かれて、

とりあえず露店の武器屋に案内したんですよね」

「ふむふむ」

「店を紹介した後、他にも色々聞かれて、私ってばえっと……

補給とかを担当してたせいで、店とかそういうのには結構詳しいから、

色々と案内してあげて、それがキッカケでその人達と仲良くなったんですよ」

 

 ひよりはさすがに学校の廊下でラフコフの名前を出すような事はせず、

主語を省いてそう言うに留めた。だがまあ特に問題はない。

八幡は事情を知っている為、きちんと脳内で、ラフコフで、という主語を付け足したからだ。

 

「なるほど、確かにひよりは色々と詳しそうだよな」

「はい、それだけが取り柄ですので!それでですね、私達って先立つものがないから、

どうしても戦闘力って点ではやっぱり最前線にはまだまだ行けないんですよ」

「まあそうだろうな、今手に入るのは、いいとこアニールブレードくらいだろうしな」

「そうなんですよ、なのでまあ、せっかく知り合ったんだし、

私は信頼出来る戦闘の仲間を手に入れられて、

自分で言うのはちょっと恥ずかしいですけど、

あちらは情報通の私に色々案内してもらえるって事で、

しばらくはウィンウィンな付きあいをしていこうって話になったんですよね」

「そうか、良かったじゃないか」

「はい、正直助かりました」

 

 八幡は内心で、ひよりってこんなによく喋る奴だったのかと驚いていたが、

よく見ると頬は紅潮しており、久しぶりに昔のキャラでログイン出来て、

楽しくて気分が高揚しているんだろうなと推測した。ちなみにその推測は正解である。

 

「しかしそいつらは、確かに信用出来る奴なのか?」

「一応ネットで調べたんですけど、他のゲームじゃ有名なチームらしくて、

悪い評判も無いから大丈夫だと思います」

 

 この時点で八幡は、まさかという気持ちでいっぱいであった。

 

「……へぇ、一体何てチームだ?」

「スリーピング・ナイツです」

 

 八幡は、まさかそんな偶然があるのと衝撃を受けたが、

当然そんな感情を表に出すような事はない。

 

「……へぇ、まあひよりが本当にそいつらを信用出来ると思ったのなら、

機会を見てスモーキング・リーフにでも連れてってやってくれ、

お得意様になってくれるかもしれないしな」

「ああ、確かにそうですね、それじゃあ早速今日案内してみますね」

「ルクスって優柔不断っぽい事を言ってた癖に、たまに即断即決するよな」

 

 ここでまもなく授業が始まる時間となり、二人はそれぞれの教室へと戻る事にした。

 

「そろそろ時間だな、それじゃあまたな、ひより」

「はい、またです」

 

 そして教室に入ったひよりは、同じクラスの女子達に囲まれた。

 

「か、柏坂さん、最近八幡様とたまに話してるよね?」

「う、うん、実は先日アスカ・エンパイアで偶然八幡さん達と知り合って、

その時に覚えてもらえたの」

「そうなんだ、やっぱりゲーム絡みかぁ……また私も何か始めようかな……

でもまだちょっと怖いんだよね……」

「それ、あるよね」

「分かる分かる、私もそうだもん」

 

 その意見に他の女子達も賛同した。

 

「まあ悪いのは人であって、ゲームが悪いんじゃないよきっと」

「確かに……」

「まあでも八幡様に覚えてもらえたなんて、本当に羨ましい……」

「いいなぁ、柏坂さん」

 

 授業開始時刻が差し迫っていたせいか、

丁度その時、教師が前の扉から入ってきたため、

そこでひよりは解放される事となった。

 

(ふう、この学校に入ってからこんなに人と話したのは始めてかも。

これも八幡さん効果なのかな、やっぱり凄いなぁ)

 

 そんな事を考えながら、ひよりはその日、クラスメート達の相手をし続ける事となった。

これをキッカケに、ひよりの学校での半孤立状態は終了し、

その後は普通に他の者とも話せるようになった。

そう考えると先日の戦いは、ひよりにとっては人生の転機となる戦いであったのだろう。

 

 

 

(さて、今日はスリーピング・ナイツの人達と、どこに行こうかなぁ、

とりあえずスモーキング・リーフには案内するとして、

そこでどんな素材がどの辺りで取れるのかとか、

どんな資材が高値で取引されているのかとか、リツさんやリナさんに聞いてみよっと)

 

 ひよりはそんな事を考えながら教室を出た。

そして八幡の教室の前に差し掛かった時、中からこんな声が聞こえた。

 

「おいおい、八幡の奴はどうしたんだ?凄い勢いで走り去っていったな」

「あ、何か急用でソレイユに行くって」

「ソレイユ?ああ、仕事絡みか」

「そうなのかな?今日は一日どこからも連絡を受けてなかったんだけどなぁ」

 

(八幡さん、帰っちゃったんだ、

運が良ければ放課後もちょっと話せるかと思ってたけど、残念だな)

 

 ひよりはそう思いながらも寮の自室へと急いで戻り、そのままALOへとログインした。

 

「さて、ランさん達は……ステータス、アインクラッド一層?

ここにいるならとりあえず、みんなを探して合流かなぁ」

 

 ルクスがそう思った瞬間に、ランからメッセージが届いた。

 

『私ランちゃん、今あなたの後ろにいるの』

 

「ひっ」

 

 ルクスはそう軽く悲鳴を上げて、慌てて振り向いた。

 

「どうしたの?どこかに美人でグラマーなランちゃんでもいた?」

 

 その厚顔無恥な言葉には、さすがに仲間内から突っ込みが飛んだ。

 

「自分で言うのかよ!」

「さすがランさすがあざとい」

「うるさいわね、別にいいじゃない、事実なんだし」

「うわ、開き直りやがった!」

「もう一回言うぞ、自分で言うな!」

 

 そのスリーピング・ナイツのメンバー達の会話に、ルクスは思わず噴き出した。

 

「ほら、ルクスも喜んでくれてるじゃない」

「お~いラン、違うからな、笑われてるだけだからな」

 

 そんなランにすかさずテッチがそう突っ込んだ。

 

「そうなの?」

 

 ランが真顔でそう言った為、ルクスはそれが冗談なのか本気なのか判別出来なかった。

その為ルクスは必死に笑いを堪えながらランに無難な返事をした。

 

「い、いえ、皆さんと一緒にいると楽しいなって思って……」

「ほら、やっぱり喜んでるんじゃない」

 

 そのランのドヤ顔に、テッチは呆れた顔で言った。

 

「まあルクスがいいってならそれでいいや、で、これからどうする?」

「あ、その前に一箇所、案内したい所があるんです」

「そうなんだ、どこ?」

「えっと、アルンの裏通りにある素材屋さんで、スモーキング・リーフってお店です」

「ちょっとスリーピング・ナイツに似てるわね」

「ひぃふぅみぃ、四文字しか被ってねえよ!」

「半分も被ってるじゃない」

「え?あ、そう言われると確かにそうか」

「ええそうよ、私は常に正しいのよ!」

 

 そのランの言葉に、仲間達はやれやれという表情をした。

 

「えっと……」

 

 ルクスはどう反応すればいいのか分からず、曖昧にそう口に出した。

 

「あっとごめんごめん、ランは時々こんな風におかしくなるんだよね、

さあ、そのお店にボク達を案内してよ」

「あっ、はい、それじゃあ行きましょう!」

「ユウキ、後で覚えてなさい」

「はいはい、ランもさっさと行くよ」

 

 そして一行は、ルクスの案内でスモーキング・リーフへと足を踏み入れる事になった。



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第732話 それは夢か幻か

すみません、ずっと戦士の碑と表記してましたが、剣士の碑が正しいですね、
量が多いので徐々に直していきます!


 スモーキング・リーフの前に到着した一同は、口々に店についての感想を述べていた。

 

「うわ、何ここ……」

「見るからに怪しいな」

「いやいや、こういうのがいいんだろ!いかにもって感じで!」

「これは名店の雰囲気がぷんぷんするわね……」

「これ、入り口に触るとパスワードの入力を求められますね……」

 

 好奇心で入り口に触ったシウネーが、驚いたような顔でそう言った。

 

「マジか、益々怪しいな」

「ルクスはよくこんな店を知っていたわね」

「あ、えっと、お友達に教えてもらったんですよ、

ちなみに信用出来る人しか連れてこないようにっていう条件が付けられてます」

 

 そのルクスの言葉は、確かに一同の心を打った。

 

「そ、そう、まあ別に嬉しくなんかないんだからね」

「ランは素直じゃないなぁ、ストレートに嬉しいって言えばいいじゃない」

 

 ユウキにそう言われたランは顔を赤くし、そっぽを向きながら言った。

 

「ま、まあ嬉しくなくはなくはなくはないわね」

「いや、長いから……」

 

 ノリが呆れた顔でそう言った後、続けてこう付け加えた。

 

「私は悪い気はしないわね、というか嬉しいよ」

「私もです、信頼して下さってありがとうございます、ルクスさん」

 

 シウネーも満面の笑顔でルクスにそう言った。

 

「俺も俺も!」

「俺も嬉しいかな」

「もちろんボクも嬉しいよ」

 

 シウネーに続いてジュンが明るい声で、そしてテッチが落ち着いた声でそう言い、

その後にユウキが笑顔でそう言った、

 

「わ、わたくしもその、嬉しいと思います」

 

 最後にタルケンがもじもじしながらそう言い、

そんなタルケンの背中をノリがバシンと叩いた。

 

「タル、あんたいい加減に女の子の前であがるその癖、治しなよ」

「そう言われて治るくらいならもうとっくに治ってるよ!」

 

 そのやり取りで一同は笑い、釣られてルクスも笑った。

ハチマンが相手の時と身内だけの時は、

年相応の子供のような反応をするスリーピング・ナイツの男性陣だが、

どうやらこういう場だと、三者三様の個性が出るらしい。

基本ジュンは明るく快活であり、テッチは落ち着いており、

タルケンは若干繊細な感じのようである。

 

「さて、それじゃあ中に入りましょうか、今パスワードを入力しますね」

 

 そう言ってルクスがパスワードを入れると、カランカラン、というベルの音と共に、

店の入り口の扉が開いた。

 

「失礼します、先日こちらにお邪魔させて頂いた、ルクスですが……」

「いらっしゃいませ、あっ、今日も来てくれたんだ、ありがとにゃ、ルクスさん!」

「ああ、話は聞いてるよ、私はリョク、宜しくじゃん」

 

 そんな二人をリツとリョクが出迎えた。どうやら今日の店番はこの二人のようである。

 

「今日はどうしたのにゃ?それにそちらは……」

「新しくこちらの顧客になってくれそうな信頼出来る人達を連れてきました、

こちらはスリーピング・ナイツの方々です」

 

 そして自己紹介が行われ、

スリーピング・ナイツはリツ達にその存在を認知される事となった。

 

「今後ともご贔屓ににゃ」

「それでですね、リツさん、リョクさん、色々教えて欲しい事があるんですが……」

「うん?何かにゃ?」

「えっと……」

 

 その時、店の奥から何者かが姿を現した。

一人はリョウ、そしてもう一人は、よたよたと歩く、ALOでは珍しい老婆であった。

 

「あれま、お客さんかえ?」

「へぇ………私はリョウ、あなた達、随分と強そうねぇ、ちょっと戦う?」

「これリョウ、少しは自重するのじゃ」

「ちぇっ、は~い」

 

 その老婆にそう窘められたリョウは、大人しく後ろに下がった。

そして前に出た老婆は、一同に自己紹介を始めた。

 

「儂の名はローバー、今度ここに店を出させてもらう事になった者じゃ、宜しくな」

「べ、別のお店ですか?ここに?」

「ついさっき急に決まった話なのにゃ、なのでお客さん達が、

ローバーさんのお店の最初のお客さんなのにゃ」

「ちなみにローバーさんのお店は基本カタログ販売で、商品は後日に手渡し方式じゃん」

「そうなんですか、これから宜しくお願いします、ローバーさん!」

「こちらこそ宜しく」

 

 そしてリツは、ルクスからの色々な質問に答える事となり、シウネーもそれに加わった。

その間残りの者達は、ローバーが差し出してきたカタログを見ながら、一喜一憂していた。

 

「ちょ、ちょっとおばば様、これって本当に売ってるの?」

「もちろんじゃ、何か気になる物でもあったかえ?」

「これ、これよこれ、この刀、ここに書いてあるスペックって本当なの?」

「どれ……ああ、スイレーじゃな、確かにそれで間違いないぞえ」

 

 そのローバーの言葉にランは眼を輝かせた。

 

「欲しい!でもお金は無い!」

「なら誰かに買われないうちに、その金額を目標に頑張って稼ぐんじゃな」

「分かった、頑張って貯める!絶対に買うから可能なら予約をお願い」

「やれやれ、まあ仕方ないのう、一ヶ月待ってやるわい」

「ありがとうおばば様!」

 

 まさに即断即決であった。

 

「おいおいラン、それってそんなにいい物なのか?」

 

 そのジュンの質問に、ランは目を血走らせながらこう答えた。

 

「いい物なんてもんじゃないわよ、これは最終装備クラスの武器よ!神刀クラスよ!」

「げっ、マジで?」

「ローバーさんって何者なんだろう……」

 

 その驚きも束の間、続けてユウキが絶叫した。これはとても珍しい事である。

 

「うわあああああああ!」

「なっ、何じゃ小娘、一体どうしたんじゃ?」

「おばば様、これ、これ!」

「ん~?ああ、セントリーか、これが欲しいのかえ?」

「欲しい!」

「なら頑張ってお金を稼いでくるんじゃな」

「うん、稼ぐ!なので予約をお願い!」

「またか……まあ構わんぞい、頑張るんじゃぞ」

「ありがとう、おばば様!」

 

 喜ぶユウキに、テッチが恐る恐るこう尋ねた。

 

「ユウキ、もしかしてそれも?」

「うん、魔剣クラス、もしかしたら神剣かもね!」

「それは凄いな……」

 

 テッチはううむと唸り、先程と同じように、タルケンがぼそりと呟いた。

 

「ローバーさんって本当に何者なんだろう……」

「儂はただの老婆じゃよ」

「うわっ、もしかして聞こえてましたか?」

「聞こえてたが気にする事は無いわえ、別に悪口とかじゃなかったからのう」

「す、すみません」

 

 そう謝るタルケンに、ローバーは気にするなという風に鷹揚に手を振った。

 

「ちなみにその二本なら今手元にあるぞい、

このカタログの内容が本当だと証明する為に、ちと持たせてやるかのう」

「い、いいの!?」

「ど、どこ?」

「ここじゃ」

 

 そう言ってローバーは、ストレージから一本の刀と一本の剣を取り出した。

それを見た一同は、思わず背筋がゾクッとするのを感じた。

 

「凄え迫力……」

 

 その二本を見たジュンは呆然と呟いた。そしてテッチもその呟きに同意した。

 

「本物だね……」

 

 スリーピング・ナイツのサポート役として自らを鍛えてきたシウネーは、

目を見張りながらこんな感想を述べた。

 

「これは武器の心得が無い私が見ても、何かくるものがありますね」

「いやいやシウネー、マジ凄いってこれ」

 

 ノリが武器から目を離さないままそう言い、タルケンは頬を紅潮させながらこう呟いた。

 

「何か吸い込まれそうだね……」

 

 その言葉通り、ランとユウキの目はその二本の武器に釘付けとなっていた。

 

「ほれ、二人とも、正気に戻らんかい」

 

 そんな二人の頬をローバーが軽く叩いた。

 

「あっと、ごめんなさいおばば様」

「うわ、うわぁ、おばば様、持ってみてもいい?」

「その為に出したんじゃ、二人ともほれ、持ってみい」

 

 そしてランはスイレーを、ユウキはセントリーを、ローバーから受け取った。

 

「リツさん、これ、庭を借りてちょっと振ってみてもいい?」

「構わないにゃ、こっちにゃ」

 

 そして二人は庭で、近い将来自分の物になるであろう、武器を振ってみた。

 

「こ、これは……」

「カタログスペック以上にくるものがあるね……」

 

 その瞬間に、その二本の武器から、リン、という音が聞こえ、

二人の脳裏にSAOのフロアボスらしきモンスターと戦う自分達の姿が浮かんだ。

その手にはスイレーとセントリーがしっかりと握られ、そんな二人の隣に、

輝くレイピアを持つ、長い水色の髪をした見た事もない美しい女性がいた。

その映像は一瞬で消え、二人は現実へと引き戻された。

 

「い、今のは……」

「ん、どうかしたのかえ?」

「う、うん、これを持って何か巨大なモンスターと戦うボク達の姿が見えた!」

「それに、見た事がない見知らぬ女性が私達と一緒に戦っていたわ、

光輝くレイピアを持った、長い水色の髪の綺麗な女性よ」

「ほう……まあ未来にそういう事があるのかもしれないのう」

 

 ローバーはそうなった原因に心当たりが無い為、

二人から武器を受け取りつつ、もしかしたらいずれそうなるのかもしれないなと、

漠然とした感想を述べるに留めた。

 

「二人とも、この武器はどうじゃったかの?」

「「絶対に欲しい!」」

「そうかそうか、まあ頑張るんじゃよ」

 

 他のメンバー達も、自分達のレベルに合わせた武器や防具に目星を付け、

こうしてスリーピング・ナイツの最初の目標が決まった。一にも二にも、金策金策である。

 

「ルクス、シウネー、リツさんから話は聞けた?」

「はい、バッチリです」

「情報を共有し、確認しました」

 

 その事を確認した後、ランは続けて仲間達に指示を出した。

 

「それじゃあとりあえず、当面の拠点にする場所を探しましょう、

リツさん、何かそういう物件に心当たりは無い?」

「ごめんなのにゃ、私はそっち方面には疎いのにゃ」

「借家なら私に心当たりがいくつかあるじゃん」

 

 そう横から口を出してきたのはリョクであった。リョクはこの店を探すに辺り、

いくつかの物件をハチマンと一緒に実際に見に行った経験があった。

 

「こことここ、それにここ辺りに、レンタル出来るそれなりに広い家があるじゃんね」

「ありがとう、このお礼はいずれ!」

「うちに素材を卸してくれればそれでいいじゃん」

「分かった、必ず持ってくるね!」

 

 そして一同が別れを告げ、拠点を探しに行こうとしたその時、

今まで黙っていたリョウがローバーにこう言った。

 

「ローバーさん、そろそろ戦う?」

「儂は戦わんぞ?」

「そうじゃなくて、ほら、分かるでしょ?」

 

 どうやら先程スイレーとセントリーを見せられたリョウは、

我慢の限界が来てしまったようで、

ランとユウキを見てハァハァと荒い息を吐きながらもじもじしていた、少しエロい。

 

「やれやれ、そこの二人がいいというなら別に構わんぞい」

「どう?」

 

 その言葉に二人は顔を見合わせた。

 

「やってもいいんだけど、手持ちの武器が心もとないのよね」

「うん、ボクもそんな感じ」

「ローバーさん」

 

 リョクは縋るような目でローバーをじっと見つめ、

ローバーはやれやれといった感じでストレージから、

それなりの性能に見える武器を取り出した。

 

「中の上くらいの武器じゃがこれでいいかえ?」

「ええと……うん、これならいけるかも」

「ボクも大丈夫!」

「それじゃあ仕方ない、この婆が訓練場まで案内してやるかえ」

「ありがとうおばば様!」

 

 こうして成り行きから、ランとユウキの二人はリョウと剣を交える事となった。



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第733話 レベルの高さ

「ここじゃここじゃ、さて、存分にやり合うがよいぞ」

「ありがとうおばば様」

「へぇ、こんな場所もあるんだ」

「どうやら緊張はしていないみたいだわねぇ」

「まあね」

「ALOのレベルを測るいい機会だしね」

 

 ランとユウキ、そしてリョウは今、訓練場の真ん中で対峙していた。

 

「さて、どっちが戦う?あ、でも両方同時は勘弁ね、絶対に無理だし」

「おや、リョウ、あんたにしては珍しいじゃないか、一体どんな風の吹き回しだい?」

「やだなぁおばば様、私ってば、勝てない戦いは、

どうしても仕方がない時にしかしない主義なのよねぇ」

「なるほど」

 

 ローバーはそれだけ確認すると、大人しく後ろへと下がり、

そしてランとユウキは、どちらが先に戦うのか相談を始めた。

 

「ユウ、ここはリーダーである私に譲りなさい」

「え~?やだよ、ボクだって早く戦いたいもん」

「どうしても引かないの?」

「そっちこそ引いてよラン」

「仕方ないわね、こうなったらジャンケンよ」

「分かった、本気でいくからね!」

「負けないわよ」

 

 そして二人はジャンケンを始めた。だが中々決着がつかない。

というかまったく決着がつかない。

延々とあいこを繰り返す二人にさすがに業を煮やしたのか、

ローバーが二人の間に割って入った。

 

「まったく何なんじゃお主らは、双子の親和性か何かかえ?

もうこうなったらクジか何かで決めるがええわ、

売り物の短剣にこれこれこうして目印をつけて、

ほれ二人とも、どっちかを選ぶとええ、印の付いた方が当たりぞ」

「それじゃあ私は右を」

「ボクは左を」

 

 この勝負に勝利したのはランであった。

 

「やったわ、正義の勝利よ」

「くぅ、負けたぁ!」

「という訳でお待たせしたわね、私が相手よ」

「やれやれやっと決まったみたいだわねぇ、

それじゃあローバーさん、開始の合図をお願い」

「心得た、このコインが地面に落ちた時が開始じゃ、ほれいくぞ」

 

 そう言ってローバーは、取り出したコインを宙へと投げた。

そのコインが地面に落ち、チリン、という音を立てた瞬間に、

いきなりリョウがランに向かって突っ込んだ。

 

「先制攻撃……だわよ!」

 

 リョウはそのまま無骨な神珍鉄パイプを振り上げ、ランへと襲いかかった。

ランはリョウの持つ鉄パイプから、不穏な雰囲気を感じていた為、

その攻撃をまともに受ける事はせず、上手く攻撃の軌道をずらして反撃しようとした。

 

「おおっと、危ない危ない」

 

 リョウは即座に後ろに跳び、カウンターぎみに攻撃しようとしたランの意図を阻んだ。

 

「カウンターには突きだわねぇ」

 

 リョウはそこから突き主体の攻撃に移行し、ランは舌打ちをしながらも、

即座にスタイルを変え、こちらも突き主体の攻撃に切り替えた。

 

「へぇ、そうくる?こうくればこう、こうくればこう、か」

 

 ランはリョウと突きの応酬を繰り広げながら、

自分の攻撃が徐々に丸裸にされていくような感覚を味わっていた。

それが気のせいではない証拠に、一度放った技に対する相手の対応が、刻々と変化していく。

 

(この人……一体何なの……)

 

 ランは得体の知れない警戒感を覚え、一旦後ろに下がる事にした。

 

「そこ!」

 

 その瞬間にリョウの持つ神珍鉄パイプの先端に、光るリングのような物が現れ、

それが突然凄まじいスピードでランの方へと延びた。

 

「えっ?」

 

 ランは咄嗟にそれを避けたが、それは逆にリョウの思う壺であった。

 

「ここから、こう!」

 

 そう叫びながらリョウが手首を捻った瞬間に、そのリング部分がランの体に巻きついた。

 

「ちょ、ちょっと!何よこれ!」

「そしたらこのまま、こう!」

 

 リョウはそのままランの体を持ち上げ、空中に投げ上げようとした。

おそらく空中で拘束を解除し、そのまま殴打しようという考えだったのだろう。

だがそのリョウの意図通りにはいかなかった。ランの体が持ち上がらなかったのである。

というか武器は持ち上がったが、ランはその輪からするりと抜けた。

そのせいでリョウは、バンザイをする格好になっていた。

 

「あ、あれ?」

 

 見るとランは、咄嗟に刀を使い、自身が完全に拘束される前に、

体が抜けるくらいのスペースを確保していたようであった。

 

「んなっ……」

「棒立ちね、懐ががら空きよ」

 

 そのリョウの隙を逃さず、ランは一気に距離を詰め、

刀の柄で、リョウの鳩尾に強烈な一撃を見舞わせた。

 

「ぐはっ!」

 

 そしてリョウはどっとその場に倒れ、ローバーはそこで試合を止めた。

 

「そこまでじゃ、勝者、ラン!」

「当然ね」

 

 そう言ってランは踵を返したが、内心では冷や汗をかいていた。

 

(危なかったわ、『偶然』刀で拘束をガード出来なかったら、

多分こっちがやられていたわね……)

 

 そんなランに、ユウキが無邪気に声をかけてきた。

 

「それじゃあ次はボクの番だね!」

「残念ねユウ、多分あの攻撃の入り方だと、

リョウさんはしばらく目を覚まさないと思うわよ」

「えっ?でももう立ってるよ」

「何ですって?」

 

 ランはそう言われ、慌てて振り返った。そこにはピンピンしているリョウの姿があり、

リョウはローバーと、照れた顔で話していた。

 

「いやぁ、いけると思ったんだけどなぁ、上手く捌かれちゃったね」

「狙いは悪くなかったと思うぞい、だが詰めが甘かったの、

相手の反撃の余地が完全に無くなる状態まで持っていけるようにしないと、

まあこういう事も起こりうるじゃろうな」

「うん、そこは反省しないとだわねぇ、さあて、次行きましょう次!」

 

(な、何であれで立てるの?おばば様もその事に何の疑問も持っていないみたいだし、

って事はこれが普通?これがALO………)

 

 ランは背筋にぞくりとするものを感じたが、

それは恐怖などの感情ではなく、歓喜のせいであった。

 

(ここのトップがヴァルハラ……どうしよう、ちょっと興奮してきちゃったかも)

 

 そんなランの内心を知ってか知らずか、ユウキが能天気な声でこう言った。

 

「それじゃあ行ってくるね、ランはあっちでちょっと落ち着いてきてね」

「え、ええ」

 

 そして続けてユウキがリョウの前に立った。

 

「う~ん、構えはオーソドックスだわねぇ」

「まあね、ほら、ボクってば正統派だからさ」

「正統派…………ねっ!」

 

 リョウは様子見をするように、ユウキ目掛けて神珍鉄パイプを突きだした。

ユウキは一瞬それを迎撃するように、持っていた剣を跳ね上げるそぶりを見せた。

 

「でもそうはさせないのよねぇ」

 

 リョウはぼそりとそう呟きながら、神珍鉄パイプを持つ手に力を入れた。

その瞬間にリョウは、前につんのめった。

 

「ええっ!?」

 

 見ると一体どうやったのか、ユウキがリョウの武器を、

上から下に叩きつけるように逆方向に弾いていた。

 

「嘘、全然見えなかったんだけど……」

 

 次の瞬間に、リョウの首筋にユウキの剣が突きつけられ、

リョウは冷や汗をたらした後、大人しくギブアップした。

 

「うわぁ、これはやられたわ、様子見なんかしなければ良かった、はい、ギブアップ」

「やった、ボクの勝ち!」

 

 ユウキは先程のランとリョウの戦闘を見て、

駆け引きの応酬になるとこちらが不利だと読み、刹那の攻防に身をゆだねる事にしたようだ。

今回はそれが上手くいき、形としては、ユウキの圧勝という形でこの戦闘は幕を閉じた。

だがこの戦闘は、そこまで差があるものではなかった。

リョウが武器を跳ね上げられるのを前提に動いていれば、

そのまま飛び込んできたユウキにカウンターをくらわせる事も出来たかもしれない。

たら、ればは戦闘には禁物だが、今回は運の女神がユウキに味方しただけである。

逆に言えば、他のゲームではどんな敵が相手でも、その実力をもって倒してきたユウキが、

いちかばちかに頼らなくてはいけない程、リョウが強かったという事になる。

それが分かっているが故に、ランもこの結果について、ああだこうだ言う事は無かったし、

ユウキもALOのプレイヤーは侮れないと、改めて心に留める事となった。

 

「リョウさん、このくらいで満足?」

「そうねぇ、とりあえずお互い修行して、また今度戦う?」

「修行……そうね、いずれまた」

「楽しかった!またやろうね!」

 

 この日の勝負はこうして幕を閉じ、それからスリーピング・ナイツの一同は、

リョクの案内でそれなりの広さを持つ宿屋を確保する事が出来、

その後もちょこちょことスモーキング・リーフに顔を出す事となった。

 

 

 

 そしてそれから数日後、ずっといなかったローバーがこの日は偶々なのか店を開いており、

そんなローバーに、ランが情報は無いか尋ねたと、まあそういった流れなのであった。

 

「さて、今回お奨めするのは、第二層の東の岩山の近くに自生している花じゃな、

エンチャントの素材なんじゃが、常に品薄で、随分と値段が高騰しておるわ」

「えっ、第二層?そんな低階層なら、いくらでも取りに行く人がいそうだけど……」

「そこにいくには大変な手間がかかるのじゃよ、座標で言えばマップのここ、

行き方はここの岩壁を登ってその先の洞窟に入り、地下水路を滑るとその岩山の中に入れる。

まあカルデラ火山みたいな物じゃな」

「へぇ、それは確かに面倒そうね」

「大冒険じゃん!」

 

 ランはだるそうに、そしてユウキはわくわくした様子でそう言った。

 

「そこには一軒の小屋があっての、そこで体術スキル取得の為のクエストを受けられるから、

ついでに受けてクリアしてくるといいぞえ」

 

 その言葉を聞いたランの目に光が戻った。

 

「体術スキル?へぇ、分かった、持ってて損な物じゃなさそうだし、やってみる」

「それを持っていると、素手で攻撃出来るようになるの?」

「それもあるが、剣を持って戦うにしても、補正がついて動きが明らかに良くなるぞえ」

「そんな神スキルが……」

「ありがとうおばば様、やってみるね!」

 

 こうして二人は仲間達と共に、第二層の東の岩山を目指す事となった。



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第734話 いけすかない奴ら

「という訳でみんな、第二層の東の岩山を目指すわよ!」

「それはいいんだけどさ、ローバーさんって、何者?実は凄腕の情報屋?」

「えっ、何それ、ローバーさんはただのおばあさん……かどうかは分からないけど、

情報屋とかじゃないんじゃないかしら、そもそもタルはどうしてそう思ったの?」

「だってさ……」

 

 タルケンはそう言って、ジョブに関する調査結果をまとめた画面を可視化して呼び出した。

クロービス亡き後、スリーピング・ナイツの情報担当に就任したのはタルケンなのである。

ちなみに補助に、シウネーがついている。

 

「ほら、スキルの欄を見てみてよ、体術スキルのとこ、詳細不明ってなってるでしょ?」

「あれ、本当だ、でも存在は知られてるって事?」

「SAO時代の証言があって、攻略組のトップ数人が、

体術スキルらしき物を使っていたから、存在するのは間違いないってなってたみたい。

で、先日のバージョンアップで、全プレイヤーのスキルの所持状況が、

ソレイユから国勢調査的に発表されてさ、そこの情報によると、

現在体術スキルを取得している人はたった十七人だけってなってる。

所持してる人が少ないのは、自らの拳だけで戦おうとする人がいないのもあるだろうけど、

ランがおばば様から聞いた、剣を持って戦う時も、

補正がついて動きが明らかに良くなるっていうその情報が、

一般のプレイヤーにはまったく知られていないって事になるんだよね」

「一般には知られていない、ね、十七人もいれば、誰かしら情報を流してそうだけど」

「そうなんだよね、本当に謎だよ」

 

 そのタルケンの言葉に、ランは腕組みをして考え込んだ。

 

「ほとんど知っている人がいない体術スキル、その詳細を知るおばば様、か……」

 

 実はその十七人は、ヴァルハラの近接戦闘職の人数と完全に一致する。

これはハチマンの指示によるもので、ヴァルハラが強いのはそういった理由もあるのだが、

当然そんな事はタルケンやランには分からない。

とにかく体術スキルの恩恵に関しては、ベータテスター達は少なくとも知っているのだが、

SAO時代に取得に成功した者がそもそもハチマン達しかいなかった為に、

その詳細についてはまったく伝わらないままになってしまったのである。

 

「まあいいわ、おばば様と付き合っていくうちに、そのうちその理由も分かるでしょう。

とりあえず出発する準備を進めましょう」

「「「「「「おう!」」」」」」

 

 そして七人は準備を整え、始まりの街で確保した拠点から出発し、転移門へと移動した。

 

 

 

「あら、何か混んでない?」

「本当だ、この人だかりは何?」

 

 転移門広場は何故か人でごったがえしていた。

たまたま近くにいた、どう見ても戦闘職には見えない派手な服を着たプレイヤーが、

二人の言葉を聞き、親切にもその理由を教えてくれた。

 

「本当に迷惑よね、まったく頭にきちゃうわ」

「あの、これってどうなってるんですか?」

「『同盟』の連中が、最前線のボスに挑むらしくて、

その移動の為に、一時的に一般プレイヤーを閉め出して、転移門を勝手に占有してるのよ」

「ええっ?そうなんですか?」

「ええ、本当に迷惑な奴らよね、まったくもう、

今日はヴァルハラにいるスクナちゃんと、裁縫談義で盛り上がる予定になってたのに」

 

 その言葉に一同の心臓はドクンと跳ねた。

詳しく知るのは挑戦する準備が整ってからでいいと、

スリーピング・ナイツの面々は、ヴァルハラの情報を極力耳に入れないように注意していた。

だが興味が無い訳ではもちろんなく、ここでその名前が出た事で、

一同は、もしかしてこの人は、ヴァルハラの一員なのだろうかと考えた。

そんな仲間達の雰囲気を読み、代表してランとユウキが一歩前に出て、

そのプレイヤーに話しかけた。

 

「すみませんお姉さん!ちょっといいですか?」

「あの、あなたはヴァルハラ・リゾートの人と親しいんですか?

それとももしかして、メンバーだったりします?」

「え?私?嫌ねぇ、私はただの野良のお針子よ、

最近やっと裁縫のスキル上げが満足いくレベルまで終わってね、いざお店を開こうとして、

もしかしたらいい物件を知らないかと思って、

昔のツテを頼ってヴァルハラのリーダーのハチマン君の所に尋ねていったら、

同じ裁縫職人だっていってスクナちゃんって子を紹介されたから、

その関係でそれ以来、色々と情報交換をさせてもらってると、まあそういう訳かしらね」

「あ、職人さんだったんですか」

「ええ、私の名前はアシュレイ、宜しくね、え~と……」

「ランです」

「ボクはユウキ!」

「ランちゃん、ユウキちゃん、宜しくね」

 

 こうしてスリーピング・ナイツは、裁縫職人アシュレイと、

偶然ながら関係を結ぶ事となった。

 

「あの、アシュレイさん、同盟って何ですか?」

「あら、同盟を知らないなんて、あなた達はもしかして新人さんなのかしら」

「はい、つい先日リアル・トーキョー・オンラインからリハウスしてきました」

「リハウスね」

 

 その表現を聞いたアシュレイは、思わずぷっと噴き出した。

 

「なるほど、いい表現ね、で、同盟だけど、

正式名称は、『ボス攻略専門ギルド同盟』っていうのよ、

その名の通り、アインクラッドの階層更新を専門に狙っているプレイヤー達の集まりよ」

「そんな集団が……」

「あいつら、色々と汚い事をしてるって噂が耐えないのよね、

だからいくら頑張っても、ヴァルハラ・リゾートほどの名声を得る事は出来ない、

それが不満でこうして転移門を占有するくらい、強引に攻略を進めている、

まあいけすかない奴らよ」

「なるほど………ありがとうございます、とても参考になりました」

「「「「「「ありがとうございます!」」」」」」

 

 そう頭を下げる一同に、アシュレイはどうやら好感を抱いたようだ。

 

「そろそろ同盟のメンバーが全員転移を終えるようね、もうすぐ門が解放されるわ、

私の店は、今は第十八層にあるから、もし何か装備が必要なら、いつでも相談に来てね、

お値段の方も多少は勉強させてもらうわ」

「はい、その機会が来たら是非!」

「またお会いしましょう!」

「ええ、またね」

 

 そう言ってアシュレイは、転移門へと消えていった。

 

「アシュレイさんにはいずれお世話になりそうね」

「とりあえず第二層に飛ぼっか」

「そうね、行きましょう」

 

 こうして多少待たされる事になったが、

そのおかげで貴重な出会いをしたスリーピング・ナイツは第二層へと移動した。

 

「タル、地図を確認、目的地は?」

「ええと……ああ、あの岩山だね」

「あら、思ったよりも近いのかしら」

「ううん、全然遠い、山が大きいからそう見えるだけかな」

「そうなの?まあとりあえず出発しましょうか」

 

 その号令を受け、遠くに見える岩山を目指し、一同は雑談をしながら歩き始めた。

 

「ねぇラン、アシュレイさんってさ、ハチマンと昔なじみっぽかったよね」

「確かに昔のツテって言っていたわね」

「って事は、多分あの人SAOサバイバーだよね」

「あの人が?ああ、確かに理屈だとそういう事になるわね」

「職人プレイ専門の人っぽかったけど、どのくらいの腕なんだろうね、

ボク達の中には職人がいないから、想像もつかないや」

「多分超一流かな」

 

 そこに端末で何かチェックしていたタルケンが、横からそう言ってきた。

 

「そうなの?」

「うん、気になって調べてみたんだけど、

超が三つ付くくらいSAOじゃ有名な人だったみたいだよ」

「そうなんだ?」

「SAO一の裁縫職人だったって、色々な人の書いた本に名前が出てるみたい」

「ほええ、SAO一とはまた凄いわね」

「そんな人と知り合いになれたのはラッキーだったよね」

 

 ランはその言葉にうんうんと頷きながらも、自らを戒めるようにこう言った。

 

「とはいえ甘えすぎるのも良くないわ、出来るだけきちんと対価を払えるように、

しっかりと稼いでからアシュレイさんの店に行きましょう」

「だね、よ~し、今日は稼ぐぞぉ!」

「そして体術スキルもついでにゲットだな!」

 

 一同はやる気に溢れたようにそう言い、ひたすら歩き続けた。

 

 

 

 そして二時間後、岩山の麓に到着した一同は、

ゲームなのでまったく疲れてはいないはずなのに、疲れた表情でその場に蹲った。

 

「い、色々としんどかったわね……」

「道中の敵は弱かったけど……」

「まさかこんなに遠いなんて……」

「おばば様もここを歩いたって事だよな、凄えなおばば様……」

「活動的ですね」

「まあここまでくれば、もうすぐだろ」

 

 そう思い、一同は立ち上がると、目の前にある崖を上りはじめた。

若干角度がなだらかなおかげもあったが、

さすがにここで滑り落ちるようなドジを踏む者はいない。

そして三十分後、一同は、教えられた通りの場所に横穴のようなものを見つけた。

そこは下からはまったく見えず、多少角度が急な岩山の裂け目の中にあった為、

おそらくローバーに教わっていなければ、絶対に発見出来なかっただろうと思われた。

 

「ああもう、誰?もうすぐなんて言ったのは!」

「ごめん、俺が間違ってたわ……」

 

 珍しく怒りを見せたシウネーに、ジュンがそう謝った。

 

「あ、ごめんなさい、つい八つ当たりを……」

「いや、自分で言うのもなんだけど、気持ちは俺も一緒だから……」

「まさか三十分も上る事になるとはね……」

「で、この穴の中に入るのか、とりあえず明かりを準備しようぜ」

「分かりました、今魔法を使いますね」

 

 そう言ってシウネーが、光の精霊を二体召喚し、先頭と最後尾に浮かべた。

 

「オーケーです」

「それ、便利そうだよね」

 

 魔法にはまったく縁が無いというか、覚える気がないユウキが、感心した顔でそう言った。

 

「そうですね、多分迷宮区の探索の時とかにも凄く便利ですよ」

「種類は他にも何かあるの?」

「そうですね、基本こういった召喚系は、

使い魔システムがあるせいで戦闘向きなのはいないんですけど、

冒険の補助をするものとして、例えばトカゲの姿をしたピーピングとかがいますね」

「ピーピング?覗き魔?」

「ええ、まあ偵察用の使い魔ですね」

「それって悪用されたりしないの?ほら、スカートの中を下から覗きこむとか」

「ああ、そういうのは出来ないみたいです、撮影も出来ませんし、

それ以前にフォーカスされないようになっているみたいですね」

「なるほど、ぼやけて見えるんだね」

「そのぼやけた状態でも、三秒以上見ているとハラスメント警告が出て、

その三秒後に強制的に反省室送りになるみたいです」

「そっか、それなら安心だね」

 

 そして一同は、目的地へと続くはずの岩山に開いた穴へと侵入した。



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第735話 水路の向こう

 岩山の洞窟に入ったスリーピング・ナイツ一行は、

ローバーに教えてもらった通り、そこから奥に続く水路を探していた。

そしてそれっぽい水路を発見したのだが……

 

「もしかしてここ?」

「いやいや、それは無いんじゃない?」

 

 その水路はとても暗く、狭かった。いわゆる、暗いよ狭いよ怖いよ、の三拍子が揃った、

とても移動に適しているとは思えない水路なのである。

 

「あはははは、ここな訳ないじゃない」

「だよな、とりあえず他を当たろうぜ」

「うん、それがいいと思う」

 

 そして一同は、そこを基点に徹底的に洞窟の探索を行ったが、

どこにも該当するような水路は発見出来なかった。

 

「え………マジで?」

「これはやばくない?」

「でも他にそれっぽい場所はどこにも無いですよね……」

「これは誰も来ない訳だわ、というか自力で発見する難易度が高すぎる……」

 

 一同は口々にそう愚痴をこぼすと、諦めてその水路を進む事にした。

だがその水路はよく観察すると、すべり台のようになっており、

進むというよりは、滑る、もしくは落ちる、といった移動方法になると推測された。

 

「これを道というのは少し躊躇われるけど、仕方ない、ここに入りましょう」

「他に選択肢が無さそうだもんね……」

「で、誰から行く?」

「それはもちろん……ねぇ?」

 

 女性陣はそう言って、じっと男性陣の方を見詰めた。

スリーピング・ナイツの男女比は、今は三対四であり、

リーダーも女性である以上、女性陣の方が権力を握っているのは至極当然なのである。

 

「ですよね~……それじゃあジュン、テッチ、ジャンケンしよっか」

 

 タルケンの提案で、三人はかなり真剣に勝負を始めた。

どうやら三人とも、こんな怪しい場所に、一番乗りはしたくないようだ。

その真剣勝負に勝利したのは、言いだしっぺのタルケンであった。

 

「やった、僕の一抜け!」

「「くそおおお!」」

「次で明暗が分かれるわね」

 

 そしてジュンとテッチの勝負は、何回かあいこが続き、最終的にテッチの勝利となった。

 

「よし!」

「俺かあああああ!」

 

 どうやら覚悟を決めたのか、敗北したジュンは、諦観したような表情で水路の前に立った。

 

「よし………………………………………………………」

「さっさと行きなさい」

「ぎゃっ!」

 

 尚も躊躇いを見せるジュンのお尻をランが蹴飛ばした。

 

「うおおおおおお、怖えええええええ!」

 

 そして水路からジュンのそんな悲鳴が聞こえ、しばらくすると何も聞こえなくなった。

 

「………どうなったんだろう」

「パーティリストでは死亡扱いにはなっていないし、無事なのは確かよね?」

「お~いジュン、大丈夫か~?」

 

 だがその呼びかけに対する返事はない。

 

「ど、どうする?」

「尊い犠牲だったわね、とりあえず帰りましょうか」

 

 ランのその言葉で、一同はそのまま帰ろうとした。

体術スキルと素材はまた今度でいいや、といった所であろうか。

その瞬間に、水路の奥からジュンの声が聞こえた。

 

「ごめんごめん、景色のあまりの違いに驚いて返事をするのを忘れてたわ、

とりあえず中は思ったよりも全然平気だった、こっちは大丈夫だ」

 

 その声を聞いた一同はくるりと引き返し、大人しく順番に水路の中へと進入していった。

とりあえずジャンケンの結果通り、テッチとタルケンが中に入り、

続けてノリとシウネーがそれに続いた。

そしてユウキが中に入り、ランが一応周囲に誰もいない事を確認し、最後に中に入った。

水路は意外と曲がりくねっていたが、やはり滑り台のように中は滑らかであり、

意外とそこを通るのは楽しかった。

そして前方に明かりが見え、ランがその明かりの中に飛び込もうとしたその時、

光の中からこんなノリのどなり声が聞こえた。

 

「あんたね、ちょっとは気を遣いなさいよ!だからあんたは女の子にモテないのよ!」

 

 直後にランは光の中へと突入し、それなりに高さはあったものの、

ランは問題なくヒラリと舞い、そのまま華麗に地面へと降り立った。

そこには気まずそうな表情で正座しているタルケンと、

そのタルケンに猛烈にくってかかるノリの姿があった。

 

「一体何事?私がいない一瞬の間に何があったの?」

「どうもこうもないよ、タルの奴、普通に着地に失敗して尻餅をついちゃってね、

その上に、続けて中に入った私がのしかかる形になっちゃったんだけど、

そしたら言うに事欠いてタルの奴、『重い!』とか叫びやがったのよ!」

「あ~………」

 

 どうやらタルケンは、女性に言ってはいけない台詞ベストスリーに入る言葉を、

うっかりと口に出してしまったらしい。

 

「ご、ごめん、つい……」

「つい何よ、まったく失礼ね!」

「まあまあノリ、そのくらいで許してあげなさいよ、

タルにも悪気があった訳じゃないんだろうし」

 

 ランがそう仲裁に入ったが、ノリの機嫌は直らない。それにはもう一つ理由があり、

ノリはそのタルケンの更なるやらかしについて、ランにこう訴えた。

 

「それだけじゃないの、その後にシウネーが続けて落ちてきて、

私は咄嗟に避けたんだけど、タルはシウネーを避けられなくてね、

シウネーもタルの上に落ちる格好になったんだけど、

その時タルは、シウネーには何も言わなかったのよ!」

 

「あ~………」

 

 本日二度目の、あ~、である。さすがのランも、それ以上は何もフォロー出来なかった。

 

「それはさすがにタルが悪いね……」

「う、うん、ごめん、ノリ」

「まったくあんたは、普段モテたいモテたいって言ってるんだから、

まずはそういう所を何とかしなさい!確かに咄嗟の出来事だったけど、

そういう時に、女の子をしっかり抱きとめるくらいの甲斐性を持ちなさい!」

「そんなのマンガの中だけだって、咄嗟の時にそんな事出来る人なんかいないよ!」

 

 そう冷静な意見を言われ、さすがのノリも、無茶ぶりをした自覚はあるのか、

やや気まずそうにこう言った。

 

「そ、それはそうかもだけどさ……」

「とにかくごめんって、今のは本当に僕が悪かったから!」

「ふ、ふん、まあいいわ、今度から気を付けるのよ」

「うん」

 

 タルケンは本当に反省しているように見え、

さすがに気の強いノリも、それ以上タルケンを追求するのはやめる事にしたようだ。

そして場が収まったのを見て、ランが一同に指示を出した。

 

「さあ、それじゃあ周囲の調査を始めましょう、

調査を終えたらとりあえずまたここに集合で」

 

 一同はその言葉に従い、散らばって探索を始めた。

その場所は岩山の中に出来たカルデラのような場所であり、

狭く見えて、それでも二百メートル四方くらいの広さはある。

辺りは緑に溢れており、遠くの壁際に小屋のような物が見え、

その周囲には何か巨大な岩のような物が見える。

 

 

 

 そして二十分後、再び集まったスリーピング・ナイツの面々は、

集めてきた情報の刷り合わせを始めた。

 

「小屋の中にはNPCがいたわね、頭にクエストマークが付いてたわ」

「他にNPCはいないようだし、あれが体術スキルを取得する為のクエストNPCね」

「敵影はまったく見えないから、多分ここ、安全地帯だね」

「周囲の崖は急すぎてちょっと登れないかな、

ここに来るにはやっぱりさっきの通路を通るしかないかも」

「あの小屋の裏に階段があって、そこを調べてみたんだけど、

どうやらぐるっと回ってさっきの水路の入り口の真上に通じてるみたい、

帰り道はあそこで決まりかな」

「周囲に咲いてる花は一種類だけだったから、多分あれが高値で売れるっていう花かな」

 

 こうしてこの場所の事を大体把握し、

いざ体術スキルの取得をしようと一同が立ち上がった瞬間、

水路の出口から、どこかで聞いた事があるような声が聞こえた。

 

「うお、ここってこんなに急だったか?危ねっ、滑……」

 

 そしてその出口から、どこかで見た事のあるような人物が滑り落ちてきて、

そのまま尻餅をつくような格好でドスンと地面に落ちた。

 

「ハチマン!?」

 

 その人物を見たランが、驚いた顔でそう言った。

 

「えっ、ここでのハチマンさんってそんな見た目なんだ」

「あ~、そういえばBoBって大会の映像で見たかもしんない」

「あの時は確か、中の人がランだったんだよな」

「ハチマン兄貴!お久しぶりです!」

「わ~いハチマン、ハチマン!」

 

 喜ぶ一同を見たハチマンは、知っていた癖に、わざと驚いたような表情をしながら言った。

 

「ん?お?お前ら、ついにALOに来たんだな、

でもいいのか?今の俺はお前らの敵なんだろ?」

「いいよいいよ、まだハッキリと敵対した訳じゃないし?

他のメンバーの人と馴れ合うのはまずいと思うけど、ハチマン兄貴はまあ今更だし?」

「そう言われると確かにそうなんだよな、それじゃあ別にいいか」

 

 ハチマンはあっけらかんとそう言い、スリーピング・ナイツの面々はうんうんと頷いた。

どうやらみんな、ハチマンの事が好きすぎるようだ。

 

「で、ハチマンはどうしてここに?」

「ああ、俺は……」

 

 そう言ってハチマンは立ち上がろうとした。だがそんなハチマンの上に、

続けて誰かが滑り降りてきた。その人物は、不自然なくらい色黒に見え、

それでいて、とても美しい長い髪をしているのだけが見てとれた。

 

「ハチマン、避けてくれ!」

「うおっとと……」

 

 その人物は空中で状況を確認したのかそう叫び、

ハチマンは一瞬避けかけた後、思いなおしたように素早く元の場所に戻って両手を上げ、

その人物を衝撃が無いように柔らかく受け止めた。

 

「別に避ける必要は無いだろキズメル、お前が怪我をしちまうからな」

「そうか、すまんハチマン、ところで……」

「ん?」

 

 直後にもう一人の人物が水路から飛び出してきた。

その人物もキズメルと同じくとても美しい長い黒髪をしているのが見てとれ、

更に空中でも華麗に体勢を立て直しそうに見えたのだが、

直後にその女性は何故か不自然に体勢を崩し、それを見たハチマンは、

素早くキズメルを下に下ろし、続けて飛び出してきたその人物の着地点を見切り、

その場所に移動してその人物をキャッチした。

 

「お前もか、ユキノ」

「ごめんなさい、ふふっ、何か楽しくなってしまって思わず我を忘れてしまったわ」

「そうか、まあそういう事ってあるよな」

 

 そんなハチマンと、その二人の女性の一連の動きを見た一同は、

何か言いたげにタルケンの方を見つめた。

タルケンは顔を真っ赤にし、その視線に対して抗議した。

 

「ハチマン兄貴と比べられても絶対に無理だってば!」

「「「「「まあそれもそうか」」」」」

 

 他の者達は、その言葉に思わずハモってそう答えたが、

ランだけは無言を貫いており、ユキノに対し、警戒するような視線を向けていたのだった。



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第736話 彼女?妻?

「くっ、何てこと……あのユキノって人、要注意だわ……」

 

 悔しそうにそう呟くランに、隣にいたユウキが声をかけた。

 

「ねぇラン、今あのユキノってハチマンに呼ばれた人、

空中に飛び出した時、周囲の状況をじっくり観察してなかった?

実は結構余裕があったはずだよね?」

「ユウにも見えたのね、多分その通りよ。

あのユキノという人は、空中で瞬時にこの場の状況を判断し、

その上でハチマンに抱き締めてもらう為に、自力でちゃんと着地出来たのにも関わらず、

わざと体勢が崩れたように見せかけて、ハチマンの腕の中に『収まりに行った』のよ」

 

 そのユキノは、今はハチマンに感謝の意を伝える為、

さりげなくその首に手を回し、ハチマンの首筋に軽く頬ずりをするような格好になっていた。

ハチマンが嫌がらない微妙なラインを出たり入ったりするその手管は、

まさに経験に裏打ちされた、熟練の技である。

 

「ぐぬぬぬぬ、こんな場面を見せつけられるなんて、この屈辱は絶対に忘れないわ」

「ねぇラン、あの人がもしかして噂のハチマンの彼女かな?」

「多分そうね、あれが私達のライバルよ」

「でも愛人になるなら、胡麻をすっておく必要があるかもよ?」

「むむむむむ、確かにそう言われるとそうなのよね……」

 

 二人がそんな会話を交わしている中、当のユキノは終始穏やかな様子であり、

二人をライバル視するようなそぶりはまったく見せなかった。

それどころか、ユキノは気さくにスリーピング・ナイツに話しかけてきた。

 

「格好悪いところを見られてしまって恥ずかしいわ、

皆さんこんにちは、初めまして。私はヴァルハラの副長を拝命しています、ユキノです」

 

 ハチマンの腕の中にいる状態でそんな挨拶を平気でしてしまうユキノはさすがである。

ハチマンはそんなユキノを下に下ろした後、ぽりぽりと頭をかきながらこう言った。

 

「ユキノ、こいつらはまあ、俺の妹と弟みたいな連中だ。

そのうちヴァルハラに挑戦してくる予定だから、

こいつらと俺が知り合いだって事は、他のメンバーには内緒にな。

まあ今日は個人としてここに来たって事で、仲良くしてやってくれ」

「ああ、だから今日はキズメルと二人だけで出かけようとしていたのね。

まあ話は分かったわ、皆さん、改めて宜しくね」

 

 ユキノはニコニコと笑顔でスリーピング・ナイツにそう言った。

 

「こうなった以上は仕方ないが、まさかお前が付いてきてるとは思わなかったぞ、

全然気配を感じなかったわ」

「ログインしたら、こそこそと出かけていくあなたの姿が見えたから、ね。

で、ここは一体何なの?」

「まあそれは後で説明する。で、先程の話だが、キズメルもそういう事だから、

今日のところはこいつらと仲良くしてやってくれ」

「ハチマンの頼みならそうしよう、夫を立てるのも妻の努めだからな」

 

 お忘れかもしれないが、キズメルは彼女なりの使命感を持ち、

普段からハチマンの妻を自称しているのである。

 

「えっ?」

「つ、妻!?」

 

 そしてそのキズメルの言葉は、ランとユウキのみならず、

スリーピング・ナイツ全員に衝撃を与えた。

 

「ハ、ハチマンさんって結婚してたの?」

「凄い美人じゃん!しかもダークエルフ!」

「あれ、ALOにダークエルフって種族は存在しましたっけ?」

 

 シウネーが首を傾げながらハチマンにそう尋ねてきた。

 

「いや、いないな」

「えっ?じゃあこちらの方は……」

「一応言っておくが、こう見えて、キズメルはNPCだからな」

 

 だがスリーピング・ナイツの中に、その言葉を信じる者は皆無であった。

 

「あはははは、ハチマン、面白い冗談を言うわね」

「そうだよ、まさかそんな、ねぇ?」

 

 だがハチマンは無表情を貫き、一同はひそひそと話し始めた。

 

「え、あの雰囲気はもしかしてマジ?」

「そういえば、ハウスメイドNPCシステムってのがあったような……」

「ああ、NPCを表に連れ出せるんだっけ?」

「で、でもキズメルさん、どう見ても普通のプレイヤーにしか見えないよ?」

「でもダークエルフという種族を選ぶ事は絶対に出来なかったわ、ソースは私。

何故ならもし選べたら、コンバートの時に私が選ばないはずがないからよ!」

「「「「「「た、確かに……」」」」」」

 

 そのランの言葉は妙に説得力があった。

それ故に一同は、ハチマンの言う事が真実なのだと嫌でも理解させられた。

その直後に彼らの口から出てきたのは、賞賛の言葉であった。

 

「ハチマンさん、さすがです」

「ハチマん兄貴、凄えな!」

「いや、まあ別に俺は何もえらくはないけどな」

 

 そしてキズメルが一歩前に出て、スリーピング・ナイツに自己紹介をした。

 

「私の名はキズメル、ハチマンに命をもらい、ハチマンと一生を共に歩む者、

そしてハチマンの二番目の妻でもある」

 

 キズメルは堂々とスリーピング・ナイツの面々にそう宣言し、

ハチマンは本人の手前、否定する事も出来ずにそっぽを向いた。

ユキノは後ろでクスクスと笑っている。

 

「二番目……」

「じゃあやっぱりユキノさんが……」

「随分と仲がいいみたいだし、決まりね」

「あれがハチマンさんの彼女かぁ、凄い美人だなぁ……」

 

 そんな彼女らのひそひそ話は、ハチマンの耳には届いていない。

故に特に訂正も入らず、そのままハチマンは、ユキノにここに訪問した理由の説明を始めた。

 

「で、ユキノ、俺がここに来た理由だが、体術スキルの事は知ってるだろ?」

「ああ、ハチマン君が前衛全員に取るように厳命したあのスキルね、

私は後衛だから免除された訳だけれど」

「その体術スキルを得る為のクエストを受ける場所がここだ。

キズメルに取得可能なのかどうか、ちょっと興味が沸いたんでな、

ピクニックがてら、ちょっとここまで足を伸ばしてみたと、まあそんな訳なんだよ」

「あら、それは私的にも興味を引かれる議題ね」

「だろ?興味があるよな」

「料理スキルは取れたのだし、多分大丈夫だと推測は出来るのだけれど、

あれはあくまでキズメルさんの努力の結果として取得出来たものだしね」

「アインクラッドの導入と同時に多くのスキルがALOに実装された訳だが、

俺の知る中で、クエストで得られるタイプのスキルはこの体術スキルだけだからな、

試すにはこれしか選択肢がなかったと、まあそんな訳なんだよ」

「なるほどね」

 

 その会話を聞いたランは、何とか会話に混ざろうと、

このタイミングでハチマンに声をかけた。

 

「偶然ね、私達もその体術スキルを取りに来たのよ」

「そういう事か、誰かに教えてもらったのか?」

「ええ、まあそんなところよ」

「それじゃあ早速みんなで行くとするか、こっちだ」

 

 ハチマンはそう言って、NPCの所に向けて歩き出し、他の者達もそれに続いた。

 

「ここだ、とりあえず順番に話しかけてくれ」

 

 その指示通り、ランを先頭に、スリーピング・ナイツは順番にクエストを受けていった。

最初にクエストを受け、後ろに下がったランの顔を見て、

何故かユキノが驚いた顔をし、口をパクパクさせながらハチマンの方を見た。

 

「まあ、お前的には嬉しいクエなんだろうな……」

「もちろんよ、猫屋敷ではひどい目にあったもの、これは神様からの贈り物に違いないわ」

 

 その二人の会話の意味が分からず、ランはきょとんとした。

そこに同じくクエストを受けたユウキが戻ってきたが、

ユウキはランの顔を見て、一瞬動きが止まった。

ランもランで、こちらに近付いてきたユウキの顔を見て、その動きを止めた。

そんな二人にいきなりユキノが抱き付いてきた。

そしてユキノは満面の笑みで二人に言った。

 

「猫耳が無いのは残念だけれど、二人ともとても素敵よ」

 

 二人はそんなユキノから逃げ出そうともがいたが、

ユキノの力は見た目と違って恐ろしく強く、二人はどうしても脱出する事が出来ない。

二人は助けを求めるようにハチマンの方を見たが、

ハチマンは首を横に振りながら、二人にこう言った。

 

「諦めろ、こうなったユキノは当分どうにもならん。

こいつはギネスに乗るレベルの猫好きだからな」

「え、ええ~!?」

「私も猫は好きだけど、さすがにこれは……」

 

 そこに続々とスリーピング・ナイツの残り五人が戻ってきた。

五人はお互いの顔を見て、大爆笑していた。

 

「あはははは、何だよお前ら、その顔は!」

「言っておくけどお前も今、そんな感じだからな」

「ノリ、凄くかわいいね」

「シウネーも凄くかわいいよ」

 

 そんな盛り上がる一同に、ハチマンがこう声をかけてきた。

 

「よ~しお前ら、今からスクリーンショットの撮影をするからそこに並べ。

よ~し撮るぞ~、はい、チーズ」

 

 その言葉を受け、ランとユウキもこの時ばかりはハチマンの方を向いてニッと歯を見せた。

この写真は、ハチマンの手によって他の写真と共に現像され、

後にリアルでスリーピング・ナイツの全員に配られる事になった。



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第737話 いと険しきヴァルハラへの道

 状況を理解したユキノも、どうやら体術スキルのクエストを受ける事にしたようだ。

スキル欄がまだ余っているというのがその理由である。

そして予定通り、キズメルがNPCに話しかけた瞬間に、

そのNPCの頭の上のクエストマークが消えた。実験成功である。

 

「おお、キズメルもクエストを受けられたか」

 

 そしてそのNPCの手によって、キズメルの頬にヒゲが書き加えられた。

 

「な、なぁハチマン、これはちょっと恥ずかしいのだが……」

 

 さすがのキズメルも、頬に施されたペイントはやはり気になるようだ。

 

「いやいや、大丈夫だ、美人はどんな状態になっても美人だという事がハッキリしただけだ」

「むむむ、そ、そうか、うん、これが嬉しいという感情なのだな」

 

 キズメルは珍しく頬を染めながらそう答えた。

どうやらキズメルの感情面での成長は順調のようだ。

 

「さてユキノ、そろそろ……ってお前、その手鏡はどこから出したんだよ、

ヒゲが生えたといっても、別にお前がネコそのものになった訳じゃないんだからな」

「もちろん分かっているわ、でもあなた以外、この場にいるのは全員ネコなのよ!

そう考えると、ドキドキが止まらなくなるじゃない」

「お前、本当にネコがからむと性格が変わるよな……」

 

 ハチマンは呆れつつも、一同をそのまま庭にある大岩の前へと連れていった。

 

「さて、それじゃあお前らは頑張ってくれ、俺は休憩だ」

 

 ハチマンは他人事のように大岩を顎で指してそう言い、

一同は大岩に向かって一斉にその拳を振り下ろした。

 

「ユウ、分かってるわね、ここは絶対に負けられないわよ」

「うん、私達の存在をユキノさんに存分にアピールして、気に入ってもらおう!」

「微妙にズレている気がするのだけれど、まあいいわ、

とにかく絶対にユキノさんよりも早くこの岩を砕くのよ!」

 

 その瞬間に、大岩の一つが弾けた。

それはどう見ても、爆散したとしか言いようのない砕け方であった。

 

「ハチマン君、こんな感じでいいのかしら」

「おう、まあ予想はしていたが、早かったな」

「そうかしら?こんなものではないの?」

「いやいや、SAO時代のアルゴなんてな……」

 

 そこからハチマンの昔語りが始まった………らしい。

らしいというのは、その会話がラン達には届いていないからである。

 

「ラ、ラン!」

「う、嘘でしょ、いくらなんでも早すぎる!」

「でも実際に岩が……」

「くっ、こうなったら仕方ないわ、せめて二番に……」

 

 だが無情にも、直後にキズメルの前の大岩が砕けた。

 

「ふむ、これでいいか?」

「ああ、問題ない、それじゃあ早速報告に行くか……

ん?おいラン、どうした?手が止まってるぞ、さぼってないでさっさと岩を殴れ」

「………………わ、分かってるわよ!」

「そうか、それじゃあ俺達は報告に行くからな」

 

 そして三人は、笑顔で会話をしながらNPCの所へと歩いていった。

 

「え、NPCのキズメルさんにまで負けた……」

「ラン、これ、意外と固いよ、速度重視のボクにはつらいよ~」

「くっ……とにかくやるしかない、やるしかないのよ!」

 

 悲壮感すら漂わせ、そう言うラン達の耳に、

丁度その時ハチマン達のゆるい会話が伝わってきた。

 

「もうネコモードをやめないといけないの?

このまま報告しないでしばらくこの姿でいようかしら」

「それはやめてやれ、お前の顔を見る度、アルゴが発狂するからな」

「そう、それは残念」

「終わってみると、私も少し名残惜しい気がしてきたな」

「ふむ、それじゃあ今の状態で三人でSSでも撮っておくか」

「いいわね、せっかくなのだしそうしましょう」

 

 そして遠くからシャッターの音のような物が聞こえ、

その少し後に、妙にかわいいユキノの声が聞こえてきた。

 

「体術スキル、ゲットぉ♪」

 

 それを聞いたランは、再び手を止め、わなわなと震え始めた。

 

「ラン、また手が止まってるよ?早く壊さないと……」

 

 だがランの視点は定まらず、その口からは、ぶつぶつと何か呟きが聞こえてきた。

 

「ま、まさかギャップ萌えまで使いこなすなんて、

さすがは正式な彼女だけの事はあるわね、かつてない強敵……」

「ラン、ランってば!」

 

 その時横からジュンとテッチのこんな声がした。

 

「よし、やっと砕けたぜ!」

「こっちももういけそうです」

 

 結局ランは、どこか別の世界に旅立ったまましばらく戻ってこず、

その後ユウキ、ノリ、タルケン、が順番に岩を壊した後に復活し、

辛うじてシウネーには勝ったものの、ブービーで岩の破壊を終える事となった。

 

「何だラン、お前、今壊し終わったのかよ」

「う、うるさいわね、ちょっとトリップしてたのよ!」

「意味が分からん、しかしお前、体術スキルをシウネーにまで取らせたんだな、

シウネー、大変だっただろ?大丈夫か?」

「は、はい、お気遣いありがとうございますハチマンさん、でも大丈夫ですよ」

「そうか、まあスキル枠の問題もあるから、こういったスキルの取捨選択についても、

いずれしっかり考えるんだぞ」

「はい、他に有用なスキルが取れたらそれと入れ替えも検討するつもりです」

 

 ハチマンはその言葉に頷き、続けてランに向かってこう言った。

 

「よし、それじゃあ俺達は先に帰るからな、お前達も道中は気を付けるんだぞ」

「ハ、ハチマン、もう行っちゃうの?」

「おいおいユウ、お前達は俺達に挑戦するんだろ?

そんな甘えたような事を言われると、頭を撫でたくなるじゃないかよ」

「べ、別に撫でればいいじゃない、そのくらいで私達が懐柔されるはずもないし?」

 

 このチャンスを逃すまいと、ランも横からそう言ってきた。

 

「やれやれ、まあいいか」

 

 そう言ってハチマンは、スリーピング・ナイツの全員の頭を順番に撫でていった。

 

「今日はまあ、俺達との差を思い知らされる事になっちまったかもしれないが、

まあ目指す頂きが見えたと思って、もっともっと強くなるんだぞ」

「と、当然よ、私達はスリーピング・ナイツなんだから!」

「おう、待ってるわ」

 

 ハチマンは顔の横で手をひらひらと振りながらそのまま去ろうとしたが、

ふと何かを思い出したように足を止め、振り返った。

 

「そういえばそこに生えてる花、いい金になるから忘れずに採取していくんだぞ」

「し、知ってるわよ!」

「そうか」

 

 ハチマンはそう言い残してそのまま去り、キズメルも手を振りながらその後に続いた。

そして最後に残ったユキノは、輝くような笑顔で一同にこう言った。

 

「それじゃあいずれ戦う事になるかもだけど、それまで元気で頑張ってね」

「あっ、待って、ユキノさん!」

 

 そんなユキノをユウキが呼びとめた。

 

「ユウキさん……だったわよね、どうしたの?」

「あ、あの、ユキノさんってどんな武器を使うアタッカーなんですか?

さっきの岩を砕く速度が凄く速かったから気になって……」

 

 その言葉でユキノは、相手が自分達の事を何も知らないのだと理解した。

 

「なるほど、うちの事は何も調べてないのね」

「あっ、はい、カンニングするみたいで嫌だったので!」

「事前に調べておくのも戦略の一つだと思うけど、

そういう考え方ならそれもまたよしね、正直好感が持てるわ。

その上で先程の質問に答えるとすると、答えはノーね」

「ノ、ノー?それってどういう……」

 

 ユウキのみならず、他の者達もその答えの意味が分からず、頭に疑問符を浮かべた。

 

「ええと、私は物理アタッカーではないの、攻撃をするとしたら、魔法攻撃ね」

「ええっ!?あの力で魔法使いって事ですか?」

「いいえ、私はヒーラーよ」

 

 そのユキノの言葉はあまりにも衝撃的であった。

 

「ヒ、ヒーラー?」

「ヒーラーって何だっけ……」

 

 一同はそう言って固まり、ユキノはストレージから何かを取り出した。

 

「ちなみに武器はこれよ、銘はカイゼリンと言うわ」

 

 その杖、カイゼリンは神聖な波動を感じさせ、

先日見せてもらったセントリーやスイレーと同じレベルの武器に見えた。

 

「そ、それは……」

「ふふ、素敵でしょ、ハチマン君に用意してもらったの」

「ハ、ハチマンがこれを……」

 

(まさかあのおばば様が持っていた武器、出元はハチマンなのかしら……)

 

「うちにはいい職人がいるのよね」

 

 そう少し自慢げに言うユキノに、ランが勢い込んでこう尋ねた。

 

「あ、あの、ユキノさんは、セントリーとスイレーって武器を知ってますか?」

「セントリーにスイレー?聞き覚えがないわね」

 

 その表情は、とても嘘をついているようには見えなかった為、

ランは思い過ごしだったかと、ほっと胸を撫で下ろした。

例えあの二本がハチマンが用意してくれた武器だとしても、

ランは問題なく自分のメイン武器として使うつもりでいたが、

やはりどこかで複雑な気持ちを味わう事になっていたかもしれないと思ったからである。

 

「それならいいんです、変な事を聞いてしまってすみませんでした」

「そう、お役にたてなくてごめんなさいね」

「いえ、それじゃあまたどこかで!」

「ユキノさん、今度は戦場で!」

「ふふっ、楽しみに待ってるわ」

 

 そしてユキノは急いでハチマン達の後を追ったが、NPC小屋の裏の通路を登った場所で、

ハチマンとキズメルが待っていてくれた為、問題なく追いつく事が出来た。

 

「随分話しこんでたみたいだな」

「ええ、私の事を物理アタッカーだと思っていたみたいだから、訂正しておいたわ」

「まああれを見せられればなぁ……」

「それと、セントリーとスイレーって武器の事を聞かれたから、

正直に知らないと答えたくらいかしらね」

 

 その言葉にハチマンは首を傾げた。

 

「ん、ユキノはその二本の事、知ってるだろ?」

「えっ、そうなの?」

「ああ、前にナタクに見せてもらった、日本刀と片手直剣タイプの武器がそれだ」

「ああ、あの時はまだ名前がついていなかったものね、なるほどなるほど、

つまりハチマン君が、あの二人の手にその二本が渡るように画策しているのね」

 

 ハチマンは、ユキノは相変わらず勘が鋭いなと思いつつ、表面上はとぼける事にした。

 

「さて、どうだろうな」

「まったく相変わらず過保護よねぇ」

「何の事だかな、とりあえず武器の出所についてはあいつらには秘密だぞ」

「はいはい、分かっているわ、それじゃあ帰りましょうか」

「そうだな、帰るとするか」

「ああ、帰ろう、私達の家に」

 

 こうしてハチマン達が去った後、残されたスリーピング・ナイツは、

何ともいえない表情で、まだその場に立ちつくしていた。

 

「………格の違いを思い知らされたね」

「まあ想定内じゃない?」

「ハードルが高い方が、乗り越え甲斐があるよ、うん」

「絶対追いついてやるかんな!兄貴!」

「むしろ追い越してやりましょう」

「ユキノさん、綺麗だったなぁ……」

「それには同意だけど、場の雰囲気を読もうねタル」

 

 ノリは呆れた顔でそう言ったが、ランとユウキは逆にその言葉で闘志を燃やしたようだ。

 

「私だって負けてないわよ!」

「ボクだって!」

「はいはい、そっちでも負けないようにな」

「「言われなくても!」」

 

 スリーピング・ナイツは、目標の困難さを嫌という程思い知らされつつも、

決してくじける事なく、前に進む事を選択し続ける。



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第738話 藍と紫

「よし、体術スキル、ゲットだぜ!」

「う~ん、何となく体が動かしやすくなった気がするかも」

「多分トッププレイヤーの世界だと、この微妙な差が命運を分けるんだろうね」

「この調子でどんどん強くなるわよ!」

「「「「「「おう!」」」」」」

 

 そして一同は、誰が言い出すでもなく、周囲に自生している花の採取を始めた。

強くなる為には、先立つものは絶対に必要なのである。

 

「結構多いな……」

「確かおばば様は、時間と共に増えるって言ってたから、

相当長い間、誰も採取しなかったんだと思うわ」

「そういう事なら全部採取しちまおうぜ!」

「そうね、とりあえず全部回収して、後は定期的に様子を見にきましょう」

 

 一行はそのまま綺麗に採取を終え、スモーキング・リーフへと凱旋した。

 

「おばば様、ただいま~!」

「戻ったよおばば様、スキルも素材もバッチリ、かなりの収穫が得られたわ!」

「そうかいそうかい、それは紹介した甲斐があったというもんじゃ」

「現地で他のギルドの人と遭遇するってトラブルもあったけどね」

「ほ?あそこを知っている者なぞそんなに多くは……ああ、もしかしてヴァルハラかの?」

 

 そのローバーの言葉でランは、おばば様はヴァルハラの関係者なのではと疑いを持った。

 

「うんそう、もしかしておばば様って、ヴァルハラと関係が深かったりする?」

「そうさのう、色々と情報交換をしたり、素材と製品のやり取りをしているから、

関係は確かに深いかもしれんのう」

「取引相手って事?」

「まあそうじゃな、そもそもこの店もヴァルハラの援助で出来た店じゃし、

ここの素材もそのほとんどが、ここの店員とヴァルハラのメンバーが、

仲良く一緒に取りに行った物じゃしな」

「あ、そうだったんだ、それじゃあここに来るメンバーは極力絞って、

フードでも被った方がいいかしらね、いずれやり合う予定なのに、

こういう所で馴れ合うのもどうかと思うし」

「ふむ、まあ好きにするがええ、だが別に戦争がしたい訳じゃないんじゃろ?

競い合いたいというなら、そこまで気にする事は無いと思うがの、

それだと何か、お前さん達がヴァルハラから逃げてるみたいじゃないかえ?」

「た、確かにそうかも……ちょっとみんなで相談してみるね、ありがと、おばば様」

 

 そしてランはリツの方を向き、取ってきた素材を差し出した。

 

「それじゃあリツさん、素材の買取だけど、この花が品薄って事でいいのよね?」

「これにゃこれ、本当にありがとうにゃ、これでアシュレイさんの依頼を果たせるのにゃ」

「アシュレイさん?これってアシュレイさんからの依頼なの?」

 

 思わずそう言ったランに、ローバーは驚いたように言った。

 

「何じゃ、アシュレイとも知り合いじゃったのか?」

「うん、今日ここを出た直後にたまたま知り合ったの」

「ほうほう、それはそれは偶然もあったもんじゃのう」

「お店の場所も教えてもらって、後で行ってみようかなって思ってたんだけど、

あっ、そうだリツさん、もし良かったら、

その素材は私達がこのままアシュレイさんの所に届けようか?」

「いいのにゃ?それは凄く助かるけど……」

「うん、任せて!顔繋ぎにもなるだろうし、輸送料はタダでいいわよ」

「ありがとにゃ、それじゃあ今準備するにゃ」

 

 そしてリツは、素材の買取料と共に、綺麗に箱詰めされたその花をランに差し出してきた。

 

「えっ、この花ってこんなに高いの?」

「需要と供給の関係って奴にゃね、とにかく品薄なのが問題なのにゃ」

「なるほど……二層の素材とはいえ、物によってはこれだけの値がつくと……

ありがとうリツさん、これでそれなりの装備が整えられそう」

「こちらこそありがとにゃ、それじゃあ配達の方、お願いにゃ」

「うん、それじゃあおばば様もリョクさんも、またね!」

「ああ、またのう」

「気をつけて行ってくるじゃん」

 

 そしてラン達が去った後、リョクがローバーに話しかけた。

 

「あの子達、着々と人脈を築いてるみたいじゃんね」

「そうじゃのう、まあいい事じゃろ」

「しかしおばば様もまあよくやるよねぇ……」

「過保護とはよく言われるの」

「まあ程ほどにね、あの子達ならすぐに助けがいらないくらい成長するじゃん」

「そうじゃな、まあそうなったらこの老婆も役目を終えるというもんじゃ」

「はいはい、それまで頑張って」

「おう」

 

 

 

 その少し後、リツにもらった地図に従い、

スリーピング・ナイツの一同は、アシュレイの店の前にいた。

 

「ここかしらね」

「うわぁ、綺麗なお店だねぇ、それに立地も凄く目立つ所なんだね」

「でも準備中みたいだぜ?」

「あ、中にアシュレイさんがいるよ?」

「今回はお客としてというより仕事の一環って感じだから、このまま中に入りましょう」

 

 十九層のアシュレイの店は、表通りのど真ん中にあり、

まだ準備中の札が出ていたが、入り口自体は開いていた為、

ラン達はそのまま中に入る事にした。

 

「ごめんなさい、まだ準備中……って、あらあなた達、早速来てくれたのね」

「アシュレイさんこんにちは!準備中なのに入ってしまってごめんなさい、

実は今日は、買い物とかでここに来た訳じゃなくて、

スモーキング・リーフにアシュレイさんが発注した素材を届けにきたの」

「あら、あなた達はあそこに入れるのね、

ALOに来たばっかりだって言ってたのに凄いわねぇ」

「えっ?」

 

 そのアシュレイの言葉は、ラン達にはまったく意味不明だった。

 

「あの、アシュレイさん、あのお店って、入れない事とかあったりするの………?」

「というより、入れない人の方が多いわよ、

あそこは会員制みたいな感じで、本当に信頼出来る人しか中には入れないのよ。

ほら、入り口もパスワードを入力するようになっていたでしょう?」

「あっ、そう言われるとそうかも……」

「それにしても偶然よねぇ、そっか、もしかして彼が前に言ってたのは……」

「ですね、あっ、これ、頼まれた花です」

 

 その言葉に同意しつつ、ユウキがアシュレイに荷物を差し出し、

アシュレイは笑顔でそれを受け取った。

 

「ありがとう、本当に助かるわ、これが無いせいで、

一部の基本の素材がまったく作れなくて困ってたのよ」

「そうだったんですね」

「あら、こんなに沢山?これでまた色々作れるわね、ありがとうね、みんな」

 

 アシュレイと他の者達がそんな会話を交わしている最中に、

ランは一人、考え込むようなそぶりを見せていた。

先程のアシュレイの言葉が気になったからである。

 

『それにしても偶然よねぇ、そっか、もしかして彼が前に言ってたのは……』

 

(本当に偶然なのかしら、彼ってもしかしてハチマン?

って事は、これはハチマンに仕組まれた偶然なのかしら)

 

 ランはそんな引っかかりを覚えていたが、そんなランの思考を、

ユウキの明るい声が吹き飛ばした。

 

「見てよラン、この装備、凄くかわいいよ!

これを着てハチマンの前に出たら、喜んでくれそうじゃない?」

「えっ、どれどれ?私にも見せて?」

 

 途端にランは、そんな引っかかりの事は忘れ、ユウキのいる所に駆け寄った。

ハチマンが絡むとポンコツになる系譜は、ランにもまた受け継がれているらしい。

 

「素敵なデザインね、それに性能も凄くいい」

「はいはい、毎度あり!」

「アシュレイさん気が早い、凄く欲しいのは確かなんだけど、

ごめんなさい、まだ私達の資金はそれほど豊富じゃないの、

今回の素材を取ってきた報酬を全額突っ込んでも全然足りないレベルかな」

「あらそう?それは残念、でもまあそれなら今日の素材があればいつでも作れるし、

他の素材が手に入ればこれ以上の性能の物も作れるだろうから、

またお金がたまった時にでも声をかけてね」

「はい、その時は宜しくお願いします!」

「絶刀と絶剣を名乗る覚悟でここに来たんだし、装備もそれに相応しい物を揃えないとね」

 

 二人はアシュレイと知り合えた事に感謝しつつ、そうお礼を言ったが、

当のアシュレイは、そのランの言葉を聞いて、一瞬ハッとした顔をした。

 

「ねぇあなた達、半月前に私が全力で作った装備があるんだけど、試しに見てみる?」

「いいんですか!?」

「是非!」

「事情があって普段は展示はしていないんだけど、今日は特別よ」

 

 そう言ってアシュレイは、スリーピング・ナイツの一同の前に二つマネキンを置き、

そこにとある装備を二着出現させた。

 

「うおっ……」

「同じデザインで色違いなんだ」

「これはまた別格の凄い迫力だな……」

「さすがは全力装備ですね……」

 

 その二着の装備は、片方は藍色、そしてもう片方は紫色に染められていた。

 

「こ、これ、見るからに凄そうですけど、一体どんな装備なんですか?」

「全能力全耐性アップが付いてるわ、

ついでに防御力もなまくらな大剣で斬られたくらいじゃ傷一つ付かないわね」

「ぜ、全能力!?」

「デザインも素敵……アシュレイさん、どうしてこれを販売していないんですか?」

「う~ん、実はこれ、ヴァルハラのスクナちゃんとの合作で、

あそこの幹部用の制式装備なのよ、名前はオートマチック・フラワーズって言うのよ」

「あっ、そういう……」

「でもこれ欲しいなぁ」

「でもアシュレイさん、どうしてそんな装備がここに二着もあるんですか?」

「その答えが知りたいなら、この装備の背中の部分を見てごらんなさい」

 

 そう言ってアシュレイはマネキンをひっくり返した。

その背中には、二着とも『絶』の文字と共に、

藍色の方には刀の絵が、そして紫の方には片手直剣の絵が描かれていた。

 

「絶刀に絶剣……」

「これってそういう事?」

「ハチマン兄貴の差し金か!」

「試練だ、とか言う兄貴のドヤ顔が目に浮かぶね……」

 

 そしてその文字をじっと見つめていたランが、アシュレイにこう尋ねた。

 

「アシュレイさん、これを売ってもらうとしたら、お値段はいかほどに?」

「ハチマン君からはこう伝えるように言われてるわ、

黒鉄宮の三十層のボスをぶっ倒してそのドロップ品を持ってきたらくれてやる、ってね」

 

 アシュレイは、それでやっと肩の荷がおりたように、大きく伸びをした。

 

「はぁ、ここまで半月、長かったわぁ」

「うおおおお!」

「やっぱり試練きた!」

「っていうか黒鉄宮って何だろう?」

「アシュレイさん、事情を聞かせてもらってもいいですか?」

 

 ランとユウキが呆然とする中、シウネーがアシュレイにそう問いかけた。

 

「半月ほど前、この装備が完成した時に、ハチマン君が二着分の素材を別に持ってきてね、

『絶刀』『絶剣』という言葉を知っている人達が来たら、

これを見せてやってくれないかって言われたの。

背中の文字も、その時にハチマン君の指示で私が入れたわ。

色もハチマン君の指示よ、藍色はそのまんま、木綿はさすがにこじつけようがないから、

江戸紫の紫でいいか、とか訳の分からない事を言っていたけどね」

「あはははは、兄貴らしい」

「でも多分ユウキには似合うよきっと」

「うん、自分でもそう思う!」

 

 そう盛り上がる一同に、アシュレイは笑顔でこう言った。

 

「どうやらこれは、ランちゃんとユウキちゃんの為に用意された物で間違いないみたいね」

「と、思います」

「絶刀と絶剣っていうのは、私達が自分で名乗るつもりの二つ名なんです」

「まあ名付け親はハチマン兄貴なんだけどな!」

「なるほどね、で、当然試練は受けるのよね?」

「はい!」

「必ず達成してきますから、それまでこの子達を預かっておいて下さい」

「ええ、必ず」

 

 アシュレイはそのランの言葉に力強く頷いた。

 

「それでですね、アシュレイさん」

「何かしら?」

「この金額で、出来るだけ性能のいい装備を私達の人数分欲しいんです」

 

 ランはそう言って、今回の仕事の報酬の半分にあたる金額をアシュレイに見せた。

 

「任せて、私チョイスで在庫からいい物を選んでくるわ」

「宜しくお願いします!」

 

 こうしてスリーピング・ナイツには、とりあえずの目標が出来た。

目指すは黒鉄宮、その三十層である。



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第739話 見守る者達

「それじゃあアシュレイさん、今日はどうもありがとう!」

「頑張ってね、みんな」

「はい、頑張ってチャレンジしてみます!」

「アシュレイさん、また!」

「ええ、またね」

 

 アシュレイの店を離れたスリーピング・ナイツ一行は、

そのままスモーキング・リーフへと戻る事にした。

目的は、ローバーからそれなりのランクの武器を買う事である。

アシュレイの店に行く事を優先した為に後回しになったが、これは予定通りの行動であった。

 

「とりあえず武器が揃ったら、黒鉄宮についておばば様に聞きましょう」

「というかさ、おばば様、まだいるかな?」

「そういえばそうね……ちょっと急ぎましょうか」

 

 そう言ってスリーピング・ナイツの一同はその場から走り去っていった。

そして誰もいなくなったアシュレイの店の前の空間が揺らぎ、

その揺らぎからぼそぼそと何か声が聞こえ、直後にアシュレイの店の扉がひとりでに開いた。

アシュレイは、ん?という顔で入り口を見たが、そこには誰もいない。

だがアシュレイにはどうやら心当たりがあったようで、

落ち着いた声で普通にその扉に向けて声をかけた。

 

「見えないけどお帰り、レコン君」

「あっ」

 

 そんな声と共に、入り口にレコンの姿が現れた。

 

「すみません、ちょっと慌てちゃって、姿隠しの効果を切るのを忘れてました」

「いいのよ別に、それだけ急ぎの用事なんでしょう?

中にいるから今呼ぶわ、ちょっと待っててね」

 

 そしてアシュレイは、店の奥に声をかけた。

 

「ハチマン君、レコン君よ」

「あ、はい、今行きます」

 

 そして店の奥からハチマンが現れた。

どうやらスリーピング・ナイツが訪れる前から店の奥にいたようで、

見つからないように隠れていたのだと思われる。

 

「よぉレコン、手間をかけさせちまってすまなかったな」

「いえいえ、大した手間じゃありませんよ、どうせ暇でしたしね。

それに興味深いシーンも見せてもらいましたし」

 

 そう言いながらレコンは、まだ店に飾りっぱなしのオートマチック・フラワーズを見た。

 

「俺もまさかこんなに早く、

あいつらがこれの存在にたどり着くなんて思ってもいなかったわ」

「まあキーワードは二つ名だけだったとはいえ、運に恵まれているんでしょうね」

「色々仕掛けを考えていたのが無駄になって、嬉しいやら悲しいやらだな」

「私的にも毎日ドキドキしながらさっきのシーンが来るのを待ってたから、

それが終わって嬉しいやら悲しいやら複雑な気分ね」

「長い間これを預かってもらっちゃって本当にすみません……」

 

 そのハチマンの謝罪に、アシュレイは首を横に振った。

 

「いいのよ、自分が物語の登場人物になったような感じで凄く面白かったし、

それに若者が成長していく姿を見るのは楽しいもの」

「「ですね」」

 

 その言葉にハチマンとレコンはうんうんと頷いた。

ハチマンは当然として、今やレコンもかなりのベテランであり、

ギルド内のポジションとしては、どちらかというと後進を指導する立場にあるのである。

 

「あのクラスの装備をあの金額で提供したのはその一環ですか?」

「そうね、赤字にならなければいいやって思ってたし、

黒鉄宮ってかなり厳しい所なんでしょ?

それならやっぱりあのくらいの装備が無いときついんじゃないかと思ったのよね」

「はぁ、まあ一概には比べられませんけど、

俺もSAO時代にあそこで死にかけましたからね」

「ええっ、ハチマンさんがですか?」

「俺だけじゃないぞ、俺とキリトとアスナが三人一緒だったのに、

一歩間違えたら死んでたからな」

「えっ、そんなにピンチだったの?」

「はい、正直最後の戦いの次にきつかったのはあの時ですね」

「そこまでですか……」

 

 レコンとアシュレイは、その言葉に戦慄した。

キリトとはほぼ面識が無かったアシュレイであったが、

SAO時代に当然その名声は嫌という程聞いており、

その三人はアシュレイにとって、勝利の代名詞だったからだ。

レコンの感想については言うまでもないだろう。

 

「なのでまあ、俺が信頼しているレコンにあいつらのフォローを頼んでいる訳だ」

「が、頑張ります……って、あああああ、忘れてた!」

 

 その時突然レコンがそう叫んだ。

 

「ど、どうした?」

「すみません、一つ報告があったんですよ、

スリーピング・ナイツはこの後もう一度スモーキング・リーフに戻って、

残りのお金を使っておばば様から武器を買うつもりらしいです」

「マジかよ、まずいな、それじゃあちょっと行ってくるとするかのう」

 

 そのハチマンの言葉にアシュレイはぶっと噴き出した。

 

「ハチマンさん、口調、口調!」

「おっと、やばいやばい、普段から気をつけないとな。それじゃあちょっと行ってきますね」

「あ、ハチマンさん、僕はどうしますか?」

「時間がまだ大丈夫なら、スモーキング・リーフの前であいつらが出てくるのを待って、

そのまま何かとんでもない事をしでかさないか監視しててくれ。

まさかとは思うが、ランの性格なら、いきなり黒鉄宮に行くとか言い出しかねないからな」

「分かりました、時間は大丈夫ですし、それにハチマンさんの弟子の僕にとってみれば、

あいつらは弟弟子、妹弟子みたいに感じるんで、僕に出来るだけの事はします」

「悪いな、俺のポケットマネーから時給は出すから頼むぞ」

「ありがとうございます、ゴチになります!」

 

 二人はアシュレイに挨拶してそのまま店を出た。

ハチマンは裏道に入ってログアウトし、レコンは魔法を使って姿を消した。

そして一人店に残ったアシュレイは、ニヤニヤしながらこう呟いた。

 

「SAOの事があるから迷ってたけど、ALOを始めてみて本当に良かったわ、

懐かしい人達とも再会出来たし、

新たな物語が紡がれていくのをリアルタイムで見られるなんて、

こんなに心がわくわくする事はないわね」

 

 そしてアシュレイは、コンソールを開いて新しい装備の構想を練り始めた。

 

「さて、職人としては、次の装備の準備もしておかないとね……」

 

 

 

 スリーピング・ナイツは、再びスモーキング・リーフの前に立つと、

パスワードを入力してそのまま中に入った。

 

「こんにちは、ちょっと用事があって戻ってきちゃいました!

あ、届け物は無事に終わりましたから!」

「お帰りなさい、そしてありがとうにゃ、で、用事って何の用事かにゃ?」

「えっと、アシュレイさんに防具を売ってもらったんで、

報酬の残りでおばば様に武器を売ってもらおうかなって」

「あ、えっと……」

 

 リツは困った顔をして、ローバーがいない事を説明しようとした。

その瞬間に、店の奥からガタガタという音が聞こえ、

奥の部屋からローバーが、息をきらせながら飛び出してきた。

 

「あっ、おばば様、戻ってたのにゃ?」

「たった今な、儂を呼んでいたようじゃがどうしたんじゃ?届け物は終わったんじゃろ?」

 

 その質問に答える前に、ローバーの様子を見てランが心配そうに言った。

 

「お、おばば様、そんなに息をきらせちゃって、一体どうしたの?」

「いや、ちょっとログアウトして、直前まで色々と家事をしていてな、

そのまま休憩しようと思ったんじゃが、それならログインしておいても一緒じゃなと思って、

そのままログインしたとまあ、そんな訳なんじゃよ」

「ああ、まあどうせベッドとかに横たわってるんだし、

息を切らせてようがどうしようが一緒だよね。

でも家事かぁ、私、家事とかした事がないから、将来の為にいずれ修行しないとなぁ」

「ぢょしりょく、という奴じゃな」

「微妙に発音がおかしかった気もするけど、まあ女子力の修行だね」

 

 その頃にはローバーの呼吸も落ち着いてきており、

リツはローバーに、先程のランの言葉を伝えた。

 

「えっと、みんな、報酬の残りで武器を買いたいらしいのにゃ」

「残り?もう何かに報酬を使ったのかえ?」

「あ、うん、アシュレイさんにさっきの報酬の半分を払って、

全員分の装備を揃えてもらったんだ」

「なるほどなるほど、それで次は武器の番という訳じゃな」

「うん、これでそれなりの装備が全員分揃うはずだから、

無理しないようにちょっとずつ、強い敵のいる所に挑んでいこうかなって」

「ふむふむ、もちろんそれは構わないのじゃが、

その前にお主達がどんな武器を使うのか、この婆に教えておくれ」

「あっ、そういえばそうだった……」

 

 そしてスリーピング・ナイツの一同は、一人一人、自分が得意とする武器を申告した。

 

「私は刀を使うわ」

「ボクは片手直剣かな」

「私は主に中距離担当でハンマーを使うわ」

「俺は両手剣だな」

「僕は片手直剣に盾ですね」

「私は補助要員なので主に杖を使います」

「わ、わたくしも中距離担当で、槍を使います、はい」

 

 そう言ったタルケンを、一同は呆然とした顔でじっと見つめた。

 

「え?え?何その反応?」

「いや………」

「タルが女性の前だと緊張してそういう喋り方になるのは知ってたけど、

まさかおばば様もその範囲に含まれるなんて……」

「えっ?いや、ち、違っ……これはリツさんがいるから……」

 

 慌ててそう言い訳するタルケンに、おばば様がウィンクをした。

 

「うふ~ん♪」

「う、うわああああああ、やめて下さいよおばば様!」

 

 直後にその場は一同の大きな笑い声に包まれたのだった。



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第740話 相棒

 その数日前の事である。午後七時くらいに、詩乃の家のインターホンが鳴った。

現在詩乃は自宅でバイト中であり、その音に気付く事は無かった。

普通であれば、訪問者はそのまま帰らざるを得なかったところであるが、

詩乃の家には自宅警備員的ぬいぐるみが存在する為、必ずしもそうとは言えないのだ。

 

「来客か、誰だ………?ああ………」

 

 モニターに映っていたのがまったく知らない人間、

もしくは知っていてもさほど交流の無い人間であれば、

その自宅警備員的ぬいぐるみであるはちまんくんは、華麗にスルーした事だろう。

だが今ドアの外にいるのがとてもよく見知っている存在だとモニターで確認出来た為、

はちまんくんは腕のギミックを作動させ、ドアノブ目掛けて手を射出し、扉の鍵を開けた。

 

 ガチャッ。

 

 少し間が開いた後、入り口のドアが開き、

外にいた人物が呆れたような口調でこう声をかけてきた。

 

「おいこら詩乃、鍵だけ開けて無言とはどういう事だ、

歓迎しろとは言わないが、せめて返事くらいしろ………って、お前だったか」

 

 その訪問者は、手首から伸びたワイヤーをずるずると引っ張って巻いている、

はちまんくんの姿を見てそう言った。

 

「悪い相棒、返事をするのが面倒だった」

「いいさ、俺がお前の立場でもそう思ったろうからな」

「さすがは相棒」

「だろ?」

 

 そして二人は見つめ合い、ニヒルに笑った。その訪問者は当然の事ながら八幡である。

 

「なぁ相棒、詩乃は今いないのか?これ、勝手に入っちまって大丈夫か?」

「問題ない、あいつは今寝室でバイト中だがもうすぐ終了の時間だからな」

「そうか、そういう事ならバイトが終わるまで大人しく中で待たせてもらうとするか」

 

 八幡はそのまま居間に入り、テーブルの前に腰かけた。

そんな八幡に、はちまんくんが言った。

 

「待っててくれ、今お茶を入れる」

「悪いな……って、いつの間にかお前、芸達者になってないか?」

「おう、それくらいは学習した」

「ほうほう、さすがだな、相棒」

「だろ?」

 

 そして二人は再び見つめ合い、ニヒルに笑った。

 

「とはいえ、まあ俺に出来るのはインスタントコーヒーを入れるくらいなんだがな」

「十分だ、ありがとうな相棒」

 

 そしてはちまんくんは、テーブルの上で器用にインスタントコーヒーを作り、

八幡に向けて差し出してきた。

 

「砂糖とミルクと練乳はそこの棚から出してくれ、沢山常備されてるからな」

「おう……って、練乳まであるのか、詩乃ってそんなに甘党だったっけか?」

「いや、それは相棒がいつ来てもいいように、常にストックされてるんだよ」

「なるほど、それは好印象だな」

「うちの詩乃も中々やるだろ?」

「おう、正直もっとがさつだと思ってたから、ちょっと見直したわ」

「まあがさつなのは間違いないんだけどな」

 

 そう言ってはちまんくんは、寝室のドアの方を指差した。

入り口からは見えなかったが、そのドアはよく見ると開きっぱなしになっており、

そこには下着姿でだらしなく寝そべっている詩乃の姿があった。

それを見た八幡は、スッと立ち上がると、黙って寝室のドアを閉め、再び元の場所に座った。

 

「うん、コーヒーの程よい濃さのせいで、甘さが際立って感じられるな」

「若干薄めに入れるのがポイントだろ?」

「お、さすがは分かってるな」

「実は詩乃と一緒に色々研究したんだよ」

「マジか、あいつ、実は尽くす系なのか?」

「ツンデレなのにな」

「その二つの属性の親和性は確かに高そうだが……」

「今や絶滅危惧種だよな」

「だな、かなりのレアだ」

「SSSRくらいはあるんじゃないか?」

「かもしれん」

 

 そうはちまんくんに同意しながら、八幡はずずっとコーヒーをすすった。

丁度その時寝室からガサガサと音が聞こえた。どうやら詩乃のバイトが終わったらしい。

そしてガチャッと寝室のドアが開き、居間に足を踏み込みながら、詩乃がこう言った。

 

「あれ、私、ログインする前にこのドア閉めたっけ?

まあいっか、はちまんくん、私はとりあえずこのままシャワー………を………」

 

 詩乃は居間に座ってコーヒーをすすりながら、

こちらに背を向けてまったく振り返ろうとしない八幡の姿を見た。

その時はちまんくんが、呆れた声で八幡にこう声をかけた。

 

「悪い相棒、詩乃の奴、まさかの全裸だわ」

「っ………」

「大丈夫だ、想定外の事もあったが、この事は予想はしていたからな」

「マジか、てっきり下着姿で出てくるのに備えたんだとばかり思ってたわ」

「さっきチラリと見えたあいつの肌が、かなり汗ばんでいたからな、

それでこういう事もあるだろうと予想していた」

「なっ、ま、まさか扉が閉まってたのは、中を見た後に八幡が閉め………」

 

 詩乃はそう呟いたが、その声ははちまんくんの声にかき消された。

 

「おお、さすがだな、俺はそこまで見てなかったわ」

「まあお前は詩乃のがさつな部分を見慣れてるだろうから仕方ないさ」

「なるほど、慣れってのは怖いもんだな」

「な………なっ………」

 

 そう繰り返すばかりで、中々言葉を続けられない詩乃に対し、

はちまんくんが、指をパキッと鳴らしてこう言った。

 

「詩乃、リトライだ、出なおせ、まだ間に合う」

 

 そう言われた詩乃は、怒りか羞恥かどちらのせいかは分からないが、

顔を真っ赤にしたまま寝室のドアを閉め、

しばらくしてから身だしなみを整えて再び現れた。

 

「あら八幡じゃない、来てたのね」

「平然としているようだが、顔がまだ真っ赤だぞ」

「な、何で分かるのよ!」

「そこの鏡に………いや、何でもない」

「鏡?鏡って………」

 

 そして詩乃は、八幡の向こうにある姿見の扉が開いている事に気が付いた。

そこには八幡の顔が正面から写っていた。そう、正面から。

 

「…………」

「…………」

「ねぇ」

「お、おう」

「今その鏡に、私とあなたが正面から写ってるわよね」

「そ、そうだな」

「さっきあんた、真っ直ぐ正面を向いてたわよね?」

「そうだったか?まったく覚えていないが……」

 

 そして詩乃は、八幡の頭をガシっと掴んだ。

 

「見たわね?」

「な、何をだ?」

「私のハ・ダ・カ」

「一体何の事だかな」

「私のFカップを見たんでしょって、そう言ってんのよ!」

「はぁ?お前ふざけんなよ、確かに思ったよりはあるなって思ったが、

あれがFカップなら理央は何カップだって話になんだろ!」

「落ち着け相棒、それはやばい」

 

 そのはちまんくんの言葉に、八幡はハッとした顔をした。

 

「やっぱり見たのね」

「き、汚いぞ詩乃、はめやがったな!」

「はめられる方が悪いのよ、そうねぇ、とりあえず私、今凄くお腹が減ってるんだけど」

「くそっ、仕方ない、とりあえず飯でも食いに行くか」

「もちろん八幡のおごりよね」

「………そ、そうだな」

「おごりか………」

 

 八幡にそう言われた詩乃は、少し考えた後にこう言った。

 

「シャトーブリアン」

「お、おう?」

「ブランド牛」

「お、おう………」

「A5」

「………」

「さっさと行くわよ」

「お、おう、分かった………」

 

 そして詩乃は、機嫌良さそうに八幡の腕に自らの腕をからめ………かけ、

直後に慌てて八幡から離れた。

 

「ちょ、ちょっと待って」

「ん?どうした?」

「そ、その前に、シャワーを浴びさせなさい」

「シャワー?確かにさっき汗をかいてたのは見たが、

別に汗臭かったりとか、そんな事はまったく……」

「い、いいから待ってなさい!」

「わ、分かった」

 

 そして詩乃が浴室に入っていった後、はちまんくんが呆れた声で八幡にこう言った。

 

「相棒、余計な事を言わなければ、詩乃は鏡の事には気付かなかったんじゃないか?

あれってわざとだろ?」

「ん、分かったのか?」

「おう、相棒だからな、その後のFカップうんぬんはまあ、マジっぽかったけどよ?」

「あれはさすがに鬼突っ込みをしないといけない場面だったからな」

「まあそれは俺も同意するが、で、何でだ?」

「いやな、鏡がある事に気付いたのは少し後だったんだがよ、

確かに見えたのは偶然だが、それを黙ってるのは何か卑怯な気がしてな……」

 

 そう言う八幡の肩を、はちまんくんはポン、と叩いた。

 

「相棒、今度一杯おごるぜ、そういうとこ、俺はいいと思うぜ」

「そうか?」

「多分隠れてこっそりこの会話を聞いている奴も、そう思ったと思うぜ」

 

 その瞬間に浴室からガタッという音がし、八幡とはちまんくんは顔を見合わせて苦笑した。

 

「俺がちゃんと留守番しておいてやるから、散財させちまって悪いが、

まあ詩乃に美味い物を食わせてやってくれ。

最近詩乃の奴、相棒が遊んでくれないってたまに愚痴ってたからな」

「確かに最近は、理央や萌郁と一緒にいる事が多かった気もするな」

「萌郁ってエージェントの女だったよな、一度だけメンテの時に見たわ」

「あいつと二人でゾンビ・エスケープってゲームの攻略をしてるんだよ」

「相棒も手広くやってんなぁ……」

「まあ次のステージは丁度人手が欲しかったところだし、詩乃も誘ってみるわ」

「おお、すまないな相棒」

「いいって事よ相棒」

 

 二人がそう言って、本日三度目のニヒルな笑みを交わした直後に、

詩乃がバスタオルを体に巻いただけの状態で浴室から出てきた。

 

「お、おい!」

「べ、別にいいでしょ、この状態なら何も見えてないんだから」

「確かにそうだけど、何のアピールだよ……」

「うるさいわね、あんたへのちょっとしたご褒美よ!

それじゃあ今からおめかしするから、もう少し待ってなさい」

「ご褒美ねぇ……」

「悪い相棒、詩乃の奴、相棒が絡むとたまにポンコツになるんだわ」

「おう、それは知ってたわ、まあとりあえず待つとするか、

まあそんなに時間はかからんだろ」

 

 だが八幡は、それから実に三十分も待たされる事になったのだった。



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第741話 おい詩乃、頼みがある

「待たせたわね」

「本当に待ったわ!準備が長いんだよ!」

「女の子の準備は時間がかかるに決まってるじゃない、ほら、いいから行くわよ」

「あっ、おい、ちょっと……」

「はちまんくん、留守番はお願いね」

「おう、任せろ、それじゃあまたな、相棒」

「またな相棒……って、おいこら詩乃、腕を引っ張るな!」

「いいから早く来なさい、キット、ここよ!」

『はい詩乃、直ぐに行きます』

 

 八幡は詩乃にガッチリと腕をホールドされ、そのまま連れていかれた。

 

「さて、俺は洗濯でもしておいてやるか……明日は雨らしいしな」

 

 はちまんくんはそう言って、詩乃の寝室へ入っていった。

 

 

 

「注文は任せるからね、さすがにこういう店には慣れてないから」

「慣れてたらそっちの方が驚きだよ」

「私的には八幡が慣れている事の方が驚きなんだけど?」

「くっ、ああいえばこう言う……」

「ほら、早く注文注文!」

「分かったから待ってろ」

 

 そしてスムーズに注文を終えた後、詩乃がおもむろに八幡に質問をしてきた。

 

「で、今日は私に何の用事があったの?

まさか私の下着姿や裸を見に来たって訳じゃないわよね?」

「いや、その通りなんだが……」

「な、ななななな……」

 

 これは単に、八幡が詩乃をからかっているだけである。

さすがの詩乃も、八幡のニヤニヤ顔を見て、からかわれている事に直ぐに気が付き、

抗議するような目で八幡に言った。

 

「で?」

「おい詩乃、頼みがある、今度ALOに、新しいキャラを作りたいんだ」

「………それのどこに私の家に来る必要があるの?作りたければ勝手に作ればいいじゃない」

「いや、俺が作りたいのは、いわゆる魔女タイプというか、

なぁ詩乃、お前、お婆ちゃんになってくれないか?」

「はぁ?」

 

 その声は少し大きく、詩乃はしまったという風に店員に頭を下げると、

声量を低くして、八幡にその意図を尋ねた。

 

「要するに、お婆さんに成りすましたいって事?」

「まあ簡単に言うとそういう事だ、今度俺の舎弟的存在の奴らがALOに来るっぽくってな、

そいつらを導くのには、そういうキャラが適任じゃないかと思ったって訳だ」

「それって普通にハチマンでやっちゃ駄目なの?」

 

 その詩乃の当然の疑問に、八幡はあっけらかんとこう答えた。

 

「それが駄目なんだよ、そいつらの最終目標は、打倒ヴァルハラだからな」

「あ、そういう事なんだ、いいわね、若いって……」

「何故そこでおばさん臭い言い方をする……

言っておくがそいつらは、お前と同世代だからな」

「えっ、そうなの?」

「ああ、そんな訳で、あいつらがいずれ敵になるはずの俺の指導を受けるはずもないし、

うちのメンバーからすれば、俺が敵に塩を送るような真似をするのを、

快く思わない奴もいるんじゃないかと思ってな」

「そんな人、うちにはいないと思うけど……例えばロビンとかフカちゃんは、

むしろ喜んでせっせと敵に塩を送る気もするわ」

 

 八幡は、確かにそうかもしれないと内心で思ったが、

こういう事に関しては、八幡はかなり保守的な考え方をする事が多い。

 

「それはそうなんだが、まあ一応な」

「って事は、この事を知るメンバーは、かなり限られるって事?」

「そうだな、予定ではお前とレコン、それにキズメルとユイあたりか」

「レコン君は何で?」

「レコンには、あいつらを影から見守る役割をこなしてもらうつもりだ、

その為に最適なスキルを、あいつは持ってるからな」

「ああ、姿隠しか、なるほど」

 

 頭の回転が早い詩乃は、直ぐにその事に思い当たったのか、あっさりとそう看破した。

 

「まあそういう事だな」

「それじゃあキズメルとユイちゃんは?」

「俺が俺個人の持つゲーム内資産の一部をあいつらに流すとして、

ユイやキズメルがその事に気付く可能性が高いからな、

そもそも俺の資産の管理もやってもらってる訳だしな」

「そう言われると私もそうだったわ、なるほど、理に適ってるわね」

 

 詩乃は感心したようにそう言った。

 

「分かったわ、協力する」

「悪いな、飯を食って家に帰ったら、そこでキャラを作るとしよう」

「オーケーよ、何よりうちの女性プレイヤーの中で、

この事を知っているのが私だけというのが気に入ったわ」

「いや、まああいつらのリアルを知ってるという点では、

他にも何人か、例えばクリスや理央やめぐりんは、あいつらの事を知ってるんだよな」

「あらそうなの?それは残念ね」

 

 そう言いつつも、詩乃は終始機嫌が良さそうであった。

やはり八幡に直接頼まれているという事実がそうさせるのであろう。

 

「で、最近学校の方はどうだ?特に変わりないか?」

「あら、うちの学校の事が気になるの?」

「気になるのはお前が調子に乗っていないかどうかだ、

最近ABCとも会ってないから情報があまり伝わってこなくてな」

「そっちはまあ順調かしらね、学内でいじめがある気配もまったく無いし、

私個人の事について言えば、成績も上位をキープ出来てるし、

運動だって、バイトのせいか、前よりも思うように体を動かせるようになったわ」

「ほうほう、そんな効果があったのか」

「ええ、まあバイトの前に、念入りに柔軟体操をやっているから、

そっちの方の効果が出てるのかもしれないけどね」

「マジかよ、お前そんな事をしてたのか、

バイトの内容にはまったく関係ないのに、お前ってやっぱり努力家なんだな」

「ふふん、もっと褒めなさい、そして私をもっと大切にしなさい」

「してるつもりではあるんだがな」

「まだ足りないわ、もっとよ」

「へいへい、努力するわ」

「よろしい」

 

 そして頼んだ料理が来て、詩乃はその味に舌鼓をうった。

 

「うわ、こんなのを食べちゃったら、もう他のお肉は食べられないわね」

「そこは食えって」

「もちろんあくまでも比喩だから普通に食べるわよ、

とりあえず明日、ABCに自慢しておくわ」

「友達をそんな風に呼ぶんじゃねえ」

「お前が言うな、と言うべきなのかしらね……」

「それはこっちのセリフだ、俺はともかくお前がABCとか言うな」

「あんたの呼び方が移ったのよ、だから私は悪くない」

「まったくああ言えばこう言う……」

「それが私よ、文句ある?」

「大有りだよ!」

「あはははは、あはははははは」

 

 仲がいいのか悪いのか、いや、いい事は間違いないのだろうが、

二人の会話はいつもこんな感じである。

 

「さて、それじゃあ帰りましょうか、あ、ちょっとコンビニに寄ってもらってもいい?

色々と買っておきたい物があるのよ」

「へいへい、仰せの通りに」

 

 コンビニに着くと、詩乃は先ず雑誌コーナーへと足を運んだ。

 

「ふむふむ、お、眼鏡女子が好きな男を落とすコーディネイト?

ちょっと八幡、この中でどの服装が一番ぐっとくる?」

「………何故それを俺に聞く?」

「このタイトルが見えないの?あんたを落とす為に決まってるじゃない」

「だから何でそれを俺に聞くかな……」

「本人に聞くのが一番いいからに決まってるじゃない」

「そういうのの相談はABCにしろよ!」

「ちっ」

「今舌打ちしなかったか!?」

「まあいいわ、あんたの目がどの服の所で止まったかはチェックしておいたし」

「え………」

 

(こ、こいつはこういう所が侮れねえ……)

 

 続けて詩乃は、ホームサイズのアイスを手に取り、食パンや飲み物等、

食料品を中心にいくつかの物を買い、そして二人はそのまま詩乃の家に向かった。

 

「お前、ホームサイズのアイスとか、一人で食べんのか?」

「え?ああこれ?ううん、フカちゃんがよく一人で何個も食べてるとか聞いてるけど、

さすがに私には無理ね」

「じゃあどうして……」

「だってあんたも食べるでしょ?」

「あ?え、お、おう、頂くわ……」

 

 そして家に帰ると、詩乃は八幡と二人でアイスをシェアしながら、

ソレイユが公式に運営しているサイトのキャラクターの外見の大雑把なリストを表示し、

その中から八幡に、どんなタイプの顔にするか選んでもらい、

そのデータを元に、直ぐにキャラの作成に移る事にした。

 

「GGOと違って完全ランダムじゃなくて良かったわね、

もしそうなら何万回やる事になったか分からなかったわよ」

「多少の振れ幅はあるが、何となくこんな感じってのを選べるのはいいよな」

「で、名前はどうする?」

「名前か……そういうの、俺、苦手なんだよな……」

 

 八幡が困った顔でそう呟いたその時、丁度浴室から、

大きなカゴを手に持ったはちまんくんがこちらに歩いてきて、何かの作業を始めた。

どうやら布のような物をたたんでいるらしい。そんなはちまんくんに、八幡はこう尋ねた。

 

「おいは相棒、お前はどう思う?このキャラに何て名前をつけたらいい?」

「ん、老婆のキャラ?だったらローバーでいいんじゃないか?」

「ふむ、よし、そうするか……」

「あ、あんた達、絶望的にセンスが無いわね……」

「こういうのはシンプルなくらいで丁度いいんだよ」

 

 八幡はそう虚勢を張ったが、当然自分でもセンスが無い事は自覚していた。

 

「よし詩乃、今日は助かったわ、俺は今後、たまにこのキャラで動く事になるが、

もし街とかで見かけても声はかけないでくれよな」

「しっかりと恩は返すのよ」

「そのうちな、それじゃあまたな、詩乃」

「うん、またね」

 

 そして八幡が去った後、詩乃ははちまんくんが、

せっせと何かの作業を続けている事に気が付き、

一体何をしているのだろうとそちらの方を見た。

そこには綺麗に折り畳まれた洗濯物があり、詩乃は一瞬きょとんとした後、

八幡が去っていった方をバッと振り返り、再びはちまんくんの手元に目をやった。

そこには綺麗に折り畳まれた詩乃の下着があり、

どう考えてもそれは、八幡から丸見えになる位置に置かれていた。

 

「は、はちまんくん、それは……」

「おう、明日は雨っぽいから俺が洗濯して乾燥機にかけておいてやったぞ」

「そ、その下着、いつからそこにあったの!?」

「そりゃあ俺が浴室から出てきて洗濯物を広げた時からに決まってる、

心配するな、ちゃんと相棒に見せてアピールしておいてやったからな」

「そ、そんなアピールしなくていいから!」

 

 そして詩乃は、また見られたと、ぶつぶつ呟き出したが、

そんな詩乃にはちまんくんが言った。

 

「何を今更、さっき下着の中まで見せてただろ」

「見せようと思って見せた訳じゃないわよ!

いい?この話題については今後あいつの前で出さないでよね、

そうすればそのうち忘れると思うから」

「分かった分かった、ついでに八幡が使ったスプーンをさりげなく今お前が使ってる事も、

あいつには黙っておいてやるからな」

「な、何でそういうところはよく見てるのよ!」

 

 部屋中にそんな詩乃の絶叫が響き渡る中、八幡は、

先程はちまんくんがわざと見せてきたように見えた布の事を思い出し、ぼそりと呟いた。

 

「あれはちょっと派手すぎだと思うが、まああいつの趣味なんだろうな……」

 

 こうして詩乃の羞恥心と引き換えに、ALOにローバーというキャラが誕生した。



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第742話 大手ギルドは大変だ

「で、報酬はいくら残ってるんじゃ?」

「えっと、このくらいかな」

「なるほど、それでは今儂の持つ在庫をチェックしてみるわい」

 

 八幡扮するローバーは、ランから武器に使える予算を聞き、

多少色をつけてやろうと、自らのストレージの中にある武器リストに目を通していた。

 

(さて、これとこれ、後はこのランクか、この中からあいつらに選ばせればいいか)

 

 ローバーは、あいつらは数字には現れない部分をちゃんと見てくるだろうかと、

少しわくわくしながらその武器を一同の前に並べた。

 

「まあこの辺りじゃの、好きな武器を選ぶといいぞえ」

「ありがとうおばば様!さあみんな、自分の武器は自分で選ぶのよ!」

 

 そのランの号令で、一同はどの武器にするか考え始めた。

 

「ボクはこれ、これが一番振りやすい」

 

(ほう、ユウは威力よりも取りまわしの良さを基準に選んだのか)

 

「私はこれね、単純に一番リーチが長いから」

 

(ノリは射程重視か、極力前衛の邪魔をしないように気をつけているんだろうな)

 

「俺はこれだな、防御力に補正がついてる」

 

(ほう?ジュンはサブタンクの役割もする事も重視しているんだな)

 

「僕はこれとこれ、一番重い盾と一番重い剣、

機動力は落ちるけど、これなら多少重い攻撃をくらっても踏みとどまれるだろうしね」

 

(テッチはかなり筋力があるみたいだな、立派にタンクの役割を果たせそうだな)

 

「わたくしは単純に一番威力があるこれを……」

 

(タルは威力重視か、手数より一撃の重さで勝負するタイプだな)

 

「私はこの杖でお願いします」

 

(まあシウネーの杖は性能差がほぼ無いから、見た目の好みになるか)

 

「私はこれよ、これが一番八幡が好きそうだから」

 

(このポンコツが……)

 

「ふむふむ、そうするとお値段は……このくらいじゃの」

「予算の範囲内ね、それじゃあおばば様、これを」

「毎度あり、じゃな」

 

 ランはローバーが提示してきた金額をそのまま払い、こうしてスリーピング・ナイツは、

無理をすればアインクラッドの最前線に行けなくもない程度の中級装備を手に入れた。

これで経験値稼ぎも金策も、多少ははかどる事だろう。

 

(ふむ、あの耳年増以外はまともで良かった)

 

 その耳年増も、武器のチョイス自体は妥当である為、

ローバーは特に何か余計な事を言ったりはしなかった。

 

「それじゃあお主ら、これから頑張るんじゃぞ」

「あ、待っておばば様、黒鉄宮って知ってる?」

「うん?それならマップのここにあるが……」

 

 ローバーはそう言って、マップの一点を指差した。

 

「黒鉄宮に何か用事でもあるのかえ?」

「あ、うん、ちょっと試練を与えられちゃって。ちなみに目的地は三十層なんだけど」

「ふむ……あそこには確か、十層ことに固定で強い敵がいるという噂じゃから、

無理せず少しずつ進んでいくんじゃぞ」

「そうなんだ、ありがとうおばば様!」

「またね!」

「あ、ちょっと待ってにゃ」

 

 そんな一同をリツが呼びとめた。

 

「リツさん、どうしたの?」

「ついでにこれも持っていくにゃ」

「これって……リスト?」

「うちで買い取ってる素材の値段のリストにゃ、今後きっと役にたつのにゃ」

 

 そのリストには、素材の買い取り価格に加え、採取出来る場所、

主な用途等が綺麗にまとめられていた。

 

「ありがとうリツさん、凄く助かる!」

「今後ともご贔屓ににゃ」

 

 リツは笑顔でそう言い、今度こそスリーピング・ナイツは、

拠点の代わりにしている宿へ戻っていった。

 

「おばば様もまめにゃねぇ」

「何、うちのメンバー専用のデータベースをそのまま出力しただけだ」

「そういうのがまめなのにゃ」

「まあこれくらいはしてやらないと、俺達には追いつけないだろうからな」

 

 丁度その時スリーピング・ナイツの後を尾行しているレコンから連絡が入った。

どうやら彼女らは、今日はもう寝るといって宿に入っていったらしい。

 

「よし、今日はここまでだな、それじゃあまたな、リツ」

「うん、またなのにゃ」

 

 こうしてこの日は特に何事もなく、穏便に終わった。

余談だが、スリーピング・ナイツは全員、ALOの中で寝る事が可能である。

これはアミュスフィアを経由していないからであり、彼女達は八幡からの指示を律儀に守り、

極力一般の人と同じような生活リズムを崩さない事にしているので、

夜になれば寝るし、朝になれば起きるのである。

 

 

 

 そして次の日の朝、ランが起きると、リビングにはもう他の全員が集合していた。

 

「あら、私が最後なのね、みんな、おはよう」

「おはようラン」

「今日から黒鉄宮に行くよな?」

「ええ、そのつもりよ、初めての場所だから、くれぐれも慎重にね」

 

 これは八幡からの指示、というより八幡との約束なのだが、

スリーピング・ナイツの面々は、毎日決まった時間にゲーム内で食事をとっている。

それもきっちり三食である。その約束通り、今日もきっちりと朝食をとった後、

ランが一同に出発の指示を出した。

 

「それじゃあ行きましょうか、みんな準備はいい?」

「バッチリだぜ!」

「腕がなるね」

「やってやりましょう」

 

 ついに本格始動する事になった彼女達が、

黒鉄宮に向かう途中で転移門広場に通りかかった時、

そこは何故か、かなりの数のプレイヤーで溢れていた。

いつもこの場所は人数が多いが、今日はそれとは比べ物にならないくらい混雑しており、

どうやら何かトラブルがあったようで、人ごみの中央からエキサイトしている男の声がした。

 

「何かあったのかしら」

「ちょっと見てみる?」

「そうね、行ってみましょう」

 

 そして一同は、人ごみをかき分けながら何とかその人だかりの中央にたどり着いた。

 

「あれ、ハチマンじゃん」

「ユキノさんもいるね」

「もう片方の集団は……あっ、確か同盟だっけ?昨日の奴らだよ!」

「へぇ、これは面白い事になってるわね、しばらく見物させてもらいましょうか」

 

 そんな一同の前で、ハチマンが正面で対峙している者達にこう言った。

 

「迷惑だから迷惑だと言ったんだ、ここは公共の場であって、お前らの家じゃない」

「お、俺達のおかげで攻略が進んでるんだから、少しくらいいいだろ!」

「だったら現地に集合すればいいのではないかしら、何故わざわざここから移動するの?

あなた達がやっている事はただのアピールではないのかしらね」

「何だよ、最近は全然階層更新の役にたってないくせに文句ばっかり……」

 

 その言葉に、ハチマンとユキノは盛大にため息をついた。

 

「何を言っているの?私達が行くと、あなた達はいつも不愉快そうにするじゃない」

「そ、それは……」

 

 そのプレイヤーは、気まずそうな顔をして言いよどんだ。

 

「そもそも何故一般プレイヤーの行動をお前らが勝手に制限する事と、

俺達が階層攻略を遠慮している事が関係するんだ?」

「制限なんかしていない、これはあくまで到達階層を更新する為に協力を仰いで……」

「仰いでないだろ、この中に、誰か直接そういった事を頼まれた奴はいるか?」

 

 もちろんその問いかけに、周りにいる者達は誰も頷かない。

 

「だそうだが?」

「いや、だから……」

「それにお前ら、階層更新にそれだけ熱心なくせに、

最近は絶対にボス部屋への一番乗りはしないらしいじゃないか、

必ず他のギルドに先行させて、そいつらが全滅した後に、

二番手で入っては初見突破を繰り返しているらしいな」

 

 その言葉に、周囲の野次馬から疑念の声があがった。

 

「そうなのか?」

「おいおい、何か怪しいよな」

「それってかなり不自然じゃないか?」

 

 どうやらその事は、彼らにとってはよっぽど一般プレイヤーに知られたくない事らしく、

そのプレイヤーは即座にその言葉を否定にかかった。

 

「ち、違う、俺達は何もやましい事はしていない」

「何故そういう返事になる、それじゃあやましくない何かをやってるって事になるぞ?」

「そうじゃない、俺達はただ、しっかりと準備をしてから入ってるだけだ」

「ふ~ん、まあいいか、とりあえず最近全然階層更新の役にたっていない俺達としては、

仕方ないからお前達『同盟』の要請に従って、次の階層のボス攻略に出る事にする。

この層でもいいんだが、もうお前達が向かっている最中だろうから遠慮しておくわ。

まあ今回もちゃんと一発でクリアするんだろ?

ついさっき、中堅どころのギルドが粘った末に負けて排出されてきてたからな」

「ぐっ………」

 

 さすがにその言葉には何も言い返す事は出来ず、

そのプレイヤーは捨てゼリフを吐いてその場から走り去った。

 

「くそっ、次の層も俺達がクリアしてやる、一番乗りでな!

お前らは指をくわえて見てやがれ!」

 

 そしてそのプレイヤーが去った後、周囲は大歓声に包まれた。

 

「さすがはザ・ルーラー、よく言ってくれたぜ!」

「同盟に負けないで下さいね!」

「ヴァルハラ!ヴァルハラ!」

 

 その声援にハチマンは片手を上げて応えると、ユキノと何か相談を始め、

スリーピング・ナイツの耳に、その二人の会話が少しだけ聞こえてきた。

 

「ユキノ、今すぐ来れるメンバーを出来るだけかき集めてくれ」

「今すぐ?本気なの?」

 

 その言葉に一同は顔を見合わせた。

 

「ユウ、聞こえた?」

「うん、メンバーに召集をかけたみたいだね」

「まさかとは思うけど、ハチマン兄貴ってば、今日中に次の層までクリアするつもりか?」

「どうなんだろ、まあさっきの会話で分かるのは、大手ギルドは色々と大変ねって事かしら」

「だね」

「それじゃあ大手じゃない私達は、身の程をわきまえて、やれる事をやりに行きましょうか」

「「「「「「おう!」」」」」」

 

 そして七人は黒鉄宮へと向かって歩き出したのだが、

ランが一瞬ハチマンの方に振り返った時、

たまたまなのかどうかは分からないがハチマンと目が合った。

ハチマンはランにニヤリとし、そのまま転移門へと消えていった。

 

「あれはやるわね」

 

 そのランの抱いた感想は、当然的中する事となる。



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第743話 口は災いの元

「ここが黒鉄宮?」

「あれが監獄エリアって奴かぁ」

「あれ、あそこの壁?石碑?っぽいのに、何か沢山名前が並んでる」

「何だろうなあれ」

「まあ今度おばば様にでも聞いてみましょう」

 

 このランの言葉からローバーの存在が、

スリーピング・ナイツの中で徐々に大きくなってきている事が分かる。

ローバーでスリーピング・ナイツを導く役目をするというハチマンの思惑は、

どうやら上手くいきつつあるようだ。

 

「あっ、監獄エリアに人がいるよ」

「ハラスメント警告を受けたんでしょうね」

「ランもあそこに入れられないように気をつけなよ?」

「ちょっとユウ、それはどういう意味かしら」

「ハチマンにハラスメントで通報されないようにって意味」

 

 そのユウの言葉をランは鼻で笑いとばした。

 

「ハチマンが私を通報する訳ないじゃない」

「いやいやラン、あれって自動通報だからね?」

 

 ノリにそう言われたランは、その事は考えていなかったのか、ぎょっとした顔をした。

 

「そ、そうだったっけ?」

「うん、ハラスメント警告は男女関係なしだからね」

「こ、これから気をつける……」

 

 さすがのランも、監獄部屋でゲームマスターに説教されるのは避けたかったようだ。

もっとも送られたら送られたで、堂々と『愛人です!』と言いそうなのが困り物ではある。

 

「さて、どうする?」

「とりあえず一層をぐるっと回ってみましょうか」

「一層?ランの事だから、いきなり三十層とか言い出すと思ってたぜ」

「ふふん、私は石橋を叩いてからその横にある鉄の橋を渡るタイプよ」

「はいはい、それじゃあみんな、中に入ろう」

 

 そのランの言葉をユウキは一顧だにしなかった。他の者達も何も突っ込んだりはしない。

そしてそこまでの会話を確認した時点で、密かに後を付けてきていたレコンは撤収した。

この調子だと無茶はしないだろうという事が確認出来た為と、

先程のハチマンの言葉をレコンも聞いていた為、そろそろ召集がかかると思ったからである。

 

「ここが一層への道なのかしら、って、どう見ても『層』って感じじゃなくて、

ただの一本道なのだけれど」

「まあ迷う余地が無いからいいじゃない」

「ユウは相変わらず楽天的よねぇ」

 

 そう言いつつも他に選択肢は無い為、ランは前進の指示を出し、

その一本道をしばらく進んだ頃、一行の前に二股の分かれ道が姿を現した。

 

「あっ、見てラン、あそこに看板があるよ」

「本当ね、何なのかしら」

 

 一同はその看板に歩み寄り、そこに書かれている言葉を確認した。

そこには『一層はこちら』と書かれており、その下にヴァルハラの名前が記載されていた。

 

「何これ?」

「あっ、そういえばこれと同じ物を街の探索中に見たかも」

 

 その時タルケンがハッとした顔でそう言った。

 

「近くにいた人に聞いた話だと、確かこれってユーザー伝言版っていうらしいよ」

「ユーザー伝言版?何それ?」

「えっと、ALOって凄く広いじゃない、だから多少なりとも利便性を向上させる為に、

ユーザーからの要望で導入された看板なんだって。

これに必要な情報を書いて、好きな所に立てられるんだけど、

その信頼性を担保する為に、その下にギルド名、もしくは個人名が自動記入されるらしいよ」

「へぇ、それは面白いアイデアね」

「ちなみにそれ専用のギルドもあるみたい、確か『迷子案内隊』ってギルド」

「あは、ALOは懐が深いわね、そんなプレイスタイルも許容してくれるなんてね」

「まあそんな訳で、これは多分ハチマンさん達が設置した案内板だね」

「ふむ……一層はこちら、ねぇ……」

 

 ランは看板については納得したものの、ここにこれを立てる意味が分からず、

考えるのが面倒臭くなったのか、予定を変えて奥に進む事を仲間達に提案した。

 

「ちょっと考えても意味が分からないから、このまま奥に進んでみない?」

「うんいいよ、ボクも興味あるし」

「そうですね、ここの仕様を確認する為にもいいと思います」

 

 他に反対意見も出なかった為、一同はそのまま一層への道をスルーし、

奥へと続いているであろう道を進む事にした。

そんな一行の前に、再び二股の分かれ道が看板と共に姿を現した。

 

『二層はこちら』

 

「なるほど……」

「つまりあれかな、ここは階層型ダンジョンじゃなく、

便宜的に層って表現はしているけど、実際はただのだだっ広い一つのダンジョンって事かな」

「その可能性以外考えられないわね、それじゃあとりあえず、

この道を戻って一層に行ってみましょうか」

「「「「「「了解」」」」」」

 

 そして一行は今来た道を戻り、看板に従って一層へと向かった。

 

「あっ、ラン、モンスター!」

「何よあのカエルは……気持ち悪い」

「まあでも弱そうだよね」

「大きさも子犬くらいだなぁ」

「とりあえずやっとく?」

「う~ん、あまり近寄りたくないわね、タル、遠くからあいつを倒して」

「え~?武器が汚れそうで嫌だなぁ……」

 

 実際は武器が汚れるなどという事は無いのだが、

そういうイメージが沸いてしまうのも仕方がないくらい、そのカエルは醜かった。

 

「いいから早く」

「ちぇ、分かったよ、それっ!」

 

 タルケンの槍が刺さった瞬間に、そのカエルはあっさりと爆散した。

 

「ん、何か落としたみたい」

 

 そう言ってアイテムストレージを確認したタルケンは、

凄く嫌そうにそのアイテムを実体化させた。

 

「うええ、タイニートードの足の肉だって」

「うわっ、おいタル、そんな物見せんなよ」

「え~?それじゃあこういうのが平気そうなノリに……」

「こっちに来たら殺すからね」

「ノリってこういうのは苦手なんだ?」

「当たり前でしょ、私だって花の乙女なんだからね!」

「うぅ……ラン、どうする?」

「おばば様のリストを見て、価値を調べてみて」

「あ、う、うん」

 

 タルケンはリストを照合し、そこに書かれている文字を見てため息をついた。

 

「ゴミ……」

「後で纏めて店売りコースね、タル、とりあえず持っておいて」

「あい……」

 

 その後も何度かカエルに遭遇し、一行はそれを一撃で屠りつつ、

ドロップしたタイニートードの足の肉を、全てタルケンに渡していった。

 

「うぅ……もうお嫁に行けない……汚されちゃった……」

「タルはその前に、相手を見つけないとね」

「ノリにだけは言われたくないよ!ノリがたまにこっそりと、

ハチマンさんの写真をニヤニヤしながら眺めてるの、知ってるんだからね!」

「「「「「あっ……」」」」」

 

 その言葉に対し、ノリ以外の五人からそんな声が上がった。

 

「タル……」

「みんな知ってたけど何も言わないようにしてたのに……」

「あ~あ、死んだなタル」

「えっ……」

 

 見ると、当のノリは顔を真っ赤にしてぷるぷると震えており、

その手は徐々に、ハンマーを振りかぶりつつあった。

 

「わっ、ごめん、僕が悪かった、今の言葉は無しで!」

「もう遅いわ、それにあんたが自分の事を、わたくしじゃなく僕って呼ぶのも気に入らない」

 

 要するにそれはノリを女扱いしていないという事である。

もっとも普段から仲間内ではそうなので、ノリのそれはただの八つ当たりなのだが、

今のノリにそんな事を言っても無駄なのである。

 

「そ、そんなぁ……」

「タル、土下座だ土下座!」

「ほら、早く!」

 

 ノリは今や、ハンマーを大上段に振りかぶっており、

さすがに焦ったのか、ジュンとテッチがタルケンにそう言った。

 

「す、すみませんでしたぁ!」

 

 その言葉を受け、タルケンは迷う事なくその場に土下座した。

それを見たノリは、徐々に頭が冷えてきたのか、振りかぶっていたハンマーをおろした。

 

「ふん、これに懲りたら余計な事を言わない事ね」

「う、うん、ごめん……」

「あと言っておくけど、私はただのハチマンさんのファンなの。

頭を撫でて欲しいとか、お姫様抱っこして欲しいとかは、

たまにしか思わないんだから、勘違いしないでよね!」

 

(たまには思うんだ……)

(ノリってああ見えて、かなり乙女だよね)

(兄貴は相変わらずモテるよなぁ)

(いつかああいう風になりたいよね)

(ノリ、かわいい……)

 

 タルケン以外の五人はそんな感想を抱いたが、当のタルケンは必死だった為、

うんうんと頷く事しか出来なかった。

そしてタルケンはやっと解放され、しょんぼりとした顔で立ち上がった。

 

「ほらタル、元気出せって」

「口は災いの元だね」

 

 そう言ってジュンとテッチは、タルケンが持っていたタイニートードの足の肉を、

分担して持ってくれた。男の友情という奴である。

 

「それじゃあ奥に進みましょう、シウネー、マッピングは大丈夫?」

「はい、でも構造的にはもうすぐ行き止まりになりそうですね、

ここまでの道は螺旋状に収束してきてるので」

「そう、案外狭いのね」

「まあ一層ですしね」

 

 シウネーの言った通り、次の角を曲がるとそこは行き止まりになっていた。

 

「本当ね、ずっとこんな感じなのかしら」

「まあ二層に行ってみれば分かるんじゃない?」

「そうね、大して時間がかかった訳でもないし、このまま二層に行きましょう」

 

 そして二層に行った一行を待ち受けていたのは、一層と代わり映えのしない風景であった。

 

「なるほど……これはもう少し奥からスタートしても良さそうね」

「ここまで敵は全部一撃だし、得られる経験も少なすぎるな」

「う~ん……それじゃあ十層で」

 

 こうして一行は、黒鉄宮の十層へと向かって移動を開始した。



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第744話 スリーピング・ナイツの驚愕

「みんな、一応気を引き締めてね」

「分かってるって!」

「しっかりとデータを取ろう」

「マッピングは任せて下さい」

 

 そして一行は、『十層はこちら』と書かれた看板に従い、十層へと突入した。

 

「早速敵だ、け、ど……」

「またカエルかよ……」

「でも何かでかくね?」

「確かにさっきまでのカエルよりもでかくなってやがる」

「タル、またちょっと倒してみて」

「うん」

 

 タルケンはそう言って素直に敵に向かって槍を繰り出したが、敵は一撃では死ななかった。

 

「おお?耐えた?」

「この辺りから多少敵に手応えが出てくるのか」

 

 だがそう言ったのも束の間、そのカエルは次のタルケンの攻撃であっさりと死亡した。

 

「………まあこんなもんか」

「そうね、タル、何かドロップした?」

「えっと………うええぇ、トードの足の肉……」

「またか……」

「ドンマイ、タル」

「うぅ……り、了解」

「で、どうするラン?ここだとまだ敵が弱すぎる気がするけど」

 

 そのテッチの問いに、ランは迷いの無い目でこう言った。

 

「いえ、このまま奥に進むわ。おばば様が言っていたじゃない、

黒鉄宮には十層ごとに、固定の強い敵がいるって。

それが多分、ハチマンが言ってたボスって奴の事よね。

もっともリポップしない仕様ならこの層にはもうボスはいない事になるけど、

それでもどんな場所で戦う事になるのか見る事は出来ると思うの」

「なるほど、確かにね」

「そうと決まったら奥へ進もう!」

 

 そしてスリーピング・ナイツは移動を再開したが、ランは内心でこんな事を考えていた。

 

(ユウは基本私の言う事には反対しない、こういう時に率先して指示を出してくれる。

でもそれはあくまで私の意向に沿った指示でしかない、

これは内密にハチマンに相談してみるべきかしらね、そう、次の検査の時にでも……)

 

 そして何度か戦闘を繰り返した後、一行はかなり広い広場へと足を踏み入れた。

 

「ここがボス部屋っぽいわね」

「ボスはいないね」

「これで固定の敵ってのがリポップしない事が確認出来たから、まあ良しとしましょう」

 

 そのまま一同は、部屋の中をくまなく探索した。

 

「この台座みたいな物は何だろう」

「石像が動き出したとか?」

「パターンとしてはありうるわね」

「壁が所々破壊されているのは飛び道具の跡かな?」

「かなりの威力ね、より深い層では更に威力が上がっていると見るべきね」

 

 このように、スリーピング・ナイツは様々な情報を収集していった。

 

「さて、このくらいかしら」

「次はどうする?一気に奥まで進む?」

「いいえ、さっきタイニートードが普通のトードに変化したでしょう?

なので今度は一層ずつ下っていって、トードが次の敵に変化する所まで進む事にしましょう」

「なるほど、そこで敵が切り替わるって事になるのか」

「多分ね、それじゃあみんな、行くわよ!」

 

 そしてスリーピング・ナイツは、慎重に敵の変化を見極めながら、

ゆっくりと黒鉄宮の奥へと進んでいった。

 

「まだトードね、殲滅したら戻りましょう」

「結構時間が経っちゃったな、今三時間くらいか?」

「そういえば丁度お昼の時間ね、安全地帯を確保して昼食にしましょうか」

 

 だがここまでで確実に安全地帯だったといえるのは、十層のボス部屋だけであった。

 

「………メイン通路はどこも敵が沸いてくるなぁ」

「仕方ないわね、二交代で見張りを立てましょう。

最初は私とジュンとタル、そして三十分で残りの四人と交代よ。

とはいえ必要なのは警戒だけで、全員集まったままになるけどね」

「まあいいんじゃないか、適当に話しながらで」

「まあそうね、でも見張り担当は、通路から目だけは切らないようにお願いね」

「オッケーオッケー」

 

 そしてランとジュンとタルケンが残りの四人を囲むように立ち、

四人はそのまま食事を始めた。

 

「こういう時の安全の確保も今後の課題かねぇ」

「何かいいアイテムがあればいいんだけどね」

「おばば様に今度聞いてみようぜ」

「そうね、頼ってばかりになってしまうから、今度何か高い物でも買って恩返ししましょう」

 

 その時、ジジッという雑音と共に、

どこからともなく機械音声のようなものが聞こえ、一同は思わず天井を見上げた。

 

『アインクラッド三十一層のフロアボスが討伐されました』

 

「お、さっきの連中かな」

「いけすかない奴らだったけど、それなりに実力はありそうね」

 

 そして十分後、再びシステムメッセージが流れた。

 

『アインクラッドの三十二層が解放されました、転移門から移動出来ます』

 

「次はハチマンさん達の番なのかねぇ」

「明日くらいには討伐しちゃったりしてね」

「さっきのハチマンさん、威圧感あったからなぁ」

「絶対にあれ、内心でむかついてたよな」

「ハチマン兄貴を敵に回すだけならまだしも、

怒らせるなんて想像したら、背筋が寒くなるよな」

 

 そして十五分後、見張りを交代する時間になり、今度はラン達が食事をとりはじめた。

 

「しかしヴァルハラって、詳しく調べてないから分からないけど、

何人くらいメンバーがいるのかしらね」

「あ、前に兄貴に聞いたら、三十人くらいだって言ってた気がする」

「FGさんやソレイアルさんは違うのよね?」

「違うみたいだね」

「まだ見ぬ強敵か……このまま調べないでいても大丈夫かね?」

「どうせ私達に出来る事は全力で挑戦する事だけよ、

あっちも私達については詳しくないのだから、条件を対等にする為に、

余計な知識は仕入れないようにしておきましょう」

「だな!」

「やるなら正々堂々!」

「ええ、それが私達スリーピング・ナイツよ」

 

 そんな会話をしながら何度か敵を撃退しているうちに、三十分が経過した。

 

「さて、そろそろ行きましょうか」

「ちょっと待って、今何か……」

 

 再びどこからか、ザザッという音が聞こえ、一同は反射的に天井を見上げた。

 

『アインクラッド三十二層のフィールドボスが討伐されました』

 

「「「「「「「早っ!!!」」」」」」」

 

 そのメッセージを聞いた一同は、思わずそう叫んだ。

 

「えっ、嘘でしょ?だって三十二層が解放されたのって、三、四十分前じゃなかった?」

「兄貴………本気だな」

「というかヴァルハラやばすぎでしょ……」

「街の様子が気になるよね」

「確かに……」

「ラン、どうする?」

「むむむむむ………」

 

 ランもその事はとても気になっていた為、どうしようかとかなり悩む事となった。

 

「探索は別に急ぐ必要はないんだし、こんなイベントに参加しない手はないわよねぇ……」

「だよな!」

「でも次に備えてどこまで進めばいいか把握しておいた方が後々の為にもいいんじゃね?」

「確かにここまで来ちゃったしね」

「ふむ……」

 

 ランは再び考え込み、しばらくしてこう結論を出した。

 

「それじゃあこうしましょう、とりあえずこのまま探索は続行、

そしてトードの次のランクの敵がどこから出現するか確認したら街に戻る、

そんな感じでどうかしら?」

「異議なし!」

「さすがの兄貴でも、フロアボス討伐のフラグを立てるのには、

それなりの時間が必要だろうしな」

「ジュン、それはもしかしたらフラグかもしれないわよ」

「大丈夫大丈夫、元気だった時に、数々の恋愛フラグを立てようとして、

一度も成功しなかった俺が言うんだから……って、思い出したら泣けてきた……」

「ジュン、ドンマイ」

 

 そしてスリーピング・ナイツは探索を再開し、

一層ずつ丁寧に敵の出現傾向を調査していった。

 

「またトードか、ここは何層だっけ?」

「今は十七層ですね、まあ正確には、十七度目の分岐ですけど」

「よっし、気を取り直して次は十八層だぜ!」

 

 十七層と書かれた分岐まで戻り、奥へと進んだ一行は、

次の分岐から明らかに雰囲気が違う事に気が付いた。

 

「ん、石畳の色が……」

「少し暗くなったか?」

「見て、奥の方に何か……」

 

 確かに奥の暗がりに赤く光る物が沢山見え、一同は何だろうと思って目を凝らした。

二つの赤いものがセットになったその光は、ゆらゆらと蠢いており、

ゆっくりと進んだ一行は、やがてその正体に気が付いた。

 

「うっわ……」

「ちょ、あの光ってトードの目かよ!」

「左右に二つずつ、四つの目を持っているみたいだね」

「というか、数が多い上にでかっ!」

「みんな、僕が中央で受け止めるから、左右から漏れてくる敵を片っ端から殲滅して!」

 

 テッチがそう言って前に出て盾を構え、一同もそれぞれの武器を構えた。

 

「ゴー!スリーピング・ナイツ、ゴー!」

 

 そしてランの合図で戦闘が開始された。

 

「固有名は、ジャイアント・トード!」

「ドロップはまた足の肉だよ!」

「とりあえず前には出ず、向かってくる敵がいなくなるまで頑張りましょう」

 

 そして後から後から沸いてくる敵を、スリーピング・ナイツは斬って斬って斬りまくった。

 

「くっ、さすがに歯ごたえがあるぜ!」

「この辺りがどうやら私達には適正みたいね、経験値がおいしいわ」

「道が狭い分囲まれる心配がないから、そこは安心だね!」

「どうやらもう少しみたいよ、頑張りましょう」

 

 そしてどのくらいの時間が経ったのか、気が付くと敵はいなくなっていた。

 

「やっと終わったか」

「どのくらいの時間が経った?」

「今コンソールで確認します……一時間くらいですね」

「そんなに長く戦ってたのか」

「そうすると、ここまで来るのにかかった時間は合計で二時間くらいかしら」

「次は十八層からスタ-トだね」

「それじゃあみんな、戻りましょうか」

 

 そしてスリーピング・ナイツは潔くその場から撤退を開始した。

 

「明日フロアボスが討伐されるとして、その時は当然街にいるよな?」

「そうね、今の手持ちでもそれなりの食べ物を買うくらいの余裕はあるし、

街の人達の盛り上がりに便乗して、一緒にお祝いをしたいものよね」

「あ、それじゃあスモーキング・リーフに行って、一緒にお祝いをするってのはどうかな、

その時はヴァルハラの人達も尋ねてこないはずだし」

「あら、いいアイデアねノリ、それ採用」

「それじゃあとりあえず、外に出たらスモーキング・リーフに行って、

その事を相談してみよっか」

「ついでに戦利品も処分しないとね」

「それなんだけど、リツさんにもらった資料によると、

ジャイアント・トードの足の肉はそれなりに需要があるらしいよ、

これ、味だけはいいみたいなんだよね」

「そうなの?それは朗報ね」

 

 そんな明るい会話を繰り広げながら、一同ははじまりの街へと帰還を果たし、

その足でスモーキング・リーフへと向かった。

 

「またまたお邪魔しまっす!」

「あ、いらっしゃい、待ってたのにゃ、料理の準備ももうバッチリにゃよ」

「えっ?」

 

 その瞬間に、ジジッという音が聞こえ、一同はまさかと思いつつ、

反射的にまた天井を見上げ、釣られてリツも天井を見上げた。

 

『アインクラッド三十二層のフロアボスが討伐されました』

 

「「「「「「「えええええええええええええええええ!?」」」」」」」

 

 そしてジュンが、がっくりと膝をついた。

 

「くっ……恋愛関係で達成したかったのに、こんな事でフラグを達成しちまった……」

「ジュン、ドンマイ」

 

 直後にそのシステムメッセージが聞こえたのか、

奥から残りの姉妹達も店に飛び出してきた。

 

「よっしゃ、リツ、祭りだ祭り」

「宴会、だわねぇ」

「盛り上がっていこうじゃん!」

「今日は豪勢にいくのな!」

「ハチマン、さすがだな」

 

 そんな姉妹達に、リツは笑顔でこう言った。

 

「もう準備はオーケーなのにゃ、予定してたゲストも今来たところにゃ」

「予定してたゲストって……」

「リツさん、もしかしてボク達が今日ここに来るって分かってた?」

「あ、えっと、実は今朝ハチマンが来て、

『リツ、俺達は今日中に三十二層のフロアボスを攻略するから、

スリーピング・ナイツの連中と一緒に、この金で宴会でもして祝ってくれ』

って言って、お金をいっぱい置いていったのにゃ」

「うわ………」

「兄貴……さすがすぎる……」

「完全に読まれてましたね」

 

 そのリツの言葉を聞いてからランはずっと無言だったが、

やがて顔を上げ、悔しそうにこう言った。

 

「ああもう、まったく私の未来の旦那様は本当に楽しませてくれるわ!

悔しいけどこうなったらハチマンの好意に甘えて宴会よ!今日は盛り上げていくわよ!」

 

 こうしてこの日、スリーピング・ナイツとスモーキング・リーフの六姉妹は、

時間が経つのも忘れて大いに盛り上がったのであった。



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第745話 二本の指

 それではヴァルハラ・リゾートが、どのような経緯で三十二層のボスを攻略したか、

その軌跡を追ってみよう。スリーピング・ナイツが揉め事の現場に遭遇した後、

ハチマンからの、ユキノ経由での召集に応え、

仲間達はどんどんヴァルハラ・ガーデンに集まりつつあった。

 

「ハチマン君」

「おうアスナ、喧嘩の時間だ」

「い、いきなりだね、何があったの?」

「まあみんなが来てから話す」

「分かった、で、今回の敵は?」

「三十二層がまもなく解放されるから、そこのボス攻略だ」

「んんっ………?今何か、凄い事をサラッと言われた気がするんだけど……」

「三十二層がまもなく解放されるから、そこのボス攻略だ」

「聞き間違いじゃなかった……」

 

 とはいえアスナも攻略は基本大好物である為、特に異論はないようだ。

 

「なあアスナ、アスナは確かSAO時代に三十二層の攻略を担当したよな、

どんな敵だったか覚えてるか?」

「三十二層………確か、リリー・ザ・アークエンジェル、天使タイプのボスだったかな」

「自分で聞いておいてなんだが、よく覚えてるな……

「うん、まあ一応自分が戦ったボスについては全部覚えてるよ。

ああいうのって結構忘れないものなんだねぇ、必死だったせいかな?」

「かもしれないな、まあとりあえず他の奴らの集合待ちだな」

 

 そうしている間にも、召集されたメンバー達が、続々とログインしてきた。

 

「ハチマン、緊急招集って事は喧嘩か?喧嘩だよな?」

「キリト、あんたは本当にそういうのが好きよね……」

「むしろ自分から買いにいくタイプですよね」

 

 アスナに続いてログインしてきたのは、キリト、リズベット、シリカの三人であった。

 

「この後静さんと出かける約束をしているから、さっさと終わらせてくれよな」

「俺も出来れば午後の休憩時間の間に終わらせてくれると助かる」

「悪いな二人とも、出来るだけ速攻で終わらせるようにするから」

 

 次にクラインとエギルが現れ、そしてユイユイ、ユミー、イロハが続いた。

 

「ヒッキー、どうしたの?」

「おう、まあ色々あってな、後で話すわ」

「ふ~ん、まあ今日はユミー達と出かけるだけだったから、

少しくらい遅くなっても構わないけどね」

「まあそれは別にいつでもいいっしょ、あーしも最近暴れ足りなくて欲求不満だったし」

「私も久しぶりに、思いっきり魔法をぶっ放したい気分ですね」

「お前らも大概好戦的だよなぁ……まあキリトの影響だな」

「失礼だな、主にハチマンのせいだよ!」

「それを誰が信じるんだ?」

「う………ま、まあ確かにハチマン本人にそう言われても、

むしろ俺のせいだろとか突っ込んじゃいそうだけどさ……」

 

 キリトならその場のノリで本当にやりそうである。

そして次に入ってきたのはレコン、コマチの斥候チームであった。

 

「悪いなレコン、任務を途中で投げ出させちまって」

「あの状況じゃ仕方がないですよ、売られた喧嘩は買わないと」

「お兄ちゃん、お母さんが、帰りに買ってきて欲しい物があるって」

「何だ?夕飯の買い物か何かか?」

「うん、だからそれまでに済ませてね」

「大丈夫だ、キッチリ間に合わせる」

 

 その後にリーファ、フカ次郎、クックロビンの武闘派が入室してきた。

 

「ハチマンさん、お待たせしました!」

「リーファは兄貴と違って礼儀正しいよな、さすがは武道家だな」

「だから一々俺を引き合いに出すなよ!」

「フカ次郎は絶対に来ると思ってたわ、お前は基本暇人だからな」

「私だって忙しい事はあるから!今日はたまたま暇だったけど!」

「どっちがたまたまだかな……それにしてもロビン、お前、

まさか仕事を放っぽりだしたりしてないよな?」

「うん、夜からコンサートだけど、しばらくは平気」

「う……本当に大丈夫なんだろうな?」

「大丈夫だって、エムに出来るだけ迷惑はかけないようにするって誓ったんだから」

「ならいい」

 

 その後からフェイリスと、珍しくクリシュナが姿を現した。

 

「お?もしかして二人は一緒にいたのか?」

「ええ、メイクイーンにいたら、丁度召集がかかったから、そのまま来てみたの」

「今宵の気円ニャンは血に飢えておるのニャ!」

 

 そして次に入ってきたのは、シノンとリオンの仲良しコンビである。

 

「おう、遅いぞお前ら、死ぬ程待ったわ」

「ちょっと、私達の扱いが雑じゃない?」

「そうか?キリトに対してもこんな感じだぞ、リオン」

「だから俺を引き合いに出すなよ!」

「キリトと比べられてもねぇ……」

「シノンはいい加減にその口の悪いのを直せよ!」

「これが私よ、いい加減に諦めなさい」

「諦めたらそこで試合終了なんだよ!」

 

 そんなキリトがドヤ顔で放った言葉を無視し、シノンは続けて入ってきた者に手を振った。

それは最後に息を切らせて駆け込んできたセラフィムである。

セラフィムは基本一番に到着する事が多く、ここまで遅いのは珍しい。

 

「すみませんハチマン様、いつものように召集に一番乗りして、

ハチマン様に頭を撫でてもらう計画が失敗しました」

「お前がこの順番なんて、珍しいな、あ、いや、もちろん責めてる訳じゃないからな」

「実はその、シャワーを浴びている最中だったんです。だから今、私は全裸です!」

「ふ、服くらい着てきてくれていいんだからな、

別に一番乗りなんかしなくても、言えば頭くらいいつでも撫でてやるから……」

 

 ハチマンは困り顔でそう言ったが、セラフィムはその申し出をキッパリと拒絶した。

 

「駄目です、それでは甘えてしまいます!そういうのはやはり何かの報酬じゃないと!」

「お、おう、そうか、まあ頑張れ……」

 

 そんなセラフィムの姿を見て、シノンとリオンはひそひそとこんな会話を交わしていた。

 

「セラフィムはさすがよねぇ……」

「あのハチマンが押されてるね」

「私達も見習うべきかしらね」

「う、うん、まあ私は、全裸ですとか死んでも言えないけど……」

「何言ってるのよ、リオンは立派な武器を持ってるじゃない!」

「ひ、人の胸を見ながらそんな事を言わないで……」

 

 そんな中、ドヤ顔のまま固まっていたキリトは、

シノンに突っ込む気が一切無さそうなのを悟り、その場にガックリと崩れ落ちた。

 

「お、俺の渾身の名言が……」

 

 そんなキリトの肩を、リズベットがポンと叩いた。

 

「ほらキリト、いつまでも滑ったのを引きずってないで、そろそろ攻略の事を話しましょう」

「そ、そうだな、よしハチマン、経緯を話してくれ」

 

 キリトは気を取り直したのかそう言って立ち上がり、ハチマンに説明を求めた。

何だかんだいっても、キリトはヴァルハラの大黒柱の一人なのである。

 

「それじゃあついさっきあった事を説明する」

 

 そしてハチマンは、少し前の転移門広場でのやり取りを皆に説明した。

 

「何だそりゃ、あいつら最近調子に乗ってやがるよな」

「一般プレイヤーに迷惑をかけてもいいというその根性が気に入らない」

「品性の欠片も無いわね」

「あーしの一番嫌いなタイプ」

「私もですよ、そもそもやってる事にまったく必然性がありません」

「まあまあみんな、そのくらいでね」

 

 そんなエキサイトする仲間達をユキノが諌めた。

 

「そんな訳で、今日の召集の目的は、まもなく解放される三十二層のボスの最速攻略よ」

「まあそういう事だ。とりあえず三十一層の攻略完了までにはまだ時間があるはずだから、

今のうちに作戦を立てるとしよう」

 

 そしてアスナを中心に、一同は様々な要因を勘案し、綿密な計画を立てた。

 

「機動力を重視して、私とレコン君とコマチちゃんの三人で一気にフラグを回収するよ」

「残りのメンバーで同時進行でフィールドボスの撃破だな」

「そのまま迷宮区に向かい、そこでアスナ達と合流して一気に迷宮区を通過するぞ、

さすがに中の構造までは思い出せないが、行けば大体の方向は分かるだろ」

「ハチマン君、フラグ回収班はあっちで回る順番を相談してくるよ、

でもまあ必要な時間は三十分だと思って」

「分かった、こっちは真っ直ぐフィールドボスのいる場所を目指す。

キリト、ここのフィールドボスは覚えてるか?」

「さっき思い出した、昔の戦術はメンバー的にあまり有効じゃないから、

今速攻で戦術を組み立てる、少し待っててくれ」

 

 その会話をドキドキしながら聞いていたリオンは、上気した顔でこう呟いた。

 

「うわ、うちの攻略ってこんな感じなんだ……」

「あなたも早く慣れるのよリオン、いずれこういうのが日常になると思うから」

 

 シノンのその言葉に、リオンは緊張した表情で頷いた。

リオンにとっては初めてのボス攻略戦なのだ、緊張するのは仕方がないのだろう。

ちなみに当然その事を把握していたハチマンは、

この機会にまだ剣士の碑に名前が載ってない者の名前が、

確実に全員載るようにパーティを編成するつもりであった。

該当者は、セラフィム、クックロビン、シノン、リオン、フェイリス、クリシュナである。

 

「そういえば今回は、剣士の碑に誰の名前を載せるの?」

「ああ、今回は……」

 

 そう言ってハチマンは、先程の六人の名前を挙げ、

残りの二人はハチマンとユキノにする事を告げた。

これは単純に、揉めたのがこの二人だったからである。

あと、この六人がヴァルハラ・リゾートのメンバーだと知らしめる為に、

ハチマンの名前を先頭に表示する必要があったせいでもある。

 

「残りのレヴィ、ナタク、スクナ、アサギさんに関しては、

いずれその全員が集まれるタイミングを見計らって計画するつもりだ。

今回はさすがにいきなりすぎて、その四人はどうしても予定が開かなかったからな」

 

 こうして話はとんとん拍子に進み、準備が整ったところで一同は、

ヴァルハラ・ガーデンがある二十二層の転移門へと向かった。

そこには朝の出来事の話が広まっていたのか、凄い人数のプレイヤーが集まっていた。

 

「来たああああ、ヴァルハラだ!そろそろだと思ってたぜ!」

「あんなやり取りをして、ハチマンが動かない訳がないからな!」

「本気だな、ザ・ルーラー」

「きっちり戦力を整えてきやがった」

「いつもながら羨ましい美女軍団だな……」

 

 そして一部の者からこんな声援が上がった。

 

「バーサクヒーラーさん!今日も頑張って下さい!」

「絶対零度様!今日も魅せてくれよな!」

 

 この事から、アスナとユキノには熱狂的な固定ファンがいる事が分かる。

そしてその二人と比べると少ないが、こんな声も聞こえてきた。

 

「必中って結構かわいいよな」

「姫騎士イージスだって負けてないぜ!」

「聞いた?私、かわいいですって」

 

 その声が聞こえたのか、シノンがドヤ顔でハチマンにそう言った。

 

「あ~はいはい、かわいいかわいい」

「ぐっ……」

「ハチマン様、私も負けていないそうです」

「おお、さすが見てる奴はしっかり見てるよな」

「ちょっと、私もそういう扱いをしなさいよ、というか私をキリトと同じ扱いにしないで」

「ふふん、仲間だなシノン」

「えっと、今のは一応悪口だと思うんだけど、ふふんの意味が分からないわ……」

 

 そんな中、たった一人ではあるが、こんな声援を送ってくる者がいた。

 

「ロジカルウィッチ!しっかりな!」

 

 リオンはその言葉にドキリとし、思わずそちらの方を見た。

 

「あ、あの人は確か……」

 

 そのプレイヤーは、以前リオンがキリト達と一緒に狩りに行きまくっていた時に、

ユージーンがこちらを攻撃してくるフリをした時、

そのパーティメンバーとして参加していたサラマンダー軍のプレイヤーであった。

リオンはそのプレイヤーの名前を知らないが、

その程度の浅い付き合いしかないプレイヤーが、

自分を名指しで応援してくれた事に、思わず身震いした。

 

(もしああいう声援がもっと増えたら、私、その期待の重さに耐えられるのかな……、

あ、もしかしてシノンも最初はこうだったのかな、私も頑張ってこういうのに慣れなくちゃ)

 

 そしてヴァルハラ一行は、その場でその時を待った。

ハチマンの読みではそろそろのはずであったが、果たしてその読み通り、

直ぐにその場にシステムの声が流れた。

 

『アインクラッド三十一層のフロアボスが討伐されました』

 

 その言葉に、その場にいた者達は別の意味で熱狂した。

ヴァルハラの出撃が近いのを理解したからである。

そして十分後、待望のメッセージが流れた。

 

『アインクラッドの三十二層が解放されました、転移門から移動出来ます』

 

 その瞬間に、その場の盛り上がりは最高潮に達した。

だがハチマンは何故か動かず、観客達の熱狂は、徐々に静まっていった。

 

「おい、どうしたんだ?」

「動かないな」

「まさかここに来て中止とかはないよな?」

 

 そんな観客達の様子を見て、アスナがハチマンに声をかけた。

 

「ハチマン君、このままだと……」

「おう、分かってる、ちょっと待っててな」

 

 ハチマンはそう言ってアスナの頭を撫で、一歩前に出ると、大きな声でこう言った。

 

「すまないみんな、やきもきさせちまってるよな、

俺達がまだここに残っている理由はただ一つ、

転移門が開放された直後に門をくぐったら、同盟の奴らと鉢合わせしちまうからだ。

もしそうなったらあいつらはどんな反応をすると思う?

そう、あいつらは俺達の姿にびびって勝負を降りちまうかもしれない。

だからそれを避ける為にここで五分待った。という訳で、そろそろ行ってくる。

最後にみんなにお詫びというわけじゃないが、俺から一つみんなにメッセージを送ろう。

大体これくらいだな、これだけ待っててくれ」

 

 ハチマンはそう言って、指を二本立てた。

 

「指が二本……?二分や二十分ってのはさすがに無理だろうから、二時間か!」

「二時間でボスを倒してくるのかよ!」

「さすがはヴァルハラ、魅せてくれるぜ!」

「それじゃあその頃に剣士の碑の前でな」

「「「「「「「「うおおおおおおお!」」」」」」」」

 

 こうして凄まじい声援を受け、ヴァルハラ・リゾートは三十二層へと乗り込んだ。



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第746話 アスナにお任せ

 三十二層に到着した一行を待ち受けていたのは、それなりの人数のプレイヤーであったが、

その中に、少なくとも見知った同盟のプレイヤーはいなかった。

 

「お、おい、ヴァルハラが本気装備で集まってるぞ」

「まさか率先して攻略に動くのか?珍しいな」

「馬鹿お前、知らないのかよ、今ヴァルハラと同盟が、結構やばい雰囲気でよ……」

「え、マジで?せっかくヴァルハラが譲ってくれてたのに、

火の無いところに煙を立てるなんて、同盟は馬鹿なのか?」

「その喧嘩を売った奴、同盟から除名になったらしいぞ」

「まあ当たり前だよな」

 

 そのプレイヤーには気の毒だが、独断で事を構えた以上仕方ない。

同盟としては、ここでヴァルハラと揉める事には何のメリットも無いが、

さりとて勝負を受けてしまった手前、攻略に向けて動かざるを得なくなったのである。

 

「それじゃあハチマン君、私は一人でフィールドボスを沸かせる為のフラグを立ててくるね」

 

 そのアスナの若干大きめな声で放たれた言葉に、

ハチマンは若干首を傾げながらきょろきょろと周囲を見回した。

そしてレコンとコマチがいない事を確認したハチマンは、

平然とした風を装い、アスナに言った。

 

「分かった、フラグ立てはアスナ一人に任せる」

「うん、任されました!」

 

 そしてアスナは一人で走り去っていったが、

その事について何か言うような鈍い者はヴァルハラには一人もいない。

この中では一番新人のリオンでさえ、きっと何か考えがあるのだろうと、

むしろ笑顔でアスナに手を振ったりしていたのだから、

何も知らない外部の者がこの光景を見ていたとしても、何の疑問も抱かないであろう。

そしてハチマンが、安心したような表情を作ってキリトにこう話しかけた。

 

「今の会話を同盟の奴らに聞かれたかと思ったが、それっぽい奴らはいないな」

「今頃情報収集に、あちこち走り回ってるんじゃないか?」

「そうかもしれないな、本当に良かった良かった」

「だな、あはははは」

 

((((((((わざとらしすぎる……))))))))

 

 仲間達はそう思ったが、それでも何かを口に出そうとはしなかった。

そしてハチマンは、キリトにだけ聞こえる声でこう言った。

 

「ボス攻略に関しちゃ、うちは七十五層までは有利だからな、

本来なら申し訳ないと思う所なんだろうが、困った事にまったく心が痛まない。

それどころか喜びを感じている俺がいる、もしかして俺は、人の心を失いつつあるのか?」

「とりあえずよっぽどイラっとしたんだなってのはよく分かった……」

 

 キリトはそんなハチマンを見て苦笑した。

 

「とりあえずアスナから連絡が来るまで待機だな」

「連絡が来たら、キリトの後に続いてゴー、だ」

「そこはハチマンが先頭きって行くところじゃないのか?」

「困った事に、俺はここのフィールドボスの居場所を知らない」

「知らないのかよ!」

「分かるだろ?俺はフィールドボスには極力参加しないようにしてたんだよ」

「そういえば今思えば確かにほとんど姿を見なかったな、何でだ?」

「フロアボスの情報を集める為に走り回ってたからだよ」

「ああ、そうだったのか、

俺はてっきりパーティに入れてくれるような友達がいなかったからだと思ってたわ」

「よし、行くぞお前ら!」

「待つんじゃないのかよ!ってかまさか図星なのかよ!」

「………う、うるさい、今はこんなに友達が多いから別にいいんだよ」

 

 ハチマンは苦い顔でそう言い、キリトはそれ以上この話題を引っ張るのをやめた。

さすがにハチマンが可哀想になったからである。

 

「まあいいか、そろそろだろうし、とりあえず目的地の近くまで移動しておくか?」

「う~ん……」

 

 ハチマンはアスナの意図を大体察していたが、

レコンとコマチが今どうしているかについてはまったく把握していなかった。

いくつかのパターンは考えていたが、そのどれが正解か分からない。

隠れてフラグを回収しているか、敵の情報を探っているか、

もしくはこっそりとフィールドボスが沸く地点に向かい、

速攻で敵の占有権を確保し、仲間達が来るまで耐えるのか、

そのいずれかだろうとは思っていたが、確信が持てなかったのである。

そんなハチマンの迷いを読んだかのように、ここでアスナから連絡が入った。

 

「悪い、知り合いから遊びの誘いだ、今断る」

 

 ハチマンはそうフェイクの言い訳をしながら、しばらくアスナとやり取りをしていたが、

やがて話が纏まったのか、キリトを呼び、その耳元で何かを伝えた。

 

「オーケーだ。おいみんな、街の西の外れで待機だ。

アスナがフラグを立てたらそこで合流してから現地に向かう事にしよう」

 

 キリトが大声でそう言い、ヴァルハラのメンバーは、

キリトの指示に従ってゆっくりと街の西に移動し、そこでのんびりと雑談を始めた。

ハチマンは仲間達を労っている風に、その肩をぽんと叩きながら、

笑顔であちこち歩き回っていたが、実際はアスナの考えをメンバーに伝えていたのである。

 

 一方そんなヴァルハラのメンバー達を監視する者が複数いた、同盟の者達である。

同盟は今回の作戦に、五十人近くの人員を動員していたが、

その中には当然ヴァルハラの動向をチェックする為の要員もかなりの数用意されていた。

最初の街でそれっぽい者がまったくいなかったのは、当然隠れていたからである。

 

 それを見つけたのはレコンであった。この時コマチは隠れてフラグの回収を、

そしてレコンは姿を隠して周辺の警戒をしていた。

二人がその行動に移ったのは、三十二層に飛んだ直後であった為、

最後に飛んだハチマンは、その事に気付かなかったと、まあそんな訳なのである。

これは先程アスナとレコンとコマチが三人だけで話した時に、

可能性として検討されていた状況の一つであった。

そして姿を消したままのレコンがアスナの耳元でその事を囁き、

それを聞いたアスナが、監視している者達を欺く為に、

詳しい事を味方にも伝えず、行動を開始したのである。

そのアスナは今、敵に情報を与えないように、

フィールドボスが沸く寸前でフラグの回収を一時止め、

敢えて目立つように、的外れな場所でダミー活動を行っていた。

当然そんなアスナの行動を真似する者もいたが、

フラグの一部を同じパーティの一員としてコマチが立てていた為、

同盟の者がアスナの真似をしてフラグを立てられる可能性はほぼゼロなのである。

 

「さて、フラグ回収は順調順調、後はフィールドボスを西の森の中の広場に沸かせる為に、

このまま街に戻ってあの宿屋のおかみさんに……

あ、でもその前に、この層に来てから三十分くらい動きっぱなしだったし、

ちょっとここで休憩しよっと」

 

 そう言ってアスナはその場に腰かけ、芸が細かい事に、

途中で買ったサンドイッチを頬張り始めた。

その言葉を聞いていた監視員が、同盟の仲間達にその事を伝えたが、

それはアスナには分からない。ただアスナは、そうなるという事は確信していた。

 

(それじゃあそろそろ三人に連絡っと)

 

 そしてアスナは、ハチマンとコマチとレコンにメッセージを送った。

 

 

 

「来た、十分後にフラグを立てて、その二十分後に迷宮区の前で待機、場所はここか……

結構遠いけど、まあコマチなら余裕かな、

で、扉が開いたらレコン君と一緒に先行して突入して、ある程度の露払いっと。

って事はきっとレコン君も、その時間にそこにいるって事だね、

だってお義姉ちゃんがそう言うんだから」

 

 アスナに全幅の信頼をおくコマチは、その事については一切疑問を持たず、

ただひたすら自分の役割を果たす為に、その場で息を潜め続けた。

その場所は、当然先程アスナが言った街の宿屋などではなく、

山の中にある隠れ里の片隅である。今頃同盟の者達が、街中のそれっぽい宿屋に行って、

そこのおかみさんNPCに話しかけまくっている事であろう。

 

 

 

「来た来た、えっと、敵が街の西に移動を開始したら、三十分後に迷宮区に行って、

そこでコマチちゃんと合流か。って、一部がもう移動を始めたな、

それじゃあ僕も移動開始っと」

 

 レコンはそう呟くと、確実に自分の役割を果たすべく、隠密行動を開始した。

今のところ、レコンの姿をこの層で見た者は誰もいない程の、それは熟練の技術であった。

 

 

 

「来た、キリト、走るぞ」

 

 ハチマンに来たアスナからのメッセージの内容はたった一言であった。

 

『走って倒して突入して』

 

「やっと出番か、みんな、俺の後についてきてくれ」

 

 そう言ってキリトは風のように走り出した。

とはいえもちろん仲間達が付いてこれる速度でだったが。

そして走りながら、ハチマンが仲間達にこう言った。

 

「無理をさせる事になるが、しばらく休憩はなしだ。

今からフィールドボスを倒して、そのまま迷宮区に突入する」

「「「「「「「「おう!!!」」」」」」」」

 

 そのヴァルハラのメンバーの様子を見て、驚愕する者がいた。監視員達である。

 

「えっ、ええっ?何であいつら東に……」

「だってフィールドボスが沸くのは西のはずだろ?

複数のソースからチェックしたのに何で……」

 

 その監視員が言う複数というのは、アスナとキリトの発言の事だったが、

実際はアスナが意図した偽の情報という、

たった一つのソースが元の情報なのだが、監視員達は一生その事実を知る事はない。

 

「ど、どうする?」

「本隊はもうヴァルハラの先を越す為に、西の森に移動しちまってるんだろ?」

「宿屋のフラグはまだ見つけられていないっぽいな」

「とりあえずありのままに見た事を連絡しよう、

どっちにしろ、俺達のスパイ活動はここまでだ」

 

 ヴァルハラのメンバーは、監視員達が混乱している間に走り去り、

既にその後を追う事は出来ないくらい、距離が離れてしまっていたのである。

 

 

 

 同時刻、アスナも同じように動き出していた。

こちらもフィールドボスの居場所に向かったのだが、

途中でアスナはわざと林に入り、そこで木をブラインドにしていきなりしゃがみ、

そのまま近くにあった草むらへと飛び込んだ。

そのせいでアスナを見失った二人の監視員が慌てて姿を現した。

 

「お、おい、バーサクヒーラーはどこに消えた?」

「普通に走ってたはずなのに、いきなりいなくなったぞ!?」

 

(敵は二人か……うん、まあ余裕だね)

 

 そのままアスナは他に隠れている者がいないかしばらく待ったが、

誰も出てくる気配は無い。

 

(よし、もう倒しちゃおう)

 

 そしてアスナはその二人に不意打ちをかけ、一瞬で二人を葬り去った。

その二人にしてみれば、一体何が起こったのか分からないまま、

一瞬で自分が死亡マーカーであるリメインライトになったように感じた事だろう。

アスナはそんな彼らの事は忘れ、フィールドを、走る、走る、走る。

軽くステップを繰り返し、障害物をギリギリで避けながら最短距離を突き進むその姿は、

まるで舞っているかのようであった。

 

「あ、いたいた、お~いハチマンく~ん!」

 

 そしてアスナはハチマン達を見つけ、そう呼びかけた。

ここは東の山中であり、アスナが走る道とハチマン達が走る道は、

つい先程から平行してはいたが、その高低差は五メートルくらいはあった。

だがアスナはそれを無視してハチマン目掛けて飛び降りた。

後ろでそれを見ていたリオンは、思わずドキリと心臓を跳ねさせたが、

ハチマンも心得たもので、そんなアスナを難無くキャッチし、

その場で一回転して運動エネルギーを殺さないようにアスナを着地させ、

二人はそのまま並んで走り出した。

 

「そっちは上手くいったみたいだな」

「うん、私を監視してた人が二人いたけど、途中で倒してきたよ」

「こっちも不意を突いて監視員をまいてきた。俺達を監視してた奴が何人いたかは不明だな」

「まあこれで同盟がうちを追いかけて来る可能性も潰したから、

安心してこのまま突っ走れるね」

「おう、さすがはアスナだな」

「えへっ、それじゃあさくっとフィールドボスを倒そう!」

 

 そんな二人の様子を見ながら、リオンは若干顔を青くしていた。

 

「あ、あのレベルまで達するのは無理無理、私は私なりのペースでいこう……」

 

 そんなリオンの肩を、シノンがポンと叩いた。

 

「私は出来るわよ、あれ」

「嘘、本当に?」

「ええ、案外やってみると簡単だと思うわよ、ハチマンがちゃんと受け止めてくれるから」

「うぅ……分かった、努力する……」

 

 そして丁度その時、キリトが前を指差しながらこう叫んだ。

 

「いたぞ、フィールドボスだ!」

「えっ?あれなの?」

「ああ、フロアボスは西洋の天使、フィールドボスは東洋の……」

「「「「「「「「仏像!?」」」」」」」」

 

 そこには身の丈五メートル程の巨大な仏像が、まるで祈るような姿で立っていたのだった。



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第747話 戦闘狂達

「大きい……」

「懐かしいな」

「あ、エギルはあれと戦った事があるんだっけ?」

「おう、まあさっきキリトが説明した通りだ、

変に緊張して負けたら困るから、気楽にいこうぜ」

「大丈夫、それは全然心配してない」

「ははっ、まあそうだよな」

 

 エギルはリズベットと話した後、仲間達の方を眺め、

そして一番前にいる三人の姿を見た。その三人の背中は、とても大きく感じられた。

 

(俺が心配するような必要は何もないか)

 

 そしてエギルは武器をしっかりと持ち直し、ハチマンに言った。

 

「よし、ぶちかまそうぜ、ハチマン」

「おう、とりあえずセオリー通り、遠隔攻撃からスタートな」

 

 SAO時代と違い、ボスの攻略難易度がやや下がっている理由がこれである。

飛ぶ道具の類がほぼ存在しなかったSAOと比べ、

ALOには遠隔攻撃の手段が多数存在する。

それ故に、ボスのHPを最初からある程度削っておく事が可能なのである。

 

「シノン、リオン、ユミー、イロハ、フェイリス、出番だ。

クリシュナ、順に全員を強化していってくれ」

 

 そしてクリシュナが、魔法の構文がより複雑になるという前提をものともせず、

補助魔法を範囲化した上で、更にいくつもの魔法をかけていった。

 

「オーケーよ、この後は前衛陣に魔法をかけていくから、

そっちはもういつでもぶっ放しちゃって」

「ありがとうございます師匠」

 

 リオンがそうお礼を言ったのを聞いて、

シノンもクリシュナが自分の勉強を見てくれている事を思い出し、こう言った。

 

「ありがとう先生」

 

 それを聞いた他の三人も、顔を見合わせて次々とクリシュナにこう呼びかけた。

 

「さすが頼りになるね、先生」

「さすがです先生!って、私達にとっては何の先生になるんですかね?」

「クーにゃんはムッツリスケベの先生なのニャ!」

「なるほど、エロ先生、いや、エロ師匠!」

「あ、あーしはそういうのは分からないから……」

「この年になって今更純情ぶらないで下さいよ先輩!」

「あんた達、いいからさっさと攻撃しなさい!」

 

 根が真面目なクリシュナは、顔を真っ赤にしながら詠唱の合間にそう怒鳴り声を上げ、

ハチマンはやれやれと肩を竦めた。

 

「まったくうちの連中は、緊張とかとは無縁みたいだな」

「まあ緊張してガチガチになるよりはいいだろ、

よし、こっちにも強化がかかった、着弾と同時に突っ込むぞ」

「正面はキリトとセラフィム、アスナはユイユイとリーファとフカとロビンを連れて、

キリト達が突っ込んだ直後に横から一撃入れてくれ」

「うん分かった、みんな、こっち!」

「了解!」

「よ~し、初の大物相手だ!」

 

 そしてハチマンの隣には、かつて共に戦ってきた仲間達が並んだ。

 

「このフィールドボスとやっと一緒に戦えるな、ハチマン」

 

 ニカッと笑いながらそう言うエギルを、ハチマンはじろっと睨んだ。

 

「さっきの俺達の会話を聞いてやがったか……」

 

 そんな二人にクラインも笑いかけた。

 

「あはははは、まあそれを言ったら俺が攻略組に参加したのはもっとずっと後だけどな」

「確かにクラインはあの頃は弱かったからな」

「おいエギル、喧嘩売ってんのかコラァ!」

 

 そんなエギルの軽口にエキサイトするクラインの頭を、リズベットがぽかっと叩いた。

 

「別にいいじゃない、私はそもそもSAOでは攻略に参加した事すらないのよ」

「私もですよ、でも今日は、その分頑張りますよ!」

 

 ちなみにユキノはSAO組に遠慮したのか、静かに微笑んでいるだけであった。

そして遂に遠隔攻撃組による攻撃が開始された。

クリシュナの魔法で強化されているせいか、その攻撃には妙に迫力がある。

いつもの三割増しといったところだろうか。

実際五本ある敵のHPバーを凝視していたハチマンは、

その攻撃で一本目が弾けとんだのを見て、苦笑しながら構えていた武器を下ろした。

 

「どうした?ハチの字」

「あ~、いや、どうやら余裕みたいだから、まあこっちは適当にのんびりいこう。

その分フロアボスで頑張ってくれればいい。

今までの傾向だと、天使タイプの敵は魔法耐性が高いからな。

こいつの削りはほとんどあのアスナ以外の戦闘狂共で事足りちまうだろうよ」

 

 ハチマンはのんびりとした口調でそう言ったが、

アスナの事に関して同意する者はこの場には誰もいなかった。

その気持ちを、アスナの一番の親友のリズベットが口に出した。

 

「アスナが戦闘狂じゃない?いやいや、それは無い無い……」

「そんな事はない、アスナは確かに強いが、いつもお淑やかでとてもかわいい」

「じゃああれはどういう事?」

 

 リズベットがそう言って指差す先には、

雄叫びを上げながら敵に斬りかかるアスナの姿があった。

 

「うおおおお!」

「アスナ、飛ばしすぎだってば!」

 

 あのクックロビンがそうたしなめる程の、それは凄まじい連撃であった。

 

「あっ、ごめんごめん、ついキリト君に負けたくなくって」

「まあ確かに今はちょっと負けてるみたいだけどさ」

「でしょ?敵が隙あらばキリト君の方を向こうとするしね」

 

 その言葉通り、仏像は確かにキリトの方をメインに向いていた。

そんなキリトに対する攻撃は、今のところセラフィムが完璧に防いでいる。

この事あるを予想した上での、ハチマンの指示なのである。

 

「なのでまあ、まだまだこっちには頑張れる余地があるって事だね、

みんな、全力で攻撃するよ!」

「オーケー、このフカちゃんに任せな」

「私もこういうタイミングで格好良く戦って、念願の二つ名を……」

 

 フカ次郎は格好つけてそう言い、クックロビンは決意を込めた瞳でそう言った。

そんなロビンに、思い出したようにリーファがこう声をかけた。

 

「あ、ロビン、それなんだけど、何か最近ロビンの事を、

『デッドオアデッド』って呼ぶ人が増えてきてるみたいよ」

「えっ?何それどういう意味?」

「ほら、生死を問わずでデッドオアアライブって言うじゃない、

でもロビンはほとんど相手の死しか認めないって事で、そうなったみたい」

「ほ、本当に!?」

「うん、本当」

 

 そのリーファの言葉に、クックロビンは歓喜の雄叫びを上げた。

 

「うおおおおお、狂気の二つ名きたああああああああ!」

 

 そのクックロビンの喜びようは半端なく、

他のメンバー達は、何事かと思ってクックロビンの方を見たが、

当のクックロビンはそんな視線などお構い無しに、ボスに対しての無茶な突撃を敢行した。

 

「敵には死、あるのみ!」

「あっ、あの馬鹿、無茶しやがって……おいユキノ、あいつをフォローしてやってくれ」

「分かったわ、ちょっと前に出てくる」

「悪い、頼んだ、アスナもフォローしてくれるとは思うが……」

「あら、それはどうかしら、お淑やかなはずのアスナが見てほら」

 

 そのユキノの指差す先には、クックロビンに触発されたのか、

狂ったように敵に攻撃を叩きこむアスナの姿があった。

アスナは凄い迫力であり、その姿にはさすがのキリトも少し引いていた。

 

「う………」

 

 ハチマンは重ねて見せられたそんなアスナの姿に呻き、チラっとリズベットの方を見た。

リズベットはそのハチマンの視線に気が付くと、勝ち誇ったような表情をした。

 

「で?」

「た、たまにはそういう事もあるだろう、

うん、多分リアルで何か嫌な事でもあったに違いない、きっとそうだ」

 

 ちなみにアスナは、久しぶりに自身がメインで攻略を行い、

それが敵に対しての対応も見事に成功した為、精神が昂ぶっていただけである。

その甲斐あってかたまにアスナの方にボスの攻撃がいったが、それはユイユイが全て防いだ。

 

「別に何もないと思うけどなぁ」

「よしお前ら、俺達も攻撃を開始するぞ、あいつらに負けるな!」

「はいはい、それじゃあ私達も行きましょっか」

「やっと出番ですね!」

「行くぞお前ら!」

「「「「おう!」」」」

 

 ハチマン達が攻撃に参加する事で、敵の削りの速度は劇的に上がった。

それはただ人数が増えたというだけに留まらない。

ハチマンが敵の攻撃に対し、アクティブにカウンターを入れる事で、

こちらの攻撃の与ダメージが、よろけ状態の敵に対する数値に跳ね上がったせいである。

それはもう、驚く程に敵のHPの削れる速度が上がり、

フィールドボスは、あっさりと沈む事となったのだった。

 

『アインクラッド三十二層のフィールドボスが討伐されました』

 

 同時にそうシステムメッセージが響き渡り、

それを街で聞いた多くのプレイヤーは熱狂した。

 

「やりやがった!ヴァルハラやべえな!」

「それに比べてでかい口を叩いた同盟の奴らは……」

 

 その同盟のプレイヤー達は、どうしていいのか分からずに、街の広場で途方にくれていた。

 

「あいつら何やってるんだ?」

「遅れたなりに、頑張って追いつこうと攻略を進めりゃいいだろうによ、

もうフィールドボスはいないんだしな!」

「とてもこのところ、ボス攻略をしまくっていたギルドの姿には見えねえな」

「何かおかしいよな、やっぱりあの噂は真実だったのか……?」

「噂って何だ?」

「同盟が何か汚い手を使ってるんじゃないかって噂だよ」

「そんな噂があったのか」

 

 こうしてその噂は益々広がる事となり、同盟のプレイヤーは、

後日火消しに躍起になるのだが、そういう噂は明らかな真実を見せねば消えるものではない。

ともあれ意図した訳ではないが、アスナの戦略により、同盟の評判は地に落ちた。

 

 ヴァルハラ・リゾートの快進撃は続く。



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第748話 移動時間はラブコメの時間

「やったな!」

「楽勝だぜ!」

 

 そう歓呼の声が上がる中、ハチマンは冷静に仲間達にこう問いかけた。

 

「なぁ、今のとどめは結局誰だった?」

「あ、私だったよ!」

 

 それに応えたのはクックロビンである。

 

「ドロップ品は何が出た?」

「SK杖だって、最澄と空海の名を冠した杖らしいよ」

「だからSKかよ、ふざけた名前だな、性能は?」

「一応全属性威力五パーセントアップみたいだけど、

他の部分に関しては私には基準が分からないなぁ、リズ、これってどんな感じ?」

「私も杖の事はちょっと……」

「ユキノ、どうだ?」

「これはうちには必要ないわね、おそらく今売り出し中のギルド辺りが丁度使えるはずよ、

という訳で、売りに出しましょう」

「だそうだ、とりあえず俺が預かっておく」

 

 そうした最低限の後始末をした後、ヴァルハラ・リゾートの面々は走り出した。

目的地は当然三十二層の迷宮区である。

 

「このままフロアボスの所まで一気に駆け抜けるぞ、

コマチとレコンが先行して露払いをしてくれているはずだ」

「みんな、私についてきて!」

 

 一同はアスナを追いかけ、走る、走………る、走……………る。

 

「アスナ、速い速い、もう少しペースを落としてくれ」

「あっ、ごめん、ちょっと速かったかな、

ごめんね、少しテンションが上がってるみたい」

「そ、そうだな、ほんの少し、うん、ほんの少しな」

 

 そんなハチマンをリズベットがニヤニヤと見つめていたが、

その事に気付きつつも、ハチマンはそれを無視し、

何とかアスナを落ち着かせようと、ひたすら話しかけ続けた。

だがそれは逆効果である。ハチマンが熱心に話しかけてくる事で、

自分はこんなにも愛されているとテンションがマックスに上がったアスナは、

迷宮区の入り口が見えた瞬間に、叫び声を上げながらその中へと突入していった。

 

「待ってなさいフロアボス、超倒すよ!」

「超倒すって何だ……ってやべ、みんな、アスナを追うぞ!

「まったく勇ましい彼女を持つと大変だな、ハチマン」

「お前とクラインにだけは言われたくねえよ」

「うっ……」

 

 その言葉にキリトは一瞬詰まり、ハチマンはしてやったりという顔で、

そのまま迷宮区に突入しようとした。

だがそんなハチマンに、リズベットが迫力のある声でこう呼びかけた。

 

「ハチマン、それはどういう意味?」

「い、いや、お前はいつも勇敢で格好いいなって話だ」

「微妙にそれ、褒めてない気がするんだけど?それにさっきのニュアンスからすると………」

「き、気のせいだ、俺とお前の仲じゃないか、なぁ親友」

「まあハチマンが私の事を茶化すのはいつもの事だから、別にいいわ。

それよりも問題はあんたよキリト!いつもハチマンにやられっぱなしじゃない、

今みたいな時くらい、こんなかわいい彼女のフォローをしないと駄目でしょ!」

 

 リズベットの矛先はキリトに向いた。

もしかしたらハチマンとアスナの仲の良さに、ヤキモチを焼いたのかもしれない。

 

「そ、そうだそうだ!しっかりしろキリト!」

 

 それにハチマンも乗っかり、ここは誤魔化しても言い訳しても、

絶対にクリア出来ない場面だと悟ったキリトは、

必死にどうすればいいか考え、一つの結論に至った。

それは、こういう状況をなんだかんだ切り抜ける、ハチマンの真似をする事だった。

キリトは極力表情を変えないように心がけつつ、リズベットにこう言った。

 

「すまん、こういう日常が当たり前に幸せすぎて、とっさに何も言えなかった。

もちろん俺は、リズの事をとても大切に思っているし、かわいいと思う。

それが俺の偽らざる本心だと思ってくれ」

 

 これがシノンやリオンなら、その言葉に対し、

 

『わ、分かってるなら別にいいのよ』

 

 などとテンプレなセリフを返してきた事だろう。

だがキリトのパートナーであるリズベットは、

アスナの次に長く、ずっとハチマンとつるんできた人物であり、

当然今のセリフから、キリトがハチマンの真似をしている事を看破した。

リズベットは目を細めてキリトを見た後、ハチマンの方を向いてこう言った。

 

「ねぇハチマン、今のキリトの言葉、どう思った?

あたしはいかにもハチマンが言いそうなセリフだなって思ったんだけど」

「奇遇だな、俺も俺がその場しのぎの言い訳をしているようにしか聞こえなかったぞ」

「その場しのぎな自覚はあるんだ……まあ二人の意見が一致したって事は、

それはつまりそういう事よね」

「ああ、そういう事だ」

 

 そんな二人にじっと見つめられ、気まずさが最高潮に達したのか、

キリトは黙り込んだ後、今度は自分の言葉でこう言った。

 

「お、俺は不器用だから、リズの事をかわいいって思ってても、

その事を伝えるのは恥ずかしいって思っちまって、直ぐには言葉が出なくってさ……」

 

 その言葉を聞いたハチマンは、リズベットに頷くと、

ニヤニヤしていた他の者達を引き連れて先行した。

そして残ったリズベットは、笑いながらキリトに言った。

 

「あはははは、ごめんごめん、冗談だってば!

確かにたまには彼氏らしいところを見せて欲しいな、なんて思ったのは確かだけど、

大丈夫、キリトは自分の事を不器用だって言うけど、

普段の態度から、ちゃんとそういうの、伝わってるからさ」

「な、なら意地悪するなよ!」

「別にいいじゃない、私だってたまには、

よくハチマンが無意識にやるように、あんたにお姫様扱いされてみたいのよ」

「う……努力はしてみるけど、ハチマンみたいには絶対に無理だからな!」

「いいっていいって、そこまでは求めてないから、っていうかあんなの誰にも無理だし。

まあたまにシノンやリオンの事が羨ましかったりはするけどね」

「そ、そのうちな……」

「うん、そのうちね」

 

 そして誰も見ていないのをいい事に、

二人は迷宮区の直前まで、手を繋ぎながら並んで走った。

もちろん直前で二人はお互いの手を離したのだが、

そんな二人を中で待っていた仲間達は口々に言った。

 

「やっと来たわね、ラブコメ野郎!」

 

 最初にクックロビンがそう言い、それに皆が一斉に続いた。

 

「遅いぞラブコメ!」

「ほら、アスナが早く案内しろってうずうずしながら待ってるわよ、ラブコメ野郎さん」

 

 どうやらアスナは三十二層の迷宮区の道をそこまでハッキリ覚えている訳ではないらしく、

ここで一旦足を止め、奥に進みたい気持ちを必死で抑えつつ、ここで待機していたようだ。

 

「まったく普段は勇ましいのにとんだラブコメ野郎ね」

「ラブコメトさん、早く行きますよ!」

「お、いいなそれ、ラブコメト、いつもみたいに先頭きって突撃してくれ!」

「お前らいい加減にしろ!」

 

 キリトは顔を真っ赤にしてそう言い、リズベットはその後ろでもじもじしていた。

 

「別にいいじゃない、いつもこうやってからかわれるのはハチマンだから、

とても新鮮な感じがするし」

「クリシュナは冷静に分析してるんじゃねえ、お前だってキョーマと……」

「わ~わ~!ストップストップ!時間が押してるわ、そろそろ出発しない?」

「露骨すぎる誤魔化し方だが一理ある、

急がないとコマチとレコンが倒した敵がリポップしちまうし、そろそろ奥へ進むとしよう。

キリト、ここからはラブコメは無しだ、一気にボスまで突っ走るぞ」

「俺は最初からそのつもりだよ!みんな、俺についてきてくれ!」

 

 そう言ってキリトは、事前にコマチとレコンに伝えてあったルート通りに進み始め、

その後を全員が追いかける形となった。

それからしばらく進んだが、二人の姿はまだ見えない。

 

「あの二人、どこまで進んでるんだろうな」

「私達に追いつかれないように、必死で頑張ってるんじゃない?」

「案外ボス部屋の前で、涼しい顔で、遅かったねとか言いそうだな」

「コマチなら言いそうだな……」

 

 その後もまったく敵には遭遇せず、

一行は普通にボス部屋の前まで戦闘無しでたどり着いた。

 

「お兄ちゃん、遅かったね」

「うわ、マジで言いやがった」

「な、何の事?」

「いや、何でもない」

 

 そう言うコマチの後ろで、レコンが疲れた顔をしていた為、

かなり無理をして進んできたんだろうと悟ったハチマンは、それ以上何も突っ込まなかった。

 

「おいおいマジかよ、あの二人、かなり力をつけたな」

「道が分かってたというのは確かに大きいのかもだが、これは立派な戦果だな」

「さすがあーしの将来の義妹、やるじゃん」

 

 そうさりげなく放たれたユミーの言葉を、しかしハチマンはしっかりと耳にしていた。

 

「おいユミー、どさくさ紛れに何言ってやがる」

「そうだよユミー、コマチちゃんは高校の時からあたしの義妹だよ?」

「お前もかユイユイ」

「いいえ、コマチさんは私のよ」

「ユキノも対抗意識を燃やしてんじゃねえよ」

「先輩は高校の時に二期連続で生徒会長を努めた伝説の生徒である私の事を、

妹であるコマチちゃんにお義姉ちゃんと呼ばせたいみたいですけど、

そういうのはちゃんと手順を踏んで私にプロポーズをしてからにして下さいごめんなさい」

「イロハさぁ、もうそれ、ストレートすぎて謝る意味がまったく無いよね?」

「いやいや、ここは私……ってまあ、私の方が年下なんだけど」

「シノンはよくこのメンバーに混じってそういう事が言えるよな、素直に尊敬するわ」

「フェイリスをお義姉ちゃんと呼べば、アキバのかなりの土地がコマチちゃんの物に!」

「おいフェイリス、物で釣るな、今コマチが少しぐらっときた表情をしたぞ」

「ハチマン様、私、コマチちゃんのお義姉ちゃんになりたいです!」

「マックスの望みは出来るだけ叶えてやりたいと思ってるが、こればっかりはなぁ……」

「コマチちゃん、芸能人のお義姉ちゃんが欲しいよね?」

「俺は変態を嫁にするつもりは無え」

「私をお義姉ちゃんと呼べば、もれなく北海道の海の幸がついてくるよ!」

「メリットとしてはかなり弱いな、まあフカの立ち位置はそんなもんだろ」

「うわああああああん、また私にだけ当たりがきつい!」

「こ、コマチさん、私をお義姉ちゃんと呼べば……うぅ……相対性理論に詳しく………うぅ」

「無理すんなリオン、まあよく頑張ったが、コマチに対するアピールの達成度はゼロだ」

 

 その一連の会話に対してコマチは、誰にしようかなという風に目を輝かせていた。

 

「うわぁ、コマチの将来のお義姉ちゃん候補がこれだけ揃うと壮観だなぁ」

「コマチもコマチでいい加減その選択肢を狭めていこうな」

 

 そんな感じで律儀に全員に突っ込んだハチマンは、続けてこう言った。

 

「それよりお前ら、レコンの事もちゃんと褒めてやれよ。

ほれ見ろ、アスナはちゃんとレコンを労ってやってるだろ、

アスナとお前らの違いはそういうとこだそういうとこ。

レコンだってきっとお前らに褒めてもらいたいはずだ」

 

 そのハチマンの言葉を受け、正妻の余裕を見せるアスナを見て、

女性陣はぐぬぬとなったが、そのハチマンの心配は杞憂であった。

リーファが既に、その隣でしきりにレコンの事を褒めており、

レコンはとても嬉しそうにしていたのである。

それを見たハチマンは、邪魔をするのも悪いなと思ったのか、

表情を取り繕い、こう言い直した。

 

「やっぱり今のは無し、各自戦闘準備にとりかかってくれ、

準備が出来次第、ボス部屋へと突入する」

 

 その言葉で一同は、先程のラブコメ展開が嘘のように表情を引き締め、

それぞれ準備を始めたのだった。



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第749話 リリー・ザ・アークエンジェル

「基本的にここのボス、リリー・ザ・アークエンジェルは、

SAO時代は魔法なんてなかったから、あくまでALOになってからの経験則が元になるが、

天使タイプであるが故に魔法が効きにくいと推測される。

だがこいつは発狂モードになると形態が変化する。

なので魔法部隊はそこに合わせて大きい魔法が使えるように調整してくれ。

ただし分かってると思うが、フェイリスは除外する」

「心得てるニャ!」

「よし、敵はおそらく上から来る、各自警戒を怠るなよ」

 

 ハチマンはそう言うと、ボス部屋の扉を開いた。

今のところ中には何もいないが、それはいつもの事だ。

基本的に部屋の扉が閉まった瞬間からしばらくの間が、ボスが沸く為の時間となる。

そして最後尾のレコンが扉を閉めた瞬間に、部屋の上空に白い人型の光が現れた。

 

「来た来た、確かに昔もあんな感じだったよな」

「なあハチマン、また先陣は俺って事でいいのか?」

「いや、ここは俺が行く。さっきの戦闘ではほとんど何もしていないから、

そろそろリーダーらしく、先頭をきって体を張らないとな」

「そうか、じゃあ任せた」

 

 そしてハチマンは一歩前に出たが、まだボスは反応してこない。

だが唯一リオンがハチマンの動きに反応した。さすがにまだ緊張ぎみであるらしい。

その姿はやや目立ち、リオンの為に冗談の一つでも言っておこうかと思いつつ、

ハチマンはとりあえず何を言おうかと悩みながら、仲間達に編成を告げていった。

 

「ユイユイは俺の左、マックスは俺の右、ユキノは俺の後ろについてくれ。

ちょっと敵と近いが、ユキノなら特に問題ないだろ」

「セラフィム、ここはやっぱさ」

「うん、そうだね」

 

 ユイユイとセラフィムは頷き合い、そのまま左右からハチマンに密着した。

 

「………お前らそれは、一体何のつもりだ」

「え~っと、指示通りにしてみた」

「私もですハチマン様」

「それじゃあ何となく私も」

「ってユキノ、俺におぶさるな!ユイユイもマックスも、

リオンの事が心配だったんだろうが大丈夫だ、

うちには緊張をほぐす係のラブコメトがいるからな」

「そっか、じゃあいいか」

「なら大丈夫ですね」

「そこは否定してくれよ!」

 

 当事者であるリズベットは苦笑いしていたが、

それで完璧にリオンの緊張もほぐれたようで、今は笑顔を見せていた。

ハチマンはユイユイとセラフィムに感謝しつつ、編成の説明を続けた。

 

「左翼はキリト隊だ、メンバーはリーファ、リズ、エギル、クライン。

右翼アスナ隊は、フカ、ロビン、シリカだな。

クリシュナはフリーで、支援しやすい位置にどんどん移動してくれ。

クリシュナ・ガードはコマチとリオン、リオンは大切な師匠を敵の魔法攻撃から守るんだぞ」

「う、うん、師匠の体には傷一つ付けさせない」

「最後尾はユミーを中心にイロハ、フェイリス、そしてシノンだ。

マジシャン・ガードはレコンに任せる」

「分かりました」

「それとフェイリスとシノンは適当に撃ってよし、フェイリスの魔法は物理扱いだからな。

ただし例の攻撃はラス前までとっておくように」

「了解」

「分かったニャ!」

 

 そう指示を終えた後、ハチマンは思い出したようにフェイリスとシノンに言った。

 

「お前ら二人は基本フリーだから一応言っておくが、

仲間には絶対当てるなよ、これはフリじゃないからな」

「ちょっと、私を誰だと思ってるのよ、

ハチマンに当てるなら当てるって言ってから当てるわよ」

「俺限定かよ、つ~か当てんなっつ~の!」

「フェイリスは後でハチマンがうちの店に来てくれたら、

ハチマンに当てないでおいてやるニャ」

「お前も俺限定かよ!ってかそれって今日の話か?」

「今月は売り上げが微妙なのニャ、

フェイリスにはたくさんお金を使ってくれる太客が必要なのニャ」

「はぁ、分かった分かった、行ける奴を連れてこの後祝勝会をやってやるから、

後でまゆさん辺りに連絡して奥の部屋を貸し切ってもらっとけ」

「ニャんと!?毎度あり!」

「それじゃあ行くぞお前ら、久々のフロアボス戦だ、

俺達の強さを嫌という程同盟に思い知らせてやれ」

「「「「「「「「おう!!!」」」」」」」」

 

 そしてハチマンは躊躇いなく前へと進み、ある程度の距離まで近付いた時、

上空から白い光がいきなり降下し、その中から浮遊する巨大な天使の姿が現れた。

その天使、リリーは一切足を動かさず、ホバー移動の要領で滑るように低空を飛び、

一気にハチマンとの距離を詰めにかかった。

 

「中々迫力があるな、よし、やるぞ!」

「うん!」

「はい」

「いつでもいいわよ」

 

 ハチマンは迫る敵を前に、ここで始めて武器を抜いて二刀で構えた。

その左右でユイユイとセラフィムが盾を構える。

リリーは両手に一本ずつ大剣を持っており、

一番近くにいるハチマン目掛け、その剣を振り下ろした。

 

「ヒッキーはやらせないっ!物理的にも性的な意味でも!」

「ハチマン様に手を出そうなどと、私だってまだ成功していないのに、

お前如きが調子に乗るんじゃない!この身の程知らずめが!」

「お前ら揃ってポンコツかよ……」

 

 それは単なる先程のノリの延長で放たれた言葉であった。

その証拠に、そんなハチマンの言葉には一切反応せず、

二人は真面目な表情を崩さないまま同時にこう叫んだ。

 

「「アイゼン倒立!」」

 

 そして二人はガシッとリリーの攻撃を受け止めた。

だが流石はフロアボスである、リリーはそれでは止まらず、

二人を押しながらぐいぐいと前進してきた。

その圧力に押され、二人の踵のアイゼンが石畳をガリガリと削っていく。

 

「くっ、さすがに重い」

「だが止める、愛の力で!」

 

 そして二人は同時にスキルを使った。

 

「重力増加!」

「魔導斥力!」

 

 ユイユイの重力増加は、その名の通り、自身の体を一時的に重くする技であり、

セラフィムの魔導斥力は、魔力を消費して敵を押し返す技である。

そのスキルのせいか、押されていた二人の体が止まった。

その瞬間に、二人の間をハチマンがすり抜けた。

 

「フロアボス如きが調子に乗るな」

 

 ハチマンはそう言って飛び上がり、

ユイユイとセラフィムを押し切ろうと前のめりになっていたリリーの顔めがけ、

両手に持っていた雷丸を突き出した。

だがリリーはその瞬間に二人を押すのを止め、その体勢のまま、いわゆるホバー後退をした。

ユイユイとセラフィムはそのせいで前のめりに倒れそうになったが、

そんな二人に向け、ハチマンが叫んだ。

 

「ユイユイ、マックス!跳ぶぞ!」

 

 二人はそのハチマンの短い言葉の意図を理解し、無理やり足を前に出して踏みとどまり、

そのままの勢いで盾を空へとかざして前進した。

 

「ナイスだ!」

 

 ハチマンはそう叫ぶと、その二人の盾を踏み台にし、後退するリリー目掛けて跳躍した。

 

「あの頃の俺達とは違うんだよ!」

 

 その言葉通り、あの頃とは違い、今ハチマンの周りを固めているのは、

何も言わなくてもしっかりと意思の疎通が出来る、かけがえの無い仲間達なのである。

 

 リン、リリン。

 

 リリーはそんな言語とは言えない、鈴の音のような声を発すると、

再び両手の剣を構え、ハチマンを迎撃しようとした。

その瞬間に、リリーの両手が凍りついた。

 

 リリンッ、リン?

 

 リリーは虚を突かれたのか、驚いたような音を発し、

その隙を突いてハチマンは、そのままリリーの両目を雷丸で貫いた。

 

 ギャ、ギャリン、ギャリリリリリリリンッ!

 

 リリーはたまらずそんな悲鳴のような音を上げ、その目の前に着地したハチマンは、

振り返ってユキノに言った。

 

「詠唱してたのは分かってたが、完璧なタイミングだったな、ありがとな、ユキノ」

「ハチマン君、後ろ!」

 

 ユキノはそのお礼に対し、そう叫んだ。

リリーは視界が消失した事で擬似的な発狂モードのような状態に陥っており、

その両手に持つ剣を滅茶苦茶に振り回し始めたのだ。

 

「すまんすまん、大丈夫だ」

 

 ハチマンはそう言って後ろも見ずに頭を下げ、そのリリーの攻撃を避けた。

さすがにこの状態だと近寄るのは危険な為、

今攻撃しているのはシノンとフェイリスだけである。

そのまましばらくそうしているうちに、リリーのHPバーの一本目がここで完全に削られた。

その瞬間にリリーの行動パターンが変化した。リリーはザザッと後方に下がり、

直後に両手に持っていた剣を、二本合わせて杖のような物に変化させたのだ。

 

「お?こんなパターンは無かったと思うが、もしかして回復魔法でも使うつもりなのかな」

「それっぽいけどちょっと遅かったわね」

「だな」

 

 ハチマンとユキノはそう言いながら、左右に見える、黒と白の弾丸を見つめた。

その弾丸はリリーの両腕にぶち当たり、リリーの両腕を切断して、

そのすぐ真下で人の形をとった。

 

「させる訳にはいかないな」

「さて、杖が無くても魔法を使えるのかな?」

 

 その黒い弾丸はキリト、白い弾丸はアスナであった。

どうやらリリーはその状態だと魔法が使えないらしく、隙だらけとなった。

それを見た左翼隊と右翼隊の仲間達がリリーに殺到する。

 

「うちは幹部だけが強い訳じゃねえぞコラ!サムライマスターなめんな!」

「マイナーな二つ名だが、俺のアクスでクラッシュしやがれ!」

「私だって、鍛治だけじゃないんだからね!」

「ピナ、ブレス!」

「シルフ四天王を……」

「なめるなっ!」

「私の前には死、あるのみ!」

 

 視覚を回復しようとしたが魔法を封じられ、

腕も肘から先を切断され、武器をも失ったリリーは、

こうなるともう、足を当てずっぽうに振り回すくらいしか抵抗出来なかった。

こうしてリリーはガンガンとそのHPを失っていき、

そしてリリーのHPが最後の一本を残すだけになった瞬間にハチマンが叫んだ。

 

「キリト、アスナ、後退だ!」

「おう!」

「了解!」

 

 そしてハチマンはシノンとフェイリスに、用意してきた物を使うように指示をした。

 

「シノン、フェイリス、あれを使って敵のHPを発狂モードまで削ってくれ」

「やっと出番ね、闇の属性矢」

「属性付与触媒、闇の精霊石!」

 

 その二つはとても希少な為、滅多な事では使えないのだが、

その分光属性の敵に対する攻撃力は折り紙付きなのである。

 

「まったくハチマンは、私がいないと本当に駄目なんだから」

 

 調子に乗ったのか、シノンはいきなりそんな事を言い出した。

だがハチマンはそんなシノンには答えず、そのままフェイリスに言った。

 

「悪いフェイリス、やっぱり一人で削ってくれ」

「ちょ、ちょっと、突っ込みくらいしなさいよ!」

「任せるニャ、闇の女王にフェイリス・ニャンニャンが願い奉る、

祖の魔力よ来たれ、古の技、闇の気円ニャン!」

 

 もちろんこれは正式な呪文でも何でもなく、ただのフェイリスの中二病の産物である。

 

「くらうのニャ!」

「ま、待って、私も撃つから!」

 

 そして二人の攻撃は、闇のオーラを纏い、適切な防御行動がとれないリリーに直撃した。

 

 ギャリッ、ギャリイイイイイイイイン!

 

 その攻撃で、リリーの最後のHPバーは見事に残り半分となった。

 

「発狂モード来るぞ!ユミー、イロハ、お前達で決めろ!

ついでにリオンも四属性の魔力を全放出しちまえ!」

 

 そしてリリーの放つ光が消え、その体からドス黒いオーラが溢れ出した。

リリーはそのまま四つん這いになり、その体からは体毛が生え、口には長い牙が生成された。

 

 Grrrrrrrrrrr!

 

「昔と同じように堕天し、獣化したようだが、

その姿になった以上、もうこっちの魔法は防げない」

 

 ハチマンは、憐れみの表情を浮かべながらそう言うと、三人に向けてこう叫んだ。

 

「なぎ払え!」

 

 その瞬間にユミーとイロハの魔法が完成し、

リオンもロジカルウィッチスピアのトリガーを引いた。

 

「大魔法、ゲヘナ・フレア」

「大魔法、テンペスト・サイクロン」

「ロジカル螺旋撃!」

 

 その青い炎と紫がかった白、そして四色が絡み合った砲撃は、

リリーの残りHPを一撃で削り取り、その瞬間に、大多数のプレイヤーが待ちくたびれ、

一部のプレイヤーが聞きたくなかったシステムメッセージが流れた。

 

『アインクラッド三十二層のフロアボスが討伐されました』



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第750話 三十五層には

『アインクラッド三十二層のフロアボスが討伐されました』

 

 このシステムメッセージの内容を理解した瞬間、文字通りアインクラッドが揺れた。

 

「うおおおお、マジだ、あいつら予告通りやりやがった……」

「一体何なんだよもう、本当に何なんだよ!」

「ヴァルハラ・サポーターズのみんな、転移門が開通したらすぐにお祝いに駆けつけるよ!」

「同盟の奴らは結局右往左往してただけか」

「本当にあいつら、普段はどうやって攻略してるんだろうな……」

 

 

 

「さて、先にドロップ品の確認をするか、ラストアタックは誰だ?」

 

 その頃当のヴァルハラのメンバー達は、転移門の解放を急ぐでもなく、

のんびりと戦闘の事後処理を行っていた。

 

「あ、私です先輩」

「イロハか、で、何が出た?」

「え~と、移動速度アップの指輪と、魔法耐性アップの指輪ですね」

「ふむ……ユキノ、どう思う?」

「数値が知りたいわね、イロハさん、ちょっと見せてもらっていいかしら」

「もちろんです、どうぞ!」

 

 こういう場合、ハチマンは必ずユキノに判断を託す事にしていた。

そうすれば何も問題はないからだが、自分で判断するのが面倒臭いという側面もある。

 

「移動速度アップはクリシュナに渡してはどうかしら。

さっきの戦闘を見ていて思ったのだけれど、

クリシュナは思ったよりも移動の回数が多いみたいだから、

移動速度が上がると支援の効率も良くなると思うのよね。

それに前衛陣は、ほとんどの人が自分に合った指輪をもう装備しているしね」

 

 ALOでは指輪系アイテムの効果は重複しない。

左右の手に一つずつ装備してもそれは同様である。

ただし、装備自体は可能な為、戦闘用の指輪を右手に、

そしておしゃれ用の指輪を左手に装備している女性プレイヤーも多く存在した。

 

「なるほど、確かにそうだな」

「移動速度が上がっても、直接それが戦闘能力の向上に繋がるかっていうと、

そうでもないからなぁ」

「俺は切れ味向上だし、エギルは武器の命中時に追加ダメージだったよな」

「アスナは身軽さアップだよな」

「うん、ハチマンくんは、不壊だよね」

「おう、結構いいんだよこれ、無理な体勢でカウンターを放っても武器にダメージが行かず、

そのままきっちりと弾き返してくれるからな」

「まあそんな訳で、反対の人がいないようならこのままクリシュナ行きね」

 

 当然反対の声が上がる事もなく、クリシュナはその指輪を装備して軽く走ってみた。

 

「うわ、本当に速い……これはポジショニングが楽になっていいかもしれないわ」

「うん、いい感じみたいだな、で、次だが……」

「それはアサギさん以外にはありえないわね、

ユイユイもセラフィムも、同じ物をもう持っているわよね?」

「うん、あるある!」

「私も大丈夫」

「という訳で、新人タンクのアサギさんに渡すわ、

というかタンク以外にはほぼ必要のないアイテムよね」

 

 その言葉にアタッカー陣はうんうんと頷いた。

 

「よし、パーティのストックに入ったお金はいつも通り、

二割をギルド資金に回して残りは参加者で頭割りだな。

それじゃあ転移門の解放に向かうとするか」

「おお、何か久しぶりだな」

「それじゃあ出発しよう」

 

 そして一同は、ボス部屋に沸いた階段を登り始めた。

 

「そういえばこれで三十三層だろ?三十五層までもうすぐだな」

 

 キリトがふと思いついたようにハチマンにそう言った。

 

「三十五層?ああ、迷いの森か」

「懐かしいなおい」

「うん、あ、って事は……」

 

 アスナやクラインらのSAOサバイバーは、

キリトがわざわざそう言った意図に気付いたようで、みんな同時にこう言った。

 

「「「「「背教者ニコラス!」」」」」

「そういう事だな」

 

 その言葉にキリトは頷きながらそう言った。

 

「なるほど、確かにもうすぐそんな時期だな」

「なぁハチマン、ニコラスのドロップが気にならないか?」

「それはなるな、仕様が変更された蘇生アイテムだとしても、

現状魔法での蘇生はMPと詠唱時間がかかりすぎて、実戦的じゃないからな、

あればあったでここぞという時に使えるかもしれないな」

「確かにそれはでかいよな」

 

 その会話を聞いて、新人組のリオンが興味深げにこう尋ねてきた。

 

「背教者ニコラスって何?敵の名前?」

「おう、クリスマス限定で、三十五層の迷いの森に出てくる敵でな、

昔はSAOで唯一の蘇生アイテムを落としたんだよ」

「へぇ、どんな見た目なの?」

「リオンは見た事があるはずだぞ、こんな奴だ」

 

 ハチマンはそう言って呪文を唱え、直後に背教者ニコラスの姿へと変化した。

だがその大きさはリオンよりも小さいくらいであり、一同は思わずこうハモった。

 

「「「「「「「「小っさ!」」」」」」」」

「まあ戦うというイメージを持たないまま変化したからな」

 

 ハチマンは事も無げにそう言った。

 

「あ~、これ、もっとメカっぽかったけど見た事ある!」

「これが背教者ニコラスだな」

「そんな感じにもなれるのかよ」

「先輩、小動物系とかにはなれないんですか?」

「小動物……ネコとかか?」

 

 そしてハチマンはしばらく目をつぶってイメージを固めたかと思うと、

おもむろに呪文を唱え、次の瞬間に小猫の姿に変化した。

もちろん薔薇小猫にではなく、普通の小猫の姿にである。

 

「何ですって!?」

 

 その瞬間にユキノが迷わずガッと一歩前に出た。

 

「ニャッ!?」

 

 その迫力にびびったのか、ハチマン小猫は慌てて跳躍し、アスナの腕の中へと逃げ込んだ。

 

「ほらユキノ、落ち着い………って、お、重い!」

 

 そう言ってアスナはその場に尻餅をついた。

どうやら大きさは小さくなっても、ハチマンの重さはそのままらしい。

 

「ニャッ!」

 

 ハチマンはそんなアスナの膝の上から慌てて降り、

アスナを起こそうと前かがみになったキリトの背中をのぼり、その頭の上におさまった。

 

「………いや、確かに俺は平気だけどさ」

「ニャー!」

「あ~はいはい、芸達者でえらいえらい」

「ニャ~ン!」

「確かにこの前のメカニコラスといい、ハチマンはその魔法を使いこなしてるよなぁ……

やっぱり俺ももうちょっと修行するべきかな?」

「ニャッ、ニャッ」

「じゃあ今度付き合えよな」

 

 そんな一人と一匹の様子を見て、他の者達はぽかんとした。

 

「何故キリトさんは普通にネコと会話を成立させてるんですかね……」

「知らない人が見たら、完全にイっちゃってる人よね……」

「キリト君、盛り上がってるところを悪いのだけれど、

そろそろ私もそのニャンコとお話しがしたいのだけれど!」

 

 ユキノが血走った目でキリトの方に手を伸ばし、ひょいっとハチマン小猫を抱え上げた。

 

「ニャー!ニャー!」

「離せ?あなたは何を言っているの?

全ての小猫は私にもふもふされる為に存在しているのよ?」

「ウニャー!」

 

 ハチマン小猫は離せという風にじたばたしたが、ユキノはしっかりと掴んで離さない。

だがそこに救世主が現れた、セラフィムである。

セラフィムはユキノからハチマン小猫を奪い、自らの胸に抱きながら言った。

 

「ユキノ、ハチマン様が、くすぐったいからよせと言っているわ」

「こ、この二人も何で普通にネコと会話が出来るの……」

「突っ込んじゃ駄目ですリズさん、これはそういうものなんです!」

「ニャニャニャッ!」

「えっ?そろそろ元の姿に戻りたいから下ろせですか?

もう少し感触を楽しみたかったですけどそういう事なら」

 

 そしてセラフィムは、最後とばかりにハチマン小猫の顔を自らの胸の谷間に押し付け、

名残惜しそうに下におろした。

ハチマン小猫はそのままアスナの方に向かい、

まだ尻餅状態のアスナを気遣うようにごろごろと体を擦り付け、そのまま元の姿に戻った。

 

「アスナ、大丈夫か?」

 

 ハチマンはそう言ってすぐさまアスナを抱え上げた。

 

「ハ、ハチマン君」

「おう、大丈夫か?立てるか?」

 

 そうアスナを気遣うハチマンの頬を、アスナがガッと横に引っ張った。

 

「にゃ、にゃにを……」

「ハチマン君、今セラフィムのどこに顔を突っ込んでたのかな?かな?」

「い、いや、今のは俺のせいじゃないだろ!ほら、もうすぐ転移門だ、

そろそろ下ろすぞアスナ」

「あっ、ちょっとハチマン君!」

 

 ハチマンはそう言って逃げ出し、その後をアスナが追った。

 

「やれやれ、まったく騒がしいな」

「まあいつも通りですね」

「そうね、まあうちはこうじゃなくっちゃね」

 

 そして全員が見守る中、ハチマンが転移門を解放した。

 

『アインクラッドの三十三層が解放されました、転移門から移動出来ます』



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第751話 インタビュー

 三十三層の転移門が解放された瞬間、

いきなりその門の中から沢山のプレイヤーが姿を現した。

 

「うおっ、何だ何だ」

「ザ・ルーラー様、私達はヴァルハラ・サポーターズです!

今日は一番にお祝いしたいと思って駆けつけました!」

 

(な、何だそのギルドは、いつの間にそんなものが……)

 

 ハチマンはそう思いつつも、その女性プレイヤーに愛想よくこう答えた。

 

「そうか、いつも応援ありがとうな、

これからもちょこちょこと攻略には参加するつもりだから、

さすがに今回みたいな本気の攻略はそうそうやってられないが、

俺達が出る時は期待しててくれ」

「はい、その時も一番に駆けつけます!」

「そ、その時は宜しく頼む」

「はい!」

 

 ハチマンは、まあこれも友好ギルドの一つなのだから、

邪険にはしないように後で他の仲間にも伝えておこうと思いつつ、転移門の方に目をやった。

そこは既にお祭り騒ぎとなっており、次から次へとプレイヤーが転移してきて、

口々にヴァルハラ・リゾートへの賞賛を叫び始めた。

 

(おいおい、さすがに度が過ぎてないか?)

 

 それもそのはず、今回の勝負の様子は、MMOトゥデイで詳しく伝えられており、

この場には、そのリポーターらしき一団も混じっていたのだった。

何故分かったのかというと、単純にそのリポーターが顔見知りだったからである。

 

「あれ、ユリエールさん、お久しぶりですね」

「はい、お久しぶりです!今日はお願いがあって参上しました!」

「ああ、えっと………もしかしてインタビューとかですかね?」

「はい、その通りです!」

「え~と、この後身内で祝勝会があるので、あまり長くは付き合えませんが、

それで良ければ大丈夫です」

 

 さすがにここで断るのはイメージが悪すぎる為、

ハチマンはその申し出を素直に承諾する事にした。

ちなみに内心では、さっさと他のメンバーに投げてしまおうと企んでいた。

 

「ありがとうございます!先ず最初に質問です、ヴァルハラ・リゾートはこのところ、

積極的には攻略に関わってこず、一部のプレイヤーだけが参加していたと記憶していますが、

今回こうして凄まじい速さで攻略に出た理由があればお聞かせ下さい」

「ああ、それは簡単な事です、ユリエールさんもある程度知っていると思いますが、

同盟のプレイヤーからこう言われたんですよ、

『何だよ、最近は全然階層更新の役にたってないくせに文句ばっかり……』ってね。

それで今回役にたとうと思ってメンバーに召集をかけた訳です」

 

 ユリエールは当然情報は掴んでいたらしく、うんうんと頷いた後、

続けてハチマンにこう問いかけた。

 

「ちなみにその文句というのは?」

「同盟は『何故か』フロアボス攻略の時は、

はじまりの街の転移門を勝手に占有状態にするじゃないですか。

なのでそれはおかしいと文句を言ったんですよね、そしたら返ってきたのがその答えです」

 

 その時観客から、そうだそうだ、とか、あいつら何様のつもりだよな!という声があがる。

やはり同盟は、一般プレイヤーにはあまり好かれていないらしい。

 

「ああ~、私はあれもおかしいと思ってましたが、

さすがに直接文句を言う度胸も無かったので、そのままにしちゃってました、

さすがはALO一の最強ギルドのリーダーである、『ザ・ルーラー』ハチマンさんですね」

 

 ここでヴァルハラ・サポーターズから、

さすがはザ・ルーラー様!といった声援が一斉に上がり、

他のプレイヤーも同様の声援を送ってきた。

ハチマンはその声援に片手を上げて応えつつ、神妙な顔をしてユリエールにこう言った。

 

「まあ私も売り言葉に買い言葉で、

少しムキになってしまった面もあるので、そこは反省ですかね。

こちらに苦情を言ってきたのはたった一人のプレイヤーだけでしたけど、

まあ普段から同盟内で、うちに対してそういった愚痴が出ていないと、

中々ああいう発言は飛び出さないと思うので、

その同盟の『期待』に応える為にも、今後はちょくちょく『協力』しようと思います」

 

 その凄まじい皮肉に、何人かのプレイヤーが俯いた。

おそらく同盟のプレイヤーが様子を見にきていたのだろう、

そのプレイヤー達は、そのまま逃げるようにこの場を去っていった。

 

「そういえばそのプレイヤーは、同盟からギルドごと除名されたらしいですよ」

「そうなんですか?他のプレイヤーも言ってる事を代弁したら除名とか、

同盟ってのは凄く厳しいところなんですね」

 

 その再びの皮肉に観客達はクスクスと笑った。

 

「ヴァルハラはそういう事は無いんですか?」

「そうですね、うちのメンバーの行動に関しては、私が全て責任を負いますので、

そういったいきなり除名とかいう事はないですね。

先ず私がその本人と一緒に迷惑をかけたプレイヤーに謝りに行きます。

まあ同盟は多数のギルドの合議で運営されているみたいですし、

そこらへん、トップダウンで決めるのは難しいのかもしれません。

一律にルールを設定して除名の基準を作ってるんでしょうね、

さすがに感情に任せて除名とかはしていないとは思いますが」

「そうですね、感情任せとか、まあ普通はありえないと思います」

 

 この言葉からハチマンは、どうやらユリエールも同盟が嫌いなんだなと理解した。

 

「それで攻略に関してですが……」

「ああ、それならうちの特攻隊長のキリトの方がよく分かってると思いますので、

あちらに任せようかと思います。俺はあくまでまとめ役なので」

「なるほど、戦闘はやはり、黒の剣士さんに聞くのが一番ですか」

「はい、あいつもきっと、インタビューを受けたくてうずうずしていると思いますので」

 

 そのハチマンの言葉にキリトは顔をしかめた。

おそらく内心で、面倒臭いと思っているのだろう。

だが知り合いのユリエールには出来るだけ協力したいと思ったのか、

キリトは軽くため息をついた後、友好的な笑顔を浮かべてユリエールと話し始めた。

それを確認したハチマンは、他に挨拶しておくべき知り合いとかはいないだろうなと、

観客達の方に目をやり、後方に顔を隠した怪しい二人組の姿を見つけた。

 

「あれは……なるほど」

 

 ハチマンはそう呟くと、ユキノの所に向かい、

インタビューが終わったら先にヴァルハラ・ガーデンに戻っていてくれと頼んだ。

 

「用事がある奴は遠慮なく先に落ちて構わないから、

とりあえずメイクイーンでの祝勝会に参加する者が誰かだけ分かるようにしておいてくれ」

「分かったわ、任せて頂戴。で、あなたはどうするの?」

「ちょっと知り合いに挨拶だけしてくる」

「なるほど、了解よ」

 

 そしてハチマンは、キリトが注目を浴びているのを利用してそっとその場を離れ、

人気のない建物の裏路地へと移動した。

その後を、先程の怪しい二人組が追いかけてきて、

路地に入った所で誰もいないのを見て、あっと声を上げた。

 

「あ、あれ?」

「いないね……」

「俺ならここだ」

 

 上からそんな声がして、背後に誰かが着地した。

二人は慌てて振り返ったが、そんな二人の肩に、その人物、ハチマンが手を回した。

 

「ラン、ユウ、こんなところで何やってるんだ?しかもそんな格好までして」

 

 転移門広場では、二人は目深にフードを被っていた為よく顔が見えなかったが、

丁度その時ランがハンカチを口にくわえてぐぬぬ状態となった為、

それでハチマンは、二人の正体に気付いたのであった。

 

「ちょっとライバルの様子を見ておこうかと思ったのよ」

「それで何故ハンカチなんかくわえてたんだよ、昭和かよお前」

「えっとね、本当はランもお祝いをしに来たんだけど、

こうしてヴァルハラに差を見せつけられたのが、実は悔しくて仕方がなかったみたい」

「なるほど、ガキだな」

 

 そう言われたランは、フフンという顔をして、

自身の胸をアピールしながらハチマンにこう言った。

 

「誰がガキなのよ、この立派な胸を見てもそんな事が言えるの?」

「悪いな、お前以上に胸が大きい奴は、俺の周りには沢山いるんだ」

 

 そのランのある意味決めゼリフを、ハチマンはあっさりとそう切って捨てた。

 

「た、確かに何人かは凄かったわね……」

「ランの売りが一つ無くなったね」

「キーッ!」

 

 そう言ってランは、再び小道具のハンカチをくわえ、悔しそうな顔をした。

 

「また昭和かよ、で、用事はそれだけなのか?」

「い、一応お祝いの言葉を送るわよ、いい?精々今のうちにチヤホヤされてなさい」

「それってお祝いの言葉なのか?」

「ごめんハチマン、ランってば素直じゃないから……」

「おう、知ってる知ってる、こいつが素直じゃない上に耳年増だって事はな」

「それが私のステータスよ!」

「こいつ、開き直りやがった……」

 

 呆れるハチマンに、今度はユウキがニコニコと笑顔で言った。

 

「まあでも凄かったねハチマン、いつか絶対にボク達も追いついてみせるから!」

「追いつくのではなく追い抜くのよ、ユウ」

 

 そんなユウキの言葉をランはそう訂正した。

 

「あっと、そうだったね、追い抜いてみせるから!」

「そうか、頑張れよ、ユウ」

「うん!ボクがランを助けて、絶対に達成してみせるよ!」

 

 そのユウキの言葉を聞いたランが微妙な表情を浮かべたのをハチマンは見逃さなかった。

 

(ん、何だあの表情、それに何か言いたそうな顔をしてやがるな)

 

「それじゃあユウ、そろそろ私達も、こっちの祝勝会場に戻りましょう」

「おう、あの六人にも宜しくな、あとタダ飯を俺に奢ってもらった事に死ぬほど感謝しろ」

「くっ、確かにあの食材のお味は最高だったけど!」

 

 そう言ってランはハチマンに近付き、

その腹を小突くフリをしながらそっとハチマンに囁いた。

 

「真面目な相談があるの、今度の私の検査の時に来て頂戴」

 

 ハチマンはその言葉にそっと頷いた。

 

「それじゃあそろそろ行くわ、またねハチマン」

「またね!」

「おう、またな」

 

 そしてランとユウキは去っていき、ハチマンは一体何の相談なんだろうかと思いつつ、

ヴァルハラ・ガーデンへと帰還していった。



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第752話 いつもの男女比

いつも誤字報告を沢山の方にしてもらっています、感謝です!


 そのままヴァルハラ・ガーデンへと帰還したハチマンは、

報告の為に残っていてくれたユキノと合流し、参加者がどうなったのかを確認した。

 

「さて、結局誰が来る事になったんだ?」

「あなたと私、アスナとシノンとイロハさんとクリシュナとセラフィムとリオンさんね。

まあ一応フェイリスさんも参加者という事にはなるのかしらね」

「おお?思ったより少なかったな」

「まあみんな色々用事があるみたいよ」

 

 クラインは事前に言っていた通り、静とお出かけである。

エギルも事前に言っていた通り仕事のようだ。飲食業には曜日は関係ないのである。

キリトとリズベットとシリカはいつの間に仲良くなったのだろうか、

どうやらルクスと遊びに行くらしい。ユイユイとユミーも予定通り買い物に出かけた。

フカ次郎は当然北海道から来られるはずもない。

ロビンはコンサートに向かい、四月からソレイユの寮に入る予定のコマチとリーファは、

今日は仲良く生活必需品のチェックに行くらしく、

気に入った物があったらそのまま買う予定らしい。

ちなみにレコンはその荷物持ちに駆り出された。

そしてフェイリスは、既に先行してメイクイーンへと向かっていた。

 

「まあしかし、妥当なメンバーとも言えるか」

「まあそうかもしれないわね、こういうイベントごとには意外とまめに顔を出す私と、

イベントだろうが何だろうが、とにかくあなたの意向を優先させるセラフィムは鉄板ね」

「自分で意外ととか言うのな……」

「あとは若さ故に怖いもの知らずで突っ走る高校生二人組も常連よね」

「シノンとリオンは随分と仲がいいよな、性格も似ているし、馬が合うんだろうな」

「クリシュナはまあ、既に現地にいるというのが大きいわね」

「ああそうか、あいつはメイクイーンにいるんだったか」

「イロハさんは卒業するのに必要な単位の取得がほぼ終わって、

これからちょっとは遊べると喜んでいたわ、今回の件がその第一歩なのかしらね」

「あいつは遊ぶ為とかいう目的があれば、ちゃんと努力が出来る奴なんだよなぁ……」

「アスナは実はこういった事には参加率が低いのよね、

やはりあれだけの大企業のお嬢様だと、しがらみも色々あるでしょうしね」

「お前がそれを言うか」

「私の場合は、姉さんに任せてしまっている部分もあるから……」

 

 ユキノは申し訳なさそうな口調でそう言った。

ハチマンがSAOに囚われて以降の陽乃と、そして母である朱乃との劇的な関係の回復は、

ユキノにとっては本当に幸運な事だったのだろう。

 

 実はこれは明日奈にも当てはまる。

以前の京都行きの時に話題が出たが、明日奈の母である結城京子は、

今でこそ明日奈には甘すぎる程に甘い母親であるが、

昔はその出自の事で色々言われ、その反動から凄まじい教育ママっぷりを発揮していたのだ。

故におそらく明日奈が八幡と出会わないままSAOから解放され、

退院した後に、それでも懲りずにALOをプレイしていたとしたら、

例えば食事の時間に遅れただけでアミュスフィアの電源を抜き、

次に時間を守れなかったら二度とアミュスフィアは使わせないくらいの事は言っただろう。

そして明日奈の勉強が遅れる原因となったアミュスフィア(実際はナーヴギアなのだが)

を憎悪し、貴重な二年間を奪った原因となった機械をどうして平気で使ってるのかと、

明日奈を詰問するくらいはしたと思われる。

その場合、母娘の関係は悪化の一途を辿り、明日奈の顔からは笑顔が消えた事だろう。

八幡と出会い、恋人関係となった事で、その暗い未来が来る可能性は永久に潰えたのだが、

さりとて陽乃がソレイユ・コーポレーションを設立し、

八幡を後継者に指名していなかったら、

やはり京子は今よりは明日奈に対して厳しい態度をとっていたかもしれない。

そう考えると、明日奈の真の恩人は、八幡ではなく実は陽乃である。

 

「本当に姉さんには頭が上がらないよな」

「それは本当にそう思うわ」

「今度優しくしてやるか……」

「頭が上がらないと言いながらのその上から目線はさすがね」

「そりゃまあ、俺くらいしか、姉さんを普通の女性扱いしてくれる奴はいないだろうしな」

「ふふっ、姉さんはきっとその事を喜んでいるでしょうね」

「だったらいいんだけどな」

 

 そして二人はログアウトし、そのままメイクイーンへと向かった。

今回は現地集合という事になっており、特に八幡が誰かを迎えに行く予定はない。

 

「うぅ~ん……」

 

 八幡は大きく伸びをし、マンションのソファーで目覚めたのだが、

そんな八幡に話しかけてくる者がいた、優里奈である。

 

「あっ、ごめんなさい八幡さん、もしかして起こしちゃいましたか?」

「ああ、いや、無事に攻略を終えて、今落ちてきたところだ」

「えっ、攻略って、今日はフロアボスの予定でしたよね?

八幡さんがログインしてからまだ三時間くらいしか経ってないですけど……」

「おう、凄いだろ?褒めていいぞ」

「い、いいんですか?」

「へ?」

 

 優里奈は妙に前のめりでそう言い、八幡はきょとんとした。

そんな八幡に近付いてきた優里奈は、えらいえらいと言いながら八幡の頭を撫でた。

 

「え~と……あ、ありがとうございます」

「ぷっ、何で敬語ですか?いつもみたいに、おう、くらい言っとけばいいんですよ」

「い、いや、まったく予想外だったからな」

「ふふっ、それじゃあお茶でも入れますか?」

「あ、いや、これから出かけるから大丈夫だ、優里奈は今は何をしてたんだ?」

「洗濯物を取りこんだ後、台所のお掃除をしてました、これも私の仕事ですから」

「いつもすまないな……」

 

 そう申し訳なさそうに言う八幡に、優里奈は慌てたようにこう答えた。

 

「そんな、養ってもらってるのはこっちですから、頭なんか下げないで下さい!」

「養ってもらってる………か」

 

 その八幡の呟きを聞いた優里奈は、自分の失敗を悟った。

おそらく八幡が、その言葉の響きから、

自分が優里奈をお金で縛っているようにイメージしてしまったのだと感じたからだ。

優里奈はそのイメージを打ち消すべく、キッパリとした口調でこう言った。

 

「嘘です、養ってもらってなんかいません、むしろ私が八幡さんを養ってあげてるんでした」

「そうだな、その通りだ。もし優里奈がいなかったら、

この部屋はゴミ溜めみたいになってるだろうよ」

 

 八幡は優里奈が気を回した事に気付き、その事を反省しながらそう言った。

 

(もし私がいなかったら、代わりは薔薇さん辺りがやったと思うけどなぁ……)

 

 優里奈はそう思ったが、当然その事を口に出したりはしない。

そもそも薔薇は、優里奈程家事が得意ではないので、実際にそうなる確率はほぼゼロである。

もし誰かが優里奈の代わりをするとしたら、

恐らく明日奈と雪乃とクルスがローテーションを組むのが一番現実的であろう。

 

「で、優里奈、もう家事は終わるのか?」

「あっ、はい、手は空きますけど」

「それじゃあ今からメイクイーンで祝勝会をやる予定だから、優里奈も一緒に行くか」

「いいんですか?」

「ああ、まあ祝勝会というよりも、俺がメイクイーンの売り上げに貢献するってのが、

一番の目的みたいになっちまってるけどな」

「あ、あは……」

 

 優里奈は苦笑し、二人はそのままメイクイーンへと向かった。

 

「あっ、優里奈ちゃんも来てくれたんだ!」

 

 部屋に案内されてきた二人を見て、明日奈が嬉しそうにそう言った。

 

「はい、八幡さんに誘って頂きました」

「丁度今、席順を決めるジャンケンをしようとしていた所なの、

なので優里奈さんも一緒に参加するといいわ」

 

 部屋に入ってきた時、その場がやや緊張感に満ちていた事に気付いていた優里奈は、

それで理由に納得がいったものの、さすがにここでの自分は部外者だと思い、

遠慮するように雪乃にこう答えた。

 

「私は本来部外者ですから、勝負は皆さんだけで……」

「いいのいいの、こういう時は公平に、がうちのモットーだしね」

 

 一人勝負に参加しない紅莉栖が気楽な表情でそう言い、他の者達もそれに頷いた。

 

「分かりました、それじゃあ勝たせてもらいます」

「あら、言うじゃない」

 

 詩乃が受けて立つという風にそう言い、理央も気合いの入った表情でこう呟いた。

 

「私もここは何としても勝ちたい……」

 

 この勝負の空いた席は一つである。明日奈が八幡の隣なのは確定だからだ。

こういう時は、皆絶対に明日奈を立てる事を怠らない。

 

「それじゃあ勝負よ!ジャンケン!」

「「「「「「「ポン!」」」」」」」

 

 そして何度かのあいこを挟み、勝者が決まった。その勝者は………クルスであった。

クルスは過去に何度かあったジャンケン勝負にかなりの確率で勝利していた。

八幡が絡むと強運になる女、それが間宮クルスである。

 

「八幡様、やはり私達は、強い運命で結ばれていますよ!」

「いや、お前が勝負強すぎるってだけだからな、なぁアスナ?」

「うん、この並びは本当によく見るよね」

「それは私の居場所がここに定着してきたという事ですね!」

 

 どこまでもポジティブなクルスであった。

 

「しかしこの男女比はどうなってるんだ……」

「仕方ないよ、うちに男の子のメンバーが増えると多分問題が発生するだろうし、

必然的に増えるのは女の子ばっかりって事になっちゃうしね」

「身内ギルドの弊害だよなぁ……」

 

 さすがの八幡も、この状況には若干居心地の悪さを感じるらしく、

八幡はトイレに行くといってその場を一時抜け出した。

 

「あれ、八幡、来てたんだ?」

「むっ、久しぶりだな」

「お?」

 

 トイレには先客がいたが、その二人は八幡が求めてやまない、

貴重な男性の友人である鳳凰院凶真こと岡部倫太郎とダルこと橋田至であった。

 

「お、お前ら、いい所に……今ヴァルハラの祝勝会をやってるんだが、

良かったらそれに参加してくれないか?」

「祝勝会?何に勝ったんだ?」

「ああ~、@ちゃんねるで盛り上がってたアレ?」

「多分それだ」

「どれだ……」

「同盟とかいう集まりに煽られた八幡が、

ムキになって新しいフロアのボスを、二時間で倒したんだお」

「ぷっ、煽り耐性低いな」

「お前が言うな!」

 

 二人との会話はこんな調子であったが、八幡は心が洗われる思いがした。

そして二人は深く考えずに八幡に案内されるまま、

ヴァルハラが貸し切っている部屋を覗いたのだが、その瞬間に二人は固まった。

 

「うおっ、全員女子ではないか!」

「えっ、本当にここに参加していいの?それじゃあ遠慮なく……」

 

 そんなダルの肩を、キョーマががしっと掴んで止めた。

 

「待てダル、メンツをよく見てみろ」

「メンツ?えっと………うお、雪乃嬢に朝田氏に一色氏に双葉氏!?

無理無理、絶対に無理だお!これは言葉の暴力に蹂躙されるお!」

「だな、おい八幡、この戦場は俺達にはハードルが高すぎる」

「という訳でまたの機会にだお!」

「ま、待てって、ほら、紅莉栖もいるぞ?」

「あいつが一番怖いんだよ!」

 

 そう言って二人は逃げ出し、八幡は再び一人でこの女性陣の中に投げ出される事となった。




アスナのifは、アニメで実際にあったアレですね


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第753話 よってたかって

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 二人に逃げられた八幡は、落ち込んだ表情で、とぼとぼと自分の席に戻った。

 

「あれ、八幡君、随分しょげた顔をしてるけど、何かあった?」

 

 そんな八幡の様子に気が付いた明日奈がそう声をかけてきたが、

同時に他の者の注目も集めてしまった為、八幡は真実を告げる事も出来ず、

取り繕うようにこう答えた。

 

「いや、それがトイレでキョーマとダルに会ったんだが、

祝勝会に参加しないかって誘ったら、断られちまってな。

どうやら参加者が華やかすぎて尻込みしちまったみたいだ」

「そうなの?別に気にする事ないのに……」

 

 そんな二人の会話を聞いて、参加者達は口々にまくし立てた。

 

「二人とも、度胸が足りないようね」

 

 そんな雪乃の言葉を受け、詩乃がいつもの如く強気にこう言った。

 

「こんな美人達を前にして逃げ出すなんて、

あの二人は相変わらず女性慣れしてないのね紅莉栖」

「ふえっ!?な、何で私に!?ま、まあ橋田は変態だから、別にいてもいなくても……」

「そこでキョーマの名前が出てこないなんて、お熱い事ニャね」

「か、からかわないで!岡部が変態なのは当たり前すぎて言わなかっただけだから!」

「そんな事を言ったら八幡も相当じゃない?」

「よし理央、ちょっと話がある、表に出ろ」

「きゃあ!」

 

 理央はわざとらしい悲鳴を上げつつ詩乃の後ろに隠れ、詩乃は腕組みをして仁王立ちした。

実に楽しそうな仲良しコンビである。

 

「何?理央に何か文句でもあるの?」

 

 詩乃がそう言い、八幡は舌打ちした。

 

「チッ、ツンデレバリアーか」

「な、何よそれ、意味が分からないから!」

 

 詩乃は八幡に猛抗議したが、八幡はどこ吹く風といった感じでスルーである。

 

「まああの二人がこんなに女性比率が多い場所にいられる訳がないのニャ」

 

 そしてキョーマとダルとは昔からなじみのフェイリスが、横からそう言った。

 

「いや、俺も別に平気な訳じゃないんだが……」

「八幡さんのマンションはこんな感じになる事が多いですし、今更じゃないですか?」

 

 優里奈が笑いながらそう言い、詩乃が再び会話に入ってきた。

 

「そうそう、もう慣れっこでしょ」

「あれは別に俺の意思じゃないけどな」

「高校の時の先輩からは想像も出来ませんね」

 

 ここでいろはがタイミングを計っていたのか、そう会話に割り込んできた。

いろはとしては、今まであまりこういったイベントに参加出来ていなかった為、

八幡に自らの存在をアピールする為にも、積極的に会話に参加したいところなのだろう。

 

「いいかいろは、大人になるっていうのはな、忍耐力がつくって事なんだよ」

「はぁ、それじゃあ私は大人になんかならなくていいです、永遠の十八歳でいます」

「お前、もう二十歳超えてるよね!?」

「女の子に歳の話題を出すと煙たがられますよ」

「お前が年齢を詐称したりしなければ、別に突っ込んだりしねえよ」

「何ですか先輩、もしかして私に、『お前は俺と一緒に歳をとってくれ』

とか言いたいんですか?私を自分の物扱いしたくて仕方がないんですね、

先輩は私の事が好きすぎじゃないですか?

高校の時からずっとそうですよね、ちょっとは成長して下さいよ、あっ、ごめんなさい」

「何だそれ、新しいパターンだな。とって付けた感が半端ないけどな」

 

 ここでフェイリスが中座した。どうやら飲み物と食べ物の準備が終わったらしい。

 

「料理と飲み物が準備出来たらしいので、フェイリスはちょっと取りにいってくるニャ」

「お、俺も手伝おうか?」

「私も手伝います」

「大丈夫ニャ、こういうのはプロに任せるのニャ」

 

 そう言ってフェイリスは外に出ていき、場が落ち着いた所で優里奈が皆にこう問いかけた。

 

「で、今日の攻略は結局どんな感じだったんですか?」

「二時間マラソンしてきた」

「マラソン……?」

「最速でフラグを立てて、後はボスからボスへと突き進んだ感じだね」

「うわぁ……それは凄いですね、あ、でもライバルがいるって言ってませんでしたか?」

 

 優里奈は昼に八幡に聞いていたのか、そう尋ねてきた。

 

「優里奈さん、ライバルっていうのは、実力が近ければこそライバルたりえるのよ」

「あ、はい、それは確かに……」

「なので彼らはライバルというよりは、路傍の小石というか、その、

言い方は悪いのだけれど、まあそんな感じなのよ」

「あれ、でも一応攻略の最前線にいるチームなんですよね?」

「ああ、そのはずだったんだが……」

 

 八幡はそう言って言葉を濁した。

 

「いや、まあ私達も、凄く警戒して綿密に計画を立てたんだよ?

でも終わってみたら、右往左往してただけで、

とてもトップギルドとは思えなかったというか……」

「本当に何なんだろうなあいつら、バランスが悪すぎるわ」

「謎だよねぇ」

 

 明日奈はそれに頷きながらも、優里奈に向けて笑顔でこう言った。

 

「まあそんな訳で、邪魔も入らずキッチリ二時間で攻略を終えたって訳」

「八幡君が二時間なんて縛りをつけてしまったものだから、

最初はどうなる事かと思ったけどね」

 

 雪乃が八幡に物申す風にそう言い、八幡は気まずそうに目を伏せた。

 

「仕方ないだろ、あの場の雰囲気だ雰囲気」

「まあ無事に終わったんだからいいじゃない、

多少遅れても、きっと許してもらえたと思うな」

 

 そう言って明日奈は隣にいる八幡の腕を、その胸に抱いた。

最近急成長中の明日奈の胸はそれなりにボリュームがあり、

八幡は、体にいってた栄養が胸に行き出したか、などとズレた事を考えていた。

 

「それもうちがちゃんと一般の人達の支持を得られているからですね」

 

 クルスがそう言って、負けじと八幡のもう片方の腕をその胸に抱いた。

そのボリュームに関しては言うまでもない。

正面からそれを見ていた雪乃は怒りこそしなかったが、皮肉めいた口調で八幡にこう言った。

 

「八幡君は今、『ぐへへ、両腕が幸せだぜ』とか思っているのでしょうね」

「だから雪乃、捏造すんなっつの」

「あら、それじゃあその腕にはまったく何の感触も感じていないとでも言うつもりかしら」

「いや、それは……」

「なら捏造という表現は明らかに間違っているわね」

「いやしかし、ぐへへ、とかはさすがに思っては……」

「思ってないんですか?」

 

 そこでクルスが少し悲しそうな表情で上目遣いでそう言い、八幡はぐっと言葉に詰まった。

そしてここで言うべき言葉は何かと考え、やっと捻り出したのはこんな言葉であった。

 

「ふ、二人とも、いつもありがとうございます……」

「「「「「「「「ぶっ」」」」」」」」

 

 その言葉に他の者達も思わず噴き出した。

 

「あはははは、な、何でお礼?」

「き、気持ちは分かるけどさ」

「あ、私もこの前八幡さんにお礼を言われました!」

「優里奈は家事とかに関してだろ!」

「え、でも視線は下を向いてたような……」

「そういえばこの前社内で会った時、確かに視線が一瞬下に向いたような……」

 

 そこで理央がそう追い討ちをかけ、八幡は顔を赤くしながらこう抗弁した。

 

「お前が胸を強調した服を着ているのが悪い」

「否定しないのね」

「否定しないんだ……」

「八幡様、私はそういうの、むしろ嬉しいですから!」

「クルス、この男をあまりいじめないであげて」

 

 そしてその場は笑いに包まれた。そもそもこの状況で八幡がいじられないはずがないのだ。

ヴァルハラ・リゾートはプライベートでは完全に女性上位なギルドなのである。

 

「随分と楽しそうだニャ?」

「お、やっと来たか」

「お待たせニャ、今どんどん運び込むのニャ!」

 

 そしてフェイリス達の手によって、確かに豪華に見える料理が次々と運び込まれてきた。

飲み物は普通だが、さすがに食事時に甘いものを欲しがる者は、

八幡以外にはいないので問題ない。

 

「お、豪勢だな」

「予算をキッチリ使いきるつもりで準備したのニャ、

スペシャルデリシャスエクセレフェイリスコースなのニャ!」

「自分の名前をさりげなく混ぜてくんな」

「八幡は次からも、『ワンダフルビューティーエクセレフェイリスコースを下さい』

ってちゃんとフェイリスに言うのニャよ?」

「名前が変わってんぞコラ」

「もう、男が細かい事をぐだぐだとうるさいのニャ、

それならもう、フェイリス下さい、だけでいいニャ!」

「その言葉からは地雷臭しかしねえな」

「チッ、勘のいいガキは嫌いだニャ」

「そもそも言われた通りにそんな事を言う馬鹿はいないだろう……」

 

 その瞬間に、他の女性陣が次々とこう言った。

 

「すみません、追加でフェイリスを下さい!」

「あ、私にもお願いします!」

「それじゃあ私も……」

「私も私も!」

「お前らいい加減にしろ!」

 

 たまらずそう叫んだ八幡に、フェイリスはドヤ顔を向けた。

 

「そんな事を言う馬鹿が何だってニャ?」

「くっそ、出来レースかよ!」

「で?」

「うぐ……」

 

 八幡は理不尽さを感じながらも、フェイリスに頭を下げながらこう言った。

 

「俺が間違っ……」

「はい、それじゃあ乾杯ニャ、八幡、さっさと音頭をとるのニャ」

 

 その八幡の謝罪をフェイリスがマッハで遮ってそう言った。

 

「お、お前な!」

「ほらほら、みんなお待ちかねニャよ?」

「うぜえ……」

 

 そしてその場は再び笑いに包まれ、八幡によって乾杯の挨拶が行われ、

女性陣は一斉に料理を食べ始めた。

 

「あ、これ美味しい」

「これなら家で作れるかな……」

「優里奈ちゃん、そういうのは後にして、今は料理を楽しみなよ」

「そ、そうですね、美味しそうな料理を見るとつい……」

「分かる分かる、私もそんな感じだもの」

 

 そんな会話を聞きながら、八幡は何となく幸せを感じていた。

 

(みんなが幸せそうなら俺がいじられるくらいは別にどうって事ないな)

 

 こうして祝勝会は笑顔が絶えないまま終わり、

同盟とのトラブルから端を発する今回の攻略は、これで後始末も含めて全て終了した。




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第754話 羞恥のアイ

お待たせしました!今日から再開です!


 数日後、八幡は藍子との約束を果たす為、眠りの森を訪れた。

この日が藍子が一人で検査を受ける日だという事は、事前に調べ済みであった。

 

「こんにちは経子さん」

「あら八幡君、いらっしゃい」

「アイの具合はどうですか?」

「決して適切な表現じゃない事を承知で言うけど、幸いにも緩やかに悪くなっているわ」

「そう………ですか」

 

 八幡は、早く何とかしなくてはと焦りを感じつつ、

この件に関してはアメリカにいる結城宗盛やめぐりに任せる他なく、

自分には何も出来ない事を歯がゆく思っていた。

そんな八幡の気持ちを察したのか、経子が優しい口調でこう声をかけてきた。

 

「あの子達の体の事は専門家に任せて、八幡君は心のケアの方をお願いね」

「あ、はい、何か気を遣わせちゃったみたいですみません」

「ううん、その気持ちは分かるわ、私も日に日に弱っていく楓を前に、

無力感を感じて打ちのめされていたもの」

「歯がゆいですよね……」

「そうね、でも焦っても仕方がないし、私達は私達にやれる事をしましょう」

「はい、俺は心のケアですね。でも多分今日アイに呼ばれたのは、

ゲームの悩みだと思いますけどね」

「あらそうなの?でもまあそれもケアの一つよ」

 

 経子はそう言って柔らかく微笑んだ。

 

「そういえばあいつに差し入れを持って来たんですけど、食べさせても平気ですかね?」

「あら、何を持ってきたの?」

「杏仁豆腐の蒸しパンです、あいつらの胃が弱り過ぎないように、

たまに固形物を食べさせているとは聞いてましたけど、

やっぱり消化がいい物じゃないとまずいかなって」

「それなら問題ないわ、持ち込みを許可します」

「ありがとうございます、それじゃあ行ってきます」

「あ、ちょっと待って頂戴八幡君」

 

 藍子がいる検査室に向かおうとした八幡を、経子が呼び止めた。

 

「ごめんなさい、男の子に頼むのはどうかと思うけど、

ついでにこれを彼女に渡しておいてもらえないかしら」

 

 そう言って経子が指し出してきたのは、紙コップであった。

 

「えっと、これは?」

「検尿用の紙コップよ、さっき今度新しく二人の担当になってもらった看護婦さんから、

在庫が切れてたって連絡があったの」

「分かりました、直接本人に渡すとあいつも恥ずかしがると思うんで、

こっそりとその看護婦さんに渡しておきますね」

「えっ?あら?あの子って、そういう事に恥ずかしがる子だったかしら?」

 

 その経子の疑問はもっともである。経子の記憶だと、

今までの八幡に対する藍子の態度は恥じらいの欠片も感じられない物だったからだ。

 

「ついこの間、やっと恥じらいを覚えさせる事に成功しました」

 

 八幡はニヒルにそう笑い、経子は思わず噴き出した。

 

「あはははは、凄いじゃない、一体どうやったの?」

「とにかく全力であいつを見続けてやったら、

自然と恥じらいを感じるようになったみたいです」

「なるほど……」

 

 経子は納得したように頷き、八幡は経子から紙コップを受け取ると、

今度こそ藍子のいる検査室へと向かった。

そんな八幡の背中を見送りながら、経子はぼそっとこう呟いた。

 

「やっぱり恋の力は偉大って事なのかしらね、いっそ恋の力を医学に生かせないかしら」

 

 それは無理な相談である。

 

 

 

 検査室の前に着いた八幡は、扉をノックしながら中に呼びかけた。

さすがにいきなり中に入るような事はしない。

 

「アイ、言われた通り来たぞ」

「あっ、八幡?入って入って!」

「あ、ちょっと……」

 

 アイがそう言った後、おそらく看護婦なのだろうが、どこかで聞いたような声が聞こえ、

八幡は、この声には聞き覚えがあるななどと思いながら部屋の中に入った。

そこには上半身にタオルケットを巻き付けただけの藍子がベッドに座っており、

その隣に患者着を手に持った看護婦が、後ろ向きで立っているのを見て事情を察した。

 

「おいアイ、俺は別にいなくなったりしないんだから、

そんな焦って返事をしなくてもいいんだからな」

「そうよ、いくら八幡君が相手でも、せめて服を着てから中に入ってもらいましょうね」

 

 そう言ってその看護婦は振り向いた。そこにいたのは、安岐ナツキであった。

 

「あれ、ナツキさん?どうしてここに?」

「少し前からメディキュボイドの扱い方を学ぶ為に、ここに出向してるのよ」

「ああ、そういう事ですか、志乃さんや茉莉さんの病院版みたいなものですね。

なるほど、これは経子さんに一杯くわされたかな」

「何の事?」

「いや、今度新しくアイとユウを担当してもらう事にした看護婦さん、

って表現を使ってて、ナツキさんの名前は教えてくれなかったんで」

 

 その八幡の言葉に藍子が横からこう突っ込んできた。

 

「サプライズを演出したかったんじゃない?」

「かもな」

 

 どうやら藍子も二人が知り合いだという事は知っているようで、

そんな二人の関係を見ても特に疑問そうな顔はしていなかった。

 

「ところでナツキさん、私がいきなり八幡に中に入ってもらったのは、

八幡にその服を着させてもらえばいいやって思ったからなの」

 

 藍子は反省する様子などはまったく見せず、突然そんな事を言い出した。

 

「面倒臭い、一人で着ろ」

「別にいいじゃない、今日は私に優しくしなさいよ!」

「はぁ、分かった分かった、今日だけだぞ」

「やった!」

「そういう訳には……」

 

 困った顔でそう言うナツキに、だが八幡はこう答えた。

 

「大丈夫ですよナツキさん、上手くやりますから。

ついでに経子さんから預かったこれも渡しておきますね」

 

 そう言って八幡は、藍子から見えないように検尿用の紙コップをナツキに渡した。

 

「あ、ありがとう」

 

 ナツキはまだ若いが、八幡の知る限り、かなり有能な人物である。

というか、経子がナツキの働きぶりを見た上で、

藍子と木綿季の担当を任せたくらいなのだから、プロの目から見ても有能なのだろう。

そしてナツキは事前にしっかりと勉強しており、この施設での八幡の立場も理解していた。

更に言うと、藍子と木綿季と八幡との関係もそれなりに把握している。

その上でナツキが知る八幡であれば、こういった場合、

全裸の女の子の着替えの補助を自ら申し出る事などありえないことを理解していた。

その為ナツキは、八幡には多分何か考えがあるのだろうと思い、

藍子に背を向け、八幡の顔を覗き込みながらこう返事をした。

 

「う~ん、そう?それじゃあお願いしようかな?」

 

 そう言いながらナツキは探るような目を八幡に向け、

八幡はそんなナツキにこっそりとこう囁いた。

 

「一分後に音を立てずに中に入ってきて下さい」

「オーケー」

 

 そしてナツキは藍子にこう声をかけた。

 

「それじゃあ後は八幡君に任せるわ、お邪魔虫になるのも嫌だしね」

「さすがナツキさん、私と八幡のただならぬ関係についてもう知ってるのね!」

「うん、この前八幡君に、ベッドの中で聞かせてもらったわ」

「えっ?」

 

 そしてナツキは含み笑いをしながら外に出ていき、直後に藍子は八幡に詰め寄った。

 

「い、今のはどういう事なの!?」

「だからお前はまだ子供だって言うんだよ、あんなの冗談に決まってるだろうが」

「ほ、本当に?」

「当たり前だろ、そもそもそんな関係なら、ここで働いている事に驚くはずがないだろ」

「あっ………」

 

 それで本当に冗談だったのだと理解した藍子は、とても悔しそうにこう言った。

 

「くっ、これが大人の余裕なのね……」

「まあそうやってどんどん対人経験を詰んでおけよ。

とりあえず服を着るんだろ?それじゃあこれを目に巻きつけろ」

 

 そう言って八幡は、何故か藍子にタオルを差し出してきた。

 

「えっ?な、何それ?」

「ただのタオルだが」

「分かってるわよ!何で私が目隠しされないといけないのって聞いてるの!」

「説明しないと分からないのか、これだから子供は……」

「そ、そんなの分かってるわよ、一応聞いてみただけ」

 

 藍子は慌ててそう言い、八幡は時計を見ながら、

一分経つまでもう少し時間を稼ぐかと思いながら、からかうような口調で藍子に言った。

 

「じゃあお前はどうして自分が目隠しされると思ってるんだ?」

「えっと、えっと……」

 

 藍子は中々答えを出せず、どんどん時間が過ぎていく。

 

(まずいな、少し巻くか)

 

 八幡は時計を気にしながらそう思い、藍子にこう言った。

 

「分からないみたいだな、答えは……」

「ま、待って、難しく考えすぎたわ。

正解は、単に八幡が目隠しプレイをしたがってるから!」

「はいはい正解正解、それじゃあ目隠しするぞ」

「えっ?えっ?ち、ちょっと待って、まだ心の準備が……」

 

 もう一分になろうとしていた為、八幡は有無を言わさず藍子に目隠しをし、

その直後にナツキがそっと中に入ってきた。

ナツキは藍子に目隠しをする八幡を見て一瞬ギョッとしたような表情を浮かべたが、

特に何か反応するそぶりを見せず、八幡の指示を待つ事にしたようだ。実に有能である。

そして八幡は、ナツキにも聞こえるように、藍子にこう説明した。

 

「いいかアイ、さすがのお前も俺に全裸をじっと見られると、

昔ならともかく今は恥ずかしくて耐えられないだろ?

だが俺が目隠しする訳にはいかない、それじゃあお前に服を着させられないからな。

だからお前に目隠しをするんだ、理屈は分かるか?」

「な、なるほど……」

 

(こいつは今ので納得するのか……)

 

 八幡は呆れつつも、藍子が納得したのをいい事に、そのまま押し通す事にしたようだ。

そして八幡は、着替え作業をそのままナツキに任せた。

 

(なるほど、考えたわね)

(それじゃあお願いします)

 

 そして八幡は二人に背を向け、そのまま藍子に言った。

 

「よし、今から着させてやるから、おかしな妄想をするんじゃないぞ」

「私今、八幡に見られちゃってる……」

 

 藍子はそのまま顔を真っ赤にして黙り込んだ。どうやらおかしな妄想をしているようだ。

そんな藍子の表情は八幡には分からなかったが、

ずっと静かにされるままになっている気配から、

やはりおかしな妄想をしているのだと推測し、こう言った。

 

「だからおかしな妄想をすんなっての、顔も体も真っ赤になってるぞ」

 

 これはただの推測から放たれた言葉であったが、

八幡はどうせ藍子にも自分の様子は見えていないんだと思い、適当にそう言った。

まあ言うまでもないが、それは正解である。

 

「べ、別に八幡が今、私の胸を物欲しそうにじっと見つめているとか思ってないし!」

「思ってんじゃねえか!」

 

 八幡がそう言った時、その肩がトントンと叩かれた。

どうやら服を着させ終わったらしく、ナツキはそのままニヤニヤしながら部屋を出ていった。

 

「よし、もう目隠しを取っていいぞ」

「う、うん……」

 

 そう言う藍子の目は涙ぐんでおり、よほど恥ずかしかったのだと思われた。

 

「それじゃあ行くか、ナツキさん、もう入っても大丈夫ですよ」

 

 その言葉を受け、ナツキが紙コップを持って中に入ってきた。

 

「そ、それは?」

「おう、検尿の時間だ。足が弱ってるから移動は車椅子か?俺が乗せてやろう」

「ううん、少しは歩いておかないとまずいから、八幡君、補助してあげて」

「分かりました、それじゃあトイレまで着いていって、外で待ってますね」

「ちょっ……」

 

 もちろん八幡がトイレのすぐ外で待っている事はなく、かなり遠くに離れていたのだが、

八幡がすぐ近くにいると思わさせられた藍子は、

更に恥ずかしい思いをする事になったのだった。



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第755話 離脱

「もう、八幡のいけず!あんぽんたん!おたんこなす!」

「だから何でお前は昭和なんだよ」

「一周回ってかわいい女に見えるじゃない!」

「計算だったのかよ!」

 

 八幡と藍子は経子に許可を取り、二人だけで会話をする為に、

メディキュボイドを使う前に利用していた病室にいた。

さすがにベッドの掛け布団系は無かったが、シーツだけは綺麗な物が用意されていた。

 

「この病室も久々だわ」

「凄く綺麗にしてあるんだな」

「私達がいつでもここに戻ってこれるようにかしら、そう考えると少し嬉しい気もするわね」

 

 藍子はそう言いながら、窓の外に向けて手を振った。

八幡は誰か知り合いでもいるのかと思って窓の外に目を向け、その景色を見て納得した。

そこにドアを上下させるキットの姿があったからである。

 

「キットも元気そうで良かった」

「もしキットが元気が無かったら、俺の身がやばいと思うんだが」

「あはははは、壊れてるって事になるものね」

 

 アイコはそう言って、自嘲ぎみにこう付け加えた。

 

「私みたいに」

 

 八幡はそんな藍子の頭に手を乗せ、藍子は頭を撫でてもらえるのかと思い、目を細めた。

だがその直後に八幡は、藍子の頭をガシッと掴み、ギリギリと締め付けた。

 

「い、痛い痛い!せっかくいいシーンだったのに何をするのよ!」

「鏡を見ろ鏡を」

「鏡って何よ!そこは黙って私を抱きしめて、

『大丈夫だ、お前はどこも壊れてなんかいない、今から俺がそれを証明してやる』

とか言って、私を押し倒すところでしょうが!

そして私のおっぱいの感触を楽しんで、ぐへへへへ、アイの体は最高だな、

とか下卑た笑いを浮かべるところよ!」

「お前、元気いっぱいじゃないかよ、ってかせっかく口調は悲しげだったのに、

そんなドヤ顔をしてたら、演技だって直ぐにバレるっての」

「え?本当に?私今そんな顔をしてた?」

「おう、これ以上ないくらいにな」

 

 そして藍子は慌てて部屋に備え付けられた鏡を見た。

だがドヤ顔をしていたのはずっと前なので、そこに映ったのはいつも通りの藍子の顔である。

 

「今頃見ても仕方ないだろ……」

「言われてみれば確かにそうね……」

 

 藍子はそう頷くと、ついでとばかりに髪型をいじりはじめた。

 

(アイもやっぱり女の子だよなぁ……)

 

 八幡はそんな事を考えながら、

藍子の気の済むまで、その行為を邪魔する事なく黙って眺めていた。

 

「で、本題なんだけど」

 

 しばらくしてやっと気が済んだのか、藍子が八幡にそう話しかけてきた。

 

「その前にこれ、差し入れだ。杏仁蒸しパン」

「あ、ありがとう」

 

 藍子は嬉しそうに微笑みながら、それを頬張り始めた。

 

「それじゃ話を聞こうか、この前ユウと三人でいた時に微妙な表情をしてたアレだよな?」

「それよそれ。実は最近感じてたんだけど、

どうも最近ユウが、私に依存しきっちゃってるんじゃないかと思うようになったのよね」

「ふむ、なるほど、それはお前が悪い、頭を丸めて反省しろ」

「マルコメマルコメ?」

「何だそのネタは……また昭和か?」

「やっぱり私のせいよね」

 

 藍子はそんな八幡を完全にスルーしてそう言い、

八幡も八幡で、ここで過剰に突っ込むと負けた気がすると考え、

同様に今のやり取りを何も無かったようにスルーした。

 

「まあ他ならぬお前がそう言うならそうなんだろうな」

「私、頑張ろう頑張ろうと張り切りすぎた?」

「かもな」

「私、みんなに仕事を振ったつもりでいたけど、

実は大事な部分は全部自分でやっちゃってたかも……」

「そうか」

「やっぱり私のせいだよね、何とかしなくちゃ……」

 

 そんな藍子の頭を、八幡は容赦なくパチンと叩いた。

 

「痛い!傷物にされた!結婚して!」

「どこに傷があるんだ?見せてみろ」

「えっ?」

「見た感じ赤くなってもいないし、まったく異常はないな」

「えっと……こ、心が?」

「ではそれを証明してみせて下さい、出来なければ証拠とは認められません」

「くっ、い、今の証拠は取り下げます」

「証拠の取り下げを認めます」

「で、何で叩いたのよ!」

「最初からそう聞いてこいっての」

 

 八幡はため息をつきながらそう言い、続けて藍子の頭を撫で始めた。

 

「えっ?えっ?」

「さっきお前はこう言ったな、『やっぱり私のせいだよね、何とかしなくちゃ……』と」

「う、うん………あっ!そういう事?」

「分かったか、それじゃあ今までと同じなんだよ、お前はもっといい加減になるべきだな」

「いい加減かぁ、確かにちょっと敵が強大すぎて、肩に力が入ってたかも」

「その点で言えば俺のせいでもあるな」

「まあいいや、う~ん、それじゃあどうすればいいと思う?」

「おっ、いい傾向だな、分からない事は分かる奴に聞くのが一番だ」

「で?」

「そうだな……」

 

 そして八幡は少し考えた後にこう言った。

 

「お前、スリーピング・ナイツをしばらくお休みしろ」

「それも考えたんだけど、そうすると私が強くなれないかなって」

「ならその間、俺がお前を鍛えてやろう、お前が嫌じゃなければな」

 

 八幡はその言葉に、敵に塩を送られるのが嫌じゃなければという意味を込めており、

察しのいい藍子もその事を理解した。

 

「まあ利用出来るものは敵でも利用する、ってのはありね」

「お、頭が柔らかくなってきたな、

ところで俺はたまにだが、ゾンビ・エスケープというゲームをやってるんだ」

「また唐突ね」

「普段は三人でやってるんだが、次のステージが手ごわそうでな、

そのゲームを俺達と一緒にやってみるってのはどうだ?

ММOじゃなくMO扱いになるが、レベルの概念もあるし、

ALOにそれをステータスとして反映させる事も可能だ」

 

 そう言われた藍子は顎に手を当て、真面目に検討を始め、

しばらくしてから頷いた後、続けてこう質問してきた。

 

「それはいいかもしれないわね、でも武器の扱いに関してはどうするの?」

「大丈夫だ、ちゃんと刀が存在する」

「そっか、それじゃあそれで!」

「軽いなおい」

「そんな、体重が軽いだなんて嬉しい事を言ってくれるわね」

「お前の事を重いだなんて一度も思った事は無いけどな。

まあとりあえずこれで、ユウも多少は自立出来るだろう」

「ええ、これできっとスリーピング・ナイツのあるべき形が完成するわ」

「そしたら後は装備集めだな」

 

 そこで藍子は、あっという顔をした。

 

「それってオートマチック・フラワーズの事?もう、八幡ってば本当に過保護よね」

「過保護だ?違う違う、あれくらいは装備してもらわないと、

こっちはまったくやり甲斐が無いんだよ。

あれを装備してやっと俺達の背中が遠くに見えるかなくらいだという自覚を持て」

「そうね、本当にそう思うわ」

「とりあえずこっちの準備は進めておく、そっちは自分で何とかしろよな」

「ええ、経子さんや凛子さんとも相談して、上手く計画を立てておくわ」

「分かった、とりあえず二人にここに来てもらうとするわ」

 

 そして八幡は二人を部屋に呼び、藍子は二人に事情を説明した。

 

「なるほど、木綿季ちゃんがねぇ……」

「それじゃあそんな感じで口裏を合わせておいて下さい」

「ええ、分かったわ、そしたら八幡君は、

藍子ちゃんをメディキュボイドの所まで連れてってあげてね、私達もすぐ向かうから」

「分かりました」

 

 そう言って八幡は藍子を抱き上げた。

 

「大丈夫?重くない?」

「さっきも言った通り、お前は軽すぎなくらいだぞ」

「まあ確かにこんなに細いしね。私の体で確実に重いといえるのは、

この豊満なおっぱいだけね!」

「ああはいはい、凄い凄い、それじゃあ行くか」

「ちょっと、もっと喜びなさいよ!」

「はいはい、嬉しい嬉しい」

「もう!」

 

 二人は移動中に何人かの職員とすれ違ったが、

皆微笑ましそうな顔で二人に挨拶をしてくれた。

その度に藍子は恥ずかしそうに八幡の胸に顔を埋め、

メディキュボイドのある部屋に到着すると、八幡は最初に藍子にこう尋ねた。

 

「お前さ、平気でおっぱいおっぱいって連呼する癖に、随分と恥ずかしがるんだな、

俺にはお前の羞恥心の基準が謎すぎるわ」

「そんなの八幡と二人っきりか、そうじゃないかの違いに決まってるじゃない。

まあさっきみたいに二人きりでも、

思いっきり胸を見られてるような状態だと恥ずかしいけど、

基本八幡と二人きりなら平気よ」

 

 その藍子の言葉を聞いて、さすがに勘違いさせたままにしておくのはまずいと思ったのか、

八幡はあっさりとこう言った。

 

「ああ、さっきのお前の着替えな、あれをやったのは、俺じゃなくナツキさんだからな」

「何ですって!?」

「俺はお前に背中を向けて、それっぽい事を適当に言ってただけだ。

だから俺は何も見たりしてはいない」

「くっ、この事実を盾にして、正妻様に愛人として認めてもらおうと思ってたのに」

「おい」

 

 八幡はそう言いつつも、その言葉に引っかかりを覚えていた。

 

「あれ、お前、あいつに会った事があったっけか?」

「ええ、さすがは八幡のパートナーだと感銘を受けたわ」

「ふ~ん、そうか」

 

(まあ同じALOをやってるんだ、俺の知らない所で会ったんだろうな)

 

 もちろんこの時二人が頭の中で思い描いていたのは、

もちろんまったく違う人物であり、二人がその事に気付くのはかなり先の事になる。

 

「さて、それじゃあ俺は帰るが、詳しい事が決まったらまた連絡するわ」

「分かったわ、Xデーはその日ね」

「ちゃんと仲間に上手く言い訳しろよ」

「任せて頂戴、私はそういうのは得意なのよ」

 

 そして八幡が去った後、経子と凛子が来るまでの間に、藍子はぼそりとこう呟いた。

 

「私を運んでいる間に八幡が私の胸に目をやったのは合わせて十二回、

これは中々優秀な数字じゃないかしら、今後に期待出来るわね」

 

 どんなにさりげなく視線を向けたとしても、

やはりそういうのは分かってしまうものなのである。

 

 

 

 そして数日後、八幡から連絡を受けたランは、仲間を集めていきなりこう言った。

後日に本人曰く、上手く言い訳した、という事だったが、実際はこうであった。

 

「別に悪化はしてないけど、少し長い間、臨時で検査を受ける事になったから、

しばらくリーダーをユウに任せるわ、後は任せたわよユウ」

「えっ?」

「という訳で急ぎらしいから、私がいない間、しっかりと頑張るのよ」

「えええええ?」

 

 そのままランはログアウトし、残された一同はぽかんとする羽目になったのであった。

 

 こうしてランはしばらくスリーピング・ナイツを離れる事となった。



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第756話 ランと新たな仲間達

 その次の日、ランは早速ゾンビ・エスケープにログインした。

居場所がバレないようにフレンドリストの設定を情報公開オフにし、

経子達ともちゃんと口裏を合わせての単独行動の開始である。

 

「へぇ、お店とかも結構あるんだ、普通の街みたい」

 

 ゾンビ・エスケープのエントランスシティは、

そのゲーム内容には似つかわしくなくとても綺麗であり、若い男女が沢山いた。

 

「今日はどうする?」

「無双系Eランクミッションでストレス解消ってのは?」

「いいね、乗った!」

「お、Dランクミッションの募集があるな、駄目元で入ってみようかな、

そろそろプレイヤーランクを上げておきたいんだよね」

「確かにランクが上がると現実で使えるクーポンの種類も増えるしなぁ」

「賞金が出る大会とかの出場権も優先でもらえるしね」

 

 その会話から、どうやらゾンビ・エスケープが、

ライトユーザーを中心にスポンサーを上手く募って運営されている事が分かる。

実際街の中には、大手企業のネットショップらしき店も多数存在していた。

 

「なるほど、だから若者が多いのね、確かにいいアイデアかもしれないわ」

 

 ちなみにこのゾンビ・エスケープを運営しているのはソレイユであり、

開発こそレクトに依頼したものの、そのアイデアは全てソレイユから出ている。

これは社内公募によるアイデアを採用した結果であり、

スポンサーを募ってゲーム内でCMを打つ手法を思いついたのは実はかおりである。

かおりはこれを、ハチマンのマンションにあるハチマンお薦め作品の棚にあった、

虎と兎の古いヒーローアニメを見ていた時に思いついた。

そこで一緒にそのアニメを見ていた千佳に色々と相談し、

ゲーム内成績に合わせて割引券等をスマホに送信する仕組みを考えつき、

そして金一封を二人で山分けしたという経緯があった。

かおりと千佳にとってはラッキーな臨時収入となったようだ。

ハチマンは以前萌郁と一緒に初めてこのゲームをプレイした時に、

ゾンビ・エスケープが完全なる他社製品だと勘違いしていたが、

実はレクト製のソレイユ産だと最近知って、驚いたものだった。

ソレイユには、まだまだハチマンの知らない業務内容が沢山あるという事である。

いずれハチマンは、その全てを把握しなくてはいけない事になるのであろう。

 

「色々回りたいところではあるけど、もうすぐ約束の時間だし、それは今度にしよっと」

 

 ランはそう呟くと、ハチマンに指定された待ち合わせ場所へと向かった。

場所は八番ロビーの八号室である。何ともハチマンらしい番号のチョイスである。

 

「パスワードは、0808か、まさかハチマンの誕生日だったりして……」

 

 完全にバレバレであった。

 

「こんにちは~?」

 

 ランがそう言って中に入ると、そこには見知らぬ女性が二人居り、

ランは八幡が言ってた仲間というのが女性だと知って驚いた。

これは単純に一般常識に照らし合わせての事であり、ランに他意はない。

ゾンビが出てくるようなゲームに女性が参加するイメージはランには無かったのだ。

 

「あ、えっと……」

「おっ、お前がランか?」

「あ、はい」

「これから仲間になるんだから、そんな話し方なんざしなくていいって。

俺はレヴィ、傭兵だ。これから宜しくな、ラン」

「う、うん、宜しく……って、傭兵!?」

「おう、まあ日本じゃ珍しいかもな」

「そ、そうね」

「こっちの静かなのはモエモエだ、職業は諜報員、まあスパイだな」

「ス、スパイ!?そんな事言っちゃっていいの?」

 

 そのランの問いかけに、モエカは首を振った。

 

「やっぱり駄目なんじゃない!」

 

 だがその言葉に対しても、モエカは首を振った。

 

「あれ、違うの?」

「モエカ」

「え?」

「私はモエモエじゃない、モエカ」

「大事なの、そっち!?」

 

 モエカは今度は頷き、小さな声ではあったが続けてこう言った。

 

「職業については伝えてくれと言われてるから大丈夫、

連携をとる上で参考になるだろうからって」

「八幡がそう言ったの?」

 

 その質問に、モエカはうんうんと頷いた。

無表情ではあったが、その仕草は少しかわいらしい。

丁度そのタイミングでハチマンが部屋に入ってきた。

 

「おう、待たせてすまん、自己紹介は終わったのか?」

「ううん、私のがまだ」

「そうか、それじゃあさっさと自己紹介しちまえ」

「うん!初めまして、私はランと言います、

ステータスは病気、職業はハチマンの愛人の座を狙ってます、宜しくお願いします!」

 

 その瞬間にどこから取り出したのか、ハチマンがハリセンでランの頭を叩いた。

 

 スパン!

 

「痛っ!……………くない!」

「まあ痛くはないだろうな」

「な、何でそんな物を持ってるの?」

「お前がそういった類の妄言を何度も言うだろうと思って、たった今調達してきた」

「ハチマンってそういうとこには努力を惜しまないわよね……」

 

 ランは、信じられないという顔でハチマンにそう言った。

 

「誰のせいで準備する羽目になったと思ってんだ」

「別にそんな物を準備する必要は無かったんじゃない!?」

「まあいい、とりあえずこいつがこの前二人に話したランだ、

まだまだ未熟だが、面倒を見てやってくれ」

 

 だがレヴィもモエカも何も答えようとはしない。

レヴィは何か考え込んでおり、モエカは何か聞きたいのか、うずうずしているように見えた。

 

「………レヴィ、どうした?」

「あ、いや、こういう時にピッタリの言葉があったはずなんだけど思い出せなくてよ、

何だっけな………ロ………あ、ロリコン、ロリコンだ!

そうかそうか、ボスはジャパニーズロリコンファイターだったのか!」

「断じて違う、それにこいつは十七歳だぞ」

 

 ハチマンがそう言ってから十秒間沈黙した後、レヴィは首を傾げながらこう言った。

 

「は?」

「十七歳だ」

「マジで?」

「マジだ」

「マジです」

 

 ハチマンとランが同時にそう言い、レヴィは驚いた顔でじっとランを見つめた。

 

「ふむ、確かにそう言われてみれば、中々いいバストをしてやがるな」

 

 ランはレヴィにそう言われ、でしょ?と胸を張る寸前で思いとどまった。

その理由は他でもない、レヴィとモエカの胸を見たからである。

 

「う………ううん、私なんかまだまだよ………です」

「う~ん、そうか?まあいいや、オーケーオーケー、

ボスはジャパニーズロリコンファイターじゃなく、ノーマルだと納得した」

「そいつはありがとうよ、で、モエカはどうしたんだ?何か疑問でもあるのか?」

「…………ううん、お願いが」

 

 モエカは若干躊躇いを見せた後、ぼそりとそう言った。

 

「おう?珍しいな、何でも言ってくれ」

「愛人の座とかの話が事実なら、私もその候補に入れて欲しい」

「…………………は?」

「私が集めた情報によると、ソレイユ本社前のマン………」

「わ、分かった、検討する、検討するから!」

 

 ハチマンはランの前でそれ以上言わせまいと慌ててそう言い、

事情を知るレヴェッカはニヤニヤし、

訳が分からないランは驚いた顔でハチマンの方を見た。

 

「そ、そんなにあっさりと検討しちゃうの!?」

「ん?お前の申し出だって、検討はしてるぞ検討は。

ただその案が採用される可能性がとてつもなく低いだけでな」

「くっ、そういう事……ここはやっぱり正妻様に手を回して……」

 

 ランからは、マンという言葉に関する発言は何も出てこなかった為、

ハチマンはどうやら聞こえていなかったようだと安心した。実際その事がランに知られたら、

ハチマンに姉妹のパンツを送りつけてくるくらいの事はやりかねないと思ったからだ。

結局二人は後にハチマンのマンションに自分達の場所を確保する事になるのだが、

少なくともそれは当分先の話であった。

 

「さて、自己紹介も済んだところで今日の予定だが」

「ふむふむ」

「Bランクミッション『爆撃回避脱出行』に挑もうと思う」

「おお、爆撃か、いいねぇ」

「分かった」

 

 レヴィとモエカはあっさりとそう言ったが、

Bランクとか言われてもランにはその難易度のほどはまったく分からない。

 

「えっと、ちなみにこのゲームの難易度っていくつまでランクがあるの?」

「SSSからEまで八段階だな」

「って事はBってのは、上から五番目?」

「おう、余裕だろ?」

「あ、うん、私に気を遣ってくれたならありがとう」

 

 ランは殊勝にもそう言い、ハチマンは笑顔でそれに頷いた。

 

「ちなみにAランク以上のミッションに成功したチームはまだ一組も存在しない、

Bランクミッションの成功率は、十パーセントだけどな」

「えっ?それって………」

「俺達もBランクに挑むのは今日が初めてだ、よし、それじゃあ早速出撃だ!」

 

 そう言ってハチマンは有無を言わさず壁のパネルを操作し始めた。

このゲームに置いては、先ず部屋を借りた上で、中で行く場所を選択し、

そのまま部屋の中の全員がそのフィールドに飛ばされる事になっている。

 

「ま、待って、待ってってば!」

「待たん」

「ちょっと!今の話だと、Bランクミッションって、今の最高難易度って事じゃない!」

「おう、腕がなるだろ?」

「初心者に何て事するのよ!」

 

 ランがそう叫んだ瞬間に、四人の姿がフッと消えた。

ランにとってはご愁傷様であるが、こうしてランの初めてのゾンビ・エスケープは、

いきなり高難易度のミッションからスタートする事になったのだった。



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第757話 Bランクミッション(開始)

「トロいぞラン、さっさと走れ」

「あんた達の動き出しが早すぎるのよ!」

「ボス、十時にゾンビの集団、変異種が三匹だ」

「分かった、俺とランで斬り込む、レヴィとモエカは援護を頼む」

「「了解」」

「ま、待ってってば!」

「白兵戦だ、行くぞラン」

 

 そう言ってハチマンは、腰からコンバットナイフを抜いた。

ランもそれを見て慌てて刀を抜き、ハチマンの後に続いた。

ランはここぞとばかりにいいところを見せようと張り切ったのか、

ばったばったと敵を殲滅していく。

 

「ふう、何も考えなくていいのは楽ね」

 

 そんなランを見て、ハチマンは何か言いたげな顔をしていたが、

何か考えがあるのか特に何も言おうとはしない。

そうこうしている間に、調子よく敵を殲滅していたはずのランが何故か敵に囲まれ始めた。

 

「わっ、ちょっ、敵が多すぎる!」

 

 だがランよりも敵を倒すのが遅く見えるハチマンは、まったく危なげなく戦っている。

 

「な、何で……?」

「分からないのか?お前はとにかく敵を倒そうとしすぎだ、もっと周りを見て工夫しろ。

敵を倒すだけが戦いじゃないんだぞ。レヴィ、ちょっとランと代わってやってくれ」

「あいよ!」

 

 そしてランは一旦後ろに下がり、そんなランにモエカが飲み物を差し出してきた。

 

「はい」

「あ、ありがとう」

「少し休んで、あの二人の闘い方をよく見ておいて」

「う、うん、分かった」

 

 モエカにそう言われるままに二人の戦いを見ていたランは、色々な事に気付かさせられた。

 

「そっか、ただ敵を倒すだけじゃ駄目なんだ……」

 

 ハチマンとレヴィは、敵の足にダメージを与えて移動能力を奪い、

わざとその場に残して後続の敵の移動を妨害したり、

敵を蹴って後ろの敵ごと転ばせたりと、常に囲まれないように気を配っているように見えた。

 

「どう?何か掴めた?」

「うん、もう大丈夫、行ってくるね!」

「頑張って」

 

 そしてランは、走りながらハチマンに叫んだ。

 

「ハチマン、もう大丈夫、交代交代!」

「俺を交代要員に指名するとはいい度胸だ、敵に抜かれるなよ」

「任せて!」

 

 そして再び戦線に戻ったランは、

今度はハチマンが安心して見ていられる程度には安定した戦いを繰り広げていた。

 

「まあとりあえずは合格だな」

 

 ハチマンはそう呟き、少し休んだ後に自らも戦闘に参加して敵を全滅させた。

そして一同はそのまま近くにあるビルへと足を踏み入れた。

そもそも最初の目的地はこのビルであり、

その前に敵が多数存在していた為、戦闘になったとまあそんな訳なのである。

 

「よし、とりあえず目的は達成か、しばらくは安全だから、少しここで休もう。

いくら体は疲れないとはいえ、精神は徐々に疲労していくからな」

「だな!」

「うん」

 

 レヴィとモエカは元気そうにそう答えたが、

ランは返事をする元気もなく、ぐったりとその場に横たわっていた。

仰向けになっている為、その豊かな胸がかなりアピールされていたが、

その事に対しての反応をハチマンに確認する事も出来ないくらい疲労しているようだ。

 

「お嬢、大丈夫か?」

 

 そのレヴィの呼びかけに、ランより先にハチマンがこう答えた。

 

「別に大丈夫だろ、こう見えて、こいつはかなりタフだからな」

「大丈夫なのは確かだけど、戦闘しながら頭を使う事に慣れてないから頭痛がひどいわ」

「自分の欠点が分かって良かったじゃないか」

「それはそうだけど、ここまで脳が疲れるなんて思ってなかったわよ……」

 

 そう苦しそうに言うランに、レヴィは冷静な顔でこう言った。

 

「多対一の戦闘の時は、必須の技能だぜ、お嬢」

「うん、それは納得した。でも正直ゲームでこんなに疲れたのは初めてよ」

「まあ他の奴らはもっと気楽に遊んでると思うけどな」

「そうよね、さすがは現時点での最高難易度と言うべきなのかしら、

こんなのが普通だったらみんなとっくにやめてると思う」

「今のところはこのステージまでたどり着いているのは俺達だけらしいが、

特典目当てで頑張ってみるかと思ってる奴らも結構いるみたいだぞ」

「あらそうなの?そうねぇ、じっくり時間をかけて頑張ればまあいけるのかしらね……」

 

 そして休憩も終わり、一同はとりあえずビルの上の階へと向かった。

そもそもこのビルを目指した理由は、

ゴールがどちらにあるのか高い所から確認する為であった。

 

「おうおう、凄い数のゾンビがいやがる」

「これは多分、本来は工夫してゾンビに見つからないように進むステージなんだろうよ」

「あった、ゴールは北」

「お、そこまでの道はどんな感じだ?」

「敵は確かに多いけど、思ったより開けてるみたい」

「で、その向こうは………ん、あれはもしかして川か?いや、湖か?」

 

 ハチマンはそう言って前方を指差した。

よく見えないが、道沿いの低地に船が泊まっているのが見える。

 

「あの規模の船だと水深はそれなりにありそうだな」

「確かにそこそこあるだろうぜ」

「よし、侵入ルートはあそこだ、どこかで車を手に入れよう」

「途中までは強行突破だな」

「ここの地下の駐車場に、何台か使えそうな車があった」

「お、それじゃあ地下に行ってみるか」

 

 ランはあれよあれよという間に決まっていくその作戦に口も挟めず、

ただ他の者の後をついていく事しか出来なかった。やはり絶対的に経験が足りていない。

そして地下の駐車場で、頑丈そうな車をチョイスしたハチマンは、

レヴィに車の起動を任せ、突然振り返ってランにこう言った。

 

「よしラン、お前が運転しろ」

「ええええええ?私、免許とか持ってないわよ?」

「ゲームの中で免許がいるかよ」

「そ、それはそうだけど……」

「レースゲームもやった事があるって言ってたよな?まあ大丈夫だって」

「わ、分かった、マニュアルじゃなければ何とか……」

 

 その時レヴィが鋭い声を発した。

 

「ボス、燃料があまりない、多分持って数キロだ」

「モエカ、スタンドは確か北東だったよな?」

「少し方向はずれるけど、北東一キロ先にある」

「よし、そこで補給……いや強奪だな」

 

 そのやり取りにランは目を見張った。

 

「そんな事まで覚えてるんだ……」

「常識だ、またお前に足りない部分が分かったな」

「うん」

 

 ランは真面目な顔でそう答えた。ここにいれば確実に強くなれるという思いを抱いたのだ。

 

「まあとりあえずやってみろ、失敗しても気にするな、次また頑張ればいいんだ」

「うん、今は自分に出来る事を精一杯やってみる」

 

 そしてランの運転で、一同は目的地を目指して動き始めた。

ランは予想以上にスムーズな運転を見せ、ハチマンは感心したように言った。

 

「中々やるじゃないか」

「まあレースゲームと違って、サーキットを走る訳じゃないしね、

そもそもそこまでスピードを出す必要もないから」

「お、見えてきたな、あそこのスタンドに突っ込んでくれ」

「うん」

 

 ランは普通にそう答えたが、ハチマンが、停車させる、ではなく突っ込む、

という表現を使った事に気付くべきであった。

目的地ガソリンスタンドの中はゾンビで溢れ返っており、

ランは小さな悲鳴を上げる事になったからだ。

 

「大丈夫だ、一撃で車を破壊してくるようなゾンビはここにはいない」

「って事は、どこかにはいるの!?」

「おう、前に遭遇したぞ」

「そんなのとは絶対やり合いたくないわ……」

「それがさっき見えたんだよなぁ」

「えええええええ!?」

 

 さすがのランも、その言葉に少しびびったらしい。

そんな会話を交わしている間にも、ゾンビの集団はどんどん近付いてくる。

 

「こ、これってどうすればいいの?」

「轢け」

「え?」

「全部轢け」

「り、了解……」

 

 ランは言われた通りスタンドに突っ込んだ。ハンドルを握る手に嫌な感触が伝わる。

 

「よし、よくやった、いい突っ込み方だ」

 

 ランは、こんなに嬉しくない褒められ方は初めてだと思ったが、

その間にも、仲間達は各自必要な行動を行っていた。

 

「うし、出番だな」

「時間は稼げて五分」

「分かった、頼む」

 

 レヴィとモエカはそう言って車の上に乗り、銃を乱射し始めた。

そしてハチマンは、何を思ったか突然ランの足の間に手を突っ込んだ。

 

「えっ?やっ、こ、こんな所じゃ………ううん、一周回ってありかもだけど、

初めてはやっぱりもっとムードのある所の方が!」

「うるさいな、いいか、ここに給油口を開けるレバーがあるから覚えておけ。

まあ車の種類によって違うけどな」

「あっ、そういう……」

「今は妄想してる暇はねえ、

とりあえず合図があったら直ぐに車をスタート出来るように準備しておくんだぞ」

「わ、分かった」

 

 そしてハチマンは給油口にノズルを突っ込み、給油を始めた。

きっちり満タンにする必要は無い為、ある程度でノズルを抜いたのはまだ分かるが、

今度はそこら中にガソリンを撒いていく。

 

「えっ?えっ?」

「よし、こんなもんだな」

「ま、まさか……」

 

 ランはハチマンの意図を何となく悟り、顔を青くした。

丁度その時車の屋根の上からレヴィの声がした。

 

「ボス、敵の集団が接近中、多分あと一分後に囲まれる」

「分かった、ラン、このまま車をスタートさせろ!

上の二人もルーフキャリアがあるから落ちたりはしない」

「う、うん!」

 

 そしてランは思いっきりアクセルを踏み、そのまま車を急発進させた。

凄まじいGがかかったが、誰も体勢を崩したりはしないのはさすがである。

 

「二人とも中に入れ!爆破するぞ!」

 

 そしてハチマンは屋根の上の二人に声を掛け、二人が窓から中に滑りこんだ瞬間に、

先程撒いたガソリン溜まり目掛けて銃を発射した。

 

「ちょっ、待っ……」

 

 その瞬間にガソリンスタンドは大爆発し、後ろから凄まじい衝撃が襲ってきた。

 

「うおおおおおおお!」

 

 その爆風に煽られたランは、何とか車の制御を保とうと必死でハンドルを操作しつつ、

そう女の子にあるまじき叫び声を上げた。

 

「よし、今ので追っ手がいなくなったな」

「ちょ、ちょっと、危ないじゃない!」

「だが何とかなったじゃないか、俺はお前のゲームの腕は信頼してるからな」

「う………」

 

 ランは褒めてもらって嬉しい気持ちと、抗議したい気持ちの間で板ばさみにあったが、

何か言おうとする前に、ハチマンがランにこう言った。

 

「よし、次はあそこだ、このまま突っ込め」

「あ、あそこって、車が沢山並んでるんだけど……」

 

 そこは検問のような状態になっており、横向きになった車に封鎖されていた。

このまま車を走らせてもとても突破出来るようには見えない。

 

「大丈夫、いけるいける」

「頼むぜお嬢」

「私達の事は気にしないでいい」

「で、でも……」

「絶対にアクセルを緩めるなよ、そのまま、そのままだ」

「う………」

 

 ハチマンにそう念押しされても、

やはり目前に車が迫ってくるというのはやはり怖かったのか、

アイは思わず右足の力を抜いてしまいそうになった。戦いとは別種の怖さがそこにはある。

だがハチマンがそれをフォローした。一歩間違えばセクハラになってしまうが、

ハチマンはそんなランの気配を察知し、ランの太ももをしっかりと押さえ、

アクセルから足が離れないようにしていた。

 

「あ、あああああああああああ!」

 

 そうしている間に鉄の塊が目前に迫り、アイは再び絶叫を上げた。

そして一同の乗る車は障害物をぶっ飛ばし、そのまま検問の突破に成功した。

 

「はぁ、はぁ……」

「な、大丈夫だっただろ?」

「し、死ぬかと思ったわ」

「大丈夫大丈夫、本番は次だからな!」

「はあああああああああ?」

 

 そしてランはこの直後に、走馬灯という言葉の意味を実感する事になる。



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第758話 Bランクミッション(成功)

「ハチマン!それってどういう……」

「この辺りは道が狭い、しっかり前を見ていろ」

「それはもちろん分かって………えっ?」

 

 その時ランは、ハチマンの手が自らの胸へと伸びてくるのが見えた為、大混乱に陥った。

あのハチマンが自分の胸に触ろうとしている、しかしそれはありえない!

でも実際に手が伸びてきている、一体何が起こっているの!?といった所であろうか。

 

「ちょ、ちょっとハチマン、嬉しいけど、嬉しいけど!」

「ん?窓が開くと喜ぶなんて、お前には特殊な性癖でもあるのか?」

「へ?」

 

 その言葉通り、ハチマンの手は揺れるランの胸の前を素通りし、

窓を開けるスイッチへと触れた。そのまま窓が大きく開け放たれていく。

そんなハチマンの姿を見たレヴィとモエカも同様に窓を開けた。

 

「えっと……何で窓を?」

「待ってろ、まだやる事があるから」

 

 そしてハチマンは、次にランの下半身の方に手を伸ばした。

 

「こ、今度こそ騙されないわよ、これはフリ。何かのフリに決まってるわ」

「お前が何を言ってるのかまったく分からないんだが……」

 

 そう言ってハチマンは、平然とした顔でランのお腹の辺りをまさぐった。

 

「ひぅっ!?」

 

 さすがのランもそれには驚き、おかしな声を上げる事になった。

 

「な、ななな……」

 

 だがさすがのランも、この状況でハチマンがエロい行為に及ぶなどとは思わない。

こうして実際に触られていても、その意識は変わらなかった。

多分何か理由があるのだろうと思ったその直後に、

パイスラ状態だったランのシートベルトがスルっと外れた。

 

「あっ、そういう……」

 

 ランはそれで納得してしまい、その行為に何の意味があるのか深く考えなかった。

というか、考える余裕がなかった。再び前方に検問……というかバリケードが現れたからだ。

 

「あ、あれはどう考えても突破出来ないわよね?」

「ああそうだな、さすがにあれは無理だ。

でもまあ最初からあそこを突破するつもりは無かったけどな」

 

 ハチマンは特に動じた様子もなく、淡々とそう言った。

 

「じ、じゃあどうするの?」

「おう、俺が合図したら、最速でハンドルを思いっきり左にきれ。とにかく一気にな」

「分かった、左ね………え?左!?」

 

 ランはチラリと視線を横に向けた。左には色々な船が並んでいるのが見える。

要するに左には道などない、湖なのだ。

 

「あ、あの、まさかとは思うんだけど、もしかして窓を開けてシートベルトを外したのって」

「ああ、そのまさかだ、今から車ごと湖に向けてダイブする」

「う、嘘でしょ!?」

 

 さすがのランも、これには顔面蒼白であった。

 

「いいかラン、正面を見てみろ、遠くに赤く突き出た塊が見えるだろ?」

「う、うん」

「あれが例の、車を一撃で破壊する化け物だ、正式な名前は知らないが、

俺達はあいつの事をギガゾンビと呼んでいる」

「何それ?ここに日本を誕生させるつもりなの!?」

「よく知ってるなお前……そこで質問だ、ドラゾンビのいないこの世界で、

あいつにこのまま突っ込むのと湖にダイブするの、どっちがマシだと思う?」

「未来の秘密道具に頼ってばかりじゃいけないと思うの。

えっと、このまま正面がいいと思………」

「よし、今だ!左にハンドルを切れ!」

「あっと、了解!って、ああああああああああ!」

 

 障害物に突っ込むノリで、ギガゾンビに突っ込んだ方がましだと考えていたにも関わらず、

ランはハチマンのその言葉に反射的に手が動き、思いっきりハンドルを左に切った。

直後に車はガードレールを突き破って宙を舞い、

ランはデロリアン号に乗ったらどんな感じがするのか実感した。

 

「き、きゃあああああああああああ!」

「ヒャッホー!」

「…………楽しい」

「まるでジェットコースターだな」

 

 ランの耳に、浮かれるレヴィの叫びとモエカの呟き、

そしてハチマンの冷静な言葉が入ってきた。

その直後にランは、ハチマンにしっかりと抱き締められた。

 

「ハ、ハチマン?」

「思いっきり息を吸って衝撃に備えろ!」

「………っ!?」

 

 そしてランは言われた通りに大きく息を吸い、そのまま湖に沈み、

その十分後、一同はゴール近くの岸に這い上がった。

 

「げほっ、げほっ」

「ふう、やっと岸か、思ったよりも遠かったな」

「女だらけの水泳大会ってか?」

「服が透けてる、このゲーム、よく出来てるね」

「まあ外部発注とはいえうちの製品だしな」

「巨乳三人組の濡れ透けにちょっとは反応したらどうなの!?」

「言い方がおっさんくさいぞラン」

「私の理想はちょい悪オヤジギャルだから別にいいの!」

「また昭和か………」

 

 そんな軽いノリの会話を交わしながら三人は、

見事にゴール前へのショートカットに成功した。

だがさすがにそのやり方にはランから苦情が出た。

 

「ってかハチマン、さすがにあのダイブはいきなりすぎだから!」

「最初に湖があるって分かった時から予想しとけって」

「そんなの分かる訳ないじゃない!」

「他の二人は防水対策をちゃんとしてるだろ、ほれ、見てみろ」

「えっ?」

 

 見るとレヴィとモエカは、ビニールのような物から銃と弾丸を取り出していた。

 

「あ、あれ?もしかして『これは想定の範囲内だ』って奴?」

「ん?まあこれくらいは普通だぜ、お嬢」

「このゲームは中途半端にリアルだから対策は必要」

「モエモエの説明が微妙にズレてるけど、でもまあ分かった、まだまだ私は甘かった」

 

 二人が事も無げにそう言った為、さすがのランも、

それ以上ハチマンに抗議する事は出来なかったようだ。

 

「はぁ……」

「ほれラン、お前の刀だ」

「えっ?あ、あれ?そういえば私ってば刀をどうしてたっけ……」

「シフトレバーの横に置いてあったからな、

さすがに余裕がないだろうと思って俺が持ってきたぞ」

「ど、どこにそんな余裕が……」

「あ?余裕だろ?事前に窓も開けておいたから水中での脱出も容易だったし、

息も大きく吸っておいたからな」

「た、確かに楽だったけど……うぅ……自分の未熟さを思い知らされるわ」

 

 ランはそう言われ、車からの脱出が実にスムーズに成功した事を思い出した。

一見無茶に見えて、実はハチマンが色々と事前準備をしていたせいであろう。

ランは、そういう部分は見習わなければと改めて思った。

 

「さて、さすがのギガゾンビも水の中までは追いかけてこなかったから、

ここからはもうヌルゲだが、とりあえずさっさとゴールまで突撃するとするか」

「多分近くまで行けば、クリア扱いになるはず」

「敵も全部まいたし、後はあそこにいる何匹かを蹴散らせばそれで終わりだぜ!」

「お、終わり?やっと終わりなの?」

「ん?大して時間はかかってないよな?」

「私にとっては凄く長かったわよ……」

 

 さすがのランも、かなりへこたれたようにそう言う事しか出来なかった。

確かに攻略速度は早いのだろうが、あまりにも常識外れすぎるからだ。

検問に突っ込むくらいはともかく、まさかそのまま水の中にダイブする事になるとは、

さすがのランも想像すらしていなかった。

 

「ねぇ、いつもこんな感じなの?」

「ん?そうでもないが、フィールドマップはこういう力技が通用するからな、

自然とこんな感じになるな」

「今日はいつもよりもシンプルで良かったぜ」

「ん、楽だった」

「シンプルで楽……?これが……?」

 

 ランは呆然とそう言ったが、これで終わりではない。

まだステージクリアにはなっておらず、最後の仕事が残っている。

 

「よし、突撃するぞ」

 

 ハチマンの言葉でその事に気が付いたランは、

最後の力を振り絞ってハチマンの後に続いた。

 

「こうなったらとことんやってやるわよ!」

「お、元気だなラン、だがここは簡単に抜けるからな」

「え?」

 

 その言葉通り、まだ敵が少し残っていたが、

ハチマンが素早くゴールラインに入った瞬間にゴールのゲートが開き、

外から中に入ってきた軍隊が、ゾンビを一掃し始めた。

同時に空から爆撃機らしき飛行機が突入してきて、街に爆撃を開始した。

 

「お、終わった?」

「おう、後はこのムービー的なエンディングの見物だ」

「イエーイ、楽勝楽勝!」

「この演出は斬新」

 

 そしてランが呆然と見守る中、街は火の海に包まれていったのだった。

 

「うわ、軍隊とギガゾンビが激戦を繰り広げてるぞ」

「凄えな、なぁボス、どっちが勝つのかな?」

「どうだろうな、普通に考えれば軍隊だが」

「ん、拮抗してる」

「演出としちゃ凝ってるよな」

「軍の人、頑張って!」

 

 こうしてこの日の攻略は終わり、ランは一つ成長する事となった。



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第759話 鎌倉回想録

 ランが絶叫しつつ、湖にダイブしていたその頃、ヴァルハラ・ガーデンでは、

アスナとキリト、それにリズベットが集まって三人でのんびりと雑談をしていた。

 

「ねぇアスナ、今日はハチマンは?」

「えっとね、ゾンビ・エスケープっていうゲームをやってるよ」

「また別のゲームに手を出したの?」

「うん、何か最初はイベント提携の申し込みがあったから、

お試しでやってみる事にしたらしいんだけど、意外と面白かったみたい。

今はレヴィと萌郁さんと三人でチームを組んで攻略してるらしいよ」

「ん、萌郁って誰だ?」

「あっ」

 

 アスナはキリトにそう問われ、内心でしまったと思った。

アスナは一緒に麻衣のロケを見に鎌倉に行った事もあり、萌郁の存在を知っているが、

他人に話していいかどうかをハチマンから聞かされていなかったからである。

 

「う~ん」

「いや、言いにくいなら別に構わないんだが」

「ううん、多分大丈夫、ハチマン君は、

他の人に言っちゃいけない場合はちゃんとそう言うから、

萌郁さんについて何も言われてないって事は、

私がいいって判断したら言ってもいいって事だと思うの」

「ふ~ん、それじゃあ頼むわ」

「うん、えっとね、キリト君はいずれソレイユに入社する事になるんだろうし、

リズはその奥さんになるんだから教えておくけど……」

 

 そのアスナの前置きに、二人は飲んでいたお茶を思いっきり噴き出した。

 

「な、な、な………」

「ちょ、ちょっとアスナ、いきなり何を……」

 

 ここでまさかのアスナの天然が炸裂である。

 

「ん?私、何か変な事を言った?」

「あ~………」

「いや、何でもない」

 

 二人はそのアスナの反応を見て、突っ込むのをやめる事にした。

つまりこういった事は、よくある事なのであろう。

 

「そう?えっとそれでね、ソレイユには、市場調査部っていう部署があるのね。

でもその実態は……じゃじゃ~ん!『ルミナス』っていう、ソレイユの情報部なんだよ!」

「じゃじゃ~んって……」

「情報部?もしかしてそれって非合法な活動も含むの?」

「別に殺人とかしてる訳じゃないよ、過去の事は知らないけどさ、

でもまあ企業活動を行う上で、どうしても避けて通れないトラブルってあるよね」

「暴力団対応とか防諜活動とかか」

「うん、それと法に触れない程度のスパイ活動とかなのかな、よく分からないや」

「なるほど、まあそういう部署も企業には必要か……」

「やっぱりそういうものなんだねぇ」

 

 それで二人は一応その事について納得した。

 

「で、桐生萌郁さんはそこの部員で、表向きはハチマン君の運転手をやってる綺麗な人。

その実態は、多分ハチマン君の懐刀だね」

「なるほど、表の薔薇、裏の桐生みたいな感じか」

「何それ格好いい」

 

 アスナは頷きながら、かつて萌郁と一緒に行った鎌倉でのロケ見学の事を思い出していた。

 

 

 

「八幡君!」

「八幡!」

「おう明日奈、理央、今日はおめかしてきたな、よく似合ってるぞ」

「えへへ、ありがとう!」

「麻衣さんの前で、あんまり恥ずかしい格好はしたくなかったから……」

 

 明日奈はピンクに細い白のストライプの入ったTシャツの上に白いジャケットを羽織り、

赤と白のギンガムチェックのミニスカートに黒のストッキングという服装であった。

理央は黒のタンクトップの上に、黄緑のオフショルダーのトップス、

そして下は青のフレアスカートである。肩の露出を控えめにしているところが理央らしいが、

胸がまったく控えられていない所が八幡的には困り物であった。

続いてレスキネンが笑顔で八幡の肩をぽんぽんと叩いてきた。

 

「八幡君、今日はオサソイありがとうね」

「いえいえ部長、約束でしたからね……あっ!」

「ん?どうかしたかい?」

「あ、いえ、そういえばレヴィも一緒に連れてってやるって前に約束したような気がして」

「ほうほう、でもそのクルマじゃ六人は乗れないね」

「しまったな、どうするかな」

「それじゃあ私がバイクを出す」

 

 その時後ろに控えていた萌郁が八幡にそう提案してきた。

今日の萌郁はデニムパンツに白のTシャツ、そしてライダージャケットという格好だった為、

最初から自分がバイクに乗る事を想定していたのだと思われた。

 

「それは助かるが、いいのか?」

「いい、私がバイクの運転が上手い事を八幡君に見せたいし」

「そ、そうか」

 

 最近よく見せるようになったこういう萌郁の微妙なアピールが、八幡は嫌いではなかった。

以前はほとんど感情を見せなかった萌郁が、

徐々に人間味を取り戻してきているように思えるからだ。

 

「萌郁さん、格好いい」

 

 そこで横から明日奈が八幡の方をチラチラ見ながらそう言ってきた。

どうやら八幡にも褒めろと言いたいらしい。

 

「萌郁の可愛い格好も見てみたい気はするが、やっぱりそういうシンプルなのが、

美人の萌郁にはよく似合うな」

「そう」

 

 萌郁は一言だけそう言って振り向いてしまったが、

その顔が赤く染まっていた為、明日奈はよくやったという風に八幡の背中を軽く叩き、

そのまま萌郁に歩み寄った。

 

「萌郁さん、気を遣わせちゃってごめんね」

 

 申し訳なさそうにそう言う明日奈に対し、萌郁は軽く頭を振りながら言った。

 

「ううん、一応保険のつもりだったし、バイクの運転は好きだから」

 

 その会話に横から理央が加わった。

 

「凄いなぁ、格好いいよね、私はそういうの苦手だから……」

「練習すればきっと出来る」

「かな?まあ私が免許をとるとしたら車の方だろうけど、

今度時間が出来たらチャレンジしてみようかな」

「うん、乗り物を自由に操るのはきっと楽しい」

 

 萌郁は無表情ながらも、微妙に口の端を持ち上げながらそう言った。

どうやら笑顔を浮かべているらしい。事前に八幡に言い含められていたのか、

明日奈も理央も萌郁の感情が薄い事は理解しており、

逆にその事で、その萌郁の表情の変化に気が付く事が出来た。

二人は顔を見合わせ、笑顔で萌郁の手を握った。

 

「楽しい一日にしようね、萌郁さん」

「案内は私に任せて」

「う、うん」

 

 萌郁はそう言って再び顔を赤くし、八幡とレスキネンは、それを見てうんうんと頷いた。

 

「仲ヨキ事は美しきかな、だったかな?」

「そうですね、いいと思います」

「お~いボス!」

 

 そこにレヴェッカが、露出は激しいが動きやすそうな格好で現れた。

白のへそ出しトップスの上に若干サイズが大きめな黒のYシャツを羽織り、

下はショートデニムパンツという服装である。

実はこれは、陽乃の私服を借りたものであった。

Yシャツが大きめなのは、その懐にいつも通り銃を吊っているからであろう。

ちなみにレヴェッカは嘉納の伝手で、シークレット・サービスに順ずる扱いを受けている為、

銃の所持を許可されているので特に問題はない。

 

「ボス、いきなりだったから待たせちまったな」

「いや、こっちこそ悪い、約束の事をすっかり忘れててな、

急な話になっちまって本当にすまん」

「これから楽しいお出かけなんだ、それくらい別にいいって」

 

 その時明日奈が八幡のおしりをつねった。

 

「痛っ、何するんだよ明日奈」

「八幡君、女の子がおしゃれしている時は?」

 

 八幡はそう言われ、即座にレヴェッカの格好を褒めた。

 

「レヴィの私服姿って珍しいよな、

やっぱりスタイルがいいと、そういう格好が似合うんだな」

「おう、サンキューな、ボス」

 

 珍しく頬を少し赤くしながらレヴェッカがそう言った。

 

「うん、よろしい」

「何度もフォローありがとな、明日奈」

「いえいえ」

 

 そして萌郁はバイクに跨り、他の者はキットに乗り込んだ。

 

「それじゃあ出発だ」

 

 一行はそのままのんびりと鎌倉を目指し、無事に撮影現場へとたどり着いた。

 

 

 

「ここか」

「あっ、八幡さん!」

 

 そんな一行を、丁度休憩していたのか、にこやかに他の者と会話していた麻衣が見付け、

嬉しそうにこちらへと走ってきた。

 

「麻衣さん、今日は押しかけちゃってすみません」

「気にしないで下さい、今監督に紹介しますね」

 

 その言葉に他のスタッフは驚いた。

これまでにも知り合いらしき業界の人間は何人か訪れていたが、

麻衣が監督に紹介すると言ったのは八幡だけだったからだ。

しかも八幡の見た目は若く、とても大物には見えない。

 

「監督!」

「ん、何かあったのかい?」

「えっと、紹介したい人がいまして」

「それは珍しいね、こちらは?」

「ソレイユの比企谷八幡さんです、私が凄くお世話になってるんですよ」

「比企谷です、今日は見学を許して頂いてありがとうございます」

「これはご丁寧にありがとうございます、必ずいい映画にしてみせますので、

今後とも宜しくお願いします」

「はい、楽しみにしていますね」

 

 それからしばらく撮影の見学をし、

麻衣の演技力を見て、この映画は成功間違いなしと思った一行は、

理央の案内で鎌倉の色々な観光スポットを回った後、食事をとる事にした。

その店での事である。

 

「うわぁ、紅葉が綺麗だね」

「おお、まだ少し暑いけど、もうすっかり秋って感じだな」

「ワオ、ビューティフル!エクセレント!」

「レスキネン部長、気持ちは分かりますけど落ち着いて」

 

 丁度その時、同じように窓の外を見ていた萌郁が突然八幡にひそひそとこう囁いてきた。

 

「八幡君、あれ」

「ん?あれは……まさか重村教授か?隣にいる奴の顔はよく見えないが……」

 

 八幡は顔を確認出来なかったが、それはノーチラスこと後沢鋭二であった。

 

「こんな所で見かけるなんて、偶然もあるもんだな」

「うん」

 

 実はこの時二人は、近くの病院で眠るユナこと重村悠那の所へと向かう最中であった。

その事を八幡が知っていたら、後先考えずに店を飛び出していた事であろう。

だがノーチラスの顔を確認出来なかった為、八幡は動かなかった。

八幡がその病院にたどり着くのはかなり先の事となる。

 

「引き続き、教授の動向については調べておいてくれな」

「うん」

 

 重村教授についての話はそこで終わり、食事を終えた後、店を出た一同は、

再び色々なスポットを回った後に帰路についた。

それがアスナが知る、少し前の鎌倉での出来事であった。

 

 

 

「アスナ、アスナ!」

「あ、う、うん」

 

 アスナはそう呼びかけるリズベットの声で我に返った。

 

「どうしたの?何か心配事?」

「ううん、萌郁さん達と、麻衣さんの映画の撮影現場に見学にいった時の事を思い出してた」

「えっ、麻衣さんってもしかして、アサギさんの事?」

「うん」

「うわ、羨ましい、私も行きたかったなぁ」

「ごめんね、私もハチマン君に突然言われたからさ」

「そっか、今度そういう機会があったら誘ってくれるようにハチマンに頼んどこっと」

「うん、そうだね」

 

 アスナはそう言いながら、何となく外の景色を眺めた。

そこはいつもの景色とは違い、遠くに見える森が赤く燃えるようであった。

 

「あっ!」

 

 それでアスナはとある事実に思い当たった。

 

「ん、どうした?」

「今日からこの二十二層が、秋モードになるんじゃなかったっけ?」

「秋モード?ああ、そういえば確かに……」

「ああ~、そういえばそうだね」

 

 その瞬間にアスナの脳裏に、鎌倉で見た見事な紅葉の風景が浮かび上がった。

 

「ねぇ、せっかくだから、みんなで紅葉を見に行かない?」

「お、それはいいな」

「二十二層の奥の方、どんな感じになってるんだろうね」

「興味があるよね」

「よし、弁当でも準備して、ピクニックとしゃれこむか」

「それじゃあ早速準備するね、ごめんキズメル、ちょっと手伝って!」

 

 こうして三人は、ピクニックに出かける事にしたのだった。



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第760話 甲斐性を見せなさい

 ランがいなくなった後、スリーピング・ナイツは街でひたすら情報収集を行っていた。

これは別に確固たる目的があって行われているものではなく、

他ならぬユウキが、まったく指示を出せない状態だったからであった。

 

「ユウキ、今日はどうする?」

「うん……」

「何かやりたい事があるなら何でも付き合うぜ」

「うん……」

「心ここにあらずだね、参ったな……」

「うん……」

「今後の為にも各層の街がどうなってるか徹底的に調べてみるのもいいかもね」

「うん……」

 

 万事がこんな感じであり、一同はいっそ、

ハチマンに相談するのもアリじゃないかと考えるようになっていた。

 

「いつもこういう時に相談に乗ってくれるランがいないんだし、

他に何か相談出来るような知り合いって、ハチマンさんくらいしかいないのよね……」

「ハチマンさん、ノリには甘いからなぁ」

「ふふん、羨ましいでしょ」

「もしくは相談するならおばば様とかか?」

「可能ならそうしたいですけど、最近ちっともログインしてないみたいなんですよね」

「そっかぁ……それじゃあスモーキング・リーフの誰かは?」

「う~ん、相談相手には向いてない気がしてならない」

「じゃあ後は……ユキノさんとか?」

「正妻様か……」

「うん、アリだな」

「とりあえずハチマンさんかユキノさんかおばば様を見つけたら、

連絡を取り合ってどこかに集合な」

 

 仲間達のそんな会話にまったく反応しているようには見えなかったが、

その時のそりとユウキが立ち上がった。

 

「ユウキ、出かけるのか?」

「うん、このままじゃ駄目だと思うから、ちょっとどこかで頭を冷やしてくる……」

 

 その若干前向きな言葉に一同は少し安心したが、

それでも今の状態のままおかしな場所に行かせる訳にはいかないと思ったのか、

シウネーが気を利かせてユウキにこう声をかけた。

 

「それなら二十二層がお薦めです、あそこは敵も出ませんし、

景色もとても綺麗なので、散歩にはもってこいですから!」

 

 ちなみにこのセリフが出たのはそれだけが理由ではなく、

ヴァルハラ・ガーデンがある二十二層ならば、

もしかしたらユウキが直接ハチマンかユキノと遭遇する可能性もあるのではないかと、

シウネーが期待したせいもあった。

 

「そっか、うん、そうだね、そうしてみる、ありがとうシウネー」

「はい、お気をつけて!」

 

 そしてユウキが去った後、一同は深いため息をついた。

 

「重症だな」

「まあ多少は気持ちが前向きになったように感じなかった?」

「これで復活してくれればいいんだけどな」

「今日駄目だったらどうする?ハチマンさんとかに相談する前に、

俺達から発破をかけるか?」

「でも出来れば自分の力だけで立ち上がって欲しいところですよね」

「確かにそうだね、まあユウキが帰ってきた時の反応を見て改めて相談しよう」

「だな!とりあえずこっちはこっちで戦闘メインの活動に戻る前に、

色々と情報を集めておこうぜ」

「ランとユウキが復活した時に、

どんな指示が出ても直ぐに動けるように準備しておかないとだわね!」

「よし、ボク達も行きますか!」

 

 残された五人はそう張り切った声を上げ、方々に散っていった。

ランの不在とユウキの不調を受け、自分達が何とかしないとと結束した五人の士気は高い。

 

 

 

 さて、その頃仲良く弁当を作っていたアスナとリズベット、それにキズメルは料理を終え、

味見役を仰せつかっていたキリトと共に、いざ出発しようとしていた。

 

「準備完了!」

「普通の格好でいいよね?こんな日に戦闘するつもりもないし」

「それでいいと思う。さて、出発するか!」

「あ、そうだ、キズメルも一緒に行かない?」

 

 その時アスナがそんな事を言い出した。当然他の者もそれに賛成である。

 

「しかし私にはここを守るという仕事が……」

「別に義務じゃないんだからそう肩肘を張るなって」

「確かにそうだが……」

「大丈夫だって、ハチマンは絶対に怒ったりしないから。

むしろキズメルが一緒に紅葉を見たなんて聞いたら、凄く喜ぶと思うぞ」

「む、そうか、それじゃあ私も共に行くとしよう」

 

 こうして四人は連れ立って散歩に向かう事となった。

その道中で、話は再びゾンビ・エスケープの話題に移った。

 

「ところでアスナはゾンビ・エスケープってのはやらないの?」

「ううん、そのうちみんなでやりたいなって気はあるよ?

でもまあ今はハチマン君達が熱心に攻略してるみたいだから、

そっちが落ち着いたらかなって思ってるけどね」

「み、みんな!?そ、そう、みんな、みんなね……」

 

 そのアスナの言葉にリズベットはやや顔を青くした。

それもそのはず、リズベットは普通にゾンビとかが苦手なのである。

 

「ア、アスナはその、ゾンビとか平気なんだっけ?確かオバケは大の苦手だよね?」

「あ、うん、オバケみたいに実体が無いのは苦手だよ?

でもまあゾンビみたいなモンスターっぽいのは別に大丈夫」

「そ、そう……」

 

 そのリズベットの態度を見て、さすがのアスナも事情を察したらしい。

 

「まあ大丈夫だよ、希望者を募る感じになると思うし」

「あ、う、うん、そうだよね」

 

 リズベットはその言葉にホッとしたような顔をした。

その時キリトが思い出したように二人に横から話しかけてきた。

 

「そういえばみんなが料理をしている時にちょっと調べたんだけど、

ゾンビ・エスケープって、開発はレクトの運営はソレイユなのな」

「えっ?」

「あ、そうだったんだ?」

「でも他社のスポンサーが沢山ついてるんだよな、

どうやら達成度に応じて買い物に使えるクーポンとかをくれるらしい」

「うん、それも今説明しようと思ってたんだけど、

ハチマン君がそういうクーポンを沢山持っててね、最近色々と連れてってくれるんだよね」

 

 ハチマンもアスナも基本はお金持ちのはずなのだが、

やはりそういった楽しみは、また別物のようだ。

 

「そ、そうなの?」

「うん、あ、後、ゲーム内にもアンテナショップ的なお店がたくさんあって、

そこで直接注文をする事も出来るみたいだね」

「へぇ、完全なスポンサー連動型なんだ……」

「誰が考えたんだろうね、姉さんかな?」

 

 アスナはそう言ってリズベットの方に振り返ったが、

リズベットはぶつぶつと呟きながら、何か考えているようだった。

 

「リズ?」

「あ、ううん、何でもない、気にしないで」

「あ、うん」

 

 そしてアスナがキズメルに話しかけたタイミングを見計らって、

リズベットはキリトをぐいっと自分の方に引き寄せた。

 

「キリト」

「な、何だよ」

「分かってるわよね?」

「………へ?」

「私がホラー映画とか苦手なの、当然知ってるわよね?

それじゃあ私が何を言いたいかも分かるわよね?彼氏なんだから!」

「え、あ、お、おう、分かった、それじゃあゾンビ・エスケープはやらない方向で……」

 

 キリトがそう言った瞬間に、リズベットはキリトの背中をバシっと叩いた。

 

「痛っ、な、何だよ!」

「あんたはやりなさい」

「へ?」

「あんたもハチマンを見習って、たまには男の甲斐性ってものを見せなさい」

「あ、そういう事か……」

 

 それでさすがのキリトもリズベットが言いたい事を理解したようだ。

 

「わ、分かった、今度やってみるわ……」

「頼んだわよ」

 

 リズベットはそう言ってキリトをじっと睨み、

キリトは後でハチマンに詳しい話を聞こうと心に誓った。

 

「あ、見て見て、この辺りの景色、凄くない?」

「これは確かに美しいな、あの緑溢れていた森が、今は燃えるようだ」

 

 そのアスナとキズメルの言葉で、キリトとリズベットも思わずそちらの方を見た。

 

「うわ、凄いね」

「おお、どこかの観光地みたいだな」

 

 秋モードの実装当日という事もあり、まだ周囲には人の姿は見えない。

 

「ここまで綺麗だとは思ってなかったわね」

「まだそれほど移動してないし、今からでもシリカちゃんを呼ぼっか?」

「あ、そうだね、それじゃあ私もお花摘みに行きたいし、その時ついでに聞いてみる」

「あ、悪い、それじゃあついでに俺も……」

「うん分かった、キズメルと二人で待ってるね」

「ごめんねアスナ」

「ううん、シリカちゃんへの連絡はお願いね」

「うん、任せて!」

 

 そしてキリトとリズベットはそのままその場に腰を下ろし、

その場には魂の抜けた二人の体だけが残った。

 

「そういえばこの近くに、昔ヌシを釣った川があるんだったっけ」

「それならあの川じゃないか?」

 

 キズメルが遠くを指差し、アスナは目を細めてそちらを見た。

 

「あ、多分あそこかな?あれ、あんなところに人がいる、

横になってジタバタしてるけど、何してるんだろ?」

 

 見ると川べりには、確かにプレイヤーが一人いた。

遠くから見る感じ、女性プレイヤーのようだ。

 

「う~ん」

 

 アスナがそちらをちょこちょこと気にする様子を見せた為、

キズメルが気を利かせてアスナに言った。

 

「遠くてどんなプレイヤーなのかよく分からないが、アスナなら別に危険は無いだろう。

気になるのなら様子を見にいってくるといい、二人の体は私が見ておくからな」

「え、でも……」

「大丈夫だ、ここはモンスターも出現しないし、もし他人が来ても、

私が黒アゲハの格好をすれば、あえて仕掛けてきたりはしないだろう」

「う、うん……それじゃあお言葉に甘えてちょっと行ってくるね」

 

 こうしてアスナはそのプレイヤーの下へと一人で向かう事となった。



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第761話 ファースト・コンタクト

「う~~~~~~~~ん、これから何をすればいいかは分かるんだよね、

大きな目標としては、ハチマンの課題をクリアして防具をもらう、おばば様から武器を買う、

その為に何が必要か、レベル上げをしてステータスを上げつつ金策をする、

その為にも早く装備を整える、その為に金策をする、でも金策に有効なスキルもある。

ああああああああ、結局何を優先したらいいの?それくらい教えてけっての、ランの馬鹿!」

 

 それをしてしまったらユウキの成長は見込めない為、

もちろん分かった上でランは、何も指示等を残していないのだが、

この時のユウキはそこまで考える余裕もなく、ひたすら悩んでいた。

 

「ああもう、ボクがしっかりしないといけないのに……」

 

 ユウキはそう言って目を瞑り、川べりにごろっと寝転んだ。

 

(こうなったらいっそ、経子さんに相談して一度落ちて、直でランに話をしに……)

 

 そう思いながら目を開けたユウキは、

自分の顔を上から覗き込む女性プレイヤーと目が合い、思わず悲鳴を上げた。

 

「うわああああああ!」

「あっ、ごめん、驚かせちゃった?」

 

 その女性プレイヤーの敵意も何もない、本当に申し訳なさそうな表情に、

ユウキは多少冷静さを取り戻し、とある事に気付いて愕然とした。

 

「あ、いや、確かに驚いたけど……」

 

 ユウキが驚いたのは、まったく人の気配を感じなかったからだ。

さすがのユウキも、いかにこんな状態であるとはいえ、それくらいは気を配っている。

そんなユウキが気配を察知出来なかったこの女性は果たして本当にプレイヤーなのか、

もしかしたらオバケか何かなのではないか、

ユウキはそう思い、恐る恐るその女性プレイヤーにこう尋ねた。

 

「お、お姉さん、まさか幽霊か何かじゃないよね?」

「え~?そんな風に見える?」

「見えないから困ってる」

「えっ?私が幽霊じゃないと何か困るの!?」

「ち、違うよ、お姉さんの気配をまったく感じなかったから……」

 

 その言葉にその女性プレイヤー、アスナは、

テヘペロっといった感じでコツンと自分の頭を叩いた。

 

「ごめんごめん、こういう歩き方、もう癖になっちゃってるんだよね」

「えっ、それじゃあ常にそんな感じなの!?」

 

 もしかしてこの女性は、とてもそうは見えないがリアル忍者か何かなんだろうか、

ユウキはそんなありえない想像をしながらも、

リアルの事を詮索するのはルール違反だというハチマンの教えを忠実に守り、

それ以上何も突っ込もうとはしなかった。

 

「それよりも随分と悩んでいたみたいだけど、何かあったの?私で良ければ話くらい聞くよ?

ほら、下手に知り合いに話すより、まったくの赤の他人に話を聞いてもらった方が、

気楽に色々話せるって事、あるじゃない?」

「あ、う、うん、確かにそう聞くよね」

 

 そう言いながらもユウキは迷っていたが、

やがて決心したのか、アスナにぽつぽつと今の自分の境遇について話し始めた。

 

「えっとね、ボク、身内だけで構成されてるギルドに所属してるんだけど、

うちのリーダーがしばらく来れなくなっちゃって、

それでボクがリーダー代行に指名されたのね。

一応ギルドの大雑把な方向性はもう決まってるんだけど、

そこに到達する為に、どういう順番で何をすればいいのか、

何が最善なのかさっぱり分からなくてさ……

リーダーのボクが仲間を導いていかないといけないのに……」

「なるほど……」

 

 言い方は悪いが、アスナはユウキの悩みが自分にアドバイス出来る類の悩みだった為、

ほっと胸をなでおろした。これが例えば彼氏に浮気されたけど別れたくない、どうしよう、

とか、両親が離婚しそうでどっちに付いていけばいいのか分からない、

とかの悩みであったら、さすがのアスナも返答に困った事であろう。

だがこの問いに関しては、どう答えればいいのかは、既に分かっている。

 

「一人で抱え込む必要はないんじゃないかな?」

「で、でもボクがリーダーなんだし……」

「リーダーが何でも決めないといけないなんて決まり、ある?」

「決まりっていうか、そこはほら、その為のリーダーなんだし……」

 

 そう反論しつつも、ユウキの声は段々と小さくなっていった。

自分が考えていたリーダー像が、ブレ始めていたのである。

 

「道に迷ったら、仲間と相談して進む方向を決めればいいよ、

もし相談が出来ないような間柄だとすれば、それは仲間じゃなくて、部下なんじゃない?」

 

 ユウキはその言葉にハッとした。

 

「仲間じゃなくて部下……も、もしかしてボク、

気付かないうちにみんなをそんな目で見ちゃってたのかな?」

 

 その言葉から、アスナはこの少女の所属するギルドが、

いわゆるトップダウン式の上下関係が絶対のギルドではなく、

横の繋がりを大切にするギルドなのだと悟り、それに合わせてこう言った。

 

「相手がそう思ってたら、もうとっくにギルドは無くなってるんじゃないかな?」

「そ、そうかな?ボク、今からでも間に合うかな?」

「うん、大丈夫、きっとあなたの仲間はあなたの事を待ってくれてるよ、

それかもしかしたら、あなたが決断した時に備えてもう色々と準備してるかもね」

「あっ!」

 

 その瞬間に、ユウキの脳裏に、ここ数日の仲間達の行動が浮かび上がってきた。

ジュンやテッチ、ノリ、タルケン、シウネーは、毎日必ずユウキに向かい、

今日は何をすると宣言して出かけていっていたのだ。

ついさっきまでのユウキは、その仲間達の言葉を理解しているようでしていなかったが、

今ここに至ってやっとその言葉が像を成し、意味のある言葉としてユウキの脳に認識された。

 

「そっか、ボク、ここ数日は心が死んでたみたい、

みんなの言葉が耳に入っていたようで、全然入ってなかった」

「今はその言葉がちゃんと頭の中に入ってきた?」

「うん!」

「そう、それじゃあ次に何をすればいいか、もう分かる?大丈夫?」

「うん、みんなの所にいって、一緒に考えてみる!」

「そっか、頑張ってね」

「ありがとうお姉さん!ボクの名前はユウキ、お姉さんの名前は?」

「私の名前は………」

 

 その瞬間にアスナが驚いた顔をし、直後にカクンとその場に崩れ落ちた。

 

「あ、あれ?」

 

 ユウキはぽかんとしたが、今の現象には心当たりがあった。

 

「あ、そっか、これって多分回線切断だ……

参ったな、自己紹介は対人関係の基本って、ハチマンにきつく言われてるのになぁ……」

 

 そしてユウキはしばらくそこで、残されたその女性~アスナの体を守っていたが、

しばらくしてその体が消えた為、名残惜しそうに何度も振り返りながら去っていった。

 

「同じゲームの中にいるんだし、きっとまた会えるよね、優しいお姉さん」

 

 そのままユウキは自分達が借りている宿屋に大急ぎで戻り、

丁度揃っていた仲間達に向け、大きな声でこう言った。

 

「ごめん、ボク、ついさっきまで死んでたみたい。

今はもう生き帰ったから、改めてボクの相談を聞いて欲しいんだ!」

「「「「「ぷっ!」」」」」

 

 その言葉に五人は同時に噴き出し、ユウキは恥ずかしそうに頬を赤らめた。

 

「もう、何で笑うのさ!」

「だってよ、死んでたとか生き返ったとか意味が分からないから!」

 

 そう言うジュンの言葉を、シウネーがこう受けた。

 

「でもまあ気持ちは分かりますよね、ジュン。

確かに昨日までのユウキは、『うん』しか言わなかったですから、

死んでいたって表現はピッタリかと」

「まあ確かにな!」

「多分僕達がセクハラ発言をしても、『うん』って返ってきたよね」

「うんうんそんな感じ、あ~あ、せっかくだから、何かの言質をとっておけば良かったかも」

 

 テッチとタルケンのその言葉に、即座にノリが突っ込んだ。

 

「死ね、変態ども」

「ち、違う、僕が言ったのはあくまで比喩で……」

「そう、冗談、冗談ですよ?」

「どうだか……」

 

 ノリはジト目を崩さず、二人は慌ててユウキに謝った。

 

「ごめんユウキ、冗談にしちゃ不謹慎だった」

「こ、この事は兄貴には内緒で……」

「大丈夫だって、もちろん冗談だって分かってるからさ!

まあでもハチマンには報告しとくけどね!」

「「ええええええ?」」

 

 二人は同時にそう叫び、ユウキはニヤニヤしながら二人に言った。

 

「冗談だって、さて、それじゃあ本題、ボクからの相談ね、

ボクは今朝まで今後どういう順番で活動していけばいいのか凄く悩んでたんだけど、

やっとさっきその答えが出たの」

 

 ユウキにそう言われ、五人は表情を引き締めた。

 

「『分からない』ってのがその答え。いくら考えてもボクには考えつかなかったよ」

 

 だがそう言われても、五人は表情を変えなかった。

次に来る言葉がユウキの決断した結果を表す言葉なのだと分かっていたからだ。

 

「だからみんなにも一緒に考えて欲しいんだ、

楽しさを優先させてもいいし、あくまで効率を追ってもいい、

みんなでボク達らしいゲームの進め方を、一緒に相談しよう!」

 

 五人はその言葉にしばらく無言だったが、やがてシウネーが笑顔でこう言った。

 

「長くなりそうですし、私、お茶を入れてきますね」

「じゃあ私はお茶菓子を」

「俺はテーブルを片付けるわ」

「僕は床に敷く布団を準備します」

「それじゃあ僕は、出た意見をメモ出来るように準備しておくね」

「みんな、ありがとう!」

 

 こうしてスリーピング・ナイツは再起動を果たし、その日はハチマンの言いつけを破り、

一同は明け方まで床一面に布団を敷き詰め、

ごろごろしながら徹夜し、全員で色々な事を話し合ったのだった。



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第762話 結城家の食卓

「ありがとうお姉さん!ボクの名前はユウキ、お姉さんの名前は?」

「私の名前は………」

 

 その問いに答えようとした瞬間に、アスナの視界がザザッとブレた。

 

(えっ?)

 

 そして『DISCONNECTION POWERDOWN』の文字が表示され、

一瞬でアスナは現実世界へと帰還する事となった。

 

「あ、あれ、一体何が……もしかして停電?」

 

 そう呟いてアミュスフィアを外す明日奈の目の前に、

凄く申し訳なさそうな表情をした母親の顔が現れた。

 

「きゃっ、お、お母さん、一体どうしたの?」

「ごめんなさい、私ってばちょっとドジっちゃって、コンセントに足を引っ掛けて……」

 

 見ると確かにアミュスフィアに繋がるコンセントが抜けていた。

 

「そういう事か、いきなりだったから驚いちゃったよ、

あれ、でもお母さんはどうしてここに?」

「夕食の時間になってもあなたが降りてこないから、様子を見にきたのよ」

「あっ!」

 

 それで明日奈は、約束していた夕食の時間が過ぎている事に気が付いた。

家にいる時は家族みんなで決まった時間に一緒に夕食をとるというのが、

結城家の家族の間で取り決められた約束事なのであった。

 

「ご、ごめん……」

 

 申し訳なさそうにそう言う明日奈に、京子はだが笑顔を見せた。

 

「それはまあ、一言言っておいて欲しかったのは確かだけど、

そういう事だってあるわよ、だから気にするんじゃないわ。

私達だってもう、とっくに娘離れしているんですからね」

「それでもやっぱりごめんなさい……」

 

 明日奈は自分がいかに、両親の心の広さに助けられているのかをその言葉で実感し、

このまま休憩がてら、一緒に食事をとろうと考えた。

 

「お母さん、すぐ行くから下で待っててもらっていい?

ちょっと里香にメッセージだけ入れておくから」

「あらそう?別に明日奈だけ夕食は後でもいいのよ?

私は浩一郎で我慢するし、お父さんなんか泣かせておけばいいんだし、」

「ううん、いつも私の我侭を聞いてもらってるんだし、

あまり甘えてばっかりなのはいけないと思うから……」

 

 明日奈は殊勝にもそう言ったが、兄である浩一郎の扱いが雑な事には一切触れていない。

どうやら結城家ではいつもの事のようである。頑張れ浩一郎、負けるな浩一郎。

そしてその明日奈の言葉を聞いた京子は、少し目をうるうるさせながら明日奈を抱き締めた。

 

「きゃっ、ど、どうしたの?お母さん」

「ううん、本当にいい子に育ってくれたなって思って」

「え、そ、そうかな、好き勝手ばっかりさせてもらって、申し訳ないって思ってるんだけど」

 

 京子はその明日奈の言葉に居住まいを正し、真面目な顔でこう言った。

 

「言うのは何度目かになると思うけど、

昔の私は明日奈に対して決していい母親じゃなかったと思うの。

口を開けば勉強しろ、お淑やかでいろとか、あれこれ口やかましかったでしょう?」

「そ、そんな事ないよ、うん」

 

 明日奈は目を逸らしながらそう答え、その事を京子にバッチリと指摘された。

 

「目を逸らしながら言っても無駄よ、明日奈」

「あ、あは……ごめん」

 

 再び謝った明日奈に、だが京子は笑顔を向けた。

 

「でも私のそういう躾に従って明日奈が今日まで成長していたとしても、

今みたいに笑ってくれたかどうかは分からない、

ううん、多分笑わない子になっていたと思うの」

「そ、そんな事は……」

 

 そう否定する明日奈を、京子は更に否定した。

 

「ううん、今思えば、小学校高学年辺りから中学校にかけての明日奈の笑顔は、

どこか作り物めいていたように思うの。やっぱり今の笑顔を見せられると駄目ね、

どうしてもそういうの、分かっちゃうのよね……」

「お、お母さん……」

 

 明日奈は何と言っていいのか分からず、そう言う事しか出来なかった。

 

「なんてね、シリアスごっこはここまで、さて、夕食にしましょうか」

「って、今の全部演技!?お母さん、変わりすぎだから!」

 

 明日奈はそう絶叫し、京子はそれを見て、ころころと笑った。

 

「変えたのはあなたと八幡君でしょうに、

というか明日奈、お友達にちゃんと連絡は入れておきなさいよ」

「あっ、そうだった、忘れるところだったよ」

 

 明日奈は京子にそう言われ、ゲーム内の里香に、

夕食で十五分ほど席を外すと自分のスマホからメッセージを入れた。

 

『オーケー、慌てずによく噛んで食べるのよ』

 

 里香からそんな返信があり、明日奈はついでにユウキへの伝言を頼もうかと思ったが、

さすがにもういないだろうと考え、それはやめておいた。

 

(きっとまた会えるよね)

 

 その言葉が実現するのは、自作ソードスキルシステムが実装された後となる。

 

 

 

「こんにちは!」

「こんにちは、いい天気ですね」

「あ、ども」

 

 丁度その頃ユウキは、インしてきたキリトとリズベットと丁度すれ違ったところであった。

知らない人にもちゃんと挨拶をするのはハチマンの教育の成果だろうか。

 

「なぁキリト、今の娘だが……」

「お、キズメルも気付いたか」

「ああ、正直剣に愛されているなと感じた」

「そこまでか……あいつが成長した時が楽しみだな」

 

 そんな二人の会話を聞いていたリズベットが、きょとんとしながらこう尋ねてきた。

 

「え、何の事?」

「今すれ違った彼女がさ、多分相当強いだろうなって」

「へぇ、そうなの?」

「ああ、装備からすると多分コンバート組だろうな、腕に対して装備が弱すぎる」

「よくそういうの分かるわよね……」

「リズも剣の良し悪しは分かるだろ?あれと一緒さ」

「ああ、そう言われたら私も納得かも」

「だろ?」

 

 こうしてキリトとリズベット、そしてキズメルにも鮮やかな印象を残しつつ、

ユウキは街へと走り去っていった。

 

 

 

「で、学校の方はどうなんだ?」

「うん、毎日楽しいよ。あ、これ美味しい、お母さん、今度作り方を教えて」

「別にいいわよ、でもこれを八幡君に食べさせる時は、

お母さんに作り方を教わったってちゃんと正直に言うのが条件よ」

「お母さん、八幡君の事が大好きだよね……」

「お、お父さんだって負けてないからな!」

「まったくうちの両親は……」

「そういうお前が一番八幡君の事が大好きだろ?」

「兄さんうるさい、さっさとフカちゃんの親戚と結婚しなさい」

「言われなくてもするっての!」

 

 結城家の食卓がこんなに賑やかになったのは、つい最近の事である。

昔はほとんど会話もなく、明日奈にとっては苦痛でしかなかった食事の時間も、

今ではすっかり幸せな時間へと変貌していた。

そのせいなのだろうか、実は明日奈の食事量は昔と比べて確実に増えていた。

その過剰な栄養が胸に回った為、明日奈は他人よりもやや遅れた成長期を迎え、

最近胸のサイズがどんどん大きくなっているのである。

同時に体重も増えているのだが、明日奈はそれほど気にしてはいない。

まだ世間一般から見れば、痩せている部類に入るからである。

 

「おい明日奈、お前、最近太ったんじゃないか?」

「兄さんは死ねばいいんじゃないかな?」

「お、お前な……」

「でも確かに明日奈は最近太ったように見えるわね」

「事実だからね、まあでもほとんど胸にいってるみたいだし、

世間一般と比べるとまだまだ痩せてるって言える数値だから大丈夫だよ。

このままいけば、ハル姉さんみたいになれるかな?」

「そうなれるといいわね」

「まだまだ希望は捨てないよ!」

「いや、それは無理だろ」

「だから兄さんは死ねばいいんじゃないかな?」

「お、俺の扱いって……」

 

 こんな会話を交わしながら、明日奈は食事を終え、洗い物を手伝おうと立ち上がったが、

そんな明日奈に京子が笑顔でこう声をかけた。

 

「明日奈、片付けは今日はいいから、早くお友達の所に戻ってあげなさいな」

「ありがとうお母さん!今日は甘えるね」

「その代わり、早く孫の顔を見せるのよ」

「もう、まだ早いってば!」

「あ、そっか、私、いい事を思いついたわ」

 

 突然京子がそう言い、明日奈は嫌な予感がした。

 

「な、何かな?」

「明日奈に今すぐ子供を産んでもらって、二人が就職するまでうちで育てるというのはどう?

もちろん結婚はその後でいいわよ、

結婚式に二人の子供が参列するなんて珍しくていいじゃない」

「親が未婚の娘に子作りを推奨しないで!」

「…………ケチ」

 

 京子は頬を膨らませながらそう言った。正直クールビューティーが台無しである。

 

「もう、子供じゃないんだから我侭言わないの!」

「はぁ、それじゃあもういいわ、明日奈、行っていいわよ、シッシッ」

「さっきと態度が違う!?」

 

 そう言いながらも明日奈は、笑いながら自分の部屋へと戻っていった。

 

「幸せだなぁ」

 

 明日奈はそう呟くと、表情を引き締めながらアミュスフィアをかぶった。

 

「さて、待たせちゃってるから早く戻らないと」

 

 そしてログインした後、アスナはきょろきょろと辺りを見回した。

 

「やっぱりいないか」

 

 そして近くにキリトとリズベットとキズメルの姿を見つけたアスナは、

嬉しそうな顔で三人に駆け寄り、開口一番にこう言った。

 

「ちょっと聞いてよ、うちのお母さんがとんでもない事を言い出したの!」

「え~?何だって?」

「それがね……」

 

 その少し後に、四人の楽しそうな笑い声がその場に響き渡った。

この日のアスナの幸せな時間は、その後もまだまだ続く事となった。



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第763話 Aランクミッション(取り込み中?)

 さて、古来よりどんな戦いも百戦百勝とはいかないものである。

当然ハチマンであろうと、確率は低いが負ける時は負ける。

今回はその稀有な例を見てみよう。

 

 

 

 何度かBランクミッションを達成し、チームワークもしっかりとしてきたハチマン達は、

この日、遂にAランクミッションに挑む事にした。

そのミッションの名は『バイオハザードが起こった研究所から脱出せよ』といい、

ストレートすぎてハチマンも呆れるくらい、定番中の定番ミッションであった。

 

「さて、初のAランクミッションだが、まあ俺達は今まで通り、出来る事をやるだけだ。

失敗しても構わないくらいの気持ちでとにかくリラックスしていこう」

 

 実はこの日のレヴィは二日酔い状態であり、モエカは前日の仕事が遅くまでかかり、

かなり寝不足であった。二人ともその事をハチマンに伝え、

時間をずらしてもらうなり何なりすれば良かったのだが、

下手に体力のある二人の事、きっと大丈夫だと安易に考え、

そのままこの日の攻略に参加する事となった。とはいえその考えもあながち間違いではない。

レヴィにしてみれば、戦場にいる方がもっと過酷であり、

モエカはターゲットの張り込みなど、この程度の寝不足はしょっちゅうであったからだ。

とはいえこの日、二人のテンションが妙に高かった事は間違いない。

 

「うん、まあ王道よね」

「あっはっは、俺、こういうの昔の映画で見たぜ」

「ゾンビものの基本」

「まあそういう事だ、よし、行くぞ」

 

 ステージを開始して直ぐに場面が切り替わると、そこは病室のような場所であり、

四人が四人とも革のロープでベッドに拘束されている状態であった。

 

「………まさか全員が拘束された状態からスタートとはな」

「まあありうる状態じゃない?」

「そう言われるとそうだけどな」

「でもまあこれだけあからさまだと逆に分かりやすくていいじゃねえか、

近くに必ずヒントがあるはずだしよ」

「まあそういう事になるよな、よし、とりあえず周辺を観察だ」

 

 だがどんなに探しても、辺りにはそれっぽいスイッチも何も見つからなかった。

 

「一応あのロッカーの上に、ナイフっぽいのは見えるが……」

「誰か一人が脱出出来たらそれで全員解放出来そうね」

「問題はその最初の脱出方法だな、まさか時間じゃないだろうな」

 

 そのハチマンの言葉を聞いた瞬間に、ランがこう呟いた。

 

「別に一発クリアを目指してる訳じゃないんだし、

もしここで一番にこの拘束から抜け出せたら、ハチマンを襲うのはありかしら……

もちろん怒られると思うけど、別に実害がある訳じゃないし、

所詮ゲームの中での出来事よね……」

「おいこらラン、こんな時に何を言ってやがる」

 

 そう言われたランは、慌てたようにこう答えた。

 

「あ、あれ?今私、口に出してた?」

「おう、バッチリとな。後でお仕置きが必要だな」

「………」

 

 だがランはその言葉に何の反応も示さず、何か考え込んでいた。

 

「ん、何だ?」

「ううん、どうせお仕置きされるんだなって思って」

 

 その瞬間にハチマンは、自分の失敗を悟った。

結局お仕置きされるんだなと思ったランが暴走する未来が見えたからだ。

 

「あ、いや、しないしない、考えるだけなら自由だ、俺はお前の内心の自由を保障する」

 

 慌ててそう取り繕ったハチマンであったが、ランは何も反応しない。

 

(まずい……こいつなら本当にやりかねん)

 

 そう考えてハチマンは顔を青くした。

こういう場合、誰か一人がランダムに選ばれて先に自動で解放されるのは、

ゲーム的に十分ありうる展開だったからだ。

 

「レ、レヴィ、モエカ、頼むぞ、絶対にアイよりも先に拘束から逃れてくれ、

これで確率は四分の三になるから大丈夫なはずだ」

 

 そう言ってハチマンはレヴィとモエカの方に顔を向けたが、

二人もまた無言であった為、背筋を寒くする事となった。

 

「お、おい……」

 

 ハチマンはこの状況にかなり焦った。だが幸いな事に、天はハチマンに味方した。

 

 カチッ

 

 そんな音と共に、ハチマンの体を拘束していたロープが根元から外れたのだ。

これは強運のように見えて実はそうではない。

元々リーダーの拘束が時間経過で外れるような仕様だったからだ。

 

(ふう、これでやっと攻略に専念出来るな)

 

 ハチマンはロープを解きながらそう考え、三人の拘束を外す為にナイフを手にとった。

 

「よし、今解放してやるからな」

 

 そこでハチマンは、ピタリとその動きを止めた。

 

(これはもしかして、

最初に解放した奴が俺に襲いかかってくるなんて事があるんじゃないのか?)

 

 そんなハチマンの躊躇う様子を見たレヴィが、首を傾げながらこう尋ねてきた。

 

「ボス、どうかしたか?」

「あ、いや、悪い、このまま誰かの拘束を解いたら、

そいつに俺が襲われるんじゃないかなんておかしな事を考えちまった、

そんな事あるはずないのにな。今拘束を解くから待っててくれ」

「あははははははは」

 

 ハチマンは笑顔でそう言い、レヴィは面白そうに笑ったが、

笑っただけでそれ以上何も言わない。

 

「………おい?」

 

 だがレヴィはやはり何も言わない。

ハチマンはまさかと思い、モエカとランの方を見た。

ランは先程と変わらず静かにしており、、

モエカはいつも以上に無表情で、何を考えているのか分からない。

 

(こ、これは大丈夫なのか?)

 

 ハチマンは悩みに悩んだ末、ランの方に向かった。

 

 その理由は簡単である。この限定的な状況だと、

レヴィとモエカには遅れをとる可能性がある。ここはALOではないからだ。

だがランが相手なら、ランがコンバートしてきたが故にステータスこそ上を行かれるが、

素手の戦闘技術においてそうそう遅れはとらない、ハチマンはそう考えたのである。

 

「う………」

 

 ランもランで、拘束状態ではなく自由に動けるハチマンを自分が抑えるのは難しいと考え、

そんなうめき声を上げた。その声を聞いたハチマンは、心の中で安堵した。

 

(さすがのこいつらも、こうなったらふざけるのをやめて、

真面目にクリアを目指してくれるだろう)

 

 だがハチマンは勘違いしていた。

ランがうめき声を上げたのは、単にハチマンを独占出来なくなったからだったのだ。

そうなると手は一つである。

 

(ここは三人でかかるしかないけど、二人がどう考えているのかが判断出来ない。

ここは私がキッカケとなって、二人を覚醒させるしかない場面だけど、下手な行動をとると、

ハチマンに気付かれて真面目にゲームをクリアすると約束させられてしまうかもしれない。

つまり大事なのはタイミング、二人が解放された瞬間に、

二人にキッカケを与えつつ、ハチマンの脳に空白を作れればベストね、

そうなると私に出来る事は……)

 

 ランはハチマンに鍛えられた事により、以前よりもよく周りを見て、

よく考えるようになっていた。とんだ皮肉な事態である。

 

(よし、決めた。あとは細心の注意を払って……)

 

 ハチマンが多少警戒しているように見えた為、ランはあくまでも真面目な風を装い、

ハチマンに余計な事を言わせないように気を付けていた。

もしここでハチマンが一言でもゲームのクリアを目指す的な事を言ってしまえば、

その性格上、ランはその指示に逆らう事はしたくなかったからだ。

それはレヴィとモエカも同様であったが、遂にハチマンはその言葉を口にしなかった。

警戒しすぎて極力喋らないようにした、ハチマンのミスとは言えないミスである。

 

「それじゃあランから順番に三人を解放していくぞ」

 

 ハチマンはそう言ってランを解放した。

ランはハチマンに何かするようなそぶりはまったく見せず、

う~んと伸びをすると、ハチマンにこう言った。

 

「それじゃあ私は今のうちに室内をチェックしておくわ」

「おう、頼むわ」

 

 そしてハチマンはモエカを解放し、最後にレヴィを解放しようとした。

丁度その時ランが戻ってきてハチマンにこう報告した。

 

「ハチマン、私達が寝かされていたベッドの下に、私達の武器が貼り付けてあったわ」

「へぇ、拘束から解放される手段が簡単なのは、そういう事だったか」

「どういう事?」

「多分あっさりと拘束から解放する事により、この部屋は全然重要じゃないと思わせて、

室内の探索をしないまま外に出させるように仕向けたかったんじゃないか?

わざとナイフが一本目立つところに置いてあるのもその一環かもしれないな」

「ああ、いかにもありそうな手口ね」

 

 そう言いながらランは、メニューを開くような動作をしたが、

ハチマンは、所持アイテムの確認でもしてるんだろうなと思い、特に何も言わなかった。

 

「さて、最後になっちまったがレヴィを解放するぞ」

 

 そしてハチマンは、レヴィの拘束を解いて振り返った。

見るとランが慌しくメニューを操作しており、ハチマンもさすがにそれを訝しく思った。

 

「ラン、何をしてるんだ?」

「うん、邪魔されちゃったら困るなって」

 

 その言葉にハチマンの脳は一瞬真っ白になった。

だがそんなハチマンの視界の中で、モエカはハッとした顔をして、

ラン同様に忙しく手を動かし始めた。同時に後方からも、レヴィが何かしている気配がする。

 

(ヤバイ、ヤバイ、ウゴケ、ヤバイ)

 

 そう本能が激しく警鐘を鳴らしたせいで、

ハチマンは辛うじて一言だけ言葉を発する事に成功した。

 

「お、お前ら今一体何を……」

「さあ?」

「さすがはお嬢だぜ」

「千載一遇のチャンス」

 

 そう言って三人は、そのままハチマンに襲いかかった。

 

「「「いただきます」」」

 

 当然ハチマンは、三人に激しく抵抗した。

 

「いただきますじゃねえ!おいコラ離せ!」

「ちょっとくらいいいじゃない」

「おい馬鹿やめろ、俺の手を胸に押し付けるな!」

「減るもんじゃないからいいじゃねえかよ、

離してほしかったらそのまま指を動かして俺の胸を揉みやがれ!」

「どんな脅し文句だよ!くそっ、ふざけんな、ハラスメント警告さん仕事しろ!って、

ま、まさかさっきのは……」

 

 通常はとっくにシステムから警告が出ているはずなのだが、

いくら待てども警告が出る気配はまったく無い。

 

「うん、そのまさか」

「ハラスメント警告はさっきオフにした」

「そういう事かよ畜生!」

 

 ちなみにハチマンの側のハラスメント警告は当然機能していたが、

三人は巧妙に立ちまわり、警告を発動させるようなヘマはしない。

ハチマンは暴れたが、レヴィとモエカは戦いのプロであり、こういう揉み合いに滅法強い。

ランもランで、ハチマンの視界を塞ぐように手で目隠ししてくるなど、

レヴィとモエカの動きを邪魔しないようによく考えて行動していた。

そしてハチマンの手が何か柔らかい物に触れたが、ハチマンは状況を把握出来ない。

思い余ってハチマンが選択したのは、駄目元でモエカに助けを求める事だった。

この三人の中ではモエカが一番ハチマンの言う事を聞く可能性が高いと判断したからである。

 

「モエカ、お前は俺の味方だよな?助けてくれ!」

「もちろん味方、だから私はハチマン君に一番喜んでもらえる選択肢を選ぶ」

「お、俺に味方してもらえるのが一番嬉しいんだが!」

「違う、この手がそれを証明している」

 

 その瞬間にランがハチマンの目から手を離した。

見るとハチマンの手が触れていたのはモエカの胸であり、ハチマンは慌ててその手を離した。

 

「ほら、手が嬉しがってた」

「べ、別に嬉しくねえよ!?」

 

 そんなハチマンの目を、モエカはじっと見つめた。

ハチマンは慌ててその目を逸らし、その瞬間にモエカは口の端を僅かに持ち上げた。

どうやら笑ったらしい。

 

「やっぱり喜んでた」

「喜んでねえよ!?」

「ううん、喜んでた」

「だから……」

 

 そんな二人の仲のいい様子に嫉妬したのか、レヴィとランがこう声をかけてきた。

 

「私も背中から胸を押し付けてるんだけど!」

「もう片方の手で俺の胸も揉みやがれ!」

「うう、誰か何とかしてくれ!」

 

 その時入り口の扉がバタンと開いた。

ハチマンは、ここでまさかの助けが登場かと思って感動したように入り口の方を見たが、

その顔が一瞬で顔面蒼白になった。同様にランも、一瞬でその表情を変えた。

レヴィとモエカもそれを見て手を止め、入り口の方に振り返った。

 

「「あ」」

 

 そこには『取り込み中?』と聞きたげな感じで、

入り口から顔を覗かせるギガゾンビの姿があり、

四人は完全に硬直し、そのまま侵入してきたギガゾンビに、

順番にミンチにされていったのだった。

 

 こうして初めてのAランクミッションへの挑戦は、

四人の心に微妙なトラウマを残して終わる事となった。



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第764話 Aランクミッション(リベンジ)

「おいお前ら………いや、やっぱりいい」

 

 四人纏めてミンチにされ、ロビーへと戻ってきた一同であったが、

ハチマンは三人に文句を言いかけ、そしてやめた。

三人が死んだような表情をしていたからである。

 

「今日はここでやめておくか」

 

 さすがにそう口に出したハチマンの腕を、しかし三人はガシッと掴んだ。

 

「行きましょう」

「さすがにこのままじゃ終われねえ」

「このまま落ちても絶対に寝れない」

「そ、そうか、自業自得とはいえそこまで悔しかったんだな、それじゃあ行くか」

 

 そして四人はすぐさまリベンジへと向かった。

とはいえハチマンの言う通り自業自得なので、

リベンジというのは少し間違っているかもしれない。

 

 

 

 そしてステージは再びの拘束状態から開始された。

その状態でハチマンは、仲間達にこう指示を出した。

 

「先ずはやる事を確認するぞ、多分俺が最初に解放されるから、直ぐに全員の拘束を解く。

そしたらベッドの裏の武器を回収だ。そして一分ほど全員で室内に何か無いか確認し、

部屋を出てそのまま右に行く。さっきギガゾンビはドアの左から顔を出していたからな、

おそらくそっちに行くと鉢合わせしてしまうはずだ」

「「「了解」」」

 

 そして予定通りにハチマンが解放され、ハチマンは最速で全員の拘束を解いた。

 

「鉤付きロープを発見」

「手榴弾発見」

「孫の手発見」

「何で孫の手……皮すき発見」

「皮すきって何?」

「これだ」

 

 それは一辺が刀のように鋭くなっている三角形の金属板に、木の取っ手がついた物だった。

その尻の部分も金属で覆われており、ハンマーとしても使えるようだ。

 

「何それ?」

「塗装用の工具だな、シンプルなのに便利なんだぜこれ。

前に軽井沢で塗装の事を教えてくれた人が持ってたのを見せてもらったから知ってたわ」

「色々やってるのね……」

 

 そして一同は部屋を出て右へと進んだ。

予想通りギガゾンビの姿は見えなかったが、とにかく敵の数が多かった。

この道は一本道で、基本敵はいないのだが、

途中にある扉の中からゾンビがわらわらと現れるのだ。

そしてどの部屋の中を覗いても何も無い、という事が繰り返されていた。

だがどうしてもこの状態では部屋を調べない訳にはいかない為、

一同は噛まれて感染しないように注意しながら敵を殲滅しつつ進んでいった。

 

「ここまでのゾンビ、全員白衣を着てるよな」

「確かにね、それにしてもこの施設、研究員多すぎじゃない?」

「大企業」

「うちがモデルだったら笑えるな………よっと」

 

 そんな冗談を言いながらハチマンは、何匹目かのゾンビの首を刎ねたが、

直後に何かに気付いたような声を上げた。

 

「むっ」

「どうしたの?」

「いや、今倒した奴が変異種っぽかったんでな」

「あらそう?見た目じゃ分からなかったけど」

「随分と長い牙が生えてたんだよ、顎を突き破るくらいのな」

「うわ、本当だ、セイウちんと名付けておくわ」

「何だそりゃ、まあ他にも気になる所は無くもないんだが、とりあえず今はいい」

「ふ~ん、よく分からないけどまあ先へ進みましょう」

 

 そしてその一本道は遂に行き止まりとなり、その突き当たりにある扉を残すのみとなった。

 

「ここが本命じゃなかったらやばいな」

「ギガゾンビとやり合わないといけねえな」

「まあ今はフル装備だし何とかなるんじゃない?」

「そうかもだが……まあとりあえずここからだ」

 

 そしてハチマンが扉を開けた瞬間、中からいきなり変異種が現れた。

まるで犬のように四つん這いになっており、その口には巨大な牙が生えている。

 

「さっきの奴と一緒だな」

 

 その部屋にはその敵しかおらず、たかが一匹ではハチマン達に対抗出来るはずもなく、

その変異種はあっさりと倒される事となった。

 

「ふ~む」

「何?どうかした?」

「いや、こいつの着てる白衣が、な」

 

 ハチマンはそう言って、その白衣をしげしげと眺めていた。

その間に三人は部屋の中を調べたが、その部屋にも先へと続くルートは無かった。

 

「どうする?」

「さすがにこれだけ時間をかけちまうと、ギガゾンビが背後から来てもおかしくはねえよな」

「まああの部屋の滞在時間の長さがさっき襲われた理由だとは思うが、確かに怖いな」

「でも引き返すしかないかな?」

「途中までな、ちょっと確認しておきたい事がある」

 

 ハチマンはそう言って、来た道を足早に戻り始めた。

 

「どこに行くの?」

「最初の変異種がいた部屋だ。実はあいつの白衣だけ、ちょっとデザインが違ったんだよ。

でもまあ変異種特有の白衣なのかなとか思ってその場は放置しちまったが、

今倒した変異種の白衣は他の敵の着てるのと同じだったから、

何かある可能性が否定出来ないと思ってな」

「へぇ、よく見てるわね」

 

 そして最初の変異種がいた部屋に戻ると、ハチマンはその白衣をごそごそと探り始めた。

 

「………違いなんてある?」

「ん?ここを見てみろ、この袖のラインが一本多い。そして襟の形が違う」

 

 ランはそう言われてその白衣を凝視し、やっとその違いを理解した。

 

「こんなの普通気付かないと思う……」

「こういうのは違和感を感じ取るんだよ、覚えとけ」

「う、うん、分かった」

「お、あったぞ」

 

 ハチマンはその白衣のポケットから、何かカードのような物を見つけ出して取り出した。

 

「それは?」

「多分カードキーだな」

「でもそれっぽい扉は無かったわよね?」

「ああ、なので結局ギガゾンビのいる方に行かないといけないって事だな」

「うえぇ……」

「まあ動いてるとは限らないさ、覚悟を決めていくぞ」

 

 そして一同は、最初に拘束されていた部屋の前を通過し、

すぐに突き当たりにぶち当たった。だが今回のそのドアは、今までの扉とデザインが違う。

躊躇っていても仕方がないので、一同はそこから中に入った。

 

「うわっ」

「い、いた!」

「こんなに近かったんだ……」

 

 そこにはガラスの筒の中で眠る、ギガゾンビの姿があった。

 

「ハチマン、こっちの扉にカードキーのスロットがあるわよ」

「ここが出口か、しかしこいつはな……」

 

 その筒に繋がる機械にはタイマーのような物がついており、

そのタイマーは残り一分を切ろうとしている所だった。

 

「まさかこのタイマーがゼロになったらこいつが出てくるのか?」

「このボタンを押せば止まるんじゃない?」

 

 ランが指差すその先には、赤と青の二つのボタンがあった。

 

「かもしれないし、逆に早めに出てくるのかもしれねえぜ、お嬢」

「あ………そっか」

「こういう場合の定番か、赤の線を切るか青の線を切るかってか?」

「ど、どうする?」

「そうだな……」

 

 ハチマンは少し考えた後、ランに向かってこう言った。

 

「こうなったら最初にそのボタンを見つけたランに任せるさ、

何、失敗しても気にするな、その時はこいつとここでガチでやり合おう」

「私が決めるの?」

「おう、お前の好きにしちまえ」

「うん、分かった!」

 

 タイマーの残りは三十秒ほど、そしてランはボタンの前で一度目を瞑り、

その目をカッと開くと、そのボタンに手を伸ばしかけ、ピタリと止めた。

 

「どうした?」

「ど、どどどどうしようハチマン」

「だからどうしたんだよ」

「私ね、今はいてるパンツの色を選ぼうと思ったんだけど……

私今、メディキュボイドの中にいるからパンツを履いてないの!」

「心底どうでもいいわ!時間が無いんだよ、さっさと選べ!」

「どうでもいいとは何よ、ちょっとは興味を持ちなさいよ!」

「あはははは、あはははははは!」

「ぷっ………クスッ」

 

 レヴィとモエカもそのやり取りを聞いて、さすがに笑いを堪えられなかったようだ。

 

「さすがだぜ、お嬢」

「最高」

「最低の間違いだ、モエカ」

「ああもう、それじゃあどうすればいいってのよ!」

「お前の好きにしろ、この際時間切れでも仕方ない、そうなったらなったで戦うだけだ」

「むむむむむ」

 

 ランは尚も悩んでいたが、残り十秒を切った時点でその顔がパッと明るくなった。

 

「そうか、これよ、これしかないわ!」

 

 そしてランは何を考えたのか、赤と青のボタンを『同時に』押した。

 

「え?」

「おお?」

「お、おいラン!」

 

 だがその瞬間にカウントが止まり、筒の中のギガゾンビの体が崩れ始めた。

 

「マジかよ………信じられん」

「あははははは、やっぱりお嬢は面白え!」

「どうやって決めたの?」

「えっとね、私がいつかハチマンに脱がせてもらおうと思って、

密かに準備してあった勝負パンツの色にしたわ!」

「……………要するに紫か」

「おお、エロいなお嬢!」

「褒めすぎよ、レヴィ」

「誰も褒めてねえよ!」

「か~~~ら~~~の~~~?」

「いや、変わらねえからな?」

「えええええええええ?」

 

 ランはそう絶叫し、その場に両手をついた。

 

「そ、そんな……自分でもちょっとエロすぎるかなと思った程のとっておきだったのに……」

「いや、ただ勝負パンツとか言われても、俺にはまったく想像出来ないからな」

「想像出来ないなら妄想くらいしなさいよ!」

「あ~はいはい、エロいエロい。レヴィ、モエカ、それじゃあ行くぞ」

「ちょっ、待って、私を置いていかないで!」

 

 そんなつれない態度をとりながらも、前を行くハチマンの口元はニヤケていた。

 

(ランはもしかして、恐ろしい強運を持ってるのかもしれないな、

いつかそれが救いになってくれればいいんだが)

 

 ちなみに赤のスイッチはギガゾンビの即時解放、

青のスイッチは時間を五分延長しての解放に設定されている。

どちらも押さなければカウント通りの解放だ。

このおそらく誰もが引っかかってしまう最初にして最大の難関を、

ランのおかげでクリアした一行は、かなり有利な状態でミッションを進められる事となった。



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第765話 Aランクミッション(成功?)

気が付いたら400万UAに到達してました、ありがとうございます!


 ハチマン達が扉を開けると、そこは左右に別れた通路になっており、

左は培養室、右は居住区という案内板が壁に付けられていた。

 

「培養室とか想像したくもないな……」

「必要なアイテムとかも無さそう」

「ここはやっぱり居住区?」

「だな、辺りを警戒しつつそっちに向かおう」

 

 しばらく進むと突き当たりに階段があった。その階段は上下に伸びており、

ハチマンは思わず舌打ちをした。

 

「チッ」

「どうしたの?」

「いや、さっきのギガゾンビの所にあったボタンといい、

このシナリオを作った奴は性格が悪いなと思ってな」

 

 その言葉に首を傾げる三人に、ハチマンはこう説明した。

 

「見てみろ、階段が上下に分かれてるだろ?つまり選択を間違えたら、

ここからの脱出はほぼ確実に失敗するって事だ」

「あっ」

「そういえばそうだな……」

「運命の分かれ道?」

「そういう事になるな、よしラン、またお前が選べ」

「ええええええええ?また私?」

 

 困った顔でそう言うランに、レヴィが笑顔で言った。

 

「大丈夫だお嬢、失敗したらしたでそれもまた楽しいってもんだ」

 

 そしてモエカもランの肩に手を置き、うんうんと頷いた。

そして最後にハチマンがこう言った。

 

「ラン、今日のお前には強運の星がついてる、何も考えずに本能のまま行動してみろ」

「本能のまま……本能、本能……」

 

 ランはそう呟いた後、ハッとした顔でハチマンを見て、直後にもじもじし始めた。

 

「や、やっぱり恥ずかしいよ、人の見てる前でハチマンとするなんて……」

「いいから真面目にやれ」

「あっ、はい………」

 

 ハチマンに冷たい目で見られながらそう言われ、さすがのランも反省し、

どちらを選ぶか真剣に考え始めた。

 

「上か下か……」

 

 そしてランは顔を上げ、真っ直ぐな瞳でハチマンに言った。

 

「上に行きましょう」

「おう、ちなみに理由を聞いてもいいか?」

「例えば女性のゾンビが出てきたとするじゃない、下から見上げれば、

そのゾンビのパンチラが拝めるかもしれないわ!これも全てハチマンの為の選択なのよ!」

「おうそうか、それじゃあ女ゾンビのパンツを見る為に上に行くか」

「やっ、ごめん、冗談、冗談だってば!………って、あれ?」

 

 ランはハチマンに叩かれるなり何なりされるだろうと予想してそう言ったのだが、

ハチマンは平然とランの指示に従って上へと向かって歩き出した。

 

「えっと……怒らないの?」

「何で怒るんだよ、さっきも同じようなくだらない理由でボタンを押したじゃないかよ。

そしてそれは正解だった、だったら今回も迷う事はない、俺はお前を信じているからな」

「ハ、ハチマン……」

 

 ランは感動した顔で、うるうるとした瞳をハチマンに向けた。

 

「後はお前が女ゾンビのパンチラを拝めれば完璧だな」

「私はハチマンに見て欲しかったんですけど!?」

「俺にはそんな趣味は無え」

 

 ハチマンはランの妄言をバッサリと切って捨てた。だがランは諦めない。

 

「肌色率がほぼ百パーセントのゾンビだったらどう?」

 

 ハチマンはその言葉に一瞬動きを止めたが、直後に呆れたような顔でランに言った。

 

「(無くもないが……)そもそも何故お前はそんなに女ゾンビのパンチラに拘るんだよ」

「ハチマン、今一瞬心が動いたでしょ!」

「気のせいだ」

「いいえ、絶対に心が動きました!」

「なるほど、構ってちゃんか」

「ぐっ……」

 

 その言葉は確かにランの痛いところを突いたらしい。

今のランは、とにかくハチマンに相手をして欲しがっていた。

ハチマンは何故かと考え、とある事実に思い当たり、鎌をかけるつもりでランにこう言った。

 

「ははぁ……そんなにユウがいなくて寂しいのか?」

「べっ、別にユウなんかいなくても私は平気ですし?」

 

 その反応から、その言葉がまさに真実を言い当てた事を悟ったハチマンは、

ニヤニヤしながらランの頭に手を置いた。

 

「そうかそうか、あっはっは」

「べ、別にそんなんじゃないから、本当だから!」

「お前にもそんな部分があったんだなぁ、うんうん、

しばらく俺達が一緒に遊んでやるからあまり寂しがるなよラン兎」

「何で兎?」

「知らないのか?兎は寂しいと死んじゃうんだぞ、

だから俺はお前を寂しがらせたりはしない」

「う、うぅぅ、そういう所がずるい!」

 

 ランはそう言って顔を赤くし、下を向いた。その直後にハチマンはピタリと足を止めた。

 

「ストップだ、上に何かいる」

 

 その言葉を聞いた瞬間にランのスイッチが切り替わり、ランは鋭い目を上へと向けた。

まだまだ甘いが、さすが一流の世界に足を突っ込みかけているだけの事はある。

 

「敵?」

「そうだな、まあでも足音からするといいとこ数体だろ」

「どうする?」

「とりあえず見極める、少し待ちだ」

 

 ハチマン達は、踊り場の角から上の階の様子を伺った。

ずるずるという音が徐々に大きくなり、そして姿を現したのは………

肌色率百パーセントの女研究員のゾンビであった。

そのゾンビ達はかなりミニなスカートを履いており、

その奥から色とりどりの布がチラリチラリと顔を覗かせていた。

その絵面だけ見れば確かに派手であり、

無表情な上に足を引きずっているのが微妙にエロさを感じさせる。

 

「「「「っ………」」」」

 

 四人は同時に絶句し、特にランは、え?本当に?みたいな表情をしていた。

自分で言った事が実現した形だが、さすがのランも、

これをネタにハチマンをからかう余裕も無いほど驚いているようだ。

 

「………まあこういう状況もありえなくはないと思ってはいたが」

「えっ、そうなの?」

「さっき無言だったのはその想定が頭に浮かんだからだ。

見てみろ、あの見た目なら、思わず攻撃を躊躇うプレイヤーもいそうだろ?」

「あっ、確かに……しかもパンツに目がいって瞬殺される馬鹿も絶対いそう!」

「………表現はともかくまあそういう事だ、このステージを設計した奴は本当に性格が悪い」

「私達には関係ないけどね」

「まあそうだな」

 

 ハチマン達はそのまま問題なくその肌色ゾンビ達を殲滅した。

この中に、見た目が普通だからと躊躇うような甘い者はいない。

 

「さて、これで地下四階までは来れたが……」

「左右どっちの通路も見渡す限り、ずっと続いてるね……」

「ここまで広いとさすがにだるいな」

「どうする?」

「そうだな……手持ちのアイテムからするとワンチャンあるかもしれん、

ここは一つ、ショートカットするか。おいラン、もう一度お前の強運を見せてくれ」

「えっ、失敗したらって考えたら微妙に嫌なんだけど」

「大丈夫だ、今度こそ失敗しても何も問題はない、ある事を試すだけだ」

「ある事って?」

 

 ハチマンはそう問われ、天井を指差した。

 

「手榴弾で天井を爆破して、鉤つきロープで上に上がる」

 

 その言葉にランは絶句した。レヴィは面白そうに口笛を吹き、

モエカは黙って手榴弾と鉤つきロープを取り出した。

 

「という訳で、お前の勘にピピッと来る場所を探してくれ」

「はぁ、別にいいけど、本当に適当に選ぶからね!」

「それでいい」

 

 ランはそのまま先頭に立ち、上を見ながら歩いていく。

やがて立ち止まったのは、何の変哲もない通路のど真ん中であり、

しかもランの視線は真横を向いていた。

 

「この向こうからラブコメの波動を感じる」

「ラ波感?何だ?」

「分からないけどとにかくラブコメ、でも外に出れそうな気がする」

「上じゃなく横か………」

 

 さすがに遮蔽物も何も無いこの場所で手榴弾を使うのはリスクが高いように思われた。

四人はどうすればいいか相談し、皮すきを力任せに壁沿いの地面に斜めに突き刺し、

そこに手榴弾をセットして、ピンに鉤つきロープを引っ掛け、

そのロープの先をハチマンの腰に巻き付けた。

 

「使い道が無さそうな物でも、工夫すればそれなりに何とかなるもんだな」

「後はお願いね」

「おう、とにかく全力で走るわ」

 

 そしてハチマン一人が手榴弾の所に残り、三人は遠くに避難し、その場に伏せた。

そのままクラウチング・スタートの要領で走り出したハチマンが、

一気にトップスピードに乗った辺りで手榴弾のピンが抜けた。

そのままハチマンは、三秒後に三人が伏せている場所まで到達し、同様にその場に伏せた。

 

 バンッ!

 

 その音から、どうやら思ったよりも威力が抑えられていたようではあるが、

手榴弾は問題なく爆発し、壁にぽっかりと穴が開いた。

 

「さて、奥はどうなっているのやら」

「ラブコメの波動が強くなった!」

「本当かよ……」

 

 四人はそのまま壁の穴を潜り、その奥へと足を踏み入れた。

そこは宿直室的な部屋なのだろうか、水道があってトイレやシャワーがあり、

そして部屋の隅に置かれたベッドには、一人の女性がぐったりと横たわっていた。

 

「あれってゾンビか?」

「どうだろう」

「よし、せっかくだしこの残った孫の手でつついてみるね!」

 

 ランはそう言って一歩前に出た。そのまま慎重にその女性に近付き、

孫の手でその女性の胸をもにゅもにゅした。

 

「おお、ナイスな巨乳、まるで生きているような弾力!

でもどうやら動かない方の死体で間違いないみたいね」

「…………おい」

「ちょ、直接じゃないからセーフ、セーフよ!!」

「お前は本当にブレないよな」

 

 そう言いながらもハチマンはその物言わぬ死体に近付いた。

見るとその手に何かが握られている。

 

「ん?写真か?」

「あっ、そこから強いラ波感!」

 

 それは小さな写真立てであった。そこに飾られていた写真は………

 

「あれ、これってボスと大ボスじゃねえの?」

「どう見ても事後」

「ハ、ハチマンの浮気者!」

「んな訳ねえだろ!何だこの捏造写真は……」

 

 それは裸で眠る男性と、胸を布団で隠しながら嬉しそうに微笑む女性の写真であり、

二人は完全無欠の愛し合うカップルに見えた。

ところがその顔はどこからどう見ても八幡と陽乃の顔であり、

ハチマンはその写真を見て、慌ててその死体の顔を見た。

 

「姉さん……」

「うお、マジだ、これって大ボスの死体かよ」

「という事は……」

「このミッションの考案者って……」

 

 そしてハチマンはぷるぷると震えながら、絞り出すような声で言った。

 

「そうか、道理で道中の端々から、考案者の性格の悪さがにじみ出てる訳だ……」

「って事は出口はここね!」

 

 そう言いながらランが、いきなりそのベッドをずらした。

見るとそこにはポッカリと穴があいている。

 

「おお?凄えなお嬢!」

「どうして分かったの?」

「えっとね、多分私なら、愛するハチマンをこの部屋から逃がして、

その入り口をベッドで隠して死んでもそこを守るかなって」

 

 そう言いながらランはドヤ顔でハチマンの方を見た。

ハチマンは苦笑しながらランの頭に手を乗せ、こう言った。

 

「そういう場合、そこで死体になってるのは俺だと思うぞ」

「あっ、た、確かにハチマンならそうかも!」

「まあでもこの部屋が、今ランが言ったようなシナリオを前提に作られたのは確かだろうな、

とりあえず中に入ってみるか」

「うん!」

 

 そしてレヴィが笑顔でこう言った。

 

「まさかこれで終わりなんて事はさすがに無いと思うけどな!」

 

 その一分後、レヴィは呆然とした顔でこう言った。

 

「さすがにあったわ」

「レヴィ、日本語が変」

「仕方ないだろモエモエ、さすがにこれは想定外すぎるだろ」

 

 その抜け穴はそのまま外へと通じていた。あと一歩踏み出せばクリア認定されるであろう。

 

「まああの部屋までたどり着くのに本来ならもっと苦労するんだろうな」

「ああ、確かにそうか、って事は、やっぱりお嬢凄えって事になんのか」

「ありえない強運だな、まあこれが続けば大したもんだが」

「続くに決まってるじゃない!」

 

 そう言ってランは一歩を踏み出し、このAランクミッションはクリアされた。

 

 

 

 後日談。

 

 その次の日、別のAランクミッションに挑んだ四人は、今度は死ぬ程苦労する事になった。

何とかミッション自体はクリアしたが、ランの選択がことごとく裏目に出た為である。

 

「な、何でこうなるの!?」

「まあこんなもんだろ、お疲れさん」

「納得行かないいいいいいいい!」

 

 あの日の強運は、陽乃の執念がランに乗り移りでもしたせいだったのだろう。

それ以降、ランの身にあの日ほどの強運が舞い降りたのは、たった一度だけである。

その時八幡は日本にはいない。



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第766話 お仕置きの時間

 Aランクミッションをクリアした次の日、八幡はソレイユ本社にいた。

 

「あっ、八幡……様、お帰りなさいませ」

 

 八幡の顔を見たかおりは、思わずいつものように話しかけようとし、慌てて言い直した。

 

「かおり、そういうのはいいから」

「てへっ」

 

 かおりはそう言って自分の頭をコツンと叩き、

八幡はそんなかおりに対し、妙に真面目な顔を向けた。

 

「な、何?」

「かおり」

「う、うん」

 

 かおりはその真剣な眼差しに思わず頬を赤らめた。

直後に八幡は、とても優しい笑顔を見せながらかおりにこう言った。

 

「てへっ、は俺達の歳だともうきついと思うから気を付けろよ」

 

 かおりはそう言われ、一瞬固まった後、拳を握ってぷるぷると震え出した。

 

「そ、そんなの分かって………って、あれ?える、八幡は?」

「八幡さんなら凄いスピードで逃げていったよ」

「くっ、相変わらず逃げ足が速い……」

「ほらほらかおり、仕事仕事!」

「あっ、いらっしゃいませ、ソレイユへようこそ!」

 

 こうして直ぐに切り替えられる辺り、かおりの成長のほどが伺える。

 

「さて、本丸へと向かう前に裏をとるか」

 

 八幡はそう呟くと、第一開発室へと向かった。

 

「おお?ハー坊、どした?何か用事カ?」

「あっ、八幡さ~ん!」

 

 そんな八幡をアルゴが出迎え、舞衣もこちらに手を振ってきた。

この第一開発室を使っているのは基本、アルゴと舞衣、そしてダルだけである。

他の者達は皆、新設された第二開発室にいる。

今はそちらが主力になっており、第一の方は本当に大事な部分だけを担当しているのだ。

 

「なぁアルゴ、ゾンビ・エスケープについて一番詳しいのは誰だ?

特に『バイオハザードが起こった研究所から脱出せよ』

っていうAランクミッションについてな」

「んん~?そのミッションだけうちで開発したはずだぞ、

担当したのは確かマイマイだったカ」

「ほう、わざわざ第一で担当したのか、しかも舞衣がな……」

 

 そう呟いた八幡は、舞衣のいたデスクの方を見たが、舞衣の姿はいつの間にか消えていた。

 

「あれ、おいアルゴ、舞衣はどうした?」

「ん?お~いマイマイ?あれ、ついさっきまでそこにいたよナ?」

「ああ」

 

 八幡はそう答えると、後ろ手に入り口の鍵をガチャッと閉めた。

 

「え………おいおいハー坊、乱交でもするつもりカ?」

「お前はもっと言葉をオブラートに包め」

「根が正直なもんでな、欲望には素直になる主義なんだヨ」

「………まあいい、とりあえず舞衣に用事がある、探すのを手伝ってくれ」

「ん~?あいヨ」

 

 一方こちらは八幡の口から『バイオハザードが起こった研究所から脱出せよ』

という言葉が出た瞬間に、少し離れた所にあるダルのデスクの下に隠れた舞衣である。

 

(やばいやばいやばい、まさかあの事が八幡さんに知られた!?

あそこに到達出来る人なんているはずないって思ってたのに……)

 

 陽乃に依頼されたとはいえ、ノリノリでプログラムを組んだ舞衣は、

そう考えて背筋を寒くした。

 

(ど、どっちだろ……確率は七分の一だけど……)

 

 実はあのゲーム内の陽乃の写真と姿は、

週に一度だけ舞衣の姿に変わるようにプログラムされていたのである。

それが舞衣がノリノリで作業を行った理由であった。

そして八幡とアルゴの足音が、コツコツと遠ざかっていった。

どうやら入り口から遠い所を探しているようだ。

 

(チャンス!今のうちにあの鍵を外して外に出さえすれば……)

 

 そう考えた舞衣は、デスクの下から出てこそこそと入り口へ向かって這っていった。

 

(あと少し……)

 

 そう思って取っ手に手を伸ばした舞衣の首根っこがいきなり誰かに捕まれた。

 

「ヒッ……」

 

 舞衣は慌ててその主を確認しようとしたが、

首根っこを押さえられている為に振り向く事が出来ない。

そして背中の方から今一番聞きたくない声が聞こえた。

 

「おう舞衣、床に這いつくばって具合でも悪いのか?

よしよし、俺が仮眠室へと運んでやろう」

「だ、大丈夫、ちょっと立ちくらみがしただけだから!」

「立ちくらみ?そうか、それじゃあ立ちくらみによく効くマッサージをしてやろう」

「ヒッ……」

 

 そして舞衣は、有無を言わさず八幡にお姫様抱っこされた。

 

「おいアルゴ、仮眠室だ」

「がってん承知だゼ!」

 

 そして三人はそのまま仮眠室に入っていき、

八幡は舞衣をベッドに横たわらせ、アルゴがその舞衣を背後から拘束した。

 

「さて、立ちくらみに効くツボはここだな」

 

 八幡はそう言って舞衣の足裏に指を当てた。

 

「い、痛くしないで……」

 

 舞衣は懇願するようにそう言ったが、八幡は顔色一つ変える事はない。

 

「大丈夫だ、これが終わればお前は今よりも健康になれる」

「痛くする事を否定しない!?

あっ、八幡さん、その位置だと私のパンツが見えちゃいますよ!」

 

 舞衣はあの手この手で、せめて足裏マッサージだけは避けようと試みたが、

八幡は尚も顔色一つ変える事はなかった。

 

「大丈夫だ、そういうのは他の奴で見慣れてるから」

「くっそおおおお、みんなの馬鹿馬鹿馬鹿!」

 

 そしてしばらくの間、仮眠室には舞衣の悲鳴と嬌声が響き渡り、

少し後に、アルゴが拘束するまでもなく、舞衣はぐったりとベッドに横たわった。

 

「な、なぁハー坊」

「ん?どうしたアルゴ」

「とりあえずノリで手伝ったけど、マイマイは一体何をしたんダ?」

「それを今から聞き出す、まあ大体分かってるんだけどな」

 

 そして舞衣の尋問が始まったが、舞衣は全く抵抗する事なく、

八幡の質問にスラスラと答えていった。

 

「ふぁ、ふぁい……確かに私があの写真と死体のプログラムを組みまちた……」

「なるほどなるほど、それは全部姉さんの指示って事でいいんだな?」

「そ、そうでしゅ……」

「分かった、忙しい中すまなかったな、俺は社長室に行ってくる」

「ふぁ、ふぁい……行ってらっしゃいましぇ……」

 

 舞衣は息も絶え絶えにそう答え、八幡は立ち上がった。そんな八幡にアルゴが言った。

 

「おいハー坊」

「ん?」

「オ、オレっちにも痛くないようにその、ちょこっとだけマッサージを頼む、

特に肩を中心にナ」

「分かった、でもちょっとだけだぞ」

  

 そしてアルゴは八幡に肩周りを揉まれ、極楽にいるような表情をした。

 

「これは気持ちいいナ……」

「ず、ずるい……」

 

 それを横で見ていた舞衣が、恨めしそうな目で言った。

 

「お前の体もかなり楽になっているはずだが……」

「確かにそうですけど!そうですけど!」

 

 そしてアルゴも少ししてふにゃふにゃになり、そんな二人を残して八幡は外に出ていった。

 

「マ、マイマイ、しばらく休憩ナ……」

「うん、どうせ立てないしね……」

 

(どうしよう、他のステージの事も早めに言って謝った方がいいのかな……)

 

 

 

 そして最終目的地である社長室に到着した八幡は、コンコンコンとドアをノックした。

 

「は~い、どうぞ~?」

 

 八幡はその声に従い中に入った。見ると陽乃はデスクに座り、

休憩しているのかのんびりをお茶を飲んでいる所だった。

 

「ちょっとお疲れみたいだな」

「ん~、まあねぇ、最近書類仕事が多くてねぇ」

「それなら俺が肩を揉んでやろう、こっちのソファーに座ってくれ」

「あら優しい」

 

 陽乃はそう言って、大人しくソファーへと移動した。

 

「さて、とりあえず肩のこりを集中的にほぐすか」

「うん、お願い」

 

 八幡は真面目に施術し、陽乃は気持ち良さそうに目を細めた。

 

「あっ、う~、いいわぁ、出来ればもうちょっと前の下の方をお願い」

「断固として拒否する」

「え~?そこが一番重いのに……」

「重いだけで凝ってはいないよな?」

「そんな事、触ってみないと分からないじゃない!」

「ああ、はいはい、きっと柔らかい柔らかい」

「昔は今程度の会話で顔を赤くしていたのに……」

「慣れたんだよ、今や姉さんの地位は絶対じゃない。

小猫や理央、レヴィに萌郁にマックス、まあ沢山いるからな」

「ぐぬぬぬぬ、私のアドバンテージが……」

 

 そんな会話で様子を見つつ、八幡は本題に入る事にした。

 

「そういえばゾンビ・エスケープって、うちが運営してたんだな」

「あら、言ってなかったっけ?」

「おう、さすがにそこまでは把握してなかった」

「もしかしてプレイしてみた?」

「ああ、この前Aランクミッションの、『バイオハザードが起こった研究所から脱出せよ』

を、苦労して何とかクリアしたところだな」

 

 その言葉に陽乃は一瞬動きを止め、探るようにこう質問してきた。

 

「あれはAランクミッションの中でも特に難易度が高いのに、よくクリア出来たわね」

「一度失敗したけどな。いやぁ、赤と青の選択で両押しとか鬼すぎんだろ」

「えっ?あそこでイモータルオブジェクトを排除出来たの?」

「イモータルオブジェクト?ああ、あのやばいゾンビの事か、ってか詳しいんだな、姉さん」

「ま、まあうちの製品みたいなものだし?」

 

 八幡にそう言われ、陽乃は慌ててそう取り繕った。

 

「で、その後はどうしたの?」

「ああ、普通に階段を上ってかなり長い時間うろうろさせられたが、

まあ何とか地上までたどり着いたわ」

「へぇ、そう、へぇ、それは大変だったわね」

 

 その八幡の言葉に陽乃はあからさまにホッとした表情を見せた。

そのせいで自己主張したくなったのか、陽乃はドヤ顔で八幡にこう言った。

 

「実はあのステージは私が設計したのよ!」

「マジか、最初に拘束された時にベッドの下に武器があるとか盲点で見逃しそうになったわ」

「ふふん、わざと目立つ所に武器っぽいナイフを置いて、目を逸らさせる心理的トラップよ。

って、武器も見つけたんだ?」

「まあ萌郁は優秀だからな」

「萌郁ちゃんも一緒なのね、へぇ、やるもんねぇ」

「ちなみに次のカードキーを見つけたのは俺だ」

「片っ端から敵を倒して何か持ってないか調べたの?」

「いや、あいつだけ制服のデザインが違ったからな、まあ分かりやすかった」

 

 その八幡の言葉に陽乃はぽかんとした。

 

「えっ、あれが分かったの?」

「違和感を感じたからな」

「くっ、生意気な……それじゃあ次のボタンの選択も八幡君が?」

「いや、あれはアイだな」

「アイ?ああ、眠りの森の?あの子も一緒なんだ?」

「あとレヴィな」

「それはまた凄いメンバーを集めたものね、戦闘に関しては余裕じゃない?」

「まあな、しかしボタンを両押しなんてよく思いついたな、

あれはさすがのオレも見抜けなかったぞ」

「ふふん、最初は赤と青、どっちにしようかって普通に考えてたんだけど、

その時つけてた下着が紫だったから、それで思いついたのよ!」

 

 その言葉を聞いた八幡は微妙な顔をした。

八幡が突っ込むと思っていた陽乃は、その態度に拍子抜けしたような顔をした。

 

「何で何も言わないの?」

「いや………ちょっと頭痛がしてな、アイが両押しを決めた理由も、

あいつの勝負パンツが紫だから、だったんだよ……」

「何ですって!?あなどれない子……将来的に私の一番のライバルになるかもしれないわね」

 

 八幡はその言葉に関しては完全にスルーした。

 

「まああの肌色率百パーセントなゾンビはどうかと思ったが……」

「健康な男の子は手が出しにくいでしょう?」

「まあ確かにな、俺は気にせず殲滅したが」

「さすがというか……後はそうね、地下二階のトラップなんだけどさ!」

「おう」

 

 その辺りについては八幡は未経験なので、適当な答えを返すだけとなった。

だが基本肯定肯定で押した為、陽乃は気分が良くなったのか、ずっと喋り続けている。

 

(そろそろ完全に油断してきてるな、話すのに夢中になってやがる)

 

 八幡はそろそろ頃合いかと思い、密かに持ち込んだ結束バンドで陽乃の手を拘束した。

袖の上からそっと拘束した為、陽乃はまだそれに気付いていない。

 

「足も疲れてないか?ちょっと見せてみろ」

「あ、うん、痛くしないでね?」

「分かってるって」

 

 八幡はそんな口実で陽乃の前に屈んで足を持つと、そのまま一気に両足を拘束した。

 

「な、何をするの?あ、あれ?いつの間に両手まで!?

もしかして私に欲情して、これから特殊なプレイに興じようとしてる!?」

「悪い姉さん、さっき俺は一つだけ嘘をついた」

 

 八幡はその陽乃の言葉も当然無視してそう言った。

 

「嘘!?私を愛してる、結婚してくれって言ったのは嘘だったの!?」

「おう、それも間違いなく嘘だな。でも今俺が言いたいのは、

実は俺達は、地下四階から直接地上に出たんだわ」

 

 八幡がそう言った瞬間に、陽乃の顔からぶわっと汗が吹き出した。

 

「え、えっと……」

「最初はショートカットしようと思って天井を手榴弾でぶち抜くつもりだったんだが、

地下四階の廊下でアイが、この向こうからラブコメの気配を感じるとか言い出してな、

試しに壁をぶち破ってみたら、あったんだよ………」

「な、ななな何があったの?」

 

 陽乃は顔面蒼白になりながらもそう尋ねてきた。

 

「姉さんが舞衣に作らせた捏造写真と死体だよ、この馬鹿姉が!」

「ひいいいいいいいいい!な、何でそんな神業を披露してるのよ!

あんなの絶対見つけられっこないのに!」

「絶対?本来はどうやってあそこに行くんだ?」

「ダ、ダストシュートから入るのよ!昔学校とかにあった奴!

上を目指してるんだから、普通下に戻ろうとする人なんかいないでしょう!?」

「なるほど、まあ運が悪かったな」

「どんな確率なのよ!ふざけるんじゃないわよ!」

「それはこっちのセリフだこの馬鹿が!」

 

 八幡はそう言って、陽乃の足を持ち上げた。

 

「今日は特別痛いコースな」

「ま、待って、直ぐにデザインを変えさせるから!ほんの出来心だったのよ!」

「それは大前提だっての!」

「あ………そ、そう、その体勢だと私のパンツが丸見えになっちゃうわよ、いいの?」

「舞衣も同じ事を言ったが、もう慣れたから別に気にしない」

「くっそおおおお、みんなの馬鹿馬鹿馬鹿!」

「セリフまで同じかよ」

 

 そして八幡は、容赦なく施術を開始した。

 

「い、痛い痛い痛い!死ぬ!」

「まあ痛くしてるからな」

「ごめんなさいもうしません!本当にしないから!」

「絶対だな」

「うん、絶対!」

「それじゃああと十分ほどで勘弁してやる」

「えええええええええ!?」

 

 そして十分後、陽乃はやっと拘束を解いてもらい、

ソファーに座ってぽろぽろと涙を流していた。

 

「う、うぅ……」

「もうやるなよ」

「う、うん……」

「社長、失礼します」

 

 丁度そこに薔薇が入室してきた。薔薇は号泣している陽乃を見てギョッとし、

八幡の方を見て、何故か顔を赤らめた。

 

「ご、ごめんなさい、もしかして事後?」

「んな訳あるか!」

 

 その後薔薇は八幡から説明を受け、何ともいえない表情で陽乃の方を見た。

 

「社長」

「何よ」

「他のステージにもそういう仕掛け、絶対ありますよね?」

 

 その言葉に陽乃はビクッとし、八幡は目を剥いた。

 

「何だと?」

「な、無い、無いよ?」

「信用出来ないな、おい小猫、舞衣をここに」

「分かったわ」

「そ、薔薇の裏切り者!」

 

 その後、全て白状させられた二人は泣きながらプログラムを修正し、

こうしてこの一件は、完全に解決する事となったのだった。



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第767話 ランの小さな幸せの時間

 この日は珍しくハチマンとランが二人きりであった。

二人はとりあえずといった感じで攻略準備用の小部屋を借り、

特に予定も何も決まっていなかった為、そこで雑談をしていたのだった。

今日はレヴィは陽乃の護衛に行っており、モエカはFBの仕事のヘルプに行って不在である。

 

「なあラン」

「何?ダーリン」

「お~いダーリンさん、呼んでるぞ~」

 

 ハチマンはそう言っておおげさな態度で周囲をきょろきょろと見回した。

 

「くっ、何?ハチマン」

「お前さ、俺達がいない時は何をしてるんだ?」

 

 そのハチマンの問いにランは、特に考える事もなくこう答えた。

というか、やっている事の種類が少ないので考えるまでもないのである。

 

「FランクやEランクのミッションを一人でやったり、ALOに様子を見に行ったりかしら」

 

 実にシンプルな生活であるが、ランはずっとこんな感じで暮らしている。

いずれ病気の事が落ち着いたら、現実社会に復帰する為に、

若干時間が必要になるであろう。

 

「ほう?装備はどうしてるんだ?」

「ああ、ゾンビ・エスケープには装備の預かり屋があるのよ」

 

 ここのハチマンは新規で作ったキャラなので、知らないのも仕方がないだろう。

 

「それは知らなかったな、あれ、そういえばALOの装備はどうしたんだ?」

「ユイちゃんに預けたわ」

「ユイちゃん?誰だ?」

「ハチマンの娘なんでしょう?」

 

 そのランの言葉にハチマンはギョッとした。まったく予想もしていない言葉だったからだ。

 

「なっ……お、お前、いつユイと知り合ったんだ?」

「前にヴァルハラ・ガーデンの周りをうろうろしてた時に、

買い物帰りのあの子と行きあって、それからの付き合いね、

結構街で話もしてるわよ、色々な話をね」

 

 そのランの説明に一つだけ思い当たる事があったようで、

ハチマンは微妙にこめかみをピクピクさせながら、ランにこう言った。

 

「この前ユイが、『パパ、つつもたせって何ですか?』

とか聞いてきたのはお前のせいだったのか」

「あ~………確かにそんな会話をしたかも」

「まったく、おかしな事をユイに吹き込むなよ」

 

 そのハチマンからの苦情に、ランは珍しく神妙な顔をした。

 

「それについては反省しているわ、甘んじて罰を受けましょう」

 

 そう言いながらランは、部屋の中でいきなり服を脱ぎ始めた。

 

「ばっ、お前、いきなり何してんだよ!」

「罰といえば、やっぱり全裸にしての辱めじゃない?」

「やっぱりって何だよやっぱりって!」

「でも心まではあなたの好きにはさせない!」

 

 ランは何故かノリノリになってそう言いながら何かのポーズをとった。

 

「………何のセリフだ?」

「特に決まった作品を元ネタにしてる訳じゃないわ、定番っぽい事を言ってみただけよ。

もちろんポーズも適当」

「なるほど、確かにあちこちで言われてそうなセリフだな。

まあいいか、別に罰とかはどうでもいいわ、そもそもその気になれば、

ユイはいくらでもそっち方面の勉強も出来るはずだしな」

「あれ、怒ってないの?」

 

 ランは意外そうな顔でハチマンにそう尋ねた。 

 

「ユイはああ見えて別に子供って訳じゃないからな」

「どういう事?」

「AIに大人も子供も無いだろ?」

「あっ!確かにそう言われるとそうかも……」

 

 ランはその言葉にハッとした。

 

「本来は男女の区別も無いわよね、そして………善悪も」

 

 ランはそう言ってドヤ顔をしたが、当然ハチマンはスルーである。

 

「物腰が子供設定なだけで、実際に子供って訳じゃないんだよな。

ユイは多分お前よりも耳年増だが、空気を読んでそういう事は話題にしないって感じか」

「か、体は子供、頭脳は大人……そして空気も読めるんだ、凄いなぁ」

 

 素直にそう感心するランに、ハチマンはニヤニヤしながらこう言った。

 

「お前と正反対だな」

「失礼ね、頭脳だって……」

 

 ランはそう反論しかけ、ハッとした顔をしてこう言った。

 

「ん?って事は、ハチマンは私の体を大人だと認めている事に?」

 

 その言葉にハチマンは、旗色の悪さを感じつつ、とりあえずこう返した。

 

「………訂正する、心も体もどっちも子供だ」

 

 実に苦しい訂正っぷりであり、当然そんな言葉には、ランは何の痛痒も感じない。

 

「もう遅いわよ、へぇ、そっかそっか、ハチマンってやっぱりムッツリなんだ」

「その表現には遺憾の意を表明するぞ」

「それって確か、残念に思うって事じゃなかった?」

 

 ここでランは、中々博識なところを見せた。

 

「あれ、よく知ってやがるな」

「まあハチマンに言われてちゃんと勉強もしてるしね」

「ああ、紅莉栖が先生役をしてくれてるんだったな」

「うん、凄く分かりやすいのよ」

「オレも前教わったからそれは知ってる」

 

 二人は改めて牧瀬紅莉栖の偉大さに思い至った。

その能力にはまったく疑う余地はない。

 

「で、話は変わるんだけど、ほら、私ってば今は自宅に戻れないじゃない?

ユウと鉢合わせしたらまずいし?」

「まあそうだな」

「でね、実はゾンビ・エスケープには、宿屋の類が一つも無いのよ」

「むっ、そう言われると確かにそうだな、

そうなるとずっとログインしたままのランにはちょっと困り物だな……」

 

 ハチマンはその事を失念していた自分の迂闊さを呪った。

年頃の女の子には確かにつらい状況である。

 

「まあ今までずっと寝ないでこのゲームをプレイしてたんだけど、

さすがの私もさ、ずっとこんな生活を続けてたらまずいんじゃないかと思う訳よ」

「まあ確かに良くはないだろうな、すまん、その辺りの配慮が足りなかった」

「なので何かいい宿代わりの建物があったら教えてもらってもいい?」

「オレもここの街にそこまで詳しいわけじゃないからな、

待ってろ、今知ってる奴に聞いてみる」

 

 ハチマンはそう言って、ゲーム内のメール機能を使って舞衣に連絡を入れた。

舞衣は仕事中なせいか、逆に直ぐに返信が返ってきた。

 

「………って返信早っ、ふむふむなるほど、よし、こっちだ」

「あ、何か見つかった?」

「おう、バッチリだ」

 

 ハチマンはそう言って歩き始め、ランもその後に続いた。

 

「この辺りはちょっと混んでるな、ラン、手を」

「う、うん」

 

 ランは頬を少し赤らめながら、差し出されたハチマンの手を握った。

 

(こうしてるとカップルに見えたりしちゃうのかな)

 

 そう思いつつもランは、ハチマンがどんどん賑やかな方に向かっているのを見て、

この辺りにそんな場所があったかと疑問に思った。

 

「何かどんどん街の中心に向かってるけど……」

「おう、ここの上らしい」

 

 そこは街の一番の中心地にあるビルの前であり、とにかく人が多かった。

 

「ここ?ここって有名なお店のネットショップ的なのばかり入ってるビルよね?

ここは基本リアルの商品の売り場なんじゃないの?」

「実はあまり知られていないが、

この上に下の店が共同で出してるレンタルスペースがあるらしい。

下の店のアイテムを、そこに自由に並べたり出来るらしいぞ」

「あっ、それってお試し的な感じで?」

「ああ、そういう事らしい」

「なるほどなるほど、まあそこまで長くこのゲームに滞在する訳じゃないし、丁度いいね」

「そういう事だな、それじゃあ行ってみるか」

 

 二人はそのままエレベーターに乗り、ビルの最上階へと向かった。

 

「ここ?」

「おう、ここらしい」

「思ったよりも人が少ないし、静かかも」

「まあ中は防音らしいから騒音の心配は無いと思うぞ。

とりあえず奥の目立たない場所を探すか」

 

 二人はその条件に合う部屋を見付け、その中に入ってみた。

 

「見事に何もないね」

「まあ待ってろ、ここをこうしてこうすると……」

「あっ、普通の部屋みたいになった」

「デフォルトのモデルルームの一つだな」

「へぇ、面白い」

「この部屋に住む感じでいいか?」

「うん、気にいった!」

 

 ランは嬉しそうにそう答えた。よくよく考えると、

ランは今までずっとユウキと二人で暮らしてきた為、一人暮らしは初めての経験なのである。

 

「とりあえずここは占有しておいたから、下の店に行ってみるか」

「うん」

 

 そして二人は下の階の有名な家具屋に入り、店内を色々回ってみた。

 

「お、展示品も変えられるのか、カタログにある商品は自由に呼び出せるらしいぞ」

「これじゃあそのうち店とかが無くなっちゃうね」

「全部こんな感じになるのかもな。まあ商品をそのまま持ち帰りたい人もいるだろうから、

売れ筋商品くらいは店に在庫として置いておくくらいはするかもだけどな。

それじゃあ部屋に置く家具を好きに選ぶといい」

 

 ハチマンはランにそう言ったが、ランはその言葉に首を横に振った。

 

「一緒に選ぼうよ」

「ん?別にお前の好きにしていいんだぞ?」

「一緒に選ぶのが楽しいんじゃない」

「まあそう言われるとそうかもだけどな、よし、それじゃあ一緒に選ぶか」

 

(今くらいは幸せを満喫してもいいよね、私に将来があるのかどうかまだ分からないんだし)

 

 ランはそう思いながらもハチマンと一緒に楽しい時間を過ごした。

 

 

 

「あ~、楽しかった」

「それじゃあ部屋に戻ってみるか、店で設置の設定をしたから、

きっともう室内が変化してるはずだ」

 

 二人はそのまま占有した部屋に戻り、中へと入った。

 

「うわぁ、素敵になったねぇ」

「かなりお高い家具も普通に選べたからな」

「壊す心配とかが一切無いってのもいいね」

「シャワーとかを使うのに、水道とかがまったく必要ないってのもゲームならではだよなぁ」

「とりあえずちょっとゆっくりしよっか」

「そうだな、のんびりするか」

 

 二人はソファーに座り、そこでのんびりとくつろいだ。

ランはさりげなくハチマンにくっつき、幸せを満喫していた。

 

「ん、誰かから連絡が入ったみたいだな」

 

 スマホからここに転送する設定にしてあった為、

丁度その時ハチマンに誰かからメールが届いた。

それを見たハチマンは、安心したような顔でランにこう言った。

 

「どうやらスリーピング・ナイツがやっと動き始めたらしいぞ」

「本当に?」

 

 どうやらランは、何度か様子を見に行き、悩むユウキの姿を見て心配していたようだ。

 

「おう、今うちのレコンが密かに後を追ってる」

「本当に大丈夫なのかな、ちょっと心配」

「これからこっそりと様子を見にいってみるか?」

「うん、出来れば」

「よし、それじゃあレコンに詳しい場所を聞いてみるわ」

「ありがとう、ハチマン」

 

 こうして二人は再始動したスリーピング・ナイツがちゃんとやれているかどうか、

様子を見に行く事にしたのであった。



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第768話 第二十一層・迷宮区

 夜遅くまで、徹底的な話し合いを行ったスリーピング・ナイツは、

基本的に現段階では金策を優先する事とし、

リツにもらったリストを見ながら集めてきた情報と照らし合わせ、

ネット等も駆使して狩り場の選定を進めていた。

 

「品薄の素材を中心に狙うのはまあ当然として」

「でもそういうのをドロップする敵が出る狩り場って人気じゃないの?」

 

 そのノリの当然の疑問に答えたのはタルケンだった。

 

「本来ならそうなんだけど、今はほら、人がトラフィックスの方に流れてるからさ」

「ああ、みんなトラフィックスやアスカ・エンパイアの方に行ってるんだ」

「そっかそっか、それじゃあ今のうちだねぇ」

 

 ユウキも納得したようにうんうんと頷いた。

 

「うん、多分上位人気の狩り場は混んでると思うけど、

多少移動が大変な狩り場はすいてると思う」

「いっそそこでキャンプでも張って、可能な限り頑張ってみようか?」

「いいね、兄貴の言いつけには逆らう事になっちまうけど、

寝ずに集中してやれば相当稼げるんじゃね?」

「よし、それじゃあそれに該当する狩り場をタル、紹介して」

「うん、二十一層の迷宮区がいいかなって思うんだよね、

そこって水辺の狩り場らしいんだけど、すぐ近くに安全地帯もあるし、

何より兄貴達が一気に攻略しちゃったから、

中の情報があんまり広まってなくて、行くのは素材収集ギルドの人達くらいらしい」

「いいね」

「オーケー、それじゃあそこに行こう!」

 

 そしてスリーピング・ナイツは出撃し、その後をレコンが密かに付いていった。

 

 

 

 一方急いでALOに移動したハチマンとランも、

レコンからの情報を得て二十一層の迷宮区に向かっていた。

 

「今向かってるのってどんな狩り場?」

「迷宮区に隠し扉があってな、そこの奥に滝があるんだよ。

そこの川から敵が沸くんだが、一定距離まで川に近付かないと敵が沸かない上に、

その滝の後ろが安全地帯になってるっていう、ペース配分がしやすい狩り場だな」

「へぇ、そんな所があったんだ」

「まあ迷宮区の奥の奥だから、素材狩り専門ギルドくらいしか行かないけどな。

経験値だけ言えば、もっと効率のいい狩り場は沢山あるしな」

「なるほど、つまりあの子達は、金策を優先する事にしたのね」

「先に装備を揃えるというのはいい考えだと思うぞ」

「そうね、私もそうするつもりだったしね」

 

 そして二人はレコンと合流し、追跡役を交代した。

 

「悪いなレコン、こんな役目ばっかりさせちまって」

「いえいえ、それが僕の仕事ですから」

 

 ちなみにリツがスリーピング・ナイツに渡した資料を作成したのはレコンである。

情報を集め、纏め、そして仲間達にフィードバックするレコンの存在は、

今やヴァルハラ・リゾートの影の大黒柱と言っても過言ではない程大きいのである。

 

「それじゃあ僕はこれで」

「サンキューな、レコン」

「ありがとう、レコンさん」

 

 そして二人はスリーピング・ナイツを見守りながら、その後をついていった。

 

 

 

「本当に誰もいないな」

「それでもいつもは素材狩りの人がそれなりにいるらしいよ。

でもそれ系の人は、今は三十二層と三十三層の調査に出てるってリツさんが言ってた」

「ああ、階層更新がされたもんな」

「大忙しなんだろうね」

「さて、この辺りに隠し扉があるはずなんだけど」

 

 タルケンは地図を見ながら仲間達にそう言った。

 

「その地図もそうだけど、他の層の地図も、フィールド、迷宮区、ダンジョンって、

ほとんど網羅されてるよな」

「これって絶対ヴァルハラの内部資料だよね……」

「まあ直接もらったわけじゃないからセーフ、セーフ!」

 

 実際はローバー経由なのでアウトなのかもしれないが、それは言わぬが花であろう。

 

「あ、ここだここだ、この岩の裏に取っ手があるんだってさ」

「お、本当だ、これをえ~と……」

 

 ジュンがその取っ手を押したが扉は開かない。

 

「開かないね」

「押して駄目なら引いてみろってか」

 

 だが扉は開かない。

 

「って事は、まさかのスライド式か……」

 

 横向きに力を入れると扉は簡単に動き、奥へ続く道が現れた。

 

「しかしよくこんなのを見つけたよなぁ」

「噂だと兄貴は、ダンジョン内に罠とかがあると、何となく分かるらしいよ」

「えっ、そうなの?」

「近付くとおしりの穴がムズムズするとか……」

「そんな訳ないでしょ!」

 

 そのジュンの言葉が聞こえたハチマンは、スッと目を細くした。

 

「ジュンは今度お仕置きだな」

「うん、まあ今のは私も仕方ないと思うわ」

 

 冗談だったのだろうが、自業自得でお仕置きされるのが決定したジュンを先頭に、

スリーピング・ナイツはそのまま岩の洞窟を下っていった。

 

「奥から水音がするね」

「目的地は近いな」

「お、向こうに明かりが……」

 

 そこからしばらく歩くと開けた場所に出た。思ったよりも広い。

 

「おお、これは中々……」

「絶景かな絶景かな~!」

「よ~し、それじゃあとりあえず、滝の裏にあるっていう安全地帯に荷物を下ろそう!」

 

 ユウキの号令で、一同はそのまま滝の裏に続く道を上っていった。

 

「お、何か色々置いてあるな」

「あ、これってば、ユーザー共用アイテムって奴だ、

黒鉄宮にあったユーザー伝言板と一緒で、

一応アイテムの帰属権は設置したギルドにあるけど、

どなたでもご自由にお使い下さい、みたいな奴」

「おお、さすがは兄貴、このソファーとかかなりお高くね?」

「ふわっふわだ、ちょっと眠くなりそう」

 

 一同はしばらくはしゃいだ後、

少し休憩してから本来の目的を達成する為に戦闘準備を始める事にした。

こうなると出てくるのは、やはりランの話題である。

 

「しかしランは、いきなりだったね」

「一体どうしちゃったんだか」

「検査って言ってたんだから、そのまんまじゃない?」

「まあそうなんだろうけど、今頃兄貴といちゃいちゃしてたりしてな」

 

 そのジュンの言葉に真っ先に反応したのはやはりユウキであった。

 

「え~?ずるい!ボクだってハチマンといちゃいちゃしたいのに!」

「ユウキに男女のそういった機微なんて分かるの?」

「それくらいの知識はあるよ!子供じゃないんだからさ!」

「本当に?」

「当たり前でしょ、そもそもボクが何も言わなくても、

ランが勝手に恥ずかしい事を教えてくるし!」

「「「「「ああ~!」」」」」

 

 どうやらユウキの性教育の先生はランのようである。

それはそれで問題がありまくりそうだが、

こればかりはさすがに、ハチマンに教わったりする訳にもいかないのだ。

 

「そう言われると確かにそうだよなぁ」

「ちょっとユウキの将来が心配になってきた」

「うん、ボクもそんな気がしてきた……

もしかしてボクの知識って偏ってるんじゃないかって」

「ま、まあそれは今度兄貴に確認してもらえよ」

「う、うん、そうする……」

 

 場の空気はそのせいで若干暗くなりかけたが、

そこはリーダーの自覚の出てきたユウキが即座に立て直した。

 

「さて、準備を終わらせて、ひと狩りいこう!」

「おう!」

「だね」

「よ~し、頑張って稼ごう!」

 

 そして準備が整い、遂に狩りが始まった。

 

「無理なく自分達のペースで出来るのがいいな」

「ジュン、敵が足りない、もっと釣っていいよ」

「オーケーだ、まとめて行くぜ!」

 

 ジュンは打たれ強い為、しばらく川辺に留まり、

出来るだけ多くの敵を沸かせてから釣っていた。

ランがいなくともスリーピング・ナイツのチームワークはしっかりしており、

それを見ていたランは、悔しそうにハンカチを咥えた。

 

「キーッ、もっとピンチになりなさいよ!」

「お前、何しにここに来たんだよ……」

「でもこの形は私の理想じゃないから別にいいけどね」

 

 ランは急に真顔になってそう言った。

 

「理想?お前の理想って何だ?」

「ヒ・ミ・ツ」

 

 ランは腕で胸を寄せて上げて前かがみになり、

人差し指を自らの唇に当てながら片目をつぶり、そう言った。

だがハチマンは当然スルーである。

 

「ふ~ん、まあいいけどな」

「ちょっと、このかわいくて色っぽいランちゃんにちょっとはドキドキしなさいよ!」

「そういうのにはもう慣れた」

「くっ、これだからヴァルハラは……」

 

 ランはヴァルハラのメンバーについて詳しい訳ではないが、

他にはありえないだろうと推測し、そう言った。

 

「まあ見た感じ長丁場になりそうだ、キャンプ用の厚手のラグを持ってきたから、

こっちもごろごろしながら見守る事にしようぜ」

「何その気配り、もしかして私を落とそうとしてるの?

でもご生憎様、私はとっくに落ちてるのよ!」

「ふう、快適快適」

「だから人の話を聞きなさいよ!」

 

 ランはしばらくジタバタしていたが、やがて諦めたのか、

ハチマンの隣にごろりと横になった。

 

 

 

 そして数時間後、ぶっ続けで敵を狩っていたスリーピング・ナイツの動きが止まった。

 

「あれ、どうしたのかしら」

「ジュンがきょろきょろしてるな」

「敵の姿も見えないみたい、もしかして枯れた?」

「どうだろう、そんな事例は今まで一度も確認されてないが、まあ少なくともこの場所で、

あれだけのペースで敵を狩った奴らなんて今までいなかっただろうしな」

「あ、見てハチマン、川の中!」

 

 ジュンは気付いてないようだが、川の中から何かの背びれのような物が顔を覗かせていた。

その大きさは今までの雑魚の二倍くらいはあるだろうか。

 

「まずいな、何かジュンにピンチを知らせる方法は……」

「ここで出ていく訳にもいかないしね」

「まあ最悪出ていくけどな」

「う~ん、こっちにいる誰かが気付いてくれればいいんだけど……」

 

 その言葉にハチマンはハッとし、ランにこう言った。

 

「そういやお前達姉妹は、テレパシー的な繋がりは無いのか?」

「ハチマン、アニメの見すぎ」

「まあ駄目元でユウに念を送ってみろよ、何もしないよりはマシだろ」

「はぁ、分かった、やってみるわ」

 

 ランはそう言うと、ユウキに向かって念を送り始めた。

 

「川、背びれ、川、背びれ、川、背びれ……」

 

 その直後にまさかの事態が起こった。

ユウキが川の中にいるモンスターの存在に気付いたのだった。

 

「ジュン、後ろ!川の中に何かいる!」

「ええっ?あ、危ねえ!本当だ!」

 

 さすがのハチマンとランも、これにはびっくりであった。

 

「マジか……」

「嘘でしょ……?」

「今の反応だと、多分偶然だよな?」

「う、うん、テレパシー的なものを受信したようには見えなかったわね」

「でももしかしたらもしかするかもしれないが……」

「本人に確認したいわよねぇ」

「ああ、何かもやもやする」

「あ、見てハチマン、モンスターが姿を現したわ」

 

 見ると背びれがどんどん大きくなり、そのままのそりと何かが陸へと這い出した。

 

「………なんだあれ?」

「トカゲ?」

「でかい背びれだな、ああ、あれだ、スピノサウルスだったか?あれと似てるな」

「何それ、恐竜?」

「ああ、肉食恐竜だな」

「それじゃああいつの呼び名は『スッピん』にしましょうか。

それにしてもあの子達、大丈夫かしら……」

「相変わらずのネーミングセンスだな……まあ平気だろ、雑魚の沸きも止まったし、

フィールドボスやフロアボスよりは弱いはずだしな」

 

 そのハチマンの言葉通り、唸り声を上げて襲ってきたそのスピノサウルスもどきは、

スリーピング・ナイツによってあっさりと倒された。

 

「ふう、見た目ほど強くはなかったね」

「テッチ、タンクお疲れ!」

「まあ攻撃が噛みつきだけだったから楽だったよ、うん」

「誰か何かドロップした?」

「こっちは何も」

「こっちもよ」

 

 全員がそう言われ、ドロップ品を確認したが、誰も何も得てはいなかった。

 

「一応初物っぽい、どこにも載ってないよあんなモンスター」

「何なんだろうな……」

「まあ少し休もうよ、さすがに休憩したい」

「だな、そうしようぜ」

「そうだね、それじゃあそうしよっか」

 

 そのままスリーピング・ナイツは休憩の為に滝の裏に消えていったが、

直後に滝の方からこんな声が聞こえた。

 

「おおっ?」

「な、何これ?」

「一体どうなってるんだろ」

「もしかしてあの敵は、これのトリガーだった?」

「かも!ちょっとだけ休んだら、奥に行ってみようぜ!」

「しっかり準備もしないとですね」

 

 その言葉にハチマンとランは顔を見合わせた。

 

「ねぇ、今の会話って……」

「隠し通路でも出てきたっぽいな」

「私達も行ってみましょうか」

「だな」

 

 スリーピング・ナイツの戦いは、ここから第二ラウンドを迎える。 



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第769話 目覚める才能

「ここは……?」

「まず間違いなく未踏破エリアだね」

「何この景色、こんなの初めて見た……」

「多分上のフロアの木から、ここまで根が伸びてるイメージなんだろうね」

 

 そこは結構広い広場になっていたが、天井から木の根が床まで伸びてきている、

木の幹だけの森のような場所であった。

一応根から若干枝というか、根の先なのだろうが、そういった物が伸びており、

そこにちょっとだけ葉がついている。

 

「何ていうか、雄大な景色だねぇ」

「でも敵の姿は全然見えないね」

「もしかして採掘場とか採集場とかそんな感じなのかな?」

「それならそれで期待出来そうだけど」

「よ~し、それじゃあ手分けして……」

 

 ジュンが振り返ってそう言いかけた瞬間に、その体に凄まじい衝撃が走った。

 

「うおっ!」

「総員戦闘準備!」

 

 ユウキには何か見えていたのだろう、即座にそう指示が出た。

その言葉を受け、テッチが前に出た。

 

「くっ、HPがいきなり一割も削られたぞ……何だ?」

「分からない、でも何かが飛んできたのは確かだね」

「そうか、すまんテッチ、頼むわ」

「ここは任せて」

 

 テッチは盾を構え、仲間を守るように仁王立ちした。

その手に持つ盾に、ガン!ガン!と衝撃が走るが、

やがて効果が無いと分かったのか、その攻撃が止んだ。

 

「一時撤退!」

 

 ユウキが続けてそう指示を出し、スリーピング・ナイツは少し後方へと後退し、

それを後ろで見ていたハチマンとランも、慌てて後ろに下がった。

 

「ハチマン、どう思う?」

「少しだけ見えたが、あれは敵のダイレクトアタックだな」

「えっ、って事は、敵が突っ込んできてるって事?」

「ああ、しかしあのフォルム……あいつらはあんなに好戦的じゃないはずだが……」

「あいつら……?」

 

 ランはそう聞き返したが、ハチマンから返事はない。

ハチマンは下を向き、首を傾げながらぶつぶつと何か呟いていたが、

やがて顔を上げ、ランにこう言った。

 

「あれは多分、ラグーラビットの変異種だ」

 

 

 

「見てよこの盾、これって足跡じゃない?」

 

 敵の攻撃が届かないであろう距離まで後退した後、

テッチがそう言って、仲間達に自分の盾を見せた。

 

「マジだ、足跡だ」

「つまり敵は、目にも止まらぬスピードで飛んできて、この盾を蹴って戻ってるって事?」

「そういう事になるね」

 

 その盾には敵の足跡の形がハッキリと残されていた。

幸い盾が壊れるような事は無さそうだが、ジュンがくらったダメージからして、

一気に来られると非常にまずいと思われた。

 

「どうする?」

「敵の正体が知りたいね」

「とりあえず一匹斬ってみるしか……」

「あの早さで動く敵を斬るとなると、この中じゃユウキくらいしか可能性が……」

 

 他の者は自信がないのであろう、困ったような顔でユウキを見た。

 

「とりあえずやってみるよ」

「僕もフォローするから」

「うん、お願い」

 

 そしてユウキとテッチが前に出た。

テッチは危なくなったら直ぐに前に出るつもりで盾を構えたままユウキの隣に陣取り、

ユウキは体を半身にし、剣を青眼に構えた。

これならば敵が真っ直ぐ突っ込んできても、そのまま斬る事が出来る。

そして向こうから何かが飛来した瞬間に、ユウキは剣をその敵の前へと持っていこうとした。

だが中々その攻撃は当たらず、テッチの盾にガン!ガン!という衝撃が走り続けた。

 

「くっ……」

 

 それでもユウキは諦めずにチャレンジし、やっと一匹の敵をその剣で斬る事に成功した。

その瞬間にユウキのアイテムストレージに何かが加わった。

 

「オッケー、再度後退!」

 

 そして再び後方に下がった後、ユウキは自らのアイテムストレージを確認した。

 

「ん、何だこれ、ラグーラビットの肉だってさ」

「えっ?」

 

 その言葉にタルケンは驚愕した。

 

「ほ、本当に?」

「うん、タル、これが何か知ってるの?」

「それってS級食材の名前だよ、多分このゲームの中で、一、二を争う程値段が高いよ」

「えええええ?」

「マジかよ……」

「ほらここ、もらった資料に説明が書いてある」

 

 それによると、ラグーラビットはほとんどの階層の森エリアに存在するが、

性格は極めて臆病な上に慎重であり、仕留めるのは簡単ではないと書いてあった。

 

「極めて臆病………?好戦的の間違いじゃなくてか?」

「うん、これだとそうなってるね、って事は、これは大発見なのかも」

「でもこれを倒すのは至難の技だと思うな」

「僕もまったく自信がないです……」

「正直私も……」

「俺もだわ……」

 

 それでもせっかくのS級食材である。一同は駄目元でやるだけやってみようと思い、

テッチを中心にフォーメーションを組み、少しずつ前進した。

 

「来たっ!」

 

 こうしてスリーピング・ナイツの絶望的な戦いが始まった。

 

 

 

「S級食材?お高いの?」

「おう、とてもお高い」

「それはいいわね、でもあれを倒すのって、

剣を並べて防御壁を形成するくらいしか思いつかないんだけど」

「確かにそれは有効かもしれないが、ユウキならあんなの斬れるだろ?」

「ハチマンはそう思うの?」

「おう、多分あいつはまだ自分の才能がどこにあるか把握出来ていない、

あのベタ足がその証拠だ」

 

 見ると確かにユウキは待ちの体勢で、べったりと足を地面につけていた。

 

「確かにユウが調子がいい時は、もっと軽やかな気もするわね」

 

 

 

 当のユウキは攻撃を当てられない自分に若干怒りを感じていた。

 

「くそっ、くそっ、何で当たらないんだ……

ランならきっと、余裕でこんな奴ら、倒しちゃうと思うのに!」

 

 

 

「だとよ?」

「ユウは私を何だと思っているのかしら、私でもこれは難しいわよ」

「まあ今のお前には確かに難しいかもな」

「気になる言い方ね、今の私には?」

「おう、お前はまだまだ修行が足りないからな」

「それは認めるけど……あれ、でもユウは現時点でも斬れるの?」

「ああ、あいつが自分の剣というものを掴んだらな」

「ふ~ん」

 

 ランは面白く無さそうにそう言った。

まだそう簡単に自分がユウキに負けるとは思っていなかったからだ。

 

「きゃっ」

 

 その直後にハチマンがいきなり動き、ランの目の前に短剣を突きだした為、

ランはたまらずそう悲鳴を上げた。

 

「な、何?」

「油断するな、こっちにも来てるぞ」

「えええええ?」

 

 二人はそのまま後退し、ハチマンは近くにある草むらに手を突っ込むと、

そこから何かを拾い上げた。それは完全に目を回したラグーラビットであった。

 

「な、何その子、もしかしてそれがラグーラビット?」

「おう、あのままだとお前の顔面にぶつかるところだったからな、撃墜しておいた」

 

 ハチマンはそう言ってそのままラグーラビットにとどめを刺した。

 

「えっ?ぜ、全然見えなかった……」

「まあお前はよそ見をしてたから仕方ない、っと、ここでもまだ来るか」

 

 そう言ってハチマンは軽く短剣を振った。

その直後に再び後方で、ボスっという音がした。

どうやらラグーラビットが、また草むらに突っ込んだのだろう。

 

「どうやら敵は、徐々にこっちに押し寄せてきているようだな」

「今のは見えたわ、目の前で敵がぶっ叩かれて気絶してた」

「ほう、よく目をつぶらなかったな」

「うん、まあそのくらいは何とかね」

「それならいずれ、お前にも斬れるようになるさ」

「そうだといいけど」

 

 そしてハチマンは再びラグーラビットを拾い上げ、そのままとどめを刺した。

直接斬らないのは、ランに当たらないように角度を変えて弾いているせいである。

 

「やっぱりまだ私はハチマンの域には達していないみたいね」

「才能はあるんだ、まあ今はとにかく経験を積んでみろ」

「経験ね……」

「それにしてもユウの奴、いつまでああしてるつもりだ、

リズムが悪い、もっと調子がいい時の自分をイメージしろ」

 

 ハチマンは若干イライラしたような感じで少し大きめな声でそう言った。

 

「ハチマン、声、声!」

「おっと悪い、つい声が大きくなっちまった」

 

 

 

 だが予想外にその言葉に反応した者がいた、ユウキである。

ユウキは驚いた顔できょろきょろした後、仲間達に向けてこう言った。

 

「い、今ハチマンの声がした気がする」

「幻聴じゃね?こっちには何も聞こえなかったぞ」

 

 確かにジュンが言う通り、声が届くはずもないくらい、ハチマンとの距離は離れている。

 

「本当に聞こえたのか?」

「うん、リズムが悪いって。もしかしてこれ、愛の力かな?」

「さあ」

 

 他の者達はさすがに余裕が無いのか、何も言ってこない。

当のジュンもたまたまテッチの真後ろにいたせいで喋れただけで、

余裕がある訳でもないのでその返事はとても短かった。

 

「リズム、リズムか……」

 

 ユウキはそう呟きながら、突然鼻歌を歌い出し、一同を驚愕させた。

 

「ユウキ?」

「待って、今何か掴めそうな気がするんだ」

 

 そしてユウキは曲に乗って左右に細かくステップを踏み始め、

そんなユウキをテッチは必死に守り続けた。

 

 

 

「お」

「ユウの鼻歌が聞こえる……あれ、今度はちょっと体を揺すってる?」

「まさか俺の声が聞こえた訳じゃないだろうが、何か掴んだのかもしれないな」

「そうなの?あれでいいの?」

「ああ、ユウはあれでいい」

 

 ユウキは今や、完全に自分の世界に没頭していた。

 

「リズム、リズム、そっか、そういう事なんだね、ハチマン」

 

 そしてユウキはカッと目を開くと、まるで踊っているように左右にステップを踏み始めた。

 

「そこか」

 

 そう言うのと同時にユウキの姿が消えた。

もちろん実際に消えた訳ではなく、相手の軌道上に瞬発力だけで移動しただけであるが、

周りの者達には確かに消えたように見えた。唯一の例外がテッチである。

テッチはユウキの前にいた為に、いきなり目の前にユウキが現れたのをハッキリと見た。

 

「うわっ」

 

 その瞬間に、テッチの目の前に飛来した物体が真っ二つになった。

ユウキが斬ったのである。

 

「うおっ」

「先ずひと~つ」

 

 ユウキはそう言うと、

アクロバティックな動きをしながら次々と飛来する物体を撃ち落していった。

その姿はまるで、かつてGGOで銃弾の嵐を撃ち落しまくったキリトの姿に酷似していた。

ユウキはあの時のキリトと同じように一度たりとも足を止める事なく、

ずっと動き続けていた。

 

 

 

「よしよし、それだそれ、ユウはそうじゃなくっちゃな」

「し、信じられない……」

 

 さすがのランも、驚きに目を見開いていた。

 

「今のユウにはあれくらいの動きは出来るはずなんだよ、

まあでもお前とユウの間にそんな差がある訳じゃない、あくまで相性の問題だな」

「確かにユウはスピードタイプだものね」

 

 ランは若干悔しさを滲ませながらそう言った。

確かにハチマンの言う通り、今の光景を見た後でも、

ランはまだそう簡単にユウキには負ける気はしなかったのだが、

目の前で自分に出来ない事をやられると、相性のせいとはいえやはり悔しいのだろう。

 

「ねぇ、もしかしてユウの才能が開花し始めた?」

「そういう事になるんだろうな」

「くっ、私達は、とんでもないものを目覚めさせてしまったようね」

「ネタに走るな、お前はお前でユウに負けないようにもっと頑張れ」

「言われなくても!」

 

 ランはユウキを見て闘志を燃やしながらそう言い、ハチマンは一人ほくそ笑んだ。

 

(これは予想外にいい結果が出たな、二人ともここから急激に強くなっていくだろう)

 

 

 

「凄いなユウキ!」

「うん、凄く体が軽いんだよね、どうやらボクにはこういうのが向いてるみたい」

 

 仲間達の目から、今のユウキはとても大きく見えた。

何より安心感がすごい。まるでそう、ハチマンがその場にいるかのように。

 

「俺達も負けちゃいられないな」

「だね!」

 

 そんなユウキの姿が一同の心に火をつけたのか、

ユウキほどではないにしろ、他の者も何匹かのラグーラビットの撃墜に成功した。

スリーピング・ナイツは、新たなユウキのスタイルに合わせて生まれ変わろうとしていた。

 

 

 

「おう、あいつらもやるもんだな」

「くっ、このままじゃ私の居場所が無くなりそう」

「それは大丈夫だろ、ユウの奴、攻撃が間に合ってはいるものの、

右への反応が微妙に遅いからな」

「そうなの?」

「ああ、お前が隣で戦っている光景を思い浮かべているんだろう」

 

 そのハチマンの言葉通り、ランの目に、ユウキの隣で戦っている自分の姿が浮かんだ。

だがその動きはまったくユウキと噛み合ってはいない。

 

「私が動くイメージと合わないのだけれど」

「お前の方がハードルを上げられちまったみたいだな」

 

 その言葉にランは唇を噛み締めた。

 

「……こうしちゃいられないわ、もうあの子達は大丈夫そうだし、

私達も街に戻ってそのままゾンビ・エスケープに戻りましょう。

ハチマン、二人で戦闘メインのミッションをやりまくるわよ」

「へいへい、仰せの通りに」

「ほら、さっさと来なさい」

 

 こうしてユウキは覚醒し、ランはその後を追いかける事になった。

この日はスリーピング・ナイツが急激にその実力を増していく、

その記念すべきキッカケの日となったのである。




この時からユウキの戦い方が、アニメに近いスタイルとなりました。


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第770話 ラグーラビット狂想曲

「ユウキ、さすがにもうアイテムが持てない」

「そっか、それじゃあ今回はこのくらいにしておこうか。

また明日にでも来ればいいしね」

「いや、この狩り場に来るのは多分当分先にしておいた方がいいかな」

「何で?」

 

 そのタルケンの言葉にユウキはきょとんとした。

 

「いや、これ全部一度に売ったら、いくらS級食材でも絶対に値崩れするって」

「あ、ああ~!」

 

 過ぎたるは及ばざるが如し、

さすがにこれだけの量を、今までと同じ値段で売る事は不可能だろう。

その数実に三百七十二個、そのほとんどが、ユウキのストレージに入っていた。

 

「くそ~、やりすぎた?」

「まあ少しずつ売っていけばいいんじゃないかな?

数を絞ればそうそう値崩れしないっしょ」

「まあでもプレイヤー間取引は、需要と供給のバランスだしねぇ」

 

 そう呟いた直後にタルケンはハッとした顔をした。

 

「そうか、システムに売っちゃえばいいんだ!」

「システムに?どういう事?」

「うん、ALOにはNPCが経営する飲食店が沢山あるじゃない?

で、そこの食材ってどうやって調達していると思う?」

「えっと……」

「そもそも調達っていう概念があるのが驚きなんだけど。

普通は仕入れとかは関係なく、品切れ無しの無限在庫でしょ?」

 

 確かにノリの言う通り、通常NPCショップの商品は無限というのが定番である。

 

「一般的な料理はもちろん仕入れとか関係なく出てくるんだけど、

例えばこのラグーラビットの肉を使った料理なんかは、

プレイヤーが店に直接売ったら商品が売り出されるってシステムなんだよね」

「何それ珍しい」

「レア食材を手に入れたプレイヤーが、自分じゃ調理出来ない、でも食べたい、

って所からギャグで要望してみたら通ったって噂だよ」

「何その神運営」

「まあその辺りは兄貴の仕業って事にしとこうぜ、多分的外れじゃないだろうし」

「さっすが兄貴!さすあに!」

 

 実際のところこれは、キリトの要望だったりする。

 

「それよりも話の続き、続き」

 

 そうせかされたタルケンは、一気に話の核心に迫った。

 

「要するに色々なフロアを回って、ラグーラビットの肉を買取りしてくれる店を探して、

そこに分散して売っちゃえばいいんじゃないかって事」

「買取価格はどうなってるの?」

「前調べた事があるんだけど、スモーキング・リーフに売る値段の八掛けくらいだったかな」

「悪くないな」

「むしろそっちの方がこの場合は楽でいいかもな」

「でも義理を欠くのは反対かな」

「だね、とりあえずスモーキング・リーフには、値崩れするかもって伝えた上で、

通常買い取り価格の半分の値段で二十個くらい売ればいいんじゃないかな」

「まあそのくらいが妥当かな」

「でもその前に、やらなきゃいけない事があるんじゃないのか?」

 

 ジュンが真剣な顔でそう言い、一同に緊張が走った。

 

「な、何?」

「いいか、これはS級食材だ、そして何個か減ってもこの状況ならまったく問題ない。

要するに味見だ味見、とりあえず食ってみようぜ!」

「そ、そうか、そう言われると確かに……」

「危なく普通に全部売るところだったね」

「いやいや待って待って、それ以前にこれを調理出来る人なんてこの中にいるの?

仮にもこれ、S級食材だよ?」

 

 その言葉に一同は顔を見合わせ、がっくりと肩を落とした。

 

「無理ですね……」

「おいおいどうするよ、兄貴に頭を下げて、ヴァルハラの料理人に作ってもらうか?」

「うぐぐぐぐ、それは出来れば避けたいね……」

「って事は食えないのか?」

「少しお高くなると思うけど、やっぱり店に持ち込んで……」

「それしかないか……」

 

 一同は微妙に負けたような気分になったが背に腹はかえられない。

そのまま街に戻り、近場にあったレストランに駆け込んだ。

 

「お、いけるいける」

「これ、肉一つで何人前いけるんだろ」

「気にしない気にしない、人数分いっとけ!」

「そうだね、どうせ売るんだしね」

 

 そして人数分の肉を売った一同は、料理の値段をチェックした。

 

「お、これって肉一つで二人前くらいになるのか?」

「値段的にはそうかも」

「なら資金も余裕だな、早速注文しようぜ」

 

 NPCレストランのいい所に、待ち時間が無いという点がある。

その為注文して直ぐに料理がテーブルに並び、一同は緊張しながらその料理を口に運んだ。

 

「う、うめえ!」

「これはやばいですね……」

「まさかこれ程とは……」

「生きてて良かった……」

「これからは飯にももう少し気をつかおうか……」

「だね……」

 

 そして料理を堪能した後、一同は手分けして各フロアの店を回り、

莫大な金額を手に入れる事に成功した。

 

「これ、二十個売ると、買取金額がガクンと下がるな」

「在庫が無くなったらまた上がるんじゃない?」

「料理の値段は下がってなかったし、多分相当先になるだろうね」

「さすがにそう上手くはいかないかぁ!」

 

 だがスリーピング・ナイツはネットの力を甘く見ていた。

ALO専用の掲示板に、肉を売った十分後、こんな文章が書き込まれたのである。

 

『何かラグーラビット料理があちこちの層のレストランに溢れ返ってるぞ、

確認出来ただけで十八~二十一層』

 

 その二十分後、その階層のラグーラビット料理は全て売り切れ状態となった。

そしてスリーピング・ナイツの後を追うように、

じわじわと上層下層に探索の網が広がっていく。

 

『くっそ、二十二層よりも上の層じゃ、売り出されてないみたいだ』

『十五層で確認、我注文に成功す』

『十三層、頼んだ瞬間に売り切れた、セーフ!』

 

 トラフィクスにいたプレイヤー達も、その情報を聞いて続々とALOに戻りつつあり、

今や一桁台の層の主街区には、かなりの数のプレイヤーが殺到していた。

さすがは日本人、食に対する執念が半端無い。

そしてついに、スリーピング・ナイツの存在が明るみに出た。

 

『七層のレストランに食材を売っているギルドっぽい連中を発見、

仲間と共にメニューのチェックに入る』

『たった今ラグーラビット料理の売り出しを確認、タイミング的にも間違いない、

六人くらいの小規模ギルドだった』

『どうやら移動する模様、六層に行くと山をはって先回りするわ』

 

 その直後に六層に、凄まじい数のプレイヤーが転移を開始した。

少し遅れて六層に転移したユウキ達は、

ありえないくらい多くのプレイヤーが転移門広場に集まっているのを見て驚愕した。

 

「え、何この人達、ここで何してんの?」

「何かイベントでもあったっけか?」

「そんな記憶はありませんね」

「まあいっか、とりあえずボク達には関係ないでしょ」

 

 関係おおありである。幸いユウキ達の特徴を書き込むような者はおらず、

そこはALOの民度の高さがあらわれていたが、

人数だけは書き込まれていた為、当然ユウキ達はマークされる事となった。

 

「………何かこっちの後をぞろぞろついてきてる気がしない?」

「う、うん……」

「何なんだろうね」

「ちょっと怖いんですけど……」

 

 そこにたまたま通りかかったのがユキノである。

ユキノは先日会ったスリーピング・ナイツの姿を見かけ、

周りに他のヴァルハラのメンバーがいない事を確認し、

声をかけようとしたのだが、この光景の異様さにすぐに気付き、足を止めた。

 

「これは連合………じゃないわね、同盟でもないし、一体何なのかしらね、

とりあえずその辺りの人に聞いてみるとしましょうか」

 

 ユキノはそう呟くと、集まった群衆の一人に声をかけた。

 

「ごめんなさい、そこのあなた、ちょっといいかしら」

「あ、はい、何でしょ………ぜ、絶対零度さん!?」

 

 その声はかなり大きく、ユキノの存在は周知される事となった。

だがユキノは注目される事に慣れている為、そんな事は気にしない。

 

「これは一体何の集まりなの?」

「あ、はい、実はですね……」

 

 そこでユキノは初めて、このラグーラビット祭の事を知った。

 

「なるほど……とりあえずあそこにいるのは私の知り合いなの、

今確認してくるからちょっと待っててもらえるかしら」

「は、はい、ありがとうございます」

 

 ユキノは他の者にも聞こえるようにそう言い、

スリーピング・ナイツの方へと歩いていった。

ユウキ達も既にユキノには気付いており、一同は嬉しそうにユキノに手を振った。

 

「ユキノさん!」

「この前ぶりです!」

「みんな、お久しぶり、それでいきなりで悪いのだけれど、ちょっと聞きたい事があるの」

 

 ユキノはそう切り出し、スリーピング・ナイツから事情聴取をした。

 

「なるほど……」

「それじゃあこの連中って、ネットを見て集まってきたって事ですか?」

「ええ、そのようね。でもあなた達、よくそんなにラグーラビットの肉を集めたものね」

「実は穴場を見付けたんですよ」

「あらそうなの?ふふっ、ハチマン君が聞いたら悔しがるわね、

彼もこつこつとラグーラビットの肉を集めているようだし」

「そうなの?それじゃあ今度、ハチマンに自慢してみようかな!」

 

 だがユウキよ、ハチマンは既にその事を知っているのだ。

 

「しかし参ったな、残りの肉はいくつなんだっけ?」

「あと十八個……」

「十八……それでも多いとは思うのだけれど、さすがにこの人数ではね」

 

 ユキノは少し考え込んだ後、こう質問してきた。

 

「また肉を狩りにいく予定はあるのかしら?」

「多分値崩れしちゃうって思って、当分やめとこうって話してたんですけど、

こうなったらまた行くしかないですよね?」

「別に義務ではないのだから気にする事はないと思うわ、

でもこれはあなた達にとっては大金を得るチャンスかもしれないわね」

「だよね!明後日また肉を仕入れてくるよ!」

 

 ユウキはそう決断し、他の誰からも異論が出る事はなかった。

 

「で、お店の買取価格はどのくらいなのかしら」

「えっとですね……」

 

 ユキノはその金額を聞いて、ニッコリと笑った。

 

「分かったわ、私に任せて頂戴」

「あ、はい、お願いします」

 

 ユウキは反射的にそう答え、事の推移を見守る事にした。

 

「みんな、残念ながら肉の残りはあと十八個だそうよ、

なのでここは一つ純粋に勝負といきましょう、

今から私がアイテムを使ってクジを作るから、先着十八名にその肉を売るわ、値段は……」

 

 そう言ってユキノは、店での買取価格よりも高く、

通常の相場よりもやや安い、絶妙な金額を提示した。

 

「そのクジ引きに参加したい人は、ここに並んで頂戴、こちらで人数を数えるわ、

それじゃあはい、スタートよ!」

 

 その言葉と共に、ユキノの前にずらりとプレイヤーが並んだ。

 

「ごめんなさい、誰か人数を数えてくれるかしら」

「あ、はい、俺がやります!」

 

 ジュンがそう言って並んでいる人数を数え始めた。

その数は実に百三十人にものぼったのである。

 

「ここで締め切りよ、それじゃあクジをキットで作成するから順番に引いていって頂戴」

「ALOにはそんなアイテムもあるんですね」

「ええ、ドロップ武器とかを誰に渡すか公平に決めるのとかにも便利でしょう?」

「あ、確かに!」

「それじゃあ運試しといきましょうか」

 

 そして十八人のラッキーな者が選ばれ、

その者達はほくほくした顔でラグーラビットの肉を入手し、帰っていった。

それを見届けたユキノはユウキに言った。

 

「また混乱するのを避けたかったら、ここで予約をとっておくのもありよ」

「予約かぁ、この人数ならいけるね、うん、そうする!

ユキノさん、何から何までありがとう!」

「気にしないで、ハチマン君からもよくしてやってくれと頼まれている事だしね」

 

 そしてユウキは自ら他の者達に声をかけた。

 

「初めまして、ボク達はスリーピング・ナイツ!

一応在庫一掃セールって事で、明後日に残りの肉を売り出します!

そこそこの数があるので、予約したい方は今ここで受け付けます!」

 

 その声に買い損ねてしょげていた者達は大歓声を上げた。

ラグーラビットの肉は常に品薄なので、買いたくても買えないのが現状であり、

これはまさに千載一遇のチャンスだったからである。

そしてタルケンが希望者の名前をチェックしていき、残りの百十二人は全員予約を終えた。

 

「ありがとう!それじゃあまた明後日のこの時間にこの場所で!」

 

 こうしてスリーピング・ナイツの名は、

ラグーラビットの肉を頑張って集めて沢山提供してくれた神ギルドとして、

一部の者達にその名を覚えられる事となった。

これ以降、スリーピング・ナイツの名は徐々に知れ渡っていく事となり、

蛇足ではあるが、六人のユキノに対する崇拝度がかなり上昇する事となったのだった。



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第771話 助っ人参上

 ユウキが覚醒し、完全に取り残されたランは、

ハチマンと共にEランクミッション『迫り来る敵を殲滅せよ』を何度もプレイしていた。

このミッションは、ライトユーザーに一番人気のいわゆる無双系のミッションである。

通常はただ銃を乱射していればいいだけのミッションであるが、

二人はこのミッションを、近接武器縛りでプレイしていた。

ちなみにハチマンは基本見ているだけであり、全ての敵をランが一人で殲滅している。

このミッションで出てくるゾンビの数は実に千体、そして今五回目のミッションが終了した。

これまでにランは、都合五千体のゾンビを一人で殲滅している事になる。

 

「次!」

「まあ待て、ただ戦うだけじゃ、強さは身につかん」

「で、でも……」

「焦る気持ちは分かるが、今のお前はただ力任せに敵を倒しているだけだ。

全ての敵を斬っているんじゃなく、全ての敵を叩き潰している、

そう言われると自分でも心当たりがあるだろ?」

「う……」

 

 ハチマンから見ても、確かにランは強い、強いのだが、

敵の倒し方については不満があった。

先ほどの言葉通り、例えば全ての敵の首を一撃で落としているとかなら、

ハチマンは全く不満を感じなかったであろう。

だがランは、囲まれないようにする為の蹴りや峰打ちに関しては、

先日の教え通りに上手くこなしていたが、

いざ敵を倒そうとする時に、斬撃ではなく打撃によって敵を倒す回数がかなり多かった。

これでは単純にステータスの高さで押し切っているにすぎず、

もしもランよりステータスが高い強敵が出てきた場合、苦戦するのは目にみえている。

 

「じ、じゃあどうすれば……」

「そこなんだよなぁ……俺が教えられるのはあくまで乱戦の時の戦い方くらいで、

俺自身、日本刀の扱いに習熟してる訳じゃないし、

何より俺とお前じゃスタイルが違いすぎるからなぁ」

 

 基本カウンター使いのハチマンに対し、ランは特に決まったスタイルを持たない。

恐ろしい速度の連続突きを放ったかと思えば、流れるような左右の連撃を見せ、

刀の持ち換え等も平気で行い、先程まで普通に刀を握っていたかと思えば、

次の瞬間には逆手で刀を構えたりと、とにかく変幻自在なのである。

惜しむらくは決め手に欠ける事だろうか、必殺技と呼べる程の技はランにはまだ無い。

 

(いっそリーファにでも指南役を……

いやいや、さすがに将来やり合うかもしれない相手を師匠と呼ばせるのはな……)

 

 そんな悩むハチマンを見て、ランは申し訳ないと思ったのか、

努めて明るい顔をしながらこう言った。

 

「大丈夫、今度は失敗してもいいから、とにかく敵を斬るように心がけてやってみるわ。

毎回そういった目標を立てて、一つずつ課題をクリアしていって、

最終的にはそれを頭で考えずに自由自在に繰り出せるようになれればいいわよね」

「とりあえずそうするしかないな、どんな体勢からでも敵を真っ二つに出来る技術を……」

 

 そう言ったハチマンの脳裏にとある光景が浮かんだ。

それはどんな時もこちらにとって致命的な攻撃を繰り出してくる、

一人の剣士と戦った記憶であった。

 

「ん、いや、ちょっと待てラン、もしかしたらお前に剣を教えられる奴がいるかもしれん、

ちょっと頼んでみるからとりあえず家で待っててくれ、

どれくらい時間がかかるか分からないからな」

「それならもう一回くらい今のミッションを……」

「駄目だ、少し休め。思ったよりも精神ってのは疲弊しやすいもんだからな。

目標を決めるのはいいが、ただ漫然とその状況をクリアするだけじゃ意味がない、

ちゃんと休憩し、精神を研ぎ澄ませて、その状態で敵と向き合った方が、

お前にとってもよりいい結果が出るはずだと俺は思う」

 

 確かにランは、微妙に頭が鈍っているのを感じていた。

さすがに五千体の敵を、その対処方法まで考えながら一気に倒したのだ、

頭にも見えない負担がかかっていて当然である。

 

「分かった、それじゃあ甘いものでも食べながら休憩するわ」

「おう、そうしろそうしろ、気分だけでも糖分を脳に補給しとけ。

確かプレイヤー一人につき、どの食べ物系アイテムも、

一回までなら無料で試食可能なはずだから、

今のうちにいずれ元気になった時に俺に奢らせたい甘味をチョイスしておくといい」

「やった!それじゃあ片っ端から食べてみる!」

「おう、それじゃあ家で待っててくれ」

「うん、いい結果が出る事を期待して待ってるわ」

 

 そしてハチマンはログアウトし、早速どこかに電話をかけた。

 

「久しぶりだな、一つ頼み……いや、命令がある」

 

 

 

「うわぁ、こんなにブランド物のお菓子があるなんて、知らなかったわ。

これは私的にAランク……これ美味しい!文句なくSね!これは……ごめんなさい、Cね」

 

 ランはハチマンに言われた通り、色々な店を訪れ、沢山の戦利品を確保していた。

今までは意識していなかったが、ゾンビ・エスケープにはかなり多くのスイーツ店があり、

ランは調子に乗って、無料のスイーツをとにかく集め回ったのである。

そして家に帰り、そのスイーツをテーブルに並べて一人ご満悦な表情で、

生意気にもそれぞれのスイーツの自分的ランク付けを行っていたのであった。

 

「とりあえずAとSランクの物は、いずれハチマンに全部奢らせましょう、

自分で言ったのだから、今更吐いた唾は飲み込まないわよね。

うん、このリストは永久保存版ね、このままリアルの私のメアドに送っておこっと」

 

 このリストの通りに買い物に行くとすると、

ハチマンは普通に日本を縦断する事になるのだが、そんな事はランの知った事ではない。

約束は約束だし、ハチマンならばその約束は必ず実行してくれると知っているからである。

 

 コンコンコン。

 

 その時ランの部屋の扉がノックされた。ここにはインターホンなどは付いていない為、

ランは一応警戒しながらドアの向こうにこう声をかけた。

 

「合言葉は?」

「あ、合言葉?そんなのハチマンからは何も聞いてないが……」

 

 その言葉を聞いたランは、相手がハチマンが呼んできてくれた助っ人なのだと確信した。

同時にハチマンがこの場にいない事も分かったが、ハチマンの事だ、

多分助っ人用の装備でも調達しているのだろうと思い、ランはそのまま扉を開けた。

 

「合言葉は冗談よ、どうぞ、入って」

 

 そこに立っていたのは高校生くらいに見える男子であった。

だが若い癖に妙に風格を感じさせる。

 

(この人、多分凄く強い……)

 

 そしてその男子が口を開いたが、

その言葉はその風格には釣り合わない、とても軽い調子であった。

 

「何だ冗談か、てっきりハチマンがミスったかと思って、儂、ちょっと固まっちゃったぞい」

 

(儂?それに変な語尾……ぞいって……)

 

 その妙に古めかしい言い方に、何となく嫌な予感がしたランは、

その男に向かい、ストレートにこう質問をした。

 

「あなた………誰?」

「儂?儂は結城清盛、主とは一度くらいは会った事があった気もするが、

今日は現当主の命令を受けて駆り出されてきた、まあ引退したただのじじいじゃよ。

あやつめ、『死ぬ前にもう一人くらい前途ある若者の役に立て』とかぬかしおっての、

そうなったらもう来るしかないじゃろ」

 

 ランの脳は、その言葉をすぐには処理出来なかった。

ランが再起動したのはそれから十秒後である。

 

「えええええええええ?か、楓ちゃんのお爺さんの、偏屈ラスボスじじい!?」

 

 そのランの言い方に、清盛は怒る事もなく、逆に申し訳なさそうな顔をした。

 

「まあお主からすればそう思うわなぁ、うちの一族の馬鹿共が不愉快な思いをさせたの、

それに気付かなかった儂も同罪じゃな、本当にすまんかった」

「い、いえ、そんな……それに確かその人達は、噂の結城塾に放り込んでくれたんですよね?

だったらそれで十分です、私も変な呼び方をしてしまってすみませんでした」

 

 ランは殊勝な態度でそう謝った。確かにかつての清盛は嫌悪の対象でしかなかったが、

今のハチマンと関係を持った清盛は、別にそんな事はなく、

むしろ今接して感じた通りの好々爺なのだ。

 

「そう言ってもらえると儂も気が楽になるわい、

まあその分のお詫びとして、儂に出来る事は何でもさせてもらうからの」

 

 清盛は胸をドンと叩いてそう言い、そんな清盛を見て、

ランは気になっていた事を清盛に尋ねた。

 

「ところであの、その姿は……」

「ん、これか?あばたー?とかいうのを作るのをハチマンに任せたら、

この姿にしてきおったんじゃよ、これは儂の半世紀以上前の姿じゃな」

「と、時の流れの残酷さを感じるわ……」

 

 ちなみに今の清盛の姿は、ハチマンとガチでやり合った、あの時の姿の流用である。

 

「待たせたな、ラン、じじい」

 

 そこにハチマンが姿を現した。その手には一振りの日本刀が握られている。

そしてハチマンは、その刀を清盛に差し出しながら言った。

 

「おいキヨモリ、これでどうだ?」

「うむ、いいバランスだ、手にしっくりと馴染むわい」

「あの時キヨモリが選んだ刀と同じバランスの奴を選んだからな」

 

 その二人の会話に、慌てたようにランが突っ込んだ。

 

「ちょっ、ハチマン、呼び捨ては失礼でしょ!」

「ん、まあそう言われると確かにそうなんだが……」

「今はこやつが結城家の当主じゃから、別に構わないんじゃよ」

「名目上はな」

「あっ、そ、そういえば確かにそんな事を聞いたような……」

 

 だが理由はそれだけではないらしく、ハチマンは続けてランにこう説明した。

  

「それにな、プレイヤーネームがまんまキヨモリなんだよこのじじい、

本名はやめろって言ったのによ……」

「だってこういう時くらい、本名を呼び捨てにして欲しかったんじゃもん、

その方がいかにも仲間って感じでいいじゃろ?」

 

 その言い方にランは思わず噴き出し、ハチマンは苦々しい顔をした。

 

「昔と話し方と態度が全然違うのな……それに前はその姿の時は、『俺』とか言ってた癖に、

今はまんまいつも通りの『儂』だし」

「楓と一緒に暮らしてるから、合わせてたらこうなったんじゃ!

それに今更俺とか言ったら楓を怖がらせてしまうじゃろ!」

 

 そこにランも同意した。

 

「私もその方がかわいくていいと思います!」

 

 その言葉に喜びつつも、キヨモリはランにこう告げた。

 

「お嬢ちゃん、いや、ランじゃったか、敬語を使う必要はないぞえ、

儂達は仲間なのじゃからな!」

 

 そう言われたランは、頷くかと思いきや、首を横に振った。

 

「ううん、それなら師匠って呼ばないと。その方がキヨモリ的に良くない?」

 

 その言葉にキヨモリは、パッと明るい顔をした。

 

「ふむ、師匠、師匠か、思えば儂は、医学の道では数多くの弟子をとったが、

剣の道では弟子はとらなかったんじゃったわ。つまりランが儂の一番弟子という事になるの」

「本当に?やった!」

 

 ランはその言葉に素直に喜び、キヨモリも喜んだ。

 

「まさかこの歳で剣の道の弟子がとれるとはの、これもハチマンのおかげじゃな」

「俺に感謝の気持ちがあるのなら、その分こいつをしごいてやってくれよ、じじい」

「じじいじゃない、キヨモリじゃ!」

「ああはいはい、分かったよキヨモリ」

「それでいい、何たって儂らは仲間じゃからな!」

「仲間だからね!」

「「イエ~イ!」」

 

 キヨモリとランは仲良くそう言ってハイタッチをし、

ハチマンは頭痛を堪えるかのようにこめかみを揉み始めた。

こうしてハチマンのチームに、五人目の仲間が加わった。



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第772話 じじい無双

「それじゃあ早速儂向きのミッション?とやらを紹介せい」

「え?いきなりか?じじいのそのキャラ、初期ステータスのままだよな?」

「まったく歯が立たないようなら改めて育成?とやらをするわい」

「まあそう言う事ならお試しでってのはありか……」

 

 キヨモリが熱心にそう主張してきた為、三人は恒例のEランクミッション、

『迫り来る敵を殲滅せよ』を三人でプレイしてみる事にした。

当然ハチマンとランは見ているだけである。

 

「ふむ、あれがゾンビとかいう西洋怪異か、

あっちの文化は今一理解出来んというか、まったく趣きが無いのう」

「まあ日本の妖怪とかと比べるとな」

「日本の妖怪も人を食ったりはするが、それぞれきちんと背景があるからの、

あんなのはただの動く死体にすぎんじゃないかい、まったく発想が貧困よの」

「それには同意するが、さしあたってこのゲームの敵は、全部あんな感じだからな」

「やれやれ、まあとりあえず肩慣らしといくかの」

 

 そう言ってキヨモリは刀を構えた。

 

「どれ、今儂が成仏させてやるからの、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」

 

 ランはそんなキヨモリの様子を見て、やっぱりお爺ちゃんなんだなとあらためて実感した。

 

「ほれ行くぞ、突撃じゃ」

 

 その直後にキヨモリがそう言っていきなり敵に突撃していった為、

二人は唖然とした後、慌ててその後を追った。

 

「おいおいマジか、いきなりかよ」

「ハチマン、フォロー!」

「おう、分かってるって」

 

 だがそんな心配はまったく無用であった。

どう見てもキヨモリは軽く剣を振っているだけに見えるのだが、

その一振りごとに、敵の首がまとめていくつか飛ぶのである。

 

「………は?」

「え、何あれ」

 

 そう言ったのも束の間、キヨモリは足を止め、刀を見ながらぶつぶつと何か言い出した。

 

「ふ~む、あまり期待してはおらんかったが、この刀は中々の業物よの、

手にしっくりと馴染むわ」

「お、おいじじい、よそ見すんな!」

「左右から来てる、来てるから!」

 

 そんな二人の焦りを伴う言葉にはまったく反応を示さなかったが、

キヨモリは敵が至近距離まで近付いてきた瞬間に、

敵の方をまったく見ずに、スッ、と剣を振るった。

 

「うるさいのう、考え事の邪魔をするんじゃないわい」

 

 よく時代劇で聞くような、スバッ、とか、ザシュッ、などという音はまったくしない。

ゾンビ・エスケープはあくまでもゲームなので、

多少そういった擬音がするようにプログラミングされているのだが、

それなのにそういった類の音がまったくしないまま、

左右から迫っていたゾンビの首が、コトリと落ちた。

 

「ん、何か言ったかの?」

 

 ここで初めてキヨモリは、ハチマンとランに反応した。

 

「い、いや、何でもない……」

「ちょっとハチマン、あんた京都であの師匠に勝ったのよね?」

「お、おう、そのはずなんだが、本当に現実だったのか、ちょっと自信が無くなってきたぞ」

 

 その頃には二人はもう戦闘に介入する意思を失っていた。

前進を再開したキヨモリはまるで無人の野を進むが如く、平然とゾンビ達の間を進んでいく。

キヨモリは派手な動作はまったく見せず、

ただ無造作に、最小の動きで敵を葬っていくのみであった。

それから一時間後、キヨモリの撃破スコアはまもなく千に到達しようとしていた。

残る敵は四体、最後の山場の変異種カルテットである。

 

「ほ?」

 

 さすがのキヨモリも、雰囲気が違うその四体を目にして足を止めた。

 

「もしかしてこいつらで最後かの?」

 

 キヨモリは振り返ってハチマンにそう尋ね、ハチマンは頷きながらこう答えた。

 

「左から『クズマ』『バルス』『幼女』『モモン』だ」

「こりゃまた統一性の無い名前じゃのう……」

「まあ適当に付けた名前だからな」

「ふ~む、一番左が確か……何じゃったか」

「幼女だ」

「さっきと順番が違う気がするんじゃが……」

「まあ適当に付けた名前だからな」

「そっちも適当じゃったか……」

 

 要するに誰が誰とは決まってないんじゃなと思ったキヨモリは、

ここで初めて居合いの体勢をとり、敵の襲撃に備えた。

 

「居合いか……」

「居合いかぁ……」

 

 その姿を見たハチマンとランは同時にそう言ったが、そのニュアンスは微妙に違っていた。

ハチマンは興味深そうにそう言っただけであったが、

ランの言葉は迷うような響きを伴っていた。

 

「ん、何か思うところでもあるのか?」

「う、うん、師匠に居合いも教えてもらうべきなのかなって」

「ふむ、とりあえずチャレンジしてみるのは悪い事じゃないだろ」

「そうかな?うん、それじゃあ今度教えてもらってみる。

それに適したような場所ってどこかにある?」

「それならCランクサバイバルミッション『腐死山から脱出せよ』だな、

舞台が山の中だから、練習に使える木が沢山あるぞ」

「へぇ、富士山ねぇ」

「おう、腐死山だな」

 

 ハチマンはランが普通に富士山を想像している事はもちろん分かっていたが、

黙っていた方が面白いと思い、特に訂正はしなかった。

そんな二人が見守る中、カルテットの中の一人が動いた。

こちらをかく乱しようとしているのかトリッキーな動きでキヨモリにぐんぐん近付いていく。

だがその程度では当然キヨモリは惑わされない。

キヨモリは半眼で敵を見つつ、敵が射程距離に入った瞬間に、

気合いの掛け声と共に居合いで敵を一刀両断にした。

 

「スティール!」

 

 その声にハチマンがピクッと反応した。

 

「いや、まさかな……」

「スティールって何?」

「ただの掛け声だろ」

「ふ~ん、変わってるわね」

 

 ハチマンはランにそう尋ねられ、聞き間違いではなかったなと思いつつも、

とりあえず経過を見守る事にした。

そして立て続けに襲い来る敵を相手に、キヨモリから続けてこんな掛け声が放たれた。

 

「どうじゃ、鬼がかってるじゃろ!」

 

 ピクッ。

 

「死ね、存在Xめ!」

 

 ピクピクッ。

 

「喝采せよ!」

 

 ピクピクピクッ。

 

 キヨモリがそう叫ぶごとに順調に変異種が倒されていき、

ついにこのミッションは無事クリアされた。

そしてあと数歩歩けばクリアという所でぷるぷる震えていたハチマンが突然キレた。

 

「何でじじいの癖にそんなマイナーネタの更に元ネタまで知ってんだよ!」

 

 ハチマンは堪えきれずにそう絶叫した。

 

「え?え?」

「楓に付き合ってアニメを見ていたら、その……な?」

「その、何だよ!」

「引退して暇じゃから、ほれ、色々見たくなるじゃろ?てへっ」

「てへっ、じゃねえよ、じじいがそんな事言っても全然かわいくねえよ!」

「ちょ、ちょっとハチマン?」

「何じゃと!楓は儂の事、いつもかわいいって言ってくれるんじゃぞ!」

「そんなのお世辞に決まってんだろ!真に受けてんじゃねえよクソじじい!」

「ふざけるんじゃないわい!天使の楓たんがそんな事思ってるはずが無かろう!」

「たんって何だよたんって、昔の重厚なキャラはどこにいったんだよこの孫馬鹿が!」

「孫馬鹿で大いに結構じゃわい!孤高を気取って孫に嫌われたら本末転倒じゃ!

そもそもお主も儂の孫みたいなもんじゃないか!

もっと儂にお爺ちゃんお爺ちゃんと甘えてこんか!」

「そのセリフは二十二年分のお年玉を俺に渡してから言いやがれ!」

「何で儂より金持ちのお主にお年玉をやらにゃいかんのだ!むしろ儂によこせ!」

 

 もう滅茶苦茶である。そんな二人の言い合いを見て呆気にとられていたランは、

二人の言い合いが一向に収まらないのを見てさすがに何とかしないといけないと思ったのか、

おもむろにハチマンの尻を蹴った。

 

「うぎゃっ!」

「ハチマン、落ち着いて。そして師匠、ごめんなさい」

 

 ランは続けてキヨモリの尻を蹴り、クリアゾーンに叩きこんだ。

その瞬間にクリアメッセージが流れ、三人は控え室へと排出される事となった。

 

「何をするんじゃ愛弟子よ!」

 

 そう抗議するキヨモリに、ランは目をうるうるさせながらこう言った。

 

「師匠、敬愛する師匠と愛する人が言い争っているのを見るのはつらいのです」

「むっ、た、確かにそうじゃな、すまんかった、儂反省」

 

 さすがのキヨモリも、かわいい弟子の涙には弱いらしい。

もっともそれはランの演技なのだが、キヨモリがそんな事に気付くはずもない。

 

「ほら、ハチマンも」

「ちっ、今日のところは引いてやるか」

「ありがとう、愛してるわ」

「うぐっ……」

 

 いつものような耳年増的セクハラ攻撃には強いハチマンだが、

こういった正統派の攻撃にはかなり弱い。

ハチマンはそれ以上何も言えず、大人しく引き下がる事しか出来なかった。

 

「それにしても師匠、よく初期ステータスのままクリア出来ましたね」

「まあ少し体が重く感じたがの」

「なら今得た経験値を使って身体能力を上げましょう」

「そうじゃな、教えてくれるかラン」

「はい、喜んで」

 

 ハチマンはそんな師弟の交流の場面を見て、

この二人は昔はお互いあまり良くは思っていなかったはずなのに、

変われば変わるもんだよなぁと感慨深く思った。

 

「それじゃあじじい、それが終わったら、今後のランの育成計画を立てようぜ」

「そうじゃな、どこに出しても恥ずかしくない立派な嫁に教育してやるわい」

「嫁じゃねえよ、剣士だよ!」

 

 とにもかくにもこうしてランは、

キヨモリの実力を見せつけられ、その力量にまったく疑いを持つ事なく、

素直にキヨモリの教えに従い、ここから成長を加速させていく事となった。



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第773話 腐死山

すみません、カビ取りの薬品で喉をやられてしまったので、次の投稿は金曜になりそうですorz


「さて、それじゃあこれからどうするかいの?」

「あの、師匠、出来れば私、居合いの指導もお願いしたいんですが……」

 

 ランのその頼みに、キヨモリは鷹揚に頷いた。

 

「おう、別に構わんぞい、おいハチマン、それじゃあ修行に適した場所にでも……」

「もう設定した、すぐに飛べるがどうする?」

「相変わらず仕事が早いのう」

「それってさっき言ってた『富士山』?」

「おう、『腐死山』だな」

「ほうほう霊峰富士とな?それはまたいかにも修行しろと言わんばかりの場所じゃのう」

 

 特に異論もなさそうだったので、ハチマンはさっさと転移の準備を進める事にした。

元より他に、修行に向いた場所の心当たりなど無かったからである。

 

「よし、それじゃあ行くか」

「うん」

「よし、ハイキングと洒落こむかのう」

 

 その直後にいざステージの中に突入し、辺りの風景を見たランとキヨモリは、

その異様な風景に黙りこくった。

 

「…………」

「…………」

「よし着いたぞ、ここが腐死山だ」

「富士山ってお前……」

「この富士山、凄く赤っぽいんだけど……」

「綺麗な赤腐死だろ?」

「何だろう、私達とハチマンの発音が微妙に違うように聞こえるのは気のせい?」

「気のせいじゃない、富んだサムライの富士じゃなく、腐って死ぬの腐死だからな」

「そっちだったんだ……」

「とりあえず居合いの練習をするならここの周辺だな、二人とも、こっちだ」

 

 ハチマンに案内され、二人は小屋の外に出た。

確かにその周りには、適度な太さの丸太が打ち込まれている。

 

「おいじじい、これ使えるよな?」

「これなら練習には最適じゃが、斬っていいのか?」

「ただの柵の残骸だし別にいいだろ、それじゃあ俺は時間延長モブを倒してくるから、

二人は居合いの練習に集中しててくれ」

「「時間延長モブ?」」

 

 ハチマンが説明をサボった為、二人にはその意味が分からない。

ハチマンも一応軽く説明しておこうと考え直したのか、この場所について二人に話し始めた。

 

「このステージの目的地は麓にあるゲートなんだが、そこまでは結構遠くてな、

制限時間も設定されてて、普通に向かってたんじゃ確実に間に合わないんだよ。

で、あちこちに白い物が見えるだろ?あれは墓なんだよな」

「なるほど、あれってお墓なんだ」

 

 遠くに見える白い物が何なのか気になっていたランは、納得したように頷いた。

 

「おう、で、その墓に近付くと、中からゾンビが出てきて、

そいつらを倒すと制限時間が延長される。

赤い墓は確実に二十分時間延長されるが、

背景も赤だからとにかく見付けにくい上に敵が強い。

白い墓は敵は弱いが時間延長の確率が十分の一くらいな上に五分しか延長されない。

おまけに赤い墓が白い墓に囲まれたりしてるからたちが悪いんだよな」

「あ~、そういう事なんだね」

「ちなみに青い墓からは通常アイテムが出る。

それと黒い墓も存在するらしいが、そこからはレアなアイテムが出たりするらしい。

まあまだお目にかかった事はないからどんな物が入ってるのかは知らないけどな」

「へぇ、面白そうじゃない」

「そうだな、遊び方の幅は広いよな」

 

 ランは居合いの練習が落ち着いたら普通にチャレンジしたいなと思いながらそう言った。

 

「という訳で、出来るだけ長く練習する為にも、俺が一人で時間延長を狙いまくるから、

二人はここで集中して居合いの練習をしててくれ。アナウンスがうるさいかもしれないが、

そういう環境でも集中を切らさないようにする訓練にもなると思うから、まあ頑張ってくれ」

「うん、頑張る」

「なるほど、理解した。そっちは任せたぞい」

「ああ、それじゃあ行ってくる」

 

 ハチマンはそう言って麓の方に走っていった。その手には珍しく自動小銃が握られている。

 

「ほ、あやつ、ここでは銃を使うのか」

 

 それに気付いたキヨモリがそう言い、ランもうんうんと頷いた。

 

「ハチマンって多芸だよね」

「あ奴は決して天才ではないが、その分裏で努力してるんじゃろうなぁ」

 

 その言葉が自分の持つイメージと重ならない為、

ランは首を傾げながらキヨモリにこう尋ねた。

 

「あれ、ハチマンってそういうタイプ?

私、ハチマンは最初から強かったものだとばかり思ってた」

「あ奴の取り柄は観察眼的な目の良さくらいじゃな。

聞いた話だと、SAOの時はテストプレイヤーとして相当やり込んで、

GGOとやらの時も、最初に一人で死ぬほど銃の練習をしたらしいぞい」

「そう、あのハチマンが……」

 

 ランは強いハチマンの姿しか知らない為、その言葉を意外に感じつつも、

一人で一生懸命銃の練習をするハチマンの姿を思い浮かべ、それを微笑ましく感じた。

 

「まあ逆に言えば、努力は必ずではないが、多くの場合は実を結ぶって事になるのかのう」

「確かに必ずじゃないよね、私も頑張らないと」

「そうじゃな、それじゃあ始めるとするかの」

「はい、宜しくお願いします、師匠」

 

 そこだけ丁寧にそう言ったランは、

キヨモリの指導に従って、先ずは構え方から練習を開始した。

 

 

 

 麓に向かって走っていたハチマンは、途中でいくつか白い墓の敵を倒したが、

運悪く一つも時間延長は出なかった。

 

「まあ初期設定の一時間だけを何度も繰り返す手もあるが、

それだとランのステータスが上がらないし、何より俺が暇だからなぁ」

 

 自分がいない時はそれでもいいだろうが、などと考えつつ、

ハチマンは通りかかった場所にある白い墓を一つずつ潰していった。

感知される距離に足を踏み入れてすぐ離れ、そこから銃弾を叩きこむ簡単なお仕事である。

ちなみにステータスうんぬんの話に関しては、

パーティの誰かが倒した敵の経験値がメンバー全員に入るというだけの事だ。

これは離れたところにいても有効であり、

あるいはランが楽をする事を嫌がるかもしれないと思い、

ハチマンがあえて説明しなかった部分でもあった。

まあそこまで説明するのが面倒臭かったという理由が一番大きいかもしれない。

 

「赤い墓も見当たらないな、仕方ない、白い墓が沢山あるあそこを目指すか」

 

 ハチマンはそう呟くと、

白い墓がかなり密集しているように見える場所へと向かって歩き始めた。

 

 

 

『時間が五分延長されました』

 

 ランはそのアナウンスを、刀を振るった後の残心状態の時に聞いた。

 

「ほ、やっとアナウンスとやらが流れおったの」

「結構かかったね」

 

 ランは刀を鞘にしまいながらそう言った。

 

「苦戦してるなんて事は無いと思うから、単純にハチマンがついてないって事かな?」

「かもしれんの、あ奴は思いっきり女難の相が出とるからの」

「ぷっ」

 

 ランは確かにそうだと思い、思わず噴き出した。

そんな二人のやり取りが聞こえた訳でもないだろうが、遠くで何度か破裂音がした後、

その直後にまるで狂ったようにアナウンスが連呼を開始した。

 

 ボン!ボン!ボン!

 

『時間が五分延長されました』

『時間が五分延長されました』

『時間が五分延長されました』

『時間が五分延長されました』

『時間が五分延長されました』

 

「おお?」

「師匠、まさかハチマンは、

今の私達の会話が聞こえたから、悔しくって意地になったのかな?」

 

 ランはニヤニヤしながらそう冗談を言った。

 

「その時の顔は見てみたいが、まあ冗談はさておき、

おそらく大量の敵を一度に相手どっているんじゃないかの?」

 

 そのキヨモリの言葉でランは、ハチマンが何をしているのかに気が付いた。

 

「ああ~、リンク狩りかぁ!」

「りんく?何じゃ?」

 

 ランはきょとんとするキヨモリに、リンク狩りについて説明した。

 

「要するに大量の敵を一度に釣って、範囲攻撃とかで一気に殲滅するんだよ、師匠」

「なるほど、それじゃあさっきの音は、手榴弾か何かを使ったんじゃな」

「多分ね、でも五分延長ばっかりだし、弱いものいじめばっかりしてるのかな?」

「かもしれんの、男子たる者、それじゃあいかんと思うがのう」

 

 その言葉ももしかしたらハチマンに聞こえていたのかもしれない。

そんな事は絶対無いのだが、二人がそう思ってしまうようなタイミングで、

次のアナウンスが二人の耳に届いた。

 

『時間が二十分延長されました』

 

「おお?あ奴め、この近くにでもおるのか?」

「凄いタイミングだよね……」

 

 二人はそう言って肩を竦め、そのまま居合いの練習を再開した。

 

「こっちも負けてらんないね、師匠」

「じゃな、ハチマンの奴もきちんと仕事をしているようだし、儂らも頑張らねばの」

「うん!」

 

 二人はそのまま集中して練習に取り組み、

師匠がいいのだろう、ランの居合い姿もそれなりに様になってきた。

だがその太刀筋はまだまだ未熟であり、

ランはこの日から、暇さえあれば腐死山で刀を振るうようになった。

その努力は居合いだけではなく、総合的な部分でランの実力を底上げしていく事となる。




すみません、カビ取りの薬品で喉をやられてしまったので、次の投稿は金曜になりそうですorz


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第774話 再び二十一層へ

お待たせしました、喉も回復して今日から再開です!


「それじゃあ無理せずノルマを果たした後は、

ラグーラビット先生に鍛えてもらってみんなでレベルアップしよう!」

 

 成り行きで一躍時の人となったスリーピング・ナイツは、

予約してくれた人達の為に、再び二十一層の迷宮区を訪れていた。

さすがに顔が売れてしまった為、変装しての移動となったが、

幸いスリーピング・ナイツに気付く者はいなかったようだ。

ちなみに今ユウキが言ったレベルアップとは、実力を上げるという意味であって、

ALOにレベルの概念が導入された訳ではない。

 

「肉の余剰分もスモーキング・リーフで買いとってもらえる事になったとはいえ、

ここにはしばらく来れないから、集中していこう!」

 

 予約分以外の肉を店売りしてしまっては、また混乱を生む可能性が高いという事で、

余った肉は店売りと同じ値段でスモーキング・リーフで買い取ってもらえる事になっていた。

スモーキング・リーフとしても混乱しないように少しずつ売り出すしかない為、

一時的に大量の資金が必要になってしまったが、

そこは話を聞いたハチマンがこっそりとヴァルハラの資金を提供する事で解決した。

 

「それじゃあ今日も張り切っていこっか!」

「ステータスもかなり上がったし、今日こそ狙ってラグーラビット先生を撃墜してやるぜ!」

 

 前回の戦闘だと、まともに狙って敵を撃墜出来たのはユウキだけであり、

他の者達は何となくといった感じでしか敵を倒せていなかった為、

ユウキ以外の四人は今日はかなりの意気込みを持って狩りに望んでいた。

当然シウネー以外の四人という事である。

ちなみに今日もレコンが密かにスリーピング・ナイツを見守っている。

 

「それじゃあ最初は地味な作業からだな」

「確かに地味だけど、これはこれでいい収入になるからいいよな!」

 

 VRMMOに限らず、

こういった多人数参加型のゲームで大成する者には一定の共通点がある。

それは地味な作業を続けるのを厭わないという点である。

先日ランとキヨモリが話していた、努力が必ず実る訳ではないというのは、

居合いの技術を超一流まで高めるという点においては正しいが、

居合いそのものを習得するという点で言えば正しくない。

なんちゃってで良ければ、ゲームにおいては努力次第でそれはモノになってしまう。

ここは実戦レベルまでで良ければ努力が確実に実を結んでしまう世界なのだ。

 

「背ビレはまだかなまだかな」

「やめなよタル、そういうの、強欲センサーに引っかかるんだからね」

「う………確かにそうかも」

 

 だがこの場合、その心配は杞憂であった。

前回と同じ数の敵を狩った瞬間に、敵の沸きがピタリと止まったからだ。

 

「お、きたか?」

「あ、出た出た、多分これ、狩った敵の総数だね」

「他の狩り場でもこういう隠し要素ってあるのかね?」

「メジャーな狩り場じゃ無いんだろうけど、こういうマイナーな所だとあるかもね」

「隠し扉の奥限定みたいな」

「今度探してみよっか」

「だな!」

 

 そして一同は休憩する間も惜しんで再び滝の裏の入り口から奥へと進んでいった。

 

「さて、今日もやりますか!」

「今日はユウキは最初サポートな、危なくなったら助けてくれ」

「本当に大丈夫?」

「大丈夫大丈夫、この前で慣れた上に、ステータスだってかなり上がったからね」

 

 どうやら今日はテッチとタルケンを中心に、左右をジュンとノリが固める事にしたらしい。

これは単純に武器の問題であった。片手棍を使うテッチと槍を使うタルケンは、

正面から向かってくる敵を迎撃するのに相性がいいが、

両手剣を使うジュンとハンマーを使うノリは、取りまわしの速度の関係で、

敵の来る位置が分かっていても、どうしても遅れをとってしまう事があるのである。

そして前回と同じように、奥からラグーラビットが弾丸のように飛び出してきた。

 

「今回は前みたいにはいかないぜ!」

「よっ、ほっ、はっ!」

「うん、敵が見える見える」

「まったく問題ないね」

 

 四人は取りこぼしもあるが、確実に敵を葬っていく。

そこからは安定感すら感じられ、ユウキは自分も参加したいとうずうずしながらも、

リーダー代理として仲間達の成長をチェックする事も必要だと考え、

戦いたいという欲求にじっと耐えながら、その様子を見守っていた。

そして一時間後、ユウキが休憩の指示を出した。

 

「そろそろ休憩にしよっか、さっき休まなかったしね」

「そうだな、一旦下がって戦利品の数もチェックしよう」

 

 それなりにダメージもくらったが、その回数は前回よりもかなり減少しており、

まずまず成長したと誇れる戦いぶりを示せた四人はかなり満足する事が出来たようだ。

 

「ユウキ、どうだった?」

「うん、かなり安定してたと思うよ」

「私も前回より回復させるのが楽だと感じましたね」

「おお、ついに乗り越えたって感じだな」

「で、肉は合計いくつくらい取れた?」

 

 数えてみると、ここまで得た肉の数は大体百個程であった。

これで予約分の肉はほぼほぼ調達出来た事になる。

ドロップ率はさすがに地上のように百パーセントとはいかず、

だいたい十パーセントくらいであろうか、

つまりここまでで四人の合計で千体くらいの敵を倒した事になる。

体感だと一~三秒ごとに一匹敵が飛んでくるイメージがあるので、

大体攻撃された回数は千八百回程度という事になる。

撃破率は五十パーセント強であり、前回と比べるとこれは格段に高い数字であった。

 

「特にタルはかなりいい感じだったね」

「まあ槍はこういう時、取りまわしが楽ですからね」

 

 直線軌道で飛んでくる敵に穂先を合わせるというのは言うほど楽ではないが、

タルケンは問題なくそれをこなしていた。

 

「ジュンとノリも、間に合わないって思った時は、手元で上手く敵を捌いてたね」

「柄も有効に活用しないとだしな」

「それでも弾く方向が悪くて何度かくらっちゃったけどね」

「でも回数はそんなに多くなかったじゃないですか、凄い安定してましたよ」

 

 シウネーにそう言われ、ジュンとノリは照れたような笑いを浮かべた。

 

「テッチはもうほぼ完璧だね」

「全部盾のおかげですけどね」

 

 テッチは棍と盾を上手く使い分け、敵をかなり正確に倒せるようになっていた。

 

「さて、それじゃあ今度はボクの番かな」

「その顔は、待ちきれなかったって感じだね」

「うん、今のボクってば、凄く調子がいいんだよね」

 

 ユウキはそう言って一人前に出て迎撃体勢をとった。

その動きは確かに鋭く、剣の冴えも素晴らしい。

密かにそれを撮影していたレコンは舌を巻き、

ユウキの成長っぷりをハチマンに見せようと、動画を撮影してハチマンへと送っていた。

完全に隠し撮りであるが、まあスリーピング・ナイツとハチマンの関係からすると、

どこかに勝手にアップさせるような事も無いし、ギリギリセーフであろう。

その動画は一旦ハチマンのスマホに送られ、そこからゾンビ・エスケープ内で、

キヨモリに指導されるランをのんびりと見守っていたハチマンへと転送された。

 

「ん、レコンからか………これは動画か?」

 

 ハチマンはそれを見ると、立ち上がってランとキヨモリに訓練を一旦中断してもらい、

三人で一緒にその動画を見た。

 

「ユウはもう完全に覚醒した感じね」

「これは誰じゃ?」

「私の双子の妹よ」

「ほうほう、嬢ちゃんのな、しかしまあ双子にしては随分と体型が違うのう」

「じじい、セクハラだ。それ以前にこいつが調子に乗るからやめてくれ」

 

 だがそのハチマンの制止は少し遅かった。

 

「そうなの師匠、ユウには悪いけど、

ハチマンは私くらいのサイズじゃないと興奮出来ないのよ」

 

 ランはそう言って自分の胸を持ち上げ、

ハチマンはそれに対して面倒臭そうな視線を向けた。

 

「はいはい興奮した興奮した」

 

 そんなハチマンの適当な返事にもめげず、ランはここぞとばかりに胸をアピールした。

 

「揉みたいなら揉んでもいいのよ?」

「いいのか?それじゃ遠慮なく……」

 

 そう言ってハチマンはランの胸に手を伸ばし、その瞬間にランは慌てて後ろに下がった。

どうやら心の準備が出来ていなかったらしい。

 

「ふっ」

 

 それを見たハチマンは、自分の勝利だという風に鼻で笑い、ランは悔しさに悶絶した。

 

「きいいいい、ハチマンの癖に生意気な!」

「はいはい、今は忙しいからまともにお前の相手をしている暇は無いんだよ」

 

 そう言ってハチマンは画面を覗き込み、ランも何事も無かったかのようにその後に続いた。

さすがはラン、メンタルは強い。

 

「じじい、これをどう見る?」

「これだけじゃ何とも判断がつかんのう、

こんなバッティングセンターみたいな動画だけじゃよく分からん、分からんが……」

 

 そう言ってキヨモリは黙り込み、そんなキヨモリにハチマンはこう言った。

 

「前回もこんな感じだったらしいぞ」

「なら多分、お主の危惧する通りじゃないかのう」

「そうか、それじゃあ行ってくる」

「それがいいじゃろうな」

「動画は控え室のモニターに転送する設定にしとくから、そこでじっくりと見ているといい」

 

 そう言ってハチマンはそのまま姿を消し、ランはそのいきなりの展開についていけず、

呆然と見送る事しか出来なかったのであった。



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第775話 ハチマンからの指令

「師匠、ハチマンは一体どうしたの?」

 

 ランは我に返るとキヨモリにそう尋ねた。

 

「稽古を付けに行ったんじゃろうな」

「稽古って、ユウに?」

「ああそうじゃ、ランはさっきの動画を見てどう思ったんじゃ?」

「えっと、我が妹ながら凄い剣さばきだなって……」

 

 ランは、自分が気付かない何かがあるのだろうなと思いつつも、

素直にそう言う事しか出来なかった。

 

「確かにその感想は間違っとらんよ、今のあの子は一流の剣士じゃ」

「なら一体何が……」

「お主らの目標は何じゃ?」

 

 キヨモリはランの質問には答えず、唐突にそう言った。

 

「ヴァルハラに勝って、スリーピング・ナイツの名声を高める事」

「それはお主らが一対一でハチマンに勝てばそれで済む話なのかえ?」

「そ、それは……」

 

 ランは改めてそう言われ、言葉に詰まった。

自分でもそれでは目標を達成した事にはならないという自覚があったのだろう。

 

「お主の妹が一流の剣士たらねばと思うあまり、剣に頼りすぎていないかと、

ハチマンは危惧したんじゃろうな」

「剣に………?」

 

 ランは今ひとつ理解出来なかった為、必死にその意味を考えたが、

明解にこれだという答えは出ない。

 

「よく分からない……」

「ふむ、分からない事を分からないと素直に言えるのはランの美点じゃな。

それじゃあこう考えてみい、お主がハチマンに、剣だけの勝負で勝ったとしよう」

「やった!師匠、遂にハチマンに勝ちました!」

 

 ランはその場面を想像し、ノリノリでキヨモリにそう言った。

 

「周りの者達は、お主の事をALO一の剣士だと褒め称える」

「いやぁ、それほどでも……」

 

 次にランは照れた顔で手をぶんぶんと振った。

こういう時はノらないと気が済まないらしい。

 

「だがその者達は、お主を褒め称えたその口でこう言うのじゃ。

それでもALO一のプレイヤーは、ハチマンですよね、とな」

「む……」

 

 ランは何となくキヨモリの言いたい事が自分の中で形を成していく気がしたが、

まだ確信には至れない。

 

「すみません師匠、何となくしか分かりません」

「ふむ、それじゃあ次の例えじゃ。

お主はその後、ハチマン相手に何でもありのルールで戦いを挑んで負ける。

それが悔しくてひたすら剣の道を究めようと努力し、ついに戦績を五分五分まで持ち込む」

「もう少し頑張って剣の修行をすれば勝ちこせるかも!」

「そして満足がいく修行が出来、仲間達と共にハチマンに再戦を申し込みに行く最中に、

お主らは凄まじい数の敵プレイヤーに囲まれ、お主の奮戦も空しく、

仲間達は全員討ち取られ、その場にはお主だけが残る」

「む……」

「そして再戦してお主はハチマンに勝利する。一人ぼっちの勝利じゃ。

だが周りの者達はこう言うのじゃ、もし襲われたのがハチマンだったら、

仲間達も全員無事でこの場に立っていただろうとな」

 

 ランはその状況を思い浮かべ、キヨモリが何を言いたいのか必死に考えた。

そして出てきた答えはこれであった。

 

「つまり私達だけが強くなっても、仲間達も一緒に強くならなくては意味がないと?」

「まあそれも必要条件ではあるじゃろうな」

「ぐぬぬ………それじゃあ指揮能力を高めろ?」

「それも必要条件に過ぎんの」

「そうすると……対応力を高めろ?」

「そうじゃのう、一番しっくりくるのはその表現かのう」

 

 キヨモリがやっと頷いてくれた為、ランはほっとひと安心した。

 

「対応力……なるほど」

「今のお主らは、まるで剣術大会でトップに立とうとしているように見えるでな、

それはそれで有りだとは思うが、お主らが目指すのは、

あくまで全プレイヤーのトップなんじゃろ?」

「うん、そのつもり」

「なら一対一の勝負、多対一の勝負、知略による勝負、

そういった色々な戦いに、勝利する必要があるのではないかの?」

「それは……そうかも」

「で、ランの剣の腕がハチマンよりも上をいったとして、

一対一でハチマンに勝てると思うかの?」

「そ、それは……」

 

 ランはそう言われ、改めて気付いた事があった。

今まではとにかく剣の腕を磨けばハチマンに追いつけるのではないかと思っていたのだが、

いざその場面を思い浮かべてみても、ハチマンに勝てる気がしないという事にである。

 

「確かに色々な手で腕の差なんか簡単に逆転されそう……」

「まあそういう事じゃ。とりあえずハチマンがお主らに何を教えようとしているのか、

動画を見てよく考える事じゃな」

「うん、そうする」

 

 そして二人はハチマンが設定してくれた動画を見る事にしたのだが、

そこには意外な光景が映し出されていたのであった。

 

 

 

(おっ、ハチマンさんからメッセージ?えっと……あ、こっちに来るんだ)

 

 レコンは送られてきたハチマンからのメッセージを見て、

ハチマンがこの場所に向かっている事を知り、

ユウキの成長を実際に自分の目で確かめたいんだなと考えたが、

次のメッセージを見てきょとんとした。

 

(スリーピング・ナイツの誰かとコンタクトを取れないか?

フレンド登録をしていないからメッセージが送れない?う~ん……それなら……)

 

 レコンはノリが一人で後方の壁に背をもたれかけさせ、

背後の守りに注意を注いでいるのを見て、ハチマンにこう返信した。

 

(ノリさんが今一人でいるので多分僕がコンタクト出来ますっと)

 

 直後に再びハチマンから返信があった。

 

『俺はそっちに十五分後に着くが、とりあえずレコンはノリと接触し、

次のメッセージで書く内容を実行するように、

ユウキ以外のメンバーで共有するように伝えてもらいたい』

 

 その直後に別のメッセージが届き、レコンはとりあえずその通りに動く事にした。

 

 

 

 後方を警戒していたノリは、突然誰かに口元を塞がれてギョッとし、抵抗しようとした。

だがその耳元でレコンがこう囁いた。

 

「すみませんすみません、僕はヴァルハラのレコンと言います、

ハチマンさんからの伝言があるので、

それをユウキさん以外の全員で共有してもらえませんか?」

 

 その言葉を聞いた瞬間にノリは元のようにリラックスした体勢に戻った。

 

「それじゃあ次に、ハチマンさんからのメッセージテキストをそちらに渡しますね、

これを他の人にも見てもらって下さい」

 

 そう言ってレコンはノリにメッセージのトレードを申し込み、

ノリは何気ない態度でそのメッセージを確認した。

 

「えっ……」

 

 ノリは一瞬驚いたような声を上げたが、それ以上何も言う事はなく、

何故か軽い足取りでシウネーの方に向かい、何事か話しかけた。

その後にノリは、ジュン、テッチ、タルケンの所に向かい、

ユウキに気付かれる事なくハチマンからの指令書を渡し終えた。

そしてそろそろ予定時刻になるという頃、ついにハチマンがこの場に姿を現した。

ハチマンは黒ずくめの格好をしており、その見た目からはハチマンだとは分からない。

 

「待たせたな、レコン」

「いえいえ、お早いお着きで驚きましたよ」

「まあ場所は分かってるんだから、後は思いっきり走ってくるだけだしな」

 

 途中には敵もいたはずなんだけどなと思いつつも、

レコンはハチマンのやる事だからと特に驚くような事はなかった。

 

「それじゃあ早速行ってくるわ」

「はい、お気をつけて」

 

 そしてハチマンは、特に姿を隠す事もなく堂々とノリに近寄っていった。

ノリはわくわくしたような顔で、むしろウェルカムだという風にハチマンの方を見ており、

ハチマンは苦笑しながらノリに言った。

 

「おいノリ、ちゃんと演技しろよ」

「う………も、もちろん!」

 

 そしてハチマンは声を変えるパーティアイテムを使用した後に雷丸を取り出し、

ノリの体を抱き寄せると、その首に雷丸を突きつけながら言った。

 

「ぐへへへへ、おいお前ら、随分変わった所で狩りをしているな、

この女の命が惜しかったら、ここで得た戦利品を俺によこしやがれ!」

「くっ………みんなごめん、油断した!」

 

 そう言いながらもノリの顔は微妙に嬉しそうな顔をしており、

一番遠くにいるユウキからは見えなかったが、男達はその顔を見て少し呆れていた。

 

「「「ノリの奴、めっちゃ嬉しそうだな……」」」

 

 そしてハチマンは次に、シウネーに向かってこう言った。

 

「おいそこの女、お前も武器を捨ててこっちに来い、お前も人質だ」

「わ、分かりました!」

 

 こちらもユウキからは見えなかったが、

シウネーもとても嬉しそうな顔でハチマンの方に走っていき、

男達は再び呆れる事となった。

 

「そこの男連中は、この縄で自分達を縛れ」

「くそっ、わ、分かった!」

「ノリとシウネーを人質にとられてるんだ、仕方ない!」

「ユウキ、後は任せた!」

 

 とんだ大根演技であるが、三人も与えられた役割を果たし、

自らを縄で縛って隅の方に座りこんだ。もっとも本当に縛った訳ではなくただのフリである。

 

「だ、誰だお前は!」

 

 ここでラグーラビットの攻撃範囲から何とか離脱に成功したユウキがこちらに戻ってきて、

ハチマンにそう言った。

 

「ただの通りすがりの盗賊様よ、お前がリーダーか?さっさと金目の物をよこしやがれ!」

 

 こうしてハチマンとユウキ以外による演劇が幕を開ける事となったのであった。



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第776話 ユウキ、盗賊と対峙す

 スリーピング・ナイツに接触する少し前、ハチマンはレコンが撮影している動画に向け、

一つのメッセージを残していた。

それは要するにランに宛てたメッセージであり、その内容はこうであった。

 

『俺が頭をかく仕草をした時のユウの行動に注目しておけ』

 

 そして今、ユウキは仲間達を全員失った状態でハチマンと対峙していた。

 

「くそっ、二人を離せ!」

「離せと言われて素直に離す馬鹿がいるかよ」

 

 そう言ってハチマンは頭をかくと、二人の体を撫で回した。

 

「ぐへへへへ、二人ともいい体をしてんじゃねえかよ」

「くそっ、このゲス野郎め!」

 

 ちなみにこの時ジュン達三人は、笑いを堪えるのに必死だった。

 

 

 

「師匠、今ハチマンは頭をかいたわよね?」

「ああ、そうじゃな」

「あああああああああ、私にはあんな事してくれないのに!」

「見事なセクハラじゃの」

 

『ぐへへへへ、二人ともいい体をしてんじゃねえかよ』

『くそっ、このゲス野郎め!』

 

「ぷっ……」

「あ奴、思ったより役者じゃのう」

「あはははは、あはははははは!」

「ランよ、ここの妹の行動を見ておけと言われてたはずじゃろ?」

「あはははは、ご、ごめん師匠、そうだったわね。

でもここのユウの行動って、普通じゃない?」

 

 仲間が体を撫で回されて、相手に向かってゲス野郎と叫ぶそのユウキの姿は、

ランから見るとまったく普通の反応に見えた。

 

「ふ~む、ランはあのハチマンをハチマンだと思うのはよした方がいいの」

「師匠、どういう事?」

「あれを本物の暴漢だと思って見てみい」

「分かった、イメージイメージ……みょんみょんみょんみょん……」

 

 ランはそう変なセリフを口走りながら、頭を切りかえて画面をじっと見つめた。

 

「あっ!」

「うむ、分かったかの?」

「うん、そう言われるとユウの駄目な所が分かった!

普通この場面だと絶対にハラスメント警告が出るはずなのに、出てない事に気付いてない!」

「多分それじゃろうな、儂もさっき、試そうと思って敢えて軽くセクハラ発言をしてみたが、

言葉だけじゃセクハラ認定はされなかったの。

でもまああそこまでやれば、普通はハラスメント警告に引っかかるんじゃろ?」

「さっきのってわざとだったの!?」

 

 ランはそのキヨモリの発言に驚いた。

 

「当たり前じゃろ、このご時勢じゃぞ、そもそも儂の立場だと、

人一倍そういった事には気をつけていたわい」

「そう言われると確かに……」

「とはいえ現実と虚構は基準が違うからの、儂もいつもと違う環境の中で活動するんじゃ、

どのくらいまでがセーフなのか見極めておく必要があったんじゃよ」

「さすがというか……師匠ってやっぱり凄い人なんだね」

「これも人生経験の成せる技じゃ」

 

 ランがキヨモリに感心したところで二人は再び画面に目を戻した。

 

 

 

「お前は中々やりそうだな、とりあえず武器を捨ててもらおうか」

「分かった」

 

 ユウキはハチマンの要求に対して即答した。

万が一にも誰かが傷つけられる事があってはいけないと考えたのだろう。

そしてハチマンはユウキの剣を拾い、具合を確かめるようにブンブンと振ると、

ユウキにこう尋ねた。

 

「このバランスがお前にとっては最適なバランスなのか?」

「そうだ!でもどうしてそんな事を聞くんだ?」

「いや、ただの興味本位だ」

 

 そしてハチマンはユウキの剣をその場に置くと、

ノリとシウネーをジュン達の隣に座らせ、ロープを取り出した。

 

「十分楽しませてもらったし、とりあえずこの二人も縛っておくか」

 

 同時にハチマンは、二人にこう囁いていた。

 

(面倒だから縛らないが、縛られたフリをしておくんだぞ)

(うん)

(はい)

 

 ハチマンは二人の体にロープを巻きつけると、続けてユウキの前に立った。

 

「ふむ……」

 

 ハチマンはそう言って頭をかき、ユウキの顎に手を当てて、クイッと持ち上げた。

 

「こうして見ると、中々の上物だな。お前はこのままどこかに売り飛ばすか」

「ひ、ひどい事をするつもりならボク一人にしてよ!」

 

(はぁ、わざと隙を見せたつもりなんだが、

素手じゃ俺を制圧出来ないのか、それとも自信が無いのか……)

 

 ハチマンはそう考え、ユウキが動くかもしれないと期待しつつ、

今度はユウキの腹や腰を撫で回し始めた。

 

「ぐへへへへ、そういう事なら俺は女にモテないから、

こういう機会には存分に楽しまないとな!」

 

(((((どこが!?)))))

 

 そのセリフを聞いたジュン達五人は心の中でそう突っ込んだ。

 

「くっ……」

 

 この時ユウキは、悔しそうな顔をしながらも、何故か戸惑っているように見えた。

 

(何だこの反応?)

 

 ハチマンはユウキの顔を見てそんな疑問を抱きつつも、そろそろ盗賊らしく、

金目の物でも要求するかとのんびり考えていた。

 

 

 

「あっ、師匠、ハチマンがまた頭をかいたわ」

「今度は何をするつもりなのかのう」

「きいいいいいいいい!」

 

 直後にランが、どこかから取り出したハンカチを噛みながらそう絶叫した。

 

「ランよ、そのハンカチはどこから取り出したんじゃ……」

「こういう時の為に常備しているわ、師匠」

「そ、そうか……」

 

 キヨモリは聞いてはいけない事を聞いてしまったかのようにランから目を背けつつ、

続けてランにこう尋ねた。

 

「で、今の叫びは一体何じゃ?」

「そ、そう、それよそれ!ユウめ、まさかハチマンに顎クイしてもらえるなんて、

なんて羨ましい!」

「………あれくらいお主もしてもらえば良かろうに、大した事じゃあるまいし」

「………えっ?」

 

 ランはそのキヨモリのセリフに首を傾げた。

 

「大した事じゃ………ない?」

「だってそうじゃろ?例えば胸を揉めとか言われたら、

多分ハチマンは絶対に首を縦には振らんじゃろうが、

ちょっと私のアゴをクイッって持ち上げてみて?と頼めば、

そのくらいなら別にいいかと思ってやってくれそうじゃないかえ?」

「ま、待って師匠、もしかして男の子にとって、顎クイって大した事じゃないの?」

「恥ずかしい奴は恥ずかしいのかもしれんが、

普通そこまでキャアキャア騒ぐような事じゃないじゃろ?」

「そ、そうなんだ……」

 

 ランはそのキヨモリの言葉に、男女の価値観の違いを思い知らされた。

 

「ありがとう師匠、覚えとく……」

 

 そしてランは気を取り直したように、続けてキヨモリにこう尋ねた。

 

「そういえば叫んじゃって聞き逃したんだけど、さっきハチマンが何か言ってなかった?」

「おう、確かこうじゃな。

『こうして見ると、中々の上物だな。お前はこのままどこかに売り飛ばすか』

『ひ、ひどい事をするつもりならボク一人にしてよ!』とか言うとったのう」

「………」

 

 その言葉を聞いたランは、頭を抱えてその場に蹲った。

 

「ラン、どうかしたかの?」

「ううん、我が妹ながら、さすがにそのセリフをおかしいと思わないのはどうなのって……」

「まあ他のプレイヤーを売り飛ばす事なぞ出来るはずがないからのう」

「ちなみにその後ハチマンは、

『ぐへへへへ、そういう事なら俺は女にモテないから、

こういう機会には存分に楽しまないとな!』とか言うとったぞ」

「どこが!?って、ああああああああ!また!」

 

 ランは突っ込んだ後、即座に絶叫した。何とも忙しい事である。

画面の中でハチマンが、ユウキの色々なところを撫で回しているのを見たせいなのだが、

その直後にランは、意外な分析をした。

 

「しかもユウめ、あの顔は喜んでるわよ!」

「ほ?儂には戸惑っているように見えるんじゃが……」

「確かにそうね、ユウは多分、何でこんなゲスな奴に撫で回されて、

自分が嬉しく感じてしまうのか分からないって戸惑ってると思うわ」

「何とも不思議な戸惑い方もあったもんじゃの……」

 

 どうやらハチマンが疑問に思ったユウキの反応はそういう事だったらしい。

 

「それにしてもユウは、あれだけセクハラされて、

相手が監獄行きにならないのをおかしいと思わないのかしら」

「よく分からんが、男を相手にし慣れてないんじゃないかの?」

「ああ、それはあるかも。あの子が知ってる男って、

仲間以外だとハチマンだけみたいなものだしね」

「セクハラという概念自体に馴染みが無いという事なのじゃろうな」

 

 二人はなるほどと頷きあいつつ、再び画面へと目を戻した。

 

 

 

「さて、お遊びはこのくらいにして、そろそろ金目の物を出してもらおうか」

「くっ……し、仕方ない、これを持っていけ!それで満足したらさっさと消えろ!」

 

 ユウキはそう言って、馬鹿正直にラグーラビットの肉をハチマンに差し出した。

 

(これは判断に迷うな、ユウのこういう所は美点でもあるからなぁ……)

 

 ハチマンはこの事については怒らずにアドバイスに留めておこうと思いつつ、

大げさに驚いたような表情でこう言った。

 

「おいおい、これはラグーラビットの肉じゃねえか!しかもこんなに沢山か!?

こいつはとんだお宝が手に入っちまったぜ、ぐふふふふ」

 

 その瞬間にジュンとタルケンとノリが咳き込んだ。

どうやら噴き出したのを咳き込む事で誤魔化したらしい。

 

(ジュン、タル、ノリ、アウト!)

(悪い悪い、つい、な)

(むしろテッチとシウネーは何であれを我慢出来るの?)

(あれはハチマンさんじゃないと自分に強く言い聞かせてますから)

(な、なるほど、僕もそうしてみよう)

 

 ハチマンは五人の方をチラリと見ただけで、ユウキが出した肉に再び目をやった。

そこにはユウキが倒した分のラグーラビットの肉が全て積まれていた。

その数は時間が短かった為か、まだ十個程であったが、

それでもかなりの金額になる事は間違いない。

 

(これで済むなら安いとも言えるし、まあいい判断か………いや、一応試すか)

 

「それじゃあこれは有り難く頂いておくぜ、一応聞くが、

まさかこれをもっと沢山持ってるなんて事はないよな?」

「ただでさえ貴重な肉をそんなに持ってたら、こんな所に金策になんか来るもんか!」

「ちっ、しけた野郎どもだぜ」

 

(おお、今のは後で褒めてやろう)

 

 そう思ったハチマンの耳に、ユウキのこんな呟きが飛び込んできた。

 

「くっ……剣さえあれば、お前なんかには絶対に負けないのに……」

 

(ふむ、これは手間が省けたな)

 

 そしてハチマンは、殊更に不敵な声を作り、ユウキに向かってこう言った。

 

「はぁ?お前みたいなガキが、剣を持ったくらいで俺に勝てるとでも思ってるのか?」

「か、勝てるよ!」

「そうか、なら余興だ、少し遊んでやる」

 

 そう言ってハチマンは、先ほどユウキから取り上げた剣を拾い上げ、

そのままユウキに向かって放った。

 

「えっ?」

「余興だって言っただろ、ほれ、さっさとかかってこいガキ」

「言われなくても!」

 

 そしてユウキはハチマン目掛けて全力で剣を振り下ろした。




時期は未定ですが、暇な時にコツコツ書き進めている『SP話 ヴァルハラvs高度育成高等学校編』を投稿する予定です、面白くなるかどうかは正直何ともですが、通常の投稿は切らさずに一日二話更新みたいな感じで突然投稿されると思いますので、もし見かけたらその時は本編もありますのでお気をつけ下さい!


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第777話 レクチャー

 ユウキの剣速は凄まじく、それを見ていた他の者達も、

思わずハチマンが真っ二つにされる光景を想像した。

だが真っ直ぐ振り下ろされたはずのその剣は、ハチマンがスッと掲げられた剣に受け流され、

斜めに軌道を変え、空振りさせられる事となった。

 

「くっ……」

 

 ユウキは慌てて飛び退り、再び剣を構えた。だがいつの間に移動してきたのか、

その目のすぐ前には既にハチマンの被る黒いマスクの顔があった。

 

「うわっ!」

 

 ユウキは大慌てで再び距離を取ろうとするが、

その黒ずくめの顔はユウキから決して離れない。

 

「うぅ……」

「ほれどうした、俺に勝てるんじゃなかったのか?」

「勝てるってば!」

 

 ユウキは再び下がると見せかけ、近距離から突きを放ち、

さすがのハチマンもそれを受けて刃が届かない分だけ後ろに下がった。

 

「ここ!」

 

 そこからユウキの連打が始まった。受け流されようが受け止められようが、

すぐ次に繋がるその連打の早さは凄まじいものであった。

だがその剣はハチマンには当たらない。

 

「くっ、盗賊のくせに、やるな!」

「お前こそガキの癖に中々やるな」

「ならばこうだ!」

 

 ユウキはそう言って鋭い突きをハチマンの胸に放ったが、

その攻撃は少し大振りすぎた為、剣を持つ腕ごとハチマンの左脇に捕らえられてしまった。

そのままハチマンの武器を持つ右手がユウキの腰に回される。

 

「で?」

「ち、近い……でも何で……うぅ……」

 

 ユウキはここで再び複雑そうな表情をした。

もしかしたら、また嫌なはずなのに何故か嬉しいという矛盾に戸惑っているのかもしれない。

そんなパニック状態に陥った為か、ユウキはぽろぽろと涙をこぼし始めた。

 

「うぅ……ぐすっ……」

「ま、待て、何故そこで泣く!」

「そんなの分かんない………よっ!」

 

 ガッ!

 

 そのユウキの言葉と同時にハチマンの頭に衝撃が走った。

まさかのまさか、ユウキは泣きながらハチマンに頭突きを放ったのだった。

 

「うおっ」

「ふう、これで頭が多少スッキリした」

 

 さすがのハチマンもこれには驚き、ユウキから距離をとった。

そして自由を取り戻したユウキはそのまま突き主体の攻撃へとスタイルを変えた。

その突きの速度もまた凄まじく、剣先が見えない程であった。

 

「チッ、厄介な」

 

 ハチマンはそう言って大きくバックステップし、

その反動を生かして一気にユウキの懐に飛び込んだ。

 

「とった!」

 

 ユウキはそんなハチマン目掛けて絶対の自信を持って剣を突きだした。

その自信が示す通り、その剣は真っ直ぐにハチマンの胸に吸い込まれていき、

確かにその胸を貫いたように見えたのだが、その直後にハチマンの姿が消えた。

 

「えっ?」

「残像だ」

 

 その直後に剣を持つ腕を捕まれ、次の瞬間にユウキの視界は百八十度、ぐるりと回転した。

そして背中に鈍い衝撃が走り、ユウキは息を詰まらせた。

どうやら背中から地面に叩き付けられたらしい。

 

「ぐはっ!」

 

 そしてドスンという音と共に、お腹の上に重さを感じたユウキは、

自分が完全にマウントポジションをとられてしまった事を知った。

剣を持つ右手は完全に押さえ込まれており、自由になるのは左手だけだった。

ユウキは右手を何とかしようともがいたが、そんなユウキにハチマンは言った。

 

「その空いてる左手でどうにかしようとは思わないのか?」

「えっ?」

 

 ユウキは、訳が分からないといった表情をしており、

ハチマンは頭をかくと、ため息を付きながらユウキの右手を解放し、

同時に自らが被っていたマスクを取った。

 

「チャンス!」

 

 ユウキは右手が自由になった瞬間に、敵目掛けて突きを繰り出したが、

その瞬間に相手の顔が見え、その手はピタリと動きを止めた。

 

「え?ハチマン?」

 

 そう言って呆然とするユウキの顔の横に、ハチマンはドスッと雷丸を突き刺した。

 

「やれやれ、相手が俺だと分かろうが、敵なんだからそのまま攻撃すれば良かったのにな」

「だって、だって……」

「まあ今回はさすがに仕方ないか」

 

 ハチマンはそう言ってユウキを抱き上げ、他の者達に声をかけた。

 

「お前ら、もういいぞ!」

 

 その言葉を受け、スリーピング・ナイツの五人は立ち上がり、こちらへと走ってきた。

 

「み、みんな、拘束されてなかったんだ……」

「おっとユウ、こいつらを恨むなよ、全部俺の指示でやった事だからな」

「な、何でこんな事を?」

「どうもお前が偏った方向に進もうとしてたみたいだから、ちょっと釘を刺しにな。

ついでにあれだ、細かい部分のお説教だ」

「お、お説教!?」

「おう、この後いくつかお説教だな」

「しょぼ~ん」

 

 ユウキはそう声に出してしょぼんとした。とてもかわいい。

そして全員で輪になってのユウキの反省会が始まった。

ちなみにユウキは頑なにハチマンから離れようとしなかった為、

まだハチマンの膝の上でハチマンに抱きついたままであった。 

 

「とりあえずこれは他の者にも言える事だが、

例えば俺が全員を拘束した後、素手のお前の前で殊更に隙を見せていた事に気付いたか?」

「あ、うん、それは気付いたんだけど、何も出来なかった……」

「最後にずっと左手が自由だった時もか?」

「う、うん……」

「はぁ、やはりスキルを取得させただけじゃなく、応用まで教えておくべきだったな」

 

 ハチマンはそう言って、全員の顔を見回した後にこう言った。

 

「お前達はどうも、体術スキルを使いこなせていないみたいだな、

例えばそうだな……おいユウ、ちょっと俺から離れろ」

「やだ!」

「………まあいいか、多少負担が増えるだけだ」

 

 ハチマンはそう言って、ユウキを抱きかかえたまま体を倒し、背中を地面に付けた。

 

「ここから体術スキルの応用で……ふんっ!」

 

 その瞬間にハチマンの体は跳ね上がり、一瞬で直立状態になった。

 

「「「「「「「おお」」」」」」」

 

 隠れているレコンまで思わず感嘆の声を上げてしまう程、それは見事な動きだった。

レコンの存在が誰にも気付かれなかったのは幸いである。

 

「敵に倒されても一瞬でこうやって体勢を立て直す事とかも出来る。

他にも色々と技があり、それを応用も出来るからな、

体術を駆使すれば、ユウキは俺にマウントを取られても何とかなったかもしれないし、

そもそも仲間が拘束された時に、もっと抵抗出来ただろうな」

 

 そう言ってハチマンは再び腰かけ、ユウキはしょぼんとした顔のまま、コクリと頷いた。

 

「体術スキル関連の資料はローバーにもらうといい、今度渡しておく。

どうせ例の武器も買うんだろ?」

「う、うん、今回の稼ぎも合わせれば、あの二本の武器が買えるくらい貯まる予定」

「やれやれ、よくもまあ稼いだもんだ。それにしてもよくこんな場所を見つけたよな」

「タルの功績だよ!」

「いやいや、偶然ですって」

「えらいぞタル。そして同じ場所で何時間も頑張れる、

お前達の忍耐力の賜物でもあるな、えらいぞお前達」

 

 ハチマンにそう褒められ、一同はとても嬉しそうな笑顔を見せた。

 

「まあとりあえず全員体術も駆使して、戦闘力をもっと高める努力をする事。

特にユウは今のままだと剣に頼りすぎて、

剣が無いと戦闘力がガタ落ちになっちまうみたいだからな、

剣が無くてもある程度戦えるようにするか、

剣を失った時にすぐに変わりの剣を用意出来るくらいの準備は常にしておくように」

「うん、分かった!」

「後は一般常識の問題なんだが……」

 

 そこでノリが手を上げた。

 

「はい、はい!ハチマンさん、それは私が!」

「ノ、ノリ?」

「よしノリ、このお子様にビシっと言ってやれ」

「任せて!」

 

 そしてノリは立ち上がると、ユウキをビシッと指差しながら言った。

 

「よく考えなさいユウキ、私とシウネーはハチマンさんにあんなに可愛がってもらったのよ、

あそこまでされたら普通ハラスメント警告が出るに決まってるでしょう!」

「えっ?あっ!」

 

 シウネーもその言葉にうんうんと頷き、

ハチマンはその言われ方が気まずかったのか、そっぽを向いた。

 

「た、確かに!」

「ユウキ自身の事もそうよ、あんなに可愛がってもらったら、

絶対にハラスメント警告が出るに決まってるじゃない、

それが出なかった時点で相手の正体に気付けたはずよ!」

「ご、ごめん、確かにそうだった……」

 

 この時のユウキは一つ仲間達に言えない事があった。

それは自分に対してのハラスメント云々に気付けなかった理由である。

ユウキはランが気付いた通り、敵であるはずの黒ずくめの盗賊に嫌らしい事をされ、

それを嬉しく感じる事でパニック状態に陥り、自分の性癖に疑問を抱いていたのである。

ランの推測は正に正鵠を言い当てており、ユウキはハチマンが正体を現した時、

自分が変態になったのではなかったと、安堵していたのであった。

 

「後あれだ、お前を売り飛ばす云々な、そんな事ゲームの中で出来る訳がないだろ……」

 

 ユウキはその言葉にきょとんとした後、何故か顔を赤くした。

 

「ん、どうした?」

「そ、そういう嫌らしい商売も裏でやってる人がいるってランに聞いた事があったから……」

 

 ユウキは恥ずかしそうにそう言い、他の者達はハチマンも含めて頭を抱えた。

 

「あの耳年増め……」

「まあランだし仕方ないよな」

「うん、ランだしね」

 

 こうしてハチマンの指導は終わり、スリーピング・ナイツは狩りを再開する事となった。

 

「あまり無理をせず、適当な所でやめて撤収するんだぞ、

さすがに数が多すぎると、スモーキング・リーフの方も資金の調達が大変だからな」

「うん、一応リツさんと話して二百個くらいかなって」

「まあそのくらいか、スモーキング・リーフの六人はちょっと訳有りだから、

なるべく迷惑をかけないようにしてくれな」

「うん!」

 

 そしてハチマンはユウキを下ろすと、他のメンバー達に順に声をかけていった。

 

「お前達もいずれうちに挑戦してくるんだろうが、

みんな短期間でよく成長してるな、えらいぞ」

「あ、兄貴……」

「兄貴ぃ!」

「待ってて下さいね!」

「わ、私にも出来ればユウキみたいな抱っこを!」

「あ、出来れば私にも……」

 

 こうしてスリーピング・ナイツはハチマンに存分に甘え、

再びヴァルハラを目標とする戦いの中へと戻っていき、

ハチマンはレコンと共にヴァルハラ・ガーデンへと戻る事にした。

 

「ハチマンさん、あの寝た状態から起き上がる技のコツを僕にも教えて下さい!」

「ん、あれはな……」

 

 二人がのんびりとそんな会話をしている最中に、突然システムメッセージが響き渡った。

 

『本日午後二十五時から六時間のメンテナンスを経て、

オリジナル・ソードスキルが実装されます』

 

 ここから運命は大きく動き始める事になった。



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第778話 ハイブリッド・ラン

 ユウキ達と別れ、オリジナル・ソードスキルのアナウンスを聞いたハチマンは、

レコンと別れ、そのままゾンビ・エスケープに舞い戻った。

 

「さて、ランも何か刺激を受けていてくれればいいんだが……」

 

 そう思って占有している部屋の扉を開けたハチマンの目に飛び込んできたのは、

ハンカチを咥えながら、ぐぬぬとこちらを睨みつけているランの姿であった。

 

「またか………おいじじい、ランは今度は一体どうしたんだ?」

「お主がランの妹のマウントをとった時からずっとこうじゃぞ」

「マウントで?何でそうなる?」

 

 きょとんとするハチマンだったが、ランはまるで呪詛のようにぶつぶつとこう呟いていた。

 

「ハチマンに乗ってもらえるなんて、ユウの奴何て羨ましい……

というか妹に先を越されるなんて……」

「乗ってって何だよ……それに何の先を越されたってんだ、相変わらずの耳年増が」

 

 ハチマンは呆れたようにそう言ったが、ランの目は虚ろであり、

ハチマンの方を見ようともしない。

 

「おいじじい、これはどうすりゃいいんだ?」

「どうすればいいと言われてものう……

その後お主がずっと妹御を膝の上に乗せていたのがトドメになったようじゃが、

まあ外部から刺激を与えて覚醒させるしかないんじゃないかのう」

「外部からの刺激か……」

 

 キヨモリにそうアドバイスされたハチマンは、とりあえずランの頬をペチペチと叩いた。

だがまったく効果はなく、ランはぶつぶつと呟き続けていた。

 

「う~ん、これじゃ足りないか……まったく面倒臭え……」

「妹御と同じようにするしかないんじゃないかのう」

「仕方ない、マウントから顔の真横の地面にパンチでも……

まったく手間をかけさせやがって……」

 

 キヨモリがそう言い、ハチマンはため息を付きながら愚痴るようにそう言った。

一応覚醒を期待してか、ハチマンはやや乱暴にランを仰向けに転がしたのだが、

何の反応も無く呟くのをやめないと確認したハチマンは、

仕方なくランに馬乗りになり、肩をぐるぐると回した。

 

「さて……特にこいつの場合は、変な所に触らないように注意しないとな……」

 

 ランとユウキでは体の一部分の起伏がかなり違う為、

ハチマンは必要以上に気を遣い、ランのその部分をしっかり注視しつつ、

顔の横にパンチを入れる為に前傾姿勢をとった。

 

「はぁ、こいつも胸ばっかりじゃなく、脳にも栄養を回してくれればな……」

 

 そんな失礼な事を言いながら、ハチマンは右手を振り上げた。

その瞬間にランはニタリと笑い、ハチマンの隙をついてその顔を自分の胸に押し付けた。

ランの胸に注意を向けていたハチマンは、その攻撃を防げなかった。

 

「わっしょい!」

「うわっぷ、て、てめえ、いつから覚醒していやがった!」

「最初からだけど?」

「何だと……だ、騙しやがったな!おいじじい、早く助けろ!

今はこいつの方が俺よりもステータスが高いからひきはがせな……うごっ」

 

 ランはその瞬間にハチマンの頭を持つ手に力を入れた。

 

「師匠、協力ありがとっ!」

「な、ななな何の事じゃ?儂は別に何も……」

 

 ランに突然そうお礼を言われたキヨモリは、

ハチマンの手前、さすがにまずいと思ったのか、焦ったような顔をしてそう言うと、

そっぽを向きながら鳴らない口笛を吹き始めた。

 

「ヒュウ、ヒュウ」

「むぐっ……く、くそっ、微妙におかしいと思ったらじじいもグルだったのかよ!」

「し、仕方ないんじゃ、儂もせっかく出来たかわいい弟子に嫌われたくないんじゃ!」

「ざけんな!弟子なら俺がもっとかわいいのを紹介してやる!」

「無理じゃ!もう儂、ランに情が沸いてしまったんじゃもん!」

「もん、とかガキみたいな事を言ってんじゃ………むがっ」

 

 ハチマンはジタバタともがいたが、ステータスの差は如何ともしがたい。

当然この事もランはしっかりと計算済であった。

ランはこういう事にはとてもよく頭が回るのである。

胸に潤沢な栄養を回しつつ脳の一部にもしっかり栄養を回す、ランはデキる女のようだ。

 

(くそっ、どうすれば……)

 

 その時思いがけない事態が起きた。三人のいつ控え室の扉が誰かにノックされたのである。

 

 コン、コン、コン。

 

「おい、誰か来たぞラン、待たせるのも悪いからとりあえず俺を解放しろ」

「え~?ここには他に知り合いなんかいないし、冷やかしかいたずらじゃない?

そんなのほっとけばいいわよ」

 

 その時ドアの向こうから、聞き覚えのある声がした。

 

「ハチマン君、いる~?あなたの大好きなお姉ちゃんですよ~?

ここにキヨモリさんが来てるって聞いて、挨拶に来たわよん」

「え、ハチマンのお姉さん?」

「馬鹿姉!?」

 

 それは紛うことなき雪ノ下陽乃の声であった。

もし陽乃にこんな場面を見られたら、どんな行動を起こすか想像もつかない。

ハチマンは焦り、ランはハチマンの姉らしき人物にどう挨拶しようかと考え、固まった。

だがそんな二人より先に、名指しされたキヨモリが動いた。

 

「おいハチマン、今のは確か、ソレイユの社長の声じゃよな?」

「ああそうだ、ちょっと待っててくれ、今ランを説得……」

「そうかそうか、ほいほい、儂はここじゃぞい」

「あっ、じじい、待てって……」

 

 だがそんなハチマンの声も空しくキヨモリの手によって扉は開かれた。

 

「あらキヨモリさん、またその姿で遊んでたんだ?」

 

 目の前にいる若い男がキヨモリだと、陽乃はすぐに看破した。

陽乃はこの姿を以前京都で見た事があったからである。

 

「おう、そうじゃそうじゃ、別に儂が望んだ訳じゃないんじゃが、ハチマンが勝手にのう」

「なるほどなるほど」

「しかしよくここにハチマンや儂がいると分かったのう?」

「それはまあ、控え室をレンタルしたら、外に代表者の名前が表示されるからね、

それを見てここだなと当たりをつけてきたって訳」

「ほうほう、さすがじゃのう」

「いやいや、それほどでも」

 

 どうやらこの二人、京都での一件以来、実はとても仲良しだったようだ。

会話がまるで、昔なじみのように気さくな雰囲気である。

 

「で、ハチマン君は?」

「おう、小僧ならそこじゃ」

「あらそう、ありがとうキヨモリさん、え~と、ハチマン君ハチマンく……ん?んん~?」

 

 陽乃はどう見てもランを襲っているように見えるハチマンの姿を見てスッと目を細めた。

 

「違う、誤解だ、これはランの罠にはまってだな………」

 

 ハチマンはその視線を受けて慌ててそう言い訳をし、

ランも慌ててハチマンの拘束を解き、立ち上がろうとしたのだが、

ハチマンが言い訳に集中し、動きを止めていた他に中々立ち上がる事が出来ない。

 

「ほうほう、なるほどなるほど、あなたが噂のランちゃんね」

「は、初めましてお姉さん、ハチマン相手に既成事実を積み重ねている状態で失礼します、

そのうちあなたの妹になる紺野藍子と申します」

 

 ランがどう挨拶しようかと考えた末に出した答えがこれであった。

まったくいい性格をしている。

 

「ぷっ、あはははははははは!」

 

 その答えは確かに陽乃の意表をついたらしく、陽乃は大声でそう笑った。

 

「見るのと聞くのでは大違いだわ、想像以上に凄い子みたいね、ハチマン君」

「お、おう、色々と面倒をかけられっぱなしで大変だ……」

 

 ハチマンはそう言い、ランの拘束が外れている事にやっと気付き、そのまま立ち上がった。

 

「今解放してあげたのは貸しにしておくわ」

 

 そんなハチマンに、ランは更にそんなジャブを飛ばしてきた。

 

「お前は本当にいい性格をしてるよな」

「私もそんな自分の性格を、私の美点だと思っているわ」

 

 ランはぬけぬけとそう言い、陽乃もそれに同意した。

 

「あら、私もその何ていうか、抜け目のない所、好きよ」

「お褒めにあずかり光栄です、姉様」

「あんまりこいつを調子に乗らせるんじゃねえ、ったく……」

 

 ハチマンは二人が知り合った事に漠然とした不安を感じたが、もう後の祭りである。

そんな中、突然陽乃がこんな事を言い出した。

 

「まあそれは置いておいて、一応お仕置きは必要よね」

 

 その言葉にハチマンは内心で喜び、ランは身を固くした。

 

(おっ、これでランも少しは大人しく……)

(ま、まずいわね、さすがにやりすぎたかしら?)

 

 だが陽乃は二人が想像したのとは真逆な行動をとった。

いきなりハチマンの腕をとったかと思うと、

力を入れているようにはまったく見えなかったのに、

ふわりとハチマンを投げ飛ばし、地面に叩きつけたのである。

 

「うおおおおお!」

「はい、お仕置き。まったくハチマン君は、女の子相手に隙が多すぎるのよね、

そこでそうやってしばらく反省していなさい」

「く、くそ、お仕置きって俺にかよ!」

 

 ハチマンは悔しそうにそう言い、キヨモリはその一連の動きを見て感心したように言った。

 

「ほう、いい腕じゃな陽乃さんよ」

「ありがと、キヨモリさん」

 

 ランはその光景に脳が追いつかず、その思考は脳内で右往左往していたが、

やがて一つの場所に落ち着き、一つの結論を出した。

 

「あの、ね、姉様、もしかしてそのキャラはコンバートですか?」

 

 この質問からランが、陽乃の強さは高いステータスのせいなのではと考えた事が分かる。

だがそのランの質問に、陽乃はあっさりとこう答えた。

 

「これ?名前こそALOと同じでソレイユだけど、さっき作ったばっかりの初期キャラよん」

「えっ………?」

 

 ランは陽乃にそう言われ、この二人は同じ人種なのだと悟った。

この二人とは当然ソレイユとキヨモリである。

 

「ソ、ソレイユ姉様、私を弟子にして下さい!」

 

 そんなランが出した結論はこれであった。

折りしも先ほどユウキがハチマンのせいで、体術スキルについての考え方を改めたように、

それを見ていたランも、体術スキルをもっと使いこなさなければと考えていたのである。

当初ランは、ハチマンとキヨモリが不在の時間にALOに戻り、

そこで人のいない所で独学で体術スキルの修行をしようと思っていたのだが、

ソレイユの登場で事情はまったく変わったのである。

 

「弟子って何の?」

「体術のです、姉様!」

「ん~?体術ってALOの体術スキルの事?

私がやってるのは合気道であって、あれとはちょっと別物だと思うけどなぁ」

「その差分は自分で何とかします!暇な時だけでいいので私に稽古をつけて下さい!」

「ん~、どうしよっかなぁ?」

 

 ソレイユはそう言いながらハチマンの方を見た。

 

「ちなみにランは、じじいの弟子でもある」

「あ、剣術の?」

「そうじゃ、今は居合いを教えておるぞい」

「へぇ……それは中々ハイブリッドな子が出来上がりそうね」

 

 その言葉でランは、自分の弟子入りが認められた事を知った。

 

「私の修行は厳しいわよ、しっかりついてきなさい」

「はい、ソレイユ姉様!」

 

 こうしてランに、二人目の師匠が誕生する事となった。



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第779話 アスナの不調

 ランが二人の強力な、というより強烈な師匠を得て修行に邁進し、

ユウキが剣に覚醒して体術の修行にあけくれていたその頃、

このエピソードのもう一人の主人公であるはずのアスナは、

仲間達に慰められながら、一人落ち込んでいた。

 

 

 

 実はこの日、ヴァルハラでは近接戦闘職の者達による総当たり戦が行われていた。

これは二ヶ月に一度、自由参加が前提で定期的に行われているもので、

勝ったから特に何かあるという訳ではなかったのだが、

ギルドメンバーの実力の底上げを図るという点ではかなり重要なイベントであった。

ちなみにルールは魔法なしのガチンコ勝負、

半減決着モードで制限時間は一戦につき五分、だけである。

この日の参加者は、キリト、アスナ、コマチ、リズベット、シリカ、エギル、クライン、

シノン、セラフィム、リーファ、フカ次郎、クックロビンの十二人であり、

見学にユキノとスクナが訪れていた。

ハチマンはランに付き合ってゾンビ・エスケープをプレイしており、

レコンはスリーピング・ナイツを見守っていた為に不参加である。

そしてこの日の戦闘で、アスナは何と五勝六敗と負け越してしまったのであった。

アスナにとっては初の経験であり、特に調子が悪かった訳でもなく、

更には暁姫という強力な武器を携えての敗北だった為、

アスナの受けた衝撃は凄まじく、戦いが終わった後にどよんと落ち込み、

それを今、皆が必死で慰めている所なのであった。

 

「まあこういう日もあるだろ」

「うん……」

「確かにちょっと調子が悪そうだったわね」

「どうかな、自分じゃ普通だと思ってたんだけど」

「微妙に姿勢が守りに入ってた気はしたかなぁ?」

「私が守りに?」

「うん、何だろなぁ、ちょっとモチベーションが低そうみたいな?」

「そっか……」

「確かに闘争心が足りなかったような気はしたな」

「闘争心……そう言われるとそんな気がしないでもないかも……」

 

 その最後のキリトの言葉がアスナにとっては一番しっくりと感じられたようだ。

今も確かにショックを受けてはいるが、直ぐにやり返してやるという感覚が、

自分の中に沸きあがってこないのである。

 

「まあハチマンと話してみろよ、俺達が気付かない事に何か気付いてるかもしれないしな」

「うん、とりあえず今日ハチマン君の家にお泊まりして相談してみる……」

 

 その言葉にその場にいた何人かはとても羨ましそうな顔をしたが、

その時のアスナは、普段なら一部の女性陣に気を遣って言わないような、

そんなストレートなセリフを自分が言ってしまった事にすら気付いていなかった。

そしてアスナはフラフラと立ち上がり、そのままログアウトしていった。

 

「おいおい、アスナの奴大丈夫か?」

「どうだろうな」

 

 クラインのその言葉に、エギルは難しい顔をした。

 

「あれは重症かも?」

 

 続けてフカ次郎が心配そうな顔でそう言った。

 

「多分問題は心の方にあるよね」

 

 そのクックロビンの言葉に、キリトは頷きながらこう答えた。

 

「確かに最近のアスナは丸くなってきてたしなぁ、多分その辺りの影響なのかもな」

「お兄ちゃん、セクハラ!」

 

 そのキリトの言葉に即座にリーファが突っ込んだ。

ちなみにリーファ的には冗談のつもりであったが、

どうやらキリトはその言葉を真に受けてしまったようだ。

 

「ち、違う、丸くってのは性格的な意味であって、

決して太ったとかそういう意味じゃないよ!」

「お兄ちゃん慌てすぎ、冗談だってば」

「冗談かよ!本気で焦ったじゃないかよリーファ!」

 

 そんな二人の会話に横からこんな突っ込みが入った。

 

「まあでもこの前体重を測ったら、ちょっと太ってたのは確からしい」

 

 その言葉を発したのはセラフィムであった。

それに対してユキノが首を傾げながらこう返した。

 

「でもアスナは太ったようには全く見えないわよね?」

「そう、問題はそれなのよ……」

 

 リズベットが悔しそうな顔でそう言い、そんなリズベットをシリカが宥めた。

 

「まあまあ、こういうのは個人差ですから仕方ないですよ」

「個人差?何の事?」

 

 興味深そうにそう尋ねてきたスクナに、リズベットは更に悔しそうな顔でこう答えた。

 

「実はこの前うちの学校で、身体検査があったのよね」

 

 その言葉を聞いた瞬間に、キリトとクラインとエギルはそっとその場を離れた。

その話は自分達が聞くべきではないと考えたのだろう。

ヴァルハラは女性プレイヤーの方が多い特殊なギルドである為、

基本男性陣は、普段から女性陣にはかなり気を遣っているのである。

 

「で、その時のアスナの数値がさ……」

 

 ここでリズベットは一旦話すのを止め、きょろきょろと辺りを見回し、

男性陣が遠くにいるのを確認して、キリトにこう声をかけた。

 

「キリト、えらい!」

 

 その呼びかけに対し、キリトは当然だとばかりにヒラヒラと手を振った。

 

「うちの男どもってこういう時にはちゃんと気を遣ってくれるからいいよね」

「逆に申し訳なくなる事もあるけど、まあ確かに助かるわよね」

 

 リズベットは嬉しそうにそう言い、ユキノもそれに同意した。

 

「さて、それじゃあ安心して話を続けますか、で、その時のアスナの数値なんだけど、

ウェストは一センチ細くなってて、お尻は変化なしだったんだよね。

身長は変わらず、体重だけが増えたみたいな」

 

 その言葉に何人か固まった者がいた。

具体的にはリーファ、シノン、クックロビンの三人である。

 

「今故意に、何かの変化について触れなかったよね……」

「うん、まあそれがオチだし、私も教室でその話を聞いて愕然としたもん」

「ですよね、私もです……」

「なるほど、胸が大きくなった分だけ体重が増えた訳ね」

 

 そこでユキノがストレートにそう言い、

三人はユキノを信じられないような物を見る目で愕然と見つめた。

 

「な、何かしら?」

「まさかユキノの口からそんな言葉が平然と出るなんて……」

「え、そんなにおかしい?実は私も同じような状態なのだけれど……」

「「「えええええ?」」」

 

 そのユキノの告白に、三人は目玉が飛び出る程驚いた。

 

「まあ私の場合はその、元が小さいから別に自慢出来る数値になった訳ではないのだけれど、

それでも成長は成長だし、私的には満足というか、

もし万が一彼に触られた時に、最低限心地よさを感じてもらえるくらいだけあれば、

それでいいかなと思うようになったというか……ってやだ、私は何を言っているのかしら」

 

 そんなユキノを他の者達は、生暖かい目で見つめていた。

 

「え、その目は何?」

「副長が乙女になった……」

「ううん、ユキノも変わったなって」

「そういうとこ、丸くなったよねぇ」

「まあ私ももうすぐ二十二だし、しっかりと現実を見るようになったのよ」

「さっすが大人の女!」

 

 ユキノはその言葉に柔らかい笑顔を見せたが、

ユキノは今でも敵の前に立った時にはまったく容赦を見せる事は無い。

大人になったとはいうが、その辺りは昔からまったく変わっていないようである。

 

「お義姉ちゃんが言うには、多分SAO時代にずっと入院してて、

栄養が足りなかった分成長が止まってて、

それが改善されたから胸に栄養がいくようになって、

この歳でいきなり成長を始めたんじゃないかって」

「ああ、それはありそう」

「まあ元々そういう身体的素質があったんだろうね」

「基本スペックの違いかぁ……」

「まあその辺りの話は今回の件とは無関係でしょうし、このくらいにしましょうか」

 

 そこでユキノが穏やかに話を終わらせ、

リズベットがもう戻ってきていいという風にキリト達を手招きで呼び寄せた後、

話は元のアスナの不調の話に戻った。

 

「さっきの話で出たのは、守りに入ってた、モチベーションが低かった、

闘争心が足りなかった、という三点だったと思うのだけれど、

やはりその辺りが調子が出ない原因なのかしらね」

「問題は次の総当り戦の結果だろうな」

「確かに今回の件についての再現性があるのかどうかが一番の問題かもしれないわね」

「まあ俺達にはなんとなく程度の感想しか言えないからなぁ」

「まあ結局ハチマンに任せるしかないんじゃないかな、

アスナの事を一番よく分かっているのはハチマンなんだし」

 

 当然の事ながら、結局その後もこれだという意見は出ず、

この日の活動はこれで終了となった。

そしてログアウトした明日奈は一人とぼとぼと八幡の実家へと向かっていたのだった。

 

「はぁ、私、一体どうしちゃったんだろ」

 

 明日奈は立ったまま電車に揺られながら、ぼ~っと流れる景色を見つめていた。

正直明日奈には、不調に対する心当たりはまったく無い。

むしろ今は私生活が充実しすぎて怖いくらいなのである。

そして電車が停まり、明日奈の目に、見覚えがある建物が映った。

 

「あ、ソレイユだ」

 

 明日奈は誰か知り合いが乗ってくるかなと思い、何となく乗車口の方をじっと見ていたが、

明日奈のソレイユの知り合いは、そのほとんどが寮生活の為、そんな偶然は滅多にない。

だが今日に限っていえば、偶然の神様が明日奈に気を遣ってくれたようで、

発車のベルが鳴った後、明日奈の知り合いが一人、電車の中に駆け込んできた。

 

「ふう、危ない危ない………あ、あれ?明日奈?」

「かおり、偶然だね!」

 

 その駆け込んできた知り合いは、折本かおりであった。



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第780話 過去と今の違い

「あれ、でもかおりって確かソレイユの寮に住んでるんだよね?今日は実家にでも帰るの?」

「ううん、寮には戻るよ。今日は千佳とご飯を食べに行く約束をしてたんだ。

明日奈はこれから八幡の家?」

「うん、まあそんな感じかな」

「まあこの路線に乗ってるんだから当たり前だよね。

今度また別の日に誘うから、その時は三人でまた出かけようね」

「うん、喜んで!」

 

 二人は楽しそうにそんな会話をしていたが、この美女二人が揃うととにかく目立つ。

そして今の時刻は夕方であり、乗車率がかなり高くなる時間でもある。

当然不埒な事を考えながら二人に近付こうとする者もおり、

そういった者の一人が、今まさに二人の隣に移動しようとしていた。

 

「きゃっ」

 

 その時明日奈が小さな声で悲鳴を上げ、その不審者は驚いた。

見ると狙っていた美女二人組と自分との間に、山のような背中が割り込んでおり、

明日奈とかおりに近付くのは不可能だと悟ったその不審者は、

悔しそうに舌打ちをして去っていった。

 

「なんだ、義輝君かぁ、びっくりした、久しぶりだね!」

「あれ、材木座君?お疲れ様!」

「ごめんごめん、我のせいで驚かせてしまったかな?

明日奈さんお久しぶり、そして折本さんお疲れ様!」

 

 その山のような背中の持ち主は、

たまたま別のドアから同じ時間の同じ車両に乗り込んだ材木座であった。

材木座は車内で二人を見付け、他人に迷惑をかけないようにそちらに移動していたが、

同じようにその二人に近付こうとする男の姿を見付け、

慌てて二人とその男の間に割り込んだのであった。

材木座はそのまま二人を守るような位置をキープし、

近くに不審者を寄せ付けないように周囲に気を配っていた。

だが二人を不安にさせないように、その事は二人には一切言うつもりはない。

義輝は昔と比べると、格段にいい男に成長しているようであった。

 

「明日奈さんは今日は八幡の家?」

「うん、そうするつもり」

「私は友達と食事かな」

「なるほど、我もそろそろ有給を消化しないとまずいと言われたので、

たまにはと思って実家に帰る途中かな」

「あっ、そういえば義輝君は今はうちの会社に出向してるんだっけ?」

「うちの会社?ああ!そうですよお嬢様、お父様の会社に出向させてもらってます」

 

 材木座は冗談ぽい口調でそう言い、かおりはポンと手を叩いた。

 

「あ、そっか、そういえば明日奈ってレクトの社長令嬢なんだっけ」

「お父さんにパーティとかに無理やり付き合わさせさせられて、

苦痛ばっかりなんだけどね……」

「あ~、そういうのってやっぱりあるんだ……」

「うん……」

 

 そう語る明日奈の表情は本当に嫌そうに見え、かおりは心から明日奈に同情した。

その時材木座が意外な事を言い出した。

 

「あ、それなら我もあるぞ、パーティに出席させられて苦痛な経験」

「えっ、そうなんだ?」

「八幡の奴が、たまに我にそういうのを押し付けてくるのだ……」

「うわ」

「八幡君……」

「しかも八幡の奴、いつまでたっても我をソレイユに呼び戻してくれないし……」

「な、何かごめんね」

 

 明日奈はいたたまれなくなったのか、思わずそう謝った。

 

「もし良かったら、今度私から八幡君に言っておこうか?」

「あ、いや、冗談冗談、レクトの仕事も楽しいから大丈夫大丈夫」

 

 材木座は笑顔でそう言い、明日奈は興味深げな顔で材木座にこう尋ねた。

 

「義輝君はレクトで今何をしているの?」

「今我は、ゾンビ・エスケープの運営と開発の手伝いをしているかな」

「あ、それ、今度私達もやろうかって話してたの」

「それはまた奇遇な」

「それそれ、聞いてよ明日奈」

 

 ゾンビ・エスケープの名前が出た瞬間にかおりは自慢げな顔をし、明日奈にこう言った。

 

「実はあのゲームのスポンサー連動方式って私のアイデアなんだよ!」

「そうなの?」

「うん、前に新しいゲームのアイデアの社内公募があって、

そこで私が出した意見が通ったの」

 

 そのかおりの言葉を受け、材木座もこう賞賛した。

 

「あのアイデアは我もかなり良かったと思う、実際結果も出してるしな」

「うん、金一封ももらったし、お財布的にもかなり良かった!」

「金一封?どのくらい?」

「えっとね……」

 

 かおりは明日奈の耳元でこそこそと何か囁き、明日奈の顔が驚愕に見開かれた。

 

「えっ、そんなに?」

「うん、私も正直びっくりした……」

「車とか買えそうじゃない!」

「まあ免許をとるのが先だけどね」

 

 かおりはまだそのお金の使い道を決めておらず、今日千佳に相談するつもりらしい。

 

「あの時は我も含めてゲーマー目線のアイデアばっかりだったから、

折本さんのアイデアは一歩抜きん出て見えたし、一位をとるのも頷けるかな」

「へぇ、そうなんだ!かおり、凄いね!」

「いやぁ、あはははは……」

 

 明日奈に純粋な賞賛の視線を向けられたかおりは、

八幡のマンションで見たアニメが元ネタだとは今更言えないのであった。

 

「そういえば今、八幡君もゾンビ・エスケープをやってるよ」

「何っ、あ奴め、いつの間に……ちなみにキャラの登録名は?」

「普通にハチマンかな」

「ふむふむ、ちょっと失礼」

 

 材木座はスマホを取り出して何か調べ始め、直後にその目が驚愕に開かれた。

 

「千葉デストロイヤーズのリーダーってハチマンだったのか……

メンバーの名前とか全然見て無かったな……」

 

 明日奈とかおりはその言葉に思わず噴き出した。

 

「千葉デストロイヤーズ?」

「な、何それ?」

「ゾンビ・エスケープのトップに君臨する攻略チームの名前かな、

今思えばいかにも八幡らしいというか……」

「トップって凄いじゃない!」

「八幡君、さすがだなぁ……」

 

 かおりは素直にそう賞賛したが、

明日奈は微妙にもやもやしたものが胸に沸きあがってくるのを感じていた。

やはりまだまだ昼間の総当り戦のショックを引きずっているようだ。

そんな明日奈の微妙な感情の揺らぎに気付いた者がいた、まさかの材木座である。

 

「あの、明日奈さん、もしかして何か悩みでも抱えてる?」

「あれ、そんな風に見える?まあうん、今ちょっと悩んでるんだよね……」

「前に会った時と笑顔の印象が違うというか、まあそんな感じがしたからもしかしたらと」

「うわ、材木座君凄いね、私、全然気付かなかったよ……」

「逆にまめに会ってるせいではないかな、我、明日奈さんと会うのはかなり久々だし……」

 

 材木座はそう言って、友達の悩みに気付かず、

やや落ち込んだ様子を見せたかおりをフォローした。

やはり昔の材木座からは考えられない気の遣い方である。

 

「確かに久しぶりだよね」

「本当に感覚的なものだから、正直我もまったく自信は無かった」

「でも凄いなぁ、確かにちょっと今日、落ち込む事があってさ」

「人に言える悩みなら、我と折本さんに話してみては?」

「うん、それは問題ないよ、ちょっとくだらない話になっちゃうんだけど、聞いてくれる?」

「もちろん!」

「我で良ければ」

 

 その明日奈の言葉にかおりと材木座は笑顔で頷いた。

 

「えっとね……」

 

 そして明日奈は今日の出来事を二人に語り始めた。

 

 

 

「………なるほど、そんな事が」

「全然くだらなくなんかないってば」

「ありがとう二人とも、私にとってはやっぱり大事な事なんだよね、

八幡君の隣に立つ資格を失っちゃったみたいに感じられちゃったからさ……」

「「いやいやいや、それは無い」」

 

 明日奈のその自信無さげな言葉に二人は即座にそう突っ込んだ。

 

「え、でも……」

「八幡は明日奈にゲーム内の強さなんて求めてないってば」

「というか、何かを要求しようだなんて思ってもいないと思うぞ」

「むしろ一緒にいてくれてありがとう、みたいな?」

「うむ、その言葉は実に八幡に似合う表現だな」

 

 明日奈はそう言われ、微妙に納得しがたい表情をしたが、

本人の納得には関係なく、それは事実である。

 

「しかしそういう事か、それなら我に一つ心当たりがある」

「本当に?教えて、義輝君」

「ただ合っているかどうかは自信がない、それだけは覚えておいてくれ」

「それでも手がかりになるかもだし聞いておきたい」

 

 明日奈は藁にもすがる思いでそう言い、義輝は自分なりの考えを述べる事にした。

 

「分かった。我の心当たりというのは、明日奈さんの変化についてなんだが、

我の記憶だと、最初に会った時の明日奈さんは、

せっかく再会出来たというのに、家族、特に母上に対して少し身構えているように見えた」

「最初に会った時ってSAOから解放された直後だよね?」

「うむ、そのくらいかな」

「あの時かぁ、確かにあの時はなぁ、

お母さんに対して不満というか、忸怩たる気持ちもあったかも」

「その少し後に会った明日奈さんは、その話しぶりからご家族との関係は改善されており、

その代わりに何か強い決意を秘めた瞳で八幡と一緒に行動していたような気がした」

「それっていつくらいの時?」

「二人が熱心にGGOをやっていた頃かな」

「ああ~!」

 

 その頃の明日奈は、自分よりもむしろ八幡の安全の為に、

とにかくラフィンコフィンの手がかりを掴もうと頑張っていた。

八幡が絡む事なのでそのモチベーションは確かに高かったはずで、

材木座からそう見えたとしてもまったく不思議ではない。

 

「でも今の明日奈さんは、そう、とても穏やかで幸せそうに見える。

確かに塞ぎこんでいたようにも感じたけど、でも根っこの部分は幸せそうに見えた」

「うん、確かに今は何もかもが幸せすぎて怖いくらいかも」

「なのでそう考えると、今の明日奈さんに足りないものは、

明確な敵、もしくはライバル、あるいは目標、なのではないかな?」

「敵、ライバル、それに目標かぁ……」

 

 明日奈は確かにそれはあるかもしれないと感じた。

人の悪意に敏感で臆病だった材木座は、

社会人経験を経て、他人の感情を何となく読めるようになっていたようである。

 

「あ、私も一ついい?」

「かおりも何か気付いた?」

「そうじゃないんだけど、ほら、明日奈ってお兄さんが買ってきたナーヴギアを、

たまたま被って事件に巻き込まれたんだよね?」

「うん、そうだよ?」

「って事は、明日奈は元々ゲームとかする人じゃなかったんでしょ?」

「それは確かにそうだね」

「じゃああれだ、もしかして明日奈は、その頃の明日奈に戻りつつあるんじゃない?」

「えっ?」

 

 その指摘は明日奈にとってはコロンブスの卵であった。

今の自分にとって、VRゲームが切っても切り離せない存在なのは間違いないが、

ほんの五年前までの自分は、まったくそんな事はなかったと自覚させられたのだ。

 

「そう言われると確かにそうなんだけど、

でも私、もし今VRゲーム禁止って言われたら、禁断症状が出るくらいの自覚はあるよ?」

「でもプレイする事と強くある事は違うでしょう?」

「あっ……」

 

 今の自分は確かに幸せだ。周りには沢山仲間がいていつでも一緒にわいわい騒げるし、

家族、特に以前は隔意があった母との関係も劇的に改善しているし、

愛する人と好きな時に好きなだけ一緒にいられる。

でもそれは全て、自分がゲーム内で強くある事とは何の関係もないのだ。

例え自分が弱くとも、仲間は変わらず一緒にいてくれるはずであり、

家族も何も変わらずに接してくれるはずであり、

八幡も変わらず自分の事を愛してくれるのだ。

 

「かおりの言う通り、例え私が強くなくても今の私の幸せには何の変化も無いのかも」

「だよね、多分それが今回負け越しちゃった原因だよきっと」

「そう………なのかな」

「ならどうすればいいかの答えは簡単だね、さっき材木座君が言ったように、

強くある事で、明日奈がより幸せになれるんだって自覚出来ればいいんじゃない?

ライバルに勝つとか、強大な敵に勝つとか、何か大きな目標を達成するとか、

そういう目的意識があれば、この問題は自然と解決出来るんじゃないかな」

「うん、うん、ありがとう二人とも!」

 

 そうお礼を言う明日奈の目には光が戻っていた。

そうする事で事態が改善するかどうかはまだ定かではないが、

少なくとも大きなヒントである事は確かだと思われたからだ。

 

「まあ後は、思った事を八幡に話してみるといい」

「それある!多分八幡ならきっと何かしらいいアドバイスをくれるよきっと」

「うん、そうしてみる!今日二人に会えて、本当に良かった!」

 

 そして目的地に到着し、電車を降りた三人は、

再会を約してそれぞれの目的地へと散っていった。

 

 

 

「お~い、明日奈」

「あっ、八幡君!」

 

 八幡の家へと向かう道の途中で、おそらく小町にでも話を聞いたのだろう、

八幡が笑顔で明日奈を迎えに現れた。

 

「今日は散々だったらしいな、大丈夫か?」

「うん、実はさっきかおりと義輝君に会って、色々話して二人からいいヒントをもらえたの!

家に着いたらその時の事を色々話すね!」

「かおりに材木座が?まあ元気になってくれたなら良かったよ」

 

 ちなみに後日八幡は、かおりと義輝を食事に誘い、

何でも好きな物を頼むようにと感謝の意を表現した。

それくらい話に聞いていた明日奈の様子と今の明日奈の様子は違っていたのである。

 

「それじゃあ帰るか」

「うん!」

 

 明日奈は嬉しそうに八幡の腕を抱き、二人は仲良く家へと歩き始めた。

ここから明日奈の強さを取り戻す為の戦いが始まる。



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第781話 懐かしき閃光

「お義姉ちゃん、大丈夫?」

「うん、ごめんね小町ちゃん、心配をかけちゃったね」

 

 明日奈の事が心配で、八幡が帰宅して直ぐに回れ右をさせ、

明日奈の迎えに出させた小町は、明日奈が元気な姿を見せてくれた為、心から安堵した。

 

「そっかぁ、それなら良かったよ」

「実はここに来る途中でかおりと義輝君に会って、

話をしてたら不調の原因が何となく分かったんだよね」

「そうなんだ、さっすがかおりさん!で、義輝って誰だっけ?」

 

 そう首を傾げる小町に、八幡がこう声をかけた。

 

「材木座だ小町」

「あ~、材木座材木座……って、ああ!あの中二病の人?」

「言っておくが、うちの社の人間はほとんどが中二病の因子を持ってるからな、

小町も今のうちに慣れておいた方がいいぞ。ついでにあいつはお前の上司になるからな」

「あ、そっか、確かにそうかもね……って、かおりさんは中二病じゃないよね!?」

 

 その言葉に八幡と明日奈は顔を見合わせた。

 

「かおりは中二病とは言えないと思うが、

酔うとカラオケでプリキュアの曲を熱唱するぞ、な?明日奈」

「うん、これがまた上手なんだよね……」

「そ、そうなんだ、えっと、まさかフリつきとか?」

「当たり前だろ」

「あ、当たり前なんだ……」

 

 小町は、自分も一つくらいそれ系のアピールが出来るようになっておくべきだろうかと、

若干の焦りを感じた。

 

(小町も暇を見て色々勉強しておかなくちゃ……)

 

 後日たまたまかおりと遭遇し、その話をした小町は、

アニメが原作のゲームも数多くあるのだからという理由で、

勉強の為と称してかおりと一緒に八幡のマンションで定期的にアニメ鑑賞会を開き、

仕事中に話を振られた場合、その内容が大体理解出来る程度にはアニメに詳しくなる。

 

「それでね、結局私が幸せすぎるのが理由なんじゃないかって話になってね」

「え、何それ……」

 

 さすがの小町も理解不能だったらしく、どういう意味なのかうんうん唸って考えだした。

そんな小町に明日奈は電車の中でも会話の内容を教え、小町もそれを聞いて納得したが、

小町の口から出てきたのは納得とは真逆の言葉であった。

 

「お義姉ちゃん、そういうのは駄目!絶対駄目!」

「ええっ!?こ、小町ちゃんはお義姉ちゃんが嫌いなの!?」

「違うよお義姉ちゃん、小町はお義姉ちゃんの世間知らずなところを心配してるんだよ、

いい?この世の中にはね、リア充死ね爆発しろ!

とか思ってる性格の捻じ曲がった人が沢山いるんだよ。

だから不特定多数の人が多いところでそういう話は絶対にしちゃ駄目!

いい?お義姉ちゃんに何かあったら小町だって悲しくて死んじゃうんだからね?」

 

 確かに材木座がガードしていなかったら、

何だこいつと思ってちょっかいをかけてくる馬鹿もあるいはいたかもしれない。

その小町の言葉に明日奈は真面目に反省した。

 

「う、うぅ……ごめんなさい」

 

 ちなみにハチマンは、小町の言葉による流れ弾に被弾し、苦しそうに心臓を押さえていた。

 

「性格が捻じ曲がった……確かに昔の俺はそうだったかもしれないな……」

 

 そんな八幡に鋭い視線を向けながら、小町は八幡にもお説教をした。

 

「まったくもう、本当はお兄ちゃんが率先して、

お義姉ちゃんのこういう所に注意していないといけないんだからね!」

「返す言葉もない……」

「というかお義姉ちゃんを失ったら、

お兄ちゃんのところにお嫁に来てくれる人なんて、もう二度と…………………」

 

 現れないかもしれないんだからね!と小町は言うつもりであったが、

その瞬間に陽乃や雪乃、結衣に優美子にいろは、他多数の女性の顔が浮かび、

何となくむかついた小町はいきなり八幡のボディにパンチを入れた。

 

「ぐほっ………こ、小町ちゃん、いきなり何をするの?」

 

 不意打ちをくらい、思わずそんな口調になってしまった八幡である。

 

「これはお兄ちゃんに対する罰なのです!」

「そ、そうか、罰なら仕方ないな……」

 

 それで納得してしまう八幡も八幡である。

 

「まあ後ろ向きな話はここまでにして、とりあえずご飯を作ろっか、お義姉ちゃん!」

 

 さすがの小町も今の八幡に対する攻撃を気まずく思ったのか、

話題を変えるように明るい表情を作ってそう言った。

 

「う、うん、作ろう!」

「お、俺も手伝うぞ!」

「お兄ちゃんは邪魔だからそこに座ってテレビでも見てて」

「あっ、はい……」

 

 八幡はそう言われてすごすごとソファーに座り、

明日奈と小町が仲良さそうに料理をする姿を指をくわえて見ている事しか出来なかった。

そして料理が完成し、三人は仲良く夕食をとる事になった、その席上での事である。

 

「で、明日奈はこれからどうするつもりなんだ?」

「う~ん、そこなんだよねぇ、強力な敵になりそうなプレイヤーに心当たりはないし、

ライバルは結局身内になっちゃうんだろうけど、お互い気を遣っちゃいそうだし、

何か私が目標に出来るような事って、心当たりとかある?」

「ふむ……」

 

 八幡は箸を休めて考え込み、直ぐに昨日の夜のアナウンスの事を思い出した。

 

「そういえば確か昨日の夜のメンテで、

オリジナル・ソードスキルが実装されたんじゃなかったか?」

「あ、そういえばその事が今日も話題にのぼってた!」

「かなり難易度が高いって噂だから、

それで強力なソードスキルを開発してみるってのはどうだ?

明日奈は凝り性な所があるから案外はまるんじゃないかと思うぞ」

「なるほど……色々試行錯誤してたら、おかしな悩みなんか忘れちゃいそうだね」

「ついでにSAOのソードスキルも実装されているはずだから、

復習がてらそれも試してみるといい、

今日はキリトはソードスキルを何も使ってなかったのか?」

 

 明日奈は今日の戦いの事を思い出し、

キリトが一度もそれらしき技を見せなかった事に改めて気が付いた。

 

「あれ、そういえば使ってなかったかも」

「あいつめ、さすがに大技をいきなり使うのは遠慮したみたいだな」

「さすがにスターバースト・ストリームとかを使われたら勝負にならないしね」

「他の奴らは?」

「誰も使ってなかったかも」

「そうか、まあそのうちみんな使いだすだろうな。

………ああ、そうだ小町、食事の後に明日奈と一緒にALOに行って、

お義姉ちゃんの格好いい所を見せてもらうといい」

 

 その八幡の勧めに小町は目を輝かせた。

 

「お義姉ちゃん、小町、凄く見てみたい!」

「それじゃあそうしよっか、八幡君はどうする?」

「俺はALOでちと野暮用があるんでな、後で合流するわ」

「ん、分かった、それじゃあヴァルハラ・ガーデンの練習場で待ってるね」

「おう、悪いな」

 

 そして食事が終わり、明日奈と小町は仲良くお風呂に入った後、

ALOの世界へと旅立っていった。ちなみに八幡は、食後直ぐにログイン済である。

 

「それじゃあ基本の技から見せるね」

「うん、お願い!」

「うわぁ、今日インして良かった」

「アスナのソードスキルを見るのはいつ以来だろうかな」

 

 もういい時間の為、今ヴァルハラ・ガーデンにいるのはアスナとコマチの他は、

アサギとキズメルだけであった。

というかアサギがいたのは二人にとって、完璧に予想外であった。

何故なら今はまだ映画の撮影の真っ最中だからである。

到着してすぐにアサギを見付けた二人はとても驚いたものだ。

 

「あれ、アサギ?」

「こんな時間にインしてたんだ?」

「うん、今日の昼間は撮影で忙しいから入れなかったんだけど、

この時間なら入れるから、昼に見れなかった総当り戦の動画を少しだけ見たいなって思って、

キズメルと二人でお茶をしながら動画を鑑賞してたんだ」

「うむ、楽しい時間だった」

「ああ~、そういう事かぁ」

「アサギも参加出来れば良かったのにね」

「私、防御力はともかく攻撃力に関してはまだまだだからなぁ。

でもいずれは参加してみたいかも」

「でもそれにはアサギの仕事が減らないといけないっていう」

「うぅ……それも困るのよね……」

 

 四人はそんな会話を交わし、笑い合った。

 

「で、こんな時間に二人は何を?」

「あ、うん、実はね……」

 

 アスナは自らの不調を回復させる為に、

オリジナル・ソードスキルを作ろうと思い立った事、

その準備段階として、旧SAO時代のソードスキルを完璧に思い出す為に、

今日はここでそれを小町に披露する為に二人でインした事をアサギに告げた。

 

「確かに今日のアスナは調子が悪そうだったわよね。

ソードスキルかぁ、興味があるなぁ、それ、私も見てもいい?」

「「もちろん!」」

 

 二人は声を揃えてそう言い、コマチとアサギとキズメルの前で、

アスナはSAO時代のソードスキルの披露を開始した。

 

「先ずは基本のリニアーからね、今までもなんちゃってなら使ってたけど、

システムアシストが追加されてどうなったのかちゃんと把握しておきたいしね」

「あれ、今日の戦闘でお義姉ちゃん、それっぽい動きをしてなかった?」

「今日はリニアーを撃つぞって意識はなかったし、

フォームもあくまでなんちゃっての範囲だったから発動しなかったんじゃないかな?

まあ今試しにやってみるね」

 

 アスナはそう言うと、昔を思い出すように体の中心に暁姫を持っていき、

溜める感覚で僅かに剣を引いた。

 

「「おおっ」」

 

 その瞬間に暁姫が赤い光を放ち、アスナは捻りを加えながら暁姫を鋭く前に突き出した。

 

「リニアー!!!」

 

 その瞬間に、かつての呼び名を彷彿とさせるように、

ボッ!という音と共に赤い閃光が走った。かつては白かった閃光であるが、

今は武器のせいで赤く見えるようである。

 

「うわぁ!」

「凄い凄い!」

「二人とも、これがアスナの『閃光』だぞ」

 

 その言葉をコマチは知っていたが、アサギは知らなかった為にきょとんとした。

 

「閃光って?」

「えっとねアサギさん、お義姉ちゃんはSAO時代に、閃光のアスナって呼ばれてたんだよ、

その意味が今日コマチにもやっと分かったよ!」

「そうなんだ、凄い凄い!」

 

 アサギは凄いを連発する事し、アスナは恥ずかしそうに頭をかいた。

 

「それじゃあ次、フラッシング・ペネトレイター!」

「いきなり大技かよ」

「あっ、ハチマン君!」

 

 いきなり現れたハチマンが、アスナにそう突っ込んだ。どうやら用事は済んだようである。

 

「アスナ、調子はどうだ?」

「うん、凄く懐かしい!それに楽しい!」

「そうか、それなら良かった」

 

 そう言ってハチマンは雷丸を抜き、アスナの正面に立った。

 

「お兄ちゃん?」

「ハチマンさん?」

 

 コマチとアサギはそのハチマンの行動を見てまさかと思ったが、

そのまさかは次のハチマンの言葉によって直ぐに現実となった。

 

「アスナ、俺が敵役をやってやるから、殺すつもりで来い」

 

(まあ俺はアスナが弱くても一向に構わないんだが、

アスナ自身がそれは嫌みたいだし、俺に出来る事をしてやらないとな)

 

「え、本当に?」

「ああ、まあ俺はアスナの技なんかくらったりはしないけどな」

「ふ~ん、へぇ、そんな事を言っちゃうんだ」

 

 アスナはそのハチマンの挑発にまんまと乗った。

もしかしたらわざと乗ったのかもしれない。

ハチマンは当然アスナを奮起させる為にそんな事を言ったのだが、

コマチとアサギはそんな二人を見て、緊張を抑えられなかった。

 

「あの二人が戦う所って滅多に見られないからちょっとドキドキかも」

「私は見るの、初めてだよ」

 

 ハチマンはアスナが相手だと本気で攻撃出来ない為、

別に二人がガチでやり合う訳ではないのだが、

とにもかくにもこうしてハチマンとアスナは、訓練場で対峙する事となった。



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第782話 デュエルステージ

 ハチマンがアスナと対峙するその少し前の事である。

ハチマンはログインしてすぐにユージーンにアポをとり、

サラマンダー軍の拠点へと顔を出していた。

 

「ユージーン、いきなり押しかけちまって悪いな」

「別にそんな事は気にしなくてもいいぞ。

というかお前がここに来るなんて珍しいというか初めてじゃないか?一体何の用事だ?」

「実はちょっとお前に相談があってな」

「なるほど了解した」

「それで相談ってのは………」

 

 だがユージーンはハチマンの言葉をまったく聞かずにうんうんと頷くと、

いきなり剣を抜いてハチマンに突きつけた。

 

「では勝負だ!」

「……………………ん?」

 

 了解したと言われた時点でユージーンの承諾を得たと思い、

用件を話そうとしたハチマンだったが、その言葉の意味に気が付き、首を傾げた。

 

「なぁ、今勝負だって聞こえたんだが……」

「ああ、そう言ったんだから当たり前だろう?」

「えっと、何故俺とお前が勝負を?」

「人に物を頼む時は先ず勝負だろ!」

 

 ユージーンにいきなりそう言われたハチマンは、たっぷり十秒間ほど無言になった。

 

「………一応聞くが、勝負をやめてくれと言ったらどうする?」

「勝負をやめて欲しかったら勝負しろ」

「はいはい知ってた知ってた、この脳筋め」

「褒め言葉だと受け取っておく」

「いや褒めてねえよ!?まあいい、おら、さっさとやるぞ」

「おお、嫌だと言われたらごねようと思って準備してたのに、今日は妙に素直ではないか」

「何となくそうなるのが分かってたからだよ!初撃決着モードだ、異論は認めん」

「それでいい、よし、誰かコインを投げろ、そのコインが地面に着いたら試合開始だ」

 

 ユージーンのその言葉を受け、カゲムネが一歩前に進み出た。

 

「それじゃあ俺が試合開始の合図を」

「オーケーだ、いつでもいいぞ」

「いきます」

 

 カゲムネはコインを高く放り、チ~ンという音がした瞬間にユージーンが動いた。

 

「先手必勝!」

 

 だがハチマンもユージーンと同時に動いていた。

具体的にはユージーンの顔めがけ、短剣を投げつけたのだ。

しかもただ投げたのではなく、投擲ソードスキル、

クイックシュートを使用するというおまけつきであった。

 

「うおっ!」

 

 これはさすがのユージーンも予想外だったらしく、

短剣がかなりのスピードで顔に迫ってきた為、咄嗟には剣で受ける事が出来ず、

大きく体勢を崩しながら避ける他は無かった。だがそんな隙を見せたらもう終わりである。

ハチマンはそのままユージーンの懐に飛び込むと、

短剣の柄をユージーンの腹に思いっきり叩きこんだ。

 

「ぐほっ……」

 

 その瞬間にハチマンに勝利判定が出て、この勝負はあっさりと終わった。

 

「くっ、やるではないか……」

「まあこんなのは一回限りの奇襲だからな。

お前がソードスキルに慣れてない今しか通用しないだろ」

 

 その言葉にユージーンはハッとしたような表情を見せた。

 

「おお、それだそれ、デフォルトで存在するソードスキルは簡単に出せるのだが、

オリジナルのソードスキルを三連程度で作ろうとしても、

全然上手くいかないのは何故なのだ?」

「俺もそこまで詳しい訳じゃないんだが、あれはかなり鬼畜な仕様みたいだな。

斬撃や刺突の単発技は、既にほとんどが網羅されているから、

オリジナルとして認められるのは必然的に連続技って事になるんだが、

重心移動や剣の軌道が無理なくスムーズに行え、その上でシステムアシスト無しで、

その連続技をデフォルトのソードスキル並の速さで放たないと、

オリジナル・ソードスキルとして認められないらしい。

まあ要するに、簡単な奴でも死ぬほど反復練習して、

とにかくその動きを体に染み込ませろって事になるな」

「なるほど……それはやり甲斐があるな」

 

 どうやらユージーンはオリジナル・ソードスキルを作る気が満々のようだ。

 

「まあそれは置いておいて、とりあえずお前の用件を聞こうか」

「おう、悪いな、それで用件なんだが、

なぁユージーン、今のALOって昔よりは全然平和だよな?」

「うむ?まあ平和といえば平和だろうな」

「特にアインクラッドが出来てからは、ギルドも爆発的に増え、

どのギルドも色々な種族の奴が混在してるから、

種族同志の争いなんて、もうほとんど無いよな?」

「うむ、まあ少し残念ではあるが、それも時代の流れだろう」

「戦いもほとんどが集団戦が中心であり、個人の勇は軽視されるようになってきている。

だがそれじゃあつまらないよな?」

「ああ、つまらないな。で、結局お前は何が言いたいのだ?」

 

 そのハチマンの回りくどい言い方に我慢出来なくなったのか、

ユージーンは早く本題に入るように、とハチマンをせかしてきた。

 

「俺は誰でも自由に参加出来る、デュエル専用のステージを作ろうと思う」

「む」

 

 ユージーンはその言葉に目を見開いた。

 

「これは合成というよりは建築みたいなものになるだろうから、

ナタクだけじゃ職人の手が足りない。お前の所はそれなりに職人の数が揃ってるだろ?

という訳でユージーン、手伝え」

「なるほど、大規模なユーザー共用アイテムという訳か」

 

 ユージーンはハチマンの意図をすぐに理解してそう言った。

馬鹿では将軍は務まらないのである。

 

「どうだ?」

「うむ、やろう」

「さすが話が早いな、明日は暇か?」

「明日なら大丈夫だ」

「それじゃあ明日一緒に色々回って、候補地を探そうぜ」

「心得た」

 

 こうしてユージーンはハチマンの提案に乗り、

デュエル専用ステージの建設に乗り出す事となった。

 

(とりあえず場は用意出来そうだな、後はアスナ次第だな)

 

 ハチマンはとりあえずこの事はアスナとキリトには秘密にしておく事にした。

アスナの為のサプライズの意味合いもあったが、

出来れば二人には多少は盛り上がった後で参加してほしかったからである。

そうじゃないと、他のプレイヤーにとっては最初のハードルが高すぎるのだ。

この事で後日ハチマンとナタクは、

またお前らかの仕業か!と仲間達から突っ込まれる事になる。

 

「さて、アスナはどうしてるかな、いい気分転換になっててくれればいいんだが」

 

 ハチマンはそう思いながらヴァルハラ・ガーデンに戻り、

アスナがリニアーを放つところをこっそりと見物していた。

 

「……あれでスランプとか納得がいかないが」

 

 そのリニアーはかなりのキレが感じられる出来であり、ハチマンはほっと安堵した。

 

「まあ楽しそうだから提案した甲斐もあったか……」

 

 その時ハチマンの耳にこんな声が聞こえてきた。

 

「それじゃあ次、フラッシング・ペネトレイター!」

「いきなり大技かよ」

 

 ハチマンは思わずそう突っ込んでしまい、

丁度いい機会だからアスナがソードスキルを放つところを正面から見て、

何か問題点が他にないか見極める事にした。

 

(ついでにちょっと挑発しておくか、アスナはあれで負けず嫌いだからな)

 

「アスナ、俺が敵役をやってやるから、殺すつもりで来い」

「え、本当に?」

「ああ、まあ俺はアスナの技なんかくらったりはしないけどな」

「ふ~ん、へぇ、そんな事を言っちゃうんだ」

 

 目論見通り、その言葉でアスナの目の色が変わり、

アスナはハチマンに背を向けて、後方へと歩いていった。

 

「お義姉ちゃん?」

「あの技は確か、結構長い助走距離が必要なんだ」

 

 キズメルが二人にそう説明し、二人は驚いた表情をした。

 

「そんなソードスキルがあるんだ」

「突進技って事?」

「まあそうだな、派手だから動画でもとっておいたらどうだ?」

「そ、そうする!」

 

 そしてアスナはまるでクラウチングスタートのような格好になり、

ハチマンに向けて全力で走り出した。

 

「速っ!」

「近くにいたらカメラで追いきれなかったかも」

 

 高速で走るアスナの持つ剣が赤く発光し、それを合図にアスナは剣を前に突きだした。

 

「行っけぇ!」

 

 アスナの通った後に衝撃波が発生し、コマチはそちらに必死でカメラを向け、

キズメルとアサギは手を目の上に添え、衝撃波からくる突風に備えた。

 

「おおおおおおお!」

「来い!」

 

(とは言ったものの、こんなのくらったら死んじまうわ!)

 

 ハチマンはそう考え、直前でその攻撃を避けた。

 

「あっ、ずるい!」

「いやいや、これを受けるとか無理、無理だからな!」

 

 アスナはそのままヒラリと飛び上がり、衝撃を殺すように両足でブレーキをかけながら、

そのまま十メートルほど地面を滑った。

 

「ハチマン君、どうだった?」

「何とも言えないが、前のアスナなら、あそこから俺にかすらせるくらいは出来た気がする」

「う~んそっかぁ、本当に殺すつもりでやらないと駄目かぁ……」

「うわ」

「ハードル高っ!」

 

 ハチマンはその言葉に頬をピクピクさせながらも、

これがアスナのためになるんだと自分に言い聞かせ、笑顔でアスナに言った。

 

「とりあえずもう少し付き合ってやるから今度は普通のソードスキルで試そう」

「うん、ありがとう!」

 

 アスナはそう言ってハチマンに近付き、何を思ったかいきなりハチマンに抱きついた。

 

「うおっ、な、何だ?」

「ううん、やっぱり私は幸せだなって」

「そ、そうか」

 

 そんな二人をコマチは冷めた目で見つめていた。

 

「バカップルがいる……」

「まあいいじゃない、ゲームは笑顔でプレイ出来るのが一番だよ」

 

 その後、アスナは本来の目的通りにハチマン相手にいくつかのソードスキルを試し、

問題なく発動させられる事を確認したが、

ハチマンがその全てのソードスキルの軌道を熟知していた為、

結局ハチマンに攻撃を当てられないままこの日のソードスキルの披露は終わった。

 

「うぅ……ちょっと悔しい……」

「まあまあお義姉ちゃん、相手が悪かったって事で」

「俺じゃなかったら避けられないレベルだったから、

これから徐々に精度を高めていけばいいさ」

「そ、そうだね、うん、頑張る!」

 

 この時のアスナは気合い十分であり、

この日からアスナのオリジナル・ソードスキル開発が始まったのだが、

それは思ったよりも時間がかかる事となった。



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第783話 場は作られた

 その次の日から、デュエル専用ステージ建設計画が、ハチマンとナタク、

それにユージーンとついでにカゲムネによって、着々と進められる事となった。

先ず最初に決めなくてはならないのは、どのくらいの規模の施設を作るかという事である。

こういった場合、先ず用地の確保が頭に浮かぶが、

そもそもどれくらいの広さの土地が必要になるのかが決まらなくては話にならない。

という訳で今日四人は、サラマンダー軍のギルドハウスの一室に集まっているのであった。

 

「ステージのサイズはどのくらいがいいと思う?」

「話に聞く突進技とやらが十分に放てるくらいは必要なのではないか?」

「突進技、突進技ね……」

 

 ハチマンは先日見たアスナのフラッシング・ペネトレイターの事を思い出しながら、

脳内で大雑把に必要な範囲を計算した。

 

「それだと多分、五十メートルくらい必要になっちまうぞ」

「何っ?突進技とはそれほどのものなのか……」

「丁度アスナが使った時の映像があるぞ、見てみるか?」

 

 ハチマンは先日コマチが録画した映像が丁度手元にあった為、ユージーンにそう提案した。

 

「是非頼む」

「それじゃあちょっとここのモニターを借りるぞ」

 

 そしてモニターに映し出されたアスナの姿を見て、ナタクですら思わず息を呑んだ。

当然ユージーンとカゲムネも呆然としていた。

 

「こ、ここまで凄まじいとは……」

「凄いですね……」

「中々使いどころが難しいんだけどな」

「問答無用で敵との距離を詰められるのが大きな利点ですね」

「ただデュエルで使う奴がいるかっていうと、正直何とも言えないんだよな」

「確かに一対多の戦いじゃないと力を発揮出来ない技ともいえるか」

「まあこれは最上級突進技だから、もっと弱い突進技なら使う奴もいるだろうし、

二十五メートル四方くらいのスペースがあれば十分なんじゃないか?

イメージは小学校のプールで」

「かもしれませんね」

「よし、それじゃあサイズはそのくらいとして、

俺としては十メートル四方くらいの小さなフィールドが、

メインステージとは別にいくつかあった方がいいと思うんだが」

 

 その話し合いの途中でユージーンが突然そんな事を言い出した。

 

「ほうほう、その心は?」

「俺達クラスなら戦いに広いスペースが必要になるが、

初心者から中堅プレイヤー同士の戦いだと、そのくらいのスペースがあれば十分ではないか?

そういった奴らが気軽に遊べるような場所も作った方がいいと思ってな」

「おお、指導者っぽい発言だな、将軍の肩書きは伊達じゃないんだなユージーン」

「お前達を見ていると、後進を育てるのを怠ってはいけないと実感させられるからな」

 

 こういった部分がユージーンの長所なのだろう。

脳筋なのは間違いないが、脳筋なだけではないのだ。

 

「デュエルに場外負けはありませんけど、設定した方がいいんですかね?」

「いや、別にいらないだろ。ただ一応客席の安全の為に、

四方を一メートルくらいの壁で囲った方がいいかもしれないな、

上級者ならそれすらも攻撃の手段として上手く使いこなすだろうし、

見ごたえも増すだろうよ」

「客席はどの程度整備しましょうかね」

「周囲を階段状に囲むくらいでいいだろ、

まあそれとは別に、枡席っぽい場所を作るのもいいかもしれないな」

「いいですね、それ」

 

 ニコニコと笑顔でそう言うナタクを見て、

さすがに申し訳ないと思ったのか、ハチマンがすまなさそうな顔でこう言った。

 

「あ~………何か負担ばっかり増えてすまないな、ナタク」

「いえいえ、こういうのも楽しいですから」

 

 それから話し合いは続けられ、とりあえずステージは全部で五つ作られる事になった。

中心に二十五メートル四方のメインステージを設置し、

その四隅を十メートル四方のサブステージが囲む事となる。

メインステージの四辺は客席と言う名の段差で囲まれる事となり、

施設全体としては、余裕をもって八十メートル四方くらいの広さを確保する事となった。

 

「ここまでやるならさすがに運営の許可をとる必要がありそうだな」

「大丈夫、もう連絡して許可を得てある」

「お、お前、仕事が早いにもほどがあるだろう」

 

 早いといってもハチマンにしてみれば、アルゴにメールするだけである。

公私混同を避ける為に、あくまで全てプレイヤーの手だけで建設を行うと伝えてあったが、

実は一つだけアルゴからサポートを受けられる事となっていた。それは場所の選定である。

といっても条件に合う場所を何ヶ所か候補地としてピックアップしてくれるだけなのだが、

それだけでも十分手間が省け、かなり計画が前倒しで進められる事だろう。

そして話し合いは、その場所決めの段階へと進んだ。

 

「さて、先ずは場所の選定にあたって、必要な条件をあげていくか」

「ふ~む、先ずは交通の利便性か」

「街からそれなりに近い方がいいですね」

「後は基本平らな地形である事だな」

「床部分は平らであれば自然のままでいきたいですしね」

「後はモンスターが沸かない事か」

「だな、安全地帯であるのは絶対条件だ。

出来れば街から現地へのルートも安全なのが望ましい」

 

 ここで一つ問題が発生した。空中戦闘、いわゆるエアレイドの扱いをどうするかである。

そもそもアインクラッドは、プレイヤーが空を飛ぶ事を踏まえた作りにはなっていない。

ALOの敵は空中からの攻撃に対応する動きをとるようにプログラミングされているが、

SAOではそんな事はなく、空中からの一方的な攻撃に対してモンスターは無防備であった。

 

「空中戦闘も出来るのが望ましくはあるよな」

「空中でソードスキルを放つと踏ん張りがきかない分、難易度が跳ね上がるけどな」

「確かにそのせいで地上戦がメインになるんだろうが、

それでも空中戦闘をはなから否定するのもなぁ」

 

 この話し合いの結果によっては、当初予定していたアインクラッドではなく、

アルヴヘイムに施設を建設する事も検討しなくてはいけなかったのだが、

それはアルゴからの一通のメールによってあっさりと解決した。

 

「あ~………」

「ハチマン、どうかしたのか?」

「今開発日記をチェックしてみたんだが、

SAOでの飛行についての対応がもうすぐ完了するらしく、

十一月を目安にSAOでも空を飛べるようになるらしい」

 

 ハチマンは、まさか直接開発からメールが来たと言う訳にもいかず、

誤魔化すようにそう説明した。

 

「ほほう?それは通常の攻略もはかどりそうだな」

「ちなみに十メートルを超える高さより上では一切地上への攻撃が出来なくなるらしい」

「逆に言えば、そこまではモンスターが対応してくるようになるのだな」

「調整は大変だっただろうなぁ……」

 

 迷宮区は変わりなく飛べないままのようではあるが、

それでも調整作業はかなり難航したと思われ、ハチマンは内心でアルゴ達を労った。

 

「とりあえず今上がった条件に当てはまる場所にいくつか心当たりがある、

そこに案内するから四人で回ってみようぜ」

「そうか、助かる」

「それじゃあ行きましょうか!」

 

 ハチマンはアルゴからの連絡に従い、三人を何ヶ所か、それっぽい場所へと案内した。

そして三ヶ所目、二十四層主街区の少し北にある、

巨大な木がある観光スポットの小島に到着した時、

一同はそこがあまりにもおあつらえ向きの場所であった為、思わず感嘆の声を上げた。

 

「おお、これはこれは……」

「木のある小島へは細い道があるのみ、スペースは二百メートル四方くらいはあるから、

あまり景観も損ねなくてすみそうだよな」

「観光スポットになってるだけあって、敵も沸きませんしね」

「よし、ここにしようハチマン、ここを見てしまってはもう他の場所は考えられん」

「だな、ここしかないって感じだな」

 

 こうして場所が決まり、そのままナタクの指示のもと、

サラマンダー軍の職人が数人動員され、デュエル専用ステージの建設が始まった。

ハチマンも積極的に手伝っていたが、途中そのせいで、

その不審な動きに気付いたフカ次郎とクックロビンの残念コンビに見つかってしまい、

口止めをして手伝わせるというハプニングもあったが、概ね建設は順調に進み、

一週間ほどで見事なステージが完成する事となった。



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第784話 デュエルの聖地

すみません、昨日は急用があって更新出来ませんでした!


 ハチマンとユージーン、それにナタクとカゲムネと、サラマンダー軍の職人達、

更になし崩しで手伝わさせられたクックロビンとフカ次郎は、

出来上がったステージを見てご満悦状態であった。

 

「おお……」

「これは中々いい出来なんじゃないか?」

「誰かに自慢したい……」

「まあそのうち口コミでここを訪れるプレイヤーの数も増えるだろ」

「いずれ大会とか開きたいね!」

「お前は仕事しろ」

「え~?手伝ったのにそれはない!」

「というかお前、成り行きで手伝わさせちまったが、ちゃんと仕事はしてるんだろうな?」

「大丈夫大丈夫、ライブが無い時はレコーディングもしくは曲作りだし、

ほら、元々私って、知る人ぞ知るタイプの歌姫だったからさ!

多少名前が売れたからって、ガツガツ働くタイプじゃないのよ」

「ならいいが……」

 

 その会話を横で聞いていたユージーンが、きょとんとした顔で二人にこう尋ねてきた。

 

「も、もしかしてクックロビンは、プロのシンガーか何かだったりするのか?」

「え、ユージーンさん知らなかったんだ?ロビンさんは実はあの…………もがっ!」

 

 神崎エルザの大ファンであるフカ次郎が反射的にその質問に答えそうになり、

ハチマンは慌ててフカ次郎の口をふさいた。

 

「おいフカ、他人の個人情報を勝手に言おうとしてるんじゃねえ」

「ご、ごめんなしゃい……」

「という訳でユージーン、まあそういう事だ」

「つ、つまりプロなのは否定しないのだな!?」

 

(まあこいつは見た目のイメージが百八十度違うから、

中身が誰なのかがバレる事はないだろうけどな)

 

 ハチマンはそう思いつつ、後はクックロビン本人に任せようと思い、

その背中をポンと叩いた。それを受けてクックロビンはユージーンに笑顔でこう言った。

 

「は~い、一応プロで~っす、でも本業はハチマンの性奴隷で~っす」

「ばっ……おいこらロビン、デタラメ言ってんじゃねえ!」

「え~?前は私が気絶するくらい、あんなに激しくしてくれたじゃない!」

「それはお前が勝手に……」

 

 そう抗議しようとしたハチマンの目の前に、いきなり魔剣グラムが突きつけられた。

 

「おわっ、いきなり何をしやがるユージーン」

「き、貴様という奴は……プロのシンガーといえば我々にとっては天の上の人だぞ!

それなのに、それなのにお前は!」

「別におかしな事は何もしてないぞ」

「知り合いなだけで羨ましいんだよ!」

「羨ましい……?」

 

 クックロビンの普段の態度がアレなだけに、

知り合いなのが羨ましいという感覚はハチマンの中には無かったが、

よくよく考えると確かにその通りである。

 

「まあ私のファンがハチマンの事を知ったら、多分殺されるんじゃない?」

「俺は何もしてねえだろ!」

「月の出ていない夜は魔剣グラムの錆にならないように精々気を付けるんだな!」

「お前が一番怖えんだよユージ-ン!さっさとその剣をしまいやがれ!」

「しまいたいのはやまやまだが、グラムが大人しく言う事を聞いてくれるかどうか分からん」

「剣をカタカタさせるんじゃねえ、それ、絶対お前がわざとやってんだろ!」

「ちなみにリアルの私はとても小さくてかわいいわよ」

「お前も煽るんじゃねえよ!」

 

 ハチマンは息を荒げたが、

そんなハチマンを、ここまで黙っていたフカ次郎がツンツンつついた。

 

「おうフカ、お前からも何か……」

「リ、リーダー!一般人の私を性奴隷にすれば、

命の危険もなく誰にも文句を言われる事もなく快楽を貪れますよ!」

「別にそんなもん欲してねえよ!お前は少し黙ってろ!」

「ええ~?私の方がロビンさんよりも胸があるからきっと色々と気持ちいいよ!」

 

 その瞬間に、今度はフカ次郎の目の前にクックロビンが剣を突きつけた。

 

「フカちゃん、それは私に対する挑戦?」

「ここは引けねえなロビンさん、実際のとこ絶対に私の方が抱き心地がいい!」

「私は確かに胸はないけど、どこも柔らかくて抱き心地は最高なんだけど?」

「上等だ、せっかくデュエルステージが目の前にあるんだ、

こうなったら剣で白黒つけようぜ」

「望むところ!」

 

 そう言って二人はすぐ横にあったサブステージに上っていきなり戦い始め、

ユージーンは呆気にとられたようにそれをぽかんと見つめていた。

 

「おいユージーン、少しは落ち着いたか?そもそも俺にはアスナがいるんだ、

性奴隷だのなんだの言ってたら、アスナに殺されちまうって」

「う、うむ、確かにそうだな」

 

 ユージーンは多少頭が冷えたのか、そう言って剣をおろした。

 

「確かにそんな事がある訳ないな、このご時勢に性奴隷などと………

ん?いや、しかし実際そうではなくても、志願者が二人いるのは間違いないのではないか?」

「チッ、そこに突っ込んできやがるのか」

 

 ユージーンがハッとした顔でそう言い、ハチマンは舌打ちした。

 

「き、貴様、ふざけるな、羨ましすぎるだろ!」

「だったら代わってやる、俺だって困ってるんだからな」

「典型的なハーレム野郎のセリフを吐きやがって!」

 

 ユージーンはそう叫んでいきなり魔剣グラムをハチマン目掛けて振り下ろし、

ハチマンは慌ててそれを避けた。

 

「おわっ、危なっ」

「俺達も勝負だ、メインステージに上がれ!」

「面倒臭え……」

 

 ハチマンはとても嫌そうな顔でその勝負を受け、

ステージへと上がり、ユージーンと戦い始めた。

 

「死ねリア充、爆発しろ!」

「過去の自分がフラッシュバックして、凄く胸が痛くなるセリフだな……」

 

 とはいえここはそこそこメジャーな観光スポットであり、

ステージ建設の噂が広まっているから今はあまり人は来ないからとはいえ、

それでもいつ人が来るか分からない。

 

(ユージーンのこんな格好悪い姿を他の奴に見せるのはなぁ……)

 

 ハチマンはかなり上から目線でそう考え、

魔剣グラムの攻撃がこちらの防御をすり抜けるのを利用し、

いわゆるクロスカウンター方式の、武器を弾かないカウンターをユージーンにくらわせ、

容赦なくユージーンを一発KOした。ちなみに半減決着モードである。

ユージーンがどれだけ無防備にその攻撃をくらってしまったかがよく分かるというものだ。

いつものユージーンならここまで簡単にやられはしないのだろうが、

完全に冷静さを失っていた為、もろに攻撃をくらってしまったようである。

ユージーンはそれで一気に頭が冷えたのか、ばつが悪そうな顔でハチマンに謝った。

 

「すまん、よく考えたらお前のそれはいつもの事だったな」

「そう言われるのも何か嫌だなおい」

「もう諦めろ、お前はこれから一生女で苦労するがいい」

「不安になるような事を言うなよ、フラグになったらどうしてくれるんだよ!」

 

 そうエキサイトするハチマンを尻目に、

ユージーンはクックロビンとフカ次郎の戦いに目を向けた。

 

「あの二人も大分強くなったみたいだな」

「そろそろお前も危ないんじゃないか?」

「かもしれん、追いつかれない為にも早くオリジナル・ソードスキルを開発せねばな」

「本当に大変みたいでアスナが毎日煮詰まった顔をしてるぞ」

「そうなのか、それはやり甲斐があるな」

「まあ頑張れ」

 

 その二人の戦いは、傍から見ると激戦であったが、実は罵声の応酬が繰り広げられていた。

 

「そもそもうちにはかなりのランクのおっぱいキャラが揃ってるのよ、

そこに中途半端なおっぱいが混じったって、埋没するだけじゃない!

だったら私みたいにほとんど無い方が、需要を満たせるのは間違いないわ!」

「はっ、それなりにあるってのは、

つまりリーダーに揉んで大きくしてもらえる望みがあるってこった、

まったく無いのは望み薄すぎて、育ててもらう楽しみが味わえないんだぜ!」

 

 このように、裏では非常に醜い戦いが行われていたのだった。

 

「お~いお前ら、そろそろ俺は帰るぞ」

「あっ、待ってリーダー!よし、次で決着をつけてやる!」

「望むところ!」

 

 二人もこの時は半減決着モードで戦っていたが、

お互いの残りHPは六割程度であり、二人とも次の一撃で、

相手を殺すつもりで威力の高い単発ソードスキルを放つつもりであった。

 

「死ね、微乳!」

「死ね、無乳!」

「何て掛け声だよお前ら……」

 

 この勝負は自分の攻撃が先に相手に届いた方の勝ちであったが、

今回の場合、それはまったくの同時であった。

二人は相打ちで同時にリメインライトとなり、

ハチマンは呆れた顔で、二人のリメインライトに向かって言った。

 

「先に戻ってろ、別に待たないで落ちてもいいからな」

 

 そんな二人の戦いを見て、ユージーンとカゲムネは肩を竦めた。

 

「女は怖いな……」

「俺、あんな奴らを平気で仕切ってるハチマンさんを尊敬しますよ…………」

 

 この日から徐々にこの場所の事が口コミで拡散し、

多くのプレイヤー達が、自分の腕を磨きに訪れるようになり

そしてここはいつしか、デュエルの聖地と呼ばれるようになった。



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第785話 家族

 時間は戻り、スリーピング・ナイツが二度目のラグーラビット狩りに行った次の日、

スリーピング・ナイツを代表してユウキとタルケンがこの日、

スモーキング・リーフにラグーラビットの肉を売りにきていた。

要するにリーダーと金庫番だけで店を訪れたという訳なのである。

 

「こんにちは!」

「ど、ども……」

「おっ、ユウキにタルなのな、久しぶりなのな!」

「今日の店番はリナ?」

「リンねぇねも庭の倉庫にいるのな」

「そっか、今日はこの前約束したラグーラビットの肉を売りに来たんだけど」

「おお、早かったのな、リツねぇねから話は聞いてるのな、

それじゃあはい、先にこれを渡しておくのな」

 

 そう言ってリナは、ユウキに二本の武器を差し出してきた。

それはユウキが夢に見るほど欲しがっていたセントリーと、ランのスイレーであった。

 

「い、いいの?」

「もちろん後でお代は頂くのな」

「もちろんだよ!タル、お金の話は任せる!」

「分かりました」

 

 そしてタルケンとリナがお金の話を始めた横で、ユウキはスイレーをしまうと、

庭に出て嬉しそうにセントリーを振り始めた。

 

「………あれっ?」

「どうした?何か気になる事でもあるのか?」

 

 何かに気が付き首を傾げるユウキに、庭の倉庫から出てきたリンがそう声をかけた。

 

「あ、リン、えっとね、気のせいかもしれないんだけど、

この前振った時よりも何か手になじむというか、そんな感じがしたから」

「ああ、それなら昨日ハチマンがナタクと一緒に調整していたぞ」

「ハチマンが!?」

「ああ、夜遅くにナタクを連れて調整に来てな、

熱心にその武器のバランスをいじっていたぞ」

「そうだったんだ、うわぁ、さすがというか、ハチマンには頭が上がらないや」

 

 リンにそう答えながら、ユウキはもう一度セントリーを振った。

 

「うん、やっぱり前よりも使いやすい」

「なら良かったじゃないか」

「う、うん!でもハチマンは一体どうやって………あっ!」

 

 その時ユウキは、先日のハチマン扮する盗賊との会話を思い出した。

 

『このバランスがお前にとっては最適なバランスなのか?』

『そうだ!でもどうしてそんな事を聞くんだ?』

『いや、ただの興味本位だ』

 

「そっか、あの時かぁ」

「問題は解決したようだな」

「うん、ありがとうリン!ついでにさ、

キャンプ用品みたいなのを売っているお店とか、どこか知らない?」

「それならうちに一通りあるぞ、ナタクが作ったものらしいが、

さすがに使いどころがほとんど無かった為に、いくつか残して処分する事にしたらしい」

「あるんだ!お願い、それをボクに二セット売って!」

「それはもちろん構わないが、

キャンプ用品みたいなの、と言うからには他にも何か必要なのか?」

「うん、長期間野営を続けるのに必要なアイテム一式みたいな?」

「分かった、揃えるから店の方で待っててくれ」

「うん、分かった!」

 

 ユウキは笑顔で店に戻っていき、リンは倉庫へと入っていった。

 

「……だそうだ、何を用意すればいい?」

「あいつらどこかでキャンプを張るつもりなのか、ナタク、どうする?」

「そうですね……」

 

 その倉庫の中にはハチマンとナタクがいた。

ユウキ達が尋ねてくるのを見越して、

何かあった時にすぐ対応出来るように先に来ていたのである。

 

「それじゃあこれとこれ、それにこれか……

寝具は前にリンさん達に提供したのと同じ物でいいとして、

ハチマンさん、スリーピング・ナイツって全部で何人でしたっけ?」

「一応ランの分も用意しておいた方がいいだろうから七人だな」

「それじゃあ八つ用意しておきます」

「………何故だ?」

「だってハチマンさんが付きあわさせられる可能性もあるじゃないですか」

「そ、そう言われると確かに……」

 

 他にも食材や諸々の道具類を、ハチマンはリンにどんどん運ばせていった。

 

「リン、全部運び終わったら、相手の手持ち金額から見て払える額を提示してくれ。

足りない分は俺が出すから」

「分かった、リナに丸投げして、その時に残りの武器も見せておけばいいな」

「悪いなリン」

 

 ハチマンはそう言ってリンの頭を撫で、リンは頬を赤らめながらハチマンに言った。

 

「し、仕事だからな」

 

 ハチマンのこの癖は色々と問題があるのだが、

周りの者達も、本人に悪気が無いのは分かっている為、

中々控えるように言い出せないのが現状だ。

 

「家族の為に頑張ってるんだな、えらいぞ」

 

 だがそのハチマンの言葉にリンはきょとんとした。

 

「家族?家族とは何だ?私は姉妹達の為に頑張っているんだが」

 

 その言葉には、さすがのハチマンもきょとんとした。

 

(家族という概念がないのか……本当に謎だよなぁ)

 

 だがハチマンが、知らないとまずい言葉なのかと、

リンを動揺させるような態度をとるような事は決してない。

そしてハチマンは時間をおかずに即座にリンにこう言った。

 

「助け合って生きているのが家族だ、だからリンにとってはあの五人が大切な家族だな」

「なるほど、じゃあハチマンやナタクも私の家族なんだな」

 

 リンが笑顔でそう言った為、ハチマンとナタクは思わず涙腺を緩ませた。

 

「ん、二人とも、どうかしたのか?」

「いや、何でもない、リンの言う通りだと思ってな」

「そうです、僕達は家族です!」

「リンねぇね~?」

 

 その時外からリンを呼ぶリナの声が聞こえ、リンは慌てて運搬作業を再開した。

 

「それじゃあ家族の為に頑張ってくる」

 

 そう何の疑問も持たずに当たり前のように言って去っていったリンを、

二人は眩しい思いで見送ったのであった。

 

「すまん、待たせたな」

「ううん、いきなり変な事を頼んじゃったのはこっちだから」

「どこかでキャンプでもやるのか?」

「うん、山ごもりをちょっとね!」

「山ごもり?」

「まあちょっと集中して修行しよう、みたいな?」

「なるほど……確かに強くないと、家族を守れないからな」

「か、家族?」

 

 ユウキは何故リンがそんな表現を使ったのか分からなかったが、

その言葉を何となく嬉しく感じた。

 

「うん、まあ家族みんなで強くなろうってね」

「そうか、ならこれも必要か?」

 

 リンはそう言って、ハチマンとナタクに渡された武器をユウキに差し出した。

それは一目見て業物と分かる、両手剣、メイス、盾、槍、ハンマー、杖の六種類であり、

それを見たユウキとタルケンは目を輝かせた。

 

「これは?」

「おばば様から必要なようなら売るようにと渡された」

「やった、さっすがおばば様!」

「これで全員分の武器が揃うね」

「タル、資金に余裕は?」

「キャンプ用品の値段次第だけど、多分問題ない、大丈夫」

 

 タルケンは大体の品の相場を把握している為、

素早く脳内で合計金額を計算してそう言った。

 

「さっすが珠算検定の段位持ち、計算が早いね、ボクにはチンプンカンプンだよ」

「チンプンカンプンって言葉をリアルに使ってる人、初めて見た……」

 

 タルケンにそう言われたユウキは思わず顔を赤らめた。

 

「うぅ、それはランの影響……」

「ああ、確かにランは、そういう死語的なのを多用するからね……」

 

 そんな二人の様子を見て、リンはこっそりリナに耳打ちした。

 

「リナ、値付けは任せた、この感じだと相場通りでいいから」

「分かったのな」

 

 そして全ての武器と物資が引き渡され、

ユウキとタルケンは意気揚々と仲間達の所に戻っていった。

 

 

 

「うわ、何だこれ、こんな物まで買ってきてくれたのか?タル、金は大丈夫だったのか?」

「あ、うん、それはまったく問題ないよ、さすがラグーラビット貯金は偉大だね。

ちなみにこの武器は、向こうから必要かどうかって見せられたんだよね」

「多分ハチマンがおばば様に手を回してくれたんだと思う」

「おお、さっすが兄貴だぜ!」

「さすがの気配りだね」

「兄貴、愛してます!」

「タル、さすがにそれは気持ち悪い」

「羨ましかったらノリも叫べばいいのに」

「なっ、べ、別に羨ましくなんかないからね!」

「まあいいや、とりあえず武器の使い心地を試してみようぜ、

確か街に訓練場があっただろ」

「そうだね、場合によってはバランス調整とか必要だろうし」

 

 だがその必要はなかった。その装備が各自に合わせて最適化されていたからである。

 

「さすが兄貴……」

「さす兄!」

「神様仏様ハチマン様!」

「兄貴、愛してます!」

「あっ、ノリ、どさくさ紛れに何言ってんの!」

「ず、ずるい……」

「ユウキもシウネーも羨ましかったら言えばいいじゃない」

「くっ、やっぱりさっきのタルが凄く羨ましかったんじゃない!」

「こういうのは先に言った者勝ちだかんね」

「さっきは言えなかった癖に……」

「タル、何か言った?」

「い、いや、何でもない……」

 

 こうして新しい武器の性能に浮かれつつも、全員新しい武器の習熟に成功し、

パーティの飛躍的な強化を果たしたスリーピング・ナイツは、

この日からしばらく姿を消す事となったのであった。




すみません、明日の投稿もお休みとなります!


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第786話 出撃、スリーピング・ナイツ

「みんな、準備はいい?」

「おう!」

「バッチリよ!」

「ヨツンヘイムは初めてだ、どんな所なんだろうな」

 

 新しい武器にも慣れ、大量の荷物を分担して持ったスリーピング・ナイツは、

今まさに山ごもりへと出発しようとしているところであった。

目的地はまさかのヨツンヘイムの奥地である。

トラフィックスの影響で、今ヨツンヘイムにはほとんど人はいない。

ユウキは体術の修行をしつつ、修行の成果を確認する為に巨人族と戦って経験値を稼ぎ、

過疎な為に品薄ぎみな巨人族由来の素材で金策するというプランを立てていた。

上手くいけば確かに得る物が大きいプランである。

 

「ちなみに今日の場所を決める為に、ヴァルハラのホームページを参考にしたよ!」

「そりゃ信頼度高いな」

「もう体裁とかどうでもよくなってるね」

「ボクが見られるところにホームページなんか置くからいけない!」

「どんな理屈だよ!」

「使えるものは敵からの情報でも使うんだ!」

「いや、まあ別に文句とかは無いんだけどな、

この武器もどう見てもヴァルハラ産の製品だし……」

「しかしこのテント、岩に擬態するなんて便利だよなぁ」

「まさにボク達の為に作られたアイテムだね!」

 

 邪神族、主にトンキーの能力に似た性能のそのテントは、

使用すると完全に岩にしか見えず、その中に入れば睡眠中にも敵に襲われる事はない。

だが設置すると移動させる事は出来ないので、

これを使って敵の真っ只中を進む事は不可能である。

更に言うと、敵のターゲットにされた後に使用するのも不可能であり、

完全に野外で休憩する為のアイテムであった。

ちなみに一般販売はされておらず、ナタクが設計したアイテムの為、

ALO内に十個しか存在しないレアアイテムだったりする。

そのうちの八個はヴァルハラの所有であり、残りの二つはここにある。

 

「それじゃあ出発!」

「「「「「おう!」」」」」

 

 ちなみに今回の目的地は、ハチマンの誕生日の時に、

ヴァルハラ・リゾートが連合を待ち伏せるのに使った広場であり、

ユウキはそこにある岩陰でキャンプを張るつもりだった。

トンキーが岩に擬態したあの場所である。

ちなみにナタクがこのテントを開発したのもその話を聞いたのがキッカケであった。

ただでさえ人が来ない所で目立たない所に岩にしか見えないテントを張るのだ、

見張りを立てなくても恐らく他人に見つかる事はそうそう無いだろう。

そもそも人が通りかかるかすら怪しく、当然スリーピング・ナイツも全員そう考えていた。

 

「人が全く来ない場所で長期間キャンプとか、『SDI』以来?」

「いや、その後に『俺T』で大貴族を敵に回した時にやったはず」

「それを言ったら……」

 

 どうやら全員キャンプの経験は豊富なようである。もっともゲームの中での話であるが。

 

「しかしSDIとか懐かしいな」

「『サバイバル・デッド・アイランド』だっけ?」

「飛行機が落ちて絶海の孤島に放り出されるんだよな」

「それに何故かゾンビ要素が加わってるっていう謎設定だったわね」

「俺Tはもう一回やりたいよなぁ」

「『VRで俺TUEE転生』な」

「あれをやった後に他のゲームをやったら自分が弱くなった気がして仕方がなかったけどね」

「それある!」

「お前はソレイアルさんか!」

 

 などとソレイアルをネタにしながら、一行は和気藹々と目的地へと向かっていった。

ナビゲート役は言いだしっぺのユウキである。

 

「シナリオが短い癖に自由度が高くて、まあいいゲームだったよな」

「誰でも異世界チート無双が出来るってのはやっぱ爽快だよね」

「個別シナリオは定番の俺TUEE勧善懲悪ものだったけど、でもそれがいい」

「唯一不満があるとすれば、異世界の設定が単に魔法があるだけの地球の中世だって事だね」

「それ系は食傷ぎみなんだよなぁ」

「何故か必ず異世界の方が文化が遅れてる事になってるよね」

「でも面白かったのは確かだね」

 

 その時ジュンがふと思いついたようにこんな事を言い出した。

 

「なぁ、よく考えると、兄貴達は素であの状態なんじゃね?」

「そう考えると恐ろしいね」

「やっぱりチームとしての強さなのかな」

「まああれだ」

 

 ジュンは少し言いよどんだ後に、若干言いづらそうにこう言った。

 

「戦略級魔導師が何人もいる時点で、偏差値が高い事は分かる」

「ALOの呪文、複雑だもんなぁ……」

「それ以前に僕達の学力も平凡だしねぇ」

「まああれだ、勉強が出来るのと呪文が覚えられるのはまったく別物だ、うん」

「大丈夫だよ、ジュンにもいつかきっとALOの魔法が使えるよ」

「う………」

 

 この会話から、ジュンがまだALOの魔法を一つも使えない事がよく分かる。

そんな話をしながら一行は、あっけなく目的地の近くまでたどり着いた。

マップまでご丁寧に用意されているのだからまあ当然なのだが、

ここまで何度かあった戦闘も全員が危なげなくこなしており、

スリーピング・ナイツ全体の強さが確実に上がっている事が証明された格好だ。

 

「さて、そこを曲がれば目的地に………ってあれ、参ったな……」

 

 最初に角を曲がったユウキがそう言ってこちらに戻ってきた。

ユウキはまさかという顔で仲間達にこう言った。

 

「なんか先客がいるみたい」

「何いいいいい?」

「えっ、本当に?」

 

 一同はその報告に驚き、角から顔を覗かせ、その言葉が事実だと確認した。

 

「この時期のこんな所にまさかプレイヤーがいるなんて……」

「参ったな、ボクにもこれは想定外だったよ、どうしようかなぁ」

 

 ユウキは頭を抱え、他の者達も困ったように顔を見合わせた。

 

「とりあえず場所を譲ってもらえないか交渉するか、

今からどれくらいここに留まるか確認して空くまで待つか、それとも一緒にやるかかな」

「ボクもそれくらいしか思いつかないけど、みんなはどう思う?」

 

 ユウキはそのノリの提案を受け、それでいいのか確認するように仲間達の顔を見回した。

 

「一緒に……まあどんな人か話してみないと何とも」

「おかしな人達と一緒にはやれないですしね」

「あ、でもよく見えなかったけど、多分あの服装は、女の子の三人組だった気がする」

「マジかよ!是非ご一緒させてもらおうぜ!」

 

 ジュンは即座にそう言ったが、

他の者達はジュンのそういう所には慣れっこなのか、誰も相手にはしない。

 

「え、本当に?珍しくない?」

「確かに街中でもそんなの一度も見た事ないよ」

「しかもここ、ヨツンヘイムの奥地だよ?そこに女性が三人なんて……」

「ヴァルハラなら分かるけどなぁ」

 

 完全にスルーされていたジュンがめげずにそう会話に復帰し、

他の者達はそれを聞いてハッとした顔をした。

 

「その可能性は………うん、かなり高いよね」

「だったら事情を話せばどうなるにしろ揉めたりはしないはず」

「でも兄貴、俺達の事を仲間に話していないっぽくね?」

あ~、確かに一部の人にしか言ってなかったっぽかった」

 

 ちなみにスリーピング・ナイツ番とも言うべきレコンは、

スリーピング・ナイツの強さがかなりアップした為、今は監視の任を解かれていた。

そのレコンは今はお礼という事で、ハチマンに誘われてキリトと三人で遊びに出かけている。

キリトを誘ったのもハチマンなので、当然の全ての支払いはハチマン持ちである。

 

「とりあえずどんな人かちゃんと見てみようよ」

「だね、先ずはそこからかな」

「どれ………」

 

 一同は話がそう纏まった為、通路の角から顔を出し、その三人をよく観察しようとした。

 

「よく顔が見えないな」

「一人はタンクだね、でもあの装備、さすがに極まってるなぁ……」

「テッチ、そういうのってやっぱ見て分かるもん?」

「うん、意匠の凝り方が凄いからね、明らかにプレイヤー・メイドの品で、

店で買えるような物じゃないと思うよ」

「あっれ、残りの二人はオートマチック・フラワーズってのを着てるっぽくね?」

「えええええ?って事はヴァルハラの幹部じゃん!」

「なぁ、ヴァルハラの幹部って何人いるんだ?」

「さぁ……」

 

 ここにきて、ヴァルハラ関連の情報を全てシャットアウトしていた事が災いした。

ユウキは街に戻ったら多少はヴァルハラの情報も仕入れようかなと思いつつ、

その三人の装備をもっとよく観察した。

 

「全員背中に違うマークをつけてるね、炎の盾に羽根が生えてるのと、

剣の十字架と氷の十字架かぁ」

「ああ、識別マーク!」

「そういえば前に兄貴が話してくれたっけ、

ヴァルハラのメンバーは、全員別の個人マークを付けてるって」

「言ってた言ってた、確か敵に威圧感を与える為だっけ?」

「確かに威圧感あるなぁ……あの胸」

「ジュン、どこを見てるのよ!」

「タンクの人の胸」

「こいつ、ぬけぬけと……」

 

 その時三人のうちの一人が隣の女性に何か耳打ちし、

その話しかけられた女性が何かの呪文の詠唱を始めた。

 

「ん、何だ?」

「戦闘準備?」

 

 一同は何だろうと思って顔を見合わせたが、

その直後にスリーピング・ナイツの周囲にいきなり氷の柱が持ち上がった。

 

「うおおおおお」

「何だこれ、何だこれ」

「こ、こんな事が出来るのは……」

 

 そう言って慌てて三人の方に目を戻した一同は、

すぐ近くで自分達をしげしげと観察する女性の姿を発見し、心臓が飛び出るほど驚いた。

 

「うおっ」

「い、いつの間に……」

「まさか今の一瞬でここまで移動を?」

「…………あああああ!」

 

 その時突然ユウキがそんな大声を上げ、その女性に向かってこう呼びかけた。

 

「前に二十二層の川で会った人だ!」

「あっ、あなたは確か、ユウキ、だったっけ?」

「うん、あの時お姉さんは落とされちゃったから、

お姉さんの名前は聞けずじまいだったけどね!」

「あの時は本当にごめんね、お母さんがうっかりコードを抜いちゃってさ」

 

 そしてその女性は、残りの二人の方に振り返り、こう呼びかけた。

 

「ユキノ、セラ、多分連合の人じゃないっぽい!」

 

 その瞬間に、まるで手品のように氷の檻が消滅した。

 

「敵かもしれないって思ったから、驚かせちゃったね。

私の名前はアスナだよ、よろしくね、ユウキ」

 

 そう言ってその女性、アスナはにこやかに微笑んだのであった。



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第787話 セカント・コンタクト

「アスナ、あの時は貴重なアドバイスをどうもありがとう!」

 

 ユウキはアスナがヴァルハラの幹部だった事に驚きつつも、

再会出来た事に対する喜びを爆発させ、嬉しそうにアスナの手を握った。

アスナも先日ユウキと会話中に回線落ちしてしまった事が心残りだったらしく、

ニコニコと微笑みながら、その手を握り返していた。

 

 そんな二人の方に、続けて二人の女性プレイヤーが近付いてきた。

ユキノとセラフィムである。

 

「あら、誰かと思ったらあなた達だったのね、大丈夫?私の魔法で怪我とかはしなかった?」

「ユキノさんも来てたんだ!」

「はぁ、いたのが知り合いで良かったぁ」

「ちょっと驚いたけど大丈夫っす!」

「ワ、ワタクシ達には特に被害は出てません」

「またタルのそれが始まった……」

 

 その言葉から、タルケンが凄まじく緊張しているのが分かる。

美女が三人揃っているのだから、それも仕方ないだろう。

 

「ユキノもユウキ達と知り合いだったんだ?」

「ええ、以前ちょっとね。アスナこそユウキさん達と知り合いだったなんて驚いたわ」

「私も前二十二層でちょこっとだけ」

「そうなのね、奇遇だわ」

 

 そうにこやかに会話する二人をセラフィムがつんつんとつついた。

 

「あら、どうしたの?」

「求む、紹介」

「そういえばそうだったわね、ここで立ち話をしてると敵が沸いてしまうかもだし、

あちらの岩陰に移動しましょうか」

「そうだね、そうしよっか」

 

 一同はその言葉に従い、以前トンキーが岩に擬態した小さな広場へと移動した。

そこにはどこかで見たような不自然な岩があり、スリーピング・ナイツはそれを見て驚いた。

 

「あっ、これ、もしかしてテント?」

「あら、よく分かったわね、これの事を知ってる人なんて、

うちのメンバー以外にはいないはずなのだけれど」

「実は同じ物を、さっきスモーキング・リーフで売ってもらったの!」

「同じ物をスモーキング・リーフで?なるほど、そういう事ね」

 

 ユキノは、多分ハチマンが裏で手を回したんだろうなどと考えながら無難な事を言った。

そして一同はその八畳くらいの大きさのテントの中に入り、

少し狭かったがその場に腰掛けた。

 

「さて、最初に自己紹介といきましょうか、

私は絶対零度のユキノ、ヴァルハラの幹部を拝命しているわ」

「私はアスナ、同じくヴァルハラの幹部をやってます」

「セラフィムです、宜しくお願いします」

 

 その自己紹介を聞き、

ユウキは改めてアスナもヴァルハラのメンバーなのだと実感した。

今日の装備は確かに以前会った時とは違って完全武装といった感じであり、

その性能も凄まじいように見える。

 

「ボクはユウキ、スリーピング・ナイツっていうギルドのリーダーをやってるよ!」

「ジュンです、宜しく!」

「テッチです、タンクをやってます」

「ワタクシはタルケンと申します、ど、どうぞ宜しくお願い致します」

「タル、緊張しすぎ、私はノリ、宜しくね」

「シ、シウネーです、初めまして」

 

 こうして簡単な自己紹介が済んだところで、最初にユキノがユウキ達にこう尋ねてきた。

 

「それで、ユウキさん達は今日は何故こんな所に?」

「えっと、実はここで山ごもりをしようと思って!」

「山ごもり?そうなの?」

「うん!色々とヒントをもらったから、この辺りで一気に強くなっておきたいなって!」

 

 ユウキは明るい笑顔でそう言った。

 

「ゲームで山ごもりってあまり聞かないけど、

そこまでして強くならないといけない理由が?」

 

 セラフィムのその当然の疑問に、ユウキは真っ直ぐな目でこう答えた。

 

「うん、ボク達、ヴァルハラに勝ちたいんだ!」

 

 その言葉にアスナとセラフィムはきょとんとし、

その事を既に知っていたユキノも形の上だけは驚いたような顔をした。

 

「なるほど、でも正直正面からうちとぶつかっても、

勝てる見込みはほとんど無いかもしれないわね」

「人数も違うしね」

「ヴァルハラには今何人くらいのプレイヤーが参加してるの?」

「丁度三十人かな」

「そんなにいるんだ!それだと確かに正面からぶつかるのは厳しいかも」

 

 ユウキはこの時初めてヴァルハラの総数を知り、難しそうな顔で考え込んだ。

 

「ならどうすればいいと思う?」

「えっと………」

 

 ユウキはまだ明確なビジョンを持っていなかった為、そう口ごもった。

 

「ヴァルハラがまだ成し遂げていない事をやるとかってのはどう?」

「確かにそういう方向性を目指すのもアリ」

「もちろん正面からぶつかってきてくれてもいいんだけどね」

 

 ここでアスナとセラフィムが横からそう言ってきた。

敵に対して随分親切な事であるが、二人からすればライバルの登場は大歓迎なのである。

特にライバルを求めているアスナから見ればそうであろう。

 

「まだ成し遂げていない事……何があるんだろう」

「ふふっ、まあ頑張って考えてみるといいわ、仲間と一緒にね」

「う、うん!」

 

 ユキノが柔らかく微笑みながらそう言い、ユウキは頷いた。

 

「でも総合的な強さ的にはどうなんだろ、ユウキ、今のステータスって大体どれくらい?」

「えっとね、ボクの場合は一番高いのがAGIで……」

 

 そのユウキが開示した数値を聞いて、ユキノが横からこんな提案をした。

 

「なるほど、それならここでひと狩りしていきましょうか、

うちはタンクが一人にヒーラーが二人だから、私達があなた達をサポートするわ」

「それは有り難いけど、ユキノさん達の方の用事はいいの?」

「もうすんだよ、ここにはスター・スプラッシュとかカドラプル・ペインとかの、

ソードスキルの威力に変化があるのかどうか検証しに来ただけだからね」

「あ、そういう事だったんだ!」

 

 横からアスナがそう答え、ユウキはうんうんと頷いた。

ユウキは軽く流してしまったが、これには重要な示唆が二つある。

一つは威力の変化という言葉、これは要するにSAOの時と比べて、という意味なのだが、

ユウキはその事に気付けなかった。もう一つはソードスキルの名前である。

スター・スプラッシュとカドラプル・ペインは細剣の技であり、

今は三人とも武器をしまっているが、通常タンクは細剣を持たないし、

ヒーラーであるユキノも細剣を持つはずがない………通常は。

その通常ではない例外が横にいるアスナなのだが、

アスナのその雰囲気から、ユウキはアスナの事を後衛だと思い込んでしまっていたのである。

更に先ほどのユキノの言葉がそれを助長したのは間違いない。

ちなみにソードスキルの威力については、以前よりも確かに強いが、

そもそも以前とはステータスの違いがある為、

おそらくSAO時代と同じくらいだろうという結論が出ていた。

 

「まあ用事が済んだんだったら、ちょこっとだけお付き合いをお願い!」

「ふふ、ちょこっとだけね、それじゃあ早速やりましょうか」

「うん!ゴー、スリーピング・ナイツ、ゴー!」

 

 そして狩りが始まった。釣り役は適役がいなかった為、アスナが引きうけた。

 

「アスナ、大丈夫?」

「うん、とにかく走るだけだしね、こっちに来た敵のヘイトをみんなで頑張ってとってね」

「任せて!」

 

 そして最初の釣りで、スリーピング・ナイツの一同は、目を剥かんばかりに驚いた。

アスナがいきなり三体の敵を釣ってきたからだ。

 

「うおっ」

「いきなりか」

 

 ジュンやテッチはそう驚いたが、すれ違い様にアスナが二人にこう言った。

 

「最初は軽めにしておいたから、まあ堅実にね」

「えっ?」

「あっ、わ、分かった!」

 

 テッチは敵にスキルを飛ばし、盾でしっかりとその足を止めた。

その横でセラフィムは、いきなり最初の敵にシールドバッシュを飛ばし、

その凄まじい威力で敵はその場にごろんと転がる事になった。

 

「ええええええ?」

「巨人族を転ばすなんて……」

 

 驚く一同に、ユキノが鋭く指示を飛ばした。

 

「ほらみんな、さっさと攻撃よ」

「あっ、う、うん!みんな、攻撃開始!」

 

 こうして激しい狩りが開始された。

 

 

 

「なぁノリ、何か楽じゃね?」

「あ、うん、それ、私も思った」

「ワタクシも……」

「タル、あんた戦闘中くらい、いい加減普通に喋れるようになりなよ」

 

 アタッカーの三人は、戦闘が進むに連れ、そんな感想を抱くようになっていた。

ヒーラーが二人、アスナも敵を釣ってきた後にヒーラー役をこなしている為、

実質三人のヒーラーからの回復と補助を受け、タンクも二人で敵の攻撃をしっかりと阻み、

釣られてくる敵の数は多くとも、戦闘自体はまったく危なげなく進行していた。

それでいて経験値の貯まりが凄まじく早い。

 

(やばい、セラフィムさんやばい……)

 

 テッチはセラフィムのタンク姿を見ながら、

その技術を参考にしようと必死でそちらを観察していた。

 

(ユキノさん、凄いです……)

 

 同じくシウネーも、横で回復をしているユキノの姿を見て、

何とかその立ち回りをものにしようと悪戦苦闘していた。それからしばらく狩りは続き、

少なくともテッチとシウネーの戦闘技術は格段に向上する事となった。

優秀なプレイヤーと一緒の戦闘経験は、やはり重要だという事なのだろう。

 

「さて、今日はこのくらいかしらね」

「あっ、そろそろお店の予約の時間に間に合わなくなっちゃうね」

「お店?何の?」

「あっ、うん、今日は三人で一緒に出かける約束があったんだよね」

「あっ、そうなんだ!そんな日にこんなに助けてもらっちゃってごめんね」

 

(いいなぁ……ボクもいつかきっと……)

 

「ううん、大丈夫だよ、好きでやってる事だから」

 

 この戦闘を経て、アスナとユウキはかなり仲良くなっていた。

アスナが釣ってきた後に、主にユウキの補助を担当していたせいもあるのだろう。

 

「それじゃあ私達はこの辺りでお暇するわ、また会いましょう」

「今日は本当にありがとう!」

 

 アスナは名残惜しそうに、最後にユウキの手を握った。

 

「ユウキ、また一緒に遊ぼうね」

「うん、アスナ、また一緒に遊ぼう!

あ、あとさ、アスナはヴァルハラの幹部だけど、もしかして二つ名とかがあるの?」

 

 アスナはその質問に、微妙な表情をしながらこう答えた。

 

「あ、う、うん、あるよ」

「何ていうの?」

「えっと………バ、バーサクヒーラー」

 

 その言葉にユウキは特におかしな顔をせず、笑顔でただお礼を言った。

 

「そっか、ありがとう!」

 

 アスナはその表情を見て、気にしすぎだったかと反省し、

笑顔でユウキに別れの挨拶をした。

 

「それじゃあまたね、ユウキ!」

「うん、またね、アスナ!」

 

 そしてアスナが去った後、ユウキは一人呟いた。

 

「バーサクヒーラー……神聖系魔法でも乱射するのかな?」

 

 今日のユウキは仲間を気にしながら戦っていた為、

そこまで実力を発揮出来ていなかったが、

『現時点』でのユウキの実力について、アスナはある程度把握する事となった。

だがユウキはアスナの実力を知る事なく、こうして二人の二度目の邂逅は終わりを告げた。



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第788話 楽しめよ

ずっと雨続きで外仕事なせいでちょっと最近苦労しています、
もしかしたら梅雨明けまでたまにちょこちょこ投稿がお休みになる事があるかもしれません、
それでも二日連続で滞る事は無いようにしますので、それまでは申し訳ありませんが、宜しくお願いします!


 アスナ達三人を笑顔で見送ったスリーピング・ナイツの一同だったが、

三人の姿が見えなくなった瞬間に、テッチとシウネーがその場に崩れ落ちた。

 

「ふ、二人とも、一体どうしたの?」

「い、いや、何かどっと疲れが……体が疲れる事なんかないはずなんだけどさ」

「一度に処理しないといけない情報が多すぎて大変でしたね」

 

 どうやらテッチはセラフィムの、そしてシウネーはユキノの指導を受けたせいで、

ある意味脳がパンクしてしまったようだ。

 

「よし、とりあえず休憩にしよっか、食事もしないとだしね」

「兄貴との約束だからな!まあたまに破っちまうけどよ!」

「食事をしたら、とりあえず経験値を使ってスキル取得なりステータスアップもしないとね」

 

 腹が減っては戦は出来ない。まあ実際にここで腹が減る訳ではないのだが、

それでも食事と睡眠は、彼らにとってはとても重要な儀式のようなものであった。

何故ならそれを行う事によって、例えゲームの中でも、自分達は普通に暮らしているのだと、

自分に言い聞かせる事が出来るからである。

そしていつかハチマンに手料理を食べてもらう事が目標なノリと、

女子にモテる為には料理が出来た方がいいのではと考えて密かに修行していたジュンが、

持って来た食材を料理し、一同は食事をしながら先程の戦闘についての話を始めた。

 

「というか、俺達よくあの数を捌けたよな……」

「最後は八匹くらい居たよね……」

「やっぱりヒーラーが多いと、あの数でも楽だよねぇ」

「うちの弱点って実は後衛の少なさだよね」

「魔法戦闘とか何それって感じ……」

「私も多少は攻撃魔法が使えますけど、そうすると回復の手が足りなくなっちゃいますしね」

「強敵に挑む時は、臨時で後衛を増やさないといけない事もあるかもね」

 

 そして話題は今日の三人の話に移った。

 

「ユキノさんには色々とお世話になりっぱなしで頭があがらないよなぁ」

「さすがは正妻様と言うべきか」

「でもあの三人の誰が兄貴の彼女でも違和感無かったよな」

「あ~、それは思った」

「しかしヴァルハラの幹部ってヒーラーが多いんだな」

「そういえば幹部って何人いるんだろ?」

 

 そのノリの疑問にユウキはハッとした顔をした。

 

「そういえばさっき思ったんだよね、

ボク達もそろそろヴァルハラの事をそれなりに知っておくべきじゃないかなって」

「あ~、確かにそれはあるかも」

「もう結構ヴァルハラのメンバーの人達と関わっちゃってるしね」

「それじゃあちょっと調べてみるね」

 

 ユウキはそう言ってコンソールを開き、テントに備え付けのモニターと連動させ、

そこにヴァルハラのギルド専用ページを表示させた。

 

「幹部は四人かぁ、ソレイユ、キリト、アスナ、ユキノって書いてあるね、

そのうちヒーラーが二人かぁ、なるほどなるほど」

「……前から思ってたけど、これってメンバー専用ページだよな?

何でユウキはここにアクセス出来るんだ?」

「えっ、そ、そうなの?」

「多分そのはず、前見たのと違うし。みんな、ちょっと自分のコンソールに、

ヴァルハラのページを検索して呼び出してみてくれよ」

 

 ジュンがそう言い、他の者達はその言葉通りにヴァルハラのホームページにアクセスした。

ユウキも慌てて別窓を開き、同じように検索してヴァルハラのホームページを開いてみた。

 

「あれ、本当だ、書いてある内容が全然違う……」

「だよな、詳細な地図とか素材情報とか、そんなのあったっけかなって前から思ってたんだ」

「ユウキはここの事、ハチマンさんに教えてもらったの?」

「あ~、うん、前にリアルでハチマンがボクのスマホにアドレスを入れてくれてさ、

IDとパスもその時入れてくれて、保存しっぱなしかな」

「「「「「さす兄……」」」」」

 

 一同はそのユウキの言葉を聞き、

自分達は何だかんだハチマンに見守られているのだと改めて実感した。

 

「敵わないなぁ……」

「もうこうなったら早く強くなって、兄貴離れするしかないな、なぁみんな!」

「うん、そうだね!」

「それしかないよね」

「うん、頑張ろう」

 

 盛り上がるユウキと男達に、だがノリとシウネーは目を合わせなかった。

 

「………ノリ?シウネー?」

「えっ?あっ、うん、もちろん強くなるよ?

なるけど、別に焦ってハチマンさん離れをする必要はないんじゃないかな?」

「そ、そうですね、私も別に異論はありませんが、せめて未成年の間くらいはその……」

「あっ、二人とも、ボクだって実はそう思ってたのにずるい!」

「ハチマンさん離れはユウキに任せるわ、うん」

「ええ、リーダーにお任せしましょう」

「えええええええええ!?」

 

 そう絶叫するユウキの肩を、ジュンがポンと叩いた。

 

「頼むぜリーダー、一緒に頑張って兄貴離れをしような」

「ああああああ、はめられた!?」

「そんな事ある訳ないだろ、ほれ、もう休憩も十分だろ、行こうぜ」

「ユウキはハチマンさん離れの為に、そして私とシウネーは単純に強くなる為に頑張ろう!」

「う、裏切り者~~~~~!」

 

 こうしてスリーピング・ナイツの修行が開始された。

最初は単純に、体術スキル由来のソードスキルの型をなぞるところからスタートである。

システムアシストに頼って動く事が悪い訳ではないが、それでは応用がきかない。

システムに動かされるのではなく自分の意思で動く、

そこから始める事によって、一同は効率的な体の動かし方を体に馴染ませていった。

それは後衛のシウネーも例外ではなく、ある程度動けるようにと熱心に修行していた。

 

「さて、そろそろ飯にしようぜ」

「あっ、もうそんな時間?つい夢中になっちゃって気付かなかったよ」

 

 ハチマンとの約束通り、三食はきちんと摂り、しっかりと睡眠もとるが、

それ以外の時間は全て修行の時間である。

時々その成果を確認するように狩りもするが、基本起きている時間は全て修行にあて、

スリーピング・ナイツは少なくとも自分と同じくらいの能力を持つ相手には、

負ける気がしないくらいまでその戦闘能力を高めていた。

 

「体術スキルの動きって、他の武器を使ってる時にも応用が出来るし、

兄貴の言った通り本当に戦い方の幅が広がるよな」

「うん、そうだね、ボクも自分がどんどん強くなってきてる実感があるよ」

 

 そんな日々を繰り返す事、実に一週間、その習熟度には個人差があり、

シウネーやタルケンはまだ少し手こずっていたが、

メンバーの中で一番習熟度が高いユウキは、並行して別の作業を行うようになっていた。

オリジナル・ソードスキルの開発である。

 

「ユウキ、そろそろ飯だけど、そっちの調子はどう?」

「う~ん、これ、確かに難しいね。

二連くらいまでの動きはほとんど網羅されちゃってるから、

開発するとしたら三連からになるんだけど、斬り上げ、斬り下げ、突き、

結構な頻度で既存のソードスキルと同じになっちゃうし、全然コツが掴めないんだよね」

「そっかぁ、こういう時、兄貴なら何て言うんだろうなぁ」

「う~ん、参考にならない言葉なら、一つ思い付くのがあるんだけどね」

「どんな言葉?」

「『もっとゲームを楽しめよ』みたいな?」

 

 その言葉を聞いた一同は、確かにハチマンなら言いそうだとうんうんと頷いた。

 

「あ~、それあるそれある」

「楽しむ、か……ソードスキルで壁にお絵かきでもしたらどうだ?」

「お絵かきかぁ、こんな感じ?」

 

 ユウキは微妙に位置を変えながら壁に連続して三度突きを放ち、

ドヤ顔で仲間達の方に振り返ったが、壁がえぐれる訳でもなく、

何を描いたかさっぱり分からなかった為、

仲間達は曖昧な笑顔を浮かべる事しか出来なかった。

 

「むぅ、反応が薄い」

「っていうか何を描いたのか俺達には分からねえよ!」

「そう言われるとそうか、上手く描けてると思うんだけどなぁ」

「だから何をだよ!」

「ネコ」

「三回しか突いてないのにネコとか意味が分かんないわよ!」

 

 その言葉に珍しくノリが切れ、ユウキは慌ててこう言い訳をした。

 

「ご、ごめんごめん、ネコは言いすぎた。ネコの尻尾」

「ネコの尻尾を描こうとした意味が分かりませんね……」

 

 さすがのシウネーも理解不能という風にそう呟き、

ユウキは頭をかきながら、再び壁に今度は五度突きを放った。

 

「犬の尻尾」

「回数以外の違いが分からねえ……」

「あっ!」

 

 その時ユウキがとても驚いたようにそう叫んだ。

 

「え、何?」

「どうかした?」

「い、いや、ボクってばソードスキルの登録モードのままにしてあったんだけど、

今の突きがオリジナル・ソードスキルとして登録可能になった……」

「「「「「えええええええええ?」」」」」

 

 そしてユウキは再び同じ動作をしたが、その威力は今度は先ほどまでとは段違いであった。

ついでに言うと、剣が綺麗に発光している。

 

「うおおおお」

「な、何か威力が上がってねえ?」

「ソードスキルとして登録されたから?」

「そうみたい、段階的に突きの威力が上がってるね」

「と、登録するのか?」

「う~ん、一応したんだけどさ、まだまだいける気がするからもう少し先を目指してみるよ」

 

 ユウキはヒントを掴めて嬉しかったのか、明るい笑顔でそう言った。

 

「もう少し先か……」

「せめて二桁には乗せたい!」

「二桁か、目標は高く持たないとな!」

「うん、ちょっと頑張ってみる!」

 

 こうしてユウキは突き主体のオリジナル・ソードスキルの開発に没頭し、

この日のうちに八連までは達成する事が出来た。

 

「そういえばユウキ、ソードスキルの仮登録はしたんだろ、名前はどうしたんだ?」

「うん、五連の段階だとわんこの尻尾、で、八連まで増えたからそっちは消して、

今度はハチマンのしっぽって名付けたよ」

「「「「「……………」」」」」

 

 だがここからが、ユウキの苦難の始まりであった。

その後三日間、ソードスキルの連打数を増やす事が出来なかったのである。

ユウキの修行は尚も続く。



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第789話 ユウキの完成

「ユウキ、そろそろ飯の時間だよ」

「もうそんな時間かぁ、うん、一息入れるよ、分かった、今行く!」

 

 三日後、ユウキは焦りを感じながらも食事の時間に遅れる訳にはいかない為、

オリジナル・ソードスキルの開発を切り上げ、

呼びにきたノリと共に仲間達の方へと戻っていった。

 

「調子はどう?」

「正直煮詰まってる……」

「八連から伸びないよねぇ」

「何かが足りないか間違ってるかなんだろうけど、それが何かが分からないんだよね」

「まあとりあえず腹ごしらえしてひと休みしなよ、

こういう時は無理をするよりも、気分転換の方が多分大事なんだと思うし」

「うん、そうだね、さすがにボクも疲れたから休むよ……」

 

 ユウキは慣れない頭を使いすぎて見るからにへとへとになっていた。

通常の戦闘であれば延々と動き続けられるユウキも、

さすがに今回のような行動は勝手が違ったのだろう。

 

「おうユウキ、どんな感じだ?」

「う~ん、全然変わってない……」

「ありゃ、まあ満足するまでやればいいさ、八連だって凄いんだし」

「それはそうなんだけどね……」

 

 そのユウキの表情から、ジュンはまだユウキが満足していない事を理解した。

 

「まあとりあえず飯だ飯、ほい、ユウキの分」

「うん、ありがと」

 

 そしてジュンに手渡されたシチューを口にし、ユウキは顔を綻ばせた。

 

「うわ、美味しい!でもどこかで食べた事があるような……」

「おう!これはラグーラビットのシチューだからな!

自分達用のストック分を使って作ってみたぜ!」

「えっ、ジュン、ラグーラビットの肉を調理出来るようになったの?」

「かなりギリギリだけどな」

「凄い凄い!」

「これで女の子にモテる事は間違いないな!わはははは!」

 

 そうは言ったものの、結果から言うとジュンは特にモテなかった。

料理が出来るようにするというその方向性は間違っていないのだが、

そもそも個人ハウスかもしくは部屋でも借りて、

そこに親しくなった女性を呼びでもしない限り、料理を振舞う機会などは訪れはしないのだ。

街中でいきなり、『俺の作った料理を食べてみない?』

などと言っても誰も相手にはしてくれないのである。

 

「ふう、ごちそうさま、それじゃあボクはちょっと横になってくる」

「おう、食った後すぐ寝ても牛にならないのがゲームのいい所だよな」

「え~?何それ、昭和?」

「意味はよく分からないが、ランがたまに言ってたんだよ」

「ああ、ランはそういうとこあるよね……」

 

 そう言いながらユウキは女性用のテントに戻り、うとうとし始めた。

 

「はぁ、何がいけないんだろうなぁ……」

 

 

 

「おい、起きろユウ、起きろ」

「えっ?ハ、ハチマン?」

「おう、お前が悩んでるって聞いたから来てやったぞ」

「あ、ありがとう!もうボクどうしていいか分からなくてさ……」

「そういう時は基本に立ち返れ、

動きがシステムに適正な動きとして認識されないって事は、つまりどういう事だ?」

「それはきっと、動きが不自然か、もしくは体重移動が……あっ!」

「そういう事だ、あと一歩だからな、肩の力を抜いて頑張れ」

「う、うん!ボク頑張るよ!」

 

 そう言ってユウキはハチマンに強く抱きついたのだが、

その瞬間にハチマンは、苦しそうにノリの声でこう言った。

 

「ユ、ユウキ、く、苦しい………」

「えっ?」

 

 

 

「ユ、ユウキ、中身が出ちゃうから……く、苦しい……」

「あ、あれ、ノリ?ハチマンは?」

「ハチマンさんがいる訳ないじゃん」

「そ、そっか……」

 

 どうやら先ほどのハチマンとの会話は夢だったらしく、

気が付くと目の前にはユウキに抱き潰されて苦しそうにしているノリの姿があった、

ハチマンだと思ってユウキが抱きついたのは、どうやらノリだったようである。

 

「まったくもう、ハチマンさんの夢でも見たの?」

「う、うん、ハチマンにアドバイスしてもらった……」

「アドバイスねぇ……」

 

 それは多分ユウキの潜在意識の声なんだろうなと思いつつも、

ノリは笑顔でユウキに言った。

 

「で、アドバイスって言うからには何か参考になった?」

「うん、凄くなった!」

「そう、それじゃあ頑張ってね」

「うん、早速試してみる!」

 

 そしてユウキは少し遠くに離れて再び剣を振り始めた。何ともせわしない事である。

 

「八連まではいいんだよ、で、八発目を放つ時に、踏み込みをこう……

いや、剣を振る力加減を少し弱めて……」

 

 そうぶつぶつ呟きながら試行錯誤するユウキを、ノリは微笑ましく見つめていた。

 

「やっぱりユウキはリーダー以前に一人の剣士なんだよなぁ、

まあしかし、今のユウキにはランも不満はないでしょ、ラン、早く戻ってきなさいよね」

 

 

 

 その日の夜遅く、いつも通りのサイクルだとそろそろ寝る時間であったが、

ユウキはまだ剣を振っていた。

 

「お~いユウキ、そろそろ寝る時間だぞ」

「待って、多分もう少し、もう少しだから」

 

 ユウキは何か手応えを掴んでいるのか、そう言って剣を振り続けた。

 

「あんまり無理するなよ」

「うん!」

 

 そう元気に返事をしたものの、どうしてもあと一歩のところで技として繋がらず、

ユウキは内心で少し焦っていた。

 

「ふう、駄目だ、ちょっと落ち着いて……」

 

 ユウキは胸に手を当てて深呼吸し、その時手に何かが当たった。

 

「ん、ああ、お母さんのロザリオか……

そういえばハチマンにもらってからずっと付けっぱなしだっけ……」

 

 ユウキは首にかけていたロザリオをいじりながら、

それをもらった時の事を思い出し、何となくそのアイテムの説明文を読んだ。

 

『母から受け継いだ祝福されたロザリオ』

 

「ロザリオ、ロザリオか……待てよ、八発目を頂点として、残りを十字架の形に………」

 

 ユウキはそう呟くと、

軽い気持ちで十一発目までを八発目から繋げて十時の形に撃ち込んだ。

その肩からは完全に力が抜けており、何となくいい感じに技は繋がった。

 

「今のは良かった気がする!そっか、ボクってば肩に力が入りすぎてたのか……」

 

 そしてユウキは脱力状態から今度は本気で技を放つつもりで今の動きをトレースした。

 

 

 

 ドカン!!!!!!

 

 その凄まじい音に、スリーピング・ナイツのメンバー達は慌ててテントの外に飛び出した。

見るとユウキが満足そうに立ち尽くしており、ユウキはこちらに気付くと、

満面の笑顔で仲間達に言った。

 

「遂に完成したよ、ボクの技」

「「「「「おおおおお!」」」」」

 

 仲間達はユウキに駆け寄り、口々にユウキを祝福した。

 

「やったなユウキ」

「おめでとう!」

「凄い音でしたね、威力も凄そうです!」

「結局何連になった?」

「十一連かな」

「名前は?」

「マザーズ・ロザリオ」

 

 ユウキは胸の十字架をいじりながら、誇らしげにそう言い、

その表情を見て、仲間達はユウキの修行が終わった事を理解した。

 

「これで準備は整ったかな、みんなの方の修行の調子はどう?」

「おう、バッチリだぜ!」

「後はユキノさんに言われた、ヴァルハラを超える為の方法を相談して考えるだけかな」

「あっ、そうだね、その事も考えないといけないんだった」

「でもまあそれは、ランが戻ってきてからでいいだろ」

「そうだね、そうしよっか!それじゃあ朝まで寝て、そのまま荷物を片付けて街に帰ろう!」

 

 そして次の日の朝、キャンプを引き払ってアルンに戻り、

真っ先にスモーキング・リーフに顔を出した一同の前に姿を現したのは、

リツとリナと一緒に美味しそうにお茶を飲むランの姿であった。

 

「あらみんな、待ちくたびれたわよ」

「「「「「「何でいるの!?」」」」」」

 

 こうして全員が揃い、スリーピング・ナイツは次の段階へと移る事となった。



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第790話 二人の師匠

 さて、一方のランである。ランはキヨモリに続き、

ソレイユという師匠を得てから今日で三日目となる。

キヨモリの修行は単純であり、とにかく素振り、寝ても覚めても素振りである。

これは居合いに関しても例外ではなく、

ランはとにかく何度も何度も繰り返し繰り返し剣を抜き、振らされていた。

もちろんただ振る訳ではなく、少しでも剣筋が乱れると、

途端にキモヨリに肩をバシッと叩かれるのだ。いわゆる座禅の時のアレと一緒である。

この三日間のうちに、ランが肩を叩かれる回数は格段に減っていた。

これは遅いようでいて、実はとても早い成長っぷりである。

キヨモリの指導は本人が暇を持て余しているせいか一日八時間にも及び、

三日間で計二十四時間、ランは丸一日剣を振り続けた事になる。

その間ランが集中力を欠いたのは一日に一度ずつの計三度、

いずれもハチマンが到着した瞬間にであった。

だがキヨモリはその事に対して何も言わなかった。

ハチマンの到着後は、ランの集中力が格段に上がる事が分かったからである。

おそらくランは、ハチマンにいいところを見せようとしてより集中していたのであろう。

 

「おい小僧、出来ればずっとここにいてくれんかのう?」

「いや、俺にも学校とかがあるからな」

「そこを何とか!」

「何ともならねえよ!我が侭言ってんじゃねえよじじい!」

「か~~~ら~~~の~~~?」

「くるくる回ってんじゃねえ!ってかいい歳して簡単にランの影響を受けんじゃねえよ!」

「かわいいじゃろ?楓に受けがいいんじゃよこれ」

「だったら楓にだけ見せてりゃいいだろうが!」

 

 さすがのハチマンもそのキヨモリの変わりっぷりには怒りを抑えられなかったらしく、

かなりエキサイトした口調でキヨモリに怒鳴りまくった。

だがキヨモリは何度怒鳴られても笑顔を崩さない。

キヨモリにしてみればハチマンもまたかわいい孫の一人のようなものであり、

楽しくじゃれあっているような感覚なのだろう。

だがそんな会話の最中にも、キヨモリはランの肩を叩く事をやめない。

さすがというべきであろうか。

 

「おいじじい、ランの調子はどうだ?」

「うむ、順調じゃぞ、次は色々な体勢で体の芯がブレないように剣を扱う修行じゃな」

「じじいもいい歳なんだからあまり無理すんなよ」

「このくらい余裕じゃって、そもそも儂の若い頃はな……」

 

 キヨモリはそう言って若い頃の苦労自慢を始めたが、ハチマンは完全にスルーである。

 

「よしラン、ちょっと一緒に休もうぜ」

「あっ、小僧、何を勝手に……」

「いいからいいから、そろそろ姉さんも来る頃だから、どうせ交代の時間だろ?」

「何?もうそんな時間か、なら今のうちに少し休ませておかんとのう」

「そういうこった、ラン、行くぞ」

「うん!」

 

 ランはそう返事をして刀をしまうと、嬉しそうにハチマンの隣に並んだ。

 

「そういえばユウが山ごもりを始めたらしいぞ」

「へぇ、どこで?」

「ヨツンヘイムの奥地だそうだ」

「ヨツンヘイム……私も行った事ないのよね」

「そのうちあっちをメインにしたシナリオが追加されるから、その時に行けばいいさ」

 

 ハチマンはランにそう言い、ランは嬉しそうに微笑んだ。

それからしばらく休憩した頃、ソレイユが到着し、二人はそのまま訓練場へと向かった。

入れ替わりでキヨモリは一旦ログアウトである。

 

「姉さん、忙しいのに悪いな」

「大丈夫大丈夫、忙しいのは薔薇だけだから」

「そうか、それならまあいいか」

 

 どうやらハチマンは、薔薇の負担については気にしないようである。

もっとも今度労ってやろうと考えてはいたので、薔薇的にも多分嬉しいであろう。

そして今度はソレイユの修行が始まった。

 

「え、何だこれ、もしかしてずっとこれを続けてたのか?」

 

 ソレイユの滞在は一日四時間程度であり、

実はハチマンは、その稽古をつけているところを見るのは今日が初めてであった。

そんなハチマンの目の前で、ランがソレイユに延々と投げられ続けている。

ランも投げられないように抵抗するそぶりは見せるのだが、

それはまったく上手くいっていない。

 

「ランちゃん、そろそろどういう時に投げられるか分かってきた?」

「師匠、まだ何となくしか分かりません」

「そう、まあその体に教えてあげるわ」

 

 そう悔しそうに言うランに、ソレイユはあっさりとそう言い、尚もランを投げ続けた。

 

(こいつも頑張るよなぁ………)

 

 ハチマンのランを見る真剣な視線を受け、ソレイユが突然動きを止めた。

 

(ん、何だ?)

 

「ハチマン君、随分熱心にランちゃんを見てるわね」

「お?おう、まあ興味はあるからな」

「そう」

 

 ソレイユは一旦手を止め、ランと何か話している。

ランはポンと手を叩き、そして二人はコンソールを開いてあ~だこ~だ議論していたが、

やがて話がまとまったのか、まるで着物のような和風の戦装束へといきなり着替え、

二人揃ってこちらに向かって歩いてきた。

 

「ん、動きやすい服装にしたのか?」

 

 思わずそう声をかけたハチマンに、ランは笑顔でこう答えた。

 

「ええそうよ、どう思う?」

「いいんじゃないか?」

 

 ハチマンはその動きやすそうな格好を見て何となくそう答え、二人はその言葉に頷いた。

 

「それじゃあ絶対に目を離さず、問題点が無いかどうかしっかりと見ていてね、約束よ?」

「ん?おう、約束だ」

 

 自分にも何か手伝える事はないかと考えていたハチマンは、その言葉に安易にそう頷いた。

 

「それじゃあ宜しくね」

「ハチマン、ちゃんと見てるのよ」

「分かってるって、何か気になる事があったら直ぐに言うさ」

 

 二人はそのままハチマンに背を向けて元の場所へと戻っていったが、

その表情がとても嫌らしくニヤリとしていたのは、ハチマンからは見えなかった。

そして修行が再開され、ハチマンはしっかりと見極めようと二人の様子に集中した。

 

「おっ?」

 

 修行再開後、いきなりランがソレイユの投げに耐え、

早くも着替えの効果が出たのかと、ハチマンは若干驚きながら、少し前のめりになった。

その瞬間に二人はお互いの襟の部分をぐっと掴み、思いっきり力を入れた。

直後にどうやったのか、二人の体がふわっと浮かび上がったように見え、

ハチマンの視界が二人の着ていた戦装束によって完全に塞がれた。

そう見えたのは戦装束が舞ったせいなのだが、ハチマンの目にはまだそう認識されていない。

 

「うおっ、何だ今の、一体どうやったんだ?」

 

 ハチマンはきょとんとし、視界を塞ぐその戦装束が完全に地面に落ちきるのを待った。

だが何かおかしい。二人の体が浮かび上がったのであれば、

その戦装束はもっと勢いよく地面へと到達するはずだ。

だが今目の前にあるその布は、ひらりひらりと下へ舞い落ちている。

 

(な、何かやばい気が……)

 

 ハチマンは本能的にそう察知し、思わず目をつぶった。

その判断は完全に正しかった。二人は示し合わせた上でお互いの衣服を相手からはぎとり、

ハチマンに自分達のプロポーションの素晴らしさを見せつけようとしたのであった。

 

「きゃっ、やだ、どうしよう、ハチマン君に全部見られちゃった、

これは責任をとってもらわないといけないわね!」

「いや~ん、まいっちんぐ!……って師匠、ハチマンの奴、目を閉じてます!」

「何ですって!?往生際が悪い……」

「見えないからよく分からないが、どうせいつもの全裸になってるとかそういう奴だろ?

残念だったな、見え見えすぎて対処するのが簡単だったぞ」

 

 ハチマンは自慢げにそう言ったが、その認識は間違いである。

今のハチマンは、確かに危険なものを視界におさめずには済んだが、

二匹の肉食獣を相手に完全に無防備状態なのである。

 

「それはどうかしら」

「タックルは腰から下!」

「うおっ」

 

 いきなりそう叫んだランにタックルをくらったハチマンは、

地面に後頭部を打ちつけないように思わず身を固くしたが、

そんなハチマンの背中は柔らかいクッションのような物に支えられた。

 

「はい、拘束~!」

「師匠、こっちもオーケーです」

 

 ハチマンの両手はソレイユに背後から凄い力で拘束され、

同時に腹の上に何かがドスンと乗った。

 

「はい、ご開帳~!」

「いや~ん、まいっちんぐ!」

 

 背後から伸びてきた手がハチマンの目を無理やりこじあけていく。

その視界にうっすらと見えるのは、背後から伸びた足によって拘束されるハチマンの両手と、

目の前いっぱいに広がる白いランの胸であった。

 

「お、お前ら何をする!」

「あら、ちゃんと見ててねっていう約束を強制的に執行させているだけよ?」

「ちゃんと見てるって約束したわよね?」

「あ、あれはそういう意味じゃ……ってか真面目に修行しろ!」

 

 ハチマンはそう抗議したが、二人はとりあわない。

 

「あら、これも修行の一環よ、強敵相手にマウントをとる、立派な修行よね?」

「はぁ……はぁ……」

「ランの奴が目を血走らせて荒い息を吐いてんじゃねえか!こんなの修行じゃねえだろ!」

「それじゃあ師匠、お先に頂きます」

「次は私の番だからね!」

 

 そしてランが後ろ手にハチマンのズボンに手をかけようとした瞬間、

遠くから三人に呼びかける声が聞こえてきた。

 

「すまんすまん待たせたの………

って、ややや、こ、これは……眼福眼福、なまんだぶなまんだぶ」

「きゃっ!」

「し、師匠!」

 

 さすがのランとソレイユも、いきなりのキヨモリの復帰に慌ててハチマンから離れ、

解放されたハチマンは、二人に装備を整えさせた後に正座させ、ガミガミとお説教をした。

 

「お前らは本当に何がしたいの?何で俺を困らせるの?」

「え~?だってハチマン君が、興味があるって言って熱心にランちゃんの胸を見てたから、

もっと見やすいようにしてあげなくちゃって思うじゃない?」

「胸とは一言も言ってねえ!」

「やだもうハチマンったら………いいのよ?」

「何がいいんだよ!何も良くはねえよ!」

 

 

「の、のうハチマン、この二人も悪気があった訳じゃなかろう、

広い心でそれくらい勘弁してやれ」

 

 しょげる二人に見かねたキヨモリが仲裁するまでそのお説教は続いた。

今日のハチマンは叫びっぱなしである。そして説教を終えた後、

ハチマンは疲れた顔で腰をおろし、二人に修行を続けるように促した。

 

「よ~し、それじゃあランちゃん、気を取り直して修行を再開するわよ!」

「はい師匠!頑張りましょう!」

 

 ハチマンは顎に手をつき、そんな二人を苦々しく見つめていたが、

そんなハチマンにキヨモリが言った。

 

「ほ、お主はおなご相手には相変わらず隙が多いのう」

「返す言葉もねえわ」

「まあしかし、今の騒ぎであの二人も機嫌よく修行に集中出来ているようじゃし、

お主が犠牲になる事によってより早くランが強くなるならそれにこした事は無かろうて」

「俺にとっちゃ困る事極まりないんだが?」

「あの二人にああされるのは迷惑じゃったかの?」

 

 ハチマンは迷惑と言う単語を出され、一瞬言葉につまったが、直ぐにこう叫んだ。

 

「あ、当たり前だろ!」

 

 慌ててそう言うハチマンの背中を、キヨモリはポンポンと叩きながら言った。

 

「まあそういう事にしておくかの、ふふん、よしよし」

「子供扱いすんな」

「なんのなんの、儂にとっちゃまだまだお主も子供じゃて」

 

 そんな男二人を横目で見つつ、ランとソレイユは、ひそひそと言葉を交わしていた。

 

「師匠、惜しかったですね」

「今度またチャレンジしましょうね」

「はい、今度こそ頑張りましょう!」

 

 ハチマンのピンチはまだまだこの後何度も訪れるようである。

だがこの事でランはより集中力を増し、

この日初めてランは、演技ではなくソレイユの投げに耐える事が出来たのであった。

ランの修行は続く。



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第791話 ランの完成

最近誤字が多くてすみません、皆さん訂正ありがとうございます!


 二人の師匠との修行を終え、ランはハチマンとの食事を楽しんでいた。

どうやらハチマンは先ほどの出来事を踏まえ、ランのガス抜きを行う必要性を感じたらしく、

いつもならログアウトしている時間にも落ちる事はなく、

この日はランにずっと付き合っていた。

 

「最後の方、何か掴めた感じだったな」

「うん、どうすれば投げられちゃうかっていう感覚がやっと分かった気がする」

「それさえ掴めれば、相手を自在に投げられるようになるまであと一歩だな」

「うん、まあさすがに普段は剣を持ってるから、

片手で相手をいなすくらいになると思うけど、それでも動きの幅がかなり広がると思う」

「そうか、まあ頑張れよ」

「うん」

「それじゃあ俺はもう落ちるが、あまり無理はすんなよ」

 

 ハチマンはそう言って落ちていき、それを見送った後にランはこう呟いた。

 

「大丈夫、無理はしてないから」

 

 ランはそのままいつも使っている控え室を占有し、

日課のEランクミッション、『迫り来る敵を殲滅せよ』を一人で開始した。

 

「今日の課題はどうしようかな、時間はかかってもいいからなるべく慎重に進んで、

敵を投げてから倒していこうかしら。でも変な癖がついても困るしなぁ……

よし、今日は全部の敵をひと太刀で倒していく事にしよっと」

 

 ランは修行のせいで、実はもうかなりのレベルで素手でも戦えるようになっているのだが、

慎重なランはもう少し投げについてソレイユから学んでから実戦に移ろうと考えていた。

下手に自己流で戦って間違った技を身につけてしまうのが怖かったというのもある。

ランはソレイユとキヨモリが不在時に、たまにレヴィとモエカと三人で潜り、

その動きを参考にする事によって、既に集団戦をスムーズにこなす技術は手に入れていた為、

最近はEランクミッションではもう物足りないくらい、

一人でもスムーズにクリア出来るようになっていたのだが、この日のランは一味違った。

とにかく敵がどう動くのか、先が見えるのだ。

ついでに言うと、多少無理な体勢からでも今までよりも威力のある攻撃が繰り出せている。

 

「私、確実に強くなってる……」

 

 自身の成長をこれでもかというくらい実感させられたランは、

次の日も、そしてまた次の日も集中して修行をこなし、

最終的にはキヨモリに一度も肩を叩かれず、

ソレイユの投げにほぼ完璧に耐える事が出来るようになっていた。

もっともソレイユが本当に本気を出せば、まだまだ投げられてしまうのだが、

逆に言うとそこまで高度な技術を使わない限り、

今のランはそうそう投げられないという事である。

 

「ランちゃん、私の動きを思い出して、今度はちょっと私を投げてみて」

 

 修行の最後に突然ソレイユがそう言い出し、ランは目を丸くした。

 

「でも師匠、私、まだ投げについては何も……」

「大丈夫大丈夫、抵抗も一般人レベルでしかしないから、とにかくやってみるのよ」

「う、うん」

 

 ランは何度も深呼吸をし、心を落ち着かせた後に、ソレイユに立ち向かっていった。

そしてその一発目、ランはいともあっさりと、ソレイユを宙に舞わせる事となった。

 

「えっ?」

「きゃっ………そうそうそのイメージよ、今の感覚を忘れないで」

「うん!」

 

 それを見ていたハチマンとキヨモリは、

ソレイユがわざとおおげさに投げられた事を理解していたが、

その有効性もまたよく理解していた。

 

「小僧、見たかえ?今ので嬢ちゃんの動きが明らかに良くなったの」

「顔つきも、自信ありげな顔になったな、さすがは姉さんだ」

「そろそろ完成って事でいいのか?」

「そうじゃのう、まあ仕上がり具合をどこかのミッションで見る事になるかの」

「分かった、何か良さそうなのを見繕ってくるわ」

 

 ハチマンはそう言って訓練場を出て、別に部屋を一つ占有し、

何かいいミッションはないか、色々と探し始めた。

 

「ふむ、これでいいか、Sランクミッション『パンデミック』だな、

ギガゾンビや変異種がかなり出てくるが、まあ問題ないだろ」

 

 そしてこの日の修行を終えた後、とりあえずランを休ませ、

ハチマンとソレイユとキヨモリは、三人で車座になってランの仕上がり具合を確認した。

 

「姉さん、どうだ?」

「そうねぇ、あのレベルならもう後は実戦を繰り返せば仕上がるんじゃないかなぁ」

「じじいの方もそんな感じでいいんだよな?」

「じゃな、基本はしっかりしてるからそれで問題ないのう」

 

 そこに丁度、レヴィとモエカが現れた。

 

「ようボス、それに大ボス、今日の修行は終わったか?」

「ああ、今日はもう終わりだ」

「それじゃあまたお嬢とどこかのミッションにでも行くとするかね」

「それなら丁度良かった、今日はこの後全員でSランクミッションに行くぞ」

「ほう?」

「そうなの?」

「ああ、手順としてはこうだ」

 

 ハチマンはそのまま四人に何かを説明し、四人は若干驚いたような表情をした。

 

「それはさすがにきつくないか?」

「ああ、その為に最初六人で潜って………」

「ああ、なるほど、そういう事なんだ」

「それはいいかもしれんのう」

「よしモエカ、悪いがランを呼んできてくれ」

「分かった」

 

 呼び出されたランは、これからSランクミッションに行くと聞き、目を輝かせた。

 

「遂にSランクに挑戦なのね、で、何に挑むの?」

「『パンデミック』だ」

「あれかぁ、やばい敵が沢山出てくる無双系の癖に無双出来ない奴ね」

 

 そのまま六人は『パンデミック』に乗り込む事となり、

中に入ってすぐに、ハチマンがランに言った。

 

「ラン、ここの敵の配置をとにかくしっかりと学んでおけよ、この後何度か入るからな」

「そ、そうなの?うん、分かった、頭に叩き込んでおくわ」

 

 そして六人の進撃が始まった。先頭はハチマン、その横をランとキヨモリが固め、

その後ろにソレイユを中心に、銃を持った三人が続く。

 

「正面に変異種の集団、左右から通常雑魚」

「左は俺に任せてくれ、あのくらいなら一人で十分だ」

「右は私が」

「レヴィ、モエカ、そっちは頼む。ラン、じじい、斬り込むぞ、姉さんはフォローを頼む」

「「「了解」」」

 

 どうやらこの程度の戦力が押し寄せてくるのが日常茶飯事なステージのようだ。

そして殲滅を終え、しばらく進んだ後、ハチマンは一同に止まるように指示をした。

 

「ギガゾンビが二体に雑魚の群れか、広場で戦うのは少し厄介だな、

このままあそこの通路におびき寄せる、みんなは向こうで待機しててくれ」

「ハチマン、気をつけてね」

「おう、とりあえずランとじじいも銃を持っておいてな」

 

 ハチマンはそう言って敵を釣りにいき、しばらくしてから大量の敵を連れて戻ってきた。

 

「滑り込む、直後に一斉射撃だ!」

 

 そんなハチマンの声が聞こえ、一同は横に並んで銃を構えた。

ここならば敵に避けられる事なく全ての弾丸を敵に叩き込む事が出来るだろう。

そして一同の目の前で、凄い勢いで走ってきたハチマンがこちらに向けてスライディングし、

その瞬間に五人は敵に向かって一斉に射撃をした。

 

「くたばれギガゾンビ!」

「前にミンチにされた事、忘れてないわよ!」

「………死ね」

 

 特に以前Aランクミッションで若干のトラウマを抱えていた三人は、

恨みのこもった視線をギガゾンビに向け、そう叫びながら全力で攻撃していた。

もっともあれは自業自得だったはずなので、若干筋違いな恨みではある。

完全な被害者といえるのは、ハチマンだけであろう。

 

「………そんな事があったの?」

「らしいのう、まあ聞いた話だと、その時は三人がかりでハチマンを襲ってたらしいがの。

もちろん性的な意味でじゃが」

「えっ、何それ、私も参加したかった!」

「まったくお主らはブレんのう……」

 

 さすがにこの地形ではどうしようもなかったのか、それでギガゾンビはあっさりと倒れ、

ついでに他の雑魚もミンチになった。

 

「まあ一人で戦うなら、こういう場所じゃなく広い所の方がいいかもしれないけどな」

 

 ハチマンは何気なくそう言い、一同は更に先へと進んでいった。

その後も変異種やギガゾンビがそれなりに出没し、正面から力で戦う展開になったが、

思ったよりもこのミッションは、敵は強いが道のり自体は短いミッションらしく、

そのままあっさりとクリアする事が出来た。Sランクなのに簡単に見えるかもしれないが、

実際一般のプレイヤーがこれに挑戦した場合、通常は銃の威力が足りなくて詰む事になる。

ハチマン達は、他のプレイヤーと比べると、かなりの資金を使って装備を充実させており、

その装備に関していえば、比べるべくもない高性能の武器を揃えているのである。

何せ、ロケットランチャーすら所持しているくらいなのだ。

 

「思ったよりも簡単だった?」

「まあこっちは火力が充実してるからな」

「本来はこういう風に色々頑張って資金を使って準備すれば、

他のプレイヤーにもちゃんとクリア出来るような難易度になってるんだけどね、

そこまでランクを上げなくても下の方のサービスが充実しちゃってるから、

その辺りの調整が今後の課題になるわね」

「なるほど、まあそっちは姉さんに任せるとして、だ」

 

 そしてハチマンは、改まった顔でランに言った。

 

「ラン、卒業試験だ、何度挑戦してもいいから、一人でこのミッションをクリアしてこい」

「へ?」

 

 ハチマンにそう言われたランは、最初にハチマンが言った言葉の意味を理解した。

 

「『この後何度か入る』ってそういう事」

「ああ、そういう事だ」

「分かったわ、敵の配置は言われた通り覚えておいたしコツも何となく分かった、

今の自分が持つ能力をフルに生かしてやってみる」

 

 ランはそう宣言し、持てる限りの武器を五人からかき集め、一人で中に入っていった。

 

「どのくらいかかるかな?」

「どうだろうな、まあとりあえず俺は出てくるまで待ってるわ、

お前らは先に落ちててもいいぞ」

 

 ハチマンはそう言ったが、誰も落ちる事はなかった。

そして外で待っている間、ランは何度か敗北して外に排出されてきたが、

その度にぶつぶつと何か反省した後に再挑戦を続け、迎えた何度目かの挑戦で、

ランは今までとは違い、今度はかなりの時間、外に排出されてこなかった。

 

「お、これはもしかしてもしかするか?」

「かもしれないわね」

「お?これは……」

 

 その瞬間に部屋に、システムメッセージが響き渡った。

 

『Sランクミッション、パンデミック、がクリアされました』

 

 直後にランがドヤ顔で外に出てきた。ランはその豊満な胸を張り、一同に向けて言った。

 

「これで卒業ね、フルボッコにしてやったわ!」

 

 こうしてランは、ALOに帰還する事になった。



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第792話 Sランクミッション(前半)

 それではランのSランクミッションがどう進行されたか見てみよう。

 

 

 

「分かったわ、敵の配置は言われた通りに覚えておいたし、コツも何となく分かった、

今の自分が持つ能力をフルに生かして挑戦してみる」

「とりあえずこれを持っていけ、前にGGOでお前が使ってたのと同じ奴だ」

 

 最近のランは、ゾンビ・エスケープ内では刀のみで戦っていた為に銃を所持していない。

それを踏まえてハチマンが差し出してきたのはベレッタ92であった。

ランは確かにこの銃を、アチマンとしてのデビュー戦で使った覚えがあった。

その時の腕はお粗末であったが、ゾンビ・エスケープで揉まれた今は、

ランも普通に銃も扱えるようになっている。

 

「懐かしいなぁ、うん、使わせてもらうわ」

「これも持っておいた方がいい、きっと役にたつ」

 

 次にモエカが手渡してきたのは定番のAK47である。

 

「ありがとうモエモエ」

「違う、モエカ」

「え~?モエモエって呼び方の方がかわいいのに」

 

 そのもはや定番となりつつあるやり取りの横から、レヴィがランに話しかけてきた。

 

「お嬢、持てるならこれも一応持ってっときな」

 

 そう言って最後にレヴィが差し出してきたのは、巨大な一本の筒のような物であった。

 

「これは?」

「ロケットランチャー」

 

 それはまさかの最終兵器であるロケットランチャーであった。

 

「どうだ、持てるか?」

「えっと……うん、大丈夫みたい、私のアイテムストレージは最大まで拡張してあるからね」

「それなら良かった、弾は一発しか無いが、派手にぶちかましてやってくれ」

「ありがとうレヴィ、ぶちかましてくる!」

 

 ランは笑顔でそう言い、五人の方を見た。

 

「それじゃあ頑張れよラン」

「頑張るんじゃぞ、我が弟子よ」

「ランちゃんファイト!」

「お嬢なら出来る!」

「頑張って」

 

 そう激励され、ランは目を潤ませながら五人に勝利を約束した。

 

「任せて!ギガゾンビなんかこのランちゃんがひと捻りよ!」

 

 そしてランは、高揚した気分でSランクミッション『パンデミック』にソロで突入した。

 

「しまった、ちょっと乗せすぎたか?」

「かもねぇ」

「まあ何度か失敗すれば頭も冷えるじゃろ」

 

 ランはハチマン達にそんな心配をされていたとは露知らず、

中に入ると早速最初の敵をどうしようかと考え始めていた。、

 

「さてと、最初は変異種と雑魚のコンビだったわね、雑魚掃除は簡単だから、

とりあえずここは右の通路に駆け込んで、背後の危険を無くしてと」

 

 ランは三叉路に向かって駆け出し、風のような速さで先も見ずに右の通路に突っ込んだ。

もちろん既に抜刀済みである。

 

「おらおらおら、ランちゃんのお通りよ!」

 

 このセリフから、ランが今かなり調子に乗っている事が察せられるが、

少なくともこのクラスの敵相手にランが遅れをとる事はない。

ランはそのまま通路の先にいた雑魚を一刀両断にしまくって蹂躙すると、

即座に刀をしまってAK47を取り出し、三叉路目掛けて銃を乱射した。

そのおかげで奥の通路にいる雑魚がかなりのダメージを受け、その動きが鈍った。

同時に三叉路に飛び込んできた変異種の集団も各所にダメージを受けて動きが鈍くなり、

それを見たランは銃を放り出して抜刀し、一気に敵に肉薄した。

通常はゾンビが相手だと、大口径の銃で首から上を一気に破壊するのがセオリーなのだが、

通常のアサルトライフルでのフルオート射撃でも部位破壊には繋がる為、

ランは上手く敵の戦闘力を削ぎ、狭い通路で壁に刀を当てないように気を付けて剣を振るい、

突きと斬撃の中間のような攻撃で次々と敵の首を刎ねていったのであった。

ここは別に刀だけで戦っても問題ないケースであったが、

浮かれているとはいえランはそれなりに冷静であり、

いずれALOで魔法銃を使う機会があるかもしれないと考え、

銃の扱いにも慣れておくべきだと判断し、銃も積極的に使う事にしたのである。

 

「さて、次!お待ちかねのギガゾンビ二体と雑魚集団ね!」

 

 ランは敵に感知される距離まで近付くと、ギガゾンビに背中を向けて今来た道を戻り、

途中で発見してあった狭い通路へと飛び込んだ。

狙い通りに移動速度の遅い雑魚は取り残され、

動きが素早いギガゾンビも通路が狭い為に一体ずつしか中に入ってこれない為、

ランはまんまと一対一の状況を作り出す事に成功した。

 

「後は素早くこいつらを倒せばいいだけね!格好良く決めてやるわ!」

 

 ランは敵の両手による振り下ろし攻撃を紙一重で避け、その腕を駆け上がり、

そのまま居合いの要領でギガゾンビの首を一撃で刎ね…………られなかった。

ギガゾンビがランの乗っていた両腕をいきなり振り上げたからである。

 

「あっ、やばたにえん!」

 

 だがこの体勢ではどうする事も出来ない。

宙に放り出されたランをギガゾンビはそのまま空中でパチンし、

ランはいつかのようにミンチにされたのであった。一回目のチャレンジの終了である。

 

 

 

「おっ、お嬢が戻ってきた」

「時間的にはまあ予想通り?」

「最初のギガゾンビでやられた感じだろうな」

 

 完全に外に排出される前からそんな声が聞こえ、

目覚めて直ぐにそちらを見たランの目が、ハチマンの目とバッチリ合った。

ランはつい先ほど、『ギガゾンビなんかひと捻り』と言った手前、

さすがに恥ずかしいと思ったのか、

照れ隠しのつもりでいきなりハチマンに向けて色っぽいポーズをとった。

 

「うっふ~ん」

 

 だがハチマンは無表情でランから目を逸らし、

ランはその格好のまま屈辱でぷるぷると震え出した。

 

「ランちゃんはこんなにかわいいんだから、ちょっとは反応しなさいよね!」

 

 ランはそう叫んでハチマン達に背を向け、

一人で反省会でもしているのかぶつぶつと呟き始めた。

しばらくそうしていた後、ランは呟くのをやめ、黙って消えていった。二度目の挑戦である。

そんなランを見て、ハチマンは肩を竦めながらこう呟いた。

 

「さて、次はどのくらいで出てくるかねぇ」

 

 

 

「キーッ、ハチマンの奴め、今に見てなさい、吠え面かかせてやるわ!」

 

 そんなそこはかとなく昭和っぽいセリフを吐きながら、

ランはとりあえずギガゾンビの所までは、先ほどとまったく同じ行動をとった。

 

「さて、さっきみたいなミスはもうしないわよ」

 

 ランは今度は周辺を予め探索し、

最初に全員で通ったルートとは少し外れる所にある別の狭い通路で、

手すりの無い階段を発見し、ここに敵をおびき寄せる事にした。

 

「ここならいけるわね」

 

 ランはそう言って階段の下に、足場代わりのロケットランチャーを置いた。

 

「ちょっと贅沢な足場だけど他にいい物が無いのよね」

 

 ランはそう呟くと、再びギガゾンビを釣りに走った。

今回も先ほどと同じように、敵の速度差を生かしてギガゾンビと雑魚を分断し、

まんまと通路におびき寄せたランは、先ほどと同じようにギガゾンビに空振りさせ、

その瞬間にロケットランチャーを踏み台にして階段の上へと駆け上がり、

そこでギガゾンビの首めがけて渾身の居合いを繰り出した。

 

「死にたくなりなさい」

 

 そうどこかで聞いたような聞かないようなセリフを言い、

ランが刀を振りぬいた瞬間にギガゾンビの動きが止まった。

その後ろには二体目のギガゾンビが控えていたが、

前のギガゾンビが動きを止めた為にこちらに来れず、

じれたように前のギガゾンビをドンと押した。

その瞬間に前にいたギガゾンビの首がコロリと落ち、

後方のギガゾンビはその体勢のまま前によろけ、地面に手をついた。

今ランの目の前には、二体目のギガゾンビの首が無防備のまま晒されている状態であった。

 

「あれ、これは予想外にありえんてぃーな棚ボタラッキー?」

 

 ランはもう一体のギガゾンビも、最初の一体と同じ手順を踏んで倒すつもりでいたが、

まさかの二体目の無防備状態を受け、即座に次の居合いを繰り出し、

連続してその首を叩き落とす事に成功した。

 

「よっしゃ~、ランちゃん大勝利ぃ!」

 

 そう叫んだランの視界に大量の雑魚ゾンビが映り、

ランは慌ててAK47を取り出すと、そちらに銃口を向けた。

 

「弾幕薄いぞ、何やってんの!」

 

 ランは膝撃ちで高さだけを気にしつつ、狙いを付けずにそのままAK47を乱射した。

敵が多かった為にその命中率はかなり良くなり、

多くの雑魚がその攻撃によって倒れる事となった。

 

「残敵を掃討せよ!ラジャー!」

 

 ランはギガゾンビを見事に葬った事で気を良くしたのか、

そんな一人芝居を挟みつつ、残る雑魚集団をあっさりと殲滅した。

 

「ざっとこんなもんね」

 

 再び調子に乗り始めたランの挑戦は続く。



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第793話 Sランクミッション(中盤)

 首尾よくギガゾンビ二体と雑魚集団を殲滅したランは、次なる戦いに挑む為、

奥へ奥へと移動を続けていた。

 

「さて、この辺りはビルの裏路地になってて、横の窓から敵が襲ってくるのよね。

で、私からは見えなかったけど、確かあの時は、

レヴィとモエモエが背後に向けて銃を撃ってたから、多分背後からも敵が襲ってくるのよね」

 

 ランは、こここそ居合いの出番だと思い、

背後をしっかりと警戒しつつ、武器を構えたままじりじりと進んでいった。

そして前回攻略した通り、窓の中からいきなりゾンビが飛び出してきて、

ランのすぐ前の地面に着地した。今思えばこのゾンビも変異種なのであろう。

 

「ハッ!」

 

 ランは掛け声と共に居合いでその敵を一刀両断にした。

 

「おかわり!」

 

 その声が聞こえた訳ではないだろうが、釣られるように再び敵が飛び出してきて、

待ち構えていたランの居合いの餌食となった。

 

「ふっ、余裕ね、さすがはがラン様ね」

 

 ランちゃんだのラン様だの、やはりまだ高揚状態は続いているらしい。

こういう時は得てして予期せぬ罠にはまる。

だがこの時のランのケースは必ずしもランの責任という訳ではないだろう。

 

「う~ん、後ろからは何も来ないわね、私の記憶違いだったかしら」

 

 ランは若干冷静さを取り戻し、首を傾げつつも尚も前進した。

 

 ポタッ

 

 その時突然上から何か液体のような物が降ってきて、思わずランはそちらを見た。

そんなランの眼前に黒い物が迫り、ランは思わず硬直した。

それは一匹の変異種のゾンビであった。

 

「きゃっ!」

 

 さすがに上からの重力加速度が加わっていた為、

ランは立ったままでいる事が出来ず、その変異種に押し倒された。

同時に肩に嫌な感触が走る。

 

「な、何で上から?」

 

 ランはそう叫びつつも、敵を跳ね除け一刀両断にした。

そこにもう一匹のゾンビが振ってきたが、そちらはちゃんと見えていた為、

ランは居合いで空中にいたそのゾンビを横薙ぎにした。

 

「そっか、あの時はもっと早くにここを通過したから……」

 

 前回の攻略の時はメンバーが充実していた為、この道はガンガン走りながら殲滅していた。

ランは普通に横だけに集中して敵を叩き落としていたが、

後で聞いた話だと、キヨモリは窓ごと敵をぶった斬っていたらしい。

 

「あの時って上から敵が落ちてきたんだ、しまったな、ちゃんと確認しておけば良かった」

 

 ランはそう言いながら、先程嫌な感触を受けた肩の状態を確認すべく、

誰もいないのをいい事に上半身をはだけさせ、ブラを完全に露出させて肩を確認した。

ちなみにこの道は、前に進まなければ新しい敵が出てこないのは確認済であった。

 

「あ………」

 

 予想通り、ランの肩には噛み跡があり、ランはそれを見て、

自分がまもなくゾンビになるという事を理解した。

 

「しまった、やっぱり感染してたか……せっかくいい調子だったのになぁ……」

 

 このままでは仕様的に、あと十分でランは行動不能になり、

残念だが、その時点でクリア失敗となる。

 

「時間の無駄ね、リザインっと」

 

 ランはそのまま退出ボタンを押し、そのまま外に出たのが、

そんなランを見て、何故かハチマンは呆然とした顔をした。

 

「お、お前、中で何やってたんだ?まさか一人ストリップでもしてたのか?」

「えっ?」

 

 そう言われてランは、やっと今の自分の格好に気が付いた。

だがハチマンに見られるのはむしろ望む所なので、ランは時に何も隠そうとはしない。

キヨモリに見られるのは微妙なところだが、直接素肌を見せている訳ではないので、

ランはセーフと判断したようだ。どうせ相手は枯れたお爺ちゃんなのである。

 

「えっと………」

 

 ランはどうしようか考え、どういう思考回路を辿ったのかは分からないが、

ゾンビの真似をしてハチマンの方へとじりじりと近付いていった。

 

「あ”~~~~~、あ”あ”あ”あ”あ”~~~~~」

 

 当然ハチマンは、そのランの頭をガシッと掴んでガードする。

 

「お前、何がしたいの?」

「死体だけに?」

 

 ランはとっさにドヤ顔でそう言い、ハチマンも即座にこう言い返した。

 

「全然上手くなんかねえよ、とりあえずそのドヤ顔をやめろ」

「ちぇっ」

 

 ランはゾンビ風に正面に伸ばしていた手を下げ、ハチマンもランの頭から手を離した。

その瞬間にランはハチマンに飛びかかり、その肩をガシガシと噛んだ。

 

「はい、ハチマンもゾンビね」

「本当にお前が何をしたいのかさっぱり………あ、ああ、そういう事か、

ドンマイだわ、まあ気を取り直して頑張ってこい」

「は~い」

 

 ランは素直にハチマンの肩から口を離し、

そのまままたぶつぶつと何か反省するように呟いた後、

再び中に入ろうとして、思い出したようにハチマンにこう言った。

 

「次負けたら全裸で出てくるから期待しててね、ハチマン」

 

 ランはおそらくハチマンが慌てる姿を見て溜飲を下げようとしたのかもしれないが、

ハチマンとて多くの女性に囲まれ、日々経験値を稼いでいるつわものである。

いつまでもランにやられっぱなしになったりはしない。

 

「マジか、期待しとくわ、いやぁ、楽しみだなぁ、お前の裸、特に胸」

「へっ?」

 

 まさかのそのハチマンの返しにランはもじもじし始めた。

 

「え、えっと……」

「お前が出てくる場所ををじっと見ておくから、しっかり脱いでから出てくるんだぞ」

「う、嘘よ嘘、冗談だってば、それじゃあ行ってくるね」

 

 ランは慌てたようにそう言うと、そのまま再び中へと入っていった。

 

「ふう、これでよしと」

 

 ハチマンはそう呟いて振り向いたが、

そこにはハチマンを白い目で見つめる三人の姿があった。

ちなみに女性三人であり、キヨモリはニヤニヤしているだけであった。

 

「今のランちゃんのあの行動は何?」

「多分あいつ、今回はゾンビに菌を感染させられて負けたって事だと思う」

「ああ、そういう事、それはそうと………エロ大魔王」

「おっぱい星人?」

「ムッツリ」

「違うぞ、あいつはただの耳年増だから、ああ言っとけば自分から引いちまう奴なんだよ。

だからわざとああいう事を言っただけだ」

「どうだか」

「実際引いたじゃねえか」

「まあそうだけど、『特に胸』はどうなの?あれは別に言う必要が無かったんじゃない?」

「ち、違う、誤解だ、あいつがいつも胸をアピールしてくるから、

それに合わせてそう言ったまでだ」

「ふ~ん、まあここにいる四人が全員胸が大きくて良かったわね、おっぱい星人さん」

「違うからな」

 

 そんなハチマンの肩を、キヨモリがポンと叩いた。

 

「小僧、今度儂が巨乳でエロいお姉ちゃんのいる店に連れてってやるからな」

「行かねえよ!」

 

 外ではこんな掛け合いがまだ続いていたが、ランは既に頭を切り替えており、

めげずに再び先ほどの位置まで同じように攻略を進めていた。

 

「さてと、今度は最初から上に注意を払ってればあそこは問題ないだろうけど、

そこまで行くのが骨なのよね……」

 

 ランは再び同じ手順で変異種を倒し、ギガゾンビを倒し、

元の場所に戻ってくると、上から降ってくる変異種をあっさりと倒した。

 

「まあタネが分かれば余裕よね、さてと、最後の山場のギガゾンビ五体と変異ギガゾンビか」

 

 そう言ってランは遠くにかかる橋を見た。

そこには線路が通っており、上の段と下の段の二重構造になっている。

上下の道の高さの差は約二メートル、

ランなら普通に立てて、多少なら跳ねたりも出来る高さである。

 

「とりあえずあそこに行くまでにまだ雑魚が沢山いるけど、今の私の敵じゃないわね」

 

 この時のランは、自分の事をいつも通り私と呼んでいた。

つまり冷静さを取り戻していたという事である。

さすがのランも、全裸でハチマンの前に出るのは恥ずかしかった。

あんなのはただの冗談なのだから、別に普通の格好でいればいいだけなのだが、

ランはその約束?を本気で実行すると決め、それを口実に自分を追い込んでいたのである。

ランは今回で絶対にクリアするつもりなのだ。

そして三十分後、道中の雑魚の殲滅を終え、ランは最後の関門である橋の前に立っていた。

 

「ここは私なりに考えていた攻略法があるのよね、集中、集中……」

 

 変異ギガゾンビと普通のギガゾンビの違いは簡単である。

変異ギガゾンビは巨大な剣を二本持っており、その剣を凄まじいスピードで振るうのだ。

ちなみに手は四本あり、二本は素手でこちらを捕まえようとしてくる、

何とも厄介なラスボスであった。ちなみに前回はハチマンが囮になり、

その隙を突いてソレイユが変異ギガゾンビを投げ、下にポイした。

ランはそれを見て、改めてソレイユへの尊敬を深めたものであった。

 

「さて、前座のギガゾンビには、

ちょっとずるいかもだけどロケットランチャーを使っちゃいましょう、何匹かは倒せるはず」

 

 ロケットランチャーの弾は凄まじく高い為、

よほどの時でない限り使われる事はないのだが、

さすがに今回はハチマンも許してくれるだろう、

別に禁じられた手段という訳でもないし、これも戦術のうちである。

ちなみにミッションでの使用は一回につき一発だけという仕様になっている。

 

「それじゃあいきなりぶちかますわよ!」

 

 ランは敵の姿が見えた瞬間に、いきなりロケットランチャーを発射した。

 

 シュバッ!

 

 という音と共に弾丸が一直線に敵に向かい、先頭のギガゾンビに命中して爆発した。

 

「やったか!?」

 

 ランはそうフラグまがいなセリフを吐いたが、

そんなフラグが立つ事はなく、普通に二体のギガゾンビが消滅した。

だが逆に言えば、ロケットランチャーをもってしても、

二体のギガゾンビを倒すのが精一杯だったという事になる。

 

「残るは三体か………幸い作戦を実行するのに丁度いい穴が開いてくれた、

要は最初のギガゾンビの応用、私ならいける、冷静に、冷静に……」

 

 ランは自分にそう言い聞かせながら敵に向かって走った。

目指すはロケットランチャーのせいで開いた橋の真ん中の大穴である。

橋が落ちる事は無い為、下の通路は破壊不可能属性となっており、健在であったが、

上の線路の中央部分に大穴が開いており、

ランはそこでギガゾンビ三体を相手にするつもりだった。

 

「とにかく先に着く事!」

 

 ランは全速力で走り、その言葉通りに先にその穴に飛び込んだ。

それを確認した三体のギガゾンビは、ランの後を追ってその穴に飛び込んだ。

 

「はい、残念でした!」

 

 ランは下まで降りてはおらず、穴のフチに手をかけてぶら下がっていた。

その目の前をギガゾンビが通過し、ランはギガゾンビの頭を踏み台にして上へと戻り、

即座に体勢を低くして居合いの構えをとった。

下に降りたその三体のギガゾンビは慌ててその穴から上に顔を覗かせ、

その瞬間にランはダッシュし、穴の縁を蹴って飛び、その勢いのまま刀を振りぬいた。

ランの持つ刀が光を反射し、まるで雷のような閃光が走る。

 ランは驚異的な跳躍力を見せ、穴の反対まで到達すると、

そのまま刀をしまいながらこう呟いた。

 

「殲滅完了」

 

 刀が鞘に納まる、チン、という音と共に背後の三体の首が落ちる。

 

「残るはあんただけよ、変異種!」

 

 もしかしたら錯覚かもしれないが、ランは変異ギガゾンビがその声に応え、

ニヤリと笑ったような気がした。こうしてソロクリアを賭けた最後の戦いが幕を開けた。




明日は免許の更新とか参院選の投票とかで忙しいのでお休みさせて下さい、すみません!


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第794話 Sランクミッション(バーサス剣鬼)

 残るはラスボスの変異ギガゾンビのみであり、

ランは今まさに、そのラスボスと対峙していた。さすがはラスボスというべきか、

ランを見ても考え無しにいきなり襲いかかってくるような事はしてこない。

 

「さすがにSランクミッションのボスともなると、見るからに強そうよねぇ……」

 

 この変異種は、上二本の手に剣を持っており、

下二本の手は懐に飛び込んでくる敵をひねりつぶす為か、無手となっている。

 

「厄介そうだけど、必ず倒してみせるわ」

 

 手始めにランは、先ほど通常のギガゾンビを倒した手を使ってみる事にした。

一旦後方に下がったランは、下に飛び降りると見せかけて穴の縁の鉄骨に捕まり、

後を追ってきた変異種が中に飛び込んできた瞬間に、

腕の力と腹筋だけを使って上へと戻り、居合いの構えをとって上で待ち構えた。

そして敵が顔を出した瞬間にそちらに向けて飛び込もうとしたランは、

一歩を踏み込んだ所で自らの失敗に気付き、無理やり足を踏ん張って後方へと飛んだ。

 

「よく考えてみたら、そりゃそうよね」

 

 重ねて言うが、この変異種には腕が四本ある。

そして上二本の手には剣を持っている為、

下から上に登るにしても、その際に使用する腕は、当然下の二本という事になる。

下から顔を出した変異種は、手に持つ剣を顔の前でクロスさせており、

いくらランでもその状態から居合いを決めるのは不可能であった。

 

「でもまあこの状態なら他にもやれる手はあるのよ!」

 

 ランはそう言って、敵がまだ上がりきっていないのを見て変異種に突っ込み、

不自由な体勢から変異種がたて続けに振るってきた二本の剣をヒラリヒラリと掻い潜り、

敵の横に飛び出すと、そのま床を蹴って角度を変え、敵の首目掛けて飛んだ。

 

「もらった!」

 

 だがその瞬間に、そこにあった敵の首がいきなり沈んだ。

どうやら下二本の手を離したらしく、敵の体は再び下の通路へと戻っていたのだった。

 

「嘘っ!?」

 

 そしてランが通過した後、変異種は余裕を持って上へと上がってきた。

その表情は気のせいかもしれないが、こちらをあざ笑っているかのように見え、

ランは頭に血が上りそうになるのを抑えようと深呼吸をした。

 

「ふぅ………中々いい動きをするじゃない、手は随分と器用に動くみたいね」

 

 ランはそう言って、間髪入れずに再び敵へと突撃した。

今度の突撃は随分と体勢が低く、地を這うように敵へと突撃したランは、

敵の懐に見事に滑り込み、そのまま足を狙った。

変異種はリーチが長いせいで、敵に懐に入られた場合、剣での攻撃は当たらないのだ。

残る二本の手でランを捕まえようにも、ランが剣を振り下ろした腕の真下に入った為、

それがブラインドとなってランの居場所を正確に把握する事が出来ず、

適切な対応をとれないでいた。

 

「足一本、もらったわ!」

 

 ここで変異種のAIは凄まじい勘の冴えをみせた。

その位置的に、ランがおそらくどちらかの足を狙ってくるだろうと推測し、

ランが左腰に刀を差しているこの状況なら、ランが自身の左足を狙ってくると読み、

右足を軸に無理やり自身の体をくるりと回転させ、

接近してくるはずのランの後頭部辺りを狙って回し蹴りを放ったのである。

 

「なっ……」

 

 ランはいきなり目標が消失したように見え、一瞬狼狽したが、

ここで足を止めるという愚かな選択を取る事はなく、

そのまま左足で地面を蹴って、正面右へとジャンプした。

その背後を凄まじい音を立て、敵の左足が通過していく。

 

「手だけじゃなく足技も中々ね、それでこそ我がライバルよ」

 

 勝手に変異種をライバル認定したランは、

どうやら敵はこちらに攻撃に対応するのが上手いようだと判断し、

改めて目の前にいるこの変異種をあっさりと下に放り出したソレイユの偉大さを痛感した。

 

(凄いな師匠、こいつをあんなにあっさりと投げちゃうなんて……)

 

 だが同時にランは、こうも思っていた。

 

(でも私だって、何回かその師匠を投げ飛ばす事に成功しているのよ、

ならこいつ相手にも、私の技は絶対に通用するはず)

 

 ランはそう考えて刀をしまうと、無手で敵に向かって構えをとった。

 

「ソレイユ流『拳士』ラン、参る!」

 

 そんな流派が存在するのかどうかは知らないが、気分を出す為にそう言い、

ランはとにかく相手の動きをよく見ようと深呼吸をした。

 

「心を静謐に保って敵の力の方向をよく見る、師匠、その教えを今ここで実践します」

 

 ランは体の力を抜き、脱力した状態で敵が攻撃してくるのを待ち構えた。

それを好機と思ったのか、変異種は大雑把な動きでランに近付き、両手を振りかぶると、

ラン目掛けて左右から二刀を同時に振り下ろした。

 

「その動きは何度も見たわ」

 

 ランはそう言うと、左足一本の力だけで、トンッ、と軽く前に跳び、

そのひと跳びで敵の殺傷圏内から逃れると、

眼前に迫る敵の右腕を掴み………いや、その表現は正しくないだろう。

正確には、その右腕に軽く手を添え、スッとその腕を下げた。

その瞬間に変異種の体がフワリと浮きあがる。

 

「完璧!」

 

 ランは確かな手応えを感じ、思わずそう叫んだ。確かの今の動きは、

ソレイユが見てもかなりの高得点を与えたであろう、素晴らしいものであった。

だがランは一つだけミスを犯した。

それはソレイユが見せた動きとは本当に些細な違いでしかなかったが、

このケースにおいてはとても大きなミスとなりうるものであった。

 

「あれ?」

 

 ランは先ほどまで感じていた確かな手応えが急に消失したのを感じ、

危険を感じて咄嗟に投げを途中で止め、一気に後方へと跳んだ。

 

「一体何が………えっ、嘘………」

 

 呆然とそう呟くランの視界に、下二本の手を失った変異種の姿が映った。

ソレイユとランの動きの違いはこうである。

ソレイユは敵がその手に持つ剣を、完全に振り下ろした後に投げを打ったのに対し、

ランは若干勝利を焦ったせいか、敵の剣がまだ振り下ろされている途中で投げを打ったのだ。

そのせいでフワリと体を浮かされた変異種は、咄嗟の判断で剣の軌道を変え、

本当にまさかではあるが、自らの下側の二本の腕を、そのまま自分で斬り落とし、

かなり乱暴なやり方ではあるが、ランに投げられるのを防いだのであった。

その事を朧気ながら理解したランは、不恰好ながらも何とか着地した変異種に対し、

惜しみない賞賛の言葉を送った。

 

「素晴らしいわ、まさか自分の腕を斬り落として敗北を防ぐなんて思いもしなかった。

そんなあなたをただ変異種と呼ぶのは失礼ね、

これからはあなたの事を、『剣鬼』と呼ぶ事にするわ」

 

 『剣鬼』はその呼びかけに応えた訳でもないのだろうが、

手に持つ二本の剣を高く上げて斜めに振り下ろし、その剣先をランに向けた。

どうやらやる気満々のようである。

 

「こうなったら純粋に剣と剣の勝負よ、結城流『剣士』ラン、参る!」

 

 当然キヨモリの苗字を知ってるランはそう言うと、

刀を正眼に構え、じりじりと敵との距離を詰めていった。

『剣鬼』もそれに合わせてじりじりとランに近付いてくる。

リーチの差がある為、当然『剣鬼』の方が先にランを殺傷圏内に収める事になるだろう、

理論的に当然の帰結としてそう考えたランは、敵を凝視しつつ、

その時がくるのを全神経を集中させて待ち構えていた。

ゾンビに筋肉があるのかどうかは分からないが、

ランは以前ハチマンに教わった事を思い出しながら、ゾンビの手首に注目していた。

 

『敵が攻撃してくる時は、敵の腕の筋肉が盛り上がるんじゃないかって思うだろ?

それは確かにそうなんだが、そんな筋肉を膨らませるような攻撃は、

速度が遅いから別に警戒する必要はない。

敵が動き出してからでもお前なら十分間に合うはずだ。

だがもしお前が瞬発力を生かして速度のある攻撃をしてくる奴を相手にする場合か、

もしくは速度か力がどちらが得意か分からない敵を相手にする場合は敵の手首に注目しろ。

武器を強く振ろうとする時に手首の腱がピクリと動くから、それが攻撃の合図だ』

 

 ハチマンはそう言った後、もちろん色々ある中の、

観察すべき一項目に過ぎないがなと付け加えたが、

今回ランはその教えを採用し、敵にカウンターを合わせるつもりでいた。

もし敵が両手の武器をほぼ同時に使ってきたとしても、

それなら対応出来るという自信がランにはあった。

 

「比企谷流『戦士』比企谷藍子、参る!」

 

(なんてね、ハチマンに聞かれたら、ため息をつかれそうだけど)

 

 ランはそう思いつつ、『剣鬼』の手首がピクリとした瞬間に全力で敵に突っ込んだ。

『剣鬼』は少し慌てたように見えたが時既に遅し、

今更モーションを止めてもランの刀の錆になるだけであり、

ランの目論見通り、ランに対応するような動きは出来ず、

そのまま剣を振り上げる選択をする事しか出来なかった。

 

 ガキン!

 

 ランはその、今まさに振り上げる瞬間の敵の右手の剣に、

ハチマン直伝の攻撃的カウンターを合わせて『剣鬼』を仰け反らせると、

返す刀で勢いに押されて後方に流れていた敵の左手を切断した。

 

「おおおおおおお!」

 

 そして一瞬で刀を鞘に収めた後に裂帛の気合いを放ち、

ガラ空きの『剣鬼』の首に向け、神速の居合い抜きを放った。

 

「死にたくなりなさい」

 

 その一撃で『剣鬼』の首は宙を舞い、その体はどっと地に倒れ伏した。

 

「ふぅ………」

 

 ランは刀を鞘に収めると、満足そうな顔で地面に落ちていた『剣鬼』の首に話しかけた。

 

「私を強くしてくれてありがとう、あなたの事、忘れないわ」

 

 その瞬間に『剣鬼』の首は消滅し、周囲にシステムメッセージが響き渡った。

 

『Sランクミッション、パンデミック、がクリアされました』

 

 そしてランは、軽い足取りで出口に向かって歩き始めた。

 

 

 

 その頃ハチマン達は、前回のクリア時間から類推し、

もしかしたらランがクリアしてくるかもしれないと、

かなり盛り上がりながら会話を交わしていた。

 

「お、これはもしかしてもしかするか?」

「かもしれないわね」

「お?これは……」

 

 その瞬間に部屋にシステムメッセージが響き渡り、

少し後に、ドヤ顔のランが一同の前に姿を現した。

ランはその豊満な胸を張り、一同に向けて言った。

 

「これで卒業ね、フルボッコにしてやったわ!」

「お嬢、やったな!」

 

 一番最初にランに抱きついたのはレヴィであった。

そしてモエカが控えめに続き、最後にソレイユがランの顔を自身の胸に埋め、

ランは嬉しいやら悔しいやら、複雑な思いを抱く事となった。

 

(くっ、こっちでもいつかみんなを追い越してやるわ)

 

「さすがは儂の弟子じゃな!」

「よくやったなラン」

「ありがとう師匠!」

 

 ランはキヨモリにそうお礼を言うと、問答無用でハチマンにダイブした。

そんな事をすれば、当然ハチマンは避けるに決まっている。

 

「むぅ、何で受け止めてくれないの!」

「いや、普通避けるだろ……」

「まったく、私の全裸が見られなかったからって拗ねるんじゃないわよ」

「はいはい、拗ねてまちゅよ」

「もう、いつまでも子供扱いして!

まあいいわ、とても気分がいいし、今日はこのくらいで許してあげましょう」

 

 そしてランは、ハチマンにこう宣言した。

 

「それじゃあ今からALOに戻るわよ、ハチマン、お供しなさい!」

「えっ、今からか?」

「ええ、みんなと再会する前に、

私もソードスキルの一つや二つは使えるようになっておきたいもの」

「ああ、そういう……」

 

 もうかなり夜も更けていたが、ハチマンはそのランの頼みを聞いてやる事にした。

 

「よし、それじゃあ行くか」

「うん!みんな、そのうち落ち着いたら、またこっちで一緒に遊ぼうね!」

 

 こうしてランはALOに帰還する事となった。

ユウキが『マザーズ・ロザリオ』を完成させた、一日前の事である。



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第795話 二人の寄り道

「ALOよ、私は帰ってきた!」

「またベタなネタを……」

「で、どこで教えてくれるの?」

「言っておくが、俺は刀は専門じゃないからな」

「いいよ別に、で、どうする?」

「そうだな……」

 

 ハチマンは少し迷いながらギルドメンバーのリストを開き、

今は誰もインしていない事を確認した。

一般的にはリストに映らないように姿を隠して活動する者もいたりするのだが、

ヴァルハラのメンバーで、こそこそと活動する事があるのはハチマンくらいなので、

多分リスト通り、誰もいないのだろう。

 

「よし、誰もいない事だし、ヴァルハラ・ガーデンに行くか」

「えっ?私がヴァルハラ・ガーデンに?」

「ん、何か都合が悪かったか?」

「都合が悪いというか、ラスボスの城だから、なるべく近寄らないようにしてたのよね」

「そういう事か、まあしかし、お前も情報の有用性については理解してるんだろうし、

どんな手段で俺達を超えようとするにせよ、

そろそろ敵の情報も収集しておくべきじゃないか?」

「確かにそうなのよね……」

 

 ランは少し迷ったが、結局そのハチマンの意見に従い、

最終目標たる敵の本拠地へと乗り込む事を決断した。

 

「分かった、そうさせてもらうわ」

「よし、そうと決まったら早速行くか」

 

 二人ははじまりの街をそのまま並んで歩いた。

これはまるでデートのようではないか、ランはそう思い、気分が高揚するのを感じていた。

ランももうそれなりに長くALOをやっており、

この辺りはよく見慣れた景色のはずであったが、

今日の街は何故かキラキラして見え、ランはその現象を不思議に思いながら、

ふっと隣を歩いているハチマンの方を見た。

 

「いつもと違う事といえば、ハチマンが隣にいる事くらいね」

「ん、いきなり何だ?」

「えっとね、見慣れたはずのここの景色が、

何かキラキラして見えるから何でかなって思って。

あっ、もしかしてこれが恋の力って奴?」

 

 ランがそう言った瞬間に、まさか照れたのだろうか、

ハチマンは赤面し、肩を振るわせ始めた。

それを見たランはあっと驚き、思わず胸をときめかせた。

 

「ハ、ハチマンがついに私にデレた!?」

「い、いや、お前、恋の力って……」

 

 よく見るとハチマンは照れているのではなく、どうやら笑いを堪えているようだ。

その事を理解したランは、先ほどの自分のくさいセリフを思い出し、

恥ずかしさのあまり、ハチマンと同様に赤面した。

 

「な、何よ、私だって本当なら女子高生なんだから、

それくらいの夢を見たって別にいいじゃない!」

「い、いやすまん、これは俺が悪かった、

お詫びにトレンブル・ショートケーキを奢るから許してくれ」

「トレンブル・ショートケーキ?

あっ、そういえば前にスモーキング・リーフのみんなが嬉しそうに、

ハチマンに奢ってもらったって話してた!一度食べてみたいって思ってたのよね!

「そうか、それなら丁度良かったな」

 

 ランは一体どんなケーキなんだろうと、期待に胸を膨らませたが、

次の瞬間にハッとした顔をし、ハチマンに抗議した。

 

「あ、甘い物で私の怒りを逸らそうだなんてそうはいかないわ!

私はそんな安い女じゃないのよ!」

「そうか、じゃあこの話はボツだな……」

「ま、待ちなさい、別に食べないとは言ってないわ、

内容がちょっと不満だって事が言いたかったのよ!」

「それじゃあもっと値段の高い肉料理でも……」

「っ………」

 

 ランは今、自分が不利な事を自覚していた。

 

(完全にミスった……余計な意地は張らず、素直に喜んでおけば良かった……)

 

 どう考えても今のハチマンは、神妙そうな表情こそしているが、

内心ではニヤニヤしているに違いないのだ。それによって受ける屈辱を差し引いても、

ランはトレンブル・ショートケーキを食べてみたかった。

以前スモーキング・リーフで話を聞いてから、

すぐにでもその名物ケーキを食べに行きたいという欲求を抱いていたランは、

強くなる為に全員が必死で金策をしている状況の中、

ケーキが食べたいなどとはどうしても言えなかったのだ。

おそらくそれくらいなら誰も文句を言う事はないと分かっている、分かっているのだが、

それでもこういう場合には遠慮して何も言えないのが、

ランのいい所でもあり悪い所でもあった。

ユウキ達がランの不在時にどのくらい稼いだのかを知っていれば、

こんなに葛藤する事も無かっただろうが、

今のランにとってはハチマンの誘いこそが唯一の蜘蛛の糸なのである。

ちなみにそんなランは、通常はハチマンに対してはまったく遠慮が無く我侭いっぱいである。

これもやはり恋の力という奴なのであろうか。

 

「し、仕方ないわね、こんな時間にソードスキルの指南を頼んだのは私だし、

今日はトレンブル・ショートケーキ如きで手を打ってあげるわ」

「お前は詩乃か」

 

 ハチマンが突然そんな事を言い出し、ランはきょとんとした。

 

「『シノ』って誰?」

「ヴァルハラ最強のツンデレ眼鏡っ子だ」

「それ、眼鏡って言う必要あった!?」

「………確かに無いが、うちのメンバーは濃い眼鏡っ子が多いからつい、な」

「………濃いって、どんな?」

「具体的にはツンデレ眼鏡っ子と肉食眼鏡っ子と相対性眼鏡っ子の三人がいる」

「ツンデレ眼鏡っ子が一番普通だった………」

 

 ランは相対性眼鏡っ子ってどんな子なんだろうと興味津々であったが、

まさかリアルで紹介してくれとも言えず、歩きながら色々と妄想を膨らませる事になった。

 

 

 

「あそこだ」

 

 相対性眼鏡っ子について考えに耽っていたランに、いきなりハチマンがそう言った。

 

「あ、いつの間に……」

 

 ランは転移門を潜ったことも覚えていないくらい、歩きながら考えに集中していたようだ。

見るとランの手をハチマンが握っていた。どうやらここまで連れてきてくれたらしい。

そしてランはその事を自覚した瞬間に真っ赤になった。

 

「な、な………」

「ここだここだ、よし、入るぞ」

 

 そう言ってハチマンはランの手を離し、中に入っていった。

ランはその事を残念に思いながらも、

一刻も早くトレンブル・ショートケーキを食べたかった為、

慌ててハチマンの後を追って席につくと、いきなり目的の品を注文をした。

 

「早っ」

「べ、別に楽しみにしてた訳じゃないんだからね」

「余裕が足りない、平凡すぎる、三十点」

「うぐ………じゃあお手本を見せなさいよ」

「そうだな、詩乃なら多分、

『あんたが早く食べたそうだったから代わりに注文してあげたのよ。

感謝の印に今後これを食べる時は、毎回必ず私の顔を思い浮かべなさい』

くらいは言うかもしれんな」

「ツンデレ要素がどこにもない………」

「そう思ってるうちはお前もまだまだだ」

「えっ、そのセリフにはツンデレが隠れているの!?ぐっ、ツンデレ道は奥が深い……」

 

 などと会話しているうちに、注文の品がすぐに到着した。本来は一瞬で出てくるのだが、

もしかしたらAIが搭載された店員NPCが、会話中の二人に気を利かせたのかもしれない。

 

「うわっ、何これ、本当にこの大きさ?やだ、どうしよう、こんなに食べて太らないかしら」

「むしろここで太ったらそっちの方がびっくりだよ」

「た、確かにそうね、ごめんなさい、ちょっと動揺してしまって」

「気にするな、大体みんなそういう反応をする」

「だよねだよね!」

「食べたいだけ持ってっていいからな、適当に切り分けてくれ」

「分かったわ、刃物の扱いは得意だもの」

「普通はそのセリフ、包丁の扱いが上手い人とかが使うセリフなんだけどなぁ」

「何?何か文句でもあるの?」

「別に無いさ、人それぞれだ。ほれ、もういい時間だし、さっさと食って移動しようぜ」

「うん、今切り分けるから待ってて」

 

 ランはそう言って、ケーキをピッタリ半分に切り分けた。

 

「半分でいいのか?もっと取ってもいいんだぞ?」

「足りなかったらそっちのをあ~んしてもらうから大丈夫」

「いや、しないからな」

 

 ハチマンはそう言ってランの皿に自身のケーキの三分の一程を渡し、

残りをパクパクと食べ始めた。

負けじとフォークを持ち、ケーキを一口食べた瞬間にランの顔が蕩けた。

 

「やばたにえん!」

「お前は本当に覚えたばかりの言葉をすぐ使いたがるよな……」

「い、いいじゃない、私、世が世なら絶対にギャルになってたんだし!」

「ギャルを職業みたいに言うな」

 

 そのハチマンの言葉にランが何か言おうとした瞬間に、

システムメッセージのアナウンスが流れた。

 

『アインクラッド三十三層のフロアボスが討伐されました』

 

「ほ?」

「やっとか、結構かかったな」

「そういえばこの前から結構経ってるわよね」

「まあでもこのくらいが普通なんだよな」

「そうなんだ、やっぱヴァルハラってやばたにえん!」

「……………」

 

 そのランの言葉にハチマンはもう突っ込まなかった。

 

 

 

「さて、ヴァルハラ・ガーデンに行く前に、ちょっと寄り道するからな」

「どこに行くの?」

「剣士の碑だ」

「剣士の碑?ふ~ん」

 

 ランは剣士の碑というのが何の事か分からなかった為、

とりあえず大人しくハチマンに付いていく事にした。

そしてたどり着いたのは、以前見た何か名前のような物が羅列されている石版の前であった。

 

「あっ、ここ知ってる!ねぇ、ここって何の施設なの?」

「ここはフロアボスを討伐したレイドから七人……今は八人になったんだが、

その名前が表示される場所だな」

「へぇ……あっ、本当だ、あちこちにハチマンの名前がある!

あれ、その七人?最近は八人になってるけど、その名前の下に書いてあるのは何?」

「ほ?よくあれに気付いたな。最近知られるようになったんだが、

近くで見ると、一番下の名前の更に下に小さく数字が書いてあるんだよな。

それが名前が表示されているプレイヤー以外に、

何人のプレイヤーがその戦闘に参加してたかっていう数字だな」

「へぇ、そうなのね、全部のフロアの所に数字が表示されてるんだ」

 

 その時ランの脳理に一瞬何か閃いたが、その考えは形を成さず、直ぐに消えていった。

 

「時間をとらせて悪かったな、それじゃあそろそろヴァルハラ・ガーデンに向かうか」

「うん!」

 

 こうしてハチマンとランのプチデートは終わり、二人はヴァルハラ・ガーデンに向かった。



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第796話 三人目の師匠

「や、やっと入れた……」

 

 ヴァルハラ・ガーデンに初めて足を踏み入れたランは、疲れた顔でそう言った。

 

「だな……まさかこの時間にもあんなにプレイヤーがいるとはな」

 

 二人は時間も時間であり、特に何も考えず、

適当に雑談をしながらヴァルハラ・ガーデンに向かって歩いていた。

そして不用意に塔の前の広場に出てしまい、

そこにそれなりに多くのプレイヤーの姿を見付け、

ここに初めて来るランは警戒するそぶりを見せた。だがそんなランをハチマンが制した。

 

「まさかこれが全部ハチマンの知り合いじゃないわよね?」

「当然だ、俺には友達は仲間と身内以外にはほぼいないからな」

 

 そう言うハチマンは、しまったという顔をしており、ランは一体何だろうと思ったが、

その瞬間に前方のプレイヤー達から黄色い声が上がった。

 

「ザ・ルーラー様よ!」

「日課の散歩のつもりだったけど、今日の私はついてるわ」

「さっき回ってきた、二層で見かけたっていう情報は正しかったのね」

「ハチマン様!私、腕に『覇王』のマークを入れてきました!」

「ハチマン様、うちのギルドの顧問をやってくれませんか?

まだメンバーは少ないですが、全員女性です!」

「ハチマン様!」

「ザ・ルーラー様!」

 

 よく見ると、そこにいたのは全員女性プレイヤーであった。

 

「え、何これ……」

「グルーピーって奴だな……」

「つまりハチマンのファン?」

「それも熱狂的なな。もっとも俺だけのファンじゃなく、

ヴァルハラのファンってのも多いはずだ」

「さすがというか、他のゲームでもこんなの見た事ないわよ……」

 

 ランはそう呟き、警戒の姿勢を解かないまま一歩後ろに下がった。

有名人であるハチマンと一緒にいるというだけで、

嫉妬の感情を向けられる可能性を考慮したからである。

だが予想外な事に、そんな事にはまったくならなかった。

完全に無視されているという訳ではなく、会釈をしている者も数多くいたのだが、

ただ一人として、ランを敵視してくるような者はいなかったのである。

 

「うわ、民度高っか」

 

 ランは通常ありえないその風景に驚いたが、

この状況でその理由をハチマンに尋ねる事は不可能であった。

ハチマンはその女性プレイヤー達を適当に相手にしつつ上手くあしらっており、

その姿からはかなりの慣れを感じさせた。

どうやらこういう日々の積み重ねが、ハチマンの対人スキルを成長させているらしい。

ちなみに顧問の話だが、顔を出したりする事は出来ず、

何かあってもよほどの事じゃない限り基本関与しないという条件付きだが、

ハチマンは珍しくその話を受けたようだ。

何故こんな話を受けたかというと、理由は簡単であり、

そのギルドがG女連とナイツを組んでいるギルドだったからである。

先日のアスカ・エンパイア内の戦争には参加していなかったようだが、

いずれヴァルハラと関わってくる事もあるのだろう。

そして全ての女性プレイヤーを捌き終った後で、話は冒頭に戻る。

 

「や、やっと入れた……」

「だな……まさかこの時間にもあんなにプレイヤーがいるとはな」

「パパ、お疲れ様です!とりあえず飲み物をどうぞ!」

「パ、パパ!?」

「おうユイ、準備がいいな、上から見てたのか?」

「はい、相変わらず凄い人気だなって思いながら見てました!」

 

 今日のヴァルハラ・ガーデンの留守番係はどうやらユイだったらしく、

そのユイの一言で驚いたせいか、ランの疲れは一気に吹き飛んだ。

だがその時のユイは妖精バージョンの姿をしていた為、

ランはすぐに相手がNPCだと判断する事が出来、

余計な誤解が生まれる余地はまったく無かった。

そして自己紹介を済ませ、ユイが何故ハチマンの事をパパと呼ぶのか説明を受けたランは、

いつもの癖なのか、胸を持ち上げるように腕を組みながら、

ハチマンとユイには聞こえないくらいの声で、ボソリと呟いた。

 

「なるほど、ユキノさんは昔、アスナって名前だったんだ……」

 

 勘違いもここに極まれりである。

そしてランは顔を上げると満面の笑みを浮かべながらユイに言った。

 

「ユイちゃん、今度から私の事は、二号さんって呼んでね」

「二号さんですか?はい、分かり………」

 

 よく意味が分からないながらも、

持ち前の社交心を発揮して笑顔でそう答えようとしたユイの口を、

ハチマンが素早く右手で塞いだ。

そして残り左手で、ハチマンはランの頭を思いっきりゴン!と上から叩いた。

 

「な、何するのよ!」

「それはこっちのセリフだ、ユイに変な事を吹き込むんじゃねえ!

いいかユイ、こいつの事は、普通にランお姉ちゃんって呼ぶんだぞ」

「分かりました、ランお姉ちゃん!」

「!!!!!!!!!!」

 

 その呼び方は、想像以上にランの心に衝撃を与えたようだ。

 

「…………………いい」

「ん、何か言ったか?」

「ハチマン、もしかしたら私、生まれて初めてお姉ちゃんって呼ばれたかも!」

「いや、お前にはユウがいるだろ」

「ユウにはお姉ちゃんなんて呼ばれた事ないもの」

「そう言われると確かにそうか、いつもはランかランちゃんだったしな」

「ああ、何だろうこの気持ち、私のこの胸に詰まった母性本能が、

今まさに目覚めようとしているのかもしれない!」

「お姉ちゃんなのに母性本能とか俺にはよく分からんが」

 

 ハチマンは胸のくだりは華麗にスルーして、そう言うに留めた。

 

「ユイちゃん、私達、これからもずっと家族だよ!」

「はい、ランお姉ちゃん、今後とも末永く宜しくお願いしますね!」

 

 ちなみにユイは、これに似たセリフをヴァルハラの女性陣に何度も言っている。

最終的に誰が残るのかは分からないが、ユイはハチマンと特に関係が深い女性に対しては、

今後もそういった呼び方を続けるつもりであった。

 

(この事がある意味ヴァルハラの女性陣にとって、

ハチマンとの距離を客観的に測る密かな基準の一つとなっている)

 

ユイはそれが相手の精神衛生上にも最適だと理解しており、

それはMHCP(メンタルヘルスカウンセリングプログラム)

として生まれたユイの根底を成す基本的な本能のような物なのであった。

 

「で、パパ、今日はこんな時間にどうしたんですか?」

「おう、このランに、刀のソードスキルを教えてやろうと思ってな。

まあ俺は数個しか刀のソードスキルは知らないんだけどな」

「あっ、それなら私が全部分かりますよ!」

「そうなのか?」

「そ、そうなの?」

「はい、それもハウスメイドNPCの役目の一つですから!」

 

 どうやらそういう事らしい。

つまり今この場においては、ユイがランの新しい師匠という事になるのだ。

 

「ユイちゃん師匠、宜しくお願いします!」

「私の修行は厳しいですよ、ちゃんとついてきて下さいね!」

 

 ユイも師匠と呼ばれて嬉しかったのか、腕を腰に当てながらドヤ顔でそう言い、

その姿を見たランは萌え死にそうになり、ハチマンは慌ててカメラモードを起動し、

そのユイの姿をパチパチと写真に収めたのであった。

 

 

 

「ではこれより修行を始めますっ!」

「「おお~!」」

 

 準備を終えて訓練場に姿を現したユイに、パチパチパチパチ、と二人は拍手をした。

今はユイは少女の姿に変化しており、武器を持ったその姿はそれなりに様になっていた。

 

「それじゃあ今から順番にソードスキルを披露していきますから、

その型を隣でトレースしてみて下さいね」

「押守!」

 

 ユイは張り切って次々とソードスキルを披露し、ランがそれを真似ていく。

ユイは別にソードスキルが使えるだけで、強いという訳ではないのだが、

いや、或いはちゃんと戦えば強いのかもしれないが、

今回のケースだと、とにかくどんなソードスキルがあるのかランに見せるのが目的なので、

それには知識量が豊富なユイは、うってつけな師匠役であった。

中にはいかにも実戦では役に立たなそうなソードスキルも多数含まれていたが、

取捨選択をするのはランの役割であり、ランは熱心にソードスキルの研究をしていた。

 

(俺も後で、俺が知らない短剣ソードスキルがあるのかどうか確認しておくか)

 

 ハチマンはそう思いつつ、眠い目を擦りながら、

二人が楽しそうにしているのを微笑ましく見つめていた。

 

 

 

「どうだ?」

 

 しばらくして、ランが動きを止めたのを見計らい、ハチマンはランにそう話しかけた。

 

「うん、私、かなり強くなったかも」

「そうか、後は技の組み立てをしっかりさせて、どんなケースでどの技を出すか、

しっかり反復練習しておくんだぞ」

「うん、分かった。さてと、それじゃあそろそろ今日の宿を探すわ」

「宿か、お前達もそろそろ自分達の拠点が欲しいところだよな」

「そうなのよねぇ、まあそれは資金に余裕が出来てからみんなで探すわ」

「資金に余裕なぁ……」

 

 この時ハチマンは、スリーピング・ナイツの今の資金力をほぼ正確に把握しており、

それなりの家すら買える程の資金はある事を把握していたが、

ここで敢えてそれを言うと、今から家を探しに行くから付き合えなどと言われそうだった為、

ここは沈黙を貫く事にした。

 

「うん、資金に余裕」

「まあ気に入った家があって、金が足りなかったら貸してやってもいいから、

早めに安心して生活出来る家を手に入れる事だな」

「安心してか、分かった、もしそうなったら素直に借りる事にする。利子は私の体でいい?」

「おう、それでいいぞ」

 

 ここでまたハチマンの悪い癖が出た。

ハチマンは、何かしら仕事をさせて返してもらうつもりでいたのだが、

当然この場合、ランはそういう意味にはとらない。

 

「わ、分かった、それじゃあそういう事で!」

 

 ランはハチマンの気が変わらないうちに逃げ出そうと思ったのか、

そのまま急ぎ足で外へと出ていった。

そしてユイが、困ったような顔でハチマンに言った。

 

「パパ、今自分が何を言ったかちゃんと理解してますか?」

「今?ランに労働で金を返させるのって何かまずかったか?」

「えっと……………世の中の大半の女性は、

借金を体で返せと言われたら、別の想像をすると思いますけど………」

「別の?………あっ!」

 

 そしてハチマンは、慌ててランを追いかける事になり、

ランは渋々とそのハチマンの訂正を受け入れる事になった。

こうしてランの復帰初日の夜は終わり、いつになるのかはユウキ達次第なのだろうが、

ランは仲間達が戻ってきたら直ぐに再会出来るように、

次の日の朝からスモーキング・リーフに入り浸る事を決め、

そこで思ったよりもかなり早く、仲間達と再会する事となった。



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第797話 屈辱のエア痴女

「おい、待てよラン!」

 

 ヴァルハラ・ガーデンを逃げ出すように飛び出した直後、

追いかけてきたハチマンにそう呼び止められたランは、

迷いながらもその場で足を止め、かなり緊張しながらハチマンが到着するのを待っていた。

 

「うぅ、やっぱり肉欲塗れの顔で追いかけてきたわね、

このままハチマンとゲームの中で結ばれるのはアリなのかしら。

嬉しいんだけど複雑な部分もあるというか、

そもそも今の私の体って、ちゃんと現実と同じサイズや柔らかさになってるのかしら。

サイズはともかく柔らかさは微妙よね、そんなのスキャンじゃ絶対に分からないはずだし。

とりあえず揉んで確認してみようかしら、もみもみもみっと。

むむむむむ、揉んだ感じは確かに記憶にある私の胸の柔らかさに近い気がする、

なら別に問題ないのか、今日はお風呂に入ってないけど、

別にここなら何かが汚れたり臭ったりする訳じゃないし、多分平気よね。

あっ、でも待って待って、ここにいる私って本当に今の私?

だってだって、この前ログアウトした時、

私ってば牛乳も二杯飲んだしバストアップ体操もしたわよね?

って事は今がまさに成長期の私としては、

ゲームを始めた頃の体型データを使ってるこのキャラよりも、

リアルじゃ遥かにグラマーでエロチックな、よりハチマン好みの体に成長してるんじゃない?

これは困ったわ、私としては、ネットで培ったこの私のテクニックを駆使して、

今晩はハチマンを寝かさないで、一晩中ひぃひぃ言わせてやりたいところだけど、

せっかくだし、よりエロさを増したスーパー私でハチマンの前に立ちたいわよね、

やっぱり今日のところはパスして、

後日完璧な状態でベッドの中の戦いに望むのが良さそうね」

 

 そう結論付けるのにここまで僅か三秒という高速思考であったが、

正直色々と突っ込みどころが満載である。

そもそもランはネットで培ったテクニックとか言っているが、

まあありえないのだが、もし仮に今日この後ハチマンとランが結ばれる事になったとして、

何の経験も無いただの耳年増のランが、まがりなりにも経験があるハチマンを相手に、

そのテクニックとやらで主導権を握れるはずもなく、いざその状況になった時、

ランはベッドに横たわって緊張に身を固くする事しか出来ないであろう。

要するにこれは、ハチマンとは結ばれたいが、

正直怖いので勇気が出るまで先送りしたいという、ランの言い訳の為の理論武装なのである。

 

「お前は何をぶつぶつ言ってるんだ?」

 

 そんなランにハチマンがやっと追いついてきた。

 

「そんな訳でハチマン、私のグラマラスでエロチックな体を肉欲のままに貪るのは、

後日私の準備がきちんと整ったらでお願い!」

「どんな訳かは分からないが、整っても何も無いからな」

「えっ?でもさっき、堂々と私に体を要求してきたじゃない!」

「すまん、それは俺の言い方が悪かっただけで、

正確には労働によって返してもらう、という意味だ」

「えええええ!?でも、だって……」

 

 ランは口でこそ困ったような事を言っていたが、内心ではほっとしていた。

ハチマンと過剰なスキンシップをとるのは平気でも、

いざ最後までとなると、勇気が出ないのは当然である。

 

「そういう事だから安心してくれ、エア痴女さん」

「べっ、別にエアじゃないし、普通に痴女だし!」

 

 ハチマンが、大丈夫ちゃんと分かってるという顔でそう言った為、

ランは不本意のあまり、即座にそう反論したが、

ハチマンはそんなランの肩をポンと叩き、うんうんと頷いた。

 

「という訳で、体での支払いについては心配するな、無理な事はさせないからな。

いいところ素材狩りの手伝いをさせるくらいにしておくから、

とりあえず今日は適当な宿に泊まってしっかり休むといい。

アインクラッドの宿なら昔の名残りで大体の宿はちゃんとベッドを完備してるからな」

 

 ハチマンはそう言ってヴァルハラ・ガーデンに戻っていき、

残されたランは屈辱に震えつつ、それを黙って見送る事しか出来なかった。

 

「くっ、この私をエア呼ばわりした事を、絶対に今度後悔させてやるんだから……」

 

 ランは一人になった後にそう呟くと、はじまりの街で適当な宿を確保し、

ハチマンにどんなセクハラをしてやろうかと妄想しながらその日は眠りについた。

 

 

 

 そして次の日の朝、ランは早速スモーキング・リーフへと向かった。

 

「おはよう~!久しぶり!」

「あっ、ランなのな!しばらく姿を見なかったけどどうしてたのな?」

「ちょっと他のゲームで修行をしてたのよ、おかげで随分と強くなったわ」

「他のゲーム?ふ~ん」

 

 リナは他のゲームという概念がよく分からないようで、曖昧にそう頷いた後、

思い出したように奥から何かを持ってきて、ランに差し出した。

 

「それじゃあこれ、とりあえず預かってたから渡しておくのな」

「これ?一体何を………って、あれ、これっておばば様の………」

 

 それはユウキ達が頑張って購入したスイレーであった。

どうやら荷物が多い為に、そのままスモーキング・リーフに預けられていたらしい。

 

「なのな、ランの武器だな」

「嬉しいけどこれ、本当にもらっちゃっていいの!?」

「もらうも何も、ユウキ達が普通に買って、そのまま預けていったのな」

「買った!?あれ、ごめんなさい、ちょっと脳がこの現状に追いついてこないんだけど、

それじゃあユウキのセントリーは?」

「普通に買って持っていったな」

「えええええ?あの子達、どうやってそんな大金を……」

「新しいラグーラビットの狩り場を発見して、この前までそれで荒稼ぎしてたのな」

「ラッ、ラグー?え、あれがそんなに?」

 

 ランはラグーラビットの価値についてはそれなりに知っていたが、

まさかそこまでの金額になるとは思ってもおらずに混乱したが、

どうやら仲間達が凄まじい大金を稼ぎ、首尾よく武器を入手したのだと知って、

目標が一つ早期に達成出来た安堵感で、その場にへたりこんだ。

 

「何だ、ユウの奴、私がいなくてもちゃんと出来たんじゃない」

 

 ランはユウキの成長を喜びつつ、当の本人がどこにいるか、

改めてギルドメンバーリストを眺めた。

 

「そういえばヨツンヘイムにいるって言ってたけど、どの辺りにいるのかしらね」

 

 そこには見慣れぬ地名が表示されており、ランはその地名の事をリナに尋ねてみた。

 

「ねぇリナ、この『巨人のるつぼ』ってどの辺りにあるのか知ってる?」

「巨人の………?う~ん、リナには分からないのな、

多分リョクちゃんなら知ってるから、ちょっと呼んでくるのな!」

「ありがとう、わざわざごめんね」

「別に構わないのな、リョクちゃ~ん、ちょっといい?」

 

 その声に呼ばれて奥から出てきたリョクは、ランの質問にこう答えた。

 

「そこならヨツンヘイムに入ってから、五時間ほど進んだ所じゃん」

「五っ………五時間!?」

「しかも道中の道は意外と入り組んでるから、行くのはかなり大変じゃんね」

「そうなのね、う~ん、面倒臭いところにいるわね、合流しようと思ってたけど、

さすがにそれはパスさせてもらおうかしら」

「それがいいじゃん、地図はヴァルハラのページに載ってるからいいとしても、

正直あそこまで一人で行くのはかなり骨じゃんね」

「うん、だるいからパス!それじゃあどうしようかな、

ここにずっといるのも申し訳ない気がするし、

新しい拠点に出来そうな家でもどこかに無いか、探しに行こうかな」

「あっ、それならユウキ達に支払うお金の残りが用意出来たから、それも渡しておくのな!」

「お金………?」

 

 そう言ってリナがランに差し出してきたのはかなりの大金であり、

ユウキ達がとんでもない額を稼いだのだと、ランは改めて実感した。

 

「ま、まだこんなに?」

「なのな!これで追加の素材分も含めて全ての支払いが完了じゃん!」

「あ、ありがとう」

「それがあれば、きっとそれなりの家が買えるじゃん、

まあ一人で決めていいかは別として……」

「うん、そうね、候補だけ見繕っておいて、とりあえず後でみんなと相談する事にするわ、

ところでユウ達は、いつ頃戻ってきそう?」

「戻ってくる前に連絡が入るはずだけど、正確には聞いてないかな」

「そう、それじゃあまたその頃に顔を出すわ、何か分かったら連絡してもらっていい?」

「任せるのな!」

 

 こうしてランは、この日は家探しに潰す事にした。

 

「でも私もまだまだ土地勘が無いしなぁ、ハチマンでも呼び出そうかしら」

 

 ランはそう呟きつつ、昨日の事があってまだハチマンと顔を合わせるのは気まずかった為、

とりあえずはじまりの街は広すぎる為にパスし、つい先日更新された、

今の最高到達点である三十四層から下へ下へと主街区を巡っていく事にしたのだった。



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第798話 絶刀

 三十四層はつい先日行けるようになったばかりという事もあり、

物見遊山のプレイヤー達で賑わっていた。

 

「まあやっぱり混んでるわよねぇ、まだちゃんと探索されてないだろうし、

掘り出し物の物件とか無いのかしら」

 

 ランはそんな事を考えつつ、転移門の中央に立ち、どちらに行こうか考えていた。

その時いきなりすぐ近くでプレイヤーのものと思しき怒声が上がり、

ランは何事かと思ってそちらの方を見た。

 

「最近のお前らは臭えんだよ、絶対に一番乗りはしない癖に、

常に二番手をキープして初見クリアを延々と続けるとか怪しすぎんだろ!」

 

 どうやらランもよく聞く同盟の疑惑について、

中堅ギルドの連中が物申している場面に遭遇してしまったようだ。

 

「何が怪しいんだ?単に実力の差だろ?」

「だったら何でいつもボスに一番手で突入しないんだ?

それのどこが実力があるって事になるんだ?」

「確実にクリア出来る確信があるから焦ってないだけさ。

これでもうちは攻略ギルドのトップだからね、それくらいは普通だろ?」

 

 確かに同盟がフロアボスを倒した回数は、ALOでトップなのは確かである。

 

「はっ、お前らがトップ?どう考えても二番手だろ、

お前ら一度でもヴァルハラに勝った事があるのかよ!」

 

 そうだそうだ!という声が周囲のプレイヤーから口々に上がる。

どうやら人気の上では同盟はヴァルハラにぶっちぎられているらしい。

 

「ヴァルハラはきっちり一番手で突入して初見クリアしてると思うけど?」

「はっ、ヴァルハラの奴らは『知ってる』んだから当たり前だろ。

お前らはうちには文句を言う癖に、ヴァルハラには絶対に文句は言わないんだよな」

「はぁ?お前、先の内容を知ってる事がずるいとか言うつもりか?

SAOの攻略組が、ただのほほんと戦ってたとでも思ってんのか?」

「そ、そこまでは言わないが……」

「そう言ってんのと同じだろうが!ふざけんな!あの人達は文字通り命を賭けて、

ボスやフロアの情報を手に入れてきたんだよ!」

「そうだそうだ!そもそもヴァルハラの人達は、

普段は遠慮して攻略には出てこないだろうが!」

「この前みたいにお前らが煽らない限りな!」

「煽っといて完封負けするとか恥ずかしくないのかよ!」

 

 どうやらプレイヤーの感情は、ほとんどがヴァルハラ寄りのようだ。

同盟のプレイヤー達は、さすがにこの話の進め方だと分が悪いと思ったのか、

露骨に話を最初の話に戻してきた。

 

「と、とにかくだ、ヴァルハラの事は関係ないから置いておいて、

うちが必ず初見でボスを倒しているのは、

普段からしっかりとどんな状況にも対応出来るように準備しているだけだ」

 

 さすがにそう言われてしまうと、中堅ギルドの連中も下手に突っ込む事が出来なかった。

そもそも同盟の疑惑とは言うが、何か証拠がある訳ではないのだ。

相手を詰めていくにはやはり証拠が少なすぎる。

 

「はぁ、攻略ギルドも大変よね」

 

 ヴァルハラはその強さ故に、批判に晒されるのはよくある事であり、

その事についてはランは何とも思わなかった。

どうせ名前が売れればスリーピング・ナイツだって叩かれるに決まってるのである。

 

「とにかく疑惑があるのは確かなんだから、

今度は一番手で入って初見クリアしてみせてくれよ」

 

 この言い方から、中堅ギルドのそのプレイヤーが、スパイの存在を疑っているのが分かる。

 

「そうしてもいいんだが、そうするとお前らの挑戦する機会が無くなっちまうからな、

それはさすがに申し訳ないから、うちはまた二番手以降でいかせてもらうさ。

俺達を疑うのは勝手だが、突っかかってくるなら何か証拠になるものでも持ってくるんだな」

「私達の事は気にせず一番手で突入してくれてもいいんだけど?」

 

 そこで中堅ギルドの女性プレイヤーがそう言い、

そのプレイヤーに対し、同盟のプレイヤーからこんな声が上がった。

 

「はっ、女連れで攻略とかいいご身分だねぇ、

あんたも精々仲間に股を開いて、いいアイテムを回してもらうんだな!

なんならハチマンに股を開けばヴァルハラに入れてもらえるかもしれねえぞ、

あそこはそういうギルドじゃないかって評判だしなぁ」

 

 もちろんそんな噂は一切無く、これはただの印象操作である。

 

「そんな噂、聞いた事ないんだけど?」

 

 その女性プレイヤーは怒りを内に秘めたような声でそう反論した。

侮辱されても感情をストレートには表に出さない、我慢強いプレイヤーなのだろう。

だがそんな彼女に容赦なく罵声が飛ぶ。

 

「なら試してみろよ、ハチマン様、私をヴァルハラに入れて下さい、

その代わりにこの体を好きにしてくれていいですってな!」

「もしくは攻略でも手伝ってもらえよ、そうすれば初見の一番手で突入しても、

楽々クリア出来るだろうよ」

「ヴァルハラに手伝ってもらえれば、さぞ楽だろうな、

結局ハチマンはただの卑怯者なんだよ!」

「俺達同盟が一番熱心に攻略を進めてきたんだ、文句があるなら実力で来いや!」

 

 同盟のプレイヤー達のその勢いに、さすがの周囲のプレイヤー達も絶句したのか、

その言葉に対して即座に反応が返ってくる事はなかった。

言ってる内容がひどすぎて、聞くに耐えなかったという面もあるだろう。

だがそんな中、両陣営の中央に進み出たプレイヤーが一人いた、ランである。

ランは愛するハチマンを侮辱され、ハッキリ言ってぶちキレていたのである。

 

「な、何だてめえは!」

「通りすがりのただのハチマンの知り合いよ、

文句があるから実力で相手をしてもらおうと思って前に出てきたと、まあそういう事」

 

 そのランの言葉に場はシンと静まり返った。

凛として立つランは、その見た目の美しさとプロポーションの良さに加え、

今はやや冷たい雰囲気を醸し出していたせいか、

それ以上ランに何か言える者はこの場には皆無であった。

 

「あら、さっきまでの威勢はどこにいったの?

心配しなくても私はヴァルハラじゃないから、この場にあそこのメンバーは出てこないわよ」

 

 その言葉で安心したのか、ぽつぽつとランに対する攻撃が始まった。

 

「何だよ、ハチマンのグルーピーって奴か?」

「毎日さぞかわいがってもらってるんだろうな!

「くそ、ハチマンの野郎、こんな美人を好きなように……」

「美人は得だねぇ、簡単にハチマンに取り入れるんだからよ!」

 

 そんな彼らに対し、ランは静かにスイレーを抜くと、そちらに剣先を向けた。

 

「ごちゃごちゃ煩いわね、実力で行くって言ってるんだから、

さっさとデュエルを申し込んできなさいよ」

「い、言われなくても!」

 

 血の気の多そうな、体格のいい両手剣使いが一歩前に出てそう言い、

ランにデュエルを申し込んだ。

二人の間には、見た目からしてまるで大人と子供くらいの身長差がある。

 

「半減決着モードでいいかしら」

「おう、それでいい」

 

 その二人の声で我に返ったのか、周りの者達は、ランに向かって口々にこう叫んだ。

 

「ちょっとあんた、やめときなって」

「そうよそうよ、女の子が無理に戦う事はないわよ!」

「男共、誰かあの子と代わってあげてよ!」

 

 そう声を掛けてきてくれる女性プレイヤー達に、ランは振り返って笑顔で言った。

 

「心配しないで、こんな雑魚に私がやられる事なんてありえないから」

 

 そう言いながらランは、とても柔らかい表情でウィンクした。

先ほどまで敵に向けていた表情とはまるで違うその表情をを見て、

周りの者達は何も言えなくなった。

 

「さて、いつでもいいわよ」

「行くぞクソ女!俺達に挑んだ事を後悔させてやるからな!」

 

 そしてデュエルが開始され、

その両手剣使いは雄叫びを上げながらランに向かって突撃した。

ランにとってはいい獲物である。

 

「考え無しに突っ込んでくるとか馬鹿なの?」

 

 ランは軽くステップを踏んでその攻撃を躱し、着地した瞬間に居合いの体勢をとり、

そのまま凄まじいスピードでそのプレイヤーの横を駆け抜けた。

ぶわっという風が舞い起こり、気が付くとランは、

抜いていた刀をチン、と鞘に収めている真っ最中であった。

 

「えっ?」

「おい、今いつ抜いた?」

「っていうかあの男、動かないぞ」

「一体どうしたんだ?」

 

 その瞬間に両手剣使いのHPバーがごっそりと削られ、

システムによってランの勝利が宣言された。

斬ってから判定まで若干タイムラグがある程の凄まじい速度の斬撃が放たれたのだが、

その攻撃がハッキリと見えたのは、本当に一部の者達だけであった。

 

「マジかよ……」

「マジよ、次、かかってきなさい」

「くそっ、今度は俺がいく!」

 

 そんな状況が延々と繰り返され、同盟の敗北者は既に十人に達しようかとしていた。

もはやランに挑戦しようという者はいなくなっており、

周囲のプレイヤー達はやんややんやとランに拍手喝采していた。

 

「凄いぞあんた!」

「まるでヴァルハラのメンバーみたいだ!」

「さすがはハチマン様のお知り合いね!」

「お、お前、一体何者だよ……」

 

 先ほどまで威勢のいい事を言っていた同盟のプレイヤーの一人が、

萎縮したような口調で弱々しくランにそう尋ねてきた。

その疑問は、同盟も含めたここにいる全てのプレイヤーに共通する思いであった。

 

「私?そうね、自分で言うのは少し恥ずかしい気もするけど、ここは敢えて名乗るわ。

私はスリーピング・ナイツというギルドのリーダーをしているランという者よ、

ちなみにハチマンからは、『絶刀』を名乗るようにと言われているわ」

 

 そのランの言葉に周囲はざわついた。

要するに今の宣言は、ハチマンが自らランに二つ名を与えたという事に他ならないからだ。

 

「絶刀………」

「スリーピング・ナイツだって」

「この前ラグーラビットの肉を沢山供給してくれたギルドが確かそんな名前だったな」

「期待の新星の登場だな」

 

 そんなランに、同盟の一人がとても悔しそうにこう言った。

 

「ちっ、所詮ヴァルハラの太鼓持ちじゃねえか」

「あら、気持ちの上ではライバルのつもりなんだけど?うちは近いうちに、

ヴァルハラに出来なかった事を探して、何か一つは必ずやりとげる予定でいるのよ」

「んな事出来っかよ」

「出来ないと思ってるあなた達には一生出来ないでしょうね」

 

 ランは笑顔でそう言い、もはやランに対して何か文句を言える者は同盟には皆無であった。

何より彼らはラン一人に手も足も出なかったのだ。

ランは中堅ギルドのメンバーや、周囲のプレイヤー達に囲まれ、

その横で同盟のプレイヤー達は、すごすごとどこかに立ち去っていった。

 

 絶刀の伝説は、ここから始まった。



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第799話 トラブルの後で

 同盟のプレイヤー達がいなくなった後、ランは多くのプレイヤーに囲まれる事となった。

 

「あんた凄いな!」

「ヴァルハラの関係者って言われた時は眉唾だなって思ったけど、

あの強さを見せつけられたら納得だわ!」

「どうして今まで無名だったのかしら」

「ハチマン様に『絶刀』を名乗るように言われたって本当?」

「お姉様!私と付き合って下さい!」

 

 最後に百合百合しいセリフが聞こえ、ランは思わず身を固くしたが、

その女性プレイヤーがそれ以上何かしてくる気配が無かった為、

ランは安堵しながら愛想よくそのプレイヤー達の相手をし、

答えるべき事にはきちんと答えていった。

そして場が落ち着いた頃、同盟と最初に揉めていた中堅ギルドのメンバーが、

申し訳なさそうな顔でランに謝罪してきた。

 

「『絶刀』さん、結果的にうちの揉め事を肩代わりしてもらうような形になってしまった、

本当に申し訳なく思う」

「あら、別に気にしないでいいのよ、私がこの場に飛び込んだのは、

単に個人的にムカついたってのが主な理由な訳だしね。どう?多少は溜飲が下がった?」

 

 そのランの言葉に、周りにいた中堅ギルドのプレイヤー達は大声で笑い出した。

 

「あはははは、正直胸がスカっとしたよ、あいつらはいつもあんな態度だからさ」

「そうだそうだ、絶刀さんがあいつらを叩きのめしていくのを見た時は本当に嬉しかったぜ」

「確かに嫌な態度だったわよね。でも一つ疑問があるのよ、戦った感じ、

ALOのトップを張れるような実力を持ったプレイヤーはいなかったと思うんだけど、

本当にあそこって攻略に関しては他の追随を許さないような成果をあげているの?」

 

 どうやらランはそんな印象を抱いたようで、その言葉を聞いたそのプレイヤー達は、

難しい顔をしながらランにこう答えた。

 

「それなんだよな……あそこは人数は確かに多いんだよ、複数のギルドの集合体だしさ」

「個人の実力はうちくらいの中規模ギルドとそんなに変わらないのに、

何故か必ず初見クリアを達成しちまうんだよな」

「SAOサバイバーの事を嫌ってるから、メンバーの中には一人もいないはずだし、

本当にどうしてクリア出来るのか謎なんだよ」

 

 複数のプレイヤーからのその話にランも同意した。

 

「なるほど、それは確かにおかしいわね、そんなに簡単な訳がないものね」

「まあヴァルハラの連中が簡単に初見でクリアするのは分かるんだけどな!あはははは!」

 

 一人のプレイヤーがそう言い、他の者達は再び楽しそうに笑った。

 

「でもハチマン達は、滅多に攻略には出てこないんでしょ?」

「おう、人数が足りなそうな時は手伝いのノリで来てくれるんだけどよ、

その時もアドバイスくらいはくれるが、

上から目線でああしろこうしろって言ってくる事は絶対にないんだよな」

「その時はうちも初見クリア余裕だぜ!」

「その時だけはな!」

「他の時はやっぱり難しい?」

「だなぁ、うちも知り合いとかと協力して、毎回三十人以上で突入してるんだけど、

やっぱり初見じゃ中々なぁ」

「そうなんだ、ちなみにハチマンも攻略に参加したりするの?」

「いや、ザ・ルーラーは基本来ないな、よく来てくれるのは黒の剣士だな」

「後はツヴァイヘンダーシルフか?」

「必中も結構多いよな」

「へぇ、そうなんだ」

 

(まあハチマンは色々と忙しいみたいだからなぁ)

 

 ランはそう思いながら、しばらくそのギルドのメンバー達と楽しく会話をしていた。

こういう場ではランはかなり社交的であり、

ハチマンを相手にする時に時々見せる変態っぷりは欠片も見せる事がない。

そんな話題の尽きない中、会話のきりのいい所でランはその中堅ギルドの者達に別れを告げ、

本来の目的の為に主街区巡りを再開する事にした。

 

「さて、そろそろ私は行くわ。今日の事は本当に気にしないでいいからね、

私が好きで首を突っ込んだだけなんだから」

「そう言ってもらえると多少気が楽になるが、それならせめて何かお礼をさせてくれないか」

 

 ランはそう言われ、別にいらないと言いかけた後、ある事に思い当たり、

駄目元でそのプレイヤーにこんな頼み事をした。

 

「そういう事ならお礼というか、もし知ってたら教えて欲しい情報があるんだけど、いい?」

「もちろんだ、うちに分かる事なら何でも教えよう」

「それじゃあ………」

 

 ランは間を置いた後、少し申し訳なさそうな口調でこう言った。

 

「七人くらいで使うのに丁度いい、ギルドハウスのいい物件に心当たりはないかしら?」

「物件?ああ、もしかして今は、ギルドハウスを探してる最中だったのか?」

「そんな感じ。ここから下に下にって主街区を下って行こうかなって思って」

「待ってくれ、ちょっと仲間に確認してみるわ」

「ありがとう、それじゃあその辺りに座って待ってるわ」

 

 ランはそう言って近くにあった噴水に腰掛けて足をブラブラさせはじめた。

丁度その時横を通りかかった一人のプレイヤーが、あっと叫んでランに話しかけてきた。

 

「あれっ、ランさん?」

「むむっ、誰かと思ったらルクスじゃない!久しぶりね」

「前一緒にスモーキング・リーフに行って以来ですね!

スリーピング・ナイツのみんなを遠目に見る機会は何回かあったんですが、

ランさんだけいなかったからどうしたのかなって思ってたんですよ」

「ごめんね、ちょっと用事でしばらくログイン出来なかったのよ」

「そうだったんですか!体調不良とかじゃなくて本当に良かったです!」

 

 ランにとって、ルクスと会うのは本当に久しぶりであり、

そんなルクスが自分の事を心配してくれていた事が分かった為、

ランは嬉しくなり、ルクスを強引に自分の方に抱き寄せた。

 

「もう、ルクスは本当にかわいいわね」

「えっ?えっ?ラ、ランさん、ちょっと恥ずかしいです」

「照れるその表情もかわいいわね、このままお持ち帰りしたいくらいだわ」

 

 丁度そこに先ほどのプレイヤーが戻ってきた。

 

「絶刀さんよ、いい情報が………って、お取り込み中かい?」

「あっと、久しぶりに会ったからつい………ごめんなさい、大丈夫よ」

 

 ランはそう言ってルクスを解放し、そのプレイヤーから情報を聞く体勢になった。

だがランはまだルクスの手を握ったままであり、

ルクスも特に用事がある訳ではなかった為、何となくそのままその場に佇んでいた。

 

「うちのギルドの話になるんだが、つい先日念願のギルドハウスを買ったんだよ」

「あらそうなの?やったわね、おめでとう」

「おう、ありがとな!でな、その際に複数の物件を仮予約状態で押さえてあったんだが、

その中の一番小さい物件なら多分七、八人で使うのに丁度良さそうだって話になってな、

今から俺がそこまで案内して仮予約をキャンセルするから、

その後にそっちで仮予約しておくといいぜ。

そこにするにしろ他の物件にするにしろ、そうすればとりあえず一週間はキープ出来るぜ」

「なるほど」

 

 その言葉に短くそう頷いたランは、チラリとルクスの方を見た。

その視線を受け、この為に自分に残っていて欲しかったのだと思い当たったルクスは、、

まだそこまでALOのシステムに詳しい訳ではなかったが、

SAO時代に同じシステムがあった事を思い出し、ランに小さく頷いた。

 

「ありがとう、それじゃあお願いしようかしら」

「任せてくれ、お安い御用だ」

 

 そのプレイヤーはドンと自分の胸を叩き、他の者達を帰らせた後、

ランとルクスの前に立ってそのまま歩き出した。

 

「二人とも、とりあえず転移門から十一層に飛んでくれ」

「分かったわ、十一層ね」

 

 そう返事をした後、ランはルクスにこう尋ねた。

 

「ごめんね、そんな訳で今から物件を紹介してもらうんだけど、少し時間はあるかしら?」

「一緒に行けばいいんですね、全然平気です、さあ行きましょう!」

「ありがとうルクス」

 

 そして二人は転移門から十一層に飛んだ。

 

「ここは何ていう街なの?」

「ここは主街区のタフトですね、レンガと石でつくられた綺麗な街ですよ」

「本当だ、凄く清潔感があって綺麗な街ね」

 

 ルクスからの説明にそう頷きながら、ランは前を歩くプレイヤーに声を掛けようとし、

ある事に気が付いてこう言った。

 

「ごめんなさい、そう言えばまだあなたの名前を教えてもらってなかったわね」

「おっとすまん、俺の名はスピネル、ギルド『ジュエリーズ』のリーダーをやってる」

「ジュエリーズ?もしかして宝石っぽい名前の人ばっかりとか?」

「立ち上げの時はそうだったんだが、今は特にこだわってない感じかな」

「なるほどなるほど、で、スピネル、あとどれくらいで着くのかしら」

「もう着くぜ、転移門から近くていいだろ?」

「もう?」

「おう、お、ここだここだ」

「早っ!」

 

 そう言ってスピネルが立ち止まったのは、綺麗なレンガ作りの一軒家だった。

 

「悪い、俺もこの後ちょっと用事があるんでな、キャンセルだけしたら戻らないといけねえ」

「ううん、十分よ、ありがとうスピネル、

また機会があったらうちのギルドと一緒に遊びましょう」

「喜んで!それじゃあまたな、絶刀!」

「うん、また」

 

 そう言ってスピネルは去っていった。

もう三十四層の攻略は始まっているだろうから何かと忙しいのだろう。

そして残された二人は、とりあえずその一軒家を仮予約し、中に入った。

 

「うわ、素敵な家ですね、立地的にも申し分ないですし」

「部屋数は………一階は広めのリビングとそれに併設されたキッチン、か」

「二階には中くらいの部屋が二部屋と、大きめの部屋が一つありますね」

「庭もそれなりに広いわね、よくここが売れ残っていたものだわ」

「ですね」

「ルクスはこの家の事、どう思う?」

「そうですねぇ、正直凄くいいと思います、ここを買うんですか?」

「まだ候補の一つだけど、そうなるかもしれないわね」

「わぁ、もしそうなったら遊びに来てもいいですか?」

「ええ、喜んで」

 

 こうして紹介された拠点候補を仮予約で押さえたランは、

その後もルクスに付き合ってもらい、いくつかの拠点を仮予約した。



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第800話 業腹ね

 ランは結局全部で五件の物件を仮予約した。

ちなみに同時に仮予約が出来るのは、ギルド一つにつき五件までとなっている為、

その全ての枠を使った感じとなる。

 

「ふう、とりあえずこんなものかしら」

「どの物件も素敵でしたよね、でも一番はやっぱり最初の所ですかね?」

「そうね、私もそう思ったわ」

 

 二人はそのままスピネルに紹介してもらった最初の家に戻り、

リビングでくつろぎながら、少し雑談をした。

 

「そういえばルクスは何であそこにいたの?新しく行けるようになった三十四層の観光?」

「あ、いえ、はじまりの街でとある噂を聞いたからですね、

三十四層で同盟相手に『ゼットー』っていう女性プレイヤーが無双してるって言ってたから、

ちょっと興味本位で見に来たんですよ、もっとも間に合わなくて、

それっぽいプレイヤーはもういなかったですけどね」

「えっ?」

 

 ランはそのルクスの言葉にキョトンとした。

 

(あれ、さすがにあの状況なら私が絶刀だって分かるんじゃないかなぁ……

連呼されてたのにおかしいわね、発音が違うせいかしら。

ルクスは喋り方はのんびりしてるけど、別に鈍くはないはずなんだけど)

 

 そんな事を考えていたランに、ルクスは次にこう尋ねてきた。

 

「ランさんは見ましたか?ゼットーさん」

 

 そのルクスのアクセントがやはり引っかかったランは、

まさかと思いつつも恐る恐るルクスにこう聞き返した。

 

「ね、ねぇルクス、ゼットーさんってそのプレイヤーの名前?」

「はい、私はそう聞きました」

「ああ、やっぱり………」

「やっぱり何ですか?」

 

 きょとんとするルクスに、ランははっきりとこう言った。

 

「ルクス、ゼットーってのは、プレイヤーの名前じゃなくて二つ名よ。

字で書くと、絶対の絶に刀よ。だから発音もそうじゃないわ」

「えっ?」

 

 そのランの言葉が徐々に脳に染み渡るのと同時に、

ルクスの顔がどんどん赤くなっていった。

 

「わ、私ったら何て勘違いを……」

「まあ気にしない気にしない、噂話を小耳に挟んだだけだったらしょうがないわよ。

で、もう分かったと思うけど、私がその『絶刀』よ」

「ええっ、ゼットー……じゃなかった、絶刀ってランさんの事だったんですか!

そういえばずっと目の前でそう呼ばれてたのに、

私ってばはなから人の名前だと思ってて、言葉が脳に入ってきてませんでした……」

「あは、ルクスにもそんなドジっ子な部分があったのね。、

前にハチマンにね、自信がついたらそう名乗るように言われてたの。

もっとも人前で名乗ったのは今日が初めてなんだけどね」

「って事は、やっとそう名乗る自信がついたって事なんですね」

「ええ、今の私は相当強いわよ、ふふっ」

 

 ランは躊躇いなくそう言い、得意げに鼻を膨らませた。

 

「凄いなぁ、前から強かったランさんがもっと強くなったなんて、

一体どのくらいのレベルなのか想像もつかないです!」

 

 その言葉に気を良くし、ランが何か言おうとしたその時、不意に玄関の呼び鈴が鳴った。

 

「あら?誰かしら。ここを知っている人は限られてるし、

いたずらじゃなければもしかしてスピネルかな?」

 

 ランはそう言って外を見る為のモニターを表示させ、

それを見た瞬間に慌てて玄関の方へと走っていった。

 

「あっ、ちょ、ちょっとランさん!」

 

 ルクスはランにそう声をかけたがランは止まらない。

 

「どうしちゃったんだろ」

 

 そう思ったルクスはモニター画面を見てみる事にし、

そこにハチマンの姿が映っている事に気が付いた。

 

「ああ、そういう」

 

 ルクスはそれで納得し、とりあえずこの場で待つ事にし、

ほどなくしてランがハチマンを伴って戻ってきた。

ランはその後二人に飲み物を用意したが、今はキッチンに何もない為、

ストレージにしまっておいた飲み物を出しただけである。

 

「あれ、ルクスも来てたのか」

「はい、偶然三十四層でランさんとお会いしたんですよ」

「というかハチマンはどうしてここの事が分かったの?」

「三十四層でさっき揉め事があったんだろ?

そこでうちの名前が出たっていう情報が伝わってきたんでな、

状況を把握しようと聞き込みをしたら、スピネルの所が揉めた事が分かって、

ジュエリーズの所にギルドハウス購入のお祝いがてら、出向いてみたら、

ここの住所とお前の名前が出てきたんでな、

お前の方の事情も聞いてみようと思って出向いてきたって感じだな」

「あっ、そういう事だったんだ」

「というかお前、遂に自分から絶刀を名乗ったんだな」

「うん、そろそろかなって思ったの」

「まあそうだな」

 

 ハチマンは頷きつつ、続けてランにこう言った。

 

「それじゃあもう他のプレイヤーに、簡単に負ける訳にはいかなくなったな」

「望むところよ、向かってくる敵を全部フルボッコにしてやるわ」

「まあ頑張れよ」

 

 ハチマンはそう言ってお茶を飲むと、ランの顔を真っ直ぐ見ながら言った。

 

「それじゃあ同盟と揉めた時の事をお前の視点から教えてくれ」

 

 そう言われたランは、ハチマンにさっきの出来事の説明を始めた。

 

 

 

「………とまあこんな感じ」

「ふむ、ルクスが聞いた噂ってのはどんな感じだ?」

「あ、はい、概ね今の話の通りですね、まあ私は直接その現場は見られなかったんですけど」

「ふ~む」

「ちなみに周りにいた人達の反応は、また同盟かって、嫌悪感に満ちた感じでしたね」

「なるほど、同盟の疑惑はやはり世間的には結構根が深い問題なんだな」

「どうなの?やっぱり同盟は何か不正を行っているの?」

「いや、まだ分からん。だが何かをしているのは間違いないだろうな」

「何か、か………」

 

 ランはそう呟いた後、じっとハチマンの顔を見つめた。

 

「同盟の事を調べたりしないの?」

「それはまあそのうちな、現状特にうちに被害が出ている訳じゃないし、

バグ等の不正利用をしている気配もないからな」

「結局基本的には当事者間で何とかしろって事になるのね」

「当面はそういう方向になるだろうな、まあうちが動くとすれば、

同盟が明らかにプレイヤー倫理にもとる事をやってたとか分かった時だろうよ」

 

 だがランはかなり不満げのように見えた。

 

「ラン、不満か?」

「ええ、ハチマンを侮辱したあいつらにでかい顔をさせておくのは業腹なんだけど」

「言わせとけ言わせとけ、目に余るようならうちで潰すから気にするな」

「無理、気になる」

「じゃあお前があいつらに一泡ふかせてやるといい」

「うん、そうする」

 

 ランはためらいなくそう言い、ルクスはそれを聞いてさすがだなと頷き、

ハチマンは苦笑しつつも特にランを止めたりするようなそぶりは見せなかった。

 

「まあ事情は分かった、それじゃあ俺は今日は落ちるぞ」

「あっ、私もそろそろ友達とお出かけする用事があるので落ちますね」

 

 蛇足ではあるが、その友達とはリズベットとシリカの事である。

ルクスには昔のハチマン並に友達が居らず、

他に友達と呼べるのはアスナとキリトくらいのものなのだ。

そして二人が去った後、ランは大人しくベッドに横になって直ぐに眠りにつき、

色々あったこの日はこうして終了した。

 

 

 

 そして次の日の朝、ランは再び朝一番にスモーキング・リーフへと向かった。

これは単に一人で朝食をとるのが寂しく感じられた為であり、

ランは図々しくも、リナの作った朝食のお相伴に預かるつもりでいたのである。

 

「あっ、ラン、遊びに来たのな?」

「………そこは、何か用事?と聞いてほしい気もするわね」

「ランは用事が無くてもよくここに来るからな、

まあランと話すのは面白いからいつでも歓迎なのな」

 

 そう言ってリナは、ランの分の朝食の用意を始めた。

 

「ランも一緒に朝ご飯を食べていくのな?」

「ありがとうリナ、有り難く頂くわ」

 

 そこに続々と姉妹達が入室してきた。

 

「おっ、ラン、久しぶりだな、元気か?」

「うん、元気元気」

「なら良かった、今度一緒に狩りにでも行こうぜ、新しい魔法の練習をしたいんだよな」

 

 リクはそう言って快活に笑った。次に出てきたのはリョクである。

 

「およ、ラン、家探しは上手くいった?」

「うん、五つほど候補を押さえておいたわ、ありがとうね、リョク」

「どういたしましてじゃん」

 

 そしてその後にリンとリョウが続く。

 

「おはよう」

「おはようリン、ちょっと眠そうだけど大丈夫?」

「昨日は在庫整理に少し手間取ってな、でも問題ない、大丈夫だ」

「そう、それなら良かったわ」

「あっれ~?ねぇラン、とりあえず戦う?」

「ごめん、ソードスキルの復習もしたいし、また今度ね」

 

 どうやらリョウは、ランの成長を敏感に感じ取ったらしい。

そしてその後からリツがパタパタと足音を鳴らしながら姿を見せた。

どうやら走ってきたらしい。

 

「みんな、もうすぐ………あ、ラン、来てたのにゃ?」

「うん、朝ご飯をご馳走になりにね」

「丁度良かったにゃ、もうすぐスリーピング・ナイツのみんなが戻ってくるらしいにゃ」

「もうすぐ?そうなの?」

「今から帰るって連絡が、たった今あったのにゃ。

なのでみんなは持ち込まれる素材を整理する為に、その時間に家に残ってて欲しいのにゃ」

「今から?まあまだ時間はあるよな?」

「そうにゃね、多分四時間くらいはかかりそうかにゃ」

「オーケーオーケー、それじゃあ俺は、それまでもう一度寝てくるぜ」

「私もそうしようかねぇ」

「それじゃあ私は倉庫にそのスペースを確保しておこう」

「ならリナもリンねぇねを手伝うのな」

「大丈夫だ、大した量じゃないから、リナはランとお喋りしているといい」

「む~ん、分かった、そうするのな」

 

 そしてまったりした時間が過ぎ、

遂にスモーキング・リーフにスリーピング・ナイツのメンバー達が戻ってきた。

そんな彼らが見たのは、リツとリナと一緒に美味しそうにお茶を飲むランの姿であった。

 

「あらみんな、待ちくたびれたわよ」

「「「「「「何でいるの!?」」」」」」

 

 これがランが仲間と再会するまでの顛末である。




スリーピング・ナイツが遂に再び全員揃いました!


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第801話 スリーピング・ガーデン

「何でと言われても、みんなを待っていたからとしか……」

 

 言えないのだけれど、そう言いかけたランに、いきなりユウキが抱きついた。

 

「ランの馬鹿、馬鹿馬鹿馬鹿!」

「ちょっとユウ、いきなり何を……」

 

 だがユウキはランから離れようとはしない。

リーダーとしての責務を果たそうとずっと気を張ってきたユウキであったが、

ランと再会した事により、張り詰めていた気持ちが一時的に切れたのだろう。

そして他の者達も、口々にランを気遣うような事を言った。

 

「おいラン、体の方は大丈夫なのか?」

「検査だったのよね、結果は問題ないの?」

「まったく心配させすぎだよね」

「いきなりだったからなぁ」

 

 次々と仲間達に心配され、ランは申し訳なさを感じていたが、

理由を言う訳にもいかないのでここは誤魔化すしかない場面である。

 

「もちろん大丈夫よ、昨日も同盟のプレイヤーをデュエルで何人も血祭りにあげたわ。

ブラッド・フェスティバルよ、わっしょい!」

 

 ランは仲間達を安心させようと、ついついそんな事を言ってみたが、

さすがはランを付き合いの長い連中である。当然全員その最後の言葉はスルーした。

唯一の例外がユウキである。

 

「その言葉を付け加える意味が分からないんだけど」

 

 そう言いながらもユウキは、以前と変わらぬランの様子に安心したような表情を浮かべた。

 

「でもデュエルって………」

「とりあえずその話も後で詳しくみんなに教えるわ」

「まあ元気そうで良かったよ、これでやっとボクのリーダーとしての仕事も終わりかな」

「うむ、ご苦労」

「い、いきなりえらそう………」

「えらそうなのではないわ、エロいのよ」

「そこはエロいのよって言う場面だよね!?」

 

 ユウキは慌ててそう返したが、

自分が『えらいのよ』と『エロいのよ』を間違えた事にはまだ気付いていない。

 

「あら、ユウまでエロいのよと言うなんて、

やはり私のエロさがこの一週間でパワーアップしたという事ね」

「えっ?ボクそんな事言ってないよ?」

 

 そう言いながらユウキは仲間達の方を見た。

だが二人の漫才を黙って見ていた他の五人は一斉に首を振った。

 

「言ってたぞ」

「言ってたね」

「言ってました」

「言ってたわよ」

「そ、その、ドンマイですよ!」

 

 五人にそう断言されたユウキは、愕然とした顔で頭を抱えながらその場に蹲った。

 

「ど、どうしよう、ボクにランの病気が染っちゃった……」

「おいコラ、実の姉のエロさを病気扱いするんじゃないわよ」

 

 ランは片言でそう言いつつも、そっとユウキの頭を抱きしめ、

ユウキは一瞬ビクッとしたものの、そのままランに身を任せ、

若干甘えるようなそぶりを見せた。姉妹の感動的なシーンである。

だが次のランの言葉がそのいいシーンをぶち壊しにした。

 

「はい、ユウにエロ菌が感染したわ、次はユウが鬼ね」

「この感動的なシーンでいきなり何を言っちゃってるの!?」

「はいはい、あなたにそういうのは似合わないのよ、いつも通りの明るいユウでいなさい」

 

 ランはそう言ってそっぽを向いた。どうやら今のはランなりの照れ隠しのようである。

それでユウキも立ち上がり、いつも通りの笑顔を見せた。

 

「まあランが元気そうで本当に良かったよ、でも連絡くらいしてくれれば良かったのに。

ギルドメンバーリストの名前も消えたままだったし」

 

 そう言われた瞬間に、今度はランの挙動が怪しくなった。

 

「そ、それはみんなの気を散らしちゃいけないと思って」

 

 ランは目を逸らしながらそう言った。不審な事この上ない。

 

「別にそんな事で気は散ったりしないけど……もしかして面倒だった………とか」

「そ、そんな事ある訳が……そもそも……」

 

 ランがそう言いかけた時、横で二人の話を聞いていたリナが、空気を読まずにこう言った。

 

「あれ?でもランはヨツンヘイムに行くのは面倒臭いって言って………」

「あああああ、今日も空が青いわ、実に清々しい一日ね!

さあみんな、今日も張り切って活動しましょう!」

 

 ランは慌ててそう叫んだが時既に遅し、

スリーピング・ナイツの一同はランを白い目で見つめ、

誤魔化しきれないと悟ったランはその場で正座をし、床に三つ指をついて素直に頭を下げた。

 

「ごめんなさい、面倒だったのでサボりました」

 

 その謝罪を受けた一同は、ランらしいと苦笑する事しか出来なかった。

 

「まあ別にいいだろ、確かにあそこに一人で来るのは面倒だしな」

「だね、とりあえずお互いの話を聞かせ合わないとだし、

素材を換金してもらってどこかで落ち着こうよ」

「それならもう確保してあるから大丈夫よ」

「そうなの?一体どこに………って、それは後でいいか。

リョクちゃん、とりあえず素材の買取りをお願いしていい?」

「あいよ、いつもありがとじゃんね。

あ、前の素材の代金の残りは、もうランに渡してあるからね」

 

 そして無事に素材の売却を終えた一同は、今回もかなりの金額になった事を喜びつつ、

ランの案内でそのまま十一層へと転移した。

 

「で、その宿ってどこ?」

「こっちよ」

 

 そしてランに、どう見ても宿屋ではない建物に案内された一同は目を丸くした。

 

「こ、ここは?」

「スリーピング・ナイツのギルドハウス候補の一つよ、

勝手な事をしてしまって悪かったけど、いい物件だからとりあえず仮押さえしてあるわ」

「確かに素敵な物件ですね」

「仮押さえって、お金は?」

「仮だからまだかかってないわよ、今のうちの資産も大体把握出来たから、

資金的に無理の無い範囲で全部で五件程押さえてあるわ」

「ええっ?よくそんなに見つけたね」

「ここは昨日の同盟とのデュエルの時に知り会った人に紹介してもらって、

他の四件はルクスと一緒に探して見つけた所ね」

「ルクスが手伝ってくれたんだ!」

「ええ、昨日偶然会ったから、付き合ってもらったの」

「し、仕事が早え………」

 

 そして中に入った一同は、情報のすり合わせを始めた。

 

「こっちはまあ簡単かな、運良くラグーラビットの新しい狩り場を見つけてさ、

そのせいで当分資金のやり繰りに困らないくらいの大金を手に入れたよ」

「それはリナから聞いたわ、かなり稼いだってのは知ってたけど、

まさかここまでとは思わなかったけどね」

「で、それを二回ほどやった後、

ヨツンヘイムに行って各自で体術を意識しながら修行してさ」

「で、ボクがオリジナル・ソードスキルの開発を終えた所で戻ってきたって訳」

「オリジナル・ソードスキル?完成したの?」

「うん!」

「聞いて驚け、多分今のALOでは最高峰の、十一連だぜ!」

 

 十一連と聞いた瞬間に、さすがのランも呆然とした顔をした。

スモーキング・リーフでの雑談でそれ系の話も出てきたのだが、

まだ五連以上のソードスキルを開発出来たプレイヤーは一人もいないと聞いていたからだ。

その話をランから聞いた一同は、難しい顔をしながら口々にこう言った。

 

「やっぱり突き中心にしたのが勝因みたいな?」

「ソードスキルっていうと、どうしても斬撃メインで考えちゃうからね、

まあ突きもそう簡単じゃないだろうけど、斬撃より楽なのは確かだし」

「派手に剣を振るうのは格好いいけど、どうしても体重移動がね」

「それでもまあそのうち誰かが開発すると思うけどな!」

「それにしても十一連って………」

 

 ランは漠然と、それが個人に作れる限界近い領域なんだろうなと感じていた。

 

「で、名前は?」

「えっと、マザーズ・ロザリオにした」

「マザーズ・ロザリオ……」

 

 そう言われたランは、以前ハチマンにもらい、

今もずっと胸に掛けっぱなしのロザリオを握りしめ、

ユウキもそれを見て、大切そうに自分の胸にかかっているロザリオを握りしめた。

 

「最高の名前ね」

「うん、ありがとうラン!」

 

 ユウキ達の話はそれで終わり、そして次はランの番となった。

 

「私の方は簡単よ、あなた達がヨツンヘイムにいると聞かされて、

そこまで行くのが面倒だと感じた私は………」

「め、面倒だって、もうハッキリ言っちゃうのね」

「素材の料金を受け取って、大体の手持ち金額を把握出来たから、

そろそろうちの拠点も探しておかないといけないと思って、

三十四層から順番に、いい物件がないか探しておこうと思ったのよ」

「確かにいつまでも宿屋暮らしってのもな」

「うん、ラン、グッジョブ!」

「ありがとう、で、その三十四層で、ちょっとしたトラブルに巻き込まれたの」

 

 そしてランは、ジュエリーズと同盟のいざこざや、

その流れでハチマンを侮辱されて我慢が出来なくなり、

デュエルを吹っかけて全員をボコボコにした事をみんなに話した。

 

「おお」

「ラン、えらい!」

「よくやった!」

「でしょ?さすがの私も我慢する事は出来なかったわ」

「分かる」

「多分俺でも同じ事をした!」

「ボクもきっとそう!」

 

 一同大絶賛である。

 

「でね、その流れで何かお礼をしたいって、

ジュエリーズのリーダーのスピネルって人に言われたから、

この物件を紹介してもらったと、まあそういう訳」

「そういう流れかあ」

「で、他にも四件あると」

「うん、そのデュエルの直後にルクスと会ってね、一緒に回ったわ」

「それじゃあ早速そっちも見てみようぜ!」

「そうね、行ってみましょうか」

 

 さすが思い立ったらすぐ動くがモットーのスリーピング・ナイツは、

そのまま他の四件の物件を見た後で、やはり最初の物件が一番いいという事になり、

元の十一層へと戻ってきた後、速攻でその物件の購入を確定させた。

この家は当然スリーピング・ガーデンと名付けられ、

遂にスリーピング・ナイツは、ALOに確固たる拠点を確保する事に成功した。

 

「よし、それじゃあ今日は色々と必要な物を分担して買いに行きましょう、

その状況によっては、今度ハチマンを呼び出して、

足りない物を色々と作ってもらわないといけないしね」

 

 スリーピング・ナイツはALOでの生活基盤を整備し終えた後、

話し合いを経て、次の目標である黒鉄宮に向かう事となる。



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第802話 あの幻影の少女は

「おはようみんな」

「おはようラン!」

「いやぁ、昨日はぐっすり眠れたな!」

「やっぱり自分達の家があるっていいよね」

「借家じゃやっぱり寛げませんからね」

 

 スリーピング・ナイツのメンバー達は、スリーピング・ガーデンで初めての夜を過ごし、

全員が自宅と呼べる場所があるという幸せを噛みしめていた。

 

「さて、それじゃあ朝食にしますかね」

「今日は予定通りに黒鉄宮でいいのか?」

「ええそうね、まあ今の私達ならもう余裕だと思うけれど、油断しないでいきましょう」

「ついに兄貴に与えられた試練をクリアする時が来たぜ!」

「やってやりましょう」

 

 皆はそう気勢を上げ、転移門を通り、はじまりの街へと乗り込んだ。

 

「さて、黒鉄宮に向かうわよ」

 

 一同はそのまま黒鉄宮目指して進んでいった。

さすがにまだランの見た目と二つ名は広まっていないようで、

道中で特に誰かに声をかけられる事はなかったのだが、

剣士の碑の前に通りかかった時、ランに声をかける者がいた。

 

「お、そこを行くのは絶刀さんか?」

 

 そのセリフを聞いた他の者達は驚いたような表情を見せた。

どうやらまだランから、絶刀を名乗る事にしたとは聞いていなかったらしい。

 

「あら、スピネルさん、おとといぶりね」

 

 そこにいたのは先日家を紹介してくれたスピネルであった。

後ろにはおととい会った他のメンバーの姿もちらほら見え、

ランは嬉しそうにそちらにも手を振った。

 

「おお?今日はそっちも仲間と一緒なんだな」

「ええ、昨日合流したの。ふふっ、みんな強そうでしょ?」

「おお、何か雰囲気があるな、特にそこの、絶刀によく似た子とかはやばそうだ」

 

 スピネルはユウキの方を見ながらそう言った。

 

「あら、よく分かるのね、この子は私の双子の妹のユウキよ、

ここだけの話、もうすぐ絶剣を名乗る予定になってるの」

「は、初めまして、ボクはユウキです」

「おう、これから宜しくな、ユウキちゃん」

「ユウ、それにみんな、

この人がスリーピング・ガーデンを私に紹介してくれたスピネルさんよ」

「あっ、そうだったんだ、ありがとうお兄さん!」

「「「「「ありがとうございます!」」」」」

 

 そうお礼を言われた当のスピネルは、ランに詳しく説明されなくても事情を察したのか、

鷹揚な態度でひらひらと手を振った。

 

「そうか、あの家を買ったんだな、それなら紹介した甲斐があったってもんだよ」

「ふふっ、みんなあの家を気に入ってしまったの」

「そうか、本当に良かった。で、今日はどうしてここに?剣士の碑でも見にきたのか?」

「ううん、これから黒鉄宮に向かう予定なの」

「黒鉄宮?あそこか……あそこにもいずれ攻略の手が回ると思うが、

階層更新の方が忙しいから、ほとんど手付かずなんだよなぁ」

「ヴァルハラが三十層近くまで攻略してると思うのだけれど」

「そうそう、そんな感じだな。ただそっちはほら、名誉っていうか、

そういうのが足りないからうちもあまり攻略に熱心にはなれないんだよな」

 

 そう言ってスピネルは、剣士の碑の方をチラっと眺めた。

 

「ああ、名誉、名誉ね、確かにそうかも」

「だろ?あそこに名前が載るってのは、

一流プレイヤーの仲間入りをしたって事になるからさ、

俺としても、いつかはギルドの全員の名前を載せてやりたいって思ってるんだよな」

「でも同盟の存在のせいで、中々そうもいかない訳ね」

「まあそういうこった、向こうが本当に正々堂々と攻略してるなら、

今の状況にも別に文句は無いんだがな」

「そうね、怪しすぎるわよね」

 

 そんな会話を交わす二人の横から、ユウキがこう質問してきた。

 

「ねぇ、前から気になってたんだけど、この剣士の碑ってどんな場所なの?」

「ここはフロアボスを討伐したレイドから八人の名前が選ばれて表示される場所だな」

「あ、そういう事だったんだ!」

「よく見てみなさいユウ、あちこちにハチマンの名前があるわよ」

「うわ、本当だ、そっか、そういう場所なんだ」

 

 ユウキは目をキラキラさせながらそちらを見、そんなユウキにスピネルが言った。

 

「いつかうちとそっちで合同であそこに名前を載せるってのも楽しそうだな」

「ええそうね、その時は是非宜しくお願いするわ」

「こちらこそ喜んで」

 

 二人はそう言葉を交わして握手した。

 

「それじゃあ私達はそろそろ行くわ」

「おう、頑張ってな」

「そっちもね」

 

 そしてジュエリーズと別れた後、ノリが勢い良くランに迫ってきた。

 

「ちょっとラン、どういう事?」

「ん、どうしたの?」

「いや、さっき絶刀って………」

「ああ、その事。おととい同盟の雑魚共を蹴散らした時に、

多くの観客の前で絶刀を名乗ったのよ。

その事にはハチマンも特に異論を差し挟まなかったから、

今の私の実力が、絶刀を名乗るに足ると判断してもらえたんじゃないかしら」

「そ、そうなの?でもラン、しばらくゲームにログインしていなかったんじゃ……」

「け、検査の間に一人で修行してたのよ、時々ハチマンにも手ほどきしてもらってね」

 

 ランはそう言い訳し、他の者達も一応その説明に納得した。

 

「なるほど、そういう事か」

「ハチマンさんに?ラン、ずるい!」

「ノリは隠れハチマン好きすぎるでしょう」

「全然隠れてないけどな」

「ボ、ボクは?ボクももう絶剣を名乗っていいのかな?」

 

 ユウキがやや興奮ぎみにそう言い、ランは腕組みしながらユウキにこう答えた。

 

「そうね、ユウももう絶剣を名乗ってもいいとは思うのだけれど、

それには一つ、絶対に外せない条件があるわ」

「条件?どんな?」

「赤の他人の前で、それっぽい実績を示す事」

 

 その言葉にユウキも含めた他の者達は納得した。

 

「ああ、そっか、二つ名ってそういうものだよね」

「ええ、自分で勝手に名乗るだけじゃ、説得力が無いものね」

「確かに……」

 

 そうランに説明されたユウキは、鼻息も荒くこう言った。

 

「分かった、ボクもそういうチャンスを逃さず、実力を世に示すよ!」

「その意気よ、頑張りなさい」

「うん、頑張る!」

「決して焦らないようにね、先ずは黒鉄宮の三十層からよ」

「だね!」

 

 そして黒鉄宮に入ったスリーピング・ナイツは、

とりあえず前回の続きである十八層を目指した。

 

「さて、またカエル天国か……」

「タイニートードちゃん、久しぶり!」

 

 そこからトード地帯を経てジャイアント・トード地帯へとたどり着いた一行は、

敵の歯ごたえの無さにやや驚かされた。

 

「敵が遅い……」

「ラグーラビットの足元にも及ばないわね」

「しかも弱い……」

「こんなもんだったっけ?」

 

 この事からも、スリーピング・ナイツがかなり成長した事が分かる。

 

「ラン、どうする?」

「そうね、一気に二十五層くらいまで駆け抜けてみましょうか」

「オーケー、スリーピング・ナイツ、ゴー!」

 

 そのユウキの声を合図にスリーピング・ナイツは走り出した。

道中を急いだ分、敵の出現数は少なく済み、一行はあっさりと二十五層へとたどり着いた。

 

「よし、ここで敵の強さを調べるわよ」

「オーケーオーケー、ちなみに出てくる敵がジャイアント・トードだったらどうする?」

 

 そのジュンの問いに、ランはあっさりとこう答えた。

 

「当然スルーして次に行くわ」

「一気に三十層まで行くのもアリだと思うけど」

「一応よ一応。もし三十層の分岐の奥でおかしな罠に巻き込まれて閉じ込められたとして、

そこの敵を相手にするのに何かのアイテムが多めに必要とかなったら困るしね」

「ああ、そういうのもあるね、うちはヒーラーが少ないから」

 

 ジュンがぼそりとそう呟き、ヒーラーという言葉で、

ユウキの脳裏に先日知り合った一人のヒーラーの優しげな笑顔が浮かんだ。

 

「ここにアスナがいてくれたら良かったのになぁ」

 

 ちなみにスリーピング・ナイツの全員が、

ヴァルハラの事を調べる必要性を感じていたにも関わらず、何かと忙しかった為、

精々がメンバーリストを簡単に眺めるくらいであり、

まだ誰もメンバー個々の事を詳しく調べた者はいないのである。

 

「アスナ?誰?まさかユウ、私というお姉ちゃんがありながら浮気を……」

「そこはハチマンの名前を出すべきだよね!?」

「ハチマンはユウのお姉ちゃんじゃないのよ!」

「ごめんラン、ちょっと意味が分からない」

 

 そうユウキに言われたランは、一瞬悲しそうな表情をした。

先日ユイにお姉ちゃんと呼んでもらったランは、

このどさくさに紛れてユウキにもお姉ちゃんと呼んで欲しかったのである。

だがさすがに今までずっとお互いの事を名前で呼び合ってきたせいか、

ユウキが自主的にそう呼ぶのを期待するのはかなりハードルが高いようであった。

 

「で、アスナって誰?」

「あ、うん、モブを釣るのが上手いヴァルハラのヒーラーさん?ちなみにボクの友達」

「へぇ、そんな知り合いが出来たのね」

「うん、アスナってば、綺麗な長い水色の髪をした、とっても美人さんなんだよ」

「わ、私とどっちが美人!?」

「え~?そんなの決まってるじゃん」

「そ、そうよね、私とユウはほとんど同じ顔なんだし、当然私を選ん………」

「アスナ」

「うがあああああああああああああ!」

 

 ランはユウキがそう言った瞬間に発狂モードに入り、辺りを滅茶苦茶に走り始めた。

 

「うわ、ランが壊れた」

「おいユウキ、責任をもってランを止めてくれよ」

「え~?ああなったランを止めるのってかなり面倒臭そうなんだけど………」

 

 そう言ってユウキがランに声を掛けようとした瞬間にランは走るのをやめ、

平然とした顔で元の場所に戻ってきた。

 

「そういえばアスナって、ユキノさんのSAO時代の名前じゃなかったかしら」

「落ち着いたと思ったらいきなり何!?え、そ、そうなの?」

「ハチマンのSAO時代の彼女の名前はアスナだったらしいわ、

つまりそれって正妻であるユキノさんが昔そう名乗ってたって事でしょう?

この前当時の説明をしてもらったから間違いないわ」

「そうだったんだ、へぇ………」

 

 ランの勘違い、ここに極まれりである。

もっともそれを言ったらここにいる全員がそうなのではあるが。

 

「それじゃああれだ、ALOに先にアスナがいたから、

ユキノさんはアスナって名前を選べなかったって事になるのかな」

「『アスナ☆』とか、『ア†ス†ナ』とかいう手もあったかもだけど、

ユキノさんはそういう事をする人じゃ無さそうだしね」

「「「「「「さすがにそれは無い」」」」」」

 

 全員に即座にそう否定されたランは、拗ねた表情で頬を膨らませた。

 

「何よ、みんなして私の事を中二病とでも言いたいの?」

「そこまでは言ってない」

「これはある意味自爆なのでは」

「いや、ランは中二病だろ?」

「むしろ違うと思っていた事の方が驚きですよ」

「むぅ……」

 

 ランは分が悪いと思ったのか、露骨に話題の修正に入った。

 

「で、アスナってどんな人なの?」

「えっとね、水色の長い髪が凄く綺麗で、笑顔がかわいくて、

専門のヒーラーなんだろうけど、凄く上手かった!」

「そうなんだ、シウネーはどう思った?」

「はい、多分敵を釣りながら回復魔法の詠唱も行ってたと思います」

「それは凄いわね……」

 

 ランはシウネーのその意見を聞き、素直に感心した。

 

「さすがヴァルハラと言うべきかしら、しかし水色、水色の髪ね……」

 

 ランはその言葉に記憶が刺激されるのを感じ、

何となしに腰に差していたスイレーに手を添えた。

その瞬間にランの脳裏に以前初めてスイレーに触った時に見た映像がフラッシュバックした。

 

「あっ!」

「どうしたの?」

「ユウ、覚えてない?初めてあなたがセントリーに触れた時の事」

「初めてセントリーに?…………あっ!」

 

 そう言われて思い出したのか、ユウもあっという表情をした。

 

「どう?」

「確かにあの時見えた女の子って、アスナそっくりかもしれない」

「そのアスナって子はレイピアは使えるの?」

「使えない………んじゃないかな、武器で戦ってるのなんて見た事ないし」

「そう、まあでもこれが偶然とは思えないわ、

どんな不思議な力が働いているのかは分からないけど、

私達があの時見た映像の少女が手に持っていたのが、

レイピアじゃなく杖だった可能性も否定出来ないしね」

「う、うん、確かにそうかも」

「まあとりあえず直ぐにどうこうする話ではないし、それは一時置いておいて、

今は三十層の攻略の事だけを考えましょう」

「そうだね、そうしよっか!」

 

 そしてスリーピング・ナイツは進軍を再開し、

正確には二十五本目の分岐という意味であるが、黒鉄宮の二十五層へとたどり着いた。

だがそこにいたのは、今までと変わり映えしないジャイアント・トードの姿であった。

 

「う~ん、仕方ない、このまま三十層まで駆け抜けましょう」

「「「「「「了解!」」」」」」

 

 そして三十層に到達した瞬間に、空気が変わったような気がした。

 

「これは……」

「前にトードがジャイアント・トードに変わった時の雰囲気と同じだね」

「あっ、見て、あれ!」

 

 そこで一同が見たのは、ジャイアント・トードよりも更に大きい、

スカベンジャー・トードという新種のカエルの姿であった。



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第803話 トード・ザ・インフェクション

「来た!新種のカエル来た!」

「とりあえず一戦してみて敵の情報を探りましょうか」

「そうだね、みんな、数が多いから気をつけて!」

 

 三十回目の分岐で初めて出現したそのカエルを相手に、

スリーピング・ナイツはフォーメーションを組み、立ち向かった。

 

「名前はスカベンジャー・トードみたいだな」

「ドロップアイテムは?」

「また肉だけみたい」

「多分美味いんだろうけど、これはちょっとなぁ……」

「いえ、リストによると、こいつの肉はまずいらしいです」

「え、って事は………」

「はい、食肉としてはゴミですね、でも素材にはなるらしいですよ」

「オーケーオーケー、まあ敢えて捨てるのも勿体無いし、

とりあえずアイテムに関しては放っておいて、このまま進むわよ!」

 

 さすがにこのスカベンジャー・トードは、

表の最高到達階層近い三十層クラスの敵という事もあり、

戦っていても、かなり手応えが感じられた。

もっとも苦戦する程ではなく、一同は順調に奥へ奥へと進んでいった。

 

「ん、行き止まりか?」

「いや、これ、扉じゃないか?」

「って事はボス部屋?」

「ついにか……」

 

 一同はボス部屋を前にして、やや緊張していた。

そんな仲間達の緊張をほぐしたのは、リーダーのランであった。

 

「それじゃあ遠慮なく、なでなでっと」

「きゃっ!」

 

 ランはいきなりノリのお尻に触り、

男勝りのノリにしては珍しく、そんなかわいい悲鳴を上げた。

 

「何するんだよラン!男も女もお構いなしかよ!」

「失礼ね、私は立派な痴女だから、男にしか興味がないわ」

「自分で痴女って言うとか……」

「まあランらしいよ、うん」

「兄貴も苦労するよな……」

「平常運転ですね」

「我が姉ながら恥ずかしいよボクは……」

「惜しい!」

 

 お姉ちゃん、までニアピンだったと思ったランは、思わずそう叫んだ。

 

「えっ、何が惜しいの?」

「さあ」

 

 ランはその問いにそっけなくそう答え、続けてこう言った。

 

「男にしか興味がないのは確かだけど、そもそもハチマン以外は男と認めないのだけれどね。

それはさておきみんな、緊張は解れた?」

「緊張?あっ……」

「やり方は微妙だったけど、確かにもう平気だね」

「というか何故私を選んだし……」

「何故かって?そこにノリのお尻があったからよ!」

「ああ、はいはい、分かった分かった、次やったら殴るからね」

「いいじゃない、別に減るものじゃないんだし。それに女同士なんだし」

「いや、私の中の何かが減る、そして私にそういう趣味はない」

「ふ~ん、やっぱりノリは、触られるならハチマンに触られたいのね」

「当たり前………って、きゃああああ!嘘!今の無し!」

 

 ノリはうっかりそう答えかけ、再びかわいい悲鳴を上げ、即座にその言葉を否定した。

だが当然時既に遅く、見ると全員が生暖かい目でノリの方を見ていた。

 

「くっ………ラン、超殺す!」

 

 そのランは、ノリに親指を立ててこう言った。

 

「私達、ずっ痴女だよ!」

「くっ……」

 

 その言葉にノリはとても嫌そうな顔をしたが、

直後にランが表情を引き締めた為、ノリだけでなく他の者もハッとし、

しっかりとそれぞれの武器を握りしめた。

 

「冗談はここまで、それじゃあ行くわよ、みんな」

「「「「「「おう!」」」」」」

 

 そしてボス部屋と思しき部屋に乗り込んだ瞬間に、背後の扉が閉まった。

 

「むっ」

「閉じ込められた?」

「落ち着きなさい、さくっとボスを倒せば済む事よ」

 

 ランがそう言い放ち、仲間達はすぐに落ち着いた。

この辺りはユウキには出せない雰囲気である。

 

「来るわよ」

 

 見ると部屋の中央に、何かの影が浮かび上がってきた。

それは爛れた肉塊というべき姿をしており、その肉塊が、ゲロゲロと鳴き声を発した。

 

「うげ………」

「またカエルなんだ」

「名前は………『トード・ザ・インフェクション』」

「あ~、何か俺、兄貴達がこいつを倒さないで放置した理由が何となく分かっちゃった」

「奇遇ですね、僕もですよ」

「あ、僕も僕も」

「男共はグチグチ言ってないでさっさと突っ込む!」

「「「え~………」」」

 

 ジュン、テッチ、タルケンの三人はとても嫌そうにそう言うと、

仕方ないといった感じで一歩前に出た。その瞬間にそのカエルの皮膚から雫が床に落ち、

その部分がジュッという音を立てて煙を吹いた。

それを見た三人は、背筋が凍るような思いをし、思わず足を止めた。

 

「うげ………」

「マジかよ」

「インフェクションってどんな意味でしたっけ」

「さあ………」

「俺達も勉強はそれなりにしてるけど、そこまで英語に堪能な訳じゃないからな」

「アイ、キャント、スピーク、イングリッシュ!」

 

 そんな三人に、さっきの仕返しとばかりにノリが言った。

 

「いいからさっさと突っ込みなさい、生贄ど………いや、勇敢な男の子達」

「それはちょっと追従が露骨すぎやしませんかね」

「そうだそうだ!」

「骨は拾ってあげるから安心しなさい」

「あれが酸なら骨も残らなさそうだけどね」

 

 そう言いながらもテッチは、タンクの責務を果たす為に果敢に前へと一歩を踏み出した。

そんなテッチ目掛けてトード・ザ・インフェクションは、口から何かの液体を飛ばし、

避ける間もなくテッチの持つ盾に着弾した………が、何も起こらない。

 

「あ、あれ?」

「酸とかじゃないみたいだね」

「盾の耐久度はどう?」

「変わってないね」

「ラン、一度下がるわ、直接手で触ってみて確認する」

「分かったわ、ボスもまだ動かないし、許可するわ」

 

 その言葉通り、ボスはまだ動こうとしない。

そして戻ってきたジュンは、恐る恐るテッチの盾についていた液体に触った。

その瞬間に、ピコンという音と共に、ジュンの状態表示が変化した。

 

「どうなった?」

「うわ………マジかよ」

「どうしたの?」

「『傀儡化・カエル』って出てる」

「え………」

「ジュン、カエルになってしまうん?」

「どこぞの名作アニメっぽい言い方すんなって……」

「これは予想外ね、浄化魔法は効くのかしら……」

 

 ランはそう言って、ジュンを丈夫なロープで縛らせた。

 

「ロウソクやムチが無くてごめんなさいね」

「おいおい俺を見くびるなよ!」

「あっと、ごめんなさい、ジュンの変態レベルはそんなものじゃなかったわね」

「そっちの意味じゃ………うっ、ケロ………うま………」

 

 ジュンはそう言いかけたが、その口はジュンの意思に反しておかしな事を口走った。

 

「お?」

「今ケロって言った?」

「シウネー、ジュンが完全にカエルになったら浄化魔法を」

「分かりました」

 

 そしてジュンが四つん這いになり、その口から再びケロッという声が聞こえた瞬間に、

シウネーはジュンに浄化魔法をかけた。

 

「ケロッ、ケロケロっ………って、復活!

やべえやべえ、自分の体を他人に動かされる感覚って気持ち悪すぎるわ」

「良かった、浄化魔法は有効みたいね」

「ちなみにもし効かなかったら?」

「骨は拾ってあげると言ったでしょう?」

「………」

 

 ジュンはその言葉に青ざめ、浄化魔法が効いて良かったと心の底から安堵した。

 

「で、どうします?」

「そうね、さすがに全ての攻撃を避けるのは億劫だけど、

とりあえず口に注目しておけば被弾も減るでしょう」

「とにかく気をつけるしかないね……」

「シウネー、かなりの負担をかける事になると思うけど、頑張って」

「はい、死ぬ気でやります」

 

 そしてスリーピング・ナイツは、本格的に敵への攻撃を開始した。

 

「テッチはとにかく盾を前面に出して、敵のヘイトをスキルでしっかり固めてね。

他のアタッカーはやりすぎないように、敵が自分の方を向いたら即回避の準備よ」

 

 その作戦は一定の効果を発揮し、敵のHPは順調に削れていった。

特にランとユウキの攻撃力は凄まじく、

かなり多いように感じられた敵のHPも残り六割となっており、

このままいけば攻略は確実と思われた。

異変が起こったのは敵のHPが丁度半分になった時である。

 

「うわっ」

「な、何だ?」

「総員、一時撤退!」

 

 そして敵のHPが半分になった瞬間に、いきなり敵の体が崩れた。

そのピンク色のゲル状の物体が、そのまま地面に広がっていく。

 

「うげぇ」

「気持ち悪いね………」

「何がしたいのこのケロリンは」

「おいおい、もうフィールドの半分以上が肉に覆われてんぞ」

「どんどんこっちまで広がってくるね」

「あっ、見て、奥!」

 

 その時部屋の奥が急速に盛り上がり、

それと共に部屋中に広がっていた肉塊が急速に引いていった。

その盛り上がった肉塊は再びカエルの形をとりつつあったが、

肉が広がっていた部分の床の色は、まるで血でもぶちまけたように赤いままであった。

 

「一体何がしたかったんだ?」

「床の色が八割くらいは赤くなりましたね」

「というか、敵が奥から動かなくなったね」

「考えていても仕方ないわ、こっちも攻撃を再開しましょう」

 

 そしてスリーピング・ナイツはテッチを中心に、再び敵に向かって進み始めた。

一同はそのまま赤い床に差しかかり、慎重に一歩を踏み出したが、

その瞬間に全員のHPが減り始め、一同は慌てて後退した。

 

「うわ、まじかよ」

「まさかのダメージゾーン?」

「まずいわね、うちにとっては最悪な仕様だわ」

 

 スリーピング・ナイツには遠距離攻撃を得意とする者はおらず、

シウネー以外の全員がダメージソーンの上に居ながら戦闘を行う以外の選択肢は無い。

 

「シウネー、今の感じだとどう?」

「そうですね、悔しいですが、私一人だとちょっと回復が追いつかないかもしれません」

「やっぱり無理か………」

 

 ランは下を向きながら腕組みし、やがて何かを決断したのか、キッと顔を上げた。

 

「よし、ここは私とユウの二人だけで削りましょう」

「それしかないか……」

「残念だけど、さすがにここはそうするしかないわよね」

「ユウ、出し惜しみは無しよ、いきなりマザーズ・ロザリオを使いなさい」

「うん、分かった、任せて!」

「他のみんなは敵のHPが残り二割になったら即座にあいつに突撃してね、

こっちがやられる前に一気に敵のHPを削りきるわよ!」

「「「「「了解!」」」」」

「ゴー、スリーピングナイツ、ゴー!」

 

 ユウキのその掛け声と共に、ランとユウキは敵目掛けて走り出した。

 

「ユウ!」

「うん!くらえ、マザーズ・ロザリオ!」

 

 ユウキはいきなりマザーズ・ロザリオを発動させ、敵に襲いかかったが、

最初の三手程で、ユウキの顔色が変わった。

 

「ラン、まずい!」

「どうしたの?」

 

 だがソードスキルを放ちながらである為、ユウキはそれ以上何も言えなかった。

マザーズ・ロザリオは突きの十一連打である為、開始から終了までの時間がとても短く、

喋る余裕などありはしないからだ。

そして異変を察知しながらも、ユウキはマザーズ・ロザリオをきっちり撃つ他はない。

これはオリジナル・ソードスキルとして登録したせいで、

マザーズ・ロザリオがシステムアシストを受ける事になった為、

途中でソードスキルを止める事が出来ないせいである。

そしてユウキはマザーズ・ロザリオのフィニッシュを放ったが、

そのエフェクトは心持ち大人しく感じられ、実際敵へのダメージも、驚くほど小さかった。

 

「ユウ、何があったの?」

「ラン、こいつ、一度溶けた後に再構成されたんだと思ってたけど、勘違いだった!

こいつの体はまだゲル状態のまま、多分物理ダメージに対する耐性か、カットがついてる!」

「そういう事………」

 

 ちなみにこのトード・ザ・インフェクションは、

こちらが魔法攻撃主体で攻撃すると、今度は魔法耐性が高くなる仕様となっているのだが、

スリーピング・ナイツがその事実を知る事はない。

 

「ラン、どうする?」

「それでも私達が攻撃し続けるしかないわ、

ダメージがまったくゼロという訳ではないのだしね」

「分かった、頑張る!」

 

 そんな二人を見ている事しか出来ない他のアタッカー陣は歯がゆさを感じていたが、

敵のHPが残り四割になった瞬間に、そんな五人の意識が唐突に消滅した。

 

「シウネー?」

 

 ランは先ほどまで続いていたシウネーからの援護が突然無くなった事に疑問を感じ、

チラリと後方に目を走らせた。

 

「えっ?」

 

 そこには五つのリメインライトがあり、ランは五人がいつの間にか死んだのだと理解した。

 

「な、何で……ユウ、みんなが、みんなが!」

「えっ?………ええええええ?何で?」

 

 このまま下がっても、二人にこの状況を打開する術はない。

そして二人は玉砕覚悟でそのまま戦い続け、当然のように玉砕し、

スリーピング・ナイツはここに全滅する事となった。



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第804話 ちょっとしたトラブル

 そして話はスリーピング・ナイツが全滅した数日前の夕方、

アスナがユウキと二度目の邂逅を果たしたその次の日へと戻る。

オリジナル・ソードスキルを開発すると意気込み、

何日かに渡って色々と試していたアスナであったが、

一向に新しいソードスキルの登録が出来ず、完全に煮詰まっていた。

 

「うぅ………これ、本当に実装されてるのかな………」

「いや、もちろんされてるからな」

「あっ、ハチマン君!」

 

 いつの間に来たのか、そう声を掛けてきたのはハチマンであった。

どうやらハチマンは、アスナが煮詰まっているという話を聞き、激励に訪れたらしい。

二人はそのまま並んで地面に腰掛けた。

 

「調子はどうだ?」

「あまり良くはないかなぁ……かなり色々試してるんだけどね」

「コツが掴めれば案外すぐかもしれないけどな」

「そうだね、早く掴んでそのまま一気に完成っていければいいな」

 

 そう言いながらアスナは剣を持って立ち上がったのだが、再びその場に座った。

 

「う~ん………」

 

(これはかなりきてるな、気分転換でもさせた方がいいか)

 

 ハチマンはそう考え、どこかいい場所はないかと考え始めた。

 

(そういえば昨日、紅莉栖にモニターを頼まれたんだったな、

あれをこことリンクしてもらえば、前に話していた通り………)

 

 ハチマンは何かを思いついたのか、そのままアスナに誘いをかけた。

 

「アスナ、今日の夜、ちょっと一緒に出かけないか?」

「うん、別にいいけど、どこに行くの?三十三層とか?それともアスカ・エンパイア?」

「あ、いや、こっちじゃない、リアルの話だ」

 

 そう言われたアスナの顔が、パッと輝いた。

最近は色々あった為、二人だけで出かけるのはかなり久しぶりなのである。

 

「それじゃあ早く落ちて準備しなきゃ!」

「いや、ちょっとこっちにも準備があってな、

二時間後くらいにキットで迎えに行くから、

それまでに準備しておいてくれればそれで問題ない。

確か今日は寮じゃなく、自宅に戻ってるんだよな?」

「うん、今日は自宅だよ」

「それじゃあ自宅まで行くわ」

「ありがとう!それなら後一時間くらい、このまま頑張ってみるね」

「ああ、アスナならきっと出来る、今はちょっと煮詰まってるかもしれないが、

そういう時期は必ずあるものだから、もっと楽しむつもりでリラックスしてな」

「うん!」

 

 ハチマンはそう言って街の方へ戻っていき、

アスナは鼻歌を歌いながら、上機嫌で剣を振り始めた。

ハチマンと会った事で、特に何かヒントを掴めた訳ではなかったが、

どうやら落ち込んでいた気分を高揚させる効果はあったようだ。

そしてアスナはリラックスした状態で鼻歌に合わせて剣を振り、それに合わせて踊り始めた。

実はこれは、神崎エルザのALOのテーマソングのCMを真似したものである。

エルザは普段、そんなアイドルのような真似はしないが、

その曲に合わせてゲーム内のNPCが踊るというCMが放送されており、

エルザが密かにその踊りを練習しているのを知っていたアスナは、

いつかカラオケでエルザと一緒に踊りながら歌おうと考え、

たまに一人で練習していたのであった。

 

「う~ん、ここはどうだっけなぁ、ちょっと映像を見てみようかな」

 

 アスナはそう呟き、CMの動画を画面を大きくして宙に映し出した。

 

「あっ、そうか、ここはこうして………こう!

そしてここの決めポーズで、パラレル・スティング!」

 

 パラレル・スティングとは、刺突系の二連撃ソードスキルである。

 

「あ、あれ、今何か……」

 

 アスナはパラレル・スティングを放った後、

何かを掴めたような気がしてそのまま動きを止めた。

 

「今パラレル・スティングの軌道の終点が………う~ん」

 

 アスナは悩みながらも、とりあえず表示させていた動画を一旦消す為に手を伸ばし、

その流れで時間表示に目がいった。

 

「あっ、やばっ!もうこんな時間じゃない、急いで準備しないと!」

 

 アスナはそう言って、全速力で街へと駆け出し、街に入った瞬間にログアウトした。

 

 

 

「とりあえずシャワー、シャワーを浴びなきゃ!」

 

 明日奈はそう言って、ドタドタと下におりていき、浴室へと向かった。

その音に驚いたのか、京子がリビングからひょこっと顔を出した。

 

「明日奈、何をバタバタしているの?」

「ごめん、これから八幡君とお出かけだから、急いでシャワーを浴びないと!」

「もう、そういうのはもっと余裕を持って準備しなさい!」

「は~い!」

 

 丁度その時家のチャイムが鳴った為、

京子はそれ以上は何も言わずにリビングに戻り、インターホンの操作を始めた。

それを横目で見ながら明日奈は浴室のドアを開けて中に入り、

服を脱いだ時点で、着替えの下着を忘れた事に気がついた。

 

「あ、しまったなぁ、まあいっか、どうせ後でどれを着るか悩む事になるんだし、

洗濯物を無駄に増やす事もないよね」

 

 明日奈はそう呟き、出来るだけ簡単に済ませようと思って体を洗い始めたのだが、

いざそうなってみると、ここもそこもとあちこちが気になり、

結局念入りに体を磨く事になってしまった。

 

「うぅ、時間大丈夫かなぁ?まあでも家に迎えに来てくれる事になってるんだし、

ちょっとくらい遅れても平気だよね」

 

 そう言いながら、明日奈は浴室のドアから顔を出し、そっと外の様子を伺った。

先ほど来客があった事を覚えていたからである。

 

「お母さん?」

 

 明日奈は試しに京子に呼びかけてみたが返事は無く、

リビングに人がいる気配もまったく無い。

 

「出かけたのかな?まあいいや、ちょっとはしたないけど、このまま裸で部屋に……」

 

 明日奈はそう言うと、さすがに恥ずかしかったのだろう、

急ぎ足で自分の部屋へと向かい、その扉を開けた。

 

「さて、急いで準備し………な………」

 

 明日奈はそう呟きかけ、中に二人の人物がいるのを見付け、硬直した。

 

「………明日奈、あなた、さすがに年頃の女の子がそれはどうかと思うわよ、

まあ八幡君にサービスしたい気持ちは分かるけどさ」

「おっ、お母さん………というか、えっ?は、八………」

 

 そして京子の後ろから出てきた八幡が、

困った顔をしながら明日奈に下着を差し出してきた為、

明日奈は何も考えられないままその下着を受け取り、いそいそとその場で着替え始めた。

 

 

 

 その少し前、京子は明日奈が浴室に消えたのを横目で見つつ、

インターホンのボタンを押して、来客の様子を確認しようとしていた。

 

「はい、どちら様ですか?」

「あ、明日奈、俺だ、八幡だ」

「あら?」

 

 京子は八幡が自分と明日奈を間違えている事に気付き、

ニヤニヤしながら明日奈の真似をした。

 

「八幡君!待ってて、今行くから!」

 

 そして京子は玄関の扉を開け、いきなり八幡に抱きついた。

 

「八幡君!」

「うわっ、いきなりどうしたんだよ明日………いや、今日?じゃなくて京子さん?」

「違うよ八幡君、私は明日奈だよ、二十五年後の」

「え、あ、いや、そう言われると確かにそうなるのかもしれませんけど……」

 

 八幡はさすがに京子相手に強く出る事も出来ず、まごまごしていた。

京子はそんな八幡の顔を見て満足したのか、八幡を解放し、家の中に招き入れた。

 

「ふふっ、ごめんなさい、冗談よ冗談。でも私と明日奈の声、そんなに似てた?」

「そうですね、普段はそこまで意識する事はないんですが、

たまに、あれっ?って思う事がありますね」

「そう、それはちょっと嬉しいわね」

 

 京子はそう言うと、八幡をリビングに案内し、手際よくコーヒーを出してきた。

 

「はい、砂糖とミルク増し増しね」

「あっ、す、すみません」

「それでね、ごめんなさい、悪いんだけど、明日奈は今シャワーを浴びてるのよ」

「あ、そうでしょうね、俺が予定より早く来ちゃっただけなんで、このまま待ってます」

「今日はこの後デートなのよね?」

「はい、その予定です」

「そう………今日はそのまま帰ってこなくていいから、

三ヶ月後くらいに、孫が出来たって報告をしてくれると嬉しいんだけど?」

「い、いや、それは………」

 

 もしこれが理事長だったら、八幡ももっと強い態度で説教なりなんなりしたと思うが、

さすがに京子相手だと、八幡もそこまで強く出れないのであった。

 

「あら、嫌なの?」

「嫌というか、ちょっと早いかなと」

「私としては、一刻も早く八幡君に、お義母さんと呼んで欲しいのよねぇ」

 

 そう言いながら京子は、チラッチラッと八幡の方を見た。

どうやら催促されているようだと思った八幡は、

そんな京子対し、真面目な表情になってこう言った。

 

「いや、今でもちゃんとそう思ってます、お義母さん」

 

 八幡がそう言った瞬間に、京子はソファーにどっと倒れた。

 

「うわっ、お、お義母さん?」

「だ、大丈夫、ちょっと興奮しすぎてのぼせただけだから」

「そ、そうですか……」

 

(京子さんって、最初会った時はもっとクール・ビューティーって感じだったんだけどな)

 

 今でも八幡以外の前ではそうなのであるが、八幡は当然その事を知らない。

そして京子はスクッと立ち上がり、八幡の肩をポンと叩いた。

 

「八幡君にそこまで言ってもらったんだから、私も女気を示さないといけないわね、

八幡君、明日奈の部屋に行くわよ?」

「え?あ、はい、でも何でですか?」

「実はさっき、明日奈は着替えも何も持たないで浴室に入っていったのよ。

だから明日奈が出てくる前に、今日明日奈が着る勝負下着を私達で選びましょう」

 

 どうやら京子はその事をしっかりと見ていたようだ。

さすがデキる女はその観察力も一味違う。

 

「い、いや、それはさすがに……」

「大丈夫大丈夫、さあ、行きましょう」

「あ、ちょ、ちょっと……」

 

 そんな八幡の手を京子は強引に引っ張り、

二人はそのまま二階の明日奈の部屋へと突入する事になった。

 

「あら、思ったよりも綺麗にしてるわね、まあでもこの後あの子は何を着ていくか迷って、

この部屋中を服でいっぱいにしちゃうんだけどね」

「そ、そういうものですか」

「そうよ、その中には当然下着も混じる事になるから、

今から私達がする事は、ある意味あの子の部屋の片付けと同義なのよ!」

「何ですかそのエクストリーム理論……」

 

 その八幡の言葉には反応を示さず、

京子はいきなり明日奈の下着の入った引き出しを開けた。

 

(うわ、京子さん、マジでやりやがった……)

 

「あらあらまあまあ、これなんか私にも似合うと思わない?」

「ちょっ、想像しちゃうじゃないですか、そういう事を言わないで下さい!」

「あら、別にいいじゃない、私だってまだまだ女盛りなのよ?」

「た、確かに京……いや、お義母さんは凄く若く見えますし、お綺麗ですけど……」

「あらあらあら、私を口説いてくれるの?

もう、八幡君ったら、今日は明日奈じゃなくて私と一緒に出かけない?」

「いや、そういう訳には……」

「ふふっ、冗談よ、それでね、私はこの辺りがいいと思うんだけど」

 

 そう言いながら京子は、いくつかの下着を取り出して八幡に見せてきた。

 

「は、はぁ、いいんじゃないでしょうか」

「もう、こんなチャンスは滅多に無いんだから、もっとしっかり選びなさい」

「は、はい……」

 

 八幡はさっさと選んでこの場から脱出しようと思い、

京子が差し出してきた下着の中から何となく目についた、

生地が一番少ない下着を手に取った。

 

「あら、それはまた随分と大胆な……そう、あの子も大人になったのね……」

「ま、まあ俺達ももう成人ですからね」

「これをあの子が………?これは孫の顔が早く見れそうね、うん、実にいいわ!」

「い、いや、これはたまたま目についたのを手に取っただけでですね……」

 

 その瞬間に、バタバタという足音と共に、部屋のドアが開けられた。

 

「さて、急いで準備し………な………」

 

 全裸の明日奈はそのまま硬直し、京子はニヤニヤしながら明日奈に言った。

 

「………明日奈、あなた、さすがに年頃の女の子がそれはどうかと思うわよ、

まあ八幡君にサービスしたい気持ちは分かるけどさ」

「おっ、お母さん………というか、えっ?は、八………」

 

 そして八幡は、困った顔で手に持った下着を明日奈に差し出したのであった。



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第805話 あの約束を果たす時

 八幡に渡された下着を付け終わった頃、やっと明日奈の意識が再起動した。

明日奈は『これってどういう事?』という表情をした後、困ったような顔をしている八幡と、

ニヤニヤしている京子の顔を見比べて何となく事情を悟った。

 

「………お母さん」

「なぁに?」

「さっき来たお客さんが八幡君だったというのは何となく分かったし、

その八幡君を私の部屋に連れてきたのはまあいいとして、

どうしてお母さんは、私の下着を八幡君に渡したのかな?」

「だって明日奈ってばいつも、八幡君が気に入る下着はどれだろう、

どの下着だと一番かわいいと思ってもらえるかなって凄く迷ってるじゃない。

だから今日は私が気を利かせて、

間違いなく八幡君が気に入る下着を本人に選んでもらったのよ」

「な、ななななな………」

 

 明日奈は出来れば八幡には聞かれたくなかった事を京子に言われてしまい、顔を赤くした。

 

「は、八幡君、違うの!確かにそういう事は多いんだけど、

でもいつもって訳じゃないんだよ!」

「いや、まあ何を着ていても変には思わないし………

ああ、そういう事を言うのはせっかく頑張って選んでくれている明日奈に失礼だな、

でもな……明日奈のその、下着に関して言えば、俺が不満に思った事は今まで一度も無いぞ。

明日奈はセンスがいいからな」

「ほ、本当に?」

「ああ、本当だ」

「そっか、良かったぁ……」

 

 明日奈は自分の努力が無駄じゃなかったと分かり、心から安堵した。

 

「まあ俺の為にしてくれている事なんだし、

別に待たされてもそういうものだと思っているから、

時間に関してはそこまで気にしなくてもいいからな」

「八幡君、あまり明日奈を甘やかしては駄目よ、

決まった時間内に相手の気に入る服や下着を選ぶのもまた女子力なんですからね」

「え、あ、は、はい」

「つ、次からはもっと頑張るよ……」

 

 今日は八幡に下着を選んでもらった為、あれこれ迷う必要が無くなった明日奈は、

そういえば今自分はどの下着を付けているのだろうと気になり、

改めて今の自分の格好を見る事にした。下着を付けた事は覚えていたが、

どんなデザインだったかは、意識が飛んでいた為にほとんど覚えてはいなかったのだ。

 

「というか、私が今着てる下着って………えっ、あっ、こ、これなの?」

「あら明日奈、今頃驚いたりしてどうしたの?」

「う、うん、実はこれを着てる時は頭が真っ白になってたから、正直よく見てなかったんだ」

 

 今回八幡が選んだ下着は、かなり布地が少ない際どいデザインの下着であり、

里香に選んでもらって買ったはいいものの、

さすがに少し恥ずかしく、今まで一度も着れなかった下着であった。

八幡も改めて明日奈の格好を見てその事に気が付き、慌てて明日奈に弁解した。

 

「い、いや、違うんだ明日奈、俺は別にそれを積極的に選んだんじゃなく、京子さんが……」

「お義母さん」

 

 そこに京子から横槍が入り、八幡は慌てて言い直した。

 

「お義母さんから渡された中に、一度も見た事がない下着があるなと思って、

丁度手にとったその時に明日奈が部屋に入ってきたから、

さすがに全裸のままはまずいと思って咄嗟に渡してしまったと、そういう訳なんだ」

「あ、そういう事だったんだ、それじゃあ八幡君、もう一回別のからじっくり選ぶ………?」

 

 明日奈にそう言われた八幡は、かなり葛藤するような表情を見せた。

 

「明日奈、八幡君の気持ちも分かってあげなさい、

八幡君はね、本当はそのままでいいって言いたいけど、

さすがにかなり際どいデザインだから、

今日は諦めて着替えてもらおうかどうしようか、凄く悩んでいるのよ」

「そ、そうなの?そっか、それじゃあ八幡君、今日は私、この下着で行く事にするよ」

「…………………………お、おう」

 

 八幡は京子に図星を突かれ、とても情けない表情をした後、

それでもここで余計な事を言う事は出来ず、そのまま明日奈に頷いた。

 

「しかし明日奈、あなたってば随分胸が大きくなったわねぇ、

もしかして八幡君に沢山揉んでもらった?」

「それもあると思うけど、多分成長期が遅れてきたんじゃないかな」

 

 平然とそう言う明日奈を見て、京子は少し心配になった。

 

「ねぇ明日奈、早く孫の顔が見たい私としては、

明日奈があまり恥ずかしがらないのを見ても何も感じないけど、

八幡君的には、明日奈にはもう少し恥じらって欲しいって思ってるんじゃないかしらね?」

 

 その京子の正論に、明日奈は難しい顔をした。

 

「それはそうなんだけど、ほら、私と八幡君って、

SAOの中でしばらく一緒に暮らしてた訳じゃない。

そのせいで、下着までならかなり慣れちゃってる部分があるんだよね」

「ああ、そういうのもあるのね」

 

 京子はその説明に納得し、八幡はその言葉に曖昧に頷いた。

確かに八幡もそう思わないではないが、

さりとて慣れてきているのもまた事実だったからである。

 

「確かに二人の熟年夫婦っぽい雰囲気はどうかと思ったけど、

まあそれならそれで、孫の顔が早く見れそうだから別にいいか」

「あ、あと五年くらい待ってね」

「はいはい、それまではうっかり出来ちゃうのを期待して待つ事にするわ」

「お、お母さんの言葉としてそれはどうなの………」

 

 そんな明日奈にウィンクした後、京子は明日奈にこう言った。

 

「それじゃあ明日奈、早く出かける準備をしちゃいなさいな」

「あ、そうだね、ちょっと急がないとだ」

 

 京子はそう言って下におりていき、その場には八幡と明日奈だけが残された。

 

「さて、それじゃあ準備しちゃうね。あ、ところで今日はどこに行くの?」

「箱根にあるうちの会社の保養所だな、多少遅くなるが、日帰りのつもりだ」

「まあ明日も学校だしね」

 

(でもまあ遅刻前提で泊まるのもありかなぁ……)

 

 そう思った明日奈は、一泊くらいなら泊まれる程度の準備をし、

八幡が明日奈のバッグをキットに積んでくれている間に、そっと京子に耳打ちした。

 

「お母さん、これから日帰りで箱根に行くらしいんだけど、

もしあんまり遅くなるようだったら八幡君を説得して泊まってきちゃうね」

「あら結構遠くまで行くのね、でもまあ別に構わないわよ、

明日奈だってもう子供じゃないんだし」

「ありがとう、それじゃあ行ってくるね、お母さん!」

「行ってらっしゃい」

「京子さん、行ってきます」

「お・義・母・さ・ん」

「お、お義母さん、行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい」

 

 そして二人はキットに乗って、箱根へと向かう事となった。

 

 

 

 道中はキットに運転を任せていたので、

二人は景色を見ながらのんびりと雑談する事が出来た。

 

「でもどうして箱根?何か理由でもあるの?」

「ああ、明日奈が気分転換になるように、行った事の無い所に行きたかったってのもあるが、

もう一つ、かねてからの約束を果たせる環境がやっと整ったからってのもあるかな」

「約束?何か約束してたっけ?」

「その前にこれを、もう調整はしてあるから」

 

 八幡がそう言って渡してきたのは、輪のような形の機械であった。

 

「これは?」

「うちで開発してるAR端末の試作品の最新バージョンだな、ニューロリンカーって奴だ」

「ああ、これがニューロリンカーなんだ!確か頭に被るんだっけ?」

「いや、このバージョンから首に掛ける仕様になった」

「分かった、それじゃあ付けてみるね」

 

 明日奈はそう言って、八幡に渡されたニューロリンカーを手に取った。

ふと見ると、ニューロリンカーの側面に

『ver2.13 AR edition』の文字が書いてあり、

明日奈は思わず笑いながら八幡に言った。

 

「これ、ダル君が作ったんだね」

「ARの部分に関してはそうだな、でも何で分かったんだ?」

「だってここの文字………」

 

 八幡はそう言われ、その文字列を見て苦笑した。

 

「ああ、確かにこれは一発で分かるよな」

「うん!」

 

 明日奈は笑顔でそう答え、ニューロリンカーを首にかけた。

 

「これでいい?」

「ああ、スイッチは明日奈の脳波を感知して自動で入るから、

特にどこもいじらなくていいからな」

「うわぁ、凄いんだね」

 

 明日奈がそう言った瞬間に、明日奈の視界を囲むように、

まるでALOの中にいる時のようなコンソールが現れた。

だがまだ開発中らしく、今はまだほぼ枠だけの状態のようだ。

 

「まだどこもいじれないんだね」

「まだ未完成だしな、だがまあ完成してる部分もあって、

今日は紅莉栖にAR機能のモニターを頼まれたついでに、

無理を言ってその機能をちょっといじってもらったんだ」

「そうなんだ、それってどんな機能?」

「それじゃあ明日奈、ちょっと後部座席の方を見てくれ」

「あ、うん、分かった」

 

 そして明日奈が振り向くと、そこには二人の人物の姿があった。

 

「あっ!ユイちゃん、それにキズメルも!」

「ママ!」

「アスナ、どうだ、驚いたか?」

「うん、びっくりした!八幡君、それじゃあ約束って………」

「ああ、これからみんなで星を見に行くぞ。

と言ってもここからでももう、少しは見えちまってるけどな」

「約束って、そっか、そっかぁ……」

 

 八幡にそう言われ、明日奈は目を潤ませながら、嬉しそうにそう呟いた。

 

「どうしたアスナ、どこか痛いのか?」

 

 そう言ってキズメルが手を伸ばし、アスナの頬に触れた。

驚いた事に、その手の感触までもがちゃんと再現されていた。

 

「ううん、嬉しいだけ」

「そうか、私もアスナと現実世界でも一緒にいられて、とても嬉しい」

「私もです、ママ!」

「うん、うん………」

 

 明日奈は涙を拭きながらそう答え、

そして一行は、外の景色を見ながらあれこれと色々な話をしつつ、

そのまま箱根にあるソレイユの保養所に到着した。



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第806話 星の涙

「ここ?随分と綺麗な建物だねぇ」

「ここは先月完成したばかりで、まだ誰も使った事が無いらしい、

社内での予約が始まったら案外大人気になるかもしれないな」

「どうだろう、ここって周りに何も無いし、結構山奥じゃない?」

「まあそうなんだが、うちの社員は他社と比べて免許の取得率と車の所持率が高いから、

その辺りはみんな何とかするんじゃないか」

「えっ、そうなんだ、それは知らなかったなぁ」

「ちなみに紅莉栖はまだ十七なのに、もう免許を持っているらしいぞ」

「えっ、そうなの?」

「ああ、アメリカで十六になった時に直ぐ取得したらしい」

「ああそっか、あっちは早いんだ、凄いなぁ……」

 

 そして八幡は、チラリと空を見上げてこう言った。 

 

「しかし確かにこんな山奥だとは思っていなかったから来るのも若干大変だったが、

その分星も綺麗に見えそうで良かったな」

「うん!凄く楽しみ!」

 

 八幡と明日奈がそんな会話をしている横で、

キズメルとユイは、何故か下を向いて黙っていた。

それに気付いた明日奈は、きょとんとしながら二人にどうしたのかと尋ねた。

 

「二人ともどうしたの?何かあった?」

「いや、せっかくだから屋上とやらに行くまで、空を見ないようにしようと思ってな」

「車の中でも極力上は見ないようにしてたんですよ、ママ!」

「あ、そうだったんだ、それじゃあとりあえず中に入ろうか、

そうすれば無理に下ばかり向いている必要もないしね」

「そうしてもらえると有り難い」

 

 その言葉を受け、八幡が家の鍵を開け、四人はそのまま中へと入った。

 

「これでオーケーっと。俺はとりあえず屋上の様子を見てくるから、

いつかまたみんなでここに来る事もあるだろうし、

三人は保養所の設備でもチェックしながらのんびりとしててくれ」

「うん分かった、そっちはお願いね、八幡君」

「おう」

 

 八幡はそう言って、二階へと上がっていった。

明日奈はそれを確認した後にリビングへらしき部屋へと向かって歩き出したが、

何故かキズメルとユイが、明日奈の後に付いてこようとする気配がない。

 

「あれ、二人とも今度はどうしたの?」

「いや、アスナ、ドアが……」

「ごめんなさいママ、私達にはこのドアは閉められません!」

「ドア?あっ、そうか、二人は実際にここにいる訳じゃないもんね、

ごめんごめん、その事をすっかり忘れてたよ」

 

 明日奈はそう言ってドアを閉め、三人は楽しそうに笑った。

こんなどうでもいい事でも、今の三人にとってはとても楽しい出来事なのだろう。

 

「それじゃあ改めてリビングに行こっか」

 

 明日奈はそう言って二人の前に出ようとした。

入り口のドアを閉めた為、位置関係が先ほどとは逆になっていたからだ。

だがキズメルとユイは、今度は先ほどとは真逆の行動をとった。

まだ明日奈が開けていない部屋の扉に向かって突っ込んでいったのだ。

 

「あ、危ない!」

「ん?何がだ?」

「どうしたんですか?ママ」

「うおおおおおお!」

 

 その瞬間に明日奈は、年頃の女の子にあるまじき驚愕の雄叫びを上げた。

その理由は簡単である。振り向いたキズメルとユイの顔が、

まるでレリーフのようにドアの表面に浮かび上がっていたからである。

 

「あはははは、作戦成功だなユイ」

「はい、大成功です!」

 

 そんな明日奈を見て、二人は嬉しそうにそう言った。

 

「二人がドアを素通りしちゃう理屈は何となく分かるけど、作戦ってどういう事!?」

「うむ、実はな、これと同じ事が夕方にソレイユの次世代技術研究部であったんだよ」

「ちなみにその時の被害者はパパです!」

「まあその時はわざとやった訳ではなかったのだがな、すまん、今のはわざとだ」

「ちなみにその事を提案したのもパパです!」

 

 ユイはそう言った瞬間に、明日奈の目がスッと細くなった。

 

「へぇ、ふ~ん、そうなんだ」

「マ、ママ、ちょっと雰囲気が怖いですよ」

「気のせいだよ、そう、八幡君がねぇ……」

 

 タイミングが悪い事に、その時丁度八幡が二階から降りてきた。

その表情はまったく普通であった為、おそらく外に居たか何かで、

今の明日奈の雄叫びは聞いていなかったのだろう。

聞こえていたら、こんなに平然とした顔はしていないはずである。

 

「お~い明日奈、こっちの準備は終わっ…………てなかったわ、

すまんすまん、それじゃあまた後で」

 

 八幡は明日奈の表情を見て身の危険を感じたのか、

そう言ってスッと踵を返し、屋上へと戻ろうとした。

その瞬間に明日奈が凄まじいスピードでダッシュし、八幡の足首をガシッと掴んだ。

 

「はぁ~~~ちぃ~~~まぁ~~~んん~~~くぅ~~~ん?」

「ひいっ」

 

 八幡は、髪を振り乱しながら足にまとわりついてくる明日奈の剣幕にかなりびびり、

その原因についてすぐに思い当たり、

キズメルとユイに余計な事を言うんじゃなかったと後悔した。

 

「ま、待て明日奈、俺が悪かった!俺一人が驚かさせられるのはずるいから、

明日奈にも驚いてもらおうだなんて、下らない事を考えた俺が悪かった!」

「大丈夫だよ八幡君、痛いのは最初だけだから、ねっ?」

「い、一体俺に何をするつもりだ……」

「そうだねぇ、どうしよっかなぁ……斬る?刺す?それとも搾り取る?」

「搾り取るって何だよ!」

 

 そしてもう逃げられないと悟った八幡は諦めて体の力を抜き、

明日奈がその上に圧し掛かろうとした瞬間にそれは起こった。

二人の顔の前に、人の生首が二つ、突然浮かび上がってきたのである。

 

「うおおおおおおおお!」

「きゃああああああああ!」

「明日奈、そろそろ落ち着いたらどうだ?」

「パパ、ママ、仲良くしなきゃ、めっ、ですよ?」

 

 よく見るとそれはキズメルとユイであった。

二人はどうやら階段の下から床板を通過して顔を出したらしく、

八幡と明日奈はその事を理解し、安堵のあまりその場にへたりこんだ。

 

「今のはマジびびったわ……」

「う、うん、心臓が止まりそうだったね……」

 

 そして二人は顔を見合わせて笑った。

 

「すまん明日奈、俺が余計な事を言ったばかりに……」

「ううん、よく考えたら滅多に……というか、多分一生見る事がないレアな光景だったし、

私もちょっと過剰反応しすぎちゃったよ、ごめんね」

 

 こうしてキズメルとユイの体を張った仲裁のおかげで、

二人の喧嘩とも言えない喧嘩はあっさりと終わり、

そのまま四人は八幡に案内されて、屋上へとのぼった。

そこにはレジャーシートの上にいくつかクッションが置いてあり、

四人はそこに寝そべって、満天の星を眺めた。

 

「おお、壮観だな」

「凄い………これを見せられたら、私のちっぽけな悩みなんて一気に吹き飛んじゃうよ」

「パパ、ママ、お空がキラキラしてます!」

「なるほど、確かにアインクラッドの空とはまったく別物だな、

まるで空が泣いているかのようだ」

「ふふっ、星の涙って感じかな」

 

 四人はそのまま感動した様子で静かに星空を眺めていたが、

やがて八幡がボソリとこう言った。

 

「やっと約束を果たせたな、みんな、待たせて悪かった」

「ううん、かなり早かったと思うよ」

「そうですよ、全然遅くなんかなかったです!」

「謝る必要なんかないさ、私達は家族なんだからな」

 

 四人の間には血の繋がりが一切無いが、そんな事はまったく関係なく、

この四人は今この瞬間、確実に家族であった。

 

「ああ、そうだな」

「うん、そうだね!」

 

 四人はそのまましばらくそうしており、

やがて明日奈がくしゃみをしたのをキッカケに、四人はリビングへと戻る事にした。

 

「どうだ明日奈、気分転換にはなったか?」

「うん、バッチリ!今日はこんなに素敵な所に連れてきてくれてありがとう、八幡君!」

「パパ、ありがとうです!」

「これが感動するという気持ちなのだろうか、ありがとう、八幡」

 

 三人にそうお礼を言われた八幡は、照れ隠しなのか、頭をかきながらこう言った。

 

「礼なら今度、クリシュナやリオンに言ってやってくれ」

「あ、確かにそうだね!」

「そうか、あの二人にも礼を言わないとな」

「ですね!」

 

 そして八幡はチラリと時計を見ながら三人に言った。

 

「さて、もういい時間だし、この続きは今度という事にしてそろそろ帰るとするか」

「あ、あの………八幡君」

 

 その提案の直後に、明日奈が八幡の顔色を伺うようにそう声を掛けてきた。

 

「ん、どうした?」

「えっと、ちょっと移動で疲れちゃったし、今日はこのままここに泊まっていかない?」

 

 確かに時間はもう夜の十一時を回っており、

今から戻るのも、いくら運転をキット任せにしているとはいえ、

かなり体に負担がかかると思われた。

 

「そうだな、長距離移動は座ってるだけでも体力を消耗するし、

明日は多少学校に遅刻するくらいのつもりで今日は泊まっていくか」

「やった!」

 

 幸いここに来る途中の高速のインターで軽く食事を済ませてあった二人は、

食事の事は気にせず一緒に風呂にだけ入り、

(キズメルとユイもいたかもしれないが、

ニューロリンカーを風呂場に持ち込むのは躊躇われた為、その姿は二人には見えなかった)

この日は大きな窓のある部屋で、星空を眺めながら四人で並んで寝る事にした。

もっともキズメルとユイには基本寝る機能はついていない為、

(以前ユイがSAOで初めてハチマン達に会った時は、

寝ていたのではなく機能の一部が壊れ、自己修復中だけだっただけである)

二人は先に寝た八幡と明日奈の顔と、そして星空とを幸せそうな顔で交互に眺めていた。

 

 

 

 そして次の日の夕方、学校から帰ってすぐにALOにログインしたアスナは、

昨日までの悩みが嘘のように体が軽く、今なら何でも出来そうだと感じていた。

 

「昨日は星が凄く綺麗だったなぁ」

 

 アスナは昨日の事を思い出しつつ、

地上に星を顕現させようというつもりで星の形に剣を振るった。

その瞬間に、今までピクリともしなかった、

オリジナル・ソードスキルの認証システムがピコンと反応した。

 

「えっ?ま、まさか今のが登録可能になったの?」

 

 コンソールに目をやると、そのソードスキルは当たり前だが五連の突きで構成されていた。

 

「何も考えずに本当にリラックスした状態で動けたせいかなぁ」

 

 アスナは今までの苦労は何だったのかと苦笑しつつ、

名前を入力する為のスペースに目をやった。

 

「名前か………」

 

 そんなアスナの脳裏に、昨日四人で見た星空がフラッシュバックしていく。

 

「うん、これしかないね、私は昨日見た星空を、きっと一生忘れない」

 

『スターリィ・ティアー』

 

 星の涙、そう名前を入力し、登録を完了させたアスナは暁姫を構え、

裂帛の気合いを込めて、今自らが作り出したばかりのソードスキルを放った。

 

「スターリィ・ティアー!」

 

 その五発目をアスナが放った瞬間に、

剣を追いかけるように星のようなエフェクトが発生した。

おそらく偶然そのエフェクトが選択されたのであろうが、

アスナはそれを天からの贈り物のように感じた。

 

「もっと先までいけそうな気もするけど………」

 

 アスナはそう呟いた後、珍しく興奮したような様子で、

空に向かって両手を広げながらこう叫んだ。

 

「とりあえずの目標は達成したぞぉ!」

 

 こうしてアスナのオリジナル・ソードスキル『スターリィ・ティアー』がここに誕生した。



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第807話 仮眠室の八幡

 次の日八幡は、学校が終わるとすぐにソレイユへと向かった。

『試作型ニューロリンカーver2.13 AR edition』

を使ってみた結果を紅莉栖に伝える為である。

 

「うい~っす」

「あっ、八幡、随分と眠そうな目をしてるね」

 

 八幡が部屋に入った瞬間に、誰よりも早く理央がこちらに掛け寄ってきた。

まだまったく反応していない者もいるのに、

どうやらまだ八幡が外にいる時からその存在に気付いていたと思われる。

恋する少女は実に目ざとい。

 

「お前ほどじゃないがな」

「え……私、そんなに眠そう?」

「というか、目の下の隈がちょっとな。あまり無理をするなよ」

「無理はしてないつもりなんだけどな……」

「じゃあ単純に寝不足だな、睡眠時間をもっと長くとる事だ」

「う、うん……」

 

 その時八幡の背中がツンツンと誰かにつつかれた。

 

「八幡」

「ん、紅莉栖、どうした?」

「そんなんじゃこの子には効かない」

 

 そう言って紅莉栖は八幡の耳を引っ張り、その耳元で何か囁いた。

 

「俺が理央にそう言えばいいのか?」

「うん、八幡が良ければだけどね」

「ん~、まあいいか、分かった、やってみる」

 

 そして八幡は理央の方に向き直ってこう言った。

 

「その目の下の隈が消えたら、今度二人で一緒に飯でも食いに行くか」

「師匠、ちょっと早いけど休憩に入ります、もし何かあったら仮眠室にいますから」

 

 その言葉に対する反応は劇的であった。

理央は紅莉栖の返事も待たずにそう言って部屋を出ていき、

それを見た八幡はぽかんとした顔をした。

 

「まさかこんなに効果があるとは……」

「正直助かったわ、最近理央の体調の事は、ちょっと気になっていたのよ」

「学校よりも全然楽しいとは言ってたし、動きにも特に問題は無さそうだったけど、

それでもやっぱりちょっと、ねぇ」

 

 紅莉栖のその言葉に真帆も同意した。

 

「ですね、まああれくらいの年の女の子が、

相手の男次第でころころと気分を変えるのはよくある事だと思いますけどね」

 

 紅莉栖はそう言いながら八幡の方を見た。釣られて真帆も八幡の方を見る。

 

「………何でそこで俺を見る」

「相手の男だから」

「いや、その表現はどうなんだ?」

「どうも何も、理央を連れてきたのは八幡じゃない」

 

 その予想と違う言葉に、八幡は少し慌てながらこう答えた。

 

「あ、そっちの意味か」

「何?どういう意味だと思ったの?

もしかして八幡って、思ってたよりも恋愛脳だったりする?」

「ぐぬ……」

 

 紅莉栖がドヤ顔でそう言った為、若干イラっとした八幡であったが、

詩乃や雪乃が相手ならともかく、紅莉栖相手に大人しく言われっぱなしになる八幡ではない。

当然八幡は、即座に紅莉栖に反撃を開始した。

 

「クリスティ~~~~~~~~~~~ナよ、

さっき理央の事を、あのくらいの年頃の子とか言っていたが、

それを言ったらお前の方が理央より年下の思春期真っ只中ではないのか?

よもやその歳でもうお局様を気取っているのではあるまいな?」

「そ、それは一体誰の真似のつもりか!」

 

 顔を赤くしてそう抗議する紅莉栖を無視し、八幡はチラリと真帆の方を見た。

 

「そうよ紅莉栖、あなたはまだ十七なんだし、

日本にいたままだったらまだ一介の女子高生にすぎなかったはずなんだから、

大人ぶってばかりいないで、たまにはやばたにえんとか使ってみてもいいのよ?」

「何ですかそれ!っていうか先輩、裏切るんですか!?」

「私は誰の味方でもないわ、強いて言うならこの場を面白くしてくれる方の味方よ!

ね、部長もそうですよね?」

「そうダネ、ボクもかねてから、クリスには少しモエが足りないなと思ってはいたんだヨネ」

「わ、私に萌えとか必要ないですから!」

「萌えといえばこの僕、橋田至にお任せだお!」

 

 その瞬間に部屋の扉が開き、外から鼻息を荒くしたダルが中に飛び込んできた。

 

「また面倒なのが……」

「紅莉栖、そういう時は、『場がカオスすぎてやばたにえん!』と言いなさい」

「先輩しつこい!っていうかそんなの私には無理ですから!」

 

 紅莉栖はぶんぶんと首を振りながらそう言い、

形勢がこちらに有利だと感じた八幡は、再びキョーマの物真似で押す事にした。

 

「よく来たな、我がフェイバリット・ライトアーム?よ?」

「八幡、何で疑問形でオカリン風なん?

まあ僕としては、萌えの布教が出来れば何でもいいんだけど」

「丁度良かったわ、もうすぐ休憩時間だし、

その間に萌えの何たるかを紅莉栖に徹底的に叩き込んで頂戴!」

「むむっ、心得ました、真帆たん軍曹!」

「ええっ!?ちょ、ちょっと、私にはそんなの必要ない、必要ないから!」

「いいから行くわよ紅莉栖」

「えええええええええ?」

 

 抵抗空しく、そのまま紅莉栖はダルと真帆に連行されていき、

その場には八幡とレスキネンだけが残された。

 

「さて、僕からもハチマン君に一つオネガイがあるんだヨネ」

「あ、はい、何ですか?」

「さっきリオが仮眠室に行くと言ってたダロウ?」

「ええ、そうですね」

「なのでちょっと仮眠室に行って、リオのスマホをここに持ってきて欲しいんダヨ。

実は今日の仕事はもう終わったようなものでね、

あの子はスマホで目覚ましをセットしてると思うから、それをこっそり回収して、

今日くらいはぐっすり寝かせてやろうと思ってね」

「なるほど、そういう事なら任せて下さい」

「すまないね、頼むよ」

「はい、それじゃあ早速行ってきますね」

 

 八幡はそのレスキネンの頼みを快く引き受け、仮眠室へと向かった。

仮眠室には一つだけ使用中になっているドアがあり、

八幡はその部屋のマスターキーを借りようと考えたが、

一応その前にドアが開くか試してみようと思い、ドアノブを捻った。

 

「おい………」

 

 そのドアには鍵がかけられておらず、八幡はため息をつきながらこう呟いた。

 

「無用心だな、まあうちの社内で何かあるはずもないが、

世の中には絶対って言葉はたまにしかないからな、たまにしか」

 

 そして八幡は中に入り、理央の様子を伺った。

 

「お、理央の眼鏡を外した顔を見れるのはかなりレアだな、

ふ~む、まあでも眼鏡をしていようがいまいがこいつは………

おっとっと、いかんいかん、本来の目的を果たさないとだな」

 

 八幡は雑念を払うように首をぶんぶんと振り、

どこにスマホを置いているのか探そうとと思い、部屋の中を見回した。

そしてベッドの頭の部分に三枚の布が放置されているのを発見し、

思わず叫びそうになり、慌てて自分の口を押さえた。

 

「こ、こいつ、俺が来ると分かっててわざとやってんのか………?

何でそこに白衣とスカートとブラがあるんだよ、というかこれは実にけしからん………」

 

 よく見ると理央の胸元は大きく露出されていたが、

今の八幡のセリフが、その状態を目にした上で放たれた言葉かどうかは定かではない。

 

「まったく、今ここにいるのが俺だから良かったものの、

これは今度注意しておかないといけないな」

 

 八幡がそう言った瞬間に理央が寝返りをうち、冗談ではなく布団が吹っ飛んだ。

そして上半身はTシャツが一枚のみ、下半身は下着だけという、

理央のあられもない姿が八幡の目の前に晒された。

 

「う…………………俺だから良かった、俺だから良かった」

 

 八幡はうわごとのようにそう繰り返すと、理央を起こさないように気をつけながら、

吹っ飛んだ布団をそっと理央に掛け直し、

ホッとしたようにため息をつくと、ボソリとこう呟いた。

 

「はぁ、理央の旦那になる奴は、この寝相の悪さに苦労させられるんだろうな……」

 

 そして八幡は、本来の目的を達成する為に再びキョロキョロし、

枕元に目的の品である理央のスマホが置いてあるのを見て、そちらに手を伸ばした。

 

「ふう、まさかたったこれだけの事に、こんなに苦労させられるとは……

まあこれさえ回収しちまえば、アラームが鳴る事もなく、理央もぐっすり眠れるだろ」

 

 その時八幡の指が、理央のスマホの画面に軽く触れ、待ち受け画面が表示された。

そこには八幡と理央が並んだ状態で、まるで恋人同士のように笑顔で写っており、

八幡はその見覚えの無い写真を見て動揺した。

 

「え、あれ、何だこれ、こんな写真撮った事あったっけか?」

 

 八幡は首を傾げながらその写真をじっと見つめ、

画面の端の方で咲太と佑真の顔が見切れている事に気が付いた。

 

「あ、これってあれか、前に学校で撮った奴を理央が加工したのか」

 

 それはまだ理央が学校に通っていた時に、

たまたま八幡が迎えに行った時に撮られた写真であった。

 

「まったく、俺なんかのどこがいいんだか………」

 

 八幡は苦笑しながらそう呟いたが、その瞬間に背後から理央の声がした。

 

「ぜ、全部………」

「お、お前、起きてたのか?」

「うん、結構前から………」

 

 そして理央は八幡の手を握り締め、再び言った。

 

「ぜ、全部だから……」

 

 そんな理央に八幡が赤い顔で何か言おうとした瞬間に、理央は八幡の手を離し、

頭に布団を被りながら早口でこう言った。

 

「ごめん、ちょっと気分が高揚し過ぎたみたい、冗談………じゃないけど、今のは無し!

ちゃんとアラームを切って寝るから、私の事は心配しないで!」

「そ、そうか、それじゃあゆっくり寝るんだぞ」

 

 八幡はそれ以上何を言っていいのか分からず、大人しく仮眠室を出た。

残された理央は部屋の鍵を閉め、再びベッドに横たわり、頭を抱えた。

 

「し、しまった、攻めすぎた……」

 

 この後理央は結局眠れず、起こしに来てくれた紅莉栖に事情を聞かれ、

何があったのかを正直に話し、そのまま紅莉栖に慰められる事となった。

 

「いい理央、理央はまだ若いんだから、絶対に焦っちゃ駄目よ。

チャンスがあるかどうかは私には分からないけど、

少なくとも他の人達は全然焦ってないでしょう?

むしろ虎視眈々と何かを待っているような、そんな気がしない?」

 

 この時から理央には、

自分を八幡にとって、無くてはならない存在にまで押し上げるという目標が出来た。



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第808話 あの仮眠室の出来事が人生の岐路だった

はちはちはちはち


「え……私、そんなに眠そう?」

 

 次世代技術研究部を訪れた八幡に光の速さで駆け寄った理央は、

八幡にそう指摘され、慌てて鏡を探した。

理央は高校在学中は、はなから自分は魅力ある女ではないと決め付けており、

そういった物にはまったく興味を示さなかったのだが、

八幡と出会い、その周りの女性陣と接していくうちに、

そういった方面にも徐々に手を出しつつあり、

普段持ち歩く用の手鏡も一応買ってあったのだが、

まだそれが習慣づいていない為、

その手鏡は机の上の置き物になってしまっているのが現状だ。

つまり今、理央の手元に鏡は無い。

 

「というか、目の下の隈がちょっとな。あまり無理をするなよ」

「無理はしてないつもりなんだけどな……」

「じゃあ単純に寝不足だな、睡眠時間をもっと長くとる事だ」

「う、うん……」

 

 理央は八幡が自分の身を案じてくれている事に喜びを感じつつも、

一刻も早く鏡を見たくて仕方がなく、さりとて八幡の傍から離れたくなかった為、

かなり集中力を欠いている状態にあり、

そのせいで紅莉栖が八幡に何か耳打ちした事に気が付かなかった。

そして八幡の口から、プロデュース・バイ・紅莉栖の言葉が放たれた。

 

「その目の下の隈が消えたら、今度二人で一緒に飯でも食いに行くか」

 

 その言葉の意味を理解した瞬間に、理央の口と体が勝手に動いた。

 

「師匠、ちょっと早いけど休憩に入ります、もし何かあったら仮眠室にいますから」

 

 そして理央は、紅莉栖の返事を待たずにそのまま仮眠室へと走った。

 

「あれ、理央ちゃん、そんなに急いでどうしたの?」

 

 仮眠室へと向かう途中でそう声を掛けてきたのは、どうやら今日は早番だったのだろう、

帰り支度で向こうから歩いてきたかおりであった。

 

「あっ、かおりさん、もしかして今、手鏡とか持ってません?」

「コンパクトならあるけど使う?」

「さすがはかおりさん、すみません、ちょっと貸してもらっていいですか?」

「うん、ちょっと待っててね」

 

 そしてかおりはバッグの中からコンパクトを取り出し、理央に手渡した。

 

「もしかしてその目の下の隈が気になっちゃった?」

「あ、やっぱり隈、ひどいですか?」

「うん、せっかくの美人が台無しだよ」

「いや、私は別に美人じゃないですから……」

 

 誰に聞いても美人と答えるであろう、かおりにそう言われ、

理央は恐縮しながらそう答えた。

 

「え~?理央ちゃんが美人じゃなかったら、

世の中に美人はほとんどいない事になっちゃうよ?」

「かおりさん、それはさすがに言いすぎです。うわ、本当だ、凄い隈……」

「え~?全然誇張じゃないと思うけどなぁ……」

  

 かおりはそう呟きつつ、

鏡を見てショックを受けたような表情をしていた理央にこう尋ねた。

 

「もしかしてその隈、八幡に見られちゃった?」

「は、はい」

「そっか、それでこれから寮に帰って寝る感じ?」

「あ、まだ就業時間中なので、仮眠室に行こうかと」

「仮眠室、仮眠室かぁ……」

 

 この時かおりは、もしかしたら八幡が、

理央がちゃんと寝たかどうか確認しに仮眠室にこっそり様子を見に来る可能性を考えていた。

 

「私も仮眠室に行こうかな……」

「えっ?かおりさんも眠いんですか?」

「あ、ううん、冗談冗談、それじゃあ理央ちゃん、しっかりと寝てくるんだよ」

「はい、コンパクトをありがとうございました、かおりさんもお気をつけて!」

 

 そのまま歩き去った理央の背中を見つつ、かおりはぼそりとこう呟いた。

 

「まあ今日は邪魔しないでおいてあげよう、理央ちゃんはかわいい後輩だしね」

 

(仕事の上でも恋の上でもね)

 

 かおりはせっかく早上がりなんだし、千佳でも誘ってどこかに行こうと思い、

そのまま軽い足取りで帰宅していった。

 

 

 

 仮眠室に着いた理央は、バサッと白衣を脱ぎ、そのままベッドに横たわったのだが、

そのままだと想像以上に寝にくかった為、思い切ってブラを外し、

ついでにスカートも脱いで頭の方に放り投げ、ごそごそと布団に潜り込んで目を閉じた。

エアコンが効いた室内で適度に冷やされた布団がとても心地よく、

理央は元々寝不足だった事もあり、すぐにうとうととし始めた。

そのまままどろんでいた理央であったが、しばらくしてドアの方から物音がし、

あまつさえドアが開く音がした為、理央の意識は驚きによって一瞬で覚醒した。

 

(しまった、ドアの鍵を掛け忘れてた……やばそうなら大声を上げないと)

 

 だが理央とて駆け出しとはいえ科学者の端くれであり、

ソレイユのセキュリティがどれだけ固いのかは当然知っていた。

しかも仮眠室には社員証がないと入れないシステムになっている為、

理央は案外紅莉栖辺りが様子を見に来てくれたのかと思い、薄目を開けた。

 

(あ、あれ?もしかして八幡!?)

 

 理央はそこに八幡の姿を見付け、心臓の鼓動が一気に跳ね上がるのを感じた。

そして八幡の目が理央の顔の方に向いたのを見て、慌てて薄く開けていた目を閉じた。

 

「お、理央の眼鏡を外した顔を見れるのはかなりレアだな、

ふ~む、まあでも眼鏡をしていようがいまいがこいつは………

おっとっと、いかんいかん、本来の目的を果たさないとだな」

 

(こいつは、何!?その続きが大事なんでしょうが!っていうか目的って何?

八幡がここに来る理由って、私の事を心配してとか以外には何も無いと思うけど、

そうすると目的という言葉と矛盾してる気がする)

 

 理央はロジカルにそう考え、そのまま八幡の様子を観察する事にした。

その直後に八幡は、何かに対して驚愕し、慌てて自分の口を押さえた。

 

(え、何その反応)

 

「こ、こいつ、俺が来ると分かっててわざとやってんのか………?

何でそこに白衣とスカートとブラがあるんだよ、というかこれは実にけしからん………」

 

(あああああ、しまった、せめて脱いだものは綺麗に畳んでおくんだった!)

 

 理央は自分の女子力の無さに打ちのめされつつ、同時に羞恥で顔を赤くした。

 

(うぅ、私が起きてる事が八幡に気付かれちゃうかもしれないけど、

顔が赤くなるのを止められない………)

 

「まったく、今ここにいるのが俺だから良かったものの、

これは今度注意しておかないといけないな」

 

 そう言って八幡が、再び理央の顔を覗き込もうとした為、

テンパった理央は、慌てて寝返りをうった。

 

(寝たふりがバレるよりはまし!)

 

 その理央の強攻策は、完全に失敗であった。

慌てすぎた為に勢いがつきすぎて、掛け布団が思いっきり吹っ飛んでしまい、

八幡の目の前に、理央のあられもない姿が惜しげも無く晒されてしまったのである。

 

(うわああああ、これじゃあまるで痴女じゃない!)

 

 だが八幡は思ったより冷静であった。

 

「う…………………俺だから良かった、俺だから良かった」

 

 八幡はそううわごとのように繰り返しながらではあるが、

そっと理央に布団を掛け直してくれたのだ。

おそらくその言葉から、八幡は確実に理央の豊満な胸や、

昔よりはよほどデザイン的に大人な下着を目の当たりにしたのは間違いないだろうが、

それでも八幡は紳士的であり、それが理央は若干不満であった。

 

(ちょ、ちょっとは興奮してくれたりとか、うっかり手を出しそうになるとか、

そういったイベントを起こしてくれても良かったのに!)

 

 そして次の八幡の言葉で、理央は若干キレた。

 

「はぁ、理央の旦那になる奴は、この寝相の悪さに苦労させられるんだろうな……」

 

(八幡が旦那になって苦労しなさいよ!)

 

 だが更にその次の言葉で、理央の精神は急激に安定した。実に忙しい事である。

 

「ふう、まさかたったこれだけの事に、こんなに苦労させられるとは……

まあこれさえ回収しちまえば、アラームが鳴る事もなく、理央もぐっすり眠れるだろ」

 

(あっ、そうか、八幡は私を起こさない為に……)

 

 そこに今度は爆弾が投下された。

 

「え、あれ、何だこれ、こんな写真撮った事あったっけか?」

 

(し、しまった、あの写真を見られた!どうしよう、恥ずかしい恥ずかしい……)

 

「あ、これってあれか、前に学校で撮った奴を理央が加工したのか」

 

 八幡はそれ以上何も言わず、特に否定的なコメントが出てくる事も無かった為、

理央はその写真を待ち受けにする事を八幡が許してくれたのだと感じ、

自身の心の中で、急激に八幡に対する感情が高まってゆくのを感じていた。)

そして遂に、理央の理性を決壊される一言を八幡が放った。

 

「まったく、俺なんかのどこがいいんだか………」

 

 その言葉を聞いた瞬間に、理央の体は自然と動いていた。

その口から、理央の心からの気持ちが溢れ出る。

 

「ぜ、全部………」

 

(八幡の全部が好き)

 

「お、お前、起きてたのか?」

「うん、結構前から………」

 

 そして理央は瞳を潤ませ、八幡の手をしっかりと握りながら言った。

 

「ぜ、全部だから……」

 

 その瞬間に理央は、八幡が困ったような笑顔を浮かべ、何か言おうとしたのを見た。

その顔は確かに赤くなっていたが、

その口から理央の望む言葉が放たれる可能性はおそらくゼロである。

そう一瞬で判断した理央は、今の関係性を守る為に、

八幡の機先を制し、必死に言葉を紡ぎ出した。

 

「ごめん、ちょっと気分が高揚し過ぎたみたい、冗談………じゃないけど、今のは無し!

ちゃんとアラームを切って寝るから、私の事は心配しないで!」

「そ、そうか、それじゃあゆっくり寝るんだぞ」

 

 八幡はそのまま部屋を出ていったが、その顔は困惑しつつも安堵しているように見えた。

八幡とて、こんなイレギュラーな事で理央との関係を崩したくはないのであろう。

そして残された理央は部屋の鍵を閉め、再びベッドに横たわり、頭を抱えた。

 

「し、しまった、攻めすぎた……」

 

 この後理央は眠れず、そのしばらく後に、部屋のドアがノックされた。

 

「はい………」

『理央?私、紅莉栖だけど』

「師匠?」

 

 理央は扉を開けて紅莉栖を中に招き入れ、紅莉栖は開口一番に理央にこう言った。

 

「八幡が、理央の傍にいてやってくれって言うから来てみたんだけど、何かあったの?」

「う………」

 

 今の理央にはその八幡の優しさがとてもつらく感じられた。

理央はぽろぽろと涙を流し始め、慌てた紅莉栖は必死で理央を慰めた。

 

「ちょ、ちょっと、本当に一体何があったの?

まさか八幡に襲われたりしてないでしょうね!?」

「違うんです師匠、私、自分のミスで、八幡の心に負担をかけちゃったんです……」

「どういう事?」

「実はさっき………」

 

 そして理央はありのままの経緯を紅莉栖に説明した。

 

「なるほど………」

「私、馬鹿ですよね………」

 

 紅莉栖はしばらく無言であったが、やがて少し迷いながらではあるが、

理央に向かってこう言った。

 

「いい理央、理央はまだ若いんだから、絶対に焦っちゃ駄目よ。

チャンスがあるかどうかは私には分からないけど、

少なくとも他の人達は全然焦ってないでしょう?

むしろ虎視眈々と何かを待っているような、そんな気がしない?」

 

 この言葉を放つ前に迷いがあったのは、

紅莉栖にとっては明日奈も大切な友人だからである。

だが紅莉栖は理央を放っておく事は出来ず、言葉を選びながら理央に希望を与えようとした。

 

「あなたはロジカルウィッチでしょ?もっとロジカルに考えなさい。

仮に、仮によ、八幡が複数の女性を愛する事になったとして、それが合法化された時、

その中に理央が入るかどうかは今のところ不透明よ」

「複数の………?」

「ええそうよ。アインシュタインも言っているでしょう?

『人生とは自転車のようなものだ。倒れないようにするには走らなければならない』」

「走らなければならない………」

「そして彼はこうも言っているわ、

『成功者になろうとするのではなく、むしろ価値のある人間になろうとしなさい』

私に言えるのはこのくらいよ、どうやら少しは落ち着いたみたいだし、

後は一人で色々と考えて結論を出しなさい」

「はい、師匠、何か見えた気がします」

「うん、よろしい」

 

 紅莉栖は笑顔でそう言うと、そのまま去っていった。

 

「虎視眈々と待つ、狙うではなく待つ、そしてその時が訪れた時に私が勝利する為には……」

 

 理央はそのままベッドに横たわり、口に出してこう言った。

 

「私がいなければ何も出来ないくらい、八幡を私に依存させてやる」

 

 こうして理央に人生の目標が出来た。この日から理央は本当の意味で走り始め、

ありとあらゆる可能性をロジカルに検討して様々な事を学び、

小猫と萌郁、そして師匠である紅莉栖と並び、

いずれ八幡の懐刀として周囲に認知される事になる。

理央はいずれ、ニューロリンカーの件で世界的にその名を轟かせ、

様々な方面から引き抜きを受ける事になるのだが、

それでも彼女は終生八幡の傍から離れる事は無かった。




今日は八幡の誕生日ですが、この話も偶然808話でしたね!(本当に偶然です)
そんな記念すべき話の主人公は、まったく関係ない理央な訳ですが、
それは書き終わってから予約投稿の段階でその事に気付いたせいでした!
この記念すべき日を引き当てた理央に敬意を表して未来の話を少し盛ってみました!


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第809話 サード・コンタクト

 仮眠室から出た八幡は、そのままその場を離れてしまうのが躊躇われ、

隣接した自動販売機の前のソファーに腰掛け、

心配そうな顔で理央のいる仮眠室のドアを眺めていた。

 

「くそ、理央にあんな顔をさせちまったのに、はいそうですかと帰れる訳がないだろ……

とはいえ仮に顔を合わせたとしても、何を言っていいのか分からねえ……」 

 

 八幡はそんな葛藤を続け、どうすればいいか決める事が出来ず、その場に留まり続けた。

 

「………八幡、何してるの?」

 

 そんな八幡に声を掛けてきたのは紅莉栖であった。

どうやら飲み物を買いに来たらしい紅莉栖は、迷い無くドクペを購入した後、

少し考え込んだ後、ドクペをもう一本買い、八幡に差し出してきた。

 

「はい、これ、おごりね」

「お、おう、ありがとな」

 

 そして紅莉栖はそのまま八幡の隣に腰掛けた。

 

「で?」

「ちょっと理央と色々あってな」

「理央と?ああ、もしかして言い寄られたりしちゃった?」

「…………」

「ふ~ん、まあ若い時は勢いで突っ走ったりしちゃうものよね」

 

 八幡を取り巻く女性関係にそれなりに詳しい紅莉栖は、

八幡が何も言えないのを見て何となく何があったのか理解したのか、訳知り顔でそう言った。

 

「さっきキョーマも言ってたが、お前の方が理央より若いと思うが……」

「言ったのはあんたでしょうが!」

「俺だろうがあいつだろうが、多分同じ事を言ったはずだ」

「知ってる?正論ってのはたまに人をイラッとさせるものなのよ」

「とりあえず落ち着け、ほんの軽い冗談だ」

 

 紅莉栖はそう言われ、深呼吸をした。

 

「オーケーオーケー、それについてはとりあえず置いておきましょう。

で、八幡は理央に気持ちを伝えられてどうしたの?キッパリと断ったとか?」

「いや、その前に向こうが引いた」

「へぇ、そこは最後の最後で踏みとどまったんだ」

 

 その時八幡のスマホにメールが届いた。

それはALOの中からアスナが送ってきたメールであった。

 

「お、アスナがオリジナル・ソードスキルを完成させたらしい」

「あら、やったじゃない、それじゃあ八幡はALOに行ってきなさいよ、

こっちの事は私に任せなさい、上手く事を収めておいてあげるから」

「いや、でも………」

「気持ちは分かるけど、八幡にはどうする事も出来ないでしょ?」

「まあそうなんだが……」

 

 八幡はそう煮え切らない態度を見せたが、そんな八幡に紅莉栖は言った。

 

「これは役割分担よ、それがいつもの私達のやり方でしょ?

だから理央の事は私に任せなさい」

「お前………やっぱりいい女だよな」

「ふえっ!?い、いきなり何を仰られますか!?」

 

 突然八幡がそんな事を言った為、紅莉栖は激しくテンパった。

 

「いや、まあ普段も色々な機会に色々な奴にそう思ってはいるんだが、

お前以外にはそんな事、口に出して言えないからな」

「まあ確かにあんたが恋愛関連のあれこれから自由でいられるのは、

私と他数人が相手の時くらいよね」

「そういう事だな、それじゃあ後は紅莉栖に任せるわ、頼むぞ相棒」

「任せなさい、相棒」

 

 二人は笑い合い、自分の役割を果たす為、それぞれの目的地へと向かって歩き出した。

 

 

 

 オリジナル・ソードスキル『スターリィ・ティアー』を完成させたアスナは、

早くその事を仲間の誰かに伝えたいと思い、街に向かって全力で走っていた。

そしてはじまりの街に到着し、中央広場付近に差し掛かった時、

とある事を思いついて足を止めた。

 

「そうだ、ハチマン君にだけは先にメールで伝えておこうかな」

 

 アスナはそのままハチマンにメールをし、直ぐに返信を受け取った。

 

『今ソレイユだから、すぐログインしてそっちに行くわ』

 

「ハチマン君が来てくれるんだ、え~と、それじゃあ待ち合わせは……」

 

 アスナは剣士の碑で待ち合わせをしようと返信し、そのまま走り続けた。

 

「あっ、ハチマンく~ん!」

 

 アスナが丁度剣士の碑に到着した時、同時にハチマンも姿を現した。

 

「おう、やったなアスナ」

「うん、今回は本当に苦労したけど、ハチマン君のおかげで無事完成したよ」

「俺のおかげ?俺、何かしたっけか?」

「それは後で披露する時のお楽しみね」

「そうか、それじゃあこのままヴァルハラ・ガーデンに………」

 

 ハチマンがそう言いかけた時、二人の近くにいきなり多数のプレイヤーがPOPした。

 

「おっと、どこかのパーティが全滅でもしたか?」

「みたいだね」

 

 二人はそう言いながら少し横に避けたが、

そんな二人の耳に、聞きおぼえのある声が飛び込んできた。

 

「だぁ、やられたぁ!」

「みんな一体何があったの?」

「いや、それが俺達にもよく分からなくてさぁ……」

「録画はしておきましたから、一度拠点に戻ってそれを見ながら反省会ですね」

「そうね、それじゃあとりあえずスリーピング・ガーデンに………」

 

 そう言って振り向いたランとハチマンの目がバッチリ合い、

その横ではユウキがアスナを目ざとく見付け、こちらに掛け寄ってきた。

 

「あ、あら?ハチマンじゃない」

「アスナ~!」

「ユウキ!久しぶり!」

 

 無邪気に再会を喜ぶ二人の横で、ランは気まずそうな顔でハチマンに話しかけてきた。

 

「おほんおほん、これは格好悪い所を見られてしまったわ」

「いや、別にそんな事は思わねえよ、っていうか一体何とやり合ったんだ?

今のお前達が負けるなんて、フィールドボスにでも喧嘩を売ったのか?」

「いや、えっと………黒鉄宮の、ハチマンが私達への試練として設定したアレ………」

「マジか、あの気持ち悪くて絶対に触りたくなかった腐れガエルって、

そんなに強かったのか?」

「あ、やっぱりそう思ってたんだ……」

 

 ランにジト目で見られたハチマンは、その視線を華麗にスルーした。

 

「いやぁ、それは災難だったな」

「災難っていうか、まあどうして負けたのかもよく分からないんだけどね、

気が付いたら私とユウ以外の全員が死んでたし」

「む、敵の攻撃方法も分からないのか?」

「一瞬の出来事だったんだよ兄貴」

「でも録画はしておいたので、これからそれを見て検証しようと思ってます」

 

 ジュンとシウネーが横からそう言い、反対からもこんな声が掛けられた。

 

「ハチマン君、その映像、私達も一緒に見せてもらわない?」

 

 少し離れた所でユウキと話していたアスナが、横からハチマンにそう言ってきた。

 

「ん、まあ俺は別に構わないが」

「というか、ハチマン君ってやっぱりユウキ達と知り合いだったんだね、

ユキノが知り合いだったから、もしかしたらとは思ってたんだ」

「ああ、こいつらは俺の弟と妹みたいなもんだ」

 

 ハチマンはそう言って、たまたま自分の右手の近くにいたノリの頭を撫でた。

そのラッキーなノリに対し、ランとユウキは頬を膨らませたが、ハチマンは取り合わない。

 

「というか、アスナがユウと知り合いだった事の方が驚きなんだが」

「そう?もう会うのは今日で三度目だよね、ユウキ」

「うん!ボク達とっても仲良しなんだよ、ハチマン!」

「そうか、まあ世間は狭いって奴だな」

 

 ハチマンはそれで納得し、その正面にいたランがアスナの前に出て、丁寧な挨拶を始めた。

 

「アスナさん、始めまして、スリーピング・ナイツのリーダーのランと言います、

妹がとてもお世話になっているみたいで、どうもありがとうございます」

「これはご丁寧にありがとうございます、ヴァルハラの副長を努めております、アスナです」

 

 そう言われたランは、同時にアスナの服装を見て一瞬ギョッとしたような表情をした。

だが特に何も言う事はなく、すぐに笑顔を作ってアスナにこう言った。

 

「堅苦しいのはここまでにして、アスナさん、確かさっき、映像を一緒に見るって……」

「あ、うん、私もあのボスの事は知ってるけど、

まさかそこまでおかしな敵だとは思ってなかったから、ちょっと興味があって」

「なるほど……ちょっと検討させて下さい。

ユウ、しばらくアスナさんとお喋りしてていいわよ」

「いいの?やった!」

 

 ユウキは無邪気にそう言い、言われた通りにアスナと話し始めた。

そしてランは、ハチマンにこっそり話しかけた。

 

「ハチマン、これってどうなの?」

「確かに俺が与えた試練に関しての映像を俺達が見て何か言うってのは、

結構線引きとしては微妙な気もするな。まあでも別にいいんじゃないか?

俺達はただ思った事を言う、お前達はそれを参考にする、

まあ利用出来るものは何でも利用するってのは、普通にアリだろ」

「ふむ、それじゃあお言葉に甘える事にしようかしらね」

「で、どこで見る?」

「うちのギルドホーム」

 

 その言葉にハチマンは目をパチクリさせた。

 

「おお、あの家を買ったんだな、やるじゃないか」

「ふふん、凄いでしょ!」

「それじゃあ早速うちのホーム、『スリーピング・ガーデン』に向かいましょう」

「つ~か名前をパクんなコラ」

「てへっ、まあいいじゃない、それじゃあ行きましょ」

 

 こうしてハチマンとアスナは、スリーピング・ガーデンの正式購入後、

初の訪問者となったのだった。



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第810話 鑑賞会

昨日はすみません、夏休み前の追い込みで投稿出来ませんでした!
今日から一週間休みなので、そこで出来るだけ書き溜めたいと思います!


 スリーピング・ガーデンに向かう道中、

ランが後ろを歩くハチマンとアスナをチラ見しながらヒソヒソとユウキに話しかけてきた。

 

「ユウ、あなたね………」

「ん?ラン、一体どうしたの?」

「どうしたじゃないわよ、どういう事なのユウ!」

「え~?何の事?」

「あの格好からして、アスナさんってヴァルハラの副長じゃないのよ!」

「あ、うん、それがどうしたの?」

「さすがにハチマンから与えられた試練をこなすのに、

ハチマンの所の副長を借りたら駄目でしょう!?」

「あ~………うん、それはボクも考えないでもなかったんだけどね、

さっきも言ったけど、ヒーラーだからまあセーフかなって思ったし、

何より下手に知らない人に頼むよりは、全然いいと思わない?

むしろこれ以上の人材はいないっていうか」

「むむ………」

 

 確かにユウキの言いたい事も分かるのだ。

アスナは今のスリーピング・ナイツにとって、ヘルプとしては最高の人材であった。

あくまで自分達が主体で敵を倒すとして、アスナには回復補助のみを担当してもらい、

野良のプレイヤーを雇った場合と比べてユウキ達に不利益な行動をとる心配もなく、

ヴァルハラの副長である以上、ヒーラーとしての腕はALOのトップクラスだろうし、

その実力に何の疑問も差し挟む必要はなく、その上他のメンバー達とも仲が良い。

 

「むぅ……一応言ってみて、ハチマンの反応待ちという事にしておこうかしら、

もしそれでハチマンが駄目と言ったら諦めるのよ、ユウ」

「うん、分かった、それでいいよ!」

 

 そんな二人の後方でアスナもまた、ひそひそとハチマンに話しかけていた。

 

「ねぇハチマン君、ユウキ達って多分凄く強いよね?」

「ああ、まあそうだな」

「で、戦ったのって黒鉄宮の例の気持ち悪いカエルだよね?」

「おう、トード・ザ・インフェクションだったか、あの感染カエルだな」

 

 その言葉から、ハチマンがインフェクションの意味を正確に把握している事が分かる。

もっともその意味をハチマンに教えたのは丁度パーティに参加していたクリシュナであった。

 

「強さから言えば、大体アインクラッドの三十層のフロアボスくらいの強さになるのかな?」

「それよりは劣るだろうが、フィールドボスくらいの強さはあるかもしれないな」

「なるほど、それでも負けたとなると、やっぱり初見クリアを連続で続けるのって、

天文学的な確率の低さになりそうだよね」

 

 アスナはそう遠まわしな言い方をしたが、何が言いたいのかは明らかである。

 

「だろうな、色々と落ち着いたら、本気で同盟を調査してみるか」

「それがいいね、何をしているのかは分からないけど、

真っ当な攻略方法じゃない可能性が高いもん」

 

 二人がそう真面目な話をしているうちに、一同はスリーピング・ガーデンへと到着した。

 

「着いたよ!ようこそボクらの家、スリーピング・ガーデンへ!」

「ご飯にする?お風呂にする?それともワ・タ・シ?」

「いい所じゃないかユウ、それじゃあ中を案内してくれ」

「うん、こっちだよ!」

 

 ハチマンは当然のようにランをスルーし、ランはそんなハチマンに猛抗議した。

 

「ちょ、ちょっと!何で相手してくれないのよ!」

「相手をしてもらえるような事を言え、以上だ」

「ぐぬぬ……」

 

 ランはその場で悔しそうに立ち止まり、どこかからハンカチを取り出して噛み締めたが、

それがランにとっては痛恨のミスとなった。

リビングに移動した後、録画を担当していたシウネーが準備をしている間、

一同は思い思いの場所に座る事になったのだが、そのせいで出遅れたランは、

ハチマンの隣をアスナとユウキに先に確保される結果となってしまったのだ。

もっとも急げばアスナが座っている位置は確保出来た可能性があり、

事実ランも早めにその事に気付いて小走りでその場所へと向かっていたのだが、

アスナがこれ以上無いくらい自然な態度でハチマンの隣にスッと腰を下ろした為、

抗議をする間もなく場所を奪われたというのが実際の話であった。

 

(むむむむむ、もしかしてアスナさんって、

ユキノさんの最大のライバルだったりするのかしら………)

 

 その極めて自然な動きを見てランはそう思ったが、

その事をハチマンの前で直接口に出すのは躊躇われた為、

無言のままハチマンの前に座り、チラチラとアスナの様子を観察するに留める事にした。

 

「それじゃあ準備が出来ましたので、動画を再生しますね」

「おお、何か映画を見るみたいなワクワク感があるな!」

「まあ自分達がやられ役の映画だってのが情けない所だけどね」

「まあそう言うなお前達、初見でやられるのは仕方がないさ、要は次勝てばいいんだよ次」

 

 ハチマンが励ますようにそう言い、それを横目で見ていたシウネーは、

微笑みながら再生ボタンを押した。

 

「出た出た、トード・ザ・インフェクション!」

「ねぇ兄貴、インフェクションってどういう意味?」

「ん?ああ、感染とかそういう意味だな」

「ああ~、そういう事か!名前の意味が分かってれば、

余計な実験をしなくてもある程度敵の攻撃が推測出来たのに!」

「だな、勉強しろ勉強」

「ちぇ~っ、もう少し頑張るかぁ」

 

 以前トード・ザ・インフェクションに遭遇した時に、

ハチマンが同じ事をクリシュナに尋ねていたのを知っているアスナは、

そのハチマンのセリフを聞いて、クスクスと笑っていた。

 

「ふむ、敵から放たれた液体を調べたのか、よく敵が襲ってこなかったな」

「それが謎なんだよね、攻撃してきたからにはこっちの事を感知してると思うんだけど」

「攻撃はしてくるが動かない敵も中にはいるからな、

もしかしたらそれかもしれないな。待ち伏せタイプの敵って奴だ」

「へぇ、そんなのがいるんだ」

「で、触ってみたら、傀儡化・カエルっていう状態になったと」

「そうなんだよ兄貴、凄く気持ち悪い感覚だった」

「全部避けないといけないってのは面倒だな」

「一応口に注目して戦ってたんだけど、口を開いた瞬間に避ける事になるから、

さすがに全部は避けられなかったなぁ」

「ふむ………アスナ、どう思う?」

 

 ここでハチマンはアスナに話を振った。

攻略慣れしているアスナなら、何かに気が付いたかもしれないと思ったからだ。

その期待通り、アスナはこんな指摘をしてきた。

 

「口を見てからだと確かに避けきるのは難しいね、でも見て、カエルの口が開く前に、

喉が不自然に膨らんでるでしょ?多分あそこを見れば上手く避けられるんじゃないかな」

「あっ、本当だ!」

「さすがはアスナ!」

「ううん、こうして動画で見てるから気付いただけだし、

実際その場にいたら気付いたかどうか分からないよ」

 

 ユウキに褒められたアスナは、謙遜するようにそう言った。

 

「まあでも顔の向きを見てから避けるのでも、

若干回復の手間がかかるだけで、削り自体は順調じゃないか」

「特にユウキとランさんの削りが凄いね」

「いやぁ、それほどでも!」

「ふっ、さすがは私ね」

「腕もそうだけど、二人の持ってる武器ってちょっと凄くない?」

「金策をかなり頑張ったのよ!…………私以外のみんなが」

「この武器はね、スモーキング・リーフのおばば様に売ってもらったんだよ!」

 

 そう言いながらユウキはアスナにセントリーを差し出し、、

アスナはそれを見せてもらいながら尋ねるような口調でこう言った。

 

「おばば様?」

 

 アスナはスモーキング・リーフの六人とはかなり親しかったが、

スモーキング・リーフにそのような人物がいるなどとは全く知らなかった為、

訝しげな視線をハチマンに向けた。

 

「お、おばば様ってのは、スモーキング・リーフの出入りの商人プレイヤーでな、

ナタクやリズの作った製品を、たまに売ってあげてるんだよ」

「えっ?あのクラ………あ、ううん、そっか、そんな人がいたんだね」

 

 アスナはその時こう言うつもりであった。

 

『えっ?あのクラスの武器は、今まで絶対に他のギルドには流さなかったよね?』

 

 だがハチマンの目を見て何か言えない事情があるのだと悟ったアスナは、

それ以上何も言わないでおく事にした。

これが夫婦の機微という奴であろうか、もっとも二人はまだ夫婦ではないが。

 

「さて、そろそろ敵のHPが半分を切るな、この辺りで何か動きがあったんだろ?」

「よく分かるね、ハチマン」

「まあ大抵の敵がそうだからな」

 

 そしてトード・ザ・インフェクションの体がいきなり崩れ、

さすがのハチマンとアスナもあんぐりと口を開けた。

 

「うげ………」

「ちょっと気持ち悪いね」

「まるでAKIRAだな」

「AKIRAって何?」

「ああ、まあ今度見せてやろう」

「あ、アニメか何かなんだね」

 

 そう言いながらも二人は画面から目を離さず、じっと敵の動きを注視していた。

 

「これ、多分フィールドを分けたんだね」

「だろうな、赤がダメージゾーンだってなら、他の部分にも何かあるだろうな」

「やっぱりそういうものなんだ」

「そうだな、せめて検証している余裕があれば、

また違った結果になったかもしれないけどな、残念だったな」

「もう一人ヒーラーがいればまた違ったかもね」

「あ、アスナもやっぱりそう思う?」

「そうだねぇ、誰か他に回復補助を出来る人はいないのかな?」

「ごめん、ボク達ってば、いわゆる脳筋だからさ……」

 

 ユウキはそう言ってポリポリと頭をかき、他の者達もそれに習った。

 

「で、二人での削りを選択したのか、まあそれしかないよな」

「ごめんなさい、私の力が及ばなかったせいで……」

「いや、お前のせいじゃないさ、物理的に無理だからな」

 

 そう言ってハチマンはシウネーの頭を撫で、再び画面に目を向けた。

その瞬間に画面から凄まじい轟音が走った。

ユウキが『マザーズ・ロザリオ』を使ったのだ。

 

「い、今のは?」

 

 アスナが呆然とした顔でユウキにそう尋ねた。

 

「うん、『マザーズ・ロザリオ』ボクのオリジナル・ソードスキルだよ!」

「オリジナル・ソードスキル………」

 

 アスナは画面を見ながら呆然とそう呟いた。

 

「十………いや、十一連か?」

「うん、十一連ソードスキルだよ!やっぱり斬撃メインだと難しくて、

突きを主体にしたら上手くいったんだよね」

「突きを主体………」

 

(私の方針は間違っていなかった)

 

 アスナはポジティブにそう考え、

『スターリィ・ティアー』が自分の終着点ではないと改めて確信し、

絶対にその上を目指そうと心に誓った。

そしてアスナは自分の遥か先をいくユウキを心から賞賛した。

 

「凄い凄い!まさかこんな凄い技を開発してたなんて、本当にびっくりした!」

「えへ、ありがとうアスナ、でもあの敵にはあんまり効かなかったんだよね」

「そういえば何か喋ってたように聞こえたかも」

「まずい、とか言ってたな」

「うん、まあ見てて」

 

 そして画面の中のユウキが丁度その説明をした。

 

『ラン、こいつ、一度溶けた後に再構成されたんだと思ってたけど、勘違いだった!

こいつの体はまだゲル状態のまま、多分物理ダメージに対する耐性か、カットがついてる!』

 

「なるほど、そういう事か」

「このパターンだと、魔法メインで攻撃してたら魔法耐性がつくタイプの敵だね」

「そうなの?」

「ああ、ALOでは鉄板の一つだな」

「ああ、そっち系の情報も集めるべきでしたね……」

「まあ初見じゃそのタイプの敵かどうか判別するのは無理だから気にするな」

 

 ハチマンがタルケンをそう慰めた時、テッチが横からハチマンに言った。

 

「兄貴、そろそろ問題の時間だぜ!この後にいきなり俺達の意識が無くなったんだよ!」

「そうそう、私とユウだけが生き残ったのだけれど、二人ともその場面は見てないのよね」

「ふむ………」

 

 一同は画面を注視し、その瞬間を待った。

そしてランとユウキ以外の五人がいた部分の床が一瞬発光し、

床からゲル状の何かがいきなり飛び出して五人を飲み込んだ。

 

「うっわ」

「そういう事か………」

「こっちのフィールドにも何か仕掛けがあるだろうとは言ったけど、

まさかの即死ギミックとはね」

「これはたちが悪いな………」

 

 その後、ランとユウキはかなり頑張っているように見えたが、

いくら敵の攻撃を全てかわしたとしても、ダメージゾーンの上で戦っている以上、

敵に勝利する術はもはやなく、そこでスリーピング・ナイツは全滅する事となった。

 

「なるほどな、こういう流れだったか……」

「改めて動画で見ると、でも勝てる目が無かった訳じゃないわよね?」

「そうだな、時間ギリギリに全員でダメージゾーンに踏み込んで、

かなり高価なポーションを各自が使用すれば、まあギリギリ何とかなったかもしれないが、

多分それでも本当にギリギリだぞ」

「ハチマンの分析でもそれだと、何か一つでもミスればそこで終わりと」

「やっぱりもう一人、後衛がいるかぁ……」

 

 そしてユウキはやや躊躇いながらも、お願いするような口調でハチマンに言った。

 

「ねぇハチマン、次このボスに挑む時、

アスナに手伝ってもらったりするのって、駄目…………かなぁ?」

 

 その言葉にハチマンとアスナは目を見張ったのだった。



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第811話 お姉ちゃん

「ねぇハチマン、次にこのボスに挑む時、

アスナに手伝ってもらったりするのって、駄目…………かなぁ?」

 

 当然ハチマンは、そのユウキの頼みを無碍にしたりはしない、だが即座に肯定もしない。

 

「むぅ………」

 

 そのハチマンの迷いはもっともである。

アスナのプレイヤーとしての格は遥か高みにあり、

おいそれと攻略に貸し出せるような存在ではないからだ。

当のアスナはランとユウキの強さを近くで見極めたいという希望を持ってはいたが、

参加の可否に関してはハチマンに一任するつもりなのか、

この件に関しては沈黙を貫いていた。

 

「なあユウ、ユウはアスナの実力についてどう思ってるんだ?」

「え?えっと、敵を釣りながら平行して回復魔法の詠唱を行うとか、

応用力があって凄いヒーラーだなって」

「ふむ、他には?」

「えっ、他?う~ん……この前一度一緒に戦っただけだから、

そこまで詳しく見てた訳じゃないんだよなぁ……」

「ん?アスナ、『そんな感じ』なのか?」

「あ、うん、『そんな感じ』かな」

 

 そんな二人の微妙な言い回しの意味が分かる者はここにはいない。

 

「なるほど、お前達も大体同じような印象か?」

「うん、視野が広いなって驚いた覚えがある」

「補助のタイミングも絶妙で、凄く助かりました」

「かゆい所をかいてくれる、みたいな」

「なるほど、お前達が持った印象についてはよく分かった」

 

 ハチマンはその一同の言葉で、スリーピング・ナイツの全員が、

ヴァルハラのメンバーについてまだあまり調べてないんだなという事を理解した。

 

(敵対するかもしれない相手の情報を調べるのはずるいとか考えちまったんだろうが、

ちょっと甘い気もするな、まあこいつらだからこれでいいのか)

 

 ハチマンはそう考えつつも、まだユウキからの要請についての結論は出せなかった。

 

「ランはどうだ?リーダーとしてどう思ってるんだ?」

「そうね、正直私はアスナさんと一緒に戦った事が無いから、

あくまでみんなの感想から判断するしかないのだけれど、

出来れば参加してもらえると嬉しいかしら、私達はALOにはあまり伝手はないし、

今からアスナさんと同じくらい信頼出来る別のヒーラーを探すのは正直骨が折れるわ」

「まあそれは確かにそうだろうな。

ちなみにその条件に合うヒーラーを紹介する事も俺には可能だが、

それについてはどう思う?」

 

 その言葉に一同は顔を見合わせたが、誰かが何か言う前に、

ユウキが先んじてハチマンにこう言った。

 

「やだ、ボクはアスナがいい!」

「ほうほう、それはどうしてだ?」

「いくら信用出来ても知らない人とと一緒に戦うのはやっぱりちょっと嫌だし、

何よりボクは、アスナの事が全部大好きだから!」

 

 そう言われたアスナはとても嬉しそうな顔をし、

ハチマンはその言葉で思わず先ほどの理央の顔が頭に浮かんだ。

 

(全部が好きなら一緒にいたいって当然思うよな……

理央には………謝罪するのも何か違う気がするし、

紅莉栖が上手くやってくれる事に期待するしかないか。

そうしたら約束通り、飯にでも連れてってやるとして、こっちについては………)

 

 そしてハチマンは顔を上げ、にこやかな顔でユウキに言った。

 

「分かった、アスナの参加を認めよう。

ただし今回だけじゃなく、しばらくの間はメンバーとして扱うってのが条件だ」

「えっ、本当に?アスナはそれでいいの?」

「私は構わないんだけど、ハチマン君、どうして?」

「アスナにとってもいい気分転換になると思ってな」

「あ、確かにそうかも」

「やった!それじゃあ決まりね!」

 

 ユウキは嬉しそうにアスナの手を握りながらそう言った。

 

「ふう、これで攻略の目処がたったね!」

「やった!こんな綺麗な人と一緒に冒険出来るなんて夢みたいだぜ!」

 

 ちなみに最後にそう言ったジュンは、私が綺麗じゃないって言いたいのとノリに凄まれ、

慌ててテッチの後ろに隠れていた。そんな喜ぶスリーピング・ナイツのメンバーをよそに、

アスナはこそこそとハチマンに話しかけていた。

 

「ハチマン君、嬉しいんだけど本当にいいの?」

「別に構わないだろ、みんなには俺から説明しておくわ。

あと、トード・ザ・インフェクションの攻略さえ済めば、

仮に別の敵相手に一緒に戦う事になっても、それはそれで本気を出して構わないぞ。

気分転換の延長って事でしばらくこいつらと行動を共にしてみるといい、

きっとアスナにはいい刺激になるはずだ」

「うん、分かった、それじゃあそうしてみるね!」

 

 そう言ってアスナはスリーピング・ナイツの下に向かった。

 

「みんな、これからは私の事はアスナって呼び捨てにしてね、

戦闘中に名前を呼ぶ時は、短い方がいいに決まってるからね」

「分かった、宜しくな、アスナ!」

「ありがとうアスナ」

「アスナ!」

 

 ハチマンはその光景をうんうんと頷きながら見ていたが、

よく見るとランがその輪に加わっていない。

ランは例のハンカチを握り締め、少し離れた所でぷるぷるしていた。

 

「おいラン、お前、何やってるんだ?」

 

 ハチマンのその声でランの様子がおかしい事に気付いたのか、

ユウキが慌ててランに駆け寄った。

 

「ラン、どうしたの?」

「ユウ…………」

 

 ランが震えたまま、そう言って涙目でユウキを見つめてきた為、

ユウキはギョッとしつつもその雰囲気に押され、思わず一歩下がった。

 

「な、何?」

 

 そしてランは、恨めしそうな声でユウキに向かって言った。

 

「お、お姉ちゃんとアスナさんだったら、どっちの事が好きなの!?」

 

 ランがそう叫んだ瞬間にスリーピング・ナイツのメンバー達は頭を抱え、

そんな一同にハチマンがこう尋ねた。

 

「え、おいお前ら、ランってこんなにシスコンだったっけ?」

「あ、うん、そうなんだよ兄貴、最近たまにこんな感じになるんだよね」

「今まではずっと一緒だったからそうでもなかったけど、

しばらく離れてたから、シスコンっぷりが前面に押し出されてきたのかもね」

「はぁ、あのランがなぁ」

 

 ユウキ以外の者の反応はそんな感じであったが、

当のユウキはまったくシスコンの毛が無かった為、困惑した顔でランに言った。

 

「え~?そんなの比べるものじゃないじゃん!」

「比べなさい!」

「え~………面倒だなぁ、それじゃあ………アスナ」

「がああああああああああああああん!」

 

 ユウキの口からその言葉が放たれた瞬間にランはそう叫んで崩れ落ち、

アスナは何となく申し訳なさを感じてその場でもじもじした。

そしてランは顔を上げ、鬼の形相でユウキに質問した。

 

「ど、どうして?何か理由でもあるの?」

「あ~、うん、最近たまに思うんだよね、

本来はボクの胸に来るはずだった栄養を、ランが全部持ってちゃってるなって」

 

 その言葉にアスナ以外の一同は思わず噴き出した。

 

「た、確かに………」

「でもランにはどうしようもないね」

「こればっかりはねぇ」

 

 一方アスナは何故か自分の胸を触りながら、ぶつぶつと何か呟いていた。

 

「アスナ、どうかしたか?」

「あっ、ううん、このキャラの胸のサイズって、今の私のサイズと全然違うなって思って」

「ああ、ランダムで出来たとはいえ、確かに当時はそのくらいだったよな。

もしそのせいで自分の動きに違和感が出てるのなら、

今度スキャン機能を使って修正するといい」

「えっ、そんな事が出来るんだ?」

「まあキャラメイクのサブ機能みたいなもんだな」

「そっか、そんな機能が……」

 

 そんな二人の下に、突然ランが猛ダッシュしてきた。

 

「うおっ」

「きゃっ」

「ハ、ハチマン!今すぐ私の胸の脂肪をユウに移してあげて!」

「いきなり何かと思えば、んな事出来る訳ないだろうが!」

「じゃあ今からユウの胸を揉みまくって、私と同じサイズにしてあげて!」

「言っておくが、ここで何をしようが現実の自分にはまったく影響ないからな」

「う、うぅ……それじゃあ私は一体どうすれば……」

「今のままでいいだろ、別にユウが、お前の事を嫌ってる訳じゃないんだからな」

「で、でも………」

 

 ランはそう言いながら、ぶつぶつ呟き始め、

その呟きの一つが聞こえたハチマンは、とりあえずランをどうにかしようと思い、

そっとユウキの下へ行き、その耳元で何か囁いた。

 

「えっ、そうなの?」

「おう、ランが今そう呟いてた。このままだと面倒だから、ランの機嫌を直してやってくれ」

「本当にそんな事で機嫌が直るのかなぁ……」

 

 そして一同が何事かと見守る中、ユウキはランに近付き、その耳元でこう言った。

 

「余計な心配はしないで。大好きだよ、お姉ちゃん」

 

 その瞬間にランは顔を上げ、頬を紅潮させながらじっとユウキの方を見た。

 

「ユ、ユウ……」

「な、なぁに?お、お姉ちゃん」

 

 そんなランの様子にユウキは内心かなり引いていたが、

ハチマンがユウキに向かって手を合わせながら、頼むという風に頭を下げているのを見て、

我慢してその場に踏みとどまる事にした。

 

「私も大好きよ、ユウ!」

「うわっ、ラ、ラン……じゃない、お姉ちゃん、苦しいから!」

「あっと、ごめんなさい、

本当のお姉ちゃんなら、妹が苦しんでいたら即座に手を離すものよね」

「何故そこで大岡裁き………」

「ランってやっぱり時々昭和っぽいよな」

 

 周りの者達はそんな感想を言い合っていたが、ユウキから離れたランは、

満面の笑みでアスナに近寄り、その手を握りながらこう言った。

 

「ユウキの『お姉ちゃん』のランよ、アスナ、これから宜しくね」

 

 どうやら先ほどのアスナの言葉をしっかりと聞いていたのだろう、

ランは言われた通りにアスナを呼び捨てにしながら、

お姉ちゃんの部分を特に強調しつつそう言った。

 

「うん、宜しくね、ランお姉ちゃん」

「ずきゅうううううううん!」

 

 アスナは冗談のつもりでそう言ったのだが、その瞬間にランがそんな奇声を上げた。

 

「………ラン」

 

 呆れた顔でそう言うハチマンに、ランは興奮ぎみにこう言った。

 

「ハ、ハチマン、今私の体を電流が走り抜けたんだけど!今のは一体何かしら!?」

「ああ、はいはい、きっと体が喜んだんだろ、良かったな、お姉ちゃん」

「………ハチマンに言われても電流が走らないわね」

「俺はどう見ても弟キャラじゃないからな」

「アスナさんも妹キャラには見えないのだけれど」

「アスナにはリアルでお兄さんがいるからな、正真正銘妹で間違いない」

「そうなんだ?」

「あ、うん、私、妹だよ」

 

 アスナははにかみながらそう言い、そしてハチマンは一同に向けてこう言った。

 

「そんな訳で、とりあえずアスナは期間限定のレンタル移籍という事にするから、

それに合わせてその服のマークもスリーピング・ナイツのマークに変えてもらうか。

おいラン、お前達のギルドのマークってまだ無いのか?」

「あるわよ、ほらこれ」

 

 そう言ってランは、コンソールを可視化してハチマンに見せた。

 

「フカの愛天使に似てるな」

「えっ、本当に?」

「まあハートと羽根っていうモチーフが一緒なだけで、デザインは別物だから気にするな。

ふむ、そういえばお前達の装備にはこのマークはついてないんだな」

「あ、うん、職人に伝手がないからさ……」

「分かった、ついでにそれも俺が手配してやろう、ナタクはっと………お、いるな、

今から職人をここに呼ぶから、みんな装備にマークを付けてもらうといい」

 

 そのハチマンの言葉に、一同は大歓声を上げた。

こうしてアスナはしばらくスリーピング・ナイツのメンバーとして活動する事になり、

マークの件を含めてギルドとしての体裁が完全に整ったスリーピング・ナイツは、

ここから本格的に活動を開始する事となった。

その最初の目標は、当然トード・ザ・インフェクションである。




スリーピング・ナイツが遂に本格始動です!


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第812話 内と外で準備は進む

 スリーピング・ガーデンを後にしたハチマンとナタクは、

そのままアシュレイの店に向かっていた。

 

「いやぁ、まさかアスナさんがレンタル移籍する事になるとは思ってもいませんでしたよ」

「最近色々迷いも出ていたみたいだし、いい気分転換になればいいと思ってな。

それにランとユウキからいい刺激を受けられれば、アスナも今よりも強くなれると思うしな」

「そういえばアスナさんってこのところ、

オリジナル・ソードスキルを作ろうとずっと頑張ってたんじゃありませんでしたっけ」

「あっ」

 

 そのナタクの言葉でハチマンは、やっと完成したというオリジナル・ソードスキルを、

アスナから見せてもらうのを忘れていた事に気が付いた。

 

「まあ今度でいいか」

「何か忘れ物ですか?」

「いや、アスナが五連のオリジナル・ソードスキルを完成させたらしくて、

今日はそれを見せてもらう為にログインしたんだが、すっかり忘れてたわ……」

「あ、そうなんですか、それじゃあそれはまた今度ですね」

「ちなみにユウキは、十一連ソードスキルを完成させたらしい」

 

 ナタクはその言葉に目を見開いた。どうやらかなり驚いたらしい。

 

「えっ、本当ですか?それってちょっと凄くないですか?」

「ああ、多分威力的にも全ソードスキルの中で最高峰だろうな」

「十一………桁が違いますね」

「まったくあいつの才能は底知れないよ本当に」

「それじゃあアスナさんは悔しい思いをしてるんでしょうかね?」

「いや、どちらかというと尊敬するような感じで見てた気がするな」

「尊敬………ですか」

「ああ、目をキラキラさせながらユウの事を褒めてたからな、

オリジナル・ソードスキルの開発がどれだけ大変か知っているから、

悔しいという感情にならないんだろうな」

「あれってそんなに大変なんですか………」

「おう、かなりマゾいらしい。俺もスタイル的に、

五連くらいのカウンター技を開発したいとは思ってるが、

そのせいで中々やる気が起きなくてな……」

 

 そんな雑談をしながら、二人は無事にアシュレイの店に到着した。

 

「アシュレイさん、お久しぶりです」

「失礼します」

「あら、ハチマン君にナタク君じゃない、ちょっと待って、今お茶でも入れるわ」

「すみません、ありがとうございます」

「ご馳走になります」

 

 アシュレイは二人の顔を見て、嬉しそうにそう言った。

ちなみにナタクもSAO時代にアシュレイと面識がある。

 

「それで今日はどうしたの?」

「はい、ちょっとオートマチック・フラワーズをいじらせてもらおうと思いまして」

「いじるって、ナタク君が?」

「はい」

「あら、ナタク君って裁縫も出来るんだっけ?」

「ああ、いえ、背中のマークを変えるだけですね、さすがに本体に手を出すのは無理です」

「ああ、そういう事なの、って事は、遂にアレを渡せる日が来たのね」

「そうですね、多分明日中に、あいつらがアスナと一緒にここに取りに来ると思います」

「えっ?アスナちゃんが一緒なんだ」

 

 アシュレイはそう言って微妙な顔をした。

どうやらアスナが手伝うのはどうなんだろうと思ったようである。

その表情を見てハチマンは、今回の経緯を説明する事にした。

 

「一応今回の経緯の説明だけしておきますね」

「あ、じゃあその間に僕は作業を」

「おう、悪いなナタク、頼むわ」

「はい、任せて下さい」

 

 そしてハチマンはアシュレイに説明を始め、

それを聞いたアシュレイは、なるほどと納得した。

 

「なるほどなるほど、そういえばアスナちゃんってヒーラーだったわよね、

たまに忘れそうになっちゃうわよねぇ」

「特に俺達からしたらそうですね、SAOにはヒーラーなんて存在しませんでしたから」

「私の中には当時の凛々しいアスナちゃんのイメージしかまだないのよね」

「あはははは、あの頃のアスナは格好良かったですしね」

「というか、ハチマン君が指定した敵ってそんなに強いんだ?」

「いや、まあ敵の挙動が分かってしっかりとヒーラーがいれば、そうでもないです」

「どんな敵なの?」

「あ、コピーしてもらった動画がありますよ、ちょっと見てみます?」

「いいの?それじゃあ入り口の看板を準備中にして鍵を閉めてくるわ」

 

 アシュレイはそう言って入り口を施錠し、作業を終えたナタクも加わり三人は動画を見た。

 

「うわ、気持ち悪い……やっぱり私には戦闘職は無理だわ」

「アシュレイさん、こういうの苦手ですか?」

「普通にグロ耐性は無いわね、アスナちゃんはこういうの大丈夫なの?」

「そうですね、まあアスナが苦手なのはオバケとかそういった類のものだけだと思います」

「アスナちゃんってそうなんだ、ふふっ、かわいいわね」

「そうですね、まあアスナの弱点はそれくらいですね」

 

 そのまま動画を見続けていた三人は、ヒーラーが必要だというハチマンの言葉に納得した。

 

「ダメージゾーンの上で戦えとか、それはヒーラーが必要よね」

「もしかしたらあのゾーンをある程度狭める手段があるのかもですけど、

この動画だけじゃちょっと分からなかったんですよね」

「うん、納得したわ、それじゃあ明日、

敵のドロップアイテムと交換でアレを渡せばいいのね」

「あ、いや、確認してもらえるだけでいいです、

もっとも何を落とすかは知らないんで、何を見せられても装備は渡しちゃって下さい。

あいつらやアスナがそういった事で嘘をつく事なんかありえませんしね」

「分かったわ、それじゃあそうする」

 

 そして三人はバックヤードに飾ってあるオートマチック・フラワーズを眺めた。

 

「これは何のマーク?」

「はい、スリーピング・ナイツのマークらしいです」

「なるほど、羽根の生えたハートマークの中に『絶』の文字、その下に刀と剣ね」

「ランはもう『絶刀』として認知されてきてるんで、

後はユウが分かりやすい実績を上げて、『絶剣』を名乗るだけですね」

「へぇ、もう有名になったんだ?」

「まだそこまでじゃないですが、これから口コミでどんどん広がっていくと思います」

「しかしハチマン君もこういう事に関してはまめよねぇ」

「あいつらに関して俺が何かするのはまあ、これが最後だと思いますけどね」

「もうそんな段階なのね、あの子達がどんな風に変わったのか、明日が楽しみだわ」

「はい、面倒をかけますが、宜しくお願いしますね」

 

 こうしてハチマンとナタクはアシュレイの店を去り、

営業を再開したアシュレイは、その日一日わくわくしながら過ごす事となった。

 

 

 

 そして迎えた次の日の夕方、アスナはスリーピング・ガーデンに直接ログインした。

昨日のうちに戦闘に関しての細かな話し合いは終えており、

その場で即落ちた為、自動的にスリーピング・ガーデンの中にログインする事になったのだ。

 

「おはようみんな」

「あ、おはようアスナ、時間ピッタリだね!」

「おはよう!今日は宜しくね!」

「今日は、というか、まあしばらくこっちにいる事になるんだけどね」

「そういえばそうだったわね、それじゃあ準備に漏れがないか確認して、

黒鉄宮に出発する事にしましょう!」

 

 さすがはネットゲーム歴が長いだけの事はあり、

夕方におはようと言われても、誰も変な顔はしない。

ネットゲームでの挨拶とはそういうものだからだ。

そして一同は無事に準備を終え、黒鉄宮へと乗り込んだ。

その道中で、アスナの知り合いのプレイヤーが何度も声をかけてきた。

さすがアスナは有名なだけではなく顔も広い。

そのプレイヤー達は、最初アスナが移籍したのかと思って驚き、

レンタル移籍したと聞いて、再び驚いていた。

ヴァルハラのメンバーがそういった事をするのは前例が無かった為である。

しかもアスナは二つ名持ちの副長なのだから、その驚きは想像に難くない。

 

「やっぱりアスナって有名なんだねぇ」

「有名というか、顔が広いのは確かだけどね」

「そういえばボク達、そろそろヴァルハラの事についてもっと詳しく調べようと思って、

そのままずっと放置しちゃってるなぁ」

「うちの事って、メンバーについてとか?」

「ええ、まあそんな感じね」

「それなら攻略を終えて帰った後に、私が説明してあげようか?」

「えっ、いいの?」

「それは助かるわね」

「うん、どうせ公開されている情報だしね」

「やった、ありがとう!」

「それじゃあ後で宜しくね、アスナ」

 

 アスナとラン、そしてユウキはこんな会話をしながらのんびりと最後尾を歩いていた。

残りの五人が、やや開いてしまったランやユウキとの差を少しでも詰める為に、

道中の戦闘は任せろと言ってきたからである。

 

「しかし、相変わらずカエルばっかりだね」

「ちょっと気持ち悪いよね、アスナはこういうのは平気?」

「そうだねぇ、まったく平気って訳じゃないけど、どちらかというと平気って感じかな」

「へぇ~」

「でもまあトード・ザ・インフェクションみたいなのはやっぱりちょっと嫌だけどね」

「あ、分かる分かる!ああいう腐った死体みたいなのはちょっとね」

「肉片が手についたらとか思うと無理よね」

 

 そして一同は遂にスカベンジャートードのいるエリアまでたどり着き、

そこで初めてランとユウキが武器を抜いた。

 

「さすがにここからは、私達も手伝った方がいいわね」

「だね!」

「私はシウネーと回復役を交代するね、

ここまで頑張ってもらったから、少しは休んでもらわないと」

「うん、お願い!」

「さあユウ、殺しまくるわよ」

「よ~し、頑張るぞ!」

 

 ただでさえ四人いた前衛陣に二人が加わったせいで、

スカベンジャートードは成すすべもなく駆逐されていき、

遂に一行は、因縁の敵であるトード・ザ・インフェクションのいる部屋へとたどり着いた。

 

「さて、部屋の前で少し休憩したらいよいよ本番よ、

みんな、しっかり準備の確認をしておいてね」

 

 こうしてスリーピング・ナイツは、万全の体勢でリベンジに挑む。



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第813話 油断なきリベンジマッチ

「うぇ……相変わらず気持ち悪い……」

「まあやるしかない、うん、やるしかない」

「臭いが分からないのが唯一の救いよね」

「言わないで!想像しちゃうから!」

 

 他の者達がそんな会話を繰り広げる中、

アスナは初めてここに来た時の事を思い出していた。

 

『おい、何か部屋みたいなのがあるぞ』

『中になにかいるな……』

『うぇ………もしかしてあれって腐ってるんじゃないの?』

『ここは一つ定番って事で、あーしの火魔法で焼き払う?』

『う~ん………でもこの扉、もしかして閉まるんじゃないか?』

『そう言われると確かに……そうなったら俺達まで一緒に蒸し焼きになるかもしれないな』

『それに正直面倒臭い、絶対あいつ、長期戦になるぞ』

『………まあ確かになぁ』

『という訳で、今日は大人しく帰るとしよう』

『オーケーオーケー、それじゃみんな、もういい時間だしあれは老後の楽しみって事で、

とりあえず街に戻ろう』

 

 ここまで散々カエルを相手にし、もう辟易していた一同であるが、

特に女性陣はトード・ザ・インフェクションを見てこの決定に安堵し、

帰った後も、ヴァルハラ内でこの話題が出る事は無かったのである。

 

(まさかその敵とこうやって相対する事になるなんてなぁ)

 

 アスナはそう思いながら、仲間達と一緒に軽く攻略の復習をし、

こうしてスリーピング・ナイツの二度目のトード・ザ・インフェクション戦が開始された。

基本はこの前と同じようにテッチを中心にフォーメーションを組み、

アタッカー陣がスイッチしながらヒット&アウェイを繰り返していく。

前回との違いは、それぞれが属性系ソードスキルを多用している事であった。

 

「やっぱり火系のソードスキルはいい感じ………な気がする」

「神聖系もいいね」

「他は普通かちょっと悪いくらいかも」

 

 効果がどれほどあるのかは分からないが、ランの提案により、

今回は攻撃の方法が物理攻撃のみに偏らないように、

準魔法攻撃扱いである属性系ソードスキルを出来るだけ使うように指示されていた。

これはハチマンとアスナが動画を見ていた時の発言が根拠となっていたが、

もし仮に二人がその場にいなくとも、

いつかはスリーピング・ナイツも自力でその結論に辿りついたであろう。

考えてみれば簡単な理由である。SAOと違い、魔法や遠隔攻撃が存在するALOにおいて、

魔法中心でボスを攻撃していたら物理耐性がつきましたなどという事があるはずがない。

当然耐性とは受けた攻撃の種類を勘案して付与されるものであり、

基本的には受け身な状態なのである。

 

「アスナ、そろそろ浄化魔法いきますね!」

「了解!回復に回るね!」

 

 そしてもう一つ、今回は念には念を入れ、まめに浄化魔法をかける事によって、

テッチの持つ盾や、そこら中に飛び散った粘液を処理する方針がとられていた。

これはテッチから、粘液のせいで段々盾が重くなるという意見が出たからだ。

 

「え、そうなの?」

「うん、今思えばあの粘液、まったく消えなかったんだよね。

この前は見れなかったけど、

もしかしたら敵のおかしな攻撃に使われる可能性もあるかなって」

「ふむ、アスナ、どう思う?」

「そうだねぇ、通常そういった敵の攻撃って、外れた時点で消滅するはずだから、

何かが怪しいのは確かだね」

 

 ランのその問いかけに、その時アスナは淀みなくそう答えた。

さすがは元鬼の攻略担当、閃光のアスナである。

 

「もうすぐ敵のHPが半減しますね、アスナ」

「うん!みんな、そろそろ後退を!」

「「「「「了解!」」」」」

 

 その指示にアタッカーの五人がそう答え、テッチだけがその場に残った。

 

「テッチ、後は任せた」

 

 タンクであるテッチは、そのまま一人で敵を削っていく。

一人であるが故に時々攻撃もくらってしまっていたが、

それはヒーラー二人が魔法が被らないように上手く癒していく。

そしてテッチは敵のHPを半分まで削り、即座に後ろに下がった。

その瞬間に前回と同じように、トード・ザ・インフェクションの体がぐちゃっと崩れた。

 

「シウネー、今!」

「はい、浄化魔法いきます!」

 

 ここでアスナとシウネーは、その赤い肉が再び集まり始める前に、

床に向かって浄化魔法を放った。これは何かを確信していた訳ではなく、

試せる事は全部やってみようという方針に基づいて行われた行動であったが、

浄化魔法がかかった部分の肉が消滅した為、存外効果があるのではないかと一同は期待した。

それを二度繰り返すうちに、敵が再び元の形に戻り、奥の方で立体化した。

そして浄化魔法をかけた四ヶ所の床は………ダメージゾーンではなくなっていた。

 

「やったわね」

「これで大分楽になったな!」

「なるほど、初見じゃこういうのにはどうしても気付かないよね」

「あっ、見て、浄化した分だと思うけど、敵のHPが半分よりちょっと減ってるよ」

 

 見るとトード・ザ・インフェクションのHPバーが半分をやや下回っており、

浄化魔法が確実に効果を発揮したのだという事がそれで分かった。

 

「案外ユキノなら、ここで敵のHPを大幅に削れちゃったかもね」

「えっ、どうやって?」

「ユキノは回復魔法、氷、神聖魔法に特化してるから、

大規模な神聖魔法を使えばさっきの状態ならあるいはって感じ?」

「そうなんだ、ユキノさんって武器は使わないの?」

「一応ハチマン君にもらった大剣を持ってるよ」

「大剣………」

「あのユキノさんが………想像出来ねえ!」

 

 一同は余裕が出来たのか、そんな会話を交わしながら再び攻撃を再開した。

アスナとシウネーは後方の安全地帯に立ち、テッチも前方にある安全地帯に敵を誘導し、

そこでタンクとしての役割を果たしていた。残る安全地帯は一箇所だけであったが、

何かあった時の為にユウキがそこに入る事となった。

 

「ラン、そろそろ撃つ!」

「分かったわ、守りは私が」

 

 そしてユウキが前回と同じようにマザーズ・ロザリオを放った。

 

「行っけぇ!マザーズ・ロザリオ!」

 

 その与ダメージは前回よりも明らかに多くなっており、

一撃で敵のHPバーの六分の一を削り取った。

ちなみにトード・ザ・インフェクションのHPバーは二本である。

 

「どうやら耐性が前回と比べてほとんどついてないみたいね」

 

 だがユウキにその言葉に返事をする余裕はない。

マザーズ・ロザリオの威力が高すぎた為、敵の攻撃がユウキに向いた為である。

ユウキの硬直が解けるまで残り一秒、その間の敵の攻撃は前に出たランが見事に防ぎきり、

その間にテッチがスキルを駆使して敵のターゲットを取り返し、

復活したユウキは、そこでやっとランに返事をした。

 

「うん、これならいけるね!」

「さて、このまま残り四割まで削るわよ」

 

 その後の戦闘は順調に推移した。

ヒーラーの数が増えた上にダメージゾーンが減ったせいで、

かなり余裕を残した状態で、一同は問題のHP四割状態までたどり着いた。

 

「みんな、一応テッチを残して敵から離れて!」

 

 アタッカー陣は少し離れた所でテッチを見守り、

同時におかしな事は起こらないか、周囲に目を配った。

 

「そろそろ?」

「あっ!」

 

 その瞬間に後方の床が光ったが、誰もそこにいなかったせいか、何も起こらなかった。

 

「よし、ここもクリア!」

「あとは削るだけだと思うけど、残り一割で絶対何かあるから、

みんな気をつけてね!」

 

 そこから慎重に戦いを進めた一同は、敵のHPが残り一割になろうとしているのを見て、

一応後方へと自主的に下がり始めた。だがユウキだけがその場から動かない。

 

「ユウ?」

「待って、あと十秒!」

 

 だがその直後に、ユウキの近くに飛び散っていた粘液が柱のように立ち上がり、

ユウキに向かって襲いかかってきた。

 

「まさかの触手プレイ!?」

 

 そう訳の分からない事を言いつつも、ランは既にユウキを守る為に走っていた。

だがそのランの眼前を白い光が通過し、それが命中した瞬間にその粘液の柱は消滅した。

 

「むむ?」

 

 疑問に思って振り向いたランの視界に入ったのは、小さな杖を構えるアスナの姿であった。

どうやら先ほどの光は、アスナが即座に放った浄化魔法だったらしい。

 

「まさかこの私より反応が早いなんてね」

「さっすがアスナ!」

 

 硬直が解けたユウキはそう言うと、敵に向かって構えを取り、再びこう叫んだ。

 

「マザーズ・ロザリオ!」

 

 さっき言った十秒とは、ソードスキル固有のクールタイムの事だったらしい。

そしてここで本日二度目のマザーズ・ロザリオが炸裂し、

その一撃(正確には十一撃だが)によって、

トード・ザ・インフェクションのHPバーは一瞬で消し飛んだ。

 

「成敗!」

「うおおおお、やったぜ!」

「ユウ、狙ってたのね」

「うん、丁度クールタイムが終わりそうだったからさ」

「そう、本当に凄まじい威力だったわ」

 

 そしてランは刀を天に掲げながら言った。

 

「トード・ザ・インフェクション、ここに討ち取ったり!」

 

 こうしてスリーピング・ナイツは見事にリベンジを果たし、

ハチマンから与えられた課題を見事にクリアした。 



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第814話 凱旋、そして剣士の碑

すみません三分ほど遅れました!


 トード・ザ・インフェクションを倒した瞬間に、閉ざされていた入り口の扉が開き、

床に展開されていたダメージゾーンも一瞬で消滅した。

 

「おっ、なんか部屋が綺麗になったな」

「そういえばユウ、ドロップアイテムは何かあった?」

「そういえばそうだった!えっと、インフェクションダガーだって」

「それはどんな武器なのかしら」

「プレイヤー相手には使えないけど、モブを毒状態にする短剣みたい」

「あら、それはそれなりに使いどころがありそうね」

「でもボク達の中に、短剣使いはいないしなぁ」

「それじゃあハチマン行きね、他にはないの?」

「あ、うん、あるにはあるんだけど………」

 

 そこで何故かユウキは口ごもった。

要するにそういうアイテムがドロップしたという事なのだろう。

 

「ト、トード・ザ・インフェクションの肉」

「うええええ、気持ち悪い!」

「いや、でもさすがに食用じゃないよな?」

「錬金素材らしいね、これもハチマン行きかな」

「なるほどなるほど、まあアイテムに関しては別に期待してなかったし、

目的を達成出来たのだから良しとしましょう、それじゃあアシュレイさんの店に凱旋よ!」

 

 ランの口からその言葉が飛び出した瞬間に、アスナは仰天した。

 

「えっ?えっ?みんなはアシュレイさんと知り合いなの?」

「ええ、最初に会ったのは、ハチマンが同盟と揉めていたのを見物していた時かしら」

「あ、あの時現場にいたんだ?」

「で、その後スモーキング・リーフから依頼の品を届ける為に店に行って、

それで本格的に知り会った感じだね!」

「へぇ、そうなんだ、私もアシュレイさんの店には昔からお世話になってたんだよね」

「あらそうなのね、やっぱり世間って狭いのね」

 

 ランはそのアスナのセリフをそう軽く流してしまったが、

先日アシュレイから、店が出来たのは最近だと聞かされた事は覚えていなかったようだ。

 

「で、それはいいとして、どうして目的地がアシュレイさんの店なの?」

 

 アスナのその当然の疑問に、ランは事もなげにこう答えた。

 

「そもそもこの敵を倒す事になった経緯は、アシュレイさんの店で、

ハチマンからの試練を受けた事がキッカケだったから?」

「えっ、そ、そうなの?

そういえばどうしてわざわざトード・ザ・インフェクションと戦う事になったのか、

その理由についてはまったく考えた事が無かったよ……」

 

 確かによく考えてみれば、新興ギルドであるスリーピング・ナイツが、

知る人がほとんどいない黒鉄宮の奥のマイナーボスをわざわざ倒そうとするのは不自然だ。

そもそもここの事を知るのはヴァルハラのメンバーくらいなもので、

ハチマンが関与していると推測するのはそう難しい事ではない。

 

「まあいっか、ハチマン君が与えた試練なんだったら、きっと何か意味があるんだよね」

 

 その理由は実は、試練を設定する時に適当な敵が見つからず、

先日放置したトード・ザ・インフェクションあたりでいいかと、

ハチマンが適当に決めたというのが真相である。

自分達で倒すのが気持ち悪かったという理由もまあ、あったのかもしれない。

 

「よし、それじゃあアシュレイさんの店に行きましょう」

「うええ、帰りもまたカエルどもを相手にしないといけないのか」

「さすがにあの数は面倒だよねぇ」

「まあ文句を言っても仕方ないわ、足を止めずに最低限の数だけ相手にする事にしましょう」

 

 そう言ってメイン通路に戻ったスリーピング・ナイツであったが、

予想に反して敵の姿が見当たらない。

 

「あ、あれ?」

「まだリポップしてないとか?」

「そんな生半可な数じゃなかったと思うけどなぁ」

「もしかして、トード・ザ・インフェクションを倒したせい?」

「かもしれないわね、何にしろラッキーだわ、今のうちに街まで駆け抜けましょう」

 

 途中多少カエルと遭遇する事はあったが、その数は相当少なく、

スリーピング・ナイツは楽勝で街に戻る事が出来た。

 

「かなり楽になってたな」

「黒鉄宮ってそういう仕様なのかな?ボスを倒せば雑魚が減るみたいな」

「十層二十層では特に変化は無かった気がしたけど、

通路にいる敵と同じ種類のボス限定でそうなのかもね、

もしくは先の方にそれに該当する数が減った敵がいるとか」

「まあいいや、とりあえずアシュレイさんの店に行きましょう」

「それじゃあ十八層だね」

 

 そして歩き出した一同であったが、剣士の碑の横を通りかかった時、ランが足を止めた。

 

「あっ、そういえばこの前はハチマンの名前しかチェックしなかったけど、

よく見たらアスナの名前もあちこちに載ってるのね」

「あ、うん、ちょこちょこ攻略には参加してたからね。

まあ最近は同盟がいるからサッパリだけど」

 

 そしてアスナは剣士の碑を指差しながら言った。

 

「ちなみに一、二、三層と三十二層にある名前は、ほとんどがうちのメンバーだよ」

「あ、三層まで全部なんだ?」

「うん、その時は全員の名前を載せるんだってハチマン君が頑張ってくれてね、

余ったスペースにはせっかくだからって、シルフ領主のサクヤさんと、

ケットシーの領主のアリシャさんの名前が載るようにしたんだよ」

「つまり当時のメンバーは、十九人もいたって事なんだ」

「その時は十七人だったかな、まあ今は三十人いるけどね、

ちなみに女の子が男の子の四倍いるよ」

 

 その言葉にジュンがその場で絶叫した。

 

「うおおおお、兄貴、俺はあなたのようになりたいです………」

「ジュン………」

「相変わらずね………」

「あ、あは………」

 

 正妻として苦労しているアスナは、その言葉に苦笑する事しか出来なかった。

 

「なるほど、それじゃあユキノさんはかなり苦労しているのでしょうね」

「え?あ、うん、まあ癖のあるメンバーが多いからね」

 

 アスナはそのランの言葉に一瞬、ん?となったが、

ユキノが問題児が多い女性陣を纏めるのに苦労している事は間違いない為、

素直にそう頷いた。

 

「癖………性癖とか?」

「せ、性癖!?た、確かにおかしな人は多いけどね」

 

 そのランの言葉の意図が分からず、アスナはとりあえずそう答えるに留めた。

 

「なるほど、前途多難ね」

「まあ大変ではあるね」

 

 ランは自分に言い聞かせるようにそう言い、アスナもそう無難な返事を返した。

 

「ねぇアスナ、やっぱりあそこに名前が載るのって、特別な事?」

 

 その時ユウキが無邪気にそう尋ねてきた。

 

「あ、うん、ALOのプレイヤーは何万人もいるからね、

でも一フロアで名前を載せられるのはたった七人………今は八人か、

だから名誉ではあるんじゃないかな、

ALOの攻略ページにも、名前を載せてる所があるしね」

「そうなんだ」

 

 ユウキは目をキラキラさせながらそう呟き、それを見たランは、

少し考えた後にこう言った。

 

「それじゃあ次は、ここに名前を載せる事を目標にするのもいいわね、

私達の名前が永遠に残る、中々痛快じゃない」

「いいねそれ!」

「これで次の目標が出来たな!」

「あ、それならうちと一緒に攻略に出る?」

 

 アスナは何となくそう言ったが、ランはそれに難しい顔をした。

 

「それだと本当の意味で名前を載せた事になるのかしらね、

あ、さっきの一層から三層までみたいな特別な場所ならいいのだけれど、

というかむしろこっちからお願いしたい所なのだけれど、

今の段階でそれをしてもらってしまうのはさすがにどうかと思ってしまうわね」

「あ~、確かにそうだよね、ごめん、余計な事を言っちゃったね」

「うん、いいのよ、むしろ断ってしまってごめんなさい」

「ううん、考えてみれば無神経だったよ」

 

 そして二人は何となく剣士の碑を見上げた。

 

「そうなると、うち主体で仲間を集めて攻略する事になるけど、

そうすると他のギルドにも配慮して、何人か名前の枠を譲らないといけなくなるわね」

「それだと全員の名前が離れちゃって、仲間だって分からなくなっちゃうね」

「それなのよね、まあこの事はもう少しよく考えてみましょう、

それじゃあそろそろアシュレイさんの店に行きましょうか」

「おう!」

 

 そしてスリーピング・ナイツがアシュレイの店に到着した瞬間、

中から当のアシュレイが飛び出してきた。

 

「ハチマン君から聞いて待ってたわ!さあ、中に入って!」

「あ、そうだったんですか」

「アスナちゃんもいたし、当然勝ったのよね?」

「うん、いっぱい助けてもらっちゃった!」

「やだなぁ、回復補助をしただけじゃない」

「でもアスナがいなかったら絶対無理だったしさ」

「そ、そうかな?」

「そうだよアスナ、凄く助かったよ!」

「うん、それなら良かったよ」

「まあ積もる話もあるでしょうが、とりあえず中に入って入って」

 

 アシュレイはそう言って、店の看板を下ろし、全員を店の中に招き入れたのだった。



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第815話 引き締まる思い

 店に入れてもらった後、ランは早速とばかり、アシュレイにこう話を切りだした。

 

「アシュレイさん、早速だけど、

トード・ザ・インフェクションからのドロップアイテムの確認をお願いしてもいいかしら」

「分かったわ、とりあえず見せてもらえる?」

「ユウ、お願い」

「うん!えっと、先ずはこのインフェクションダガーからかな」

 

 そう言ってユウキが差し出してきた短剣は、

光を反射しない漆黒の刀身に、紫のラインが入った短剣であった。

その短剣はどこか禍々しいオーラを放っており、アシュレイは思わず息を呑んだ。

 

「あら、まるで暗殺者が持っていそうな短剣ね」

「性能もそんな感じかな、敵に毒を付与するみたい。

でもプレイヤー相手にはその効果は発動しないんだよね」

「へぇ、良心的じゃない」

「絶対悪用する人が出てくるよねこれ。おかしな人に持たせたら厄介だよね」

「うんうん、私なんか、遊び感覚で簡単に殺されちゃうわね」

 

 そう冗談を言いながら、アシュレイは短剣をユウキに返した。

 

「ハチマン君は、確認するだけで受け取らなくていいって言ってたから、

それはそのまま持ち帰ってね」

「それなんだけど、うちには短剣を使える人がいないから、

そう事情を説明して、そのままハチマンに渡してもらえないかなって」

「あら、そうなのね。分かったわ、そういう事ならこれはアスナちゃんにお任せするわ」

「あ、うん、それじゃあハチマン君に渡しておくね、アシュレイさん」

 

 アスナはそう言って短剣を受け取り、ストレージに収納した。

 

「それでもう一つのアイテムなんだけど、出来ればこれもハチマンに押し付けたいなって」

「あら、他にも何か出たの?」

「それがここじゃ出せないというか、あんまり出したくないアイテムなんだよね……」

「えっ?そうなの?」

「うん、トード・ザ・インフェクションの肉って言うんだけど、

その敵ってばゾンビというか、腐った死体みたいな感じなんだよね」

 

 その言葉でアシュレイは事情を察したようだ。

 

「なるほど……まさか食用じゃないわよね?」

「うん、何かの素材みたい」

「やっぱりそうよね、それは見せてもらう必要はないわ、

そのままアスナちゃんに渡しちゃって頂戴」

「うん、それじゃあアスナ、トレードを」

 

 だがアスナはその言葉に若干躊躇いをみせた。

 

「何かアイテムストレージが汚くなっちゃいそう………」

「それならもうボクのストレージはとっくにひどい状態になってるよ………」

 

 二人はそう言って笑い合うと、素早くトレードを済ませた。

アイテムの名前すら、長く見ていたくなかったのであろう。

 

「これで全部って事でいいのかしら」

「うん、これで全部かな」

「オーケーよ、それじゃあ二人に装備を渡すわ」

「やった!」

「思ったよりも早く手に入れられたわね」

「ふふっ、待ってて頂戴」

 

 そう言ってアシュレイは奥へと消えていき、

事情を知らないアスナはランとユウキに装備の事について尋ねた。

 

「そういえばハチマン君からの試練みたいに言ってたけど、

アシュレイさんが持ってきてくれるのがその報酬なの?」

「うん、そんな感じね」

「アスナが今装備してるのと同じ奴だよ」

「えっ?それって………」

 

 そのユウキの言葉にさすがのアスナも一瞬ありえないだろうと驚いた。

 

「こ、これと?これって一応うちの幹部用の最新鋭の装備なんだけど」

「うん、それは聞いたから、ボク達も驚いたんだよね」

「まあこれもハチマンの私達に関する期待感の現れだと思っているわ」

「なるほど……」

 

 期待感という言葉はアスナの中に驚くほどスムーズに入ってきた。

確かにスリーピング・ナイツの、特にランとユウキは、

その強さから言っても既にかなり上位にあり、

今は無名だが、いずれはヴァルハラの幹部クラスと同じくらいの名声を得るのは間違いない。

 

「お待たせ、はい、それじゃあこれ」

 

 そしてアシュレイが戻ってきて、二人に装備を手渡した。

ストレージに入った状態ではなく、敢えて見えるような形で渡してきたのが心憎い。

 

「やった!遂にゲット!」

「あれ、背中のマークが前見た時と違うわね」

「本当だ、うちのマークが入ってる!」

「ああ、それなら昨日ハチマン君とナタク君が来て書き換えてたわよ」

「えっ?ハチマン達が?」

「ええ、こういうところはまめよねぇ」

 

 ランとユウキは三人の男達に後ろを向かせ、

そのまま直接オートマチック・フラワーズに袖を通した。

一旦ストレージにしまってから装備変更を選択する方が楽なのだが、

二人は気分を出す為に、わざとそうしたのである。

実際システムを使って着替えるのと、直接着替えるのとでは気分がまったく違う。

二人は装備の前を締めた瞬間に身が引き締まる思いがした。

 

「何か、しっかりしなきゃって感じがするわね」

「うん、こう気分がシュッとするね」

 

 感覚派のユウキが言っている事は何となくしか分からないが、

それでも身が引き締まっているのはその表情から理解出来た。

 

「アスナちゃん、ちょっとこっちに来て三人で並んでみたら?」

 

 そのアシュレイの提案に乗った三人は仲良く並び、ついでに記念撮影までこなした。

そもそもアスナは疑問を持ちはしたが、それはあくまで理由を知りたかっただけであり、

ハチマンが決めた事である以上、この事に文句を言うつもりは無かったのである。

 

「お揃いだね、アスナ」

「うん、お揃いだね、やったね」

「こういうのも意外と馬鹿に出来ないわね、確かに仲間意識が醸成されるわ」

 

 三人がそう感想を言う中、他の者達もまた、

アシュレイから統一された装備を受け取っていたようだ。

気が付くと残りの五人も着替えを済ませており、その姿を見てアスナはあっと叫んだ。

 

「あれ、みんなが着てるのってヴァルハラ・アクトンじゃ?」

「ええそうよ、これも渡すようにって言われて多のよ。

まあ街中で普段着る為の装備という位置付けだしね、ヴァルハラでもそうなんでしょ?」

「あ、うん、戦闘ではもっと特化した装備が必要だから、

確かにそれは主に街で着る為の装備だね、オートマチックフラワーズは別だけど。

あれ、でもデザインがうちのと微妙に違う気がする」

 

 ヴァルハラのメンバーの正式装備であるヴァルハラ・アクトンであったが、

そのスリーピング・ナイツバージョンは襟や袖のデザインが若干変わっており、

アスナはその事に敏感に気付いたようだ。

 

「そうね、さすがのハチマン君も、

まったく同じなデザインが許されるのはそっちの装備だけだと思ったんじゃないかしら。

一歩間違えればスリーピング・ナイツがヴァルハラの下部組織だと思われちゃうしね」

「あ~………確かにそうかも」

「ともあれこれでやっと肩の荷がおりたわ、みんな、一先ずの目標達成おめでとう」

「ありがとうアシュレイさん」

「ありがとうございます!」

「やったな、これで次の目標に突き進めるぜ!」

「あら、もう次の目標が決まったの?」

「ううん、これから話し合いで決める予定!」

「そう、あまり無理はしないでね、あ、ううん、もう無理をしてもいいのかしら、

ここはもうSAOじゃないんだしね」

 

 アシュレイは微笑みながらそう言い、

そのままスリーピング・ナイツの一同はしばらくそこで雑談した後、

アシュレイに見送られて店を後にした。

 

「さて、とりあえずどうする?一旦スリーピング・ガーデンに戻るか?」

「話し合いもしないとだしそうしよっか。アスナはまだ時間は大丈夫?」

「あ、それなんだけど、どうやらハチマン君達が二十四層にいるみたいだから、

これからちょっとそっちに行って、ドロップアイテムについて直接報告しておこうかなって」

「あら、そうなの?」

「うん、なので私はちょっと先にそっちに行ってみるよ。

時間は大丈夫だから、後でスリーピング・ガーデンに向かうね」

「あ、なら私もそっちに行きたいかも」

 

 突然ノリがそう言い出した。

その顔はやや紅潮しており、ハチマンに会いたがっているのは見え見えである。

 

「あ、ボクも行って褒めてもらいたいなぁ」

「俺も俺も!」

「僕はどっちでもいいかな」

「僕もですね」

「二十四層って何かあるんですか?」

 

 その時シウネーが何気なくアスナにそう尋ねた。

 

「う~ん、ちょっと思いつかないんだけど、

メッセージを送ったらどうやら主街区の北にある大きな木の所にいるみたいだから、

そこで何かやってるんじゃないかなぁ?一応そこって観光スポットなんだけどね」

「観光スポットですか、それは見てみたいですね」

「それじゃあみんなで行ってみましょうか」

 

 ランがそう提案し、一同はその言葉に頷いた。こうして一同は、

遂にハチマンが密かに製作したデュエルステージへとたどり着く事になったのである。



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第816話 こんなの知らない

 アシュレイの店を出た後、

転移門を経て二十四層にたどり着いたスリーピング・ナイツ一行であったが、

道中でランが、そういえばといった感じでアスナに質問をしてきた。

 

「ねぇアスナ、さっき『ハチマン君達が』って言ってたみたいだけど、

もしかしてこの先に、ハチマン以外にも誰かヴァルハラの人がいるの?」

「あ、うん、ハチマン君の他に、キリト君にユキノ、後はセラとロビンとシノノン……

あっとごめん、セラフィムとクックロビンとシノン、それにリオンちゃんがいるね」

 

 愛称では通じないと思ったのだろう、

アスナはセラフィムとクックロビンとシノンをしっかりとフルネームで言い直した。

 

「へぇ、ハチマンとユキノさん以外は知らない人ばっかりね」

「やっぱり俺達勉強不足だよなぁ」

 

 一応一同は理央とは面識があるはずだが、理央はその時リオンとは名乗らなかった為、

その事に気付く者は誰もいなかった。

 

「一応全員二つ名持ちだし、副長が全員集合状態なんだけどね」

 

 アスナは知らなければまあそんなものかと思いつつ、苦笑しながらそう言った。

ちなみに一応副長の一角であるソレイユは、メンバーの中では別枠扱いされている。

 

「えっ、そうなの?」

「うん、ちなみにキリト君以外はみんな女の子かな」

 

 その言葉にジュンが素早く反応した。

 

「聞いてた比率よりちょっと高いけど、俺は別に羨ましくなんかないからな!」

「ジュン、誰も何も言ってないわよ」

「い、いじられる前に言ってみただけだよ!」

「心配しなくても誰もジュンをいじってる暇なんかないわよ、

もし私達がいじるとしたらハチマンの方だし」

「そ、そうか、確かにそうだな!」

「あ~………多分今のハチマン君のガードは鉄壁だと思うから、

いじったり出来るかどうか分からないよ?

多分ファンの女の子達もどうやっても近付けないような状況だろうし」

 

 アスナは対ハチマン強行派がほぼ勢揃いという、

その豪華メンバーの事を思い浮かべながらそう言った。

ちなみに強行派の残りにはフカ次郎とイロハが居る。

穏健派はユイユイ、ユミー、スクナ、メビウス、シリカ辺りであり、

ハチマンをおもちゃにする派がソレイユ、フェイリス、レヴィ、アルゴで、

絶対中立派がリズベット、コマチ、リーファ、クリシュナ、アサギなのであった。

 

「そうなの?それってユキノさんがいるから?」

 

 そうユウキが思ったのは当然であろう、

アスナは当然その言葉の裏の意味には気付かないまま、

単に言葉の表面だけをとらえてこう答えた。

 

「ユキノは案外寛容な方だから、こういう時は過剰な反応を示さないよ、

よっぽどおかしなファンじゃない限りは、ハチマン君が嫌がってない限り大目に見るからね」

「そ、そうなの?それじゃあ一体誰が………」

「他の全員」

 

 その言葉にスリーピング・ナイツの全員が硬直した。

 

「そ、それはどういう……」

「あ~、まあ今いるメンバーはかなり個性的だからね、

まあちゃんと紹介するからみんなはそこまで警戒しなくてもいいよ」

 

(今回は私もいるんだから、おかしな事にはならないしね)

 

 アスナはそんな事を考えながらそう言った。

 

「個性的……」

「もしかして全員がランみたいな人だったりして」

「何それ怖い」

「常識で考えてそんな事ある訳ないんじゃないかな、だってあのランだよ?」

「あなた達、私の事を褒めすぎよ」

「「「「「「褒めてない!」」」」」」

「あはははははは」

 

 そんなスリーピング・ナイツの会話に笑いながらも、アスナは内心でこう思っていた。

 

(実はそんな事あるんだけどね)

 

 だが黙っていた方が面白そうだと思ったアスナはそれ以上何も言わなかった。

この辺り、どうやらアスナもハチマンもしくはソレイユに毒されているようである。

 

「あ、後ね、ヴァルハラのメンバーじゃないけど、ユージーン君もいるみたい」

「えっと、どちら様?ユウジン?アスナのお友達?」

「あはははは、確かに友人だけどね、ユウジンじゃなくてユージーン、

サラマンダー領の領主の弟さんで、まあ今は有名無実化しつつあるけど、

サラマンダー軍の将軍だよ。前にALO最強の剣士って言われてた人かな」

「その人はそんなに強いの?」

「うん、魔剣グラムの所有者で、こっちの攻撃は普通に防がれちゃうけど、

向こうの攻撃はこっちの武器を素通りしてくるっていう、とても厄介な相手だよ」

「何それずるい」

「チート武器かよ!」

「へぇ、面白そうな武器だねそれ」

 

 ほとんどの者が驚く中、ユウキが冷静にこう質問してきた。

 

「でもそんな武器を持ってるのに、今は最強じゃないんだ?」

「そうだね、今の最強は多分キリト君じゃないかなぁ、

ハチマン君も事あるごとにそう言ってるしね」

 

 その言葉に一同は仰天した。

 

「えっ、兄貴が最強じゃないの?」

「う~ん、多分ハチマン君は、そう言われてもキッパリと否定するんじゃないかな」

「兄貴よりも更に上がいるんだ………」

「少なくともハチマン君は、

キリト君とソレイユ姉さんは自分より強いっていつも言ってるよ」

 

 実はハチマンは、アスナの事も自分より強いと日ごろから言っているのだが、

さすがにその事を自分で言うのは恥ずかしかったようである。

 

「へぇ、そうなんだ」

「アスナ、さっき言ってた通り、後で色々聞かせてね。

ボク達ももっと色々な事を勉強しないとだし」

「うん、後でね」

 

 そんな会話を繰り広げているうちに、遠くによく目立つ巨大な木が見えてきた。

 

「あっ、目的地の観光スポットの木ってあれの事?」

「うん、そうだよ。でもハチマン君達は、あんな所に集まって何を………」

 

 そう言いながら、アスナはピタリと足を止めた。

 

「アスナ、どうしたの?」

「あ、うん、あの木の周りって何も無かったはずなんだけど、

よく見るとなんか凄く沢山の人が集まってない?」

「ん~?そういえば確かにそんな気も……」

「というか何か壁みたいな物があるよね?」

「その上に人の頭が沢山見えるな」

「あれって何だろうね」

「「「「「「「「う~ん」」」」」」」」

 

 一同は唸ったが、当然誰も正解にたどり着く者はいない。

もし当てられたら多分その者は神である。

 

「まあでもここってば観光スポットなんでしょ?だったらそれなりに人はいるんじゃ」

「う~ん、そういうレベルじゃないような」

「というかここにはあんな壁みたいな物は絶対に無かったはずなんだよね」

「まあとりあえず行ってきましょう、そうすれば理由が分かるはずよ」

「うん、そうだね」

 

 そして一同は、その木に向かって歩いていった。

 

「あ、確かに人が沢山いるね」

「その向こうにはいないみたいだけど、何があるのかよく見えないね」

「兄貴はどこかな?」

「こういう場合は普通、一番人が多い所にいるんだけど、

今日に限っては多分、人がまったくいない所にいるんじゃないかな」

 

 そのアスナの分析は正しいのだが、そもそも壁が邪魔をして、

その向こうに何があるのかは全然見えない。

そしてその壁の目の前に来た一同は、やっとそれが何なのかを理解した。

 

「これって、古代ギリシャの遺跡とかによくある闘技場の座席みたいな奴?」

「何かそんな感じだね」

「あ、あっちに道がありますよ、あそこから座席の上に上がれるかもしれません」

「行ってみようぜ」

「そうね、そうしましょう」

 

 そして一同はその道から座席の中へと入り、

そこでここがどんな場所なのか、やっと理解する事となった。

中央にはいわゆる天下一武道会タイプのステージがあり、プレイヤー同士が戦っている。

そしてその左右にも小さなステージがあり、

そこでもまた、プレイヤー同士が戦っていたのである。

 

「これってまんま闘技場じゃね?」

「うん、どう見てもそんな感じだね」

「随分盛り上がってるねぇ……」

 

 そんなジュン達の言葉が聞こえてきたが、アスナは呆然としてしまい、中々言葉が出ない。

 

「あ、あそこに立ってるの、ユーザー伝言版じゃね?」

「本当だ、え~っとなになに?

『誰でも気軽に使えるデュエル・ステージへようこそ、ヴァルハラ・リゾート』だって」

「えっ、うち!?嘘………私、こんなの知らない」

 

 アスナはその言葉に愕然とした。そんな話は誰からも聞いた事がなかったからだ。

だがまさか自分に対してハチマンが意地悪をするはずがない。

黙ってここに呼び出した事から考えても、これは恐らくサプライズという奴だろう。

アスナはそう考え、きょろきょろと辺りを見回してハチマンの姿を探した。

 

「あ、アスナ、あそこ、ほとんど人がいないよ」

「あそこにいるのって兄貴じゃね?」

「やっぱりさっきアスナが言った通り、人が全然いないね」

「あっ、アスナ!」

 

 一同がハチマンを発見した途端、アスナはそちらに向かって走り出し、

他の者達は慌ててその後を追った。

よく見るとハチマンの左隣にはユキノが居り、ハチマンの右隣には誰もいなかったが、

どうやら誰がハチマンの隣に座るか場所を争っているのだろう、

四人の女性らしきプレイヤーが激しくにらみ合っているのが見えた。

 

「うわ、あれって修羅場かな?」

「どう見ても女同士の争いだね」

「さすがは兄貴、修羅場が似合う兄貴だぜ!」

「ジュン、落ち着きなさい、日本語が変よ」

「ユキノさん、さすがだなぁ……」

「兄貴の隣をガッチリキープしてるね」

 

 通常こういった場合、ユキノも加えた五人で左右の席を争うのが普通である。

だが今日の場合はユキノがこの場に先着しており、

そのおかげで悠々と片方の席を確保していたのであったが、

そんな事は知らないスリーピング・ナイツから見れば、

その光景は確かにそう見えても仕方がなかった。

 

「しかしアスナは足が速いなぁ……」

「それだけじゃないわ、見て、観客の人達が、みんな道を開けていくわ」

「うわ、何かすごい……」

「さすがはヴァルハラの副長みたいな」

「あっ、見て、あの四人がアスナに気付いたみたい」

「これは更なる修羅場な予感?」

「私達も急ぎましょう」

 

 そしてスリーピング・ナイツの目の前で、遂にアスナはハチマンの近くまでたどり着き、

その四人と向かい合ったのであった。



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第817話 予想と違う雰囲気

「修羅場くる~?」

「アスナ、大丈夫かな?」

「確かにちょっと心配ね」

「でもこの状況だと僕達の出る幕って全くないよね」

「まあ兄貴なら上手くあの場を収めるんじゃないかな?」

 

 一同は唾をゴクリと飲み込みつつ、ハチマンがどうするのか見守っていた。

だが予想を裏切りハチマンが何かをする事は全く無かった。

ただハチマンが行ったのは、アスナに向かって手を振っただけであった。

 

「え、兄貴、そりゃ無いぜ」

「隣がどうなってるか、ちゃんと分かってるよな?」

「というかアスナは大人しいから、そのままハチマンの後ろにでも座るんじゃないかしら」

「あ~、それある!」

「まあもしアスナが何かされそうになったら助けるわよ」

 

 だがアスナは手を振りつつそのまま近付いていき、何の障害も無くハチマンの隣に座った。

 

「「「「「「「えっ?」」」」」」」

 

 そして争っていた四人は大人しくハチマン達の後ろに座り、

親しげにアスナに話しかけているように見えた。

ユキノもそんなアスナの行動について気にした様子はまったく無く、

ハチマンも交えて三人で仲良く話しているように見え、一同は激しく混乱した。

 

「ど、どういう事!?」

「やっぱり私の予想通り、アスナってば只者じゃないのかしら」

「そんな予想をしてたの?」

「ええ、前にスリーピング・ガーデンで一緒に動画を見た時から思ってたわ。

よく考えてみて、あの時のアスナは、私に先んじてハチマンの隣を確保したのよ?」

「それはランが出遅れたからじゃないの?」

「いいえ、私は急げば間に合ったわ、でもアスナの雰囲気がそうさせなかったのよ」

「ほえ~?じゃあ今のもその雰囲気とやらのせい?」

「どうかしらね、他にも理由があるのかもだし、まだ何とも言えないわ」

「例えばどんな理由?」

 

 その言葉にランは、少し考えた後にこう答えた。

 

「例えば以前賭けをして、その賭けにアスナが勝って、

しばらくの間、ハチマンの隣に座る権利をゲットしたとかはどう?」

「凄くありそう、それ」

「ボクはアスナが賭けをする姿って想像も出来ないんだけど」

「実は私もよ、まあ今のは只の辻褄合わせの予想でしかないし、

まあ実際にあそこに行って探りを入れてみるのが一番いいのではないかしら」

「まあそうだね、ここにいても仕方ないし、ボク達もあそこに行こう」

「だな、そうしようぜ!」

 

 そしてスリーピング・ナイツは人ごみを抜け、ハチマン達の方に一歩を踏み出した。

その瞬間に一同は凄まじいプレッシャーを感じ、思わず足を止めた。

 

「うわ………」

「な、何?」

「って事はみんなも感じたのか」

「ええ、これは………もしかしてプレッシャー?」

「まさか俺達いつの間にかニュータイプになってたりした?」

「いえ、これは多分、周りの人達が一斉にこちらに注目したからじゃないかと……」

 

 チラチラと辺りに視線を向けながらシウネーがそう言い、他の者達も慌ててそれに習った。

直接じろじろと辺りを見回す事はせず、チラチラと周囲に視線を走らせただけであったが、

シウネーの言った事が真実なのだと、一同は思い知らされた。

 

「うわ、マジだ、すげえ見られてる」

「これは一体どうなってるんだろ?」

「少なくともうち単独でこんなに注目を集めるはずがないわ」

「って事はもしかして、ボク達がハチマン達に近付こうとしたせい?」

「おそらくそうね、これはかなり非難まじりの視線だもの、

おそらくヴァルハラの邪魔をするな、もしくは抜け駆けするなという事なのでしょうね」

 

 そのプレッシャーは凄まじく、一同はそれ以上、一歩も動けなくなった。

こうなるともう、ハチマンがこちらに気付いて声を掛けてくれるのを待つしかない。

一同はそうなる事を信じてひたすら耐えていたが、

ハチマンはどうやらデュエル・ステージの方を見ているらしく、

こちらに気付いてくれるような気配はまったく無い。

 

「やべ、そろそろ限界」

「ちょっと吐きそうかも」

「分かったわ、こうなったら私が頑張ってハチマンを呼んでみる」

 

 ランはそう決意し、仲間達にそう言った。

 

「おいおい、いくらランでもこの状況で兄貴の名前を呼ぶのはやばくね?」

「でもやるしかないわ」

 

 そう言ってランはハチマンを呼ぼうとしたが、中々声を出す事が出来ない。

それでも何とか根性を総動員させ、ランがハチマンに呼びかけようとしたその瞬間、

一人の人物が立ち上がってこちらに歩いてきた。

そのおかげなのだろうか、直後に周囲からのプレッシャーが霧散した。

 

「みんな、そんな所で止まっちゃって、一体どうしたの?」

 

 その人物とはまあ当然ではあるが、アスナであった。

そしてその後方ではハチマンがやっと気付いたのか、こちらに向けて手を振っており、

一同はアスナの後に従い、おずおずとした態度でハチマンの方へと歩いていった。

 

「何だ、バーサクヒーラー様の知り合いだったのね」

「連合かどこかの変な奴らかと思ったけど、違ったみたいだな」

「覇王様や剣王様の近くに行けるなんていいなぁ」

 

 その道中では、観客席のプレイヤーからこんな声が多数聞こえてきた。

 

「おいおい、さっきまであんな雰囲気だったのに、もしかして俺達羨ましがられてる?」

「というかアスナ、様付けされてたね」

「ヴァルハラの副長って男女を問わず人気なのねぇ、そういう所は素晴らしいと思うわ」

「うちもそうなれるといいね」

 

 プレッシャーから解放され、やっとリラックスする事が出来た一同は、

そのままハチマンに促され、その前に座った。

 

「よぉお前ら、首尾よくトード・ザ・インフェクションを倒したみたいだな、

よくやったな、おめでとう」

「ふっ、余裕だったわよ」

「まあ大体アスナのおかげなんだけどね」

「えっ、この子達があの腐ったカエルを倒してくれたんだ!?」

 

 そこに突っ込んできたのはクックロビンであった。

 

「というかそこの二人が着てるのってオートマチック・フラワーズだよね?

アスナもいつの間にか出向してるし、一体何がどうなってるの?」

「アスナが気分転換の為に出向するってこの前言っただろ。

で、こいつらは俺の身内だと思ってくれていい」

「えっ?じゃあ私の身内でもあるって事?」

 

 さすがクックロビンはこういう時でもブレたりはしない。

そのままハチマンと戯れようと口を開きかけたクックロビンを見て、

そこで負けじとシノンが介入した。

 

「あら、って事は、私にとっては義理の姉妹みたいなものね、

リオンにとってもそうでしょ?」

「えっ?えっ?ええと………うん、し、姉妹みたいなものかな」

 

 そこに突っ込んだのはハチマンであった。

 

「おいシノン、リオンをおかしな色に染めるんじゃねえ」

「あら、ヤキモチ?ちょっと妬けるわね、でもリオンは渡さないわよ、

返して欲しかったら私とリオンにご飯を奢りなさい」

「あっ、えっと、シノンちゃん、実は私、その約束なら条件付きだけどもうしてるんだよね」

 

 そのリオンの言葉と表情で、ハチマンは紅莉栖が上手くやってくれたのだと確信した。

席を争っていた事から分かるように、シノン達がここに着いてからまだ間もなかった為、

ハチマンは今のリオンの状態について、まったく把握していなかったのである。

というかむしろおかしな事にならないかとビクビクしていた。

その心配がここで解消された形だ。

 

「ア、アスナ、もしかして私今、リオンに裏切られた!?」

「あはははは、あはははははは」

 

 アスナは余計な事は言わず、楽しそうに笑った。

確かにハチマンとリオンが二人で食事に行くのは気になるが、

こうしてアスナの前で堂々と言っている以上、やましい事は何も無いのは明らかだからだ。

こういう時にアスナに出来る事は、波風が立たないように堂々としている事である。

そしてログアウトした後、こっそりハチマンに話を聞くというのがアスナの日常であった。

 

「ちょっとハチマン、どうして私は誘わないの!?

そんなんでロリコン王を名乗れると思わないで欲しいわね!」

 

 この言葉を発したのは、

自らが放ったネタをシノンに横から掻っ攫われたクックロビンであった。

クックロビンはシノンから主導権を取り戻す為に、渾身の自虐ネタを放ったのである。

 

「お前さ、お前も一応いい大人なんだからさ………」

「一応は余計!いいハチマン、この世にはね、合法ロリという言葉があるのよ!

そしてこの私こそが、その言葉を体言する者よ!」

「最後の方はちょっと格好良く聞こえるが、言ってる内容は残念極まりないからな」

「くっ、いつになったら自分の性癖を認めるの………」

「ロビン、ハチマン様の好みは私やユキノ、それにアスナのように、

落ち着いていて知的な会話が通じる大人の女性よ。そうですよね?ハチマン様」

 

 そこに今度はセラフィムが参戦した。

 

「お、おう、そ、そうだな」

 

 セラフィムが言った条件の中にアスナの名前がある以上、

ハチマンはそう答える事しか出来なかった。

それを見越してキッチリ自分の名前を入れ、

なおかつ味方を増やす為にユキノの名前を入れるなど、

さすがセラフィムは中々の策士であった。

 

「セラ、ずるい!」

 

 その事を即座に看破して抗議したクックロビンも、

先ほどのように事あるごとにふざける癖が無く、

なおかつ自らの欲望を多少なりとも抑える事が出来たなら、

十分知的で大人の女性なのであるが、仮にそうなったとしたら、

それはもうクックロビンではなく別の何かと言わざるをえないだろう。

 

「ちなみに私は普段、ハチマン様からの視線をよく私のむ………」

「ほらあなた達、お客様の前よ、ちょっとは落ち着きなさい」

 

 ここで初めてユキノが動いた。

 

(このままだともしかしたらセラフィムが胸の事を言い出すかもしれないものね、

というか今、絶対に言いかけていたわよね。私ももうほとんど気にしていないのだけれど、

ええ、本当にもうほとんど気にしてはいないのだけれど、

というかまったく気にしていないのだけれど)

 

 ユキノはそう考えながら、この場を収める事をハチマンに促した。

 

「ハチマン君、そろそろこの辺りで、お互いに自己紹介した方がいいのではないかしら」

「ん、あ、そういえばそうだな、悪い悪い」

 

 ハチマンはそう言ってラン達の方を見たが、

スリーピング・ナイツの一同は、口を半開きにしてポカンとしていた。

 

「どうしたお前ら」

「いや、だって兄貴、ヴァルハラのイメージってもっと格好いいっていうか、

そんな感じだったからさ……」

「んな訳ないだろ、俺のギルドだぞ?分かるだろ?」

「みんながランみたい……」

「お、おう、まあそれは否定出来ん」

「というか見事なハーレムっぷりに声も出ないよ……」

「いや、どこからどう見てもハーレムじゃないからな」

「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」

 

 そのハチマンの言葉にスリーピング・ナイツの全員が首を傾げたが、

その中にアスナも含まれていた為、ハチマンは心底情けなさそうな表情をした。

 

「アスナ、お前もか」

「あはっ、ごめんごめん、冗談、冗談だってば」

 

 アスナはハチマンを宥めるようにそう言い、

ハチマンの代わりに場を進行させようと、続けてこう言った。

 

「それじゃあお互い自己紹介を………ってごめん、ちょっと待って」

 

 その言葉にその場にいた全員が顔を上げ、アスナの方を見た。

 

「ほらハチマン君、ステージステージ」

 

 アスナにそう言われ、ハチマンはメインステージの方を見た。

そこではまだ見知らぬ二人のプレイヤーが戦っていたが、

その後方で次の出番を待っていたのは、キリトとユージーンであった。、

 

「ああ、キリトとユージーンの出番か、それは見逃せないな、

それじゃあここはサクっと自己紹介を済ませちまおう。

こっちは最近出来たギルド、スリーピング・ナイツのメンバーな。

それじゃあ端からラン」

「リーダーのランよ、一応『絶刀』と呼ばれているわ、宜しくね」

「そしてユウキ」

「ボクはユウキ、『絶剣』を名乗る予定なんだけど、

今はその為に誰か丁度いい相手がいないかなって探している真っ最中!宜しく!」

「後は順に、ジュン、テッチ、タルケン、ノリ、シウネーだ」

 

 五人はハチマンに呼ばれた順に、自らの名を名乗ったが、

ランやユウキのように長く喋ったりはしなかった。多分緊張しているのだろう。

 

「こっちはユキノとアスナの事は省いていいな、

端から………いや、とりあえずセラフィムからな」

 

 ハチマンはそう言ってセラフィムに目配せした。

その意図を正確に読み取ったセラフィムは、落ち着いた態度でこう自己紹介した。

 

「セラフィムです、『姫騎士イージス』と呼ばれています、宜しく」

 

 こうなると残った三人、まあリオンは問題ないだろうが、

クックロビンもシノンも余計な事は言えなくなる。どうしても浮いてしまうからだ。

そしてハチマンの目論見通り、二人は突っ込みが必要になるようなおかしな事は言わず、

セラフィムに習って落ち着いた自己紹介をした。

 

「私はクックロビン、『デッドオアデッド』って呼ばれてるよ!」

「シノンよ、人は私の事を、『必中』と呼ぶわ」

「リ、リオンです、『ロジカルウィッチ』とか呼ばれてます、

それでえっと………みんな、久しぶり、私の事覚えてる?」

 

 最後に自己紹介をしたリオンが突然そう言い出した。

リオンは前に眠りの森を訪れた時にスリーピング・ナイツと会っており、

名前を聞いて、懐かしく思って声をかける事にしたのだった。

 

「えっと………」

「リオン、リオン………あっ、もしかして………」

 

 その様子から、リオンは自分の名前が呼ばれるのだろうと思っていたが、

現実はそうならず、リオンにとって斜め上の反応が返ってきた。

 

「あっ、もしかして相対性妄想眼鏡っ子さん?」

「そうだそうだ、相対性妄想眼鏡っ子さんだ!」

「うわ、久しぶり、相対性妄想眼鏡っ子さん!」

「ちょ、ちょっとみんな、リオンさんに失礼ですよ」

 

 シウネーが途中で止めてくれたが時既に遅し、

ハチマン以外のヴァルハラのメンバー達は、生暖かい視線をリオンに向けていた。

 

「う、うぅ………」

「ドンマイ、相対性眼鏡っ子」

 

 横にいたシノンが武士の情けなのか、妄想の部分を抜いてリオンを慰めた。

 

「というかリオン、知り合いだったのね」

「う、うん、前にリアルで会った事があるの」

「へぇ、そうだったんだ」

 

 その時メインステージの方から大歓声が上がり、一同は思わずそちらの方を見た。

 

「兄貴、何これ?」

「ああ、今日のメインイベントだな、

もう恒例になりつつあるんだが、うちのキリトとサラマンダー軍のユージーンの戦いだ」

「あっ、さっきアスナが言ってた強い人達だ!」

「これは注目ね」

 

 こうして一同の目の前で大一番が開始され、

リオンは話題が逸れて、ほっと胸を撫で下ろす事となった。



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第818話 剣王vs将軍

「あの赤い人、いかにも強そうだなぁ」

「でも黒い人の方が強いんだろ?」

「最強レベルの戦いが見られるとかラッキーだね」

「くぅ、ボクも戦ってみたい」

 

 スリーピング・ナイツはこの戦いを、わくわくしながら眺めていた。

他の観客達も同様なのだろう、周囲からは黄色い声援と野太い声の声援が飛ぶ。

 

「剣王様、頑張って!」

「将軍、頼んます!」

「キ・リ・ト・様ぁ!」

「ユユユユージーン!!ララライ!」

 

 そしていよいよ戦いが始まると思われた矢先、突然ユージーンが剣を下ろした。

 

「ん、どうしたユージーン?お腹でも痛いのか?」

 

 それを不審に思ったキリトが、そう冗談混じりにユージーンに問いかけた。

見るとユージーンはぷるぷる震えており、キリトは本当に具合でも悪いのかと心配になった。

 

「お、おい、お前本当に大丈夫か?」

「うるさい!痛いのは腹ではなく胸だ!」

 

 その時突然ユージーンがそう叫んだ。

 

「は?胸?」

「さっきから聞いていれば、何故お前には女の子からの声援が多いのに、

俺にはむさ苦しい男からの声援しか来ないんだ、理不尽だろう!」

「いや、そんな事を言われてもな………」

 

 別にキリトがそうするように頼んだ訳でもなく、

あくまで観客達の意思でそうなっている為、

その事に文句を言われても、キリトにはどうする事も出来ない。

そのやり取りに、その場にいた全員が笑ったが、

そんな中、ハチマンが立ち上がってこう言った。

 

「ユージーン、お前の不満はよく分かった、ここは俺に任せろ」

「むっ」

 

 ユージーンはそのハチマンの言葉に一瞬期待するような目を向けた。

そしてハチマンは大きな声でこう叫んだ。

 

「よし、会場にいる男共は俺に続け!きゃ~!ユージーンさん、格好いい!」

 

 ハチマンは何と『裏声』でそう叫び、

客席にいる他の男共もそれに習って裏声で叫び始めた。

 

「ユージーン将軍、素敵!」

「絶対に勝って下さいね!」

「きゃ~っ、将軍、抱いて!」

 

 ユージーンはその声援に、呆気にとられたような顔をしていたが、

やがて顔を真っ赤にしてこう叫んだ。

 

「ハチマン、ふざけるな!キリトと戦った後に俺と戦え!フルボッコにしてやる!」

「やだよ面倒臭い」

「逃げるのか!?」

「あ~はいはい、それじゃあこいつを倒せたら、次は俺が相手をしてやるよ」

 

 そう言ってハチマンは、ユウキの肩をポンと叩いた。

 

「えっ、ボク!?」

「おう、お膳立てはしてやったぞ、ユウ、今日この場でお前は絶剣になれ」

 

 ユウキはその言葉にぶるっと震えた。

 

「分かった、やってみる!」

「おう、俺の名代でもあるんだ、絶対に負けるなよ」

「うん、任せて!」

 

 そしてユージーンからハチマンに、再び声がかかった。

 

「むむっ、おいハチマン、その女性は何者だ?」

「俺の身内だ、名はユウキ!おいユージーン、こいつとやる時は本気でやれよ、

負けた後で言い訳されても困るからな」

「むむっ、お前がそう言うのなら、全力でやってやる!」

 

 さすがはバトルジャンキーなユージーンである、

強そうな相手は誰であろうと大歓迎なようだ。

 

「ハチマン、後で俺にも紹介してくれよな!」

 

 続いてキリトがこちらにそう声をかけてきた。

 

「おう、後でな!」

「おいユージーン、そろそろ始めようぜ」

「ああ、もう声援はどうでもいい、とりあえずお前を倒す!」

「よし、試合開始だ!」

 

 ハチマンがそう叫び、二人の試合が開始された。

二人の戦いは、お互いが持てる力を総動員し、壮絶な打ち合いからスタートした。

だが有利なのは当然キリトの方である。

 

「むっ、剣が透過せん!」

「そりゃ、こっちも攻撃してるからな、回転の早さなら負けないぜ」

「ならば正面から粉砕して………うおおおお!」

 

 その時突然魔剣グラムがキリトの剣を透過し、

キリトの持つ剣が眼前に迫ってきた為、ユージーンは慌てて飛び退いた。

 

「キリト、今何をした!」

「分かるだろ?一瞬剣を止めて防御の体勢をとったんだよ。

そしてグラムが通過した瞬間に攻撃に転じただけだ」

「くそっ、そんな手が……」

「というかユージーン、もう魔剣グラムに頼るのはやめた方がいいんじゃないか?

その剣は利点も多いが今みたいな欠点もあるから、絶対にいつか致命傷になるぞ」

「むむっ、真面目に考えておく」

「おう、それじゃあ戦いを続けよう」

 

 だがその後は、かなり一方的な展開となった。

ソードスキルが復活した以上、それを知り尽くすキリトは大技は使わないものの、

二連、三連のソードスキルを駆使し、じわじわとユージーンのHPを削っていく。

その技術はまさに芸術的と呼べるものであり、追い詰められたユージーンは、

やや距離をとる為に一歩下がった。

 

「どうした?もう終わりか?」

「くっ、これほどまでに差があるとは……」

「悪いな、こっちが本当の俺のスタイルなんだ」

「なるほど………では俺も、奥の手を出さざるを得ないな」

「奥の手?へぇ………」

 

 キリトは嬉しそうに目を細めた。さすがこちらもバトルジャンキーである。

 

「よし、来い!」

「おう!」

 

 そう叫ぶと、ユージーンは何の工夫もせず、馬鹿正直に正面から突っ込んできた。

 

「おいおい……」

 

 キリトはそう呟くと、何をするつもりなのか様子を見ようと思い、

再び防御の体勢からカウンターを狙う事にした。だがその選択は間違いだった。

グラムがキリトの持つ剣を透過した瞬間に、いきなりグラムが発光したのだ。

 

(まずい、これは多分………オリジナル・ソードスキル!)

 

 ユージーンが使おうとしていたのが既存の片手直剣のソードスキルであれば、

こんな事は絶対に起こるはずが無かった。

キリトは片手直剣のソードスキルを知り尽くしており、

今のユージーンの動きから開始されるソードスキルが存在しない事は当然把握していた。

 

(何とか凌ぎきる!)

 

 キリトはそう覚悟を決め、とりあえず透過した剣をユージーンに叩きつけたが、

ユージーンの突進は止まらない。

 

「くらえ、八連撃『ヴォルカニック・ブレイザー』!」

 

(八連だと!?ってか何でこいつはネタバレしちまうんだ!)

 

 キリトはそう思いつつ、絶対に八撃目はくらってはいけないと思い、

ユージーンの攻撃を見極めようと、ダメージ覚悟でじっくり観察する事にした。

そのせいでユージーンの攻撃が、一撃、また一撃とキリトにヒットし、

キリトのHPがどんどん削られていく。

 

(一番警戒すべきはラスト直前、七撃目で体を浮かせられたらその瞬間に俺の負けだ)

 

 キリトはそう考えつつ、自身のHPの減りを冷静に観察していた。

 

(まだいけるが、やっぱり全段くらうとそこでHPが半減しちまうな)

 

 そして運命の七撃目、ユージーンは体勢を低くとり、剣を地面に這わせた。

 

(やっぱりここで浮かせかよ!)

 

 キリトはそう考え、咄嗟にこう叫んだ。

 

「アイゼン!」

 

 その瞬間にキリトの踵からアイゼンが飛び出し、キリトの体がその位置に固定された。

その為七撃目の被ダメージが若干上がってしまったが、キリトはそんな事は気にしなかった。

要はここで死ななければそれでいいのである。

 

「ここだ!」

 

 キリトは強引に敵の浮かせ技を防いだ為、足首が千切れそうになるのを自覚したが、

そのまま強引に腹筋を使って体を起こし、

足首のアイゼンを解除するのと同時にそのままソードスキルの体勢をとった。

 

「アイゼン解除、レイジスパイク!」

 

 その瞬間にキリトの体が前に跳ねた。

それは威力はそうでもない下段の突進系の技であり、

キリトはそのレイジスパイクを、前に出る為の推進力として利用したのだった。

 

「何だと!?」

 

 ユージーンはソードスキルの〆の攻撃を放とうと大上段に構えており、

そのせいでまんまとキリトの侵入を許してしまったが、今更どうしようもない。

ソードスキルが継続中である以上、ここから防御の体勢はとれないのだ。

まあしかし、ユージーンにとってはソードスキルに伴うリスクを身をもって知れたので、

今後の事を考えれば、どちらかといえば良い事だったかもしれない。

 

「これで終わりだ!」

「ぐっ、ぐおおおおお!」

 

 キリトはユージーンに剣を突き刺したまま、その体もろとも前進し、

ヴォルカニック・ブレイザーの八撃目を見事に回避する事に成功した。

ユージーンはそのまま硬直入り、キリトも同様に硬直に入ったが、

当然キリトの硬直の方が先に解ける。

 

「ふう、危なかったぜ」

「くそっ、初めてお前に勝てると思ったんだが」

「まあまだ不慣れなんだろ?またやろうぜ」

「おう、また頼む」

 

 そしてキリトは剣を振り下ろし、ユージーンのHPはきっちり半減した。

キリトが勝利した旨を伝えるシステムメッセージが空に表示され、

その瞬間に客席から大歓声が起こり、会場は割れんばかりの賞賛に包まれた。

 

「うおおお、やっぱり凄えぜ!」

「ユージーンさん、次は頑張って!」

「剣王様、やっぱり最強ですね!」

「キ・リ・ト!キ・リ・ト!」

「ユージーン!ユージーン!」

 

 ユージーンにとって一番嬉しかったのは、

少しではあるが、女性からの声援が聞こえた事であろう。

そしてユージーンはまったく疲れたようなそぶりを見せず、ユウキに向かって剣先を向けた。

 

「では次はお前だ、来い、ユウキとやら!」

 

 その言葉にユウキは、武者震いしつつ立ち上がった。



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第819話 絶剣

 ここで話はスリーピング・ナイツがデュエル・ステージに到着した直後へと遡る。

ハチマンの姿を発見した瞬間、アスナはそちらに向けて走り出していた。

 

「あっ、アスナ!」

 

 後ろからユウキの声が聞こえた気がしたが、アスナはそれでも足を止めず、

ハチマンの方へ向かって進み続けた。

よく見るとセラフィム、クックロビン、シノン、リオンの四人がハチマンの隣を争っており、

アスナはその少し前から歩き始め、ゆっくりとそちらに近付いていった。

 

「あっ、アスナ!」

「あら?それじゃあこの勝負は後日に持ち越しね」

「だね、さあアスナ、この席に座って座って」

「あ、うん、ありがとうみんな」

 

 四人はあっさりとアスナに席を譲り、

それまでの争いの激しさが嘘だったように、大人しく後ろの席に座った。

 

「おうアスナ、やっと来たのか」

「うん、ハチマン君、ここって………」

「ここはアスナの為にハチマン君が作ったデュエル・ステージよ」

 

 横からユキノがそう言い、さすがのアスナも驚いた。

 

「わ、私のため!?」

「いや、まあそれだけじゃないが、こういう場所があれば、

みんなももっと気軽にデュエルを楽しめるだろうと思ってな」

 

 ハチマンはそっぽを向きながらそう言った。どうやら少し照れているらしい。

 

「それじゃあやっぱりここまでずっと教えてくれなかったのって、サプライズ?」

「まあそうだな、いきなりバラしたら面白くも何もないだろう」

「実は私達も、今日初めてここの事を知ったんだよ!」

「キリトなんかはしゃいじゃって、いきなりユージーンを呼びつけて、

順番待ちの列に並びに行ったわ」

「ふふっ、キリト君らしい」

 

 そして二人の出番を待つ間、アスナがハチマンにそっと尋ねてきた。

 

「ねぇハチマン君、ここに来る前に、アシュレイさんの店に寄ったんだけどさ……」

「ん?ああ、アレを見たのか」

「うん、オートマチック・フラワーズだった………

ねぇ、あの二人って、ハチマン君にとってどんな人?」

「そうだな、あの二人というか、あいつらについての知識は、

アスナも一応持っている………はずだ」

「えっ、そうなの?」

「まあ直接の面識は無かっただろうが、あいつらは元々京都にあった眠りの森にいたんだよ。

今は東京の眠りの森にいるんだがな」

「えっ、眠りの森って………それじゃあもしかして………」

 

 その言葉にアスナは頭を鈍器でガン、と殴られたような気がした。

 

「終末医療の………」

「まあそういう事だ、京都では九人いたメンバーも、今は七人に減っちまった」

 

 その言葉の意味が分からないアスナではない。

アスナは実際かなりショックを受けていたが、

とても悔しそうにそう言ったハチマンの目の光が消えていないのを見て、

何とか涙を流す事なく踏みとどまった。

 

「楓ちゃんの時みたいにどうにかなりそうなの?」

「そうだな、正直一番症状がまずいのはランとユウキなんだが、

そっちはアメリカで宗盛さんが頑張ってくれてて、徐々に成果が出つつある状態だ。

その絡みで俺は今度アメリカに飛ぶつもりだ。

アスナには留守番を任せる事になるんだが、その間アスナはあいつらの傍にいてやってくれ。

そしていつも前向きでいられるように、あいつらの前では笑顔でいてやってくれ」

「うん、分かった、私に出来る事なら何でもするよ」

 

 アスナはそう即答し、これからは決して泣かないようにしようと心に誓った。

 

「ちなみに他の奴らの両親は普通に存命だが、ランとユウキの親はもういない。

あいつらは天涯孤独という訳だ」

「あ、つまり二人は優里奈ちゃんのポジションって事?」

「まあいずれはそうなる可能性もあるだろうが、そこはうちの嫁と相談だな」

「うちの嫁ねぇ……うん、それじゃあその事も真面目に考えておくね」

「頼むわ」

 

 ハチマンは申し訳なさそうにそう言った後、

きょろきょろと辺りを見回しながら、アスナにこう尋ねてきた。

 

「で、そのランやユウキ達はどこだ?一緒に来たんだよな?」

「あっ、しまった、みんなの事を忘れてた」

 

 アスナはてへっと頭を叩き、ハチマンと同じように辺りを見回し始めた。

その瞬間に客席の雰囲気が変わり、何だろうと思ったアスナは、

その視線の先にスリーピング・ナイツがいるのを発見した。

 

「というか何この雰囲気」

「アスナ、分かるだろ?早く助けに行ってやれ」

「助け?ああ、もしかしてみんなは、うちに絡もうとしてるって思われてる?」

「そういう事だな、ほれ、あいつら泣きそうになってるぞ」

「うん、それじゃあ行ってくるね」

 

 そう言ってアスナは立ち上がり、

そのままスリーピング・ナイツをこちらに引っ張ってきた。

 

「ぷはぁ、助かった!」

「やっと解放されたわね」

「ありがとうアスナ!」

「おうお前ら、俺が作ったデュエル・ステージによく来たな、まあそこに座ってくれ」

 

 ハチマンにそう言われ、一同は大人しくハチマンの前に座った。

 

「首尾よくトード・ザ・インフェクションを倒したみたいだな、よくやったな、おめでとう」

「ふっ、余裕だったわよ」

「まあ大体アスナのおかげなんだけどね」

「えっ、この子達があの腐ったカエルを倒してくれたんだ!?」

 

 興味深げにスリーピング・ナイツの方を観察していたクックロビンは、

その言葉を聞いて思わずそう言った。

 

「というかそこの二人が着てるのってオートマチック・フラワーズだよね?

アスナもいつの間にか出向してるし、一体何がどうなってるの?」

「アスナが気分転換の為に出向するってこの前言っただろ。

で、こいつらは俺の身内だと思ってくれていい」

「えっ?じゃあ私の身内でもあるって事?」

 

 そこから長い漫才が始まり、そのおかげで場は和み、

とてもいい雰囲気のまま、キリトとユージーンの戦いを迎える事になったその矢先、

例のハチマンの裏声が響き渡り、一同は思わず大爆笑した。

 

「あはははは、ハチマン君、何それ?」

「さすがにやりすぎじゃないかしら」

「いいんだよ、わざと煽ってるんだから」

 

 ハチマンはそう言い、一同が思わず首を傾げた時、ユージーンがこう言った。

 

「ハチマン、ふざけるな!キリトと戦った後に俺と戦え!フルボッコにしてやる!」

「やだよ面倒臭い」

 

 だがハチマンは取り合わない。煽った癖にそりゃないよと一同が思った瞬間に、

ハチマンはいきなりとんでもない事を言い出した。

 

「あ~はいはい、それじゃあこいつを倒せたら、次は俺が相手をしてやるよ」

 

 そう言ってハチマンは、ユウキの肩をポンと叩いた。

 

「えっ、ボク!?」

「おう、お膳立てはしてやったぞ、ユウ、今日この場でお前は絶剣になれ」

 

 ユウキはその言葉にぶるっと震えた。

 

「分かった、やってみる!」

 

 ユウキはやる気満々な表情で試合を見始め、そして終盤に入り、

ユージーンの剣が光ったのを見て、ハチマンは思わず立ち上がった。

 

「えっ、どうしたの?」

「いや、あんなの見た事が無いと思ってな、

多分あれはユージーンのオリジナル・ソードスキルだ」

「あら、あのユージーン君が?」

「まああいつはとんでもないバトルジャンキーだからな、

陰で凄まじい努力をしたんだろう」

「凄いなぁ、一体何連なんだろ?」

「どうだろうな、ここで勝負に出るからには、かなりの多段だと思うが……」

 

 その時ユージーンの叫び声が周囲に響き渡った。

 

「くらえ、八連撃『ヴォルカニック・ブレイザー』!」

「自分でネタバレすんな!」

 

 ハチマンはその言葉に思わずそう突っ込み、周囲の者達は苦笑した。

 

「でも八連って凄いじゃない、驚いたわ」

 

 ソードスキルには縁の無いユキノが、感心したようにそう言った。

 

「だな、あいつ、本当に頑張ったんだな、ここは真面目に褒めてやろう」

「うん、そうだね」

 

 そう言いながらアスナは、心の中で密かに闘志を燃やしていた。

 

(私もいつかきっと………)

 

 そして戦いがキリトの勝利に終わった後、遂にユウキの出番が来た。

 

「ユウ、頑張るのよ」

「ユウキ、俺達の代表は任せたぜ!」

「勝って来いよ!」

「うん、任せて!」

 

 そして最後にハチマンが、ユウキにこう言った。

 

「切り札はあまり見せるもんじゃないが、ユージーンは強いからな、

先制して一発でKOして、こいつらの度肝を抜いてやれ」

「うん、分かった!」

 

 そう言いながらユウキはステージへと走っていった。

 

「ハチマン、どういう事?」

「ん?ああ、まあ楽しみにしているといい」

「へぇ、ハチマンがそこまで言うなんてね」

 

 シノンはそう言って大人しく座り、そこに試合を終えたキリトが合流してきた。

 

「お疲れだなキリト、随分と焦ってたみたいだが、上手くやったな」

「正直危なかったわ、ユージーンがアホで良かったよ……」

「あの技名を叫ぶのが無かったら、初見じゃやられてたかもな」

「やっぱりハチマンもそう思うか?」

「おう、さすがの俺でも絶対にやられてたわ」

「まあユージーンらしいといえばらしいか」

 

 そう言って二人は笑い合い、そしてキリトの目がスリーピング・ナイツへと向いた。

 

「で、こちらは?」

「こいつらはスリーピング・ナイツ、俺の身内だ。

そのうち俺達を超えようと挑んでくるかもしれないが、まあ普段は宜しくしてやってくれ」

「オーケーオーケー、向上心があるのはいい事だ。

俺はキリト、宜しくな、スリーピング・ナイツ」

 

 それに答えてランが自己紹介をしようとした時、丁度試合が開始された為、

この続きは後という事になった。そして壇上では、ユウキとユージーンが笑顔で話していた。

 

「ボクの名はユウキ、スリーピング・ナイツのユウキだよ、宜しく!」

「ふむ、これはこれはご丁寧な挨拶痛み入る。

俺はサラマンダー軍の将軍職を拝命している、ユージーンという者だ」

「それじゃあ今日は宜しくね!」

「おう、お互い全力で戦おう」

 

 二人は礼儀正しく握手を交わし、少し離れて構えをとった。

ユージーンはどっしりとした構えであり、

ユウキはいつもの半身での軽くステップを踏む構えである。

 

「やはりお前はスピードタイプか」

「うん、ボクのスピードってば、ハチマン並だから覚悟してね!」

「ほう、それは楽しみだ………」

 

 その瞬間にユウキが動いた。

 

「うおっ」

 

 ユウキはぬるぬると動き、咄嗟に迎撃しようとしたユージーンの剣をすり抜け、

ユージーンの体に傷を作っていく。

 

「これほどまでとは!」

 

 そんな二人の最初の手合わせを見て、セラフィムが驚いたような顔で言った。

 

「ハチマン様、あの子は一体……」

「まあ期待のホープだな、どうだ、あの攻撃は防げるか?」

「私が、というなら問題はありません、こちらから手出しは出来ませんが、

まあ防御に集中すればいけます」

「だそうだ、ラン、どうする?」

「そうね、さすがにタンクをタイマンでどうにかするのは骨が折れそうだし、

その時は大人しく二人でかかるわ」

「それだと私も厳しいです、ハチマン様」

「ほうほう、お前でもか」

「はい、多分一時間くらいしか持たないかと」

「………だそうだ、ラン?」

「………ど、努力するわ」

 

 その時ステージに集中していたアスナが、あっと声を上げた。

 

「ユウキがいきなりいくみたい!」

「まあそう言ったからな、

最初の動きからすれば、使わなくても勝っちまったかもしれないが、

今日の目的はそっちじゃなく、観客にユウキの名を覚えさせる事だからな」

 

 そのハチマンの言葉で何かが起こると思ったヴァルハラ組は、ユウキの動きに注目した。

 

「ねぇユージーンさん、さっきの技、凄かったね」

「ふむ、褒めてもらって光栄だな」

「でもああいうの、ボクも使えるんだよね」

「何っ!?」

 

 そう言ったユウキの剣が光りだし、

ユージーンも思わず『ヴォルカニック・ブレイザー』を発動させる体勢に入った。

お互いの剣が光り輝く。

 

「えっ、ソードスキルの撃ち合い?」

「大丈夫なの?」

「まあ見てろって」

 

 そしてユウキが弾丸のようにユージーンの方に飛び込んだ。

 

「いくよ!『マザーズ・ロザリオ』!」

「ふん、負けんぞ!『ヴォルカニック・ブレイザー』!」

 

 二人は一歩も引かず、相手の攻撃をくらうのを上等で足を止めてお互いの技を繰り出した。

 

「全段命中させれば絶対に負けん!それで終わりだ!」

 

 ユージーンはそう叫んだが、それは焦りの裏返しであった。

 

(何だこいつのソードスキル、突き主体なせいか、速い!)

 

 ユージーンが二撃を放つうちに、ユウキのマザーズロザリオは、

既に最初の段階である五撃目を撃ち終えていた。

 

(五連とは凄まじいが、もう硬直するだろう、それで俺の勝ちだ!)

 

 だが六撃目が飛んできた為、ユージーンは内心で驚愕した。

 

(な、何………だと………)

 

 そして何が起こったのか分からないまま、ユージーンの意識は唐突に消滅した。

半減決着なのに、まさかの全損である。

ここまでユージーンが放ったヴォルカニック・ブレイザーは六撃目くらいであったが、

その時点で既にユウキはフィニッシュに入っていたのだ。

斬撃系ソードスキルと刺突系ソードスキルの差がここで顕著に出た。

おそらくトータルの威力は同じくらいだと思われるが、とにかく速さが違うのだ。

そしてシステムメッセージでユウキの勝利が宣言されたが、

客席は完全に静まり返っていた。ヴァルハラ組もさすがに度肝を抜かれたのか、

誰も声を発しようとはせず、さすがのスリーピング・ナイツも、

この状況で歓声は上げられなかった。

 

「へへっ、ボクの勝ちだね!」

 

 ユウキがそう言った瞬間に、観客席から凄まじい歓声が巻き起こった。

 

「うおおお、あの子、ユージーンに勝っちまったぞ!」

「しかも一瞬でかよ!」

「何だよあのソードスキル、オリジナルだよな?信じられねえ!」

「ユ・ウ・キ!ユ・ウ・キ!」

 

 ハチマン達も大興奮する中、ユウキが大きな声でこう叫んだ。

 

「みんな、ボクはユウキ、『絶剣』のユウキだよ、

これから一緒に遊んだり、敵対したりする事もあるだろうけど、その時は宜しくね!」

 

 その言葉に今日一番の大歓声が上がった。

 

「絶剣?絶剣って言ったか?」

「そういえばヴァルハラと一緒にいるのって、先日暴れた絶刀じゃないか?」

「あの二人、凄く似てるよな、もしかして双子か?」

「絶剣!絶剣!」

「絶刀!絶刀!」

 

 その声に押され、ランも仕方なくステージに上がり、

二人に対する賞賛が惜しみなく注がれ続け、こうしてランとユウキの名は、

その二つ名と共に、一気にALO中に拡散する事となったのだった。

 

 

 

 だがこの日の出来事はここで終わりではなかった。



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第820話 副長の意味するもの

今日ちょっと資格試験があるので明日はもしかしたら投稿出来ないかもしれませんすみません!


「とりあえずユージーンさんの蘇生をしてしまいましょうか」

 

 そう言って立ち上がったのはユキノだった。

そして長い詠唱を経て無事に復活したユージーンは、

豪快に笑いながらユウキに歩み寄った。

 

「いやぁ、言い訳のし様が無いくらいの完敗だ、お前は強いな」

「うん、ボクは強いよ!」

「あの技、凄かったな。てっきり俺がナンバーワンだと思っていたんだが」

「えへっ、今はボクがナンバーワンだね!」

「あはははは、絶剣だったか、いい二つ名だ、いずれ俺がもっと強くなった時にまたやろう」

「うん、またやろう!」

 

 ユウキとユージーンは固く握手をし、再戦を誓った。

だがこういう状況を黙って見ていられない者が一人いた、

バトルジャンキー二号ことキリトである。

 

「よし、ユウキ、次は俺とやろう」

 

 キリトは突然そう言って立ち上がった。

 

「何っ、キリト、それはずるいぞ!」

「俺はお前に勝った、ユウキもお前に勝った、それじゃあ当然次は俺の番だろ?

どうだユウキ、俺と戦ってみたくないか?」

「うん、戦ってみたい!」

 

 バトルジャンキー三号であるユウキが、その申し出を断るはずもなく、

ユージーンは悔しそうではあったが大人しく引き下がり、仲間達の方へと移動していった。

二人はそのままステージ上に移動しようとしたのだが、

そんな二人の肩を、誰かが掴んで止めた。

 

「ん、ハチマンか?こうなったら止めても無駄だぞ」

「そうだよ、ボクももうやる気になっちゃってるからね!」

「いや、俺じゃないぞ」

「「あれ?」」

 

 その言葉に振り向いた二人の前にいたのは、なんとハチマンではなくアスナであった。

 

「あれ、アスナ………?もしかしてボクを心配してくれてるの?

それなら大丈夫だよ、絶対にボクが勝ってみせるから!」

 

 そんなユウキにアスナは首を振った。

 

「今の私が勝てるとは思わないけど、でも一度戦っておかないと、

私は前に進めない気がするんだよね」

「………何の事?」

「キリト君、ユウキとは私が戦うわ」

 

 アスナはキッパリとそう宣言し、スリーピング・ナイツの一同は仰天した。

ユウキはその言葉に呆然とし、ランは目を細めて無言を貫いていた。

 

「ちょ、ちょっとアスナ、本気?」

「さすがに無茶だよ!」

「何でそんな事を………」

 

 ランとユウキ以外の者達が口々にアスナに声を掛けてきた一方で、

きょとんとしていたのはヴァルハラ組である。

 

「みんなは何を言ってるの?」

「アスナが戦うのがどうして無茶なの?」

「えっ?」

「どうしてって、だってアスナは……」

 

 その時アスナから、名状し難い何かの気配が漂ってきて、

スリーピング・ナイツの一同は慌ててそちらを向いた。

そこには一振りの剣を握ったアスナが立っており、

その姿を目にした一同は、背筋がゾクリとするのを感じた。

 

「アスナ、その剣………」

「あ、これ?私の愛剣で暁姫って言うんだよ、凄く綺麗な剣でしょ?」

「も、もしかしてアスナって剣が使えたり?」

「あ~、うん、まあそれなりにね」

「で、でもアスナはヒーラーで……」

 

 この時呆然としていたユウキが我に返り、そう呟いた。

だがそんなユウキにユキノが威厳のある声で言った。

 

「よく分からないけど、あなた達は何か考え違いをしているみたいね、

うちの副長というのは、ALOでは恐怖の代名詞なのよ?」

 

 恐怖、つまりそれは、強大な戦闘力を有しているという事に他ならない。

ユウキは尚も迷っているようだったが、そんなユウキにランが言った。

 

「ユウ、あの幻の意味がやっと分かったわね、これは運命よ」

「あっ、そっか!分かった、ボクはアスナと戦うよ!」

 

 その言葉でユウキはパッと顔を輝かせ、

ランも以前見た幻が事実だった事に満足したのかニヤリと笑った。

だがランの体も戦いたがっているのか、武者震いが止まらない。

 

「さてと、そういう事なんだけど、キリト君、いい?」

「ユウキ本人とハチマンがいいってなら俺は別に構わないぜ、

別に戦うのが今すぐじゃなきゃ駄目なんて事はないしな」

「いいよね?ハチマン君」

「アスナの好きにするといい」

 

 ハチマンは鷹揚に頷き、ユウキは当然頷いた為、

アスナとユウキが戦う事がここに決定された。

 

「さて、それじゃあ俺はどうするかな」

「それならキリトはランの相手をしてやってくれ。

どうやらこいつ、武者震いが止まらないみたいなんでな」

「別にハチマンが戦ってもいいんじゃないか?」

「やだよ、絶対こいつ、途中でセクハラとかしてくるし」

「え、それは俺も嫌なんだけど………」

「大丈夫よ、私はハチマン以外にセクハラはしないわ」

 

 ランはそう断言し、キリトはほっと胸をなでおろした。

 

「ならまあ軽く相手をしてもらおうかな」

「いいえ、やるからには本気で相手をして頂戴。

もし手加減なんかしたら、私は一生付き纏うわよ……………………ハチマンに」

 

 キリトは一瞬固まり、最後の言葉の意味を理解した瞬間に、焦ったようにわめき散らした。

 

「ハチマンにかよ!ちょっとビクッってしちゃったじゃないかよ!」

「おいキリト、絶対に手を抜くなよ、絶対だぞ」

 

 ハチマンも遅れて言葉の意味を理解したのか、焦った顔でキリトにそう念押しした。

そしてランは、申し訳なさそうな顔でキリトに謝罪した。

 

「ごめんなさい、勘違いさせてしまったわね、

お詫びに服の上から私の胸の膨らみを見て、妄想を膨らませる事を許可するわ」

「おいロビン、選手交代だ!どう考えてもこれはお前向きの相手だろ!」

 

 キリトのその叫びを聞いたクックロビンは、じっとランの顔を見た。

ランもクックロビンを見返し、一触即発かと思われたその瞬間、

ロビンはランに親指を立て、ランもそれに答えた。

どうやら変態同士、通じる物があったらしい。

 

「駄目か………」

「まあ諦めろキリト、ランもさすがに戦いが始まったらふざけたりはしないはずだ。

そんな事をしたら、三人いるランの師匠にぶっ飛ばされちまうだろうしな」

「師匠?師匠って誰だ?」

「京都のじじいと姉さんとうちの娘だな」

「え、マジかよ………じじいって前に動画で見た、アスナのところのご隠居だろ?

それにソレイユ姉さんと………ん、娘ってユイちゃんか?ユイちゃんは何の師匠なんだ?」

 

 これに対するハチマンの答えは衝撃であった。

 

「何だ知らないのか?うちのユイは全部のソードスキルのデータを知ってるから、

今やランは刀系のソードスキルは全部使えるし、

他の武器のソードスキルへの対策もバッチリっていう、まさにチート状態なんだぞ」

「え、何それずるい……」

「そんなに褒められると照れるわ」

「おいハチマン、どうしてハチマンの知り合いはこんな子ばっかりなんだよ!」

「すまん、俺も努力はしてるんだが………

とりあえずラン、キリトと戦うって事で異論はないな?」

「ええ、もちろんよ」

「それじゃあ決まりだ、みんな全力で頑張れよ」

 

 こうしてランとキリトが戦う事も決定され、

四人はデュエル・ステージの順番待ちの列に加わった。

その前に並んでいた者達は慌てて四人に場所を譲ろうとしたが、

アスナとキリトがそれを断った。

例えヴァルハラのメンバーといえども特別扱いは駄目だ、

二人はそう主張し、その者達はその言葉に納得し、順番待ちの列に戻った。

こういう細かい所がヴァルハラの名声を支えているのである。

そしてその待ち時間の間に、残された者達は仲良くお喋りしていた。

 

「兄貴、アスナってどのくらい強いの?」

「そうだなノリ、アスナは俺よりも強いって言ったら信じるか?」

「驚くけど信じるよ、だって兄貴の言う事だもん」

「そうか、まあここにいる誰よりも強い事は確かだな」

「そこまでなんだ………」

「まあノリも、いずれ相手の強さが肌で分かるようになるさ、頑張れよ」

「う、うん!」

「ちなみに不意打ち出来れば私は勝てるわよ、最初に大きいのを当てて、

あとは必中ソードスキルの引き撃ちかしら」

 

 その時横からそう言ってきたのはシノンである。

 

「確かにシノン相手だとそうかもしれないな」

「兄貴、引き撃ちって?」

「ああ、お前らの中には遠隔攻撃の使い手はいないもんな、

引き撃ちってのは下がりながら弓や銃を撃つ、例のあれだ」

「あ~、あれかあ!そっか、それじゃあシノンさんって弓使い?」

「ええそうよ、なのでここでのデュエルには参加しにくいのよね」

 

 シノンは残念そうにそう言った。やはりシノンもデュエルがしてみたいのだろう。

 

「私も不意打ちすればいけるわね、遠くから足を凍らせれば後はどうとでもなるでしょうし」

 

 続けてユキノがそう言ったが、それにはハチマンが疑問を呈した。

 

「でもアスナなら、足を切り落としてユキノに迫っていくとかやりそうじゃないか?」

「うっ………否定出来ないのが恐ろしいわね、それじゃあ腰まで氷漬けにするわ」

「ユキノさんでもそんな感じなんだ……」

「そうね、接近されたら終わりかしら、私は近接戦闘のスキルを上げていないもの」

「でも多分ユキノはどんな武器でもそれなりに使えるよな」

「まあ、リアルとは違ってここではスタミナ切れも起きないし、

それなりには可能でしょうけど、やはり命がけの近接戦闘を経験していない私では、

アスナに対抗するのは無理だと思うわ」

「ユキノがSAOにいてくれたら、俺ももっと楽が出来たと思うんだがなぁ」

「ハチマン、私は私は?」

「お前はこの前死にたがってたから駄目だ、役にたたん」

「ごめんなさい反省してますもうしません」

 

 クックロビンは慌ててハチマンに謝り、ヴァルハラ組は楽しそうに笑った。

だがスリーピング・ナイツ組は全員変な顔をしており、

それを疑問に思ったハチマンは、そちらに声をかけた。

 

「ん、お前らどうした?」

「いや、今の会話に何か違和感が………」

 

 その瞬間にステージから大歓声が上がった。どうやらユウキとアスナの出番が来たらしい。

 

「おっ、話は後だな、今はあっちの戦いに集中しよう」

「あ、うん、そうだね!」

「ユウキ、頑張れ!」

「アスナもファイト~!」

 

 真実の一端に手を掛けかけたジュンやノリ達であったが、

結局その手はそこから離れてしまったようだ。実に惜しい事である。

そしてアスナとユウキの戦いが、遂に幕を開ける事となった。



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第821話 アスナvsユウキ

どうやら実技試験は通ったらしく、日曜の午前中に筆記試験があるので、
度々で申し訳ありませんが、土日の更新はお休みさせて頂きます。
本当に申し訳ありません。


 アスナとユウキはステージの上で対峙していたが、

その雰囲気はとても和やかなものであった。

 

「いやぁ、まさかアスナが剣を使えるなんて想像もしてなかったよ」

「別に隠してた訳じゃないんだけど、何かごめんね」

「ううん、こっちがヒーラー補助でって事でお願いしてたんだし、

元はといえばヴァルハラの事を何も調べてないボク達が悪いんだから気にしないで」

「それじゃあお互いプラマイゼロって事で、勝っても負けても恨みっこなしね」

「この後ヴァルハラの事について教えてもらわないといけないんだし、

そもそもボクとアスナが勝った負けたでギスギスする事なんかあり得ないよ」

「うん、そうだね、それじゃあそろそろ始めようか」

「そうだね、あんまりギャラリーを待たせちゃいけないもんね」

 

 この戦いに臨むにあたり、二人はどちらも自分の事を挑戦者だと思っていた。

アスナにとってユウキは、

自分の倍以上の連撃数を誇るオリジナル・ソードスキルを持つ強者であり、

ユウキにとってアスナは、恐怖の象徴と呼ばれる程のプレイヤーであり、

どう考えても格上だとしか思えなかったのだ。

まあそれを言ったらユージーンもアスナと同じような立場なのだが、

ハチマンの事をよく知っている分、ユウキにとってユージーンは、

そこまで格上だと感じられないというのが正直な所であった。

そして二人は構えをとり、真剣な表情で向かい合った。

ユウキがいつもの通り、軽くステップを踏みながら、

まるで弓を引くように剣を構えたのに対し、

アスナは頭上高く剣を掲げた後、その剣の切っ先をユウキへと向けた。

 

「兄貴、この戦いってばどうなっちゃうの?」

「ん?まあ今のままならユウキが勝つんじゃないか?」

「えええええ?そんなあっさり………」

「最近のアスナはずっと調子が悪かったからな、

見た感じ、まだ状態的に良くはなってないと思うぞ」

「へぇ、そうなんだ」

 

 その時アスナとユウキが同時に動いた。

最初は様子見なのだろう、主導権争いが行われている。

お互い一歩も引かずに凄まじい突きの連打を放ち、

どちらもその場から動こうとしない、いや、動けない。

二人とも、可能なら相手の懐に飛び込みたい所なのだろうが、

そんな事はそう簡単には出来そうもないようである。

 

「あ、兄貴………アスナって本当に調子が悪いの?」

「ああ、動きの切れがいまいちだな」

「あれでいまいちなんだ………」

「ユウキと互角に戦える奴がいるなんてちょっと信じられないんだけど………

あ、もちろんランと兄貴は別ね!」

「そんなフォローはいらん、ユウキ相手に俺が勝てるかっていうと、正直微妙だぞ」

「え、そうなの?」

「ああ、元々俺は、突き主体で攻撃してくる敵は苦手なんだよ、

カウンターが取りづらいからな」

 

 そう言われたスリーピング・ナイツ組は、戦っている二人の方をチラッと見た。

 

「って事は、兄貴はアスナは苦手なの?」

「アスナとの戦闘か?そうだな、少なくとも俺は一度も勝てた事はないな」

「嘘っ!」

「いや、本当だ。アスナと戦う時は何故か力が入らないんだよ。

もしかしたら何かの病気かもしれないと思って経子さんに相談もしたが、

『八幡君、それは病気じゃないわ』と苦笑されながら断言されちまった。

まったく何なんだろうなこれは」

 

 ジュン達はその言葉に首を傾げた。言葉の意味が分からなかったからである。

 

「んんん?どういう事?」

「力が入らない?それって攻撃出来ないって事?」

「おう、アスナに向かって剣を振り下ろすだろ?で、まあ攻撃が当たったとして、

その時の音が、ザシュッ、じゃなく、ポコッ、だと思えばいい」

「んんん?それってどういう意味?」

 

 ハチマンがアスナ相手にまったく攻撃を出来ないという事は、

SAO組ならよく知っている事であったが、この場にその事を知っている者はいない。

だが知らないなりに推測は出来たのか、ユキノとセラフィムが次々とハチマンにこう言った。

 

「ハチマン君、それは病気よ」

「ハチマン様、絶対にそれは病気です」

 

 ちなみにシノン、リオン、クックロビンの三人は、

スリーピング・ナイツと同様に意味が分からなかった為、きょとんとしているだけであった。

 

「え、マジで?病名に心当たりとかあったりして?」

「ええ、それは………」

「ハチマン様、それは………」

 

 そう二人が何か言い掛けた時に、ステージの方から大歓声が上がった。

二人はおそらく『恋の病』と言いたかったのだろうが、

この会話はここで中断し、再開される事は無かった。

 

「あっ!」

「アスナが距離をとった!」

「胸のあたりに攻撃が当たったね」

 

 見ると確かにアスナの胸のあたりに赤い線が走っていた。

どうやら主導権争いを制したのはユウキの方だったらしい。

ユウキはまだ若干余裕があるのか、それで笑顔を見せたが、

アスナはきゅっと歯を食いしばった後、スッと目を細めた。

 

「ん、どうやら目が覚めたか?」

 

 それを見たハチマンがそう呟いた瞬間に、アスナがいきなり動いた。

その攻撃を先ほどと同じように捌こうとしたユウキであったが、

その速度は先ほどの比ではなく、いきなりユウキの頬に赤い筋が走り、

それでユウキもアスナの変化に気が付いたのか、アスナ同様にスッと目を細めた。

 

「それが本当のアスナ?」

「どうかな、でもユウキのおかげで、自分が剣士だって事をやっと思い出せたよ」

 

 アスナはそう言って半身になり、剣を肩口で水平に構え、左手をユウキに向けた。

 

「行くよ!」

 

 アスナはそう叫んでユウキに突撃し、二人は中央で剣を合わせたが、

アスナはその瞬間に剣を払うようにユウキの剣を跳ね上げ、そこから更に一歩踏み込んだ。

 

「リニアー!」

 

 アスナはそこで、何千回、何万回と使ってきた技を繰り出し、その剣が加速した。

 

「くっ」

 

 だがユウキはそれを反応速度の速さだけでかわし、

そのまま一回転して水平に斬撃を繰り出して反撃した。だが今のアスナは止まらない。

アスナはその攻撃を体を低くしてかわし、そのままユウキの懐に飛び込んだ。

 

「まだまだ!」

 

 そこから二人の超至近距離での斬り合いが始まり、

アスナも突きだけではなく、斬撃も交えながらユウキに対して攻撃を続け、

ユウキもそれに応じて自分の持つ全能力を駆使し、二人の体にどんどん傷が増えていった。

 

(このくらいまで減らせば………多分いけるはず)

 

 激しく斬り結びながらも頭の一部分に冷静さを残していたアスナは、

自分とユウキのHPを見ながらそう判断し、ユウキの隙を突いていきなり拳打を繰り出した。

 

「えっ?」

 

 これはさすがのユウキも予想していなかったのか、その攻撃をまともにくらい、

ユウキの体が少し浮いた。

 

「スターリィ・ティアー!」

 

 その瞬間にアスナは自身のオリジナル・ソードスキルを発動させ、

ユウキのHPを一気に削りにかかった。

 

(いける!)

 

 だがその瞬間に、危険を察知したのだろう、踏ん張りのきかない状態であるにも関わらず、

ユウキもアスナ同様にソードスキルを放った。

 

「マザーズ・ロザリオ!」

 

 そして二人はお互いの持つ剣が放つ光に包まれ、

観客達は思わず腰を浮かせ、二人の戦いに見入った。

 

(嘘っ!)

(危なっ!)

 

 マザーズ・ロザリオの最初の何発かがアスナの剣にかすり、

そのせいでスターリィ・ティアーの威力が減衰されたのか、

ユウキは敗北に追い込まれる事なくHPをまだ六割程残していた。

ユウキは既に地面に足をつけており、その体勢も万全である。

一方アスナは技を終えた後の硬直状態にあり、

マザーズ・ロザリオの残り何発かを迎撃するのはもう不可能な状態にあった。

 

(届かなかったかぁ……)

 

 アスナは今まさに自身の体に迫り来るユウキの剣を見ながら呟いた。

 

「負けは確定したけど、でも私は絶対に死なない、死ぬ訳にはいかない」

 

 今のアスナのHPは既に残り三割となっており、

半減決着モードの敗北ラインをとうに超えていた。

おそらく一瞬でシステムの判定が行われ、アスナの敗北が告げられる事であろう。

だがその前におそらくマザーズ・ロザリオのフィニッシュによって、

アスナのHPは全損するはずである。アスナはそれだけは避けたかった。

ハチマンに自分が全損する姿を見せる訳にはいかないと考えたからである。

 

(死なないと分かっていても、ハチマン君はきっとショックを受けちゃうはず)

 

 そう考えたアスナは、硬直が解けるか解けないかの一瞬に剣をわずかに動かし、

そっとユウキの剣に触れさせ、その軌道を変える事に成功した。

 

「えっ?」

 

 もはや勝利が確定していたユウキは、フィニッシュの軌道がズレた事に驚愕したが、

その直後にシステムがユウキの勝利を宣言し、

アスナのHPが一割ほど残った状態でこの戦闘は終了した。

 

「ふう、負けちゃったね」

「アスナ、最後に一体何をしたの?」

「あ、うん、私が全損する姿をハチマン君が見たらショックを受けちゃうと思って、

ユウキの剣の軌道をずらしたんだよ」

「あの状況でそんな事を………やっぱりアスナは凄いや!」

 

 ユウキは笑いながらアスナに抱きつき、こうして二人の戦いは、ユウキの勝利に終わった。



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第822話 違和感の正体

やっと試験が終わりました!今日の午後に自己採点してみます!
そしてお待たせしました、今日から再開です!


 最初アスナが消耗戦を選んだのを見て、ハチマンもそれしかないだろうなと感じていた。

 

(ここまで見てきた感じだとフィニッシュの威力は、

オリジナル・ソードスキルの方が既存のソードスキルよりも上だからな、

削りきれると思った瞬間にアスナが自身のオリジナル・ソードスキルを繰り出せば、

十分に勝機はあると思うが、相手はあのユウキだしなぁ………)

 

 ハチマンの見るところ、今のユウキの実力は、

キリトやアスナを超えている可能性があるように思われた。

ステータス的には確かに劣るのだが、とにかく相手の攻撃に対しての対応力が半端ないのだ。

事実今目の前で戦っているユウキの動きは、いわゆる『ぬるぬる動く』感じであり、

調子が悪いとはいえ、あのアスナを相手にまだ余裕があるようであった。

 

(武器は同ランクで特に違いは無いが、問題は防具の差なんだよなぁ)

 

 実はアスナのオートマチック・フラワーズは物理と魔法のバランス型ビルドになっており、

物理特化のユウキのオートマチック・フラワーズと比較すると、

攻撃力においてやや劣る構成となっている。

これは基本はヒーラーというアスナのスタイルに合わせて調整されたものであったが、

その微妙な差がこういった勝負では重要になる。

 

(やっぱり打ち負けるよな)

 

 その直後にアスナが傷を負ったのを見てハチマンはそう思ったが、

同時にそこからアスナの顔つきが変わったのを見て、

これで互角の形勢までは持っていけるかとも感じていた。

 

「ん、どうやら目が覚めたか?」

 

 ハチマンは思わずそう呟き、同時にアスナの動きが加速した。

そこからはしばらくお互いのHPをじわじわと削っていく戦いとなったが、

ハチマンはアスナが左手の拳を握ったのがしっかりと見えた為、

もうすぐ戦いが大きく動くと確信した。

 

(なるほど、いい不意打ちだ)

 

 そしてアスナの拳打によってユウキの体が少し浮いた瞬間に、アスナの暁姫が光を放った。

 

「スターリィ・ティアー!」

 

(おお、あれがアスナのオリジナル・ソードスキルか)

 

 ハチマンはアスナの剣筋をもっとよく見ようと目を凝らしたが、

それによって別のものもまた見えてしまった。

必死に足を伸ばしたのであろう、よく見るとユウキの足の先が僅かに接地しており、

同時にユウキの持つセントリーがアスナ同様に発光した。

 

「ここでかよ!」

 

 ハチマンは思わずそう叫び、他の者達も驚いたような声を上げた。

 

「マザーズ・ロザリオ!」

 

 同時に僅かに金属音が聞こえ、ハチマンはアスナの剣の威力が減衰されるのを確かに見た。

 

(これは………削りきれないままアスナが硬直に入っちまうか)

 

 そしてマザーズ・ロザリオによってアスナのHPが敗北ラインを超え、

ユウキがマザーズ・ロザリオのフィニッシュを放とうとした瞬間に、

ハチマンはアスナのHPが全損するのを予感し、脳内が沸騰するのを感じた。

 

 ギリッ

 

 ハチマンは歯を食いしばり、同時にその全身から鬼気のような物が放出された。

周りの者達はそれを感じ取り、背筋を凍らせた。

 

(あ、兄貴が怖い………気がする)

(何これ何これ)

(やばいやばいやばい)

 

 だがその雰囲気は一瞬で霧散し、

周りの者達はハチマンが落ち着いてくれたのだと安堵した。

怖くてハチマンの方が見れなかった為に誰にも分からなかったが、

実はこの時ハチマンの隣にいたユキノが、

大丈夫だという風にハチマンの膝にそっと手を乗せていたのであった。

それによってハチマンは若干落ちつきを取り戻し、

直後にアスナが何とかユウキの剣の軌道をずらしてHPを僅かに残す事に成功した為、

完全に平静を取り戻す事に成功した。

 

「あ、兄貴………?」

 

 ここでスリーピング・ナイツの一同が、恐る恐るハチマンの方を見てきた。

 

「ん、どうした?」

「いや、さっきの………」

「ああ、悪かった、怖がらせちまったか?」

「う、うん………」

「すまん、もう大丈夫だから心配しないでくれ」

「そっか、それならいいんだけど」

「頭じゃもう平気だって分かってるんだがなぁ……」

 

 その最後のハチマンの呟きで、他の者達も何となく事情を察した。

まあ本当の意味で理解出来た訳ではないが、気持ちはちゃんと伝わっている。

キリトとアスナならばハチマンの気持ちを完全に理解出来たと思うが、

そのキリトは今はステージ上におり、アスナは丁度こちらに向かってきている最中であった。

 

「あれってアスナのオリジナル・ソードスキル?」

「うん、スターリィ・ティアーって言うの。

ユウキのマザーズ・ロザリオと比べたら、全然まだまだなんだけどさ」

「そんな事ないよ、凄く綺麗で速いなってびっくりしたもん!」

「ふふっ、ありがとうユウキ」

 

 アスナとユウキはそんな会話をしながらハチマン達の下へと到着した。

 

「みんな、お待たせ!」

「おお、凄かったなユウキ」

「いいもの見せてもらったわ」

「アスナがあそこまで強いなんて本当にびっくりしたよ!」

「まあ負けちゃったけどね」

「いやいや、互角の戦いって言っていいと思う」

「うんうん、今回の結果は偶々だって」

「どうかなぁ、まあでも今度またやろうね、ユウキ」

「うん、約束ね!」

 

 そんな和やかな雰囲気の中、アスナとユウキはそれぞれの場所に腰を下ろした。

ユウキはスリーピング・ナイツの中央、そしてアスナは当然ハチマンの隣である。

 

「それにしてもさぁ……兄貴とアスナってどんな関係なんだろ?」

 

 後ろを気にしながらタルケンが突然そんな事を言い出した。

 

「あ、それそれ、気になるよね」

「えっ?ボクがいない間に何かあった?」

「さっき兄貴が、アスナのHPが全損しかけた時、凄え怖かったんだよな」

「そうなの?」

「うん、あれはマジでやばかった……」

 

 いつも陽気なジュンがやや顔を青くしながらそう言ったのを見て、ユウキは少し驚いた。

 

「そうなんだ……」

「あと、さっき兄貴が何か気になる事を言ってなかった?」

「ああ、そういえば何か気になったよな……何だっけ?」

「ユキノさん絡みで何か………あっ!SAOが何とか!」

「命がけの近接戦闘はしてないとか」

「そもそもさっき兄貴、ユキノがSAOにいてくれればって言ってなかった?」

「えっ、そうなの?」

「どういう事?」

 

 スリーピング・ナイツの一同は、困惑した顔でチラリと後ろを見た。

そこにはハチマンに体をもたせかけるアスナの姿があり、

ハチマンがそのアスナの頭を軽く撫でていた為、一同の困惑はそこで最高潮に達した。

 

 

 

 一方こちらはハチマンとアスナである。

 

「ごめん、負けちゃった」

 

 アスナは戻ってすぐに、笑顔のままハチマンにそう言った。

 

「ん、いや、まあアスナが満足してるみたいだから、別にいいだろ」

「えっ、私ってばそんな風に見える?」

「ああ、とても晴れやかな顔をしているぞ」

「そっかぁ、確かにそんな気持ちなんだよね、

全部出し切ったっていうか、まあそんな感じ」

「そうか、それならいい」

「あと………怖がらせちゃってごめんね?」

 

 アスナはそこで本当に申し訳なさそうな表情をし、再びハチマンに謝った。

 

「ん、何の事だ?」

「だってハチマン君、多分私がさっき全損しかけた時にさ……」

「何か感じたのか?」

「うん、だから必死で死なないようにって頑張ってみたよ」

「そうか、逆に何かごめんな」

「ううん、私こそごめんね」

 

 そう言ってアスナはハチマンにもたれかかり、ハチマンはその頭を優しく撫でた。

そんなハチマンの気持ちが伝わったせいか、

ヴァルハラのハチマン強行派組も全員大人しくしており、二人を暖かい目で見守っていた。

逆に動いたのはスリーピング・ナイツ組である。

 

「ハ、ハチマン………」

「ん、ユウ、どうかしたか?」

「あ、あのね、ちょっと聞きたい事があるんだけど………」

「おう、俺に答えられる事なら何でも答えてやるぞ」

「えっと、ハチマンとアスナの関係って………」

 

 その質問に、ハチマンとアスナは首を傾げた。

当たり前すぎて、当然スリーピング・ナイツも全員知っていると思っていたのであろう。

 

「あれ、言ってなかったか?アスナは俺の彼女だぞ」

「うん、私はハチマン君の奥さんだよ?」

 

 その言葉にハチマンは苦笑したが、さすがに周りから突っ込みが入った。

 

「アスナ、どさくさ紛れに飛躍しすぎではないかしら」

「そうだよアスナ、まだ早い!」

「まあ実質的にはそうかもしれないけどね」

「ハチマン様、後で私の頭も撫でて下さい」

「っていうか羨ましい………」

 

 ヴァルハラ組は突っ込み半分、冷やかし半分で口々にそう言ったが、

当の質問をしたユウキを始めとする一同は、完全に固まっていた。

 

「おいユウ、どうした?お~い?」

 

 ハチマンはそう言いながらペチペチとユウキの頬を叩き、それでユウキは再起動した。

 

「かっ、彼女!?アスナってハチマンの彼女なの!?」

「ちゃんと言ってなかったんだな、悪かった」

「別に悪くはないけど……ええっ?それじゃあユキノさんは?」

「何故そこでユキノの名前が出てくるのか分からないが……」

 

 その言葉にユキノも困惑した顔をした。

 

「もしかして、私がハチマン君の彼女だと勘違いしていたの?」

「う、うん!」

「どうしてそんな事になったのかしら……」

「だってほら、体術スキルを取りに行った時に、凄く仲が良さそうだったから」

「ハチマン君、その話を詳しく」

 

 その瞬間にアスナがじとっとした目でハチマンにそう言った。

最近珍しい、アスナのヤキモチを焼く姿である。

 

「え、あの時にそんな事あったか?」

「あれじゃないかしら、私がバランスを崩して上の穴から落ちそうになったのを、

ハチマン君に受け止めてもらった時?」

「ああ~、あったあった、違うんだアスナ、ユキノがおかしな体勢で落ちてきたから、

俺が慌てて下で受け止めた事があったんだが、

多分こいつらはその時に勘違いしたんだと思う」

「あの運動神経のいいユキノが?体勢を?」

 

 アスナは疑いの目でじっとユキノを見た。

ユキノは若干冷や汗をたらしながら、素直にこう告白した。

 

「ごめんなさい、わざと体勢を崩したわ」

「やっぱり!」

「え、お前あれわざとかよ!」

「ごめんなさい、ハチマン君なら受け止めてくれるだろうなって思ってそれで……」

 

 その言葉を聞いたアスナは、ハチマンとユキノの顔を見比べながらこう言った。

 

「まあいいか、でもユキノ、今度何か奢ってね」

「分かったわ、それじゃあみんなで女子会といきましょう」

 

 アスナにそう言われたユキノはヴァルハラの仲間達に向けて笑顔でそう言った。

 

「当然私も参加する」

「あ、私も行きたい!」

「私も私も」

「あ、じゃあ私も」

 

 そんな和やかなヴァルハラ組を見て、スリーピング・ナイツはぽかんとした。

 

「え、アスナ、それでいいの?」

「うん、まあ今更だし、普段はみんな私に気を遣ってくれてるし、

間違いが起こらなければそれくらいならたまにはいいんじゃないかな」

「そ、そうなんだ……」

「これが真の正妻力……」

「アスナってやっぱり凄い……」

 

 こうしてやっと誤解は解け、

アスナはスリーピング・ナイツにハチマンの正妻認定をされる事となった。ラン以外には。



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第823話 キリトvsラン

自己採点の結果、無事に資格試験に合格が決まりました!ありがとうございます!


「でもなぁ、何であれだけでユキノが俺の彼女だと勘違いするんだ?普通ありえないだろ」

 

 事情は分かったが、ハチマンはどうしてもその事が納得いかなかったらしく、

首を傾げながら腕組みをし、スリーピング・ナイツに向けてそう言った。

 

「その時ってどんな状況だったの?」

「あの時は確か、ユキノがバランスを崩して上から落ちてきたから慌てて受け止めたんだよ。

まあ確かにお姫様抱っこの形にはなったが、それ以外に受け止める方法は無いだろ?」

「う~ん、確かに変な体勢で受け止めるのは危ないもんね」

「だろ?で、感謝の印にちょっと首に手を回されたが、それ以上の事は何も無かったし、

あんなんで彼女認定されちまったら正直たまらん」

「首に手を………ねぇ」

 

 アスナはそう呟いてチラリとユキノの方を見た。

当のユキノは、てへっ、といった顔でアスナに手を合わせており、

アスナは不覚にも、同性ながらそのギャップに萌えてしまい、

ユキノに対してそれ以上特に何か言う事は無かった。

代わりに発言したのは、思った事がすぐ口から出てしまうジュンであった。

 

「ああ、それならランだよ兄貴」

「ラン?」

「うん、ランがユキノさんの事を彼女認定したから、俺達も何となくそうかなって思ってさ」

「ほう、ランがねぇ……」

 

 ハチマンがそう言ってスッと目を細めたのを見てジュンは焦った。

 

「あっ、ち、違う、今のは別に悪い意味で言ったんじゃないから!」

「大丈夫だ、ちゃんと分かってる。単に発端がランの思い込みだったって話だよな?」

「う、うん」

「ならまあキリトには悪いが、ランに事実をちゃんと教えておくとするか」

 

 ハチマンはそう言って悪い顔をし、他の者達は苦笑した。

 

「何をするつもりか分からないけど、まあ程ほどにね、ハチマン君」

 

 そのアスナの言葉にハチマンは首を傾げた。

 

「何を言ってるんだアスナ、ほら行くぞ、こっちだ」

「えっ?えっ?」

「ランに俺達が付き合ってるってしっかりと教えてやらないといけないからな」

 

 ハチマンはそう言うと、戸惑うアスナの手を引いて前へと進み出た。

 

 

 

「あの子は確かユウキだったか、ランの妹は随分強いんだな、正直驚いたよ」

「ふふっ、自慢の妹なのよ、欲しいと言われても絶対にあげないわ」

「いや、そんな事を言うつもりはまったく無いよ!」

「本当かしら、ああ見えてあの子、脱ぐと………別に凄くないけど、

まあとってもかわいいのよ」

「そんな情報は俺には必要ないから!」

「ちなみに私は脱ぐと凄いのよ」

「そんなの見れば………あ、いや、無し、今のは無し!」

 

 一方次に戦う予定のキリトとランは、ハチマン達が真顔で何か話しているのを見て、

戦い始めるのを一旦止め、様子見をしつつ雑談をしていた。

キリトがランに遊ばれている感もあるが、

基本ランがボケてキリトが突っ込むスタイルである。

 

「それにしてもあの技、マザーズ・ロザリオって言ったかな、あれは本当に凄いな」

「私が言うのもアレだけど、それは同感ね、我が妹ながら本当に恐ろしいわ」

「いつかユウキとも戦ってみたいもんだ」

「その為には私を倒さなくてはいけないわよ?」

「ここを通りたかったら私を倒してから行けってか?」

「それもいいけど、私的にはここは通行止めだ、他をあたれ、の方が燃えるわ」

「おっ、ランはそっち系もいける口か」

「どの作品が元ネタなのかは知らないんだけどね」

 

 その会話は中々盛り上がっており、どうやらこの二人は中々馬が合うように思われた。

 

「しかし私としては、アスナがあそこまで戦えた事の方が驚きなんだけど」

「俺としては、アスナの事を知らなかった事の方が驚きだよ」

「………アスナってそんなに有名人なの?」

「ああ、SAOの頃からな」

「あら?その時アスナは別の名前でプレイしていたのではなかったかしら?」

 

 この言葉にはさすがのキリトも『?』となった。

 

「一体どうすればその発想になるんだ?」

「………えっ?」

「アスナは今も昔もアスナであって、その名を別人が名乗った事は一度も無いんだけどな」

「えっ?えっ?SAO時代にアスナを名乗ってたのはユキノさんじゃ?」

「いや何でだよ、何でそう捻くれた考え方をするかな」

 

 キリトにそう言われたランは、ここで核心となる言葉を発した。

 

「だってハチマンの彼女はユキノさんでしょう?」

「はぁ?スリーピング・ナイツってハチマンの身内みたいなものなんだろ?

それなのに何でそんな勘違いをするんだ?」

「か、勘違い?」

 

 そう言われたランは、慌ててハチマン達がいる方を見た。

丁度その時ハチマンとアスナが前に進み出て来た。

 

「お?」

「ハチマンとアスナ?」

 

 そして二人の目の前、ステージの裾近くに腰を下ろしたハチマンは、

そのままアスナを自分の膝の上に乗せ、二人をじっと見つめた。

 

「ハ、ハチマン君、さすがにちょっと恥ずかしいんだけど」

「大丈夫だ、俺も恥ずかしい」

「じゃ、じゃあみんなの所に戻ろ?」

「この戦いが終わったらな」

「う、うぅ……」

 

 アスナにとってはとんだ羞恥プレイであったが、

その光景は、ランをこれ以上なく混乱させるのには十分だったようだ。

 

「あれ?えっと………あ、あれ?」

 

「あいつらは一体何をやってるんだ……」

 

 キリトは呆れた声でそう言いながらも、そろそろ勝いを始めようとランの方を見た。

そのランは混乱の極み状態にあり、キリトはこのまま始めていいのかとさすがに悩んだ。

その時ハチマンからキリトに声がかかった。

 

「キリト、デュエル開始だ」

「えっ、こんな状態のまま始めていいのか?」

「おう、手加減は一切無しな」

「あっ、そういう………」

 

 キリトはこれまでの経緯から、ハチマンがランにお仕置きしようとしていると感じ、

やれやれと肩を竦めながらこう言った。

 

「今度別の機会に万全の状態でやらせてくれよな」

「おう、その時はユウキもセットでな」

「オーケーオーケー、それじゃあデュエル開始だ、ラン」

「そ、そうね、そろそろよね」

 

 ランは動揺したままそう答え、そして二人のデュエルが始まった。

そのせいで多少は頭が冷えたのか、

ランは最初、キリトを相手にその全ての攻撃を叩き落とす事に成功したが、

やはり気になるのだろう、どうしてもチラチラとハチマンの方を見てしまい、

そこをキリトに狙われ、手痛い一撃をくらう事になった。

 

「ぎゃんっ!」

「ぎゃんっって、まるで昭和だなおい………」

「一周回ってかわいいでしょ?」

 

 ランは臆面も無くそう言い、深呼吸をした後、刀を青眼に構えた。

どうやら今の一撃で頭が冷えたらしい。そんなランを見て、キリトもニヤリと口角を上げた。

 

「それが本気か?」

「行くわよ」

 

 そこから二人の激しい斬り合いが始まった。

基本待ちのはずのランは、珍しく自ら攻勢に出て、積極的に敵に隙を作ろうとし、

キリトはキリトでその事を分かっているのか、最低限の動きでその攻撃をいなしていた。

 

「さすがね」

「一応最強の看板を背負っているんでね」

「じゃあその看板は私がもらう事にするわ」

「うちの幹部を全員倒せたらな」

「あっ、それじゃあ無理、だってソレイユ師匠がいるんでしょ?」

「いきなり諦めるのかよ!」

 

 キリトはそう突っ込んだが、それはランにとっては明らかに隙であった。

刀をだらりと下げたままスッと前に出たランは、

キリトの右手を掴んでいきなり投げ飛ばしたのだ。

 

「うおっ」

「決まりね」

 

 ランはそのままソードスキルの体勢に入ったが、経験の未熟さであろう、

一撃でこの勝負の決着を狙った為、若干最初に溜めがある技を選択し、

そのせいでキリトにほんの一瞬ではあるが、余裕を与える事となった。

 

「まだまだ!」

 

 キリトはそう言って先ほど捕まれた右手を必死に伸ばし、地面に手をつく事に成功すると、

そのまま強引に体を捻って低い体勢からの回し蹴りを放った。

 

「あっ、しまっ………」

 

 ランはキリトに足を刈られてその場に転ばされ、

その間に立ち上がったキリトがランの目の前に剣を突きつけた。

 

「どうする?まだやるか?」

「いいえ、今日のところは私の負けよ、

今度はもう少しソードスキルの実戦練習をしてくるわ」

「そうだな、その方がいい」

「それじゃあ申し訳ないのだけれど起こしてもらえるかしら」

「ああ、もちろんだ、俺は紳士だからな」

 

 キリトがそう言ってランに手を伸ばした瞬間に、横から声がかかった。

 

「その必要はない、お前はこっちだ、ラン」

「きゃっ!」

 

 それはいつの間に横に来たのか、ハチマンであった。

ハチマンはランのお腹に手を回し、そのままランを肩にかついだ。

久々に見せるハチマンのお米様抱っこである。

 

「わ、私をどうするつもり!?まさかアスナと一緒にペロリと食べちゃうの?」

「お前の妄想にアスナを巻き込むな、キリト、みんなの所に戻ろうぜ」

「お、おう」

 

 ランに伸ばした手を持て余していたキリトはそう言われて手を引っ込め、

そのままハチマンの後に続いた。その隣にアスナが並ぶ。

 

「キリト君、ランはどうだった?」

「このまま成長したら、多分凄い剣士になるだろうな、性格とか色々な部分を含んでだけど」

「じゃあユウキは?」

「あの子はある意味完成してるな、まあ今度やり合ったとして、

そう簡単に負ける気は無いが、それはアスナもだろ?」

「うん、私もユウキに勝ちたい」

「そうか、ならお互いもっと強くなろうぜ」

「うん!」

 

 そんな二人の耳に、観客の中からこんな声が聞こえてきた。

 

「さっきの戦闘には驚かされたが、何だよ、俺でも何とか互角に戦えそうな感じじゃねえか、

ヴァルハラもスリーピング・ナイツも実はその程度か?」

 

 その声は、同盟の連中がたむろしていた場所から聞こえ、

ハチマン達三人はそちらにチラリと目を向けたのだった。



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第824話 何がしたいの

「さっきの戦闘には驚かされたが、何だよ、俺でも何とか互角に戦えそうな感じじゃねえか、

ヴァルハラもスリーピング・ナイツも実はその程度か?」

 

 その声は、たまたま先ほどの試合が終わって観客達が一息ついた頃に放たれた為、

その発言主の想定以上に辺りに響いてしまったようである。

周りの観客達はそのプレイヤーに白い目を向け、

発言したプレイヤーは、居心地が悪そうに顔を背けた。

 

「ねぇハチマン、あれは誰?」

「ん、今の勘違い野郎の事か?俺は知らないが、キリトは知ってるか?」

「ああ、ほら、この前同盟からギルドが一つ離脱させられただろ?」

「それってこの前揉めた時の奴?」

「ああ、ランは事情を知ってるのか、まあそうだな。

で、その代わりの補充で入った、『チルドレン・オブ・グリークス』ってギルドの奴だな、

確か名前はヘラクレスだったと思う」

「ふ~ん、神様から生まれた子供の名前でも付けてんのかね」

「だろうな、ちなみに略称はチルグリらしい」

「ほ~う?」

「へぇ?」

 

 ハチマンとランは、曖昧に頷いた。どうやら名前の由来には興味が無いらしい。

 

「で、そいつらは強いのか?」

「で、その人達は強いの?」

「どうかな、まあでかい口を叩くくらいなんだから、そこそこ強いんじゃないか?」

「つまりキリトも知らないんだな」

「まあ元ネタが有名どころだったから名前は知ってたけど、

別に強さで有名になったギルドじゃないからなぁ」

「それであのセリフか?さすがに苦笑するしかないんだが」

「まあいいじゃない、自分と相手との実力差が分からないような雑魚という事よ」

 

 ランは辛辣な口調でそう言った。

だがその言葉は若干ボリュームが大きかったようで、相手にも聞こえてしまったらしい。

 

「おい、誰が雑魚だって?」

 

 ヘラクレスがいきりたった表情で立ち上がり、

ハチマンは面倒な事になったと小さくため息をついた。

だがこの場にはバトルジャンキーが二人もいるのだ。

当然売られた喧嘩を買わないはずがない。

 

「あら、あなたが私達をその程度呼ばわりしたから雑魚と返しただけなのだけど、

こういうのはお互い様と言うんじゃないかしら」

「そうそう、俺達はこの程度でしかないから、つい余計な事を口走っちまうんだよな」

「ぐっ………」

 

 さすがに発端は自分だという意識はあったのか、

それでヘラクレスは矛先を収めたが、その目は怒りに燃えていた。

 

「調子に乗るなよ、ヴァルハラに言われるだけならともかく、

ぽっと出の新参ギルドになめられてたまるかよ」

 

 その言葉はハチマン達には聞こえなかったが、

もし聞こえていたら、『お前らも新参だろうが』と皮肉の一つも返した事だろう。

『チルドレン・オブ・グリークス』のメンバー達はヘラクレスに頷きつつ席を立ち、

こうして遺恨が残されたまま、この日の戦いは終了する事となった。

 

「まったくお前ら、好戦的すぎだろ」

「いやぁ、でも売られた喧嘩は買わないとだろ?」

「それはまあ否定しない」

「ほら、ハチマンだって俺達と同じ穴のムジナじゃないかよ」

 

 その言葉にハチマンは肩を竦めただけであった。

 

 

 

「ハチマン君、今日は私、スリーピング・ガーデンに寄ってくね」

 

 仲間達の所に戻った後、アスナがハチマンにそう声をかけてきた。

 

「そうか、それじゃあ俺達は適当に落ちとくわ」

「うん、また明日学校でね」

「ああ、お休み、アスナ」

 

 ハチマン達はそのまま去っていき、残されたスリーピング・ナイツは、

アスナを伴ってそのままスリーピング・ガーデンへと向かったが、

その道中で思いがけない事件が起こった。

 

「確か絶刀だったか?さっきは随分と調子に乗ってくれたな」

「うわ、びっくりした、あんた確かさっきの……」

「テンプレきたよ……」

「これはまさかの展開だね」

「いやいやいや、もうちょっと捻ろうよ」

「フラグ回収が早すぎね」

 

 その言葉で馬鹿にされたと思ったチルドレン・オブ・グリークスのメンバー達は、

激高しながら口々にこう言った。

 

「なっ………ふざけるな!俺はオルフェウスだぞ!」

「何故名乗る………」

「馬鹿にするのもいい加減にしろよ!俺はテセウスだ!」

「だから何故名乗る………」

 

 その他のメンバー達も次々に名乗っていき、

スリーピング・ナイツもその自意識過剰さに呆れる他はなかった。

 

「で、何の用?」

「舐められたままだとうちの沽券に関わるから、

うちのメンバーの多さを見せつけにきたんだよ!」

「何ですかその謎行動」

「タル、多分この人達は、これで威圧しているつもりなのよ」

「ああ~、実力行使無しの威圧のみ、なるほどなるほど」

「だから俺達を馬鹿にするなと……」

「悪いけどそのくらいにしてもらえるかな?」

 

 その時後方からそんな声がかかり、チルドレン・オブ・グリークスのメンバー達は、

一体誰だと思い、そちらの方を見た。そこに立っていたのは当然アスナである。

 

「げぇ……バーサクヒーラー……」

「何でお前がしゃしゃり出てくるんだよ、これはうちとこいつらの問題であって、

ヴァルハラには一切関係ねえ!」

「さっきうちにも因縁をつけてきてた気がするんだけど?」

「その話はあそこで終わりだ、それとこれとは別の話だ!」

「何それ、意味が分からないんだけど?」

 

(この人達は本当に何がしたいの……)

 

 楽しい時間を邪魔された事にイラっとしたアスナは、それでも我慢強く言葉を続けた。

 

「ちなみに私は今はスリーピング・ナイツに出向しているから、

ヴァルハラとは無関係なのはその通りだけど、逆にこっちの関係者って事になるね、

という訳で、うちに何か言ってくるつもりなら………」

 

 そう言ってアスナは暁姫を抜いた。

 

「私が今からあなた達全員とデュエルしてあげる」

 

 そう言ってアスナはニヤリと笑い、男達はその迫力に押されて一歩後ろに下がった。

 

「アスナ、格好いい!」

「これはテンプレ出るか?」

「出るんじゃないかな?」

「むしろ他に言うべき言葉が無いと思う」

 

 その言葉に従った訳ではないだろうが、男達はその予想通りの捨てゼリフを吐いた。

 

「くそっ、今にみてろ!」

「俺達は負けてないし、これからも負けるつもりはないからな!」

「今日のところはこれくらいで勘弁してやる!」

 

 そのままチルドレン・オブ・グリークスは逃げるように去っていき、

残された一同はぽかんとした。

 

「………結局何がしたかったんだ?」

「ほら、あいつらにしてみれば、サッカーの二部から一部に上がったようなものだから、

ちょっと調子に乗っちゃったんじゃない?」

「引くに引けなくなっちゃったんだろうね……」

「まあでもちょっとうざかったよな」

「そうね、あいつらをたった今から私達の敵と認定する事にするわ。

無闇に攻撃を仕掛けたりはしないけど、その事は忘れないでね」

「おっ、やりぃ!」

「正直殴りたくてたまりませんでしたね」

「シウネーが言うくらいならよっぽどだな!」

 

 こうしてチルドレン・オブ・グリークスは、

スリーピング・ナイツに敵認定される事となった。

まあ大した敵ではない為、そもそも戦いに発展する可能性も低いのであるが、

もし彼らがスリーピング・ナイツの前に立ちはだかった時は、

容赦なく殲滅される事となるのだろう。

 

「まあ気を取り直して早くボク達の家に帰ろうよ!」

 

 彼らはこれ以上不愉快な目に遭わないようにと家路を急ぎ、

ほどなくしてスリーピング・ガーデンに帰りついた。

 

「とりあえず風呂と飯!」

「その後アスナに話を聞いて、それから睡眠だね!」

 

 その言葉にアスナは少し懐かしさを感じた。

昔は自分もゲーム内でこんな感じで暮らしていた事を思い出したからだ。

自分には今は不可能だが、スリーピング・ナイツのみんなはここで寝れるんだ、

その事にアスナは羨ましさを感じつつ、

やはりみんな、メディキュボイドを使いっぱなしなんだなと再確認する事となった。

 

(みんなの病気、心配だな。ハチマン君の話だと、特にランとユウキが……)

 

 アスナはそう思いつつも、その事は決して表には出さず、

笑顔を絶やさないまま料理を手伝い、ランとユウキと一緒にお風呂に入った。

そして再びリビングに集まった一同の前で、

アスナはヴァルハラに関する情報を開示する事となった。



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第825話 次の目標

「それじゃあヴァルハラについての説明を始めよっか」

「「「「「「「アスナ先生お願いします!」」」」」」」

「み、みんなノリノリだね……」

 

 一同は元気いっぱいにそう答え、アスナはたじたじとなりながらそう言った。

 

「あっ、そうだアスナ、せっかくだからこの眼鏡をかけてみて!」

 

 そんな中、何故そんな物を持っていたのかは分からないが、

ユウキがどこからか眼鏡を取り出してアスナに差し出してきた。

 

「眼鏡?別にいいけど……」

 

 アスナは特に断る理由も無い為、その眼鏡を素直に受け取ってかけてみた。

 

「へぇ………」

 

 その眼鏡はただのネタ装備であり、特に何かエンチャントがついている訳ではないのだが、

何故か身が引き締まる気がし、アスナは自然とあらたまった口調になっていた。

 

「それでは不肖ながら、私がヴァルハラについてレクチャーしたいと思います、

みなさん、居眠りしないでちゃんと授業を聞いて下さいね」

「「「「「「「は~い先生!」」」」」」」

 

 こうしてアスナも上手く乗せられてノリノリとなった。

 

「それでは授業を開始します、先ずは公開されている情報をこのモニターに映します」

 

 そう言ってアスナはヴァルハラの公式ページにアクセスし、

メンバー専用ページにログインしてその映像をモニターに映した。

お風呂でランとユウキから、二人がメンバー専用ページを閲覧出来るという話を聞き、

どこまで話していいかの参考にする為にそうする事にしたのである。

 

「最初はもちろんリーダーのハチマン君、私の愛しい旦那様です」

 

 調子に乗ったアスナは得意げな顔で、普段なら絶対に言わないようなセリフを言ったが、

ログアウトした後にこの時の事を思い出し、ベッドの中で一人悶絶する事となる。

 

「ハチマン君については特に説明はいらないよね?みんなよく知ってるだろうし」

「まあ大丈夫………かな?」

「下手に知りすぎちゃうのもこれからの生活がつまらなくなるしね」

「兄貴はやっぱり謎めいてないとな!」

 

 その後も延々と繰り広げられたハチマントークを聞いて、

アスナは複雑な顔をしながら一同にこう言った。

 

「みんな、ハチマン君の事が好きすぎでしょ……」

 

 そして続けてアスナは幹部四人の説明に移った。

 

「えっと、ランはよく知ってると思うけど、こちらがソレイユ姉さん、

滅多にログインしてこないけど、うちの影の支配者、筆頭幹部だよ」

「影の………支配者?」

「何でランはこの人の事を知ってるんだ?」

 

 ランはそう問われ、一瞬返事に詰まった。

ゾンビ・エスケープでの修行の事は内緒だったからだ。

 

「け、検査の時にちょっとね」

「あ、そういう事か」

「ん、って事はもしかして、ソレイユさんってあの超絶グラマー美人社長の陽乃さんなの?」

 

 ここでジュンが鋭いところをみせた。

ソレイユの名は知らなかったが、陽乃は何度か眠りの森に足を運んでおり、

当然一同とも顔見知りだった為、社名とキャラ名が一致している所から類推したらしい。

 

「うん、その超絶グラマー美人社長の陽乃姉さんだよ」

「あ、やっぱりそうなんだ!」

「というか、みんなは姉さんと顔見知りなんだね」

「眠りの森にたまに来てくれてたよ」

「うん、とっても良くしてもらったよね」

「凄く優しいよね、陽乃さん」

「ええ、尊敬に値する人物だと思うわ」

「へぇ……」

 

(さすがは姉さん、やるべき事はしっかりとやってるんだなぁ)

 

 アスナは普段の印象とはかけ離れたその陽乃に対する一同の感想を聞き、

陽乃への尊敬を一層深める事となった。

 

「それじゃあ次はキリト君だね」

「ヴァルハラ最強のプレイヤーなんですよね?」

「うん、それで間違いないかな、多分ハチマン君も私も、

たまに勝つ事はあってもキリト君に勝ち越すのは無理だと思う。

あ、姉さんは特別だから除外ね」

「キリトって人、そんなに強いんだ……」

「アスナの強さも普通じゃないって思ったんだけどなぁ」

 

 アスナの説明に実感が沸かないらしい一同を見て、

アスナは自分なりの分析を披露する事にした。

 

「キリト君って、私達と違ってステータスがパワー寄りなんだよね。

それなのに動きがスピードタイプの私達とほとんど変わらないから、

まあ勝てなくて当然だよね」

「えっ、それってどんなチート?」

「別にそういうんじゃないよ、ただ思考の瞬発力が他の人と比べて桁違いに早いみたい。

だからGGOでも銃弾を斬ったり出来るんだろうね」

 

 その言葉で一同は、ALOのキリトがGGOのキリトと同一人物である事に気が付いた。

 

「あ、ああ~!第三回BoBで優勝したのってもしかして……」

「うん、あれはキリト君本人だね」

「そういう事か!」

「ユウ、相手はどうやら本物の化け物みたいよ、今度戦う時がとても楽しみだわ」

「いいないいな、ボクも戦う!」

 

 どうやらユウキも闘争心を刺激されたらしい。

 

「そうね、挑戦者のつもりでそのうち二人で相手をしてもらいましょう」

「うん!」

 

 続けてアスナの説明は、ユキノの番となった。

 

「そして次は絶対零度ことユキノだね、もう知っていると思うけど、

ユキノは大規模攻撃魔法も使いこなす、ALO最高のヒーラーだね」

「ユキノさんってやっぱ凄え……」

「でも何で大規模攻撃魔法メインなの?」

「う~ん、それはまあ役割分担かなぁ、

少数が相手なら普通の攻撃魔法は仲間に任せておけばいいし、

ユキノが攻撃しないといけないような場面って、これはまあよくある事なんだけど、

相手がうちの何倍もいる時とかにほぼ限られるからね」

「「「「「「「よくある事なんだ……」」」」」」」

 

 一同は、さすがはヴァルハラだと感心した。

 

「有名になると、敵も味方もその規模が大きくなるという事かしらね」

「まあうちの場合は敵の規模ばっかり大きくなっちゃってるけどね、

相手は主に連合なんだけど、最近は同盟との関係も怪しいからなぁ」

 

 そう言いつつもアスナの表情は余裕であり、それを見た一同は、

いずれはスリーピング・ナイツもそういった大規模戦闘に巻き込まれるかもしれないが、

その時が来る前にアスナにレクチャーを受けておこうと、

ひそひそと言葉を交わして頷き合ったのであった。

 

「最後は私だけど別に説明はいらないよね?」

「アスナについてまだ知らない事は沢山あると思うけど、

そういった事に関しては徐々に知っていけばいいと思うわ。今の私達は仲間なんだしね」

 

 一同はその言葉に微笑みあった。そして次にアスナは通常メンバーの説明に入ったのだが、

さすがはヴァルハラ、二つ名持ちの数が異常に多い。

 

「メンバー全体の半分が二つ名持ちなんだ……」

「いずれ全員になりそうね」

「くそっ、俺もいつか格好いい二つ名を!」

「エターナルシングルのジュンとか?」

「確かに格好いいけどやめてくれよ!フラグになったらどうするんだよ!」

「「「「「「「あはははははははは」」」」」」」

 

 こうしてレクチャーが終わり、一同は寝る前の雑談に入ったのだが、

そこでは主に、デュエル・ステージでのチルドレン・オブ・グリークスの話が中心となった。

 

「そういえばさっきのあいつら、どこかでうちに仕掛けてくるかな?」

「どうだろう、後ろにヴァルハラがいるって思っただろうから、仕掛けてはこないかも?」

「アスナはどう思う?」

「う~ん、どうだろうね、

うちは今までそういった他のギルド同士の争いに介入した事は無いから、

あるいは仕掛けてくるかもしれないけど……」

「それならうちから仕掛けましょう」

 

 その時ランが突然そんな事を言った。

 

「えっ、ラン、本気?」

「もちろんよ、でも勘違いしないで、直接喧嘩を売るような事はしないわ。

何故なら私は平和主義者だもの」

「「「「「「「ないない」」」」」」」

 

 一同は即座にその言葉を否定し、アスナもそれに乗った。

アスナも順調にスリーピング・ナイツに馴染みつつあるようだ。

 

「という訳で、私から提案があるわ」

「ランはめげないよな……」

「相変わらずランは兄貴が絡まない時は鋼のメンタルだな……」

「兄貴がからむとへっぽこなのにね」

「そこ、静かにしなさい!私が提案したいのは……」

 

 ランはそこでひと呼吸置いた後、一同の顔を見回しながらこう言った。

 

「ここにいる八人だけでの三十五層のフロアボスの攻略よ。

三十四層はもうかなり攻略が進んでいるはずだから、この次のフロアという事になるわね」

 

 その言葉はまったくの予想外であり、一同の脳はしばらく動きを止めていた。

だが徐々にその言葉が脳に染み渡るに連れ、一同の顔は驚愕に染まっていった。

 

「えっ、それってマジで言ってる?」

「愚問ね、本気と書いてマジのマジ、大マジよ。

アスナ、さすがのヴァルハラでも、

まだ剣士の碑文に名前が載る最小人数でのフロアボスの攻略経験は無いわよね?」

「う、うん、それはそうだね」

「つまりこれは、ヴァルハラに何かで勝利するという事と、

あの気持ち悪い同盟の連中に一泡吹かせるという、一石二鳥な計画なのよ!」

「た、確かに……」

「というか可能なのか?」

「アスナ、どうなの?」

「その前に、私は三十五層のボスの事を完璧にじゃないけどそれなりに知ってるけど、

その事は気にしたりしない?」

 

 アスナのその言葉に一同は顔を見合わせた。

 

「まあいいんじゃないかな、そもそも最初から八人でってのが無茶なんだし」

「多少は知ってるくらいじゃないと、ハンデがありすぎるかもね」

「という訳でアスナ、アスナの知ってる知識があるという前提で考えてもらっていい?」

「うん、分かった」

 

 そう問われたアスナは考え込み、やがて一つの結論にたどり着いた。

 

「私が加わってヒーラーが二枚になったし、もしかしたらいけるかもしれない。

ちなみにヴァルハラのベストメンバーでなら問題なく可能な気がするよ、

ハチマン君、キリト君、姉さん、私、ユキノ、セラフィム、シノノン、クリシュナかな。

でもアタッカーが多少減ってもいける気もするし、

ハチマン君がこの事を知ったら、もしかしたら先に動き出すかもしれないから、

実行するかはともかく決断は早い方がいいかもしれない」

「まあ確かにうちに可能ならヴァルハラにも可能なのが理屈よね」

 

 ランは悔しがる事もなく、淡々とそう言った。

こういった戦力分析で私情を挟まないのはさすがである。

 

「でもアスナはそれでいいの?形としてはヴァルハラを裏切る事にならない?」

「今の私はスリーピング・ナイツだからね」

 

 アスナはきっぱりとした口調でそう言い、ランはアスナに頷いた。

 

「そういう事なのだけれど、みんな、どうする?」

「ボクは賛成!」

 

 ユウキが真っ先に手を上げてそう言った。

 

「僕も賛成かな」

「私もです」

「俺も俺も!」

 

 仲間達が次々にそう声を上げ、ランは満足そうに頷いた。

 

「これで次の目標が決まったわね」

 

 その言葉に一同は、アスナも含めて全員が力強く頷いた。

こうしてスリーピング・ナイツは、フロアボスの単独攻略を目指して動き出した。



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第826話 動き始めた作戦

 それからスリーピング・ナイツの密かな努力が始まった。

 

「ねぇアスナ、そもそも三十五層の敵ってどんな敵?」

「ロギっていう炎の巨人だよ。なので炎耐性装備を揃えていく事になるね。

ちなみに三十四層のボスは、双頭の巨人で霜の巨人って言われてるヨツン、

って、よく考えたらヨツンヘイムのヨツンだね」

「へぇ~、そうなんだ、

それじゃあとりあえずショップを回って炎耐性装備を探してみよっか」

「そうね、まだ時間はあるのだし、確実に一つ一つ準備を整えていきましょう」

「うん、それがいいね」

 

(耐性装備かぁ……ナタク君なら持ってそうだけど、

ナタク君に頼るのは私達の狙いがバレる可能性があるからやめておいた方がいいかなぁ、

まあナタク君なら黙っててくれるとは思うけど……あっ、そうだ)

 

 その時アスナの頭に天啓が舞い降りた。

 

「ねぇみんな、耐性装備に関しては私に任せてもらえないかな?

炎耐性のみの装備にはちょっと劣るけど、全耐性の装備ならあてがあるんだよね」

「あら、いいじゃない、敵の攻撃が全て炎属性だとは限らないしね」

「うん、確か他の属性の攻撃も使ってきたと思うんだよね」

「なら任せてもいいかしら」

「うん、任せて!で、予算はとりあえずどれくらいかな?」

「タル、お願い!」

「オーケー、今の手持ちだと、使える金額は………」

 

 アスナがひらめいたのはこの事であった。

炎耐性装備ではなく全耐性装備をナタクに頼む事で、

スリーピング・ナイツが何を狙っているのかぼかす事にしたのである。

 

(まあ念には念を入れて、かな)

 

 アスナは早速ナタクにメッセージを送り、全耐性装備を作ってくれるように依頼した。

ちなみに頼んだのは、とりあえずではあるがアクセサリーと盾である。

ランとユウキとアスナのオートマチック・フラワーズには始めから全耐性がついており、

他の仲間達の防具に関しては、まだ整っているとは言い難い為、

アスナは次に、そちらを揃えてもらうように提案するつもりであった。

そしてナタクから色々と相談したいという返事をもらったアスナは、

さすがにヴァルハラ・ガーデンで話す訳にはいかなかった為、

スモーキング・リーフでナタクと落ちあう事にした。

 

「それじゃあ私はちょっと耐性装備の手配をしてくるね、

みんなは出来ればランとユウキ以外の装備について、話をしてて欲しいんだよね」

「確かに俺達とランやユウキの装備との差が開いちまってるよな」

「分かった、こっちはとりあえずアシュレイさんの店に寄ってみるね」

「私も話が終わったらそっちに合流するね」

 

 そう言ってアスナとスリーピング・ナイツは、それぞれの目的地へと向かっていった。

 

 

 

「こんにちは、ナタク君ってもう来てるかな?」

「あっ、アスナ、ナタク君ならもう来てるのにゃ」

「ありがとうリツさん、ちょっとここで話をさせてもらっていい?」

「もちろんにゃ、今お茶を入れるにゃ」

「ごめんね、ありがとう」

 

 アスナはリツにお礼を言って中に入り、ナタクとリョクを見つけて手を振った。

二人どうやらアスナの依頼絡みで話をしていたらしい。

 

「ナタク君、わざわざごめんね」

「いえいえ、暇してたんで全然問題ないです、むしろやる事が出来て嬉しいですよ」

「ナタク君も結構なワーカーホリックだよね」

「あはははは、まあそういう性分なんですよ」

 

 ナタクはそう言って微笑んだ。

 

「とりあえずお願いされた分の装備を作る為に必要な素材のリストを纏めておきました。

今リョクさんと話して、そのうちどの素材のストックがあるのか確認してた所ですね」

「さすがナタク君、仕事が早い!」

「いえいえ、これも普段から在庫をきっちり管理してくれているリョクさんのおかげですよ」

「私は報告を纏めるだけで、実際に管理してるのはリン姉ぇじゃんね」

「あ、そうでしたか」

「それじゃあリンにもお礼を言わないとね」

「リンならリナちゃんと一緒に買い物に出てるのにゃ」

「あっ、そうなんだ、それじゃあお礼はまた今度だね」

 

 アスナはそう言うと、ナタクが作ってくれたリストの内容をチェックし、

どう集めれば素材が効率的に集められるか、リョクも交えて三人で話し合った。

 

「これだとやっぱりヨツンヘイムには絶対に行かないといけないね」

「あそこの奥は素材の宝庫ですからね」

「あとアスナ、これ、必要な素材でうちにある物の値段と在庫数のリストじゃんね」

「あ、ありがとう、今度お礼に甘い物でも一緒に食べ………」

「それは楽しみじゃん!」

 

 リョクは食いぎみにそう言った。

頭脳労働を担当しているせいか、どうやらリョクは甘い物が大好きのようだ。

 

「あは、それじゃあ僕はヴァルハラ・ガーデンに戻りますね」

「うん、ありがとうね、ナタク君」

「いえいえ、スリーピング・ナイツの装備の強化、頑張って下さいね」

 

 その言葉でアスナは、どうやらナタクが狙い通りに勘違いしてくれたと判断した。

ナタクを騙すような形になって申し訳ない気もするが、

いずれこのお礼は何かの時にしておこうと、アスナは改めて心に誓った。

 

「それじゃあ私はアシュレイさんの店に行ってみるね」

「アスナ、またなのにゃん」

「またいつでも遊びに来るじゃんね」

「うん!それじゃあまたね、二人とも!」

 

 そしてアスナはみんなはまだいるかなと思いつつ、アシュレイの店へと向かった。

 

 

 

 アスナがスモーキング・リーフで楽しい時間を過ごしていたその頃、

スリーピング・ナイツもまた、アシュレイの店で寛いでいた。

 

「アシュレイさん、お茶、ありがとうね」

「凄く美味しいです」

「いえいえどういたしまして。

で、欲しいのはノリちゃんとタル君とシウネーちゃんの装備でいいのよね?」

「うん、俺とテッチの装備はここにはさすがに売ってないからね」

「さすがに重鎧は私の管轄外だわ」

「ですよね」

 

 そんな和やかな雰囲気の中、アシュレイは三人に装備を手渡していった。

 

「この辺りでどうかしら、ちなみにデザインをいじりたい時は遠慮なく言って頂戴ね」

「あっ、それなら背中にうちのマークを付けてほしいです、アシュレイさん」

「任せて、お安い御用よ」

 

 シウネーのそのお願いは確かにどうしても必要な事であり、

タルケンとノリもそれを見習って背中にスリーピング・ナイツのマークを入れてもらい、

先ずは三人の装備がここに整った。とはいえエンチャントはまだなので、

達成度としては半分と言っていいかもしれない。

 

「街中じゃヴァルハラ・アクトンで十分なんだけど、さすがに戦闘となるとね」

「いやぁ、手持ちが足りて本当に良かったよ」

「後は俺達の鎧かぁ」

「その前にちょっと金策をしないとですね」

「タル、残り資金はもう尽きたかしら」

「う、うん、ワタクシ達の資金は今のでほぼゼロになりました」

「タル、あんたのそれは本当に直らないよねぇ」

「いやぁ、アシュレイさんが綺麗だから緊張しちゃって………」

 

 アシュレイはそのタルケンの言葉に嬉しそうな顔をしつつ、

興味深そうな口調でタルケンに話しかけた。

 

「あら、タル君の普段の喋り方はそんな感じなの?

随分馬鹿丁寧だと思ってたけど、実は違ったのね」

「あっ、いや、えっと、ワ、ワタクシはですね……」

 

 その不意打ちにタルケンはどきまぎした。

 

「アシュレイさん、タルは私達以外の女の子の前だとこうなっちゃうんですよ」

「へぇ、そうなのね、まあこういうのは慣れだから、頑張ってね」

「は、はい、頑張りましゅ」

 

 タルケンは肝心な所でそう噛んでしまい、一同の笑いを誘った。

丁度その時アスナがアシュレイの店へと到着した。

 

「みんなお待たせ!」

「アスナ、耐性装備の方はどうだった?」

「うん、エンチャント素材をヨツンヘイムに取りに行けば、何とかなるみたい」

「あら、ヨツンヘイムに?」

「うん、どうもアインクラッドには無い素材らしいんだよね。

ちなみに必要な中でスモーキング・リーフの在庫にある素材の値段と量のリストがこれだよ」 

「これは随分と綺麗に纏められてるわね、さすがだわ」

 

 そのリストを見たランが、感心したようにそう言った。

 

「どの素材がどこで取れるとか、随分詳しく書いてあるね」

「それじゃあこの後早速取りに行く?」

「そうね、アスナは時間は大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ。あ、でもちょっと一度落ちてご飯を食べたいかな」

「それじゃあ一時間後くらいにスリーピング・ガーデンに集合という事でいいかしら」

「分かった、それじゃあ一旦落ちるね!」

 

 そしてアスナは全員に挨拶をし、ログアウトしていった。

 

 

 

「ふう………」

「あら明日奈、丁度今、体を揺すろうと思ってたところよ」

「わっ、び、びっくりした!」

 

 明日奈が目覚めた時、ちょうどその横に京子が立っており、明日奈はドキリとした。

 

「ふふっ、ごめんなさいね、それじゃあご飯にしましょうか」

「は~い!」

 

 そんな明日奈を見て、京子は目を丸くした。

 

「あら明日奈、随分と機嫌がいいみたいだけど、

ALOで八幡君といちゃいちゃでもしてきたのかしら」

「お、お母さん!もっと言葉をオブラートに包んで!」

 

 その京子の言葉に明日奈は顔を赤くした。

 

「八幡君なら今日はソレイユだよ、臨時の会議があるんだって」

「あら、そうなのね」

「えっとね、私が機嫌がいいのは、新しい友達が沢山出来たからだよ」

「へぇ、新しい友達ねぇ」

「うん!」

 

 その後二人は仲良く食事をし、明日奈は嬉しそうにスリーピング・ナイツの事を語った。

京子もうんうんと頷きながらその話を聞き、楽しそうに色々と明日奈に尋ねていた。

どうやら母娘の仲は良好なようである。

そして明日奈はALOに再ログインし、スリーピング・ガーデンへと向かった。



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第827話 呼び出された八幡

『八幡君、今日は大事な会議があるから、学校が終わったら急いで会社まで来てもらえる?』

「えっ?あ、はい」

『それじゃあ宜しくねん』

 

 帰還者用学校の屋上で仲間達と一緒に昼食を食べていた八幡は、

陽乃からそんな電話を受け、きょとんとした表情でしきりに首を傾げていた。

 

「八幡君、どうかした?」

「いや、姉さんからの電話だったんだが、

今日会議があるから学校が終わったら急いで会社に来いだってよ」

「へぇ、姉さんがわざわざ八幡君を会議に呼ぶなんて珍しいね?」

「だよな、まあいいか、とりあえず行ってくるわ」

「うん、頑張ってね」

「お努めご苦労さん」

 

 そして放課後、仲間達に見送られた八幡は、

ソレイユに到着した後、真っ先に受付へと向かった。

出迎えたのはかおりとえるのいつものコンビである。

 

「あれ、八幡………じゃない、次期社長、おはようございます」

「いや、そういうのはいいから。なぁかおり、今日の会議について何か知ってるか?」

「一介の受付嬢が、会議の内容まで知ってたら逆にびっくりじゃない?」

「まあ確かにな……」

 

 当然えるも何も知らず、八幡は受付での安易な情報収集を早々に諦め、

大人しく秘書室へと向かう事にした。

 

「う~む、さっぱり分からんが、まあ何か俺を呼ぶほどの議題が出来たんだろうなぁ」

 

 八幡はぶつぶつと呟きながら、いきなり秘書室の扉を開け、中に向かってこう言った。

 

「お~い小猫、会議があるからってあんまり化粧を厚くするのはやめておけよ」

 

 もちろん八幡は冗談のつもりでそう言ったのだが、

中に入るとまさかの薔薇が化粧中で、その体勢のまま固まっており、

二人は無言のまましばらく見つめ合う事となった。

 

「………」

「………」

「ほ、ほどほどにな」

「あ、あんたね、せめてノックくらいしなさいよ!」

「わ、悪い、まさか本当に厚化粧中だとは思わなかったんでな……」

「全然厚化粧じゃないわよ!ほら、よく見なさいよ!」

 

 薔薇は立ち上がってつかつかと八幡に近付くと、

八幡の胸に自らの豊満な胸を押し付けつつぐいぐいと八幡に迫った。

 

「ち、近い、近いって、それに胸、胸が当たってるから!」

「当たってるんじゃないわよ、当ててんのよ!」

「悪かった、悪かったって、とりあえず落ち着け」

 

 八幡は薔薇の剣幕に押されてじりじりと後ろに下がり、

その背中が壁につくところまで押し込まれた。

 

「………で?」

「小猫の化粧は全然普通だった、正直すまなかった」

「よろしい」

 

 それで八幡はやっと解放され、薔薇は自分の席に戻って再び化粧を始めた。

八幡はその隣の席に腰かけ、薔薇に話しかけた。

 

「そうやって化粧をしてるって事は、小猫も会議に出るって事だよな?」

「ええ、今日は外部の方もいらっしゃるから軽く化粧直しをしておこうかなって」

「外部?へぇ、誰が来るんだ?」

「ナイショ」

 

 薔薇はそう言って片目をつぶった。

 

「ふ~ん………って事は俺の知り合いか。なぁ小猫、今日の会議の議題って知ってるか?」

「もちろん知ってるけど、八幡には言っちゃ駄目って言われてるわ」

「何でだよ………」

「参加すれば分かるわよ、まあ悪い内容じゃないから心配しないで」

「社内の人間は誰が参加するんだ?」

「社長、私、クルス、レスキネン部長、紅莉栖、あとめぐりよ」

「めぐりん?めぐりんが戻ってきてるのか?」

「………ええ、昨日帰ってきたみたい」

「おおそうか、めぐりっしゅされちゃうのか」

「………」

 

 いつの間にかめぐりん呼びが八幡にとって普通になっているみたいだなと思いながらも、

小猫はその事を決して口には出さなかった。

いつか自分も何かの機会に八幡に刷り込みを行う事があるかもしれないと思ったからだ。

 

「しかしマックスも参加するのか、珍しいな」

「まあそうね」

 

 そう言いながら薔薇は、八幡の後方に一瞬視線を走らせたが、八幡はその事に気付かない。

 

「で、そのマックスはどこにいるんだ?」

「そこ」

「私はここです、八幡様」

「うわっ!」

 

 突然後ろからそう声を掛けられ、八幡は驚いて振り向いた。

その瞬間に八幡の顔が何か柔らかい物に埋まり、その頭にクルスの手が回され、

不本意ながらこういう事に慣らされてしまっている八幡は、一瞬で状況を理解した。

 

「おいマックス、さすがにやりすぎだ、離せ」

「すみません、先ほど八幡様が『めぐりっしゅ』と言っているのを見て、

つい母性本能が刺激されてしまいました」

「………え、俺そんな事言ってたか?」

「はい、とてもかわいかったです」

「そ、そうか……」

 

 八幡はその言葉で顔を赤くし、その行為がクルスの母性本能を更に刺激したらしい。

クルスは手を離すどころか更に力を込め、あまつさえこんな事を言い出した。

 

「八幡様、私、八幡様との子供が欲しくなりました」

「お前いきなり何言っちゃってんの!?」

「あ、それじゃあ私も」

「小猫まで何を言ってんだよ!」

「だって………ねぇ?」

「私は一生八幡様のお傍にいますから、当然私は八幡様の子を産む事になりますね」

「私はあんたの所有物なんだし、当然あんた以外の子を産む事はないわね」

「出来れば二十代のうちにお願いしますね」

「私は仕方ないから三十代半ばまで我慢してあげるわ」

「お前ら、そろそろ会議の時間だろ、冗談はそのくらいにしてさっさと会議室に行こうぜ」

 

 この二人に対しては、関わり方からして邪険に出来ない八幡はそう言って逃げをうった。

だが正論ではある為、クルスは大人しく八幡を解放し、

薔薇も資料らしき物を手にとって立ち上がった。

 

「ふう………」

「確かにそろそろ時間ですね、八幡様、行きましょう」

「そうね、それじゃあ行きましょうか」

 

 薔薇とクルスはニコニコしながらそう言った。

どうやら気まずい思いをしているのは八幡だけのようだ。

 

「お、おう、それじゃあ行くか」

 

 そして三人は会議室へと向かった。

八幡は若干気が重く、終始無言であったが、そんな八幡に救世主が現れた。

 

「八幡く~ん!」

「あっ、め、めぐりん!」

 

 会議室の前の廊下で手を振りながらこちらに近付いてくるめぐりの声を聞いた瞬間に、

謎のめぐりっしゅ効果により、八幡の心が浄化されたのである。

 

「帰ってきてたんですね、めぐりん」

「うん!向こうに行ってる間、八幡シックにかかって仕方がなかったよ!」

「八幡シックって、ホームシックの俺版ですか?」

「よく分かったね、うん、そんな感じ!」

 

 臆面もなくそう言いきりながらも、ぽわぽわした笑顔を見せるめぐりに、

八幡は自身の心がどんどん癒されていくのを感じていた。

 

「今日は会議の為に日本に戻ってきたんですか?」

「うん!色々と報告があってね、八幡君もきっと喜んでくれると思うなぁ」

「おっ、そうですか、それは楽しみです」

「ふふっ、期待しててね!」

 

 そんな二人の様子を見て、薔薇とクルスはひそひそと言葉を交わしていた。

 

「室長、あの路線もありじゃないですか?」

「そうね、八幡って案外ああいうのに弱い気もするわ」

「ちょっと違うけど、香蓮もあの系統ですよね?」

「広い意味で言ったら明日奈もそうかもしれないわよ」

「今度の社乙会の議題にしてみましょうか」

「そうね、そうしましょう」

 

 そして四人は会議室に入ったが、そこで八幡は意外な人物の姿を目にする事となった。

 

「あ、あれ?」

「おう」

 

 その人物はきょとんとする八幡に対し、鷹揚に手を振った。

 

「おい小猫、お前さぁ……」

「え、な、何?」

 

 いきなり八幡にそう言われた薔薇は、戸惑いながら八幡にそう聞き返した。

 

「会議室に老人の腐乱死体があるじゃないか、

事前にちゃんとチェックして片付けておかないと駄目だろ」

「誰が腐乱死体か!このたわけが!」

「うわ、ただの死体じゃなくウォーキング・デッドかよ」

「まだ死んでないわい!そもそも儂は、お主の子をこの手に抱くまで死ぬつもりは無いわ!」

 

 そのセリフは先ほどの秘書室での様子を目にしていたのかと思うくらい、

タイムリーなセリフであり、さすがの八幡も鼻白んだ。

そんな八幡の表情を見たその人物、結城清盛は、得意げな顔で八幡に言った。

 

「ふふん、ぐぅの音も出ないようじゃな小僧、

さっさと儂に、ひ孫を抱かせるように努力せい」

「正確には明日奈はじじいの孫じゃ……」

 

 その言葉に反論しようと試みた八幡であったが、そんな八幡を陽乃が遮った。

 

「はいはい、それじゃあそろそろ会議を始めるわよ~!」

 

 それで八幡はそれ以上の反論は後回しにする事とし、大人しく自分の席へと座った。

こうして八幡にとってはとても重要な会議が幕を開ける事となった。



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第828話 再び彼の地へ

「それじゃあめぐり、説明を」

「はい、それでは我が社の投資による新薬開発の進捗状況について説明します」

 

 その言葉に八幡は思わず腰を浮かせた。

待ち望んでいた時が来たかもしれないと思ったからである。

 

「八幡君、気持ちは分かるけど、とりあえず落ち着きましょうか」

「………はい」

 

 八幡は陽乃に笑顔でそう言われ、やや恥じ入ったような表情で腰を下ろした。

 

「すみませんめぐりん、続けて下さい」

「それでは説明を続けます」

 

 どうやら今日の会議はスポンサーに対する経過説明の意味合いが強いらしい。

めぐりの説明は専門用語のオンパレードであったが、

その意味は隣にいる清盛が説明してくれた。

そして今の研究を続けた場合、効果が出るであろう可能性が高い病気のリストの中に、

藍子と木綿季の病名が入っている事を確認した八幡は、内心で小躍りした。

 

「現在の状況はそんな感じです、そしてここからが本題なのですが……」

 

 めぐりは一拍置いてから、続けてこう言った。

 

「この先に研究を進めるには更なる資金が必要になります。

それを認めてもらう為に、医学に精通した者と共に、

ソレイユから誰か見極め人を派遣して頂けないかというのが先方からの提案となります」

「ああ、だから死…………じじいがここに呼ばれたのか」

「お主、今死体と言いかけたじゃろ!」

「気のせいだ、やれやれこれだから死体は被害妄想が強すぎて困る」

「八幡様、死体って言っちゃってます」

 

 清盛が何か言う前にクルスが機先を制してそう言った。さすがはデキる女である。

 

「むっ、しまったな、秘密にしていた事実を公開してしまった」

「この歳でアメリカまで付いてってやろうという老人に感謝の気持ちはないのか小僧!」

「いや、別にじじいじゃなくても構わないし、他にも候補は沢山いるし?」

 

 八幡と清盛の会話は段々エスカレートしていったが、何故か陽乃はそれを止めなかった。

会議に参加している者達は内心訝しがっていたが、

その理由は次の清盛のセリフによって、全員が理解するところとなった。

 

「ふざけるな、儂の身を案じてくれているのは有り難いが、有り難迷惑じゃ!」

「…………何の事だ?」

「まったくお主は素直じゃないのう、まあ心配はいらんぞ、

この前受けた精密検査でも、儂は健康そのもので、

肉体年齢はまだ六十台くらいだと診断されたからの」

「ちっ、あと何年生きるつもりだよ、化け物め………」

「じゃからお主の子供をこの手に抱くまでは死なんと言ったじゃろうが」

「じゃあじじいに俺の子は一生抱かせん」

 

 その言葉にさすがの清盛も顔を赤くして反論しようとしたのが、

その時横から陽乃がこう言った。

 

「清盛さん、八幡君はね、子供を抱かせたら清盛さんが満足して死んでしまいそうだから、

ずっと長生きして欲しくてわざと憎まれ口を叩いてるのよ」

 

 その言葉を聞いて、清盛は破顔し、八幡は苦々しげな表情をした。

 

「なるほど、そういう事じゃったか、まったくお主は素直じゃないのう」

「姉さん、それは俺を買いかぶりすぎです、俺は純粋にじじいに意地悪しているだけです」

「はいはい、それじゃあそういう事にしておいてあげるわ」

「うんうん、そういう事にしておいてやるかのう」

「ちっ」

 

 八幡は形勢が不利な事を悟り、それ以上何も言わなかった。

そんな八幡を見ながら一同はくすくすと笑い、

続けて誰をアメリカに派遣するのかの話し合いが始まった。

そして冒頭に、八幡がいきなりこう宣言した。

 

「姉さん、アメリカには俺が行く」

「最初からそのつもりだったわ、そしてもう分かってるでしょうけど、

クルスと紅莉栖ちゃんは随員で決定ね。二人にはもう了解はとってあるわ」

「まあそうだろうとは思ったよ、で、ここにいないって事は、雪乃は今回は居残りか?」

「今回はそのつもりよ。そしてめぐりも八幡君と入れ替えでこちらに残すわ。

根拠は無いけど二人が必要になる予感がするのよね」

「予感、ねぇ……」

 

 陽乃がそう言うからにはきっと何かが起こるのだろう、

そしてそれは日本だけではなくアメリカでも起こる事になる可能性が高い。

陽乃のそういった嗅覚を信用している八幡はそう考え、

残りのメンバーについては柔軟性があり、

どんな状況にも対応出来るようなメンバーを集める事にした。

 

「それじゃあ萌郁だな、萌郁なら大丈夫だろ?」

「そうね、問題ないと思うわ」

「後は………ダルを連れていこう」

「ダル君か、まあ調整すれば大丈夫かな、他には?」

「可能なら閣下に交渉して茉莉さんを」

「茉莉?ああ、黒川さん?」

「ああ、医学の心得のある人が欲しいからな」

「儂がおるじゃろ!」

「だから死にかけのじじいは連れてかねえっての」

 

 八幡は今度は素で憎まれ口を叩いたが、

清盛はその煽りに反応する事なく八幡に鋭い視線を向けた。

 

「聞いとるぞ、前回はお主、銃の撃ち合いに巻き込まれたんじゃろ?」

「何故それをじじいが知っている、あれは情報統制されていたはずだ」

「なめるなよ、これでも儂は、海外の医学界にも顔が利くんじゃぞ。

そんな事件があれば、死人も怪我人も多数出とるに決まってるじゃろ、

当然こっちにも話が伝わってくるわい」

「そういう事かよ……」

 

 八幡は清盛の持つ情報網が、意外と侮れないと知って素直に感心した。

 

「まあ今回はそういう事はまず無いはずだから安心してくれ。

それよりもマジでじじいは残ってくれ、誰かに何かあった時に備えてな」

 

 八幡にそう言われ、さすがの清盛も押し黙った。

 

「そういう事ならまあいいわい、楓への土産を忘れるんじゃないぞ」

「任せろ、楓が喜ぶ品を頑張って探してやるさ」

 

 どこか遠くで優里奈が、

『八幡さん、私へのお土産も忘れないで下さいね』

と言っているのが聞こえたような気がしたが、大丈夫だ優里奈よ、

そういう事はマメな八幡は、知り合い全員に土産を買って帰る気満々なのだ。

 

「そうすると、八幡君、紅莉栖ちゃん、クルス、萌郁ちゃん、ダル君、茉莉さんの、

六人で渡米するって事でいいのかしら。あと二人くらいは余裕があるけど」

「そうですね………」

 

 八幡は脳内で様々な状況を想像し、自分が不在時のまとめ役がいない事に気が付いた。

紅莉栖でもいいのだが、紅莉栖はその有能さ故に、もしそうなった時、

他の仕事が割り当てられている可能性が高い。

 

「俺がいない時にメンバーを強力に纏められる人がいればいいんですが」

「そうねぇ、今回は雪乃ちゃんがいないしね」

「そうなると………」

「他の適任者は私、でもそれは不可能」

「小猫には纏め役は無理だしな」

「まあそもそもアメリカにやってる余裕はないけどね」

「となると………」

 

 八幡は自分の知り合いの顔を片っ端から思い浮かべていった。

そしてとある人物の所で思考がピタリと止まった。

 

「いや、どう考えても無理だろ………」

「あら、誰か適任者の名前が浮かんだ?」

「いや、ええと………」

 

 そして八幡は困った顔をしながらも、自分の考えを皆に説明した。

 

「雪ノ下の一族に、もう一人傑物がいますよね、セクハラ体質なのが困り者ですが………」

 

 その言葉に陽乃は目を見開き、直後に大きな声で笑った。

 

「あはははは、まさかそうくるとは思わなかったわ、

そっか、うちのお母さんならどんな状況でも何とかしてくれそうね、

うん分かった、もしオーケーがとれたならそれでいいわよ」

「よし小猫、理事長に連絡してみてくれ」

「分かったわ」

 

 薔薇は一旦部屋の外に出て、理事長こと雪ノ下朱乃に連絡を入れた。

 

 

 

 そして一分後、薔薇が戻ってきた。

その表情は微妙に引きつっており、何かがあった事を容易に想像させる。

 

「小猫、妙に早かったがどうだった?やっぱり駄目だったか?」

 

 その八幡からの問いに関し、薔薇は両手を上げ、頭の上で丸を作った。

 

「え、マジで?っていうかあの短時間でよくスケジュールの調整が出来たな」

「してないわよ」

「えっ?」

「やっておいてと私に丸投げされたわ」

 

 その言葉に八幡は絶句し、陽乃は堪えきれないように、再び大きな声で笑った。

 

「あはははははは、さすがはお母さん、やる事がえげつないわね」

「まあまあ、助けてくれるんだし今回は仕方ないだろ」

 

 珍しく八幡が擁護に回ったが、次の薔薇の言葉を聞いた瞬間に八幡は前言を翻した。

 

「あと、『別に既成事実を作ってしまっても問題ないのでしょう?』って言ってたわ」

「おい馬鹿姉、お前さ、今度きっちりとあの人を教育しとけよ、

あの人からの圧力をかわすのは本当に大変なんだよ!」

「大丈夫です、八幡様の貞操は私と萌郁さんが守ります」

 

 その時横からクルスがそう宣言し、八幡は救われたような顔をした。

 

「おお、お前達二人なら、何とかしてくれそうな気がしてきたぞ」

「あ、えっと……」

 

 その言葉を聞いた薔薇が、何故かバツが悪そうな表情をした。

 

「小猫、どうした?」

「えっと……これは絶対言えって脅されたから言うんだけど、

朱乃さんに誰が参加するのか聞かれたから正直に答えたら、即座にこう言われたの。

『あら、それならクルスちゃんと萌郁ちゃんも誘わないといけないわね、

四人同時………うん、八幡君なら何とかするでしょう』って」

 

 その瞬間にクルスは即座に寝返った。

 

「八幡様ごめんなさい、よく考えたら、私達はあの人には逆らえません……」

「おいこらマックス、俺の目を見ながら同じ事を言ってみろ」

「そ、そんな、恥ずかしくて無理です」

「その割にはかなり目が泳いでいるみたいだが……」

「き、気のせいです、別に欲望に負けたとか、そんな事はありません!」

「思いっきり言っちゃってるよね!?」

 

 八幡は頭を抱えつつ、投げやりな口調で紅莉栖に言った。

 

「もうこうなったらお前だけが頼りだ、頼んだぞ紅莉栖」

「はぁ?そんなの私がどうこう出来るはずがないでしょうが!橋田にでも頼りなさいよ!」

「いや、あいつ、賄賂とかをもらったらすぐ寝返りそうじゃないか?」

「う……それは確かに……」

 

 だが朱乃以上に適役な者はいない為、八幡は今のやり取りについては目をつぶる事にした。

 

「大丈夫、きっと大丈夫なはずだ、相手は常識ある大人なんだから、

何かおかしな事が起こるはずはない……」

 

 その姿は幽鬼めいたように見え、一同は心から八幡に同情した。

 

 こうして八幡のアメリカ行きと、その随員が決定され、

その日から着々と準備が進められる事となった。



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第829話 旅は道連れ

「来週ちょっとアメリカに行く事になった」

 

 次の日学校で、八幡は仲間達に再び渡米するという事を伝えた。

 

「えっ、その薬でユウキ達の病気が治るの?」

「いや、可能性が出てきたって感じだな、

いけそうなら更に金を出して研究を加速してもらうつもりだ」

「そう……なんだ、間に合ってくれればいいんだけど、っていうか間に合わせなきゃね」

 

 アスナは期待するような表情でそう言った。

 

「だな」

「で、誰が行くんだ?」

「俺、紅莉栖、クルス、萌郁、茉莉さん、ダル、それに理事長だ」

「へっ?」

 

 最後の人物の名前を聞いた瞬間、その場にいた一同の目が点になった。

 

「理事長も行くの?」

「ああ、もし俺の不在時にみんなを纏めてもらおうと思ってな」

「なるほど、今回は雪乃が不参加みたいだもんね」

 

 さすがアスナは理解が早い。参加者の顔ぶれを見て、

副リーダーに該当する者がいない事に気付いたのだろう。

 

「おい八幡、事情は分かったけど、今度はこの前みたいに音信不通にはなるなよ」

「お、おう、あの時は悪かったよ」

「頼むぜ本当に」

 

 キリトはそう言いながらもその顔は笑顔であった。

 

「そういえば今日って月に一度の慰問公演だよね?今日は誰が来るのかな?」

 

 帰還者用学校では月に一度芸能人が学校に呼ばれ、

慰問と称しての全校イベントが行われていた。

これは理事長が私費を投じて行っているもので、生徒達の心の慰めの一助となっていた。

 

「いつもギリギリまで秘密だよねぇ」

「お?もしかしてあれじゃないか?」

 

 キリトはそう言って屋上から校門の方を指差した。

見ると丁度黒塗りの車が校内に入ってくる所であり、

その車はいかにもVIPといった雰囲気を醸し出していた。

 

「おお、かもしれないな」

「それっぽいよねぇ」

「お、出てくるぞ、一体誰だ?」

 

 そして車からどこかで見たような人物が降りてきた。

 

「あ、あれ?」

「あれってもしかして……」

 

 その人物は周囲をきょろきょろと見回した後、屋上に目を向けて八幡達の姿を見つけると、

いきなり校内へと走り出した。

 

「えっと……」

「悪い、俺はちょっと用事を思い出したから保健室にでも避難しとくわ」

「あっ、八幡君、ちょっと……」

 

 だがその行動は残念ながら一歩遅かった。

いや、決して遅くはないのだが、相手の行動が早すぎたのだ。

 

「はっちま~ん!」

「うがっ」

 

 八幡が校内に戻るドアを開けようとした瞬間に、その扉がいきなり開いた。

そしてそこから弾丸のように飛び込んできた人物が八幡に飛びかかった。

 

「やっぱりエルザか………」

「八幡、八幡の為に歌いに来たよ、褒めて褒めて!」

「き、今日は理事長から頼まれたのか?」

「うん!」

「そ、そうか、何か悪いな」

「別にいいんだって、今日は私の歌、楽しみにしててね!」

「お、おう」

 

 どうやら今日のゲストは神崎エルザだったようだ。

そろそろ昼休みも終わる為、八幡はエルザを理事長室に連れていく事にした。

 

「悪い、先に戻っててくれるか?」

「うん、それじゃあエルザ、また後でね!」

「うん、楽しみにしてて!」

 

 そして理事長室への道すがら、エルザはニコニコしながら八幡にこう切り出した。

 

「ところでさ、来週纏まったオフが取れそうなんだけど、

良かったら適当に誰か誘ってどこかに遊びに行かない?」

「来週?来週なら俺はいないぞ」

「えっ?どこかに行くの?」

「アメリカだ」

「アメリカ!?何で!?」

 

 驚くエルザに八幡は、今回の経緯を説明した。

 

「ほうほう、そういう事なのね」

「そんな訳で、遊びに行くのはまた今度な」

「ふ~ん……」

 

 エルザは何か考え込んでいたが、その理由は理事長室に着いた時に判明した。

エルザがいきなり理事長相手に直談判を始めたのだ。

 

「理事長先生、私もアメリカに着いていきたいです!」

 

 その言葉に八幡と理事長はキョトンとした。

 

「………何故それを私に頼むのかしら」

「八幡に頼むと駄目って言うから!」

 

 その返事を聞き、理事長は苦笑しながら八幡を見た。

 

「駄目って言うの?」

「もちろんです、遊びじゃないですからね」

「……だってよ?」

「もし連れてってくれるなら、今日の報酬はいりません!」

 

 その言葉からは、エルザの本気度が十分感じられた。

 

「お前それ、本気で言ってるのか?」

「うん、もちろんだよ!」

 

(まあ元々報酬は断るつもりだったけど、別にその事を今言う必要はないよね)

 

 さすがはエルザ、こういう所は抜け目がない。

 

「………う~む」

「八幡君、今回は別に危険な旅という訳じゃないんだし、

元々一人分の空きがキープしてあるんだから、別にいいんじゃないかしら」

「はぁ、まあ確かにそうですね」

 

 そして八幡はため息をつくと、エルザの方に向き直った。

 

「今回は遊びじゃないんだから、俺の邪魔だけはするなよ」

「うん、もちろんだよ!」

「ならまあ一緒に連れてってやるから、小猫に連絡してスケジュールを詰めておくんだぞ」

「やった!」

 

 エルザはとても嬉しそうにガッツポーズをすると、

そのまま理事長に連れられて、会場である体育館へと向かった。

 

「それじゃあ俺は教室に戻りますね」

「ええ、それじゃあまた後で」

「八幡、またね!」

「おう」

 

 そして八幡は、自分の教室へと戻ったが、

その途中で慌てた顔で向こうから歩いてくるエム=豪志の姿を見つけた。

 

「あれ、おいエム、どうしたんだ?」

「あっ、八幡さん、エ、エルザを見かけませんでしたか?

車から降りたと思ったら急に走り出して、そのまま行方不明なんですよ」

「あいつは理事長と一緒に体育館に向かったぞ」

「ありがとうございます、行ってみます!」

「おう、まあ苦労が絶えないと思うが、まあ頑張れ」

「はい、ありがとうございます!」

 

 そして歩き去っていく豪志の後姿を見ながら、八幡はぼそりと呟いた。

 

「これで来週あいつがアメリカに行くなんて知ったら、

またあいつは頭を抱える事になるんだろうか………」

 

 こうして八幡のアメリカ行きの最後の随員に、神崎エルザが滑りこむ事となった。

 

 

 

 そして迎えたエルザのイベントは、生徒達に大好評で迎えられた。

ALOのテーマソングを歌っている事もあり、

この学校の神崎エルザのファン比率は、実に世間一般のファン比率の十倍にも達する。

 

「みんな、今日はありがとう!ここで私から一つ報告があります!」

 

 エルザが突然そんな事を言い出し、八幡はとても嫌な予感がした。

 

「私は来週、八幡と一緒にアメリカに行ってきます!」

 

 その言葉に生徒達がどよめき、八幡は頭を抱えた。

 

「あいつは何で余計な事を言うかな……」

「あ、あは……」

「という訳で、向こうで色々な音楽に触れてみて、新曲を一曲作ってくるので、

帰ってきたらその曲を一番にここで披露しますね!」

 

 それはまさかの宣言であり、旅行の話を聞いてどよめいていた生徒達は、

それで一気に盛り上がった。

 

「まったくあいつは……」

「おお、盛り上げてきたなぁ」

「ここで新曲発表をするって事だよね?」

「それはかなりのニュースになりそうですね」

「さすがにマスコミには言わないと思うけどね」

 

 この無茶苦茶さが神崎エルザの真骨頂である。

やはり神崎エルザはどんな時でも神崎エルザなのであった。

 

 

 

 そしてエルザが去った後、下校途中での事である。

八幡と明日奈は仲良く帰宅していたが、その道中でこれからの事について話をしていた。

 

「という訳で明日奈、俺がいない間、ランとユウキの事を宜しく頼む」

「うん、まあ私に何が出来るって訳でもないんだろうけど、ちゃんと見ておくね」

「悪いな、任せっきりにしちまって」

「ううん、そもそも八幡君がアメリカに行くのだって、あの二人の為じゃない。

だから気にしないで、夫の留守を守るのも妻の役目だよ」

 

 明日奈は少し恥ずかしそうな表情をしながらそう言った。

 

「お、おう、そ、そうか」

「うん、そうだよ」

「まあ何かあったら連絡してくれ、向こうからでもALOにはログイン出来るからな」

「今回は本当に大丈夫なんだよね?危ない事は無いんだよね?」

「ああ、レヴィを通じてサトライザーに確認してもらったから大丈夫だ」

「そっか、良かった」

 

 明日奈はその言葉でホッと胸を撫で下ろした。

 

「それよりそっちはどうなんだ?あいつらがヴァルハラを超える算段はついたのか?」

「うん、一応考えてる事はあるよ、準備もしてるし」

「そうか、それは楽しみだな」

 

 八幡はそう言ってはにかむような笑顔を見せた。

そして次の週、八幡達はアメリカへと旅だったのである。



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第830話 三時のおやつは

 八幡達が渡米の準備に追われる中、ユウキ達もまた着々と準備を進めていた。

 

「それじゃあ今日は予定通りヨツンヘイムに行くわよ」

「素材狩りね、楽勝楽勝!」

「敵はそんなに強くないけどドロップ率が最悪だから、長丁場になると思うよ」

「えっ、そうなのか、持ってく食料はこれだけで足りるかなぁ?」

「まあ長丁場って言ってもいいところ十時間くらいだと思うから、

二食分もあればいいんじゃないかな?」

「オーケーオーケー、それくらいなら大丈夫」

「ちなみにおやつは各自で用意だからね」

「私、むしろおやつだけでもいいかも」

「まあそれもありじゃないですかね」

「とりあえず一時間後に出発するから、それまでに個人の準備は済ませるようにね」

「「「「「「「は~い」」」」」」」

 

 相変わらず騒がしい事この上無いが、彼らにとってはこれが日常である。

堅苦しさなんか必要ない、とにかくみんなで楽しもう、これが彼らのモットーなのだ。

 

「アスナ、いいおやつを売ってる店ってどこか知らない?」

「あ、ボクも教えて欲しいなぁ」

「出来ればその、私も……」

「それは興味があるわね」

 

 女性陣が一斉にアスナにそう話しかけてきた。

 

「あ、うん、それじゃあ私が知ってるお店をいくつか回ってみようか」

 

 アスナは快くその頼みを引き受け、女性陣は連れ立って買い物に行く事になった。

 

 

 

「それじゃあ最初はここ、『ALOの駄菓子屋さん』」

「「「「おお」」」」

 

 アスナが最初にみんなを案内したのは、まさかの駄菓子屋であった。

 

「こんなお店があったんだ」

「うわ、安っ!」

「まあ駄菓子だしね」

 

 狩りに持っていくおやつを買いに来たにも関わらず、一同は買い食いに熱中してしまい、

いくつかストックは手に入れたが、とても満足出来る量にはならなかった。

時刻を見ると、もう四十分が過ぎようとしている。

 

「わっ、もうこんな時間?」

「アスナ、次はとっておきのお店をお願い!」

「とっておきね、分かった、それじゃあこっち」

 

 アスナは転移門に向かい、そのまま二十二層へと転移した。

アスナはそのままヴァルハラ・ガーデンの方へと向かっていく。

 

「えっ、そっち?」

「うん、本当はここに来るつもりはなかったんだけど、時間が無いからね」

 

 そしてヴァルハラ・ガーデンの前にたどり着いた一同は、

そこに小さな屋台のような物がある事に気が付いた。

何人かの客が並んでおり、その相手をしているのはまさかのユキノであった。

 

「ユキノさん!?」

「な、何あれ?」

「えっと、たまにユキノがやってる趣味の屋台?

不定期営業なんだけど、今日やってる事は知ってたからね」

 

 アスナはそう言って、遠くからユキノに手を振り、

こちらに気付いていたのだろう、ユキノもこちらに手を振り返した。

 

「おおう、まさかの展開……」

「とりあえず商品を見せてもらいましょう」

 

 一同はそう言って、丁度客がいなくなった屋台へと足を運んだ。

 

「ユキノ!」

「アスナ、それにみんな、買いに来てくれたの?」

「うん、実はこれから狩りなんだけど、ちょっと食べ物を仕入れていこうと思って」

「そう、それじゃあこれがメニューになるわ、はい、どうぞ」

 

 何故ユキノがこんな事をしているのかというと、

これは実はハチマンの提案によるものだった。

とはいえ相談を持ちかけたのはユキノの方である。

どちらかというと人付き合いが苦手なユキノが、

就職に際して少しでもそれを克服したいがどうすればいいかとハチマンに相談し、

それに対してハチマンがアドバイスしたのがこの屋台をやる事であった。

ヴァルハラの資金源にもなり、一石二鳥という訳である。

 

「うわ、種類が結構あるね」

「どれも美味しそう……」

「ユキノさん、これは?」

「ああ、それはね……」

 

 ユキノは尋ねられた事に淀みなく答えていく。

一同は時間を気にしながらも、時間いっぱい迷いに迷い、

それぞれいくつか気になる商品を購入した。

 

「それじゃあみんな、狩り、頑張ってね」

「うん、頑張ってくるね!」

「ユキノさん、どうもありがとう!」

「ユキノ、またね」

 

 ニコニコ笑顔のユキノにそう見送られ、

一同はユキノに別れを告げ、スリーピング・ガーデンへと帰還した。

 

「ふう、間に合ったね」

「良かった良かった」

「ジュン達は戻ってきてるかしら?」

「お、お帰り~、それじゃあ早速行こうぜ」

 

 どうやら男子連中は待機中だったようで、ジュンが待ちきれないという風にそう言った。

 

「そうね、それじゃあみんな、出発よ!」

 

 こうしてスリーピング・ナイツは出撃し、アルンに向かった一同は、

そこから大空へと飛び上がった。

 

「みんな、飛ぶのが上手いね」

「うん、かなり練習したからね」

「もう全員コントローラーが無くても大丈夫」

「空中戦もまあこなせるかな」

 

 そして一同はそのままヨツンヘイムへと突入し、アスナの案内で歩き始めた。

 

「アスナはヨツンヘイムには詳しいの?」

「う~ん、まあ普通かな。狩り場への道をいくつか知ってるくらいだね」

「今から行く所は遠いの?」

「そうだねぇ、三十分くらいで着くからまあ、近い方かな」

「先客とかいたらどうしよう」

「それなら大丈夫、その付近に何ヶ所か同じ敵が沢山わく場所があるからね」

「そうなんだ、それなら大丈夫そうだね」

 

 一同は雑談をしながらどんどん奥へと進んでいく。

そして目指す狩り場にあと数分で着く位置まで近付いた時、

遠くから戦闘音が聞こえ、一同は足を止めた。

 

「あっ、ここは先客がいるね」

「音からするとそれなりに人数がいそうだけど、どこのギルドだろ」

「えっと………あ、まずい、みんな、出来るだけ音を立てないようにしてね」

 

 物蔭からそっと戦闘中のプレイヤー達の方を覗きこんだアスナからそんな指示が出た。

 

「って事は、敵?」

「うん、同盟の人達だったよ。この前のなんとかさん達はいないみたいだけど、

私の記憶だと、あれは結構古参のギルドだね」

「へぇ、なんとかさんはいないのか」

「もしいたら全滅させてやったのにね、なんとかさん」

「ところでなんとかさんの名前って何だっけ」

「というかギルド名も忘れた……確か神の子供云々って」

「ああ、サンオブゴッドとかだっけ?」

「そんな感じだね、でも個人名は忘れた」

 

 正解は『チルドレン・オブ・グリークス』なのだが、困った事にオブしか合っていない、

 

「あれアスナ、戦場を何かがちょろちょろと駆け回ってない?」

「えっ、どれ?」

「ほら、あそこ」

 

 ユウキが指差した先には、確かに小さなモンスターのような生き物がいて、

驚く事に、敵に攻撃を仕掛けているように見えた。

 

「何だろあれ……何かの装備かな?」

「でも生き物に見えるよね」

「う~ん、分からないなぁ、今度ハチマン君にでも聞いてみるよ」

「そうだね、きっと兄貴なら知ってるよね!」

 

 一同はそのままその戦場の横をすり抜け、少し先にある狩り場へと向かった。

そこには他のプレイヤーは誰もおらず、

スリーピング・ナイツはそこを今日の狩り場と決めた。

 

「さて、おっぱじめますか」

「ジュン、それはセクハラよ、いやらしい」

「へっ?」

 

 きょとんとするジュンに、ランはドヤ顔で言った。

 

「おっぱい始めますかとか、どれだけ女の子のおっぱいが好きなの?」

「言ってないよ!いいからさっさと狩りを始めろよ!」

「ほらジュン、もう敵が来るわよ、さっさと敵に備えなさい」

「えっ?」

 

 見ると確かにアスナが敵を釣ってきており、ジュンはその素早さに驚愕した。

 

「行動早っ!」

「みんな、それじゃあ狩りまくるわよ!」

「「「「「「おう!」」」」」」

 

 それから三時間後、一同はとりあえず休憩する事にした。

 

「おやつ~、おやつ~!」

「三時のおやつは?」

「ユキノ堂!」

「えっ、何それ」

 

 きょとんとする男性陣に、アスナが事情を説明した。

 

「マジか!今度買いに行ってみよ!」

「でもあのお店、いつやってるか分からないよ?」

「くぅ、そうなのか」

 

 ジュンはそう言いながら、横目で女性陣が食べているおやつをチラッと見た。

 

「う、美味そう……」

「あらジュン、食べてみたいの?それなら分け………」

「いいの?」

 

 ジュンは食い気味にそう言ったが、ランがそんなに優しいはずがない。

 

「分けてあげるつもりはないから、指をくわえてそこで見ていなさい」

「そ、そんなぁ………」

 

 そんなジュンを横目に、女性陣はユキノが作ったおやつを存分に堪能した。

 

「さて、それじゃあ狩りを再開するわよ!」

 

 それから実に六時間かけ、スリーピング・ナイツは、

やっと目的の素材を必要な数だけ集める事に成功した。



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第831話 同盟の謎

昨日はすみません、ちょっと転んで左手を捻挫してしまって、
思うようにタイピング出来ませんでしたorz


「これでまた装備を強化出来るね」

「順調順調!」

「それじゃあとりあえずスリーピング・ガーデンに戻りましょうか」

 

 狩りを終えた一同は、そのまま元来た道を戻り始めた。

必然的に同盟が狩りをしていた部屋の前も通る事になるのだが、

予想に反してその同盟のパーティは、まだ狩りを行っている真っ最中だった。

 

「あれ、まだやってる」

「案外真面目?」

「これはちょっと予想外だったわね、どうする?」

「揉める可能性が高いんだし、せっかくだからちょっと隠れて見物していかない?」

「敵を知ればなんとかって奴だね」

「それじゃあちょっとお手並み拝見といきましょうか」

 

 スリーピング・ナイツはその場にしばらく留まり、

その同盟のパーティの戦いぶりを見物していた。

だが少し後にその口から出てきたのは、失望の言葉であった。

 

「何だあれ」

「コンビネーションもなってないし」

「動きが悪い

「ついでに攻撃力も足りないよね」

「それなりにいい装備を持ってるように見えるけどなぁ」

「でも同盟の中核なんでしょ?どういう事?」

「何か理由でもあるのかねぇ……」

 

 一同がそんな感想を述べる中、アスナは一人のプレイヤーに注目していた。

 

「あの人の肩に何かが乗ってる………小さなトカゲみたいなの」

「えっ、どこどこ?」

「ほら、あそこ」

「あっ、本当だ、もしかしてあれがテイマーって奴?」

「う~ん、でもあんな小さなモンスターなんていたかなぁ?」

「あっ」

 

 一同が見守る中、そのトカゲが突然動いた。

そのプレイヤーの肩から下り、その部屋から奥に続いている通路の方へと走っていったのだ。

 

「………何あれ」

「何だろうね」

「もしかして敵を釣ってるのかな?」

「う~ん」

「プレイヤーの方は目を瞑って微動だにしないね」

「というかあいつ、そもそも戦闘中にも何もしてないよ」

「謎だ………」

 

 だがそのトカゲは戻って来ず、さすがに飽きてきた一同は、

観察するのをやめ、街へと帰還する事にした。

 

「それじゃあ帰りましょうか」

「うん」

「戻ったらハチマンに連絡をとって、あのトカゲについて尋ねてみようかしら」

「あっ」

 

 ランがそう言った為、アスナは思わずそんな声を上げた。

 

「アスナ、どうしたの?」

「あ、うん、えっとね、ハチマン君ってば、

実は昨日から仕事の関係でアメリカに行ってるんだよね」

「えっ、そうなの?」

「兄貴インアメリカ!?」

「いいなぁ、俺もいつか行ってみたいなぁ」

 

 幸いその理由について聞かれる事は無かった為、アスナは内心で安堵した。

ランとユウキの病気を直す可能性のある薬を見に行った事を、

さすがに軽はずみには言えなかったからである。

ハチマンがその事を双子に伝えずに黙って行った以上、

その事を自分が勝手に言うべきではないとアスナは考えていた。

だがその代わりになる言い訳も考えていなかったので、一瞬焦ったという訳であった。

 

「それでハチマンはどのくらい向こうに行っているの?」

「一週間はかからないとは言ってたけど、正確な日時は分からないみたい」

「そんなに?そう、それは夜が寂しいわね、アスナ」

「うん、そうだね」

 

 アスナはそのラン問いに何気なくそう答えた。

そしてその直後に後方からこんな声が聞こえてきた。

 

「夜が………寂しい………」

 

 それはすぐ後ろを歩いていたノリの声であった。ノリは赤面しており、

それを見たアスナも自分が何と発言したのか理解し、赤面する事になった。

そんなアスナをランはニヤニヤした目で見詰めていた。

 

「ラン、今のは……」

 

 アスナがランに何か言い訳をしようとしたその瞬間に、

遠くの方からこんな会話が耳に飛び込んできた。

 

「このままだと俺達の出番は当分無さそうだな」

「まあどこもボスに挑もうとしないんだから仕方ないさ」

「だよな、まったく中堅どころの攻略ギルド連中、さっさと動けってんだよな」

 

 それで一同は、同盟が積極的にボスを攻略するつもりが無い事を改めて確認した。

同時にやはり他ギルドが攻略を開始するのを待っている事も分かったが、

その理由はやはり不明のままであった。

 

「一体なんなんだろうね、あいつらは」

「何がしたいのかよく分からない……」

 

 その時テッチが焦ったような口調でこう囁いた。

 

「まずい、あいつら帰り支度を始めたみたいだ、こっちも早く撤収しよう」

「そうね、それじゃあ行くわよみんな、音を立てないように注意してね」

 

 スリーピング・ナイツは慌てて移動を開始し、一行は何とか見つからずに済んだ。

そしてアスナはナタクに連絡をとり、スリーピング・ガーデンに来てもらう事にした。

 

 

 

「ごめんね、わざわざ来てもらっちゃって」

「いえいえ、こういうのもまた楽しみですから」

 

 ナタクは笑顔でそう言い、素材の確認を始めた。

 

「ひぃ、ふぅ……うん、ちゃんと人数分ありますね、

それじゃあ順番にやってっちゃいましょうか」

 

 ナタクは一人ずつ順番に装備を見ていき、細かい要望にも丁寧に応えていった。

その職人的見地から的確な意見を言う姿はいかにも頼り甲斐があり、

仕事が早さが感銘を与えた事もあり、

誰からともなくナタクをハチマンと同じように兄貴と呼び出した。

 

「あ、兄貴!」

「待ちなさい、その呼び方だとハチマンも反応してしまうわ」

「あっ、そうか、それじゃあナタク兄貴!」

「う~ん、ちょっと長い?ナタニキとかどうかしら」

「ナタニキ?ナタニキナタニキナタニキ!」

「うん、いいんじゃないかしら」

 

 そうしたり顔で突っ込みを入れていたのはランである。

 

「ナタニキ、これからも私達の事を宜しくね」

「え、あ、うん、も、もちろん」

 

 ネーミングセンスは壊滅的だったが、ランの目には尊敬の念が宿っており、

ナタクは苦笑しながらもその呼び方を受け入れた。

そして全員分の装備のカスタマイズが済み、そのまま雑談タイムとなった時、

アスナは先ほどあった出来事について意見を聞こうとナタクに相談してみた。

 

「そんな事が……」

「うん、ナタク君はどう思う?」

「普通に考えれば、彼らが人に言えない攻略の仕方をしていて、

それには二番手以降にボスに挑むのが条件って事になりますね」

「だよね、でもそれがどんな内容なのかがまったく分からないんだよね」

「それじゃあ少し探りを入れてみますか?」

「どうやって?」

「レコン君やコマチちゃんに情報収集を頼んでみるというのはどうでしょう」

「ああなるほど、その手があったね、うん、今度ちょっと頼んでみる」

「それで情報が集まれば、色々と見えてくる気がしますね」

 

 その日はコマチは不在だった為、アスナはレコンに連絡を入れた。

 

「レコン君、ちょっと頼みたい事があるんだけど、直接話せないかな?」

『あ、はい、大丈夫ですよ、今からそちらに向かいます』

「え?そちら?」

 

 アスナはまだ場所を説明してないのにと思ったが、その時にはもう通信は切れていた。

そしてその直後にスリーピング・ガーデンの呼び鈴が鳴った。

 

「うわ、まさかもう着いたのかな」

 

 そう思いつつアスナはシウネーに頼んで対応してもらい、

尋ねてきたのがレコンかどうか、後ろで確認する事にした。

 

「はい、こちらはスリーピング・ナイツのギルドハウスですが、どちら様ですか?」

『あ、すみません、僕はレコンと申しますが、アスナさんはいらっしゃいますでしょうか』

「やっぱりレコン君だった!」

 

 アスナはそのまま入り口に向かい、レコンを中へと招き入れた。

 

「レコン君、随分早かったけどどうなってるの?」

「あ、それはですね」

 

 レコンが言うには、ハチマンが不在の間、

可能な時はスリーピング・ナイツの様子を見ていてくれと頼まれたらしい。

さすがに狩りにずっと付きあうのは大変だった為、

今はスリーピング・ガーデン周辺におかしなギルドの拠点がないかチェックしていたようで、

偶々この近くにいたという事のようだ。

 

「ハチマン君も心配性だね」

「あは、まあそうですね」

 

 そのままレコンはスリーピング・ナイツに紹介され、そこで依頼が成される事となった。

 

「………という訳なの」

「分かりました、色々な方面から調べてみて報告書を上げますね」

「ごめんね、ありがとう」

「いえいえ、これが僕の仕事ですから」

 

 レコンは快くその依頼を引き受け、早速とばかりにそのまま外へ飛び出していった。

 

「レコン君も頼れるようになったなぁ」

 

 アスナは微笑みながらその後ろ姿を見送り、そして話題は攻略の話となった。

 

「ナタニキ、私達、こんな予定でいるんだけど」

 

 まだナタクが残っていたが、ランがそう言った事で、話がそちらに移ったのである。

どうやらランは、この話がヴァルハラに伝わってももう問題ないと判断したようだ。

 

「八人でのボス攻略ですか?なるほど、それはやってみる価値があるかもしれませんね、

僕も全力でサポートしますよ」

「ありがとうナタニキ!」

「でもそうなると、この層の攻略が進まないってのが困っちゃいますね」

「うん、それなんだよね……」

「まあレコンさんが何か掴んできてくれるかもしれないし、

当面はその情報を待ちながら、何かあった時に即応出来る体勢を整えておくしかないわね」

 

 今出来る事はそれしかなく、一同は改めて攻略作戦の内容を確認する事にした。

その最中に、レコンからアスナに連絡が入った。

 

『アスナさん、今丁度同盟と中堅攻略ギルドが剣士の碑の前で揉めているみたいです』

 

 その連絡を受け、スリーピング・ナイツとナタクは剣士の碑へと走った。



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第832話 私達には時間が無いのよ

「レコン君!」

「アスナさん、こっちです」

 

 レコンから連絡を受けた一同は、慌てて剣士の碑へと向かい、

周囲の注目を集めながら、そこでレコンと合流した。

 

「あっ、あれってさっきの……」

 

 そこには先ほどヨツンヘイムで狩りをしていたギルドの姿があり、

揉めている相手は知らないギルドのようであったが、後方にはスピネルの姿もあり、

どうやら双方ともに、かなりの人数がここに集まっているように見えた。

 

「で、今の状況は?」

「はい、元々あそこにいる同盟の連中が、

剣士の碑の三十四層の所に自分達が名前を載せる予定になっていると言っていたのを、

たまたま通りかかった中堅ギルドの連中が聞き咎めたのが発端らしいです」

「えっ、でもあの人達さっき、このままだと俺達の出番は当分無さそうだなとか、

どこもボスに挑もうとしないんだから仕方ないとか、

中堅どころの攻略ギルド連中はさっさと動けとか言ってたよ?

それって自分達は攻略しないって事じゃないのかな?」

「そこですよね、確かにこの層に着いてから同盟の連中は、

積極的に攻略に出るつもりはないって散々アピールしてるんですよ、

それは当然、『全然攻略に出ない癖に何言ってんだ』って言われますよね」

「だよねぇ」

 

 そんな二人の会話に、スリーピング・ナイツの他の者達も混ざってきた。

 

「それは怒って当然だよね」

「本当になんなんだろうね、言ってる事とやってる事がバラバラじゃない」

 

 丁度その時、ジュエリーズのスピネルが外からこう叫んだ。

 

「本当に何なんだよお前ら、言ってる事とやってる事がデタラメすぎて意味不明だぞ。

ヴァルハラみたいにとは言わないが、筋くらいは通せよ!」

 

 やはり皆、同じような感想を抱いていたのだろう。

途端に周りから、そうだそうだと声が上がる。

その中には一般プレイヤーもかなり混じっており、

同盟の行動のうさんくささが周知されてきているのは間違いないようだ。

その事を自覚しているのだろう、同盟の連中は、冗談だ冗談だと繰り返すばかりで、

とにかくこの場を早く離れようとしているのか、逃げ腰でしきりに相手を宥めていた。

 

「いや、だから冗談なんだって、そんなにマジになるなよ」

「本当に冗談だったのか?お前らの普段の態度を見ていると信用出来ないんだよ!」

 

 そういった言葉の応酬を繰り広げているうちに、同盟側が押し黙る事が多くなってきた。

だがその表情は明らかにイラついており、

このままだといずれ爆発するだろうと思われたその矢先の事である。

 

「おら、何とか言えよ!お前らはお偉い同盟様なんだろ!」

「……………せえ」

「あん?」

「うるせえっつってんだよ!」

 

 同盟のプレイヤーがいきなりそう怒鳴り出し、場はシンと静まりかえった。

 

「そもそも階層攻略をキッチリやってるんだから、俺達はえらいに決まってんだろ!

それなのにいつもいつもヴァルハラヴァルハラって、

ハチマンの方がよっぽどえらそうじゃないかよ、ふざけんな!」

 

 その言葉が放たれた瞬間に、アスナに視線が集まったのは当然の事だろう。

だがアスナはそういったセリフは言われ慣れている為、苦笑しただけであった。

その横を二筋の風が駆け抜け、アスナは思わず目を瞑り、髪を押さえた。

 

「誰がえらそうだって?」

「キミがハチマンの何を知ってるの?」

 

 慌てて目を開くと、そのプレイヤーの首筋には、

今まさに刀と剣が突きつけられているところだった。言うまでもなくランとユウキである。

 

「おい、あれって……」

「絶刀と絶剣だ……」

「バーサクヒーラーとつるんでるのか」

 

 周囲からそんな声が上がる中、ランとユウキはそのプレイヤーを睨みつけていた。

 

「な、何だよ、お前らには関係ないだろ?」

「私達の二つ名がハチマンからもらったものだって事は、

この前私がぶちのめした人達から聞いて知ってるでしょう?」

「それで関係ないはないよね」

「さあ、どっちを相手にする?」

「もしかして群れないと何も出来ないのかな?」

 

 二人に交互にそう凄まれ、そのプレイヤーはさすがにまずいと思ったのか、

下を向いて素直に謝罪した。

 

「う………すまん、ハチマンについての言葉は撤回する」

「そう、それならその事についてはいいわ」

 

 二人は武器をしまい、そのプレイヤーは助かったという風に胸をなでおろした。

だが二人はその場から動こうとしない。

 

「………まだ何か?」

「スピネルさん、ちょっといいかしら?」

 

 ランはそのプレイヤーを無視し、スピネルをこの場に呼んだ。

 

「お、おう、何だ?」

「一応確認するけど、あなた方は三十四層のボスに一番乗りするつもりはないのよね?」

「お、おう、その予定だ」

「で、同盟もその予定はないと」

「あ、ああ」

「そう……」

 

 ランとユウキは顔を見合わせて頷き合い、続けてこう言った。

 

「ならばこの層の攻略にはうちが出るわ」

「まあ初見クリアなんて出来ないだろうけど、ここで停滞してるよりはマシだよね?」

「というか、私達には時間が無いのよ」

「そんな訳で明日、ボク達はボスに挑ませてもらうね」

 

 二人のその宣言を聞いた同盟のプレイヤー達は、次々とこう言った。

 

「おいおい、お仲間のギルドはやらないって言ってるはずだろ?」

「何だよ、結局中堅ギルド連合は動くのか?」

「だったら最初から動けば良かったじゃないかよ」

 

 だがその言葉はスピネルが明確に否定した。

 

「いや、俺達もその話は初耳だし、一応準備はしてあるし情報も集めてあるが、

すぐに動けるような状態じゃないぞ」

「はぁ?それじゃあ一体………」

「あなた達は何故そう余計な事ばかり考えてしまうのかしら、

うちが出ると言ったでしょう?もちろん単独で突撃するに決まってるじゃない」

「なっ、た、単独?スリーピング・ナイツのメンバーは実はもっと多いのか?」

「いいえ、ここにいる八人だけよ」

 

 その言葉には、当事者達だけじゃなく周囲の者達も絶句した。

だが不思議と頭から否定するような言葉は出てこなかった。

絶刀と絶剣に加えてバーサクヒーラーがいるのだ、もしかしたらやるかもしれない、

スリーピング・ナイツには、そういった期待を抱かせる独特の雰囲気があった。

 

「それじゃあ私達は準備があるからこれで失礼するわ」

「明日を楽しみに待ってるといいよ!」

 

 二人はそう言って踵を返し、残された者達も慌しく動き出した。

 

「おい、どうする?」

「とりあえず他のギルドにこの事を伝えて会議を開いてもらおう」

「俺達も他のギルドに連絡を入れろ!」

「これは忙しくなりそうだな」

 

 

 

「これは忙しくなりそうだね………」

 

 そのセリフを今一番実感しているのはアスナであった。

 

「アスナ、ごっめ~ん」

「これ以上待たされるのが我慢出来なかったの、

申し訳ないのだけれど、協力してもらえるかしら」

「うん、それはもちろん!幸い耐性装備も全耐性で揃えてあるし、

あとは細かい物を買い足すくらいでいけるよきっと!」

 

 アスナは申し訳なさそうな二人に対し、笑顔でそう言った。

内心では攻略を練り直さなければいけない事に焦りもあったが、

そんなそぶりは決して見せる事はない。

 

『というか、私達には時間が無いのよ』

 

 先ほどのランのその言葉が、アスナの心に響いていたからである。

 

「まあ三十四層は練習のつもりで、目指すは三十五層って事で」

「そうだね、一度ボス戦を経験しておくのは大事かもね」

「よし、それじゃあ帰って準備だな!」

「やってやろう!」

 

 そのままスリーピング・ナイツは拠点へと戻り始め、

その道中でアスナはそっとレコンに耳打ちした。

 

「レコン君、直接揉めてた同盟のギルドのメンバーで、

一人だけローブを着てた人がいたのを覚えてる?」

「あっ、はい、いましたね」

「あの人を中心に色々探ってみてもらえる?

こんな事になっちゃったから、あまり時間が無くて申し訳ないんだけど」

「大丈夫です、任せて下さい」

「それじゃあお願いね」

「はい」

 

 続けてアスナは一緒に付いてきてくれていたナタクに申し訳なさそうに声を掛けた。

 

「そんな訳でナタク君、アイテムの追加発注を……」

「任せて下さい、戻ったらすぐにとりかかりましょう!」

 

 こうして各陣営の動きは急加速し、それぞれが慌しく動き始めた。

さすがにその日中に攻略を纏める事は出来ず、

テキパキと準備の指示を出した後、早めにログアウトした明日奈は八幡に連絡を入れた。

 

「う~ん、やっぱり忙しいんだろうなぁ」

 

 だが八幡が電話に出る気配は無く、明日奈は八幡と直接話すのを諦め、

八幡に事情を説明するメールを入れた。

 

「さて、今日はとりあえず疲れたから明日早起きして攻略を纏めよっと」

 

 明日奈は体調の事を考えて早めにベッドに横たわり、そのまま眠りについた。

 

 そして次の日、さすがに時間が足りない為にところどころ穴はありそうだったが、

スリーピング・ナイツはアスナのレクチャーを受け、攻略を即席で頭に叩き込んだ後、

三十四層の迷宮区へと出撃したのだった。



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第833話 ボス部屋へ

 スリーピング・ナイツが三十四層の迷宮区に出撃したその日の朝、

明日奈が起きて直ぐに携帯をチェックすると、

そこには八幡からの着信履歴とメールが残されていた。

どうやら昨日は熟睡してしまっていたのか、着信に気が付かなかったらしい。

 

『マジか、面白そうだから俺も後でALOに顔を出すわ、

レクチャーもひと段落したし、それくらいの時間は作れると思う』

 

 明日奈はその文章を見て、本当に忙しそうだなぁ、頑張ってね八幡君、

などと考えた後、少し寂しさを感じ、その事を理解した瞬間に顔を赤らめた。

 

『そんなに?そう、それは夜が寂しいわね、アスナ』

 

 という、昨日のランの言葉がフラッシュバックしたせいだ。

 

「ち、違うの、これはそういう意味の寂しさじゃないの」

 

 明日奈は誰に聞かせるでもなくそう呟くと、火照った顔をパンと叩いて気合いを入れ、

三十四層のボス攻略をまとめる為にノートとペンを取り出した。

 

「双頭の巨人ヨツン……双頭の巨人ヨツン……確かあの時は………」

 

 明日奈は思い出せる限りの敵の行動をメモしていき、それを順番に並べていった。

 

「これは確か序盤の攻撃、これは中盤………?

あれ、発狂モードってどんな攻撃だっけかな、ちょっと和人君に聞いてみようかな」

 

 今の時間は朝八時を少し回ったくらいであり、和人が起きているか微妙な時間だった。

なので明日奈は先に直葉に連絡を入れる事にした。

直葉が朝練を欠かす事は無いと聞いているので、もう起きていると確信していたからだ。

 

「あ、もしもし、おはよう直葉ちゃん」

『おはようございます!こんな時間にどうしたんですか?』

「朝早くにごめんね、えっと、ちょっと聞きたい事があるんだけど、

和人君ってもう起きてるかな?いきなりかけて寝てたら悪いと思ったんだよね」

『あ、今日は朝練に無理やり付き合わせたので、もう起きてますよ、今代わりますね』

 

 どうやらそういう事らしく、和人は直ぐに電話に出てくれた。

 

「和人君、朝練してたんだ」

『おう、たまには付き合えって昨日からスグがうるさくてさ……で、用件は?』

「実はちょっと聞きたい事があってさ、

SAOの三十四層の双頭の巨人のフロアボスの事、覚えてたりする?」

 

 その問いに一瞬沈黙した後、和人は直ぐにこう答えた。

 

『……ああ、ヨツンの事か!それならそこそこ覚えてるけど、

あれ、でも三十四層って今の最前線だよな?もしかして攻略に参加するのか?』

「いやぁ、参加するというか、むしろ私達だけで攻略する事になったというか……」

「えっ?確かに攻略が停滞しているなとは思ってたけど、

もしかしてうちでやる事になったのか?八幡もいないのに?」

 

 それは当然の疑問であった。明日奈が私達と言えば、それはヴァルハラを意味するのだ。

……………通常であれば。

 

「あっ、ほら、今の私はその………ね?」

「今の私?って事はまさか、スリーピング・ナイツ単独で攻略を目指すのか?」

「うん、昨日そういう事になっちゃってさ」

「マジか」

「マジで」

 

 明日奈がこういう物言いをする事は珍しいが、

それ故にその言葉には真実の響きがあった。

もっとも明日奈が和人相手に嘘をつく事はありえない。

和人は何故か無言だったが、しばらくしてこう言った。

 

「あ~、スレに載ってたわ、なるほど、こういう事だったのか」

 

 どうやら和人は自分のスマホをいじって調べ物をしていたようだ。

 

「あ、話題になってた?」

「なってるなってる、『スリーピング・ナイツを見送る会』まで企画されてるぞ」

「マジで?」

「マジで」

 

 明日奈は噂が広がるのが早いなと妙に感心した。

その後、明日奈は和人に思いつく限りの情報を教えてもらい、

これなら何とかなりそうだと安堵した。

 

「ありがとう、これで大体の情報は確保出来そう」

「というか、俺よりも八幡の方が詳しいと思うぞ、八幡には聞かないのか?」

「それがね、八幡君はちょっと忙しいみたいで、

昨日の夜に連絡を入れたんだけど、返事があったのが夜中でさ、

私も着信に気付かなくって、直接は話せなかったんだよね」

「明日奈、忙しいってのは確かにそうだろうが、それ以前に時差の事も考えような」

「あっ」

 

 明日奈はその事は忘れていたらしく、コツンと自分の頭を叩いた。

 

「そっか、そういえばそうだった!」

「まあ今度はその事も考えて連絡してみろよ、八幡もきっと寂しがってると思うぞ」

「っ………」

 

 明日奈はそう言われ、再び昨日の事を思い出して赤面したのだが、

幸い和人がその事に気付く事はない。

 

「まあ初回なんだし、思わぬ事故もあるだろうけど、何があっても諦めずに頑張ってな」

「うん、ベストを尽くすよ」

「俺も後で見物に行くわ」

「あ、八幡君も後で見物に来るって言ってたよ」

「へぇ、じゃあ後で連絡してみるかな」

「これは負けられなくなっちゃったね」

「だな」

 

 二人はそう言って笑い合うと、そのまま通話を終えた。

そして明日奈はコンディションを整え、ログイン前に母である京子の所に行った。

 

「お母さん、今日は大事な戦いがあるから、うっかり接続を切らないようにしてね」

「あら、明日奈がわざわざそんな事を言うなんて珍しいわね、

分かったわ、こっそりと明日奈の寝てる姿を写真にとって、

八幡君にプレゼントするくらいにしておくわ」

「ちょっ、お母さん、やめてよ!」

「え~?八幡君は喜ぶと思うけどなぁ、明日奈の油断したパジャマ姿」

「駄目なものは駄目!とにかく接続の件、お願いね!」

 

 明日奈はそう念を押して自室に戻り、

そのままベッドに横たわろうとして、はたと止まった。

 

「う~ん、まさかとは思うけどまあ一応備えておいた方がいいのかな……」

 

 明日奈はそう呟くと、里香や珪子と一緒にお泊りする時用のかわいいパジャマに着替え、

ついでにベッドの周りを綺麗に整頓してからベッドに横たわった。

 

「これでよしっと、リンク・スタート!」

 

 アスナは仮に写真を撮られても問題ないように準備し、ALOへとログインした。

 

 

 

「みんな、お待たせ!」

「おはようアスナ」

「こっちの準備はバッチリよ」

「それじゃあ早速ボス攻略をレクチャーするね

 

 アスナは自分では中々いい出来だと自負している攻略法を一同に伝え、

十分だと思うまで繰り返し繰り返しレクチャーを続けた。

 

「うん、バッチリ!」

「言われただけじゃイメージし辛いところもあるけど、まあ大体把握は出来たかな」

「それじゃあそろそろ行きましょうか」

「オッケー、スリーピング・ナイツ、出撃!」

「「「「「「「おう!」」」」」」」

 

 アスナは出発直前にレコンから連絡が入っていないか確認したが、

特に何も連絡は来ていなかった。

 

(まあ一日しかなかったし、無理は言えないよね)

 

 アスナはそう考え、ランとユウキの後に続いて歩き出した。

そして三十四層に着いた瞬間に、スリーピング・ナイツは一般プレイヤーの歓声に包まれた。

 

「うおっ」

「何これ……」

「あ、何かスリーピング・ナイツを見送る会ってのが企画されてたみたい」

「マジか」

「俺達も有名人の仲間入りか……」

 

 その言葉通りに今ここにいるのは、

そのほとんどがスリーピング・ナイツを見送る会の参加者であり、

辺りには声援が飛び交っていた。

 

「ありがとう!頑張るね!」

「精一杯やってみるから!」

「期待しないで待ってて!でも期待してて!」

 

 一同がそう返事を返す横で、アスナはきょろきょろと辺りを見回していた。

それは見知った同盟のプレイヤーがいないか確認する為であったがそこには同盟の姿は無く、

アスナはやはり同盟はこの層の攻略に出る気は無いのかもしれないと考えた。

代わりにその場にいたのはスピネルである。

 

「あっ、スピネルさん!」

「よぉ、俺の仲間を先行させて、道中の露払いをさせてあるから、

一気にボス部屋まで突っ走ってくれていいぞ、応援してるからな、頑張ってくれ!」

「ありがとう!凄く助かるよ!」

「あ~、ついでに俺も仲間と合流しておきたいから一緒に行ってもいいか?」

「うん、もちろん!」

 

 こうして一同は、スピネルと共にボス部屋へと走ったが、

道中にはモブはまったくいなかった。

ジュエリーズがしっかりと与えられた役割を果たしてくれているのだろう。

 

「凄く楽だね」

「力を温存出来るのは助かるなぁ」

「本当にありがとう、スピネル」

「いやいや、俺達も同盟に一泡吹かせたいからな、気にしないでくれ」

 

 そしてボス部屋前の通路に到達した一同は、

通路の入り口で無事にジュエリーズの残りのメンバーと合流する事が出来た。

 

「お前ら、よくやってくれたな」

「ふふん、当然!」

「同盟をへこます為に頑張ったぜ!」

 

 スピネルの説明だと、

ジュエリーズはスリーピング・ナイツが勝利して外に出てくるのをこの場で待つらしく、

ボス部屋前でキャンプを張るようだ。

 

「それじゃあ朗報を期待してるぜ」

「本当にありがとう!この借りはいつか返すね!」

「なぁに、勝ってくれればそれでいいさ」

 

 そんな会話を交わしながら、

スリーピング・ナイツとジュエリーズはボス部屋の前に向かって歩いていった。

だが残り十五メートルくらいまで近付いた時、アスナが仲間達を制止した。

 

「ごめん、ちょっとストップ」

「ん、アスナ、一体どうしたの?」

「う~ん、ちょっと違和感がね………」

 

 それはSAOで死線を超えてきたアスナにしか分からない感覚であった。

首筋がチリチリと、危険の存在を伝えてくるのである。

アスナは予備で持ち歩いている魔法銃を取り出し、前方に向けて構えた。

それはGGOでアスナが使っているのと同じP90であり、

その扱いについてアスナは自信を持っていた。

そのせいか、アスナが銃を構える姿は実に堂にいったものであった。

 

「さ~て、誰が隠れているのかな?」

 

 アスナはことさらに大きな声でそう言うと、正面よりやや左辺りに狙いを付けた。

その瞬間に、何もない空間からこんな声が聞こえた。

 

「待ってくれ、こちらに敵対の意思はない、

モブに見つかると面倒だから、姿を隠していただけだ」

 

 その直後に数名の男が姿を現した、同盟のプレイヤーである。

 

「モブに見つかると面倒、ねぇ」

 

 スピネルがそのプレイヤー達に疑いの目を向ける。

 

「そ、そうだ、見ての通り、こっちは少数なんでな」

 

 確かにそこには三人のプレイヤーしかいなかった。

だがその中に、例のフードを被ったプレイヤーが混じっている事をアスナは見逃さなかった。

 

「こいつらからは俺達が話を聞いておく、あんた達はこのままボス部屋に入っちまってくれ」

「そう?それじゃあ任せてもいいかしら」

「おう、任せてくれ、頑張ってな」

「うん、それじゃあ行ってくる!」

 

 こうしてスリーピング・ナイツは同盟のプレイヤーの事をジュエリーズに任せ、

ボス部屋へと突入した。



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第834話 この三人は扱いが難しい

八幡がどうしてもきつく当たれない者の中で、クルスに関する記述が抜けていたので追加しました。2019/09/08/13:18


 ここで話は少し遡る。

 

 渡米した八幡達は、連日結城清盛の長男である宗盛から新薬に関する説明を聞き、

新たな投資に関する事や、支援体制の拡充などを話し合い、忙しい日々を送っていた。

 

「宗盛さん、メディキュボイドの調子はどうですか?」

「うん、これは凄い医療器具だね、優先的に回してくれて本当にありがとう」

「いえ、薬の開発に役立てて頂ければそれで」

 

 八幡達より先行してここに運び込まれ、

ソレイユのスタッフ達によって設置されたメディキュボイドの視察を終えた八幡は、

これで急ぎの案件はあらかた片付いたなとほっと一息ついた。

 

「八幡様、お疲れ様です」

「ああ、マックスに萌郁もな、後は朱乃さんやクリス達の方の進捗次第だから、

それまで少しのんびりするか」

「それじゃあエルザも誘ってお土産でも買いに行きましょうか、

後になって買ってる時間が無いとかなったらみんなに怒られちゃいますから」

「お土産………楽しみ」

 

 萌郁も横でそんな微妙に意味不明な事を言ったが、

おそらく買い物にいって土産物を探すのが楽しみという意味なのだろう。

以前に比べれば萌郁はしっかりと感情を出してくるようになっており、

今も笑みを浮かべていた為、八幡はそんな萌郁の事を微笑ましく思っていた。

今この場にいるのは八幡とクルス、それに護衛役の萌郁の三人だけであった。

朱乃は大学のえらい人と折衝中であり、紅莉栖とダルは病院のシステム関連の視察をした後、

今は紅莉栖の伝手を頼って、ニューロリンカー関連の話をする為に、

色々な技術者の所を回っているらしい。茉莉はその護衛として同行している。

そして八幡は、宗盛に近くのショッピングエリアの事を教えてもらい、

エルザと合流する為に滞在しているホテルへと向かった。

 

 

 

「よぉエルザ、今日はどうしてたんだ?」

「ソレイユのアメリカ支社に行って、ALOのテーマソングの英語版とか歌ってきた!」

「えっ、何だそれ、そんな話があったのか?」

「ううん、本当はアメリカのユーザー向けの記事の為のインタビューだけだったんだけど、

その場で前からたまに歌ってたフル英語バージョンを披露したら、

それが妙にスタッフの人達に受けちゃって、ついでに録音してきたの!

アメリカで発売されるグッズの購入特典にするんだって!」

「そうなのか、試しにちょっとここで歌ってみてもらっていいか?」

「うん、別にいいよ!この部屋は防音だし、多少大きな声で歌っても平気だよね?」

 

 そう言ってエルザは朗々と歌い始めた。

それが終わった後、八幡達三人は盛大な拍手をした。

 

「おお」

「凄い……」

「綺麗な歌声……」

「ふふん、私はただの変態じゃなく、歌が歌える変態だからね!」

「いやお前、それ、自分で言う事じゃないだろ……

あ、そうだエルザ、一応今の歌は録音しておいたけど、

これ、後でアスナに送ってやってもいいか?」

「うん、別にいいよ!」

「ありがとな、それじゃあそうするわ」

 

 そして四人はそのまま買い物へと向かった。

 

「あ、ここかぁ、この間ここの前を通りかかって気になってたんだよね」

「エルザは時間があいた時にちょこちょこ出かけてるよな、

でも危ない所には絶対に行くなよ、お前はリアルじゃ別に強くはないんだからな」

「私の事が心配?」

 

 エルザは嬉しそうにそう言い、八幡は顔を背けながらこう答えた。

 

「当たり前だろ、っていうかお前だけじゃなく全員が心配だ」

「まあ大丈夫だよ、ほら、銃もちゃんと持ってるし」

「うわっ、お前、いくら許可をとっているとはいえ、そんな物を人前で出すんじゃねえ」

「護身用の豆鉄砲なのが不満だけどね、まあ今の私にはお似合いかなぁ」

「いいから早く仕舞え、許可が取り消されたら大変だからな」

「は~い」

 

 そして一同はあちこちの店を見て回り、買った物を纏めて日本に送る手配をした後、

そのまま近くにあるレストランに行って食事をとり、

ホテルに戻った後に八幡の部屋に集まってのんびりと雑談をして過ごした。

そしてそろそろ寝るかという頃に、その事件は起こった。

 

「それじゃあそろそろ寝るとするか」

「うん、それじゃあ寝よっか!」

 

 そう言ってエルザがいきなり着ている服を脱ぎ、八幡のベッドに潜りこんだのである。

 

「………おいお前、いきなり何をしちゃってるの?」

「寝る準備!」

「いや、そこは俺のベッドなんだが……っていうかさっさと自分の部屋に戻れよ」

「戻ってほしいの?いくら出す?」

「え、そうくるの!?」

 

 まさかのエルザからの条件の提示であった。

 

「おいマックス、こいつを何とかしてくれ」

「分かりました、ほらエルザ、八幡様が困ってるわよ、さっさと服を着なさい」

「え~?八幡は喜んでると思うけど?」

「別に喜んでねえよ!」

「だってよ?」

「八幡は照れ屋さんだから、絶対にそう言うんだって。

それじゃあ試しにクルスも脱いでみなよ、八幡は絶対に喜ぶから」

「あっ、お前!」

 

 八幡はこの流れはやばいと本能的にそう思った。

当のクルスはそう言われ、少し考え込んだ後に八幡の方をちらっと見てきたが、

八幡はここで安易に先ほどのエルザの発言を否定する事が出来ない。

ここで『別にマックスが脱いでも嬉しくなんかない』と言うのは簡単だが、

そうすると八幡が全てであるクルスが悲しむ事は目に見えているからだ。

 

(やばいやばいやばい、何かいい言い訳は……)

 

 そしてやっと浮かんだ言い訳は、誰が聞いてもどうかと思うものであった。

 

「マ、マックス、そういうのは明日奈がいる時の方が、より嬉しいかな」

「なるほど、最初は複数でという事ですね!」

 

 クルスは目を輝かせ、脱ぎかけていた服を元に戻した。八幡、完璧なやらかしである。

だがその言葉をこの場で否定する事は出来ず、エルザもニヤニヤしながら大人しく服を着た。

 

「八幡様、その機会をお待ちしていますね!」

「八幡、まさか吐いた唾は飲み込まないわよね?」

「お、おう、もちろんだ、俺は嘘は言わん」

 

(やべ、今後は今以上に慎重に、

夜に俺と明日奈ともう一人が三人で同じ部屋に泊まるとかが無いように気をつけないとだ)

 

 そしてクルスとエルザはここまでずっと静かにしていた萌郁に声をかけた。

 

「モエモエ、それじゃあ自分の部屋に戻ろ?」

「その前に私は護衛について、八幡君と相談しないと」

「あ~、明日はオフにするんだっけ、分かった、それじゃあ先に戻るね」

「うん」

 

 クルスとエルザはそのまま入り口の方へ消えていき、直後にドアが開閉する音がした。

 

「それじゃあ八幡君、護衛についての話を」

「おう、そうだな、まあその前に、明日の行動をどうするかなんだよな」

「それもそうだけど、先ずは今夜の護衛の話から」

「今夜?」

 

 八幡は、今夜は特に出かける予定は無いがと疑問に思い、

何かあっただろうかと萌郁に確認しようと思い、そちらに目を向けた。

 

「んなっ!?」

 

 そこには上着を脱いで下着姿になった萌郁の姿があり、八幡は思わずそんな声を上げた。

 

「も、萌郁、その格好は……」

「添い寝して護衛をしないといけないから」

「べ、別に添い寝する必要はないし、そもそも同じ部屋で一晩過ごす必要も無いよな?」

「大丈夫、ただの護衛だから、何もやましい事は起こらない。

それに八幡君に何かがあったら多くの人が悲しむ」

「うっ……」

 

 その正論に八幡は一瞬言葉を詰まらせた。

八幡はどう説得すればいいものか、再び頭を悩ませたが、中々いい答えは浮かんでこない。

だがその時、八幡にとって救いの神が現れた。

 

「そこまでよモエモエ!」

「まさかの正攻法とは……」

 

 それはつい先ほど立ち去ったはずのクルスとエルザであった。

 

「二人とも、どうして……」

「ふふん、こんな事じゃないかと思って出ていったフリをして、玄関に隠れてたのよ」

「抜け駆けは許さない、さあ萌郁、服を着ようか」

「くっ……ダル君に教えてもらった作戦にこんな穴が……」

「ダル!?今ダルって言ったか!?」

 

 八幡は後でダルをしめようと心に誓い、

その後、三人が部屋を出ていくのを自分の目で確認し、

やっと一人になれた事にほっと安堵し、ベッドに横たわった。

 

(はぁ、もう少しハッキリと拒絶するべきなんだろうか、でもあいつらはなぁ……)

 

 八幡の身内の中で、明日奈以外に八幡がどうしてもきつく当たれない者が何人かいる。

八幡の所有物と言ってもいい小猫と萌郁、八幡の被保護者である優里奈とそれに準ずる詩乃、

八幡と会う事に全てを賭け、自らを犠牲にしながらそれを成し遂げたクルス、

そして八幡が進学をやめさせて引っ張ってきた理央である。

エルザはそれに準ずる立場ではあるが、

こちらは逆に、きつく当たってもまったく堪えないのが問題だ。

 

(まあいいや、今日は疲れた、寝よ………)

 

 今のドタバタのせいで時刻はもう深夜二時を回っており、

八幡は布団を被ると、すぐに熟睡してしまった。

そして明け方近くに八幡の携帯が鳴り、画面に明日奈の名前が表示されたが、

八幡がその事に気付くのは数時間遅れる事となった。

 



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第835話 ジョジョ

ジョジョの奇妙な冒険とのコラボでは決してありません!


「久々に寝すぎてしまった……」

 

 八幡が目を覚ますと、時刻は既に朝九時となっていた。

今日は特に予定も無い為に、誰も八幡を起こそうとしなかったのである。

 

「とりあえず飯を食うか……」

 

 そう言って八幡は、昨日買っておいたスーパーのパンをもぐもぐと食べ始めた。

ホテルのレストランなり何なりで食べるのが普通なのだろうが、

八幡は生来の貧乏性からそれを面倒臭いと思ったらしく、

前日からこうするつもりで買い物を済ませておいたのだった。

 

「さて、一応他の連中に今日の予定を聞いておくか」

 

 八幡はそのまま部屋を出て、他の者達が泊まっている部屋を順番にノックしていった。

最初はクルスの部屋である。

 

「あ~、俺だ、八幡だ」

「あっ、八幡様、おはようございます」

 

 八幡が部屋のドアをノックすると、直ぐにクルスが返事をし、顔を出した。

 

「今朝はよく寝てたみたいですね」

「ん、もしかして俺の部屋を訪ねたりしてたか?」

「いいえ、壁越しに『マックス、愛してるぞ!』と八幡様の寝言が聞こえたので」

「………で、今日はマックスはどうするつもりなんだ?」

 

 クルスは八幡にスルーされても何のその、笑顔を崩す事なく平然とこう答えた。

 

「八幡様と一緒に行動します」

 

 クルスはニコニコとそう言うだけで、それ以上何も言おうとはしない。

 

「そ、そうか」

「はい、そうです!」

「わ、分かった、また後で連絡するわ」

「はい、お待ちしてますね」

 

 次に八幡が訪れたのは萌郁の部屋である。

 

「あ~、俺だ、八幡だ」

「八幡、おはよう」

 

 萌郁もクルス同様に、八幡のノックに応えて直ぐに顔を出した。

 

「萌郁は今日は何か予定があるのか?」

「八幡の護衛」

「ああ、今日はオフだし、萌郁も自由に行動してもらっていいんだが……」

「なら八幡の護衛」

「そ、そうか……分かった、また後で連絡する」

 

 八幡は萌郁に気圧され、そう答えるしかなかった。

そして最後はエルザの部屋であったが、こちらはもう出かけたのか不在であった。

エルザは八幡達とは基本別行動で、

ソレイユのアメリカ支社の人間が毎日迎えに来る事になっているのだ。

 

「まあいいか、働いているなら良し、もし暇になったらあっちから連絡してくるだろ」

 

 そして八幡は部屋に戻り、朱乃や紅莉栖に連絡しようと携帯を手にとり、

そこで初めて明日奈からの着信とメールに気が付いた。

 

「あれ、明日奈から電話があったのか、気が付かなかったな」

 

 八幡はそう思い、最初に明日奈からのメールを読んだ。

 

「はぁ?スリーピング・ナイツ単独で三十四層を攻略だと?それはまたいきなりだな」

 

 メールを詳しく読んで詳細を理解した八幡も、

さすがに同盟のちぐはぐさには違和感を覚えたようだ。

 

「日本に戻ったら、同盟は徹底的に調査してみる必要があるな」

 

 八幡はそう思いつつ、明日奈に電話を掛けたが繋がらない。

 

「う~ん、今は日本は夜十一時くらいだよな、もう寝ちまったかもしれないな」

 

 八幡はそう思い、どうせ今日はオフなんだし、今日の深夜にでも見物に行こうと思い、

その旨を明日奈にメールしておく事にした。

 

『マジか、面白そうだから俺も後でALOに顔を出すわ、

レクチャーもひと段落したし、それくらいの時間は作れると思う』

 

「これで良しっと、さて、とりあえず理事長に……」

 

 八幡は先ず朱乃に連絡を入れ、今日の予定を聞いた。

 

『こっちの予定?そうねぇ、今日いっぱいは折衝に時間がかかると思うけど、

明日にはそっちに合流出来ると思うわ』

「分かりました、面倒な事をお願いしてすみません」

『うふ、こういうのは慣れてるから平気よ』

 

 さすがは雪ノ下家の陰の権力者たる朱乃である。こういう時はとても頼りになる。

そして八幡は次に紅莉栖に連絡をとった。

 

『あら八幡?こっちは順調よ、そっちはどう?』

「ああ、こっちも何も問題はない。一応今日はオフにする予定だ」

『そう、こっちも明日にはそっちに合流出来るわ、

中々の収穫よ、帰ってから色々と実験してみたい事が沢山出来たわ』

「そ、そうか、相変わらず実験大好きっ子だな、クリスティーナ」

『べ、別に好きじゃないわよ!あとティーナとか言うな!』

 

 予定に関する話を終えた後、八幡はとある事を思い出し、紅莉栖にこう尋ねた。

 

「ところでダルは近くにいるか?」

『橋田?いるけどどうかしたの?』

「いや、実は昨日萌郁がな……」

 

 八幡は昨日の萌郁の行動を紅莉栖に説明した。

 

『はぁ……やっぱり橋田はどうしようもない変態なのね』

 

 紅莉栖がそう言った瞬間に、後ろからダルの声で、

 

『ありがとうございます!』

 

 と聞こえた為、八幡は頭痛を感じ、こめかみを押さえた。

 

「まあそんな訳で、今度シメるからなってダルに伝えといてくれ」

『分かったわ、本当は私や茉莉からも一言言ってやりたいけど、

聞こえたでしょ?私達が罵っても、橋田の奴は喜ぶだけなのよね』

「ああ、茉莉さんの毒舌は、あいつにとってはご褒美だろうからな……」

『そうなのよ………』

 

 二人は同時に、はぁ、とため息をつくと、明日の再会を約束し、通話を終えた。

 

「さて、全員揃うのは明日として、差し当たり今日はこれからどうするかな」

 

 八幡はそう考え、何となくゲーム関連のニュースを漁り始めた。

 

「お?ザスカー社がGGOのイベントをやってるのか、

場所は………う~ん、この州だって事は分かるが、土地勘が無いから何ともだな、

ちょっとマックスと萌郁と相談してみるか」

 

 八幡はそう思い、二人を部屋に呼んだ。

 

「八幡様、どこに行くか決まりましたか?」

「それなんだが、ちょっとこれを見てくれよ」

「これは………へぇ、なるほど、この近くですね」

「お、場所が分かるのか?」

「はい、この付近の地図は頭に入ってますので」

「さすがというか……という訳で、これに行ってみようと思うんだが、どう思う?」

「いいんじゃないでしょうか、ね?」

「うん、興味がある」

 

 クルスも萌郁もその提案に同意し、

ついでに可能ならザスカーの人間に挨拶しようという事になり、

八幡は社員証を持ってそれなりにフォーマルな格好をし、

萌郁はSPらしい服装をする事になった。ちなみにクルスは単純におめかししただけである。

 

「それじゃあ行くか」

 

 こうして三人は、近くで開催されているザスカー社のGGOのイベント会場へと向かった。

 

 

 

「おお、中々盛況だな」

「さすがは本場ですね」

 

 会場は若い人でごった返しており、凄まじい熱気が感じられた。

 

「とりあえず誰かザスカーの人に挨拶だけしておきたいな」

「八幡様、あそこにスタッフが集まっているみたいです、ちょっと聞いてみましょうか?」

「お、悪いがちょっと頼むわ」

「はい、お任せ下さい」

 

 クルスは八幡から社員証を借り、そのスタッフ達に話しかけた。

どうやら本物と証明する為だろうか、ホログラム機能を使って宙に映像を浮かべている。

そのせいか、スタッフ達の動きが慌しくなり、

ほどなくしていかにも陽気そうな人物が現れ、八幡の方に向かって歩いてきた。

 

「やぁ、君がソレイユの部長のHIーKIーGAーYA君?もしかしてシャナかな?」

 

 その人物は、流暢な日本語でそう話しかけてきたが、

さすがに比企谷というのは発音しにくいらしい。

シャナの名前が出てきた事から、どうやら前の源平合戦の時に、

ソレイユ側と話をしてくれた中の誰かなのだと思われる。

八幡は少し迷いながらも、もう知られているのならと思い、その言葉に頷いた。

 

「確かに俺がシャナです、なので俺の名前が言いにくいなら、

今後はシャナと呼んでくれていいですよ、あと日本語がお上手ですね」

 

 最後の言葉はわざと冗談めかして言ったのだが、

その事も分かってくれたようで、相手はこう返してきた。

 

「ははは、テンプレって奴だね、

日本語は日本のアニメを見るのに必要だったから学んだんだよ、

僕はジョン・ジョーンズ、良かったらジョジョと呼んでくれ」

 

 その男性はドヤ顔でそう言い、八幡は目を見張った。

 

「え、マジですか、リアルでそう呼ばれるのが可能なんてちょっと羨ましいですね、

分かりました、それじゃあジョジョで」

 

 二人は固く握手をし、三人はスタッフルームへと通された。

 

「さて、はるばる日本からようこそ!今日はいきなりで驚いたけど、観光の途中とかかい?」

「そうですね、たまたまこの近くで仕事があって、今日はオフなんですよ」

「なるほど、今度はちゃんと招待状を出す事にするよ」

「はい、こちらも何かイベントをやる時はそちらに招待状を出しますね」

 

 二人の会話はとても和やかであった。おそらく馬が合うのだと思われる。

実はこのジョジョは、ザスカーの次期社長と目されており、

ザスカーとソレイユの次世代のトップ同士が偶然知り合ったという事になる。

この出会いは二社の将来にとって、とても幸運なものとなった。

 

「それにしても素敵な女性を二人も連れて、羨ましいなぁ………あ、あれ?」

 

 ジョジョはクルスと萌郁を見ながらそう言った。

二人とも日本人離れしたプロポーションをしている美人であり、

ジョジョはその事をとても羨ましく感じたようだ。

だが最後にぽかんとしたような顔でクルスの方を見ていた為、

その理由が分からずに八幡は首を傾げた。

 

「こちらは間宮クルスと桐生萌郁、うちのスタッフです」

 

 二人もそう紹介され、ジョジョと握手をしたが、

ジョジョは何故かクルスの方を気にしているように見えた。

 

「ところで今日はユーザー参加型のイベントバトルがあるんだけど、

良かったら出場してみないかい?

観客も強いプレイヤーが参加してくれれば盛り上がると思うんだよね」

「それってどんな形式ですか?」

「BoB方式さ、まあフィールドが狭いから、早くに決着がつくんだけどね」

「へぇ、個人戦ですか?」

「個人戦と団体戦があるよ、団体戦の方は三人のチームを作る事になるね」

「それならどっちも参加が可能ですね」

「どっちもかい!?」

 

 さすがにこの言葉には、ジョジョも驚いたらしい。

ジョジョはクルスと萌郁を交互に見ながら八幡にこう言った。

 

「さすがにジョークだよね?え?この可憐な女性二人も戦えるのかい?」

「マックス………クルスは経験者だから大丈夫です、

萌郁は経験者じゃないですが、銃の扱いには慣れているので多分いけると思います」

「マジで!?」

 

 ジョジョのそのセリフに三人は思わず噴き出した。

アメリカ人に『マジで!?』と言われるのは、確かにくるものがある。

 

「それじゃあやっぱりクルスは、マスケティア・イクスなのかい!?」

「あ、はい、よくご存知ですね」」

「おおおおおお!」

 

 その瞬間に、周りにいたスタッフも驚く程の音量でジョジョが叫び声を上げた。

 

「やっぱりそうなのか!顔がそっくりだったから、もしかしたらって思ってたんだよ!」

「「あ」」

 

 八幡とクルスは、その言葉でそういえばそうだったと思い出す事となった。

 

「マスケティア・イクス!戦争の動画を何度も見返したよ、

あの動画は日本語だったから僕が通訳してあげてたんだけど、

それとは関係なくあの動画は何度も見たんだ!」

 

 ジョジョは興奮したようにそう言い、泣きながらクルスの手を握った。

 

「シャナとの出会いは本当に感動的だった、

そして今こうしてリアル・ワールドでも一緒にいる訳だ、おめでとう、本当に良かったね!」

「あ、ありがとうございます」

 

 あの時の自分の行動を見て感動してくれた人がいた事にクルスは胸を熱くした。

そして周りのスタッフ達もその声を聞き、次々とクルスに握手を求めてきた。

どうやらマスケティア・イクスの名は、ザスカーのスタッフ内では有名のようだ。

 

「それじゃあ個人戦と団体戦、どっちも参加って事でいいかな?」

「そうですね………それじゃあ個人戦は俺が、団体戦は三人で出ます」

 

 こうして八幡は、異国の地で思わぬイベントに参加する事となった。




ジョジョが言う動画とは、350話の事ですね!もう500話近く前の事になるのかと驚きです……


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第836話 イベント参加~団体戦

すみません、明日の投稿は所用によりお休みさせて頂きます!


 どうやら最初は団体戦らしく、八幡達は鍵のかかる個室に案内された。

 

「一応セキュリティが不安だろうから、

この扉が開くのと同時に接続が切れるように設定しておいたので確認してくれ」

 

 その言葉通り、ドアの開閉と連動し、

アミュスフィアのスイッチが切れるようになっている事を確認した三人は、

簡単な説明を聞いた後、簡易ベッドに横たわって戦場へとログインした。

今回のイベントでは自分のキャラを使う事は出来ず、

キャラ性能は全員が同一の物となっていた。選べるのは銃だけである。

そして各自のアイテムストレージに予備の上着、単眼鏡、ナイフが入っており、

それとは別に各チームに一つドローンが支給されていた。

 

「そういえばGGOにもドローンが導入されたんだったか、すっかり忘れてたな」

「最近行ってませんでしたからね」

「フローリアも寂しがっているだろうし、今度顔を出してみるか」

「はい!」

 

 ちなみに対物ライフルのみ弾数制限があり、使える弾は十発のみであるが、

他の銃に関しては弾は無限設定になっているようだ。

説明書きによると、最初のスキャンはフィールドが狭いせいか、十分後に設定されている。

プレイヤーの名前はアルファ、ブラボー、チャーリーで統一されており、

その後ろに1~9までの数字が付く。

 

「これならまあ公平だな、対物ライフルを選ぶ奴は少ないだろうが、な」

 

 何の躊躇もなく対物ライフルを選んだアルファこと八幡は、

銃の調子を確かめながらそう言った。

 

「八幡様、作戦はどうします?」

 

 そんな八幡に、ブラボーことクルスがそう尋ねてきた。

 

「配置にもよるが、最初は囲まれないようにフィールドの端を目指そう、

マックスと萌郁も、開始後はとにかく地形の把握に努めてくれ」

「「了解」」

 

 今回の参加チームは全部で九チーム、これが三×三のフィールドに配置される。

マップは二キロ四方であり、正直かなり狭い。

 

「とりあえず中央だけは絶対に避けたいところなんだが……」

 

 ドローンを飛ばしながら八幡がそう言い、

萌郁は周囲を見渡しながら、じとっとした視線を八幡に向け、こう呟いた。

 

「フラグ……」

「ああ、もう分かってるって、俺が悪かったよ、どう見てもここは中央だ」

 

 八幡は上空でドローンを回転させ、自分達の位置を確認し、

その一瞬で自分達がとるべき行動を決定してドローンを戻した。

 

「よし、北東に向かおう」

「今の一瞬で何か見えましたか?」

「ああ、どうやら北東が穴だ、

あいつらはまだ索敵すらしていなかったし戦闘準備もまともに出来てなかったからな」

「八幡様、さすがです!」

 

 クルスは目を輝かせながらそう言った。もしかしたら中央に配置された事すら、

予言通りに中央を引くなんてさすがです!とか思っていそうな勢いである。

 

「とりあえず囲まれる前に向こうに抜けるぞ、

俺はここから一人減らすから、二人はその混乱に乗じて敵に襲いかかってくれ」

「それでは万が一八幡様が囲まれた時に……」

 

 クルスが心配そうにそう言ったが、八幡はその言葉に首を振った。

 

「大丈夫だ、それは何とかする。今は時間が惜しいから、とにかく急いでくれ」

「わ、分かりました!」

「気を付けて」

 

 クルスと萌郁は即座に行動を開始し、八幡は地面に寝そべって対物ライフルを構えた。

 

「さて、久々にやるか」

 

 八幡は久々の狙撃に心を躍らせながら、じっとスコープを覗いた。

どうやら敵はまだ二人の接近に気付いていなかったらしく、

銃撃を受けた瞬間に慌てて物蔭から飛び出してきた。

 

「素人か?悪いな」

 

 八幡はそう呟くと、一人のプレイヤーの頭をふっ飛ばし、即座に銃を担いで走り始めた。

囮のつもりなのか予備の上着を枝にかけ、その場に残す事も忘れない。

そして前方から銃声が聞こえ、直ぐに静かになった。

どうやら二人は無事に敵の殲滅に成功したようだ。

 

「八幡様、こっちです」

「おう、首尾良くいったみたいだな」

「敵は八幡様の狙撃で大混乱でしたからね」

「それは良かった、さて、俺の方も囮を残してきたんだが……」

 

 八幡はそう言って振り返り、単眼鏡を覗いた。

その視界に映ったのは、三方から攻撃を受ける自分の予備の上着の姿であった。

 

「よし、ラッキーだな、多分西よりの三チームが中央でカチ合いやがった」

 

 八幡は弾の飛んできた方向から推測してそう言った。

 

「それに比べて南と東は妙に静かですね」

「ああ、だがあの銃声を聞いたら、さすがに介入しに向かうだろうさ」

「ですね」

「とりあえず俺達は、出来るだけマップの東寄りから南に向かおう」

「了解しました」

 

 三人はそのまま慎重に南へと向かい、

上手く敵をやりすごしてマップ南東まで移動する事に成功した。

 

「さて、そろそろスキャンの時間だな、どんな状況になっている事やら」

 

 そしてスキャンが始まり、各チームの位置がマップに表示された。

残っている光点の数は五つまで減っており、

八幡達以外には、中央に三つ、そして真南に一つの光点が残っているようだ。

 

「ほう?たった十分の間に結構減ったな」

「中央はかなりの乱戦だったみたいですね」

「この位置からすると、北と東、それに南東にいたチームが残ってるみたいだな」

「西の三チームは功を焦って早くに動きすぎた」

「だな、さて、それを踏まえて俺達はどうするかな」

「この状況だと、南東にいたチームを私達と南のチームで挟撃するのがセオリー?」

「まあそうだな、だがここは少し変化を加えよう」

 

 八幡はそう言って対物ライフルを肩に担いだ。

 

「どうするの?」

「二人は南のチームと一緒に南東のチームを攻撃してくれ。

俺は単独で移動して、南のチームを背後から狙撃して全滅させる」

 

 クルスと萌郁はその八幡の提案に拍手を送った。

 

「さすがは八幡様、悪辣ですね!」

「さすがは八幡君、やる事がえげつない」

「お前ら拍手をしてるって事は、褒めてくれてるって事でいいんだよな………?」

「当然です!」

「もちろん」

「とてもそうは思えないんだが、まあいい、それじゃあ行くぞ」

「はい!」

「うん」

 

 三人はそれぞれの持ち場に向かい、作戦通りに行動を始めた。

南東にいたチームが残り一人となったところで八幡が南チームの背後から狙撃を開始する。

その狙撃は正確無比であり、南チームのプレイヤーが一人、また一人と倒れていく。

そしてあっさりと南チームを全滅させた瞬間にそれは起こった。

 

「むっ」

 

 八幡は殺気を感じ、対物ライフルを放り出してそのまま横に飛んだ。

八幡が直前までいた位置を銃弾が通過していく。

 

(中央にいた二つのチームのうちのどっちかか……?)

 

 敵も案外やる、八幡はそう思いつつ、そのまま全力で逃走に移った。

敵の数が分からない以上、ナイフ一本しかない状態で相手をするのは危険だからだ。

そしてその銃声は、クルスと萌郁の所にも届いていた。

 

「今のは……?」

「八幡様のいる方から!」

 

 二人は単眼鏡を覗き、必死に八幡の姿を探した。

 

「いた、こっちに向かってる!」

「その後ろから二人来てる」

「これは………待ち伏せる?」

「了解」

 

 二人はそう言うと、お互いの予備の上着を木にぶら下げ、

左右に分かれてその近くに伏せた。

その前を八幡が通過し、上着がぶら下がった木まで到着する。

 

「これは、ここにいろという事か」

 

 八幡はクルスと萌郁がおそらく近くに隠れているのだろうと判断し、

二人の上着を手に持ってその木の陰に隠れ、複数のプレイヤーがいるかのように、

左右からちょこちょことその上着を追跡者達から見えるように動かした。

 

「SHIT!」

 

 その事に気付いた追跡者達が、そう叫びながら警戒するように足を止める。

その瞬間に左右から、クルスと萌郁が敵に銃弾を雨あられと浴びせかけ、

二人いた追跡者はどっとその場に倒れ伏した。

 

「ふう、サンキューな、二人とも」

「危なかったですね、八幡様」

「おう、ちょっと調子に乗り過ぎたわ、まさか敵も迂回してきてるとはな」

「これで残りは……」

「中央にいるチームのみ」

「よし、とりあえず中央に向かうか」

 

 三人は頷き合うと、慎重に移動を開始した。

遠くから銃声が聞こえ、何故か中央で戦いが続いている事が分かる。

 

「ん、どうなってる?」

「さっき倒したのは二人だったので、その残党ですかね、

そのプレイヤーと中央に残っていたチームのプレイヤーが一対一で戦ってますね、

あっ、今接近戦に突入しました」

 

 その言葉通り、銃声が止んだ。

銃を叩き落とされた片方のプレイヤーがナイフを抜いて上手く接近戦に持ち込み、

それをもう一人が迎撃しようとしてそうなったらしい。

 

「八幡様、どうしますか?あの戦いに参加しますか?」

「撃て」

 

 八幡は即座にそう答え、クルスと萌郁はそんな八幡を再び褒め讃えた。

 

「さすがは八幡様、見事な見事な鬼畜っぷりです!」

「さすがは八幡君、男相手には容赦ない」

「お前らそれ、本当に褒めてるんだよね!?」

「もちろんです!」

「当然」

 

 そしてクルスと萌郁は戦っている二人に向けて弾丸をぶち込み、

こうして団体戦は、あっさりと八幡達の勝利で幕を閉じた。

 

 

 

「ワ~オ、さすがは強いね、シャナ」

「いや、今のは敵が弱かったような……」

「まあ会場から抽選で集めた連中だからね、次の個人戦は強い連中が集まってるから、

期待してくれていいと思うよ」

「へぇ……」

 

 そして会場では表彰式が行われたが、あくまで結果と順位が表示されるだけで、

誰も壇上に上る事は無かった。

これはゲームの性質上、リアルでの報復の危険性について配慮された結果であり、

後で賞品だけが贈られる事になっているようだ。

それでも観客達は盛り上がり、口々に八幡達の事を褒めていた。

 

「あれで褒められるのか」

「結果が全てって感じですね」

「どうだ萌郁、楽しかったか?」

「うん、ゾンビ・エスケープとはまた違った楽しさがあった」

「それは良かった」

 

 そして次は個人戦という事になり、八幡はルールの説明を受け、

クルスと萌郁に見守られながら、ベッドに横たわった。

 

「八幡様、頑張って下さいね!」

「おう、今度はシャナでログイン出来るから、思いっきりやってくるわ」

「もし負けたら私がこの胸で慰めて差し上げます!」

「いや、そういうのはいいから」

「そんな塩対応も素敵です!」

「お前は俺を褒めすぎだ」

 

 八幡は苦笑しながらそう言うと、大会用のステージへとログインしていった。



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第837話 イベント参加~個人戦・まさかの再会

「さて、名前はどうするか……」

 

 個人戦に出場するに当たって、安全対策としての偽名の設定画面を前に八幡は悩んでいた。

 

「う~ん、こういうのはいつも悩むんだよな……何かいいネタはあったっけか」

 

 そして制限時間が迫る中、八幡は先ほどのジョジョの顔を思い浮かべ、

咄嗟にこう入力した、『ディオ』と。

 

「これで良しっと、さて、どのくらいのレベルの敵が出てくるのが楽しみだ」

 

 八幡はわくわくした表情をし、

まるでこれからBoBに臨むかのような気分でフィールドへとログインした。

今回もマップは狭く、三×三のフィールドにプレイヤーが配置される事になっており、

八幡は周囲の様子から、ここがマップ左下だと推測した。

その理由は簡単である、南西方角に高い壁があったからだ。

尚、個人戦は団体戦と違い、最初にスキャンが行われる事になっていた。

 

「さて、とりあえずスキャンを待つか」

 

 どうせ他の奴らも直ぐには動かないだろう、八幡はそう思い、その場に腰を下ろした。

そしてスキャンが始まり、八幡は綺麗に並んだ九つの点を順にタップしていった。

 

「やっぱり俺は南西か、後はっと………ハローワールド?カーネル?コカコーラ?

やっぱりみんな適当なんだな………うげ、ヌルポって何だよ、

どこでこういう言葉を覚えるんだか。

でもまあ名前が分かっても、実際のところ敵の強さは全く分からないんだよな」

 

 全員偽名を使っていると思われる上に、八幡はUSサーバーについては完全に無知である。

当然敵の強さなど分かるはずもない。だがそんな八幡を衝撃が襲った。

光点の中に、実名のままでエントリーしていると思われる、知ってる名前を見つけたからだ。

 

「サトライザーだと………」

 

 八幡はまさかと思いながらも、これが本当にあのサトライザーか確認する為に、

その光点があった、マップ右上、北東方面を目指す事にした。

 

「油断しないように慎重に行くか……」

 

 八幡はゆっくりと周囲を確認しながら目的地へと進んでいったが、

何故か道中では誰にも出会わない、というか戦闘が行われている気配も無い。

 

「おかしいな、そろそろ中央なんだが、定番の中央のプレイヤー狙いも無しか?

もしかしてこっちのプレイヤーは消極的なのか?

いやいや、でもそれだとここに誰もいないのはおかしい、う~ん……」

 

 ここまでゆっくり慎重に進んできたせいか、そろそろ次のスキャンの時間が迫っていた。

 

「まあこれで状況が分かるか」

 

 八幡はそう考え、その場で少し待つ事にした。ここまで八幡はまだ何も出来ていない。

そして二度目のスキャンが始まり、その画面を見て八幡は息を呑んだ。

 

「そういう事かよ……」

 

 その画面には、マップ右上に三つの光点と、

その南、少し離れたところに光点が一つ表示されているのみであった。

もちろん八幡以外のプレイヤーは、である。

ここから既に四人のプレイヤーが屠られた事が分かる。

 

「なるほど、全員一斉にサトライザーの方に向かったって訳か、

日本での俺と同じように、あいつも狙われる立場だって事だな、

そして今も二人のプレイヤーと交戦中と。

これは中継がさぞ盛り上がっているんだろうなぁ………チッ、相変わらずの化け物め」

 

 八幡は自分の事を棚に上げてそう言った。

 

「まあしかし、これでサトライザーが本物である事はほぼ確定か、

偽名を使わないとか自信過剰な奴だ。さて、俺はどうするかな……

出来ればサトライザーとやり合うのは他人に邪魔されたくないんだよなぁ」

 

 八幡はそう考え、とりあえずポツンと一つあった光点の位置へと向かう事にした。

 

「こっちにいるのはヌルポか、まさか日本人じゃないだろうな。

個人戦の参加者は選抜らしいから、当然自宅とかからログインしてるだろうし、

日本人であっても不思議はないんだよなぁ」

 

 八幡はそう考えつつ、ヌルポらしき人物を発見したが、

その位置取りが絶妙なせいで、どうにも狙撃出来そうなポイントが見つからない。

おそらくヌルポというプレイヤーは、名前に似合わず上級者なのであろう。

 

「仕方ない、久々にこれを使うか」

 

 八幡はアハトXを両手に持ちながらそう呟くと、じりじりとヌルポの方に向かっていった。

 

「そろそろか……」

 

 八幡はある程度近付いたところでアハトXの刃を展開する為に一瞬ヌルポから目を切った。

そして八幡はチラッとヌルポの方を見たが、

ヌルポはその一瞬で、先ほどいた場所から姿を消していた。

 

「しまっ……」

 

 その瞬間に八幡目掛けていきなり銃弾が浴びせられ、

八幡は慌ててその場に伏せたのだが、

その過程で偶然何発かの銃弾がアハトXの刃に当たり、

銃弾のいくつから両断される事となった。

それは本当に偶然の出来事だったのだが、そのせいか銃声がいきなり止んだ。

 

「狙ってやったと勘違いしてくれたのかな」

 

 八幡はそう呟き、こっそりと相手の様子を伺った。

そのプレイヤーは驚くべき事に既に銃を持っておらず、

何か武器のような物を両手にだらんとぶら下げたまま、

へらへらと笑いながらその場に突っ立っていた。

 

「何だこいつ、クスリでもやってやがるのか?」

 

 八幡はそのプレイヤーを不気味に思いながらも、

銃を持たない相手に銃を向けるのは何となく躊躇われ、

アハトXを両手に持ったままそのプレイヤーの前に姿を現した。

二人はしばらく無言で向かい合っていたが、やがてヌルポが口を開いた。

 

「まさかとは思ったが、その黒いシャイニング・ライトソード……てめえ、ハチマンか?」

 

 それは八幡にとってもまさかの日本語、そしてまさかの名前バレであった。

 

「お前、何者だ?」

 

 八幡は相手の問いには答えずにそう言った。

もっとも相手は答えなかった事を肯定だと受け取ったのだろう、

突然狂ったように笑い出した。

 

「ククッ、クックック、フッ、フフッ、アハッ、アハハハハ、アハハハハハハハ!」

 

 八幡は相手が落ち着くまで油断しないように様子を見る事にしたが、

ヌルポは突然銃を取り出し、笑ったまま近くに浮いていた中継用のカメラを破壊した。

そして直ぐに銃をしまったヌルポは、ニヤニヤした顔で八幡の顔を覗きこんだ。

 

「俺が誰だか分からないのか?一時は俺に会いたくてSAO中を探し回っていた癖に、

随分と冷たいじゃないかよ、なぁ参謀様?

俺だよ俺、お前が結局最後まで見つけられなかったPoHだよ、

ギャハッ、イッツ、ショータイム!」

 

 その瞬間に八幡は、相手の首目掛けてアハトXを交差させた。

PoHはその攻撃を伏せてかわし、

逆に下から八幡の顎を狙って手に持つ武器を振り上げてきた。

よく見るとその武器は、かつてPoHが所持していた包丁型の剣、

友切包丁、あるいはメイト・チョッパーと呼ばれる醜悪な武器に酷似していた。

 

「てめえか、PoH」

「久しぶりだなハチマン、沢山の屍の上に築いた平和な人生を楽しんでるか?」

 

 その痛烈な皮肉にも八幡は動じない。

 

「ああ、おかげさまでな!」

「おうおう、言うじゃねえか、実は俺もだ、ギャハハハハ!」

 

 PoHはそう言って八幡に連続攻撃を加えてきたが、

その攻撃はいわゆる軍人の動きをしており、

サトライザーやレヴィ辺りの動きをよく知っている八幡はその攻撃を難なく避け、

逆にPoHの左腕をアハトXで斬り飛ばした。

 

「おいおい、やっぱりその剣は反則だろ」

「それでもザザは、今のお前よりは手ごわかったと思うぞ、

もっとも戦ったのは俺じゃなくキリトだがな」

「ああん?やっぱりあのステルベンって野郎はザザだったかよ」

「大会の動画を見たのか」

「ああ、相手が死なないのによくもまあゲームで熱くなれるなって感心したもんさ。

しかも殺しの手段は薬だと?なめてんのかあのクソ野郎、

そんなのはただのごっこ遊びじゃねえか。合法的に直接殺すのが楽しいんだろうが」

 

 PoHは馬鹿にしたような笑いを浮かべつつ、だがその直後に黙って武器を下ろした。

 

「何だ、降参か?」

「とはいえごっこ遊びなのは俺も一緒か、ハァ、やっぱりつまらん」

「俺が相手じゃ不足だったか?」

「いや、お前は強い、確かにお前とやり合うのは闘争本能を刺激される。

だが俺が望んでるのはそういう事じゃねえんだよ、

ここでやり合っても、俺もお前も死んだりはしねえだろ?」

「まあな」

「ああ、つまらんつまらん、今日の目的はサトライザーだったがもういいわ、

俺は下りるぜ、またな」

「俺としてはもう二度とお前には会いたくないんだが」

「そうつれない事を言うなよ兄弟、あばよ」

 

 そう言ってPoHは速攻で姿を消した。

その直後に他の場所から別の中継カメラが飛んできた。

PoHが姿を消したのは、おそらくそのせいもあるだろう。

 

「くそっ、相変わらずふざけた野郎だぜ」

 

 そう言いつつも八幡は、PoHがまだ『現役』だという事を嫌というほど実感させられた。

 

「合法的にとか言ってたから、直接仕掛けてくる可能性は低いと思うが……」

 

 八幡はそう呟きつつ、自分や仲間の身の安全について、

もう少し気を付けた方がいいかもしれないなと改めて考えていた。

レヴィと萌郁は十分な働きをしてくれているが、

レヴィはサトライザーことガブリエル・ミラーから期間限定で預かっているだけであり、

もしレヴィがいなくなったら萌郁の負担はかなり大きくなるはずだ。

 

「ちょっと真面目に考えるか」

 

 丁度その時再びスキャンが始まった。

スキャン画面を見てみると、どうやらサトライザーは最後の敵を倒したらしく、

残っているのは八幡とサトライザーだけとなっていた。

 

「相手が俺だってのは当然知らないだろうが、まあとりあえず行くとするか」

 

 そう思いながら八幡は、サトライザーの下へと向かった。



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第838話 サトライザーの誘い

 一応一対一になったという事もあり、八幡はサトライザーからの攻撃を警戒していたが、

そんな気配は全く無く、拍子抜けするほどあっさりとサトライザーを発見する事となった。

そうあっさりと、である。

 

(普通はトラップとかが仕掛けられてると思うケースなんだろうが、

相手があいつだとすると、多分そんな手段は使わないよなぁ、

残り一人なら、普通にナイフで倒せばいいやとか思ってそうだ……)

 

 八幡はそう思いつつ、むしろ逆にアピールするように、

大きな音を立てながらサトライザーに近付いていった。

それに対応してサトライザーも立ち上がる。

その瞳は常識ではありえない八幡の行動を訝しんでいるように見えた。

そんなサトライザーを、八幡はじろじろと無遠慮に観察した。

 

「んんん~、やっぱり見ただけじゃ、イベントのせいで外見も違うから判断出来ないか」

「………日本語だと?君は日本人なのか?一体何の事だ?」

「要は本人確認をする必要があるなって事だ」

「君が何を言っているのかさっぱり分からないんだが」

「そのうち分かるさ、とりあえずは肉体言語で会話といこうぜ」

 

 八幡はそう言いながらアハトXを構えた。

 

「その剣は………いや、まさかな」

 

 サトライザーはそう呟くと、業物のように見えるコンバットナイフを二刀で構えた。

 

「こういう事でいいのかな」

「ああ、それじゃあいくぞ」

 

 八幡はそう言って無造作にアハトXをサトライザー目掛けて振り下ろした。

サトライザーはあっさりとそれを避け、的確に八幡の心臓目掛けてナイフを突き出してくる。

その動きには一切の無駄が無く、八幡はその攻撃を辛うじて避け、

相手がやはり本物のサトライザーだと確信した。

 

「アメリカに戻ってきてたんだなサトライザー、まだその事を妹には連絡していないのか?」

 

 だがサトライザーはそれをかく乱の一種だとでも思ったのか、

八幡への攻撃の手をまったく緩めない。

仕方なく八幡も応戦し、しばらく戦ったところでサトライザーが突然その動きを止めた。

 

「一応聞くけど、誰だい?」

「反応遅せ~よ!今は中継されちまってるから言えない、

武器を捨てるから、ちょっと近くまで行ってもいいか?」

「いいだろう、だが武装解除は必要ない」

「へぇへぇ、相変わらず自信たっぷりなこって」

 

 八幡はそのままサトライザーに無造作に近付き、小声でこう言った。

 

「レヴィにはいつも助けてもらってる、たまには顔を出してやれよ」

「やはり八幡だったか、何故こんなところに?」

 

 どうやらサトライザーは、戦闘スタイルやアハトXから、

そうではないかと薄々疑っていたようだ。

 

「実は今仕事でアメリカに来てるんだが、

たまたまこのイベントの事を知って主催者に挨拶に行ったらこうなった」

「なるほど、それであっさりと参加を決めるところが君らしい」

「で、偽名を使ってない自信たっぷりの奴がいたから、

本人かどうか確かめようと思ってここに来たって訳だ、

もっとももう俺達以外は誰も残っていないがな」

「ははっ、実名でやれば、わざわざ敵を探しに行く必要はないと思ったんでね」

「自分の名前を囮にしたのかよ……」

「しかしこれは幸運だった、そこなら今俺がいる場所の近くだな、

実は落ち着いたら君に連絡をとろうと思っていたところだったんだ」

 

 サトライザーが自嘲ぎみにそう言ったのを見て、八幡は小さく首を傾げた。

 

「何かあったのか?」

「それを踏まえて説明がしたい、もし良かったらここに来てくれないか?」

 

 そう言ってサトライザーが耳打ちしてきたのは、病院らしき名前であった。

 

「まさかお前、怪我でもしたのか?」

「ああ、まあそんなところだ、だからこちらからはちょっと出向けないんだよ」

 

 その言葉から、サトライザーの怪我が軽いものではない事が分かる。

 

「分かった、この後すぐ行くわ」

「すまないね、待っている」

 

 そう言いながら、サトライザーは不意を突くように八幡目掛けてナイフを振るい、

八幡はそのナイフをアハトライトで受けた。

 

「いきなりかよ!」

「でもちゃんと対応してるじゃないか」

「お前が手加減してなきゃくらってたわ!」

 

 そう言いながら八幡はアハトレフトをサトライザーの首に突き出した。

サトライザーはその攻撃を、もう一本のナイフで弾いた。

 

「お、やっぱりいい武器を使ってるな」

「分かるかい?」

「ああ、このアハトXで斬れないって事は、そのナイフは宇宙船の装甲板を使ってるんだろ?

そうじゃなかったらナイフごと斬っちまったところだ」

「それはラッキーだったね、こっちのサーバーにはまだそれを作れる職人はいないんだよ」

「へぇ、そうなのか」

「それじゃあそろそろ本気でやり合うとしようか」

「だな、観客の皆さんがお待ちかねだ」

 

 二人はそう言って距離をとり、今度は本気で構えたが、

そこでまさかの主催からの横槍が入った。突然二人に直接通信が入ったのだ。

二人は顔を見合わせて、そのまま武器を下ろした。

 

『ストップ、ストップ!』

「その声はジョジョか?どういうつもりだ?」

『こんな豪華なカードを、

一部の人しか見ていないこんなイベントでやっちゃうのはもったいない、

三ヶ月後に第四回BoBを日米共催で開催する予定だから、

決着はそこで付けるってのはどうだい?』

 

 その提案に二人は苦笑した。

 

「商魂逞しいな、おい」

「だがまあ特に異存は無いな」

「ならそういう事にするか」

「だな」

『ありがとう、それは助かるよ!』

「それじゃあ後でな、サトライザー」

「ああ、待っている」

 

 そこで試合は強制終了となり、観客達からは大ブーイングが巻き起こった。

だがそこでジョジョが登場し、第四回BoBの開催を告げ、

そこでこの戦闘の続きがみられるだろうとアナウンスした瞬間に、会場は大歓声に包まれた。

 

「この続きはCMの後で、みたいなもんか、

何度もやられるとうざいが、たまにならいいのかねぇ」

 

 目覚めた後、八幡はぼそりとそう呟いた。

そして体を起こそうとした八幡は、妙に体が重く感じた為、

アミュスフィアを外してそちらを見た。

そこに乗っていたのは、紅潮した顔でこちらを見詰めているクルスと萌郁であった。

 

「………おい」

「八幡様お帰りなさい!留守の間はこうして八幡様の体をお守りしてました!」

「うんうん」

 

 そう言ったクルスに萌郁も同意し、二人はそのまま八幡から離れようとせず、

逆に胸を押し付けてきた。

 

「………そろそろそこからどいて欲しいんだが」

「安全が確認されたらそうします!」

「うんうん」

 

 二人はそう言って離れようとしない。仕方なく八幡は両手を振り上げ、

二人のお尻を思いっきり叩いた。

何故お尻かというと、たまたまそこが、ちょうど手を伸ばした先だったからである。

 

「きゃんっ!」

「っ………」

 

 二人はその痛みを受けて慌てて体を起こし、それでやっと八幡は解放された。

 

「やれやれ、戻ったらお仕置きだな」

「そ、それは性的なお仕置きですね、分かりました、お受けします!」

「いや、俺はそんな事は一言も言ってないよ!?」

「悪い事をしたらお仕置きされるのは当然、例えそれが性的なものでも」

「萌郁まで何言っちゃってんの!?」

「大丈夫です八幡様、エルザも誘いますから秘密は守られます」

「うんうん、秘密厳守」

 

 八幡はため息をつくと、そんな二人のお尻を再び叩いた。

 

「きゃっ!」

「い、痛い」

 

 幸いこの二人はエルザのようにドMではなかった為、普通に効果があったようで、

二人はお尻を押さえながらその場に蹲った。

 

「ほれ、お仕置き終了だ。この後移動するからその準備を頼む」

「分かりました」

「了解」

 

 二人はそう言われ、即座に立ち上がってそう言った。何とも切り替えの早い事である。

 

「で、どこに行くんですか?」

「病院なんだが、ジョジョに場所を聞くつもりだ」

 

 丁度その時部屋がノックされ、そのジョジョが中に入ってきた。

 

「やぁやぁ、戦いの邪魔をしちゃってごめんね」

「いや、それは別にいい。それよりジョジョ、聞きたい事があるんだが」

 

 八幡はそう言って、ジョジョにとある病院の名を告げ、そこまでの道順を尋ねた。

PoHについては個人情報でもあるし、最初から聞くような事はしなかった。

どうせ登録も偽名で行っているだろうし、どこからアクセスしているかも、

巧妙にカモフラージュされているだろうと思ったからである。

むしろ八幡は、PoHが日本にいないらしい事が分かった為、ひと安心していた。

 

「へぇ、ここかぁ」

 

 ジョジョはその病院の名を聞いて、訳知り顔でそう言った。

 

「何かあるのか?」

「いやね、ここってば一般の患者さんは受け付けてない病院なんだよね、

いわゆるセレブ御用達って奴?」

「そうなのか?」

「だからタクシーの運転手とかにこの病院の名前を言っても、

多分どこだか分からないと思うんだよね」

「あの野郎、そういう事は事前に言っとけっての」

 

 そう毒づく八幡に、ジョジョからこんな提案があった。

 

「それなら僕が連れてってあげるよ、入り口も顔パスでいけるしね」

「マジか、それは助かるわ」

「そのかわり、僕もサトライザーに会わせてくれないか?そこに彼がいるんだろ?」

 

 ジョジョはどうやら二人の様子からそう考えたらしい。

何とも食えないが、やはり有能な男である。

 

「何故あいつに?」

「いや、彼ってばうちのスターだからね、理由は分からないが、

もしおかしな病気で引退とかなったら僕も困るから、一応確認しておきたいんだよね」

「う~ん……」

 

 さすがの八幡も、その提案には迷った。

 

「あ、一応面識はないけど話した事はあるから、

彼に僕の名前を出して確認してもらって、許可が出たらって事でいいよ」

「ん、そうか、それならいい」

「オーケーオーケー、それじゃあ早速行こうか」

 

 こうして四人はサトライザーのいる病院へと向かう事になった。



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第839話 だが断る

 ジョジョが同行してくれたせいか、八幡達はそれはもうあっさりと、

サトライザーことガブリエル・ミラーのいる病室へと案内された。

最初にジョジョが同行している事を伝えたが、

ガブリエルは二つ返事であっさりと同行の許可を出してくれた。

そして今、八幡の前には片目に包帯を巻き、左腕を吊ったガブリエルの姿があり、

さすがの八幡も一瞬絶句した後、慌ててガブリエルに駆け寄った。

 

「おいおい、一体何があったんだ?」

「部下をかばった名誉の負傷って奴さ、まああいつが無事で良かったよ」

「……………お前はそういう事に関しちゃ、もっとドライな奴だと思ってたんだけどな」

「俺自身もそう思っていたさ」

 

 サトライザーは自嘲ぎみにそう答えた。

 

「今は違うってのか?」

「多分そうなんだろう、俺が庇ったのはうちの隊の一番の問題児で、

普段から人殺しをショーとしか思っていないような奴なんだが、

それでも俺はあいつを庇ってしまった、体が勝手に動いたんだ。

そしてその瞬間に、確かに俺は君の顔を思い浮かべたような気がする」

 

 八幡はその変化が悪い事だとはどうしても思えなかったが、

その事を直接口に出す事ははばかられたのか、代わりに憎まれ口を叩いた。

 

「そうか、それはご愁傷様だったな、

まあ俺と知り合ったのが不運だったと思って諦めてくれ」

「まったくだ、おかげで俺は弱くなったかもしれん」

「さて、それはどうだろうな」

 

 二人は顔を見合わせ、ハハッと笑った。

 

「という訳で、君には責任をとってもらいたい」

「うげ、そうくるのかよ、一応聞くが、俺はどう責任をとればいいんだ?」

 

 その言葉を受け、ガブリエルは神妙な顔になると、こう八幡に切り出した。

 

「妹の事だ」

「ん?レヴィの?」

「ああ、実は俺のこの目なんだが、もう見えるようになる事はない」

「そ、それは……」

 

 八幡はその重い現実に打ちのめされた。

 

「ついでにこの左腕は、元通りになる可能性はかなり低く、

もし治っても、リハビリに途方も無い時間がかかるらしい」

「それはつまり………」

「………ああ、傭兵はもう引退だ、退院したら就職活動をしないとだね」

 

 ガブリエルは冗談めかしてそう言うと、八幡に頭を下げた。

 

「お、おい、頭なんか下げるなって」

「そんな訳で、すまないがレヴィの事だけは宜しく頼みたい。

どうやらあいつは日本を、そして君を気に入っているようだ。

俺が傭兵をやめる以上、あいつがこっちに戻ってくる意味はもうあまりない。

だから可能なら、このままあいつを君のところで働かせてやってくれないか?」

 

 落胆しているであろうガブリエルには悪いが、

その言葉は八幡にとっては運命を感じさせるものだった。

なので八幡は、その言葉を即座に否定した。

 

「だが断る」

 

 八幡はジョジョの目を意識しつつそう言い、ジョジョは思わずニヤリとした。

 

「………駄目かい?」

 

 さすがのガブリエルも、この時ばかりはとても悲しそうな顔でそう尋ねてきた。

 

「今のままじゃ駄目だな、でもまあ保護者同伴って事なら認めなくもない」

「保護者?だが困った事に、俺達の両親は既に他界していてね」

「それがどうした?」

 

 八幡はそう言って、ガブリエルをじっと見つめた。

 

「いや、でも……」

「それがどうした?」

「俺が何かの役にたつとは……」

「それがどうした?」

「……………」

 

 ガブリエルは取り付く島が無い八幡の態度に困り果てたが、決して悪い気分ではなかった。

だがこのまま素直にお願いしますと言うのは何かしゃくであったガブリエルは、

どう答えればいいのかと考え込み、しばらく無言になった。

その時横からクルスが八幡にこう言った。

 

「八幡様、相手は怪我人ですし、その……」

 

 ここでクルスの日本人的気質が発揮された。

おそらくクルスは、ガブリエルが怪我人であるが故に、

遠慮してしまっているのだろうと考えたようだ。

それは八幡も同様であり、八幡は考えを改め、言葉遊びをやめる事にした、

 

「なぁ、お前さえ良かったら、残りの人生を日本で過ごしてみないか?

さっきも言ってたが、レヴィも日本を気に入ってるみたいだし、

自分で言うのは少し恥ずかしいが、うちに就職ってのは決して悪い話じゃないと思うんだが」

「日本か……」

 

 どうやらその八幡の真摯な態度を受け、ガブリエルも素直になったようだ。

ガブリエルは遠い目をしながら、今後の事に思いを馳せた。

 

(確かに俺は日本の文化が好きだし、何より八幡と一緒に何かをするのは楽しそうだ。

ソレイユは給料もいいと聞いているし、老後も安泰だろう)

 

 ガブリエルはそう考え、八幡に右手を差し出した。

 

「分かった、怪我がある程度治ったら、妹共々世話になる」

「よっし、決まりだ。マックス、姉さんに連絡を頼む」

「分かりました」

 

 八幡とガブリエルは固い握手を交わし、しばらくお互いにその手を離さなかった。

そのせいだろうか、そんな二人の間にクルスが割って入り、

クルスはガブリエルをビシッと指差しながらこう宣言した。

 

「あなたに八幡様は渡しませんからね!」

 

 その言葉にガブリエルはキョトンとし、八幡はこめかみに手を当てながらクルスに言った。

 

「マックス、いいからさっさと連絡だ」

「す、すみません、つい!」

 

 クルスは慌ててどこかに電話をかけ始め、八幡はガブリエルに謝った。

 

「悪い、今のは気にしないでくれ」

「大丈夫だ、日本には『フジョシ』という文化があると聞いている」

「おい馬鹿やめろ、その言葉を出すと海老名さんっていう怖い人が登場する気がするから、

絶対に人前でその単語を口に出すんじゃねえ」

 

 八幡はそのガブリエルの言葉を即座にそう斬って捨てた。

 

「わ、分かった。ところでそろそろそちらの彼を紹介してもらってもいいかな?」

 

 ガブリエルは八幡の剣幕に驚いてそう頷くと、

別の話題を探すかのように、ジョジョの方を見ながらそう言った。

 

「そうだったそうだった、すまんジョジョ、あんたの事を忘れてた」

「いやぁ、別に構わないよ、無理を言って付いてきたのはこっちだしね」

 

 ジョジョはそう言うと、ガブリエルに右手を差し出しながら言った。

 

「僕はジョン・ジョーンズ、初期の頃のGGOで、

同じ名前でプレイしていたんだけど覚えているかな?サトライザー」

「ああ、やっぱりジョンだったのか、久しぶり、それとも初めましてかな」

 

 どうやら先だってジョジョが言った、

面識は無いけど話した事はあるというのはそういう意味だったらしい。

二人もまた固く握手を交わし、それからは和やかな会話が繰り広げられる事となった。

 

「八幡様、社長の許可がとれました、というか、是非お願いとの事です」

「おおそうか、そんな訳でガブリエル、さっきの話、決定な」

「分かった、こちらも準備を進めておく」

「ところでサトライザー、その体でも、GGOをプレイするのに支障は無いんだろう?

まさか引退するとは言わないよね?」

「それは新しい仕事の内容次第なんだが……」

 

 そう言ってガブリエルは八幡の方を見たが、八幡は問題ないという風に頷いた。

 

「大丈夫らしい、そっちは現役続行だな」

「でも所属は日本サーバーになるよね?」

「まあそうなるだろうね」

「なるほどなるほど、まあGGOを続けてくれるなら問題ないか」

 

 ジョジョはそう呟くと、二人に向かって笑顔でこう言った。

 

「それじゃあ僕も日本で働くよ、その方が楽しそうだ」

「は?いきなり何を言ってるんだよジョジョ」

「いやね、僕ってば仕事が出来る男だからさ、昇進の話が来てるんだけど、

本社の役員か日本支社長、どちらかを選んでいいって言われてるんだよね。

だから日本支社長になる事にするよ」

「ああ、そういう事か」

「そんな訳で、今後とも宜しくね」

「分かった、そういう事なら宜しくだな」

 

 ジョジョはそう言うと、準備があるからと東京での再会を約して去っていった。

 

「なぁ、ところでガブリエル、ALOのアカウントなんて持ってないよな?」

「ああ、さすがにそれは持ってないが……」

「それじゃあ作ってくれ、もしくはコンバートな」

 

 その八幡のいきなりの申し出に、ガブリエルは狼狽した。

 

「いや、しかし新しい環境に早く慣れないとだし、新規でゲームを始めるのは……」

「いいんだよ、ALOはうちの製品だぞ、つまり遊ぶのも仕事の内って事だ」

「そ、そうなのかい?」

「ああ、そうだ」

 

 八幡は自信たっぷりにそう言い、ガブリエルは二つ返事で了承した。

 

「分かった、とりあえずサトライザーをコンバートさせておく」

「よしマックス、大至急駒央と沙希に連絡を入れて、

ガブリエル用の装備を揃えてもらってくれ。

オートマチック・フラワーズだぞ、間違えるなよ」

「わ、分かりました、オートマチック・フラワーズですね」

 

 クルスは目を見張りつつ、念を押すようにそう復唱した。

 

「そうだ、それと武器は、ギルドの在庫を使って雷丸クラスの武器を作るように伝えてくれ。

やや大きめの短剣がいいな、名前は………なぁガブリエル、好きな日本語って何かあるか?」

「それなら『星』という漢字が個人的にはお気に入りかな」

 

 目の前で今起こっている事が一体どういう意味を持つのか分からないまま、

ガブリエルは無邪気にそう答えた。

 

「星か……星、星、ああそうか、あれにしよう」

 

 八幡はそう呟くと、携帯に『焔星』の文字を表示させ、ガブリエルに見せた。

 

「何だいこの格好いい文字は」

「まあ火、ファイアって意味の別の漢字だな」

「なるほど、日本語は奥が深いな」

「ガブリエルの武器の名前はこれでいいか?」

「ああ、とても気に入った、是非それで頼む」

「了解だ、マックス、手配してくれ」

「分かりました」

 

 こうして本人も知らぬまま、ガブリエルはヴァルハラのメンバーとなり、

特別枠のソレイユを除くと、キリト、アスナ、ユキノに次ぐ、四人目の副長となった。




こうしてヴァルハラは、黄金時代を迎える事となりました。


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第840話 気にしないで、仲間でしょ?

 ガブリエルの勧誘に成功し、八幡達は意気揚々と滞在しているホテルに戻った。

そして関係各所に連絡を入れた後、さすがに疲れたのだろう、

八幡は明日奈達が出発する時間まで仮眠をとる事にした。

 

「それじゃあ俺はちょっと寝てくるわ」

「はい、私は先にALOにログインして待ってますね」

「それならガブリエルをヴァルハラ・ガーデンに案内してやってくれ。

誰かを迎えに出すって事はもう伝えてあるからな」

「分かりました、私が案内して、他のみんなを驚かせてやります」

 

 八幡はそう言ってベッドに横たわり、

クルスは先に一人でALOにログインする事になった。

ちなみに萌郁は紅莉栖達を迎えに出かけている。

 

「それじゃあ後でな」

「あ、八幡様、一応部屋の鍵をお預かりしておいていいですか?

何かあった時に直接部屋に伺えるようにしておきたいので」

「ん、そうか?分かった、それじゃあこれを」

 

 八幡はそう言って部屋の鍵をクルスに渡した。この辺り、相変わらず脇が甘い。

クルスは自分の部屋に戻ってアミュスフィアを持ってくると、

ドアに張り付いて八幡の気配を探り、八幡が眠りについたのを見計らって部屋の中に入った。

 

「萌郁もいない事だし、八幡様は私が守らないと……

そう、これはあくまで護衛であって、別に八幡様の寝顔を見たいだとか、

決してそういった邪な理由ではないのです」

 

 クルスは一体誰に向かって話しているのかは分からないが、

そう独り言を言って、八幡の隣に横たわった。

 

「もしかしてALOから戻ったら、八幡様がうっかり私に抱き付いていたりとか?

きゃぁ、そんなラッキースケベイベントが本当にあったらどうしよう」

 

 クルスはとてもレアな素の喋り方でそう呟くと、そのままALOへとログインした。

 

 

 

「もしかしてサトライザー?」

 

 スタート地点できょろきょろしつつも、強者のオーラを出しているプレイヤーを見付け、

セラフィムは即座にそう声を掛けた。

 

「あ、ああ、君は?」

「私、クルス、ここではセラフィムね」

「ああ、八幡が迎えを出してくれると言っていたが、君だったのか、

まさか仕事でゲームをやる事になるとは思わなかったが、今後とも宜しく頼む」

「それはハチマン様の冗談」

 

 セラフィムにいきなりそう言われ、サトライザーはあんぐりと口を開けた。

 

「え?いや、だって仕事だと……」

「確かにそういう側面もある、でも仕事というのは嘘、

ハチマン様は多分、あなたと一緒に楽しい時間を過ごしたいだけ」

「楽しい時間?」

「そう、仲間と共に過ごす楽しい時間、そしてちょっぴりの戦闘、

多分今までのあなたに足りなかったもの」

「俺に足りなかったもの……」

 

 サトライザーはその言葉に面食らったものの、決して悪い気はしていなかった。

 

「それじゃあここでの私達のホームに案内するわ、

道中はちょっと人が多いかもしれないけど、基本こちらに関わってくる人はいないわ。

もし話しかけられても適当にあしらってね」

「それはどういう……」

「行けばわかる」

 

 セラフィムはそう言って歩き出し、サトライザーもその後に続いた。

そして転移門の前で、セラフィムはサトライザーに手を差し出した。

 

「その手は?」

「転移は初めてだろうから、今回は私と一緒に飛びましょう。

手を繋いでいれば目的地が同じだと判断されるから、

私の後に続いて門を通り過ぎてくれればいいわ」

「分かった」

「本当はこの手は八幡様専用なのだけれど、今日は特別よ」

 

 セラフィムのその言葉を聞き、サトライザーは思わずこう言った。

 

「なるほど、君もハチマンの事が好きなんだね」

「もしかして今頃気付いたの?」

「ああ、仕事中はそういう事は極力考えないようにしてきたからね」

「そう、ハチマン様は私の全て、そして私の全てはハチマン様のもの」

「なるほど、ハチマンはモテるんだな」

「これからもっと実感させられる事になるわよ」

「分かった、覚悟しておく」

 

 そして二人は転移門を潜り、二十二層へと転移した。

 

「こっちよ」

「あ、ああ」

 

 二人はヴァルハラ・ガーデンへと向かって歩き出した。当然もう手は繋いではいない。

 

「あの人だかりは?」

「多分うちのファンよ、まあいつもの事」

「あれが全部………?」

 

 そこには今日も多くのプレイヤーが詰め掛けていたが、、

その中を歩く見知った後ろ姿に気付いたセラフィムは、そのプレイヤーに声を掛けた。

 

「シノン!」

「あれ、セラ?確か今はアメリカじゃなかったっけ?」

「ちょっとハチマン様からの頼みで、新人を連れてきた」

「そうなの?へぇ、あなたが新人さん?私はシノン、宜しくね」

 

 シノンはそう言いながらサトライザーに手を差し出してきた。

 

「俺はサトライザーだ、これから宜しく頼むよ」

 

 サトライザーがそう自己紹介をした瞬間に、シノンの手が止まった。

 

「え?サトライザーってあのサトライザー?第一回BoBの優勝者の?」

「確かに俺はそのサトライザーだが、君はよくそんな事を知っているね」

「だって私、第三回BoBの優勝者だもの」

 

 そう言われたサトライザーは、驚きのあまり目を見開いた。

 

「本当かい?女性なのに凄いんだな君は」

「あなたにそう言われるのは痛し痒しね、で、セラフィム、どうしてこんな事に?」

「ハチマン様が決めた事」

「そう、ならいいわ」

 

 それであっさりと納得した様子のシノンを見て、サトライザーは目を剥いた。

 

「そ、それでいいのかい?」

「だってハチマンが決めた事でしょ?私はそれに従うだけ、ここでもリアルでもね」

 

 その主体性の無さはあまりいい事では無いように思われるが、

そう言ったシノンの顔が紅潮していた為、サトライザーは、

おそらくこれは男女の関係の事を比喩して言っているのだろうと考えた。

 

「そうか、君もハチマンの事が好きなんだね」

 

 思わずそう口に出したサトライザーに、シノンは満面の笑みでこう答えた。

 

「そうよ、悪い?」

「いや、悪くない」

「ならいいわ」

 

 サトライザーは笑顔でそう答え、シノンもそう頷いた。

丁度その時二人組の女性プレイヤーが、三人に声を掛けてきた。

 

「あ、あの、姫騎士様、必中様、今日もザ・ルーラー様はいらっしゃらないんですか?

最近姿が見えないので、ちょっと心配で………」

「姫騎士とか必中とかザ・ルーラーって何の事だい?」

 

 サトライザーはその聞き慣れない言葉について、そっとシノンに尋ねた。

 

「私達の二つ名よ、私が必中、セラが姫騎士イージス、

ザ・ルーラーってのはハチマンの事ね」

「ああ、なるほど、そういえば俺にもあったわ」

「そうなの?何て名前?」

「死神」

「……………そ、そう、ピッタリすぎて言葉も出ないわ」

 

 若干気まずい雰囲気が流れる中、その横でセラフィムは、その女性と和やかに話していた。

 

「ハチマン様は今ちょっと旅行に行ってるの、でも元気だから大丈夫よ」

「そうですか、それなら良かったです!」

「うちのリーダーが心配かけてごめんなさいね」

「いえ、こちらこそ不躾な質問をしてしまってすみませんでした!」

 

 その女性はそう言って頭を下げ、サトライザーはその女性に何気なくこう尋ねた。

 

「君はハチマンの事が好きなのかい?」

「す、好きっ!?い、いえ、私はただ憧れているだけで、

そんな恐れ多い事は考えてもいません!お姿が見られるだけで十分です!」

 

 その反応を見てサトライザーは、

これがヴァルハラの女性メンバーと一般人の違いなんだろうと実感した。

ハチマンに対する本気度がまったく違うように感じられたのだ。

 

「あ、あの、ヴァルハラの新しいメンバーの方ですか?」

「ああ、一応そういう事になっているね」

「そうですか、これからの活躍をお祈りしていますね!」

「ああ、ありがとう」

 

 サトライザーはそう言って手を差し出し、その女性は驚いた顔でその手を握ると、

とても嬉しそうな表情で仲間達の方へと去っていった。

 

「君達は随分と人気があるんだね」

「そうね、私達はヴァルハラだもの。あなたも今の反応で分かったでしょう?

でもまああんなものじゃないわよ」

「それは想像もつかないな」

「まあいずれ実感する事になるわ、それじゃあ行きましょ」

 

 そしていつもの如く、サトライザーの加入を示すシステムメッセージが拠点前に鳴り響き、

そこに集まっていた者達は、

またヴァルハラに新しいメンバーが加わった事を知って大いに盛り上がった。

 

 

 

「ここは………」

「どう?ちょっと凄いでしょ?」

「言葉もないな」

 

 サトライザーは、ヴァルハラ・ガーデン内部の豪華さに圧倒されていた。

そこに事前にハチマンから連絡をもらっていたナタクとスクナが現れた。

 

「セラフィムさん、そちらの方が?」

「うん、サトライザーさん」

「そうですか、僕は主に鍛治を担当しています、ナタクです」

「私はスクナよ、裁縫や革細工を主にやっているわ」

「初めまして、サトライザーです、これからお世話になります」

 

 そう軽く挨拶を交わした後、ナタクとスクナはいきなりサトライザーを、

奥の工房へと連れていった。

 

「それじゃあ早速行きましょう」

「武器と装備のバランス調整をしますからね」

「えっ、もう武器と防具が完成しているの?」

「ええ、設計図はもうありますから、素材さえあれば一瞬で出来ますよ」

「仕事早っ!」

 

 こうしてサトライザーは二人に連れていかれ、

セラフィムとシノンはスリーピング・ナイツについて話を始めた。

 

「そういえばアスナ達はそろそろ出発?」

「うん、確かそうかも」

「見送りに行く?」

「う~ん、私達が行って騒ぎになると、余計なプレッシャーをかけちゃうかもだし、

凱旋してきたところを迎えるくらいでいいんじゃないかな?」

「それもそうか、それじゃあそれまでサトライザーに飛び方でも教えておく?」

「うん、そうしよっか」

 

 そして二人の前に、

ナタクとスクナの手によって装備の調整を終えたサトライザーが姿を現した。

 

「えっ?そ、その格好………もしかして副長になるの?」

「ええ、その通りよ」

「副長?副長ってどういう事だい?」

「セラ、どういう事?」

「全部ハチマン様からの指示。実力から考えると妥当。私も一秒で首を刎ねられたしね」

「えっ?お、俺が君にそんな事を?」

 

 その言葉に一番驚いたのは、当のサトライザーであった。

 

「あなたは覚えていないでしょうけど、第一回BoBに私も出場していたから」

「そ、そうなのか、すまん、全然覚えてない」

「でしょうね」

 

 サトライザーは恐縮していたが、そんなサトライザーの肩を、セラフィムはポンと叩いた。

 

「気にしないで、これからはシャナ様と共に楽しく暮らしていきましょう」

「楽しく、ね」

 

 それでサトライザーも気が楽になったのか、リラックスしたような顔をした。

副長に任命された驚きは、その言葉でどこかに飛んでいってしまっている。

サトライザーがその重みを知る事になるのは、もう少し先の事であった。

 

「それじゃあ早速だけど、飛び方の練習をしに行きましょう、

今日は暇だから、私がみっちりと鍛えてあげるわ」

「そうか、ALOでは空を飛べるんだったね、それは楽しみだ」

「僕はここで落ちておきますね、

実はハチマンさんからの頼みを果たす為に、寝てないんですよ」

「そうなのかい、俺の為に本当にすまない」

「いえいえ、趣味でやってる事ですから」

 

 恐縮するサトライザーに、ナタクは笑顔でそう答えた。

 

「私もそんな感じ、まあハチマンの頼みだから別にいいんだけどね、

その変わり今度、ふ、二人きりで食事にでも連れてってもらおうかしら」

 

 スクナが顔を背けながらも、何かを期待するように紅潮した表情でそう言うのを見て、

サトライザーは今日三度目となる質問をした。

 

「そうか、やっぱり君もハチマンの事が好きなのか」

「うっ、い、今は出遅れた感があるけど、

この中で一番早くにあいつと知り合ったのは私なのよ」

「なるほど、そうなんだね」

 

 サトライザーはそんなスクナの態度を微笑ましく感じた。

そしてサトライザーは二人に丁寧にお礼を言った。

 

「今日は本当にありがとう、副長が何をすればいいのかまだ分からないが、精一杯頑張るよ」

「気にしないで下さい、仲間なんですから」

「そうそう、でももし何かあったら私達を守ってね、私達は戦闘力はあまりないのよ」

「分かった、約束しよう」

 

 こうしてナタクとスクナはログアウトし、残った三人はそのままアルンへと向かい、

サトライザーの飛行訓練が行われる運びとなった。

そして三時間後、ちょっと休憩という事になり、

三人は一旦街に戻ってからログアウトする事にした。

フィールドでログアウトするのは、ローテアウトの必要があり面倒だからである。

 

「いやぁ、色々教えてもらえて本当に助かったよ」

「というかあんた、コツを掴むのが早すぎよ、

もうコントローラー無しで自由自在に飛びまわってるじゃない」

「こういうのは得意なんだ」

「それにも限度があるわよ!」

「まあまあ、上達が早いのはいい事だよシノン」

「そうだけど、やっぱりちょっと悔しい……」

「で、休憩の後はどうする?」

「そうね、街の色々な施設を案内しましょうか」

「そうね、それがいいかも」

「何からなにまで本当にすまないね」

「気にしないの、仲間でしょ?」

「あ、ああ、そうだね」

 

 そして三人はログアウトし、クルスは八幡のベッドで目を覚ました。



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第841話 召喚スキル

 サトライザー達が飛行訓練を終えた丁度その頃、

起きる予定の時刻をとうに過ぎてもまだ寝ていた八幡は、まどろみの中にいた。

 

(ん、この抱き枕、中々調子がいいな……)

 

 その時突然近くでビ~っという聞きなれた音が聞こえた。

 

(ん、今のはアミュスフィアの音か?何だ?)

 

 上手く働かない頭でそう考えた八幡は、何とか体を起こそうとしたが、

丁度その時八幡のスマホに着信があり、八幡はうとうとしながらその電話に出た。

 

「はい、比企谷です」

「あ、八幡さん、僕ですレコンです」

「おう、レコンか、どうした?」

「いきなりすみません、もしかして寝てましたか?」

「いや、大丈夫だ、それで何かあったか?」

「あ、はい、八幡さんは、召喚スキルについて何かご存知ですか?」

「召喚スキル?ああ、あの偵察用スキルな」

「偵察用?」

「おう、召喚出来るのはかなり弱い魔物のみで、召喚主と視界の共有は出来るが、

戦闘にはまったく使えない、まさに斥候職の為にあるようなスキルだな。

SAOの時も召喚スキル持ちがいたんだが、実は使い魔が敵に感知されると、

主人まで感知されちまうっていう欠点があってな、

何度もトレインを引き起こしてからまったく使われなくなったっていうネタスキルだな、

で、それがどうかしたのか?」

「はい、実は例の同盟のプレイヤー、召喚スキル持ちみたいなんです」

「ほう?」

「それで考えたんですけど、使い魔をボス部屋に紛れ込ませる事って可能だと思いますか?」

 

 その時八幡の脳裏に、昼にドローンを使った時の記憶が蘇った。

 

「どうだろう、実験した事が無いから分からないが、

でもよく気付いたなレコン、俺にはその発想は最初から無かったわ、

使い魔と主人は一心同体だと思っていたからな」

 

 この時八幡の脳裏にあったのは、シリカとピナである。

召喚スキルとテイマースキルはまったく違うが、

普段からシリカ達と接していた八幡は、そう考えるのが普通になっていたのである。

 

「でもそれなら辻褄が合うな、同盟が絶対に一番手でボス部屋に突入しない理由、

そして二番目に入って必ず初見突破する理由、

そうか、あいつらそんな事をやってやがったか」

「どうします?」

「ルール上は別に禁止だっていう決まりは無いが、

それででかい顔をされるのは気に食わないな、

いずれ何らかの注意喚起はするとして、とりあえずレコン、その事をアスナに伝えてくれ」

「分かりました」

「って、もうこんな時間かよ、

ちょっと仮眠するつもりだったが随分と寝ちまったようだ、アスナはもうボス部屋か?」

「え~と、あ、はい、たった今居場所がボス部屋に変わりました」

「それじゃあ急いで連絡してやってくれ、多分メッセージなら問題なく届くだろう。

俺も後でそっちにログインするから」

「はい、僕はこのまま同盟の動きを監視しますね」

「悪いな、頼むわ」

 

 そして八幡はスマホを置き、どうしようか考えながら抱き枕に顔を埋めた。

 

「なるほどなぁ、さて、どうしたもんか」

「とりあえず各方面に、突入時の注意喚起でもしますか?」

「そうだな、今出来るのはそのくらいだよなぁ……」

「では私からジュエリーズ辺りに連絡を入れておきますね」

「おう、いつも悪いな、マックス」

「いいえ、こういった役得もありますからお気になさらず」

「役得?何かお前に役得なんかあったか?」

「はい、私は今、とても幸せです!」

 

 その瞬間に八幡の脳が一気に覚醒した。

今自分は誰と話しているのだろうか、この部屋には俺しかいなかったはずだ、

そもそもこの部屋には抱き枕など無かったはずだ、

というか普通のホテルにはそんな物は存在しない。

そう考えて頭を上げた八幡の視界に入ってきたのは、

今まさに自分が顔を埋めていたであろう、

まるでパジャマのような見覚えの無い布地に包まれた、とても柔らかい二つの物体であった。

 

「な、何だこれは」

「私の胸です、八幡様」

「おおそうか、相変わらずお前はいい胸をしてるな………って違う!

え?も、もしかしてマックスか?」

「えっと………は、はい」

 

 八幡は慌てて体を起こして周囲を観察した。

見ると自分の隣には顔を紅潮させたクルスが横になっており、

その横にはアミュスフィアが置いてあった。どうやらさっきの音はこれだったらしい。

 

「ど、どうしてこんな事に!?」

「はい、八幡様をお守りする為、念の為に隣に寝てALOにログインしたのですが、

起きたら八幡様が私の胸に顔を埋めていました、

もしかして抱き枕か何かだと勘違いされていましたか?」

「そ、そうだな、さっきまでそう思ってたわ」

 

 八幡は顔を青くしながらそう答えた。

 

「その状態で電話がかかってきて、その内容が聞こえてしまった為、

私なりに対応策を考えていたところ、八幡様が私に問いかけるような事を仰られたので、

それに対して自分なりの考えを述べたと、まあそういう流れですね」

「そ、そうか、助言ありがとな………」

「はい!」

 

 クルスは嬉しそうにそう答えた。

 

「で、ここからが本題なんだが……」

「はい」

「ええと、俺はお前にその、セクハラまがいな事を他にしでかしたりはしてないよな!?」

「それはありえません八幡様、何故なら八幡様が私に何かしたとして、

それを私がハラスメントだと受け取る事は絶対に無いからです」

 

 それを聞いた八幡は、やっぱり自分は何かしたのかと、

汗をだらだらとたらしながらこうう言いなおした。

 

「俺の言い方が悪かった、俺は寝てる最中に、お前に何かエロい事をしたか?」

 

 クルスはそれに倒して満面の笑みでこう答えた。

 

「大丈夫ですよ八幡様、私の体に異常はみられません、

もしかしたら全身をまさぐられたりはしたかもしれませんが、そのくらいです」

「そ、そうか、それなら良かった、いや、良くはないが……」

「私にとってはご褒美なのですが」

「そ、そうか、残念ながら俺はその事をまったく覚えていない………

いやいや、そうじゃない、決してそれが残念などという事はない、

というか、こういう事はあまり感心しないな、俺の身を案じてくれる気持ちは嬉しいが、

間違いが起こったら大変だから、あまり軽率にこういう事はするんじゃないぞ」

「私としては間違いが起こってしまうのはむしろ望むところなんですが、

八幡様を困らせてしまったのは不本意です、本当に申し訳ありません」

「いやいや、まあ分かってくれればいい」

「はい、初めてはアスナと三人でって約束しましたから、今後は気を付けます!」

 

 そのクルスの言葉に八幡は盛大に頬を引きつらせた。

 

「そ、そうだな、気を付けてくれ」

「はい!」

 

 そして二人はベッドの端と端に座りなおし、お互いにやや乱れていた着衣を直した。

はたから見ると完全に事後であったが、今は着替え直す時間が惜しかった。

 

「さてマックス、事情は分かっているな」

「はい、大体は」

「うちの対応はさっき言った通りだが、問題は今まさに戦っているであろうアスナの事だ。

マックスはアスナがどう動くと思う?」

「そうですね……」

 

 クルスは少し考え込むようなそぶりを見せた後、顔を上げてこう言った。

 

「アスナの気性だと、初見で勝てればそれでよし、

もし駄目だったら続けてもう一回同じボスに挑もうとするのでは?」

「つまりもし負けた場合に一戦だけで終わらせて、

三十五層に挑戦し直すような事はしないと思うんだな?」

「そう思います、アスナはあれで、負けず嫌いですからね」

「俺も同じ意見だ、しかも今回は、一緒にいるあいつらもそうだしなぁ……」

 

 八幡はスリーピング・ナイツの面々の顔を思い浮かべながらそう言った。

特にランはそういった傾向が強い気がする。

 

「それでネックとなるのは同盟の動きですね、うちが介入しつつあるこの状況で、

この層は諦めるか、それともいつも通りに二番手で突入してあっさり攻略してしまうか、

どちらを選ぶのか何とも言えませんよね」

「レコンの調査結果次第では、俺達も動く事になるか」

「はい、アスナ達だけで同盟全体とやり合うのは少し厳しいかと」

「だな、よしマックス、とりあえずユキノに連絡をとってくれ、俺はキリトに連絡をとる」

「その二人だけでいいんですか?」

「おう、ついでにこの機会に、

サトライザーに衝撃のデビューって奴をさせてやろうと思ってな、

それにはあまりこっちの人数は多くない方がいい」

「確かにそうですね」

「ついでに新しい副長をキリトとユキノにお披露目だ」

「あの二人、驚くでしょうね」

「どうだ、面白いだろ?」

「はい、とても」

 

 二人はそう言ってクックッと悪い顔で笑い合うと、キリトとユキノに連絡を入れ、

二人がログイン可能な時間に合わせて自らもログインする事にした。

 

「それじゃあマックス、祭りの始まりだ」

「はい、わっしょいしていきましょう!」

 

 二人はそう言って、それぞれ自分の部屋からALOにログインした。

 

 

 

 一方ボス部屋に突入したアスナは、

丁度そのタイミングでレコンからのメッセージを受け取っていた。

 

「あっ、ごめん、ちょっと誰かからメッセージが来たみたい、

大事な内容だと困るから、ちょっと先に確認していい?」

「うん、別にいいよ」

「ごめんね、ありがとう」

 

 結果として、ここで先にメッセージを確認した事は、

スリーピング・ナイツにとってはまさに僥倖な出来事となった。

 

「えっと、何々………えっ、そういう事なの?」

 

 アスナも召喚スキルについては知っていたが、その認識は八幡と同じようなものであった。

最初にアスナがやったのは、自分達の会話を聞かれないように音楽を流す事である。

幸いにもアスナは攻略後のお祝いで披露しようと思っていた曲を持っており、

その曲を今このタイミングで流し始めた。

 

「あれ、これってALOのテーマソング?」

「神崎エルザだ!」

「でもこれって英語バージョンなんかあったっけ?」

「ふふっ、本邦初公開だよ、ちょっと前にハチマン君が送ってきてくれたの」

「マジか!テンション上がるぜ!」

「さすがは兄貴!」

「最高だね!」

 

 これにより、仮にどこかに同盟が放ってきたスパイ召喚獣がいたとしても、

スリーピング・ナイツの会話を聞く事は難しくなった。

そしてアスナは仲間達を集め、レコンから送られてきたメッセージの内容を説明した。

 

「えっ、本当に?」

「そういう事だったのか」

「あいつら汚いね」

「まあルール上はセーフなんでしょうけど、さすがにちょっと……」

「なのでみんなにはさりげなく周囲を観察してみて欲しいの。

術士は扉の前にいたし、どこかにあのトカゲがいるかもしれないから」

 

 一同はこっそりと辺りを伺い、あのトカゲのような召喚獣がどこかにいないか探し始めた。

そしてユウキが真っ先にその存在を確認した。

 

「あっ、いた!」

「どこ?」

「ほら、ボクの正面、岩の陰!」

「あ、本当だ」

「やっぱり……」

「召喚獣はこの中に入れるんだね」

「他のプレイヤーは弾かれるのにね」

「さて、どうする?」

「とは言えとりあえず戦うしか手は無いよね?」

「まあ一発でクリアすれば問題なくね?」

「アスナが立ててくれた作戦なら大丈夫でしょ!」

「そうだといいんだけど……」

 

 アスナは自分の立てた作戦には自信を持っていた。

だが何か見落としているような気もしており、それが何か分からずに若干焦りを感じていた。

だがそんなそぶりを仲間達に見せる訳にもいかず、アスナは殊更に笑顔を作ってこう言った。

 

「うん、とにかく頑張って、同盟の鼻をあかせてやろう!」

「「「「「「「おう!」」」」」」」

 

 そしてアスナは音楽のボリュームを少し下げ、仲間達の声がお互いに届くようにした。

 

「それじゃあ始めよう、私達の戦いを!」

 

 こうしてスリーピング・ナイツ初のボス戦が、遂に幕を開けた。



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第842話 走れ、スリーピング・ナイツ

 そして始まったボス戦の序盤で、いきなりアスナの不安の理由が判明した。

 

(しまった、ジュンとテッチの被ダメが予想以上に多い)

 

 SAO時代から、アスナが指揮をする相手は当代最強のタンクであった。

ヒースクリフから始まり、ユイユイ、セラフィムと続く流れである。

ユイユイが最強というのはイメージしにくいかもしれないが、

ALOの初期段階ではタンクを選ぶ者があまりいなかったせいもあり、

今のALOにはその二人以上のタンクは存在しない。

だが問題がそれだけならアスナは何とかしたであろう。

 

(それにシウネーの詠唱が時々遅れる、参ったな、

仲間がついてこれない作戦を考えるなんて、私、最悪だ……)

 

 アスナの知るヒーラーといえば、SAO時代にはヒーラーという職は無かった為、

ユキノとメビウス、それにリーファである。

その中でシウネーに近い立ち回りをするのはユキノだけであり、

アスナは知らず知らずのうちに、ユキノをイメージしながら作戦を立ててしまっていた。

アスナがもっと数多くスリーピング・ナイツと行動を共に出来ていれば、

今回のようなミスは無かった事であろう。

だがアスナはユウキとランの強さを見せつけられたが故に、

スリーピング・ナイツ全体をある意味過大評価してしまっていた。

 

(でもやるしかない)

 

 アスナはそう覚悟を決め、各方面のフォローをしつつ、

ユウキとランに一時的に避けタンクをさせる等の戦法をとり、何とか戦線を維持していた。

だが奇策はやはり奇策であり、仲間達も敵の動きに少しずつ慣れてきてはいたが、

今の劣勢を劇的にひっくり返すような事は出来ない。

それでも戦闘は進み、遂にアスナの体感ではあるが、全滅確定へのリミットラインを超えた。

そして今、アスナはとても迷っていた。

 

(どうしよう、再挑戦するなら出来るだけ早い方がいい、

でも戦闘を途中で投げ出すような真似を、みんなに強制してもいいのかどうか……

でももし同盟が既に戦力を集め始めていたら……)

 

 そんなアスナの迷いを感じ取ったのか、仲間達が次々とアスナに声をかけてきた。

 

「アスナ、私達に気を遣うのはやめなさい」

「作戦通りに動けなくてごめんな!」

「作戦はアスナに全て任せたんだ、どんな無茶な指示にでも僕達は従うよ!」

「そうそう、何か考えがあるなら教えてくれよ!」

「この戦いはボク達みんなのものだけど、アスナが決断したらそれはみんなの決断だよ!」

 

 短い付き合いではあるが、仲間達はアスナの事を心から信頼しているようだ。

その言葉でアスナの覚悟は決まり、全員に聞こえるような大声でこう言った。

 

「ラン、ユウキ、最後に持てる最大威力のソードスキルを敵に向けて撃って!

そしたらみんなで素直に全滅しよう、この戦闘はここまでだよ!」

 

 その言葉は一見敗北主義のように聞こえたが、

スリーピング・ナイツは誰も文句を言わなかった。

それはおそらくアスナの言葉の前半のせいであろう。

全滅するのにソードスキルを放つ必要はないのだ。

 

「オーケー、派手にぶちかますわよ」

「うん、最後に思いっきりやってやるよ!」

「ごめんね、お願い!」

 

 そしてアスナはテッチとランとユウキに戦闘を任せ、残りの全員を呼び集めた。

 

「みんな、お願いがあるの。ランとユウキ、それに私のソードスキルで、

敵のHPがどのくらい減るのか見極めて!」

「オーケーオーケー、それが先に繋がるんだよな?」

「任せて、ミリ単位まで見極めてやるわ!」

「データ収集は得意です、任せて下さい」

「私、HPゲージから絶対に目を離しません!」

 

 そしてアスナはテッチをも下がらせ、代わりに自身が前に出た。

 

「二人とも、いくよ!」

 

 その言葉を受け、ランは既存のソードスキルの中で最強のものを、

そしてユウキは当然マザーズ・ロザリオを放った。

 

「任せて!くらえ、花鳥風月!」

「マザーズ・ロザリオ!」

「スターリィ・ティアー!」

 

 その三人の同時攻撃によって、敵のHPが一気に減った。

だが当然ボスは倒れず、硬直中の三人に順番に痛打を浴びせていき、

三人は順番に死亡していった。

 

「おらおら、ひと思いにさっさと殺しやがれ!」

「あははは、あはははははは!」

「待ってろよ、俺達は必ず帰ってくるからな!」

 

 他の五人も思い思いに叫びながらボスに殺されていく。

そしてボス部屋に八つのリメインライトが並んだ瞬間に、全員は街へと転送された。

 

 

 

「ぷはっ、あはははは、やられたやられた」

「やっぱり手ごわいですね」

「さすがに八人だとねぇ」

「でも次はきっと上手くやれるはず」

「うん、その通り、それじゃあみんな、またボス部屋まで走るよ!」

 

 アスナは有無を言わさずランとユウキの手を引き、走り始めた。

それに釣られて他の者達もその後に続く。

 

「ま、当然こうなるよな」

「当たり前でしょ、何の為にアスナが全滅を指示したと思ってるの!」

「アスナ、間に合うかな?」

「間に合わなかったら仕方ないけど、同盟は私達がもっと粘るだろうと思っていたはず、

いきなり途中で戦闘を切り上げたから、間に合う可能性は十分にあると思う」

「なるほど!」

「よし、全力で走るわよ!」

「その間に私は作戦に修正を加えるね」

「それじゃあボクがアスナを誘導してあげるよ、転ぶといけないからね!」

 

 ユウキはそう言ってアスナの手を引き、アスナは思考に集中する事が可能になった。

そのままスリーピング・ナイツはフィールドを超え、再び迷宮区へと突入した。

 

 

 

 一方ハチマンはALOにログインし、

ヴァルハラ・ガーデンでキリトとユキノの到着を待っていた。

横ではサトライザーとシノン、それにセラフィムも待機しており、

ハチマンから話を聞いて、大人数を相手に戦闘をする準備を着々と進めていた。

 

『ハチマンさん、同盟はやはり戦力を集め始めました』

 

 そこにレコンからそう報告が入った、やはり同盟は動く事を選択したらしい。

 

「分かった、レコンはそのまま奴らを見張って、

敵の主力が出発したらその後をついていき、迷宮区の入り口で待機して、

更なる敵の後続が来るかどうか、そこで監視を続けてくれ」

『了解しました、任せて下さい』

 

 待っている間にハチマンはコンソールからフレンドリストを呼び出し、

アスナの居場所に変化が無いか、じっとそのリストを見つめ続けていた。

 

「どう?アスナにまだ動きは無い?」

「まだみたいだな、まあ突入時間から考えると、

今はおそらく敵のHPを半分削ったくらいなんじゃないかと思う」

「それはちょっとペースが遅いわね」

「そりゃそうだ、あいつらは八人でボスに挑んでいるんだからな」

「あ、そういえばそうだったわね」

 

 シノンとそんな会話を交わしながら待機していると、

ヴァルハラ・ガーデンに誰かが入ってきた気配がし、すぐにキリトとユキノが姿を現した。

 

「お、やっと来てくれたか、悪いな、急に呼び出したりして」

「こっちこそ遅れてすまん、で、何があった?」

「キリト君、その前にこちらの方を紹介してもらいましょう」

 

 ユキノは目ざとくサトライザーの姿を見付け、キリトにそう言った。

 

「ん?新人?って、その装備は………え、いきなり副長?

もしかして俺が知ってるSAOサバイバーの誰かか?

まさかゴドフリーのおっさんじゃないよな?」

「キリト君、驚くのは分かるけど落ち着いて」

「キリト、ナイスな反応だ、期待通りだ」

 

 ハチマンはキリトに親指を立て、続けてこう言った。

 

「こいつはサトライザー、キリトはともかくユキノは知ってるよな?」

「サトライザーだ、傭兵をしていたが、先日怪我をして引退する事になってね、

ハチマンの誘いに乗って、残りの人生を日本で送る事にした、宜しく」

 

 サトライザーはそう言って右手を差し出してきた。

その手を先に掴んだのはユキノである。

 

「これは驚いたわね、お久しぶり、サトライザーさん」

「久しぶりだねユキノ、そういえば君もハチマンの事が好きなんだよね?」

 

 そのいきなりの問いにユキノはぽかんとし、ハチマンは慌てた。

 

「おいサトライザー、いきなり何を……」

「ハチマン、サトライザーはさっきからずっと、会うメンバー全員にそう尋ねていたわよ」

「え、何それ、何のつもりで?」

 

 ハチマンは訳が分からないという表情でそう尋ねた。

 

「君がどのくらいみんなに愛されているのか興味があってね」

「何でお前がそんな事に興味を持つんだよ!」

「だって上司がどのくらい人気者なのか興味があるじゃないか、ね?」

 

 サトライザーはそう言ってユキノの方を見た。その視線を受け、ユキノはこう答えた。

 

「そうね、私は彼の事を愛しているのだけれど、今のままじゃジリ貧だから、

頑張って外堀を埋めようとしているところかしらね」

「なるほど、やはり彼には苦労させられるという事だね」

「ええ、まあそういう事」

「お前らな……」

 

 ハチマンが困ったようにそう言うのを、横からキリトが遮った。

 

「あ~!サトライザーって、あのサトライザーか!」

 

 どうやらキリトは今までサトライザーという名前について、必死で考えていたらしい。

 

「確かBoBでハチマンをフルボッコにして、アメリカでも一緒に戦ったんだよな?」

「ちょっと待てキリト、俺はフルボッコになんかなってねえ」

「でも負けたんだろ?」

「確かに負けたが、フルボッコにはなってねえ!」

 

 そんな二人を一同は苦笑しながら眺めていたが、途中でユキノが二人の仲裁に入った。

 

「まあまあ、で、ハチマン君、これからどうするの?」

「あっと悪い、これからこのメンバーで、同盟に喧嘩を売る」

 

 その言葉に先ほどまでハチマンと言い合っていたキリトは思わずニヤリとした。

 

「ほう?事情を聞かせてくれ」

「おう、実はな……」

 

 そしてハチマンは、キリトとユキノに同盟がやっていた事を説明した。

 

「はぁ?何だよそれ?よくもまあそんな事を思いつくよな」

「もしかしたら、闇魔法のピーピングでも同じ事が出来たかもしれないが、

あの魔法は削除されたからな」

「ああ、あの覗き魔法ね、あれを悪用したハラスメント報告が続出したからまあ当然よ」

 

 どうやら過去に、そういった類の魔法があったらしい。

 

「よし、久々に暴れられるな」

「それじゃあ早速ボス部屋の前に向かうか」

 

 そう言いながらハチマンは、コンソールを開いてアスナの居場所を確認しようとした。

そのハチマンの目の前で、アスナの居場所が三十四層のフィールドから迷宮区へと変化した。

 

「うわ、やべ、話をしている間にアスナの奴、ボス部屋から離脱して、

再挑戦の為にたった今迷宮区へと突入したみたいだ」

「えっ、嘘!?行動早っ!」

「なぁ、実はボスを倒しましたとかは無いのか?アスナならやりそうじゃないか?」

「いや、一瞬フィールドにいたのが見えたし、

ここまでの時間で削りきるのは物理的に不可能だから、

おそらく早めに決断してわざと負けて外に出てきたんだと思う」

「おおう、さすがの決断の早さだなおい」

 

 丁度その時レコンからハチマンに連絡が入った。

 

『ハチマンさん、同盟が動き出しました、

ほぼ集合を終えた後、凄い勢いで迷宮区に向かってます!』

「マジか、分かった、レコンは指示通りに頼む、

こっちも人数が集まったから、急いで迷宮区に向かう」

『お願いします!』

 

 そしてハチマンは仲間達に向けて言った。

 

「それじゃあ白馬の騎士ごっこでもするとするか」



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第843話 回転!

「よし、ちょっと急ぐか」

「おいシノン、お前は筋肉ゴリラなんだから、頑張って走れよ」

「筋肉ゴリラって何よ、ははぁ、さてはハチマン、

私の事が好きでたまらないから、その裏返しでつい私にちょっかいを出したくなるのね」

「へいへいその通りその通り」

「くっ、なんかむかつくわね……」

 

 そんな軽い会話を交わしながらも全力で走り、

あっという間に迷宮区の入り口前にたどり着いたハチマン達を、レコンが出迎えた。

 

「待たせたなレコン、今どんな状況だ?」

「はい、同盟のメンバーはほぼ全員中に入りました、数えたから間違いありません」

「全員だと?全部で何人いた?」

「僕の知らない間に新規加入のギルドでもない限り、八十人とちょっとですね。

姿を隠して会話を盗み聞きした限りでは、既にボス部屋前に、二十人ほどいるみたいです」

「全部で百人を超えるのか、同盟は思ったよりも大所帯なんだな」

「そんなに多かったら全員でボスに挑むのは無理じゃないの?」

「うん、いつもはローテーションを組んで、

八人×六~八人のアライアンスで挑んでいるみたい」

 

 どうやらレコンはシノンに対してだけフランクな口調になるようだ。

それも当然である、この中でレコンより年下なのはシノンだけなのだ。

 

「まあ毎回全員が集まれる訳じゃないだろうしな」

「でも今回はほぼ全員が集まっているのね」

「はい、同盟存亡の危機だとか言って、無理やり集合させたみたいです」

「ほうほう、あいつらもどうやら、

自分達のケツに火がついている事を分かってるみたいだな。

よし、そういう事ならレコンも俺達と一緒に奥に行くぞ、

派手な喧嘩になるからしっかり準備してな」

「はい、お供します」

 

 こうしてレコンを加え、七人は同盟の主力を追いかけ始めたが、

丁度タイミングが悪く敵のリポップと重なってしまい、

中々先行する同盟の主力との差をつめる事が出来なかった。

そうこうしている間に、スリーピング・ナイツがボス部屋前へと到着した。

 

「うわ、結構人がいるね」

「でもまだ挑戦出来る人数じゃないと思う。人数が揃っている方が優先されるってのが、

通常のプレイヤー同士の自治ルールだけど……」

 

 そう言いながらアスナが一歩前に出た。

何だかんだいって、この中で一番知名度が高いのはアスナなのである。

 

「ごめんなさい、私達、これからボスに挑戦したいんだけど、そこを通してもらえる?」

「バ、バーサクヒーラー……」

 

 そのアスナが話しかけたプレイヤーは筋骨隆々としたごついプレイヤーであったが、

たじろいだ様子でそう言った。

 

「わお、やっぱりアスナって凄いんだねぇ」

「見た目は正反対なのに、相手が一般人で、アスナがヤクザのおっさんみたいな」

「ラン、おっさんは余計」

 

 アスナに即座にそう突っ込み、ランはペロリと舌を出した。

 

「おっと、失言失言」

「それに絶刀と絶剣か……」

 

 どうやらそのプレイヤーはディエルステージにいたのだろう、

ランとユウキを見てそう呟いた。

 

「で、どうかしら、悪いんだけど、早く答えてもらえるかな?」

「す、すまん、答えはノーだ、何故ならもうすぐ俺達もボス部屋に突入する予定だからだ」

 

 そのプレイヤーは腰が引けていたが、仲間達の視線を一身に受けているせいか、

頑張って踏みとどまってそう言った。

 

「そうなの?その人数で?」

「あんた達に言われたくないが、俺達もすぐに人数が増えて、準備も終わる予定だ」

「すぐ?すぐってどれくらい?」

「本隊が到着するのはあと少し、準備を全部含めると一時間くらいだな」

「はぁ!?」

 

 その言葉は、さすがのアスナも看過出来なかったようだ。

そもそもそれだけ他のパーティを待たせるとなると、

普通は戦闘での順番の取り合いになってもおかしくないケースである。

 

「さすがにそれは無いんじゃない?プレイヤー間の自治ルールは当然知ってるでしょう?」

「それはもちろん知っているが、俺にはここを譲っていいか決める権限は無いんだよ!」

「じゃあ権限を持っている人を出して」

「そ、それが、うちのトップ連中は後続の中にいるんだよ……」

「話にならないわね、それじゃあ先に入らせてもらうわ」

 

 アスナはそう言ってそのプレイヤーの横をすり抜けようとしたが、

その前に他のプレイヤー達が立ち塞がった。

 

「………どういうつもり?同盟は自治ルールを遵守しないと?」

「どうもこうもねえ、俺達はただ立っているだけだ、

通りかかったら俺達を押しのけていくんだな」

「言うに事欠いて……」

「アスナ、もういいわ」

 

 そんなアスナにランがそう声をかけた。

 

「うん、もういいんじゃないかな」

 

 それにユウキも同意する。

 

「もういいって、どうするつもり?」

「戦いましょう」

「戦おう」

 

 二人は同時にそう言い、アスナはその言葉に驚いた。

 

「確かにここはそうなってもおかしくない場面だけど、それでいいの?」

「ええ、私、嫌いなのよね、組織力に胡坐をかいてルールを捻じ曲げようとする輩って」

「そうそう、正義は我に在り、ってね」

「分かったわ、それじゃあそうしよっか」

 

 三人は並んで立ち、同盟のプレイヤー達にニヤリと笑いかけた。

 

「ほ、本気か?」

「先に喧嘩を売ってきたのはそっちだと思うけど?」

「ぐっ、た、確かに見方によってはそうかもしれないが……」

 

 そう言いながらそのプレイヤーが後ろ手で何か合図を出したのをアスナは見逃さなかった。

 

「その合図は何?不意打ちでもするつもり?

召喚獣を使っての覗き見といい、同盟って本当にどうしようもない人の集まりなんだね」

「う、うるせえ!こうなったらやるぞお前ら!」

 

 その瞬間に三人に向け、後方にいた魔導師達から火球が飛んだ。

だがそんな単純な攻撃がこの三人に当たるはずがない。

 

「言っておくけど今の状況は動画にとっておいたわよ」

「もう言い訳出来ないね、かわいそう」

「え、二人とも本当に?やるなぁ、私はそこまで思いつかなかったよ」

 

 口調はのんびりであるが、三人は火球を避けるのと同時に、

凄まじい動きで目の前の敵を吹き飛ばした。

だが同盟の先遣隊は、逆に嬉しそうに歓声を上げた。

 

「え、何この人達、ドMなの?」

「違う、ラン、後ろ!」

「えっ?」

 

 ノリにそう言われて振り返ったランは、

遠くから数え切れない程の同盟のプレイヤー達がこちらに殺到してきているのを見た。

どうやら前にいる者達は、その姿を見て歓声を上げたらしい。

 

「ど、どうする?」

「さすがにあの数はまずいわね、

負けるかどうかはやってみないと分からないけど、ボス戦に支障が出てしまうわ」

「こうなったら前にいる連中を速攻でぶっ倒して、

早く中に入っちまうしか手がないんじゃないか?」

「そうだね、それしかないね」

 

 アスナはそのジュンの言葉に同意し、覚悟を決めた。

だがその瞬間に、後方から混乱するような声が聞こえてきた。

 

「まずい、ヴァルハラだ!」

「でも数は少ないぞ」

「後方のギルドはあいつらの足止めを、前にいるギルドはそのまま前方へと走れ!」

 

 その声を聞き、スリーピング・ナイツはヴァルハラの援軍が駆けつけてくれた事を知った。

 

「まさか兄貴!?」

「半分くらい敵を引き受けてくれれば、こっちの負担が減るな!」

「うん、何とかなるかも!」

 

 そう言ってスリーピング・ナイツは元気百倍で敵へと突撃を開始した。

だがそれは過小評価である。そもそもハチマンが、

相手の半分を引き受けるなどという消極的な手段をとるはずがないのだ。

 

「アスナさん」

「きゃっ!」

 

 自分も一緒に突撃しようとしたその矢先、

突然自分の横の何も無い空間からそんな声が聞こえ、アスナは堪らず悲鳴を上げた。

 

「あっとすみません、僕です、レコンです」

「レコン君?いつからここに?」

「ついさっきです、姿を消してあいつらの間をすり抜けてきました」

 

 レコンは何気なくそう言って姿を現したが、それは凄い技術である。

何しろレコンの姿隠しは、他人に触れると解除されてしまうのだ。

つまりレコンはあれだけの大人数の中を、誰にも接触する事もなくすり抜けてきたのである。

 

「レコン君、ここには一体誰が来てくれたの?」

「全部で七人です、もうまもなく到着しますよ。

ハチマンさんの他は副長が全員と、あとシノンとセラフィムさんです」

「それって人数が……」

 

 合わなくない?そう言いかけたアスナの目の前で、

何とハチマンとキリトが横の壁を走ってきた。相変わらず人間離れした二人である。

二人はそのまま着地すると、滑って勢いを殺しつつ、ピタリとアスナの前で止まった。

 

「待たせたな、アスナ」

「おうおう、また派手な事になってんなぁ」

「ハチマン君、キリト君!」

「お~いユキノ、早くしろよ」

 

 ハチマンが後方に大きな声でそう呼びかけた瞬間に、敵がひしめく通路の真ん中に、

ドン、ドン、ドン!と氷の柱が何本も立った。その上を仲間達が走ってくる。

最初に到着したのはシノンであった。

 

「アスナ、お待たせ」

「シノノン!」

 

 そして重装備の癖に、軽々とその後に続くのはセラフィムである。

その後に華麗な身のこなしでユキノが続く。その姿はとても後衛とは思えない。

 

「ユキノ!セラ!」

 

 そして殿を努めるのはサトライザーであった。

仲間の安全確保の為に、最後尾での移動を自ら志願したのである。

 

「まさか姉さん?………じゃ、ないね、

あれ?それってオートマチック・フラワーズだよね?誰?」

 

 サトライザーのオートマチック・フラワーズを見て、

まさかソレイユかと思ってそう呼びかけたアスナは、

相手がまったく知らない男性だったせいで混乱した。

 

「君はハチマンの事を愛しているかい?」

「それ、この状況で聞く事か!?」

「あっ、はい、ハチマン君の事を愛してます、早く結婚したいです」

「アスナも真面目に答えなくていいからな」

 

 そんなハチマンの突っ込みも何のその、

サトライザーはこういった戦場には慣れているらしく、平然とした顔でこう言った。

 

「なぁに、こんな有象無象の相手よりも、

先ずはハチマンの正式なパートナーに挨拶をするべきだと思ってね」

 

 そのハチマンとの仲の良さそうな様子に、

目の前のプレイヤーが誰なのか心当たりが無かったアスナは更に混乱した。

あえて言うならこういうノリでハチマンと話すのはヒースクリフくらいだが、

彼はもうこの世には存在しない。

 

「えっと………ついノリで答えちゃったけど、本当にどちら様?」

「おっと失礼、前回アメリカに来た時に会ったサトライザーだ、

今度ハチマンの誘いでソレイユに就職する事になったから、今後とも宜しく」

「え、ええ~!?」

「ちなみにこいつには新しく副長になってもらったからな、こき使ってやるといい」

「ははっ、手厳しいなハチマン、だが期待には応えさせてもらうよ」

「ほ、本当に?」

「本当の本当だ。ほらアスナ、ランやユウキが大変そうだぞ、早く手伝ってやれよ」

「あっ、そうだった!」

「こっちは俺達に任せておけ、何とかするから」

「ごめん、お願い!」

 

 アスナは慌てて剣を構え、スリーピング・ナイツが戦っている戦場の様子を観察した。

ランは重い攻撃を連続で敵に叩きこみ、ユウキはいつものように軽くステップを踏みながら、

敵の股の間をすり抜けたり敵の背中に乗ったりと、

変幻自在の動きで敵を翻弄して確実に敵のHPを削ってはいるが、

その大部分が敵のヒーラーによって回復されてしまっていた。

今自分が成すべき事は敵の後衛、特にヒーラーの排除!

そう判断したアスナは、一気に敵との距離を詰める為にとあるソードスキルを選択した。

だがそれには少し距離が足りない。

 

「ハチマン君、距離が足りない、回転!」

「おう」

 

 それでアスナが何をしたいか悟ったのか、ハチマンはアスナの手を握った。

その瞬間にアスナがさりげなくハチマンの口にキスをする。

 

「なっ………」

「むむっ」

「アスナ、ず、ずるい!」

 

 それを見たユキノ、シノン、セラフィムの三人が抗議の声を上げるが、

そんな三人にアスナはウィンクしながらこう言った。

 

「ふふっ、お守りお守り」

 

 そしてアスナはハチマンの周りをぐるりと回った。

要するにハチマンに手を握ってもらった状態で、

ハチマンの周りをぐるりと回転するように走り、助走距離を稼いだのである。

 

「行ってこいアスナ」

「うん!」

 

 そして打ち合わせなしの二人の見事なコンビネーションを経て、

ハチマンの力も加わる事により、アスナは弾丸のように飛び出した。

その手に持つ暁姫がまばゆい光を放つ。

 

「シウネー、しばらく支えてて!」

「わ、分かりました!」

 

 隣を通過する時にシウネーにそう声をかけたアスナは、

次に前方にいるユウキにこう声を掛けた。

 

「ユウキ、避けて!」

「へ?うわあああ!」

 

 慌てて飛びのくユウキの横を通り過ぎたアスナは、

そのまま敵を蹴散らしながら光となって直進していく。

細剣の最上級突撃技、フラッシング・ペネトレイターである。

 

「おおおおおおおお!」

 

 アスナはそう雄叫びを上げながら、

障害物も何のそので一直線に敵のヒーラーへと突進していく。

その移動を阻めるようなプレイヤーは誰もおらず、

アスナはそのまま両足を地面に滑らすように減速し、ピタリとヒーラー達の横で止まった。

 

「バ、バーサクヒーラー……」

 

 ヒーラー達は思わずそう呟いた。その言葉には畏敬の念が篭っているように聞こえたが、

そんな彼らにアスナは容赦なく剣を振り上げた。

ヒーラー達はこうして成す術もなく倒され、

それをもってスリーピング・ナイツ、ヴァルハラ連合軍と、

同盟との戦いの火蓋が本格的に切って落とされた。



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第844話 ここは通行止めだ、他を当たれ

今日は残業しないといけないので、次の投稿は土曜日になりますすみません!


 アスナがド派手に飛んでいった後、残されたヴァルハラ組は、

同盟を迎え撃つべく準備を進めていた。具体的には……………ジャンケンである。

 

「よし、誰があのセリフを言うかジャンケンな!」

「ここを逃したら次はいつになるか分からないから負けられないな」

「他に勝負に参加したい奴はいるか?」

 

 二人で盛り上がるハチマンとキリトを、ユキノは冷めた目で見つめていた。

 

「………あなた達は一体何をやっているのかしら」

「ユキノこそ何を言ってるんだ」

「これは天下分け目の関が原の戦いなんだよ!」

「そこまでなの?私には分からない世界だわ……」

「何を言ってるんだ、お前のカイゼリンも元ネタは一緒だぞ」

「えっ?」

 

 そう説明され、ユキノの目が飛び出さんばかりに大きく見開かれた。

 

「そ、そうなの?」

「ああ、ちなみにヴァルハラの武器は基本そうだぞ」

「そ、そうだったの?それは私も勝負に参加しないといけないかしら……」

「おう、参加しろ参加しろ、他はいいな?よし、勝負だ!」

「ジャ~ンケ~ン!」

「「「ポン!!!」」」

 

 その勝負の勝者はさすがというべきか、ユキノであった。

 

「うわああああああ!」

「くそ、負けた!」

「申し訳ないと思うけど、勝負と聞いて手を抜く訳にはいかないものね」

「まあジャンケンだから、手の抜きようがないがな」

「で、何と言えばいいの?」

「よし、教えてやるから耳を貸せ」

「………私は耳が弱いから、息を吹きかけたりしないでね、ハチマン君」

「いや、そんな事はしねえよ!?」

 

 そんなやり取りの間に、同盟のプレイヤー達はどんどんこちらに迫ってくる。

ハチマンはそれを見て、ユキノの耳にこしょこしょとセリフを耳打ちした。

 

「いいかユキノ、いかにも強者感を醸し出しながらこう言うんだ、

『ここは通行止めだ、他を当たれ』とな」

「なるほど、それは確かに燃えるわね」

「だろ?」

 

 そう言ってハチマンはそれ以上何もせずにユキノから離れた。

そんなハチマンにユキノが抗議をする。

 

「ちょっとハチマン君、せっかくのフリだったのに、何故息を吹きかけないの?」

「いいから早くしろ!」

「もう、今度はちゃんとやるのよ」

 

 ユキノはそう言って微笑みながら、通路の中央に仁王立ちした。

その威厳は凄まじく、それを見た同盟のプレイヤーの足が一瞬鈍る。

そしてユキノは敵に向かって手を横に払いながら、ノリノリでこう叫んだ。

 

「ここは通行止めよ、他を当たりなさい!」

 

 そしてユキノは素早く詠唱に入り、敵の目の前に腰くらいの高さの氷の壁を生成した。

ドン!ドン!という音と共に、敵が足止めされていく。

それはサトライザーをして感嘆する程の、見事な伊達女っぷりであった。

 

「「「「「おお~!」」」」」

 

 残りの五人はユキノに惜しみない拍手を送り、ユキノは振り返ると、

満面の笑みで仲間達に向かってこう言った。

 

「はぁ、思ったよりもかなり気持ちがいいものね、さあ、敵を蹴散らしましょう!」

「「「「「おお!」」」」」

 

 その言葉を受けてセラフィムが飛ぶ。氷の壁の前に降り立ったセラフィムは、

ドン!と盾を前に出し、辺り一帯に響き渡るような大音声で叫んだ。

 

「我が名はイージス、我が盾を簡単に貫けると思うな!」

 

 その声に呼応するかのように、

セラフィムの個人マークであるセラフィムイージスが光を放つ。

ちなみにこれ自体には何の意味も無いのだが、相手を威圧する効果は抜群だ。

ある意味対プレイヤー限定のパフォーマンスと言えよう。

 

「レコン、行け」

「はい!」

 

 セラフィムを飛び越えてその前に降り立ったレコンは、

そのハチマンの指示を受け、凄まじい速度で敵のど真ん中へと突撃した。

 

「何だこいつ」

「なめやがって!」

「囲んで潰せ!」

 

 当然レコンに敵が殺到してきたが、その瞬間にレコンは準備していた魔法を発動させた。

 

「ダーク・クラウド!」

 

 その瞬間にレコンを中心に、真っ黒な煙が辺りに充満していった。

 

「くそっ、煙幕か」

「何も見えねえ!」

「うぎゃっ!」

「ぐがっ………」

「弓での攻撃だ!盾持ちは上に盾を構えろ!」

 

 そのレコンの魔法に合わせ、シノンは魔力を使って矢を増やし、

一発辺りの威力はそれほどでもないが、凄まじい数の光の矢を雨あられと敵に降らせた。

レコンは当然その場から既に離脱済だ。

 

「オラオラオラオラオラオラ!」

「勇ましいな、シノン」

「後はあんた達に任せたわよ」

「おう、まとめてぶった斬ってやるさ」

 

 そしてついにハチマン達の出番が訪れた。

セラフィムの左右にハチマンとキリトが立った瞬間に、同盟のプレイヤー達はどよめいた。

 

「くっ、覇王と剣王だぞ」

「あそこを突破ってどうやるんだよ……」

「お前ら、相手も同じプレイヤーなんだ、とにかく数で押せ!」

 

 後方からそんな声がかかり、前の方にいたプレイヤー達は、

覚悟を決めたような表情で二人に殺到した。

だがその頭上から死神が舞い降りた。サトライザーがセラフィムの頭上を飛び越え、

先頭にいたプレイヤーを頭から真っ二つにしたのである。

 

「な、何だ!?」

「見た事がない奴だぞ!」

「でもあいつが着ているあの服、ヴァルハラの副長の専用装備じゃないのか?」

「おいおい、新規メンバーなのに副長かよ、どれだけ強いんだ?」

 

 そんな声はどこ吹く風で、サトライザーは向かってくる敵を文字通りに斬りまくった。

 

「何だよこいつ!」

「う、うわああああああ!」

「死神、死神だ!」

「タンク連中が紙みたいに倒されていくぞ!」

 

 ハチマンとキリトはそのサトライザーの戦いぶりに、思わず目を奪われていた。

 

「おいハチマン、そのうちあいつと戦うんだろ?本当に勝てるのか?」

「勝てるのか?じゃない、勝つんだ」

「なるほど、まあハチマンが負けたら俺が仇をとってやるよ」

「チッ、言ってろバ~カ!」

 

 そして二人もサトライザーの横から敵に突撃した。

三人はまるで竜巻のように敵を蹂躙していく。

この乱戦状態では敵も安易に魔法攻撃をする訳にもいかず、

敵の魔導師達はまごまごするばかりであり、

そこに再突撃したレコンが後方で再びダーク・クラウドを使い、

そこにシノンが光の矢を降らせていく。

何とかハチマン達の攻撃を掻い潜って前に出た敵のプレイヤーは、

容赦なくセラフィムの盾にぶっ飛ばされ、ハチマン達に潰されていく。

負った傷は瞬時にユキノが癒し、いくらダメージを与えても、

ヴァルハラ組のHPはまったく減る事が無い。

広いフィールドならともかく、この狭い通路では同盟の数には何の意味も無く、

たった六人のヴァルハラ軍団により、同盟の『七十人』のプレイヤー達は駆逐されていった。

 

「何なんだよこれは……」

「誰だよヴァルハラと敵対しようなんて言い出した奴は!」

「ふざけんな、ふざけんな!」

 

 同盟は今や完全に瓦解しており、既に戦線を維持する事は不可能になっていた。

既に戦況は残敵掃討の段階に移っており、ヴァルハラの優位はもはや動きようがない。

そんな折、レコンがハチマンの所に戻ってきた。

 

「ハチマンさん、敵の数が少し足りません、どこかで行き違った可能性があります」

 

 どうやらレコンは真面目に敵のリメインライトの数を数えたらしい。

レコンのこういう所をハチマンは、とても高く評価しているのだ。

 

「何人くらいだ?」

「おおよそ十人、同盟の首脳陣の数と一致します」

「なるほど、そいつらは一般のプレイヤーに戦わせて自分達は高見の見物か」

「かもしれません」

「それじゃあそろそろここに到着するかもしれないな」

「どうしますか?偵察に出ますか?」

「そうだな、すまないがそうしてくれ」

「分かりました」

 

 レコンはハチマンの指令を受けて、入り口の方へと走っていく。

その間にも敵はどんどん殲滅されていき、

やがて同盟のプレイヤー達は全員リメインライトとなった。

ハチマンはチラリとボス部屋の入り口を見たが、

そもそもヒーラーを失った二十人程度のパーティがスリーピング・ナイツに敵うはずもなく、

アスナ達は既にボス部屋に突入した後であった。

 

「頑張れよ」

 

 ハチマンがそうボソリと呟いた時、サトライザーが話しかけてきた。

 

「幻想的な光景だね」

「だろ?」

「でもこれは全て敵の死体なんだよね、もし魂が見えたらこんな感じなんだろうか」

「かもしれないな」

「そういえば日本にも死者の魂を川に流す祭りがあるんだったか」

「灯篭流しか、死者の魂を流すんじゃなく供養の為に供え物を流すんだが、

まあ今度機会があったら見にいってみるといい」

「なるほど、今度調べてみるよ」

 

 そんな風流な会話を交わしていたハチマンとサトライザーの傍に、

キリトが嬉しそうな顔で近付いてきた。

 

「いやぁ、斬った斬った、久々の派手な戦いだったな」

「少し前に猫が原で暴れたばかりだと思うが」

「猫!?猫がどうしたの!?」

 

 そこに食いついてきたのはユキノである。

 

「ユキノ、自重、自重」

「この前猫カフェに付き合ってあげたのにまだ足りないの?」

「猫と遊ぶのに終わりは無いのよ!」

「あはははは、とてもあんな戦いの後の会話だとは思えないね」

 

 サトライザーはとても楽しそうにそう笑った。

 

「うちの戦いは毎回こんな感じだ、どうだ?楽しいだろ?」

「ああ、楽しいね、あともう少しきつくても問題はないよ」

「それは頼もしいな、これから宜しくな」

 

 この後、結局同盟の首脳陣は姿を現さなかった。おそらく逃げ出したのだと思われるが、

彼らは街に戻ってすぐに、ヴァルハラに襲われたと一般プレイヤーに訴えた。

だがその訴えを信じた者は、懐かしき連合のプレイヤーのみであった。

そしてその少し後にヴァルハラ側から動画が公開され、

同時に同盟が攻略の為に何を行っていたのかが広く知れ渡る事となり、

ルール違反ではなかったが批判の嵐に晒された同盟は、

あまりの批判の凄まじさにたった一晩で音を上げて解散を宣言し、

この日からボス攻略に関しては、中堅ギルドが乱立する群雄割拠の時代を迎える事となった。



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第845話 決着、そして

「よし、君で最後!」

「くっ、くそおおおおおお!」

 

 スリーピング・ナイツの相手をしていた二十人のプレイヤーは、

アスナがヒーラーを屠ったのをキッカケに一気に崩れ、

最後の一人が今まさにユウキに倒されたところであった。

 

「これで全員片付いたわね」

「ハチマン達が後続を全部引き受けてくれたからね」

「あっちは今どんな感じなのかしら」

 

 ランが後方を気にしつつそう言い、一同はそれに釣られて後方を眺めた。

その瞬間に辺り一帯に、ユキノの大音声が響き渡った。

 

「ここは通行止めよ、他を当たりなさい!」

 

 そしてスリーピング・ナイツの眼前で、ヴァルハラの激しい戦いが開始された。

 

「おお」

「やっぱり強え……」

「総合力じゃ敵わないなぁ」

「結局私達って、編成が偏りすぎなのよね」

「ん?ラン、どうかした?」

 

 何故かランは会話に加わって来ず、プルプルと震えていた。

 

「………るい」

「ん?」

「ずるい」

「へ?」

「ずるいずるいずるい!私だってあのセリフを言ってみたいのに!」

 

 そう言って顔を上げたランは、どこから取り出したのか、また例のハンカチを咥えていた。

 

「またか……」

「というかそのハンカチ、常に持ち歩いてるの?」

「昭和か」

「もうそれランの持ちネタになってるよね」

「ネタとかじゃなく本気で羨ましいの!」

「ああ、はいはい、分かったからハチマン達が戦ってくれてる間にさっさと行くよ」

「あっ、ちょっとユウ、お姉ちゃんに対してその態度は何!?

って、引っ張らないで!ちゃんと自分の足で歩くから!」

 

 そのままランはユウキにズルズルと引きずられていき、

スリーピング・ナイツは再びボス部屋へと突入した。

 

「ヨツンよ、私は戻ってきた!」

 

 中に入るなりランはそう叫び、他の者達はさすがに呆れた。

 

「切り替え早っ!」

「何かしらのネタを挟まずにはいられないんだな……」

「まあランだから仕方ないね」

「さてみんな、アスナに教えてもらった修正点を心に留めながら、

今度こそあいつをやっつけてやりましょう!」

 

 そんな仲間からの感想はどこ吹く風で、ランはそう声を上げ、

テッチに突撃の指示を出した。

 

「テッチ、戦闘開始よ!」

「了解だよ」

 

 こうしてスリーピング・ナイツの二度目のヨツン戦が開始された。

 

「敵の攻撃は受け止めるんじゃなく流す意識で、盾の角度に注意」

 

 テッチはアスナのアドバイスを愚直にこなし、

敵からの被ダメを一~二%減らす事に成功していた。

 

「敵が左足を引いたら後退、敵が左足を引いたら後退」

 

 ジュンはとにかく敵からの一番痛い攻撃だけは回避する事に専念していた。

これが地味なようで、かなり魔力の節約に繋がっている。

 

「範囲攻撃、来るわよ!」

 

 そしてランが敵の範囲攻撃に対して注意を喚起し、

他のアタッカー陣が余計なダメージをくらわないように上手く調節していた。

こういった地味な行動の蓄積が、戦線維持には実に有効である。

アスナは仲間達が上手くやってくれている事に喜びつつも、

前回の戦いとの違いを脳内で計算し、

戦闘可能時間をクリア可能なラインまで何とか伸ばそうと、

仲間達の一挙手一投足を見逃さないように、細心の注意を払って戦闘を進めていた。

最近はヴァルハラの大戦力が前提での攻略ばかりだった為、

ここまで細かい指示をするのは久々だったが、

アスナは戦闘中に身も心も研ぎ澄まされ、

まるでSAO時代に戻ったかのような錯覚を覚えていた。

 

「みんな、集中、集中だよ」

 

 その自分に言い聞かせるようにも聞こえる言葉に対しての返事はないが、

その事をアスナはまったく気にしなかった。

それは他の仲間達が戦闘に集中出来ているという証拠でもあるからだ。

 

「もう少し、あと少し………よし、遂にここまで来れたよ」

 

 戦闘開始から四十分、ついにアスナは勝利を確信し、思わずそう呟いた。

 

「テッチ!」

 

 アスナはテッチに何度もヒールを掛け、そのHPを完全に回復させる。

 

「シウネー、後はお願い!」

「任せて下さい!」

 

 アスナはそう言って剣を抜き、ヨツンへと突撃を開始した。

それが合図となり、ジュンが、ノリが、そしてタルケンが、

ヨツンに持てる最大威力の攻撃を叩きこむ。

 

「おらおらおらおらおら!」

「くらえ!」

「行っけぇ!」

 

 その瞬間にヨツンのHPゲージがぐぐっと減り、ついにヨツンは発狂モードへと突入した。

 

「アイゼン!」

 

 それに対応し、テッチがアイゼンを倒立させ、必死の形相でその攻撃を受け止める。

 

「このラインからは絶対に引かない!」

「そして真打ち登場よ、花鳥風月!」

 

 その瞬間に弾丸のように飛び出してきたランが、ヨツンに大技を叩きこむ。

ランはそのまま硬直状態に陥ったが、アスナはそのランの横を擦り抜け、

オリジナル・ソードスキルであるスターリィ・ティアーを放った。

 

「おおおおおおおお!」

 

 アスナがさすがなのはここからだった。

アスナはヨツンの膝を蹴り、スターリィ・ティアーの五発目を放った瞬間、

自身が硬直に入る直前に後方へと飛んだのだ。

それにより、ヨツンの目の前にはランだけが残された。

 

「GGGGGGOOOOOGYAAAAAAH!」

 

 その時ヨツンがいきなり吠えた。さすがにこの連続攻撃はたまらなかったのであろうか、

ヨツンは目の前にいるラン目掛けて手に持つ棍棒を叩きつけた。

 

「ラン、危ない!」

 

 その攻撃にはテッチが間一髪で間に合った。

テッチはそのままその場に踏みとどまり、ヨツンと力比べの格好になる。

 

「長くはもたないよ、ユウキ、後は任せた!」

「ラン、ごめん!」

 

 その声は頭上から聞こえ、テッチは思わず顔を上へと向けた。

ヨツンとテッチが力比べに入ったのを好機と思ったのだろう、

ユウキはランの背中を踏み台にし、ヨツンの頭上へと飛び上がっていたのだ。

その時ユウキの脳内で、ここに来る途中にアスナが言った言葉が再生された。

 

『さっきの戦いの最後に使ってもらった私達三人のソードスキル、

あれで削れたのは敵のHPの一割五分だった。

敵のHPが残り二割になったらジュンとノリとタルケンに全力で攻撃してもらって、

そしたら敵は発狂モードに入るけど、多分その時点でパーティにはもう余力はない、

だからそこまで持っていけたら、私達三人で勝負を決めよう』

 

「これで決める!マザーズ・ロザリオ!」

 

 その声と共に、ヨツンの体に連続して衝撃が走る。

だがヨツンはむざむざとやられる訳にはいかないとばかりに手に持つ棍棒を振り上げ、

ユウキ目掛けて振り下ろそうとした。それはアスナには予想外の行動であった。

 

「まずい、まさかあんなに機敏に動けるなんて!」

 

 ユウキのマザーズ・ロザリオは突き技である為、その発動開始から終了まではかなり早い。

その為アスナはその間に敵が反撃可能などとは予想もしていなかった。

だがそんなアスナの読み違えをしっかりとフォローしてくれる仲間がまだ残っていた。

 

「させません!」

 

 その瞬間にヨツンの顔面で光が弾けた。その魔法を放ったのは後を託したシウネーである。

シウネーは他の者達が次々とソードスキルを放っている間もヨツンから目を離さず、

ヨツンが動いた瞬間に、ヨツンの顔目掛けて魔法を放ったのであった。

 

「GGGGGUUUAAAA!」

 

 攻撃モーションに入っていたヨツンはその攻撃で動きを止め、

そんなヨツンにユウキはマザーズ・ロザリオの最後の一撃をくらわせた。

 

「これで終わりだ!」

 

 その言葉と共にヨツンの体にかつてない衝撃が走り、爆発と共にヨツンが急に静かになる。

そして一同が固唾を飲んで見守る中、ヨツンの体は光の粒子となって消えた。

 

「終わっ………た?」

「かな?」

 

 誰かが生唾を飲み込む音が聞こえ、その瞬間にシステムメッセージが宙に表示された。

 

『CONGRATULATIONS!』

 

 同時にアインクラッド中に、メッセージが流れる。

 

『アインクラッド三十四層のフロアボスが討伐されました』

 

 その言葉は徐々に全員の脳に染み渡っていき、そして一同は喜びを爆発させた。

 

「よっしゃあ!やってやったぜ!」

「ALOの歴史に名を残しましたね!」

「ふう、やっぱり勝つと、疲労感も心地いいね」

「シウネー、ナイス!」

「我ながらあれは会心でした!」

「アスナ!」

「きゃっ!」

 

 その喜びの輪に加わろうとした矢先に、ユウキがアスナの名を呼びながら抱き付いてきた。

 

「アスナ、ありがとう!」

「お礼なんて言う必要はないよ、これはみんなの勝利なんだから!」

「でもアスナがいなかったら絶対に勝てなかったと思うもん!」

「まあ役にたてたなら良かったかな、さあ、みんなでお祝いしよ?」

「うん!お~いラン、ランも早くこっちにおいでよ!」

 

 見るとランはまだそこに敵がいるかのように戦闘体勢をとっており、

そんなユウキの呼び掛けにもまったく反応しない。

 

「ラン?」

「お?何だ?」

「どうしたんですかね」

 

 そして一同が訝しげな顔でランに近寄った瞬間に、ランの姿が唐突に消えた。 



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第846話 新たな英雄

「ラン?」

「えっ?」

「も、もしかして今のって回線落ち?」

「そういえば何となくランの体が透けてたような……」

「いやいや、そんなのありえないって、僕達はアミュスフィアを使ってるんじゃなく、

メディキュボイドを使ってログインしてるんだよ?」

 

 スリーピング・ナイツのメンバー達は、ランが回線落ちした事で大混乱に陥っていた。

今のこの状況は、ランが死亡した、

もしくはそれに近い状態にある可能性を示唆しているからである。

その時ユウキが首を横に振りながらこう言った。

 

「大丈夫、ランは無事だよ、ボクにはそういうの分かるから」

 

 それは双子の繋がりのせいなのだろうか、

ユウキは少なくとも、ランがまだ生きている事だけは確信していた。

その時ボス部屋の扉が開き、ハチマン達が中に入ってきた。

 

「ハチマン君!」

「お前ら、遂にやったな、おめでとう」

「あ、う、うん、ありがとうハチマン……」

 

 そんなユウキの喜び半分、戸惑い半分な表情を見たハチマンは首を傾げた。

 

「ん、どうした?戦闘内容に不満でもあるのか?」

「ち、違うんだよ兄貴、ランが、ランが……」

 

 ジュンにそう言われ、ハチマンはきょろきょろと辺りを見回した。

 

「そういえばあのエセ痴女がいないな、一人で暴走して転移門の解放にでも向かったのか?」

「ランがエセ痴女なのは認めるけど、違うんだよ兄貴、

ランが戦闘の山場で回線落ちしちまったんだよ!」

「………………何だと?」

「何ですって!?」

 

 むしろその言葉により大きな反応を示したのはユキノであった。

ユキノはソレイユの経営に参加する予定であるので、

メディキュボイドについてもよく勉強しており、

そんな事がありえないのを熟知していたからである。

一方きょとんとしているのはキリトであった。

 

「なぁ、回線落ちくらいでどうしてそんなに驚いてるんだ?」

「そうか、キリトには説明した事はなかったな、実はこいつらは眠りの森のメンバーなんだ、

今はアミュスフィアじゃなくメディキュボイドを使ってログインしてる」

「メディキュボイドって例のアレか、

詳しくは知らないんだが、どんな機能を持ってる機械なんだ?」

「私が説明するわ」

 

 その間にユウキは、ハチマンに自分が感じた事を伝えていた。

 

「でもハチマン、多分ランの命に別状は無いと思う」

「………ランが生きてるって感じるのか?」

「うん多分、ううん、絶対」

「そうか」

 

 ハチマンはそれで安堵したような表情をした。

一方キリトはユキノの説明を受け、表情を厳しくしていた。

 

「その仕様って事は、ランが無事だとしても、状況はかなりまずいな、

こっちの事は俺達に任せてハチマンは情報収集の為に直ぐ落ちた方がいい」

「それなら三十五層まで走って街で落ちた方がいいんじゃないかな、

ここだとどうしても体がしばらく残っちゃうから誰かが残らないとだし」

 

 そのアスナの提案にハチマンは頷いた。

 

「そうだな、ここで待っててもらうのは申し訳ないし、全力で走れば一分くらいで着くだろ」

「兄貴が同盟の奴らに襲われても困るしね」

 

 ノリがそう言ったが、ハチマンは首を横に振ってそれを否定した。

 

「大丈夫だ、あいつらは全滅させた。よし、行くぞ」

「ええっ、あっ、待って兄貴!」

「あの人数を全滅ってマジかよ!ヴァルハラおっかねえ……」

 

 そんなジュンの肩を、セラフィムがポンと叩いた。

 

「私達を恐がるのは敵対してくる人達だけ」

「そうそう、俺達は一般プレイヤーに愛されるギルドだからな!」

「そう真顔で言われると少し恥ずかしいわね」

「ははははは、ヴァルハラは本当に楽しいギルドだね」

「あなたも一般の人達には優しくね、サトライザー」

 

 そんな会話を繰り広げながら、ハチマンとアスナを先頭に彼らは走り出した。

 

「アスナ、俺は街に着いたら即落ちる、こっちの事はアスナに任せた」

「うん、任せて!ランの事、お願いね」

 

 ランの事が気になるだろうに、今の自分に出来る事はまだ何も無いと分かっているからか、

アスナは努めて明るい表情を作ってそう言った。

 

「とりあえず転移門をアクティベートしたら、アスナ達は剣士の碑に向かってくれ。

もし回線落ちのせいでランの名前が無かったら、もう一回チャレンジする事になるからな」

「あっ!」

 

 その事は考えていなかったのか、アスナは驚きの声を上げた。

 

「うん、そうだね、確認してみる」

「まあ駄目でもまた挑戦すればいい、当然ランも一緒にな」

「うん、一緒にね」

 

 ハチマンは力強くそう言い、アスナは笑顔を返した。

そして三十五層に着いた直後、ハチマンとセラフィムはログアウトし、

一同はそのまま剣士の碑へと向かった。

 

「うわ、すごい人……」

「ん、何か演説してる奴がいるな」

「あれは同盟の幹部の一人ですね」

 

 レコンのその言葉に、一同は表情を険しくした。

 

「戦場に現れなかった臆病者の一員か」

「そうね、一体何を言っているのかしらね」

「このままだと剣士の碑に近寄れないし、ちょっと聞いてみるか」

 

 だが丁度演説が終わった所だったらしく、

そのプレイヤーは何かのメディアの取材を受け始めた。

その腕章にはMMOトゥデイと書かれている。

 

「ん?あれはシンカーさんか?」

「あ、そうかも、一体何を話してるんだろうね」

「とりあえず行ってみましょう」

 

 一同はそのまま堂々とそちらに近付いていき、それと共に辺りの群集がどよめいた。

 

「お、ヴァルハラだぜ!」

「一緒にいるのはスリーピング・ナイツか?」

「絶対零度様、その馬鹿を論破してやってくれよ、

さっきから訳の分からない事を言ってるんだよ!」

「剣王様、その馬鹿をぶちのめしてやって下さい!」

 

 そんな声が聞こえ、キリトとユキノは顔を見合わせた。

 

「何の事だ?」

「まあシンカーさんに話を聞いてみましょう」

「そうだな」

 

 どうやらシンカーもこちらに気付いたらしく、笑顔でこちらに手を振ってきた。

その横にいる同盟のプレイヤーはこちらを見てやや逃げ腰になっている。

 

「やぁやぁキリト君ユキノさん、ちょっと取材させてもらってもいいかな?」

「シンカーさん、これは何の騒ぎですか?」

「う~ん実はね……」

 

 一時間ほど前になるだろうか、同盟のプレイヤーが大量に街に戻されてきたらしい。

そのほとんどは、顔を青くしながらどこかに去っていったが、

一部のプレイヤーが残り、転移門から現れた別の集団と合流して、

いきなりあちこちで騒ぎ始めたらしい。その内容は、

『ボス部屋前でヴァルハラに問答無用で襲われた、話し合いをする暇もなかった』である。

それに一部の者が呼応し、大騒ぎになったようだ。

だがシンカーが言うにはその賛同者は連合のプレイヤーのみであり、

その他の大多数の者達は、それを冷めた目で見ていたようだ。

 

「いやぁ、たまたまここにいたうちのスタッフから連絡を聞いて飛んできた時には、

ここはもう一触即発の状態だったんでね、取材って事で介入したと、まあそんな訳かな」

「なるほど、シンカーさんやりますね」

「ははっ、まあこれもお仕事って奴さ」

 

 シンカーは楽しそうにそう笑った。

 

「で、この人の主張は大体聞けたんですか?」

 

 キリトはそう言いながら同盟の幹部らしきプレイヤーをじろっと睨んだ。

そのプレイヤーはたじろいだが、他人の視線があるせいか、虚勢を張るように胸をそらした。

もしかしたら、自分達の主張を否定する証拠など、

何も無いとたかをくくっているのかもしれない。

 

「うん、まあ大体はね」

「それじゃあ今度はこちらの番ね、シンカーさん」

「そうしてもらえるとありがたいね、

こういう事は一方からの主張だけを載せるのは不公平だからね」

「さすがシンカーさん、分かってるわね」

「いやぁ、ははは」

「その上でこちらから提供したい物があるのだけれど」

「ほうほう、何ですか?」

「今回の経緯の全てを録画した動画よ」

 

 その瞬間に同盟幹部の表情はあからさまに青ざめ、周りの観客達はわっと盛り上がった。

 

「マジかよ、動画だってよ」

「あいつの言う事は信じられないけど、何があったのかは興味あるよな」

「絶対零度様、私達にも見れるようにして下さいね!」

 

 ユキノはその呼びかけに笑顔で手を振り、

そしてシンカーは興奮した表情でユキノにこう言った。

 

「動画があるんですか!?」

「ええ、うちはハチマン君からの指示で、基本他のギルドと関わる時は、

録画機能をフル活用して全員分の視点の映像を保存しているのよ」

 

 それは以前、メイクイーンで運用されていた、

プレイヤー視点での映像を外部に見せる機能の応用である事は言うまでもない。

その機能は既に実装されており、

それを利用した動画配信もじわじわとその数を増やしつつあるところである。

 

「そうなんですか!いやぁ、さすがですね!全員分ってところがまたいいですね!」

「ええ、ハチマン君曰く、こういうのは複数の視点からの動画が無いと、

編集を疑われるから駄目、との事よ」

「ええ、そうなんですよ、さすがはハチマンさんです」

「あ、でもごめんなさい、おそらくこちらの……」

 

 そう言いながらユキノはスリーピング・ナイツの方を見た。

 

「私達の到着前にボス部屋前で揉めたスリーピング・ナイツ側の映像だけは、

それに参加していたうちのアスナ一人分の映像しかないと思うわ」

「あ、それなら大丈夫だよユキノ、客観カメラもこっそり起動させておいたから、

一応複数視点で撮影してあるよ」

「あら、さすがねアスナ」

「うん、ハチマン君からこういう事に関しては口をすっぱくして言われてるからね」

「シンカーさん、そういう訳だから、後で動画のデータをお渡しするわ」

「ありがとうございます」

「ただしちょっと編集するわよ」

 

 ユキノはそう言いながら群集に呼びかけた。

 

「一応こちらからは、編集なしの音声カット版と、

こちらのプライベートに関わる部分をカットした編集版を提供するわ、

後の動画の扱いはMMOトゥデイさんにお任せするけど、検証はみんなに任せるわ!

少し時間がかかると思うから、みんな、公開される日を楽しみに待っていてね」

 

 それは間接的なMMOトゥデイの宣伝でもある。さすがはユキノ、抜け目が無い。

 

「そんな訳なんで、MMOトゥデイの更新にしばらくご注目下さい!」

 

 シンカーがそう言ってその場をまとめ、

そしてキリトとシノンは横で呆然と立ち尽くしていた同盟幹部に冷たい声で言った。

 

「分かったら消えろ、うちに喧嘩を売るって事がどういう事か教えてやる」

「そうそう、あまり調子に乗るんじゃないわよ、この覗き魔野郎」

「ひっ………」

 

 その男は悲鳴を上げて逃げ去り、群集達も満足したのか半数ほどが立ち去っていった。

これによって剣士の碑への道が開け、一同はそちらへとゆっくり近付いていった。

 

「あ………」

「おお………」

「あっ…………たぁ…………」

 

 そこにはランも含め、きっちり八人全員の名前が表示されており、

スリーピング・ナイツは安堵のあまり、その場にへたり込んだ。

その時シンカーが驚きの声を上げた。

 

「あ、あれ?その他の表記が無いじゃないですか!

まさか八人だけでボスを攻略したんですか!?」

「うん、まあそういう事」

「それは凄い、これは快挙ですよ!いやぁ、記事の更新を頑張らないと!」

「シンカーさん、二戦分ありますけど、その動画も提供しますよ?」

「えっ、本当ですかアスナさん、今度何かで必ずお礼はします!」

 

 その瞬間に観客達から大歓声が上がった。

 

「マジかよ!」

「あのヴァルハラでさえまだそんな事一度も出来てないぞ!」

「凄え!スリーピング・ナイツ凄え!」

「あ、いや、ヴァルハラはやってないだけで、多分やろうと思えば……」

 

 ユウキが慌ててそう言おうとしたが、それはレコンが止めた。

 

「それはこの場で言う事じゃないですよ、さあ、新たな英雄として、みんなに応えないと」

 

 ユウキはそう言われ、観客達の方を振り返った。

そこは凄まじい熱気で溢れており、その大声援に手を振って応えながら、

ユウキは今ここにいない姉の事を思っていた。

 

(ラン、この声が聞こえる?これはみんなボク達に向けられた声援だよ!

だから早く戻ってきて!)

 

 こうしてこの日、リーダーが不在ではあるが、ALOに新たな英雄が誕生した。



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第847話 行ってきます

 その後、場が落ち着いたのを見計らって、一同は今後の事を相談した。

 

「俺とシノンとレコンは、もうしばらくサトライザーに付き合って色々と教える事にするよ、

ついでにトラフィックスにも足を伸ばしてみるつもりだ」

「トラフィックスに?」

「それは面白い事になりそうね」

 

 アスナとユキノがそう言い、シノンはその言葉にニヤリとした。

 

「ゼクシードや闇風やたらこが彼に対してどういう反応を示すか興味があるでしょ?」

「それは見てみたいかも……シノノン、後でハチマン君にも見せたいから、動画宜しく!」

「ええ、任されたわ、それじゃあ行きましょっか」

「シノン、それは一体誰なんだい?」

「ああ、あんたの事をよく知ってる連中よ、ほらサトライザー、行くわよ」

「あ、ああ、分かった」

 

 さすがはシノンである、サトライザー相手でもまったく動じていない。

 

「まったくシノンはいつも変わらないわね」

「場の雰囲気を読んで、少しでも明るく振舞おうとしてくれてるんじゃないかな」

「ふふっ、かもしれないわね、それじゃあアスナ、私はここで落ちておくわ、

ハチマン君から連絡があった時、日本に動ける人がいないと困ると思うしね」

「うん分かった、私に出来る事があったら何でも言ってね」

「ええ、こき使ってあげるわ」

「うん、そうして!」

 

 そしてヴァルハラ組がいなくなった後、

スリーピング・ナイツはとりあえずスリーピング・ガーデンへと帰還した。

 

「………今日はとりあえず休もうか」

「うん、祝勝会はランが戻ってきたらって事で」

「だね、やっぱりランがいないとね!」

 

 外では明るく振舞ってはいたが、やはりランの事が心配らしい。

だがそんなみんなをユウキが力強く励ました。

 

「大丈夫だって、あのランがハチマンに何もエロい事をしないうちに死ぬはずがないから!」

「あ、あは、されないじゃなくしないなんだ……」

「あっ、ごめんアスナ、アスナにしてみれば面白くないよね……」

 

 ユウキはアスナが苦笑するのを見て慌ててそう言った。

 

「ま、まあ相手はあのランだし、ラッキースケベ程度に収めてくれれば特に何も言わないよ」

 

 ここでアスナは正妻らしい度量の大きさをみせた。

 

「大丈夫だって、ランにそんな度胸は無いから」

 

 横からそう言ってきたのはノリである。

 

「そうそう、さっき兄貴も言ってたけど、ランはエセ痴女だしな!」

「ある程度のラインは絶対に超えられないよね」

「それでいて自分のそういうところ、絶対に認めないからなぁ」

「兄貴も大変だよね」

 

 そのメンバー達のラン評に、アスナは再び苦笑する事しか出来なかった。

 

「で、明日からはどうする?」

「同盟がうちに何かちょっかいを出してくるかな?」

「まあしばらくはデュエルステージとか、人が多いところで遊んでればいいんじゃない?」

「それかヴァルハラ・ガーデンにでも遊びに行けばいいんじゃないかな」

 

 そのアスナの提案に一同は目を輝かせた。

 

「えっ、マジで?」

「うん、別にいいと思うけど」

「やった!一度あの中を見てみたかったんだ!」

「ランが羨ましがるだろうな!」

 

 ランは既にヴァルハラ・ガーデンに入った事があるのだが、他の者はその事を知らない。

 

「それじゃあ私もそろそろ落ちるね、ハチマン君から連絡があるかもだし」

「うん、それじゃあアスナ、またね!」

「うん、また!」

 

 アスナはそう言ってログアウトし、

ベッドで目覚めると、最初に自身のスマホをチェックした。

 

「着信はあったみたいだけど、メールは来てないか」

 

 もしメールが来ていたらゲーム内に転送される設定になっている為、

その事自体に明日奈は驚かなかった。本当に驚いたのは、その直後である。

八幡に電話を掛けなおそうとした矢先、

いきなり明日奈のスマホに着信があり、そこにキットの名前が表示されたからだ。

 

「うわ、びっくりした、ってキットから?一体何だろう……」

 

 明日奈はどうやらキットから電話が来る事自体には驚いていないらしい。

名前が表示された事から分かるように、八幡に言われて登録はしてあったからである。

 

「もしもし、キット?どうしたの?」

『明日奈、八幡からの指令で今からそちらに迎えに行きます、外出の準備をお願いします』

「今から?」

 

(八幡君がこのタイミングで外出を指示するって事は、多分行き先は……)

 

 明日奈はそう考えてチラリと時計を見た。時刻はまもなく夕方六時になろうとしている。

 

「分かった、準備するね。もしかして泊まりとかもある?」

『状況を考えるとあるかもしれません』

「分かった、行き先は多分眠りの森だよね?」

『はい明日奈、その予定です』

「分かった、それじゃあそんな感じで準備するね」

『お願いします、三十分ほどで着きますので』

 

 明日奈はキットとの通話を終えた後、母である京子の承諾を得る為に階下へと向かった。

 

(もう夕飯の支度を始めちゃったかな?時間的にギリギリだけど……)

 

 そう考えながら明日奈はリビングをチラリと覗いた。

京子は机に座って何かを呟いており、どうやらまだキッチンには立っていないようだ。

お手伝いさんの姿もキッチンには見当たらなかった為、明日奈はほっとした。

 

(良かった、食事が無駄にならなくて済んだみたい。

それじゃあ出かける事をお母さんに伝えて……)

 

 明日奈が京子に声を掛けようとしたその時、明日奈の耳に京子の呟きが聞こえてきた。

 

「我ながらよく撮れてるわね、これもよし、これは………ちょっとやりすぎかしら?

ううん、今更よね、あの子と八幡君は、もう何度も結ばれているはずだし」

 

 その言葉に明日奈は一瞬で赤面した。

 

(なっ、ななな………)

 

 一体何を言っているの?と言いかけたところで、

明日奈は京子がスマホで写真を見ている事に気が付いた。

 

(まさか……)

 

 明日奈はそのまま忍び足で京子に近付き、

背後からこっそりと京子が何を見ているのか覗きこんだ。

 

(や、やっぱり……)

 

「これも添付、これもこれもっと」

 

 京子が画面に指を走らせる度に、スマホに明日奈のパジャマ姿が次々と表示されていく。

その中には明らかにパジャマをめくりあげて撮ったのであろう、

明日奈のあられもない写真もかなり混じっていた。

わざとズボンを下ろし、明日奈のお尻が半分ほど見えている写真まであり、

明日奈はぷるぷると震えながらも、京子を止めようとその肩をポンと叩こうとした。

その瞬間に京子の姿が明日奈の視界から消えた。

 

「えっ?」

「甘いわね明日奈、少し前からあなたの姿はスマホに丸映りだったわよ」

「ぐっ………」

 

 そして京子がテーブルを挟んで反対側に姿を現した。

どうやら体を沈め、テーブルの下を通って反対に出たらしい。

 

「そしてもう手遅れよ、今から八幡君にこの写真を送るわ!」

「そ、それだけは駄目えええええ!」

 

 明日奈はそう言ってテーブルを乗り越えて京子に掴みかかろうとしたが、

京子はその明日奈の突撃を難無くかわした。

 

「はい、送信っと」

「きゃあああああああ!」

 

 明日奈は思わずそう絶叫したが、そんな明日奈に京子はこう言い放った。

 

「明日奈、これはあなたの心が望んだ結果なのよ、いい加減にその事を自覚しなさい!」

「わ、私の心が?」

「そうよ、あなたはあんなにかわいいパジャマを着て、

部屋の鍵をかけないまま無防備にベッドに横たわっていたのよ、

それがかわいい写真を撮ってくれという意味じゃなければ一体何だというの?」

「そ、それは……」

 

 明日奈はその言葉に反論出来ず、京子は厳しい視線を明日奈に向けた。

 

「明日奈は本心では、全身をくまなく八幡君に見られたいと望んでいるの!

だから明日奈、あなたは………」

「わ、私は………?」

 

 そして京子はビシッと明日奈を指差してこう叫んだ。

 

「もっと八幡君を誘惑して、早めに子供を仕込んでもらって、孫の顔を私に見せなさい!」

「結局お母さんはそれが言いたかっただけじゃない!」

「当たり前よ、それが今の私の一番の望みなのよ!」

 

 京子は完全に居直ってそう言うと、真面目な表情をして明日奈にこう話しかけた。

 

「それより明日奈、私とここで漫才なんかしてていいの?

出かける準備をしなきゃいけないんじゃないの?」

「えっ?どうしてお母さんがそれを……」

「だってさっき八幡君から連絡があったもの」

「そうなの!?」

「ええ、泊まりになるかもしれないけどごめんなさいって。

事情は聞いたわ、今現地は大変らしいから、雑用がメインになるでしょうけど、

自分の出来る範囲でやれる事は何でもやるのよ、明日奈」

「う、うん、頑張ってくる」

「それじゃあ早く準備をしてきなさい、明日奈」

「うん!」

 

 明日奈は京子に激励され、やる気満々で部屋に戻った。

一方京子は、明日奈が写真の事を忘れてくれた事ににんまりしていた。

 

「ふう、危ない危ない、今度からもう少し慎重にならないといけないわね」

 

 そう言って京子はスマホの写真を次々とめくっていった。

その中には明らかに今日撮った訳ではない、よだれをたらして居眠りする明日奈や、

Tシャツを前後逆に着たまま家の中をうろうろする明日奈の写真が収めてあった。

 

「これでまた写真と引き換えに、八幡君にお義母さんって呼んでもらえるわね」

 

 どうやら京子は昔八幡とそういった約束をしたらしく、

事あるごとに八幡に明日奈の写真を送っているようだ。

 

「まああの子も明らかに元気がないように見えたし、丁度良かったかしらね」

 

 京子はそう呟くと、今日の夕飯は一人だし外食でもしようかしらなどと考え始めた。

そうしてる間に明日奈が二階から下りてきて京子に言った。

 

「それじゃあお母さん、行ってくるね!」

「はい、行ってらっしゃい」

 

 そんな明日奈の表情からは落ち込んだ様子が減っており、

京子もことさらに笑顔を作りながらこう言った。

 

「頑張ってね、明日奈」

「うん!」

 

 こうして明日奈はキットに乗り、眠りの森へと向かう事になった。



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第848話 私は死ぬ気で抗うわよ

 ログアウトした後、八幡は真っ先に経子に連絡を入れた。だが電話は一向に繋がらない。

同様に凛子もまったく着信に反応せず、

焦った八幡は考えに考えた末に、現地にいる可能性の高い一人の人物の存在を思い出した。

 

『prrrrrrrr、prrrrrrrr』

 

(これで駄目なら小猫あたりに連絡して様子を見に行かせるしか……)

 

『あっ、八幡君?良かった、多少落ち着いたから丁度連絡を入れようと思ってたんだよ』

「って事はめぐりんは今眠りの森ですか?一体何があったんです?」

『うん、実は………』

 

 八幡が思いついた人物とはめぐりであった。

めぐりの説明によると、いきなり藍子の病状が悪化し、

脳波がかなり乱れた為にメディキュボイドとの接続も切れ、

そのまま藍子は集中治療室へと運び込まれたらしい。

 

『でも努力の甲斐があって今は落ち着いたみたい、とりあえずだけどね』

「………実際アイの状態はどうなんですか?」

『うん、私は医者じゃないから軽々しい事は言えないけど、次に発作が起こったら………』

 

 それ以上めぐりは何も言わなかった。それで色々と察した八幡はめぐりにお礼を言い、

経子に連絡してくれるように伝言を頼んだ上で電話を切った。

 

「とりあえず経子さんから話を聞かないと……その前に俺がやれる事は……」

 

 八幡は最初に宗盛に連絡を入れ、この後すぐに会えるようにアポをとった。

ついでに紅莉栖にも連絡を入れ、宗盛との話に同席してくれるように頼んだ。

八幡の知る限り最高の頭脳を持つ紅莉栖であれば、

八幡が気付かない事にも気付いて助言をしてくれるかもしれないと期待したからである。

ちなみにクルスは大人しく八幡の傍で待機している。

もし何かあった時にすぐに動けるようにである。

 

「そういえば剣士の碑の方はどうなったかな」

「あ、それならネットで見られますよ、自動更新なのでもう結果が分かるはずです」

「すぐに確認してくれ」

「はい、え~と………あっ、やりました八幡様、ちゃんと八人全員の名前が記載されてます」

「そうか、それは何よりだったな」

「はい!」

 

 そして八幡が落ち着いたのを見計らい、クルスは八幡にお茶を差し出してきた。

 

「八幡様、お茶を」

「おう、悪いな」

 

 八幡はそれを飲んで一息つくと、クルスにこう話しかけた。

 

「マックス、とりあえずランは大丈夫みたいだが、次に発作が来たらアウトだそうだ」

「そう………ですか」

「とりあえずもうすぐ経子さんから連絡があると思うから、そこで話をした後、

可能な限りの手を打って、宗盛さんの所に行く事になる、そのつもりで準備しておいてくれ」

「分かりました」

 

 ちょうどその時八幡の携帯に経子から着信があった。

 

「経子さん、アイはどうなりましたか?」

『気を揉ませてしまってごめんなさいね八幡君、連絡が遅れてごめんなさい。

アイちゃんは今はもう落ち着いたわ、意識もハッキリしてるわよ』

「良かった………経子さん、アイを救う為に、何か俺に出来る事はありますか?」

『ちょっとメディキュボイドのデータ管理の人手が足りないから、

ソレイユから技術者を回してもらえると助かるわ、医学の知識が無くても全然問題ないわよ』

「分かりました、優秀なのを向かわせます」

『医者の増員は結城本家に頼んだから問題ないとして、

あとは症状を抑える薬なんだけど、兄さんから送ってもらったデータを見たわ。

確かに効果はありそうだけど、まだ人に使える段階じゃないみたいね……』

「その事で何か手は無いか、これから宗盛さんの所に行くつもりです」

『そう、そっちはお願いね。後はアイちゃんのメンタル面の問題なんだけど、

今はかなり気落ちしてしまっていて、何とか元気付けてあげたいと思ってるのよね』

「後で明日奈達にそっちに行ってもらうつもりですが、

とりあえず俺が話します、電話の声をあいつに届ける事は可能ですか?」

『分かったわ、スピーカーモードにするからちょっと待ってて』

 

 そしてしばらく間が開いた後、電話の向こうからアイの声が聞こえてきた。

多少くぐもった声なのは、おそらくガラス越しに喋っているからなのだろう。

 

『八幡?聞こえる?』

「おう、聞こえるぞアイ、元気そうで何よりだ」

『あは、元気とはとても言えないかも?でもまだ生きてるわ』

 

 その藍子の弱々しい言葉に八幡は胸が締め付けられた。

 

「まだ?何を言ってるんだお前は、

お前には俺がよぼよぼになった時に世話をしてもらう予定なんだからな」

『それはシモの世話的な?』

「お前は相変わらずだなおい……」

『でもまあそれは私と八幡の子供か孫にお願いしましょう、

その時は私も八幡同様によぼよぼのお婆ちゃんになってるはずだしね』

 

 さすがの八幡も、この状況でその言葉を否定するのは困難であった。

 

「ああ、そうしよう」

 

 その瞬間にアイがとても元気そうな声でこう叫んだ。

 

『よし、言質をとったわ!経子さん、今の八幡のセリフ、聞いたわよね?』

『え、ええ、聞こえたわ』

「うわ、マジかよお前、何でそんなに元気なんだよ」

『違うのよ、アイちゃんったら、八幡君の声を聞いた瞬間に急に元気に……』

『シーッ、経子さん、それは八幡が調子に乗るから言っちゃ駄目!』

「お前は本当に……」

 

 八幡は堪えきれずに涙を流し、声が少し涙声になった。

 

『八幡……もしかして泣いてるの?』

「ばっかお前、そんな訳あるかよ、俺が泣くのは明日奈に怒られた時だけだ」

『ハ、ハッキリ言っちゃうんだ……』

「当たり前だ、俺にはアスナ以外に怖いものなんて無い」

『ユキノさんは?』

「訂正する、怒ったユキノはちょっと怖い」

『随分と正直ね』

「いや、まあ俺は基本嘘吐きだけどな」

 

 八幡はそう言うと、こっそりと涙を拭いた。

 

『それよりも八幡、ボス戦はどうなったの?』

「おおそれだ、アイは途中で落ちたんだったよな、おめでとう、

お前達は無事にALOの歴史に名を残した、もちろんお前もだ」

『本当に!?』

「いくら俺が嘘吐きでもこんな事で嘘をついてどうするよ、

疑うならネットで調べてみろ、結果が載ってるから」

『そっか、良かった………』

 

 そして電話の向こうから、藍子の大きな声が聞こえてきた。

 

『みんな、やったよ!』

 

 その瞬間に周りから拍手が聞こえてきた。

どうやら他のスタッフ達も藍子を賞賛しているようだ。

詳しい事情は知らないだろうに、空気が読める事この上ない。

 

『八幡君、そろそろ……』

 

 そして経子の声が聞こえ、八幡は藍子にこう呼びかけた。

 

「おいアイ、お前はとりあえず休んどけ、

あとこれだけは言っておくけどな、アメリカから帰ったら最初にそっちに行くから、

お前はちゃんと俺を出迎えるんだぞ、絶対に約束だ、絶対に忘れるなよ」

『もう、仕方ないわね、このとてもかわいくて胸の大きい私が出迎えてあげるんだから、

泣きながら感謝して私の胸にしゃぶりつくのよ』

「………考えておく」

『ええ、考えておいて』

 

 藍子は楽しそうにそう言うと、一拍置いた後に八幡に向けてこう言った。

 

『ねぇ八幡、私は死ぬ気で抗うわよ』

「おう、抗え抗え、俺も自分に出来る事は全部やる」

『待ってるわ、ダ~リン』

「お~いダ~リン、呼んでるぞ~!」

『そこは素直にうんって言うところでしょう!?』

「もうその手には乗らん、それじゃあまたな、アイ」

『うん、またね、八幡』

 

 そして通話は終了し、八幡はすぐに動き始めた。最初に八幡が電話したのは陽乃である。

 

「姉さんか?頼みがある」

『眠りの森の事ならもう手は打ったわよ』

「さすがに早いな……とりあえず技術者が多めに欲しいって事らしいんだが」

『大丈夫よ、オペレーションD8を発動したわ、

みんなやる気満々で、ローテーションとか組んでくれてるわよ』

「え、そこまでするか!?」

『そこまでするわよ、私はあなたが泣くところを見たくないもの』

 

 その言葉に八幡は胸が熱くなった。

 

「あ、ありがとな、姉さん」

『どういたしまして。それに忘れてるかもしれないけど、あの子は私の弟子でもあるのよ』

「そうだったな、とりあえずキットを迎えに出させて明日奈に眠りの森に行ってもらう、

後はそうだな……かおりもあいつと顔見知りだから、一緒に行ってもらうとしよう」

『分かったわ、こっちの事は任せて』

「頼むぜ姉さん」

『ええ、私もこの後すぐに現地に向かうわ』

 

 次に八幡が電話をしたのは清盛のところであった。

 

「おいじじい、死ぬ前に一ついい事をしろ」

『いきなり何じゃい、儂はこう見えて結構忙しいんじゃぞ?』

「アイ………いや、ランがやばい、じじいも眠りの森に手伝いに行ってやってくれ」

『何じゃと?我が弟子が?

なるほど分かった、丁度暇じゃったし、久々に腕を振るってやるわい』

「じじい、今忙しいって……」

『予定を全部キャンセルすればそれは暇だって事じゃ!急ぐからもう切るぞ、

結果的にお主の言う通りになったな、儂がこっちに残っておったのは幸いじゃ。

ところで宗盛と話はしたかの?』

「これから向かう予定だ」

『そうか、何か思いついたらすぐにこっちに知らせるんじゃぞ』

「了解、そっちの事は頼んだ」

『おう、任せろい』

「…………宜しくお願いします」

 

 最後に八幡はそう言った。それを聞いた清盛はかなり慌てたようだ。

 

『お主が強気じゃないのはちょっと気持ちが悪いのう』

「悪い、結構余裕が無くてな」

『ベストは尽くす、絶対にランは助けるぞい』

「ああ、助けよう」

 

 二人はそう誓い合って通話を終えた。

最後に八幡が連絡をしたのはキットである。

 

「キットか?悪いが明日奈を自宅で拾って、そのままソレイユでかおりを拾ってくれ。

そうしたらそのまま二人を眠りの森に運んでやってくれないか?」

『分かりました、八幡』

「一応今の状況を説明しておく」

 

 八幡はそう言ってキットに事情を説明し、

頭のいいキットはソレイユの社内ネットワークなども利用し、

今の状況を完璧に把握してくれた。

 

「それじゃあ頼むぞ」

『はい、任せて下さい』

 

 

 

「キット、こっちこっち!」

『お待たせしました明日奈、たまには運転席にどうぞ』

「うん、ありがとう!」

『このままかおりを迎えにソレイユに向かいます』

「あっ、そうなんだ、かおりも来てくれるんだね」

『かおりだけじゃありません、ソレイユの社員が全員動きます』

「えっ!?そ、そうなの?」

『はい、詳しい事はかおりに聞いて下さい』

「うん分かった!それじゃあ行こっか!」

 

 そして無事にかおりを拾ったキットと明日奈は、そのまま眠りの森へと向かった。



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第849話 オペレーションD8再び

 その日かおりは業務を終え、寮の自室に戻ろうとしていた。

 

「かおり、お疲れ~!」

「あっ、舞衣、お疲れ!」

「「イェ~イ!」」

 

 二人は特に意味もなくハイタッチをかます。

受付の折本かおりと開発の岡野舞衣、二人は何故かとても仲良しなのである。

 

「今日はこの後どうするの?」

「う~ん、今日は仕事中に甘い物が食べたくて仕方がなかったんだけどさ、

かおりもそういう事ってあるよね?」

「あるある!それある!」

「で、夕飯は軽めにして、その分ガッツリと甘い物を食べに行こうかな、

なんて思ってるんだけど、かおりも行く?」

 

 かおりはニコニコ顔でそう言う舞衣に、恨めしそうな視線を向けた。

 

「舞衣っていくら食べても太らなさそう。

私も行きたいけど、最近ちょっとお腹の辺りのお肉が気になってさぁ……」

「え~?全然気にならないよ?」

 

 そう言いながら舞衣は、かおりのお腹をさすった。

 

「いやぁ、それでも雪乃とか詩乃と比べるとちょっと………ね」

「ああ、八幡さんに直接目の前で比べられるのが嫌なんだ!」

「ちょ、ちょっと舞衣、声が大きいから!」

 

 かおりは慌てて舞衣の口を押さえ、きょろきょろと辺りを見回した。

だが幸いこちらに意識を向ける者はいない。

というかその会話が聞こえたであろう全員が、その事についてはスルーしていた。

八幡とかおりが受付でよく話しているのは周知の事実であり、

かおりが八幡の事を好きなのもまた、一目見れば分かってしまう為、

今更かおりが何を言っていようと誰も気にも留めないのである。

 

「まあいいや、それじゃあかおりは行かないって事でいいよね?」

「うん、残念だけど目標体重になるまで我慢する……」

「あ、もうオーバーしてるんだ……」

「う、うん、八幡にご飯に連れてってもらうとつい食べすぎちゃって……」

「色気より食欲!?」

「いや、だって八幡が選ぶお店のご飯って本当に美味しいんだよ?」

「だからかおりは駄目なのよ……」

「えっ?私が美味しそうにご飯を食べてるのを見て、八幡もよく褒めてくれるよ?

『かおり、いつもお前は本当に美味そうに飯を食うよな』って」

「だからかおりは駄目なのよ……」

「大事な事だから二度言いました!?何それウケるし」

「いや、ウケないからね?」

 

 次に八幡に誘われた時、かおりがまた同じ事をするのがこの反応から容易に想像出来る。

 

「それじゃあ理央かウルシエルでも誘ってみようかな」

「うん、ごめんね、また誘ってね!」

 

 二人がそう言って別れようとした瞬間に、

突然寮内に設置されているスピーカーが、ザザッと音を発した。

 

「えっ?」

「ここのスピーカーが使われるのって……」

 

 直後に寮と社内両方に、薔薇の声でアナウンスが流れ始めた。

 

『全社員に通達、たった今、オペレーションD8が発動されました。

あんた達、二度目になるけど今回も気合いを入れていくわよ!

それに関して今回は、社長からみんなに今回のオペレーションの説明があるわ、傾注!』

 

 そして次に、スピーカーから陽乃の声が聞こえてきた。

 

『ちょっと長くなるけどみんな、聞いて頂戴。

うちが深く関わっている終末医療用施設、眠りの森において、

今まさに一人の女の子が苦しんでいるわ。

終末医療施設で苦しんでいるという事の意味は分かるわね?

そしてみんなも知っていると思うけど、今八幡君はアメリカに行っているわ。

その目的は、彼女……正確には双子の姉妹が二人とも同じ病気にかかっているから、

彼女達、なんだけど、その病気を治す為の新薬の開発状況の説明を受ける事。

だけど八幡君がまだ不在である今日、双子の姉の容態が悪化してしまったの。

そして残念な事にその新薬は、まだ人に投与出来る段階ではないと聞いているわ。

でも八幡君は、この日の為に色々と準備をしてきているのよ。

その姿を私はよく知っているし、正直に言うと勝算はあるのよ。

でもそれにはもう少し、ほんの少しだけ時間が必要なの。

その双子の姉妹は彼にとって、家族同様の存在なの。

だからもし彼女達に何かあったら、八幡君はきっと深い悲しみに包まれる事になるわ。

きっと何も手につかない程意気消沈し、毎日枕を涙でぬらす事になる。

私はね、彼にそんな思いをさせたくはないの。

だからみんな、八幡君に力を貸して!彼女に力を貸して!

今回のミッションの目的は、可能な限りの彼女の延命よ、

畑違いなのは承知の上で、システム面の完璧な運用、

そして医療スタッフのケアを、交代でみんなにお願いしたいの。

各人の奮闘を期待します、この戦い、絶対に勝利しましょう!』

 

 陽乃の演説はそこで終了し、しばしの静寂の後、ソレイユの敷地が揺れた。

文字通り揺れたのである。ソレイユの近くを歩いていた通行人は、さぞ驚いた事であろう。

 

「うおおおおおお!」

「次期社長の大切な人を死なせてたまるかよ!」

「ソレイユ魂を見せてやれ!」

「必要最低限の準備だけでいい、みんな、急げ!」

「悪い、今日の約束はキャンセルさせてくれ、理由?

うちの次期社長の大切な人がピンチなんだよ!」

「何人かは会社に残って可能な限り前倒しで仕事を片付けるぞ!居残り組の選抜を急げ!」

 

 舞衣もこの事態を受け、自分も動かなくてはとかおりの方を見た。

だが何故かかおりは動かない。

 

「かおり?どうしたの?」

「あ、ご、ごめん、今社長が言ってた双子って、もしかして私の知ってる子達かなって……」

「あ~………」

 

 舞衣は、そういえばかおりはソレイアルとしてあの子達と接していたなと思いつつ、

正直にその事をかおりに告げた。

 

「うんそう、八幡さんが家族だと思っている双子って言ったらあの二人の事だよ」

「や、やっぱり!どうしよう、私、行かなくちゃ!」

「だから今から行くのよ、かおり、準備準備!」

「そ、そうだった!急がなきゃ!」

 

 丁度そこに、遠くから二人を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「舞衣さん、かおりさん!」

「あ、理央!理央も今のアナウンスは聞こえたわよね、早く準備準備!」

「ごめんなさい、オペレーションD8については前に教えてもらいましたけど、

いざ発動された時にどう動けば……」

 

 その理央の言葉で、二人は理央がまだ正式に入社しておらず、

オペレーションD8の説明を詳しく受けていない事に気が付いた。

 

「あ~そっか、前に聞かれた時は簡単にしか教えてなかったよね、

オッケー、私が説明するね、舞衣、先に行ってて!」

「それじゃあ後は任せたよかおり!」

「うん、任せて!」

 

 そしてかおりに説明を受けた理央は、驚いた顔であんぐりと口を開けた。

 

「なるほど、就業時間とか関係なく全社が一丸となって動くんですね」

「うん、まあそうかな。理央はまだ正式な社員じゃないから不参加でもいいと思うけど」

「いえ、もちろん参加します。それにしても凄い盛り上がり……」

「今回で二度目なんだけど、前回もこんな感じだったよ」

「あ、説明に書いてありましたね、殺人犯を捕まえたとか」

 

 理央はその事にあまり実感が沸いていなかったようだが、

今回の件で、それくらいは可能なんだろうなとソレイユの底力に感動した。

 

「実際前回の時ってどんな感じだったんですか?」

「うん、前の時はみんなでローラー作戦って奴をやったんだよね」

「ローラー作戦ですか……」

「うん、まあSAO絡みの案件でね、八幡と詩乃の命もちょっと危なかったみたい」

「詩乃も関わってるんですか!?」

「そうだよ?今度詩乃に話を聞いてみれば?」

「そ、そうしてみます」

 

 さすがの理央も、親友の命が危なかったと聞いては平静ではいられなかったようだ。

 

「で、私はどうすればいいですか?」

「う~ん、理央はレスキネン部長の指示を仰いだ方がいいかもね、

立ち位置的には結構特殊だし?」

「分かりました!」

 

 そして理央はレスキネンに電話を掛け、かおりの方に振り返った。

 

「私はかおりさんと一緒に眠りの森に行っていいそうです」

「オッケー、それじゃあ泊まりの可能性もあるし、

最低限の着替えとか色々準備して、十分後にまたここで待ち合わせしよっか」

「はい、分かりました!」

 

 そして理央とかおりはそれぞれ準備をし、十分後に同じ場所で合流した。

 

「それじゃ行こう!」

「はい!」

 

 そして二人は寮から出て、会社の正門前へと移動した。

 

「うわ、凄い人……」

「あっ、あんな所に社長が」

 

 見ると何台も停まっているバスの前で、

陽乃がバスに乗り込もうとする全員に声を掛け、敬礼をしていた。

 

「社長自ら激励ですか」

「うん、だからみんな、社長と八幡に絶大な忠誠を誓ってるんだよね、まあ私もなんだけど」

「確かにちょっと胸が熱くなりますね」

「周りの人達はびっくりだろうけどね」

 

 そう言ってかおりは正門の方を見た。そこには凄まじい数の野次馬が集まっており、

やんややんやと出発する社員を応援していた。

 

「盛り上がってんな~、ソレイユ」

「前にも確かこんな事があったわよね」

「お前ら人助けだって?頑張れよ!」

 

 どうやら野次馬達にはそんな感じのアバウトな説明が成されたようだ。

 

「ソレイユって凄い……」

「もう理央もその一員みたいなものじゃない」

「うん、かおりさん、私、もっと頑張る!」

「うんうん、頑張りなさい!」

 

 かおりは先輩風を吹かせつつ、理央と共にバスに乗り込む列に並んだ。

そして陽乃の前に来た時、陽乃がかおりにこう言った。

 

「あ、かおりちゃんはバスに乗らなくていいわよ」

「えっ?私、居残り組ですか?」

「ううん、さっき八幡君から電話があってね、

かおりちゃんは明日奈ちゃんと一緒に動いてくれだって。

もうすぐ明日奈ちゃんがキットに乗って到着するから、

かおりちゃんはそっちで移動して頂戴」

「なるほど、分かりました!」

「あ、あの、社長」

 

 その時理央が陽乃にそう声を掛けた。

 

「ん、なぁに?」

「さっき社長が話してた双子って、もしかして藍子ちゃんと木綿季ちゃんの事ですか?」

「あら、理央ちゃんは二人の事、知ってるの?」

「はい、前に八幡に、眠りの森に連れてってもらったので」

「ああ、なるほどなるほど、そういう事……

それじゃあ理央ちゃんもかおりちゃんと一緒に移動すればいいわ」

「いいんですか?」

「うん、多分八幡君は、ラン………藍子ちゃんを元気付ける為に、

知り合いを動員したんだと思うから、理央ちゃんもそっちに回ればいいんじゃないかな?」

「分かりました、ありがとうございます!」

「ううん、適材適所って奴だからね」

 

 そして陽乃は表情を改め、二人に向かって敬礼した。

 

「それでは二人の健闘を祈ります!

藍子ちゃんは実は私の弟子でもあるから、くれぐれもあの子の事をお願いね」

「「はい!」」

 

 二人も陽乃に敬礼を返し、そしてしばらくして明日奈が到着し、

二人はそのままキットに乗り込んだ。

 

「かおり、それに理央ちゃんもこっちなんだ、さあ、乗って乗って!」

「お、お邪魔します」

「うわ、明日奈がキットの運転席にいるのって何かウケる」

「座ってるだけで何もしてないけどね」

 

 そして道中でかおりと理央は、先ほどまでの出来事を明日奈に説明した。

 

「理央ちゃんもランとユウキと知り合いだったんだね」

「うん、みんなと面識があるよ」

「こっちはまあ、そんな感じかな」

「なるほど、二度目のオペレーションD8が発動されたんだね。

ソレイユに着いたらバスが沢山停まってたから何かと思ったよ」

「そういえば明日奈は前の時はいなかったんだっけ?」

「いなかったっていうか、GGOの中にいたんだよね、

だから後で話は聞いたんだけど、オペレーションD8ってのがどんな感じなのか、

いまいち想像出来なかったの」

「そうだったんだ、それじゃあ眠りの森に着いたらもっと驚くと思うよ。

何たってうちの社員のほとんど全員が集合してるはずだから」

「そ、それは想像も出来ないや……」

 

 そして眠りの森が近付いてくるに連れ、明日奈の目にとんでもない物が見えてきた。

それは見渡す限りの人、人、人であった。

 

「ちょっ……」

「何これ凄い……」

「ほら、だから言ったでしょ?」

 

 さすがの明日奈もその光景には絶句する事しか出来なかった。



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第850話 藍子、初めての女子会

「明日奈、どうする?」

「とりあえず経子さんの所かな、多分八幡君から話がいってると思うんだよね」

 

 明日奈はきょろきょろと辺りを見回したが、

生憎周りにはソレイユの社員しか見当たらない。

だが別の知り合いを見付け、明日奈は少し驚いた顔でその人物に話しかけた。

 

「清盛大おじ様?どうしてここに?」

「お?明日奈の嬢ちゃんかい、儂は八幡に言われてランの治療の手助けに来たんじゃよ」

「あ、そういう事ですか!大おじ様、経子さんがどこにいるか知りませんか?」

「儂も丁度経子の所に行くところじゃ、案内しよう」

「ありがとうございます!」

 

 そして三人は清盛に案内され、眠りの森の病棟の方へと進んでいった。

 

「で、そっちの二人は八幡の愛人か何かかえ?」

「またまたぁ、大おじ様ったら冗談ばっかり」

 

 そう言いながら明日奈は清盛の背中をバシッと叩いたが、

その顔は全く笑ってはいなかった。

 

「げほっげほっ、も、もう少し手加減せんかい、ただのお茶目な冗談じゃろ!」

「冗談でも言っていい事と悪い事がありますよ、大おじ様、

この二人は私の友達です、失礼な事を言わないで下さい、ね?二人とも」

 

 明日奈にそう言われた二人は、顔を見合わせてニヤリとした。

 

「初めまして、私は八幡の二号の折本かおりです!」

「わ、私は三号の双葉理央です」

「なっ………」

「明日奈よ、本人達はそう言っておるようじゃが……」

「ちょ、ちょっと二人とも!」

「冗談、冗談だってば!」

「今のところはね」

「今のところって何!?」

「やれやれ、正妻として愛人はちゃんと管理しないといかんぞ」

「大おじ様まで!」

 

 明日奈は、ムキー!となりながら三人に抗議したが、そんな明日奈に清盛が言った。

 

「ほれ、着いたぞ」

「あら明日奈さん、八幡君から聞いてるわ、理央ちゃんは久しぶりね、

で、そちらのあなたは……」

「私は折本かおりです、藍子さんとは一応知り合いです」

「そうなのね、三人とも来てくれてありがとうね」

「経子さん!ラン………じゃなかった、藍子の具合はどうですか?」

「八幡君と電話で話したからか、少しは元気になったみたいよ」

「そっか、良かった………」

 

 藍子が元気だと聞いて、三人はほっと胸をなでおろした。

 

「藍子ちゃんはこっちよ、三人ともこちらへどうぞ」

 

 そして経子の案内で、三人は藍子の病室の隣の部屋に案内された。

さすがに病室の中に入るのは無理らしく、ガラス越しの対面となるようだ。

 

「藍子ちゃん、お友達が来てくれたわよ」

 

 経子はサプライズのつもりなのだろう、三人の名前をあえて言わなかった。

 

「友達?私の?」

 

 その言葉に藍子はきょとんとした。

何故なら藍子には尋ねてきてくれるようなリアルの知り合いは全くいないからである。

藍子は三人の顔を見て、最初に理央の名前を呼んだ。

 

「あっ!八幡にぱんつを見せつけていた、エロ仙女の理央じゃない!

あれ?エロの伝道師?閃光のエロティシズムだっけ?

まあ何でもいいや、その胸の形と大きさには見覚えがあるわ!

「覚えてるのそこ!?」

 

 理央はその藍子の言葉にたまらず絶叫した。そんな理央の肩を、明日奈がポンと叩いた。

 

「理央、後で色々と話を聞かせてくれるかな?」

「ひっ………」

 

 理央は明日奈の迫力にびびりながらも、こくこくと頷く事しか出来なかった。

 

「そしてそちらの二つのおっぱいは……見覚えがないわね、

それじゃあ初めまして、私は紺野藍子よ、

ちょっと体を悪くしてて今は肉付きも悪いけど、

真の私が巨乳だという事を覚えておいてくれると嬉しいわ」

「あ、あは………ランは相変わらずだね」

「まあ元気そうで良かった………のかな」

 

 その二人の反応を見て、藍子がスッと目を細めた。

 

「むむむ、友達って理央だけかなって思ってたけど、

やっぱりあなた達も私の友達の誰かなのね、

自己紹介は待って頂戴、自力で当てるから!」

 

 藍子はそう言うと、両手の人差し指を頭に当て、うんうんと唸り始めた。

その姿はまるで一休さんのようであるが、

この場にいる三人は一休さんを知らない為、藍子の昭和ネタに突っ込む者はいない。

 

「見覚えが無いという事はゲーム内での知り合い、

そしてここにいる時点で八幡絡みの誰かという事は間違いない。

ヴァルハラのメンバーもしくはソレイユの社員なのは確定として、問題は誰かだけど………

ソレイユの社員で私が直接面識が無いのはたった一人、ソレイアルさんしかいない」

 

 藍子はそう呟くと、明日奈とかおりをじっと見比べた。

 

「………ところで、無意識なのかもしれないけど、

八幡ってたまに人の胸をじ~っと見つめた後、

それを誤魔化すかのように、突然饒舌になる事があるわよね」

「それある!」

 

 そのランの言葉に対し、かおりは咄嗟にそう反応してしまった。

まあ何というか、いかにもかおりらしいとしか言いようがない。

 

「初めまして、ソレイアルさん」

「う、バレた………初めまして、私は折本かおりだよ」

「かおり・ソレイアルさんね、了解したわ」

「何その呼び方、ハーフみたいで超ウケるんだけど、ってかちょっと格好よくない?」

「とりあえず胸の形を脳内にインプットしたからもう間違わないわ」

「やっぱり人を覚える基準はそこなんだ……」

 

 明日奈は藍子のブレなさに感心しつつも、他に気になる事があった為、

かおりに向かってこう尋ねた。

 

「ところでかおり、ソレイアルって何の事?」

「あ、うん、実は私、

リアルトーキョーオンラインっていうゲームの中で情報屋をしてるんだよね」

「情報屋?うん、まあ社内バイトって奴?」

「何それ……」

「あれ、知らないの?八幡の提案で、

ほぼ全てのネットゲームをうちの社員がプレイしてるんだよ、まあリサーチの一環って奴?」

「そ、そうだったんだ……で、ソレイアルって名前はかおりの口癖からとったの?」

「あはははは、前に同じ事をラン………藍子から聞かれたけど、

単に八幡がつけてくれた名前をそのまま名乗っただけだってば」

「それって……」

 

 明日奈はそう言って藍子の方をチラっと見た。

 

「ええ、ご想像の通り、八幡はかおりさんの事を、『それあるさん』と呼んでいたわよ」

「嘘っ……本当に!?」

 

 さすがのかおりもその言葉にはかなり驚いたらしい。

だが直後にかおりはさばさばした表情でこう言った。

 

「まあいっか、ウケるし」

「「「いいんだ……」」」

 

 三人は同時にそう言い、そのまま笑い出した。

 

「ちょっと三人とも笑いすぎ!」

「かおりが面白すぎるんだってば」

「いかにも八幡が好きそうな性格よね」

「さすがはそれあるさん」

「理央、ソレイアルだから!」

 

 かおりは拗ねた顔で理央の胸をぽかぽかと叩く。それを見たランの目がキラリと光った。

 

「それあるさん、合法的に理央のおっぱいの感触を楽しむなんて、さすがね………」

「えっ?ち、違……」

「エッチが?そう、自分がエッチだという自覚はあるのね」

「あ、藍子は本当にブレないね」

「本当に揺れない?失礼ね、私の胸はまだまだ揺れるわよ!」

「オヤジだ、オヤジがいるよ……」

「藍子ってゲームの中よりリアルの方が凄いかも……」

「そんなに褒めても何も出ないわよ、え~と………

そういえばあなたの名前をまだ当ててなかったわね」

「話が思いっきり脱線したからね……」

 

 そして藍子は再び明日奈をじっと見つめた。

 

「まあこれは考えるまでもないわね、多分明日奈………よね?」

「う、うん!」

「ふふっ、私の方が先に明日奈に会っちゃって、きっとユウが悔しがるわね」

「あはっ、そうかもね」

「リアルでも宜しくね、明日奈」

「う、うん」

 

 これが藍子と明日奈、初めての邂逅である。

 

「それで今日は三人でお見舞に来てくれたの?」

「あ、うん、私はそうなんだけど、かおりと理央はまあお仕事も関係してるかな」

「お仕事?」

「そうそう、ソレイユの人間が全員でお見舞に来たようなものだしね」

「確かに人が多いなって思ってたけど、どういう事?」

「えっとね」

 

 そしてかおりは藍子にオペレーションD8の事を説明した。

 

「何その頭のおかしい制度」

「みんな喜んで参加してるけどね」

「喜んで!?残業みたいなものなのに?」

「それだけ八幡君がみんなから愛されているって事なんじゃないかな」

 

 明日奈はニコニコしながらそう言い、その余裕な態度に藍子は若干の敗北感を覚えた。

 

(これが八幡の正妻……最初見た時から直感で分かってはいたけれど、

優しそうな笑顔、気品ある物腰、胸も大きいし腰も細い、そしてなにより凄まじい美少女!

更にその上強いとか完璧超人じゃない!

あわよくば愛人じゃなく私が正妻にとか思ってたけど、これは絶対に無理!

今日から作戦変更ね、これからは八幡じゃなく、明日奈の好感度を上げる努力をすべき!)

 

 藍子がそんな事を考えているとは露知らず、

明日奈は笑顔を崩さないまま話題を変えてきた。

 

「それでね、ボス戦の事なんだけど……」

「あ、うん、八幡から聞いたわ!遂にやったわね!」

「うん、やったね!」

 

 二人はとても嬉しそうに、ガラス越しにではあるがハイタッチをした。

 

「何をやったの?」

「スリーピング・ナイツの八人……私も入れてだけど、

その八人だけで三十四層のボスを倒したの」

「えっ、凄いじゃない!」

「ふふん、もっと褒めてくれてもいいのよ」

 

 藍子は鼻高々でそう言った。

 

「まあでもその間に八幡君達は、

同盟の七十人のプレイヤーをたった六人で全滅させてたから、

多分あの六人で挑めば普通にボスも倒せてそうだけどね………」

「えっ?あれを全滅させたの?追い払ったとかじゃなくて?」

「うん、そうみたい、まあでも最初に達成したのはスリーピング・ナイツなんだから、

気にせずその事を誇ろう!」

「え、ええ、それはまあ当然なんだけど、でも、うわ………」

 

 さすがの藍子も絶句し、気の利いたセリフは何も言えなかった。

よく分かっていないかおりはともかく、理央もかなりの衝撃を受けたようだ。

実はヴァルハラではよくある事なのだが、

理央はまだヴァルハラ単体での大きな戦いは未経験だからである。

 

「それって誰が参加してたの?」

「ええと、ハチマン君、キリト君、レコン君、シノノン、ユキノ、あとサトライザーさん」

「サトライザー?誰!?」

 

 驚く理央に、藍子が即座に突っ込んだ。

 

「えっ?理央も知らないの?同じヴァルハラなのに?」

「う………もしかして私、仲間外れ?」

「違う違う、今日加入したばかりの新人だからだよ、でもいきなり幹部扱いなんだけどね」

「そ、そんなに強い人なの?」

「うん、実は大きな声じゃ言えないけど、本職の人だよ」

 

 明日奈は声を潜めながらそう言った。

 

「本職ってゲームの?」

「ううん、戦争の」

 

 三人はその言葉に沈黙した。

 

「………プ、プロの軍人さん?」

「正確には傭兵さんかな」

「えええええ?」

「その人、実はGGOでね………」

 

 少女達の会話は尚も続いた。

経子は藍子の状態をチェックしながらいつ止めようかと悩んでいたが、

予想以上に数値が安定し、逆に上がってすらいた為、

三人の存在が藍子にとっての治療薬のような役割を果たしているのだと考え、

ニコニコした顔でもうしばらくそのままにさせてあげる事にし、

他のスタッフ達も、その四人の仲が良さそうな姿を微笑ましく眺めていたのだった。




理央に変なあだ名がついたのは642話、八幡がソレイアルをそれあるさんと呼んだのは、692話の事ですね!


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第851話 スリーピング・ナイツと三人娘

作中で色々な呼び方が混在していますが、その時その時の各人物が、そういう認識で名前を口にしていると思って下さい!
あと第849話『オペレーションD8再び』の、かおりと理央のセリフを少し修正しました!理央がオペレーションD8の存在を知っている事を失念していたので!


 一方のユウキは、ランが再接続しない事にやきもきしていた。

 

「うぅ………ランが戻ってこない………」

「兄貴から、レコンさん経由で今はそれなりに元気らしいって連絡が来たのにね」

「メディキュボイドはもう使えると思うんだけどなぁ……」

「とりあえずこっちからアクセスしてみようぜ、眠らない森からなら可能だろうし」

「あっ、そうだね、それじゃあ一度あっちに行ってみようか」

 

 実際経子は、ある程度四人の会話が落ち着いたら、

藍子をメディキュボイドに入れるつもりであったが、

四人が本当に楽しそうに会話を続けていた為に、今は様子見しているというのが現状である。

それでもさすがに時間的限界は存在する。

 

「藍子ちゃん、そろそろ……」

「わっ、もうこんな時間!もっとお話していたいけど、

さすがにそろそろメディキュボイドに入らないと」

「それならメディキュボイドに接続した後に、中のモニターを使って話せばいいじゃない」

「その手があった!みんな、ちょっと待っててね!」

 

 藍子はそう断ると、いそいそとベッドに横たわった。

その直後にわらわらとスタッフが現れ、明日奈達三人が恐縮する中、

テキパキと準備は進んでいき、藍子はそのままメディキュボイドにログインした。

そしてメディキュボイドにログインしてランとなった藍子はきょろきょろと辺りを見回し、

そこが三十四層のボス部屋だと確認した。

ログイン前と一つ違うのは、上の階に向かう為の階段が現れている事であった。

 

「このまま三十五層に出てからスリーピング・ガーデンに戻ろっと」

 

 ランはそのまま三十五層を目指して階段を上っていった。

 

 

 

「藍子ちゃん、遅いね」

「あ、多分スタート地点はボス部屋だと思うから、上の階に歩いてるんじゃないかな」

 

 明日奈は正確にランの今の状況を分析し、

三人はランがモニターに顔を出すのをのんびりと待つ事にした。

 

「経子さん、藍子は随分元気に見えましたけど、この分ならしばらく問題無しですか?」

「それなら良かったんだけど、ね」

 

 経子はその明日奈の問いに難しい顔をした。

 

「この際だから、藍子ちゃんと木綿季ちゃんの病気について少し話しておくわね。

二人の病気は一度発作が起きるともう後が無いの。

確かに今は、状態はかなり安定しているけれど、数日後には必ず次の発作がくる、

そうなったらもう二度と集中治療室から出られないわ。

そしてそのまま緩やかな死を迎える事になる」

 

 その死という言葉は三人の心にずしりと圧し掛かってきた。

 

「そんな、それじゃあ今私達がここにいる事は無意味なんですか?」

「そんな事はないわ、あそこまでいい数値が出たという事は、

次の発作が起きるのが数日遅くなったはずよ」

 

 その言葉は希望があるようで実は無い。

要するに発作が来る事自体はどうしても止められないという事を示唆しているからだ。

 

「まあ藍子ちゃんについてはそんな感じね、でも実は木綿季ちゃんももう後が無いの」

「えっ?」

「そうなんですか?」

「でも木綿季はまだ発作は一度も……」

 

 明日奈は何かにすがる様にそう言ったが、経子はその言葉に首を振った。

 

「私達も最初はそう思っていたわ。他ならぬ藍子ちゃん自身も、

自分の方が木綿季ちゃんよりも症状が重いと思っているはずよ」

「違うんですか?」

「最近分かったのだけれど、生まれた時の木綿季ちゃんは未熟児でね、

実は藍子ちゃんよりも免疫系の発達が遅れているの。

だから木綿季ちゃんの場合は、次の発作が最初で最後になるわ」

「で、でもその発生時期は当分先なんですよね?」

 

 その理央の問いも、即座に経子に否定された。

 

「実はこの前藍子ちゃんが発作を起こしたその直後に、

木綿季ちゃんの状態も、いつ発作が起こってもおかしくないくらい悪くなったの。

それは今もほとんど改善されていないのよ」

「じゃ、じゃあ……」

 

 その説明に三人はやや顔を青くした。

 

「これも双子の因果なのかしらね、なので私達は、二人を同時に守らないといけないのよ。

だからみんなには、藍子ちゃんだけじゃなく木綿季ちゃんとも仲良くしてあげてほしいの」

 

 その経子の言葉に三人は仲良くこう答えた。

 

「「「もちろん!」」」

 

 そんな三人の声に呼応したかのように、部屋に設置されたモニターから電子音が聞こえた。

 

「あら、藍子ちゃんかしら」

 

 経子はそう言いながらモニターのスイッチを入れた。

そこに映し出されたのは、木綿季が画面を覗きこむ姿であった。

その姿はALOでの姿でなく現実世界の姿となっており、

木綿季が今VRスペース内の自宅に戻っている事が分かる。

 

「あっ、経子さん、アイは今どこ?もう回復したって聞いたんだけど」

「えっ?もうメディキュボイドに接続してるわよ」

「あれぇ?みんな、もうログインしてるって!」

「えっ、マジか、まさかの入れ違い?」

「これは失敗しちゃったね」

「まあでもこっちに向かってるんじゃないかな、このまま待ってようよ」

「それがいいかもですね」

 

 明日奈は目の前でそんな会話を繰り広げる者達に見覚えはなかったが、

その喋り方から相手がスリーピング・ナイツだという事は理解した。

 

「もしかして………」

 

 ユウキ、だよね?明日奈がそう声を掛けようとした瞬間に、

画面の中の木綿季らしき人物が、明日奈の後方を見ながら驚いた声を上げた。

 

「あ、あれ?もしかして理央?」

「えっ、エロ仙女様?」

「本当だ、エロの宣教師の理央だ!」

「あれ?でも他にもっと格好いい呼び方が無かったっけ?」

「そういえば………」

 

 画面の中の六人は、うんうんと唸りながら、何かを思い出したようにハッとした顔をした。

 

「「「「「「相対性妄想眼鏡っ子さんだ!」」」」」」

「うわあああああ!」

 

 そう呼ばれた理央は絶叫し、その場で頭を抱えた。

 

「………理央、前ここに来た時に何があったの?」

「ち、違うの、全部八幡がいけないの!」

「えっと、さっきのぱんつ云々の話も?」

「不幸な事故だったんだってば!」

 

 理央は羞恥で顔を真っ赤にしており、明日奈とかおりは顔を見合わせると、

慰めるように理央の肩をポンと叩いた。

 

「「ドンマイ、相対性妄想眼鏡っ子」」

「その呼び方はやめてえええええ!」

 

 理央はそう言って手で顔を覆い、さすがにやりすぎたかと思った二人は、

とりあえず理央をそっとしておく事にし、モニターに向き直った。

 

「もしかして、ユウキなのかな?」

「そう言うお姉さんは………誰?」

「私は通りすがりの美少女だよ」

「それ自分で言う!?超ウケるんだけど」

「あっ、そっちはもしかしてソレイアルさん?」

 

 その一言でかおりの正体が即バレした。

 

「ありゃ、またやっちゃった……」

「もう、かおりは相変わらずのドジっ子だよね」

「てへっ、それじゃあ改めて、私はソレイアルこと折本かおりよ、

こうして顔を合わせるのは超久しぶりだね、みんな、元気だった?」

「おお、ソレイアルさんだ!」

「リアルトーキョーオンライン以来かな?」

「うん、元気元気!」

「それじゃあそっちの自称美少女さんは……」

 

 そのジュンの呼び方に、全員から突っ込みが入った。

 

「いや、他称でも美少女でしょ」

「うんうん、私じゃちょっと敵わないような美少女だね」

「どこからどう見ても美少女じゃない」

 

 そう連呼された明日奈は、もじもじと頬を染めながらスリーピング・ナイツにこう言った。

 

「ご、ごめん、やっぱり恥ずかしいからさっきのは無しで……」

「「「「「「「かわいい」」」」」」」

 

 スリーピング・ナイツの六人だけではなくかおりまでそう言い、

明日奈は益々顔を赤くする事となった。

そのせいでシャッター音がした事に、明日奈は気付かなかった。

 

「もう、かおりまでやめてよね!さっきのはほんの冗談だったんだから!」

「今の明日奈の顔、写真にとっておいたから後で八幡に送っとくね」

「えっ、いつの間に!?」

「「「「「「アスナ!?」」」」」」

「あっ………」

 

 そのかおりの言葉で明日奈の正体もバレ、

明日奈は苦笑しながらスリーピング・ナイツに自己紹介をした。

 

「えへっ、バレちゃった、私は結城明日奈です、みんな、会いに来たよ」

「おお………」

「ワ、ワタクシもお会い出来て光栄です!」

「またタルのそれが始まった……」

「アスナ、アスナだ!」

「ボクも会いたかったよアスナ!」

 

 スリーピング・ナイツは全員大喜びであり、それを見た経子は明日奈達にこう提案した。

 

「そうだ、もし良かったら予備のアミュスフィアでそこにログインすればいいんじゃない?

八幡君もいつもそうしているんだしね」

「そうなんですか?それじゃあユウキ、そっちにお邪魔していい?」

「えっ、ここに来てくれるの?やった!」

「うん、それじゃあちょっと待ってて!」

 

 そして三人は経子の案内でアミュスフィアのある部屋に移動し、

ユウキ達が待つ『眠らない森』へとログインする事となった。

それを見ながら経子は一人呟いた。

 

「八幡君、こっちはあと少しは大丈夫よ、二人を、ううん、みんなを助けてあげて………」

 

 その八幡は、今まさに宗盛と話をしている最中であった。



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第852話 二人を救う可能性

 藍子と木綿季の病状の悪化に胸を痛めつつ、

八幡は今自分に出来る事をしようと宗盛に会いにいっていた。事前に頼んであった通り、

そこには紅莉栖と護衛の萌郁と秘書代わりのクルスが同席していた。

 

「宗盛さん、紺野藍子が発作を起こしました」

「………ついに来てしまったんだね」

「はい」

「ううむ………」

 

 宗盛は苦渋に満ちた表情をしながら腕組みをした。

 

「………確かに藍子君や木綿季君の病気に有効そうな成分は発見出来たが、

あれを人に投与出来るようになるにはおそらく最短でも一年はかかるはずだ、

でも発作が起こったという事は、タイムリミットはあと数日しかないという事だね」

「経子さんの話だと、発作を起こしたのはアイだけですが、

そもそもユウは最初の発作に耐えられないそうです」

「とにかく今出来る事をやるしかないね、最悪副作用の検証をしないまま、

理論のみを参考にして薬を調合し、投与する事も考えないといけないかもしれない」

 

 それは藍子と木綿季の体に計り知れない危険が伴うが、命を失うよりはマシなのだろう。

 

「今は医療先進国が躍起になって、

薬学の知識をそれぞれの国のAIに覚えさせている段階でね、

その中でもいくつかの国が話し合って、

知識を持ち寄って共通のAIフォーマットを作ろうとしているんだよ。

それが完全に稼動を開始すれば、おそらく薬学に関しては、

薬の設計図を全てAIが作成し、それを元に新薬が作られるようになるはずなんだ。

そうすれば今難病と言われているほとんどの病気に関して、

画期的な効果のある薬の開発が加速するはずなんだが、

残念ながら今はまだどの国もそのレベルには達していないんだよね。

せめてどこかの国が製薬用エキスパートAIを完成させていれば、

まだ何とかなったかもしれないんだが……」

「宗盛さん、それなんですが………紅莉栖、いいか?」

 

 八幡はそう言って紅莉栖の顔を見た。一応決断の可否を尋ねる風ではあったが、

八幡の表情は有無を言わせぬ迫力があり、紅莉栖は笑いながら八幡に頷いた。

 

「何て顔してるのよ、心配しなくても公開に反対なんかしないわよ。

今この時の為に準備してきた事なんだしね」

「悪い、助かる」

 

 その表情は絶望しているようにはまったく見えなかった為、

宗盛の期待はいやがうえにも高まっていった。

 

「もしかして何か策があるのかい?」

「策というか……紅莉栖、会わせてやってくれ」

「分かったわ」

「あ、会わせる?」

 

 そして紅莉栖はPCを操作し、二分割されたその画面に少年と少女の顔が映し出された。

 

「ん?この子達は確か……いや、随分と精巧なCGみたいだけど、

え?いや、今確か会わせるって………」

『あは、お久しぶりです先生』

『生前は何度かお世話になりましたね』

 

 その生前という言葉を受け、宗盛の記憶がフラッシュバックした。

 

「いや、そうだ、確かに僕はこの子達を知っている、八幡君、これは一体………」

「これは人の記憶と人格を持ったAIで、アマデウス、と言います。

一応社外秘なんで、この事はご内密に」

「AIだって?そうだ、確か君達はこの前亡くなった……」

『矢凪清文です、クロービスと呼んで下さい』

『山城芽衣子です、私の事はメリダと』

 

 二人はにこやかに宗盛に挨拶し、宗盛は混乱しつつも二人に挨拶を返した。

 

「あ、ああ、久しぶりだね、元気だったかい?

………というのは適切な表現じゃないね、すまない」

『先生、どうかお気遣いなく』

『私達はあくまで自分達がAIであるという自覚がありますからね』

「そ、そうか、それは多分必要な措置なんだろうね」

 

 その問いに答えたのは紅莉栖であった。

 

「はい、その通りです先生、その事だけは留意して基本プログラムに『焼付け』てあります」

「だよね、そうじゃないと、おそらく精神………がAIにあるのかどうかは分からないが、

精神が崩壊してしまう可能性があるからね」

 

 AIが人格崩壊するかどうかは未知数であったが、

紅莉栖は予めその事を検討しており、

アマデウス・システムにはそのセーフティネットがデフォルトで搭載されている。

それはアマデウスというある意味禁断の技術を使用するに当たっての、

絶対に譲れない科学者としての紅莉栖の矜持であった。

 

「先生、この二人には薬学の知識を選択的に学んでもらいました。

勉強時間は………クロービス、メリダ、どのくらいだっけか?」

「三週間だけど実質約四年だよ兄貴、それだけをずっとやってきたからね」

「私は二ヶ月で九年よ、基本知識はほぼマスターしたと自負しているわ」

 

 宗盛は知らない事だが、この二人が言う年数は一般人の基準とは少し違う。

二人は『寝る必要が無い』為、まったく休まずにずっと勉強を続けていたのだ。

CPUを休ませる為に多少の『冷却時間』が必要であったが、

ほとんどの時間を通常の百倍の速度でこなしていた為、

勉強時間をと問われた時に出てくる数字はその二通りとなる。

 

「という訳で、医学知識を豊富に蓄えた者がここに二人います。

その上で先生にお願いです、先生の研究結果を俺達に使わせてもらえませんか?」

「それはもちろん構わないんだけど、その前に質問いいかな?

確か矢凪君が亡くなったのって二~三週間前くらいの事じゃなかったかい?

山城君も確か、そのちょっと前だったと記憶しているんだが、

いや、AIにそういった僕達基準の時間は当てはまらないのかもしれないけど、

実質勉強時間ってのは一体何の事だい?」

「そうですね、説明がいりますよね。とりあえず時間も無い事ですし、

ちょっと場所を変えて話をしましょう。紅莉栖、付き合ってくれ。

萌郁とクルスは悪いが留守番な」

「オーケーよ」

「体の護衛は任せて」

「八幡様、それではこれを」

 

 クルスはそう言ってニューロリンカーを三つ取り出して三人に渡した。

八幡と紅莉栖は当然のようにそれを耳の辺りに装着する。

 

「これは何だい?」

「詳しい話はこれから行く場所で。それを耳に装着してこう叫んで下さい、

『バーストリンク』と。あと入る直前の時間を確認しておいて下さい」

「分かった、やってみよう」

 

 いい大人がそんな事をするのは恥ずかしい事であろうに、

宗盛は好奇心が勝ったのか、ためらいなくその言葉を叫んだ。

 

「バーストリンク!」

「「バーストリンク!」」

 

 続けて八幡と紅莉栖もそう叫び、次の瞬間に三人は、研究室のような場所へと姿を現した。

 

「えっ?ここは?一体どうやって移動したんだい?」

「ここはうちで開発したVRラボです宗盛さん、

あまり詳しくは言えませんが、現実世界での一分が、ここでは百分に相当します」

「………な、何だって?」

「兄貴!」

「八幡さん!」

 

 その時研究室の奥からクロービスとメリダが八幡に抱きついてきた。

 

「おお、お前達、元気だったか?」

「うん、元気元気!」

「八幡さんはちっとも変わらないね」

「そりゃまあ現実ではまだそんなに時間が経ってないからな」

「そういえばそうですね」

「矢凪君に山城君………」

 

 宗盛は二人の登場に驚いたが、ここは特殊な仮想空間なのだと割り切る事にしたようだ。

 

「さて、それじゃあ簡単に説明しますね、最初のキッカケはメリダからのお願いでした。

俺が雑談として、うちの会社でやっている事の話をしていた時に、

メリダがこう言い出したんです」

「八幡さん、私、自分と話してみたい!」

「そうそう、こんな感じでしたね。で、紅莉栖と相談して、

メリダにアマデウスのモニターをやってもらう事になりました」

「アマデウス………」

 

 興味深げにその言葉を呟く宗盛に、メリダがニコニコしながら言った。

 

「特殊なAIに私の記憶をコピーしたんだよ、先生」

 

 その瞬間に、宗盛は弾かれたように勢いよく顔を上げた。

 

「記憶のコピー!?そうか、『側頭葉に蓄積された記憶に関する神経パルス信号の解析』、

牧瀬さんの論文にあったあれか!」

「うわ、先生、詳しいですね」

「単純に興味があったんだよ、牧瀬さんはまず間違いなくノーベル賞候補になるだろうしね」

「ふえっ!?」

 

 紅莉栖は慌てたが、それはおそらく事実となるであろう。

このアマデウスにはそれくらいの価値がある。

 

「ん、そうか、特殊なAIというのは、茅場晶彦が作ったAIの事かい?」

「先生が言っているのはおそらくORの事ですね、世間に広まってるのはそっちですから。

この二人に使ってるのはAKです、と言っても何の事か分かりませんよね、

要するに学習能力が桁違いのAIです、まあ茅場晶彦が試作していた奴を、

うちで完成させたAIですけどね」

「そんな物が……いや、それなら頷ける、世界各国の医療研究所は、

とにかくAIに医学的知識を覚えさせるのに苦労しているからね」

「まあ企業秘密もあるので言えるのはそのくらいなんですが、

その後にメリダの病状が悪化してしまって……」

「私が死んじゃったの。でもこうして私はここに残る事が出来た。

偶然とはいえそのおかげで、私は大切な仲間達を救う機会に恵まれた」

「僕はその事を兄貴に聞いて、自分もそうしてくれって兄貴にお願いしたんです」

「なるほど、そういう事か……」

 

 宗盛は簡単な説明ではあったが、納得したように頷いた。

色々と倫理的に問題があるのかもしれないが、

とにかく目の前に、眠りの森の患者達を救える可能性が存在するのだ、

医者としてはそれ以上、何も望むつもりはなかった。

 

「それじゃあ一度ログアウトしてみましょう、先生、バーストアウトと唱えてみて下さい」

「分かった、バーストアウト」

 

 その瞬間に宗盛は元の部屋に立っていた。八幡と紅莉栖も覚醒し、八幡は宗盛に言った。

 

「先生、時間の確認を」

「ああ、ええと………本当だ、あれからまだ一分も経ってないじゃないか」

「そういう事です、先生、これであいつらを救えませんか?」

「いけるかもしれない、早速今後の事について話をしよう」

「はい、お願いします!」

 

 そして八幡は紅莉栖に振り返ってこう言った。

 

「紅莉栖、俺も中に入るからな」

「はぁ、八幡に出来る事なんか何も無いでしょうに、やっぱりそうなるのね」

 

 紅莉栖はため息をつきながらそう言った。

 

「分かったわ、私達が全力でサポートする。でも絶対に無理はしないでね」

「ああ、もちろん無理はしないさ」

 

 紅莉栖、萌郁、クルスの三人は、その言葉を全く信用していなかったが、

危険そうなら無理やり回線を切断するつもりでいた為、この場では何も言わなかった。

 

「それじゃあ先生、今後の予定を立てましょう」

「ああ、頑張ろう」

 

 こうして藍子と木綿季を救う為のプロジェクトがアメリカで始動した。




ORとAKについては第665話に、そしてクロービスについては、第706話で決断しており、その時に二番目の段落内の「大丈夫だよ八幡さん、一人じゃなく二人だもん!」が、五人に混じって会話をしていたメリダの言葉になります。この時は「八幡さん」って呼ぶ人間はこの場にいないはずだと突っ込まれるかとドキドキしていた記憶があります。もしそうなったらネタバレ出来ないので困った事でしょう。そしてその後、理央が眠りの森に行って記憶のコピーの準備をし、リアル・トーキョー・オンラインの最後の戦いでクロービスがボタンを押した事により、それは実行されましたと、まあそういう流れになっていました。


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第853話 アイの時間

 明日奈、かおり、理央、それにユウキとノリ、シウネーの六人は、

『眠らない森』に移動した後、そこからアイとユウの家に移動した。

六人の会話は弾み、場は大いに盛り上がっていた。

一方その頃ランは、三十五層を経由してスリーピング・ガーデンに戻り、

予想通り誰もいない事を確認した後、ALOからログアウトし、眠らない森に到着していた。

 

「ただいま~?」

「おっ、ラン、お帰り」

「経子さんに聞いたらもうログインしたって聞いてたからさ、

やっぱりボス部屋から三十五層まで歩いてたの?」

「うん、まあそんな感じというか、それしか選択肢が無かったのよね」

 

 そんなランを出迎えたのは、今まさに自宅に戻ろうとしていた男子組であった。

 

「………体の方は大丈夫?」

「ああ、うん、まあお察しの通りよ」

「そっか……」

 

 ランの病気についてよく知る三人は、それ以上何も言わなかった。

スリーピング・ナイツの中では基本、湿っぽい事を言うのはご法度なのだ。

 

「でもまあきっと兄貴が何とかしてくれるよ」

「あんまり他力本願なのは良くないのかもだけど、俺達にはどうする事も出来ないしなぁ」

「そうね、まあ過度の期待をしてはいけないと思うけど、今は八幡を信じるしかないわね。

で、他の三人はどこ?今眠りの森に明日奈達が来ているから、

モニター越しにでも話せればって思ってこっちに来たんだけど」

「ああ、それなら……」

 

 ジュンに事情を聞いたランは、慌てて自宅への扉を潜った。

そして久しぶりの自宅に郷愁を感じる余裕もなく、

窓から部屋の中を覗いたランは、楽しそうにお喋りをする六人の姿を見付け、

やや落ち込んだ気分になった。

 

「うぅ……私がいないのにあんなに楽しそうに……

きっと私なんていらない子なんだわ……」

 

 どうやらランは自分の病気について、さほど気にしてはいないように振舞っていたものの、

実際はやはり落ち込んでいたらしく、ネガティブな気分になるのを抑えられなかったようだ。

そしてランは踵を返し、今日は眠らない森かスリーピング・ガーデンで一人で寝ようと、

とぼとぼと自宅を後にしようとした。その瞬間にドアが開き、中から六人が飛び出してきた。

 

「もう、ラン、何で中に入ってこないの?」

「ラン、お帰り!」

「時間がかかってたみたいだから、私達からこっちに来ちゃったよ」

「今日は寝ないでパジャマパーティーだって、超ウケるよね!」

 

 その言葉通り、よく見ると全員がかわいいパジャマ姿になっており、

そんな事にすら気付かなかった事を理解したランは、

改めて自分がまったく余裕が無い精神状態だった事を理解し、少しへこんだ。

 

「わ、私がここにいるって事、気付いてたの?」

「当たり前じゃない、ハチマンが来たらすぐ分かるようにって、

外からここに人が来たら、室内にいてもすぐ分かるように調整したのはランでしょ?」

「そ、そうだったわね、久しぶりすぎてすっかり忘れていたわ」

 

 そう言いながらランは、目から涙をこぼしていた。

 

「わっ、ラン、何で泣いてるの?」

「うぅ、だってみんな楽しそうだったから、私の事なんかどうでもいいのかなって………

でもそんな事無かったって思って安心したらつい……」

 

 それはとても珍しい、ランの弱気な姿であった。

ランは年の割にはしっかりしている方だが、

やはり年相応に感受性も強いという事なのだろう。

 

「そんな事あるわけないでしょ」

「そもそも私達はランが遅いからこっちに来たのに、無視なんかするはずないじゃん!」

「ほら、中に入って入って」

「う、うん」

 

 ランは明日奈に促されてそのまま中に入った。

そこは本当に久しぶりの我が家であり、ランは少し感動しながらこう言った。

 

「た、ただいま」

「「「「「「お帰りなさい」」」」」」

 

 六人の言葉は見事にハモり、ランがそれで再び泣く事になったのはご愛嬌である。

それはとても愛に溢れる優しい風景であった。

 

「それじゃあ気を取り直して、私を囲むパジャマ女子の会を始めましょうか!」

 

 ランは涙を拭き、自分の顔をパンと叩いてそう宣言した。

そしてとてもいい笑顔で全員の顔を見ながらこう付け加えた。

 

「みんな、いい?今日は揉んで揉んで揉みまくるわよ!」

 

 その瞬間に、明日奈とかおりと理央が固まった。

ユウキにノリ、そしてシウネーは慣れているのか特に反応を示さない。

 

「えっと、冗談だよね?」

「場を盛り上げる為………みたいな?」

「いやいや二人とも、認識甘くない?だってあのランだよ?」

 

 明日奈とかおりが恐る恐るそう言ったが、理央は真っ向からそれを否定した。

その言葉通り、ランは突如として服を脱ぎはじめ、いきなり全裸になった。

ここはゲーム内ではなくアルゴ作の居住空間なので、そういった事が可能なのだ。

 

「な、ななな何で脱いだの!?」

「えっ?何って私がパジャマに着替えるだけよ?」

「別に全裸になる必要は無いじゃない!」

「私はここではいつも、全裸にパジャマだけど」

「いやいや、誰か男が来たらどうするの?」

「ここに男はハチマンしか入れないわよ、

そもそもハチマンだったら別に見られてもよくない?」

 

 ランのその言葉にかおりと理央は思わず明日奈の方を見た。

だが明日奈は笑顔を崩さなかった為、

その内心でどんな葛藤が繰り広げられているのかは分からない。

 

「まあ別にいいんじゃないかな、ほらラン、早く着替えちゃいなよ」

 

 だが直後に明日奈がそう言った為、二人はホッと胸を撫で下ろした。

どうやら明日奈は今日はランの好きにさせるらしい。そう推測しつつも二人は、

自分達まで便乗して羽目を外しすぎないようにしようとアイコンタクトで合図し合った。

そしてランももそもそとパジャマに着替え、パジャマパーティーが再開される事となった。

 

「それじゃあまず、ここのテーブルとソファーを全部片付けましょう、

そして一面に沢山布団を敷き詰めるのよ!」

 

 ランのその提案はすぐに実行され、七人は全員思い思いにごろごろする事となった。

そこからはハチマンに関する思い出だとか、

学校でのハチマンがどうだとか、ALOでのハチマンがどうだとか、

飽きもせず延々とハチマントークが繰り広げられる事となった。

 

「ふう、やっぱりハチマンネタは盛り上がるわね」

「まあそれが通じるのはここでだけだけどね」

「ボクも沢山ハチマンの話が聞けて、楽しかったなぁ」

「それじゃあそろそろお待ちかねの………」

 

 そう言ってランが一同の胸の辺りをぐるりと見回した為、

一同はスッと後ろに下がり、ランから距離をとった。

唯一それに気付かなかったのは理央である。

理央はその時たまたまコロンと後ろに寝そべった為、ランの動きに気付いていなかった。

ランから見ればその姿はさぞ美味しそうに見えた事であろう。

無防備な姿で仰向けに寝転がる理央は、

ランという狼にとっては目の前にぶら下げられたウサギのようなものであった。

当然一同は、そんな理央に気の毒そうな視線を向けた。

 

「理央ちゅわぁん、いっただっきまっす!」

 

 相変わらず昭和なランは、某世界的大泥棒のようなセリフを吐きながら宙を舞い、

マウントを取る形で理央の上に着地した。

 

「きゃっ!な、何?」

「うふふふふ、うふふふふふふ」

 

 慌てて体を起こそうとした理央であったが、それは当然不可能であった。

見ると目の前には手をわきわきさせるランの姿があり、

他の者達が遠くから自分に同情するような視線を向けているのに気が付いた理央は、

自らの失策を悟りつつも駄目元で助けを求めた。

 

「だ、誰か助け………」

 

 その瞬間に全員がゴメンというようなジェスチャーをし、

そのまま五人はハチマントークを再開した。

 

「は、薄情者!!」

「ふっ、そんな誘うような格好をしていた理央が悪いのよ、

さすがはエロの伝道師だと感心すらしたわ」

「ちっ、違っ、そんな意図はしていないし、私はそもそもエロくなんかないから!」

「さて、それはどうかしらね」

 

 そう言ってランは理央の胸を鷲掴みにし、そのまま揉み始めた。

 

「っ、ちょ、駄目、駄目だってば!」

 

 だがランが手を止めてくれるはずもなく、しばらくそうされていた理央は、

解放された後に頬を赤く染めながらこう呟いた。

 

「うぅ……これはもう八幡にお嫁にもらってもらうしか……」

「「「「「「何でそうなる」」」」」」

「いや、この流れなら言えるかなって思って……」

 

 どうやら理央は意外とタフなようである。

 

「しかしハチマンと言えばさ、アメリカからここにはログイン出来ないのかしらね?」

「ん?出来るはずだよ」

 

 そう普通に答えたのは理央であった、なんとも立ち直りが早い。

昔の理央なら考えられないその姿を咲太辺りが見たら、

ソレイユで鍛えられているんだなと微妙にズレた感想を述べたかもしれない。

 

「えっ、そうなの?」

「うん、別にリアルの距離とかほとんど関係ないし」

「それじゃあ試しにメールしてみよっか?」

 

 そう言い出したのは明日奈であった。さすがに明日奈がいる場面で、

自分が呼ぶと言えるような勇気のある者はこの場にはいないので、それも当然である。

 

「えっ、いいの?」

「うん、もちろん」

「やった、正妻様のお墨付きだわ!」

「ハ、ハチマン君にエッチな事はしちゃ駄目だからね!」

 

 明日奈はそう言いながらコンソールを開いた。

 

「あ、ここでのコンソールってALOと同じ仕様なんだね」

「そう言えばそうだったかしらね」

 

 その明日奈の言葉を受け、ランも同じようにコンソールを開いた。

 

「………えっ?」

「どうしたの?何かおかしな事でもあった?」

「う、うん、あれ、え、待って待って、嘘、どうして?」

 

 そう戸惑うランのコンソールには、

アクティブなスリーピング・ナイツのメンバーのリストが表示されており、

当たり前だがずっと黒い表示のままだったメリダとクロービスの名前が、

アクティブ扱いで白く表示されていたのであった。




すみません、今日休日出勤になってしまい、書き溜めが不可能になってしまったので、
今週のどこかでお休みさせてしまう事になるかもしれません!


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第854話 ハーレム王様ゲーム

時間が無い時には暴走するに限りますね、何故か早く書けます!


「ほ、本当だ」

「どうなってるんですかね?」

 

 ランの言葉を受け、ノリとシウネーもコンソールを開き、驚きの声を上げた。

 

「まさか幽霊なんじゃ……」

 

 ユウキは明日奈同様そういったものが苦手なのか、顔を青くしながらそう呟いた。

 

「り、理央は何か知ってる?」

「さ、さあ、バグなんじゃない?」

 

 とは言ったものの、理央はその理由を知っていた。

そもそもクロービスの記憶をコピーする準備をしたのは理央なのである。

 

(多分スタンドアローンだったVRラボをネットに接続したせいなんだろうなぁ、

あれもザ・シード規格だし、多分この場所を作るのに使ったプログラムを流用しているから、

ゲーム間でギルドデータを共用出来るようになったあのシステムのせいで、

名前が復活しちゃったんだろうけど……)

 

 理央はこの状況のまずさを理解していた。メリダとクロービスの事は秘密だったからだ。

 

(とりあえずアルゴ部長にこの状況を伝えなきゃ……)

 

 そして理央は機転をきかせ、こっそりとアルゴにメールをした。

 

「あれ、よく見たら八幡君と紅莉栖、それにクルスもログイン状態になってるね」

「それってもしかしてアメリカ組?」

「アメリカからALOにでもログインしてるのかな?」

 

 そう言われた明日奈は、三人が今どこにいるのか確認しようとした。

 

「え~っと、今八幡君がいるのは、VR……」

 

(や、やばいやばい、三人の居場所が何て表示されてるのかは分からないけど、

それがもしメリダちゃんやクロービス君と一緒だったら本当にやばい!)

 

 理央が焦り、何とか誤魔化そうと話題を変えようとしたその瞬間、

明日奈とランがキョトンとした顔で同時にこう言った。

 

「あ、あれ?消えた……」

「こっちも消えたわ、一体何だったのかしらね」

「や、やっぱりバグだったんじゃない?」

 

 理央は慌ててそう言い、他の者達もその言葉に納得してくれた。

 

「まあ普通に考えればそうだよね」

「でも本当に幽霊だったら良かったのにね」

「そうしたらまた会えるもんね」

 

(セ~~~~~~~~フ!アルゴ部長、ナイスです!)

 

 理央は何とか誤魔化せた事で、ホッと一息つく事が出来た。

その瞬間に室内に、何故かダースベイダーのテーマが流れ始めた。

 

「きゃっ、な、何この曲」

「あれ、これって………」

「嘘、本当に?」

 

 ランとユウキは何も説明せずに外に駆け出していき、残りの者達もそれに続いた。

外に出ると、二人はとても嬉しそうに誰かと話をしており、

その人物は軽く手を上げて明日奈に声を掛けてきた。

 

「よっ、明日奈、お疲れ」

「あっ、八幡君!」

 

 ここでまさかの八幡の登場である。八幡はアルゴから連絡を受け、

さっきの事を誤魔化す為に、VRラボからログアウトし、ここに移動してきたのであった。

もちろんメリダ達の名前が表示されてしまった事はアルゴによって対策済である。

 

「八幡、来てくれたんだ!」

「まあ見舞いくらいはな」

「地球の反対側にいるくせに無理しちゃって」

「別に無理はしてないし、まあ顔くらいは出しておかないとと思ってな。

それにしてもみんなのその格好、パジャマパーティーか?

まあ俺は男共と少し話して帰るつもりだから、みんなで楽しくやってくれ」

 

 八幡はそう言って立ち去ろうとしたが、ランとユウキがそれを許さない。

 

「まあまあ、男子で交流を深めるのはいつでも出来るじゃない」

「そうそう、今度でいい今度でいい」

「いや、あいつらもたまには俺と話したいだろうし……」

「いいからいいから」

「そうそう、必要ない必要ない」

 

 八幡はそのままランとユウキによって、強引に家に連れ込まれた。

明日奈がいなければ完全に事案であるが、明日奈はもちろん二人の行動を止める気は無い。

そして室内に入り、ランとユウキが自分から離れた瞬間に、

八幡は近くに理央が来たのを見計らってこう囁いた。

 

「理央、よくやった」

「え?あ、うん、危なかったね」

「その事を話すのは二人の病気が何とかなってからがいいと、

あの二人に言われてるからな、マジで助かったわ」

「うん、私もあの二人の希望は尊重してあげたいからね」

 

 そして理央との短い会話を終えた後、八幡は何故か七人の中央に座らさせられた。

 

「………何で俺がここ?」

 

 そんな八幡を無視し、ランは割り箸のような物を手に持ちながらこう宣言した。

「それじゃあみんな、これから『ドキッ、女だらけのハーレム王様ゲーム』を始めます!」

「何だその不穏な名前のゲームは……」

「それではルールを説明します」

「聞けよ!」

 

 だがそんな八幡にランが答える事は当然ない。

 

「王様が番号を指定して命令出来るというのは普通の王様ゲームと一緒だけど、

王様は何を命令するか、最初にこのカードを引いて公開し、その内容通りに命令する事」

「そんなカード、いつ作ったんだよ……」

「王様は命令対象に自分を指定出来ない」

「お?それは珍しいな」

「そして王様は必ず命令対象の片方に七番を指定しなければならないわ」

「は?七番を指定だと?」

「そして八幡は七番に固定よ」

「おい!それってつまり……」

 

 そのルールを聞いた瞬間に、ラン以外の六人の目付きが変わった。

 

「つまり王様になると損……」

「六分の一の確率でイヤンなイベント発生?」

「先生、でもそれって内容次第では私的に困る事になると思うんですが!」

「明日奈、よく言った!」

 

 ここで明日奈が手を上げてランにそう疑問を呈し、

八幡はこれでゲーム自体が行われなくなるのではないかと期待した。

だがランはそんな明日奈を制し、笑顔でこう言った。

 

「ええ、その心配は当然だと思うわ。

だから命令内容を明日奈が却下したら、そのゲームは不成立とします」

「それなら文句はありません、先生!」

「あ、明日奈、裏切ったな!」

「うふふふふ、八幡君、こういうのはいいガス抜きになって、私の地位が安定するんだよ?

天才かよお前、って言ってくれてもいいんだよ!」

「黒い、黒いよ明日奈………」

 

 八幡はその明日奈の笑顔を見て、それ以上何も言えなかった。

反対に周りからは明日奈を賞賛する声が飛ぶ。

 

「よっ、さすがは正妻!」

「天才かよお前!」

「太っ腹!」

「一生付いていきます!」

「うんうん、もっと言ってもっと言って」

 

 明日奈は完全に調子に乗ったのか、そんな事まで言い出した。

こうなるともう八幡に発言権は無い。というかまあ、そもそも最初から無い。

 

「よろしい、それではゲームを始めます」

 

 そしてランの無慈悲な宣言により、ゲームが開始された。

 

「「「「「「「王様だ~れだ!」」」」」」」

「ほら、八幡も!」

「……………だ~れだ」

 

 他の七人とは対照的に、八幡は嫌々ながらそう言った。

 

「うわっ、王様私だ、いきなりハズレを引いた!」

 

 そう言ったのはかおりであった。

 

「命令は………って、カードの枚数多すぎない?」

 

 王様になったかおりの前には百枚以上のカードが置かれていた。

 

「えっと、私とユウが暇な時に書き貯めておいたの。

いつかこれでみんなと一緒に八幡で遊べる日が来たらいいなって思って」

「今八幡でって言ったか!?」

 

 八幡はたまらずそう突っ込んだが当然スルーされる。

 

「う、うん、ボク達の夢だったんだ」

「そうなんだ、それじゃあ夢が叶ったね二人とも!」

「それじゃあ今日を記念日にして、毎年この日にみんなで集まろうよ!」

「賛成!」

 

 とてもいい場面のように見えて、内容的には実はそうでもない会話が交わされた後、

かおりは命令の札を山から一枚抜き取った。

 

「えっと、『相手に壁ドンして次のセリフを言わせる、

そのセリフは言う者だけに見せる事』か、まあ普通だね」

「明日奈、判定は?」

「もちろんセーフ!」

「はい、このゲームは成立よ!それじゃあ王様、相手の指定を」

「オッケー、でも八幡が誰かに言うんじゃ面白くないから逆で!

五番が七番に壁ドンしてセリフを言う事!」

 

 そして残りの六人は、自分が引いた割り箸をじっと見つめた。

 

「やった、五番、私!」

 

 そう言って満面の笑みで立ち上がったのは明日奈であった。

最初に引き当てた所はさすが正妻の貫禄と言うべきか。

 

「それじゃあ明日奈、セリフはこれね」

「オッケー、あっ、ふ~ん、そういう事、それじゃあここを少し変えてっと、

八幡君、そこの壁の前に立ってくれるかな」

「分かった」

 

 相手が明日奈という事もあり、八幡は素直にその言葉に従った。

そして八幡の顔の横にドン!と手を付き、明日奈はニヤリとしながらこう言った。

 

「おい八幡、細けえ事はいいからさっさと俺の婿になれ!

今夜はずっとベッドの中でかわいがってやるからな!」

 

 その言葉に八幡は思わず赤面し、その事に気付いて悔しそうな顔をした。

 

「きゃ~!」

「明日奈、男前!」

「エロそうでエロくないのがいい!」

「完全にプロポーズだね」

「ってか今のシーン、写真に撮ったわよ!赤面する八幡の様子がバッチリ写ってるわ!」

「何だと!?おいこらラン、その写真を今すぐ消せ!」

 

 だがランは当然八幡をスルーし、この場で一番の権力者である明日奈に言った。

 

「明日奈、後でこの写真はプレゼントするね」

「本当に?やった!」

 

 見事に明日奈の言質をとったランは、ドヤ顔で八幡に言った。

 

「で?」

「う………消さなくていい」

 

 初っ端から押されっぱなしの八幡であった。

 

「それじゃあ次行くわよ、みんな準備はいい?」

「「「「「「「王様だ~れだ!」」」」」」」

「ほら、八幡も!」

「……………だ~れだ」

 

 先ほどと同じ光景が繰り返され、次に王様を引いたのはランであった。

 

「くっ、不覚……」

「王様を引いて悔しがるってのはまあ斬新ではあるな」

 

 八幡はそう言いつつ、ランがおかしなカードを引かないように祈った。

 

「はい、それじゃあ命令はっと………

『相手の胸の中で、ごろごろニャ~ンと言いながら甘える』、明日奈、判定!」

「むむむ、う~ん、う~ん、まあいっか、セーフ!」

「はい成立!でも当たり前な命令はしないわ、七番が三番の胸の中で甘える事!」

「おいこらラン、てめえ!」

「猫はお黙りなさい、王様の命令は絶対よ、三番は誰?」

「やった、私だ!」

 

 そう言いながらガッツポーズをしたのはノリであった。

 

「はい兄貴、私の胸の中にどうぞ」

 

 ノリは満面の笑みを浮かべながらそう言い、

さすがの八幡もそれを拒否する事は出来なかった。

明日奈もノリとシウネーが普段からランとユウキを立て、

自分達は八幡絡みの色々な事を我慢しているのを知っていた為、

むしろノリを応援するような表情をしていた。

 

「う………」

「はいどうぞ!」

「………ご、ごろごろニャ~ン」

「きゃ~、かわいい!」

 

 ノリはそんな八幡の頭を抱きしめ、八幡は完全に硬直した。

ノリにとっては一生ものの思い出になった事であろう。

八幡にとっては一生ものの黒歴史である。

 

「はい次!」

「はいはい、王様私!」

 

 そう言って手を上げたのは明日奈であった。

他の者なら意気消沈するところだが、明日奈はこのゲームを心から楽しんでいるようだ。

 

「え~と、ああ、これは駄目だね、相手とキスをするだからアウト!

でもほっぺならセーフとします」

「お、おい明日奈………」

「さすが明日奈、太っ腹!」

「えっへん!」

 

 この命令を引いたのはシウネーであった。その事が分かった瞬間に明日奈は気を利かせ、

八幡とシウネー、二人がお互いのほっぺたにキスをするように仕向けた。

こうしてシウネーにも一生ものの思い出が出来たのである。

このゲームは全員がひと通り八幡と絡み終えるまで続けられる事となり、

ゲームが終了する頃にはさすがの八幡もぐったりする事になってしまったのであった。



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第855話 今後について

「ふう、楽しかったわね!」

「絶対にまたやろうね!」

「もう勘弁してくれ……」

 

 一生ものの黒歴史の数々を積み上げた八幡は疲れた顔でそう言ったが、

当然その言葉は誰の耳にも入らない。

 

(まあいいか……みんな楽しそうだったしな)

 

 八幡はここでランとユウキのテンションの高さに水をさす事もないだろうと考え直し、

いずれ二人が元気になったらリベンジしてやろうなどと思いつつ、

落ちる前に明日奈達が少し話をしていくと言い出したので、それに付き合う事にした。

 

「で、何の話をするんだ?」

「うん、ボス戦の話かな」

「ああ、なるほどな」

 

 八幡はそれで納得し、興味もあった為、大人しくその話を聞く事にした。

 

 

 

「私が落ちた後、そんな感じだったのね」

「なるほど、上手くやったんだな、明日奈」

「うん、でも実際はかなり綱渡りだったよ」

「実は私のMPも、その頃にはもう尽きちゃってたんですよ」

 

 シウネーも今だから言えると前置きした上でそう言った。

その時シウネーは、仲間達を不安にさせない為に笑顔を崩さなかったらしい。

 

「そうか、本当に頑張ったんだな、えらいぞ」

「ありがとうございます!」

「そういえばMP自動回復のエンチャントとかって無いの?」

 

 その時かおりが八幡にそう尋ねてきた。あのかおりがである。

かおりがいつの間にかエンチャントというファンタジー特有の用語の意味を知っていた事に、

八幡は賞賛にも似た気持ちを抱いた。

 

「かおりもいつの間にか立派になったんじゃのう………」

「あんたは私のお爺ちゃんか!」

 

 そのやり取りに一同は思わず顔を綻ばせた。

そして八幡は先ほどのかおりの質問にこう答えた。

 

「実はあるにはあるんだが、

素材があまりにもレアすぎてうちでもユキノの装備にしか付いてないんだよな」

「あ、ヒーラーはパーティの生命線だもんね!」

「かおり、本当に立派になって………」

 

 明日奈もその言葉に驚いたのか、しわがれた声でそう言った。

 

「明日奈は私のお婆ちゃんか!」

「実はうちとしても、MP回復のエンチャントの二つ目が欲しいんだよね」

「スルーされた!?」

「タンクに装備させれば、ある意味永久機関の完成だからな」

「ああ~、そう言えば確かにそうだね」

「回復速度にもよるけど、相手の攻撃に耐えられる時間がかなり延びるはずだよね」

「まあそういう事だな」

 

 かおりがゲーム会社の社員として日々ちゃんと勉強している事を確認出来た八幡は、

素直にその事を嬉しく思った。

 

「しかしユウのマザーズロザリオは本当に凄いよな」

「いやぁ、それほどでもないって」

 

 そう言いながらもユウキは鼻高々であった。

ソードスキルの開発中に、八連の段階でその名前をハチマンのしっぽなどと名付けた事は、

ハチマンには絶対に言えないユウキの秘密である。

 

「実はこれはまだ発表はされてない情報なんだがな、

次のメンテで複数の人間が一つのソードスキルを放てるようになるらしいぞ」

「えっ、何それ?」

「協力プレイって奴だな、要するにマザーズ・ロザリオで言えば、

最初の四連をランが、次の四連を明日奈が、最後の三連をユウが放つみたいな感じらしいぞ」

「あ、そういう事か!」

「とはいえそれもオリジナル・ソードスキルって扱いになるらしいから、

ランとユウと明日奈で開発してみるのも楽しいんじゃないか」

 

 どうやら八幡は、次の目標を二人に提示し、生きる事に張りを与えるつもりらしい。

 

「それっていつのメンテで導入?」

「実は明後日だ」

「そんないきなり!?」

「事前に予告して対策をとられないようにするのがうちの流儀でな」

「とか言って八幡がここで言っちゃってるじゃない」

「まあ今回は特別だ特別」

 

 その特別が自分達の為に八幡の主義を曲げて知らされたのではないかと理解した二人は、

その事で奮起し、ソードスキルの開発に意欲を見せた。

 

「明日奈、せっかくだしやってみない?」

「うん、それも楽しいかもしれないね」

「でも二日後かぁ、それまでどうする?」

「さっきの話じゃないけどエンチャントの素材集めをしたいなぁ、

スリーピング・ナイツの総合力ももっと上げていかないとだしね」

「まあ明日一日潰せればすぐにメンテなんだから、それでいいんじゃないかな?」

「それじゃあそうしましょうか!」

 

 男連中の意見を聞く事なく、こうして明日の予定が決定された。

 

「それにしてもソードスキルかぁ、それって名前を決めるのが大変そう」

「おいかおり、心配するのそこかよ!」

 

 そう言いつつも八幡は、その素人なりの意見が的を射ている事を理解していた。

何せ八幡は、そういった名前を付けるのが大の苦手なのである。

 

「だってほら、ソレイアルなんて名前を付けられちゃったら困るじゃない?」

 

 かおりはニコニコしながらそう言った。

そのいきなりの不意打ちを受け、八幡は申し訳なさそうにかおりに謝った。

 

「あれは確かに適当すぎた、悪かったな」

「別にいいよ、相対性妄想眼鏡っ子よりはましだしね」

「いきなりこっちに飛び火した!?」

「………まあそれも俺のせいなんだがな」

「まあでも個性的でいいじゃない、オンリーワンだよ?」

「まあ確かにシノノンはツンデレ眼鏡っ子、フカは肉食眼鏡っ子だしね」

「それは確かに無個性かもだけど、でもそんなオンリーワンは別に嬉しくない!」

「あはははは、あはははははは」

 

 そんな会話を続けている間に、どうやらユウキに限界が訪れたらしい。

ユウキは明日奈の肩に頭を乗せ、うとうとし始めた。

 

「そろそろいい時間だな、俺達はここじゃ寝られないし、そろそろ落ちるか」

「え~?もう?」

「別にいいだろ、これから何度でもこういう機会はあるんだ、

それこそ俺達がジジババになるまでな」

「う、うん、そうだね」

 

 ランはとても嬉しそうな顔でその言葉に同意した。

 

「よし、ユウは俺がベッドまで運んでやるか」

「うん、ありがとう」

「たまには二人一緒に寝るといいさ」

 

 そう言いながら八幡はユウキをベッドに横たえ、

リビングへ戻ってくると、ランもその場で寝てしまっていた。

 

「明日奈、この短時間にこいつも寝ちまったのか?」

「あっ、うん、そうだね」

「それじゃあ仕方ない、運ぶか……」

 

 これは明日奈の粋なはからいである、

明日奈はランも八幡に運んでもらえるようにと寝たフリをするようにお勧めしたのだ。

ノリとシウネーは、さすがに直接そんなおねだりは出来ないようであったが、

何かを期待するようにもじもじしながら戻ってきた八幡の前に立った。

そんな二人に八幡は軽くハグをした後に頭を撫でてあげ、

それで二人は嬉しそうにおやすみなさいと挨拶をして、自宅へと戻っていった。

 

「さて、明日奈達はどうするんだ?今日は眠りの森に泊まるのか?」

「うん、しばらくはそうするつもり。

社員さん達はやる事の内容をチェックして交代シフトを組んでたから、

もうほとんどの人が自宅に帰ったと思うんだよね」

「そうか、みんなにも迷惑かけちまうな」

「八幡君も無理しないでね」

「………おう」

 

 そして八幡が落ちた後に明日奈達も落ちたのだが、

その直後から明日奈が何か思い悩んでいるように見えた。

 

「明日奈、どうかした?」

「う、うん、さっき八幡君が嘘をついたからさ、

まあ私にバレるのが分かった上で吐いた嘘だと思うんだけどね」

「えっ?いつ?」

「私が八幡君に、無理しないでねって言った時かな、

きっと無理をしなくてはいけない時があるって考えてるんだと思う」

「あの時かぁ………」

「でもこの状況じゃさすがに止められないよ」

「だね………」

「せめてこっちの事で心配をかける事が無いように、私達も頑張ろう!」

 

 三人は八幡の事を心配しつつもそう誓った。

その頃アメリカでは、VRラボの稼動の準備が急ピッチで進められていた。

 

「随分遅かったわね」

「八幡様、一週間ぶりです」

「そりゃまあここと比べるとな」

「ふふっ、冗談よ」

 

 お察しの通り、ここはVRラボの中であり、八幡達はニューロリンカーを使用している。

 

「こっちはどんな具合だ?」

「環境は整ったわ、あとはひたすらトライ&エラーみたいよ」

「分かった、よし、やるか。メリダ、クロービス、頼むぞ」

「うん、任せて!」

「兄貴、みんなはどんな感じだった?」

「おう、一緒にいたのはラン、ユウ、ノリ、シウネーと他に三人だけなんだが、

ランが訳の分からない遊びをしたいと言い出してな………」

 

 こうして二人にスリーピング・ナイツの事を話してあげたりしつつも、

この日から八幡達は、トイレと食事と仮眠時以外はVRラボにこもる事となった。



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第856話 キリトチーム、GGOへ

 一方別行動をとったキリト達は無事にウルヴズヘヴンへと到着し、

留守番役のキズメルが四人を出迎えていた。

 

「やぁキリト、久しぶりじゃないか」

「よぉキズメル、早速で悪いんだが紹介しとく、

今度ヴァルハラに入る事になったサトライザーだ、待遇は副長って事で一つ宜しく頼む」

「副長?そうか、了解した」

「驚かないんだな」

「まあ実力は見れば分かるし、ハチマンが決めたというなら否やはない」

 

 キズメルは驚異的な順応性を発揮し、サトライザーの事を素直に受け入れた。

もっともハチマンが決めたというのがキズメルの中では大きいのだろう。

 

「ねぇキズメル、他のみんなは?」

 

 いつもなら何人かがたむろしているのに、今日は誰もいなかった為、

シノンが首を傾げながらキズメルにそう尋ねた。

 

「コマチならフェンリル・カフェにいるぞ、

ハチマンがしばらく顔を出せないと言っていたと、他のみんなに伝えに来てくれて、

そのまま休憩がてら、色々な飲み物にチャレンジしているようだ」

「そうなのか、でもそれにしては他の奴らは誰もいないんだな?」

「ああ、実はGGOの方で、要塞防衛イベント?というのがあるらしくて、

皆そっちに向かったようだ」

 

 シノンはそれで納得したが、キリトやレコンには何の事か分からない。

 

「要塞防衛イベント?何だそれ?」

 

 その質問にサトライザーが横から口を挟んだ。

 

「ああ、それなら知っているよ、世界樹?竜谷門?それとも光の空中都市かい?」

「確か世界樹………と言っていたな」

「ねぇ、サトライザーは、竜谷門とか光の空中都市の場所を知ってるの?」

「その質問に対する答えはイエスでありノーだね、

どうやらサーバーごとに場所が違うらしくてね、

日本サーバーにおける正確な位置は知らないんだ」

「そう、ハチマンからそういうのもあるらしいって聞いてたから、

可能なら一度くらいは見てみたかったのに残念」

 

 シノンは本当に残念そうにそう言い、

サトライザーはキリトに要塞の仕様と防衛戦の事を説明した。

 

「なるほど、第一発見者になれれば笑いが止まらないような仕様なんだな」

「キリト、ちなみに世界樹要塞を今支配しているのはハチマンよ」

「えっ、マジかよ、まったくさすがというか何というか……」

「ハチマンって冒険大好きだものね」

「ん、そうか?」

 

 キリトの知るSAO時代のハチマンは、どちらかというと効率重視な所があった為、

その言葉とイメージが合わず、キリトは首を傾げた。

 

「『この世界はお前が考えているよりもずっとずっと広い、

お前が見たのは世界全体のほんの一部だ。

それはSAOで未知の世界を冒険するようなもので、お前の知らない物もまだ沢山ある。

さあ、この広い世界を一緒に冒険しよう』

みたいな事を、昔ピトがハチマンに言われたらしいわよ。

GGOの鼻つまみ者だったピトが変わったのはその頃からね」

「なるほど、ハチマンは本来はそういうのが好きだったんだな」

「実に冒険心をくすぐるセリフだね」

「私もそれでやられた口だけどね」

「いやいや、シノンは単純にハチマンの事が好………」

「そ、それじゃあせっかくだし、私達も要塞防衛戦に参加しましょうか!」

 

 シノンはその先を言わせまいとそう言い、

他の者達もせっかくだからとその言葉に賛同した。

 

「それじゃあコマチも誘いましょうか」

「そうだな、そうするか」

「留守は私に任せてくれ」

「悪いなキズメル、ここを頼むな」

 

 そして四人はフェンリル・カフェに移動し、コマチをGGOへと誘った。

 

「う~ん、もう伝えるべき事は大体の人に伝えたし、ここで待ってる必要はないかな、

それじゃあ久々に参加しに行きますか!」

「そうこなくっちゃ!」

 

 コマチはその頼みを快諾した。久しぶりのGGOが楽しみなのもあるだろう。

 

「多分敵は千体だと思うんで、一度うちの拠点に寄っていきましょう」

「十狼………だっけか、せっかくだし俺も入れてもらおうかなぁ……」

「お、いいんじゃないですか?ちょっとお兄ちゃんに聞いてみますね」

 

 コマチはそう言ってハチマンにメールを送ったが、その返事は一瞬で来た。

 

「返信早っ!構わないそうです」

「ハチマンってそんなにメールが得意だったっけか?」

「むしろ遅い方のはずなんだけどなぁ……」

 

 これはハチマンがVRラボにいるせいであり、今でもハチマンはメールを打つのが遅い。

 

「そうか、君はハチマンの妹さんなんだね、うちの妹と違ってお淑やかそうで羨ましいよ」

「コマチ的にはレヴィのあの胸が羨ましいですけどね」

「ん、そうかい?あんなのただの脂肪だろ?」

 

 そういかにもモテ男的なセリフを言うサトライザーに、コマチは諭すようにこう言った。

 

「その脂肪の一グラムが女にとっては重要なのです」

 

 コマチはチラリと自分の胸に目を走らせながらそう言った。

 

「そうだ、せっかくだしサトライザーさんもうちのスコードロンに入りますか?」

「十狼の活躍は動画で見たからよく知ってるよ、せっかくだしそうさせてもらおうかな。

実はスコードロンに所属するのは初めてなんだ」

「ほうほう、それじゃあ初体験という訳ですね、イヤッホー!」

 

 コマチはテンション高くそう言い、レコンにも参加の可否を尋ねたが、

レコンはALOでの情報収集を一手に担っている為難しいという話になり、

結局十狼は十二狼で落ち着く事となった。

 

「それじゃあまたお兄ちゃんの許可をとってっと……うわ、返信早っ!しかも二通?

物理的にありえないんだけど」

「確かに早いわね……」

「むしろ送った瞬間に返事が返ってきたように見えたな」

「謎ですね………」

 

 ハチマンからの最初のメールには、『サトライザーの加入の件はもちろんオーケーだ』

と書かれており、二通目には『十狼は本日を持って、ゾディアック・ウルヴズと改名する、

手続きはロザリアあたりをこき使ってやらせておいてくれ』と書かれていた。

確かにこれが一秒以内に連続で返ってきたら驚くだろう。

 

「ゾディアック・ウルヴズか、中々いいセンスじゃないか」

「お兄ちゃんにしてはそうかも」

「それじゃあ早速コンバートするか」

「そうしましょう!いやぁ、ベンケイになるのは久しぶりだなぁ」

 

 五人はキズメルに別れを告げ、GGOへとコンバートした。

当然装備は全てウルヴズヘヴンに預けてある。

 

「うわ、久しぶりのキリ子ちゃん」

「キリ子言うなっての」

「そのアバター、リアルマネーで五万くらいで売れるらしいわよ」

「マジかよ!?くっ、コンバートじゃなく新規キャラにしておけば……」

「ふうむ、どこからどう見ても女性にしか見えないね」

「そうなのよ、こいつは昔、それを利用して私の裸を見ようと企んでいたからね」

「話を盛るな!冤罪だ!」

 

 シノンは早速キリトをいじり、サトライザーは楽しそうにそれを見ていた。

 

「レコン君は大人っぽいキャラになったね」

「どれどれ……」

 

 コマチことベンケイにそう言われたレコンは、ビルの窓に自分の姿を映してみた。

 

「ああ、でも今はリアルでこれくらいの身長にはなってるから違和感無いかも」

「えっ、そうなの?」

「高校に入ってから一気に伸びたんだよね」

「今どれくらい?」

「百七十六くらいかな」

「うわぁ、ALOのキャラが小さめだから、違和感ありまくる」

「あはははは、多分そういう人、結構いると思うよ」

「ああ、そういえばリーファはALOじゃ大きいのにリアルだと小さいよね」

「うん、確かにそうだね」

「仲は少しは進展したの?」

「いやぁ、まあそれなりかなぁ」

「そっか、頑張ってね」

「うん、ありがとう」

 

 そんなのんびりした会話をしつつ、一同は鞍馬山へと足を踏み入れた。

 

「へぇ、ここが十狼の拠点なのか」

「キリトもまあ、ここは初めてみたいなものよね」

「前来た時は慌しかったからなぁ……」

「まあとりあえず武器と足を調達して直ぐに現地に向かいましょう」

 

 シノンとベンケイは、そう言って武器庫へと向かい、色々と持ち出してきた。

 

「キリトはエリュシデータは持ってるわよね?」

「おう、銃もあるからいらないぞ、どうせ撃っても当たらないしな」

「サトライザーにはこれ、シャナのアハトXを借りちゃいましょう」

「ありがとう、そういえばUSサーバーからこっちに移動してきた時に、

武器も装備もお金も全部あっちに置いてきてしまったから助かるよ」

「あっちに遊びにいく可能性もあるんだからそれでいいんじゃない?

とりあえずこれ、使い方は分かる?」

「確か二本に分かれるんだったね」

「そうそう、それでね……」

 

 シノンにアハトXの様々な機能を説明してもらったサトライザーは、

まるで新しいおもちゃを手に入れた子供のように嬉しそうな顔をした。

 

「ここなら視界もちゃんと確保されているし、これなら暴れられそうだ」

「視界がどうかしたのか?」

「僕が日本に行く事になったのは片目を失ったからなんだ。

でもここならちゃんと両目での視界が確保されている、実にありがたいね」

「そういう事だったのか………」

 

 サトライザーは軽い調子で言っが、それはとても重い発言であった。

 

「それじゃあ傭兵は廃業か?」

「まあそんな感じかな、これからは日本に骨を埋めるつもりで楽しく暮らすさ」

「歓迎するぜ、今度どこかに一緒に遊びに行こうぜ」

「それは楽しみだね」

 

 そしてレコンにはシズカの夜桜とP90が貸し出される事となった。

というかベンケイが勝手に持ち出せるのはその二人の装備だけなのである。

 

「レコン君、銃の撃ち方は分かる?」

「う~ん、弾込めのやり方と、安全装置の外し方だけ教えてもらえば大丈夫だと思う」

「オーケー、それじゃあ説明するね」

 

 ベンケイは慣れた手付きでレコンにレクチャーをし、そして五人はガレージへと向かった。

 

「ほう?これは立派なハンヴィーだね」

「それじゃあブラックで行きましょうか、運転は当然私………」

「それじゃあ私が運転するね!」

 

 シノンがブラックを運転しようとしたが、それをベンケイが必死に遮ってそう言った。

初めて世界樹要塞に訪れた時に発覚したのだが、シノンはスピード狂であり、

例え後部座席に乗ったとしても、とても怖いからである。

 

「いや、でも私が……」

「シノンはほら、車の上で狙撃をする可能性もあるじゃない?」

「た、確かにそうかもだけど……」

「それじゃあみんな、乗って乗って!さあ、レッツゴー!」

 

 ベンケイがみんなの背中を押しながらそう言い、五人は世界樹要塞へと向かった。

勝手知ったる何とやら、何度も通った道だという事もあり、

ベンケイの運転は実にスムーズであり、三十分もすると、遠くに巨大な木が見えてきた。

 

「ちょっと様子を見てみますね」

 

 ここで斥候根性を発揮したレコンがそう言い、ルーフを開けて上に登り、

単眼鏡を覗いたかと思うと、すぐに下に顔を出した。

 

「ごめんシノン、ちょっと上に来てもらっていい?」

「何かあったの?」

「僕はGGOは初めてだから判断しづらいんだけど、何かピンチに見えるんだよね」

「っ!?待って、今行くわ」

 

 シノンは素早く上に移動し、レコンから渡された単眼鏡を覗きこんだ。

 

「あっ、本当だ、まずいわね、もう陥落寸前って感じかも」

 

 そのシノンの言葉を聞いた瞬間に、ベンケイはアクセルを思いっきり踏み、

ハンヴィー・ブラックは凄まじい速度で世界樹要塞へと近付いていった。




シノンがスピード狂だと発覚したのは第320話でしたね!


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第857話 集結、歴代BoB優勝者

 ここで時間は少し遡る。まあいつもの事なのだが、

今日もヴァルハラ・ウルヴズのメンバー達は、

特に理由はなくともウルヴズヘヴンにだらだらと集まっていた。

ちなみに今日この場にいるのは、たまたまではあるが、レン、フカ次郎、闇風、薄塩たらこ、

ゼクシード、ユッコ、ハルカのGGO組のみであった。

 

「そしてコマチ参上!」

 

 コマチがそう言いながら、ウルヴズヘヴンのドアを開けた。

 

「そしての意味が分からないけど、コマチ、うぃ~っす!」

 

 そう返事をしたのは闇風である。

 

「コマチさん、こんにちは!」

 

 そしてレンがコマチに元気一杯な挨拶をしてきた。

 

「レンちゃんイェ~イ!」

「イェ~イ!」

 

 コマチはそんなレンに手をかざし、二人は拳と拳を合わせた。

さすがはコマチというべきか、その社交力は半端ない。

 

「やぁコマチ、ハチマンは元気かい?」

 

 そしてゼクシードがコマチにそう尋ねてきた。夢の中の出来事だと思わされてはいるが、

何となくハチマンに助けられたような気がしてならないゼクシードは、

あの一件以来、すっかりハチマン………まあ正確にはシャナだが、

シャナのシンパになっている。昔は揉めていた事を思えば何とも変わったものである。

 

「あ、それなんですけど、今日コマチは、

お兄ちゃんとクリシュナさんとセラフィムさんがお仕事でアメリカに行ってるので、

しばらくこっちには来れませんって伝えに来ました!」

「えっ、またアメリカに行ってるの?」

「おいおい、また飛行機が落ちたりしないだろうな」

「あ、それは大丈夫みたいです、敵対していた組織は潰したらしいんで」

 

 コマチのその言葉に一同はポカンとなった。

 

「いや、さすがというか何というか……」

「そのうち世界の支配者になっちゃうんじゃない?」

「いやぁ、それはさすがに……」

 

 そう言いつつも、コマチはその言葉がフラグにならない事を切に祈った。

世界の支配者の妹になんかなった日には、命がいくつあっても足りない気がしたからだ。

 

「でもまあ今もまだトラフィックスの新しい寄港先が導入されてない訳だし、

しばらくだらだらと交流を深めますかね」

 

 その時ウルヴズヘヴンに、シャーリーが駆け込んできた。

 

「おっ、シャーリーじゃねえか、慌ててどうした?」

「みんな聞いて、もうすぐGGOで要塞防衛戦が始まりそうだって、

フローリアさんから連絡があったわ!」

 

 シャーリーは挨拶もそこそこにそう大声で言い、一同は色めきたった。

 

「おっ、マジか!これは行かないとだな!」

「だらだらしている暇が無くなっちゃったね」

「キズメルさん、そういう訳なんでちょっと行ってきますね」

「ああ、活躍出来るように祈っているよ、レン」

「コマチはどうする?」

「う~ん、一応他の人にも色々と事情を説明したいんで、コマチはもう少しここにいるかな」

「オッケー、気が向いたら来てね!」

「うん!」

 

 こうしてGGO組は要塞防衛戦に出撃していった。

それから何人かがウルヴズヘヴンを訪れ、

コマチはその度にハチマンからの伝言を伝えていき、

人の足が絶えたところでコマチはフェンリル・カフェに移動し、

のんびりと休憩する事にした。そしてGGO組は、戦力集めに奔走していた。

 

「今集められる戦力は大体集まったな」

「闇風よぉ、誘ってくれてありがとな!」

「いや、こっちも人手がいるから逆に助かったぜダイン」

 

「今日はシャナさんはいないんだ、残念だなぁ」

「あんた達、そういう時に頑張ってこそ女は輝くんだよ!」

「おっかさん、分かってますって」

 

「あんた達、今日はモブが相手なんだから本領が発揮出来るわよ、

KKHCここにありって所を見せてやりましょう!」

 

「ボス、大会が終わって久々にログイン出来たと思ったら要塞防衛戦とかラッキーだね」

「ああ、SHINCの活動再開一発目は派手にやってやろう!」

 

 ヴァルハラ・ウルヴズの八人が集められた戦力は、

ダイン達が十名、G女連が十名、KKHCが四名の、SHINCが六名であった。

総勢三十八名であり、戦力としてはそれなりの規模に及ぶ。

 

「まあ向こうにも結構人がいるだろうし大丈夫かね」

「合計七~八十人くらいになればまあいけるだろうね」

 

 そして一同はバスをチャーターし、世界樹要塞へと向かった。

だが到着直後に計算違いが発覚した。

 

「マジか、フローリア、こっちの戦力はたったこれだけか?」

「今ここにいるプレイヤーは、全部で十人程になります」

「って事は敵は千体弱になるのか……」

「もう少し前でしたら三十人規模のスコードロンが滞在していたのですが、

一時間くらい前に狩り場に向かってしまわれました」

「まあ無いもの強請りをしても仕方がない、この人数で何とか頑張ろうぜ」

 

 そして防衛戦が開始され、一同は本気で頑張ったが、

戦力が足りない上に十狼が誰もいない為、戦況は徐々に悪くなっていった。

 

「まずいな、どうする?」

「とりあえず正門前に戦力を集中させよう、他の場所は要塞の防御力に任せるしかないが、

まあそう簡単に破られはしないと思うからね。それよりも正門が破られる事の方が怖いかな」

「確かにな、みんな、とりあえず正門前の敵を何とか減らすぞ!」」

 

 その時レンが、決死の覚悟で闇風にこう言ってきた。

 

「師匠、私、かく乱の為に下に行くよ」

「かく乱か……」

 

 闇風はそう言ってゼクシードをチラ見し、ゼクシードが頷いた為、レンにこう言った。

 

「よし、俺も一緒に行くぞ、ゼクシード、指揮はお前に任せるぜ」

「俺も行こうか?」

 

 横からそう言ってきたのは薄塩たらこである。

 

「いや、お前は俺達ほど足が早くないから上で援護してくれ」

「分かった」

 

 そしてゼクシードは申し訳なさそうに闇風とレンに言った。

 

「危険な役目を押し付けてしまってすまない、

出来るだけ敵の注意を要塞から逸らしてくれると助かる」

「オーケーオーケー、こういう危機的状況で死地に向かうのは嫌いじゃないぜ!」

「よし、行こう師匠!フカ、援護して!」

「オーケー、俺の右太と左子に任せな!

と言いたいところだけど、グレネードの使用は禁止だから豆鉄砲で援護するぜ!」

「ごめん、やっぱりいいや」

「えええええ?そりゃ無いぜ親友!」

 

 フカ次郎は通常の銃での射撃の命中率が恐ろしく低い為、

レンは自らの身を守る為にそう言った。

そして二人はロープを伝って下に下り、銃を乱射しながら敵の中を駆け回った。

それは一定の効果を上げたが、やはり多勢に無勢であり、

レンと闇風は徐々に追い詰められ、今まさに敵の包囲下に置かれようとしていた。

 

「ああ、囲まれちゃった……師匠、どこかに攻撃を集中させて一点突破しよう」

「ああ、それしかないな、最悪敵の攻撃を避けながら、強引に敵の真っ只中を擦り抜けよう」

「そうすると一番敵の包囲が薄そうなのは……」

「あっ、レン、危ない!」

 

 突然上からフカ次郎のそんな声が聞こえてきた。

二人が会話をしていた隙を突いて、一体のゴリラタイプのモブが、

レン目掛けてその太い腕を振り下ろそうとしていたのである。

だがレンはその攻撃を、速度任せで強引に回避した。

 

「危なっ!」

「援護射撃だ、急げ!」

 

 ゼクシードの指示によって、今まさにレンを囲もうとしていたモブは駆逐された。

だが敵はどんどんこちらに殺到しており、

レンと闇風が走れるようなスペースも無くなりつつあった。

 

「くそっ、レン、一度上に撤退だ」

「分かった、弾幕を張って敵がある程度減ったら再突撃だね」

「よく分かってるじゃねえか、とりあえずロープを上るぞ」

「了解!」

 

 だがその時レンは不幸に見舞われた。滅多に使ってはこないが、

敵の遠距離攻撃がロープを上っている最中のレンの背中にヒットしたのである。

それは太古から戦争において多用されてきた攻撃………投石である。

 

「うぐっ………」

「レン、レン!」

 

 そして地面に落下したレンに二体のゴリラモブが殺到し、

レンを叩き潰そうとその腕を振り上げた。

闇風はレンを助けようと下に飛び降りようとしたが、とてもではないが間に合わない。

 

「くそお、みんな、ごめん………」

 

 レンは死を覚悟してそう呟いたが、そんなレンの目の前で、

その二体のゴリラモブの頭が大口径の銃弾によって、まとめて破裂した。

 

「うわあ、びっくりした!」

 

 そのおかげで闇風のフォローが何とか間に合った。

闇風は敵の後続とレンとの間に入り、カゲミツG8『電光石火』を抜き、

片っ端から敵を斬りまくった。その直後に再びモブの頭が吹っ飛び、

レンは遠くから近付いてくる土煙を見て歓声を上げた。

 

「今のはシャナ?ううん、シャナは今アメリカだから、シノンだ!

みんな、援軍が来てくれたよ!」

「おお」

「あの黒い車体はブラックか!」

 

 そして土煙の中から漆黒の車体が顔を覗かせ、

そのまま凄まじい勢いでこちらに近付いてきたかと思うと、

ブラックはレンと闇風を避ける軌道でぐるりと回りつつ、門の前で急停止した。

 

「シノン!ありがとう!」

「レン、危なかったわね」

 

 シノンはレンに向けてニヤリとすると、上にいるゼクシードにこう叫んだ。

 

「ゼクシード、重い………あっと、銃が重いから上るのが大変、上から私を引き上げて!」

「敢えて銃が、と付けなくても、体重の事だなんて思わないよ」

「むぅ……」

 

 そんな冗談を言いながらゼクシードは、ユッコとハルカと共にロープを引っ張り、

ヘカートIIごとシノンを上に引っ張り上げた。

 

「今の働きに免じて、さっきの言葉は不問にしておいてあげるわ」

「へいへい、そりゃどうも」

「さあ、ここからが反撃よ!」

「シノン、正直助かったよ、ここで負けてたらシャナに申し訳ないからね。

さて、まだまだ不利なのに変わりはないが、もうひと頑張りするとしようか」

「あら、もう何も心配はいらないわよ、今日は驚きの援軍が来てるからね」

「驚きの?一体誰が……………えっ?」

 

 そう言いながら下を見たゼクシードは、思わず息を呑んだ。

下ではいつの間にか、レンを守るように三人のプレイヤーが剣を抜いており、

その中の一人の姿にゼクシードの瞳は釘付けになったのである。

 

「あ、あれはまさか………」

「キリト君以外の二人は知らない人だけど、ゼクシードさん、知り合い?」

 

 そんなゼクシードにユッコがそう問いかけてきた。

 

「あ、黒い髪の方はレコン君よ」

「ああ、レコン君だったんだ!やっほー!」

「キリト君も助けに来てくれてありがとう!」

 

 そのシノンの説明を受け、ユッコとハルカは二人に手を振り、

キリトとレコンは軽く剣を振ってそれに答えた。

 

「そしてあの金髪のプレイヤーの事は、ゼクシードならよく知ってるわよね」

「ああ、忘れるものか、どうして彼がここに?」

「今度日本に引っ越してくる事になったのよ、シャナの関係でね」

「本当かい!?いや、シャナなら有り得るのか………」

 

 そんなよく分からない会話をしている二人に、ハルカが首を傾げながら再び質問した。

 

「あの、ゼクシードさん、あの方は………」

 

 ハルカが思わずあの方と表現してしまったのは、

ゼクシードの口調から、何となく敬意の篭った響きを感じたからである。

 

「ああ、ユッコとハルカは知らないよね、あれは第一回BoBで無敵の強さを誇り、

シャナ以外を相手する時には銃すら使わなかった、歴代最強と名高い優勝者、

その名もサトライザーさ!」

「ああ~!前に動画で見たかも!」

「確かゼクシードさんもあの人と戦って………」

「動画で見たのかい?なら知ってるよね。

あの大会であいつに倒されなかったのは僕だけなんだけど、

それは僕がシャナに倒されたからなんだよね、あははははは!」

 

 ゼクシードは愉快そうにそう笑い、全軍に向けてこう言った。

 

「さあみんな、ここに歴代のBoBの優勝者が全員揃った、ここから反撃開始だよ!」

「お、おい、今全員って言ったよな」

「って事はあの援軍……キリトにシノン、そして………」

「まさかサトライザー!?」

「サトライザーだ!」

「おおおおお、まさかサトライザーが味方してくれるなんて!」

 

 その声を下で聞いたキリトは、からかうような口調でこう言った。

 

「サトライザーは凄い人気なんだな」

「なぁに、物珍しさって奴だろうさ」

「謙遜するなって、さて、それじゃあ一丁やってやるとしようか」

「ああ、全ては仲間の為に」

「レンちゃん、闇風さん、僕達が敵に斬りこむから、落ち着いたら援護して下さい」

「お、おう、分かった、なぁレコン、あいつはマジであのサトライザーなんだよな?」

「はい、そのサトライザーさんです」

「そうか………よしレン、今のうちに弾をリロードして俺達も突撃だ、

あいつらの戦いぶりを絶対に見逃すなよ!」

「う、うん、分かったよ師匠!」

 

 こうして心強い援軍を得て、守備隊の反撃が開始される事となった。



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第858話 ヴァルハラ・ウルヴズ総突撃

 

「おいあれ、サトライザーが持ってるあの漆黒の剣、

あれはシャナのアハトXじゃないのか?」

 

 誰かがそう言い出し、そのせいで周囲にどよめきが広がっていった。

 

「えっ?シャナとサトライザーって敵同士じゃないのか?」

「馬鹿野郎、強敵と書いて友と読むって奴に決まってるだろ」

「もう一人が持ってるのはシズカの夜桜だぜ」

「あいつさっき、レコンって呼ばれてたよな」

「レコンにシノンにキリト………俺、そのメンバーに凄く聞き覚えがあるんだが」

「奇遇だな、俺もだ」

「まあみんな薄々分かってたけどな!」

「十狼が実はヴァルハラだってか?」

「やっぱりそういう事なんだな!」

 

 今や要塞防衛戦に参加しているプレイヤー達の士気は最高に高まっていた。

その会話を聞きながらも、遂にキリト達が動き出した。

 

「まあ普通バレるよな、こうなったらヴァルハラの名前も存分に活用するとするか」

「そうしよう、士気が高ければ大抵の事は何とかなるからね」

「そうですね、いいと思います」

 

 そしてキリトは辺り一帯に轟く大音声を発した。

 

「ヴァルハラ・リゾート副長、剣王キリト、参る!」

「「「「「「「「おおおおお!」」」」」」」」

 

 キリトがそう名乗った瞬間に大歓声が上がった。

 

「剣王、やっぱり剣王だ!」

「そりゃ弾も全部斬っちまう訳だよ」

 

 続いてサトライザーとレコンもそれに習った。

 

「ヴァルハラ・リゾート副長、サトライザーだ、今後とも宜しく」

「ヴァルハラ・リゾート隊士、レコン、行きます!」

「「「「「「「「えええええええええ?」」」」」」」」

 

 この驚きは、サトライザーの名乗りに対するものであった。

 

「おい、聞いたか?」

「ヴァルハラの副長って言ってたよな!?」

「マジかよ、あいつらどんだけ強くなるんだ……」

 

 そう囁き合うプレイヤー達に、シノンが得意げな表情で言った。

 

「あんた達は運がいいわね、うちに新しい副長が加わった事は一部の人に知られているけど、

それがサトライザーだって事は、まだ誰も知らないトップシークレットよ!

せっかく歴史の生き証人になれたんだから、この事を頑張って拡散しなさい!」

 

 そのシノンの言葉にキリトは肩を竦めた。

 

「やれやれ、あいつは意外と宣伝上手だな」

「まあいいじゃないか、盛り上がってるみたいだし」

「そうだな、それじゃあ行くか」

「了解!」

 

 そして三人は敵に突撃を開始した。

三人が三人とも剣を振るっているのが実にGGOらしくないが、

その三人の剣技の冴えは凄まじく、またたく間に正門近くの敵が一掃された。

 

「くぅ、さすがに剣の扱いに慣れてやがる、にわかの俺とは違うな」

「師匠、あのサトライザーって人、わざと剣を短く調整してますね」

「サトライザーは元々短剣使いだからな、どうだレン、本物の短剣術を見た感想は」

「凄いです」

 

 レンはそう言ってぶるりと体を震わせた。

 

「レンはもう俺と同じくらいのレベルでラン&ガンを使えるからな、

後は色々な奴の動きを見て、自分に必要だと思ったものは貪欲に取り入れていくんだぞ」

「うん!」

「それじゃあそろそろ俺達も行くぞ、基本は釣り感覚だ」

「あの三人の方に敵を連れていけばいいんだね!」

「そういう事だな」

 

 そして闇風とレンは凄まじい速度で走り出した。

今の待機時間に回復アイテムも使った為、HPも満タンである。

 

「キリト君、敵を運んでくるね!」

「おう、頼むぞレン」

 

 レンはキリトを追い抜きざまにそう言い、砂煙を上げながら敵の中へと突っ込んでいった。

やっている事は先ほどのかく乱と一緒だが、今回は囲まれるまで粘る必要もない為、

レンはリラックスした表情でとにかく走って走って走り回った。

闇風も同様に敵を釣りまくったが、三人の殲滅力が凄まじい為、まったく問題はなかった。

二人が取りこぼした敵は、シノンとシャーリーが狙撃で倒していく。

これを見て黙っていられなかったのがフカ次郎だ。

 

「うぅ、私の存在価値がない!」

 

 フカ次郎は得意のグレネードランチャーを使う事も出来ず、

かなりストレスを溜めているようであった。

そしてそろそろ行くかといった感じでベンケイがブラックを動かしたのを見て、

思い切り良くロープを使って下に飛び降りた。

 

「ケイ、私も行くよ!」

「あ、そう?それじゃあ私の白銀を貸してあげようか?」

 

 どうやらベンケイは、フカ次郎が何も出来ておらず、

イライラしていたのを見ていたようで、気を遣ってそう言ったのであった。

 

「いいの?やった、貸して貸して!」

「オッケー!」

 

 フカ次郎はブラックの上で嬉しそうに白銀をブンブン振り回しながら言った。

と、その横に四人のプレイヤーがフカ次郎の後を追って飛び下りてきた。

ゼクシード、ユッコ、ハルカ、薄塩たらこである。

 

「僕達もご一緒させてもらえるかな」

「ALO組にばかり目立たれるのはちょっと悔しいからな」

「ヴァルハラ・ウルヴズ総突撃といこうぜ」

「オーケーです、それじゃあ行きますよ!」

 

 ブラックの屋根に設置されているミニガンには薄塩たらこが付く事になり、

フカ次郎はキリト達の所で下車する事となった。

そしてブラックが出撃し、残る敵の集団に向けて突撃していった。

 

「ヴァルハラ・リゾート隊士、フカ次郎、推参!」

 

 どうやらフカ次郎は、先ほどの他の者達の名乗りがとても羨ましかったようで、

要塞にいる者達にアピールするようにそう叫んだ。

 

「お、フカ、来たのか」

 

 そんなフカ次郎にキリトが声を掛けた。

 

「私だけ除け者にするなんてひどい!」

「普通に飛び降りて付いてくれば良かったんだよ」

「だって私、輝光剣とか持ってないもん!これは借り物だし!」

「そこは普通の短剣とかで我慢しとけって」

「それじゃあ全然目立てないじゃない!」

「相変わらずだなお前は」

 

 そう言いながらも戦列に加わったフカ次郎は、今までの鬱憤を晴らすかのように、

ばったばったと敵をなぎ倒していく。

GGOでのフカ次郎は、グレネーダーのイメージが強かった為、

フカ次郎が見せた剣技の冴えに、要塞に残っていた者達はとても驚かされた。

そしてブラックが外周を走り回って弾丸を撒き散らしつつ敵を殲滅し、

遂に要塞に攻め寄った敵は全滅する事となった。

 

「いやぁ、久々に斬りまくったな」

「USサーバーだと、何台もの車が走り回ってるんだけど、こういうのも新鮮で凄くいいね」

「へぇ、そうなのか、まあ輝光剣が無いとそんな感じになるよな」

 

 そう言いながらキリトは、後方から自身の頭に向けて伸びてきた赤い光を見て、

即座に体を捻りながら飛び、直後に飛んできたヘカートIIの弾丸を斬り飛ばした。

 

「あ、あの野郎、何て事をしやがる」

 

 そんなキリトの姿を見て、サトライザーが目付きを鋭くした。

 

「へぇ、キリトはそんな風に弾を斬れるのか」

「ん?まあ正確には弾を斬ってるというより、弾道予測線に剣筋を合わせてるんだけどな」

「いやいや見事なもんだ、当然次のBoBには出るんだろう?」

「ああ、まあそのつもりだけど」

「それはとても楽しみだ」

 

 サトライザーは一瞬獰猛そうな表情を浮かべてそう言った。

 

「まあお手柔らかにな」

「それはこっちのセリフだよ」

 

 二人はそう言いながら要塞へ向けて歩き出した。

その道中で更に二発の銃弾が飛んできた事を追記しておく。

 

 

 

 そして要塞に到着し、キリトは正門前に佇むシノンに向け、いきなり抗議した。

 

「おいシノン、何で三回も俺を狙撃してきたんだよ!」

「あれは早く戻ってこいって合図よ、それくらい分かりなさい」

「ふざけんな、危ないだろ!」

「あんたならあっさりと弾を斬るから平気でしょ、実際平気だったじゃない」

「ぐぬぬ、ああ言えばこう言う……」

 

 キリトはシノンが相手だと、どうしても相手のペースに乗せられてしまうようだ。

その直後に大歓声が上がり、中から他のプレイヤー達が続々と飛び出してきた。

 

「さすがはヴァルハラだぜ!」

「凄いなあんたら!」

「ああ、いや、確かにさっきはああ名乗っちゃったけど、

俺とサトライザーは十狼に入る事になったから、

GGOだとそっち扱いをしてもらえると嬉しいかな」

「十狼に?それはちょっと凄まじいな、歴代BoB優勝者が三人かよ!

あ、でもそれじゃあ十二人になっちまうな!」

「ああ、その事で発表があったんだったわね、

今度十狼は、二人の加入を受けてゾディアック・ウルヴズって名前を変える事になったから、

その事も一緒に拡散しておいてね」

 

 そこでシノンが横からそう言い、一同はどよめいた。

 

「ゾディアック・ウルヴズ?メンバー間で星座の取り合いになるのか……」

「それじゃあシノンは絶対にサソリ座だな!よっ、サソリ座の女!」

「意味は分からないけど何か嫌な響きね」

 

 どうやらシノンはランとは違い、昭和ではないらしい。

こうしてサトライザーがヴァルハラ・リゾートと十狼に加入した事と、

キリトが十狼に加入した事、そして十狼がゾディアック・ウルヴズと改名した事が、

この場に参加したプレイヤー達によって、拡散していく事となった。



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第859話 教えてくれよ!

 シャナが不在の中、何とか世界樹要塞の防衛に成功した一同は、

とりあえず話をする為に鞍馬山へと移動する事にした。

当然その移動の手段はブラックとバスに別れて乗る事になるのだが、

来た時と同じ組み合わせで移動する事にはならなかった。

シノンが余計な事を言い出したからである。

 

「それじゃあ帰りは私がブラックを運転するわね」

「あっ、それじゃあ私はバスを運転するね」

 

 シノンがそう言った瞬間に、ベンケイは光の早さでそう言い、

誰かが何か言う前に、素早くバスの方へと移動していった。身の安全の確保、成功である。

 

「え~っと………」

「ケイそっちはお願いね!

そうだ、せっかくだし帰りはブラックに、BoB優勝経験者で乗り合わせていかない?」

「ん、まあいいんじゃないか、それじゃあゼクシード、お前はこっちだな」

「オーケーオーケー、そういう事だから闇風君、僕はこっち、君はそっちね」

「てめえ、喧嘩売ってんのか!」

「ははははは、君もいつかこっちに乗れるように頑張ってくれよ」

「くそっ、悔しいが、さすがにここで何か言い返すのは格好悪すぎだな……」

 

 だが闇風は知っていた、シノンの運転する車に乗るのは地獄だという事を。

同じく源氏軍だった薄塩たらこもその事を理解しており、

二人はブラックに乗らなくて済んだ幸運を噛み締めながらも、

小芝居をしつつバスの方へと向かった。

 

「ちっ、覚えてろよ、いつか吠え面かかせてやるぜ!」

「まあまあ闇風、事実なんだから仕方ないさ、さあ行こうぜ」

 

 そう言いながら二人が、心の中で舌を出していたのは間違いない。

 

「それじゃあフローリア、またな」

「はい、あ、あの、キリトさん………は、マスターとは親友なんですよね?

マスターは最近どうされてますか?」

 

 フローリアは誰かに聞いたのだろう、キリトにおずおずとそう尋ねてきた。

 

「ああ、シャナなら今アメリカに行ってるよ、

俺からも、フローリアが寂しがっていたって伝えておくわ」

「ありがとうございます、出来ればとてもとても寂しがっていたとお伝え下さい」

「ははっ、分かった、必ず伝えておくよ、ってか今伝えるかな」

 

 キリトはそう言いながらメッセージを送り、例によって一瞬でその返事がきた。

 

「うわ、気持ち悪いくらい返事が早いな」

「えっ?もう返信が来たの?さすがに早すぎない?」

「でも確かに来てるぞ、ほら」

 

 キリトがシノンに見せたメールにはこう書かれていた。

 

『フローリア、寂しがらせて本当にすまん、

そっちに戻ったら防衛戦が無くてもすぐに顔を出すから、

それまでキリトでもいじって遊んでてくれ』

 

「そんな訳で、俺がたまに顔を出すからあいつが戻ってくるまでは俺で我慢してくれ」

 

 キリトは八幡にいじられたにも関わらず、それに反抗はせず、

むしろ自分からそう言い出した。

本当に寂しそうなフローリアの表情を見て心が動かされたのだろう。

 

「我慢だなんて失礼な事は言いません!

私はいつでも大歓迎です、お暇な時は是非いらして下さいね」

 

 フローリアはニコニコとそう言ったが、ここでフカ次郎が横から余計な口を挟んできた。

 

「なるほど、それじゃあフカちゃんも、副長をいじって遊んでればいいんだ!」

「シャナに同じようなメッセージを送っても、絶対にこういう返事は返ってこないと思うぞ」

「いやいやはっはっは、そんな事あるわけないですし?

リーダーはフカちゃんの事が大好きですし?」

「それじゃあ試してやる」

 

 そしてキリトは八幡に、『フカも凄く寂しいってよ』とメッセージを送った。

当然その返事には一秒もかからない。

 

「あ~………」

「副長、どうしたの?」

「いや、お前はこれ、見ない方がいいんじゃないか?レンもそう思うだろ?」

 

 キリトはそう言ってレンにその返事を見せた。

レンはその文面を見た瞬間に、フカ次郎の手をとってバスの方へと引っ張っていった。

 

「さあフカ、元気を出してバスにレッツゴー!」

「ま、待てってレン、まだ返事を聞いてな………」

「シャーリーさん、フカの空いてる方の手を引っ張ってあげて!」

「オーケーオーケー、何となく分かったわ」

 

 空気の読めるシャーリーはその頼みを快諾し、

フカ次郎はそのまま二人に引っ張られていった。

 

「で、結局何て書いてあったの?」

「『うぜえ』」

「……………なるほど、フカは八幡に愛玩動物的な意味で愛されてるのね」

「まあそうだろうな」

 

 要するにそれは、ロザリア的な立ち位置であろう。

 

「まあいいわ、それじゃあ帰りましょっか」

「だな」

 

 一同はブラックとバスに分乗し、フローリアに手を振りながら街へと戻っていった。

 

「しかしこうしてBoB優勝者が全員揃う事になるなんて、夢にも思わなかったわ」

「まあサトライザーが来たってだけで、他の三人はよく揃ってたけどな」

「次のBoBはいつ頃になるのかしらね」

「あと数ヶ月後らしいよ」

「まだ公式発表は無いわよね、それってどこ情報なの?」

「八幡と僕が日本支社長から聞いたから、間違いないと思うよ」

「それじゃあガチね、腕がなるわ、キャッホ~イ!」

 

 シノンはそう言ってブラックの速度を上げ、一同は必死に体を支えた。

 

「お、おいシノン、飛ばしすぎだって!」

「え~?このくらいはまだ序の口じゃない?」

「………ケイの様子がおかしかったのはこういう事か……」

 

 遅ればせながらその事に気付いた三人は、どうすればいいかヒソヒソと相談を始めた。

 

「このまま街まで行くのは少しきついね」

「確かにきつい……」

「幸いここって何もない場所だよね」

「多少スピンとかしても問題はないよな」

「バスからも離れたしね」

「やるか?」

「ああ、やろう」

「オーケー、先ずは僕がシートを倒す、そうしたら……」

 

 三人は簡単に相談を済ませた後、強硬手段に出た。

ゼクシードがいきなりシートを倒し、シノンを無理やり後部座席へと引っ張り込む。

 

「きゃっ、ちょ、ちょっと、いきなり何するのよ、危ないじゃない!」

「危ないのはシノンの運転だっての!」

 

 その瞬間に助手席にいたサトライザーが素早く運転席に移動し、車の制御を始めた。

さすがにサトライザーの運転技術は凄まじく、

ブラックは一瞬で快適な走行状態へと復帰する事となった。

 

「もう、一体何なのよ!」

「お前の運転は怖いんだよ!」

「私は別に怖くなんかなかったわよ!」

「とにかくシノンは教習所に通うようになるまで車の運転はするな、絶対にだ」

 

 そのキリトの強い調子にさすがのシノンも黙った。

多少やりすぎな自覚はあったのだろうかもしれない。

 

「まあいいわ、それじゃあ優勝者の交流会を続けましょうか」

「お前、やっぱりタフだよなぁ……」

「うん、本当にね……」

「こういう性格だからこそ、BoBに優勝出来たってのもあるかもしれないね」

 

 三人はシノンに苦笑しつつも、雑談を続ける事にした。

この間にキリトが助手席へと移動している。

 

「そういえば言えないならいいんだけど、

今回八幡は何でアメリカに行く事になったんだい?」

「ああ、薬関係の説明を受ける為らしいぞ」

「薬?へぇ、ソレイユはそんな事もやってるんだ」

「ああ、あいつの知り合いが………っと、これは個人情報になっちまうからまずいな、

まあその病気が結構難しい病気で、それをどうしても何とかしたいってのが発端らしい」

「へぇ、それは彼らしいね」

「だな」

 

 その時シノンが突然驚いたような声を上げた。

シノンは何かメッセージでも届いたのか、コンソールを開いてテキストに目を走らせている。

 

「ん?どうかしたのか?」

「あ、うん、丁度今八幡からメッセージが……

えっと、『ゼクシードは防衛戦に参加したか?』だって」

「へっ?」

「………何故僕の事を気にするんだろうね」

「と、とりあえず返信しておくわね」

「ああ、『参加したけど何で?』とでも言っておいてくれよ」

「う、うん」

 

 シノンは戸惑いつつもそう応じ、八幡にその通りに返信した。

今回は返信は遅く、数分後に八幡から返事が返ってきた。

 

「えっ?えっと、ゼクシード、八幡がシャナでログインして、鞍馬山で待ってるって……」

「彼が僕を?ふ~ん、何の用事か分からないが、多分何か大事な用事なんだろうな……」

 

 ゼクシードは考え込み、一同は戸惑いのせいか、街に付くまで会話らしい会話もせず、

到着した瞬間にそのまま鞍馬山へと走った。

ほぼ同時に到着したバスのメンバー達は、その光景に目を丸くしていた。

 

「シノン、何かあったのか?」

「鞍馬山にシャナが来てるらしいの!」

「ほえ?お兄ちゃんが今の状況でわざわざ?」

「えっ、マジかよ、俺達も行くぞ!」

 

 一同はそのまま鞍馬山に走り、

中に入った瞬間に、シャナが少し疲れたような顔で一同を出迎えた。

驚いた事に、隣にはニャンゴローの姿もある。

 

「よぉ、お疲れさん」

「シャナ!」

「ニャンゴローまで?」

「お兄ちゃん、一体どうしたの?」

「ああ、ちょっとゼクシードに用事があってな」

「何故わざわざ僕に?」

 

 ゼクシードにそう問われたシャナは、最初にこう切り出した。

 

「ゼクシード、お前が入院してた時の事を覚えているか?」

「入院?ああ、何か長い夢を見ていた気がするが、覚えているよ」

「そうか」

 

 そして一同が固唾を呑んで見守る中、シャナはボソリと呟いた。

 

「アイとユウ………」

 

 その瞬間にゼクシードの顔色が変わった。

 

「アイとユウだって?そうだ、俺は入院していたはずなのに、確かにあの時………」

 

 そしてゼクシードはシャナに詰め寄った。

 

「おいシャナ、アイとユウは実在する人物なのか?

なぁ、教えてくれよ、あれは本当に夢だったのか?」

 

 そのゼクシードの豹変ぶりに、事情を知らない者達は驚いた。

 

「お、おいゼクシード、落ち着けって」

「先ずはシャナの話を聞こう、な?」

「そ、そうだね、済まない、取り乱してしまって」

 

 ゼクシードはそれで多少落ち着いたのか、じっとシャナの顔を見た。

 

「ゼクシード、今どこにいる?」

「え?ああ、自宅だけど……」

「そうか、そこにニャンゴローが迎えに行く、

お前はそのままニャンゴローと一緒に眠りの森という施設へと向かってくれ」

「眠りの森………?」

「それじゃあゼクシードさん、

今直ぐ落ちて準備をして待っていて頂戴、私も直ぐにそちらに行くわ」

「………分かった」

 

 ゼクシードは戸惑いつつもそのシャナの強い調子に押され、

そのまま素直にログアウトし、ニャンゴローも消えていった。

残された者達は、当然シャナに詰め寄る事になる。

 

「おいシャナ、今のは一体どういう事だ?」

「そうだな、GGO組は事情を知らない奴が多いよな、さて、何から説明したもんか……」

 

 そしてシャナは、大切な仲間達に向け、今自分が何をしているのかの説明を始めた。

 

「そもそも俺がソレイユに製薬部門を作ったのは、難病指定された知り合いの子供達……

まあ中学から高校程度の年齢の奴らを子供達って表現するのもどうかと思うが、

まあその子供達の命を何とか助けたいと思ったからだ。

その中で二人、特に差し迫った状態にいる双子がいる。

もしかしたら動画で見たかもしれないが、絶刀と絶剣だ」

「ああ、見た見た、凄いよなあの二人」

「やっぱりリアル知り合いだったのか」

 

 シャナはその言葉に頷きつつ、ユッコとハルカに向けてこう言った。

 

「ちなみにユッコとハルカはアイとユウと面識があるよな」

「うん」

「さすがにさっきその事で口を挟むのはどうかと思ったから黙ってたけどね」

「そうだったのか?」

「いつ知り合ったんだ?」

「みんな覚えてる?ゼクシードさんが闇風さんと対談していた時に落ちた時の事」

「ああ、あの時な!」

「事情を知っている人も多いと思うけど、あの時のゼクシードさんは本当に命の危機でね」

 

 その後の言葉はシャナが引き継いだ。

 

「その時俺は、あいつをメディキュボイドに叩きこんで、

同じような境遇だったその双子と交流させたんだ。

それがアイとユウ、さっき名前を出したその二人だ。

まあゼクシードはあの時の事を、夢か何かだと思わさせられているんだけどな」

「えっ、何で?」

「再会を感動的なものにする為にそうしてくれってアイとユウに頼まれたんだよ」

「そんな事が……」

 

 事情を知らなかった者達は、その言葉に驚いた。

 

「でもどうして今なの?」

「ああ、あの二人の病状がちょっとやばくてな、

俺としてはあの二人を元気付ける事は何でもやるつもりだ。

だから今、ゼクシードに事実を話し、あいつらの元気の源になってもらう事にした。

今の俺は正直余裕がなくてな、やれる事があったら全て手を回している、そんな状態なんだ」

 

 そのシャナの余裕の無い様子を見て、他の者達は絶句した。

こんなに弱々しいシャナの姿を見るのは初めてだったからだ。

だがここでシャナは、精一杯の笑顔を見せた。

 

「いずれみんなにも何か協力を頼む事があるかもしれないが、その時は頼むな」

「お、おう、任せろ!」

「何が出来るかは分からないが、何かあったらすぐに声を掛けてくれよな」

「すまん、恩に着る」

 

 シャナはそう言って微笑むと、続けてこう言った。

 

「それじゃあ湿っぽい話はここで終わりにして、防衛戦の話でも聞かせてくれよ」

「お、おう!」

 

 そのシャナの言葉に応じて、一同はそれぞれの防衛戦の話を始め、

シャナはそれを聞きながら、今まさに眠りの森へと向かっているであろう、

ゼクシードの顔に思いを馳せた。

 

(頼むぞゼクシード、あの二人を元気付けてやってくれ)




GGOの終盤から400話以上かけて、遂にこの伏線を回収する時がやってきました!


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第860話 八幡に集まるみんなの気持ち

すみません、昨日は仕事になってしまい、前の日も疲れて寝落ちてしまった為に投稿出来ませんでした!代休は火曜なので、月曜~火曜にかけて、少し書き溜め出来ればと思っています!


 シャナに要塞防衛戦について聞かれた一同は、

キリト達が駆けつけてくれるまでどれだけ大変だったか、

そして合流後は特にサトライザーの存在がどれほど味方の士気を上げたかを熱っぽく語った。

 

「へぇ、さすがはキリト、盛り上げ方をよく分かってるな」

「まあサトライザーに全部持ってかれたけどな」

「いやいや、あのセリフは本当にやばかったって、血が沸騰するかと思ったしな」

「キリト、謙遜するなって」

「ん、まあ勝利の役にたてたなら良かったよ」

 

 シャナにそう言われたキリトは、はにかみながらそう微笑んだ。

 

「サトライザーはまあ、期待以上だな、

これで俺がいなくてもそうそううちの戦力が落ちる事はないだろ」

「リーダー、それじゃあまるで遺言みたいじゃないですか!そういうのはやめて下さい!」

 

 そのシャナの言葉に食いついたのはフカ次郎であった。

例え雑に扱われても、フカ次郎は常にシャナに対しては真っ直ぐである。

 

「悪い、そういうつもりじゃないんだが、ちょっと疲れてるのかもな」

「シャナ、大丈夫?」

 

 そう言ってレンがシャナの顔を下から覗きこむ。

シャナの事が心配なのか、今はいつもの元気いっぱいモードではなく、

香蓮の通常モードのようである。

 

「ははっ」

 

 シャナは笑いながらレンの頭を撫でた。

レンはその事自体は嬉しかったのだが、シャナが何も言わなかった事が気にかかった。

だがこの場でそれを口にするのは躊躇われ、レンは今は何も言う事が出来なかった。

 

「レコンも慣れないGGOでよく頑張ったな」

「まあ僕は剣を振るってただけですからね」

「今度銃の使い方を教えてやるからな」

「いいんですか?ありがとうございます!」

「シャナ、私には何か言う事はないの?」

 

 シノンがそう言って、シャナに背中をもたれかけさせ、

そのまま振り向いて上目遣いでシャナの顔を見上げた。

いろはにでも習ったのだろうか、実にあざとい仕草であり、

それを見たレンはハッとした顔をし、それを見習おうと、

壁をシャナに見立て、寄りかかる仕草を練習し始めた。実にかわいい。

だが当然そんなシノンの攻撃はシャナには通用しない。

 

「シノン?ああ、うん、お前は別にいいわ」

「ちょっと、私の扱いひどくない!?

ああ~!もしかしてあれ、好きな人をいじめたくなっちゃう小学生の心境?」

「お前はフカみたいな事を言ってんじゃねえよ」

「こっちに飛び火した!?」

「あ、でもシャナ、今日は私、シノンに助けてもらっちゃった」

 

 レンがニコニコしながらそう言った瞬間、

シャナは手の平を返すようにシノンの手を固く握りしめた。

 

「よくやったぞシノン、お前は最高だ、えらい!」

「ぐっ………微妙に納得いかないんだけど………」

 

 シノンはぐぬぬ状態でそう言ったが、シャナはまったく取り合わない。

そして一同の顔を見回しながら、思い付いたようにこう言った。

 

「で、お前らさっきからちっとも話が出ないが、

戦利品はいい物が何もドロップしなかったのか?」

「「「「「「「戦利品!?」」」」」」」

 

 一同は一瞬キョトンとしたかと思うと、一斉にコンソールを開いた。

どうやらその事をすっかり忘れていたらしい。

 

「おおおおおお!遂にキターーーーーーーー!」

 

 最初に叫んだのは薄塩たらこであった。

薄塩たらこは宝石のはまった機械のような物を天に掲げ、

世紀末覇者のように仁王立ちしている。

 

「おっ、輝光ユニットか、やったじゃないか」

「それ、僕にもドロップしているみたいだ」

 

 横からそう言ったのはサトライザーであった。まさかの一発ゲットである。

 

「あっ、宇宙船の装甲板だ」

「私も私も」

「あれ、私もだわ」

「私もです!」

 

 ユッコ、ハルカ、シノン、レンが順番にそう言い、

続けてキリトとレコンが銃を掲げてみせた。

 

「おっ、レコンも銃か」

「キリトさんもですか」

「でも俺、銃を撃っても当たらないからなぁ、サトライザー、良かったらいるか?」

「いいのかい、それは嬉しいよ」

「いいっていいって、使える奴が持った方がいい」

 

 キリトはそう言ってサトライザーに銃を手渡した。

シャナはそれを横から覗き込み、感心した顔で言った。

 

「おお、さすが太っ腹だなキリト、これは売って金にかえたら一万円くらいにはなるのにな」

 

 キリトはその言葉に固まった。

 

「……………い、今『円』って言ったか?」

「おう、円だな」

「これが!?一万円!?」

「おう、それがどうかしたか?」

 

 そう言ったシャナはニヤニヤとしており、

わざとキリトをいじっているのが丸分かりな表情をしていた為、

キリトは引くに引けなくなった。

 

「いや、どうもしないね!サトライザー、大事にしてくれよ!」

「ああ、もちろんだ、大事にするさ」

「そ、それならいい!」

 

 キリトは内心の動揺を隠しながらそう言い、

シャナは何となくからかったのが申し訳ない気分になり、

今度キリトにいい仕事を回そうと心の中で決意した。

 

「リ、リーダー!フカちゃんは、フカちゃんは………」

 

 その時フカ次郎が悲しそうな顔でシャナに纏わりついてきた。

 

「ん、お前は何がドロップしたんだ?ウザ次郎」

「うん、えっと………あ、あれ、何か今違う名前で呼ばれたような……」

「気のせいだフカ、で、どうだったんだ?」

「そ、それが………」

 

 落ち込んだ表情でフカ次郎が差し出してきたのは、『お徳用弾丸詰め合わせ』であった。

その名の通り、数種類の弾の詰め合わせのようである。

 

「オチ担当乙」

「キーーーーーーーーッ!」

 

 フカ次郎は発狂したようにそう叫び、泣きながらレンの所へと走っていった。

 

「さて、オチもついたところでそろそろ俺は落ちるとするわ、ゆっくり出来なくて悪いな、

俺は俺で頑張るから、みんなも頑張って………いや、楽しんでくれ。それじゃあまたな」

 

 シャナはそう言ってログアウトしていった。

残された者達は、レベルは違えどやはりシャナの様子に違和感を覚えたのか、

その事について色々と話を始めた。

 

「ケイ、シャナの奴、大丈夫なのか?」

「う~ん、大丈夫じゃないですかね、疲れてるのは確かだと思いますけど、

中学の時みたいに何もかも諦めたような死んだ目にはなってなかったですし」

「それならいいんだけど………そういえばゼクシードは真相を知って、

今頃どうしてるのかしらね」

「多分あの二人に振り回されてるんじゃないか?」

「確かにそうかもですね」

 

 そんなALO組の会話を聞いて、GGO組も二人に興味津々のようだ。

 

「なぁ、その二人ってそんなに凄いのか?」

「強さに関しては申し分ないな、特にユウキはアスナに勝ったくらいだしな」

「ええっ?マジかよ……」

「あとアイ………ランは、フカやピトみたいな性格をしているわね」

「うわ、また問題児が増えた………」

「またフカちゃんに流れ弾が来た!?」

 

 フカ次郎は愕然とそう言い、レンはそんなフカ次郎の頭を撫でながらこう言った。

 

「まあフカの事はどうでもいいとして」

「レンがひどい!?」

「ゼクシード師匠はきっと今頃間接的にシャナの事を助けてるはず、

それが凄く羨ましい………私達にも何か出来る事があればいいのに……」

「それな」

「シャナから何か頼まれるのを待つだけじゃなく、

俺達に出来る事があるかどうか、常に考えていかないとな」

「そうね、もし何か思い付いたらウルヴズヘヴンででも相談しましょう」

「賛成」

「賛成!」

 

 結局彼らに出来る事は何も無かったのだが、

少なくともその気持ちはシャナに伝わり、その力となった。

 

 そしてGGOからログアウトした八幡は、

アミュスフィアを外した瞬間に目の前にクルスの顔があった為、とても驚いた。

 

「うわっ、マックス、驚かせるなよ」

「すみません八幡様、八幡様の寝顔がかわいかったのでつい……」

「寝顔って、お前からは俺の口元しか見えなかったはずだが……」

「はい、口の角度がとてもかわいいと思ったもので!」

「そ、そうか」

 

 クルスは八幡の世話係を命じられており、

今みたいにいきすぎな部分はあるが、とても甲斐甲斐しく八幡の世話をしていた。

そんなクルスは、八幡の世話をする際は常時ニューロリンカーを装着している。

ちなみに近くには茉莉もいたのだが、茉莉はそんなクルスを見て苦笑するだけであった。

 

「あっ、うん、分かった、伝えるね。

八幡様、宗盛さんは一旦ログアウトした方がいいみたいです、

研究に集中しているせいか、メッセージを送っても返事が無いみたいなので」

「ん、そうか、ちょっと待ってくれな」

 

 八幡はそう言って、クルス同様にニューロリンカーを装着した。

その瞬間に八幡の目の前に、光り輝く妖精のような姿が映し出された。

 

「分かったユイ、俺が今からログインしてその事を伝えるわ」

「お願いします、パパ!」

「こんな地球の裏側まで連れてきちまって悪いな、みんなの健康管理、本当に助かるわ」

「体調面は茉莉さん、精神面はユイに任せて下さい!」

 

 ユイがヴァルハラ・ガーデンにいない理由はこれである。

アメリカで八幡、紅莉栖、宗盛の三人の体調管理を担当する為、

全てのリソースをこちらに回している為に、

ヴァルハラ・リゾートに姿を見せる余裕が無いのである。

 

「パパ、ゼクシードさんの件はどうなりましたか?」

「おう、今頃雪乃と一緒に眠りの森に向かってる最中のはずだ」

「それなら良かったです!」

「ゼクシードの事、アドバイスありがとな。

二人が仕掛けたサプライズを逆手にとって、逆サプライズを仕掛けるなんて、

俺には思いもつかなかったわ」

「あの二人が少しでも元気になる可能性がある事は何でもしないとですしね!」

「だな、出来る事は何でもやる、例え効果があるかどうか怪しい事でもな」

 

 どうやらゼクシードの件を八幡にアドバイスしたのはユイだったようである。

 

「八幡様、久しぶりのGGOはどうでしたか?」

「ああ、とても楽しかったわ、特にみんなの笑顔が見れたのがな」

「それはとても八幡様らしいですね」

「それじゃあ今度はアイとユウの笑顔を守りに行くか、

茉莉さん、俺もVRラボにログインしますね」

「うん、体の事は私達に任せて無理しないように頑張って」

「ありがとうございます、行ってきます」

 

 そしてVRラボにログインした八幡は、熱心に研究に打ち込んでいた宗盛に声を掛けた。

 

「宗盛さん、ユイがメッセージを送っても返事が無いって心配してましたよ」

「八幡君お帰り、ごめんごめん、

いいデータがとれたんで、ついログアウトを先延ばしにしちゃってたよ」

「とりあえず一度落ちて休んできて下さい、食事とかもしないとですしね」

「分かった、それじゃあ僕は一度落ちるよ、

後はメリダ君とクロービス君の指示に従ってくれ」

「分かりました」

 

 宗盛はそう言って落ちていき、残された八幡は、二人にこう声を掛けた。

 

「さて、俺も二人から回ってくるデータのチェックを再開するか、

落ちる前はやっと一万通りのデータのチェックが終わったところだったから、残りは……」

「今の残りはあと五万だよ、兄貴」

 

 そんな八幡に、クロービスがそう声を掛けてきた。

 

「ふふん、たった五万か、もっとデータを回してくれていいぞ」

 

 そう強がる八幡に、メリダが笑いながら言った。

 

「あは、後で泣き言を言わないでね兄貴」

「なぁに、泣きたくなったら泣きながら作業を続けるさ」

「もしそうなったら私が兄貴の頭を胸に抱いて慰めてあげるね」

 

 その言い方がランっぽいと感じた八幡は、やれやれという風に肩を竦めた。

 

「メリダもランとの付き合いが一番長かったせいか、あいつの影響を受けてるよなぁ」

「ランの事は関係ない、私がそうしたいからするの!」

「分かった分かった、その時は頼むわ、まあ俺は泣かないけどな」

 

 それを聞いたメリダはクロービスにこう命令した。

 

「クロービス、今すぐ兄貴を泣かせなさい」

「いきなり無茶ぶりしないでよ!」

「ははっ、それじゃあ作業を始めよう」

 

 たまにこんな感じで息抜きをしつつも、VRラボにおいて、

八幡と宗盛、そして今仮眠中の紅莉栖のデスマーチは続く。



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第861話 ゼクシードは真実を知る

「ここがソレイユか………」

 

 ゼクシードこと茂村保は、タクシーを利用してソレイユ本社前に到着していた。

ソレイユ本社の場所を調べる手間も惜しみ、感情のままタクシーに飛び乗った為、

思ったよりも長い距離を利用する事になってしまい、その分料金も嵩んだが、

仮にもGGOのトッププレイヤーであるゼクシードには、余裕で許容出来る金額であった。

そしてゼクシードは生まれて初めてソレイユの門をくぐり、受付へと向かった。

 

「思ったより人が少ないな………もっと人が沢山いるってイメージだったんだけどな」

 

 中に入るとそこは閑散としており、保はそんな感想を抱いたが、

当然それは、眠りの森に多くの社員が動員されていた為である。

そして保は受付をチラッと見てそこに誰もいない事を確認し、

更にそこに近付こうとする者も誰もいないのを確認してからそちらに一歩足を踏み出した。

受付の女性と話している最中に他の人に後ろに立たれると、

何となく気後れしてしまうだろうと思ったからである。

普通に人と会話するだけなら保はまったく平気なのだが、

やはりこういう場だと、そういった場面とは勝手が違うのであろう。

 

「いらっしゃいませ、ソレイユへようこそ!」

 

 受付にいたのはウルシエルこと漆原えるであった。

えるは保がもじもじしているのを見て、先に話しかける事にしたらしい。

この気の遣い方はさすがである。

 

「あっ、す、すみません、え~と、茂村保と申しますが、

雪ノ下雪乃さんに、こちらに来るようにと言われたのですが」

 

 保はそう、落ちる間際にニャンゴローに言われた通りの事をえるに伝えた。

 

「あっ、次期社長のお友達の!話は承っております、すぐに雪ノ下をここに呼びますね」

「友達………僕が八幡の友達………?あっ、はい、友達です、お願いします」

 

 保は一瞬衝撃を受け、おかしな受け答えをしたが、えるは笑顔を崩さない。

 

「それではそちらのソファーにお掛けになってお待ち下さいね」

 

 えるにそう進められ、保はえるに会釈をしてそのソファーに座った。

 

「友達、友達か………」

 

 そう呟く保の顔は若干ニヤついていた。

他人から八幡の友達認定をされたのがとても嬉しかったのだと思われる。

それから少しして、奥から複数の女性の声がし、保は何げなくそちらの方を見て息を呑んだ。

 

「う……受付さんも美人だと思ったけど、ソレイユには何故こんなに美人が多いんだ……」

 

 保は自分でも気付かないままにそう声に出し、それに対して受付からこんな返事があった。

 

「あちらは全てお知り合いのはずですよ、茂村さん」

 

 その『受付さん』は保に向けてそう言い、保の心臓は跳ね上がった。

 

「あ、あ………す、すみません!失礼な事を言ってしまって……」

「褒められたのに失礼だなんて思ってませんよ」

 

 えるがそう言って微笑んだ為、保は思わず赤面し、

雪乃達が向こうからこちらに向かっている事など頭から飛んでしまった。

 

「いや、あ、あの、とにかくすみません!」

 

 保はそう言って立ち上がろうとしたが、

その弾みに足をもつれさせ、その場に転倒してしまった。

 

「痛ってぇ……」

「大丈夫ですか?」

 

 気が付くと目の前にえるの整った顔があり、保は思わずその顔に見蕩れてしまった。

この後ゼクシードはソレイユを訪れる度、偶然えるがその受付を担当する事になり、

二人はいつしか付き合い始める事になるのだが、それはまだ先のお話である。

 

「茂村さん、大丈夫?」

 

 その時前方から別の女性のそんな声が掛けられた。

見上げるとそこにはえるとは毛色の違う黒髪の美人が心配そうに保を見下ろしており、

おそらくそれが雪ノ下雪乃なのだろうと保は推測した。

 

「す、すみません、お恥ずかしいところを」

 

 そう言って保は立ち上がり、おずおずとこう口に出した。

 

「ええと、雪ノ下雪乃さん………でいいのかな?」

「ええ、私がユキノよ、ゼクシードさん」

 

 ユキノは保の事をそう呼び、それで保の緊張は一気に解れた。

そちらの呼ばれ方の方が慣れていて楽だったからである。

 

「初めまして、ユキノ」

「はい、初めまして」

 

 二人はそう挨拶を交わし、ゼクシードは冗談めかしてこう言った。

 

「それにしても、やっぱりユキノの時とニャンゴローの時じゃ、

ユキノの時の方が素に近いんだね」

「当たり前よ、あんな女性が実在する訳ないでしょう」

 

 ユキノは笑いながらそう言い、釣られてゼクシードも笑った。

 

「で、こちらの方々は……」

 

 ゼクシードは後ろでニコニコしている三人の女性に会釈をしながらユキノにそう尋ねた。

 

「こちらは私の姉よ」

「ソレイユで~っす、ゼクシード君、初めまして!」

「あっ、ソレイユさんでしたか、

ああ、そういえば二人は姉妹だと聞いた事があったかもしれません」

 

 ソレイユにだけは、その発するオーラから、つい敬語になってしまうゼクシードであった。

 

「うん、私達、とても仲がいい美人姉妹で恋のライバルなの」

「ははっ」

 

 ゼクシードはその言葉に愛想笑いをするしかなかった。

内心では、どう返事せいっちゅうねん等と考えている。

 

「そして私はユイユイだよ、ゼクシード君、初めまして!」

「あーしはユミーだよ、宜しくね」

「ああ~!言われてみると雰囲気があるね」

 

 ゼクシードは極力相手の胸に視線を走らせないように気を付けながらそう言った。

さすがに身内と呼べる女性達に、後で悪く言われるのは勘弁して欲しいと思ったからである。

 

「今日はいつも一緒にいるイロハはいないのかい?」

「ああ、イロハちゃんは私達より一つ年下だからね」

「あーし達、春からここで働き始めるんだけど、今日たまたまここに居合わせて、

ゼクシード君が来るっていうから挨拶しておこうかなってね」

「そうだったんだ、それはそれはわざわざありがとう」

 

 ゼクシードはそんな相手の気遣いを素直に嬉しいと感じた。

以前のゼクシードは孤高を気取っており、他人とリアルで繋がりを持つ事を忌避していたが、

今はそういうのもまあ悪くないなと思い始めていたのである。

 

「さて、それじゃあユキノちゃん、ゼクシード君をお願いね」

「ええ、早速行くとしましょうか。詳しい話は車の中でね」

「ああ、お願いするよ」

 

 そして別れ際にユミーはゼクシードにこう言った。

 

「ね、ねぇ、ゼクシード君、これからも八幡と友達でいてやってね、

あいつ、リアルでの男友達が少ないから、さ」

 

 そうユミーが頬を赤らめつつ目を逸らしながら言う姿を見て、

ゼクシードは当然だという風に胸を張った。

 

「正直さ、あいつと仲良くなったキッカケが思い出せないんだけど、

今じゃもうかけがえのない友達だと思ってるから、これからも必ずそうすると約束するよ」

「ん、ありがと」

 

 三人はそのまま立ち去っていき、ユキノが歩き出そうとしたその瞬間に、

ゼクシードはユキノを呼び止めた。

 

「あっ、ごめん、ちょっとだけ待っててもらっていいかな?」

「え?ええ、大丈夫よ」

 

 そしてゼクシードは受付に向かって走っていき、えるの前に立った。

 

「あれ、茂村さん、どうかされましたか?」

「いえ、あの、さっき僕が転んでしまった時はご迷惑をおかけしました、

それに今日は色々とどうもありがとうございました」

「いえいえ、茂村さん、またいらして下さいね」

「はい、機会があれば」

 

 えるはそう微笑み、ゼクシードはペコリと頭を下げ、ユキノの方へ歩き去った。

 

「ごめん、お待たせ」

「ゼクシードさん、あなたって意外と律儀なのね、

とても昔、シャナ達といがみ合っていた人と同一人物だとは思えないわ」

「それを言わないでくれって」

「ふふっ、それじゃあ行きましょうか」

 

 二人はそのままキットの所に向かい、ゼクシードがキットに驚くというお約束を経た後、

眠りの森への移動が開始された。

 

「今から向かう眠りの森というのはどういう場所なんだい?」

「終末医療施設よ」

「週末?土日限定みたいな?」

「ああ、いえ、そちらの文字ではなくて……」

 

 ユキノはそう言ってゼクシードの方を見たが、その顔がとても厳しいものだったので、

ゼクシードが本来の意味を知りながらもわざと冗談でそう言った事に気が付いた。

おそらく終末という言葉を口に出したくはなかったのだろう、

ゼクシードは口元を引き締め、苦しそうな声でこう呟いた。

 

「アイとユウはそこにいるんだね」

「………ええ」

「彼女達はずっとそこにいるのかい?」

「ええ、その通りよ」

「という事はつまり、僕もそこにいた?」

「そうね、何から話せばいいかしらね」

「最初からで頼むよ」

「………分かったわ」

 

 そしてユキノは事の顛末、その全てをゼクシードに語って聞かせる事にした。

 

「事の顛末は、『死銃事件』であなたがそのターゲットにされた事よ」

「………やっぱりそういう事だったんだね」

 

 ゼクシードが知る事実は、誰かが家に侵入して薬物を自分に注射し、

そのせいで自分が昏睡状態に陥ったという事だけであった。

犯人については八幡がゼクシードとシュピーゲルの関係に気を遣ったせいで、

まだ逃亡中だとしか知らされておらず、家の鍵を強固なものに付け替える処置が成され、

それ以降、ゼクシードは色々あった事もあり、いつしかその事を忘れていったのである。

だが薄々そうじゃないかと思ってはいたのだろう、

ゼクシードはとても苦い顔をしながらユキノにそう言った。

 

「という事はつまり、僕を襲った犯人は………シュピーゲルだったんだね」

「ええ、その通りよ」

「そうか、シュピーゲルが……」

「あなたと彼の関係は知ってるわ、気を落とさないでね」

「いや、多分これは僕の自業自得なんだよ、

あの時の僕は確かにAGIタイプのプレイヤーにひどい事を言っていた、

実際僕の言葉を信じてAGIを上げてしまったプレイヤーも多くいる事だろうし、

シュピーゲルに恨まれるのも当たり前さ」

 

 その言葉はゼクシードの口からスラスラと流れ出した。

おそらくゼクシードは以前からその事を仮定し、考えてもいたのだろう。

そうでなければシュピーゲルが自分を襲う事になった理由を、

こんなに正確に一瞬で予想出来るはずはない。

 

「でもそれは間違いだった、闇風君がそれを証明したわ、そうでしょう?」

「ああ、AGIタイプもSTRタイプも関係ない、要は本人の努力次第だったんだよね」

「そういう事よ、だから悪いのは心が弱かったシュピーゲル君であって、

絶対にあなたではないわ」

「それでも俺は、いつかシュピーゲルに謝りたい」

「………そんな機会がくればいいわね」

「面会に行くって手もあるんだろうけど……」

「それはさすがに時期尚早ね」

「………そうだね、もう少し落ち着いてからの方がいいね」

 

 ユキノはそう言い、ゼクシードはその言葉に頷いた。

 

「で、話を続けると、貴方は親戚の手によって知り合いの病院に運び込まれたの。

でも体面を気にしたのか、その事は表には出てこなかった。

そんな貴方を八幡君が強引に別の場所に移動させ、高度な治療が受けられるようにした。

その施設がこれから行く眠りの森、あそこにはメディキュボイドがあるのよ」

「メディキュボイド……そうか、だから僕は治療中も意識を保ったまま……」

 

 ゼクシードのおぼろげな記憶だと、確かVR空間にある家で、

シャナとユッコとハルカに会って、そこで暮らすようになって………

 

「そして僕はシャナ達から治療を施すと聞かされ、そのままVR空間で過ごした。

あれはやっぱり現実にあった出来事だった、そういう事だよね?」

「ええ、その通りよ」

「でもどうしてシャナが僕なんかの事を……」

「単純にあなたがいなくなるのが嫌だったんでしょうね、

ほら、人生にはやっぱりスパイスが必要だと思うもの」

「僕はスパイスか」

「あの頃はいいライバルをしていたじゃない、そして今は頼れる仲間」

「そうだね、少年マンガの王道を地でいってる感じだね」

「まあ他にも色々と因縁はあったのだけれど、それは今回は置いておきましょう」

「そして僕は、あの二人に紹介されたと」

「そういう事ね、そろそろ着くわよ」

 

 そのユキノの言葉にゼクシードは顔を上げた。

そこにはあまり病院に見えない落ち着いた建物があり、

ゼクシードはその建物を感慨深く見つめた。

 

「ここが僕が居た施設、そしてあの二人が今もいる施設」

「ええそうよ、ゼクシード君、眠りの森へようこそ」

 

 こうしてゼクシードは、再び眠りの森へと足を踏み入れた。




ちょっと長くなりすぎたので二つに分けました、待望の再会は明日となります!


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第862話 未来についての話をしよう

 眠りの森は、医療施設にしてはとても慌しい雰囲気に感じられ、

ゼクシードはストレートにその事を感想として口に出した。

 

「ここは随分人が多いんだね」

「いつもはそうじゃないのよ、ただ今はソレイユ社で、『オペレーションD8』

という危機管理プログラムが発動されていて、そのせいで社員の多くがここに動員されて、

必死に彼女達の命を繋ぎとめようと努力しているのよ。

今はまだ二人の症状は落ち着いているのだけれど、

次に何かが起こったら、ここは今以上の戦場になると思うわ」

「戦場か………」

 

 ゼクシードはその言葉に危機感を覚え、同時に身が引き締まるのを感じた。

 

「なら………絶対に勝たないとね」

「ええ」

 

 そんな二人を見つけたのか、向こうから三人のこれまた美女が、二人の方に歩いてきた。

かわいいとしか言いようのない正統派アイドルのような美女と、

活発に見え、人懐っこそうな美女、そして何となく放っておけないタイプの眼鏡美女である。

そして中央の正統派アイドルが、雪乃に声を掛けてきた。

 

「雪乃、到着したんだ!そちらが茂村君?」

「ええ、ゼクシード君よ」

 

 雪乃がそう言い直したのに合わせ、空気の読める明日奈は即座に呼び方を変えた。

 

「そっか、ゼクシード君、今日は来てくれて本当にありがとう」

「あ、ああ、えっと……」

 

 相手が誰なのか分からないゼクシードは口ごもったが、

それを見た明日奈は即座に自分の失敗を悟ったのか、すぐに自己紹介をした。

 

「ごめんね、つい気がはやっちゃって。私は明日奈、結城明日奈だよ、

初めまして、ゼクシード君」

「あっ、ああ、アスナだったのか、こちらこそ初めまして」

 

 ゼクシードはそう言って明日奈に手を差し出した。

昔はピトフーイ絡みでフルボッコにされた事もあり、苦手意識もあったものだが、

最近ではそんな意識はまったく感じなくなっていた。

そして二人が握手をした後、残りの二人も自己紹介を始めた。

 

「私は完全に初めましてだね、ソレイユの受付をしています、折本かおりです、宜しくね」

「こちらこそ宜しくお願いします」

「えっと、わ、私は双葉理央、リオンだよ、宜しくね、ゼクシード君」

「ああ、ロジカルウィッチ!」

「う………いざリアルでそう呼ばれると、恥ずかしいね」

「それじゃあ明日奈、私はめぐり先輩に用事があるから後は任せるわね」

「うん、任されました」

 

 そう言って雪乃は去っていき、明日奈はゼクシードを連れ、奥へと進んでいった。

かおりとリオンはその後ろから付いてくる。

その道中では何度もソレイユの社員らしき者達が声を掛けてきた。

 

「明日奈さん、おはようございます」

「おはようございます、今ご出勤ですか?」

「はい、今から朝まで頑張ります!」

「無理はしないで下さいね、今日も宜しくお願いします」

 

 万事がこんな感じであり、ゼクシードは明日奈のその風格漂う姿に舌を巻いた。

中には明日奈の事を奥方様と呼ぶ者もおり、そんな時明日奈は照れながらこう答えていた。

 

「やだなぁ、まだ気が早いですよ」

「あっ、すみません、つい」

「ううん、私も早くそうなれればいいなって思うんですけど、

その前に大学に行かないといけませんしね」

「いっそ学生結婚でいいんじゃないですか?というか今すぐ結婚しちゃってもいいんじゃ」

「正直それも可能だし、うちの親もそう言ってるんですけどね」

「それなら今度次期社長に、プロポーズはいつするんですかって聞いておきます!」

「ふふっ、お願いします」

 

 この会話から、二人がどれほど社員達に慕われているのかがよく分かる。

 

「むしろ明日奈からしちゃえば?プ・ロ・ポ・ー・ズ」

「えっ?か、かおり、からかわないでよ」

 

 その少し後にかおりが明日奈をからかうようにそう言った。

 

「そうそう、ベッドの中でそう言えばイチコロだって」

「ちょっ、理央、おっさん臭い!」

「だって明日奈さんが片付いてくれないと、私も含めて他のみんなも全員片付かないよ?」

「それは確かにそうかもだけど!」

「最終的には一体何人家族になるんだろうね、うん、楽しみだなぁ」

「うぅ……プレッシャーが凄い………」

「私達からのプレッシャーなんか大した事ないでしょ、

年齢的に、社長や秘書室長からのプレッシャーの方が凄いはず」

「た、確かにね……」

 

 その会話を黙って聞いていたゼクシードは、

やっぱり女って怖いと内心でガクブルしていた。

羨ましくないといえば嘘になるが、それでもあれだけの自分に思いを寄せる女性達を、

喧嘩させずに仲良くさせている八幡を、内心では素直に凄いと思いすらした。

 

(でもこういう立場にはなりたくないよなぁ……)

 

 ゼクシードはそう考えつつ、黙って三人と一緒に進んでいった。

 

「さあ、それじゃあゼクシード君、このアミュスフィアを使ってね」

「これを使えばあの二人に会えるのかい?」

「最初にログインするのはゼクシード君が使ってたおうちだよ、

何か困るようだったら室内にマイクがあるから声をかけてね」

「ありがとう、でも多分大丈夫かな、何となく覚えてるし」

「それじゃああの二人と楽しく話してきてね」

「女性との会話はあまり得意じゃないんだけどね」

 

 ゼクシードはそう言いながらアミュスフィアを被った。

 

「リンク・スタート」

 

 その瞬間にゼクシードは妙に見覚えのある場所に立っていた。

 

「ここは………」

 

 そこはそれなりの広さの草原の中に立つ一軒家であった。

ドアは既に開いており、中に入ると何がどこにあるのか手にとるように理解出来る。

 

「やっぱり僕はここにいたんだな」

 

 ゼクシードはそう呟き、外に出て家の裏手に回った。

そこには一枚のドアが何の支えも無しに立っており、呼び鈴のような物が宙に浮いている。

ゼクシードは少し躊躇いながらもそのボタンを押した。

 

『……は~い』

『……どちら様?』

 

 その口調から、二人が若干警戒している事が分かった。

ゼクシードは何と言おうか少し迷った後、緊張しながらこう答えた。

 

「僕だ、ゼクシードだ」

『えっ?ゼクシード師匠?』

『師匠だ!』

『待って、今マスクを探すから!』

『どこにしまったっけかな』

 

 インターホン越しにそんな声が聞こえ、ゼクシードは、

ああ、そういえば二人はずっとマスクを付けてたっけと思いつつ、

辛抱強く二人から声が掛かるのを待った。

 

『ごめん、お待たせ!』

『ドアは開けといたから入っていいよ!』

「あ、ああ、ありがとう」

 

 そしてゼクシードはドアを開け、一歩前へと踏み出した。

そこには二人の少女がおめかしして立っており、その顔にマスクは………つけていなかった。

 

「マスクが見つからなかったから、もうこのままでいいかなって」

「うん、師匠は八幡のマブダチだから、何も心配する事はないだろうしね!」

「ふふっ、私達のあまりのかわいさに驚いた?

でも惚れては駄目よ、私達は二人とも八幡の物なんだから」

「そうそう、バイヤクズミって奴!」

「ははっ、そんな気はまったく無いから大丈夫だよ、でもまあ二人がかわいいのは認める」

 

 その言葉に二人は少し照れたような表情をした。

 

「師匠はボク達の顔を見るのは初めてだよね?」

「ああ、確かにそうだね」

 

 二人はそんなゼクシードを見てクスクス笑った。

 

「師匠、何その話し方」

「昔はもっと乱暴で強気な感じじゃなかった?」

「自分の事、俺とか俺様って呼んでたしね」

「あ、ああ、実はこっちが素なんだよ」

「そうなんだ」

「それにしても初めて見たけど、二人ともやっぱりそっくりなんだね」

「それはまあ双子だしね」

「エロそうなのがアイで、素直そうなのがボクだよ!」

「子供なのがユウで、大人の色気があるのが私よ」

「ごめん、違いがまったく分からないよ、いや、分かるんだけど」

 

 ゼクシードはそう言いながら頭をかき、二人はそんなゼクシードを家へと誘った。

 

「それじゃあ師匠、こっちこっち」

「おもてなしの準備はしておいたわ」

「そ、そうかい、それはありがとう。女性の家に上がりこむのは気が引けるから、

本当はうちに来てもらえれば良かったんだけど、

ほら、僕の家ってば今はもう何も無いからさ」

「ふふっ、そうよね」

「ささ、上がって上がって」

 

 こうしてゼクシードは二人の家のリビングへと通された。

この家に入れてもらった男は八幡以外ではゼクシードが初めてである。

 

「それにしてもいきなりで驚いたわ、

もし再会するとしたらこっちが主導だと思っていたのに、とんだサプライズね」

「八幡の差し金なのかな?」

「ああ、多分そうなんだろうね、今日いきなりあいつにそう言われたんだよ」

「くぅ、八幡め、今度お仕置きね」

「お仕置きされるのはアイの方だと思うけどなぁ」

「それはそれでアリね」

「アリなんだ………」

 

 そんな二人の漫才を見て、ゼクシードは思わず頬を緩めた。

 

「師匠、どうしたの?」

「いや、ハッキリとは覚えていないんだが、前もこんな感じだった気がするって思ってね」

「ああ、確かにそうだったかも」

「二人が実在してたなんて、少し前までは夢にも思わなかったよ」

「ふふっ、どう?驚いた?」

「ああ、二人の名前を聞いた時に、まるで電気が走ったような感覚を覚えたよ」

 

 二人と普通に話しているだけで、ゼクシードの脳裏には、

二人と過ごした思い出の日々が蘇ってきていた。

この二人は今でもこんなに明るく生きている、

だがこの二人は話によると、明日をもしれない命らしい、そんなの理不尽じゃないか!

そう思った瞬間に、ゼクシードの目からは、ぽろぽろと涙がこぼれていた。

 

「し、師匠、どうしたの?」

「どこか痛いの?」

「ああ、そうだね、胸が痛いんだ」

 

 その言葉に二人は顔を見合わせた。

 

「………もしかして、私達の病気の事を聞いたの?」

「ああ、だから八幡は、僕にここに来るように言ったんだと思う」

「ボク達が死ぬ前に、ちゃんとお別れが出来るように?」

「それは絶対に違う」

 

 ゼクシードは泣きながら顔を上げ、キッパリとそう言った。

 

「君達は絶対に死なない、その為に八幡は今も頑張っているはずだ。

君達は知らないかもしれないけど、今外では凄く沢山の人が、君達の為に頑張ってるんだ。

だから安易にそういう事を言うんじゃない、

僕がここに来た理由はそうだな、君達が自由に外を出歩けるようになった後、

一緒にどこに遊びに行くか、その計画を練る為だ」

「………それって今考えたんだよね?師匠」

 

 アイはそんなゼクシードを見ながらクスクスと笑った。

 

「ふふん、今考えたのかどうかは誰にも検証出来ない、

つまり今僕が口に出した事が全てであり絶対の真実だ、

だから二人とも、これから遊びの計画を立てるぞ!」

「「お~!」」

 

 二人はそんなゼクシードに乗せられて、片手を上げながらそう答えた。

 

「よし、それじゃあ早速二人の希望を聞こうか、二人は八幡とどこに行きたい?」

「う~ん、八幡と一緒にメイド喫茶に行って、三人でメイドのコスプレをしてみたいわ」

「それは八幡にも着せるって事でいいのかな?」

「うん、そういう事」

「分かった、八幡の説得は僕に任せろ、フェイリスに頼めば何とかしてくれるはずだ」

「「さすが師匠、頼りになる!」」

 

「海にも一度くらいは行ってみたいよね」

「確かに際どい水着で八幡を悩殺してやりたいわ」

「ふむ、だが今はもう秋だしそれは来年だな、

来年の春あたりにボクが二人に水着を買ってあげよう、

だがさすがに水着選びに付きあうのは僕が恥ずかしいから、

僕が八幡に、二人の水着選びに付きあうようにキッチリと言い聞かせておくとするよ」

「「さすが師匠、頼りになる!」」

 

「そういえば前に八幡が、軽井沢の別荘が云々って言ってたような」

「任せろ、それも夏の方がいいかもだから、僕が予定を立てておくとする」

「ちゃんとした女子会ってのもやってみたいなぁ」

「分かった、明日奈さんに計画を立ててもらうとしよう」

「それにねそれにね」

「ああ、どんどん来い!全部僕が実現してやる!」

 

 二人はその後も、やりたい事をどんどん列挙していき、

ゼクシードは胸をドンと叩いてその実現を約束した。

このままだとゼクシードは破産確実なのだが、今のゼクシードはそんな事は気にしない。

この二人の為なら貯金は全部無くなってもいいし、

足りない分は八幡辺りに頼んでバイトをさせてもらえばいい、

幸い闇風と薄塩たらこにソレイユでのバイトに誘われた事もあるし、

可能な限り頑張って働けば、それくらいの金を溜めるのは不可能ではないはずだ。

それでも足りなかったら八幡に出世払いで借りればいい。

ゼクシードはそう考え、二人の話をずっと聞き続けていた。

その目からはもう涙は流れていない。

今のゼクシードとアイ、ユウは、未来への希望に満ちており、

実際外で二人の体調データを見ている者達も、そのデータの上向きぶりに驚いていた。

 

「ゼクシード君、凄いね……」

「さすが頼りになるね」

 

(こっちはみんなのおかげで何とかなりそうだよ、

だから八幡君、お願い、早く二人を助けてあげて)

 

 それからしばらく話し続けていた三人だったが、最初にユウが大きなあくびをした。

 

「ふわぁ………」

「ユウ、眠いのか?」

「うん、今日は昼間からみんなで素材狩りにいってたんだよね」

「それじゃあそろそろ寝るといい、続きは明日にでもまた話そう、

迷惑じゃなければこれから毎日会いに来るから」

「えっ、いいの?やった!」

「それじゃあ今度は私達が知らない八幡の話でも聞かせてもらおうかしら」

「それじゃあ僕が、知ってる限りのGGOの話でもしてあげようか、

まあその中では僕もかなり格好悪い姿を晒してるけど、

それで二人が喜ぶならそんなのは何の問題もないからね」

「そうなの?ふふっ、それは楽しみね」

「師匠、約束だよ!」

「ああ、約束だ」

 

 ゼクシードは左右の手の小指を出し、二人と指きりをした。

そして二人に別れを告げてログアウトしたゼクシードの手を、

頬を紅潮させた三人娘が固く握ってきた。

 

「凄いよゼクシード君、二人が凄く元気になった!」

「そ、そうなのかい?それなら良かったよ………本当に」

「病は気からって、全てじゃないんだろうけどやっぱり本当なんだね」

「だろうね、僕自身もここに入院してた時に、あの二人にどれほど元気をもらったのか、

正直想像もつかないレベルで助けられてたんだと思う」

「あの二人はいつも元気いっぱいだもんね」

「まあアイのセクハラは勘弁して欲しいけどね」

「ああ~!」

「あるある」

 

 そのゼクシードの冗談に、理央がこうアドバイスをしてきた。

 

「そういう時は『そういうのは八幡にしてくれ』って言えばいいんじゃないかな」

「いいねそれ、今度言ってみるよ」

 

 今の四人は未来への希望に満ちていた。そこに雪乃が戻ってきた。

 

「あら、みんな楽しそうね」

「聞いて雪乃、ゼクシード君が凄かったの、かなり二人の体調が改善したんだよ!」

「あら、それは良かったわ、ゼクシード君、本当にありがとう」

「いや、これは僕の為でもあるからね、僕も二人に恩返しをしたいんだ」

 

 ゼクシードはそう言いつつ、少し言いにくそうに雪乃にこう切り出した。

 

「ところで雪乃、君は闇風君やたらこ君がしているソレイユのアルバイトの事について、

詳しかったりするかい?」

「あら、ゼクシード君はお金を稼ぎたいの?」

「ああ、実はアイとユウを色々な所に連れていく約束をしてしまってね、

何としても実現しないといけないから、ちょっと真面目に稼いでみようと思ってさ」

「それでアルバイト?安易な手段に逃げない所は本当に尊敬するわ」

 

 そう言われたゼクシードは、照れた表情でこう言った。

 

「ありがとう、まあそれで思いついたのがソレイユでのバイトだってのは、

自分としても八幡に頼ってるみたいで複雑なんだけど、

実は前に闇風君とたらこ君にそのバイトに誘われた事があるから、

どうせなら知り合いの所で働ければと思ったんだよ」

「なるほどね、分かったわ、私から話を通しておくから、後日連絡するわね」

「ありがとう、恩にきる」

「ううん、回りまわってそれが八幡君のためにもなる事なのだから、

私としても積極的に協力させてもらうわ」

「すまないけど宜しく頼むよ」

 

 ゼクシードは嬉しそうに頷くと、続けて全員の顔を見ながらこう言った。

 

「あ、あともう一つ頼みがあるんだけど、誰かフェイリスと連絡がとれないかな?」

「フェイリスと?ゼクシード君が?」

「珍しい組み合わせだよね」

「確かにそうね」

「何か用事でもあるの?」

「ああ、実は……」

 

 ゼクシードはそこで、アイとユウが八幡にメイド服を着せようとしている事を話した。

 

「えっ、何それ、凄く見てみたい」

「私からフェイリスさんに、店を予約出来るように打診しておくわ」

「君達、ちょっと前のめりすぎじゃないか?」

「いやいや、そんな大イベントを見逃したら一生後悔するじゃない」

「そ、そういうものなのかい?」

「そうね、そんな感じかな」

「な、なるほど……」

 

 こうして八幡がいない所で色々な計画が進められる事となり、ソレイユからゼクシードに、

ソレイユとゼクシードの家、そして眠りの森、全てに行けるような定期券が支給され、

次の日からゼクシードはアルバイトを始め、その後に眠りの森に寄るという生活を始めた。



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第863話 ゼクシード、初めてのアルバイト

「この度こちらでアルバイトをさせて頂く事になった茂村保です、宜しくお願いします」

 

 久々にソレイユにアルバイトに来た詩乃は、

いきなり知らない男性から、そんな堅苦しい挨拶を受けた。

 

「あ、うん、私は朝田詩乃、宜しくね」

 

 それに対する詩乃の受け答えは淡々としたものであった。

詩乃は身内が相手だとそれなりに社交的な対応が出来るが、

他人が相手だと、まあ常にこんな感じなのである。

 

「茂村君、それじゃあ今から説明しますね」

「ありがとうございます!」

 

 保は女子社員に連れられ、隣のブースへと入っていった。

 

(随分と真面目そうな人ね)

 

 詩乃はそう思いながらもバイトを始め、

一定の成果が出たと判断した為、自主的に休憩に入った。

ここでのバイトは基本、時間内に十五分の休憩さえとれば、

休憩自体はいつでも入っていい事になっている。

ちなみに今は、ソレイユの業績拡大に伴って、

一日のバイト時間が任意で四時間まで延ばせるようになっており、

その場合の休憩時間は十五分追加される。そして詩乃がいる休憩室に、保が入ってきた。

 

「あら、さっきの……」

「あっ、先輩、お疲れ様です」

「茂村さんの方が年上なんだし、そんなに畏まらなくても……」

「いえ、こういうのは大事ですから」

「そ、そう?まあいいけど……」

 

 調子は狂いっぱなしであったが、さりとて保が悪い人だとはどうしても思えず、

詩乃は保から付かず離れずの距離を保つ事にした。

そして数分後、スマホで熱心に何か調べていた保が、

誰かからメッセージでも来たのか、ぼそりとこう呟いた。

 

「ん、ユッコとハルカか、何々、公式に第四回BoBの発表があった、か、

ふ~ん、とりあえず見てみるか……」

 

 その声は聞こえるか聞こえないかの大きさであったが、

詩乃はその声を聞き逃さなかった。

詩乃は驚いて立ち上がり、そんな詩乃に保も驚いたような視線を向けた。

 

「い、いきなりどうしたんですか?先輩」

「あ、あんた今、ユッコとハルカって……」

「ああ、ちょっとしたゲームでの知り合いって奴です、チームメイトですよ」

「チ、チームメイト!?じゃ、じゃああんた、もしかしてゼクシードなの!?」

「へ?」

 

 保はその言葉にキョトンとし、詩乃にこう聞き返した。

 

「そうか、考えてみればここでバイトするって事は………えっと、誰?

その喋り方からすると、ああ、名前、確か詩乃って……それじゃあもしかしてシノン?」

「う、うん、私、シノン」

「そうか、ソレイユでバイトって時点で最初に気付くべきだった、

ここでバイトしてるのって、基本ハチマンの知り合いだけって認識でいいのかな?」

「うん、そんな感じ。いやぁ、驚いたわ、ゼクシードってリアルだとそんな感じなのね」

「そんなに驚く事かい?このくらい普通だろ?」

「ああ、うん、まあそう言われると確かにそうかも」

 

 詩乃は自身がファーストフードでバイトしていた時の事を思い出しながらそう言った。

 

「ゼクシードはお金が必要なの?」

「ああ、もうすぐお金が大量に必要になりそうでね、

女の子二人をエスコートしないといけないんだよ」

 

 そう言われた詩乃は、訳知り顔でこう尋ねてきた。

 

「それってランとユウキの事?」

「知ってたのか?」

「ううん、ただ昨日、あんたが眠りの森に行ったって事だけは知ってたからさ」

「そっか、まあそういう事さ、あの二人の望みを出来るだけ叶えてやりたいんだ」

「もちろん悪い意味じゃないわよね?」

「当然だ。あの二人は八幡のおかげでこの先何十年も生き続けていく、それが運命って奴さ」

「そっか、うん、そうだね、もしお金が足りなかったらカンパするわよ、闇風とたらこが」

「そこはシノンじゃないんだ」

 

 保はその詩乃らしい言葉に思わず噴き出した。

 

「私がカンパするのは最後の手段よ、頑張りなさい、男の子でしょ?」

「言われなくても頑張るさ、僕はあの二人の師匠なんだからね」

 

 そう強い意思を示す保を、詩乃は尊敬の念を持って見つめていた。

 

「ところでシノンはいつもここでバイトを?

自宅でやってもいい事になってるのは知ってるよね?」

「うん、私はこっちでやる方が飲み物も自由だし、色々な人とも会えるから、

時間がある時はこっちでやってる事が多いかな」

「なるほど、僕の場合はここで働いた後、

眠りの森に移動する関係でこっちでやる事にしたって感じかな。

ここの方があそこに近いんだよね。自宅でやっても結局トータル時間は同じなんだけど、

何かあった時にここにいた方が、移動時間が短く済むからって理由もあるかな」

「へぇ、色々考えてるのね」

「出来る事を疎かにして後悔はしたくないんだ」

「そっか、頑張ってね」

 

 詩乃は保にそうエールを送り、二人はそのままバイトへと戻った。

 

 

 

 そしてバイトの時間が終了し、二人はほぼ同じタイミングで、

帰り支度はもう済ませた状態でシャワールームから出てきた。

 

「あら、ゼクシードも今上がり?」

「シノンもか、お疲れ様」

「せっかくだし駅まで一緒に行く?正直この辺りって意外とナンパが多いのよ」

 

 詩乃はそう言ってフラグを立てた。

こういう場合、大体そのフラグは成立してしまうものだ。

 

「そうだね、こんな僕でもまあ、男避けくらいにはなるんじゃないかな」

「その時はお願いね、それじゃあ行きましょっか」

 

 そして二人はソレイユ本社から出ようとして、そこで偶然漆原えると鉢合わせた。

 

「あ、茂村さんも今上がりですか?」

「あ、はい、漆原さんもお疲れ様でした」

「ウルシエルも今上がりなんだ」

「こら詩乃、その名前で呼ばないの!」

「八幡が相手だと許してるじゃない」

「………私がいくら抗議しても八幡さんは聞いてくれないからね」

「ははっ、あいつらしいですね」

「それじゃあせっかくだし、駅まで一緒に行きましょうか」

「うん、行こ行こ、ほらゼクシード、行くわよ」

「へいへい」

 

 こうして三人は連れ立って駅へと向かった。

 

「茂村さんはこの後眠りの森ですか?」

「あ、はい、あの二人と話をして帰るのが日課なんで」

「ふふっ、かおりが凄く褒めてましたよ」

「そう言われると照れますね」

「私も素直にえらいと思う」

「そうかい?ありがとう、シノン」

 

 三人はそんな会話を交わしながら仲良く駅へと歩いていった。

そしてもうすぐ駅が見えるか見えないかという所まで来た時、

シノンの立てたフラグがここで成立した。

 

「そこのかわいいお姉さん達、ちょっといい?」

「二人とも凄い美人だよね、もし良かったら……」

 

 そう言って二人組の若い男が声をかけてきたのである。

 

「いいえ、良くないで~す」

「ごめんなさ~い」

 

 えると詩乃は、そのまま相手をスルーして歩き去ろうとした。

だが今回の相手は引かなかった。

 

「そんなつれなくしないでよ」

 

 そう言いながら、片方の男がえるの腕を掴んだのだ。

おそらくこの辺りでソレイユの者に手を出すと、どういう事になるのか知らないらしい。

 

 曰く、法務部にとことん追い込みをかけられる。

 曰く、直ぐに周辺の店に顔写真が周り、近くの店が何も売ってくれなくなる。

 曰く、近くにある露店の店主達にフルボッコにされる。

 

 他にも色々な都市伝説めいた話が広がっており、

この辺りの治安はソレイユの人間に限ればとてもいい状態なのである。

少し調べればその辺りの逸話はいくらでもネットに転がっているのだが、

この男達はおそらく情報弱者なのだろう、

自分達の置かれている状況がどんな状況なのかをまったく分かっていない。

事実、保が動こうとする前に、既に周りの露店の店主達が、

ギラリと目を光らせて動き始めていた。

そして保がその男に手を伸ばした瞬間に、その男の体が一回転した。

 

「てめえら、いい加減うぜえんだよ!」

 

 その声の主は………何とえるであった。

どういう技術なのか、えるは自分の腕を掴んできた男を投げ飛ばしたようだ。

 

「ここはソレイユの城下町だよ、

ここで私達に手を出すって事がどういう事か分かってんのかい?ああん?」

「い、いいえ、すみません、知らないです」

 

 倒れている男はテンパった口調でそう言い、

もう一人の男もどうしていいのか分からないように見えた。

 

「フン、周りをよく見てみな」

「周り?うおっ」

 

 気が付くと、一同は周りにある露店の店主達に囲まれていた。

 

「何だ、えるちゃんだったのかい」

「男連れだったから気付かなかったわ」

「なら俺達が出るまでもなかったかな」

「うん、まあ大丈夫かな、でもみんな、いつもうちの社員を助けてくれてありがとうね」

「なぁに、ソレイユの人達はみんな凄く丁寧だしな」

「いつも色々買ってもらってるし、気にせんでくれ」

「で、それはそうと、私が男連れだとどうして私だって気付かないのかな?」

 

 そうえるが口に出した瞬間に、店主達は脱兎の如くその場から逃げ出した。

 

「それじゃあえるちゃん、気を付けて帰ってな!」

「その男共をあまりボコらんようにな!」

「あっ、ちょっと!まったくもう、私を何だと思ってんのよ!」

 

 そう言いながらえるは男の手を離し、とても面倒臭そうにこう言った。

 

「はぁ、もういいわ、あんたらさっさとどっかに消えな」

「ひっ!」

「す、すんませんっしたぁ!」

 

 二人はそう言って逃げ出し、えるはため息をつきながら詩乃と保に向き直った。

 

「ごめんなさい、驚かせてしまいましたね」

「え、いや、ええ~!?ウルシエルってそういうのが素なの?」

「あ、ううん、さっきみたいなのは殴り合いの喧嘩をする時くらいかな、

普通にいつもの喋り方はこんな感じよ」

「な、殴り合い、するんですね………」

「あっ、い、いいえ、ああいうのは月に数回だけ………ですよ?」

「それでも多いわよ!」

「そ、そうかな?」

 

 えるはそう言ってシュンとした。

 

「ごめんなさい、私って昔から男みたいだってよく言われてたの。

弟の方が私よりもよっぽど女らしいのよね」

「それはそれで問題があると思うけど……」

「はぁ、こんなんだからいつまでたっても恋人が出来ないのよね、

まあいいわ、私の恋人は仕事、うん、もう一生独身でも別にいいわ」

 

 えるは諦めたような表情でそう言った。その目からは薄っすらと涙がこぼれている。

 

「そんな事ない、いつかえるさんの事をちゃんと分かって愛してくれる人が現れるよ!」

「どうかな………茂村さんも、今のを見て引いたでしょ?」

「いいえ、そんな事はないです、僕は格好いいなって思いました」

「えっ?」

「でも僕はえるさんを誘えません、僕は見た目も普通ですし、

特にお金持ちって訳でもありませんから、きっとえるさんとは釣り合わないですからね、

むしろ僕と一緒にいたら、えるさんが下に見られちゃうと思うんで」

「そ、そんな事は……」

「まあ今の事はもう忘れましょう、ほら、周りの人達がこっちを見てますよ、

ここはまったく普通の態度でやりすごしましょう、

そして家に帰って美味しい物を食べて、今日はぐっすり寝ちゃいましょう、

それが精神衛生的に一番いいと思いますからね」

「あ、あの………は、はい」

 

 そのえるの返事を聞いて、詩乃の第六感がピン!と反応した。

 

(こ、これはもしかして、脈があるんじゃないかしら)

 

 この日から詩乃は、えるの前でマメに保の話をするようになり、

そのせいもあってえるも保を意識するようになった。

だがこの二人は全く恋愛に慣れておらず、二人の関係が多少なりとも進展したのは、

それから数ヶ月後、えるが勇気を出して保を食事に誘ったのが最初となる。



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第864話 アメリカチームの戦い、そして

 アメリカ組の中で、神崎エルザだけが、自分が成すべき事を見つけられずに悩んでいた。

自慢ではないが、エルザは家事が一切出来ない。それはもう何も出来ない。

ましてや他人のお世話など出来るはずもなく、

この状況では八幡にセクハラをしてムードメーカーになるなどという事も出来ず、

エルザは無力感に包まれ、眠れない夜を過ごしていた。

 

「むぅ……モエモエはみんなの護衛、クルクルはみんなのお世話、

クリスティーナとダル君は中と外を行ったり来たりしながらデータベースを作成中、

ユイちゃんとマリリンはみんなの健康管理、

ママノンは日本と連絡をとりつつ政財界とのパイプを構築してるし、

私だけが何の役にもたってない………」

 

 実際のところ、八幡的にはそれでまったく構わなかった。

何故なら元々エルザはアメリカ行きの随員の予定に入っていなかったからである。

実際八幡も、エルザには好きにしろと言ってくれていたのだが、

エルザはとにかく八幡の役にたちたかったのだ。

もちろん藍子と木綿季の為に何かしてあげたいという気持ちもかなり大きかったのだが、

やはりエルザにとっては八幡が全てなのである。

そして考えあぐねたあげく、エルザは自分に何かやれる事がないか朱乃に相談する事にした。

 

「あ、あの~……」

「あらエルザちゃん、私に何か用事?」

「実はその……私にも何か仕事がもらえないかなって……」

 

 エルザは自分も何か八幡の役にたちたい事、

でもどうしていいのか分からない事などを切々と朱乃に訴えた。

そこにはいつものフリーダムな神崎エルザの面影はまったく無く、

朱乃はストレートにその事をエルザに指摘した。

 

「らしくないわね」

「だ、だって、やっぱりこんな時に、いつもみたいな態度はとれないもん!」

「ああ、そっちの事じゃなくてね、そうね……エルザちゃんは一体何?」

「え?何って?」

「みんなそれぞれ自分に出来る仕事をこなしている、

それじゃあエルザちゃんの仕事って何?」

「それは………シンガー?」

「なら歌えばいいんじゃないかしら、歌は世界を救うんでしょう?

なら女の子二人くらい簡単に救えるんじゃない?」

「あっ!」

 

 エルザはその朱乃の言葉で自分が何者なのか思い出せたようだ。

 

「私は神崎エルザ、私に出来るのは、歌う事だけ!」

 

 エルザは朱乃にお礼を言うと、部屋に戻り、二人の為の曲の製作を開始した。

 

「エルザちゃんは八幡君の事が本当に好きなのねぇ」

 

 朱乃はそんなエルザに微笑ましさを感じつつも、自分の仕事に戻った。

その朱乃もまた、不眠不休に近いペースで働き続けている。

何といっても通常の百倍の速度で、有効かもしれない薬の材料が提示されてくるのだ。

本社にその材料の在庫を照会し、無ければ入手方法を調べさせ、

可能な限り早く入手出来るように手配を進めるその手腕は、

朱乃にとっては畑違いの分野にも関わらず、ここまで何の破綻も見せていなかった。

さすがは雪ノ下家のラスボスと呼ばれるだけの事はある。

 

 だがそんな朱乃でも、輸入に頼らざるを得ない材料に関しては、やや苦労していた。

その助けとなったのが、嘉納大臣に紹介された、厚生労働大臣の柏坂健である。

彼は八幡と同級生の柏坂ひよりの父親であり、

嘉納派の若手のホープとして少し前に入閣した人物である。

彼は嘉納からのその頼みをむしろ前のめりに引き受けた。

公私混同をするような男ではないが、超法規的措置をとったとしても、

今回の件は、その病に苦しむ者達の福音となると信じるが故の行動であった。

だがひよりの件がまったく影響していなかったという事は絶対に無い。

情けは人の為ならず、八幡の今までの行いは、巡り巡って一番助けが欲しい場面で結実した。

 

 その八幡であるが、八幡達の作業は遂に大詰めに達していた。

 

「宗盛さん、見て下さいこのデータ、求めていたのはこれですよね?」

「どれどれ………おおっ、そうそう、これだよこれ、

このルートを突き詰めていけば、絶対に完成までこぎつけられるはずだ」

「ここが最後の正念場ですね、死んでもやり遂げますよ」

「君がもしここで死んだら僕が各方面にフルボッコにされるくらいじゃ済まないから、

出来れば死なないように頼むよ」

「あ、いや、何かすみません………」

 

 それでも場はとても明るかった。待機中だったメンバーも総動員され、

メリダとクロービス、それに宗盛、八幡、紅莉栖、ダルの六人は、

正解のルートに到達する為に、一心不乱に作業を続けていた。

 

「ごめん、ユイちゃんがそろそろ落ちろって」

「そうか、後は任せてくれ」

 

 最初に限界が来たのは、やはり体力的に劣る紅莉栖であった。

脳の性能はこの中で一番なのだが、いかんせん耐久力は、体力頼みな部分があるのだ。

 

「ごめん八幡、そろそろ僕も限界だお」

「おう、アメリカまで引っ張ってきた上に、こんな苦労をさせちまって本当に悪い」

「いいっていいって、僕達友達じゃない」

「………ありがとな、ダル」

 

 次にダウンしたのはダルであった。

この辺り、ユイは中で何があろうと絶対に時間を伸ばしてくれる事はない。

その代わりにその人が耐えられる限界ギリギリに強制ログアウト時間を設置してくれており、

そのおかげで今回の薬品開発が、実に効率良く進んだ事は間違いないのだ。

今回一番褒められるべきは、ユイと茉莉の体調管理組であろう。

 

「こんな事ならもっとダイエットして鍛えておくべきだったお」

「いや、十分だ、外で紅莉栖と一緒にフォローに回ってくれ。

あ、でもせっかくだから、この機会にちょっとは痩せろ」

「そんな殺生な!っと、時間だわごめん、後は宜しくだお」

 

 そしてダルがログアウトし、宗盛もそろそろ危なくなってきた。

一番早くからログインしていた八幡が、一番長く耐えられているのは、

ひとえに二年間のSAO生活で耐性が出来ていた事と、普段から鍛えていたせいである。

その事だけ見ても、八幡の二年間は決して無駄ではなかったのだ。

その二年間があったからこそ、今回の双子を救う事が可能になったのである。

 

「八幡君、僕もそろそろ時間みたいだ、最後まで見届けられなくてすまない」

「いえ、先生がいてくれたからここまで来れたんです、後は俺達に任せて下さい」

「そうですよ、勉強したとはいえ、僕達はやっぱりにわかですから」

「そうね、クロービスは確かにちょっと勉強不足よね」

「くっ………」

 

 確かにそれは事実だった為、クロービスは悔しそうな顔をした。

その感情の豊かさはとてもAIとは思えない。

だがこれはアマデウスというシステムが優秀なのであり、

まったくのゼロからAIが自我を持つに至るには、まだまだ時間がかかる事だろう。

キズメルとユイも、元の人格が茅場晶彦によって設定されていた為、

完全にゼロからとは言えないのだ。

 

「それじゃあ外で朗報を待っているよ」

「はい、ご期待下さい」

 

 こうして八幡だけが残る事になり、クロービスとメリダも作業に戻った。

 

「しかし兄貴はVRへの耐性が高いわよね」

「まあSAOにいた時間が長かったからな」

 

 SAOという言葉を聞いた瞬間に、メリダの手がほんの一瞬だけ止まり、

すぐにまた動き出した。

 

「ねぇ兄貴」

「ん?どうした?」

「……えっとね、私、実は病気になる前に、SAOのベータテスターをやってたんだ」

「そうなのか?」

「メリダ、そうなの!?」

「うん、一番付き合いの長いアイとユウは知ってるんだけど、

他の人には言ってないから、クロービスが知らないのは当然ね」

「そうなのか?でもあいつらからそういう話を聞いた事は無いな」

「うん、口止めしてたからね。私は製品版が出た頃にはもう病気を発症してしまってて、

病院の先生にナーヴギアの使用を禁止されたせいでSAOに囚われる事は無かったけど、

もしかしたら兄貴とは、SAOで知り合ってたかもしれないんだよね」

「メリダが攻略組に参加してたらその可能性は高かっただろうな」

「そしたら私が兄貴の彼女になってた可能性はあるのかな?」

「いや、無いな、俺と明日奈が知り合ったのは、SAOの開始直後だからな」

「そうだったんだ、ちぇっ」

 

 メリダはとても残念そうにそう言った。

 

「実は一度、アイとユウの前でさ、

ナーヴギアを被ってSAOにログインしようとした事があるんだよね」

「それは途中参加的な意味でか?」

「うん、どうせ死ぬなら現実世界で死ぬのもSAOで死ぬのも一緒かなって思って」

「そうか」

 

 八幡はその行為を肯定も否定もしなかった。実際にメリダはSAOに行っていない為、

ここで余計な事を言っても仕方がないと思ったのだろう。

 

「でもアイとユウに止められちゃってさ、自暴自棄になってた私に、

いつか三人でギルドを作ろう、そして一緒に新しい世界を冒険しようって、

二人はそう言ってくれたんだよね」

「そうだな、冒険はいいもんだ」

「でも結局私の体はそれに耐えられなくて、二人を残して先に死ぬ事になっちゃったけど、

まだジュンやテッチ、タルやノリにシウネーが残ってるし、

あの二人には、残されたみんなをさ、

もっともっと色々な冒険に連れてってもらわないといけないんだよね」

「ああ、そうだな」

「だからあの二人は絶対に死なせる訳にはいかない、クロービスもそう思うわよね?」

「うん、僕もみんなを残して死んじゃって申し訳なかったけど、

だからこそ残されたみんなには生きていて欲しいからね」

「という訳で最後の追い込みよ、クロービス、気合い入れていくわよ!」

「僕達はもうスリーピング・ナイツじゃないけど、

今こそスリーピング・ナイツ魂を見せる時だね!」

 

 二人はやる気満々でそう言い、そんな二人に八幡は、ぼそりと呟いた。

 

「いや、お前達は今でもスリーピング・ナイツだぞ」

「ああ、うん、気持ちの上ではそのつもりだよ!」

「いやいや、そういう意味じゃなくてな、

もう少ししたら、お前達はまあうちの製品限定だからALOになるんだが、

そこで完全に復帰する事になるからな、今はただ休んでるだけだ」

「へっ?」

「ほえ?」

 

 八幡がいきなりそんな事を言い出し、二人はおかしな声を上げた。

 

「今の私達の状態でALOってプレイ出来るの?」

「悪い、今はまだ無理だ。だがニューロリンカーの開発がもう少し進めば可能だ」

「そうなの?」

「ああ、というかまあ、別にお前達の為に開発してるとかじゃなく、規定路線なんだけどな」

「えっと、どういう事?」

「さっぱり分からないよ兄貴」

「お前達、ニューロリンカーの仕様は理解してるよな?」

「あ、うん、アマデウスのシステムを活用して、

その人の記憶をコピーされたAIが本人の代わりに高速思考を行い、

擬似的に時間がゆっくり流れるような状態にするんだよね」

「そしてその記憶を本人の脳に書き戻す事で、本人の記憶との整合性をとる、で合ってる?」

「ああ、合ってるぞ。それでだ、仮にニューロリンカー用のゲームがリリースされた場合、

それをプレイする事になるのは誰だと思う?」

「ほえ?それは………」

「えっと……」

 

 そして二人はその答えに思い当たり、目を見開いた。

 

「あっ、私達と同じAIだ」

「そうだそうだ、僕達と同じ存在だ!」

「まあそういう事だ、うちはゲームメーカーだからな、

ニューロリンカーでゲームが出来るようにするって事は、

つまりお前達もまたゲームが出来るって事だ」

「嘘!?」

「本当に!?」

「本当だっての、だから期待してくれていい、ちなみにもうすぐ試作品が完成予定だ」

「うおおおおお!」

「やった!凄く嬉しい!」

 

 二人はその事が本当に嬉しいようで、作業の手を止めて八幡の周りをくるくる回り始めた。

 

「おいおいお前達、手は止めないでくれよな」

「あっ、そうだった!」

「ごめん兄貴、作業を続けるね」

「おう、そうしてくれ」

 

 そう言いながらも八幡は、優しい目で二人の事を眺めていた。

 

「俺達が復帰した時にランとユウキがいないなんて事には絶対にさせないぞ!」

「あと少し、あと少し頑張れば……」

 

 二人は先ほど以上に作業に没頭し、八幡もペースを上げた。

そして遂に念願のその時がやってきた。クロービスがいきなり手を止め、こう叫んだのだ。

 

「よし、今かなりピピッときた!兄貴、多分これ、これで間違いないよ!」

「おっ、クロービス、手応えあった?」

「うんメリダ、これでいけると思う」

 

 八幡は渡されたその組成データをプログラムに乗せ、様々な数値をチェックした。

 

「おお………」

「いけてるでしょ?」

「ああ、間違いない、これで完成だ」

「やった!」

「これで二人は助かるね!」

「よし、今データを纏めて外に送る」

 

 八幡がそう言って作業を始めようとした時、ユイが八幡に警告を発した。

 

「パパ、まもなく限界時間が訪れます、そろそろログアウトして下さい!」

「悪いユイ、これを外に送らないと……」

「それなら兄貴、俺達がやっておくから!」

「そうだよ兄貴、本当に危ないから落ちないと……」

「あと少し、もう少しだ」

「パパ、時間がありません!まもなく強制切断されます!」

「それならそれでいい、よし、これで完成だ!」

 

 八幡はそう言ってバーチャルコンソールのボタンを押し、その瞬間にアラートが聞こえ、

八幡はVRラボから強制切断される事となった。

だがここで誰も想定していなかった事が起こった。

八幡がデータを送信するのとログアウト処理が重なった為、

システムに若干の遅延が発生したのである。

データの送信が後だったら何の問題も無かったのだが、

順番的に先だった為にそちらが優先されてしまい、

八幡のログアウトが十秒ほど遅れる事になってしまったのである。

 

「来た、来たわよ!先生、結城先生!」

「待ってくれ、今データをチェックしてみる………

おお、これだ、これさえあればあの二人の病気は劇的に改善する!

この薬さえ飲み続けていれば、以後は一般人とまったく変わらない生活が送れるはずだ!」

「うおおおお、キターーーーーーーー!」

「八幡様、やりましたね!」

 

 八幡の限界時間をきちんと把握していたクルスは、

八幡と喜びを分かち合おうとそう声を掛けたが八幡からの返事はない。

 

「あれ、八幡様?八幡様!」

 

 クルスが慌ててそう言った瞬間に、

八幡が装着しているニューロリンカーから電子音が聞こえてきた。

 

『VRラボからログアウトしました』

 

「えっ?」

「クルス、どうしたの?」

「い、今八幡様がログアウトしてきたんだけど、、

ログアウトしましたってメッセージがその強制切断の時間よりも十秒くらい遅くて……」

「何だって!?」

「何ですって!?」

「そ、それはまずいお!」

 

 そして茉莉の前に設置された、

擬似ニューロリンカーと言うべきモニターにユイの姿が映し出された。

これ自体はそういう仕様なので特におかしな事は無いのだが、

問題は映し出されたそのユイの姿であった。画面の中のユイは、号泣していたのだ。

 

「ユイちゃん、一体何があったの?」

「ごめんなさい、ぐすっ……シ、システムの遅延が起こって、

それを何とかしようと頑張ったんですけど………パパが、パパが………」

 

 そして八幡は、そのまま目を覚まさなかった。



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第865話 日本チームの動向、そして明日奈は

「八幡様、八幡様!」

「落ち着いてクルス、とりあえずあなたは萌郁さんを呼んできて。

ここは私に任せなさい、これでも私は脳科学の世界的な権威なのよ」

「で、でも……」

「いいから早く!八幡の努力を無駄にしたいの?」

「わ、分かった」

 

 クルスは非常に珍しい紅莉栖の怒声を聞き、弾かれるように部屋を飛び出した。

 

「さてと、茉莉さん、結城先生、八幡の体に異常が無いか、チェックをお願いします」

「わ、分かったわ」

「任せてくれ」

「橋田、あんたは一刻も早く、八幡達が見つけ出した薬のレシピを日本に届けるのよ」

「り、了解だお!」

「ユイちゃんは私と一緒にVRラボにお願い、中にいる二人にも協力してもらわないと」

「は、はい!」

 

 さすがは紅莉栖である、その論理的思考はこんな状況でも決して揺るがない。

 

「橋田、ついでに朱乃さんに状況を説明しておいて、

詳しい事は、中から戻ったら私から説明するわ」

「分かった!八幡の事は頼んだお!」

「任せなさい」

 

 紅莉栖は胸をドンと叩き、再びVRラボへとログインした。

先ほどログアウトしたばかりで休憩時間が足りない為、限界まであまり時間の余裕は無いが、

二人に話を聞くだけなので、問題は無いだろう。

 

「あれ、紅莉栖さん、どうしたんですか?それにユイちゃんまで」

「薬のデータは日本に送れましたか?」

 

 二人はまだ研究を続けていたらしく、何かの作業中であった。

それもそのはず、メリダとクロービスの戦いは、

スリーピング・ナイツの他のメンバーの為の薬を開発するまで、まだまだ継続中なのである。

 

「実はね……」

 

 そして紅莉栖が状況を伝えると、さすがの二人もその手を止めた。

 

「ええっ?兄貴が!?」

「た、確かに兄貴の姿が消えるのが少し遅いなって思ってたけど……」

 

 さすがの二人もまさか外がそんな事になっているなどとは夢にも思っていなかったらしい。

 

「紅莉栖さん、どうしますか?」

「私はこの後仮眠しないといけないの、そうしないとここに入れないからね。

その間に三人には八幡の脳に書き戻された記憶データに齟齬が無かったか調べて欲しいの。

主に入出力データの比較とノイズの有無ね」

「わ、分かりました!」

「兄貴、待ってて、今私が助けてあげるから!」

「パパ、絶対にママの所に連れ戻しますからね!」

 

 三人は決意も新たに作業に入り、紅莉栖はそのままログアウトした。

 

「あっ、紅莉栖さん、早かったですね」

「ええ、まあ確認だけでしたから」

 

 紅莉栖が寝たと思ったらすぐ起き上がってきた為、茉莉は驚いたようにそう言った。

だがよく考えればそれは当然である為、茉莉は直ぐに自分の作業に戻った。

 

「後は三人の解析結果次第だけど、とりあえず今は休まなきゃ」

 

 紅莉栖はそう呟くと、朱乃に事情を説明し、仮眠をとる為に近くのベッドに横になった。

 

「私まで倒れたら本当にまずい事になっちゃう、急がば回れ急がば回れ……」

 

 気丈に振舞ってはいたものの、やはり脳の疲労が激しかったのだろう、

紅莉栖は目覚ましをかけると同時にすぐに寝息をたて始め、

宗盛とダルも何かあったらすぐ知らせてくれと茉莉に頼み、仮眠する事にしたのであった。

 

 

 

 一方アメリカ組と入れ替わりで修羅場に突入したのは日本組である。

ちなみに八幡の状態については朱乃の判断で、まだ陽乃以外には誰にも伝えられていない。

これは藍子と木綿季が誰かから話を聞き、ショックを受ける事を防ぐ為の措置であった。

 

「めぐり、材料の手配の進捗は?」

「現在八十二パーセントです」

「みんなの頑張りのおかげで多少余裕があるけど、

材料だけ集まってもそれで済む訳じゃないのよね……」

「とりあえず中間素材の作成には順に着手しています、問題は輸入関係の材料ですね、

いくつか検査の関係で空港で止められている材料があります」

「とにかく急がせて!嘉納さんや柏坂さんが協力してはくれるけど、

それに甘えずこちらからも要望は続けて」

「はい!」

 

 そんな中、アスナとラン、それにユウキは、

朝から三人で放つ共有オリジナルソードスキルの開発に着手していた。

 

「メンテ中に色々考えておいたものの、中々技が繋がらないね」

「要は技と技の繋がりなんだろうけど……」

「何かヒントでもあればなぁ……」

 

 だがやはりそう簡単に事が運べるはずもなく、

三人は直ぐに行き詰まり、こうしてうんうんと唸りながら意見を出し合っていたのである。

 

「あっ、そろそろゼクシード師匠が来る時間だ」

「もうそんな時間?それじゃあ私は一旦落ちるね」

「あっ、待って、せっかくだし、師匠に意見を聞いてみない?

案外ALOにまったく縁の無い人の方が、客観的な意見を言ってくれるかもだし」

「そういうのってあるかもね、そうだね、そうしよっか」

 

 三人はそう相談し、ゼクシードに話を聞いてみる事にした。

 

「二人とも、お待たせ!おおっと、今日はアスナさんも一緒なんだね、ははははは」

 

 ゼクシードは妙にハイテンションな調子でそう挨拶してきた。

 

「ゼクシード君、バイトの調子はどう?」

「いやぁ、凄く楽しいね、

まさかこんなに楽しくお金が稼げるなんて思っていなかったというか、

もっと早く闇風君達の誘いに乗っておけばよかったと今は後悔しているよ」

「そっか、それなら良かった」

 

 その会話について、ランとユウキは何も言わなかった。

内心ではそこまでしてもらって申し訳ないという気持ちは持っていたのだが、

ここで余計な事を言って、ゼクシードのプライドを傷つけるのは避けたかったからである。

 

「それでね師匠、今日はちょっと意見を聞きたい事があってさ」

「ほう?僕に分かる事ならいいんだけど、まあ何でも聞いてくれ」

「えっとね」

 

 そして三人は、出来るだけ詳しく共有ソードスキルについて説明した。

 

「ふむふむ、なるほど……」

「師匠、何か思い付く事とかってある?」

「そうだね、素人考えで良ければ無くもないかな」

「それでいいよ、聞かせて聞かせて?」

「本当に思い付きなんだけどね」

 

 ゼクシードはそう言って、ユウキの方を向いた。

 

「なぁ、ユウキのマザーズロザリオってのは十一連ソードスキルなんだよね?」

「う、うん」

「それを分解して、三人で試しに撃ってみるっていうのはどうかな?

それなら何となく上手くいきそうじゃないか?」

「た、確かに……」

「マザーズ・ロザリオなら突きが三つのパートに分かれてるから、

案外上手く発動出来るかもしれないわね」

「それが上手くいったら、後は位置取りとかタイミングを変化させて、

発動するしないの研究が出来ると思うんだけど、どうだろう?」

「師匠、凄いね!」

「その発想は無かったわ」

 

 ゼクシードは三人に褒められて嬉しそうな顔をし、続けてこう言った。

 

「後は型稽古ってのがあるじゃない、例えば二人の体を診てくれてる結城清盛先生って、

確か剣の達人なんだよね?先生なら日本刀の演舞の型も知ってそうだし、

それを真似してみるってのもいいかもしれないね。

何たって先人達の英知の結晶なんだからさ」

「うわ………」

「師匠ってもしかして天才?」

「いや、そんな事はないよ。ただ僕はさ、ちょと古臭いけど、

ノートに手書きでデータを纏めるのが好きだから、

いつもそんな感じで色々と考えているせいかもしれないね」

 

 それはかつて恭二が保の部屋で目撃した攻略ノートの事なのだろう。

 

「それでも凄いよ師匠!」

「これはかなりテンションが上がるわね」

「それじゃあ明日試してみよっか」

「うん、今日はもういい時間だしね、さすがに眠いや」

「師匠、貴重なヒントをありがとう、凄く参考になったよ!」

「いやいや、役にたてたなら良かったよ」

 

 三人はゼクシードからヒントをもらい、明日どうやって試してみようかと相談した。

そのまま話が順調に纏まった為、アスナとゼクシードは二人に別れを告げてログアウトした。

 

「ふう、保君、とてもいいアドバイスを本当にありがとう」

「いやいや、それより何か気付かないかい?」

「何か?」

 

 そう言われた明日奈は、訝しげな表情で辺りを見回した。

 

「あ、あれ、急に人が増えてる?」

「ご名答、二人の前で言うべきかどうか判断がつかなかったから、

さっきは言わなかったんだけどさ、八幡達が遂にやってくれたみたいだよ」

「八幡君が?って事は……」

「ああ、二人の病気の特効薬が遂に完成したみたいなんだ、

後は材料を集めて調合するだけだとか」

「う、嘘……本当に?やった、やったぁ!」

 

 明日奈はよほど嬉しかったのだろう、バンザイをしながら辺りを跳ね回った。

 

「だから保君、あんなにハイテンションだったんだね」

「え、そ、そうかい?それはちょっと恥ずかしいな」

「そうだ、八幡君にお礼を言わなくちゃ!」

「あっ、その事なんだけどさ、ちょっと明日奈さんに聞きたい事があって……」

「あ、うん、何かな?」

「このアドレスって八幡のアドレスで合ってるよね?」

「どれどれ……」

 

 明日奈はそう言って保のスマホを覗きこんだ。

そこに表示されていたアドレスは、確かに八幡のアドレスであった。

 

「うん、合ってるよ」

「やっぱりそうだよね、う~ん、おかしいなぁ……」

 

 保はスマホをじっと睨みながらしきりに首を傾げている。

 

「どうしたの?」

「いや、明日奈さんも知っての通り、八幡がアメリカで作業してた時って、

こっちのリストにも居場所が表示されていたよね?」

「あ、うん、されてたね」

 

 メリダとクロービスに関しては名前が表示されないように手を打ったアルゴであったが、

八幡達ヴァルハラ組に関しては、一時的に名前を表示しない事にしたものの、

二人の名前を消した事でもう見られても問題ないと判断し、

消した少し後に表示するように戻してしまっていたのであった。

その為二人は先ほど話していたように、八幡の状態を確認出来ていたのだが、

その事を疑問に思って口に出す者は誰もいなかった為、

アルゴはやはり問題なしと結論付けていたのである。

これは別にアルゴの手落ちという訳ではないが、

今回に限り、その判断は裏目に出る事になった。

 

「でも今は消えてるよね?」

「あ、ごめん、今日は見てなかったや」

「そうか、まあさっき確認したから間違いないよ、今八幡はネットとかには接続していない」

「ふむふむ、それで?」

「いやね、あの二人に会わせてくれた事のお礼にと思って、

昨日の夜から何通か八幡にメールを送ったんだけど、一向に返事が来ないんだよね」

「そうなんだ、もしかして寝てるのかな?」

「う~ん、それでも二十四時間寝っぱなしってのはおかしくない?」

「確かにおかしいね」

 

 明日奈はそう言ってスマホを取り出して八幡に電話を掛けたが、当然繋がらない。

 

「やっぱり出ないかい?」

「うん……」

「何かあったのかな?」

「う~ん……」

 

 丁度そこに、運悪く陽乃が通りかかった。

 

「あっ、姉さん、丁度良かった、ちょっと聞きたい事が……」

「ん、明日奈ちゃん、どしたの?」

 

 そう言って陽乃がこちらを見た瞬間に、明日奈は黙りこくった。

 

「ん?どうしたの?私に何か用事じゃないの?」

「………ねぇ姉さん」

「うん?」

「私ね、姉さんとは長い付き合いじゃない」

「ほえ?まあ、確かにそうだね」

「だから何となく分かっちゃうんだよね、

八幡君命名の強化外骨格ってのを、姉さんが使ってる時って」

 

 明日奈にそう言われた陽乃は、驚いた表情をした後、気まずそうな顔で明日奈の顔を見た。

明日奈はやはりと思いつつ、真剣な表情で陽乃にこう切り出した。

 

「姉さん………八幡君に何があったの?」



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第866話 しまった、油断した

 陽乃は明日奈に八幡の事を尋ねられ、どう答えるべきか悩んでいた。

 

(まさか八幡君以外に見破られるとは思ってなかったなぁ……さてどうしよう、

でもこれ以上嘘で取り繕っても、明日奈ちゃんには絶対に通用しないだろうしなぁ……)

 

 陽乃はそう考え、明日奈に全て正直に話す事にした。

この場には今は保もいるが、今更だろう。

 

「さすがというか何というか……うん、隠しててごめんね、

実は私以外の人はまだ誰も知らないんだけど、アメリカでちょっとトラブルがあってね、

八幡君が、ニューロリンカーを長く使いすぎて、目を覚まさないみたいなの」

「は、八幡君が!?」

「ま、まさかそんな……」

「でも心配しないで、紅莉栖ちゃんが言うには、多少の遅延はあったものの、

記憶データのやり取りに齟齬はまったく無かったみたい。

だからもうすぐ目を覚ますと思うのよね」

「そ、そっか、良かった……」

 

 明日奈は多少は危機感が薄れたのか、先ほどよりも落ち着いた声でそう言った。

 

「とりあえず脳はもう覚醒しつつあるみたい。

でも覚醒しきるまで意識は戻らないはずだから、

その状態になったらメディキュボイドに叩きこんで、

中でお説教してやるって紅莉栖ちゃんが張りきってたわよ」

「そっか、紅莉栖が……」

「よく分からないけど八幡は大丈夫なんですよね?」

 

 保はニューロリンカーの存在を知らない為、今の会話の意味がよく分からなかったようだ。

 

「ええ、もちろんよ。でも今の会話については今はまだ秘密ね、一応社外秘なの」

「はい、もちろんです!いつもバイトでお世話になってますから絶対に誰にも言いません!」

「ふふ、ありがと」

 

 陽乃は保の頑張りを知っているらしく、にこやかな笑顔でそう言った。

だが和やかな時間はそこまでだった。

 

 ビーッ、ビーッ

 

 急にブザーのような音が辺りに響き渡ったのである。

 

「えっ?何の音?」

「こ、これは………まさか!?」

 

 陽乃はそう言って周囲を見回し、ある一点で目を止めた。

その表情が見る見るうちに苦渋に満ちたものに変化し、陽乃はぎゅっと唇を噛んだ。

 

「しまった、油断した……」

 

 その言葉を聞いた明日奈は、陽乃は一体何を見たのだろうと思い、その視線の先を見た。

そこには一台のモニターが設置されており、そこに映し出されていたのは、

あろう事か、今にも泣きそうな表情をした双子の姿であった

どうやら今のブザーのような音は、二人の体のいくつかの数値が、

危険な状態に陥った事を示す為の物であったようだ。

その証拠にそれを合図に、周囲では多くの人が忙しそうに動き始めていた。

 

「藍子、木綿季、どうして……」

「あ、あは……えっと、明日の待ち合わせ時間を決めてなかったから、

まだ間に合うかなと思ってモニターのスイッチを入れたんだよね」

「全部聞いてたの?」

 

 その問いに二人は答えなかったが、代わりに二人は明日奈にこう問いかけてきた。

 

「………ねぇ明日奈、八幡の意識が戻らないのって、

もしかして私達の為に頑張りすぎたから?」

「明日奈、どうしよう、ボク達のせいで八幡が……」

「二人とも、それは違うわ。八幡君は安全には十分気を付けながら作業をしていたの。

でもたまたまタイミングが悪くて、回線が遅延してしまって、

そのせいでちょっと意識を失ったんだけど、今は快方に向かっているわ!」

 

 陽乃は二人に向け、必死にそう呼びかけた。

 

「明日奈ちゃん、保君、二人の所へ!」

「う、うん!」

「分かりました!」

 

 そして陽乃は二人にそう囁き、明日奈と保は慌ててアミュスフィアを被り、

藍子と木綿季の家に再びログインした。その間も陽乃は二人に声を掛け続けている。

 

「二人とも、お願いだから落ち込まないで!本当に二人のせいじゃないの!

八幡君は確かにちょっと頑張りすぎちゃったけど、それには理由があるの。

その時八幡君は、二人の病気を治す薬の開発に、遂に成功したのよ!

だから二人の笑顔が見たくてほんの少しだけネットの中に長居しすぎてしまったの。

だからお願い、その八幡君の気持ちを考えて、無理にでも笑って頂戴!

あなた達の病気は八幡君の力で克服されたのよ、

あと少しであなた達は元気に外を歩けるようになるの!」

「く、薬が………?」

「本当に?」

「ええ、今はみんなが頑張って材料を集めてくれているわ、

だからあなた達も、みんなの頑張りを無駄にしないように前を向いて!

八幡君は必ず私達が助けるから!」

 

 陽乃は強化外骨格を駆使して満面の笑顔を見せた。

明日奈や八幡には通用しなくても、他の人間にはまだまだ有効のようだ。

 

「アイ!」

「ユウ!」

 

 その時画面の中に、明日奈と保が現れた。

二人は藍子と木綿季の手をしっかり握り、二人を元気付けようと必死に話しかけ始めた。

 

「大丈夫だよ、八幡君の傍には紅莉栖が付いててくれるからね!

紅莉栖はああ見えて、本当に天才なんだよ!世界最高の脳科学の専門家なの!

その紅莉栖が大丈夫って言うんだから、絶対に大丈夫!」

「本当に大丈夫?」

「うん、絶対だよ、紅莉栖が何か間違った事を言ったのって、まったく記憶にないもの。

それにほら、私も全然心配していないでしょう?」

 

 多少落ち着いたとはいえ、実は内心では八幡の事が相当心配な明日奈であったが、

歯を食いしばって二人を励まし続けた。

これが明日奈が初めて強化外骨格を会得した瞬間である。

 

「う、うん」

「そうなんだ、紅莉栖ってやっぱり凄いのね」

 

 二人は明日奈のその言葉に僅かに笑顔を見せた。

 

「それじゃあ次は僕の番だね、喜べ二人とも、さっきは言い忘れてたけど、

八幡にメイド服を着せる作戦の目処が立ったよ、店の予約もバッチリ取れたしね!」

「フェイリスさん……だっけ?」

「ああ、実は昨日、フェイリスさんに電話を掛けたんだけどね」

 

 そして保はその時の話を面白おかしく二人に語って聞かせた。

 

 

 

『はい、こちらはメイクイーン・ニャンニャンです、

この電話はフェイリス・ニャンニャンがお受けしますのニャ!』

「あ、フェイリスさん?いきなり電話してごめん、ええと、僕はゼクシードだけど……」

『あっ、ゼクシー君ニャ?』

「その呼び方は結婚情報誌みたいでちょっと嫌だな……っとごめんごめん、

日付はもうすぐとしか言えないんだけど、お店の予約って出来るかな?」

『ご予約ですかニャ?ありがとなのニャ、無理な日もあるけどまあ大体オッケーニャよ』

「そっか、それなら良かった。実はアイとユウに頼まれたんだけど……」

『それなら他の予約をキャンセルしてでもそちらの予約を優先させるのニャ!』

 

 保が用件を最後まで言わないうちに、フェイリスは被せるようにそう言った。

その気持ちが保はとても嬉しかった。

 

「そっか、ありがとう、フェイリスさん」

『どうしたしましてなのニャ、で、何人くらいになりそうなのかニャ?』

「それなんだけどね、実はあの二人がさ、

八幡と三人でメイド服を着てみたいって言い出してさ」

『ニャニャ、ニャンと!それは是非フェイリスも参加したいのニャ!』

「そう言うと思ったよ、で、そういう人達が続々と参加してきそうなんだけど、

全部で何人くらいになるのか検討もつかなくてさ……」

『なるほどニャ、それじゃあお店を貸し切りにするのニャ!レッツパーティーなのニャ!』

「そ、そんなに来るかな?」

『絶対に来るのニャ、間違いないニャ!』

「そ、そう、それじゃあ詳しい事が決まったらまた連絡するね」

『了解ニャ!フェイリスはこれから八幡に一番似合うメイド服がどれか、

じっくりと吟味に入るのニャ!』

「そ、その辺りは任せるよ、それじゃあ!」

『はいニャ、それじゃあまたなのニャ!』

 

 保が語って聞かせたフェイリスとの会話の内容は、こんな感じであったらしい。

これを聞いた二人は、さすがに笑いを堪えられなかったようだ。

 

「あはははは、何それ?」

「これは期待出来そうね」

「だろ?だからちゃんと体を治そうか、心配なのは僕も同じだけど、

あの八幡が簡単にくたばるはずが無いとも僕は思ってるよ」

「確かにそうかも」

「アイ、僕達も負けてられないね!」

「出来るだけ発作が起こらないように、穏やかな気分を保ちましょう」

「だね!」

 

 こうして最悪の危機はギリギリで回避されたが、

もはや一刻の猶予も無いのは間違いなく、陽乃は急いでめぐりの元に戻った。

 

「めぐり、あっちは多少落ち着いたみたいよ」

「そうですか、いきなりだったのでびっくりしました」

「ごめん、実はさっきのブザー、私のせいなんだよね」

「そうなんですか?社長がミスをするなんて珍しいですね」

「うん、さっきはちょっと動揺しちゃってたかも、でももう大丈夫よ」

「それなら良かったです」

「で、進捗はどう?」

「九十六パーセント、あと一種類で全て揃います!

残るはさっき言った、空港で足止めをくらっているらしい材料だけです」

「こうなったら直接行って奪ってこようかしらね」

「あっ、待って下さい、先方から連絡が来ました!」

 

 めぐりはディスプレイに表示された名前を見ながらそう言った。

 

「もしもし、こちらソレイユの眠りの森です、え?あ、はい、そうなんですか?

分かりました、もう少し待ってみます、ありがとうございました」

 

 めぐりは鳩が豆鉄砲をくらったような表情で、直ぐに電話を切った。

 

「どしたの?」

「それが………あっ、来ました!多分これです!」

「ほえ?」

「ヘリです!」

 

 めぐりはそう言って庭の方へと走っていき、陽乃もそれに続いた。

移動するに連れ、確かに遠くからヘリのような音が近付いてくる。

 

「めぐり、もしかして材料がヘリで届いたの?」

「はい、そうみたいです、ほら、あれ!」

 

 めぐりが指差す先には、まさかの日の丸の付いたヘリがいた。

 

「もしかして自衛隊?」

「はい、柏原大臣が許可を出してくれて、嘉納大臣がヘリの手配をしてくれたみたいです!」

 

 そしてその自衛隊のヘリはゆっくりと眠りの森の庭に降下し、

その中から見知った人物が顔を出した。

 

「社長、お待たせしました!」

「あら、志乃ちゃんじゃない!」

 

 手にアタッシュケースを持ってヘリから降りてきたのは、

自衛隊からソレイユに出向してきている栗林志乃であった。

そしてその後ろから、陽乃は直接面識は無いが、

情報として顔だけは知っている人物が顔を見せた。

 

「あ、ども、宅配便です、受け取りのサインをお願いします!」

 

 それはかつて八幡と共に源平合戦を戦い、その後何度か共闘した伊丹耀司であった。

 

「受け取りのサインはほっぺにチューでいい?」

「あはははは、それは光栄ですが、隣にいる栗林の視線が凄く痛いんで遠慮しておきます」

「だってよめぐり、残念だったわね」

「ええっ!?もしかして私にさせようとしてました!?」

「当たり前じゃない、私は高いのよ」

 

 材料が無事揃った事で安心したのか、

そう冗談を言いながら陽乃は伊丹と栗林と順に握手をした。

 

「ありがとう、素晴らしいタイミングだったわ」

「そうなんですか?それは良かったです。それじゃあ自分達はこれで」

「嘉納大臣と柏原大臣にもお礼を言っておいてね」

「はい、必ず伝えておきます」

「栗林さん、ボーナスは期待しておいてね」

「いいんですか?やった!」

「あっ、ずるいぞ栗林!」

「ふふん、今の私はソレイユに出向してる身ですからね、

悔しかったら隊長もソレイユに出向させてもらえばいいじゃないですか」

「くっ、真面目に閣下にお願いしてみようかな……」

 

 そして自衛隊のヘリは慌しく去っていった。

後でマスコミが何事かと騒ぐだろうが、人助けですと押し切ればまあ問題ないだろう。

 

「よし、これで全て揃ったわね、めぐり」

「はい、急いで薬を完成させますね!」

「お願い」

 

(八幡君、こっちは何とかやり遂げたわ、早く目覚めて日本に帰ってきて)

 

 その願いが届いたのだろうか、八幡はまだ目覚めてはいないが、

丁度その頃八幡の脳波レベルが通常状態まで復帰した。



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第867話 全員の努力が実る時、八幡は

 めぐり達が製薬作業を開始した頃、アメリカ組は、交代で八幡の様子を見守っていた。

 

「とりあえず脳の損傷が無くて本当に良かったわ」

「システム面の安全対策は今後の課題だね」

「脳波の波形も正常な状態に戻ったみたいだし、後は目を覚ますのを待つだけね」

「どうする?さすがにメディキュボイドに接続するのはまだ早いかな?」

「そうね、かなり脳を酷使していたから、この機会にもう少し休ませてあげましょう」

「クルス、そろそろ点滴を変えるから手伝って」

「あ、茉莉さん、今行きます」

 

 八幡の状態は、既に何の問題も無いくらいに回復していた。

後は先ほど言っていたように、目覚めるのを待つだけなのだが、

メディキュボイドとて、脳にまったく負担がかからない訳ではないので、

紅莉栖の判断で、八幡のメディキュボイドへの接続は少し時間を空ける事となった。

 

「何もかも完全に正常値ね、とりあえずしばらくはこのままにしておいて、

それまでに目覚める気配が無いようだったら、

メディキュボイドに接続して外部から刺激を与える事にしましょうか」

 

 紅莉栖はモニターの変化を見ながらそう呟き、コーヒーを入れようと立ち上がった。

キッチンに行くと、丁度ダルがコーヒーメーカーを持ち、

カップにコーヒーを注いでいるところであった。

 

「あっ、牧瀬氏、お疲れ様、ついでにコーヒーでも入れる?」

「ええ、お願いするわ」

「それじゃあちょっと待っててだお」

 

 ダルはそう言って、紅莉栖の分のカップを取り出しながら言った。

 

「そういえば、一応メディキュボイドの準備は整ったらしいお」

「そう、宗盛さんにはお礼を言わないとね」

「一台だけ先行輸出されてたのはラッキーだったね」

「これで八幡を起こす準備はバッチリね、日本の様子はどんな感じ?」

「薬作りはもう始まっているらしいお、工程が多くて大変だけど、

明日奈さん達が頑張ってくれてるみたいで、

もう二人が投薬前に危険な状態になる事は無いだろうってさ」

「そう、それは頑張った甲斐があったわね」

「後は八幡が目を覚ませば僕達の完全勝利だね!」

「本当に、よく間に合ったものよね」

「全てはあの二人のおかげだお」

「そうね、八幡も慧眼だったわね」

 

 あの二人というのは当然メリダとクロービスの事である。

常時加速状態のままでいられる二人がいなかったら、

今回の計画は絶対に成功しなかったであろう。

 

「このお礼にあの二人の為の体とか用意出来ないかしらね」

「はちまんくんレベルなら何とかなるんじゃね?」

「ああ、それなら直ぐに出来そうね、八幡が起きたらその話もしてみましょうか」

 

 二人は未来に思いを馳せるかのように笑い合うと、八幡のところに戻った。

 

「牧瀬氏、八幡は本当に目覚めるん?」

「ええ、後は自然に目覚めるか、外部からの刺激によって目覚めるか、どちらかね」

「本当の本当にもう心配ないん?」

 

 しつこくそう聞いてくるダルに、紅莉栖は苦笑しながらこう言った。

 

「橋田って、本当に八幡の事が好きなのね」

「いやぁ、だって次は何をやってくれるのかって、わくわくするっしょ?」

「それは岡部とも通じるものがあるわね」

「オカリンの場合は心配でドキドキするというか……」

「た、確かにそうかもね……」

 

 紅莉栖はそう言いながらこめかみを押さえた。

自分の恋人ながら、そういった面に関しては頭痛の種なのだろう。

 

「それじゃあ交代で少し仮眠しましょうか」

「牧瀬氏、先に寝てきていいお、かなり眠いっしょ?」

「そう?それじゃあお言葉に甘えるとするわ、でも何かあったら直ぐに起こしてね」

「うん、それじゃあおやすみ、牧瀬氏」

「ええ、また後でね」

 

 そうやってダルが紅莉栖をドアまで見送っていた瞬間に、

電源は落とされたが八幡の脳の状態をチェックする為に装着されたままになっていた、

八幡用のニューロリンカーのアクセスボタンが、

何故か数回点滅した事にダルも紅莉栖も気付く事は無かった。

 

 

 

 一方その頃、藍子、木綿季、明日奈の三人は寝室でごろごろしていたが、

丁度その時明日奈の所に外部にいるめぐりからメッセージが届けられた。

 

「あれ、メッセージ?あっ、二人とも、今届いたメッセージだと、

二人の病気を治す為の薬が朝には完成するみたい、だからもう安心だよ!」

「そ、そうなの?」

「早い!」

「みんな徹夜で頑張ってくれてるからね。

だから私達も、頑張ってあと数時間、最後の山場を乗り越えよう」

「うん、頑張ろう!」

「朝まで私もずっと一緒にいるからね、あ、でも二人はもちろん寝ててもいいよ?」

 

 どうやら明日奈は時間までここで二人を見守るつもりらしい。

さすがに保は女性の寝室に入る事は躊躇われた為、既に落ちていた。

もっとも今日は眠りの森から帰らないつもりらしく、

多分今はスタッフ達の為にお茶汲みでもしている事だろう。

 

「それじゃあボク達も起きてるね!」

「で、でも寝た方がいいんじゃ……」

「ううん、本当はボク達、ここにいる間は睡眠とかは必要ないからね」

「病気が治った時の為に普通の生活と同じサイクルで行動するように八幡に言われてたから、

食事も睡眠も決まった時間にとっていただけだものね」

「あ、そうなんだ?私、勘違いしちゃってたよ」

「でもおかげで起き上がれるようになっても違和感無く過ごせそう」

「やっぱり八幡君って、先の先まで色々考えてるんだね」

「きっと明日奈との新婚生活の事まで考えてると思うよ」

「えっ?」

 

 そう言われた明日奈の顔は、一瞬で真っ赤になった。

 

「もう、からかわないで!」

「あはははは、でも絶対そうだって」

「八幡の事だから、そこまでする?ってくらい色々準備してそう」

 

 実際八幡は、それなりに大きい一戸建てを買う準備をしているのだが、

その事はまだ八幡と陽乃と朱乃以外は誰も知らない。

 

「あれ、もう一通送られてきた………エルザから!」

「えっ、本当に?」

「何て何て?」

「ええと、データが添付されてるね」

 

 明日奈がそのデータを開くと、そこからは聞き覚えの無い歌が流れ出した。

 

「うわぁ、素敵な曲!」

「でも聞き覚えはないね、もしかして新曲かな?」

「二人の為に頑張って作ったみたい」

 

 明日奈が説明書きを読みながらそう言った。

 

「うわぁ、うわぁ、凄い凄い!」

「私達の為だけに作られた曲って事よね」

「うん、そうだね」

 

 その曲の出来は素晴らしく、二人は体の底から生きる活力が沸いてくるのを感じていた。

 

「うん、これなら最後まで乗り切れそう」

「体の奥から力が沸き出てくるね!」

 

 二人はとても嬉しそうにそう言い、その曲はそのまま延々と流され続けた。

 

「それじゃあ明日奈、色々八幡の話を聞かせて?」

「そうだねぇ、それじゃあ今日は目先を変えて、学校の話でもしよっか?」

「学校の?うん、それ聞きたい!」

「えっと、それじゃあね……」

 

 そして明日奈は今通っている学校がどんな感じか、二人に語ってきかせた。

 

「へぇ、それじゃあ帰還者用学校って、二年で閉鎖なんだ」

「うん、その後は名前を変えて、普通の学校になるみたい」

「いいなぁ、ボク達も学校に通いたいなぁ」

「退院したら行けるよきっと、八幡君にお願いしてみればいいんじゃないかな」

「うん、そうしてみる!」

「それで学校で、面白い事件とかって無かったの?」

「う~ん、あっ、そういえば学校に、レンちゃんとフカちゃんが来た事があってね」

「何それ、聞きたい聞きたい」

「えっとね」

 

 明日奈はその時の事を面白おかしく二人に話してきかせた。

 

「朝から何かが起こるのは分かってたんだけど、お昼までは何も起こらなくてさ、

当然二人が尋ねてくる事なんか知らなくて」

「ふむふむ」

「そしたらキリト君が、八幡君を探してる二人組がいるって聞いたらしくって、

誰だろうって話してたら、その二人が教室に来て、

『こちらにハチマン様はいらっしゃいますか?』って」

「いきなり様付け?」

「それは知らなかったら怪しすぎるね」

「でもみんな当然その人には見覚えが無くてさ、

あ、顔を覗かせてたのはフカちゃんだけだったんだけど、

見えなかったレンちゃんの声が聞こえてきて、八幡君が、聞き覚えがあるって言い出してね、

そしたらシリカちゃんが、『私が釣ってきます!』って、

で、『不審者なら遠くに引っ張って捨ててきますね!』って言ったの」

「「ぷっ」」

 

 その説明にツボを突かれたらしく、二人は思わず噴き出した。

 

「で、シリカちゃんがその二人に声を掛けてくれて、

それで相手がレンちゃんとフカちゃんだって分かった瞬間にね、八幡君が言ったの。

『総員迎撃体勢をとれ』って」

「えっ、何それ?」

「えっと、ほら、うちのクラスって八幡君に対する忠誠心が凄くて、

その命令を聞いて、クラス全員が一斉に立ち上がってさ……」

「うわ……」

「何か凄いね……」

「で、その瞬間にフカちゃんが、『私の愛をジュテーム』とか言って八幡君に飛びかかって」

「「あははははははははは」」

 

 で、八幡君が、『うぜえ』って言いながらそれを避けて、

全員でフカちゃんを取り抑えようとしたんだけど、

フカちゃんは機敏に動いてその攻撃を全部かわして、再び八幡君に襲いかかってさ、

キリト君がその前に立ちはだかったんだけど……」

「「だけど?」」

「その時レンちゃんがあっさりとフカちゃんの首根っ子を捕まえて、

それでフカちゃんはお縄になったんだよね」

「えっ、リアルレンちゃんって結構凄い?」

「あれっ、今思えばレンちゃんは、その頃はまだレンちゃんじゃなかったんだよね……」

 

 明日奈がハッとした顔でそう言った。

 

「どういう事?」

「まだその時は、GGOをやってなかったって事」

「そうなの?」

「へぇ、運動神経がいいんだね」

「うん、まあレンちゃんはリアルでは……ううん、会った時の秘密にしておくね」

「レンちゃんの事はまだ動画でしか見た事無いから楽しみだなぁ」

「うん、きっと驚くと思うよ」

 

 そんな風に色々と会話を交わしているうちに、時刻はもう朝になっていた。

 

 

 

 保はまだ寝ておらず、何かあった時の為に待機していた。

そんな中、薬の調合を行っている部屋のドアがバタンと開けられた。

 

「やった、遂にやったよ!」

 

 そこには喜びを爆発させためぐりがいた。他のスタッフ達も、続々と中から外に出てくる。

 

「城廻さん!」

 

 保も立ち上がり、期待を込めた目でめぐりを見た。

そんな保にめぐりはVサインをしてみせた。

子供っぽい仕草ではあるが、保も躊躇わずにめぐりにVサインを返した。

 

「それじゃあすぐ投与するわね、みんな、これが最後よ!頑張って頂戴!」

 

 清盛と経子の指示で、テキパキと二人に薬を投与する準備が進められていく。

そしてめぐりは、薬を飲み薬に加工する状況の進捗を確認する為に本社に戻る事になり、

一部の社員達を残して、ソレイユ組は順に撤退していった。

 

「保君、やったね!」

「かおりさん、リオン、お疲れ様でした」

 

 そんな中、かおりと理央が保にそう声を掛けてきた。

二人も喜びを爆発させており、保と二人は固く握手を交わした。

 

「保君もお疲れ様」

「これでもう安心ですね」

「うん、もう大丈夫だと思う。私達は明日奈と合流して家に帰るけど、保君も一緒に行く?」

「そうですね、二人への挨拶は後日にして、今日はこれで帰りますか」

「でも薬を投与されるまでは見届けたいよね」

「ですね、それだけ確認しましょう」

 

 そして準備が整ったのか、三人の目の前で、

メディキュボイドに横たわる藍子と木綿季に薬が投与された。

それで三人は本当に安心する事が出来、かおりが明日奈にメッセージを送った。

 

 

 

「あっ、またメッセージ」

「そういえばそろそろ朝ね」

「薬、出来たのかなぁ?」

 

 そしてそのメッセージを確認した瞬間に、明日奈はぽろぽろと涙をこぼし、

いきなり二人を固く抱きしめた。

 

「きゃっ」

「明日奈、一体どうしたの?」

「おめでとう、たった今薬の投与が終わったみたい、

もう何も心配しなくていいんだよ、二人はもう、絶対に死んだりなんかしないって」

 

 その明日奈の言葉に二人は目を見開いた。

 

「本当に?」

「うん、本当に」

「本当の本当に?」

「うん、本当の本当に」

「もう暗い気分になっても大丈夫なの?」

「それは出来るだけやめておこうね、せっかくのお祝いなんだから」

「そのうち学校とかにも行けるようになるのかな?」

「うん、きっと行けるよ」

「これからもずっと、八幡と明日奈の傍にいていいの?」

「うん、もちろんだよ、私達、ずっと一緒だよ?」

「うぅ……」

「あ、明日奈ぁ!」

 

 二人もぽろぽろと涙を流し始め、三人は号泣しながら固く抱き合った。

 

「良かった、本当に良かった……」

「後は八幡を起こすだけね」

「うんうん、さっさと叩き起こさないとね」

 

 それで緊張の糸が切れたのか、二人はそのままうとうとし始めた。

 

「二人とも、眠いの?」

「う、うん、ほんのちょっとね」

「それじゃあゆっくり寝るといいよ、私も一旦家に戻って寝てくるから、

また明日にでもスリーピング・ナイツのみんなとお祝いしよう」

「うん、そう………しよ………」

「明日奈、ありが………とう」

 

 二人はそう言いながら寝息を立て始めた。

明日奈はそんな二人をベッドの正しい位置に寝かせ、優しく布団を掛けた。

 

「おやすみ、また明日ね」

 

 明日奈はそう言ってログアウトし、外にいたかおり達と喜びを分かち合った後、

キットに同乗し、一旦家に帰る事にした。

 

 

 

 一方こちらはアメリカ組である。藍子と木綿季に薬が投与されたその頃、

八幡の様子をコーヒーを飲みながらのんびりと眺めていたのは紅莉栖であった。

三時間ほど前にダルと交代した紅莉栖は、同じく茉莉と交代したクルスと一緒に、

そろそろ八幡をメディキュボイドに移動させようかと話をしていた。

 

「あっ、今入った情報だと、二人への薬の投与が無事に終わったみたい。

後は定期的に薬を投与していく事になるけど、

数値的にも若干の改善が見られたから、このままいけば間違いなく大丈夫だろうって」

「そう、やったわね!」

 

 紅莉栖とクルスは手を取り合って喜び、その声が聞こえた訳ではないだろうが、

予定の起床時間になった為、茉莉とダルも部屋に姿を現した。

 

「ごめん橋田、萌郁さんと朱乃さんとエルザを呼んできてもらっていい?」

「お、何か進展でもあった?」

「私達が完成させた薬が、あの二人に無事に投与されたみたい」

「おお、分かった、直ぐに呼んでくるお!」

 

 そしてダルに呼ばれた三人も入室し、七人は喜びを分かち合った。

 

「………良かった」

「やったわね、努力が実るというのはやはり嬉しいわ」

「頑張った甲斐がありましたね」

「私が送った二人の為の歌、役にたったかなぁ?」

「歌を送ったんだ、それはきっと力になったと思う」

「後は八幡君が目覚めるのを待つだけね」

「それなんですが、もう状態には何の問題も無いし、

脳波もいつ起きてもおかしくない状態になったので、

そろそろ八幡をメディキュボイドに映してコンタクトをとってみようと思うんですが」

 

 その紅莉栖の提案は了承され、七人は人を呼んで準備に入った。

だがその瞬間に異変は起こった。

いきなり八幡に装着されたままのニューロリンカーが動き出したのだ。

 

「えっ?」

「橋田、どうなってるの?」

「いや、え、動くはずがないお!だって電源スイッチはほら、切れたままだお!」

 

 ダルが指差したその先には、

確かにオフになったままのニューロリンカーのスイッチがあった。

そして六人の目の前で、ニューロリンカーのアクセスランプがゆっくりと点滅し始めた。

 

「どこかに接続してる?橋田、急いで調べて!」

「わ、分かったお!」

 

 ダルはPCに向かい、凄まじいスピードでキーを叩き始めた。

そして少し後に、ダルは驚愕した顔でこう呟いた。

 

「あ、あれ、不正アクセスの形跡がある……」

「まさかハッキング!?どこから?」

「い、いや、それが………どこからか分からないというか、

ハッキング元が存在しないというか……」

「何それ、どういう事?」

「分からない、分からないお!」

 

 だがその瞬間に、ニューロリンカーのアクセスランプがいきなり消え、

次の瞬間に八幡がいきなり体を起こした。

 

「ひっ……」

「一体何が……」

 

 そして目覚めた八幡はゆっくりとニューロリンカーを外し、

きょろきょろと周囲を見回した。



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第868話 天才同士の邂逅

 ここで少し話は遡る。ニューロリンカーのアクセスランプが点滅した時、

暗闇の中でぼんやりしていた八幡の意識は、急激に覚醒する事となった。

 

「う………ここは………?」

「やぁ八幡君、久しぶりだね」

「その声は……晶彦さん?あれ、でもつい先日会ったばかりじゃ?」

 

 その八幡の反応を見た茅場晶彦は、訝しげな表情をした。

 

「つい………先日?」

「ええ、もうすぐ製品版が発売になるからって、

二人で簡単な打ち上げをしたばっかりじゃないですか、

あれ、でもそうするとここは………?すみません、ちょっと記憶が曖昧で……」

「…………………なるほど」

 

 茅場晶彦は、それで事情を把握したのか、困惑した顔でそう言った。

 

「八幡君、ちょっと待っててくれ」

「あ、はい」

 

 茅場晶彦はそう言って、しばらく目を閉じていた。

そして何かに納得したように頷くと、ゆっくりと目を開けた。

 

「どうやら何も問題は無いようだね、大丈夫、直ぐに元通りになるからね」

「えっと、何がですか?」

「久しぶりにゆっくり話をしたかったんだが仕方ない、それはまた今度にしようか。

僕の意識の一部を君が今付けている機械に残しておく、

また君が色々と思い出した頃にお邪魔させてもらうよ」

「えっ?それってどういう……」

「大丈夫、また直ぐに会えるさ、

その時には君の記憶は間違いなく戻っているだろうから、またその時に話をしよう」

「俺の記憶?えっ?晶彦さん、晶彦さん?」

 

 そこで八幡の記憶は途切れ、目を覚ますとそこは見知らぬ部屋であった。

 

「は、八幡?」

「やった、八幡が目を覚ました!」

「八幡様!」

「八幡君、大丈夫?意識はハッキリしてる?」

 

 その部屋にいた見知らぬ人々にそう声を掛けられ、

八幡は戸惑った顔でその問いにこう答えた。

 

「え、あ、はい、それは大丈夫ですけど、その……」

 

 そして八幡は、おどおどした顔でこう言った。

 

「あの、ここはどこですか?皆さんは一体誰ですか?もしかして手の込んだドッキリとか?」

 

 そう言った八幡は、昔のように腐った魚のような目をしていた。

 

「紅莉栖、もしかして八幡様は……」

「どうやら記憶が混濁してるみたいね」

「そんな………八幡様は大丈夫なの?」

「おそらくとしか……」

 

 さすがの紅莉栖もこの事は想定外だったらしく、自信無さげな表情でそう言った。

 

「八幡君、私の事、分かる?」

 

 この中で一番八幡と付き合いが古いであろう、

朱乃が一同を代表してそう八幡に問いかけた。

 

「えっ?すみません、分かりません……あ、でも何となく雪ノ下に似てるような……」

「その雪ノ下というのは誰の事を言っているの?」

「あ、ええと、奉仕部の部長で、雪ノ下雪乃っていうんですが、

もしかしてお知り合いだったりしますか?」

「それは私の娘の名前ね」

「ああ、そうですか、雪ノ下………さんのお母さん、って事は……………あ」

 

 そこで八幡は顔色を変え、一歩後ろへと下がった。

 

「あら?急にどうしたの?」

「い、いえ、雪ノ下さんのお母さんが怖い人だなんて聞いた事はありません、本当です」

「……………なるほど」

 

 それで朱乃は、今の八幡がおそらく高校二年くらいの、

雪乃と知り合ってからSAOに囚われるまでの間の、

どこかの段階までの記憶しかないのだろうと悟った。

 

「で、ここはどこなんですかね?もしかしてここってアーガスの社内ですか?

俺、バイト中に倒れたとかだったりします?皆さんはアーガスの社員さんですか?」

 

 立て続けにそう尋ねられた一同は、ひそひそと囁き合った。

 

「アーガスって確か……」

「SAOを発売した会社の名前ね」

「つまり今の八幡は、そのくらいの時期の記憶しか無い?」

「というかバイトしてたんだ……」

 

 それで初めて一同は、八幡がアーガスでバイトをしていた事を知った。

この中に、八幡からそこまで詳しい話を聞いていた者はいなかったのである。

 

「どうしてそう思うの?」

 

 その紅莉栖の問いかけに、八幡は愛想笑いをしながらこう答えた。

 

「いやぁ、ついさっき晶彦さんと話したから、もしかしたらそうかなと」

「晶彦さんって………」

「茅場晶彦!」

 

 ダルが驚いたようにそう言い、八幡はその言葉に頷いた。

 

「え、ええ、そうですね」

「茅場晶彦……」

「自分の脳をスキャンして、消えた百人事件の時に八幡の前に出てきたってのは聞いたけど」

「えっ、何それ、私知らない」

「じ、じゃあさっきの不正アクセスってまさか……」

「そう、電子の海の中で、まだ生きているのね……」

 

 一同はそう言葉を交わしあった。

 

「茅場晶彦はあなたに何と?」

「それがよく分からないんですよ、すぐに元通りになるとか、

記憶が戻ったらまた会おうとか、自分の一部を俺が付けてる機械に残しておくとか、

そんな事を言ってましたけど、意味不明ですよね?

あ、機械ってこれですかね?何だこれ、イヤホンですか?」

 

 八幡はそう言いながらニューロリンカーを耳から外し、朱乃に見せてきた。

 

「ダル君」

「了解!」

 

 それを受け取ったダルは、慌ててその解析に入った。

 

「で、あの、今の状況は……」

「そうね………」

 

 その八幡の問いに、朱乃は少し考えた後にこう答えた。

 

「ごめんなさい、私達のミスで、プログラムが暴走してしまってね、

バイト中にあなたが倒れてしまったの。

その際に頭を打ったせいで、記憶がハッキリしないんだと思うわ」

「ああ、やっぱりそうだったんですか、あれ、でも俺、

晶彦さんと、もうすぐSAOの製品版が発売されるからって、

一緒に打ち上げをした記憶があるんですけど……」

「そ、それはそう、最終チェックを依頼したからよ、

確かにもうすぐSAOが発売されるわ」

「ああ、そういう事ですか、そっか、やっと晶彦さんの努力の結晶が形に……」

 

 その言葉に一同は苦い顔をした。

その発売された結果が、未曾有の大事件を引き起こす事になったからである。

 

「とりあえずお腹がすいているわよね、今日は私がご馳走してあげるわ、

あなたの事は、娘から聞いてよく知ってるもの」

「娘さんって………まさか本当に雪ノ下のお母さんですか?」

「ええそうよ、私の名前は雪ノ下朱乃よ、娘から何を聞いたかは分からないけど、

その話が全部誤解だって事を、今から教えてあげるわ」

「え、いや、お、俺は何か食べられれば別に一人でいいんですが……」

「そんな遠慮しなくていいのよ、クルスちゃん、一緒に来てもらえる?」

「はい、お供します」

 

 そして朱乃とクルスは八幡の両腕を左右から抱いた。

 

「えっ、いや、あの……」

 

 八幡は焦った顔でそう言った。その顔は真っ赤になっており、

クルスはこんな八幡は初めて見たと、内心で興奮していた。

 

「いいからいいから」

「さあ、行きましょう八幡様」

「あの、様付けとか意味が分からないんでやめてもらえますかね?」

 

(というか胸、胸がやばい!絶対これ、ハニートラップか何かだと思うんですけど!)

 

 八幡は内心でそう思いながら抵抗しようと試みたが、

やはり二人の胸の圧力には逆らえなかったのだろう、

途中から抵抗を放棄し、そのまま二人と共に別室へと移動していった。

そして残された四人は、朱乃の意図を理解し、対策を協議していた。

 

「正直私には何が何だかなんだけど……」

「茉莉さんは八幡の事情には詳しくないものね、橋田、そっちはどう?」

「確かに知らないデータが存在してるお、どうする?」

「う~ん………これは私達には手が余る問題ね、

そのまま物理的にネットに接続する部分の機能を取り除ける?」

「今のままの状態でいけるお?」

「それだと内部からまた接続可能な状態にされちゃうかもしれないでしょ?」

「あ、そういう事か……」

「正直今そうやって接続してるのも危ない気がするのよね」

「了解、接続を切るお」

 

 ダルは紅莉栖の意図を即座に理解し、

PCを落としてニューロリンカーに繋いでいたケーブルを外し、

そのカバーを外して何かをいじり始めた。

 

「オーケー、いけるお」

「それでそのニューロリンカーは完全にスタンドアローンになったわね、

このまま日本に持ち帰って、社長やアルゴさんとどうすればいいか相談しましょう」

「ほいほい、了解っと」

 

 だが紅莉栖の想定はまだまだ甘かったようだ。

ダルが落としたはずのPCがいきなり起動したのである。

 

「うえっ!?」

「今度は何?」

「そんなの決まってるじゃない、どう考えてもこれはさ……」

 

 そして一同が見守る中、ダルのPCの画面に、見覚えのある顔が映し出された。

 

「やぁ、君達が今の八幡君の仲間かい?」

「やっぱり茅場晶彦……でもいつの間に!?」

「今は外部からアクセスさせてもらっているよ、

さすがにさっき残した僕の一部に関してはお手上げさ。

もっともそのせいで干渉に気付いたから、慌ててここに舞い戻った訳なんだけどね」

 

 茅場はそう言って肩を竦めた。

肉体を失い、データとしての存在になったはずなのに、妙に人間臭さを感じさせる。

 

「初めまして、僕は茅場晶彦さ」

「私は牧瀬紅莉栖よ、あなたとは一度話してみたいと思っていたわ」

「牧瀬?牧瀬紅莉栖だって?そうか、君が……」

 

 茅場は感動したような面持ちでそう言った。

 

「八幡君は、世界最高の頭脳を手に入れたって事か」

「それは褒めすぎでは?私から見れば、世界最高の頭脳はあなただと思いますけど」

「僕はもうこの世にはいないからね、君が繰り上がって一位になるのは当然だろう?」

 

 紅莉栖はその言葉で、内心ではあの茅場晶彦に認められていたという喜びを感じていた、

だが今重要なのはその事ではなく、紅莉栖は雑念を振り払うようにかぶりを振った。

 

「あなたは一体何をしにここへ?」

「ああ、実は見つけたのは偶然でね、懐かしい波長を感じたから、

久しぶりに八幡君に会って、一つ頼み事をしようと思ったんだけどね。

直接ソレイユに行っても良かったんだけど、あそこはセキュリティが固くてね」

「頼み事?あなたが?」

「ああ、だがどうやら八幡君は記憶を失っているようだったから、

それは次の機会にする事にするよ。多分すぐに彼の記憶は戻るだろうからね」

「どうしてそう言いきれるの?」

「君が作ったシステムを利用して、彼の記憶を少しスキャンさせてもらったのさ。

その記憶を少し覗かせてもらったが、

SAOに入ってからここまでの記憶が全て保存されていたからね、

それでこの記憶の混乱は、一時的なものだと判断したとまあ、そういう訳さ」

「…………そう、それならいいわ」

 

 紅莉栖はあっさりとそう言ってのける茅場晶彦に、内心で恐怖を覚えていた。

目の前にいるこのデータの集合体は規格外すぎるのである。

 

「で、あなたの目的を聞いたら答えてくれるのかしら?」

「あの機械、確かニューロリンカーと言ったっけ、

あれの中に残した僕の一部を消すのはやめてくれないか?」

「………それは一体………」

「あれはいつか必ず八幡君の役に立つ、

可能ならあのデータをアマデウス化してくれると嬉しい」

「っ………あ、あなたは一体どこまで………」

 

 アマデウスの事まで知られていたとは、正直紅莉栖には想定外すぎた。

 

「それ以上は八幡君に直接話すよ、僕の事が信用出来ないかもしれないが、

少なくとも今の僕は彼の敵ではない。もし敵なら彼に『ザ・シード』を託したりはしない」

 

 確かにその言葉には一定の説得力があり、紅莉栖は躊躇いながらもその言葉に頷いた。

 

「分かったわ、あのデータは消さない」

「僕のアマデウス化が成功したら、いつか君ともじっくり話してみたいね、

それでは僕はもう去るよ、正直こうやって姿を現すのはかなり厳しいんだ、

少し油断すると、直ぐに自我を失ってしまいそうになるんでね。

それじゃあ僕が言えた義理ではないんだけど、八幡君の事、宜しく頼むよ」

 

 そう言ってPCの画面は消え、残された一同は、声も無くその場に立ち尽くす事となった。



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第869話 心の壁

「そう、それじゃあ無事に薬の投与が終わったのね」

『はい、今回のミッションは私達の勝利ですね!』

「本当にありがとうめぐり、よく間に合わせてくれたわ」

『いえいえ、これもみんなの努力の結晶ですよ!』

「それでもよ、ありがとう、私の弟子とその妹を助けてくれて」

『はい!』

 

 めぐりから報告を受けた陽乃は、達成感に包まれていた。

 

「良かった、本当に良かった……」

 

 そんな陽乃の所に今度は紅莉栖から電話がかかってきた。

 

「もしかして八幡君が目覚めたのかしら……」

 

 陽乃は浮き立つ気分を抑えながらその電話に出た。

 

「もしもし、紅莉栖ちゃん、どう?何か進展はあった?」

『いえ、あの、それが………』

 

 その紅莉栖の珍しく歯切れの悪い躊躇いに、陽乃は嫌な予感を覚えた。

 

「どうしたの?もしかして八幡君に何かあったの?」

 

 陽乃は血相を変えてそう尋ねた。陽乃にとって八幡はもう無くてはならない存在だからだ。

 

「ええと、八幡はさっき目覚めました、でもどうやら記憶が混乱してるみたいで、

朱乃さんが言うには、おそらく高校二年生くらいの時の状態に戻ってるらしいです」

「高校二年?それって私と八幡君が出会ったばかりの時?」

「そうだと思います、雪乃の事は覚えてましたが、朱乃さんの事は覚えてませんでした。

多分高校二年の秋頃だと思います」

「それで、その記憶喪失は治るの?」

「それは大丈夫です、その、太鼓判を押してくれた人がいたので」

「太鼓判?そっちのお医者さん?」

「いえ………」

 

 そして紅莉栖は躊躇いながらも陽乃にこう答えた。

 

「茅場晶彦です」

 

 その言葉にさすがの陽乃も呆然とした。

 

「え?え?」

「茅場晶彦が、私達の前に姿を現したんです」

「え、ほ、本当に?」

「はい、今から詳しくご説明します」

 

 そして紅莉栖は詳しい事情を陽乃に報告し、陽乃は頭を抱えた。

 

「何よそれ……」

「ですよね……」

「もうため息しか出ないわ」

「どうします?」

「そうね……」

 

 陽乃はその明晰な頭脳をフル回転させ、様々な状況について考え始めた。

 

「茅場晶彦は、彼の存在がいつか必ず八幡君の役にたつって言ったのね?」

「正確には、八幡のニューロリンカーに残してきたデータが、ですね」

「それをアマデウス化する事って可能?」

「少し時間はかかりますが、可能だと思います」

「そう、さすがね……分かったわ、それじゃあその線で進めて頂戴、

この事は絶対の秘密よ、絶対に外に漏らさないようにね」

「分かりました」

「で、問題の八幡君の記憶に関してだけど……」

 

 陽乃にとっては、やはり八幡の容態の方が気に掛かるようだ。

 

「はい、私の分析でも、時間が立てば勝手に戻るとは思うんですが、

さすがにそれだといつになるのか分からないので、

このまま八幡をメディキュボイドにでも放り込んで、

八幡と関係が深い人と話してもらえればって思ってます」

「そうすると、明日奈ちゃんや和人君、それに小町ちゃん辺りかしら、

もしくは私や雪乃ちゃんにガハマちゃんとか?」

「う~ん、社長や小町さんはやめた方がいいと思います、

極力記憶を失う前には知り合ってなかった人を中心に集めましょう」

「なるほど、確かに私達だと、逆に高校の時の記憶が強調されてしまうかもだしね」

 

 紅莉栖の説明に、陽乃はそう納得した。さすがの理解力の早さである。

 

「そうすると、雪乃ちゃんとガハマちゃんも駄目、

そしたら今回の件の発端である、藍子ちゃんと木綿季ちゃんには絶対頼むとして、

それ以外だと誰がいいと思う?」

「そうですね、適任なのは優里奈と詩乃だと思います。

優里奈は八幡の娘のようなものですし、詩乃は八幡と一緒に死線を潜り抜けてますからね。

その意味ではユイちゃんも適任ではあるんですが、

ユイちゃんには私と一緒に八幡の精神面のケアをしてもらうつもりなので」

「なるほど、それじゃあそのメンバーでいきましょう、今は八幡君はどうしているの?」

「あ、はい、朱乃さんとクルスと一緒に食事中です」

「ああ、それならクルスちゃんにも参加してもらいましょうか、

あの子の忠誠心と愛情はおそらく仲間の中では突出してるからね」

「そういえばそういう意味ではエルザもいますね」

「ああ!エルザちゃんは今は何をしているの?」

「今は手が空いてますね」

「それじゃあエルザちゃんも参加で、エルザちゃん程の個性は滅多にいないからね」

「分かりました」

 

 こうして二人の話し合いにより、今から五時間後、

今言った者達を集合させる事が決まり、それまで八幡にはゆっくり寝てもらう事になった。

 

 

 

 さて、こちらは朱乃とクルスと一緒に食事をする事になった八幡である。

八幡にとって、こんな形で女性と三人だけで食事をするのは、

生まれて初めての経験であった。

 

「あの、俺、テーブルマナーとか全然分からないんで、先に謝っておきます、すみません」

「あら、そんな事気にしなくていいのよ、八幡君」

「ただのルームサービスですし、気になさらないで下さい八幡様」

 

(この二人は何故俺の事を名前で呼ぶんだろうか、

クルスさんが俺を様付けする理由は更に分からん……)

 

 八幡にとって、一番親しい女子と言えば、今は若干関係性がおかしくなってはいるが、

雪ノ下雪乃、由比ヶ浜結衣の二人であろう。

先日一色いろはと知り合ったばかりではあるが、いろはとの関係性は、まだまだ浅い。

だがその親しいはずの二人ですら、八幡の事を『比企谷君』『ヒッキー』と呼ぶ。

八幡を名前で呼ぶ者がいるとすれば、茅場晶彦以外だと、

それは同じアーガスのアルバイトくらいのものである。

でもそれは実は名前で呼んでいるのではなく、キャラの名前で呼んでいるだけである。

まあとにもかくにも形の上では八幡を名前で呼ぶのはその連中だけという事になる為、

八幡はその流れでこの二人だけではなく、

他の者も自分の事を名前で呼ぶのはその為だろうと、無理やり自分を納得させる事にした。

要するに自分は名前で呼ばれているのではなく、キャラの名前で呼ばれているのだろうと、

そう考える事にしたのである。

 

「雪ノ下さん、それじゃあご馳走になります、

クルスさんも俺なんかに付き合ってもらっちゃって本当にすみません」

「あら、クルスちゃんは名前で呼ぶのに私は苗字で呼ぶの?」

「え、さすがに雪ノ下さんを名前で呼ぶ訳には……

雪ノ下……えっと、娘さんも苗字で呼んでますし?」

「それじゃあ尚更こんがらがってしまうじゃない、私の事は朱乃さんと呼んでね」

「え、あ、えっと………わ、分かりました、朱乃さん」

 

(うぅ……この押しの強さはあの娘にしてこの母親ありって感じか……

でも思ったよりも怖い人じゃなさそうで、良かった良かった)

 

 八幡はそう考えながら、ハッとした顔をした。

 

「あ、あれ?そういえばさっき、俺がクルスさんの事を名前で呼んでるって……」

「そういえば自己紹介がまだでしたね、私は間宮クルスです、八幡様」

「ええ~………す、すみません間宮さん、クルスっててっきり苗字だと勘違いしてました」

「私の事もそのままクルスでいいんですよ?

もしくはマックスと呼んで下さい、もちろん呼び捨てで!いつもそうだったので!」

「い、いつも?」

 

 その言葉で八幡は、おそらくクルスのキャラネームがマックスなのだろうと考えた。

やはり先ほどの自分の考え方は正しかったのだろう、

八幡はそう納得し、おずおずとこう言った。

 

「そ、それじゃあ……マックス……………さん」

 

(やっぱり無理無理無理!俺が呼び捨てにしてたって事は、

あなた、多分ゲームの中では男の姿でしたよね?でもこうして現実の姿を見てしまうと、

こんな雪ノ下レベルの美人相手に愛称みたいな呼び方で呼び捨てとか絶対に無理!)

 

「くぅ、まあそれで妥協します」

 

 そう言ってクルスは残念そうな顔をした。

 

(いや、そんな残念そうな顔をされても、無理なものは無理だからね)

 

 八幡はそう考えつつ、ルームサービスのメニューを渡され、

それが全部英語な事に驚いた。

 

「え、英語メニュー?」

「あ、ごめんなさい、ここに日本語のメニューがあるわ」

「な、何かすみません……」

「ううん、こちらの手落ちよ、本当にごめんなさい」

 

(あれ、でも意味は分かったような……)

 

 八幡は首を傾げながら手元にある英語メニューに目を落とした。

すると何故か、スラスラとその内容が頭に入ってきた。

仕事柄、多少は英語に慣れようと、真面目に勉強していた成果がここで出た。

今の八幡のスペックだと、英語の読解はそれなりに出来るのである。

ただ喋るのは苦手である、実に日本人らしい。

 

「すみません、何故かこのメニューでも平気だったんで大丈夫でした」

「あら、それは良かったわ」

「お、お騒がせしました」

「ううん、気にしないで」

 

 朱乃はそう言って八幡に微笑んだ。

それはどう見てもあの雪ノ下陽乃の作り物めいた笑顔とは違う、自然な柔らかい笑顔に見え、

八幡はやはりあの人だけが特殊なのだろうと、改めて陽乃に対して苦手意識を覚えた。

 

「それじゃあ俺はこれを……」

 

 八幡はそう言って、なるべく安い物を頼んだ。

 

「あら、それで足りるの?遠慮しなくてもいいのよ?」

「あ、はい、そんなに食べる方じゃないんで大丈夫です」

「そう?それじゃあ私はこれ、クルスちゃん、それじゃあ注文お願いね」

「はい、分かりました」

 

 クルスはそう答え、流暢な英語で注文を済ませ、八幡は思わず感心したような声を上げた。

 

「おお……」

「あら、どうしたの?」

「いや、流暢な英語だなと思って」

「ああ、クルスちゃんは英語は得意だもんね」

「俺は国語以外は苦手なんで、ほんと尊敬します」

「ふふっ、だってよクルスちゃん」

「それじゃあ英語圏に旅行に行く時は、私と一緒に行けば安心ですね!」

「えっ?あ、そ、そうですね」

 

 八幡は不覚にもその笑顔を見て一瞬ときめき、すぐに頭を振ってその考えを否定した。

 

(くそ、一色とはまったく違う、あざとさの欠片もないあの笑顔、

思わず勘違いして惚れちゃいそうになるからやめて!俺の防御力はもうゼロよ!)

 

 八幡は必死に勘違いしそうになる自分を律し、

極力無難な言葉を選びながら、何とか食事を終えた。

だがそんな気を遣った食事でも、二人がまったく八幡に悪い印象を持った気配が無かった為、

八幡はそれなりに楽しい時間を過ごす事が出来た。

唯一大変だったのは、二人の胸に目をやらないようにする事である。

 

「ふう、ご馳走様でした」

「ふふっ、楽しい時間を過ごせたわ、ありがとうね、八幡君」

「とても楽しかったです、八幡様!」

「あ、いや、こちらこそその………楽しかったです」

 

 それはまごうことなき八幡の本心であった。

だがそのせいで勘違いしてしまう事は決してない。

 

(この二人は多分、あの折本みたいな性格なんだろう、

今日の事を綺麗な思い出にする為に、この距離感を絶対に維持しないとだな)

 

 八幡はそう自分に言い聞かせながら、二人にお礼を言った。

 

「今日は本当にありがとうございました」

 

 それは何の変哲もない挨拶であったが、それを聞いた二人は一瞬表情を変え、

直ぐにニコニコと笑顔に戻った。

 

「それじゃあ八幡君、ゆっくり休んでね」

「明日は私が起こしに行きますので」

「あ、すみません、お願いします」

 

 そして八幡は待っていたらしい紅莉栖に部屋に案内された。

 

「それじゃあ八幡、ちょっと申し訳ないんだけど、

検査の関係で五時間後に起こす事になるから、その頃にまた来るわね」

「その、たかがバイトの為にお手数をおかけします」

 

 八幡は本当に申し訳なさそうにそう言うと、部屋の中に入っていった。

中はかなり広く、調度品も豪華なものであった。

これは主にセキュリティの関係で、しっかりしたホテルを選んだからであるが、

今の八幡には当然そんな発想は浮かんでこない。

 

「………こんな豪華な部屋を使って本当にいいんだろうか、さすがはアーガスだな」

 

 八幡は感心しつつ、部屋を汚さないように気を遣いながらベッドに横たわった。

 

「おやすみなさい………」

 

 

 

 そして紅莉栖と共に部屋に戻った朱乃とクルスは、

食事の時の様子を他の者達に報告していた。

 

「高校二年の時の八幡はどうだった?」

 

 最初にエルザが興味津々といった感じで二人にそう尋ねてきた。

 

「そうねぇ、一定以上は絶対に踏み込ませないっていう壁を感じたわ」

「物腰は丁寧なんですけどね」

「確かにあれは、SAOみたいな環境に放り込まれないと、変われなかったでしょうね。

陽乃が自意識の化け物って言った気持ちも確かに分かるわ」

「へぇ、今の八幡からは想像もつかないや」

「それに最後の挨拶、あれ、クルスちゃんも気が付いたみたいね」

「はい、アレですよね」

「何か変わった事でも?」

「今日は本当にありがとうございましたって言われたんだけどね」

「それが何か?」

「言葉の裏に、明らかな拒絶の意思があって、ちょっとショックを受けたの………

これ以上自分に優しくしないでくれって言われてるみたいで、悲しかった………」

 

 そのクルスの言葉に一同は黙りこんだ。

 

「八幡ってそんな感じだったんだね……」

「どれほど傷ついたらそうなるの?」

「主に中学の時の経験のせいらしいお」

「よし、その時の同級生、全員ボコろう」

「それだとかおりもになっちゃう」

「じゃあかおりもボコろう」

「かおりはまあ深く反省してるみたいだからいいんじゃない?」

「まあ確かにかおりはもう八幡が許してるんだから問題ないね」

「まあかおりちゃんの事はともかく、

多分この時点だと、うちの雪乃ちゃんが何かやらかした後だったと記憶しているわ。

確か生徒会選挙関連のゴタゴタね、クリスマスの事は覚えていなかったから、

前に聞いた、クリスマスイベントでの和解の直前って事になるわね」

 

 朱乃とクルスは、八幡に学校の事を尋ねる事によって、

八幡の記憶がどこまであるか、かなり正確に見極めていた。ここで朱乃がいたのが幸いした。

朱乃は雪乃から、高校の時に八幡と何があったのかを、

かなり正確に聞かされていたからである。

それによると、どうやら八幡の中では、今は十一月の末頃らしい。

そして朱乃は簡単にその時期の八幡にあった事を一同に話して聞かせた。

 

「それなら確かに多少頑なでも仕方ないと思うけど……」

「それにしても手強いと感じたわ」

「そう考えると明日奈って凄い事をしたんだね」

「状況がそうさせたとはいえ、本当に凄い……」

 

 思わぬ所で明日奈株、爆上がりである。

 

「それでね、あと五時間くらい後の話になるんだけど」

 

 そこで紅莉栖が陽乃と相談した事を一同に報告した。

 

「私が?オッケー、私の愛で、八幡の目を覚まさせてやるわ!」

「八幡様は、絶対に私が取り戻してみせる」

 

 エルザとクルスの二人は紅莉栖に名指しで指名され、闘志を燃やした。

それと同様な光景は、日本でも見られた。

 

「ほ、本当ですか?分かりました、絶対に八幡君に私の事を思い出してもらいます!」

「八幡が?分かったわ師匠、この私に任せて!」

「ボクも頑張るよ!」

「は、八幡さんがそんな事に……はい、頑張ります!」

「八幡が私の事を忘れた?そう、それじゃあ制裁が必要ね、拳で思い出させてあげるわ」

「マジですか、分かりました、俺に何が出来るか分かりませんが、やってみます」

 

 こうして七人の少女と一人の少年が、八幡の為に立ち上がった。



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第870話 治療?の開始

 五時間後、八幡は紅莉栖に言われた時刻の五分前に、最初にいた部屋の扉をノックした。

 

「は~い」

「あ、すみません、比企谷です」

「あら、早いのね」

 

 こういった待ち合わせが面倒で仕方ないのがデフォルトの八幡であったが、

いざ約束をすると、決めた時間は必ず守る。

もっとも今回の場合は、一刻も早く検査を終え、家に帰りたいというのが本心である。

そして扉が開き、中から朱乃と紅莉栖が姿を見せた。

 

「おはよう、八幡」

「あ、おはようございます」

 

 時刻は既に深夜になっていたが、バイトをした事で、

その日最初に会った時の挨拶はおはようを使う業界がいくつもあるという事を学んだ八幡は、

紅莉栖に対して自然に挨拶をする事が出来た。

 

(しかし俺と同い年くらいの女性に名前を呼び捨てにされるってのはやっぱり慣れないな)

 

 八幡は自分の事を十七歳だと思っている為、

紅莉栖の事を自分と同じくらいの年齢だと認識していた。

普段は実年齢より上に見られる事が多い紅莉栖にしてみれば、さぞや嬉しい事であろう。

 

「あの、これからやる検査が終わったら、家に帰れるんですよね?」

「そうね、その事も含めて今から状況を説明するから、

そこのベッドに横になってもらっていいかしら」

「あ、はい」

 

 八幡は紅莉栖の指示通りにベッドに横たわろうとして、ギョッとした。

 

(え、何これ、随分大掛かりなんですけど………俺の体って本当に大丈夫なの?

というかこれって何の検査?

まあ相手は一流企業だし、晶彦さんが俺におかしな事をするはずはないか………)

 

 八幡はそう考え、大人しくベッドに横たわった。

 

「それじゃあ説明するわね、さっき言った通り、今あなたの記憶は混乱状態にあるわ」

「あ、はい、最終確認のバイトの事を覚えてないし、そうですよね」

「一応放っておいても記憶は戻ると思うんだけど、それだと色々都合が悪いのよ、

なので今からあなたにはVR空間で色々な人と会ってもらって、

さっさと記憶を取り戻してもらいます」

「色々な人ってカウンセラーの人とかですか?」

「ううん、あなたの友達と……」

「え?まさか戸塚ですか?戸塚ですよね?

というか俺には戸塚以外友達はいませんし」

 

 八幡は食いぎみにそう言い、紅莉栖はビクッとした。

 

「う、ううん、違うわ」

「そ、そうですか、って事は『我』の方か………」

 

 八幡はあからさまにがっかりした顔をし、紅莉栖はそれが義輝の事だとすぐに分かり、

とか言ってちゃんと友達扱いしてるじゃないなどと考え、含み笑いをした。

 

「一応言っておくけどその人じゃないわよ」

「えっ?それ以外に俺には友達なんかいないですけど……」

「まあすぐに分かるわ、そしてその彼と一緒にいるのは、あなたのカ・ノ・ジョ」

「…………はぁ!?」

「あ、あとここはアメリカだから、検査が終わってもすぐには帰れないわよ、ほら」

 

 紅莉栖はそう言ってカーテンを少し開け、

八幡はその向こうに、見渡す限りの英語の看板が並んでいるのを見た。

 

「えっ?ちょっ、あ、あの!」

「という訳で、頑張ってね、行ってらっしゃい」

 

 紅莉栖はそう言って八幡の頭にテキパキと端子を付け、メディキュボイドを起動させた。

 

「ま、待って下さい、か、彼女ってのは一体……」

「それじゃあ行ってらっしゃい」

 

 紅莉栖は八幡の問いかけをスルーしてそう言い、

その瞬間に八幡の目の前が真っ暗になったかと思うと、直ぐに辺りが明るくなった。

 

「くそ、どこだよここ、こうなったらログアウトして……」

 

 これが本当に検査なのか訝しく思い始めた八幡は、

必死にログアウトボタンを探したが、当然そんな物は存在しない。

 

「無い、無い……くそっ、アメリカって何だよ、どうして俺はアメリカなんかに……

というか俺、パスポートなんか持ってないぞ……まさか違法な人身売買に捕まったとか……」

『んな訳あるか!人に会わせると言っとろうが!』

「うわっ!?」

 

 どこからともなく紅莉栖の声が聞こえ、八幡は辺りをきょろきょろと見た。

だが当然どこにも紅莉栖の姿はない。

 

『探しても私はいないわよ、今はモニターを通じてあなたの様子を見ているんだもの』

「モ、モニター!?そ、そうか……」

『まあ落ち着きなさい、これは本当に治療の一環よ。

よく考えてもみなさい、記憶喪失を治す為に、よく行われる手法と言えば?』

「あ、頭を思いっきり殴る?」

『……そういえばそれは試してなかったわね』

「い、いや、すみません冗談です、殴らないで下さい」

 

 その紅莉栖の口ぶりが、本当にやりそうに聞こえた為、八幡は慌ててそう答えた。

 

『それは残念。さて、そんな訳で、今からあなたの知人を八人ほどここに呼ぶから、

そこでじっくり話すといいわ』

「知人が八人?って事は、戸塚……はいないって言ってたな、

雪ノ下、由比ヶ浜、一色、平塚先生、小町、材木座、川なんとかさん………

あれ、一人足りない、まさか葉山か戸部あたりが知人枠に?

あの~、すみません、色々と勘違いしてますよ?あいつらはただのクラスメートであって、

俺の知人という訳じゃありませんから」

「そんな事言ったらあの二人が泣いちゃうよ?」

「おわっ!?」

 

 いきなり背後からそう声を掛けられた八幡は、心臓が飛び出さんばかりに驚いた。

 

「だ、誰だ?」

「うん、まあそういう反応になるよね、聞いてたとは言え、やっぱりショックだなぁ」

 

 その女性、明日奈は落ち込んだような表情でそう言い、

その姿を見た八幡は、何故か胸が締め付けられるのを感じた。

 

「う………」

「どうしたの?」

「いや、何故か罪悪感が……」

「へぇ、八幡君は、悪い事をしている自覚があるんだ」

「いや、それは無いです、あったとしても覚えてないんで」

 

 八幡は平然とした顔であっさりとそう言ったが、

胸の痛みは大きくなりこそすれ、治まる気配はまったく無かった。

だがその事を八幡が表に出す事はない。

何故なら一見親しげな女性というものは、こちらが弱みを見せた瞬間に、

手の平を返すようにこちらを攻撃してくるものと相場が決まっているからだ。

 

「私の事は覚えてるよね?」

「私の事も当然覚えてますよね?」

 

 そう言って一歩前に出てきたのはエルザとクルスであった。

 

「あ、はい、英語の得意なマックスさんですよね。それとこちらは……

ええとすみません、どこかでお会いしましたっけ?

あ、そういえばこの前後ろの方にいたような……」

「モブ扱いされた!」

 

 エルザはそう言ってハァハァし始めた。

 

「えっ?あの、大丈夫ですか?具合でも悪いんですか?」

「ううん、とっても気持ちいいよ」

「そ、それなら良かったです……」

 

 八幡はそう言いつつも、不穏なものを感じたのか一歩後ろに下がり、

背後にいた誰かにぶつかった。

 

「おわっ、すみません」

「八幡さん、今は他人よりも自分の事を心配して下さい」

 

 そのまま八幡は、その人物に正面から抱きつかれた、優里奈である。

そして八幡の胸に、暴力的に柔らかいものが押し付けられ、

八幡は身動きする事が出来ず、完全に固まった。

 

「ど、どちら様ですか?」

 

 八幡は辛うじてそれだけ言う事が出来、

優里奈はその言葉にとてもせつなそうにこう答えた。

 

「私は櫛稲田優里奈です、天涯孤独な身で、今は八幡さんに養ってもらっています」

「へっ?お、俺が養っ………」

 

 八幡はその言葉の意味がまったく分からなかった。

一瞬これは美人局かとも考えたが、アーガスの人間が八幡にそんな事を仕掛ける理由が無い。

そもそもこれは治療だと言っていたのだから、この行動には何か意味があるはずだ。

幸いな事に、優里奈はすぐに八幡から離れてくれ、

代わりに気の強そうな少女が八幡の前に立った。

 

「まったくどうしてあんたはいつもいつも事件に巻き込まれるのよ、

まあちゃんとやる事はやったんだから褒めてあげるけど、もっと自分の体を大切にしなさい」

「あ、す、すみません、え~と………ツンデレ眼鏡さん?」

 

 今の詩乃のセリフにはツンデレ要素はまったく無かったが、

八幡の口から出てきた言葉は何故かそれであった。

その言葉を口に出した瞬間に、八幡は自分は一体何を言ってるんだと頭を抱え、

同時に相手が怒っているのではないかと思い、恐る恐る相手の顔を見た。

だが当の相手は怒ってはおらず、むしろ驚いたような表情をしていた。

 

「あ、あんた、私の事だけ覚えてるの?」

「いや?まったく?」

 

 だがその問いを八幡はバッサリと切って捨てた。実際まったく覚えがない顔だったからだ。

 

「そう、頭じゃ覚えてなくても体が覚えてたのね」

「そ、その言い方は色々と誤解が生じるからやめようね」

「誤解?覚えてない間に何かあったかもしれないのに?」

「そ、それは………」

 

 八幡は確かにそうだと思い、目の前の少女をじっと見つめた。

 

「私の名前は詩乃、朝田詩乃よ」

「朝田詩乃………悪い、覚えてない」

「そう、それじゃあやっぱりあの夜の事も覚えていないのね」

「よ、夜!?」

 

 八幡はそう言われ、おろおろした表情で助けを求めるように明日奈の顔を見た。

 

「あ、明日奈………」

「えっ?」

 

 明日奈は自己紹介をしていないのに、八幡が自分の名前を呼んだ事に驚いた。

 

「ど、どうして私の名前を?」

「えっ?」

 

 今度は八幡がキョトンとする番であった。

 

「な、名前?そう言えば今俺は、明日奈って……」

 

 八幡はそう言って目を閉じ、何か考えるようなそぶりを見せたが、

すぐに目を開け、困ったような顔でこう言った。

 

「すみません、やっぱり覚えてません」

「そ、そう……」

 

 そして続けて八幡の前に立ったのは、そっくりな顔をした二人の女の子であった。

おそらく双子なのだろうその二人は、ここまで必死に我慢していたのだろう、

八幡の前に立つといきなり涙を流し始め、いきなり八幡に抱きついてきた。

 

「八幡!」

「聞いて聞いて、私達の病気、治るんだって!」

「これも八幡のおかげだよ、ボク達を助けてくれて本当にありがとう!」

「そ、それは………」

 

 一体何の事?八幡はそう言いかけたが、結局何も言わなかった。

相手が本当に自分に感謝してくれていると感じたからだ。

 

(俺は記憶が無い間にどれだけ色々な事をやってるんだ……

正直意味が分からない、分からないが………)

 

 だが八幡はそう思いつつも、その双子の頭に手を乗せ、

ぶっきらぼうながらもこう声をかけた。

 

「そうか、よ、良かったな、二人とも」

「「うん!」」

 

 二人はとても嬉しそうに微笑み、八幡はそれを見て、心が満たされるのを感じていた。

 

(一体俺に何があったのか、とりあえずこの人達に説明してもらうしかないか……)

 

 そう言いながら八幡は、一人ぽつんと遠くにいる和人の方をじっと見つめた。

和人はその視線を受け、ぶんぶんと首を振り、

八幡は漠然と、それが『その中に混じるなんて無理、絶対無理』と言っているように感じ、

思わず顔を綻ばせた。

 

(あいつが俺の友達なんだろうか………)

 

 そして八幡は、双子の頭から手を離し、一同に頭を下げた。

 

「すまん、ここにいるみんなの事はまったく覚えていないので、

俺が一体何を忘れてるのか、その、お、教えてもらえると助かる」

 

 一同はその言葉に頷き、八幡を囲んで座り、そして会話が始まった。



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第871話 失われた五年

「それじゃあ改めて自己紹介しておこうか。

名前を聞く事で何か思い出す事もあるかもだしね」

 

 明日奈の仕切りにより、先ず最初に順番に自己紹介をする事になった。

ちなみに藍子と木綿季はクックロビンの事は知っていても、神崎エルザとは初対面であり、

事前の打ち合わせで神崎エルザがクックロビンだと紹介され、少し前まで興奮状態にあった。

その紹介時にはエルザはまともであったが、

さっきあんな状態を見せられ、二人は内心では混乱していた。

だが今は八幡の事の方が先決な為、二人はその事実を飲み込んで、

今は大人しく会話に参加しているのである。

 

「あ、はい、俺も忘れてる事は思い出しておきたいんで、宜しくです」

 

 八幡はそう言いながら、一同に頭を下げた。

 

「それじゃあ俺から……俺は桐ヶ谷和人、八幡の親友だ!」

「あ、やっぱりそうなのか……」

「どうだ?何か思い出したか?」

「いや、まったく」

「少しは考えろよ!」

 

 八幡はあっさりとそう言い、和人は思わずそう突っ込んだ。

 

「いや、そう言われても、そもそも男友達と呼べるのが戸塚しかいない俺に、

いきなり親友がいましたとか言われてもな……」

「葉山君と戸部君、それに材木座君は?」

「材木座はまあ知り合い以上友達未満と認めるのもやぶさかじゃないが、

葉山と戸部は絶対に違うだろ」

「でも八幡君、その二人の事、私に友達だって紹介してくれたよ?」

「マジで!?」

 

 明日奈にそう言われた八幡は、目も飛び出さんばかりに驚いた。

 

「たった数日の間に、一体俺に何があったんだ……」

「本当は数日どころじゃないんだけどなぁ……」

「え、それってどういう事?」

 

 さすが八幡は難聴系主人公ではない為、その明日奈の呟きをしっかり聞いていた。

 

「う~ん、そもそも八幡君さ、記憶が無い期間ってどのくらいだと思ってるの?」

「SAOの製品版の最終確認のバイトをしてたらしいから、

おそらく最大でも一週間くらいなんじゃないか?」

「正解はこれだけ」

 

 明日奈はそう言いながら、八幡に手の平を見せてきた。

 

「い、五日?」

「ううん、五年だよ」

「いやいやいや、さすがにそれは無い」

 

 さすがの八幡も、その言葉を安易に信じる事は出来ないようだ。

 

「それじゃあ八幡君、この二人を見てどう思う?」

 

 そんな八幡に、明日奈はクルスとエルザを指差してみせた。

 

「どうって、マックスさんとハァハァさんだろ?」

「そ、そんな興奮する呼び方は駄目ぇ!」

 

 その言葉がツボに入ったらしく、エルザはまたハァハァしだした。

普段ならそうなったエルザの相手をするのは八幡なのだが、

八幡がこの状態な為、今はエルザを相手にする者は誰もいない。

 

「ここはVR空間だよ?それなのに本人だって確信出来るの?」

「あ、あれ?いや、しかしそう言われると確かに……」

「八幡君は、この二人をどうして本人だと認識したの?」

「それはリアルの姿とそっくりだから……」

「ねぇ八幡君、ナーヴギアにそんな機能はあった?」

「顔だけなら再現する機能はあった………と思う」

 

 八幡はその問いに、自信無さげにそう答えた。

 

「それじゃあこの二人がリアルと同じなのは、顔だけだと感じてる?」

「い、いや、身長も体型も同じに見えるな……」

「それってつまり、八幡君の知らない技術が普通に使われてるって事なんじゃない?」

「そ、それはそうかもだが……」

「それを踏まえて八幡君、自分の体をよく確認してみて、妙に鍛えられていない?」

「え?」

 

 そう言われた八幡は自分の体のあちこちを触り、明日奈の言う通りだという事を確認した。

 

「え、マ、マジだ……どうなってるんだこれ」

「ここからログアウトした後に再確認してくれてもいいけど、

それが今の八幡君の体だよ、どう?五年経ってるって少しは信じる気になった?」

「お、おう………」

 

 さすがの八幡も、自分の体を証拠として出されたら、それ以上反論する事は出来なかった。

 

「さて、それじゃあそれを踏まえて色々とお話ししようか」

「わ、分かった、そういう前提だと思う事にする」

 

 ここでSAO事件の説明から入るという手もあったが、

相談の結果、それはやめる事で意見が一致していた。

その理由は簡単である、この時点で八幡は、茅場晶彦を兄のように慕っていた。

その茅場晶彦が史上最悪の犯罪者となっている事を、八幡が信じるとは思えなかったからだ。

逆に意固地になってしまい、こちらの言う事を何も信じてもらえなくなる可能性もある。

なのでその説明は省略される事となり、もっともらしいシナリオが用意される事となった。

 

「今の八幡君がどうしてアメリカにいたかっていうとね、商談の為だよ」

「商談!?俺が!?」

「うん、八幡君が高校を卒業した後、陽乃さんがゲーム会社を作ったの。

八幡君はその会社で働いてて、陽乃さんから次期社長に指名されてるんだよ」

「次期………社長?俺が!?」

 

(働きたくないでござるが座右の銘だった俺が雪ノ下さんの会社で働いてて、

あまつさえ次の社長とか、どんな罰ゲームだよ………)

 

 八幡の混乱はかなりのレベルに達していたが、それはまだまだ序の口であった。

 

「まあそんな訳で、その後知り合った俺とお前は親友同士になった、オーケー?」

「オ、オーケー、分かった、忘れちまっててすまないな、親友?」

「何故疑問系かはさて置き、分かってくれて嬉しいよ」

 

 その和人の裏表の無い笑顔を見て、八幡はその事実を受け入れる事にした。

 

「それじゃあ自己紹介を一気に済ませちゃおうか、優里奈ちゃんから時計周りにお願い」

 

 明日奈のその言葉を受け、和人は少し離れた所に移動し、

そこでどっしりとあぐらをかいた。

それはいかにも『俺の出番はまだ先だ』風な態度であったが、

実際はこの後の混乱に巻き込まれるのが嫌だっただけである。

 

「分かりました。八幡さん、改めまして、私は櫛稲田優里奈です。

天涯孤独の身でしたが、警察官である相模南さんのお父さんに紹介されて、

八幡さんに保護者になってもらい、今は幸せに暮らしています」

「突っ込みどころが満載すぎて逆に突っ込めねぇ………」

「私は間宮クルス、南と一緒に八幡様の秘書になる予定です」

「ひ、秘書?俺に?あっそうか、だから俺の事を様付けで……」

 

 八幡はクルスだけが自分の事を様付けする理由をそれで納得したようである。

 

「って、南って相模南!?また相模って、一体どうなってるんだ……」

「八幡君と和解したから」

「え、そうなの?まあでもあいつはな……分かった、話の腰を折って悪かった」

 

 どうやら八幡にとっては、南との和解は想定出来る範囲内だったらしい。

 

「次は私だね、私は神崎エルザ、日本が誇る歌姫だよ!」

「……………は?」

「だから歌姫!」

「え~と………」

「ほらこれ、私のPV!」

 

 エルザは事前に用意していたのだろう、モニターを宙に表示させ、

そこに自らのPVを流した。こうして現物を見せられた以上、

八幡はその話を事実だと受け止める他は無かった。

 

「はい次、私は朝田詩乃、子供の頃、運悪く強盗に遭遇して、

逆に返り討ちにしたせいで学校でいじめにあってて、

更に同級生に横恋慕されて殺されかけたんだけど、

そこを八幡に助けてもらって以来の付き合いね」

「いやいや待て待て、さすがにそれは冗談だよね?」

 

 だがその言葉を否定する者は誰もいない。

 

「え、本当に?朝田さん、ちょっとハードすぎる人生を送ってない?」

「そうね、でも帳尻はあってるからいいのよ、

今はあんたのおかげで幸せな人生を送れているんだもの」

「お、お役に立ててなによりです」

 

 八幡としてはそう言う他はなかった。自分のおかげで今幸せだと言われ、

それを否定するのは人としてさすがにまずいと思ったからである。

 

「そして私は紺野藍子」

「ボクは紺野木綿季!」

「私達は難病指定されていた病気で死ぬ寸前だったんだけど、

八幡が特効薬の開発に尽力してくれたおかげで、命拾いしたわ」

「これで八幡といつまでも一緒にいられるね!」

「も、もう驚かないぞ、突っ込みなんか絶対にしてやらん……って突っ込まずにいられるか!

理系が苦手な俺が特効薬の開発?何で俺はそんな聖人君子みたいなことばかりしてるの?」

「私達にそう言われても……」

「八幡だからとしか……」

 

 八幡はもう憮然とするしかなかった。誰も否定しないからには事実なのだろが、

それが全て事実だとすると、今の自分は頭がおかしいと結論付ける他はなかったのだ。

 

「そして最後が私、結城明日奈だよ、八幡君の大切な彼女だよ」

「ええっ!?」

 

 その八幡の驚きようが半端ではなかった為、一同は逆に驚いた。

 

「な、何でそんなに驚くの?」

「いや、牧瀬さんに、ここに俺の彼女がいるとは言われてたけど、

正直結城さんが、一番無いなと思ってたから」

「えええええええええ?ど、どうして!?」

「だって結城さんって、活発そうだし誰にでも優しそうだし、それじゃあまるで………」

 

 八幡はそこで押し黙った。そこで詩乃が、納得したような顔でこう言った。

 

「ああ、かおりと被るからよね」

「えっ?そ、そういう事!?」

「えっ、折本の事知ってんの?」

「ここにいるみんなが知ってるわよ、友達だもん」

「み、みんな?って事はまさか俺も?」

「ええ、とっても仲良しよ」

「マジかよ………」

 

 本日何度目かのマジかよである。明日奈はショックを受けて固まっており、

一同はどうフォローすればいいか困り果てた。

そんな中、エルザが空気を読まずに爆弾を落としてきた。

 

「ねぇ、今の八幡って、この中だと誰が一番好みなの?」



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第872話 暴走

「ねぇ、今の八幡って、この中だと誰が一番好みなの?」

 

 そのエルザの問いはこの場にいる者達の誰もが聞きたかった事であり、

明日奈に遠慮して聞けなかった事でもあった。

明日奈はスッと目を細めてエルザを睨んだが、

エルザはそんな明日奈にあっけらかんとこう話しかけた。

 

「だって明日奈も興味あるでしょ?」

「それは確かに無いと言えば嘘になるけど……」

「ならこの機会に聞いておくべきなんじゃないかな?

だって八幡の記憶が戻っちゃったら、多分絶対に答えてくれない類の質問だと思うよ?」

「た、確かにそうかもだけど、でも、でも!」

「別にこの答え次第でその人と八幡が付き合う事になるとかはありえないんだし、

ここは一つ後学の為にって事で答えてもらってもいいんじゃないかな?」

「後学の為……確かにその答え次第でより八幡君好みの女に近付ける可能性が……

そ、そっか、仕方ないなぁ、その代わり八幡君は、

何故その人が一番好みなのか、ちゃんと理由まで説明するんだよ?」

 

 その明日奈の言葉を受け、その場にいた女性陣は、期待のこもった目で八幡を見つめた。

 

「いやいや、多少なりとも俺の事を知ってるって言うなら、

俺がそんな質問に答えるはずがないって分かってるんじゃないか?」

「た、確かに……」

「完全な記憶喪失って訳じゃないんだし、確かに基本的な性格は変わってないよね……」

「ど、どうする?」

「さすがに無理強いする訳にも……」

「この時の八幡に、何か弱点って無いの?」

「それを一番知ってそうなのは………」

「小町じゃないのか?」

 

 ここまでずっと女性陣のやり取りを傍観していた和人がそう言い、

その瞬間に八幡の目の色が変わった。

 

「おいこら親友、何故うちの小町を呼び捨てにしてやがる!

まさか小町と付き合ってるんじゃないだろうな?」

「いやいや、ただの友達だから」

「うちの小町の何が不満だって言うんだ!」

「俺にどうしろと………」

 

 和人は途方にくれ、コンソールを呼び出してこっそりと何か操作を始めた。

 

「シスコン……」

「シスコンだ……」

「今はそうでもないのに、この頃はここまでシスコンだったんだ……」

「いやいや、俺は全然シスコンとかじゃないからな」

『ゴミいちゃん、本当にそういうの、やめてくれるかな?』

 

 その時どこからか小町の声がした。和人が連絡を取り、事情を話したのである。

 

「こ、小町?」

『せっかくみんなが話してくれてるんだから、

聞かれた事にはちゃんと答えないと駄目だよ?』

「い、いや、しかしその内容がだな……」

『何がキッカケになるか分からないんだから、いいから質問には全部正直に答えなさい』

「お、おう、分かった………」

 

 和人の機転は大成功のようで、八幡はエルザの質問に答える為に女性陣の顔を見回した。

女性陣の間に緊張が走る。

 

「えっと、じゃあ………」

 

 そして八幡は、しばらく悩んだ後にクルスを指差した。

 

「マックスさんで」

「よっしゃあああああああああ!」

 

 その瞬間に、クルスが普段は決して見せない興奮した様子で雄叫びを上げた。

 

「う、嘘………」

「八幡ってそうなんだ……」

「やっぱり胸?胸なの!?」

「それなら私でもいいじゃないですか!」

「あ、優里奈、やっぱりそこには自信があるんだ」

 

 やはりというか明日奈は選ばれず、一同は八幡がクルスを選んだ理由を知りたがった。

 

「なぁ八幡、何を基準に選んだんだ?」

「そんなの簡単だ、俺を養ってくれて、専業主夫にさせてくれそうな人を選んだ」

「「「「「「「あ~!」」」」」」」

 

 一同がそういう事かと声を上げる中、クルスは興奮した様子で八幡にこうまくし立てた。

 

「任せて下さい八幡様、私、八幡様を超養いますよ!

そのかわり家に帰った時は、私を超甘やかして下さい!

そして夜は超激しく愛し合いましょう!」

「よ、夜?」

 

 八幡はここまで正面きって好意を示されたのは生まれて初めての経験だった為、

どう反応していいのか分からず、思わずこう答えていた。

 

「ふ、ふつつか者ですが宜しくお願いします」

「「「ちょっと待ったあ!」」」

 

 そこに突っ込みを入れた者が三人いた、詩乃、藍子、エルザである。

明日奈は口をあんぐりと開けたまま固まっている。

 

「それだけで相手を判断するのはどうかと思うわ」

「他にも色々な要素があるでしょう?」

「それにほら、私、私も八幡を超養えるよ!」

「た、確かにそう言われると……」

 

 八幡はエルザのその言葉に考え込んだ。

 

「それにほら、多分この中で私が一番エロいよ!

八幡のアブノーマルな要求に、全部応えられるからね!」

「………いや、それは別に大事な要素じゃないからね」

「今答えるまでに間があった!」

「う………」

 

 八幡は、エルザ相手に一瞬色々と妄想してしまったのは確かだった為、言葉に詰まった。

 

「八幡様、私の方が、エルザよりも全然脱いだら凄いですよ!」

「い、いや、それはまあ……」

「それなら私だって負けてません!

むしろ私の方が全体的にふっくらしているから抱き心地がいいと思います!」

「私も私も!」

 

 クルスに続き、負けじと優里奈と藍子もそうアピールし、

八幡は三人をじっと見つめ、顔を赤くした。

 

「待ちなさい、自分で自分のいい部分をアピールするんじゃ意味がないわ、

ここは第三者に色々な項目を提示してもらって、それに合う人を選んでもらわないと」

 

 そこで詩乃がそう介入してきた、肉体的な不利を悟ったのだろう。

 

「それなら和人さんにお願いしましょう!」

「え、お、俺?」

 

 女性陣の剣幕に恐れをなし、少し離れた場所に移動していた和人は、

仕方ないといった感じで色々な項目を八幡に提示する事にした。

 

「え~とそれじゃあ、一番家事が上手そうな人は?」

「………櫛稲田さんかマックスさん」

「一番気が合って、一緒にいても飽きなさそうな人は?」

「う~ん………朝田さんか、まあ神崎さんと紺野………じゃあ分からないか、藍子さん」

「一番母性本能を刺激してくる人は?」

「いや、俺男なんだけど………えっと、木綿季さんか櫛稲田さん」

「一緒にいて一番安心出来そうな人は?」

「雰囲気的には櫛稲田さんかな………あ、あれ、他にも何か、

凄く背の高い子が一瞬頭の中に浮かんだんだが……」

「まさかの香蓮!?」

「絶対そうだ」

「香蓮、恐ろしい子………」

 

 ここでまさかの香蓮指名である。

 

「一番ツンデレだと思う人」

「何だそれ、そんなの朝田さんしかいないだろ、ああ、でも藍子さんもそんな感じに見える。

あ、いや、待て待て、また一瞬誰か知らない人の顔が浮かんだ気がする、

ええと、眼鏡をかけて長髪で、その、胸が大きい感じの理系っぽい子」

「理央だ………」

「理央ね………」

「理央、恐ろしい子………」

 

 そしてまさかの理央指名であった。

ここまで明日奈の指名はまったく無く、質問の度に、明日奈の額に青筋が浮かんでいった。

 

「それじゃあ………」

「もういいよ和人君」

「ヒッ………」

 

 そこでようやく明日奈が動き出した。和人がその様子を見て悲鳴を上げる。

他の者達も少しやりすぎたと思ったのか、ビクッとして一歩後ろに下がった。

そして明日奈は八幡の方に歩き出し、八幡の手をガッと掴んだ。

 

「八幡君?」

「な、ななな何かすみません、別にわざと結城さんを避けてたとかじゃないんですが、

結果的にそうなってしまったというか何というか………」

「ふふっ、ふふふふふ、もういいの。頭で考えるからこうなったんだろうしね」

「あ、頭で?」

「うん、やっぱりこういうのは体全体で思い出してもらわないと駄目だよね」

 

 明日奈はクスクスと笑いながら、妖しい目付きで八幡をじっと見つめた。

 

「そ、それは一体どういう……」

 

 八幡は逃げ出す事も出来ずにドギマギしていたが、

そんな八幡を明日奈はぐいっと引き寄せ、掴んでいた八幡の手を自分の胸に押し当て、

ズキュウウウウウン、という効果音が聞こえるような勢いで、いきなり八幡の唇を奪った。

キスをした、などという生易しいものではなく、文字通り奪ったのである。

 

「「「「「「「うわぁ………」」」」」」」

「いや、ちょっ………あっ………」

 

 八幡は一瞬明日奈の唇が離れた瞬間にそう戸惑いの声を上げたが、

明日奈は再び八幡の唇を奪い、更に舌を入れてきた。

 

「「「「「「「うわあぁあぁぁ………」」」」」」」

 

 和人はその光景に手で顔を隠し、優里奈と木綿季は同じように顔を隠しながらも、

指の隙間からこっそりその光景をガン見していた。

藍子とエルザはやや興奮した様子でハァハァしており、

クルスと詩乃は羨ましそうにその光景をじっと見つめていた。

それからしばらく二人の行為は続き、やがて八幡の手がだらりと下がった。

そして全員の顔が真っ赤に染まった頃、明日奈はやっと八幡を解放した。

 

「八幡君、どう?何か思い出した?」

 

 だが八幡は何も答えない。どうやら完全に脳がオーバーヒートしているらしく、

八幡はぐったりしているように見えたが、その直後に八幡の目がぐるんとし、

いきなり八幡が立ち上がった。

 

「藍子、木綿季!」

「ぐぬぬ、この期に及んでまだ私以外の名前を……」

 

 だがその後の八幡の行動は迅速だった。

八幡は二人に駆け寄ると、泣きながら二人の手を握ったのであった。

 

「お前達、無事か?無事だよな?薬は完成したんだろ?もう投与は済んだのか?」

 

 その言葉で一同は、八幡が記憶を取り戻した事を知った。

明日奈の力技が勝利した瞬間であった。



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第873話 カナカナ

「八幡!記憶が戻ったの?」

「え、記憶?記憶って何の事だ?」

「八幡はついさっきまで、SAO発売直前から今までの記憶を全部無くしてたんだよ!」

「え、マジで?というかここはどこだ?」

「ここは何もない即席のVR空間で、

ここにいるのは八幡の記憶を呼び覚ます為に集められたメンバーだよ」

「そ、そうなのか?すまん、まったく覚えがない」

 

 いくつかある記憶喪失のパターンのうち、今回の八幡のケースは、

どうやら記憶を無くしていた間の事を覚えていないパターンのようだ。

 

「そんな事はどうでもいい、どうなんだ?二人の病気は何とかなったのか?」

「う、うん、どんどん悪い数値が改善してきてるって、

八幡や結城先生、それに紅莉栖さんや他のみんなのおかげだよ!」

「清盛先生と経子さんがそろそろメディキュボイドから出てもいいって、

スリーピング・ナイツのみんなには悪いけど、一足先に退院みたいな?」

「そうか、本当に良かった………」

 

 そのまま八幡はぽろぽろと泣き始めた。

本人の体感的に、一年近くもの間、ずっと二人の事を心配してきたのだ、

その喜びはひとしおなのであろう。

 

「良かったね八幡君」

「お、おう、明日奈、頑張った甲斐があったわ」

 

 そしてそんな八幡の頭を明日奈が自分の胸に抱きしめた。

八幡はまるで甘えるかのように、明日奈にされるままにしていたのだが、

何故か明日奈は胸に抱いた八幡の頭をギリギリと締め付けてきた。

 

「あ、明日奈、労ってくれるのは嬉しいけど、ちょっと痛いというか……」

 

 そう言って目を開けた八幡の前からは、先ほどまで目の前にいたはずの藍子と木綿季、

そして誰がいたかハッキリと確認はしていなかったが、

大勢の仲間達の姿が完全に消えていた。

 

「あ、あれ?他のみんなは?」

「あっちにいるよ?」

「お?」

 

 そう言って明日奈は八幡の首をぐるんと回転させた。

少し離れた所に藍子、木綿季の他に、クルス、詩乃、エルザ、優里奈と和人の姿があり、

何故か全員こちらから目を背けているのが八幡はとても気になった。

 

「お、お前ら、何でこっちを見ないんだ?」

 

 だがその問いには誰も答えない。

そして背後から、明日奈がとても優しい声で八幡に話しかけてきた。

 

「ねぇ八幡君、今ここにいる人の中で、一番八幡君の好みのタイプなのはだぁれ?」

「そんなの明日奈に決まってるだろ」

 

 八幡はその問いに即答した。

 

「……………ねぇ、クルスは?」

「え、マックス?マックスがどうかしたのか?」

「クルスは八幡君の好みのタイプじゃないの?」

「そりゃ好きか嫌いかで言ったら好きだけど、明日奈と比べるのはおかしいと思うぞ」

「ふ~ん」

 

 八幡はその声に背筋が凍る思いがした。もちろん怖くて振り向く事など出来はしない。

明日奈の機嫌が悪いのは確実なようだが、その時の記憶が無い八幡にはどうしようもない。

唯一出来るのは、何があったか知っている者に質問する事だけであった。

 

「お、おい和人、もしかして俺、記憶が無い時に何かやらかしたのか?」

「さ、さあ……」

 

 和人は八幡と目を合わさないようにそう答え、

八幡は何かがあった事は間違いないと確信した。

だが八幡が何かアクションを起こす前に、明日奈から矢継ぎ早に質問が浴びせられてきた。

 

「この中で一番家事が得意そうなのは?」

「あ、明日奈だろ?ああ、まあ家事に関しては優里奈の方が出来るのかもしれないが」

「………まあそれはいいか、確かに優里奈ちゃんの家事のレベルは私より上だし」

 

 明日奈はそう呟き、続けてこう言った。

 

「一番気が合って、一緒にいても飽きなさそうな人は?」

「そりゃ明日奈だろ?いつも一緒にいるんだし」

「一番母性本能を刺激してくる人は?」

「いや、俺男なんだけど………」

「それじゃあ父性本能、と言いたいところだけど、これもまあいいや。

一緒にいて一番安心出来そうな人は?」

「さっきの質問に似てるな、でもまあ明日奈以外にいないだろ?」

 

 明日奈はその答えにスッと目を細め、続けてこう問いかけてきた。

 

「……………ねぇ、香蓮は?」

「え、香蓮?香蓮がどうかしたのか?」

「香蓮とは一緒にいて安心しない?」

「そりゃするかしないかって言ったらするけど、明日奈と比べるのはおかしいと思うぞ」

「ふ~ん」

 

 どこかで聞いたようなやり取りが繰り返され、

再び八幡は、明日奈の『ふ~ん』を耳にする事となった。

 

「一番ツンデレだと思う人は?」

「そりゃあいつだろ」

 

 八幡は迷う事なく詩乃を指差し、詩乃の額に青筋が浮かんだ。

 

「失礼ね、私のどこがツンデレなのよ!」

「むしろお前がツンデレじゃなかったら、この世の中にツンデレは存在しないだろ、

な、明日奈もそう思うよな?」

 

 さすがにこの答えには怒られる余地はまったくないと確信しているのか、

八幡は平然と明日奈に同意を求めた。

 

「………うん、まあ私がツンデレじゃないのは確かだし、

ツンデレと言えばしののんで決まりかな」

 

 明日奈がそう言った瞬間に詩乃の額から青筋が消え、詩乃は目を逸らしながらこう言った。

 

「ごめん、よく考えたら私、ツンデレでした」

 

(おい詩乃、一体お前に何があった!)

 

 八幡が心の中でそう絶叫するほど、それはありえない宣言であった。

しかも基本誰にも敬語を使わない詩乃が敬語である。

詩乃が何を見てそうなったのか想像はつくが、

八幡はそれを確認する為に振り向く事は出来なかった。

 

「ところで八幡君、理央は?」

「え?理央?理央がどうかしたのか?」

「理央はツンデレじゃないの?」

「ああ………ま、まああいつもツンデレだな、最近は詩乃と理央のせいで、

ツンデレ属性と眼鏡属性がセットとして広く認識されてきたまである」

 

 八幡は心の中から沸きあがってくる恐怖をかき消そうとするかの如く、

矢継ぎ早にそうまくしたてた。

だがそんな八幡の内心を読んだかのように、明日奈は八幡に言った。

 

「………今日の八幡君は、随分とよく喋るよね、何か困ってるのかな?かな?」

 

(カナカナきたああああああああ、やべえ、マジでやべえええええええええええええ!)

 

 八幡は動揺しながらも、必死に言い訳を考えた。

 

「き、今日はアイとユウの病気が治ったお祝いだからな、

やっぱり俺が率先して喋って場を盛り上げないとな!」

「ふ~ん」

 

 ここで追い討ちのように本日三度目の『ふ~ん』が来た、

 

(一体どうすればいいんだ!)

 

 八幡はパニック状態に陥り、助けを求めるように思い切って明日奈の顔を見た。

そのなけなしの勇気を振り絞った八幡の英雄的な行いは、

明日奈の満面の笑顔で迎えられる事となった。

 

「うん、まあお祝いは大事だよね」

 

 その笑顔に八幡は救われたような思いで同意した。

 

「あ、ああ、そうだよな!」

 

 だが次の明日奈の言葉は八幡にとって、思いもつかないものであった。

 

「こういうお祝いの時って、懐かしいビデオとかを流すのが定番だよね」

「…………え?」

「それじゃあちょっと一緒に動画でも見ようか、八幡君」

「あっ、はい、分かりました」

 

 八幡は明日奈が何を言っているのか理解出来ず、その場に正座して敬語でそう答えた。

そして明日奈が何か操作をすると、宙にモニターが出現し、

そこについ先ほどまでのやり取りが流れ始めた。

 

「え、何これ」

「八幡君が記憶を失ってた時の記録映像」

「ほほう?」

 

 そして八幡にとって、まるで拷問のような時間が始まった。

 

『ねぇ、今の八幡って、この中だと誰が一番好みなの?』

『えっと、じゃあ………マックスさんで』

 

「ひっ………」

 

 動画の中の自分がそう答えた瞬間に、八幡はそう悲鳴を上げた。

 

(こんなの明日奈が怒るに決まってんじゃねえか!

アウトだよアウト!エルザめ、後で覚えてろよ!)

 

 そう思って八幡はエルザをじろっと睨んだが、エルザは当然ハァハァするだけであった。

 

(くそっ、相手が悪い、俺が何をしてもあいつは興奮するだけじゃねえか!)

 

 そして立て続けに、八幡の失敗が再現されていった。

 

『ふ、ふつつか者ですが宜しくお願いします』

 

(ち~~が~~う~~だ~~ろ~~!)

 

『それにほら、多分この中で私が一番エロいよ!

八幡のアブノーマルな要求に、全部応えられるからね!』

『………いや、それは別に大事な要素じゃないからね』

『今答えるまでに間があった!』

『う………』

 

(おいコラそこの八幡、遠まわしに性癖のカミングアウトをしてんじゃねええええええよ!)

 

『八幡様、私の方が、エルザよりも全然脱いだら凄いですよ!』

『い、いや、それはまあ……』

『それなら私だって負けてません!

むしろ私の方が全体的にふっくらしているから抱き心地がいいと思います!』

『私も私も!』

 

(気持ちは分かるが三人の胸をチラチラ見てんじゃねえ!

そういうのは絶対に相手にはバレてんだよ!)

 

『え~とそれじゃあ、一番家事が上手そうな人は?』

『………櫛稲田さんかマックスさん』

 

(ぐ………こ、これは仕方ない、仕方ない………よな?)

 

『一番気が合って、一緒にいても飽きなさそうな人は?』

『う~ん………朝田さんか、まあ神崎さんと紺野………じゃあ分からないか、藍子さん』

 

(確かにそうかもだけど、あいつらは飽きないけど!

せっかくの無難な質問なんだから、そこは黙って明日奈って言っとけってんだよ!)

 

『一番母性本能を刺激してくる人は?』

『いや、俺男なんだけど………えっと、木綿季さんか櫛稲田さん』

 

(これも仕方ないよな?セーフだろ、セーフ!)

 

『一緒にいて一番安心出来そうな人は?』

『雰囲気的には櫛稲田さんかな………あ、あれ、他にも何か、

凄く背の高い子が一瞬頭の中に浮かんだんだが……』

 

(優里奈強すぎだろ!ってか俺、香蓮の事覚えてたのかよ!

完全にアウトじゃねえか!ツーアウトだツーアウト!)

 

『一番ツンデレだと思う人』

『何だそれ、そんなの朝田さんしかいないだろ、ああ、でも藍子さんもそんな感じに見える。

あ、いや、待て待て、また一瞬誰か知らない人の顔が浮かんだ気がする、

ええと、眼鏡をかけて長髪で、その、胸が大きい感じの理系っぽい子』

 

(だ~~~か~~~ら~~~、何でそこで理央の事を思い出すんだよ!

胸の事まで言うとか完全にアウトだよ!スリーアウトはチェンジなんだぞ!

明日奈が自分の事、俺の彼女だって言ってるんだから、

お前は明日奈にもっと気を遣え!ってか俺に気を遣え!

記憶が戻った後にどうなるかなんて、普通に分かるだろおおおおおおおお!)

 

 八幡はその一連の映像を見てうな垂れた。明日奈が怒るのも当然だと思ったからである。

 

「八幡君、この動画、とっても楽しいね!」

 

 明日奈は相変わらず満面の笑顔を崩さずにそう言ってくる。

だがさすがの八幡でも、この状況で笑顔を返す事など出来なかった。

 

「そ、そうですか?俺は別につまらない動画だと思いますケド……」

「まぁまぁ、ここからが面白いんだよ」

「えと、そ、それはどういう……」

 

 そして八幡の目の前で、八幡のラブシーンがいきなり始まった。

 

(こ、これはきつい……何がきついってあいつらの視線がきつい……)

 

 この時ばかりは他の者達も、ニヤニヤしながら八幡の反応を観察しようとしていた。

明日奈は明日奈で自分が偉業を成し遂げたという満足感で、鼻息が荒くなっていた。

 

(………そもそも高校の時の俺と今の俺じゃ違って当然なんだよなぁ)

 

 八幡はそう思い、仲間達の方をチラっと見た。

 

(思えば高校の時の俺は、常に斜め上の解決方法を模索していた。

ならば今こそあの時に戻り、誰にも思いつかない方法でこの場を収めてやる)

 

 八幡はそう決意し、立ち上がって明日奈の前に立った。

 

「八幡君、どうしたの?」

 

 明日奈はそんな八幡を見て、スッと目を細める。

だが斜め上に脳が振り切ってしまった今の八幡は、

そんな明日奈の視線をまったく恐れない勇者であった。

 

「おい明日奈、いい加減に機嫌を直せ」

「つ~ん!」

 

 明日奈はまるで子供のように、拗ねたように顔を背けた。

だが八幡はそんな明日奈の顔を自分の方に向け、いきなりその唇を奪った。

 

「「「「「「「うわ」」」」」」」

 

 そして八幡は、明日奈が八幡にしたように、舌を入れて明日奈の口内を蹂躙し始めた。

最初は抵抗していた明日奈の腕が徐々に力を失っていく。

 

「ちょっと奥様、バカップルよ、バカップルがいますわ!」

「ボクも八幡にあんな風にされたいなぁ………奥様!」

「お、奥様方、明日奈の目が段々ハートマークみたいになってきましたわ!」

 

 その藍子と木綿季の漫才に、優里奈が乗っかった。

 

「その昼下がりの奥様風の会話は何だよ!

というか優里奈まで乗っかっちゃうのかよ、珍しいなおい!」

 

 キリトは当然のようにその会話に突っ込んだ、さすがはヴァルハラの突っ込み担当である。

 

「う、羨ましい……私も八幡様の弱みを握って強く出てみるべきかも」

「逆に反撃されてお仕置きされちゃうのがオチじゃないの?

まああいつはそんな事はしないと思うけど」

「それはむしろウェルカム!」

「黙れ変態!」

「ムッツリスケベに言われたくないですぅ」

「なっ、だ、誰がムッツリなのよ!」

「詩乃はムッツリでしょ、というか八幡様に何かされる所を妄想するなんて日常茶飯事、

むしろそれでご飯が三杯はいける」

「ここにも別の種類の変態がいた!そして私は別にムッツリじゃないから!」

「じゃあ八幡にベッドに連れ込まれるのを一度も想像した事が無いっていうの?」

「……………そ、そんなの無い……」

「はい、その沈黙がダウト!ほら、やっぱりムッツリじゃない」

「うぅ………」

 

 詩乃が妄想逞しいのが発覚した瞬間であった。

思春期なのだから仕方ない、仕方がないのである。

 

「あっ、見て、明日奈が!」

 

 そして遂に明日奈の腕がだらんとぶら下がり、

目が完全にハートの形になり、とろんとした。

そして明日奈から怒りのパワーを全て吸い取った八幡は、

仲間達に向け、威厳たっぷりな声でこう言った。

 

「お前ら、とりあえず今日はここで解散、俺達が日本に戻ったら改めて集合をかけるから、

それまでちゃんと俺の留守を守るようにな」

「「「「「「「は~い」」」」」」」

 

 八幡が強いリーダーとして復活を遂げた以上、その言葉に逆らう者は誰もいなかった。

こうして八幡は無理やり力技で窮地を乗り越え、

ハチマンくんとアスナさんのバカップル伝説に新たな一ページが加わる事となった。



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第874話 八幡と明日奈、復活す

 ログアウトした八幡を迎えたのは、真っ赤な顔をした紅莉栖と、

ぷんぷんと怒っているダル、それに笑いながら転げまわっている朱乃と、

無表情で何を考えているか分からない萌郁、何ともいえない微妙な顔をしてる茉莉であった。

そこに同じくログアウトしてきたクルスとエルザが合流する。

 

「お前ら………さては全部見てたな?」

「ええ、見てましたが何か?」

 

 その言葉に八幡はハッとした顔をした。

 

「紅莉栖、本当にすまん」

「は?いきなり何?」

「俺がツンデレの名前を挙げた時、お前の名前を出さなかった事、深く反省している」

「そ、そんな謝罪を受ける謂れは無いわ、この馬鹿者!」

 

 八幡はどうやら完全復活したようで、その態度はいつも以上に、

憎らしい程余裕たっぷりである。

おそらく藍子と木綿季を救ったという高揚感も、その余裕の一因であるのだろう。

 

「あと理事長、笑いすぎです」

「あはははは、だってまさかああくるなんて、予想もしてなかったんだもの!」

 

 その二人の会話にクルスとエルザが横から加わった。

 

「本当ですよ八幡様、やりすぎです!」

「明日奈が完全に堕天してたよね」

「何だその中二病テイスト溢れる表現は、あっ、てかエルザ、てめえ、今度覚えてろよ」

「えっ、やだ、そんないきなりなんて、らめぇ!」

「らめぇ、じゃねえよ!くそっ、どうすればこいつにお仕置き出来るんだ」

「八幡様、考えるだけ無駄です」

「確かにそうだな、よし、放置だ放置」

「放置プレイね!」

 

 エルザはそう言ってビクンビクンし始めたが、八幡はそのまま放置する事にした。

 

「八幡君って本当に変態よね」

「その評価には断固として抗議しますよ茉莉さん、

俺はあくまで被害者に過ぎません、変態はこいつだけです。

あ、いや、もう一人いました、先生こいつです」

 

 八幡はそう言ってダルを指差した。

 

「変態じゃない、変態紳士だお!そしてリア充爆発しろ!」

 

 その言葉で八幡は、ダルの不機嫌の理由を察した。

 

「何だダル、そんな事で怒ってたのか?」

「当たり前だお!激おこぷんぷん丸だお!」

「また懐かしい表現を……だがな、ダル」

「フン、何?」

 

 八幡はそのままダルに顔を近付け、その耳元でそっと囁いた。

 

「阿万音由季さんとの交際がどの程度進展してるか、俺が知らないとでも思ったのか?」

 

 その瞬間にダルの顔から汗が滝のように流れ出した。

 

「八幡ごめん、よく考えたら別に怒るような事じゃないよね、うんうん」

「分かってくれればそれでいい」

 

 八幡はニコニコしながらダルの肩をぽんぽんと叩いた。

どうやら八幡の持つ諜報網は、中々優秀なようだ。

とはいえその諜報網を一人でかなり担っているその当人は、

何も言わずに無表情のままじっと八幡を見つめ続けていた。

そして八幡は、まだ一言も喋っていない萌郁の方に目を向け、首を傾げた。

 

「おい萌郁、何でそんなに拗ねてるんだ?」

「えっ?」

「桐生氏、今拗ねてるん?」

「ぜ、全然わかりませんでした、八幡様」

「ん、そうか?ほら、この辺りとか、いかにも私拗ねてますって感じじゃないかよ」

 

 八幡はそう言って、萌郁のほっぺたをツンツンした。

だがそれで萌郁の表情が変わる事は無かった………ように見える。

 

「ぜ、全然分からないわよ……」

「むしろ何で分かるん?」

「謎ね………」

 

 そう悩む一同の前で、八幡は萌郁に笑顔で話しかけた。

 

「ん、俺に何か頼みがあるのか?何だ?」

 

 どうやら全く変わったように見えなかった萌郁の表情に、実は変化があったらしい。

 

「だから何で分かるの!?」

「ずっと見てたけど、どこも変わったように見えなかったお!」

「本当に謎だわ………」

 

 だがその八幡の言葉を証明するかのように、萌郁が小さくうんうんと頷き、

それで一同は、八幡の言葉が正しかった事を理解した。

 

「……………今回も含めて私は護衛を頑張った、あと諜報も」

「おう、お前にはいつも助けられてるぞ、もうお前無しの生活は考えられないな」

 

 これは八幡の珍しいリップサービスである、余程機嫌がいいのであろう。

 

「………まだ」

「ん?」

「………まだ私はマンションに自分の場所を確保していない、そろそろいいと思う」

「ん~?」

 

 八幡はその言葉に首を傾げ、やがて何の事か思い付いたのか、ガシガシと頭をかいた。

 

「………ああ、そういえばそうだったか」

「あっ、そう言われてみると………」

「確かにまだだった気がするね」

「私ですら何回かお泊りしてるのに」

 

 クルス、エルザ、そして茉莉がそう言い、萌郁は再びうんうんと頷いた。

そして萌郁がポケットに手を突っ込んだのを見て、嫌な予感がした八幡は、

慌てて萌郁の腕をガシッと掴んで止めた。

 

「ま、待て、何をする気だ?」

「………聖布の奉納」

「ちょっ、萌郁さん、ここで!?」

 

 その言葉に慌てたのは八幡よりもむしろ紅莉栖であった。その顔は真っ赤に染まっており、

相変わらず紅莉栖がそういった事に免疫が無いのがよく分かる。

これでよくキョーマと付き合っているなと八幡はある意味感心した。

 

「落ち着け紅莉栖、いいか萌郁、そういうのは俺じゃなく明日奈に話すといい、

それにここにいる紅莉栖も茉莉さんもそういう事はしていない、

だからお前も無理にその、奉納をする必要はないんだ」

「………私とこの二人は違う」

「な、何が違うんだ?」

「私は奉納を望んでいる、だから問題ない」

「い、いや、しかしだな」

「いいじゃないですか八幡様」

「そうだよ、本人の意思は尊重しなきゃ!」

 

 その時クルスとエルザが萌郁のフォローに入った。

二人は萌郁のもう片方の手を握り、仲間だ仲間だととても嬉しそうにはしゃぎ始めた。

萌郁はそんな二人の行動に最初はきょとんとしていたが、

やがて彼女にしては珍しく、一同に分かるように微笑んだ。

 

「ほら、凄く嬉しそうだよ、八幡!」

「ああもう、分かった分かった、日本に帰ったら好きにすればいい」

「うん、好きにする」

 

 萌郁は珍しくハッキリした声で即答し、八幡は深いため息をついた。

 

「はぁ………まったく物好きな」

 

 そして八幡は大きなアクビをした。

数時間前まで寝ていたはずなのだが、やはり疲れがたまっているのだろう。

 

「よし、それじゃあ俺はちょっと寝させてもらうわ、

まだちょっと頭がぼ~っとしてる気がするんでな」

「そうね、そうした方がいいと思う。その間に私達は、日本に帰る準備を進めておくわ」

「悪いな、それじゃあ頼むわ」

「うん、任せて頂戴」

 

 そして八幡は自分の部屋に戻り、一同は帰国の為の準備を始めた。

 

 

 

 一方明日奈、藍子、木綿季、優里奈、詩乃、和人の六人は、

明日奈を除いた五人による話し合いの結果、

藍子と木綿季はまだ病み上がり……というか、その段階にも全然達していない為、

大人しく体を休める事となり、この場所からはログアウトした。

今頃は自宅(といってもVR空間のだが)で寝ている事であろう。

和人はヴァルハラのみんなに今回の事を報告するといって、ALOへと向かった。

詩乃はこの後ソレイユにバイトに行くらしい。

ついでにみんなに八幡の記憶が戻った事を報告するつもりのようだ。

そしてこの場には、優里奈だけが残る事となった。

 

「明日奈さん、今日は頑張りましたね」

 

 そんな優里奈は今、明日奈に膝枕をしながら、優しくその頭を撫でているところであった。

これではどちらが親的立場なのか分からない。

 

「う、う~ん………八幡君、もう朝?」

 

 その時明日奈がだらしなく緩んだ顔でそう呟き、優里奈は思わずクスッと笑った。

 

「心配しなくても、誰も明日奈さんから八幡さんを取ったりしませんよ」

「う、うん、それはそう思う………」

 

 明日奈から突然ハッキリとした返事が聞こえてきた為、

優里奈は驚いて明日奈の顔を覗きこんだ。

「明日奈さん、戻ってきましたか?」

「うん、何かね、八幡君が夢の中に出てきて、

『朝だぞ、起きろ』って私のほっぺたをペチペチ叩いてくれたの。

もっともその後に、俺は今から寝るけどなって言ってたけど」

「ふふっ、まあこっちは今は夕方ですけど、あっちは明け方ですもんね」

「ふふっ、そうだね」

 

 そして明日奈は体を起こし、最初に優里奈に謝った。

 

「ごめんね優里奈ちゃん、迷惑をかけちゃったね」

「いいえそんな、迷惑だなんて思ってませんから!」

「それに色々と恥ずかしい姿を見せちゃったし……」

 

 明日奈はそう言って顔を赤くし、優里奈も明日奈がした事を思い出したのか、

明日奈と同じように赤面した。

 

「ま、まあ結果オーライですよ、とにかく八幡さんの記憶が戻って良かったです!」

「それはうん、本当に良かったね」

「です!」

「他の人達は?」

「先に落ちました」

「そっか、それじゃあ私達もログアウトしよっか」

「ですね!」

 

 そして二人はログアウトし、一瞬後に、八幡のマンションのベッドで目を覚ました。

どうやら二人は一緒にログインしたらしく、二人の手は固く握られた状態であった。

その理由は簡単である、二人は八幡の記憶が本当に戻るのか、お互いに不安だったのだ。

 

「ふう、それじゃあ少し休んだ後にご飯にしよっか」

「そうですね、時間的にも丁度いいですしね」

 

 二人はそのまま再びベッドに横たわり、雑談を始めた。

 

「八幡君って、昔はああだったんだね」

「ちょっとだけ話は聞いてましたけど、本当に今とは別人でしたね」

「優里奈ちゃんの名前が何度も呼ばれてたよね、

昔の八幡君の好みって、優里奈ちゃんみたいな子なのかな?」

「そ、それはそういう項目ばっかりだったからですって!」

「でも分かる気がするんだよね、八幡君、活発そうな子は苦手っぽかったじゃない?

多分私みたいな子は、本来は苦手なんだと思う」

「あれ、でも私、明日奈さんにそこまで活発ってイメージは無いですけど。

どちらかというと落ち着いてるっていうか……」

 

 その言葉に明日奈は首を傾げた。

 

「………あれ?た、確かに本来の私はそんなに活発じゃないかもだ」

「ですよね、明日奈さんは凄く社交的で、誰とでも仲良くしてくれますけど、

実はそこまで活発って感じではないですよね」

「確かに私、そこはかおりと全然違うかも」

「八幡さんは多分、明日奈さんの社交性の凄さを感じ取って、

活発な人だと勘違いしたんじゃないですかね?」

「ああ、そうかも……昔の八幡君って、女の子に親しげに話しかけられると、

ついまごまごしちゃったって言ってたもん」

 

 二人はそんな八幡の姿をイメージし、微笑ましく感じた。

 

「でもやっぱり一度くらいは私の名前を呼んで欲しかったなぁ」

「え?でも最初に八幡さん、教えられてないのに明日奈さんの名前を呼んだじゃないですか」

「えっ?あ!た、確かにそうだったかも」

「それって明日奈さんの事をちゃんと覚えてたって事じゃないですか。

それに八幡さんは明言しませんでしたけど、詩乃ちゃんが言ったように、

かおりさんと明日奈さんの姿が重なったってのも大きいと思いますよ」

「確かに声もよく似てるねって言われるけどね、うん、それある!何それウケる!」

「うわ、本当に似てますね」

「でしょ?」

 

 二人は顔を見合わせ、ぷっと噴き出した。

 

「それにしても八幡君、本当に専業主夫になりたかったんだね……」

「今でもたまに、働きたくないでござるって言ってますからね」

「まあそうなったら私が……ううん、私達が養ってあげればいいだけだけどね」

「そうですね、クルスさんじゃないですけど、八幡様を超養いましょう!

そして家に帰った時は、超甘やかしてもらいましょう!」

「で、夜は二人一緒にかわいがってもらう?」

「そこまで言ってません!」

 

 明日奈は普段は言わないような冗談を、平気で優里奈に言った。

会話内容も三人一緒に暮らしていくのが前提となっているのは間違いなく、

その事から明日奈にとっての優里奈が他の女性陣よりも近しい存在だという事がよく分かる。

ハッキリと同じ括りに入っているのは、陽乃と小町とユイくらいのものであろう。

その他でこの括りに入っている可能性があるのは、

八幡の被保護者的存在の、藍子と木綿季、そして意外だろうが、詩乃とフェイリスである。

その全員が同じ十七歳なのは、実に興味深い。

 

「八幡君、いつ帰ってくるのかな?」

「近いうちに帰ってきそうですよね」

「それまで私達がちゃんと留守を守らないとね」

「あっ、八幡さんも落ちる時にそう言ってましたよ」

「えっ、そうなの?それじゃあしっかりお留守番しよっか」

「はい!」

 

 そして二人は同じタイミングで立ち上がると、仲良くキッチンへと向かった。

まるで姉妹のように実に仲がいい事である。

 

 こうして八幡の記憶喪失騒動は完全に終結した。後は八幡達の帰国を待つばかりである。




後四話くらいでこの章も終わる予定です、
・世話になった人に挨拶して回る八幡、そして帰国
・日本で挨拶周り、アイ&ユウとの再会
・雪乃、結衣、沙希、優美子、葉山、戸部、姫菜、いろはとの飲み会(記憶喪失に絡んだ話)
・エピローグ(内容は秘密ですが、どこかに伏線はあります)
内容は重なったり分かれたりするかもですが、基本この流れとなります!


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第875話 再会を約す

 次の日八幡が目覚めると、既に他のメンバー達は全員起きて活動していた。

時計を見ると、あれから十二時間近く経っており、今は夕方であった。

最初に八幡に声を掛けてきたのは朱乃である。

 

「あら八幡君、やっと起きたのね、具合はどう?」

「すみません、おかげで頭がスッキリしました、帰国の準備の方はどうですか?」

「明日の昼の便を抑えておいたわ、

今回お世話になった人達にはそれまでに挨拶を済ませてね」

「分かりました、ありがとうございます」

「あとこれ、清盛さんからよ」

「お、ありがとうございます、見させてもらいますね」

 

 八幡は朱乃から何かの書類を受け取ると、朱乃に頭を下げ、クルスを呼んだ。

 

「マックス、とりあえず宗盛さんとジョジョ、それにガブリエルにアポをとってくれ」

「それなら順番的にはガブリエル、ジョジョ、それに宗盛さんがいいと思います、

病院の面会時間とザスカーの営業時間の関係がありますので」

「そうか、まあ任せる」

「分かりました」

 

 クルスは正式な秘書就任前にも関わらず、その業務を完璧にこなしていた。

日ごろから八幡の為に日々勉強しているのであろう。

その辺りは南も同様だが、二人はどちらも努力家であり、

既に薔薇からも、直ぐに業務に入っても何の問題も無いとお墨付きをもらっていた。

 

「茉莉さん、今回は本当にありがとうございました、帰国まで自由にして下さいね」

「うん、ありがとう、せっかくだからみんなに渡すお土産でも買ってくるわ」

「あ、じゃあ私も一緒に行っていい?」

「別にいいけど、ちゃんと変装はしてね?

あなたの名前はこっちでも一部のゲーマーには有名になりつつあるから」

「うん、分かった!」

 

 どうやらエルザは茉莉に同行するらしい。

自衛官の茉莉が一緒なら、特に危険も無いであろう。

 

「紅莉栖とダルはどうする?」

「私達は、メリダさんとクロービス君の入ったサーバーを日本に移動させる段取りをするわ」

「結城先生がこっちから自由にアクセス出来るように、

セキュリティ関連の見直しもしないとなのだぜ」

「土産とかはいいのか?」

「明日の午前中、空港に向かう途中にでもどこかに寄ってもらえればそれでいいわ」

「僕もそれで問題ないかな、どうせオカリンとかの分だけだしね」

「そうか、それじゃあすまないが、宜しく頼む」

「ええ」

「任されたお!」

 

 最初から最後まで、実に頼りになる二人であった。

そして八幡はソファーに座って清盛から送られてきたという書類を眺め、

時々うんうんと頷いてていたが、そこにクルスが戻ってきた為、書類から顔を上げた。

 

「さてと、ユイとメリダとクロービスの所に行くのは夜でいいとして、

マックス、アポはとれたか?」

「ジョジョと宗盛さんに関してはとれました、

ガブリエルに関しては必要ありませんので、今すぐ向かいましょう」

「まあそうだな、よし、マックス、萌郁、行くぞ」

 

 八幡達三人は、そのままガブリエルが入院している病院を訪れた。

 

「やぁ八幡、もしかして記憶が戻ったのかい?」

「………知ってたのか?」

「ああ、実は少し前に、ヴァルハラ・ガーデンでキリトから説明があったのさ」

「そういう事か、まあもう記憶は戻った、何も問題はない」

「それなら良かった、かつての部下の中に、戦傷で記憶を失った奴がいたからね、

実はちょっと心配していたんだよ」

「………そいつはどうなったんだ?」

「自分が人殺しだった過去なんか忘れて、今は奥さんと幸せに暮らしてるよ」

「………そうか、それは良かった」

 

 八幡は、そういうケースもあるのだと納得し、少し感動した。

 

「それで今日はどうしたんだい?」

「おう、実は明日、日本に戻る事になった」

「それは急だね、でもそうか、それじゃあ僕も明日退院する事にするよ」

「え、お前、明日退院って、そんなの自分で決められるものなのか?」

「別に問題ないさ、失ったのは腕と片目だ、移動するのに何の支障もないよ」

「ああ、実はその事でお前に話がある」

 

 そう言って八幡は、ガブリエルに何枚かの書類を差し出した。

 

「これは?」

「俺の知り合いの医者にお前のレントゲン写真やら、その他一式を送って見てもらった。

その医者は死にかけたじじいだが、信頼出来るじじいだ。で、その返事がそれだ」

 

 ガブリエルはその書類に目を通し、ヒュッと息を呑んだ。

 

「まさか、この腕は治るのかい?」

「完全にとはいかないがな、まあお前の全盛期のほんの九割ってところだな」

「九割だって?こっちの医者には………」

 

 何か言いかけたガブリエルだったが、その言葉は八幡に遮られた。

 

「手術の成功率が天文学的低さだって言われたんだろ?

それと世界でも成功例がほとんど無いとも」

「あ、ああ、よく分かるね」

「俺も色々調べたからな、だが俺の知り合いに手術のスペシャリストがいるんだ、

その人は普通に手術する分には平凡な腕しかないが、

誰かの真似をさせたら世界でも有数の神のメスを振るうぞ」

「真似?つまりトレースの才能って事かい?」

「そうだ、幸いお前の腕と同じような状態の患者を手術で治した映像を手に入れた、

だからお前の腕はうちで治す、絶対にだ」

 

 八幡はそう言いながら、次にガブリエルにサングラスを手渡した。

 

「そしてこれだ、俺がこっちにいるうちに何とか間に合ったな」

「………これは?」

「それは今うちが開発中のAR端末のお前専用バージョンだ、

拡張現実、オーグメンテッド・リアリティって奴だな。

もっとも性能はかなり限定的にさせてもらった、なにぶん時間が無かったんでな。

さて、それを装着するとどうなるか、まあ騙されたと思って掛けてみるといい」

「あ、ああ、分かった」

 

 ガブリエルは言われた通りにそのサングラスを掛けた。

その瞬間に、失われていたカブリエルの視界がいきなり復活した。

 

「こ、これは………見える、見えるぞ!」

「まあそうなる訳だ。お前が本来見ているはずの映像を、

サングラスに内臓されたレンズが拾い、その情報をお前の脳に継続的に送り込む。

情報量を絞っている分脳への負担も無いも同然らしい」

「こ、こんな物をもらっていいのかい?かなり金がかかったんだろう?」

「なぁに、いずれこれをもっとシンプルにしたバージョンを、

目の見えない人達に売り出すつもりだから、そこで回収するさ。

これはお前がいたからこそ作ってみようと思った製品だから、

その将来の利益の一部を先行してお前の為に使っても別にいいだろ」

 

 ガブリエルはその説明に押し黙った後、八幡に深々と頭を下げた。

 

「ありがとう、感謝の言葉も無いよ。

俺の命は君に捧げる、何でも命令してくれ。

例え誰かの暗殺だろうと何だろうと、必ず成し遂げよう」

「物騒な事を言うんじゃねえよ!そんな事頼む機会なんか絶対に無えよ!」

「ははっ、冗談だよ、しかしまさかソレイユの技術がここまでとは思ってもいなかったよ」

「まあうちにはとんでもない天才がいるからな、まったくあいつには足を向けて寝れないわ」

「クリス・マキセか………」

「まあそういう事だ、だから俺がガブリエルに頼みたいのは、第一にあいつの命を守る事だ。

俺の事は心配しなくていい、俺には萌郁とレヴィがいるからな」

「分かった、その依頼、必ず成し遂げよう」

 

 これでガブリエルとの会話は終わり、ガブリエルはいそいそと、退院の準備を進め始めた。

 

「それじゃあ明日、空港で待ってるよ」

「おう、飛行機のチケットは手配しておく、パスポートを忘れるなよ」

「もちろんだ、この後はどこかに行くのかい?」

「ああ、ジョジョの所に挨拶だ」

「そうか、彼にも宜しく伝えてくれ、日本でまた会おうってね」

「分かった、必ず伝える」

 

 そして病院を出た三人は、ザスカー社に向かった。

 

「やぁ八幡、今日はどうしたんだい?」

「ジョジョ、実は明日日本に帰る事になったんでな、挨拶に来た」

「明日?そっか、僕も来週には日本に行くからね、

向こうで会えるのを楽しみにしてるよ」

「ガブリエルからも伝言を頼まれた、同じように日本でまた会おうってさ」

「オーケーオーケー、いやぁ、楽しみだなぁ、夢だったんだよ、日本に住むのが」

「そうか、それはおめでとう」

「ありがとう八幡、引き続き向こうでも宜しくね」

「こちらこそ宜しくな、ジョジョ」

 

 こうしてジョジョへの挨拶はあっさりと終わった。次は宗盛の所である。

 

「宗盛さん、明日日本に帰るんで挨拶に来ました」

「ああ、話は聞いてるよ、今回は実にいい経験になったよ、

あのVRラボとニューロリンカーが発売される日を楽しみにしているからね」

「ありがとうございます、

一応こっちからでも宗盛さんだけは今まで通りにログイン出来るようにしておきますので、

これからも無理の無い範囲であの二人に色々と協力してあげて下さい」

「えっ、いいのかい?」

「もちろんですよ、だって俺と宗盛さんは、あと数年で親戚になる訳じゃないですか」

 

 その言葉に宗盛は楽しそうに笑った。

 

「そうだったそうだった、結婚式には呼んでくれよ?」

「もし生きてたらあのじじいも来ますけど、平気ですか?」

「なぁに、実は昨日、そのじじいから珍しく連絡があってね、

生まれて初めて褒めてもらったから平気だよ」

「生まれて初めてとか……やっぱりあいつは偏屈なじじいですね、

今度から他人を褒めて伸ばす事も覚えろって説教しておきますよ」

「ははっ、うちの親父に説教出来るのなんて八幡君だけだから宜しく頼むよ」

「はい、任せて下さい。宗盛さん、宗盛さんがいてくれて、本当に良かったです。

あの二人の命を救ってくれて、本当にありがとうございました」

 

 八幡はそう言って宗盛の手を握りながら、地に頭がつかんばかりにおじぎをした。

 

「役に立てて本当に良かったよ」

 

 そう答えた宗盛の顔はとても誇らしげであった。

 

「さて、それじゃあホテルに戻ってあいつらの所に顔を出すか」

 

 最後の目的地はVRラボである。

ホテルに戻った八幡は、自分のニューロリンカーを探し、

それがどこにも見当たらない事で焦る事になった。

 

「あ、あれ、無い、無い、なぁ紅莉栖、俺のニューロリンカーを知らないか?」

「ごめんなさい、あれは調整中なの、その間は私のニューロリンカーを使って」

「ん、そうか、分かった」

 

 八幡は紅莉栖のニューロリンカーを使い、そのままVRラボにログインした。

 

「お~いメリダ、クロービス、ユイ、こっちの調子はどうだ?」

「あっ、パパ!良かった、私のせいで本当にごめんなさい……」

「ユイのせいじゃないさ、単純なシステムの問題だ、

だから気にするな、俺はこうして無事なんだからな」

「うぅ、パパ、パパ!」

 

 ユイはまだ完全にはショックから立ち直ってはいないようだったが、

もう八幡は元気な姿でユイの目の前にいるのだ、直ぐにユイも元気になってくれる事だろう。

そしてユイに遠慮していたらしい二人も、八幡に声をかけてきた。

 

「兄貴、久しぶり!」

「兄貴、記憶が戻ったんだね、本当に良かった……」

「おう、もうバッチリだ、ユイに聞いたのか?」

「うん、こっちじゃもう百日以上経ってるからさ、本当に心配したよ」

 

 どうやら二人はユイ経由でその事を教えられたようだ。

ユイは自分の責任だとかなり落ち込んでいた為、

紅莉栖が気を利かせてユイに一番に教えたらしい。

 

「藍子と木綿季の具合はどう?」

「おう、バッチリらしいぞ、もうすぐメディキュボイドは卒業だそうだ」

「そっかそっか、それは良かった」

「あとは残りの五人の病気を治せばコンプリートだね」

「その五人の病状は実際どうなんだ?危なかったりしないのか?」

「ああ、大丈夫大丈夫、一番やばいのはノリだと思うけど、

それでも一年以上は余裕だから、単純計算で百年は時間があるからさ、何とかしてみせるよ」

「お前達に頼りっきりになっちまうが、頼むな」

「うん、任せて!」

「スリーピング・ナイツは仲間を絶対に見捨てないんだぜ、兄貴!」

「ああ、そうだな」

 

 八幡はその言葉に嬉しそうに頷いた。

 

「なぁ二人とも、俺は明日、日本に戻るんだが、

実は二人がいるこのサーバーも、このまま日本に持っていく事になった。

なので一日程度、電源を落とす事になっちまうから、その事を先に伝えておくわ」

「あ、そうなんだ、分かった、それじゃあたまには休憩する事にするよ」

「と言っても、目を瞑ってすぐに目を開けるみたいな感じになるんだけどね」

「別の端末にお前達を移せれば良かったんだが、

お前達の今のデータ量はスマホ程度にはまったく入らないレベルになっててな、

都合のいい端末が近くに無かったんだ、すまない」

「ううん、いいっていいって、体感的にはどうせ一瞬だからさ」

「悪いな、約束通り、日本に戻ったらスリーピング・ナイツの奴らと再会させてやるからな」

 

 その言葉通り、二人は藍子と木綿季の病気を治した事で、

遂にスリーピング・ナイツの前に姿を現す事を決めていたのである。

最初はプレイヤーキャラをAIが操作しているという状態にする予定であったが、

どうやら技術的に色々と問題があるらしく、

当日はAI操作のNPCとして、ALOにログインする予定となっている。

要するにスリーピング・ガーデンのハウスメイドNPCの二人枠が、

この二人になるという事なのである。二人にはまだ仕事が残っている為、

スリーピング・ナイツの戦闘要員としては、たまにしか復帰する事は出来ないが、

いずれ全員の病気が治ったら正式に復帰する予定となっていた。

その場合も扱いはNPCとなるのだが、プレイヤー扱いとの違いは、

実はスキルを自由に取れない事くらいである。

そしてそれは、ホスト側からデータを変更する事によって解消する予定となっていた。

 

「それじゃあユイは、一足先にALOに戻ってくれ、

きっとキズメルも寂しがってると思うしな」

「はいパパ、それじゃあ日本で待ってますね」

「おう、それじゃあ後でな、ユイ」

「メリダさんとクロービスさんも、またALOでお会いしましょうね!」

「うん、ユイちゃんまたね!」

「またな!」

 

 こうしてユイとメリダとクロービスもお別れを済ませ、

そして次の日、土産の購入を終えた一行は、空港でガブリエルと合流した。

 

「よぉガブリエル、調子はどうだ?」

「腕はちょっと痛いけど、目の方はバッチリさ」

「………お前、サングラスをかけてると、どこかの俳優みたいだよな」

「え、そうかい?だからさっきから、女性によく声を掛けられるのか……」

「チッ、リア充モテ野郎め」

「八幡にそう言われると違和感しかないんだが」

 

 こうして八幡達は、ガブリエルを伴って空路にて遂に日本へと戻る事となった。



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第876話 八幡の帰国

 その日、成田空港のロビーは、普段よりもかなり多い人で溢れ返っていた。

そんな中、海外出張に向かう途中の何人かの客が、

この状況を見て驚いた顔で会話を交わしていた。

 

「何だこれ、誰か有名人でも来日予定なのか?」

「違うんじゃないか?マスコミとか全然来てないし」

「おい、あれ見ろよ、あそこに美人が沢山集まってるぞ、

もしかしてあの人達が目当てなんじゃないか?」

「それにしては、全員誰かを待ってるみたいに同じ方を向いてるような……」

 

 丁度その時、ぽつぽつと到着ロビーに人が現れ始め、

会話をしていた客の中の一人が、たまたまその中に神崎エルザの姿を発見した。

 

「あっ、おい、あれって神崎エルザじゃないのか?」

「えっ?本当だ、神崎エルザだ!」

「そうか、この人だかりは神崎エルザの出待ちをしてる連中だったのか」

 

 その客達の予想通り、ロビーにいた者達は、神崎エルザがいる方へと集まってきた。

 

「おい、俺達も便乗しようぜ」

「サインとかしてもらえるかなぁ……」

 

 だが彼らのその望みは果たされなかった。ロビーにいた者達のほとんどが、

神崎エルザの前を歩いていた黒髪の青年に殺到したからである。

 

「八幡さん、お帰りなさい!」

「次期社長、お努めご苦労様です!」

「お?どこかで見た連中がいると思ったら、みんな来てたのか、

あれ、でも今日はうちの社員は半分が休みで半分が出勤って聞いたぞ、

お前達は私服だから休みだよな?わざわざ出迎えに来てくれたのか?」

 

 八幡の言う通り、オペレーションD8が終了した為、

ソレイユの社員達は今日と明日の交代で休みをもらっていたのである。

 

「はい、実は寮住まいの休みの連中で盛り上がっちゃって、ノリでツアーを組んでみました!

ちなみにこの後は、寮の食堂で宴会の予定です!」

「何だお前ら、せっかくの休みなんだし、

迎えはいいから宴会だけやっててくれても良かったのに」 

「むしろ宴会がオマケですって!」

「そうか、まあみんな、楽しんでくれ、

俺も姉さんにアポをとってもらった挨拶だけ済ませたら顔を出すから」

「はい、お待ちしてます!」

 

 そんな会話の間中、エルザはちゃっかり八幡の隣を確保し、

ずっとニコニコと微笑んでいた。さすがの外面の良さである。もっともそれは、

自分の事を知っている者達に足止めされないようにという計算ずくの行動であり、

事実先ほどエルザを見つけた者達は、まったくエルザに近付く事が出来なかった。

そして一般社員との会話が終わった後、ロビーにいた客曰くの美人軍団が八幡の前に立った。

 

「八幡君、お帰りなさい」

「姉さん、今戻りました」

「まったくあなたという人は、冷や冷やさせないで頂戴」

「悪い雪乃、今度から気を付けるわ」

「本当だよ、まったくウケないわぁ」

「う………」

 

 かおりが話しかけてきた瞬間に、八幡は何故か一歩後ろに下がった。

 

「え、な、何その反応」

「え、あれ?分からん、体が勝手に動いたみたいな」

 

 その後はそんな事は一度も起こらなかったが、この時のせいで、

その後かおりが若干八幡に対してぐいぐい来るようになったのはご愛嬌である。

その場には薔薇と南もいたが、二人はクルスと話す事を優先させたようだ。

アメリカで行われた業務に関しての情報共有をしているのだろう。

同様に舞衣もダルと話をしており、陽乃と雪乃はそのまま朱乃と話し始めた。

茉莉はその足で上司に報告に向かうらしい。

そしてガブリエルは、レヴィと久々の兄妹の再会を喜んでいるようだ。

 

「そういえば姉さん、明日奈はいないんですか?」

「ああ、明日奈ちゃんは、八幡君に会うのがちょっと恥ずかしいからって言って、

優里奈ちゃんと一緒に寮で宴会の準備の手伝いをしているわよ」

「ああ、そういう……」

 

 八幡は、若干顔を赤くしながらその言葉に納得した。

八幡自身、若干の気恥ずかしさを感じていたのも確かだからである。

その時そんな八幡の前に理央が立った。何故か理央はドレス風の衣装を着ており、

八幡は驚いた顔で理央に尋ねた。

 

「え、理央、お前、何でそんな格好してんの?」

「し、仕方ないでしょ、ジャンケンに負けたんだから!」

「ジャンケン?」

 

 きょとんとする八幡に、陽乃が八幡に何かを差し出してきた。

 

「それじゃあ八幡君も、どこかでこれに着替えてね」

「着替え?あれ、これって俺の正装じゃ」

 

 そう言って陽乃が差し出してきたのは、

よく見るとそれは、八幡がパーティーの時とかに着る為にしつらえた服であった。

 

「え?あれ、何でですか?」

「だって八幡君、嘉納大臣と柏坂大臣にアポをとっておいてくれって言ったじゃない」

「それは分かりますが、さすがにこれはいきすぎじゃ?しかも何で理央まで?」

「仕方ないのよ、二人とも今日は、パーティーに出席してるんだもの。

そういった場所だと女性同伴が基本でしょ?」

「え、マジですか、じゃあ理央がジャンケンで負けたって言ってたのは……」

「まあいくら八幡君と一緒とはいえ、誰もそんな所に行きたくはないものねぇ」

「で、ですよね………分かりました、行ってきます……」

「場所はキットが知ってるから。招待状もキットの中にあるからね」

「は、はい……」

 

 そして一同は、ぞろぞろと移動を始めた。

その道中で八幡は、興味深そうにこちらを見ていた警備員に気付き、

申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「すみません、うちの者がお騒がせしました」

「えっ?ああ、いやいや、凄く礼儀正しい人達だなと思って見てただけだから。

別におかしな騒ぎ方をしてた訳じゃないし、何の迷惑もかけられてないから気にしないでね」

 

 その初老の警備員は、穏やかな顔でそう言った。

 

「聞くつもりは無かったんだけど、君が次の社長さんなのかい?

部下にも慕われてるみたいだし、いい部下をたくさん持って、幸せだね」

 

 その警備員にそう言われた八幡は、晴れやかな顔でこう言った。

 

「はい、ここにいる全員、俺の自慢なんです」

 

 その言葉に一同はわっと盛り上がり、八幡は慌てて警備員に謝った。

 

「す、すみません」

「いやいや、気持ちは分かるからね」

 

 そして一同は去っていき、最初に会話をしていた無関係の何人かは、

その様子を呆然としながら見送った。

 

「一体何だったんだあれは……」

「何か凄いもんを見ちまったな……」

「ソレイユって言ってたよな、あそこっておかしな会社なんだな」

 

 この事はSNSで拡散し、ソレイユへの入社希望者が、更に増える事となった。

 

 

 

「さて、それじゃあエルザを送ったら、パーティーとやらに行くか……」

「本当に行くの?私、凄く嫌なんだけど」

「大丈夫だよ理央、私が色々教えてあげるから!」

「いいの?お、お願い!」

 

 どうやらエルザはそういう機会が何度かあったらしく、

そういう場でどうすればいいのか理央に説明を始めた。

その説明に理央はうんうんと頷いている。

 

「しかし何故わざわざパーティーなんぞに行かないといけないんだ、

別にパーティーとやらが終わってからでもいいじゃないかよ……」

 

 その八幡の愚痴には理央が答えた。

 

「あ、何か最初は社長が招待されてたみたいなんだけど、

誰が参加するのかうちで調べたリストを見て顔色を変えて、

『この人、私、嫌いなのよね、面倒だから八幡君に丸投げしようかしら』って言ってたよ」

「なっ………あの馬鹿姉め、一体誰が嫌いだっていうんだ」

「さぁ……」

 

 八幡は招待状と一緒に置いてあったそのリストを見て、直ぐにそれが誰なのか理解した。

 

「あ、一発で分かったわ、きっと幸原みずき議員の事だな………」

「ああ、あの人……」

 

 理央ですらそう言うほど、それは悪い意味で有名な女性議員であった。

 

「俺も嫌いんだけどな……」

「ま、まあ仕方ないね、多分関わる事はないだろうし、挨拶だけ済ませてさっさと帰ろうよ」

「だな……」

 

 そして二人はエルザを家まで送った後、そのまま現地のホテルへと向かった。

ホテルでは、妙に若い二人の姿に受付の者が訝しげな視線を向けてきたが、

招待状を見せるとその表情が一変した。

 

「嘉納大臣からくれぐれも宜しくと言われております、どうぞお入り下さい」

「すみません、ありがとうございます」

 

 八幡は、ソレイユの名前も結構有名になってきたなと思いながら、理央を奥へと促した。

 

「さて、それじゃあまあ、行くか」

「う、うん」

「エスコートとかは必要ないよな?」

「………そこまでフォーマルな感じじゃないからいいんじゃない?」

 

(ちょっと残念だけど)

 

「だな」

 

 八幡はそう言うと、改めて理央の格好を眺め、直ぐに目を逸らした。

理央のドレスの胸の部分が妙に強調されていたからだ。空港ではそんな事は無かったのだが、

どうやら着替えをさせてもらったエルザの家で、エルザが理央の服装をチェックしたらしい。

 

「な、何よ」

「いや、理央は相変わらずエロいなと思ってな」

「相変わらずって何よ!それに私は別にエロくなんか……」

 

 その時理央の目に、たまたま近くにあった鏡にうつった自分の姿が飛び込んできた。

その姿は確かに八幡にそう言われても仕方がないものであった。

 

「えっ、あれっ?そういえばさっきエルザさんに見てもらった時に、

胸の辺りをごそごそされたような……」

「何でその時に気付かないんだよ……」

「し、仕方ないじゃない、芸能人の家に行くなんて初めてだったんだから緊張してたんだもん」

「お前って意外とそういうとこあるのな、麻衣さんとは仲がいい癖に」

「だって麻衣さんは学校の先輩だし……」

「まあいい、もうここまで来ちまったんだから、出来るだけ目立たないように頑張れ」

「うぅ……八幡以外にはなるべく見られないようにストールを掛けてしのぐ事にする」

「俺に見られていいものでもないと思うけどな……」

 

 そして理央は首にストールを掛け、

八幡は目当ての人物をやっと見付け、そちらに近付いていった。

 

「嘉納さん、お久しぶりです」

「お?おお、比企谷君、帰国早々わざわざ来てくれてすまないね」

「いえ、今回の件、ご助力頂いて本当にありがとうございました」

 

 こうして八幡は、嘉納と再会する事になったのだった。




予定より一話長くなりそうです!(いつもの事


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第877話 パーティーと宴会

すみません、昨日忙しくて書けなかったんですが、昼にちょっと家に帰れたのでとり急ぎ完成させました!中途半端な時間の投稿になってすみません!


「アメリカじゃちょっとしくじったらしいじゃねえか」

「あっ、はい、まあ今はもう平気です、ご心配をおかけしました」

 

 既に嘉納は八幡の記憶喪失の事を知っていた。

口止めはしていなかったし、おそらく茉莉辺りから報告を受けたのだろう。

 

「本当に気を付けてくれよ、お前さんにもし何かあったら、

日本にとってはかなりの痛手なんだからな」

「それは買いかぶりすぎです、俺がいなくてもソレイユはちゃんと運営されていきますって」

「それはそうだろうが、お前さんがいなくなって、

雪ノ下社長がいなくなったらどうなるか分からないだろ?」

「まあ………それはそうですね」

「まあでも悪い事ばかり考えていても仕方ねえな、とにかく無事で良かった」

「はい、ありがとうございます」

 

 この時点で隣にいた理央は、緊張でガチガチになっていた。

それも当然だろう、目の前にいるのは、麻衣などとは比べ物にならないほどの有名人なのだ。

 

「で、こちらのお嬢さんが、お前さんの新しい女かい?」

 

 嘉納は冗談のつもりなのだろう、ニヤニヤしながらそう言った。

 

「いや、こいつは誰がここに来るかのジャンケンで負けた、ただの運が無い奴です。

ほら、もう緊張して今自分がどんな状態か分かってないように見えるでしょう?」

「い、いや、確かに緊張してるけど!してるけど!」

 

 理央がそう突っ込んできたが、二人は微笑んだだけである。

 

「ジャンケン?ここに来るのがそんなに嫌だったのか?」

「少なくとも姉さんは逃げやがりましたね、ほら、今日はあの人が来てるじゃないですか」

 

 そう言って八幡は、チラリと遠くにいる幸原議員の方に視線を走らせた。

 

「ああ、確かに好き好んでお近付きになりたい相手じゃないわな」

 

 どうやら嘉納も、幸原にはあまりいい印象は持っていないらしい。

 

「俺はまあ別にいいんですけど、こいつは実は、

うちの見習い社員の高校生なんで、こういう場にはまったく縁が無いお子様なんですよね」

「お、お子様言うな!」

 

 再び理央が突っ込んできたが、二人はそれに対しても微笑んだだけである。

この二人と理央では役者が違うのだ。

 

「ほう?高卒でソレイユ入りとは将来有望でいいじゃねえか」

「はい、それはまあ認めます、こいつは中々出来る奴なんですよ。

ちなみに俺が拾ってきました」

 

 八幡はややドヤった感じでそう言い、嘉納は関心したような顔で頷いた。

 

「ほうほう、お前さんが直接なぁ、

なるほどなるほど、だからこんなに別嬪さんで、スタイルが抜群なんだな」

「いや、それは俺の選考基準には全然関係ないですから」

「ちょ、ちょっとはそっちにも興味を持ってくれても……」

 

 八幡はあっさりとそう切って捨て、理央は複雑そうな表情でそう呟いた。

通常の相手ならここで終わる話だが、相手は百戦錬磨の政治家である、

この程度で八幡をからかう事をやめたりはしないのだ。

 

「それじゃあ銃士Xの嬢ちゃんはどうなんだ?あの子もお前さんが拾ったんだろ?」

「え、いや、まあそう言われるとそうなんですが」

「あとロザリアちゃんもお前が拾ったようなもんだって聞いたぜ?」

「ああ、確かにあの猫は捨ててあったんで拾いましたね」

「それと櫛稲田優里奈、だったか、あの子もそうだろ?」

「嘉納さん、よく知ってますね」

「ははははは、ほれ、全員に共通してる部分があるじゃねえか、なぁお嬢ちゃん」

「そ、そう言われると確かに……」

 

 理央は自分の胸を見ながらそう言い、八幡は焦ったような顔で言い訳をした。

 

「違う、本当に偶然だ、俺は胸の大きさにそんなに価値を見出してはいない」

「そっか、私の胸って価値が無いんだ……」

 

 その言葉を聞いた理央がしょんぼりとし、八幡は更に焦った。

 

「い、いや、違う、決してそんな事はないから自信を持て、大丈夫だ、お前は十分にエロい」

「それ、褒め言葉じゃないから!」

「比企谷君、さすがにそれは無えだろ」

 

 嘉納にまでそう突っ込まれ、八幡は顔を赤くした。

 

「すみません、おかしな事を言いました」

「いやいや、お前さんの珍しい姿が見れたから良しとするさ、

それでお嬢ちゃん、緊張も解けたみたいだし、そろそろ自己紹介といこうじゃねえか」

「あっ」

 

 それで理央はガチガチだった自分がリラックス出来ている事に気が付いた。

さすがは嘉納、実に老獪である。

 

「失礼しました、私は双葉理央です、八幡の新しい女です!」

「ぶっ……」

 

 理央がそう言った途端に八幡は思いっきり噴き出し、

嘉納はこの上なくニヤニヤした顔で八幡に言った。

 

「本人はそう言ってるみたいだが?」

「おい理央、お前は時と場所をもう少しわきまえような」

 

 八幡は平静を装いながら、諭すように理央に言った。

その八幡の言葉を理央はどうやら曲解したらしく、

きょろきょろと辺りを見回しながら嘉納にこう言った。

 

「す、すみません、私もう十八ですけど、まだ一応高校生なんで、

今のセリフは五ヵ月後まで忘れておいて下さい!」

 

 そう言われた嘉納はきょとんとして黙りこんだ後、とても楽しそうに大笑いした。

 

「おい比企谷君、随分と面白い子を拾ったじゃないか」

「まあ面白いのは確かですね、ちなみにこいつは来年度から、

ソレイユの次世代技術研究部に所属する予定です」

「ほっ、花型部署じゃねえか、本当に優秀なんだな」

「い、今必死に勉強中です」

 

 理央は褒められたのが嬉しかったようで、紅潮した顔でそう言っておじぎをした。

 

「そうかそうか、頑張れよ」

「はい!」

「俺は嘉納太郎だ、お嬢ちゃんの事は覚えておく」

「あ、ありがとうございます!」 

「実に楽しそうですね、そろそろ僕も混ぜてくれませんか?」

「おっ、柏坂さん、悪い悪い、ちょっと盛り上がっちまったわ」

 

 そこに横から声を掛けてきた者がいた、厚生労働大臣柏坂健である。

 

「比企谷君、紹介しよう、こちらは厚生省の柏坂大臣だ」

「柏坂健です、比企谷君、君の事は娘からよく聞かされているよ、

それに双葉さんだったかな?宜しくね」

「双葉理央です、宜しくお願いします」

「比企谷八幡です、失礼ですが、娘さんというのは……」

「君の隣のクラスに通っている柏坂ひよりの事だね」

「あっ、ひより………っとと、柏坂さんのお父様でしたか」

 

 八幡はいつものようにひよりの事を呼び捨てにしようとし、慌ててそう言い直した。

 

「いやいや、いつもの通りひよりと呼んでやってくれ、

もし私のせいで、今後の呼び方が変わってしまったら、娘に怒られてしまうからね」

「あっ、はい、分かりました」

 

 柏坂は鷹揚な人物らしく、人柄も穏やかなようで、八幡と理央は好感を抱いた。

 

「今回の件、多大なご協力を頂き、ありがとうございました」

「いやいや、こちらこそSAOから娘を助けてくれて本当にありがとう、

君にはいくら感謝しても足りないくらいだよ。

それを抜きにしても、少し前からひよりが急に元気になってね、

その頃から君の話をしてくれるようになったから、それも君のおかげなんだろ?」

「確かに知り合ったのはその頃だと思いますけど、

それが俺のせいかどうかは分からないですよ」

「君は謙虚だね、まあとにかく今後とも宜しく頼むよ」

「こちらこそ宜しくお願いします」

 

 こうして嘉納大臣と柏坂大臣への挨拶を無事終えた二人は、そのまま撤収する事にした。

先ほどのやりとりで注目を集めてしまったせいか、

二人の事を尋ねてくる者が段々増えてきたからだ。

 

「おい理央、この流れはあまり良くない、特にあの幸原議員に目を付けられるのは避けたい」

「うん、そうだね、一刻も早くこの怖い場所から逃げ出そうよ」

「あ、やべ、こっちに来やがった」

「八幡、何とかして!」

「ちょっと待ってろ」

 

 そして八幡は、嘉納にそっと耳打ちした。

 

「嘉納さん、例の人が来たので逃げます」

「ん、そうか、それはまずいな、

俺としても、お前さん達があの人に目を付けられるのは避けたいからな、

よし、俺に任せておけ」

「すみません」

 

 そして嘉納は自分達を囲んでいる者達に、笑顔で言った。

 

「さて、この二人はそろそろ別のパーティーに行かないといけない予定があるので、

盛り上がっているところ悪いんですが、このまま俺が連れていきますよ」

 

 そう言って嘉納は二人の手を引き、会釈しながらスタスタと歩き始めた。

 

「よし、このまま逃げるぞ」

「えっ、嘉納さんも逃げるんですか?」

「俺だってあいつは嫌いなんだよ」

 

 嘉納はそうぶっちゃけると、二人と共にそのまま外へ出た。

 

「ふう、それじゃあまた遊ぼうや」

「はい、そうですね、今度はしがらみの無い場所で楽しく遊びましょう」

「理央ちゃんも頑張ってな」

「はい、今度は正式な社員としてご挨拶したいです!」

「おう、その時を楽しみにしているわ」

 

 そして嘉納と別れた二人はソレイユに戻ると、寮で行われている宴会に合流した。

 

「私、着替えてから他の人と合流するね」

「おう、俺は適当に声を掛けて回るわ」

「ちゃんと夜には眠りの森に顔を出してあげてね」

「ああ、もちろんそのつもりだ」

 

 理央と別れた後、八幡は社員達のところを周り、今回の件について一人ひとりを労った。

その道中で八幡は、思わぬ人物達の姿を見付け、ぽかんとした。

 

「あ、あれ、葉山と戸部じゃないか、何でこんな所にいるんだ?」

「比企谷、お帰り」

「ヒキタニ神、ち~っす!」

「おい戸部、俺をおかしな風に呼ぶな」

 

 二人の説明だと、葉山は今回の件について、法的にまずい部分が無いかどうか、

陽乃と相談に来た帰りに陽乃に言われて何となく参加する事になったらしい。

戸部は卒業後の寮の申し込みに来たついでに葉山同様に陽乃に誘われたようだ。

 

「いやぁ、久しぶりっしょ!」

「だな、ああ、でも悪い、俺はこの後ちょっと行く所があって、長居出来ないんだよな」

「それは残念だね、そうだ、良かったら明日にでも、三人で飲みにでも行かないか?

つもる話も色々とある事だしね」

「明日か、オーケーオーケー、それじゃあ待ち合わせは……」

「あら、そういう事なら私達も参加したいのだけれど」

 

 その時横からそう声が掛かった。そこにいたのは雪乃と結衣と優美子であった。

どうやらこの三人も、寮に入る事にしたらしい。

 

「雪乃まで寮に入るつもりなのか」

「ええ、そういう経験もたまにはいいのではないかと思って、まあ数年ね」

「なるほどな、まあ確かに楽しいかもしれないな、周りは仲間ばっかりなんだし」

「それならせっかくだし、明日は姫菜とか川崎さんやいろはすも誘って、

総武高校のプチ同窓会といかね?」

「いろはは一個下だがまあいいか………ってあれ?

そういえばあいつ、一つ下なのにこの前の面接に来てなかったか?」

 

 八幡は今更ながらその事を思い出し、不思議そうな顔で雪乃に尋ねた。

 

「いろはさんは、来年一人だと寂しいだろうからって姉さんが配慮したみたいよ」

「え、マジで?確かにもしそうなったら寂しいわな」

「まあいろはさんは実は優秀だし、一年早くに確保しておいてもいいのではないかしら」

「だな、あいつは何だかんだ、二年連続で生徒会長を努めた伝説の女だからな」

「それじゃあ全部で九人になるのか、

俺が店を予約しておくから、後でこっちから連絡を入れるわ」

「ヒッキー、楽しみだね!」

「おう、楽しみだな」

「あーし、姫菜がまた暴走しないか不安なんだけど」

「まあ久々なんだし多少はいいんじゃないか?どうせいじられるのは俺だろうし」

「確かにそうだね、それならいいか」

「俺が困ってたら助けてくれよ、おかん」

「あーしをおかん扱いすんなし」

 

 こうして明日のプチ同窓会の開催が決まり、八幡は仲間達に別れを告げ、

予定通り、眠りの森へと向かった。いよいよ二人との再会である。



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第878話 似合わない二人

昨日はすみません、おとといトラブル続出で、帰りがかなり遅くなってしまって原稿が完成しませんでしたorz


 ソレイユから出る直前に、八幡は見送りに出てきた雪乃に歩み寄り、

ひそひそと雪乃の耳元で囁いた。

 

「なぁ雪乃、明日奈はまだもじもじしてるのか?」

「ええ、あそこの物蔭で顔を真っ赤にしながらこっちを見ているわよ」

「あれか………確かに顔が真っ赤になってるな」

「詳しくは聞いていないのだけど、一体何があったのかしら」

「あ~………そのうち動画で見られるだろ、

まあとりあえず、しばらくはそっとしといてやってくれ」

「私が聞いた話だと、あなたも何かしたって話だったのだけれど」

「………ま、まあ、ちょっと仕返ししただけだ」

「仕返し、ねぇ……」

 

 そう言って雪乃がチラッと明日奈の方を見た瞬間に、

明日奈は顔から蒸気を噴き出しながらフェイドアウトしていった。

 

「………ああいう明日奈は珍しくて新鮮ね」

「そのうち元に戻るさ、それじゃあ行ってくるわ」

「あの二人に宜しくね」

「もうメディキュボイドからは出てるんだよな?」

「ええ、もう少ししたらリハビリを始められるそうよ、

今はとにかく栄養値の高い物を中心に食べているわね、まあ流動食に近いものだけれど」

「そうか、まあ経過が順調なようで何よりだな」

「これもあなたのおかげね」

「俺だけの力じゃないさ、むしろ俺が一番役立たずだったわ」

「謙遜しないの、それが出来る人を集めて動いてもらうのも才能の一つよ」

「まあ俺に出来る事は限られてるからな、他人に頼ってばかりだが、

気持ち良く動いてもらえる為なら何でもするさ」

「ええ、いいと思うわ」

 

 雪乃はそう言って微笑み、八幡を見送った。

 

「それじゃあ行ってらっしゃい」

「おう、それじゃあまた明日な」

「ええ、また明日」

 

 そして移動中、八幡はかつて二人と交わした約束の事を思い出していた。

 

「そういえばあの二人がメディキュボイドから目覚めた時に、

二人に選んでもらっておいた服を枕元に置いておこうって準備してあったっけな、

一応経子さんには伝えてあったから大丈夫だとは思うが……」

 

 それはかつて、二人が初めて東京の地を踏んだ時に交わされた約束であった。

当然経子は言われた通りに実行してあり、二人はその事に喜び、

八幡にその姿を見てもらおうと試しにその服を着てみたのだが、

二人は長い入院生活でかなり痩せてしまっていた為、

肉付きを良くしてもっと服が似合う体型になるように、

頑張って栄養をとっているのであった。

 

「さて、キットもあの二人に会うのは久々だよな」

『はい、とても楽しみです』

「まあ今後はあの二人を乗せて走る機会も増えるだろうさ」

『そうですね、嬉しいです』

 

 そのまま眠りの森に着いた八幡は、経子と凛子に出迎えられた。

 

「八幡君、本当にありがとう、遂にやってくれたわね」

「やりましたね経子さん、やっとあの二人の元気な姿を見れますね」

「頭の方はもう大丈夫なの?」

「はい、凛子さん、何とか無事に記憶が戻りました」

「まったくもう、あまり心配させないでよね」

「すみません」

 

 この時点で八幡は、まだ茅場晶彦が出現した事を知らなかった。

いずれ知らされる事になるのは間違いないが、

その時は恐らく凛子も同席する事になるのだろう。

 

「それじゃあ部屋に案内するわ」

「ありがとうございます、宜しくお願いします」

 

 もっともこの時点で二人のいる部屋からは八幡が見えていた為、

今まさに二人は着替え中だったりする。

だがさすがに今日は、二人には肌色成分増し増しの姿で出向かえるつもりは全く無かった。

やはり八幡には、二人が自らの手で選んで買った服を着ている姿を見せたかったのである。

 

「ここよ」

「ありがとうございます」

「それじゃあ何かあったら呼んで頂戴ね」

「はい、分かりました」

 

 八幡はそう言って咳払いをし、少し緊張しながら二人の部屋をノックした。

 

「アイ、ユウ、俺だ、八幡だ、今アメリカから帰った、遅くなって悪い」

「鍵はかかってないわ、そのまま入って!」

「八幡、早く早く!」

「お、おう、それじゃあお邪魔します」

 

 そして部屋に入った八幡が最初に見た物は、壁一面の大きさまで引き伸ばされた、

自分の頬に藍子と木綿季がキスをしている写真であった。

 

「なっ………なんだこれは!?」

「あれ、私とユウの寝室にずっと張ってあったけど、気が付かなかった?」

「そんなのどうやって気付けってんだよ!」

「ふふっ、この写真がボク達の生きる希望だったんだよ!」

「いつの間に……」

 

 それはかつて経子が撮った写真であった。

二人が目覚める予定の日、経子が気を利かせて事前に壁に飾っておいたのである。

ちなみに二人がその写真を最初に目にした時、

逆にここがまだVR空間なのではないかと不安に思ってしまい、

経子が慌てて説明するというハプニングも起こっていた。

 

「それでお前達が頑張れたっていうなら、まあいいか」

 

 そう言って八幡は、藍子と木綿季の方を見た。

そこには八幡が贈った服を着て、恥ずかしそうに立つ二人の姿があり、

八幡はそんな二人に向かって手を広げた。

 

「ただいま」

「「お帰り!」」

 

 そのまま二人は八幡の胸に飛び込んだ。八幡は二人を受け止め、優しくその頭を撫でる。

 

「八幡、約束を守ってくれてありがとう」

「この服、凄く気に入ったよ!ただ………」

「似合わない………か?」

「「うん………」」

 

 この短い期間では、やはり二人はまだ痩せすぎであり、

顔もやつれていた為に、服を着ているというよりは、

サイズの合わない服をかけられたマネキンのような状態となっていた。

 

「そうだな、確かに似合わないな」

「だよね………」

「だから早く似合う体になれるように、これから沢山栄養をとって、

その姿で自由に歩きまわれるように、リハビリを頑張ろうな。

俺も手伝ってやるから、ここまで負った人生の負債を一気にプラスへと持っていこうぜ」

 

 八幡にそう言われ、二人は顔を輝かせた。

 

「うん、ボク、早くこの服が似合うようになる為に頑張るよ!」

「私も早く胸のサイズを戻さないと、八幡が悲しんでしまうものね」

「いや、別にそれは悲しくねえから」

「とか言って、さっきからこっそりと私の胸の感触を楽しんでいるのは知っているわよ」

「ん、胸なんか当たってたか?ALOと比べて感触がまったく無いから気付かなかったわ」

「ぐぬぬぬぬ、い、今に見てなさい、その顔を絶対に羞恥で染めてやるんだから!」

「ははっ、まあ頑張れ」

 

 そして八幡は、おもむろに窓の外を指差した。

 

「ほらお前ら、キットもお前らが元気になった事を喜んでるぞ」

「えっ?あっ、キット!」

「お~いお~い!」

 

 二人は窓の外に見えるキットに向かって手を振り、

キットも窓を上下させてそれに答えた。

 

「キットも早く、お前達を乗せて色々な所へ行きたいって言ってたぞ」

「うん、うん………」

「アイ、早くリハビリを頑張って、キットに乗せてもらおうね」

「もう私達、自分の意思で好きな所に行けるのよね」

「そしたらどこに行きたい?」

「そんなの決まってるわ」

「えっとね……」

 

 二人はそう言って、八幡の耳元で何かを囁いた。

 

「………なるほど、分かった、何とかしてやる」

「うん、ありがとう!」

「八幡、愛してるわ」

「あっ、アイ、ずるい!八幡、ボクも愛してるよ!」

「おう、ありがとな、二人とも」

 

 そして八幡は、懐から何かを取り出して二人に渡してきた。

 

「さて、それからこれはお前達へのプレゼントだ。って言ってもただのスマホだけどな」

「えっ、いいの?」

「おう、これから絶対に必要になるものだしな。

それにしばらくはここで暮らしていけばいいが、

いずれ完全に元気になった後に住む場所の事とかも考えないといけないな」

 

 八幡にそう言われた二人は、顔を見合わせた。

 

「一応私達の貯金はある程度はあるらしいけど、それで足りるかな?」

「お父さんとお母さんの遺産なの」

「あ~、分かった、経子さんに確認しておくわ。

まあそれが足りなくても問題ない、今度からお前達の保護者には、俺がなるからな」

「えっ?」

「八幡が私達のパパに?」

「パパ、パパだ!」

 

 いきなりそう呼ばれ、八幡は面食らった。

 

「お前達、実の両親の事はお父さんお母さんって呼ぶ癖に、俺の事をパパと呼ぶのはやめろ」

「じ、じゃあもしかして、私達の苗字が比企谷に変わっちゃったりするの?」

「んな訳あるか、それじゃあ養子縁組じゃねえかよ、保護者をやるだけだっつの」

「良かった、それは嫌だったから」

「うん、絶対嫌だよね」

 

 二人がそう言った瞬間に、八幡は嫌な予感がした。

かつて同じような事を、優里奈が言っていたのを思い出したからである。

 

「一応聞くけど、その心は?」

「だって親子になっちゃったら八幡と結婚出来ないじゃない!」

「苗字が変わるのは、嫁入りの時じゃないとね!」

「お前らも優里奈と一緒か………」

 

 そう言われた二人は、嬉しそうに笑った。

 

「さっすが優里奈、よく分かってる」

「もうボク達、三人姉妹って事でいいんじゃないかな?」

「別の意味でも姉妹になれれば言う事は無いわね」

「おいアイ、不穏な事を言うのはやめろ」

「冗談よ冗談、あと一年は大人しくしてないと、八幡が犯罪者になっちゃうもの」

「は?一年?」

「だって私達、まだ十七じゃない。

十八にならないと、八幡にとっては色々と都合が悪いでしょ?」

「十七のままでも全然都合は悪くないから心配するな」

 

 そう答えつつも八幡は、優里奈や詩乃、

それにフェイリスや留美やABCの顔を思い浮かべ、

来年はあいつらが一気に十八になるのかとげんなりした。

 

「安パイなのは紅莉栖だけか……」

 

 そう考え、八幡はハッとした顔をした。

 

「そうだそうだ、忘れてたわ、お前達のスマホに『A』って書いたアイコンがあるだろ、

それはお前達の家庭教師だからな、勉強を色々教えてもらうといい」

「『A』って……あっ、これ?」

「おう、ただし二人同時には起動出来ないから、教わるのは二人一緒にな」

「今試してみてもいい?」

「おう、いいぞ」

「それじゃあ………ポチっとな!」

 

 藍子はそう言いながらそのアイコンをタップした、さすがは昭和の女である。

そしてブンッ、という音と共に画面に一人の女性の顔が映し出された。

こういう時の定番である、紅莉栖のアマデウスである。

ちなみに理央が持つ物とは別物となっている。

 

『アイ、ユウ、こんにちは、私は牧瀬紅莉栖よ』

「あっ、クリスティーナだ!」

「本当だ、クリスティーナだ!」

 

 二人に同時にそう言われ、紅莉栖はじろっと八幡を睨んだ。

 

『八幡、後で話があるから』

「お、お前ら、こいつの事は先生と呼べ、いいな?」

「分かったわ、クリスティーナ先生、こんにちは!」

「アイ、ちょっと長くない?ティーナ先生って略した方がいいんじゃないかな?」

「そうね、それじゃあそうしましょうか、ティーナ先生、こんにちは!」

 

 そう呼ばれた紅莉栖はぷるぷると震えながら鬼の形相で八幡を睨んだ。

 

「お、お前達、先生、だけでいいと思わないか?ティーナ先生でも長いだろ?」

「う~ん、まあいっか」

「先生、先生だ!」

『ええ、私があなた達に勉強を教える事になった、牧瀬紅莉栖のアマデウスです』

「「アマデウス?」」

 

 きょとんとする二人に、八幡はアマデウスの事を簡単に説明した。

 

「ああ、それじゃあ本人じゃないんだ」

「まあ本人と変わらないんだけどな」

「そっか、ボク達勉強に関してはかなり遅れてるから、

これから宜しくお願いします、先生」

『任せなさい、高校一年くらいまでの範囲は何とかしてあげるから』

「「お願いします!」」

 

 こうして二人は日々、リハビリと食事と勉強を頑張り、

少しでも早く自分の足で八幡と共に歩めるようになる為の努力を開始する事となった。




あと二話でこの章も終わりです!


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第879話 もう無茶苦茶だ

17:22、最終修正完了しました!


 藍子と木綿季との再会を和やかな雰囲気で終えた八幡は、

時間も遅くなってしまった為、今日はソレイユ近くのマンションに戻る事にした。

 

「さて、すっかり遅くなっちまった………って誰かいるのか、優里奈、いるか?」

「あっ、八幡さん、お帰りなさい!」

「あら八幡、お帰り」

「お?詩乃が来てるなんて珍しいな、明日は学校だろ?」

「それがね、今日は用事があってソレイユに行ってたんだけどさ、

何とかいう教授に根掘り葉掘り色々聞かれちゃって、帰りが遅くなっちゃったのよね」

「教授?誰か来てたのか?」

「うん、え~とね、名前は何て言ったかな………あ、そうそう、重村教授だわ」

「ほう?」

 

 八幡にとって、それは青天の霹靂であった。

重村教授と言えば、以前SAOのサーバーの調査絡みで怪しい動きをしていた時以来、

様子見という事で話が落ち着いていたはずである。

それが何故ソレイユにいたのか、八幡はとても気になった。

 

「詩乃、重村教授がうちにいた理由って誰かから聞いてるか?」

「あ、うん、えっとね、オーグマーって知ってる?」

「ああ、重村教授達が開発してる、AR端末だな」

「あれでゲームが出来るようにしたいらしいんだけど、

そこにSAOのボスモンスターを登場させてもいいか、交渉に来たみたいよ」

「…………………え、何だそれ?」

 

 詩乃にそう説明された八幡は、意味が分からずしばらく無言でいた後、首を傾げた。

 

「気持ちは分かるわ、だってSAOの事は詳しくない私でも、

何故わざわざそんな事を?って思ったもの」

「だよな………」

「一応教授の説明だと、旧SAOユーザーも取りこみたいからって事らしいけどね。

ちなみにALOや、ゾンビ・エスケープのボスとかの事も聞かれたみたい」

「ああ、そういう事か、まあ確かに面白い手ではあるよな。

で、姉さんはそれを許したのか?」

「ええ、いい宣伝になるからって許可したみたいよ。

ただしSAOのボスに関しては、ライセンス料を割高にしたって言ってたわ」

「ふ~ん、まあいずれ姉さんから話があるだろうからそれはいいか。

で、何で詩乃が重村教授に質問攻めに遭ったんだ?」

「それは俺のせいだぜ、相棒」

 

 その聞き覚えのある声に、八幡は驚いて振り返った。

そこにいたのは何と、はちまんくんであった。

 

「おお?どうした相棒、俺に会いに来てくれたのか?」

「そうだと言いたいところだが、実は今日は俺のメンテだったのさ」

「ああ、だから詩乃がソレイユにいたんだな」

「まあそういう事。で、はちまんくんを抱えて歩いてたら、

重村教授に呼びとめられたと、まあそういう訳」

「で、何を聞かれたんだ?お前、システム的な事はサッパリだろ?」

「うん、そっち方面の事を聞かれたんじゃなくて、

はちまんくんはモデルとなった人にどれだけ似てるのかとか、

比較してみてどの程度違和感を感じるものなのかとか、

まあそういった事を中心に聞かれたかな」

「なるほど、確か教授がそれ系の事をやりたがっている気配があったはずだしな」

「凄く熱心で、やっぱり研究者の人って研究熱心なんだなと思ったわ」

「ちなみに重村教授は、あの茅場晶彦の師匠だぞ」

「えっ、そうなんだ、そんな凄い人だったのね」

「まあとりあえず、重村教授がそういった事に興味を抱いているのは確定か」

「そうね、正直熱心すぎて軽く引いたけど、

それ以外の部分だと凄く物腰が丁寧な人だったわ」

 

 それから八幡は、藍子と木綿季が正式に八幡の被保護者になる事を二人に伝えた。

優里奈は既に八幡の被保護者であり、

詩乃も学校関連に関しては八幡に保護者を頼んでいる為、

二人はまた仲間が増えたと喜んでいた。

八幡はせっかくだからと二人に藍子と木綿季の電話番号とメアドと、

ACS(AIコミュニケーションシステム)のIDを教えた。

ACSはまもなく正式配信となる予定で、その使い勝手の良さとセキュリティの固さから、

国産の次世代コミュニケーションツールとして期待されている。

そしてその日の夜は、寝室からグループボイスチャットで話す四人の声が聞こえ、

八幡は楽しそうで何よりだと思いつつ、穏やかな気分で眠りについた。

そして次の日の朝、八幡は詩乃の襲撃を受けた。

 

「ほら朝よ、早く起きて、あ・な・た?」

「………ん、もう朝か、おい詩乃、ツンデレが足りない、やり直し」

「なっ……起きていきなり言う事がそれ!?」

 

 詩乃にとっては会心の甘い声(本人談)であったが、八幡にはまったく通用しなかった。

 

「そういうのはお前には似合わないんだからさ、

もっと自分の長所を伸ばすような努力をした方がいいぞ?」

「ツンデレを長所とか言われたくないんだけど」

「それを決めるのは受け手の俺であってお前ではない」

「まったくああ言えばこう言うんだから、それじゃあ私は学校に行ってくるわね」

「それじゃあ優里奈と一緒にキットに送ってもらうといい、俺はしばらく出かけないからな」

「そう?それじゃあ遠慮なく……」

「八幡さん、ありがとうございます」

 

 そして詩乃と優里奈は出かけていき、八幡は雪乃に電話を掛けた。

 

『おはよう八幡君、あの二人はどうだったかしら?』

「前よりは元気そうに見えたな、

実際に二人の姿を見て、これでやっと一区切りだと実感が沸いたわ」

『そう、それは良かったわ、で、電話を掛けてきてくれたのは、今日の飲み会の事よね?』

「おう、まあそんな感じだ、結局参加者は何人になったんだ?」

『あなた、葉山君、戸部君、私、ゆいゆい、優美子、沙希さん、いろはさん、

それにプリンセスの、合計九人ね』

「プリンセスって誰だよ……」

『それを私に言わせるの?腐海の………』

「分かった、皆まで言うな、まあそのメンツなら、おかんが海老名さんを抑えてくれるだろ」

『おかんって……今本人が私の横で、この会話を聞いているのだけれど……』

『八幡、後で覚悟しろし』

「すみません冗談のつもりだったんです、どうかお怒りをお静め下さい」

 

 どうやら雪乃の家には今、優美子がいるらしい。

という事は結衣もいるのだろうと考えた八幡は、

これ以上余計な事を言わないように気を付ける事にした。

 

「ところで戸塚は……」

『戸塚君は、残念ながら出張中で九州にいるらしいわ、

で、材木座君には絶対無理と断られたわ』

「あいつ、まだこういう場が苦手なのか」

『むしろあなたが慣れた事の方が奇跡よね』

「違いない。で、南は?」

『それが今日は、小猫さんとクルスと一緒に飲みに行く約束があるらしいの』

「ああ、秘書交流会とかか、それじゃあ仕方ないな、また今度誘おう。

とりあえず店を予約しておくから、また夜にな」

『ええ、それじゃあ詳しい事が決まったら連絡お願いね』

 

 そして八幡は、よく風太や大善と一緒に行く居酒屋を予約し、

そのままソレイユで色々と何かを手配し始めた。

どうやら学校に行くよりも大切な事があるらしい。

小町からの連絡によると、明日奈はまだもじもじ状態だという事で、

今日一日くらいは学校で顔を合わせないようにしようと配慮したという側面もある。

 

「これでよしっと、ってもう夕方かよ、そろそろ時間だな、出かけるとするか」

「八幡君、誰かと待ち合わせ?」

「悪い姉さん、これから総武高校のプチ同窓会だわ」

「ちょ、ちょっと!私、私も元総武高校生!」

「姉さんとは三つ離れてるし、一緒に学校通った事は無いからな、

めぐりんでも誘って行ってくれ」

「ちぇっ、そうするかぁ」

「それじゃあ頼んだ件、宜しくな」

「うん、任せといて」

 

 八幡はそのまま居酒屋へと向かい、懐かしい顔ぶれと合流した。

 

「悪い、ちょっと遅れたか」

「いいえ、時間ピッタリよ、さすがキットね」

「少しは俺の努力を認めてくれてもいいんじゃないですかね」

「あら、ここに着くまでに何か努力をしたの?」

「よ~し、早速乾杯だ、みんな、久しぶりだな!」

「ヒッキー、話の逸らし方が露骨すぎ……」

「細かい事を気にするな、それじゃあかんぱ~い!」

「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」

 

 こうして飲み会が始まったが、やはり一番最初に話題となるのは、

八幡の記憶喪失の話であった。

 

「ヒキタニ君、ちょっと小耳に挟んだんだけど、記憶喪失になってたってマジ?」

「マジだな、ちょっと前まで、俺は高校生に戻ってたわ」

「高校って、どの辺りの頃だい?」

「ええと、修学旅行が終わって少しした辺りかな」

 

 その説明に、姫菜が申し訳なさそうに八幡に謝った。

 

「あ~、あの時かぁ……今だから言えるけど、あの時は本当にごめんね、比企谷君」

「いや、海老名さんのせいじゃない、俺が勝手にやった事だからな」

「あれかぁ、さすがにあの時は、そりゃないわって思ったっしょ」

「悪い戸部、あの時は嫌な思いをさせちまった」

 

 謝る八幡に、戸部はにっこりと微笑んだ。

 

「それはお互い様っしょ、今じゃいい思い出だし、

結果的に俺らの関係が壊れなかったんだから、むしろここはお礼を言うとこっしょ」

「戸部はあの時の事を、今はちゃんと理解してるんだな」

「ああ、まあそりゃ俺もねぇ、その後ヒキタニ君と姫菜の間にあまりにも接点が無かったし、

あれは普通の意味での告白じゃなかったって薄々感じてたっしょ。

というか隼人君も、本当の事をこっそり教えてくれれば良かったのに」

「ははっ、悪かったよ戸部、でもあの時は他ならぬ俺自身が、

比企谷にああさせてしまった事を悔やんでたから、とてもそんな余裕は無かったかな」

 

 そんな葉山に同意したのは結衣であった。

 

「あたしとゆきのんもそんな感じだったよね」

「ええそうね、今思えばあの時が一番気まずい時期だったわね」

「ほえ~、私が先輩と知り合う前に、そんな事があったんですね」

「私はそういうのには一切関わってなかったけど、

あんた達が気まずそうにしてたのは分かったわね、まあ興味無かったけど」

 

 この件に関しては、いろはと沙希は完全に部外者である。

 

「しかし比企谷があの頃に戻ったって、みんな相当戸惑ったんじゃないか?」

「そうだよねぇ、ハヤハチやトベハチ全盛期だったしね!」

「え、海老名さん、そのくらいで……」

「姫菜、自重しろし」

「八幡先輩以外の先輩方って、こうして見ると全然変わってないですよね。

むしろ先輩が変わりすぎというか……っていうかリアルハーレム形成中とか一体何なんですか?

もっと私を大切にして下さいよ」

「いろは、前半と後半の繋がりがまったく無い、というか俺はハーレムなんか作っていない」

 

 その瞬間に全員がぽかんとした顔をした為、八幡は居心地の悪さを感じて縮こまった。

 

「や~、でも姫菜以外は全員ソレイユに入る事になったね」

「そういえば私だけ除け者に……」

「姫菜は好きな事で十分暮らしていけそうなんだから我慢しろし」

「ヒッキーがトップに立った時、ここにいるみんなで支えていければいいよね!」

「お、おう、頼りにしてる」

 

 八幡はハッキリとそう口に出して言った。この辺り、やはり昔とはまったく違う。

 

「本当にあんた、そういう事ハッキリ言うようになったわよね」

「今回の件で身に染みたからな、何か困った事があったらまた頼らせてもらう」

「うん、任せて!」

「私は部外者だけど、何か手伝える事があったら何でも言ってね、ぐふふふふ」

「あ、海老名さんは別にいいです、本当にごめんなさい」

 

 その姫菜のいやらしい笑い声を聞いた八幡は即座にそう謝った。

 

「え~?残念だなぁ、それなら代わりに私のぱんつでも見る?」

「ちょっ、姫菜!」

「おい優美子、海老名さん、酔ってないか?」

「あ~、はい姫菜、とりあえずお水飲んで、お水」

「そういえば私、昔あんたに思いっきりぱんつを見られたわよね」

 

 ここで沙希が思い出したかのように爆弾を放り込んできた。

 

「えっ、何それ?」

「違う、あれは事故だ、

平塚先生に説教されて床に転がってた所にたまたまお前が通りかかっただけだ。

それにお前、あの時はまったく恥ずかしそうなそぶりを見せなかったじゃないかよ!」

「見たのは事実じゃない、ちゃんと責任はとりなさいよね」

「そうやって持ってくんだ、サキサキやるぅ!」

「私は出遅れてるから、利用出来るものは何でもしないと」

「実はお前が一番変わってないか!?」

「そう?まあ経済的に余裕も出来たし、そろそろ私も自分がやりたい事をしようかなって」

「ライバル宣言!?」

「へぇ、それならあーしも言うけど、あーしも八幡にはぱんつを見られてるんだよね」

「優美子も!?」

「あ、私それ知ってる、確か昔買い物してる時に優美子が隼人君を見付けて転んで、

それをたまたま比企谷君が見てたんだよね」

「えっ、俺と比企谷が一緒に買い物?って、あの時か………懐かしいな」

「お、おう、かおりと千佳さんと一緒だった時な」

「それって私もいた時じゃないですか!

どうしてその時私のぱんつも見てくれなかったんですか!?」

「いやいや、あの時お前は俺に何の興味も無かっただろ、

っていうかあの時のお前、超怖かったからな」

「何ですかそれ、私はこんなにかわいいじゃないですか!」

「と、とにかくもうぱんつの話はやめろ、全部事故、事故だから!」

 

 実にカオスな状況であるが、この場に笑顔が絶える事はない、

みんな今の八幡の事が大好きだからである。

 

「八幡君、あの頃あなたと一番親しかった私達とは、

そういった事がほぼ無かったわよね」

「あ、でもテニス対決の時にちょっとだけあった?」

「いや、どうだったかな、多分見えてなかった気がするな」

 

 とか言いつつも、八幡はその時結衣のぱんつを見た覚えがあった。

雪乃に関しては未遂であったが、ここでその事を言うとまた拗れる為、八幡は無言を貫いた。

 

「むぅ、やっぱずるい!」

「それが普通なんだっての!ってかそんな事で俺に文句を言うな!」

「ふっ、ここで勝ち負けがハッキリしたっしょ、

あーしも丁度いいから沙希と一緒に責任をとってもらう事にするし」

「優美子、ずるい!」

「わ、私も何かそういったイベントを……」

「やめろ雪乃、お前だけはそういう方向に行くんじゃない!」

「他にもそういった経験をした人がいないか、後で調べようかしら」

「本当にやめてくれ!」

 

 もう滅茶苦茶である。この後一同は更に盛り上がり、

八幡はこの日、ずっといじられる事になったのであった。

 

「ふう、今日はひどい目にあった……」

「でも楽しかったっしょ?」

「お、おう、そうだな……」

 

 その後八幡は、キットに雪乃と結衣、いろはと沙希を放り込み、

今は優美子と二人でタクシーに乗っているところだった。

これは優美子が生来のおかん気質を発揮して、全員の介抱役を努めていたからである。

ちなみに目的地は八幡のマンションであった。

更にちなみに姫菜と葉山と戸部は、既にタクシーで帰宅している。

おそらくこれ以上女の戦いに巻き込まれたくなかったのだろう。

 

「さて、大変なのはここからか……」

 

 その後八幡は、泣きながら全員をお姫様抱っこして自分の部屋と下を往復した。

その中にはちゃっかりと優美子も入っていたが、八幡に拒否権は無い。

そして次の日の朝、誰が八幡を起こすのかで、

仁義無き女の戦いが繰り広げられる事になったのだが、それはよくある日常のお話である。



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第880話 エピローグ~朝の学校にて

すみません、人物紹介をいくつか削除したせいで、しおりがエラーになってしまうそうです、本当に申し訳ありませんorz


「おいじじい、用事があるって言うから来てやったぞ、有り難く思うならさっさと成仏しろ」

「いきなり何じゃお主は!

ガブリエルの経過が見たいと言って勝手に来たのはお主じゃろうが!」

 

 それから二週間後、八幡は眠りの森を訪れていた。

何故通常の病院ではなく、ガブリエルが眠りの森に入院する事になったかというと、

これは単純に、ガブリエルに藍子と木綿季の相手をしてもらう為であった。

リハビリを一緒に行ったりネイティブの英語に触れさせてもらったり、

戦闘技術を教えてもらったりと、二人のみならず、スリーピング・ナイツの者達にとっても、

ガブリエルとの交流はとても貴重な体験になったはずである。

 

「で、ガブリエル達はどこだ?」

「ふん、こっちじゃこっち」

 

 清盛はぶつくさ言いながらも八幡を案内する為に歩き出した。

だがその顔はとても嬉しそうであり、遠くでそれを見ていた経子は苦笑した。

 

「まったくお父さんったら、絶対に私達よりも八幡君の方が好きよね、

まあ仕方ないか、結城病院のトップとして基本ずっと孤独だったお父さんにとって、

年は凄く離れてるけど、初めて出来た対等の友人みたいなものだものね」

 

 経子はそう言いながら、隣にいた知盛の方を見た。

今日は知盛も、ガブリエルの手術を担当した者として眠りの森に顔を出していたのだった。

 

「まあいいじゃないか、八幡君と知り合って以来、

親父が俺達に何も言ってこなくなったんだからさ」

「それは助かるけど、まったく変われば変わるものよねぇ、

あのお父さんが弟子まで持ってゲームに興じてるんだから」

「老い先短い身なんだから好きにさせてあげようよ」

 

 経子は知盛のその言葉に微妙そうな顔をした。

 

「………本当に老い先短いのかしらね」

「………どうだろう、絶対に百以上まで生きそうだ」

 

 二人はそう言いながら、再び作業へと戻った。

その頃八幡と清盛はガブリエルの病室に到着しており、八幡はその扉をノックした。

 

「お~いガブリエル、俺だ、入っていいか?」

「八幡かい?どうぞ、入ってくれ」

「おう、それじゃ遠慮なく」

 

 そして八幡は扉を開け、部屋の中に一歩を踏み入れた瞬間に手を広げ、

左右から突進してきた藍子と木綿季を受け止めた。

 

「おっとお前ら、気配でバレバレだったぞ」

「うわっ、バレてた!」

「もう、ちょっとは驚いてよ!」

「修行が足りんな、ガブリエルに勉強を見てもらってたのか?」

 

 八幡は、ガブリエルのベッドの横に置かれたテーブルに、

英語が書かれたノートが二冊置いてあるのを見ながら言った。

 

「うん!勉強は大事だからね!」

「そうかそうか、えらいぞユウ」

「他のみんなも一緒よ」

『兄貴だ!』

『兄貴、こっちこっち!』

 

 見ると横にあるモニターに、スリーピング・ナイツの面々の顔が映し出されていた。

おそらく全員で、ガブリエル先生の講義を受けていたのだろう。

 

「悪いなガブリエル、腕の調子はもういいのか?」

「ああ、リハビリは順調さ。もう痛みはまったく無いし、今週中には退院出来るだろうね」

「そうか、それは良かった」

「八幡、私達も、もうこんなに歩けるようになったのよ!」

「リハビリ頑張ったの!」

 

 二人はそう言いながら、八幡の周りを走り回った。

二年以上寝たきりだった八幡とは違い、メディキュボイドに入っていたのは数ヶ月だった為、

そこまで筋力が落ちていなかったのが幸いしたのだろう。

二人の回復は早く、あれだけ痩せていた体も今はふっくらとしてきており、

町中に普通にいるような、少し痩せ気味な女子高生達と変わらない程度の体型となっていた。

先日は似合わなかった例の服も、それに伴ってとても似合うようになっている。

 

「そうかそうか、でもまあまだ無茶な走り方とかはするなよ、危ないからな」

 

 八幡はそう言いながら二人の頭を撫でた。

 

「それじゃあガブリエル、こっちで仕事を始める日程を組んでおくから、

また今度迎えに来るわ。寮にはいつでも入れるようにしておいたからな」

「すまないね、恩に着るよ」

「仕事が始まる前の週末の日曜は空けておくから、そこでどこかに観光にでも行こうぜ」

「あっ、ずるい八幡、私達は?」

「ボク達も連れてってよ!」

「う~ん、まあいいか、ただしお前達も週明けから忙しくなるのは分かってるんだろうな?」

「うん、もちろんだよ!」

「ちゃんと準備はしておくから!」

「ならいいか、それじゃあ日曜の朝に迎えに来るわ」

「やった~!」

「楽しみだね、先生」

「ああ、そうだね」

 

 その週末の日曜日、八幡は三人にあちこちへと連れ回される事となった。

ちなみに何故か明日奈も一緒だったようである。

 

 

 

 そして迎えた週明けの月曜日、八幡は学校に行く前にソレイユに寄った。

 

「ほいハー坊、それじゃあこれナ」

「こんな短い期間でよく完成したな」

「なぁに、うちの天才様が頑張ってくれたからナ」

「悪いな紅莉栖、いつもありがとうな」

「………何かその素直さが気持ち悪いんだけど」

「お前は俺を何だと思ってるんだ、ここで何かおかしな事を言うなんて、

そんなのただの頭のおかしい人じゃないかよ」

「まあいいわ、それじゃあ起動の仕方を教えるわね」

「悪い、頼むわ」

 

 

 

 その一時間後、帰還者用学校の教室で、

和人と珪子はのんびりと雑談をしながら他の三人を待っていた。

 

「それじゃあ明日奈はもうすっかり元通りなのか?」

「はい、もう大丈夫みたいです」

「そうか、先週くらいまでは、見てるこっちが恥ずかしくなるくらいだったからな」

 

 どうやら明日奈のもじもじは、あれから二週間続いたようだ。

八幡も明日奈に気を遣っていつも以上に優しく接していたのが逆効果だったのかもしれない。 

だが日曜に明日奈と里香と三人で遊びに行った時には普通だった為、

それで珪子はもう大丈夫だと判断したようだ。

 

「土曜の夜に、八幡さんと一緒にお出かけしたのが大きかったみたいですね」

「そっか、まあそれなら良かったよ」

「ちなみにお泊りだったらしいですけど、突っ込んじゃ駄目ですよ?」

「え………マジで?」

「はい、マジです」

 

 その瞬間に和人の顔が真っ赤になり、珪子は思わず和人に突っ込んだ。

 

「和人さんももういい年なんですから、いい加減そのくらいは平気になって下さいよ……」

「わ、分かってるよ!」

「はぁ、里香さんの苦労が思いやられますね………」

 

 そこに当の明日奈と里香が教室に入ってきた。

 

「和人、珪子、おはよう!」

「あ、おはようございます!」

「あれ、八幡は一緒じゃないのか?」

「うん、何かソレイユに寄ってから来るって言ってたよ、

この時間にいないって事は、少し遅れるのかもね」

「あれ、でも駐車場にキットが停まってるぞ」

「え?」

 

 その和人の言葉に明日奈達三人は、慌てて窓の外を覗きこんだ。

確かに遠くにキットが停まっているのが見え、三人は思わずそちらに手を振った。

 

「いやいや、何でキットに手を振ってるんだよ」

「あ、いや、何となく?」

「あ、見て、あれ!」

 

 その時里香が驚いたような声を上げた。キットがそのガルウィングを上下させていたのだ。

 

「あ、気付いてくれたみたい」

「マジかよ!凄えなキット!」

「和人も手を振ってみなよ」

「おお、お~いキット!」

 

 和人は窓から身を乗り出しながらキットに手を振り、

キットもそれに答えてぶんぶんとガルウィングを振った。

 

「ノリノリね、キット」

「いやぁ、何か嬉しいよな!」

「うん!それにしても八幡君、どこに行っちゃったんだろ?」

「また理事長室とかで捕まってるんじゃないか?」

「あ、そうかも」

 

 だが八幡が不在のまま担任が来てしまい、四人は大人しく自分の机に戻った。

 

「皆さん、それじゃあ今日は、初めに転校生を紹介します」

「「「「「「「「「「ええっ?」」」」」」」」」」

 

 その言葉に教室にいた全員が驚きの声を上げた。

そもそもここは帰還者用学校である、普通に考えて、転校生がいるはずがないのだ。

 

「ど、どういう事?」

「あっ、もしかしてアイとユウかも?」

「ああ~、その可能性は高いな、あの理事長なら特例とかで認めそうだし」

「確かに今から普通の学校に通うよりも、

ここに来た方が八幡さんや私達もいるし、いいかもですね」

 

 そして前の入り口から一人の人物が中に入ってきた。それは………八幡であった。

 

「あ、あれ?」

「八幡君!?」

「て、転校生は!?」

 

 そんな一同の疑問を目で制し、八幡は教卓の上に、二体の人形を置いた。

 

「え?」

「あ、あれは?」

 

 その瞬間に、その二体の人形が立ち上がり、ぴょこぴょこと手を振った。

 

「あっ、明日奈!」

「和人君に里香に珪子も!」

「「「「ええええええええ?」」」」

 

 四人は自分達の名前が呼ばれたせいで驚いた声を上げた。

だがその声はとても聞き覚えがある声であった。

 

「アイ?ユウ?」

 

 その問いかけに答えたのは八幡であった。

 

「あ~、みんな、転校生を紹介する。こちらが紺野藍子」

「紺野藍子です、こんな姿でごめんなさい、宜しくね」

「そしてこちらが紺野木綿季だ」

「よ、よろしくお願いします、ボクは紺野木綿季です!」

 

 その二体の人形は自力で立ち上がり、そう挨拶をした。

 

「ちなみにこれが二人の顔な」

 

 そう言って八幡は、二人の顔写真を取り出して見せてきた。

 

「本当はこの二人が転校してくるのは二週間後の予定だったんだが、

思ったより早くにこの人形が完成したんでな、予定を早めて今日から編入させる事にした。

この二人は少し前までずっと入院していたんだが、

先日やっと病気が治って今リハビリ中なんだ。

だからこういった形での参加になるが、その辺りは受け入れてもらえると助かる。

ちなみにこの二人は天涯孤独の身の上だから、保護者は俺だ。

みんな、くれぐれも宜しく頼む」

「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」

  

 その瞬間に、明日奈達以外の全員が、同時にそう唱和した。

さすがは八幡のお膝下である、その行動にはまったく乱れが無い。

 

「それじゃあ先生、こいつらの面倒は俺と明日奈がみますので、宜しくお願いします」

「二人とも、これから宜しくね。二人が自分の体で学校に来れる日を楽しみにしているよ」

「ありがとうございます先生、宜しくお願いします!」

「ご迷惑をおかけします、今後とも宜しくお願いします!」

 

 こうしてはちまんくん二号機『あいこちゃん』と、三号機『ゆうきちゃん』が、

八幡のクラスメートに加わる事になった。

二人はアミュスフィアを使ってこの二体を操作しており、ノートの代わりに電子媒体を使い、

その内容は眠りの森に直接送られる仕様となっている。

食事中はモニター使用に切り替え、それを見ながら眠りの森で食事をしつつ、

みんなとお喋りも出来るようになっていた。

二人の机は無いが、八幡と明日奈の机の上が定位置とされ、

午後にはリハビリもある為に、当面は午前中からお昼までの参加となるが、

こうして二人はかつてからの望みを叶え、無事に学校へと通えるようになったのである。

これから二人の人生は、希望に溢れた物になるのであろう。

その二人の隣には、これからもずっと、八幡とその仲間達が寄り添っていく事になる。

 

                    

                            マザーズ・ロザリオ編 了




これでマザーズ・ロザリオ編は終了となります、次の章は、数日後の再開となります。
ここまで880話、残りを考えても絶対に1000話を超えてしまいそうな勢いですが、
もうしばらくお付き合い頂けたらと思います。


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人物紹介 ver.1.20 CaliberCrossing edition

すみません、人物紹介をいくつか削除したせいで、しおりがエラーになってしまうそうです、本当に申し訳ありませんorz


人物紹介

 

『ALO組、ヴァルハラ・ガーデン』

 

・ハチマン

 

 言わずと知れた主人公、その正体はSAOのハチマンである。本名は比企谷八幡。

 ソレイユの社長に就任予定。主に指揮担当。ALOのセブンスヘヴンの一人。

 

・アスナ

 

 本編のメインヒロイン、SAOのアスナである。本名は結城明日奈。

 ソレイユの渉外部長に就任予定。ヒーラー兼物理アタッカー。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。

 

・コマチ

 

 ハチマンの妹。斥候。ソレイユの渉外部に所属予定。

 

・キリト

 

 本名は桐ヶ谷和人、八幡の親友、同級生。

 ソレイユの開発部長に就任予定。物理アタッカー。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。

 

・リズベット

 

 本名は篠崎里香、八幡の同級生。和人と付き合っている。ALO最高の正統派鍛治職人。

 物理アタッカー。

 

・シリカ

 

 本名は綾野珪子、八幡の同級生。

 物理アタッカー兼ヒーラー(ピナを使用時)

 

・クライン

 

 本名は壷井遼太郎、平塚静と結婚秒読み。物理アタッカー。

 

・エギル

 

 本名はアンドリュー・ギルバート・ミルズ、喫茶店「ダイシーカフェ」を経営中。

 物理アタッカー。

 

・ユキノ

 

 本名は雪ノ下雪乃。ソレイユの経営部長に就任予定。ヒーラー。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。ヴァルハラの頭脳その1。

 

・ユイユイ

 

 本名は由比ヶ浜結衣。八幡の元同級生。

 ソレイユの芸能部『ルーメン』広報課に所属予定。タンク。

 

・ユミー

 

 本名は三浦優美子。八幡の元同級生。

 ソレイユの芸能部『ルーメン』広報課に所属予定。魔法アタッカー。

 

・イロハ

 

 本名は一色いろは。八幡の元後輩。

 ソレイユの芸能部『ルーメン』広報課に所属予定。魔法アタッカー。

 

・リーファ

 

 本名は桐ヶ谷直葉、和人の妹。剣道の有段者。シルフ四天王の一人。

 物理アタッカー。ソレイユの受付嬢に就職予定。

 

・レコン

 

 本名は長田慎一、直葉の事が好き。斥候。

 

・メビウス

 

 本名は城廻めぐり、ソレイユのメディキュボイド事業部所属。ヒーラー。

 

・ソレイユ

 

 本名は雪ノ下陽乃、ソレイユ・コーポレーションの創設者、魔法アタッカー。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。

 

・アルゴ

 

 本名は不明、主要キャラの中では唯一本名を隠し通す。

 ソレイユの開発部長兼影の情報部長。斥候。

 

・シノン

 

 本名は朝田詩乃、高校生、ソレイユでバイト中。遠隔アタッカー。

 

・フカ次郎

 

 本名は篠原美優、北海道在住。物理アタッカー。シルフ四天王の一人。

 

・クリスハイト

 

 本名は菊岡誠二郎、総務省通信ネットワーク内仮想空間管理課(通称仮想課)職員。

 魔法アタッカー。

 

・クックロビン

 

 本名は神崎えるざ、今話題のアーティスト。GGOのピトフーイ、変態。物理アタッカー。

 

・セラフィム

 

 本名は間宮クルス、八幡の秘書に就任予定。八幡の専属。タンク。

 

・クリシュナ

 

 本名は牧瀬紅莉栖、天才脳科学者。彼女の存在が、いずれ何人かの人物の救いとなる。

 HNは栗悟飯とカメハメ波。支援、弱体魔法担当。

 ヴァルハラの頭脳その2。ソレイユの次世代技術研究部に所属、八幡の専属。

 

・フェイリス

 

 本名は秋葉留未穂、魔法アタッカー。

 

・ナタク

 

 本名は国友駒央。遠隔アタッカー兼職人。

 

・スクナ

 

 本名は川崎沙希。八幡の元同級生。遠隔アタッカー兼職人。

 ソレイユのグッズ開発部長に就任予定。

 

・サトライザー

 

 本名はガブリエル・ミラー。怪我をして療養中に八幡にスカウトされ日本へ。

 SPO(ソレイユ・プロテクション・オフィサー)部長。

 オールマイティプレイヤー。

 

・レヴィ

 

 本名はレヴェッカ・ミラー。サトライザーことガブリエル・ミラーの妹。

 八幡のボディガード。身元引受人は八幡だが、実は八幡と同い年である。

 新しく導入された魔法銃を与えられる。遠隔アタッカー。

 

・リオン

 

 本名は双葉理央、ソレイユの次世代技術研究部に所属。遠隔アタッカー。

 

・アサギ

 

 本名は桜島麻衣、女優。タンク。ソレイユ芸能部『ルーメン』所属。

 

・サイレント

 

 本名は平塚静、プレイはしていない、ゲスト扱い。クラインこと壷井遼太郎と結婚秒読み。

 

・ユイ

 

 NPCの少女。ハチマンとアスナの娘。

 

・キズメル

 

 NPCのダークエルフの美女。自称ハチマンの嫁。通称黒アゲハ。

 

 

『その他のALOプレイヤー』

 

・サクヤ

 

 シルフ領主。

 

・アリシャ・ルー

 

 ケットシー領主。

 

・ユージーン

 

 サラマンダー領主の弟。サラマンダー軍のトップ。元ALO最強剣士。

 

・カゲムネ

 

 ユージーンの側近。サラマンダー軍のナンバーツー扱い。

 

・シグルド

 

 元シルフ四天王の一人。サクヤに追放された後は不明。

 

・トンキー

 

 邪神型モンスター。

 

・ユウキ

 

 本名は紺野木綿季。スリーピング・ナイツのメンバー。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。病気が治り、今は八幡の同級生。

 

・ラン

 

 本名は紺野藍子。スリーピング・ナイツのリーダー。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。病気が治り、今は八幡の同級生。

 

・ジュン

・テッチ

・タルケン

・ノリ

・シウネー

 

 スリーピング・ナイツのメンバー。

 

・クロービス

 

 本名は矢凪清文。スリーピング・ナイツのメンバー。故人。

 現在はアマデウスとして活動中。

 

・メリダ

 

 本名は山城芽衣子。スリーピング・ナイツのメンバー。故人。

 現在はアマデウスとして活動中。

 

・ゴーグル

・コンタクト

・フォックス

・テール

・ビアード

・ヤサ

・バンダナ

 

 ロザリアの元取り巻き七人衆。

 

・ルクス

 

 本名は柏坂ひより。帰還者用学校の生徒。ラフィンコフィンの元メンバー。

 アスカ・エンパイアでサッコを名乗る。父は厚生労働大臣の柏坂健。

 

・グウェン

 

 詳細不明

 

・ビービー

 

 元サラマンダー軍。ナイツ『M&S(マシンガン&ゴッデス)』のリーダー。

 通称女神様。

 

・リョウ

・リク

・リツ

・リン

・リナ(リナッチ、リナジ、リナゾー、リナヨ、リナコ、リナム)

・リョク

 

 素材屋『スモーキング・リーフ』を営む六姉妹。

 

・ローバー

 

 スモーキング・リーフ内で万屋『ローバー』を営む謎の老婆。

 その正体は八幡である。

 

・グランゼ

 

 本名は幸原りりす。

 職人ギルド『小人の靴屋』のリーダー、七つの大罪の黒幕。

 ヴァルハラを敵視する女性。

 

・ルシパー

 

 ギルド『七つの大罪』のリーダー。

 

・エヴィアタン

・サッタン

・ベルフェノール

・マモーン

・ベゼルバブーン

 

 ギルド『七つの大罪』の幹部。

 

・アスモゼウス

 

 本名は山花出海(いずみ)、ギルド『七つの大罪』の幹部。

 

・ラキア

 

 本名は大野晶、ギルド『ソニック・ドライバー』のリーダー。大野財閥の会長。

 

・スプリンガー

 

 本名は大野春雄、ギルド『ソニック・ドライバー』の副リーダー。大野晶の夫。

 

 

『ゾディアック・ウルヴズ』

 

・シャナ ALOのハチマン。     ・シズカ ALOのアスナ。

・シノン ALOのシノン。      ・ベンケイ ALOのコマチ。

・ピトフーイ ALOのクックロビン。 ・銃士X ALOのセラフィム。

・ニャンゴロー ALOのユキノ。   ・イコマ SAOのネズハ、ALOのナタク。

・サトライザー ALOのサトライザー ・キリト ALOのキリト

 

・エム

 

 本名は阿僧祇豪志。ピトフーイをこよなく愛する彼女の秘書。ドM。

 

・ロザリア

 

 本名は薔薇小猫。ソレイユの秘書室長。

 

・セバス

 

 本名は都築和彦、雪ノ下家の執事、八幡の師匠、元傭兵。

 

 

『シャナに近いGGOプレイヤー』

 

・薄塩たらこ

 

 本名は長崎大善、元GGOの最大スコードロンのリーダー。ソレイユでバイト中。 

 

・闇風

 

 本名は山田風太、GGO最高のスピードスター。ソレイユでバイト中。

 

・エヴァ

 

 本名は新渡戸咲、高校の新体操部の部長。スコ-ドロン『SHINC』のリーダー。

 

・ソフィー

 

 本名は藤沢カナ、咲と同じ新体操部所属。スコ-ドロン『SHINC』のメンバー。

 

・ローザ

 

 本名は野口詩織、咲と同じ新体操部所属。スコ-ドロン『SHINC』のメンバー。

 狙撃銃デグチャレフの運搬担当。

 

・アンナ

 

 本名は安中萌、咲と同じ新体操部所属。スコ-ドロン『SHINC』のメンバー。

 

・ターニャ

 

 本名は楠リサ、咲と同じ新体操部所属。スコ-ドロン『SHINC』のメンバー。

 

・トーマ

 

 本名はミラナ・シドロワ、ロシア出身。咲と同じ新体操部所属。

 スコ-ドロン『SHINC』のメンバー。狙撃銃デグチャレフの狙撃担当。

 

・ダイン

 

 本名は台場涼一。シュピーゲルの所属するスコードロンのリーダー。

 第三回BoBの決勝進出者。

 

・ギンロウ

 

 本名は犬塚銀治。第三回BoBにて念願の決勝進出を果たす。

 

・おっかさん

 

 本名は田中翔子、女性だけのスコードロン、GGO女性連合(通称G女連)のリーダー。

 サーシャの母親。

 

・ミサキ

 

 本名は海野美咲、G女連のメンバー。銀座でスナック「美咲」を経営。

 最初の旦那は政治家だったが死別している。シャナに懸想中。海野杏の母。

 

・イヴ

 

 本名は岡野舞衣、G女連のメンバー。ハッカー。ソレイユの開発部並びに影の情報部所属。

 母は発明家の岡野由香。

 

・レン

 

 本名は小比類巻香蓮。第一回と第二回スクワッド・ジャムの優勝者。

 

・フカ次郎

 

 ALOのフカ次郎。

 

・コミケ

 

 本名は伊丹耀司、自衛隊三等陸尉。スコードロン『Narrow』のリーダー。

 

・ケモナー

 

 本名は倉田武雄、自衛隊三等陸曹。スコードロン『Narrow』のメンバー。

 

・トミー

 

 本名は富田章、自衛隊二等陸曹。スコードロン『Narrow』のメンバー。

 

・クリン

 

 本名は栗林志乃、自衛隊二等陸曹。スコードロン『Narrow』のメンバー。

 現在ソレイユに出向中。

 

・ブラックキャット

 

 本名は黒川茉莉、自衛隊二等陸曹。スコードロン『Narrow』のメンバー。

 現在ソレイユに出向中。

 

・キリト

 

 ALOのキリト。

 

・ゼクシード

 

 本名は茂村保、第二回BoB優勝者、ソレイユでバイト中。

 

・ユッコ

 

 本名は桜川悠子、ゼクシード一派、南の友達。

 

・ハルカ

 

 本名は井上遥、ゼクシード一派、南の友達。

 

・スネーク

 

 本名は嘉納太郎、日本の防衛大臣。

 第三回BoBの決勝メンバーの一人。MGSプレイを実践する。

 

・シャーリー

 

 本名は霧島舞。

 スコードロン『KKHC(北の国ハンターズクラブ)』のメンバー。

 

 

『その他のGGOプレイヤー』

 

・ビービー

 

 ALOのビービー。

 

・シュピーゲル

 

 本名は新川恭二、サクリファイスを殺害、現在収監中。

 

・ステルベン

 

 本名は新川昌一、SAOの赤目のザザ。通称死銃(デスガン)、現在収監中。

 

・ノワール

 

 本名は金本敦、SAOのジョニーブラック、通称ジョー。

 ギャレットとペイル・ライダーを殺害、現在逃亡中。

 

・ギャレット

 

 本名は渡辺光男、第三回BoBにて死亡。

 

・ペイル・ライダー

 

 本名は双葉駆、第三回BoBにて死亡。

 

・獅子王リッチー

 

 第三回BoBの決勝進出者。

 

・ベヒモス

 

 ミニガン使い。

 

・シシガネ

 

 VIT極振りプレイヤー。

 

・デヴィッド

 

 ピトフーイの事が嫌いらしい。古参プレイヤー。

 スコードロン『MMTM(メメント・モリ)』のリーダー。

 

・エルビン

 

 スコードロン『T-S』のリーダー。

 

・シノハラ

 

 マシンガンをこよなく愛する。

 スコードロン『ZEMAL(全日本マシンガンラヴァーズ)』のリーダー。

 

・クラレンス

 

 男性のような見た目を持つ女性プレイヤー。相方募集中。

 

・ファイヤ

 

 本名は西山田炎(ファイヤ)。

 パーティで香蓮と出会い、ひと目惚れをした青年。

 身長は150cm台、業界内ではその名前と身長のせいで有名だが、優秀な若手。

 第一回スクワッド・ジャムでSLに破れ、現在は香蓮の事を諦め、地道に営業中。

 

・餓丸

 

 第三回BoBの予選にてキリトと対戦するも、無意識のキリトにあっさり倒される。

 

・サクリファイス

 

 本名は凡田平、第三回BoBの直前に死亡。

 

・とある作家

 

 スクワッド・ジャムを提唱し、第一回のスポンサーとなる。

 

 

『ヴァルハラ・ウルヴズ』

 

・『ヴァルハラ・リゾート』のメンバー全員と一部のGGOプレイヤーが所属。

・年末イベント参加予定者はハチマン、アスナ、キリト、ユキノ、リズベット、

 シリカ、セラフィム、フェイリス、レコン、シノン、フカ次郎、クックロビン、

 レヴィ、ナタク、スクナ、リオン、サトライザー、

 レン、闇風、薄塩たらこ、ゼクシード、ユッコ、ハルカ、ミサキ、シャーリー。

 

 

『その他アスカ・エンパイアのプレイヤー』

 

・コヨミ

 

 本名は暦原栞。二十三歳で大阪のOLだがその外見は中学生レベル。

 

・トビサトウ

・ユタロウ

・スイゾー

・ロクダユウ

 

 忍レジェンド四天王。

 

・ヨツナリ

 

 被害者の会のリーダー。

 

 

『元SAOプレイヤー』

 

・ヒースクリフ

 

 本名は茅場晶彦、天才科学者。SAO四天王の一人。神聖剣。故人?

 現在八幡のニューロリンカーの中で、その一部が封印中。

 

・ゴドフリー

 

 本名は相模自由。警察官僚。相模南の父親。

 

・クラディール

 

 本名は倉景時、現在結城塾でしごかれ中。

 

・ノーチラス

 

 本名は後沢鋭二、ユナの元同級生、オーグマーに関わる事件の首謀者の一人。

 ユナの気持ちを曲解し、彼女の意思に反する行いを繰り返し、

 最後にはユナの気持ちも失う。

 

・PoH(プー)

 

 本名はヴァサゴ・カザルス、殺人ギルド、ラフィンコフィンのリーダー。

 現在はガブリエル・ミラーの新しい配下として中東を転戦中。

 

・ザザ

 

 GGOのステルベン。

 

・ジョニー・ブラック

 

 GGOのノワール。

 

・キバオウ

 

 本名佐藤一郎、アインクラッド解放軍のリーダー。

 

・シンカー

 

 本名足立康隆、ネットゲーム攻略サイト、MMOトゥデイの管理人。

 

・ユリエール

 

 本名足立由里子、現在はシンカーの妻。

 

・ヨルコ

 

 本名は明星夜子。現在はカインズの妻。

 

・カインズ

 

 本名は明星優。

 

・サーシャ

 

 本名は田中沙耶、おっかさんの娘、現在総武高校で教鞭をとる。奉仕部顧問。

 

・ニシダ

 

 本名は西田俊春、ソレイユの回線保守部門に所属。趣味は釣り。

 

・ディアベル

 

 本名は日高直人、故人。

 

・リンド

 

 聖竜連合所属。

 

・シュミット

 

 聖竜連合所属。

 

・シヴァタ

 

 聖竜連合所属。

 

・コーバッツ

 

 アインクラッド解放軍に所属、故人。

 

・モルテ

 

 ラフィンコフィン所属プレイヤー、故人。

 

・サチ

 

 月夜の黒猫団団員、故人。

 

・アシュレイ

 

 本名は神野アリス、SAO一の裁縫師。

 

・ユナ

 

 本名は重村悠那。ハチマンの弟子だった時期がある。

 彼女の持っていたレア装備と短剣スキルにはハチマンが関与していた。

 通称歌姫、SAOのクリア直前三十秒丁度にゲーム内で死亡。

 そのタイミングの悪さ故に脳に多少の損傷を負い、現在は病院で眠り姫となっている。

 その存在は重村徹大の手により政府にも完全に隠され、公式には死亡扱いとなっている。

 

 

『現実世界の人々』

 

・結城清盛

 

 結城家当主、剣豪。茂村保を見事に治療した。

 

・結城宗盛

 

 結城家長男、現在渡米中。

 八幡の依頼により、藍と木綿季の病気を治す為の薬品を完成させる。

 

・結城知盛

 

 結城家次男、前例のある手術の技術は超一流。

 

・結城経子

 

 結城家長女、現在東京在住、眠りの森の園長。

 

・結城楓

 

 経子の娘。難病を克服。

 

・国友義賢

 

 イコマの父親。

 

・倉景清

 

 倉エージェンシーの元社長。

 

・倉朝景

 

 ソレイユの芸能部『ルーメン』部長。

 

・雪ノ下朱乃

 

 雪ノ下姉妹の母親、帰還者用学校の理事長だが、八幡らの卒業を機に離任。

夫である純一の衆議院議員当選を受け、雪ノ下建設改めソレイユ建設の社長に就任。

 

・雪ノ下純一

 

 雪ノ下姉妹の父親、千葉県選出衆議院議員。

 

・相模南

 

 八幡の元同級生。八幡の秘書に就任予定。

 

・戸塚彩加

 

 八幡の元同級生。

 

・葉山隼人

 

 八幡の元同級生、ソレイユの法務部長に就任予定。

 

・戸部翔

 

 八幡の元同級生、ソレイユの営業部に所属予定。

 

・材木座義輝

 

 八幡の元同級生、ソレイユの開発部所属。アメリカからの帰国後、再びレクトに出向中。

 

・海老名姫菜

 

 八幡の元同級生、腐女子業界で人気作家となる。サークル「腐海のプリンセス」を営む。

 

・鶴見由美

 

 八幡のリハビリの先生。

 

・鶴見留美

 

 総武高校一年生で奉仕部所属。由美の娘。

 

・折本かおり

 

 八幡の元同級生、ソレイユの受付嬢。後に芸能部『ルーメン』所属。

 アスカ・エンパイアの情報屋ソレイアル。

 

・仲町千佳

 

 かおりの親友、実家は花屋。ソレイユ関連の花や植木の注文を一手に引き受ける事となる。

 

・昼岡映子

 

 詩乃の親友、A、真面目、ソレイユの労務部に所属予定。

 

・夕雲美衣

 

 詩乃の親友、B、調整役、ソレイユの渉外部に所属予定。

 

・夜野椎奈

 

 詩乃の親友、C、コミュ力の鬼、ソレイユの営業部に所属予定。

 その積極性で、三人の中では八幡に一番近い存在となる。八幡の専属。

 

・海野杏

 

 クルスの親友、美咲の娘。

 美咲は十代で杏を産んだ為、杏は美咲の事を美咲ちゃんと呼んでいる。

 

・玉縄春樹

 

 元海浜総合高校の生徒会長、ソレイユの入社試験に落ちる。かおりに告白し玉砕。

 

・須郷伸之

 

 SAOの最後の百人事件の首謀者、第一審に続き第二審で有罪判決が下るも控訴中。

 

・重村徹大

 

 東都工業大学電気電子工学科教授、オーグマーの開発者。

 オーグマーの販売メーカーであるカムラの取締役の一人、

 アーガスの元社外取締役。茅場、須郷、神代、比嘉はいずれも彼の教え子。

 重村悠那の父親。悠那の生存を全力で秘匿し、

 オーグマーを使って悠那を復活させようと画策中。

 

・神代凛子

 

 ソレイユのメディキュボイド事業部部長。

 

・比嘉健

 

 オーグマーの開発に協力。後にソレイユの開発部所属。

 

・安岐ナツキ

 

 自衛隊付属の看護病院の卒業生、階級は二等陸曹。

 第三回BoBで和人の体調の保全を担当。

 

・結城彰三

 

 明日奈の父親、レクト社長。

 

・結城京子

 

 明日奈の母親。

 

・結城浩一郎

 

 明日奈の兄。

 

・遠藤貴子

 

 詩乃を脅していた一派のリーダー、今は許されてたまに一緒に行動している。

 

・葵梨紗

 

 コミケの元奥さん、姫菜と共にサークル「腐海のプリンセス」を営む。

 

・梓川咲太

 

 理央の友人、自称八幡の子分、女優の桜島麻衣と交際中。

 

・梓川花楓

 

 咲太の妹、以前事故で記憶喪失な時期があった。

 

・国見佑真

 

 理央の友人、自称八幡の子分。

 

・上里沙希

 

 佑真の彼女。

 

・豊浜のどか

 

 桜島麻衣の妹、アイドルグループ『スイートバレット』のメンバー。

 

・ダル

 

 本名は橋田至、スーパーハカー、大学卒業後はソレイユの開発部兼情報部に所属予定。

 

・鳳凰院凶真

 

 本名は岡部倫太郎。あだ名はオカリン。八幡と友達付き合いをしている。

 時々情報屋FGとしてアスカ・エンパイアをプレイ中。

 ナユタの事を、スリーピングナイツのメンバーと共に見守っている。

 

・まゆしい

 

 本名は椎名まゆり。メイクイーン・ニャンニャンでバイト中。

 

・比屋定真帆

 

 牧瀬紅莉栖の先輩、ヴィクトル・コンドリア大学の元学生。

 ソレイユの次世代技術研究部所属。ニューロリンカーの開発に邁進中。

 

・アレクシス・レスキネン

 

 元ヴィクトル・コンドリア大学教授で、ソレイユの次世代技術研究部の部長。

 ニューロリンカーの開発に邁進中。

 

・天王寺祐吾

 

 コードネームFB。通称ミスターブラウン。

 岡部倫太郎のラボ『未来ガジェット研究所』の一階の電気店の店長にしてビルのオーナー。

 ソレイユ情報部『ルミナス』(表向きは市場調査部)部長。

 

・桐生萌郁

 

 コードネームM4。ソレイユ情報部『ルミナス』所属。八幡の専属。

 

・漆原るか

 

 岡部倫太郎の弟子。柳林神社の宮司の息子。

 

・漆原える

 

 柳原神社の宮司の娘、漆原るかの年の離れた姉、ソレイユの受付として勤務中。

 通称ウルシエル、ゼクシードこと茂村保と交際開始?

 

・阿万音由季

 

 夏コミのソレイユブースに参加した女性コスプレイヤー。橋田至と交際中。

 

・櫛稲田優里奈

 

 八幡の被保護者。八幡のマンションの部屋の管理役を努める。

 アスカ・エンパイアをナユタという名前でプレイ中。

 

・櫛稲田大地

 

 優里奈の兄。故人。

 

・小比類巻蓮一

 

 香蓮の父親。北海道で建設業を営む。香蓮の他に、息子が二人、娘が二人いる。

 香蓮はその末っ子であり、蓮一は香蓮を溺愛している。

 

・柏坂健

 

 厚生労働大臣、柏坂ひよりの父。

 

・幸原みずき

 

 参議院議員。

 

・ジョジョ

 

 本名ジョン・ジョーンズ、ザスカーの日本支局長。

 

・日高小春

 

 大野春雄の元同級生、大野晶の永遠のライバル。

 両親が他界した後、日高商店という酒屋を一人で切り盛りする強い女性、独身。

 

・日高勇人

 

 日高小春の親戚、兄直人(ディアベル)をSAOで失った後、両親をも事故で失う。

 その後親戚筋の小春に引き取られる、中学生。

 

・はちまんくん

 

 AI搭載型自律式ぬいぐるみ、詩乃が所持。

 

・あいこちゃん

 

 藍子の分身、現在帰還者用学校にて人気沸騰中。

 

・ゆうきちゃん

 

 木綿季の分身、現在帰還者用学校にて人気沸騰中。



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趣味の資料 ver.1.10 CaliberCrossing edition

すみません、人物紹介をいくつか削除したせいで、しおりがエラーになってしまうそうです、本当に申し訳ありませんorz


** 各組織所属メンバー一覧 **

 

『ヴァルハラ・リゾート』

 

リーダー  ハチマン

副リーダー アスナ    キリト    ユキノ    サトライザー ソレイユ

メンバー  リズベット  シリカ    セラフィム  フェイリス  レコン

      シノン    フカ次郎、  クックロビン レヴィ    ナタク

      スクナ    リオン    アサギ    コマチ    クライン

      エギル    ユイユイ   ユミー    イロハ    リーファ

      メビウス   アルゴ    クリスハイト クリシュナ  ロザリア

 

                                  計 三十一名

 

『ゾディアック・ウルヴズ』

 

リーダー  シャナ

メンバー  シズカ    ベンケイ   シノン    銃士X    ロザリア

      ピトフーイ  エム     イコマ    ニャンゴロー 

      サトライザー キリト

     

                                  計  十二名

 

『ヴァルハラ・ウルヴズ』

 

リーダー  ハチマン

メンバー  アスナ    キリト    ユキノ    ソレイユ   リズベット

      シリカ    セラフィム  フェイリス  レコン    シノン

      フカ次郎、  クックロビン レヴィ    ナタク    スクナ

      リオン    アサギ    コマチ    クライン   エギル

      ユイユイ   ユミー    イロハ    リーファ   メビウス

      アルゴ    クリスハイト クリシュナ  ロザリア   レン

      闇風     薄塩たらこ  ゼクシード  ユッコ    ハルカ   

      シャーリー  ミサキ    サトライザー

 

                                  計三十九名

 

 

『社長がモテすぎてむかつく乙女の会(社乙会)』

 

  会長  薔薇小猫

メンバー  相模南    間宮クルス  折本かおり  仲町千佳   岡野舞衣

      朝田詩乃   雪ノ下雪乃  由比ヶ浜結衣 三浦優美子  一色いろは

      黒川茉莉   栗林志乃   双葉理央   桐生萌郁   川崎沙希

      秋葉留未穂  レヴェッカ・ミラー                 

                                  計 十八名

      

 

** 二つ名一覧 **

 

ハチマン   銀影、ザ・ルーラー、覇王   アスナ    閃光、バーサクヒーラー

キリト    黒の剣士、剣王        ユキノ    絶対零度

ソレイユ   絶対暴君           セラフィム  姫騎士イージス

シノン    必中             クックロビン デッドオアデッド

フカ次郎   ツヴァイヘンダーシルフ    リオン    ロジカルウィッチ

クライン   サムライマスター       エギル    アクスクラッシュ

シリカ    竜使い            クリシュナ  タイムキーパー

サトライザー 死神             リズベット  神槌

 

レン     ピンクの悪魔         闇風     スピードスター

 

ビービー   指揮者

 

 

** ヴァルハラ・個人マーク(既出分) **

 

ハチマン   覇王          (王冠の中に毛筆の『覇』の文字)             

アスナ    クロスレイピア     (十字になったレイピア)

キリト    剣王          (王冠の中に毛筆の『剣』の文字)

サトライザー 死王          (王冠の中に毛筆の『死』の文字)

ユキノ    アイスクリスタルクロス (通称アイスクロス、氷の十字架)

セラフィム  セラフィムイージス   (巨大な羽根の生えた炎を纏った盾)

シノン    キューピットアロー   (先端にハートが付いた矢を番えた弓)

ユミー    ヘルファイア      (波型の炎)

リズベット  スターハンマー     (ハンマーの右上に星)

フカ次郎   愛天使         (ハートに羽根と天使の輪)

リオン    ロジカルウィッチ    (数字で書かれたホウキにまたがる魔女)

スクナ    ソーイング       (針と糸)

ナタク    ツールボックス     (金槌と鋸とペンチ)

 

 

** ヴァルハラ・メイン武器(既出分、現在の状況) **

 

ハチマン   雷丸

アスナ    暁姫

キリト    彗王丸(二本に分けた時の呼称はエリュシデータ、ダークリパルサー)

フカ次郎   リョクタイ

リーファ   イェンホウ

クックロビン ハイファ

ソレイユ   ジ・エンドレス

リオン    ロジカルウィッチスピア

シノン    無矢の弓・改

ユキノ    カイゼリン

 

** 他プレイヤー・メイン武器 **

 

ユウキ    セントリー

ラン     スイレー

 

リョウ    神珍鉄パイプ

 

 

** ヴァルハラ制式装備 **

 

オートマチック・フラワーズ(リーダー、幹部用)

 ハチマン(赤)アスナ(白)キリト(黒)ユキノ(青)ソレイユ(金)

 サトライザー(白黒の縦縞)ラン(藍)ユウキ(紫)

 

ヴァルハラ・アクトン   (メンバー用)

 

 

** 輝光剣シリアル **

 

ハチマン   カゲミツX1、2  アハトX     刀身は黒

シノン    グロックX3    チビノン     刀身は水色

サトライザー カゲミツX4    刻命剣      刀身は黒

シズカ    カゲミツG1    夜桜       刀身はピンク

ベンケイ   カゲミツG2    白銀       刀身は銀

ピトフーイ  カゲミツG3    鬼哭       刀身は赤

キリト    カゲミツG4    エリュシデータ  刀身は黒

銃士X    カゲミツG5    流水       刀身は青

シャーリー  カゲミツG6    血華       刀身は赤

デヴィッド  カゲミツG7    破鳥       刀身は緑

闇風     カゲミツG8    電光石火     刀身は紫

薄塩たらこ  カゲミツG9    倶利伽羅     刀身は茶色



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第八章 キャリバー・クロッシング編
第881話 セブンスヘヴンと七つの大罪


お待たせしました、今日から新章開幕です!
とりあえず最初なので、朝八時に投稿しておきます!


 あれから半月が経ち、今は十二月の初週である。

この日フカ次郎は、ハチマン相手に毎日の雪かきが大変だと愚痴をこぼしていた。

 

「………という訳で、腕とかおしりがもうパンパンなのよリーダー。

え?私のおしりに興味津々?試しに触って確かめてみたい?オーケーオーケーウェルカム!」

「黙れ変態、やっぱりそっちは大変なんだな」

「あ~あ、リーダーがこっちに来て、雪かきを手伝ってくれないかなぁ」

「もちろんそっちに行く機会があれば手伝うぞ、機会があればな」

「つまりその予定は無いと………」

「まあ香蓮に呼ばれでもしない限り、無いだろうな」

 

 ハチマンにそう言われたフカ次郎は、愕然とした顔をした。

 

「リ、リーダーはコヒーばっかり贔屓しすぎ!」

「ん、そうか?普通友達に呼ばれたら行くだろ?」

「リーダー、友達として誘います!是非北海道に来てくだちゃい!」

「やだ」

「むきいいいい!」

 

 などといつも通りの会話を繰り広げていた二人であったが、

フカ次郎はこんなたわいもない時間が大好きであった。

ハチマンは相変わらず自分に冷たいが、それでも偶然二人きりになるこういった時間に、

決して自分を邪魔者扱いしたりはしないからである。

 

「もう、好きな子はいじめたいだなんて、リーダーはかわいいなぁ」

「よし、俺は久々にスモーキング・リーフに顔を出すが、お前も来るか?」

 

 ハチマンに完全にスルーされたフカ次郎は、めげずにすぐに切り替えて返事をした。

 

「喜んでお供しまふ」

「そうか、それじゃあ行くぞフカ」

「うん!」

 

 そして時々こういった嬉しいイベントが起こる。

最近気付いたのだが、フカ次郎はハチマンに乱暴な口調で命令されるのが大好きであった。

どうやらフカ次郎の好みは、ぐいぐい自分を引っ張ってくれる男のようである。

 

「リーダー、スモーキング・リーフには何をしに?」

「ちょっとリョクに呼ばれてな、何か気になる事があるそうだ」

「リョクちゃんかぁ、リョクちゃんもリーダーに懐いてるけど、

あの六人の中じゃ、リナちゃんが異常なくらい一番リーダーに懐いてるよね、何で?」

「区別がつくからだろうな」

「区別?区別って何の事?」

「さあ、何の事だろうな」

「むむむむむ」

 

 どうやらリナには何か秘密があるらしいが、フカ次郎にそれを追及するつもりは無い。

もし必要ならハチマンは、絶対に説明してくれるからだ。

逆に言えば、説明が無いという事は、知らせる必要がないか、

自分が知るべき事ではないという事なのだ。そう思ったフカ次郎はすぐに頭を切り替え、

何か話のネタはないかと周囲をきょろきょろと見回した。

そしてフカ次郎は、少し離れた所に集まっている集団に目をつけた。

 

「ねぇリーダー、あそこに何か変な人達がいるよ」

「変?んん~?確かに何というか、禍々しい格好をした連中だよな」

「あれ、でもあの人達の持ってる武器、結構レア度高くない?」

「確かにそうだな、よく気付いたな、フカ」

「まあこれでも私ってばシルフ四天王だし?」

 

 久々にハチマンに褒められたフカ次郎は鼻高々にそう言った。

 

「しかしあいつらは何者だろうな、今度調べておくか」

「そうだね、情報は大事だもんね」

「いずれうちの前に立ち塞がってくるかもしれないからな」

「まあそうなったら蹴散らすだけだよね」

「でもまあまだ見ぬ強敵もいるだろうさ、

ランやユウキだって、少し前までは無名だった訳だしな」

「でもほら、今のセブンスヘヴンは全員身内だし、当分は安泰じゃない?」

「まあ確かにな」

 

 この二週間で変わったものがもう一つある。

それはセブンスヘヴンというシステムの導入であった。

これはプレイヤーの能力をシステムが計算してその上位七名に贈られる称号であり、

現在その七人は、完全に身内だけで固められていた。

 

 序列一位、ソレイユ

 序列二位、キリト

 序列三位、ハチマン

 序列四位、ユウキ

 序列五位、アスナ

 序列六位、ユキノ

 序列七位、ラン

 

 今の順位はこんな感じである。

スリーピング・ナイツは少なくとも一般にはヴァルハラの下部組織と思われている為、

今は完全にヴァルハラ一強状態なのである。

ちなみにこのランキング、二十位までの名前が公開されている。

実績が少ないのに八位がサトライザーなのはさすがと言えよう。

そして九位にやっとユージーンの名前が上がり、

十位にシノン、十一位にリーファ、十二位にクライン、十三位にエギルの名前が上がる。

正直シノンがここまで上にくるとはハチマンは思っていなかった。

リーファはリアルでの実績から考えると妥当なのかもしれない。

そしてクラインとエギルは、SAO時代の補正があるからであろう。

リズベットとシリカの名前が無いのもまあ妥当と言える。

いくら貯金があると言っても、二人は攻略組では無かったからである。

十四位はまさかのリョウである。さすが戦闘狂だけの事はある。

そして十五位はこれまたまさかのセラフィムである。

タンクは通常戦闘力評価は低めになるはずなのだが、これは驚異的な順位であった。

その次、十六位にはルシパーという知らないプレイヤーの名前が上がっていた。

十七位は懐かしのビービーで、十八位にフカ次郎が入る。

十九位はこれまた無名のサッタンというプレイヤーで、

そして二十位にはサクヤの名前が上がっていた。アリシャがさぞ悔しがっている事だろう。

ユミーやイロハの名前が無いのは、最近ログイン回数が減っていたからなのだろう。

クックロビンも同様であり、真面目に修行していたフカ次郎が一歩前に出たイメージである。

 

「うわ、リーダー、さっきの変な人達がじっとこっちを見てるよ」

「そんなのいつもの事だろ、ほっとけほっとけ」

「で、でもこっちに近づいてくるよ!」

「面倒だな………まあ敵と決まった訳じゃない、適当に相手をしておくか」

 

 ハチマンはそう言って腕組みし、相手の出方を待った。

そんなハチマンを見て、相手も足を止めた。

 

「あんたがヴァルハラのハチマンか?」

「相手に名を尋ねる時は、まず自己紹介って子供の頃に親から教わらなかったのか?」

「俺に親はいねえ、いるとすれば天の神様だ、

もっとも俺は堕天しちまったから、とっくに勘当されちまってると思うけどな」

 

 その言葉にハチマンとフカ次郎は顔を見合わせた。

 

「おいおい、何か香ばしい奴が来たぞ」

「ロールプレイにも程があるよね」

「まあいいか、少しだけ付き合ってやろう」

 

 ハチマンはそう言うと、その男に向かって言った。

 

「ふ~ん、そうか。それじゃあ天の神様に許してもらえるように、

精々善行を積んで、天界に復帰出来る陽に頑張ってくれ、

陰ながらお前の活躍をお祈りしておくわ」

「ハッ、俺は天界に未練なぞ無い!」

「え~?いいじゃないかよ天界、なぁフカ?」

「え、そこで私に振る!?え~っと、て、天界には美女が沢山いるから、

普通に考えて堕天するメリットってあんまり無いと思うんだけど、

お兄さんってもしかしてモテない人?」

「うわ、お前、それは煽りすぎだろ……」

 

 ハチマンの言う通り、相手は怒りで顔を赤くし、激しくフカ次郎に抗議してきた。

 

「ふざけるな!天界に美女なんていねえ!」

 

 その言葉に二人はキョトンとした。

 

「あ、反応するとこそこ?これは予想外」

「だな………どう返す?」

「ふふん、とっくに考えてあるよ、リーダー」

「じゃあお前に任せるわ、ケツは俺が持ってやる」

 

 その瞬間にフカ次郎は、慌てて自分のおしりをパンパンと叩いた。

 

「えっ?やっぱり私のおしりに興味津々?」

「うぜえ、早くしろ」

「がってん承知の助」

 

 フカ次郎は即座に態度を切り替え、相手の前に仁王立ちした。

この辺りの切り替えの早さはもはや定番である。

 

「おいお前、ALOの公式PVは見てないのか?

次のバージョンアップで出てくる女神様達は、美人じゃないって言うのか?」

「おお………」

 

 ハチマンはそのフカ次郎の機転に素直に感心した。

その言葉には反論出来なかったらしく、相手の男は言葉に詰まっているように見えた。

 

「やるじゃないかフカ」

「ふふん、まだ続きがあるからね。やいお前、無知なお前にもう一つ教えておいてやる。

ヴァルハラってのは北欧神話の主神の宮殿の名前だ。つまり天界イコールヴァルハラだ。

そして自慢じゃないが、ヴァルハラには美女が多い!

代表的なのは絶対暴君、絶対零度、バーサクヒーラー、姫騎士イージス、ロジカルウィッチ、

それにこの私だ!なぁみんな、ヴァルハラには美女が多いよな!」

「おい、ツヴァイヘンダーシルフの奴、自分で言いきりやがったぞ!」

「だが認めるぞ!あんた達は最高だ!」

「ヴァルハラ、最強!」

「というか相手の男は何者だよ!」

「新人がイキってんじゃねえぞ!」

 

 そのフカ次郎の言葉を受け、周りにいた者達は大いに盛り上がり、

相手は何か言おうとしたものの、周りの雰囲気に押されて反論のタイミングを失っていた。

そしてハチマンは、こいつにもファンがいたのかと驚き、フカ次郎を生暖かい目で見つめた。

 

「リ、リーダー、私をそんな欲情した目で見つめるなんて、もっと見て、私を見て!」

「黙れ変態、それよりもあいつが何か言おうとしているぞ、あっちに集中しろ」

「がってん承知の助!」

 

 フカ次郎は、本日二度目のがってんをし、そのまま相手に向かって言った。

 

「何か言いたいようだな、この私が聞いてやる」

 

 そう言われ、若干余裕を取り戻す事が出来たようで、その男はフカ次郎に向けて断言した。

 

「お前は別に美人じゃねえ」

「な、何だとぉ!やるかこの野郎!」

 

 フカ次郎はその言葉に激高した。だが相手は顔色を変えずにこう言い放った。

 

「お前じゃ俺には勝てねえ、ランキングは俺の方が上だからな!」

「ランキング………?」

 

 フカ次郎は首を傾げながら、

セブンスヘヴンランキングで自分よりも上にいるプレイヤーは誰だろうかと考え、

すぐに該当する人物にたどり着いた。

何故なら自分より上位で、自分が知らないプレイヤーは一人しかいないからである。

 

「お前、まさかルシパーって奴か?」

「な、何故分かった!」

 

 その答えを聞いた瞬間に、その場にいた全員がこいつはアホだと感じたが、

それはまごうことなき事実であった。

ルシパーは確かに腕はたつが、その名の通り、ちょっとパーな男なのである。

 

「いかにも俺はルシパー、ギルド『七つの大罪』のリーダーだ!」

「七つの大罪?じゃあお前は『傲慢』か?」

「いかにも、俺は『傲慢』担当のルシパー様だ!」

「ほうほう、まあ定番だもんな、七つの大罪」

「いずれ俺の六人の仲間と、その配下の悪魔達が、お前の前に立ちはだかるであろう」

「って何で予言者風なんだよ、あっ、おい、満足した表情で帰ろうとするんじゃねえよ!」

「まだ俺に何か用事が?」

「そもそも話しかけてきたのはお前だろうが!」

「ああそうか、ちょっと挨拶しておこうと思っただけだ、

もう用は済んだからさっさと立ち去ってくれていいぞ」

「こ、この野郎………」

 

 珍しくハチマンが相手のペースに巻き込まれていた。

さすがは『傲慢』を名乗るだけの事はあり、ルシパーは実に傲慢な男であった(?)

そこに彼の仲間なのだろう、六人のプレイヤーが慌ててルシパーに駆け寄ってきた。

 

「おいルシパー、俺以外の奴と仲良くしてんじゃねえよ、やきもち焼くぞコラ!」

「まったくだ、いつも勝手な行動ばかりとるんじゃねえ!キレんぞ!」

「それが俺だ、いい加減に理解しろ、エヴィアタン、それにサッタン」

「たんって愛称を付けて呼ぶのは俺だけにしろ!羨ましいんだよコラ!」

「俺もお前もそれがフルネームなんだから仕方ないだろ、キレんぞ!」

「まあまあエヴィアタン、サッタン、

そういう会話は聞いてるだけでだるいからそのくらいで……」

「ベルフェノールの言う通りだよ、とりあえず君達は、

精神的苦痛に対する罰金を俺に払うべき」

「金だなんだってうるせえよマモーン、

いいからさっさとみんなで飯でも食いに行こうぜ、渇くんだよ……」

「ベゼルバブーンの言う通りだ、罰金として俺に飯を奢れ」

「みんな落ち着きなさいよ、お客さんの前でしょう?あらいい男、あなたがハチマンさん?

ごめんなさいね、うちの連中ったらいつもこうなのよ、ところで今晩どう?」

「アスモゼウス、敵にまで媚を売ってんじゃねえよ、

そろそろ姉御との約束の時間だ、いいからお前ら、さっさと俺についてこい!」

「「「「「へ~い」」」」」

「あら残念、ハチマンさん、いずれまた、ね?」

 

 そして七人は、そのまま風のように去っていき、ハチマンとフカ次郎はポカンとした。

 

「リーダー、何あの人達………」

「随分キャラが濃い奴らだったな………」

「あんまり関わりたくないね………」

「だが俺達の事を敵と言ってたからな、いずれやり合う事になるかもな」

「え~,やだなぁ……でも私よりも強いっぽいし、いつか叩きのめしてやるよ、うん!」

「そうだな、その意気だ」

 

 ハチマンはそう言ってフカ次郎の頭にぽんと手を置き、フカ次郎はやる気満々で頷いた。

 

「ところでリーダー、七つの大罪って何?」

「よくファンタジーでネタにされる、人間を罪に導く可能性がある七つの罪の事だな。

傲慢のルシファー、憤怒のサタン、嫉妬のレヴィアタン、怠惰のベルフェゴール、

強欲のマモン、色欲のアスモデウス、暴食のベルゼバブ、みたいに悪魔と紐づけられてるな」

「あ~、何か聞いた事あるかも!さっすがリーダー、そういうのに詳しいよね!

でもプレイヤーの名前、微妙に違わなかった?」

「だな、今のうちにメモっとくか。え~と、ルシパーに………」

「エヴィアタンとサッタン!」

「後はベルフェノールとベゼルバブーンとマモーンとアスモゼウスか、

下手に元ネタに寄せてある分、微妙に覚えづらいな」

「まあ毎回メモを見て確認すればいいっしょ」

「だな、後でみんなに関わるとうざいリストとして配っておくか」

「うん、それがいいね」

 

(それにしても『姉御』ねぇ、他にもまだ何かいやがるって事か)

 

 ハチマンはそう考えつつ、本来の目的通りにスモーキング・リーフへと向かう事にした。




アスモゼウスの本名を、人物紹介に追加しておきました!山花出海(いずみ)です!


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第882話 みんなハチマンと遊びたい

「あ、ハチマン、来てくれたんだ」

「おうリョク、待たせちまったか?」

「ううん、別に待ってないよ」

「そうか、それなら良かった」

 

 その声が聞こえたのだろう、奥から凄い勢いでリナが走ってきてハチマンに飛びついた。

 

「よぉリナッチ、元気だったか?」

「いつも元気なのな!リナッチの時に来てくれて嬉しいのな!」

 

 そのやり取りを聞いたフカ次郎はキョトンとした。

 

「リーダーってリナちゃんをそんな風に呼んでたっけ?前は違う呼び方をしてたような……」

「いや、これは別にいいんだ」

 

 ハチマンはそう言って、これは内緒だという風に唇の前で人差し指を立てた。

 

「ふ~ん………ハッ、こ、これはもしや、カップルにありがちな、

二人だけの秘密だねって奴では………」

「で、リョク、一体何があったんだ?」

 

 ハチマン、安定のスルーである。

 

「最近市場の様子がおかしいじゃん、金属素材や硬革系の素材は軒並み品薄で高騰中、

これってば絶対誰かが買い占めてると思うんだよね」

「ほう?ハイエンドの素材もか?」

「そっちはほとんどうちが抑えてるし、流通も限られてるから動きは鈍いけど、

需要が凄まじいから値段がかなり上がってるかな」

「ほう?」

「値上がりしてる素材の種類からして、

これは明らかにどこかのギルドが戦いの準備をしてるじゃんね」

「ふむ、かもしれないな」

 

 ハチマンはリョクの言葉に頷きつつも、首を傾げた。

 

「でもそれだけの金を持ってるギルドなんかあったか?

連合も同盟ももう虫の息だろうし、金があるギルドなんてもう限られてるだろ」

「戦闘系のギルドとは限らないじゃん、私が思うに可能性は二つ、

どこかの種族の領主様か、職人ギルドじゃないかな」

「なるほどな、だが領主の線はおそらく無いだろうな、

人数が多いサラマンダー、シルフ、ウンディーネ、ケットシーの情報は入ってくるが、

そんな話は聞いた事がない」

「うん、私もそう思う。とすると、やっぱり本命は………」

「職人ギルドか、う~ん、商業系のギルドか素材採取系のギルドの可能性は無いのか?」

「その二つは小さいギルドばっかりだから、職人ギルドとはやり合えないと思うかな。

うちみたいにでかいバックでもいない限りね」

「でも結局武器を使うのは戦闘系のギルドな訳だし、

要するにでかい職人ギルドがどこかのバックに付いたって事なのかもしれないな」

「うん、その可能性が高いじゃん」

 

 この間、リナは大人しくハチマンの膝の上で話を聞いており、

それを横で見ていたフカ次郎は、リナに羨ましそうな視線を向けていた。

 

「俺は正直職人ギルドには詳しくないんだが、今はどんな感じなんだ?」

「エンシェントウェポンを作れるのはレプラコーンだけだから、

まあそう考えると一つだけ、該当するギルドがあるかな。

というか、そこしか無いんだけど」

「ほう?何てギルドだ?」

「小人の靴屋なのな!」

 

 その問いに答えたのはリナであった。

 

「ほう?」

「レプラコーンの職人の半数以上が所属してるって噂なのな!」

「何だそりゃ、ほぼ独占状態じゃねえか。

そんなでかいギルドがあったなんて全然知らなかったわ」

「まあうちは自前で全部賄っちゃってるもんね」

 

 そのフカ次郎の言葉にハチマンは頷いた。

 

「まったくリズとナタクとスクナには頭が上がらないよな、

そういった事で苦労する必要がまったく無いしな」

「まあそんな訳で、もしかしたらターゲットはヴァルハラかもしれないから、

一応報告しておこうかなって」

「サンキューリョク、こっちでも調べてみるわ。

まあもしかしたら、次のバージョンアップに備えた動きなのかもしれないけどな」

「その可能性もあるかもね、とりあえず用件はそのくらいじゃん、

わざわざ来てくれてありがとね、ハチマン」

「気にするな、こっちもいい情報をもらえたからな、また何かあったら頼むわ」

 

 そう言ってハチマンは、リナを横に下ろして帰ろうとした。

だがそんなハチマンを、リョクとリナが引き止めた。

 

「ま、まあ久しぶりなんだし、ゆっくりしていけばいいじゃん」

「ハチマン、遊んで遊んで!」

「いや、まあそうしたいのはやまやまだが、厄介なお前達の姉さんがほら、な?」

 

 ハチマンがそう言った瞬間に、店の奥からその厄介な人物一号が姿を現した。

 

「あらぁ?店が騒がしいと思ったらハチマンじゃない、とりあえず戦う?」

「出たよリョウ………だから戦わないっての」

「え~?たまにはいいじゃない、ね?」

「え、やだよ、お前は時間を決めてももうちょっともうちょっとって、

絶対に引き伸ばしてくるじゃないかよ」

「え~?それはずっとハチマンと一緒にいたいっていう女心じゃない」

「嘘吐け!お前は戦いたいだけだろ!」

「あれ、バレちゃった?」

 

 あっさり開き直るリョウであった、相変わらずの戦闘狂っぷりである。

 

「まったくいい加減に………」

「おっ、ハチマンじゃんか」

 

 ハチマンがリョウに苦情を言おうとした瞬間に、厄介な人物二号が姿を現した。

 

「リクまで来やがったか………」

 

 段々状況が悪化していく事にハチマンは焦りを感じていたが、

ここでいきなり帰るという訳にもいかない。

 

「丁度良かった、新しい技を思い付いたんで、的……………練習相手になってくれよ」

「的!?今的って言ったよな!?」

「それなら私も試したい技が……」

「リン、お前もか!お前ら俺にばっか言ってこないで、大人しく訓練場に行けよ!」

「え~?ハチマンがいい!」

「そうそう、ハチマンがいいんだよハチマンが」

「わ、私もハチマンが……」

 

 三人は譲らず、ハチマンは頭を抱えた。だがそこに猫耳の天使が舞い下りた。

 

「みんな、ハチマンさんを困らせちゃ駄目にゃよ」

 

 そのリツの優しい笑顔にハチマンは感激した。

 

「リツ!俺の味方はお前だけだ!」

「にゃっ!?ハチマンさん、顔が近い、近いのにゃ!」

 

 他の五人とフカ次郎は、そのリツの姿を羨ましそうに眺めていた。

 

「あ~、リツはずるいなぁ、私も味方だよぉ?………一応」

「おいリョウ、今何でとってつけたように一応ってつけたよな?」

「え~?気のせいじゃない?」

「そう言いながら、武器を構えてじっとこっちを見るのはやめろ」

「あ~、私も的にすんのはダチだけだからよ」

「お前は根本的にダチという言葉の意味から調べなおせ」

「すまないハチマン、試したいなどというのは失礼だった、全力で攻撃させて欲しい」

「そういう意味じゃねえよ、リンはその真面目すぎるところを何とかしような」

「それなら私もハチマンを解剖したいじゃん」

「リョクはどうしてそういう事を言うかな?

今俺に対する友好度をみんなで競ってるって分からないかな?」

「リナが一番最初に遊んでって言ったから、リナが最初なの!」

「こうなるとリナの遊ぶってのもちょっと不安に感じられてきたなぁ………」

「みんな、自重、自重するのにゃ!」

 

 そんな六人に圧倒されていたフカ次郎は、小さな声で呟いた。

 

「こ、この目的に向かってとにかく突き進む積極性は私も見習わないと………」

「ふざけるな、お前はそもそも肉食眼鏡っ子だろうが」

「どうしてリーダーは私にだけいつもそうなの!?」

「そんなのは今までのお前の行いのせいに決まってる、もっと反省しろ反省」

「ぐぬぬ」

 

 そう歯噛みしつつ、聞こえるか聞こえないかくらいの自分の呟きに、

ちゃんと突っ込んで相手をしてくれるハチマンが、

フカ次郎はとても愛おしく感じてしまうのであった。

 

「うぅ、もう我慢出来ない、ジュテーム!」

「おわ、いきなり何だようぜえ、おいこら、顔が近い、近いっての!

誰か、こいつを止めてくれ!」

「それは新しい遊びなのな?それじゃあリナもリナも!」

「違うから離れろリナ、特にお前との密着は絵面がやばいから!」

 

 ハチマンがいるスモーキング・リーフは、今日もとても賑やかなのであった。

 

 

 

「はぁ、今日はひどい目にあった……………

これは帰ってからフカにお仕置きをしないと駄目だな」

「リーダー、何が駄目なのかちっとも分からないけどウェルカム!お仕置きプリーズ!」

「お前はノーマルだろ、ロビンみたいな事を言うんじゃ……………ん?」

 

 そう言ってハチマンは立ち止まり、訝しげな表情をした。

 

「リーダー、どったの?」

「今どこかから視線を感じた気がしてな」

「ん~?特に誰も見当たらないけど………まあ見られるのはいつもの事だしね」

「まあそう言われると確かにそうだよなぁ、まあいいか」

 

 そして二人が立ち去った後、一人の痩せ型の男が姿を現した。

 

「うおお、マジびびった、このシットリ様の気配に気付くとは、さすがはハチマンだぜ……

スモーキング・リーフを見張る時はもう少し慎重にならないといけないな、

マジで本当に俺はビビリなんだから、勘弁して欲しいぜ」

 

 そう言ってその男は再び闇に溶け込むように姿を消していったのだった。



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第883話 バチカン・リバースの密談

人物紹介で抜けていた、梓川咲太、梓川花楓、国見佑真、上里沙希、豊浜のどかを追加しました。



 七つの大罪のホームは、第十九層の主街区であるラーベルクにあった。

ここはかつてアスナが、誰もいなくてオバケが出そうで怖いと言って、

ハチマンに一緒に宿に泊まってもらった、ある意味思い出の街である。

そしてそのホーム『バチカン・リバース』に、

今まさにギルド『小人の靴屋』のリーダーが訪れていた。その名をグランゼという。

 

「遅いわよあんた達、客を待たせるんじゃないわよ」

「ふん、細かい事は気にするな」

「うるせえんだよ、キレんぞマジで」

「あああ、もう色々と面倒臭い……」

「それより飯だ飯!」

 

 ルシパー達は、相手がALO最大の職人ギルドのリーダーであろうと、

変わらず傲慢であり憤怒であり怠惰であり暴食であった。

 

(はぁ……本当はこいつらなんか利用したくないんだけど、

現状だとヴァルハラに対抗出来そうなギルドがここ以外に無いんだよね、

腐ってもセブンスヘヴンのランク内に二人も入ってるんだし)

 

 グランゼはそう思いつつ、きっちりキャラを作りつつルシパー達に遅れた理由を尋ねた。

 

「で、何で遅れたんだい?」

「おう、ハチマンに喧嘩を売ってたからだな」

「はぁ!?」

 

 大勢のギルメン達を仕切る女傑であるグランゼも、その答えにはさすがに驚愕した。

 

「な、何でそんな事に!?」

「ハチマンが喧嘩を売ってきたからだ、別に俺達か好んでちょっかいを出した訳じゃない」

 

(さっき、喧嘩を売ってたって言ってたじゃないのよ!

つまり自分達からちょっかい出してんじゃないのよおおおお!)

 

 内心ではそう思いつつも、グランゼはあくまで平静を装い、

その時の状況を確認しようと試みた。

 

「確かにハチマンは、自分やその仲間に敵対してくる奴には容赦がないけれど、

そうじゃない他人に自分から喧嘩を売るだなんて、想像出来ないんだけど?」

「いや、あいつは確かに俺達に喧嘩を売ってきてたな、そりゃキレんわ」

「…………どんな風に?」

「ハチマンの奴、女連れで楽しそうに歩いてやがってよ、

あれは確か、シルフ四天王のフカ次郎だな、いい女だ」

 

 どうやらルシパーがフカ次郎に向かって『お前は美人じゃない』と言ったのは、

ただの照れ隠しであったようだ。

 

「いい…………女?」

 

(えっ?フカ次郎がいい女って、こいつは一体何を言ってるの?)

 

 フカ次郎と言えば、同じヴァルハラのクックロビンと並び、

『ちょっと頭のネジが一本抜けてる』事で有名なプレイヤーである。

その為フカ次郎に、いい女という評価が与えられた事は未だかつて無い。

もしかしたらハチマン辺りは内心でそう思っているのかもしれないが、

基本的にそういった飴をハチマンがフカ次郎にあげる事は無いのである。

 

「まあいいわ、それで?」

「………」

「………?」

「………」

「………え?それで終わり?」

「そうだ、ムカつくだろ?」

 

 グランゼはその答えに愕然とした。

 

(ま、まさかここまでパーだったとは………)

 

 グランゼは眩暈を感じつつも、我慢出来ずに絶叫した。

 

「そんなの当たり前じゃないか!

同じギルメンなんだから、一緒に歩く事くらいあるだろうよ!」

「だがそれを俺達に見せつけるかのようにやる事は無いだろうが」

「ふざけるんじゃないわよ、ハチマンはあんた達の事なんか知らないんだから、

わざわざあんた達に見せつける為にそんな事をするはずが無いでしょうが!

そもそもあんた達だって、アスモを連れて歩いてるじゃないのさ!」

 

 そう叫びながらグランゼはアスモゼウスの方を見た。

 

「あらん?私をご指名?うふふ」

 

 七つの大罪の幹部の中の紅一点であるアスモゼウスは、

色欲の名に恥じぬ美貌を誇っており、加えて雰囲気が妙にエロい、とにかくエロい。

 

「ほら、ムカつく理由なんかありゃしないだろうが!」

「こいつはプロだ」

「プ、プロ?そうなのかい?」

 

 グランゼはその予想外の返しにアスモゼウスに思わずそう問いかけた。

 

「いやん、プライベートの事は内緒よん」

 

 アスモゼウスはそう言ってその質問をかわした。

 

「今の態度で分かるだろう、こいつは絶対にプロだ」

 

 その仕草はだが、確かにルシパーの言うように、とてもプロっぽかった。

 

「もし本当にプロだとしても、アスモの何が不満なんだい?

こんなエロ美人な女、ALOでも滅多にいやしないだろ?」

「別に不満なんかない、単にプロ相手にはときめかないってだけだ。

というか俺達はプロにはリアルで散々痛い目に遭ってるんだ、いい加減キレんぞマジで!」

「そうだそうだ、素人のお姉さんといちゃつけるなんざ、羨ましいんだよコラ!」

 

(あんたらのリアル事情なんざ知るかああああああああ!)

 

 グランゼは心の中でそう絶叫した。さすがに全ての感情を隠す事は出来ず、

呼吸が荒くなってしまった為、グランゼは落ち着こうと深呼吸をした。

 

「グランゼちゃん、大丈夫?」

 

 そんなグランゼを見て、当のアスモゼウスが駆け寄ってきた。

さすがというか、まさにプロの気配りである。

 

「え、ええ、大丈夫よ」

 

 そんなグランゼの耳元で、アスモゼウスはそっと囁いた。

 

「っていうかグランゼちゃん、そもそも私がこのギルドにいるのは、

そういった目で見られないってのが理由の一つだからね。

というかこいつらにそういう目で見られるようになったら、私はすぐにギルドをやめるわよ」

 

 そのぶっちゃけトークにグランゼは目を剥いた。

 

「そ、そう、で、他の理由って?」

「男避け」

「ああ…………」

 

 その理由にはグランゼも納得した。

彼女自身も、別の職人から好意を寄せられた事が何度もあったからだ。

むしろその経験のせいでグランゼは、

男勝りな口調でロールプレイするようになったのである。

 

「私は知らない男共に話しかけられたくないの。だからこいつらは絶好の壁役って訳」

「だったらその男に媚びるような態度をやめればいいんじゃないの?」

「そうもいかないでしょ、だって私、『色欲』だもの」

 

 どうやら彼女は色欲役のロールプレイ自体は気に入っているらしく、

少し誇らしげな口調でそう言った。

 

「まあ私としては、ハチマンさん辺りに囲ってもらえるのが理想ではあるんだけどね」

「えっ、もしそうなったらあいつらを捨てるの?」

 

 グランゼはすっかり素の口調になり、裏切るではなく捨てるという表現を使った。

それほどアスモゼウスの存在は、七つの大罪の中でも浮いているのである。

 

「ハチマンさんが私に興味を持ってくれたらまあ、あるかもね」

「だったらヴァルハラの友好ギルドにでも所属した方がいいんじゃないの?

例えばほら、『白銀の乙女』とか」

 

 白銀の乙女とは、G女連とナイツを組んでいるギルドで、

その顧問をハチマンがやっているという、例のギルドである。

 

「う~ん、今のハチマンさんに目を付けてもらうのってかなりハードル高そうじゃない?

私が思うに、味方の一人として埋没するよりは、敵でいた方がより目立つと思うのよね。

何より敵との恋って燃えるじゃない?」

「それには同意するけど………」

 

 グランゼはそう言いつつも、内心では可能性は低いだろうなと考えていた。

敵ながらいっそ天晴れな程、ハチマンの周りには女性プレイヤーが多いからである。

 

「まあでももしそうなっても、グランゼちゃんには事前にちゃんと言うから許してね」

「はぁ、相手はともかく同じ女として気持ちは分かるから、

その事については了解よ、気にしないで好きにしてくれていいわ」

 

 そもそもグランゼの目的は、ヴァルハラを潰す事ではなく、その勢力を削ぐ事である。

それは単純に、ヴァルハラ一強状態な今が気に入らないからであった。

権力とは戦うべき敵であり、その為にはどんな汚い手段を使っても、

法に触れさえしなければ問題ない、彼女は政治家である母親にそう教えられて育ってきた。

グランゼの本名は幸原りりす、母は野党政治家の幸原みずきである。

同時に彼女は女性の権利は何よりも尊重されなくてはならないと教えられてきた。

その為にアスモゼウスに敵に回る可能性を告白されても、彼女は鷹揚にそれを受け入れた。

彼女にとって男は利用するもの、女は守るものなのである。

 

「ありがとうグランゼちゃん、恩に着るわ」

「積極的に応援は出来ないけど、まあ頑張って」

 

 この約束が実現するような状況になるかどうかは分からないが、

とにもかくにも二人の間での話はこれでまとまった。

そしてアスモゼウスは下がっていき、グランゼは頭を切り替えて、ルシパーに言った。

 

「あなた達の気持ちは分かったけど、でもルシパー、今回のような事は困るわ。

今の段階でヴァルハラに関わるのはもうやめなさい、これは命令よ」

「チッ、俺に指図すんな」

「だったら今まで与えた分の装備の代金を返しなさい」

「くっ………し、仕方ねえ、分かった、今のところはあいつらに手は出さねえ」

 

 さすがの傲慢も、そう言われては折れるしかなかった。

 

「あくまで今のところだからな!ムカつくけどな!」

 

 そこでサッタンがそう念を押してきた。

 

「それは当然よ、あくまで今の段階でという話だからね」

 

 グランゼもそれに同意した。あくまでも目標はヴァルハラの弱体化、その一点であり、

いずれ事を構えるのは確定事項だからである。

 

「で、実際に向かい合ってみて、ハチマンはどうだったんだい?」

「直接あいつとはやり合ってねえ、前に出てきたのはフカ次郎だったからな。

その時はまあランキングを引き合いに出して、『お前は俺に勝てねえ』とか言っておいたが、

正直アレは駄目だな、今の俺じゃ勝てねえ」

 

 傲慢のくせに、何とも殊勝な事である。普段は奇異な行動が多いルシパーであったが、

少なくとも戦闘に関してはかなりのリアリストであるようだ。

それ故にリーダーが務まっているのだろう。

 

「でもあんたの方がランクが上なのは事実だろ?」

 

 グランゼは試すような口調でそう問いかけてきた。

それに対してルシパーは、淡々とこう答えた。

 

「問題は武器の差だ、フカ次郎のリョクタイはやべえ、抜いてもいないのにゾクっときたぜ」

「おや、さすがだね」

「それくらいは分かる、いくら俺の方が腕が上だといっても、絶対に武器の差で負ける」

「その通りだよ」

「だから俺達にはあんた達の作る武器が必要だ、今手を引かれるのは困る」

「そういう事だね、せっかく私達の事を知られないまま、順調に素材が集まってきてるんだ、

せめてハイエンド素材が十分に確保出来るまでは、

絶対にヴァルハラに手を出すんじゃないよ」

「分かった、武器の為なら仕方がない」

 

 そのルシパーの言葉に、グランゼは満足そうに頷いた。

 

「で、ハイエンド素材については何か分かったかい?」

「俺の部下にシットリっていう諜報に長けた奴がいるんだが、

そいつからの報告だと、ハイエンド素材のほぼ全ての出所を探っていくと、

最終的にはスモーキング・リーフに行きつくらしい」

「やっぱりそうかい、こっちが掴んでる情報と一緒だね、

しかしあそこはヴァルハラのお膝元だからね、どうしたもんかねぇ」

「手段を選ばないでいいなら、尾行するしか無いんじゃねえの?」

「それで偶然やり合う事になってもそれは仕方ないっしょ」

「そうね、堀り場でかち合うのなんざ日常茶飯事なんだし、

多少強引でもそうするしかないか……」

 

 その意見に一同は頷き合った。

 

「とりあえずシットリは、しばらくスモーキング・リーフに張りつけておく、

だが俺達では素材を見ても、それがハイエンド素材かどうかは分からないから、

もし動きがあった時に、そちらから誰かを派遣してもらえると助かる」

「分かった、その時はうちから誰か派遣するよ」

 

 こうしてこの日の話し合いは終わり、この場は解散となった。

 

「それじゃあ私は今日は落ちるわね」

「ああ、お疲れ、アスモ」

「お疲れ様」

 

 

 

「ふう………」

 

 アスモゼウスこと山花出海はアミュスフィアを外し、

喉の渇きを覚えた為、近くに用意してあったミネラルウォーターをごくごくと飲んだ。

 

「私がプロ、ねぇ………これでも女子高生なんだけどな、

まあ演技が上手くいってるって事で良しとしよっかな。

さて、明日も学校だし、もう寝よっと」

 

 出海はそのまま大人しく眠りについた。

 

 

 

 そして次の日の朝、学校へ向かう途中の事である。

 

「まずい、バスが行っちゃう!」

 

 出海は今、バス停に向けて全力で走っていた。

 

「まずい、これは間に合わないかも………」

 

 そう思って遅刻するのを覚悟した出海であったが、

今まさにバスに乗ろうとしていた少女が出海に気が付き、

バスにゆっくりゆっくりと乗り込んでくれた為、ギリギリで間に合う事が出来た。

 

「あ、ありがと…………う、朝田さん」

「どういたしまして………って、あなた、私の事を知ってるの?」

「朝田さんの事を知らない人は、うちの学校にはいないと思う」

「え、あ、そ、そう………」

 

 そう言って恥ずかしそうに下を向いた詩乃は、

同姓から見ても憎らしい程にかわいかった。

 

(これがあのALOのシノンだなんて、正直信じられないけど………)

 

 出海はそう考えながら、ぼんやりと詩乃の隣に立っていた。

ちなみに出海がその事を知ったのは、文化祭の時である。

元々ALOをプレイしていた出海は、その時に偶然ハチマンとシノンが八幡と詩乃だと知り、

それ以降、詩乃に対して複雑な思いを抱いていた。

 

(ハチマンさんの正式なパートナーはバーサクヒーラーのアスナのはず、

つまり王子と朝田さんは、今学校で言われているような関係じゃない)

 

 だが出海はその事を誰にも言わなかった。

二人の関係については、他ならぬ八幡が仕掛け人のはずであり、それは多分………。

 

(きっと王子は関係を捏造してでも、朝田さんを守ろうとしたって事だよね)

 

 出海は詩乃がかつていじめられていた事を知っており、

考えに考えた上でそういう結論に達していた。そして同時にこうも考えていた。

 

(私にも王子と仲良くなれるチャンスがあったりしないかな………)

 

 その結果が、回りまわって今のこの状況となっていた。

そしてバスが学校の前に到着すると、詩乃は笑顔で出海に会釈をし、バスを降りていった。

 

(朝田さんのポジションを奪えたらなって考えた事もあるけど、

どう考えてもそれは不可能だよね。それに朝田さん、本当にいい人なんだよなぁ)

 

 出海はそんな事を考えながら、自分の教室へと向かった。

 

 

 

 そんな彼女が八幡の目に止まる日が来るのかどうか、誰も知らない。




一つネタバレとも言えないネタバレをします、ソードアートオンラインのアニメ二期、第三話『鮮血の記憶』の冒頭八秒くらいの、詩乃が校門を出ようとしている所で、校門の左側に寄り掛かっているのが山花出海です(という事にしました)


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第884話 文化祭~フェイリス編

タイトルがネタバレ!


 ここで時間は少し遡る。時期は秋口、八幡達が渡米する一ヶ月前くらいの事である。

八幡は毎日忙しい思いをしていたが、

そんな八幡にとある日の夕方、ソレイユで詩乃が話しかけてきた。

 

「ハイ八幡、随分と忙しそうね」

「おう、詩乃は今日もバイトか?精が出るな」

「うん、もうすぐ忙しくなっちゃうから、今のうちにって思って」

「何かあるのか?」

「学校で文化祭がね」

「ああ、そういえばそんな時期か」

 

 八幡はそう言いながら、自身の高校時代の事を思い出し、胃の辺りを押さえた。

 

「どうしたの?」

「いや、昔の事を思い出して、ちょっと胃が痛くなってな」

「へぇ、苦い思い出って奴?」

「まあそんな感じだ」

 

 八幡は苦笑しながら詩乃にそう答えた。

 

「今日はこの後も仕事?」

「ああ、今日は結構遅くまでかかりそうだ、って言っても九時くらいまでだろうけどな」

「その後はマンションに泊まるの?」

「そうだな、そうなると思う」

「分かった、それじゃあ待ってるわね」

「は?おい、それはどういう………」

 

 だが詩乃は、そんな八幡をスルーして走り去っていった。

 

「あの野郎、マンションに来るつもりか?まあ優里奈もいるだろうし、別に構わないか」

 

 八幡はそう考えつつ仕事に戻り、

予定通り夜九時くらいにあがってマンションへと向かった。

 

「お~い優里奈、もしかして詩乃もいるか?」

「あっ、八幡さん、お帰りなさい」

「もちろんいるわよ八幡」

「八幡、お帰りニャ」

 

 そんな八幡を出迎えたのは、優里奈と詩乃、そしてまさかのフェイリスであった。

 

「な、何でフェイリスがいる!?」

「私がいるのは変かニャ?」

「い、いや、珍しいと思ってな」

「実はそれには理由があるのニャ」

「八幡さん、とりあえず今お茶を入れますから、楽な格好に着替えてきて下さいね」

「お、おう、そうさせてもらうわ」

 

 八幡はフェイリスが言う理由と言うのが気になったが、

とりあえず優里奈に勧められた通り、先に着替える事にした。

 

「正直嫌な予感しかしないが………」

 

 八幡はそう考えながらも、ここで逃げ出すと後で何を言われるのか分からない為、

大人しく三人の前に出た。

 

「ふう………で?」

「実は八幡にちょっとした頼みがあるのニャ」

「頼み?」

「実は私達三人とも、もうすぐそれぞれの学校の文化祭があるのよね」

「文化祭?ああ、そんな時期か。って三人って事は、優里奈もか」

「それに八幡さんにも来て欲しいな、なんて………駄目、ですか?」

 

(良かったぁ、無茶振りが来ないで本当に良かったぁ)

 

 八幡はその三人の申し出に心から安堵した。

 

「いや、そのくらいならまったく問題ない、それじゃあお邪魔させてもらう事にする」

「やった!」

「まあ俺は優里奈の親代わりだし、問題はないさ」

「良かった、これでABCにドヤされなくて済むわ」

「ABCって……いや、確かにそう呼び始めたのは俺だけどよ」

「ありがとニャ、しっかりおもてなしするのニャ!」

「フェイリスはメイド喫茶でもやるのか?」

「うちの学校でそういうのが許されるはずがないのニャ」

「ああ、まあ言われてみればそうだな」

 

 この三人の中では、フェイリスが通う金糸雀学園が、ぶっちぎりのお嬢様学校であった。

 

「で、その文化祭はいつなんだ?」

「いきなりでごめんニャ、うちが一番早くて三日後なのニャ」

「私は四日後です」

「うちは一週間後ね」

「分かった、まあ大丈夫だろ、姉さんにもあまり根をつめないようにって言われてるしな、

息抜きのつもりで気楽に行かせてもらうわ」

 

 八幡は三人を安心させるようにそう言い、こうして文化祭をハシゴする事となった。

 

「それじゃあ八幡、これが招待状ニャ」

「おおう、さすがはお嬢様学校」

 

 そしてフェイリスが、笑顔で八幡に招待状を手渡してきた。

 

「これがあれば学校の敷地に入れるのニャ」

「あっ、これ、フェイリスの名前入りじゃない」

「誰から渡されたかちゃんと分かるようになってるのニャ、

学校側にも誰に渡したか報告するようになってて、二重にチェックする感じかニャ」

「さすがというか……うちなんか誰でもフリーパスですよ」

「もちろんうちもよ」

「それが普通だぞ、フェイリスの所が普通じゃないだけだからな」

 

 そして八幡を囲み、三人は自分の所が何をするのか説明を始めた。

 

「優里奈のところはコスプレ喫茶店……だと!?お父さんはそんなのは許しません!」

「そんな露出の多い格好はしませんって、ただの巫女服ですよ」

「……それっていつもと同じなんじゃ」

 

 アスカ・エンパイアにおいて、確かに優里奈はそのままではないが巫女服を着用している。

 

「だから抵抗が少なかったんですよね、本当は断ろうとしてたんですけど」

「ま、まさか胸が強調されたデザインじゃないだろうな!?」

「大丈夫ですよ、まったく普通の巫女服です」

「そうか、それならいい」

 

 その時八幡は、背後から殺気のこもった視線を感じ、慌てて振り向いた。

八幡の背後では、詩乃とフェイリスが、

自らの胸に手を当てながらじとっとした視線をこちらに向けていた。

 

「この親バカ」

「どうしてそこで真っ先に胸の事を聞くのニャ?殴っていいかニャ?」

「ち、違う、アスカ・エンパイアでの格好を知ってるからこその発言だ、

お前達とうちの優里奈を比べようとかのおかしな意図は無い」

「うちの……?」

「やっぱり親バカニャ」

「というか、私達も保護者は八幡のはずだけど?」

「そ、そうだな、うちの詩乃にうちのフェイリス」

 

 八幡はとってつけたようにそう言った。喋れば喋る程、墓穴を掘るスタイルである。

 

「とりあえず言ってみました、みたいな感じだったわよね」

「そうだニャそうだニャ!ひどいニャ八幡!」

「そう言われても……」

 

(はぁ、難しい年頃だよなぁ……)

 

 八幡はそう思いつつ、全力で話題を逸らそうと、二人に尋ねた。

 

「で、フェイリスと詩乃は何をするんだ?」

「うちはたこ焼き屋ニャ」

「フェ、フェイリスのイメージと合わねえ……」

「逆に庶民的なのが、うちの生徒には珍しくてウケるのニャ」

「いやいや、たこ焼きが珍しいってどんな世界だよ」

「うちはメイド喫茶よ」

「そっちがメイドだったか……」

 

 八幡は絶対に詩乃はツンデレメイドなんだろうなと思いつつも、口に出してはこう言った。

 

「まあ俺が行った時は、ちゃんと普通のメイドとして対応してくれよ」

「当たり前じゃない、それくらい余裕よ」

 

(こいつに普通のメイドなんて出来るのか?)

 

 八幡はそう思いつつも、余計な事を言うとまた詩乃に怒られると思い、黙っていた。

 

「それじゃあまあ、当日を楽しみにさせてもらうわ」

 

 それからしばらく話した後、寝室と居間で、四人はそれぞれ別れて眠りについた。

 

 

 

 そして迎えた三日後、八幡はキットに乗り、金糸雀学園へと到着した。

さすがは天下の金糸雀学園である、周りには高級車が並んでいた。

 

「さてと、それじゃあフェイリスを探すとしますかね」

 

 そして八幡はフェイリスに言われた通り、入り口で招待状を見せた。

 

「金糸雀学園にようこそ、招待状を拝見致しますね」

「あ、はい、お願いします」

 

 八幡はやや気圧されつつも、懐から招待状を取り出して相手に見せた。

 

「お預かりします、これはええと………えっ?留未穂さんの招待状?」

「あ、はい、私は比企谷と申しますが、何かおかしなとこでもありましたか?」

「あ、いえ、これは失礼しました、珍しかったのでつい……」

 

 その女生徒の話によると、

去年も何回か、生徒の関係者が学園を訪れる機会があったらしいのだが、

いまだかつて、そこに留未穂が誰かを招待した事は無かったらしい。

著名人や資産家の娘ばかりのこの学園で、親の遺産を自分で運用し、

学園に多額の寄付までしている留未穂はやはり格上の存在らしく、

その留未穂がいつ誰を招くかは、常に生徒達の間で話題になっていたようなのだ。

 

「あれ、俺は進路相談で少し前にここに来てるんですが……」

「えっ?じゃ、じゃああなたが噂の王子様ですの!?」

「お、王子?」

 

(ここでもかよ!)

 

 八幡はその聞きなれたフレーズに天を仰いだ。

 

「あっ、はい、少し前に留未穂さんが、素敵な殿方と腕を組んで、

校内を歩いてらしたという噂が広まったもので」

 

 更にその女生徒が言うには、学内でその姿を写真に撮るような不心得者はいないらしく、

どんな人物だったか、噂だけが一人歩きしていた状態であるらしい。

 

「そ、そうですか……まあ俺は、一応留未穂の保護者はやってますが、

王子なんて柄じゃない、ただの一般人ですからね」

「そんなの関係ありません、留未穂さんが選んだ人だというのが大事なんです!」

「あっ、はい……」

 

(何なんだこの学園は、俺の知ってる高校と違いすぎんぞ!)

 

 八幡は改めてそう思いつつも、その女生徒に笑顔で言った。

 

「それじゃあ今日は楽しませてもらいますね」

「あっ、はい、どうぞお入り下さい」

 

(ふう、先がおもいやられるな)

 

 そう思いつつ八幡は、フェイリスに教えられた通りに学園のメインストリートを進み、

美しい毛筆で、『たこ焼き』と書かれた屋台にたどり着いた。

 

「さてと留未穂は………お、いたいた、お~い留未穂、来てやったぞ」

 

 その言葉に店員達は特に大げさな反応はしなかったが、

他の女生徒達が剣呑な視線を向けてきた。

おそらくそういった口調で話す者は、基本ここにはいないのだろう。

 

『何だこいつ、留未穂さんに馴れ馴れしくしやがって』

 

 人の視線に敏感な八幡は、その視線からそんな意味を感じ取っていた。

 

(おお、怖い怖い)

 

 だがその視線は、次の瞬間に全て霧散した。

 

「あっ!八幡君、待ってて、今そっちに行くから!」

 

 割烹着を着て下を向きながら、美しい姿勢で一生懸命たこ焼きを作っていた留未穂が、

その言葉で顔を上げ、満面の笑顔でそう言ったからである。

 

「えっ?留未穂さんがあんな喋り方を……」

「あの殿方はどなたかしら」

「あっ、もしかして、噂の留未穂さんの王子様なのでは?」

 

 そんなひそひそ声が聞こえてきたが、八幡は当然スルーである。

 

「いやいや、仕事中なんだろ?それが落ち着くまで少し離れたところで見させてもらうわ。

とりあえずたこ焼きを一つ頼む」

「ごめんね、それじゃあこれ、出来たてだから!」

「おう、頑張ってな」

 

 八幡は留未穂からたこ焼きを受け取ると、

近くのベンチに腰掛けて、留未穂の働きぶりを眺めていた。

 

(メイクイーンでのあいつとこっちのあいつ、どっちが本当のあいつなんだろうなぁ)

 

 そんな事を考えているうちに、留未穂が仕事を終え、こちらへと駆け寄ってきた。

 

「八幡君、お待たせ!」

「おう、頑張って働いてたな、えらいぞ」

「えへへ」

 

 そう微笑む留未穂に、八幡はたこ焼きを一つ、楊枝に刺して差し出してきた。

 

「ほれ、お前も食うか?」

 

 留未穂はその言葉に顔を赤くして一瞬固まり、周りの者達もそれを見て固まった。

だが留未穂は意を決したようにそのまま口を開け、

八幡が差し出してきたたこ焼きを、楊枝ごとパクッとくわえ込んだ。

 

「まだ熱いから気をつけろよ」

「っ………あ、あひゅい………」

「ははっ、やっぱりお前、猫舌なのな」

「もう、八幡君の意地悪」

 

 そんな二人を周りの者達は、顔を赤くしながら遠巻きに眺めていた。

 

「ん、何だ?」

「八幡君、ここにはそういう事をする人は普通いないんだよ?」

「そういう事って、今の『あ~ん』みたいな事か?」

「う、うん、その『あ~ん』ね」

「でも楊枝は一本しか無いし、さすがに手掴みってのはなぁ」

「そういう事じゃないんだけどなぁ」

 

 留未穂はそう言って微笑んだ。

 

「屋台の方はもういいのか?」

「うん、事前にお休みをもらっておいたから!」

「そうか、それならまあいいんだが」

「その代わり、ちょっとお願いがあるの」

「ん、何だ?」

「私とあの子達と一緒に、写真を撮って欲しいの」

「写真を?ああ、まあ学園祭なんだし、そういう事もあるか」

 

 八幡は先ほどの受付の女生徒と話した事を思い出しながらそう言った。

要はさっきのは、勝手に撮影する者はいないという事なのだろう。

 

「別に構わないぞ、それじゃあぱぱっと撮っちまおうぜ」

「うん、ありがとう!」

 

 そして留未穂はクラスメート達を招き寄せ、そこで撮影会が始まった。

最初に留未穂が八幡の腕に自分の腕を絡め、二人で撮影した後、

他の女生徒達が、おずおずと留未穂にお願いをし、

八幡はその全員と二人きりで写真を撮る事になり、最後に全員で撮影をする事になった。

 

「ごめんね、枚数が多くて」

「いや、これがいい記念になるってならいいじゃないか」

「うん、ありがとう」

 

 そして撮影が終わった後、留未穂のクラスメート達は、

とても嬉しそうにお辞儀をして屋台へと戻っていった。

 

「さて、それじゃあ行こっ!」

「おう、そうだな」

 

 それから二人は一緒に校内を周り、

どこへ行っても周りの女生徒達から羨ましそうな視線を向けられた。

他にも若い男は何人もいたが、明らかに場違いだと思われるような者は当然おらず、

そのほとんどが、いかにも良家のお坊ちゃんのような雰囲気を出しており、

八幡の持つ、ある意味精悍さを感じさせるような者は一人もいなかった。

さすがにその中には女生徒に囲まれている者も何人か存在したが、

二人がその横を通ると、その囲んでいた女生徒達も、つい八幡に目を奪われていた。

八幡の存在感は、やはり凄まじいものがあるようだ。

だがその視線も、当然全てが好意的なものだとは限らない。

 

「あら、秋葉さんじゃない、随分と楽しそうですわね」

「あっ、幸原さん、ご機嫌よう」

 

 その滅多に聞かない珍しい苗字に、八幡は目を見張った。

 

「幸原?もしかして幸原って……」

「うん、幸原議員の娘さん、名前はりりすだよ」

「なるほど」

「うちの学校って男女交際が禁止なの、だからそれで難癖をつけにきたんだと思う」

「そうなのか?それにしちゃさっきのクラスメート達は……」

「みんなには事前に説明しておいたからね」

 

 留未穂は八幡にそう囁くと、その女生徒、幸原りりすに向かって言った。

 

「幸原さん、紹介するわ。こちらは比企谷さん、私の保護者をやってくれている方なの」

「えっ?そ、そうでしたの?」

 

 りりすはそう言われて表情を一変させた。

どうやら留未穂の推測は当たっていたのだろう、りりすは明らかに困惑していた。

そんなリリスを畳み掛けるように、八幡はその右手を差し出した。

 

「初めまして、比企谷です。お母様を先日パーティーでお見かけしましたよ」

 

 陽乃に引っ張りまわされてそういったパーティーに出席する事が多い八幡は、

遠めに幸原議員を見た事があった為、そう言った。

だが嫌いだから近くには行かなかったなどとはもちろん言えない。

 

「えっ、うちの母をですの?そ、そうでしたの……」

 

 その事から、りりすは八幡が、政財界にも顔が利くのだと認識し、完全に態度を改めた。

この勝負、完全に八幡と留未穂の勝利である。

りりすは完全に勢いを失い、八幡と握手をした後、よろよろと立ち去っていった。

 

「あいつとは仲が悪いのか?」

「う~ん、まあ良くはないかな、私はどちらかというと与党寄りだからね」

「ああ、そういう事か、まあそうだよな」

 

 八幡は、お嬢様学校の中でもそういった争いがあるのかと、

労わるような表情で留未穂の方を見た。

 

「ん?何?」

 

 留未穂はそんな八幡に笑顔を向けた。しんどい事もあるだろうに、

留未穂はそれでも八幡の前では気丈さを失う事は無かった。

 

「なぁ、さっき受付の人に聞いたけど、

この学校って、年に何回か、保護者が来る機会があるんだろ?」

「え?あ、う、うん」

「俺がお前の保護者になったのは最近だけど、

それでも今日までに何回かは、そういった機会があったんじゃないのか?」

「え、えっと、まあそうかな……」

「俺、そういうのに呼ばれてないよな?」

「そ、それは……」

 

 留未穂は八幡にそう言われてもじもじした。そんな留未穂の頭を八幡は優しく撫でた。

 

「何だ、遠慮してたのか?子供が大人にそんな気を遣うんじゃねえよ、

これからは俺に来て欲しい時はちゃんと言うんだぞ?」

「い、いいの?」

「ああ、もちろんだ、俺はお前の保護者だからな」

「う、うん、ありがとう八幡!」

 

 こうしてこの日の文化祭訪問は、留未穂にとっては忘れられない思い出の日となった。

この日以降、八幡は何度かこの金糸雀学園を訪れる事になる。




第888話は、多分あいこちゃんとゆうきちゃんが盛り上げてくれる予定です。


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第885話 文化祭~優里奈編

 その次の日、八幡は優里奈の学校にいた。

 

「はぁ、さすがに金糸雀学園と違って普通で安心するわ……」

 

 到着してすぐに、八幡はそう考えてほっとした。

 

「さて、優里奈の教室はっと」

「あ、いたいた!」

「比企谷さん、こっちこっち!」

「おお?」

 

 八幡はいきなり何人かの女生徒にそう手を振られ、ギョッとした。

だがよく見ると、それが進路相談の時にいた優里奈のクラスメート達だと分かり、

八幡は慌てて手を振り返した。

 

「よ、よお、久しぶりだな」

「優里奈は今手が離せないから、私達が迎えに来たよ」

「さあ、早く行こう!」

「お、おう、悪いな」

 

 八幡はそのまま引きずられるように優里奈の教室へと連れていかれたが、

その道中で八幡は、思わぬ知り合いと遭遇する事になった。

 

「あれ、ちょっとタンマ」

「どうしたの比企谷さん、誰か知り合いでもいた?」

「おう、あいつだあいつ」

 

 八幡が指差す先にいたのは、まさかの梓川咲太であった。

 

「ああ~、あの人、確か桜島麻衣と交際してるって前に報道された人じゃない?」

「詳しいなおい、確かにそうなんだが、あいつの家って神奈川だぞ、何でここに……」

「比企谷さん、あの人とも知り合いだったんだね、もしかして桜島麻衣とも?」

「おう、知り合いだぞ」

「へ~、凄いね!実はこの学校ってこの前桜島麻衣の映画の撮影に使われてさ、

多分その関係で、桜島麻衣にくっついて来たんじゃないかな?確か誰かが招待してたし」

「そういう事か」

 

 八幡はそれで納得したが、それにしては麻衣の姿が見当たらない。

代わりに近くにいたのは、見た事がない年下の少女の姿であった。

 

「ん~、事情を聞きたい所だが、とりあえず今は時間が無いな、後でまた声をかけるか」

 

 八幡はそう判断し、改めて優里奈の教室へと向かった。

 

「比企谷さんほら、あそこに優里奈がいるよ、見てみて」

「どれどれ」

 

 教室に着いてすぐにそう言われた八幡は、入り口からこっそりと中の様子を覗き見た。

そこには一生懸命働く、巫女姿がとても似合う優里奈の姿があり、八幡はうんうんと頷いた。

 

「さすがはうちの優里奈だ、実に素晴らしい」

「でさ、比企谷さんにちょっと相談があるんだけど」

「おう、何だ?」

「実はさ………」

 

 その女生徒が言うには、やはり優里奈の人気は絶大らしく、

口説こうとしてくる者が後を絶たないという。

だがここで優里奈を外してしまうと売り上げに大きく響いてしまう為、

八幡に何とかして欲しいという事らしい。

 

「ふ~む、優里奈の接客担当の時間はあとどれくらいだ?」

「一時間くらいかなぁ?で、午後も一時間くらい」

「オーケーオーケー、俺に考えがある、耳を貸せ」

「おっ、教えて教えて」

 

 そして八幡は、その女生徒達に何かを耳打ちした。

 

「うん、うん……え、いいの?」

「任せろ、でな、こうしてこうなるだろ?そうすると……」

「あ~、確かにそうだね、さっすが!」

「それじゃあそんな感じで早速準備だ」

「うん!それじゃあこっそりバックヤードに入ろう!」

 

 一同はバックヤードに入っていき、そこでこそこそと何かを始めた。

優里奈はそれに気付かずに頑張って接客をしていたが、そこにたちの悪い客が現れた。

その客は帽子を目深に被ってマスクをしている怪しい人物であった。

 

「お姉さん、凄く美人ですね、良かったら僕と付き合ってみませんか?」

「え、あの、すみません、そういうのはご遠慮頂けると……」

「これはきっと運命です、大丈夫、経済的に困らせるような事は絶対にしません、

私はこういう者です、これで納得して頂けませんか?」

「は、はぁ……」

 

 優里奈はその名刺を見て、一瞬キョトンとした。そこにはこう書かれていたのだ。

 

『迷惑そうな演技を続けて』と。

 

 優里奈は訳が分からないままその指示に従い、とにかく迷惑だという演技を続けた。

 

「本当に無理ですから、ごめんなさい!」

「いやいや、僕は怪しい者じゃありません、付き合ってもらえればすぐに分かります」

「やめて下さい、他のお客さんにも迷惑になりますから!」

 

 さすがにこうなると、他の生徒達も黙ってはいない。

主に優里奈を口説こうと狙っていた他の男子生徒達が中心になって、

その客を叩き出そうとしたその瞬間に、

奥からスーツを着てサングラスをかけ、髪型をオールバックにした八幡がその姿を現した。

 

「えっ?は、八………」

 

 優里奈が驚いて声をかけようとしたのを無視し、八幡はその客に声をかけた。

 

「お客様、そぉのくらいで!」

「い、痛っ!」

 

 そう言って八幡はその客の腕を捻り上げ、痛がるその客に向かって諭すように言った。

 

「この場は彼女達の姿を見てぇ、その美しさを楽しむ為の場所なのでぇす、

こんな場所で彼女達を口説こうとするような幼い男はぁ、女性には絶対にモテませぇんよ?

ただ見て、ただ楽しむ、それが粋な大人の姿ってものでぇす、違いまぁすか?」

 

 妙に芝居がかったセリフであったが、優里奈は八幡が何かやろうとしているのだと考え、

噴き出すのを必死に堪えながら、その成り行きを見守っていた。

 

「す、すみません、僕が間違ってました……」

「分かれば結構です、ボォォォォイ!」

 

 最後に八幡はそう言い、優里奈のみならず、他の者達も思わず笑ってしまった。

おかげでいかにも場違いな八幡の存在について、誰も突っ込む者はいなかった。

 

「それではみなさぁん、ごゆっくりお楽しみくださぁい、

ここはあくまで彼女達を見て楽しむ為の場所でぇす、その事を、お忘れなぁく!」

 

 八幡はそう言って一礼をし、奥へと下がっていった。

 

「あっ、そ、それじゃあお客様、ごゆっくり!」

 

 優里奈はそう言って慌てて奥へと引っ込んでいき、

そこでクラスメートに囲まれて笑われていた八幡を見つけた。

 

「あはははは、比企谷さん、最高!」

「面白すぎる!」

「これでもう、優里奈をここで口説こうなんて奴は出てこないだろ、

出てきたらあんな羞恥プレイをくらうんだからな」

「うん、そうだね!」

「後はこの事を口コミで広げておけ、

優里奈を口説くと変な人が出てきて恥ずかしい目に遭うってな」

「了解!」

 

 それで優里奈は事情を悟り、そのまま八幡の胸に飛び込んだ。

見るとその肩は震えており、クラスメート達は、優里奈を泣かせてしまったかと焦った。

だが八幡は、問題ないという風に周りに頷くと、優里奈の肩をぽんぽんと叩いた。

 

「おい優里奈、笑いすぎだ」

「だ、だって、ボォォォォイって!、プッ、クッ、クスッ………」

「ほら、どうどう、落ち着け落ち着け、まだ仕事が残ってるだろ?早く仕事に戻れって」

「は、はい、行ってきますね!」

「おう、待っててやるから頑張ってな」

「はい!」

 

 八幡はそんな優里奈を優しい目で見送った。

そして代わりに、裏口から先ほどの客が中に入ってきた。

その客は帽子をとってマスクを外し、八幡に親しげに話しかけた。

 

「八幡さん、あんな感じで良かったですか?」

「おう、問題ない、悪かったな、いきなり呼び出しておかしな事を頼んだりして」

「いやぁ、本当にびっくりしましたよ、まさか八幡さんとこんな所で会うなんて。

まあいいバイトになりました、むしろありがとうございます!」

 

 その客、咲太は笑顔でそう言った。

 

「あ、それですみません、妹を紹介したいんですが」

「妹?ああ、さっき連れてたのは咲太の妹か!」

「はい、お~い花楓、入ってきていいぞ」

「あ、ど、どうも……」

 

 咲太に促され、先ほどの少女が部屋の中に入ってきた。

 

「あ、梓川花楓です、兄がいつもお世話になってます」

「おう、こちらこそだな、俺は比企谷八幡だ、宜しくな、花楓ちゃん」

「は、はい、宜しくお願いします!

八幡さんの事は、理央さんや麻衣さんからよく聞いてて、一度会ってみたかったんです!」

 

 花楓は嬉しそうにそう微笑んだ。

 

「そういえば今日は麻衣さんはどうした?」

「それが、三人で来る予定だったんですけど、急に仕事が入っちゃって来れなくなって、

それで二人で来たと、まあそんな感じです」

「そうか、それは残念だったな、代わりにこれで、美味い物でも食って帰ってくれ」

「バイト代、有り難く頂戴します」

 

 咲太はそう言って恭しく報酬を受け取り、八幡は花楓に向かって微笑んだ。

 

「花楓ちゃん、今日は兄貴にいっぱいたかっていいからな」

「はい、そうします!」

「花楓、ちょっとは遠慮しよう、な?」

「八幡さんがせっかくそう言ってくれてるんだから、遠慮したら失礼でしょ」

「あ、兄の威厳が……」

 

 咲太はそう言いはしたが、内心では嫌がっていないようで、

まんざらでもない表情をしていた。やはり妹の事がかわいいのだろう。

 

「それじゃあ八幡さん、また何かあったらしばらくはどこかにいるので呼んで下さい」

「そうか、まあ帰る時にでも一応声をかけるわ」

「はい、それじゃあまた!」

「ありがとな、咲太、それにまたな、花楓ちゃん」

「はい!」

 

 そして二人が去っていった後、八幡はバックヤードで寛ぎながら、

優里奈の受け持ち時間が終わるのを待っていた。

優里奈は一生懸命働いており、八幡はさすがうちの優里奈だと一人、満足そうにしていた。

 

「比企谷さん、もうすぐ優里奈を解放するから、もう少しだけ待っててね」

「ああ、サンキューな」

「しかし比企谷さんってお金持ちなんだね、

あんなにあっさりとエイイチを渡しちゃうんだから」

 

 当然ながらエイイチとは、何年か前に切り替わった新一万円札の事である。

 

「みんな結構不安がってたんだよ、優里奈の新しい保護者が凄く若い人だって聞いてさ」

「うんうん、優里奈の体が目当てなんじゃないか、とかね」

「確かに普通はそう思うよな、

まあ優里奈に生活の不自由をさせる事は無いから安心してくれ」

「うん、お願いね、比企谷さん!」

「任せろ、優里奈は俺がちゃんと育ててやる」

「それにしても羨ましいなぁ、いっそ私達も比企谷さんに保護してもらうとか……」

「いいね、ありあり」

「え~っと……」

 

 八幡は思わず後ずさったが、そこに仕事を終えた優里奈が現れてこう言った。

 

「ちょ、ちょっとみんな、私の八幡さんに近すぎだから!」

「ほう?」

「私の、と来ましたか」

 

 だがからかわれても、今日の優里奈は引かなかった。

 

「そうだもん、私のだもん!」

 

 そんな珍しい優里奈の姿を、女子達は生暖かい目で、男子達は羨ましそうに眺めていた。

 

「はいはい、取ったりしないって」

「それじゃあ優里奈、さっさと他の展示を回ってきなって」

「あ、でもその前に、みんなで写真を撮ろうよ」

 

 さすがの優里奈もその事は断らず、みんなで写真撮影が行われた。

八幡と、その腕にすがりつく優里奈をクラスの女子達が囲んでいる写真である。

 

「それじゃあ行ってくるね」

「うん、行ってらっしゃい」

 

 八幡と優里奈はそのまま一緒に学校を回ったが、

優里奈は絶対に八幡の腕を離そうとはしなかった。

 

「なぁ優里奈、ちょっと恥ずかしいんだが」

「私は恥ずかしくないです、むしろ既成事実にしたいです」

「既成事実ってなぁ……まあいいか」

 

 おそらく優里奈は、今後学校で誰からも告白されないように、

予防線を張っているのだろう、そう思った八幡は、仕方なく優里奈の好きにさせる事にした

優里奈は普段学校で、八幡の事を自分の彼氏だと言っていた為、その言葉を補強した形だ。

その道中で二人は、当然のように咲太と花楓と再会する事になった。

二人も校内を回っていたのだから当然である。

 

「お?」

「あっ」

 

 最初咲太を見た時、優里奈は驚いた顔をした。

咲太とは面識があったが、それは理央の学校での事であり、

まさか自分の学校で会うとは想像もしていなかったからだ。

 

「優里奈、さっきの帽子のマスクの客が咲太だって気付いてなかったよな」

「え、あれって梓川さんだったんですか?」

「櫛稲田さん、お久しぶりです、って言うのはちょっと変かな、

さっきは演技とはいえ変な事をして申し訳ない」

「あっ、いえ、私も気付かなくてごめんなさい」

 

 優里奈は咲太に丁寧に謝られ、客に恐縮したようにそう言った。

 

「実は全部仕込みだったんだよ、あれから言い寄ってくる奴はいなかっただろ?」

「あっ、はい、確かに働きやすかったです」

「で、この子が咲太の妹の花楓ちゃんだ」

「梓川花楓です、先ほどは演技とはいえ兄が失礼しました」

「ううん、気にしないで。私は櫛稲田優里奈です、

うちの八幡さん共々今後とも仲良くして下さい」

 

 そう、まるで夫婦のような自己紹介をした優里奈は、

すぐに花楓と意気投合し、そのまま一緒に学校を回る事になった。

 

「それにしても改めて考えると、双葉といい櫛稲田さんといい、八幡さんって………」

「みなまで言うな、ただの偶然だ。俺の周りでも、あのクラスは数える程しかいない」

「数えるくらいはいるってのが凄いと思いますが……」

「興味があるのか?麻衣さんにチクんぞ」

「すみません、それは勘弁して下さい」

 

 咲太は焦ったようにそう言った。どうやら完全に麻衣の尻に敷かれているようだ。

この辺りは八幡も人の事は言えないので、突っ込むような事はしなかった。

優里奈と花楓はまるで昔から知り合いだったように仲良くしていたが、

そんな二人を見ながら、咲太は一瞬辛そうな顔をした。

 

「咲太、どうかしたか?」

「あっ、すみません………あの、八幡さん、実はうちの花楓、一時記憶を無くしてたんですよ」

「そうなのか」

「はい、事故だったんですけど、一時期花楓はまったく別人みたいになってました、

で、記憶が戻ったらその時の事を覚えていないっていう」

「それは………つらかったな」

「いやぁ、まあそうですね」

 

 咲太はその言葉に微妙そうな表情をした。

 

「いや、まあ俺が言いたいのは、お前の事だからその時の人格とも仲良くなってただろうし、

元に戻ってくれたのは嬉しいが、複雑な気分だったんじゃないかって話なんだがな」

 

 そう言われた咲太はハッとした顔で八幡の顔を見た。

 

「八幡さん、よく分かりますね、正直凄いと思いました」

「いや、まあ別人って言った時のお前の表情でピンときたからな」

「俺、顔に出てましたか?」

「ああ、でもまあお前とその子が過ごした時間は確かに存在したんだ、

その思い出を大切にして、今お前の前にいる花楓ちゃんを大切にしろよ」

「………ですね、はい」

 

 丁度その時優里奈が八幡を呼んだ。

 

「八幡さん、こっちに面白い物がありますよ!」

「おう、今行く」

「お兄ちゃん、こっちこっち!」

「分かった花楓」

 

 そう呼ばれ、二人は笑顔でそちらに駆け寄った。

そして一時間後、優里奈は教室に戻る事になり、

八幡は咲太と花楓をキットに乗せ、家まで送り届けた。

次はいよいよ詩乃の学校の文化祭の番である。




咲太と優里奈が以前会ってたのを忘れてたので、ちょっと修正しました!


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第886話 文化祭~詩乃編

 それから三日後、八幡は詩乃の学校にいた。

もう何度目かは分からないが、八幡は、行きあう学校中の生徒に歓迎され、若干引いていた。

 

「何でこの学校は、俺に対してこうも友好的なんだ……」

 

 八幡はとにかく詩乃の教室に行って落ち着こうと思い、誰かに道を尋ねようと考えた。

 

「確か、二年三組って言ってたよな」

 

 丁度その時、八幡の視界に見た事のある女子生徒の姿が映った。

 

「おっ、丁度いい、お~い遠藤、道案内をしてくれないか?」

 

 その言葉にその女子生徒、遠藤貴子は一瞬ギクッとした顔をした後、

八幡の方を見て安心したような顔をした。

 

「あ、王子、来てたんだ」

「その王子呼ばわりはやめろ、って言っても全員がそうだから今更か」

「うちの教室に案内すればいいんだよね?」

「おう、悪いな、その通りだ」

「それじゃあこっち」

 

 そう言って遠藤はスタスタと歩き出し、八幡はその後をついていった。

 

「最近はどうなんだ?充実した学校生活を送ってるか?」

「うん、おかげさまで、変な男に引っかかる事もなくなったし、

おかしなトラブルも無くなって、今は凄く楽しいかな、私を許してくれて本当にありがとう」

「礼を言われる筋合いはない、お前がちゃんと反省してる姿を見せたからこその今の結果だ。

全部お前の手柄であって、俺はほんのちょっとそれに関わっただけだ」

「そうだといいんだけど」

「で、お前はメイドにはならないのか?」

「今はローテーションで私は休憩時間なの。

まさかあんたがいるとは思わなかったけど、まあ丁度良かったよね」

「悪いな、案内してもらって」

「別にいいって、あんたと一緒にいるのはもう嫌じゃないし」

 

 遠藤は八幡に対する苦手意識はもう無くなっているようだ。

よほどどん底から救い上げてもらったのが嬉しかったのだろう。

 

「ほら、ここだよ」

「おう、サンキューな」

 

 そして遠藤は二年三組の前まで八幡を案内し、そのまま去っていった。

 

「さてと……詩乃の奴、ちゃんと働いてるかな……」

 

 そう思いながら、閉じられた方の教室の扉の窓から、

そっと中を覗きこんだ八幡の目に飛び込んできたのは、

想像以上に真面目に働く詩乃の姿であった。その隣には映子と美衣の姿もある。

 

「ほう………?」

 

 その姿からは、普段のツンデレ要素は微塵も感じられず、八幡は首を傾げた。

 

「あれ、あいつってあんな感じだったかな……」

 

 八幡は、まさか別人じゃないよな、などと考えながら、しきりに首を傾げていた。

そんな八幡の背中に、何か柔らかい物が押しつけられた。

 

「八幡さん、どしたの?」

「その声は………椎奈か」

「本当は胸の感触で、私だって気付いたんじゃないの?」

「そんなおっぱいソムリエみたいな事は俺には出来ん」

「そんな職業あるの!?」

「あるわけないだろ、とりあえず離れろ椎奈」

「い・や・よ」

「詩乃の真似はやめろ、とにかく離れろ」

「何で真似だって分かったの!?詩乃ってばいつもこんな事をしてるの!?」

「そんなのお前が一番良く知ってるだろ、いつもあいつと接してるんだから」

「え~?話には聞いたけど、実際に見た事は無いんだけどなぁ」

「なん………だと?」

 

 それでやっと椎奈は八幡の背中から離れ、一緒に中を覗きこんだ。

 

「で、何を見てたの?って詩乃と映子と美衣じゃない」

「椎奈、近い、顔が近い」

「え~?普通じゃない?」

「いいから離れろ、お前の態度は男を勘違いさせるんだよ」

「八幡さんは勘違いなんかしない癖に………まあいいや」

 

 そう言って椎奈は八幡から離れた。

 

「で、三人がどうしたの?」

「いや、三人っていうか………」

 

 ここで八幡は初めて椎奈の服装を見た。

そのメイド服はかなり胸を強調されており、スカートも短くかなり目の毒であり、

八幡は、こんな姿を見せられた男子高校生は大変だろうなと考えた。

 

「お前さ、もうちょっと男共の事を考えてやれよ」

「いきなり怒られた!?」

「お前の格好は目の毒なんだよ、詩乃をよく見てみろ、実に慎ましいだろ?」

「誰の胸が慎ましいですって?」

 

 突然背後から凄まじい殺気と共にそう声をかけられた八幡は、完全に固まった。

どうやら八幡がいると誰かに聞いたのだろう、

いつの間にか詩乃は教室から出てきていたようだ。

 

「どうしたの?何で黙ってるの?」

 

 そう言いながら詩乃は、八幡の頭をガシッと掴んで自分の方を向かせた。

 

「い、いや、お前に会えた喜びでつい黙ってしまっただけであって、

特に何かを誤魔化そうとしてた訳じゃない。

そもそも俺は、詩乃のメイド服の慎ましい着こなし方がとても似合っていて、

実に正しいメイドの姿を体現しているなと、椎奈にメイド道を説いていた最中だったんだ」

「へぇ、ふ~ん、そんなに私のメイド姿が気に入ったんだ」

「も、もちろんだ詩乃、お前は最高だ、ビューティフルだ、エクセレントだ」

「そう、まあ別に嬉しくないけど、とりあえず中に入りなさいよ」

 

 詩乃は顔を赤くしながらそう言って教室の中へと入っていき、

残された八幡と椎奈は顔を見合わせた。

 

「ちょろいな」

「チョロインだね」

「それにいつもの詩乃だ」

「いつものって?」

「ツンデレって事だ」

「あ~……」

 

 椎奈は曖昧にそう言い、その椎奈の態度が八幡は気になった。

 

「どうかしたのか?」

「あ~、うん、まあ後でね、急がないと詩乃に怒られちゃうし」

「だな」

 

 二人はそう言って中に入り、椎奈は仕事に戻ったが、

八幡は部屋の奥にあるバックヤード近くの特別席のような場所に通された。

 

「はい、それじゃあここが八幡の席ね」

「お、おう、この席は何か他とは違うみたいだな」

「八幡の為に用意しておいた席だもの。それに今日は特別に、私が八幡の専属よ」

「そ、そうか、心遣い、痛み入るわ」

「八幡はいつもの甘い奴でいいのよね?」

「お、おう」

「それじゃあ待っててね」

 

 そう言って詩乃は飲み物を準備しにいき、代わりに椎奈が水を持ってきた。

 

「はい、八幡さん、水道水」

「おう、お前のそういうハッキリぶっちゃける所は嫌いじゃないぞ、椎奈」

「で、さっきの話だけど」

「詩乃のツンデレの事か?」

「うん、八幡さんは詩乃の事、ツンデレって理解してるんだろうけど、

学校での評価は別にそんな事はまったく無いんだよね」

「え?」

 

 八幡はその言葉に驚いた。八幡にとって、詩乃と言えばツンデレ、

ツンデレと言えば詩乃と紅莉栖と理央というくらい、完全に定着した認識だったからだ。

 

「そうなのか?」

「うん、学校じゃ全くそんな姿は見せないよ?

だから詩乃がツンデレだって知ってるのは、私達三人と、まあ遠藤くらいじゃないかな?」

「ほう、詩乃の奴、学校じゃそんなに上手く猫を被ってやがるのか」

 

 だがその八幡の言葉は椎奈が否定した。

 

「違うよ八幡さん、根本的に間違ってる。

ツンツンするのもデレデレするのも相手がその場にいるからこそでしょう?」

「相手がその場に………?ま、まあ確かにそうかもだが」

「要するにそういう事、さっき八幡さんが見てたのが普段の詩乃の姿で、

八幡さんの前でだけ、詩乃はああいう風になっちゃうんだよ」

「なん………だと?」

 

 本日二度目のなんだとである。

 

「いやいや、あいつは昔からそうだったぞ」

「本当にそう?」

「あ、あれ?どうだったかな」

 

 八幡は詩乃との出会いの事を思い出し、考えにふけった。

それで出た結論は、最初は確かに気が強かったが、ツンデレではなかったというものである。

 

「うわ、本当だ、確かにお前の言う通りだわ、椎奈」

「でしょ?」

「あいつ、いつからあんなツンデレになったんだ……」

「八幡さんが最初にこの学校に来た時くらいじゃないの?」

「かもしれん」

 

 八幡は、目から鱗が落ちる思いでそう言った。

 

「なるほどなぁ、私は別にツンデレじゃないわよってよくあいつが言ってるの、

ある意味真実だったんだなぁ」

 

 八幡は感慨深くそう言い、丁度その時詩乃が飲み物を持って現れ、

入れ替わりで椎奈は立ち去っていった。

 

「はい、八幡スペシャル」

「お、おう、ありがとな」

 

 八幡はそう言ってその飲み物を口にした。

それは時々詩乃の家に行った時に出てくるものと同じ味であり、

八幡はそれで、詩乃がわざわざ自分の家から材料を持ってきたのだと理解した。

 

「どう?」

「おう、いつも通り美味い」

「そう、それは良かったわ」

 

 詩乃はそう言って楽しそうに八幡の前に座り、

八幡はそんな詩乃を、穏やかな表情で見つめていた。

そんな二人を周りは羨ましそうに見つめている。

今の二人が、とても絵になる雰囲気を醸し出していたからである。

そのまま詩乃の担当時間は終了し、

せっかくだからとABCやクラスメートを交えて記念撮影をした後、

二人はそのまま学内を回る事にした。そしてとある教室の前で、詩乃が足を止めた。

 

「あっ、見て八幡、現代VRゲーム展、だって」

「ほう?ちょっと入ってみるか」

「うん」

 

 その展示を見つけた二人は、興味深げにその教室に入った。

 

「現代遊戯研究部の展示にようこそ、何か質問があったらいつでもお答えしますので」

 

 受付にいたその女生徒がそう言って、パンフレットのような物を渡してきた。

 

「あ、ども」

「それではごゆっくりどうぞ」

 

 そして二人は順路に沿って歩き出した。

 

「やっぱり最初はSAOなのね」

「まあそうだろうな、でもまあこれは多分、

今のALO内部のアインクラッドで撮った写真だろうな」

「まあ確かにそれしかないわよね」

「あっ、これ、ヴァルハラ・ガーデンじゃない」

「そうだな、うちだな、まさかこの写真をチョイスするとはなぁ」

「きっと部員にALOプレイヤーがいるのね」

「だろうな」

 

 誰もいないと思って、二人は不用意にそんな会話を口にした。

だがその展示の裏は受付であり、先ほど受付にいた女生徒~山花出海には、

その会話が丸聞こえであり、出海はその言葉を聞いて思わず心臓を跳ね上げさせた。

この学校では部活の設立には三名以上の人数が必要だが、

その後は人がいなくなるまで自動的に存続される。

要するに理央の学校と同じシステムとなっており、

出海は現代遊戯研究部の、唯一の部員であった。

 

(今のって、王子と姫よね?ヴァルハラ・ガーデンの事を『うち』って、どういう事!?)

 

 出海はそう言って王子の名前を思い出そうと必死になった。

他の女生徒同様に八幡に憧れていた出海は、逆に八幡の事を王子としか呼んでおらず、

本名で呼ぶ事など無かった為、咄嗟には思い出せなかったのである。

 

(確か比企谷………八幡だったはず。え?もしかして王子があのハチマン!?

で、姫は朝田詩乃だから、似た名前のヴァルハラのメンバーは、まさかシノンなの!?

確か二人は付き合ってるって………

でも私の知る限り、ハチマンのパートナーはバーサクヒーラーのアスナのはず、

って事は、二人の関係はフェイク!?)

 

 そう結論付けた出海は、好奇心に負け、二人の後をつける事にした。

 

「そしてALOか、まあここはとりあえずいいわね」

「まあそうだな、そしてここからはザ・シード規格のゲームか」

「ここから一気に増えるわよね」

「まあ当然次はアスカ・エンパイアが来るよな」

「人口じゃ第二位だしね」

「おっ、キヨミハラか、でも知らない場所だな」

「まだ全部は回れてないわよね、今度行ってみましょうか」

「でも時間が無いんだよなぁ……

もうすぐトラフィックスも、あそこを離れてしまうだろうしな」

「まあそのうちコンバートなり新キャラを作るなりして、

ナユタか忍レジェンドの誰かに案内してもらえばいいんじゃない?」

「そうだな、そうするか」

 

(アスカ・エンパイアにも知り合いが多いんだ、さすがだなぁ……)

 

「で、次はGGOか」

「そういえば最近行ってないわね、ヘカートIIが埃を被っちゃうわ」

「俺のアハトもそんな感じだな」

「そういえばM82も、アハトって名前にしたんだったわね」

「だな、アハトXとはまた別だ」

「紛らわしいし、M82の名前は変えたら?」

「そうだな、ちょっと考えるわ」

 

(GGOには詳しくないから分からないけど、ヘカートII?M82?)

 

 出海はすぐに手元のスマホで検索し、二人のプレイヤーの名前にたどり着いた。

 

(えっ?シャナとシノン?確か大会の常連の、超メジャープレイヤーじゃなかったっけ?)

 

 その後もゾンビ・エスケープやリアルトーキョーオンラインの前で、

八幡が色々と話すのを聞いて、出海はかなりの興奮状態に陥っていた。

 

(王子ってそんなヘヴィユーザーだったんだ………)

 

 それと同時に出海は、別の事実に思い当たっていた。

 

(って事はもしかしたら、ゲームの中でハチマンの目に止まれば、

私も八幡さんと仲良く出来るかも!そして私が朝田さんのポジションに………)

 

 だがその考えを、出海はすぐに捨てた。

 

(ううん、きっと王子は関係を捏造してでも、朝田さんを守ろうとしたって事だよね、

そんな関係を崩すのはきっと無理、私は私らしく、知りあえて仲良くなれればそれでいいや)

 

 出海はそう考え、二人が出ていった後も、どうすればいいのか考え続けた。

だがそう簡単にいい案が思いつくはずもない。

 

「はぁ、今日は凄い事を知っちゃったなぁ、でもこれは私だけの秘密にしておこっと、

下手に誰かに漏らして王子に嫌われたらやだし」

 

 出海はそう考え、それからしばらくALOでヴァルハラ関連の情報収集を行い、

今やヴァルハラについてなら、ゲーム内で一、二を争う程詳しくなっていた。

さすがにGGOのシャナについての情報を集める余裕は無かったが、

そんな出海に転機が訪れたのは、ゲーム内で男避けの為に七つの大罪に加入し、

グランゼと知り合ってからであった。

出海は八幡と知り合う為にハチマンと敵対する道を選び、

こうして七つの大罪の色欲担当、アスモゼウスが誕生したのである。



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第887話 文化祭~おまけの理央編

 その数日後の土曜日の午前十時頃、特に仕事は無かったが、

何となくソレイユに顔を出した八幡は、廊下でいきなり理央の襲撃を受けた。

 

「あっ、八幡!」

「おわっ、いきなり何だよ理央、先ずはおはようございます、だろ?

それが社会人としての心得というかだな」

「いいからちょっとこっち」

「お、おい?」

 

 理央は八幡をぐいぐいと引っ張っていく。

八幡はその勢いに押され、何も言えないまま理央の後をついていった。

そして連れ込まれたのは、次世代技術研究部である。

そこには今は紅莉栖だけが居り、紅莉栖は憐れみの表情で八幡を眺めていた。

 

「お、おい、一体何だよ」

「ブタや………あ、梓川から聞いたのよ、八幡が優里奈の文化祭にいたって」

「お、おう、まあそうだな」

 

(こいつ今、ブタ野郎って言いかけたな)

 

「で、フェイリスと詩乃にも聞いたの、八幡が文化祭に来てくれたって」

「あ~………」

 

 それで八幡は、理央が何故こんなにエキサイトしているのか理解した。

だが八幡にも言い分はある。

 

「いやいや、だってお前、三年なんだしそもそも学校に行ってないから、

文化祭とか何も関わってないだろ?」

「で、でもほら、高校最後の文化祭だし、一応その、ね?」

「おわっ!」

 

 そう言って理央は、八幡をベンチに押し倒してその上に馬乗りになった。

言ってる事は穏やかだが、その態度は真逆で強引であった。

正直人に見られたら絶対に誤解される体勢である。

八幡は困り果て、視線で紅莉栖に助けを求めたが、

紅莉栖は我関せずという風にふいっと目を逸らした。

 

「あっ、紅莉栖、てめえ!」

「はいはい何も聞こえない、私は何も聞いてない」

 

 紅莉栖は実は、朝からずっと理央に愚痴を聞かされ続けており、

八幡に理央を押しつける気が満々だったのであった。

 

「わ、私の話をちゃんと聞いて!」

「あっ、はい」

 

 八幡は理央の手で顔を挟まれ、強引に正面を向かされた。

 

「とりあえずまだ間に合うから、今から私の学校に行きたいな、なんて」

「はぁ?今から?」

「ほら、この写真」

 

 そう言って理央が見せてきたのは、スマホの画面に表示された、

フェイリスや優里奈、詩乃やその友達と一緒に撮った写真であった。

 

(うっ…………)

 

「私もこういうのが撮りたい………」

「わ、分かった、それじゃあ行くか」

 

 さすがにこんな状態の理央に何を言っても無駄だと悟った八幡は、

今日は大人しく理央に付き合う事にした。

 

「あ、ありがと………」

「そう思うならさっさと俺の上からどいてくれ、誰かに見られたら誤解されるだろ」

「あっ、そ、そうだね、紅莉栖師匠にはもう誤解されてるかもだけど」

「ぶふっ………」

 

 その理央の言葉に紅莉栖は思わず噴き出した。

当然笑っているのではなく驚いているのである。

 

「私は理央が八幡を押し倒した瞬間からずっと見てるんだけど、

それで何をどう誤解するというの?」

「う、うぅ………確かにちょっとやりすぎたかも」

 

 さすがの理央も、勢いにまかせて行った今の一連の行動が恥ずかしくなったのか、

もじもじして下を向いた。

 

「はぁ、まったくお前は時々ポンコツになるよな」

「ご、ごめんなさい………」

「お前は紅莉栖と違って色々エロいんだから、

変なところに手が触れちまうのが心配で、俺も下手に抵抗出来ないって事をもう少しだな」

 

 その瞬間に、バキッという音がした。

見ると紅莉栖が持っていたボールペンをへし折っているのが見えた。

 

「おい理央、それじゃあ早速行くぞ!」

「う、うん」

 

 二人は慌ててその場を逃げ出し、紅莉栖はぼそっと呟いた。

 

「八幡め、後で覚えておきなさいよ」

 

 

 

「よし、それじゃあ行くか」

「あ、ごめん、先に私の家に寄ってもらってもいい?」

「何か持ちにでもいくのか?」

「うん、一応ほら、制服をね?」

「ああ、確かにその方がいいかもしれないな」

 

 理央は久しぶりに自宅に戻り、これまた久しぶりに制服に袖を通した。

だがそこでいきなり問題が発生した。

 

「う………胸がきつい………」

 

 それでも着れない程ではなかった為、理央は多少のきつさには目を瞑り、

そのまま八幡の所に戻った。

 

「ごめん、お待たせ」

「おう………ん、何か窮屈そうにしてるが大丈夫か?」

「う、うん、ちょっと制服の胸がきつくて………」

 

 理央はそう言いながらチラッと八幡の方を見た。

 

「何故こっちを見る、俺は何もしてないだろ」

「あ~、うん、もしかして、太ったとか思われてるかなって」

「事実太ったんじゃないのか?」

「う~ん、まあ確かにちょっと………」

 

 とは言いつつも、理央の体のサイズは困った事に胸以外は変わっていない為、

太ったと表現するのは乙女心的に複雑なものがあった。

 

「まあいいさ、それくらいは買ってやってもいい、

もしくはサキサキ辺りに調節してもらえばいいだろ」

「いいよ、それくらい自分で買うから。さすがに無駄かもしれないけど、

卒業式には絶対に着るんだし、その時に着れなくなってたら困るから、

少し余裕を持たせたサイズの奴を買う事にする」

「そうか、ならまあ帰りに指定の店に寄ってくか」

「うん、何かごめんね」

「別に謝る事じゃない、お前の胸がまだ成長してるのは、別にお前のせいじゃないからな」

 

 理央が胸にコンプレックスを持っていた事を知っている八幡は、

一応もう少しフォローしておこうかと思ったが、

理央はあまり気にした様子もなく、八幡にこう問いかけてきた。

 

「は、八幡は、胸の大きい子は好き?」

「返事に困る事を聞くんじゃない」

「ご、ごめん」

「でもそうだな、まあ俺も男だ、嫌いじゃない」

 

 そう言って八幡は理央に笑いかけた。精一杯気を遣ったのである。

だがそれに対する理央の反応は八幡の想像を遥かに超えていた。

 

「そ、そう、それじゃあ今のうちにちょっと揉んどく?」

「何でそうなるんだよ、やっぱりお前は時々ポンコツだな、

そういう事を言われても困るんだよ!」

「ご、ごめん、冗談、冗談だから!べ、別に揉んで欲しいとか思ってないから!」

「いや、お前はそういう時目がマジだから。いや、割と冗談抜きで」

「ほ、本当に!?」

「まあ学校に着いたら自重してくれよ、多分お前は目立つだろうからな」

「え、わ、私なんか全然目立たないと思うけど………」

「何を言ってるんだお前は、自分が姫って呼ばれてる事を忘れたのか?」

「あっ!」

 

 そして学校に着いた後、二人はキットを駐車場に停めたのだが、

困った事に、既にキットがとても目立っていた。

そしてその車内から理央が下りた瞬間に、学校中が沸き立った。

 

「え?え?」

「ほれみろ、やっぱりこうなると思ってたよ」

 

 確かに生徒達の半数は、こう囁き合っていた。

 

「おい、姫だぞ」

「久しぶりだな、姫」

「もうとんでもなく頭が良くなってるんだろうなぁ」

「それでいてあのスタイルはやばいよな」

 

 だが残りの半数は、別の事を囁き合っていた。

 

「王子だ」

「王子きたあ!」

「やっぱり貫禄があるなぁ、王子」

「あの二人、似合ってるよなぁ」

 

 その言葉が聞こえたのだろう、八幡は決まりが悪そうに下を向いた。

 

「そ、そうか、そういえば俺もここでは詩乃の学校と一緒で王子扱いなんだった……」

 

 理央は理央で、『あの二人、似合ってるよなぁ』という言葉に反応し、

一人でニマニマしていた。

そんな二人の所に、咲太と佑真、そして佑真の彼女の上里沙希が駆け寄ってきた。

 

「学校中が浮き足立ってると思ったら、やっぱり八幡さんと双葉だったか」

「八幡兄貴、舎弟二号、参りました!」

「双葉さん、久しぶり!」

「上里さん、ひ、久しぶり」

 

 理央は沙希が笑顔で出迎えてくれた事が少し嬉しかった。

昔は敵視されていたのに、変われば変わるものだ。

 

「で、八幡さん、今日はどうしたんですか?」

「いやな、咲太が余計な事を理央に吹き込んだせいで、

理央がうちの学校の学園祭にどうしても連れてけって、

俺を押し倒して色仕掛けをしてきてな」

 

 八幡は満面の笑顔でそう言い、咲太は顔を青くした。

 

「すみません、ちょっと用事を思い出しました」

「佑真、咲太を捕まえろ」

「了解!ほら咲太、無駄なあがきはやめろ」

「おい国見、俺達友達だよな!?」

「咲太と八幡さんなら、俺は八幡さんにつく、当然だろ?」

「くっ、権力におもねりやがって!」

 

 そんな咲太の頭を八幡はガシッと掴んだ。理央はそれを見て、

あ、あれって痛いんだよね、などと実体験に基づく感想を抱いていた。

 

「は、八幡さん、耳から脳が飛び出そうです」

「大丈夫だ咲太、これはただのツボマッサージだ」

「マジっすか、それじゃあ俺、今まさにどんどん健康になってるって事ですね!」

「さすがは咲太、こんな状況でもめげないな」

「いや、実はそろそろ限界です、ここは花楓に免じて許して下さい」

「うわ、お前、それは卑怯だろ!」

「この状況から逃れられるなら、俺は妹でも何でも利用しますよ!」

「とりあえず後で麻衣さんにお前の悪行をチクっておくからな」

「すみません、俺が悪かったです、とりあえず土下座しますんで勘弁して下さい」

「土下座はしなくていいからとりあえず校内を案内してくれ。ついでに理央のガードな」

「分かりました、お任せ下さい」

 

 とてもそうは見えないかもしれないが、相変わらず仲のいい二人である。

 

「あはははは、梓川、相変わらずのブタ野郎だね」

「ねぇ佑真、梓川ってこんなキャラだったっけ?」

「それだけ咲太が八幡さんに頭が上がらないって事だろ、八幡さんは凄えからな!」

「そっかぁ、双葉さん、いい人に巡り合えたんだね」

「そ、その、あ、ありがと」

 

 結局この後、男の咲太だけでは理央のガードは不十分だと沙希が言い出し、

結局佑真と沙希も一緒に行動する事になった。

だが心配するような事は何も起こらず、生徒達が節度を保った事もあり、

五人は楽しく校内を回る事が出来た。

 

「あっ、ごめん、ちょっと職員室に挨拶だけしてくるね」

「おう、行ってこい行ってこい」

 

 その道中で職員室の前に通りかかった時、理央が八幡にそう言ってきた為、

八幡は理央を快く送り出した。

 

「八幡さん、双葉、随分と明るくなりましたね」

「そうか?まあ日々の生活が充実してるんだろ」

「いやぁ、八幡さんと一緒だからじゃないですかね」

「別にそんな事は無いと思うけどな」

 

 丁度そこに理央が戻ってきた。理央はそのまま八幡の腕に自分の腕を絡め、

嬉しそうにこう言った。

 

「八幡ただいま!それじゃあ次はどこに行く?」

 

 そんな八幡と理央を、三人は生暖かい目で見つめ、八幡は気まずそうに目を逸らした。

 

「え、な、何?」

「いや、双葉も大胆になったなと思ってさ」

「え~?だって、こういう時に一生懸命アピールしないと、ライバルには勝てないんだよ?」

「ラ、ライバル?二人は付き合ってるんじゃないの?」

「八幡さんには明日奈さんという超絶美人な彼女さんがいらっしゃる」

「えええええ?そ、そうなの?」

「おう、八幡さんは押しに弱いから、こういう時に女の子を冷たくあしらえないんだよ」

「うわ、それって彼女さんが怒るんじゃないの?」

「あ、明日奈さんは、人数が増えればそれだけ一人一人の密度が減るから、

正妻の地位が安泰になるって言って、このくらいなら許してくれるよ」

「えっ、何それ、私の知らない世界………」

「ま、まあそのくらいで、な?さあ、次だ次、行くぞお前ら!」

 

 八幡は旗色の悪さを感じ、一同をそう促した。

 

「ういっす、次いきますかぁ」

「沙希、八幡さんの周りはあれで全員仲良くやってるらしいから、まあ気にしない方がいい」

「そうなんだ………何か凄いね」

 

 それから校内をひと通り回った後、

いざ帰るという時になって、理央がみんなで写真を撮りたいと言い出した。

 

「それじゃあ最初は八幡さんと双葉な」

 

 おそらく理央にとっては、これが制服姿で八幡と一緒に写真を撮る、

最後のチャンスかもしれなかった。あるいは卒業式でワンチャンあるかもしれないが、

そうなったらそれはそれでいいとして、理央はここしかないというつもりで、

気合いを入れてカメラに向かって自分をアピールした。もちろん八幡に絡む事も忘れない。

 

「なぁ国見、双葉の気合いがちょっと怖いんだが」

「ああ、ここで終わってもいいみたいな感じだな」

「何そのフラグ、単純に褒めてあげなよ、恋心が溢れてるじゃない」

「そういうもんかね」

「よ~し双葉、そのまま八幡さんにチューしちゃえ!」

「おい咲太、調子に乗るな、埋めるぞ」

「すんませんっした!」

 

 こうしてこの日、理央は高校生活最後の文化祭で、たくさん思い出を作る事が出来た。

その思い出を胸に、理央はこの日から、八幡の為に頑張って頑張って頑張った。

その努力の甲斐があり、理央はVRラボの開発に多大な貢献をする事となり、

結果的に、藍子と木綿季の命を助けるのに大きな役割を果たす事になったのであった。




明日はあいこちゃんが頑張ります。
第888話「あいこちゃんの性なる戦い」は8時8分に投稿します!


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第888話 あいこちゃんの性なる戦い

「さて、今日はエルザのコンサート、その後は体育か、

はぁ、体育ってのはさすがにちょっとだるいな」

 

 八幡がそう言った瞬間に、あいこちゃんとゆうきちゃんは頷き合った。

ついにかねてからの計画を実行する時が来たからである。

 

「八幡!来たよ!」

 

 丁度その時エルザが教室へと侵入してきた。

ホームルーム中だというのに何ともフリーダムな事である。

担任はこの事を予想しており、苦笑しつつもエルザの挨拶を認めてくれた。

 

「おはようございます、神崎エルザでっす!みんな、今日は私の歌を存分に楽しんでね!」

 

 実はエルザの挨拶が行われるのは毎回この教室だけである。

これは八幡と同じクラスに所属している事に対する特権の一つになりつつあった。

 

「で、八幡、あいこちゃんとゆうきちゃんにサインをあげる約束をしてるから、

このまま連れてってもいいかな?コンサート中は舞台脇の特等席で見てもらうつもりだし」

「俺達の席は正面の舞台近くだし、別に………」

「おお、特等席か、いいんじゃないか?二人ともエルザの熱心なファンらしいしな!」

 

 何か言いかけた八幡に被せるように和人がそう言い、八幡は一瞬黙った後、

あいこちゃんとゆうきちゃんを見ながらこう言った。

 

「お前達、そうしてもらうか?」

「う、うん!」

「ごめんね八幡、せっかくだしエルザの言葉に甘えるわ」

「そうか分かった、好きにしてくれ、今日の主役はお前だからな」

 

 こうしてあいこちゃんとゆうきちゃんはエルザと共に去っていった。

これが計画の始まりであった。

 

 

 

 キッカケは些細な事だった。授業中に黒板がよく見えずに、

身を乗り出したあいこちゃんが、

うっかりバランスを崩して八幡の机から落ちそうになったのだ。

八幡は慌ててあいこちゃんをキャッチし、何事もなかったかのように机に戻したのだが、

その時あいこちゃんは思わず声をあげそうになり、必死にそれを我慢した。

その理由は簡単である。八幡があいこちゃんを掬い上げた時、

八幡の手があいこちゃんの胸を鷲掴みにする格好になり、

そのせいであいこちゃんが、思わず嬌声を上げそうになったと、まあそんな訳である。

 

(はぁ、はぁ………危なかった、ついビクンってなってしまったわ、

うん、今のはまさかのラッキーパイタッチ!しかも八幡は、その事に気付いてない!)

 

 その後、あいこちゃんは授業中に三回ほど机から落ちそうになり、

最後には業を煮やした八幡に頭から拳骨をくらう事となった。

 

「っ………」

「お前はさっきから何度落ちれば気が済むんだ、動かすのは手だけにしろ。

しまいにゃ机にヒモで縛り付けるからな」

「うぅ………ご、ごめんなさい」

 

 そう謝りつつも、内心では縛られるのも一度経験してみたいわ、

などと考えていた藍子である。

だがやはりそれは、生身の体でなければ体験する意味があまり無い、

そう考えた藍子は、他に何かこういったラッキースケベは起こせないかと、

その日から毎日考え続けていた。

 

「う~ん、ユウ、何かいいアイデアは無い?」

「移動の時に、八幡の手の平の上に座るとかすれば、

おしりをずっと撫でられてる事にならない?」

「う~ん、それもアリだけど、あの乱暴に胸を揉まれる感覚を一度体験しちゃうと、

どうもそれじゃあ物足りなく感じてしまうのよ。

それにいつもの移動方法も気に入ってるのよね」

「あ、ボクも確かに明日奈にああやって運ばれるの、好き」

 

 木綿季はその藍子の意見に頷きながら、少し考えた後にこう言った。

 

「それなら目先を変えてみるってのはどうかな?」

「目先?何か思いついたの?」

「うん、この前見たマンガに載ってたんだけどさ、

八幡の着替えを覗いてみるってのはどう?」

「なるほど、視覚情報から興奮を得るという事ね」

 

 藍子は真剣にその効果を検討し、その意見の採用を決めた。

 

「いいわ、やってみましょう、もちろんユウも手伝うのよ」

「うん、分かった!」

 

 実に無邪気なようで、邪気に塗れた会話をする双子であった。

 

「とすると、狙うは男子更衣室、ただその一点ね」

 

 こうして藍子は入念な下準備を開始した。

最初に行ったのは、八幡が更衣室を使うスケジュールの確認である。

 

「体育の授業以外に着替える事って無いわよね、そうすると時間割によると、

水曜と金曜のお昼前って事になるわね………」

 

 そして次に行ったのは、現地の視察である。

だがさすがに理由も無く男子更衣室に入る事など不可能だ。

なので藍子は、八幡が男子更衣室の掃除当番になる日をじっと待った。

逸る気持ちを抑えながら、とにかくそのチャンスを待ったのだ。

そしてついにその日が訪れた。

その日の放課後の掃除の時間に、藍子はわざわざあいこちゃんにログインし、

教室に置いてある専用のドールハウスの中でひょこっと立ち上がった。

そして中から鍵を開け、外の様子を伺った。

幸いな事にそこには和人が残っており、今まさに帰ろうとしている最中であった。

 

「あっ、和人君、ちょっといいかしら?」

「あれ、あいこちゃんじゃないか、こんな時間にどうしたんだ?」

「実はちょっと八幡に聞きたい事があって、八幡の所に連れてって欲しいの」

「オーケーオーケー、ええと、今八幡は………今日は確か掃除当番だな、

場所はええと………男子更衣室か、それじゃあ行きますかね」

「うん、ありがとう」

 

 和人は掃除の当番表を見ながらそう言い、藍子はそんな和人にお礼を言った。

そして藍子は和人の頭の上にひょいっと乗せられ、八幡の所へと運ばれた。

ちなみにこれが、先日藍子と木綿季が話していた、お気に入りの移動方法である。

和人の頭の上にぐてっと寝そべるあいこちゃんの姿はとてもかわいく、

すれ違う他の生徒達が皆、あいこちゃんに手を振ってくれた。

あいこちゃんとゆうきちゃんは、今は学園のアイドルなのである。

 

「よぉ八幡、いるか?」

「おう和人、一緒に帰ろうって誘いにでも来てくれたのか?

悪い、まだ掃除が終わらないんだよな」

「あ、いや、実はあいこちゃんが、八幡に聞きたい事があるって言うから連れてきたんだよ」

「ん、そうか、それじゃあ藍子、そこの椅子にでも座って待っててくれ」

 

 こうして和人は、意図しないままに性に餓えたケダモノを、

男子更衣室に引き入れる事となってしまったのである。

 

「それじゃあ俺は先に帰るわ、今日はちょっと里香と約束があるからさ」

「おう、忙しいとこを悪かったな、またな、和人」

「うん、またな八幡」

 

 そして和人が去った後、八幡はホウキがけの手を止めないまま藍子に質問してきた。

 

「で、何について聞きたいんだ?」

「うん、リハビリの事についてちょっとね」

「ああ、なるほどな、でもそれなら明日奈か和人に聞いても良かったんじゃないか?」

「あっ、そういえばそうだったかも、でも明日奈は教室にいなかったのよね」

「ああ、そういえば今日は、ひよりと珪子とお茶しに行くとか言ってたわ」

「という訳で、面倒だと思うけど八幡がお願い」

「別に面倒じゃないさ、そもそも俺はお前達の保護者だからな」

「う、うん、八幡にはいつも感謝してるわ」

 

 そう殊勝そうな演技をしながらも、藍子は獲物を狙う鷹の目で、更衣室内を観察していた。

 

(窓の外………あいこちゃんの運動能力なら不可能じゃないかもしれないけど、

さすがに目立ちすぎるわよね。

カメラを事前にどこかに仕掛ける?ううん確かプライバシー対策で、

そういった物の電波が感知されたらすぐにガードマンが来ちゃうはず。

特にこの学校はそういうのが厳しいのよね。

そうするとやはり、事前に忍びこんで直接撮影するしかない。

その為の機能はあいこちゃんに標準装備されてるから、

手ぶらで侵入すればいいというのはいいわね。後はあそこの通風孔か………)

 

 藍子は通風孔がどこに通じているのか調べたいと思い、じっと機会を待った。

 

「それじゃあちょっとゴミ捨てに行ってくるわ」

「あ、うん、それじゃあここで大人しく待ってるわね」

「悪いな、すぐ戻る」

 

 そして八幡が更衣室から出ていった瞬間にあいこちゃんが動いた。

あいこちゃんは手首を射出し、通風孔の留め金を上手に外すと、

そこに手を引っ掛けてワイヤーを縮め、通風孔の中を覗きこんだ。

 

「サイズはあいこちゃんのサイズなら大丈夫ね、

あ、あれ?思ったよりも短い………左は多分外に通じてて、右は………確か女子更衣室だ」

 

 その通風孔は、まさかのスタンドアローンであり、

男子更衣室に侵入する為には、女子更衣室から入るしかない事が判明した。

 

「どうしよう、男子が着替えている時には、必然的に女子も着替えてるって事に………

さすがにその中を堂々とって訳にもいかないし、なにより明日奈にバレるのはまずいわ」

 

 藍子は完全に手詰まりとなった。だがそんな藍子をエロの神様は見捨てなかった。

その数日後の教室で、クラスメート達の、こんな会話が聞こえてきたからだ。

 

「おい、聞いたか?今度の金曜日に、また神崎エルザがうちの学校に来てくれるらしいぜ」

「この前桜島麻衣が、妹のドカちゃんと一緒に慰問に来てくれたばっかりなのにもうか!」

「ドカちゃん?ああ、スイートバレットの豊浜のどかな」

 

 桜島麻衣の妹である豊浜のどかは、麻衣とは母親が違うが大の仲良し姉妹であり、

先日八幡の伝手で、帰還者用学校に慰問と称して遊びに来てくれていたのである。

 

「うおお、エルザさん、約束を守ってくれたんだな」

「新曲披露だろ、楽しみだなぁ」

「で、いつ来てくれる事になったんだ?」

「今度の金曜らしいぞ、理事長権限で三時間目までの授業は全部無しだと」

「おぉ、さすが理事長、太っ腹だな!」

「これも間接的に八幡さんのおかげだよなぁ」

 

(金曜日!?しかも三限までですって!?おお神よ、あなたの粋なはからいに感謝します)

 

 その日の夜、藍子は早速ACSを使ってエルザにコンタクトをとった。

 

『エルザ、ちょっとお話があるの、八幡に関する事よ』

 

 エルザの反応は凄まじく早かった、すぐに電話がかかってきたのである。

最後の文言が利いたのは間違いないだろう。

 

『はいは~い、どうしたの?まだ悪だくみ?』

 

 このいきなりのエルザの言葉から分かるように、

エルザにとっての藍子は、自分と同じ種類の人間という認識であった。

くくりとしては、悪友、もしくは共犯者という事になる。

 

「うん、悪だくみ」

『さっすが藍子、いいねいいね、で、どんな?』

「ほら、私ってば今、あいこちゃんを使って学校に通ってるじゃない」

『うん、そだねぇ』

「でね、エルザが来てくれる今度の金曜なんだけど、

コンサートの後って私達のクラスは体育の授業なの。

そこで私、八幡の着替えを覗こうと思うんだよね』

『何それ詳しく』

「ちょっと長くなるけどいい?」

『いいよいいよ、全然いいよ!』

 

 そして藍子は先日机から落ちそうになった事から順番にエルザに説明した。

 

「実はこの前授業中に、うっかり八幡の机から落ちそうになってさ」

『ああ~、あいこちゃんのサイズならありそう』

「で、その時は八幡に助けてもらったんだけど、

その時八幡の手が、偶然あいこちゃんの胸をこれでもかってくらい揉む感じになってさ、

その感触がダイレクトに私に来て、正直気持ち良かった………」

 

 その説明を聞いたエルザは呆然と呟いた。

 

『そ、そんな手があったんだ………』

「目から鱗でしょ?しかも八幡はその事に気付いてないんだよ」

『わお、合法パイタッチとか、何その神って感じだよぉ!』

 

 エルザ、大興奮である。

 

「でね、もっとあいこちゃんを有効活用出来ないかって思って、

思いついたのが今回の覗きなの」

『なるほどなるほど、で、私は何をすればいい?』

「話が早い!エルザってばやっぱり最高!」

『ちゃんと報酬はもらうけどね』

「もちろんよ、とりあえず報酬はそれを撮影した動画と、

あいこちゃんの一日使用権でどう?」

『何よそれ、最高かよ!』

「契約成立ね、とりあえずあいこちゃんのサイズなら、

潜入さえ出来れば撮影自体は比較的簡単だと思うの。

そもそもデフォルトで、視界同調の録画機能が付いてる訳だし」

『ああ~、あそこの更衣室って盗撮関連への対応が凄く厳しいもんね、

それならいける、いけるよ!』

 

 帰還者用学校は、以前マスコミからちょっかいをかけられまくった為、

そういった方面への対策はかなり厳しいのである。

 

「それで手伝って欲しいのはね、コンサートの前に、

約束のサインをあげるとか言って、更衣室に連れ出して欲しいの。

そこの通風孔が、男子更衣室に繋がる唯一の侵入経路なの」

『そこにを放り込めばいいのね』

「うん、まあそんな感じかな、後はこっちで何とかするから」

『コンサート中にいなくなって、八幡に怪しまれない?』

「そこは共犯者を確保して何とかするつもり」

『当てはあるの?』

「うん、仕込みはしてあるわ」

『そっかぁ、オッケーオッケー、それじゃあ当日までに、計画を詰めていきましょう』

「とりあえず明日、協力者に接触するわ、なので明日また連絡するね」

『了解!み・な・ぎ・っ・て・きたああああああああ!』

「ありがとう、この計画は絶対に成功させましょう」

 

 こうして藍子とエルザの間に同盟関係が成立する事となった。



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第889話 協力者達

「さて、金曜まであと三日、それまでに出来る事は全てやっておかないと」

 

 エルザとの電話を切った後に藍子はそう考え、眠りの森で一人計画を練っていた。

 

「通風孔から上り下りする練習もしないとだし、

当日に確実にエルザに連れ出してもらう手配と、

男子更衣室内で私が隠れる場所の確保をしないと………

後は身代わり人形の製作依頼、まだまだやる事は沢山あるわね。

相手はあの八幡なんだから、念には念を入れないと………」

 

 そして藍子は今出来る事として、川崎沙希に連絡をとる事にした。

 

「あ、もしもし沙希さん?私、藍子だけど」

「え、藍子?私にかけてくるなんて初めてじゃない?一体どうしたの?」

「うん、実は沙希さんに一生の頼みがあるんだけど」

「一生とはまた大げさね、でもまあ私に出来る事なら別にいいよ」

 

 沙希はそう安請け合いをした、言質をとられたのである。

 

「やった!それじゃあええとね、私今度、八幡の着替えシーンを撮影するつもりなんだけど、

その為に私達が学校で使ってる、

あいこちゃんとゆうきちゃんとまったく同じ外見の人形が欲しいの」

「え、ちょっと、やばい話なら私は手伝わないわよ?」

「沙希さんはさっき、私に出来る事ならいいよって言ってくれたはず!」

「う………そ、それはまさかそんな内容だとは思ってなかったし………」

 

 沙希は既に承諾してしまった手前、ハッキリと拒絶する事が出来ず、

沙希にしては珍しく、口ごもる格好となった。そんな沙希を藍子が畳みかけた。

 

「お願い、沙希さんだけが頼りなの、もちろんその動画は社乙会にも提供して、

ちゃんとそこで沙希さんも見れるようにするから!」

「なっ、何故その事を………」

 

 沙希は結衣や優美子に誘われ、社乙会に何度か参加し、

今ではもうすっかりメンバーの一員となっていた。

沙希にとって、自分と似たような境遇の者達と一緒に、

八幡への不満を口にし合うのはいいストレス発散になり、とても楽しかった。

 

「実は私達も、もう少しリハビリが進んだら、社乙会に参加する予定なの。

この前お見舞に来てくれた薔薇さんに誘われたんだよね」

「そ、そうだったんだ」

「という訳で、社乙会のみんなの為にも是非協力をお願い!」

「う………」

 

 今沙希の脳内では、八幡の着替えを見てみたいちょっと変態な沙希と、

そんな事に協力してはいけないという理性の沙希が、激しく争っていた。

 

「いやいやいや、さすがにそれは駄目でしょ私」

「何を言ってんの?私は他の人よりかなり出遅れてるんだよ?

こういうチャンスを物にしないでどうするの私」

「で、でもそんな変態っぽい事をするのは………」

「高校の時に八幡に下着を見られたんだから、これでおあいこって事になるでしょ?」

「いや、でも………」

「細かい事はどうでもいいの、要は見たいのか見たくないかでしょ?」

「う、そ、それは見たいけど………」

「なら決まりね、無理やりにでも納得しなさい私」

 

 変態沙希が、圧倒的な力で理性沙希に勝利した瞬間であった。

 

「わ、分かった、でもそれなら一度実物を見たいんだけど」

「あ、うん、待ってて沙希さん、ちょっと色々手配してみるから、後でまた連絡するわ」

「分かった、連絡待ってるわ」

 

 沙希との電話を切った後、藍子はやはり学校にも協力者が必要だと考えた。

 

「里香と珪子は明日奈に近すぎるから無理よね、そうなると残るは和人君かな」

 

 藍子はどうすれば和人を味方に引き込めるか考え、先日の事を思い出し、ニヤリと笑った。

 

「よし、この手で脅し………もとい、協力を仰ぎましょう」

 

 そして藍子はすぐに和人に電話をかけた。

 

「もしもし、あいこちゃんか?どうした?」

「その呼び方は学校でだけよ、和人君」

「そういやそうだったな、それじゃあ藍子、どうした?」

「実はちょっと相談があるんだけど」

「八幡絡みか?それなら出来る事と出来ない事がありそうだけど」

「この前更衣室の八幡の所にあいこちゃんを連れてってもらったじゃない?」

「あ、うん」

「あれってば、実は私が八幡の着替えを覗く為の偵察だったの。

なので和人君はもう私の共犯って事になるわね」

「……………………え?」

 

 和人は光に地球を七十五周ほどさせてからそう聞き返した。

それほどそれは和人にとって、理解するのに時間がかかる言葉だったのだろう。

 

「その上でお願いがあるの、明日の朝、担任の先生に、

朝のホームルーム中にあいこちゃんのほつれを直す為に、

沙希さんが学校に来るのを許可して欲しいと伝えて欲しいの」

「は、はぁ!?お、おい、一体何がどうなって………」

「もし協力してくれないなら、和人君が私と共犯だって八幡にバラすわよ」

「うっ………」

 

 和人はその藍子の言葉に声を詰まらせた。

和人があいこちゃんを更衣室まで連れていった以上、

確かに八幡に、二人が共犯関係だと思われる可能性が否定出来ないからである。

 

「でももし協力してくれるなら、仮に今回の件が八幡にバレた場合でも、

私は和人君の名前は絶対に出さないわ。バレなければまったく問題ないんだけどね」

「ず、ずるいぞ藍子!何だよそのエクストリームな脅迫は!」

「そう、なら仕方ないわね、今回の事は諦めて、大人しく八幡に報告を………」

「は、早まるな、分かった、分かったから!」

 

 こうして和人も藍子にまんまと乗せられ、協力者として藍子の手助けをする事になった。

 

「で、俺は他に何をすればいいんだ?当然他にも何かさせるつもりなんだろ?」

「そうね、まず私が隠れられるくらいの大きさの、

入り口付きの箱のような物を用意して欲しいの」

「分かった、更衣室にあってもおかしくないような物を用意しとくわ」

「後、当日の朝に、私がエルザに連れていかれるのを邪魔されないように、

上手くフォローして欲しいわ」

「………って事はエルザも共犯で、実行は金曜なのか」

「ええそうよ、そんな訳で、依頼の件はお願いね」

「ああ~、くそっ、分かった、すぐにとりかかる事にする」

「うん、宜しくね」

 

 藍子は満足そうにそう言って電話を切ると、沙希に電話を掛けなおした。

 

「あ、沙希さん?明日の朝ならうちの学校に来てくれれば現物が見られるんだけど、

その時間って大丈夫かな?」

「ええ、大丈夫よ、それじゃあ学校に行けばいいのね」

「うん、朝のホームルーム中にあいこちゃんの修理って名目で触れるようにしておいたわ。

和人君が対応してくれるはずよ」

「オーケー、それじゃあ裁縫道具を持っていくわ」

 

 こうして藍子は着々と準備を整えていった。

そして次の日の朝のホームルーム中に、予定通り帰還者用学校に沙希が姿を現した。

 

「あれ、サキサキじゃねえか、守衛さんすみませ~ん、部外者が侵入してますよ~」

「サキサキ言うな、大丈夫、許可はとってあるわ。

今日のホームルームは中止で、私はあいこちゃんに呼ばれてきたの」

「そうなのか?おいアイ、どういう事だ?」

「実はおしりの部分がほつれてしまって、

朝のうちに直してもらおうと思って沙希さんにお願いしたの」

 

 そう言ってあいこちゃんは、スカートをめくっておしりの部分を八幡に見せた。

この時藍子は今まさに八幡に自分のお尻が視姦されていると、内心で興奮していた。

どうもエルザの影響か、変態度が増してきたようである。

だが八幡は人形相手にそんな意識はまったく無く、事務的にチェックするのみであった。

 

「あれ、確かに引っ掛けたようなほつれが出来てるな、分かった、サキサキ、頼めるか?」

「だからサキサキ言うな、って、これを言わせるの何度目?

まあその為に来たんだから当然よ、早速とりかかるわ」

 

 そう言って沙希は、一同の目の前で針と糸を取り出し、すいすいとそのほつれを直した。

 

「おお、手際がプロっぽい」

「はぁ、やっぱり凄いね」

「よしオーケーっと、一応また直しに来る可能性があるから、

あいこちゃんとゆうきちゃんの各部の写真を撮らせてもらっていい?」

「もちろん!今後もお世話になります」

「なります!」

 

 二人はそう言ってぺこりと沙希に頭を下げた。

その姿はとてもかわいく、クラス中の者達がその姿を見て悶えた。

学園の新アイドルの称号は伊達ではない。

 

「ふう、こんなもんかな」

「こんな時間にわざわざ悪いなサキサキ」

「いいよ別に、これも仕事のうち。それじゃあ私は帰るわ、みんなも勉強頑張ってね」

 

 そして沙希は去っていき、

帰ってすぐに、あいこちゃんとゆうきちゃんの身代わり人形の製作に入る事になった。

八幡達はそのまま授業を受け、そして迎えた昼休み、

和人は購買に行くと言って立ち上がった。

 

「よし、それじゃあ俺は戦場に行ってくる」

「和人、頑張れ!」

「和人君、頑張ってね」

 

 そんな和人に打ち合わせ通りにあいこちゃんが声を掛けた。

 

「あ、待って和人君、いずれ自分の足でここに通えるようになった時の為にも、

私にも購買の様子を見させて欲しいの」

「あ、ボクもボクも!」

「分かった、さすがに頭に二人乗せるのは怖いから、ゆっくりいくか」

「俺も行こうか?」

 

 八幡は気を利かせてそう言ったが、和人はそれを断った。

 

「いや、お前は明日奈の作ってくれた弁当があるだろ?

このくらいどうって事ないし俺一人でいいよ」

「そうか?それじゃあ気を付けてな。

二人とも、落ちそうになったらちゃんと和人の髪を掴むんだぞ」

「うん、和人君をハゲにする勢いで全力で引っこ抜くわ」

「全力で抜く意味は無いよな!?」

「あはははは」

「それじゃあ八幡、行ってくるわ」

「おう、気を付けてな」 

 

 こうして一人と二体はまんまと抜け出し、その足で男子更衣室へと向かった。

 

「しかしさ、人のいない夜とかに自分の足で行くってのは駄目なのか?」

「それが駄目なのよ、夕方五時以降は盗難対策として、

あいこちゃんとゆうきちゃんが動いたらセンサーに引っかかって警報が鳴って、

すぐに警備員さんが飛んでくる事になってるの」

「え、そうだったのか、知らなかったな」

「それにこのセンサーは、そもそも私が夜に、

八幡の体操着をくんかくんか出来ないようにする対策でもあるらしいわ」

「くんかくんかって………え、マジで?」

「………嫌ね、冗談よ」

「おお、マジっぽいから信じちまったよ」

 

 実はそれはマジであった。そもそも藍子がセンサーの事を知ったのも、

実は直接八幡にそう言われたからである。

八幡にしてみれば、盗難対策の説明をする際の冗談だったかもしれないが、

藍子はその時の八幡の目が結構マジだった事を覚えていた。

だがさすがにその事を正直に和人に告げるのは恥ずかしかったようだ。

 

「さて、時間が無いからちょっと急ごう。とりあえず箱の設置場所はどこにする?」

「八幡はどの辺りのロッカーを使うの?」

「いつもここだな」

「そうすると………この辺りがいいわね」

 

 あいこちゃんは微妙に物蔭にはなるが、八幡のいる位置がバッチリ見える場所を指定した。

 

「オーケーオーケー、で、自力で上まで登れそうか?」

「今やってみるわ」

 

 そう言ってあいこちゃんはビュンッと手を伸ばし、

通風孔の扉の鍵を器用に外してパカッと開いた。

 

「ちょろいわね、このまま上にっと」

 

 あいこちゃんはそのまま手を縮め、難無く通風孔の中へと侵入した。

 

「オーケーよ、ゆうきちゃんも問題ないわよね?」

「うん、余裕余裕」

 

 そのまま二体は通風孔の中から女子更衣室へと向かい、内側からその扉を開けた。

 

「問題ないみたいね」

「うん、バッチリ!」

 

 そして二体は男子更衣室へと戻り、和人に問題無かったと告げ、

そのまま和人達は、購買経由で屋上へと向かった。

 

「遅かったな、和人」

「お、おう、出遅れちまって戦争に負けちまったから、

せっかくだからどんなメニューがあるかあいこちゃんとゆうきちゃんに説明してた」

「お前が負けるなんて珍しいな」

「いやぁ、まあ教室を出るのが遅れたし、二人がいてゆっくり歩いてたから仕方ないさ」

「私達のせいでごめんなさい、和人君」

「いやぁ、まあたまにはこういう事もあるだろ、気にすんなって」

 

 和人は笑顔でそう言い、里香の隣に座って購買で買ったパンを食べ始めた。

そしてあいこちゃんとゆうきちゃんは、ぴょこぴょこと八幡の隣に行き、

八幡の食べている弁当を興味津々で眺めていた。

ここから雑談タイムとなり、昼休みが終わったら、

あいこちゃんとゆうきちゃんはドールハウスへ戻ってログアウトし、

午後からリハビリが開始されるというのが今の日常であった。

そしていつも通りログアウトした二人は、沙希やエルザと連絡を取りつつ準備を進め、

こうして遂に、金曜日を迎える事となったのだった。



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第890話 作戦の結末

 先日頼んだ通りに和人にサポートしてもらい、

八幡の教室からあいこちゃんとゆうきちゃんを連れ去ったエルザは、

そのまま女子更衣室へと向かった。

今日はそこが、エルザの控え室の代わりに指定されているのだ。

本来なら普通の教室を少しいじって控え室に当てるのだが、

着替えるのに楽だからという理由でエルザが学校と交渉し、

一時的にテーブルと椅子を運び込む事で、その要望が叶えられたのだ。

ちなみにエルザのマネージャーである阿僧祇豪志は同席していない。

これはこの日の活動が、エルザのオフを利用した完全なるボランティアだからであり、

今日エルザが帰還者用学校で歌う事すら、豪志には知らされていないからである。

 

「さて、それじゃあ最初にこれね」

 

 エルザはそう言って、

バッグの中からあいこちゃんとゆうきちゃんにそっくりな人形を取り出した。

 

「わぁ、そっくりだ」

「凄いね、さすが沙希さんだ」

「問題はまったく動かないのを八幡に怪しまれないかって事だけど………」

「あ、それは解決済みだわよ」

 

 エルザはそう言って、机の上に置いてあったスイッチのような物を押した。

その瞬間に、あいこちゃんとゆうきちゃんは、拍手をするような動きをした。

 

「わっ、これ、どうなってるの?」

「サキサキとはソレイユ社内でこれについて相談したんだけど、

その時に私達も、これがまったく動かないのはまずいって考えてね、

考えた末に二人で近くのおもちゃ屋に行って、

リモコン式の子供用のシンバルを持った猿のぬいぐるみを買ったんだよね。

で、そのぬいぐるみを改造してぬいぐるみを被せたのがこれ。

どう?拍手してるように見えるでしょ?」

「凄い凄い、これなら何とかなりそうだね」

「さっすがエルザ、抜け目ないね!」

「まあ私達の大いなる目的の為だからね」

 

 エルザは得意げにそう言い、細かい打ち合わせをした後、

一人と二体はそれぞれの持ち場へと向かっていった。

この為藍子と木綿季は今日のエルザのコンサートを見る事は出来ないが、

その代わりに今度カラオケででも、エルザが二人に生歌を披露する事で話がついていた。

 

「さて、偽者の配置先はこの辺りにして………」

 

 エルザはステージ脇に二体をセットし、その隣で出番を待つ事にした。

コンサートと言ってもそんな堅苦しいものではなく、

エルザがステージで何曲か弾き語りをするだけのイベントなので、

体育館の幕を開けるスイッチを自分で押せばスタッフも特に必要がなく、

集中したいから連絡は必要ない、時間になったら勝手に幕を開けるという話になっている為、

他人がここに来る可能性は限りなく低いのだが、

万が一に備えてエルザはその場に残る事にしたのだ。

今日の企みは絶対に成功させたかったからである。

 

「さて、そろそろ時間かなぁ」

 

 エルザは時計を見ながら演奏の準備を始めた。

必要なのはマイクだけであり、それだけは事前にセットしてもらっている。

エルザは幕を開けるスイッチを押し、ステージの中央に進んでマイクの前に立った。

 

 

 

 それから数時間後、エルザは万雷の拍手の中にいた。

自身の有名な曲からアメリカで作った新曲までを披露し、

心地よい疲労感に包まれていたエルザは、笑顔でステージから去り、

少し間を置いて八幡の教室へと向かった。

 

「はっちま~ん!」

「おお、お疲れだなエルザ、いい歌だったぞ」

「うん、ありがとう!」

「そういえばアイとユウはどうした?」

「それなんだけどさ~、次の授業が体育だから、

リハビリを頑張るって先にログアウトしたんだよね」

「ああ、確かに水曜と金曜はいつもそうだったな」

 

 そして八幡があいこちゃんとゆうきちゃんを受け取る為に一歩前に出た瞬間に、

エルザはその目の前に、事前に用意しておいたサイン色紙を差し出した。

 

「八幡、そんな訳で、今度これを眠りの森に届けてあげて欲しいの」

「ああ、さっきしてやったサインだな、分かった、預かっておいて今度渡しておくわ」

 

 八幡はそう言って自分の鞄に色紙をしまう為に机に戻り、

その隙にエルザが和人にあいこちゃんとゆうきちゃんを渡した。

 

「それじゃあ和人君、これをしまっておいてもらっていいかなぁ?」

「オーケー、それじゃあ八幡の代わりに俺がしまっておくよ」

 

 和人はエルザの意図を正確に読み取り、

エルザからあいこちゃんとゆうきちゃんを受け取った。

その時一瞬驚いた表情をしたのは、その重さがいつもよりもかなり軽かったからである。

こうしてあいこちゃんとゆうきちゃんが不在だった証拠は隠され、

エルザは安心した顔で教室から出て、一旦ログアウトして待機中だった藍子に連絡を入れた。

 

「あ、藍子?今から八幡達が更衣室に移動するみたい」

「ありがとうエルザ、早速配置につくわ」

「期待してるわよ、頑張って」

「うん、任せて!」

 

 電話を切ると、藍子と木綿季はすぐにログインをし、

八幡達が更衣室へ現れるのをじっと待ち続けた。そして遂に八幡達が更衣室に姿を現した。

 

「今日の授業は何をするんだっけ?」

「バスケだな、まあさっさと着替えちま………う………」

 

 和人は八幡の問いにそう答えかけ、その途中でいきなり腹部を押さえた。

 

「お、おい和人、どうした?」

「い、いや、朝からちょっと腹具合がおかしいなって思ってたんだけど、

ちょっと急な腹痛が………とりあえずトイレに行ってくるから、

もし俺が遅れるようならすまないけど先生にその事を伝えてもらってもいいか?」

「分かった、とりあえずトイレに行くまでに漏らすなよ」

「う、が、頑張るよ」

 

 そう言って和人はその場を逃げ出した。

これは当然自分の着替えを撮影されない為の措置である。

 

「さて、それじゃあ着替えるとするか」

 

 そして八幡は授業に備えて着替えを始め、

息をひそめて和人に用意してもらった箱に潜んでいたあいこちゃんは、

興奮しながらもその光景を決して見逃さないように、じっと八幡を見つめ続けていた。

ゆうきちゃんも、通風孔の中から同じようにじっと八幡を観察している。

 

(これはいい動画になりそうね)

(よし、上手く撮れてる!)

 

 あいこちゃんはそう考えつつそのまま観察を続け、

八幡達が更衣室を出ていった後も慎重を期してしばらくその場に留まり続けた。

ゆうきちゃんも上から下りてきてあいこちゃんと合流する。

ほどなくして和人が戻ってきた為、二人はそれに合わせて部屋を飛び出し、

そのまま一心不乱に教室へと駆け戻った。

そして教室に入った瞬間に、二人はそこで、居るはずのない人物の姿を見て悲鳴を漏らした。

 

「ひっ………」

「は、八幡………」

「さて、どういう事か説明してもらおうか」

「ど、どうしてここに?」

「さっき和人があいこちゃんをしまった時に、

サキサキが直したはずの縫い目が見えなかったんでな、

おかしいと思って試合の合間に確認に来たんだよ」

「くっ………」

「策士が策に溺れちゃった?」

「そうみたいね………」

 

 二人は観念し、そのままお縄となった。

 

「で?」

「え、ええと………」

「まあいい、見れば分かるからな」

「えっ?」

 

 そして八幡はあいこちゃんを持ち上げ、いきなりそのお腹の部分をパカッと開け、

そこにあった何かのスイッチを押した。その瞬間にあいこちゃんの目から光が飛び出し、

壁にあいこちゃんが見た映像が映し出された。

そこには八幡の着替えシーンがバッチリと映し出されており、

八幡はしばらく無言でいた後に、同じようにゆうきちゃんのお腹を開いて同様に操作をし、

今度は天井からの映像を目撃する事となった。

 

「お、お前ら、一体何をしてやがったかと思ったら、覗きかよ………」

「え、えへっ」

「とりあえずこれは消しておくからな、二度とこんな事をするなよ」

「あ~っ、あ~っ!」

「エルザも共犯だな?後でこっぴどく怒っておかないと………

いや、あいつには意味がないか、放置しておいた方が、まだ俺の精神衛生的に健全か」

「う、うぅ………」

「まさか和人も共犯か?」

「う、ううん、和人君は私達とエルザが上手く利用しただけ」

「まあそうだろうな、さて、消去っと」

「ぎゃあああああああああ!」

「う、ううううううううう!」

「それじゃあお前ら、さっさとリハビリに行ってこい、

この人形は、サインと一緒に今度届けてやるからな」

「は、八幡、ひどい!」

「計画は失敗かぁ………」

「くだらない計画を立てるんじゃねえよ………」

 

 こうして二人はドールハウスにしまわれ、失意のままログアウトする事になった。

 

 

 

 そしてその夜、和人が密かに眠りの森を訪れた。

 

「お~い、藍子、木綿季、持ってきたぞ」

「あ、ありがとう!」

「俺の事をちゃんとかばってくれたみたいだし、それならこっちも仕事をしないとな。

それじゃあはい、これ」

「や、やった!」

「上手くいったね!」

 

 そう言って和人が差し出してきたのは、二枚のマイクロSDカードであった。

八幡も知っている事だが、あいこちゃんとゆうきちゃんが見た映像は、

キャッシュとして保存されるものとは別に、マイクロSDカードに保存する事も可能なのだ。

昼に八幡に捕まった時は何も差さっておらず、そもそも普段も差さってはいない為、

二人がその事を知っていると思わなかった八幡はそれを見逃したのだが、

二人はちゃんとその事を知っており、エルザに買ってきてもらって、

これが視界に入らないように気を付けながら、

秘かにスロットにマイクロSDカードの準備をしておいたのである。

二人は事が終わった後に、そこが視界に入らないようにそれを抜き、

カードを密かに和人に手渡しておいたのであった。

二人が和人の到着を待って更衣室を出たのはこの為なのである。

 

「いやぁ、さすがは八幡だよなぁ、縫い目のあるなしに気付くなんてよ」

「まあその為に、わざと八幡におしりの部分が見えるようにしてもらったんだけどね」

「気付かなければそれでよし、気付かれてもまあ、

自分自身の手で映像を消したって事になれば、普通それ以上の追求はしないもんな」

「遂に八幡に勝利出来たわね」

「素直に感心したよ、まさかあの八幡が出し抜かれるところが見れるなんてなぁ」

 

 こうして藍子と木綿季は首尾良くお宝映像の入手に成功し、

それは少し後の社乙会にて披露される事となった。



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第891話 結成、アルヴヘイム攻略団

 藍子と木綿季が八幡相手に勝利したその数日後の事である。

 

 七つの大罪をトップとするグループは、着実に勢力を伸ばしていた。

今日はルシパーの呼びかけにより、いくつかのギルドが集められており、

その中には旧連合や旧同盟の者達も混じっていたが、

基本ヴァルハラへの嫉妬や恨みで動く者達は除外されていた。

ルシパーは確かに頭のネジが何本か飛んでいるのかもしれないが、

物の道理はわきまえており、そういった者達が戦闘では役に立たない事を、

本能でちゃんと理解していたのである。

 

「我々が目指す活動の趣旨に賛同して頂き、

今日この場に集まって頂いた事、とても有り難く思います」

 

 今日の司会はアスモゼウスが行っていた。

さすがに今日は色欲っぽさは抑え、真面目モードである。

形としてはルシパーの意思を代弁して通訳しているような感じだが、

ルシパーに長く喋らせると場が目茶苦茶になってしまう為、これは正しい処置だと言えた。

これはグランゼの提案によるものである。

普段はフリーダムだが、現状ではやはりグランゼには逆らえないのだ。

 

「今日集まって頂いたギルドは全部で五つとなりますが、

私からそれぞれのギルドの名前とメンバー数を報告させて頂きます。

最初に我ら『七つの大罪』は、構成員四十名、

そして『ソニック・ドライバー』が二名、『アルン冒険者の会』が十名、

『ALO攻略軍』が二十二名、そしてまだ仮参加の段階ではありますが、

『チルドレン・オブ・グリークス』が十六名、となります」

 

 この中で特殊な立場にいるのは、

『ソニック・ドライバー』と『チルドレン・オブ・グリークス』である。

後者は以前、ヴァルハラ相手に喧嘩を売った経緯が問題視されており、

まだ正式な参加扱いにはなっていなかった。

前回の階層攻略戦で同盟がスリーピング・ナイツに完敗した時点で、

彼らは同盟所属としては何の活動実績も無かった為、

とりあえず様子見という事で、仮の参加を認められているだけな段階なのである。

そして前者、『ソニック・ドライバー』の構成員は、

『スプリンガー』と『ラキア』のたった二名である。

今回の参加に関しても、ルシパーが傲慢な態度をとらず、

三顧の礼をもって迎えたという経緯があり、

その事だけ見ても、この二人が特別な存在だという事が分かる。

 

「スプリンガーさん、ラキアさん、今日は来てくれて………その、とても嬉しい」

 

 ルシパーがたどたどしい言葉遣いながらそう言い、

それに対してスプリンガーが鷹揚に返事をした。

 

「いやいやルシパー君、俺達を特別扱いとかしなくていいから。

ってか俺とこいつはいいおっさんといいおばちゃんだぜ?

こんな集まりに俺達みたいなのを呼んじゃって本当にいいのか?」

 

 その瞬間にラキアがスプリンガーにいきなり頭突きをかました。

 

「おわ、痛ってぇな、、いきなりかよ!

お前のそういうとこ、もう結婚して何十年もたつのに本当に変わらないよな」

 

 そんな二人を、その場にいた多くの者達は微笑ましく見つめていた。

この二人は実は、『残された百人事件』が解決した直後に、

『WWG(ワールド・ワイド・ゲーマーズ)』というギルドを立ち上げたプレイヤーであり、

そしてそのWWGこそが、連合の母体となったギルドなのである。

その為この二人の知名度は高く、同時にスプリンガーは愛妻家だと噂されており、

ここに集まった者達は、その噂が真実だったと感じ、

今二人に暖かい視線を向けていると、まあそんな訳である。

 

 WWGの話に戻るが、WWGは来る者拒まずの精神で一気に大きくなり、

ソレイユ社が運営を始めた頃には、ALOのトップギルドとして攻略を行っていた。

だがヴァルハラの旗揚げと勢力増大の煽りを受け、

メンバー達がいつしかヴァルハラに対抗する事ばかりを考えるようになり、

それに嫌気がさしたこの二人は、徐々にALOから足が遠ざかっていった。

そして二人の不在時にギルドの一部の者が暴走し、

ギルドの名称が『反ヴァルハラ連合』と変わったのを知った二人は、

それから完全にログインしなくなっていたのであった。

だが最近再びログインするようになったという噂が立ち、

ルシパーが直接出向いて協力を願ったというのが今回二人がここにいる理由である。

 

「で、ルシパー君、どうなんだい?」

「はい、俺達がその、おかしな………方向に進み始めたら、

せ、説教してもらえればそれで十分です」

 

 ルシパーはたどたどしいながらも、精一杯丁寧な言葉でそう言った。

グランゼにそう言うように指示されていたという理由もある。

 

「よせやい、傲慢の名が廃るぜ?普段通りの態度で接してくれればいいって」

 

 この言葉から、ブランクが長かったスプリンガーが、

復帰後に情報収集はしっかりと行ったという事が分かる。

 

「そ、それじゃあ………俺達が間違ってると思った時は、

その老骨に鞭打って遠慮なくぶちかましてくれ、出来るものならな!」

 

 ルシパーは胸を張りながらそう言った、実に傲慢な頼み方である。

 

「まあ俺には無理かもだがうちの嫁さんなら何とかするだろ、

それが俺達の役目って事だな?オーケーオーケー。

そういう事ならしっかりとご意見番をさせてもらうわ。

戦いとかの時は、手を抜かずにちゃんとやるからよろしく!」

 

 スプリンガーの隣でラキアもうんうんと頷き、そんな二人に集まった者達は拍手をした。

あのチルドレン・オブ・グリークスまでがそうしており、

二人の人望が未だに健在な事が伺える。

もっともそれだけではなく、他にも二人が一目置かれる理由がある。

ちなみに八幡はその理由を二日前に知った。

 

「あ、あとよ、誤解されても困るから先に言っておきたいんだが、

今回俺達の復帰のキッカケは、実はリアルでハチマンと繋がりを持ったからでな、

戦場以外じゃ普通にヴァルハラとも仲良くするつもりなんだが、

それでも俺達を仲間だと思ってくれるか?」

 

 これにはルシパーではなくアスモゼウスが答えた。

 

「別に構いません、元々お二人があちら側なのは有名な話ですし、

情報漏洩さえ無ければ何の問題もありません。

ヴァルハラのメンバーが人間的に嫌いだとか、

そういったくだらない理由でここにいるメンバーを集めた訳ではありませんから」

 

 その言葉にスプリンガーは、うんうんと頷いた。

 

「一応言っておくが、俺達はヴァルハラとかちあったら全力で戦うつもりだからな?

ただ因縁をつけて喧嘩をふっかけるような事には加担しないってだけで、

攻略の都合でぶつかったとかならむしろ喜んで戦うつもりだ」

「その辺りは信頼してる、疑ったりはしない」

「オーケーオーケー、それじゃあこれから宜しくな、みんな」

 

 スプリンガーは快活そうな笑みを浮かべ、直後に思い出したようにこう言った。

 

「あ、それから、うちの嫁さんは極端に無口で無愛想なだけで、

別にいつも怒ってるとかそういうんじゃないから宜しく!」

 

 その瞬間にラキアが再びスプリンガーに頭突きをかまし、

その場は笑いに包まれたのであった。

そして口下手なルシパーは一歩下がって腰を下ろし、

事前にグランゼから指示された内容を、アスモゼウスが朗々と宣言した。

 

「それではここに、『アルヴヘイム攻略団』の結成を宣言します。

団長はセブンスヘヴンランキングが一番高いルシパーが努めます。

でもこれはあくまで現状そうだからという理由でそうするだけで、

もしランキングが変動して、ルシパーよりも強いプレイヤーが仲間内に出た場合には、

そのプレイヤーが次のリーダーになるという事を覚えておいて下さい」

 

 その場にいた者達は、その言葉に驚いたような顔をした。

まさか七つの大罪サイドからそんな言葉が出てくるとは思ってもいなかったからだ。

同時に一同は、思ったよりもまともな運営をしてくれそうだと内心で喜んでいた。

 

「さて、当面の活動内容ですが、もうすぐ行われる大型バージョンアップに向け、

それまでにメンバーの装備の充実を図ろうと思っています。

その為に最優先なのは、ハイエンド素材の確保です。

小人の靴屋が安い値段で協力してくれる事になっているので、とにかく素材の情報を集め、

もしギルド単体で向かうのが困難な場所にその素材があるという場合は、

協力して素材の確保に当たりましょう。ちなみに完成した武器の所有権の決め方ですが、

その武器のスキルを持っている者の中から抽選とします」

 

 これは七つの大罪の意向ではなく当然グランゼの意向であるが、

少なくとも今ここに参加している者達にとっては、とても助かる提案であった。

小人の靴屋はがめつい事で有名であり、高い合成料をとられるのが当たり前だった為である。

今回グランゼが方向転換したのは、ハイエンド素材の加工機会を増やし、

自分達の合成の腕を上げる為なのだが、お互いの利害が一致するのは確かであった。

そして完成した武器が抽選方式で与えられるというのもまた好評であった。

ほとんどがグランゼの意見とはいえ、七つの大罪が仕切っている事を考えると、

考えられないくらい、まともな運営方法だからである。

もっとも当然七つの大罪サイドにも不満はあるのだが、

スポンサーの意向には逆らえないといった感じであろうか。

 

「他に質問などあれば、今のうちにお願いします」

 

 アスモゼウスは次にそう言ったが、特に質問は出なかった。

 

「それでは今日の会合はこれにて終了となります、みなさぁん、今後とも宜しくねぇ♪」

 

 最後にアスモゼウスは、口調をがらっと変えて甘い声を出し、

いかにも色欲らしく、一同に投げキッスをした。

たったそれだけの仕草でもメンバー達は盛り上がり、意気揚々と引きあげていったのである。

 

「さて、俺達も戻るとするか」

「ああ、やっと終わった、だるい………」

「帰って飯にしようぜ、飯!」

「飯飯うっせえんだよ、キレんぞマジで!」

「おいルシパー、本当にあんなルールでいいのか?武器をもらえた奴に嫉妬すんぞコラ!」

「それより売って金にしようぜ」

 

(こいつらこんなんで本当に大丈夫なのかな、

まあいいわ、何かあったらグランゼに出てきてもらえばいいだけだし)

 

 アスモゼウスは漠然と不安を感じつつも、

問題が起きたらグランゼに丸投げしようと心に決めた。

 

(さて、私も今日から敵役として、ヴァルハラにいっぱいアピールしないとね)

 

 こうしていくつか不安を抱えながらも、アルヴヘイム攻略団はその産声を上げた。

スモーキング・リーフへの対応から見られるように、多少強引な手法をとる事はあったが、

通称攻略団はヴァルハラのライバルとして、

『リーダーを変えつつ』今後も長く存続していく事となる。



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第892話 大恋愛の先輩

 アルヴヘイム攻略団が結成された日の夜、八幡の携帯にスプリンガーから着信があった。

 

「よぉ八幡君、今日、例の集まりに行ってきたぜ、

まあ守秘義務を課せられたから、あまり詳しい事は言えないんだけどさ」

「へぇ、守秘義務とか意外としっかりしてますね、どんな感じでした?」

「う~ん、詳しくは言えないが、基本ルールは意外とまともだったな、

君から七つの大罪がどういう連中か聞いてたから正直驚いたよ」

「仕切りはもちろん七つの大罪なんですよね?へぇ、それは意外ですね」

 

 詳しい内容は聞けなかったが、

スプリンガーの口からまともという言葉が出るとは思っていなかったらしく、

八幡は感心したような声でそう言った。

 

「でもこれは俺の勘なんだが、多分あいつら、

活動が上手くいかなくなったらすぐにボロを出して、幹事ギルドの座を追われると思うな」

「何か気になる事でも?」

「リーダーのルシパー君は、多分誰かに指示されて俺達の所に来たんだと思う。

俺達への好意はそれなりに感じられたが、自分で考えて行動した結果じゃないから、

そのうち俺達に色々言われるのが嫌になって、ボロを出す事になると思うね」

「俺も聞きましたよ、あいつらが『姉御』とか言ってるの。

やっぱり黒幕がいるのは確かみたいですね。

ルシパーはまあ、感情を優先させるタイプに見えましたから、そうなる可能性が高そうです」

「まあそうは言っても、本当にルールがしっかりしてるから、

多分あいつらが何かやらかしても攻略団自体は残ると思うよ、君もその方がいいだろ?」

「はい、健全なライバルの存在は、やっぱり必要不可欠ですからね」

 

 八幡は我が意を得たりとばかりにそう即答した。

 

「俺達もそうなるように介入はするよ。

でもまあ活動が軌道に乗ったらおさらばだろうけどね」

 

 スプリンガーのその見切りの早さに苦笑しつつ、八幡はこう提案した。

 

「ははっ、そうなったらヴァルハラに入りますか?うちとしては歓迎しますけど」

「そうだね、うちの嫁も本当はそっちが望みだったっぽいし、

その時はそうさせてもらうよ。まあでもしばらくは本気で敵同士になるから、

かちあったらうちの嫁の相手を宜しくね」

「分かりました、俺も本気でやります」

 

 ここまでの会話から読み取れるのは、どうやらスプリンガーは、

話し合いの場での七つの大罪の言葉を頭から信じた訳ではないらしいという事である。

 

「それじゃあまたうちに遊びに来てよ、今度は噂の美人の彼女と一緒にね」

「はい、また機会を見て明日奈と一緒にお伺いしますね」

「それじゃあまたね」

「はい、またです」

 

(俺と境遇が似ているせいか、話し易いんだよなぁ、年上の友達って感じだな)

 

 電話を切った八幡はそう思いつつ、

二日前に初めてスプリンガーとラキアと会った時の事を思い出していた。

 

 

 

 その前の日八幡はマンションに一人で泊まり、ぐっすりと寝ていたのだが、

次の日の朝、優里奈を伴った陽乃の襲撃を受ける事となった。

 

「八幡君、八幡君」

「ん………その声は姉さんか?」

 

 八幡は眠い目を擦りながら起き上がり、その瞬間にその顔がとても柔らかい物に包まれた。

 

「………おい馬鹿姉、脂肪の塊を俺の顔に押し付けるのはやめろ」

「え~?今のは八幡君が自分から押し付けてきたんじゃない」

「いいからさっさとどけろ」

「もう、仕方ないなぁ。どう優里奈ちゃん、ちゃんと見てた?

今のが『ラッキーじゃないスケベ』よ」

「べ、勉強になります!」

 

 横からそんな優里奈の声が聞こえ、八幡はため息をつきながら、大きく伸びをした。

 

「優里奈に変な事を教えるなっての。で、何で俺が今日ここに泊まってるのが分かった?」

「昨日この部屋の明かりがついてたから、優里奈ちゃんに確認しておいたの」

「ふ~ん、要するにたまたまか。ってか姉さんは、会社にでも泊まってたのか?

さすがにこの時間に家から出社はしないだろ?」

「まあそんな感じ。ソファーで寝たからもう胸がこってこって仕方ないのよね、

どこかに私の胸のこりを揉み解してくれる、マッサージの名人の八幡君はいないかしら」

「思いっきり指名してんじゃねえか、

というかさっき顔で揉んでおいたから、もう胸はこってないはずだぞ」

「あら、言うようになったわね」

「いいからさっさと用件を言え」

 

 八幡にそう促された陽乃は、やれやれと肩を竦めながら八幡に言った。

 

「実は今日の放課後に、パーティーに付き合って欲しいの」

「パーティー?俺と姉さんで行くって事は、大事なパーティーか?」

「それもあるんだけど、今回は相手が八幡君をご指名なのよ」

「俺を?俺が知ってる相手か?」

「ううん、先方が言うには、先日の嘉納大臣がいたパーティーの席で八幡君の事を知って、

話しかけようとしたけど忙しそうだったから遠慮したらしくて、

今回もし良ければちょっと話したいんだってさ」

「へぇ、誰がそんな事を?」

「大野財閥の会長の旦那さん。

昨日大野財閥系の病院にメディキュボイドを導入する大口の契約が決まってね、

夜にあちらから招待されたって訳」

 

 八幡は大野財閥の存在は知っていたが、会長については何も知らなかった。

だが今の陽乃の言い方でピンとくるものはあったようだ。

 

「………って事は、会長は奥さんの方で、旦那さんは養子とかそんなパターンか?」

「ピンポーン!二人が出会ったのは小学校六年生の時で、

でも奥さんの方がすぐに渡米する事になって、

その時に旦那さんからおもちゃの指輪をもらった事で、

奥さんが旦那さんの事を好きになったらしいんだけど、

旦那さんはどうもやんちゃな人だったらしくて、

奥さんへの恋心にしばらく気付かないままでね。

で、奥さんが三年後に日本に戻ってきて、二人は中学三年の時に再会したんだけど、

成績に差がありすぎてお互い別の高校に進学する事になって、

それでも機会を見てまめに会ってたらしいんだけど、

そこから紆余曲折を経て、遂に旦那さんが自分の気持ちに気付いて奥さんに告白してね、

で、奥さんの親には内緒で恋愛してたらしいんだけど、

大学卒業を期に奥さんが親の意向を無視して旦那さんの所に行っちゃって、

で、両親と大喧嘩の末に旦那さんとの結婚を認めてもらって、

それでついに二人は結ばれたっていう、大恋愛だったらしいわよ」

「詳しいな、姉さん」

「まぁねぇ」

「でも正直ちょっと感動したわ」

 

 八幡がそう感じたのは、もしSAOの『残された百人事件』が無かったら、

自分と明日奈もそんな感じになってたかもしれないと共感したせいもあるだろう。

そしてその二人に興味が沸いた八幡は、陽乃の申し出を素直に受ける事にした。

 

「分かった、喜んでパーティーに参加させてもらう」

「そう、それじゃあお願いね」 

「でもパーティーで俺の事を知って話しかけようとしたって、何か理由でもあるのか?」

「それは八幡君がソレイユの人間だって知ったからでしょうね、あの二人、ゲーマーだから」

「え、そうなのか?」

「うん、まあ後は会ってのお楽しみね」

「………分かった、姉さんに乗せられるのは癪だが、

実際楽しみだから今回は乗せられてやるわ」

「じゃあ放課後にキットで学校に迎えに行くわね、準備宜しく」

「学校だと!?マジかよ、悪い優里奈、俺の礼服を用意してくれないか?」

「はい、すぐに用意しますね」

 

 優里奈は笑顔で八幡にそう答え、早速準備を始めた。相変わらずの主婦力である。

 

「それじゃあ後でね」

「おう、後でな」

 

 こうして八幡は前回から日をおかず、再びパーティーに出席する事になった。

そして学校に着いてすぐに、八幡は礼服がしわにならないように壁にかけた。

 

「八幡君、それ何?もしかしてまたパーティー?」

「お、鋭いな明日奈、今日は姉さんをエスコートしないといけないんだよ」

「八幡君と姉さんが二人で?って事は、相手はかなりの大物なんだね」

「おう、大野財閥の会長とその旦那さんの誘いらしいぞ」

「「「「大野財閥!?」」」」

 

 その言葉に明日奈のみならず、和人と里香と珪子も反応した。

 

「おいおい、随分とまた有名な名前が出てきたな」

「八幡も大変よねぇ」

「これもしがらみって奴だろ?」

「いずれ明日奈さんも、毎回そういうパーティーに駆り出される日々が………」

「や、やめて!あれって本当に疲れるんだからね!」

 

 どうやら明日奈はまだパーティーの類が苦手のようだ。

明日奈はそのまま愚痴を言い始め、八幡だけがうんうんとそれに頷いていた。

和人達にはまったく分からない世界である為、八幡だけが頷くのはまあ当然と言える。

 

「私達、庶民で良かったですね」

「本当にね」

「俺も庶民だっての」

 

 八幡は口を尖らせて里香と珪子に抗議した。

 

「まあでも今回は実は、結構楽しみにしてるんだよな」

「そうなんですか?」

「おう、実は姉さんからこんな話を聞いてな」

 

 八幡は四人に、今朝聞かされた話を語ってきかせた。

 

「わぁ、何か素敵ですね」

「だよな、俺と明日奈ももしかしたらそうなってたかもしれないな、

なんて思っちまって、感情移入してうるっときちまったよ」

「私と八幡君の恋愛は、別の意味でドラマチックだと思うけどね」

「ドラマチックっていうか、波乱万丈って気もするな」

「八幡と明日奈にとっては大恋愛の先輩だな!」

「おい和人、恥ずかしい事を真顔で言うな」

 

 その時あいこちゃんとゆうきちゃんが、ドールハウスの扉を開けて現れた。

 

「みんな、おはよう!」

「おはよう!」

「おはよう二人とも」

「おはよう、もうそんな時間か、そろそろ先生が来ちまうな」

 

 八幡はあいこちゃんを、そして明日奈がゆうきちゃんを抱え上げ、

自らの机に乗せたその時、入り口から先生が入室してきた。

そしてすぐにホームルームが始まって午前中の授業が進み、

お昼の間にあいこちゃんとゆうきちゃんに朝の話を聞かせて驚かせた後、

午後の授業を経て、あっという間に放課後となった。

 

「さて、急いで着替えないと」

「この光景、前にも見たわよね」

「ああ、優里奈の学校に八幡が行った時な」

「八幡君、気をつけてね」

「おう、しかし会長とその旦那さんってどんな人なんだろうなぁ」

「ふふっ、楽しみだね」

「おう、楽しみだ」

「それじゃあ俺達庶民はカラオケにでも行くか?」

「あ、私、エルザの新曲をフリ付きで覚えたんだよね」

 

 その明日奈の言葉に八幡は、ピタリと動きを止めた。

 

「う………それは俺も見てみたいな」

 

 歌うのは苦手だが、八幡は明日奈が歌っているのを見るのが好きだった。

八幡の周りにいる女性陣もそのほとんどが、

八幡にアピールをする為にそれ系の練習には余念がなく、

見ていてとても楽しい為、八幡は今ではすっかりカラオケ好きとなっていた。

もっともほとんどの場合、聞き専である。

 

「まあ私の歌はまた今度ね、こっちの機会はいつでもある訳だしね」

「まあそうだな、それじゃあ行ってくるわ」

 

 八幡はキットが正門から入ってくるのを目ざとく見付け、そう言った。

 

「うん、行ってらっしゃい」

「土産話を楽しみにしてるわよ」

「期待しててくれ」

 

 そして八幡はキットに乗り込んで陽乃と合流し、パーティー会場へと向かう事となった。




人物紹介に、ラキアとスプリンガーを追加しました。
小説情報のあらすじの一番最後に一文追加しました。


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第893話 むふぅ

 キットが走り出してすぐに、八幡は陽乃に目的地がどこか尋ねた。

 

「姉さん、これからどこに向かうんだ?」

「溝の口よ」

「お?都内じゃないんだな」

「うん、会長夫婦の思い出の町なんだってさ」

「へぇ、例の話の舞台って事か、そういうの、何かいいよな」

「まあ今となってはいい思い出って言えるみたいだけど、

当時は悲しい事も沢山あったらしいわよ。

先代の会長は現会長の意向を全然確認してくれなかったみたいだしね。

まあ当時は親に何も言えなかったとも言ってたから、厳しい家だったんでしょうね」

「あれだ、結城の死にかけ爺みたいなもんか」

「………八幡君と清盛さんは、本当に仲良しよねぇ」

 

 そんな会話を交わしながら、二人は会場へと到着した。

 

「さすがに規模が大きいな」

「そりゃねぇ、うちなんかとは比べ物にならないくらい大きいグループだもん」

 

 大野財閥の関連グループのパーティーは、それはもう圧巻であった。

さすがの八幡も圧倒される程、沢山の人数が参加している。

おそらく参加者の会話一つで凄まじい金額が動いているのだろうと思い、

八幡は緊張で背仲が汗ばんでくるのを感じていた。

パーティーは会長の自宅のホールで行われていたのだが、

そのホールの大きさがとにかく半端ない。

ちなみに事前に陽乃が教えてくれたが、二人の年齢は共に四十九歳らしい。

 

「さて、大野会長はどこかしらね」

「ね、姉さんは緊張しないのか?」

「あ~、うん、大野会長………晶さんとその旦那さんの春雄さんとは、

よく一緒に遊んでたからね」

「遊んでたって………」

 

 八幡は、さすがは陽乃だと少し感心した。

 

(まったく誰とでも友達になっちまうんだな、姉さんは………表面上は)

 

 そう捻くれた感想を抱きつつも、今回の件に関しては、

そのまま言葉通り、本当に仲良くしてたんだろうなと思う八幡であった。

そして陽乃が目当ての人物を見つけたらしく、そちらに手を振り、

遠くにいた二人の人物もこちらに手を振り返してきた。

 

「あ、いたいた、それじゃあ晶さん達のところに行きましょうか」

「え、もうか?待ってくれ、今心の準備をするから」

「そんなの必要ないわよ、ほら、こっちこっち」

「あっ、おい!」

 

 八幡はそのまま陽乃の胸によって腕を拘束され、

年配の男女がソファーで寛いでいた一角へと連れていかれた。

 

「約束通り連れてきたわよ、晶さん、春雄さん」

「陽乃さん、わざわざすまないね。比企谷君、俺は大野春雄、こっちは大野晶な」

 

 春雄と名乗った男性が、どうやら会長の旦那さんであるようだ。

春雄は友好的な視線を八幡に向けていたが、

晶は睨むような目でじっと八幡を見つめ続けていた。

 

(うわ、怖え、会長怖え!)

 

 八幡はそう思いつつも、強化外骨格を駆使して平静さを保ち、笑顔で二人に挨拶をした。

 

「比企谷八幡です、今日はお招き頂きありがとうございます」

 

 その言葉に会長の口の端が僅かに持ちあがった。

 

「悪い比企谷君、うちの晶は子供の頃から極端に無口なんだ」

「あっ、はい」

「それにしても、晶がこんなに機嫌がいいのは久しぶりだなぁ」

 

(え、マジで?これって機嫌がいいの?それじゃあさっきのは笑ってたの?)

 

 そう思ったのも束の間、晶は突然立ち上がって八幡の手を引き、

建物の奥の方へずんずんと歩き始めたのである。

 

(おわ、この人凄い力だな、

それによく見ると見た目も若いし肌も綺麗だし、とても五十近い女性だとは思えん)

 

 八幡はその事実に今更ながら驚きつつも、

晶の行動の意味が分からず、その背中に声をかけた。

 

「す、すみません、一体どこに行くんですか?」

 

 その言葉に晶は一瞬足を止めて振り返った。

その顔は僅かに紅潮しており、八幡はその表情を見て、晶が恥らっているのだと理解した。

 

「晶が説明を忘れてたから恥ずかしいってさ。

大丈夫だよ比企谷君、プライベートスペースに移動するだけさ」

 

 そこに春雄が追いついてきてそう言った。その後ろには陽乃の姿も見える。

 

(さすがは夫婦、喋らなくても相手が何を考えてるのか分かるんだな)

 

「分かりました、ちゃんとついていきますから手を引いて頂かなくても大丈夫です」

 

 八幡はそう言ったが、晶は八幡の手を離してはくれず、

そのままずんずんと歩き続け、とある部屋の中へと八幡を連れ込んだ。

 

「し、失礼します」

 

 八幡はそう言って部屋の中を観察し、途端に目をキラキラと輝かせた。

 

「え、何これ、うわ、凄っげぇ、ここって趣味の部屋ですか?

まさか自宅にゲーセンを作っちゃうなんて、凄く粋ですね!俺も見習いたいです」

 

 八幡のその言葉通り、その部屋にはアーケードゲームがずらりと並べられていた。

そんな八幡を見て晶は、むふぅ、と得意げな声を発した。

 

「どうだい?中々のもんだろ?自由に使えるお金が増えた時に、

晶と相談して二人で揃えたんだ」

「はい、本当に凄いです、最高です!」

「こういう部屋を作るのが、子供の頃の夢だったんだよ」

「こんな部屋があったんだ、私には教えてくれなかったのに」

 

 春雄の自慢げな言葉に八幡は興奮しつつ賞賛の言葉を並べ、陽乃は拗ねて口を尖らせた。

 

「まあそう言わないでくれよ、

ちょうどあの頃は晶が会長職を継いだ直後でさ、うちもちょっとごたごたしてたのよ」

「ああ、まあ確かにそんな時期でしたね、分かりました、広い心で許します」

 

 陽乃はそう言い、三人は楽しそうに笑った。

八幡はそれを見て、この三人は本当に仲がいいんだなと感じていた。

そして晶が何か言いたげな表情をし、春雄がその顔を見て、八幡にこう言った。

 

「比企谷君、晶が何かのゲームで一緒に遊ぼうだってさ」

「あっ、はい、是非是非。でもあまり得意じゃないんで、お手柔らかにお願いします」

 

 そう言って八幡が選んだのは、昔懐かしい2Dの対戦格闘ゲームであった。

そのチョイスに晶は目を輝かせ、とても嬉しそうに八幡の正面に座った。

だがそんな態度とは裏腹に、対戦ではまったく容赦がなく、

八幡はボコボコにされる事になった。

 

「くっ、つ、強いですね………」

「まあ俺も晶も全国大会に出た事があるからなぁ」

「そうなんですか!?」

「八幡君、私にもやらせて」

「オッケー、それじゃあ交代な」

 

 陽乃はアーケードゲームの経験などは少ないはずだったが、晶相手に善戦しており、

八幡は、やはり姉さんは何でも出来ちまうんだなと感心した。

 

「相変わらずあの二人は天才だよなぁ、俺とは大違いだぜ」

「相変わらず、ですか?あれ、でも姉………陽乃さんは、ここには来た事が無いって」

「おう、やってたのは別のゲームだよ、ヴァルハラのハチマン君」

 

 春雄はニヤリとしながら八幡にそう言った。

 

「あれ、陽乃さんから聞いたんですか?」

「いやぁ、まあレイさんがかわいがってて名前が八幡だっていうなら、

それ以外ないだろうなって思っただけさ」

「レイさん………?」

「ああ、君はよく知ってるだろ?ソレイユさんだからレイさんさ」

「ああ!それでレイさんですか!陽乃さんの事をそう呼んでる人を初めてみました。

それじゃあ別のゲームってのは、やっぱりALOなんですね」

「おう、結構有名人だったんだぜ、俺達はレイさんとパーティを組んでいたからな」

「えっ、そうだったんですか?それは全然知りませんでした!」

 

 八幡はその事実に驚愕した。

 

「俺の名はスプリンガー、通称『スプリンガー・ザ・ソニック』、

そして晶がラキアこと『無言のラキア』、

それに『絶対暴君ソレイユ』といえば、かつてはかなり恐れられたもんさ。

まあ俺達は、君達が活動を開始した直後から活動を抑えてて、

今はすっかり活動休止中だから、知らなくて当然さ」

「なるほどそうだったんですか。しかし無言って、ゲーム内でも物静かなんですね

「だよな、笑えるだろ?」

 

 その時二人の頭に、ゴン!ゴン!と衝撃が走った。

 

「がっ!」

「痛っ!」

 

 振り向くといつの間にか背後には晶の姿があった。

どうやら後頭部に頭突きをくらったようだ。

 

「痛ってぇな、だから晶さ、照れ隠しに頭突きをするのはやめろって言ってるだろ」

 

 春雄にそう言われた晶は、拗ねたように頬を膨らませた。

八幡は苦笑しつつ、丁度いいやと思い、晶の前で春雄にこう尋ねた。

 

「ところで今日俺を呼んだのって、俺がヴァルハラだからですか?」

「いや、実は順番が逆なんだよ。嘉納さんのパーティーに行った時に、

晶がお前さんを一目見て気に入っちまってよ、

調べたらレイさんのところの子だって分かったって感じかな。

それから晶がずっと、うちに呼べ呼べってうるさかったんだよ」

「え?俺、あの時は嫌々参加してただけで、気に入られるような事は何もしてませんけど」

「この部屋に入った時の反応が全てさ、大抵の奴はこの部屋に案内された時、

口では凄いとか言いながら、馬鹿にしたような目を向けてきやがるもんだ。

でも君はそんな態度はとらないって、ピンときたらしいぞ」

「大野会長にそんな特殊能力が!?」

 

 八幡は冗談のつもりでそう言ったのだが、その言葉に晶が激しく反応した。

晶は一歩前に出ると、八幡の顔を下からじっと覗きこんだ。

 

「ど、どうかしましたか?」

「………晶」

 

 八幡はこの時初めて晶の声を聞く事になった。

 

「えっ?」

「………晶」

「えっと………」

「………晶」

 

 さすがの八幡も、ここまでされたら晶が何を言いたいのか分かる。

 

「わ、分かりました、晶さん」

 

 八幡は晶をそう名前で呼び、晶はむふぅと得意げな顔をした。

 

「あはははは、晶は本当に八幡君を気に入ったんだな、

俺も晶の声を聞いたのは本当に久しぶりだよ。

それじゃあ俺の事も、今後は春雄って呼んでくれ」

「あっ、はい、春雄さん」

 

 そして八幡は晶に向き直り、ペコリと頭を下げた。

 

「どうぞこれからも仲良くして下さい」

 

 八幡にそう言われ、晶は笑顔で頷いた後、春雄の方をチラリと見た。

 

「ヴァルハラの話を聞かせて欲しいってさ」

「あ、はい、分かりました」

 

 それから部屋に軽食が運びこまれ、八幡は二人にALOの話をした。

パーティーの方は放っておいていいのかと八幡は心配になったが、

そちらは別の者に丸投げしたようだ。何ともフリーダムな夫婦である。

 

「へぇ、今はそんな事になってんのか、連合が迷惑ばかりかけて本当にすまねぇな」

「どうして春雄さんが謝るんですか?」

「いや、まああのギルドの元になったWWGってギルドを作ったのは俺達だしなぁ」

「えっ、そうなんですか?」

「おう、一部の奴らがどんどん暴走していきやがって、

それに嫌気がさして、俺達も段々ログインしなくなったんだがよ、

まあ君達が潰してくれたなら良かったよ。

おい晶、そういう事らしいから、今度またALOに行ってみるか?」

 

 春雄にそう言われた晶は、真面目な顔で八幡の手を握った。

 

「………ヴァルハラは強い奴が多そうだから、手合わせさせてくれってさ」

 

(うわ、今の仕草だけでよく考えてる事が分かるよなぁ)

 

 そんな二人の姿に八幡は、自分と明日奈もいつかこうなれるだろうかと、

未来に思いを馳せた。

 

「はい、分かりました。ヴァルハラには俺の彼女もいるので是非相手をしてやって下さい」

「えっ、レイさんが君の彼女じゃないのか?」

「いえ、違いますよ」

「うん、今のところは違うのよね、今のところは」

 

 陽乃はそう強調し、春雄は何か察したのか、八幡の肩をポンと叩いた。

 

「大変だろうが、まあ頑張れ」

「あ、はい、ありがとうございます………」

 

 こうしてこの日の顔合わせは終わった。

八幡は有力な後ろ盾を得る事になったのだが、本人にはその自覚はなく、

単純に年上の友人が出来た事を喜んでいるようだった。

それがまた二人に好感を与えたようである。

 

「今後もたまには遊びに来て、俺と晶の相手をしてやってくれ」

「はい、喜んで!」

「今度は明日奈ちゃんを連れてきてあげなさいよ、八幡君」

「その子が君の彼女かい?」

「あ、はい、明日奈はレクトの社長の娘なんですが、もしかして面識があったりしますか?」

「多分あると思うな、見れば思い出すんじゃないかな」

 

 その春雄の言葉に晶も頷いた。

 

「明日奈は美人なので、きっと見たらすぐに思い出しますよ」

「おっ、のろけかい?八幡君も隅におけないな」

 

 いつの間にか、春雄も八幡の事を名前で呼ぶようになっていた。

パーティーが終わった後も四人の交流は続き、

八幡は結局深夜に帰宅する事となった。

そして次の日、いきなり春雄が八幡に電話をかけてきた。

どうやらALOに再びログインしてすぐに、七つの大罪から声をかけられ、

その情報が欲しいという用件であった。

 

「あいつらがですか………」

「おう、どんな奴らなんだい?」

「ええとですね」

 

 八幡は七つの大罪について知る限りの情報を提供し、

そしてアルヴヘイム攻略団結成の話し合いが行われた後、

春雄が再び八幡に電話をかけてきたと、それが今回の話の流れである。



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第894話 降臨、エルザちゃん

 とある日の朝、神崎エルザは眠りの森を訪れていた。もちろん八幡には絶対に内緒である。

何故なら今日の訪問の目的は、エルザがあいこちゃんの中の人となる為だからだ。

 

「あっ、この前あげたサイン、こんな綺麗な額に入れて飾ってくれてるんだ」

「実はそれ、八幡が黙って用意してくれたんだよね」

「そうなの?」

「うん、八幡を出し抜いたあの日の放課後、八幡が真っ直ぐここに来たの」

「で、気持ち悪いくらい穏やかな笑顔でこれをボク達に差し出してきたんだよ」

「え?怒られなかったの?」

 

 エルザはさも意外そうにそう言った。

 

「ううん、その後八幡は、いきなりアイを抱え上げて、

そのままパジャマのズボンをめくっておしりをペロンって露出させて………」

「えっ、何そのご褒美、ってか八幡がそんな事をするなんて珍しくない?」

「まあ八幡はアイのお尻を見ないように、ずっと前を向いたままだったけどね」

「あの時は私も、あ、私今日、大人になるんだ、

なんて調子のいい事を考えたりもしてたんだけど………」

「その後笑顔のまま、アイは二十発くらいおしりを叩かれたの」

「えっ、何そのご褒美」

「途中で経子さんが中を覗いたんだけど、無表情のままどこかに行っちゃったんだよね」

「私も凛子さんを見たわよ、気まずそうな顔で同じようにどこかに行っちゃったわ」

「えっ、何そのご褒美」

 

 どうやらエルザにとっては何でもご褒美にしか聞こえないらしい。

まったく困ったものである。

 

「ところで木綿季は怒られなかったの?」

「怒られたよ、正座させられて、『アイの言う事は聞くな』『アイの誘いに乗るな』」

って延々と言われ続けたよ」

「言葉責めかぁ、結局ご褒美だね」

 

 やはり何を言ってもエルザにはプレイに感じられてしまうらしい。

 

「いいなぁ、露出プレイにSMに羞恥プレイに言葉責めかぁ、

私なんか、怒ってすらもらえずに放置プレイされてるだけだよ?

というか怒ってくれる気配すらまったく無いよ?」

「エルザを怒る手段なんて、この世のどこにも存在しないと思うな」

 

 木綿季は呆れた顔でそう言った。

 

「いくら私だって、八幡に面と向かって、

『お前の事が嫌いだ、もう二度と俺の前に姿を現すな!』

とか言われたら本当に泣いちゃうよ?」

「八幡はそんな事は言わないって」

「というか、そこまでしないとエルザの心にはダメージを与えられないのね………」

「まあとにかく私はもっと八幡にいじめて欲しいの!」

「それは今日これからの行動次第じゃない?」

「あっ、そろそろ時間ね、ユウ、エルザ、学校に行く時間よ」

「まずい、遅刻しちゃう!それじゃあ行こう、エルザ」

「エルザの健闘を祈っているわ」

「うん、たった一度きりのチャンスだと思ってベストを尽くすわ」

 

 エルザはやる気満々な表情でそう言った。

 

「今回の顛末は後で動画で見させてもらうわ、

さすがに今回は、バレてもデータは消されないと思うし」

「ここですぐに見られるんだよ!」

 

 あいこちゃんやゆうきちゃんの見た風景は自動で記憶されるのはご存知の通りだが、

その映像は眠りの森から遠隔操作でモニターに映し出せるのである。

これは本来は授業内容を家で復習出来るようにという事で実装された機能なのだ。

 

「本当に?それじゃあ午後に一緒に見よっか!」

「ええ、それまで官能小説でも読んで暇つぶしをしているわ」

 

 エルザはそれを冗談だと思ったらしく、笑いながら言った。

 

「あはははは、それじゃあ行ってくるね」

「うん、頑張って」

 

 そして木綿季とエルザはゆうきちゃんとあいこちゃんにログインした。

そして残された藍子は、先ほど言った通り、本当に官能小説を取り出して読み出した。

どうやら先ほどのセリフは冗談でも何でもなかったようである。

 

 

 

「おはよう八幡!」

「…………」

「おはよう二人とも。ん、アイ、どうした?」

「あ、ううん、何でもないの。おはよう、八幡」

「おう、おはよう」

 

 幸いあいこちゃんには藍子の声だけが登録されているので、

エルザも藍子の声で挨拶する事が可能であった。

そして帰還者用学校に降臨したエルザちゃんはすぐにきょろきょろと辺りを見回した。

とにかく視線の位置が低く、その違和感が凄かったのである。

 

(人形になるのってこんな感覚なんだ………)

 

 エルザちゃんはそう思いつつ、ぴょこぴょこと八幡の方に向けて歩き出した。

と、丁度その時明日奈達が登校してきた。

 

「八幡君、あいこちゃん、ゆうきちゃん、おはよう!」

 

 もうお気づきの方もいるかと思うが、

学校であいこちゃんとゆうきちゃんの事をアイ、ユウと呼ぶのは八幡だけである。

他の者達は例外なくあいこちゃん、ゆうきちゃんと呼ぶ。

これは特に何か理由がある訳ではなく、何となくその方がかわいいからである。

逆に言えば、八幡はそういう事は気にしないのだ。

 

「和人君、明日奈、里香、珪子、おはよう!」

 

 そう言いながら、エルザちゃんは三人を見上げた。

当然の事ながら、エルザちゃんからは三人のぱんつが丸見えになる。

 

(うっほぉ!眼福眼福!)

 

 そう思いながら、エルザちゃんはこそこそとゆうきちゃんに話しかけた。

 

「ねぇ木綿季、ここは天国なの?」

「天国?何が?」

「今私達から見えてるあの色とりどりのぱんつの事よ!」

 

 どうやら三人とも今日はとてもカラフルな下着を着用しているらしい。

 

「ああ~、うん、まあそうかな」

「むっはぁ、みなぎってきたわ!よし、次はあのたわわな果実を………」

 

 エルザちゃんは大興奮しながらも、

それを悟られないように手を前に出し、明日奈に向かってぱたぱたさせた。

 

「なぁに?抱き上げて欲しいの?」

「う、うん」

「もう、仕方ないなぁ」

 

 そう言いながら明日奈はエルザちゃんを胸に抱いた。

 

(うほぉ、育ってる育ってる、お父さん、興奮しちゃう!)

 

 エルザちゃんはそうおっさんくさい事を考えながら、

誘惑に耐える事が出来ずに明日奈の胸を揉んだ。

 

「きゃっ、あ、あいこちゃん、いきなり何するの!」

「ご、ごめん、柔らかそうだったからつい………」

「おいアイ、朝からいきなり明日奈にセクハラすんな」

「ま、まあいつもの事だから別にいいよ」

 

(いつもなんだ!?)

 

 エルザちゃんは、自身と同じような行動をとっているらしい藍子に、益々親近感を覚えた。

 

「そんな事言っちゃって、八幡も嬉しいくせに」

「べ、別にそんな事はない」

「その割には声が上ずってるけど」

「そうそう、八幡君は本当は私の胸が成長するのが嬉しいんだよね」

 

 明日奈にそう言われた八幡は、とても情けなさそうな顔をした。

そんな八幡を、和人達三人はニヤニヤしながら眺めていた。

 

「あ、明日奈、アイに乗せられて俺をからかうのはやめろ」

「か、かわいい………」

 

 エルザちゃんは、そんな八幡を見てそう言った。

 

「うん、かわいいよね」

「くっ、ほ、ほら、そろそろホームルームが始まるぞ」

「ふふっ、は~い」

 

 明日奈は微笑みながらそう返事をし、エルザちゃんを八幡の机に乗せ、

ゆうきちゃんを抱き上げて自分の机に乗せた。

そしてホームルームが始まり、エルザちゃんは思わず目を細めた。

 

(うわ、この雰囲気、凄く懐かしい)

 

 エルザちゃんは自分が高校時代に戻ったような気分になり、思わず前に身を乗り出した。

その瞬間にエルザちゃんはあっけなく机から落ち、八幡は慌ててエルザちゃんを掬い上げた。

 

(あっ、これが噂のラッキーパイタッチ!?)

 

 聞いていた通り、八幡の手が思いっきりエルザちゃんの胸に触れていた。

次の瞬間に、エルザちゃんに第二のご褒美が来た。

八幡がエルザちゃんの頭をゴン、と叩いたのだ。

 

「お前は何度言わせるんだ、前に身を乗り出すのは危ないからやめろっての」

「ご、ごめん」

 

(や、やばい、癖になりそう)

 

 エルザちゃんははぁはぁ言いながらも、

さすがにこれを何度もやると本気で八幡が怒りそうだったので、

以後は机から落ちないように慎重に動く事にした。

そして授業が始まり、エルザちゃんは何年かぶりに勉強をする事になった。

 

(ええと確か、このノート代わりの端末にタッチペンで書き込んだら、

このボタンで送信っと………)

 

 そしてエルザちゃんがボタンを押した瞬間に、書かれていた内容が消えた。

どうやら眠りの森に送信されたらしい。

その画面を見ながら藍子と木綿季が夜にちゃんとしたノートにそれを写す事になっている。

これは二人の学力を引き上げる為に、毎日ちゃんと復習するようにとの意図で行われている。

その成果は着実に上がっており、紅莉栖のアマデウスが家庭教師をしている事もあって、

二人が自分の足で登校するようになった頃には、

二人の学力はちゃんと他の者達に追いつくだろうと思われていた。

今のところ、その予定は早ければ十二月半ば頃とされている。

 

(こういうの、何か新鮮でいいなぁ)

 

 次の授業は視聴覚室での移動授業であった。

エルザちゃんは八幡に抱きかかえられ、興味深く学校内を見回していた。

道中では沢山の生徒が例外なく八幡達に会釈してきた為、

エルザちゃんはこの学校での八幡達の立場の強さを改めて思い知った。

 

(八幡って慕われてるんだなぁ、みんな八幡を見ると笑顔になるもんね)

 

 エルザちゃんはその事を嬉しく思いながら、八幡の胸に頬を押し付けてすりすりした。

 

「おいアイ、くすぐったいからやめろ」

「ご、ごめん、つい」

「はぁ、相変わらずお前はお子ちゃまだな」

「失礼ね、私はもう立派なレディーよ!」

「へいへい」

 

 こんなたわいもない会話がエルザちゃんはとても楽しかった。

 

(いいなぁ、学生)

 

 エルザちゃんはそう思いながら、この日一日学校生活を楽しんだ。

途中からは本来の目的を忘れ、八幡に目立ったセクハラをする事もなく、

普通に一生徒として授業に加わっていた。

そしてお昼休みになり、五人の食事風景を見ながら楽しくお喋りした後、

遂にログアウトしないといけない時間となった。

 

「それじゃあみんな、また明日ね」

「うん、また明日」

「リハビリ頑張れよ」

「うん!」

 

 そんな二人を代表して八幡が抱え、教室にあるドールハウスに向かう途中で、

八幡がエルザちゃんにいきなりこう言った。

 

「おいエルザ、学校は楽しかったか?」

「うん、とっても楽しかった!って、ええええええ?」

 

 エルザちゃんはそう言われ、呆気にとられた顔でそう叫んだ。

 

「ど、どうして分かったの?」

「八幡、気付いてたんだ?」

「お前とアイじゃ、歩き方がまったく違う、それに喋り方も微妙に違うからな。

それにアイはシスコンだからな、いつもはもっとユウにベタベタしてるんだよ」

「あ~、うん、アイは確かにそうかも」

 

 ゆうきちゃんは苦笑しながらそう言った。

そしてエルザちゃんは、少し期待の篭った目をしながら八幡に問いかけた。

 

「お、怒らないの?」

「あまりにもひどいセクハラをしてくるようなら退場させたけどな、

そんな事は無かったし、まあたまにはいいだろ、その代わりアイにはちゃんと今日の分、

しっかり勉強しておくように言っておくんだぞ」

 

(あ、危なっ!)

 

「う、うん、分かった」

 

 エルザちゃんはほっとしながらそう言ったが、

その言葉が少し残念そうな響きを伴っていたのは仕方がない事だろう。

エルザちゃんにしてみれば、八幡に怒ってもらうのはご褒美以外の何物でもない。

だが八幡はそんな飴を、エルザちゃんに与えたりはしないのだ。

 

「それじゃあエルザ、ちゃんと仕事もしろよ、お前の歌をみんなが待ってるんだからな」

「う、うん、分かってるよ!」

「ユウ、ちゃんとアイに勉強をさせるんだぞ」

「夜にボクがちゃんと教えながらやるから大丈夫だよ!」

「そうか、それじゃあまたな」

 

 八幡はそう言って、最後に二人の頭を撫でた。

二人は気持ち良さそうに目を細めると、幸せな気分でログアウトしたのだった。

ちなみに後日、藍子だけが八幡に怒られたのは言うまでもない。



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第895話 八幡、ゲームセンターへ

「それじゃあそういう事で」

「ええ、チョイスは任せるわ、あと女の子の意見も欲しいから、

誰か適当に見繕って引っ張っていって頂戴」

「分かった、探してみるわ」

 

 そんな会話をしながら八幡は社長室を出た。目指すは開発部である。

 

「お~いアルゴ、今暇か?」

「今のオレっちが暇に見えるなら、ハー坊は頭をカチ割って死ねばいいんじゃないカ」

 

 アルゴは血走った目でそう言い、八幡は即座に部屋を出た。

 

「悪い、他を当たるわ」

 

 どうやら年末のバージョンアップに向け、開発部は今、大忙しのようだ。

 

「受付は………連れていける訳がないな、秘書室は………」

 

 八幡はそう呟きながら秘書室を覗きこんだ。

 

「あら八幡、何?」

「小猫、お前だけか?」

「ええそうよ」

「そうか、外出するのに誰か連れていきたかったんだが、それならいいわ」

「あら残念、でもさすがに私は動けないわ、ごめんね」

 

 薔薇は本当に残念そうにそう言った。

八幡はそんな薔薇にひらひらと手を振り、次に次世代技術研究部へと向かった。

 

「こっちはどうかな」

 

 だがそちらもバタバタと慌しさを感じさせた。年末が近いせいもあるのだろう。

 

「どうすっかなぁ、今日は萌郁もいないしなぁ」

 

 八幡は部屋の前で腕組みしながら悩み始めた。

 

「何やってるの?」

「おわっ、何だ理央か、お前の方こそ何してるんだ?」

「勉強がひと段落したから飲み物を買いに行ってたの」

「飲み物ならビーカーでコーヒーでも入れればいいだろ」

「そんな物ここにある訳ないでしょ………」

 

 理央はそう言いながら、八幡の目の前でマッ缶を取り出した。

 

「甘い方が良かったからこれをね」

「おお、やっとお前もマッ缶の良さが分かったか、えらいぞ理央」

「べ、別に八幡の真似をしてる訳じゃ………」

 

 顔を赤くして、聞かれてもいない事をカミングアウトしてしまう理央であった。

 

「しかし勉強がひと段落か、そうかそうか、それは丁度いい」

「え?な、何が?」

「よいしょっと」

「きゃっ!」

 

 八幡はそんな理央をいきなり肩に担ぎ、部屋の扉を開けて中にいた紅莉栖に声をかけた。

 

「お~い紅莉栖、こいつ借りてくぞ」

「えっ、八幡?どこに行くの?」

「仕事だ仕事、ちょっと女性の意見って奴が必要になってな」

「そう、別に構わないわよ、理央、行ってらっしゃい」

 

 八幡が理央を肩に担いでいるのを見ても、

もはや目立った反応を示す事はない紅莉栖であった。

 

「しかしお前、腰が細いよなぁ」

「む、胸ばっかり大きくなりやがってとか思ってるんでしょ」

「何も言ってねえだろ………」

「わ、私だって結構忙しいんだからね」

「そうか、悪かったな、まあ息抜き代わりって事で今日くらい付き合え」

「ま、まあ仕事なんだから別にいいけどさ………」

 

 そう言いながらも理央は内心で喜んでいた。

 

(これってデート?デートだよね?)

 

 例え八幡がそうは思っていなくとも、理央さえそう思っていればこれはデートなのだ。

理央はそう考え、八幡にどこに行くのか尋ねた。

 

「仕事って言ってたけど、何の仕事?どこに行くの?」

「ゲーセンだ」

「ゲ、ゲームセンター?」

「おう、今度会社の寮に娯楽室を作る事にしたんでな、

どの筐体を買うか、その視察って感じだな」

「そ、そうなんだ」

 

 そして入り口ホールに到着し、人が急に増えた為、

理央は恥ずかしくなり、八幡の背中をぽかぽかと叩いた。

 

「ちょっと、みんなが見てるからそろそろ下ろして!」

「やだよ、お前、逃げるかもだし」

「に、逃げない、逃げないから」

「本当か?だが断る!」

「な、何でよ!」

「お前が恥ずかしがってるのを見るのが楽しいからだ」

「こ、このブタ野郎………」

 

 理央は思わずそう言った。咲太、佑真に続き、三人目のブタ野郎が誕生した瞬間である。

 

(そ、そうだ!)

 

「スカートの中が見えちゃう、見えちゃうから!」

 

 その理央の必殺の言い訳に、しかし八幡は動じない。

 

「ん、そうか、それじゃあ俺がちゃんと手で押さえといてやるからな」

「ちょっ………」

 

 そして八幡は理央のスカートを空いていた方の手で押さえた。

八幡の手が理央の太ももをまさぐる形である。

理央はその感触に益々顔を赤くしたが、

周りはそんな二人を生暖かい目で見つめるだけであった。唯一の例外がかおりである。

 

「八幡、理央ちゃん、随分楽しそうだね」

「よぉ、かおり」

「か、かおりさん、別に楽しくないから助けて!」

「それは私には無理かなぁ。で、どこに行くの?」

「ゲーセンに視察だ」

「そうなんだ、いいなぁ、私も行きたかった………」

「まあさすがに受付の人数は減らせないからな」

「だよね、行ってらっしゃい、気をつけてね」

「ああ、行ってくる」

「か、かおりさ~ん!」

 

 理央の抵抗も空しく、八幡は結局キットの所まで理央をそのまま運び、

理央はやっと解放され、へなへなとその場に崩れ落ちた。

 

「も、もうお嫁に行けない………」

 

 それは遠まわしに八幡にアピールしたものだったが、

八幡はそれに気付かず、理央に向かって言った。

 

「そしたら俺がお前に相応しい相手をちゃんと見つけてやるから大丈夫だ」

 

 そう言われた理央は、八幡の足を思いっきり踏みつけたのであった。

 

「痛ってぇな、一体何だよ!」

「もういいよ、さっさと行こう」

「お、おう………」

 

 そして二人は若干遠いが、都内でも有数の大きさを誇るゲームセンターへと向かった。

 

 

 

 アーケードゲームの経験はほぼ皆無であったが、

それでも理央はとても楽しそうに、八幡と色々なゲームを楽しんでいた。

 

「お前、こういうの、意外と好きなのか?」

「えっ?あ、うん、ま、まあ嫌いじゃないよ」

 

 理央は別に嘘は言っていない。そこまで好きという訳ではないが、

今やってみて、いくつかのゲームをとても楽しいと思ったのは確かだったし、

何より理央は、そもそもアーケードゲームにそれほど詳しくない為、

微妙だと思ったゲームも、嫌う嫌わないというレベルには達していないのである。

 

「ふ~ん、それじゃあ次にこういう機会があったら、また理央を誘う事にするわ」

 

(や、やった、また八幡とデート出来る!)

 

 理央はその事に気を良くし、テンションが上がった為、

益々ゲームが楽しくなり、満面の笑顔で色々なゲームを楽しんでいた。

だがテンションが上がりすぎるのもいい事ばかりではない。

理央は今、下手ではあるが、ダンス系のゲームで楽しそうに遊んでいるのだが、

八幡と一緒のせいで他人の目をまったく意識しておらず、

その胸の揺れが凄い事になっていた。ついでにスカートのめくれも危険であり、

遠くからは見えてはいないが、八幡の位置からだとその下着がチラチラと見えていた。

 

「り、理央、もう少し抑え目でな」

「え~?別にいいじゃん、楽しいんだから」

「い、いや、その、お前の胸とスカートがちょっと………な」

 

 それで理央は自分の状態に気が付き、慌てて動くのを止めた。

 

「む、胸はともかく、もしかしてスカートの中、結構見えてた?」

「俺の位置からしか見えてなかったと思うが、ま、まあそうだな」

「何だ、それなら良かった」

 

(俺だけでも別に良くはないだろ………)

 

 八幡は内心でそう突っ込んだが、理央は何も問題ないという顔で平然としていた。

 

「あ~、楽しかった」

「そ、そうか、まあそれならいいけどな」

 

 二人はそのままメモをとりながら店内をチェックしていき、

最後に格闘ゲームのコーナーに到着した。

 

「ここは私には本当に縁が無いなぁ」

「まあ普通そうだよな、お、何か人だかりが出来てるな」

「何だろう、有名人でも来てるのかな?」

「ちょっと見てみるか」

 

 そして二人はそちらに向かい、観客の輪に加わった。

 

「あ、対戦を見てるんだ」

「凄い盛り上がりだな、プロ同士とかの対戦か?」

「だぁ、勝てねえ!」

 

 そんな中、ちょうど戦いに決着がついたのか、

聞き覚えのある声がそちらから聞こえてきた。

 

「あ、あれ、今の声………」

 

 八幡は前に進み、そこで先日会ったばかりの顔を見付け、驚いたような声を上げた。

 

「は、春雄さん?それに晶さん?」

「おお?八幡君じゃないか、こんなところで会うなんて奇遇だな」

「お、お二人こそどうしてここに?」

「この近くで会合があってな、その帰りにちょっとまあ、息抜きにな」

「そういう事ですか、偶然ですね」

「君達はどうしてここに?」

「ええと………」

 

 そんな八幡の袖を晶が引っ張った。

どうやら少し離れたところにあるベンチに行こうと言っているようだ。

 

「あ、分かりました、それじゃあ話は向こうに行ってからで」

「そうだな、休憩にしようや」

 

 そして四人はベンチに座り、八幡は気を利かせて四人分の飲み物を購入した。

 

「どうぞ」

「おっ、ありがとな」

「………」

 

 無言ではあったが、晶もとても嬉しそうに八幡に微笑んでくれた。

 

「えっと、そちらが君の彼女さんかい?」

「あ、いえ、これは双葉理央、俺の部下で未来のうちのホープです」

「こ、これとか言うな………初めまして、双葉理央です」

「で、こちらは大野財閥の会長の晶さんと、えっと………春雄さんの役職て何ですか?」

「会長補佐だな、まあこいつが何でもやっちまうんで、あんまり仕事は無いんだけどな」

「分かりました、会長補佐の春雄さんだ、理央」

「お、お会い出来て光栄です」

 

 そして八幡は、今日ここに来ている理由を二人に説明した。

 

「え、そうなのか?はぁ、さすが動きが早えなぁ」

 

 春雄は感心したようにそう言い、晶は何か言いたげに八幡の方を見た。

 

「あっ、はい、もちろん完成したら、お二人もお招きしますね」

 

 八幡は晶にそう言い、晶はニコニコと頷いた。

 

「驚いた、八幡君、晶の言いたい事が分かるのかい?」

「いえ、でも今の流れだとそれしかないかなって」

「そういう事か、まあ確かにそうだよな」

 

 そして二人は笑い、晶は春雄にだけ頭突きをかました。

 

「お、俺だけかよ………」

「フン」

 

 晶は当然だというように鼻息を荒くした。

 

「そうだ、せっかくだから、お薦めのゲームを教えてもらえませんか?

新しいゲームだけじゃなく、古いゲームも揃えようって思ってるんですけど、

そっちの事はいまいちよく分からないんですよね」

「そうか、晶、時間は大丈夫だよな?」

 

 晶はその春雄の言葉に頷いた。

 

「それじゃあちょっと遠いが、溝の口まで行くか」

「はい、お供します」

「それじゃあ車はっと………」

「あ、もし良かったら俺の車で一緒に行きませんか?」

「いいのか?じゃあそうさせてもらおうか」

 

 そして四人はキットで溝の口へと向かった。



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第896話 日高商店の親子

はぁ、ギリギリ間に合いました(現在11時47分)
途中でプロットを大幅に変更したので大変でした!


「おいおいおい、凄っげぇな、これって嘉納さんのカットと同じ車かい?」

「こっちがオリジナルですよ、だよな、キット」

『はい、私がオリジナルです、春雄』

「名前もまんまじゃねえか!」

「キットはQUEEN2000の略なんで、微妙に違うんですけどね」

「くぅ、羨ましい………俺達世代じゃ憧れの車じゃねえか」

 

 移動中、助手席には晶が乗る事になった。

というか速攻で助手席に乗り込み、占有してしまったのである。

という訳で今は八幡の後ろに理央が、そして晶の後ろに春雄が乗っていた。

助手席に座った晶は、わくわくした顔でキットと八幡が喋るのを見つめており、

直後にいきなり振り向いて、春雄をじっと見つめた。

 

「はぁ、マジかよ………」

 

 その視線を受けて春雄は、ため息をつきながら八幡に言った。

 

「八幡君、晶がこれと同じ車を売ってもらうのは可能かって言ってるんだけど」

「え、まあ多少時間はかかりますが、多分平気ですよ」

 

 八幡がそう言った瞬間に、晶の表情がパッと明るくなった。

 

「はぁ、分かった分かった、八幡君、今度話を詰めようか」

「分かりました、手配しておきますね」

 

 こうしてキット三号車の開発が電撃的に決定した。

 

 

 

「よし、ここだ」

 

 春雄の案内で到着したのは、古びたゲームセンターだった。

扉には一回五十円と書いており、実にうさんくさい事この上ない。

 

「ここですか」

「おう、いかにも昭和って感じだろ?」

「ですね」

 

 八幡は苦笑しながら中に入った。そこには八幡ですら見た事がない、

古いアーケードゲームがずらりと並んでおり、八幡はそのレトロ感に目を輝かせた。

 

「うわ、今のゲームと比べると信じられないくらい簡単そうだね」

「このシンプルさがいいんだよ、

よし、晶さんと春雄さんに教えてもらって色々やってみようぜ」

 

 二人はそう言って、スペースインベーダーやパックマンから始まり、

ファイナルファイトやストリートファイターII、

殿様の野望やタントアールといった様々なゲームをプレイしていった。

 

「どうだい?昔はこんな感じだったんだぜ」

「最初はこんな感じだったんだ………」

「でも今でも全然遊べますね」

「まあ俺と晶が子供の頃は、さすがにこの辺りがメインだったけどな」

 

 そう言って晶と春雄はファイナルファイトに座り、プレイを始めた。

さすがに二人のゲームの腕は凄まじく、二人はそのままあっさりとクリアし、

八幡と理央は、感動したような声を上げた。

 

「うわぁ!」

「俺、ゲーセンとかでゲームがクリアされたのを見るのは初めてですよ」

「まだまだ腕は落ちちゃいないな、晶」

「むふぅ」

 

 春雄は何度か死んでいたが、晶は一度も死ぬ事はなく、

更に春雄のフォローまでしているように見えた。

更には見せてもらった他のゲームのプレイでも、晶は凄まじい強さを発揮し、

今二人は、ストリートファイターIIのザンギエフのコサックダンスを目の当たりにしていた。

 

「何このシュールなエンディング」

「昔のゲームって大体こんな感じなんじゃないか?」

「い、色々凄いね………」

 

 四人は次に、多少新し目なゲームを置いてある店に移動し、

そこで初期の3Dゲームを存分に堪能した。

 

「初期の頃ってこんな感じだったんだ」

「ポリゴンが随分荒いんだな、ちょっとやってみるか」

 

 八幡と理央が選んだのは、ソウルエッジというゲームであった。

格闘ものよりも、武器を持っていた方が何となく遊び易そうだからという理由である。

 

「おお、この動き、オリジナル・ソードスキルに出来ねえかな」

「感想がいきなりそれ!?」

「オリジナル・ソードスキル?ああ、この前導入されたとか言ってたっけ」

「はい、でもあれって意外と作るのが大変みたいで、

俺も時間が無くて中々手をつけられてないんですよ」

「へぇ、今度チャレンジしてみるか、なぁ晶」

 

 晶はその言葉に小さく頷いた。

八幡と理央の勝負は当然八幡が勝ち、理央は晶と交代した。

このゲームで晶が持ちキャラにしているのは、どうやらロックという重戦士であるらしい。

 

(どうやら晶さんはパワータイプのごついキャラが好きみたいだな)

 

 八幡は晶がプレイする姿を見て、そんな感想を抱いていた。

もちろん二人の対戦の結果は八幡がフルボッコで終わっている。

 

(もしかしてALOでもこんな感じだったりしてな)

 

 そして最後に最新のゲームセンターに行った四人は、

あまり長居する事なくそこを後にする事となった。

 

「カードに登録だの何だの鬱陶しいのが多いだろ?」

「そうですね、俺も来るのは久々でしたけど、昔はここまでじゃなかったような」

「通信費とかの問題もあるだろうし、やっぱりゲーセンは衰退していく運命なのかねぇ」

「そうとも言いきれないと思いますけど、

今後の店舗数は減少傾向にあるのかもしれませんね」

「まあでもそれなりに人はいるみたいだし、出来るだけ長く残って欲しいもんだよ」

「ですね」

 

 春雄とそんな真面目な話をしながら店を出ようとした八幡は、

店の入り口で、『何が入っているか分かりません』というガチャを見つけた。

 

「ふ~ん」

 

 八幡は何となくそれを回し、カプセルを開けると、

そこに入っていたのはおもちゃの指輪であった。

 

「何だこれ、ほれ理央、良かったらやるよ」

「えっ?」

 

 理央はその言葉に目を見開き、その指輪を八幡から奪うように受け取った。

 

「あ、ありがと」

 

 そう言って理央は、あろうことかその指輪を左手の薬指にはめようとした。

 

「ちょ、お前、何をしようとしてやがる」

「あっ、ごめん、つい嬉しくて」

 

 そんな八幡の肩を、春雄がポンと叩いた。

 

「まあ頑張れ、色々とな」

「あ、はい………」

 

 そして次に晶が一歩前に出て、理央が持っている指輪を懐かしそうに見詰めた。

 

「晶さん、そのおもちゃが気になるんですか?」

「ああ、同じような事が昔あったんだよ。

晶は小学校の時、一度アメリカに渡ってるんだけどよ、

その時俺が、お別れの品だって渡したおもちゃの指輪をずっと大事に持っててくれてな、

実は今でも首にかけてくれてるんだよ、な?晶」

 

 晶はその言葉を受け、首にかけていたネックレスを取り出して二人に見せてきた。

 

「あっ、本当だ」

「うわぁ、かわいい」

「さすがに劣化してぼろぼろだけどな」

  

 どうやらその指輪は何かでコーティングされているようで、

指輪を絶対に守ろうという晶の努力の跡が感じられた。

そこからは確かに二人の絆が感じられ、理央は自分も晶に習おうと、

今度首に巻く為のチェーンを買いに行こうと心に決めた。

 

「さて、こんな感じなんだが、参考になったかい?」

「はい、色々な世代のゲームを満遍なく選んで設置しようと思います、

古いゲームからも、絶対に何かいいインスピレーションが沸く事があると思うんで」

「ははっ、その調子でもっと面白いゲームを作ってくれよな」

「はい!」

 

 そして四人が最後に行ったのは、日高商店という小さな酒屋だった。

その入り口には確かに古ぼけたゲーム機が置いてある。

そして晶は車を降り、店の方へと歩いていった。

 

「ここは?」

「ここは俺達の原点の一つなんだよな、中学校の同級生の家なんだけどよ、

行きつけだった、ゲームが置いてあった駄菓子屋が無くなりそうになった時に、

代わりにここに通ってたんだよ、ここは俺の実家と近いからな」

「へぇ、そうなんですね」

「まあここも一時は経営がヤバそうになったんだけど、

実はこっそりうちの系列店にお酒を納入してもらう事にして、

陰ながら援助したんだよな、あ、これは内緒な」

「内緒って晶さんにですか?」

「いや、その同級生にさ」

「ああ、なるほど」

 

 見ると晶は同い年くらいの女性と話しており、その女性の隣に中学生くらいの子供がいた。

 

「あの女性が同級生の方ですか?」

「おう、日高小春っていうんだ、ここの店長で、ゲームの腕は晶並みだぞ」

「え、マジですか、凄いですね」

「あれ、店長さんは旦那さんじゃないんですか?」

 

 その時理央が、そう春雄に質問した。

確かに酒屋は力仕事も多いだろうし、そう考えるのが普通だろう。

 

「いや、日高は独身だぞ、あの子は親戚の子でな、

SAO事件の時に兄を失って、その後両親が事故で亡くなっちまってな」

 

 その春雄の説明に、八幡は思わず呟いた。

 

「うちの優里奈と同じ境遇ですか………」

「優里奈?誰だい?」

「あ、俺が引き取って育ててる子です、今度紹介しますね」

「へぇ、楽しみにしておくよ」

「それにしてもそんな感じですか、それはこっそり援助したくなりますよね」

「だろ?あの子は高校の時に、俺なんかを好きになってくれた子でな、

晶がいたから結局振る事になっちまったんだが、

晶がむしろ積極的に、その後も交流を続けてるんだよ」

「ライバルがいなくなるのが寂しいんじゃないですか?」

「かもしれないな」

 

 その時小春が春雄に向けて手を振ってきた。

春雄はそれに対し、ぎこちなく手を振り返した。

 

「春雄さんはやっぱりあそこには行きにくいんですね」

「まあそういうもんだろ?俺は君とは違って繊細なんだ」

「お、俺も繊細ですよ!」

 

 八幡はそう言って春雄に抗議した。

 

「ははははは、まあ頑張ってな」

「何をですか!?」

「本当に頑張ってよね」

「何でそこで理央が突っ込むかな」

「さあ、何でだろうね」

 

 理央はとぼけたようにそう言い、八幡は肩を竦めた。

 

「あれ、おい、晶が八幡君を呼んでるぞ」

「え、あ、本当だ、ちょっと行ってきます」

 

 見ると晶が八幡に手招きしており、八幡は車から降りてそちらに向かった。

 

「晶さん、どうしたんですか?」

「むふぅ」

 

 晶はそう言って、いきなり八幡の背中におぶさった。

 

 

 

「あっ、春雄さん、あれ、いいんですか?」

 

 その光景を車内から見ていた理央は、驚いてそう春雄に尋ねた。

 

「ん?あ~、あれな、実は俺達には子供がいなくてな、

どうも晶は八幡君の事が自分の息子みたいに思えるらしいんだよ」

「あ、そういう事ですか!」

 

 理央は春雄にそう説明され、その表情を穏やかなものに変えた。

どうやら一瞬晶が新たなライバルになるのかと心配したらしい。

普通に考えればそんな事はある訳がないのだが、恋は盲目という奴だろうか。

 

「びっくりした、また八幡が年上の女性を落としたのかと思った」

「ああ、確かに八幡君って年上キラーっぽいよなぁ」

「そうなんですよ、社長のお母さんとか、噂だと『美咲』っていうお店の女将さんとか、

もう凄く八幡の事が好きっぽくって大変なんです」

「え、陽乃さんのお母さんって雪ノ下朱乃さんだよな?それに美咲って、まさか銀座の?」

「あ、はい、ミサキさんとは私も知り合いですけど確かにそう言ってましたね」

「マジかよ、あの二人はかなり近寄りがたいオーラを出してたはずだけど、凄えな八幡君」

 

 さすがは大野財閥の会長補佐の春雄である、その二人の事はよく知っているようだ。

 

「昔から彼はあんな感じなのかい?」

「私は知り合ってからまだ日が浅いんで何ともですけど、

聞いた話だと、SAOから生きて戻ってきた後から、

今みたいにモテるようになったらしいですよ」

「SAO?八幡君はSAOにいたのかい?」

「あれ、これって言っちゃいけなかったのかな、

政財界の一部じゃもう結構有名な話だって認識だったんですけど」

「ああ、そう言えば聞いた事があるかもしれん、

SAOの英雄が、政財界に旋風を起こしつつあるってな」

「あ、多分それです、八幡は本当に凄いんですよ」

「なるほど、それじゃあもしかしたら………」

 

 そう言って春雄は何か考えに沈み、理央は再び八幡達の方を見た。

八幡が晶を背負っているのは変わらないが、

いつの間にか、小春までもが横にいた中学生に背負われている。

 

「あれ、ちょっと目を離したらおかしな事になってる」

「理央ちゃん、俺達もちょっとあっちに行こうや」

「あっ、はい」

 

 考えが纏まったのか、春雄が顔を上げてそう言った為、

理央も車を降り、八幡達の方へと向かった。



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第897話 あの日

 いきなり晶におぶさられた八幡はかなり慌て、

晶を落とさないように、その足をしっかり支えた。

 

「うわっ、晶さん、いきなり何ですか?」

「むぅ、本当だ、凄く仲が良さそう」

 

 そんな二人を見て小春がそうこぼした。

それで八幡は、自分がまだ名乗っていない事に気付き、慌てて自己紹介した。

 

「あっ、すみません、俺は比企谷八幡と言います」

「私は日高小春よ、宜しくね、比企谷君」

 

 小春はにこにこと微笑みながらそう自己紹介した。

改めて見ると小春は昔はかなりモテただろうと思われる、落ち着いた美人であった。

 

「あの、すみません、これは一体………」

「子供がいないはずの晶が、いきなり子供が出来たってドヤ顔をしてきてね、

それで比企谷君を呼んだのよ」

「むふんっ」

 

 どうやら小春も晶が何を言っているのか分かるらしい。

 

「え?俺がですか?俺は晶さんの息子って訳じゃ………って、痛い、痛いです晶さん」

 

 きょとんとする八幡の首を、晶がぐいぐいと締め付けてきた。

晶はその外見に似合わず、相変わらずとても力が強い。

 

「むぅ!」

「正確には息子みたいな存在?ああ、そういう事かぁ」

「分かった、分かりましたから!小春さん、確かに俺は、晶さんの息子っぽい奴です」

「息子っぽい奴、って」

 

 そう言いながら小春は噴き出した。

 

「あはははは、そっかそっか、要するに晶は勇人がいる私が羨ましかったのね」

 

 納得したような顔でそう言いながら、小春は横にいた中学生の頭を撫でた。

 

「やめてよ母さん、もう子供じゃないんだからさ」

「親にとっては子供はいつまでも子供なの」

 

 小春はそう言って晶に対抗するように、勇人の背中に乗った。

その仲の良さそうな感じから、

たとえ養子と言えども二人がしっかり家族となっている事が分かり、八幡は嬉しくなった。

同時に自分と同じ目に遭わされている勇人と目が合い、八幡は思わずこう呟いた。

 

「何だこれ………」

「本当に何なんすかね………」

「お前も色々苦労してるみたいだな」

「あ、はい、比企谷さんも色々と大変そうっすね」

 

 八幡と勇人はそう言ってニヒルに笑い合った。どうやら二人の相性は悪くないようである。

だが八幡は勇人と笑い合っている最中に、その顔をじっと見て思わず首を傾げた。

 

「俺の顔に何かついてますか?あ、俺は日高勇人です」

「あ、いや、実は勇人の顔に、どこか見覚えがある気がしてな」

「もしかして俺達、どこかですれ違ったりしてたんですかね?」

「う~ん、それは無いと思うけどな、俺は基本こっちには来ないしな」

 

 そこにキットから降りてきた春雄と理央が合流し、

春雄はぎこちない仕草で小春に挨拶をした。

 

「よ、よぉ、日高」

「あら珍しい、いつも私から逃げ回ってる春雄君がわざわざ自分からこっちに来るなんて」

 

 そう言われた春雄は、情けなさそうな顔をしながら言い訳するように小春に言った。

 

「いや、ちょっと勇人に話があってよ」

「勇人に?私じゃなく?」

「春雄おじさん、何かあったんですか?」

 

 いきなり自分の名前が出た事で驚いた勇人は、春雄にそう尋ねた。

 

「ああ、ついさっき聞いたんだが、ここにいる八幡君な、SAOにいたんだってよ」

 

 その瞬間に勇人は小春を支える手を離し、小春はお尻から地面に落下した。

 

「きゃっ」

「あっ、ごめん母さん」

「う、ううん、私は平気よ」

 

 小春はそう言いながら立ち上がり、少し緊張したような顔で勇人をじっと見つめた。

そして勇人は躊躇しながらも、八幡にこう尋ねてきた。

 

「あ、あの、比企谷さんって、本当にSAOにいたんですか?」

「おう、事実だ。あと俺の事は八幡でいいぞ」

「あっ、はい、八幡さん」

「勇人、俺に何か聞きたい事があるって顔をしてるな」

「そうなんです、実は俺の兄さんがどうなったのか知りたくて………」

「その話なら聞いた、お前の兄さんは、SAOで亡くなったらしいな」

 

 八幡は沈痛な表情で、勇人の言葉を引き取った。

 

「はい、丁度SAOの発売から一ヶ月後くらいの事でした。

病院から連絡があって、兄さんのナーヴギアが煙を噴いたって………」

「一ヶ月後か、確かにあの頃は、毎日死者何人っていうニュースが出て、

憂鬱になった記憶があるよ」

 

 理央が自らの肩を抱きながらそう言った。

 

「一ヶ月後っていうと、丁度第一層の攻略をやってたくらいだな」

「あ、最初ってそんなに時間がかかったんだ」

「ああ、もしそこで負けたら、

もう全員このまま死ぬしかないって雰囲気になりそうだったからな。

最初はとにかく慎重に事を進めたさ」

「確かにそのくらいから、急に死ぬ人が減った記憶があるね」

「希望が見えたから、みんな慎重になったんだろうな」

 

 八幡は当時の事を思い出しながらそう言った。

 

「まあそんな訳で、丁度犠牲者が多くなった時期だから、

俺がお前の兄さんの事を知ってるかどうかは分からない、知らなかったらすまん」

「いえ、前にも何人かのSAOサバイバーの人に聞いたんですけど、

知ってる人が誰もいなかったので、まあ駄目元って感じですね」

「そう思ってもらえるなら助かるわ、で、お前の兄さんが何て名乗ってたのか分かるか?」

「はい、兄の名は………」

 

(さて、俺が知ってる奴の名前が出てくればいいんだが………)

 

 八幡はそう思い、勇人の次の言葉を待った。

そんな勇人の口から出てきたのは、予想もしなかった名前であった。

 

「ディアベルです」

「ディアベルだと!?」

 

 八幡は目を見開き、思わずそう叫んだ。

 

(そうか、だから見覚えが……)

 

「に、兄さんの事を知ってるんですか?」

「ああ、よく知ってるさ、そうか、お前の兄さんはディアベルだったんだな………」

「に、兄さんはどうやって死んだんですか?」

「お前の兄さんは、第一層のボス戦の最中に死んだ。俺の目の前でな」

 

 その言葉にその場にいた者達は、驚きの表情をした。

そして小春はこの日は店を閉め、八幡達を家の中に誘った。

店内はコンビニと言っても差し支えがないくらい商品が揃っており、

企業努力の跡が伺え、八幡は小春に好感を持った。

そして四人は居間に通され、そこで八幡の説明が始まった。

 

 

「お前の兄貴は、第一層を攻略しようと、最初に呼びかけをした勇敢な男だった」

「そうなんですか?確かに兄さんはSAOのβテストに参加してましたけど………」

 

(そうか、やっぱりか)

 

 八幡はその勇人の言葉で、やはりディアベルもβテスターだったかと心の中で頷いた。

 

(でもその事が、ディアベルにとってはマイナスに働いちまったんだよな)

 

「で、事前にしっかり情報を集めていた俺達は、

あいつの呼びかけに応じて攻略会議に参加した。あいつは最初、

『ディアベルです、気持ちの上ではナイトをやってます』って挨拶してたかな」

「兄さんらしいです………」

 

 勇人は悲しげな表情をしながらも、決して涙は流さずに、むしろ笑顔を作ろうとしていた。

今までずっと空振りだった為、やっとディアベルの話を聞けるのが嬉しいのだろう。

 

(勇人は強いな、でも俺は………)

 

 だが八幡がこれから勇人に伝えなければいけないのは、

ディアベルが死んだ、その理由である。それが勇人の心にどう響くのか分からず、

八幡は自分が悪者になる事を覚悟して正直に言うか、

それとも美談に仕立て上げて適当にお茶を濁すか、少し迷っていた。

 

「で、遂に攻略が始まった。ディアベルは総勢四十五人の仲間達を上手く仕切り、

攻略は順調に進んでいた。で、ディアベルが率いた隊が敵に向かっていった丁度その時に、

ボスが武器を持ち替えたんだ、スタン属性がある刀にな。

俺達は慌ててディアベルに下がるように叫び、

あいつもそれに対応しようとしたように見えたんだが、一歩間に合わなかった。

あいつの隊は全員スタンさせられ、ボスの追撃で後方に飛ばされた」

「に、兄さんはその時に?」

「いや、そこは俺達が介入して何とか防いだから、その時は誰も死者は出なかった。

そしてディアベルにはポーションが使われ、俺達は再びボスに集中した」

「そ、そうですか」

「悲劇はその後に起こった」

 

 そこで八幡は言葉を止め、勇人の顔をじっと見つめた。

勇人は男の顔をしており、どんな内容でも聞くという決意の篭った瞳をしていた。

 

「………敵のHPがレッドゾーンに達した時、丁度俺達のパーティーの一人が硬直中でな、

いきなり攻撃が激しくなってピンチだったんだが、俺はそれを助ける為に敵に飛び込み、

何とか敵の攻撃を防いで、そいつを連れて一旦後方に下がった。

その時ディアベルがこう叫んだんだ。『よし、俺が喉を撃つ!これで決めるぞ!』ってな。

だがあいつのHPは、まだ三割ほどしか回復してなかった。当然俺達はあいつを止めた。

だがあいつは既にスキルモーションを起こしてしまっていて、身動きがとれなかった。

その時運悪く、あいつの声に反応したんだと思うが、

ボスがディアベルの方を向き、そのままあいつに向かって刀を振り下ろした。

それでHPを全損したディアベルの体はその場で砕け散り、

ディアベルは第一層のボス戦で唯一の死亡者となった。

残された俺達は、その後何とか踏ん張り、無事にボスを倒す事に成功した。

これがディアベルの死の真相だ」

 

 結局八幡は事実だけを淡々と勇人に伝え、後は勇人の判断に任せる事にした。

ディアベルを守れなかった事を責められたら甘んじて受けよう、

八幡はそう覚悟をしていたが、勇人は八幡が思っていたよりもずっと冷静だったようだ。

 

「そっか、また兄さんは、ラストアタックボーナスを狙ったんですね」

「………おい勇人、何でその言葉を知ってるんだ?」

「兄さんの口癖でしたから。今日はラストアタックボーナスが取れたとか、

キリトって奴に出し抜かれたとか、まあ色々です」

 

(そうか、やっぱりディアベルは、キリトの事を知ってたんだな)

 

 勇人が覚えているくらい、ディアベルはおそらくキリトに拘っていた。

だから直前にキリトが下がった瞬間に、ゲーマーとしての本能で、

ラストアタックボーナスを狙うように動いてしまったと、おそらくそういう事なのだろう。

たら、ればを言えばきりがないが、おそらくディアベルがβテスターじゃなければ、

ラストアタックボーナスに拘る事もなく、ここで死ぬ事も無かったかもしれない。

 

「………悪いな、お前の兄さんを守ってやれなかった」

「いえ、全て兄の自業自得ですから。

むしろ他のプレイヤーに殺されたとかじゃなくて、ちょっと安心しました。

これで誰も恨まずに済みましたから」

 

 そんな勇人の頭に、八幡はそっと手を置きながら言った。

 

「勇人、ちょっと散歩でもしようぜ。理央、お前も付き合え」

「うん、分かった」

「はい、お供します」

 

 そして八幡達は、三人の大人達を残し、近場をのんびりと歩く事にした。




昨日の夜に、こっそり人物紹介のディアベルの欄を修正し、
日高小春、日高勇人を最後の方に追加しました!


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第898話 バレなきゃいいんだよ

 近くにある川原まで歩いた三人は、そこの草の上に腰を下ろした。

 

「勇人は今幸せか?」

「はい、兄さんや本当の父さんと母さんの事は確かに残念でしたけど、

今の母さんが本当の親みたいにすごく良くしてくれるんで、凄く幸せです。

俺、母さんには凄く感謝してるんですよ。

親戚中をたらいまわしにされた俺を引き取ってくれて、

女手ひとつでここまで立派に育ててくれましたから」

「小春さん、凄く立派な人だね」

「はい、俺の自慢の母さんです!だから俺は早く中学を卒業して、

うちで働いて母さんに恩返しがしたいんです!」

「高校には行かないつもりなのか?」

「春雄おじさん達も色々と注文してくれますけど、

うちにはそんなに経済的に余裕がある訳じゃありませんし、

出来ればすぐにでも働きたいなって」

 

 八幡はその勇人の言葉を聞き、

勇人には国から補助金がおりているはずだがと疑問を感じた。

 

(小春さんがそのお金を使いこむ訳はないし、

これはおそらく勇人の進学に備えて小春さんが貯金をしていると考えるべきかな)

 

 八幡はそう思い、帰ったらその事をこっそり小春に尋ねようと考えた。

 

(その前に、こいつの肩に乗っかったおもりを少し外してやるか)

 

「おい理央、勇人の手を握って立て、俺は反対の手を握る。勇人はそのまま座ってろよ」

「うん、分かった」

「えっ?八幡さん、一体何を」

 

 八幡はそんな勇人を無視し、強引に勇人の手を握って立ち上がった。

理央ももう片方の手を握って立ち上がり、

少し視線を下げると勇人の胸くらいの高さに理央の太ももがある為、

思春期な勇人はそちらから目を背けつつ、頬を赤らめた。

 

「おい勇人、今お前は俺と理央に両手を支えられてる状態だ。

いいか、お前くらいの年齢だと、こういうのが普通だぞ」

「えっと、よく意味が分かりません」

 

 勇人は正直にそう言った。確かにまだ言葉が足りていない。

 

「人は人と支え合って生きていくもんだ。

だからそんなに肩肘を張らず、遠慮なく大人に支えてもらえって事だ。

まあ直接金銭面で支援してもらうのは、

お前のプライドが許さないだろうからここは置いておくとして、だ。

いいか勇人、大人には大人の知恵がある」

「えっと、は、はい」

「とりあえずお前、うちでバイトしろ」

 

 いきなり八幡にそう言われた勇人はぽかんとした。

 

「え?う、うちってどこですか?」

「ソレイユだ」

「えっ、八幡さんってソレイユの人なんですか?」

「おう、結構えらいんだぞ。それでだ、どうだ、うちで働くか?」

「でも中学生って確か法律でバイトが禁止で、

それにソレイユってここからかなり遠いですよね?」

 

 その言葉から、勇人がかなり真面目らしい事が分かる。

 

「普通はそう思うよな、だからここからは大人の知恵の出番だ。法律にはこう書いてある。

『児童の健康及び福祉に有害でなく、かつ、その労働が軽易なもの』

『映画の製作又は演劇の事業』この二つに関しては中学生でも働いてオーケーとなっている」

「本当に簡単な労働ならいいって事ですよね」

「それを踏まえて俺がお前に頼むのは、開発中のゲームのテストプレイやら、

難易度調整の仕事だ。そしてそれは当然自宅でもやる事が可能だ」

「じ、自宅で出来るんですか?」

「というか横になったまま、まったく動かないままで仕事をする事が可能だ。

だからお前がバイトをしている事が学校にバレる事は絶対に無い。

いいか?こういうのはバレなきゃいいんだよ、バレなきゃな」

 

 その八幡の言葉を聞いて、理央は呆れた顔で言った。

 

「八幡はさすがだよね、ブタ野郎はブタ野郎でもいいブタ野郎だよね」

「理央、意味が分からん。まあとにかくそういう事だ、勇人、何か質問はあるか?」

「あ、あの、うちってアミュスフィアもネット環境も無いんですけど」

「そんなの支給に決まってるだろ、当然回線もうちが引く」

「あっ、はい」

 

 勇人はその言葉に、さすがは天下のソレイユだと納得した。

だが当然普通はそんなのはありえない。いずれ勇人はその事を知る事になるが、

その事を今勇人に言う必要はない。今必要なのは、とりあえずの余裕であった。

 

「そうしたらお前は自分の力で高校に行けるだろ、

そして小春さんも経済的に多少は楽になるはずで、万々歳だ。

問題は学校で友達を作っている暇が無いかもしれない事だが、

そういうのは自分で何とかしろ。もっともお前には年上の友達が多少は増えるだろうから、

それでいいってなら別に構わない」

「私ももう友達だよ、勇人君」

「あ、ありがとうございます!」

「もちろん俺もだ、困った事があったら何でも相談しろよ」

「八幡さん、ありがとうございます、とりあえず母さんと話をしてみます!」

「もちろん俺も一緒に説明してやるからまあ気楽にな」

「はい!」

 

 こうして三人は散歩を終え、日高商店へと戻った。

 

「すみません、戻りました」

「お~う、お帰り!おっ、勇人、いい顔になったな」

「はい、八幡さんと話をしたら、元気になっちゃいました」

「待っててね、今三人の分のお茶を入れるわ」

「あっ、それなら私が………」

「俺が手伝います」

 

 理央がそう言いかけたのを制して八幡が立ち上がり、

それで理央は、八幡がこの機会に小春と話をするつもりなのだと考え、大人しく座った。

 

「そう?それじゃあお願いしようかしら」

 

 小春もその不自然な八幡の態度に疑問を差し挟む事はなく、そのまま受け入れた。

どうやら八幡が自分に話があるという事を察したのだろう、頭のいい女性である。

 

「それじゃあこっちよ」

「はい」

 

 そして台所に着き、小春は八幡にストレートに言った。

 

「で、何の話かな?」

「はい、実は勇人の奴が………」

 

 八幡は勇人が高校には行かず、

中学を卒業したらすぐにこの店で働きたいと考えている事を小春に伝え、

同時に勇人が小春にとても感謝し、大事に思っている事も伝えた。

 

「その勇人の気持ちは嬉しいんだけど、そう、あの子がそんな事を………

八幡君も知ってると思うけど、

あの子の進学に関しては、別に何も心配する事は無いんだけどなぁ」

「ですよね、SAO関連の被害者には補助金が出てるはずですし、

親の事故死関連でも多分保険がおりてるんじゃないかって思ったんですが」

「あ、補助金は貯金してあるんだけど、

ご両親の保険の方は、前に勇人の面倒を見ていた他の親戚達が使い込んじゃって、

実はもうほとんど残ってないのよね」

 

 小春は苦い顔をしてそう言い、八幡は怒りに震えた。

 

「マジですか、ふざけてますね、いい弁護士を紹介しましょうか?

もしやっていいなら徹底的に潰してやりますけど」

 

 その八幡の剣幕に、小春は興味深そうな顔で言った。

 

「うわぁ、八幡君って晶達が連れてくるだけあって、結構権力がある人?」

「一応ソレイユの役員みたいな事をやってます」

「えっ、ソレイユの?そうなんだ、私と結婚しない?」

「小春さん、目が笑ってますよ、冗談だってすぐに分かりますからね」

「ちぇっ、もう五十近いけど、自分じゃまだかわいいつもりなんだけどなぁ」

「あ、それは大丈夫です、晶さんも小春さんもとてもかわいいですよ」

 

 その八幡の反撃に、さすがの小春も頬を赤らめた。

 

「うわ、八幡君ってジゴロなんだねぇ」

「違いますから!で、どうしますか?」

「実はそれに目をつぶる事を条件に勇人を強引に引き取ったから、それは別にいいのよ。

まあ学費だけなら補助金で余裕だし、

うちの親が残してくれた現金もほんのちょっとだけどあるから、

経済的には何の問題も無いのよね、バレてないつもりかもしれないけど、

春雄君も仕事を回してくれるしね」

「あ、それ、知ってたんですね、そうですか、それなら良かったです」

「心配してくれてありがと、でも勇人にうちが経済的に余裕が無いって思われてたなら、

もう少し贅沢とかしてみた方がいいのかなぁ」

「う~ん、そうですね、まあ今後は無理に節約しなくてもいいと思いますよ、

それに関して後で提案があるので、向こうに戻ったら話しますね」

「なぁに、悪だくみ?おばさん、そういうの好きよ」

「おばさん?お姉さんの間違いでしょう?それじゃあ行きましょう、小春姉さん」

「あ、う、うん」

 

 さすがは八幡である、自分が調子に乗りすぎている事に気付かない。

小春が大人だから勘違いするような事は無かったが、

一歩間違えれば事案が発生してもおかしくないところであった。

何しろ小春は、高校の時に春雄と既成事実を作ろうとし、未遂に終わった前科があるのだ。

小春はこう見えて、結構肉食系なのである。

だが小春も今の自分の年齢を自覚しており、

さすがに八幡にアプローチをかけるような事はしない。

そんな小春の今後の楽しみは、月に一度の八幡との情報交換を兼ねた外出になるのだが、

その時も決して何か間違いが起こるような事は無かったのである。

 

「お待たせしました、で、早速俺から提案があるんですが」

「へぇ、何の提案だい?」

 

 春雄はその言葉に興味深そうにそう言った。晶も興味津々な表情をしている。

 

「勇人にうちでバイトをさせようと思うんです」

「えっ、バイト?でもソレイユって確か遠いんじゃ………」

 

 小春は難しい顔でそう言った。さすがは親子である、反応が二人とも変わらない。

 

「いや、自宅で出来るバイトだから問題ないです、

この家にうちの会社でネット回線を引かせてもらって、アミュスフィアを持ち込みますので、

勇人にはそれをかぶって一日二時間くらい働いてもらえば、

体は寝てるだけですし、特に疲れる事もなく、学校にバレる心配もありません」

「なるほど、さすがは八幡君、いい考えだね!」

 

 晶もその提案に拍手を始め、小春はそんな二人に背中を押されるように八幡に言った。

 

「で、でもそんな好条件、いいのかしら」

「全然問題ないです、なぁ理央」

「うん、うちにも利益がある事だから大丈夫ですよ、小春さん。

中学生くらいの意見って、結構大事なんです、未来の顧客ですから」

 

 理央にまでそう言われ、勇人も乗り気でいるように見えた為、

小春は難しい事は考えずに八幡の申し出を受ける事にした。

 

「それじゃあその言葉に甘えようかしら」

「はい、そうして下さい。一応時給は二千五百円で、一日の上限は二時間まで、

日数はまあそちらに任せますが、本当に最大でも二十日までにしておきましょうか」

「ええっ?その時給は高すぎない?」

「うちじゃむしろ少し低いくらいですよ」

「八幡がいいって言うならそれで問題ないです、小春さん」

 

 その八幡と理央の言葉に小春は気圧されつつも、一応納得してくれた。

 

「分かった、その辺りは勇人と相談するわ。でも勇人、勉強が疎かになるのは駄目だからね」

「うん、分かってるって!」

「あ、それならうちから腕のいい家庭教師をタダで貸し出しますよ」

「えっ、タダ?」

「はい、人間じゃないですからね」

 

 この時点で小春は頭がかなり混乱していたが、何かを言える雰囲気ではなかった。

八幡と理央が、ポンポンと色々決めていってしまうからである。

 

「誰を派遣するの?」

「マックス辺りでいいんじゃないか?さすがに紅莉栖は部外者には渡せないしな」

「そうね、それが妥当かも」

「端末は………う~ん、どうするかな」

「もういっそ、はちまんくんでいいんじゃない?」

「なるほど、クルスちゃんか、まあ本人の許しが出たらそうするか」

「確かあいこちゃんとゆうきちゃんを作った時、ボディが一体分余ってたよね」

「そうだな、あれを流用するとして、ガワは沙希に任せればいいな」

「それじゃあやっぱり後はクルスの意思だけだね」

「そうだな、小春さん、家庭教師については後日また連絡します」

「う、うん、分かった」

 

 そんな話の内容は、小春や勇人、春雄や晶には何が何だか分からない会話であったが、

少なくとも八幡に任せておけば何の問題もないという安心感だけは存在した為、

四人とも何の口も挟もうとはしなかった。 

そして詳しい話は回線を引いた後という事になり、

この日の日高商店への訪問は、これにて終了となった。

 

 

 

「さて、それじゃあ帰りますか?」

「あっと八幡君、ついでにもう一つ頼みがあるんだけど、いいかな?」

「あ、はい、何ですか?」

「実はちょっと小耳に挟んだんだが、ALOには体術スキルってのが導入されたんだよな?

俺も晶も武器での戦闘以外に格闘戦もやるからさ、

もし迷惑じゃなかったら、その取り方を教えてもらってもいいかな?」

 

 その頼みを八幡が断るはずもなかった。

こうしてこの日の活動は、その舞台をALOへと移す事となったのである。



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第899話 密かな変動

「ALOにですか?分かりました。それじゃあどこからログインすればいいかな、

そうだ、お二人ともまだ時間があるようなら、ソレイユに来ませんか?

あそこなら予備のアミュスフィアもありますし、安全面でも問題ないと思いますよ」

 

 そんな八幡の軽い一言で、四人はソレイユへと向かう事となった。

 

「八幡、あそこ」

「姉さんが入り口に立ってるな」

 

 八幡は当然の事ながら、事前に陽乃に連絡を入れていた。

その為陽乃が出迎えに出てきたのであろう。

 

「晶さん、春雄さん、ソレイユへようこそ!」

「陽乃さん、わざわざ出迎えしてくれなくても良かったのに、

ちょっと部屋の一部を借りるだけなんだし」

「そんな薄情な事は出来ませんって。ささ、中へどうぞ」

「それじゃあお邪魔するわ」

「むふぅ」

「それじゃあ八幡、私は次世代技術研究部に戻るから」

「おう、付き合ってもらって悪かったな」

 

 ここで理央が抜け、八幡達三人はVRルームへと向かった。

その途中で八幡は、何かの用事で来ていたのだろう、制服のままの優里奈と遭遇した。

 

「あれ、優里奈じゃないか、どうしてここに?」

「あっ、八幡さん!ちょっと勉強で分からないところがあって、

紅莉栖さんに聞きにきてたんです」

「おおそうか、さすがは優里奈だ、えらいぞ」

「えへへ」

 

 八幡は優里奈の頭を撫で、優里奈は嬉しそうに目を細めた。

 

「あっ、そうだ、春雄さん、晶さん、これがさっき言ってたうちの優里奈です」

「櫛稲田優里奈です、初めまして」

 

 優里奈はその八幡の言葉を聞き、すかさずそう挨拶をした。

さすが出来る娘は行動の一つ一つが実に抜け目がない。

 

「おお、さっき言ってた娘さんかい?八幡君が育ててるっていう」

「はい、自慢の娘です」

 

 八幡はニコニコとそう答えた。相変わらず優里奈には甘いようだ。

 

「優里奈、こちらは大野財閥の会長の大野晶さんと、会長補佐の大野春雄さんな」

「いつもうちの八幡さんがお世話になっております」

 

 優里奈は『うちの』という部分を強調しながらそう言い、

陽乃はそんな優里奈を見てぼそりと呟いた。

 

「優里奈ちゃんも案外肉食系よねぇ」

 

 そんな陽乃に突っ込もうとした八幡であったが、それは実行に移せなかった。

いきなり晶が八幡に蹴りを放ってきたのである。

 

「うおっ、危なっ」

 

 八幡がそれを咄嗟に受け止めた為、晶は少し驚いた顔をした。

どうやら防がれるとは思っていなかったようだ。

晶は悔しそうな表情で胸を反らし、実際には見上げているのだが、

気持ちの上では八幡を見下ろすように下目遣いで腕を組んだ。

 

「晶さん、いきなり何を………」

「ああ八幡君、晶は、『会長?』って君に不満を表明してるみたいだよ」

「えっ?それが不満なんですか?それじゃあ他に何て説明すれば………」

「むぅ!」

 

 その言い方に聞き覚えがあった八幡は、どうすればいいのか理解し、

優里奈にこう言い直した。

 

「訂正だ優里奈、こちらは大野晶さん、俺の母親っぽい感じのアレだ」

 

 その言葉に晶は笑顔でうんうんと頷いた。どうやら正解だったらしい。

だがここで八幡は、不用意に余計な事を言おうとした。

 

「つまりお前にとってはおばあ………」

 

 そのセリフの途中で晶が八幡に頭突きをしようとした。だがその前に優里奈がこう叫んだ。

 

「分かりました、お母さんですね!」

 

 その瞬間に晶はピタリと動きを止め、満面の笑みで優里奈に近寄り、その頭を撫で始めた。

優里奈も甘えるように晶に寄り添い、二人はまるで本当の親子のように見えた。

 

「おお、やるもんだなぁ、優里奈ちゃんは」

「さすがは優里奈ちゃん、恐ろしい子………」

 

 春雄と陽乃はそう呟き、八幡は嬉しそうな晶の表情を見て、

まあいいかとそれ以上何も言わなかった。この一件で優里奈は晶に気に入られ、

同時に八幡と同じ、晶の娘ポジションに納まる事となった。

それは晶の中では最悪でも八幡と兄妹、最良で八幡の嫁、という立場に立った事を意味する。

陽乃が恐ろしい子と表現するのも当然であった。

 

 

 

「この部屋を使って下さい、それじゃあ八幡君、あとはお願いね」

「ああ、全部終わったらまた連絡するわ」

「うん、宜しくね」

 

 VRルームに案内した後、陽乃は社長室へと戻っていき、

八幡達が中に入ると、そこには何とガブリエルがいた。

 

「あれ、どうしたんだ?ガブリエル」

「君達の護衛さ、今の僕でもこれくらいは出来るからね」

「そういう事か、それじゃあ悪いが宜しく頼むわ」

「私は皆さんのログインを見届けたら帰りますね」

「おう、優里奈ちゃん、これからも晶の事、宜しくな」

「はい春雄さん、こちらこそ今後とも宜しくお願いします」

 

 そして三人はログインし、優里奈は晶がログインを終えるまで、

その手をしっかり握っていた。晶はとても喜んでいるようで、

八幡はそれを見て、やはりうちの娘は世界一だと、一人で頷いていた。

 

 

 

「さて、二層に移動か」

 

 ハチマンがログインしたのはヴァルハラ・ガーデンであった。

そこにいたのはアサギである。

 

「あれ、ハチマンさん」

「お、アサギさんか」

「今日は一人?」

「いや、これから知り合いと待ち合わせかな、

最近知り合った人に、体術スキルの取り方を教える事になってな」

「あっ、それ、私も一緒にいっていい?」

「そういえばアサギさんはまだだったか、それじゃあ一緒に行くとしよう。

今日は時間とか大丈夫か?」

「うん、咲太とも特に約束とかしてないから大丈夫!」

 

 アサギも今はすっかりハチマンと、友達感覚で話せるようになっていた。

そして二層でスプリンガーとラキアと合流し、

四人はそのまま二層のフィールドを進んでいった。

 

「アサギさん、こちらはスプリンガーさんとラキアさん、

昔姉さんとパーティーを組んでた大ベテランだ」

「初めまして、ヴァルハラで一番弱いタンクのアサギです、どうぞ宜しくお願いします」

「その自己紹介はどうなんだ?」

「ふふっ、だって事実だし」

「確かにそうだけどよ」

 

 そんな二人を見て、スプリンガーがからかうようにハチマンに話しかけてきた。

 

「ハチマン君の知り合いって今のところ、

女の子しか紹介されてない気がするんだが気のせいか?」

「………た、たまたまです」

「たまたまねぇ」

「まあヴァルハラは女性プレイヤーの方が多いですしね」

「そ、そうそう、アサギさん、ナイスフォロー!」

 

 ラキアがそんなハチマンを、半眼でじっと見つめてきた。

 

「ラ、ラキアさんは何と?」

「ああ、もっと男友達も作りなさいってさ」

「だからちゃんといますって、大丈夫ですから!」

 

 そんなハチマン達を、アサギが訝しげな目で見つめていた。

ハチマンはその視線に気付き、アサギに説明が足りていなかったと反省した。

 

「悪いアサギさん、ラキアさんはかなりの無口でな、

スプリンガーさんに通訳してもらわないと、何を言いたいのかよく分からないんだよ」

「あ、ううん、違うの」

 

 アサギはそう言って、考え込むような仕草をした。

 

「何か気になる事でも?」

「うん、お二人が私の知り合いに似てるなって、奥さんが無口なところとか」

「俺達が?」

「あ、はい」

 

 その言葉にハチマンとスプリンガーは顔を見合わせた。

この二人のような組み合わせがそうそういるはずはないと思ったからだ。

 

「なぁアサギさん、ちなみにその二人の年齢は?」

「ええと、今年五十になるかならないかだったはず」

「その二人って、アーケードゲームが大好きだったりしないか?」

「あ、うん、確かにそうね」

「なるほど………」

 

 どうやら三人は知り合いという事で間違いないようだ。

他に晶のように特徴があるキャラの人間がいるとは思えないからである。

 

「それじゃあ改めて紹介するとしますか、こちらは桜島麻衣さん、

そしてこちらは大野晶さんと大野春雄さんだ」

 

 ハチマンのその言葉に三人は目を剥いた。

 

「えっ、それじゃあ本当に晶さんと春雄さんなんですか?」

「いやぁ驚いた、麻衣ちゃんだったのかい、世間は狭いな」

「むぅ」

 

 ラキアもそう言って、嬉しそうにアサギの手を握った。

 

「三人はどこで知り合ったんですか?」

「こちらのお二人は、私が子供の頃から私のスポンサーについてくれてるの」

「そうそう、あき……ラキアが子役だったアサギちゃんを気に入ったみたいでな、

まめにチェックして、必ずスポンサーに立候補してたんだよ」

「うん、ラキアさんにはずっとかわいがってもらってるの」

「そうだったのか、本当に世間は狭いな」

 

 それですっかり打ち解けた四人は野を超え山を超え洞窟を超え、

やっと体術スキルNPCの居場所へとたどり着いた。

 

「いやぁ、結構大変だなおい」

「アインクラッドのフィールドでも飛べるようになれば、また違うんでしょうけどね」

「そうだそうだ、何でここは飛べないんだ?」

「ショートカットする事で不具合が生じないかのチェックに時間がかかってるみたいです、

でもまあ多分年末のバージョンアップの時に飛べるようになるはずですよ」

「おお、それは楽しみだな」

「はい、空から見たアインクラッドがどうなってるのか興味があります」

 

 そしてスキル取得の為の岩割りが開始された。

三人はNPCに話しかけてヒゲを生やし、お互いの姿に笑いながら、最初に記念撮影をした。

そして岩に立ち向かった三人であったが、結果は予想通りであった。

 

「くそっ、そこそこ硬いな」

「これ、結構きついですね………」

 

 そんな二人を横目に、ラキアがあっさりと岩を破壊する。

 

「おお、さすがはラキアさんですね」

「むふぅ」

 

 ラキアは得意げに鼻を鳴らし、スプリンガーは悔しそうに岩に拳を叩き込み続けた。

その横でアサギもマイペースで岩を殴っている。

だが二人もそれなりに高レベルである為、

多少時間はかかったが、二人も無事に岩の破壊に成功した。

 

「さて、無事に取得出来たみたいだし、帰りますか」

「おお、結構あっさりだったな」

「良かった、失敗したら、ヒゲのせいで恥ずかしい思いをしないといけないところだったわ」

 

 まだ誰も知らない事だったが、この時点で実はとんでもない事が起こっていた。

セブンスヘヴンランキングの内部での変動である。

ただ体術スキルを獲得しただけにも関わらず、

実はこの時点でラキアは十七位まで上がっていた。ルシパーのすぐ下である。

そしてその代わりにサクヤが圏外に落ちる結果となっているのだが、

この事実は次のセブンスヘヴンランキングの更新日まで誰も知る事は出来ない。

 

 そんな事になっていると知らないハチマンは、帰り道で暢気にこう提案していた。

 

「そうだ、せっかくだし、

このまま街でトレンブル・ショートケーキでも食べていきませんか?」

「え、何だいそれ」

「とっても美味しいケーキです、ラキアさんも好きですよね?」

「むふっ」

「ですよね、それじゃあ案内しますね」

 

 ハチマンは別にラキアが何と言ってるか理解してそう言った訳ではない。

ただラキアの満面の笑顔を見てそう判断しただけである。

だがそれは確かに正解であり、店に着いてケーキが運ばれてきて、

それを口にしたラキアは、とても満足そうにこんな声を出した。

 

「もが~」

「………ラキアのその癖、本当に直らないよな」

 

 どうやらラキアは物を食べる時、いつもそんな声を上げてしまうらしい。

 

「ふんっ」

「痛ってぇ、足を踏むなっての!」

「むが~!」

 

 そのまま四人はお喋りしながらケーキの味を楽しみ、

十分に堪能した後、それぞれログアウトする事となった。

 

「ふう、今日はお疲れ様でした」

「いやぁ、色々あったなぁ今日は」

「お二人とも、またです」

「またね、アサギちゃん」

「はい!」

 

 ログアウトした後、晶と春雄は迎えが来るとの事で、

そのまま八幡に見送られて去っていった。

その車を運転しているのはどうやら専属の運転手らしく、

中学の時からずっと晶の運転手をしていた『爺や』という人の息子さんらしい。

そしてその場に残った八幡は、自宅に帰るかマンションに泊まるか迷っていたが、

そんな八幡にガブリエルが声をかけた。

 

「そうだ八幡、せっかくだから僕の寮の部屋に泊まっていかないかい?」

「お、いいのか?」

「ああ、最初に招くのは、やはり友人である君がいいんじゃないかと思ってね」

「そうか、それじゃあちょっと姉さんと話した後にそっちに向かうわ」

「ああ、待ってるよ」

 

 そして八幡は社長室に出向き、

勇人の事を陽乃と話し合った後にガブリエルの部屋に向かった。

これが八幡にとって、今日最後のイベントとなる。




もう分岐しちゃってて参考になるかは分かりませんが、一応俺ガイル14巻を先に読んでおきたいので、明日の投稿はお休みさせて下さいすみません!


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第900話 ガブリエルーム

俺ガイル14巻、無事読了しました!続き(かどうかは分かりませんが)まだ出るみたいなので嬉しいです!


 八幡はガブリエルの部屋に向かおうとしたが、

もしかしたら優里奈が八幡の泊まりの準備をしているかもしれないと思い、

一応電話を入れておく事にした。

 

「あ、優里奈か?」

「八幡さん、どうかしましたか?」

「いや、実は今日はガブリエルの部屋に泊まる事になってな、

もしかしたら俺がそっちに泊まると思って優里奈が準備してるんじゃないかと思って、

念の為に連絡をしてみたんだよ」

「………あっ、そうですか、分かりました!」

 

 優里奈が答えるまでに微妙な間があり、それで八幡はピンときた。

 

「もしかして食事の準備とかを始めたりしてたか?」

「あ、いえ、食材を用意しただけなんで大丈夫です!」

「それって優里奈が一人で食べきれる量か?」

「う~ん、ちょっと厳しいかもですね」

「分かった、それじゃあ明日はそっちに泊まる事にするわ」

「はい、それじゃあ張り切って料理しますね!」

 

 普段八幡は、マンションに泊まる場合も結構ギリギリで決断する場合が多い。

その為八幡は、いつもは優里奈にありあわせの食材で軽食を作ってもらう事が多く、

こうして事前に予定が決まり、優里奈がじっくり献立を考えられる日は稀なのである。

 

「それじゃあ明日は宜しくたのむ。

そうだ、朝には着替えに寄るから、明日の洗濯だけ頼んでもいいか?」

「えっ?ガブリエルさんの部屋に泊まるなら、

先にこっちで楽な格好に着替えた方がいいんじゃないですか?」

「言われてみれば確かにそうだな………分かった、とりあえずそっちに行くわ」

「はい、お待ちしてますね」

 

 八幡はそのままマンションへと移動し、楽な格好に着替えて洗濯物を優里奈に任せ、

ガブリエルの部屋に向かおうとした。

 

「ああ、この機会にガブリエルに、マッ缶の良さを教えてやるか」

 

 八幡はそう思い、引き返して再び部屋の中に入った。

 

「優里奈、冷蔵………」

 

 そしてマッ缶を出してもらおうと優里奈に声をかけようとした八幡の目に、

八幡のシャツの匂いをくんかくんかと嗅ぐ優里奈の姿が飛び込んできた。

 

「あ………」

 

 優里奈はしまったという顔でそう呟くと、すぐに早口で言い訳を始めた。

 

「違うんです八幡さん、これは八幡さんが考えているような変態的行為じゃないんです。

ほら、風邪の時って風邪の匂いがするじゃないですか、

だからもしかして八幡さんが風邪をひいてないかなって心配になって、

このシャツを使って健康状態をチェックしていたんです。

これは櫛稲田家の秘伝のやり方なんで、一般の人は多分知らないと思うんですよね。

八幡さんももちろん知りませんでしたよね、ですよね、

うんうん、チェックの結果は問題ありませんでした、八幡さんは健康です!」

 

 そう一気にまくし立てた優里奈は、ビシッと八幡を指差した。

 

「お、おう、俺は健康だよ?」

「ですよね!それじゃあチェックも終わったし、これは洗濯機にえいっ!」

 

 そう言って優里奈は八幡のシャツを洗濯機に放り込んだ。

 

「………なぁ優里奈」

「は、はい!何ですか?健康な八幡さん」

 

(押すなぁ………まあちょっと面白いが)

 

 そして八幡は財布からエイイチを取り出して優里奈の手に握らせた。

 

「優里奈はどうやら疲れてるみたいだから、

今日はこれで美味い物でも食べて、ぐっすり寝るといい」

 

 八幡は穏やかな笑顔でそう言い、マッ缶は寮の下のコンビニで買う事にし、

くるりと踵を返して部屋から出ていこうとした。

 

「ま、待って下さい八幡さん、もしかして何か誤解してませんか?」

「いや?別に何も誤解はしてないが………」

「うぅ、違うんです、違うんですぅ………」

 

 そう言って優里奈がまごまごしだした為、八幡はわざと明るく振舞いながらこう言った。

 

「ははははは、大丈夫、俺は何の誤解もしてないぞ!

それじゃあ優里奈、今日はちゃんと美味い飯を食うんだぞ、

おつりは明日の食材費に回していいからな!」

「あっ、八幡さん、八幡さん!」

 

 八幡はそのままそっと扉を閉め、深呼吸をした。

 

「ふぅ………俺は何も見なかった、今は何も無かった、よし、行くか」

 

 そして八幡は、コンビニでマッ缶を仕入れた後、予定通りガブリエルの部屋に向かった。

 

 

 

「ここだよな………何だこれは………」

 

 ガブリエルの部屋の前に立った八幡は、

その扉に大漁旗が飾ってあるのを見て絶句していた。

丁度そのタイミングで隣の部屋からレヴェッカが顔を出した。

 

「あれ、八幡じゃねえか、まさか俺に夜這いか?オーケーオーケー、よし、やるか」

「俺はガブリエルに招かれて、泊まりに来ただけだっての」

「何だ、兄貴に夜這いか」

「怖い事言うんじゃねえよ、眼鏡のプリンセスが来ちまうだろうが。

そうだ、せっかくだしお前も兄貴のところに遊びに………」

「そ、それじゃあ俺はコンビニに行くから、じゃあな!」

「え?あ、おい………」

 

 八幡の言葉を最後まで聞かず、レヴェッカはその場から逃げるように走り去っていった。

この時点で八幡には、嫌な予感しかしない。

 

「ま、まあきっと兄貴に甘える姿を見られるのが恥ずかしかったんだろう、

レヴィもお年頃だしな、うんうん」

 

 八幡は自分に言い聞かせるようにそう独り言を言うと、

ガブリエルの部屋のインターホンを押した。

 

「はい」

「悪い、遅くなった」

「八幡かい?今扉を開けるよ」

 

 そしてすぐに半纏を着たガブリエルが顔を出した。

その背中には、『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている』の文字と共に、

雪乃と結衣、それに八幡に似たキャラの顔が描かれていた。

どうやらアニメか何かの半纏らしい。

 

「ガブリエル、その半纏、出かける時は着るなよ」

「もちろんだよ、汚れちゃうからね!」

「そ、そうだな」

 

 そして八幡は、ガブリエルの部屋に一歩足を踏み入れた。

 

「いらっしゃい、こっちこっち」 

「お邪魔しま………す」

 

 見ると玄関の脇に門松が置いてあり、八幡は軽く眩暈がした。

 

(ここはもう正月か………)

 

 そして部屋に入った八幡の目に最初に飛び込んできたのは、

フローリングの上に敷いてある畳であった。

当然洋室に畳はサイズが合わない為、端に隙間が出来ている。

 

「畳にしたのか」

「ああ、日本人ならやっぱり畳だろう?」

「いや、お前は日本人じゃないだろ………」

 

 八幡はそう突っ込みながらも、自然な態度で部屋の中央にあるこたつに腰を下ろした。

こたつがあったらとりあえず足を入れるのは、

日本人としてはもはや本能のような行動であろう。

そしてそのこたつの中央には、これまた当然のようにみかんが置いてある。

 

「やっぱり日本人ならこたつにみかんだよね」

「いや、だからお前は日本人じゃないだろ」

「ははははは!」

「何故そこで笑う………」

 

 ガブリエルは笑ったまま立ち上がり、台所に向かいながら言った。

 

「八幡、今お茶を入れるよ」

「おっとガブリエル、これは土産だ」

 

 八幡はそう言ってガブリエルにマッ缶を差し出した。

 

「これは?」

「千葉県民のソウルドリンクだ」

「おう、チバラギ!」

「ぶっ飛ばすぞコラ」

「ははははは!」

「だから何故そこで笑う………」

 

 ガブリエルはその突っ込みを華麗にスルーして台所に行き、お茶を二つ持って戻ってきた。

 

「ソチャですが」

「お、おう、よくそんな言葉を知ってるな」

 

 そう言って八幡は、差し出されたお茶をずずっと啜った。

 

「梅こぶ茶か、また渋いチョイスだな」

「ほうじ茶か玄米茶の方が良かったかい?」

「いや、これでいい」

 

 お茶を飲んで気分も落ち着いた為、

八幡はここまで見た物について、ガブリエルに尋ねる事にした。

 

「なあガブリエル、扉に飾ってあったあの旗………」

「ああ、ビクトリーフラッグって言うんだろ?買い物の案内をしてくれたモエカに聞いたよ」

「あいつの仕業か………」

 

 八幡は、今度萌郁に会ったらとっちめてやろうと心に誓った。

 

「それじゃあ入り口の………」

「ニューイヤーゲートかい?あそこを新年に神様が通るんだろう?」

「一応あれはな、十二月十三日以降に飾るっていうルールがあるんだよ」

「Oh………」

 

 ガブリエルはそっと立ち上がり、門松を収納にしまった。

そして八幡は、他には何があるのかと部屋の中をきょろきょろと見回した。

 

「う………」

 

 よく見ると、何故か棚の上に盆提灯が置かれていた。

 

(ここは正月の上にお盆だったか………)

 

「あとそこにあるそれ」

「ソウルライトの事かい?死んだ僕らの両親が、日本に迷わず来れるようにって思ってさ」

「………そ、そうか、それならいい。あ、でもあれだ、その提灯の近くに、

ご両親の写真でも飾っておくともっと効果的だぞ」

 

 そう言われては、八幡も細かなルールを押しつける訳にもいかず、

逆にアドバイスする事になった。

 

「オーケー、今度写真を大きめのサイズの紙にプリントして飾っておくよ」

 

 そして窓にはヒモが付いていない風鈴が飾ってある。

 

(ここは正月でお盆で日本の夏だったか………

まあさすがにもう冬だから、風鈴が鳴らないようにしてるんだな)

 

 他にも室内にはまねきねこにだるま、それに七福神の像などがあった。

 

「い、色々集めたんだな………」

「いやぁ、やっぱり本場でのショッピングは楽しいよ、

欲しい物がいくらでも見つかるからね」

「ほ、ほどほどにな」

「もちろんだよ、部屋に置ける量にも限りがあるからね」

 

 そして八幡は、まねきねこを指差しながら言った。

 

「で、その……」

「にゃんこ先生かい?」

「おっと、そこまでだガブリエル、

その名前を出すと、目を血走らせた雪乃が襲ってくるからな」

「Oh………」

「で、そっちは……」

「マサムネだろう?モエカが片方の目を入れてくれたよ」

「………あの野郎」

「で、これがクロサワの七人の侍」

「すまんガブリエル、ちょっと萌郁に電話をかける」

 

 八幡はそう言ってガブリエルを制し、スマホを取り出した。

 

『はい』

「おう萌郁、ちょっと話がある。今ガブリエルの………」

 

 その瞬間に電話は切られ、この日一日萌郁に電話が繋がる事は無かった。

 

「チッ、逃げやがったか」

「なぁ八幡、もしかしてこの三つにも何か置く為のルールがあるのかい?」

「いや、まあその三つは問題ない」

「そうか、なら良かったよ」

 

 ガブリエルは安心した顔でそう言った後、思い付いたように八幡に質問してきた。

 

「そうだ、八幡に聞きたい事があったんだよ」

「お?何だ?」

「ちょっとこれを見てくれないか?ゴローコーなんだけどさ」

「ゴローコー?」

 

 そしてガブルエルはリモコンをいくつか操作し、

テレビに水戸のご隠居が映し出された。

 

「ああ、ご老公な、で、これがどうした?」

「ええと………あ、ここだよここ、

このアクダイカンが持っている武器はなんていう武器なんだい?」

「十手の事か?」

「ジュッテ?そうか、これはジュッテって言うんだね」

 

 そう言いながらガブリエルは、どこからか十手を取り出した。

 

「あるのかよ!」

「実はおもちゃ屋で見つけて買ったんだよ」

「それなのに名前を知らなかったのか?」

「ああ、セット販売だったからね、銭形セットって名前だったかな」

「そういう事か」

 

 八幡は、平次だろうか、それとも埼玉県警だろうかなどと考えながら、

そのおもちゃの十手を手に取った。

 

「それはどうやって使う武器なんだい?」

「これか?これはこうして突いたり叩いたり、敵の武器をここで受けて絡め取ったり、

あとは敵の関節を極めたりするのにも使うらしいぞ」

「おお、用途が広いね、こんな武器を大昔に発明するなんて、さすがは日本の職人さんだね」

「確かにそう考えると凄いよな」

「ニホントーも、あの美しさが僕は大好きさ」

「美しいだけじゃなく格好いいよな」

「うん、格好いいね!」

 

 八幡とガブリエルは、その後も昔の日本文化について、

色々な時代劇を見ながら語り合った後、

そのまま食事もとらずに面倒だからという理由でコタツで寝る事にした。

実は八幡にとって、男友達の家に泊まるのはこれが人生で初めてであった。

レヴェッカは日本大好きすぎなガブリエルの相手をするのが嫌で逃げ出したようだが、

当然八幡はそんな事はなく、二人は目を輝かせながら、横になった後も夢中で喋り続けた。

二人はそのまま寝落ちしてしまったのだが、その絆が固くなったのは間違いないだろう。

そして次の日の朝、八幡はガブリエルに別れを告げ、一応マンションへと戻った。

 

「さてと、とりあえず着替えて学校に行くか」

 

 そう思いながら玄関の扉を開けると、そこには優里奈の靴が置いてあった。

 

「あれ、優里奈は昨日こっちで寝たのかな」

 

 そして居間に入ると、いつも八幡が寝ているソファーベッドの上で、

優里奈がすやすやと寝息を立てていた。

 

「起こさないように着替えるだけ着替えて出かけるか」

 

 時刻はまだ朝の六時であり、優里奈を起こすのも申し訳がない気がした為、

八幡は女性陣のクローゼットを見ないように気をつけながら寝室でこそこそと着替えをし、

そのまま寝室を出て忍び足で玄関へと向かった。

そんな八幡の耳に、優里奈の寝言が聞こえてきた。

 

「むにゃ……八幡さんのベッドにマーキング、うふふふふ」

 

 八幡はその言葉にビクッとなったが、そのまま何も聞こえなかった事にして、

マンションを後にしたのだった。



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第901話 日高商店への再訪問

 マンションからそのまま学校に向かった八幡は、

いつものようにクラスメート達とお昼休みに屋上で昼食をとりながら、

ディアベルの弟と会った事を報告した。

当然ディアベルの事も、知らない者には説明済みである。

 

「………という経緯で、ディアベルの弟と偶然知り合いになったんだ」

「ディアベルの弟か、凄い偶然だよな」

「八幡君、やっぱりお兄さんに似てた?」

「ああ、よく似てたわ、それに気性が真っ直ぐで、とてもいい奴だと感じたな」

「ディアベルって第一層の攻略の時のリーダーだった人よね?」

「そのディアベルだ、あいつの事は本当に残念だった」

「うん………」

「だな………」

 

 和人と明日奈は当時の事を思い出し、悲痛な表情をした。

 

「八幡君、こんな事を私が頼むのは筋違いかもしれないけど、

勇人君には出来るだけ良くしてあげてね」

「ああ、そのつもりだから安心してくれ。先ず手始めに、勇人にはバイトを紹介してある」

「中学生にバイトをさせるのか?」

「バイトっていってもうちの仕事だからな、当然家で出来るし、最大でも一日二時間だ。

だから学校にはバレないし、もしバレても、

ベッドで二時間横になるだけの簡単な仕事ですで押し通せる予定だ」

 

 八幡はそう言って悪い顔をした。

 

「まあ確かにその通りだよな、ソレイユとのパイプも出来るし、

その勇人って子の将来にもプラスになるか」

「おうちの経済的にもね」

「でも学校の勉強に支障が出ませんか?」

 

 珪子のその問いに、八幡は頷きながらこう答えた。

 

「それも対処済みだ、勇人には『クルスちゃん』を家庭教師としてつけるつもりだ」

「クルスちゃんって、私達みたいな感じの?」

 

 それを聞いたあいこちゃんがそう尋ねてきた。

顎に人差し指を添えながら首を傾げるその仕草は実にあざとい。

 

「まあ遠隔操作タイプじゃなく自律タイプだが、似たようなもんだな」

「それって理央が持ってるみたいなスマホに搭載するタイプじゃ駄目なの?」

「というか、どうせなら紅莉栖に頼めばいいんじゃない?」

「さすがにうちの会社的に、アマデウス紅莉栖を身内以外に出すのはリスクが大きいからな。

自律タイプにしたのは、あそこは母子家庭だから、

留守番をしたり小春さんがいない時に電話を受けたり出来るように、

家政婦的な役割が出来る奴がいたほうがいいんじゃないかと思ったんだよ」

「そこまで考えてるんだね」

「母子家庭の大変さは、前に美咲さんに熱心に説明されたからな」

 

 ちなみにその時のミサキは、

『だから男手があったら凄く助かりますわ、具体的には八幡様とかですけど』

という流れに持っていって、

あわよくば八幡に自宅まで来てもらおうという目的を持っていた。

八幡が上手く流した為にその目的は達せられなかったが、

一歩間違えば八幡は食われていたかもしれない、実に危ないところであった。

 

「なるほどなぁ………」

「あとはまあうちの社員食堂が、今度みんなの要望で夜まで営業する事になったから、

その時に夕方五時以降に解禁する酒類の注文を一手に引き受けてもらうつもりだ。

それなら今頼んでる業者と棲み分ける事が可能だからな」

 

((((((そこまでするか))))))

 

 その場にいた四人と二体はそう思ったが、

今回は明確に人助けの意味合いが含まれている為、

誰も八幡を止めたりする者はいないのである。

 

「ところでクルスの許可はとったの?」

「ああ、昨日のうちに連絡をしておいた。今度食事を奢ってくれるなら喜んで、だそうだ」

「その程度で済んだんだ」

 

 明日奈はその答えにほっとした顔をした。

今明日奈が要注意だと思っているのは、詩乃、クルス、優里奈、香蓮、

それに加えて最近は理央を含めた五人なのである。雪乃達が入っていないのは、

付き合いの長さ故に、色々と弁えてくれているからである。

 

「まあそんな訳で、何か問題が持ち上がった時にまた何か相談するかもしれないが、

その時は宜しく頼む」

 

 八幡はそう言って仲間達に頭を下げ、四人と二体は当然のように頷いた。

そして迎えた放課後、八幡は紅莉栖から呼び出されて次世代技術研究部にいた。

 

「えっ、もう出来たのか?」

「当然よ、ボディはもうあるんだから、

クルスをアマデウス化してインストールするだけだもの」

「確かにそうだけどよ………」

 

 既にクルスちゃんが完成していると聞いて、八幡はとても驚いた。

どうやらアマデウス関連の作業は、

もう紅莉栖にとってはほんの片手間で出来るような作業らしい。

 

(これが、ジェバンニが一晩でやってくれましたって奴か………)

 

「さすがだよなぁ………」

 

 八幡は、感心した様子でそう呟いた。

 

「ふふん、素直じゃないあんたでも、たまにはちゃんと相手を褒められるみたいね」

「いやいや、俺の一番の功績は、お前をうちにスカウトした事だと本気でそう思うわ」

「そ、それはちょっと褒めすぎじゃない?」

「いやいや、いくら褒めても褒め足りないわ、お前は最高だ、紅莉栖」

「そ、そう、また何か困った事があったらいつでも相談してきていいわよ」

「もちろんだ、頼りにしてるぞ紅莉栖」

 

 これぞ鳳凰院凶真流のクリスティーナ操縦法である。

まあ実際は単なる褒め殺しだったりするのだが。

 

「あ、そうそう、既に回線工事も終わってるらしいわよ」

「マジかよ、仕事が早すぎだろ。それじゃあこれは有り難く預かっていくわ」

「ええ、人助け、頑張ってね」

「おう、早速日高商店に行ってくる」

 

 そう言いながら先に八幡が向かったのは、開発室横のVRルームであった。

そこでは今日、詩乃、風太、大善、保の四人が揃ってバイトをしているのだ。

これは偶然ではなく、八幡が呼び出したからである。

 

「みんな悪いな、わざわざ来てもらって」

「それは別にいいんだけど、八幡がわざわざ私達全員を呼び出すなんて珍しいわね」

 

 代表してそう言った詩乃に、八幡は勇人の事を説明した。

 

「実は四人に中学生の指導を頼もうと思ってな」

「中学生?ここで中学生を雇うの?」

「ああ、詳しい事は割愛するが、

今度SAO時代に亡くなった戦友の弟に、ここで働いてもらう事にしたんでな、

そいつは勇人って言うんだが、勇人に仕事内容を教えてやって欲しいんだ」

 

 四人は顔を見合わせると、任せろという風に胸を叩いた。

 

「訳ありって奴だな、任せとけ!」

「やっと保にも後輩が出来るのか」

「それは楽しみだね、どんな子なんだい?」

「素直で親思いのいい子だな。おい詩乃、絶対にいじめるなよ」

「どうして私にだけ言うのよ八幡、殴るわよ」

「それそれ、そういうとこ、お前は口より先に手が出るところがあるからな」

「それは八幡が相手の時だけじゃないか?」

 

 その大善の指摘に八幡はきょとんとした。

 

「えっ?そうなの?」

「そ、そんな事ないわよ、ちゃんと平等に手が出るわよ?」

「やっぱり出るんじゃねえかよ」

「ち、違うってば、ああ、もう!」

 

 そう言いながら詩乃は、大善の足を思いっきり踏みつけた。

 

「痛ってぇ!」

「やっぱりさっきのは嘘、手が出るのは八幡にだけ、そして他の人には足が出るわ」

「だから出るんじゃねえかよ」

「これは年上限定よ」

「意味が分からん………」

「女心は複雑なの、覚えておきなさい」

「へいへい」

 

 八幡は大体いつくらいから勇人が来るのか四人に伝え、

くれぐれもよろしくと念を押し、次に寮の社員食堂へと向かった。

八幡は『ねこや』と書いてあるのれんを潜って中に入り、

夕方の営業に向けて仕込み中のマスターに声をかけた。

 

「マスター、うちの若い連中の頼みを聞いてもらってすみません」

「あれ、次期社長直々にわざわざすみません、

まあ毎日営業が昼十一時から午後四時までじゃ、体がなまって仕方がなかったし、

こっちから頼もうかと思ってたくらいなんで、丁度良かったですよ」

「その分給料も上乗せしますんで、無理の無いように一つ宜しくお願いします、

臨時休業日を作ってもらっても全然構わないんで」

「大丈夫、アレッタとクロもいますからね」

「二人とも、頼むぞ」

「むしろ収入が増えるので嬉しいです!頑張ります!」

 

 そして普段から無口なクロは、こくりと八幡に頷いた。

 

「それでマスター、ビールとかの仕入れの事なんですが………」

 

 そして八幡はマスターと打ち合わせをし、

やり残しがない事を確認した後、その足で日高商店へと向かった。

 

 

 

「あっ、比企谷さん!」

 

 店の前に着くと、小春が空き瓶の入ったビールケースを運んでいるところだった。

 

「あっ、俺、手伝いますよ」

「大丈夫よ、これは私の仕事だからね」

「いや、筋トレがしたかったんで丁度いいんですよ」

 

(ちょっと苦しかったかな)

 

 八幡は遠慮する小春にそう言い、小春は苦笑しながらこう答えた。

 

「分かったわ、それじゃあこっちに運んでもらっていい?」

「任せて下さい」

 

 そう言って八幡は、ビールケースを同時に三箱持ち上げた。

 

「うわ、だ、大丈夫?」

「空のビール瓶くらいどうって事ないですよ」

 

 実際空き瓶が入ったビールケースは、平均的な成人男子にとってはさほど重くはない。

 

「ありがとう、おかげで助かったわ」

「いえいえ、本当にお気になさらず。

今日は先日の話が進展したので伺ったんですが、今ちょっとお時間いいですか?」

「うん、大丈夫」

 

 そして八幡は、小春と勇人の今後について話を始めた。

 

「それじゃあ最初にこれを、アミュスフィアです」

「へぇ、これがそうなのね。でもどうして二つもあるの?」

「はい、実は春雄さんから、小春さんもヘヴィなゲーマーだったって聞いたんで、

もし良かったら何か親子で遊べるように………なんて考えまして。

ソフトは一応ALOとゾンビ・エスケープ、

それにリアル・トーキョー・オンラインをインストールしてあります」

「そこまでしてもらう訳には………」

「いいんですよ、お得意様の福利厚生もうちの仕事です」

 

 もちろんそんな事があるはずがないのだが、

八幡はこの場だけ乗り切れればいいやと思い、適当な事を言った。

 

「そ、そう?う~ん、いいのかなぁ………」

「それで勇人が喜ぶならいいんです」

「勇人が………ま、まあそう言われると………」

 

 勇人の事を引き合いに出した八幡の説得が功を奏したのか、

小春はそれで仕方ないという表情ながらも納得してくれたようだ。

 

「それで昼にネット回線を引き終わったと聞いたんですが」

「うん、昨日の今日だったからびっくりしちゃった」

「正直俺もです」

 

 二人はそう言って笑い合った。

 

「で、家庭教師役がこいつですね、紹介します、クルスちゃんです」

「初めまして、クルスちゃんです、誠心誠意尽くさせて頂きますので宜しくお願いします」

 

 小さなぬいぐるみがそう丁寧な挨拶をしてきた事で、

小春はあんぐりと口を開けたのだった。



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第902話 新生活への第一歩

「は、八幡君、この子って………」

「あ~、勇人の家庭教師だけじゃなく、日高商店の留守番役としても使ってもらえるように、

自律型のAI搭載型モデルを用意しました。気軽にクルスちゃんと呼んでやって下さい。

ちなみに元になったのは超一流大学の生徒なので、学力については折り紙付きですよ」

 

 この時小春はパニック状態に陥っていた。

そもそもぬいぐるみが喋るだけでも驚きなのに、そのぬいぐるみが今、

小春の目の前でお腹の前で手を組み、もじもじしているのだ。

まだ小春が十~二十代なら対応出来たかもしれないが、

小春は詩乃や藍子とは違い、真なる昭和の女であるが故に、

現実を受け入れるまでにかなりの時間を要する事となったのである。

 

「ごめんなさい、ちょっと混乱してしまって………」

「無理もないです、これはまだ市場にも出回ってないですからね」

「そ、そんな貴重な物、もし盗まれでもしたら………」

 

 その小春の問いに、クルスちゃんがスラスラと答え始めた。

 

「大丈夫です、私の内部には発信機が埋め込まれていますから、

例え私が拉致されても、どこにあるのかすぐに場所を特定出来ますし、

それが済んだらすぐにソレイユの精鋭部隊が動いてその泥棒に鉄槌を下してやりますから!」

「そ、そうなの?」

「もしそれが不可能な場合は、自爆します」

「ええっ!?」

「小春さん、今のはクルスちゃんの冗談です」

「そ、そうなんだ、びっくりした………」

「まあでもまるでゲームの世界みたいだと思われるかもしれませんが、

最初にクルスちゃんが言った事は事実ですからね」

 

 八幡はそう言って、前半のクルスの言葉に太鼓判を押した。

 

「そ、そう、私が日々の生活に追われてる間に、技術の進歩はここまで進んでいたのね」

「いやぁ、まあうちは結構特殊ではあるんですけどね」

「あ、それじゃあ世間一般はここまでではないの?」

「そうですね、まあそのうち世間が小春さんに追いつく日が来るでしょうね」

 

 その八幡の答えに小春は思わず噴き出した。

 

「八幡君って面白い子よね」

「そんな事、一度も言われた事は無いですけど………」

「あらそう?とっても面白くて興味深いと思うんだけどな。

まあいいわ、それじゃあクルスちゃんについて、詳しい話を聞かせてもらえるかしら」

「はい、こちらの想定ではですね………」

 

 そして実際に何が出来るのか、小春の前でクルスちゃんが実演してみせた。

電話対応は完璧、学力も優秀であり、

料理こそ出来ないが、レシピ自体は即座にネットで検索して答えてくれる。

昼に一人で店番をしている小春の話し相手にもなれるし、

配達の時はナビの役割を果たすクルスちゃんの存在は、小春にとってはとても有難かった。

 

「クルスちゃんって本当に凄いわ、本当の本当にうちなんかに来てもらっちゃっていいの?」

「はい、もちろんです」

「そう、本当にありがとう、実の娘だと思って大事にするわ」

 

 小春はクルスちゃんを胸に抱きながら、笑顔でそう言った。

その仕草と表情から、小春が本当にクルスちゃんを大事に思ってくれているのが分かり、

八幡は準備した甲斐があったととても嬉しい気分になった。

クルスちゃんもその小春の期待に応えたいらしく、

本体と同じように豊かな胸をポヨドンと叩きながら言った。

 

「お任せ下さい、必ずや勇人君を、八幡様のような立派な男性に教育してみせます」

「おい、俺を引き合いに出して余計な事を言うのはやめような」

「え~?でもやっぱりそれが、八幡様に身も心も捧げた私に求められる役割っていうかぁ?」

 

(こいつ、本体と喋り方が若干違う気が………まさかこれがマックスの素なのか?)

 

 八幡はそう疑問を覚えつつ、言い訳めいた口調で小春に言った。

 

「えっと、ちゃんと仕事は出来る奴ですので、

たまにおかしな事を言うかもしれませんが軽く流しちゃって下さい」

「そんな事気にしないわ、娘だもの」

 

 どうやら小春は八幡の想像以上に鷹揚な人物らしく、

まったく問題ないという風に微笑んだ。

その時勝手口の方から元気な声がした、どうやら勇人が帰ってきたようだ。

 

「母さん、ただいま!」

「勇人、おかえりなさい」

「あれ、比企谷さん、今日も来てくれたんだ!」

「おう、お帰り勇人、今日もお邪魔してるぞ」

「もしかして母さんを口説いてたの?それなら嬉しいんだけど」

「ませた事を言ってるんじゃないわよ、まったくもう」

 

 小春は勇人にそう言ったが、その表情は少し照れているように見えた。

 

「そうだ勇人、今度あなたにお姉さんが出来たのよ」

「え、母さんに隠し子がいたの?」

「そんな訳ないでしょ!」

 

 そんな勇人の足を、クルスちゃんがちょんちょんとつついた。

 

「ん?」

 

 勇人はその感触に気が付き、何事かと思って自分の足元を見た。

そしてぬいぐるみが勝手に動いているのを見て、腰を抜かしたようにその場にへたりこんだ。

 

「う、うわああああ!」

「勇人君勇人君、私がお姉ちゃんだよ、クルス姉ちゃんって呼んでくれていいからね」

 

 そんな勇人にクルスが優しい声でそう言ったが、勇人の驚きは収まらない。

 

「ひ、比企谷さん、ぬいぐるみが喋って動いてる!」

「落ち着け勇人、これがお前の家庭教師………いや、お姉ちゃんか、

今度お姉ちゃんになった、クルスちゃんだ」

「ほ、本当に?」

「もちろんだ。言っておくが、お姉ちゃんは俺よりも頭がいいからな」

「うわ、え、嘘、本当に?」

 

 勇人は本当にを連発したが、信じられないその気持ちは八幡もよく理解出来る。

 

「本当だ、これから色々教えてもらうんだぞ、勇人」

「わ、分かった、これから宜しく、クルス姉ちゃん」

「宜しくね、勇人君」

 

 勇人が認めた事で、晴れてクルスちゃんは、

クルスお姉ちゃんへとクラスチェンジする事に成功した。

今後この三人は、一つ屋根の下で仲良く暮らしていく事になる。

 

「それじゃあ勇人、バイトについて説明するぞ」

 

 八幡はそう言ってアミュスフィアを取り出した。

 

「あ、それってアミュスフィア?もしかしてもう回線が通ったの?」

「おう、早いだろ?」

「うん、早い!」

 

 勇人は無邪気にそう言ったが、直後に首を傾げた。

 

「あれ、でも何で二つあるの?」

「小春さんにも同じ事を聞かれたぞ。

時間がある時にお前と小春さん、二人で遊べるようにと思ってな」

「ええ?母さんはゲームなんてやった事ないでしょ?」

「小春さんは昔、かなりのゲーマーだったらしいぞ、知らないのか?」

「えっ?」

 

 勇人はその言葉に呆然とした。

 

「そ、そうなの?」

「う、うん、あ、そういえば押し入れにプレイステーションがしまってあるわよ」

「初代の!?」

「うん、初代の。今やっても勇人が面白いと思うかどうか分からなかったから、

ずっとしまいっぱなしになってたのよね」

「そっかぁ………」

 

 勇人は何故か考え込み、小春が店の用事で席を外した隙に八幡にこう囁いてきた。

 

「比企谷さん比企谷さん」

「おう、何か考え込んでたみたいだがどうしたんだ?」

「実はさ、母さんのご両親、まあ俺は面識は無いんだけど、

母さんが三十代の時に、病気で若くして亡くなってるんだよね」

「そういえば小春さんのご両親って、確かに見た事が無いな、そういう事だったのか………」

 

 勇人はその言葉に頷きながら、八幡にこう切り出した。

 

「でさ、俺を引き取ってくれてから、母さんってずっと一人で頑張ってくれてたんだけど、

遊びに行ったりしてるのを一度も見た事が無いんだよね。

だからもしかしたらその前からずっと、まったく遊んだりしてなかったんだと思うんだ」

「確かにそういう事なら店を維持するので精一杯だったかもしれないな」

 

 八幡はそう言いながら腕組みをした。

 

「だから比企谷さん、月に一度くらいでいいから、

母さんを遊びに連れ出してあげてくれないかな」

「分かった、新しい生活になって何か困った事は無いか、話を聞くっていう口実で、

今度小春さんを誘い出す事にするわ」

「さっすが比企谷さん、話が早くて助かるよ!」

「まあお前が小春さんを思う気持ちには応えてやりたいしな」

「うん、ありがとう、比企谷兄ちゃん!」

「兄ちゃんか、うん、まあ今後は俺の事はそう呼べばいい、

ついでに苗字で呼ばれるのもちょっとケツがかゆくなるから、そっちも名前でいいぞ」

「あはははは、分かったよ、八幡兄ちゃん!」

 

 勇人が思わずそう言った事で、八幡は勇人の兄貴分に昇格し、

八幡が月に一度、小春を遊びに連れ出す事が決定した。

八幡にこういった扱いをしてもらえるのは、千佳に続いて二人目となる。

それから八幡は、アミュスフィアの使い方を詳しく勇人に説明し、

勇人関連の色々な懸案が片付いたのを見計らって、

今度は小春に酒類の『ねこや』からの注文についての相談に入った。

 

「………という訳なんですが、どうですか?」

「それは大変有難いお話なんですけど、これ以上お世話になるのは………」

「丁度業者を探してる最中だったんで、知り合えたタイミングが良かったとお考え下さい。

今から他の業者を探すとなると、逆に面倒で困っちゃいます」

「………そうですか?」

「ええ、そうです」

「それではお言葉に甘えますね、でも結構な量になりそうだけど、

私一人でソレイユまで届けられるかしら」

「それなら大丈夫ですよ、後日専用コンテナを持ってこさせますんで、

そこにさえ荷物が乗っていれば、荷物を下ろすのだけは自動で行えますから」

「そうなんですか!?」

「はい、今度実際にご説明しますので、ソレイユに来る予定の日は現地で待ってますね」

「本当に何から何まで………」

 

 小春は恐縮したが、それはソレイユ関連の全業者が利用しているシステムである為、

別に日高商店だけが優遇されているという訳ではない。

ちなみにこれも売り物になる予定のシステムである。

 

 こうして日高商店に若干の経済的余裕が生まれ、

小春と勇人の生活は、この日から激変する事となった。



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第903話 二人の食事会

「母さん、ただいま」

「あら勇人、お帰り」

「勇人君、お帰り!」

 

 その日、学校から帰った勇人を出迎えたのは、

がっつりと化粧中の小春と、それを手伝うクルスちゃんであった。

 

「クルスちゃん、どう?」

「うん、いいと思います」

「良かった、こういうのは久しぶりだから、上手く出来るか不安だったのよね。

クルスちゃんがいてくれて本当に良かったわ」

「母さん、今日はどこかに出かけるの?」

 

 そんな小春の姿を見て、勇人がそんな質問をした。

 

「あら勇人、忘れたの?

今日は比企谷さんの誘いで一緒に食事に行くって言っておいたじゃない」

「あっ、そうだっけ、しまった、忘れてたな。

とりあえず今からバイトだから、終わってから弁当でも買ってくるよ」

「うん、悪いけどそうして頂戴」

 

 そう言いながら、尚も化粧の手を止めない小春に、勇人は興味本位でこう問いかけた。

 

「母さん、随分気合いが入ってるみたいだけど、もしかして八幡兄ちゃんの事が好きなの?」

「えっ、小春さんが私のライバルに!?」

「あはははは、何言ってるの、私と比企谷さんの年の差がいくつだと思ってるのよ」

 

 小春はその勇人の質問を笑って否定した。

 

「で、でもその化粧………」

「だってせっかくのお誘いなのよ、私がみっともない格好をしてたら、

勇人だって恥ずかしいでしょ?」

 

 そう自分を引き合いに出されては、それ以上勇人も突っ込む事が出来ない。

 

「まあでも勇人が言いたい事も分かるわ、比企谷さん、格好いいものね。

でもまあ私と比企谷さんの関係って、多分アイドルとそのファンみたいな感じなのよね」

「あ~、その気持ち、ちょっと分かります。

私にとっての八幡様は、崇拝の対象でもありますから」

「崇拝かぁ、その気持ちもちょっと分かるわ」

「ですよね」

 

 どうやら女同士で通じるものがあるらしく、二人はそう言って微笑み合った。

とはいえクルスちゃんの表情は変わらない為、

笑い合ったというのは小春の主観だったりする。

 

「さて、こんなもんかな、どう?勇人」

 

 そこには三十代と言っても通用するであろう、美しい女性がいた。

さすが、若い頃はモテまくっていた小春である。

その輝きは、まだまだ失われていないようだ。

 

「う、うん、綺麗だと思う………」

「そう、それなら良かったわ、ありがと」

 

(ちょっと張り切りすぎな気もするけど、まあ母さんを誘ってくれって言ったのは僕だし、

楽しみにしてくれてるみたいだから良かったかな)

 

 勇人はそんな小春を見て嬉しくなったのか、元気良く小春に言った。

 

「こっちの事は心配しないで。ほら母さん、急がないと約束の時間に遅れちゃうよ」

「あらいけない、もうそんな時間?それじゃあ勇人、クルスちゃん、後はお願いね」

「うん、行ってらっしゃい」

「楽しんできて下さいね」

 

 そして小春は出かけていき、残された勇人は自室に戻り、

アミュスフィアを取り出してベッドに横になった。

その後ろをてくてくとクルスちゃんがついてきて、勇人に話しかけてきた。

 

「勇人君、バイトは楽しい?」

「うん、詩乃の姉御は綺麗だし、風太さんは面白いし、

大善さんはしっかりしてるし、保さんは凄く理論派なんだぜ」

「あ~、うん、まあお笑い三人衆はそんな感じだけど、

詩乃が綺麗?むむむ、でもお姉ちゃんの方が綺麗だよね?」

 

 クルスちゃんは対抗意識が刺激されたのか、勇人に向かってそう言った。

 

「ごめん、俺、姉ちゃんの顔を知らないから分からない」

「う………た、確かに」

 

 いくら沙希の腕が良くても、クルスの顔をぬいぐるみで正確に再現するのは不可能だ。

 

「分かった、今度私をここに来させるから」

「私を、ね、分かった、楽しみにしとくよ!」

 

 勇人が笑顔でそう言った為、クルスちゃんはこの場はそれで良しとする事にした。

 

「それじゃあ行ってくるよ、クルス姉ちゃん!」

「うん、頑張ってね」

 

 こうして勇人もバイトを始め、クルスちゃんはこの時間を利用して店の帳簿をつけ始めた。

実に有能なぬいぐるみである。

 

 

 

「八幡君、ごめん、待った?」

「いえ、今来たところで………す」

 

 八幡は小春の変わりように驚きつつも、これが本来の小春の姿なんだろうなと納得した。

小春は小春で、八幡が好感触だった為、気分を良くしていた。

 

(こういうの、何年ぶりだろ)

 

 そう思いながら小春は、八幡を上から下まで眺め、足元で目を止めた。

 

「う~ん」

「どうかしましたか?」

「いや、テンプレの足元のタバコの吸殻の山が無いなって思って」

「タバコを吸わないのにわざわざそんな仕込みしませんって」

「え~?何か物足りない」

「そう言われてもですね………」

「ふふっ、冗談冗談、さっ、行こ!」

「そうですね、それじゃあ行きますか」

 

 小春に促され、二人は連れ立って歩き始めた。

そしてどこかで見たようなビルに入った二人は、

数分後、『ねこや』と書かれた店の前に立っていた。

 

「最初来た時にいい匂いがしてたから、それからずっと凄く気になってたんだよね」

 

 その言葉で小春と八幡は、小春が最初にソレイユを訪れた時の事を思い出していた。

 

 

 

「ええと、ここで待ってればいいのかな」

 

 小春は軽トラックをソレイユの駐車場に入れ、約束の時間までその場で待機していた。

 

「うぅ、緊張する………」

 

 小春は緊張でガチガチになっていたが、その数分後、

遠くから八幡がこちらに歩いてきているのが見え、小春はほっと胸を撫で下ろした。

 

「小春さん、早いですね」

「う、うん、やっぱり最初はしっかりしないとと思って早めに来てみたの」

「それじゃあ案内しますんで、ちょっと俺と運転を代わって下さい」

「分かったわ」

 

 そして小春は助手席に移動し、八幡がハンドルを握った。

 

「先ず駐車場に入ったらこっちに進んで、ここが業者用の搬入口になります」

 

 そして八幡はカードキーを小春に見せ、それを搬入口の横にある機械に差し込んだ。

それでドアが開き、中に入るとそれなりに広いスペースがあり、

その横に巨大なアームが据え付けられてあった。

 

「ここに車を止めたら、あとはアームのスイッチを入れれば、

後は自動で荷台から荷物を下ろしてくれますから」

「えっ、そうなの?」

「はい、見てて下さい」

 

 そして八幡の操作でアームが動き出し、

荷台に置いてあったビールケースを自動で持ち上げ、そのまま荷下ろしをした。

 

「器用なものね」

「AI制御ですからね」

 

 そして次に、アームは専用コンテナに入っていた商品類を持ち上げ、

同じように荷下ろしをした。

 

「あとはこのボタンで行き先を指定すると、勝手にそこに届きます」

「す、凄いわね………」

 

 その光景に、小春は絶句した。

 

「まあデモンストレーションも兼ねてますからね、

爆発的に売れるものじゃありませんけど、プログラムだけでもそれなりに需要はありますよ」

 

 八幡はそんな説明をしながら小春を奥へと誘った。

 

「それじゃあ現地に行きましょう」

 

 そして二人は『ねこや』の前に移動すると、

果たしてそこには綺麗に注文の品が並べられていた。

 

「ここで一応伝票を見ながら確認ですかね、

まあ店でチェックしてあるなら必要ないかもですけど」

「今日は最初だし、一応もう一回チェックしておくわ」

 

 そう言って小春は商品のチェックを始めた。

もっともそこまで量があった訳ではないので、それ自体はすぐに終わった。

 

「あっ、いい匂い」

「仕込み中みたいですね、ちょっと挨拶しておきますか」

「うん」

 

 そして中に入った二人はマスターに挨拶をし、無事に顔合わせも終える事となった。

そして軽トラの所まで戻った後、小春は少し驚いたような表情で言った。

 

「何か凄く楽だったんだけど………」

「それは良かったです、どうですか、もう一人でも大丈夫そうですか?」

「うん、もう覚えたよ!」

 

 これが小春が最初にソレイユを訪れた時の出来事である。

小春にとってはとにかく驚きの連続であった。

 

 

 

「いらっしゃいませ、お席へ案内しますね!」

 

 ねこやに入った二人を、アレッタが予約席まで案内してくれた。

ねこやの内部は夜営業モードらしく、昼とは違って社員食堂らしさはまったく無く、

驚いた事に壁の色も違い、照明も豪華なシャンデリアのような物へと変化していた。

 

「こ、これってどうなってるの?」

「壁の色は元々自由に変えられるんですよ、あのシャンデリアは、実は立体映像です」

「そ、そうなの?」

「はい。マスターすみません、ちょっと照明を元に戻してもらってもいいですか?」

「あいよ」

 

 その直後に天井の照明が、何の変哲もない蛍光灯へと変化した。

 

「ほ、本当だ、凄いね………」

「まあここは社外の人間が使う事もあるんで、

そういった人達へのデモンストレーションも兼ねてるんですよ」

「さすがは技術のソレイユ………」

「各部署が内部でいくつかチームを作って、他の部署と連携しつつ、

どんどん新商品を生み出してますからね」

「競争させてるんだ」

「はい、やっぱり仲良しなだけじゃ駄目ですからね」

 

 その八幡の言葉に、小春はうんうんと頷いた。

 

「やっぱりゲームでも、ライバルの存在は不可欠だからね、私にとっての晶とか。

まあ決着自体は高校の時にあっさりついちゃったんだけどね」

「例えが小春さんらしいですけど、そんな晶さんとは今でも仲良くしてるんですね」

「本当はそんな予定は無かったんだけど、

その後晶がちょくちょくうちの店に来るようになって、

ゲームしてるのを見たり、一緒にやってるうちに、仲良くなっちゃったのよ」

「いいですね、そういうの」

 

 そう懐かしげに目を細める小春を見て、八幡は微笑んだ。

 

「ご注文はお決まりですか?」

「あっと、今日は俺が奢るんで、好きな物を注文して下さい」

「そんな、悪いわ」

「いえいえ、代わりに色々話を聞かせて下さい」

 

 こうして若い頃に戻ったつもりで楽しく八幡と食事をしながら話をし、

勇人のバイトの様子なども聞けてとても満足した小春は、

その後も月一程度で八幡から誘いを受け、

この食事会は、いつしか小春にとって大事な行事となっていったのであった。



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第904話 勇人とアルバイト

 ソレイユのバイト用サーバーにログインした勇人は、

真っ直ぐナビゲーターNPCの下に向かい、今日はどんな仕事があるのか説明を受けていた。

 

『今日の仕事に関する説明は以上になります、この中からタスクを一つ選択して下さい』

「むむむ、今日はこの『洞窟探険』にしてみるか………」

 

 勇人はリストの中から比較的穏やかそうなタイトルのタスクを選択した。

以前『空中遊泳』という、途中でヒモを掴むタイプのバンジージャンプをさせられたり、

『千本ノック』という名前の無双ゲームに大剣を持たされて放り込まれ、

一瞬で沢山の敵に飲み込まれてがぶがぶされた経験がある勇人は、

さすがにこのタイトルならおかしな事にはならないだろうと考え、

今日の一発目はこれを選択したのであった。

ちなみにこういったタイトルは、アルゴが適当に名付けている為、

タイトルと中身の差が激しい事など日常茶飯事なのである。

 

『かしこまりました、フィールドへ移動します。健闘を祈ります』

「あっ、やべっ」

 

 NPCが『健闘を祈る』と言った場合、大半はとんでもない内容である事を、

勇人は経験から理解していた。

 

「くそ、トラップだったか………」

 

 勇人は一瞬で移動させられ、気が付くと何もない荒野に立っていた。

 

「どこだよ洞窟」

 

 そう言いながら勇人はきょろきょろし、足元に大きな穴が空いているのを見て愕然とした。

 

「え、洞窟って垂直かよ………」

 

 その穴の横にはプレートが張ってあり、そこにタスクの内容が書いてあったのだが、

今回そこにはこう書いてあった。

 

『上手く壁を蹴って落下速度を調整しつつ、下まで辿りつけ!』

 

「うげ、まさかの自由落下かよ………」

 

 ちなみにこれはどんな理由で設定されたかというと、

ヨツンヘイム内にこういう道を設計した場合、

プレイヤーがまともにこの穴を抜けられるのか、調べる為であった。

どんなに無茶に見えても、必要だからこういったタスクが存在するのである。

 

「むむ………」

 

 勇人はゴクリと唾を飲み込み、洞窟の縁に手をかけ、下を覗き込んだ。

 

「そ、底が見えねえ………でも一応中はそれなりに明るくなってるのか」

 

 ところどころに出っ張った部分があり、勇人はそこを蹴って速度を落とすんだなと考え、

深呼吸をした後に穴の縁に手をかけたまま、穴の中に入った。

要するに片手でぶら下がっている状態である。

 

「お、押すなよ、絶対に押すなよ………」

 

 一人でぶつぶつとそう言いながら、一定間隔で深く呼吸をし、

いざ手を離そうとした勇人であったが、丁度その瞬間に、

ショートパンツから伸びたスラッとした美脚が勇人の頭上にいきなり現れた。

 

「あら勇人、勇人もこれを選んだのね。へぇ、ここを降りればいいんだ」

「あ、姉御!」

 

 勇人がそう言った瞬間に、その美脚の持ち主である詩乃は、にこっと口の端を上げた。

 

「ねぇ勇人」

「う、うん」

「今何て?」

「あっ、え、えっと、今のは気の迷いと言うか、その、ちょっとした手違いで………」

 

 どうやら詩乃は姉御呼ばわりが、お気に召さないようである。

 

「手違いねぇ、勇人、あんたは八幡の事を何て呼んでるんだっけ?」

「は、八幡兄ちゃんです!」

「じゃあ私は?」

「し、詩乃姉ちゃん!」

 

 勇人はこれ以上詩乃の機嫌を損ねないように、その質問に即答した。

 

「よろしい」

 

 詩乃はニコニコとそう言いつつ、同時に片方の足をゆっくりと振りかぶった。

 

「ちょっ………」

「そういえばさっき、押してくれってずっと呟いてたわよね」

 

 そう言って詩乃は、その振りかぶった足を無慈悲に振り下ろし、

穴の縁を掴んでいた勇人の手を蹴り飛ばした。

 

「絶対押すなって言ったじゃんよおおおお!」

 

 そう絶叫しつつも勇人は、穴の中の出っ張った部分に何とか手足を引っ掛け、

ブレーキをかけようと必死でもがきながら、それでも穴の奥へとぐんぐん落下していった。

 

「う~ん、勇人には度胸をつけさせる為に、空挺降下でもやらせてみようかしら」

 

 そう言いながら詩乃も穴の中に身を躍らせ、

さすがはベテランバイトらしく、トン、トンと跳ねるように壁を蹴りながら、

まったく体勢を崩す事なく勇人の後を追ったのだった。

 

「ブ、ブレーキ、ブレーキ!」

「まだまだね勇人、もう追いついちゃうわよ」

「うわ、姉御早っ!」

「………今何て?」

「うわっ、あ、頭を踏むのはやめてええええ!」

 

 そして三十秒後、別に痛くはなかったのだが、

穴を抜けた先の地面にまるでマンガのように大の字で、ビタン!と落下した勇人は、

ぐぬぬ状態ながらも何とか体を起こした。

その横に詩乃が、トン!という感じで軽やかに着地する。

 

(くそっ、姉御ってば性格はきついけど、やっぱり格好いいんだよなぁ)

 

「まあ勇人はまだ慣れてないから仕方ないわね、

でもそうか、ALOのビギナーだと、こうなる可能性が高いって事になるのかな」

 

 そう呟きながら詩乃は勇人に手を伸ばし、勇人はその手を握って立ち上がった。

 

「くっ、次こそは………」

「まあ今のもいいデータになるはずだから、結果を恐れないで思い切りやりなさい」

「う、うん!」

「それじゃあ私は次のタスクをやってくるわ、またね、勇人」

「うん、またね、姉御!」

 

 その瞬間に詩乃は、足を高く上げて勇人の頭にかかと落としを決めた。

 

「うぎゃっ!」

「姉ちゃんでしょ」

「う、うぅ………し、詩乃姉ちゃん、またね!」

「よろしい」

 

 そして詩乃の姿は消え、勇人はのそのそと立ち上がってぶんぶん首を振った。

 

「ちょっと一息入れよう………」

 

 そう呟いた勇人はコンソールを操作し、レストスペースへと移動した。

 

「ふう、姉御め、いつか絶対ぎゃふんと言わせてやる………」

 

 母親の影響か、微妙に昭和っぽいセリフを吐きながら、

勇人は何を選ぶでもなく、適当にVR無料自販機のボタンを押した。

それもそのはず、この自販機のメニューは一種類しか無いのである。

言うまでもなくその一種類とはマックスコーヒーだ。

ちなみにリアルのレストスペースの無料自販機には、

ちゃんと色々な種類の飲み物が用意されている為、

これが完全に八幡のゴリ押しだという事が分かる。

このレストスペースは、実は勇人がバイトを始めてから設置されたのだが、

ここに勇人がいる事は、他の四人にちゃんと分かるようになっており、

ソレイユにあるリアルのレストルームを利用出来ない勇人の為に、

他の四人と少しでも交流出来るようにと、八幡がアルゴに頼んで作ってもらったのである。

ちなみに仕事中、勇人は必ず途中で一旦ログアウトして、水分をとるように言われている。

 

「ふう、この甘さにも慣れてきたなぁ」

「おう勇人、随分と疲れたような顔をしてるな」

 

 そんな勇人に声をかける者がいた、風太である。

 

「風太さん、お疲れです!

実はさっき、姉御に穴の中に突き落とされてひどい目にあったんですよ」

「ははぁ、お前もしかして、詩乃に向かって姉御とか言っちまったんだろ」

「正解!さっすが風太さん、勘が鋭い!」

「まあ俺もたまにやらかすからな………」

「風太さん、格好悪い………」

「そう言うなって、あいつ、年下の癖にマジで怖いんだよ、

八幡がいれば矛先があいつに向くから安心なんだけどなぁ………」

 

 その風太の言葉に勇人はきょとんとした。

 

「え、兄ちゃんと姉御って仲が悪いの?」

「違う違う、良すぎるんだって。詩乃は八幡がいると、とにかくあいつに絡みたがるからな。

詩乃がお前に姉ちゃんと呼べって言ってるのも、八幡を意識してるからなんだよ」

「え?あ、ああ~!」

 

 確かに詩乃は初めて会った時から勇人が八幡の事をどう呼ぶか気にし、

自分も同じように呼ぶように言ってきていた。

 

「そっか、姉御が自分の事を、姉ちゃんって呼べっていつも言ってくるのって、

兄ちゃんとお揃いが良かったからなんだ!」

「多分そうだろ、あいつは肉食系ツンデレ乙女だから、

絶対にそんな事は口に出さないだろうけどな」

「乙女?」

 

 勇人はその言葉に首を傾げた。

肉食系は分かる、ツンデレも分かる、だが詩乃の乙女な面を、勇人は一度も見た事がない。

 

「ああ、勇人はここで八幡と詩乃が一緒にいるところをまだ見た事が無いのか」

「えっ、兄ちゃんもここに来る事があるの?」

「おう、興味が引かれるタスクがある時にたまにふらっと来るんだよ」

「そうだったんだ!」

 

 勇人は八幡と一緒に色々やってみたいなと思い、今度八幡に頼んでみようと心に決めた。

 

「それでな、あいつ、バイトの時は常にハーフパンツ姿だろ?」

「うん」

「それが八幡が来た時だけは、ミニスカート姿になるんだよな」

「えええええ?」

「で、俺達が一緒になると、すぐにハーフパンツに戻しちまうんだよ」

「うわぁ」

「で、いつも八幡が、凄く情けなさそうな顔で詩乃にこう言うんだよ。

『おい詩乃、何でお前は俺の前でだけわざわざミニスカートに着替えるんだよ』ってな。

そしたら詩乃の奴は大体こう答えるんだ。『何よ、本当は嬉しい癖に』もしくは………」

「もしくは?」

「『何か………』」

「何か私に文句でもある訳?」

「そうそれだ、よく分かったな勇人、

声真似までしやがって、今のはかなりあの姉御に似………て………え?」

 

 そんな風太の目の前で、勇人が顔を激しくぶんぶんと横に振っていた。

 

「………ええと」

 

 ぶんぶん。

 

「あ~………」

 

 ぶんぶん。

 

「ちょ、ちょっと一旦落ちて、水分補給を………」

 

 その瞬間に、風太は首筋をガシッと捕まれた。

 

「飲み物ならここにあるじゃない、今日は私が奢ってあげるから、遠慮しなくていいわよ」

「奢るも何も、ここの飲み物は全部タダじゃないかよ!」

「黙りなさい、ほら、さっさと口を開けて」

「だが断………がぼっ、がぼぼぼぼ!」

 

 風太は口にマッ缶を突っ込まれ、どうする事も出来ずに涙目でそれを飲み干した。

 

「ぶはっ、い、いきなり何しやがる!」

「はぁ?」

「すんませんっした!」

 

 詩乃にギロリと睨まれ、風太は即座に謝った。

 

「ふん」

 

 続けて詩乃は、勇人の方をジロっと睨んだ。

 

「ひっ………」

 

 勇人は自分も何か制裁をくらう事を覚悟したが、

次の瞬間詩乃は、急に笑顔になって何事も無かったかのように勇人に言った。

 

「お疲れ様勇人、どう?仕事には慣れた?」

 

(露骨に話題を逸らしてきた!?)

 

 この時詩乃は、実は必死であった。風太の言っていた事は事実であり、

否定しようにももし勇人が八幡に尋ねたら、一発でバレてしまう。

かといって言い訳しようにも、何と言って誤魔化せばいいのかまったく分からない。

なので今の詩乃は、とにかく必死に話をはぐらかそう、はぐらかそうとしているのである。

 

「う、うん、詩乃のアネ………ね、姉ちゃんにも色々教えてもらってるし、大分慣れたよ」

 

 だが勇人もこう答えるしか選択肢は無かった。

ここで下手な事を言って、制裁をくらうのは嫌だったからである。

 

「そう、それなら色々教えてきた甲斐があるわね」

「うん、姉ちゃんには本当に感謝してるよ!」

「あら、かわいい事を言ってくれるじゃない」

 

 詩乃は話を逸らす事に成功した為、

そして勇人はどうやら制裁される事は無さそうだと分かり、

二人は表面上はニコニコと微笑みあった。

 

「さて、私はそろそろ落ちるわ、お腹も減ってきちゃったしね」

「それなら八幡兄ちゃんに奢ってもらえば?」

 

 勇人は更に詩乃の機嫌をとる為にそう言った。

この時勇人は八幡と小春が今一緒に出かけている事を完全に忘れていたのだ。

 

「そうね、そうしようかしら。それじゃあ落ちたら八幡に連絡してっと………」

「あ、やべ、今日は兄ちゃんは、うちの母さんと食事に行ってるんだった………」

 

 勇人はハッとしたようにそう呟き、

その瞬間に詩乃は、バッと振り向いて勇人に詰め寄った。

 

「勇人、その話、詳しく」

「えっ?えっ?」

「勇人のお母さんって美人?」

「あ、うん、美人だけど」

「ぐぬぬぬぬ、今いくつくらい?」

「ええと、来年五十になるけど………」

「ご、五十?そ、そう、それならちょっと安心かな、でもなぁ、八幡だしなぁ………」

 

 詩乃はそう言ってやきもきした表情をし、ああだこうだとぶつぶつ呟き始めた。

 

「うわ、本当に乙女だ………」

「だろ?こいつはこういう奴なんだよ」

 

 復活した風太が勇人の呟きを聞いて相槌をうつ。

 

「何よ、何か文句でもあるの?」

「「ひっ………」」

 

 詩乃はその言葉をしっかり聞いていたようで、向こうを向いたままそう言い、

二人は恐怖のあまり、小さく悲鳴を上げた。

だが詩乃はそう言っただけで、顔をこちらに向けようとはしない。

 

「ん………?」

「あれ………?」

 

 それを怪訝に思った二人はそっと横から詩乃の顔を覗き込んだ。

見ると詩乃は赤面しており、二人は顔を見合わせてニヤリとした。

 

「勇人、とりあえずこの事を八幡に報告だ」

「うん!」

「ちょ、ちょっと、やめなさいよ、本当に殴るわよ!」

「殴ったらその事も八幡に報告しますが何か?」

「あ、あんたね………」

「風太さん、やりすぎると後が怖い気が………」

「うっ、た、確かに………」

「あら勇人、よく分かってるじゃない、でももう手遅れよ」

「ひっ………」

「ま、待て詩乃、話せば分かる」

「二人とも、ちょっと調子に乗りすぎたわね」

「「すんませんっした!」」

 

 そしてバイトを終え、ログアウトした勇人をクルスちゃんが出迎えた。

 

「勇人君、お疲れ様。今日も楽しかった?」

「うん、とっても楽しかったよ、クルス姉ちゃん!」

「そう、それは良かったわ。バイトの話も聞きたいところだけど、

その前にとりあえず勇人君は、ご飯を買ってこないとね」

「だね、ちょっと買い物に行ってくる、バイトの事は飯を食べながら話すね」

「うん、楽しみに待ってるね」

 

 こんな感じで勇人も充実した日々を送っているのであった。




年末は忙しい為、とりあえず明日の投稿はお休みとなります、
年内は週に一度程度は投稿出来ない日があると思いますが、宜しくお願いします!


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第905話 訪問者

 とある日曜の朝、日高商店の入り口とは別の、日高家の玄関がスッと開き、

中からクルスちゃんが顔を出し、玄関前に立っていた女性にぴこぴこと手を振った。

 

「一応初めまして?」

「うん、そうだね」

「この前ここに来てもらうように頼んだけど、今日は丁度良かったね」

「うん、手間が省けちゃった。ところで小春さんと勇人君は?」

「小春さんはもう起きてる、勇人君はまだぐっすり」

「オッケー、それじゃあ小春さんを呼んできてもらっていい?」

「あい、待ってて」

 

 そしてクルスちゃんはとてとてっと居間に向かい、

眠い目をこすりつつ、こたつでテレビを見ていた小春に声をかけた。

 

「小春さん、お客様だよ」

「あら?こんな時間に?」

「うん、きっと見たら驚くと思う」

「あらあら、比企谷君でも来たのかしら?」

「ううん、近いけど違う人」

 

 そして玄関に向かった小春は、そこにどこかで見た事があるような、

でも絶対に見覚えが無い女性の姿を見て、首を傾げた。

 

「ええと、あなたは………」

「あ、いつも私っぽいのがお世話になってます、私は間宮クルスと申します、初めまして」

 

 そう言ってクルスは小春に柔らかい笑顔を向けた。

 

「間宮クルス………?あ、もしかしてクルスちゃんの中の人!?」

「中の人と言っていいのかは分かりませんが、はい」

 

 そう言いながらクルスは苦笑した。

 

「あらあらあら、まあまあまあ、道理でどこかで見た事があると思ったわ、

初めまして、私は日高小春よ、こんな格好で申し訳ないんだけど、遠慮なく上がって頂戴」

「はい、お邪魔します」

 

 こうしてクルスは無事に日高家の客となった。

 

「勇人がきっと驚くわね、今起こしてくるわ」

「あ、その前に一緒に朝食を作りませんか?まだですよね?私もお手伝いしますから」

「あら、いいの?確かにその方が面白いかもしれないわね、それじゃあそうしましょっか」

 

 そして二人は仲良く料理を始め、

クルスちゃんは台所と居間をとことこと往復しながら配膳をした。

 

「こんなもんかしらね」

「ですね、朝からあまり凝った料理を作るのもどうかと思いますし」

「それじゃあ私が勇人君を起こしてくるね」

「ありがとうクルスちゃん、お願いね」

「うん!」

 

 そう言ってたたたっと走っていくクルスちゃんを見て、クルスは微妙そうな表情をした。

 

「う~ん、あれも自分、これも自分だと思うと、胸の奥がむずむずしますね」

「ふふっ、確かにそうかもしれないわね。で、今日はどうしてうちに?」

「あ、はい、実は今日のALOの案内なんですが、八幡様が会社の用で遅れそうなので、

それまでの繋ぎとして代わりに私が参りました」

「ああ、そういう事だったのね、でも随分早いわね」

「実は先日クルスちゃんから、一度ここに顔を出してくれないかって頼まれてたんで、

せっかくだから事前に勇人君と少しお話しでもしようかなって思ったんです」

「そういう事ね、ふふっ、あの子はどんな顔をするかしらね」

「楽しみですね」

 

 一方勇人を起こしにいったクルスちゃんは、

だらしない顔で寝ている勇人の頬をつんつんとつつきながら、勇人に声をかけた所だった。

 

「勇人君勇人君、そろそろ起きる時間だよ」

「んっ、う~ん………お、おふぁよう姉ちゃん」

「おはよう、昨日はよく眠れた?」

「よくは眠れたけど、正直もうちょっと寝てたい………」

「駄目だよ、もう朝ご飯の準備が出来てるんだからね」

「えっ?母さんも朝が弱いはずなのに珍しい、分かった、着替えたらすぐ行く」

「それじゃあ私は居間で待ってるね」

「うん、ちょっとだけ待ってて」

 

 そして居間に戻ったクルスちゃんは、うんしょうんしょとクルスの膝の上に乗り、

そこにちょこんと腰を下ろした。

 

「着替えたら来るって」

「というかクルスちゃん、何で私の膝の上に?」

「う~ん、何となく?」

「まあいいけど」

 

 そんな二人を小春は微笑ましい表情で見つめていた。

 

「おはよう、母さ………ん?あれ、だ、誰?」

「おはよう勇人、さて、誰でしょう?」

「「さ~て、誰でしょう?」」

「むむむ………ん、よく見ると姉ちゃんに似てる気がする………

あっ、も、もしかして、マジ姉ちゃん?」

「………マジ姉ちゃん?」

 

 そんな呼び方をされるとは思ってもいなかったクルスは、

そう言いながら首を傾げた。

 

「クルスちゃんがクルス姉ちゃんだから、本物のクルスさんはマジ姉ちゃん!」

「ぷっ、何それ」

 

 クルスはその言葉に思わず噴き出した。

 

「ご、ごめん、初対面なのに失礼な事を言っちゃった」

「別にいいよ勇人君、初めまして、マジ姉ちゃんの間宮クルスです」

「あっ、ご、ごめん、日高勇人です、初めまして!」

「それじゃあ朝ご飯が冷めちゃうから、続きはご飯を食べながら話しましょうか」

「そうね、そうしましょう」

「う、うん!それじゃあ頂きます!」

 

 こうして今日の日高家の朝食の時間は、いつもより賑やかとなった。

勇人は緊張した様子でもぐもぐとパンをかじり始め、

そのままチラチラとクルスの方に目を走らせていた。

それを見てクルスちゃんが、少し拗ねたような様子で勇人の膝をつついた。

 

「もう、勇人君、もっと私の方もチラチラ見てよ!」

「えっ?い、いや、別にマジ姉ちゃんの方なんか見てないし………」

「私は別に、誰の方を見てたかなんて言ってないよ?」

「う………」

 

 自分が墓穴を掘った事に気が付き、勇人はもじもじと下を向いた。

そんな勇人を見て、三人がかわるがわる呟いた。

 

「思春期ねぇ………」

「思春期ですね」

「思春期だね」

「もう、そんなんじゃねえよ!」

 

 勇人は真っ赤な顔でそう言い、

このままではまずいと思ったのだろう、露骨に話題を逸らしてきた。

 

「そ、そういえば八幡兄ちゃんは一緒じゃないの?」

「うん、今日は急な仕事が入っちゃったみたいで、

ALOにログインするのが少し遅れそうだからって事で、

私が代わりに二人を案内する為にここに来たんだよ。

まあ本当は私がここに来なくても、現地で待ち合わせればそれで良かったんだけど、

クルスちゃんの事もあるし、一応ご挨拶にってね」

「げ、八幡兄ちゃん、日曜なのに働いてるんだ、

兄ちゃんっていつも働いてるようなイメージしかないんだけど」

 

 その勇人の疑問にクルスは笑いながらこう答えた。

 

「確かにそうだね、でも勇人君くらいの年の時、

八幡様は毎日『働きたくないでござる』って言ってたらしいよ」

「えっ、そうなの?その割に今は熱心に働いてるよね?」

「うん、『どうやら俺には社畜の才能もあったらしい』って、

ちょっと前に凄く嫌そうな顔で言ってたよ」

「うわぁ、俺、八幡兄ちゃんみたいになりたいって思ってるけど、

その才能はいらないわ………」

「勇人君は八幡様みたいになりたいの?」

「うん!」

 

 クルスは微笑ましいものを見る表情でそう言い、勇人はその問いに素直に返事をした。

 

「それじゃあ勇人君は、女の子にモテるようにならないとね」

「ど、どのくらいモテるようになればいい?」

 

 勇人は自信無さげな表情をしながらも、参考にするつもりでそう質問してみた。

 

「そうねぇ、勇人君が学校の同じクラスの女の子全員にモテたとしても、

全然足りないかもしれないなぁ」

 

 その答えに勇人は頬をひくつかせた。

 

「マ、マジ姉ちゃん、それって本気で言ってる?」

「うん、明日奈、私、雪乃、結衣………」

 

 そしてクルスは指を折りながら女性の名前をどんどんあげていき、

二十人を超えたところで勇人が頭を抱えながら絶叫した。

 

「そんなの絶対無理じゃん!」

「ふふっ、頑張りなさい、勇人」

「母さん、こういう時に応援とかちょっと勘弁して………」

 

 どうやら勇人は母親とこういった話をするのは嫌なようだ。

今後事あるごとにからかわれるのが間違いないからである。

 

「でも残念だわ、クルスさんにはうちの勇人の姉さん女房になってもらいたかったのに」

「ちょっ、母さん、もう勘弁してよ!」

「ごめんなさい小春さん、私はもう身も心も八幡様のものなんです」

「でも比企谷君には確か、正式な彼女さんがいたわよね?」

「はい、そうですね」

「それなのにそんな沢山の女の子に好かれてるって、みんな喧嘩とかにならないの?」

「ならないです、みんな仲良しですよ。正妻様もしっかり仕切ってくれますしね」

「そ、そうなのね………」

 

 そう言いながら、小春は遠い目をした。

もしかしたら自分の過去を思い出しているのかもしれない。

 

「やっぱり八幡兄ちゃんは凄え………

ねぇ、マジ姉ちゃんはどうやって八幡兄ちゃんと知り合ったの?」

「よくぞ聞いてくれました!」

 

 その瞬間にクルスは豹変した。

 

「最初私はGGOっていう銃で戦うゲームをやってたんだけど、

あ、もしかして知ってるかな?ガンゲイル・オンラインね。

そこで私ってば結構有名なプレイヤーだったんだけど、

そういう腕に自信がある人同士が戦う公式大会が開催される事になって、

余裕で予選を突破して調子に乗ってた私は、

サトライザーっていう人に一秒で倒されちゃったの。

で、そのサトライザーと唯一互角に戦えたのが八幡様で、

その時から私は八幡様を崇拝し、追っかけみたいな事をやってたのね。

で、そのゲーム内でプレイヤー同士の戦争が起こった時に、

私は八幡様をかばって死んじゃって、そんな私を八幡様が自ら迎えにきてくれて、

その時から私達は、固い絆で結ばれた主従になったんだよ!

詳しく知りたかったら『GGO』『源平合戦』で調べてみてね!」

「あ、う、うん」

 

 よく聞くと超適当な説明であったが、

勇人はとても嬉しそうに八幡の事を語るクルスを見て、

本当に八幡の事を大好きなのだと実感させられた。

 

「マジ姉ちゃんは本当に八幡兄ちゃんの事が大好きなんだね」

「大好きというか、八幡様はわたしの神だからね」

「神かぁ………恋愛面はともかく、

ちょっとでも兄ちゃんに近付けるように俺も頑張らないと………」

「そうだね、先ずは男を磨くところから始めればいいんじゃないかな。

その第一歩として、今日のALOで私がしっかりと勇人君を鍛えてあげるからね」

「う、うん、宜しくお願いします」

「それじゃあそろそろログインしてみましょっか!」

 

 その小春の提案に二人は頷いた。

 

「そうですね、そうしますか」

「クルス姉ちゃん、留守をお願いね」

「うん、任せて!二人とも楽しんできてね」

 

 こうして小春、勇人、クルスは日高商店からALOへとログインした。



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第906話 案内役は姫騎士

 ALOに初めてログインした小春と勇人は、現実ではありえない、

幻想的な街の中央に立っていた。

 

「ここがアルンって所?」

「凄いわねぇ、今のゲームはここまで進歩しているのね」

 

 勇人のキャラネームはベルディアと言う。

これは言うまでもなくディアベルを逆にしただけでである。

そして小春のキャラネームはスプリングからとってプリンにしたようだ。

微妙に春雄のスプリンガーに寄せているのは、

ラキアに対する小春なりのアピールなのかもしれない。

 

「ねぇベルディア、私、こんな見た目にしたんだけど、

おばさんが若作りしてるってハチマン君に笑われたりしないかな?」

「ハチマン兄ちゃんがそんな事思う訳ないじゃん、っていうか母さ………」

「プリン」

「………プリンの見た目って、前に見せてもらったプリンの若い頃の写真にそっくりだね」

「ふふん、どう、かわいいでしょ?」

「そ、そうですね」

「何で敬語なのよ!まったくもう、失礼しちゃうわ!」

 

 二人はゲームの中ではお互いを名前で呼び捨てにする事にしたらしい。

間違っても本名を呼んだりしないようにと八幡から念を押されたからである。

 

「でもその見た目だと、

スプリンガーさんやラキアさんに中の人が誰なのかすぐバレちゃいそう」

「それならそれでいいじゃない、

もしラキアがごついキャラを使ってるのなら、私の完全勝利よ!」

「そんな事で対抗心を燃やさなくても………」

 

 そう苦笑するベルディアの外見も、実は現実世界の勇人に酷似していた。

正確に言えば、勇人は兄である直人の外見に寄せているのであるが、

兄弟なのだから、そうなると結局リアルの勇人に似た外見になるのは当然である。

 

「さて、セラフィムさんはどっちから来るのかしらね」

「どうだろう、俺達右も左も分からないしね」

 

 二人はキョロキョロと辺りを見回した。

だがどこにもそれらしき姿は見えず、ただ時間だけが過ぎていく。

 

「待ち合わせ場所、間違ってないよな?」

「ログインしてすぐの広場にいてって言われたんだから大丈夫じゃない?」

「お待たせしました」

 

 その時つい先ほどまでリアルで聞いていた声が近くで聞こえ、

二人はきょろきょろしたが、周囲には誰もいない。

 

「あ、あれ?」

「姉ちゃん?」

「こっちだよ、ベルディア君」

「ど、どこ?」

「上だよ上」

「あっ!」

 

 その言葉で二人は、ALOでは空が飛べるのだという事実に思い当たった。

常識的に待ち合わせた者が空から来るなどという発想が浮かばないのは当然である。

そして二人の前にセラフィムが降り立ち、広場にいた者達は騒然となった。

 

「お、おい、姫騎士イージス様だぞ」

「凄えオーラだ、さすがは序列十五位」

「相変わらず美人だよなぁ………」

「馬鹿野郎、リアルでもそうだとは限らないだろ」

「いや、あの人は絶対美人だろ」

「そうだそうだ!」

「姫騎士様に踏まれたい………」

 

 一部変態が混じっているようだが、そんな周りの声を聞き、

二人はセラフィムが有名人だという事を嫌というほど理解した。

 

「姉ちゃん、格好いい!」

 

 セラフィムが着ているのは、ヴァルハラのタンクの正装であるルッセンフリードであった。

さすがにタンクがヴァルハラ・アクトンのような軽装でいる訳にはいかない為、

ハチマンとナタク、それにクリシュナが設計に関わって完成したその三つの鎧は、

セラフィムが白、ユイユイが赤、アサギが青のものを着用しており、

セラフィムのそれは、白の貴婦人と呼ばれていた。

そして腰にはハイエンド装備である、フォクスライヒバイテが装着されていた。

くるりと丸まった天使の羽のような装飾のついた長剣である。

ちなみにユイユイも同じタイプの武器を所有しており、名をハロ・ガロという。

アサギの鉄扇はバージョンアップを繰り返され、こちらは鉄扇公主と呼ばれている。

 

「本当に素敵よね………」

「ふふっ、ありがとうございます」

 

 そうお礼を言いながら、セラフィムは二人に初心者用の武器と防具を差し出してきた。

 

「本当はもっと性能のいいものをあげたいんだけど、

装備する為のステータスが多分全然足りないと思うから、

とりあえずは経験値を稼いでステータスを上げつつ、空を飛ぶ練習をしましょう」

「姉ちゃんはどんなステータスなの?」

「私はSTR-VITタイプかな、力と耐久力を上げてるの。

ちなみにハチマン様は万能寄りのAGIタイプ、速度重視よ」

「なるほど………どういう風にキャラを育てるか、考えておかないといけないのね」

「はい、一応うちのギルドの裏サイトのアドレスもお教えしますので、

そこを参考にすればいいと思います」

「ありがとう、是非参考にさせてもらうわ」

「俺も参考にさせてもらうよ、姉ちゃん!」

 

 勇人がそう叫んだ瞬間に周囲がどよめいた。

 

「おい、あの初心者、姫騎士様の弟らしいぞ」

「って事は、一緒にいるのは妹か?」

「かもしれないな、今後に注目だな」

 

 そんな声が聞こえたのだろう、セラフィムは二人に移動を提案した。

 

「あっ………と、ここじゃあ人目が多いから、とりあえず街の外に行こっか」

「う、うん!」

「ふふっ、妹、私が妹だってよ」

「プリン、ほら、行くよ!」

 

 そして三人は、そのままアルンの街を出て、

敵がほとんどおらず、基本的に誰も来ない草原へと移動した。

 

「さて、それじゃあ最初に飛び方を教えるね」

 

 二人はセラフィムから丁寧に説明してもらいながら、一生懸命飛ぶ為の訓練をした。

最初はコントローラーを使い、おっかなびっくりだった二人も、

徐々に飛ぶという感覚に慣れてきたのか、随意飛行はまだ無理だが、

フライトシミュレーターを使うような感覚で、それなりに自由に飛べるようになった。

 

「うわぁ、これ、楽しい!」

「まあ飛べるってのがALOの一番の売りだからね」

「慣れたら考えるだけで飛べるのよね?」

「ええ、きっとすぐに出来るようになるので、そうなったらもっと楽しいですよ」

 

 二人はもっと飛ぶ訓練をしたかったのだが、

最初からあまり長時間ログインするのは良くない為、次に戦闘訓練を行う事にした。

 

「それじゃあ私が弱い敵を釣ってきますから、最初は好きに攻撃してみて下さいね」

 

 そう言いながらクルスは飛んでいき、すぐにモンスターを複数連れて戻ってきた。

 

「二人とも、一体ずつ確実に仕留めて下さいね」

「ね、姉ちゃん、敵が姉ちゃんを噛んでるけど………」

 

 そのベルディアの言葉通り、雑魚モンスターはセラフィムを噛み、

今はブランとその腕にぶら下がっていた。

 

「大丈夫、このクラスの敵からはダメージをもらわないからね」

「そうなんだ、それじゃあプリン、頑張って攻撃してみよう!」

「おう!」

 

 そして二人は掛け声を発しながら敵に斬りかかっていった。

 

「えい!」

「とぉ!」

「あれ、二人とも、思ったよりも太刀筋が綺麗ですね」

「お、昨日のイメージトレーニングの成果が出たかな?」

「何かしたの?」

「うん、ソウルエッジってゲームの動きを二人でトレースしてみた。

意外と大変だったし意味があるかどうか分からなかったけど、まあ多少は効果が出たのかも」

「そうなんだ、ふふっ」

 

 二人が自宅でゲーム画面を見ながら仲良くその真似をしている光景を想像し、

セラフィムは微笑ましさを感じて、笑顔になった。

 

「よし、次!」

「はい、どうぞ」

 

 セラフィムは腕にぶら下がっていた敵を倒さないように慎重に放り出し、

二人は気合いを入れて、その敵に挑んでいった。

そんな光景が何度も繰り返され、二人のステータスもそれなりに上がる事となった。

ハチマンを尊敬するベルディアはAGIを、

そしてラキアをライバル視するプリンはSTRを中心に上げるようだ。

 

「本当はパワーレベリングをしたいところなんですけど、

生憎今日はみんな午前中は用事があって、来れなかったんですよね」

「そこまで気を遣ってもらわなくても大丈夫よ、今みたいな感じでも十分楽しいから」

「まあ後でハチマン様が来たらどんな無茶ぶりをしてくるか分からないので、

今のうちにもしそうなった場合の心得を説明しておきます」

「そうなったらそうなったで楽しそうだから別にいいんだけど、

確かに説明だけは聞いた方が良さそうね」

「ハチマン兄ちゃん、早く来てくれないかなぁ」

「もうすぐだから待っててね」

「うん、楽しみに待っとく!」

 

 そしてセラフィムからヴァルハラのパワーレベリングのやり方を教わった二人は絶句した。

 

「え、本当にそんな感じになるの?」

「見渡す限り敵みたいな………」

「うん、本当の本当にそんな感じだけど、二人が危険な目に遭う事はないから、

とにかく落ち着いてなるべく多くの敵に砂を投げてね、

あ、でも今回は多分、タンクに強化魔法をかける事になるかも。

簡単な呪文を後で教えるね」

「わ、分かった、頑張って覚えるよ!」

 

 これはハチマンが考えた経験値を得る方法であった。

パワーレベリングを受ける対象の者が、砂を大量に敵に向かって降らせ、

出来るだけ多くの敵と交戦状態に入ったとシステムに認識させる方法である。

これは場合によってはトン単位で砂を投げる事になる。

もしくはタンクを強化する事で、間接的に敵のヘイトリストに名前を乗せるのだ。

 

「さて、そろそろハチマン様達が来る時間なので、一度街に戻りましょっか」

「うん!それじゃあ街まで競争しようぜ、プリン」

「お、負けないわよ、ベルディア!」

「二人ともあまり無茶はしないでね」

 

 そしてセラフィムは、並んで飛ぶ二人を見守るように後からついていった。

 

(さて、ハチマン様はどうされるつもりなのかな)

 

 セラフィムはそんな事を考えながら飛んでいたが、

その為にプリンとベルディアの動きに反応するのが少し遅れた。

先ほど二人が話していたように、二人は競争だと言っていきなり速度を上げたのである。

 

「あっ、ここでその速度は!」

 

 ここは既にかなり街に近い場所であり、それなりに人通りも多い為、

ここで速度を上げるのは他のプレイヤーとかち合う可能性が高い。

セラフィムは速度を上げて二人の後を追ったが、最悪な事に、

競争する二人の正面から、十数名のプレイヤーの集団が飛んでくるのが見えた。

 

「二人とも、待って!」

 

 セラフィムはそう叫んで加速した。二人はその声が聞こえたのか僅かに速度を落としたが、

正面から近付いてくる点がプレイヤーの集団だとは気付いていない。

お互いに飛行している為、相対速度は単純計算で倍になるのだが、

その状態で前から何が来るのかを把握する為には、かなりの慣れが必要となる為である。

 

「くっ!」

 

 セラフィムは全力で飛び、何とか相手と接触する前に二人に追いつき、

その頭を無理やり下げさせ、衝突コースから外す事に成功した。

 

「ね、姉ちゃん?」

「二人とも、ちゃんと前を見て飛ばないと駄目だよ」

「前?あっ!」

 

 丁度その時、前にいた集団が、二人にも視認出来る距離まで迫ってきた。

 

「あっ、本当だ、ごめん姉ちゃん」

「遠くから点が近付いてきたら、それは他のプレイヤーだから、

今度からはよく注意して前を見てね」

「うん」

「セラフィムさん、ごめんなさいね」

「いえ、慣れないとこういうのは難しいですから」

 

 そして三人はその集団をやりすごそうと、低空をのんびりと進んでいたが、

その集団は何故か三人の真上で停止し、こちらに声をかけてきた。

 

「ああん?無茶な飛び方をしてる馬鹿がいたからシメてやろうと思ったら、

まさか姫騎士イージス様だったとはねぇ」

 

 そこにいたのはヴァルハラ内では敵対ギルドに分類されている、

チルドレン・オブ・グリークスのヘラクレスであり、

その後ろにはオルフェウスやテセウスの姿も見えた。装備に統一性がある事から、

ここにいる全員がチルドレン・オブ・グリークスのメンバーだと思われる。

セラフィムは戦闘になるかもしれないと考え、二人をかばうように前に出た。

 

「この距離なら、そちらに迷惑がかかるような事は何一つ無かったはず」

「へぇ、初心者か」

 

 セラフィムの言葉を無視して放たれたその言葉は、

本当に何気ない一言のようであり、事実ベルディアとプリンもそう思った。

だがセラフィムはそうは思わなかったらしく、剣を地面に突き立てながらこう叫んだ。

 

「展開、フォクスライヒバイテ!」

 

 その瞬間に、飾りの羽の部分がふわりと開いて一気に広がり、

フォクスライヒバイテは羽で縁取られたハートのような形の盾となった。

そしてその中心の剣の部分を引き抜いたセラフィムは、

その剣を真っ直ぐヘラクレスに向けた。

 

「で?」

「チッ、初心者どもを狙えば自由に動けなくなると思ったのに、対応が早すぎるぜ」

 

 その言葉でベルディアとプリンは、一歩間違えば危ないところだったのだと理解した。

同時に二人は自分達が足を引っ張らないようにと、大人しくセラフィムの背後に隠れた。

 

「やるなら相手になるけど?」

「一人で俺達全員を相手にするつもりか?」

「ええ、そのつもり。別に卑怯だとは思わないから安心するといい、

これはただの遭遇戦、ALOではよくある事」

「いい度胸だ、おいお前ら、やるぞ!」

 

 そう仲間達に声をかけた瞬間に、ヘラクレスは慌てて横に避けた。

そのすぐ横を、攻撃魔法なのだろうか、セラフィムが放った黒い光が通過していく。

 

「もう戦いは始まってる」

「だな!いくぞ!」

 

 こうしてセラフィム対チルドレン・オブ・グリークスの戦いが始まった。



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第907話 セラフィムの危機

「姉ちゃん!」

「セラフィムさん!」

「二人とも、その中へ!」

 

 心配そうに声をかけてきた二人に、セラフィムは何かを放り投げた。

それは地面についた瞬間にコテージのような形に広がり、

二人は言われた通りその中に入った。

 

「くそ、結界コテージか」

 

 結界コテージとは、狩りの最中に休む為のコテージである。

これはモンスターは通してしまうが、プレイヤーは通さない為、

安全地帯で使用するのにとても便利な簡易コテージであった。

 

「これで二人には手が出せないでしょう?」

「まあな、もっとも手を出すふりしかしないつもりだったけどな!」

「本当に手を出したらもうALOにはいられないだろうし、当然ね」

 

 悪意の無い初心者を狩る行為が忌避されるのは、どのゲームでも一緒であろう。

正直目撃者がいなければ何の問題も無いが、

ヴァルハラのメンバーがこういう場合、必ず状況を録画しているのは有名な話である。

 

「行くぜ!」

 

 ヘラクレスはそう言って剣を振り下ろし、それを盾で受け止めたセラフィムは、

その攻撃の重さを意外に思った。

 

「中々の攻撃力ね」

「そりゃどうも!」

「でも私の相手をするにはまだまだ不十分」

「それも自覚してるぜ!」

 

 そう言ってヘラクレスは下がり、横合いからオルフェウスが飛び込んできた。

セラフィムは余裕でそれを受け止めたが、オルフェウスはすぐ下がり、

別方向から他のプレイヤーが再び突撃してきた。

 

「全方位からのヒットアンドアウェイ?連携の腕は中々ね」

「くそっ、余裕だなおい」

「実際余裕………スパイク!」

「ぎゃっ!」

「シールドバッシュ」

「ぐわっ!」

 

 セラフィムは安定感のある立ち回りで敵をまったく寄せ付けない。

その姿を見ていたベルディアとプリンは、

人数差をものともせずにセラフィムが勝ちそうだと思い、驚きつつも安心した。

 

「本当に凄いね」

「姉ちゃん、まだまだ余裕そうだな」

「そうね、このままなら………待って、ベルディア、あそこ!」

 

 その時プリンが何かに気付いたようにそう叫んで遠くを指差した。

その指が差す方向に、多くの点のようなものが見える。

 

「あれってまさか、敵じゃないよな?」

「どうなのかしら、一応セラフィムさんに知らせましょう」

 

 そして二人は大声で叫んだ。

 

「姉ちゃん、遠くから沢山プレイヤーが来る!」

「セラフィムさん、敵か味方か不明な集団が近付いてるわ!」

 

 その言葉が聞こえたのか、セラフィムはチラリとそちらを見た。

 

「チッ」

 

 そしてセラフィムは、珍しく舌打ちをした。

要するに近付いてくるのが敵だという事なのであろう。

 

「おおっと、うちの本隊が来ちまったか、

もうちょっと遊びたかったが、これでもうあんたは終わりだな」

「さて、それはどうかしらね。来るのがあなた達レベルだとしたら、

時間はかかるけど結局結果は変わらないと思うけどね」

「残念、今から来るのは七つの大罪と、ソニック・ドライバーだぜ!」

「七つの大罪………」

 

 さすがのセラフィムも、その言葉を聞いて顔色を変えた。

 

「そう、それはさすがに厄介ね」

「逃げるつもりか?こうなったら俺達はあんたの足止めに回るぜ?

何よりあの二人を残して逃げるなんて、絶対に出来ないよなぁ?」

「初心者に手出しをするつもり?」

「俺達からはしないさ、まあ逃がすつもりも無いから、

いずれ向こうから手を出してきたら、正当防衛って事でどうとでも出来ると思うがな」

 

 実際問題もしベルディア辺りがエキサイトして手を出してしまったら、

その時点で悪意の無い初心者という括りから外れる為、殺されても文句は言えないのだ。

 

「卑怯な男ね」

「何とでも言え、相手は序列十五位の姫騎士イージスだ、使える手段があれば何でも使うぜ」

 

 ヘラクレスは開き直った顔でそう言った。

少なくともまったく頭を使わずに力押しだけで喧嘩を仕掛けてきて、

あっさりと返り討ちに遭うという行為を繰り返していた連合の馬鹿どもとは違うらしい。

自己顕示欲が強いのはその通りだが、少なくとも考え無しに行動する男ではないようだ。

その後もチルドレン・オブ・グリークスは頑張ったが、

結局セラフィムに有効打を与える事が出来ないまま、七つの大罪が到着した。

 

「くそ、また鍛え直しだな、今度は絶対にあんたを倒してやるぜ」

 

 ヘラクレスは悔しそうにそう言い、ルシパーを迎えた。

 

「ヘラクレス、何をしている?」 

「遭遇戦だよルシパー、あんたより序列が上の騎士様に、戦い方を教えてもらってたのさ」

「むっ、姫騎士イージスか」

 

 ヘラクレスは一旦後ろに下がり、代わりにルシパーがそう言いながら前に出た。

 

「まさか一人なのか?」

「一人じゃないわ、初心者の弟分と姉貴分が一緒」

「初心者………?」

 

 そう言ってルシパーはベルディアとプリンの方を見た後、ヘラクレスの方に振り返った。

 

「ヘラクレス、初心者を人質にとったのか?」

「そう言われるとそうかもしれないが、手出しは一切してないぜ。

姫騎士様に逃げられないようにしただけだ」

「そうか、ならいい」

 

 どうやらルシパー的にそれはセーフらしい。

そしてルシパーは、傲慢な口調でこう言った。

 

「ここでタイマンでお前を倒せば俺の序列が上がるな」

「やってみる?私は別に構わない」

「だが足止めをしたのはチルドレン・オブ・グリークスだ、

その手柄を横からかっさらうのは俺の主義じゃねえ。

悪いがここは、全員でかからせてもらうぞ」

「どうぞ、出来るものならね」

「さすがは序列十五位、実に潔いな」

 

 そう言ってルシパーは剣を振りかぶり、その横で他の者達も戦闘体勢になった。

そこに横から声をかける者がいた、今到着したばかりのスプリンガーである。

 

「お~い、どうした?」

「うちが姫騎士と遭遇して戦闘になった、ただそれだけだ」

「ほ~う?それじゃあそっちの二人は?」

「姫騎士の連れの初心者だ、戦いが終わったら解放する予定だ」

「う~ん、こんな状況だしそいつらは俺達が遠くに連れてっとくわ、

さすがに戦闘に巻き込んで殺しちまうのは具合が悪いだろ」

 

 その言葉にヘラクレスは考え込むようなそぶりを見せ、結局その提案を承諾した。

 

「分かった、そいつらの事は任せた、スプリンガーさん」

「あいよ」

 

 その名前を聞いたプリンは、驚いた顔で言った。

 

「スプリンガー?って事は、あの上にいるのがラキア?」

「ん?初心者がよく俺達の事を知って………ん?んんん?」

 

 スプリンガーは首を傾げながらプリンの顔を見て、顔色を変えた。

 

「げ、ま、まさかお前………」

「そのまさかよ、とりあえずラキアの所に連れてって」

「それじゃあそっちは………」

「うん、僕だよおじさん」

「マジかよ………分かった、こっちだ」

 

 スプリンガーはそう言って二人をラキアの所に連れていった。

 

「おうラキア、こいつな………まあ見れば分かるか」

 

 そう言われるまでもなく、ラキアは黙ってプリンの手を握った。

どうやら喜んでいるらしく、その口は笑うような形となっていた。

 

「何でここにいる?なんて聞くまでもないか、ハチマン君に誘われたんだな」

「まあそんな感じ、それより二人ともお願い、セラフィムさんを助けてあげて欲しいの!」

 

 そのプリンの頼みを、スプリンガーはあっさりと断った。

 

「悪い、それは無理なんだわ、俺達は一応ALOを盛り上げる為って事で、

まあ今のところはなんだが、ハチマン君達とは敵って立場になってるからな」

「そ、そんな………」

「まあでも心配する事は無いと思うぞ、

俺達が二人をここに連れてきたのも、戦いの邪魔をしない為だからな」

「えっ?」

「まあ見てなって」

 

 そう言ってスプリンガーは、ラキアと共に更に後ろに下がり、

初心者の二人を街まで送る風な態度を装って近くの木陰に隠れ、

そっとセラフィムの方を観察し始めた。

 

「どうして隠れるの?」

「そりゃまあ、同じ場所にいて戦わないなんてのは、あからさますぎるだろ?」

「二人はヴァルハラの味方なんだ」

「心情的にはな、だからどうしても回避出来ない戦いの時はちゃんと戦うけど、

そうじゃない時はこうしてさぼる訳よ」

「なるほどねぇ」

「スプリンガーさん、姉ちゃん一人で大丈夫かな?」

「大丈夫大丈夫、まあ見てろって」

 

 

 

「さて、これで心置きなく全力で戦えるな、精々抵抗してくれ」

「あなた達に私を仕留められるのかしら」

「この状況でそのセリフか、気に入ったぞ!お前は俺のものにする!」

「はぁ?」

 

 ルシパーはそう言いながらセラフィムに斬りかかり、

セラフィムはその攻撃を難無く弾き返しつつ、胡乱げな表情でルシパーに尋ねた。

 

「意味がわからない、つまりどういう事?」

「ここでお前を倒せたら、お前は俺の物になれ」

「それは恋愛的な意味で?」

「そういう事だ」

「私がハチマン様に身も心も捧げているのは有名だと思うんだけど、

それはさておき、そういうのは私にタイマンで勝った時に言うセリフじゃ?」

「そんなまどろっこしい事をやってられるか、要は勝てば良かろうなのだ!」

「はぁ、まあある意味潔いか」

 

 そう言いながらセラフィムは、ルシパーと斬り結び始めた。

もちろん背後にも気を配っており、時々後ろに視線を走らせる為、

他の者達は容易に手が出せない。

 

「くそっ、隙が無え………」

「いっそ全員でかかれば誰かしらの攻撃が当たるんじゃないか?」

 

 チルドレン・オブ・グリークスのメンバー達はそう囁き合いながらも、

七つの大罪の幹部連が何故か手を出さない為、攻撃に躊躇していた。

見ると幹部連は、どうした事か、ルシパーの方を見てぷるぷると震えている。

だが突然その時セラフィムが後ろを気にしなくなり、

周りのプレイヤー達は、攻撃するなら今しかないと色めきたった。

 

「今よ!」

 

 そんな周りの雰囲気を呼んで、

促すように仲間達に攻撃の指示を出したのはアスモゼウスであった。

 

(まあ気持ち的にはセラフィムちゃんを応援したいんだけど、

この状況だとまあ仕方ないわよね)

 

 その声で反射的に前に出てしまった残りの幹部連は、

文句を言いながらもセラフィムに攻撃を開始した。

 

「ルシパーと姫騎士が付き合うだと?何だそのジェラシックパークは!」

「ふ・ざ・け・る・なぁ!」

「恋愛絡みとか、だるい………」

「仕方なく手伝ってやるけど、成功報酬はもちろんもらうからな!」

「俺には飯、飯を奢れ」

 

 そんな五人の剣がセラフィムに迫るが、

セラフィムは何故かまったく対応しようとはしない。

ちなみにアスモゼウスは見てるだけである。

一応弓は使えるはずなのだが、その姿を見た者は誰もいないらしい。

だがその事に誰も文句を言う者はいない。何故ならアスモゼウスがいなくなってしまうと、

彼らと言葉を交わしてくれる女性プレイヤーが存在しなくなってしまうからである。

だがこの時は、そんな理由とはまったく関係なく、

一歩下がって戦闘の様子を観察していたアスモゼウスの存在が、

彼らにとっては救いの神となった。

 

「みんな、下がって!」

「うおっ」

「な、何だ?」

「上だ!」

 

 その瞬間に風を切る音と共に、天空から五人の足元に矢が突き立った。

同時に色とりどりの光弾が五人に降り注ぎ、五人は慌てて大きく後ろに下がった。

 

「あ、危ねえ!」

「上からだと、いつの間に!」

「この攻撃は………まさか!?」

 

(うわ、今のって絶対朝田さんじゃん!)

 

 アスモゼウスは即座にそう判断し、近くの木陰に隠れようと、そちらに向けて走り出した。

 

 そして空から三人のプレイヤーが凄まじい速度で飛来し、

セラフィムの背後を守るように地上へと降り立った。

 

「黒いヴァルハラ・コールが見えたから慌てて飛んできたのだけれど、

どうやらセラには私達が見えていたようね」

 

 そう、セラフィムが最初に放った黒い魔法はヴァルハラ・コールであった。

意味は『救援求む』である。プリンとベルディアがいた為に、

二人に危害が及ぶ可能性を考えたセラフィムが、保険として放っておいたのである。

 

「あ~、やっぱりそうなのね、セラがあんな無防備なのはおかしいと思った」

「ま、まあでも私達のフォローは役にたったよね?ね?」

「うん、正直助かった、こいつは中々やる」

 

 セラフィムは虚勢を張るでもなくそう答えた。

 

「それなら良かったわ、さて、改めまして、

私はユキノ、ヴァルハラ・リゾート副長の任を拝命しているわ」

「私はシノンよ、うちの弟分はどこ?事と次第によっては容赦しないわよ」

「二人の姿が見えない………絶対に許さない、

ロジカルウィッチの力を見せてやるわ、このブタ野郎ども」

 

 こうしてこの戦いは、新たな局面を迎える事になった。



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第908話 稚拙な序盤戦

すみません、昨日おとといは忙しすぎて投稿出来ませんでしたorz


「序列六位と十位か、これは実にやり甲斐のある戦いになった」

「あら、一人相手に五十人以上で喧嘩を売っておいて、今更やり甲斐?」

「ふん、何とでも言え、俺達は連合のクズ共とは違う、

どんなに罵られようと、勝てる時に勝っておくのが我らの正義なのだ」

「あら潔い、でもそれが正解よ、うちに勝つ為にはそうするしかないものね、

私が貴方でも多分そうするわ」

「褒め言葉だと受け取っておく」

「さて、それでは存分にやりあいましょうか」

「ここからが本番だな」

「あら、それはどうかしらね」

 

 そう言いながらユキノはいきなり呪文を放ち、

敵と味方を分ける巨大な氷の壁が生成された。

 

「な、何をする!」

「あら、女同士の内緒話に興味津々?」

「う………」

 

 ルシパーはその言葉にとても嫌そうに首を振った。

 

「いや、聞きたくない、どうせ男共の悪口に決まってるからな」

「あら、そう思うの?」

「思うとかじゃない、ただ知ってるだけだ」

 

 どうやらその意見はルシパーの実体験に基づくものらしいと考えたユキノは、

それ以上ルシパーに対して突っ込むのをやめた。

それはルシパーへの気遣いであったが、それに気付いたのかどうか、

ルシパーは氷の向こうでくるりと踵を返しながら言った。

 

「五分やる、その後総攻撃に入る」

「あらお優しい事、それじゃあお言葉に甘えるわ」

 

 そのお礼に対し、ルシパーは何も言わずに仲間達の方へと去っていき、

ユキノはすぐに全面の壁を消した。MPの消費を抑える為である。

 

「おいルシパー、何で待たなきゃいけないんだよ!」

「まさか相手が女だからって、媚を売ってるんじゃないだろうな!」

「ハッ、んな訳あるかよ、もう少しすればアルン冒険者の会の十名と、

ALO攻略軍の二十二名が合流してくる、そうなったらもう勝ちだろうと思ったまでよ」

「「「「「おお!」」」」」

 

 そしてアルヴヘイム攻略団は休憩に入り、その間に戦闘準備を完全に整える事にした。

 

 

 

「ユキノ、あいつらは何だって?」

「五分ほど時間をくれるそうよ、その間に情報の摺り合わせをしましょう。

とりあえず一番気になるのは、プリンさんとベルディア君だったかしら、

その二人が今どうなっているのかという事なのだけれど」

「そうそうそれ、二人はどこにいるの?」

「まさかあいつらに倒されたとか?」

 

 そう言ってユキノとシノン、リオンはセラフィムの方を見た。

 

「ううん、大丈夫、逃がしただけ」

「初心者二人だけで大丈夫なの?」

「心配ない、信頼出来る人がついてくれている。具体的にはソニック・ドライバーの二人」

「ソニック・ドライバーって、この前ハチマンが言ってたベテランの人かぁ」

「それなら大丈夫だね」

「ええ、私も面識があるけれど、とにかく正義感の強い優しい人達だから大丈夫よ」

 

 ユキノにそう太鼓判を押され、シノンとリオンはそれで大人しく引き下がった。

 

「さて、それじゃあ戦闘の進め方だけど、さすがにあの序列のプレイヤーが相手だと、

セラでも完全に抑え込むのは難しいわよね?」

「ルシパーとサッタンがいたら、多分それで手一杯になりそう」

「へぇ、あの二人、結構やるんだね」

「連合の前衛と比べると天地の差、月とスッポン、それくらいステータスに差がある」

「あいつらを相手にしてた時のようにはいかないか」

「今ここには味方の魔法使いもいないしね」

「相手の魔法は私がある程度防げるけど、どう考えても不利だよね」

「とりあえず方針としては、他のメンバーが到着するまで時間を稼ぐという事になるわね」

「「「了解!」」」

 

 ヴァルハラが恐るべき戦闘力を発揮してきたのは、ただでさえ個人の能力が高い上に、

その個人がきっちりそれぞれの役割を果たし、

相乗効果で集団としての戦闘力を高められるという点にある。

今回に関しては、タンク、ヒーラー兼魔法使い、そして遠隔攻撃が二人と、

実にバランスが悪く、頭数も足りないのだ。

多くの手だれに接近戦を挑まれた場合が特にヤバい。

 

「さて、そろそろ時間ね、とりあえず戦場を『造る』わ」

 

 そう言ってユキノは何かの呪文を唱え、その瞬間に四人の背後に氷の壁がせり上がった。

 

「これで背後から攻撃を受ける心配は無いわ、背水の陣みたいになってしまったけれど」

「上等じゃない、そう簡単にやられてあげないわよ」

「魔法攻撃は私に任せて」

「みんなは私が守る!」

「それじゃあ戦いを始めましょうか」

 

 そのユキノの言葉を合図に敵が突撃を開始し、戦いの火蓋がきっておとされた。

最初に前に出てきたのは、先ほどクルスが言った二人であった。

オーソドックスな剣を構えるルシパーと、巨大なハンマーを手に持つサッタンである。

 

「フン、プチっと潰してやる」

「姫騎士は俺に任せろ」

「やれるものならやってみなさい」

 

 セラフィムはそう言いながら迎撃体勢をとり、

そしてルシパーはセラフィムに斬りかかった。

 

「ふんっ!」

 

 同時に魔法使い系のプレイヤー達が左右に展開し、横から四人に魔法を放ってきた。

 

「任せて!」

 

 だがその攻撃は、リオンがロジカルウィッチスピアを左右に向け、全て吸収した。

 

「くっ、厄介な………」

「ひるむな、飽和攻撃だ!さすがに全部の魔法なんか、吸収出来っこない!」

「いやぁ、それはどうかな」

 

 リオンはそう言って、今度は吸収した瞬間にその魔力を解放し、

擬似的なカウンターを放つような感じで反撃を開始した。

 

「うおっ」

「な、何でそんなにMPが保つんだ………」

 

 攻撃していた者達は焦ったような声を出し、交代で魔法を放ち続けたが、

自前のMPをまったく使っていないリオンは当然のようにそれを全て跳ね返す。

ロジカルウィッチの面目躍如である。

そしてこの事はヴァルハラ・リゾートにとってもいい結果をもたらした。

派手に魔法が飛び交っている為、近接アタッカーが近寄れなくなったのである。

その為に戦況は、いわゆる『一対百の戦いなら一対一を百回繰り返せばいいじゃない』

状態となり、正面のセラフィムとルシパー、サッタンの戦いが激しさを増した為、

他のプレイヤー達はただ指をくわえて戦況を見守る事しか出来なくなったのである。

 

「チャンスね」

 

 シノンは自身の安全が確保された事で、

余裕綽々で何も出来なくなった近接プレイヤー達に攻撃をを加えていった。

完全にアルヴヘイム攻略団側が不利な状況である。

ユキノはこの状況に内心で笑いを堪えていた。

せっかく数の上で有利な状況を作り上げたのに、アルヴヘイム攻略団の何と稚拙な事か。

だが余計な事を言って戦況が変わってしまっては困るので、

何かあった時にすぐ対応出来るようにMPを温存しつつ、

ユキノは冷静に周囲の状況を見守りつつ、セラフィムのサポートに徹したのであった。

 

 

 

「な、言っただろ?」

「本当だ、普通に余裕で戦ってる………」

「うちの連中って思ったより集団戦が苦手なのかなぁ………」

「そう思うなら手伝ってやれよ」

「無理無理、それなりにステータスは上げてあるけど、私は戦いには向いてないもの」

 

 一方この戦いをこっそり観戦していたスプリンガー達であったが、

そこにしれっとした顔でアスモゼウスが合流していた。

アスモゼウスが逃れようとした近くの木陰には、丁度スプリンガー達がおり、

鉢合わせしてしまった事に、最初は驚いたような声を上げたのだが、

すぐにお互い気まずそうな表情になり、この事は内緒という暗黙の了解を経て、

今こうして一緒に戦いの様子を観戦していると、まあそういう状況なのである。

 

「ねぇ、エロい姉ちゃんは幹部なんでしょ?こんな所にいていいの?」

「エ、エロい姉ちゃん………ま、まあいいけど。

いやぁ、良くはないんだけどね、今後はこういう事がよく起こるだろうし、

毎回まめに参加してたら面倒臭いな、とか思っちゃうのよねぇ」

「んだんだ、そもそも見てて分かるだろ?こっちの連携はバラバラだ

そういうのを今日予定してた狩りで摺り合わせる予定だったのに、

正直何で今ヴァルハラ相手に戦う事になってんだって話だよ」

 

 ここにアルヴヘイム攻略団がいたのは、どうやらそういう理由らしい。

 

「でもさすがにそろそろ一度引いて、体勢を立て直そうとするんじゃないか?」

「うん、アスタルト辺りが何か言うんじゃないかなぁ、

一歩引いてまごまごして、困ったような顔をしてるしね」

 

 そのアスモゼウスの言葉通り、

一人のプレイヤーが何もせずにまごまごしているのが見えた。

戦術眼は鋭いのだが、気が弱くて仲間に中々指示を出せない七つの大罪の軍師役である。

 

「うぅ、話を聞いてもらわないと………」

 

 そう思いつつもアスタルトは生来の気の弱さを発揮して中々動き出せない。

だがその時状況が変わった、アルン冒険者の会の十名と、

ALO攻略軍の二十二名が合流してきたのである。

 

「チャ、チャンス!ル、ルシパーさん、味方の援軍です!」

 

 その言葉を受け、ルシパーは一歩後ろに下がった。

 

 

 

「敵の援軍が来たみたいね」

「あれってアル冒とALO攻略軍よね」

「この状況が続いてくれれば楽なんだけど………」

「どうやら無理みたいよ、敵が引いていくわ」

 

 ルシパーは他の幹部達にも声をかけられ、一旦引く事にしたようだ。

前方で戦っていたセラフィムも、それを受けてこちらに戻ってくる。

 

「セラ、お疲れ様」

「さすがにあのクラスが相手だとしんどい」

「でもリオンのおかげで大分楽だったわよね」

「あの人達って馬鹿なのかな、学習能力は無いのかな?」

「リオンが何をしているのか、少しは考えればいいのにね」

 

 今回は相手の愚かさに助けられた格好だが、ユキノの知る限り、

少なくともアルン冒険者の会はまともな戦闘が行えるギルドだったはずだ。

そして敵が再びこちらに向かってきた。

今度は前衛陣が前面に押し出されており、魔法使い達は宙に浮き、

上空から味方に当たらないように攻撃してくるつもりのようだ。

 

「………まともになっちゃったわね」

「アル冒が加わったせいかしら」

「どうする?」

「正直この壁を維持するのもそろそろ限界なのよね、こっちの援軍はまだかしら」

「ちょっとハチマンに聞いてみましょうか」

「そんな時間は無いみたい、もう敵が来ちゃった」

「とにかく徹底抗戦ね、やれるだけやってみましょう」

 

 そう言いながら、ユキノは内心で迷っていた。

壁を解除して範囲攻撃魔法を使えば、敵の足を氷が覆って敵の行動を鈍らせる事が出来るが、

さすがにこの場所は、迷宮内と違って敵も空を飛べる為に効果が薄い。

そして敵の近接アタッカー陣がこちらに殺到してきた為、

ユキノは自身も多少は物理で相手をしないといけないなと思い、

以前ハチマンにもらい、ナタクに改良してもらった大剣を取り出した。

 

「仕方ないわね、まあ何とかなるでしょう」

 

 そう言ってユキノは剣を構え、セラフィムの斜め後ろに立った。

 

「ユキノ、あまり無理はしないでね」

「きついと思うけど、戦闘面でのフォローはお願いね、

ヒールはちゃんと飛ばすからそちらは任せて」

「うん」

 

 そして目の前に敵の近接アタッカーが殺到してきたその瞬間に、

遥か上空から何かが降ってきた。それを最初に見つけたのはシノンである。

 

「ユキノ、上!」

「全員下がって!今壁を解除するわ!」

 

 ユキノは咄嗟にそう叫び、四人は素早く後ろに下がった。

 

「むっ」

 

 ルシパー達もそのヴァルハラの行動を受け、何事かと足を止めた。

その眼の前に一本の剣が突き刺さる。その衝撃で爆風が起き、辺り一帯は煙に包まれた。

 

「うわああああ!」

「何だ?」

 

 そんな中、煙の中から嬉しそうな、それでいて少し拗ねたようなユキノの声がした。

 

「もう、遅いわよ」

「悪い悪い、後で何か奢るから勘弁してくれ」

「もう、約束よ」

 

 そして煙が晴れた後、そこには一人のプレイヤーが立っていた。

 

「ハ、ハチマン………」

「おう、それじゃあまあ、続きを始めるとするか」

 

 ハチマンはそう言って地面に突き刺さった雷丸を抜き、不敵に笑ったのであった。



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第909話 歯ごたえのある奴ら

「て、てめえ………」

「よぉルシパー、うちの連中が世話になったみたいだが、

これ以上お前らの好きにさせるつもりはないから覚悟しておけ」

「ハッ、望むところだ、勝てるとは思わねえが、全力で抵抗してやるぜ」

「そういうの、嫌いじゃないぜ」

 

 さりげなく闇風の口癖をパクりながら、ハチマンはゆっくりと前に出た。

だがそんなハチマンを制するように、セラフィムがその前に出た。

 

「ハチマン様、それは私の役目ですから」

「………そうだったな、それじゃあ久しぶりに暴れるか。っと、その前にっと」

 

 そう言ってハチマンはセラフィムの手を引き、数歩後ろに下がった。

 

「ハ、ハチマン様、みんなが見ている前でそんな………」

 

 セラフィムがそう言いながらもじもじし始めたのを見て、

ハチマンはため息をつきながらセラフィムに言った。

 

「違う違う、上だ上」

「上?」

 

 そう言われたセラフィムは上を向き、この場にいた他の者達も釣られて上を向いた。

よく見るとかなり上空に黒い点のような物が二つ見え、

それが何か気付いた瞬間に、セラフィムは慌ててフォクスライヒバイテを構えた。

 

「イージス!」

 

 その瞬間にハチマン達の前に光の盾が立ちはだかり、

直後にハチマン達とルシパー達の間に一本の剣が着弾し、派手に砂埃が舞った。

ハチマン達はセラフィムのおかげでその場に留まる事が出来たが、

ルシパー達は衝撃で盛大に後方へと飛ばされる事となった。

 

「くっ………」

「な、何だ?」

「何かが空から………」

 

 そして煙が晴れた後、そこにはキリトが立っていた、どこかで見たような光景である。

 

「うちの連中が世話になったみたいだが、

これ以上お前らの好きにさせるつもりはないから覚悟しておけ」

 

 その言葉に対する反応は何も無かった。

 

「あれ?おい、何か反応しろよ」

「え?あ、お、おう、ど、どんまい」

「どんまい?」

 

 キリトは首を傾げながら振り返り、ハチマンの方を見た。

そんなハチマンは、キリトに謝るように手の平を合わせていた。

 

「悪いキリト、それはさっき俺がやっちまった」

「ノオオオオオオオオオオ!」

 

 ハチマンにそう言われた瞬間に、キリトは頭を抱えながらそう絶叫した。

 

「くそっ、みんなで考えた格好いい登場パターンその一がもう使われてたなんて………」

「お、おう、悪いな、もしお前がいいなら仕切り直してもいいぞ」

「そ、それじゃあその二で………」

 

 キリトが気を取り直したようにそう言い、上空へと飛び立とうとした瞬間に、

上空で雷が閃き、キリトのすぐ隣にドカンと落ち、

その衝撃で周囲の者達は一瞬目を閉じた。

 

「あっ、ちょっ………」

 

 その耳に焦ったようなキリトの声が聞こえ、目を開けた一同の目の前に、

体に雷を纏った一人のプレイヤーが立っていた。

そのプレイヤーは斜め四十五度の角度で目を瞑ったまま上を向いており、

その立ち姿からは神々しさすら感じられた。

 

「我、同胞の叫びを聞き、雷土となりてこの地に飛来す。我が敵は汝なりや?」

 

 そう言いながらスッと目を開け、

ルシパー達の方を向きながらスッとそちらに剣を向けたのは、アスナであった。

 

「バ、バーサクヒーラー………」

「その名を知るとは、貴様らはデーモンの末裔か。

遥か昔、神話の時代からの因縁に、ここで決着を着けようぞ」

 

 そしてアスナは挑発するかのようにクイックイッと剣先を震わせた。

その姿にルシパー達は憤り、剣を構えたのだが、

そんな場の雰囲気をぶち壊すかのように、再びキリトが絶叫した。

 

「その二もやられたあああああああああ!」

 

 その声に一同はビクッとなったが、

そんな中、一人冷静な表情を保っていたユキノが、キリト目掛けていきなり剣を振るった。

だがキリトは地面に突き刺さったままになっていた彗王丸を素早く抜き、

その剣を彗王丸で難無く受け止めた。

 

「おいユキノ、いきなり何をするんだよ!」

「あら、ちゃんと動けるみたいね、とりあえず敵の皆さんが戸惑ってるから落ち着いて頂戴」

「ああ、悪かったよ」

 

 そう言ってキリトは立ち上がり、ルシパー達に剣先を向けた。

 

「で、俺の相手はたったこれだけか?」

 

 キリトはキメ顔でそう言ったが、

そんなキリトにハチマンがため息をつきながら声をかけた。

 

「キリト、今更格好つけてももう遅いからな」

「分かってるよ畜生おおおおお!」

 

 キリトは再び絶叫し、ユキノは責めるような口調でハチマンに言った。

 

「ハチマン君?」

「お、おう、すまん、ちょっと悪ノリしすぎたわ。それじゃあ………」

 

 そう言ってハチマンは雷丸を肩に担いだ。

それを見たキリトとアスナとセラフィムはピクリとし、同じように剣を肩に担いだ。

ユキノはいつの間にか剣を仕舞ってカイゼリンを取り出している。

 

音速突撃( ソニックラッシュ)!」

 

 ハチマンがいきなりそう叫んだ瞬間に、セラフィムが大音声を放った。

 

「フォクスライヒバイテ・ランツェ!」

 

 その瞬間にセラフィムの持つ剣が槍へと変化し、

セラフィムは同時にソードスキルを放った。

 

「ソニック・チャージ!」

 

 その言葉と共に、盾を構えた状態のセラフィムは、ルシパー達目掛けて突進した。

当然ルシパー達はその突進を受け止めようとしたのだが、

ソードスキルのシステムアシストがある為にその圧力は凄まじく、

正面にいたルシパーとサッタンは後方へと弾かれ、尻餅をつく事となった。

 

「くそっ!」

「むかつくなぁおい!」

 

 二人はそう叫んで立ち上がろうとしたが、その目の前で、

二人の横にいたせいで斜めに飛ばされたマモーンとベルゼバブーンの腹から剣が生え、

同時に矢と光の弾丸がそれぞれに着弾し、二人のHPはいきなり半分以下まで落ち込んだ。

 

「なっ………」

「馬鹿な!?」

 

 見るとその剣の持ち主は、セラフィムの横に立つアスナとキリトであった。

どうやらセラフィムと同時に突進したらしい。

シノンとリオンは残心状態にあり、遠隔攻撃が二人から放たれた事が分かる。

ハチマンとユキノは全員をフォローすべく、周囲に目を光らせているように見えた。

 

「お、おい、今何があった?」

 

 よろけながら立ち上がったマモーンとベルゼバブーンにルシパーがそう尋ね、

二人はブンブンと頭を振りながらそれに答えた。

 

「浮かされた瞬間に攻撃が来た」

「ああっ、くそっ、強制クリティカルヒットだよ!」

 

 その二人の説明でルシパー達は、

ハチマンが指示した音速突撃( ソニックラッシュ)の正体を知った。

 

「くっ、さすがにやる………」

「そっちこそ打たれ強いじゃないか、ちょっと驚いたよ」

 

 だが当初は九十名近くおり、ユキノ達に数人潰されたとはいえ、

アルヴヘイム攻略団は、まだ八十人近くは残っている。

 

「二人は下がれ、体勢を立て直す、タンクを中心に陣形を組め」

 

 そこでルシパーが冷静な口調でそう言った。

さすがにただ突っ込むだけのようなここまでの戦闘について、反省したらしい。

 

「いい判断だな」

「ふん、当たり前だ」

「でもそれはそれで、こっちには都合がいいんだけどな」

「何っ!?」

 

 その言葉を証明するかのように、ルシパー達の足元が氷に覆われた。

 

「そういう事ならこうするまでよ」

「くそっ、絶対零度か」

「それじゃあやるとするか」

 

 その状況を見て、遂にハチマンも重い腰を上げた。

半数くらいは宙に浮いていて無事だったとはいえ、

前衛陣の行動が阻害された事で、彼らもこちらに攻撃しにくくなっているのだ。

ハチマンはそのまま空中戦を始め、シノンとリオンがそのバックアップを開始した。

 

「この数相手に一人で戦うつもりか!」

「いや、まあさすがにお前ら相手に圧倒出来るなんて思っちゃいないさ、

俺の役目はまあ、こんな感じだ」

 

 そう言ってハチマンは、とにかく相手の体勢を崩す事を念頭に、

相手をかく乱しまくっていた。

そして体勢が崩れた者には容赦なくシノンとリオンの攻撃が突き刺さる。

 

「くそっ、たちが悪い………」

「遠隔物理アタッカーは全然数が少ないからな、お前達もちょっとは考えた方がいいぞ」

「………考慮する」

 

 その敵は素直にそう返事をしてからハチマンに討たれた。

 

「ん、今のは確か、アル冒のリーダーだったか、まあいいか、このまま押しきるぞ!」

 

 一方キリト達は、移動を制限された状態の敵を相手に凄まじい地上戦を繰り広げていた。

セラフィムを中心にキリトとアスナが左右から攻撃を仕掛け、どんどん敵を屠っていく。

だが敵も手をこまねいてその状況を見ていただけではなく、

既に何人かは、ユキノによる足の拘束から逃れていた。

 

「さすがは上位陣ね、歯ごたえがあるわ」

「ユキノ、足止めはもういい、後はフォローを頼む!」

「分かったわ、存分に暴れまくって頂戴」

 

 それからしばらく戦いは続き、敵は四分の一ほどまで討ち減らされていた。

もちろんヴァルハラで倒れた者は誰もいない。だが魔法攻撃を受けなくなった事で、

魔力を吸収出来なくなったリオンは戦闘力をほぼ失っており、

シノンは矢を撃ちつくし、今は自前の魔力を矢に変換して攻撃をしている状態となっていた。

大魔法を何発も放てるはずのユキノの魔力もかなり減っており、

キリト達がいかに激戦を繰り広げたかが分かる。

その状況を把握したハチマンは、下におりてルシパーの前に立った。

ルシパーはさすがというべきであろうか、キリトとアスナが相手でも、まだ生き残っていた。

 

「おいルシパー、さすがにもう頃合いだろ、そろそろ終わりにしないか?

お前達も何か予定があったんだろ?」

「ああん?ふざけるな!………と言いたいところだが、

喧嘩を売ったのはこっちだし、確かに予定が滞ってる、分かった、その提案を受け入れる」

「お、さすがは連合の馬鹿どもとは違うな、

お互い今日の戦闘の事を反省して改善したら、また戦おうぜ」

「もちろんそのつもりだ、次からはむざむざとやられたりはしない」

「おう、楽しみに待ってるからな、傲慢」

「ふん、首を洗って待っていろ、覇王」

 

 それを合図にアルヴヘイム攻略団は撤退していき、次々とリメインライトが消えていった。

こうして最初の遭遇戦は、ヴァルハラの勝利で終わった。



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第910話 本気か?

 戦闘が終わり、全員街へと戻ったのか、

アルヴヘイム攻略団のリメインライトは一つも残っていなかった。

その事を確認したハチマンは地面に座り込み、疲れたような声を出した。

 

「ふう、久々の空中戦闘は疲れるわ」

 

 ハチマンの立場からして、敵に弱味を見せない為にも、

リメインライトが一つでも残っていた状態でこんな姿を見せる訳にはいかなかったのだろう。

そんなハチマン目掛けて、ベルディアとプリンが走ってきた。

その事に敏感に気付いたキリトとアスナは咄嗟にハチマンの姿を隠し、

そのまま武器を構えなおしたのだが、

その横でユキノが走ってくる二人の後ろにいた人物に親しげに声をかけた。

 

「あら、スプリンガーさんにラキアさんじゃない、そんなところにいたのね」

 

 それでキリトとアスナは警戒を解き、ラキアは黙ってユキノに抱きついた。

二人はソレイユのパーティーメンバーだった為、ユキノともそれなりに交流があった事は、

ユキノ自身が以前話していた通りである。

 

「お二人とも、ベルとプリンさんを守ってくれてありがとうございます」

 

 ハチマンはベルディアの事を親しげにベルと呼んだ。

この瞬間から、他の者達もベルディアの事をベルと呼ぶようになったのである。

 

「むふぅ」

 

 ラキアはハチマンにお礼を言われ、得意げに鼻を膨らませると、

そのままハチマンの膝の上に座った。それを見たアスナの頬が、ヒクッと動いた。

そんなアスナを宥めたのはユキノである。ユキノはアスナの耳元で、こっそり囁いた。

 

「アスナ、あれはラキアさん、大野財閥の会長さんよ、

もしかしたらアスナも会った事があるのではないかしら」

「えっ、そうなの?姉さんの元パーティーメンバーとしか聞いてなかったけど、

もしあれが会長なら私、会った事があるよ。優しそうだけど凄く無口な人だよね?」

「ええ、それで間違いないわ。

ラキアさんはどうやらハチマン君の事を自分の息子みたいに思ってるって話だから、

あれも多分そういったコミュニケーションの一環だと思うわ」

「そっか、ならまあ仕方ないか」

 

 だがアスナはそう言った直後に再び頬をヒクつかせる事になった。

 

「ずるい、私も!」

 

 そう言ってプリンがハチマンの背中に圧し掛かったからである。

 

「ユ、ユキノ、あちらはベル君のお母さんなんだよね?」

「ええ、ラキアさんと同い年で、宿命のライバルらしいわ。

ハチマン君への感情も同じ感じらしいから、挨拶してきなさいな」

「そっか、じゃあそうするよ」

 

 そう言ってアスナはハチマンの隣に行き、二人に声をかけた。

そのどさくさに紛れ、ユキノもちゃっかりハチマンを挟んで反対側の隣を確保している。

 

「あ、あの、初めまして、ハチマン君の彼女をやってます、アスナです」

「あら、ハチマン君の彼女さん?」

 

 その挨拶を受け、プリンは嬉しそうにそう言った。

ラキアは無言だったが、同様に嬉しそうな表情をアスナに向けた。

 

「はい!」

「そうなのね、私はプリン、ハチマン君の背中を借りてしまってごめんなさいね」

「いえいえ、ハチマン君が母性本能を刺激してきたせいだと思うんで、気にしないで下さい」

「アスナ、別に俺はそんな事はしてないぞ」

「それを決めるのはハチマン君じゃなく、周りにいる大人達だと思うな」

「そ、それはそうかもだけどよ………」

 

 ハチマンは困った顔でそう言い、プリンはそれを見て、ハチマンを抱く手に力を込めた。

それに対抗しようと思ったのか、ラキアはまるで私の娘だという風に、

アスナを背中から抱き寄せてその頭をいいこいいこと撫で始めた。

 

「あっ、しまった、アスナちゃんが遠い………」

 

 プリンは悔しそうにそう言い、ラキアはそんなプリンにドヤ顔をした。

アスナはこの状況でラキアの手から逃れる訳にもいかず、

少し顔を赤くしながらも、ラキアにされるままにしていた。

 

 一方のベルディアである。ベルディアは今、三人の姉的存在に囲まれていた。

 

「ベル君、久しぶり」

「大丈夫だった?」

「どこか怪我はしてない?」

「うん、大丈夫」

 

 そう言いながらベルディアは、セラフィムとリオンとシノンを順番に見ながら言った。

 

「セラ姉ちゃんも、リオン姉も、姉御も過保護すぎだってば」

 

 その瞬間にベルディアは、シノンに後頭部を殴られた。

 

「誰が姉御ですって?」

「うわ、いきなりHPが五分の一も減った!」

 

 ベルディアは焦ったようにそう言い、シノンは拗ねた表情をした。

 

「ふん、あんたが悪いのよ、ベル」

 

 そんなシノンに、セラフィムとリオンから当然のように突っ込みが入る。

 

「シノン、そういうとこだよそういうとこ」

「そうそう、いきなり手を出したりしないでさ………」

 

 そしてその突っ込みの輪に、ハチマンも加わった。

 

「おいこらツンデレ、ベルをいじめるんじゃねえ」

「べ、別にいじめてなんかないわよ、これはそう、姉弟のスキンシップよスキンシップ」

 

(こいつ、表面上は分からないが、ちょっと気まずいんだろうな)

 

 ハチマンはそう思い、呆れたような顔をしたが、

その根拠となったのは、シノンがハチマンにツンデレ扱いされたのに、

それを否定しなかったからである。ベルディアには横からユキノが回復魔法をかけてくれ、

ベルディアはユキノの方を向いてお礼を言った。

 

「あ、ありがとう!あ、えっと………」

「私はユキノよ、宜しくね、ベル君」

「あ、は、はい、宜しくお願いします、姉上!」

 

 その瞬間にハチマンは盛大に噴き出し、ユキノの顔から表情が消えた。

そしてまだベルディアに自己紹介をしていなかったキリトが、

ユキノに便乗して名乗りを上げた。

 

「俺はキリト、宜しくなベル」

「あ、はい、宜しくお願いします、キリトの兄貴!」

「兄貴、兄貴かぁ、まあ姉上よりはましかな」

 

 その瞬間にユキノがキリトの足を思いっきり踏みつけた。

 

「うわ、おいユキノ、いきなり何するんだよ!HPがちょっと減ったじゃないかよ!」

「自業自得よ、そしてハチマン君、私に何か言いたい事でも?」

 

 続けてユキノはハチマンの方をじろっと睨んだ。

 

「ぶふっ………い、いや、別に言いたい事はないんだが、

とりあえずベル、何で姉上なんだ?」

「えっ?何でだろ、何かユキノさんの声を聞いてたら背筋がピンと伸びたから?」

「背筋が、ねぇ」

 

 そう言いながらハチマンはユキノの肩をぽんぽんと叩き、

ユキノはそれで、ぐぬぬといった感じの表情になった。

 

「あっ、ごめんなさい、変な呼び方をしちゃって」

 

 ベルディアはそう言ってしょぼんとし、ユキノは慌てて笑顔を作った。

 

「いいえ、別にそんな事はないわ。うん、オンリーワンな呼び方でいいんじゃないかしら」

「そっか、それなら良かった」

 

 ユキノは無理やり自分を納得させながらそう言い、ベルディアも笑顔になった。

この一連の流れで、ベルディアがユキノからプレッシャーを受けた様子はない。

おそらく真っ直ぐに育っているのだろう、これはプリンの教育の成果であるといえる。

そして順番でいえば、アスナの自己紹介の番となるのだが、

アスナは何か考えに耽っているようで、ぶつぶつと呟いていた。

 

「セラ姉ちゃん、姉御、リオン姉、姉上、う~ん………ハチマン君は何て呼ばれてるの?」

 

 どうやらアスナが気にしていたのはそれぞれの呼び方のようだ。

 

「ハチマン兄ちゃんだよ!」

 

 その問いにベルディアが元気良く答えた。

 

「と、言う事は、この中で格上なのは組み合わせから考えてもセラ………なるほど」

 

 そしてアスナは少し緊張した様子でベルディアに微笑み、自己紹介をした。

 

「教えてくれてありがとうベル君、私はハチマン君の彼女のアスナだよ、これから宜しくね」

「あっ、ハチマン兄ちゃんの彼女さんだったんだ!宜しくね、アスナ姉ちゃん!」

「うっし!」

 

 ベルディアがそう答えた瞬間に、アスナは拳を前に突き出しながらそう言った。

アスナにしては珍しい仕草であり、他の者達はぽかんとした。

 

「そんなに嬉しかったのね………」

「まあハチマンとセットだしなぁ」

「ぐぬぬ、並ばれた………」

「それくらい何よ、私なんて、私なんて………」

「私は無難で良かった………」

「さて、それじゃあ自己紹介も済んだところでこれからどうするかだが」

 

 ハチマンはそう言いながらラキアを抱えて立ち上がり、ストンと前に置いた。

プリンはハチマンの動きに合わせて自分から離れている。

 

「その前にスプリンガーさん、何でアスモゼウスがここに?」

 

 ハチマンは所在無げにずっと後ろに立っていたアスモゼウスを見ながらそう言った。

他の者達も当然その事には気付いていたが、

ハチマンが何か言うまで誰も何も言うつもりは無かったようで、

他の者達も、ここで初めてアスモゼウスの方を見たのである。

その目には特に敵意は無かったが、アスモゼウスはプレッシャーを感じて小さくなった。

それも当然だろう、今ここには真なるセブンスヘヴンが四人もいるのである。

 

「ああ、この子は戦いがあんまり好きじゃないみたいで、

俺達のいる場所にたまたま逃げてきて一緒になったんだけどよ、

そのまま味方と合流するタイミングを逃したらしい」

「へぇ、そうなのか?」

 

 そのハチマンの問いに、アスモゼウスはニッコリ笑いながらこくりと頷いた。

だがその内心は、かなりのパニック状態にあった。

 

(ど、どどどどどうしよう、今私、王子と話してるんですけど!?

というかここはもっとアピールしないといけないと思うんだけど、

私の色気が通用しなかったらって思うと怖くて無理、無理無理無理!)

 

 実際ハチマンにはアスモゼウスの色気は通用しない為、

他の女性陣の敵対心を煽るだけとなっていた可能性が高い。

だがアスモゼウスのびびりっぷりが、その最悪の状況を回避する助けとなったのである。

 

「ふ~ん、ちなみにこっちはこれから狩りの予定だったんだが、

そっちはどんな予定になってたんだ?全員でどこかに向かってる途中だったんだろ?」

「え、ええ、うちも経験値稼ぎの予定だったわ」

「マジかよ、それじゃあ早く仲間と合流しないとまずいんじゃないのか?

戦いが嫌いって言っても、それは対人戦の事なんだろ?」

 

 その再びの問いに、アスモゼウスはこくりと頷いた。

 

「そうなんだけど、今からノコノコと合流するのもどうかなって………

確かに経験値は欲しいけど、私、さっきの戦いには参加してなかったしね」

「だよな、幹部としては、それなりの強さが無いとまずいよな」

「ハチマン兄ちゃん、このエロ姉ちゃん、多分いい人だよ!」

 

 そう言われたアスモゼウスは呆気にとられ、プリンはベルディアの頭に拳骨を落とした。

 

「ぎゃっ!」

「こらベル、失礼な事を言うんじゃありません!」

「ご、ごめん………」

「あはははは、あはははははは!」

 

 そしてハチマンは腹を抱えて笑い出した。釣られて他の者達も笑い、

アスモゼウスはますます縮こまる事になった。

 

「な、何かごめんなさい………」

「い、いやいや、今のはベルが悪いんだから気にしないでくれ、

そうだな、お詫びと言っちゃなんだが、仲間の所に戻りにくいんだったら、

今日はうちのレベル上げに混ざってみないか?

もし仲間に見つかっても平気なように、変装用の装備を貸してやるからさ」

「それは助かるけど、い、いいの………?」

「ああ、みんなも別にいいよな、何せいい人らしいからな」

 

 ハチマンがそう言い、他の者達もうんうんと頷いた為、アスモゼウスは赤面した。

 

「あ、ありがとう………」

「それじゃあとりあえず、ログインリストを非公開にしておいてくれ、

で、変装用の装備は………」

「あ、それなら私のヴァルハラ・アクトンをあげるよ、

オートマチック・フラワーズがあるからもう使わないしね」

 

 アスナは『貸す』ではなく『あげる』と言った。

もしアスモゼウスがハチマンに好意を持っているのなら、

今のうちに自分の影響下に入れておこうと考えた為である。

それにアスモゼウスがヴァルハラ・アクトンを転売したり、

ヴァルハラの名を騙って悪用したりする事もまったく心配していない。

転売されるようなヴァルハラ・アクトンはそもそもアスモゼウスに与えられた一着だけだし、

悪用しようにも、仲間達の前でヴァルハラからもらった装備を着れるはずがないからだ。

要するに今後アスモゼウスがヴァルハラ・アクトンを装備する機会があるとすれば、

それは今回のように、ヴァルハラの狩りに同行する時以外に無いのである。

 

「で、でも私は敵だし、そんな私を強くしちゃっていいの?」

「別に構わないだろ、それともこの中の誰かに勝てるくらいに強くなれるのか?」

 

 そう言われたアスモゼウスは、一同の顔を見回しながら首を振った。

 

「ううん、絶対に無理ね」

「だったら別にいいだろ、お前達はどこに行くつもりだったんだ?」

「ヨツンヘイムで邪神狩りの予定だったわ」

「なら俺達はアインクラッドに行くか、よしベル、俺達の拠点に連れてってやる」

 

 そのハチマンの言葉に他の者達は、さすがにざわっとした。

 

「ハチマン、本気か?」

「敵の幹部をヴァルハラ・ガーデンに連れていくの?」

「おう、まあ俺に全部任せろって」

 

 ハチマンにそう言われると、誰も反論する事は出来ない。

それで丁度いいタイミングだと思ったのか、スプリンガーがハチマンに言った。

 

「それじゃあ俺達はここでお暇するわ、さすがに俺達の立場だと、

サボる訳にはいかないからな」

「ですね、それじゃあスプリンガーさん、ラキアさん、またです」

 

 こうして二人と別れた一行は、ヴァルハラ・ガーデンへと向かった。



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第911話 悪い顔

「アルヴヘイム攻略団の奴らは誰もいないな、よし、このまま急いで転移門に移動だ」

 

 ハチマンの指示で、一同は駆け足で二十二層へと向かった。

 

「おい、ヴァルハラだぜ」

「サトライザーってのはいないのか」

「でもそれ以外の幹部が勢揃いしてるわよ」

 

 ちなみにこういう場合、ソレイユの存在は除外されるのが通例だ。

それほどソレイユが登場するのがレアだという事であろう。

 

「あれ、あのマスクを付けてるのは誰だ?」

「か~っ、また女性プレイヤーかよ!」

「まさか新人か?」

「どうだろうな、まあそのうち正体も分かるだろ」

 

 そのマスクの女性プレイヤーとは、当然アスモゼウスの事である。

アスモゼウスはアスナからヴァルハラ・アクトンをもらって着用しており、

その顔にはグロス・フェイス・マスクという、

完全に顔が隠れる金属のマスクが装着されていた。

これはハチマンが趣味で作ったものであり、特に何かが付与されたりはしていない、

何の変哲も無いただのマスクである。

 

(まさかこんな事になるなんて………)

 

 アスモゼウスは今起こっている事が信じられなかった。

目の前にはヴァルハラ・ガーデンがそびえ立っており、今から自分はこの中に入るのだ。

 

(中は一体どんな風になってるんだろ………)

 

 アスモゼウスは仮面の中でわくわくした表情をしながら、

遂にヴァルハラ・ガーデンへと足を踏み入れた。

 

(思ったよりも普通?)

 

 一階から建物のある二階に上がるまでは、

自分達の拠点とさほど変わらないと思っていたアスモゼウスであったが、

その建物の中に入った瞬間に、その荘厳さに圧倒される事となった。

 

(何これ………ヨーロッパの宮殿みたい)

 

 その中の巨大なリビングに、一人の女性が腰掛けているのが見えた。

その女性はスッと立ち上がり、こちらに向かって歩いてきた。

 

(エルフ!って事はヴァルハラのハウスメイドNPC?

って事はまさか、これが噂の黒アゲハ様?)

 

 興奮しているアスモゼウスの前で、

その女性、キズメルはハチマンに向かって親しげに声をかけてきた。

 

「おかえりハチマン、お茶でも入れるか?」

「そうだな、頼めるか?キズメル」

「お安い御用だ」

 

 キズメルはそう言って、ちらりとアスモゼウスの方を見た。

否、アスモゼウスだけではなく、ベルディアとプリンの方にも視線を走らせている。

 

「後でまとめて紹介してくれ」

「おう」

 

(何ですと!?今のがNPCの反応ですと!?)

 

 七つの大罪の拠点にいるハウスメイドNPCも同じエルフタイプではあるが、

こんなに自然な表情を見せる事はない。

それに今のように、プレイヤーに自分から頼み事をしてくる事もない。

 

(やっぱりヴァルハラって特別なんだ………)

 

 アスモゼウスはここで見る物全てに圧倒されていた。

隣にいるベルディアやプリンも同じような態度をとっており、

ある程度こういったファンタジー風の建物に見慣れているアスモゼウスよりも、

その驚きは大きいのだろうと思われた。

 

「凄っげぇ!ハチマン兄ちゃん、凄いよここ!」

「そうだろうそうだろう、ここが俺達の拠点だ、どうだベル、恐れ入ったか?」

「恐れ入ったもなにも、俺はハチマン兄ちゃんが絡む事は何でも恐れ入ってるよ?」

「そうか、まあ人が揃うまでのんびりしててくれ」

 

 そしてキズメルからお茶をもらい、三人を紹介した後、

まだ時間に余裕があるという事で、ハチマンはベルディアとプリンにログアウトを勧めた。

 

「プリンさん、今のうちに二人で一旦ログアウトして、

トイレに行ったり水分補給をした方がいいかもしれませんね」

「あ、そうだね、それじゃあお言葉に甘えてちょっと行ってこようかしら」

「ちょっと休憩だね、兄ちゃん、行ってくる!」

「おう、行ってこい行ってこい」

 

 こうしてこの場にはアスモゼウスだけが残された。

 

「さてと」

 

 そう言ってハチマンは何故かアスモゼウスの隣に座り、アスモゼウスはドキリとした。

 

(な、何ですと!?)

 

「まあお茶でも飲んでゆっくりしてくれ、お茶菓子がいるなら何か出してやろう。

他に困ってる事は無いか?俺に出来る事なら相談に乗るぞ」

「え?あ、うん、今は特に何も………」

 

 それを見ていたアスナ達は、少し離れた場所でひそひそと囁き合っていた。

 

「あの態度はいくら何でもおかしくない?」

「違和感ありまくりだね」

「絶対裏があるよねあれ………」

「見ろよ、あの無駄にいい笑顔、あれは絶対何かたくらんでるぞ」

 

 その答えはすぐに判明した。

 

「うん、まあこんなもんか」

「えっ?えっ?」

「お?」

「これでハチマン君の意図が分かるかな?」

 

 ハチマンが何か操作をするような手振りをすると、

一同の目の前に、可視化されたモニターが姿を現した。

そこに先ほどから繰り広げられていた、

ハチマンがアスモゼウスを接待する様子が映し出される。

 

「こ、これは………」

「うん、いい出来だ。俺達が仲良しだって事が一目で分かるな」

「な、仲良し?」

「おう、仲が良さそうだろ?」

「あっ!」

 

 それでアスモゼウスは、先ほどからのハチマンの行動の意味に気が付いた。

 

「ま、まさか………」

「いやぁ、でもお前、七つの大罪のサークルの姫みたいな感じなんだろ?

さすがにこんな映像をあいつらに見られちゃったらまずいよなぁ、

俺達の関係は絶対に秘密にしておかないとだな、お前もそう思うだろ?」

 

 ハチマンはわざとらしくそう言い、アスモゼウスは呆然とした。

 

(嫌ああああああ!もしかして私ってば、朝田さんをいじめてた遠藤って子のポジション?

これっていいの悪いの?何がどうなってるのかさっぱり分からないよ!)

 

 アスナ達は、そんなハチマンの姿を見て若干引いた。

 

「うわ、あそこに悪魔がいるよ」

「完全に弱味を握ったわね」

「悪い顔をしてるわね」

「さすがというか………」

 

 その間ハチマンは、アスモゼウスに対して笑顔を崩す事は無かったが、

自分からは特に何も言おうとはしない。

 

(わ、私が何か言うのを待ってるのかしら………)

 

 アスモゼウスはそう考え、ストレートにこう言った。

 

「あ、あの、私は何をすれば………」

「お、自分からそう言ってくれるならこちらとしても助かるな、

アスモゼウスに頼みたいのはただ一つ、

もしまた今日みたいな事があった時、ベルディアとプリンさんをお前が保護してやってくれ」

 

 アスモゼウスはその言葉にきょとんとしながらも、咄嗟に承諾の言葉が口をついて出た。

 

「あっ、はい」

 

(そういう事か、王子ってば、朝田さんの時と同じで優しい………)

 

 アスモゼウスはそう思いつつ、

同時にここで自分に対しての利益を何か確保出来ないか必死に考えた。

 

(悪く言えば、今のこの状態は、私が王子に道具として利用されてるみたいな感じだよね、

要するに私について、個人的に興味があるとか全くそういうのが無いって事。

せめて人間扱いしてもらえる条件って何か無いかな)

 

「ん?どうした?」

「あ、ううん、えっとね………」

 

(私の役目は保護、う~ん、あっ、保護した後はどうすればいいんだろ?

王子に連絡してもらって二人を迎えに来てもらわないといけない、そう、連絡、連絡手段!)

 

「その為にどうしても必要な物があるんだけど、提供してもらってもいいかしら」

「ん、そうか、分かった、何でも言ってくれ」

 

(よっしゃぁ!言質、とりました!)

 

「ええと、あんたのその、リアルの連絡先を教えて」

 

 そう言われたハチマンは驚いたような顔をし、アスナ達女性陣は盛大に頬をひくつかせた。

 

「それはどうしてだ?」

「だってベル君とプリンさんを私が保護したとして、

すぐに私が街に送っていける状態ならいいけど、

そうじゃない時はあなたに迎えに来てもらわないといけないでしょう?

まあヴァルハラの誰かに連絡してもいいんだけど、

そうなると緊急連絡先が複数ある事になって、

あなたが状況を把握するまでにタイムラグが発生してしまう事になるわ。

もしそれで何か問題が発生したら目も当てられないし、

いくらヴァルハラとはいえ、ギルメンが数人迎えに来たとして、

そこでまたうちの馬鹿どもと揉め事が起こってしまったら、

さすがの私もあなたの仲間をかばいきれないわ。

でもあなたなら、例え一人でうちの馬鹿どもを相手にしても、どうとでも出来るでしょう?

なので私があなたの連絡先を知っておく事は、あなたにとって有益だと思うの、違う?」

「ふむ」

 

 そう言って少し考え込んだ後、ハチマンはアスモゼウスに頷いた。

 

「いや、違わない、分かった、俺の連絡先を教える」

 

(よっしゃあああああああああ!)

 

 アスモゼウスの必死の説得は、こうして報われた。

 

「うわ、なんかあの子凄くない?」

「確かに説得力のある言葉ではあるけれど」

「これはハチマンがしてやられた格好ね」

「正妻としてはどうするの?」

「う~ん、まあ二人の安全が優先だし、黙認かなぁ。

さすがのあの子も本名を晒したりはしないだろうし、

リアルで深い関係になる事も無いだろうからまあいいんじゃないかな」

 

 そう囁き合う一同の目の前で、ハチマンはウィンドウを可視化し、

アスモゼウスにも操作出来るようにした後、それを差し出してきた。

 

「こ、これは?」

「連絡先を自分で入力してくれ、さすがに口頭でって訳にはいかないだろ」

「私が入れるんだ!?」

 

 そのアスモゼウスの言葉にハチマンはクスッと笑った。

どうやら高校時代に結衣と交わした会話を思い出したらしい。

そしてアスモゼウスは自分の電話番号とメールアドレスをそこに入力し、

IDの入力欄が無い事に気が付き、首を傾げた。

 

「えっと、IDとかは入れなくていい?」

「ああ、うちじゃそういうのは使ってないんだ、

今世の中にはびこってるSNSじゃ、情報がだだ漏れになって安全性が確保出来ないからな。

代わりに後でACSを提供するからまあ好きに使ってくれ」

「ACS?」

「AI・コミュニケーション・システムだ、使い方も聞けば教えてくれる。

ちなみに俺のACSのアドレスはH0808Hだ」

「なるほど、了解よ」

 

 アスモゼウスは意味が分からなかったが、とりあえずそう答えておく事にした。

そして入力欄に向き直ったアスモゼウスは、

名前の入力欄を前に、どうすればいいか悩んでいた。

 

(むむむ、さすがに本名はまずいよね、いや、逆にそれもありかな?

王子ならきっと、名前だけで私の身元を割り出しちゃうと思うし、

知り合うチャンスではあるよね。

でもセキュリティの意識が低いのは、王子的にマイナスかもしれないしなぁ、う~ん)

 

 アスモゼウスの悩みは実はまったく意味がない。

何故なら番号だけで、ハチマンはアスモゼウスの身元を割り出せてしまうからだ。

メアドまであればもう鉄板である。

 

(まあニックネームにしとけばいいか、学校じゃ『でっちゃん』だけど、ここは一つ………)

 

 そしてアスモゼウスは、名前の欄に『IS』と入力した。

これならイニシャルだと誤認してくれるだろうと思ったからだが、

前述した理由でまったく無意味な行いである。

 

「これでよしっと」

「それじゃあお前のメアド相手にACSの案内を送っておくから、使ってみるといい」

「ええ」

 

 そしてハチマンは、アスモゼウスの目の前でどこかに連絡を入れた。

 

「お、アルゴか?ACSの使用許可を頼む。名前は『IS』電話番号とメアドは………」

 

 アスモゼウスは知らなかったが、ACSの使用許可を頼むというのは、

ハチマンがアルゴに該当人物の身元を洗わせる為の隠語である。

元々ACSには使用許可など必要なく、ただ指定の場所にアプリが置いてあるだけなのだ。

ちなみに周りの者達もその事を知っているが、当然その事を指摘するような馬鹿はいない。

 

「それじゃあそういう事で、これから宜しくな」

「分かったわ、宜しくね」

 

 こうしてハチマンとアスモゼウスとの間に契約が成立した。

その直後にハチマンにどこかからメッセージが入り、

ハチマンはそれを見てアスモゼウスに言った。

 

「使用準備が整ったらしい、一旦落ちて確認してくれてもいいぞ」

「そうね、お花摘みにも行きたいし、そうさせてもらおうかしら」

「三十分くらいゆっくりしてきてくれてもいいぞ、

その頃には他の参加者も揃うだろうから、狩りに行く準備も出来てるだろう」

「分かった、それじゃあ行ってくるわね」

 

 そしてアスモゼウスがログアウトした後、アスナ達はハチマンを囲んだ。

 

「ハチマン君、さっきのメッセージってあれだよね、あの子の素性に関する連絡だよね?」

「さすがだなアスナ、よく分かったな」

「ACSを使うのに審査なんか無いはずだもん、まあそれくらいはね」

「まあそういう事だ、そんな訳で、おい詩乃」

「何?」

「お前の同級生に、山花出海ってのがいるから、一応マークしとけ」

「えっ、あの子、うちの学校の生徒なの?」

「そんな訳であいつの担当はお前だ。とはいえまあ別に何もする必要は無いからな」

「わ、分かったわ、夜にでも調べてみる」

 

 こうしてアスモゼウスの身元は丸裸にされた。知らぬは本人ばかりなり、である。



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第912話 常識外れな狩り

「ハチマン兄ちゃん、ただいま!」

「おう、お帰りベル」

「うわ、人がかなり増えてるんだね」

「だな、みんな俺の仲間達だ」

 

 そんな会話を交わしている間にも、人はどんどん増えていく。

サトライザー、リズベット、シリカ、フカ次郎、レヴィ、クライン、エギル、

ユイユイ、ユミー、イロハ、コマチ、リーファ、レコン、クリシュナ、フェイリスの他、

珍しい事にアサギとナタク、スクナもいた。ほぼ全員集合である。

今回はそれほど大規模な狩りになるという事なのだろう。

そしてその場にアスモゼウスも戻ってきた。アスモゼウスは戻ってすぐに、

ACSの便利さを体感した興奮をハチマンにぶつけようとしたのだが、

場の雰囲気が一変していた為に、部屋の隅で縮こまる事となった。

そんなアスモゼウスに話しかける者がいた、シノンである。

 

「ハイ、こんな敵地の真っ只中に放り込まれて、あなたも大変ね」

「ま、まあ確かにそうだけど、私の魅力で何とかしてみせるわ」

「あら、色欲が遂に本領を発揮するの?

ここまでのあなたって、全然色欲っぽくなかったから楽しみだわ」

「あ、あれは敵地だったから遠慮してただけよ」

「そう、もしかしたらさっきまでのあなたが素なんじゃないかと思ってたんだけど、

違ったみたいね」

「も、もちろんよ」

 

 そんな二人の会話を邪魔する者はいない。

というか、今のアスモゼウスはグロス・フェイス・マスクを装着し、

ヴァルハラ・アクトンを着ている為に、誰も部外者だとは思っていないのだ。

他人の出欠を気にしていた者もいない為、

全員が、仲間のうちの誰かだと漠然と思っていただけなのである。

 

「人数も揃ったし、そろそろ出発よ」

「これからどこに行くの?」

「それが笑っちゃうのよ、『瀕死の森』って言うらしいわ、

どうせなら死の森でいいじゃないって思っちゃうわよね」

「あは、本当にね」

 

 ここまでの会話で、アスモゼウスはシノンがいい人だと再認識する事になった。

あくまでもアスモゼウスの主観として、である。

そしてハチマンがベルディアとプリンを伴って前に出た。

ハチマンはアスモゼウスにも手招きしてきた為、

アスモゼウスはおずおずとハチマンの隣に並んだ。

 

「さて、それじゃあ今日のゲストを紹介する。さあ、お前の真の姿を見せてくれ」

 

 ハチマンは茶化すようにそう言い、

それを普段の格好になれと言っているのだと理解したアスモゼウスは、

メニューからワンタッチで装備を戻した。

 

「あら?」

「うちのメンバーじゃなかったんだ」

「っていうかそのマーク………」

「って、敵じゃないですか!先輩、どういう事ですか?」

 

 アスモゼウスの胸には、二次元形状の七芒星のマークが大きく描かれていた。

これは七つの大罪のマークであり、中心には『666』の数字が書かれている。

 

「みんな、驚いたと思うが、こいつは七つの大罪の幹部、

色欲のアスモゼウス、通称エロ姉ちゃんだ」

「ちょ、ちょっと、公の場でそんな呼び方しないでよ!」

「ああん?お前は色欲だろ?むしろそう呼ばれる事を誇るべきなんじゃないのか?」

「う………そ、それはそうなのかもだけど………」

 

 ハチマンはそう言って、アスモゼウスを力技で黙らせた。

突っ込みどころ満載ではあるが、本人が黙ってしまったのだからどうしようもない。

 

「今回参加してもらう事にしたのは、戦いが嫌で仕方がないこいつを多少は鍛えてやる為だ。

今のままじゃ、他の幹部共の抑え役としても弱すぎるからな。

ちなみにこいつにある程度の情報が流れてしまうかもしれないが、

何も心配する事は無いという事を最後に言っておく」

 

 アスモゼウスはその言葉を、自分が弱味を握られているせいだと理解したが、

まさかもうリアル割れしているとまでは想像出来なかった。

先ほどシノンが話しかけてきたのもそれ絡みの情報収集の一環であったが、

さすがにその事から何かを類推するのは不可能だ。

 

「なんたって俺達は、連絡先を交換するくらいの仲のいい友達だからな、ははははは」

 

 その言葉をそのまま受け取る者は誰一人として存在しなかった。

何故なら上機嫌のハチマンの横で、

アスモゼウスが何ともいえない微妙な表情をしていたからである。

 

「ハニートラップに引っかかった………という訳でもなさそうだね」

「というかハチマンの奴、絶対にあの子の弱味を握ってんだろ」

「あの子がちょっとかわいそうになってきたわね」

「まあどんな手段だろうと、ハチマンがあいつを抑えてくれるってなら別にいいさ」

「ちょっと、いじめはそのくらいにしてさっさと出発しましょうよ」

「お、そうだな、それじゃあ行くか」

 

 ハチマンがいじめという言葉をまったく否定しなかった為、

アスモゼウスは落ち込んだような表情をし、

ベルディアとプリンに慰められながら出発する事になったのだった。

今日の目的地は、ヴァルハラが速攻でボスを倒してしまった事で、

ほとんどのプレイヤーが駆け足で通り過ぎる事になってしまった三十二層の奥、

迷宮区とはまったく関係ない方向にある、『瀕死の森』の中央に存在する広場であった。

 

「レコン、コマチ、釣りを頼む」

「ほいほ~い、久々だから張り切っちゃうよ~!」

「ハチマンさん、どのくらい釣ってくればいいですか?」

「その辺りは任せる、まあ好きなだけ釣ってきてくれ」

「分かりました!」

 

 その狩りの様子をベルディアとプリン、そしてアスモゼウスは後方で見ていた。

三人はタンクに効果は薄いが持続時間の長い支援魔法を適当にかけるように言われていた。

初心者の二人は簡単な呪文を教えてもらい、多少はステータスが上がった事で、

それを実践出来るようになったからである。

そしてやや緊張しているように見えるベルディアに、横からハチマンが声をかけてきた。

 

「ベル、びびるなよ、落ち着いてな」

「う、うん」

 

 それからしばらくしてレコンが戻ってきた。

その背後には大量の敵の姿が見える、多分三十体くらいだろうか。

 

「エロ姉ちゃん、兄ちゃんがああ言うくらいだから、

どんなにやばいのかと思ったけど、大した事ないね」

「そうね、あれくらいならうちでも余裕だわ」

 

 どうやらアスモゼウスはエロ姉ちゃんと呼ばれる事に抗議するのは諦めたらしい。

そんな呼び方をするのはベルディアとハチマンだけなので、

実害はほぼ無いに等しいと判断したのだろう。

 

「あ、見て、もう次の集団が来たわ」

「え、もう?まだ最初の敵も到着してないのに?」

 

 その瞬間に戦場に轟音が響き渡った、どうやら味方からの遠隔攻撃が始まったようだ。

 

「フレイムランス!」

「気円ニャン!」

「ユキノジャベリン!」

 

 魔法使い三人が選択したのは、

味方を巻き込まないように配慮した直線攻撃が可能な魔法であった。

その魔法は敵集団を真っ直ぐに貫いていく。

 

「イロハさん、あなたまたその名前を………」

「やだなぁ先輩、これは敬意の表れですってば」

「そんな敬意はいらないのだけれど………まあ後でちょっとお話ししましょうか」

「ひっ………ア、アイスジャベリンの間違いでした、ごめんなさい!」

 

 そんな一幕もあったが、敵の数体がその魔法で消滅し、

遠隔攻撃組のシノン、リオン、レヴィが更に数体を倒した。

残る敵をタンク部隊がしっかりと抑え込み、

そこに近接部隊が突撃して第一陣はあっさりと壊滅した。それが延々と繰り返されていく。

レコンとコマチは敵が残っていても、そのターゲットから外れた瞬間に次の釣りに向かう為、

敵が途切れる時間はほぼ無かった。

ちなみにナタクとスクナも三人同様に、近接アタッカーに支援魔法をかけているようだ。

基本暇な為、二人は経験値でどのスキルをとるか、合成談義などを交わしていた。

 

「エロ姉ちゃん、経験値が凄い事になってない?」

「え、ええ」

 

(何よこれ、この人達頭おかしい!それよりも気になるのは………)

 

 そう考えながら、アスモゼウスは自分達の横の高台にいるハチマンとキリトに目を向けた。

何故か二人も適当に支援魔法を使うだけで、まともに戦闘をする気はないように見える。

 

(序列二位と三位を遊ばせておくなんて………)

 

 丁度その時次の釣りが来なくなった。順番で言えばコマチの番である。

 

「むっ、おいキリト、どうする?」

「まだ一回目だし、俺が先だな」

「分かった、任せる」

 

 その会話はアスモゼウスにも聞こえていたが、意味はまったく分からない。

 

(一体何なのかしら)

 

 そしてハチマンが立ち上がり、仲間達にこう叫んだ。

 

「キリトが出る、少し下がってくれ!」

 

(え、ええ~?まさかの単騎突入!?)

 

 まさかとは思ったが、キリトは本当に一人で前に出た。

そして前方から、焦ったようにコマチが全力で走ってきた。

 

「ごめん、ちょっと多くなった!」

「分かってる、キリトがやる」

「お願い!」

 

 そんなコマチの後方には、どう見ても百体くらいの敵が見える。

どうやら敵の数の調整をミスったらしい。

まあいきなり敵が大量に沸く事もあるので、これはよくある事である。

 

「キリト、頼む」

「おう!」

 

 そしてキリトは何かの呪文を唱え始め、直後にその姿がいきなり膨らんだ。

 

「えっ?えっ?」

「うわ、兄貴が巨大化した!」

 

 そこに立っていたのは、懐かしのグリームアイズさんの姿であった。

 

「GWWWWWWAAAAAAAAAA!」

 

 グリームアイズは二つに分けた彗王丸を両手に持ち、そのまま敵へと振り下ろす。

百体はいた敵が、その攻撃によってどんどん塵に変えられていく。

 

「うわ、うわ、兄貴凄えええええええ!」

「これは驚いたわね、アスモちゃん、これはどんな魔法?」

「………え、ええと、確かに闇魔法で姿を変えられるものはあるわ、

あの大きさだと確かにリーチとかは伸びるけど、でも実力は変わらない、みたいな?」

「そう、それじゃあキリト君が本当に強いって事なのね」

 

(確かにそうだけど、これは強いってレベルじゃないでしょう!)

 

 心の中でアスモゼウスがそう突っ込む中、敵はあっさりと殲滅され、

元の姿に戻ったキリトはハチマンの隣に戻り、その場に座り込んだ。

 

「ほれキリト、MP回復薬な」

「おう、サンキュー!」

 

 そして何事も無かったかのように狩りは再開され、アスモゼウスは思わず絶叫した。

 

「あ、あんた達はどうして平然としてるのよ!」

「そう言われても、いつもの事だしなぁ」

「まあ落ち着け、カルシウムが足りてないんじゃないか?小魚食え小魚」

「まあまあエロ姉ちゃん、俺達は言われた通りに支援魔法を頑張ろうぜ」

「も~、本当に意味が分からない!」

 

 そんなアスモゼウスを放置し、尚もヴァルハラの狩りは続く。



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第913話 今後の方針は

(王子の役目って一体何なんだろ………)

 

 キリトが大暴れした後、しばらくは平穏な時間が続き、

完全に落ち着きを取り戻したアスモゼウスは、そんな疑問を抱いていた。

あれから何回か多数の敵が来た事があったのだが、その時もキリトが出撃していたからだ。

 

「よし、この辺りで一旦休憩だ、トイレに行くなら今のうちにな」

 

 ここでハチマンから休憩の指示が出た。

この場所に敵が向こうからやってくる事はないので、

一応他のプレイヤーを警戒して結界コテージが展開されていく。

 

「おいベル、お前もこっちに来いよ、分からない事があったら教えてやるから」

「うん、今行くよ、兄ちゃん!」

 

 こうなるとセット扱いされているアスモゼウスも、当然そちらに足を運ばざるを得ない。

プリンと共にハチマンの結界コテージに入ると、

そこにはハチマンの他に、アスナとシノンがいた。

 

(わっ、朝田さんだ、まあ朝田さんは私とはほぼ面識が無いから大丈夫だと思うけど、

一応バレないように気を付けないと)

 

 当然それは手遅れである。シノンは記憶力は悪くない為、

アスモゼウスのリアルが割れ、その写真を見せられた時、

即座に現代遊戯研究部の受付にいた人物だとハチマンに報告しており、

二人はそれで、あの時の会話が聞かれていた可能性に思い当たっていたのである。

 

 だがシノンの学校でハチマンに対して敵対的な行動をとると、

いじめられはしないものの、学校では非常に生きにくくなるだろうとのシノンの指摘を受け、

文化祭が行われたのが、七つの大罪が反ヴァルハラ色を強める前だった事もあり、

おそらくアスモゼウスには明確な目的がある訳ではなく、

出来るだけハチマンやシノンとは敵対したくないな、

くらいのつもりで動いているのだろうと推測されていた。

 

 こちらについてはもちろん間違いである。

間違えた理由は、これがハチマンの自己評価の低さからくる推測だったからだ。

学校であれだけ持て囃されているにも関わらず、

シノンの学校の女子生徒のほとんどがハチマンとお近づきになりたいと思っており、

アスモゼウスも当然その一人だという事など、ハチマンは思いつきもしなかったのである。

 

 その為正しい推測を出来る可能性があるのはシノンだけであったが、

学校でのシノンの立場は強く、ABCにハチマンを紹介してくれと頼んでくる者はいるが、

直接シノンにそんな事を言ってくる者などは存在せず、

ABCもその事をシノンに報告したりはしない為、

シノンも同様に、そんな事はまったく思いつきもしなかったのである。

この場にABCの誰かがいたら、その事を指摘してくれただろうが、この場に三人はいない。

なのでこの時この場にハチマンとアスナとシノンがいたのは、

単にアスモゼウスがどういう人物か、ちょっと観察してみようと、

ただそれだけの理由なのであった。

 

(さて、さすがにここは色欲っぽい態度をとらないといけない場面よね)

 

 アスモゼウスはそう思い、ことさらに()()を作りながら、ハチマンに向けてお礼を言った。

 

「今日はこんな素敵な集まりにお招き頂き、本当に感謝しておりますわ」

「その割にはお前、さっきは随分と取り乱してたよな」

「あらあらうふふ、言わぬが花という事もありましてよ」

 

 その時ハチマンの顔が少し赤くなり、

アスモゼウスは自分の色気がハチマンにも通用するのだと、内心でガッツポーズをした。

だがハチマンが顔を赤くしていたのは、高校生が頑張って背伸びしてやがると、

必死に笑いを堪えていた為であり、決して色気に惑わされたとかそういう事ではない。

何も知らなければあるいは多少は通用したかもしれないが、

事実を知られてしまった今となってはもう手遅れなのである。

 

「エロ姉ちゃんはやっぱりエロいね!」

 

 その時ベルディアがいきなりそう言った。

プリンの教育の成果なのだろうが、素直すぎるのも困り物である。

だがそんなベルディアに対し、アスモゼウスは余裕な態度を見せた。

 

「ふふっ、これが本当の私の姿なのよ、ベル君」

 

 それを見たアスナが、ひそひそとシノンに囁いた。

 

「シノノン、同級生なんでしょ?完全に色気で負けてない?」

「し、失礼ね、私だって本気を出せばあれくらいの事は出来るわよ、

私はハチマンと二人きりの時以外はあんな姿を見せないだけよ」

「そうなんだ、ふふっ」

 

 このシノンの返しは、アスナ的には多少の不愉快さを感じてもいい場面である。

だがここでアスナは一切そんなそぶりを見せなかった、

シノンもアスモゼウス同様に背伸びをしていると分かっているからである。

むしろそんなシノンを、アスナは微笑ましく思っていた。

 

「もう、シノノンはかわいいなぁ」

「ぐっ、い、今に見てなさいよ」

 

 シノンは悔しそうにそう言ったが、それは敗北宣言をしたようなものである。

そしてその事に本人は全く気付いていない。

シノンはもう少し恋愛経験を積む必要があるようだ。

 

「さて、ここまで得た経験値をステータスなりスキルなりに振るといい、

基本好きにしてもらえばいいと思うが、分からない事があったら何でも質問してくれ」

「うん、分かった、やってみるよ兄ちゃん!」

「たまには二人で冒険する事もあるだろうし、私はベルにあわせた方がいいわよねぇ」

「いや、まあどっちかが回復魔法さえ使えれば何とでもなりますし、

好きなようにすればいいと思いますよ、プリンさん」

「そう?ちなみにラキアの戦闘スタイルはどんな感じなの?」

「詳しくは知りませんが、あの体でごつい武器を振り回すらしいですよ」

「そうなんだ、それはあの子らしいわね」

 

 そう言いながら、プリンはどうしようかと、

自分がかつてやっていたゲームを参考にしようと考察を始めた。

 

(私、女性キャラってそこまで使ってないからなぁ………

武器で戦うならソウルエッチ………じゃない、ソウルエッジだけど、

相手がごつい武器を使うってなら、私もそれなりの武器を使わないとだし、

そうすると成美那辺りになるのかなぁ………うん、それでいいや、問題は斬馬刀かぁ)

 

「ねぇハチマン君、斬馬刀って作ってもらえたりしないかな?」

「斬馬刀ですか!?え、ええ、まあ大丈夫だと思います、後でナタクに相談してみて下さい」

「うん、そうしてみるね!」

 

 ハチマンは、ラキアとプリンがお互いにごつい武器で殴りあう光景を想像し、

少し呆気にとられていたが、二人は多分昔からそんな感じなんだろうと思い直し、

ナタクにメッセージを送り、プリンの話を聞いてやってくれと頼んでおいた。

 

「で、ベルはどうするんだ?」

「回復魔法も使えるタンク!セラフィム姉ちゃんみたいになりたいから!」

「そうか、あいつに色々教えてもらうといい」

「うん!」

 

 二人の育成方針が決まったところで、ハチマンはアスモゼウスに目を向けた。

 

「ちなみにお前、戦いは苦手だって言ってたけど、どんなスタイルなのか聞いてもいいか?」

「あ、うん、上から八十………」

 

 そう言いかけたアスモゼウスをハチマンは慌てて遮った。

 

「そんな事は聞いてねえよ、っていうか答えるなよ!?

しかもその数値、リアルのだろ?どう見てもお前のその胸、九十以上ありそうだし」

「ハチマン君、よく止めたと褒めたいところだけど、

あの一瞬でよくそこまで気が回ったよね、

もしかしてこっちでのアスモちゃんの胸のサイズがどのくらいか、

ずっと観察してたのかな?かな?」

 

 そう言いながらアスナがハチマンの肩を掴んだ。その肩がギリリと締め付けられる。

 

「ち、違う、これはあくまでこいつの戦闘力を分析する過程でだな………」

「へぇ、戦闘力って何の戦闘力かなぁ?

これは今夜、ベッドの中できちんと説明してもらわないとだね」

「ア、アスナ!?」

 

 どうやらアスナは最初が肝心とばかりにアスモゼウス相手にマウントをとりにきたようだ。

その直接的な言葉にシノンも赤面し、当のアスモゼウスも赤面した為、

アスナは満足そうにハチマンの肩から手を離した。

 

「それじゃあハチマン君、話の続きをどうぞ」

「お、おう………で、お前の戦闘スタイルってどんな感じなんだ?」

「え、ええ、私は基本ヒーラーよ、この胸で殿方の傷を癒す感じかしら。

ご希望とあらば、あなた相手に試してみてもいいのだけれど?」

 

 その言葉にアスナは一瞬ピクリとした。

内心ではやり返してきたアスモゼウスの根性を賞賛していたのだが、

その事を口に出す事はない。

 

「そんなのはいらん、それじゃあ攻撃は出来ないのか?」

「いいえ、一応弓を使っているわ、ヒーラーとしては珍しいのかもしれないけど」

「いや、まあ無くはないだろ、

うちにはヒーラーなのに、前線に突っ込んでく奴がここにいるしな」

 

 そう言いながらハチマンは、アスナの頭を抱き寄せた。

それはアスナの機嫌をとる為であったが、

その行動に、アスモゼウスだけじゃなくシノンも顔色を変えた。

ハチマンは気付いていなかったが、完全に修羅場である。

 

「へぇ、そうなんだ、弓を使うんだ、それなら私と一緒ね」

 

 シノンはそう言いながら、さりげなくハチマンに体をもたれかけさせた。

アスナは怒るでもなく、ここからどうなるのか興味津々で二人を見守っている。

ハチマンに抱き寄せられた事で余裕が出たというのもその理由の一つであろう。

 

「そ、そうね」

「そうだ、私今度、ハチマンに新しい弓をねだるつもりなんだけど、

そうなったら今の無矢の弓は必要なくなるから、あなたにあげましょうか?」

「えっ?あ、あれを?」

 

 さすがのアスモゼウスも、その申し出を感情に任せて断る事は出来なかった。

今自分が使っている量産品の弓と比べると、性能が桁違いだからである。

そしてすぐに断らなかった事で、シノンとアスモゼウスの上下関係もまた確定した。

シノンは上機嫌になり、アスナはやるなぁと、内心でシノンに賞賛を送った。

ハチマンは弓の材料を集めないといけないのかと肩を落とし、

アスモゼウスは悔しさを感じながらも、

そもそもシノンの方が学内ヒエラルキーは上なのだから、

今までと比べて何かが変わる訳ではないと即座に割り切り、

素直にその申し出を受ける事にした。

 

「それは非常に助かりますわ、宜しくお願いします。

製作過程で私に手伝える事があったら何でも手伝いますわ」

 

 アスモゼウスはそう言ってシノンに頭を下げた。

とはいえ七つの大罪の仲間達の前で無矢の弓を使ったら、

下手をすれば裏切り者扱いをされる事になるかもしれないのだが、

アスモゼウスはそこまで思い至ってはいない。

 

「それじゃあ何かあったら誘うわ、リアルの連絡先を、私にも教えてもらっていい?」

「え………………ええ」

 

 アスモゼウスはかなり迷ったが、その申し出を承諾した。

ともあれそれで話は纏まり、今後の活動方針は定まった。

 

「さて、それじゃあそろそろ狩りを再開するか」

「そうだね、みんなももう戻ってきてるみたいだしね」

 

 こうして狩りが再開される事になったが、

その最後があんな事になるとは、アスモゼウスは想像もしていなかった。



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第914話 神崎エルザの歌声

昨日の展開から何故こんなタイトルに………


 再開された後も、ヴァルハラの狩りは先ほどまでとそう変わらずに進んでいった。

だがアスモゼウスにとっては大きな変化があった。

アスモゼウスがシノンとリオンの近くに呼ばれ、一緒に攻撃する事になったのである。

当初は一緒に遠隔攻撃を行っていたレヴィは飽きたのか、今は近接攻撃陣に混じっている。

 

「ハイ、宜しくね」

「よ、宜しく」

 

 シノンとリオンはアスモゼウスに手を差し出し、

アスモゼウスもその手を柔らかく握り返した。

 

「不慣れなのだけれど、こちらこそ宜しくね」

 

 実に友好的に話は進み、アスモゼウスは二人の横で久しぶりに弓を使い、

敵に向かって攻撃を加え続けた。

 

(はぁ、久々だったけど、結構当たるものよね)

 

 アスモゼウスはそう思いながら、ストレス解消とばかりに矢を放ちまくっていた。

 

「あなた、中々やるわね、弓道でもやってたの?」

「ううん、今まで色々なゲームをやってきたけど、ずっと遠隔武器を使ってたってだけよ」

「へぇ、ゲーム歴、長いんだ」

「え、ええ、まあそれなりにね」

「いいなぁ、私ももっと色々なゲームをやってみたいのよね、

でもバイトとかもあるし、中々その機会がないのよ。

そうだ、この前うちの学校の文化祭で見たんだけど、

学校に現代遊戯研究部ってのがあったのよね、

あそこって学校でゲームとか出来ないのかしら、今度調べてみよっと」

 

 シノンがそう言った瞬間に、アスモゼウスは息を飲んだ。

 

(そ、それは勘弁して欲しいけど、迂闊な事は言えないし、どうしよう………)

 

 アスモゼウスは困り果て、咄嗟に先ほどシノンが口にしていた事を活用する事にした。

 

「でもバイトをしているのなら、そんな余裕は無いのではなくて?

だってそういう部活の活動時間って大体放課後でしょう?」

「う~ん、確かにそうなんだよね、とりあえず話を聞くだけ聞いてみて判断しよっと」

「そ、そうね、話くらいはいいんじゃないかしら」

 

 アスモゼウスはそう言う他はなく、密かに胃を痛める事となった。

そんな中、特に会話に参加してこなかった理央が、素っ頓狂な声を上げた。

 

「あれ、ねぇ、釣りが止まったみたい」

「ああ、まあ確かにそろそろ予定してた終了時間だし、

今日はここまでって感じなんじゃない?」

「でも釣りの二人とも、まだ戻ってないんだよね」

「あれ、そういえばそうね」

 

 三人は示し合わせるでもなく、チラリとハチマンの方を見た。

丁度ハチマンは立ち上がるところであり、そのまま仲間達に大声で呼びかけた。

 

「よし、それじゃあ戦闘はここまで、多分次が最後の釣りになるだろうが、

それは俺がやるからみんなは俺に適当な強化魔法でもかけておいてくれ、

実戦レベルに達していなくても、

まあ短い音節の簡単な魔法をかけてくれれば経験値は入るから、

分からない奴はクリシュナにでも聞いて唱えてくれればいい」

 

 三人もその言葉を受けて言われた通りにしようと動き出したが、

それは何故かハチマンに止められた。

 

「シノン、リオン、それにアスモゼウスはそこで待機して、俺を手伝ってくれ」

「て、手伝い?」

 

 アスモゼウスは自分に何か出来る事はあったかと首を傾げた。

その横でシノンとリオンはやや顔を青くしている。

 

「凄く嫌な予感がするんだけど」

「わ、私も………」

「えっ?」

 

 自分でも出来る程度のただの手伝いだと思うが、そんなに大変なんだろうか、

アスモゼウスはそう思いながら、再びハチマンの方を見た。

 

「お、来たみたいだな」

「おお、凄い大群だな!」

 

 そんなハチマンの言葉を受け、キリトが興奮したようにそう言った。

アスモゼウスが慌てて振り向くと、そこには見渡す限りの敵、敵、敵の姿があった。

 

「ちょ、ちょっと多すぎない?」

「何よ、敵が九、地面が一じゃない!」

「お、落ち着いてシノン、ハチマンがこっちに歩いてきてるよ」

 

 そのリオンの言葉通り、いつの間にかハチマンがこちらのすぐ傍まで来ていた。

 

「おいシノン、リオン、お前達は見た事があるからこれからどうなるか分かってるよな」

「や、やっぱりアレ?」

「おう、他にどうしようもないだろこんなの」

「わ、分かったわ」

 

 その言葉の意味が、アスモゼウスにはまったく分からない。

だが遠くにいるヴァルハラのメンバー達がリラックス状態になっている事からして、

この状況をひっくり返せる何かがあるのだろうと判断し、

アスモゼウスは大人しくハチマンの言葉を待った。

 

「よし、とりあえずアスモゼウスは俺の背中に触れろ、

リオンとシノンは俺の両腕に触れていればいい」

「え、ええっ!?」

「ほら早くしろ、敵が来ちまう」

「わ、分かったわ」

 

 そしてハチマンは、三人の目の前で両腕を広げ、中腰になった。

まるで『イーグルのポーズ!』と言わんばかりの格好であり、

それを見た他の者達は、遠くで腹を抱えて笑っていた。

だがハチマンはいたく真面目な表情をしており、アスモゼウスは言われた通り、

ハチマンの後ろに近付いていった。

そんなアスモゼウスの目の前で、シノンとリオンはハチマンの両腕をその腕で抱きしめた。

 

「おいお前ら、集中が削がれるだろうが、触るだけでいい」

「「い・や・よ」」

 

 シノンとリオンはそのハチマンの警告に同時にこう答えた、実に仲がいい。

 

「はぁ、まあいい、時間がないからアスモゼウスも早く」

「う、うん」

 

 そう言ってアスモゼウスは、目の前で両手を広げるハチマンの背中におぶさった。

 

「………おい、何故おぶさる、触るだけでいいって言っただろ」

「え?あ、いや、だってその格好、いかにもこうしろって感じだったから………」

「くっ、もう本当に時間がないからこのままでいい、いいか、何が起こっても冷静でいろよ」

「わ、分かった」

 

 そしてハチマンは、呪文のような物を唱え始めた。

 

(あっ、これってさっき剣王が唱えてたのと同じ呪文?)

 

 そう思う間もなく、アスモゼウスの意識は光に飲まれ、

次の瞬間にアスモゼウスは、シノンとリオンと一緒にコクピットのような部屋の中にいた。

 

「え………ここどこ?」

「メカニコラスの中だよ」

「メ、メカニコラス?」

 

 どうやらアスモゼウスはトラフィックスでメカニコラスが暴れた事を知らないらしく、

きょとんとした表情でこう言った。

 

「ハチマンが私達を巻き込んで変身したのよ、そこのモニターから外の様子が見られるわ」

「え?きゃっ、目の前に敵がこんなに………」

 

 次の瞬間に、モニターの中に銃口のような物が現れた。

よく見るとそれは、人の腕の先が銃口になったような作りに見える。

 

「あ、あれは?」

「私達を取り込んだんだから、マシンガンか何かなんでしょうね」

「まさか自分がこの立場になるなんて………」

 

 シノンとリオンはどこか楽しそうにそう言い、そして三人の目の前で、殺戮が始まった。

 

 

 

 その少し前、残りのメンバー達は、ハチマンが何をするのか察し、

その事を気楽そうに話していた。

 

「おいアスナ、やっぱりハチマンはあれをやるつもりなんだよな?」

「うん、多分そうだと思う、メカニコラス再び、みたいな?」

「で、今回選ばれたのがあの三人か」

「そうね、今回は一体どんな姿になるんだろ」

 

 クラインとエギルとそんな会話を交わしながら、

アスナはハチマンがイーグルのポーズをとるのを見た。

 

「ぷっ………」

「お、おいアスナ、笑っちゃ失礼………ぷっ、ぷぷっ………」

 

 見ると周囲では全員が笑い転げており、遂にアスナも堪えきれなくなったのか、

声を出して笑い始めた。

 

「あはははは、ハチマン君、どうしてそのポーズを選んだの?」

「何でなんだろうな、ハチマンってたまに謎だよな」

「しかも凛々しい表情をしてるのが何とも絶妙な………」

 

 その横では、サトライザーが興奮した様子でレヴィに質問をしていた。

 

「おいレヴィ、一体何が起こるんです?」

「おい兄貴、何だよその喋り方………」

「これがこういう時のヨウシキビなんだって、前にハチマンに教わったんだ」

「ハチマンの差し金か、まあいい、

これから兄貴の大好きなヒーローロボットショーが始まるからよく見てなって」

「おお、ダイマジ~ン!」

 

 微妙に間違った事を言いながら、サトライザーはわくわくとそう叫んだ。

アスモゼウスがハチマンにおぶさった時点で一瞬アスナの機嫌が急降下したが、

その直後にハチマンの姿が変化し、そこには両腕が銃となり、

更にまるでガンキャノンのように肩に大砲を背負ったメカニコラスの姿があった。

 

「おおう、これはまた派手な姿になったな」

「見て、モブがメカニコラスに殺到していくよ」

 

 そこから蹂躙戦が始まった。

メカニコラスは敵に照準を付ける事もなく、全ての砲門を開いて敵に銃撃を浴びせ続けた。

 

「あ、あれ、何か聞こえない?」

「これは、歌………?」

「神崎エルザの声に聞こえるんだけど………」

 

 そして戦場に、神崎エルザのノリノリな歌声が響き渡った。

 

 

 

 コクピットの中の三人は、メカニコラスが攻撃を始めると、

その無敵さに大盛り上がりとなっていた。

 

「うわ、何これ、無双ゲー?」

「前もきっとこんな感じだったんだろうね」

「あはははは、本当に意味が分からないわね、あはははははは!」

 

 そんな中、コクピット内にいきなりハチマンの声が響き渡った。

 

『おいシノン、そこのボタンを押せ、それで更にパワーアップする』

 

 そう言われたシノンは咄嗟にそのボタンを押し、その瞬間に戦場全体に、

凄まじい音量で戦隊ものの歌を思わせるような、ノリのいい曲が流れ始めた。

 

「こ、これは?」

「神崎エルザに作詞作曲してもらった、『戦え、メカニコラス』って歌だ」

「あ、あんた、何考えてるのよ!」

「ふふん、いいだろ?やっぱりこういうノリは必要だからな」

 

 ハチマンは得意げにそう言い、

二人は思わずクックロビンの名前を口に出しそうになったが、

その瞬間にハチマンが、続けてこう言った。

 

『いやぁ、ロビンは神崎エルザのファンだから、これを聞かせてやれなかったのは残念だ』

 

 それで二人はハッとした、部外者のアスモゼウスの前で、

神崎エルザとクックロビンが同一人物だと示唆するような事を、

うっかり言いそうになっていた事に気が付いたからだ。

そんなアスモゼウスはぽかんとした顔をしていたが、すぐに真顔になり、ハチマンに言った。

 

「えっ、嘘、あなたって神崎エルザと知り合いなの?」

『おう、まあそんな感じだ』

「サ、サイン!私、サインが欲しいんだけど!」

 

 アスモゼウスは色欲の演技をする事も忘れ、必死な顔でそう言った。

 

『そうだな、お前が俺を裏切らないと分かったら、考えてやらないでもない』

「ほ、本当ね、約束よ!」

『ああ、約束だ』

 

 その会話を横で聞いていたシノンとリオンは、

これでアスモゼウスがヴァルハラを裏切る事は無さそうだと安心した。

 

『さて、それじゃあ全開ノリノリで敵を殲滅だ!』

 

 

 

 神崎エルザの歌声をバックに、メカニコラスは敵を蜂の巣にし、

凄まじい速度で経験値が全員に加算されていく。

 

「あはははは、ハチマンの奴、ここまでするのか」

「エルザの好きそうな仕事よね」

「仕事じゃなくタダでやってそうだけどな」

「どうかな、ハチマンに飯でも奢らせて、ついでに罵って欲しいとか、

それくらいの条件は出したんじゃないか?」

 

 実はそれは事実であった。その約束は、後日履行される事になっているのだ。

 

 

『大地を震わせ立ち上が~れ、メカニコラスよ~、三人の仲間と共に、敵を倒すのだ~!

仲間によって姿を変える、我らがメカニコラ~ス、だだだだだっ、

(ニコラス・ソード!)(ニコラス・ビーム!)(ニコラス・ビッグバアアアアアン!)

向かう所敵なし~、我らがメカニコラ~ス、奴の通った所には死があるのみさ~、

正義じゃないが悪の天敵、最強ロボ、メカニコラ~ス、メカニコラ~ス、メカニコラ~ス!』

 

 

 そしてノリノリなメカニコラスによって全ての敵が殲滅され、辺りに静寂が訪れた。

ハチマンはそれで変身を解き、三人と共に空中に姿を現したが、

アスモゼウスが背中に張り付いている為に羽ばたく事が出来ない。

 

「うおっ、落ちる!お前ら、とにかく飛べ!」

 

 それでシノンとリオン、アスモゼウスは羽根を広げ、落下していた四人はそこで安定した。

そして四人はふよふよと仲間達の所に飛んできて、ペタン、といった感じで無事に着地した。

 

「ふう、さすがに疲れた、しばらく動けん」

 

 そう言ってハチマンはその場に座り込み、

三人が離れたのを見計らってその場に大の字になった。

 

「ハチマン君、大丈夫?」

「悪いアスナ、自力じゃ起きれそうにない、会を解散して、帰る時に起こしにきてくれ」

「うん、分かった!」

 

 そしてアスナの手によって今日の狩りは終了し、他の者達はそのまま街に戻った。

ベルディアとプリンはセラフィムが案内し、今日の狩りで沢山流れてきた素材を売った後、

ナタクを交えて装備について相談するらしい。

アスモゼウスは経験値の扱いは後日にして、今日はこのまま落ちるそうだ。

戻ってきた七つの大罪のメンバーと鉢合わせをするのが嫌なのだろう。

 

「ハチマン君、終わったよ」

「おう、悪いな、それじゃあ俺達は行くとするか」

「あ、やっぱりそういう事だったんだ、で、どこに行くの?」

「ヨツンヘイムだ」

「って事は、アルヴヘイム攻略団の偵察だね」

「そういう事だ、少数で行きたかったからな」

 

 アスナはハチマンの様子から、自分に何か用事があるのだろうと悟っていたようだ。

同時に目的地を告げられただけでその意図をすぐに理解するところは、

さすがは正妻といった感じである。

 

「待てよハチマン、それなら俺達も連れてけよ」

「そうそう、私達もいた方が安全でしょ?」

「だね、みんなでそのコウリャクダンとやらを見に行こうじゃないか」

 

 そんなハチマンに声をかけてきたのは、

どこからか姿を現した残りの三人の副長であった。

 

「おっと、お前らにもバレてたか」

「もし二人でデートとかだったら遠慮したけどな、偵察なら問題ないだろ」

「この五人がいれば、何が相手でもとりあえず問題ないでしょうしね」

「はぁ、仕方ない、それじゃあみんなで行くか」

「それよりもアルヴヘイム攻略団はまだ狩りを続けているのかしら」

「当分狩りは続行だとスプリンガーさんに確認はとってあるから大丈夫だ」

「あら、頑張るのね」

「うちの効率が良すぎなだけなんだけどね」

「まあそんな訳で、とりあえず出発だ」

「「「「了解!」」」」

 

 こうして五人はそのままヨツンヘイムへと向かう事になったのだった。



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第915話 ワンダラー

 一方こちらはハチマンらと別れて、

アルヴヘイム攻略団と狩りに来たソニック・ドライバーの二人である。

 

「思ったよりしっかり仕切ってるみたいじゃないかよ、ラキア」

 

 スプリンガーにそう言われたラキアは、うんうんと頷いた。

七つの大罪のメンバーによる狩りの仕切りは、よく言えば堅実、悪く言えば平凡であった。

詳しく後述するが、基本は釣り役が八匹くらいの敵を釣り、

それを十一に分けたチームのうちの八チームが相手をし、一チームが釣りを行う。

そしてローテーションで残りの二チームが休むという流れである。

ローテーション故に、一つのチームが休めるのは戦闘二回分の時間という事になる。

確かにヴァルハラの狩りと比べると効率が悪い事この上ないが、これは仕方がないのである。

何故なら複数の敵を相手にターゲットを維持出来る高レベルのタンクは、

今のALOには数える程しかいないからである。

必然的に敵のターゲットはアタッカーが持ち回りで引き受ける事になり、

敵が強い程無理は出来ないという事になるのだ。

 

 ヴァルハラが登場するまでは、ALOは完全なる剣と魔法()()の世界であった。

更に言うと、ソードスキルが導入されるまでは、

どちらかというと魔法偏重なバランスだった為、

魔法使い及び魔法剣士としてプレイしていた者がほとんどであった。

だがその流れをヴァルハラが劇的に断ち切った。

ユキノ達が少数ながらも名を轟かせていた理由の一つはユイユイの存在であった。

その頃から一部の者にはタンク職としてスキルを構成した場合の有用性が知られていたが、

そのユキノ達のパーティを丸ごと取り込み、

更にセラフィムを加えたヴァルハラが無敵の強さを誇った事で、

今やどのギルドでも、タンクの育成は急務とされているのであった。

 

 だがタンクのなり手は今でも驚くほど少ない、

理由は一つ、いなくても戦闘に関しては何とかなってしまうからである。

ついでに言うと装備もまだ充実しているとは言い難い。

何故ならタンク用装備の設計に携わる職人が少ないからだ。

それは偏にタンク人口が少ないが故の、装備需要の少なさに由来する。

ギルドの戦闘力を高める為にも貴重な資源は最初にアタッカーに回されるのが常であり、

タンクに回ってくるのはかなり後となる為、そもそも需要が発生せず、

アタッカー相手に商売をしていれば、職人としてはそれで十分稼げてしまうのだ。

なので本気でタンク用装備を研究する者はとても少なく、

それらの要因を総合した結果、タンク人口があまり増えないという悪循環に陥っているのだ。

 

 今回の狩りに参加していたのは、七つの大罪が三十八名、

アルン冒険者の会が十名、ALO攻略軍が二十二名、

ソニック・ドライバーが二名、チルドレン・オブ・グリークスが十四名な為、

八名を一パーティとして、十一パーティ編成で狩りが行われている。

それぞれのギルドは交流を深める為に、出来るだけ各パーティに均等に分けられており、

唯一の例外がソニック・ドライバーを含むパーティで、六人編成となっていた。

その代わりこのパーティには、ステータスが高い者が集められている。

具体的にはスプリンガーとラキアに加え、ベルフェノールとベゼルバブーン、

そしてアルン冒険者の会のリーダーのファーブニルと、紅一点のヒーラーのヒルダであった。

 

「しかしあんたも貧乏クジだな、俺達のお守りをさせられるなんてよ」

 

 スプリンガーが冗談めかしてそう言い、ファーブニルは苦笑した。

 

「それはみんながちゃんと指示に従ってくれるからですよ」

「それにしてもよ、うちのラキアなんか凄く扱いづらいだろ?ちっとも喋らないしよ」

「いやいや、ラキアさんの攻撃力は凄いですから、そんな大した問題じゃないです」

「そうか、ならまあいいんだが………」

 

 パーティのリーダー役は、ファーブニルに任されていた。

スプリンガーはラキアのお守りで精一杯だし、

ベルフェノールとベゼルバブーンはコミュ障の毛があるせいだったが、

根が真面目なのだろう、ファーブニルは大人しくその役を引き受け、

最初はまとまりが無かった六人も、次第に連携を高め、

人数が多い他のパーティよりも早く敵を倒せていた。

 

「ベルフェノールとベゼルバブーンは随分大人しいが、大丈夫か?」

「………さすがの俺もだるいとか言ってられん」

「飯は戦いが終わった後にラキアさんと食うさ、

やはり戦友とは同じ釜の飯を食わないとだしな」

 

 そんな二人はラキアの方を見て、圧倒されたようにそう答えた。

それほどまでに、今日のラキアの戦闘は凄まじい。

 

「悪いな、あいつ、宿命のライバルの登場で燃えちまってるみたいなんだよ」

「そ、そうなのか………」

「さすがにいつもこうって訳じゃないんだな」

 

 そんな二人の横で、敵がまた一体、ぐしゃっと潰れた。

その手に持つ巨大な斧で、ラキアが叩き潰したのである。

 

「よし、次は………邪神族か、ラキア、気を抜くなよ」

「ふんぬ」

 

 ラキアは鼻息も荒くそう答え、任せろという風にドンと胸を叩いた。

その姿は体は小さいのに、実に頼もしい。そして釣り役が必死でこちらに走ってきた。

邪神族はヨツンヘイムでも空中を移動出来る為、

その鈍重そうな見た目に反して移動速度は速いのである。

 

「大丈夫か?」

「すまない、大丈夫だ、敵を頼む!」

「おう、任せろい!」

 

 要所要所でそう声をかける、これがスプリンガーの真骨頂であった。

それによって場の雰囲気を良くするのに多大な貢献をしているスプリンガーは、

ムードメーカーとして、アルヴヘイム攻略団にとっての潤滑油のような役割を果たしていた。

そんな感じで狩りが続く中、ファーブニルは訝しげな表情で遠くを眺めた。

 

「おかしい、釣り役の背後にもやのような物が見える」

「何かあったか?」

「スプリンガーさん、見て下さいあれ、おかしくないですか?」

「確かに釣り役の姿が少ないな、おいラキア、あれがどうなってるか分かるか?」

 

 そう言われたラキアは目を凝らし、慌てたような表情でスプリンガーに振り返り、

その口が何かを伝えるように動いた。

 

「ふんふん、えっ?ワンダラーモンスターの大群だぁ?」

 

 ワンダラーモンスターとは、定点モンスターとは違い、

ランダムな位置に沸く敵の事である。

今回のようにいきなり大量のモンスターが沸く事もあり、

過去にはそれで、あの連合が全盛期に壊滅した事もあるのだ。

 

「まずいぞファブ、どうやら釣り役が、

ワンダラーモンスターの大群に引っかかっちまったらしい。

あの感じだと半分くらいはそれで轢き殺されてるな、

多分こちらに連絡する暇も無かったんだろうよ」

「それはまずいですね、ゼルとノールはヒルダを連れて、釣り役を拾ってやってくれ。

合流したら即時撤退で、通路側に避難だ」

「はい、行ってきます」

「分かった」

「任せてくれ」

 

 さすがに緊迫した場面でロールプレイをする事もなく、

ベゼルバブーンとベルフェノールは、全力で前線へと走った。

 

「スプリンガーさん、ラキアさん、

他のパーティが相手をしているモンスターを片っ端から叩き潰して下さい。

その上で状況を説明してきてもらえますか?」

「分かった、最初にルシパーの所に行って手伝ってもらうわ」

「お願いします」

 

 そしてファーブニルは通路へと向かい、陣地がすぐ構築出来るように準備を始めた。

場所の選定から安全地帯の見極めまで、やる事は沢山あるのだ。

ファーブニルはアルン冒険者の会を主催しているだけの事はあり、

そういった技能を日々磨いているのである。

そしてファーブニルに言われた役割を果たすべく、

スプリンガーとラキアはルシパー達が戦っているモンスターに突撃し、

ラキアがその斧で敵を頭から真っ二つにした。

 

「むおっ、何事だ?」

「ルシパー、ワンダラーモンスターだ、直ぐに今戦闘中のモンスターを殲滅して、

一旦後方に下がって陣地を構築しないとまずい」

「何っ!?………あれか、分かった、お前らは、直ぐに後退、サッタン、手伝え!」

「ふんぬっ、任せろ!」

 

 サッタンは鼻息も荒く他のパーティの所へと走っていき、

ルシパーとスプリンガー、それにラキアも各パーティが相手をしていたモンスターを倒し、

無事に釣り役を拾ったベゼルバブーンとベルフェノールと共に、

後方の通路へと後退していった。

 

「ルシパー、まずい、あれはラプトルの群れだ」

 

 合流して直ぐにベルフェノールがルシパーにそう報告をした。

 

「それは最悪だな………」

 

 過去に連合を壊滅させたのが、まさにそのラプトルタイプのモンスターの群れであった。

奴らはとても素早く、狡猾で連携してこちらに攻撃してくる為、

プレイヤーの手によって、集団としては危険度Sクラスに分類されていた。

 

「それだけじゃねえ、背後にボスっぽい巨大な敵がいやがる、

邪神タイプの、多分あれは、T-REXって奴だ」

 

 続けてベゼルバブーンがそう言い、場は驚愕に包まれた。

 

「何だと?そんな話は聞いた事が………」

「まあヨツンヘイムに関しては、まだまだ未知な部分が多いエリアだから、

そういう事もあるかもしれないな」

 

 ファーブニルが冷静にそう意見をし、ルシパーは考え込んだ。

 

「連合の雑魚どもと俺達は違う、違うが、戦う場所をきっちり選ばないと危険だろうな」

「ああ、少なくともラプトル共と戦っている時にボスに襲われるのは勘弁だな」

「一応この通路なら、ラプトルだけを相手にする事が出来ると思う」

「よし、タンクの四人に並んでもらってそれぞれにヒーラーがついてくれ、

アタッカー陣はその隙間から隙を見て攻撃だ!」

 

 その指示を受け、数は少なくレベルも心もとないが、タンク陣が前に出て横並びになった。

その後ろに近接アタッカー、そして後方の高台に魔法使い達が並ぶ。

 

「これなら何とかなるか?」

「ボスの相手をしなくてもいいならいけるかもしれねえな、

ラプトル共も、全部は入ってこれないだろ」

 

 その作戦は一定の成果をあげた。タンクが必死にラプトルの足止めをし、

アタッカー陣が確実にラプトルの息の根を止めていく。

ボスは通路の入り口にガツンガツンと体当たりをしていたが、

諦めたのだろうか、やがてその音も聞こえなくなった。

ラプトルも急激にその数を減らし、やがてその姿を消した。

 

「終わった………のか?」

「斥候、様子を見てきてくれ、くれぐれも慎重にな」

 

 そして警戒は解かないまま斥候が放たれ、

やがて報告に戻ってきた彼らは、敵の姿が一切見えないと報告してきた。

 

「誰か、倒したラプトルの数を把握してる奴はいるか?」

 

 その問いに、タンクから曖昧な数字が返ってきたが、斥候はその言葉に首を捻った。

 

「もっと沢山いたと思うんだが………」

「って事はどこかに移動したのか?」

「それならいいんだけどよ………」

「ふむ、まあいい、とりあえず死んだ斥候達の蘇生を行おう、何か知っているかもしれん」

 

 全員は慎重に奥へと歩を進め、最初に斥候達が倒された辺りへと移動した。

そこには四つのリメインライトがあり、ヒーラー達が長い詠唱を唱え、斥候達は蘇生された。

 

「大丈夫か?」

「大丈夫だが、やばい、やばいんだ!」

 

 だが蘇生された斥候達は、顔色を変えて大声を上げた。

 

「ど、どうした?」

「今はそれどころじゃない、ここはやばい、後方に警戒を!」

「こ、後方?向こうには何もいなかったが、いきなりどうした?何があった?」

「あいつら、岩に擬態してやがった!すぐそこに敵がいるぞ!」

「何っ!?」

 

 その瞬間に、後方から魔法使い達の悲鳴が聞こえた。

その後ろには多くの敵がいきなり姿を現しており、更に後方にはT-REXの姿もある。

今や先ほどまで戦っていた通路への道は、完全に塞がれていた。

 

「くっ、悪辣な!」

「どうする?」

「どうするも何も、やるしかないだろ!」

「ルシパー、ラプトルだけなら何とかならないか?」

 

 その時スプリンガーがルシパーにそう声をかけてきた。

 

「あ、ああ、犠牲も出るだろうが、あれくらいなら何とでもしてやるさ、

見た感じ、数はそれなりに減ってはいるからな」

「そうか………」

 

 そう言ってスプリンガーは、ドンと胸を叩きながら言った。

 

「ならボスは俺とラキアに任せろ、俺達があいつを引っ張って、とにかく奥へと誘導する、

まあ俺達は死ぬかもしれないが、

その間にお前達はラプトルを殲滅して、街の方へと後退するんだ」

「し、しかしそれは………」

 

 苦渋の表情を浮かべるルシパーの肩を、スプリンガーはポンと叩いた。

 

「それなりに経験値も稼げたし、マイナスにはならないさ。

それよりも若い奴の育成を優先させた方がいい。

ほらルシパー、敵が来るぞ、早く指揮をとれ」

「くっ、分かった、た、頼む!」

「おう、任せろい」

 

 そしてスプリンガーとラキアはボスに攻撃を仕掛け、単独で奥へと誘導を始めた。

 

「ラキア、すまないが付き合ってくれよな」

 

 ラキアはそんなスプリンガーに、うんうんと頷いた。

そんな二人の隣にファーブニルとヒルダが並ぶ。

 

「俺達もお付き合いします」

「ヒーラーがいた方が長持ちするでしょうしね」

「お前ら………」

「おっと、話してる余裕はないですよ、さあ、逃げましょう!」

「悪いな、貧乏くじを引かせちまって」

「いえ、好きでやってる事ですから」

 

 そして四人は一斉に走り出し、ボスがその後を追いかけ始めた。



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第916話 上空より訪れし者達

「くそっ、走れ、走れ!」

「むむむむむ」

「スプリンガーさん、何かの魔法でちょっとでも足止め出来ませんかね?」

「む~ん、俺の手持ちの魔法じゃそれっぽいのは無いな」

「ヒルダはどうだ?」

「ブリザードウォールなら使えますけど、とてもヴァルハラのユキノさんのようには………」

「ほんのちょっと時間を稼げるだけでも助かる、試してみてくれ!」

「分かりました」

 

 ヒルダは走りながら呪文の詠唱を開始した。

そんなヒルダが転ばないように、スプリンガーとファーブニルがフォローに入る。

そして呪文が完成し、ヒルダは振り返り、T-REXの足元に向け、魔法を解き放った。

 

「ブリザードウォール!」

 

 その氷の壁は、丁度敵の腰あたりまでせり上がり、

さすがのT-REXもそれを見てその場に立ち止まる。

 

「ふう、何とか成功しました」

「よくやった!これで多少時間が稼げるな」

「この後どうします?」

「これを見てくれ」

 

 ファーブニルにそう問われたスプリンガーは、走りながらコンソールを操作し、

可視化した上で地図を見せてきた。

 

「ここに出口の表示がある、ここまで行ければ脱出出来るはずだ」

「えっ、こんな所に出口が?」

「みたいだな、こっちには来た事がないが、さすがに自動生成の地図に間違いはないだろ」

「まあそうですね」

 

 ALOの地図システムはシンプルである。

よくあるパターンではあるが、プレイヤーが実際に行った事のある場所が表示されるのだ。

その範囲は百メートル、つまりもう少し走ればそこに出口がある事になる。

 

「よし、みんな、こっちだ!」

 

 スプリンガーは先頭に立ち、三人を出口へと案内していく。

それを逃がすまいと、T-REXは少し下がって振り返り、

助走をつけて氷の壁を飛び越した。

だが既にスプリンガー達との距離は五十メートルほど開いており、

このままなら十分逃げ切る事が可能だと、スプリンガーは地図を見ながら判断していた。

 

「よしここだ、多分階段か何………か、が………」

 

 スプリンガーはそのまま、あるはずだという言葉を飲み込んだ。

そこはただの行き止まりの小部屋であり、階段は愚か、隠れる場所すらも存在してはいない。

 

「ど、どういう事だ?地図が間違ってるはずはないのに………」

「あっ、皆さん、見て下さい」

 

 その時ヒルダが上を指差しながらそう言った。

その指の先、部屋の中央付近の天井の、地上十メートルくらいの位置に大穴が開いており、

おそらくそこが、地図に表示された出口なのだと思われた。

 

「マジかよ………」

「む~ん」

「ここじゃ飛べないし、あそこまで行くのはちょっと無理ですかね………」

「うぅ、まずいです、もうすぐあいつがここに来ます!」

 

 そのヒルダの言葉通り、T-REXはまもなくこの部屋に到着しようとしていた。

 

「みんなすまん、俺の判断が間違いだった」

 

 スプリンガーは苦渋の表情でそう言った。

 

「いやいや、あの地図を見たら誰だってそう思いますって」

「そうですよ、気に病む必要なんてないです」

 

 そして最後にラキアが、ふんすっ、と鼻息を荒くしながらスプリンガーの肩に手を置いた。

 

「あん?倒せば問題ないだって?まあ確かにそうなんだろうけどなぁ………」

 

 そんな会話をしている間に、もうT-REXはすぐそこまで迫ってきていた。

 

「まあむざむざと全滅させられるのは癪だし、少しは抵抗するか」

「ですね、やれるだけやってみましょう」

 

 一同がそう悲壮な決意を固めたその瞬間に、

T-REXがいきなり立ち止まって上を向いた。

 

「ん?あいつ、どうしたんだ?」

「さあ………」

 

 その時上の方からプレイヤーの声が聞こえてきた。

 

「ん、あれは何だ?」

「ここに敵がいるなんて初めてではなくて?」

「あれってトンキーじゃないよな!?」

「うん、違うように見えるね」

「こっちを見てやがるな、あれって………」

「ダイナソー?」

「ああそうか、恐竜か、あれ」

「かなり強そうだぞ、どうする?」

「う~ん、まあ何とかなるだろ、やばそうなら魔法で足止めしてとんずらだ」

 

 上にいる相手はこちらの存在には気付いていないようだ。

それも当然である、こちらからも向こうの姿は見えないのだ。

だがその声は、とても聞き覚えがある声であった。

 

「おいラキア、今のって」

「んっ」

「そうか、お前もそう思うか、これは何とかなるかもしれないな」

 

 そう希望に満ちた目をした二人に、ファーブニルが話しかけてきた。

 

「スプリンガーさん、今の声ってもしかして………」

「お、お前にも分かったか、今の声は多分、ヴァルハラの連中の声だな」

「で、ですよね!」

「えっ、そうなんですか?」

 

 どうやらヴァルハラとはあまり接点がないのか、ヒルダはそう驚いたような声を上げた。

 

「間違いない、おっ………来るぞ」

 

 そして上から五人のプレイヤーが下に降りてきた。

十メートルくらいの高さから飛び降りたはずなのだが、その着地する姿は実に軽やかだ。

 

「ハチマン君!」

「え?あれ、スプリンガーさん、ラキアさん、どうしてここに?」

「いや、狩りの最中にそのワンダラーモンスターに襲われてよ、

他にも細かいのが沢山いて、そいつだけ俺達がここに引っ張ってきたんだ」

「ああ、そういう事ですか、それじゃあ一緒にこいつを退治しちゃいましょう、

今はうちの幹部連が全員いるので、まあ何とかなると思います」

 

 その言葉にファーブニルとヒルダは目を見開いた。

 

「うわ、本当だ………」

「凄い、ALOの最高戦力だ」

 

 そしてスプリンガーは、笑顔でハチマンにお礼を言った。

 

「おお、助かるぜ、頼む!」

「それでそっちは………ああ、アル冒のファーブニルか、あと確かヒルダだったか」

「えっ?」

「私達の事を知ってるんですか?」

「ああ、まあ有望そうなプレイヤーの情報収集はしてるからな」

 

 その言葉に二人は気分が高揚するのを感じた。

尊敬するプレイヤーに認められていると理解したからだ。

 

「よし、タンクがいないから少し大変だが、全員で囲めば何とかなるだろ、

アスナ、キリト、やるぞ」

「うん!」

「久々の強敵だな」

「ラキアさんはどう考えても前衛ですよね、俺の隣にお願いします。

スプリンガーさんとサトライザー、それにファーブニルは前衛のフォローを、

ユキノとヒルダは後方支援な」

「「「「「「「了解!」」」」」」」

「むが~!」

 

 ラキアがやる気満々でそう叫び、こうしてヴァルハラとソニック・ドライバー、

そしてアルン冒険者の会の共闘が始まった。

最初に突撃したのは、ヴァルハラの特攻隊長を自認するキリトである。

 

「うおおおおお!」

 

 キリトは二刀に構えた彗王丸を敵に叩きつけるが、

その攻撃は、相手の皮膚に薄っすらと傷をつけるだけであった。

 

「ハチマン、こいつ、意外と硬いぞ」

「二刀じゃ無理か、剣を一本にしたらどうだ?」

「やってみる」

 

 そしてキリトは二本に別れていた彗王丸を一つにし、彗王丸は巨大な剣へと変化した。

 

「これならどうだ!」

 

 キリトの裂帛の気合いを込めたその一撃は、見事に敵の肌を切り裂いた。

T-REXはすぐに噛みつきで反撃に出るが、キリトはその攻撃をひらりと交わした。

 

「少し浅いけど、いけるぜ!」

「カウンターからならもっといけそうだな、難しいがやってみる。

みんな、攻撃は基本、相手の体勢が崩れた時を狙ってやってみてくれ」

 

 そしてハチマンは敵の正面に立ち、T-REXにカウンターを決めようと、

その顔の動きを注視した。だが攻撃は、予想もしない方向からやってきた。

 

「ハチマン、尻尾!」

「おう、見えてる見えてる」

 

 いきなりT-REXが体を捻り、ハチマンに尻尾で攻撃してきたのだ。

だがその言葉通り、ハチマンにはちゃんと見えていたのか、

その攻撃をヒラリと飛び上がって回避する。

 

「ハチマン、尻尾が戻ってくるんじゃないか?」

「おう、だろうな」

 

 キリトからそう声が飛ぶか飛ばないかという時には既に、

ハチマンは尻尾を追いかけてダッシュしていた。

そして尻尾のしなりが限界点に達した直後に、ハチマンはその根元を思いっきり殴りつけた。

それでT-REXの体がぐらりと揺れる。

 

「今だ!」

 

 そのハチマンの声を受け、ラキアがハチマンごと真っ二つにする勢いで斧を振るう。

キリトはT-REXの足を狙ってその剣を振り下ろし、

アスナは敵の喉元にいきなり大技を放った。

 

「スターリィ・ティアー!」

 

 そしてサトライザーが、相手の目を狙って魔法銃の銃撃を浴びせかける。

ユキノもアイスジャベリンを使って敵の顔付近に攻撃し、

ファーブニルとスプリンガーは、仲間に思わぬ反撃が来ないように、

すぐ後ろでT-REXがおかしな動きをしないかじっとそれを観察していた。

 

「一旦後退!」

 

 そこでハチマンがそう指示を出した、その言葉に従って、仲間達は敵から一旦距離をとる。

 

「GGYYYAAAAOOOOOO!」

 

 その瞬間に、T-REXは凄まじい咆哮を上げ、こちらへと向き直った。

どうやらサトライザーの攻撃が功を奏したらしく、その右目が潰れている。

だが出血こそしているが、他に失った部位は一つもなく、

その動きも攻撃前とまったく変わらない。

肝心のHPゲージの減り方は、五パーセントといったところであろうか。

 

「中々タフだな」

「みたいだな」

「まあいかにもボスっぽいし、これくらいはやってくれないとな」

「だな!」

 

 そして一同は、この強敵を倒すべく、剣を握りなおした。



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第917話 悪寒

少し迷って昨日は投稿出来ませんでした、すみません!


「ところでラキアさん、今俺も一緒に真っ二つにしようとしてませんでしたか?」

「ヒューヒュー」

「口笛、鳴ってませんよ」

「むっふぅ」

「何ですかそのドヤ顔!?」

 

 相変わらず仲良しな二人はさておき、今の戦闘を見て、

ファーブニルとヒルダは驚愕していた。

 

「攻撃力も凄いけど、それ以上に連携が凄い………」

「今の攻撃、全員がほぼ同時に着弾してただろ」

「はい、そう見えました」

「うちももっと戦闘経験を積まないといけないな」

「先輩も頑張って()()みたいになって下さいね」

「いやいや、無理だって」

 

 そして戦闘が再開され、ハチマンは全員に鋭く指示を飛ばした。

 

「戦った感じ、やばいのはやはり噛みつきだ、

あのでかい顎で噛まれたら、一発で死んじまうと思うから、それだけは注意してくれ!

他の攻撃に関しては、多分ユキノが何とかしてくれるだろ、

助けてユキえも~んって言えばそれでオーケーだ」

「ハチマン君、私をネコ型ロボット扱いするなんて………」

 

 ユキノが即座にそう言い、一同はハチマンがユキノに制裁をくらう未来を想像した。

だがユキノの口から飛び出したのは、正反対の言葉であった。

 

「えらいわ」

「「「「「そこって褒めるとこ!?」」」」」

 

 ドラえもんを知らないらしいサトライザーと、

いつも無言なラキア以外の全員がそう突っ込んだ。

 

「お前らユキノのネコ愛をなめるんじゃない。

それよりキリト、しばらく攻撃は任せた、俺はちょっとアスナと分析に入る」

「お?おう、任せろ!」

「それなら僕も前に出ておこうか」

「そうだな頼む、サトライザー」

「オーケーオーケー」

 

 そう言ってハチマンの代わりにサトライザーが前に出た。

キリトとサトライザーの二人が交互に敵にヒット&アウェイを行い、

ペースこそ遅いが堅実に敵のHPを削っていく。

その間にハチマンとアスナは、相手の死角から攻撃したり、

背後から敵を狙ったりと、色々な事を試していた。

 

「う~ん、キッチリ対応してくるね」

「これは両方の視覚を奪っても意味が無さそうだな、

死角からの攻撃にも普通に対応してきたしな」

「って事は、敵はこっちの行動を把握する手段が複数あるんだね」

「だろうな、音とか色々な手段を使ってこっちを認識してるんだろう」

「巨人族なら目を潰せば楽勝なのにね」

「だな、さて、そうするとどうするか」

 

 ハチマンは一歩後ろに下がり、TーREXの姿をじっと観察した。

 

「普通の恐竜なら足でも斬って、倒しちまえば攻撃力はほぼ無くなるんだけどな」

「でも邪神系だから、足は沢山あるしね………」

「そう、あの足だ、今のところあのにょろにょろを攻撃には使ってこないが、

あれが一斉にこっちに向かってきたら厄介だよな」

「試しに狙ってみる?」

「そうだな、何本か切り落としてみるか。おいキリト、あいつの足、切れるか?」

 

 ハチマンはそうキリトに声をかけ、キリトは難しい顔をしながらそれに答えた。

 

「あれか、かなり余計に踏み込まないといけないんだけど、やってみるよ!」

 

 そしてキリトはラキアの攻撃と呼吸を合わせ、

敵がその攻撃にぐらついた瞬間に、敵の足元に飛び込んだ。

そのまま何本かの触手を見事に切り落としたキリトだったが、

その瞬間にその断面から新しい触手が生え、キリトに向かって攻撃してきた。

 

「ちっ」

 

 キリトは慌てて飛び退ったが、

その際に切り落とした敵の触手をしっかり確保しており、

キリトはその触手をハチマンの所に投げた。

 

「手応えはあまり無かったな、簡単に切れたぞ」

 

 それを受け取ったハチマンは、まだピクピクしているその触手を気持ち悪そうに眺めた。

 

「これ、再生してたよな」

「うん、あれに攻撃を仕掛けるのは得策じゃないと思うけど、

多分発狂モードになったらあれが一斉にこっちに攻撃してくる可能性は否定出来ないよね」

「だよな、他に考えられるとしたら、口からビームとかそんな感じか」

「その姿を考えるとかなりやばいね」

「分かった、お~いキリト、正面から攻撃を続けてくれ、今度は首の可動域を見たい」

 

 ハチマンはキリトにそう声をかけ、アスナの手を引いた。

 

「俺達は後ろだ、アスナ、行くぞ」

「うん!」

 

 そのままハチマン達は後方に回り、尻尾の可動域を調べ始めた。

 

「足さえ封じれば、いいところ九十度ってところか」

「体の捻りが無ければただの手打ちの攻撃と変わりないね」

「ハチマン、こっちもやっぱり大した事ない!正面から左右に三十度ってところだ」

 

 前後から挟んだ事で、どちらにも対応しないといけなくなった敵の動きは、

体全体を使ってダイナミックに攻撃する事が出来なくなったせいか、

かなり単調なものとなり、攻撃範囲を見切るのは容易であった。

 

「よし、考えが纏まった。ユキノ、相手を囲むようにブリザード・ウォールだ、

三十秒だけ時間を稼いでくれ!」

「分かったわ」

「そのままユキノも含めて全員俺のところに集合してくれ」

 

 そして仲間達は飛び退り、ハチマンの所に集合した。

 

「いいか、敵の真横が死角になる、最初は前後から挟んで、

発狂モードに入った瞬間に敵の真横に移動だ、ユキノはあいつの触手を全部封じてくれ」

 

 ハチマンは集まった八人にそう説明し、

全員は氷の壁が消えないうちに配置につく為に急いで走り、そのまま所定の位置に到達した。

敵の前方にキリト、サトライザー、ラキア、スプリンガー、ユキノが布陣し、

残りの四人は敵の後方に布陣したのだ。

敵は前後を挟まれ、じりじりとHPを削られていく。

敵のHPはそのまま六割を切り、四割を切り、そしてまもなく二割を切ろうとしていた。

 

「もうすぐ発狂モードだ、ユキノの動きを見逃すなよ!」

 

 ここでハチマンからそう指示が飛んだが、一つ誤算が発生した。

この中で一番戦闘慣れしていないヒルダが、

その言葉に思わずユキノを視認しようと、敵の攻撃から目を離してしまったのである。

間の悪い事に、丁度その時ヒルダ目掛けて敵の尻尾がまるで刺突剣のように突き出された。

 

「ヒルダ!」

 

 その瞬間に、ハチマンがヒルダをかばうように前に出た。

そしてヒルダの目の前で、敵の尻尾に貫かれたハチマンの右腕が根元から宙に待った。

 

「くそ、雷丸を持っていかれたか、まあいい、後で回収しよう」

「あ、あ………」

 

 ヒルダはそれを見て、茫然自失した。

 

「ハチマン!」

「ハチマン君!」

 

 周囲から心配そうな声が飛ぶが、ハチマンはその声に向かって叫び返した。

 

「こっちは大丈夫だ、ユキノ、そろそろ魔法を頼む、十秒後だ!」

 

 どうやらこの状況でも、ハチマンはしっかりと敵のHPの減り方を確認していたらしい。

そしてハチマンは残る左手の拳で追撃してこようとする敵の尻尾を弾き返すと、

そのままヒルダの所に向かい、ヒルダを左腕一本で抱き寄せ、こう囁いた。

 

「悪い、左腕だけじゃさすがに抱えられないから、こうさせてもらうぞ。

予定と変わっちまったから俺が誘導する、ヒルダ、とにかく落ち着いて足だけを動かせ」

「あっ、は、はい!」

 

 ヒルダはまだ呆然としていたが、

言われた通りにとにかく足だけは動かそうと、ハチマンに支えられながら必死で走った。

当初の予定では、敵のすぐ横につくはずだったのだが、

二人は敵からぐんぐんと遠ざかっていく。

 

「そろそろだ、発狂モードが来るぞ!」

 

 そしてハチマンのそんな叫びと共に、ユキノの魔法が発動した。

 

「アイスコフィン!」

 

 その瞬間に、敵の足元に大量の氷が発生し、敵の触手はその氷に全て封じ込まれた。

それに呼応するかのように、T-REXの色が赤くなり、発狂モードへと突入する。

T-REXは狂ったように口からビームを吐き出し始め、

遠くでそれを見ていたハチマンは、苦笑しながらこう呟いた。

 

「やっぱり口からビームか、もう定番だな」

「ご、ごめんなさいハチマンさん、わ、私のせいで………」

 

 そんなハチマンに、ヒルダは慌ててヒールをかけた。

 

「気にするな、とにかくヒルダが無事で良かった」

「で、でもハチマンさんの腕が………」

「もうすぐ生えてくるから大丈夫だって」

 

 ハチマンはのんびりとした口調でそう言うと、仲間達に声をかけた。

 

「よ~し、誰がラストアタックをとるか勝負だな、頑張れ!」

 

 敵は完全に足を封じられている為、尻尾も噛みつきも可動範囲が制限されており、

こちらの誰にもその攻撃を届かせる事が出来ない。

要するに、ただ死を待つだけの状態にまで追い込まれていた。

 

「うん、やっぱり初見の敵をはめてやるのは気分がいいな」

「ふふっ、そうですね」

 

 もう何も心配する事はないのだと理解し、緊張が解けたのか、ヒルダはクスッと笑った。

この戦闘においてはもう二人は部外者となっており、ただ見ている他はない。

今から近付くと、尻尾の攻撃範囲を通る事になってしまい、逆に危険なのだ。

 

「おっと、またビームか、さっきから多いな」

「一応こっちに向けて撃とうとしてるんですね」

 

 だがその攻撃が二人に届く事はない、

体の構造的に、どうしても首の角度がこちらに向かないのだ。

 

「さて、そろそろ終わりだな、

あ、そういえばさっきスプリンガーさんが、あいつの他に細かいのがいたって言ってたよな」

「あ、はい、今多分本隊がそいつらと戦ってると思います」

「ほうほう、何がいたんだ?ベビーレックスか?トリケラか?」

「あ、ええとですね」

 

 その瞬間に、TーREXが口から吐いたビームが二人の横を連続で通り過ぎた。

二人とも一瞬そちらに気を取られたが、目を戻すと丁度T-REXが消滅していく所だった。

どうやら今のは断末魔の叫びのようなものだったらしい。

 

「お、倒したか」

「みたいですね」

 

 その時ハチマンは、自分とT-REXの目が合ったような気がした。

その瞳がニヤリと嫌らしい笑みを浮かべていたような気がして、ハチマンは胸騒ぎを覚えた。

 

(………何だ?気のせいか?)

 

 その時背後から嫌な気配がし、

ハチマンは慌てて後ろにいたヒルダの方に振り向いた。

 

「どうしたんですか?」

 

 そうキョトンとするヒルダの背後には、二対の小さな光がたくさん浮かんでおり、

その正体が何なのか理解した瞬間、ハチマンは片手でヒルダを抱き寄せ、

ヒルダを守るように、その身に覆い被さった。その直後にドン!と、二人を衝撃が襲う。

 

「えっ?えっ?」

 

 ヒルダは戸惑ったが、体を入れ替えた事で、

先ほど自分がいた位置の背後の様子が確認出来るようになり、

ヒルダはそこにあった二対の光~敵の目と目が合い、悲鳴を上げた。

 

「き、きゃああああああああああ!」

 

 そこにはいつの間にかラプトルの大群が出現しており、

そのうちの一匹が、ハチマンの肩に噛み付いていたのであった。



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第918話 本当に怖かったのは

「あ、あ………」

「大丈夫だ、俺の装備は防御力が高いから、見た目ほどダメージは無い」

「で、でも、でも………」

「幸いこいつのおかげで他の敵が俺に攻撃出来ないからな、

しばらくはこのままでいい、むしろ離れられると面倒だ。

横に回り込まれるとやばいんだが、そうしてこないところを見ると、

キリト達からの攻撃を警戒しているんだろう、横なら射線が通っちまうだろうし。

まあ狡猾な奴らだよ、本当に最悪だ。多分さっきのT-REXのビーム連打も、

こいつらの接近を誤魔化す為だったんだろう」

 

 ハチマンは先ほどT-REXと目が合った時の事を思い出し、そう言った。

確証は無いが、結果から見るとそうとしか思えないのである。

 

「さて、そうは言ってもさすがにやばそうだ、

後ろの奴らがじりじりこっちに近付いてきてる気配がする。

このままだと仲間ごと俺達を仕留めようとしてくるかもしれないな」

 

 そんなハチマンの言葉に、ヒルダはだが無反応であった。

いや、無反応というか、強張った表情でぶつぶつと何かを呟いている。

それを恐怖による反応だと思ったハチマンは、慰めるようにヒルダに声をかけた。

 

「ああ、まあ怖いよな、でもヒルダだけは何とか守るつもりだ。

最悪このままこの敵を引きずってでもあいつらの所まで行ってみせるさ」

 

 仲間達も、こちらの様子に気付いて向かってきてくれているが、その距離はまだまだ遠い。

そしてハチマンが走り出そうとした瞬間に、

ハチマンの腕の中のヒルダから、突然力ある言葉が紡がれた。

 

「ブリザード・ウォール!」

 

 直後にハチマンの背後に氷の壁がせり上がり、

ハチマンの肩に噛み付いていたラプトルが、その衝撃で上に跳ね上げられた。

ハチマンはそれを合図とするかのように、弾かれたように走り出す。

 

「おお、凄いなヒルダ、まさかそう来るとは思ってもいなかったわ」

「ヒール!」

 

 それに対するヒルダの返事は回復魔法であった。

その頃にはもうヒルダの放ったブリザード・ウォールは消滅しており、

背後から敵が殺到してきていたが、

十分に距離がとれたおかげでハチマン達は、仲間達と無事に合流する事が出来た。

ヒルダの大手柄である。

 

「ハチマン!」

「ハチマン君、後は任せて!」

「ヒルダさん、本当にありがとう」

 

 そのすれ違いざまのアスナの感謝に、ヒルダは弱々しく微笑んだ。

 

「い、いえ」

「悪い、頼むわ」

 

 そしてハチマンとヒルダはそのまま一旦後方へと下がった。

ハチマンの腕の中のヒルダは激しく震えており、

ハチマンはヒルダの体に回していた腕を離し、その頭に手を乗せた。

 

「大丈夫、もう大丈夫だ、怖かっただろうに、ありがとうな」

「い、いえ、確かに怖かったですけど、私が怖かったのは、王子が死んじゃう事ですから」

 

 ヒルダは安堵の為か、ハチマンの事を王子と呼び、ハチマンはスッと目を細めた。

 

「………お前、うちの学校の奴なのか?」

「えっ?違いますけど」

 

 その返事にハチマンはニヤリとした。

 

「まるで俺が通ってる学校がどこなのか知ってるような口ぶりだな」

「えっ?あっ、ああっ!?」

 

 そしてヒルダはがっくりと肩を落とし、恨みがましい目をハチマンに向けた。

 

「王子、ずるいです………」

「もう取り繕わなくなったんだな、もしかしてお前、詩乃の学校の生徒か?」

「はい、私とファーブニルさん………先輩は、()()()()()と同じ学校に通ってます」

「ほうほう、詩乃がシノンだってのも知ってるのか、誰かに聞いたのか?」

「いえ、ALOのプレイヤーなら、

ハチマンさんとシノンさんの事は普通に気付くと思います」

「ああ、やっぱりそうだよな………」

 

 その指摘にハチマンは頭を抱えた。以前から懸念はしていたのだろう。

 

「まあいいか、そういう事ならお礼は今度飯を奢るって事でいいか?」

「えっ?いいんですか!?」

「いや、まあ今回は助けられたからな」

「で、でもそれを言うならむしろ私の方が………」

「俺の方がヒルダよりも強い、そして強い奴が弱い奴を助けるのは義務だ。

だが弱い奴が強い奴を助けるのは義務じゃない、

でもヒルダは俺の事を必死で助けてくれた、感謝するのは当然だろ」

「あ、えっと、は、はい」

 

 そう答えつつも、ヒルダの顔はにやけていた。

これは要するにハチマンと二人でデートが出来るという事に他ならないからである。

ハチマンはそれに苦笑しつつも、立ち上がって近くに転がっていた雷丸を拾い上げた。

 

「それで連絡方法だが………」

「あ、私、岡田です、なのでヒルダです」

「なるほど」

「あとこれ、私の連絡先です!」

 

 そう言ってヒルダはハチマンに、すぐにメッセージを送った。

それは事前に準備していないと不可能な早さであり、

こういう機会が訪れた時の為に予め用意していたのだと気付いたハチマンは苦笑した。

 

「さて、それじゃあ俺はあいつらを手伝ってくるわ」

 

 いつの間にかハチマンの腕は復活しており、もう十分にHPも回復している。

 

「それじゃあ私も行きます!」

「MPは大丈夫なのか?」

「はい、回復薬をちゃんと持ってますから!」

「それならこれを使うといい」

「あ、ありがとうございます!」

 

 そう言ってハチマンが差し出してくれたMP回復薬を、ヒルダは一気に飲み干した。

 

「それじゃあ行きましょう、ハチマンさん!」

「お、おう」

 

 そして二人は戦場へと駆け出していった。

 

 

 

「おいおい、ラプトルかよ」

「そういえば最近ラプトル広場の掃除を怠っていたわね」

「ラプトル広場?何だそれ?」

 

 そのスプリンガーの疑問をもっともである、

この情報を持っているのはヴァルハラだけだったからだ。

 

「ワンダラーモンスターには決まった定住地があって、

そこが溢れると迷宮内に散らばるんです」

「えっ?そうなのか?」

「はい、この情報をもっと早くに公開しておけば、

あるいはこういった被害も減るかもしれませんね、

これは完全にうちの怠慢です、反省しないとですね」

 

 そうしょげるアスナに、スプリンガーが諭すように言った。

 

「いやいや、まあ情報を拡散してくれるのは有難いが、

本来なら他の大手ギルドだって、そういった情報を自力で得ていないと駄目だからな、

まったく気に病む事じゃないさ、気にせずもっとゲームを楽しもうぜ」

「は、はい、ありがとうございます」

 

 そんな会話を交わしながら、ラプトルの殲滅は続いていた。

だが例えここで全滅させようと、まだどこかに潜んでいるかもしれない。

それが他のモンスターと違い、ラプトルの性質の悪い特性であった。

 

「よし、こっちは大体オーケーだな」

「こっちも大丈夫」

「あれ、もう終わっちまったのか?思ったより少なかったか?」

 

 そこにハチマンとヒルダが合流してきた。

 

「うん、まあそんな感じかな」

「スプリンガーさん、アルヴヘイム攻略団を襲ったラプトルって何匹くらいでした?」

「百くらいはいたと思うぞ、まああっちは味方も多かったし、大丈夫だろ」

「こっちは何匹だ?」

「う~ん、二十くらいかな?」

「って事は、残りはもうほとんどいないか、

一度ラプトル広場を見にいくべきか、どうするかな」

 

 ハチマンはそう言って考え込んだ。その後ろではヒルダが、

ラプトル広場って何ですか?とファーブニルに質問している。

ファーブニルは今聞いたばかりの知識をヒルダに伝え、

それが終わったのを確認した後、アスナとユキノが興奮した様子でヒルダに話しかけた。

 

「ヒルダさん、あなた、凄かったわね」

「えっ?えっ?」

「さっきは本気でまずいって思ったんだけど、あのブリザード・ウォールはしびれたよ」

「あ、は、はい、あの時はもう必死でした」

 

 そんなヒルダをラキアがいいこいいこと撫で始めた。

どうやらラキアもヒルダの働きには感心したのだろう。

 

「当面は敵って事になると思うけど、直接やり合うとかじゃない時は仲良くしてね」

「は、はい、光栄です!」

「本当なら何かお礼をしたいところだけど………」

「ああ、それなら俺が飯を奢ってやる事にしたから大丈夫だ」

「ハチマン君が?」

「ご飯を?」

 

 二人はその言葉にきょとんとした。

 

「ああ、実はヒルダとファーブニルは多分俺と面識があったっぽい、だよな?」

 

 ヒルダはコクリと、そしてファーブニルは仰天した様子で頷いた。

 

「後はシノンがぶつぶつ言わないように、色々言い含めればまあ、何の問題もない」

「ああ、そういう事なのね」

「なるほど、シノノンがね」

 

 それで二人はヒルダがシノンと同じ学校に通っているのだとすぐに理解し、

面識があるというのもハチマンを囲む生徒の中に二人がいたという事なのだろうと推測した。

 

「シ、シノンさんの承諾は私がとります、せめてそれくらいはさせて下さい!」

「お、そうか?それは助かるわ、あいつは本当に色々と手を焼かせてくれるからな」

 

 ハチマンはほっとしたようにそう言い、一同は苦笑した。

 

「さてファーブニル、はからずもリアル割れしちまった事になるんだが、

ヒルダをあんまり責めないでやってくれな。

俺の事をうっかり王子とか呼んじまったのは確かに問題だが、

まああの切羽詰った状況じゃ仕方がないと思うしな」

「ああ、別に何の問題もないですよ、俺は王子の事を尊敬していますし、

むしろリアルでも接点が持てて、とても嬉しいです」

「お、そうか?かわいい事を言ってくれるな、この、この!」

 

 ハチマンはファーブニルの事も気に入ったらしく、

そう言いながら肘でつんつんつついた。どうやら弟分認定したようである。

 

「さて、とりあえずそっちは本隊と合流した方がいいな、

ラプトルが相手だと苦戦してるかもしれん」

「俺達はどうする?」

「アルヴヘイム攻略団の経験値稼ぎの見学は今日は中止だな、

ラプトル広場を見に行きたいが、タンクが欲しいところだな、誰か残ってるか?」

「ユイユイがまだいるみたい、どうする?呼ぶ?」

「そうだな、他の奴も呼んで、しばらくは大丈夫なように掃除してくるか。

スプリンガーさん、ワンダラーになりうる敵がいる場所の情報を後で送りますから、

そっちで情報共有してもらってもいいですか?」

「あはははは、本当はうちの見学に来るつもりだったのか、

まあそういう折衝は俺に任せてくれ。

T-REXを倒すのに共闘した事も言っちゃっていいよな?」

「はい、もちろんです、あいつらはプレイヤー全体の敵ですからね」

 

 こうして方針は決まり、ヴァルハラの五人はこの場で待機する事になった。

スプリンガー達は来た道を戻り、無事にアルヴヘイム攻略団と合流を果たす事が出来た。

 

「おお、無事だったのか!今丁度ラプトルの殲滅が終わって、蘇生を行ってる所だ」

 

 どうやらかなり被害が出たらしく、ルシパーは疲れた顔でそう言った。

 

「ルシパーさんよ、それ絡みで報告があるんだが」

「ふむ、聞こう」

「あのT-REXを倒すのを、

たまたま通りかかったヴァルハラの幹部連に手伝ってもらったんだ、

それ自体は問題ないよな?」

「ああ、もちろんだ、だが次にカチ合った時に、お礼は言っても手加減をするつもりはない」

「そりゃ当然だ。で、その時に興味深い話が聞けたんだよ」

「ほほう?」

「実はワンダラーモンスターってのはな………」

 

 そしてスプリンガーの報告を聞いたルシパーは、腕組みをして考え込んだ。

 

「そうだったのか、そう言われると確かに俺にも何ヶ所か心当たりがある」

「そうなのか?」

「ああ、だがそれがワンダラーの元凶とまでは気付かなかった、

ヴァルハラはいい斥候を持っているようだな」

「ああ、確かにそうだよな、敵が溢れる瞬間を確認したって事なんだろうしな」

 

 そこで二人は何かに気付いたように顔を見合わせた。

 

「………まさか連合が壊滅したのって、そのせいじゃないよな?」

「俺も今同じ事を考えていた。だがその事でヴァルハラを責めるのは違うだろう、

T-REXの件は知らなかったようだし、現に連合より少ない人数だった俺達が、

ラプトルの殲滅に成功しているからな」

「確かにそうだな、要するに連合の劣化がどうしようもなかったってこった」

「だが小規模ギルドが巻き込まれたらさすがに気の毒ではあるな、

今後はうちも、対象の部屋での狩りを行う事にしよう」

「いいアイデアだ、競い合いつつも、協力出来るとこでは協力していこうぜ」

「ああ」

 

 この時点では、ヴァルハラとアルヴヘイム攻略団、というか七つの大罪の関係は、

例えお互いを敵と認識していたとしても、比較敵良好だったと言える。

だがその関係が、多くの伝説級の武器が実装された次のバージョンアップから、

急激に悪化する事になるとはこの時点では誰にも予想出来なかったのであった。



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第919話 エルザとの約束を果たす

「おい、見たか?ヴァルハラとアルヴヘイム攻略団が、同時に発表を行ったぞ」

「おう、見た見た、これでワンダラーの被害が減ってくれるといいんだが」

 

 ALOは今、新たな事実の発表に沸いていた。

それほどまでに、最近のワンダラーモンスターによる被害が深刻だったという事なのだろう。

実際その理由は簡単である、要はアインクラッドの導入とトラフィックスの出現のせいで、

ヨツンヘイムに行く者が少なくなったせいである。

それでも少し前までは、ヴァルハラがハンターの役目を果たす事により、

その被害が顕在化する事は無かったのだが、

死銃事件やスクワッド・ジャムの開催、トラフィックスのAEへの寄港や、

藍子と木綿季の病気の治療などの事件が重なり、

八幡がとても忙しい状態になるに連れ、状態はどんどん悪くなっていたのであった。

だが今後は各ギルドもその事を意識して動いてくれると思われ、

今後はワンダラーの被害もどんどん減っていく事だろう。

今のALOは、そんな明るい希望に満ちていた。

 

 

 

 一方その功労者の一人である八幡は今、とても憂鬱そうな表情で車を走らせていた。

 

「八幡、ミサキチの店までもうすぐだよ、楽しみだよねぇ」

「………ああ、そうだな」

 

 そう、今日はメカニコラスの歌を作ってくれたお礼に、エルザと食事に行く日なのである。

普通の店に行くには最近のエルザは知名度が上がりすぎている為、

エルザが自分で予約をとり、今二人は『美咲』に向かっている最中なのであった。

 

「いやぁ、たまにこういうご褒美があると、やる気が出るなぁ」

「俺はまったくやる気が出ねえよ」

 

 その瞬間に、エルザの体がビクンとした。

 

「そ、その塩対応、いい………」

 

 八幡は天を仰いだが、約束なのだから仕方がない。

 

(テンションが上がってたせいとはいえ、何で俺はこんな約束をしちまったかな………)

 

 その時八幡はふと、エルザに限りなく優しくしたらどうなるのだろうと思いつき、

後で試してみようと心のメモに記載した。

そして二人は『美咲』に到着し、エルザは一応変装の為なのだろうか、帽子を目深に被った。

 

「お、お前も気を遣えるんだな」

「うん、ミサキチに迷惑かけたくないしね」

「そうだな」

 

 入り口の前に立つと、そこには本日休業の札がかかっており、二人は首を傾げた。

 

「あ、あれ?今日で合ってるんだよな?」

「うん、そのはずだけど」

「いつもは確か、春夏冬中の看板がかかってるよな?」

「うん、まあ鍵はかかってないみたいだし、中に入ってみよ」

「そうするか」

 

 そして二人は美咲の入り口の扉を開けた。

 

「こんばんわ」

「こんばんわ~!」

「あらあら八幡様、今日はようこそお越し下さいました、ささ、こちらへ」

「あ、ど、ども」

 

 そんな二人を美咲が一人で出迎えた。

というか、出迎えたのは八幡だけであり、美咲はエルザの方をまったく見ていなかった。

 

「むぅ、ミサキチ、私もいるんだけど?」

「あら、ピトもいたの?ごめんなさいね、あなたは小さいから、

私の胸の陰に入ってしまって全然気付かなかったわぁ」

 

 美咲はわざとらしくそう言い、エルザは頬を膨らませた。

 

「チッ、ちょっと胸が大きいからっていい気になんな!」

「あら、ただ事実を伝えただけなのだけれど、

大丈夫よピト、殿方の嗜好は人それぞれですからね、うふふ」

 

 このままだと女の戦いが始まってしまいそうだったので、

八幡は店内を見回した後、露骨に話題を変えた。

 

「そういえば表の看板が休業になってましたけど………」

「それで合ってますわぁ、今日は休業ですわよ?」

 

 美咲は満面の笑顔でそう答え、八幡は恐縮した。

 

「えっ、そうなんですか?そんな日にこいつが予約しちゃってすみません」

「いえいえ、そうではなくて、今日は八幡様のお相手だけをするつもりで、

予約が入った時点で店はお休みという事にしましたの」

「えっ?ミサキチ、そうなの?調整とか大変だったんじゃない?」

「大丈夫よ、その日はたまたま嘉納さんからの予約しか入っていなかったから、

事情を説明してキャンセルさせて頂きましたわ」

「え、マジですか、後で閣下に謝っておかないと………」

「必要ありませんわ」

「え、いや、でもですね」

「必要ありませんわ」

「あっ、は、はい………」

 

 八幡は美咲の迫力に負けて頷いた。

 

「さて、それじゃあこちらのお席へどうぞ」

 

 そして二人は座敷に通された。料理は既にある程度用意されており、

美咲は飲み物を準備して、二人の前に置いた。

 

「それじゃあ私は温かい料理を仕上げてきますわね、どうぞごゆっくり」

 

 そう言って美咲は厨房の方に戻っていった。

 

「それじゃあ八幡、乾杯ね!」

「おう、そうだな」

 

 二人はそのまま乾杯を交わし、近況報告に移った。

 

「仕事の調子はどうだ?」

「もちろん真面目にやってるよ!」

「結構忙しいのか?」

「うん、最近名前がどんどん売れてきちゃってて、

もしかしたら今年の紅白にも呼ばれるかもしれない!」

「え、マジかよ、それは凄いな」

「もちろんその時歌うのは、『メカニコラスのテーマ』ね」

「冗談だと思うがそれだけは絶対にやめてくれ」

「え~?駄目~?」

「駄目に決まってるだろ、お前には常識が無いのか」

「………」

 

 八幡は特にエキサイトするでもなく、淡々とそうお説教をしただけなのだが、

それでもエルザは興奮したようにぶるぶると震えた。

 

「い、いきなりなんて、不意打ちすぎるよぉ………」

「いや、別に大した事は言ってないだろ………」

 

 丁度そこに、美咲が料理を持って戻ってきた。

 

「あらピト、八幡様に罵倒でもしてもらったの?」

「罵ってません、普通に喋ってただけなんですが」

 

 そう言って八幡は、美咲に一連の経緯を説明した。

今日ここに来る理由となった歌の依頼の事や、紅白絡みの事をである。

 

「へぇ、ちょっとそれ、聞いてみたいわね」

「いいよ、今歌ったげる!」

 

 そう言ってエルザはメカニコラスのテーマを二人の前で披露した。

 

「平成初期のロボットアニメの曲みたいね、血が滾るわ」

「お、ミサキチいける口じゃん!」

「まあ丁度世代だもの、子供の頃に見た記憶があるわ」

「こういう事でも全力でやるのが私の主義だから、頑張ったよ!」

「でもこれを紅白でってのはどうかと思うけどね」

「う………や、やっぱりそうかな?」

「当たり前だ」

「当たり前でしょう」

 

 二人にそう言われ、さすがのエルザも諦めたようだ。

 

「それじゃあ別の曲にする、まあまだ選ばれるかどうか分からないんだけどね!」

「候補に上がってるってだけでも凄いわ、ここ最近本当に知名度が上がったのね」

「うん、八幡のおかげでね!」

「それはALOのCM効果とかなのかしら?」

「ううん、私の曲、いくつか著作権フリーにしてあるから、

それが音楽教室で使われたり、何かのイベントの時とかに流してもらったり、

駅前で流れたりしてるせいだね、ミサキチも知ってる曲って、古い曲ばっかりでしょ?」

 

 美咲はその言葉に考え込み、確かに最近の曲の事をまったく知らない事に気が付いた。

 

「え、ええ、そう言われると確かにそうね、そもそも聞く機会がないもの。

昔ならテレビとかでそれなりに耳にしたけど、最近はテレビもほとんど見ないしね」

「だよね、まあそういう事。そのおかげで収入もかなり増えたよ」

「あら、それは良かったじゃない」

「うん!最近の音楽って、それを聴こうと思って自分で探す人の耳にしか入らないじゃない?

でも本当はそういうんじゃなくて、街を歩いている時とかに自然と耳に入るようにするのが、

販促としてはやっぱり最強なんだよね!損して得とれってやつ!

ソレイユ絡みのミュージシャンはみんなそれに賛同してそういう活動をしてるから、

みんな結構収入が増えて、うはうは状態のはずだよ!」

「そう、さすがは八幡様ですわぁ」

「いや、別に俺だけの意見って訳じゃないんで………」

 

 エルザを取り巻く環境も、どうやら良い方に変わっているらしい。

 

「まあ何よりお前が自由に歌えるって事の方が大事だからな」

「うん!私、八幡と出会えて本当に良かった!」

 

 そう嬉しそうに言うエルザは、だが何かを期待するように八幡の目を見ていた。

 

(ここでかよ………)

 

 八幡は心の中でため息をつきながら、エルザに向かって言った。

 

「俺は全然良くない、お前はもっと身の程を弁えろ、この変態が」

 

 その常日頃とは違う乱暴な口調に美咲は一瞬ハッとしたが、

八幡のとても嫌そうな表情と、エルザの恍惚とした表情を見て即座に事情を理解したらしい。

 

「あら、今日はそういう趣向になってますのね、八幡様」

「そうなんですよ、歌のお礼にこいつがどうしてもって言うんで」

「は、八幡、もっと!」

「………俺相手に要求とか、変態が調子に乗ってんじゃねえ」

 

 エルザはその言葉で座ったまま後ろに倒れ、そのままぶつぶつと呟き始めた。

 

「あ、ありがとうございます、ありがとうございます!」

 

 そのエルザの姿にさすがの八幡も引いた、ドン引きである。

 

「美咲さん、俺はこいつの変態度を甘く見ていたかもしれません」

 

 そう美咲に目を向けた八幡は、美咲の頬が上気している事に気が付き、嫌な予感がした。

 

「八幡様、私、ちょっとお願いがありますの」

「………何ですか?」

「試しに私に向かって、

『おい美咲、もういい年のお前なんか俺以外は相手にしてくれないんだから、

これからもちゃんと俺に尽くせよ』って言ってみてもらえませんか?」

「嫌です」

 

 それは取り付く島もない即答であった。

 

「そ、そこを何とか!」

「お断りします」

「試しですから、先っぽだけ、先っぽだけでいいですから!」

 

 そう言いながら美咲が八幡を押し倒す勢いで迫ってきた為、

八幡は嫌々ながら、その頼みを承諾した。

 

「分かりました、言うだけですからね。

『おい美咲、もういい年のお前なんか俺以外は相手にしてくれないんだから、

これからもちゃんと俺に尽くせよ』」

「ぶはっ!」

 

 そう言いながら美咲は、エルザ同様に後ろにどっと倒れた。

 

「ピト、あなたの気持ち、今完全に理解したわ」

「でしょ?尊いよね!」

 

(尊いの意味が違ってませんかね?)

 

 八幡は心の中でそう思ったが、

今の二人に口を挟むのは嫌だったので黙っていた。

そして二人はまるで同士を見つけたかのように固く手を取り合い、起き上がった。

 

「今日は休みだし、料理を出し終わったらミサキチも一緒に参加しなよ」

「そう?それじゃあお言葉に甘えようかしら」

 

 この後二人の相手をさせられるらしい事が目の前で決定し、八幡は頭を抱えた。



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第920話 楽しい時間

そういえば書き忘れてましたが、SAOのアニメ二期三話「鮮血の記憶」の冒頭三秒くらいの校舎内の下駄箱の場面で、一番左端にいる男女がファーブニルとヒルダです。


「そういえば八幡、また新しい女の子を二人捕まえたんだよね?

リアル連絡先を教えてもらってたって聞いたよ?」

「あら、それは聞き捨てなりませんわね」

「人聞きの悪い事を言うなエルザ、お前は知ってるだろ?

七つの大罪のアスモゼウスと、アルン冒険者の会のヒルダだよ」

「えっ、その二人?まあヒルダちゃんは分かるけど、あの痴女がどうして………」

「痴女?その方は痴女ですの?」

「あ~、うん、二つ名を付けるなら、『ALOのミサキチ』かな」

「あら、それは痴女ですわね」

 

 その美咲の感想に、八幡はそれでいいのかと思いっきり突っ込みたくなったが、

実際美咲の格好はそういった傾向が強い為、

自覚してるのならまあそれでいいかと思い直す事にした。

 

「そもそもどんな経緯でそんな事になりましたの?」

「ああ、実は………」

 

 八幡は先日の狩りの事を二人に説明した。

 

「げっ、ラプ?あいつら本当にうざいんだよねぇ」

「そうなの?」

「うん、あいつらはGGOで言うと何だろ、ヤミヤミとタラオのコンビみたいなもんよ」

「その例えはどうなんだ………?」

 

 八幡は呆れたが、エルザは尚も熱弁を振るった。

 

「あいつらは一人一人だと弱いのに、群れると連携とか本当にうざいじゃない?

まさにラプトルって感じなのよ!」

「ああ、そういう………」

「そう言われるとそうなのかしら、まあ私はあの二人より弱いから、何ともだけど」

 

 美咲もそれで一応納得したらしい。

 

「まあジュラシック・パークに出てくるような、あんな感じですね」

「それは怖いわねぇ、あんなのに囲まれたら生きて帰れる気がしないわ」

 

 そう言いながらも、GGOのミサキなら絶対に生還するだろうと八幡は確信していた。

それは事実であり、今の美咲は八幡に自分はか弱いアピールをしているだけなのである。

 

「しかしそのヒルダちゃんって子は、中々やるわよね」

「ですよね、俺もあれには感心しましたよ」

「だね、根性あるよねぇ」

「もうちょっと鍛えればまあ、

うちのメンバーにしても差し支えないくらいの実力にはなると思うんですよね」

 

 その八幡の言葉は、他のギルドのメンバーに向ける言葉としては、

やや傲慢に聞こえるかもしれないが、最高の評価であった。

 

「あら、随分と高評価ですわね」

「それじゃあアスモゼウスは?」

「あいつはちょっと分からないわ、ヒーラー兼弓使いとは言ってたけど、

戦いはあまり好きじゃないみたいだしな。

まあどんな奴かは詩乃が調べて報告してくると思うぞ」

「えっ?何でしのノン?」

「いや、二人とも詩乃の学校の生徒らしいんだよ」

「何その偶然、ありえるの?」

「実際そうなんだからありえるんだろうさ」

「へぇ、面白いね」

 

 三人はそんな感じで盛り上がっていた。

どうやら美咲は最初からこの事を想定していたのか、

料理の量も二人分とは思えない量があり、三人は存分に飲み食いする事が出来た。

 

「ふう、お腹いっぱい!それに凄く美味しかった!」

「あら、それはありがとう」

「今日の料理は全部ミサキチが作ったの?」

「ええ、実はそうなの、今日は板さんにもお休みしてもらったしね」

「へぇ、それでこのクオリティか、ミサキチは凄いね」

「それじゃあデザートをお持ちしますわ」

 

 そう言って美咲は余計な物を下げていき、八幡もその後に続いて食器を下げ始めた。

 

「あら八幡様、そんな事は私がやりますから」

「いえ、今日は貸し切りにさせちゃいましたし、これくらいはさせて下さい、

この後一人で片付けするんですよね?なのでまあこれくらいは、ね?」

「ふふっ、大丈夫ですよ、杏に手伝わさせますから」

「ああ、杏は元気ですか?」

「ええ、大学を卒業したら、直ぐ店に入るって言ってくれて、

これからは多少私も楽が出来そうですわ」

「そうですか、それは嬉しいですね」

「あの子には好きな道に進んで欲しいとずっと言ってたんですけど、

店を継ぎたいと言ってくれて、正直これでほっとひと安心ですわね」

「まあまだまだ先の話ですよね、大変でしょうけど、これからも頑張って下さい」

「ふふっ、八幡様とは長い付き合いになりそうですわね、これからも公私共に宜しくですわ」

 

 そう言って美咲はペロリと舌なめずりをした。

八幡はアスモゼウスもエロいと思っていたが、やはり美咲のが遥かに格が上のようだ。

 

「よ、宜しくお願いします」

 

 八幡はそう言って、逃げるように元の席に戻った。

このままでは変な雰囲気になりそうだと判断したからである。

 

「八幡お帰り!今暇だったから、GGOの公式ページを見てたんだけど、

新しいPVがアップされてたよ」

「ほう?」

「せっかくだし一緒に見てみようよ」

「そうだな、美咲さんが戻ってきたら見てみようぜ」

「うん!」

 

 エルザは食欲が満たされたせいか、かなり変態度が下がったようだ。

八幡にとっては幸いである。そして美咲がデザートを持って戻ってきた後、

三人は並んでそのPVを見る事にした。具体的には八幡のスマホで映像を見て、

二人がその横から体を密着させ、画面を覗き込む格好である。

 

「二人とも近い、近いから」

「え~?だって見にくいんだもん!」

「八幡様、ここは男らしくぐっと私達を抱き寄せてくれて構いませんのよ」

「い、いや、それじゃあスマホが持てないんで」

 

 八幡は仕方なく二人の接触を許容し、そしてスマホの画面にGGOのPVが流れ始めた。

 

「お?」

「あっ!」

「これはまた………」

 

 そこに出てきたのは恐竜の群れであった。その中に恐竜のようなヒト種が混じっている。

 

「これはまた偶然だな」

「まあ完全にファンタジーに寄せるよりはいいのかもね」

「ラプトルも出てくるのかしら」

「出るんじゃないですかね、まったく厄介な」

 

 八幡はそう言ったものの、少し嬉しそうに見えた。やはり恐竜は男のロマンなのである。

 

「日付は………十二月上旬か、ALOより三週間くらい早いね」

「とりあえずこっちに全力投球だな」

「ふふっ、楽しみですわね」

「それじゃあデザートを頂こっか!私、もう我慢の限界だよぉ!」

 

 三人はそのままデザートを食べ、

その後もバージョンアップがどうなるのか楽しそうに会話を続けた。

そして楽しい時間はあっという間に過ぎていき、八幡とエルザは店をお暇する事にした。

 

「ミサキチ、今日は本当に楽しかったね!」

「ええそうね、また今度、二人で遊びましょうね」

 

 それはおそらくリアルでという事なのだろう。この二人、実はそれくらい仲良しである。

だが八幡には、美咲とエルザはタイプが違いすぎて、

二人が一緒にどんな遊びをするのか見当もつかなかった。

 

「美咲さん、料理も本当に美味しかったです」

「ありがとうございます八幡様、今後ともご贔屓に」

 

 美咲はそう言って八幡に微笑んだ。

あまり押しすぎるのもまずいと思ったのか、余計な事は一切言ってこない。

 

「あ、そうだ、もしかしてここに、大野財閥の会長ご夫妻って来たりしますか?」

「春雄さんと晶さんの事かしら、それならたまにおみえになりますわ」

「そうですか、つい最近お二人と知り合ったんで、もしいらしたら宜しくお伝え下さい」

「あらそうでしたの、分かりましたわ」

「トラフィックスのバージョンアップも決まりましたし、

そしたらまたみんなで戦いに行きましょう」

「ふふっ、その時を楽しみにしていますわ」

「ミサキチ、それじゃあお会計!」

 

 エルザがそう言って財布を取り出したのを、八幡が慌てて止めた。

 

「いや、それは俺が払うって」

「別にいいよぉ、今日は私が誘ったんだし」

「いや、そもそも今日の飯はお礼の為なんだし、う~ん………」

「まあ大人しく半分ずつでいいんじゃありませんこと?」

 

 その言葉に八幡とエルザは顔を見合わせた。

 

「まあそれもそっか」

「そうだな、そうするか、ただし端数は俺が出すからな」

「はいはい、それでいいよ、その代わり次は私が端数を出すからね!」

「へいへい」

 

 そして二人は『美咲』を出て、そのまま帰途についた。

 

「そういえばエルザ、美咲さんにも相談しようと思ってさっき聞きそびれちまったんだが、

ヒルダに飯を奢ってやるとして、エルザは自分が高校の時、

どんな店に連れてってもらいたいと思ってたか聞いてもいいか?」

 

 その瞬間に、エルザがかつてない程ビクンビクンとなった。

 

「えっ?ど、どうした?」

「………う、ううん、ここで他の女の話を出してくるなんて思ってもいなかったから」

「う?わ、悪い、そんなつもりは無かったんだが………」

「ううん、気持ち良かったから気にしないで」

 

 ここでまさかの変態が復活し、八幡は余計な事は言わないように極力無言でいる事にした。

 

「えっと、高校の時かぁ、とりあえず制服で入っても平気な程度に堅苦しくない所で、

それでいて清潔感があって、安っぽくない所がいいと思うな」

「うぐ、俺にはハードルが高いなそれ」

「まあ帰った後に………」

 

 そう言いかけてエルザはピタリと動きを止めた。

 

「………ううん、うちに送ってもらうついでにちょっと上がってきなよ、

色々なお店で撮った写真とかもあるし、

それを見せながらいくつか候補になりそうな所を教えてあげる」

「おお、そうか、お前のチョイスなら安心だな、悪いが宜しく頼むわ」

「うん、任せて!」

 

 こうして八幡は、エルザの家にお邪魔する事になったのだった。



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第921話 エルザのアルバム

「八幡、それじゃあ上がって上がって」

「おお、それじゃあお邪魔します」

 

 八幡は初めてエルザの家に上がる事になり、若干緊張していた。

 

(まあ何かあっても俺の方が力が強いから問題ないだろう)

 

 ちなみに家に上がる前に、玄関前でカメラマンが張り込んでいないか確かめたりもした。

というかそちらの方が気になっていた。

 

「あはははは、まったくもう、気にしすぎだってば」

「いや、そうは言ってもな………」

「別に写真に撮られても問題ないでしょ、むしろ知名度が上がって万々歳みたいな?」

「う~ん、まあ明日奈も気にしたりはしないだろうし、問題ないといえばないか」

「そうそう、ちょっとは話題になるかもだけど、みんなすぐに忘れちゃうって」

「そういうもんか」

「うん、そういうもん!」

 

 そのまま八幡は居間に通された。室内は散らかっているだろうと思われたが、

まったくそんな事はなく綺麗に整えられていた。

 

「随分綺麗にしてるんだな」

「うん、これでも女の子だしね!」

「え、お前、自分で掃除とか出来たのか?」

 

 そのいかにも疑ってます風な八幡の言い方に、エルザはビクンとした。

 

「ハァハァ………あ、当たり前、じゃない、それくらい余裕だよ余裕!」

「そ、そうか」

 

(この程度でも駄目かぁ)

 

 八幡、この話題から即座に撤退である。

 

「とりあえずお茶を入れてくるから待ってて、それまで私のアルバムでも見ててよ」

「アルバム?今時珍しくないか?」

「私の両親、まあもう死んじゃってるんだけど、

両親がそういうのが好きだったからさ、子供の頃からの写真がいっぱいあるんだよね。

だから自分でアルバムに纏めたの」

 

 八幡はその事は初耳だったらしく、驚いたような顔をした。

 

「何だと、お前、ご両親はもう亡くなってるのか?」

「うん、まあ事故でね。私が初期のGGOで荒れてたのは、そういう側面もあるんだよね」

「そうだったのか………」

「私が未成年だったら、優里奈やしのノンやフェイリスみたいに、

八幡に保護者になってもらってたかもしれないね」

「ああ、まあそうなってた可能性は高そうだな」

「ふふっ、やっぱり優しいんだ」

 

 エルザはそうとてもエルザらしくない事を言い、キッチンへと消えていった。

 

「アルバム、か………」

 

 八幡はそう言ってアルバムを手に取り、ページをめくった。

 

「はいはいお約束お約束」

 

 最初は赤ん坊の頃のヌード写真である。八幡はそれをスルーしてページをめくっていった。

 

「………小学校の頃のエルザは今と変わらない気がする」

 

 身長こそ低かったが、そこには今のエルザを縮めただけのエルザが写っていた。

この頃からエルザは美少女だったようだ。

 

「………それがどうしてこうなった」

 

 だが中学の頃のエルザは、三つ編み眼鏡状態になっていた。

 

「で、こうなったのか、高校の時は髪が短かったんだな」

 

 高校の時のエルザの髪型は、GGOのピトフーイと同じ感じになっていた。

その服装もかなりラフで、ショートパンツにタンクトップという格好である。

 

「で、これか………卒業式の制服姿が落ち着いて真面目な感じになってるのは、

もしかしてこの間にご両親がお亡くなりになったのかな」

 

 八幡はそう言って目を伏せた。

高校の写真はかなり少なく、途中から撮影者がいなくなったのは間違いないと思われた。

 

「あいつも苦労してるんだな………後でちょっとは優しくしてやるか」

 

 八幡は夕方に思いついた事をここで実行してみようと考え、そこにエルザが戻ってきた。

 

「お待たせ~!それじゃあはい、これ」

 

 八幡の前に置かれたのは、ピンク色の液体であった。

 

「何これ?」

「イチゴミルクティー!」

「ほう?」

 

 八幡は興味津々な様子でそれを口に含んだ。

 

「ん、美味いなこれ」

「でしょう?」

「俺の好みにピタリとはまるな、これは普通にスーパーとかで売ってるのか?」

「場所によっては無いかもだけど、まああるはずだよ」

「そうか、今度優里奈に頼んでストックしておいてもらおう。

しかしこれ、レンの色っぽいよな」

「あはははは、そうだね」

 

 そしてエルザは八幡の隣に腰を下ろし、アルバムをチラリと見た。

 

「高校まで見たんだ、どう?私のヌードに興奮した?」

「あの赤ん坊の奴か、する訳ないだろ。それより中学でいきなり変わったのは何でだ?」

「あ~、うん、中高一貫の私立だったんだけど、結構な進学校でね、

ちょっと真面目ぶってみました、みたいな?」

「へぇ、そうだったのか」

「で、高校二年になったばっかりの時に、親が死んじゃってさ、

高校に入ってから始めた音楽は卒業まで続けたけど、

さすがにそれ以降は派手な格好をする気にはなれなかったんだよね」

 

 エルザは卒業式の写真を見ながらそう説明した。

 

「そうか………」

 

 八幡はそのままエルザの頭を撫で、エルザもされるままになっていた。

 

「まあ私の保護者をやってくれた親戚がいい人でさ、

大した金額じゃなかったけど親の遺産を誤魔化す事なく全部私に渡してくれて、

家を売るのも私の代わりにやってくれてさ、

高校の間は気兼ねしないようにって、そのお金で一人暮らしをさせてもらって、

で、高校三年の時に街角で歌ってた所をスカウトされて、そのままこの業界に入った訳」

「ああ、だから家事も普通に出来るんだな」

「ふふん、どう?惚れ直した?」

「直したも何も、元々惚れてないんだが………」

「ぶ~、まあいいや、高校を卒業してからの写真は、

ほとんどマネージャーさんに撮ってもらった奴かなぁ」

 

 そう言われた八幡はページをめくり、そこに桜島麻衣の姿を見つけた。

 

「おお、これ、麻衣さんだよな?中学くらいか?小さくてかわいいな」

「どれどれ?ああ、それ、麻衣ちゃんが初めてうちの事務所に来た時の写真だわ、

確かこの時中学二年生って言ってたかな」

「五年前か、お前は今と全然変わらないんだな」

「むぅ、もうちょっと胸とか育つと思ってたんだけどね」

「おいエルザ、この写真のデータがあったらくれ、今度麻衣さんをからかうのに使いたい」

「うんいいよ、後で送っとくね」

 

 そしてページをめくった八幡は、顔をしかめた。

 

「って、クラディールじゃないかよ、相変わらず目付きが気持ち悪いな」

 

 そこには懐かしのクラディールが写っていた。

当然二人きりではなく、何かのイベントの撮影のひとコマのように見える。

 

「そういえばこいつ、あれからどうなったの?」

「さあ、結城塾に叩き込まれてからの事はサッパリだな」

「多少は真人間になったのかな?」

「なったかもしれないな、相当厳しい所らしいしな」

「ふ~ん、まあいっかぁ、この写真も捨てちゃおっと」

「だな、もう俺達が関わる事は無いだろう」

 

 更にページをめくると、そこからはGGOのSSが並んでいた。

 

「お前、結構撮影とかしてるんだな」

「ふふん、懐かしいでしょ」

「ん、あれ?これってマックスじゃないか?」

 

 そう言って八幡が指差す先には、確かに銃士Xが写っていた。

 

「え?あ、本当だ、シャナの方を見てるように見えるけど………」

「これっていつくらいの写真だ?」

「え~っと、確かこのくらいの時に、八幡の同窓会があった気がした。

うん、絶対そう、私も乱入したから覚えてる」

「そんな昔からあいつは俺と知り合おうと努力してたのか………」

 

 更にページをめくると、その辺りから、再びリアルエルザの写真が増えていた。

 

「この辺りはお前しか写ってないんだな、しかも部屋の中ばっかりだ」

「うん、自撮りだもん。新しい服を買ったら撮ってたの」

「ほう?そういう趣味に目覚めたのか?」

「ううん、明日奈に送って八幡の趣味に合うかどうか聞いてたの」

 

 そのエルザの言葉に八幡は苦笑した。

 

「なるほどな、って、おい!」

 

 八幡はそう言って、慌ててページをめくる手を早めた。

そこには下着姿のエルザの写真が沢山並んでおり、八幡は天を仰いだ。

 

「これも明日奈に送ってたのか?」

「うん、逆に明日奈が同じのを買ったケースもあるよ」

「………マジで?」

「うん、八幡は見るのが恥ずかしいかもしれないけど、これとか」

 

 そう言ってエルザが指差した写真に、八幡はチラリと視線を走らせた。

 

「むっ」

「どう?見覚えがあった?」

「確信は無いが、確かにそれと同じのを、

明日奈が寝起きでだらしない格好になってた時に見た気がする」

「ちなみに今私も着てるんだよね、それ」

「え?」

 

 八幡はその言葉でうっかりエルザの方を見た。

エルザはモロにスカートをまくりあげており、

八幡は慌てて視線を逸らし、エルザの頭をガシッと掴み、ギリギリと力を込めた。

 

「だからお前はそういう事をするなっての」

 

 だがその言葉に返事は無く、エルザの方からハァハァと荒い息遣いが聞こえた為、

八幡は慌ててエルザの頭から手を離した。

 

「まあ貴重な物を見せてもらって感謝する、最後はともかく案外興味深かったわ」

「これを見たのは八幡が最初だよ!」

「ん、そうなのか」

 

 八幡は極力余計な事は言わないように、短くそう言った。

 

「それで店の写真だけど、それはこっちかな」

 

 そう言ってエルザは別のアルバムを持ち出してきた。

ページをめくるとそこには、ヴァルハラの女性陣と色々な店に行った写真が飾られていた。

 

「お前、結構みんなと色々な所に行ってるんだな」

「うん!私、仕事以外で友達ってほとんどいないからさ、

必然的にこうなっちゃうみたいな?」

「………まあ気持ちは分かる」

 

 八幡もリアル友達が少なかった為、エルザに感情移入してしまったようだ。

エルザと八幡の違いは、今はエルザは同姓と、八幡は異性と出かける事が多い点だろうか。

 

「それじゃあ写真を見ながら説明するね、いつどこに行ったかもちゃんとメモってあるから」

「おお、意外とまめなんだな」

「えへへ、大切な思い出だからね」

「………そうか、確かにそうだな」

「それじゃあええと………」

 

 説明を始めようとしたエルザを、だが八幡が止めた。

 

「ちょっと待ってくれ、今キットに電話をかける。

直接ナビに印を入れてもらった方が楽そうだ」

「ああ、それはいいアイデアだね、さっすが八幡!」

 

 エルザはそのまま八幡のスマホに向けて店の名前と大雑把な位置を告げ、

それを元にキットが全ての店の位置を特定していった。

同時にどんな店かの情報も、キットが記憶していく。

 

「ふう、こんなもんかな」

「キットはやっぱり凄いね」

「そうだな、世界に三台しかないからな」

「え、むしろ三台もあるの?」

「おう、嘉納さんのカットだろ、それと大野財閥の会長の所のサガットだ」

 

 そう自分で言いながら、八幡は思わず噴き出した。

 

「い、いきなりどうしたの?」

「悪い悪い、サガットってのはな、古い格闘ゲームに出てくるキャラの名前なんだよ。

あの二人はかなりの廃格ゲーマーだったらしくてな、実に()()()名前だなってな」

「そうなんだ!検索検索っと」

 

 エルザは直ぐに対象のキャラを見つけたらしく、八幡に見せてきた。

 

「このハゲ?」

「ぶっ………」

 

 八幡は再び噴き出した。どうやらエルザの言い方がツボに入ったようだ。

 

「おいエルザ、あまり俺を笑わせるんじゃねえ」

「最初に笑ったのは私のせいじゃないと思うけど」

「た、確かにそうだな、すまん」

 

 そんな八幡に、エルザは何故か抱き付いてきた。

 

「おわっ、いきなり何だよ」

「ううん、楽しいなって思ってさ」

「ん、まあそうだな、俺もお前といると飽きないよ」

 

 確かに手は焼かされるが、それは八幡の本心だった。

 

「ねぇ八幡、あのさ、良かったら私と一緒の写真を撮らない?

このアルバムに、八幡と一緒の写真も飾りたいの」

「そのくらいなら別に構わないぞ、

まあしかし明日奈の了解は事後報告でもいいからとっておけよ」

「うん!」

 

 そしてエルザはタイマーらしき物をセットし、

見た事の無いスマホを固定する道具を使ってテーブルの上に置いた。

 

「慣れてるんだな」

「いつもこうやって撮ってるからね。十秒後に撮れるよ」

 

 エルザはそう言って、甘えるように八幡に体を擦りつけてきた。

八幡は八幡で、エルザに優しくしてみようと思っていた為、

思い切ってエルザの肩を抱く事にした。明日奈に怒られるかもしれないが、

エルザの身の上話を聞いてしまった事で、今はそうするべきだろうと思ったのである。

エルザは一瞬ビクッとしたが、直後に幸せそうな表情になった。

 

 パシャッ

 

 そんな音と共に撮影は終了し、八幡はそのままエルザの家を後にした。

エルザは一人でその写真を眺めていたが、孤独感はまったく無かった。

何故ならそこには満面の笑みを浮かべる自分の顔が写っていたからである。

 

「おいこら私、そんな幸せそうな表情をしやがって」

 

 エルザはそう言って画面をちょこんと指で弾き、それを一生の宝物にする事にした。



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第922話 岡田唯花という少女

 距離的に近い事もあり、今日はマンションに帰宅した八幡であったが、

マンションに着いてしばらくして、詩乃から電話があった。

 

「ちょっと、聞いたわよ、また女の子が一人増えたんですって?

しかもまたうちの学校らしいじゃない」

「耳が早いな、でも間違ってるぞ、男女が一人ずつだ」

 

 八幡はそう訂正したが、詩乃は男にはまったく興味が無さそうであった。

 

「あらそうなの?でもまあ男はどうでもいいわ」

「お前、相変わらずドライだよなぁ………」

「でもまあ一応名前くらいは聞いておこうかしら、何て人?」

「ファーブニルこと雨宮龍と、ヒルダこと岡田唯花だ、

アルン冒険者の会のリーダーとヒーラーだな」

 

 詩乃はしばらく沈黙した後、驚いたような声を上げた。

 

「えっ?本当に?」

「ああ、間違いない、もしかして知ってる奴だったのか?」

「知ってるもなにも、それ、うちの学校の生徒会長と書記よ。

二人は付き合ってるって噂されてるけど、確かに仲がいいのよね」

「生徒会?マジでか?」

「うん、マジマジ。しかしまさかだったわ、

うちの学校って実はALOのプレイヤーが多いのかしら」

「それはまずいだろ………」

 

 八幡はヒルダとの会話を思い出しながらそう呟いた。

 

「何が?」

「おい詩乃、ヒルダが言ってたんだよ、お前の学校の生徒のALOプレイヤーなら、

俺とお前がハチマンとシノンだって事は普通に気付くと思いますってな」

「それが?」

 

 詩乃は意味が分からないという風に八幡にそう言ってきた。

 

「何か実害があるとでも?」

「俺とお前が仮面カップルだという事がバレる」

「それが?」

「それがってお前、学校でのお前の立場が悪くなるだろ」

「はぁ、そんな事になる訳ないでしょ、もしそうならとっくになってるわよ。

でも実際はそんな事にはなってない、オーケー?」

「えっ?あ、確かに………」

 

 実際詩乃の学校にALOプレイヤーは数人存在するが、

彼らは八幡と詩乃がハチマンとシノンなのだと気付いていた。

だが姫だ何だと持ち上げられはしても、詩乃が傲慢な態度をとる事は一切なかったし、

八幡の事を尊敬もしていたので、アスモゼウスと同じような認識を抱いていたのである。

以前アスモゼウスが言っていた、『朝田さんっていい人なんだよなぁ』

という言葉が全ての理由を端的に表していると言っていい。

 

「まあそういう事なら気にしないでいいか」

「うん、いいと思う。とりあえず明日、書記ちゃんと話してみるわ、

お昼に一緒に屋上でご飯を食べようと思うから、迎えに行くって伝えておいてもらえない?」

「そうか、分かった、ファーブニルは誘わなくていいんだな?」

「うん、女五人の中に男が一人ってのはきついと思うから、別の機会にしておくわ」

「確かにそうだな、分かった、伝えておくわ」

 

 そう詩乃との電話を終えた後、八幡はすぐにヒルダこと岡田唯花に電話をかけた。

 

「あ~、ええと、俺、八幡だけ………」

「あっ、王子!連絡お待ちしてました!」

「ど………あ、そ、そう」

 

 食いぎみにそう言われ、八幡は若干引いた。

 

「そ、その王子って呼び方はあまり好きじゃないから、俺の事は普通に八幡と呼んでくれ」

「分かりました、八幡さん!」

「で、早速なんだが、一応俺の方でいくつか店を選んでみたんだが、

何か嫌いな食べ物とかは無いか?」

 

 唯花は一瞬無言になった後、感動したようにぼそっと呟いた。

 

「あ、や、優しい………」

「いやいや、それくらい普通だろ」

「そんな事ないです、私、自慢じゃないですけど男の子には結構誘われますけど、

みんな、ここ行かない?そこ行かないって、そういう誘い方しかしてきませんから!」

「あ~、まああるあるだな」

 

 八幡はその答えに納得した。確かに自分が高校生の時も、

周りではそんな感じの会話がとびかっていた気がしたからだ。

 

「というかお前、モテるんだな」

「はぁ、まあ男の子と社交的に接してるだけなんですけど、

どうも勘違いする人が多いんですよね………」

「う………耳が痛い………俺も昔はそうだったからな………」

 

 その言葉の意味を理解した唯花は、

自分が八幡を傷つけてしまったのではないかと慌てふためいた。

 

「い、いえ、それはきっと、大人になる為の通過儀礼なんですよ!

だ、だからそんな落ち込んだ声を出さないで下さい!」

「そうだといいんだけどな………」

  

 唯花はこれ以上この話題を引っ張るのは危険だと考え、露骨に話題を逸らした。

 

「そ、そうだ、私の好き嫌いの話でしたよね!

えっと、甘い物はどれだけ甘くても大丈夫ですけど、

食事って考えたら特に好き嫌いはありません。

でも肉、肉があればとにかく幸せな感じですね!」

「お前、肉食系だったのか?とてもそうは見えなかったけど意外だな」

「違いますよぉ、まあ食欲的な意味なら合ってますけど」

「ふ~ん、まあそういう事ならええと………」

 

 八幡は、エルザに教えてもらった店のリストを見ながらああだこうだと呟き始めた。

どうやら店選びに気をとられた事で、先ほどの状態からは逃れつつあるようだ。

ここで八幡に普通に戻ってもらう為にはもうひと押し必要だと考えた唯花は、

少し考えた後に八幡にこう提案してきた。

 

「あ、あの、私は別にお洒落な店とかじゃなくても全然いいんで!

むしろそういう店だと他人の目がどうしても気になっちゃうっていうか………」

「ん、そうなのか?なら普通に焼肉でも食いにいくか。

個室のある店にすれば他人の目も気にならないだろ」

「是非それでお願いします!」

「分かった、それじゃあそんな感じで手配しとくわ」

「ありがとうございます!」

「いや、お礼をするのはこっちだからな」

 

 唯花はその穏やかな八幡の声を聞き、ピンチを乗り越えられたとホッとした。

学校での唯花は確かにかなりモテるのだが、

その事を伝えたのはあくまでも八幡にアピールする為であり、

社交性と男の勘違いの話を出して、

自分は軽い女じゃありませんよコンボに繋げたのが完全に裏目に出てしまったのを、

上手く乗り越えた形である。だがホッとしたのも束の間、八幡から爆弾が放り込まれた。

 

「でも焼肉って、付き合ってる男女が行くものだってよく言われてるよな、

って事はやっぱりやめとくか、唯花は龍と付き合ってるんだろ?」

「へ?リュウ?何ですか?」

 

 唯花は普段はファーブニルの事を、先輩もしくは雨宮さんと呼んでいた為、

八幡の言葉の意味が咄嗟には分からなかったのだ。

 

「ファーブニルだ、雨宮龍って名前なんだろ?」

「あ、ああ~!」

 

 そう指摘され、唯花は八幡に完全に誤解されている事に気が付いた。

 

「ち、違いますよ、私達、付き合ってなんかいませんから!」

「あれ、そうなのか?でも学校じゃそういう事になってるって詩乃から聞いたけどな」

「ええっ?は、八幡さん、一旦電話を切っていいですか?

ちょっと友達に確認してみます!」

「お、おう………」

 

 そして唯花は同じクラスの友達に電話をかけまくった。

その返事は大体こんな感じであった。

 

『え?今更何言ってるの?いつも一緒にいるじゃない』

『唯花、わざわざ電話で惚気?』

『何?彼氏と喧嘩でもしたの?』

『二人でこそこそと人目を忍んで楽しそうに話してたよね?』

 

 どうやら唯花と龍がカップルだという事は既成事実化されており、

普段唯花が恋愛絡みの話を嫌っていた為、

唯花が自分から言ってきてくれるまでその事に突っ込むのはやめようと、

いつの間にかクラス内でそういう暗黙の了解が成されていたらしい。

唯花はショックで反論する気力も起こらず、眩暈を覚えながら八幡に電話をかけなおした。

 

「は、八幡さん、八幡さんの言った通りでした………」

「だろ?」

「友達に色々言われました、いつも一緒にいるとか、惚気?とか、

彼氏と喧嘩でもした?とか、人目を忍んで話してたよね?とかです………」

「おおう、見事にカップル扱いされてるな、というか行動がカップルっぽい」

「確かにそうかもですが、違うんです!そもそも私がALOを始めたのは、

たまたま生徒会室の窓から鳥が飛んでるのを見て、

空を飛ぶのってどんな気持ちなのかなって呟いたら、

それなら試してみればいいんじゃないかって、会長にALOを勧められたからなんですよ。

で、覚える事が多いから、色々教えてもらう為に一緒にいる事が多くなって、

さすがに学校で四六時中ゲームの話をしてるのがバレたら立場的にまずいから、

声を潜めてこそこそ話してたって、つまりはそういう事なんです!」

「言われてみると納得の理由だな」

「ですよね!だから焼肉はまったく問題ないんです!」

「分かった分かった、それじゃあ予定を立てておくわ」

「はい、お願いします!」

 

 唯花は八幡との絡みはこれで良しと考え、

明日から自分と龍は付き合っていません運動を始めようと心に誓った。

 

「で、いつにする?」

「いつでもいいんですか?」

「おう、別にいつでもいいぞ」

「それじゃあ明後日でお願いします!」

「明後日?平日だけどいいのか?」

「はい、その日はたまたまうちの親が二人ともいなくて、

自分で夕飯を用意しないといけなかったんですよ。

明後日なら、多少帰りが遅れても平気ですしね」

「そうか、じゃあ明後日で決まりだな」

「ありがとうございます!」

 

 こうして明後日、八幡と唯花が焼肉に行く事が決定した。

 

「で、それとは別に頼みがある」

「頼みですか?」

「ああ、実は詩乃がな、明日の昼、唯花と一緒に屋上でランチをしたいそうだ」

「ええっ、私とですか?」

「もしかしていつも一緒にお昼を食べる友達とかがいたりするのか?」

「生徒会室で雨宮先輩と一緒にALOの話をしながら食べる事が多いですが、

特にお昼ご飯を攻略する為のパーティーは組んでません」

「ぶはっ………」

 

 その唯花のウィットに富んだ返事に八幡は思わず噴き出した。

 

「何それ、ウケるし」

 

 八幡はかおりの口癖をパクりつつ、唯花にそう言った。

 

「やった、ウケた!」

「そういう事なんだが、どうだ?」

「分かりました!明日屋上に行けばいいんですか?」

「いや、詩乃が唯花の教室に迎えに行くとか言ってたぞ」

「迎えに!?むむむむむ、あ、でも誤解を解くには丁度いいのか、

分かりました、お待ちしてます!」

「そうか、それじゃあ伝えておくわ」

「はい、お願いします!それじゃあ明日はお弁当を作らないとですね、

あ、でも今日は親もいないしおかずが無いかぁ、ちょっと買いに行かないとだ」

「え、今からか?」

 

 もう時間も遅い為、八幡は心配そうにそう言ったが、

唯花から返ってきたのは少しズレた返事であった。

 

「はい、近くに二十四時間営業のスーパーがあるから平気ですよ」

「そういう意味じゃないんだが………」

「え?どんな意味ですか?」

「もうこんな時間だから心配だって意味でな」

「私の事、心配してくれるんですか?やった!」

「やったじゃねえっての、う~ん………唯花、家はどこだ?」

「あっ、ええとですね」

 

 唯花が伝えてきたのは、思ったよりも近い場所であった。

ここからなら所要時間は大体十分くらいだろう。

 

「分かった、俺も買いたい物が無いわけじゃないし、今からそっちに迎えに行くわ」

「えっ?八幡さんがですか?」

「おう、十分後に家の前で待っててもらっていいか?」

「わ、分かりました、今からおめかしします!」

「買い物に行ける程度のおめかしでいいと思うが」

「………う~ん、分かりました、十分で準備出来る程度のおめかしにします!」

「まあそれならいいか、それじゃあまた後でな」

「はい!」

 

 そして八幡はキットに乗り、唯花の家に向かったのだった。



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第923話 気が合う二人

 唯花は正確に九分で出かける準備を終え、八幡の到着を今か今かと待っていた。

もちろん待っている間も鏡を見ながら準備に余念がない。

 

「大丈夫だよね、私、変じゃないよね」

 

 誰に聞かせるでもなくそう呟いた唯花の前に、時間ピッタリにキットが停車した。

 

「悪い、待たせたか?」

「いえ、時間ピッタリです!さすがは八幡さんとキットちゃんです!」

 

 唯花は興奮した様子でそう言い、八幡は少し引いた。

 

「お、おう、うちのキットは凄いからな」

 

 唯花は八幡が若干引きぎみな事にすぐ気付き、

コホン、と咳払いをすると、改めて八幡に自己紹介をした。

 

「失礼しました、私は岡田唯花、十七歳です。

この度は私の家までわざわざ迎えに来て頂きありがとうございます」

 

 八幡はその豹変ぶりに驚きつつ、じっと唯花の顔を見つめた。

唯花の髪型はポニーテールであり、鼻筋がスッと通っていて、

優しげな瞳をキラキラと輝かせていた。

 

「ああ、これはモテるわ………」

 

 八幡は思わずそう呟き、その瞬間に唯花の顔が赤くなった。

 

「やだもう、八幡さんったら」

「わ、悪い、それじゃあ行くか」

「そうですね、あまり遅くなると、明日の授業中に寝ちゃいそうです」

 

 そして二人はそのまま二十四時間営業のスーパーへと向かった、その道中の事である。

唯花が不意に、何かに気付いたように鼻をひくっとさせた。

 

「あれ、八幡さん、もしかして今日、飲んでました?」

 

 唯花はそう言いながら首を傾げた。微妙にあざとい。

 

「ん、おお、悪い、ちょっと酒臭かったか?」

「あ、はい、ほんの少しですけど」

 

 そう言って唯花はくんかくんかと八幡の匂いを嗅いだ。

 

「おわっ」

「でも大丈夫です、気になるほどじゃないですよ」

 

 唯花は平然とした顔で微笑んだ。結構あざとい。

 

「唯花さん近いしあざといです。そういうところが男を勘違いさせるんですよ、

本当に気をつけて下さいね」

「な、何でいきなり敬語なんですか!?」

「いや、同じような事を昔よく内心で思ってたから、つい口に出ちまったわ」

「私、あざとくなんかないですよ!」

「あざとい奴は大抵そう言うもんだ、ソースは俺の後輩」

「むぅ、八幡さんこそよく思ってたって、

女の子に密着されまくりのモテモテだったんじゃないですか」

「いや、そんな事はまったくない、近くに隙だらけな奴が一人いただけだ」

「隙だらけ、ですか………あっ、私は違いますからね、こんな事普段は絶対にしません!

だから思いっきり勘違いしてくれちゃっても全然構いませんからね!」

「すまん、何を言ってるのか全然分からない」

「え~!何でですか!」

 

(随分と話し易いな、ああ、だからモテるのか)

 

 八幡はそう考えたが、そんな時、唯花がやや声を潜めながら、八幡にこう質問してきた。

 

「ところで今日は、誰と飲んでたんですか?

彼女さんですか?お友達ですか?あ、もしかして女友達とか?」

 

(あ、この感じ、昔のいろはと一緒だな、結局モテる奴ってのはこういうタイプなんだな。

それはさておきこの質問にはどう答えるべきか………)

 

 八幡はまだ酔っていたせいもあるのだろうが、

本当の事を言ったら唯花がどんな反応をするのか、見てみたい衝動にかられた。

 

「おう、神崎エルザと飲みに行ってたわ」

「えっ?私のライバルにあの歌姫が追加ですと!?何ですかそれ、聞いてないですよ!?」

「えっ?」

 

 唯花があっさり信じた事で、逆に八幡の目が点になった。

 

「な、何で何の疑問も持たずに信じちまうんだ?」

「え~?だって帰還者用学校で、

神崎エルザが何度もチャリティーコンサートをやってるのは有名な話ですよ?」

「そ、そう言われると確かに………」

 

 その事は他ならぬエルザ自身がインタビューとかで言った事もあり、

世間では美談扱いされているというのが正直なところである。

 

「なので多分本当なんだろうなって思ったんですよ、

例えば防衛大臣の嘉納閣下とかの名前を出されたら、さすがの私も嘘だと思いますって」

「な、何故そこで閣下の名前が出てくる」

 

 八幡は一瞬、『こいつ、俺の交友関係を全部知ってて鎌をかけてるんじゃないだろうな』

などと考え、唯花にそう問いかけた。

 

「だってあの人、おたく疑惑があるじゃないですか。

VRゲームをやってるって噂もよく聞きますし」

 

 だが返ってきた返事はそんな感じであった。

確かに嘉納が閣下と呼ばれているのもそれが理由な為、

ここで例として名前が出てきても不思議ではないのだ。

 

「そ、そうか、まああの人ともたまに飲むわ」

「あはははは、八幡さんったらとってつけたみたいに、面白いです!」

「本当だったらどうするんだ?」

「その時は何でも一つ、八幡さんの言う事を聞いてあげます!

でももし八幡さんが本当だと証明出来なかったら、

私が逆に八幡さんに言う事を一つ聞いてもらいますからね!」

 

 唯花は自信満々でそう言った。

 

「マジかよ、何をしてもらおうかな………」

 

 八幡はそう言いながら、自身のスマホに嘉納と一緒に写っている写真を表示させ、

唯花に見せようとした。

 

「ふふん、えっちな事でもいいですよ?」

 

 だが唯花がそう言った為、八幡はピタリと動きを止め、慌ててスマホを後ろに隠した。

 

(おいおいおい、そんな事を言われたら、

それ目当てみたいに見えちまって写真を出しづらいだろうが!)

 

「八幡さん、今スマホを隠しましたよね?」

「いや、気のせいだ、そもそも俺は今、運転してるからハンドルから手が離せん」

「さっきからずっと自動運転じゃないですか」

「う………」

「ほら、諦めて見せて下さいよ!」

 

 そう言って唯花は八幡に圧し掛かった。

必然的にその胸が八幡に押しつけられる事になる。

唯花は巨乳というわけではなかったが、それなりに豊かなサイズを誇っていた為、

八幡はその感触を感じてかなり慌てた。

 

「おいこらちょっと待て、それはまずいって!ってかシートベルトを外すな!」

「え~?何がですか?」

「む、胸、胸が当たってるんだっつの」

「違います、当ててるんです」

「もっと悪いわ!ほら、離れろって!」

「今隠した物を見せてくれたら離します」

「やめとけ、見たら絶対後悔するぞ」

「そう言われると益々興味が出ますね、ほら、さっさと見せなさい!」

 

 唯花は八幡を抱きしめるように手を回して密着し、

八幡が硬直した瞬間にその手からスマホを奪い取った。

 

「あっ」

「ふう、手こずらせやがったな、小猫ちゃん」

「お前、それは卑怯だろ!ってか男前かよ!」

「さて、どれどれ?え~と………」

 

 そう呟きながら八幡のスマホの画面をじっと見つめた唯花の目が、驚愕に見開かれた。

 

「えっ?えっ?何ですかこれ、何の冗談ですか?」

「だから後悔するって言っただろ、せっかく負けといてやろうと思ったのに」

「悔やんでも悔やみきれぬ………」

「おお、まあドンマイだな」

「八幡さんに嬉し恥ずかしのあんな事やこんな事をしてもらう計画が台無しに!」

「あんな事やこんな事って何だよ………」

「もちろん放送禁止な奴に決まってます!」

「唯花、よく自爆した、ざまぁみろだな」

「言い方がひどい!?」

 

 今日初めて会ったにも関わらず、気が合うのだろうか、

二人は既に、長年の友人のような掛け合いを楽しんでいた。

 

「はぁ、もういいです、最後のワンチャンに賭けますから。実は三………」

「実は三回勝負でしたとか言うつもりか?」

「んもう!八幡さん、乙女の心を読みすぎですよ!」

「分かり易すぎるお前が悪い、俺は悪くない」

「むぅぅ、分かりました、とりあえず私への要求をどうぞ」

「お、いいのか?それじゃあどんなエロい事をしてもらうかな」

「そんな気なんかまったくない癖に!」

 

 唯花はそう言って頬を膨らませ、そんな唯花に八幡は、嫌らしい顔で言った。

 

「それじゃあ今日お前の………」

 

(えっ?えっ?まさか本当に?勝負下着を付けてきて良かった!)

 

 その表情を見た唯花は頬を赤らめ、ドキドキしながら八幡の言葉を待っていた。

 

「買い物は俺に奢らせ………」

「はい、喜んで!………………え?」

「ろ………って、答えんの早えよ!」

「えっ?えっ?は、八幡さん、優しい………

じゃなくて!何でそこでへたれるんですか、色々台無しですよ!んもう!」

「へ?あ、す、すみません………」

 

 そうぷりぷりと怒る唯花の顔は、だがとても嬉しそうであった。

 

「八幡さん、私、今とても楽しいです」

「俺も楽しいぞ、想像以上にお前が面白いからな」

「でへへぇ、照れますなぁ」

「それじゃあさっさと買い物を済ませちまうか」

「ですね!」

 

 二人はそのままスーパーに到着し、仲良く買い物を始めたのだった。




すみません、唯花が勝手に暴れ出して移動だけで一話使っちゃいましたorz
この作品ではよくある事かもしれませんがorz


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第924話 奇遇だな

昨日も投稿出来ず、すみませんでした!


「よし、俺がカートを動かす、お前は欲しい物を片っ端からじゃんじゃん叩き込んでいけ」

「分かりました、お財布さん!」

「お前はもっと言い方に気を遣え」

「あっ、す、すみません、お財布八幡宮さん!」

「人を大宰府天満宮みたいに言うんじゃねえ」

 

 こうして二人の買い物は始まった。

朝にそんな凝った物は作れないので、必然的に最初に向かうのは冷凍食品のコーナーである。

 

「おっ、結構凝った物があるんだな」

「種類も沢山あるんですよ」

「お、唯花、肉だぞ肉」

「はい、肉ですね!」

 

 二人はまるで夫婦のように見え、周りの者達はそんな二人を微笑ましく眺めていた。

そんな中に一人、二人の事を見知っている者が紛れていた。

 

「あ、あれ?八幡さん?それに確か生徒会の書記の………岡田さん、だったっけ?」

「ん?おお、遠藤、遠藤じゃないか、奇遇だな、お前も買い物か?」

「う、うん、お醤油が切れたから、今のうちに買いに行ってくれってお母さんが」

 

 そこにいたのはかつて詩乃をいじめていた遠藤貴子であった。

 

「おおそうか、ちゃんと家の手伝いをしてるんだな、えらいぞ」

「八幡さん、でもこんな時間に娘一人で買い物に行かせるなんて、鬼じゃないですか?」

 

 その唯花の冷静な意見に、八幡はハッとした。

 

「むむむ、確かにそうだな」

「いや、私の家はここから歩いて三分くらいの所だからね」

「そ、そうなの?ごめん、私ったら失礼な事を………」

「いや、うちの母親が鬼なのは間違いないから、元ヤンだし」

「なるほど、お前は母親似って事なんだな」

「わ、私はヤンキーじゃないし、

ただちょっと、普段の態度も男友達選びも駄目だっただけで………」

 

 貴子はしゅんとした表情をし、そんな貴子に八幡はニッコリ笑いかけた。

 

「今はそうじゃないんだからいつまでもそういうのを引きずるなって」

「う、うん」

 

 貴子はそんな八幡に微笑み返した。

 

「で、あの、何で八幡さんが、書記さんと一緒に?」

「私は岡田唯花だよ、遠藤さんって確かうちの学校の二年生だよね?

同級生なんだから、私の事は気軽に唯花って呼んでね」

「あ、う、うん、それじゃあ私も貴子で」

 

 唯花は詩乃と貴子の事情は把握しているようであったが、

それでも易々と距離を詰めていった。さすがのコミュ能力である。

 

「で、何で一緒にいるかって話だが、まああれだ、知り合ったのはたまたまなんだが、

それを知った詩乃が明日唯花を昼に誘いたいって言い出してな、

唯花が明日の弁当のおかずを買いに、

こんな時間に一人でスーパーに行くとか言い出したから、

たまたま近くにいた俺が、保護者代わりをしていると、まあそんな訳だ」

「あ、そうなんだ、八幡さん、やっぱり優しい………」

「いや、まあ詩乃のせいで弁当を作る羽目になった訳だから、

俺があいつの代わりに責任をとってるみたいな感じだな、まあ義務って奴だ、義務」

 

 八幡は照れたような表情でそう言い訳した。

 

「普通そこまでしてくれる人はいないと思います」

 

 貴子は八幡に苦笑した。そんな貴子に唯花が、突然愚痴を言い出した。

 

「ねぇ聞いてよ貴子、さっき八幡さんと、

負けた方が勝った方の言う事を何でも一つ聞くって勝負をしたんだけど、

八幡さんが勝ったのに、この人私にエロい事を何もしようとしてこないんだよ、

今も義務とか言っちゃってるし、おかしくない?」

「ち、近い、唯花、近い」

 

 貴子は簡単に心の距離を詰めてくる唯花に恐れを抱きつつも、

その言葉の意味を理解し、ぽかんとした。

 

「え………女の子が簡単に何でもなんて言っちゃ駄目だって」

「突っ込むとこそっち!?」

「言っておくが、遠藤の方が普通だからな」

 

 そう言いながら、八幡は貴子の頭を撫でた。

 

「遠藤は普通だが、それが俺にはとても尊い」

 

 その瞬間に遠藤の目から、ぶわっと涙が溢れ出た。

 

「えっ?お、おい遠藤、どうした?もしかして今俺がどこか痛くしちまったか?」

「う、うん、ちょっと心が痛くて………」

「心?心だな、よし、そういう場合は………唯花、ど、どうすればいい?」

「どうどう、八幡さん、落ち着いて。貴子、一体どうしたの?」

「わ、私、いつも八幡さんとは学校でしか会ってなかったけど、

いざこうしてプライベートで初めて会ってみて、それでもいつも通り優しかったから、

本当に許してもらえたんだなって実感が沸いちゃって、つい………」

 

 そんな貴子を唯花は優しく抱きしめた。

 

「貴子はたった今、ニュー貴子に生まれ変わったんだね!

もう大丈夫、ニュー貴子は二度と道を踏み外さない。

だからこれからもっともっと幸せになろう!」

 

 八幡もその唯花の言葉に同調した。

 

「そうだぞ遠藤、この前までどん底だったんだから、これからは上がってくだけだって。

とりあえず今日は俺が生まれ変わった記念として、ここで甘い物を沢山買ってやろう」

「八幡さん、女の子に甘い物を食べさせておけば、

それで何もかも解決とか思ってません?」

 

 唯花が即座にそう突っ込み、八幡は目に見えて焦った。

 

「ち、違うのか!?」

「違いません、さあ貴子、甘い物を見にレッツゴー!」

 

 唯花はそう言って貴子の手を引き、生菓子の置いてあるコーナーへと歩いていった。

 

「………あ、あの野郎」

 

 八幡は悔しさを覚え、そんな二人の背中に声をかけた。

 

「お~い遠藤、お前の事をニュー貴子とか名付けちまうようなセンスの持ち主に付いてくと、

お前も影響を受けてセンスが壊滅的になっちまうぞ」

「貴子、後ろで寂しいアピールをしてる意地悪な人がいるけど、無視するのよ」

「え、えっと………」

 

 二人にそう言われた貴子はまごまごし、その直後におどおどした口調で唯花に言った。

 

「八幡さんは、性格が悪い時はあるけど、でもとっても優しいよ?」

 

 唯花はその言葉にぽかんとし、オーバーアクションで頭を抱えた。

 

「これが八幡さんの真の力だとでも言うのか!?」

「お前、顔だけはいいんだからさ、いくら知り合いがいないとはいえ、もっと猫を被れな?

ほら、見知らぬ男性諸君が若干引き気味だぞ?」

 

 八幡の言葉通り、少し離れた所に何人かいた買い物中の男達が、

その言葉に気まずそうに顔を背けたのが見え、唯花はそれを見て顔を赤くした。

その中に数人、顔を背けずにじっとこちらの様子を伺っている者がおり、

貴子はそれが気になったが、やがてその男達も去っていった為、貴子はほっとした。

丁度そのタイミングで、唯花が照れ隠しのように貴子に声をかけてきた。

 

「お、おほん、さあ貴子さん、お買い物を続けましょう?」

「お前、今更お淑やかぶっても無駄だからな」

「くっ………べ、別にいいもん、これが私だもん」

「おい遠藤、こいつ、開き直りやがったぞ」

 

 そんな二人を見て貴子はクスクスと笑った。

その笑顔は年相応に見え、八幡はもう遠藤は大丈夫だなと安心した。

 

「さて、さっさと買い物を済ませちまおうぜ」

「「は~い」」

 

 そして二人は楽しそうに、陳列棚を物色し始めた。

 

(唯花のおかげでさっきは助かったな、さすがは生徒会役員だ、

まあ本人の性格もあるんだろうが………)

 

 八幡はそんな事を考えながらカートを押していたが、

気が付くとそのカートの中には、かなり沢山のデザート類が放り込まれていた。

 

「………お前らこんなに食べるのか?太るぞ?」

「私、太らない性質だから」

「あ、わ、私も」

「ならいいが………これ生菓子だろ?消費期限内に食べきれるのか?」

「いい?八幡さん、女の子には甘い物を入れる為の胃が別にあるんだよ?」

「お、おう、別腹って奴だろ?それくらい知ってるわ」

「違います、本当に胃が二つあるんです、保健体育で習いませんでしたか?」

「え、マジで!?」

 

 八幡はその言葉に本気で驚いた。

 

「え、保健体育で習ったっけ?まったく覚えてねぇ………」

 

 そう呟きながら悩み出した八幡に、唯花は天使のように微笑んだ。

 

「そんな訳ないじゃないですか、もう、八幡さんったら」

 

 直後に一拍置き、唯花は小指を自らの唇に当て、上目遣いをした。恐ろしくあざとい。

 

「子供みたいでかわいいですね」

 

 更にセリフまであざとい。八幡はその事に驚愕し、貴子の耳元でこう囁いた。

 

「お、おい遠藤、あいつ、目茶目茶あざとくないか?」

「う、うん、ああいうのは私には絶対に無理」

「あいつは普段からああなのか?」

「うん、だからすごくモテるよ、でも告白とかは全部断ってるみたい。

生徒会長と付き合ってるからだって噂もあるんだけど………」

「ああ、それはデマだそうだ」

「あ、そうなんだ!男をふる姿が結構アレだから、マジなんだと思ってた」

「ほう?どんな風に?」

 

 その言葉に八幡が興味を抱いたようだったので、貴子は説明する事にした。

 

「前に何度か見たんだけど、男の子から告白された瞬間に、あの顔からスッと表情が抜けて、

じっと相手を見つめた後、すぐに笑顔になってさ、

『ごめんなさい、あなたとはお付き合い出来ません』って、

理由も何も無しでバッサリと一刀両断してたよ」

「あいつが無表情?想像出来ないな」

「ちなみに当然食い下がる人もいたんだけど、

そういう人には小首を傾げて頬に人差し指を当てながらキョトンとした顔で、

『今お断りしましたよね?』って返す刀で斬って捨ててたかな」

「それもあざといな………」

「うん、惚れ惚れするくらいのあざとさだった」

 

 二人はそう言って、チラリと唯花の方を見た。

 

「しかしお前、表現が時代劇っぽいよな、好きなのか?」

「うん、大好きかな」

「そうか、俺もだ」

 

 自分の方を見ながら微笑み合う二人を見て嫉妬にかられたのか、唯花が二人に絡んできた。

 

「ちょっと、私を仲間外れにして何の内緒話ですか?」

「あ、いや、お前が男をどうふってるのか教えてもらってたんだ、

お前、告白されると無表情になるらしいな、一度見せてくれよ」

「貴子、見てたんだ?恥ずかしいなぁ」

 

 唯花は照れたような表情でそう言うと、八幡の顔を下から覗き込んだ。やはりあざとい。

 

「それじゃあ八幡さん、私に告白してみて下さい」

「え?お、おう」

 

(これは実際にやってみせるって事だな)

 

 八幡はコホンと咳払いし、真面目な表情になった。

 

「ずっと前から好きでした、俺と付き合って下さい」

 

(あ~、修学旅行の時とまったく同じ事を言っちまった)

 

 八幡はそう思いつつ、どんな表情になるのかわくわくしながら唯花の顔をじっと見つめた。

その目の前で、唯花の表情がスッと消える。

 

「おお、まるで能面みたいな………」

 

 八幡はその表情を見て、告白してこんな顔をされたらビビるよなぁ等と考えていたが、

唯花は一瞬で満面の笑みを浮かべ、とても嬉しそうに八幡の腕を抱いた。

 

「はい、喜んで!あなたが私の運命の人です!」

「はぁ?」

 

 八幡は腕に当たる感触に気付かないくらい、かなり混乱した。

それを見て貴子は思わずこう呟いた。

 

「あっ、これって成功パターン?」

 

 その呟きが聞こえたのだろう、八幡は納得したような表情を浮かべた。

 

「ああ、そういう事か。それじゃあ唯花、今度は失敗パターンを見せてくれ」

「無理です」

 

 唯花は八幡に即答した。

 

「な、何でだよ」

「だって私達、もうカップルじゃないですか」

「はぁ?」

「今私に告白してくれましたよね?そして私はオーケーしました。

これはもうカップル成立意外の何物でもないと思いませんか?」

「い、いや、今のは演技だろ?」

 

 唯花はその言葉を受け、顎に人差し指を当てて軽く上を見上げた。こんな時でもあざとい。

 

「私、そんな事は一言も言ってないですけど?」

「あ、あれ?」

 

 八幡はきょとんとしながら貴子の方を見たが、貴子は諦めろという風に首を振った。

 

「マジか………」

「分かってもらえましたか?」

「よし、別れよう」

「何でですか!」

「だってお前、俺の事なんかまったく好きじゃないだろ?」

「何言ってるんですか、大好きです超好きですむしろ愛してます!」

「………おい遠藤、こいつは何を言ってるんだ?」

「わ、私に聞かれても分からないよ、そのままの意味なんじゃ?」

 

 貴子にそう言われた八幡は、焦った顔で唯花の方を見た。

 

「え、マジで?俺、お前に何か悪い事でもしたか!?」

「何で罰ゲームみたいな扱いなんですか!?」

 

 唯花はそう抗議しつつ、深いため息をついた。

 

「はぁ………まあ今のは自分でも強引すぎるなと思ったんで、ノーカンって事でいいです」

「え、いいの?マジで助かるわ、明日奈に殺される所だったからな」

「詩乃にも殺されるんじゃない?」

 

 貴子にそう突っ込まれ、八幡は少し怯えたような表情をした。

 

「そ、それはありうる………」

「詩乃がそんなに怖いんだ………」

「あ、当たり前だろ、あいつは俺に制裁を加える時、本当に嬉しそうな顔をするんだぞ」

 

 八幡はそう言いながら情けない顔をした。

だがそんな八幡の腕を、唯花がぎゅっと強く抱いた。

 

「八幡さん、もし彼女さんと付き合ってなかったらどうしました?」

「ん?その時は他の誰かともう付き合ってたと思うが正直何とも言えん」

「くっ、知り合うのが遅すぎた………」

「まあ人生ってのはそんなもんだ、ドンマイ」

「で、でも私の見た目は好みですよね?かわいいって思いますよね?」

「ん?普通?」

「ど、どれだけ目が肥えてるの………」

 

 唯花ははがっくりとうな垂れながら、

八幡の周りにいる女性プレイヤー達の事を思い浮かべた。

あの中のほとんどがおそらく美人なのだろう、唯花はそう判断し、暗澹たる気持ちになった。

 

「わ、分かりました、付きあうのは諦めて、私はお妾さんを目指します」

「いや、マジでそういうのはやめてね?今でも普通に困ってるんだからね?」

「そ、そうですか、分かりました、戦争ですね」

「それは俺が困るからやめようね?今でもかなりバランスとるのが大変なんだからね?」

 

 その言い方がリアルすぎて、

唯花は是が非でも八幡を取り巻く女性陣に食い込んでやろうと逆に闘志を燃やした。

貴子はそんな二人から目を背け、見て見ぬフリをしていた。

この件に深く関わるとやばいと思ったのだろう、その判断は正解である。

 

「まあそれは今はいいです、とりあえず八幡さん、買い物を続けましょう。」

「そ、そうだな、もういい時間だしな」

 

 八幡もそれで頭が冷えたのか、時計を見ながらそう答えた。

三人はその後も仲良く買い物を続け、会計を終えた後にキットの所に移動し、

そして楽しい荷物分けタイムが始まった。

 

「あっ、何だこれ、俺も買えば良かった」

「これは私のですね」

「なぁ、今ちょっとここでシェアしないか?」

「別にいいですよ、それじゃあ()()()して下さい」

「え、無理」

「別にそれくらいいいじゃないですか、カマトトぶってんじゃねえですよ!」

「お前、絶対に酔うと人に絡むタイプだろ………」

「あはははは、あはははははは」

 

 貴子はそんな二人のやり取りを見て大笑いし、釣られて二人も笑った。

そして無事に荷物を分け終え、ほくほくした顔をしている貴子に八幡がこう提案してきた。

 

「ついでにお前も家までキットで送ってやろうか?」

「ううん、うちは本当にすぐそこだから大丈夫」

「そうか、それじゃあ気をつけて帰れよ、またな」

「貴子、明日学校でね!」

「う、うん、またね、二人とも」

 

 貴子はそんな二人にはにかみながら手を振り、

そして二人がキットで去っていった後、軽い足取りで家へと向かった。

 

「色々とびっくりしたけど、でも凄く楽しかったなぁ………」

 

 そして無事に家までたどり着いた貴子は、ハッとした顔で足を止めた。

 

「し、しまった、お醤油を買ってない!」

 

 貴子は家に荷物だけ置いて慌てて引き返し、再びスーパーへと戻った。



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第925話 貴子、頑張る

「ええと、お醤油のコーナーは………あ、ここだ」

 

 そして無事に醤油を買い、外に出た貴子の耳に、

先ほどまで何度も口にしていた名前が飛び込んできた。

 

「さっきのあのハチマンって奴、本物かな?」

 

 貴子はきょろきょろと辺りを見回し、

少し前に店内でこちらから目を背けなかった数人の男が、

店の前にたむろして会話をしているのを発見した。

 

(今の声、あの人達かな)

 

 貴子はそう考えながら、もっとよく話を聞こうと思ったが、

()()()()()()という男達の言い方が引っかかり、

もしかしたら自分の顔も覚えられているのではないかと考え、

どうすればいいのかかなり悩む事となった。

 

(もしこの人達が八幡さんの敵なら………ううん、()()()()()()()って言い方からして、

きっと敵に違いない。きっとこの情報は貴重なはず、私もやっと八幡さんの役に立てる)

 

 貴子は一瞬でそう決断し、決死の覚悟で男達の近くにある飲み物の自販機へと向かった。

幸い誰も貴子には目を向けず、貴子は無事に自動販売機の前に到着した。

 

(そうだ、スマホを録音状態にしておこう、

そしたら次は何を買うか迷うフリ、次は財布の中の小銭を探すフリ!)

 

 不器用な貴子は演技に集中し、音を拾うのはスマホに任せた。

その会話はこんな感じであった。

 

「さっきのあのハチマンって奴、本物かな?」

「こんなトコにいる訳ねえって」

「でも喋り方はそれっぽくなかったか?」

「むむ………確かに」

「くそ、本物なら闇討ちしてやったのによ」

「まあそれはゲームの中でいいだろ、

その為にわざわざセカンドキャラを育てて七つの大罪に潜り込んだんだ」

「そうそう、この前は共闘みたいになっちまって残念だったが、

うちの幹部連は馬鹿ばっかりだからな、ちょっと煽ってやれば火がつくだろ」

「連合じゃ失敗したからな、今度こそ上手くやろうぜ」

「違いねえ」

「それにしてもさっきのハチマンの連れてた女、超美人だったよな」

「ロザリアの姉御とどっちが美人かな?」

「その名前を出すな、あいつは裏切りモンだ」

「昔の姉御は輝いてたんだけどなぁ」

「今はハチマンの手先になり下がっちまったな」

「くそ、昔の事を思い出したら腹が立ってきたぜ」

「飲み物でも買うか………」

「だな」

 

 その言葉に貴子は焦り、震える手でジュースを買うと、男達に場所を譲り、

スッと横に避け、そのまま立ち去ろうとした。

だがその時男達の一人が、予想外に貴子に声をかけてきた。

 

「おい姉ちゃん、お釣りを忘れてるぜ」

「あっ、す、すみません」

 

 貴子は相手の目を正視しないように気を付けながら、そのお釣りを受け取り、

そのまま頭を下げて立ち去ろうとした。

その瞬間に後ろから、男達の誰かがこう言った。

 

「あれ、この姉ちゃん、さっきあのハチマンと一緒にいた子じゃね?」

 

 その瞬間に場の空気が変わり、貴子は男達に囲まれた。

 

(まずい、まずい………)

 

「なぁ姉ちゃん、ちょっと聞きたい事があるんだけどよ」

 

 そう言われ、肩を捕まれた瞬間に、貴子の中の何かのスイッチが入った。

 

「え?別にいいけど、何?」

 

 ふてぶてしくそう答える貴子は、少し前に詩乃をいじめていた時の貴子であった。

 

(八幡さんには絶対に迷惑はかけない、

もしそうなるくらいだったら私は大人しくこいつらに殴られる、

もし私の体が目当てならそれでもいい、それよりも少しでも情報を引き出すんだ)

 

 そう考えた瞬間に、貴子の腹は座った。

その態度はかつての貴子を彷彿とさせ、男達は少しびびったのか、口調がやや丁寧になった。

 

「いきなり話しかけて悪いな、実はさっき一緒にいた男なんだけどよ、

確か八幡って呼んでたよな?」

「うん、そうだけど、それが何?」

「いや、あいつがVRゲームをやってるのなら、

もしかしたら俺達の知り合いじゃないかと思ってな」

「知り合いじゃないかって、さっき顔を見たんでしょ?」

「いや、実はリアルでの顔は知らないんだ」

「あ~、オフ会って奴だ、そうでしょ?」

「お、おう、それだそれ」

 

 貴子は馬鹿を装って微妙にズレた答えを返し、その男もそれでいいと思ったのか、

ヘラヘラと貴子の言葉に同意した。

 

「よく聞いてなかったけど、時々八幡って言ってたのはそういう事かぁ、

う~ん、でもあの人ってば、私達の金ヅルなんだよね、

どうしよっかなぁ、まあいっか、最近金払いも悪くなってきたし、

そろそろ手を切ろうかなって思ってたところだからね」

 

 貴子は嫌らしい顔でそう言うと、男達に手を差し出した。

 

「………その手は何だ?」

「情報料、って言ってもここのジュース代だけでいいよ」

「そ、それくらいなら………」

 

 そう言って男達の中の一人が貴子に五百円玉を渡してきた。

 

「釣りはいらないぜ」

「毎度あり!で、本題なんだけど、残念だけどさ、多分人違いだと思うよ。

だってあの人は、いわゆる社畜って奴だもん。

だから金は持ってるけど、遊びとかにはまったく慣れてないから会話もつまらないんだよね。

で、少なくともゲームなんかやってる暇は絶対に無いね、

私達が毎日連れまわして金を使わせてるもん。

私の友達はまあ、とりあえずキープしておこうと思ってるらしいからあんな態度だけど、

金が完全に無くなったらすぐポイするんじゃないかなぁ」

 

 貴子は即席でそう話を作り、男達に披露した。元々適当な事を言うのは得意なのである。

 

「そ、そうなのか?」

「うん、まあそんな感じ。だから情報量も格安にしといたよ、役に立てなくてごめんねぇ」

「い、いや、こっちこそなんかごめんな」

「違うって分かっただけで十分だ、サンキュー」

「ううん、いいよいいよ、あんなのただの財布だもん。他に何か聞きたい事とかある?」

「いや、大丈夫だ、時間をとらせて悪かったな」

「そ、それじゃあまたどこかでね、お兄さん達!」

 

 貴子はそう言って、逃げ出すようにその場を立ち去った。

その後ろから、『女って怖えな………』などという声が聞こえてきたが、

貴子は足を止めず、そのまま自宅へと急いで帰った。

安心出来たのは家に入り、自分の部屋に戻ってからである。

 

「ふう、さっきはやばかった………でも何とか乗り切った、うん、私頑張った!」

 

 だがその足はまだ震えていた。

 

「大丈夫、もう大丈夫だから」

 

 貴子はそう自分に言い聞かせ、八幡に連絡をとろうとしたが、連絡先が分からない。

 

「よし、とりあえず詩乃に、録音した会話を聞いてもらおう」

 

 そう決断し、貴子は詩乃に電話をかけた。

 

『ハイ、珍しいわね、こんな時間にどうしたの?』

 

 もうかなり遅い時間であったにも関わらず、詩乃は機嫌を悪くするでもなく、

すぐに電話に出てくれた。

 

「いきなりごめん、実は聞いて欲しいものがあるんだよね、スマホに録音したんだけどさ」

『私に聞かせたいもの?何だろう?』

「聞いてもらえれば分かると思う、私にはサッパリなんだけどさ」

『ふ~ん、まあいいわ、聞かせてみて』

「うん」

 

 そして貴子は詩乃に先ほど録音した男達の会話を聞かせた。

 

『何これ、この会話はどこで録音したの?』

「近所のスーパーの前で話してる奴らがいてさ、八幡さんの名前が聞こえたから、

絶対に聞き逃しちゃいけないと思って頑張ったんだ」

『そう………貴子、ありがとう、この事は必ず八幡に伝えるわ』

「あ、やっぱり詩乃が聞くと意味が分かるんだ?」

『ええ、貴重な情報よ、きっと八幡も喜ぶと思うわ』

「そっか、良かった………」

 

 その声が若干涙声だった為、詩乃は貴子が本当に頑張ってくれたのだと感じ、

再び心からお礼を言った。

 

『貴子、本当にありがとうね、心から感謝するわ』

「私、八幡さんの役に立てたんだよね?」

『うん、立てた立てた、今度褒めてもらうといいわよ』

「う、うん、うん………」

 

 貴子は満足感に包まれていた。

そんな貴子に不意打ちのように、詩乃がこう尋ねてきた。

 

『それよりも貴子、さっきの会話からすると、

こんな時間に八幡と一緒だったって事よね、どういう事?』

 

 その言葉はヤキモチを焼いているようで、先ほどの詩乃の声よりもよほど必死に聞こえた。

 

(あ、そっちの方が詩乃的に大事なんだ)

 

 その声の調子で貴子はそう判断した。

同時に先ほど八幡が怯えていた事を思い出した貴子は、詩乃相手に必死に弁解した。

 

「う………ち、違うの、お願いだから私の話を聞いて」

『ええ、もちろんよ、一体どうなってるの?』

「実はさ、私はただ、近くのスーパーに醤油を買いにいっただけなんだけどさ」

 

 それから貴子は、偶然八幡と唯花に会った事、それから甘い物を奢ってもらった事、

そのせいで醤油を買うのを忘れ、買いに戻った時に男達と遭遇した事を詩乃に語った。

 

『そう、それはそれは、八幡と書記ちゃんは随分と仲がおよろしいみたいね』

 

(うわぁ、怖い、怖い怖い!)

 

 貴子は先ほど男達に囲まれた時よりも、今の方がよっぽど怖かった。

 

『ふ~ん、へぇ、明日のお昼に書記ちゃんから事情を聞くのが楽しみね。

でも変ね、ねぇ、貴子も聞いた事無い?

うちの学校の生徒会長と書記ちゃんが付き合ってるって話』

「あ、それはデマだって八幡さんが言ってたよ」

『あら?八幡が?って事は書記ちゃんが八幡にそう説明したって事でしょうね』

「うん、多分そうなんだろうね」

『意外な所から伏兵が出てきたわ、やっぱり直接どんな人なのか確かめないとね』

「そ、そうね」

 

 詩乃がかなり本気のようだったので、貴子はこれ以上関わらないようにしようと考えた。

だがそんな貴子の考えは、あっさりと詩乃に粉砕された。

 

『ねぇ貴子、明日は貴子も一緒に屋上でお昼を食べましょう?

もちろん嫌だったら別にいいんだけど、書記ちゃんから聞く話が本当かどうか、

判断してくれる役を貴子にやってもらえると嬉しいのよね』

 

(ひいいいい、こんなの絶対断れる訳ないじゃん!)

 

「う、うん分かった、よ、喜んで………」

『そう、ありがと』

 

 こうして貴子の昼食会への参加が決定し、貴子は満足と不安が半々な状態で、

この日は眠りにつく事となった。



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第926話 屋上での報告会

 次の日の朝からずっと、貴子は詩乃からのプレッシャーを受け続けていた。

 

「ふふっ、お昼が楽しみよね」

「そ、そうだね………」

 

 休み時間の度にそう言われ、貴子は胃が痛くなった。そしてついに昼休みが訪れ、

貴子は詩乃に引きずられるように、映子、美衣、椎奈と共に唯花の教室へと訪れた。

 

 一方唯花は昼休みを迎え、珍しく生徒会室には向かわず、

大人しく教室で、詩乃の迎えを待っていた。

 

「あれ唯花、今日は教室でお昼を食べるの?良かったら私達といっしょする?」

「あっ、ごめんね、今日は約束があって、これから迎えが来るの」

「えっ、会長がここに迎えに?珍しいね?」

「えっ、先輩?あ、あ~………」

 

(これは早めに言っておかないとだね)

 

 唯花はこの機会に訂正しておこうと思い、ニコニコと微笑みながら、友人達に言った。

 

「何か誤解が広がってるみたいだけど、私と先輩の間には何も無いからね!」

「えっ、そ、そうなの?」

「でもよく一緒にいるよね?」

「あれは別に付き合ってるとかそういうんじゃないよ、

実は私と会長って、同じゲームをやってるから、

その攻略についての相談をしてたみたいな?」

「あっ、そうなんだ?」

「唯花もゲームしてるんだ?知らなかったぁ!」

「うん、だから私と先輩の間には、そんな浮いた話は一つもないからね!

だってほら、私もみんなと一緒で、八幡さん命だしね!」

 

 唯花はそう言って、友人達の手をとった。

 

「あっ、唯花も?」

「うん、もちろん!」

「そうだよね、やっぱり八幡さんが一番だよね!」

「うんうん!私もそろそろ本気を出すつもり!」

「本気………?」

 

 そこに別の友人が、慌てた様子で一同に駆け寄ってきた。

 

「ゆ、唯花ちゃん、ひ、姫が迎えに来てるんだけど」

「あ、迎えが来たみたい、それじゃあ行ってくるね!」

 

 唯花は弁当箱を手にし、そそくさと入り口の方へと向かった。

 

「あ、うん、行ってらっ………って、ひ、姫が!?」

「もう姫に食い込んでるの!?本気ってそういう事!?」

「さすが唯花、行動が早い、ってか早すぎ!」

 

 そんな友人達の前で、詩乃と唯花はとても仲が良さそうに話していた。

 

「ハイ、ごめんね、いきなり誘っちゃって」

「ううん、いいよいいよ、あ、貴子も一緒なんだ、嬉しいな」

「それじゃあ詳しい話は屋上でね」

「うん!」

「「「「「もう仲良し!?」」」」」

 

 こんな感じで唯花は驚く友人達に見送られ、詩乃達と共に屋上へと向かった。

 

 

 

 屋上に上がると、詩乃達はいつも利用してるお気に入りの場所へと向かった。

そこはこの屋上で唯一風が直接当たらず、一番日当たりのいい場所であり、

詩乃達専用の場所だと認識されている為、他に誰も使う者はいないのだ。

 

「今日はお招き頂いてありがとう、詩乃」

「ううん、私も色々と聞きたい事があったからね」

 

 二人は表面上はニコニコと、そう言葉を交わしていた。

だが実はお互い牽制し合っているのは間違いない。

 

「貴子もまた会えて嬉しいよ、昨日ぶりだね」

「あ、う、うん、昨日ぶり」

「あら貴子、唯花と随分仲が良くなったのね」

「そ、そそそそうかな、わ、私としては、詩乃との方が仲良しだと思ってるんだけど」

「だってよ唯花、ふふっ」

「あら残念、貴子、これから私とも、もっともっと仲良くしましょうね」

「も、もちろんだよ!………う、うぅ」

 

 貴子は詩乃と唯花に挟まれて座っている為、

両側からのプレッシャーに押し潰されそうになっていた。

そんな貴子を救ったのは椎奈であった。

 

「ほら、時間も無いし、食べながらさっさとお話しよ?」

「そうね、そうしましょっか」

「うん、そうだね!」

 

 そして六人は仲良くお弁当を広げ始めた。

その様子を遠くから他の生徒達が、固唾を飲んで見守っている。

 

「お、おい、書記ちゃんが姫と一緒にいるぜ」

「何か二人の間に火花が見えるのは気のせいか?」

「間に挟まれてるのって、昔姫をいじめてた子だよね?」

「もう完全に許してもらったんだな、良かった良かった」

 

(そう言ってもらえるのは有難いけど、この状況は本当に勘弁してほしいんだけど!)

 

 その言葉が聞こえた貴子は心の中でそう絶叫した。

食事を始めてからも、左右からのマウントの取り合いが凄いのである。

 

「あら唯花、そのお弁当、とても美味しそうね。まるで既製品みたい」

「うん、既製品だもん!まあそう見えるとしたら、

これが全部八幡さんに買ってもらった物だからじゃないかな」

「へぇ、ちなみに今私が食べてるのって、前にうちで八幡に作ってあげて、

評判が良かった物ばかりなのよ」

「へぇ、そうなんだぁ、どれどれ………あ、それなら私にも作れるよ、

そっかぁ、今度八幡さんに食べてもらって感想を聞いてもらおうかな」

「ふふっ、八幡が喜んでくれるといいわね」

「そうだね、八幡さんが喜んでくれるといいなぁ」

 

 二人は顔を見合わせ、おほほほほほ、と笑い合った。もちろん貴子を挟んでである。

 

(う、うぅ………胃が痛い)

 

 貴子はそう思いながら椎奈達の方を見た。

だが椎奈達は三人でマイペースに会話をしており、貴子は再び内心で絶叫した。

 

(私もそっちの仲間に入れてよぉ!)

 

 だが残念ながら、この針のむしろは全員の食事が終わるまで続いた。

 

 

 

「さて、それじゃあ話をしましょうか」

「貴子がここにいるって事は、昨日の話をすればいいのかな?

私が八幡さんに告白されちゃった経緯とか?」

 

 その言葉にABCはギョッとしたが、詩乃は表情を変えなかった。

 

「その話は後ね、それよりも優先しないといけない事があるの。

貴子、昨日の録音を唯花に聞かせてあげて」

「う、うん!」

 

 詩乃が真面目な表情でそう言った為、貴子も自然と気が引き締まった。

そして貴子はスマホを取り出して、昨日録音した音声を一同に聞かせた。

 

 

 

「ねぇ詩乃っち、これって私達が聞いてもいいもの?」

「うん、映子達にも何か手伝ってもらう事があるかもしれないからね」

 

 一方思ってもいなかった内容に、唯花は絶句していた。

 

「こ、これ………」

「昨日貴子があなたと別れた後に偶然入手したものよ、

その為にちょっと怖い目にあってしまったのよね?

貴子、凄く感謝してるけど、あまり危ない事はしないでね?私、心配だもの」

「う、うん、ごめん、あの時はもう必死でさ………」

「ごめん貴子、私達と別れた後にこんな事があったなんて」

「大丈夫、私、八幡さんのためにと思って頑張って、上手く誤魔化したから!」

「確かにいい演技だったわね、つい昔を思い出しちゃったわ」

「うぅ、詩乃、それは言わないでってば」

 

 その詩乃の冗談に、一同は微笑んだ。

 

「まあ冗談は置いておいて、今日の話し合いが終わった後、

八幡には私が纏めて報告しておくから、その時にたくさん褒めてもらうといいわ」

 

 詩乃にそう言われた貴子は嬉しそうに下を向いた。

 

「う、うん、この音声ファイルは後で渡すね」

「ええ、お願いね」

 

 そんな貴子をABCの三人が囲み、讃え始めた。

それを横目で見ながら詩乃と唯花は横に避け、深刻そうな顔で話し始めた。

 

「さて、事情は分かった?」

「うん、七つの大罪の中に、やばい人達が混じってるって事よね」

「さすがに特定は出来ないわよね?」

 

 詩乃にそう言われた唯花は難しい顔をした。

 

「うん、これだけだとちょっと無理かも」

「やっぱりそうよね。まあそんな訳で、アルヴヘイム攻略団、

特に七つの大罪の動向に、注意して欲しいの」

「分かった、何かあったらすぐに伝えるね」

「話が早くて助かるわ、そっちの事はお願いね。

まったくあいつら、手を変え品を変え、本当にうざいったらありゃしないわ」

「もしかして詩乃は、この人達の事、何か知ってるの?」

「ええ、会話の内容からして、こいつらは元連合のかなり上の方のプレイヤーで、

名前は確か、ゴーグル、コンタクト、フォックス、テール、ビアード、ヤサ、バンダナかな」

「あ、ああ~、いたいた、確か連合にそんな人達がいた!」

 

 どうやら唯花も彼らの姿を街中でみかけた事があるらしい。

その時はまだヒルダは初心者同然だった為、有名人とトラブらないように、

ファーブニルに言われて危ない人達の顔と名前だけは事前に覚えていたらしい。

 

「あらそうなの?それじゃあうちのメンバーの事も覚えてるの?」

「ううん、先ずは危ない人達だけ覚えておけって先輩に言われたから、

もちろんその中にはヴァルハラは入ってなかったよ」

「そう、先輩って会長の事よね、放課後にでも一緒に話を通しに行きましょうか」

「うん、そうだね!」

「時間的にお昼はここまでね、八幡絡みの話はまあ、明日にでもしましょうか」

「うん、そうだね、八幡さんについていっぱい語り合おう!」

 

 唯花があっけらかんとそう言った為、詩乃はやや毒気を抜かれたような表情をした。

 

「そ、そうね、それじゃあ放課後にまた、今度は私一人で迎えに行くわ」

「うん、分かった、待ってるね!」

「それじゃあみんな、今日のお昼はここまでよ」

 

 詩乃の女王様的号令で、一同は荷物を纏めて腰を上げた。

 

「そんな訳で、明日もここでみんなでお昼を食べるわよ、

というか、しばらくそうしましょっか」

「うん、そうだね、そうしよ!」

 

(えっ、し、しばらくこれが続くの!?)

 

 貴子は目の前が暗くなったが、明日をピークとして、

明後日からはプレッシャーがかなり軽減した為、

貴子の胃の調子がこれ以上悪くなる事は無かったのであった。

こうして詩乃グループに、新たな人物が加わる事となったのである。



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第927話 三者会談

 その日の放課後、詩乃が一人で唯花を迎えに教室に現れた時、

クラスメート達は、唯花が完全に詩乃のグループに所属する事になったのだと理解した。

 

「うわぁ、姫の派閥が益々強大に………」

「いいなぁ、入れるものなら私も入りたいよ」

「唯花ってば一体どうやったんだろうね」

 

 そして詩乃が何か言い、唯花はとても驚いたような顔をした。

僅かにこちらにその声が聞こえてくるが、クラスメート達には何の事かさっぱり分からない。

 

「嘘、アスモちゃんもここにいるの?」

「ええ、確かな情報よ。本当は観察するだけにするつもりだったけど、

昨日の事で事情が変わったから、今から突撃よ」

「分かった、でも味方に付くように説得なんか出来るの?」

「それはもう済んでるみたい、誰がやったのかは分かるわよね?」

「あっ、そういう事なんだ、確かにこの前、一人だけいなかったのはそういう事なんだね、

うわぁ、さすがというか何というか………」

 

 そして二人は連れ立って去っていった。

 

「明日も、とか何とか言ってたね、発音が少し変だったけど」

「お昼の相談かな?もう随分と仲良しになったみたいね」

 

 クラスメート達はそんな会話をしつつ、二人を見送ったのだった。

 

 

 

 そして数分後、二人は現代遊戯研究部の部室前に立っていた。

 

「ここよ」

「あ、ここなんだ?確か部員が一人しかいなくてこのままだと来年で潰れちゃう部だよね?」

「さすがは生徒会、よく知ってるわね」

「予算会議の時にその唯一の部員ちゃんは見た事があるよ、

でも本当に?とてもあんな色気のある子には見えなかったんだけど」

「つまりあれは全て演技だという事になるわね、もしそうなら凄い才能じゃない?」

「演劇部とかに入れば良かったのにね」

「直接人と話すのが苦手なのかもしれないわね、

ゲームの中ならそういうの、平気じゃない?」

「それはありそうだねぇ」

 

 そう言いながら唯花は部屋をノックした。

 

「………はい?」

 

 中から怪訝そうな声が聞こえてきた為、唯花は躊躇いなくドアを開けた。

 

「失礼しまっす!」

「あ、あなたは確か生徒会の………な、何か御用ですか?」

「うん、まあ御用ですね」

 

 そう言って唯花は部屋の中に入った。その後に詩乃が続く。

 

「あっ、あ、朝田さん………」

「へぇ、私の事、知ってるんだ」

「え、だ、だって朝田さんはうちの学校じゃ有名だし………」

 

 そう言ってもじもじと髪の毛をいじるその姿からは、

これがあのアスモゼウスと同一人物だとは想像も出来なかった。

服装こそ普通であったが、とにかく表情が暗い。

化粧もおざなりで髪型も適当な為、よく見ると美人そうに見えるのだが、

とにかく印象に残りにくい、山花出海とは、そんな女生徒であった。

 

「ねぇ、それ、わざとやってるの?」

「え?そ、それって?」

「美人なのにそれを隠すような振る舞い?」

「そ、そんな事は………それに私は別に美人なんかじゃ………」

 

 あくまでもそう主張する出海を見て、詩乃と唯花は顔を見合わせた。

 

「………これ、どっちかしら?」

「どっちだろ、天然なのか、はたまた演技か………」

「まあいいわ、とにかく腹を割って話さないといけないしね」

 

 そう言って詩乃は後ろ手に部屋の鍵を閉めた。

それを確認した出海が小さく悲鳴を上げる。

 

「ひっ………い、一体何なんですか?」

「私がわざわざ来た事で分からない?私はシノン、必中のシノンよ」

「私の事はちゃんとは覚えてないかもだけど、私はアルン冒険者の会のヒルダだよ」

 

 二人は敢えてそう自己紹介をし、出海は驚愕のあまり、目を見開いた。

 

「えっ?えっ?な、何で………」

 

 そんな出海の両隣に座った詩乃と唯花は、出海を逃がさないように、

その肩を両側からガシッと掴んだ。

 

「ふふっ、初めまして、アスモゼウスさん」

「アスモちゃん、八幡さんを甘く見すぎたね、

教えたのが電話番号だけでも、直ぐに身元を特定されちゃうらしいよ?」

「嘘っ、そ、そうなの!?」

 

 本当はACSの導入が決め手だったのだが、別に電話番号だけでも、

若干時間がかかるだけで、身バレする結果となったのは同じである。

今回は詩乃が唯花に番号だけでも特定出来ると色々端折って説明した為に、

唯花もそれをそのまま口にしたのであるが、同時にその驚きによって、

出海は自分がアスモゼウスだという事を自白してしまった。

 

「何かごめんね、こんな風にあなたが身バレしてる事をバラす予定じゃなかったんだけど」

「状況が変わっちゃったんだよ、アスモちゃん」

「が、学校でその呼び方はやめて!わ、私の事は出海でいいよ」

「分かったわ、それじゃあ私達の事も名前で呼んでね」

「私は岡田唯花だよ!」

「う、うん」

 

 正体がバレた後も、普通の女子高生らしい振る舞いを続ける出海を見て、

詩乃と唯花はぼそりと呟いた。

 

「どうやら天然の方だったみたいね」

「うん、それはそれで凄いね」

 

 そして二人は出海に、何故ここに来る事になったのか説明を始めた。

 

「それじゃあ順を追って説明するわね」

「お、お願いします」

 

 出海はそう言って居住まいを正した。

 

「この前出海は八幡に連絡先を教えてたでしょ?ベル君とプリンさんを守る為に」

「う、うん、正直八幡さんにはめられた!って思ったけど、

それならそれでって開き直って、必死に連絡先を交換するように説得したの」

「あら、あれって開き直りだったのね」

「どうしてそんなに必死に?」

「だって、朝田さん………し、詩乃が八幡さんの正式な彼女じゃないって分かったから、

彼女じゃない人でもあれだけ大事にしてもらえるなら、私にもワンチャンあるかなって……」

 

 出海はそう呟き、そんな出海の手を唯花はガシッと握った。

 

「うんうん、そうだよね!私もそんな感じだったよ!」

「やっぱり文化祭の時の私と八幡の会話を聞いていたのね」

「う、うん、ごめんなさい………」

「ううん、いいのよ、あれは私と八幡が迂闊だったわ」

 

 詩乃はそんな出海を快く許した。

 

「つまり私達三人は、似た物同士って事になるわね」

「あ~、そういう事になるのかも!」

「ど、同士みたいな?」

「ええ、そうね」

 

 それでどうやら三人には仲間意識が芽生えたらしく、

この後から出海の態度もかなり軟化する事になった。

 

「それじゃあ説明を続けるね、で、その後に私も八幡さんと連絡先を交換する事になって、

色々あって、夜のスーパーで一緒に買い物をする事になったの」

「ど、どうやったらそんな風に話を持っていけるの!?」

「あ、う~ん、自分で持ってったんじゃなく、八幡さんが優しさを発揮してくれて、

そのせいで結果的にそうなった感じなの。で、そこにたまたま貴子………遠藤さんがいてさ」

「遠藤って、あの遠藤さん?」

 

 そう言いながら出海はチラっと詩乃の顔を見た。

 

「うん、あの貴子で合ってるわ」

「で、私達が帰った後、貴子がALOのプレイヤーらしき人達と遭遇して、

頑張ってその会話を録音してくれたのね」

「へぇ?」

「とりあえずこれがその会話よ、聞いてみて」

 

 そして詩乃は、スマホをテーブルに置き、音声の再生を開始した。

 

 

 

「は、はぁ?うちのメンバー?誰?」

「ああ、やっぱり七つの大罪の幹部の出海でも、これだけじゃ分からないみたいね」

「でもこの人達の正体は分かってるわ、元連合の残党よ。

ゴーグル、コンタクト、フォックス、テール、ビアード、ヤサ、バンダナ、

この中に知ってる名前はある?」

「あ~、そういえばゲームを始めたての時、そんな人達の噂は聞いたかも………」

「その程度か、まあ仕方無いわよね、小物だもの。

まあそんな訳で、そいつらが七つの大罪に潜入して、中から色々引っ掻き回そうとしてる訳」

 

 そこまで説明が進んだ時点で、出海はやっと、

何故二人がこうして自分にコンタクトをとってきたのか理解した。

 

「そっか、だから私の所に来たんだ」

「そういう事」

「分かった、私がうちのメンバーをしっかり監視すればいいんだね」

「うん、お願い」

「頼んでいい?私も手伝うからさ」

 

 二人のその頼みを、出海は快く引き受けた。

 

「うん、任せて!どうでもいいゲームの仲間よりもリアルの方が大事だもんね!

うちの幹部共って本当に馬鹿だから、事が起こっちゃったら止められないかもしれないけど、

出来るだけそうならないように、早めに正体を突き止められるように頑張るよ!」

「ありがとう出海、下手をしたらALOを続けられなくなっちゃうかもしれないけど………」

 

 そんな出海に感謝しつつも、申し訳なさそうにそう言う詩乃に、

出海はドンと自分の胸を叩いてみせた。

 

「大丈夫、その時は別ゲームからキャラをコンバートさせて、

そっちでヴァルハラに入れてもらうから!」

「あはははは、逞しいのね。分かったわ、その時は私が何とかするわ」

「調子が出てきたのかな?行動力あるねぇ」

「リアルじゃ全然そんな事はないけどね、ほら、私って別に色気とかまったく無いし」

「そう?でも微妙にエロい仕草をしてる時があるわよ?」

 

 突然詩乃にそう言われ、出海はぽかんとした。

 

「え、嘘、本当に?」

「うん、本当に」

「き、気をつけなきゃ………リアルじゃ大人しい理系少女で通してるんだし。

まあ通してるって言っても、その正体はこの程度でしかないけどね」

「大人しい理系少女………まるで理央ね」

「理央ってリオン?あの子そういう子なの?」

「ええ、しかもかなり胸が大きいの。正直最近の八幡の一番のお気に入りは、あの子かも」

「うわ、ライバルが強力すぎる………」

「あら、唯花だってそこそこあるじゃない」

「それを言ったら詩乃だって出海だって同じくらいはあるじゃん!

その詩乃がかなり胸が大きいって言うんだから、その戦闘力は計り知れないよ!」

 

 その言葉に詩乃は、難しい顔をした。

 

「う~ん、でも八幡の周りには、それクラスの子は結構いるわよ」

「ええっ、ほ、本当に?」

「ってか八幡さんの周りには、どのくらい女の子がいるの?」

「聞かない方がいいわよ、もしかしたらくじけちゃうかもしれないしね」

「えっ、ま、まさかそんなに?」

「聞きたい!教えて、詩乃!」

「う~ん………まあいいけど」

 

 そして詩乃はぶつぶつと女性の名前らしきものを呟きながら指を折っていった。

その数が十を超え二十を超え、三十を超えた時に、二人はギブアップした。

 

「もういいや、分かった、いち、じゅう、とてもたくさん、って奴だね!」

「うわぁ、うわぁ、八幡さんってエロい大人なんだ………」

「誤解しないで欲しいんだけど、八幡は多分、彼女の明日奈以外には手を出してないわよ」

「えっ、そうなの?」

「あっ、分かるそれ!八幡さん、私が何でも一つ言う事を聞くって言ったのに、

何もしてこなかったもん!」

「ああ、そういえばそんな話もあったわね、その話を詳しく………

と言いたいところだけど、今日は時間が無いわね、この後生徒会長の所に行かないとだし」

「そう言えばそうだったね、まあその話は明日のお昼って事で!」

「何、唯花はその事を自分から喋りたいの?」

「うん、だって愚痴にしかならないもん!」

「なるほどね、出海もそれでいい?」

「えっ?えっ?お、お昼って?」

「屋上に私の縄張りがあるのは知ってるでしょ?お昼にそこに集合よ」

「わ、分かった、明日だね!」

 

 こうして相談を終えた三人は、その足でファーブニルこと雨宮龍の所に向かい、

同じように事情を説明し、協力を取り付ける事に成功した。

 

「ふう、とりあえずはこれでオッケーかな」

「それじゃあ八幡に事情を説明しておくわね」

「うん、お願い」

 

 そして詩乃は八幡に電話を掛け、事情を説明した。

その電話中に詩乃は、何ともいえない表情で二人に言った。

 

「ねぇ、八幡が話し合いをしたいから、今から迎えに来るって。

そのままソレイユに集合って言ってるんだけど、どうする?」

「へっ?」

「ソ、ソレイユに?」

 

 二人は迷ったが、結局その申し出を承諾した。

 

「それじゃあ学校近くの喫茶店で待機って事で」

「八幡さんが自分で迎えに来てくれるの?」

「そうみたい、喫茶店のお金も払ってくれるから、好きな物を頼んでいいって」

「うわ、行動力………」

「さすが八幡さんだねぇ」

「遠慮せずに高い物を頼みましょう」

 

 そのまま仲良く下校しようとした三人は、当然注目を集める事となった。

 

「見られてる………」

「これで出海も詩乃グループの仲間入りだね!」

「そ、そうなの?」

「絶対そういう事になるって!という訳で出海にも、多少は見た目を気にしてもらわないと。

ほら、詩乃グループってば、トップカーストだしね!」

「ええっ?わ、私、あまり自信が無いんだけど………」

「大丈夫、私に任せて!」

「う、うん、お願い」

 

 こうして詩乃グループに、更にもう一人、山花出海が加わる事となった。



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第928話 ピュアタンク

「さて、何を頼む?」

「あまり時間は無いよねぇ?」

「まあ少しくらいなら待ってくれるんじゃないかしら、

もしあれなら八幡も参加させればいいと思うし」

「うわ、詩乃、強い!」

「それくらい強引にいかないと、八幡はすぐ逃げちゃうの」

「そうなんだ、メモメモっと………」

 

 三人はこの短時間で、かなり仲良くなっていた。

 

「それじゃあ私は一番高いこのケーキを………」

「あっ、それじゃあ私もそれ!」

「う~ん、シェアした方がいいと思うし、高い方から順番に三種類でいいんじゃない?」

「そっか、それじゃあそうしよっか!」

 

 詩乃はそれなりに経済的余裕があるが、唯花と出海はそうでもない為、

こういった機会は逃す訳にはいかないのである。

そして三人は注文が来た後、それを食べながら再び八幡について語り始めた。

 

「というか八幡さんって、やっぱりソレイユの関係者なんだね」

「って事はヴァルハラ自体がそうなんだ?」

「まあバージョンアップの担当とかもうちの人間だしね。

でも攻略情報とかを聞くような事はしてないわよ」

「あっ、そうなんだ?」

「正直そんな事をしなくても、うちのトップは化け物揃いだから問題ないのよね」

「あ~、確かにそうかも」

()()()()()()()()()()の七人って確かに格が違うよね………」

「確かにそうかもだけど、でも武器の恩恵も大きいと思うわよ」

 

 詩乃はそう一言付け加えた。

 

「あっ、確かに!」

「ヴァルハラの職人って充実してるもんねぇ」

「その為に八幡が一番気を遣ってるのが、経験値稼ぎの効率ね、

正直あそこまで凄いとは、今でも時々驚く事があるわよ」

「それ、分かる!この前参加させてもらって本当に驚いたもん!」

「出海、それってもしかして、この前いなかった時の事?」

「あっ、まずい、私の悪事がバレた!?」

「それは別にいいんだけど、どのくらいの効率なの?

この前アルヴヘイム攻略団で狩りをした時は、一時間辺り五万くらいだったけど………」

 

 出海はその問いに対して口を開きかけ、すぐに閉じた。

言っていいのかどうか迷っているような、そんな感じである。

 

「そ、そうだね、いつもそのくらいだよね」

「ヴァルハラの狩りだとどのくらいなの?」

「えっと………」

 

 出海は困った顔で詩乃の方を見た。

 

「普通はそうなの?うちの狩りの効率は一時間だと、大体八十から百万よ」

「ひゃっ………百ぅ!?」

 

 唯花は思わずそう声を上げ、周りの客達が何事かと唯花の方を見た。

唯花はへこへこと周りに頭を下げ、二人に詰め寄った。

 

「えっ、本当に?何それ、一体どうやってるの?」

「どうもなにも、ただ思いっきり敵を釣ってきて、範囲攻撃を中心に全滅させるだけよ」

「それでも限度があるよね!?ってか敵を止められなくて終わりだよね?」

「うちは平気だけど………」

「何で!?」

「あ、多分タンクの力量と装備だと思うな」

 

 両方の狩りの事を知る出海が、二人にそう言った。

 

「ヴァルハラのタンクってそんなに強いの?」

「というか、世間一般のタンクが弱すぎるのよ」

 

 出海はさすが、現代遊戯研究部の部員らしく、そう分析を披露した。

 

「そうなの?」

「だってタンクって、必要能力値が相当高いスキルが無いと、

攻撃力が無さすぎてソロには不向きじゃない?」

「ソロは確かにそうだね」

「だからギルドで人を集めるにしても、強い人を募集すると、タンクって全然いないよね?」

「う、うん、確かにうちのタンクも専門じゃなくて、

ステータス構成的にまあタンクも出来なくはないって程度の人しかいないかも」

「でもヴァルハラのタンクはそうじゃない、

最初から全てのステータスをタンク向けに調整してる、そうでしょ?」

 

 出海にそう言われた詩乃は、その言葉に頷いた。

 

「ええそうよ、でも出海の話がよく分からないんだけど、普通はそうじゃないの?」

「残念ながら普通は違う、タンクは上級者に上がる為のハードルがとにかく高くて、

最初から装備に金はかかるし仲間がいないと何も出来ないし、

やりたくてもやれないってのが現状だな」

「あれ、八幡?」

「「八幡さん!?」」

 

 その詩乃の疑問に返事をしたのは、いつの間に来ていたのだろう、八幡であった。

八幡は空いていた詩乃の隣に座り、ウェイトレスに飲み物を注文して三人に向き直った。

 

「面白い話をしてたな、お前達」

「あっ、は、初めまして、山花出海です」

 

 この中で唯一八幡に顔を知られていない出海が、そう自己紹介をした。

 

「おう、知ってる知ってる、全部調べたからな」

「そ、そうですよね………」

 

 出海は確かにそうだったと気が付き、引きつった笑いを浮かべた。

 

「八幡、説明の続き」

「おう、つまり出海が言いたかったのはこういう事だろ?

なので専門にタンクをやれる人間は、よほど仲間に恵まれた奴だけだ、

そして現状その環境が完璧に整えられているのはヴァルハラしかない」

「は、はい、そうです」

「正解だ」

 

 八幡はそう言って、出海に笑いかけた。

 

「確かにそれは正解だ。例え仲間内で始めたとしても、タンクの有用性を知らなければ、

どうしても序盤には、キャラを育成するのが容易な編成にしちまうもんだ。

せっかくタンクを育てても、そのタンクがやめちまったりしたら大損だからな。

なので今いるタンクはアタッカーから転向した奴がほとんどだ。

だがうちは違う、セラフィムもアサギもピュアタンクだからな」

「あれ、ユイユイは?」

「ユイユイは俺の手柄じゃないから今は言わなかったんだよ。ユイユイは少し特殊でな、

ユキノ、コマチ、ユイユイ、イロハの四人でしか動かなかったから、

その分ピュアタンクとして育成する事が可能だった。資金は全部ユキノが稼いでたしな。

ちなみにその四人の中で、比較的単独行動もしてたのはユキノだけらしい」

「そう聞くと、全部ユキノの手柄に聞こえるわね」

「手柄ってか、何かに打ち込んだ時のユキノがやばすぎるってだけの話だ」

 

 八幡はそう話を締めくくった。

 

「なるほど、だから敵の攻撃をそこまで受けられるのね」

「何の話だ?」

「今は狩りの効率の話をしてたのよ、タンクの話はそのおまけね」

「なるほど」

 

 八幡はそう頷いた後、何でもないかのようにこう呟いた。

 

「まあうちのタンクはスキルキャンセラーとか能力向上薬も使ってるけどな」

「えっ?あれって凄く高くない?」

 

 スキルキャンセラーとは、スキルのクールタイムを強制的にゼロにする薬である。

その値段はとてもお高い。能力向上薬はそうでもないが、

効果時間が短い分使う量が増える為、金がかかる。

 

「確かに高いが、その分敵も多く倒すんだから、チャラみたいなもんだろ?」

「う、で、でもそれじゃあ金策が!」

「それが間違ってるって言うんだよ、金策は金策としてやった方が遥かに効率がいい、

両立出来るような狩り場ならそれでもいいと思うが、

そういった狩り場は大体混んでるからな」

「そ、それはそうかも」

「まあ狩りの話はそんなもんだ、よし、それじゃあ行くか」

 

 三人がケーキを食べ終えたのを見て、八幡はそう促した。

 

「よし、それじゃあ勝負ね」

「勝負?何のだ?」

「助手席に誰が乗るかの勝負に決まってるじゃない」

「………さっさとすませろよ、俺はお会計をしてくるからな」

 

 そう言って八幡はさっさとカードで支払いを済ませ、三人の勝負の行方を見守った。

その勝負に勝利したのは、さすがというか、詩乃であった。

 

「ふっ、私の勝負強さは健在ね」

「そういえばお前、去年のクリスマスの時も勝ってたよな」

「ふふん、これからは私の事を、勝利の女神と讃えて大事にしなさいよね」

「な?詩乃はこういう奴なんだよ、お前らも騙されるなよ」

 

 その言葉に唯花と出海はうんうんと頷き、詩乃はじろっと二人を睨んだ。

 

「何か言いたい事でも?」

「「別に無いよ!」」

 

 二人はそうハモり、そのまま後部座席に乗り込んだ。だが詩乃は動こうとしない。

 

「おい詩乃、何やってる、行くぞ」

「いつもみたいに助手席にエスコートしなさいよ」

「そんなのした事無いだろ、さすがに盛りすぎだろ」

「学校でしてもらったと記憶してるけど?」

「う………」

 

 確かに昔、そんな事もあったかもしれないと八幡は思い当たった。

 

「いいからさっさと乗れ」

「い・や・よ」

「じゃあお前はここに置いていく事にする、必要なのは唯花と出海だからな」

「八幡、早く出発するわよ、ほら、乗って乗って!」

 

 自分が形勢不利だと察するや、素早く助手席に乗り込む詩乃であった。

 

「はぁ………最初から素直にそうしろっての」

 

 そう言って八幡は運転席に乗り込み、車をスタートさせた。

 

「詩乃、凄いね………」

「八幡さんと対等に渡り合ってるね………」

 

 二人はそう呟き合い、そして十五分ほどのドライブを経て、四人はソレイユへと到着した。

そんな四人を受付でかおりが出迎えた。

 

「八幡、お帰り!」

「おう、ただいま」

「あれ詩乃、制服なんて珍しいね、凄くかわいい!」

「ふふっ、ありがと」

 

 そう明らかに年上に見えるかおりにタメ口で応対する詩乃を見て、

唯花と出海はひそひそと囁き合った。

 

「詩乃って姫っていうより女王様っぽくない?」

「あと何年かしたら、いい女王様になるかもですなぁ」

「だろ?あいつはああいう奴なんだよ」

 

 そこに八幡も加わり、三人はじっと詩乃の後ろ姿を見つめた。

 

「ん?何?」

「いや、何でもない、こっちだ」

 

 そう言って八幡は奥へと歩き出し、三人はその後を追った。

 

「どこに行くの?」

「秘書室だ、小猫も交えて相談した方がいいと思ったからな」

「ああ、だからソレイユなんだ、薔薇さんは仕事中は動けないものね」

「まあそういう事だ」

 

 そして秘書室に入った四人を薔薇が出迎えた。

 

「八幡、おかえりなさい」

「おう、連れてきたぞ、小猫」

「初めまして、秘書室長の薔薇よ」

 

 二人に突っ込まれるのを避ける為か、小猫呼ばわりしてきた八幡を無視し、

薔薇は二人に向けて苗字だけを口にした。

 

「は、初めまして、岡田唯花です」

「山花出海です」

 

 そう頭を下げる二人の横で、詩乃が何かに気付いたように誰もいない方に声をかけた。

 

「あれ、三人ともそこで何してるの?」

「「「うっ」」」

 

 詩乃の呼びかけに答えて薔薇のデスクの向こうからそんな声が聞こえ、

そこに三人の女性が立ち上がって姿を見せた。

 

「お?三人ともいたのか?そこで何をしてたんだ?」

「あ、あは………えっと、サプライズを演出しようと思ってたんだけど………」

「詩乃、どうして分かったの?」

「あそこの鏡に映ってたわよ」

「あ、ああ~!」

「くっ、不覚………」

「あちゃ、失敗しちゃったね」

 

 そこにいたのは明日奈、クルス、理央の三人であった。



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第929話 秘書室での衝撃

やっと今年の終わりが見えてきました、年内にもう一日くらいお休みするかもしれませんが、もう少しで落ち着きますので!


「そもそも明日奈達はどうしてここに?」

「えっと、たまたま遊びに来たんだけど、

そしたら八幡君が、しのノン達を連れてくるって聞いから、ちょっと見学しようかなって」

「ふ~ん、まあいいか、好きにしてくれ」

「うん、ありがとう八幡君!」

 

 明日奈はそう言いながら、とても自然に八幡の隣に座り、その肩に頭をもたれかけさせた。

いきなりのマウント取りである。反対の隣はクルスが確保し、理央はその隣に座った。

この辺りに力関係が出ていて面白い。

そして明日奈達三人は、興味津々で唯花と出海の観察を始めた。

二人にしてみれば、まるで蛇に睨まれたカエル状態である。

 

「ね、ねぇ詩乃、あの三人って………」

「アスナとセラフィムとリオンよ」

「アスナさんは分かったけど、残りはその二人かぁ!」

「は、計り知れない戦闘力を感じる………」

「いやいや待って待って、セラフィムさんのスタイルもやばくない?」

「それを言ったらアスナさんも、ゲームの中より遥かに胸が大きくない?

普通はゲームの中の方が盛ってるものだよね?」

 

 そう言いながら二人が見ていたのは、当然明日奈、クルス、理央の胸であった。

やはり二人もお年頃という事なのだろう。

 

「あ~、明日奈はちょっと特殊なのよ、あまり言う事じゃないんだけど、

少し前まではちゃんと栄養が取れない状態だったから、

ここにきて栄養状態が改善させたせいで、その、ね?」

「「あ、ああ~!」」

 

 二人はその言葉だけで事情を察したようだ。

 

「そっか、そういう事か………」

「やっと栄養がもらえた胸が、喜びの声を上げてるんだ………」

 

 二人はそう言いながらじっと明日奈の胸に注目し、

それに気付いた明日奈はやや恥ずかしそうに頬を染めた。

 

「「か、かわいい………」」

「まあ明日奈を悲しませるのはうちじゃご法度だから、

あんた達も一線は超えないようにしなさいよね」

 

 詩乃のその言葉に二人は頷いた。

 

「よし、それじゃあ小猫、あいつらの事をこの二人に説明してやってくれ」

 

 八幡にそう言われた薔薇は、頬をひくひくさせた。

 

「あ、あの、八幡さん、さっきから言ってるその小猫って何の事ですか?」

「お、良く聞いてくれたな、小猫というのはこいつの本名だ、

薔薇小猫、どうだ、嘘みたいにかわいいだろ?」

「あ、そうだったんですか!確かに凄くかわいいですね!」

「お、大人をからかうんじゃないわよ」

 

 薔薇は複雑そうな表情をしながらも、やはり悪い気はしないのだろう、

顔を真っ赤にしながらそう言った。

 

「そ、それじゃあ私が知る限りのあいつらの事を教えるわね」

「あの、あいつらって………」

「遠藤が遭遇したあいつらだな、あいつらは元々、

SAO時代に小猫の部下をやってたんだ」

「えっ?薔薇さんもSAOサバイバーだったんですか?」

「え、ええ、実はそうなの」

 

 八幡も明日奈もそれ以上、余計な事は言わなかった。

もう更生している薔薇の過去の心の傷をえぐるつもりはまったく無いのだ。

そして薔薇は、二人にそれぞれの口癖や剣を振るう際の癖などを、

身振り手振りを交えながら説明した。

二人はそれを熱心に聞き、時には情報をスマホにメモっていった。

 

「私が知っているのはこれくらいかしら、また思い出したら教えるわ」

「ありがとうございます!」

「この情報を元に、もっとよく観察してみます!」

「ええ、お願いね」

 

 薔薇は激しく動いたせいか、パタパタと手で顔に風を送り、

それでも足りないらしく、上着を脱ぎ始めた。

 

「ふう、さすがに暑いわね」

「「あっ!」」

 

 その時唯花と出海が驚いたような声を上げた。

そう、二人は気付いてしまったのだ、薔薇が着やせするタイプであり、

胸部装甲の防御力が凄まじく高い事を。

 

「ど、どうしたの?」

「あ、いえ、凄いなって思って………」

「どうすればそうなれるんですかね………」

「え?昔の事を必死に思い出しただけだけど、そんなに凄い事だったかしらね?」

 

 薔薇は二人が何に感心しているのか分からず、そうズレた答えを返した。

 

「お前は何を言ってるんだ?」

「え?何かおかしかったかしら?」

「その二人はお前の胸を見て言ってるんだよ、相手の視線くらい読………い、痛ててて!」

「八幡君、どこを見てるのかな?かな?」

 

 薔薇にそう突っ込んだ八幡の頬を、明日奈が即座につねり、強引に自分の胸元に向けた。

 

「八幡君が見るのはこっち!」

「お、おう、どうもありがとう?」

「どういたしまして」

 

 明日奈は貫禄たっぷりにそう答え、クルスが横から八幡に声をかけた。

 

「八幡様、思い切って振り向けば、私と理央の谷間も見えますよ?」

「え、えっと………そ、そのお気持ちだけで」

 

 八幡はまさかそちらに視線を向ける訳にもいかず、そう答えるしかなかった。

代わりにそちらに視線を向けたのは明日奈である。

 

「むぅ………やっぱりまだ負けてる………」

「それはそうだよ、八幡様に谷間を見せつけてその目を喜ばせるのが私達の仕事だもん、

ですよね?室長?」

「そ、そうなの?」

 

 クルスにそう話を振られ、薔薇は自分の胸を見ながらぶつぶつと呟き始めた。

 

「って事は、私も服装をもう少し考えた方が………」

「おい馬鹿猫、んな訳ないだろ、真に受けるんじゃねえ」

「あっ、そ、そうよね?」

「でもアピールしないと置いてかれますよ、室長。ほら、理央を見て下さい」

 

 当然一同の視線は理央に向く。理央は先ほどから盛大に頬を赤らめていたが、

胸の谷間に関しては、むしろ強調するようにやや前のめりになっており、

しかもそれをさりげなく八幡の方に向け、まったく隠そうとはしていなかった。

 

「くっ、さすが手強い………クルスは今胸のサイズはいくつくらい?」

「私は九十四かな」

「理央は?」

「きゅ、九十二………」

「小猫さんは?」

「私は九十五ね、ギリギリ勝ったわ」

「私が今八十八か、う~ん、でもまあさすがにそろそろ限界っぽいし、

後は八幡君にもっと揉んでもらうしかないのかなぁ」

「おい明日奈、人前でそういう事を言うのはやめような」

 

 その赤裸々な会話を聞きながら、高校生チーム(正確には理央もだが)は、

顔を赤くしてひそひそと囁き合っていた。

 

「カップとの兼ねあいもあるんだろうけど、

八幡さんの周りの子って、基本的な戦闘力が高すぎる………」

「一応言っておくけど、ここにいるのは特に戦闘力の高い子達だからね」

「えっ、そうなの?」

「ええ、例えばさっきの受付のかおりさんは普通だったでしょ?」

「あ、確かに」

 

 それで二人は一応納得はしたものの、

尚も繰り広げられる大人達の会話を聞いていると、やはり複雑な気持ちになったらしい。

 

「ねぇ詩乃、大人になるってああいう事なのかな?」

「わ、私に聞かないでよ!」

「でも私達、明らかに足りてないよね」

「私はそこまで気にしないけど、まあこれからよ、これから」

「そうだといいんだけどねぇ………」

「お前達、さっきから何をぶつぶつ言ってるんだ」

 

 そんな三人に八幡が声をかけてきた。

 

「あ、ううん、何でもないわ」

「私達ももっと頑張らなくちゃって話ですね」

「ん、そうか、まあ頑張ってくれ」

 

 おそらく八幡は、経験値稼ぎとかそういったものを想像してそう言ったのだろうが、

実際は胸の事について言っている為、三人は複雑な気持ちになった。

丁度その時部屋のドアがノックされ、新たに二人の女性が入室してきた。

 

「はぁ~い、どう?やってる?」

「姉さん!」

「おっ、この二人が八幡の新しい女か?」

「おいこらレヴィ、風評を撒き散らすんじゃねえ」

 

 現れたのは陽乃とレヴェッカだった。どうやら様子を見に来たらしい。

 

「ちょ、ちょっと詩乃、あ、あちらのお二人は?」

「ソレイユの社長とその護衛」

「い、いや、待って待って、戦闘力がおかしくない!?」

「嘘、まだ上がいるというの………」

 

 唯花と出海は陽乃とレヴェッカの胸を見て絶望的な表情をしていた。

どんなに頑張っても自分達があの領域まで行ける気がしないからである。

 

「む、胸って高校を卒業してから大きくなるのかしら………」

「そ、そうだよ、きっとそう!」

「ん~?胸の事が気になるの?」

 

 陽乃はその二人の言葉を聞き、部屋にいるメンバーの()をぐるりと見回した。

 

「………ああ、この中にいたらそう思うかもしれないわね、

でも私は高校の時とそんなに変わってないし、理央ちゃんは現役の高校三年生よ?」

「えっ?」

「嘘………」

 

 二人の視線は当然理央に集中し、理央は恥ずかしそうに胸を隠した。

 

「わ、私よりも優里奈の方が大きいし………」

「ゆ、優里奈?誰?」

「優里奈は八幡が親代わりをしてる子で、私達と同い年よ」

「あ、足長おじさん!?いや、むしろ光源氏!?」

「それよりも同い年!?」

 

 二人は驚愕したが、詩乃は案外落ち着いていた。

おそらくこれは、付き合いの長さが関係しているのだろう。

詩乃は既にそういうものだと悟っており、無いものねだりはしない事にしているのだ。

 

「はいはい、どうどう、落ち着いて落ち着いて」

 

 詩乃は二人をあやすようにその肩をぽんぽんと叩き、

八幡はそれを呆れたように眺めていた。

 

「何だこれ………」

 

 そこに再び来訪者があった。部屋のドアがノックされたのだ。

 

「あっ、いた、八幡、ちょっと見てほしいデータがあるんだけど………」

 

 そう言いながら入室してきたのは紅莉栖であった。

二人は紅莉栖を見てビクッとしたが、その胸が視界に入った瞬間に、

二人は感動したように紅莉栖に抱きついた。

 

「女神様!」

「ああ、死ぬほど安心する………」

「えっ、い、いきなり何!?」

 

 そんな三人の様子を、周りの者達は生暖かく眺めていた。

その後紅莉栖が同い年だと知った二人は紅莉栖とすっかり打ち解け、

女子高生チームとして優里奈やフェイリスも交え、交流していく事になる。

こうしてこの日の話し合いは、一応抑えるべきところは抑えた形で終わりとなり、

唯花と出海は与えられた情報を元に、

密かに協力して七つの大罪のメンバーを監視する事となったのである。



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第930話 告知

 ソレイユでの話し合いの後、ヒルダとアスモゼウスは連携し、

七つの大罪を内と外から見張っていたが、未だに該当する人物を見つけられないでいた。

よほど巧妙に擬態しているのだろう、何人か候補にあがる者はいたが、

確信を得るには至っていなかった。

 

「どうしよう、見つからない………」

「仕方ないよ、だって七つの大罪の連中、問題児が多すぎだもん」

「それはそうなんだけど、まったく人としてどうなのよ………」

 

 そのアスモゼウスの言葉通り、捜索が難航している一番大きい理由はそこであった。

とにかく怪しいプレイヤーが多すぎるのだ。

そもそも七つの大罪とはそういうギルドであるのだから、それは仕方ないが、

アスモゼウスの立場から言うと、愚痴の一つも言いたくなるのであろう。

 

「はぁ、トラフィックス関連のイベントの導入までに見つけておきたかったんだけどな」

「まあ仕方ないよ、これからも頑張ろ?」

「う、うん………」

 

 今の会話で分かる通り、もうトラフィックスの寄港は目の前まで迫っていた。

明日、その内容が発表されるはずである。

 

「あ、詩乃から連絡がきたよ、明日の昼に屋上に集合だって」

「ん、分かった、明日の昼ね、それじゃあ今日は落ちよっか」

「うん、そうだね」

 

 そう言って二人は()()()()()()()()()からログアウトした。

調査が進まないのは実はそういった理由もある。

あの話し合いの少し後に、七つの大罪とナイツを組んでいるスコードロン『ハレルヤ』から、

こんな申し出があったのである。

 

『ゾンビ・エスケープの無双モードの方が、経験値の取得効率がいいらしい、

そっちにコンバートして試してみないか?』

 

 ルシパーがその提案に乗り、試しにやってみたところ、

確かに効率が良かった為、最近はこちらに遠征する事が多く、

その為に仲間達が剣を振るう姿もあまり見られず、

より一層特定が困難になっていると、まあそんな訳である。

 

「もう、本当にタイミングが悪い………」

「仕方ないよ、確かにこっちの方が楽だもん」

「まあそれは否定しないけどさ………」

「確かに困っちゃうよねぇ………」

 

 そう愚痴りつつ二人はログアウトし、そして迎えた次の日の昼休み、

二人が連れ立って屋上に行くと、そこには詩乃しかいなかった。

 

「あれ、映子と美衣と椎奈は?」

「ああ、さっきザスカーから発表があったでしょ?だから今日は遠慮してもらったの」

「あっ、そうなんだ」

「どんな内容だった?」

「私も更新したって事しかまだ知らないわ、まあお昼を食べながら見てみましょ」

「うん、そうだね」

「それじゃあお昼にしよっか」

 

 あれから二週間、二人はもうすっかり詩乃グループのメンバーとして認識されていた。

さすがにそれだけ経つと、二人もそういった立場にすっかり慣れており、

なんら緊張する事なく、この状況に馴染んでいるのであった。

 

「さて、ムービーを見てみましょうか。え~っと………」

「長い旅を経て、トラフィックスは未知なる星にたどり着いた?」

「だがそこは太古の竜が闊歩する星であり、

その牙が今まさに、トラフィックスに迫ろうとしていた?」

 

 そしてその映像には、先日見た悪夢のような敵の姿が映っていた。

 

「げ………これって………」

「ラプトルが映ってる………」

「って事は、次の相手も恐竜なんだ」

「男の子って本当に恐竜が好きだよね………」

 

 三人はそう苦笑しながら映像に目を戻した。

 

「あ、四方の扉が解放されてる!」

「そこから敵がなだれこんできてるね………」

 

 その後はトラフィックス内部での戦闘映像が流れ続けたが、

不意に違うシーンがムービーに挿入された。

 

「これは………?」

「プレイヤーが扉を閉じてるね」

「で、ええと………うわ、本当にジュラ紀?白亜紀だっけ?そんな感じの場所だね」

「あ、見て、遠くに何かいる!」

「この前見たTーREXに似てるなぁ」

 

 そして画面が変わり、星から四つの柱が立ち上っている光景が映し出された。

 

「光の柱?」

「あ、中にプレイヤーっぽいのが見えない?」

「エレベーターみたいだね」

 

 そして再び場面が変わり、一帯が雲で覆われたような世界の中で、

妖しく光る二つの赤い光が表示され、そこでムービーが終わった。

 

「………………う~ん?」

「どういう意味だろ?」

「ちょっと八幡に電話してみましょうか、あっちも今は昼でしょうし」

「うん、お願い!」

 

 そして詩乃は八幡に電話をかけた。

 

『おう、こんな時間に何だ?』

「あ、八幡?もちろんザスカーのムービーは見たわよね?」

『その話か、今みんなでその事について相談してたところだ』

「あれってどういう事だと思う?」

『そうだな、あくまで推測だが、東西南北の四つの扉、

多分そこから敵がトラフィックスに攻めてくるんだろう。

で、俺達がその扉まで進撃して、扉を閉めて敵の侵攻を防ぎ、そのまま星に侵入するだろ?

そうすると多分、その奥には中ボスがいて、倒すと光のエレベーターが生成されて、

で、四体のボスを全て倒すとラスボスのいるフィールドに行けるようになって、

それを倒すと終わり、みたいな感じじゃないかって、今話してたところだ』

「なるほど、参考になったわ、ありがとう」

『おう、どういたしましてだな、その事で今夜メンバーに召集をかけるから、

まあまた後で連絡するわ』

「分かったわ、それじゃあね」

『しっかり飯は噛んで食えよ』

「お父さんか!」

 

 電話を終えた詩乃は、二人に今言われた事を説明した。

 

「あっ、なるほど!」

「鍵って前に取った奴だよね?」

「アルン冒険者の会はいくつ鍵を持ってるの?」

「うちは北と東の二つだけかなぁ」

「七つの大罪は?」

「南以外はあったと思う」

「ああ、やっぱり南の釣りがネックなんだ………」

「そういえば公式ページにトータルの鍵の取得状況が載ってた気がする」

「あら、そうなの?」

「うん、確かここに………」

 

 唯花はそう言ってザスカーのトラフィックス特設ページを調べ始めた。

 

「あったあった、ええと、JPサーバーはっと………」

 

 そこに表示されていた南の鍵の本数は、たった一本であった。

 

「うわ、ヴァルハラしか持ってないわ」

「って事は、必然的にうちがそこを担当する事になるわね」

「そういう事だねぇ」

「ねぇ、他のサーバーだと南の鍵がゼロって所もあるんだけど」

「へぇ?それじゃあ敵がずっと来襲し続ける事になるのかしら」

「どうなんだろうね?」

「まあJPサーバーには関係ないから別にいいんじゃない?」

「詩乃ってそういうとこ、ドライだよね………」

 

 実際は南には、かなり苦労する事になるが、東西から回り込んでいけば到達出来る。

そして光の柱を解放すれば扉を閉める為の鍵も同時に手に入るのだが、

確かにJPサーバーにはまったく関係がない事である。

 

「ふふん、まあそんな訳で、うちに感謝するのよ」

「詩乃のドヤ顔がひどい!」

「でも確かにヴァルハラのおかげではあるんだよね、

鍵が無かったら、絶対に苦労させられる事になるんだろうし」

「まあそれはそうだよね」

 

 そう話が落ち着いた所で、詩乃が二人に言った。

 

「そんな訳で、獅子身中の虫を探すのはしばらく持ち越しね、攻略に集中しないと」

「そうだね、まあ一応おかしな動きをする人がいないか見張っておくよ」

「ええ、お願いね」

「ヴァルハラは今夜集合して話し合い?」

「そうね、そう言ってたわ」

「うちは多分直前かな」

「うちも多分そうかなぁ」

「導入にはまだ三日もあるじゃない、別に急ぐ必要はないわよ」

「まあそうなんだけどね」

「あっ、それじゃあ今日、詩乃の家でお泊り会をしない?」

 

 そこで唯花が突然そんな事を言い出した、実に唐突である。

だが詩乃はその理由を察したようで、スッと目を細めた。

 

「唯花、あんたははちまんくんと遊びたいだけでしょ?」

「速攻でバレた!?」

「まあ別にそれは構わないけど、私は話し合いに行くからね」

「それで全然問題ないよ!出海はどうする?」

「う~ん、ま、まあ大丈夫」

「よし、決まりだね!」

「………はぁ」

 

 こうして唯花と出海は詩乃の家にお邪魔する事になった。

お昼の話はここで終わりという事になり、迎えた放課後、詩乃は自宅に二人を迎えた。

 

「お邪魔しまっす!」

「お、お邪魔します………」

「おうお前ら、よく来たな、まあ上がってくれ」

「はちまんくん!」

 

 先週実は、この三人は詩乃の家に集まっており、

それ以来唯花は、はちまんくんが大のお気に入りなのである。

ちなみに出海もそうなのだが、性格の違いだろう、

ここまでおおっぴらに動いたりはしない。

 

「ハイ、いらっしゃい、早速だけど、夕飯の買い物にでも行く?」

「うん、そうだね!」

「今日は何を作ろっか」

「今日は寒いし鍋とかどう?」

「いいね!出海もそれでいい?」

「う、うん、大丈夫」

 

 こうして仲良く買い物に行った三人は、帰ってから仲良く鍋を堪能し、

その後詩乃は話し合いをする為に一人でログインしていった。

 

「はちまん君、遊ぼっ!」

「わ、私も八幡さんの話をもっと聞きたい」

「………やれやれ、まあ話せる範囲でな」

 

 こんな感じで二人とはちまんくんは、どんどん仲良くなっていっているようだ。

そこに話し合いを終えた詩乃も合流し、三人は深夜まで色々な話をし、交流を深めた。

 

 トラフィックスでの戦いが、まもなく幕を開ける。



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第931話 南門、制圧

「ハチマン、いた!ラプトル!」

「オーケーだ、レン、フォローを頼む」

「任せて!」

 

 バージョンアップ当日、ハチマンとレンは二人で行動していた。

場所はトラフィックスの南門から見て、やや街寄りの位置である。

 

「数が少ないから、まあ楽ではあるな」

「本隊は大丈夫かな?」

「まあ平気だろ、今日は姉さんもいるしな」

「それもそうだね」

 

 バージョンアップが行われた直後、ヴァルハラは南門前で待機し、

門が開くのを今か今かと待ち構えていた。だが門から一定距離までしか近づけないようで、

ハチマンは内心で、出てきた瞬間に全滅させるのは無理だろうなと考えていた。

 

 そして時間になった瞬間に門が開き、

沢山の恐竜達が一気にトラフィックスになだれ込んできた。

それに対して挨拶とばかりにソレイユを筆頭に、

ユミーとイロハが強力な魔法を叩き込んだのだが、

敵との距離があるが故に敵集団が左右に大きく広がった為、

中央部分の敵しか殲滅させる事が出来ず、その後も更に敵が門から殺到してきた為、

このままではMPが持たないだろうという事になり、

ヴァルハラは通常の殲滅戦に移行する事になったのである。

 

 これは鍵の所有状況から仕方がない事であった。

おそらく他の門では、ここよりも多くのプレイヤー達が戦いに参加しているだろうから、

敵を包囲下に置く事も可能であろう。

だが南門の鍵を持つのはヴァルハラだけな為、人数的に完全包囲は不可能なのだ。

 

 その為に徐々に門に近付いているとはいえ、全ての敵をキャッチする事は不可能であり、

二人一組のチームが何組か急遽編成され、漏れた敵の討伐に当たる事になった。

だが本隊からあまり人数を裂く訳にはいかない為、その数は四組八名に抑えられた。

具体的にはハチマンとレン、クックロビンとシャーリー、レコンと闇風、

そしてレヴィとサトライザーの四組である。

アスナは前衛陣の、そしてユキノは後衛陣の統括をしないといけない為、当然居残りだ。

コマチは何かあった時の連絡役として本陣で待機している。

そして四組は東西に散り、ヴァルハラからの攻撃を逃れた敵の殲滅の為に出撃した。

そんな訳でハチマンとレンは、二人でサーチ&デストロイを行っている最中なのである。

 

「ねぇハチマン、門から出てくる敵にもボスっているのかな?」

「そうだな、もしかしたらいるかもしれないな」

「それじゃあ出来るだけ早く戻らないとだね」

「だな、しかし敵の数が想像以上に多い………」

「まあずっと漏れ出してる訳だしね」

「落ち着くまではしばらくこのままだな」

「うん!敵は小型ばっかりだし、それまで頑張ろう!」

 

 二人はそんな感じで敵の殲滅を続けていったのだった。

 

 

 

 一方その頃本隊は、敵の流出が止まらない為に中々門に近寄れないでいた。

 

「くそ、大型の敵が混じってきたな」

「これじゃあ前に出れませんね」

「このままだと戦闘が長期化するな、今のうちに物資の確認をするか」

「それじゃあコマチは後方のユキノさんの所に行ってきます!」

「任せた!お~いゼクシード、弾はまだ大丈夫か?」

「問題ない、あと一時間はこのままでいけるよ」

 

 そしてコマチもユキノとソレイユに、後衛達のMP状況を確認していた。

 

「ユキノさん、MPの具合はどうですか?」

「姉さん、そっちはどう?」

 

 コマチにそう問われたユキノは、ソレイユに向けてそう尋ねた。

 

「節約してるから大丈夫、回復アイテムもまだ使ってないしね」

「オーケーよ、ヒーラーの方も大丈夫、ここまで大したMPは使っていないわ」

「分かりました!」

 

 キリトとコマチは再び合流し、その事を前線にいるアスナに伝えた。

 

「ありがとう二人とも」

「大型の敵が増えてきたよな」

「うん、このままだとやばいのが出てくるかもしれない」

「お、とか言ってる間にまたやばいのが出てきたな」

 

 丁度その時、門の中からかなり大きな背びれのような物を持つ恐竜が複数出現した。

 

「もしかしてスピノサウルス?」

「だな、俺とハチマンが作った資料の中にあっただろ?」

「う、うん、二人が凄く楽しそうに作ってた、あの資料ね」

 

 ハチマンとキリトは先日の打ち合わせの後、参考資料として、

映画などの映像も盛り込みながら二人で恐竜の詳しい資料を作成し、

メンバー達に配っていたのであった。

その作成をごろごろしながら横で見ていたアスナは、二人の熱心さに若干引いたものだった。

 

「ああ、あれは凄く楽しかったよ」

「………男の子って恐竜が好きだよね」

「むしろ恐竜が嫌いな男なんかこの世に存在するのか?」

「さ、さあ、どうだろ」

「さて、それじゃああいつらを片付けるか」

「うん!」

 

 そう答えながらアスナは戦闘指揮を開始した。

門から出てきたスピノサウルスは三体であり、

それぞれを三人のタンクが受け持つ事になった。

当然その間、雑魚がどんどん散っていく事になるのだが、

この状況ではそれもどうしようもない。

 

「ハチマン君達、大丈夫かな?」

「さすがに数が多いよなぁ、一応連絡は入れとくわ」

「うん、お願い!」

 

 

 

「レン、今キリトから連絡があった、大型の敵が複数出てきたから、

ちょっとこっちに回ってくる敵の数が増えるそうだ」

「了解!まあ何とかなるなる!」

「今日のレンは随分楽しそうだな」

「え?そうかな?えへへ」

 

 それは当然だろう、今の状況は、ハチマンと二人でデートしているようなものだからだ。

もちろんやっているのは戦闘であり、そこには色っぽさの欠片もなかったが、

それでもレンは、久しぶりにハチマンと一緒に遊べて浮かれていた。

その事がレンに思わぬ窮地をもたらす。

その後何匹かの敵を倒したその直後、ドヤ顔でハチマンの方を見たレンの真横の茂みから、

一匹のラプトルが飛び出してきて、レンに襲いかかったのである。

 

「うわあああああ!」

「レン!」

 

 だがその瞬間に、そのラプトルの頭が弾け飛んだ。

どこからか飛来した弾丸が、その頭に命中したのだ。

 

「今のは………シャーリーか?」

「あっ、ロビンさんもいる!」

 

 その窮地を救ったのはクックロビンとシャーリーであった。

二人は慌てたように全力でハチマン達の所に駆け寄ってきた。

 

「レンちゃん、大丈夫?」

「うん大丈夫、ありがとう!」

「シャーリー、よく狙撃出来たな」

「スコープを覗いて索敵してたらちょうどレンちゃんの後ろに敵の姿が見えたんで、

そのまま撃っちゃいました!」

「おお、マジで助かったわ、サンキューな」

「い、いえ、お役に立てたなら良かったです!」

 

 ハチマン信者とも言うべきシャーリーは、褒められてとても嬉しそうにしていた。

その横でレンは、クックロビンにお説教されている。

 

「レンちゃん、気を抜くのは見通しのいい場所と、

ハチマンと一緒のベッドの中だけにしなよ?」

「おいロビン、レンをお前と同類扱いするんじゃねえ、

あと俺はお前と一緒のベッドに入った事は無い」

 

 ハチマンは即座にそう突っ込んだが、それは必要がなかった。

何故ならレンは、クックロビンのそういったトークには慣れているからである。

 

「うん、周りには気をつけるよロビンさん」

「まあハチマンと二人っきりだから浮かれるのも仕方ないだろうけどね、くっ、羨ましい」

「な、何かごめん………」

 

 その時本隊から通信が入った。

 

「おう、キリトか?そっちはどんな感じだ?」

『ハチマン、スピノサウルスを倒したと思ったら、今度はでっかい雷竜が出てきやがった』

「ほう?手強いのか?」

『いや………それがそいつ、タンクのターゲット取りにまったく反応しなくてさ、

こっちに攻撃とかもしてくる気配も無いし、雑魚敵も沸かなくなったから、

アスナの判断で、とりあえず様子見って事で連絡したんだよ』

「ほうほう、分かった、とりあえずそっちに向かうわ」

『悪いな、頼む!』

 

 ハチマンは今の通信内容を説明し、レンと二人で先に本陣に戻る事にした。

 

 

 

「あれか………」

「遠くからでもすぐ分かるくらい大きいね………」

 

 二人は本隊に向け、凄まじい速度で走っていた。

だが本隊がまったく見えないうちからその雷竜の姿は見え、

どれほどの巨体なのかと二人は目を見張った。

 

「お~いハチマン!」

「ハチマン君!」

「あれがその敵か?」

「敵っていうか、まったく襲ってこないけどな」

「ふ~ん」

 

 ハチマンは興味深げにそちらを眺め、大胆にもそちらに近付いていった。

 

「お、おいハチマン!」

「攻撃はしてこないんだろ?なら大丈夫だ」

「それはそうかもだけど………」

 

 アスナとキリトはそう言って、ハチマンと一緒にその雷竜に近付いていった。

 

「これは種類は何なんだろうな」

「確かに雷竜の区別って本当につかないからなぁ………」

 

 そう言いながらハチマンがその雷竜の視界に入った瞬間に、

雷竜がいきなり反応し、その首をぐいっと曲げ、その顔をハチマンの正面に持ってきた。

 

「むっ」

「うおっ」

「キャッ!」

『そなたがこのナイツの頭目か?』

 

 そしてその雷竜は、いきなりそう話しかけてきた。

 

「ああ、そうだ」

『そうか、我に攻撃をしないでおいてくれた事、感謝する』

 

 雷竜にそう言われた事で、何となくハチマンは事情を察知した。

おそらく草食恐竜とは戦う必要は無いのだろう。

 

「すまない、一つ尋ねたいんだが、もうあの門から敵は出てこないのか?」

『ああ、我が生きている限りは大丈夫だ、

もっとも使わない時は閉じておいてもらえると助かるがな』

 

(なるほど、門を解放しても、普段はしっかり門は閉めておけって事か)

 

 ハチマンは開発者の意図をそう判断しつつ、仲間達に指示を出した。

 

「分かった、こちらに侵入した肉食恐竜を倒したらまた挨拶に寄る」

『そうか、それはこちらとしても助かる。

お礼という訳ではないが、その時に我の加護を授けよう』

「加護?」

『我が眷属には気性の荒い者も多くてな、そういった者達に襲われなくなる加護である』

「ほうほう、それは有難い、それでは後ほど、雷竜殿」

『我の事は今後、エスガイアと呼ぶが良い』

「分かったエスガイア、それじゃあまたな」

『ああ、再会の時を楽しみにしている』

 

 こうしてエスガイアとの交流を終え、

ハチマンはアスナとキリトと共に仲間達の所に戻った。

 

「ハチマン君、何がどうなってるの?」

「ああ姉さん、多分あいつはナイツのリーダーに反応するようになってるんだと思います、

攻撃してたら多分、大暴れした事でしょう。アスナ、ファインプレイだったな」

「良かった、私の判断は間違ってなかったんだ」

「そういう事だ、それじゃあこれから全員で山狩りだ、

五人ひと組くらいに分かれて残った敵を殲滅しよう」

 

 そしてハチマン達は無事に敵の殲滅に成功し、エスガイアに加護をもらった。

 

「エスガイア、ちなみに他の門にもあんたと同じような存在がいるのか?」

『ふむ、西門にはウィガイア、東にはイーガイア、北にはエヌガイア、という者が居る』

「そいつらから加護はもらえたりするのか?」

『いや、これ以上の加護は無い』

「分かった、ありがとう」

『ああ、良い旅を』

 

 こうしてヴァルハラは、最速で南門の解放に成功した。

何故人数が多い他の門よりも速かったのかは、説明するまでも無いだろう。

 

「ん、アスモゼウスから連絡が入ってるな、『草食恐竜強すぎやばい』だそうだ」

 

 そのハチマンの言葉に一同は顔を見合わせた。

 

「確かにあの大きさじゃねぇ………」

「質量兵器って奴だな、あの尻尾を振り回すだけでもやばそうだ」

「しかも喋れるって事は、多分魔法も使うんじゃないかな」

「だよな、まあどちらにしろもう手遅れだ、戦闘を始めちまったらしいからな」

「アスモちゃん、ドンマイ」

「まああれだ、後でヒルダをここに呼んで、加護だけでももらえないか実験してみよう」

「アスモちゃんはいいの?」

「何となく、あいつはもう少し苦労した方がいい気がするから別にいい」

「うわ………」

「アスモちゃん、かわいそう」

「そういえばあいつらはまだ無理なのか?」

「うん、まったくの未経験だったから手こずってるみたいだよ」

「そうか、まあそれでももうすぐだな」

 

 そんな訳で、他の門の解放までにはここから数日を要する事となり、

ヴァルハラは他の門に一歩先んじて、新たな世界へと足を踏み入れる事となった。



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第932話 S&D

 さて、ハチマンが最後に気にしていた()()()()は、

南の海岸で釣竿を振り回し、今まさに悪戦苦闘している最中であった。

 

「だぁ、またアルヴマスか!」

「やっぱりまだスキルが足りてない?」

「くそ、あと少しのはずなんだけどなぁ………

アルヴブルーが釣れればいけるはずなんだよな」

「結局バージョンアップに間に合わなかったし………」

「でも南以外はとんでもない混み方らしいよ、比較敵ましなのが西とかなんとか」

「南はまだ()()しか鍵を持ってる所は無いらしいしな」

「西の鍵は取ったから、そっちに行ってもいいんだけど………」

 

 そう言いながら、その釣りをしていた少年は、

後方で足を組み、でん、と座っている少女の方を見た。

 

「今更引けないわ、さっさと釣り上げなさい、ジュン」

「そう思うなら手伝えよ、ラン!」

「私にエサの虫をつまめというの?」

「別に本物じゃないんだから構わないだろ!」

「嫌よ、私がつまむとしたら、ハチマンの乳首だけよ」

「兄貴にチクんぞコラ!」

「とにかく嫌なものは嫌、文句を言わずにさっさと釣りを続けなさい」

「あ~もう、分かったよ!」

 

 スリーピング・ナイツは未だに鍵を一つしか所持しておらず、

今はヴァルハラと行動を共にする為に、必死に釣りを行っている最中なのであった。

 

「はっはっは、ジュン、女のワガママをちゃんと聞いてやるのが男の甲斐性ってもんだぜ」

 

 そんなジュンの肩を叩く者がいた。

 

「ダインさん!」

「すまねえな、GGOには釣りスキルってのがそもそも存在しないから手伝えなくて」

「ギンロウさん!それはギンロウさん達のせいじゃないですって!」

 

 何故ここにダインとギンロウがいるのかは簡単である。

要するにダイン達がスリーピング・ナイツとナイツを組んでいるのだ。

これは別に偶然とかではなく、単にハチマンに紹介してもらったからである。

ハチマンとしても、おかしな集団をスリーピング・ナイツに近付ける気はまったくなく、

信頼出来る味方をスリーピング・ナイツに紹介したと、ただそれだけの理由である。

ちなみにチーム名はお互いの頭文字を取って『S&D』と名付けられていた。

 

「おいジュン、何かかかってるゾ」

「あっ、すみませんアルゴさん!」

 

 そしてアルゴはここにいた。

南門までの案内役としてスリーピング・ナイツに付き合っているのである。

今回のイベントにはアルゴは関わっていない為、参加する事が可能なのだ。

 

「ん?もう水面近くまで上がってきてるはずなのに、姿が見えないな」

「お、ジュン、遂に来たんじゃないカ?」

「遂にって、何がですか?」

「アルヴブルーだよ、姿が見えないのは、魚体が空の色をしてるからだロ」

「あっ、そうか!」

 

 そしてジュンは無事に魚を釣り上げた。

それはかつてニシダがここで最初に釣り上げた、あの青い魚であった。

 

「よっしゃ、いただき!」

「よくやったわジュン、これ、結構いい値段で売れるのよね」

「らしいな、兄貴が言ってた!」

「さて、それじゃあ次の段階に映るわ。テッチ、タルをここに」

「り、了解………」

 

 そしてランは、傍らにいたユウキに声をかけた。

 

「ユウ、どの辺りが良さそうだった?」

「えっとね、潜ってみた結果、ここ!ここなら海底に段差も無いし、

ハチマン達の時みたいに、途中で引っかかる事は無いはずだよ!」

「分かったわ、それじゃあダインさん、敵が上がってきたら攻撃をお願いします」

「おう、任せとけ!」

 

 そしてテッチがとても情けなさそうな顔でしょぼんとしているタルケンを連れてきた。

タルケンの胴には太いロープが巻きつけられており、()()としての準備は万端のようだ。

 

「それじゃあタル、お願いね」

「うぅ………わ、分かってるよ、

まさかノリやシウネーにエサ役をやらせる訳にはいかないもんね」

 

 本来なら一番非力なシウネーがエサ役をやるべきなのかもしれないが、

タルケンは男として、女の子にそんな事をさせる訳にはいかなかった。

ジュンは多少釣りスキルが上がっていた為、今回は釣り役として抜擢されており、

テッチとタルケンを比べると、テッチの方が力が強い為、

タルケンは自ら志願してエサ役を引き受けたのである。

 

「よし………みんな、後は任せた!」

「タル、頑張れ!」

「タル、頼むぞ!」

「タル、しっかり!」

「骨は拾ってやるからな!」

「出来れば骨になる前に拾って!」

 

 タルケンはそう言い残し、釣り針を手に海へと潜っていった。

 

「ジュンも頼むわよ」

「おう、任せとけって!」

 

 ジュンはそう言いながら竿と同時にタルケンの体に繋がっているロープを持ち、

そちらに神経を集中させた。

タルケンから合図があったらすぐにリールを巻く手はずとなっているからであった。

 

「多分そろそろのはず………」

 

 ジュンがぼそりとそう呟いた瞬間に、ぐいっとロープが引っ張られた。

 

「よっしゃ、合図来た!」

 

 そしてジュンは必死でリールを巻いた。だがさすがに巨人は大物であり、

そう簡単に釣り上げる事は出来そうもない。

 

「くそっ、てごわい………」

 

 その時遠くにチラリと巨人が顔を覗かせた。

見るとロープが完全に口の中に飲み込まれている。

それを見た瞬間にジュンは竿を捨て、ロープだけを手にし、思いっきり引っ張り始めた。

 

「みんな、手伝ってくれ!()()()()が完全に飲み込まれてる!」

 

 その声を合図に仲間達がわらわらと集まってきて、必死にロープを引っ張った。

 

「シウネー、エサケンはまだ生きてる?」

「はい、まだ生きてます!」

 

 何かあった時に即座にヒールを飛ばせるように後方で待機していたシウネーが、

コンソールを開きながらそうランの問いに答えた。

そうしている間に巨人はどんどん引っ張られていき、

ほどなくして完全にその全身が陸の上に引き上げられた。

 

「よし、それじゃあ口を開かせましょう、その瞬間にタルを引っ張り出すのよ!」

 

 そしてランは自ら巨人の鼻先に向け、歩いていった。

 

「ラ、ラン?」

「私が囮になるわ、みんな、口が開いたらお願いね」

 

 そして巨人の目の前に立ったランは、一番色っぽいと思っているポーズをとった。

 

「あっは~ん、ほぉら、とっても美味しそうなかわいい私が目の前にいるわよぉ?」

 

 そう言ってランは腰をくねくねさせ、一同はその姿にぽかんとした。

 

「ランの奴、何がしたいんだ?」

「自分の魅力で口を開けようとしてるんじゃないかと………」

「普通に目の前に立つだけでいいと思うんだけどな………」

 

 だが巨人はまったく反応しようとしない。

ランは知らない事だが、この巨人は口に物が入っていると他のエサには見向きもしないのだ。

 

「こ、このインポ野郎!」

 

 それを見て、当然ランはキレた。それはもう思いっきりキレた。

 

「総員、この不能巨人目掛けて攻撃!」

「お、おい!まだ中にはタルが!」

「ボクに任せて!」

 

 その時ユウキがそう言って巨人へ向けて走った。

 

「ラン、ふざけてないで、目を狙うよ!」

「ふ、ふざけてなんかいないわよ、大真面目よ!」

 

 そう言いつつもランはユウキに呼吸を合わせ、二人は巨人の左右の目を同時にえぐった。

 

「VOOOOOOOOOOO!」

 

 たまらず巨人は吼え、その瞬間にジュンが大声で叫んだ。

 

「今だ!引け、引け、引け!」

 

 その掛け声と共にタルケンの体が巨人の口の中から引っ張り出された。

その体は五体満足ではなく、右足と左腕を失った状態となっており、

HPもかなり減っていたが、それはシウネーが即座に回復させた。

 

「ヒール!」

「よし、ラン、ユウキ、後は任せな!」

「お、間に合ったのニャ?」

 

 そこに丁度フェイリスが合流してきた。フェイリスは仕事が忙しかった為、

スリーピング・ナイツと合流してから南門に向かう予定になっていたのだ。

 

「おっ、話は聞いてるぜ、あんたがフェイリスさんだな?

いきなりで悪いがあの巨人に攻撃を頼む!ラン、ユウキ、避けてくれ!」

 

 そのダインの声が聞こえた瞬間に、ランとユウキは大きく左右に飛び退った。

そして巨人に向け、銃弾が嵐のように浴びせられ、フェイリスの気円ニャンも飛び交い、

巨人は断末魔の悲鳴を上げる事もなく、光の粒子と化して消滅する事となった。

ハチマン達の時より早く倒せたのは、おそらく二人による目への攻撃が、

かなり敵のHPを削る事になった為であろう。

 

「やった、何とか今日のうちに終わったわね!」

「ふう、本当に頑張ったよ………」

「タル、マジでお疲れ!」

「うぅ、気持ち悪かった………」

 

 こうしてタルケンの頑張りのおかげで、S&Dは南門の鍵を手に入れる事が出来た。

 

「まだ時間もある事だし、とりあえず南門を目指しましょうか。

ハチマンからの情報だと、一度門に鍵を登録すれば、次は街から直接飛べるそうよ」

「ほほう、至れり尽くせりだな」

「まあトラフィックス自体がイベントなんだし、それくらいはね」

「違いねえ、それじゃあ行こうぜ!」

「ええ、行きましょう」

「レッツゴーなのニャ」

 

 そこからは敵らしい敵も出ず、S&Dも無事に南門に到着する事が出来た。

 

「おうラン、待ちくたびれたぞ。まあそうは言っても、別に待ってた訳じゃないんだけどな」

「二人とも、久しぶり」

 

 てっきりヴァルハラはもう先に進んでいると思っていたのだが、

そこには予想外に、ハチマンとリオンの二人がいた。

 

「おうダイン、ギンロウ、こいつのお守り、ありがとな」

「いやいや、二人には助けてもらってばっかりだぜ」

「ハチマンさん、ちわっす!」

 

 ハチマンはダインとギンロウにそう声をかけ、他のメンバー達にも手を振った。

 

「あれ、兄貴?」

「兄貴だ!」

「兄貴!僕、エサ役を頑張りました!」

「えらいぞタルケン、俺もあれはやったが、正直気持ち悪かったよな」

「はい、正直気が遠くなりかけました………」

 

 ハチマンはタルケンを労い、そんなハチマンにランが質問してきた。

 

「で、こんな所で二人で何をしているの?」

「俺はマッパーだ」

「私はハチマンのサポートかな」

「マッパー?ここのマップって自動生成じゃなかったかしら?」

 

 確かにランの言う通り、トラフィックスのマップは自動生成型であり、

そのプレイヤーが通った場所が記録され、見えるようになるタイプである。

 

「いや、実はな………いや、見てもらった方が早いな、みんな、こっちだ」

 

 そう言ってハチマンは立ち上がり、一同を扉の奥へと連れていった。

そこは巨大な渓谷となっており、あちこちに通路が張り巡らされていた。

 

「何これ………」

「まるでダンジョンね」

「だろ?なのでうちの連中を、今日居るヒーラーの数に合わせて三組にチーム分けしてな、

しらみつぶしにルートを開拓してもらって、

その先々で何か変わった物があったら報告してもらってるんだ。

で、俺がそれを纏めて記録して、全員にフィードバックしてる感じだな。

道の先が繋がってそうな所もあるから、被らないようにリオンに調整してもらってな」

「ああ、そういう事なんだ!」

「という訳でほれ、マップデータを今送るから、

S&Dはとりあえず東寄りの道の調査を頼む。

ちなみにこっちはアスナチーム、キリトチーム、サトライザーチームの三つで探索中だ。

スリーピング・ナイツには魔法使いがいないから、フェイリスはS&Dに参加してくれ」

「分かったわ」

「了解ニャ!」

「悪いな、それからアルゴ、お前はここに居残ってデータの解析を手伝ってくれ。

そういうのは得意だろ?」

「オーケーだぞ、今はどんな感じなんダ?」

「おう、今はな………」

 

 ハチマンがそう言ってアルゴに説明をしている間に、S&Dも探索へと出発していった。

 

キリトチーム

 キリト、リズベット、シリカ、リーファ、レコン、ゼクシード、ユッコ、ハルカ。

 

アスナチーム

 アスナ、セラフィム、シノン、ソレイユ、コマチ、フカ次郎、レン、シャーリー。

 

サトライザーチーム

 サトライザー、レヴィ、ユキノ、ユイユイ、ユミー、イロハ、闇風、薄塩たらこ。

 

S&D

 ラン、ユウキ、ジュン、テッチ、タルケン、ノリ、シウネー、フェイリス、

 ダイン、ギンロウ、他四名



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第933話 門の向こうの冒険

 ハチマンとリオン、それにアルゴは、集まってくる情報を整理し、

同時に仲間達の進軍のサポートを続けていた。

 

「ん、キリト達が接敵したらしい、なんか肘にヒラヒラしたのがついてるとか何とか。

今映像を送ってもらうわ」

 

 三人はその送られてきた映像を見て、う~んと唸った。

 

「これは………ディノニクスとかいう奴か?」

「確か資料にあったよね」

「いかにも特殊能力がありますみたいな見た目だなおイ」

「くそ、俺も直接見てみてえ………」

「というかハー坊、この位置なら肉眼で見えるんじゃないカ?」

「えっ、マジかよ、どれどれ………」

 

 単眼鏡で見ると、確かに遠くにディノニクスの姿と、それと戦うキリト達の姿が見えた。

 

「お、おお、あれか………」

「ハー坊は本当に恐竜とか大好きだよナ」

「何度でも言おう、恐竜が嫌いな男などこの世に存在しない!」

「どれどれ………」

 

 そう言いながらリオンも単眼鏡を取り出し、それを覗き込んだ。

 

「おうリオン、お前もじっくり堪能してくれ」

「私はそこまで好きって訳じゃないけどね」

 

 そう言いながらリオンはキリト達の方を観察し、ハッとした様子で顔を上げた。

 

「ハチマン、横!川の中に背びれが見える!」

「何だと?………あれか、確かに何かいやがる」

「あれってさっきのスピノサウルスじゃないの?」

「かもしれん、キリト………いや、ここはレコンだな、レコンに至急連絡だ」

「分かった、すぐに連絡するゾ」

 

 そしてアルゴがレコンに連絡を入れ、キリト達はすぐに動いた。

レコンが釣り役となり、ディノニクスを内陸に誘導し始めたのだ。

そしてキリト達はスピノサウルスと交戦を始め、

レコンは上手くディノニクスの攻撃をいなしながら、離れた所へと誘導していく。

 

「さすがレコンだな」

「大丈夫かネ?」

「リオン、近くにパーティはいるか?」

「えっと………うん、あの位置ならアスナ達が五分くらいで着けるはず」

「そうか、それじゃあすぐに連絡して、援軍に行けるように誘導してやってくれ」

「了解!」

「レコン、そのまま聞いてくれ、五分くらいでアスナ達がそこに着く、それまで耐えてくれ」

 

 同時にハチマンは、川の中の敵にも注意するように、

サトライザーとランにも連絡を入れた。

 

『オーケー、まだ敵の姿は見えないが、気をつけるよ』

『ハチマン、こちらは空を飛ぶ敵と交戦状態に入ったわ、

プテラノドンって奴だと思うけど、空にも注意するようにみんなに伝えて』

 

 そのランからの情報もすぐにフィードバックされ、

こんな感じでヴァルハラとS&Dの混成軍は、着実に渓谷地帯の調査を続けていった。

そんな中、リズベットから気になる報告が入った。

道の脇に巧妙に入り口が隠された浅い洞窟があり、

その中が薄っすらと光っているというのだ。

 

『ハチマン、これって多分、レア鉱床よ』

「確かにそれっぽいな、あと三十分もしたらナタクとスクナがログインしてくるから、

そっちに回ってもらう事にしよう」

『そうだね、お願い!』

 

 それからおよそ三十分後、ナタクとスクナからログインしたと報告があった為、

ハチマンはこちらに来るようにと指示を出した。

そして更にその三十分後、ハチマン達の前に、八人のプレイヤーが姿を現した。

 

「ハチマンさん、お待たせしました!」

「ハチマン、来たわよ」

「おう、待ってたぞ、って、うわっ、おいこら、危ないだろ!」

 

 その時プレイヤーの中で一番小柄な者がハチマンに飛びついてきた。

 

「ハチマン!恐竜って美味しいのな?」

「おいリナヨ、お前は何でも食おうとするんじゃねえって」

 

 そう言いながらハチマンはそのプレイヤー、リナの頭を撫でた。

南門の鍵の取得が二つに増えていたのはそういう事である。

イコマが単独で臨時のスコードロンを立ち上げ、

同時にスモーキング・リーフの六人が正式にギルドを立ち上げ、

そして出来たのが、シンプルに『探険部』と名付けられたこのナイツであった。

イコマがイコマとして動く事はなく、そのままそこにナタクとスクナが加わった形である。

鍵の取得に関しては、先日ヴァルハラの全面協力もあり、問題なく取得出来ていた。

S&Dは自力で取りたいと主張したが、探険部のメンバーはそこには拘っておらず、

お互いのリーダーの性格の差がここで出た格好である。

ちなみに探険部のリーダーは、本来はリョウが担うべきなのだろうが、

リョウがリョクに押しつけて逃げた為に、リョクがリーダーという事になっている。

まあ能力的にも、論理的思考が出来るリョクが適任であろう。

 

「ハチマン、とりあえず戦う?」

「お前が戦う敵は恐竜って奴だ、ちゃんと予習してきたか?リョウ」

「映像だけなら見たかなぁ」

「説明文も読めっつの」

「そこはリョクに丸投げだわねぇ」

「はぁ、相変わらずだなお前は、リョク、お前が頼りだ、頼むぞ」

「面倒だけどハチマンの頼みなら仕方ないじゃん、ついでに素材もごっそりじゃんね」

「おう、とりあえず地図情報は貼り付けたメモごとリツに渡しておくからな、

リツ、ちょっとこっちに来てくれ」

「はいにゃ」

 

 そしてリツに地図データを渡し終えた後、ハチマンはリンとリクを呼んで説明をした。

 

「いいかお前ら、川の中や空からも敵が襲来するのが確認されてる、

リンは川の中、リクは空に気を配ってくれよ」

「おう、任せろって」

「分かった、川だな」

 

 そして探険部はリズベットが見つけた洞窟目掛けて出発していった。

 

「さて、これで良しっと。

おいリオン、そろそろ適当な所で休憩するようにみんなに伝えてやってくれ」

「あ、確かにいい時間だね、分かった、伝えるね」

 

 リオンはハチマンの言葉を各チームに伝え、

同時に軽食を取り出してハチマンとアルゴに差し出してきた。

 

「二人とも、はい、これ」

「おお、サンキューなリオっち、リオっちを嫁にもらう男は幸せだなぁ、なぁ?ハー坊」

「ん?ああ、そうだな、こいつは美人だしスタイルもいいし優しいし稼ぎもいいし、

専業主夫をさせてもらうには最高の物件だよな」

 

 相変わらず過剰なハチマンのリップサービスである。

だが最後の一言にはやや実感がこもっていたのは間違いない。

 

「そ、それは褒めすぎでしょ」

「いやいや、そんな事はない、要するにお前をスカウトした俺がえらいって事だからな」

 

 ハチマンは気分が高揚しているのだろうか、

珍しく子供のようにそう自慢げに鼻を鳴らし、それを見たリオンはクスクスと笑った。

 

「そうだね、えらいえらい」

「か~っ、甘酸っぺえ!オレっちも混ぜロ!」

 

 そう言いながらアルゴはハチマンの膝に頭を乗せた。

 

「休憩中は大人しくしてろっての」

「これくらいたまにはいいじゃねえかよ、

オレっちがハー坊に甘やかしてもらう機会は中々無いんだからナ!」

「はぁ、まあこれくらいなら別にいいけどな」

「ほれハー坊、あ~んしてくれよ、あ~ン!」

「調子に乗んな!」

 

 そう言いながらもハチマンは、リオンにもらった軽食をちぎってアルゴの口に放り込んだ。

 

「ン」

 

 アルゴは満足げにそう言い、寝転んだまま製作中の地図を開いた。

 

「しっかしこの渓谷は恐ろしく気合いが入った作りになってやがるナ」

「だね、ちょっと広すぎな気もする」

「それだけザスカーがALOの客を取り込むのに一生懸命って事だろ」

「でもこれで、ALOのプレイヤーがGGOもやってみたいって思うかな?」

「ん、確かにそう言われると………」

「その辺りも何かしら考えてるとは思うんだけどナ」

 

 そして探索が再開され、その後も順調に情報が集まっていった。

各所から素材の情報も集まってきて、

探険部は忙しそうにあちらこちらへと移動を繰り返している。

そんな中、キリト、アスナ、サトライザーから次々と連絡が入った。

 

『ハチマン、ここが限界だ、これ以上は進めそうもないな』

『ハチマン君、多分これ以上は行けなさそう』

『ハチマン、この壁は超えられそうにない、ここまでだね』

 

 確かに自動生成されるマップの上でも、それ以上道は存在しないように見え、

ハチマンは三チームに待機の指示を出した。

 

「そうなると、ランランの進んでる方が当たりカ?」

「この渓谷は枝分かれして扇状になってるから、何ともだが………」

「でもまあ素材的には気になる場所が沢山あったよね」

「だな、探険部には調査を続行してもらおう」

 

 だがその直後にランから連絡が入った。

 

『ハチマン、こっちは行き止まりよ』

「マジかよ、そこでちょっと待機しててくれ」

『分かったわ』

 

 ハチマンはそう指示を出し、アルゴとリオンと三人で、地図とにらめっこを始めた。

 

「う~む………」

「さすがにそう簡単にはいかないみたいだナ」

「どこかに横道でもあるのかな?」

「それなら誰かが気付くと思うんだがなぁ」

 

 マップで見ると、間もなくキリトチームと探険部が合流しようとしていた。

 

『ハチマン、ちょっといいか?』

「お?キリト、どうした?またリョウに、ちょっと戦う?とか言われて困ってんのか?」

「確かに言われたけど、別に困ってはないよ!」

 

 その時キリトから連絡が入った。どうやらリナが何か言っているらしい。

 

「ほう?リナが?」

『ああ、ここのマップは見てるだろ?ここって川が分岐してるよな?

で、リナが、あっちの川の方から食べ物の気配がするのな!って言い出してな』

「リナの食べ物?まさか鉱石か?あっちって事は岸から遠い方………これか」

 

 ハチマンはその部分のマップを拡大し、じっと見つめた。

それを横から覗き込んだリオンが、何かに気付いたようにマップの一点を指差した。

 

「ハチマン、この点は何?」

「おいリオン、近い、近いから、どれどれ………ん、確かに何か表示されてるな」

 

 それはマップを拡大しないと分からない程小さな点であった。

 

「おいキリト、そこから北に五十メートルくらいいった所の川の中に何かないか?

マップ上に点があるんだが」

『待ってくれ、今移動する』

 

 そしてすぐにキリトから次の連絡が来た。

 

『この辺りか、でもここには何も………あっ、おいリナ!って、えええええ?』

「どうした?」

『いや、リナがいきなり川に飛び込んだかと思ったら、()()()()()()()んだよ!』

「マジか、足場でもあるのか?」

『そうみたいだ、ちょっとリナの後を追ってみる』

「分かった、気をつけてな」

 

 そしてしばらくしてキリトから再び連絡が入った。

 

『分かったぞハチマン、足場を超えて奥の方に分岐する川、これ、凄く浅いみたいだ、

川の中を歩いて奥に行けるぞ!』

「分かった、敵に気をつけながら探索を続行してくれ」

『了解、探険部はどうする?』

「リナが食べ物って言ってたのは多分鉱脈か何かだと思うから、好きにさせてやってくれ」

『分かった、リナ様々だな』

 

 ハチマンは腕組みをし、アスナ、サトライザー、ランにすぐ指示を飛ばした。

 

「行き止まり付近の川の中に、おそらく立てる岩がある、

川が分岐してる場所の周辺にあるはずだから、調査してみてくれ」

 

 こうして次々と奥へと進むルートが見つかり、四チームはその奥を目指して進み始めた。

 

「ふう、どうやらいけそうだな」

「中々捻った構造になってるみたいだね」

「まあ道を進んでるだけで奥に行けました、じゃ簡単すぎるからナ」

「確かにな」

 

 それからしばらくした後、

一番最初に分岐に踏み込んだキリトチームのシリカから連絡が入った。

キリトからではなくシリカからという時点で、ハチマンは嫌な予感がした。

 

「シリカ、どうした?」

『ハチマンさん、今敵と交戦中です!』

「どんな敵なんだ?」

『私は知らないんですが、キリトさんが、

パッキーが肉食とか聞いてないよ!って突っ込んでます』

「戦闘中に突っ込みとかさすがは突っ込み王だな、パッキー?パキケファロサウルスか?

確かに数年前に、肉食というか雑食だった可能性は指摘されてたような………」

 

 ハチマンはぶつぶつとそう呟いた、さすがは恐竜大好きっ子である。

ちなみにハチマンは以前軽井沢に行った帰りに、

長野市にある恐竜公園に寄った程の筋金入りである。

 

「頭が装甲みたいになってる奴だよな?そっちだけで大丈夫か?」

『分かりませんが、やってみます!』

「危なそうだったらすぐに連絡してくれ、リョク達を向かわせる」

『分かりました!』

 

 これまでも接敵はしていたが、ここまで余裕の無さそうな連絡が来るのは初めてだった。

ここから敵の攻撃が、激しさを増していく事になる。




今年一年お読み頂きありがとうございました、よいお年を!
そして来年もまた宜しくお願いします!


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第934話 襲いくる恐竜達

あけましておめでとうございます!今年も宜しくお願いします!
五日まではせっかくですし、朝八時に投稿します!


「うおっ、危なっ!」

「キリト、大丈夫?」

「キリトさん!」

「ギリギリだったけど大丈夫だ、ほら、闘牛士みたいだろ?」

「でもダメージは全然与えられていないみたいだけど」

「こいつ妙に硬いんだよ!でもまあそろそろ本気を出してみるさ!」

 

 そう言ってキリトはすれ違いざまに敵目掛けて全力で剣を叩きつけた。

 

「うおおおお!」

 

 さすがに最強ランクの職人武器である彗王丸は、

敵の硬い皮膚にも負けず、その表面を数センチほど切り裂いた。

 

「ざっとこんなもんだな!これを繰り返していけば、まあそのうち肉まで届くだろ!」

「キリト、気をつけてね!」

「おう、まあ直線的な攻撃しかしてこないから楽勝だって」

「調子に乗ってる………」

「ちょっと危なそうだね………」

「大丈夫、私も支援するわ!」

「ごめんリーファ、頼める?」

「うん、任せて!私のイェンホウならいけると思うから!」

 

 そう言ってリーファはその手に持つ剣、イェンホウを構え、突撃していった。

この中で敵の装甲とも言える皮膚にまともに刃が通るのは、この二人の武器だけである。

逆にこれがT-REXのような肉食竜だったら楽だったのだろうが、

この敵はどうやら攻撃能力が低い分、防御力が高いようなのだ。

 

「このままいけば、もう少しでいけそうだな」

「皮膚さえ貫ければ、他の人の攻撃もきっと通るよね」

「それにしてもちょっと硬すぎだよなぁ」

「うん………」

「まあ敵が一匹で良かったよ」

「あっ、それはそうかも!」

 

 二人はその後も回避しながらカウンターぎみの攻撃を繰り返し、

遂に敵を流血させるまで、その皮膚をえぐった。

 

「よし、こんなもんか!レコン!」

 

 だがその呼びかけに答えはない、というかそもそもレコンの姿が見えない。

だがキリトは気にした様子もなく、壁を背にして敵の正面に立ち、

ギリギリまで踏みとどまると、敵が目の前に迫った瞬間に横に飛んだ。

 

 ドカン!

 

 パキケファロサウルスはそのまま壁に頭をめり込ませ、一瞬その動きを止めた。

その横にいきなりレコンが姿を現したかと思うと、

何か手を動かし、すぐに離脱していく。

パキケファロサウルスはその場で暴れ、めり込んだ頭を壁から抜くと、

今度はレコン目掛けて突進しようと一歩前に出た。

その瞬間にキリト達が傷つけた部分が爆発した。

 

「レコン、ナイス!」

 

 レコンは敵の傷に短剣を刺し、そこに手榴弾をブラ下げておいたのである。

敵の皮膚が完全な状態だったら、この攻撃も三発ほどは耐えられる強度があるのだが、

手榴弾をピンポイントで同じ場所を狙って爆発させるのは不可能だし、

やはりこうするのが一番確実なのである。

ブービートラップで足元に三連発、というのは不可能ではないが、

今回は遭遇戦だった為、そんな準備をする余裕は無かったのだ。

 

「よっしゃ、ゼクシード、後は任せた!」

「オーケーオーケー、ユッコ、ハルカ、あの穴を目掛けて攻撃だ!」

「了解!」

「あれくらい大きければ、私達の腕でも当たるよ!」

 

 キリトとリーファが傷つけた小さな傷は、レコンによって今や大きく広がっていた。

パキケファロサウルスはそれでも怯まずに突進を繰り返したが、

ただ硬いだけで、直線的な攻撃しか出来ない敵などヴァルハラには物の数ではない。

キリトとリーファは次の部位に傷をつける事を試みており、

たまに攻撃をくらってしまう事もあったが、

それはヒーラーとして動いているシリカ、というかピナがすぐに癒した。

そしてレコンがその傷を広げ、ゼクシード達がそこに銃弾を叩き込んでいく。

さすがに動きが鈍った敵に対し、ここまで攻撃の機会を伺っていたリズベットが、

敵の傷目掛けて採掘用のつるはしを思いっきり叩きつけた。

 

「これでもくらいなさい!」

 

 リズベットも鍛治師としてかなりSTRにステータスを振っており、更にそのつるはしは、

硬い岩盤を砕けるくらい無駄に性能の高い、ヴァルハラの支給品である。

皮膚ならともかく向き出しになった敵の肉を貫く事など造作も無い。

ちなみに他の傷には、キリトとリーファ、それにレコンが剣を突き刺していた。

この辺りは得に言葉を交わすまでもなく、アイコンタクトだけで連携をとる事が出来る。

パキケファロサウルスはその攻撃で断末魔の声を上げ、光となって消えた。

 

「ふう、お疲れ!」

「こういう敵が相手だと、シノンがいれば楽だったかもしれないね」

「このパーティ向きの相手じゃなかったのは確かだよな」

「とりあえずハチマンに連絡しておくか、みんな、ドロップアイテムの確認も頼む」

 

 そしてキリトがハチマンと話している間、他の者達はアイテム欄を確認し、

『パークの鍵』というカードキーが手に入っている事を確認した。

 

「うわ、パークって………」

「いかにもって感じよね」

「うわ、私の所に『トロフィー・パキケファロサウルス』ってのがあるわよ」

「へぇ、どんなアイテムですか?」

「今出してみるわ」

 

 そして一同の前に、巨大なパキケファロサウルスの生首が現れた。

首の部分は円状の金属がはめこまれており、どうやら調度品だと思われた。

 

「うわ、これはまずいわ」

「え?何がですか?」

「ほら見て、あのキリトの顔」

「あ………」

「確かにまずいですね………」

 

 見るとキリトが目をキラキラさせながらこちらを眺めているのが見えた。

ついでにその事をハチマンに伝えているのか、キリトの表情から、

通信機の向こうでハチマンも興奮している姿が手に取るように分かった。

 

「これって絶対にコレクターズアイテムだと思うのよ」

「ですね………」

「全種類コンプするって絶対言い出すわよ、あいつら」

「絶対言いますよね」

「まあいいんじゃない?進んでいくうちにかなり集まるだろうし」

「はぁ、まあ仕方ないから付き合ってあげましょっか」

 

 メンバー達はそう言いながらため息をついた。

ちなみにゼクシードとレコンも内心では全部集めたいと思っていたのだが、

それを表に出すような事はしなかった。

そして通信を終えたキリトがこちらに来て、興奮した様子でそのトロフィーを撫で回した。

 

「おお………」

「キリト、落ち着きなさい。で、ハチマンは何だって?」

「このまま進んでくれだそうだ、他のチームも敵と遭遇してるから、気をつけてくれってさ」

「あ、やっぱり他もなんだ」

「ちなみにアスナ達はもう二体目らしい、あそこにはソレイユさんがいるからな」

「それは負けてられないわね、みんな、ちょっと休んだら行きましょう!」

「だな!」

「とりあえず休んだ後、僕が先行しますね」

「おう、頼むな」

「任せて下さい!」

 

 こうしてキリト達はパキケファロサウルスの討伐を終え、休憩に入った。

 

 

 

「アスナ、前方の様子がおかしいわ」

「えっ、何が?」

「地面が動いてるような気がしない?」

「………ん~?そう言われると確かにそうかも」

「照明弾でも飛ばしてみる?」

「そうだね、ここはそんなに暗くはないけど、決して明るい訳でもないもんね」

 

  一方こちらは少し前のアスナチームである。

アスナチームは支流が流れ込んでいる洞窟に侵入していたのだが、

シノンが前方がおかしいと言い出し、

シャーリーの提案を受け、照明弾を撃ってみる事になった所であった。

 

「撃つね」

 

 そして照明弾が撃ち込まれ、前方が明るく照らし出された。

 

「うわ、何か動いた!」

「ちょっ………あ、あれって小さな恐竜?」

「そういえばそんなのが資料に書いてあった気がするよ、なんて名前だっけ?」

「う~ん………」

 

 アスナチームには男性プレイヤーがいない為、咄嗟にはその名前が出てこない。

 

「ちょっと資料を見てみますね」

「コマチちゃん、お願い!」

「ええとあれは………ああ、コンピーですね、コンプソグナトゥス、小型の肉食恐竜です」

「あ、あれが全部そうなの!?」

「うわ、多すぎじゃない?」

「気持ち悪い………」

 

 前方には、何体いるのか見当もつかない程の敵が蠢いていた。

その大きさは一メートルくらいであったが、

さすがにそこまで大きいと、その殲滅は()()()()簡単ではないだろう。

 

「姉さん、いける?」

「そうね、洞窟の直径からして威力はあんまり出せないけど、まあそれなりに?」

「私とシャーリーも一緒に撃てば、保険くらいにはなるんじゃない?」

「そうだね、このくらいの距離なら弾は相手の首くらいの高さを通るだろうしね」

 

 そう、今日この場にいるのはALOのシノンではなくGGOのシノンなのである。

その手には誇らしげにヘカートIIが掲げられており、

そしてシャーリーの手には、シャナから借りたМ82が握られているのである。

 

「それじゃあやってみましょうか、どのくらいの数なのが奥が見えないし、

とりあえず飛距離重視で呪文を改変するわ」

「はぁ、姉さんはやっぱり凄いなぁ、呪文をいじるのは、私はまだ咄嗟には無理だもん」

「そのうち出来るようになるわよ、まあ頑張って」

 

 そしてソレイユは魔法の詠唱を始め、シノンとシャーリーは魔法の発動に備え、

いつでも引き金が引けるように、静かにその時を待ち続けた。

だがいつまでたっても魔法は発動せず、ソレイユは今も詠唱を続けている。

 

「ちょ、ちょっと、長くない?」

「お義姉ちゃん、コマチ、ちょっとやな予感がするんだけど………」

「ま、まだ早口じゃないだけマシかもだけどね………」

 

 そう言いながらアスナとコマチはセラフィムの後ろに隠れた。

レンとフカ次郎もそれに習い、そして三分後、ソレイユの魔法が発動した。

かなり太い紫の光が、一直線に前方に走っていく。

その瞬間にシノンとシャーリーが可能な限りの早さで連続で狙撃を行い、

二発、三発と前方に弾が飛んでいく。

 

「えっと………敵は来ないみたいだね」

「アスナ、どうする?」

「う~ん、ちょっと偵察を出してみようか」

「それじゃあ私とコマチちゃんが二人で見てくるよ!」

「そうだね、お義姉ちゃん、コマチがレンちゃんと一緒に偵察に行ってきます!」

「ごめんね、お願いね」

 

 そのまま二人は前方へと駆け出していった。

しばらく後に、何発か銃声が聞こえたが、それも長くは続かなかった。

 

「どうやら敵がいたみたいね、数は少なそうだけど」

「どうなったのかな?」

「ほとんど全滅したって事なんじゃないかな」

「それにしては戻ってこないね」

「レンの奴、どこまで行ったんだ?」

「あ、マップを見れば分かるかも」

 

 アスナはそう言ってマップを開き、他の者もマップを開いた。

そこにはコマチとレンを示す光点が表示されており、

位置はここから大体一キロほど先であった。

 

「うわ、この短時間にここまで進んだんだ」

「やっぱり足が速いわね」

「あ、戻り始めた?」

「え、ちょっと、妙にスピードが速くない?」

「一体どれだけ速く走ってるの!?」

 

 その瞬間にアスナにコマチから通信が入った。

 

「お義姉ちゃん、セラさんに盾を構えててもらって!アイゼンも使って!」

 

 次の瞬間にアスナはセラフィムに向かって叫んだ。

 

「セラ、アイゼン全開でイージスの準備!」

 

 直後にレンとコマチがこちらに飛び込んできた。

二人はごろごろと地面を転がり、すぐに立ち上がって同時に叫んだ。

 

「「敵襲!」」

 

 そしてその少し後、前方に敵の姿が現れた。その頭には立派な角が二本生えており、

こちらに向かって凄まじい速度で走ってきているのが見えた。

 

「メジャーな奴来た、トリケラトプスだ!」

「あれ、でもあれって草食恐竜なんじゃなかった!?」

「う、うん、どうやらソレイユ姉さんの攻撃が当たっちゃったみたいで………」

 

 コマチのその言葉を聞いたソレイユは、テヘペロ状態で言った。

 

「えっ、本当に?ごめん、ちょっとやりすぎちゃった、てへっ」

 

 直後にセラフィムが大音声を上げた。

 

「アイゼン倒立、イージス全開!魔導斥力!」

 

 光を放ちながらそう叫ぶセラフィムの盾に、

トリケラトプスが凄まじい勢いでぶつかったのであった。



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第935話 知恵を絞って

「お、重い………」

「セラ、頑張って!」

「ご、ごめん、この重さはさすがにやばいかも………」

「じょ、徐々に押されてる?」

「ぐっ………」

  

 そのトリケラトプスはかなりの巨体を誇っており、

さすがのセラフィムも、その圧力に跳ね飛ばされそうになっていた。

それはまるで力比べをしているようであったが、

ややセラフィムの方が分が悪いように見える。

むしろあの突進を止めたのが奇跡なのだ、それくらい両者の体重には差がある。

おそらくこの力の均衡が崩れた瞬間に、セラフィムは派手に吹っ飛ばされるであろう、

最悪踏み潰されて死亡するかもしれない。

 

「まずいよ、姉さん、どうしよう?」

「ここは私に任せて、アスナちゃん」

「ね、姉さん、何か策があるの?」

「任せなさい、その代わり、怒らないでね?」

「えっ?」

 

 そしてソレイユは、セラフィムに向けて大きな声で言った。

 

「セラちゃん、もしその押し合いに勝てたら、

私が秘蔵していた『デレまんくん』をプレゼントするわよ!」

「デレまんくん!?ま、まさかそれは………」

「そうよ、はちまんくんのツンデレバージョンよ!」

「うおおおおおお!」

 

 その瞬間にセラフィムの体が大きくなったように見えた。

そしてセラフィムはトリケラトプスを押し返し、

まさかのまさか、トリケラトプスはその場に尻餅をついた。

セラフィムは尚もトリケラトプスをぐいぐい押しまくり続ける。

こうなると足の構造上、トリケラトプスは頭を前に出せないと起き上がれないが、

セラフィムのせいで、それは不可能である。

つまりトリケラトプスは、ほぼ無力化されたも同様な状態に追い込まれたのであった。

 

「今だよ!」

 

 セラフィムのその言葉に呆然としていたアスナはハッとした。

 

「みんな、攻撃開始!」

 

 そこから前衛陣の攻撃が始まった。

ソレイユは先ほどの魔法でMPをかなり使ってしまったようで、見ているだけであったが、

セラフィム以上に感情的になったとある三人が、

まるで憎しみをぶつけるかのように、トリケラトプスに攻撃を加えたのである。

 

「ああもう、怒るに怒れないけど、何か納得いかない!スターリィ・ティアー!」

「お前のせいで、もしかしたらこっちに回ってきてたかもしれないデレまんくんが!

この!この!リョクタイの錆になりやがれ!」

「くぅ、デレまんくん、私も欲しかった!本当に欲しかった!絶対に許さないんだから!」

 

 その三人とは、アスナ、フカ次郎、レンの三人である。

 

「ま、まあ私は別にいいんだけど………はちまんくんがいるし………」

「よ、よく分からないけど、とにかく攻撃すればいいよね?」

 

 それに比べてシノンと、はちまんくんの事をよく知らないシャーリーは普通であった。

だがこの二人は感情で攻撃の威力が代わったりはしない為、攻撃力に変化は無い。

まあそれを言ったらレンもなのだが、

レンはこの時短剣をトリケラトプスに突き刺しまくっており、

そんなアスナ、フカ次郎、レンの姿を見たコマチは、

恐れを抱いたのか、ソレイユの後ろに隠れていた。

 

「ソ、ソレイユ姉さん、デ、デレまんくんってのを放出しちゃって良かったの?」

「ああ、この前私用に、ペロまんくんが完成したから、まあいいかなって」

「ペ、ペロまんくんって………」

「どういう性格かは、大人のヒ・ミ・ツ?」

 

(うわ、それって絶対エロい奴だ!もし誰かに漏らしたらコマチ、殺されるかも!)

 

「そ、そうなんだ………」

 

 コマチは身の危険を感じ、そう答えるに留めた。

 

「あら、遂にやったみたいね」

 

 ソレイユのその言葉でコマチは我に返った。

見るとトリケラトプスが光となって消えていく最中であった。

まともに戦えばかなりやばい敵だったはずなのだが………

 

「あ、あれ、さっきレコン君が、

角竜系は凄く硬いからやばいってみんなに情報を回してたはずなのに………」

「恋する女の子って怖いわよねぇ」

 

(自分を棚に上げてる!?)

 

 アスナ、セラフィム、フカ次郎、レンの四人は、限界を超えてぶっ倒れていた。

シノンとシャーリーはそれを呆れたように眺めている。

 

「ソレイユ姉さん、これはやっぱり休憩だよね」

「う~ん、そうしたいのは山々なんだけど、

出来ればトリケラトプスがいた所よりも前に進んでおきたい所なのよねぇ」

「あっ、た、確かに………」

 

 この場所に留まっていると、またコンピーが沸くかもしれず、

前方にはトリケラトプスも沸くかもしれない。

その事に気付いたコマチはどうしようかと頭を悩ませた。

だがソレイユは、そのコマチの悩みをあっさりと解決してみせた。

 

「ところでみんな、この場所に留まるのはちょっと危ないのよね」

「う、うん、そうだよね、でもゴメン姉さん、ちょっと立ち上がれないっていうか………」

「はぁ、はぁ………」

「頑張りすぎちゃったね………」

 

 そんな三人に、ソレイユは満面の笑みを向けた。

 

「あ、ちなみにデレまんくんは二号機があるから、

そっちはクリスマスパーティーの景品として放出するつもりだからね」

 

 その瞬間に三人は立ち上がり、雄叫びを上げた。

 

「「「う、うおおおおおお!」」」

「元気になったみたいね、それじゃあ安全圏まで移動するわよ!」

「「「イエス・マム!」」」

 

 そんな三人の姿を見て、コマチとシノン、シャーリーはひそひそと囁き合った。

 

「うわ、人ってああも簡単に操れるものなの?」

「うん、コマチ、ちょっと怖いよ………」

「よく分からないですけど、凄いですね………」

 

 そして三人は、絶対にソレイユには逆らわないようにしようと心に決め、

先行する四人の後を追ったのだった。

 

 

 

 一方こちらはサトライザーチームである。

サトライザーチームはその編成的に、遠距離攻撃が主体のチームとなっていたが、

そんな彼らは今、道半ばで足止めをくらっていた。

川のその部分の横幅がかなり広くなっており、

前方には飛び石のように足場が配置されていたのである。

 

「ここからしばらく川が深くなってるみたいだね」

「川幅も広がってますよね………」

「どう考えても川の中にやばい敵が潜んでるんじゃね?」

「あの飛び石を渡るしかなさそうだけれど、

その瞬間に、パクッ、って感じで食べられてしまいそうよね」

 

 そのユイユイとユミー、そしてイロハの言葉にユキノも頷いた。

 

「う~ん、さすがにうちの編成だと、水の中を攻撃するのは無理かしらね………」

「とはいえこれはさすがに、どこのナイツも超えられないんじゃないか?」

 

 そう呟いたユキノに、レヴィがそう質問してきた。

 

「そうね、水中で戦闘をする必要があるのかもだけれど………」

 

 ユキノはそう言いながら闇風と薄塩たらこの方を見た。

 

「う~ん、銃はさすがに水中じゃ、使えなくもないが、威力がガタ落ちだと思うぜ」

「ああ、無理だな、試した事がある」

「確かに水中で戦うのは無理だろうけど、渡るだけなら手はあるだろう?」

 

 サトライザーのその言葉に、ユキノは頷いた。

 

「そうね、水面を私が凍らせて、その隙に走り抜ければ可能だと思うわ」

「ああ、その手があったか!」

「でもそれだとちょっと負けた気にならない?」

「そうね、でもまあここは仕方ないのではないかしら」

 

 そんな一同に、闇風がこう問いかけてきた。

 

「でもよ、まだここに敵がいるって決まった訳じゃなくね?」

「………確かにそうね、どんな敵かを確認しないで対応策を考えるのはナンセンスだわ」

「でもどうやって確認する?」

「そこは俺に任せてくれ!」

 

 闇風はそう言って、自らの胸をドン、と叩いた。

 

「どうするつもりなの?」

「思いっきり助走をつけて、トップスピードのままあの飛び石を俺が駆け抜ける!

もし何かいたら、姿を見せて攻撃してくるはずだぜ!」

 

 その闇風の言葉に一同は頷いた。確かにこの中でそれを実行出来るのは闇風しかいない。

 

「ごめんなさい、頼めるかしら」

「おう、任せてくれって!」

 

 そして闇風は後方に下がり、クラウチングスタートの格好から思いっきり走り始めた。

 

「うおおおおおおおお!」

 

 そして闇風は川が深くなっている場所まで到達すると、大きくジャンプするのではなく、

さすがと言うべきか、トントントンと細かく足を動かして飛び石をほんの少しだけ踏み、

ほぼ直線起動でその場所を駆け抜けた。

そんな闇風の背後を、凄まじく大きな何かがザパン!と横切った。

闇風は浅い部分に到達してすぐに振り返ったが、敵の姿はもうそこにはなかった。

 

「やっぱり何かいやがったな!」

 

 闇風はそう叫んだ後、同じようにして再び元の場所へと駆け戻った。

先ほどと同様に、再び何かが闇風の背後を通過したが、

さすがに闇風のトップスピードに合わせて動く事は出来ないらしく、

闇風は余裕で元の場所へと戻ってきた。

 

「よく見えなかったけど、何がいた?」

「写真を撮っておいたから今見せるわ」

「おお、さすがは先生だな!」

「ふふん、当然なのだ!」

 

 闇風はユキノの事を、まるでニャンゴローに対するようにそう呼び、

ユキノも思わずそう答えた。

そしてユイユイ達が、ぽかんとした顔で自分の事を見ているのに気付いたユキノは、

頬を赤くしながら闇風の背中を叩いた。

 

「もう、おかしな呼び方をしないで頂戴、さあ、これよ」

「痛っ!ヒーラーなのにマジで力が強いんだな!えっと、どれどれ………」

 

 そして見せられた写真を見て、闇風はこう呟いた。

 

「これってモササウルスって奴か?」

「多分そうだろうな、俺とサトライザーの意見も同じだ」

「って事はあれか、このまま俺が何度も往復して、

敵が水中から出てきた瞬間をみんなに狙ってもらえば、まあいけるんじゃね?」

「確かにそうかもしれないな」

「あーし達がうっかり誤射しないように気をつければいけそうだね」

「サトライザー、どうする?」

「そうだね、それでやってみようか」

「ちょっと待って頂戴、それならこういうのはどうかしら」

 

 その時ユキノがそんな事を言い出した。

そしてユキノの説明を聞いた一同は、目を輝かせた。

 

「そっか、その手があったね!さっすがユキノン!」

「私、タイミングに自信が無いですけど、大丈夫ですかね?」

「私が二人に合図を送るわ、闇風さんが走るところは二度見たから、多分バッチリなはずよ」

「おおう、さすがというか………」

「それなら私でもいけそうです!」

「そういう事ならあーしも使う魔法の事は気をつけないとだね」

「だね!これなら絶対上手くいくよ!」

 

 ユイユイのその言葉に一同は頷いた。ユイユイの明るさはこういう時に貴重である。

笑顔でそう言われると、何でも出来るような気になってしまうのであった。

その後、少し打ち合わせた後、一同は配置についた。そしてユキノとイロハの詠唱が始まり、

ユキノの右手が振り下ろされた瞬間に、闇風は全力で走り出した。

 

「うおおおお!」

 

 ユキノはそんな闇風の背中を見ながら詠唱を続けていく。

少し前から口調がゆっくりになったのは、微調整しているのだろう。

同様にイロハも自分なりにタイミングを合わせているのか、

まるで片言のようにゆっくりと呪文の詠唱を行っている。

そして右の水面に黒い影が映った瞬間に、ユキノが左手を振り下ろしながら叫んだ。

 

「アイス・フィールド!」

 

 その手の動きに合わせ、イロハも早口で呪文を完成させる。

 

「ブリザード・ウォール!」

 

 それとまったく同時に水面からモササウルスが飛び出し、闇風目掛けてジャンプした。

だがそこにはもう闇風はいない。あるのは分厚い氷に覆われた水面と、

イロハが作った氷の壁だけであった。

 

 ゴン!

 

 そしてモササウルスはその壁に激突し、氷の上へと打ち上げられた。

その瞬間に闇風は味方から撃たれないように大きく横に避け、

同時に既に詠唱を開始していたユキノの二つ目の魔法が炸裂する。

 

「ブリザード・ウォール!」

 

 その魔法によって、モササウルスは前後を完全に塞がれ、

そしてアタッカーの攻撃が開始された。

 

「ストーン・キャノン!」

「ウィンドアロー!」

 

 炎系の魔法ほど得意ではないが、ユミーの土魔法が炸裂し、

イロハが風の矢を撃ち込み続ける。

闇風は既に横に避けており、その射線上にはもう味方はいない為、細かい調整も必要ない。

そしてサトライザーとレヴィも、魔法銃による攻撃をモササウルスに叩きこんでいた。

当然薄塩たらこも銃弾を雨あられとモササウルスに降らせている。

 

「これで勝ったわね」

 

 そのユキノの言葉通り、基本的に皮膚が厚い訳でもないモササウルスは、

一分ほど耐えはしたが、そのまま光となって消滅した。まさに陸に上がった魚状態であった。

 

「はっはっは、余裕余裕!」

「よっしゃあ、やったな!」

「うん、完勝だね」

「完璧なタイミングでしたね!」

「あーし達の勝利!」

「ごめんね、今回私だけ役立たずで」

「ふふっ、ユイユイには他の場面で頑張ってもらうから別にいいのよ、

今回はたまたま必要なかっただけ、状況次第で戦いっていうのは、まったく変わるんだもの」

「お~い、やったな!」

 

 そこに闇風も合流し、一同は勝利を喜び合った。

 

「それじゃあ移動を終えてから少し休みましょうか」

「うん、そうだね」

 

 こうして楽な戦いやきつい戦いを繰り返しながら、

ヴァルハラの各チームは進軍を続けていった。



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第936話 待ってたぞ!

「よぉ、サトライザー、ユキノ、そっちはどうだった?」

「あらキリト君、こちらは初戦は敵との相性が良かったせいで早かったのだけれど、

二戦目は結構手こずったわね」

「ああ、やっぱり相性ってあるよな」

「そうだね、初戦は誰もダメージをくらわなかったんだけど、

二戦目は結構ダメージをくらってしまったよ」

「ほうほう、何を相手にしたんだ?」

「初戦はモササウルス、二戦目はアンキロサウルスよ。

魔法があまり効かなくて大変だったの」

「アンキロかぁ、って事は、間違って手出ししちまった系か?」

「ええ、ちょっと慣れていなかったせいか、出会い頭にイロハさんがつい、ね」

「まあ仕方ないさ、女の子にはそういうの、分からないだろうしな」

「そうね、今は多少勉強したけれど、

私だって今回こういう事が無ければ、多分恐竜の事なんてまったく知らないままだったわ」

「ははっ、で、アスナ達は?先に着いてたよな?」

 

 キリトはきょろきょろと辺りを見回しながらそう尋ねた。

 

「一番最初に着いて、今は一旦ログアウトしているところよ。

どうやら姉さんに乗せられたらしくて、精神的にかなりアップダウンさせられたらしいのよ」

「おう、それはアスナも災難だったな………」

「しかも連戦したらしいわ」

 

 キリトはそのユキノの言葉に目を剥いた。

 

「え、マジかよ、何と何の連戦だ?」

「コンピーとトリケラトプスだそうだよ、

コンピーが凄く沢山いて、それをソレイユさんが魔法でなぎ払ったらしいんだけど………」

「その魔法が強力すぎて、一キロ先にいたトリケラトプスに命中してしまったらしいの」

「うは、それはまた豪快な………」

「相変わらず姉さんは規格外よね」

「ははっ、まあ味方なんだからいいんじゃないか?」

「ええ、そうね」

「だな!マジでそう思うわ!」

 

 三人は微笑み合い、情報交換を続けた。

 

「で、キリト君は何を相手にしたの?」

「初戦はパキケファロサウルスで、二戦目はケツアルコアトルスだったわ」

「パキケファ………ヘルメット君の事だったかしら」

「かわいい呼び方だなおい!まあ合ってる合ってる、ケツアルコアトルスは空を飛ぶ奴な」

「ああ、プテラノドンよりも大きいっていう敵だったかしら」

「よく覚えてたな、それだよそれ」

 

 キリトは感心したようにそう言った。

 

「どうやって倒したんだい?」

「パッキーは、とにかくカウンターで同じ所を削って、肉が露出した所でそこを爆破した。

地味にそれを繰り返して、最後はそのたくさんの穴に攻撃を集中させた感じだな」

「地味だけどまあ、王道よね」

「ケツアルコアトルスは簡単だったな、先ず俺が囮になるだろ?」

「お、囮?」

「ああ、そうしないと敵の足止めが出来なかったんだよ。

で、俺が囮になって、敵が俺を捕まえに来るだろ?それにちょっと抵抗してる間に、

翼を中心にゼクシード達に銃撃してもらって、で、空を飛べなくしてからボコったわ」

「そう、そうやって倒したのね」

 

 ユキノは自分達のパーティならどう倒しただろうかと考えつつ、

とある疑問が頭に浮かび、ハッとした顔をした。それはサトライザーも同様であった。

 

「待って頂戴、簡単そうに言っていたけど、

それってキリト君にまで銃弾が浴びせられたのではなくて?」

「そうだよ、だから普通、そんな手段はとらないと思うんだけど」

「いや、まあトラフィックスも、弾道予測線が見えるから平気だったわ」

 

 その言葉にサトライザーとユキノは顔を見合わせた。

 

「………ええと、と言う事はつまり弾丸を?」

「おう、全部斬ったわ、さすがに輝光剣と違って、刃筋を通すのが面倒だったけどさ」

「ははっ、さすがだね、次のBoBが楽しみだよ」

 

 サトライザーは楽しげにそう言ったが、ユキノはその言葉に眩暈を覚えた。

 

「………さすがはセブンスヘヴンランキングの二位という事なのかしら」

「え、俺、何かおかしな事を言ったっけ?」

「いいえ、何でもないわ、

とりあえずランさん達がまだだから、しばらくここで休みましょう」

「今どの辺りにいるって?」

「ここだね、ハチマン達も合流したらしい」

 

 そう言いながらサトライザーは地図の一点を指差した。

そこは渓谷エリアの最終地点であるこの場所からそんなに離れていない場所であった。

 

「結構近いな、ヘルプに行った方がいいか?」

「私もそう尋ねたのだけれど、必要ないそうよ。もう探険隊を呼んだから平気らしいわ」

「なのでまあ、もうちょっと休憩しておくべきだね、

もっとも時間的に、今日はここまでかもしれないけどね」

「違いない、まあ事情は分かった、それじゃあ休憩しておくかね」

「先にあのポータルに登録しておくといいわよ、そうすれば街と一瞬で往復出来るわ」

「おう、そりゃまた親切な事だな」

 

 そう言ってキリト達は、そのポータルへと向かった。

 

 

 

 その頃S&Dとハチマン達三人は、まさかの敵と遭遇し、戦闘中であった。

 

「ここでアンモナイトとか、本当にまさかだな………」

 

 そう、敵はまさかのアンモナイトであった。

ちなみに初戦は巨大なカエルであったらしい。ハチマンも知らない生物であったが、

その名前はトロフィーから、ベールゼブフォと言う事が分かった為、

報告を受けてアルゴが調べた所、確かに恐竜時代に生息していたカエルであるらしい。

その名前の由来が悪魔『ベールゼブブ』から来ているのが何とも面白い。

そして仲間達の進行具合を見て、最初に渓谷を抜けたアスナ達から、

ポータルへの登録が必要だと聞いたハチマン達は、

一番進み具合が遅かったラン達と合流して、一緒に渓谷を抜ける事にしたのだった。

ちなみに合流した時、ジュンが疲れた顔でハチマンにこう言った。

 

「兄貴、俺達ってつくづくカエルに縁があるみたいだよ」

 

 ハチマンはそんなジュンを慰めながら、こう答えたものだ。

 

「何、次はまともな恐竜に出会えるさ」

 

 だが結果はアンモナイトである。もちろんそれはそれでレアだからいいのだが、

ジュンやテッチ、タルケンの男の子組が、

やはり正統派の肉食恐竜と戦ってみたかったらしく、

少し残念そうな顔をしていたのはまあ仕方がない事だろう。

とにもかくにもアンモナイトとの戦闘は開始され、そして今、絶賛苦戦中であった。

 

「くそ、攻撃がまったく通らねえ!」

「この殻、硬すぎだって!」

「ハチマン、私達の攻撃でも通らないわ」

「うん、あれはもう絶対に無理無理!」

「おう、俺も無理だったわ、破壊不能オブジェクトなんじゃないかってくらい硬かったな」

 

 そう、アンモナイトの背負う殻が、

ハチマンやランやユウキでもどうしようもないくらい硬かったのである。

 

「ハチマン、魔法も効かないのニャ!」

「そっちも無理か、やっぱりこいつをひっくり返すしか手が無いのか………」

 

 このアンモナイト、魔法使いが多ければ、実は倒すのはそこまで大変ではない。

要するに倒してしまえばいい訳で、地面を隆起させる手もあれば、

単純に敵の真下から、アースランスなりで串刺しにしてしまえばいい。

もしくは敵がアクティブな間に、殻の隙間からその中に侵入してしまう手もある。

体が邪魔でこちらに攻撃してくるのは不可能だし、

敵が殻に篭っても、柔らかい部分を好き放題攻撃出来るのだ。

だがさすがにそんな事は、さすがのハチマンでも思いつく事は出来ず、

結果ハチマンが選択したのは、探険部をこの場に呼ぶ事であった。

それを待っている為に、攻略が遅れているのである。

 

「あいつらはまだか………」

「ハチマン、また殻に篭ったわ、今は絶賛回復中でしょうね。もういい加減面倒なんだけど」

 

 そう、しかもこのアンモナイト、

殻に篭ってくらったダメージを回復させてしまうのである。

 

「だよな、まあもう少しの辛抱だ、もうすぐリョウが来るからな」

 

 その言葉通り、しばらくして、探険部の面々がS&Dに合流を果たした。

 

「お待たせなのにゃ!」

「はぁ、せっかく採掘が絶好調だったって言うのに困ったものじゃん」

「ハチマン、この殻食べていい?」

「俺の敵はこいつかぁ?」

「あらぁ?これはまた強そうなアカムシだわねぇ」

「すまんハチマン、少し遅れた」

 

 ハチマンは六人の姿を見るなり満面の笑みを浮かべ、リョウに向かって走っていった。

 

「リョウ、お前を待ってたぞ!」

 

 ハチマンはそのまま抱きつかんばかりに両手を広げてリョウに向けて走っていき、

他の者達は仰天した。

 

「えっ、えっ、どういう事じゃん?」

「まさかのリョウ大勝利かぁ?」

「ハチマン、リナも、リナも!」

「これはどういう事だ………」

「ハチマンってそうなのにゃ?」

 

 当のリョウは、その細い目を大きく開き、珍しく狼狽していた

 

「え~?と、とりあえず戦う?肉弾戦?みたいな?」

 

 だがハチマンはその直後にリョウを素通りして、

感動したようにリョウの持っていた神珍鉄パイプに頬ずりした。

 

「会いたかったぞ、神珍鉄パイプ!」

「「「「「「そっち!?」」」」」」

 

 六人だけではなく、他の者達も驚いていたが、

ハチマンは一瞬で真面目な表情に戻り、リョウに指示を出した。

 

「リョウ、やってもらいたい事がある」

 

 そしてハチマンはリョウに何か囁き、リョウは戸惑いながらも頷いた。

 

「それくらいならお安い御用だわねぇ」

 

 リョウはそのまま壁を器用に駆け上り、

アンモナイトの殻の頂点近くの壁に神珍鉄パイプを突き刺した。

 

「やっていい?」

「おう、頼む!」

「オーケー、それじゃあ行くよぉ?」

 

 そしてリョウは神珍鉄パイプを伸ばし始めた。

それにより、アンモナイトの殻が神珍鉄パイプに押されてどんどん傾いていく。

 

「よし、そのままそのまま!ラン、ユウ、後は分かってるな?」

「え、ええ」

「そういう事かぁ!オーケー、追いっきりやるよ!」

 

 そして地響きを立ててアンモナイトは倒れ、無防備な腹が剥き出しになった。

 

「よし、さっさとやっちまえ!」

 

 ランとユウキはそのまま大技を連発し、

アンモナイトは苦しげにじたばたと触手を伸ばして暴れ始めた。

だがこうなってはもうどうする事も出来ない。

 

「ラン、ユウ、離れろ!ダイン、ギンロウ、やれ!」

「よしきた!」

「了解っす!」

 

 そのままダイン達は、敵の腹めがけて銃弾を雨あられと浴びせかけた。

だがアンモナイトはかなりしぶとく、中々消滅しない。

 

「ハチマン、私、欲求不満なんだけど、後でちょっと戦う?」

「おいダイン、ギンロウ、リョウと代わってやってくれ!」

 

 そうリョウに微妙に脅され、ハチマンは即座にそう叫んだ。

 

「あはははは、オーケー!」

「リョウさん、宜しく頼んます!」

「お、それじゃあ俺も!」

 

 そこにリクも便乗し、二人はアンモナイトに全力で攻撃を始めた。

 

「おらおらおらぁ!くらいやがれ!」

「ここでこう、こうきたらこう!そこから、バッツ~ン!」

 

 その攻撃で遂にアンモナイトは沈黙し、そして光の粒子となって消えていった。

 

「よし、それじゃあポータルの所まで移動して、今日はそこまでだ!」

「おお、渓谷完全制覇?」

「おう、後は細かい資源の調査くらいだな、どこにどんなボスが出るかも分かったし、

編成を変えれば討伐も簡単になるだろう」

「次はどんな場所なんだ?」

「ジャングルだ、そのつもりで準備してきてくれ」

「そりゃまた厄介な………」

「だな、まあ何とかなるだろ、みんな、これからも宜しくな!」

 

 こうしてヴァルハラ連合軍は、ポータルで少し話し合いをした後、

今日はそこで解散する事にした。明日からはジャングル探検である。



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第937話 西門の戦い

 ヴァルハラ連合が他のナイツに先んじて南門の渓谷付近の探索を終えた頃、

他のナイツはまだどこも門にすらたどり着けてはいなかった。

 

 まずは一番参加ナイツが多かった東門である。

ここはメカニコラスが暴れるという事件もあったりしたが、鍵自体は取り易かった為、

ここの鍵だけ持っておけばいいやと考えたライト層が大量に押し寄せていたのである。

だがその分、統率などとれるはずもなく、各ナイツが好き勝手に暴れた結果、

当然雷竜『イーガイア』に手出しするナイツもいる訳で、そいつらが暴れ回った結果、

今東門前は、阿鼻叫喚の最中にあったのである。

 

「うおおおお、また尻尾の攻撃が来るぞ!」

「タンクは止められないのか?」

「無理に決まってるだろ、太さだけで軽く俺達の身長を超えるんだぞ!」

「GGO組、何とかならないのか?」

「ちゃんと当ててるよ!でもHPが多すぎて全然減らないんだよ!」

 

 こうなるともう、マラソンしながら敵を引っ張りつつ、

遠隔ダメージを積み重ねていくしかない。

強力な魔法を放とうにも、ここの中心はライト層であり、落ち着いて詠唱が出来ない為、

魔法が不発に終わる事もしばしばである。

全力で走りながら詠唱を行える者も少なく、フレンドリーファイアも頻繁に起こっており、

更に奥からは、まだまだ敵が沸き出てきているのだ。

今もまたアンキロサウルスがのしのしと這い出てきている。

東門が落ち着くまでには、このままだと数日はかかりそうであった。

 

 続いては北門である。北の巨人はそれなりに強敵ではあったが、

比較的倒し易い部類であった為、それなりに人は多い。

こちらは『エヌガイア』と共にパキケファロサウルスの群れが出現しているようだ。

ハチマン達が門を超えた先で相手にしたものよりもサイズはかなり小さい。

だがとにかく数が多い上に、とても素早い。

それに加えて投射面が著しく狭い為、GGO組が少ないナイツは苦戦しているようだ。

もっともこちらも問題はフレンドリーファイアである。

正面からだと弾が弾かれてしまう為、どうしても横から銃撃を加える事になり、

流れ弾が四方八方をとびかっている。こちらも落ち着くまでには数日かかる事だろう。

 

 そして問題の西門である。アルヴヘイム攻略団が中心になり、

他に五つ程のナイツが参加していたが、

肝心のアルヴヘイム攻略団がまともにナイツを組んでいないのである。

というか、組んでくれる所が無かったのである。

『おいお前ら、うちと組ませてやろう』と言って誘っていたのだから、それも当然だろう。

その為どうしたかというと、彼らは傭兵を雇う事にしたのである。その名をベヒモスという。

ベヒモスはミニガンを個人で運用しているある意味化け物と呼べるプレイヤーであり、

それ故に移動速度が致命的に遅いという欠点を抱えているが、

少なくともその攻撃力は、GGOでは有数の強さを誇る。

そんなベヒモスをもってしても、今西門で行われている戦闘は、

どうしようもなく絶望的なものとなっていた。

 

「また来たぞ!」

「なんて大きさだよ………」

「くそっ、まともに近寄れねえ!」

 

 今西門で暴れているのは、スーパーザウルスが三体程である。

その中の一匹のサイズは四十メートルに達しており、まるでビルのようだ。

ちなみにその固体名を『ウィガイア』という。エスガイアと比べてもかなり大きい。

ウィガイアも他の固体と同様ノンアクティブな敵であるが、

七つの大罪のメンバーがいきなり攻撃を仕掛けた為、今は絶賛大暴れ中である。

他の二体はそれよりやや小さく三十メートルクラスだが、それでもかなり大きい。

 

(これじゃあミニガンはまともに使えねえな………)

 

 ベヒモスは、リメインライトとなった状態のまま心の中でそう呟いた。

最初ベヒモスは、ミニガンで普通に攻撃していたのが、

他のプレイヤーが中々ダメージを与えられないせいで、敵にターゲットにされ、

足の遅いベヒモスは、それはもうあっさりと、

スーパーザウルスの尻尾によって叩き潰されたのであった。

 

「ごめんなさい、今蘇生しますから」

 

 ベヒモスはそんな声と共に蘇生した。蘇生魔法をかけたのはヒルダである。

 

「すまん」

「いえ、こちらこそ守りきれなくてごめんなさい。しばらく安全な所で休んでいて下さいね」

「分かった」

 

 ベヒモスはヒルダに短くそう答え、一旦後方へと下がった。

 

(ふむ………)

 

 ベヒモスの見るところ、三十メートルクラスのスーパーザウルスはそこまで脅威ではない。

攻撃もそれなりに通っているように見えるし、HPバーも三本しかないからだ。

 

(だがあの大きいのとやるには準備が足りない、か)

 

 ベヒモスは自らの装備を省みて、ミニガンではなく別の武器を選ぶ事も考慮しつつ、

戦場をぐるっと見回した。見ると七つの大罪のヒーラーであるアスモゼウスが、

コンソールを開いて何かを操作しているのが見えた。

その事は別に気にならなかったが、その数分後、アスモゼウスが再びコンソールを開き、

 

「きいいいいい!」

 

 と叫びながら地団駄を踏んでいるのが見え、ベヒモスは肩を竦めた。

 

(残念美人って奴か)

 

 この時アスモゼウスはハチマンに送ったメッセージの返信を受け取っていたのである。

 

『草食恐竜強すぎやばい』

 

 というアスモゼウスからのメッセージに対してのハチマンの返信は、

 

『プークスクス』

 

 というたった一言であった。これではアスモゼウスが発狂するのも当然であろう。

その時横から凄まじい音がし、ベヒモスは慌ててそちらに目を向けた。

見るとスーパーザウルスの小型種の一匹が地面に倒れている。

 

(ほう?)

 

 その横では七つの大罪の幹部連と、小さな体で巨大な斧を振り回す少女が座りこんでいた。

 

(あれがALOのトップ連中か………)

 

 ベヒモスは、もしやり合う事になった時にどう戦えばいいか考え出したが、

ルシパー達はともかくラキア相手にはまったく勝てる気がしなかった。

これは強さのせいではなく、武器の差である。

ラキアの体はその手に持つ斧にすっぽりと隠れてしまう為、

おそらく銃撃は跳ね返されてしまうだろう。その上でラキアはかなり機敏に動く。

ベヒモスは、弾切れになった瞬間に真っ二つにされる自分の姿を想像し、再び肩を竦めた。

 

「お疲れ様!今回復するわ!」

 

 そんな幹部連に、発狂状態から回復したアスモゼウスが駆け寄り、回復魔法を唱え始めた。

そして回復してからしばらくした後、幹部連とラキアは次の小型種へと向かっていった。

どうやら一番巨大な固体は後回しにする事にしたらしい。

 

(そろそろ俺も働くか)

 

 ベヒモスはそう考えながら立ち上がった。

 

 

 

 結果から言うと、アルヴヘイム攻略団の西門攻略は、次の日へと持ち越しとなった。

もう一体の小型種は倒す事が出来たが、もうかなり遅い時間となっており、

街まで追いかけてくる事も覚悟の上で、一か八か全員で撤退したのだが、

幸いウィガイアが追ってこなかった為、この日の活動はそこで終わりとなったのだった。

 

 

 

「ラキアさん、ちょっと三人でお茶していきませんか?」

 

 街に戻った後、そのヒルダとアスモゼウスの誘いにラキアはこくこくと頷いた。

 

「ラキア、あんまり遅くなるなよ、お前、ただでさえ毎日寝不足なんだからな」

 

 スプリンガーはそう言いながらもラキアの参加を認めてくれ、

三人は連れ立って酒場へと入った。まあ酒場とはいえ実際にお酒を出している訳ではないが、

トラフィックスの街はGGOの基準で設計されている為、

カフェも酒場扱いになっているのであった。

 

「それじゃあお疲れ様!」

「お疲れ様」

「むふぅ」

 

 三人はそう言って乾杯をし、今日の戦闘について話し合った。

 

「スーパーザウルスって言うんだっけ?あいつ、やばいね………」

「うん………」

「むぅ………」

 

 三人は思い出したくもないという感じで疲れたようにそう言った。

 

「特にあの大きいの、やばいよね」

「ヴァルハラはどうやってあれを倒したんだろうね」

「ああ、そういえば私、ハチマンさんに戦闘中にメッセージを送ったのよ、

『草食恐竜強すぎやばい』って。倒すヒントでももらえないかなって期待してたんだけど、

返信がさ………『プークスクス』だったの」

「あはははは」

「ハチマンさんらしいね。もう一回ちゃんと聞いてみたら?」

「そうだね、そうしてみる」

 

 そしてヒルダは丁寧な文章でハチマンに質問メッセージを送った。

返ってきたのはこんな短いメッセージであった。

 

『ヒ・ミ・ツ』

 

 それを見たアスモゼウスは再び発狂した。

 

「うがああああ、ハチマンさんめ!ちょっとかわいいのがまたむかつく!」

「あ、あは………ど、どうどう、落ち着いて、アスモちゃん」

 

 ラキアもそんなアスモゼウスの肩をぽんぽんと叩く。どうやら慰めてくれているようだ。

 

「まったくもう、まったくもう………」

「ど、どんまいだよ」

 

 そこからは、アスモゼウスがハチマンの悪口を言い、それをヒルダが宥める展開となった。

ラキアはそれを楽しそうにニコニコと眺めている。

そんなアスモゼウスの肩を、ポンと叩く者がいた。

 

「ほうほう、そのハチマンって奴はそんなに悪い奴か」

「そうなのよ、もう本当に意地悪なの!って、え?」

 

 慌てて振り向いたアスモゼウスの目の前に立っていたのは、

とてもいい笑顔でニコニコしているハチマンであった。その隣にはソレイユもいる。

 

「あ、あ………」

「よしアスモゼウス、ちょっと二人で話そうか」

「あ、いや、今のはもちろん冗談、冗談だからね!」

「ははははは、そんなの分かってるって、俺は今日の戦闘がどうだったのか聞きたいだけだ」

「お、お手柔らかに………」

「何を怯えてるんだ?おかしな奴だな、ほれ、あっちのテーブルに移動するぞ」

「は、はひ………」

 

 アスモゼウスはそのままハチマンに連行されていき、

残された二人のうち、ラキアがソレイユに飛びついた。

 

「むふっ!」

「ラキアちゃん、元気?」

 

 ラキアはその問いには答えず、ソレイユをぎゅっと抱きしめた。

もうどちらが年上なのか分からない程の甘えっぷりである。

 

「ソ、ソレイユさんですか?初めまして、アルン冒険者の会のヒルダです」

「話は聞いてるわ、宜しくね、ヒルダちゃん」

「は、はい!」

「えっ、ソ、ソレイユだって?」

「ぜ、絶対暴君だ!」

 

 その言葉が聞こえたのか、店内の他のプレイヤーが一斉に逃げ出し始めた。

 

「………失礼しちゃうわね」

 

 そして店内には誰もいなくなった。GGOプレイヤーも全員いなくなっている。

どうやらソレイユの名は、ナイツを通じてそちらにも周知されているようだ。

 

「さ、さすがというか………」

「最近は大人しくしてるんだけどねぇ」

「で、ですよね」

「それにしても丁度良かったわ、ラキアちゃん、もうすぐここに知り合いが来るわよ?」

「ん~?」

 

 ラキアはその言葉に、誰?といった感じで首を傾げた。

 

「噂をすれば………ほら、来たわよ」

「!」

 

 ソレイユの言葉通り、店の入り口に三人組の女性プレイヤーの姿が見え、

その瞬間にラキアはその先頭にいたゴスロリ少女に抱きついた。

 

「あらぁ?ラキアじゃない、久しぶりねぇ」

「ラキアさん、ソレイユさん!」

「こ、こんばんわ」

  

 そこにいたのはゴスロリ風の衣装に身を包み、

猫耳カチューシャを付けて巨大な斧を持った少女と長身のシルフの弓使い、

それにいまにも後衛っぽいローブを来て杖を持った幼い少女であった。



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第938話 GATE

 ソレイユを尋ねてきたその三人に気付いたのか、奥からハチマンもこちらにやってきた。

その後ろを、アスモゼウスが涙目でついてくる。

 

「あなたがハチマン君?宜しく、私はロウリィよ」

「テュカです、宜しくお願いします」

「レレイ」

「お話は姉さんから伺ってます、初めまして、宜しくお願いします」

 

 どうやらハチマンは、ソレイユからこの三人の事を事前に聞き、

今日ここで待ち合わせをしていたようだ。

 

「ここにスプリンガーさんがいたら、全員集合だったのにね」

「そうねぇ、まあ今更言っても仕方がないわ、ここは女子会と洒落込みましょう」

「そうだね、みんな、久しぶり!」

 

 全員集合という言葉からお分かり頂けるだろうが、実はこの三人、

元ソレイユのパーティメンバーである。

ソレイユをリーダーとして、スプリンガー、ラキア、ロウリィ、テュカ、レレイの六人は、

かつては恐怖の象徴として、ALOに君臨していた最強パーティである。

もっともブランクが長い為、三人に往年の力はもう無いのだが、

それでもステータス的にはセブンスヘヴンランキングで言えば、

余裕で三十位以内には入っているのだ。

 

「それで早速だけど、例の件、相応しいスコードロンはあったのかしら?」

「あ、はい、二つ当てがあったんですが、片方は試験前という事で無理でした。

もう片方は、二つ返事でオーケーをもらえました。

もうすぐ代表の方がこちらに来るはずです」

「そう、それは良かったわ。復帰を決めたのはいいものの、

どうしても私達に釣り合う腕の持ち主が見つからなくて、正直困ってたのよ」

「お役に立てて何よりです」

 

 今回ハチマンがソレイユに頼まれたのは、

この三人と組めるだけの力があるGGOのスコードロンを紹介する事であった。

その事を頼まれた時、ハチマンの脳内に浮かんだスコードロンは二つ。

一つはハチマンが手塩にかけて育てた現役女子高生スコードロン『SHINC』

そしてもう一つは………

 

「やぁハチマン君、待たせちゃったかな」

「いえ、コミケさん、いいタイミングでした」

 

 そう、現役自衛官の伊丹が率いるスコードロン『Narrow』である。

 

「そちらが私達のお相手なのかしら」

「はい、『Narrow』のコミケさんです」

「どうも初めまして、コミケです!」

「ふぅん」

 

 ロウリィはそう言って、品定めするようにコミケをじろじろと見回し、

何故か舌なめずりをしながら言った。

 

「うん、いいんじゃないかしら、()()()()()わ、ありがとうハチマン君。

テュカとレレイもこの人でいいわよね?」

「うん、問題ないんじゃないかな」

「大丈夫」

「それなら決まりね、コミケさん、私達は『ザ・スターリー・ヘヴンズ』よ、

これから宜しくお願いするわ」

「はい、こちらこそ宜しく!」

 

 こうして新しいナイツ『GATE』が結成される事となった。

ここからは親睦を深める為の時間である。

ラキアはソレイユ達に合流し、ハチマンはラキアの代わりにヒルダ達のテーブルに移動した。

 

「ハチマンさん、あの人達って………」

「おう、知ってるかどうかは分からないが、元ソレイユパーティのメンバーだな」

「あ、『モノトーン』のメンバーなんですね、さすが強そう………」

「というかあの二人に突撃してこられたら速攻逃げ出すわ」

「威圧感ありますもんねぇ」

 

 ラキアとロウリィの武器は、共に巨大な戦斧である。

二人はそれをブンブン振り回し、敵をまったく寄せ付けなかったという。

 

「ハチマンさんは、今日はあのスコードロンの人を紹介する為にここに?」

「ああ、まあそんな感じだな、お前らもあそことは敵対しないように気をつけろよ」

「モノトーンのお三方は分かりますけど、あの男の人も強いんですか?」

「強いんですよね?だってハチマンさんが、あのモノトーンに紹介するくらいだし」

 

 二人はコミケの方を見ながらハチマンにそう尋ねてきた。

確かにぱっと見た感じだとコミケは強そうには見えない。

 

「おう、あまり大きな声じゃ言えないが、本職だからな」

「えっ?」

「それって………」

「まあこの話はここまでだ」

 

 ハチマンはそう言って会話を打ち切った。これ以上深入りするのは良くない話題だからだ。

 

「それよりお前達、かなり苦戦してたみたいだが、結局どうなったんだ?」

「あ~………」

「思い出したくないですね………」

「そんなにかよ………」

 

 二人の落ち込んだような表情を見て、ハチマンも渋い顔をした。

 

「というか、何が相手だったんだ?」

「スーパーザウルスって奴みたいです」

「ビルくらいはあったよね?」

「そんなにか………そりゃやばいな」

「それでも取り巻きっぽい小さめの奴は倒しました!」

「後はそのボスっぽいのだけだよ!」

「ほう、それは頑張ったな」

 

 ハチマンは感心した顔で頷いた。

 

「ハチマンさん、ヴァルハラはもう門は突破したんですか?」

「ん?ああ、門の次のエリアまで制覇したぞ」

「えっ、早くない?」

「門の前の敵はあっさり倒しちゃったんですか?」

「いや、倒してない」

「「ほえ?」」

 

 戸惑う二人にハチマンは、エスガイアと話した内容を語ってきかせた。

 

「ちょっと待ってちょっと待って、それじゃあ私達、

あの化け物と戦う必要なんかなかったって事!?」

「まあ、ぶっちゃけるとそうだな」

「あれ、ちょっと待って下さい、普通敵を釣る段階で、遠隔攻撃なり何なりしますよね?」

「そうとは限らないだろ、

実際うちはタンクのアビリティに反応しなかったから攻撃しなかった訳だしな」

「あ、ああ~、タンク!」

「一応言っておくが、斥候にも似たようなスキルはあるからな」

「………えっと、つまりうちの釣り役死ねって事でいいんですかね?」

「そういう事だな、まあドンマイだわ」

 

 本当は今から南門の鍵を取れば加護の入手は可能である。

聡明なヒルダはその事に気付いたようで、ハチマンに何か言いかけたが、

直後に思い直したように黙りこんだ。

 

「ヒルダ、今何を言おうとしたんだ?」

「あっ、はい、今から南門の鍵を取ればいけるんじゃないですかねって言おうとしました」

「まあそうだな」

 

 ハチマンはその言葉に頷いた。

 

「あっ、その手があった!」

「アスモちゃん、でもそれ、絶対無理だから。

七つの大罪の連中が、ヴァルハラの後追いで棚ボタ加護ゲッツなんてやる訳ないから」

「あ、た、確かにあいつらプライドだけは高いしね………」

「でもまあお前達二人が加護をとっておくのは悪くないと思うぞ。

もし単独行動をしないといけなくなった時、

草食恐竜に襲われなくなるってのはかなり重要なんじゃないか?」

「そ、それも確かに!」

「でもあれ、釣りなんですよね?私の周りに釣りスキルを上げてる人なんかいたっけかな」

「それなら心配ない、GATEが鍵を取る時に、一緒についていけばいい」

「あっ」

「そんな裏技が!」

 

 二人はその言葉にぱっと顔を明るくし、早速交渉を始めた。

ロウリィ達はその頼みを快諾し、

せっかく戦力が揃っているんだしという事で、今すぐ向かう事となった。

 

「それじゃあ俺は、他の奴らを呼び出してきます、一応待機はさせてあるんで」

 

 コミケはそう言ってどこかにメールを送り、

少しして、Narrowのメンバーが全員揃った。

 

「それじゃあ行きますか、釣りは俺がやりますね」

 

 この中で唯一釣りスキルが巨人を釣れるレベルに達しているハチマンがそう言い、

一同はそのまま南門方面へと向かった。

 

「さて、生贄を誰にするかだな………」

「ねぇハチマン君、それなんだけどさ、

ほら、前にスカベンジャートードの肉を沢山取ったじゃない?あれ、使えないかな?」

「ああ~、確かに囮の代わりにはなりそうですね、やってみますか」

 

 そしてハチマンはソレイユの提案通りにスカベンジャートードの肉をエサに使い、

沖合いへとキャスティングした。驚いた事にすぐに反応があり、

何の犠牲を払う事もなくあっさりと巨人を釣り上げた。

後は仲間達の独壇場である。

 

「………こんな簡単で良かったのか、お、俺の苦労は………」

「まあまあハチマンさん、ドンマイですよ」

「そうそう、ドンマイドンマイ、プークスクス」

 

 少し前の仕返しのつもりなのか、アスモゼウスがそう言い、

その瞬間にハチマンは、アスモゼウスのこめかみをぐりぐりし始めた。

 

「ハチマンさん、痛くないけどじわっとくるからやめて!」

「自業自得だ」

「ごめんなさいごめんなさいもうしません」

「まったく、謝るくらいなら最初からやるんじゃねえ、お前はもっとヒルダを見習え」

「前から思ってたけど、ハチマンさんって絶対にヒルダちゃんに甘いよね!?」

「そうだな、少なくともお前よりはな」

「もっと私にも優しくしてよ!?」

「え?やだよ」

「ひ、ひどい………」

 

 ともあれ棚ボタ的に、二人は無事に加護を得る事が出来た。

この事がいずれ何かの役にたつかもしれないし、そうではないかもしれない。

先の事は分からないが、まあ持っていて損になるものでもないだろう。

 

「それじゃあ俺達は明日の夕方から攻略を再開しますんで」

「分かったわ、私達も合流するわ」

「俺達も大丈夫だ、最低でも毎日三人は確保出来るようにしておくしね」

 

 要するにコミケ達男性陣は、ローテーションで最低一人はログイン出来るという事である。

クリンとブラックキャットはソレイユに出向中なので、時間には融通がきく。

 

「ところでハチマン君、何かあの三人が、妙に俺にくっついてくるんだけど………」

 

 三人とはもちろん、ロウリィ、テュカ、レレイの事である。

 

「そうなんですか?気に入られたんですね、さすがコミケさんです」

「いや、嬉しくない訳じゃないけど何でなのかなって」

「男女の仲ってのはそういうもんです、理由なんか無いんです、まあ頑張って下さい」

 

 ハチマンはニヤニヤしながらそう言い、コミケは肩を落とした。

 

「マジかよ………」

 

 この日からコミケは三人に振り回されて苦労する事となる。




明日からまた12時投稿に戻します!


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第939話 詩乃のパーフェクトゲーム

 ロウリィ達とコミケ達を無事に引き合わせたハチマンは今、とある疑問を抱いていた。

 

(あれ、SHINCが試験前って事は、シノンやフェイリスも試験前なんじゃないのか?)

 

 だが既に二人はもういない。ハチマンは二人に試験は大丈夫なのか尋ねる事を決め、

さしあたって今目の前にいる二人にも試験の事を尋ねる事にした。

 

「ところでお前ら、試験は大丈夫なのか?そろそろなんだろ?」

 

 ハチマンのその質問に、ヒルダとアスモゼウスは沈黙で答えた。

 

「………おい?」

「あっ、はい、ちゃんと授業を聞いてるから、だ、大丈夫です」

「もちろん試験前にちゃんと勉強はしたよ!」

 

 ハチマンはヒルダはともかく、そのアスモゼウスの言葉がとても引っかかったようだ。

 

「………おいアスモゼウス、何で過去形だ?」

「あっ」

「何で過去形だ?」

「え、えっと、その………」

「何で過去形だ?」

「繰り返さないで!えっと、そ、それは………………………今試験中だから」

「何だと!?」

 

 それはさすがに予想外だったようで、ハチマンは思わずそう叫んだ。

 

「え、お前ら何でここにいるの?何やってんの?馬鹿なの?」

「わ、私は本当に大丈夫ですからね?

姫には負けますけど、いつも学年で十位以内には入ってますし」

「えっ、そうなのか?ヒルダは頭がいいんだな」

「まあこれでも一応生徒会役員ですからね」

「アスモはどうなんだ?」

「わ、私は普通かな、うん、普通」

「本当に大丈夫なのか?」

「う………」

 

 そのアスモゼウスの態度から、大丈夫ではないようだと感じたハチマンは、

アスモゼウスがヴァルハラのメンバーではない為、自分が言う筋合いではないと思いつつも、

怒鳴らないように我慢しながらアスモゼウスに言った。

 

「とりあえずお前はもう落ちて勉強しろ?な?」

「わ、分かってるって、すぐやるって!」

 

 そう言いながらアスモゼウスは慌ててログアウトした。

 

「まったくあいつは………」

「まあまあハチマンさん、明日はアスモちゃんの得意教科ですし、大丈夫だと思いますよ」

「ほう?何の教科なんだ?」

「数学と、選択の理系科目の何かですね」

「え、あいつは理系なのか?そう言われると確かにあいつ、現代遊戯研究部の部員だったな」

「はい、毎回理系教科はいい点数をとってるらしいですよ」

 

 ハチマンは予想外だった為、むぅ、と唸った。

 

「ちなみに文系科目は?」

「………壊滅的だとか」

「昔の俺の真逆か………」

「ハチマンさんにもそんな時代があったんですね」

「国語だけなら学年三位だったんだけどなぁ………」

 

 ハチマンはそう昔を懐かしんだ。

 

「ヒルダは本当に大丈夫なのか?」

「はい、私はいつも、試験中に勉強を集中してやるとかはしないので、

毎回軽く問題集をこなすくらいですね、今回はそれももう終わってるので、

落ちてパラパラと見直す程度です」

「ならいいが、まあ頑張ってな」

「はい!それじゃあ私も落ちますね、お疲れ様でした!」

 

 そしてヒルダを見送り、ロウリィ達三人娘とコミケ達に別れを告げた後、

ハチマンは残っていたラキアとソレイユのいるテーブルに腰掛けた。

 

「それじゃあお二人とも、俺もそろそろ落ちますね、

ちょっとやらないといけない事が出来ちゃったんで」

「あら、まだ何かあるの?」

「はい、実はシノンは今試験中らしくて、

ついでにフェイリスも平気なのか確認しておこうかなと」

「それはそれは………まあ頑張ってあの二人のお尻を叩いてらっしゃいな、

で、話は変わるけど、ベル君とプリンさんのナイツはどうするの?」

「あ、そっちを試験が終わった後のSHINCに頼もうかなって思ってます」

「なるほど、あの子達なら二人を守ってくれそうだものね」

「はい、攻略に関してはうちに混ざってもらえばいいとして、

それ以外の時間はベル達についててもらおうと思ってます」

「なるほどね、それじゃあハチマン君、またね」

「はい、またです!」

 

 ラキアも無言ながら、笑顔で手を振ってくれ、そのままハチマンはログアウトした。

 

「さて、どうするかな、まあフェイリスが先か」

 

 八幡は比較的大丈夫だろうと思われるフェイリスに、先に連絡を入れる事にした。

 

「おう、こんな時間に悪いな」

『八幡、どうしたのかニャ?何かあったのかニャ?』

「っていうか、この時間でもフェイリスモードなのな………」

『実はメイクイーンからログインしてたから、今閉店作業をしてたところなのニャ!』

「なるほどな、で、ちょっと確認したいんだが、

フェイリスは二学期の期末試験はどうなってるんだ?」

『試験?うちはもう終わってるニャよ?』

「ああ、そうなのか、それならいいんだ」

『そう聞いてくるって事は、詩乃の学校はまだ試験前だったのかニャ?』

 

 頭の回転が速いフェイリスは、八幡の行動から推測してそう尋ねてきた。

もっともヴァルハラには女子高生は他には詩乃しかいないので、

推測するのは容易だっただろう。

一応理央も試験だけは毎回ちゃんと参加しないといけないのだが、

そちらに関しては、八幡はまったく心配していない。

八幡達も期末試験はあるのだが、帰還者用学校は全国から生徒を集めている為、

帰省する生徒が余裕を持って予定を立てられるように、

試験の実施期間は通常の学校よりもかなり早く、既に終わっている。

 

「まだっていうか、まさに今試験中らしくてな」

『ニャんと!?でも確か、詩乃の成績はトップクラスじゃなかったかニャ?』

「まあそうなんだが、ちゃんとやってるか、一応確認しないとと思ってな」

『パパニャ、パパがいるのニャ!』

「いや、まあ遠くにいる祖父母の代わりに俺が保護者みたいな事をやってる訳だから、

あいつには特に厳しくしないとまずいだろうと思うんだよ」

『差別ニャ!フェイリスの事もそれくらい気にして欲しいニャ!』

 

 同じくハチマンに保護者をやってもらっているフェイリスは、

ヤキモチを焼いたようにそう主張した。

 

「いや、フェイリスが試験中だったらそっちの事も気にしたって。

現に今こうして連絡してるだろ?」

『確かにそれもそうニャね、それならいいのニャ!八幡の愛を感じるのニャ!』

「はいはい、それじゃあ俺は詩乃に確認してみるから、

フェイリスも早く閉店作業を終わらせて、気をつけて家に帰るんだぞ」

『ありがとニャ、それじゃあまた明日なのニャ!』

 

 こうしてフェイリスに確認を終えた八幡は、

ラスボスに挑むようなつもりで詩乃に電話をかけた。

 

『ハイ、何?どうかした?』

「おう、唯花と出海に聞いたんだが、お前まだ試験中なんだろ?

ちゃんと勉強してるか確認しようと思ってな」

 

 八幡はそう問いかけたが、詩乃は何故か無言であった。

 

(まさかこいつ、勉強してないんじゃないだろうな)

 

 そう思いつつも八幡は、その詩乃の沈黙に対して嫌な予感がした。

 

(何だ?何かが気になる………ただ勉強をしていないっていう沈黙ならそれでいいんだが、

俺の第六感が警鐘を鳴らしているような、そんな気がする。

だがそれがどうしてなのかが分からない)

 

『もちろんやってるわよ、もし心配ならはちまんくんに聞いてみれば?』

 

 それから少しして、返ってきた返事はそれであった。

 

「そ、そうか、それじゃああいつと代わってくれ」

『分かったわ』

 

 八幡は何ともいえない気分を味わいながら、とりあえず詩乃にそう頼んだ。

 

『よぉ、久しぶりだな、相棒』

「そうだな相棒、それで聞きたいんだが………」

『事情は聞いたぜ、詩乃の勉強の事だな?

大丈夫、ちゃんとやってるって言うように言われたわ』

「それって駄目な奴じゃねえか!」

「そうか?ちゃんとやってるぞ?」

 

 同時に電話の向こうから、『はちまんくん!』という詩乃の声が聞こえ、

八幡は、これは自分も顔を出した方が良さそうだと考え、その事をはちまんくんに伝えた。

 

「はぁ、とりあえず俺もそっちに行くから、お前は詩乃にしっかり勉強をさせておいてくれ」

『分かった、任せろ』

 

 そのまま電話を切った八幡は、慌てて詩乃の家へと向かった。

 

 

 

「相棒、詩乃はちゃんと勉強してるか?」

「大丈夫だ、見て分かるだろ?」

「いきなりそれ?もう、心配性なんだから」

「………ちゃんとやってるみたいだな」

 

 詩乃ははちまんくんにちゃんと勉強を教わっているように見え、

八幡は安心したようにその場に座りこんだ。

 

「まったく焦らせやがって………」

「心配性ね、ちょうど休憩にしようと思ってたところだし、今お茶を入れるわ」

 

 そんな八幡を見て詩乃がそう言った。

 

「お、おう、悪いな」

 

 八幡はそう答えつつ、詩乃がいなくなったのを見計らってはちまんくんにこう尋ねた。

 

「で、相棒、あいつは本当にちゃんと勉強してたのか?」

「大丈夫だ相棒、ログアウト前も、ログアウト後も、熱心に勉強してたぞ」

「………え、マジで?」

 

 まさかはちまんくんが嘘を言うはずもないだろう。

だが確かにさっきはちまんくんは、こう言ってたはずだ。

 

『大丈夫、ちゃんとやってるって言うように言われたわ』と。

 

「お前さっき、詩乃がちゃんとやってないみたいな事を言ってなかったか?」

「詩乃に言われた通りに言っただけだぞ。伝聞系だったのは確かだが、

内容は確かに合ってるから、特に訂正もせずそのまま言っただけだ」

「何………だと?」

 

 八幡は何故詩乃がそんな風に言わせたのか意図が分からず混乱した。

丁度そこに詩乃が戻ってきて八幡にお茶を差し出してきた。

 

「はい、どうぞ」

「お、おう、悪いな」

「それじゃあ私は勉強に戻るけど、八幡も分からない所を私に教えてね」

「お、おう、俺に分かるところならな」

 

  期間者用学校は三年制だが、

その特殊な事情もあって年末は学校を閉めるのが早く、

授業の進行具合は通常の学校よりも早い為、

学年がある訳ではないが、通って二年目な八幡は、

一応詩乃の学校よりも、先の部分を既に学んでいた。

なので教える事は可能といえば可能なのである。

 

「なぁ詩乃、さっきは何で相棒にあんな事を言わせたんだ?」

 

 勉強を教えている最中に、八幡は雑談風に詩乃にそう尋ねた。

 

「それって何だったかしら」

「ちゃんとやってるって言うように、こいつにわざわざ言ったんだろ?

そもそもちゃんとやってたなら、そんな事言う必要はないよな?」

「さあ、何でだったかしら、忘れちゃったわ」

 

 そう答える詩乃はかなり冷静であり、八幡は再び嫌な予感がした。

 

(何だこれは………何かがおかしい)

 

 その時はちまんくんが、横から会話に入ってきた。

 

「悪い相棒、そろそろ充電しないと動けなくなる、後は任せた」

「そうなのか、分かった、任せてくれ」

 

 そう言ってはちまんくんは去っていき、八幡と詩乃は二人きりになった。

部屋は暖房がガンガン焚かれているせいか、かなり暑い。

 

「………ちょっと暑いな」

「確かにそうね、一枚脱ごうかしら」

 

 詩乃はそう言っていきなり上着を一枚脱ぎ捨てた。

その姿がこんな季節だったのにタンクトップ一枚だった為、八幡は仰け反った。

 

「お、おいお前、さすがにその格好は無いだろ」

「暑いからいいのよ、ほら、八幡も一枚脱げば?」

「………お、おう」

 

 確かに八幡も暑さに耐えかねていた為、上着を脱ぐ事にした。

そもそも暖房の設定温度を下げればいいのだが、

詩乃がさっさと服を脱いでしまった以上、今更言い出しにくい。

 

「それじゃあ頑張りましょう」

「そ、そうだな」

 

 それから詩乃は、最後まで熱心に勉強を続け、

八幡は詩乃が薄着な為、顔を赤くしつつも最後まできちんと勉強を教えた。

 

「ふう、こんなものかしらね」

「そうだな、よく頑張ったな」

「あら八幡、随分汗をかいてるみたいね、せっかくだしシャワーでも浴びてくれば?」

「い、いや、俺は………」

「いいからいいから、ほら、さっぱりしてきなさいって」

 

 詩乃はそんな八幡の背中をぐいぐい押し、シャワー室に閉じ込めた。

 

「着替えは用意しておくわ」

「わ、分かった」

 

 八幡はそんな詩乃に抵抗出来ず、軽くシャワーを浴びる事にした。

先ほどからの嫌な予感はまったく消えず、八幡は何ともいえない気分でシャワーを浴び終え、

用意されていた着替えを着て、ハッとした。

 

「そういえば何で俺が着れる服がここにあるんだ………」

 

 そしてリビングに戻った八幡は、詩乃のベッドの横に、

もう一つ布団が敷いてあるのを見て呆気に取られた。

 

「な、何だそれは」

「あら、一緒のベッドが良かった?私は別にそれでもいいけど」

「そもそも泊まらないって言ってんだよ!俺は帰るぞ!」

「どうやって?」

「どうやってって、普通にキットで………」

「キットならもう返したわよ」

 

 そう言って詩乃は、ニタァっと笑った。

 

「な、何だと!?」

 

 焦って外を見た八幡は、確かにそこにキットがいないのを見て仰天した。

 

「そ、それならスマホでキットに連絡をとって………」

「スマホもキットに積んでおいたわ」

「それなら電車で………」

「もう終電は無いわよね?」

「タ、タクシーで!」

「困った事に、八幡の財布もキットの中なのよね」

「お前、何て事をしやがった!」

「ふふん、私の罠を見抜けなかった八幡が悪いのよ、勝負に負けたんだから、

敗者は大人しく勝者の言う事を聞きなさい」

「ぐっ、ま、まさかお前、相棒にあんな事を言わせたのも罠だったのか?」

「あら、やっと気付いたの?八幡もまだまだね」

「く、くそっ、それなら………」

 

 どうしようもなくなった八幡は、詩乃のスマホを奪おうとした。

だがそれも想定していたのだろう、詩乃は既にヒモを通してあったスマホを首にかけ、

あろう事か、それを八幡に見せつけるようにブラの間に差し入れた。

 

「ほら、取れるものなら取ってみなさいよ、まあそんな事をしたら明日奈にチクるけどね」

「き、汚いぞお前!そんな場所に手を入れられる訳がないだろ!畜生おおおおおおおおお!」

「それじゃあ私もシャワーを浴びてくるわね、

別に覗いてもいいわよ、明日奈には秘密にしておいてあげるわ」

「そんな事出来るか!」

「あら、残念」

 

 結果として八幡は、その日は詩乃の家に泊まる事となった。

詩乃の完全勝利、パーフェクトゲームである。

もちろん二人の間には何も無かったが、次の日詩乃は上機嫌で試験に臨む事となり、

結果として二教科で満点を取る事が出来、そのせいで学年一位の座をゲットする事が出来た。

それを聞いた八幡は、悔しいながらも詩乃を褒める事しか出来ず、

二重の屈辱を味わう結果となったのであった。



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第940話 アルバム

 次の日の夕方、ヴァルハラとその友好チームが街の南に集結していた。

今日の参加者は昨日よりも若干少ない。ハチマンはそれを全部で三チームに分けていた。

 

第一軍は、アスナ、キリト、リズベット、シリカ、セラフィム、シノン、イロハ、レコン、

レン、シャーリーに、初参加のエギルとクラインが加わる布陣である。

第二軍には、ラン、ユウキ、ジュン、テッチ、タルケン、ノリ、シウネー、

ダイン、ギンロウのS&D組に、リーファとフェイリスとゼクシードが加わる。

今日はダインのスコードロンの四人がいないが、人数的にもバランス的にも申し分ない。

第三軍が、ロウリィ、テュカ、レレイ、コミケ、ケモナー、クリン、

ブラックキャットのGATE組と、ユイユイ、ユミー、ユキノ、闇風、薄塩たらこである。

こちらはGATEの弱点であるタンクとヒーラーをフォローしつつ、

Narrowと一緒に戦った事がある闇風と薄塩たらこが加わる組み合わせとなっている。

今日の各軍団には、タンクとヒーラー、それに魔法使いが適度に振り分けられているのだ。

ハチマンとリオンは今日も全体の管理をする事となっているが、

今日はアルゴがいない為、その代わりをこれまた初参加のクリシュナが努める。

ちなみに探険部は今日は先にログインし、渓谷地帯で資源調査の続きを行っている。

もし必要があれば、すぐにこちらに合流してくる事になっていた。

 

「それじゃあ南門に移動して、初参加組の鍵を門に登録しよう」

 

 時間がもったいないので簡単に自己紹介を済ませた後、

ハチマン達は南門に向けて出撃した。

第一軍と第二軍は街の中の特設転移門から南門に直接ワープしても良かったのだが、

南門に着くまでに敵がそれなりに出現する為、歩き組と同行する事になった感じである。

これだけの人数がいても、さすがに門の近くまでは敵の数が多く、

それなりに時間がかかる行軍となったが、それも初参加組が南門に鍵を登録するまでだ。

次からは街から飛べばいいだけなので、この苦労も最初だけである。

だがGATE組はブランクがあり、事前に何回かは戦闘を経験しておきたかったので、

この行軍はその為にとても都合が良かったようだ。

まだ連携は上手く取れないかもしれないが、そこはコミケが上手く調節してくれるだろう。

 

「GATEの皆さん、あれが南門です、ここからはもう南門の鍵持ちしか入れません」

 

 ハチマンはそう言いながら、次に門の前を闊歩している草食恐竜の群れを指差した。

 

「あの草食恐竜はノンアクティブです、一番大きいのはエスガイアっていう長老で、

こちらに祝福を与えてくれるので、話しかけてもらっておいて下さい。

そうすれば門の向こうでも、草食恐竜には襲われません」

「へぇ、あれが門なのね」

「まさに俺達GATEの始まりの地って感じっすね!」

 

 ロウリィの言葉にケモナーがそう調子を合わせた。

名前の通りケモナーであるケモナーは、ケットシーであるロウリィと仲良くなりたいのだ。

だがロウリィはケモナーに頷きつつも、それをスルーしてコミケの腕を抱いた。

 

「それじゃあコミケ、一緒に行きましょう」

「あっ、ロウリィ、ずるい!私も!」

「それじゃあ私も」

 

 テュカとレレイもコミケを囲み、それを見たケモナーは思わず絶叫した。

 

「隊長、羨ましいっす!」

 

 同じくその光景を見たクリンとブラックキャットはとても驚いていた。

 

「あ、あの隊長がモテてる………」

「本当にまさかよね、今は隊長の人生の最初で最後のモテ期なのかもしれないわ………」

 

 そしてエギル、クライン、クリシュナも無事に登録を終えて加護をもらい、

一同はそのまま門を使ってジャングル地帯の入り口のポータルへと飛んだ。

南門で登録さえすれば、その後のポータルは、一度使えば南門から飛べるのだ。

これは前の日に既に検証済みである。

 

「さて、今日の攻略はここから始まりです。

道の無いジャングル地帯になるので慎重に進んで下さいね。

変わった物を見かけたら俺に連絡してくれれば、

マップに書き込んで全員にフィードバックしていきますので、

たまにマップを見てもらってもいいかもしれません。他のチームの状況も分かると思います」

 

 ハチマンは丁寧にそう説明をし、そしてジャングル地帯の探索が開始された。

 

 

 

「ここ、結構やばいな」

 

 キリトは周りの地形を見ながらアスナに向け、そう囁いた。

 

「うん、道が無いジャングルって、本当に危険だよね」

「不意打ちされて死ぬ奴が出る可能性も否定出来ないよな」

「あっ、みんな、ちょっと止まって」

 

 その時アスナがそう言って行軍を止めた。

 

「アスナ、どうしたんだ?」

「見て、ここから沼地みたいになってる」

「お、マジだな、まさか底無し沼じゃないよな?」

「どうだろう、でももしそうなら、沼にはまって死んだら蘇生も出来ないね」

「確かにそうだな、キリの字よ、ちょっとはまって死んでみてくれよ」

「何で俺だよ、自分でやれよ!」

 

 クラインのその冗談に、キリトがそう突っ込んだ。

相変わらず誰からもボケられ、いじられてしまうキリトであった。

 

「まあ冗談はさておき、大体の深さは調べておきたいよな」

「うん、そうだね、誰か長い棒みたいなアイテムは無い?」

 

 アスナにそう尋ねられ、各人は自分のアイテム欄をチェックした。

 

「棒はないけどロープならあるよ」

 

 そう言い出したのはシャーリーであった。

さすがはリアルで現役のハンターをやっているだけの事はある。

こういった応用のきくアイテムは常備してあるのだろう。

 

「やったね、それじゃあちょっとそのロープを借りるね、

後はその辺りに落ちてる大きめの石をこの先に縛り付けてっと」

「それも任せて、そういうのは慣れてるから」

「さっすがシャーリー!」

 

 こういった探索で、シャーリーの存在は実に輝く。

基本的にサバイバルっぽい局面だと、彼女がリアルで持つその技術がとても役に立つのだ。

 

「それじゃあ測ってみるね」

 

 そう言いながらシャーリーは沼にロープを投げ込んだ。

ロープがスルスルと沼の中に飲み込まれていく。

 

「あ、この感触、今底についたね、大体五メートルくらいかな?」

「五メートルか、結構深いな」

「これ、もしはまっちゃったとして、自力で上がれるものなのかな?」

「どうだろう………試してみるべき?」

「う~ん、もしもの為に調べておきたいよね」

「だな、それじゃあ男連中でジャンケンしようぜ!」

 

 クラインの提案で、キリト、レコン、エギル、クラインがジャンケンをした。

その勝負に敗北したのは………………キリトであった。

 

「やっぱり俺かよ!何となくそうかなって思ってたよ!」

「キリト、ドンマイだぜ!」

「キリト、とりあえずロープを腰に縛り付けてから飛び込んでね。

やばいって思ったらロープをちょんちょんって引くのよ。

そうしたら全力で引っ張ってあげるから」

「お、おう、リズ、頼むな」

「任せなさい!」

 

 そしてキリトはそろりそろりと沼に歩いていった。

一定程度進んだ段階で、その足がぐぐっと沈む。

 

「お?おお?やばい、これ、やばいわ!」

「キリト、どう?上がれそう?」

「今やってみる!」

 

 そう答えたキリトはバタバタともがき始めた。

だがその行動を笑う者は誰もいない、これは真面目な検証だからだ。

キリトの体はずぶずぶとそのまま沈んでいったが、それも一定程度で止まり、

今キリトは首だけを地上に出した状態で安定していた。

 

「どう?」

「これ、下の方はそんなに泥っぽくないな、普通に立ち泳ぎが出来る感じだわ」

「そうなのか、そのまま岸に上がれるか?」

「やってみるよ。う~ん………お、案外硬いな、そこまで滑らないし、これならいけるわ」

 

 そう言ってキリトは自力で岸まで這い上がった。だがその体は完全に泥に覆われている。

 

「ちゃんと服も汚れるみたいね」

「ALOだと平気のはずだけど、ここを作ったのがGGOの開発だからかな?」

「あ、確かにGGOだと顔を汚したりもするもんね。

水の中から出るのは濡れたままにならないけど、判定が違うのかも」

 

 レンがGGOの事情をそう説明した。

 

「なるほど」

「とりあえずハチマン君に、今の状況を報告しておくね」

「おう、頼むぜアスナ」

 

 そしてアスナはハチマンと通信を始めた。

 

「うん、うん、そんな感じ。そうそう、キリト君が泥だらけのままになってるの。

え?リズ?うん、分かった、今代わるね。リズ、ハチマン君が話があるって」

「え?私に?何で?」

「さあ………」

 

 首を傾げつつも、リズベットはアスナから通信機を受け取った。

 

「ハチマン、どしたの?え?キリト?うん、うん、ああ~、そういう事か、

オーケー、分かったわ、私に任せなさい!」

 

 リズベットは通信を終え、泥だらけなままのキリトに言った。

 

「キリト、ハチマンが、装備を一度全解除してから戻せば、一発で綺麗になるってよ。

顔はまあ仕方ないから、一度しまって綺麗にした装備で拭いてからまたそれだけしまえば、

ちょっと面倒だけど綺麗になるってさ」

「あ、その手があったか!」

「それじゃあ女子はみんな後ろを向いておいてくれよな」

「え~?別にいいと思うけどなぁ?」

「まあいいじゃない、それじゃあ後ろを向きますね」

 

 リズベットは別に必要ないと思っていたようだが、それでも後ろを向いてくれた。

 

「さてと、えっと………うん、キリト、いいわよ!」

「悪いな、すぐ済ませるよ」

 

 そしてキリトが装備を全解除した瞬間に、何故かクラインとエギルがぷっと噴き出した。

 

「ん、二人とも、どうかしたか?」

 

 そう言って顔を上げたキリトの目に、

何故か一人だけこちらを見ているリズベットの姿が映り、

キリトはぽかんとした顔でフリーズした。

その瞬間にリズベットが空中でボタンを押すような動作をした。

 

「いただきぃ!」

 

 直後にカシャッという音がした、どうやらSSの撮影をしたようだ。

 

「なっ、おいリズ、何してるんだよ!」

「ハチマンが、今のキリトの姿を写真にとっておいてくれって言うからさ」

「ええっ?そんなのどうするんだよ!」

「今回のイベントの写真を、イベント終了後にアルバムみたいにしてみんなに配るみたいよ。

実はその為の撮影係が昨日から各パーティにいるとか何とか」

「え、そうだったのか?」

「あ、私、撮ってますよ」

「僕もです」

 

 シャーリーとレコンがそのキリトの疑問に答えるように、そう手を上げて申告した。

 

「うわ、マジでいた」

「だからキリトのその姿もアルバムに載る事になるわね」

「やめてくれよ!リズ、頼むから今すぐ消してくれ!」

「え~?もうハチマンに送っちゃったわよ」

「ノオオオオオオオオオオ!」

 

 キリトは絶叫したが、もう後の祭りである。

毎回こんなゆるい感じではないが、ジャングル地帯の探索は続く。



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第941話 産卵場

 リズベットから送られてきたキリトの恥ずかしい写真を見てニヤニヤしていたハチマンは、

ズズン、という音が遠くから聞こえてきた為、慌てて顔を上げた。

 

「今の音は何だ?」

「ハチマン、あそこよ!」

 

 クリシュナにそう言われ、その指差す方向を見たハチマンは、あんぐりと口を開けた。

ハチマン達がいる場所はポータル近くの高台なのだが、

かなり遠くまでジャングルエリアの景色を見渡す事が出来る。

そんなハチマン達の居場所から目測で二キロくらい前方で、

メキメキと木が何本も倒れているのが見えたのだ。

 

「まさか何かやばいのが出たんじゃないだろうな、何か連絡は入ってないか?」

「う~ん、まだどこからも情報は入ってないけど、

位置的には丁度第三軍があの辺りにいるはずだよ」

 

 リオンはそう言うと、マップを開いて味方の位置を確かめ、

確認するように顔を上下させ、ハチマンに頷いた。

 

「うん、やっぱりそうだね、今あそこには、第三軍の人達がいるはず」

「第三軍っていうと、GATEの七人とユキノ達か」

 

 ハチマンは通信機を使い、すぐにユキノに連絡を入れた。

 

「あ~あ~、こちらハチマン、ユキノ、聞こえるか?何かあったのか?」

『………あっ、ご、ごめんなさい、ちょっと唖然としてしまって報告を忘れていたわ』

 

 そのユキノの言葉にハチマンはかなり驚いた。

 

「ユキノが唖然とするなんて珍しいな、何があった?」

『え、ええ、実はここ、恐竜の産卵地になっているようなの。

一つ一つの卵の大きさが一メートルくらいあって、その卵が何百個も並んでいるのよ』

「マジでか、まさかその中から、

物理法則を無視して巨大な恐竜が出てきて大暴れしてるとか………はさすがに無いか?

さっきから随分木が倒れてるみたいで心配なんだが」

『ええ、特に敵が暴れている訳ではないわ、暴れているのは味方よ』

「ほう?」

『まあとりあえず最初から説明するわね』

 

 ユキノはそう前置きし、ハチマンに状況の説明を始めた。

 

『この産卵場を発見した時、私達は、おそらく何かがトリガーとなって一斉に卵が孵って、

こちらを襲ってくるのではないかと考えたの』

「その可能性は高いだろうな、とりあえず可能なら、数個だけ残して排除しておいてくれ。

残った卵がどうなるのか確認したい」

『もう三つほど確保はしてあるわ』

「おお、さすがに仕事が早いな」

 

 さすがはユキノ、打てば響くとはこの事である。

 

『え、ええ。まあそれは置いておいて、話の続きなのだけれど、

三つ卵を確保した後、私達は順番に残った卵を潰していたわ。

でもロウリィさんがすぐに飽きてしまったみたいで………』

「まあ単純作業だしな」

『で、いきなりロウリィさんが、近くに生えていた木を、あの斧でこう、スパっと………』

「え?それじゃあれはロウリィさんの仕業なのか?」

『そうなの、木を狙った方向に倒す事で、一度にたくさんの卵を潰しているのよ』

「ああ、そういう事だったのか」

『止める暇もなくて、その、私も唖然としてしまって、報告が遅れてごめんなさい』

 

 そのユキノの珍しく弱々しい声を聞き、ハチマンは、

現地はさぞ凄い事になっているんだろうなと、心の中でユキノに同情した。

 

「いや、まあ困った事になってなければ別にいいさ。

とりあえず周囲の警戒は怠らないようにな」

『ええ、分かっているわ』

 

 それで何が起こっているのか把握したハチマンは、

他に何かあったら報告があるだろうと思い、マッピング作業へと戻った。

 

 

 

「あははははははは、みんな潰れてしまうといいわぁ!」

 

 ロウリィはそう叫びながら斧を振るう度、木がスパスパと切断され、倒れていく。

その度に経験値が流れ込んでくる為、やはり卵が敵なのは間違いないだろう。

だがこの時点で割ってみても、中にはただのどろっとした液体が入っているだけであった。

ハチマンやユキノの予想通り、何かのキッカケでそれらがアクティブになり、

外に溢れ出てくるのだろうが、何がトリガーになっているのかは判然としない。

 

「いや、まあ楽でいいんだけどさ………」

「コミケぇ?ぶつぶつ言ってないで、いいからどんどん撃ちまくりなさぁい?」

「あっ、はい」

 

 コミケはロウリィの迫力に押され、黙々と銃を撃ち始めた。

今のロウリィの目は爛々と輝いており、逆らう事など出来る雰囲気ではない。

 

「隊長、羨ましいっす!」

「どこがだよ………」

「ゴスロリネコ耳美少女からの命令とか、ご褒美じゃないっすか!」

「お前、絶対に人前でそういう事を言うなよ、俺のイメージが悪くなっちまうからな」

「隊長のイメージってもう最低じゃないっすか?何を今更………」

「お前さ、そういう事は思ってても口に出すんじゃねえっての!」

 

 そんな二人をクリンとブラックキャットが、氷のように冷たい目で眺めていた。

どうやらもう完全に手遅れのようである。

 

「あっちは楽しそうよね、私達は………とりあえず写真でもとっておきましょうか」

「そうだね………」

 

 更にそれを見ていた、この戦いにおいてまったく出番の無いユキノとユイユイは、

そう言って写真撮影を始めた。

その写真はすぐにハチマンに送られ、それを見たハチマンは、

頭痛を堪えるかのようにこめかみを抑えた。

 

「ここまでかよ、ってか何であの太さの木が簡単に斬れるんだ、

さすがは姉さんの元パーティメンバーって事か………」

 

 その時クリシュナが鋭い声を発した。

 

「ハチマン、奥から何か来てる、見て!」

 

 そちらに視線を向けると、確かにユキノ達がいる場所の奥の木が、

次々と倒れていくのが見えた。

 

「ユキノ、ちょっと確認だ。今その場所に、パーティメンバーは全員揃ってるか?」

『ええ、全員いるわよ』

「そうか、その場所から二百メートルくらい前方の木が何者かになぎ倒されてる、

多分敵だと思うから、それに備えてくれ」

「二百メートル前方ですって?分かったわ、すぐに体勢を立て直すわ」

 

 ハチマンからそう連絡を受けたユキノは、仲間達に声をかけた。

 

「みんな、どうやら敵襲よ!幸いここに広場が出来たから、ここで敵を迎え撃ちましょう」

 

 その言葉を受け、遂に出番が来たとばかりにユイユイが、

丁度何も無い広場の中央に仁王立ちをする。

赤の貴婦人、ルッセンフリードと呼ばれる真紅の鎧を纏い、

光り輝く大盾を持つユイユイの姿は実に頼もしい。その脇をロウリィが固める。

ユイユイの後方にはユキノが布陣し、その両翼をユミーとレレイが固める。

テュカは近くにある木に登り、枝の上で弓を構えている。

その姿は森の乙女と表現するに相応しい。

コミケ、ケモナー、クリン、ブラックキャット、闇風、薄塩たらこは左右に分かれ、

森の中に潜んでいるようだ、完全な迎撃体勢の完成である。

そして敵を待ち構える第三軍の目の前に、遂にその敵が姿を現した。

 

「あれは確か………バリオニクスだったかしら」

「ワニみたいな顔に長い爪、資料で見たバリオニクスで間違いない」

 

 レレイはハチマンからもらった資料を読み込んでいるようで、ユキノにそう断言した。

 

「資料には、通常は十メートルくらいだって書いてなかったっけ?」

「かもしれないけど、あれはどう見ても小学校のプールくらいの大きさはあるわね」

「まあ一体だけなら楽勝っしょ」

 

 ユミーは鼻で笑うようにそう言った。

 

「そうだといいのだけれど………」

 

 ユキノはそう返事をしながらチラッとキープしてある卵の方を見た。

卵には今のところ特に変化は無いが、この後どうなるかは分からない。

 

「とりあえずあのワニトカゲを倒しましょうか」

 

 そしてユキノはユイユイに開戦の指示を出した。

 

「ユイユイ、それじゃあやっちゃって頂戴」

「ほいほい、それじゃあえっと、お命頂戴!」

 

 その声を合図に戦闘が開始された。ユイユイは一気に敵に近付き、敵と正面から激突する。

敵はユイユイに噛み付こうと不用意にその頭を下げてきたが、

その顎目掛けてユイユイは、カウンターぎみに左手に持っている盾をぶちかました。

 

「シールドバッシュ!」

 

 ガコン!

 

 という音と共に、バリオニクスの頭が跳ね上がる。

優しげな顔に似合わずユイユイは力が強い。何より彼女の仲間を守ろうとする意思は強靭だ。

バリオニクスは怒りに燃えた目でユイユイを睨み、威嚇するように唸り声を上げ、

その手の太い爪をユイユイ目掛けて振り下ろした。

だがそんな単純な攻撃はユイユイには通用しない。

ユイユイは軽くサイドステップしてその攻撃をかわし、

体の構造的に丁度真上に来た敵の顎に、再び痛烈なシールドバッシュをかました。

その攻撃は見事なカウンターとなり、バリオニクスが一瞬硬直する。

 

「もらった!」

 

 そんなバリオニクスに向け、樹上からテュカの矢が飛来し、その左目を見事に貫いた。

同時にロウリィが、先ほどユイユイに向けて振り下ろされた爪を、

その手に持つ巨大な斧で斬り飛ばす。

 

「GYAAAAAAOOOOUUUUU!!!」

 

 バリオニクスはたまらず後退し、嫌がるようにぶんぶんと頭を振り回す。

そこに左右からの十字砲火が始まった。

 

 タタンッ、タタタンッ!

 

 バリオニクスの体に銃弾が雨あられと降り注ぐ。

その時バリオニクスがいきなり体を横に向けた。

 

「ユイユイ、尻尾よ!」

「オッケー!」

 

 ユイユイは敵の尻尾の一撃に備えたが、敵もさるものである。

その尻尾は途中で軌道を変え、高く振り上げられた。

 

「上!?」

 

 そのままその尻尾がユイユイ目掛けて二度三度と振り下ろされる。

 

「こっのぉ!」

 

 だがユイユイが崩れる事はない。他のナイツの掛け持ちタンクとは防御力の桁が違うのだ。

時々ユイユイの体が光る事があるが、それは全て防御系スキルの発動の証である。

ロウリィは神速の突撃と後退を繰り返し、敵の注意を引かないように、

そのHPをガンガン削っていく。

こうなると普通、フレンドリーファイアの心配が出てくるものなのだが、

ロウリィの体には一発の銃弾も当たっていない。

Narrow組も闇風と薄塩たらこも熟練の腕を持っている為、

きっちりとロウリィの動きに合わせて攻撃してくれるのだ。

 

「へぇ、やるじゃない」

 

 ロウリィはテンションが上がり、狂ったように攻撃を続け、

誰も大きなダメージを負わないまま、

第三軍は遂にバリオニクスを発狂モードまで追い詰めた。

だがその瞬間にそれは起こった。

 

「しまった!」

 

 いきなり敵のパワーとスピードが上がった為、

ユイユイが敵の尻尾の攻撃を受け、倒れはしないものの、数メートル後方に飛ばされたのだ。

そのせいでユキノがそちらに気を取られた瞬間に、後方でパリンという音がし、

次の瞬間にユミーがうめき声を上げた。

 

「うっ………」

「………ユミー?」

 

 慌てて振り返ったユキノの目に飛び込んできたのは、

おそらくたった今、卵から孵ったのだろう、

()()()()()()()()()バリオニクスの幼生体が、ユミーの肩に噛み付いている姿であった。



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第942話 緑のドーム

昨日はすみません、ちょっと発熱してしまいまして、
何とかこの話を書き上げましたが続きを書くのがつらいので、
次の投稿は月曜日くらいになると思います、申し訳ありません!


 ユキノは肩口に噛みつかれたユミーの惨状を見て、一瞬で脳が沸騰するのを感じた。

 

「私の友達から離れなさい!アイス………」

 

 だがユキノが攻撃魔法を発動しようとした瞬間に、

ユミーの真横から魔法が人型バリオニクスに着弾し、その背中で爆発した。

どうやらレレイがすぐに気が付き、ユミーを巻き込まないように上手く調整し、

直線タイプの魔法で攻撃したようだ。

そのおかげでユミーから敵が離れたが、ユミーの肩口がえぐられたように欠損している。

それを見たユキノは慌てて詠唱を取り消し、回復に切り替えた。

 

「ヒール!」

 

 ユキノはそのままユミーに駆け寄ろうとしたが、当のユミーがそれを止めた。

 

「あーしは大丈夫、ヒールありがと。ユキノはユイユイをお願い」

「わ、分かったわ」

 

 ユキノは後ろ髪を引かれる思いがしたが、確かにより危険なのはユイユイの方なので、

大人しくそのユミーの言葉に従った。

 

「部位欠損は初めての経験だけど………」

 

 ユミーはそう呟きながら、右手に持った杖を掲げた。

 

「まああーしは前衛じゃないから関係ないかな」

 

 そのままユミーはまだ目の前で倒れている敵に、トドメとばかりに炎魔法を叩きこんだ。

 

「ごめん、油断した。ありがとうレレイさん」

「大丈夫?」

「ちょっと肩をえぐられただけだから大丈夫」

「間に合って良かった、それじゃあ次を片付けよう」

「うん」

 

 卵は全部で三つあった。つまり敵はまだ二体残っている。

その敵はやや後方から、丁度こちらに走ってくるところであった。

 

「人型だね」

「恐竜人って奴?」

「トカゲ野郎でいいんじゃない?」

「あはははは、そうだね」

 

 そして二人は迫り来るトカゲ野郎共に向け、次々と魔法を叩きこんだ。

 

 

 

「ふう、手こずらせやがって!なんちゃって」

「ユイユイ、お疲れ!」

「いぇ~い!」

 

 バリオニクスが倒れ、ユイユイとクリンはハイタッチをした。

この二人、実はたまに一緒に買い物に行ったりもして仲がいいようだ。

ちなみにどこに行っているかというと、主に下着や衣類の売り場である。

体の一部分の大きさが近い事もあり、悩みも同じな為、話し易いのだろう。

この頃には既にユミーの肩も元に戻っていた。

 

「さっきは本当に肝が冷えたわ、そしてごめんなさい、私がもっと注意していれば………」

「そんな事気にする事じゃないし、それを言ったらあーしもだし」

「それはそうかもだけど………」

「ああもう、あんたのそういうとこ、見ててイライラするわ。

あーしらは友達なんだから、気にしっこなしだってば」

「友達………」

 

 それでユミーが噛まれた時に自分が言った事を思い出したのか、ユキノは赤面した。

 

「え、ええと………」

「これからも宜しく、ト・モ・ダ・チ」

「え、ええ、こちらこそ」

 

 こんな照れたような顔をするユキノの姿は新鮮だったようで、一同から笑いがこぼれた。

 

「さて、これからどうする?」

「そうね、とりあえず周辺の探索をした後、進軍続行かしら。

その間に私は今起こった事をハチマン君に報告しておくわ」

 

「うん、お願い!」

 

 そして仲間達は散っていき、ユキノはハチマンに通信を入れた。

 

「ハチマン君?私よ、こっちはとりあえず片付いたわ」

『おう、お疲れ、敵は何だった?』

「バリオニクス、と言ったかしら、大きさは推定二十メートル程の個体ね」

『ほうほう、それは見てみたかったな』

「報告が終わった後に写真を送るわ。それと別に、

これは発狂モードに入った時に卵から孵化したようなのだけれど」

『ふむ』

「恐竜人、とでも言うのかしら、卵の中から二速歩行のバリオニクスが出現したわ」

『二足歩行だと?』

「ええ、写真を撮っている暇は無かったのだけれど、

多分ユミーが自動で記録している動画にその姿が映っているはずよ」

『それ、送ってもらえるか?』

「ええ、ちょっと待って頂戴」

 

 そしてユキノはユミーの所へ行き、動画を送る事を依頼した。

 

「オッケー、送っとくし」

 

 そのすぐ後にハチマンからユキノに連絡が入った。

 

『専門じゃないが、クリシュナとリオンに見てもらって、

何か分かったらそっちにフィードバックするから、そのまま探索を続けてくれ』

「了解、宜しくお願いするわ」

 

 そして産卵場の探索を終えたユキノ達第三軍は探索を再開し、

それから三十分くらい後に、ハチマンから全員に通達が入った。

 

『先ほど二速歩行タイプの敵が確認された。以後はこれを()()と呼ぶ事にする。

報告の際は、人型REX、人型ラプトル、みたいな呼び方で頼む。

その体の構造からして、武器を手にこちらに攻撃してくる可能性があるから注意されたし。

言葉を喋るという報告は入ってないが、その可能性は否定出来ない為、

敵からの魔法攻撃に関しても考慮しておく事』

 

 

 

「ユウ、人型が出たらしいわ」

「みたいだね、ラン」

 

 その通達を受けた頃、第二軍もまた、明らかに何かありそうな場所へと到達していた。

 

「ドームだね」

「ドームなのニャ!」

「これは………かなり広いね」

 

 ラン達スリーピング・ナイツの後ろで、リーファ、フェイリス、ゼクシードの三人は、

明らかに人工物に見える()を前に、そんな感想を漏らしていた。

その檻は先ほど三人が言ったようにドーム型をしており、内部はツタで覆われている。

 

「ダインさん、これって………」

「こんな感じのを昔、映画で見た記憶があるなぁ」

 

 ダインとギンロウもまた、そう囁き合っていた。

 

「みんな、ちょっといい?中に入る前に一応確認しておきたいのだけど」

 

 ランがそう言って仲間を集めた。

 

「これって………多分鳥かごよね?」

 

 その言葉に一同は頷いた。

 

「もちろんそうじゃなくて、ただのドーム球場の跡地みたいな設定かもしれないけどよ」

「警戒しておく必要はあるよね」

「中央を進むのはちょっと危険?」

「かもしれないわ、警戒しながら壁伝いに進みましょうか」

「その前にハチマンに報告だね!」

「そうね、そうしましょうか」

 

 ユウキにそう言われ、ランはハチマンに通信を入れ、これからドームに突入すると告げた。

 

『分かった、気を付けてな』

「何か注意する事はある?」

『そうだな、もし卵があったらすぐに連絡してくれ』

「は~い」

 

 そしてドームの中に踏み込んだラン達は、地面に何も無い事を確認し、ほっとした。

 

「とりあえず卵は無い………かな?」

「上はどう?」

「今確認するよ」

 

 そう言ってゼクシードが単眼鏡を覗き込む。

 

「暗くてよく見えないけど………」

「どれどれ………」

 

 ダインとギンロウも同じように単眼鏡を覗き込む。

その時きょろきょろと辺りの様子を伺っていたユウキが、ハッとした声で叫んだ。

 

「ちょっと待って、壁はあんなに緑のツタで覆われてるのに、何で天井だけ黒いの?」

「え?」

「た、確かに………」

 

 誰かがゴクリと唾を飲み込む音が、妙にハッキリと聞こえ、

一同はそれ以上前に進む事が出来なかった。

 

「ど、どう思う?」

「私、一同ハチマンに報告するわ」

「写真も添えておいた方がいいかもしれないね」

「分かった、そうするわ」

 

 ランはすぐにハチマンに連絡を入れ、ハチマンは検証すると言って一旦通信を終えた。

その少し後に、ハチマンから返事があった。

 

『俺の見立てだと、天井にびっしり敵が張り付いてると予想する。

これはクリシュナも同じ意見だ。そして卵だが、送られた写真の右下に白い物が見えている。

多分これが卵なんじゃないかと思う』

「えっ?………………本当だ、こんなのよく気付いたわね」

『とりあえず、すぐにドームの外に逃げられる位置で天井に向けて攻撃だな、

それで敵が動き出すだろう』

「分かった、やってみる」

 

 ハチマンのその指示を受け、ダイン、ギンロウ、ゼクシードにフェイリスが、

天井に向けて一斉に攻撃を開始した。

その瞬間にドーム中に、ギャァギャァという鳴き声が響き渡り、

天井がいきなり黒い雲のようなものに覆われた。

 

「なっ………」

「あれが全部敵!?」

「来るわ!」

 

 そしてその黒い雲~翼竜の集団は、こちらに向かって一斉に襲いかかってきたのだった。



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第943話 翼竜ドーム、苦戦中

お待たせしました、やっと体調が戻りました!


 迫り来る翼竜達に対し、やはり一番有効なのは遠隔攻撃であった。

今ここにいる中で遠隔攻撃が行える者は四人、

ダイン、ギンロウ、ゼクシード、そしてフェイリスである。

 

「おらおらおらおら!」

「撃てば当たるって感じっすね!」

「気円ニャン!もう一丁、気円ニャン、ニャ!」

「やるねぇフェイリスさん、でもさすがにこのままだと厳しいかな、

弾丸の残りを計算しておかないと」

 

 とりあえず今の状況からすると、とにかく撃ちまくるしかないが、

さすがゼクシードは冷静に今の自分達の状況を把握しようとしていた。

一方ラン達も前に出て戦っていたが、さすがに空を飛ぶ相手だと、

近接アタッカー陣には分が悪い。

 

「ジュン、テッチ、大丈夫?」

「今のところは大丈夫だけど、問題はあの卵がどうなるかだな」

「まったく面倒よね」

「単純に敵の数が倍になるもんね」

「もしあの卵の中身が人型だったら、最悪魔法攻撃もしてくるかもね」

「そうなったらかなりやばいね」

「なるべく今のうちに卵を破壊しておきたいのだけれど………」

「難しいよね………」

 

 遠隔攻撃チームも頑張っているのだが、いかんせん天井を塞ぐ金網が曲者だ。

かなりの弾丸が金網に弾かれてしまう為、下から卵を破壊するのはかなり困難だ。

それでもまぐれで当たる事はあるのだが、その数はたかが知れている。

 

「ラン、何か手は無いかな?」

「そうね………せめてドームの中がもう少し奥まで見通せればいいのだけれど」

 

 ドーム内は敵が溢れている為、外からの光も満足に入ってこず、

今はかなり暗い状態となっているのだ。

その会話が聞こえたのか、突然後方から何かが飛んできた。投げたのはゼクシードである。

 

「ランさん、それを使えば照明弾を上げる事が出来る、使ってくれ」

「照明弾!?そうか、その手があったわね、ありがとうゼクシードさん、さすがね」

「いやいや、こちらこそ任せてしまって申し訳ない」

「ううん、気にしないで。タイミングを見計らってやってみるわ」

 

 ランは笑顔でゼクシードにそう答えたが、そのタイミングを計るのが中々難しい。

敵はまだまだ大量に残っており、次から次へとこちらに押し寄せてくる。

 

「まったくキリがないわね」

「すぐ逃げちゃうし、ストレスたまるなもう!」

 

 情勢はかなり厳しいと言えるだろう。

そしてゼクシードから、更にまずい報告が上がってきた。

 

「ランさん、このままだと多分三十分後には弾切れだ」

「分かったわ、報告ありがとう」

 

 その言葉にランはかなり悩んだ。

リーダーとしてこの後どうするか、最善の方法を選択しなくてはならない。

 

(撤退も視野に入れるべき?もしくは援軍要請を………)

 

 そんな事を考えていたせいか、ランに隙が出来た。

とはいえそれは本当に一瞬の隙であり、通常ならば戦闘に何の影響も及ぼす事はない。

だが今回は運が無かったのか、

その隙を突いて、敵の一匹がランの武器を持つ手をガシッと掴み、宙へと舞い上がった。

同時にもう片方の手も、もう一本の足で拘束される。

 

「しまった!」

「ラ、ラン!」

「むむむ、これは手が出せないニャ」

「そうだね、下手に撃ったらランさんに当たってしまう」

 

 こうなるともう他の者にはどうする事も出来ない。

下手に攻撃すると、ランをフレンドリーファイアに巻き込んでしまうからだ。

 

(くっ、こんなのリーダー失格じゃない、しっかりしなさい、私!)

 

 ランはせめて冷静であろうと心を落ち着かせ、

自分がどこに連れていかれようとしているのかしっかり見極めようとした。

 

(エサとして卵の所に連れていくつもりかしら、

雛に啄ばまれるだなんて、さすがにぞっとするわ。

でもそれ以上にまずいのは、それがトリガーになって卵が一気に孵ってしまう事ね)

 

 ランはそう分析しつつ、

何かこの状況を打開出来る物はないかとドーム内をきょろきょろと見回した。

 

(あら?あんな所に階段が………)

 

 見るとドームの中央あたりの壁に階段があった。

下を見ると、その入り口はツタに覆われ、仲間達がいる方からは見えないようになっている。

 

「上は………」

 

 続けて上を見ると、その階段はしっかりとドームの天井部分まで繋がっているようだ。

前述したように天井部分は金網で覆われているのだが、

その金網からドームまでの高さは、下から見た時と比べてかなり余裕がある作りに見える。

 

(金網の上に普通に立てるくらいのスペースはあるのね。

丁度この翼竜が羽根を畳んだくらいの高さかしら)

 

 それはランにとってはかなりの朗報であった。

要するに上に侵入さえしてしまえば、少なくとも成竜達の動きはかなり制限される事だろう。

 

(何とかあの階段を上れさえすれば、勝機が見えてくるわね)

 

 ランはそう結論付け、思考を一旦切り替えた。

今自分が最優先でしなくてはいけないのは、仲間達の所に無事に戻る事である。

 

(卵の所に運ばれた瞬間に大暴れすれば、階段から下に降りられるかもだけど………)

 

 地面に足さえつく事が出来ればそれも十分可能だと思うが、

おそらく金網の上に連れ込まれたら、

その高さからすると翼竜は羽根を畳んで歩くはずであり、

ランは敵の足で踏みつけられるようにずるずると引きずられていく事だろう。

 

(今私が使えるのは足だけね、孵化のリスクも高いから安易に上には行きたくない。

そうするとチャンスとなるのは………金網を超える瞬間!)

 

 ランはそう決断してじっとその時を待った。

案の定敵はランを金網の上に連れていくつもりだったらしく、金網に開いた穴を通過する。

そしてランの体が金網を超えようとする瞬間に、

ランは思いっきり膝を曲げ、金網に引っ掛けた。

 

「あ、足が千切れそう………」

 

 だがここで奇跡が起きた。いきなり足が後ろに引っ張られる格好になった為、

ランを掴んでいた翼竜が前方へと倒れこんだのだ。

その瞬間にランの腕の拘束が外れ、ランは自由の身になったのだが、

今ランがいるのは金網に開いた穴の縁であり、

当然ランの体は空中へと投げ出される事になる。

 

「きゃあああああああああああ!」

 

 ランは悲鳴を上げながら落下していく。

そんなラン目掛けて別の翼竜が、クチバシを広げて襲いかかってくる。

 

「こ、このお!」

 

 ランは食われるまいとブンブンと刀を振り回し、そのおかげて敵は途中で方向を変えた。

 

「食べられずには済んだけど、さすがにこれは詰んだかしら………」

 

 まあ下で死ねば、上で死ぬよりは蘇生も容易だろう。

ランはそう考え、とにかく空中で敵から攻撃を受けないように、防御だけに集中した。

おかげで敵からの攻撃で死ぬ事は無かったが、

延々と敵から攻撃はされていた為、ランはかなり体勢を崩しており、

このままだと背中から地面に打ちつけられる格好となる。

 

「まあいっか、別に痛くはないんだし」

 

 ランはそう覚悟を決め、なるべく原型を残したままで死ねるようにと、

祈るように胸の前で手を組んだ。

そんなランの耳に、どこかで聞いたような女性の声が飛び込んできた。

 

「フォールン・コントロール!」

 

 その瞬間にランは、体にブレーキがかかるような感覚を覚えた。

というか、明らかに落下速度が減少している。

この魔法を使えるのは支援術師だけであり、ランの知り合いだとクリシュナしか存在しない。

そういえばさっき聞こえた声はクリシュナの声だった気がしたので、

ランはクリシュナが助けに来てくれたのだと確信した。

ちなみにこのフォールン・コントロールは主に崖を下ったりする時に使う移動用魔法だが、

クリシュナはそれを攻撃にも応用する。

ストレージに大量の剣をしまっておき、それを一気に外に出して、

落下速度を増加させて敵の頭上から降らせるのだ。名を『デス・レイン』と言う。

この恐るべき広域殲滅魔法は支援術師なら誰でも使えるはずなのだが、

実際にはクリシュナ以外は使う事が出来ない。その理由は簡単で、

複数の物体の落下速度を同時にコントロールするのがとても難しいからである。

さすがは世界有数の頭脳というべきなのだろう。

 

(これなら地面に叩き付けられても生き残れそう)

 

 ランはそう考えながら落ちるに任せてその時を待っていたが、

そんなランの体はポスッという音と共に誰かに受け止められる事となった。

 

「大丈夫か?」

 

 その声を聞き違えるはずもなく、ランは即座にその人物の名前を呼び、抱きついた。

 

「ハチマン!」

「援軍に来たらいきなりお前が落ちてたから肝を冷やしたわ。

これに懲りたら集中しろよ、集中」

「ごめんね、油断してたわ」

「まあ無事だったんだから問題ない、とはいえ確かに俺達が加わっただけじゃ、

この状況を打開するのは難しそうだな」

 

 見ると後方ではリオンも攻撃に加わってくれているが、焼け石に水状態であった。

 

「そう、それなんだけど、ハチマン、あそこに上に行ける階段があったの」

「あそこに?それなら何とかなるか………」

 

 ハチマンは即座に決断したのか、一旦仲間達の所に戻った。

 

「ユウ、リーファ、フェイリス、五人で階段から上に行く、ついてきてくれ」

「上に?うん、分かった!」

「おっけ~、それじゃあ行きましょ」

「任せるのニャ!」

 

 ついでにハチマンは、ストレージから弾丸を取り出して、ダイン達の横に置いた。

 

「あと弾の予備も置いておく、しばらくは俺達に当てないように気をつけてくれよな」

「おう、サンキュー!」

「ハチマンさん、あざっす!」

「助かったよ、これでもうしばらく戦える」

「それじゃあ行ってくる」

 

 こうしてハチマン、ラン、ユウキ、リーファ、フェイリスの少数精鋭チームは、

階段から天井フロアを目指す事となった。



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第944話 反撃の狼煙

 出発準備を整えながら、ランが心配そうな顔でハチマンに話しかけてきた。

 

「ハチマン、私達がいなくなった後、こっちは大丈夫かしら」

「クリシュナがいるんだ、問題にもならん」

 

 ランのその問いに、ハチマンはあっさりとそう答えた。

 

「凄い信頼ね………」

 

 驚くランに、リーファとフェイリスは肩を竦めた。

 

「まあ実際事実だもん、仕方ないよ」

「多分銃の威力も上がってるのニャ、ゲームならではなのニャ」

「えっ、そ、そうなの?」

「だな、あいつの使う支援魔法は謎チートだからな、

ユキノですら、どうしてそうなるのかたまに首を捻ってる事があるくらいだぞ」

「そ、そこまでなんだ………」

 

 クリシュナの使う支援魔法はデフォルト状態からかなりいじってあるのだが、

どうしてそういう結果になるのか分からない物が大半である。

現実世界で世界有数の天才と呼ばれる少女は、

ゲームの中でもその異常な天才性を遺憾なく発揮しているようだ。

 

「それにリオンも加わったからな。最近のあいつは板野サーカスに凝っててな、

ロジカルウィッチスピアから撃つ魔法の弾道がかなりえぐいんだよ」

「板野サーカス?」

「何それ?」

 

 ユウキとリーファはその聞き覚えの無い単語に首を傾げた。

だが昭和を愛するランと、秋葉原の萌えを体現するフェイリスは、

当然それが何を意味するのか知っている。

 

「嘘、本当に?」

「い、いつの間にそんな技を会得したのニャ?」

「あいつは凝り性らしくてなぁ、クリシュナに手伝ってもらって詠唱を研究したらしいぞ。

丁度今リオンが構えてるから、見てみるといい」

 

 そのハチマンの言葉通り、リオンが前に出てきた所だった。

 

「目覚めよ、我が娘よ!」

 

 そのお決まりのフレーズと共にロジカルウィッチスピアが光り出す。

そしてリオンはその先端を敵へと向けた。

 

「エネルギー充填百二十パーセント!」

 

 このリオン、どうやらノリノリである。

 

「何か色々混じってない?」

「みたいだな………」

 

 そんなリオンを見て、ランとハチマンがひそひそと言葉を交わす。

 

「ロックオン………一番から四番、軸線に乗った!」

「今のセリフ、必要なのかニャ?」

「まあ楽しそうだからいいんじゃないか?」

 

 更にノリノリなリオンに、ハチマンは必死で笑いを堪えているような表情を見せた。

そしてリオンの表情が、いかにもクールといった感じに変化する。

 

「ロジカル・ビーム」

 

 その瞬間にロジカルウィッチスピアの先端から四本のビームが飛び出し、

複雑な軌道を経て全て敵に命中する。この技を既に見た事があるハチマンは、

遂に堪えきれず、そのリオンの芝居じみた態度に思わず噴き出したが、

他の者達はそのビームらしき物の速度と威力に驚愕した。

 

「お、思ってたのと違うニャ!」

「まるで雷みたいだったわね」

「リオンも成長したねぇ」

「凄い凄い!」

 

 リオンはドヤ顔でハチマンの方に振り向いたが、

ハチマンが笑っているのを見て、頬を膨らませた。

 

「ちょっと、何で笑ってるのよ!」

「お、おう、悪い悪い、でも一つ言っておくと、クリシュナも笑ってるからな」

「えっ?」

 

 慌ててそちらを見ると、確かにクリシュナが、プークスクスという感じで笑っていた。

そしてリオンに見られている事に気付いたクリシュナは、リオンに向けてこう言った。

 

「中二病、乙!」

 

 リオンは顔を真っ赤にしながらクリシュナの所に向かったが、

クリシュナは笑いながらもリオンにMPが徐々に回復していく魔法をかけ、

しっしっというようにリオンを追い払うようなそぶりを見せた。

 

「ほら弟子、キリキリ働け働け」

「くっ、お、覚えてろよ馬鹿師匠」

 

 その会話から、二人の関係が良好な事が分かる。

 

「な?あいつらがいればこっちは大丈夫だろ?」

「う、うん、そうみたい」

「余裕あるよなぁ、それじゃあ俺達は行くか」

「え、ええ、頑張りましょう」

 

 まだ圧倒されているのか、ランは彼女らしくもなく、

何の捻りもなしにハチマンにそう答えた。

そのまま五人は階段がある方に向けて走り始めたが、

階段入り口への道中は、リオン達から援護射撃が来る為、それはもう楽であった。

 

「ね、ねぇ、さっきのリオンの魔法、どうすればあんな事が出来るの?」

「おう、俺にもよく分からないが、相対性理論的に、世界システムがカオス理論らしい」

 

 さすがのランも、相対性理論の事は知っている。もっとも内容までは知らないのだが、

少なくとも世界システムやらカオス理論よりはまだイメージし易いようだ。

もっともそういった方面に詳しい者でも、

それらがどういった理屈でああなるのかは分からないであろう。

 

「な、何それ?」

「さあ………俺にもさっぱり分からん」

 

 二人は走りながら顔を見合わせてため息をつき、

一同はそのまま階段入り口へとたどり着いた。

 

「さて、ここからは援護無しで上る事になる、みんな、気をつけてな」

「う、うん」

「頑張らないとね!」

「気円ニャンをお見舞してやるのニャ!」

「私も魔法で援護するね」

 

 五人は周囲に気を配りながら階段を上っていく。

当然翼竜達が激しく攻撃を加えてくるが、ここにいる五人は精鋭である。

リーファが敵を風魔法で押し返し、貫通性の高いフェイリスの気円ニャンが敵を貫き、

ハチマン、ラン、ユウキの三人は、そんな二人に敵をまったく寄せ付けない。

そして遂に頂上までたどり着いた時、ランが一同をストップさせた。

 

「ハチマン、このまま上のフロアに足を踏み入れたら、一気に卵が孵化するとかないかしら」

「それはまああるかもしれないな、そうすると………

よし、フェイリス、この位置から可能な限り卵を破壊してくれ」

「了解ニャ!気円ニャン!」

 

 フェイリスはすぐさま気円ニャンを放ち、光の輪がフロアを蹂躙していく。

翼竜も何匹かいたが、まとめて真っ二つである。

どうやら一度の気円ニャンで、卵も含めて五匹程度倒すまでは、魔法が持続するようだ。

 

「フェイリスの気円ニャンも大概チートよね」

「だな、あれもリオンの中二ビームみたいに曲がるしな」

「そんな言い方したらリオンに怒られるわよ。

ところで気円ニャンってどうやって曲げてるの?」

「ニュータイプ能力………とでも言いたいところだが、

実際は短い音節の追加詠唱をする事で、コントロールしてるらしいぞ」

「あ、そうなんだ?」

 

 見ると確かにフェイリスの口が細かく動いている。

 

「要するに昔のラジコンみたいなものなのね、もしくは今で言うとドローン?」

「まあそんな感じだろうな、しかしこういう地形だと気円ニャンは強いな」

「ええ、凄く楽だわ」

 

 その言葉通り、確かにこの場所は高さが限られている為、

フェイリスの独壇場と言っても過言ではない地形となっている。

そしてフェイリスは、一人で見える範囲の卵を全て破壊した。

 

「とりあえず掃除完了ニャ!でもMPがきついから、しばらくは節約ニャね!」

「後は覚悟を決めて踏み込むしかないか」

 

 ハチマン達は頷き合い、天井フロアへと足を踏み入れた。

その瞬間にハチマンは、空気が変わった気配を感じた。

 

「これは、ランが言ってたのが正解っぽいな………」

 

 その言葉を肯定するかのように、

階段から死角になっていた辺りから小柄な影がたくさん姿を現した。

 

「予想通りだったわね」

「卵の中身はやっぱり人型かよ、これでほぼ確定だな。

まあ俺はそっちの方が得意だから、別に構わないけどな」

「ねぇハチマン、あいつら何か、口を開けてない?」

「ん?そうだな、だがあれは………」

 

 次の瞬間に、ハチマンは仲間達に向けて叫んだ。

 

「伏せろ!」

 

 さすがに四人は心得たもので、その指示に即座に従った。

一人立ったままだったハチマンは両手に持った雷丸を構え、

そちらの方から飛んできた何かを叩き落とした。

 

「これって………矢?」

「みたいだな、あいつら全員弓使いだ。

もしかしたら敵の種類ごとに職業みたいなものが割り当てられてるのかもしれないな」

 

 よく観察すると、敵が縦に開いたクチバシは、全て弓のような構造になっていた。

そして体内で生成されているのか、口の中から矢が出現し、それがこちらに飛んでくる。

弓の弦はどうやら舌によって引かれているようで、不気味な事この上ない。

 

「何だありゃ、気持ち悪いな」

「アメリカ人の発想ってたまにぶっ飛んでるわよね」

「日本人がそれを言うのはどうなのって突っ込まれそうだけどね」

「違いない」

 

 ハチマンはそう言いながら、尚も敵から放たれる矢を叩き落としていく。

 

「ハチマン、どうする?」

「見た感じ他に攻撃手段があるのかどうかは分からないが、

遠隔攻撃を行う敵に対してのセオリーなら決まってる………接近戦だ」

「確かにそう言われるとそうね」

「リーファ、フェイリス、援護を頼む。ラン、ユウ、俺達は突っ込むぞ」

「了解よ」

「任せて!」

「あまり時間をかけると何が起こるか分からないから、早速行くぞ」

 

 そう言ってハチマンは走り出し、ランとユウキはその後に続いた。



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第945話 脈動

 降りしきる矢の雨の中を、ハチマン達は走る、走る、走る。

どうやら敵の矢には限りがないようで、切れ目無くハチマン達に降り注ぐ。

だがハチマン達はそれをものともせず、

全ての矢を叩き落としながら適の懐へと飛び込んだ。

 

「弾幕が薄いわよ、何をやっているの?」

 

 ランはドヤりながら敵を斬り伏せた後、スッと頭を下げた。

ランの顔があった位置を、ブンッ、と敵のクチバシが通過していく。

 

「へぇ、それが接近戦の手段?でもお生憎様、私はザクとは違うのだよ、ザクとは!」

 

 ランはそう叫びながら敵のクチバシを斬り上げた。

 

「連続で来ない突きなんか全然怖くないわ、

だから貴方達はいつまでたってもボール止まりなのよ!」

 

 このラン、絶好調である。ランはそんな調子のまま敵を屠っていった。

さすがは昭和を愛するランだけの事はあり、そのセリフは実に多様であった。

 

「お前さ、こんな時にネタにばっか走ってるんじゃねえよ………」

「仕方ないじゃない、私はオタク文化が花開く直前の昭和を愛する痴女だもの!」

「………………はぁ」

 

 だがさすがのランも調子に乗りすぎたようだ。敵を罵倒した後、

何故か大見得を切ろうとしたランの足元近くの穴からいきなり翼竜が顔を出した。

ランは慌てて回避しようと無理な動きをし、足をもつれさせてその場に尻餅をついた。

その体に敵のクチバシが迫る。

 

「しまっ………」

「だから言っただろ、調子に乗ってばかりいないでもっと周りをよく見ろ」

 

 その翼竜の攻撃は、どうやら事前に気付いていたのだろう、

ハチマンの機敏な動きによって防がれ、ランはホッと胸を撫で下ろした。

 

「危なかった、翼竜なんかに乙女の純潔を貫かれる所だったわ」

「おいラン、そういう事を口に出して言うんじゃねえ、このなんちゃって乙女が」

「あら、ヤキモチを焼いてるの?心配しなくても、私の純潔はハチマンの名前で予約済みよ」

「勝手に俺の名前で予約を入れるな、キャンセルだキャンセル」

「まあその話は置いておいて、よくやったわハチマン、褒めてつかわす」

「えらそうだなおい………」

「私がエロそうですって?そんな事はハチマンが一番よく知ってるじゃない」

「おう、よく知ってるぞ、お前がただの耳年増で、実践の伴わないエア痴女だって事はな」

「ぐぬぬぬぬ、それはハチマンがちっとも私に手を出してこないからじゃない!

このインポ野郎!さっさと私のおっぱいを好きにしなさいよ!」

「いいからさっさと敵を攻撃しろ、もっと手を動かせ」

「やってるじゃない!」

 

 そう、驚いた事に、こんな頭のおかしな会話をしながらも、

ハチマンとランはきっちりと敵を仕留め続けているのだ。

さすがにセブンスヘヴンランキング一桁は格が違うという事だろう。

 

「もう、二人ばっかり楽しそうにいちゃいちゃしてずるい!」

 

 そんな二人を見て、ユウキがそう抗議してきた。

 

「別にいちゃいちゃはしてねえよ!?」

「あら、ユウも遂に、私とハチマンのただならぬ関係に気付いてしまったのね」

「ただならぬ?ああそうか、それはいいな、

今度からお前のボケに俺が突っ込む度に料金を徴収する事にするわ」

「分かった、それなら体で払うわ」

 

 そんなハチマンの塩対応にもランは屈せず、

訳がわからない事に戦いながら()()を作り始めた。

 

「うっふ~ん、どう?溢れんばかりのこの色気、体の一部にズキューンって来るでしょう?」

「全然溢れてなんかねえっての、それならリオンの方がよっぽど………」

 

 ナチュラルにエロい。

ハチマンがそう言おうとした瞬間に、その目の前を、リオンの中二レーザーが通過した。

さすがのハチマンも今のはびびったのか、即座に通信機を使ってリオンに抗議した。

 

「おいこらリオン、気を付けろ!マジで死ぬところだったぞ!」

『あれくらいじゃ死なない癖に何言ってるの?あと私は別にエロくない』

 

 ハチマンの抗議に対し、リオンからの返事はまさかの逆抗議であった。

 

「え、何お前、もしかして俺の考えを読んだの?お前ってサトリか何かなの?」

『女の勘』

「マジかよ、お前の女の勘やべえな………」

『いいからさっさと敵を倒してこっちを手伝って。それと、後で仕返しするから』

「いや、そうなったらけつをまくって逃げるからな」

 

 信じられない事に、この会話中もハチマンは普通に敵を屠り続けていた。

そんなハチマン達の人間離れした姿を、リーファとフェイリスは呆れた顔で眺めていた。

 

「援護の必要性が感じられないのニャ」

「うん、そうだね………」

「こうなったら自主的に下の敵の殲滅でも手伝うかニャア?」

「そうだね、卵も全部孵化しちゃったんだろうし、そうしよっか」

 

 二人はその旨をハチマンに伝えて承諾を得ると、その場から下に向かって攻撃を開始した。

卵を狙う必要もなくなったせいか、本隊の殲滅速度も上がっており、

ドーム内を飛び回る敵の数は、みるみるうちに減っていった。

 

「よし、上はあらかた片付いたか?」

「思ったよりも楽だったね!」

「まあかなり神経は使ったけどね」

 

 あちこちから矢が飛んでくるのだから、それも当然だろう。

普通のプレイヤーならかなりのダメージを負うか、もしくはもう死んでいる。

だがこの三人は普通ではない。

 

「下もそろそろ片付くか?」

「うん、大丈夫そうかな」

「ボスっぽいのはいなさそうだな」

「今のところはそうみたいだね」

「全滅させた瞬間が問題な気もするわね」

「だな、一応警戒するか」

 

 三人はそう相談し、上に何か無いかと端の方に寄り、辺りを軽く探索する事にした。

端に寄ったのは、味方の射線を塞がないようにという意味合いもある。

特にリオンは、下手をすると本気でハチマンに攻撃を当ててくる可能性がある。

 

「見事に何も無いな」

「ドロップアイテムも微妙じゃない?」

「あっ、見てハチマン、この柱だけ妙に太くない?

もしかしてここがこの部屋の一番奥かな?」

「って事はこの下が出口か?」

 

 下を見ると、確かに壁に出口のような物が口を開けているのが見えた。

 

「やっぱりそうみたいだな、このままぐるっと回って階段に戻るか」

「運営のケチ!」

「まあそう言うなって、経験は凄い事になってるからまあいいだろ」

「それはそうだけど………」

 

 ランはぷくっと頬を膨らませながら不満そうな表情をした。

丁度その時クリシュナから通信が入った。

 

「ハチマン、残り三匹で敵の殲滅が終わるけど、この後どうする?」

「今こっちも上を軽く探索したんだが何もなかったわ。

こっちはこのまま階段から下に降りるから、全員でドーム内を探索して、

何も無かったら少し休んで進軍続行だな」

「分かったわ、穴から落ちないように気をつけて戻ってきてね」

 

 ハチマン達は、そのまま外周を通って階段まで戻ろうとした。

リーファとフェイリスはどうやらもう下に降りたようで、下にその姿が見える。

代わりに階段を上ってくるリオンの姿が見え、ハチマンはそれを訝しく思い、通信を入れた。

 

「リオン、どうした?何で上に来たんだ?」

『何かあってもサポート出来るように、師匠が一応ハチマン達を迎えに行ってくれって』

「ああ、そうなのか。てっきり俺へのお仕置きが待ちきれなくて上に来たのかと思ったわ」

『そんな訳………あ、あれ?』

 

 その瞬間にドーム内が暗くなり、

通信機の向こうでリオンがきょとんとしたような声を上げた。

 

「何だ?」

『ハ、ハチマン、後ろ!』

 

 そのリオンの声を受け、ハチマンは慌てて振り向いた。

見ると先ほどいた場所にあった太い柱が赤黒く変色しており、

天井も同じようにどんどんと色が変わってきている。

 

「これってボスの出現の前兆とか?」

「かもしれないな、まあでも沸くとしても下だろう、とりあえずここで様子見だ。

最悪穴から飛び降りて敵に攻撃する必要があるかもしれないからな」

「「了解!」」

 

 さすがにこの状況ではランも茶化したりはせず、

二人はハチマンの指示に従ってこの場で周囲の警戒を始めた。

リオンも自己判断でこちらに向かってきている。確かにバラバラでいるよりは安全だろう。

 

「ハチマン!」

「おう、無事に合流出来たな」

「何か出てくるのかな?」

「だと思うが………」

 

 四人は何が起こってもいいように鋭い目で周囲を観察していたが、

結果的にこの判断は間違いだった。いきなり足元の金網も赤黒く変色したのだ。

 

「なっ………」

「ハチマン、金網に空いていた穴も塞がってるわ!」

「うええええ、何か脈うってない?」

「くそ、脱出口を塞がれたか、すまん、俺の判断ミスだ」

「何が起こってるんだろ?」

「クリシュナに確認してみるか」

 

 ハチマンはそう言って通信機を取り出したが、そこからはノイズしか聞こえてこない。

 

「通信機も使えないのか………」

「あれ、な、何か床が………」

 

 その直後にいきなり床が傾き始め、四人は足を踏ん張ったが、

角度がどんどん急になった為、ずるずると端の方へと追いやられていった。

さすが、ハチマンとランとユウキは転んだりする事もなく、上手く端へと到達出来たが、

決して運動神経が良いとは言えないリオンは、途中で耐え切れずに転んでしまう。

 

「きゃっ!」

「おっと」

 

 そんなリオンをハチマンが片手で受け止め、くるっと回して自分の方に引き寄せる。

 

「大丈夫か?」

「う、うん、ありが………」

 

 お礼を言いかけたリオンの顔がどんどん真っ赤になっていったが、

リオンがハチマンに背中を向けている為に、ハチマンはその事に気付かない。

 

「ん、どうかしたか?」

「いや、えっと………」

 

 リオンを受け止めた時、ハチマンはリオンの胸の部分に手を回していた。

そしてそのまま自分の方に抱き寄せたという事は、つまり今、

ハチマンはリオンの胸を背後から揉んでいる格好となっているのであった。

だが今はそんな事を言っている状況ではない為、

リオンは恥ずかしさに必死に耐え、状況が落ち着くまで我慢する事にしたのだった。

チラッと振り返ると、ハチマンはその事を意識する様子もなく、鋭い目で辺りを眺めている。

 

(うん、これは仕方ない、仕方ない事だよね)

 

 リオンがそう考えた瞬間に、ふわっと浮き上がるような感覚があった。

 

「ハ、ハチマン、何か浮いてる気がしない?」

「だな、これ、明らかに空を飛んでるな」

「私達、どうなるんだろ」

「攻撃されてる訳じゃないし、とりあえず様子見だな。とりあえずみんな、こっちに」

 

 ハチマンは開き直ったようにそう言い、ランとユウキが二人の方に近付いてきた。

そのせいで二人は当然ハチマンとリオンの状態に気付く事になる。

 

「あっ!リ、リオン、ずるい!」

「ん?何がずるいんだ?」

「だってハチマンが、リオンの胸を揉んでるじゃない!な、何て羨ましい!」

「へ?」

 

 それでハチマンはやっとその事に気付き、慌ててリオンの胸から手を離そうとしたが、

周囲が激しく揺れている為にそれもままならず、ハチマンは手を離す事が出来なかった。

 

「わ、悪いリオン、もう少し安定するまで待ってくれ」

「う、ううん、この状況なら仕方ないから」

「ううう、ず、ずるい!」

「ハチマン、ボクもボクも!」

「何がボクもなんだよ!大人しくしてろっての!」

 

 四人は緊張感がない状態のまま、しばらく揺られる事となった。

 

 

 

 一方本隊は、突然の環境の変化を受け、決断を迫られていた。

 

「クリシュナさん、兄貴達の姿が見えなくなった!」

「あの黒い膜みたいのは何なんだろ………」

「生き物の内臓みたいで気持ち悪いね………」

 

 ドーム内は今や真っ黒だった。幸い本隊が立っている床に変化は無いが、

壁もドクンドクンと脈打っており、このままここにいた方がいいのかどうか、

クリシュナは決断を迫られていた。

 

(敵を全滅させているのにいきなり即死イベントとかはありえないはず、

そうするとこれは………)

 

 そこで壁に次の変化があった。脈打っていた部分が、皮膜のような物に覆われてきたのだ。

 

(まさかこれ………ドーム自体が………)

 

「みんな、一旦外に退避!大丈夫、あの四人がそう簡単にやられるはずはないわ!」

 

 クリシュナはそう叫び、仲間達はダッシュで外へと離脱した。

その瞬間にドームが()()()()()、ギャアアアアという鳴き声が響き渡った。

 

「あ、あれって………」

「巨大な翼竜?」

「ドーム自体がボスってオチかよ………」

「これはまた、何とも豪快だね………」

 

 そんな一同をあざ笑うかのように、その巨大な翼竜は、いずこかへと飛び去っていた。

ハチマン達をその体内に収めたまま。



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第946話 岩の向こうには

 ハチマン達を飲み込んだまま飛び去っていく巨大な翼竜相手に何も出来ず、

ただ眺めている事しか出来なかった一同は、悔しげに唇を噛んでいた。

 

「くそっ、何なんだよあれは」

「兄貴達、大丈夫かな?」

「あの兄貴にランとユウキ、それにリオンの姉御もいるんだ、きっと大丈夫だろ!」

「とりあえず私達も後を追いましょう」

 

 一同は翼竜が飛び去っていった方角へと走り始めた。

その間にクリシュナは、第一軍と第三軍に連絡を入れている。

 

『さっき飛んできた翼竜はそういう事だったの、

いきなりだったから一応隠れたけど、こちらもその方角に向かってみるわ』

 

 第三軍のユキノは、特に何のトラブルにも見舞われていないようで、

問題なく翼竜を追いかけられるようだ。

だが第一軍のアスナ達は、どうやら苦戦中のようだ。

 

『そういえばさっき、真上を何かが通過していったかも。

でもごめん、なるべく急ぐけど、中々そうもいかないんだよね………』

「何か問題発生?」

『う~ん、問題っていうかね、例えて言うなら今の私達は、

ゲリラ戦を仕掛けられているようなものんだよね、だから中々先に進めなくて………』

「ゲリラ戦?敵のタイプは?」

『武器を持った人型ラプトルかな………』

「………それは厄介ね」

 

 マップ上で言えば、第一軍がジャングル地帯の中央を進んでいるのだが、

どうやらそこは、道も整備されていない、本当の意味でのジャングル地帯のようだ。

鬱蒼と茂った木々の間から、敵が絶え間なく攻撃してくるのだ。

第二軍と第三軍は東西に分かれて南に進んでいたが、

比較的道は整備されており、ハチマン達を追いかけるのに何の不都合もない。

 

「でも多分大丈夫よ、あの翼竜は第一軍がいる方向に飛んでいったみたいだし、

多分そのまま進めば自然に発見出来ると思うわ」

『分かった、それじゃあこのまま進むね』

「うん、お願い」

 

 事実、クリシュナが大雑把に記入した敵の移動方向と、

ユキノが記入した移動方向とは、アスナ達の正面で交わっていた。

おそらく中央のジャングルが激戦区になっているのは、そちらに何かがあるからなのだろう。

クリシュナはそう判断し、ユキノと相談の上、その交わる座標を目指す事にした。

 

「みんな、こちらが向かう先には人型ラプトルが待ち構えているみたいよ、

敵は基本不意打ちをしてくると思って、何か違和感を感じたら、かならず警戒して!」

 

 ユキノも同じような指示を出し、第二軍と第三軍も、

中央の深いジャングルへと足を踏み入れていったのだった。

 

 

 

「キリト君、左の茂みが動いた!」

「分かった、任せろ!」

 

 第一軍は、度重なる敵の襲撃に頑張って対応していた。

敵は狡猾であり、複数の方角から同時に奇襲をかけてくる。

こういう場合、どうしても受身にならざるを得ない為、進軍速度が上がらない。

 

「チッ、厄介な」

「気付かないうちに、卵の孵化条件を満たしちゃったのかな?」

「どうだろうな、でもまあ全滅させれば問題ないだろ」

「まあね」

「問題は本当にこの方角で合ってるのかって事だよな」

「出来れば真っ直ぐ目的地に着きたいもんね」

 

 一応指示された座標に向かってはいるが、それはあくまで推測であり、

このマップは広い為、本当の目的地からかなりズレてしまう可能性も否定出来ない。

 

「キリトさん、アスナさん、ちょっと手近な木に登ってみてもいいですか?

もしかしたら何か見えるかもしれません」

 

 その時レコンがそう提案してきた。

 

「上か………確かに一度見てみた方がいいかもしれないな」

「そうだね、レコン君、頼めるかな?」

「任せて下さい」

 

 レコンはドンと胸を叩くと、近くの木にするすると登っていった。

この辺りはさすがプロの斥候というべきであろう。

 

「みんな、今レコンが上から偵察してるから、一度ストップだ。防御陣形をとってくれ!」

 

 そのキリトの指示に従い、シリカ、シノン、イロハ、シャーリーを中心に、

他の者達がレコンの登った木を囲むように円陣を組む。

 

「これならまあ、奇襲を受ける事もないだろ」

「もし何か動く気配がしたら、とりあえず弓を撃ちこんでみるわ」

「私も狙撃してみます」

「私も私も!」

 

 シノン、シャーリー、レンの三人がその言葉通り、

少しでも何かが動いたらそちらに向けて射撃を行っていく。

たまに経験値も入る為、敵が殺到してきている事は間違いない。

そしてしばらくして、レコンから通信が入った。

 

『キリトさん、前方に岩山のような物が見えるんですが、

その陰に翼竜の頭らしき物が見えます!』

「お、頭隠して尻隠さずって奴か?まあ単純にデカいだけかもしれないけどな」

『今から正確な位置を計測してマップに反映させます、

第二軍と第三軍への連絡をお願いします』

「分かった、任せろ」

 

 キリトは直ぐにクリシュナとユキノと情報共有をし、

少しして、マップにレコンが記入した光点が表示された。

そこはここから五キロほど南南西に進んだ方角であり、

第一軍はそちらに向けて、再び移動を始めた。

 

「キリト君、ユキノとクリシュナの方はどうだって?」

「あっちもやっぱり奇襲されてるっぽいな、

ただユキノの方はGGO組が多い分、移動は楽みたいだ」

「ああ、確かにそうだね、しかもプロだしね」

「なのでもしかしたら、ユキノ達が一番最初に到着するかもしれないな」

「それじゃあこっちも急がないとだね」

 

 その時アスナにどこからか通信が入った。

 

「はい、こちらアスナ」

『おう、俺だアスナ、まあ今はシャナなんだけどな』

「って、ハチマン君?」

 

 アスナのその言葉に緊張が走った。今までいくら通信を入れても繋がらなかったのに、

いきなり連絡が来るという事は、ハチマン達が死んだ可能性が高いからだ。

そんな周りの様子を見て、アスナは慌てて自身の発言を訂正した。

 

「ごめんごめん、正確にはハチマン君じゃなくて、シャナからの通信だよ」

「え、シャナからなの?」

「うん、えっと………」

 

 アスナはハチマンに事情を尋ね、納得したように頷いた。

 

「なるほどなるほど、ごめん、ちょっと待っててね。

みんな、ハチマン君ね、どうしてもこっちと連絡が取れないから、

ログアウトしてキャラを変えたんだってさ」

「「「「「「「「「「「その手があったか」」」」」」」」」」」

 

 他の者達は、見事にハモってそう言った。

 

「で、そっちはどんな状況なの?」

『ドームの天井エリアにいきなり閉じ込められてな、

しばらく飛んでるような感覚がしてたんだが、

どこかに着地したみたいだから、辺りを調べたんだよ。

そしたら階段があった位置に、出口みたいな穴があってな、

他に何も無さそうだったからそこに入ってみたいんだが………』

 

 そこでハチマンは少し言い淀んだ。

 

「どうしたの?」

『何かコックピットみたいになってたんだよ、何なんだろうな、あれ』

「あ、ハチマン君、ドームがね、凄く大きな翼竜になって、

ハチマン君達を連れ去っちゃったって報告が来てたよ?」

『そうなのか?って事は、これは人型が乗り込むタイプの敵のボスって事か』

「かもしれないね」

 

 ハチマンはそれで事情を把握したらしく、納得したようにそう言った。

 

『今リオンがそこを調べてくれているんだが、もし動かせそうなら頂いちまおうと思う。

まだ脱出口が見つかってないから、同時にどこかから外に出られないか調べてみるわ』

「分かった、今は通信は無理なんだよね?」

『ああ、多分外に出ないと無理だと思う、

もしくはどこかをいじれば通信出来るようになるのかもしれないが、リオンの調査待ちかな』

「オッケー、そっちの居場所は確認済だから、私達もそっちに向かうよ」

『そうなのか?分かった、それじゃあまた何かあったら連絡するわ』

「うん、また後でね」

 

 それで通信は終わり、アスナはユキノとクリシュナに事情を説明し、

そのまま進軍を再開する事にした。

 

「えっ、マジかよ、巨大ロボットを操作出来るかもしれないなんて、

ハチマンの奴、ずるいな!」

 

 同じく話を聞いたキリトが、とても羨ましそうにそう言った。

 

「キリトさぁ、あんた子供じゃないんだから………」

「仕方ないだろリズ、ロボットってのはいつだって男のロマンなんだよ!

だろ?クライン、エギル」

「だな、必殺技とか出してみたいわ」

「俺はそうでもないけど、でもまあ乗ってはみたいな」

「でも翼竜タイプなんですよね?それじゃああまり格好良くはないような」

 

 シリカのその言葉に、キリト達は腕組みをした。

 

「確かに………」

「どっちかっていうと悪役って感じだな」

「しかも乗ってるのがあのハチマンだからな」

「どこからどう見ても悪役メカだな!」

 

 今はその程度の会話が出来るくらい、敵の襲撃が減っていた。

この先にあるのはボスエリアの可能性が高いはずなのに、おかしな話である。

 

「敵、出なくなったね」

「確かにな、みんな、油断しないように行こう」

 

 キリト達は移動速度は落とさなかったが、より周囲を警戒するように進んだ。

だが敵が減った理由はすぐに判明した。前方の岩陰に、ユキノ達がいたからである。

ユキノはし~っというように唇に手を当て、こちらに手招きしてきた。

 

「そうか、ユキノ達が先行してたから敵がいなかったのか」

「あの向こうに何かいるっぽいね」

「よし、行こう」

 

 キリト達は音を立てないように慎重に進み、ユキノ達と合流した。

 

「今丁度そっちに通信を入れようと思っていたところだったの」

「そうだったんだ、丁度良かったね。第二軍は?」

「もうすぐ到着するみたい、これで全員集合ね」

 

 そう言いながらユキノは岩の向こうを指差した。

そこにはハチマン達を飲み込んだ巨大な翼竜が鎮座している。

 

「うわ、大きいね………」

「あれが敵に回らないというのは助かるわね、仮に操作出来なくても、

ハチマン君達がコックピットを守ってくれれば無力化出来るものね」

「だね、それで他の敵は?」

「今のところは見当たらないわね、多分私達が近付いたら、

ほらあそこ、あの岩に空いている穴から出てくるんだと思うわ」

 

 ユキノがそう言って指差した岩の穴は、翼竜の半分程ではあるが、かなり巨大であった。

 

「うわ、もしかして敵もあれくらい大きいのかな?」

「否定出来ないわね、あ、あとそっちにポータルがあるから、解放しておいたわ。

これで街からここに直接来れるようになったわね」

「って事は、一旦ここで中断するのもあり?」

「そうね、ハチマン君と情報の摺り合わせをしないといけないもの」

「こっちから向こうに連絡が取れればいいんだけどね」

 

 その時単眼鏡を覗いて翼竜を観察していたレコンが小さな声で二人に話しかけてきた。

 

「アスナさん、ユキノさん、あの翼竜の目の部分にハチマンさんがいます!」

「えっ、本当に?」

「あ、ハチマン君だ、それじゃああそこがコックピットなんだ!」

「そのようね、それなら会話も出来そうだわ」

 

 ユキノは慎重に身を乗り出し、ハチマンが気付く事を期待してそちらにアピールした。

やがてハチマンもそれに気付いたのか、こちらに手を振ってきた。

 

「やった、気付いてもらえたね」

「ポータルが開通したからその事も伝えないと」

「そうね、またログアウトしてもらいましょう」

 

 ハチマンはこちらの意図に気付いてくれたのか、すぐに姿が見えなくなり、

代わりにシャナから連絡が入った。

 

『到着したんだな、こっちは………』

「待ってシャナ、ポータルが開通したの、直接こっちに来てもらっていい?」

『そうなのか?分かった、多分二十分くらいで行けると思うから、そこで休憩しててくれ』

 

 それから二十分後、その間に第二軍も合流し、ポータルからシャナが姿を現した。



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第947話 思わぬ戦利品

「俺の判断ミスのせいで心配させちまった、本当にすまん」

 

 シャナの第一声はそれであった。

 

「結局あれからどうなったの?」

「リオンがAUTOとMANUALって書いてあるスイッチを見つけてな、

それをMANUALに切り替えたら俺達にも操作可能になったかな。

目を開けられたのもそのおかげだな、おかげでユキノの姿が見えたんだが、

実はあの目、中がシャッターになってるんだぜ、笑っちまうよな、ははっ」

 

 シャナはそう言って楽しそうに笑い、翼竜に目を向けた。

 

「へぇ、あんな外見だったのか、あれはプテラノドンか?

例えて言うならメカプテラって感じか」

「おいおい、まさかゴリラとクジラのあいのこみたいな奴まで出てこないだろうな」

「版権の問題もあるし、それは大丈夫じゃないか?」

 

 シャナにあっさりとそう否定され、キリトはしょぼんとした表情を見せた。

 

「ちぇっ、あいつとは一度戦ってみたかったのに」

 

 その言葉に一同、ドン引きである。

 

「いやぁ、それは無い、無いわぁ」

 

 そう言う闇風に、ロウリィが同意する。

 

「私も大概だと思っていたけれど、上には上がいるものよねぇ」

「ええっ?シノンなら俺の気持ち、分かってくれるよな?」

「どうしてそので私の名前が出てくるのか意味不明なんだけど、

私はヘッドショット出来ない相手に興味は無いわよ」

 

 それはそれで物騒なセリフである。

 

「じ、じゃあコミケさん達!」

「アレと戦うのは確かにうちのお家芸だけど、もし本当にそうなったら俺は逃げるかな」

 

 他の三人、ケモナー、クリン、ブラックキャットもその言葉にうんうんと頷く。

 

「ぐぬぬ………じゃあフェイリスはどうだ?」

「アレのどこに萌え要素があるのニャ?」

「正論すぎて何も言い返せない………」

 

 そんなキリトの肩を、リズベットがポンと叩いた。

 

「キリト、バトルジャンキーもいい加減にしなさいよ、私が恥ずかしいんだからね」

 

 リズベットに怒られ、キリトはしょぼんとした。もう完全に尻に敷かれているようである。

 

「操作可能になったって事は、あれの操縦が出来そうなの?」

 

 今までの流れを完全に無視してアスナがハチマンに問いかけてきた。

さすがにハチマンとキリトと付き合いが長いだけの事はある。

 

「どうかな、まあリオン任せだな、別に無くても困らん」

「困るって、俺が乗るメカが無くなっちまうじゃないかよ!」

 

 再びキリトが突っ込んできた為、ハチマンはちらっとリズベットの方を見た。

 

「頼むリズ」

「オッケーオッケー、ほらキリト、あんたはこっち」

「あっ、ちょっ、待てって!」

 

 リズベットも心得たもので、そのままキリトを遠くに引きずっていった。

 

「まだ外には出れないの?」

「それがなぁ、もしかしたら自爆スイッチとかもあるかもしれないし、

下手にいじれないんだよな」

「確かにそうなったら全滅だね………」

「全滅はしないだろ、アスナは俺が守るからな」

「え~?一人だけ生き残っちゃっても、それはそれで困っちゃうよ」

 

 微妙にいちゃいちゃする二人に、たまらず他の者達が割って入った。

 

「はいはい、分かったから私達も出来るだけ守ってね」

「とりあえずあの翼竜がもう襲ってこないのなら、このまま奥に行ってみるか?」

「おっと、すまんすまん、あの洞窟の奥か………もういい時間だし、どうするかな」

 

 シャナは少し迷っていたが、攻略を明日に回すとしても、

中の様子は見ておいた方がいいだろうという事になり、一部で洞窟に突入する事になった。

クリシュナとフェイリス、それにリーファとレンはその場に残り、

リオン達が出てきたらそのフォローをする事になった。

このメンバーなら何かあっても十分対応出来るだろう。

 

「よし、それじゃあ行こう」

 

 いつも先頭にいるハチマンだが、今はシャナなので後方に陣取っていた。

その隣にはセラフィムが控えている。代わりに前を行くのはレコンであり、

そのすぐ後ろにユイユイと、キリト、アスナが続いている。

 

「敵の姿は無い………か?」

「この辺りで出ないという事は、奥に固まっているのかもしれませんね、シャナ様」

「確かにそうだな………」

 

 だがいつまで経っても敵は出てこず、一同は戸惑っていた。

 

「何で何も出てこないんだろ」

「もしかして俺達が翼竜を抑えてるからか?」

「その可能性は高いな………」

 

 実はあの翼竜はガーディアンのような役割を果たしており、

もしモードがオートのままだったら今ごろこの辺りは敵で溢れていたのだが、

マニュアルにスイッチが切り替わった瞬間に敵は消えていた。セーフモードという奴である。

そして戦闘は結局起こらないまま、シャナ達は次のポータルへと到着してしまった。

 

「………どうする?」

「今日はここまでだな、俺は一応もう少し先まで見てから一旦ハチマンに戻って落ちるわ」

「それじゃあ僕もお付き合いします」

「私も行くわ、もし何かあった時にヒーラーがいれば楽でしょうしね」

「それじゃあ俺も行くか、今日は特に用事も無いしな」

「そういう事なら私も行くよ、レコン君と副長でピクニックだね」

 

 レコンとアスナ、それにキリトとユキノがシャナに同行を申し出た為、

四人はそのまま奥へと向かった。

だが奥はそれほど深くなく、五分程で出口へとたどり着く事が出来た。

 

「うお、これは………」

「まさかこうくるとは思ってませんでしたね………」

「うわぁ、凄いねぇ」

「随分と近代的な町並みね」

 

 そんな五人の目の前に広がっていたのは、摩天楼という程ではないが、

十分な広さをもつ都市であった。

 

「ここはどの辺りなんだ?」

「どうなんですかね」

 

 二人はそう言ってマップを開いたが、いつの間にかマップは新しい物に更新されており、

二人がいる位置は、そのマップの北に表示されていた。

 

「中央の空に、フィールドみたいな物が浮かんでいるわね」

「あそこにラスボスがいるんじゃないか?」

「って事はここが最終目的地か」

「見ろよ、他の方角からも、道が繋がってるぜ」

「これは、そっちにも行けるって事なんですかね?」

「どうなんだろうな、まあ近くにポータルも無いし、行けないと街に戻れないはずだが」

「というか、あっちってもしかして、他の門から来る道なんじゃない?」

 

 その言葉にシャナは少し考え込んだ後、ニヤリとした。

 

「………って事はもしかして、他のエリアのボスを食い放題か?」

「可能性はあるな………外周を進めば危険も無いだろうし、ちょっと見てみるか」

「だね」

「どっちに行く?」

「多分西門が一番進行度が早いだろうから、そこはやめておこう。

あんまり早くここに来られると、うちの取り分が減っちまうからな」

「って事は一番近いのは東門に対応してる西の方角かな」

「だな、よし、行こう」

 

 五人は街に近付きすぎないように慎重に外周をぐるりと回っていった。

 

「ここか」

「それじゃあ奥へゴー、だな」

 

 五人はそのまま西通路を進んでいく。と、前方でざわざわと何かが蠢いているのが見えた。

 

「あれは………」

「人型の集団?」

「肉食竜だってのは分かるけど、種類が分からないわね」

「本来なら俺達の方にもあれが出現してたって事なんだろうな」

「見て、一匹だけ姿が違う敵がいるよ」

 

 アスナの指摘通り、その敵は他の人型よりも一回り大きく、

金属鎧のような物を身に纏っていた。

 

「あれが中ボスみたいな?」

「そうみたいだな、だが………運が悪かったな」

 

 そう言いながらシャナはM82を取り出し、床に寝そべって狙撃の体勢をとった。

 

「シャナ、外すなよ!」

「こんなもん余裕だ余裕」

 

 そしてシャナはコトリとトリガーを落とすように引き、

M82から放たれた弾丸は、そのボスらしき敵の頭をふっ飛ばした。

その瞬間に他の雑魚敵が、崩れるように消えていく。

 

「おお?こんな仕掛けになってたのか」

「手間が省けたね」

「一応この奥も見ておくか………」

 

 一同はそのまま進み、翼竜こそいないが、ポータルがあった広場までたどり着いた。

 

「お、ポータル発見、登録登録っと」

「ボスっぽいのはいないわね」

「そういやシャナ、さっきの敵、何か持ってなかったのか?」

「ああ、そういや確認してなかったな」

 

 シャナはストレージを操作し、驚いたような表情を浮かべた。

 

「おお?マジか?」

「何か落としてた?」

「これだな」

 

 そう言ってシャナが取り出してきたのは、まさかの対物ライフルであった。

 

「それって何だ?」

「AS50って書いてあるな、確かアメリカの特殊部隊が使ってる奴だ」

「おお、いいじゃないか」

「これを使えるのは………シャーリーさんだな、よし、シャーリーさんにあげるとするか」

「これでまたうちの戦力が増えたね!」

「これは他のボスも狙撃しないといけないな」

「まあ今日のところはここまででいいんじゃないか?

他の門の連中は、一日や二日じゃここまで来れないだろ」

「だな、よし、今日はここで落ちるか」

 

 一同はポータルを使って街に戻ったが、

そこには予想外にランとユウキ、それにリオンがいた。

 

「うお、お前らあそこから出られたのか?」

「うん、それなんだけどね………」

「あのね、ランがよろけて押しちゃったボタンが緊急脱出用のボタンだったらしくて、

ボク達空に打ち上げられちゃったんだよ」

「たまたま師匠がまだ残っててくれたから助かったけど、危うく死ぬところだったよ………」

「まあ脱出出来て良かった、どのボタンを押したら発動したんだ?」

「それが確認出来てないの、ごめんなさい」

 

 ランが気まずそうにそう言った。

要するにハチマンだけが、あの場に取り残されたという事になる。

 

「まあ気にすんな、その辺りは最悪死ねばいいだけだ。そうるれば街に戻れるからな。

あ、あとシャーリーさん、ちょっといいか?」

「は、はい、シャナさん!」

 

 シャナ大好きのシャーリーは、

名前を呼ばれるとまるで犬のように嬉しそうにシャナの下に駆けつけた。

 

「な、何ですか?」

「実はこれを手に入れたんで、シャーリーさんに使ってもらおうと思ってさ」

 

 そう言ってシャナはAS50を取り出し、シャーリーに手渡した。

 

「お、おぉぉぉおおぉおぉおおぉぉお………」

 

 それを受け取ったシャーリーは、顔を紅潮させた。

 

「い、いいんですか?」

「ああ、俺にはM82があるし、シノンにはヘカートIIがあるしな」

「あら、格好いいじゃない、私にもちょっと見せて」

「う、うん!」

 

 シノンもどうやら興味津々なようで、二人はわいわい言いながらAS50を手に、

話に花を咲かせていた。

 

「ありがとうございます、一生の宝物にします!」

「ああ、頑張って使いこなしてくれ」

「今からGGOの射撃場に行ってきますね!」

「分かった、頑張ってな」

「はい!」

 

 こうしてこの日の探索は終わり、

ヴァルハラ・ウルヴズはまた戦力を増強させる事となった。



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第948話 バーサス・ジュラリオン

昨日はすみません、また発熱してしまいまして、次の投稿も明後日になりそうですorz


 ログアウトした後ハチマンは、思わぬ人物から電話をもらい、歓談していた。

 

『やぁ八幡、やっと引越しが落ち着いたから、機会があったら今度うちに遊びに来てくれよ。

もちろんガブリエルも一緒で構わないからね』

「おっ、そうなのか、それじゃあ今度是非寄らせてもらうわ、ジョジョ」

 

 それはザスカー日本支社長に就任した、ジョジョからの電話であった。

 

『ところでトラフィックスのイベントの方は順調かい?』

「ああ、今日やっと最後の都市にまでたどり着けたよ」

 

 八幡のその返事を聞いたジョジョは、何故か無言になった。

 

「ん?どうかしたのか?」

『い、いや、聞き違いかな、今、ジュラトリアまでたどり着いたって聞こえたような』

 

(へぇ、あそこはジュラトリアって言うのか)

 

「ジュラトリアってのが最後の都市の名前なら、確かにそう言ったぞ」

『え?え?』

 

 どうやらこの段階でそこまでたどり着いているというのは、

ジョジョにとっては想定外だったようだ。

 

「あれ、そんなにおかしいか?

まあ確かにあのでっかい翼竜をスルー出来たのも大きかったと思うが………」

『ええっ、スザクをスルー?い、一体どうやって………』

 

(翼竜ってだけで、スザクっていう個体名まで出てくるって事は、

他の三ヶ所には翼竜はいないんだな、差し詰め白虎と青龍と玄武って感じか)

 

 八幡はそう思いつつ、事の経緯をジョジョに説明した。

 

『えっ、ドームで上に?ど、どうやって?』

「どうやってと言われても、普通に階段を上っただけなんだが………」

『いやいやいや、そこに行く前に一斉に卵が孵って、

階段からドラゴニアンが押し寄せてきただろ?

同時に天井に張り付いてた敵が襲ってきたはずさ、その状態で上に行くなんて無理だろ?』

「確かにその状態なら無理だったかもしれないが、

最初に天井に敵がいるって思って攻撃を仕掛けたせいで、

先に翼竜との戦いになったからな、その段階で手前の卵も全部破壊してたはずだ。

事実俺が上に行った時、手前の卵は全部破壊されてたからな」

『天井の敵に気付いただって?完璧に擬態してただろ?』

「いや、まあ色が違ったから敵かなって思って攻撃させたんだが………」

『ま、まさかそんな理由で………』

「な、なんかすまん………」

 

 どうやら八幡達がとった行動は運営的にありえなかったようだ。

 

『そ、そうか、手前の卵が消滅したせいで、

階段まで行っても他の卵の孵化が始まらなかったって事か………』

「きっとそうなんだろうな、孵化が始まったのは俺達が上に行ってからだったしな。

で、敵を全滅させた後、俺も含めて上に四人残ってたんだが、

そのままスザクの体内に飲み込まれて、拉致されたんだよ。

で、どうしようかと調べてるうちに、オートとマニュアルの切り替えスイッチを見つけてな、

それをマニュアルに切り替えたって訳だ」

『そんなスイッチあったっけ!?あ、いや、あった、あったな………

確かあれのデザインは他のゲームからの流用のはずだし、

中身をいじるより楽だったから、キング・ドラゴニアンが操縦する設定にしたんだったか』

 

(中ボスの名前はキング・ドラゴニアンか、それよりも今の話、他のゲームからの流用ね、

もしかしたらそこから辿ればあれの操縦方法が分かるかもしれないな、

ちょっと調べてみる事にするか)

 

 八幡はいい情報が手に入れられたと内心でほくそ笑んだ。

 

『まあそうなってしまったものは仕方ないね、

ラスボスの所には、全ての門から進軍してきたナイツが揃ってないと行けないから、

それまで適当に時間を潰しといてくれよ』

「ああ、街でも探索しておくさ。ところであのスザクって奴は、俺でも操作出来るのか?」

『可能なんだけど、出来ればボス戦に投入するのはやめてもらいたいかな、

攻略が楽になりすぎちゃうからね』

「そりゃそうだな、分かった、それ以外の用途で使う事にする」

『お、お手柔らかにね』

 

 そして電話を切る瞬間に、ジョジョのこんな呟きが聞こえてきた。

 

『はぁ、楽をしようとするとバチが当たるって事か、

今度からはもう少し気をつけないと………』

 

 そんなジョジョに、八幡は心の中でエールを送ったのであった。

 

 

 

 そして次の日の朝、八幡は時間を見計らって理央に連絡を入れた。

 

「おう、相対性ナチュラルエロ眼鏡っ子か?ちょっと頼みがあるんだが………」

『誰が愛しい人よ、恥ずかしいからやめてもらっていい?』

 

 その理央の返しに八幡は一瞬言葉を詰まらせた。

 

「お前、意外と図太いよな………

それに咄嗟にそう返せるなんて、やっぱり頭がいいんだな………」

『私だって、いつまでもやられっぱなしじゃないから』

 

 そう返事をする理央に苦笑しつつ、八幡は昨日ジョジョと話した内容を説明した。

 

『あれって他のゲームのデータを流用してたんだ?』

「ああ、多分だけどな。そんな訳で、悪いが俺は今から学校なんで、

その間にそれがどのゲームなのか、軽く調べておいてもらいたいんだよ。

ゲームの名前だけ特定出来れば、後は俺の方で調べてみるから」

『分かった、調べてみるね』

「悪いな」

 

 八幡はそのまま学校に行き、明日奈達に昨日得た情報を伝えた。

 

「へぇ、それじゃあ他の場所には、大きな虎と竜と亀がいるって事?」

「そういう事らしいな」

「ドラゴニアンにジュラトリア?へぇ、凝った名前だな」

「で、八幡、今日はどうするつもり?」

「そうだな、昨日中ボスを倒した西の奥を探索する班と、

南の中ボスを倒してそのまま奥を調べる班と、

数人で東、西、北門からの攻略がどうなってるのか調べてもらって、

最後にジュラトリアを探索する班に分かれる感じかな」

「あ~、結構やる事が多いね」

「ちなみに俺は、とりあえず理央の所に顔を出して、

スザクの操縦方法を調べてみるつもりだ。だからログインするとしても、少し後になるかな」

「八幡、俺にも動かさせてくれよ!」

「分かってるって、ジョジョはちゃんと操縦出来る前提で話してたからな、

絶対に動かせるはずなんだ、だから今日中に何とかしてみせるさ」

「いやぁ、楽しみだねぇ」

 

 昼までに八幡のスマホに今日の出欠状況が報告され、

それを元に明日奈と雪乃がACSを使ってメンバー分けを行い、

そして迎えた放課後、八幡は一人でソレイユにいる理央の所へと向かった。

 

「あ、八幡、待ってたよ」

「それっぽいのが見つかったって言ってたよな?」

「うん、今から実際に私がログインして、その様子をこのモニターに映しながら説明するね」

「そこまでしてくれたのか、悪いな」

「ううん、大した手間じゃなかったよ、メーカーも分かってたし楽勝だったかな」

 

 そう言ってリオンが見せてきたのは、『バーサス・ジュラリオン』というゲームであり、

そのタイトルを見た八幡は、思わず噴き出した。

 

「ぶはっ、タイトルがリオンじゃないかよ」

「そ、そんなに笑わないでよ」

「悪い悪い、つい、な」

「もう、とりあえず今からプレイしてみるから、そこのモニターで見ててよね」

「おう、分かった」

 

 そんな二人を見て、他の者達もこちらに集まってくる。

 

「へぇ、これがあれの元になったゲーム?」

 

 そう面白そうに画面を覗き込むのは紅莉栖である。

どうやら今日は外せない仕事があったようで、八幡と同じく少し遅れてログインする予定だ。

 

「これ、ロボットにダイブして戦うゲームとか、うちで作れたりしない?」

 

 横から真帆がそんな意見を出してくる。

 

「う~ん、こういうのは操作が難しい方がオトコノコにはうけるかもしれないね」

「ですね、そっちの方が俺も興味が沸きます。

普通にロボットと一体化するんじゃ、ALOとかと変わらない気もしますしね」

 

 レスキネンが真帆にそう言い、八幡もそれに同意した。

 

「へぇ、そういうものなのね、私にはよく分からない世界だわ」

「真帆さんはゲームとかはやらない方か?」

「そうね、やるとしても知能パズルとかかしら、そういうのは得意よ」

「ははっ、確かにそれっぽいな」

 

 四人がそんな感じで談笑している間に、どうやら理央がマシンに乗り込んだらしい。

そこに表示されているコックピットは、昨日見た物とまったく同じであった。

 

「お?確かにスザクとまったく同じだな」

 

『それじゃあ操作方法を説明するね』

 

 こちらの声は向こうに聞こえない為、偶然なのだが、

理央がタイミング良くそう言い、八幡は画面に見入った。

 

「なぁ紅莉栖、これって録画出来るよな?」

「心配しないで、もうやってるわ」

「お、サンキュー」

 

 そして画面の中で、理央が具体的に操縦方法を説明していく。

おそらくかなり頑張ってくれたのだろう、その説明は実にスムーズだ。

 

「あれがこうなってこれがこうなって………う~ん、全部覚えられる自信はないな」

「ALO内で見れるように、後で動画を送っておいてあげるわよ」

「何から何まで悪いな、サンキュー紅莉栖」

「いえいえ、どういたしまして」

 

『こんな感じだね、外の風景を普通に窓から見るのも出来るけど、

今回は視覚を同調させるね』

 

 直後に画面が再び切り替わった。

 

「これが外の風景か、普通に訓練場だな」

「自分の姿が見にくいわね、まあ当たり前なんだけど」

「横に見える羽根は完全に金属っぽいし、多分全身そうなんじゃないか」

「あっ、見て、向こうから何か来るよ」

「敵か?」

 

 どうやら向こうからやってきたのは戦闘機のようだ。

 

『敵発見、攻撃するね』

 

「あれと戦うんだ?」

「みたいだな、さて、お手並み拝見か」

 

 理央は敵に向かって普通に飛んでいたが、途中で大幅に減速し、

スッと下に下がると、そのまま胸を反らすように飛び、

背中を地面に向けた状態で敵の背後に回り、攻撃を始めた。

その最中に画面が百八十度回転し、天地が元の状態に戻る。

そのまま理央はあっさりと敵を撃破し、基地のような所へと帰投した。

 

『ふう、こんなもんかな』

 

「おお、あっさり倒したな、やるもんだなおい」

「というか、同じような武器がスザクにもついてるのかしら」

「どうなんだろうな、まあその可能性は高そうだ」

 

『ログアウトは専用スポットからしか出来ないんだよね』

 

 画面の中の理央は、そう言って歩き出したが、

画面の下の方で腕を交差させているように見え、

更に言うと、視点がかなり下向きとなっていた。

 

「理央の奴、あの手は何だ?腕組みでもしてるのか?」

「これ、かなり猫背になってると思うわよ、私もそうだから分かるもの」

「おかしな奴だな、まあそんな事はどうでもいいか」

「さて、私達は仕事に戻りましょうか」

「そうだね、いやぁ、他社製品も中々キョウミ深いね」

 

 三人はそのまま自分のデスクに戻っていき、八幡はぼんやりと画面を眺めていた。

理央はログアウト用のスポットにまもなく到着するようだ。

その扉が綺麗に磨きあげられていた為、そこに一瞬今の理央の姿が映し出される。

 

『あっ』

 

「あ」

 

 二人は同時にそう声を上げ、他の者達が何事かとこちらを見た。

 

「どうしたの?」

「い、いや、何でもない」

 

 そこに一瞬映し出された理央は、初期装備なのだろう、

下はアーミータイプの短パンで、上は黒のタンクトップ一枚という、

女軍人のような姿をしており、それで八幡は、

何故理央が猫背で腕組みしながら歩いていたのか理解する事となったのだった。

そして八幡は、ログアウトしてきた理央の肩を叩きながら申し訳なさそうに言った。

 

「悪かった、もうこのゲームはやらなくていいからな」

「あっ、う、ううん、他の人に見られるのが嫌だっただけで、

別に八幡が一緒なら構わないの。二人で一機を操作するモードとかもあって、

もしかしたらそれもスザクに反映されてるかもしれないから、

れ、練習しないといけないかもだし、今度一緒にやってみよ?」

「そ、そうか、まあスザクがまともに動かせるようになったらな」

「うん」

 

 そして二人は動画を送信した後、そのままALOへと乗り込んだのだった。



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第949話 謀略のリオン

 ハチマンはそのままインするとスザクのコックピット内に単独で出現してしまい、

外との連絡も取れなくなってしまう為、最初にシャナでログインし、ユキノに連絡を取った。

 

「ユキノか?今の状況は?」

『あら、思ったより早かったわね、こっちは順調よ。

シャーリーさんが早速新しい武器で狙撃に成功して、ジュラトリア南の中ボスを撃破したわ。

結果は同じく敵の全部隊の消滅、戦利品は弓だったらしいわ』

「弓だと?それじゃあシノンにしか使えないな、無矢の弓と比べてどうなんだ?」

『性能は上みたいね、これで無矢の弓はアスモさん行きになるわね』

「へぇ、そうなのか、名前は?」

『シャーウッド、というらしいわ』

「なるほど、それは強そうだ」

 

 シャナは、いかにもな名前だと納得した。

 

『それと各門の状況なのだけれど、西門に関しては、アルヴヘイム攻略団が突破して、

今次のエリアの中盤くらいまで攻略が進んでいるようね。

東と北はまだ無理みたい、特に北がまずいわね、どちらもぐだぐだなのだけれど、

東はまだ人数が多いから何とかなりそうらしいわ。

でも北は東より人数が少ないせいで、昨日全滅して敵のHPが全快してしまったらしいの。

なのでかなり時間がかかる事になると思うわ』

「そうなのか、どうしても駄目そうなら手伝うしかないだろうな。そうしないと、

下手をするとALO単独のバージョンアップに間に合わなくなっちまうかもしれないしな」

 

 ヴァルハラとしては、それは避けたいところである。

というかおそらく他のギルドにとってもそうであろう。

 

『なのでとりあえず、ジュラトリアの西に関しては後回しにして、

南の調査を優先させる事にしたの。そちらに戦力の六割を動員して、

探険部にもそちらに向かってもらったわ』

「各門の鍵が無くても行けたのか?」

『ええ、裏からなら平気のようね。六人を二人一組で各門の偵察に出していたのだけれど、

チェックが終わったから今は居残り組と一緒にジュラトリアの調査をしてもらっているわ』

「状況は分かった、引き続き調査を頼む」

『任せて頂戴、そっちの調子はどう?』

「幸いリオンがスザクの元ネタを見つけてくれたんでな、

とりあえずこいつの入り口を開けて、それからリオンと合流して、

スザクを乗りこなせるように頑張ってみるわ」

『分かったわ、気をつけてね』

「おう、操縦に失敗して落ちて壊すとかが無いように注意するわ」

 

 仲間達の活動が順調なようで安心したシャナは、そのままハチマンでログインし直した。

 

 

 

「さてと、とりあえずここから出るとするか、操作は確かここだったな」

 

 ハチマンがそう呟きながらコックピット下のレバーを引くと、

ガコン、という音と共に壁の一部が開き、そこから下に階段が伸びていった。

 

「ここが出口だったのか………」

 

 ハチマンはそのまま下に降り、う~んと伸びをした。

 

「あっさり出れて良かったな、さて、リオンを待つか」

 

 収納されていく階段を見ながらハチマンはそう呟き、その場に腰を下ろした。

だがのんびりする暇もなくリオンはすぐに現れた。

これはまあ、ポータルを使って街から飛ぶだけなので当然だろう。

リオンはハチマンの姿を見付け、真っ直ぐこちらに駆け寄ってきた。

 

「無事に出られたんだね」

「ああ、いけたいけた、それじゃあちゃんと操縦出来るか試してみようぜ」

「うん」

 

 リオンは尻尾の裏を調べ、バーサス・ジュラリオンと同じように、

そこに搭乗用のスイッチがあるのを見付け、そのボタンを押した。

すぐに上から階段が下りてきた為、二人は簡単にコックピットに乗り込む事が出来た。

 

「よし、順調だな」

「う、うん」

 

 先日四人がここにいても余裕だったように、コックピットは意外に広いのだが、

それでも密室には違いない。リオンとしては、どうしてもその事を意識してしまう。

 

(こ、こんな所で二人きり………)

 

 だがハチマンがそんな事を意識するはずもない。

ハチマンはコックピットの座席に腰掛けながら、指をポキポキと鳴らした。

 

「さて、それじゃあ動かしてみるか、先ず俺がやってみるから間違ってたら教えてくれ」

「分かった」

 

 分かってはいたものの、あまりにも平然としたハチマンの態度がリオンは恨めしかった。

 

(あ~あ、せめて逆ラッキースケベでも起こらないかな)

 

 リオンはそんな不穏な事を考えつつも、

やるべき事はしっかりやろうとハチマンの操作に間違いがないか、チェックし始めた。

 

「よし、起動スイッチを入れるぞ、ここで間違いないよな?」

「うん、合ってる」

 

 ハチマンの操作は実にスムーズであった。多分動画を何度も見返したのだろう。

スザクの目が光を放ち、羽根が広がっていく。

 

「問題なくいけそうだな」

「そうだね、とりあえずサブシートを出して、私はそこに座るよ」

「そんなのがあるのか」

「うん、このレバーをこう引っ張るとね………」

 

 リオンがレバーを引くと、ハチマンの後方の一段上がった所に別のシートが出現する。

 

「そんな所に………」

「私も始めて知ったよ、二人で操作する場合はこっちが火器管制かな、

まあやった事ないけど」

「なるほど、後でやってみようぜ」

 

 ハチマンはそう言いつつ操作を続け、リオンはそれを、

ハチマンの背中越しに、後ろから覗き込むような格好で確認していく。

リオンが意図してやった訳ではなかったのだが、

その過程でハチマンの後頭部にリオンの胸が軽く触れる。

それに気付いた瞬間に、リオンの目がキラリと光った。

 

(あっ、このシチュエーションってあれを試すチャンスなんじゃ………)

 

 思春期をこじらせつつあるリオンは、どんな小さなチャンスでも決して見逃さない。

 

(でも『当ててんのよ』をやっただけじゃ、すぐ座れって言われるのがオチなんだよね。

まあ前から考えてた通りにやってみよっと)

 

「それじゃあ飛んでみようよ」

「そうだな、やってみるか」

 

 ハチマンが左にあったレバーを引くと、スザクがふわっと舞い上がる。

 

「おお、飛んでるな」

「こういうのも楽しいよね」

 

 ハチマンはまるで子供のようにはしゃいでいた。

リオンはそれを微笑ましく思いながらも、転ばないように慎重に立ち上がり、

ハチマンの頭のすぐ後ろに自分の胸を持っていく。

 

(このくらいかな、うん、覚えた)

 

 リオンはそのまま何もせず、ハチマンと一緒にスザクでの飛行を楽しんだ。

窓から外を見ると、下に仲間達の姿が見える。どうやらこちらに手を振っているようだ。

ハチマンとリオンはそちらに手を振り返し、一旦元の場所に戻る事にした。

 

「これくらい飛べれば問題ないな、次は二人での操縦がどんな感じなのか試してみよう」

「うん、そうだね」

 

(よし、ここで勝負!)

 

 先ほど考えた通り、仮にリオンが飛行中にハチマンの頭に胸を押し付けても、

ハチマンはおそらく、『はぁ、まったくお前らときたら………』

などと言うだけで済ませてしまうはずだ。

それはかつて、多くの仲間達が通ってきた道でもある。

そうさせない為には、ハチマンに先に手を出させる必要がある。

リオンはそう分析し、以前からそれに対する対策をいくつか考えていた。

その対策は、実は驚くほどシンプルなものであった。

リオンは下手に凝った事をするよりその方が効果が高いと考えたのである。

そしてついに今、その作戦のうちの一つを実行するチャンスが訪れた。

リオンは着陸のタイミングでそれを実行する事を決め、

スザクが無事に地面に降り立った直後、ハチマンが視覚の同調を解き、

こちらに振り向こうとした瞬間に、シートの頭を乗せる部分の上に胸を突き出した。

その作戦はまんまと成功し、無事に飛行を終えた興奮状態のまま、

リオンに話しかけようとしたハチマンの顔が、とても柔らかい物に埋まった。

 

「おわっ」

「きゃっ!み、見ないで!」

 

 リオンはそう叫び、ここぞとばかりにハチマンの頭を抱え込んだ。

見ないでも何も、見られて困るような状態ではまったく無いのだが、

ハチマンの頭を抱え込む口実を、無理やり口にした格好である。

だがそれにより、思わぬ副次効果が発揮された。ハチマンが混乱したのである。

 

(え?やべ、リオンの奴、見たらまずいような状態になってたのか?)

 

 そんな事はまったくない、あるはずもない。

だがパニック状態のハチマンが選んだのは、とりあえず謝る事、であった。

 

「す、すまん!」

 

 素直に謝ればリオンが許してくれないはずはなく、

それで落ち着ければ事情も分かるだろうと考えたからだが、

ハチマンのその選択はリオンに読まれていた。

 

(このまま押し切る!)

 

「も、もう、いきなりだったからびっくりしちゃった、

こ、この事はみんなには内緒だからね」

 

 リオン必殺の、二人だけの秘密攻撃である。

その時リオンは頬を赤らめて恥らっていたが、これは演技では無い為、

ハチマンは先ほどのリオンの言葉にまったく疑問を持つ事が出来ない。

 

「え?あ、いや、そ、そうだな、悪かった」

 

 ハチマンはどこか納得出来ないながらも、とりあえず丸く収まりそうだと安心した。

少なくとも事の起こりはハチマンが急に振り向いた事であるのは間違いなく、

一歩間違えばアスナからお仕置きを受けてしまう可能性もあったからだ。

 

(こういうのにも慣れちまったな、まあよくある事だ、多分)

 

 実際ハチマンに限って言えばそうなのだが、

そう納得してしまう時点でハチマンは既に、

周りの肉食系女性陣にかなり毒されてしまっている。

とりあえず闇風はハチマンにキレていい。薄塩たらこも材木座もキレていい。

 

 それはさておきリオンの攻撃は完璧に成功した。

今後多少エスカレートしても、二人だけの秘密が増えるだけであり、

その分ハチマンの負い目が増えていくだけであろう。

だがその事でハチマンがピンチになる事はない。

何故ならこの事をリオンがアスナに律儀に報告するからである。

この事でリオンが得る利益は、アスナの中でのリオンの序列上昇である。

正妻の座が望めない以上、いくら二人だけの秘密を作っても意味がないのだ。

それならこれこれこういう攻撃が成功し、こういう感じになりましたと自らアスナに報告し、

ハチマンに対するアスナの手札を増やすのに貢献した方が、将来ワンチャンあった時に、

それをモノにする為にアスナの後押しが得られる可能性が高まる。

 

 ちなみにスザク絡みの今日の出来事は、これで終わりではなかった。




すみません、頭の悪い話になったのはきっと熱のせいですorz


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第950話 妄想と現実

(うん、これって大成功だったんじゃない?)

 

 リオンは今回の結果にかなり満足した。

自分の妄想が実現した事がかなり嬉しかったのだろう。

高校二年までは片思いを拗らせて毎日悶々としていた事を考えると、

実に立派に成長を遂げたと言っていい。

もっともその成長の方向性が正しいのかどうかはまた別の問題であるのだが。

 

「よ、よし、それじゃあ気を取り直して二人用ってのをやってみようぜ」

「あ、うん、そうだね」

 

 こちらはリオンにとっても初体験となる為、リオンは即座に頭を切り替えた。

 

「この下のレバーを引いて捻るってのは知ってるんだよね、

で、前のシートが操縦で、後ろのシートが火器管制」

「ほうほうそうなのか」

 

 そしてリオンがレバーを引くと、前方のシートの形状が変わった。

おそらく日本のいくつかのアニメに影響を受けたのだろう、

操縦用のシートはバイク型であった。要するに跨って前傾姿勢をとるタイプである。

 

「どっちがどっちを担当する?」

「どうせ後で交代するんでしょ?私はどっちからでもいいよ」

「そうか、それじゃあジャンケンでもするか」

「そうだね」

 

 その結果、リオンが前で操縦、ハチマンが後ろで火気管制を担当する事になった。

 

「よ~し」

 

 リオンはストレッチをしながらやる気に満ちた表情を見せた。

さっきの成功で気を良くしているのもあるが、単純に楽しみなのだろう。

 

「さて、それじゃあスザクをまた起動するね」

 

 リオンがそう言ってボタンを押した瞬間に、二人の視界が変化した。

 

「きゃっ」

「うおっ」

 

 二人は驚いたが、先に冷静さを取り戻したのはハチマンであった。

 

「リオン、こっちは自動でスザクと視覚同調したみたいだ、そっちも何かあったのか?」

「あ、うん、視界が三百六十度に広がったの」

「マジか、全天周囲モニターって奴か、それは俺が操縦する時が楽しみだな」

「とりあえず飛んでみるね、基本の操作方法は同じみたいだし」

「おう、頼むわ」

 

 そしてスザクは再び大空に舞い上がった。

操縦の基本は同じのようで、リオンは何も苦労する事なくスザクを操れている。

 

「やるじゃないかリオン、動きがさっきと変わらずスムーズだ」

「ふふっ、短い時間だったけど、バーサス・ジュラリオンでそれなりに練習したからね」

「いっそALOでもジュラリオンに改名するか?」

「もう、茶化さないで!」

 

 そう抗議しながらも、リオンはとても楽しそうであった。

 

(リオンは将来バイクの免許を取って、あちこち走り回るようになるのかもしれないな)

 

 ハチマンは何となくそう思い、

リオンのライダースーツ姿を想像し、ぶんぶんと頭を振った。

胸の部分が非常にけしからん状態になっている姿を想像してしまったからだ。

 

(いかんいかん、さっきの影響がまだ残ってるな、雑念を消さないと)

 

 そう思いながら、ハチマンはきょろきょろし、

何か標的になるような物が無いか探し始めた。

その瞬間に軽快に飛んでいたスザクが何故か急制動をかけ、空中で静止した。

油断していたハチマンは前のめりになり、()()()に手をついた。

 

「危なっ!おいリオン、どうかしたのか?」

「………………あ、う、うん、ちょ、ちょっと待ってて」

「お、おお、分かった」

 

 ハチマンは()()()から手を放し、周囲のチェックを再開する事にした。

 

(それにしても操縦席のシートって柔らかいんだな)

 

 ハチマンはそう思ったが、ハチマンが手をついたのは当然シートではない。

 

(ど、どどどどうしよう、思いっきりお尻を揉まれちゃった………)

 

 ハチマンからは見えなかったが、リオンは実はかなり焦っていた。

それはお尻を揉まれたからではなく、他に理由がある。

リオンはハチマンにお尻を揉まれる少し前に、

何となく後方の確認をしようと振り返ったのだが、それで気付いてしまったのだ、

スザクを操縦している時、自分のスカートがひらひらしている事を。

それはつまり、もし今ハチマンがスザクとの視覚同調を切ったとしたら、

ゲーム内とはいえ、自分のパンツがハチマンから思いっきり見えてしまうという事なのだ。

ヴァルハラの一般メンバーの制服として決まっているのは、

ヴァルハラ・アクトンという上着だけであり、

下に関してはメンバーの自由となっているのだが、

ヴァルハラの女性陣は基本、ハチマンへのアピールの為にミニスカートしか履かない。

リオンも当然そうしており、見られる事はむしろ望む所でもあるのだが、

問題は、現在のシチュエーションにあるのだ。

 

(こ、これは恥ずかしい、けどハチマンからは見えてない、そう、見えてるけど見えてない)

 

 リオンはその事実に激しい背徳感を感じ、そのせいで極度に興奮していたのだった。

ソレイユに入り、色々な事を学んできたリオンだったが、

ヴァルハラの女性陣と交流を深める過程で、余計な事まで学んでしまったようだ。

もしハチマンがその事を知ったとしたら、

真っ先にクックロビンとフカ次郎を締め上げたのは間違いない。

 

(これはかなりやばい、出来れば私だけの秘密にしたいけど、

でも他の人も乗るんだし、直ぐに分かっちゃうよね。

うん、やっぱりこの事もアスナさんに報告しなきゃ)

 

 リオンはそう考え、それで一応落ち着く事が出来た。

後日アスナが自らハチマンと一緒にスザクに乗り込み、

大興奮の末にこの行為自体には何の実害も無い事を認め、

ガス抜きと称してACSのヴァルハラ女性限定グループ内のチャットでその事を公表した為、

ハチマンはしばらく一部の肉食系女性陣に、

スザクの火器管制役を延々とさせられる事になるのだが、それはまた別のお話である。

 

「ごめん、もう大丈夫」

「そうか、それじゃあとりあえず南東に向かってくれ、

とりあえずあそこの岩を標的にして攻撃してみるわ」

「了解」

 

 そこから二人による岩への攻撃が始まった。

元々スザクはボスクラスの敵として設定されており、

その火力には凄まじいものがあった為、

遠目にそれを見た、街を探索していた仲間達は、その凄まじさに驚く事となった。

 

「よし、かなり満足したわ、それじゃあリオン、一度帰投して役目を交代しようぜ」

「分かった、一旦戻るね」

 

 リオンはスザクを見事に操り、スムーズに元の場所に着陸させた。

そしてハチマンにバレないようにそっとスカートを直し、何くわぬ顔でシートから下りた。

 

「どうだった?」

「おお、凄え興奮したわ」

「………そ、そう、まあ私もそうかな」

 

(ハチマンが興奮した、ハチマンが興奮した、ハチマンが興奮した………)

 

 リオンの脳内で、その言葉が何度もリフレインされた。

同時にハチマンがじっとリオンの下半身を見ている光景を妄想し、

リオンは再び極度の興奮状態に陥った。相対性妄想眼鏡っ子の面目躍如である。

 

「お、リオンもこういうのが好きなのか?また一緒に乗ろうな」

「う、うん、喜んで!」

「そんなに楽しかったのか、ならまあ良かったな」

 

 ハチマンは笑顔でそう言い、リオンはほんの少し罪悪感を感じたが、

これは人生のスパイスのような物だと思い直し、再び冷静さを取り戻した。 

 

「よし、それじゃあ今度は俺が操縦な!」

「はいはい、まったく子供みたいなんだから」

 

 ハチマンとリオンは場所を交代し、そしてスイッチを入れた瞬間に、ハチマンが絶叫した。

 

「うおおおお、マジで全天周囲モニターじゃないかよ、今俺は最高にニュータイプだ!」

「ごめん、言ってる意味が全然意味が分からない」

「まあ当然だな、これは男のロマンって奴だ」

「………まあ楽しそうだからいいけどね」

 

 そんなクールなリオンに、ハチマンは不満を述べようと振り返って硬直した。

よく考えて欲しい。ハチマンは前傾姿勢をとっている為にその視点はかなり低く、

リオンを見上げるような格好となっている。

そしてリオンはミニスカートを履いて、ハチマンの真後ろに座っているのだ。

その足は踏ん張っている為に若干開いており、つまり今のハチマンからは、

絶対に見えてはいけない布が丸見えになっているのである。

先ほどはリオンの妄想であったが、こちらは現実である。

 

「なっ………」

「ん、何?」

「い、いや、何でもない」

 

(やばいやばいやばい、これがバレたら絶対リオンに、

『ハチマンってブタ野郎だね』とか言われちまう。

というか問題はそこじゃねえ、これには俺以外の奴も乗るんだった。

残念だが、男同士で乗る時以外はスザクを男が操縦するのは禁止にするべきだな………)

 

 ハチマンは即座にそう決断し、この日のうちに、その旨を全員に連絡した。

当然疑問を抱く者もいたが、ヴァルハラにおいてハチマンの命令は絶対である為、

全員がその指示にちゃんと従ってくれた。

こうしてハチマンとリオンの思惑が上手く噛み合い、

女性陣はルールだからと言い訳しつつ、内心では喜んで操縦役を志願し、

ハチマンもやましさを誤魔化す為に指示を出したせいもあり、

女性陣の要求をまったく断れなくなってしまうという、

ある意味罰ゲームのような状況が出来上がったのであった。



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第951話 三門、それぞれの戦い

 東門での戦闘には千人近くが参加していたが、その中にMMTMとT-Sがいた。

組んだ相手はどちらも中堅ギルドだった為、ここか北門のどちらかに回る予定だったのだが、

北門にはM&Gがいた為、こちらに回る事にしたのだった。

味方ですら撃つ可能性のある集団と共闘したくないのは当然であろう。

 

「くそっ、まさかこんな消耗戦になるなんてな………」

 

 東門の周辺は、明らかにGGO組の方が有利な戦場である。

そのフィールドは広く、見通しもいい。だがここにはとにかくALO組の人数が多かった。

そもそものゲームの規模が大きいせいもあるが、

北門にはサラマンダー軍が、そして西門には七つの大罪がいるという噂が、

プレイヤーの間で一気に広がったせいもあるだろう。

かつて大暴れしていたサラマンダー軍に嫌悪感を持つ者は多く、

まともな話が出来そうもないと思われている七つの大罪と共闘するのは誰でも嫌である。

もっとも今の戦力で言えば、七つの大罪側はそれなりに人数がいるが、

サラマンダー軍は種族同士で争う意味が無くなった事もあり、いくつかのギルドに分かれ、

ユージーン率いる領主軍は、今は三十人規模の中堅ギルドとなっていた。

ナイツを組んでいるのは何故かクラレンスただ一人である。これはクラレンスが、

組んでくれるスコードロンが無く困っていたユージーンに自分を高く売り込んだからであり、

高い報酬と引き換えにクラレンスが一人スコードロンを作り、

ナイツとしての最低限の体裁を整えただけというのが真相である。

クラレンスにとって唯一不満だったのは、

仲間内に口説けるような女性プレイヤーがいないという事だけであろうか。

 

「さすがのMMTMでもこれはきついか」

「いやいや、これは無理だろ、あいつら無駄に突っ込んでバタバタと死にやがるし、

援護しようにも撃てばフレンドリーファイアになっちまうよ」

 

 デヴィッドは戦場でたまたま会った、T-Sのエルビンとそんな会話をしていた。

両スコードロンとナイツを組んだALO組は突進はせず、無駄な犠牲者も出していないが、

初心者を中心としたプレイヤー達は、

死ぬかわりに少しでも敵にダメージを与えればいいと思っているフシがあり、

何のためらいも無く敵に突っ込んでいく。

トラフィックス内ではデスペナルティは無い為、これはこれでありなのかもしれないが、

実力者である彼らは、当然こういう戦闘は好きではない。

 

「………とはいえこのまま何もしないのはまずいし、俺達もやるしかないか」

「そうだな、まあ人生で一度くらい、こういう格好悪い戦闘を経験しておくのもいいだろ」

「そう言われるとそうかもな、よし、それじゃあ一丁やってみるか」

 

 こうしてMMTMとT-Sも、敵目掛けて突っ込んでいった。

死んだら運よく蘇生してもらうか、もしくは街に戻って再びここまで走ってくるという、

そんな地獄のような戦場を、人数の力で押しきり、

東門は開幕三日目に、ついに敵の完全な掃討に成功する事となる。

 

 

 

 北門は前述した理由により、参加人数がかなり少ない。

こちらにいるのはサラマンダー軍とクラレンス、それにビービーとZEMALのM&G、

それに十人規模のナイツが五つ集まった連合体が一つ、ただそれだけである。

頭数だけは百人規模まで膨れ上がっているが、千人近くを動員した東門とは比べ物にならず、

しかもそのナイツの連合体は、初心者が集まって出来た、名前すら無い互助会であり、

ここの鍵を取るのにも更に手伝いを呼んだという、

戦力としては数えられない集団なのである。

サラマンダー軍に対する悪感情は減りつつあるが、

M&Gがヴァルハラ・ウルヴズを敵に回したという噂はもう手遅れな程広がっており、

その後、和解ぎみに決着がついたという話はまったく伝わっていなかったのだ。

ビービーにとっては誤算な事に、どのナイツももう情報交換すらしてくれなくなっていた。

 

「これは参ったわね、ヴァルハラの人気を甘く見ていたわ」

 

 それでもM&Gが単独でも強力なナイツであったら、

まだ擦り寄ってくるナイツもいたのだろうが、いかんせんM&Gは零細ナイツであり、

ユージーンに頭を下げ、サラマンダー軍と同行させてもらう事は出来たが、

あまりにもプレイヤーの人数が少なすぎる為、ここを突破出来るかどうかすら分からない。

 

「敵と上手く距離をとれ、決して無理はするなよ!」

「で、でも将軍、敵のリーチが長すぎて………ぐわっ!」

 

 草食竜が、その長大な尻尾をぶんぶん振り回してサラマンダー軍を蹂躙していく。

特にこのエリアでは飛べないというのがとてつもないハンデとなっている。

さすがのユージーンやビービーも、こればかりはどうしようもない。

ユージーンは思わぬ敵の強さに焦り、自分が何とかしないとと無理を繰り返した結果、

今は普通にリメインライトと化しており、そこから一気に戦線が崩れた為、

どちらかというと対人が得意でモブ狩りは苦手なビービーも、

その後を追うように死亡してしまい、全滅の憂き目に遭っていた。

ヴァルハラの偵察隊が来たのは丁度その頃である。

ユージーンとは当然知り合いなのだが、リメインライトがずらっと並んでいる状況では、

そこに誰がいたのかを判別するのは不可能だ。

なのでハチマンへの報告は、人が少なく全滅していた、で済まされてしまったのである。

ここでユージーンが苦戦していると分かれば、

面白がって恩を売ろうとハチマンが援軍を送ってきたに違いないのだが、

ハチマンがその事を知るまでに、この日から二日もかかってしまったのであった。

 

(これは仕切り直しだな)

(これはユージーン君と話さないと駄目ね)

 

 二人は同時にそう考え、街に戻った後、どうすればいいのか二人で話し合った。

その甲斐あってか次の日からは、囮に敵を引っ張らせ、

攻撃をとにかく一匹に集中する事によって少しずつ敵を殲滅する事が出来たが、

多くの敵が走り回る事となり、一匹倒すだけでもこちらの消耗が激しかった為、

このままのペースだとおそらく一週間はかかってしまうだろうと思われた。

だがとにかくやるしかない為、ユージーンとビービーは疲労しながらも、

とにかく門の突破に向け、自分達に出来る事を黙々と続けていったのであった。

 

 

 

 最後に西門である。初日からいい滑り出しを見せただけの事はあり、

二日目で無事に門を突破する事が出来たアルヴヘイム攻略団は、

そのまま次の枯れ谷エリアの攻略を進めていた。

 

「いやぁ、さっきの人っぽいの、まさか魔法攻撃してくるとは思わなかったねアスモちゃん。

ハチマンさんが言うには、あれってドラゴニアンって種族らしいよ」

「ヴァルハラはもうあいつらの正式な名前まで知ってるの?

戦闘中に、そんな情報は見れなかったよね?」

「大きい声じゃ言えないけど、ザスカーに知り合いがいるんだって」

「………ずるい」

「攻略情報とかは聞いてないらしいよ、今攻略がどうなってるか話したら、

勝手にあっちが自爆したんだって」

「ああ、そういう事、まあ確かにハチマンさんは、そういうズルは嫌いそうだしね」

 

 移動中にこんな雑談が出来る程、アスモゼウスとヒルダはすっかり仲良しになっていた。

 

「そういえばアスモちゃん」

「うん」

「これもハチマンさんに聞いたんだけどさ、ここの最後の所にやばいボスがいるらしいよ」

「やばいって、どんな?」

「えっとね、四神って知ってる?」

「ああ、セイリュウ、スザク、ビャッコ、ゲンブの事?」

「そうそれ、詳しいねぇ、さっすが現代遊戯研究部」

「まあ定番だもん、で、ハチマンさん達は何に遭遇したんだって?」

「スザクだってさ」

「ああ、あっちは南門だもんね」

 

 アスモゼウスは納得したようにうんうんと頷いた。

 

「どうして南だとスザクなの?」

「さっき言ったセイリュウは東、スザクは南、ビャッコは西、ゲンブは北の守り神と、

昔から相場が決まってるのよ」

「そうなんだ、じゃあこの先には白い虎がいるのかな?」

「ええ、多分そうだと思うわ」

 

 二人は至極真っ当な思考を経て、そう結論付けた。

だが現実はそんな簡単なものではない。攻略が進み、そして二人の前に姿を現したのは、

まさかの重装甲のメカプテラであった。

 

「え、ええ~!?」

「何ですと!?」

 

 二人はそれを見て呆気に取られたが、それも仕方がない。

ビャッコが翼竜だなどとは普通考えないからだが、これには理由がある。

確かにザスカーの開発陣は、四神の概念の導入を決めたが、

そもそも恐竜時代に虎などいる訳がない。

そこでザスカーの開発陣は、四神の属性だけに注目した。

陰陽五行の、木、火、土、金、水の概念である。

それによると、セイリュウが木、スザクが火、ビャッコが金、ゲンブは水に対応している。

ビャッコの担当は金、つまり金属である。

なのでこのプテラノドンは、ビャッコという名前で、

分厚い金属装甲を持つ存在として設計される事となったのであった。

東洋人から見ると、実にエキセントリックな解決法である。

ちなみにスザクがまともにボスとしての役割を果たしていれば、

ハチマン達は、これでもかというくらい、炎のブレスに晒される事になったであろう。

 

「アスモちゃん、あれってどういう事!?虎さんじゃないよ!?」

「わ、私にも分からないわよ」

「でもやるしかないよね?」

「ええ、きっとうちの馬鹿どもが馬車馬のように頑張ってくれると思うわ」

「うわ、アスモちゃん辛辣ぅ」

「別にいいのよ、あいつらは毎日私の作り物の胸の谷間をチラチラ見てるんだから、

こういう時くらいしっかり働いてもらわないと」

「うわ、作り物とか、ぶっちゃけるねぇ」

「ヒルダだってそうじゃない」

「それはそうだけど、ま、まあ女の見栄だもん、多少盛るのは仕方ないよね?」

「うん、仕方ない仕方ない、騙される男共が悪い!」

「「イェーイ!」」

 

 そして二人はパチンとハイタッチをし、それぞれの仲間の所に合流した。

 

「おいファーブニル、どうするよ」

 

 スプリンガーにそう尋ねられ、ファーブニルは悩むような顔で敵を眺め、腕組みをした。

 

「あの装甲の硬さ次第ですね………物理攻撃が通るなら、

地上に引き摺り下ろす事を考えないとですし、

それが駄目なら遠隔攻撃と魔法でチマチマ削るしかないですね」

「俺としては物理攻撃が通る事を祈りたいね、うちは魔法を使える奴が少ないからな」

「ですね………」

「なら俺とサッタン、それにラキアさんの三人で仕掛けてみよう」

 

 その会話を横で聞いていたルシパーがそう言い、二人は頷いた。

 

「初手から最大戦力をぶつける、いいと思います」

「サッタンもそれでいいな?」

「おう、腕が鳴るぜ!」

「ラキア、頼んだぞ」

 

 ラキアはその頼みにコクリと頷いた。

 

「そうなると問題は、敵の足止めだな」

「魔法使い全員で敵の足元にアイスコフィンやアースバインドを、

同時に敵の体にウィンドチェーンやアクアリングを掛ければ、

三人が攻撃を当てるまでの時間は稼げるんじゃないですかね」

「よし、それでいくか、魔法使いは前に出ろ!準備が整い次第攻撃開始だ!」

 

 中々しっかりとしたチームワークである。

こういった姿をずっと見せられてきた為、

問題児だったチルドレン・オブ・グリークスの連中も、

表面上はすっかり大人しくなったようだ。

 

「準備は出来たか?それじゃあ攻撃開始だ」

 

 ルシパーのその宣言により、攻撃が開始された。

敵が静止状態で戦闘を開始出来るというのはやはり楽であり、

魔法使い達は存分に時間を掛けてしっかりと詠唱を完成させ、

敵の足元が氷と土で覆われ、その翼が緑と青の光によってぐるぐる巻きにされた。

同時にルシパー達三人が、雄叫びを上げて敵に襲い掛かる。

 

「うおおおおお!」

「くらいやがれ!」

「むふぅ!」

 

 ガン、ガン、ガン!

 

 三人の攻撃が、動きを封じられた敵にまともに命中する。

三人はそのまま足を止めて攻撃を続けたが、

敵のHPバーがほとんど減らない、とにかく減らない。

 

「くそ、攻撃がまったく通らねえ!」

「いくら何でも硬すぎだろ!」

「むぅ………」

 

 時間と共に敵に掛けた拘束魔法の効果が薄れ、遂に限界が訪れた。

バキン、という音と共に、ビャッコの羽根の拘束が解かれ、足元の魔法も消滅する。

 

「くっ」

「ぐおおおおおお!」

「ぐぬぬ………」

 

 そして自由を得たビャッコは、三人をぶっ飛ばして大空高く舞い上がったのだった。

ここからアルヴヘイム攻略団を筆頭とする西門チームの、苦難の戦いが始まったのである。



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第952話 情報交換

 その後、数時間は戦い続けたのだが、その結果、西門チームは敗北した。

とはいえ北門のように全滅したとかではなく、単純に火力不足である。

最初の攻撃の後、いくつか検証が行われ、

ラキアの全力攻撃で敵のHPが一ドット減るとして、

中堅プレイヤーの弓と魔法による攻撃では二ドット、銃での攻撃は三ドットくらい、

敵のHPが減るようだという観測が成され、

西門チームの参加プレイヤーのほとんどが近接アタッカーである為、

あまりにも削る速度が遅く、矢や弾丸、MP回復アイテムが全く足りないという事になり、

この日は無念ながら、撤退する事になったのである。

 

「ちっ、厄介な」

「面倒すぎるだろ、せめてこっちも飛べれば………」

「ムキー!」

「まあ敵は一体だけなんだ、次は勝てるっしょ」

「とりあえず戻って準備だな」

 

 幸い敵は、撤退する一同を追いかけてくるような事はなく、

一定距離を離れた段階で元の位置に戻った。

 

「平気みたいだな」

「敵の攻撃の威力が低いのは助かったけど、硬すぎだっての」

「あれで攻撃まで強かったら鬼でしょ鬼!」

 

 そう愚痴を言いながらも街に戻った後、西門チームは黙々と物資の補給を始めた。

そんな最中、アスモゼウスとヒルダがMP回復薬を買おうと店に入ると、

そこには偶然ハチマンとアスナ、それにシノンとリオンがいた。

 

「お?」

「あっ、ハチマンさん!」

「お、お疲れ様です」

「おう、二人ともお疲れ」

「相変わらずのハーレム状態なんですね」

 

 そう余計な事を言った瞬間に、ヒルダはハチマンから、ゴン!と頭に拳骨をくらった。

 

「い、痛っ………くない!」

「おう、知ってたわ」

 

 そんな二人に苦笑しながら、シノンがアスモゼウスに話しかけた。

 

「丁度良かったわ、はいアスモ、それじゃあこれ、約束の弓」

「えっ?」

 

 そう言ってシノンが差し出してきたのは無矢の弓であった。

シャーウッドが手に入った為に、用済みになったのである。

 

「い、いいの?」

「うん、代わりが手に入ったからもう大丈夫」

「攻略、順調なんだ………」

「まあうちはヴァルハラだしね、ところで今時間はある?

もしあるならこれから練習場に行かない?これの使い方を説明しないといけないし」

「あ、そうだね、うん、分かった。ごめんヒルダ、ちょっと行ってくるね」

「オッケーオッケー、行ってらっしゃい!」

 

 こうしてシノンとアスモゼウスは連れ立って練習場へと向かう事になった。

 

「そっちは苦労してるの?」

 

 そして残されたヒルダに、アスナが気さくに話しかけてきた。

 

「す、すみませんすみません、ほんのちょっと苦戦しております!」

 

 その何かを恐れるようなヒルダの話し方を見て、アスナは沈黙した。

 

「………ハ、ハチマン君、もしかして私って怖い?」

「ん?そんな事はまったく無いぞ、そもそもアスナが怖かったら、リオンなんか鬼だろ鬼」

「誰が鬼だっちゃ!」

 

 リオンはそうネタっぽい事を言って、即座にハチマンの足を踏みつける。

 

「お前、何でそんなネタを知ってるんだよ!」

「シノンちゃんの着信音がかわいかったから由来を聞いて、そこで知ったかな」

「くっ、ランとシノンのせいでヴァルハラに昭和が蔓延してやがるな、

っていうか咄嗟にそのセリフが出てくるなんて、やっぱりリオンは頭の回転が早いんだな」

「まあ師匠に鍛えられてるからね」

 

 その言葉にハチマンは、教えてもらってるのは勉強なのかネタなのかと、

一瞬頭を悩ませる事となった。

 

「………まあいい、おいヒルダ、もしかしてアスナが怖いのか?」

「う、ううん、緊張しただけ、今の会話で力が抜けちゃったからもう大丈夫」

「そうか、だそうだぞ、アスナ」

「そっか、それなら良かった」

 

 そうはにかむアスナの表情を見て、ヒルダは心臓がドクンと跳ねるのを感じた。

気が付くとヒルダはアスナの手を握り、こう叫んでいた。

 

「け、結婚して下さい!」

 

 その瞬間に再びハチマンの拳骨がヒルダの頭を襲う。

 

「い、痛っ………くない!」

「お前、それはさっきやったからな。で、今日の攻略はどうだったんだ?」

「えっと、ビャッコっていう名前の鳥が出てきて………」

「えっ?と、鳥?」

「お、おいちょっと待て、いきなり突っ込み所満載なんだが」

 

 当たり前だがさすがのハチマンとアスナも、

さすがにそんな事態は想定していなかったらしい。リオンも隣でぽかんとしていた。

 

「しかも敵の装甲が厚くて、ラキアさんでも手も足も出なかったというかですね………」

「マジかよ、あのラキアさんがその状態だと、どうしようもないんじゃないか?」

「でも遠隔攻撃全般はそれなりにダメージが通ったんで、

明日はそういう方向で戦う事になると思います、はい」

「ふうむ、でもドラゴニアンも同時に攻めてきてただろ?そっちの対策はどうしたんだ?」

「え?」

「え?」

 

 そのハチマンの言葉にヒルダは首を傾げ、ハチマンもそれに釣られて首を傾げた。

 

「いや、だって出てきたよな?ドラゴニアン」

「い、いえ、出てきてませんけど………」

「あ、あ~?あ~………」

 

 ハチマンはキョトンとしながらも、自分の中で何か折り合いをつけたのだろう、

何事も無かったかのように話題を変えた。

 

「ところでお前、試験結果はもう出たのか?赤点はとってないか?」

「ちょ、ちょっと、露骨に話を逸らさないで下さいよ!

赤点なんかもちろん一つもありません!

っていうか今のはどういう事ですか?もしかして色々と隠してませんか!?」

 

 ヒルダはハチマンの胸倉を掴み、ブンブンと前後に振った。

 

「い、いや、そうは言っても実際何が出現するのか俺達も知らないからな………」

「何でですか!ハチマンさん達は、スザクってのと戦ったんですよね?」

「え?」

「え?」

 

 今度は立場を逆にして、先ほどと同じ光景が繰り返された。

 

「まさか戦ってないんですか!?」

「ま、まあ大人の事情って奴だ」

「くっ、十八禁の壁が………」

 

 まだ十七歳のヒルダは、悔しそうにその場に崩れ落ちた。

 

「とりあえずお前さ、一度は絶対に大量の卵から産まれたドラゴニアンと戦ってるよな?」

「確かに戦いましたけど、ドラゴニアンが出てきた時は、別に卵なんて見ませんでしたよ?」

「………その時はどういう状況だったんだ?」

「えっと、ドーム球場みたいな場所があって………」

 

 その言葉にハチマンとアスナ、それにリオンは顔を見合わせた。

 

「で?」

「えっと、中を覗いても何もいなかったから、

そのまま進んだらいきなり上から翼竜が沢山襲ってきて………」

「「「あ~………」」」

 

 三人はその光景を思い浮かべ、何が起こったのか理解した。

要するにヒルダ達は、開発の想定通りに動いたのだろう。

 

「な、何かおかしいですか?」

「いや、おかしくない、それが普通だ」

「ですよね、で、その場で戦ってたら、横の階段からドラゴニアンがこう、わらわらっと」

「「「あ~………」」」

 

 三人は、やっぱりそれが普通なんだなと嫌でも理解させられた。

 

「な、何かおかしいですか!?」

「いや、おかしくない、それが普通だ」

「ハチマンさん達が普通じゃないみたいに聞こえるんですけど………」

 

 再び繰り返されたそのやり取りに、ヒルダは訝しげな視線をハチマンに向けた。

 

「いつから俺達が普通だと思っていた?」

「た、確かに普通だった事なんか一度もありませんね」

 

 そう断言するヒルダの顔を見て、アスナが落ち込んだような表情をした。

 

「私、自分の事普通だって思ってたんだけどな………」

 

 ヒルダはそんなアスナの仕草に母性本能をくすぐられたが、

余計な事を言うとまたハチマンに拳骨をくらうので、何も言わないように必死に耐えていた。

 

「アスナ、ヒルダが普通じゃないって言ったのは褒め言葉だから気にする事はないぞ」

「そ、そう、もちろん褒め言葉ですよ!」

「そうだったんだ、ごめんね、一人で落ち込んじゃって」

 

 ヒルダは全力でそれに乗っかり、アスナも笑顔を取り戻した。

 

「それでハチマンさん、さっきの………」

 

 続けてハチマンに色々質問しようとしたヒルダを、その時ハチマンが止めた。

 

「ちょっと一旦ストップだ、おいアスナ、リオン、見てみろよあれ」

 

 そう言ってハチマンが指差した先には、とぼとぼと歩くユージーンの姿があった。

 

「あれって………」

「ユージーン君だね、でもどうしたんだろ、凄く疲れたような顔をしてるね」

「よく見たら後ろにビービーもいるな」

 

 ハチマン達が目にしたのは、成す術もなく敗走してきたユージーン達の姿であった。

その少し後ろをカゲムネが歩いていた為、

ハチマンはこっそりとカゲムネにメッセージを送った。

 

『カゲムネ、左だ』

 

 そのメッセージを見たカゲムネが、バッと顔を上げ、ハチマンの方を見た。

ハチマンはそんなカゲムネに手招きし、

カゲムネはユージーンに気付かれないようにそっとこちらに移動してきた。

 

「ハチマンさん………」

「カゲムネ、何があったんだ?明らかにユージーンの様子がおかしかったが」

「それが、俺達は北門にいるんですけど、

人数が少ないせいもあって、まだ門を突破出来てないんですよ」

「………北門でプレイヤーが全滅してたって話は聞いたが」

「あ、はい、俺達です、サラマンダー軍の人数も、今は三十人くらいになっちまってて、

俺達も一緒に行動してるM&Gも、他のプレイヤーからはまだちょっと敬遠されてるんで、

戦力が東門の方にばっか集中しちゃったみたいなんですよね」

「敬遠?そうなのか?」

「はい………」

 

 そのカゲムネの自虐めいた言葉でハチマンは事情を知り、苦い顔をした。

確かに自業自得ではあるが、今のユージーン達は、

決して他のプレイヤーに嫌われるようなプレイはしていないからだ。

M&Gについてはまあ、ビービーはともかく、

ZEMALの連中についてはそう思われても仕方ないだろうなと感じていた。

 

「それで、突破は出来そうなのか?」

「今のペースだと一週間くらいかかるかもしれません」

「そうか、分かった、そっちは明日、俺達が何とかするから」

「いいんですか?」

「おう、あまり攻略が遅くなると、ALOのバージョンアップに被っちまうからな」

「すみません、ご迷惑をおかけします」

「何、お前達のせいじゃないさ、まあユージーン的には複雑な気分になるかもしれないが、

このまま無駄に時間をかけるよりはいいだろ」

「すみません、宜しくお願いします!」

 

 そしてカゲムネが去った後、ハチマンはアスナと話し合い、

明日北門に戦力を派遣する事を決めた。

このせいでヒルダのドラゴニアン絡みの話がうやむやになってしまったが、

そのせいで明日、西門チームが更なる混乱状態に陥る事となる。



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第953話 七天乱入

 次の日の夜、ユージーンは今日こそはという思いを胸に、

仲間達と共に北門へと向かっていた。

 

(とにかく俺が、俺が何とかしないと………)

 

 ヴァルハラが草食恐竜と戦っていない事は知らなかったが、

もっと人数が少ないはずのヴァルハラが、

既にかなり先まで行っているという噂を聞いたユージーンは、

いつまでもヴァルハラの後塵を拝する訳にはいかないと唇を噛み締めていた。

昨日一度は全滅したものの、後半は多少取り戻す事が出来た為、

今日のユージーンはかなり気合いが入っていた。

そして戦場に着いたユージーン達は、そのまま戦闘配置についた。

 

「タンク隊は前へ」

 

 ユージーンは配置についた仲間達にそう指示を出す。

それを受けて立派な装備を身につけたタンクが数名前に出て、フォーメーションを組んだ。

昨日の反省を元に強化された、ユージーン肝いりの部隊である。

 

「よし、斥候は敵を釣ってくれ、ビービー、そちらの指揮は任せるぞ」

「ええ、昨日でかなりコツが掴めてきたし、何とかしてみせるわ」

 

 そして斥候が敵の感知範囲内に入った瞬間に、

いつものように全ての敵が一斉に動き出した。

 

「これで何とかなればいいんだが………」

 

 タンク陣は昨日かなり痛い目に遭わされたたはずなのだが、

怯む事なく敵に立ち向かっていた。昨日は腰が引けていたのだが、今日はそんな事はなく、

それが幸いしたのか、こちらにぶつかってきた雷竜の突進を止める事に成功した。

 

「よし、今日はいけるぞ!総員攻撃開始!」

 

 すぐに攻撃の指示が出た為、アタッカー陣が敵に集中攻撃を開始する。

他の敵は斥候と足に自信があるアタッカーが担当し、マラソンしていく。

ここまでは実にスムーズであったが、問題はここからだ。

いつも崩れるのはこの後からだからだ。

 

「そろそろ尻尾の攻撃が来るぞ!」

 

 アタッカー陣はその言葉を受け、タンクの後方へと移動する。

尻尾がどちら回りで来るか見極め、そちらに移動する為だ。

敵の尻尾の攻撃は一周もしくは半周の二択となっており、

半周の攻撃ならば、そうする事で避ける事が出来る。

これは昨日の戦闘の映像を分析して得た情報であり、

ユージーンはそれを見てしっかりと対策を練っていたのだ。

だが一周攻撃だった場合、タンクがそれを受けきれるかどうかはまだ未知数であった。

そして轟音と共にしなる尻尾がタンクに迫る。

 

(半周か?一周か?)

 

 息を呑んで見守るユージーンの目の前で、

その尻尾はぐるりと一周し、タンクが抗えずにぶっ飛ばされた。

 

「だ、駄目だったか………」

 

 昔から対人、もしくは小型のモブ狩りばかりを繰り返してきたユージーンは、

ここにきて初めてボスクラスの巨大な敵と戦う事の大変さを知った。

だがここで戦う事をやめる訳にもいかない。

 

「体勢を立て直せ!治療班はタンクに癒しを!」

 

 ユージーンは、せめて昨日より一匹でも多くの敵を倒そうと、そう声を張り上げた。

 

 

 

「もしかしたら自力でいけるかと思ったが、あのタンク達じゃ無理だったか」

「ハチマン様、あれは転向組ですから、このクラスの敵の相手は無理です」

「装備はまともに見えるんだがなぁ」

「確かにそうですが、とても使いこなせているとは言えませんね、

多分必要ステータスがギリギリなんでしょう」

「やっぱ余裕がないと駄目か?」

「はい、自在に操る為には、最低限のステータスがあるだけでは駄目です。

それに敵の攻撃を受け止めるのも、敵に合わせたステータスが無いと無理ですね」

 

 ユージーン達の戦いを丘の上に腹ばいになって見ていたハチマンとセラフィムは、

そんな会話をしつつ立ち上がった。

そしてハチマンは少し丘を下り、後方でのんびりと寛いでいた仲間達に声を掛けた。

 

「どうやら戦況が思わしくない、予定通り乱入だ」

「お、ユージーンには悪いが待ってましただな!」

「やっと暴れられるわね」

「本当は介入する事なく自力で突破して欲しかったのだけれど」

 

 キリト、シノン、ユキノがそう言って立ち上がる。

 

「まあ仕方ないさ、防御がしっかりしていないと、消耗戦になってしまうからね」

「強いタンクの人って、他のギルドには中々いないよね」

「確かにうち以外で見た事がないですよね」

 

 そんな三人に、サトライザー、アスナ、シャーリーがそう感想を述べる。

 

「私達は他のゲーム出身だから、テッチが純粋なタンクとして育ってくれてて助かったわね」

「そうだね、もし全員アタッカーとかなら詰んでたかも」

「本当は誰か一人、魔法攻撃か遠隔攻撃が出来ればベストよね」

「だねぇ」

「ちょっと考えてみようかしらね」

 

 ランとユウキのその言葉にクリシュナが横からそう言い、

二人は腕組みをして考えるようなそぶりを見せた。

 

「さて、それじゃあ行きましょっか、ハチマン君、作戦はどうする?」

 

 最後に立ち上がったのはまさかのソレイユであった。

どうやらここにはセブンスヘヴンランキングの上位陣全てが揃っているらしい。

こういった戦場でこのメンバーが全員揃うのは、滅多にある事ではない。

 

「そうだな、初手はサトライザー、シノン、シャーリーさんだ。

攻撃をぶち当てたら敵の動きが一瞬止まるだろうから、

そうしたらセラフィムが突撃して敵のターゲットを保持、

そしたら残りの全員で一気に攻撃だ、あのHPの減り具合なら、

それだけで今ユージーン達が戦っている敵は倒せるはずだ。

後はどんどん釣ってどんどん倒す、以上だ」

「はぁ、大雑把よねぇ、私はどうする?」

「姉さんは大規模な魔法を準備して、俺から合図があり次第ぶっ放してくれ」

「はいはい、今から詠唱を開始すればいいのね」

「そういう事だ」

 

 話はそんな感じで簡単に纏まった。ここにいるのは歴戦のつわものばかりであり、

連携もとれている為に余計な説明は必要ないのだ。

そんな中、この中では一番経験が浅いシャーリーは、極度に緊張していた。

 

「シャーリー、大丈夫?」

「う、うん、ちょっと緊張はしてたけど、先鋒を任されたから、今はちょっと、ね」

「大丈夫よ、むしろシャーリーはモブ狩りの方が得意じゃない、

今回はただ敵に弾を当てて、後はみんなに任せるだけよ、簡単でしょ?」

「そう言われると確かにそうかも、移動する必要もないし、

敵の攻撃に備える必要もないね」

 

 そうシャーリーをリラックスさせようとするシノンを、ハチマンが茶化す。

 

「お前こそ外すなよ、シノン」

「もしそうなったらそれは私の()()の教育が悪いという事よ。

というか私が外す訳ないじゃない、し・しょ・う?」

 

 この言葉からお分かり頂けるだろうが、

今日のシノンはGGOのシノンとしてここに参加していた。

なので厳密にはセブンスヘヴンのシノンではないのだが、

そんな余計な突っ込みを入れる者はいない。

 

「ははっ、まあここには対物ライフルが三本もあるんだ、一人くらい外したって問題ないさ」

 

 そう言って笑ったのはサトライザーである。

そして三本という言葉から分かる通り、今回サトライザーも、狙撃手として参戦していた。

その手に持つのはシャナから託されたM82である。

これでシノンのヘカートII、シャーリーのAS50と合わせ、

三本の対物タイフルがここに揃った事になる。

 

「何よサトライザー、やる前から外した時の言い訳?」

「バレットラインが無いんだ、それくらいは勘弁してくれ、

まあそう簡単に外す気はないけどね」

 

 そう答えるサトライザーが着ているのはオートマチック・フラワーズ、

つまりここにいるのはGGOではなくALOのサトライザーである。

これは試験的な試みであり、一応事前の射撃試験で、

バレットラインが出ないだけで撃つ事は可能という事は確認済である。

 

「まあ確かにそれは大きいわよね、でも心臓の鼓動の影響が無くなる分、

腕がいい人には関係ないんじゃない?腕がいい人にはね」

「絶対外すなって?まあ努力はするよ」

 

 サトライザーはそう言ってM82を持ち上げてみせた。

 

「それじゃあ私達はあの高台に移動するわ、こっちの方が早いと思うから、

そっちの配置が終わったらさっさと連絡しなさいよね、ハチマン」

「この中で一番年下のお前が一番えらそうだよな………」

 

 ハチマンのその言葉に一同は笑い、シノンは顔を赤くしてハチマンの足を踏んだのだった。

どうやらシャーリーの緊張もそれで解けたようで、ハチマンは安心した。

それから五分後、ヴァルハラの一同は戦闘配置を完了し、ハチマンはシノンに連絡を入れた。

 

 

「こちらハチマン、配置が完了した、ヒトキューサンマル丁度に始めてくれ」

「了解、ヒトキューサンマルね」

 

 そのシノンの言葉を聞いて、シャーリーとサトライザーはシステムの時計を見た。

GGOとは違い、全員の時計をあわせる必要はないのが楽である。

そして十九時半ジャストに、轟音と共に、

三発の弾丸がユージーン達が相手をしている敵に見事に突き刺さった。

ここから戦場の様相は大きく変わる事となる。



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第954話 千両役者

「何事だ!?」

 

 敵が大暴れする中、先日の反省を踏まえ、安易に飛び込んではいけないと、

ぐっと我慢していたユージーンの目の前で、敵の頭がいきなり真横に()()た。

防御力が高い為、頭が吹き飛んだりはしなかったようだが、

敵はまるで脳震盪でも起こしたかのようにふらついている。

その凄まじい威力にユージーンは狼狽し、きょろきょろと辺りを見回した。

 

「今のは銃?の攻撃だよな、一体どこから………」

 

 だが何者の姿も見つける事は出来ない。

シノン達がいる場所は、ここから五百メートルくらい離れた所の高台である。

なのでそもそも下から見上げてもその姿を見つける事は不可能であるし、

そもそもユージーンは対物ライフルによる狙撃を見たのはこれが初めてなので、

遠くに意識を集中させる事などはなく、近場にだけ目を走らせていたのだ。

 

「むぅ、分からんが、これはチャンスだ!みんな、今が反げ………き?」

 

 ユージーンは、反撃の時だと言いかけて、途中でやめた。

敵に目を戻した瞬間に、そこに先ほどまでは絶対にいなかった、

白いフーデッドケープを纏ったプレイヤーの姿を見つけたからだ。

 

「お、お前は何者だ!」

 

 その言葉で他の者達もそのプレイヤーの存在に気が付き、

慌ててそのプレイヤーから離れた。

ユージーンは剣を抜いたが、そのプレイヤーがスッと左手を上げ、ユージーンを制した。

そのケープの下から出てきた手は、どう見ても女性プレイヤーの手であった。

そしてその手の中に、ユージーンもよく見慣れた白い豪華な長剣が現れた。

 

「ま、まさかお前………」

 

 その直後にその女性プレイヤー、セラフィムはこう叫んだ。

 

「展開!フォクスライヒバイテ!」

 

 その瞬間に、セラフィムの持つ剣の鞘が左右に広がり、巨大な盾となる。

その中心にある剣を引き抜いたセラフィムは、目の前の雷竜に対して構えをとる。

見ると雷竜は先ほどの衝撃から復帰したらしく、目を光らせ、体をくねらせようとしていた。

 

「尻尾だ!か、回避!」

 

 ユージーンは慌ててそう叫び、サラマンダー軍のアタッカー達は、

訓練通りにその謎の女性プレイヤーの背後に回った。

彼らは姫騎士イージスことセラフィムの顔はもちろん知っているが、

フォクスライヒバイテ等、装備面については詳しくない為、

今自分達の目の前にいるのが誰なのか、まだ分かっていない。

そしてユージーン達が固唾を飲んで見守る中、雷竜の尻尾が百八十度を超え、

一周する攻撃だと判明した瞬間に、

絶妙なタイミングでセラフィムに向けてどこかから支援魔法が飛び、

同時に雷竜の尻尾付近がいきなり凍りつき、その動きが若干鈍くなった。

そして尻尾が目の前に迫った瞬間に、セラフィムが大音声を上げた。

 

「アイゼン倒立!イージス全開!魔導斥力!」

 

 セラフィムはそのまま敵の攻撃を受け止め、微動だにする事なくその場で踏みとどまり、

セラフィムの実力をよく知るユージーンも、思わずうめき声を上げた。

 

「あ、あれを止められるのか………」

 

 その瞬間にフーデッドケープがはらりと落ち、セラフィムの素顔が衆目に晒された。

 

「やはりお前か!セラ………」

 

 ユージーンは、セラフィム!と叫ぼうとしたが、

その声は周りから発せられる、より大きな叫び声にかき消された。

 

「姫騎士様だ!」

「イージス様が来てくれたぞ!」

「姫騎士様に無様な姿を見せられるか!みんな、死ぬ気で敵を攻撃しろ!」

 

 その声に合わせ、おおお、という地鳴りのような大歓声が上がる。

古来味方の士気を上げるのに、女神の存在以上に相応しい物はない。

その事をユージーンは、これでもかというくらい、

まざまざと思い知らされたのであった。

 

「こ、これは凄いな………」

 

 さすがのユージーンも感心せざるを得ない程、セラフィムの千両役者っぷりは凄まじい。

だがそんなユージーンを更に驚愕させるような出来事が起こった。

セラフィムの背後に、いきなり槍のような物が突き立ったのである。

 

「こ、今度は何だ?」

「将軍、あ、あれ!」

 

 その槍のような物は先端から光を発し、

その光は赤と白の色彩を帯びつつ次第に四角く変形していく。

それはナタク謹製のビームフラッグ、つまりはヴァルハラのギルドマークであった。

 

 うおおおおおおおおおおおおおおお!

 

 その瞬間に、更なる歓声が巻きおこる。

それを見て呆然とするユージーンの横を、四人のプレイヤーが駆け抜けた。

その集団は左右に分かれ、雷竜に向け、その手に持つ光る武器を叩きつけた。

 

「マザーズ・ロザリオ!」

「スターリィ・ティアー!」

「真・緋扇!」

「なんちゃってスターバースト・ストリーム!」

 

 その四人とは、ユウキ、アスナ、ラン、キリトであった。

キリトだけがやや締まらない技名を発しているが、

ALOではまだ正式に二刀流が導入された訳ではないので、これは仕方ないだろう。

実際普段はハチマンもキリトも、右手と左手で別のソードスキルを時間差で放ち、

無理やりクールタイムを無くすという強引な手段で二刀流の運用をしているのだ。

その凄まじい四連撃を受け、雷竜があっさりと消滅していく。

ユージーン達が六割方削っていたとはいえ、異常な程の威力である。

そして四人の持つ武器の光が消えた。どうやら先ほどまで光っていたのは、

クリシュナの支援魔法の効果だったようだ。

 

「お、お前達………」

 

 そんな四人に声を掛けようとしたユージーンの肩をポンと叩く者がいた、ハチマンである。

 

「よっ、苦労してるみたいだな、ユージーン」

「ハ、ハチマン!べ、別に俺は苦労なぞ………」

 

 そう意地を張ろうとするユージーンに、ハチマンはニッコリ笑いかけた。

 

「あんまり肩肘を張るなって、俺達、友達だろ?

競い合う事も大事だが、友達ってのは助け合うもんだ。

だから借りだとか貸しだとか深く考えるなって、ほら、一緒にあのでかぶつ共を掃除するぞ」

 

 その言葉はユージーンの心に深く突き刺さった。

俺が俺がと思うあまり、何でも自分でやろうとしてしまっていたユージーンは、

何かに許されたような気分になり、心が洗われるような感覚を覚えていた。

 

「そ、そうだな、ありがとう、ハチマン」

 

 ユージーンは心からハチマン達に感謝し、ハチマンはその背中を再びポンと叩いた。

 

「ところでお前にはヴォルカニック・ブレイザーがあるだろ?何でこんな後方にいるんだ?」

「いや、その、何度か使いはしたんだが、その硬直の度に俺が毎回殺されてしまってな、

それで毎回総崩れになってしまったから、正直使うのが怖いんだ………」

 

 それでハチマンは状況を理解した。

 

「なるほどな、タンクが機能しない事の弊害って奴だな」

 

 ハチマンはそう言って、チラリとカゲムネの方を見た。

カゲムネはその視線にハッとし、下を向いて何か考え始めた。

 

「まあ今はその心配はない、思う存分暴れてきていいぞ」

「し、しかし全体の指揮が………」

「それなら適役がいるだろうが」

 

 ハチマンはそう言って誰かを探すようにきょろきょろした。

その時ズルズルと何かを引きずるような音がし、

二人の前に、ビービーがぽいっと放り出された。

 

「きゃっ!」

「おお、こいつだこいつ」

「こ、こいつって言わないでよ!」

 

 見るとビービーを引きずってきたのはまだ詠唱を続けているソレイユだった。

ソレイユは意識があるのかどうか分からないような目をしていたが、

ちゃんと周りの状況は理解していたらしい。

まさか脳が複数ある訳でもないだろうに、驚異的な並列思考っぷりである。

どうやらソレイユは、近くで様子見をしていたビービーの首根っこをいきなり掴み、

ここまで引きずった後に、こちらに放り投げてきたらしい。

ZEMALの連中は、何も出来ずに呆然としていた。彼らもソレイユの事は知っており、

手を出した瞬間に自分達が死ぬと理解しているのだ。

さすがは序列一位、ソレイユの実力は、まだまだ底が知れないようだ。

 

「サンキュー姉さん、おらユージーン、指揮ならこいつにやらせればいい、

『指揮者』なんだから出来るよな?ビービー」

「ま、まあ指揮だけでいいなら………」

 

 そう微妙に言い淀むビービーに、ハチマンは更に苦情を言った。

 

「っていうかお前さ、こんな状況なんだ、

自分が指揮をするって、自分からユージーンに言い出せっての」

「し、仕方ないじゃない、外様で肩身が狭い上に、あいつらのお守りで精一杯だったのよ!」

 

 ZEMALの方を見ながらそう抗議するビービーに、

ハチマンは冷たくこう言い放った。

 

「それは俺が何とかしてやる、だからやれ」

「わ、分かったわ」

 

 ビービーはハチマンの迫力に押され、その申し出を承諾した。

 

「という訳でユージーン、思いっきり暴れてきていいぞ」

「い、いいのか?」

「おう、ここは俺に任せろ、ユキノにお前のカバーもしてもらうから、

そっちのヒーラーは他に回していいぞ」

「お、おう、何から何まで悪いな」

「気にするなって」

 

 ユージーンが敵に向かって走り出した後、ハチマンは傍らのビービーに向けて言った。

 

「それじゃあこっちは片っ端から釣って倒すから、お前は全体を見ててくれな」

「え、ええ、任せて」

 

 この時点をもって、北門の戦いは一方的な殲滅戦へと移行する事となった。



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第955話 北門解放、そしてカゲムネは

「お、ユージーン、来たのか?」

「ああ、ここは俺の戦場だ、お前らばかりにいい格好はさせてはおけないからな!」

 

 ユージーンはキリトにそう返し、新たにセラフィムが釣った敵に突っ込んでいった。

 

「ヴォルカニック・ブレイザー!」

 

 ユージーンは自身が開発した八連ソードスキルを容赦無く敵に叩き込む。

その威力はユウキのマザーズ・ロザリオに次ぐ攻撃力を誇るが、

通常攻撃も含めたトータルの与ダメージは、他の四人には及ばない。

もちろん正確な数字が表示されている訳ではないが、

ユージーンはその豊富な戦闘経験による感覚的な読みで、

この五人の中では自分が一番弱いとはっきり自覚させられた。

 

(くっ、何故だ、何故届かん………)

 

 これは技術うんぬんの話ではなく、単純な武器の差である。

魔剣グラムはいい武器だが、その実装ははるか前、

それこそハチマン達が、まだSAOで戦っていた頃に導入された武器である。

その特殊能力は、敵の武器による防御の無効化、つまりは完全なる対人武器であり、

プレイヤーが相手だとあまり目立たないが、こういうモブ相手だと、

攻撃力不足が顕著に現れてしまうのだ。

特殊能力を除いたその攻撃力は、実は上級職人が、一般素材を用いて作る武器に劣る。

当然キリトの彗王丸、アスナの暁姫、ランのスイレーやユウキのセントリーとは、

攻撃力の次元そのものがまったく違う。

だが魔剣グラムの性能にあぐらをかいてしまっているユージーンは、その事に気付かない。

ユージーンがその事を自覚し、愛着のある魔剣グラムを手放す決断をしたその時が、

ユージーンによっては飛躍への第一歩となるであろう。

だが差し当たり、この戦場ではそれはほとんど問題にならなかった。

ビービーはマラソンをしている仲間達への進路の指示を適切にこなしており、

同時にZEMALにも適切なタイミングで攻撃と待機の指示を出していた。

ZEMALはその指示をいつも以上に気を遣って守っている。

どうやらヴァルハラの存在に呑まれてしまっているようだ。

今この戦場で何もしていないのは、ハチマンだけであった。

そんなハチマンに、ビービーが苦情を述べた。

 

「あんたもちょっとは働きなさいよ!」

「俺はタイミングを計ってるんだよ!

いいかビービー、うちのソレイユさんは、もう五分も詠唱を続けている、

そろそろタイミングを見てぶっ放すから、お前は上手く仲間を避難させてくれ」

「五分って………わ、分かったわ、すぐに誘導するわ」

 

 ビービーはその言葉に驚愕しながらも、上手く味方の誘導を始めた。

 

「マックス、そろそろ一旦止め!」

「はい!」

 

 セラフィムもその指示を受け、敵が倒れたタイミングで後方に下がる。

 

「よし、こっちはオーケーよ!」

「姉さん、今だ!」

 

 その声を受け、ソレイユの目に光が灯った。

 

「アースランス!」

 

(アースランス?それって地面から土の槍が一本出るだけの魔法じゃ………)

 

 ビービーは一瞬そう思ったが、それが間違いだった事をすぐに理解した。

ソレイユが五分もかけて詠唱を魔改造しただけあって、

敵の真下から、通常よりも大きい複数の土の槍が立ち上がり、次々と敵を串刺しにしていく。

見た感じ、中型の敵は六割、大型の敵は四割程のHPを削られているようだ。

しかもその槍は敵の体を貫いており、その行動を阻害している。

敵のHPが多い為、それでも死ぬ敵はいなかったが、

移動出来なくなった以上、敵の攻撃の手段は著しく減っており、

張子の虎と呼んでも差し支えない状態となっていた。

 

「ビービー、全員に突撃の指示を出せ、お前も突っ込んでいいぞ」

「わ、分かったわ!」

 

 敵が動けないのを確認していた為、ビービーはそのハチマンの指示にすぐに従った。

そしてその場に残ったハチマンは、ぐったりしていたソレイユを抱き上げた。

 

「お疲れ姉さん、このまま休んでてくれ」

「さすがに疲れたからそうさせてもらうわ………」

 

 そして二人が見守る中、味方は一方的に敵を蹂躙していった。

シノン、シャーリー、サトライザーの放つ弾丸が飛び交い、

あちこちからソードスキルの光が立ち上がり、ひっきりなしに銃声が聞こえてくる。

そしてハチマンとソレイユの下に、セラフィムとクリシュナが合流してきた。

 

「マックス、クリシュナ、お疲れ」

「やる事が無くなったので戻ってきちゃいました、ハチマン様」

「私も効果時間が長い魔法をかけまくってきたから、これでお役御免ね」

「だな、いいとこあと十分くらいか?それで終わるだろう」

 

 そのハチマンの予想通り、どんどん敵は倒れていき、

あれだけ苦労していたのがまるで嘘のように、全ての敵は消滅した。

 

「よし、これで北門も突破だな、後はとりあえずユージーンとビービーに任せよう。

次に手伝う事があるとすれば、多分ゲンブ戦だな」

「北門側は背後から中ボスを倒したし、

それがゲンブ戦にどう影響するのかは興味があるわね」

「だな、まあゲンブ戦の時は、偵察を出す事にしよう」

 

 そんな話をしているうちに、仲間達がどんどん集結してきた。

 

「それじゃあユージーン、勝ち鬨を上げてくれ」

 

 興奮したような表情で戻ってきたユージーンに、ハチマンはそう言った。

 

「それはお前がやるべきじゃないのか?」

「いや、まあ俺達はただの助っ人だからな、ここはやっぱりお前がやらないと」

 

 これはただハチマンが面倒臭がっただけな事を、ヴァルハラのメンバーは理解していたが、

誰も何も言おうとはしなかった。

 

「わ、分かった、よし、お前ら、我らの勝利だ!」

 

 そう言ってユージーンが拳を天に突き上げたのと同時に、仲間達から大歓声が上がった。

 

「やった、やったぞ!」

「ヴァルハラの皆さん、ありがとうございます!」

「これでやっと次に行けるな!」

 

 かなり苦労したのだろう、中には泣いて喜ぶプレイヤーもいた。

 

「まあこの先はしばらくは普通に進めるだろうから、頑張ってくれよ、ユージーン」

「言われなくともそうするさ、ところで次はどんなエリアなんだ?」

「場所ごとに違うからな、よし、全員で門を解放して見に行ってみるか」

 

 そのハチマンの提案を受け、全員並んで門を解放し、そのまま門の奥へと移動した。

そこには巨大な川が流れており、一本の広い道が、その川べりを走っていた。

 

「こりゃまたシンプルな………大河エリアとでも言うべきかな」

「奥に行けば何か変化もありそうだな」

「ちなみにユージーン、南門の先は渓谷エリアで、

中ボスクラスの敵も六体くらいいたからな、

こっちもそのくらいの数は、厄介な敵が出てくるかもしれないぞ」

「分かった、肝に銘じておく」

 

 ハチマンにそうアドバイスされ、ユージーンは頷いた。

 

「思ったより早く終わったな、ここで少し休憩を挟んで、俺達は奥の探索に行く」

「おう、頑張ってくれな」

「………ハチマン、今日は本当に助かった」

「気にするなって、貸し一って事にしておくから」

 

 そのハチマンの言葉にユージーンはあんぐりと口を開けた。

 

「お、お前、さっき確か、借りだとか貸しだとか深く考えるなって言ってなかったか!?」

「深く考えるなと言っただけで、貸しが一切発生しないとは言ってない」

「ぐぬぬ………」

 

 ハチマンはそう言って肩を竦め、ユージーンは悔しそうに唸ったが、それは一瞬であった。

ユージーンはすぐに真顔になり、ハチマンに頭を下げた。

 

「分かった、それでいい、ありがとう」

 

 そのユージーンの殊勝な態度に、ハチマンの方が驚いたような顔をした。

 

「お、おう、それじゃあな、ユージーン」

「ああ、またな、ハチマン、それにみんなも」

 

 そう言ってユージーンは他のヴァルハラメンバーにも頭を下げた。

 

 

 

「今東門に偵察に行ってもらってたコマチから連絡があった、

あっちも無事に通過出来たみたいだ」

「そっか、それなら良かったな」

「さすがに千人もいればねぇ」

「数の暴力ってのは結構脅威だよな」

 

 そんな会話をしながら西門へと飛ぼうとした一同は、

誰かが追いかけてくる気配を感じて足を止めた。

見ると向こうからカゲムネがこちらに向けて走ってきているのが見えた。

 

「どうかしたか?」

「ハチマンさん、俺、決めました!」

 

 カゲムネは到着するなりそう言い、ハチマンは確認するような口調でこう返した。

 

「何をだ?」

「リセットです!」

「そうか………」

 

 ハチマンは短くそう答えると、カゲムネの肩をポンと叩いた。

 

「それじゃあお前の門出を祝して、俺が装備を贈ってやるから、完成したら連絡する」

「い、いいんですか!?」

「おう、これから苦労するお前に何か贈ってやりたいからな」

「ありがとうございます!」

 

 そしてカゲムネは、何度もこちらに頭を下げながら去っていった。

 

「ハチマン君、今のは?」

 

 一同を代表して、アスナがそう問いかけてくる。

 

「ああ、実はメニューの奥の方に、

ステータスとスキルをリセットするってボタンがあるんだよ。

それを押すと、今まで得たスキルが全部無くなって、ステータスが全て初期化されるんだ。

今まで得た経験のうち八割は戻ってくるんだけどな」

「そんな機能があったんだ」

「まあ知らなくても仕方ない、本当に奥の方にあるからな」

「そんな事をして、カゲムネはどうするつもりなんだ?」

「多分、マックスみたいなタンクを目指すんだと思うぞ」

 

 ヴァルハラが合流してすぐに、

ハチマンはそれとなくカゲムネにその事を目でアピールしていた為、

ハチマンはそう考えていたが、それは正解であった。

 

「なるほどな、カゲムネも思い切った決断をしたもんだ」

「そんな訳で、俺はナタクの所に行ってくる、

みんなはとりあえずジュラトリアの探索でもしててくれ」

「ほいほい、了解了解っと」

 

 こうして無事に北門は突破され、

同時に後にALOでベストファイブに入る事となるタンクが、この日、誕生した。



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第956話 リベンジマッチの混乱

 ハチマン達が北門で激しい戦いを繰り広げていた頃、

アルヴヘイム攻略団を主とする軍団は、ビャッコへのリベンジを果たそうと、

今まさに開戦しようとしている所であった。

何とか全員分の弓を確保し、もしくは魔法を覚え、

和気藹々とそれを披露しあう味方の士気は高かった。

だがその中でヒルダだけは、昨日のハチマンの言葉が気になっており、

内心不安でいっぱいだった為、まったく落ち着く事が出来なかった。

 

(もしかしてドラゴニアンが途中で攻めてきたりするのかな?

これって誰かに相談した方がいいのかな?)

 

 ヒルダはそう考えたが、第一候補であるファーブニルは、

ルシパー達と戦闘に関しての打ち合わせをしており、当分手が空きそうになかった。

アスモゼウスに相談する事も考えたが、今日のアスモゼウスは珍しく弓を装備しており、

その事で仲間達から質問攻めにあっていた。

アスモゼウスは確かに弓も使えると公言していたが、

実際に弓を撃つ姿を見た者は誰もいなかった為、

半ば都市伝説のような扱いになっていたのだが、今日初めてそれが現実になった格好である。

 

(そうすると………)

 

 そうなるともう、ヒルダが頼るべきプレイヤーは、スプリンガーとラキアしかいなかった。

 

(あの二人は………いた!)

 

 前方に二人の姿を見付け、そちらに向かったヒルダの目に、

妙に様になった姿で弓を引くラキアの姿が飛び込んできた。

ヒルダはその立ち姿を美しいと思い、思わず見入ってしまった。

 

「どうだ?あいつが弓なんて珍しいだろ?」

 

 ヒルダの接近に気付いたスプリンガーが、そう声をかけてきた。

 

「あ、はい、それもありますけど、何か綺麗だなって」

「ああ、あいつは弓道もやってたらしいからな」

「ラキアさんって弓道部だったんですか?」

「いや、俺の知る限りずっと帰宅部だったな」

「ん?んん?」

 

 ヒルダは首を傾げたが、それも当然だろう。

部活以外に習い事として弓道をやる者は、今の世の中にはほぼ皆無だからだ。

 

「ああ、あいつは小学校から高校まで、凄い数の習い事をしてたからな。

茶道、華道、習字、ピアノ、合気道、弓道、

俺が知らないだけで、他にも何かやってたかもしれん。

高校の時には背筋力測定で、百七十六キロを叩き出したらしい………」

「ひゃっ………百七っ………!?」

 

 たまたま先日あった身体測定で、ヒルダの背筋力は八十五キロであり、

同学年の女子の中では三番目であったが、そのヒルダの倍以上の数値である。

その凄さにヒルダは眩暈を覚えた。

 

「も、もしかしてラキアさんって、リアルじゃプロレスラーみたいな方なんですか!?」

 

 少し失礼かなとも思ったが、ヒルダはどうしても好奇心を抑えられず、そう尋ねた。

 

「いや、あいつはとんでもなく美人でな、小さくて細いし、

全然パワータイプには見えないぞ」

「マジですか、そんな人、存在するんですね………」

「だよなぁ、まああいつが唯一天から与えられなかったのは胸くらいだ、あはははは」

 

 その瞬間に、スプリンガーの顔のすぐ横を、唸りをあげて矢が通り過ぎた。

当然その矢を放ったのはラキアである。

 

「お、おい、何しやがる、危ないだろ!」

「フン」

 

 ラキアは逆にスプリンガーをじろりと睨み、

スプリンガーはすごすごと引き下がった。

 

「くっそ、まともにやり合ってもあいつには絶対勝てねえ………」

「ラキアさんって本当に何でも出来るんですね」

「まあな、あいつは昔から完璧超人だったんだよ。

よくもまあこんな冴えない俺と一緒になってくれたもんだ」

 

 それは珍しいスプリンガーの惚気であった。

 

「今の弓、凄い威力でしたけど、ラキアさんはどちらかというと、

いつもの斧みたいにごつい近接武器の方が好きなんですか?」

「そりゃ昔からだな、あいつは何のゲームをやっても、

とりあえずごついおっさんキャラを選ぶんだよ」

「ごつい………」

 

 そう呟いたヒルダは、もしかしたらと思い、スプリンガーをガン見した。

その視線の意味に気付いたスプリンガーは、ヒルダの想像を慌てて否定した。

 

「いやいや、俺は普通だよ?中肉中背の、どこにでもいるおっさんだからね?」

「本当ですかぁ?」

「いやいや、マジだって」

 

 ヒルダはそのまま当初の目的を忘れ、スプリンガーとの会話を楽しんでしまった。

これはスプリンガーの凄まじく高い社交性の賜物であったが、

今日ばかりはそれが完全に裏目に出た。そのままスプリンガー達の下を去り、

しばらくしてドラゴニアンの事を相談し損ねた事に気が付いたヒルダは、

慌ててスプリンガーの所に戻ろうとしたのだが時既に遅し。

既にビャッコ相手の布陣が始まってしまい、ヒルダは仕方なく、自分も配置についた。

 

(まずいまずいまずい、だ、大丈夫かな?)

 

 そして戦端が開かれ、味方から一斉に遠隔攻撃が飛んだ。

それを受け、ビャッコが大空へと舞い上がる。

 

「よし、盾を構えろ!」

 

 弓を持っていては盾を構える事は出来ない。

なのでアルヴヘイム攻略団が考えたのは、二人ひと組になって、

射手と盾役をセットとし、攻撃役と防御役を適宜に交代する事であった。

ビャッコの攻撃で現在確認されているのは、ノックバック効果を伴う羽ばたきと、

それに付随する金属製の羽根飛ばし、

それに足で味方を持ち上げて高所から落とすという攻撃である。

両手で盾をただ構えるだけなら何のスキルも必要がなく誰にでも可能であり、

盾を斜めにすればノックバック効果も抑えられる上に、

盾が敵の巨大な足で持ち去られても、盾役が手を離せば空に連れ去られる事もなく、

ついでに落ちてきた盾を斥候が回収する事で、再利用する事が出来る。

資金を豊富に投入して盾を多く揃えた甲斐もあって、

しばらく戦場は、まったく危なげなく順調に推移していった。

 

(どうやら心配しすぎたかな?)

 

 ヒルダもその安定ぶりに、やや気が緩んできていた。

だが敵のHPが半分を切った瞬間にそれは起こった。

ビャッコが攻撃をやめ、この広場の入り口、

つまりは西門へと繋がる通路の真上に移動し、空中で静止したのだ。

 

「何かやってくるかもしれない、絶対に敵から目を離すな!」

 

 全員がビャッコに向けて盾を構え、そちらに注視したその瞬間に、

いきなり背後から、大量の魔法がこちらに向けて降り注いできた。

 

「何だと!?」

「うおおおお?」

「見ろ、奥に何かいるぞ!」

 

 ヒルダも肩に魔法の直撃をくらい、自分にヒールをかけた後、後方に目をやった。

 

「あ、や、やっぱり来た………」

 

 そこにはドラゴニアンの集団が大量に姿をあらわしており、

ヒルダは情報を伝えそこなった事を後悔しつつも、

自分の仕事を果たす為に、仲間にヒールをかけまくった。

 

「くそ、先にあいつらを片付けないと!」

「でも凄い弾幕だぞ、どうすればいいんだ?」

「くそ、全然あっちに近づけねえ!」

 

 そんな彼らを更に悲劇が襲う。ビャッコが再び羽ばたき始めたのだ。

そのせいで、安易にビャッコに背を向けてしまった何組かが、

派手にドラゴニアン側に飛ばされ、即死してしまうというケースが目立ち始めた。

もっともこれはどうしよもない、こちらは両側からの弾幕の真っ只中にいるのだ。

 

「どっちに向けても地獄かよ!」

「死ね、バ開発!」

「せっかく順調だったのに………」

 

 だがこうなってしまった以上、愚痴を言っていても始まらない。

とにかく何とかするしかないのだ、それは皆が分かっている。

だが分かっていてもどうしようもない事もある。

ルシパーやサッタン、それにラキアクラスでさえ、前後から挟まれるのはかなりきつい。

ファーブニルはいい指揮官になれる素質を秘めているが、まだ経験が足りない。

アスモゼウスとヒルダはヒールに追われており、周りを見る余裕はない。

チルドレン・オブ・グリークスの連中は右往左往するばかりだ。

こうして西門攻略チームはまさかの二日連続の敗北を喫し、

ビャッコの前に屍を晒す事となったのだった。

 

(私がちゃんと情報を伝えていれば………)

 

 ヒルダは悔やんだが、時間が巻き戻る訳ではない。

諦めて街に戻ったヒルダはかなり落ち込み、とぼとぼと歩いていたが、

そんなヒルダに声をかけてくる者がいた、北門の攻略を終えたハチマンである。

 

「おいヒルダ、随分元気が無いみたいだが、まさか負けたのか?」

「う、うぅ………ハ、ハチマンさんの馬鹿ぁ!」

「おいおい、落ち着けって、とりあえず何があったのか話してみろ」

「う、うん」

 

 そしてヒルダは戦闘の経緯をハチマンに伝え、ハチマンは難しい顔で腕組みをした。

 

「そりゃきついな、鬼畜すぎだろ、初見殺しって奴だな、まあでも次は平気だろ?」

「う~ん、どうなんだろ?」

「まあ頑張れって、さすがに俺達が手伝いを申し出てもルシパーに断られるだろ?」

「ま、まあね………」

 

 ハチマンは、西門の裏からキング・ドラゴニアンを狙撃すれば、

おそらくドラゴニアンの集団は登場しなくなるだろうと思っていたが、

まだジュラトリアや北、東門方面の調査という名の中ボス狩りを終えていない今、

ハチマンにとってはせめてあと二日は西門チームがビャッコを突破出来ないのが望ましい。

 

「まあいざとなったら乱入してやるから、しばらく自力で頑張ってみろって」

「分かった、それじゃあ頑張ってみる」

 

 ハチマンに説得され、ヒルダは大人しく引き下がったが、

その次の日も、また次の日も、西門チームはビャッコを突破出来なかった。



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第957話 カゲムネ、タンクを学ぶ

 北門を突破した後、一日準備の為に空けた後、

サラマンダー軍はビービー達と行動を共にし、順調に中ボスの討伐を進めていた。

戦闘はかなり安定しており、強力な敵が出て来ようとも、まったく崩れる様子はない。

カゲムネが、タンクとしてキッチリ機能しているというのが、理由としてはとても大きい。

能力が下がったはずなのに、何故ここまでスムーズに事が運んでいるかというと、

実はカゲムネがタンクになった次の日、

ハチマンがカゲムネを借りる為に、ユージーンに会いに来ていたのだ。

 

「カゲムネを?それは別に構わないが、どうするんだ?」

「何、減った分の経験値を稼ぐ手伝いをしてやろうと思ってな」

「い、いいのか?」

「おう、まあ俺にもカゲムネに、暗にタンクを勧めた責任があるからな」

 

 そしてカゲムネはヴァルハラの一部メンバーと共に、狩りに参加する事となった。

全員ではないのは、もちろんジュラトリア周辺の探索を進めてもらう必要があったからだが、

それでも十分な経験値を稼ぐ事が出来、カゲムネは必要なスキルを取得し、

ステータスもタンクとして適正な物に振り直す事によって、

最前線に立ってもまったく問題ない力を手に入れる事が出来たのだ。

そしてその日の深夜、カゲムネはハチマンに誘われ、アルンの訓練場にいた。

 

「ハチマンさん、今日はおかげで助かりました、ありがとうございます!」

「まだ礼を言うのは早いぞ、こんな時間に呼び出したのは、

お前の為の装備を持ってきたからだ。

ナタクが頑張って完成させてくれたから、早めに渡したいと思ってな」

「な、何から何までありがとうございます、有難く頂戴します!」

「おう、まあその代わり、うちで人手が必要な事があったら手伝ってくれよ」

「はい、必ず!」

 

 そしてハチマンは、カゲムネに漆黒の剣と盾と鎧一式を差し出してきた。

 

「やっぱりカゲムネって言ったら黒だよな」

「こ、これは………」

 

 さすがにルッセンフリードや、フォクスライヒバイテ、

もしくはハロ・ガロクラスの装備は素材が足りなくて作れなかったが、

さすがはナタクの手による装備だけあって、

その鎧はカゲムネがヴァルハラに加わったと言われても信じてしまう程、

強者感が溢れるデザインを誇る、素晴らしい出来栄えであった。

 

「早速着てみてくれ」

「はい!」

 

 カゲムネは緊張しながらその装備をストレージにしまい、

メニューを使って順に装備していった。

 

「おお………何か力が溢れてくる気がします!」

「ハイエンドの素材が無くて、余ってる素材で作ったんだが、

気に入ってもらえたなら良かったよ」

「こ、これで余りの素材なんですか!?」

「おう、何か悪いな」

「い、いえ、これでも俺には過分な装備ですから!」

 

 カゲムネは恐縮したように慌てて首を横に振った。

カゲムネからすれば、明らかにもらいすぎだと感じているからである。

 

「ん?そうか?そんな事ないだろ?そもそもお前がタンクをやる事になったのも、

俺がそう仕向けたせいでもある訳だし」

「それでもです!」

「そうか、お前は謙虚だな、あはははは」

 

 カゲムネは、根本的な金銭感覚的な物が違いすぎると天を仰いだ。

同時にヴァルハラにとっては本当に大した物ではないのかもしれないと思い、

ヴァルハラへの尊敬を新たにした。

 

「ところでカゲムネ、まだ時間は大丈夫か?」

「はい、平気です!」

「それじゃあ装備の慣らしといくか、

あと、ユイユイを呼んでおいたから、色々教えてもらうといい」

「ユイユイさんに教えてもらえるんですか?それは願ってもないです!」

 

 タンクとしては新米なのに、サラマンダー軍にはカゲムネ以上のタンクがいない為、

身近にいい指導者がいないカゲムネにとって、その提案は渡りに船であった。

それからしばらくしてユイユイが到着し、

カゲムネはタンクとしての基本技術をユイユイに叩きこまれる事となった。

 

「えっとまずは、何から教えればいいかなぁ?」

「それなら敵の突進の止め方を是非お願いします!」

「あ~、確かに今必要なのはそれだよね、えっとね………」

 

 そんなユイユイを見て、ハチマンはハッとした。

 

(しまった、ユイユイは思いっきり感覚派だった、大丈夫なのか………?)

 

 そう不安に思いながらユイユイを見守っていたハチマンの耳に、

思いもよらず、整然とした説明の言葉が飛び込んできた。

 

「えっとね、まず絶対なのがアイゼン倒立ね。

それでも駄目そうならヒールアンカーも併用かな。

駄目かどうかは戦闘経験を積めば分かってくるからね。

後は受ける体勢かな、腰をこう低くして、相手に向けて半身になって、

相手の運動方向と真正面からぶつかると飛ばされるから、ちょっと方向をずらして………」

 

 そのユイユイの説明は、実に理路整然としており、

ハチマンは思わずユイユイの顔を二度見した。

 

「………ん?どしたの?」

 

 その視線に気付き、ユイユイがハチマンの顔を見て首を傾げた。

 

「い、いや、てっきり、

『えっと、敵がこうくるから、こう、バ~っと止めて、

その後は盾をぐってして、ガシッ!って感じかなぁ?』

とか説明するんじゃないかと思ってたから………」

「それあたしの真似!?全然似てないし!」

「い、いや、高校の時のお前はこんなかわいい感じだったろ」

「凄い無理やり感!ってかそれ絶対に褒めてないよね!?」

 

 ユイユイはぷ~っと頬を膨らまし、ハチマンをぽかぽかと叩いた。

それによってユイユイのたわわな二つの膨らみが激しく揺れる。

 

「悪い悪い、イメージが違いすぎてちょっと驚いてたんだ、

随分と理論的に説明が出来るようになったんだな」

「あたしだっていつまでも子供じゃないし!」

「いや、まあお前を子供だと思った事はないけどな」

 

 ハチマンはそう言いながら、うっかりユイユイの胸元に視線を走らせた。

当然それはユイユイに察知されてしまう。

 

「ちょっ、どこ見て言ってるし!」

 

 ユイユイは、胸を隠しながらじろっとハチマンを睨んだ後、スッと目を細めた。

 

「どうせ、『そういう仕草が男を勘違いさせちゃうんですよ、気をつけて下さいね』

とか思ってたんでしょ~!」

「な、何で昔の俺の心が正確に読めるんだよ!お前、タイムトラベラーか何かなの!?」

「うわ、当たってたんだ!?ユキノンが昔、ヒッ………じゃなくて、

ハチマンは絶対にそういう事を考えてるはずだからって言ってたの、当たってたんだ!」

「ユキノがサイコメトラーだったか………」

 

 ハチマンはユキノの洞察力に今更ながら恐怖を抱きつつ、

他にも知られてはいけない自分の内心を読まれていなかったかとビクついたが、

よく考えるとユキノに胸関連の事で苦情を言われた記憶が無かった為、

たまたまなのだろうと思い直した。

 

「まあそれは置いておいてだな、ユイユイも真面目な意味で大人になったな、えらいぞ!」

「その言い方が子供扱いしてるって言ってるの!」

「別にそんなつもりは無いんだけどな」

「本当に?」

「お、おう」

 

 ユイユイはそんなハチマンを見て、何かを決意したように胸を隠すのをやめ、

顔を赤くしてそっぽを向きながら、両手を体の後ろで組んで、

()()()ハチマンに近付いていった。

 

「本当に大人だと思ってるなら、ちょ、ちょっとだけ触ってみる?」

 

 ハチマンはその言葉に硬直した。こういう攻めはハチマンが一番苦手とする所である。

ハチマンは困った顔でカゲムネを見たが、

カゲムネは、自分は何も見ていません聞いていませんという風に後ろを向きながら、

鳴らない口笛をヒューヒュー吹いていた。

それでカゲムネは助けてくれる気が無さそうだと思い、

ハチマンは仕方なしにユイユイの方に向き直った。

 

「お、落ちつけ、ユイユイはきっと疲れてるんだ、

今度ストレス解消にどこかに遊びに連れてってやるから、な?」

「ストレス?ストレスっていうか、今は欲求不ま………」

 

 そう言いかけたユイユイは、何かに気付いたように黙りこくり、わたわたと両手を振った。

 

「あっ、いや、今のは冗談、冗談だからね!

こんな時間だからちょっとテンションがおかしくなってた!」

「お、おお、もちろん分かってるぞ、大人の時間帯なのが悪い!」

「だよね、大人の時間だもんね、あはははは!」

 

 カゲムネは、アダルト的な意味での大人なのでは、などと思ったが、

そんな突っ込みが出来るはずもなく、まるで岩のように動かなかった。

だが実はカゲムネは、内心でハチマンへの尊敬を深めていた。

 

(何でこれでギルド内の人間関係が破綻しないんだ………ハチマンさん、凄すぎです!)

 

「そ、それじゃあカゲムネの訓練を再開しようぜ」

「そ、そうだね!」

「宜しくお願いします!」

 

 そして気を取り直した三人は、再びタンクの訓練を開始した。

カゲムネはユイユイの丁寧な指導のおかげで基本をしっかり学ぶ事が出来、

無事にユイユイのお墨付きをもらう事が出来た。

 

「ハチマンさん、ユイユイさん、本当にありがとうございます!」

「カゲムネ君、飲み込みが早くていいね!」

「そ、そうですか?」

「おう、見てただけの俺でもそう感じたぞ。

よし、それじゃあ最後の試験といくか、カゲムネ、俺を止めてみてくれ」

「あっ、はい!」

 

 ハチマンとカゲムネは訓練場の真ん中で対峙し、そしてハチマンは何かの詠唱を開始した。

その詠唱が完成した瞬間に、ハチマンはニコラスに変化し、

間髪入れずにカゲムネに突進したが、カゲムネはまったく動じた様子も見せず、

静かに盾を構え、じっとハチマンの動きを観察しているように見えた。

 

(ほう?)

 

 ハチマンは感心しつつ、カゲムネの直前で横に飛び、斜めからカゲムネに突進したが、

カゲムネはそんなハチマンの動きにキッチリ対応し、

見事にハチマンの突進を受け止めてみせた。

 

「やったね!」

 

 ユイユイは喜び、ハチマンも変身を解いてカゲムネの肩を叩いた。

 

「合格だ、俺の動きをよく見ていたな」

「ありがとうございます!ちょっと自信がつきました!」

 

 カゲムネはとても嬉しそうにそう言うと、こちらに何度も頭を下げながら去っていった。

 

「あいつはいいタンクになりそうだな」

「だねぇ!」

 

 二人はそのままウルヴズヘブンに帰ろうとしたが、

その道中で、トボトボと歩くヒルダとアスモゼウスを見かけた。

 

「うわ………」

「背仲が泣いてるな」

 

 その悲壮感溢れる様子に二人は絶句したが、その声が聞こえたのだろう、

二人はバッと顔を上げ、すぐにハチマンを見付け、すごい勢いでこちらにやってきた。

 

「ハチマンさん、虎さんが、虎さんが突破出来ません!」

「何なのよ、もう、本当に何なのよ!」

 

 ハチマンは二人の剣幕に、どうしたものかと頭をボリボリと掻いたのだった。



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第958話 それは強者にのみ許される

「あ~………二人とも、とりあえず俺が甘い物でも奢ってやるからついてこい」

 

 ハチマンは人目が気になる事もあり、二人を甘味処へと誘った。

当然のようにユイユイもついてきたが、最初からそのつもりだったので問題は無かった。

むしろここで一人にされる事の方が、ハチマン的にはつらいのである。

そして店に入って注文をし、すぐに商品が運ばれてきた。

それで落ち着いたのか、二人はハチマンに問われるままに、

この二日間の出来事を語り始めた。

 

「で、昨日と今日はどんな感じだったんだ?」

 

 思い出したくもないという風な顔をしつつ、アスモゼウスがぼそっとこう呟いた。

 

「………フルボッコ?」

「………………なるほど」

「えっと、昨日はですね」

 

 さすがにそれでは説明不足だと思ったのだろう、ヒルダが横から口を挟んできた。

 

「ドラゴニアンが沸く所にあらかじめ戦力を置いておこうと思ったんですよ」

「まあセオリーだよな」

「普通だよね」

「でもそれが逆に、最初からドラゴニアンを沸かせる事になっちゃって………」

「ああ、味方の位置もトリガーになってたのか」

「はい、えっと、味方が奥に進むとしても、

どうしてもビャッコにも注意しないといけないじゃないですか」

 

 ハチマンはその光景をイメージし、すぐに頷いた。

 

「確かにそうだな、無防備のまま戦場を突っ切るのは無理だ」

「で、そのせいで上にばっかり気を取られちゃって、正面に敵が沸いた事に気付かずに、

不意を突かれて近距離から敵の魔法を受けてですね、

ドラゴニアン担当部隊があっさり全滅しちゃったんですよ」

「うわ、やばっ!」

「そういう事か、それじゃあ立て直しは難しいな」

「はい、まあそういう感じです。で、今日はそれも含めて慎重に進んだんですが、

別働隊がドラゴニアンの陣地に近付いた瞬間に、

今度はビャッコがそっちに移動して着地したと思ったら、急に強く………」

 

(ああ、もしかしてそこでキングがビャッコに乗り込んだとかそんな感じの設定か?)

 

「なるほどなぁ」

 

 ハチマンはそう推測しつつ、口に出してはそう言うに留めた。

 

「もうどうすればいいのか分かりません………」

「それってタンクがしっかりとビャッコのタゲをとっておけば防げたりしないのか?

話を聞いてると、ビャッコが思いっきりフリーのままになってる気がするんだが」

「それが出来れば苦労しないんですけどねぇ………」

 

 ヒルダはそう言ってテーブルに突っ伏し、アスモゼウスもその後に続いた。

 

「そもそもあいつのタゲをとって無事でいられるタンクなんかいるの?

飛んでくる鉄球はまだしも、敵に捕まれたら体を上空に持ってかれちゃうじゃない。

もし盾だけで済んだとしても、その間無防備になっちゃうし、

予備の盾を持っておくって言っても限度があるわよね?」

 

 まあ確かにその通りである為、その辺りはどうなのか、

ハチマンは実は可能な事は分かっていたが、二人に自覚させる為に敢えてユイユイに尋ねた。

 

「どうなんだ?ユイユイ」

「ん~?別に余裕?みたいな?」

「だそうだぞ」

「えっ、余裕なんですか!?」

「え~?だって、ホールドウェポンとかヘヴィウェイトを使うだけだし?

まあ強制イベントとかで敵が動いちゃうのは仕方ないと思うけど、

それ以外でターゲットが他に移るってのはちょっと考えられないなぁ」

 

 その説明を聞いた二人は驚愕した。

 

「そんなスキルがあるんですか?」

「うちのタンク連中はそんな事は一言も………」

「あ~、多分VITが全然足りてないんじゃないかな?

あまりにも取得条件よりもVITが少ないと、リストにすら出てこないし?」

「そういう事なんだ………」

 

 二人は絶望的な表情をした。

ユイユイはそれを見て、何とかしてあげてという視線をハチマンに向けた。

正直ジュラトリア側からキング・ドラゴニアンを狙撃すればそれで終わる話なのだが、

今日の探索結果がまだ届いてない以上、安易に確約は出来ない。

ついでに言うと、下手に手を出してルシパー達から色々言われるのもだるかった。

 

(さ~て、どうすっかなぁ………こいつらもこんな時間まで頑張ってるんだし、

何とかしてはやりたいがなぁ………)

 

「悪い、ちょっとうちの進捗状況を確認してくるわ」

 

 ハチマンはそう言って席を立ち、こんな時間に悪いなと思いつつ、レコンに連絡を入れた。

 

『あっ、ハチマンさん、どうしました?もしかして報告についてですか?

こんな時間だから、報告は明日の朝にしようと思ってたんですが』

「だよな、悪い、ちょっと急ぎで状況を知る必要が出ちまったんだよ」

『そうですか、今日の探索の結果、ほぼ全ての探索を終える事が出来ました、

クエストとかもいくつかあったんですが、全てクリア済です』

「………っ、そうか!それは良かった!ありがとな、レコン」

 

(よし、これならいけるな)

 

 ハチマンはそう思い、キング・ドラゴニアンからのドロップアイテムも手に入れようと、

その場で作戦を考え始めた。そして考えが纏まったハチマンは、三人の所に戻った。

 

「あっ、お帰り、どうだった?」

「問題は全てクリアした、ついでに作戦も考えてきたぞ。とりあえずは………」

 

 ハチマンはそう答え、じっとアスモゼウスの顔を見た。

 

「な、何?」

「お前さ、シノンに()()()無矢の弓をもらったよな?

タダで物をもらうとやっぱり申し訳ない気分になるだろ?

ってな訳でお前さ、明日一人でドラゴニアンの方の相手をしろ」

「「ええええええ?」」

 

 アスモゼウスとヒルダはその言葉に驚愕した。

 

「初期位置から敵に向かって矢の本数を最大に増やして攻撃するだけでいい、

とにかく撃ちまくればそれでいいから」

「そ、それくらいなら………」

 

 アスモゼウスは渋々それを承諾した。

 

「ハチマンさん、でもそれ、

全部のドラゴニアンがアスモちゃん目掛けて殺到してくるんじゃ」

「かもしれないな」

「えええええ?もしそうなったらどうすれば………」

「そうだな………」

 

 ハチマンは少し考えた後、アスモゼウスを見てニヤリとした。

 

「大人しく死ね」

「「………………へ?」」

 

 ハチマンは無慈悲にそう言い、二人の目は点になった。

 

「冗談だ冗談、そうだな、とりあえず相手を悩殺しろ」

「意味が分からないわよ!」

「だよねぇ………」

 

 ここまで傍観していたユイユイもさすがにそう呟いた。

 

「ああ?お前は色欲なんだろ?トカゲのオスくらい手玉に取れなくてどうする」

「敵に性欲があるならそうするわよ!」

「「お~!」」

 

 そのド正論な返しに、ユイユイとヒルダは拍手をした。

 

「む、確かに一理あるな、でもアスモゼウスの癖に生意気だ、

調子に乗るんじゃねえ、この偽乳が」

「うわ」

 

 そのハチマンの乱暴な返しに、ユイユイは少し引いた。

そしてアスモゼウスは顔を真っ赤にしてハチマンに抗議した。

 

「だ、誰が偽乳よ!」

 

 先日その事をヒルダと話したばかりだった為、

その言葉は確かにアスモゼウスの痛いところを突いていた。

 

「お前だお前、リアルと比べて明らかに盛り過ぎなんだよ!」

「う………何か心が痛い………」

 

 そのハチマンの言葉は当然ヒルダにも飛び火する。

 

「こ、これは男共に夢を見せる為の演出よ!」

「言い訳すんな、要するに偽じゃねえか、いいか、本物ってのはな………」

 

 そう言ってハチマンは、チラリとユイユイの方に視線を走らせた。

ユイユイはさすがにどちらの味方をするのも憚られたのか、

我関せずという風によそ見をしていたが、

釣られてそちらを見た二人は、もしかしたら癖になっているのだろうか、

ユイユイが時々肩が凝ったような仕草を見せる事に気が付いた。

この世界では肩が凝るなどという事はありえない為、

それはまさしくリアル巨乳の証、強者のみに許された特別な仕草なのである。

その事に気が付いた二人は、黙って肩を落とした。

 

「さすがだな、ユイユイ」

「へ?今何かあった?」

「いや、こっちの事だ、とりあえずアスモゼウス、

明日はちゃんとさっき言った通りにするんだぞ」

「わ、分かったわよ、やればいいんでしょやれば!」

 

 アスモゼウスはヤケになったようにそう言い、ハチマンは満足げに去っていった。

もちろんユイユイもその後に続いたが、ユイユイは去り際に二人に手を振ってくれ、

その仕草がまたかわいかった為、二人はとてつもない敗北感に塗れる事となった。

 

「………私達も落ちよっか」

「………………うん」

 

 そして次の日、アスモゼウスは言われた通り、

嫌々ながらではあったがドラゴニアンには自分が対処すると強引に主張し、

敵の集団が出てきた瞬間に、そちらに向けて大量の矢を放った。

 

「もう!死んだら一生取り付いて、養ってもらうんだから!」

 

 恨み言にしては妙にリアルな事を言うアスモゼウスであったが、

当然の事ながら、死んだらヒルダ辺りが蘇生してくれるだけである。

だがまさかのまさか、放った矢が敵に届くか届かないかという時に、

いきなり全てのドラゴニアンが消滅した。

 

「………えええ?」

 

(これ、数を増やすと攻撃力はほとんど無くなるんじゃなかったっけ?)

(嘘、ハチマンさんの言う通り、本当に何とかなっちゃった!?)

 

 アスモゼウスとヒルダはぽかんとしたが、それは他の者も同じである。

 

「え?」

「おお?」

「うわ、アスモゼウスってば強すぎじゃね?」

「シノンにもらったとかいうその弓のせいか?」

「さすがは志願しただけの事はあるねぇ!」

「むむむむむ」

「とにかくドラゴニアンは倒した!残るはビャッコだけだ!撃って撃ってうちまくれ!」

 

 こうしてアスモゼウスの謎の活躍により、ビャッコは無事に倒される事となった。

ただビャッコに最後に攻撃をしたのはラキアであったが、

そのログに敵を倒したという文言が無かった為、

おそらく継続ダメージで敵が死んでしまったのだろうという事になり、

アルヴヘイム攻略団の面々は、そりゃないぜと肩を落とす事になったのだった。



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第959話 ビャッコ戦の裏で

すみません、明日の投稿はお休みします!


「さて、仕方ない、やるか………」

 

 アルヴヘイム攻略団率いる西門チームがビャッコとの戦闘を開始しようとしていたその頃、

ハチマンは今日はシャナでログインし、

ジュラトリア方面から、西門へと通ずる東の門を潜っていた。

 

「西なのに東とか、まったく繋がりが四次元的なマップだよなぁ」

 

 シャナはそう呟きつつ、ドラゴニアンの集団が整然と並んでいる場所へとたどり着いた。

 

「お、いやがるいやがる、さて、こいつらはどう動くのかねぇ」

 

 シャナはじっとドラゴニアンの挙動を観察しながら、じっとその場で待機していた。

シャナが直接確認出来た訳ではないが、

丁度アルヴヘイム攻略団が戦闘を開始したその瞬間に、敵が一斉に歩き出した。

 

「お、反応したって事は、戦いが始まったんだな。それじゃあとをついていくか」

 

 シャナはそのまま敵の後を尾行していく。

しばらく歩くと遠くを飛び回る翼竜の姿が見えた。

 

「あれがビャッコか………」

 

 単眼鏡で覗き見ると、確かにビャッコはごつい外見をしていた。

 

「………俺のスザクの方が格好いいな、うん」

 

 シャナは微妙に対抗意識が刺激されたのか、そう呟いた。

丁度その時ドラゴニアン軍団の足が止まった為、

シャナもそこで足を止め、M82を取り出した。

 

「さて………」

 

 シャナはまだ銃を構える事はせず、遠くに見える戦場の様子を伺った。

見ると丁度ラキアが弓を番えている所であり、シャナは思わず息を呑んだ。

 

「ラキアさん、随分と綺麗な姿勢で弓を使ってるな、

あれは絶対に弓道か何かをやってたな、しかしあの顔………」

 

 ラキアは弓を撃つ時、とても不本意そうな顔をしており、

やっぱりごつい近接武器の方が好きなんだなと、シャナは含み笑いをした。

 

「アスモゼウスは………まだ動いてないか」

 

 自分の出番はまだ先かと思い、シャナはこの機会に七つの大罪の様子を観察する事にした。

 

「そういやあの中に、ロザリアの元部下の馬鹿どもが混じってるんだよな」

 

 シャナはそう思い、それっぽいプレイヤーがいないかのチェックを開始した。

だが今まで誰も見つけられていないだけの事はあり、特におかしな点は見つけられない。

 

「う~ん、分からん………」

 

 その時一人のプレイヤーが、剣を肩に担ごうとして、慌てて止めたようなそぶりを見せた。

 

「ん、何で構えを変えた?あんなに慌てる必要は無いはずだが………」

 

 そのプレイヤーは周囲をチラチラ見て、

誰も自分の事を見ていないことを確認してから戦闘に戻った。

 

「確かロザリアのデータだと、剣を肩に担ぐのが癖になってるって奴がいたな、

名前は確かフォックス、う~ん、根拠としては弱いが、

他に手がかりも無いし、あいつを徹底マークさせるか」

 

 シャナは視界と同調させてそのプレイヤーの姿を撮影し、調査をさせる事にした。

 

「さてと、そろそろか?」

 

 見ると遠くでアスモゼウスが無矢の弓を取り出したのが見え、

シャナはM82をキング・ドラゴニアンの頭に向けた。

 

「光る矢が視界に入った瞬間に………撃つ」

 

 スコープの奥の端に空中で静止しているビャッコの姿が見える。

そしてドラゴニアン軍団が動き出し、シャナは鼻歌を歌いながらその時を待った。

 

「………来た」

 

 スコープの端に光る矢が見えた瞬間に、シャナは引き金をコトリと落とし、

一瞬にしてキング・ドラゴニアンの頭を粉砕した。同時にドラゴニアンも全て消滅し、

シャナは遠くでまごまごしているアスモゼウスの姿を見てニヤリと笑った。

 

「ドロップアイテムは………これは銃か?しかも光学銃かよ、珍しいな。

名前は………デモンズガン?極限まで軽量化された小型のビームガン、

その弾数は無限、速射可?ほう?これはレン行きだな、名前もまさにそれっぽいしな。

レンがこれを使えば、モブ相手の戦闘だととんでもない事になりそうだ」

 

 これで三門全ての武器が出揃った。AS50、シャーウッド、そしてデモンズガンである。

 

「全部遠隔武器だな、って事は、スザクの所には何があったんだろうかな」

 

 実は誰も入手出来なかった時点で、そのドロップアイテムは、

ジュラトリアのクエストの報酬に変化しており、

レコン達が既に入手済なのであったが、当然シャナがその事を知る事はない。

ただそのアイテムが、実にハチマン好みの癖のあるアイテムだった為、

以後その武器~光の円月輪は、ハチマンの貴重な遠隔攻撃の手段となったのだった。

 

「さて、撤収撤収っと」

 

 シャナはそのまま去っていこうとし、ピタリと足を止めた。

 

「………待てよ、こうなったらいっそ、ビャッコのドロップアイテム狙いで、

ラストアタックを狙ってみるのもありかもしれないな、

攻略は手伝ってやったんだし、それくらいの権利があってもいいだろ、うん」

 

 シャナはそう理論武装し、戦闘中のプレイヤー達に見つからないように、

近くの茂みの中に移動し、そこに寝そべった。

 

「よし、とりあえず一発入れてみて、ダメージがどれだけ出るか確認するか」

 

 シャナは他のプレイヤーの攻撃と被らないように、慎重にタイミングを測っていたが、

丁度その時スコープの向こうで、アスモゼウスが思いっきり転んだ。

それを狙ったのか、ビャッコがアスモゼウスを掴み、空中へと舞い上がろうとした。

 

「………何をやってるんだあいつは」

 

 シャナはそう思いながら引き金を引き、その衝撃でビャッコはアスモゼウスを落とした。

そんなアスモゼウスにヒルダが慌ててヒールをかける。

 

「あいつ、ドジっ子属性でも持ってやがるのか?」

 

 今の攻撃で、M82が与えられるダメージがどのくらいか、

HPゲージを見て当たりをつけたシャナは、

のんびりとそのタイミングを待ち構えるつもりだった、だったのだが………。

 

「あっ、またあいつコケやがった、一体何なんだあいつは、

今までもてあそんできた男共に呪われてんのか?」

 

 もちろんアスモゼウスはただ色気を振りまくだけで、

男をもてあそべるような実力はまったく無いのだが、

イメージ的にはそんな感じなので、シャナはそう悪態をつきつつ、

その度にビャッコを狙撃し、アスモゼウスを助けていった。

 

「ったく手がかかる偽乳だな、っと、そろそろか………」

 

 そんなシャナの目の前で、ビャッコが発狂モードに入った。

だが削りは順調であり、シャナはそのタイミングを逃すまいと、

ビャッコのHPゲージに集中した。

折りしもそのタイミングでアスモゼウスが再び転ぶ。

だが今度はシャナは助けようとしない。

今助けてしまうと、ラストアタックが狙えるかどうか微妙になってしまうからだ。

アスモゼウスは今度こそ上空へと連れ去られ、

ビャッコはそのままシャナの丁度真上辺りに静止した。

 

「ちっ、上かよ、狙い辛いな」

 

 そしてついにその時が訪れた。おそらくあと一撃でビャッコは死ぬ。

丁度そのタイミングでラキアがビャッコ相手に弓を放った。

シャナもほぼ同時に引き金を引いたのだが、弾速の差でラキアに先んじ、

ビャッコのラストアタックを無事ゲットする事が出来た。

 

「よし、上出来だ」

 

 そう呟きながらシャナは両手を広げ、落ちてきたアスモゼウスを受け止めた。

 

「お前は転びすぎなんだよ、何回助けさせるつもりだよ、まったく」

「え?え?だ、誰?」

 

 その反応を見たシャナは、アスモゼウスがシャナの事を知らない事に気が付いた。

 

「あ~………俺は通りすがりのただの正義の味方だ、

何度も助けてやった恩を少しでも感じるなら、俺の事は他の奴には黙っておいてくれ」

 

 そう言うだけ言って、シャナはアスモゼウスを下ろすと風のように去っていった。

 

「ああ!最後以外は上空に連れてかれる前に落とされてたけど、あの人のおかげだったんだ、

きっとヴァルハラの関係者なんだろうし、うん、言われた通りにこの事は黙ってよう」

 

 アスモゼウスはそう判断し、勝利に沸きあがる仲間達の所に戻った。

 

「アスモちゃん、無事だったんだ!」

「うん、何とかね」

「アスモちゃんがいるのにみんな平気で攻撃するから気が気じゃなかったよ」

「私もいつ味方に殺されるかドキドキしてたわ」

 

 そう返事をしながら、アスモゼウスはシャナが去っていった方をチラリと見た。

 

(もしまた出会えたら、ちょっとエロい感じのお礼でもしようかな)

 

 そんなトラブル確定な事をアスモゼウスが考えている間に、ひと悶着あった。

誰もラストアタック報酬を得ていない事が分かったのだ。

一番疑われたのは最後に矢を放ったラキアだったのだが、

スプリンガーが気を利かせてラキアの戦闘ログを可視化して開示させた為、

ラキアがそもそも敵を倒していない事が判明した。

他にその時攻撃していた者はおらず、話し合いの結果、

おそらく継続ダメージが入って自然死扱いになったせいで、

誰にもアイテムがドロップしなかったのだろうという結論になり、

西門チームは一転してお通夜状態になった。

 

(きっとあの人がラストアタックを持っていったんだろうなぁ、まあこれも黙ってよっと)

 

 とにもかくにも、こうして遂に西門チームがジュラトリアに到達する事となった。



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第960話 セイリュウとゲンブ

 自分達以外でジュラトリアに到達したプレイヤーが出た事で、

ヴァルハラは今日、関係ナイツを集め、参加可能な者で会議を行っていた。

とはいえそんな堅苦しいものではなく、宴会を兼ねた報告会のようなものである。

 

「それじゃあドロップアイテムの報告からだな。

キング・ドラゴニアンから取れた武器は三つ、対物ライフルAS50、

自在弓シャーウッド、そしてデモンズガンだ。

このうちAS50はシャーリーさんへ、シャーウッドはシノンへ既に渡っている。

他に適役がいないからな。問題はデモンズガンだが………」

「それっでどんな性能なんだ?」

「とても軽い、弾数は無限、速射可、の光学銃だな」

 

 その説明にGGO組は顔を見合わせた。

 

「光学銃か、って事は、威力はそこまでじゃなさそうだね」

「対人相手じゃ目くらまし以外の役には立たないか、モブ相手ならいけそうだけど」

「使いどころを選ぶ武器だよなぁ、まあ荷物の負担にはならないだろうけど」

「俺としては、名前からしてもレン行きかなと思ってるんだが、どう思う?」

 

 ハチマンにそう言われたGGO組は、じっとレンの方を見た。

 

「ああ、確かにな」

「Pちゃんと両手持ち出来るんじゃないのか?」

「かく乱には最高かもな」

「どうせなら色もピンクにしようよ、文字通りピンクの悪魔って感じで。ね?ナタク君?」

 

 話を振られたナタクは、嬉しそうに頷いた。

 

「そうですね、久々にイコマで腕を振るいますか、大した手間がかかる訳でもないですしね」

「決まりだな、レン、それでいいか?」

「う、うん、ありがとう!」

 

 レンは嬉しそうに頷いた。持てる武器の重さにかなり制約がかかるレンにとっては、

負担無しで戦いの選択肢が増える事はとても喜ばしいのだ。

 

「続けて報告だが、デモンズガンを取得した際、せっかくだからと思って、

調子に乗ってビャッコのラストアタックも狙ってみたんだが………成功した」

「おお」

「マジか!」

「知り合いからノードロップだったって聞いたけど、そういう事だったんだ」

「さすがはハチマン様です!」

「さすが悪よのう!」

「で、何を落としたんだ?」

 

 それが一番気になるのだろう、一同はわくわくしたような顔でハチマンを見た。

 

「いや、それが期待してもらってるとこ悪いんだが、ALOの移動用アイテムだったわ」

「移動用?」

「どんなアイテム?」

「これだな」

 

 そう言ってハチマンが取り出したのは、何の変哲もないハシゴであった。

 

「え、小さっ!」

「それ、何の役に立つんだ?」

「実はこれ、二十メートルくらいまで伸びるんだ、しかも重さがまったく無い」

「二十メートルって小さなビルくらいだな」

「しかも一度設置すると解除するまでその場に完全に固定されて壊れない。

ぐらぐらしたりもしないから、安全に上り下りする事が可能だ」

 

 その言葉が徐々に脳に染み入るに連れ、仲間達の顔に理解が広がっていった。

 

「なるほど、トラフィックスとかヨツンヘイムとかの飛行禁止エリアで力を発揮するのか」

「選べるルートの自由度がかなり高くなるね」

「壁に立てかけて、上から一方的に攻撃とかも出来そうだねぇ」

「川とかを渡るのにも便利そうじゃない?」

「ちょっと歩きにくいけどな!」

 

 派手さはないが、堅実に運用出来そうないいアイテムだという事が分かり、

仲間達はその獲得を素直に喜んだ。

S&Dや探険部、それにGATEにも適宜貸し出される事も決まり、

特に探険部にとっては、思わぬ場所で思わぬ素材が手に入る可能性が増えた為、

実に有用なアイテムと言えよう。

 

「とりあえずこれは………リョクが管理しておいてくれ。

普段の採集活動の時も、あった方が楽だろうしな」

「オッケー、分かったじゃん」

「他に特筆すべきドロップアイテムは無いかな、それじゃあ次、ジュラトリア関連だな」

 

 その言葉でレコンが立ち上がり、説明を始めた。

 

「一応ジュラトリアのほぼ全てのエリアを回り、

いくつかあったクエストも全部クリアしてみました。

その過程で、ラスボスのいる所に通じてると思われる入り口も発見しましたが、

そこはどうやら四門からジュラトリアへのルートが開かないと、行けないみたいです」

「門に登録だけして、裏から行き来したらフラグが解放されるって可能性は?」

「試してみたけど無理でした、多分道中のどこかを通過しないといけないんだと思います」

 

 さすがはレコン、その辺りもしっかり検証済のようだ。

 

「なるほどなぁ、で、クエストの他には何も無かったのか?」

「くまなく回ったつもりですが、特に何も発見出来ませんでした。

まあ消耗品の類は結構落ちてたんで、回収しておきましたが」

 

 どうやらそういう事らしいが、消耗品の類、いわゆるポーション系と、

自分の使っている銃で使える弾丸が出てくるボックスがほとんどであったが、

それはかなりの量が確保出来たらしく、各ナイツに人数割で均等に配られていた。

 

「それとクエスト報酬ですが、ほとんどが店売りの高級品って感じで、

一般プレイヤーには使える物も多かったですが、

正直うちのメンバーには必要ない物ばかりでした。

一応リスト化したので今全員に送りますね」

 

 だが当然のように、誰からも取得希望は出なかった。

一番装備的に古いタイプの物を着用していたであろう、GATEのロウリィ達も、

このイベント中に職人組に新しい物を作ってもらっており、

それより劣る商品などお呼びではなかったのである。

 

「まあそれなら全部売って、全員に配ればいいな」

「はい、そうしますね」

 

 特に反対意見も出なかった為、その話はそれであっさり終わった。

 

「で、ほとんど以外の報酬ですが、中に一つだけ面白い物がありました」

「ほう?」

「これです」

 

 そう言ってレコンが取り出したのは、銀の円盤であった。

 

「それは?」

「光の円月輪、って名前の投擲武器らしいです」

「マジか、それは面白いな」

 

 ハチマンは興奮したようにそう言った。どうやら興味津々のようである。

 

「投擲って事は、ナタクが得意そうだな」

 

 そのハチマンの言葉にナタクがぶんぶんと首を横に振った。

 

「ハチマンさん、今の僕にはそんな能力は無いですから。僕達は魔法銃で十分ですって」

「う~ん、そうか?そうすると………」

 

 ハチマンは最初にキリトの方を見た。

 

「いや、確かに面白いと思うけど、俺はそういうタイプじゃないから」

 

 ハチマンは、むぅ、と唸り、順に他の者の顔を眺めていった。

 

「私は杖と細剣だけで十分かな」

 

 アスナは両手を前に出して首を振った。

 

「それが私に必要だと思う?」

 

 ユキノは相変わらず辛辣であった。

 

「俺のスタイルには合わないな、

サムライとしては、刀以外に選択肢があるとすれば槍か弓だろうしな」

 

 クラインはそれに全く興味を示さなかった。

 

「斧で戦いながら投擲?無い無い」

 

 エギルもあっさりとそれを否定する。

 

「手榴弾を投げるのは得意だけどね」

 

 サトライザーはそう言いながら肩を竦めた。

 

「私が弓を手放してそれを使う意味があるとでも?」

 

 シノンはジト目でハチマンを睨んできた。

 

「間違ってピナに当たったら困っちゃいますし………」

 

 シリカは傍らにいたピナを撫でながらそう答えた。

 

「私にも必要無いわね、そもそも当たらないわよ」

 

 リズベットも断固拒否の構えを見せた。

 

「ハチマン様、タンクはそれを持つ余裕はないです」

「そうそう、そもそも両手が塞がってるしね」

「私も」

 

 セラフィム、ユイユイ、アサギも当然のようにそれを断る。

他のアタッカー陣も似たようなもので、結局光の円月輪の引き取り手はいなかった。

 

「それじゃあこれはハチマンさん行きって事で」

「い、いいのか?」

 

 その態度から、どうやらハチマンが、使ってみたくてうずうずしていた事が分かる。

こういう場合にハチマンは、基本仲間を優先する為に、

自分が欲しい物でもそれを主張する事はしないのだ。

仲間達は最初のハチマンのわくわくしたような顔を見て、

おそらく最初から遠慮するつもりだったのだろう。

こうしてハチマンの手札に新しい武器が増え、

ハチマンはしばらく光の円月輪に習熟する為に、訓練場に通う事となる。

 

「さて、残る問題は、セイリュウとゲンブのドロップアイテムを狙うかどうか、だな」

 

 確かにそちらのアイテムも気になる為、一同はその言葉に頷いた。

 

「でもアイテムをうちが総取りってちょっと気が引けるよね」

「まあいいんじゃないか?その分ちゃんと努力したんだし」

「特にルール違反は何もしてないもんね」

「それ以前に、北門と東門の連中は、単独でその二匹を倒せるのか?」

「キング・ドラゴニアンはもういないんだ、強化はされないと思うが、

敵がどんな特性になってるのかが分からない以上、正直何ともだな。

東門のプレイヤーは実力不足、北門はユージーンがいるとしても戦力不足だ」

 

 ハチマンはそう分析し、最終的には手を出す事が決定したが、

とりあえず明日は敵がどんな行動を取るのか観察する為に様子見という事になった。

同時にスリーピング・ナイツやGATE、それに探険部は南門の鍵しか持っていない為、

ジュラトリア側から侵入する事が決められた。

そして次の日、街の中を探索する西門チームに見つからないように、

隠密を得意とするメンバーが選抜され、

近いという理由でジュラトリア側からセイリュウとゲンブの偵察に向かった。

セイリュウ側はハチマン、レン、シノンの三人、ゲンブ側はコマチ、レコン、闇風の三人が、

それぞれの戦場へと向かって進んでいった。

 

「お、丁度戦闘が始まってるな」

「あれがセイリュウ?スザクと外見が変わらないね!」

「どんな攻撃をしてくるのかしら」

 

 そんな三人の目の前で、セイリュウは辺り一面に竜巻を起こし、

弓や銃での攻撃のほとんどを吹き飛ばしていた。

 

「風系だな」

「遠隔武器があんまり効いてないわね、どうすればいいのかしら」

「何とか地上に落としてフルボッコ、しかないかもしれないな」

「どうやって落とす?」

「竜巻を起こす時は止まってるから、その時に片方の翼を狙って総攻撃だな、

同時に足元を凍らせまくって、その重みで落とせるか試してみてもいい」

 

 シノンはその言葉にニヤリとした。

 

「そうね、私のシャーウッドとシャーリーさんのAS50、あとあんたのM82なら、

風にも負けないでいけるかもしれないわね」

「あるいはレンのデモンズガンも、風に影響されずに行けるんじゃないか?」

「ああ、光学銃!それは盲点だったわね、確かにそうかもしれないわ」

「今試してみる?」

「う~ん、目立っちまうからまた後日だな」

「そっか、そうだね」

 

 そんな話をしているうちに、千人からなる討伐部隊は蘇生が間に合わず、

どんどん数を減らしていった。

 

「こっちは多分、しばらくしたら全滅だな、とりあえず引き上げるか」

「うん、そうだね、今日は編成だけ決めて、明日の準備をして終わりかな」

 

 三人はそう話をし、撤退していった。一方ゲンブ方面は、これまた大混乱に陥っていた。

 

「くそ、攻撃が通らん!」

「すみませんジンさん、ふんばりがきかなくて、俺一人じゃ止められません!」

「こんなのはヴァルハラのタンクでも一人じゃ無理だろう、

仕切り直しだな、明日ヴァルハラに援軍を要請するか」

 

 ユージーンは驚くほど素直にそう言った。これは無理だと早々に見切りをつけたからだ。

戦闘が始まってすぐに、ゲンブは水魔法を使い、辺り一面を水浸しにした。

そのせいで味方の機動力が大幅に低下し、そしてゲンブは飛び上がったかと思うと、

空中で丸くなってそのまま味方が集中している場所に突っ込んできた。

 

 ドカン!

 

 という音と共に複数の味方が潰され、そのままゲンブはそこら中を転がり始めた。

その背には何と甲羅が背負われており、敵が転がっている間は中々攻撃が通らない。

それをカゲムネが何とか止めようと努力したのだが、

足元のぬかるみの為に通常より踏ん張りが利かず、

そのまま押しきられて敵がフリーになり、どんどん味方がやられていると、

今はそんな状態であった。

ゲンブがぬかるみの影響をほとんど受けていないように見えるのが実に憎たらしい。

 

「撤退、今日は撤退だ!」

 

 そしてユージーンは全滅するよりはと撤退の指示を出し、

ビービーやもう一つのナイツの代表と話し合って、ヴァルハラに援軍を求める事を決めた。

その様子を録画していたレコン達は、その映像を拠点で公開し、タンク達の意見を求めた。

 

「この攻撃、タンクから見てどうですか?」

「これだとアイゼンもヒールアンカーも使えないね」

「あたし、カゲムネ君にタンクの事を教えたからその実力は知ってるけど、

カゲムネ君でこうなるなら、多分三人くらいで行かないとこれは止められない気がする」

「セイリュウの方に一人、ゲンブの方に二人行く?」

「そうだね、弟子の面倒は見ないとだし、あたしとアサギちゃんとカゲムネ君でゲンブかな」

「了解、それじゃあ私はセイリュウに回るね、

テッチ君もこっちで、サブタンクをしてもらおう」

「分かりました、ハチマンさんにそう報告しておきますね」

 

 こうしてゲンブ側の情報もハチマンに渡り、ハチマンは頭を悩ませつつ、

メンバーを二組に分け、その日のうちに連絡を回したのだった。



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第961話 この天然女たらし!

 続々と各人の明日の出欠状況が連絡され、

ハチマンは得られた情報を考慮しつつ、ウルヴズヘブンでうんうんと唸っていた。

その傍らにはレコンとリオンの姿もある。

レコンは今回得た情報と、タンクからの意見を伝える為、リオンは知恵袋であった。

 

「なるほど、それじゃあタンクはそんな感じで振り分けるか、

それにしても地面を転がるメカプテラとか、シュールすぎるだろ」

「翼竜の風上にもおけませんね」

「まったくだよね、大人しく飛んでればいいのに」

「しかし全体的に難易度が高いな、ALOのタンクの実情を理解していないっぽいし、

その事は一応ジョジョに伝えておいた方がいいかもしれないな」

 

 後に八幡からその話を聞いたジョジョは、

ALOがまさかそんな状態だとは思ってもいなかったらしく、

次のイベントのバランス調整をどうしようかと頭を抱える事になる。

 

「問題はゲンブの足止めを終えた後、防御力がどんな感じで変化するかだな、

さすがにビャッコよりは柔らかいと思うが………」

「あっちは鉄の塊みたいなものだったしね」

「まあさすがに甲羅以外は大丈夫じゃないですかね?」

 

 二人にそう言われ、ハチマンは頷いた。

 

「まあとりあえず、メンバーはゲンブ寄りにするか」

 

 ハチマンはそう考え、メンバーをどんどん二組に振り分けていった。

セイリュウチームに選ばれたのは、以下のメンバーである。

 

 ハチマン、シノン、シャーリーの狙撃組に加え、デモンズガンを持つレンと、

もしかしたら気円ニャンが翼への攻撃に使えるかもしれない為、フェイリスもこちらである。

そして氷系の魔法攻撃が出来るユキノ、イロハ。リオンもこちらに配置され、

タンクは予定通りセラフィムとテッチ、それに伴いS&Dが全員こちらに配置された。

 

 一方ゲンブ組は、タンクはこれまた予定通りにユイユイとアサギ、

ヒーラーとしては、アスナとリーファが加わる。アスナがハチマンと一緒ではないのは、

テッチとの絡みでユウキがセイリュウ側に参加してる為、攻撃力を考え、

単純にゲンブにスターリィ・ティアーを叩きこむケースを考慮しての事である。

ついでにリーファ一人がヒーラーだと、手が回らない可能性が高いからだ。

アタッカーはキリト、エギル、サトライザー、フカ次郎、ユミーであり、

クリシュナもタンクの強化の為にこちらに配置された。

GGO組からは闇風、薄塩たらこがこちらに配置され、

そこにGATEと探険部が加わる事になった。

Narrowからは今回はコミケとケモナーだけが参加可能であり、

探険部も、ナタクとスクナはお休みであり、店番が残る必要もあって、

今回参加するのはリョウとリク、それにリョクだけとなっていた。

SHINCは残念ながら全員お休みである。これは本番のラスボス戦に照準を合わせた為だ。

ゲンブ側の人数が多いのは、元の人数が少ないのと、打撃力を重視した結果である。

 

「セイリュウ側は、タンクも良し、ヒーラーもユキノとシウネーで良し、

アタッカーも申し分ないな、後は俺達が敵を地面に叩き落とせるかどうかか」

「ゲンブ側も問題ないね、うちからタンクが二人とそこにカゲムネさんが加わって、

ヒーラーもアスナさんとリーファさんで、

攻撃陣もランキング上位のキリトさん、サトライザーさん、エギルさん、リョウさんに加え、

ロウリィさんまで師匠が強化してくれるはずだし、

ゲンブが多少硬くてもきっと問題ないね」

「だな、それじゃあそんな感じで全員に送信だな」

「あ、それは私がやっておくね」

「悪いなリオン、頼むわ」

 

 そしてリオンが作業をしている間、

ハチマンとレコンはドロップアイテムについて話し合っていた。

 

「レコン、セイリュウとゲンブは何を落とすと思う?」

「そうですね、武器や防具じゃなさそうですよね」

「だよな、便利アイテムというか、そんな感じだろう」

「そんな感じのアイテムって今までありませんでしたよね?」

「GGOにはそれなりにあるんだよな、

ってかそうか、GGOで使えるアイテムの可能性もあるのか」

「そういえばそうですね、まあ僕にはさっぱりですが」

「移動系?う~ん、車はもうあるし、バイクやら自転車もある、ついでに馬もいる。

ドローンももうあるしな、航空機関係は………うん、まあ無いな」

「ヘリとかはありそうじゃないですか?」

「ヘリか………空から一方的に撃ちまくれる事になるし、難しいかもしれないな」

「そうなると、もう想像もつきませんね」

「まあ明日分かるさ」

「ですね」

 

 こうして明日の参加メンバー達に編成が伝えられ、迎えた次の日、ハチマン達は何故か、

アスモゼウスとヒルダとシノンと一緒に東門へと向かって歩いていた。

事の起こりはこの少し前、街で二人に出会った場面へと遡る。

 

「………あら?」

「あっ、ハチマンさん!」

「………お?」

 

 待ち合わせ時間の少し前に街を歩いていたハチマンに、二人がそう声をかけてきたのだ。

 

「お前ら、ジュラトリアの探索はどうしたんだ?まさかサボリか?」

「いやぁ、ジュラトリアに行っても何もなくて、ラスボスへのルートだけ見つけたんで、

他が追いつくまで今日はうちはお休みみたいな?」

「まあ街って言っても廃墟みたいな感じだったし、何も無くて当然よね」

「まあそうだな、あれは遺跡みたいなものだしな」

 

 ハチマンは自然な態度でそう答えた。

色々あったが、先に全部探索しちまった、などとは言えなかったからである。

 

「それよりもハチマンさんはこんな所で何を?」

「仲間と待ち合わせだな、今からセイリュウを倒しに行くんでな」

「えっ、それっていいんですか?」

「………何がだ?」

「複数の四神ボスに挑む事ですよぉ!」

 

 ヒルダはそう言ったが、ハチマンはそれの何が問題なのか、さっぱり分からなかった。

 

「俺達が手伝わないと、一生あそこは突破出来ないと思うぞ。

そもそも俺達は東門の鍵を持ってて自由に中に入れるんだ、

セイリュウを倒して何の問題があるんだ?」

「た、確かにそう言われると………」

「最初に選択した所以外は行っちゃ駄目、みたいに思ってたわね………」

 

 二人はその言葉にあっさりと納得した。確かにその通りだからである。

 

「そもそも一ヶ所しか行けなかったら人数が偏った時にクリア不可能になるだろ、

それくらいは常識として考えろよ、アスモ」

「な、何で私だけ!?」

「そんなのヒルダが素直でいい子だからに決まってんだろ、常識で考えろ常識で」

 

 相変わらずアスモゼウスに対しては当たりが強いハチマンであった。

 

「ちょ、ちょっとは私にも優しくしなさいよ!」

「ああん?何でお前に………いや、待てよ」

 

 ハチマンはそんなアスモゼウスに何か言おうとして途中で止めた。

 

「何よ」

「いやいやいや、うんうん、確かにお前の言う通りだ、

よく考えたらシノンの友達のお前に、そんな常識が無いはずがないよな、

これは俺が悪かった、お前は常識のあるいい女だ、うん、間違いない」

 

 そのハチマンの豹変ぶりに、アスモゼウスは気味が悪くなった。

ヒルダは一体何が起こるんです?という顔で興味津々に二人を見ている。

 

「い、いきなり何?」

「いやいや、別に何もないさ、ただ俺がお前の魅力に気付いただけだ、

今まで悪かったな、アスモゼウス」

「わ、分かってくれたなら別にいいのよ」

 

 アスモゼウスは戸惑いながらもとりあえずそう答えた。

おそらくハチマンが心にもない事を言っているのだろうと推測はしたが、

例え嘘でも褒められると悪い気はしないのである。

 

「ああ、本当にすまなかった。俺はこういう所が駄目な男だから、

俺が困ってる時は助けてくれよ、アスモゼウス」

「べ、別にそれくらいはいいけど………」

「あっ、ハチマンさん、もちろん私も助けますから!」

「お、そうか、ありがとな、二人とも。ところで………」

 

 その瞬間にハチマンの表情が変わった。真面目な表情から一転してニヤニヤしだしたのだ。

 

「今俺は非常に困っている、

これから行く戦場には千人からのプレイヤーがひしめいてるらしいんだが、

戦闘中に死んだ奴らを蘇生する人手が足りないんだ、という訳で当然助けてくれるよな?」

 

 アスモゼウスはその言葉に絶句した。

 

(や、やられた!)

 

「人手が足りないんですか?分かりました、もちろん行きますよ!」

「おお、さすがはヒルダだ、本当に助かるわ」

 

 ハチマンはそんなヒルダに心からの笑顔を向けた。

元々最初から、ヒルダは手伝ってくれると確信していたのだろう。

 

「それじゃあ行くか」

「はい!」

 

 ハチマンは、アスモゼウスの答えは分かりきっているという風に、

特に答えを求める事もなくそのままヒルダを伴って歩き出した。

アスモゼウスも仕方なく歩き出してハチマンを追いかけたが、

歩幅が違う為に中々追いつけない。

アスモゼウスは仕方なく、やや後方からハチマンに声をかけた。

 

「し、仕方ないわね、私も手伝ってあげるわよ」

 

 そのアスモゼウスの言葉に、ハチマンは足を止めずにこう答えた。

 

「何を当たり前の事を言ってやがるんだお前は、ほら、遅れずついてこいよ」

「くっ………」

 

 アスモゼウスは悔しそうにそう呻いたが、後の祭りである。

困った時は助けると明言してしまったのは自分なのだから仕方がない。

 

(いつか絶対仕返ししてやるんだから!)

 

 そう言いながらハチマンの隣に並ぼうと走ろうとしたアスモゼウスは、

自分がいつの間にかハチマンの隣に並んでいる事に気が付いた。

 

(あ、あれ?いつの間に………)

 

 戸惑うアスモゼウスに、ハチマンはポーションのような物を差し出してきた。

 

「これは………MPポーション?」

「おう、どうせひたすら蘇生って事になるだろうからな、

今のうちにあるだけ渡しておくわ、二人で適当に分けて好きなだけ使うといい」

「うわぁ、ハチマンさん、ありがとうございます!」

「あ、ありがと………」

 

 アスモゼウスは戸惑ったが、素直にお礼を言った。

そしてそのまま歩いているうちに、ある事に気が付いた。

ハチマンの歩く速度が明らかに遅くなっているのだ。

 

(まさか私に合わせてくれてるの?)

 

 この三人の中ではアスモゼウスが一番足が遅い。

身長や足の長さから言えばヒルダとアスモゼウスは同じくらいだが、

普段からスタスタ歩くヒルダとは違い、アスモゼウスは基本のんびりと歩くタイプであった。

そのアスモゼウスがいつも通りに歩いているのにハチマンに置いていかれる気配が無い為、

つまりはハチマンが自分に合わせてゆっくり歩いてくれているのは間違いない。

 

(くっ、こ、この天然女たらし!)

 

 アスモゼウスはそう思いながらも、今日は真面目に蘇生を頑張ろうと心に決めた。



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第962話 ほんの意趣返し

 三人が連れ立って歩いていくと、前方にプレイヤーの集団が見えてきた。

ヴァルハラ・ウルヴズとその友好チームである。

 

「悪い、待たせたな」

「ハチマン君、こっちこっち!」

「まだ時間前だから気にするなって」

「もっとももう全員いるけどね!」

「あら?ヒルダとアスモも一緒なの?もしかして一緒に戦闘に参加するの?」

 

 二人と親しいシノンがそう声をかけてきた。

 

「あっ、シノンちゃん!うん、一般のプレイヤーさんの蘇生役、みたいな?」

「って事はセイリュウの方に参加するのね」

「うん、亀さんじゃなくてドラさんの方!」

「そう、私もそっちよ、宜しくね」

 

 シノンは嬉しそうにそう言うと、二人の手を引いた。

 

「それじゃあこっちに来て」

「えっ?どこに行くの?」

「勝負よ、勝負」

「な、何の!?」

「そんなのハチマンの隣を誰が歩くかの勝負に決まってるじゃない」

「「ああ~!」」

 

 二人はそれで納得し、ジャンケン勝負に参加する事にした。

参加者は十四名、こちらに参加する事になった女性プレイヤー全員である。

 

「ジャンケンポン!あいこでしょっ!あいこでしょっ!」

 

 その勝負を諦めたような目で眺めているハチマンに、アスナが話しかけてきた。

 

「それじゃあハチマン君、こっちは行くね」

「おう、そっちの事は頼むわ」

「うん!それにしても………」

 

 そう言いながらアスナはジャンケンをしている十四人の方を見た。

 

「あれの決着、いつつくんだろ………」

「分からん………」

 

 さすがに十四人の一斉ジャンケンとなると、決着がつくまでにかなり時間がかかる。

 

「まあいいや、それじゃあ後でね」

「ああ、後でな」

 

 そしてゲンブ組が去ってしばらく後、ハチマンは我慢できずに声をかけた。

 

「お~い、まだか~?」

「一回勝ち負けが決まれば後は早いから待ってなさい」

「へいへい………」

 

 それから五分後、ついに十四人の勝ち負けが分かれた。

最初に勝ったのは、シノン、レン、イロハ、ノリ、そしてアスモゼウスであった。

相変わらずシノンの勝負運が強い。毎回確実に決勝戦までは残ってくるのだから驚きだ。

 

「よし!」

「まず一勝!」

「ここからが本当の勝負!」

 

 そこからは早かった。あっさりと勝負がつき、

ハチマンの右にアスモゼウス、そして左にはレンが並ぶ事となった。

 

「やった、やった!」

「勝っちゃった………」

 

 その勝ち残った五人が、ハチマンの左右と後ろを固める事となり、

そして残りの九人も同時にジャンケンをしており、

ハチマンの前にユキノ、ユウキ、シャーリーが並ぶ事となった。

何故後ろが勝ち組の場所なのかというと、

振り返る必要が無い事と、常にハチマンの方を見ていられるからである。

残りの負け組は、大人しく後方をついてくる事になった。

 

「よし、それじゃあ行くか」

 

 それなりに時間はかかったが、元々早めの時間に集まった事もあり、

ハチマンは特に急ぐ事もなく歩き始めた。

その道中の事である。アスモゼウスはとある事を思いつき、ハチマンにこう尋ねた。

 

「ハチマンさん、ちょっと聞きたい事があるんだけど………」

「ん、何だ?」

「昨日の事なんだけどね」

「昨日………」

 

 ハチマンは、おそらくシャナの事だなと推測し、

ぼろを出さないように気をつけようと身構えた。

案の定、その推測は正しく、アスモゼウスはきょろきょろと辺りを見回しながらこう言った。

 

「多分ヴァルハラの人なんだろうなって思ってたんだけど、

昨日ビャッコ戦をこっそり手伝ってくれてたGGO組の人は、今日はいないの?」

「ああ、あいつは非常勤でな、滅多な事じゃ参加してこないんだよ」

 

 周りの女性陣が何か言う前にと思い、ハチマンは事前に考えていたのだろう、

アスモゼウスに早口でそう答えた。

周りの女性陣も、その答えを聞いて何も言わずに様子を伺う事にしたようだ。

当然全員が、シャナの事だと理解した上でだ。

 

「そう、それは残念ね、もし良かったら、

今度少しでもいいから会えるように呼んでもらえないかしら」

 

 本来はそれで終わる話のはずだが、予想外にアスモゼウスが食い下がってきた。

 

「………会ってどうするんだ?」

「私、昨日何度も助けてもらっちゃったと思うから、

会ってちゃんとお礼を言いたいなって思って」

「ほう?随分と殊勝だな、まあでもあいつは面倒臭がりやだからな、

多分出てこないんじゃないかな。もし良かったら俺が伝言なり伝えておくが」

「そうなの?う~ん、伝言よりは、直接会ってお礼がしたいかな、

ちょっとエロい感じのお礼をしようと思ってたからさ、その方があの人も喜ぶと思うし」

 

 そのアスモゼウスの言葉にハチマンは絶句し、周りの女性陣の耳はダンボのようになった。

そんな中、アスモゼウスとリアルで繋がっているシノンが、

一同の興味を代弁するかのようにこう尋ねてきた。

 

「ねぇアスモ、どうして普通にお礼を言うだけじゃ駄目なの?」

「え?いや、別に普通でもいいっちゃいいんだけど、ほら、私って色欲じゃない?

だから、やっぱりお礼もそれっぽいやり方の方がいいかなって」

「具体的にはどんな?」

「う~ん、そこまで深く考えてなかったけど、とにかくエロい感じの奴!」

「いらんわそんなもん!」

 

 ハチマンは思わずそう突っ込み、慌てて誤魔化すようにこう付け加えた。

 

「………と、あいつなら言うだろうな」

「え~?男なら普通に喜ぶと思うんだけどなぁ」

 

 そう言いながら、アスモゼウスは観察するかのように、じっとハチマンの顔を見た。

アスモゼウスは馬鹿ではなく、昨日一日考えて、あの喋り方とあの態度は、

ハチマン本人なんじゃないかと疑いを持っていたからである。

その後、色々調べてシャナというプレイヤーの事を知り、

ハチマンとの関係が色々と噂されていた為、

丁度いい機会だと思い、ハチマンに鎌をかけたのである。

そして今の態度でアスモゼウスは確信した、ハチマンとシャナが同一人物だという事に。

そう、これは自分にきつく当たるハチマンへの、

アスモゼウスなりのかわいい意趣返しなのであった。

 

「それじゃあ試しに今ハチマンさんにやってみるから、

それで嬉しいかどうか試してみるってのはどう?」

「必要ない、絶対にあいつは喜ばないし、俺も喜ばない」

「そんなの試してみないと分からないよね?」

「そんな事はない、試さなくても分かる」

「え~?本当にぃ?」

 

 その口調で、周りの女性陣は、

アスモゼウスが全て分かっていてハチマンをからかっている事に気が付いた。

 

(((((((この子、意外とやるわね………)))))))

 

 その後、ハチマンは守勢に回り、周りの女性陣が便乗してハチマンをからかうという、

ハチマンにとっては苦行のような時間が延々と続く事になったのだった。

 

 だがそれもセイリュウが見える所までであった。

前方にはかなり多くのプレイヤーがひしめいており、

ハチマン達の姿が見えた瞬間に大歓声が上がった。

 

「うお、ザ・ルーラーだぜ!」

「フルメンバーじゃないけどヴァルハラだ!」

「さすが、いい女が揃ってるなぁ」

「やったぜ、これなら勝てる!」

「お前、今日もあんな大変な戦闘になるかと思ってかなり落ち込んでたもんな」

 

 聞こえてくるそんな声に、ヒルダとアスモゼウスは圧倒されていた。

だがヴァルハラのメンバー達はまったく動じず、GGO組も慣れているのだろう、

まったく驚くようなそぶりは見せなかった。

そしてハチマンが一歩前に出て、演説が始まった。

 

「東門のみんな、昨日はかなりあいつに苦労させられたみたいだな、

だが今日はそんな事には絶対にならない、みんなであいつをフルボッコにしてやろう!」

 

 その瞬間に、おおおおおという声が地鳴りのように響き渡る。

 

「とりあえず遠隔攻撃が使える者は、敵の向かって右の翼を狙ってくれ、

魔法使いの中で、氷魔法が得意な奴は、敵の足におもりをつけるつもりで魔法を放ってくれ、

俺達もそこを狙ってとにかく敵を地面に叩き落とすつもりだ。

中々攻撃が相手に届かないと聞いているが、こっちはこれだけの人数がいるんだ、

数の力で押して押して押しまくるぞ!

地面に落としさえすれば、後はうちのタンクが敵を抑えるから、

そうしたら近接アタッカーの出番だ、調子に乗っているあの馬鹿鳥に、

俺達の強さを思い知らせてやれ!」

 

 再び、おおおおお!という大歓声が上がり、

ヒルダとアスモゼウスは、ヴァルハラの持つ影響力を嫌というほど思い知らされた。

 

「俺が合図をしたら、一斉に翼に向けて攻撃だ!セラフィム、後は任せたぞ!」

「はい、ハチマン様」

 

 そしてセラフィムが前に出ると、再び大歓声が上がる。

今や味方のテンションは留まる事を知らない。

 

「総員戦闘準備!私に続け!」

 

 そのセラフィムの叫びと共に、セイリュウ戦は開始された。



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第963話 VSセイリュウ

「総員戦闘準備!私に続け!」

 

 セラフィムがそんな叫びと共に、セイリュウ相手に実体の無い光る盾を飛ばす。

タンクのスキル、シールドスローである。

これは敵の敵対心を大幅に上げる効果があり、反面敵に与えるダメージは無いに等しいが、

その効果は絶大であり、セイリュウは雄叫びを上げて飛び上がると、

一直線にセラフィムに向けて急降下した。

 

「セラ!」

 

 背後からユキノの声が聞こえ、敵の攻撃を受けようとしていたセラフィムは、

ステップを踏んで軽やかに横に飛び、

今まさにセラフィムをその足の爪で攻撃しようとしていたセイリュウは、

そのまま地面に着地する格好となった。

 

「アイス・フィールド!」

 

 その瞬間にユキノの魔法が炸裂し、セイリュウの足は氷によって地面に縫い付けられた。

だがセイリュウはそれを物ともせずにそのまま飛び上がり、

やや警戒するように上空をぐるぐると回り始めた。

だがその足にはまだ氷の塊が付着しており、

少なくとも誰かが敵に掴まれて上空に運ばれる事は無くなったのである。

だがユキノの狙いはそれだけではなかった。

 

「イロハさん、セイリュウの足にとにかく氷魔法を集中させて頂戴。

そうすればあのデカブツはいずれ地に落ちるわ」

 

 その言葉に従い、イロハは氷系の魔法をセイリュウの足に向けて放った。

その結果、ユキノの言葉を証明するかのように、

セイリュウの足に纏わりついている氷が若干大きくなった。

 

「先輩、いけそうですね!」

「ええ、私はヒーラーとしての仕事があるから、後はイロハさんにお任せするわ」

「任せて下さい、今日の私は絶好調ですよ!」

 

 そんな二人の会話にリオンが割り込んできた。

 

「わ、私もやります!」

「リオンもいけそう?」

「任せて下さい!目覚めよ、我が娘よ!」

 

 リオンはロジカルウィッチスピアを展開させ、セイリュウの足目掛けて氷の弾丸を飛ばす。

百発百中とはいかなかったが、その中の何発かが見事に命中し、

セイリュウの足の氷が更に大きくなった。

 

「このペースだと結構かかりそうですね」

「ええ、でもそろそろ翼への攻撃も始まるはずだから、そちらの効果も期待出来ると思うわ」

「あっ、ですね!」

「相乗効果を狙って、こちらとあちらで頑張りましょう」

「「はい!」」

 

 イロハとリオンがそう返事をした瞬間に、氷魔法を使える他のプレイヤーが、

同じように敵の足目掛けて魔法を放ち始めた。

だが空を飛ぶ敵の足にピンポイントで魔法をぶつけるのはかなり難易度が高い。

更に敵が風魔法で防御を行っているが、それによって物理攻撃程ではないものの、

魔法攻撃も若干影響を受けて曲がってしまうので性質が悪い。

その為どうしても、数撃ちゃ当たる戦法をとらざるを得ないのだが、

さすがに戦闘に参加している人数が多い為、本当に僅かずつではあるが、

他のプレイヤー達による攻撃も足元の氷を大きくするのに役に立っている。

そんな中、セイリュウはその事が気に入らないかのように、

セラフィム目掛けてその氷を叩きつけてきた。

当然セラフィムはそれを避けるように動くが、いつまでも避け続けるのは負担が大きい。

 

「セラ、受け止めても大丈夫よ!」

 

 そこにユキノからそんな言葉が届けられ、

セラフィムは何の疑問も持たずに足を止め、盾を構えた。

 

 ガゴン!

 

 という音と共に氷が盾に激突するが、氷が砕けるような事はまったく無い。

 

「あの氷は私が私が作ったそのままの強度を保っているわ、

他の人に氷魔法を当ててもらうのは、あくまで魔力を成長の糧にさせてもらってるだけで、

強度はずっと変わらないから安心して!タイムリミットは一時間よ!」

「了解!」

 

 そこからセラフィムは、とにかく敵の攻撃を受け止め、

例え一瞬でもセイリュウを空中で静止させるように動き始めた。

 

「さて、そろそろこっちの出番だな」

 

 その動きを見て、ハチマンはそう呟いた。シノン、シャーリー、レンがその言葉に頷く。

 

「とりあえず順番に試すか、最初は………シャーリーさんからだな」

「はい!」

 

 シャーリーはその場に寝そべり、愛銃となったAS50を構えた。

そしてセイリュウの動きが止まるその瞬間、

つまり氷がセラフィムの盾に激突した瞬間に引き金を引く。

 

 ドン!

 

 という音と共に発射された弾丸は、少し曲がりはしたものの、見事に敵の翼に穴を開けた。

翼が巨大な為、それは蟻の一穴とも言うべきスケールでしかなかったが、

これを続けていけば、いずれ敵の翼を破壊する事も可能だとハチマンは確信した。

 

「ちょっと曲がりましたね」

「だな、レンはどうだ?」

「うん、やってみるね!」

 

 レンは何度か練習はしたが、

敵相手にデモンズガンを使うのは初めてなのでやや緊張していた。

 

「あれだけ練習したんだから大丈夫、大丈夫」

 

 レンは自分にそう言い聞かせながら呼吸を落ち着かせた。

もっとも今回レンに射撃を教えたのはシャナとゼクシードであり、

その二人がこのくらいなら大丈夫だと太鼓判を押していた為、

実際にはレンが不安がる必要はまったく無い。

レンはそのまま引き金を引き、一条の光が敵の翼に向かって真っ直ぐ突き進んだ。

風の防壁の影響は………まったく受けない。

 

「当たった!けど………効果無し?」

「いや、敵の翼が若干えぐれてる、効果ありだ」

 

 そのレンの不安そうな言葉に、単眼鏡を覗いていたハチマンがそう返事をした。

 

「そっか、やったね!」

「それじゃあ最後にシノンだ、自在弓とやらの力を見せてくれ」

「誰にものを言ってるのよ、余裕よ余裕」

 

 シノンはそう言ってシャーウッドに矢を番え、あっさりと引いた。

 

「「早っ!」」

 

 レンとシャーリーがその躊躇いの無さに驚いたような声を上げる。

そしてその矢は唸りを上げて敵に向かって真っ直ぐ飛んでいき、

当然のように風の防壁に逸らされた。

 

「「あっ」」

 

 だがそこからその矢は不自然な動きをした。

風の層を突きぬけたと思った瞬間におかしな曲がり方をし、

見事に敵の翼の付け根に突き刺さったのだ。

 

「「おお」」

 

 二人は感嘆の声を上げ、

静かに様子を眺めていたハチマンは、チラリとシノンに目をやった。

 

「なるほど、その右手の指で操作してるのか」

 

 その言葉に二人が慌ててそちらを見ると、シノンの右手の人差し指と中指が立っていた。

おそらくその二本の指で、矢の向かう先を操作出来るのだろう。

 

「ふふん、軽いもんよね」

「よし、それじゃあその調子でさっさとあのでかぶつを地面に叩き落としてくれ」

「「「了解」」」

 

 他のプレイヤー達もそれを見て歓声を上げ、積極的に攻撃を開始した。

普段は使わない光学銃を使っている者もちらほら見える。

その大部分は命中していなかったが、中にはまぐれで当たるものもあり、

魔法部隊同様、遠隔部隊もじわりじわりと敵の翼を削っていった。

 

「ダメージも少しずつ入ってるが、このペースだとちょっと遅いな」

 

 ハチマンは敵のHPを見ながらそう呟き、暇そうにしているラン達の所に向かった。

 

「お~いお前達、もう少し敵の動きが鈍ったら、

俺があいつを一瞬だけ地面に追い落とすから、その隙に一気に敵の翼を削ってくれ」

「あら、そんな事出来るの?」

「おう、まあ長くは持たないが、一瞬だけならな」

 

 ハチマンはランに頷き、そのままユウキに言った。

 

「チャンスだと思ったら躊躇わず、マザーズ・ロザリオを使うんだぞ、ユウ」

「任せて!」

「テッチは俺の守りに入ってくれ、その時になったら俺は無防備になっちまうからな」

 

 そこからは持久戦とも呼べる状況となり、四十分が経過した。

敵のHPはまったく削れておらず、まだ八割をキープしたままだ。

このままでは明らかに時間が足りず、敵の足元の氷が解除されてしまう。

そうなると敵の速度が上がり、遠隔攻撃を当てる効率も大幅に下がってしまう。

だが現在、敵の動きは目に見えて遅くなってきていた。

 

「よし、そろそろか………マックス、ユキノ!」

 

 ハチマンはそう二人の名前を呼んだ。二人はこちらに振り向きこそしなかったが、

そのままの体勢で軽く頷いた。それを確認したハチマンは、

ストレージから光る輪のような物を取り出した。光の円月輪である。

 

「あっ、それを使うんだ」

「お前達、いつでも突撃出来るようにしておけよ」

「分かった!」

「任せて」

 

 そのままハチマンは無造作に光の円月輪を投げ、目を瞑ってその場に仁王立ちした。

それを見たテッチが、即座にハチマンのガードに入る。

一同が見守る中、宙を舞う光の円月輪が、いきなり八つに分かれた。

 

「えっ?」

「おお?」

「何か格好いい!」

 

 そのまま八枚の光の円月輪は、敵の防壁をものともせずに敵に迫っていく。

それに気付いたセイリュウは回避行動をとるが、

八枚のリングはそれを囲むように別々に動き、セイリュウを追い詰めていく。

そしてハチマンが術者だと気付いたのだろう、セイリュウがハチマンに突撃してきたが、

テッチがその攻撃を弾き返した。

 

「兄貴はやらせない!」

 

 セイリュウはそのまま通り過ぎ、ハチマンとテッチの横を、

光のリングが唸りを上げて通過していく。

そのままセイリュウは逃げ続けたが、上空を完全に囲まれ、

どんどん地面近くへと追われていく。

 

「ラン!」

「ええ、分かってるわ、ユウ」

 

 そのまま二人は駆け出し、ジュン、ノリ、タルケンもその後に続いた。

その五人の目の前で、地面に限りなく近付いたセイリュウの背に八枚のリングが突き刺さる。

その衝撃でセイリュウは堪らず地に伏し、その瞬間に、五人が敵の翼に一斉攻撃を加えた。

 

「くらいなさい!」

「ここしかないね!」

「うおおお!」

「兄貴、見ててね!」

 

 そして最後にユウキが叫んだ。

 

「マザーズ・ロザリオ!」

 

 その一撃で、セイリュウの翼は破壊された。

戦闘開始から四十五分、遂にセイリュウはその翼を失い、地面へと這い蹲る事となった。



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第964話 ラストアタックの行方

 さて、ここまで書くと、戦闘が実に順調に推移したように見えるかもしれないが、

実際はそんな事はまったく無い。

ハチマンに動員された………というか、拉致されたヒルダとアスモゼウスは、

セイリュウが地に落ちたのを見てやっと休む事が出来ると、

まるで崩れ落ちるかのようにその場に腰を下ろした。

 

「はぁ、本当にやばかったね………」

「まあ仕方ないよ、あの無差別攻撃、性質が悪すぎだもん」

 

 敵の直接攻撃は、全てセラフィムが封殺していたが、

当然セイリュウの攻撃手段はそれだけではなかった。

それが初期モードの仕様である、HPが五パーセント減るごとに放ってくる、

翼から放たれる竜巻である。

確かに事前の調査通り、竜巻を放ってくる間は敵が静止してくれる為、

こちらの攻撃を命中させる為の難易度は下がっているように見えるのだが、

風の防壁を常に身に纏っている為に、予定していた通りの命中率は得られなかった。

そしてその竜巻の仕様もまた極悪であった。

一つの竜巻につき、三十人のプレイヤーを宙に舞い上げた時点で消滅するのだ。

その竜巻の一度の出現数は十個であり、

つまり一度の攻撃で、三百人のプレイヤーが甚大な被害を受ける事になる。

もっともこの竜巻攻撃は、スキルやアイテムの使用によって耐える事が可能となっている。

三十秒耐えきれば竜巻はそのプレイヤーから離れ、他の犠牲者を求めて移動するのだ。

ハチマンは途中でジュンから報告を受けてその事を知ったのだが、

知ったからといって一般人プレイヤーの犠牲を減らせる有効な手段がある訳でもない。

ヴァルハラやS&Dのプレイヤーが無事なら戦線は維持出来る為、

ハチマンはそちらの対応にのみ心血を注ぐ事にし、他のプレイヤーに関しては、

ヒルダとアスモゼウスがいるから平気だろうと考え、

二人に頼まれた事以外は特に何の対応もしなかった。

こうして一般人プレイヤー達の命運は、二人の肩に圧し掛かる事になったのである。

 

 

 

「ちょっ、今ので何人やられたの?こんなの無理だって!」

 

 最初の竜巻は、運悪く一般人プレイヤー達が陣取る一角の後方、

つまりは二人のすぐ傍に出現していた。

ヒルダとアスモゼウスは慌ててその攻撃を交わしたが、

周りにいた後衛陣の多くがその犠牲となってしまったのである。

 

「他のヒーラーはどうなってるのよ!」

「多分あそこで死んでるのがそうなんじゃないかな?」

「どうするの?このままじゃまずいわよ?」

「そうだねぇ………とりあえずヒーラーっぽい格好の人を蘇生して、

一ヶ所に纏まってもらうってのはどう?で、そこを誰かに守ってもらおう!」

「誰かって誰よ?」

「そこはほら、ハチマンさんに誰かを紹介してもらうって事で………」

「どうすれば守れるかも分からないのに?」

「確かにそうだけど、ヒーラーが逃げる時間だけ稼げればいい訳じゃない?」

「………それもそうね、まあとりあえず、蘇生を開始しましょっか」

 

 それから二人はとにかく後衛っぽいプレイヤーを集中して蘇生し始めた。

予想外だったのは、フェイリスがそれを手伝ってくれた事だった。

フェイリスは当初は翼を攻撃する係としてこちらに配置されていたのだが、

どうやら自分がいなくても大丈夫そうだと判断し、

ハチマンにその事を伝え、こちらに手伝いに来てくれたらしい。

フェイリスが蘇生魔法を使える事はハチマンすら知らなかったのだが、

そんなハチマンにフェイリスはあっけらかんとこう言った。

 

「フェイリスの前世は聖女様だからニャ、これくらい朝飯前なのニャ!」

 

 おそらくフェイリスは、何かあった時の保険にと思って覚えておいたのだろう。

照れ隠しのつもりでそう言ったのだとハチマンは判断したが、

せっかくだからフェイリスを喜ばせてやろうと、話を合わせる事にした。

 

「くっ、まさか俺より先に、お前が前世の記憶を取り戻していたとは………」

「ハチマンもそのうち思い出すのニャ、でもそうなったらきっと後悔するかもしれないニャ、

何故ならフェイリスとハチマンは、前世では………にゅふふ」

 

 フェイリスはそう思わせぶりな事を言いながら、笑顔で二人の方に向かっていき。

ハチマンはそれを見て、どうやら喜んでもらえたみたいだと満足した。

 

「二人とも、フェイリスも蘇生を手伝うのニャ!」

「あ、ありがとうございます、助かります!」

「それじゃあヒーラーを中心にお願いしますね!」

「任せるのニャ、ヒーラーはっと、あの子とあの子とあの子ニャね」

 

 フェイリスがあっさりとそう特定していった為、二人はギョッとした。

リメインライトは誰の物でもそのデザインは共通であり、

そこから職業まで類推する事などは不可能だからだ。

 

「えっ?見ただけで分かるんですか?」

「ふふん、フェイリスのこの古き猫の魔眼、クリソベリル・アイは、

それくらい簡単にお見通しなのニャ!」

 

 二人はその説明に首を捻りはしたが、蘇生してみると確かに皆が蘇生魔法を使えた為、

二人はフェイリスの底知れなさに、畏れを抱いたのであった。

 

「さあ、どんどん蘇生して立て直すニャよ!」

「「はい!」」

 

 途中で二度目、三度目の竜巻に襲われながらも、運良くその位置が遠くだった為、

三人は頑張って蘇生を続け、一般人プレイヤー達の戦線を見事に立て直したのであった。

そして二人は即席でヒーラー部隊を作り、その暫定的なリーダーとして振舞う事となった。

 

「ふう、何とかなったわね」

「これで一先ず安心ニャ!」

「それじゃあ今のうちに、ハチマンさんに誰か紹介してもらおっか」

「ん、どういう事ニャ?」

「それはですね………」

 

 二人は先ほど考えた事をフェイリスに説明した。

 

「なるほど、それならフェイリスに任せるのニャ!」

 

 そう言ってフェイリスは駆け出し、ハチマンの了解をとった上で、

ジュンをこちらに引っ張ってきた。

 

「話は聞いたぜ、俺に任せろ!」

 

 ジュンは自信満々にそう言い、二人はそんなジュンに頭を下げた。

 

「宜しくね」

「お願いします!」

 

 その直後に、これはもしかしたら野球やサッカーで言う、

交代した直後の者の所にボールが行くという法則と同じ類の事象なのかもしれないが、

四人のすぐ近くに竜巻が出現した。

 

「うわ!」

「近いニャ!」

「危ない!」

「みんな、早く下がって!」

 

 ジュンは咄嗟に三人の前に立ち、自分が犠牲になる事を選択した。

だがもちろん無抵抗のままやられる気はない。

 

「アイゼン倒立!うおおおお!」

 

 スリーピング・ナイツのサブタンクでもあるジュンの装備はハチマンにもらった物であり、

その足のパーツには当然アイゼンが標準装備されていた。

ジュンは倒立させたアイゼンを、そのまま思いっきり地面に蹴り埋めて支えとし、

その手に持つ大剣を地面に突き刺して、宙に舞わないように必死に竜巻に抵抗した。

ユイユイやセラフィム、それにアサギなら、

ヘヴィウェイトを使うだけで簡単に耐えたのだろうが、

残念ながらジュンはまだ、そこまで多くのスキルを取得出来ていない。

だがジュンはその攻撃に見事に耐えきった。

三十秒後、竜巻がその場を離れ、別の方にいるプレイヤーの方へと向かっていったのだ。

 

「えっ?」

「移動したのニャ?」

「一定時間耐えると他に行くんだ………」

「おお、頑張って抵抗したおかげでいい情報が!」

 

 三人は蘇生を行う必要がある為、今のうちにという事で、

ジュンはハチマンの所に報告に走った。

 

「ほう?それはいい事を教えてもらった、よく耐えたな、ジュン」

「あ、兄貴!」

 

 褒められた事で感極まってハチマンに抱きつこうとしたジュンを、

しかしハチマンはその頭を手で掴み、あっさりと止めた。

 

「そういう趣味は無いっての、ジュン、早く戻ってまたあいつらを守ってやってくれ」

「そ、そうだった!それじゃあ兄貴も頑張って!」

「おう、余裕だ余裕」

 

 そしてジュンが去った後、ハチマンは仲間達にこの事を伝える為、

誰かにメッセンジャー役を頼もうと考えた。

 

「さて、誰に頼むか………適役はレンかな」

 

 ハチマンはそう思ってレンの方をチラリと見た。

 

「お~い、レ………」

 

 ハチマンがそう言いかけた瞬間に、レンはどうやって察知したのか、

いきなり全力でこちらに走ってきた。

 

「私に何か用だよね?」

「お、おう、早いな………」

「それだけが取り柄だもん!」

 

 レンはそう言いながら、満面の笑みを浮かべてハチマンを()()()()

いつもハチマンを見下ろしている香蓮にとって、どうやらその事はとても嬉しいらしい。

 

「実は伝言を頼みたい」

 

 ハチマンは素早くジュンから報告を受けた事をレンに伝えた。

 

「分かった、任せて!」

 

 そしてレンは凄まじい速度で去っていき、仲間達に順番にその事を伝えていった。

 

「………レンの奴、俺よりもステータス的には低いはずなんだが、俺よりも速い気がするな、

ALOとGGOじゃ計算方法が違うのかな」

 

 それからも削りは順調に続き、敵のHPをチラチラ見ていたフェイリスがジュンに言った。

 

「多分そろそろニャね、もうこっちは大丈夫だから、

ジュンは一度スリーピング・ナイツの所に戻るのニャ」

「お?了解、それじゃあ気を付けてな!」

「そっちもニャ!」

 

 ジュンは上位者であるフェイリスの指示に素直に従い、そのまま仲間達の所に戻り、

その直後にハチマンの周りに光るリングが複数現れた。

 

「やっぱりそろそろだと思ったのニャ」

「フェイリスさん、あれは?」

「ハチマンの新しい翼なのニャ!」

 

 そしてそのハチマンの新たな翼はセイリュウを追い詰め、地面へと追いやった。

直後にスリーピング・ナイツがセイリュウに突撃し、遂にその翼を叩き折る事に成功した。

 

「勇者達よ、待たせたな、今までやられた分を、全力で敵にお返ししてやれ!」

 

 ハチマンのその叫びと共に、

今まではただ殺されるばかりであった近接アタッカーを中心とした集団が、

脇目もふらずにセイリュウへと殺到していく。

 

「フェイリス達も攻撃するニャよ!」

「は、はい!」

「り、了解!」

 

 ヒルダは攻撃魔法を、アスモゼウスは弓を選択し、

二人もフェイリスと共に、セイリュウへとガンガン攻撃を叩きこんでいく。

途中でセイリュウの色が何度か変わったが、

HPの減りと連動してモードが変わっているのだろう。

だが飛ぶ事が出来ず、更にユキノの追加の魔法によって、

完全に地面に縫いつけられているセイリュウは、こちらに攻撃をする事が出来ない為、

どんな風に攻撃方法が変わっているのかどうか、まったく確認出来ない。

そしてセイリュウのHPは凄まじい速度で減っていき、遂に残り一割を切った。

そこでまた敵の色が変わり、発狂モードに突入したが、

セイリュウは相変わらず何も出来ないままであった。

こうなると当然、全員がラストアタックを狙いに走る事になる。

 

「さて、どうなるかな………」

 

 さすがにこのペースだと、

誰にラストアタックボーナスがいくのかハチマンにも見当がつかない。

そのまま敵は消滅し、辺りは歓呼の嵐に包まれた。

 

 うおおおおおおおおおお!

 

 と地面が揺れるような大歓声が上がり、すぐに興味はラストアタックの行方へと移った。

 

「やった!」

 

 そんな中、遠くでそんな女性の声が聞こえてきた。

どうやらラストアタックは、その女性プレイヤーに取られてしまったようだ。

 

「あら、残念だったわねハチマン君」

「だな、まあ仕方ないさ、あの状況でダメージのコントロールなんか出来ないからな」

「まあそうよね」

「とりあえず何がドロップしたのか聞きに行くか」

 

 ハチマンはそう言ってそのプレイヤーに近寄っていった。

その幸運なプレイヤーは、銀髪の女性のようだ。

 

「ラストアタックおめでとう、

それですまないんだが、何をドロップしたか教えてもらってもいいか?」

 

 その声にそのプレイヤーは振り向き、ハチマンはその顔を見て硬直した。

 

「ユ、ユナ………?」

「えっ?私は確かにユナって名前ですけど、どこかでお会いしましたっけ?」



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第965話 VSゲンブ

 そのユナの反応は、どこからどう見てもハチマンの事を知らないように見えたが、

そんな事はハチマンには関係なかった。

 

「お前、生きてたんだな!」

「きゃっ!」

 

 ハチマンは感極まったようにユナに抱きつこうとしたが、

ユナは咄嗟に平手打ちを繰り出し、ハチマンの頬にクリーンヒットさせた。

 

 パチーン!

 

 という音が辺りに響き渡る。

 

「あっ、ご、ごめんなさい!つい反射で………」

 

 それでハチマンも混乱しつつもやや冷静さを取り戻し、ユナに頭を下げた。

 

「こ、こっちこそすまない、キミが俺の昔の知り合いにそっくりだったから、つい………」

「あっ、そうだったんですか!

凄い偶然もあるもんですね、その人の名前もユナっていうんですか?」

「あ、ああ、そうなんだ、あっと、俺の名前はハチマン、ヴァルハラのハチマンだ」

 

 ハチマンは混乱しつつも、相手の反応を伺う為に、自分の名前を名乗った。

その言葉にユナは目を見開き、ハチマンは一瞬期待した。

 

「もしかして、ザ・ルーラー様ですか?うわぁ、声をかけて頂いて光栄です!」

 

 だがその反応は、残念ながらハチマンが期待したものではなかった。

 

(………やっぱり別人なのか?でもこんな偶然ってあるのか?)

 

「あっ、アイテムの話でしたよね、えっと、『フローティング・シューズ』っていう、

水の上を歩ける足装備みたいです!」

「ほう、それは面白いな」

 

 ハチマンは平静を装ってそう返事をしたが、

そんなハチマンにユナは、思わぬ事を言ってきた。

 

「あ、あの、ハチマンさん、良かったらこのアイテム、買ってもらえませんか?」

「………いいのか?」

「はい!見ての通り、私はまだALOを始めてからそんなに経ってないんで、

こんな特殊なアイテムよりは、装備を揃える為のお金の方が欲しいんです!」

「なるほどな」

 

 ハチマンはその答えに納得し、フローティング・シューズを購入する事を承諾した。

 

「分かった、喜んで買わせてもらう」

「ありがとうございます!店売りでも良かったんですけど、

やっぱりこういうのは、上級者の方に役立ててもらった方がいいと思いますしね!」

 

 ユナは笑顔でそう言い、ハチマンとユナはフレンド登録を行い、

記念撮影という名目で、ハチマンは戦利品を見せながら微笑むユナと一緒に写真を撮った。

その後、ユナがいくつかの店を回って買い取り価格を調べてから売り値を決めると言った為、

ハチマンはそれを承諾し、取引自体は後日行われる事となった。

ユナはそのまま用事があると言って、ジュラトリアに入って直ぐにログアウトし、

残されたハチマンに、仲間達が話しかけた。

 

「ハチマン君、あの子って………」

「前に話した事があるかもしれないが、

あれがSAO時代の俺の弟子、歌姫『ユナ』………の、はずだ」

「それにしては、ハチマンの事をまったく覚えてないみたいだったわね」

 

 シノンがそう訝しげに感想を述べる。

 

「ああ、もしかしたら記憶喪失なのかもな」

「別人かもしれないじゃない?」

「どうかな、少なくともあそこまで似ているとなると、偶然って事は無いと思うんだが」

「これは調査が必要かもしれないわね」

「そうだな、とりあえずどこからログインしているのか、アルゴに調べてもらうか」

 

 その後、ゲンブ組と合流したハチマンは、ユナの事をアスナ達に話し、

そのままログアウトしてアルゴに連絡をとったが、

その後日に返ってきた返事は、調査不能、であった。

 

「アルゴでも分からないのか?」

「接続経路が妙に複雑でな………それにしても、写真を見せてもらった限りだと、

どこからどう見てもあのユナっちに見えるよナ」

「だろ?やっぱり記憶喪失なのかね?」

「それならこんな面倒な方法で接続はしないと、オレっちは思うけどナ」

「当面はとりあえず接触してみて、色々と聞いてみるしかないか」

「かもナ」

 

 この日からハチマンは、昔と同じくユナに色々と手ほどきをしていく事となる。

 

 

 

 ここで話を一旦戻そう。ゲンブ戦である。

ユージーンと合流したアスナ達は、軽く打ち合わせをした後、ゲンブの下へと向かった。

 

「お前達、今日こそは必ず勝つぞ!」

 

 ユージーンはそう檄を飛ばし、サラマンダー軍を中心に、歓声が巻き起こった。

 

「おう、やってやろうぜジンさん!」

「仕方ない、ジンさんを男にしてやるか!」

「いつまでもヴァルハラより下に見られるのも癪だしな!」

 

 ユージーンはそんな仲間の声に満足しつつ、先陣をきる予定のユイユイに場所を譲った。

 

「では頼む」

「うん、任せて!」

 

 ユージーンに代わって前に出たユイユイは、まったく気負った様子も見せず、

集まった仲間達に声をかけた。

 

「それじゃあ行っくよぉ!」

 

 その軽い調子の掛け声に、おおおおお、という地鳴りのような大歓声が沸く。

その声は明らかにユージーンに向けられた歓声よりも大きく、

ユージーンは狼狽した様子で仲間達に問いかけた。

 

「お、お前達、俺の時より気合いが入ってないか!?」

「あはははははは」

「ジンさん、何の事かさっぱり分からねっす!」

「さあ、勝利の女神に続きましょう!」

 

 その問いかけを否定してくれる者は誰もおらず、ユージーンは心の中で号泣した。

 

「ははっ、ユージーン、ドンマイ」

 

 そんなユージーンの肩を、キリトがポンと叩いた。

 

「全部ユイユイに持ってかれてたな、ユージーン」

「ふ、ふんっ、別にオレが目立つ必要はないからな」

「必要というか、相当頑張らないと、もう目立てないんだけどな」

「なっ、何故だ!?」

「それは俺達がここにいるからさ」

 

 そうニヤリとしながらキリトは彗王丸を抜いた。

 

「ユイユイ!」

「うん、任せて!」

 

 キリトに名を呼ばれたユイユイは、一瞬振り返ってそう言うと、

そのままゲンブへと突撃した。

 

「お願い、ハロ・ガロ!」

 

 その言葉がキーワードとなり、ユイユイの両手に剣と盾が装備される。

 

「シールドスロー!」

 

 ユイユイもまた、セラフィムと同じように光の盾を飛ばす。

それは奇しくもセイリュウ戦が始まったのと同じタイミングであった。

 

「GGGGYYYYYAAAAAOOOUUUUUU!」

 

 その瞬間にゲンブが吼え、大空に舞い上がったかと思うと、

空中に水の玉が無数に出現し、辺りを水浸しにした。

その水はすぐに引いたが、周辺はもう泥のフィールドと化している。

そしてゲンブは空中で丸くなり、地上へと落下した。

 

「みんな、来るよ!」

「はい!」

「こちらはいつでも!」

 

 ユイユイの後ろには、いつの間にかカゲムネとアサギがスタンバイしており、

ユイユイとカゲムネは盾を、そしてアサギは鉄扇公主を構えた。

そんな三人にゲンブが凄い勢いでぶつかっていく。

 

 ズンッ

 

 という重い音と共に、ゲンブが三人にぶつかり、

一メートル程前進したところでその動きを止めた。

 

「うおおおお!」

「三本の矢だな!」

「キリト君、先に行くよ!」

「おう!」

 

 アスナはまだぬかるんでいない位置で構えを取り、

ドンッ、という音が聞こえそうなくらい、凄まじい勢いで敵に向かって飛び出した。

最上級突進技、フラッシング・ペネトレイターである。

その速度は足元が泥に覆われていても何ら変わる事はなく、

アスナの暁姫は、深々と敵の甲羅の下、わき腹に当たる位置に突き刺さった。

 

「次!」

「任せろ!」

 

 そしてキリトも突進技、ヴォーパル・ストライクを放つ。

これがハチマン達が考えた作戦の一つであった。

その狙いは見事にはまり、突進技を使える者達が、次々と敵のわき腹に武器を突き刺し、

ヒット&アウェイよろしく、すぐにその場から離れていく。

 

「行くぜ!」

「次は私達よぉ?」

 

 第二陣は重量級の武器を持つ者達であった。

その代表格であるエギルとロウリィが、甲羅を破壊出来ないかと、

そちらに向かって全力で斧を叩きつける。

 

「くそっ、やっぱり硬いな」

「でも何となく、このまま何度も繰り返せば行けそうじゃない?」

「ああ、俺もそんな気がする。でもとりあえずここは………離脱だ!」

 

 経験豊富なエギルは、敵が動こうとしているのを敏感に察知し、

ロウリィにその事を伝え、二人は後方へと飛び退った。

その直後にゲンブが鳴動し、後方へと転がっていく。

 

「まあここまでは問題ないな、しばらくはこれの繰り返しか」

「どうしても犠牲になっちゃう人が出るのは避けられないわね」

「まあ仕方ないだろ、あいつ、でかいくせに素早いからな」

 

 ゲンブが後退する際に巻き込まれた者がかなりいた為、

アスナやリーファなどのヒーラー陣は大忙しであった。

なので今は、クリシュナがキリトの相手をしていた。

 

「問題はこの後どんなパターンで攻撃してくるかだよな」

「色々想定して対策は練ったけど、いくつ当たってる事やらって感じよね」

 

 そんな二人の目の前で、ゲンブが再びユイユイに体当たりを敢行し、

しばらくはそのパターンが続く事となった。

この状態は結構長く続いたが、それにはからくりがある。

エギル達は徹底して甲羅を攻撃していたが、

その行為自体にはダメージは発生していなかったのだ。

それさえ破壊出来れば、ダメージの通りも良くなって、一気に削りが進むはずである。

そして遂にその時が訪れた。敵のHPがまだ二割も削れていないうちに、

敵の甲羅にぽっかりと大穴を開ける事に成功したのである。

 

「よし、やっと俺達の出番だな!」

「あそこに銃弾を叩きこめ!」

 

 その穴目掛けてGGO組が射撃を開始し、ゲンブのHPが一気に減った。

八割を通り越し、六割に到達しようかという勢いである。

八割の時、ゲンブの行動パターンが変化する兆候があったが、

あまりに一気に削った為にその時は何も起こらず、

残りHPが六割で変化する、次の兆候がすぐに始まったのであった。



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第966話 フカ次郎の知略

「どうやら一つモードを飛ばせたね」

「それがいい事なのかどうなのかは分からないけどな!」

「まあいい事だよきっと。さあ、最後まで油断しないでいこう!」

 

 そのゲンブはモードが変わるのと同時にユイユイ達から距離をとっていた。

それに伴い仲間達も一旦攻撃を中止する。

どんな攻撃をしてくるのかと警戒するタンク三人だったが、

ゲンブは甲羅に隠れたまま、フィールド中央から動こうとはしなかった。

 

「動かないな」

「何かを待ってるのかな?」

「んん~、っていうかあれ、何かの魔法の詠唱をしてるんじゃね?」

 

 魔法の専門家であるユミーの言葉にアスナとキリトはハッとした。

 

「もしかして今までずっと?」

「もしそうならちょっとやばいかもな」

「削っておいた方が良かったかな?」

「今からでも遅くない、今のうちに遠くから出来るだけ削っておこうぜ」

 

 そして攻撃指示が出され、魔法攻撃や銃撃、それに矢の攻撃が、

ゲンブの甲羅に開いた大穴に降り注いでいく。

 

「見てるだけってのは歯がゆいね」

「仕方ないさ、俺達が下手に近付いて、即死攻撃でもくらったら場が混乱するからな」

「ねぇねぇ、待ってる間、とりあえず戦う?」

「いや、戦わないから」

 

 リクやリョクは敵に向かって遠距離攻撃を放っているが、

リョウはどうやら暇なようで、キリトにそう絡んできた。

 

「もうちょっとしたら、多分大暴れする機会があるはずだから、

悪いがそれまで我慢してくれよな。もし我慢してくれたら、今度ハチマンと戦わせてやるよ」

「え~?まあそれなら我慢しても、まあいいかなぁ」

 

 キリトはハチマンを生贄に差し出し、それでリョウは大人しくなった。

 

「キ、キリト君、そんな約束しちゃっていいの?」

「いいっていいって、あの六人の担当はハチマンなんだからさ」

「ま、まあ確かにそうかもだけど………」

 

 アスナは、なんだかんだハチマン君が、キリト君にお仕置きをする事になるんだろうな、

などと思いながら、ゲンブへと目を戻した。

 

「あれ?キリト君、ゲンブの周りの水かさが上がってない?」

「言われてみるとそんな気がするな」

 

 それがフラグになったのだろうか、いきなりゲンブから、大量の水が噴き出してきた。

 

「おい、あれはやばくないか?」

「この辺りまで水没しちゃうかな?」

「さすがにそこまではいかないんじゃね?

ここは確かに窪地だけど、そんなに深い訳じゃないし、絶対に溢れちゃうっしょ」

 

 身を乗り出すエギルにリーファがそう尋ね、ユミーがそれを否定した。

 

「確かに………」

「そうすると腰くらいまでか?」

「かも?」

「それくらいなら余裕余裕、このフカちゃんにお任せあれ!」

「あっ、おいフカ、余計なフラグ立てんな!」

 

 キリトが慌ててそう言ったが時既に遅し、

ゲンブが高速で回転を始め、それに伴って周りに溜まった水が、ぐるぐると回転しだした。

そう、まるで洗濯機のように。

 

「げげっ」

「一時撤退だ!みんな、水から上がれ!」

 

 慌ててキリトがそう指示を出し、タンク陣やアタッカー達は慌てて敵から距離をとった。

だが当然逃げ遅れる者も出てしまい、

何人かがその濁流に飲まれ、水の中でリメインライトと化した。

 

「あれは近づけないね」

「水が引くまで蘇生も無理だな」

「というかあの速さじゃ、甲羅に開いた穴に攻撃するのも運任せになりそう」

「仕方ない………おいフカ、さっき余裕って言ってたよな、ここはお前に任せた」

「えええええええええ!?」

 

 キリトにそう言われ、フカ次郎は絶叫したが、これはそろそろフカ次郎にも、

こういった場合の対応を考える癖を付けさせようという意図からの発言であった。

 

「別に一人で突撃しろってんじゃない、対応策を考えろって事だ。

そのくらいは出来るようになってもらわないといけないからな」

「が、がってん!」

 

 フカ次郎は両手の人差し指の先端をこめかみに当て、

どうすればいいのか必死に考え始めた。

 

「う~ん、う~ん、要はあの穴に攻撃を叩き込めばいい訳でしょ?

でもその穴が高速で回転してる、つまり矢での攻撃は非効率。

それは銃も同じだけど、マシンガンなら?いやいや、ほとんどが弾かれちゃうよね、

遠隔攻撃は敵が動いてない時までとっておくべき。

今のままだとルーレットで一つの数字に単独賭けするような感じにしかならない………

ん?ルーレット?穴に入れる?」

 

 フカ次郎はどうやら何か思いついたようで、仲間達に色々質問し始めた。

 

「クリシュナ、支援魔法って武器にもかけられるじゃない?

それって爆弾系のアイテムにもかけられたりする?」

「可能だけど、例えばどんな魔法?」

「えっとね、今考えているのは………」

 

 そのフカ次郎の説明を聞いたクリシュナは、大丈夫だと太鼓判を押した。

 

「それなら平気よ、効果時間を調節すれば、問題なくいけるわ」

「よっしゃ、それじゃあ次!」

 

 次にフカ次郎は、闇風達GGO組に話しかけた。

アスナとキリトはそれを興味深そうに見ている。

 

「ごめん、ヤミヤミ、たらちゃん、あとコミケさんとケモナーさん、

ちょっと聞きたい事があるんだけど」

「ロビンみたいな呼び方すんな」

「誰がたらちゃんだ、フグタ様と呼べ」

「いやいやたらこ、お前も何言ってんだよ」

「冗談だっての、で、俺達に何を聞きたいんだ?」

「手榴弾ってどのくらいある?もしくはそれ系の爆発物」

 

 四人はそう言われ、コンソールを開いてアイテムの確認を始めた。

その結果、四人合わせて三十個の手榴弾と、吸着式の地雷が三つ、

それに通常の地雷が十個ある事が分かった。

 

「うわぁ、結構あるねぇ、ちょっと手榴弾だけもらってもいい?」

「何か思いついたのか?」

「うん、上手くいくかは分からないけどね。あとドローンはもちろんあるよね?」

「ああ、持ってるぞ」

「それもレンタルよろ~!」

「分かった、好きにしてくれ」

 

 フカ次郎はそのまま簡単な工作に入り、ドローンにロープと袋を結びつけ、

その袋の中に、その辺りに転がっている石を入れた。

 

「実験実験っと」

 

 そしてフカ次郎はドローンを操作し、ゲンブの真上にそれを持っていくと、

釣り下げた袋を回転する穴の中に入れようとし始めた。

 

「う~ん、細かい操作が難しいな………気流も結構激しいのか」

 

 フカ次郎も頑張っているが、中々位置を合わせる事が出来ない。

 

「なるほど、そうやって手榴弾を甲羅の穴に入れて、爆発させるつもりか」

「うん、衝撃で爆発しないように、クリシュナに衝撃耐性魔法をかけてもらう予定。

起爆はユミーさんに任せればいけると思うんだよね、物理系耐性魔法じゃ火は防げないし」

 

 そう言いながらフカ次郎はユミーの方を見た。ユミーは任せろという風に力強く頷く。

 

「でもこれ、素早く穴に入れられないと、耐性魔法の効果が切れちゃって、

甲羅に当たった衝撃で爆発しちゃうかもしれないんだよね」

「それならちょっと私にやらせてみな~い?正直退屈で仕方ないのよねぇ」

 

 リョウが自信ありげにそう言い、フカ次郎は目を輝かせた。

 

「何かいい方法でもあんの?」

「簡単よ、私の神珍鉄パイプでグンッとしてスルッ、ってなったらドーン、みたいな?」

「………よ、よく分からないけど任せたぜ!」

 

 同じ感覚派でも、リョウとフカ次郎の感覚は微妙に違うようだ。

リョウはそのまま神珍鉄パイプの先にロープを結び、そのまま敵の真上まで延ばした。

 

「はい、グ~~~~~~~ン!」

「おお、一本釣り!いいねいいねぇ!」

 

 パイプの長さはかなり長くなり、支えるだけでも大変そうだが、

リョウは大変そうなそぶりをまったく見せず、ピタリピタリと位置を決めていく。

さすがはセブンスヘヴンランキング十四位の実力といった所か。

 

「このくらいかな、そしたらスルッ、と」

 

 リョウはそのまま袋を下げ、甲羅に当てるように操作した。

途端にその袋が見えなくなる。どうやら無事に穴に入れる事が出来たようだ。

 

「あ、ロープを外す方法を考えるの忘れてた」

「そんなのついでに燃やしちゃえばいいんじゃね?そろそろあーしの出番っしょ?」

「かな、それじゃあお願いします、先生!」

「うむ、任せるし」

 

 リョウは石を引っ張り上げ、手榴弾に付け替えると、

先ほどと同じようにスムーズにそれを穴に放り込んだ。

ユミーはそのまま詠唱に入り、ゲンブの真上に巨大な炎の玉を生み出すと、

そのままゆっくりと下に下ろしていった。

 

「ゲヘナ・フレイム!」

 

 その炎は、かなり濡れている甲羅の部分には、

やはりダメージはあまり与えられていないように見えたが、

おそらく穴の中は炎で激しく焼かれている事だろう。

その直後に起爆に成功したのか、ゲンブの甲羅の一部分が激しく火を噴いた。

遅れて凄まじい爆発音が辺り一帯に響き渡る。

 

「よし、成功!」

「やるじゃないかフカ、正直見直したぞ」

「もっと褒めて下さい副長!」

「おう、えらいえらい」

「むふふ、これでリーダーにもご褒美がもらえるはず、私えろい!じゃなかった、えらい!」

 

 フカ次郎は鼻高々にそう言ったが、誰もそれについては異論はなかった。

実際敵のHPは、今の一撃で一気に残り二割近くまで減っていた。

よほど内臓深くまでクリティカルぎみにダメージを与えたと判定されたのだろう。

フカ次郎は実に立派な戦果をあげたと言っていい。

 

「よし、後は発狂モードを乗り切るだけか」

「ここからが本番だね」

「みんな、残り後少しだ、絶対に勝つぞ!」

 

 キリトの叫びに仲間達が笑顔で答える。

戦いはいよいよ最終局面を迎えようとしていた。



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第967話 アスナ、突撃!

 ゲンブはぶるぶると震え、立ち上がって大きく翼を広げた。

どうやら甲羅にはもう篭らないようだ。

そのまま飛び上がったゲンブは、体のあちこちからまるでビームのように水を飛ばしてくる。

そのせいで地面がライン状にえぐられていく。

 

「ウォーターカッターみたいなもんか」

「もしくは高圧洗浄機だね」

「アスナ、そんなマイナーな機械、見た事あるのか?」

「うん、前に軽井沢で一度、ね。多分あれでスパッと斬られる事は無いと思うけど、

かなりの衝撃があるから、部位欠損くらいは起きるかも」

「出来るだけ避けるしかない、か」

「まあそうだね」

 

 ゲンブはしばらくして放出を止め、高く舞い上がって適当な相手へと突っ込んでくる。

タンク三人は散らばって狙われたメンバーをフォローするが、やはり取りこぼしも出てくる。

そのせいで犠牲者が徐々に増えていくが、この状態だと遠隔攻撃以外はあまり役にたたない。

その矢弾も敵の水流攻撃に弾かれてしまう事が多い為、

敵のHPがほとんど減らない状態が続いていた。

 

「みんな、もうしばらく耐えてくれ!」

 

 キリトはそう叫んだ後、傍らにいるクリシュナに相談を持ちかける。

 

「クリシュナ、どう思う?」

「そうね、手が無い訳でもないけど………」

 

 アスナがヒールや蘇生に追われている為、

今のキリトの相談役はクリシュナが努めていた。

 

「何か手があるのか?」

「ええ、さっきみたいにリョウさんの武器に何人か捕まって、

一気に伸ばしてもらって敵に飛び移るってのはどうかしら」

「あの弾幕の中をか?そりゃ決死隊になるな」

「それに関しては、アサギさんを先頭にすれば大分マシになるんじゃないかしら。

彼女は盾を持っていない分軽いはずだしね」

「なるほど、よし、その手でいくか」

「それなら俺も参加するぜ!」

 

 二人の横からリクがそう志願してきた。

 

「今度こそ俺の魔法の出番だろ?別方向から乗り移ってみせるぜ!」

 

 リクの魔法は空中に雷属性の足場を作り、その上を滑るように移動出来るものだが、

リクの持つコピーキャットの回数制限の関係もあり、

その最大航続距離は五十メートルとなっていた。その為に先ほどの手榴弾の時は、

行くのはいいが戻れない状態になる為にリョウに出番を譲ったが、

今回のように戻ってくる必要が無い場合は全く問題がない。

 

「ちなみに一人なら運べるけど、どうする?」

「それなら私!」

 

 キリト達が相談しているのを見て戻ってきたアスナが横からそう志願してきた。

最後の局面という事もあり、これ以上回復に手を裂く必要もないと判断したのだろう。

 

「オーケー、俺がお姫様みたいに運んでやるぜ!」

「あ、う、うん、お願い」

 

 アスナは一瞬そういうのはハチマン君にしてほしいな、などと考えてしまい、

ぶんぶんと頭を振ってその考えを散らせた。

 

(女同士なんだし、問題ないかな)

 

 こうしてリクとアスナの突撃が決定した。

 

「それじゃあリョウの側は誰を送り込むかだが、当然一人は俺な」

「まあ妥当じゃないかしら」

「それなら俺も頼む、俺は今回ほとんど活躍出来てないからな」

 

 そう言い出したのはユージーンであった。

 

「まあそうだよな、俺達二人にアサギさんか、リョウ、大丈夫か?」

「武器をストレージにしまって突撃するなら、

何人かに手伝ってもらえばもう一人くらいはいけるかも?」

「それなら私も志願しようかしら」

 

 そう言って歩み出てきたのはロウリィであった。

 

「ロウリィさんなら軽そうだし、まあ大丈夫かな」

 

 これがALOとGGOの大きな違いである。

GGOだと例え武器をストレージに入れようとも全体重量が重くなってしまうが、

ALOだとそんな事は無いので移動に関しては優遇されていると言っていい。

 

「リョウ、俺も支えるのを手伝うからな」

「うん、お願いねぇ?」

 

 エギルがそう申し出る。他にもサラマンダー軍の力自慢が何人か志願してくれた為、

これで決死隊の編成が決まり、あとはタイミングを計るだけとなった。

 

「突っ込むのは敵がこちらにダイブした直後がいいと思うわ、

その後なら弾幕が張られるまでに、ほんの少しだけ間があくもの」

「オーケー、それじゃあアサギさん………失礼します」

 

 キリトはそう言って遠慮がちにアサギの腰に手を回したが、

アサギはあまり気にした様子がない。

 

「この程度、撮影中にはいくらでもあるから気にしないで」

 

 アサギはキリトが顔を赤くしているのを見て笑顔でそう言った。

そしてキリトの後ろにはユージーン、その後ろにロウリィが座り、

神珍鉄パイプをリョウとエギルが支え、その後ろにサラマンダー軍の何人かがついた。

 

「本当は私が突っ込みたい所だったけど、まあ仕方がないわよねぇ」

 

 リョウは不満そうにそう言いつつ、タイミングを見て神珍鉄パイプを伸ばした。

その瞬間にキリト達は凄まじい勢いで敵へと向かい、

エギル達も歯を食いしばってそれを支えた。

 

「うおおおお、思ったより怖い!」

「水流来ました、止めます」

 

 アサギは鉄扇公主を開いて見事にそれを防ぎきる。

 

「みんな、飛びおりるわよぉ?」

 

 恐怖心を感じさせないのんびりとした声でロウリィがそう言い、真っ先に飛び降りていく。

その着地をする姿は実に軽やかであり、まったく重さを感じさせない。

 

「行くぞキリト!」

「お、おう!」

「行きます」

 

 三人はそのままゲンブの首筋、甲羅との境目辺りに飛び降りた。

甲羅のおかげで滑り落ちる事なく、体も問題なく安定する。

その直後に背後からリクとアスナが突っ込んできた。

どうやら二人は五メートル程下に開いている、甲羅の裂け目に飛び込むつもりらしく、

その軌道がキリト達よりもかなり低い。

 

「キリト君、そっちはお願い!」

「おう、任せろ!」

 

 六人が無事にゲンブに取り付いたのを見て、サトライザーが攻撃の指示を出す。

 

「撃て!」

 

 遠隔攻撃陣を統括していたサトライザーの、そのシンプルな叫びと同時に、

ゲンブの腹部辺りから下目掛けて一斉に攻撃が開始された。

もうこれで終わってもいいというくらいの勢いである。

リーファも回復役を放棄して風魔法を連続して撃っており、

その隣では闇風や薄塩たらこ、そしてコミケとケモナーが銃撃を行い、

その向こうではM&Gの面々も狂ったように攻撃を行っている。

この戦いではまったく目立っていないビービーもそこにいた。

反対側ではユミーとリョクが、魔法攻撃を行っている。

フカ次郎は出番が無くそれを見ているだけだったが、これは仕方がない。

この状態だと近接アタッカーに出番は無いからだ。

本当はフカ次郎も決死隊に志願するつもりであったが、

先達のロウリィに先を越されてしまった為、遠慮したのであった。

エギルとリョウは、そのままクリシュナのガードに入った。

そのクリシュナは、この距離からキリト達に支援魔法を飛ばしている。

戦場は今、まさに最後の力を振り絞った総力戦といった感じになっていた。

 

「やっとお前の出番だ、この中じゃお前のソードスキルが一番攻撃力が高い、

頼んだぞ、ユージーン!」

 

 キリトがユージーンにそう檄を飛ばし、ユージーンは高笑いしながらドンと胸を叩いた。

 

「わはははは!任せろ!くらえ!ヴォルカニック・ブレイザー!」

 

 ユージーンはそう叫びながらいきなりソードスキルを放ち、キリトはニヤリとした。

 

(よし、これでユージーンのラストアタックはほぼ無いな)

 

 さすがはキリト、ユージーンの性格を実に良く分かっている。

その時下からリクの高笑いが聞こえてきた。

 

「あはははは、くらいやがれ!この鳥モドキが!」

 

(あっちも順調みたいだな)

 

 そう考えながらキリトは、ロウリィと肩を並べながら敵の首筋に斬りかかっていった。

 

「あはははは、あはははははは!」

 

 キリトはそんなロウリィの叫びを聞きながら、大技を放つタイミングを慎重に計っていた。

おそらくアスナもそうしているのだろう、下からスターリィ・ティアーを放った気配はない。

 

「どうしたキリト、大人しいではないか!」

「これからだっての!」

  

 キリトはそう答えつつ、尚も冷静にタイミングを計っていた。

だがその時下からアスナの声が聞こえてきた。

 

「スターリィ・ティアー!」

 

(アスナ、ちょっと早くないか?)

 

 直後に大きな衝撃が巻き起こり、敵のHPが残り数ドットまで減った。

それに合わせてキリトも大技を放とうとしたが、その直後に足場がぐらりと揺れた。

どうやらゲンブが再び地上にダイブしようとしているらしい。

 

(しまった!慎重に狙いすぎた!)

 

 キリト達は振動に耐えられず、そのまま落下していく。

その四人の体がいきなり光を帯び、落下速度が急激に収まった。

 

「フォールン・コントロール!」

 

 どうやらクリシュナが助けてくれたらしい、

そう理解した直後に、キリトの視界に宙に立つリクとアスナの姿が映った。

その目の前で、リクがその手に持つコピーキャットを振り下ろし、

リクの足元から敵の背後に向けて、真っ直ぐ紫色の光が伸びていく。

 

(一体何を………)

 

 その瞬間に、アスナの叫び声と共に、アスナの姿が消えた。

 

「フラッシング・ペネトレイター!」

 

 キリトだけではなく全員が見守る中、紫の光の上を輝く白い光が流れていく。

リクの作る足場にはリクしか乗れない為、おそらくアスナは最初だけリクの足を踏み台にし、

そのままの勢いで敵に突っ込んでいるのだろう。

そしてその光は敵に追いつき、その体を見事に貫通した。

 

(アスナの奴、無茶しやがって………)

 

 直後にゲンブが動きを止め、爆散していく。

その後に残されたのは、そのままユイユイの方に突っ込んでいくアスナの姿であった。

 

「フォールン・コントロール!」

 

 ここで再びクリシュナの魔法が発動し、アスナの落下速度が若干弱まった。

そこに装備を解除したユイユイがアスナに向かって手を広げる。

 

「アスナ!」

「ユイユイ!」

 

 ユイユイはアスナを見事に受け止めたが、

さすがにその勢いを全て殺す事は出来なかったようで、ぐらりとした。

 

「うわっ、倒れちゃう!」

「おっと」

「危ない危ない」

 

 そんなユイユイを、背後からエギルとリョウが支えた。

四人はそのまま地面に倒れたが、ちゃんと勢いを殺せたようで、全員無事であった。

ちなみにアスナはユイユイの胸に顔を埋めており、実に百合百合しい。

 

「勝ち鬨をあげろ!我らの勝利だ!」

 

 そこですかさずサトライザーがそう宣言し、辺りは大歓声に包まれた。

 

「アスナ、大丈夫?」

「ごめん、ちょっと無茶しちゃった、ありがとう、ユイユイ!」

 

 アスナはそう言いながら立ち上がり、味方に向けて片手を上げ、

そのおかげで歓声は更に強まった。

 

「キリトよ、アスナに全部持ってかれたな」

「まあ勝ったんだからいいじゃないか、お疲れ、ユージーン、アサギさん、ロウリィさん」

「キリトさん、お疲れ様です!」

「お疲れ様ぁ!さあ、この後はセイリュウ組と合流して祝勝会と行きましょう!」

 

 こうしてゲンブは討伐され、ラスボスへの道が遂に解放される事となったのであった。



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第968話 ユナの謎

「アスナ、無茶しすぎだろ」

 

 地上へと降り立ったキリトは、真っ直ぐにアスナの所に向かい、苦笑しながらそう言った。

 

「ごめん、自分でもその自覚ある」

 

 アスナは恐縮したようにそう答えた。

 

「まあここはSAOじゃないんだ、ハチマンもそれくらい大目に見てくれるだろ」

「そうだといいんだけどね」

 

 二人はそう言葉を交わしながら、次々と駆け寄ってくる他のナイツの者達と言葉を交わし、

最後に見知らぬ………いや、どこかで見たようなプレイヤーに声をかけられた。

ここまでビービー以上にまったく存在感を発揮していなかった、クラレンスである。

 

「あ、あの、き、今日はシャナさんは?」

「ん~?どちら様?」

「あっ、キリト君、この人確か、クラレンスとかいうGGOの女の人だよ、

要塞防衛戦で見た事あるもの」

「へぇ、そうなのか、って、女の人?」

 

 驚くキリトに、アスナがそっと耳打ちした。

 

「ロザリアさんから受けた報告だとね、この人って、実は女で男も女もイケる口。

小さくてかわいい子が好みで性格は昔のピトに似て奔放で自分勝手、

スコードロンで揉め事を起こして追い出されそうになったけど、

逆にメンバーの弱みを握って主導権を握って、

でもさすがに居心地が悪くなったから移籍先を探し中、って事だったよ」

 

 アスナは前にロザリアに教えられた事をしっかり記憶していたようだ。

 

「その後スクワッド・ジャムとかにも参戦して、シャナと敵対してたかな。

それとロビンとかから聞いた話だと、

GGOでは何とかシャナに取り入ろうと色々画策してたって」

「ほう」

「でもシャナは、あの人の事を悪くは思ってないみたいだね、

まあでもここまでの行いだけ見ると、完全に敵みたいな感じかな」

「分かった、ちょっと荒療治でもしておくわ」

 

 キリトはその情報に頷くと、クラレンスに向けて剣を抜いた。

 

「なっ………」

 

 その殺気の篭った視線を受け、クラレンスは腰を抜かした。

 

「生憎シャナはここにはいないし、多分お前と関わる気は無いと思うぞ。

もし関わりたいなら余計な欲を捨てろ、あいつはそういうのに敏感なんだよ」

 

 キリトはそう言って、クラレンスには一瞥もくれずに去っていった。

その後にヴァルハラのメンバー達が続いたが、ほとんどがクラレンスの方を見なかった。

 

「くそ、俺だって、道を間違えてきちまってるのは分かってるんだよ………」

 

 そんなクラレンスの肩をポンと叩く者がいた、闇風と薄塩たらこである。

 

「お前は決して悪い人間じゃないと思うけど、

前の大会ではレンを殺そうとしたり、ゼクシードを倒したりもしてたからな、

その敵対的イメージを改善する為にはかなりの努力が必要になる事だろうよ」

「同じ大会で、ゼクシードとユッコ、ハルカがシャナとレンの為に身を犠牲にして、

シャナからの信頼を不動の物としたからなぁ、違いが鮮明すぎるっていうか、

このまま埋もれていくか、ひと花咲かせる事が出来るかはまあ今後次第だな」

 

 二人はクラレンスを憐れに思ったのか、そうアドバイスのような物を残し、去っていった。

クラレンスは何も言う事が出来ず、ただじっとその場に蹲り、下を向いていた。

 

「よし、それじゃあウルヴズヘブンに帰るか」

「だね!」

 

 アスナとキリトは仲間達と共に、戦利品について話をしたりしながら仲良く去っていき、

クラレンスはその後姿を、羨ましそうに見送る事しか出来なかったのである。

 

 

 

「おうお帰り、無事に勝てたみたいだな」

 

 ウルヴズヘブンに戻ったゲンブ組を、ハチマンが出迎えた。

似合わない事に、ハチマンはエプロンを付け、料理を手に持ち配膳している。

 

「ふふっ、何その格好」

「いや、ケータリングの料理をみんなで並べている最中だったんだが、

イロハがこれを着てみてくれってうるさくてな、まあノリだ」

 

 そのイロハは、ハチマンと同じようにエプロンをつけて、あくせくと働いている。

ペアルックでもしたかったのだろうか、その顔は満面の笑みを浮かべていた。

 

「イロハちゃん、かわいい………」

「あいつはああいう格好が案外似合うからな、イメージと違って結構家庭的なんだよ」

 

 ハチマンはそう言いながらアスナ達に席につくように伝え、

イロハを呼んでエプロンを脱ぎ、定位置へと座った。

このフロアには六人掛けのテーブルがいくつも置いてあったが、

一番奥のテーブルだけは幹部専用となっており、

普段はハチマン、アスナ、キリト、ユキノ、サトライザー、ソレイユの席となっているが、

今日はソレイユがいない為、席が一つ空く事になっていた。

そういった場合、通常はその席を巡ってジャンケン勝負が行われるのだが、

今日に限ってはそこに見知らぬ少女がちょこんと座っていた。

しかもハチマンの隣に、である。

 

「あれ、誰だ?」

「どれ?………えっ?あ、あれ?どこかで見たような………」

 

 そんなアスナにエギルが焦ったように耳打ちしてきた。

 

「おいアスナ、あれってユナなんじゃないのか?」

「ユナちゃん?あっ、本当だ!ど、どうして?」

 

 そこにキリトとレン、それにフカ次郎も横から話に加わってきた。

 

「あれってもしかして歌姫か?生きてたんだな」

「前にエギルさんに聞いた名前と同じだったからもしかしたらって思ってたけど………」

「やっぱり本人だったんだね」

「三人とも、ちょっと話がある」

「うん、みんな、ちょっとこっちに来て」

「ん?二人とも、どうした?」

 

 キリトにはまだ歌姫ユナの詳細は伝えられていなかった為、

アスナとエギルはそのまま三人を端の方に呼んで、ハチマンとユナの関係を説明した。

 

「おお、それなら知ってる知ってる、前にハチマンがぽろっと漏らした事があったからな」

「キリト君も知ってたんだ」

「ああ、もし街で危ない目に遭ってたら、助けてやってくれって頼まれてたんだよ。

もっとも大体ハチマンが一緒だったから、そんな必要は無かったんだけどな。

だから俺はあの子の顔を知ってるし、向こうも俺がハチマンの仲間だって事は知ってるけど、

話した事は無いって感じかな」

「なるほどな」

 

 そしてキリトはチラリとユナの方を見た。

 

「まさかあの子もALOをやってたなんてな」

「いや、それなんだけどよ」

「ユナちゃんの性格なら、今までハチマン君に接触してこないなんてありえないの」

「そうなのか?」

「それにあの顔………SAOのユナとまったく変わってない、

ナーヴギアを使ってキャラを引き継いだ俺達ですら、

微妙に見た目が変わってるってのに、あれは明らかにおかしいだろ」

「ああ、そう言われると確かに………」

「それにさっきここに着いた時、ハチマン君がユナちゃんについて何も言わなかったのも、

よく考えるとすごくおかしいよ、これはしばらく様子見で余計な事を言わない方がいいかも」

「分かった、俺も気をつけるよ」

 

 そしてエギルやレン、フカ次郎にはどんな会話があったか後で報告すると約束し、

アスナとキリトはハチマンのいる席へと向かった。

 

「よぉハチマン、今戻ったぜ」

「おう、お疲れ、こちらはユナ、セイリュウに止めを刺した勇者様だ。

一旦落ちたんだが、戻ってきたからこの会に誘ってみた」

「ハ、ハチマンさん、あれは偶然ですから!」

 

 恥ずかしそうにそう言うユナに、アスナとキリトは自己紹介をした。

 

「ヴァルハラの副長をやってます、アスナです」

「同じく副長のキリトだ、宜しくな」

「はい、()()()()()!お二人のお噂はかねがね!」

 

 二人はその言葉に一瞬変な顔をしたが、何事もなかったかのようにすぐに取り繕った。

そもそもアスナはユナとはハチマンを巡るライバル的な存在ながらとても仲良しであり、

キリトもSAOでは有名人であり、ユナがその名前に全く反応しない事はありえないのだ。

 

(これって記憶喪失?ありうるね………)

(う~ん、これはまあハチマンがどんな態度をとるか次第だな)

 

 二人はそう考え、しばらくハチマンの様子を観察する事にした。

 

「よし、フカ次郎、何か芸を見せろ」

 

 和やかに会が進行する中、ハチマンが唐突にそんな事を言い出した。

 

「えっ、それってマジで?」

「おう、マジだマジ、期待してるからな」

 

 ハチマンがそんな事を言うのは初めてだったので、一同は仰天した。

 

「おいレン、リーダーに一体何が!?」

「私に聞かれても分からないよ………」

「もしかしてこれはアレか?」

「あ~、うん、もしかしたらそうかも?」

 

 戸惑うフカ次郎はレンに相談したが、レンにハチマンの意図が分かるはずもない。

ただ二人は以前、ユナの話をエギルから聞いていた為、

それ絡みなんだろうなと薄々感じてはいたが、今回のハチマンの意図が分からず、

まごまごする事しか出来なかった。そんな二人の姿を見てハチマンが立ち上がった。

 

「まあいきなりじゃ無理だよな、よし、ここは俺が一曲歌を披露する事にする。

これは俺の()()()()()()()作った曲で、完全なオリジナルだが、

下手なのは勘弁してくれよ」

 

 その言葉にユナの事を知る者達はハッとした。

そしてハチマンが歌い始め、その歌に聞き覚えのあったアスナ達三人は頷き合った。

ハチマンの歌声は拙く、決して上手いとは言えなかったが、

とても心が篭っているように聞こえ、歌が終わった後、一同から大きな拍手が巻き起こった。

 

「いい歌だろ、いつも昼寝をする時に聞いてたから何となく覚えちまったんだよな」

 

 そう言ってハチマンはユナの方を見たが、ユナはただ賞賛するだけで、

ハチマンの歌そのものについて、何も反応する事はなかった。

 

(反応は無しか、記憶喪失だとしても、歌が好きだったって部分は変わらないはず、

これはまさかの別人か?)

 

 ハチマンはそう思い、他の者達も同じような事を考えた。

そのまま会は進行していき、クリシュナが円周率を百桁以上まで言ったり、

セラフィムがレンとリョク、それにイロハをお手玉したりという芸を披露したりもし、

盛り上がったまま終了する事になったが、遂にユナは何の手がかりを示す事なく、

会は平穏に幕を閉じる事となった。

 

「それじゃあハチマンさん、今日はありがとうございました」

「ここへの登録はしておいたから、また暇な時にでも遊びにくるといい」

「はい、ハチマンさんがいる時に、色々教わりに来ますね!」

 

 そうにこやかに挨拶をしてユナが去った後、

ハチマンは途端にヴァルハラのメンバーに囲まれる事となった。

 

「で、ハチマン君、さっきのは一体どういう事?」

「ん?おお、驚いたよな、今から経緯を説明するわ」

 

 ハチマンはそう言って、ユナの事を一同に語ってきかせた。

 

「………なるほど、そんな子がいたのね」

「ユナについてはとにかく謎だらけでな、

特にクリスハイトが何も知らないってのが問題なんだよ」

「でも確かに存在してたのは間違いないんだよな」

「ああ、元SAO組のほとんどがあの子の歌を聴いた事があるはずだ」

「そんなに有名人だったのね」

「で、ハチマン君、これからどうするの?」

「そうだな、ここに出入りさせて、ゆっくり探っていくしかないだろうな」

「まあそれしかないか………」

「そんな訳でみんな、ユナと話す時は必ず録画して、後で俺に見せるようにしてくれ。

街で見かけた時とかもそんな感じで宜しく頼む」

 

 ハチマンのその頼みに一同は頷いた。

こうしてユナは、ヴァルハラの監視下に置かれる事になったのだった。



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第969話 祝勝会の裏で

「そういや俺のせいでちゃんと話が出来なかったが、そっちはどんな感じだったんだ?

あとドロップアイテムは?」

 

 そのハチマンの問いに対し、ドヤ顔で前に出てきたのはフカ次郎である。

 

「えっへん、フカちゃんが大活躍しましたよリーダー、褒めて下ちゃい!」

「アスナ、キリト、そうなのか?」

 

 ハチマンにそう問われ、二人は素直に頷いた。

 

「へぇ、一体何をやったんだ、フカ」

「よくぞ聞いてくれました!」

 

 そしてフカ次郎は自分が何を思いつき、どうやって実行したのかハチマンに説明した。

 

「ほうほう、お前、よくそんな事を思いついたな」

「ルーレットの事を思いついて、ピンときました!」

「お前も成長してるんだなぁ、よし、ここは素直に褒めてやろう」

 

 ハチマンはそう言ってフカ次郎の頭をなでなでし、フカ次郎はご満悦でレンの方を見た。

 

「どうだレン、羨ましいだろ!」

「ぐぬぬ………」

 

 だがハチマンは、そんなレンの頭も黙って撫で始めた。

 

「な、何ですと!?」

「レンもよく頑張ったな、えらいぞ」

「えへへぇ」

 

 レンは嬉しそうに微笑み、そんな二人にフカ次郎は納得いかないという表情を向けた。

 

「リ、リーダー!何故レンの頭を!?」

「いや、まあこれはいつも通りだろ?」

「そっ、そりはそうかもれすが!」

「何故お前は俺相手だと変な喋り方になるんだ、

まあお前とレンじゃ、最初のスタート地点が違うって事だ、

悔しかったらこれからも精進して、何もなくても俺がお前の頭を撫でたくなるようにしろよ」

「きいいいいいい、畜生、絶対にいつかそうなってやるんだから!」

 

 フカ次郎は悔しそうにそう言いつつ、レンを連れて端の方へと移動した。

他の人の報告を邪魔しない為だろうが、

そういった部分にも成長が見てとれ、ハチマンは含み笑いをした。

 

(あいつはこのまま叩いて伸ばした方が良さそうだな)

 

 要するにそれは、

フカ次郎が頭を撫でられるのが普通の事になる日は訪れないという事である。

頑張れフカ次郎、負けるなフカ次郎、君に明るい未来は訪れないが、とにかく頑張れ!

そして続けてアスナが今回の戦利品をハチマンに見せてきた。

 

「これがゲンブのラストアタックのドロップ品だよ、ウォールブーツ、だって。

これを履いてれば、壁を自由に歩けるようになるらしいよ」

「また移動系か、まあ今回はそういうコンセプトなんだろうな。

ってか、ラストアタックはアスナだったんだな」

「それが聞いてくれよハチマン、アスナの奴、最後にさぁ」

「わぁ、わぁ!」

 

 キリトがハチマンに説明しようとしたのを、

アスナは両手をぶんぶんし、慌てて止めた。

 

「何だアスナ、何をやらかしたんだ?」

「そ、それは落ちてからゆっくりと説明するから、ね?」

「そうか?まあ俺は別に構わないが………」

 

 アスナ的には、落ちてからハチマンの機嫌をとりつつ、

自分が何をしたのかそれとなく説明するつもりであった。

まあ今説明してもハチマンが怒る事は無いだろうが、一応という奴である。

 

「それじゃあその話はいいとして、多分明日は他のナイツとの話し合いで、

明後日にボスに挑む事になると思う。

そんな訳で、後で連絡を回すから、参加出来る者は俺まで連絡を頼む」

「明後日か」

「まあそうだよね」

「よっしゃ、さくっと勝って、気分良くイベントを終わらせようぜ!」

「それまでに必要だと思われる準備は進めておくわね」

「悪いなユキノ、頼むわ」

 

 そしてこの日の集まりは完全に終わりとなり、一同は順にログアウトしていった。

その後、マンションで八幡と合流した明日奈は、

同席した優里奈にもフォローしてもらい、無事に八幡への報告を終えたようである。

 

 

 

 ここで話は少し遡る。

ゲンブ戦を終えた後、ユナは自らの頭に差し込まれたプラグを自分で外し、

傍らでデスクに向かっていた重村徹大に話しかけた。

 

「お父さん、今戻ったよ!」

「お、戻ったんだね、ユナ、どうだい?ALOは楽しいかい?」

 

 徹大は、ベッドの上にちょこんと座る()()()()()に向けてそう声をかけた。

悠那ではなくユナ、と呼んだのは、白ユナに今後はユナと名乗るようにと伝えたように、

悠那とユナの区別を自分もキッチリ付ける為である。

 

「うん、とっても!今日はゲンブっていう敵に運良く止めをさせてね、

そのおかげでザ・ルーラー様っていう、凄く有名な人と知りあえたんだ!」

「へぇ、それは二つ名って奴かい?そのプレイヤーは、何て人なんだ?」

「えっとね、ハチマンさんだよ!」

 

 その名前を聞いた徹大は、ハッとした顔で押し黙った。

 

(ハチマン君は、あの八幡君か、そうか、意図せず彼と知り合いになったのか………)

 

「そうか、せっかく知り合えたんだ、もしユナさえ良かったら、

もう一度ALOにログインして、彼と交流を深めてきてもいいんだぞ」

「いいの?やったぁ!」

 

 そのぬいぐるみはそう言って喜んだ。

これはもちろんソレイユの技術を参考にして徹大が作ったもので、

そのAIは、歌姫になるべく育てられている白ユナの情報を元にした、

はちまんくんタイプのものであった。

白ユナだけではなく、何故こんな物が作られたかというと、

まだ表に出す事の出来ない白ユナの代わりに、対人スキルを学ばせる為であった。

歌とは別々に学ばせて分業制にした方が効率がいいと考えたのだ。

その相手はずっと徹大が努めていたのだが、やはりそれでは限界がある。

その為に徹大が考えついたのが、ALOへの接続である。

AIがゲームにログインする事を可能にする為に、

徹大はアミュスフィアを分解してその構造を完璧に把握し、

プラグで直結する事によってそれを実現させ、

ALOで不特定多数のプレイヤーと話し、接する事によって、

限りなく人間に近い反応が出来るように、ALOを教育ツールとして利用していたのだ。

その目的を優先していた為、ハチマンの情報はぬいぐるみのユナ、

今後は仮に学ユナと呼称するが、学ユナにはまったく伝えていなかったのだが、

今回偶然接触に成功した為、その機会を存分に活用する事にしたのである。

徹大の調査の結果、ハチマンとユナがよく一緒にいた事が、

SAOサーバーのログの解析から確認されており、

徹大は偶然ながら、ユナの情報を多く手に入れられる機会が出来たと心を躍らせた。

だがここでいきなりSAOのユナの事を尋ねさせるのは怪しすぎる為、

徹大はまだ学ユナに、そういった指示をまったく与えなかったのである。

 

「それじゃあお言葉に甘えて行ってくるね、お父さん!」

「ああ、楽しんでくるといい」

 

 徹大はそう言って、学ユナがALOにログインした後、

PCを操作して、その様子をモニターに表示させた。

これもソレイユの使っている技術を参考にさせてもらい、

徹大が苦労して実現させたものであった。

特許の問題はあるが、商業目的ではない上に、

徹大は一切これに他の者を関わらせていない為、

ソレイユからクレームが来る可能性も皆無なのである。

 

 

 

『ハチマンさん、用事が無くなったのでもう一回ログインしちゃいました、

もし良かったらもう少しお話ししませんか?』

 

 ユナはハチマンにそんなメッセージを送り、直ぐに返信が来た。

 

『今からうちの拠点で祝勝会をやるんだが、そういう事なら参加してみないか?』

『はい、喜んで!』

『それじゃあ今から迎えに行くから、待っててくれ』

 

 ユナはハチマンからのその返信を見て、心を躍らせた。

もっともそれは学習した感情であったが、

高度に発達した科学技術が魔法と区別がつかないように、

高度に発達したAIによる事象への反応もまた、感情と区別がつかないのである。

ORでここまでやるには途轍もない努力が必要なのであるが、

最近の徹大は、鎌倉の病院で眠る悠那の復活については半ば諦めかけており、

その代わりとしてのAIのユナの製作に、心血を注いでいたのであった。

 

「やった、噂のヴァルハラ・ガーデンに入れるんだ!」

 

 ユナはそう声に出して喜んだが、

迎えに来たハチマンに案内されたのは、ウルヴズヘブンであった。

だがユナはそれで気落ちしたりはしない、何故ならウルヴズヘブンもまた、

ヴァルハラ・ガーデンと同様に、一般プレイヤーの憧れの地だったからだ。

 

(うわぁ、ここがウルヴズヘブンなんだ、ビル一つを丸ごと拠点にするなんて凄いなぁ)

 

 ユナはそう思いつつハチマンの後に続き、ハチマンの仲間達に自己紹介され、

名高いヴァルハラのメンバー達と知り合えた事を単純に喜んでいた。

そしてアスナとキリトにユナが自己紹介された時、

画面のこちらでそれを見ていた徹大は息を呑んだ。

 

「この二人が『閃光』と『黒の剣士』か………、

閃光は少なくともユナと関わりがあったのは分かっているが、黒の剣士はどうかな………」

 

 徹大はそのまま観察を続け、ハチマンがいきなり歌を歌うと言い出した時、

これはユナに探りを入れようとしているなと直感した。

同時にアスナだけではなくキリトが硬直したのも見逃さず、

キリトも確かにユナの事を知っていると確信した。

だがハチマンの歌を聞いた瞬間に、徹大はそんな事は全て忘れ、思わず涙を流していた。

 

「こ、これは昔ユナが、自分で作ったと言って歌ってくれた………」

 

 更に徹大は、次のハチマンの言葉に注目した。

 

『いい歌だろ、いつも昼寝をする時に聞いてたから何となく覚えちまったんだよな』

 

 徹大の知る限り、SAO時代のユナのレベルはハチマンとはかけ離れており、

ログの解析から攻略後半でよく一緒に行動していたのは分かっていたが、

いつも、とハチマンが表現するくらい、歌を聞かせていた事は確認していなかった。

 

「どういう事だ………?」

 

 徹大は独自に作ったシステムを起動させ、二人の行動ログを同時に表示させると、

時間の流れを速めてそれを順に追っていった。

それで分かったのは、おそらくハチマンが昼寝をしていたのだろう、

街中で長めに静止していた場所にユナの方から近付き、

そこで歌を歌っていたという事実であった。

 

「これは………偶然にしては出来すぎているな、

ハチマン君に自分の歌を聞いてもらう事で、

採点でもしてもらっていたという事なんだろうか」

 

 父親である徹大は、娘のユナを、恋愛にあまり興味のない、

活発ではあるが、奥手な娘だと思っていた。

だが年頃の少女が恋をしない事などありえず、

それでいて、父親に自分の恋愛について安易に相談する事などはありえない。

その為徹大は、恋に積極的な本当のユナの性格について、

全く把握出来ていなかったのである。

なので徹大は、この一連のユナの行動の意味を理解出来なかった、というよりも曲解した。

とりあえず学ユナがログアウトしてきた後に、徹大が行ったのは、

ハチマンが歌った歌を白ユナにフィードバックさせ、再現してもらう事であった。

 

『この歌を歌えばいいんだね、うん、任せて』

 

 VRの歌姫を目指して教育されているモニターの中の白ユナは、

その力量で完璧に歌を再現してくれ、徹大は懐かしさに再び涙した。

だが徹大は気付かなかった、自分が昔聞いた歌と、歌詞の一部が違った事を。

かつては見知らぬ誰かの気持ちを歌っていた歌が、

今は自分の気持ちを誰かに伝える歌へと変わっていた事を。

その事に気付ければ、徹大は悠那が八幡に恋していたのだと気付き、

八幡に今の悠那の現状を伝え、助けを求める事も出来たかもしれないが、

実際にはそうはならず、徹大は悠那が決して望まないであろう、

犯罪行為に手を染める事となったのであった。

運命とはかくもままならず、それに関わる者達を翻弄していく。




第545話「鼻歌」で八幡が歌っていたのは今回の歌とは別のものです。
ORについての説明は、第665話「麻衣のお願い」に、
白ユナの説明は第635話「産声」に、
はちまんくんの存在を知ったのは第632話「生命の碑、再び」の紅莉栖との会話から、
その実物を実際に見たのは詩乃と接触した第879話「もう無茶苦茶だ」で、
SAOサーバーからプレイヤーの行動ログを得たのは第633話「調査を終えて」での出来事です。
こうして見ると、一年前からフラグが乱立してましたね!


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第970話 契約

「ユナの事を晶彦さんに相談したい」

 

 八幡は次の日、学校を休んで朝から次世代技術研究部の面々に、直談判に行っていた。

そこには陽乃とアルゴ、それにダルと舞衣も同席していたが、

一同はその八幡の申し出に、困ったような顔をしていた。

 

「八幡君、気持ちは分かるけど、当然命の危機に関するリスクについても考えてるわよね?」

「それに関してはあまり心配はしていない、

晶彦さんが今更俺に危害を加えようとするとは思えないからだ」

「それを信用しろと?」

「晶彦さんじゃなく、俺の判断を信用してくれ」

 

 八幡はそう言って譲らず、陽乃はため息をついた後、アルゴに言った。

 

「アルゴちゃん、スタンドアローンのシステムはもう確立出来てるの?」

「ああ、問題ない、うちの何にも干渉させずにハー坊が茅場晶彦と話す事が可能だゾ」

「マジか、もう出来てるのか?」

「オレっちを誰だと思ってるんだ、それでも感謝の気持ちを表明したいってなら、

全てが終わった後、オレっちを嫁の一人に加えると確約しロ」

「おお、認める認める、ただし明日奈が認めたらな」

 

 八幡は軽い調子でそう答え、アルゴは八幡から見えないようにニヤリとした。

陽乃と紅莉栖だけは、生暖かい視線を八幡に向けていたが、八幡はそれには気付かない。

八幡は、明日奈は絶対にそんな事を認めないだろうと安易に考えていたが、

陽乃やアルゴ、それに紅莉栖は明日奈が思ったよりも押しに弱い事を把握しており、

法改正でもあれば、間違いなくそれを認めてしまう事を理解していた。

仮に無くても、内縁の妻という事で押しきれる可能性も高いと三人は踏んでいた。

それくらい、明日奈は八幡が大事なのと同様に、

自分と同じく八幡の事が好きな女性陣を、大事に思っているのである。

その為に陽乃は、八幡に直接的に手を出さないようにと、女性陣に徹底させてきた。

その積み重ねが他の女性陣に対する明日奈の精神的優位を確立させ、

逆にそういった方向へのハードルを下げる役割を果たしていたのである。

ちなみにいざとなったら、自ら国会議員に立候補して、十年以内に重婚を認める法案を、

少子化を盾に国会に提出する為の根回しも着々と進めていた。

魔王の戦略は、かくも長期的視点に立った、気の長い物なのである。

更にちなみに紅莉栖はどう転んでも自分には関係ないと、

興味本意で分析しているだけである。

 

「レスキネン部長、そういう事なので、いいかしら?」

「まあ仕方ないデスね、確かに情報は必要ですから」

 

 陽乃にそう尋ねられ、責任者であるレスキネンもそれを認めた。

こうして八幡は、アメリカ行き以来封印されていた、

茅場晶彦が封じられたニューロリンカーにアクセスする権利をもらい、

やや緊張しながらもニューロリンカーを装着し、そのスイッチを入れる事となった。

その脳内の映像は、スタンドアローン形式で外部とは完全に切り離されたシステムを経て、

室内にあるモニターへと反映される事になっている。

次世代技術研究部の面々は、開発部と合同で、茅場晶彦の出現から今まで、

着々と彼に接触する為の準備を進めていたのであった。

 

 

 

「ここは………?ああ、懐かしいな」

 

 八幡がニューロリンカーに接続してすぐに、

封印されていた茅場晶彦が動き出したのが確認された。

ニューロリンカー側からこちらのシステムに干渉があったのだ。

そしてモニターに、この場ではアルゴしか分からなかったが、

かつて血盟騎士団の本部であった場所と同じデザインの室内が映し出された。

 

「これハ………」

「アルゴちゃん、ここがどこか分かるの?」

「ここは血盟騎士団の本部ビルだな、団長の執務室だゾ」

「そう、ハチマン君とヒースクリフ、だったかしら?

二人がよく言葉を交わしていた場所という事なのね」

「つまり次に出てくるのハ………」

 

 アルゴがそう呟いたのと同時に、画面の中のハチマンの目の前に、

かつて血盟騎士団の団長として君臨していたヒースクリフが、

当時の姿そのままに姿を現した。

 

「ハチマン君、久しぶりだね」

「久しぶりだな、ヒースクリフ」

 

 相手がヒースクリフとして接触してきていると判断したハチマンは、

当時と同じ態度でそう答えた。

 

「さて、君が自らここに足を運んでくれたんだ、何か話があるんだろう?

まずそれを聞こうじゃないか」

「それなら遠慮なく」

 

 ハチマンはヒースクリフに、ユナというプレイヤーが、、

ゲームクリアとほぼ同時にゲーム内で死亡した可能性がある事、

生命の碑の表示ではログアウトしているにも関わらず、政府にもその記録が無い事、

そして最近新たにユナを名乗る存在が、

当時の姿そのままにハチマンの前に現れた事をヒースクリフへと伝えた。

 

「ふむ、なるほど、まずはログアウトに関しては、

ログアウトの表示があったのなら、確実に行われていると断言しよう。

だがクリアと同時に死亡というなら、考えられる可能性が一つある」

「可能性、とは?」

「ログアウトの文字は、ほんの僅かでも死亡が早かった場合には表示されない。

それが例え千分の一秒だろうが万分の一秒だろうが表示されないんだ」

 

 その言葉にハチマンは、安堵のあまり力が抜けるのを自覚した。

 

「という事は、ユナは無事だと?」

「ああ、だがそれには落とし穴があるんだ。一度ナーヴギアが暴走状態になりかけた場合、

それが静まるまでの間に、僅かながら衝撃が発生する場合がある。

それが脳を直撃すると、脳の一部が休眠状態になる可能性は否定出来ないんだ」

「………つまりユナはまだ眠ったままの可能性があると?」

「そうだね、ちなみに衝撃が発生する部位は、側頭葉だ。

これが何を司るかは、牧瀬君に尋ねてみるといい」

「それなら知ってる、記憶だろ?ヒースクリフ」

 

 そのハチマンの指摘に、ヒースクリフは感心したような顔をした。

 

「ほう、色々と勉強したみたいだね」

「まあ今俺がつけてるニューロリンカーにも関わってくる部分だしな」

「結構結構、そんな訳で、ログアウト表示に関する説明は以上だ。

次に政府にも記録が無い事だが、これは簡単だ。

単純にそちらに連絡が行っていないだけだろうさ」

「………つまりあれから五年近くも自力で生命を維持していると?」

「そういう事だね、お金持ちのお嬢様なんじゃないかな」

 

 ハチマンはその説明に頷いた。確かにユナは、

礼儀正しく優雅な一面も持っており、育ちがいい事を感じさせたからだ。

 

「そして最後の答えだが、そのユナという少女とそっくりなプレイヤーが現れた、か。

それは一部は偶然であり、一部は偶然ではないだろう」

「言いたい事が分からない、つまりどういう事だ?」

「君と彼女が出会ったのは偶然で間違いない、ボスクラスのラストアタックを、

君達を差し置いて取るだなんて、偶然でもなければ不可能だからね。

そうじゃなければ君と彼女は知り合わないまま終わっていたはずだ、

いつか偶然出会う可能性は否定しないがね」

「俺達への高い評価、恐れ入るよ」

 

 ハチマンはそう答えつつ、目でヒースクリフに続きを促した。

 

「だが彼女の今の姿に関しては、明らかに誰かの手が入っていると見ていいだろう。

少なくともまったく違和感なくかつての姿を彷彿とさせるなど不可能だ。

何故なら君達の顔のデータは旧SAOのサーバーにすら残っていないはずだからね、

それを見て同じ顔を作ろうとしても、不可能なのさ」

「………つまりログアウト、もしくは死亡と同時に外見データが完全に消去される?」

「その通りだ、要するに何が言いたいかというと………」

 

 ヒースクリフはそこで一拍置き、ハチマンの顔を見ながらこう断言した。

 

「彼女の身内か知り合いが、彼女の写真なりを参考に顔データを作成した、

それ以外にはありえない」

「聞いてみると当たり前の結論に聞こえるな」

「だが少なくとも他人が演じている可能性は否定出来ただろう?それは不可能さ」

「でも逆に言えば、写真さえあれば作れるんじゃないのか?」

「この個人情報の取り扱いが厳しい今のご時勢にかい?

そんな手間をかけてまで、他人に成りすます必要がどこにあるというんだい?

しかも身長から体型まで、()()違和感を感じさせないで再現するなんて不可能さ」

 

 ヒースクリフは君にの部分を強調しながらそう言った。

確かにダンジョン内の罠の存在すら見分けるハチマンの目を誤魔化すのは、

難易度が凄まじく高いだろう。

 

「それは………確かに」

「なので結論はこうだ、彼女は何かしらの目的を持ってALOにログインしたが、

君と会ったのは偶然だ、そしてその中身は君の知る彼女ではない、という事かな」

「で、でも本人である可能性は否定出来ないんじゃ………その、記憶喪失、とか」

「ありえないね、誰が好き好んで自分の本当の顔をゲームの中で晒すんだい?

そんなのはリスクしかないじゃないか」

「………」

 

 ハチマンはその言葉に黙りこんだ、確かにその通りだからだ。

 

「分かった、参考になった、恩にきる」

 

 ハチマンは納得した表情でそう言った。

少なくともユナの生存の可能性が開発者によって担保された事が、ハチマンは嬉しかった。

 

「最後に一つだけ、伝えておくべきかもしれない可能性がある」

 

 そのヒースクリフの言葉に、ハチマンは身構えた。

 

「だがそれは、こちらの出す条件と交換という事にしたい、どうかな?」

「条件?どんなだ?」

「ソレイユ内に、私の、いや、僕の居場所を作ってくれないか?」

 

 次の瞬間に、ヒースクリフの姿が茅場晶彦の姿へと変化した。

 

「その姿になるって事は、SAOの管理者としてではなく、

晶彦さん個人としての頼みだと?」

「そういう事だね、とりあえず条件を言おう。

ソレイユで、僕のバックアップをとってくれないか?」

 

 その申し出に、ハチマンは仰天した。

 

「ど、どういう事ですか?晶彦さん」

「それがね、広大なネットの海の中を泳ぎ回るのは思ったよりも大変でね、

時々体………というか心かな、心の一部が欠損するんだ。

なのでそれを防ぐ為に、今の僕がこれ以上磨り減らない前に、

どこか安全な場所にバックアップを残しておきたいと思ってね」

「………理由は分かりましたが、さすがに即答しかねます」

「その申し出、私が受けるわ」

 

 その時突然近くから声がした。そこに立っていたのは誰であろう、雪ノ下陽乃であった。

 

「おや、これはお久しぶり、雪ノ下さん」

「姉さん、まさか他のニューロリンカーを使ってここに接続したのか?」

「ええそうよ、あなただけを危険な目にあわせる訳にはいかないもの」

「八幡君に危害を加える意図は、僕には全く無いんだけどね」

「おそらくそうでしょうね、でもまあその申し出に関する判断は、私がしないといけない、

そうでしょう?茅場さん」

 

 その言葉に晶彦は頷いた。

 

「つまりもしこの事が他人に発覚した場合、

全ての責任をあなたがとると、そういう事でいいのかな?」

「そういう事よ、彼は私が守る、その決意表明だと思って頂戴」

「ね、姉さん、でもそれは………」

 

 八幡はその陽乃の言葉に絶句したが、陽乃はそんな八幡に笑顔を見せた。

 

「あなたはもうすぐうちの全社員を背負って立つ存在になるのよ、

こういう時はどうすればいいのか、冷静に判断しなさい」

 

 八幡はその言葉に黙りこんだ。

 

「………分かった、姉さんに従う」

「宜しい、それじゃあ茅場さん、私と貴方で契約をしましょう。

貴方の存在はうちが場所を用意して、そこに保存する。

うちからはそのデータに一切干渉しない、その代わりあなたもうちのデータには干渉しない、

その上でうちは、ニューロリンカーに残ったあなたの一部をアマデウス化し、

八幡君に所有してもらって、相談役のような事をしてもらう、これでどうかしら」

「ここに残っている僕は完全じゃないから、アドバイス出来る事と出来ない事があるが、

それは構わないかな?」

「ええ、構わないわ、あくまで相談役になってもらうだけだもの、

その相談役が万能である必要はないわ」

「分かった、契約成立だ。僕はこの契約の遵守をアインクラッドに誓う」

「では私は、この契約の遵守を八幡君に誓うわ」

 

 晶彦と陽乃はそう言って、お互いに握手を交わした。

ちなみに外ではこの契約の成立を受け、早くも全員が動き出している。

 

「有意義な契約が出来た事を嬉しく思う。用件はとりあえず以上でいいかな?」

「晶彦さん、さっき言いかけた、最後に伝えておくべき可能性ってのは………」

「ああ、そうだね、でもそれは明日にしよう。

明日の十六時に、ヴァルハラ・ガーデンで待っていてくれないか?」

 

 八幡はその言葉の意図が分からなかったが、

おそらくヴァルハラ・ガーデン内のモニター越しにでも話してくれるのだろうと思い、

その申し出に素直に頷いた。

 

「分かりました、ではまた明日」

「誰かを同席させてくれても構わないからね」

「分かりました、検討します」

 

 こうして話し合いは無事に終了し、次世代技術研究部と開発部は、

晶彦の受け入れ準備に奔走する事となった。

そして次の日、ハチマンは約束通り、ヴァルハラ・ガーデンにいた。

連れはアスナとキリト、そしてもう一人………。



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第971話 まさかの来客

 茅場晶彦との面会を終えた八幡は、ログアウトしてすぐに、陽乃に詰め寄った。

 

「姉さん、危ない事はやめてくれ」

「それはこっちのセリフでもあるのよ、それを分かってる?」

「う………それは悪かったよ」

「あら、随分と素直ね、まあいいわ、無事に契約は成った、後はそれを実行するだけよ」

 

 見ると全員が既に動き出しており、この場には部屋の本来の主である、

次世代技術研究部の面々しか残っていなかった。

 

「あ~、レスキネン部長、俺のわがままのせいで何かすみません」

「いやいや、実に興味深かったよ、

こんなレアな経験が出来た事をゴッドに感謝したいくらいさ」

「あれが茅場晶彦、うちの紅莉栖以上の天才なのね」

「あの口ぶりだと、もしかして脳科学にも詳しいのかしら、

ねぇ八幡、彼をアマデウス化させたら、私にも彼と話をさせてね。

秘密を守る為に私とあなたの二人だけでって事になるけど、

もちろんちゃんと明日奈の許可はとるから」

「まあそれは構わないが、キョーマの許可もちゃんととれよ」

「分かってるわよ、それじゃあこっちの準備が出来たら連絡するから、後は任せて」

「おう、頼むわ」

 

 八幡はそう言って部屋を出ると、すぐに明日奈に連絡をとった。

 

「明日奈、悪いが明日、十六時までにヴァルハラ・ガーデンに来てくれないか?

ついでに悪いんだが、うちの女性陣に、

その時間にはヴァルハラ・ガーデンに絶対に来ないように伝えてくれ」

『何か訳ありかな?分かった、連絡しておくね』

 

 そして次に八幡は、和人にも連絡を入れた。

 

「お、和人か?悪いが明日、十六時までにヴァルハラ・ガーデンに来てくれないか?

面白い物を見せてやるからさ、頼むよ」

『別にいいけど、面白い物って何だ?』

「まあそれは明日までの秘密だ、後もう一つ頼みがある、

明日のその時間にはヴァルハラ・ガーデンを立ち入り禁止にしたいから、

うちの男連中に、その事を伝えてくれないか?」

『ん、分かった、訳ありなんだな、ちゃんと伝えておくよ』

 

 明日奈も和人も物分かり良くそう言ってくれ、八幡は最後の一人に連絡を入れた。

 

「あ、もしもし、俺ですけど、ちょっと頼みがあるんですよ」

『どうしたの?別に構わないけど………』

 

 

 

 そして次の日の夕方、ハチマンとアスナ、それにキリトは、

ヴァルハラ・ガーデンでのんびりと会話をしていた。

 

「で、ハチマン、今日はこれから一体何が起こるんだ?」

「もう少しの我慢だって、というか正直俺にも何が起こるのか分からないんだけどな」

「ふふっ、何それ?まあいいけどね」

「それにしてもこの三人だけでヴァルハラ・ガーデンにいると、何か昔を思い出すよな」

「懐かしむべきじゃないんだろうけど、でもやっぱり懐かしいね」

「ママ、私もいますからね!」

「ごめんごめん、そうだったね、ユイちゃん」

 

 どうやら今日のこちらの当番はユイのようだ。

ユイは三人分のお茶を入れると、小さくなってハチマンの肩にちょこんと座った。

 

「実はもう一人ここに来る事になってるんだよ、多分そろそろだ」

「誰が来るんだ?」

「それは………」

 

 ハチマンがその人物の名を言いかけた時、来訪者を告げるチャイムが鳴った。

 

「噂をすればだな、さてと………」

 

 ハチマンは壁にあるコンソールへと向かい、アナウンスを待った。

 

『プレイヤー、コリン、が、入室許可を申請しています、

コリン、に、許可を出しますか?』

 

「ぷっ………」

 

 ハチマンはそのアナウンスに思わず噴き出した。

アスナとキリトは首を捻ったが、

おそらくハチマンにしか分からない、笑う部分があったのだろう。

 

「イエスだイエス、ついでに入団登録もイエスだ、あ、正式の方な」

 

『了解しました、承認します。入館許可と同時に、プレイヤー、コリン、が、

ヴァルハラ・リゾートのメンバーとして正式登録されました』

 

「お、おいハチマン、一体誰なんだ?」

「すぐに分かるさ」

 

 そして三人が外に出ると、階段を一人の女性が上がってきた。

 

「ごめんなさいハチマン君、お待たせしちゃったかしら」

「いえいえ、別に平気ですよ、凛子さん」

「凛子さん!?」

「ああ、凛子さんか!」

 

 二人は、だからコリンなのかと思わず噴き出しそうになったが、

さすがにそれは失礼なので、笑わないように必死に耐えた。

 

「むぅ、名前は適当なんだから突っ込まないでよ」

「な、何故それを!?」

「二人の顔を見れば分かるわよ!………ってのは嘘、

実は外のアナウンスを聞いて、自分でも思わず噴き出しちゃったのよね」

「そういう事ですか!まあとにかくこちらにどうぞ、コリンさん」

「ええ、お邪魔させてもらうわ」

 

 こうして凛子ことコリンは、初めてALOに、

そしてヴァルハラ・ガーデンに足を踏み入れる事となった。

 

「うわぁ、凄いじゃない、これ全部ハチマン君達が作ったのよね?」

「ええ、まあそうですね、拡張した後にかなり手を入れました」

「まさに王様のお城って感じね、あっ、ユイちゃんは初めましてだね」

「はい、こちらこそです!それじゃあ私はお茶を入れてきますね!」

「ふふっ、ありがと」

 

 ユイはそう言って、台所へと消えていった。

 

「それにしてもギリギリになってしまって本当にごめんね?

実は出がけに妹に捕まっちゃって、絡まれてたのよ」

「え、コリンさん、妹さんがいたんですか?」

「ええ、名前は神代フラウよ」

「あ、ああ~!」

 

 ハチマンはその名前に覚えがあった。

何故なら今年、将来のハチマンの専属候補として雇った人の中に、その名前があったからだ。

 

「あの人ってコリンさんの妹だったんですか!」

「まあ履歴書にもそんな事は書いてないからね、

あの子は天才だけど、扱いが難しいから注意してね」

「………どう扱いが難しいんですか?」

「そうね、ダル君と同じ人種だって言えば分かるかしら」

「ああ、確かに面接の時、デュフフ、とかダルみたいな変な笑い方してましたっけ」

「………姉の私が言うのも何だけど、あの子のそんな笑い方を見て、よく採用したわね」

「勘ですかね、理央を採用した時みたいに、ピンときたんですよ」

「………まあ姉としてはあの子が片付いてくれて助かったからいいんだけどね」

 

 コリンは少し嬉しそうにそう言った。なんだかんだ、妹の将来が心配だったのだろう。

 

「それにしても、やっぱりヴァルハラ・リゾートって凄いのね、

外で登録を待ってる間、周りにいる沢山の人達から凄く注目されちゃったわよ」

「それは誰もが通る道です、コリンさん」

「そうなんだ、それじゃあすぐに、

私の名前がヴァルハラの新メンバーとして拡散しちゃうかもしれない」

「かもしれませんね、ってかもう掲示板とかに出てそうです」

 

 ハチマンはそう言って苦笑した。

有名税と思い、この事についてはシステム上仕方ない為、もう諦めているのだ。

 

「さて、そろそろ時間だけど、あの馬鹿は一体何をするつもりなのかしら?」

「分かりません、ただ晶彦さんに、この時間に連絡するって言われただけで………」

 

 その言葉にアスナとキリトは仰天した。

 

「はぁ?何だそれ?」

「ここに茅場晶彦から連絡が入るの?」

「まあそういう事だ、晶彦さんと面識があるのは、ここにいる四人だけだろ?

だから呼んだんだよ」

「あ~そっか」

「そういう事だったか………」

 

 四人はそのまま黙り込み、じっとその時が訪れるのを待った。

そして十六時になった瞬間に、来客を告げるチャイムが鳴った。

 

「むっ」

「誰か代理でもよこしたのかな?」

「かもしれないな、え~っと………」

 

 その時システムアナウンスが喋り出した。

 

『プレイヤー、ヒースクリフ、が、入室許可を申請しています、

ヒースクリフ、に、許可を出しますか?』

 

「おい?」

「え?」

「何の冗談だ?」

「晶彦は、一体誰をここに寄越したのかしらね」

 

 そのシステムの声を聞き、奥で凛子の分のお茶を用意していたユイが、

慌ててこちらに向かってきた。

 

「パパ、今のって………」

「ユイ、何か感じるか?」

「そういえば微かにグランド・マスターの気配が………」

 

 その言葉を受けてハチマンは立ち上がり、システムに向かってこう呼びかけた。

 

「許可だ許可、さっきと同じく入団も許可する」

 

『了解しました、承認します。入館許可と同時に、プレイヤー、ヒースクリフ、が、

ヴァルハラ・リゾートのメンバーとして登録されました』

 

 その言葉を聞き終える前に、四人は館を飛び出した。

正面にある階段からコツコツという足音が聞こえ、そして遂に、その人物が姿を現した。

 

「おい………」

「え、嘘………」

「これってマジか?」

「あ、晶彦?」

「グランド・マスター!」

 

 その声を受け、かつてのままの姿で現れたのは、ヒースクリフ、その人であった。

 

「君は………まさか凛子かい?ハチマン君、やってくれるね」

「それはこっちのセリフだよ、これはどんなからくりだ?ヒースクリフ」

「とりあえずここでする話じゃないから、中に入れてくれないか?」

「………分かった、こっちだ」

 

 そしてヒースクリフと共に、四人は再び室内に戻った。



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第972話 ユナの歌

「さて、どういう事なのか説明してもらおうか」

「もちろんさ、当然実は私が生きていた、などというつもりはまったく無いよ」

「そりゃそうだ、ここにいる全員、茅場晶彦の死体を実際に見ちゃってるからなぁ」

「その通り、今の私は確かに肉の体を失っている」

 

 キリトのその言葉にヒースクリフは頷いた。

 

「まあ別におかしな事をした訳じゃないさ、

ナーヴギアをエミュレートして、そこに私のナーヴギアからサルベージして保存しておいた、

ヒースクリフのキャラクターデータを突っ込んで、

後は偽造した私の脳波データを使ってログインしただけだよ」

 

 そのヒースクリフの言葉に四人は黙りこんだ。

どこから突っ込んでいいのか分からなかったからだ。

 

「え、何なのこの人、ナーヴギアの構造が全部頭に入ってるの?」

「まあナーヴギアからキャラデータを抜いておいたってのは分からなくもないけど」

「というか自分の脳波の波形を知ってるって………」

「ご、ごめんね三人とも、晶彦は昔からこういう所があるのよ」

 

 ひそひそとそう言葉を交わす三人に、コリンが恐縮したようにそう言った。

 

「いえ、常識が通用しないのは俺も分かってるんで大丈夫です」

「ひどいなハチマン君、昔は()の事を、実の兄のように慕ってくれていたのに」

 

 ヒースクリフは自分の事を、私ではなく僕と呼んだ。

それはつまり、今のが茅場晶彦としての発言だという事になる。

 

「弟分を殺そうとした癖に、どの口がそれを言うってんだよ」

「そう言われると返す言葉も無いね」

 

 ハチマンに反論され、ヒースクリフは肩を竦めた。

 

「まあしかし私とて万能ではないよ、

その証拠に、ALOにログイン出来る状況を整えるのに、丸一日もかかってしまったからね」

「「「「も?」」」」

「ん?」

 

 四人は思わずそうハモったが、ヒースクリフは首を傾げただけであった。

 

「これ以上突っ込むのは疲れるだけだからいいとして、

ヒースクリフ、俺に伝えたい可能性の話っていうのは………」

「ああ、私がここにいる、その事が答えさ」

「お前がここにいる事………?」

 

 ハチマンはそう言われ、じっとヒースクリフの顔を見つめた。

 

「元々はユナの話だったんだ、って事はまさか、

あのユナがおまえと同じ、虚構の存在だとでも?中身が別人とかではなく?」

「私はその可能性も否定出来ないと、君に提言しているだけさ」

「何か根拠はあるのか?」

「ああ、だがその前に」

 

 ハチマンに根拠を問われたヒースクリフは、一拍置いてからハチマンにこう切り出した。

 

「この前の祝勝会の時に、君は歌を歌っていただろう?

ここでそれをもう一回歌ってくれないか?」

「は、はぁ?い、いきなり何を………」

「大事な事なんだ、恥ずかしいのは分かるが、

凛子はともかくアスナ君もキリト君も事情は知ってるんだ、

今更君が歌う事を茶化したりはしないだろう?」

「それはそうだが、いや、そもそも何で俺が祝勝会の時に歌ってた事を知ってるんだよ!?」

 

 焦るハチマンに、ヒースクリフは笑いながら答えた。

 

「そんなのは簡単さ、

君達のヴァルハラのメンバー専用のページにアップされていた動画を見ただけだよ」

「「「あっ」」」

 

 その単純な答えに、コリン以外の三人は思わずそう声を上げた。

メンバー専用ページにヒースクリフがアクセス出来た事に関しては誰も突っ込まない。

そんなのは今更だからだ。

 

「俺達の動向をチェックしてやがったのか………」

「その言い方は悪意に満ちすぎてやしないかい?

私はただ、昔の仲間達の活躍を嬉しく思いながら見ていただけさ」

「仲間、ねぇ」

 

 ハチマンはヒースクリフをじろっと睨み、キリトは苦虫を噛み潰したような表情をし、

アスナはそんな二人を見て苦笑した。

 

「まあいい、歌えというなら歌ってやるさ」

 

 そしてハチマンは、先日歌ったユナの歌を再び披露した。

 

「ストップ」

 

 その歌の途中で、ヒースクリフがいきなりそう叫んだ。

 

「どうした?」

「アスナ君、今の部分の歌詞の対象が誰なのか、分かるだろう?」

「あっ、はい、はっきりと明言してる訳じゃないですけど、

間違いなくハチマン君の事じゃないかなって」

 

 今ハチマンが歌っていたのは、先日重村徹大が気付かなかった、

他人に対する歌が、誰かを想う歌に変化していた部分、

具体的には愛する誰かに、という歌詞が、愛する貴方に、に置き換わっていた部分であった。

 

「そうだね、では次にこれを聞いてくれ。

これは以前私がたまたまネットの海の中で拾ったとても弱い信号を、増幅させた物だ」

 

 そう言ってヒースクリフはコンソールを慣れた手付きで操作し、

どこかで聞いたような声の歌が室内に響き始めた。

 

「こ、これは………」

「ユナの声!?」

「本当だ、俺も聞き覚えがある」

 

 そしてその歌が、先ほどヒースクリフが止めた部分に差し掛かった。

 

『愛する師匠に』

 

「はぁ!?」

 

 そのハチマンの驚きは只事ではなかった。同時にアスナとキリトが顔を見合わせる。

先ほどは確かに『貴方に』と歌われていた部分の歌詞が、『師匠に』に変わっていたのだ。

 

「今師匠って言ったよね?」

「また別のバージョンか?」

「いや、そういう問題じゃない」

 

 そんな二人にハチマンは厳しい目を向けた。

 

「ハチマン君、私は部外者だからよく分からないけど、何かおかしな部分でもあったの?」

 

 そのコリンの問いに、ハチマンは頷いた。

 

「アスナならよく知ってると思うが………いや、今はキリトも知ってるか、

俺とユナの師弟関係は、俺とアスナ、それにエギル以外は誰も知らなかった」

「ああ、それは聞いたぜ。まったく俺にまで秘密にしやがって………」

「悪いな、ちゃんと話すつもりはあったんだが、中々タイミングがな」

 

 ハチマンは申し訳なさそうにキリトに謝った。

 

「ノーチラス君だけは、ユナちゃんがハチマン君の事を好きだって分かってたと思うけど、

師弟関係の事については知らなかっただろうしね」

「だからユナは、秘密を守る為に師匠という言葉は俺と二人の時にしか使わなかった、

多分アスナも直接聞いた事は無いんじゃないか?」

「………そ、そう言われると確かにそうかも」

 

 アスナはユナが直接ハチマンに師匠と呼びかけていた場面を思い出す事が出来なかった。

 

「だから当然歌詞の中に師匠という言葉を入れる事なんかありえない、

もし入れる事があるとすれば………」

「ゲームがクリアされた後か!」

 

 キリトがそう叫び、ハチマンは頷いた。

 

「つまりユナちゃんは、間違いなく生きてる!」

「だな、でもこれってあのユナの中身が人間以外のAIか何かだっていう証拠になるか?」

「断言するつもりはないが、少なくとも本人が生きているのに、

その友達なり家族なりが、彼女に似せたキャラをわざわざ作って、

しかも接続経路がそう簡単には辿れないような細工をする必要があるかい?」

「確かにそう言われると………」

「まあそういう可能性もあるって事を、私は言いたかっただけだよ」

 

 ヒースクリフはそう言って肩を竦め、ハチマンはそんなヒースクリフに突っ込みを入れた。

 

「その為だけにこんな回りくどい事をしたのか?」

「別にいいじゃないか、私だって、たまにはこうやって誰かと言葉を交わしたかったんだよ」

 

 ヒースクリフは珍しくやや拗ねたようにそう言い、四人は苦笑した。

 

「まあ私からの話はそれだけさ、それじゃあもう会う事も………

いや、まあ、絶対無いとは言えないが、みんな、元気でいてくれたまえ」

 

 そう言って立ち去ろうとしたヒースクリフの肩を、ハチマンがガシッと掴んだ。

その顔は何かを思いついたようにニヤリとしており、

アスナとキリトはひそひそと囁き合った。

 

「おいアスナ、ハチマンの顔………」

「うん、凄く悪い顔をしてるね」

「何をするつもりなんだろうな」

「さあ………」

 

 ハチマンに肩を掴まれたヒースクリフは、怪訝そうな顔で振り返った。

 

「まだ何かあるのかね?」

「いやいや、あるに決まってるだろ、何勝手に落ちようとしてるんだ?」

「勝手も何も、用事が済んだから落ちるだけだが?」

「いやいやいや、まだ今後の事を話してないだろ」

「………今後の事?」

 

 ヒースクリフは訳が分からないという風に首を傾げた。

 

「ああそうだ、なぁヒースクリフ、お前さ、

昔SAOで、団長権限だ、みたいな感じで俺とアスナに色々してくれたよなぁ?

俺からアスナを奪っていったり、クラディールみたいな馬鹿をアスナの護衛に付けてみたり、

他にも色々とやらかした事、忘れてないよな?」

 

 そのハチマンの言葉にヒースクリフはぽかんとした。

 

「一部は言いがかりな気もするが、結局君は何を言いたいんだい?」

「団長権限の重さについては否定しないよな?」

「あ、ああ、それはもちろんだが………」

「ここはヴァルハラで、その団長は俺だ、で、お前はさっきヴァルハラに入団した。

つまりお前は俺の命令を聞かなくてはいけない立場にある、違うか?」

 

 その言葉にヒースクリフはしばらく無言だったが、

やがて心から楽しそうに大声で笑い出した。

 

「あははははは、違わない、君の言う通りだよ、で、私に何をさせたいんだい?」

「先ず改名だな、その名前はさすがにやばすぎる、おいキリト、何かいい案は無いか?」

 

 ハチマンにそう呼びかけられたキリトは、

ハチマンが何をするつもりなのか理解してはいたが、残念ながら何も思いつかなかった。

 

「う~ん、そういうセンスは俺には無いからハチマンが付けてくれよ」

「そうか?う~ん、本来ならいない人物………うん、それじゃあ今からお前はホーリーだ。

装備もそのままだと知ってる奴には変に思われるだろうから、新しい物をうちから支給する。

ゲームへのログインは別に強制しないから、

気が向いた時にでも戦闘に参加してくれればいい」

「それは助かるね、まあストレスがたまった時にでも適度に遊ばせてもらうよ」

 

 その言葉を聞いたハチマンは、おかしな物を見る目でヒースクリフをじっと見つめた。

 

「………ストレス、今の状態でもたまるのか?」

「冗談だよ、冗談」

「………………はぁ」

 

 ハチマンは、昔から晶彦さんは冗談のセンスが無いんだよなぁと思いつつ、

ヒースクリフの肩を掴んだまま引っ張っていき、無理やりソファーに座らせた。

 

「まだ何かあるのかい?」

「いや、まあ人間をやめたのは分かるけどさ、少しは周りも見ようぜ」

 

 ハチマンはそう言いながらアスナとキリトに顎をしゃくり、入り口の方へと歩いていった。

アスナとキリトはハチマンに頷き返し、その後をついていく。

 

「待ちたまえハチマン君、これはどういう事だい?」

「………大人しくコリンさんに説教されろって言ってんだよ、

それじゃあまたな………晶彦さん」

 

 そう言ってハチマン達は去っていき、その場には茅場晶彦と神代凛子だけが残された。

この後に二人が何を話したのかは、誰も知らない。



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第973話 首を洗って待っていろ

 ヒースクリフとコリンをその場に残し、ヴァルハラ・ガーデンを出た後、

三人はそのままトラフィックスへと移動し、中央広場に三人仲良く腰かけていた。

これはラスボスの攻略会議を行う為であるのだが、

本当はハチマンだけが出席すればそれで事足りるところを、

アスナもキリトも特に用事が無いという理由で何となくついてきたのである。

ちなみにこの攻略会議は実は名ばかりのものであり、

ヴァルハラですらラスボスに関する情報がまったく得られていない為、

実際はただ、明日何時から始めるか決める為だけの集まりであった。

なのでこの集まりには特に参加資格はなく、

来たいギルドのリーダーは誰でもウェルカムという、実に緩い集まりなのである。

ついでに言うと、別に来るのはリーダーじゃなくても構わず、

人数制限なども設定されていない。もっとも参加して日程を聞いて、

お疲れ様でした、明日は宜しく、と言うだけの集まりに好きで来たがる者は少なく、

大抵のギルドがその役目をリーダーに押し付けているというのが実情であった。

 

「なぁハチマン、これ、一つのギルドから一人の参加者が来てるってのが普通だよな?」

「まあ普通はそうだろうな、開始時間以外に話す事が無いからな」

「ラスボスの情報、本当にまったく何も無かったもんね………」

 

 ハチマン達は、ジュラトリアのクエストをクリアすれば、

多少なりともラスボスに関する情報が得られるだろうと期待していたのだが、

クエスト攻略を担当したレコンからの報告だと、

情報どころか、その話題すらまったく何も出てこなかったらしい。

 

「でもよ、戦術とかの話は一応しておいた方がいいんじゃないのか?」

 

 キリトがそう、至極真っ当な疑問をハチマンにぶつけてきた。

 

「戦術っていうと、具体的には?」

「え~っと、タンクのローテーションとか?」

「確かにそうなんだが、うち以外にボスのターゲットを維持出来るギルドは存在しない」

「………そう言われるとそうだった」

「強いタンクって本当にいないよね」

 

 キリトをフォローした、という訳でもないのだが、アスナがため息まじりでそう言った。

 

「まあタンクがいなくても何とかなっちまう事が多いからなぁ」

「でも今回のイベントで、それじゃあ駄目だって気付いたギルドも多かったんじゃない?」

「だといいんだがなぁ、タンクのトップファイブのうち、

四人がうちのギルドってのはどうなんだ………」

 

 どうやらハチマンは、早速『ホーリー』も数に入れたようだ。

ちなみに残りの一人はカゲムネである。

 

「お、そろそろ始まるっぽいな」

「ハチマン、前に出なくていいのか?」

「別にいいだろ、仕切りはあいつらに任せるさ」

 

 その視線の先にいたのはファーブニル、ヒルダ、そしてアスモゼウスであった。

何故彼らがここにいるかというと、その理由は簡単である。

ルシパー達に参加させる事で、何か問題が起こらないか危惧したスプリンガーが、

強硬にファーブニルを推したからである。

生徒会長としてこういった会の進行に慣れているファーブニルは、

苦笑しながらもそれを快諾し、ヒルダはファーブニルの助手として、

そしてアスモゼウスはルシパーの代理の置物として、

今日この場に参加していると、まあそんな訳なのである。

 

「さて、揉めるような議題がある訳じゃないですし、

ここにいる皆さんの多数決で、開始時間を決めたいと思います。もし異論が………」

 

 ファーブニルが当たり前のように参加者から意見を聞こうとしたその瞬間に、

ハチマンがいきなり立ち上がって腕を組み、ファーブニルをじっと見つめた。

 

「ハチマン君?」

「ハチマン?」

「ファーブニルは真面目すぎるな、馬鹿正直に意見なんか集めてたら日が暮れちまう。

さて、ここでどう対応するかであいつの評価が決まるんだが………」

 

 ハチマンはファーブニルから視線を外さずに、アスナとキリトにそう答えた。

ファーブニルはしばらく考え込んでいたが、その時ヒルダがファーブニルに何か耳打ちし、

ファーブニルはそれに頷き、ハチマンに声をかけてきた。

 

「異論うんぬんは間違いです、失礼しました。ハチマンさん、それでいいですか?」

「ああ、もちろんそれで構わない、

そうだな、午後六時、七時、八時の三択くらいで決を取ればいいだろう」

「分かりました、それではそうします」

 

 ヴァルハラとアルヴヘイム攻略団の双方の合意に割って入れるようなナイツは存在しない。

故にどこからも反対意見が出る事はなく、スムーズに多数決が行われ、

討伐開始時刻は明日の夜八時と決定された。

 

「随分早く決まったな」

「スムーズだったね」

「まあこんなもんだろ、最後は結局こうなるんだ、

自由討議で余計な時間を使う必要はないさ。その方がみんな嬉しいだろうしな」

 

 実際参加者達は、早く終わった事で、

知り合い同士連れ立って街の酒場辺りに向かう者が多そうであった。

 

「それじゃあ人がもう少し減ったら、ファーブニル達のところに顔を出して帰るか」

「ハチマン君、ファーブニル君の評価はどう?」

「ヒルダが何を言ったかによって変わるな、まあ保留だ。

それじゃあ俺は今のうちにみんなに出欠の可否を確認しておくわ」

「あっ、うん、お願い」

「何人くらい参加出来るかねぇ」

 

 そしてハチマンがメッセージを一斉送信した瞬間に、

その中の一人から光の早さで返信が来た。その速度は人間業とは思えないほどであった。

 

「早っ」

「ん?もう誰かから返信がきたのか?」

「ああ、誰だと思う?」

「そうだな、『ホーリー』だろ?」

「正解だ、どうやらコリンさんとの話はもう終わったらしいな」

「かなり激しく怒られたと予想するぜ」

「というか、メッセージ、届くんだ………」

 

 どうやらアスナ的にはそっちの方が気になったらしい。

 

「ああ、何かメアドみたいなのを教えてもらったんだが、見てくれよこれ、

ドメインが、『.kayaba』なんだよ………」

「何それ………」

「よくそれで届くな………で、あいつはどうするんだって?」

「参加だそうだ、明日のメイン盾は決まったな」

 

 ハチマンはニヤニヤしながらそう言った。

どうやらホーリーをこき使う気が満々のようだ。

 

「で、あいつの事、みんなに伝えるのか?」

「そうだな、記録に残す訳にもいかないし、明日口頭で伝える事にするさ。

ちなみにうちのメンバーで、SAOで家族を亡くした奴は………

ああ、メンバーじゃないが、優里奈がそうか………」

 

 ハチマンは、一応後で優里奈と話さないといけないなと心のメモに記入した。

 

「あの………ちょ、ちょっといい?」

 

 その時誰かがハチマン達に話しかけてきた為、三人は驚いた。

遠くから黄色い声援を送ってくる女性プレイヤーは結構いるのだが、

この三人が揃っている状態でこうして直接接触してくる度胸のあるプレイヤーは、

今まで一人もいなかったからである。

そんなレアな出来事である為、遠くで何か話していたファーブニル達も、

驚いたような表情でこちらに注目していた。

 

「あ、ああ、何だ?」

「ええと、ちょっと聞きたい事があるんだお」

 

 その瞬間にアスナとキリトが噴き出した。

 

「ファッ!?」

「ご、ごめん」

「一瞬ダルかと思ったわ………」

「ダ、ダル?」

「いやすまん、こっちの事だ、どうぞ話を続けてくれ」

 

 キリトにそう言われ、その女性プレイヤーは気を取り直したように頷いた。

 

「それじゃあ遠慮なく………

ええと、そちらはヴァルハラのザ・ルーラー氏と黒の剣士氏で合ってる?」

「………ああ」

「………おう」

「あの、お二人って、どっちが攻めでどっちが受けなのかなって?」

 

 その瞬間に場が凍りついた。腐海のプリンセスが同じような事をよく言っていたせいで、

その用語に対する知識がアスナやキリトにもしっかりと備わっていたからである。

 

「いきなり何だよ、俺達は別に………」

 

 そんなんじゃないよ!とキリトは続けようとしたのだが、ハチマンがそれを制した。

 

「ハ、ハチマン?」

「知りたいか?」

 

 その問いにキリトばかりでなくアスナも仰天した。

 

「早く教えろ、下さい!デュフフ、妄想が捗るお………」

 

(まさかとは思ったがやっぱりか………?)

 

 ハチマンはつい最近、こんな話し方をする女子と会ったばかりである。

というか、ついさっきコリンとの会話で話題に上がっていた。

その人物、神代フラウの面接の時は、ハチマンは冴えない社員の姿に変装し、

受け答えや質問は全て陽乃が行っていた為に、直接言葉を交わしてはいなかったが、

ずっとその喋りを聞いていた為、神代フラウの話し方はしっかり把握していた。

とはいえハチマンが疑いを持ったのは、

目の前にいる女性プレイヤーのやや卑屈そうに見える動きが、

神代フラウにとてもよく似ていたせいである。

 

「俺が攻めだ」

「おぉ………」

「ただし相手はキリトじゃなくアスナだけどな」

 

 そう言ってハチマンは、見せつけるようにアスナを抱き寄せた。

その姿を遠くで眺めていたヒルダの方から、私も私も!と聞こえたような気がしたが、

当然ハチマンはそれを無視した。

 

「ファッ!?な、何それ、それじゃあ何もかも台無しだお!

バーサクヒーラー氏もそう思うよね?」

「えっ?えっと、私はそういうのは別に好きじゃないんだけど………」

「何ですと!?ホモが嫌いな女子なぞこの世に存在しない!

つまりバーサクヒーラー氏は女子ではない!?」

 

 その瞬間に、ハチマンの拳骨がその女性プレイヤーの脳天に直撃した。

 

「あべしっ!」

「何言ってんだお前、こんなに美人で気立てが良くて料理が上手で、

出るとこは出てて引っ込む所は引っ込んでるアスナが男なはずないだろうが!」

「ハ、ハチマン君、後半は凄く恥ずかしいんだけど………」

 

 アスナはそう言ってもじもじした。

 

「ぐぬぬ、女子力がデフォ………」

 

 その女性プレイヤーは苦虫を噛み潰したような表情でそう言った。

ちなみにキリトはこの流れについていけず、ひたすらぽかんとしていた。

もっともアスナがついていけているかというと、まったくそんな事はないのだが。

 

「とりあえずまだ連絡がいってないと思うが、お前は採用だ。

出社してきたらこき使ってやるから覚悟しとけ」

「ファッ!?え、嘘、姉さんがしつこいから落とされるつもりで適当に受け答えした面接が、

まさかの採用ですと!?ってか面接の事を知ってるなんて、ま、まさか………」

「俺からの話は以上だ、ほれ、しっしっ」

「うっ、屈辱だお、首を洗って待ってるがいいお!」

 

 そう言ってその女性プレイヤーは逃げるように去っていった。

 

「ハ、ハチマン君………」

「おいハチマン、今の奴の事、知ってるのか?」

「おう、あいつ多分、さっき話題に出てた、コリンさんの妹だ」

「そ、そうなの?」

「うわ、こりゃまた姉に似ず個性的な………」

 

 呆れる二人に、ハチマンは疲れたような表情で言った。

 

「とりあえずファーブニル達への挨拶は任せる、

あいつらさっきからこっちをガン見してたから、適当に誤魔化しといてくれ。

俺は落ちてナタクにホーリーの装備製作を依頼して、少し休むわ………」

「あ、う、うん」

「お、お疲れ」

「ああ、それじゃあまた」

 

 ハチマンはそう言って少しフラフラしながら落ちていった。



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第974話 殴り込み

神代フラウはキャラ的には知名度が低いと実感。


「………という訳で、ヒースクリフ用の装備を作ってほしいんだ、

いい気はしないかもしれないが、そこを何とか………」

『分かりました、任せて下さい!』

 

 八幡は断られるのを覚悟で駒央に頼んだのだが、

駒央は意欲を感じさせる態度でそう返事をした。

 

「い、いやいや、()()ヒースクリフだぞ、本当にいいのか?」

『八幡さんこそさっきから一体何を………あっ、もしかして、

僕が茅場晶彦を恨んでるんじゃないとか、そういう心配ですか?』

「お、おう、まあそんな感じだ」

『なるほどなるほど、そう言われると確かにその心配はしますよね、

でも大丈夫です、僕にとってはもうとっくに終わった事ですし、

何より茅場晶彦はもう死んでるじゃないですか、

それを死んだ後までこき使おうなんて、八幡さん凄いとしか思いませんよ』

「………………そ、そうか」

 

 何気にひどい言われようだなと思いつつも、八幡は駒央が引き受けてくれた事に安堵した。

 

『それじゃあ早速作っちゃいますね、デザインは他の人と同じでいいですか?』

「おう、あ、いや、あいつだけフルフェイスのヘルメットにしてくれ、

髪型とその色は変えさせるつもりだが、やはり素顔のままって訳にはいかないからな」

『確かにそうですね、分かりました、それじゃあ里香さんに連絡して作業に入りますね』

「おう、里香にな、里香に………里香………………あっ、やべっ」

 

 八幡は、まだ里香にヒースクリフの事を話していない事を思い出し、顔を青くした。

 

『どうしたんですか?』

「まだ里香に、ヒースクリフの事を話してねぇ………」

『えっ、そうなんですか?それじゃあどうします?あれは僕だけじゃ作れませんよ?』

 

 ヴァルハラのトップが持つ一部のハイエンドの装備を作るには、

一人が同時には所持出来ない複数の製作系スキルが必要である為、

リズベットとナタクが共同で作業に当たる必要があるのである。

 

「お前はとりあえず先にログインして製作の準備をしててくれ、

俺は今から里香に連絡するから、あいつがログインしてきたらそのまま作業を始めてくれ」

『分かりました、ご武運を!』

 

 それで駒央との電話は終わった。

 

「………ご武運かぁ、もしかしたらすんなりいかないかもってあいつも思ったんだろうなぁ」

 

 そんな事を考えつつ、八幡は里香に電話をかけた。

 

『あら、私に直接かけてくるなんて珍しいじゃない。もしかして厄介事?』

「おお、いい勘してるな、悪いが厄介事………かもしれん」

『ふ~ん、で、何があったの?』

「実はタンク用の装備の製作を頼みたい」

『それが厄介事?凄く普通な気がするけど』

「作って欲しいのはタンクのハイエンド装備なんだ、

素材は今日、スモーキング・リーフから届いてたはずだ」

『あら、また誰か新人でも入れたの?』

「お、おお、後日紹介する予定だ」

『ハイエンドって事は初心者じゃないわよね、なんて人?』

 

 八幡は里香にそう問われ、覚悟を決めてその名前を口にした。

 

「………ヒ、ヒースクリフだ」

『………ごめん、聞き間違えたかも、もう一回お願い』

「ヒースクリフだ」

『オーケーオーケー、で、それは本人?それとも別人?』

「ほ、本人だ」

『え、嘘、本当に?』

「お、おう、本当だ。当時の姿のまま会いに来てな、

用件だけ言ってすぐに帰ろうとしたから、

せっかくだし嫌がらせも兼ねて便利に使ってやろうと思って、

そのままうちのメンバーとして戦う事を承諾させた」

 

 その言葉に里香は答えなかったが、代わりにしばらくして、

里香が大笑いする声が聞こえてきた。

 

『あはははは、使える者なら死者でも使うって?さっすが血盟騎士団の参謀様だわ』

「お、怒らないのか?」

 

 八幡はびくびくしながらそう尋ねたが、それに対する里香の返事は明快だった。

 

『だって私、ほとんど面識ないしさ。

それに今私は生きてるけど彼はもう死んでるじゃない、

さすがの私も死んで幽霊みたいになった人に文句なんか言わないわよ』

「そ、そうか、まあもし文句が言いたくなったら直接言ってやってくれ」

『そうね、そうするわ』

 

 それから八幡は里香に駒央が待っている事を伝え、里香もALOにログインしていった。

 

「さて、最後は優里奈か………」

 

 八幡は気が重くなるのを感じながら、優里奈に連絡を入れた。

 

『あ、ログアウトしたんですね、すぐにそっちに行きます!』

 

 八幡がここからALOにログインしていた事を知っていた優里奈は、

電話で八幡にそう返事をすると、すぐにこちらの部屋に姿を現した。

 

「八幡さん、ご飯にします?お風呂にします?それともわ・た・し?」

「その前に優里奈に大事な話がある」

 

 その定番のセリフをスルーし、八幡は優里奈にそう声をかけた。

 

「えっ?あっ、はい」

 

 優里奈は残念そうにそう言うと、八幡の正面にちょこんと座った。

 

「………実はな」

「はい」

「茅場晶彦が、ヴァルハラのメンバーになった」

「はい」

「茅場晶彦がどうやって死んだかは前に教えたよな、

そのスキャンされた存在がALOにログインしてきたから、

そのままうちのメンバーとしてこき使う事にした、俺からの話は以上だ」

「はい」

 

 優里奈はそのまま八幡の言葉を待っているようなそぶりをしており、

あるいは優里奈が激高するかもしれないと思っていた八幡は、逆にぽかんとした。

 

「お、怒らないのか?」

「え?何にですか?」

「そ、その、茅場晶彦はお前の兄さんの仇だろう?」

「ああ!それでさっきから八幡さん、凄く緊張してたんですね!」

 

 優里奈は合点がいったという風にうんうんと頷いた。

 

「まあそういう事だ」

「なるほどなるほど、確かにそう言われるとそうですね、

でも私、困った事に、今とっても幸せなんですよ」

 

 優里奈にそう言われた八幡は、何と答えていいのか分からずに押し黙った。

 

「確かに兄の事は悔しいですけど、

でもここで怒ったからって兄が帰ってくる訳じゃないじゃないですか。

まあそれでも兄が死んだ事で私が今、不幸のどん底にいたなら怒ったかもしれませんけど、

うちの両親が死んだのはあくまで事故ですから関係ないですし、

そもそも八幡さんのおかげで生活にはまったく困ってないですし、

というか余裕ありまくりですし、毎日楽しいですし、

私、困った事に今はまったく不幸にはなってないんですよ」

「ま、まあそうなのかもしれないが………」

「という訳で、私に気を遣って下さるのは有難いですけど、

八幡さんが何か気に病むような必要はまったくありませんよ。

でもそうですね、それじゃあ気が済まないという事でしたら………」

 

 そこで優里奈は、八幡が気付かないくらい微妙に口の端を上げた。

 

「八幡さん、私をもっと幸せにして下さいね」

 

 優里奈が輝くような笑顔でそう言い、八幡は当然のように頷いた。

 

「もちろんだ、俺に任せろ」

 

 相変わらず迂闊な八幡であるが、この場合は優里奈を褒めるべきだろう。

そもそもこの場面では、それ以外の返事が出来るはずもない。

だが先ほど言っていた通り、優里奈は今、とても幸せなのだ。

現状のままでも物質的、精神的に恵まれた状態の優里奈の更なる幸せといえば、

残るは愛する男性と結ばれて幸せに暮らす、くらいしか無い。

同じような事は何度もあったが、その度に八幡は迂闊に返事をしてしまっており、

その言葉を全て纏めると、八幡は既に、優里奈が三回くらい輪廻転生した後も、

優里奈を幸せにしなくてはいけないくらいの言質をとられていたのだ。

 

「ありがとうございます、八幡さん」

 

 優里奈は笑顔でそう答えたが、そんな優里奈の心の中には、

確かに茅場晶彦への憎しみの感情も、僅かではあるが確実に存在している。

だが優里奈はそれを表には出さず、自分の幸せを確固たる物にする為の発言を行った。

その可愛らしい外見と仕草からは想像もつかないくらい、

優里奈は現実的で、かつ強かな女性なのである。

 

「ふう、これでやっと肩の荷がおりたわ」

「ふふっ、本当に気にしすぎですよ、八幡さん。

さて、それじゃあご飯にします?それともお風呂にします?

私としては、それともわ・た・し?の方をお薦めしますけど」

「大人をからかうんじゃない、とりあえず、ご飯にしよう」

「は~い!………………むぅぅ、本気なのになぁ………」

 

 八幡には当然その言葉は聞こえていたが、普通にスルーした。

だが八幡にとっての今日の厄介事は、それで終わりではなかった。

いきなりかおりから着信が入ったのだ。

 

「ん、かおり、どうした?今日は遅番だったから、そろそろ上がる時間だよな?」

 

 時計を見ると、時刻は夜七時五十分となっており、丁度遅番があがる時間であった。

 

『いきなりごめんね、ねぇ、さっき顔を出してくれたから、今マンションにいるよね?』

「ん?ああ、いるぞ」

『今受付に、神代フラウってこの前面接に来た子が来てるんだけど、

ALOのハチマンに会わせろ、絶対にここの社員だからって引かないのよ』

「え、マジかよ、姉さんは?」

『社長は今いないの、で、とりあえずガードマンを呼ぶか迷ってて、

その前に八幡の指示を仰ごうかなって思って………』

「ふむ………」

 

(確か履歴書には、堂々と引きこもりって書いてあったはずだが、

随分とまあ行動力がありやがるな)

 

 八幡はそう思いつつ、かおり達に残業をさせるのも忍びなかった為、

フラウを直接この部屋に来させる事にした。そもそもフラウが怒鳴り込んできたのは、

おそらく先ほどのALOでのやり取りが原因であるはずだし、

会社の業務と無関係ではないが、主に自分の責任だと判断したからである。

 

「フラウはそのまま俺のマンションに来させてくれ、

あ、ついでに俺の専属用の契約書も持たせてな。

そしたらかおり達は通常通り、業務を終えてしまっていい」

『私もついていこうか?』

「大丈夫だ、こっちには優里奈もいるし、何かあっても問題ない」

『オッケー、それじゃあそう伝えるね』

 

 そして電話を切った後、八幡は優里奈に声をかけた。

 

「悪い優里奈、飯を三人分に増やしてくれないか?」

「あっ、はい、誰か来るんですか?」

「俺の専属になる予定の問題児がソレイユに怒鳴り込んできたらしくてな………」

 

 この日の八幡の苦労は、まだまだ終わらないようである。



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第975話 専属契約書

「殴り込みですか!?」

「おう、ついさっきALOで偶然会ったんだが、その時の事が気に入らなかったみたいだ」

「そ、そうなんですか………迎撃しますか?私もやれると思いますけど」

 

 優里奈にそう問われ、八幡は笑ったりせず真面目に検討を始めた。

 

「何かあっても相手はただの引きこもりだ、体力も無いし俺一人で問題ないと思うが、

一応備えておくか………確かどこかに釣り道具がしまってあったよな、

そこに玉網があるはずだから、やばいと思ったらそれを相手の頭に被せてくれ」

「分かりました!」

 

 そう言いながら八幡が窓から下をチラリと見ると、

そこには交差点を鬼の形相で走るフラウの姿があった。

 

「今交差点を渡ってる、そろそろだ」

「はい!」

 

 その少し後に、マンション入り口のインターホンが押された。

 

「はい、こちらハチマン」

 

 八幡は相手にアピールするように、遭えてALOでの名を口に出した。

 

『本当にいた!今からそっちに行くから首を洗って待ってるんだお!』

「はい、お待ちしてますね」

 

 そう答えつつフラウをビルの中に入れた八幡は、ぼそりと呟いた。

 

「首を洗って待ってろってそういう意味だったのかよ………」

 

 そして部屋のインターホンが押され、八幡は身構えながら扉を開けた。

 

『ハチマアアアアアアアアン!』

 

 いきなりそんな声が聞こえ、フラウが部屋の中に飛び込んできた。

 

「ご近所に迷惑だろ、静かにしろ静かに」

 

 八幡はそう言いながらフラウを取り押さえようと動いたが、その必要はなかった。

部屋の中に飛び込んできたフラウが、荒い息を吐きながら八幡の方に倒れてきたからだ。

 

「おわっ!」

 

 八幡は慌ててフラウの体を片手で支えたが、

フラウはまったく体に力が入っておらず、ぐにゃりとしていた。

 

「………………」

 

 そして八幡は、フラウがとても小さい声で何か呟いているのに気が付き、

その口に自分の耳を寄せた。

 

「ひ、引きこもりの体力の無さを舐めんなよ………」

 

 そう言ってフラウはそのまま気絶し、八幡と優里奈はぽかんとしたまま顔を見合わせた。

 

「何なんだこいつは」

「さあ………」

「まあいいか、とりあえず優里奈、タオルを濡らしてこいつの頭にかけておいてくれ、

俺はこいつをソファーに寝かせておく」

「分かりました!」

 

 そして優里奈は料理に戻り、八幡はフラウの顔を見ながらぼ~っとしていた。

 

(こいつ、凛子さんに全然似てないな、でも姉妹って言ってたよな、

もしかして両親のどっちかが違うのか?)

 

 そんな事を考えているうちに夕食が出来上がったらしく、

優里奈が八幡に声をかけてきた。

 

「八幡さん、お待たせしました!」

「おう、それじゃあそろそろフラウを起こすわ」

 

 八幡はそう答えながら、フラウの頬をペチペチ叩いた。

 

「う~ん、あと五分………」

「もう気絶から回復して普通に寝てんのかよ!」

「びゃっ!?」

 

 いきなり耳元で八幡に怒鳴られ、フラウは慌てて起き上がった。

 

「え………ここどこ?」

「お前が殴り込みに来たんだろうが、とりあえず飯を作っておいた、そこに座れ」

「あっ、サーセン………」

 

 フラウはまだ頭が上手く回っていないようで、そう言って素直に席についた。

 

「よし、みんな席についたな、それじゃあいただきます」

「いただきます!」

「い、いただくお………」

 

 そして優里奈の料理を口に入れた瞬間に、フラウの目がカッと見開かれた。

 

「何これ、美味っ!」

「そうだろうそうだろう、うちの優里奈の作る料理は美味いだろう?」

「うん、本当に美味………………ん、優里奈、誰?」

「初めまして、櫛稲田優里奈です、フラウさん」

 

 すかさず優里奈がそう自己紹介をし、フラウも頭を下げた。

 

「あっ、どうもご丁寧に、神代フラウだお」

「そして俺がお前の探していた比企谷八幡だ、宜しく」

「フヒヒ、私が誰を探してたって?ちょっと自意識過剰なんじゃないかお………

って、ハチマン!」

 

 フラウはそれで意識が覚醒したのか、慌てて立ち上がろうとしたが、

八幡が素早くフラウの頭を抑えた為、フラウは立ち上がる事が出来なかった。

 

「ぐぬぬ………」

「とりあえず話は後だ、とりあえず飯を食え」

「…………わ、分かったお」

 

 フラウは八幡と優里奈をチラチラと見ながら食事を再開し、

八幡と優里奈もそのまま食事を続け、三人は平穏なまま食事を終えた。

 

「「ごちそうさまでした」」

「ご、ごちそうさまでした………」

 

 二人から僅かに遅れてそう唱和した後、

フラウは八幡に手招きされ、居間のソファーに腰掛けた。

 

「さて、それじゃあ話をするか、でもまあもういい時間だ、エキサイトせずに落ち着いてな」

 

 八幡に冷静に諭され、フラウは頷いた。

 

「あ、あんた、本当にALOのハチマン?」

「おう、さきも言ったが本名は比企谷八幡という」

「プークスクス、実名系乙」

「それは仕方ないんだって、俺の場合はな、

テストプレイのバイトの時の名前がそのまま製品に反映されちまったんだよ」

「あっ、そういう………ふ~ん、じゃああんた、元はアーガスの人?」

「いや、違う、まあ詳しい説明は省くが、今はソレイユの人と学生を兼業してる。

お前とも面接の時に会ったよな?」

「面接?あの時いた男は一人だけで、確か眼鏡にスーツの………」

 

 そこまで言いかけて、フラウは目を細めて八幡の顔をじっと見つめた。

 

「あっ、もしかして変装してたとか?」

「そんな意識は無かったが、まあ一目じゃ分からないようにはしてたな」

「な、何の為に?」

「それはあの面接が、次期社長の専属に相応しいかどうかを知る為のものだったからだな。

そしてお前はそれに合格した」

「そ、それ!」

「どれだ?」

 

 八幡はその言葉に首を傾げた。

 

「わ、私は自分の稼ぎで好きで引きこもりをしていただけで、

まだ余裕があるからすぐに働く必要はなかった。

だけど姉さんがそんな私を心配して、ソレイユの面接だけでも受けてみないかと言ってきて、

わ、私は姉さんの顔を立てようと、

だけど確実に落ちるようにと意図してひどい受け答えをした。

そんな私が合格とかイミフすぎてわけわかめ」

「そりゃまあ、俺が合格って言えば合格になるからな、俺の専属選びなんだし」

「ちょ、調子に乗るな若造、何故あんたが勝手に決める」

「だから俺の専属選びだからだって言ってんだろ」

「………………はぁ?」

「だから俺がソレイユの次期社長なんだっての」

「妄想乙」

「はぁ………どうすれば信じるんだお前は」

 

 八幡は深いため息をつき、それを見た優里奈が横から口添えしてきた。

 

「あの、フラウさん、八幡さんはまだ若いから信じられないかもしれませんけど、

次期社長ってのは本当の事ですよ」

「えっ、本当に?分かった、私に美味しい物を食べさせてくれる、

天使のような優里奈たんの言う事なら信じるお!」

 

 フラウは途端に手の平を返し、八幡は目をパチクリさせた。

 

「お、お前、いい性格してんな………」

「フヒヒ、サーセン」

 

 フラウはそう言って謝ったが、どう見ても本気で謝っているようには見えなかった。

 

「まあいい、という訳でお前、週明けから出社な」

「ファッ!?い、いきなり!?」

「何だ、嫌なのか?」

「嫌に決まってるお、さっきも言った通り、就職する気なんかないんだお!」

「そうなのか?それじゃあ仕方ないか………」

 

 八幡はあっさり諦めるそぶりを見せ、フラウの方が逆に驚いた顔をした。

 

「え、こ、断ってもいいの?」

「おう、残念だが本人にその気が無いなら仕方ない、

実に残念だ、お前となら世界を征服する事も出来ると思ってたんだがな………」

 

 八幡のその言葉に、フラウはピタリと動きを止めた。

 

「な、何ですと?」

「その気が無いなら仕方ない」

「そ、その後!」

「お前と一緒に世界を征服出来ないのは残念だ?」

「そ、そこんとこ詳しく!」

「社外秘だ」

「くぅ………」

 

 フラウはこの世の終わりが来たくらいの勢いで落ち込んだ。

 

「そんなに聞きたいのか?」

「も、もちろんだお!」

「う~ん、どうすっかな………」

 

 八幡はそうもったいぶった後、いかにも渋々といった感じでフラウに言った。

 

「仕方ない、ここに来る前に受付で封筒をもらっただろ、

そこに入ってる書類にサインしたら教えてやってもいい」

「び、秒でサインするお!」

 

 フラウは慌てて書類を取り出し、内容を全く見ないままそこにサインをした。

 

「こ、これでいい?」

「あとは拇印でいいか、優里奈、頼む」

「用意してあります」

 

 そう言って優里奈が差し出してきた朱肉を使い、フラウはあっさりと拇印を押した。

 

「よし、これで入社決定だな、おめでとさん」

「ファッ!?」

 

 フラウは驚いたが、その書類は既に優里奈によって回収され、

今はそのコピーがとられている所であった。さすがは優里奈、実に手回しがいい。

 

「ど、どゆこと?」

「優里奈、そのコピーをこっちにくれ。原本は一時優里奈の部屋に保管しておいてくれ」

「はい、どうぞ」

 

 原本は優里奈がそのまま回収、どこかへと持ち去っていき、

八幡はフラウにコピーの方を渡した。

 

「内容も見ないでおかしな書類にサインしちゃ駄目だぞ、フラウ」

「ぐぬぬぬぬ」

 

 そしてフラウはその契約書の内容を見たが、

そこにはシンプルに数行の文字が書かれているだけだった。

だがその内容が問題であった。

 

・比企谷八幡の業務命令には絶対服従、逆らった者には死を。

・業務中に得た情報は絶対に他者へ漏らしてはならない、漏らした者には死を。

・正当な理由なくして専属をやめる事は出来ない。その判断は比企谷八幡本人が行う。

 

「な、何これ、契約書として認められるの?」

「さあな、だがそれくらい俺の専属ってのは、重い立場だってこったな」

 

 実際こんな契約書には効力はない。単に候補者の覚悟を問う為のお遊びのような物だ。

 

「な、何で?これって絶対無効っしょ?なのに何でこんな物が用意されてるの?」

「さあな、ただうちの社長が言うには、『これくらいは自主的に守ってもらわないと、

世界の支配者の側近にはなれないでしょう?』だそうだ」

「あ、あの怖そうな社長が?」

「怖そう?面接の時、姉さんはずっとニコニコしてただろ」

「そんなの見せ掛けだけじゃん、引きこもりの観察眼なめんな、

伊達に四六時中他人の目を気にしてる訳じゃないんだお!」

「ほう」

 

 八幡は感心したようにそう言うと、じっとフラウの目を見つめた。

 

「で、お前はどうするつもりだ?」

「分かった、あの社長がそう言うんなら本気みたいだし、やるお」

「理由はそれだけか?」

「普通の会社と違って面白そうだから、ただそれだけ」

「そうかそうか、それじゃあ決まりだな」

 

 八幡はそう言ってフラウに手を差し出し、フラウもその手を握り返した。

 

「宜しくな、フラウ」

「不真面目な社員になると思うけど、上手く使いこなしてね、デュフフフフ」

 

 こうして八幡の専属に、またおかしな人材が加わる事となった。



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第976話 フラウ、八幡を知る

「さて、うちの世界戦略の話をしよう」

 

 そう言って八幡が語ったのは、ニューロリンカー絡みの一連の計画であった。

 

「そ、そんな事出来るの?」

「出来るのというか、実際にやってるっての」

「ぐぬぬ、八幡はもっと早く私に声をかけるべき」

「今更そう言われてもな、それを言うならお前はもっと敏感に世間の情報を集めて、

早めに自分の足でうちに来るべきだったろ」

「くぅ、後で姉さんに抗議する」

「凛子さんに迷惑かけんな」

 

 ここで凛子の名前が出た事で、八幡は先ほど感じた違和感について尋ねる事にした。

 

「そういやちょっと聞きにくい事を聞いていいか?」

「もう私は部下なんだから、命令すればいいじゃない」

「いや、業務に関する事じゃないからな」

「それじゃあ聞くだけ聞く、答えられる事なら答える、それでどう?」

「オーケーだ、さっき寝てるお前の顔を見て思ったんだが………」

「寝てる間に視姦されていた!?」

「見て思ったんだが、お前と凛子さんって似てないよな?

もしかして片方の親が違うとかだったりするのか?」

「はい、スルーですね、サーセン」

 

 フラウは八幡に恨みがましい目を向けながら、呟くように言った。

 

「私は今の両親に拾われた子だから、そもそも姉さんとは血の繋がりは無いというか?」

「そ、そうか、つまらない事を聞いてすまなかった」

「ちなみにフラウというキラキラネームは姉さんがつけてくれたんだお」

「………俺はいい名前だと思うが、それじゃあ下の名前まで変えたのか?」

 

 八幡は凛子をフォローしつつ、そう尋ねた。

 

「拾われた時はかなり衰弱してたんで、しばらく自分の名前も出てこなかったんだお。

引き取られてしばらくしてから本当の名前を思い出したけど、

その時にはもう神代フラウって名前になってたから、そのままでいいかなって」

「へぇ、ちなみに本当は何て名前だったんだ?」

「フヒヒ、それが知りたかったら私を身も心も夢中にさせてみるといいお」

「あ、そういうのはもう間に合ってるんで、ごめんなさい」

 

 八幡に即座にそう言われ、フラウは屈辱的な表情をした。

 

「ああ、そういえば彼女持ちだったっけ、ヴァルハラのアスナさん?

まあ別に羨ましくなんかないですし?私だってこれでもモテモテですし?」

「そうか、まあフラウが今幸せならそれで良い」

 

 その八幡の暖かい言葉に罪悪感を感じたのか、フラウはすぐに自分の発言を訂正した。

 

「嘘です、サーセン、年齢イコール彼氏いない歴の喪女ですが何か?」

「いやいや、お前はかわいいんだから、

街とか歩いてたら普通に声をかけられたりするだろ?」

「ファッ!?」

 

 相変わらず女性関係に迂闊な八幡は、何の躊躇いもなくそう発言し、

フラウは八幡に聞こえないように、ぶつぶつと呟いた。

 

「か、勘違いしないでよね、別に私の事が好きな訳じゃないんだからね………」

 

 そしてフラウは深呼吸した後に八幡にこう答えた。

 

「声をかけてきた相手に普通に喋ってるだけで、その相手は逃げていきますが何か?」

「………ま、まあ言葉遣いには気をつけような」

「ずっとこうだからもう無理ゲー」

「そ、そうか、まあそういうのが平気な奴もいる、俺だって平気なんだし、

探せばいくらでも条件のいい奴はいると思うから、頑張れ」

 

 その八幡の言葉でフラウは気付いた、気付いてしまった。

今目の前にいるこの男が、とんでもなく優良物件だという事を。

 

(ソレイユの次期社長でおたくに偏見がなくて、いい体をしてるし顔もいい、

これって最高の相手すぎてテラヤバス)

 

 フラウはそう思ったが、現時点では思っただけである。

そもそも相手は彼女持ちだし、自分に興味を持つはずもない。

 

「まあいいや、それで結局私は何をすれば?」

「いずれは次世代技術研究部に入ってもらう事になるかもしれないな、

お前、人格破綻者だけど、天才プログラマーなんだろ?」

「あながち間違ってない」

「認めるのかよ………まああいつらならお前とも気が合うだろうさ。

ひと通り紹介して配属先が決まるまでは、

とりあえず俺を手伝ってくれ、調べたい事があるんだ」

「というか、専属なのに他の部署に配属されるとか聞いてない」

「そういえば言ってなかったな、専属ってのは、俺を優先して動くってだけで、

基本はどこかの部署で普通に仕事をしてもらう事になってるんだ、

まあお前が希望するなら、秘書室の端っこにでも席を置いて、

ひたすら俺の言う通りに動いてくれてもいいんだが………」

「じゃあそれで」

「決断早いなおい、まあ希望は分かった、

ただし他の部署が修羅場な時に、手伝いくらいはしてもらうぞ」

「フヒヒ、サーセン」

 

 丁度そこに優里奈が戻ってきた為、仕事絡みの話はそこで終わった。

そしてこのままのんびりしようという事になり、

優里奈にお茶を入れてもらい、三人は寛ぎはじめた。

その最中、フラウはスマホを取り出して、凄い早さで手を動かしていた。

 

「フラウ、何してるんだ?」

「@ちゃんねるの愛すべきクソコテどもに、お別れの挨拶だお」

「へぇ」

 

 八幡はそう言ってチラリとフラウのスマホを覗き込み、直後に噴き出しそうになった。

 

「ぶはっ、危ねえ、お茶を噴き出すところだった」

「八幡さん、何かあったんですか?」

「いや、知り合いの名前があったからついな」

 

 そして八幡はスマホを取り出し、どこかに電話をかけた。

 

「おい、栗悟飯とカメハメ波、お前が今煽ってるのはうちの新人だからほどほどにしとけよ」

「ファッ!?」

 

 いきなりの八幡のその言葉に、フラウは目が飛び出さんばかりに驚いた。

 

「く、栗カメとお知り合いで?」

「おう、うち一番の天才だな」

「え、ま、まさか栗カメって、牧瀬紅莉栖!?」

「紅莉栖の事は知ってんのか」

「あ………ありのままに、今起こった事を話すぜ、

今まで散々煽り煽られてきた相手があの牧瀬紅莉栖だった。

な、何を言っているのか分からねぇと思うが、俺も何を言っているのか分からねえ………

ソレイユに入っていきなり、恐ろしいものの片鱗を味わったぜ………」

「おい、フラウ、お~い?」

「八幡、不意打ちすぎるお!」

「てか今思ったが、お前、もう俺の事呼び捨てなのな」

「そんなのお互い様だお!」

 

 フラウはエキサイトしながらそう言い、続けて八幡にこう尋ねてきた。

 

「こ、この中に他に知り合いは?」

「鳳凰院凶真、DaSH、あれ、多分こいつらもだな、ネズミネコと電子系EVE」

「な、なん………だと………?」

 

 鳳凰院凶真は岡部倫太郎であるが、DaSHとはダルのハンドルネーム、

そしてネズミネコは当然アルゴ、電子系EVEは岡野舞衣である。

 

「だ、だからこいつら最近馴れ合ってやがったのか………」

「ん、そうなのか?」

「当初のギスギスした雰囲気が無くなってて、ツマランワロエナイって思ってたんだお!」

「お前もその仲間入りをするんだけどな」

「おぅふ………」

 

 フラウは嘆息し、何故か八幡に手を伸ばしてきた。

 

「ん、何だ?」

「く、栗カメとの電話キボンヌ」

「それは別に構わないが………紅莉栖も俺の専属だからな」

 

 八幡はフラウにスマホを差し出し、フラウはそのスマホを耳に当てた。

途端にスマホから、紅莉栖の絶叫が聞こえてくる。

 

『ちょ、ちょっと八幡、さっさと返事をしろと言っとろうが!

フローラ工事が新人ってどういう事?というかあんたもここに書き込んでるの?

コラ、さっさと返事をしなさい!』

「クソコテの栗カメパイセン、

という訳で、このフローラ工事が、今度パイセンの同僚になった訳なのだが、

でも一言だけ言わせて欲しい、中二病、乙!」

『え、女の子!?』

「そんな訳でパイセン、以後4649!」

 

 その瞬間にフラウは通話を切り、スマホを八幡に差し出してきた。

 

「挨拶おk」

「………お前、本当にいい性格をしてるよな」

「そ、そんなに褒められると照れる」

「………ちょっと一発殴りたくなってきたな」

「そ、そんなドSの八幡も、その時がきたら、

『くっ、悔しいけど、でも感じちゃう、ビクンビクン』ってなるんですね、デュフフ」

「そういえばお前、腐ってもいたんだったな………」

「早く八幡の薄い本をキボンヌ」

「ふざけんな、ぶっ飛ばすぞ」

「いやいや、ホモが嫌いな女子などいないから!」

 

 フラウはそう言って、とてもいい顔で優里奈の方を見た。

社交性の高い優里奈は即座に否定する事が出来ず、

その視線に対して愛想笑いを浮かべながらこう答えた。

 

「は、八幡さんの薄い本ならもうあるらしいですよ」

「ばっ、ゆ、優里奈、そんな事こいつに言ったら………」

 

 その瞬間に、フラウは唇が触れ合う寸前くらいまで八幡の顔に自分の顔を近付け、

真顔でこう言ってきた。

 

「その話、KWSK」

「だが断る!」

「ぐぬぬ………八幡、今いくつ?」

「人に年齢を聞く時は自分から先に言え、そうしたら答えてやってもいい」

「二十四」

「なっ………ま、まさかの即答だと!?」

 

 八幡はどうやら、フラウが年バレを躊躇うと予想していたようであるが、

かくも腐った女子の執念というのは恐ろしいものなのである。

 

「年齢はよ」

「くっ………二十二だ」

「二十二………ふむ、春夏秋冬、ミーちゃん、薔薇太郎」

「………ん?何だそれ?」

「メスハイエナ、腐海のプリンセス」

 

 その名前が出た瞬間に、八幡はピクリと反応してしまった。

 

「………腐海のプリンセスktkr!まさかのビッグネーム!」

「お、お前、何故それを………」

「八幡が題材にされているのならば、多分同級生が書いていると予想した。

なので私の知る限りの同い年の作家の名前を上げてみただけ、情弱乙」

「くっ、言うだけの事はありやがる………」

 

(知られてもらったものは仕方がない。

ここは一つ、フラウが俺の求める情報を必死に探してくれるように仕向けるか………)

 

 八幡はそう考え、フラウにこう話しかけた。

 

「おいフラウ、お前が俺の出す課題をクリア出来たら、

腐海のプリンセスを個人的に紹介してやってもいい」

「課題はよ!はよはよ!」

 

(よし、かかった)

 

 フラウは一も二もなくその提案に飛びつき、八幡はニヤリとした。

 

「ちょっと待ってろ」

 

 そして八幡は、夕方会社に寄った時にもらった茅場晶彦のアマデウスを起動させた。

その為に八幡は、夕方にソレイユに寄っていたのである。

 

『おや、八幡君、早速呼んでくれてありがとう』

「晶彦さん、頼みがあります、晶彦さんが拾ったっていう、

例のユナの音声データってもらったり出来ますか?」

『ああ、別に構わないが、何をするつもりだい?』

「こいつに調査させます、本当は晶彦さんにもお願いしたい所ですが、

多分本体は、色々な所をうろうろしてて忙しいと思いますので、

こいつに専属で調査させた方がいいかなと思って」

「おや?君はフラウ君かい?久しぶりだね」

 

 だがその言葉にフラウは反応すらしなかった。その目が驚愕に見開かれている。

 

「なるほど、適任だろう、それじゃあ今データを送るよ、活用してくれたまえ」

「ありがとうございます、今は忙しいので、今度ゆっくり話しましょう」

「ああ、楽しみにしているよ。フリーズしたままのフラウ君にも宜しく」

 

 それで晶彦との会話を終わらせた八幡は、フリーズしているフラウの顔をペチペチと叩いた。

 

「お~いフラウ、お~い?」

「はっ!?あ、ありのままに、今起こった事を話すぜ………」

「それはさっきやったからもういい」

「ちょ、ちょっと八幡、さっきのって姉さんの元カレの茅場晶彦っしょ?

な、ななな何で生きてるの!?」

「そのうち教えてやる」

「くっ、悔しい、でも感じちゃう、ビクンビクン」

「………そこで捧読みか、余裕あるなぁ」

 

 八幡は呆れたが、フラウにユナの音声データを渡して調べさせる事には成功した。

 

「わ、分かった、やってみる」

「頼むぞフラウ」

 

 結局この日はかなり遅くまでかかってしまった為、

フラウはこのままこの部屋に泊まる事となった。

 

「は、八幡、ジャージありがと」

「おう、まだ寒いからな、風邪ひくなよ」

「だ、大丈夫、寒さには強いから」

 

 そして優里奈と二人で寝る事になったフラウは、八幡絡みの色々な話をした。

 

「………じ、じゃあ、八幡の事を狙ってる女子がそんなにいると!?」

「はい、でも誰も諦めてないんですよ、ふふっ、おかしいですよね」

「リアルハーレム野郎がここにいた………」

「ふふっ、フラウさん、八幡さんにかなり興味深々でしたよね?

フラウさんもハーレム入り、狙ってみます?」

「そ、その話kwsk」

「はい!」

 

 優里奈はフラウに請われるままに話をした。

 

「なるほど、正妻様に認められればいいと………でも優里奈たんはそれでいいの!?」

「いいも悪いも、何人になろうがきっと八幡さんが全員幸せにしてくれますよ」

「ぐぬぬ………ち、ちょっと真面目に考えさせて………」

「はい!」

 

 こうして色々あったこの日は終わりを告げた。明日はいよいよラスボス戦である。



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第977話 おばけのホーリーさん

今後の展開を少し纏めるので明日の投稿はお休みします、すみません!


 次の日の昼、昼食の席で、八幡は珪子に茅場晶彦の事を打ち明けた。

 

「という訳で、ヒースクリフがうちのメンバーになった、事前に相談出来なくてすまない」

「えっ?何で謝るんですか?

そりゃあ、世間には茅場晶彦を恨んでる人も多いと思いますけど、

本人はもう死んでるんですし、幽霊と付き合いがあっても別にいいじゃないですか」

「お、おう、そ、そうだな………」

 

 仲間達の物分りの良さに驚かされてばかりであったが、

それは普通に生き残った者の意見だからかもしれない。

それを踏まえて八幡は、彼によって失われた命の事は決して忘れてはならないと心に誓った。

 

 

 

 そして迎えた放課後、今日の戦闘に参加するヴァルハラのメンバー達が、

先乗りでヴァルハラ・ガーデンへと続々と集結してきたが、

予定していた全員が集まったところで、八幡は仲間達に声をかけた。

 

「あ~………特にエギルとクラインは、心を乱さないように聞いてくれ」

「はぁ?」

「何かあったのか?」

「え~っとな、これからみんなにうちの新人を紹介するんだが、

それが誰であろうととりあえず落ち着いていてくれると助かる」

「新人?」

「ほう?まあとりあえず紹介してもらおうか」

「分かった、ホーリー!」

 

 その声を受け、奥の部屋からホーリーが姿を現した。

髪型や髪の色はまだいじっていない為、昔のままの姿で、である。

 

「なっ………」

「お、お前………」

「やぁ二人とも、久しぶり、と言うべきかな」

「「ヒースクリフ!?」」

 

 その二人の言葉に周りの仲間達も即座に反応する。

 

「ヒースクリフって………茅場晶彦よね?」

「生きていたって事?」

「リ、リーダー、こりは一体………」

「あ~………このヒースクリフ、今はホーリーって名前なんだが………

あ、ちなみに名付けたのは俺だ」

 

 八幡はそこで一旦言葉を止め、全員の顔を見回した。

 

「まあ一言で言うと、おばけ………かな」

「えっ………?」

「も、もちろん冗談だよね?」

「と言っても、他に言いようが無いからなぁ………」

 

 確かに墓場を彷徨っているか、電子の海の中を漂っているかの違いくらいしかなく、

実体が無いという点においてはさほど変わらない。

 

「まあみんな事情は知ってると思うが、

人間の脳をスキャンして生まれた存在を定義する言葉は今のところ存在していない。

なのでまあ、ホーリーの事は便利なアイテムだと思ってくれればいい」

 

 ホーリーはその言葉に苦笑したが、特に何も言わなかった。

 

「クライン、エギル、二人は何か言いたい事はあるか?」

「キリト達が何も言わないって事は納得済みって事だろ?

なら俺から特には何も言う事はないな」

「俺もまあ一発殴りたい気はしないでもないけどよ、

静さんと出会うキッカケをくれたって事でチャラにしてやらぁ」

「そうか………ありがとな」

 

 他の者達は呆気にとられるばかりであったが、特に苦情が出る事もなかった為、

ホーリーの事を黙って受け入れてくれたのだろうとハチマンは判断した。

 

「ならまあそういう事で、たまにしか来ないと思うが、来たらこき使ってやってくれ。

これでもタンクとしての能力はおそらく史上最強クラスのはずだから、

特にマックス、ユイユイ、アサギさんは、色々教えてもらうといい」

「あの、ハチマン君、ところでホーリーと名付けた事に何か意味はあるのかしら」

 

 そのユキノの質問に、ハチマンは目を逸らしながらこう答えた。

 

「あ~………この前たまたまネットで見た大昔のNHKのアニメに、

そういうのがあったんでな」

「あらそうなの?何てタイトル?」

「お、おばけのホーリー………」

 

 ハチマンはそう答え、一同はしばらく沈黙した後、爆笑した。

 

「な、何それ、それが理由?」

「だからさっき、おばけって所を強調してたのか!」

「てっきり神聖剣からとったんだと思ってたのに、まさかのまさかだったよ」

 

 そして誰かがネットから画像を拾ってきてモニターに映し出した。

 

「じゃじゃ~ん、これがホーリーだよ!」

「こ、これか………」

「オバケ………なんだよね?これって何のオバケなの?」

「チョコレートみたい」

 

 そのやり取りを聞いたホーリーが、こんな事を言い出した。

 

「なるほど、なら私の髪の色はこの色に合わせようか、それでいいよね、ハチマン君」

「ああもう、お前がいいならいいって、もう好きにしてくれ」

 

 ハチマンは羞恥の表情でそう言い、それがまたみんなの笑いを誘った。

 

「も、もういいだろ、それじゃあみんな、ウルヴズヘブンに移動だ。

一応GGO組にはただの新人って事で紹介するつもりだから、

余計な事は言わないように頼む」

 

 ハチマンは、身内全員にこの事を拡散する必要は無いだろうと思い、

仲間達にそう指示を出した。当然その事で特に異論が出る事も無く、

一同はそのままウルヴズヘブンへと移動を開始した。

それに伴い、ホーリーは髪型を短髪にし、その色をチョコレート色に変更している。

 

「うわ、全然印象が変わるな」

「更にこれを装備してもらえば完璧だ」

 

 そう言ってハチマンが取り出してきたのは、

以前トラフィックスがアスカ・エンパイアに寄港した時に、

ナユタが装備していたあの黒い布のマジックミラー風の目隠しであった。

最初はフルフェイスのヘルメットを常時装備させようと思っていたのだが、

ハチマンがたまたまアルンでそれを見付け、機能面も一緒だった為、

この際だからと使う事にしたのである。これならお洒落で通用するであろうし、

常時フルフェイスよりはまだマシであろう。そしてその道中、遂に今日、

GGOとの合同イベントのラスボス戦が行われるという噂が広まっていた事もあり、

ヴァルハラの一行は凄まじい注目を集めていた。

 

「おい、ヴァルハラだぜ」

「絶対暴君はいないみたいだな」

「きっとリアルが忙しいんだろ、基本ほとんど姿を見ないしな」

「それを差し引いても今日のメンバーはやばいな、ほとんどフルメンバーじゃないかよ」

 

 そんな彼らの目の前を、ヴァルハラのメンバー達が通過していく。

先頭は当然ハチマンである。その周りをアスナ、ユキノ、シノン、フカ次郎、リオン、

ユミー、イロハ、フェイリスがキャッキャウフフ状態で囲んでいた。

ウフフはしていないが、クリシュナもここで女性陣とキャッキャしている。

コマチとレコンは左右に分かれ、おかしなプレイヤーはいないか目を光らせている。

その後方にはホーリーが居り、セラフィム、ユイユイ、アサギが色々質問していた。

ナタクとスクナ、それにリズベットがその後ろに居り、

三人は合成の話題に花を咲かせていた。

そして最後方を進むのはキリトを中心とした旧SAOチームである。

キリト、エギル、クライン、シリカ、アルゴ、

SAO出身ではないが、リーファとサトライザーもここにいた。

今日この場にいないのは、ソレイユ、メビウス、クックロビン、レヴィ、クリスハイトの、

本当にリアルが忙しい組だけである。

それを言ったらアサギもそうなのだろうが、今は丁度仕事の谷間らしく、

ギリ参加が可能な状態であった。この時点で総勢二十六名である。

 

「さて、少し早いが全員集合までここで待機だ」

 

 予定されていた集合時間までまだ十五分ほどあり、

一同はフェンリル・カフェでのんびりと寛ぐ事にした。

時間的に、GGO組や他の友好ナイツも既に多数集合している。

ヴァルハラ・ウルヴズのGGO組は、既に全員揃っていた。

レン、闇風、薄塩たらこ、ゼクシード、ユッコ、ハルカ、シャーリー、ミサキ、

見事に全員集合である。そしてその横にはダインとギンロウ、そしてその仲間が四人。

更にはSHINCの六人の姿もある。

SHINCは今日の為にキッチリとリアルでやるべき事を終わらせてきたらしく、

その顔はやる気に満ちていた。当然スリーピング・ナイツも既に集まっている。

この時点で既に人数は五十三人にまで達していた。

そしてランとユウキがまるで子犬のように、ハチマンにじゃれついてきた。

 

「ワンワン!」

「ク~ン、ク~ン」

「………え、いきなり何」

「「わんこ」」

「いや、かわいいけど意味が分からねえから」

 

 どうやら昨日は興奮してあまり寝れなかったらしく、

二人は夜遅くまでわんこの動画を見ていたらしい。

何故わんこかというと、二人は昔、犬を飼っていたらしく、

元気になったらまた犬を飼おうと昔からよく話していたらしい。

そんな二人を見て、ハチマンはとある事に気付き、スリーピング・ナイツを全員集め、

ホーリーと共に別室へと移動した。

 

「ハチマン、どうしたの?」

「この新人を紹介したいと思ってな」

「あっ、新人さんなんだ!」

「初めまして!」

 

 一同は次々にホーリーに挨拶し、ホーリーも顔を綻ばせながら挨拶をした。

 

「初めまして、今度ヴァルハラ入りしたホーリーです」

「って事になってるが、中の人は茅場晶彦だ、

茅場晶彦が脳をスキャンしてた事は知ってるよな?要するにまあ、オバケみたいなもんだ」

「ハチマン君!?」

 

 突然のそのカミングアウトにホーリーは驚き、

茅場晶彦が死ぬ間際に自分の脳をスキャンした事を、

ニュース等で知っていたスリーピング・ナイツももちろん驚いたが、

ハチマンはどちらの反応も意に介さずに、スリーピング・ナイツに向けてこう言った。

 

「お前達が世話になってるメディキュボイドの開発者だ、よくお礼を言っておくといい」

 

 そのハチマンの言葉にハッとしたスリーピング・ナイツの一同は、

一斉に茅場晶彦に頭を下げた。

 

「「「「「「「ありがとうございます!」」」」」」」

 

「ハチマン君、この子達は………?」

「メディキュボイドで終末医療を受けている子達です、

このランとユウキはいい薬が出来た事で完治しました。

残りの五人についても、まだ完治はしていませんが、症状を抑え込む事に成功しています。

いずれうちの製薬部門の手によって、全員完治させるつもりです」

「………………そうか」

 

 ホーリーは納得したような顔をし、一同に手を差し出した。

 

「僕が遺した物が役にたったなら良かったよ」

 

 そのままホーリーは七人全員と握手を交わし、そして七人が部屋を出た後、

ホーリーはぼそりとハチマンに言った。

 

「まさかこの僕が、人に感謝される日が来るとはね」

「感謝された気分はどうですか?」

「ふむ、そうだな」

 

 その問いにホーリーは、微かに笑みを浮かべながらこう答えた。

 

「思ったよりも悪くない気分だね」

 

 後に茅場晶彦について書かれた書物の中に、こんな一文がある。

 

『茅場晶彦は確かに許されざる大量殺人者ではあるが、

同時に彼が作ったメディキュボイドがそれ以上の人命を救った事は、

彼の偉大な業績としてフェアに評価しなくてはならない』と。



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第978話 集結する参加者達

昨日はすみません、この話は何とか今日に間に合わせましたが、発熱してしまいまして今も本調子ではありません。なので次の投稿は余裕を持って火曜日にしたいと思います。ご迷惑をおかけしますが宜しくお願いします。


 ハチマンとホーリーがフェンリル・カフェに戻ると、

そこには既に残りの参加者が到着していた。

ザ・スターリーヘヴンズの三人、ロウリィ、テュカ、レレイと、

Narrowのコミケ、ケモナー、トミー、クリン、ブラックキャットの全員である。

ハチマンはコミケ達が、よく全員の休みを合わせられたなと感心した。

 

「コミケさん、よく休みが合いましたね」

 

 そんなハチマンの耳元でコミケが囁いた。

 

「いや、というかこれさ、閣下の指示なんだよね。

どうやらイベントに関する情報収集も独自にしてるみたいなんだよ、あの人」

「え、マジですか、まさか本人が来るとか言いだしませんよね?」

「さすがに忙しいから無理じゃないかな、

それにほら、閣下は門の鍵を持ってないから来てもジュラトリアまで行けないしね」

「あ、確かにそうですね、ならまあ安心しても良さそうですね」

 

 それでハチマンは安心し、最後のひと組である、

スモーキング・リーフの六人の所に向かった。

 

(バトルジャンキー二号のリョウも、

さすがにこの状況で、ちょっと戦う?とは言わないだろうな)

 

 そう思ったハチマンであったが、それはかなり甘かった。

 

「ねぇ、あの目隠ししてる人、凄く強そうに見えるんだけど、ちょっと戦っていい?」

 

(さすがというか、あっちに反応したか………)

 

「悪い、あいつは色々と難しい奴でな、ちょっと遠慮してくれると助かる」

「え~?仕方ないなぁ、それじゃあとりあえず戦おっか」

「………は?何でそうなる」

「だってこの前キリト君が、

『ちょっと戦うのを我慢してくれたらハチマンと戦わせてやるから』って言ってたしぃ?」

「えっ、マジかよ」

 

(い、一号の野郎、いつの間にそんな約束を………)

 

 その思考から分かる通り、ハチマンの中でのバトルジャンキー一号はキリトである。

ちなみに三号はラキア、四号はロウリィなのだが、当然本人達の前で口に出した事はない。

 

「まあ待てリョウ、俺とキリトがガチでやり合ったらキリトが勝つ。

つまり俺とやるよりもキリトとやる方がお前にとっては楽しいはずだ、違うか?」

「まあ確かにそうだわねぇ、でも………」

 

 リョウは、ハチマンの目を見ながら続けて言った。

 

「たまにはゲテモノ料理もいいと思わない?」

「ちゃんとした料理の方が美味いに決まってる」

 

 だがハチマンは、自分をゲテモノ扱いしたリョウの挑発には乗らず、淡々とそう答えた。

 

「熱くなると思ったのに、かわいくな~い」

「いや、お前にかわいい認定されても困るから。

とりあえず事情は分かった、今日のボス戦の後、

いきなりキリトに襲いかかっていいからそれで手を打て」

「え~?本当に~?」

「ああ、本当だ。大丈夫、ケツは俺が持つから思いっきりやってやれ」

「それじゃあお言葉に甘えるとしよっかなぁ」

 

 こうしてキリトはハチマンによってリョウに売られたが、

元はといえば自業自得なのでこれは仕方がないだろう。

 

「リクもリンも今日は頼むぞ」

「ハッ、任せとけっての!」

「ああ、分かった」

「リツとリナ………今日はリナコか、

二人は後方でなるべく広い範囲に注意を向けて、他の三人が囲まれないように注意してくれ」

「任せてにゃ」

「はいなのな」

「あとリツ、ちょっとリョクを借りるぞ、

俺の近くでボスの情報を分析するのを手伝ってもらうからな」

「はいにゃ」

「も、もう、仕方ないなぁ」

 

 そう答えつつも、リョクは嬉しそうであった。

これで参加者の全員が揃った。総勢六十七名の大軍団である。

 

「よし、出陣!」

 

 一同はそのままジュラトリアに飛び、街の北側にある、ボス部屋入り口へと向かった。

そこには三つのランプがあり、北門、西門、東門に対応する入り口が解放されると、

そこが点灯するようになっている。

時刻は夜七時半であり、戦闘開始予定時刻まであと三十分というところだ。

ところが既に、北門に対応しているランプが光っていた。

つまりユージーン達が現地に先行している事になる。

 

「あいつ………真面目か」

「人は見かけによらないものよね」

「まあ早い分にはいいじゃない」

「まあそうだな、今のうちにユージーンと少し話をしておくか」

 

 ヴァルハラ一行はそのまま転移し、ラスボスの待つフィールドへと移動した。

見ると目の前に、サラマンダー軍の者達がたむろしている。

どうやらどの門から入っても、出口は同じ場所のようだ。

そしてハチマン達に気付いたユージーンがこちらに声をかけてきた。

 

「ハチマン、遅いではないか」

「お前らが早すぎんだっての、遠足前の小学生かよ!」

 

 いきなりのユージーンの苦情に、ハチマンは即座に反論した。

今は開始予定時刻の三十分前であり、ハチマン達はむしろ早めに到着したと言える。

 

「しかし凄いメンバーを揃えたものだな」

 

 ユージーンは更に反論するような事はせず、あっさりと話題を切り替えた。

おそらく最初から、ハチマンを責める気など無かったのだろう。

 

「ああ、まあ攻略の途中から結構増えたからな」

 

 ハチマンの背後にたむろしている猛者達を感心したように見ながらユージーンが言い、

ハチマンはどうという事はないといった感じでそう答えた。

 

「しかし今回のイベントは色々考えさせられる事が多かったな」

「今までのALOは対人戦がメインだったからな、まあGGOは今でもその傾向が強いが、

今後の事を考えると、強力なモブに対する備えは必要になってくるだろうな」

「ああ、今回は特にそれが身に染みた、

だがそのおかげでうちにも立派なタンクが誕生したんだ、

これからはそう簡単にはやられはせん」

「カゲムネは意欲もあるしセンスも悪くない、立派なタンクになってくれるだろうさ」

 

 ハチマンはそう太鼓判を押し、後ろにいたカゲムネは恐縮したような顔をした。

それを見たユージーンはとても嬉しそうに頷いていた。

 

「で、この戦い、どう見る?」

「どうだろうなぁ、敵の種類も何匹出るかも分からないが、

まあこっちは千人を超える大軍団だ、うちのタンクも全員いるし何とかなるだろ」

 

 ハチマンにそう言われたユージーンはチラリとカゲムネを見た。

 

「むぅ、今日はカゲムネはお前に預けた方がいいか?」

「そうだな………敵の数によってはもしかしたら出番は無いかもしれないが、

今日はうちのもう一人のタンクも参戦するから、

その動きを見ているだけでもカゲムネにはいい勉強になるだろうな」

「ほう?隠し玉?」

「ああ、今のうちに紹介しておくか、お~いホーリー!」

 

 ハチマンに呼ばれ、セラフィム達と何か話していたホーリーがこちらにやってきた。

 

「どうかしたかい?」

「これはサラマンダー軍のトップのユージーンだ、

今後も絡む事が多くなると思うから、今の内に紹介しとくわ。

あとこっちがサラマンダー軍のメインタンクのカゲムネ、

タンクとしての能力は充分だが、圧倒的に経験が不足してるから、

今日は色々お手本を見せてやってくれ」

「なるほど、ホーリーです、今後とも宜しく」

 

 ホーリーはそう言って手を差し出し、カゲムネとユージーンは順にその手を握り返した。

その時ユージーンは驚いたような顔をしたが、ホーリーはにこやかな笑顔を崩さず、

ハチマンも特に何か言う事はなかった。

丁度その時他の門から大量のプレイヤーが押し寄せてきた。

東門と西門から来た者達が一斉に入場してきたらしい。

その中にはルシパーの姿もあり、ハチマンは一応顔を出しておこうと、

ユージーンに断りを入れてホーリーと共にそちらに向かった。

 

「さっき握手の時、ユージーンが思いっきり手を握ってきてただろ?」

「そうだね、まあでも特に問題はないよ、むしろ元気があっていいじゃないか」

「まあステータス的にはSAOをクリアした時の俺達にはまだ届いてないだろうしなぁ」

「そういう事さ、おや?キリト君とアスナ君もこちらに来たようだね」

 

 そんな二人にキリトとアスナが合流してきた。

どうやらハチマン達がルシパー達の所に向かおうとしているのに気付いたらしい。

ユージーンと違い、七つの大罪は敵性ギルドである為、

一応といった感じで同行する事にしたのだろう。

 

「ハチマン、必要ないかもしれないけど、俺達も行くぞ」

「ふふっ、SAOの四天王が揃っちゃったね」

「四天王とか言われちゃいたが、この四人だけで動いた事ってあったか?」

「ははっ、確かに記憶にないね」

 

 四人はそんな会話を交わしながらのんびりと歩いているだけだったが、

そんな四人の迫力に押されたのか、他のプレイヤー達が自然と横によけていき、

いつの間にか、ルシパー達へと繋がる道が出来ていた。

それを遠くで見ていたヴァルハラの元SAO組は、ひそひそと囁き合っていた。

 

「四天王が揃っちまったな」

「本人達は分かってないみたいだけど、凄い迫力よね」

「私、昔一度だけパワーレベリングしてもらいましたけど、

あの四人だけで動いてるのって、相当レアですよね?」

「まあ攻略組だった俺も見た事は無いからな」

 

 道を空けた者達も、ホーリーの姿を見て、あれは誰だと囁き合っており、

ルシパー達もそれで気付いたのか、幹部を全員集合させ、

仁王立ちして四人を待ち構えていたのだった。



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第979話 魔砲

まだ体調が思わしくない為、次の投稿は木曜日になります、申し訳ありませんorz


「よぉルシパー、今日は宜しくな」

 

 ハチマンはそう言ってルシパーに手を差し出した。

 

「フン」

 

 それに対するルシパーの返事はそれだけだったが、

しっかり手は握り返してきたので、これはある意味ツンデレと呼べるかもしれない。

ちなみに後ろに控えていたサッタンはこちらに敵意を飛ばしてきていたが、

それはキリトとアスナが威圧して抑えていた。

他の幹部達は後方で何か作業をしているらしく、一瞬筒のような物が見えたくらいで、

この場にはいないしまったくこちらに来ようともしていない。

そんな中、その剣悪な雰囲気をぶった切るように、ハチマンがのんびりとした口調で言った。

 

「タンクはまあうちで何とかするから心配しないでくれ」

 

 ルシパーはその言葉に黙って頷いたが、

その表情が若干悔しそうだったのは気のせいではないだろう。

ルシパーも今回のイベントで、タンクの重要性を嫌という程思い知らされていたからだ。

 

「まあいないものは仕方ないさ、これからじっくり育てていけばいい。

もし必要ならうちも手助けするからアスモゼウス辺りを通じていつでも言ってくれ」

 

 ハチマンは基本的にフレンドリーに接しており、そんな提案も飛び出してきた。

 

「お前達の手は借りん」

 

 だがルシパーはそれを断った。やはりプライドが許さないのだろう。

 

「まあそう言うと思ったよ、言ってみただけだ」

 

 ハチマンはそう言ってルシパーに背を向けた。

今回は特に必要が無いと思ったのか、ホーリーの紹介はしない。

ホーリーの事を気にしているメンバーもいたようだが、

ルシパーを差し置いて前に出る気もないようだ。

ハチマン達はそのままスプリンガーやファーブニル達がたむろしている方へと向かった。

 

「ラキアさん、今日は宜しくお願いします」

 

 ハチマンが最初に声をかけたのは、だがしかしその二人ではなくラキアであった。

この場の力関係を考えると妥当な選択といえる。

 

「むふっ」

 

 ラキアは嬉しそうにそう言うと、そのままハチマンの背中をよじ登り、

何故かハチマンの肩の上に立った。これにはアスナも苦笑するばかりである。

相変わらず行動が読めないが、そのバランス感覚は凄まじい。

 

「んっ、んっ」

 

 そしてラキアは何か言いたげにハチマンの肩の上でトントンと足踏みした。

 

「………スプリンガーさん、ラキアさんは何と?」

「ああ、時間まで遊んでだとさ」

「………分かりました、キリト、アスナ、あとは任せた。

ホーリーの紹介とさっきのアレの確認も頼む」

「あいよ」

「うん、分かった」

 

 ハチマンはそう言って屈伸するように膝を曲げ、勢いよく立ち上がった。

その反動を使ってラキアが宙を舞い、空中で一回転してハチマンの右手に着地する。

 

「「「「「「おおっ」」」」」」

 

 周囲から歓声と拍手があがり、遠くからも二人に注目が集まる事となった。

その間にキリトとアスナは、残りのメンバー達に挨拶をしていた。

 

「スプリンガーさん、ファーブニル君、ヒルダちゃん、今日は宜しくね」

「おう、こちらこそ宜しくな」

「今日は勉強させてもらいます」

「お二人とも、宜しくお願いします!」

「そしてこれがうちの新人のタンクのホーリーです、

今日のメイン盾になりますので一応紹介しておきますね」

「こんな姿で申し訳ありません、ホーリーです、今日は宜しくお願いします」

 

 こんな姿、というのは例のアイマスクの事であった。

ホーリーはユージーン達にはわざわざそんな事は言わなかった為、

スプリンガーの物腰から、そうする必要があると感じたのだろう。

 

「おお、そうなのか、こちらこそよろしくぅ!」

 

 それに対するスプリンガーの返事はとても軽かったが、

ホーリーを観察するその視線は実に鋭かった。

 

「新人さんなのに今日のメイン盾を?」

「そういう事になってますね、まあ役目はしっかり果たしますのでご安心下さい」

「へぇ?そりゃ楽しみだ」

「それでですね、さっきルシパー達が大きな筒みたいな物をいじってましたけど、

あれが何か分かりますか?」

 

 そこでキリトが割り込むように、()()()()()()の確認を始めた。

 

「ああ、あれかぁ………」

 

 そのキリトの問いに、スプリンガーは苦い顔をした。

 

「実は事前のミーティングに正体不明のフードの女が混じっててな、

誰かって聞いてもアドバイザーとしか答えやがらなくてよ、

で、そいつが使ってみてくれって置いてったんだよ、『魔力充填型の魔砲』って奴をさ」

「えっ?」

「ああ、味方殺しですか………」

 

 そのアイテムの存在は、ヴァルハラのメンバーも知っていた。

だが実際に製作してみて、威力はあるが照準器が無いと命中率が低すぎる上に、

その照準器を作るのに必要な素材がまだ見つかっていない為、

実戦で使うと間違いなく味方の背中を撃つ事になってしまう事から、

ヴァルハラでも武器庫にしまわれたままになっているという曰く付きの武器である。

 

「味方殺し?そうなのか?」

「はい、あれはですね………」

 

 キリト達は武器の性能について説明をし、スプリンガー達は天を仰いだ。

 

「マジか、まさかそんな武器だとは………」

「戦闘中に使うつもりなんですかね?」

「さすがにそれはたまらないな、俺からも使わないように進言しておくさ」

「お願いします、私達が言うと意地になるかもしれませんから」

「ああ、分かった、タイミングを見て伝えておくよ。

あと戦闘中はおかしな事にならないように俺が監視しておくさ」

「はい、お願いします」

 

 キリトはそう言って頭を下げ、

ヴァルハラ本隊にこの事を伝えてもらおうとアスナの方へ振り返ったが、

そのアスナはいつの間にか、ハチマンと一緒にラキアと遊んでいた。

二人ともAGIビルドの癖に軽々とラキアを支えており、その総合力の高さが伺える。

ちなみに当然の事ながら、二人のコンビネーションも完璧だ。

 

「………それじゃあ俺は、仲間にこの事を伝えてきますね」

「………うちのラキアが何か悪いね」

「いえいえ、気にしないで下さい、まだ時間はありますから」

 

 そう言ってキリトとホーリーはその場を去り、

残されたハチマンとアスナも、戦闘開始五分前には仲間達の下へと戻ってきた。

そんなハチマンを、意外な人物が出迎えた。

 

「相変わらず楽しい事をしてるじゃないか、シャ………じゃない、ハチマン坊や」

「あれ、おっかさんじゃないですか!」

「白銀の乙女参上さね、最後の戦いにはギリギリ間に合ったみたいだね」

「おお、今日は宜しくお願いします」

 

 実は白銀の乙女は東門の戦いの初日に参加しており、残念ながら全滅していた。

その後、ハチマン達が参加した門の攻略時から今まで、

メンバーの都合が合わずに参加出来ていなかったのだが、

今日は時間ギリギリになってしまったが、こうして間に合ったと、まあそういう訳であった。

 

「こちらこそ宜しくね、坊や。うちの連中は好きに使っとくれ」

「分かりました、GGO組はシノンの、近接組はキリトの指示に従って下さい」

「了解だよ、坊や」

 

 おっかさんとの話を終えた後、ハチマンとアスナはキリトに謝った。

 

「悪いキリト、つい楽しくなってギリギリになっちまった」

「ごめんね、キリト君」

「いや、別にいいさ、それよりもハチマン、例のアレの事なんだが………」

 

 キリトは先ほどスプリンガーから聞いた魔砲の事をハチマンに説明した。

 

「やっぱりあれは魔砲だったか………

ナタク、魔力充填型だと何分で一発撃てるんだったか?」

「大体二十分で一発ですかね」

「って事はそろそろ撃てるようにはなるか………、

謎のフードの女ってのも気になるが、出所はどこだと思う?」

「大手の職人ギルドならどこでも作れるでしょうから、特定するのは難しい気がするわね」

 

 続けてリズベットがそう答え、ハチマンは腕組みをした。

 

「ユキノ、ルシパーの奴、撃つかな?」

「そうね………前提によって変わると思うわ」

「………というと?」

「ただ提供されただけなら、味方を巻き込むケースだと撃たないのではないかしら、

さすがにそんな事をしたら参加したプレイヤー全員から叩かれてしまうわ」

「ただ提供されただけなら、か………」

「ええ、提供してきた相手が黒幕で、必ず撃つように言い含められていたとしたら、

もしくは黒幕がスパイか何かを送り込んできていたら、

批判なんかお構いなしに、いきなり背後から撃ってくる可能性が高いでしょうね」

「なるほど、確かにそうだろうな」

 

 ハチマンはそのユキノの意見に頷いた。

 

「とりあえず開幕で撃たせてみるわ、それで戦闘で使ったっていう大義名分が立てば良し、

無理でもまあ、スプリンガーさんが監視しててくれるなら何とかなるだろ。

もし強行されて誰か死んだら、その時は戦争だ」

 

 ハチマンはそう判断を下し、一同は交戦的な表情で頷いた。

 

「よし、それじゃあ戦闘を開始するか」

 

 ハチマンはそう言って前に出ると、最初にルシパー達に向けて大きな声でその旨を伝え、

ルシパーがどこかホッとしたような表情でそれを了承し、

こうして魔砲の一撃を合図に戦闘が開始される事が決定したのだった。



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第980話 全軍、攻撃開始だ!

大変お待たせしました!


 さて、それではここで、戦闘開始までの詳細な流れを見てみよう。

開始予定時刻が訪れた時、ハチマンは全軍の正面に立った。

ホーリー、セラフィム、ユイユイ、アサギ、カゲムネがその後に続く。

ハチマンの戦闘開始の合図を今か今かと待ち構えていたプレイヤー達は、

だがタンク陣の中に見知らぬ者がいた為、ざわつき始めた。

 

「おい、誰だあれ」

「どこかのギルドのタンクなんじゃないか?」

「いや、でもあの装備はヴァルハラのタンクの装備だろ?」

「あれ、本当だ、って事は新人?」

「マジかよ、ただでさえ厚いタンクの層がまた分厚くなったのか」

「まあでもサブタンクだろ?メインは姫騎士か戦女神のどっちかだろ」

 

 先日の一件以来、ユイユイにも二つ名がついた。それが戦女神ブリュンヒルドである。

ユイユイはその事を恥ずかしがっていたが、広まってしまったものは仕方がない。

周囲では、どちらがメインを張るのかひそひそと囁かれており、

ハチマンがどちらをメインタンクに選ぶか注目されていたが、

そんなプレイヤー達の期待を裏切るかのように、

ハチマンが最初に口に出したのは魔砲使用の告知という名の要請であった。

 

「一番槍は、()()()()七つの大罪の魔砲に任せようと思う。

それが一番安全な魔砲の使い方だからな、任せたぞ、ルシパー」

 

 そう言われた時のルシパーの表情は見物であった。

最初にギョッとした後、すぐに苦々しい顔になり、

最後にややホッとしたような顔になったのである。

その時ルシパーは、魔砲をグランゼに渡された時の事を思い出していた。

 

 

 

「ルシパー、あんたさ、せっかく私が支援してやってるのに、何なのこの体たらくは。

目立つのはヴァルハラばっかだし、素材も全然取ってこれないし、

もっと存在感を示してくれないとこっちも困るんだけど?」

 

 そのグランゼの乱暴な言葉にルシパーは不愉快さを感じたが、

タンク育成の為にグランゼから支援してもらう必要がある為、怒りを飲み込んだ。

 

「タ、タンクを育てられればまだ盛り返せる、その為の装備を作ってもらいたい」

「は?あんた、自分が何か要求出来る立場だとでも思ってるの?」

「こ、今後の為にも必要なものだ、そこを何とかよろしく頼む」

 

 そう言ってルシパーは、何と頭を下げた。

そんなルシパーの姿を見るのは初めてだった為、グランゼは驚きのあまり目を見開いた。

 

「ふ、ふ~ん、どういう事か説明してもらってもいいかしら」

「ああ」

 

 ルシパーはこのイベントを通して痛感したタンクの重要性について、

拙い言葉ながらもグランゼに語り、

七つの大罪のタンクが強力なモブには通用しない事を伝え、

それでグランゼもやっと事情を理解した。

 

「なるほど、強力なモブが出てくると、今のままではどうあがいても太刀打ち出来ないのね。

そしてそれがヴァルハラが強い理由の一端だと」

「ああ、他のギルドの奴らもその事を実感したはずだ、

強力なタンクさえ育成出来れば、自力に勝るうちはまだまだ伸びる」

「………分かったわ、タンク装備を中心に支援してあげる」

 

 そのグランゼの言葉にルシパーはホッとしたが、

グランゼの言葉はそれで終わりではなかった。

 

「ただし」

「ぬっ」

「次のボス戦で、何か目に見える成果を私に見せてみなさい」

「成果、か」

「もちろんその為の装備は提供するわよ、そうね、魔砲なんてどうかしら」

「魔………砲?」

「魔砲銃の大砲版だと思えばいいわ、

超強力だけど、命中率が悪くて正直持て余してたのよ、

これを上手く運用出来たら合格にしてあげるわ」

「………分かった、やってみよう」

 

 これが七つの大罪が魔砲を持ち込んだ真相であった。

結局今日までどうやって運用すればいいのか全く思いつかなかったが、

ハチマンの言葉で逆にヒントをもらう事が出来た為、

ルシパーはホッとした表情を見せたのである。

 

 

 

「フン、おいお前達、さっさと準備を始めろ」

 

 七つの大罪のメンバー達は、その言葉によって弾かれたように動き始めた。

魔砲の魔力充填方法は、本体の宝石のような装飾部分に誰かが触れ続けるだけであったが、

今回は魔力は既に充填済みだった為、今やる必要があるのは、

ボスが現れるであろうフィールドの中央奥に大雑把に照準を合わせ、

射手が配置に着くだけであった。その射手は、まさかのアスモゼウスである。

何故アスモゼウスが選ばれたかというと、単に遠隔攻撃慣れしているからという理由である。

 

「ん、アスモが射撃担当か、ならメッセージの一つでも送っておくか」

 

 ハチマンはそう呟き、アスモゼウスに短いメッセージを送った。

その内容は、『戦闘終盤でやらかしたらどうなるかは分かってるな』という物であり、

それを見た瞬間、アスモゼウスは震え上がった。

 

『もちろん最初しか撃つ気はないわよ、ルシパーもそのつもりだから大丈夫』

 

 アスモゼウスは慌ててそう返信し、顔色を伺うようにチラチラとハチマンの方を見た。

ハチマンはアスモゼウスに見せるように肩を竦めると、味方のタンク陣に声をかけた。

 

「よし、行くぞ」

 

 その姿を讃えるかのように、プレイヤー達から地鳴りのような歓声が上がる。

そしてタンクチームがゆっくりと前に歩き出したが、

その先頭にいたのがホーリーだった為、その歓声はどよめきに変わった。

 

「まさかあいつがメインタンクなのか?」

「もしかして凄い奴だったり………?」

「いやいや、もしそうならとっくに噂になってるだろ」

「顔を隠してるから何ともだが、それっぽいプレイヤーに心当たりが無え………」

「ザ・ルーラーは何を考えてるんだ?」

 

 そんな疑問の声にハチマンは反応せず、

タンクチームもそのままゆっくりと前に進んでいく。

そしてフィールド中央の少し手前まで到達した時に、

前方に闇のようなエフェクトが現れ、ラスボスがゆっくりとその姿を現した。

 

「お、おい、あれ………」

「西洋竜だな」

「ドラゴンか!」

「確かに恐竜の親玉って言ったらドラゴンだよな!」

 

 実際はまったく違うのだろうが、プレイヤーにとってそんな事は関係ない。

巨大なトカゲだという事に変わりはないからだ。

そんな中、アスモゼウスが許可を求めるようにハチマンの方に視線を送ってきた為、

ハチマンはそちらに向けて頷いた。

 

「外してもいいからまあ、気楽にいけよ」

 

 ハチマンにしてみれば、アスモゼウスの肩の力を抜いてあげるつもりでそう言ったのだが、

臆病なアスモゼウスはその言葉を絶対に外すなという意味だと受け取った。

 

「う、うぅ………胃が痛い………」

 

 アスモゼウスはかなりのプレッシャーを感じながらも、

とにかく敵の腹部の中心に狙いをつけ、トリガーを引いた。

 

「当たれぇ!」

 

 だが無情にも魔砲から放たれたレーザーは、かなり上へと向かって放たれた。

 

「ぎゃっ!」

 

 それを見たアスモゼウスは、現役女子高生とは思えない悲鳴を上げたが、

その時奇跡が起こった、敵が空中へと飛び上がったのだ。

そのおかげで、ズガン!という音と共に、敵にまともにレーザーが命中した。

 

「おおっ」

「やるなあいつ」

「今ので一パーセントくらいは削れたか?」

「思ったより威力があるな」

 

 遠くからそんな賞賛の声が聞こえたが、攻撃を放った当のアスモゼウスは、

当然今のが偶然だという事を理解していた。

 

(ラ、ラッキー!これでハチマンさんにお仕置きされずに済む!)

 

 アスモゼウスはホッとしたが、それと同時に空中に文字が現れた。『黄龍』と。

 

「ははっ、なんだこの演出」

「アメリカ~ン、ってか?」

「まあでも斬新でいいかもな」 

 

 黄龍は空中で身をよじり、そのままアスモゼウス目掛けて突撃を開始したが、

そんな黄龍目掛けてホーリーが走っていく。

 

「ハイレオン、展開!」

 

 その言葉と共に、ホーリーの手に剣と盾が現れる。

 

「シールドスロー!」

 

 直後に放ったそのスキルは見事に敵に命中し、敵がホーリーの方に向きを変えた。

 

「これは中々良い装備だね、それにしてもこんな緊張感は久しぶりだ、来たまえ!」

 

 その突撃を、ホーリーはアイゼンも使わずに見事に受け止め、

周囲から賞賛の声が巻き起こった。

 

「おお!」

「凄いなあの新人!」

「一体何者だ?」

 

 それを後ろで見ていたセラフィムやユイユイも感嘆していた。

 

「凄い、あれをあっさり止めるなんて………」

「あたしももっと修行しなきゃ!」

 

 カゲムネとアサギは何も言う事なく、その姿に見入っている。

 

「む?」

 

 だがその直後に敵が三つの光に分裂して突進してきた為、

ホーリーは戸惑ったような声を上げた。

だがそれも一瞬だった。ホーリーは微妙に体の向きを調整する事で、

その三連撃をも完璧に防ぎきり、その場から一歩も引かなかった。

 

「腕は落ちちゃいねえな、さすがだよなぁ………」

 

 ハチマンはそう感心しつつ、即座に指示を出した。

 

「マックス、右!ユイユイ、左!アサギはマックスの、

カゲムネはユイユイのフォローに入れ!」

「「「「了解!」」」」

 

 その指示を受け、セラフィムとユイユイは左右の敵にシールドスローを放つ。

それによって光は三方に分かれ、光量が下がるのと同時に敵が徐々にその姿を現していった。

 

「どうやらこの敵は、天竜というようだね、ちなみに黄龍とは竜の漢字が違うようだ」

「こちらは地竜です、ハチマン様!」

「こっちは人竜だよ!」

「ジョジョの奴、龍と竜の違いを理解して使い分けてる訳じゃなさそうだな………」

 

 ハチマンがそう呟くのと同時に、その三頭の竜はまたたく間にその姿を変えた。

天竜は巨大な翼をはためかせ、天空へと舞い上がる。

地竜は外殻からトゲを生やし、まるで要塞のように大地にずしりと根を下ろす。

人竜は二足で立ち上がり、両の翼を巨大な剣に変え、構えをとる。

 

「なるほどそうくるか、ははっ、面白い」

 

 ハチマンは楽しそうにそう言うと、各プレイヤーに向けてこう叫んだ。

 

「遠隔物理攻撃は天竜へ、魔法攻撃は地竜へ、近接攻撃は人竜へ!」

 

 そこで一拍置き、プレイヤー達にその言葉を理解させた後、

ハチマンは再び大音声を放った。

 

「全軍、攻撃開始だ!」

 

 その言葉にフィールドに居た全プレイヤーが応える。

 

「「「「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」」」」」」

 

 そんな大地を揺るがすような凄まじい咆哮と共に、

プレイヤー達は、それぞれのターゲットに向けて攻撃を開始した。



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第981話 VS三竜総力戦

 天竜相手の戦いは、実にスローな滑り出しを見せていた。

これはホーリーに攻撃を当てる訳にはいかない為、

攻撃のタイミングが敵が空中にいる間だけとなるからである。

もっとも敵がホーリーに近接している時に丁度弾込めをする事が出来る為、

攻撃準備に関しては実にスムーズに進んでいた。

戦況が大きく動いたのは、その少し後からである。

 

「シールドスロー!」

 

 敵が急に向きを変えた為、ホーリーはすかさずスキルを放った。

だが敵がそのまま他のプレイヤーに向かった為、

これはおそらくランダムターゲットか何かだと判断したホーリーは、

敵が向かった方向に向けて注意を促した。

 

「無差別攻撃の可能性がある、気をつけてくれ!」

 

 敵が向かっていく先にいるプレイヤー達はその言葉に慌て、

敵の攻撃を何とかしようと防御姿勢をとった。

一部のプレイヤーは、ギリギリまで敵を引き付けて避けようと考えていたが、

そのほとんどがALO組である。何故ならGGO組にはそんな技能は必要ないからだ。

ナイフによる近接戦闘を行う機会があるGGOプレイヤーならばあるいは可能なのだろうが、

ここにいるほとんどのGGOプレイヤー達は、ただ銃を撃つだけのライト層であり、

咄嗟にそんな行動がとれる者は多くない。

ほとんどの者が死を覚悟する中、そんな彼らの目の前に、

どこからか飛来した銀色の壁が突き立った、アサギの鉄扇公主である。

アサギは多少なりとも味方のダメージを減らそうと、

遠くから自らの武器を投げ、壁としたのであった。

 

「ホーリーさん、ある程度は私がフォローします!」

 

 鉄扇公主が壁になったおかげで、敵の突進の威力が僅かに削がれ、

何人か死者は出たが、多くの者が即死を免れる事となった。

セラフィムのフォローをしていたアサギが、

ハチマンの指示によってこちらに回ってきていたのだ。

これは敵の特性からしてセラフィムのフォローに入る必要はないと判断されたからである。

この辺りの即応性、決断の早さはさすがハチマンだと言えよう。

 

「すまない、助かるよ」

 

 ホーリーはアサギに礼を言い、再び敵のターゲットを確保した。

アサギはその間に鉄扇公主を拾い、再び敵の攻撃に備える。

天竜はそのままホーリー目掛けて何度も急降下し、

足や尻尾、牙などを用いて激しい攻撃を加えてくるが、ホーリーはまったく崩れない。

先ほどアサギがフォローに入った時のように、

敵がいきなりヘイトを無視して他のプレイヤーに攻撃をしてくるケース以外、

ホーリーは完璧に敵を抑え込み、専属でついているユキノの効果的な支援もあり、

まさに鉄壁と呼ぶに相応しい立ち回りを実現させていた。

だがそれはある意味当然ともいえる。

そもそもホーリーは、回復魔法の無いSAOの七十五層まで、全てのボス戦を、

HPが半分を切る事無く乗り切った程の豪の者である。

それに比べれば回復魔法をかけてもらえるボス戦など、

ホーリーにとってはヌルゲもいい所であろう。

むしろ回復魔法をかけられてみたいという興味本位から、

わざと何度か攻撃をくらっていた程、ホーリーは余裕で敵を捌いていたのである。

 

「ふうん、やるじゃない、あんた達、私達も負けてられないわよ!」

 

 ヴァルハラ・ウルヴズ並びにその友好ナイツの面々にシノンがそう発破をかけた。

 

「おう!」

「やってやろうぜ!」

「私の速さは生かせないけど、頑張る!」

 

 闇風、薄塩たらこ、レンの三人は、そう気合いを入れた。

 

「あんた達、女を見せなよ!」

「あはぁ、()()をぶち込んで差し上げますわぁ」

 

 おっかさんがG女連に向かって叫び、ミサキは恍惚とした顔で銃を掲げる。

 

「任せてくれ、そういうのは得意さ」

「「やってやりましょうゼクシードさん!」」

 

 ゼクシードはベテランの貫禄を見せ、ユッコとハルカもやる気を見せる。

 

「久々の出番だよ、あんた達、しっかりやりな!」

「「「「「おう!」」」」」

 

 今日に備えていたSHINCは気合い十分のようだ。

 

「よっしゃ、俺達もやるぞ!」

「お前達、撃って撃って撃ちまくれ!」

 

 ダインとギンロウは、仲間達と共に天竜に照準を合わせる。

 

「さて、それじゃあ俺達もお仕事お仕事っと」

「隊長、仕事じゃないっすよ!」

「こういう時くらい仕事の事は忘れましょうよ」

「でもやってる事は一緒なのよね」

「緊張感が無いわね」

 

 Narrowの五人はのんびりした口調で話していたが、

さすがプロらしく、決して攻撃の手を抜く事はない。

ナタクとスクナもここに居り、サトライザーに射撃の手ほどきを受けつつ、

魔法銃にもっと習熟しようと試みているようだ。

テュカはシノンの横に立っていた。同じ弓使い同士、気が合うらしい。

そしてシャーリーは無言でAS50を構えた。

 

 ALOとGGO、どちらにも精通しているシノンはGGO組のまとめ役に最適である。

シノンの言う事は、あのおっかさんやミサキですらちゃんと聞くのだ。

ついでに言うと、一般プレイヤー達も同じような状況である。

ALO組はヴァルハラの『必中』としてのシノンの指示に従い、

GGO組はALOのシノンがGGOのシノンだと確信している為、

BoB常連でゾディアック・ウルヴズの一員であるシノンには素直に従う。

こうしてシノンによって、組織だった攻撃が展開される事となり、

敵が飛んでいる為に一気に削る事は出来ないが、堅実に敵のHPが削れていった。

そんな余裕のある戦闘の中、HPを半分まで削った時、いきなり天竜が空中で静止した。

そして天竜の口の辺りに光が集まり始めた瞬間に、ホーリーは味方に向けて叫んだ。

 

「おそらくブレスだ、顔の向きに注意してくれたまえ!」

 

 それと時を同じくして、アサギもまたこう叫んでいた。

 

「多分ブレスです、敵が自分の方を向いたらすぐ避けて下さい!」

 

(ほう?よく敵を観察している、指示の思い切りもいい、彼女はきっといいタンクになる)

 

「アサギ君、その調子で頼むよ」

「はい!」

 

 ホーリーはアサギにそう声をかけ、再び敵と向かい合った。

今のブレスで何人かが死亡はしたが、ヒーラーのキャパシティを超える程ではなく、

門の突破の時にいい意味で死亡&蘇生慣れしたプレイヤーとヒーラー達が、

スムーズに蘇生をこなした為、攻撃陣に綻びは見られない。

前述したように敵が空を飛んでいる為に削りこそ遅いが、

天竜組は、このように堅実な戦いを続けていた。

 

 

 

 一方地竜である。こちらは天竜と比べると、実に親切設計であった。

地竜の攻撃は、通常攻撃は激しいが、セラフィム一人で余裕で耐えられる程度であり、

残りはブレスと範囲攻撃になるのだが、そもそもここには近接アタッカーがいない為、

範囲攻撃が範囲攻撃たりえない状態となっていた。

例えば地面を槍のように隆起させる攻撃は、地竜を中心に円状に放たれるのだが、

地竜の攻撃を担当している魔法アタッカー達は、そもそもその範囲にはいない。

しかもその攻撃は地面に前兆のマークが現れる為、避けるのは容易である。

他にも体を一回転させ、尻尾をムチのように使って円形の範囲に攻撃してくる事があったが、

こちらもその範囲内にはセラフィムしかいない。

しかもその攻撃は、セラフィムが敵に接近してしゃがむだけで防げてしまうのだ。

多少ダメージを受けても、リーファとシリカ&ピナがまたたく間に癒してしまう。

これを親切設計と言わずに何と言おう。

例外的にブレスだけは射線上から逃げる必要があったが、

気をつける必要があるのはそれだけである。

 

「イロハ、大きいのいくよ」

「分かりました、合わせますね!」

「気円ニャン!」

 

 ユミー、イロハ、フェイリスの三人娘が強力な魔法を叩き込む。

 

「おらおらおらおらおら!」

「こいつは楽でいいじゃんね」

「二人とも、避けるのな!」

 

 スモーキング・リーフからは、リク、リョクの二人がこちらにいた。

リナは敵をじっくり観察し、攻撃に夢中になりがちな二人に注意を喚起している。

ちなみにレレイは無言で魔法を撃ち続けていたが、

その表情はいつもの無表情ではなく若干興奮しているように見える。

どうやらノーガードで魔法を撃ちまくれるのが楽しいらしい。

ALOのアタッカーの中で一番人口が多いのが魔法アタッカーだという側面もあり、

地竜はまたたく間にそのHPを減らしていき、地面にその屍を晒す事となった。

 

 

 

 そして人竜である。人型故に動きが素早く、

両手の剣を振り回されると近接陣も中々近寄れない。

それに対してハチマンは、即座にカゲムネに前に出るように指示をした。

要するに、一本の腕に一人のタンクを張りつけたのである。

もっともどちらの腕もターゲットは共通である為、

まだ経験の浅いカゲムネは危ない場面もあったが、

それは師匠であるユイユイがフォローした。

そのうち二人のコンビネーションもとれてきて、

二人で交互に敵のヘイトを取る事で、安定した立ち回りが出来るようになった。

こうなると、後は背後からの攻撃を中心に近接アタッカーが、

スイッチしつつ強力なソードスキルを叩き込むだけである。

元々ここにはセブンスヘヴンランキングの上位が集まっている事もあり、

戦闘が軌道に乗った直後から、恐ろしい勢いで敵のHPが削れていく。

 

「マザーズ・ロザリオ!」

 

 そんなユウキの攻撃を皮切りに、ラン率いるスリーピング・ナイツが突撃する。

 

「みんな、ユウに続くわよ!」

「「「「おう!」」」」

「みんな、頑張って下さい!」

 

 シウネーがそんな仲間達に声をかける。

お次はルシパー率いるアルヴヘイム攻略団だ。先頭にいるのは当然ラキアである。

その後にファーブニル、スプリンガーと、七つの大罪の幹部連が続く。

ヒルダは何が起こっても対応出来るように周囲を警戒していた、さすがは出来る子である。

 

「ヴォルカニック・ブレイザー!」

 

 そしてユージーン率いるサラマンダー軍の攻撃の後、

ヴァルハラのメンバー達が敵に襲いかかる。

アスナはこちらのメインヒーラーな為、とりあえず攻撃には参加しないようだ。

代わりにキリトを先頭に、エギル、クライン、フカ次郎がソードスキルを叩き込み、

それと入れ替わるように、久々に暴れられるとばかりに、

コマチ、レコン、アルゴの斥候組が短剣のソードスキルを放つ。

お次はロウリィ、リョウ、リンの三人だ。

ロウリィとリョウは、バトルジャンキーの名に恥じない攻撃を叩き込み、

あまり目立たないが、リンもそれに負けないような一撃を敵に放つ。

リツはリョウが暴走しないようにお目付け役としてこちらにいた。

ちなみにアスモゼウスは何かあった時の為に再び魔砲に魔力を注いでいたのだが、

それが完了した後は、その場でサボっていた。さすがは出来ない子?である。

そして続々と一般プレイヤー達もソードスキルを放ち、

人竜のHPは一気にレッドゾーンに達した。

そこで予想外に、いきなりアスナが動いた。どうやら我慢出来なくなったらしい。

アスナはそのまま凄まじい速さで敵の懐に飛び込んだ。

 

「スターリィ・ティアー!」

 

 その一撃で、人竜は断末魔の悲鳴を上げ、その場に倒れる事となった。

 

「アスナの奴、他の奴の見せ場を取っちまいやがったな」

「まあまあ、ちょっとくらいいいじゃない」

「リーファさんが、ずるい!って顔をしてるけどね」

 

 そんなアスナの姿を見て、指揮に専念していたハチマンは苦笑した。

左右を固めるのは参謀役たるクリシュナとリオンである。

 

「さて、これで天竜も片付くな」

 

 その言葉通り、地竜と人竜を担当していた者達が一気に天竜に殺到し、

残り三割くらいとなっていた天竜のHPも、一気に消し飛んだ。

天竜は地に落ち、そこに屍を晒す事となった。

 

「さて、お次は何が起こるのかな」

 

 そう楽しそうに呟くハチマンの目の前で、敵の死体がいきなり立ち上がった。

 

「………お?」

「そういえば、倒しても敵が消えなかったね」

「確かにそうね、何が起こるのかしら」

 

 そして三体の死体は足をひきずるように合流し、その姿が闇に包まれ、

闇が消えた直後に再び上空に文字が表示された。『合体!屍黄龍』と。

 

「あはははは、ジョジョの奴、やりすぎだっての!」

 

 その文字を見たハチマンは、再び大笑いしたのであった。



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第982話 厄介な攻撃

「あはははは、あはははははは」

 

 ハチマンはしばらく笑い続けていたが、さすがに周囲の戸惑った雰囲気に気が付き、

取り繕うように咳払いをした。

 

「んっんんっ、よし、攻略を続けるとするか、ホーリー!」

「心得た」

 

 ホーリーはすかさず敵にシールドスローを放つ。

だが光の盾が敵に着弾した瞬間に、敵の体からいきなり大量の黒い煙が噴き出し、

フィールド全体が暗闇に包まれた。

 

「な、何だ?」

「お、おい、HPが………」

 

 気が付くと、その場にいる全員のHPが最大値の一割にまで減少していた。

 

「強制的に瀕死にするとか悪辣すぎんだろ!」

「やべっ、死ぬ、死ぬ!」

「薬、薬はどこだ!」

 

 プレイヤー達は慌てて回復アイテムを取り出したり、回復魔法を唱えようとした。

だがこういう時ほど周囲への警戒が疎かになりがちだ。

それは最強の名を欲しいままにするヴァルハラのメンバーも同様であったが、

その中にもやはり例外というものが存在する。具体的には全プレイヤーの中でたった六人、

ヴァルハラの幹部連とホーリーだけが、()()に気付いていた。

 

「総員上空に警戒せよ!」

 

 いつの間にか上空に、光る槍のような物が大量に生成されており、

それがこちらに向かって降り注ぐ。ヴァルハラ・リゾートのメンバー達は、

そのハチマンの警戒を促す叫びのおかげで武器による防御が間に合った。

タンクや近接陣は当然問題なくその光の槍を武器で切り払い、

光の槍にいち早く気が付きつつも、仲間達を信じて回復に専念していたアスナとユキノは、

二人ともキリトがキッチリとガードしていた。

サトライザーはGGO組のフォローをしている。

これは点で攻撃してくる物体を銃で撃ち落すのにはかなりの技量を必要とする為、

ALO組よりも被害が大きくなると予想された為だ。

ホーリーは敵が他のプレイヤーをターゲットにしてもすぐ動けるように、

細心の注意を払って敵の動きをじっと観察していた。

そして叫びを放った当のハチマンは、クリシュナとリオンを庇い、

二人に向かってくる全ての槍を撃ち落していた。

 

「ったく、完全に殺しに来てやがるな」

「ありがとうハチマン、正直助かったわ」

「ご、ごめん、ありがと」

「二人とも大丈夫そうだな、それじゃあ体勢を立て直しつつ攻撃再開だ、とはいえ………」

 

 ハチマンは眉を顰めながら他のプレイヤー達の方をチラリと見た。

アスモゼウスは咄嗟に魔砲の陰に隠れたらしく健在であり、蘇生活動を行っている。

ヒルダはラキアが庇ったようで、こちらも蘇生活動に勤しんでいた。

強制的にHPを削られた後の範囲攻撃、その攻撃力は、

ハチマンクラスになると一発は耐えられるようだったが、

多くのプレイヤーのHPはその域に達していない為、

全体の八割くらいのプレイヤーが、今の攻撃で死亡するという大惨事になっていた。

 

「ヒーラーをある程度纏めてガードをつけておくべきだったかしら?」

「いや、そこまでうちが口を出すのもな、

まあ自己責任だ自己責任。とはいえうちも蘇生活動に人を回そう、

ホーリー以外のタンクは一端下げて、

位置的にヒーラーだと思われるプレイヤーを片っ端から蘇生しよう」

「分かったわ、私も一応使えるから行ってくる」

「わ、私も」

 

 蘇生魔法は呪文が長い為、覚えるのはかなり困難なのだが、

要は暗記力の問題であり、この二人に加え、セラフィム辺りも難無くこなす。

イロハとフェイリスもユミーを見習って覚えたようで、

今は総動員体勢で蘇生活動を行ってくれているようだ。

ちなみにヴァルハラとその友好チームには死者はいない。

気付くのが早かった分しっかり対応出来たからである。

だがこの状況で積極的に削りにいく訳にもいかず、戦闘はやや膠着状態に陥っていた。

そのまま立て直しは進み、大体半分くらいのプレイヤーの蘇生が完了した時点で、

ヴァルハラのメンバーは蘇生活動を切り上げ、削りを再開すべく準備を開始した。

 

「こんなもんだな、後は自前の蘇生に任せよう」

「ハチマン、そろそろいける!」

「こちらも大丈夫よ」

「こっちもいつでもいけるぜ!」

「よし、制限時間があったらまずいからな、攻撃再開だ」

 

 こうして再び攻撃が開始されたのだが、

敵のHPが二割削れたところで同じパターンの攻撃がきた。

敵の背中辺りから、また黒い煙が沸き出してきたのだ。

 

「チッ、厄介な」

 

 その時敵の様子を観察していたクリシュナが、こんな事を言い出した。

 

「ねぇハチマン、あの煙、背中に一定間隔で並んでる突起から出てるように見えない?」

「む………確かにそう見えるな、もしかしてあれを破壊すれば煙は止まるのか?」

「どうかしら、でもやってみる価値はあるわね」

「そうだな、クリシュナ、しばらく指揮は任せる。

しばらくは蘇生優先で削り少なめでやってくれていいからな。

俺はアスナを連れてちょっとシノンの所に行ってくる」

「分かったわ、気をつけて」

 

 ハチマンはそのままアスナを連れ、シノンの所に走った。

途中でフィールドが再び黒い霧に完全に覆われ、

HPが一割まで減少したが、二人は全く意に介さない。

その道中でアスモゼウスの横を通った時、ハチマンはとある事を思いつき、足を止めた。

 

「おいアスモ、これ、ちょっと借りるぞ」

「えっ?ちょ、ちょっと、何を………」

 

 ハチマンはそのまま魔砲を操作し、上空に向けてアバウトにぶっ放した。

そのおかげでそれなりに多くの槍が消滅する。

槍は空全体を覆っていた為、適当に撃ってもどこかしらには命中するのだ。

しかもこれならフレンドリーファイアの心配もまったくない。

 

「こ、こんな使い方が………」

「おいアスモ、余裕が出来たらまた魔力を充填しておけよ」

「う、うん」

 

 そして二人は降ってくる槍を撃ち落しながらシノンの所へと到達した。 

 

「おいシノン!」

「あら?どうしたの?」

 

 そう尋ねてきたシノンも、降ってくる光の槍を片っ端から撃ち落している所であった。

 

「とりあえず落ち着いてからでいい」

「あらそう?それは助かるわね」

 

 ハチマンもそのまま防衛に加わり、主にシャーリーの防御を担当した。

シャーリーは武器が武器だけに、こういった戦闘は苦手なのである。

 

「ハチマンさん、ありがとうございます」

「その分これから働いてもらう事になるから気にしないでくれ」

「は、はい、私に出来る事ならなんなりと!」

 

 アスナも近くにいる味方を自分を中心に範囲回復する魔法で一気に回復させていく。

そして二度目の即死コンボを乗り切ったところでハチマンは遠隔攻撃組を集めた。

 

「ちょっとあいつの背中を見てみてくれ、

一定間隔で突起というか、パイプみたいなのが並んでるだろ?」

 

 その言葉で仲間達は一斉にそちらの方を見た。

 

「おう、確かに並んでるな」

「パイプみたいと言われたら、確かにそうかもですわぁ」

「要するにあれを壊せばいいの?」

「話が早くて助かるわ、あそこからさっきの煙が出ている可能性が高いっぽくてな、

あれを全部壊せばもしかしたらさっきの攻撃を防げるかもしれない」

 

 その言葉に一同は頷いた。

 

「分かったわ、みんな、徹底してあの突起を狙っていきましょう」

「そうだ、せっかくだしユキノとイロハに足止めもしてもらうか、

ボス相手だから長時間はもたないかもしれないが、

まあちょっとくらいは動きを止められるだろ」

「それじゃあハチマン君、その間のメインヒーラーは私がやるね」

 

 アスナのその申し出に、ハチマンは頷いた。

 

「悪い、頼むわ」

「うん、それじゃあ行ってくるね!」

 

 アスナは駆け出していき、すぐにユキノ達の所に到着した。

そしてユキノとイロハが魔法の詠唱をしているのが見え、遠隔攻撃チームも準備に入った。

そして一分後、いきなり敵の足元が氷で覆われた。

 

「今だ、攻撃開始!」

 

 その言葉を合図に大量の火線が敵の背中に集中し、突起がどんどん破壊されていく。

シャーリーもここぞとばかりに張り切って、突起を狙撃しまくっていた。

だが残念な事に、全ての突起の破壊は出来なかった。

 

「ハチマン、背中の中央のへこんだ部分にある突起に攻撃が届かねえ!」

「どうする?」

「そうだな………仕方ない、レン、闇風、伝令を頼む」

「分かった、どうすればいい?」

「味方全体に、一端攻撃中止と伝えてきてくれ、走りながら叫ぶだけでいい」

「それだけでいいのか?」

「ああ、頼む」

「分かった、行ってくるぜ!」

 

 二人はそのまま駆け出していき、ぐるりと戦場を回った。

そのおかげで味方からの攻撃が完全に止まる。

 

「で、どうするの?」

「ああ、それじゃあちょっと行ってくる」

「え?」

 

 ハチマンはそのまま全力で敵目掛けて走り出した。

尻尾から背中を登り、一気に突起まで到達したハチマンは、

すれ違いざまに見事に突起を切断した。

 

「うわお」

「坊やもやるもんだねぇ………」

「ああっ、ハチマン様、さすがですわぁ」

 

 だがそれで終わりではなかった。

 

「おまけだ、くらいやがれ」

 

 ハチマンはそのまま敵の頭の方に向かい、敵の首筋を切り裂きながら進んでいく。

そして頭まで到達したハチマンはそのままジャンプし、ホーリーの後方に着地した。

屍黄竜は怒り狂い、ハチマン目掛けて攻撃しようとしたが、

その攻撃はホーリーが完璧に防いだ。

 

「ははっ、派手な登場だね」

「別にやりたくてやったんじゃないけどな」

 

 そしてハチマンはレンと闇風に合図を出し、

二人は攻撃再開と叫びながら、味方の間を再び走り回った。

それと同時にハチマンと入れ替わりでキリト達が敵に突進していく。

 

「ハチマン、お疲れ!」

「おう、後は任せた」

 

 そしてハチマンはクリシュナ達の所に戻り、その場に腰を下ろした。

 

「ふう」

「ハチマン、お疲れ様」

 

 ここぞとばかりにリオンがハチマンの肩を揉み始める。中々抜け目がない。

 

「おう、サンキュー」

「これで敵のあの攻撃、止まるかな?」

「どうだろうな」

「止まるといいわね」

 

 三人が固唾を飲んで見守る中、敵のHPが四割削れ、半分まで到達したが、

再びあの黒い煙が発生する事はもう無かった。



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第983話 おいジョジョ………

 敵の黒い霧攻撃が収まった後は、もうプレイヤー達の独壇場であった。

それぞれがパフォーマンスを遺憾なく発揮し、敵のHPがガンガン削れていく。

HPが二割減少するごとの特殊攻撃は一種類しか設定されていなかったらしく、

残り四割、更には二割になっても通常の挙動以外何も起こらなかった。

もっとも光の槍は発生していたので、それによってかなりのダメージを負ったり、

場合によっては死亡するプレイヤーもいたが、それによって戦線が崩壊する事もなく、

残るリスクはHPが残り一割になった時の発狂モードくらいとなっていた。

そしてその時が、まもなく訪れようとしている。

 

「もうすぐ敵が発狂モードに入る、敵がおかしな動きをしたら全員攻撃やめ!

何が来ても対応出来るようにナイツ単位で固まってくれ!」

 

 ハチマンからそう指示が飛び、プレイヤー達はその時に備え始めた。

離れていたGGO組とALO組も、ゆっくりとではあるが合流していく。

そして敵のHPが遂に残り一割になった時、いきなり屍黄龍の体が崩れ始めた。

 

「うおっ」

「撤退、撤退だ!」

 

 このままでは敵の腐った肉片に飲まれてしまう為、

近接アタッカー達は慌ててその場から逃れた。

何人かは巻きこまれて死亡してしまったが、それは仕方がないだろう。

そして敵がいた場所を中心に肉片の海が出来、中心には骨だけが残された。

その骨もすぐに崩れ、バラバラになって地に落ちた。

 

「まさかこれで終わりじゃないよな?」

「当たり前だろ、骨になってもHPが一割残ってるじゃないかよ」

「となると、これからどうなるんだ?」

「ここまでの感じだと多分………」

 

 そんな会話を交わしながら、プレイヤー達は思わず空を見上げた。

先ほどまでの例だと、必ず何かしらの演出があるはずだ。

ハチマンもその例に漏れず、上空をじっと観察していた。

 

「さて、ジョジョの奴、今度は何をしてくるんだか」

「ハチマン、カゲムネさんにはサラマンダー軍に一旦戻ってもらったよ、

うちも再編が完了、ホーリーさんを先頭に、四人のタンクを四方に配置して、

何があっても対応出来るようにしておいたから」

「サンキュー、リオン」

 

 リオンがハチマンにそう報告し、そしてアスナとレンがこちらにやってきた。

本隊の指揮はキリトとユキノ、それにサトライザーがいれば十分だと思ったのだろう。

GGO組もシノンがいれば何の問題もなく動かせるはずだ。

 

「ハチマン君!」

「ハチマン!」

「おう、二人とも、お疲れ」

 

 ハチマンがアスナとレンにそう声をかけた時、いきなり変化が訪れた。

いきなり空が光ったかと思うと、屍黄龍の残した骨に、

極太のレーザーのような物が着弾したのだ。

 

「うおっ」

「きゃっ」

「あ、危ない、骨が!」

 

 同時に上空にこんな文字が表示された。『闘魂注入』と。

それを見てハチマンだけでなく他の者達も若干腰砕けになった。

 

「おいジョジョ………」

 

 その闘魂注入によって、屍黄龍の全身骨格は、パーツに分かれて四方へと飛び散った。

同時に腐った肉片の海が、まるで浄化でもされたかのように美しい泉へとその姿を変える。

ハチマンとアスナは三人を守る為にこちらに飛んでくる骨片を叩き落とし、

本隊もタンク陣が飛来する骨片を完璧に防いだが、

一般プレイヤーの中には直撃をくらってしまった者もおり、

場は若干混乱する事になってしまった。

 

「くそっ、急いで蘇生だ!」

「ヒーラー以外は敵から目を離すなよ!」

「おい、あれ!」

「まだ頭蓋骨だけ残ってる、多分また何か来るぞ!」

 

 その言葉通り、泉の中央にはポツリと屍黄龍の頭蓋骨が残されていた。

当然プレイヤー達の注目はそちらに集まる事になる。

更にそのタイミングでいきなり曲が流れ始めた。

 

「これは………」

「ベートーベンの、『月光』?」

「おいジョジョ………」

 

 そして荘厳な雰囲気の下、屍黄龍の頭蓋骨が上空へとゆっくり上っていき、

地上から二十メートルくらいの所で静止した。

プレイヤー達は一体何が起こるのかと固唾を飲んで見守っており、

ハチマンもそちらに注目していたが、

さすがというか、視界の隅で何かが動いたと思った瞬間、ハチマンは大声でこう叫んだ。

 

「敵襲!」

 

 その言葉でその場にいた全員は、慌てて周囲に視線を走らせた。

見るとそこには今まさに受肉して立ち上がろうとしている人型の龍の姿があった。

どうやら飛び散った骨片から生成されたらしい。

 

「ぎゃっ!」

「うわ、マジかよ!」

「これ、何体いるんだ?」

「骨の数だけいるんじゃないか?」

「落ち着け、落ち着いて対処しろ!」

 

 いくらハチマンが神反応で叫んだとはいえ、

全てのプレイヤーが対応出来たはずもなく、今の奇襲でまたかなりの犠牲が出ていた。

敵の数はおよそ三百といったところだろうか。

敵が複数で、かつ散らばっている為、プレイヤー達はナイツ単位で敵に対抗し始めた。

敵の大きさは多種多様に渡っており、おそらく骨の大きさを基準にしているのだろうが、

大型の敵は大手のナイツが引き受け、小規模ナイツは小型の敵へと向かっていった。

ハチマン達の近くにも、先ほど叩き落とした骨片が二つあり、

それぞれ受肉した為、ハチマンとアスナが一体ずつ相手をしていた。

 

「これならタンクがいなくてもどうとでもなるな」

「でもハチマン君、この敵、思ったより攻撃力があるかも」

 

 そのアスナの指摘で周囲を見ると、

確かに多くのナイツが若干犠牲を出しているように見えた。

 

「これでもボスのはしくれって事か、確かに中々強いな」

『お褒めに預かり恐悦至極』

 

 その時突然どこかで聞いた事があるような男性の声が聞こえてきた。

 

「いや、褒めてねえから」

 

 ハチマンは思わずそう突っ込んだ後、今自分は何に突っ込んだんだろうかと疑問を抱いた。

だが周囲にはハチマンの他に男性プレイヤーはいない。

 

「何だ?」

『さて、何でしょうな』

 

 その声が明らかに目の前の敵から聞こえてきた為、

ハチマンはぽかんとしながらも敵から距離をとった。

 

「お、お前、もしかして喋れるのか?」

『そのようですな』

 

 同様に戦場のあちこちから声が上がる。こいつ、喋るぞ!と。

同時にあちこちから、他の声も上がっていた。

 

「S田?」

「S田じゃね?」

「S田かよ!」

 

 それでハチマンも、声に聞き覚えがあった理由に気が付いた。

 

(あ、これ、S田の声だ、ジョジョの奴、わざわざ声をあてたのか………)

 

 どうやらジョジョは、この為だけにわざわざ声優を雇ったらしい。

 

「よくやるよ、まったく………」

 

 ハチマンは苦笑しながらもカウンターを決め、そのまま一気に敵を破壊した。

その瞬間に骨片が飛びあがり、中央の泉へと飛んでいく。

 

「ほう?」

 

(また合体でもするんだろうな)

 

 そう思いつつアスナの方に目を向けたハチマンは、

アスナの腰が若干引きぎみなのを見て少し驚いた。

 

「あれ、アスナ、そいつ、そんなに強いか?」

「ううん、そうじゃなくて………」

 

 その時アスナの前にいた骨竜が喋り出した。

 

『ぐへへへへ、お姉ちゃん、あちきと遊ばなぁい?』

「うわ………」

 

 微妙におネエっぽい喋り方で、しかもS田の声で言われた為、

ハチマンもアスナ同様若干引き気味になった。骨竜はご丁寧に小指まで立てている。

同じような現象があちこちで起こっていたらしく、遠くからこんな声も聞こえてくる。

 

「無い、無いわぁ」

「S田、仕事選べよ!」

「いや、面白いんだけど、面白いんだけど!」

 

(やっぱりジョジョって面白い奴だよなぁ………)

 

 ハチマンはそう思いつつ、気を取り直して骨竜に攻撃を加え、一気に敵を葬った。

 

「アスナ、大丈夫か?」

「う、うん、ちょっと気持ち悪かっただけだから………」

 

 そしてその骨もまた、中央へと飛び去っていった。

 

「まったく演出が過剰すぎだな」

「う、うん、びっくりしたね………」

「ネタに走りすぎね、よくこれでオーケーが出たものだわ」

「というか、S田って誰?」

「後で自分で調べてみろ、多分S田さんの中じゃ日本一有名なS田さんだ」

「わ、分かった」

 

 その頃には敵の掃討もかなり進んでおり、危険そうな敵ももう残っていなかった。

そして五分後、全ての敵が倒されると、『月光』が止み、続けて流れ出したのは、

同じくベートーベンの『第九』であった。

今度も文字は出ず、代わりにまたどこかで聞き覚えのある声が、辺り一帯に響き渡った。

 

『よくぞ我の所までたどり着いた、どうだ?世界の半分をやるから私に仕えないか?』

 

「「「「「「「「「「テラK安wwwwwwwww」」」」」」」」」」

 

 プレイヤー達は全員ではないが、一斉にそう叫び、

まったく緊張感が得られないまま、こうして最後の敵が、一同の前に姿を現す事となった。




個人名の部分を一応伏字に修正しておきました!


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第984話 想定外のクリア

「さて、何が出てくるかな、喋ったって事は人型だと思うが………」

 

 ハチマンの目の前で骨片が積みあがっていく。

足元から始まったそれは、受肉しつつ上へと積み上がっていき、

和風の甲冑に覆われた屈強な人体………というか、トカゲ体が姿を現した。

 

『世界の半分では不満だと言うのか、ならば死ね!』

 

 その言葉と共に、頭蓋骨が徐々に降下し、その体と合体する。

 

『我は偉大なる死の支配者なり!』

 

 そして空中に恒例の文字が現れた。

 

『最終決戦兵器、真・黄・龍』

 

 ここでハチマンが堪えきれずに腹を抱えて笑い出した。

どうやら最終決戦兵器の部分がツボに入ったらしい。

 

「ハチマン君、ハチマン君!」

 

 アスナが慌ててハチマンの背中をぽんぽんと叩き、

ハチマンはむせながら立ち上がると、深呼吸をして真面目な表情を作り、

明るい声で攻撃指示を出した。

 

「これで最後だ、盛り上がっていこう!総員攻撃開始!」

 

 おおおおおおおおおおおおおおおお!

 

 と凄まじい歓声と共に、プレイヤー達が敵に向かって突進していく。

だが削る必要があるのは敵のHPのたった一割にも関わらず、

その一割が中々減っていかない。とにかく防御力が高すぎるのだ。

敵が装備している和風の甲冑は、その見た目とは違って実に硬い、とにかく硬い。

その上魔法耐性もあるようで、攻撃は確実に通っているのだが、

与えられるダメージがとにかく少ないのである。

 

「ふう、ぬるいが手強いな」

「攻撃は大した事ないのにね」

「激しくはあるけどな」

「そう言われると確かにそうかも、ホーリーさんの腕のせいでそう見えるのかな?」

「多分そうだな、顔色一つ変えずに防いでるが、あれはかなりの高等技術だぞ」

 

 ホーリーは涼しい顔で敵の攻撃を防いでいる為、とても苦労しているようには見えない。

だが同じタンクのセラフィム、ユイユイ、アサギは分かっていた。

自分達があれをやるのは不可能だと。三人が同じ事をやろうとすると、

おそらく若干ずつではあるが、敵に後退させられる事になるだろう。

アイゼンを使えばそれは防げるが、その分左右の動きが阻害されてしまい、

何発かは攻撃をくらってしまうかもしれない。

それくらい、ホーリーの細かな動きによる敵の攻撃の受け流しっぷりは神がかっていた。

 

「あれが高み………」

「あたし達ももっと頑張らないとね!」

「ホーリーさんに、色々教えてもらわないとですね」

 

 三人はそんな事を話しながら、

何かあってもすぐ動けるように、周囲を警戒しようと散っていった。

この戦闘での自分達の出番はもう無いだろうと悟ったからである。

実際敵のHPは残り数ドットまで減っており、

今一番興味が持たれているのは、誰がラストアタックを取るかである。

実際これだけ細かい削りとなると、

例えばユウキがここぞとばかりにマザーズ・ロザリオを放っても、

それで削りきれるという保証は全く無いのだ。

なので誰にでも、ラストアタックが取れる可能性がある。

その為プレイヤー達は攻撃に熱中し、ヒーラー達も得意とは言えない攻撃魔法を放っている。

アスモゼウスも上向きのままの魔砲を放り出して、無矢の弓で攻撃しているくらいである。

真面目なヒルダは一応ピンチに備えて攻撃はしていなかったが、

ここは攻撃に加わっても許される場面である。

全く動いていないのはハチマンとクリシュナくらいのもので、

リオンすら、ロジカルウィッチスピアで攻撃を行っていた。

 

「順調だな」

「このままいけそうよね」

「まあここまでくれば事故は起こらないだろうな、

例え何かしてきても、全員が即死でもさせられない限りは安泰だ」

「もしそうなったらどうする?」

「さすがにそれはないと、ジョジョを殴りにいくさ」

「あは、そうするしかないわよね」

 

 だが当然そんな事は起こらず、敵のHPは今にも削りきられようとしていた。

その時ハチマンは、視界の一部で何かが動いている事に気が付き、何気なくそちらを見た。

 

「ん?」

「どうしたの?」

「いや、今何か動いたような………」

 

 その言葉を受け、クリシュナがそちらを向いたが当然誰もいない。

ただぽつんと魔砲が残されているだけであった。

 

「気のせいじゃない?」

「いや、確かに………ちょっと待て、あの魔砲、向きが変わってないか?」

「魔砲の向き?」

「ああ、さっき上空に向けて撃ったんだ、上を向いていないとおかしくないか?」

「そう言われると、確かに敵の方を向いてるわよね。

でもアスモさんが向きを変えたんじゃない?」

「いや、さっきチラっと見た時は、上を向いていたはずだ」

「それって………」

「むぅ………」

 

 その時信じられない事が起こった、いきなり魔砲の先端に魔力が集まり始めたのだ。

その射線上にはアスモゼウスがおり、

もし今魔砲が発射されたらアスモゼウスは消し飛ぶだろう。

だが誰も操作している者はいない、いないのだ。

 

「なっ………」

「ちいっ」

 

 ハチマンは舌打ちすると、そちらに向かって全力で駆け出した。

クリシュナは咄嗟に移動速度が上がる魔法を唱えたが、

十分な詠唱を行えなかった為、その上昇率はかなり低くなってしまった。

だがその魔法の有無が、アスモゼウスの生死を分ける事となった。

 

「おい、アスモ、後ろだ!」

「へっ?あ、あれ?」

 

 アスモゼウスは魔砲の方に振り返ってぽかんとした。

さすがのアスモゼウスにも想定外すぎる為、咄嗟に回避行動が取れない。

ハチマンは魔砲に近付くに連れ、そこから何か違和感を感じていたが、

今はアスモゼウスを助ける事だけを考えないといけない為、

その違和感の正体を探るのは後回しにし、ただひたすらに走る事だけに集中した。

 

「う、うわああああ!」

「アスモ、そのまま動くな!ギリギリ間に合うはずだ!」

 

 その甲斐あってか魔砲から攻撃が発射された瞬間に、

ハチマンはアスモゼウスに飛びかかり、押し倒す事に成功したのだった。

だが魔砲はその命中率の悪さから、ボスにかするように発射された為、

やや斜めに流れており、タイミングが本当にギリギリだった為、

その攻撃はハチマンの足に直撃し、膝から先を消し飛ばす事となった。

 

「ぐっ」

「ハ、ハチマンさん!」

「危なかったな、アスモ」

「そ、それよりもダメージが!」

  

 さすが部位破壊クラスの攻撃だけあって、足に当たっただけでもダメージは甚大であった。

その攻撃によって、ハチマンのHPの四割が持っていかれたのだ。

ヒルダは慌ててハチマンの回復に入ったが、その時ボスの方から悲鳴が聞こえてきた。

 

「ホ、ホーリーさん!」

 

 これがそれまで完璧な立ち回りを見せていたホーリーが、

初めて痛撃をくらった瞬間であった。

魔砲の攻撃はボスからやや逸れてはいたが、

それは丁度ボスにかすり、ホーリーに直撃する軌道で発射されており、

さすがのホーリーもボスの攻撃を防いだ直後だった為、咄嗟に動く事が出来ず、

真横からの魔砲の攻撃をくらう事になってしまったのであった。

足に当たっただけでハチマンのHPが四割削れる程の攻撃だ、

さすがのホーリーもこれには耐え切れず、そのHPは一発で消し飛ばされた。

そして射線上にいた多くのプレイヤーもまた犠牲になった。

その中で有力どころは、ルシパー、サッタン、フカ次郎である。

幸か不幸か、ボスである真黄龍のHPもそれで全損した。

おかげでそこで戦闘は終わり、宙に文字が表示された。

『CONGRATULATION』と。

 

「何だよそれ………」

「誰だ、誰が撃ったんだ!?」

 

 だがその事を喜ぶプレイヤーは誰もいなかった。後味が悪すぎる勝利だったからである。

こうなると当然犯人探しが始まる事になる。

だがこれだけの人数がおり、魔砲の方をたまたま見ていた者も多かったにも関わらず、

その全てが進んでこう証言した。

 

『魔砲が発射された時、その近くには誰もいなかった』と。

 

「なぁナタク、あれにはタイマー発射とかの機能はついてるのか?」

「いえ、ありえません、発射する為には必ずプレイヤーがそこにいないと………」

「って事は暴発か?」

「リアルならともかく、ゲームの中でそれはありえませんよ」

「そうか………」

 

 まだざわつく戦場であったが、そこにハチマンの声が響き渡った。

 

「みんな、不幸な事故はあったが敵は倒れた。

さっき確認したが、全員にボス攻略の報酬が入っているはずだ、

いずれ原因は究明するとして、今はこの勝利を喜ぼう」

 

 他ならぬ攻撃をその身に受けたハチマンがそう言った為、

プレイヤー達は微妙な気分ながらも、口々に祝いの言葉を発し始めた。

そしてホーリーとフカ次郎の蘇生も完了し、

フカ次郎は泣きながらハチマンに近付いてきた。

 

「リ、リーダー、私、私………」

「災難だったなフカ」

 

 ハチマンは珍しく、そんなフカ次郎の頭を撫でた。

フカ次郎は思いっきり泣いていたが、それによってすぐに笑顔になった。実に現金である。

 

「おいハチマン、本当に誰もいなかったのか?」

「アスモを助けに走る時、確かに何か違和感を感じた、

もしかしたら、姿を消した誰かがいた可能性は否定出来ん」

 

 キリトにそう尋ねられ、ハチマンは考え込みながらそう言った。

 

「ならきっといたって事だよね」

「ああ、ハチマンの察知能力はありえないレベルだからな」

「そうなると、怪しいのは七つの大罪って事になるんだが………」

 

 そこで一同は困惑したような表情をした。

魔砲の一撃で、ルシパーとサッタンも死亡していたからだ。

 

「ナンバーワンとナンバーツーの首を取られてるんだ、

さすがにそれは無さそうだよな………」

 

 七つの大罪の幹部連、特に倒された二人は本気で激高しているように見え、

それはとても演技には見えなかったのだ。

 

「結局ラストアタックもどうなったか不明か………」

「多分魔砲を撃った奴に入ったんだろうな」

「まあこの借りはいつか返してやる、絶対に、絶対にだ」

 

 ハチマンは、倒されたホーリーとフカ次郎の方を見ながらそう言い、

ホーリーは肩を竦め、フカ次郎は嬉しそうな顔をした。

 

 

 

「ルシパー、お互い災難だったな」

 

 帰り際、ハチマンはルシパーにそう声をかけた。

 

「あ、ああ、そうだな、アスモゼウスの事、助かった」

「気にすんなって、こういう時はお互い様さ」

 

 この頃にはルシパーの怒りも収まっており、

ハチマンはそのまま仲間達と共に去っていったが、

ルシパーはその背中を何ともいえない表情で見送っていた。

この時本人は気付かなかったが、ルシパーの脳裏に一つ、刻み込まれた事柄がある。

それは、例えヴァルハラのメンバーでも、魔砲による一撃ならば倒せるという事であった。

その刷り込みのせいで、今後どうなるかはこの時点では誰にも分からなかったが、

とにもかくにもこうして初めてのトラフィックスの本格的なイベントは、

もやもやする終わり方ではあったが、無事に閉幕する事となったのである。

ちなみにさすがのリョウも、

この雰囲気の中でキリトに攻撃を仕掛けるのは躊躇われたようだ。

もっともジュラトリアに戻った瞬間に仕掛けた為、

キリトは慌ててリョウにその理由を問い、ハチマンが許可を出したと知って抗議するも、

元はといえば自身の発言が発端だった事が発覚し、リョウ相手に勝ちはしたものの、

結局終わった後に仲間達に散々いじられる事となり、

そのおかげで仲間の雰囲気が若干明るくなったのであった。

これでヴァルハラ・ウルヴズの活動は一時終了となった。

残るはALOの年末の大型バージョンアップを残すのみである。



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第985話 ジョジョの一喜一憂

「さ~て、今日は楽しい楽しいラスボス戦の日だ、

今日の為に仕事も終わらせて休みもとったし、のんびりと見物させてもらうとしようか」

 

 ジョジョはこの日、ハチマン達の黄龍戦を見物する為にわざわざ休みをとっていた。

ポットを用意してコーヒーを入れたジョジョは、そのままソファーに腰を下ろし、

のんびりとそれを飲みながら、現地に繋がる映像をモニターに映した。

 

「まだ三十分あるけど………」

 

 少し早いかなと思いつつ、まあ待つのも楽しみだ、などと考えながら、

ジョジョはモニターを注視した。

折りしも画面の中では、丁度ハチマン達が転移してくる所であり、

ジョジョはナイスタイミング、と手を叩いて喜んだ。

 

「はっはぁ、我ながら神がかってるね」

 

 ジョジョはそう思いつつ、ヴァルハラのメンバー達をじっくり観察した。

 

「見た事が無いタンクがいるなぁ、まあでもさすがはヴァルハラだね、

ここにきてきっちりタンクを増やしてきたのか、

この前ハチマンに電話をもらった時は驚いたけどなぁ」

 

 先日ジョジョはハチマンから連絡をもらい、

今のALOが凄まじくタンク不足でバランスが悪い状態だという事を聞かされ、

ひどく驚いたのであった。

 

「初期のプレイヤー達は、何故タンク装備が存在するのか考えなかったのかな?

まあ当初は対人戦ばかりで、戦闘はどうとでもなっちゃったせいなんだろうけど、

ゲームってのはそれほど甘くはないんだよね、

それとも先見性が無いってのが日本人の特徴なのかな?」

 

 さりげなくひどい事を言いながら、ジョジョはコーヒーを口に運んだ。

 

「まあハチマンみたいな人もいるけど、そういう人は淘汰されちゃうんだろうなぁ、

他人がそうだから自分も、みたいな考えはやっぱり駄目だね」

 

 ジョジョはそう呟きながら、画面に目を戻した。

そこには丁度、七つの大罪の手によって魔砲が準備されており、

ジョジョはそれを見て、慌てて近くにあった資料を漁り出した。

 

「あれは………マホウとかいう武器だよね、

確か命中率が悪い代わりに威力が高いとか何とか」

 

 そう言いながらジョジョは、ソレイユから提供されたALOの資料の中から、

魔砲について書かれた物を取り出した。

 

「ふむふむ、命中率は………低いな、で、チャージまでの時間は………、

ワオ、これならまあ脅威にはならないか、

ふ~む、何々、『いずれスコープも出回るだろうが、そうすると威力が落ちる』だって?

へぇ、面白い事を考えるもんだ」

 

 どうやらそういう事らしい。ジョジョはそれで魔砲への興味を失ったようで、

再び画面に目を戻した。と、画面からプレイヤー達の会話が聞こえてくる。

 

『おい、誰だあれ』

『どこかのギルドのタンクなんじゃないか?』

『いや、でもあの装備はヴァルハラのタンクの装備だろ?』

『あれ、本当だ、って事は新人?』

 

「え?新人?マジで?それにしては強そうに見えるけどな………」

 

(さっき()()()()()()()()()()()()()と一緒に行動してた時も、

同格くらいには思えたんだけどな)

 

 ジョジョくらいになると、当然ハチマン達の出自についても調査済である。

調べた当初はかなり驚いたものであったが、GGOでの活躍を見ると、

別に驚くほどの事でもないように思えてしまうから不思議だ。

そんな情報収集力に秀でたジョジョでも、さすがにここに、

SAOの四天王が全員揃っていようなどとは夢にも思わなかった。

まあ茅場晶彦はもう死んでいるのだから当たり前である。

むしろ知っていたとすれば、それはもはや神と呼ぶに相応しいレベルなのだろうが、

ジョジョは気持ちいいほど人間らしい人間であった。

仮にクライン達の会話を聞いていたら、ジョジョならば真実に近付けたかもしれないが、

その声は画面からは聞こえてこなかったようだ。

 

『まあでもサブタンクだろ?メインは姫騎士か戦女神のどっちかだろ』

 

「僕としては、姫騎士イージスを推すけど、ハチマンはどう判断したかな」

 

 ジョジョがセラフィムを推す理由は極めてシンプルだ。

銃士X~マスケティア・イクスのファンだからである。

 

『一番槍は、予定通り七つの大罪の魔砲に任せようと思う。

それが一番安全な魔砲の使い方だからな、任せたぞ、ルシパー』

 

「え、そっち?もう、ハチマンってば、じらしてくれるなぁ。

しかしあれを最初に使うのか、アタルモハッケ、って奴だっけ?」

 

 ジョジョはその場にいる一般プレイヤー達と同じ感想を抱きつつ、

魔砲の準備をしている女性プレイヤーに目をやった。

 

「あれ、この子がそのまま撃つのか、ふ~ん、

女の子が大砲を撃つのって、思ったより絵になるなぁ」

 

 その女の子は何故か慌てた後にハチマンの方をチラチラ見ていたが、

ジョジョはそれに関しては、相変わらずハチマンはモテるのかな、と思っただけであった。

 

「お、そろそろ始まるみたいだね、って、なぁっ!?」

 

 ジョジョは先頭に立っているのがホーリーだった為、驚いた。

 

「え、彼がメインなんだ、やっぱり凄い人?」

 

 そして戦闘が開始され、魔砲の砲撃が上向きに放たれたのを見て、

プレイヤー達は外れると思ったようだが、

黄龍の挙動を知るジョジョは、当たると確信して一人喝采していた。

 

「おほっ、彼女はラッキーガールだね」

 

 その直後に黄龍が飛び上がり、ジョジョの予想通り攻撃が命中した。

 

「え、結構削れたな、思ったよりも攻撃力があるなぁ、あの大砲」

 

 その直後に空中に『黄龍』の文字が現れ、ジョジョは拍手喝采した。

 

「はっは、上出来上出来」

 

 そして黄龍が動き出し、ジョジョはホーリーが剣と盾を装備する瞬間を見た。

 

「ワオ、ああいうのは羨ましいね、銃じゃ中々ああいうギミックは作れないからなぁ………、

ん、待てよ、光学系なら別に導入しても構わないのかな?」

 

 ジョジョは、検討してみようと考えつつ、

黄龍がホーリーに突撃していく姿を見ながらこう呟いた。

 

「さ~て、『挨拶代わりの最初の一撃』は強力だよ、新人の彼に受けられるかな?」

 

 その言葉から察するに、どうやら戦闘開始の一撃は攻撃力を高めに設定してあるようだ。

もっともその事は、アサギやカゲムネにはまだ無理だったが、

ホーリー自身とセラフィム、ユイユイは、敵が突撃してくる姿から直感的に理解していた。

それ故にこの攻撃をホーリーがあっさり受け止めた時、

二人は感嘆の言葉を漏らしたのであった。

 

「おお、凄いな彼、アイゼンも使わないであれを止めちゃうんだ、

でもまあここからが本番だよ、行け、僕の子供達!」

 

 このジョジョ、ノリノリである。だがその顔は、直後に驚愕に染まった。

 

「マジかよ、この三連撃も止めるの?完全に想定外だって表情をしてたんだけどなぁ、

やっぱりハチマンの集めた仲間達が凄いって事なのかねぇ」

 

 などと驚いていたジョジョであるが、直後に豹変した。

 

「きたきた、姫騎士イージス!と、ピンクのかわいこちゃん!」

 

 この時点でジョジョはまだ、ユイユイの二つ名を知らない。

 

『どうやらこの敵は、天竜というようだね、ちなみに黄龍とは竜の漢字が違うようだ』

『ジョジョの奴、龍と竜の違いを理解して使い分けてる訳じゃなさそうだな………』

 

 その直後にそんなホーリーとハチマンの声が聞こえてきた為、ジョジョは首を傾げた。

 

「今僕の名前を呼んだ?って事は僕に言ってるんだよね?

う~ん?漢字の違いってよく分からないなぁ、今度ハチマンに教えてもらおう」

 

 ちなみにジョジョに聞こえるのは、ハチマンを音声取得のターゲットにしている為、

ハチマンの言った言葉とハチマンに聞こえる言葉だけである。

 

『全軍、攻撃開始だ!』

 

 そしてハチマンが放った大音声から沸きあがった大歓声に、

ジョジョも気分が高揚するのを感じた。

 

「むむむ、み・な・ぎ・っ・て、きたああああああああ!」

 

 ジョジョは、ハチマンの持つカリスマ性を実感しつつ、その高揚感に身を任せた。

だが戦闘が進むに連れて、ジョジョは次第に落ち込んでいった。

 

「ずるいよハチマン、タンクの彼、上手すぎだって………それにヒーラーの子もさ………」

 

 ジョジョが見ているのはもちろんホーリーとユキノである。

ホーリーの防御はまさに鉄壁であり、多少ダメージを負う事はあっても、

それはより痛い攻撃を防いだ結果であり、

それもユキノが常に数ドット残しで威力を調整したヒールで癒していた。

 

「何だいあの子、ユキノだっけ?精密機械か何か?」

 

 ユキノに対する反応は、どうやら万国共通らしい。

大体のプレイヤーが、ユキノを見ると同じような感想を抱くのだ。

 

「しかも遠隔攻撃ユニットばかり集められたせいで、

天竜の近接範囲攻撃が一発も決まらないじゃないかよ………」

 

 ジョジョは、これは崩れないと察したのか、天竜を見るのをやめて、地竜に焦点を当てた。

 

「こっちも同じか………これは今後への課題だなぁ」

 

 地竜戦は天竜戦より更にひどい状況であった。

プレイヤーにほとんど被害を与える事なく、あっさりと沈んでしまったのだ。

 

「うぅ………頼むよ人竜」

 

 だがこちらも状況は大して変わりなかった。

唯一救いだったのは、ソードスキルのオンパレードだった為に、

見た目が派手で、ジョジョを楽しませてくれた事であった。

ジョジョが、おっ、と思ったのは、一番最後である。

 

「あれは………確かハチマンのステディの四天王、アスナ、だったっけ?」

 

 そのアスナの凄まじい突撃を見て、ジョジョは感嘆した。

 

「ワ~オ、ハチマンの好みはああいう勇ましい子なのかな」

 

 今ジョジョの頭の中に浮かんでいるアスナのイメージは、

がたいのいい筋肉質な女性であった。アスナにとってはとんだ風評被害である。

 

「あ~あ、これじゃあ天竜もすぐ沈むか………」

 

 そしてジョジョの見ている前で、三頭の竜は沈み、すぐに合体が始まった。

戦闘はいよいよ中盤から終盤戦へと入る。



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第986話 ジョジョのボケと突っ込み

「きたきたきた、三身合体!ハチマンも喜んでくれているようで何より」

 

 ハチマンが大笑いしているのを見て、ジョジョは満足げにうんうんと頷いた。

 

「でもここからが地獄なんだよね、さてハチマン、いきなりいくよ!」

 

 ジョジョがそう叫んだ瞬間に、屍黄竜から真っ黒な煙が噴き出し、

プレイヤー全員のHPが残り一割まで減少した。

 

「くっくっく、そしてここからど~ん!」

 

 ジョジョの今の気分は完全に悪の組織の幹部のようだ。

だがハチマンの対応はジョジョの想像以上に素早かった。

 

『総員上空に警戒せよ!』

 

「えっ、気付くの早くない!?」

 

 ジョジョは驚いて画面に目をやった。

 

「くっ、まあハチマン達は対応してくるよね、でも死者はこれは………、

全体の八割くらいか、ちょっと少ないけどまあいいや、

やっぱり即座に対応出来るレベルのプレイヤーはこんなものかな」

 

 この時点での死者は全体の八割、これはジョジョの想定よりも若干少ない数字であった。

だがもちろんプレイヤーを全滅させるつもりはない。

事前にしっかり調査して、一定以上、HPが高い者は死なないように調整してあるのだ。

 

「くっくっく、この攻撃があと四回ある、どれだけ耐えられるかな?」

 

 画面の中ではどんどん蘇生活動が行われていたが、

当然それが終わる前に、二度目の攻撃がきた。

 

「戦場にカオスを出現させるのが開発の役割なのだ、ははははははは!」

 

 このジョジョ、やはりノリノリである。

だがそのせいで、ジョジョはハチマンとクリシュナの会話を聞き逃した。

 

「そして降り注ぐ死の槍!さあハチマン、どうする?」

 

 ジョジョが見守る中、画面の中のハチマンがどこかに走っていく。

その途中でいきなりハチマンが魔砲をぶっぱなし、

首尾良く多くの槍を破壊したのを見て、ジョジョは思わず絶叫した。

 

「おい、それはずるいだろう!」

 

 ジョジョはそう感じたようだが、別にずるくはない。

 

「くぅ、今ので死者がかなり減ったな、まあいい、コンボは後三回………」

 

 そう言いかけたジョジョは、ハチマン達の動きを見て不安を覚えた。

 

「ん、あれ、ハチマンは何をしてるんだ?まさか気付いてないよね?

HPが残り四割のコンボの時に、突起が光るからそれで気付かせる予定だったんだけど」

 

 そのジョジョの不安は、すぐに的中する事になった。

 

『ちょっとあいつの背中を見てみてくれ、

一定間隔で突起というか、パイプみたいなのが並んでるだろ?』

 

「ぐぬぬぬぬ」

 

『話が早くて助かるわ、あそこからさっきの煙が出ている可能性が高いっぽくてな、

あれを全部壊せばもしかしたらさっきの攻撃を防げるかもしれない』

 

「くそおおおおおお、やっぱり気付いてるじゃないかよおおおおお!」

 

 ジョジョは信じられないという表情で絶叫したが、直後に気を取り直した。

 

「いや、でもあんなに激しく動いてるんだ、全部破壊なんてそう簡単には………」

 

 だがそのジョジョの希望は無残に砕かれた。

 

『そうだ、せっかくだしユキノとイロハに足止めもしてもらうか、

ボス相手だから長時間はもたないかもしれないが、

まあちょっとくらいは動きを止められるだろ』

 

「やめてえええええええええええ!」

 

 ジョジョはそう絶叫したが、直後に再び冷静さを取り戻した。実にアップダウンが激しい。

 

「いやいや、よく考えたらボスの足元を凍らせて動きを止めようなんて、

そんな威力の魔法をそう簡単に使えるはずが………え、いや、出来ないよね?」

 

 ジョジョは緊張しながらどうなるのか事の推移を観察していたが、

ユキノが前に出てきた時点でその背筋には冷たい汗が流れていた。

そして二人の詠唱の後、屍黄龍の足元に凄まじい量の氷が出現する。

 

「またあの子かあああああああ!」

 

 そしてジョジョは、イロハにも注目した。

 

「こっちの子もか、ハチマンの仲間は粒が揃いすぎでしょ………、

だがまだ全部破壊された訳じゃない!」

 

 ジョジョは遠距離攻撃では破壊しにくい位置にある突起に希望を託したが、

そこでまさかのハチマンの突撃である。

 

「いやいや、嘘でしょ?え、本当に?

何でハチマンは、あの足元のおぼつかない屍黄龍の背中を上れるの?」

 

 そう呆然と呟くジョジョの目の前で、ハチマンが軽々と屍黄龍の背中を上っていく。

屍黄龍の体は腐った肉に覆われており、通常は上ったりは出来ないはずなのだが、

どうやらハチマンは、背中の中心の背骨にあたる部分を見極め、

そのとても狭い範囲を足場にして上っているらしく、

見事に残る最後の一つの突起へと到達した。

 

「れ、連邦の白いのは化け物か!」

 

 もちろんハチマンは連邦の兵士ではないが、おそらく化け物ではある。

 

「でもあの突起、意外と硬いんだよね、頼むハチマン、僕の満足感の為にしくじってくれ!」

 

 だがその望みは叶わない。ハチマンはすれ違いざまに、

短剣の一振りであっさりとその突起を切断した。

 

「一撃………だと………!?え?え?ってか何その武器、切れ味がおかしい」

 

 そしてハチマンは、そのまま手に持つ武器で、

屍黄龍の体を切り裂きながら頭の方へと走っていく。

 

「ま、まさかのお土産付き!?」

 

 その攻撃で特に屍黄龍の動きに影響がある訳ではないが、

もちろんキッチリとダメージは入る。

ハチマンはそのまま頭から飛び降り、見事にホーリーの背後へと着地した。

 

『ははっ、派手な登場だね』

『別にやりたくてやったんじゃないけどな』

 

「だったらやらないでよ………」

 

 ジョジョ、完全にめそめそモードである。

 

「ああ、もう無理だ、こうなっちゃうと、発狂モードまでは何も出来ない………」

 

 その言葉通り、屍黄龍はされるがままにそのHPを減らしていく。

 

『もうすぐ敵が発狂モードに入る、敵がおかしな動きをしたら全員攻撃やめ!

何が来ても対応出来るようにナイツ単位で固まってくれ!』

 

「くっ、何から何まで抜け目ない………味方だと頼もしいけど、

こうして敵として見てみると、ハチマンは厄介極まりないよね………」

 

 そして遂に屍黄龍のHPが残り一割まで到達した。

ハチマンの突撃以降、ジョジョはもうすっかり休憩モードになっており、

コーヒーを飲みながら完全に寛いでいた。

 

『さて、ジョジョの奴、今度は何をしてくるんだか』

 

「むっ、今呼ばれた気がする、ってか呼ばれたな、

ああ、もう発狂モードか、それじゃあ期待に応えないと」

 

 とはいえ期待に応えるのはジョジョ本人ではなく、組まれた演出プログラムである。

そして光の柱が屍黄龍に突き立ち、『月光』が流れ始めた。

 

「イッツァ、ムーンライト!」

 

『これは………』

『ベートーベンの、月光?』

『おいジョジョ………』

 

「何だい?って、何で今僕の名前を呼んだんだ?そんなに感動したのかな?」

 

 もちろんハチマンは演出の過剰さに呆れていただけであるが、

ジョジョはその言葉をそう受け取ったようだ。

最初のハチマンの大笑いを、喜んでくれてると思っただけの事はある。

ジョジョは実にポジティブな性格をしているようだ。

 

「ふふん、ボスの頭にばかり注目してると、痛い目見るぜ」

 

 そう言いながらジョジョがコーヒーを口に含んだ瞬間に、ハチマンが叫んだ。

 

『敵襲!』

 

「ぶはっ………」

 

 ジョジョは思わずコーヒーを噴き出し、慌ててハンカチでそれを拭いた。

 

「だから気付くのが早いんだって!」

 

 そしてS田竜が、プレイヤー達を襲い始めた。

 

『お褒めに預かり恐悦至極』

『さて、何でしょうな』

『そのようですな』

 

「いやぁ、ウケてるウケてる、彼を起用して本当に良かった、

僕のニックネームと関係の深い声優さんに頼んだのは正解だったね」

 

 どうやらS田さん登場は、そういった流れらしい。

おそらくK安さんの登場も、同じ理由なのだろう。

 

『よくやるよ、まったく………』

 

「HAHAHAHAHA!お褒めに預かり恐悦至極」

 

 ジョジョはそのハチマンの呟きに、S田竜の真似で答えた。

もちろんハチマンには聞こえていないのだが、ジョジョはとても楽しそうだった為、

これは多分彼にとっては必要な事なのだろう。

そして全ての敵が粉砕され、再び合体フェイズとなった。

次に流れたのはベートーベンの第九である。

 

「やっぱりラスボス戦の曲はこれだよね、フンフンフ~ン、

フロイデ、ツェーネル、ゲッテル、フンケン………」

 

 ジョジョよ、何故歌う。

 

『よくぞ我の所までたどり着いた、どうだ?世界の半分をやるから私に仕えないか?』

 

「そして決めセリフはやっぱりこれだね!イエスイエスイエ~ス!」

 

 何がイエスなのか意味不明だが、ジョジョはそう叫びながら満足そうに頷いた。

そしてプレイヤー達の『テラK安』シャウトを聞いたジョジョは、

自分の選択は間違っていなかったのだと、深い充足感に包まれる事になったのだった。




この話で終わるつもりだったのに、三話目に突入してしまいましたorz


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第987話 ジョジョの不完全燃焼

『さて、何が出てくるかな、喋ったって事は人型だと思うが………』

 

「はいハチマン正解!」

 

 ジョジョは、まるでモニターの中のハチマンと会話しているようにそう呟いた。

 

「さてお待ちかね!今週の、ビックリドッキリドラゴン!」

 

 もしハチマンがここにいたら、元ネタはそれかよ!と盛大に突っ込んだ事だろう。

そして骨片が積み重なっていき、その首無しの体に戦国時代のような鎧が装着される。

 

『世界の半分では不満だと言うのか、ならば死ね!』

『我は偉大なる死の支配者なり!』

 

 そのセリフに合わせてジョジョはまるで岡部倫太郎のようにくねくね動き、

頭蓋骨が装着されたのと同時に決めポーズをとりながらこう叫んだ。

 

「武者ドラゴン、真黄龍、ここに降臨!」

 

 同時に空中に恒例の文字が現れた。『最終決戦兵器、真・黄・龍』と。

 

「パーフェクツ!さてハチマンは………おお、喜んでる喜んでる」

 

 腹を抱えて笑っているハチマンは確かに楽しそうではあった為、

その感想はあながち間違いではないが、概ね間違っている。

 

「しかしハチマンはいつまで喜んでるんだ?そろそろ戦いを始めないと………」

 

 一周回ってジョジョはハチマンが逆に心配になったが、

そんなジョジョが見ている前で、アスナがハチマンに駆け寄った。

 

『ハチマン君、ハチマン君!』

 

「お?彼女は思ったよりも女の子らしい子なのかな?

まあごつい子ってのは得てしてそういうものだよね」

 

 アスナへの風評被害は、絶賛継続中のようである。

そしてハチマンはアスナのおかげで復活し、立ち上がって攻撃指示を出した。

 

『これで最後だ、盛り上がっていこう!総員攻撃開始!』

 

「よろしい、かかってきたまえ!って言っても戦うのは僕じゃないんですけど!」

 

 ジョジョはモニターに向かってニヒヒと笑うと、

一旦休憩とばかりにソファーに腰を下ろし、新しいコーヒーを用意した。

 

「ふう………ちょっとエキサイトしすぎちゃったかな、

しかしさすがのハチマン達でも、あれはそう簡単には削れないみたいだね」

 

 ジョジョは楽しそうに戦闘を眺めていた、というか傍観していた。

もうやるべき事は全てやったという感じなのだろう。

真黄龍の発狂モードはタフなのが売りなだけで、攻撃はさほど激しくなく、

あくまでも最後はプレイヤー達に、

思う存分攻撃してもらおうという意図で設計した敵なのである。

 

「しかし彼は予想外にいいタンクだね………」

 

 それでも真黄龍の攻撃はかなり重いはずであり、

それをいとも簡単に防いでいるホーリーの技術にジョジョは驚愕していた。

 

「これは次のイベントの調整に悩む事になりそうだね………」

 

 ハチマンから連絡をもらってタンクの現状を知ったジョジョは、

次は多少モブの攻撃面を緩和しようと思っていたのだが、

ホーリーをはじめとしたヴァルハラのタンク陣の事を考えると、

カゲムネ以外の他のナイツのタンクとの差が激しすぎて、

どちらを基準にバランス調整しても何かしら問題が起きそうだと頭を悩ませていた。

 

「まあいいか、今回の事できっとどこもタンクを育成するだろうし、

攻撃面に関しては今回と同じくらいの難易度を目指そう。うん、それでいいや」

 

 ジョジョは考えるのが面倒になったのか、そう結論付け、観戦に戻った。

折りしもユウキが敵に突撃するところであり、

ジョジョは、おっ、という顔で画面に見入った。

 

『マザーズ・ロザリオ!』

 

「おほっ、これが噂のマザーズ・ロザリオか、実に素晴らしい、

現状の最強のソードスキルだけの事はあるね。防御面の調整は、これが基準かな」

 

 ジョジョは大興奮しながら次々と他のプレイヤーをズームしていった。

ジョジョは本当はハチマンの戦いぶりを見たかったのだが、

ハチマンがまったく動こうとしなかった為、そうせざるを得なかったのである。

 

「うほっ、何だいこの三人、クッソ重そうな斧を軽々と振り回してるじゃないか、

一人はヴァルハラのメンバーか、名前は………ああ、彼がエギルなんだ、

で、他の二人がロウリィとラキア?う~ん、知らないなぁ、まあチェックしておこう」

 

「サトライザー君も頑張ってるみたいだね、もうすっかり日本には慣れたのかな?

今度アサクサにでも遊びに誘ってみよう」

 

「ん、今の大量のレーザーっぽい攻撃は何だ?

え~と………ああ、今のって弓での攻撃なんだ、へぇ、おかしな武器だなぁ、

使ってるのは………ああ、さっき魔砲を撃った子か、

だから魔砲の射撃役を担当する事になったんだね、予想通りだったよ。

それにしてもヒーラーで弓使いとか、随分変わったプレイスタイルだなぁ」

 

 その時画面からハチマンの声が聞こえてきた。

だが画面の中に、ハチマンは映っていない。

 

『順調だな』

 

「あれ?ああ、マイクのズームはそのままだったか」

 

 ジョジョは状況は理解したが、他に会話を聞きたい者もいなかった為、

音声に関してはそのまま放置する事にした。

 

『このままいけそうよね』

『まあここまでくれば事故は起こらないだろうな、

例え何かしてきても、全員が即死でもさせられない限りは安泰だ』

 

「そう思ってても動かないなんて、ハチマンは慎重だよね、

君が戦ってる所も見たかったんだけどなぁ」

 

『もしそうなったらどうする?』

 

「いやいや、しないよ?」

 

『さすがにそれはないと、ジョジョを殴りにいくさ』

 

「ええええええええええええ?

ハチマン、それはひどいよ!もっと僕を信用してくれないと!」

 

 ジョジョはいかにも心外だという風に画面に向けて叫んだ。

 

「クリアが困難なのはアリだけど、不可能なのはナシ、それがゲームってもんさ。

そしてこういった戦闘ってのはエンターテイメントじゃないといけないよね、

楽しいは正義って奴さ!あはははははは!」

 

 ジョジョは今回の戦闘の調整に関しては満足しているようだ。

後はハチマンの指揮によって浮き彫りになった、

編成が偏った場合に備えての調整をどうにか出来れば尚良い。

その時ハチマンがおかしな事を言い出した。

 

『ん?』

『どうしたの?』

『いや、今何か動いたような………』

 

「ホワッツ?僕は他には何も仕込んでないよ?というか一体どこを見てるんだ?」

 

 今モニターにはアスモゼウスと魔砲が映し出されているままになっており、

ジョジョはその言葉に興味が沸き、再びモニターにハチマンを映そうとしたが、

モニターの対象を変える瞬間に、誰もいないのにいきなり魔砲の向きが変わり、

ジョジョは驚いて操作の手を止めた。

 

「え………?」

 

 ジョジョは見間違いかと思い、目をゴシゴシこすったが、

どう見ても確かに魔砲の向きが変わっている。

同じタイミングでハチマンもその事に気付いたのか、ジョジョと同じ事を言い出した。

 

『………ちょっと待て、あの魔砲、向きが変わってないか?』

 

「そうそれ!ってかハチマンもここを見てたんだ、うん、確かに向きが変わってるよ」

 

『でもアスモさんが向きを変えたんじゃない?』

 

「ノー!絶対にそれはない!僕がずっと見てたからね!」

 

 その瞬間に魔砲の先端が輝きだした。魔砲が発射されようとしているのだ。

そしてその射線上にはアスモゼウスがいる。

 

「え?あっ、ノオオオオオオオ!危ない!」

 

『なっ………』

『ちいっ』

 

「まずいよ、あれを止めなくちゃ!」

 

 だが当然ジョジョには魔砲の発射を防ぐ術はない。

 

「S村、後ろ後ろ!S村、おいS村!」

 

 ジョジョはモニターの中のアスモゼウスに向けて一心不乱にそう叫んだが、

この場に誰か日本人がいたら、この状況でネタに走んなと、ジョジョに説教をした事だろう。

 

『おい、アスモ、後ろだ!』

 

 その時モニターの中からハチマンの声がした。

さすが、ジョジョと違ってネタに走るような事はしない。

 

「そこはS村ってつけないと駄目だろおおおお!」

 

 ジョジョはハチマンに向けて苦情を言ったが、当然その声はハチマンには届かない。

だが届ける必要はまったく無いので問題ない。

 

『アスモ、そのまま動くな!ギリギリ間に合うはずだ!』

 

 その声と同時にモニターの中にハチマンが飛び込んできた。

 

「ハチマン!頼む!」

 

 これは確かにゲームだが、戦いの結果ならともかく、

女の子がこういった死に方をするのを許容出来るほど、ジョジョは情の薄い男ではないのだ。

その声が聞こえた訳ではないが、ジョジョの叫びはハチマンに通じ、

ハチマンは片足とHPの四割を犠牲にしながらも、

アスモゼウスを見事に魔砲の攻撃から救った。

 

「グレイト!」

 

 だがその喜びは長くは続かなかった。

ボスの方から沢山のプレイヤーの悲鳴が聞こえたからだ。

 

「えっ?」

 

 ジョジョが慌ててモニターの向きを僅かに左にずらすと、そこに映ったのは、

魔砲の攻撃が数人のプレイヤーを巻き込んで、そのまま真黄龍に命中する光景だった。

 

「あ、あれってあの頑張ってたタンクの人………?」

 

 呆然とするジョジョの目の前でアスモゼウスがハチマンにヒールをかける。

それと同時にリメインライトがいくつか現れ、真黄龍が砕けて消えた。

同時に『CONGRATULATION』の文字が宙に現れたが、

その場にいたプレイヤー達は、一人を除いて一言も発しない。

ちなみにその一人とはアスモゼウスである。

そしてアスモゼウスが発しているのは、すすり泣きと謝罪の声であった。

 

『ごめんなさい、ごめんなさい………』

 

 ジョジョはその声を聞いていられず、映像と音声のズームを適当にぐいっと動かした。

丁度そこには魔砲が映ったが、同時にマイクからこんな声が聞こえてきた。

 

『黄龍の逆鱗?ふ~ん』

 

 それはジョジョが自ら設定した真黄龍のドロップアイテムの名前だった、

今画面には誰も映っていない、だがラストアタックをとった者が確実にそこにいる。

 

「まさか犯人がそこにいるのか………?」

 

 ジョジョは知らなかったが、この犯人が使っているのは姿隠しの魔法である。

通常姿を消したまま攻撃を行うと、姿隠しの魔法の効果は切れてしまうのだが、

犯人は何らかの方法でそれを防いだようだ。

 

「………………クソ野郎が」

 

 その時ジョジョが発したのは、もしハチマンが聞いていたとしても、

本当にジョジョなのかと疑いたくなるような、彼らしくない怒りの声であった。

 

「俺の主催したイベントを汚しやがって!」

 

 だが現地にいないジョジョにはどうする事も出来ない。

 

「くそっ」

 

 ジョジョはそのままソファーに乱暴に座り、冷めたコーヒーを口に含んだ。

その苦さにより、多少冷静さを取り戻したジョジョは、悔しそうにこう呟いた。

 

「今日のところは見逃してやる………そしてクリアおめでとう、プレイヤーのみんな」

 

 こうしてジョジョにとってのイベントは、不完全燃焼のまま幕を閉じた。

ジョジョがこの事で溜飲を下げる事が出来たのは、これよりしばらく先、

先ほどの音声データがハチマンの手に渡ってからしばらく後となる。



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第988話 保健室での出来事

「う、うぅ………」

 

 あれから三日目の朝、アスモゼウスこと山花出海は今日も悪夢にうなされて目を覚ました。

目の前に迫る魔砲の光、その強大な力に抗えず、立ちつくす自分。

そんな自分を片足を吹っ飛ばされながら助けてくれるハチマンと、

直後に向けられた、自分の身を気遣ってくれるような優しい目。

ここまではまだ悪夢とは呼べないが、問題はこの後だった。

この後の部分はこの三日間、毎日違う内容となっており、

それが悉く悪夢と呼べる内容になっていたのだった。

 

 初日はそのままハチマンもろとも再び発射された魔砲で消滅させられる事となった。

 

 二日目はいきなり誰かに背中を刺され、必死にこちらに伸ばしてくれた、

ハチマンの救いの手を掴む事すら出来ずに死亡した。

 

 そして今日は、多くのユーザー達に、魔砲が使われた事を糾弾され、

それを庇ってくれたハチマンもろともプレイヤー達になぶり殺しにされたのである。

実際には返り討ちであろうが、夢がこういうおかしな設定になるのはよくある事である。

 

「はぁ、またなのね………」

 

 現実に起こった出来事を追体験するでもなく、ただひたすらに自分が殺される夢。

出海には、そんな夢を見るようになった原因に心当たりがあった。

 

「私、ああいう風に死にそうになったのって、あの時が初めてだったもんなぁ………」

 

 そう、アスモゼウスはヒーラーであり、通常は戦いの最前線に立つ事はない。

仲間達が強い事もあって、今までアスモゼウスが死ぬような目に遭う事は一度もなかった。

だが今回のイベントで、一歩歯車が狂えばアスモゼウスは確実に死んでいた。

おそらく悪夢を見るのはそのせいだろうと出海は分析していたが、

実は出海にはもう一つ原因に心当たりがある。それは自分が安易に攻撃に走らなければ、

魔砲の異変をすぐに察知出来たかもしれないという、

罪悪感からきているのではないか、という推測である。

どちらが真実なのかは分からない………あるいは両方なのかもしれないが、

理由が分かったからといって悪夢を見なくなる訳ではない。

なので今の出海に出来る事は、ただひたすらに、

悪夢を見せないで下さいと、神に祈る事くらいであった。

 

 

 

 そしてその日の昼、出海は購買で偶然詩乃と唯花と遭遇し、

そのまま屋上で一緒に昼食をとる事になった。

ちなみにABCと遠藤貴子もその場にいたのだが、四人は出海達との同席を断った。

三日前に色々あったという話は聞いており、

今日はそれについて存分に話してほしいと遠慮したのである。

 

「そんな気を遣わなくても別にいいのに」

「まあまあ、私達が一緒だとしにくい話もあるだろうしさ」

 

 そんな訳で、三人は屋上で一緒に昼食をとりながら、

先日のイベントについての話をしていたのである。

もう十二月なので、最近は屋上で食事をする事も減ってきてはいたが、

気温自体はそれなりにあるので、風が無く晴れている日は普通に屋上でも寒くはないのだ。

そして詩乃と唯花が普通にあの敵はああだった、この敵はこうだったと話をしている横で、

出海は曖昧に頷いていたが、かなり寝不足だった事もあり、うとうとし始めた。

 

「あれ、出海、寝ちゃった?」

「そうみたい、ちょっと元気も無かったみたいだし、寝不足なんじゃない?」

 

 二人はそう言いながら出海の顔を覗きこみ、ある事に気がついた。

 

「………あれ、今日の出海、化粧がちょっと濃くない?」

「本当だ、いつもは化粧なんかほとんどしないのにね」

「あっ、これ、目の下の隈がひどくない?」

「そう言われると確かに………」

「ちゃんと眠れてないのかな?」

「かも………」

「もしかしてこの前のアレのせいかな?」

「どうだろう、でもこれはちょっと保健室で休ませた方がいいかもね」

「そうしよっか、出海、ほら出海、ちょっと起きて」

「う、うう~ん………」

 

 出海は二人に起こされ、そのまま両脇を抱えられて保健室へと連れていかれた。

そして二人は養護教諭にゲームの事は伏せつつ出海がかなりの寝不足だと説明し、

養護教諭も出海の顔を見て納得し、放課後まで保健室で寝ている事を許可してくれた。

 

「担任の先生には私から伝えておくわ」

「すみません、お願いします………」

「それじゃあ私達も放課後にまた来るから、出海はしっかり寝ておきなさいね」

「出海、また後でね」

「うん、ごめんね二人とも」

 

 出海はそうお礼を言い、大人しく横になった。

だが内心ではまた嫌な夢を見そうで寝たくなかった為、

そこから出海はかなり頑張って起きていたのだが、

二時間ほどで限界を迎えたのか、そのまま寝てしまった。

 

 

 

 気がつくと出海はいつもの戦場にいた。遠くには真黄龍の姿も見える。

 

(あ、私、寝ちゃったんだ………)

 

 夢の中で、これは夢だと自覚出来る事は稀にある。

今回もその例の一つなのだろうが、とにかく出海はこれが夢だと認識していた。

だが夢の中を自由に動ける訳ではなく、

体はいつも通り、真黄龍に向かって弓での攻撃を続けていたのだった。

ただいつもと違いがあるとすれば、ここが学校だからか、

今の自分が学校の制服姿だという事くらいであった。

顔に関してはどちらなのかは分からないが、

出海の感覚だと、本当の自分の顔であるはずであった。

まあ夢というのはそういう曖昧なものであろう。

 

(駄目よ私、そこで振り向いて!)

 

 魔砲が発射されるタイミングが迫っていたが、出海は弓を撃ち続ける。

 

(お願い私、動いて!動けないならせめてハチマンさんに………)

 

 出海はとにかく犠牲を自分だけで済ませようと、

ハチマンに向け、来ないでと叫ぼうと必死で努力した。

その甲斐あってか、出海の口が徐々に開いていく。

同時に後方にある魔砲の先端に光が集まっていく事も分かった。

繰り返しになるが、夢とはまあそういうものである。

出海は焦り、渾身の力を振り絞って口を開こうとした。そしてその努力は報われた。

 

「来ないで!」

「はぁ?誰がお前の言う事を聞くもんかよ」

 

 いきなり耳元でそんな声がしたが、ハチマンは当然出海の言葉を聞きいれてはくれない。

何故かというと、出海がハチマンをそういう人間だと認識しているからだろう。

そして出海の手がぐいっと引かれた。

いつもと違うのは、その部分に熱が感じられた事くらいだろう。

その直後に出海はハチマンの逞しい腕の中にいた。その横を魔砲の光が通過していく。

 

「あ、あれ?私、助かった?」

「危ない危ない、ギリギリだったな」

 

 見上げるとそこにはハチマンの笑顔があり、それを見た瞬間に出海の感情が爆発した。

 

「良かった、無事だったのね?」

「いや、足の一本は持ってかれたが、こんなのはすぐ治るからな。

まあヒールでもかけておいてくれ」

「うん、分かった、任せて!」

 

 そして出海がヒールをかけた瞬間に、ハチマンの足が再生した。

こんな事は現実にはありえないが、夢ならではという事なのだろう。

もっとも出海は悪夢ではなかった事に安堵するばかりであり、そんな事は気にもしなかった。

 

「サンキュー、それじゃあ俺達をこんな目に遭わせてくれたあいつに仕返しするか」

「あいつ?」

 

 出海が振り返ると、魔砲の横には確かにプレイヤーの姿があった。

着ているのは七つの大罪の制服であったが、それが誰なのかは分からない。

 

「うん、そうだね、やっちゃいましょう!」

 

 出海は躊躇いなくそう言い、いつも間にか手にしていた弓に矢を番え、

そのプレイヤーに向けていきなりぶっ放した。

 

「くらいなさい!」

 

 出海が放った矢は、途中で勝手に本数が増え、そのプレイヤーに突き刺さる。

ハリネズミのようになって倒れたそのプレイヤーの顔は………グランゼの顔をしていた。

 

「やったわ!」

 

(あれ、グランゼちゃん?)

 

 出海は嬉しそうにそう叫び、同時に別の出海がそう考える。

 

「おう、よくやった、これで悪は滅びたな」

 

(もしかして私、犯人はグランゼちゃんだって思ってるのかな?)

 

 出海はそうも考えたが、直後にハチマンが出海の肩を右手で背後から抱いてきた為、

そんな考えは一瞬でどこかにいってしまった。

 

(わっ、わっ)

 

 ハチマンはそのまま出海の左手を自らの左手で握り、

その握られた部分が先ほどと同じく熱く感じられる。

出海はドキドキしながらも、幸せな気分でハチマンの方に振り向いた。

 

「ありがとう!」

 

『何がだ?』

 

 その時その場全体に、ハチマンの声が響き渡った。

明らかに今背後にいるハチマンが発していない、別のハチマンの声が。

そして出海の意識はいきなり覚醒し、目の前に、出海の顔を覗き込む八幡の姿があった。

その後ろには養護教諭の姿も見える。

出海が呆然としながら体を起こすと、そこは当然保健室のベッドの上であった。

 

「あ、あれ?」

「お前今、いきなりありがとうとか言ってたけど、もしかして寝言だったのか?」

「え、えっと………う、うん、そうかも」

「ははっ、一体何に感謝してたんだ?」

「それは………」

 

 出海はそう言いながら、じっと自分の左手を見た。

そこが何故か、まだ暖かく感じられたからだ、というか右手と比べて明らかに暖かい。

出海はその事を疑問に思いつつ、八幡に夢の内容を伝えようとした。

だが八幡の顔を見た瞬間に急に恥ずかしくなり、結局出海は誤魔化すようにこう答えた。

 

「は、八幡さんがこうしてお見舞に来てくれたから?」

「寝てた癖に何言ってやがる、

というか俺は詩乃に頼まれて、お前を家まで送ってやる為に来ただけだぞ」

「そ、そうなの?」

「まあでも、確かにそれが見舞いなのかと言われたら、そうなのかもだけどな」

 

 八幡は苦笑しながら、そのまま出海の顔を覗きこんだ。

 

(ち、近い、近いよ!)

 

「んん~、確かにひどい隈だな、とりあえず俺が家の近くまで送ってやるから、

車の中でもう少し寝るといい」

「う、うん、ありがとう」

 

 そして八幡は養護教諭の方に振り返った。

 

「先生、それじゃあ連れて帰りますね」

「すみません、宜しくお願いします」

「おい出海、行くぞ、さっさと支度しろ。それじゃあ俺は部屋の外で待ってるからな」

「言い方、言い方!ってか別に出ていかなくてもそこで待っててくれれば………」

「いや、まあお前、服がちょっと寝乱れてるからな、

男がこの場にいるのはちょっとまずいだろう」

 

 そう言って八幡は保健室を出ていき、出海は慌てて自分の姿を見た。

確かに襟元が多少開いたり、裾がまくれたりしていたが、

悲しい事に、まったくエロい感じにはなっていなかった。

おそらく出海の胸のサイズがもっと大きければ、また違った結果になっていたと思われる。

 

「山花さん、今日はしっかり栄養をとって、ゆっくり休んでね」

「は、はい先生、ありがとうございました」

 

 出海は素早く身づくろいをし、養護教諭に頭を下げた。

 

「あ、そういえば山花さん、さっきじっと左手を見ていたわよね」

「あ、はい、何か暖かいなって思って」

 

 その出海の返事に養護教諭は微笑んだ。

 

「それはあなたが目覚める直前まで、比企谷さんがあなたの手を握ってくれてたからよ。

比企谷さんが尋ねてきた直後に山花さんがいきなりうなされ出して、

それで慌てて比企谷さんが、あなたの手を握ってくれたんだけど、

その瞬間にあなたがうなされなくなったから、きっと効果があったんでしょうね」

「そ、そうだったんですか!?」

 

 出海は驚いたようにそう言い、右手でそっと左手を握った。

 

「ええ、良かったわね」

「えっと………は、はい!」

「それじゃあ気をつけて帰ってね、山花さん」

「はい、本当にありがとうございました!」

 

 こうして出海は八幡に、家の近くまで送ってもらう事になったのだった。



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第989話 出海の部屋

 保健室を出てすぐに、二人の方に、詩乃と唯花が走ってきた。

 

「おい、廊下は走るな」

「何先生みたいな事を言ってるのよ、それじゃあはいこれ、出海のカバンよ」

「えっ?あっ、ありがとう」

「いえいえ、どういたしまして」

「さっきより多少は良くなったみたいだね、あんまり夜更かししちゃ駄目だよ」

「う、うん、心配かけてごめんね」

 

 友達がほとんどいなかった出海は、誰かに心配してもらえる事が、

こんなに幸せな事なのだとこの時初めて知った。

 

「それじゃあ帰るとするか、そうだ、ついでに二人も送ってくか?」

 

 その八幡の問いに、二人は首を横に振った。

 

「ううん、今日は遠慮するわ、その分出海の帰りが遅れたらまずいもの」

「私達は大丈夫だから、気にしないで下さい」

「そうか、それじゃあ出海、とりあえず駐車場で待ち合わせな」

「えっ?何でわざわざ?」

「いや、まあ俺の靴は来賓用の昇降口にあるからな、受付の人にも挨拶していかないとだし」

「あっ、確かにそうだね、うん、分かった」

 

 八幡はそのまま来賓用の昇降口へと向かい、出海には詩乃と唯花が付き添った。

 

「本当に大分良くなったみたいね」

「うん、おかげさまでね」

「まあしばらく無理はしない事、いい?」

「あっ、う、うん」

 

 まさか毎日見る悪夢のせいだとは言えず、出海は二人の言葉に素直に頷いた。

そして三人は、昇降口から駐車場へと向かった。

 

「あっ、キット、お~い!」

 

 キットはその詩乃の呼びかけにハザードを点滅させて答えた。

それで八幡も三人の接近に気付いたのか、

いじっていたスマホをしまってこちらに目を向けた。

 

「それじゃあ今日はお世話になります」

 

 出海は殊勝に頭を下げ、八幡は鷹揚に頷いた。

 

「おう、それじゃあキット、助手席のドアを開けてくれ」

『分かりました』

 

 助手席のドアが直立していき、出海はそちらに向かおうとした。

結構注目を集めてしまっている為、早くこの場から逃げ出したかったからだ。

だがそんな出海を詩乃と唯花が呼びとめた。二人は出海に近付き、その耳元でこう囁いた。

 

「これは貸しにしておくわ」

「覚悟しておいてね、これは高くつくぞぉ?」

「は、はは………わ、分かった」

 

 出海は乾いた笑いを浮かべながら助手席に乗り込み、キットは動き出した。

詩乃と唯花が手を振りながらそれを見送る。

出海はそちらに手を振り返すと、前を向いてキットに話しかけた。

 

「あの、キットさん、今日は宜しくお願いします」

『お任せ下さい、ええと………』

 

 出海はキットが何を言い淀んでいるのか分からなかったが、

出海の代わりに八幡が答えてくれた。

 

「出海だ、山花出海」

 

 それで自己紹介をしていなかった事に気付いた出海は、慌ててキットに自己紹介した。

 

「う、うん、出海、出海です!」

『分かりました、お任せ下さい、出海』

 

 キットは出海にそう答え、門を出る直前で停止した。

 

『さて、どちらに向かいますか?』

「どっちだ?あ、大体の場所でいいからな」

『えっと………』

 

 八幡にそう言われたのにも関わらず、出海は自宅の住所を番地まで全てキットに伝えた。

 

「お、おい、大体でいいって言っただろ、

お前はもう少し個人情報に気を遣え、これで俺にお前の住所がバレちまったじゃないかよ」

「私は別に気にしないけど?」

「気にしろ、自分の身は自分で守る時代だ」

「でも知っておいてもらえたら、

何かあった時に八幡さんに助けに来てもらえるじゃない?」

 

 その言葉で八幡は、かつて詩乃が襲われた時の事を思い出した。

あの時の記憶は、今も八幡に鮮烈に記憶されている。

 

「………一理あるな、分かった、家まで送る」

「うん、ありがとう!」

 

 八幡は素直にそう答え、出海は嬉しそうに微笑んだ。

そして二十分ほど車を走らせ、キットは高級住宅街へと入っていった。

 

「ん、ここか?」

「うん、うちは母子家庭なんだけど、幸い経済的には恵まれてるんだよね」

「ほう?でもここなら危ない事もあまり起きなさそうじゃないか?」

「一応だよ、一応!備えあれば憂い無しって奴!」

「まあそれもそうか、こういう所を狙う空き巣とかもいそうだしな」

 

 そのまますぐに出海の家に到着し、キットは出海の指示に従い、

何台かは余裕で停められそうな駐車場の中で停止した。

 

「ありがとう、凄く助かりました!」

「おう」

『いえいえ、お役にたてて良かったです』

「それで、何かお礼がしたいんだけど………」

「そんなのは別にいらん、困った時はお互い様だろ?」

「う~ん、でもなぁ………あ、そうだ!

今誰もいないんだけど、良かったら家にあがっていかない?」

 

 八幡はその言葉にスッと目を細めた。

 

「………それは何の罠だ?」

「罠って何!?そんな訳ないってば!私、そんなに恩知らずじゃないよ!?」

「まあそうなんだろうが、でもさすがに女子と二人で部屋にってのはな………」

 

 八幡にとってはそれはよくある事であったが、それは全て棚上げだ。

 

「あ、女子扱いしてくれるんだ」

「まあそうなんだろうが、でもさすがに二人で部屋にってのはな………」

「それ、女子を省く必要あった!?」

 

 そう反論はしたものの、この八幡の反応は出海にとっては想定内だった。

だが出海には、家に上がってもらう可能性を手繰り寄せる腹案があった。

 

「実は私の部屋、よく女の子らしくないって言われるんだけど、

実は今まで発売されたゲーム機がほとんど置いてあるんだよね」

「へぇ、そんな物には全く興味はないが、せっかくだしお邪魔させてもらおう」

 

 八幡はその言葉に即落ちした。いや、即堕ちと言うべきだろうか。

ここまで効果があるのかと、出海にとっても驚きの豹変ぶりである。

 

「お邪魔します」

「誰もいないってば」

「いや、それくらいは普通言うだろう」

 

 出海は笑いながら、八幡を自分の部屋に案内した。

 

「着替えるからちょっと待っててもらっていい?」

「そうだな、早く楽な格好になるといい」

 

 そして数分後、ニットセーターにミニスカートという格好の出海が部屋から顔を出した。

 

「お待たせ、さあ、入って」

「お、お邪魔します」

 

 中に入るとそこにはゲーミングPCデスクと三連モニターが設置されており、

下にはゲーミング用フットペダルまで設置されている。

そして横の棚には歴代ハードがずらりと並んでいた。

 

「うおおおお、本当に全部ありやがる!」

「だから言ったじゃない………」

 

 八幡は、まさかのカセットビジョンまであった事に驚きを隠せない。

更にはもっと古い世代の知らないゲーム機もあり、八幡は興奮状態に陥った。

 

「凄えな………」

「せっかくだし何かで対戦しない?」

「ソフトは?ソフトは何があるんだ?」

「それはこっち」

 

 出海が複数あるクローゼットの一つを開けると、

そこには綺麗に収納されたソフトの山、山、山。

 

「………待て、今決める」

「何でも受けてたつわよ」

 

 八幡は全てのソフトをチェックする勢いで悩み始め、ぶつぶつと呟き出した。

 

「最初はそれなりに知名度の高いやつを………、

でもこれも捨てがたい、いや、でもな………」

 

 そして悩んだ末に八幡が最初に選択したのは旧ストIIであった。

メジャーなタイトルで出海の腕前を確認しようと思ったのである。

 

「よし、やるか」

「フルボッコにしてやるわ」

「言ってろバーカ」

 

 そして二人の戦いが始まったが、結果的に、八幡はフルボッコにされた。

 

「くっ、さすが現代遊戯研究部………」

「おほほほほ、あなたにはクンフーが足りないわ!」

「それ別のゲームだよな!?」

 

 ボコられたにも関わらず八幡が楽しそうだった為、出海はとても嬉しかった。

今まで出海とこうして一緒に家でゲームをやってくれる者は今まで一人もいなかったからだ。

それはリアルではどちらかというと内向的な出海に友達が少なかったせいもあるが、

出海が子供の頃は、既に皆スマホゲーばかりしており、

こういった据え置き型のゲームを一緒にやろうとは、

奇異な目で見られる可能性もあり、中々言い出せなかったのだ。

 

「くそ、しかし勝てねえ………」

「ふふん、それじゃあ私に勝てたら何でも一つ、言う事を聞いてあげるわよ」

「お前、それは攻めすぎだろ」

「いいのいいの、余裕余裕」

「くそ、絶対に勝ってエロい目にあわせてやる」

「はいはい、出来るならね、ってか棒読みだし!」

 

 ここで一瞬出海はわざと負けようかと悩んだ。

 

(エロい目にって、絶対大した事ないと思うんだけど………)

 

 だがそれをやると、八幡が怒るだろうなと考えた出海は、

その後も手を抜かず、八幡をフルボッコにし続けた。

だが八幡の顔は晴れやかであり、出海もとても楽しい気分になれた。

 

「ふう、少し休むか」

「うん、そうだね、あっ、そこの冷蔵庫の中に飲み物が入ってるから好きに飲んでね」

「それじゃあ遠慮なく」

 

 冷蔵庫を開けると、中にはまさかの選ばれし者の知的飲料が入っており、八幡は狂喜した。

 

「お前、中々センスがいいな」

「ふふん、それは基本でしょ?」

「おう、基本だな」

 

 出海も同じ物を選択し、二人は休憩しながら雑談に入った。

 

「そういえばお前、ゲーセンとかにも行くのか?」

「うん、まあ最近は、カードを使ったりとかのゲームばっかりだから、

場末の古目のゲームがたくさん置いてあるとことかを選んで行くかな」

「へぇ、ああそうだ、うちの会社に俺が作った遊戯室があってな、

そこにはそういうゲームが沢山置いてあるから、今度招いてやろう」

「えっ、いいの?それじゃあ明日にでも!」

「行動が早えな………まあいいぞ、それじゃあ明日な」

「頑張って私に勝って、私の体を好きにしてみなさいよね」

 

(こいつ、調子に乗ってやがるな、ここは一つお灸を据えておかないと………)

 

「ふむ、明日は代理を立ててもいいか?」

「えっ、代理?」

「ああ、俺とお前の共通の知人にかなりのゲーム好きがいてな、それも一戦のみの代理だ。

その勝負でお前が勝ったら俺もお前の言う事を一つ聞いてやろう。

ただし聞いてやれない事もあるからそれなりに自重しろよ。

あ、言っておくけど相手は女の人だからな」

 

(女の人………それに知り合いなら、まあ平気かな)

 

「………うん、別に構わないわよ」

 

(もし私が勝てたら、またうちに遊びに来てってお願いしよっと)

 

「そうかそうか、はっはっは、これでお前に思う存分エロい事が出来るな」

「棒読み、棒読み!」

「いや、まあ一応言っておかないとって思ったんだよ」

「一応………ね」

 

 その言葉に出海の女の部分が刺激された事に八幡は気付いていない。

 

「それじゃあそろそろ別のゲームをやるか」

「今度は私が選んでいい?」

「おう、何でもいいぞ、ただし俺が知らないゲームなら、

操作方法をちゃんと教えてくれよな」

「それはもちろん!」

 

 そして出海はわざと四つん這いになり、棚の低い位置にあるソフトを漁り始めた。

 

「えっと、確かこの辺りに………」

「うっ………」

 

 その時後ろにいた八幡がそんな声を上げた。

 

「どうしたの?」

「い、いや、何でもない」

 

 見ると八幡は顔を赤くし、横に向けていた。

 

(ふふん、ギリギリ作戦成功!)

 

 出海は女豹のポーズを意識し、パンツが見えるギリギリのラインまで腰を上げていたのだ。

だがリアルではポンコツな出海は完全に加減を誤まっており、

今八幡からは、出海のパンツが丸見えになっている事に出海は気付いていない。

 

「それじゃあこれで」

「おう、これなら知ってるわ」

 

 ちなみにこの日、出海が八幡にパンツを見られた回数は、かなりの数にのぼり、

たまりかねた八幡が出海にその事を指摘し、

出海がしばらくフリーズするという事件も起こっていたが、

結局その後も二人はゲームに熱中し、楽しく遊び続けたのだった。

こうしてこの日の夜は更けていく。



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第990話 山花家の母娘

 それからも、二人は時間が経つのも忘れてゲームに興じていた。

普段の八幡ならばここまでのめり込む事は無かったのだが、

いかんせん最近はこういう機会は滅多に無かった為、

ついつい長居してしまっていたのである。

それでも途中で何度か、そういえば出海は寝不足なんだったと思い、

寝かせようとした八幡だったが、その度に出海が自分は平気だと強硬に主張し、

実際具合が悪そうにはまったく見えなかったため、その度に八幡は押し切られていた。

そして今日何度目か、いや、何十度目かの八幡の敗北時に一階から物音がし、

出海は焦った顔で、慌てて立ち上がった。

 

「わっ、もうこんな時間!?まずい、お母さんが帰ってきちゃった!」

「別にまずい事なんかないだろ、ほら、お母さんに挨拶しに行くぞ」

「えええええええええ!?」

 

 八幡はそんな出海に構わず、懐から名刺を取り出すと、

出海の背中を押しながら一階に下りていく。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 出海は抗おうとしたが、力で八幡に敵うはずもなく、そのまま玄関まで連れていかれた。

 

「お、お母さん、あの………」

「あら出海、出迎えてくれるなんて珍しいじゃない、ただいま。

それより駐車場に停めてある車は何?随分高そうな車だったけど、誰かお客様?」

「ええと………う、うん」

 

 その言葉を合図に八幡が前に出た。

 

「お留守中にお邪魔させて頂いて申し訳ありません、私は比企谷と申します、初めまして」

 

 八幡はそう言って名刺を差し出し、出海の母は驚いた顔でそれを受け取った。

 

「あらあらあら、まあまあまあ、これはご丁寧に、

ええと、もしかして出海の彼氏さんかしら?」

「お母さん、違うから」

 

 出海はそれを否定し、詩織はあからさまにがっかりした表情をした。

 

「違うの?そう、出海には絶対に彼氏なんか出来っこないって思ってたから、

お母さん、かなり期待したのにな」

「ご期待に沿えなくて申し訳ありません」

「本当に残念だわ」

 

 八幡は苦笑しながら頭を下げ、出海の母はそう言いながら、名刺に目を落とした。

 

「比企谷………八幡さん?あ、あら?」

「ど、どうかしましたか?」

「お母さん、どうしたの?」

 

 そんな二人の目の前で、詩織の背筋がキリっと伸びた。

そして詩織は自分の名刺を取り出し、真面目な顔で八幡に渡してきた。

 

「これは失礼いたしました、私はこういう者です」

 

 その名刺には、レクトの専務取締役、山花詩織と書いてあり、八幡は驚きに目を見開いた。

 

「ああ、レクトの方でしたか」

「比企谷さんのお名前は社長からいつも伺っておりましたわ、

すぐに気付けなくて申し訳ありません」

「いやいや、お会いしたのは初めてですし」

「そう言って頂けると………」

 

 そんな母の姿を見るのは初めてだった為、出海は驚いた。

 

「は、八幡さんってソレイユだとそんなにえらいの?え?あれ?」

「あら出海、知らなかったの?

レクトはもうすぐソレイユの傘下に加わる事が決まってるのよ、

そして比企谷さんは、そのソレイユの次期社長に内定しているの。

だから私にとってはいずれ上司になる方なのよ」

「そ、そうなの!?」

「いや、まあそれはそうですけど、今は別にそういう場じゃないですし、

普通にして頂けると助かるんですが………」

 

 八幡は困った顔でそう言い、詩織もその言葉に頷いた。

 

「分かりました、それじゃあ普通にさせてもらいますね」

 

 途端に詩織の表情が緩くなり、八幡はほっと胸を撫で下ろした。

 

「それで、何故比企谷さんがここに?」

「あっ、はい、実は出海さんが、たまたま俺のALOのアカウントを突き止めて、

それをネタに脅してきたんで、仕方なく俺は出海さんのパシリをしているんです」

「ええっ!?い、出海、あなた何て事を………」

「ちょ、ちょっと八幡さん、冗談にもほどがあるから!お母さんも簡単に信じないでよ!」

「冗談………なのかしら?」

「あっ、はい、すみません、さっきまでずっとゲームでボコられてたんで、

ちょっと出海さんに仕返しさせてもらいました」

 

 八幡は笑いながらそう言い、詩織も思わず微笑んだ。

 

「あら良かった、私、出海なら本当にやりかねないわ、とか思っちゃったわ」

「お母さん!?」

 

 出海は頬を膨らませ、詩織は出海に謝った。

 

「ごめんごめん、ほんの冗談だから、ね?」

「嘘、絶対今のは本気だった」

 

 そんな出海の子供っぽい面を見た八幡は思わず出海の頭を撫でた。

 

「まあ拗ねるなって、今ちゃんと説明するから」

「本当にお願いね!」

 

 強い口調でそう念を押しながらも、八幡に頭を撫でられて嬉しそうにしている出海を見て、

詩織はクスリと笑いながら、八幡の方を見た。

 

「とりあえずリビングで話しましょっか、今お茶を入れますね」

「あ、その前に着替えてきちゃって下さい、きっとお疲れでしょうから」

「それじゃあお言葉に甘えますね」

 

 八幡はリビングに案内され、お茶は出海が入れる事になった。

 

「お前、お茶なんか入れられるのか?」

「失礼ね、それくらい出来るわよ!」

「それじゃあ料理は?」

「普通に出来るわよ、母子家庭だもん」

「へぇ、意外と家庭的なんだな」

「ふふん、女子力はそれなりにあるのよ!」

「で、今日の夕飯は?」

「あっ………」

 

 出海はゲームに熱中するあまり、今日の夕飯の事は忘れていたらしい。

 

「しまった………」

「ははっ、まあお母さんに謝って、今から頑張れ」

「う、うん」

「あら、今日は夕飯は無いの?」

 

 そこに詩織が戻ってきて、笑いながら出海にそう尋ねた。

出海は妙に気合いが入った格好と化粧だなと感じたが、ここは謝る事を優先した。

 

「ご、ごめん、忘れてた………」

「ふふっ、まあ別にいいわよ、今日は冷凍物で済ませちゃいましょう」

「う、うん、ごめん」

「でもその前に出海、とりあえず事情を聞かせてもらうわよ」

「あっ、そ、そうだね」

 

 そして二人は、詩織に今日何があったのか説明した。

 

 

 

「………という訳で、何か長居しちゃってました、すみません」

「なるほど………でも出海、あなた、確かに目に隈は出来てるけど随分元気そうじゃない?」

「まあ午後はずっと寝てたからね」

「まあ色々な人に心配かけたんだから、反省して今日は早くに寝るのよ?」

「う、うん………」

 

 詩織は出海にそう念押しし、八幡に頭を下げた。

 

「比企谷さんも、今日はわざわざごめんなさいね」

「いえいえ、別に大した手間じゃありませんでしたから。

それよりこちらこそ、具合の悪い娘さんをすぐに寝かせないで、

ゲームに熱中しちゃって申し訳なく………」

 

 そんな八幡に、詩織は気にするなという風に微笑んだ。

 

「あら、それはいいのよ、この子は子供の時から、

朝具合が悪いとか言ってても、ゲームしてると昼には元気になっちゃう子だったもの」

「お前それ、仮病じゃねえの!?」

 

 八幡は思わずそう突っ込み、出海は慌てて言い訳した。

 

「い、いや、違うの、本当に朝具合が悪くなる事が多かったんだから!」

「………まあ成績さえ落としてなければ別にいいけどな」

「それは余裕」

「ドヤ顔すんな、別に褒めてねえから」

「ぐぬぬ………」

「まあぽんぽんとゲームを買ってあげちゃってた私もいけなかったのよね」

 

 詩織は出海をそうフォローした。

話を聞くと、古いゲーム機は無くなった出海の父親の趣味だったらしい。

その流れで出海はゲームに興味を持ち、

母子家庭だったが生活には困っていなかった事もあり、

出海に請われるままにゲーム機やソフトを買い与えてしまっていたようだ。

 

「それでも歪む事なく真っ直ぐに育ってくれて、私は嬉しいわ、出海」

「お母さん………」

 

 そんな感動的な母娘の対話を、八幡は微笑みながら眺めていた。

だがその感動は一瞬だった。続けて詩織が困ったような顔で、出海にこう言ったからだ。

 

「でも出海、『エロいキャラってこんな感じかな』とか呟きながら、

夜中に鏡の前で色々なポーズをとってるのはお母さん、どうかと思うの」

「えええええええ?まさか見られてた!?」

 

 出海は絶叫し、八幡は呆れた顔をした。

 

「お前、そんな風に研究してたのか………」

「あら、比企谷さんには心当たりが?」

「あっ、はい、こいつ、ゲームの中じゃ、

私は色欲のアスモゼウス!とか言って、お色気を振りまいてますからね」

「いやあああああああああああ!」

 

 八幡にそうカミングアウトされ、出海は悲鳴を上げた。

 

「あらそうなの?それなのにいつまでたっても浮いた話の一つも無いのね?」

「げ、現実とゲームは違うの!」

「それでも実際にもっと色気があれば、

うちの出海ももう少しモテてもおかしくないわよね?ね?比企谷さん」

「そうですね、出海さんは顔も整ってますし、そうであってもおかしくないんですが、

同じ学校に通ってる俺の知り合い連中からは、

校内で男から声をかけられるって話は聞いた事がないんで、

もしかしたら学校の雰囲気とかがそうなのかもしれませんね」

「あらそうなのね」

「た、確かにそれはあるかも」

 

 確かに出海にも、昼休みとかに詩乃達と一緒の時や、帰宅時に声をかけられた記憶が無い。

だが実はそれは八幡のせいであった。

八幡と親しい女子に、他の生徒達が声をかけられる訳がないのだ。

もっとも詩乃もABCも唯花も出海もそういった事は迷惑だと感じている為、

その事についてまったく不満は持っていない。

 

「あらそうなのね、残念」

「ははっ、まあ出海さんにはこれから出会いはいくらでもありますよ」

 

(あらあら、これは出海には脈は無さそうね)

 

 八幡を観察しながら詩織はそう思っていた。

 

(でも愛人ならあり?って、親が心配する事じゃないわね、

例えどうなっても出海の好きなようにさせないと)

 

 その後、少し仕事関係の話で盛り上がった後、八幡は山花家を辞する事にした。

 

「随分長居しちゃいましたね、すみません」

「いえいえ、いつでも遊びに来ちゃって下さいな、その方が出海も嬉しいと思いますから」

「う、うん、私もゲーム仲間が出来たみたいでその、ま、また対戦したい」

「そうか、まあそれじゃあそのうちにな」

「うん、そのうちにね」

「あら?そういう意味で言ったんじゃないんだけど………、

もし比企谷さんさえ良かったら、別に不純な事をしても全然構いませんけど?

ほら私、今日くらいの時間までは家に居ませんし?」

「ちょ、ちょっと!お母さん!」

「は、はは………」

 

 八幡はその詩織の申し出に、愛想笑いを返す事しか出来なかった。

 

「あら、出海は嫌なの?仕方ないわね、それじゃあ今度、夜に尋ねてきて下さる?

そうしたら私がお相手を………」

「お、お母さん、お願いだからもうやめて!」

「あら、本気なのに………」

「俺の周りの大人はどうして肉食系ばかりなんだ………」

 

 八幡はそう呟いた後、気を取り直して出海に声をかけた。

 

「それじゃあ出海、飯を食ったらすぐに寝るんだぞ」

「う、うん、今日はありがとう」

「それじゃあまた明日な、夕方に学校に迎えに行くから」

「あ、うん、また明日ね」

 

 そして八幡は去っていき、詩織が出海にその事を尋ねてきた。

 

「明日何かあるの?」

「あ、うん、ソレイユに遊戯室ってのがあるらしくって、そこに招待してくれるって」

「あら、あそこに?」

「お母さん、知ってるの?」

「ええ、まあうちからも筐体をいくつかまとめて買ってもらって、設置もしたもの。

倉庫に眠ってた古い筐体も含めてね」

「そうだったんだ」

「まあそういう事なら明日は楽しんでらっしゃいな、

帰りが何時になってもお母さん、何も言わないわよ」

「そんなに遅くにはならないと思うけどね」

 

 その返事は詩織のお気に召さなかったらしく、詩織は深いため息をついた。

 

「あら、朝帰りでもいいって言ってるのに、出海はそういう所、本当に駄目よね」

「お母さんって実はそういう人だったの!?」

「そうよ?お父さんを捕まえた時も、既成事実を作る事から始めたもの」

「し、知らなかった………」

 

 そんな話は今までした事が無かった為、出海は驚愕した。

 

「そういえばその格好………結構露出してるし気合い入りすぎじゃない?

それにその化粧、まさかお母さん………」

「あら、私だってまだギリギリ三十代なのよ?ちょっとは夢を見てもいいじゃない、

比企谷さんはあなたにはもったいないくらい素敵だもの」

 

 詩織、まさかの三十代であった。

三十代でレクトの専務に抜擢されている詩織は、よほど有能だという事なのだろう。

 

「お母さんがライバルとか嫌なんだけど………」

「ふふっ、あなたにもその血が流れているのよ、色欲さん?」

「う、うわああああああああ!」

 

 出海、絶叫である。

 

「まあ比企谷さんのお相手はうちの社長の娘の明日奈さんだから、

もし比企谷さんの事が好きなのなら、愛人で我慢する覚悟もしておくのよ、

ちなみにお母さんにはその覚悟はあるからね」

「それ、親が娘に言うセリフじゃないから!」

 

 どうやら詩織はそういう所にまったく拘りがない人のようだ。

下手な男に嫁ぐよりもその方が出海が幸せになれると思っているのかもしれない。

 

「さあ、ご飯にしましょうか、出海はお風呂を沸かしておいて頂戴」

「あ、そうだね、うん、分かった」

 

 そして簡単に夕飯を済ませた後、出海は入浴を済ませ、すぐにベッドに入った。

 

「明日、楽しみだな………」

 

 この日から、出海は悪夢を見なくなった。



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第991話 色々けしからん

 次の日の昼、詩乃、唯花、出海の三人は、

現代遊戯研究部の部室に集まって昼食をとっていた。

今日は少し寒く、屋上で昼食をとるのは不可能だったのだ。

 

「出海、もう具合は大丈夫?」

「うん、もうすっかり平気!二人とも、昨日は本当にありがとう!」

「ううん、いいのよ、ただの貸しだから」

「そうそう、貸しだからお礼を言われても逆に困っちゃうよ」

「あ、あは………」

 

 出海はその言葉に戦々恐々としつつ、二人に聞かれるままに、

昨日八幡に家まで送ってもらった後の事を話した。

 

「へぇ、出海の家にはそんなに沢山古いゲーム機があるんだ」

「うん、死んだお父さんが集めてたのと、私が買ってもらったのとで、

老後の暇つぶしも安心、みたいな?しかもまだまだ増えるし?」

「出海、おっさんくさい」

「色欲の中の人がこれってどうなの………」

「うぅ、せめておばさんって言ってよ………」

 

 出海は二人に抗議したが、自分でも確かにおっさん臭かったかなと思っていた為、

その声は弱々しかった。

 

「それじゃあ今日、出海が良かったら出海の部屋に三人で集まるってのはどう?」

「いいね、出海、どう?」

 

 その言葉に出海は目を伏せ、おずおずとこう答えた。

 

「えっと………実は今日ね、八幡さんが学校まで迎えに来てくれる事になってて………」

「え?何で?」

「まさかのデート?」

「ううん、そういうのじゃなくてね、ソレイユにある遊戯室に案内してくれるって………」

 

 それで二人は事情を把握し、詩乃は出海に言った。

 

「確かにあそこは凄いわよ、これは私達もご一緒するしかないわよねぇ?」

「えっ?えっ?」

「二度目のソレイユ訪問だね!楽しみぃ!」

「ええっ!?」

「「これで貸しはチャラでいいわ」」

 

(絶対こうなると思ったから黙ってたのに!)

 

 本当は八幡と二人きりでデート気分を味わいたかった出海だが、

嘘の予定を言うつもりはまったく無かったらしい。

その辺りが出海の善良さを現していると言えよう。

 

(これ、勝負の事はさすがに言えないなぁ………)

 

 いずれバレるだろうが、しばらくその秘密は死守しなければと思いながら、

それでも出海は精一杯の抵抗を示した。

 

「は、八幡さんがいいって言ったらね」

「確かにそうね、帰還者用学校もお昼のはずだし、今電話してみるわ」

 

(行動早っ!)

 

 そして二人の前で、詩乃は八幡に電話をかけた。

 

「もしもし、あなたの大切な彼女の私だけど」

 

 名乗りもせず、いきなりそう攻めた事を言う詩乃に、唯花と出海は仰天した。

 

「さすがというか………」

「詩乃のああいう所、凄いよね………」

 

『あ、明日奈なら隣にいるんだが………』

「もっとよく考えなさい」

 

 そしてしばしの沈黙。電話の向こうから、小さく明日奈の声が聞こえてくる。

 

『いや、詩乃がよ、あなたの彼女ですがって………』

『ああ、しののんも今学校だろうから、そのせいじゃないかな?』

『そういう事か!』

 

 どうやらそれで、八幡は状況を理解したらしい。

 

『………………やっと分かったわ、つまり今学校なんだな』

「当たり前じゃない、で、今唯花と出海と一緒にお昼を食べてるんだけど、

放課後待ってるからあまり待たせるんじゃないわよ」

『………………出海に聞いたのか、分かった、今日はうちは早めに終わるから、

そっちの授業が終わった頃にはもう着いてると思う』

「ふふん、話が早くて助かるわ、それじゃあ後でね」

『………ああ、後でな』

 

 そして電話を切った後、詩乃は笑顔で二人に言った。

 

「お願いしたら、快くオーケーしてくれたわ、ふふっ」

「快く!?」

「そもそも今の、お願いだった!?」

「え?何か気になる部分でもあった?」

「いや、突っ込みどころ満載だったと思うんだけど………」

「気のせいよ、気のせい。それじゃあ二人とも、放課後の行動について、指示を出すわ」

「えっ?」

「ほえ?」

「二人とも、いい?とりあえず用意するのは………」

 

 二人は直後の詩乃の言葉に驚かされたが、説明を聞いて納得したような顔をした。

 

「そういう事かぁ」

「わ、分かった、準備する」

「それじゃあ後でね」

「うん!」

「またね!」

 

 こうして詩乃と唯花の同行が強制的に決まり、

まもなく今日の授業が全て終わろうかという頃、教室中がどよめいた。

窓の外に見える校門から、キットが入ってきたのだ。

それでも授業中は静かにしていた一同だが、チャイムが鳴った瞬間に大騒ぎとなった。

 

「お、おい、王子が連続で来てるぞ!」

「えっ、昨日も来てたの?」

「ああ、昨日は確か、山花さんが………」

 

(まずい!)

 

 そう思った瞬間に、教室中の視線が出海に集まった。

 

(ひいいいいいいい!)

 

「ねぇ山花さん、もしかして王子が来たのって………」

「え、えっと………じ、実は今日、約束があって………」

「やっぱり山花さんだったんだ!」

 

 直後に出海はクラスメート達に囲まれた。

 

「どうやってそんなに親しくなったの?」

「王子ってプライベートだとどんな感じなの?」

「山花さん?」

「山花さんってば!」

 

 出海は圧倒されるばかりで何も言えなかった。だがそこに救いの神が現れた、詩乃である。

 

「何これ、凄い騒ぎね、出海、どこ?」

「あっ、こ、ここ!」

 

 その呼びかけのせいで、クラスメート達は出海からザザッと離れ、詩乃に道を空けた。

 

「あっ、いたいた、八幡が待ってるわよ、さ、早く行きましょ」

「う、うん!」

 

 出海はペコペコしながら詩乃の後に続き、やっと教室から抜け出す事が出来た。

 

「どうせこんな事だと思ったわ」

「詩乃、ごめんね?」

「ううん、私にも覚えがある事だから気にしないで」

「そういえばそうだね………」

 

 詩乃は自身の経験と照らし合わせ、出海も同じような状況だと想像したらしい。

そのおかげで出海は助かり、二人はそのまま唯花と合流して、駐車場へとたどり着いた。

 

「ハイ八幡、早かったわね」

「ああ、大切な大切な俺の彼女の詩乃の命令だからな、それくらいは当然だ」

「ふふん、よろしい」

 

 厚顔無恥と言うべきか、面の皮が厚いと言うべきか、

こういう時の詩乃は、そんな八幡の皮肉にもまったく動じない。

 

「ほら、さっさと私をエスコートしなさいよ」

「へいへい」

 

 それどころか詩乃は、そう言って八幡の腕にすがりついてきた。

詩乃は胸のサイズは平凡だが、その事について気にした様子もまったく見せず、

八幡が喜んでいると確信しながら、『当ててんのよ』を行っている。

それだけ八幡の自分に対する好意に自信を持っているという事なのかもしれない。

それを証明するかのように、八幡からは、嫌そうな気配はまったく感じられない。

この二人にとってはこの程度の事は日常茶飯事なのであろう。

明日奈が詩乃を警戒する訳である。

 

(詩乃、いいなぁ)

(私達もあのくらいするべきなのかな?)

 

 二人はそう囁き合いながら、詩乃に助手席を譲り、後部座席に乗り込んだ。

 

「それじゃあ出発!」

『はい、ソレイユに向かいます』

 

 キットも心得たもので、八幡の事は気にせず詩乃の指示で出発する。

 

「待ってキット、その前に、私達三人の家に寄ってくれない?」

『分かりました』

「ん、何かあるのか?」

 

 その八幡の疑問はもっともである。

 

「この後ソレイユの遊戯室に行くじゃない?

で、その後八幡の奢りでご飯を食べるとして………」

「まあそのつもりだったけど、普通言い出すのは俺からだからね?」

「で、その後また遊んで、その後はマンションに泊まるとして」

「おいい?」

「なのでお泊りセットが必要でしょ?」

「いやお前、飯を食ったらそのまま帰ればいいだろう」

「何よ、私達を泊めるのが嫌なの?」

「それは今更だから気にしないが………はぁ、分かった分かった、キット、それで頼む」

『分かりました』

 

 そこから詩乃、唯花、出海の順番で家を回る事になった。

最初に着いた詩乃の家で、詩乃はバッグを持つだけで、制服のまま家から出てきた。

 

「ん?ついでに着替えれば良かったんじゃないか?」

「ううん、これでいいの、この格好なのが大事なのよ」

「………意味が分からないが、まあ詩乃がいいならいいか」

 

 次は唯花の家であったが、唯花も八幡が止めたにも関わらず、

普通に家の前までキットに行ってもらい、二人と同じように制服のまま家を出てきた。

何故か母親らしき人物も玄関から顔を見せ、

にこやかにこちらに向けて手を振ってきた為、八幡は慌ててそちらに向けて頭を下げた。

 

「唯花、最初は我慢だからね!」

 

 八幡は、我慢って何の事だ?と思いつつ唯花に尋ねた。

 

「あれは唯花のお母さんか?」

「うん」

「ちゃんと泊まりだって伝えたか?」

「うん、ちゃんと伝えたよ、お金持ちの人の家に友達と一緒に泊まって、

玉の輿を狙ってくるって言ってきた」

「おい、お前………」

「あら、やるじゃない唯花」

 

 何か言いかけた八幡を、だが詩乃が遮った。

 

「えへへ、でしょう?私の親、そういうのには寛容なんだよね。

避妊だけちゃんとすれば別にいいってさ。最初は痛くても我慢よって何度も言われたよ」

「ぶほっ………」

 

 その言葉に八幡はたまらず噴き出した。

 

「お、お前、女の子がそういう事を言うんじゃねえよ!」

「え~?他の人の前じゃ言わないってば」

「八幡の前でしか言わないわよね」

「俺の前でも言うんじゃねえ!」

 

 八幡は抗議したが、三人ともスルーである。

 

「さて、次は出海の家ね」

「うん!」

 

 出海も二人同様制服のまま姿を現し、八幡も先ほどと同じようにこう尋ねてきた。

 

「出海もちゃんとお母さんに、今日は泊まるって連絡したか?」

「あ~、別に言ってないけど、そもそも昨日、朝帰りでもいいって言われてるから」

「ぶはっ………」

 

 八幡は再び噴き出した。だが昨日会った詩織の性格だと、

確かにそう言いそうだなと思い、ぼそりと呟いた。

 

「何で俺の周りには肉食系しかいないんだ………色々けしからん」

 

 三人はその言葉に笑い、八幡の肩をポンと叩いた。

 

「はぁ………よし、行くか」

 

 キットはそのまま動き出し、十分ほどでソレイユに到着した。

 

「ふう、それじゃあ案内………」

「待って八幡、先に下りてて欲しいの、私達はちょっと準備があるから」

「ん?お、おう」

 

 そして一分後に三人は下りてきたが、八幡には何が変わったのかよく分からない。

微妙に肌色面積が増えた気もしたが、多分気のせいだろう。

 

「それじゃあ行くか」

 

 八幡はそう言って受付ホールへと歩き出し、三人もその後に続いた。

 

「最初の敵はかおりさんよ、みんな、負けないようにね」

「うん!」

「が、頑張る!」

 

 八幡が三人が何をしたのか知れば、おそらくまた、『色々けしからん』と言った事だろう。

そして予め車の中で、()()()()()()()()()()()()()短くしていた三人は、

制服と生足で若さを存分にアピールし、ソレイユ内部に蠢くライバルの美人達に対抗しようと、

気合い十分でソレイユ内部へと足を踏み入れる事になったのだった。



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第992話 遊戯室を目指せ

3/11、改稿しました!


 詩乃は受付からが勝負だと思っていたが、受付に行く前、入り口脇に彼女は佇んでいた。

 

「むむ、ライバル接近中、総員警戒!」

「えっ、もう?」

「あ、あの美人の事?」

 

 詩乃の言葉で二人は警戒したが、当然八幡はその女性に普通に声をかける。

 

「よぉ萌郁、どうした?」

「八幡のガードに付く事になった」

「ほ?俺の?」

「今日はゲストが多いから、だって」

「ああ、そういう事か、それじゃあ宜しく頼むわ」

「うん」

 

 そして八幡は振り返り、詩乃達の到着を待った。

 

「紹介しよう、こちらはモエモエだ、一応ここでの案内役みたいな感じだと思ってくれ」

 

 いきなりそう紹介されても萌郁は動じない。理由をきちんと把握しているからだ。

唯花と出海は萌郁のスラッとした姿と、それに似合わぬ豊満な胸に羨望を覚えた。

 

「お前達も今日はハンドルネームで通せよ。という訳で、シノン、ヒルダ、アスモゼウスだ」

「うっひゃぁ、リアルでハンドルネームってかなり恥ずかしいんだね」

「八幡さん、せめて私はアスモで………」

「ん、そうだな、長いしその方が良さそうだな、それじゃあそれでいこう」

「「宜しくお願いします」」

 

 二人は萌郁に負けじと若さをアピールしながらそう挨拶した。

 

「モエモエです、宜しく」

 

 二人の挨拶に対し、萌郁はそう答えたが、その視線は何故か下を向いていた。

 

「ん、モエモエ、どうした?」

「ううん、何でもない」

 

 モエモエはニコリと微笑むと、そのまま最後尾に付き、五人は受付へと向かった。

その途中で唯花と出海はこっそりと萌郁に話しかけていた。

 

「あ、あの、モエモエさん、どうやったらそんなに胸が大きくなるんですか?」

「………………分からない」

「そうですかぁ………」

 

 萌郁にしてみれば、そう答えるしかないだろう。

栄養状態が良かった訳でもないし、勝手に大きくなったとしか言えないのだ。

そして五人は受付に到着し、かおりがこちらに声をかけてきた。

 

「あっ、八幡!それにこの前の二人!」

「ああ、ヒルダとアスモだ、入館許可証は出来てるよな?ソレイアル」

「うん、もちろん!でもいきなりで、一人分しか出来てなかったから、

途中で秘書室に寄ってもらって欲しいってさ」

「分かった、秘書室だな、ソレイアル」

「う、うん、でもそう呼ばれるのって何か恥ずかしいね」

 

 かおりはそう言うと、詩乃達三人に、にしし、と人懐っこい笑みを向けた。

 

「私や八幡は平気だけど、ソレイアルさんは確かにそうよね」

「だよねだよね、うっひゃぁ、これ、長くは耐えられないかも」

 

 そんな社交的で明るいかおりを眩しく感じながら、

二人は再び若さをアピールしつつ挨拶をした。

かおりも三人のスカートの短さに気が付いたのか、一瞬視線を下に向けたが、

特に何も言う事はなく、八幡達はエレベーターの方へと向かった。

それを見ながらかおりはぼそりと呟いた。

 

「はぁ、私も昔はあんな感じだったなぁ、若いっていいなぁ、

でもあれはさすがに短すぎる気もするよねぇ」

 

 八幡達はエレベーターの到着を待っていたが、

一階に到着したエレベーターの中から、いきなりまさかのラスボスが現れた。

 

「姉さん、出かけるのか?」

「ええ、ちょっとね。八幡君は確か今日は遊戯室よね?」

「ソレイユさん、こんばんは!」

「あらシノンちゃん、こんばんわ、それに二人とも、いらっしゃい」

「えっ?」

「しゃ、社長さんがソレイユさんだったんですか!?」

 

 前回来た時は、ただソレイユの社長とだけ紹介されていた為、

二人はこの時初めて陽乃がソレイユだと知ったのだった。

 

「こ、こんばんは!」

「お久しぶりです!」

 

 二人は目を輝かせながらそう挨拶した。

二人にとってのソレイユは、色々な意味で遥か高みにいる憧れの存在なのだ。

 

「改めて私がソレイユよ、宜しくね、二人とも」

 

 そう言ってソレイユは、シノンと合わせて三人の姿を上から下まで眺めた。

 

「あらあら、若いっていいわよねぇ」

 

 陽乃はすぐに詩乃達のスカートの短さに気付いたが、

八幡は単純に制服姿と冬なのに生足のままでいる事に対して言ったのだと思い、

うんうんと頷きながらそれに同意した。

 

「本当に寒いのに元気だよなぁ」

「ふふん、目の保養になっていいでしょ?」

「いや、まあどうかな、年中そうだから正直分からん」

 

 その言い方で、陽乃と詩乃は八幡がスカートの短さに気付いていない事を悟った。

 

「シノンちゃん、鈍い男ってこういう時困るわよねぇ」

「はい、本当にそう思います」

 

 二人はひそひそとそう囁き合い、八幡の方を見て苦笑した。

そんな八幡は、陽乃の後ろに控えていた二人に挨拶をしていた。

 

「レヴィ、今回はイベントに参加出来なくて残念だったな」

「ああ、まあ仕事じゃ仕方ないさ」

「おい小猫、お前、年末なんだからしっかり働けよ」

「働いてるわよ、ってか何で私だけそんな呼び方なのよ!ロ・ザ・リ・ア・よ!」

「別にいいだろ、小猫が本名だなんて誰が思うかよ、

あっ、これって言っちゃまずいんだった!」

 

 そのわざとらしい言い方で、八幡がわざと本名を連呼している事に気付いた薔薇は、

プルプルと震えながら八幡に抗議した。

 

「どうしてあんたは私にだけいつも厳しいのよ!」

「ああん?そんなのお前が俺の所有物だからに決まってるだろ、いい加減に分かれっての」

「ぐぬぬ………」

 

 薔薇は悔しそうであり、嬉しそうでもあったが、その姿を見ていた唯花と出海は、

二人はまるで八幡と詩乃を見ているみたいに仲良しだな、という印象しか抱かなかった。

 

「それにしても相変わらず凄いね………」

「戦闘力が高すぎなんだよね………」

 

 二人は久々に見る陽乃、レヴェッカ、薔薇の山脈っぷりに圧倒されていた。

自分達が求めてやまないものがそこにあるのだ。

 

「という訳で二人とも、こっちがヒルダでこっちがアスモだ、

今日は一応面識のある奴らも本名は無しだから、間違えないようにな」

「ど、どうも、ヒルダです」

「アスモです、宜しくお願いします」

 

 今回は若さをアピールしている余裕はなかった。

何故なら二人は薔薇とレヴィにどうしても尋ねたい事があったからだ。

さすがに陽乃に対してそんな事は言えなかったが、

二人はレヴィと薔薇に顔を近付け、八幡に聞こえないようにこっそりこう尋ねた。

 

「「あの、どうしたらそんなに胸が大きくなるんですか?」」

「ん~?俺は遺伝かねぇ」

「私はどうなのかしら、気が付くとこうなってたのよね、

私には女性ホルモンを活発化させるような食べ物を選んで食べろとしか言えないわ」

「そ、そうですか」

「それでも参考になります、ありがとうございます!」

 

 レヴェッカと薔薇は、そんな二人にニコリと微笑んだ。

 

「二十歳過ぎてから大きくなった人も沢山いるから頑張ってね」

「まあ日々の努力って奴じゃねえかな」

「「はい!」」

 

 そして陽乃達は出かけていき、五人はエレベーターに乗り込んだ。

 

「とりあえず秘書室だな」

 

 と、後ろからパタパタと足音が聞こえてくる。

見るとこちらに向かって三人の女性が走ってくるところだった。

 

「そのエレベーター、待って~!」

「お、おいユイユイ、あんまり走るとその、目の毒だからまあ落ち着け」

 

 結衣の胸が激しく上下しており、八幡はうろたえながらそう言った。

 

「だ、だって………」

 

 この時エレベーターに乗り込んできたのは、結衣、優美子、いろはの三人であった。

今日はよく知り合いに会う日だなと思いつつ、八幡は三人に唯花と出海を紹介した。

 

「丁度良かった、こっちがヒルダ、こっちがアスモだ」

「あっ、そうなんだ、あたしはユイユイだよ!」

「あーしはユミーだよ、宜しく」

「イロハです、宜しくね、二人とも!」

「「宜しくお願いします」」

 

 二人は、ソレイユには、

ひいてはヴァルハラにはどれだけ美人が揃ってるんだと思いつつ、そう挨拶をした。

 

「ああ、今日は遊戯室なんだよね?あたし達も後で行ってみようかな」

「おう、いつでも来てくれ、何かで対戦しようぜ」

「あーしも行こうかな」

「私は当然行きますよ!」

「今日は三人は何しに来たんだ?」

「えっと、一応エ………じゃなくて、ロビンやアサギさん達と顔合わせ!」

「就職したら私達がサポートしないといけないので」

「うわ、マジかよ、あいつが来てんのか………」

 

 八幡は絶望の表情で天を仰ぎつつ、

三人に、出来れば自分が来ている事はロビンには内緒にしてくれと頼んだ。

 

「いやぁ、それはどうかな」

「もう察知してそうじゃない?」

「ぐぬぬ、確かにあいつなら否定出来ん、それじゃあ出来るだけ足止めをしておいてくれ、

さすがのあいつも仕事を放り出したりはしないだろ」

「オッケー、分かった」

「八幡、これは貸しにしとくし」

「いいですね、先輩、貸しですよ、貸し!」

「お、おう、分かった分かった」

 

 目的の階に着くまで、さすがに八人だとそれなりに狭かった為、

結衣は八幡にピタリとくっついていた。

普通に『当ててるのよ』状態である。当然わざとなのであるが、

優美子といろははいいポジションを結衣に取られた事を悔しがっており、

唯花と出海はこの狭さでは若さアピールをする事も出来ず、

ただじっとその光景を、羨ましそうに眺めている事しか出来なかった。

更に羨望を感じさせたのは八幡の態度である。

八幡が結衣に向ける視線は優しさに溢れており、二人はそれを羨ましいと感じた。

そして目的の階で下りた五人は、結衣達に別れを告げ、そのまま秘書室を目指した。

 

「あそこが秘書室だ、その手前にあるのが次世代技術研究部な」

「唯花の分の入館証をあそこでもらうのよね?

それにしても今日は随分知り合いに会う日だわ」

「だな、おっと」

 

 途中にある次世代技術研究部のドアが開いた為、八幡はそこで足を止めた。

中から出てきたのは紅莉栖と理央であった。

 

「あら、八幡じゃない」

「あ、師匠、今日は遊戯室って言ってたからそれじゃないですか」

「ああ、そっかそっか、そういえばそうだったわね」

 

 そんな二人に八幡が声をかけた。

 

「おう、クリシュナにリオンか」

「えっ、クリシュナさん?紅莉栖さんがクリシュナさんだったんですか?」

「あ、うん、そうね」

「前回は興奮してて分からなかったけど、

よく見ると凄く若いですよね、クリシュナさん………」

「さ、三人の若さにはちょっと敵わないと思うけど」

 

 紅莉栖は詩乃達と同い年にも関わらず、三人のスカートの丈を見ながらそう言った。

 

「ふふん、これが若さよ」

「師匠も多分日本にいたらこうなってた」

「私、スカートって基本はかないわよ」

「あっ、そういえば見た事ない………」

 

 当の理央はミニスカートであったが、八幡はそれを見て、初めて()()()に気付いた。

 

「あれ、リオン、今日のスカート、何か長くないか?」

 

 その言葉に紅莉栖と理央はぽかんとしたように顔を見合わせ、

二人に詩乃がこっそりとこう囁いた。

 

「八幡ってば、私達のスカートの短さに気付いてくれないのよ」

「ああ、八幡ってそういうところ、あるわよね」

「せっかく気合いを入れてるのにね………」

 

 そして理央は、八幡の問いには答えずに黙ってスカートの裾を上げた。

 

(う………これはやばい)

 

 詩乃達に合わせてみたものの、理央はその丈の短さに危機感を覚えた。

だが八幡は脳天気にこう言った。

 

「おお、お揃いになったな、うん、かわいいかわいい」

「「「「「!?」」」」」

 

 もしかして本当は気付いていて、わざと言っているのだろうか、

五人はそう思ったが、後ろで萌郁が静かに首を横に振った。その口は、こう動いていた。

 

『に・ぶ・い・だ・け』

 

 五人はその口の動きでため息をつき、八幡は訳が分からず首を傾げた。

 

「どうした?」

「ううん、何でも。それじゃあ私達は行くわ」

「おう、またな」

 

 八幡達はそのまま秘書室を目指した。

ここまで結構時間をとられてしまっていた為、やや早足である。

 

「誰かいるか?」

「あっ、八幡様!」

「あら八幡君、待ってたわ」

 

 そこにいたのはクルスと雪乃であった。

クルスに関しては、前回面識があったが、ユキノは初見である。

 

(相変わらず大きい………)

(ソレイユさんもやばい、セラフィムさんもやばいよね………)

 

「おう、マックスにユキノか、ヒルダの入館許可証をもらいに来たんだが」

「あっ、ユキノさんだったんですね、は、初めまして、ヒルダです!」

「ア、アスモです!」

 

 そしてユキノに関しても、二人は別の意味で驚いていた。

 

(ユキノさん、超絶美人すぎない?)

(うん、まさかあの怖いユキノさんがこんな綺麗な人だったなんてね………)

 

「そう、宜しくね、二人とも」

「うん、宜しく」

 

 この場では、唯花と出海は再び沈黙するしかなかった。今は落ち着いたとはいえ、

ユキノの前で胸の話題を出すなと詩乃に言われていたからだ。

もっとも今はそうでもないのだが敢えて火中の栗を拾う必要はないのだ。

 

「ありがとうございます!」

「今日は楽しんでいってね」

「はい!」

 

 秘書室での邂逅はこうして終わり、五人はそのまま遊戯室へと向かった。

 

「おう、ここだここだ」

「どうなってるのか楽しみだなぁ」

「アスモはそうだろうな、さて、入るか」

 

 八幡はドアを開け、中にいた人物に挨拶をした。

 

「今日は宜しくお願いします、ラキアさん。あれ、プリンさんも来てくれたんですね」

 

 そこにいたのは、八幡が手配した裏ボスの大野晶と、その親友の日高小春であった。



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第993話 出海が選ぶのは

今日で暫定1000話に到達しちゃいましたね、実質1000話まであと七話です!


「えっ、ラキアさんと、プリンさん?」

「ど、どっちがラキアさん!?」

 

 前者は当然プリンと知り合いなアスモゼウスの反応であり、

後者はプリンと面識の無いヒルダの反応である。

 

「ええと、ラキアさん、プリンさん、こっちがヒルダでこっちがアスモ、

そしてこいつがシノンです」

「あっ、アスモちゃんだったんだ、久しぶり!」

 

 その久しぶりという言い方と、喋ったというその一点において、

唯花はそちらがプリンだと確信した。

 

「プリンさん!今日はベル君はいないんですか?」

「う~ん、それがねぇ………」

 

 そう言いながら小春はチラリと晶の方を見た。

晶は何かを誤魔化すかのように、鳴らない口笛を吹いている。

 

「実は私、今日はお酒の配達でここに来たのよ、

で、配達が終わってさあ帰ろうって思ったら、何故かラキアが後ろに立ってて、

凄い笑顔で私をここまでぐいぐい引っ張ってきたって訳なの。

だからベルは今頃家で、一人で留守番してるんじゃないかな」

「そっか、それは残念です、ベル君にも宜しくお伝え下さい」

「うん、アスモちゃんはかわいかったよって伝えておくわね」

「そ、そんな」

 

 出海はその小春の言葉に恥ずかしそうに身をよじらせた。

一方唯花は晶に挨拶をした後、そのまま晶に捕まって頭を撫でられていた。

 

「むふぅ」

「えっと、八幡さん、私はどうすれば………」

「ラキアさんが飽きるまで我慢するしかないな、

で、ラキアさん、スプリンガーさんはいないんですか?」

 

 きょろきょろと辺りを見回しながら、八幡にそう尋ねられた晶は、

唯花を解放して小春をこちらに引っ張ってきた。

晶は何か言いたげに首を傾げ、小春に向けて口をパクパクさせた。

 

「………プリンさん、ラキアさんは何と?」

「えっと、仕事を押し付けてきたから今日は来ない、代わりに私を確保した、って、

私をここに引っ張ってきたのはスプリンガー君の代わりだったんだ!?」

「むふぅ」

「なるほど………うわっ!」

 

 八幡はそのまま晶に捕まり、頭を撫でられる事となった。

 

「う………」

「八幡さん、ラキアさんが飽きるまで我慢して下さいね」

 

 唯花は先ほどの仕返しとばかりにそう言い、今度は出海が、小春にこう尋ねた。

 

「あ、あの、プリンさん、ラキアさんって一体いくつなんですか?」

「私と同い年だから、今年で四十七になったはずよ」

「えっ、嘘、プリンさんってどう見ても三十半ばくらいじゃ」

「ふふ、ありがと、でも困った事に事実なのよね、

それにラキアはもっと若く見えるでしょう?」

「た、確かに………」

 

 出海は納得したようにそう答えた。

 

「正直、二十代後半かなと………」

 

 唯花も正直にそう答え、小春は破顔した。

 

「そうなのよ、もう、妬ましいったらありゃしないわよね」

「リ、リアル美魔女………」

 

 小春のその言葉に唯花は呆然とそう呟いた。

ちなみに詩乃は、八幡に聞いて知っていたので驚いてはいなかった。

 

「ふふっ、八幡もラキアさんにかかったら形無しね」

「うるさいシノン、ラキアさんに敵う奴なんか誰も………」

 

 いやしねえ、と言いかけた八幡は、慌てて詩乃から目を逸らした。

 

「あら、どうしたの?」

「い、いやお前、そのスカート、ちょっと短すぎじゃないか?」

 

 ハチマンは今、床に座らさせられて晶に頭を撫でられていた為、

その視界はかなり低くなっていた。

その為に、極限までスカートの丈を短くしていた詩乃のパンツが、

今の八幡からバッチリ見えてしまっていたのである。

 

「今頃気付いたの?もう、遅いわよ」

「え、も、もしかしてずっとそうだったのか?」

「当たり前じゃない、ここには強敵が沢山いるんだから、

私達は過剰なくらいに若さをアピールしないと対抗出来ないのよ!」

「わ、分かった、分かったから、スカートの丈を調節してくれ」

「はぁ、仕方ないわね、ちょっと待ってなさい」

 

 詩乃はそう言って、いつも通りのスカート丈に戻した。

 

「はい、いいわよ」

「お、おう、サンキュー………って、詩乃、隠れてない、隠れてないから!」

「嫌よ、これ以上下げろと?そんな格好悪い事出来る訳がないじゃない、

私に申し訳ないと思うなら、根性を出して自力で立ちなさい」

「くっ………」

 

 八幡は頑張って晶を背負ったまま立ち上がろうとしたのだが、

間の悪い事に、丁度そこに唯花と出海がやってきた。

 

「八幡さん、そろそろ私の対戦相手を………」

「うわっ、お、お前達もか!」

 

 八幡は慌てて顔を背け、立ち上がる事が出来なくなった。

 

「お前達って、何が?」

「ス、スカートだ、スカートを直せ!」

 

 二人はぽかんとしながら詩乃の顔を見た。

詩乃は肩を竦めながら自分のスカートを指差した。

 

「やっと気付いたみたいよ」

「「あ~」」

 

 それで二人もスカートの丈を本来の長さに戻した。

もっとも詩乃同様、今の八幡の位置からは丸見えだ。

 

「八幡ったら、もっと長くしろって言うのよ」

「え、それは女子高生的に絶対無理」

「さすがに私もそれは………」

「お前達の感覚はどうなってるんだよ!?」

「え~?階段とかじゃ、ちゃんと気をつけてるし?」

「別に八幡さんに見られても、どうって事は………いや、まあ恥ずかしいけど」

「お前達もちょっとはラキアさんやプリンさんを見習え!」

 

 確かにラキアのスカートは長い。プリンも世代的に、

どちらかというと長いスカートを着用している。

丁度その時、晶が八幡を解放してくれた為、八幡はホッとして立ち上がり、振り返った。

 

「ラキアさん、助かりました………って、二人とも、やめて下さい!」

 

 見ると晶と小春が共にスカートをたくし上げており、八幡は慌ててそれを止めた。

 

「むぅ」

 

 そう拗ねる晶に八幡は慌てて弁解した。どうやら晶が何を言いたいのか悟ったらしい。

 

「別に見たくないとかじゃなくてですね、俺は常識の話をしてるんです!」

「ちぇ、残念」

「残念とか言わないで下さい、プリンさん!」

 

 八幡は何とか二人を宥め、詩乃達のスカートを見下ろして、何も見えない事を確認し、

コホン、と咳払いをしつつ、露骨に話を変えた。

 

「さてアスモ、勝負の時間だ」

「「勝負って?」」

 

 事情を知らない詩乃と唯花がそう尋ねてくる。

 

「おう、アスモと俺の代理がゲームで対戦して、

負けた方が勝った方の言う事を何でも一つきくっていう約束だ」

「え、本当に?」

「おう、本当だ」

「アスモ、本当なの?」

「あ、えっと………う、うん、

私の知り合いの女性が相手だって聞いてたから、まあいいかなって」

「なるほど」

 

 ここにいる中で、晶と小春の腕前を知っている者は八幡以外にいない。

なので詩乃は、まあそれならいいのかなと考えてしまい、

八幡が負けた時の事ばかり考えていた。

それは唯花と出海も同様であり、余裕なのは八幡ただ一人であった。

 

「ふんふん」

 

 その時晶が八幡の袖を引っ張った。すぐに小春が通訳する。

 

「八幡君、ラキアが、その条件は聞いてないって」

「ああ、いや、エロい要求とかはもちろんしませんよ、この前のイベントの件があったから、

いざという時にこいつを無理やりうちに引き抜けるように、

今から下工作をしてるみたいな、そんな感じだと思って下さい」

「むふっ」

「なるほど、それなら任せて、だってさ」

「助かります、ラキアさん」

 

 どうやら晶もこの前のイベントの件については怒りを感じていたらしく、

同時に巻き添えとはいえ、明確に狙われたアスモゼウスの事も心配していたようで、

その八幡の考えを認め、やる気に満ちた表情で頷いてくれた。

 

「それじゃあ何で対戦するか決めよう、アスモ、好きなゲームを選んでいいぞ」

「う、うん、その前に何があるか見させてもらっていい?」

「確かにそうだったな、自由に見て回ってくれ、ここまで集めるのは凄く大変だったからな」

 

 一応八幡は、もし出海がシューティングゲームを選んだ場合、

自分かもしくは小春に任せて素直に負けるつもりでいた。

春雄と晶はシューティングが苦手だと言っていたし、小春もそれほど得意ではないと、

以前言っていたのを覚えていたからだ。

昨日の経験からして、出海のシューティングゲームの腕前はとても八幡が敵うものではなく、

故に出海がシュ-ティングゲームを選んだ時点でほぼ負けが確定するのだ。

なので今回の勝負に関しては、条件は互角だと言える。

 

「うわ、うわ、これもあるんだ、ってこれ、実在したんだ、初めて見た!」

 

 出海はとても楽しそうに詩乃と唯花と一緒に部屋を回っており、

晶と小春もここに入るのは今日が初めてだった為、

懐かしいね、等と言いながら同様に部屋を回っていた。

残された八幡は、萌郁と一緒に設置されたゼロ円自販機で飲み物を買い、

そんな五人を微笑ましい物を見る目で眺めていた。

 

「そういえば萌郁はゲームは得意なのか?」

「………多分普通?あんまりやった事ない」

「そうか、それじゃあ後で何かやってみようぜ」

「うん、やり方を教えて欲しい」

「もちろんだ、任せろ」

「………ちょっと楽しみ」

 

 相変わらず口下手な萌郁であったが、以前よりは話してくれるようになっており、

頻繁に笑顔も見せてくれるようになっていた為、八幡は密かに喜んでいた。

 

「ところで私ももう少しスカートを短くした方がいい?」

 

 見ると萌郁が下着が見えるほどスカートをたくし上げており、

八幡は慌てて手を伸ばし、萌郁のスカートを元に戻した。

 

「いや、今のままで十分かわいいからそのままでいい」

「そう」

 

 淡々と答えながらもその萌郁の声は嬉しそうであった。

 

 やがて遠くから出海の声が聞こえてきた。

 

「うん、やっぱりこれにしようかな」

 

 八幡達はそちらに向かい、晶達もそこに向かった。

到着してみると、出海が選択したのは、

かつて春雄と晶が全国大会で対戦したという、スーパーストリートファイターIIXであった。

 

(よし!)

 

 八幡は内心ガッツポーズしたが、そんな態度はおくびにも出さない。

 

「よし、ラキアさんがお前の相手だ、どっちが勝っても恨みっこ無しだぞ」

「うん、それでいいよ」

 

 このゲームは実は出海にとっても一番得意なゲームであった。

そして八幡達が見守る中、ついに出海と晶、二人の勝負が始まった。




暫定1000話が、三人娘のパンツに始まり萌郁のパンツで終わってしまうとは………


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第994話 勝負の行方は

第992話において、唯花と出海がソレイユを訪れていますが、以前928、929話でソレイユを訪れていた事を忘れていた為、それに合わせて第992話を少し改稿しました!既知の人物に対する反応が若干変わっています!


「ラキアさん、宜しくお願いします」

 

 そう言う出海の目は燃えていた。それも当然だろう、とんでもない願いはNGとして、

この勝負に勝てば、八幡にそれなりの願いを一つ聞き入れてもらえるのだ。

まさに出海にとっては千載一遇のチャンスである。

 

(この勝負、負けられない、つまりゴウキ一択!)

 

 出海はそう考え、最強の呼び声の高い隠しキャラ、

ゴウキを出現させるコマンドの入力を開始した。

一秒ごとにカーソルを指定キャラに合わせ、スタートボタンを押す。

そしてすぐに三つのボタンを同時に押し、見事にゴウキが登場した。

 

(よし!)

 

 出海は出現コマンドの入力に成功し、心の中でガッツポーズをした。

 

(多分ラキアさんもゴウキだろうけど………)

 

 そう思い、横を見た出海は、晶が指定の操作を何も行っていない事に気が付いた。

 

(えっ?どうして………)

 

 そこで晶が選択したのは、まさかのザンギエフであった。

 

(嘘、スパIIXのダイアグラムだと、レートは九対一だよ!?

今でこそザンギエフは強キャラ扱いだけど、この時代は………)

 

 ダイアグラムとは、要するにキャラの相性や性能差が、

どのくらい偏っているかの数値である。

これが九対一まで広がってしまうと、一の側は基本何をやっても勝つ事は出来ない。

 

(ど、どういう事!?)

 

 出海は別の意味で動揺したが、すぐに心を落ち着かせた。

 

(ううん、例え何が相手でも、私はベストを尽くすだけ)

 

 そう思いながら晶の方をチラリと見た出海の視界に、

晶がレバーを左手の親指と人差し指で弾き、くるりと一回転させる姿が飛び込んできた。

 

「むふぅ」

 

 それが何をしているのかは分からなかったが、

出海は何故か背筋に冷たいものが走るのを感じ、自らの顔をパンと叩いて気合いを入れた。

 

「あ、何か懐かしい」

 

 一方それを後ろで見ていた小春は、そんな晶の姿に懐かしさを覚えていた。

 

「あれって何をやってるんですか?」

「あれはね、最近だとコマンド入力受付が緩くなっててあんまり必要な技術じゃないけど、

指弾きの反動でレバーを一回転させて、

キャラが移動中でもジャンプしないようにする技だよ。私も昔、あれでやられちゃったんだ」

「そうなんですか」

「それで私は彼の事を諦めたんだよね、まあ今となってはいい思い出かな」

「プリンさん………」

 

 そう言いながらもプリンは目を潤ませており、八幡はそんなプリンの肩に軽く手を置いた。

 

「何かごめんね、八幡君」

「いえ、俺にはこんな事しか出来ませんけど」

 

 それで小春も気持ちを落ち着けられたようで、二人は出海と晶の勝負に目を向けた。

 

『ラウンドワン、ファイッ』

 

 そして二人の勝負が始まった。

最初出海はジャンプ中に斜めに撃ち下ろす斬空波動拳を放ち、様子見していた。

これを連打されると、初心者は全く敵に近寄れずに封殺される。

 

(近付いてこない?さっき背筋が冷たくなったのは気のせい?)

 

 時代が違うせいで、晶が使っていた弾き技を、出海は知らなかった。

それでも出海は慢心する事なく慎重に勝負を進めていった。

 

(とにかく懐に入られなければいけるはず)

 

 この戦いは最初、誰が見ても晶が負けると思えるほど、一方的に推移していった。

 

「初戦は負けちゃいますね」

「どうかなぁ、ほら、ラキアの表情、全然落ち着いてるでしょ?

多分今、タイミングを計ってると思うから、

そのタイミングを思い出したらすぐに攻撃を始めると思うんだけどな」

「へぇ、何のタイミングですか?」

「まあ見てれば分かるよ、うん」

 

 ザンギエフのHPゲージはどんどん削れていき、

このままでは完封されて終わると誰もが思っていた。

他ならぬ出海でさえも、さすがにここまでくると、そう思ってしまっていた。

既にザンギエフのHPゲージは残り一割を切り、残り数ドットまで落ち込んでいるのだ。

だがそんな出海の顔をチラリと見た晶は、そのまま一気に反撃に移った。

 

「………しまった!」

 

 晶は出海の操作が緩慢になった隙を突いて素早く敵に接近し、

大技を連発しながらも、決して出海を逃がさない。

 

(あと一撃で一本取れるのに何も出来ない!)

 

 出海は焦ったが、ここで晶の更なる大技が炸裂した。

 

「ファイナルアトミックバスター!?」

 

 出海は呆然とそう呟いたが、時既に遅し、その大技は既に発動しており、

それによって出海のゴウキのHPゲージは一気に吹き飛んだ。

この技は、レバーを二回転させる必要がある為にその難易度は激高である。

だが晶はいとも簡単にそれをやりとげ、一本目の逆転先取に成功した。

 

「あは、私の時よりも早かったね」

「そうなんですか?」

「うん、私は一本目は取れたんだ、決して褒められたやり方じゃなかったんだけどね」

 

 小春は昔を懐かしむようにそう言い、憐れむような瞳で出海の顔を見た。

 

「これでアスモちゃんが心を折られてないといいんだけどね」

 

 当の出海は顔を青くし、同時に晶の持つ技術に背筋を寒くしていた。

だがその目からはまだ光が消えておらず、出海は闘志を向き出しにして、二本目に臨んだ。

 

「今度は負けませんよ!」

「むぅ」

 

 だが開始早々、出海の斬空波動拳は晶によって撃ち落とされ、一気に懐に入られた。

そこからはもうワンサイドゲームである。

何も出来ずに出海は一方的に技を極められ、成す術なく二本目も取られる事となった。

終わってみれば、晶の完勝である。

 

「うわ、負けたぁ!」

 

 出海は絶叫したが、その声には悔しそうな響きはない。

笑ってしまう程の完敗だったせいか、悔しいという感情すら沸いてこなかったのだ。

 

「ラキアさん、凄いです、思わず見蕩れちゃいました!」

「むふっ」

 

 晶は得意げに胸を張り、出海を励ますようにその肩をポンポンと叩くと、

振り返って八幡を引っ張り、椅子に座らせてその膝の上に座った。

 

「あ、あの、何でわざわざ俺を椅子に………」

「むん!」

「えっと………」

「褒めて、だって」

「あっ、分かりました」

 

 八幡は小春の通訳によって晶の要求を理解すると、黙って晶の頭を撫で始めた。

どうも晶は八幡が相手だと、大人ぶるか幼児化するかの二択になるようだ。

 

「お~い出海、俺の勝ちだな、何をしてもらうかはよく考えて決めるからまあそのうちな」

「うっ、わ、分かってるわよ!」

 

 出海は悔しそうにそう言い、唯花と詩乃が出海を慰めていた。

そしてここからはフリータイムである。しばらくして結衣達も合流し、

みんな一斉にゲームで遊び始めた。お金を入れなくても遊べるようにしてある為、

どのゲームもやり放題である。

小春も出海と対戦したがり、二人はヴァンパイアというゲームで対戦し、

小春がかつての持ちキャラであるフォボスというキャラで、出海に勝利した。

 

「うぅ………二人とも強いですね………」

「まあ昔とった杵柄って奴だよ」

「ふんふん」

「そっかぁ、私もまだまだ修行が足りないって事ですね」

「お前は別に、それ以上強くならなくてもいいだろ、今でも俺には完勝なんだからよ」

「まあそうだけどさ………」

 

 八幡は、仕方ないなと思いながら、出海の機嫌をとる為に、

何かのゲームで対戦してあげる事にした。

そして立ち上がった瞬間に、遠くから明日奈の声が聞こえてきた。

 

『待って、待ってってば!』

「ん?あの声は明日奈か?」

「えっ、アスナさんも来てるんですか?」

「私、アスナさんにも会ってみたかったんだよね」

「だよねだよね、アスナさん格好いいもん」

 

 どうやら二人はアスナに憧れているらしい。二人もアスナと同じヒーラーな為、

更に近接戦闘でも凄まじい強さを誇るアスナに憧れるのはある意味当然といえる。

 

「まあこっちに向かってるみたいだし、もうすぐ着くだろ、

それにしても何を大声を出してるんだか………」

 

『本当に待って!ちょっと落ち着いて!』

『ちょっ、は、早いってば!』

 

 その時明日奈の声に混じって、麻衣の声も聞こえてきた。

 

「むっ」

「あっ、も、もしかして………」

 

 その時結衣が焦ったような声を上げ、八幡は結衣に駆け寄った。

 

「おいユイユイ、もしかしてあれって………」

「う、うん、私達だけじゃロビンを抑えられる気がしなくてアスナに援軍を頼んだんだけど、

仕事の話が終わった後、ちょっとお茶しようって言って、

アスナとロビンとアサギは社員食堂の方に行ったんだよね。だからもしかしたら、

お茶が終わった後にロビンがヒッキーに気付いてこっちに向かってきてるのかも」

「だよな、っていうか絶対そうだ」

 

 八幡はそう呟くと、全員に向かってこう宣言した。

 

「みんなやばい、もうすぐ変態がここに来る」

「へ、変態?」

「それってアスナさん?」

「んな訳あるか!ロビンの中の人がここに来るんだよ!」

「ああ!」

「ロビンさんか~!」

 

 その反応から、唯花と出海もクックロビンの事を変わった人だと認識している事が分かる。

そして遊戯室のドアが乱暴に開けられ、廊下から弾丸のようにエルザが飛び込んできた。

 

「あっ、やっぱり八幡がいた~!」

「おっと」

 

 こちらにダイブしてくるエルザを、八幡は見事にキャッチした。

実に慣れを感じさせる挙動である。

 

「おいロビン、俺は別に逃げないから、お前は廊下を走るんじゃねえ」

「八幡ってば先生みたい、あははははは!」

 

 八幡はそのままエルザを下ろし、そこに明日奈と麻衣が追いついてきた。

 

「ご、ごめん八幡君、私でも無理だったよ」

「八幡さん、お騒がせしてすみません」

「いやいや、まあここには身内しかいないし別にいいって」

 

 そう言いながら周囲を見回すと、唯花と出海、それに小春がぽかんとした顔をしていた。

晶は何を考えているのか分からないが、もしかしたら驚いているのかもしれない。

麻衣は晶と前からの知り合いな為、晶に駆け寄って挨拶をした。

 

「あっ、大………じゃなくて、ラキアさん、お久しぶりです!」

 

 八幡はそんな麻衣に小春の事をプリンだと紹介した。

 

「麻衣さん、こちらはプリンさんな」

「あっ、プリンさんだったんですか、私、アサギです、初めまして!」

「あっ、う、うん、あの、もしかして桜島麻衣さん?」

「えっと、は、はい!」

「そ、そうだったんだ、ヴァルハラって凄いのね………」

 

 そう言いながら、小春はエルザの方に目を向けた。

そのエルザはきょろきょろと辺りを見回し、見知らぬ者達に挨拶をした。

 

「おりょ、知らない人がいっぱい!初めまして、神崎エルザで~っす!」

 

 八幡はエルザにはハンドルネームで会話するように指示していなかったが、

エルザと麻衣に関しては、知名度が高すぎる為、その必要は全くないだろうと考えた。

事実その宣言を受け、唯花と出海がこちらに突進してきた。

 

「嘘、本物の神崎エルザさん?」

「ロビンさんってエルザさんだったんだ………」

 

 二人はそう言った後、同時に硬直した。

おそらくその頭の中は、あのエルザさんが変態?という疑問が渦巻いているのだろう。

八幡はその硬直をそう判断し、敢えてエルザに声をかけた。

 

「おい変態、ちゃんと仕事してるか?」

 

 その瞬間にエルザは、自らの足の間に手を入れ、もじもじし始めた。

 

「も、もう、八幡ったら、こんな時間から言葉責めなんて………」

 

 そのままエルザはハァハァし出し、八幡は呆れた声で言った。

 

「お前は本当に人の話を聞かないよな」

「あっ、ううん、聞いてる聞いてる、仕事、仕事だよね?

うん、ALOのバージョンアップまでに休みにしたいから頑張ってるよ、褒めて!」

「おう、えらいえらい」

「そこは、エロいエロいって言う所でしょ~!」

「はぁ………お前さぁ………」

 

 そんなエルザを、唯花と出海は呆然と眺めていた。

 

「ほ、本当に変態?」

「うわ、うわぁ………」

 

 そんな二人を見て、エルザはきょとんとした、

 

「八幡、この二人は?」

「ああ、こっちがヒルダでこっちがアスモゼウスだな」

「あっ、そうなんだね!宜しくねぇ!」

「で、あちらにいるのはラキアさんと、プリンさんだ」

「ラキアさん!何か親近感が沸く!」

 

 確かに身長的にはそうかもしれない。

 

「プリンさんの話だけは聞いてました、初めまして!」

 

 エルザはプリンの存在は八幡に聞いて知っていたが、

ALO内で会った事は無かった為、珍しく丁寧に挨拶していた。

その後、エルザもそのまま皆と一緒に遊戯室で遊び、

しばらくして次の仕事があるとかで、麻衣と一緒に風のように去っていった。

 

「な、何か凄かったね………」

「まああいつはああいう奴だよ」

「うぅ、知らなければ良かったかも」

「う、うん………」

 

 この後、晶と小春も帰り、結衣達も今日の顔合わせに関連して少しやる事があるとかで、

三人仲良く帰っていった。晶達が帰った事で萌郁もお役御免になり、

明日奈はどうやら里香達を置いてこちらに駆けつけてきたらしく、

そちらに合流する為に帰っていった。

 

「さて、四人だけになっちまったな、とりあえず飯でも食うか」

「「「うん」」」

 

 こうして四人は八幡の奢りで食事を終え、そのままマンションへと向かったのであった。



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第995話 持つ者の作法

「あれ、一度ソレイユに戻るんだ」

「いや、こっちだこっち」

 

 ソレイユの駐車場にキットを停めた後、四人は正門の方へと歩いていった。

そして横断歩道を渡り、目の前にある豪華なマンションの前で、八幡は立ち止まった。

 

「え、もしかしてここなの?」

「おう、そうだぞ」

「ち、近い………」

 

 二人はどんな部屋なんだろうとかなり緊張していたが、

部屋に到着し、中に入ると、思ったより内装が女性的な事に驚いた。

 

「これ、本当に八幡さんの部屋?」

「いや、まあみんなで色々いじってくれてるからな、すっかりこんな感じになっちまった」

 

 壁紙が薄いピンクだったり食器棚の中身が花柄だったり、

どうやら八幡の部屋は女性陣にいいように改造されているようだ。

 

「そっかぁ、しかし凄い設備が充実してるよね」

「まあ居心地重視だからな、俺にとっては仮眠所みたいなもんなんだけどな」

「それにしては豪華すぎでしょ!」

 

 唯花がそう突っ込んだ丁度その時、玄関の方からガチャガチャと音がし、

誰かが入ってくる気配がした。

 

「八幡さん、今日は泊まりですか?あっ、詩乃ちゃん!」

「ハイ優里奈、今日はお世話になるわね」

「そうなんだ!あ、えっと、そちらの方々は………」

「私と同じ学校の唯花と出海よ、ALOのプレイヤーで、もちろん八幡とも顔見知りよ」

「そうなんですか!こんばんは、初めまして、櫛稲田優里奈です!」

「あ、こ、こんばんは!」

「初めまして!………って」

 

 優里奈が笑顔でお辞儀をしたのと同時に、

唯花と出海は、ぽよよん、という音が聞こえた気がした。

 

「ちなみにここにいるみんな、同い年よ」

「そうなんですか?わぁ、嬉しいです!」

 

 優里奈は天使のように無邪気に微笑んだが、

当の二人はず~んと落ち込んだような顔をしていた。

 

「あら?どうしたの?」

「う、ううん、世の中の理不尽さがちょっとね………」

「これが胸囲の格差社会なのね………」

「あんた達はまったく………」

 

 詩乃はため息をつき、優里奈は何と言っていいのか分からず苦笑していたが、

それでも優里奈は場を落ち着かせる為の努力を始めた。

 

「とりあえず私、お茶でも入れますね」

「それじゃあ私達は、楽な格好に着替えましょっか」

「待って待って、櫛稲田さんって、確か八幡さんが親代わりをしてるっていう………」

「ええそうよ、前に話したわよね?」

 

 詩乃はその唯花の質問に頷いた。

 

「それって足長おじさん?それとも光源氏計画!?」

「ああ、出海は前もそんな事を言ってたわね………」

「私と八幡さんの関係ですか?」

「うん」

「よくぞ聞いてくれました!私と八幡さんの関係は………」

 

 いつ突っ込もうかとタイミングを計っていた八幡は、

その優里奈の反応に不穏なものを感じ、慌てて会話に割り込んだ。

 

「優里奈は俺の被保護………」

 

 その瞬間に優里奈と詩乃はアイコンタクトを交わし、詩乃が八幡の口を手で塞いだ。

 

「むごっ………」

 

 その隙に優里奈は二人に向かってこう宣言した。

 

「パパです!」

「もがっ、むがががが………」

「八幡さんは私のパパです!」

「「パパ!?」」

 

 マンションでパパという単語から二人が連想したのは、当然愛人という言葉である。

というか常識的にそれ以外はありえない。

 

「ま、まさかあのたわわな果実で毎日フィーバーフィーバー!?」

「わ、私も、私も囲ってみませんか?八幡さん!」

「お前らトチ狂ってるんじゃねえ、優里奈は俺の被保護者だ、

身寄りのない優里奈を知り合いに頼まれて俺が引き取ったんだ。

住んでるのもここじゃなく隣の部屋だしな」

 

 いつの間にか詩乃を後ろ手に拘束していた八幡が、二人にそう説明し、

唯花と出海はその迫力に負けて無言で頷いた。だが負けない者もいる。

 

「ちょっと、痛いじゃない、責任取りなさいよね」

 

 当然拘束されたくらいで大人しくなる詩乃ではない。

だが八幡はすぐには反論せず、痛いと言われたからか、すぐに詩乃を解放した。

 

「あら、殊勝じゃない」

 

(あっ、すぐに離してあげるんだ)

(八幡さん、優しいね)

 

 唯花と出海がひそひそとそう囁き合う。

その言葉が聞こえていたのか八幡は一瞬赤面したが、

すぐに平常心を取り戻し、詩乃に反論した。

 

「先に手を出してきたのはお前だ、俺がやったのは単なる正当防衛だ、だから俺は悪くない」

「正当防衛?そんな事言って、本当は私の手を握りたかっただけなんでしょう?」

 

(何そのエクストリーム反論)

(相変わらず強気だよね)

 

「お前の手にわざわざ握るような価値があるとでも?」

 

(うわ、八幡さん容赦ない!)

 

「あら、やっぱり手より足の方がいいのね、八幡は私の足が大好きだものね。

ほら、好きなだけ握っていいわよ」

 

(えっ、そう返すの?)

(というか八幡さんって足フェチ?)

 

「風評を撒き散らすな、お前の恥ずかしい写真をバラまくぞこの野郎」

 

(八幡さん、子供みたい!)

 

「あら、そんな物があるなら見せて欲しいわね」

「これだ」

 

 そう言って八幡が見せてきたのは、

この部屋のソファーで詩乃がうたたねし、盛大によだれを流している写真であった。

 

(本当にあるんだ………)

(詩乃、かわいい………)

 

「あら、今更私の事が好きアピールをしなくてもいいのよ?

寝顔の写真くらいベッドの中でいつでも撮れるでしょうし、

いくらでもコレクションするといいわ」

 

(これは完全に誘ってますね………)

(というか詩乃って八幡さんと一緒だとこんな感じなんだ)

(詩乃ちゃんは大体こんな感じですよ)

(そうなんだ?学校だとここまでじゃないのになぁ)

 

「いやいや、本当に好きなら誰にも見せないさ、

要するにこれは、誰かに見せても構わない程度の写真ってこった」

「そんなにいつも私が自分の物だってアピールしてるの?

随分と健気じゃない、その健気さに免じて、

仕方ないからクリスマスイヴの夜は、うちに泊まりに来てもいいわよ」

 

((超強引な誘いきた!))

(あはははははは)

 

「お前の部屋に?俺なんかの為に大掃除をさせて、

部屋に足の踏み場を作らせるなんて、そんな苦労はかけられないな」

「そう?残念ね、いつもは掃除しない高い所も綺麗にするつもりだから、

下から私の生足が見放題で、八幡にとっては天国じゃないかと思ったんだけど?

それにもしかしたら、他のものも見えるかもよ」

 

(とことん足で押すよね………)

(でも確かに詩乃の足はなんかエロい)

(ですよね、細すぎず太すぎずスラっとして羨ましいです)

 

「はっはっは、そりゃ天国だな、アニマルプリントのお子様用じゃなければな」

「あら、さっき私のスカートの中身を思いっきり目に焼き付けて、

一人になった時にその記憶で楽しもうとしてる癖によく言うじゃない」

「ストップ、ストップです!」

 

 そこに優里奈が割って入った。

 

「さすがにそれは聞き捨てなりません!

八幡さん、いつ詩乃ちゃんのスカートをめくったんですか?」

「優里奈、めくってない、めくってないからな。

今日はこいつら、スカートの丈を思いっきり短くしてきてやがってな、

そのせいでさっき床に座らさせられた時に、偶然見えちまったんだよ、偶然」

 

 八幡は、偶然の部分を強調しながらそう言い訳をした。

 

「なるほど………詩乃ちゃん達はどうしてそんな事を?」

「だってそうでもしないとあのお色気軍団には敵わないじゃない」

「みんな戦闘力が凄かったもんね………」

「う~ん………」

 

 その説明を受け、優里奈は顎に手を当て、何か考え始めた。

その仕草は妙に八幡に似ており、詩乃は思わず目を見開いた。

 

(長く一緒にいると、やっぱり似るものなのかしら)

 

 やがて優里奈は顔を上げ、詩乃に質問してきた。

 

「ねぇ詩乃ちゃん、その時八幡さん、すぐに目を逸らさなかった?」

「え?ああ、うん、凄い早さだったわよ」

「やっぱり。ねぇ詩乃ちゃん、ちょっと八幡さんの様子をじっと観察しててくれる?」

「え?」

「八幡さんは、私の足をよく見てて下さいね?」

「へ?」

 

 そして優里奈はスカートを徐々にたくし上げていき、本当にギリギリの所で止めた。

八幡の目はそこに釘付けになり、まったく目が離せない。

 

「むむむむむ」

「ほら詩乃ちゃん、八幡さん、目を離せなくなってるでしょ?

男の人ってハッキリ見せちゃうと、逆に目を背けちゃうんだよ」

「た、確かに………」

「ポイントは、妄想をかき立てるギリギリのラインを攻める事かな」

「「おお!」」

 

 唯花と出海も思わずそう声を上げた。

 

「後、胸に拘ってたみたいだけど、胸の谷間ってそんなにいいものじゃないんだよ、

男の人は基本、見てる事をこっちに気付かれてるって思ったら目を背けちゃうし、

好きでもない人にもアピールする事になっちゃうよね?

その点足なら他の人からの視線はカバンとかでガード出来るし、結構応用がきくんだよ」

「な、なるほど………」

「ゆ、優里奈、お前、どこでそんな知識を………」

「駆け引きって奴です、私にはそういうあざとい知識を教えてくれる師匠が沢山いますから」

「あざと………そ、そうか、あいつか!」

 

 八幡の脳裏に浮かんだのは、そういう事に長けた後輩の顔であった。

 

「勉強になるわね、でも優里奈、それじゃあ学校ではどうしてるの?」

「え~?私、学校だといつもこんな感じだよ?」

 

 そう言って優里奈が見せてきたのは、友達と一緒に撮ったらしい、

胸元をキッチリ閉め、丈の長いスカートを履いた、地味な優里奈の写真であった。

 

「ふ、普段は本当にこの格好なの?」

「うん、八幡さん以外にちょっとでも気を持たれるのは嫌だしね」

 

(て、徹底してるね………)

(私も見習おうかしら………)

(でもあれ、持つ者にしか言えないセリフだと思う………)

 

 三人がひそひそとそう囁く中、優里奈は八幡に向き直った。

 

「だから」

「ん?」

 

 優里奈は再びスカートをたくし上げ、胸のボタンを大胆に開けた。

 

「この姿が見られるのは、世界で八幡さんだけですよ」

 

 八幡は何も言えず、盛大に目を泳がせるばかりであり、

さすがの詩乃も、ううむと唸る事しか出来なかった。

 

「「師匠!」」

 

 唯花と出海はどうやら優里奈を師匠認定したらしく、尊敬の目を向けている。

 

「あは、私はそんな柄じゃないよ、それじゃあお茶を入れてくるね」

 

 優里奈はそう微笑み、台所へと向かった。

 

「それじゃあ私達も着替えてきましょうか」

「あっ、そ、そうだね」

「こっちよ」

 

 詩乃はそのまま二人を寝室へと案内した。

そこで更なる衝撃を受ける事になろうとは、二人は想像してもいなかったのであった。



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第996話 やはり俺の教育は間違っている?

あっ、ホワイトデーですね、でもいつも通り、そういう時事的なのは出てきません!


「ここが八幡さんの寝室?」

「共用の寝室ね、今日は私達だけど、誰かが泊まりに来てる時はその人が使うのよ。

当然男女別で、そういう時は八幡は外のソファーベッドで寝てるわ」

「え?それじゃあかわいそうじゃない?自分の部屋なのにさ。

私は別に八幡さんと一緒に寝ても構わないよ?」

「残念だけど、八幡と一緒に寝ていいのは明日奈だけってのがここのルールなのよ」

「ちぇっ」

 

 唯花は舌打ちしながらもそれで引き下がり、

そのままベッドに倒れ込んで、シーツに顔を埋めてその匂いを嗅ぎ始めた。

 

「あっ、こら唯花、ベッドをくんかくんかしないの!」

「詩乃って時々そういうおかしな表現をするよね」

「えっ?ダル君って友達に教わったんだけど、おかしいかしら?」

「う~ん、女の子が使う表現じゃないと思うけど………」

 

 そういった方面にも詳しい出海は控えめな表現でそう言ったが、

詩乃は全く気にした様子もない。

 

「別にいいわよ、かわいいから使ってるだけだし」

「まあ詩乃がいいならいいけどね」

 

 そして唯花は、ため息をつきながらシーツから顔を上げた。

 

「う~ん、八幡さんの匂いじゃなく、干した洗濯物の匂いしかしない!」

「そりゃまあ、優里奈がまめに干してくれてるもの」

「そっかぁ、あ、後で八幡さんにしばらくここで横になってもらおうよ!」

「あら、それはいい考えね、後でそうさせましょうか」

 

(頼んでみる、じゃなくそうさせる、なんだ………)

 

 もっとも八幡はその申し出を断固拒否した為、この計画が実現する事はなかった。

ちなみに合法的にその行為を行える者が明日奈を除いて一人だけ存在するが、

三人はその事には気付かなかった。

 

「それじゃあ着替えちゃいましょうか」

「うん、そうだね」

「やっと制服が脱げるね」

 

 唯花と出海は持ち込んだバッグをごそごそし、そのまま着替え始めたが、

詩乃はクローゼットを開け、そこから着替えを取り出した。

 

「………あれ、詩乃は着替えをここに置いてるの?」

「ええそうよ、このクローゼットは要するに会員用の設備なの」

「会員?会員って何!?」

「えっと、この部屋を自由に使える人に与えられた権利みたいな?

要するにこれは、個人用アイテムストレージみたいなものね」

 

 咄嗟にそういう表現が出てくる辺り、詩乃はもう完全にゲーム脳になっている。

 

「「私も会員になりたい!」」

「ごめん、それは無理なの」

「「何で!?」」

「二人ともハモりすぎ、理由は簡単、二人がまだ未成年だからよ。

ここを使う為には特殊な儀式が必要なんだけど、

その儀式を行う為には、親の影響が強い未成年だとちょっとまずいのよ」

「えっ、それじゃあ詩乃は?」

「親の影響が強い、って言ったでしょ?私はほら、一人暮らしだし、

色々あって、八幡に保護者をやってもらってるくらいだから………」

 

 その詩乃の言葉で二人は、以前進路相談の時に、

八幡が詩乃の保護者として来校していたという話が、

一時期学校中の話題になっていた事を思い出した。

 

「あ、ああ~、確かにあったかも」

「そういえばそうだったね」

「それじゃあここに名前が書いてある人達が、そのメンバーって事?」

「まあそういう事ね、もっともここには未成年者の名前も何人かあるけど………」

 

 そう言いながら詩乃は、フェイリスの名前を指差した。

 

「フェイリスも、両親がいなくて八幡が名目上だけらしいけど保護者をやっているわ」

「そ、そうなんだ………」

「優里奈もそうだし、紅莉栖も片親で、しかも親との縁はほとんど切れているみたいよ。

逆にあれだけ八幡と親しいのに、理央の名前は無いでしょ?」

「あっ、本当だ!」

「そういう事かぁ………」

 

 二人はそれで、ここのルールに納得してくれたらしい。

 

「ちなみにもうすぐランとユウキもここのメンバーになると思うけど、

二人とも身寄りはいないわ。当然保護者は八幡よ」

「八幡さん、凄いなぁ………」

「完全に足長おじさんだね」

 

 二人は詩乃のその説明を聞き、八幡への尊敬を新たにした。

 

「まあ高校卒業までの我慢だから、それまでに何かやらかさないようにしなさいね」

「う、うん!」

「そう考えるとあと一年ちょっとだね!」

 

 二人は卒業までは、とにかく問題は起こさないようにしようと心に誓った。

どうやらこの部屋に居場所を確保する気が満々のようだ。

 

「しかし凄い人数だよねぇ」

「女の人ばっかり」

「あら、一応キリトの荷物もあるのよ、居間の隅にだけどね」

「あっ、そうなんだ」

「ちなみに八幡に男友達が少ないって事じゃなくて、いや、まあ少ないんだけど、

この部屋に招けるような男がキリトしかいないってだけな話だからね」

「二人ってそんなに仲がいいんだ?」

「ええ、あの二人と明日奈を含めた三人の絆は特別なの、私でも入り込めないくらいにね」

「へぇ」

「じゃあ師匠は?」

 

 出海が突然そんな事を言い出した為、詩乃はきょとんとした。

 

「師匠?ああ、優里奈の事?」

「うん」

「優里奈もある意味特別ね、多分八幡は優里奈の事を、

本当の身内みたいに思ってると思うわ」

「そっかぁ」

「確かに八幡さん、師匠に頭が上がらなさそうだったしね」

 

 二人はそう言って何気なく優里奈の名前が書かれた収納を見て、ピタッと動きを止めた。

 

「どうしたの?」

「あ、いや、あれ………」

 

 二人が指差す先に見えたのは、優里奈のブラであった。

 

「これ、絶対メロンとか入ると思うんだ」

「あはははは、確かにそうね、まあ私はそこまで胸にこだわりはないけど、

二人とも興味があるなら試着させてもらえば?丁度優里奈もいる訳だしね」

「いいの?」

「ええ、ちょっと優里奈を呼んでくるわね」

 

 詩乃はそう言って部屋の外に出ていき、すぐに優里奈を連れて戻ってきた。

 

「連れてきたわよ」

「どうしたんですか?」

「いやね、優里奈にちょっとお願いが………」

「あっ、はい」

 

 そして事情を聞いた優里奈はその頼みを快諾した。

そして最初に唯花がチャレンジしてみたが、当然の如く、胸がスカスカ状態となった。

 

「うん、私にメロンは無理!」

「凄いサイズよね………」

「ほら、出海も試してみなよ」

「う、うん」

 

 続けて出海がチャレンジしたが、当然の如くスカスカ状態となった。

 

「うん、私にスイカは無理!」

「スイカは言いすぎです!」

「世の中にはスイカップって言葉もあるけどね」

「これで同い年なんだよね………」

「はぁ、羨ましい羨ましい」

「ねぇ師匠、参考までにスリーサイズは?」

「あっ、はい」

 

 優里奈は正直にサイズを申告してくれたが、

ウェストの数値を聞いた瞬間に、二人はまた動きを止めた。

 

「えっ?嘘!?」

「本当に?」

「本当ですよ?」

「えっと………」

 

 唯花は優里奈と自分のウェストのサイズを実際に触って比べ、盛大に落ち込む事となった。

 

「私より細い………」

「わ、私も多分負けてる………」

 

 数値で判断したのか出海も唯花同様落ち込んでいた。

 

「しかもこのお尻は………」

「きゃっ」

 

 唯花は落ち込んだ気分のまま優里奈のお尻をまさぐり、優里奈は思わず悲鳴を上げた。

 

「うん、いい子が産めるね………」

「あ、あは………まあ八幡さんによく似た元気な子を産みたいとは思ってますけど」

「まあそうよね、私もどちらかというと安産型だし、とにかく健康な子供を産むつもり」

 

 優里奈のその言葉に詩乃があっさりと同意し、さすがの二人も仰天した。

 

(わ、私達と覚悟の方向性が全然違う気が………)

(二人の愛が重い………)

 

 二人がひそひそとそう言葉を交わし合ったその時、部屋のドアがノックされた。

 

「あら?八幡かしら?」

 

 八幡はドアを開けず、そのまま外から声をかけてきた。

 

「お~いお前達、早く着替えないとお茶が冷めちまうぞ」

「あっ、そうでした!」

「そういえばそうね」

「ごめん、すぐ着替えるから!」

「おう、頼むな」

 

 その言葉から、八幡が四人を待ってくれている事が分かる。

そして部屋を出た四人はテーブルに座り、お茶をすすった。

 

「ふう、まだ温かいわね」

「間に合ったね!」

 

 そしてお茶会という訳ではないが、雑談が始まった。

 

「ところで八幡、出海への罰ゲーム的なのはどうするつもり?」

「まあぼちぼち考えるさ」

「お、お手柔らかに………」

「えっ?何ですかそれ?」

 

 唯一事情を知らなかった優里奈にそう尋ねられ、

詩乃は今日あった事を優里奈に話してきかせた。

その瞬間に優里奈は出海の方に身を乗り出してきた。

 

「うわ、ボーナスゲームじゃないですか、羨ましいです!

上手く八幡さんの思考をそっち方面に誘導しないとですね!」

 

 それを聞いた八幡は、とても情けなさそうな表情をした。

 

「や、やはり俺の優里奈への教育は間違っているんだろうか………」

「そんな事ないですよ、私、八幡さんと一緒にいられてとっても幸せですから!」

 

 実際八幡の教育は優里奈に影響を与えてはいない。

与えているのは八幡が知らない所で泊まりに来ている不特定多数のお姉様方である。

 

「そ、そうか、まあそれならいいが」

 

 八幡は頬をポリポリと掻き、優里奈はニコニコと微笑んでいた。

そんな二人の様子を見て、三人はひそひそと囁き合っている。

 

「なんかもう、着々と外堀が埋まってない?」

「優里奈、恐ろしい子………」

「こういうのも女子力って言うのかな………?」

 

 その後四人は少し狭かったが、一緒にお風呂に入り、

その後は部屋で八幡トークで盛り上がった。

次の日の朝、三人は優里奈に見送られ、そのまま学校まで八幡に送ってもらい、

八幡も学校があるので急いで帰還者用学校へと向かった。

 

「優里奈にまた友達が増えたか、まあいい事だな」

  

 優里奈は夜の間に仲良くなったのか、唯花と出海をちゃん付けしており、

口調も詩乃に対するのと同じような感じとなっていた。

八幡はそんな優里奈の交友関係の充実を嬉しく思いつつ、帰還者用学校へと登校した。

そして昇降口に向かった八幡は、そこで意外な人物と遭遇する事となった。



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第997話 昇降口の衝撃

 学校に到着した八幡は、キットを駐車場に停め、そのまま昇降口へと向かった。

歩きながらふと目を上げると、教室の窓からこちらを見ている明日奈の姿が見える。

八幡が自分に気付いた事に喜んだのか、明日奈がぶんぶんと、

千切れんばかりにこちらに手を振ってきた為、

八幡は苦笑しながらそちらに手を振り返した。

 

「さて、今日もしっかり学ぶか」

 

 八幡は清々しい表情でそう呟くと、そのまま昇降口へと向かった。

そして自分の下駄箱から上履きを出そうとした瞬間、

八幡は背後から殺気を感じ、咄嗟に体を反らした。

 

 ブンッ!

 

 それまで八幡が立っていた位置を何者かの拳が通過する。

それを見上げる格好のまま八幡はその手を掴むと、

そこを支点に腹筋に任せて力任せに体を起こそうとし、それと同時に握った腕を引っ張って、

敵のバランスを崩して引き倒そうと試みた。

だがここで八幡にとって、想定外の出来事が起こった。

八幡に避けられるとは思っていなかったのか何なのか、

敵がほとんど抵抗も出来ずにそのまま八幡の方に倒れてきたのである。

八幡はこのままだと後頭部を痛打する可能性があると考え、必死に顎を上げて受身をとった。

だが八幡のそんな努力をあざ笑うように、更に予想外の事が起こった。

 

(何っ!?)

 

 いきなり顔に柔らかい物が押し当てられ、受身がとれなくなったのだ。

 

(やばい!)

 

 八幡は後頭部を床に打ち付ける事を覚悟したが、

その時八幡の顔がその柔らかい物にぐいっと押し付けられ、

頭の後ろにクッションのような物が差し込まれた。おそらく相手の手だと思われる。

だが衝撃を殺しきる事は出来なかったようで、八幡は後頭部に衝撃を受け、

徐々に遠のく意識の中でこう考えた。

 

(もしかして敵じゃなかったのか………?)

 

 だがその真偽を確認する事も出来ず、八幡の意識は暗転した。

 

 

 

 八幡の到着を教室で待っていた明日奈は、担任の先生が教室にやってきても、

まだ八幡が到着しない事を訝しく思っていた。

 

「ねぇ里香、八幡君、どうしたんだろ?」

「さっき登校してたよね?う~ん、もしかしてまた理事長にでも捕まったんじゃない?」

「あっ、そうかも」

「というかそれくらいしか思いつきませんよね」

「まあ学校で危険なんか無いだろうし、大丈夫じゃないか?」

 

 和人のその言葉に、里香はジト目を向けた。

 

「別の意味で身の危険ならあると思うわよ」

「た、確かに………」

 

 和人は八幡の頭の上に、理事長が胸を乗せている光景を思い浮かべ、

ぶんぶんと頭を振ってその光景を振り払った。

その時スピーカーからザザッという音が聞こえ、急に校内放送が響き渡った。

 

『結城明日奈さん、結城明日奈さん、至急保健室までお越し下さい』

 

「えっ?」

「おい、もしかして八幡に何かあったんじゃないか?」

「かも………先生すみません、ちょっと行ってきます!」

「明日奈、後でどうなったか教えてくれよ」

「八幡の事お願いね!」

「明日奈さん、慌てすぎて転ばないで下さいね!」

「気を付ける!それじゃあみんな、後でね!」

 

 心配そうな顔をした仲間達にそう告げると、

明日奈は教室を飛び出して保健室へと向かった。

 

 

 

 頭に衝撃を受けた直後、八幡は、まどろみの中にいた。

 

「………………谷!」

 

(くそっ、やっちまった………)

 

「………………企谷、比企谷!」

 

(この声、何か聞き覚えがあるような………)

 

 直後に浮遊感があり、八幡はどうやら自分は誰かに抱え上げられたらしいと感じた。

そのまま八幡の意識は消失し、気が付くと八幡は、総武高校の奉仕部の部室にいた。

雪乃と結衣が、しげしげと自分を見つめている。

 

「あ、あれ?」

「あら比企谷君、やっとお目覚め?」

「お、おう、すまん、俺、寝ちまってたのか」

「ヒッキーが部室で寝るなんて珍しいね」

「もしかして疲れているのかしら、今日は依頼も無いし、もう少し寝ててもいいわよ?」

 

(あ、これ、夢ってやつだ)

 

 その雪乃の反応で、八幡はそう自覚した。

高校時代の雪乃が八幡にそんな優しい言葉をかけてくる事などありえないからだ。

本物の雪乃なら恐らく、学校は寝る所じゃないとお説教してきた事だろう。

 

「そうだね、帰る時はあたしが起こしてあげるし」

 

 対する結衣は、高校の時からあまり変わっていないような印象を受ける。

 

(何で突然こんな夢を見るんだろうかなぁ、理由が分からん)

 

 そう思いつつも、八幡はとてもだるかった為、二人の勧めに従いそのまま寝る事にした。

 

「悪い、それじゃあお言葉に甘えるわ」

「ええ、ごゆっくり」

「おやすみ、ヒッキー!」

 

 そして八幡が目を瞑った瞬間に、いきなり教室のドアが開いた。

同時にノックの音が聞こえてくる。

 

(先生、相変わらず開けるのと同時にノックするんだな………)

 

「先生、ドアを開けるのはノックの返事を確認してからにして下さい」

 

(ああそうそう、先生いつもそうやって雪乃に怒られてたっけ)

 

「おお、すまんすまん、ん、比企谷は寝ているのか?珍しいな」

 

(すみません、何か眠いんです)

 

「ふむふむ………」

 

 八幡はじろじろと観察されている気配を感じ、

そのプレッシャーに負けて仕方なく目を開いた。

目の前にあったのは、当然の事ながら自分の顔を覗き込む平塚静の顔であったが、

意外にもその顔は、かつて一度も見た事がない、半分泣きそうな顔であった。

 

「は?え、あれ、先生、何でそんな顔をしてるんですか?

もしかして雪乃にガチで怒られましたか?」

 

 八幡は静の事を心配し、慌てて体を起こした。

 

「ひ、比企谷、良かった!」

 

 直後に静が八幡の顔を、自分の胸に押し付けて思いっきり抱きしめた為、八幡は狼狽した。

 

「ちょ、先生、自分が嫁入り前だって事を自覚して下さい!」

「そんな事、今は別にいいんだ。とにかく本当に良かった!」

「良くないですって、ほら、離れて下さい!」

「むぅ、仕方ない、分かった」

 

 静はそう言って八幡を解放した。気が付くとそこは奉仕部の部室ではなく、

いつの間にか帰還者用学校の保健室へと変わっており、

だが静だけが夢から飛び出してきたように、八幡の目の前に確かに存在した。

 

「あ、あれ?雪乃と結衣は………」

「ん、まだ意識が混濁しているのか?あの二人がここにいる訳がないだろう?比企谷」

「あれ、俺の名前を呼ぶその声………ついさっき聞いたような」

「ああ、すまない、確かに私はずっと君の名を呼んでいたから、

それがおそらく耳に残ったんだろう」

 

 それで八幡は、何故先ほど昔の夢を見たのかその理由を理解した。

静の声で、古い記憶が刺激されたのだろう。

その事に一人納得しつつも、特に言う事でもない為、八幡はその事に触れなかった。

 

「俺の名前をですか?というか先生、何でうちの学校にいるんですか?」

「うむ、さて、何から説明したものか………」

 

 そして静は事の顛末を八幡に説明し始めた。

 

「実は今日、私は用事があってこの学校を訪れたのだが、

偶然昇降口で君の姿を見つけてな、久々にスキンシップをとろうと思って、

君の背後から近付いて、こう、一発いいのを入れてやろうとだな………」

「あの殺気は先生かよ!てかそれスキンシップじゃねえから!」

 

 八幡は昇降口での殺気の正体を知り、抗議の声を上げた。

 

「あはははは、まあそう言うな、

で、必殺の気合いを込めて君に一撃をお見舞いしようと思ったんだが、

まさかあの状態から避けられるとは思いもしなかったぞ、本当に強くなったな、比企谷」

「先生ももう結婚するんですから、いい加減そういうのはやめて下さいよ………」

「う、うむ」

 

 静が曖昧に頷くに留めた為、八幡は、これはまたやるなと直感した。

 

「そしてここからはお詫びになる。

君に反撃されそうになって私はパニックを起こしてしまってな、

バランスを崩して君を押し倒してしまいそうになったんだ。

ああ、おかしな意味じゃないぞ、あくまで言葉通りの意味だ。

で、このままだと君が後頭部から床に激突すると思った私は、

咄嗟に君の頭を抱え、衝撃を若干緩和させる事に成功した。

だがそれでもかなり衝撃があったらしく君は気絶した。

なので私は慌てて君を保健室に運び、今が目覚めるのを待っていたと、まあそんな感じだな」

「ああ、そういう事ですか………」

 

 八幡はそれで事情をやっと理解する事が出来た。

要するにあの柔らかい物は先生の胸………そう考えた瞬間に、八幡は顔を赤くした。

 

「せ、先生、嫁入り前なんですから、もっと自分の体を大切にして下さい」

「ん、何故顔を赤くしてるんだ?ははぁ、さては私の胸の感触を思い出しているのだな、

まあ言いたい事は分かるが今回の事は明らかに事故だ、遼太郎も分かってくれるだろう」

「それはそうですが、わざわざ報告しないで下さいね、俺の身が危険になりますから」

「もちろんだ、それくらいは私も理解している」

「でもその原因を作ったのは先生なんですから、今後は自重して下さい」

「う、うむ………まさか君に諭される日が来るとはな………」

 

 静は気まずそうな顔でそう言った。自分でも失敗したと思っているのだろう。

 

「で、先生はどうしてうちの学校に?」

「ああ、それなんだが………」

 

 その時校内放送が流れてきた。

 

『結城明日奈さん、結城明日奈さん、至急保健室までお越し下さい』

 

「お?」

「ああ、私がさっき、明日奈君をここに呼んでもらえるように、

事務の先生に頼んでおいたんだよ」

「そういう事ですか、よく俺が目覚めたのが分かったなって驚いちゃいましたよ」

「ふふ、それは偶然だがね、せっかくだし、話の続きは彼女が来てからにしよう」

「あ、はい」

 

 意外にもそれほど待つ事はなく、明日奈は一分くらいですぐに姿を現したが、

おそらく全力で走ってきたのだろう、明日奈はかなり息をきらせていた。

 

「はぁ、はぁ………八幡君、いるの?」

「おう、こっちだ明日奈、ベッドの方な」

「どうしたの?具合でも悪く………あっ、静先生!」

「久しぶりだね明日奈君」

「はい、お久しぶりです!」

 

 明日奈は息を整えながら静の横に座り、二人は再会を喜んだ。

 

「で、何があったの?」

「ああ、実は朝、

私がいたずら心を起こして比企谷に一発いいのを入れてやろうとしたんだが」

「あ、あは、相変わらずですね………」

 

 明日奈は苦笑し、その後の説明を八幡が引き継いだ。

 

「それに反撃しようとした俺が足を滑らせて頭を打っちまって、

気絶して保健室まで運んでもらったと、まあそんな感じだな」

「そっかぁ、ちっとも教室に来ないから心配してたんだよ、平気そうで良かった」

「まあだが検査はしてもらった方がいいだろうから、

この後病院に行った方がいいな、

さっき頼んでおいたから、おそらく今病院の予約をとっているはずだ」

「そうですね、わざわざすみません」

「なに、私はそうしてもらえるように頼んだだけだ。

私が言わなくてもそう手配していただろうしな」

 

 当然静の言う通り、既に予約済である。さすがに仕事が早い。

おそらくまもなく病院に行くように指示が来るはずである。

 

「で、先生はどうしてうちの学校に?」

「ああ、その事を今比企谷にも説明しようとしていた所だ」

「あっ、そうだったんですね!」

「それでだな」

 

 そう言って静は口を開いた。

 

「これはまだ内密にして欲しいんだが、四月から私が君達の担任になる」

 

 その言葉に二人は目を見開いた。



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第998話 涙腺が緩む日

「四月から、私が君達の担任になる」

 

 その静の言葉に一瞬固まった後、明日奈は飛びあがって喜んだ。

 

「そうなんですか?やったぁ!」

 

 そして八幡は、僅かに涙腺を緩ませていた。

 

「でも先生、どうしてそんな事に?」

「ああ、元々この学校は特殊な学校で、二年限定だ。その事は分かるよな?」

「あっ、はい、それは知ってます」

「で、教師の手配についてだが、他の学校に移動する予定になっていた者が、

一年赴任を遅らせてその任に当たる事になってるんだ。

一年くらいなら、まあ学校側も何とか出来るだろうという事でな」

「………ああ、負担を平均化させる、みたいな感じですか」

 

 八幡は静の言葉を咀嚼し、その理由に納得した。

 

「そういう事だな、そして次は私の番だったと、まあそれだけの話だ」

「そうなんですか、って、先生、総武高校をやめちゃうんですか?」

 

 どうやら八幡にとって、総武高校と平塚静はイコールで繋がっているらしい。

これはおそらくちゃんと卒業出来なかった事に起因しているのだろう。

そんな八幡に静は笑顔を向け、冗談混じりに言った。

 

「そういう事になるな、また君の面倒を見なくてはならないというのは苦痛だが、

これも上の決定だ、まあ仕方がない」

「む、昔みたいに問題児のままじゃないですから」

「ははっ、そうだといいな」

 

 そんなムキになる八幡を見て、明日奈は八幡君かわいい、などと内心で思っていたが、

その表情がとても嬉しそうなのを見て、自然と笑みがこぼれた。

 

「だがまあまだ秘密だからな、誰にも言わないでくれよ」

「あっ、はい、分かりました」

「先生、春からお世話になります!」

「うむ、こちらこそ宜しくな、二人とも」

 

 そして静は打ち合わせがあるとかで去っていき、代わりに戻ってきた保健の先生から、

八幡は病院に検査に行くように伝えられた。

移動はキットで行うが、一応付き添いがつくらしい。

 

「分かりました、それじゃあ明日奈、ちょっと行ってくる」

「うん、結果が分かったらすぐに連絡してね?」

「おう、まあ先生がかばってくれたから大丈夫だとは思うけどな」

「それでもだよ!」

「ははっ、分かってるって」

 

 心配そうな明日奈を宥め、八幡はそのままキットの所に向かったが、

そこで待っていたのはまさかのまさか、理事長の雪ノ下朱乃であった。

 

「………り、理事長?何でここにいるんですか?」

「あら、そんなの私が付き添いだからに決まってるじゃない」

「えっ、そうなんですか?ほ、他の人でよくないですか?」

 

 八幡は及び腰でそう言った。

朱乃と一緒だと、どう考えても穏便に終わるとは思えなかったからである。

 

「他の人は授業とかがあるし、一番影響が少ないのが私だったというだけよ、

ささ、早く行きましょう八幡君」

「は、はぁ………」

 

 八幡はそう正論を言われ、嫌々ながらも朱乃に従う事にした。

そして病院に向かう途中で、朱乃がいきなり爆弾を落としてきた。

 

「ところで八幡君、平塚先生から、担任の事は聞いたかしら?」

「あっ、はい、まだ秘密でとは言われましたが、さっき聞きました」

「うふふふふ、それ、私の手配だから、一生恩に着るのよ?」

「そうなんですか!?」

「ええ、本当よ」

 

 その事自体には感謝の念が耐えないが、

八幡はその事を理由に朱乃が何か無茶ぶりをしてくるのではないかと警戒していた。

だが朱乃の口から続けて出てきたのは、八幡が全く考えもしていなかった言葉であった。

 

「これは今年度限りで学校を去る事になる、私からの八幡君への贈り物よ、

だから特に裏は無いから安心してね」

「えっ、理事長も交代ですか!?」

「ええ、さすがの私もソレイユ建設の社長との掛け持ちをこれ以上続けるのは辛いのよ、

だから三月には別の人が理事長として赴任してくるわ」

「そ、そうですか、それは残念ですね」

 

 八幡は朱乃がいなくなる事を純粋に寂しいと感じていた。

色々困らさせられてはいたが、それでも朱乃は頼りになったし、

何より八幡は、朱乃と一緒に過ごす時間がとても楽しかったのだ。

 

「あら、随分と寂しそうじゃない」

「当たり前じゃないですか、俺、理事長には本当にお世話になりっぱなしで………」

 

 八幡は再び涙腺が緩むのを感じていたが、そこは男の子らしく必死で我慢していた。

そんな八幡を朱乃はそっと抱き寄せると、我が子を愛おしむようにその頭を撫でた。

 

「別に永遠の別れって訳じゃないわよ、また仕事絡みですぐに会う事になるわ」

「は、はい、そうですね」

「だからそんなに寂しがらないで、後任の人とも仲良くしてあげてね」

「誰が来るかにもよりますが、努力します」

 

 そして朱乃は八幡を解放し、心配ないという風に明るく笑った。

 

「うふふ、その心配はないわよ、だって後任は、あなたの身内ですもの」

「えっ、そうなんですか?」

「ええそうよ、後任は結城京子さん、あなたの将来のお義母さんよ」

「京子さんが!?」

「だから安心してね、八幡君」

「そうですか、京子さんですかぁ………」

 

 後任がおかしな人物だったら嫌だなと思っていた八幡は、それで肩の力を抜く事が出来た。

 

「まあこれもまだ秘密だから、誰にも言っちゃ駄目よ?」

「あっ、はい、分かりました、特に明日奈には絶対に秘密にして、

当日に驚かせてやる事にします」

「それがいいわね、ふふっ、うふふふふ」

「あは、あはははは」

 

 二人はそのまま楽しそうに笑った。

こうして朱乃と一緒に悪だくみをするのは八幡にとってはとても楽しい事のようである。

 

「ところで検査ってどこの病院でやるんですか?」

「あなたが入院していた病院よ」

「ああ、あそこですか!それじゃあちょっと鶴見先生にも挨拶しないとですね」

「リハビリの先生だったわね、そうするといいわ」

 

 そして病院に着いた後、八幡を看護婦に託し、

朱乃は顔を出す所があると言って去っていった。

ここは雪ノ下系列の病院なのだし、色々としがらみもあるのだろう。

 

「さて、早く検査を受けて、明日奈を安心させてやらないとな………」

 

 八幡は大人しく検査を受け、どこにも異常が無い事が確認出来た為、

直ぐに明日奈に連絡を入れた。

 

「………という訳で何も問題は無かった、心配させてすまなかったな」

『そっか、良かった、それで今日はこれからどうするの?』

「念の為に帰って寝ておくように、だとさ、なのでマンションで大人しく寝てる事にするわ、

あそこならもうすぐ優里奈も帰ってくるし、何かあっても問題ないだろ」

『確かにそうだね、分かった、それじゃあまた明日だね』

「ああ、明日奈、また明日な」

『ぷっ』

 

 いきなり明日奈が噴き出した為、

八幡は自分の発言がおやじギャグになっている事に気が付いた。

 

「い、いや、違う、今のは偶然だからな」

『分かってるってば、それじゃあまたね、八幡君』

「おう、またな」

 

 八幡は明日奈との通話を終え、そのままリハビリ室へと向かった。

 

「さて、鶴見先生はっと………あ、いた」

 

 遠くで二人組の少女の面倒を見ている鶴見由美の姿を見つけた八幡は、

ゆっくりとそちらに近付いていく。だがそんな八幡を呼び止める者がいた。

 

「あら、八幡君?」

「ん、あれ、経子さん?どうしてここに?」

「それはこっちのセリフなんだけど………」

 

 経子は苦笑しながら、今まさに八幡が向かおうとしていた二人組の方に目を向けた。

 

「ほら、あそこで藍子と木綿季がリハビリしてるじゃない?私はその付き添い」

「えっ、あれ、アイとユウですか?」

 

 八幡は驚いた顔でそちらに目を凝らした。

 

「あっ、本当だ………」

「分かってて向かってたんじゃないの?」

「あ、いえ、あの二人を見てくれている先生に、以前俺もお世話になったんですよ、

だから挨拶しようと思ってたんです」

「ああ、そういう事なのね」

 

 経子はそう言うと、八幡を二人から見えない位置まで引っ張っていった。

 

「ふう、ここならいいわね」

「どうしたんですか?」

「これ言っていいのかしら、まあ仕方ないわね、

ほら、今日はあの二人、学校を休んだでしょう?」

「え?ああ、すみません、実は俺、登校中に頭を打っちゃって、

今日は一応検査って事でここに来たんですよ」

「えっ、大丈夫だったの?」

「はい、問題ありませんでした」

「それならいいけど………」

 

 経子はホッとした顔をし、チラリと二人に目を走らせた。

 

「それでね、あの二人のリハビリなんだけど、今日一日状態を確認してみて、

問題無かったら今日で終わりって事になってるのよ」

「えっ、早くないですか?」

「そうでもないわよ、だってあの二人、

メディキュボイドに入るまでは普通に歩いてたでしょう?

それも大した長さじゃないし、足に疾患があった訳でもないし、

筋力の衰えだけが問題だったんだもの」

「そ、そう言われると確かにそうですね」

 

 自分がリハビリした時のイメージがあったからか、

八幡はまだまだかかると思い込んでしまっていたが、

そう考えるとなるほど、そんなに長くかかるはずがない。

 

「そうですか、あの二人が遂に………」

「あの二人、明日あなたを驚かせるんだって張り切ってるから、

出来れば今日は挨拶は諦めて、このまま大人しく帰って欲しいんだけど………」

「ああ~、俺がサプライズを台無しにするところだったんですね」

 

 八幡は、危なかったと冷や汗をかいた。

 

「分かりました、そういう事なら挨拶はまた今度の機会にします」

「本当にごめんなさいね」

「いえいえ、って事は、あの二人が明日から登校してくるんですね」

「そうなのよ、だから頑張って驚いてあげてね」

「演技っぽくならないように頑張ってみますよ」

「あと明日はあの二人にお弁当を持たせるから、八幡君達も付き合ってあげてね」

「なるほど、分かりました、連絡を回しておきます」

 

 八幡は笑顔でそう答えると、チラリと二人の方を覗き込んだ。

 

「………確かにもうリハビリの必要は無さそうですね」

 

 そこには元気良く飛び回る二人の姿があり、八幡は目頭を熱くした。

どうも今日は泣かされそうになる事が多いな、などと考えながら、

八幡は経子に挨拶をし、朱乃と合流してそのまま学校に向かって朱乃を下ろすと、

自分はそのままマンションへと向かった。

 

「明日は頑張って驚いてやるとするか、飯も教室で机を並べて………」

 

 八幡はそう考え、理由を告げずに仲間達に明日は弁当を持ってくるように伝えた後、

どこかに再び電話を入れ、その日はしばらく何か調べ物をしていたのであった。



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第999話 動く小人の靴屋

ああ、本来なら今日大団円を迎える予定だったんですね…千話まであと一話!


 レプラコーンのトップ職人達の集まりである小人の靴屋、

そのギルドホームは、アインクラッド第八層の主街区、フリーベンの一角にあった。

その館に今、ギルドマスターのグランゼと共に、七人のプレイヤーが集まっていた。

 

「で、これが真黄龍から得た素材?」

「はい姉御、黄龍鉱です」

 

 その七人のプレイヤーとは言うまでもなく、

ゴーグル、コンタクト、フォックス、テール、ビアード、ヤサ、バンダナの、

元ロザリアの取り巻き七人衆であった。

要するにこの七人が真黄龍に魔砲で止めを刺した真犯人であり、

その黒幕がグランゼだという事である。

 

「武器とかは落とさなかったの?」

「いや、あるにはあったんですけどね」

「これです」

 

 そう言ってグランゼに差し出されたのは、

どこからどう見ても黄龍を模したと分かる意匠が施された、一本の剣であった。

 

「黄龍大剣ねぇ………」

「それにこれですね」

「黄龍光銃………光学銃って奴かしら」

 

 その二つはALO用とGGO用であるらしく、銃の方はここでは使えないようだ。

何故ならここにいる誰も装備出来なかったのである。

 

「このデザインだと、一発で真黄龍からのドロップ品だとバレるわよね」

「ですね、なのでお蔵入りにするしかありませんぜ」

「残念だけどその通りね、店売りするのももったいないし、そうしましょうか」

 

 こうして武器に関しては小人の靴屋の倉庫の奥に秘匿される事が決定した。

さすがに臆面もなくこの武器を振り回して、

ALOとGGOの全プレイヤーを敵に回す事など出来ないのだ。

真黄龍が悪意を持った何者かの介入によって倒された事は周知されており、

もし犯人が発覚した場合、そのプレイヤーには二度と安息の日々は訪れないだろう。

 

「一応確認するけど誰にも見られていないわよね?」

「その辺りは上手くやったつもりです、ゴーグル、誰にも姿は見られてないよな?」

「大丈夫だ、それは自信がある。

もし見られていたとしても、最悪あのキャラを削除してしまえばいい」

 

 この七人にとって、メインキャラはこちらであり、

促成栽培で作った七つの大罪のダミーメンバー用のキャラは、

惜しくもなんともないのであろう。

 

「それもそうね、とにかくよくやってくれたわ、

アスモゼウスには悪いけど、結局無事だったんだし、これくらいは大目に見てくれるわよね」

 

 そう言いながらもグランゼの顔色は僅かに暗い。

実はグランゼは、アスモゼウスを故意に狙ったのではなく、

チャンスを逃さず形振り構わずボスのラストアタックを魔砲で狙うように、

この七人に指示していただけであって、

アスモゼウスが危険に晒されたのはあくまで結果論なのであった。

それでも友達と呼べる者を危険に晒した事で、グランゼは罪悪感を消す事が出来なかった。

 

「で、姉御、その素材からは何が作れるんですか?」

「今のところ未実装らしいわ、レシピが何も存在しない。

でもおそらくオンリーワンの武器か装備になるでしょうし、

作って披露した瞬間に誰が犯人なのかバレてしまうでしょうね」

 

 グランゼは己の失敗に内心で頭を抱えていた。

とにかくハイエンド素材が欲しいという考えで攻撃を指示したものの、

ここまでのオンリーワンな素材となると、どうやっても製品から足がついてしまうからだ。

こんな事になるなら余計な事はせず、宝くじに当たるのを祈るように、

七人のうちの誰かが運良くラストアタックを取る事に賭ければ良かったのだ。

だが振った賽の目は覆らず、やってしまった事はもうどうしようもない。

 

(私は別に、ヴァルハラの勢力を少しでも削げればそれで良かったのに、

あそこだけならともかく、他のプレイヤー全員を敵に回すつもりなんか無かったのに!)

 

 グランゼにも同情すべき点はある。

今回のイベントが実装され、ヴァルハラが南門を突破したと報告があった直後に、

スモーキング・リーフに大量のレア素材が持ち込まれたとの情報があり、

グランゼもその情報を受け、小人の靴屋の採掘系メンバーを現地に送り込んだにも関わらず、

大した成果を挙げられなかったという事があったからだ。

これはレア素材を嗅ぎ付けるリナの能力が、

どれほど凄いものかという事の証明でもあるのだが、

同時に落ち着いて採掘活動が行えるような、

雑魚敵相手に無双出来る戦力を確保出来なかった事も大きいのだ。

採掘をしている横に雑魚敵が沸けば、戦闘力が低いキャラは逃げる事しか出来ない。

これは現地が大人数で動く事を想定して設計された、

大規模イベントのフィールドである為に、雑魚敵も一定以上の強さを誇っているからである。

この七人は七つの大罪に潜入させている為、イベント中は戦力としては使えなかったのだ。

 

「生産系ギルドといえども、やはり戦闘力もある程度無いと駄目という事かしらね………」

 

 その呟きが聞こえたのか、バンダナがこんな提案をしてきた。

 

「姉御、それなら交代でこっちのキャラを使いましょう、

何、イベントも終わったんだし、しばらくは七つの大罪もまともには活動しないはずです、

なので俺達七人から二、三人ずつ交代で護衛に付き、

そこに俺達の知り合いのある程度強い奴を加えれば、雑魚になら十分対処出来るはずですぜ」

「そういう手もあるのか………分かった、任せるわ」

「分かりました、それで姉御にお願いがあるんですが………」

「何かしら?」

「お揃いの装備が欲しいんです、性能はお任せするんで、正体を隠せるような奴です」

「ああ、なるほどね、それくらいなら………」

 

 その提案をグランゼは認め、護衛用の装備を必要な分揃える事を約束した。

こうして小人の靴屋直属部隊が編成される事となり、

そのメンバーには脛に傷を持つプレイヤーが中心に集められる事となった。

その中にはソロプレイヤーもおり、ギルドに加入しているプレイヤーもいたが、

バイト感覚で参加出来る上に正体バレもしないとあって、

続々とメンバーが集まってくる事となった。

ALOのプレイ人口は多い為、問題児もまた多いのである。

 

「ありがとうございます、とりあえず知り合いを当たりますね」

「ええ、お願い」

 

 七人は要求が満たされた事に満足し、グランゼの下から立ち去った。

そして十九層のラーベルグに転移した七人は、とあるギルドホームへと入っていった。

 

「ボス、グランゼに報告してきました」

「そうか………」

 

 この言葉から、この人物がこの七人の上位者だという事が分かる。

他にも室内には何人ものプレイヤーが居り、その中には元連合のプレイヤーが多数いた。

このギルドの名は『ヘルヘイム』といい、ここは、反ヴァルハラ勢力の溜まり場なのである。

だが設定されているのはギルドマスターの名のみであり、他のメンバーは全員脱退していた。

これはギルドの掛け持ちが出来ない為に、

メンバー達が他のギルドに埋伏の毒として潜入する為の措置であり、

そのメンバー達はギルド内で情報操作を行い、

ヴァルハラに対する悪感情を増幅させようと日々努力しているのである。

分かり易く言うと、悪の秘密結社という感じであろう。

 

「よし、うちから交代で人員を出そう、お前達はグランゼを誘導し、

より良い装備を提供してもらえるように上手く説得するんだ」

「はい、分かりました」

「金と素材が手に入ったら製作の依頼をしてもいい、

とにかく装備さえ充実させれば、俺達はあいつらにだって負けはしない」

 

 そのボスと呼ばれた人物はそう言い、他の者達もそれに賛同した。

 

「しかし顔が隠せるなら、たまには俺も戦闘に参加してみるか………」

「ボスがですか?」

「ああ、ここにいるのは息が詰まるからな」

 

 そう言ってその人物は立ち上がり、邪悪そうな笑みを浮かべた。

 

 

 

 その次の日から、小人の靴屋の採掘部隊と共に、その護衛部隊は活動を始めた。

あくまでも利害関係で結びついている為に、両者は決して親しくはせず、

あくまでもビジネスライクな関係として付き合っていたが、それは今の所上手くいっていた。

護衛部隊が雑魚を狩り、採掘部隊が安心して素材を手に入れる。

数をこなす事で素材も徐々に集まっており、その素材から作られた製品が市場に流れ始めた。

護衛部隊の装備も徐々にランクアップされていき、

同時にプライベートで使う武器や防具のランクも製作依頼によって上がっていったのである。

グランゼは更に、七人に情報収集の依頼も出していた。

これは留守番をしているメンバーが行うだけでよく、

様々な情報がグランゼの下に集まってきた。

だがそうそういい事ばかりが続く事はなく、この大々的な動きは当然のように、

ヴァルハラの情報収集を司るレコンとコマチの下にも伝えられていた。

 

「小人の靴屋が最近派手に動いてるみたいだね」

「まあ危機感を覚えたんじゃないかな?最近目立ってるのってうちばっかりだしね」

「焦るような事なのかな?だってあっちにはナタクさんクラスの職人が大勢いるんでしょ?」

「それは昔の話だよ、だってあの人達、ちっとも前線に出てこないじゃない、

確かに物作りだけでもスキルは取れるしステータスも上がるけど、

うちみたいに一気に大量の経験値を稼いだ方が全然効率がいいはずだもん。

多分あいつら、今じゃもうスクナさんよりも能力は低いと思うな」

「なるほど、確かに言われるとそうかもね」

 

 二人はそのまま情報収集を続け、馴染みの採掘ギルドから、

ついさっき小人の靴屋の奴らが採掘に来てその場を追い出されたという話を聞いた時、

その様子を伺う為に、トラフィックスへと向かった。

 

「こういう時、全部の鍵があると便利だよね」

「だねぇ」

「ここからは一応変装しておこっか」

「そうしよっか」

 

 二人はそう言って髪型と髪の色、ついでに肌の色を変え、覆面を被った。

そして二人はその別人のような姿で東門から侵入し、目的地へと向かった。

途中で何度も雑魚と遭遇したが、この二人にとっては何の問題もなく倒せる敵であった。

 

「いた、あそこだ」

「うひゃ、結構多いね」

「中には手だれもいるかもしれないから気をつけよう」

「うん」

 

 たまに雑魚が沸くが、護衛部隊らしき者達が普通に蹴散らしていく。

大体五人一組くらいで敵に当たっているが、特に危なげな様子はない。

その中で三人、突出して強いプレイヤーがいた。

 

「ねぇ、あれって確か、ヤサとビアードってプレイヤーじゃない?」

「え、良く分かるねコマチちゃん」

「レコン君と違って、あの動きは何度も映像で見たからね」

 

 外に出る事が多いレコンと比べ、コマチはそういったデータをよく閲覧していた。

その差がここで出た形である。

 

「一応録画しておこっか」

「うん」

 

 二人はそう言って撮影を始めた。

こうなると気になるのはもう一人の強いプレイヤーが誰かという事である。

 

「あれ、誰だろ………」

「何者だろうね、例の七人の誰かじゃないんだよね?」

「うん、武器が違うからね」

「でもなぁ、あのプレイヤー、どこかで見た気がするんだよなぁ………」

 

 レコンは何となく見覚えがある気がしており、

それが誰なのかを必死に思い出そうとしていた。

それがハッキリしたのはそのプレイヤーの呪文の詠唱の声を聞いた瞬間である。

レコンはその魔法を得意としていた者に心当たりがあったのだ。

 

「あれはウィンドアクセルの呪文………それにあの声………まさか!」

 

 レコンは思わず身を乗り出してしまい、その姿がそのプレイヤーに見つかってしまった。

 

「ちょ、レコン君!」

「誰だ!」

 

 そして誰何の声と共に、護衛部隊の者達がこちらに駆け寄ってきた。

 

「ご、ごめん!」

「ううん、離脱しよ!」

 

 二人はそのまま全力で駆け出した。

下手に対抗しようとしたら、おそらく囲まれていただろうが、

最初から逃げに徹したのが好判断となり。

その速度に付いてこられる者はおらず、二人はそのまま無事に逃げ切る事が出来た。

自分達の姿は敵に見られてしまったが、

変装していた為に、その正体まではバレていないだろう。

 

「ふう、ごめんねコマチちゃん」

「ううん、思わず身を乗り出しちゃう程驚いたって事でしょ?

で、あれって一体誰だったの?」

「うん、多分あれ、シグルドだよ」

「えっ、本当に?」

 

 ユキノパーティの一員として名を馳せていたコマチは、当然シグルドとも面識があった。

もちろんシグルドがどうやってシルフ領を追放されたかも熟知している。

 

「なるほど、あいつが黒幕かな?」

「かもしれないね、根性は腐ってるけどあれでも腕は良かったはずだから、

それなりに成長していると思えば、そこそこ強敵かも」

「とりあえずこの情報を分析して、お兄ちゃんに報告だね」

「だね」

 

 こうしてシグルドの存在がハチマンに伝えられる事となったが、

特にこちらにちょっかいをかけてきている訳でもない為、

いずれシグルドがこちらに敵対してきた時に、

また相手をする事になるだろうという事になり、それでも一応注意という事で、

その事実が全メンバーに周知される事になったのである。

そのシグルドが再び表舞台に登場するのは、次の大型バージョンアップの時であった。




明日は記念という事で、午前0時に投稿しますね!(十二時間後です)


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第1000話 祝福の光

皆様の応援のおかげで無事に千話までたどり着く事が出来ました。
終了予定を大幅に超過しそうですが、今後とも応援を宜しくお願いします!
千話に相応しい話に仕上がっていればいいのですが!


 そして迎えた次の日の朝、八幡は若干緊張していた。

 

(くそ、知らなきゃ良かった、自然な演技が出来る自信が全く無ぇ………)

 

 八幡はそう考えつつ、校門から車が入ってくる気配を感じ、チラリとそちらを見た。

その車には藍子と木綿季が乗っており、八幡は慌ててそちらに気付かないフリをした。

 

(危ない危ない、先に見付けちまうところだったわ)

 

 そして八幡は、窓の外には自分は全く気付いてないよとアピールしつつ、

仲間達を絶対にこちらに近寄らせないように気を張りつめた。

 

「八幡君、ところで………」

 

 その時明日奈がこちらに近寄って来ようとした為、

八幡は慌ててパタパタと手で自分の顔を扇いだ。

 

「あれ、どうしたの?」

「いや、今日は結構日差しが強いなと思ってな、

冬だからって油断してると日焼けしちまうぞ、こっちに来ない方がいい」

「えっ、本当に?」

「おう、俺の顔を見てみろ、汗かいてるだろ?」

「本当だ、そんなになんだ」

 

 実際は冷や汗であるが、あと少し時間を稼げば二人の姿が見えなくなる為、

八幡はそれまでの辛抱だと思い、演技を続けた。

 

「だってよ里香」

「私は日焼けとか気にしないけど、確かに冬に一人だけ色が黒いのって、

日サロにでも行ったの?みたいに思われそうでちょっと嫌よね」

「ですねですね!」

 

 どうやらそれで、三人娘は誤魔化せたらしい。

八幡はため息をつくと、チラリと外を見て、二人がもう校舎に入った事を確認すると、

安心したように肩の力を抜いた。

 

「八幡、どうかしたのか?」

 

 そんな八幡の姿に気付いた和人がそう声をかけてきた。

 

「ん、おう、何でもない何でもない」

「どう見ても何でもなくは無さそうだったけどな、

三人を窓に近づけないようにしてたよな?」

 

 さすがは和人である、相棒が何をしようとしていたのか理解しているようだ。

 

「ん、まあすぐ分かるって」

「ふ~ん」

 

 そしてホームルームの時間が近付き、八幡の緊張は頂点に達しようとしていた。

おそらく二人は先生と一緒に前から入ってくるだろう、

そう思い、八幡は前にばかり集中していた。

 

「あっ」

 

 その時明日奈がそんな声を上げ、八幡は遂に二人が来たかと教室前方の入り口の方を見た。

だがそこは閉じられたままであり、八幡は、違ったかとホッとして再び前を向いた。

緊張のあまり、明日奈が何に対して反応したのかについて考える余裕はない。

後方で人が何人か動いている気配はあったが、その事についても考えを巡らせる余裕がない。

 

(胃が痛い………早く来てくれ………)

 

 八幡はそう思い、一心不乱に祈りを捧げていた。

そんな八幡の左右の腕が、いきなり誰かに抱きしめられる。

 

「ひゃっ!」

 

 思わず八幡はそんな変な声を上げてしまい、

左右からどこかで聞いたような笑い声が聞こえてきた。

 

「あはははは、八幡、面白い!」

「何よその声、まるで女の子みたいじゃない」

 

 その声に八幡は慌てて左右を見回し、

至近距離で藍子と木綿季が自分の顔を覗き込んでいる事に気が付いた。

 

「おわっ、お、お前達、いつの間に!?」

「えへへぇ、リハビリが終わってやっと自分の足で学校に通えるようになったんだよ!」

「今日から本当の意味でクラスメートね、しっかり私達の面倒を見るのよ」

「お、おお、そ、そうか、やっとか、それは良かった」

 

 八幡は演技のつもりでそう言ったが、大根な事この上ない。

だが他の者達は、逆に八幡が驚きのあまり、まともに喋れないのだと思ったらしく、

そんな八幡を微笑ましく眺めており、当の藍子と木綿季もそんな八幡に、

左右から思いっきり抱きついたのであった。

要するにさっきの明日奈の驚きの声は、

二人が教室の後ろのドアから中に入ってきた為であり、

その時二人が唇の前で人差し指を立てて、シ~ッという仕草をしていた為、

それでクラスメート達も皆、ピタリと静かになったと、まあそんな訳なのであった。

 

「八幡、八幡!」

「ボク達八幡のおかげでやっと元気になれたよ!」

「お、おう、よく頑張ったな」

 

 ここに来て八幡の緊張もとれたのか、優しい口調でそう言うと、

二人はわんわんと泣き出した。

途中で担任が前から入ってきたが、二人が登校してくる事を知っていたのか、

何も言わずに目視で出席だけ確認し、そのまま明日奈に一言だけ何か言うと、

そのまま部屋を出ていった。

そして場が落ち着いた頃、明日奈はクラスメート達に向かってこう言った。

 

「みんな、一限目は先生が自習にしてくれるって、

で、とりあえず席替えだけしてもらって、後は歓迎会でもしてくれだって!」

 

 その言葉を受け、和人が真っ先に動いた。

教室の窓側の最後尾の席を八幡の席に、その前を木綿季の席に、木綿季の右を明日奈の席に、

そして八幡の右の席を藍子の席に指名したのだ。

 

「この四人だけはここでいいな、後の席はみんなでくじ引きで決めようぜ」

 

 その言葉に従ってクジが引かれ、どんな運命の巡り合わせか、

結局和人と里香、珪子も木綿季の前の辺りにまとまる事となった。

 

「よし、これで席替えは終わりな、残りは四十分しかないぞ、急げ!」

 

 そして和人が何人かの男子と共に購買に買い出しに出る事になり、

八幡は和人に財布を渡した。

 

「おい和人、支払いはこれでしてくれ」

「さっすが八幡、太っ腹!」

 

 そして和人達は全力で走り出し、凄まじい速度で買い物を終え、

五分もかからず教室へと帰還した。

 

「お待たせ!よし、歓迎会を始めるぞ!」

 

 そのままクラスメートの正式な自己紹介が始まり、

二人を囲んで楽しくお喋りが行われる事となった。担任の先生の粋な計らいに感謝である。

この時の記憶があったせいか、クラスの者達は、

その先生が三月に転任していく時に、その後ろ姿が見えなくなるまで、

ずっと頭を下げ続けて見送る事になる。

そんな楽しい時間が続いていき、時刻は一限目の終了五分前となった。

 

「よし、残り五分だ、一気に片付けるぞ!」

 

 その八幡の指示に従い、全員総出で片付けが開始された。

実に統率のとれたその動きに藍子と木綿季は驚いたが、

何か困った事があった時に頼りになるクラスメートばかりだという事も分かり、

これからもっと仲良くしていこうと、二人は未来に明るい希望を持つ事が出来た。

そして二時限目からは普通の授業が行われ、その度に藍子と木綿季は、

これが本当の自分ですという風に先生達に授業が始まる前に挨拶をした。

そんな微笑ましい光景が何度か繰り返された後、

そのまま時刻は昼休みとなり、最初は教室で机をくっつけて食べる予定だったのだが、

天気がいい事もあり、一同は屋上へと上がる事となった。

この学校にも詩乃の学校と同様に風がまったく来ないベストポジションがあり、

一同はそこにマットを敷いて、楽しく昼食をとる事となったのである。

 

「う~ん、やっぱり外の方が気持ちいいね」

「もう十二月なのに暖かいよなぁ」

「まあ風が当たる所だと無理だと思うけどね」

 

 実際ここには八幡達以外の生徒の姿はない。天気は良くても風が冷たいからである。

 

「よし、弁当をシェアといこうぜ!」

「その弁当、和人は自分で作ったのか?」

「そんな訳ないって、八幡から連絡を受けた後、

コンビニで色々買ってきて、朝に昨日のご飯の残りと一緒に詰め合わせただけかな」

「ごめんね、私が作ってあげられれば良かったんだけど」

 

 八幡から連絡を受けた時、里香の部屋には二人分の食材のストックが無かったらしい。

ちなみに里香は和人にその事を伝え、今から買い物に行くと主張したようだが、

それは里香の身を心配した和人が止めた。

もっとも二人で買い物に行けば良かったはずなのだが、

恥ずかしさが先に立って、その事はどちらも言い出せなかったようである。

実に微笑ましい二人であった。

 

「まあ和人は女子力が足りないからな」

「いや、俺に女子力は必要ないだろ!」

 

 その会話に一同は楽しそうに笑った。

ちなみに藍子と木綿季の弁当は、今日は経子が作ってくれたらしい。

明日奈、里香、珪子は自分で作ったらしく、八幡の分は当然優里奈が作ったものだ。

 

「よし、食べるとするか、いただきます」

「「「「「「いただきます!」」」」」」

 

 そしてその昼食の最中に、八幡は藍子と木綿季に寮に入るのかどうか尋ねた。

 

「うん、その予定よ」

「初めての一人暮らしだね!」

「そうか、まあ明日奈達もいるし、何か困ったらすぐに相談するといい」

「うん、任せて!」

 

 明日奈はドンと胸を叩き、初めての一人暮らしに緊張していた藍子と木綿季は、

神を見るような目で明日奈を見つめていた。

 

「後は卒業後の話だが………」

「え、まだ早くないか?」

 

 和人がそう突っ込んできたが、八幡は首を横に振った。

 

「いや、アイ、ユウ、お前達、いずれ眠りの森を出るんだろ?」

「うん、もちろんそのつもりよ」

「経子さんはずっといてくれてもいいって言ってるけど、

ほら、あそこはやっぱり健康な人がいつまでもいていい場所じゃないからさ………」

 

 二人の分の部屋が空けば、他の患者が施設に入る事が出来る。

というか、二人が寮に入ってそのまま戻ってこなければ、今すぐにでもそう出来る。

もっとも経子は今のところ、別の患者を入れるつもりは無かったのだが、

将来的にどうなるかはまだ分からない。

 

「だよな、なので俺は今度、家を買う事にした」

「えっ?」

「そ、それって………」

「ああ、お前達二人は俺が引き取る。アイとユウはそこに住めばいいし、

マンションも引き払って、優里奈もそこに住む事になる」

 

 八幡が家の事を考えている事は前から知っていた為、

藍子と木綿季以外の者達はそこまで驚かなかったが、

さすがに一年後を目安とは考えていなかったようだ。

 

「か、可能なのか?」

「新築って訳じゃないからな、理事長にいい物件を紹介してもらって、

そこをリフォームする予定だ」

「ああ、理事長はソレイユ建設の社長だったっけ」

「それなら何とかなるのかな?」

「最悪間に合わなかったら、しばらくマンションに住んでればいいだけの話だろ」

「あ、確かに!」

「でもそうすると、あの部屋のクローゼットは………」

 

 明日奈がそう言い出し、八幡は若干嫌そうな表情でこう答えた。

 

「それも引越しだな、正直俺としてはあまり気が進まないんだが」

「そっか、それならみんな安心だね!」

「で、明日奈はどうするの?」

 

 その時里香が、明日奈にそう尋ねてきた。

 

「どうするって?」

「いや、だからその家に一緒に住むのかって話」

 

 その言葉に八幡と明日奈は意味が分からないという風にキョトンとした。

 

「当たり前だろ?」

「当たり前じゃない?」

「あ、当たり前なのね………」

 

 里香は聞くまでもなかったかとそう呟き、八幡と明日奈は顔を見合わせた。

 

「当たり前すぎて説明する気にもならなかったな」

「うん、当然だよね?」

「そ、そうね、確かに聞いた私が馬鹿だったわ………」

 

 里香はひくひくと頬を引きつらせ、珪子はそんな里香をどうどうと宥めた。

 

「そんな訳で、二人も今からそのつもりでいろよ、

卒業後の進路については好きにするといい、進学してもよし、就職してもよし、

とりあえず金の心配はしなくていいが、気になるなら就職した後に返してくれ。

あと、これからは俺の事を父親だと思って敬うように」

「「パパ!」」

 

 二人は間髪入れずにそう言い、八幡は渋い顔をした。

 

「二人とも、その言い方はやめようね」

「え~?別におかしくないわよね?」

「うん、パパはパパでしょ?」

「確かにそうだが世間体が悪いだろ?もっと別の呼び方をだな………」

「「パパ!」」

 

 二人はそんな八幡を無視してそう言い、八幡は再び苦渋の表情をした。

結局二人は一歩も引かず、その話は平行線で終わる事となった。

 

「まったくあいつらときたら………」

「優里奈ちゃんもだよね?」

「おう、そうなんだよ………」

「全く三人には困ったものだよね、パ、パ?」

 

 明日奈までそう言い出し、八幡は情けない顔で明日奈の顔を見た。

 

「あ、明日奈まで………」

「私のは別の意味だけどね、パ、パ?」

「別の意味?」

「私と八幡君に子供が出来た時にその、ほら、ね?」

「あ、ああ~!そ、そうだな」

 

 そんな二人のバカップルぶりを、五人は呆れた顔で眺めていた。

 

「ぐぬぬ………」

「今日の主役は私達のはずだったのに………」

「まああの二人だから仕方ないわよ」

「うんうん、仕方ない仕方ない」

 

 そんな一同を祝福するかのように、

十二月だというのに太陽は、明るく一同を照らし続けていた。



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第1001話 八幡の専属達

昨日は多くの方々から暖かい声援を頂きました、今後とも宜しくお願いします、
という訳で、またおかしな話になりました!


 その日、萌郁は八幡に対して反乱を起こした。

 

 

 

 とある日の夕方、八幡はソレイユで、八幡専属の者達を集めて会議を行っていた。

参加していたのは薔薇小猫、雪ノ下雪乃、間宮クルス、牧瀬紅莉栖、双葉理央、桐生萌郁、

この六人が以前までの専属メンバーである。そして新たに加わった者が二名いた。

神代フラウ、針生蔵人の二人である。この針生蔵人は、八幡の専属初めての男性であった。

神代フラウと共に採用されたこの男性は、能力はあるのだが、

問題児として各企業の間では有名な男だった。

 

 曰く、面接の時に態度の悪かった面接官に説教を始め、そのまま正論で論破した。

 曰く、面接の時に強そうな面接官に手合わせを挑み、打撃で勝利した。

 曰く、面接官と趣味の話で意気投合してしまい、面接の時間中ずっとその話に明け暮れた。

 

 等と挙げていけばきりがなく、本気で入社するつもりも無いように感じられた為、

主だった会社にはブラックリストが回ってきているような人物なのである。

それでは彼の面接の様子を現場からお届けしよう。

 

 

 

「では、我が社を志望した理由をお聞かせ下さい」

 

 薔薇のその言葉に、本人はいたって真面目にこう答えた。

 

「旧知の間柄だった者に誘われたからです、

その人物から御社は何か面白そうだ、と言われました」

「面白い、ですか?」

「はい、その人物は外面だけはいい、他人と接するのが実は苦手な人物ですが、

そういった勘は良く当たるんで、それで興味を持ちました」

「厳しい事を仰いますね、

その人物がうちに採用された事がおかしいと言っているように聞こえますが」

「そこまでは言いませんが、意外なのは確かですね」

「という事ですが、採用なさった本人はどうですか?」

 

 そう薔薇に振られ、その採用した本人~八幡はこう答えた。

 

「俺が採用した?ああ、もしかして渡来明日香の事か?俺が採用したのはあいつだけだしな」

 

 その言葉に蔵人は目を見開いた。どう見ても一番若く、雑魚にしか見えなかった八幡が、

薔薇に向かってそんな口調で話しかけたからである。

 

「へぇ………」

 

 蔵人は意外そうな口調でそう言い、八幡を眺めたが、

八幡はまったく動じずに蔵人の目を真っ直ぐに見ながらこう答えた。

 

「俺はあいつの歯に衣着せぬ物言いが気に入ったんだ、

あいつなら、俺が間違った時に追従なんかせず、それをキッパリ否定してくれるだろうさ」

 

「へぇ………」

 

 蔵人は先ほどと同じセリフを口に出したが、そのニュアンスはまったく違っていた。

今度は多分に感心したような響きを伴っていたからだ。

 

「って事は、あんたはあの明日香の素顔を引き出したって事か、これはそそるねぇ………」

 

 蔵人は丁寧な言葉遣いをやめ、舌なめずりをしながら八幡に言った。

 

「素顔を引き出したっていうか、

あいつが纏ってた強化外骨格に気付いてそれを指摘してやっただけだぞ」

「強化外骨格ときたか、それってそこの社長さんと同じって事でしょう?」

「あら、よく分かるわね」

 

 そう答えたのはもちろん陽乃であった。その顔は実に美しい笑顔を保っている。

 

「お褒めに預かり光栄です、姫」

 

 姫と呼ばれた陽乃は、その言葉にパッと目を輝かせた。

 

「八幡君、この子正直な子みたいよ、採用しましょう!」

「待て待て、決断するのはまだ早いって、それに姉さんも分かってるだろ?

あいつ、まだこっちを値踏みしてやがるぞ。

ここで採用とか言っても逆に断ってくるのがオチだ」

「あら、残念」

 

 その二人の会話に蔵人は、ヒュゥ、と口笛を吹いた。

 

「おやおや、ここには化け物しかいらっしゃらないようで」

「で、どうすれば納得してくれるんだ?」

 

 蔵人のその言葉には構わず、八幡はそう尋ねてきた。

 

「ふむ………私めに関する噂はご存知で?」

 

 その妙に芝居がかった言い方に、八幡は淡々とこう返した。

 

「噂ねぇ、どれでもいいならそうだな、お前が面接の時に、

面接官に手合わせを挑んでボコボコにしたってのを()()とするか」

「ほうほう、いいねいいね、選ぶときましたか、それでどうしますか?ここでやりますか?」

「まあ待て、それに対してこっちが出せるのは俺か姉さん………社長だ、どっちがいい?」

「選ばせて頂けるとは光栄の至り、それじゃあ両方という事で宜しいか?」

「別に構わないぞ、おい小猫、俺がやり合ってる間にマットを一枚持ってこい」

 

 そう言いながら八幡は蔵人の前に出た。

 

「マットをどうするので?」

「床に敷くんだよ、お前が怪我しちまうからな」

 

 その八幡の言葉に蔵人は心の底から面白いという風に笑い転げた。

 

「げらげらげら、その凄い自信、実にいいじゃない、ファッキンボーイ!」

 

 そう言っていきなり蔵人は八幡の喉元目掛けて手刀を繰り出してきたが、

八幡は更に踏み込んでそれを同じく手刀で弾き、

蔵人の体勢を崩した後、もう片方の手で目突きを放った。

一歩間違えたら蔵人の目に指が飛び込むような距離であったが、

八幡は正確に蔵人の目の一センチ手前でその指を静止させた。

 

「で?」

「ひゅぅ」

 

 蔵人は口笛を一つ吹くと、降参だという風に両手を上げながら立ち上がった。

 

「参った、参った、あんた一体何者………だっ!」

 

 蔵人はそのまま回し蹴りを放ったが、八幡はそれをも読んでいた。

八幡はそのまま軸にしている蔵人の足を払い、

蔵人をその場で転倒させ、その上に馬乗りになった。

 

「ファック」

「ふう、狂犬みたいな奴だなお前、でもその目からは理知的な光は消えていない、か。

そんなお前に質問だ、自分の女と自分の子供、お前ならどっちを選ぶ?」

 

 その言葉に蔵人は聞き覚えがあった。

自分も高校時代にむかつく女性に向けてだが、同じ事を言った記憶があったからである。

 

「………子供と答えたら俺の顔を、女と答えたら俺の腹を攻撃すると?

まあ男女差があるからちょっとおかしな事になってますがねぇ」

「ははっ、自分が昔言った事を覚えてるのか?」

「その事を調べてあるあんた達のが俺は怖いね」

「違いないな、俺でもそれはびびっちまうわ」

 

 そう笑い、八幡は立ち上がって蔵人の手をとった。

 

「どうだ?うちは面白いだろ?」

「実に面白いね、興味が尽きない」

 

 蔵人はそう言って立ち上がり、

八幡に対し、その場で臣下の礼としか呼べないポーズをとった。

 

「あなたが何者かは存じませんが、私めの忠誠を貴方に捧げましょう」

「俺か?俺はここの次期社長だ、という訳で姉さん、こいつは俺がもらうぞ」

「え~?それ、私も欲しいんだけど………」

「忠誠を捧げられたのは俺だから諦めてくれ」

「仕方ないなぁ、でもせっかくマットを持ってきてもらったんだし、私とも手合わせしよ?」

 

 その陽乃の言葉に蔵人はとても楽しそうに大笑いした。

 

「まったく楽しませてくれる、こんなのは高校以来ですよ」

「ほらほら、早くやろ?」

「それじゃあ挑戦させてもらいます………よっと」

 

 蔵人はそう言っていきなり陽乃に襲いかかった。

蔵人は本気で陽乃の顔面にパンチを入れるつもりであったが、あっさりその手を捕まれ、

気が付くと蔵人は薔薇が二メートル先に慌てて敷いたマットの上に、

正確に投げ飛ばされ、背中から落下していた。

 

「………ファック」

「おいおい、姉さんは相変わらず容赦ないな」

「ふふん、このくらいは軽い軽い、

ねぇ八幡君、もし私の手を掻い潜って私の胸に触れられたら、結婚してあげてもいいわよ」

「え、やだよ、どうせその勝負を受けたら、姉さんはわざと負けるじゃんかよ」

「何よ、意気地無し」

「そういう問題じゃねえよ」

 

 蔵人はそのやり取りがとても楽しかったらしく、床に投げ飛ばされたまま大笑いしていた。

そして一人冷静だった薔薇は、そんな三人を見てため息をついた。

 

「はぁ、また変なのが入っちゃったか………」

 

 それが神代フラウが面接を受けたのと同じ日の話である。

この日八幡が直接採用したのは、結局この三人だけであった。

その中で渡来明日香は秘書として採用されたが、

専属にはならなかった為にこの場にはいない。これは単にバランスを保つ為である。

薔薇とクルスが既に専属な以上、秘書が八幡の専属だらけではまずいのだ。

 

「それじゃあ顔合わせからな、現在の俺の正式な専属はこの三人、

秘書室長の薔薇小猫、次世代技術研究部の牧瀬紅莉栖、

そしてうちの情報部ルミナス所属、桐生萌郁だ」

 

 その言葉を受け、最初に蔵人が八幡にこう尋ねてきた。

 

「ボス、ちょっと質問いいか?」

「何だハリュー、何でも答えてやるぞ」

 

 どうやら八幡は、蔵人をそう呼ぶ事に決めたらしい。

 

「その牧瀬紅莉栖は本物ですか?」

「おう、バリバリの本物だ、それだけでうちに入った甲斐があるだろ?」

「ワオ、これはそそるねぇ、お嬢さん、今度是非、相対性理論についてご教授願えますか?」

「八幡、この子、何者?」

「この子ってお前な………」

「私なぞは、『ハリューのおっさん』で十分ですよ、リトルガール」

「はぁ、またおかしなのを入れたものね、で、何が目的?」

「目的………さて、何の事やら」

 

 蔵人は本当に分からないという風にそう答え、紅莉栖はぽかんとした。

 

「悪い紅莉栖、こいつはもの凄く知的好奇心が旺盛な奴なんだ、

悪いが今度時間をとって、色々教えてやってくれ。

多分教えれば教える程、こいつはその知識を吸収していくはずだ、

まあある程度学んだら飽きるみたいだけどな」

「そうなの?他には何を学んだの?」

「そうですね、大仏、バードウォッチング、ダム、ギャルゲー、特撮、妹萌え、とか?」

「………なるほど、とにかく興味が出たら片っ端からってタイプなのね」

 

 蔵人は紅莉栖の口調に否定的なニュアンスが無かった事に驚いた。

 

「へぇ、いくつかは否定されるべき要素があったはずだけどねぇ」

「そんなものは無いわ、どんな物でも知識は知識よ」

「さすが、世界一の天才は言う事が違うねぇ」

「残念、うちにはもっと上が存在するのよ」

「この中にそんな大人物が?」

「いいえ、八幡のスマホの中にいるわ」

「………スマホ?」

 

 さすがの蔵人もポカンとし、八幡は黙ってスマホを起動させ、

アマデウスのアイコンをクリックした。

 

「それは?」

「アマデウスだ、そしてその中身は………」

 

 直後にスマホの中から聞こえてきたのは、当然の事ながら茅場晶彦の声であった。

 

「八幡君、何か用事かい?

ん?随分と知らない人が多いみたいだが、僕を呼び出すって事は()()()()()なのかな」

「ああ、()()()()()だ」

「なるほど、ここにいるのが君の懐刀って訳だ」

「そ、その声………」

 

 蔵人はどうやら茅場晶彦の声を知っていたようだ。その目が驚愕に見開かれている。

 

「君はどうやら僕の事を知っているみたいだね、初めまして、僕は茅場晶彦さ、

もっとも今の僕は、本当の僕の影………ただの虚像だけどね」

「ボス、これがソレイユの躍進の秘密か?」

「いや?これはただの話し相手だぞ?」

「そ、そうなのか?」

「おう、今ソレイユが大躍進してるのは、大体俺の手柄だな、ほれ、尊敬しろ尊敬しろ」

「レッツ・パーリィ!俺の選択は間違っていなかった!あはははははは!」

 

 そんな蔵人に、一同は呆れたような目を向けていた。

 

「八幡って本当に変わった人材が好きよね」

「栗カメ、お前が言うな」

「何よフロ工事、私に何か言いたい事でもあるの?」

「フヒヒ、中二秒乙」

「ぐぬぬ………」

「ほい、とりあえずそこまでな、

今日集まってもらったのはとりあえず顔合わせの為なんだが、

せっかくだし、仕事を離れて一つ知恵を出して欲しい事がある」

 

 そんな纏まりの無い状況を八幡が止め、一同はそちらに注目した。

 

「仕事は関係なし?つ、つまり遊びか何か?」

 

 そう確認するように尋ねてきたのはフラウであった。

 

「そうだ、お前の得意なゲームの話だ、ALOだな」

「ふ、ふむ、続けて」

「簡単に説明すると、俺達に喧嘩を売ってきてる勢力がある、

だがそいつらは複数のキャラを駆使するなどして、中々こちらに尻尾を掴ませない。

そいつらを表に引っ張り出し、ボコボコにするいい知恵があったら教えてくれ」

 

 その瞬間に蔵人が大笑いを始めた。

 

「げらげらげら、これだけの人材を集めて最初に話すのがゲームの話とか、

やっぱりボスは最高だなおい!」

「仕事も遊びも本気でやらないとな、だろ?ハリュー」

「はははは、違いない、それじゃあ精一杯考えさせて頂くとしましょうか」

 

 こうして無駄に豪華なメンバーを集めた状態で、

ALOの影で暗躍する勢力をあぶり出す為の話し合いが開始された。



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第1002話 悪の天敵の悪だくみ

「しかしハリュー、お前、ここにいるメンバーとは面識は無いはずだよな?

それでこれだけのメンバーって、何か感じるものでもあったのか?」

「ボス、そんなの見れば分かるでしょう、ここにいる全員、

全身からオーラが溢れてるじゃないですか、

これならいずれ世界征服も出来たりするんじゃないですかね?」

「一応そのつもりでやってるぞ」

 

 八幡はあっさりとそう答え、蔵人は益々ご満悦になった。

 

「さすがボス、ははっ、ソレイユを紹介してくれた明日香には感謝しないとだな!

まさかこんな会社だったとは思ってもみなかった」

「それじゃあ今度場を設けるから、一緒に飲みにでも行くか」

「おっ、話せるねボス、それじゃあ喜んでご相伴に預かりましょう」

「はいはい、そこまでそこまで」

 

 紅莉栖がそんな二人の会話を止め、本題へと持っていく。

 

「最初に事情を知らない人への説明が必要よね、雪乃、頼める?」

「ええ、分かったわ、順を追って説明させてもらうわ」

 

 そこから雪乃が今のALOの状況を、

プレイしておらず詳しく知らない者達にも分かり易いように説明していった。

セブンスヘヴンランキングの誰が味方で誰が敵か、その実力はどれくらいかから始まって、

ヴァルハラ、七つの大罪、他の主だったギルドについての説明が続けられ、

そして話は職人の世界にまで及び、最後に過去にどんな争いがあったかで話は締められた。

 

「どうだ?今の雪乃の説明で、大体の所は分かったか?」

 

 八幡は薔薇、萌郁、フラウ、蔵人の四人に向けてそう問いかけたが、

四人は問題ないという風に頷いた。さすがは選ばれし者達である。

細かい用語はともかく、大雑把に何が起こっているのかは完全に理解してもらえたようだ。

 

「で、次に最近レコンとコマチが掴んでくれた大ネタな」

 

 八幡は先日レコン達が遭遇した、小人の靴屋の連中の事を、皆に説明した。

 

「あら、あいつらがそこにいたのね」

「そういう事だ、ついでにシグルドもな」

 

 八幡はシグルドの説明を軽く行い、続けておもむろに一同にこんな質問をした。

 

「で、みんな、誰がこの話の糸を引いてる黒幕だと思う?」

「状況から考えると、小人の靴屋のリーダー、グランゼだったかしら、

もしくはシグルドのどちらかよね」

「と、特定は無理だと思われ」

「情報がちょっと足りないわよね」

「どっちがどっちに利用されてても違和感ない………と思う」

「案外どっちも自分が黒幕だって思ってて、

お互い相手に利用されてるって事もあるんじゃないですかねぇ」

「確かになぁ、人は自分の見たいものだけを見るものだしなぁ」

「でもただ倒せばいいってものじゃないわよね?」

 

 雪乃のその言葉に八幡は頷いた。

 

「そうだな、結局相手を特定して、

お前の正体を知ってるぞと脅しをかけるのが一番だろうな」

「それじゃあシンプルに特定の方法を考えましょう、ボス」

「表に出てきた以上、シグルドの方は放置しておいていいと思うわ、

いざとなったら公衆の面前で思いっきり情けない負け方をさせればいいだけだもの」

「さすが雪乃嬢、姉君と同じで容赦がない」

 

 蔵人は楽しそうにそう言い、雪乃も平然とした笑顔でそれに応じた。

 

「でも効果的でしょう?」

「話に聞く限り、そこまで自尊心が肥大した男なら、まあ効果的でしょう」

「ねぇ雪乃、その人ってそんなに自信過剰の勘違い野郎なの?」

 

 その時クルスが更に辛辣な質問を雪乃に投げかけた。

そもそもこのメンバーの中で、シグルドの事を知っているのは八幡と雪乃しかいない。

 

「というか、生理的に好かない男というのが正しいのではないかしら」

「げらげらげら、そりゃ最悪だな」

「あなたも一歩間違えればそうなるかもしれないわよ」

「おっと、そうならないよう心に留めておきましょう」

 

 もっとも蔵人の場合、その言動からは仲間に対するリスペクトが感じられる為、

そのような事にはならないと思われる。

 

「で、でもそいつらって雑魚なんでしょ?

い、いくら暗躍しようと結局プチっと潰せるんじゃない?」

 

 フラウのその問いに、八幡は頷いた。

 

「ああ、問題ないぞ」

「じゃ、じゃあどうしてそんなにそいつらを気にするんだお?」

「それは簡単だな、安易に俺達に手を出すと後悔するぞって魂に刻み込んでやる為だ」

「抑止力は必要」

 

 珍しく萌郁がそんな事を言い、八幡も同意した。

 

「ある程度の人数がいればどうとでもなるが、

少人数で動いてる時に毎回襲われでもしたら、さすがにだるいからな」

「正々堂々と挑んできてくれるなら大歓迎なんだけどね」

「お、理央も言うようになったな、まあそういうこった、

正々堂々と挑んできた相手には遺恨は残さん。

だが裏でこそこそ動いて味方ごと敵を攻撃してボスのドロップを持っていくような奴は、

あらゆる手段を使って叩き潰す、まあそれがうちの方針だ」

「何その悪の天敵、テラワロス。だが嫌いじゃない、むしろ好き」

「うちは正義の味方じゃないしね」

「という訳でお前達、複アカを特定する知恵を出せ」

 

 その八幡の命令に従い、一同はどうすればいいか真剣に考え始めた。

とはいえレコンとコマチの手柄によって、

小人の靴屋の護衛部隊に例の七人が参加している事が分かったのだ、

そうなるともうやれる事は一つである。

 

「護衛部隊とやらに誰が参加しているかを見極めて、

同時にアスモさんにその時いないメンバーをチェックしてもらって、

それを延々と繰り返すしかないわね」

「やっぱりそうなるよな」

「でもそれだと効率が悪いわよね、

せっかくだし、うちにとってはあまり重要でない採掘場の情報を流して、

そこに行かせるように仕向けない?そうすれば張り込みの人数も最低限で済むし、

場合によっては七つの大罪のメンバーが多い時を狙って行かせられるかもしれないし」

「紅莉栖のその意見、採用だな。雪乃、採掘場の選定を頼む」

「分かったわ」

「ついでにそのシグルドって人の本拠地も探っておきたいところだよね」

「小人の靴屋にも人を置いておきたいですね」

「逆に言えば、そこだけ抑えておけばオーケーでしょう」

「デュフフフフ、捕獲完了」

「気が早いなおい」

 

 今まで停滞していたのが嘘のように、計画は着々と立案されていく。

それほどまでに、例の七人がメインキャラで活動し始めたのは大きい出来事であった。

 

「で、ボス、特定を終えたら奴らにどんな天罰をくれてやるつもりで?」

「そうだな、きっと向こうも色々頑張ってるんだ、

その計画が成就出来るようにうちも陰ながら手伝ってやろう。

で、得意の絶頂を迎えたところでプチっと潰す」

 

 八幡のその言葉に専属達は頷いた。

 

「そうね、演出としてはベストなのではないかしら」

 

 雪乃がニコニコしながらそう言った。

 

「私の元部下ながら、哀れね」

 

 そう言いつつ薔薇の表情はまったく可愛そうだと思っているようには見えない。

 

「まあ因果応報よね」

「喧嘩の売り方がもう少しまともなら良かったのに」

 

 紅莉栖と理央はさすがにまともな事を言う。

 

「全てにおいて八幡様に負けているのに対抗しようと思うのが間違いです」

 

 クルスは相変わらずクルスであった。

 

「………私も見張る」

 

 萌郁はALOにキャラを持っていないにも関わらずそう言った。

おそらくゾンビ・エスケープ辺りからコンバートさせるつもりなのだろう。

あれからもたまにソロで遊んでいるらしく、

八幡が受けた報告によると、かなりキャラも育っているようだ。

 

「げらげらげらげら、あ~腹痛ぇ、さすがはボス、

さあ、パーティーの始まりだ!みんなで仲良くガキの頃に戻ろうぜ!」

「ついでに監禁して陵辱で手を打とう、それなんてエロゲ?デュフフ、いいぞもっとやれ!」

 

 それに対して新しく加入した二人は無茶苦茶である。

もっとも八幡が気に入っているようなので問題ない。

 

『悪だくみをしている君達は本当に楽しそうだね』

 

 アマデウスの茅場晶彦がそんな感想を述べ、

それに対して一同は、とてもいい笑顔で口々にこう答えた。

 

「悪の天敵は、やっぱり悪だくみしないとな」

「いいぞ、もっとやれ」

「げらげらげら、悪だくみが仕事とか最高じゃねえか!」

「まったくこの人達は………でも正直私も嫌いじゃないわ」

「八幡様、最高です!」

「元部下に引導を渡すのは私の役目ね」

「これが大人になるって事なのかな………」

「まあ今回は私も止める気はないわよ、アスモを巻き添えにしようとした事、忘れないわ」

 

 この後、更に踏み込んだプランもいくつか立てられ、

その日遅くまで白熱した議論が繰り広げられる事になった。



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第1003話 萌郁の反乱、そして新人秘書

 議論百出し、そろそろ意見も出尽くしたという頃、八幡は専属達に告げた。

 

「さて、今日はこのくらいでいいだろ、そろそろお開きにするか」

「そうね、確かにもういい時間だわ」

「中々いい話し合いが出来たと思う、今日はご苦労だった」

 

 そしてそれぞれ帰宅する事になったのだが、

雪乃は既に寮の部屋を確保済であり、今日はそこに泊まるらしい。

 

「八幡君、もし良かったら今度私の部屋を覗きに来て頂戴、結構頑張っていじったのよ」

「お前の事だ、どうせ部屋中パンさんと猫のグッズで溢れてるんだろ?」

「さ、さあどうかしらね」

 

 そう答える雪乃の顔が赤く染まっていた為、おそらくその指摘は正解のようだ。

要するに雪乃は八幡に自分が集めたグッズを見て欲しかったのだと思われる。

 

「そうだな、また今度な」

「いいの?ありがとう、それじゃあまた今度ね」

 

 同様にクルスも既に自室の確保に成功していた。

もっともこの二人は早くからソレイユ入りが決まっていた為、

部屋が準備済みなのは当然なのである。

小猫と紅莉栖、理央、それに萌郁も寮住まいであり、そこに帰るだけで事足りる。

事実萌郁以外の五人はそのまま帰っていった。

 

「今日はどこに泊まるの?」

 

 残った萌郁はどういう意図なのか、八幡にそう尋ねてきた。

 

「そうだな、ハリューとフラウを送ったら、戻ってきて一人でマンションで寝るさ」

「そう」

 

 萌郁はそう答えつつ、その場を動こうとしない。

 

「………萌郁は帰らないのか?」

 

 その八幡の問いに、萌郁は決意を込めた瞳でこう答えた。

 

「今日はマンションに泊まる」

「え、いや、別にその必要はないだろ?」

「泊まる」

「お前も疲れてるだろ?泊まるのはまた今度にして今日はゆっくり休めって」

「泊まる」

「………業務命令だ」

「だが断る」

「なっ………そんな用語、どこで覚えやがった」

「ダル君」

「あいつめ………」

 

 業務命令と言われても、萌郁は頑なにその場所を動こうとしない。

八幡が知る限り、萌郁が八幡の指示に従わなかったのはこれが初めてとなる。

こうして萌郁は八幡に反乱を起こした。

 

「どういう事なんだ?とりあえず理由を説明してくれ」

 

 八幡は怒る事もなく、むしろ戸惑いながらそう尋ねた。

 

「今日奉納したい」

「奉納?奉納………………げ」

 

 八幡はその言葉の意味に気付き、

そういえばアメリカから帰る時にそんな約束をしたなと思い出した。

あれからかなりの時間が経っており、さすがの萌郁の堪忍袋の緒も切れたのだろう。

 

「悪い、すっかり忘れてたわ、すまなかった」

 

 とりあえず八幡はそう謝った。完全に自分のミスである以上、これは当然の謝罪である。

 

「で、でも明日奈の都合も聞いてみないと………」

「確認済み、もうマンションにいる」

「有能かよ!?」

 

 どうやら萌郁は事前に明日奈に手を回していたらしい。これで八幡の逃げ道は無くなった。

直後に萌郁がいきなりバッグから何かを取り出そうとしたのを見て、

何をしようとしているのか直感した八幡は、慌てて萌郁を止めた。

 

「そ、それは部屋に行って、明日奈の同席の下でな」

 

 その言葉に納得してくれたのか、萌郁はコクリと頷いた。

一方少し離れた所で二人の様子を観察していた蔵人とフラウが、

何か揉めているとでも思ったのか、こちらに近付いてきた。

 

「どうしましたボス、こんな公衆の面前で痴話喧嘩ですか?」

「ち、痴話喧嘩の相手は是非ハリューでおなしゃす、ホモクレ、ホモクレ」

 

 突然そんな事を言い出したフラウに、蔵人は苦々しい表情でこう答えた。

 

「俺にはそういう趣味は無えよ、この腐れ女」

 

 だがフラウはこういう時、そう言われて萎縮するような人物ではない。

 

「事実を指摘されて、悔しい、でも感じちゃう、ビクンビクン、って事ですね分かります」

「ハッ、とことん押すねえ、そういうのは嫌いじゃないが………」

「まあお前ら落ち着け、大した事じゃない」

 

 そんな二人に八幡が割って入った。これは別に二人の仲を心配した訳ではなく、

単にフラウの言葉にこれ以上精神が汚染されるのを防ぐ為である。

 

「とりあえず二人とも、車で送ってくわ、萌郁、お前は部屋で待っててくれ」

 

 八幡は自身のそのセリフが地雷だという事に気付かなかった。

傍から見れば、そのセリフはどう解釈しても、そういう意味以外の何物でもない。

 

「分かった、準備して待ってる」

「悪いな、あまり待たせないようにするから」

 

 蔵人とフラウはそのやり取りに顔を見合わせた。

蔵人は精神的にはかなり大人なので特に何も言わなかったが、

フラウは精神的にはお子ちゃまなので、こういう時に思った事をそのまま口にする。

 

「それ何てエロゲ?」

「はぁ?何の事だ?」

 

 本当に意味が分からないといった感じのその八幡の反応を見て、

蔵人は何かに気付いたような顔をし、笑い始めた。

 

「げらげらげら、おいフラウ、ボスにとってはこんなのはもう日常すぎて、

まったく特別な事じゃないらしいぞ」

「日常?ああ、あるあ………無えよ!い、いくら何でもヤリチンにも程があるお!」

「ヤ………は、はぁ!?」

 

 絶句する八幡の背中を、萌郁がつんつんとつついた。

 

「な、何だよ萌郁」

「部屋で待っていろと聞かされたら、普通の人はそういう事なんだと思うはず」

「………………あ」

 

 それで八幡はやっと自分の言葉が持つ意味に気付いたようで、

顔を赤くし、二人にブンブンと手を振った。

 

「い、いや、違えから、そういうんじゃねえから」

「す、すごく………怪しいです」

「っ………わ、分かった、ちゃんと説明するから」

 

 八幡は目の前のマンションに自分の部屋がある事、

そこが女性陣の宿泊所も兼ねている事、そして八幡が寝る場所は女性陣とは完全に別で、

誰かと二人きりになる事は絶対にありえないという事を強調して二人に説明した。

 

「ガタッ」

 

 その説明が終わった後、フラウが口に出してそう言った。

おそらく慌てて立ち上がったという表現なのだと思うが、

元々立っていた為にその姿勢には一切変化がない。

 

「な、何てこった………」

 

 あげく、蔵人までそう言い出し、

八幡は自分の説明に何かおかしな点でもあったかと気になった。

 

「ど、どうした?俺の説明、何かおかしかったか?」

「い、いやボス………」

「常に複数が相手の絶倫って事でおk?」

「全然オッケーじゃねえよ、お前らは何を聞いてたんだよ!」

「ボス、冗談ですよ冗談」

「そ、そうか、ならいいが………」

「じ、自分、そういった経験が一切無い喪女なので、優しくリードをお願いするであります」

「お前はまだ言うか!」

 

 八幡はそう言って、フラウの頭に拳骨を落とした。

 

「い、いきなりSMとかハイレベルすぐる………」

「はぁ………お前、ロビン並みに性質が悪いな」

「ロビンが誰かは知らないけど、そ、そんなに褒められると照れる………」

「いや褒めてねえよ!?」

 

 八幡は、フラウとの会話に付き合うのに疲れたのか、盛大に肩を落としてため息をついた。

 

「分かった分かった、こうなったら仕方がない、

今日は二人ともうちに泊まっていけ、明日奈もいるみたいだし、まあ平気だろ」

「ボス、それはどちら様で?」

「ああ、明日奈は………」

 

 八幡は明日奈の事を説明しようとしたが、そこに萌郁が横から口を出した。

 

「正妻様、敬いなさい」

 

 萌郁にしては珍しい言い方である。その表情はやや興奮ぎみであり、

この事から萌郁が明日奈の事をどう思っているのかよく分かる。

そして当の二人は、その言葉に大興奮であった。

 

「それはそれは、是非ご尊顔を拝してご挨拶しないと」

「あえて言おう、それ何てエロゲ?」

「いいからさっさと来い、ほら、置いてくぞ」

 

 そう言ってマンションに向かおうとした八幡であったが、そこで再び邪魔が入った。

 

「あっ、お~い針生先輩、先輩も今日ここに来てたんだ?」

 

 それは蔵人をソレイユに誘った噂の新人秘書、渡来明日香であった。

 

「何だ明日香か、お前こそ何やってんの」

「ん~?私は秘書見習いの研修かなぁ。せっかくいい会社に入れたんだし頑張らないとね」

「へぇ、お前にしちゃ殊勝だな、あ、お前、もしかして、

失恋のショックを未だに引きずってて、家にいるのが嫌なんじゃねえの」

「先輩はデリカシーを学んでね?」

 

 その蔵人の余計なひと言に明日香は笑顔でそう答えると、直後に拗ねた表情になった。

 

「べ、別にいいもん、私、次の恋に生きるんだもん、

とりあえずは玉の輿を狙って、私を気に入って採用してくれた次期社長と………」

「げらげらげら、だそうですよボス、このハニトラ女を今すぐクビにしましょう」

「えっ?」

 

 そこには困った顔をした八幡が居り、明日香は慌てて表情を取り繕った。

 

「や、やだ、いたんですか?冗談、冗談ですからね」

「いや、まあ別に構わないけどよ、俺にお前の強化外骨格は通用しないからな?」

「う………」

 

 そう明日香をやり込めた八幡を、蔵人が賞賛した。

 

「さすがはボス、こいつは昔から、狼の皮を被った羊なんですよ、

見た目は派手で友達付き合いもいいけど、裏じゃ恋に臆病なただのチキンだっていうね」

「う、うるさいな、もうこの話は終わり!で、先輩は今日は何してたの?」

 

 明日香はこの流れはまずいと思ったのか、強引に話題を変えた。

 

「ああん?ボスと一緒に悪だくみだよ、チキンガール」

「え、何それ、私も混ぜて?」

「悪だくみと聞いて即参加希望とか、相変わらず性格悪いなお前」

「先輩ほどじゃないって」

「まあまあハリュー、あんまりこいつをいじめるなって。

いい度胸してるじゃないか、さすがは俺が選んだだけの事はある」

 

 冗談なのだろうが、八幡、まさかの自画自賛であった。

 

「ふふん、まあここはボスの顔を立てましょう」

 

 そう言う蔵人の表情がとても楽しそうなのを見て、付き合いの長い明日香は驚愕した。

 

「え、先輩、普段は何もかもつまらないって感じなのに、今日はどうしてそんなに上機嫌?」

「ん、そう見えるか?まあ実際楽しいからな。

そしてこれからもっと楽しくなる予定だ、まったくボスと一緒だと飽きないわ」

「先輩がこんなに人に懐くところ、初めて見た………」

 

 明日香のその言葉に八幡は、確かに面接の最初の時はそうだったなと感慨にひたった。

 

「ふ~ん?ふ~ん?その悪だくみ、やっぱり私も混ぜて?」

 

 明日香は蔵人の顔を覗き込みながら、尚もそうアピールしてくる。

 

「それ、本気で言ってんのか?お前、他人が苦手じゃないかよ」

「違うよ先輩、私が嫌なのは、プリンセスとか持ち上げられて、

本当の私じゃない私を演じさせられるみたいな事だよ、

素の私でいられるソレイユみたいな所には私、適応するよ?

それにほら、ここじゃ私のルックスはまったく平凡だから、悪目立ちする事も無いし」

「げらげらげら、確かにソレイユには美人しかいないからな、違いないね、ボーダーガール」

「という訳で私も混ぜて?これからどこに行くの?悪の秘密組織?」

 

 わくわくした顔でそういう明日香に、八幡は仕方ないという風にこう告げた。

 

「分かった分かった、お前もうちに招いてやるからとりあえずついてこい」

「え、もしかしてこれからお泊り会?

一応と思ってお泊りセットを持ってきておいて良かったぁ………、

えっと、一応確認しますけど、ただのお泊り会ですよね?」

「もちろんだ」

 

 八幡はそう答えたが、蔵人は八幡に念押ししてきた。

 

「ボス、このハニトラ女を招いて本当にいいんですか?」

「ちょ、先輩、裏切るな!」

 

 明日香は当然抗議したが、八幡は何でも無いという風に首を振った。

 

「問題ない、こいつは狼の皮を被った羊なんだろう?

って事は、さっきの玉の輿云々も、こいつの狼の部分が言わせたセリフだろ、

要するにこいつは人畜無害だ、それに何かあっても俺なら対処出来る」

 

 明日香はその言葉に、自分の事をよく理解してくれていると何故かときめいてしまったが、

そんな自分の考えを打ち消すように、ぶんぶんと首を振った。

 

「なるほど、ボスの御心のままに」

 

 そして蔵人は、そう言って大人しく引き下がった。

 

「まったく、普通のお泊り会なんでしょ?別におかしな事はしないってば」

 

 そっち耳打ちしてきた明日香に、蔵人もそっと耳打ちした。

 

「さ~てな、俺の勘だと普通じゃないはずなんだが、それは後のお楽しみだ」

「そ、そうなんだ、先輩の勘はよく当たるから、

何があっても驚かないように覚悟だけはしとく」

 

 こうして五人に増えた八幡一行は、そのままマンションの部屋へと向かって歩き出した。



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第1004話 乗るしかない、このビッグウェーブに!

「こっちだこっち………ここだ」

 

 このマンションはかなりの高級マンションであり、

一同は萌郁以外は興味深げにきょろきょろと辺りを見回していた。

そして八幡はそのままインターホンを押した。

 

『は~い、八幡君だよね?』

「おう、俺だ俺」

『ふふっ、八幡君、オレオレ詐欺みたいになってるよ、待っててね、今行くから』

 

 そしてすぐにドアが開き、中から明日奈が顔を出した。

 

「お帰りなさい、随分人数が増えたんだね」

「悪い明日奈、全部で五人になっちまった」

「ううん、実は上から見てて、もう人数分のお茶を用意してもらってるの、全然問題ないよ」

「そ、そうか、サンキューな、それじゃあみんな、上がってくれ」

 

 そのまま部屋に入ると、当然最初に内装に目がいく。

広い室内、豪華な家電、そして少女趣味が入った各種小物類、とにかくかわいい物が多い。

台所では優里奈がお茶の準備をしているが、まだこちらに挨拶する余裕は無いようだ。

 

「八幡の部屋が思ったよりかわいい件について」

「やっと来れた………」

「う………私の部屋より絶対に女子っぽい………」

 

 上からフラウ、萌郁、明日香の言葉である。

一人無言だった蔵人は、ぼそりと明日香に呟いた。

 

「言っておくが明日香、これはボスの趣味って訳じゃないからな」

「えっ、そうなの?」

「おおハリュー、分かるのか?」

「当然でしょうボス、この部屋には、かなり多い女性の()が付いてる。

要するにここに泊まる()()のある人達が、それぞれ好きにいじった結果でしょう?」

「うわぁ、そこまで分かるんだ、凄いね!」

 

 明日奈が感心したように横から蔵人にそう言ったのを契機に、

蔵人はそんな明日奈に即座に臣下の礼としか言えない態度をとった。

 

「これは正妻様、ご挨拶が遅れました、初めまして、私は針生蔵人と申します、

この度ボスの部下の末席に名を連ねる事になりました、今後とも宜しくお願いします」

「そうなんだ、宜しくね、ハリュー君!ふふっ、和人君に続いて二人目の男の子だね」

 

 明日奈はその仰々しい仕草にも動じる事なくそう答えた。これぞまさに女王の風格である。

 

「それは光栄です、私はボスと一緒の時じゃないとここには参りませんが、

お会い出来た時に何かあれば、何でもお申しつけ下さい」

「うん、その時はお願いね」

「はい、かしこまりました」

 

 蔵人の事を古くから知る明日香は驚愕を通り越して呆然としていた。

蔵人がどれほど本気で八幡の部下をやっているのか理解したのである。

そして明日奈は次に萌郁に話しかけた。

 

「萌郁さん、遅くなっちゃってごめんね、ようこそ八幡君の部屋へ!」

「こちらこそ我侭を言ってしまって………よ、宜しくお願いします」

 

 萌郁は恐縮しきりだったが、その瞳はとても嬉しそうに輝いていた。

 

「それで八幡君、そちらのお二人は………」

「神代フラウと渡来明日香だ、フラウは俺の専属でプログラマー、

明日香は秘書になる事が決まっている」

「そうなんだ、これから八幡君を支えてあげてね、神代さん、渡来さん」

「フ、フラウと呼んでくれても良くってよ」

 

 それに対するフラウの反応は、実はフラウ的にかなり頑張った、親愛の表現であった。

だがその口から出た言葉は、これはもうかなり最悪と言っていい。

さすがは対人関係が壊滅的なだけの事はある。

だが明日奈がそんなフラウを色眼鏡で見る事はなかった。

 

「いいの?それじゃあ遠慮なく、フラウ、私は明日奈だよ、宜しくね」

 

 そこでフラウは一瞬押し黙った。実はこの時フラウは、

他人とコミュニケートを取るのが苦手な自分に対し、

明日奈が動じる事なく普通に返事をしてくれた事にやや感動していた。

 

「よ、宜しくお願いします」

 

 そのまったくもって常識的な受け答えには、聞いていた八幡の方が驚いた。

 

「フラウ、随分らしくないじゃないか」

「む、無茶を言うな!私にだって常識くらいはある、

正妻様相手に素のまま喋るなんて、そ、そんな失礼な事、絶対に無理」

「あ、あは………」

 

 明日奈はそう苦笑しつつも、素のフラウと仲良くお喋り出来たらいいな、とも思っていた。

同じ事をフラウも思っていたのだから、この二人が仲良くなるのは時間の問題だろう。

そして次は明日香の番である。

 

「よ、宜しくお願いします、私の事は明日香と呼んで下さい!」

「宜しくね、私は明日奈だよ!ふふっ、私と一文字違いだね」

「あっ、はい、偶然ですね!」

 

 この辺り、明日香は如才なく受け答えが出来る。

伊達に高校時代からプリンセス呼ばわりされていないという事か。

だがその内心はかなり動揺していた。女としての格の違いを思い知らされたからである。

そんな明日奈への挨拶を終えた明日香に、蔵人がニヤニヤしながら話しかけてきた。

 

「お前もらしくないんじゃねえの、プリンセス・アスカ」

「そんな偽の称号を出してきても無駄だよ先輩、

私は雑草だけど、向こうは大輪の薔薇だよ?」

 

 明日香はつい先ほど八幡相手に一瞬ときめきはしたが、

この機会に失恋のショックを乗り越えようとしていた明日香にとって、

明日奈の存在は凄まじい高さの壁のように感じられた。

そんな萎縮した明日香を見た蔵人は、肩を竦めながらこんなアドバイスをした。

 

「俺にとってはボスと正妻様が忠誠の対象だが、

お前とも一応付き合いだけは長いしな………なので言うのは一度だけだぞ、

いいか、相手は()()様だ、って事は当然側室もいるってこった。

そしてそれは一人とは限らないだろ、ブレイキングハート」

「そ、それって………」

「ほら見てみろ、噂をすれば………」

 

 そこにやっとお茶の準備が出来たのか、優里奈が姿を見せた。

 

「いらっしゃいませ、八幡パパの娘の櫛稲田優里奈です、気軽に優里奈と呼んで下さいね」

「おい、いきなりかよ!だからパパはよせと………」

 

 そんな八幡の抗議は、明日奈によって中断させられた。

 

「パパが何か言ってるね、優里奈ちゃん」

「ふふっ、パパはまったく往生際が悪いですよね」

「もう勘弁してくれ………」

 

 そんな正妻と側室(あくまで他の者の主観だが)のまさかの仲良しぶりに、

萌郁以外の三人は目を丸くした。普通ではこんな事はありえない。

 

「リ、リアルハーレムがここにあった………」

「だからハーレムじゃないっての、しばくぞフラウ」

「で、出来るものならやってみればいいじゃない、

経験してみれば、あ、案外いいものかもだし」

「いや、やんねえよ!?」

 

 そう言いつつも、お茶が冷めてしまうのを心配したのか、

八幡は一同にソファーに座るように言い、自らもくつろぎ始めた。

 

「ふう~、生き返るわ」

「八幡さん、お疲れみたいですね」

 

 優里奈はそう言いながらすっと八幡の背後に立ち、その肩を揉み始めた。

 

「お、サンキュー」

「私達は荷物を片付けちゃおっか」

 

 一方明日奈は女性陣を寝室へと案内し、そこに荷物を纏めてもらった。

 

「ごめんね、私は萌郁さんとちょっと用事があるから先にくつろいでてね」

 

 明日香とフラウは、すわ制裁かと一瞬ビクっとしたが、

明日奈がずっと笑顔だった為、どうやら違うようだと安心し、居間へと戻った。

そして五分後、明日奈が八幡を呼びに来た。

 

「八幡君、いいよ」

「お、おう」

 

 そのまま八幡は寝室に入っていき、明日香とフラウはひそひそと囁き合っていた。

 

「い、今のは………」

「ガタッ、ま、まさかのお床入りのレクチャー!?」

「や、やだ、恥ずかしい!」

「おい明日香、カマトトぶってんじゃねえぞ」

 

 そんな三人の視線は自然と優里奈に向かう事になる。

その疑問を解消出来るのは優里奈だけだだからだ。

 

「えっと………」

 

 優里奈はどうしようかと迷ったが、八幡がここに三人を連れてきたという事は、

別に説明してもいいのではないかと思い当たり、事情を説明する事にした。

実は八幡はそこまでは考えていなかったのだが、

さすがに連絡不足すぎて、優里奈も八幡の考えを推し量れなかったのである。

 

「実は今、中でですね、この部屋の住人となる為の儀式が………具体的には………」

 

 その優里奈の説明を聞いた蔵人は、虚を突かれたように押し黙った後、

本当にとても嬉しそうに爆笑した。

 

「げらげらげら、さすがはボス、俺達には出来ない事と平気でやりやがる」

「今あなたの心に直接呼びかけています、

針生蔵人よ、今すぐ脱いだパンツを持って寝室に入りなさい」

「ああん?」

「フ、フラウさん、動揺するのは分かるけど落ち着いて!

先輩も落ち着いて、フラウさん、完全に飛んじゃってるから!」

 

 いきなり暴走したフラウを宥めた明日香は、振り返って優里奈に質問をした。

 

「優里奈ちゃん、それじゃあその儀式が出来れば、いつでもここに遊びに来れるの?」

「まあ一応そういう事になってますね、もっとも基本私に連絡してもらう必要がありますし、

八幡さんが毎日いる訳でもありませんけど………」

「むむむむむ」

「ぐぬぬ」

 

 明日香と、いつの間にか復活していたフラウは顔を見合わせながら唸った。

 

「これはもう………」

「乗るしかない、このビッグウェーブに!」

「えっ?えっ?二人とも、いきなりどうしたんですか?」

「げらげらげら、お前らマジかよ」

 

 戸惑う優里奈をよそに、二人の考えを理解した蔵人は再び笑った。

 

「私、丁度着替えを持ってる」

「ぐぬぬ、さすがに持ってないお………、

ゆ、優里奈氏、この部屋に、予備のぱんつとか、あ、あったりする?」

「それは一応ありますよ、何か合った時用の予備ですけど………え?ま、まさか………」

「そのまさかだ!そのパンツ、言い値で買おう!」

「えええええええええ?」

 

 優里奈もやっと二人の意図を理解し、どうしようかと迷ったが、

決定権があるのは優里奈ではない為、ここは明日奈に任せる事にした。

 

「分かりました、今お出ししますけど、明日奈さんの許可はちゃんととって下さいね、

明日奈さんが駄目と言ったら次の機会を待って下さい」

「「イエス、マム!」」

「どうしてそのセリフがハモるんですか!」

 

 優里奈は苦笑しつつ、先に二人にこの部屋のルールを教えておく事にした。




明日は萌郁の奉納シーンからですね!


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第1005話 一年後

「それでは聖布収納の儀を開始したいと思います、

見届け人は私、結城明日奈が務めさせて頂きます」

「またそれをやるのか……」

 

 前回のこのセリフは単なる明日奈の悪ノリであったが、今回は確信犯的な悪ノリであった。

 

「それでは巫女………はいないので私が代わりに………聖紙と聖筆を」

 

 そう言って明日奈は紙とペンを取り出し、紙を萌郁へ、ペンを八幡に渡した。

本来は優里奈に巫女役をさせるところだが、

さすがにお客様三人を放置は出来ないと判断したのだ。

 

「では桐生萌郁よ、聖布を前へ」

「は、はい」

 

 そう言って萌郁は用意してきたパンツを白い紙の上に乗せ、恭しく八幡の前に差し出した。

八幡はいつも通り羞恥心を外面に出さないように強化外骨格を駆使し、

萌郁が差し出してきたピンクのサイドストリングショーツを手に取った。

 

「………会ったばかりの時は、

ちゃんと一人で生きていけるのかなと心配だったもんだが………成長したな、萌郁」

「い、今の私があるのは全部貴方のおかげだから」

 

 以前の萌郁は八幡の前でも平気で着替えたりしていた為、

実は八幡は萌郁の下着姿を何度か見てしまっていたのだが、

その頃のコンビニで買ったような野暮ったいデザインの下着と比べると、

今の萌郁のチョイスは明らかに聖布力が上昇していた。

最近は恥じらいの気持ちが芽生えたのか、八幡の前で着替える事も無くなっており、

これならもう一人でも生きていけるなと八幡は心の底から安心した。

もっともそう思っただけで、もちろん萌郁を放り出すような気は一切無い。

 

「それでは名札の作成を」

 

 八幡は下着の乗っていた紙に『桐生萌郁』と記入し、

最下段の右から三番目に貼り付け、萌郁のパンツをその中に入れた。

 

「これで萌郁さんも、ここの正式な住人だね」

「うん、す、凄く嬉しい。私には本当の意味での帰る家が無かったから………」

 

 萌郁のその言葉で八幡と明日奈は、萌郁がここに来る事に拘っていた理由を知った。

だが同時に別の問題も発生する。

 

「あ、あ~………すまない萌郁、

実はこのマンションな、一年を目安に引き払う事になってるんだ」

「………………えっ?」

 

 萌郁はこの世の終わりが来たような表情をし、そんな萌郁を二人は慌ててフォローした。

 

「待って萌郁さん、大丈夫、大丈夫だから!

今度八幡君が家を買う事になってるから、萌郁さんもそこに引っ越すってだけだから、ね?」

 

 八幡は萌郁をどうするべきか、明日奈と三人でこの場で話そうと思っていたのだが、

明日奈が八幡に先んじてそう決断したようなので、大人しくそれに従う事にした。

優里奈、藍子、木綿季のケースとは違い、

成人女性を家に入れるというのは確かに色々問題があるのかもしれないが、

常にボディガードが近くにいるようなものだと思えば悪い選択肢ではないだろう。

 

「い、いいの?」

「うん、もちろん!八幡君もいいよね?」

「もちろんだ、そもそも萌郁を勝手に助けたのは俺なんだから、

ちゃんと最後まで面倒を見ないとな」

「うんうん、私達は家族なんだしね」

 

 明日奈のその言葉に、萌郁の目からぽろりと涙がこぼれた。

明日奈はそんな萌郁の頭を胸に抱き、よしよしとその頭を撫でた。

 

「大丈夫、大丈夫だからね、みんなで幸せになろうね」

「うん、うん………」

 

 明日奈は萌郁にそのまま好きにさせておき、

やがて萌郁は泣き止むと、少し恥らったように頬を染め、そっと八幡の服の袖を掴んだ。

 

「こ、これからも宜しく、パパ」

「ぅぉぃ、待てコラ!さすがにそれはちょっと無理があるだろう!」

 

 八幡はさすがに突っ込み、萌郁は何が?という風に首を傾げた。

 

「あはははは、あはははははは」

 

 明日奈はそれに対し、楽しそうに笑うだけだった。完全に見守るモードである。

 

「いいか萌郁、さすがにお前が俺をパパと呼ぶのは無理がある」

「どうして?」

「どうしてって、年齢的にだな………ん、あれ、そういえば萌郁、お前、今いくつなんだ?」

「えっと………二十歳?」

「え、お前、俺より年下だったのか!?」

「そうなの!?」

 

 これには明日奈もびっくりである。大人びている萌郁は二十代半ばくらいに見えるからだ。

 

「そ、そうか、年下か………なら別にいいのか?いやいや、良くないな、

ここはやはり、お兄ちゃんという事で………」

「パパ」

「いやいや、だからお兄………」

「パパ」

「………家長命令だ」

「だが断る」

「あああああああ、まったくもう!」

 

 八幡は萌郁の頑なさに押され、そう絶叫した後、渋々それを認める事にした。

 

「分かった分かった、ただし認めるのは、家族しかいない時だけだぞ」

「うん」

「よし、それじゃあこの話はこれで終わりだ、これからも頼りにしてるぞ、萌郁」

「うん、二人の子供のベビーシッターは任せて」

 

 いきなりの萌郁のその言葉に二人は顔を赤くした。

 

「………まったくお前は」

「ふふっ、驚かされた仕返し」

 

 それはどこからどう見ても、年相応の女性の微笑む姿であった。

 

「さて、他にも八幡君にやってほしい事があるんだよね」

「ん、何だ?」

「実は何人かと話し合って、このクローゼットの整理をしようって事になったの。

ほら、滅多に来れない人とかも多くて、

一人が一つの場所を使うのは無駄な場合も多いでしょ?」

「それはまあ、確かにな」

「なのでいくつか場所を統合して、移動もさせようって事になったの。

統合は里香と珪子、姉さんとめぐりさん、小町ちゃんと直葉ちゃん、小猫さんとイヴかな。

移動は色々だから、八幡君にやってもらう所は私が指示するね」

「ああ、なるほど、オーケーだ、それじゃあとりあえず俺は、

めぐりんの荷物だけ移せばいいか?」

「話が早くて助かるよ、実は珪子は、

自分の分は八幡君に移動させてもらっていいって言ってたんだけど、

移動先が里香の所だから、ちょっと問題があるしね」

「さすがに和人に怒られちまうからな」

「それじゃあ二人で移動させちゃおうか」

「だな」

「私も手伝う」

 

 こうしてロッカーが整理され、スペースがいくつか開く事になった。

もっとも今のところ、そこに誰かの荷物が入る予定はない。

ちなみに現在の使用状況はこんな感じである。全部で八段あるのだが、

一番上の段の左から、明日奈、里香&珪子、小町&直葉、陽乃&めぐり。

二段目は雪乃、結衣、優美子、いろは。

三段目は詩乃、クルス、フェイリス、紅莉栖。

四段目は全空き。

五段目は小猫&舞衣(イヴ)、南、美優&舞(シャーリー)、かおり&千佳。

六段目も全空き。

七段目は香蓮、レヴェッカ、沙希、優里奈。

八段目はエルザ、萌郁、茉莉、志乃である。

 

「何かスッキリしたな、あとはアイとユウくらいか」

「藍子と木綿季もだけど、それにひよりもかな」

「えっ?ひ、ひよりもなのか?」

「うん、里香と珪子がうっかり漏らしちゃったみたいで、熱心に希望されたとか………」

「おいおい、親父さんにバレたらどうするんだよ、俺は国家権力を敵に回したくはないぞ」

 

 八幡のその心配は杞憂であった。何故ならルクスことひよりの父、

厚生労働大臣の柏坂健は、八幡の事を心から信頼しており、

何か間違いが起こるとは微塵も思っていないからだ。

同時に間違いが起こる事を期待しているまであるのが、政治家と言う職業の業の深さだろう。

 

「さて、それじゃあクローゼットの整理も終わったし、居間に戻るか」

「結構時間がかかっちゃったね、早く戻らないと」

「あの三人の相手をするのは優里奈にとっても負担だろうからな………」

「ん、確かに大変」

 

 三人はそう会話を交わしながら、居間へ続く扉を開けた。

 

「………………ん?」

 

 寝室を出てすぐに、八幡はテーブルに優里奈と蔵人の姿しかない事に気が付いた。

 

「あれ?フラウと明日香はどうした?」

「こ、ここ」

「そ、そのまま踏んでくれてもいいんじゃよ、デュフフ」

「おわっ!」

 

 いきなり足元からそんな声が聞こえ、八幡は慌てて飛び退いた。

 

「八幡君、どうしたの?」

「いや、こいつらがよ………」

 

 見るとそこには土下座しているフラウと明日香の姿があり、八幡達はぽかんとした。

 

「え、何これ、どうなってるの?」

「えっとですね、お二人とも、二十分間ずっとそんな感じで………」

「え、そんなに!?」

 

 ここで二人が顔を上げ、驚いた明日奈にこう訴えた。

 

「正妻様、何とぞ、何とぞお願いします!」

「わ、私達も是非ここの住人に!」

 

 よく見ると二人の手には、聖布だと思わしき物が握られており、

それで明日奈は事情を悟った。

 

「あ、そういう………」

「お、お前ら………あ、いや、何でもない」

 

 八幡は何か言いかけたが、途中で止めた。

ここにただ遊びに来る事の是非ならともかく、ここの住人にという話であれば、

それは八幡ではなく明日奈の管轄となるからである。

八幡は全権を明日奈に委ねるように二人をスルーし、蔵人の隣に腰掛けた。

 

「ハリュー、あいつら本気なのか?」

「みたいですよボス、まったく退屈しないですね」

「お前はそう言うがな………」

「聖布の奉納とやらは、さすがのボスも精神に負担がかかると?」

「お?お前、その事を優里奈に聞いたのか?」

「ええ、おかげで益々ボスへの尊敬を深めましたよ、やはり貴方は凄い」

「い、いや、褒められるような事じゃないし、結構恥ずかしいんだが………」

 

 そこに優里奈が横から会話に入ってきた。

 

「あ、あの、八幡さん、もしかして説明しちゃまずかったですか?」

「ああ、いや、こいつら相手になら別にいいぞ、

全員俺の懐刀だし、おかしな隠し事は無しだ」

「それなら良かったです」

 

 優里奈はほっとしたが、当の八幡は苦笑していた。

それでピンときたのか、蔵人が八幡に耳打ちしてきた。

 

「ボス、本当はそこまで言わなくてもいいかなって思ってましたね?」

「お、おう、分かるか?まあ分かるよな、

さすがにこれは仕事絡みとは言えないし、明日奈達の好きにさせているとはいえ、

普通に考えれば完全に事案だからな」

「確かにそうですが、信頼の証だと思えば嬉しいもんです」

「そ、そうか、そう思ってもらえるならまあいいか」

「はい、出会って日が浅いのにここまで懐に入れてもらってるんです、

一生付いていきますよ、ボス」

「おう、これからも頼むぞハリュー」

「必ずご期待に応えてみせます」

 

 そして二人はどういう沙汰が下されるか、興味津々で明日奈達の方を見た。

明日奈は腕組みして考え込んでいたが、しばらくしてから顔を上げ、口を開いた。




すみません明日の投稿はお休みさせて頂きます!


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第1006話 二人の覚悟

昨日はすみません、お待たせしました!


「二人とも、こっちに。八幡君も来て」

「お、おう」

「「は、はい」」

 

 明日奈はそう言って寝室に入っていき、三人もその後に続いた。

 

「さて、最初に聞きたいんだけど、八幡君はどう思う?」

「そうだな、う~ん、二人とも、ちょっと焦りすぎな気もするかな」

「まあ確かにそう思うよねぇ」

 

 実際問題フラウと明日香の八幡に対する忠誠心は未知数であり、

付き合いも短い為、とても信頼出来るレベルではない。

だが明日奈はそんな二人にもチャンスを与えるつもりでいた。

ここでただ門前払いをするのは、今後の為にも良くないと思ったからだ。

 

「でも私はこの二人にチャンスをあげようと思うの。

八幡君だって、自分は役に立てると思ってる時に、

はなから戦力外通告されるのは嫌でしょう?」

「まあ確かにそうだけどな」

 

 八幡はその明日奈の言葉に頷いた。

確かにチャンスくらいは与えられてもいいと思ったからだ。

そもそもこの部屋の住人になる事と、八幡の事を好きでいる事はイコールではない。

何故なら里香や小町、直葉に紅莉栖もメンバーに入っているからだ。

 

「そんな訳で、二人には今から殺し合いをしてもらいます」

「ええっ?」

「ファッ!?」

 

 いきなり明日奈がそんな事を言い出し、明日香とフラウは目を剥いた。

 

「そ、それは一体どういう………」

「それは二人で考えて」

「あっ、はい………」

 

 いくらなんでもバトルなロワイアル的な事をさせられるはずもない為、

二人はどうすればいいのか二人で相談を始めた。

明日奈は八幡の肩に頭を乗せ、その光景を興味深げに眺めていた。

明日奈は何か深い考えがあって二人にそう指示をした訳ではなく、

とにかく何かしらの二人の覚悟が見たいだけだった為、

二人が何を思い付き、何をやってくるのか、とても楽しみにしていたのである。

 

 

 

「成り行きとはいえおかしな事になっちゃったけど、頑張ろうね相棒」

「まったく無茶振りにも程があるお、だがそれがいい!」

「正妻様は殺し合いって言ってたけど、フラウはどう思う?」

「こ、ここは何をさせたいかではなく、クリア条件を考えるべき、

多分八幡への愛を証明しろとかそういう事ではないはず、ソースは八幡の親友の和人君」

「確かに女の子だけじゃなく親友も常駐可能なら、求められる要素はそれじゃないよね」

「も、もっとも愛を証明しろという事でも私は良くってよ」

「いいんだ………まあでも私もいいかなぁ、正直次期社長は私の好みにドストライクだし、

あのオレオレだけど優しいところはポイント高いかなぁ」

「分かる………」

「でもまあここは正妻様が審査員なんだし、そっちに働きかける方向で」

「イグザクトリー、その通り」

 

 二人はそんな会話を交わしながらチラっと明日奈の方を見た。

当の明日奈は興味深々にこちらを見ており、目が合った二人は慌てて目を逸らした。

 

「さて、どうする?」

「わ、私が思うに、この場所で求められるのは会社への忠誠心じゃない、

八幡個人への忠誠心だと思う」

「その心は?」

「会社イコール八幡じゃない、今の八幡が社長ならイコールかもしれないけど、

少なくとも現時点では違う」

「なるほど、ここにいる人達は、今じゃなく将来の次期社長を支えるメンバーって事だね」

 

 二人は難しく考えているようだが、当の明日奈はそこまで深く考えてはいない。

八幡を裏切る可能性だけが無くなればそれでいいのだ。

 

「って事は、次期社長への忠誠心を示さないといけないね」

「それが見せかけだけじゃないように、ほんの少しの、あ、愛情をスパイスにしないと」

「なるほど………それにはどうすればいいか………」

「とりあえずシンプルに逆から考えよう、どうすれば他人に言う事をきかせられる?」

「それはえっと………弱味を握るとか?」

「ガタッ!」

 

 フラウは、それだ!といった感じでそう口に出した。

明日香は感覚で同意を得られたのだと思い、その方策を必死に考え始めた。

 

「つまり次期社長に私達の弱味を差し出せばいいのかな?」

「しかも愛情のスパイス的に、適度に性的な感じのがいい」

「でもあんまり過激だと、正妻様がよく思わないんじゃない?」

「た、確かに匙加減が重要」

「そうすると………」

 

 二人はそのまま熱心に話し合いを続けた。

明日奈的にはその真摯な姿を見せられただけで、もう許可しても良かったのだが、

何か思い付いたようなので、それを是非見てみたいと思い、

そのまま黙って二人の様子を眺めていた。

 

「せ、正妻様、一つお願いが」

 

 そして遂にどうするのか決まったのか、フラウが明日奈にそう尋ねてきた。

 

「うんいいよ、なぁに?」

「は、八幡に目隠しを付ける許可をお願いします」

「分かった、目隠しね!それじゃあ丁度いい布は………、

う~ん、さすがに私の下着って訳にはいかないよね」

「お、おい!」

 

 さすがの八幡も、それは勘弁してくれと思ったのか、慌ててそう突っ込んだ。

 

「う~ん、それじゃあこうしよっか、えい!」

「おわっ!」

 

 明日奈は自分が着ていた白いオフショルダーのセーターを脱ぎ、八幡の頭にかぶせた。

そして黒のサイドレースアップのタンクトップ一枚になった明日奈は、

少し寒そうなそぶりを見せると、部屋の温度を上げながら言った。

 

「はい、これでいい?」

「あ、ありがとうございます」

「それじゃあ遠慮なく………」

 

 そう言って二人は着ている衣服を脱ぎ捨て、全裸になった。

 

「ファッ!?」

 

 明日奈はフラウの口癖が移ったのか、驚いたようにそう言ったが、

八幡の視界が塞がっている為に、それを途中で止めたりはしなかった。

 

「は、八幡、失礼するお」

「うひゃ、く、くすぐったい」

 

 フラウはそう言って八幡の足を持ち上げ、明日奈からよく見えるようにした。

 

「正妻様、八幡の正体が分からないように、さ、撮影をお願いします。

私達の顔は普通に写る感じで」

「えっ?あ、うん、分かった」

 

 明日奈はどういう事だろうかと悩みながらもそのフラウの頼みを聞き、

スマホを二人に向けて構えた。

それを合図にあろう事か、フラウはその場に四つん這いになり、

いきなり八幡の足の裏をペロっと舐めた。

 

「うひゃっ、な、何だ今の」

 

(きゃああああああああ!)

 

 明日奈はその光景にドキドキし、心の中で嬌声を上げたが、

頼まれた事はしっかりこなし、その光景を撮影した。

 

「そ、それじゃあ私も同じ事を」

「あっ、う、うん」

 

 次に明日香がフラウと同じ事をした。

 

「ま、またか、一体何なんだよ!」

 

 そんな八幡に詳しい説明をする事もなく、

二人は明日奈の前に正座し、自分達の考えを述べ始めた。

 

「こ、これでもし私達が何か悪い事をしたら、

せ、正妻様自らその写真をSNSにアップして、私達を女として殺す事が可能」

「ご命令通り、これで私達は死にました、これでどうでしょうか」

「………おお!」

 

 明日奈はその二人の考えに感心した。

もとより明日奈がそんな事をするはずはないが、抑止力としては確かに有効だ。

別にこのこの写真をとっておく必要もなく、

持っているよというフリだけで、こっそり消してしまっても何の問題もない。

八幡の顔を映さない事で、八幡に迷惑がかかる事が無いようにも配慮しているし、

最初に八幡に目隠しをしたのは、自分達の全裸姿を八幡に見せないのと同時に、

明日奈に配慮してのものだろう。

 

「うん、いいんじゃないかな、ここまで体を張ってもらったんだから、

私としては特に何も言う事はないよ」

「や、やった!」

「ミッション、コンプリート!」

 

 二人は手を取り合って喜び、明日奈も嬉しそうにうんうんと頷いた。

そこに八幡が、こう声をかけてきた。

 

「お、おい明日奈、決着したならそろそろこの目隠しを外していいか?

これ、明日奈の匂いが凄くてさ………」

 

 八幡はもちろんいい匂いというつもりでそう言ったのだが、絶望的に言葉が足りない。

 

「ええええええ?も、もしかして匂う?」

「匂うというか………」

 

 八幡のその答えもきかず、明日奈は慌てて八幡の頭に被せてあったセーターを奪い取った。

 

「いや、そんなに慌てなくても………」

「で、でも匂うって………」

「お、おう、いい匂いすぎてクラクラするというかだな………」

 

 その八幡の言葉に明日奈はホッとし、そのままセーターを着てしまった。

 

「う………」

「せ、正妻様!」

「えっ?」

「ん?」

 

 フラウと明日香が焦ったようにそう呼びかけてきた為、

明日奈はそちらに振り向き、当然八幡も反射的にそちらに目を向けた。

そこにあるのは当然二人の全裸であり、八幡は完全にフリーズした。

 

「あっ!だ、駄目ぇ!」

 

 明日奈はそう叫び、そのまま八幡に飛びかかった。

八幡の顔は明日奈に押し潰され、呼吸をする事が出来ない。

 

「あ、明日奈、苦し………」

「駄目、もうちょっと待って!」

 

 その言葉を合図にフラウと明日香も慌てて服を着始めた。

悲鳴を上げなかったのは立派である。

もしかしたら、八幡に全部見られる覚悟も事前にしていたのかもしれない。

 

「正妻様、オ、オーケー」

「こっちも大丈夫です!」

「う、うん分かった、ごめんね二人とも」

「む、むしろ逆に、何かサーセン」

「わ、私も別に気にしてないので!」

「うぅ………本当にごめんね………」

 

 そして明日奈は立ち上がったが、当の八幡から反応がない。

 

「あれ?八幡君、八幡君!」

 

 明日奈は八幡の頬をペチペチと叩き、それでやっと覚醒した八幡は、

だがまだ少しぼ~っとしているようであった。

 

「ご、ごめん、大丈夫?」

「お、おう、大丈夫だ、一瞬視界が肌色に染まった気がしたんだが、

あれは何だったんだろうな………」

「そ、そう、きっと疲れてるんだね、とりあえず儀式を終わらせちゃって、

今日はゆっくり休もうね?」

「そうだな、そうするか」

 

 そして優里奈が寝室に呼ばれ、そのまま聖布収納の儀が行われた。

 

「い、いちごパンツだと………明日香はこういうかわいい系が好きなんだな、

まあしかし、イメージに合ってていいと思うぞ」

「ん、実にフラウらしいな、これは自分のじゃないって言ってたが、この平凡さが実にいい」

 

 明日香とフラウの聖布に対する八幡の評価はそんな感じである。

二人の場所は、今日の試練を共に乗り越えたせいで友情が芽生えたのか、

二人一緒に仲良く六段目の一番左と決定された。

こうして八幡の部屋は、益々賑やかになっていくのであった。



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第1007話 暴走エイティーン

 その日の夜、明日奈、優里奈、萌郁、フラウ、明日香の五人は、

寝室で仲良く八幡トークに勤しんでいた。

もっとも主に語るのは明日奈と優里奈である。萌郁は元々口数が少ないし、

フラウと明日香は語れるような八幡エピソードを持っていないからだ。

 

「でね、でね、その時私は言ってやったの、

『そんなの、私と彼が夫婦だからに決まってるでしょ。彼のいる所には、常に私がいるのよ』

ってね!」

「「「「おお~!」」」」

 

 今の話題はどうやら、SAOでハチマンがクラディールに襲われた時の話らしい。

 

「SAOってやっぱりハードな世界だったんですね………」

「そのクラディールっての、テラワロス、男として終わってる」

「まあ実は彼、芸能プロの社長の息子で、

こっちに戻ってきた後も私達にちょっかいを出してきたんだけどね」

「え、本当に?」

「うわ、まんどくせ」

 

 やはりクラディールは誰にその話を聞かせても、嫌悪の対象になるようだ。

今はどうしているのだろうか、清盛は何も言ってこない為、

おそらくまだ結城塾でしごかれているのだろう。

 

「それと一番参ったのが、やっぱり須郷さんの事件かな………」

「須郷?どこかで聞いた名前のような………」

 

 どうしても思い出せないらしい者達に、優里奈が助け船を出した。

 

「須郷さんってのは、残された百人事件の主犯ですよ」

「あ、ああ~!」

「そうだそうだ、あの蛇みたいな気持ち悪い奴だ!」

「まだ裁判中だっけ?」

「え、正妻様、あいつにもストーカーされてたの?」

「その正妻様ってのはそろそろやめてよ、私の事は明日奈でいいから、ね?」

 

 明日奈はそう言うと、残された百人事件について語り始めた。

 

 

 

「って訳なんだけど、えっと、う~ん、こうして思い返すと、

私って実はストーカーされやすい体質とかなのかな………?」

 

 明日奈は語り終わった後、

思ったよりも自分の周りに頭がおかしい男が多かった事を再確認し、

どんよりとした表情をしていた。

 

「明日奈………」

「ド、ドンマイだお」

 

 フラウと明日香は、慰めるように明日奈の肩をポンと叩いた。

 

「でも明日奈さんの傍にはずっと八幡さんがいたじゃないですか!大幅プラスですよ!」

 

 優里奈が慰めるようにそう言い、萌郁もそっと明日奈に寄り添ってくれた。

 

「う、うん、それが救いだったよね、もし八幡君がいなくて私一人だったら、

多分私、絶対に二人のうちのどっちかに陵辱されてたよね………」

 

 その重い言葉に誰も何も言えなかったが、明日奈はすぐに表情を改め、

明るい口調でこう続けた。

 

「あっ、でもその前にSAOで死んでたかも、えへっ」

 

 そんな明日奈に四人が一斉に抱きついた。

 

「デュフフ、無意味な妄想乙」

「そんな仮定の話は必要ない、今明日奈はここにいる」

「そうそう、こうして私達と一緒にきゃっきゃうふふしてる訳だしね」

「明日奈さん、もう結婚しちゃえばいいんじゃないですかね?」

「え~?そ、それはさすがに、ね?」

 

 明日奈はもじもじしつつ、それでも満更でもないように照れた表情をした。

 

「でもさ、確かにハードな人生を送ってるよね………」

「まあ人生の中で、合計たった三年くらいの間だけどね」

「い、今が幸せなら、そ、それで良かろうなのだ!」

「うん、そうだね」

「もう変な男に絡まれる事はないでしょ」

「その為に私もいる」

「うん、萌郁さん、頼りにしてるね」

 

 明日奈は困った時に助けてくれる仲間がどんどん増えていく事に喜びを感じていた。

自分達の努力が身を結びつつある事を再確認出来たからだ。

 

 その後も明日奈は専属なら知っておくべきだという考えの下に、

ソレイユ成立の背景にある八幡の過去話を熱く語った。

中には胸ヤケする程ののろけエピソードもあったが、

その話を聞いた一同は、それだけの絆がある以上、

正妻の座を明日奈から奪う事などしてはいけないと思い、

八幡に対するアピールは度が過ぎないようにしようと心に誓った。

ここで大人しく身を引くような者は八幡の周りにはやはりいないらしい。

同じ頃、蔵人も八幡から色々な話を聞かされていたが、

女性陣に対するほど熱いトークではなかったらしく、

次の日の朝、明日香からその話を聞かされた蔵人は、思わず明日奈の方を見て、

その口の端が僅かに持ち上がっている事を確認し、

さすがは正妻様、凄まじい政治力だと、尊敬を新たにしたのであった。

 

「さて、それじゃあ家まで送ってくから、三人とも、今日はゆっくり休んでくれ」

 

 この日は土曜日であったが、ソレイユはお休みである。ちなみに学校も休みである。

 

「萌郁はどうするんだ?」

「このまま寮に戻るつもり、家事とかしないと」

「おおそうか、明日奈は?」

「えっとね、私は雪乃に誘われてるから寮の部屋を見に行こうかなって、

遂に理想の部屋が完成したから是非、だって」

「理想の部屋か………」

 

 八幡は、さぞ猫々しい部屋なんだろうなと遠い目をした。

同時に横で明日奈の予定を聞いていた明日香が、ハッとした顔をした。

 

「そうだよ、寮の部屋!私達も間取りくらいは見ておきたいよね」

「ああ、明日香にしちゃいいアイデアだな、

ボス、空き部屋でいいから俺達にも見せてくれないか?」

「先輩、一言多い」

「確かに図面だけだと分からない事も多いしな、それじゃあそうするか」

 

 フラウも特に反対しなかった為、四人はソレイユに向かい、

そこで空き部屋の鍵を受け取って、寮に見学に向かう事にした。

 

「あ、一階はコンビニなんだ、って、コンビニにしては品揃えがいい………」

「フランチャイズじゃないうちの運営だからな、

社員の要望に合わせてかなりカスタマイズさせてもらったわ」

「へぇ~、ちょっと寄ってみてもいい?」

「ああ、別に構わないぞ」

 

 そのままコンビニに向かった一同は、ドリンクの棚に、

千葉県民のソウルドリンクと選ばれし者の知的飲料が沢山置かれている事に驚いた。

 

「ボ、ボス、これは?」

「………ああ、俺の趣味だ」

「なるほど、しかしこんなに置いてあって、ちゃんと売れるんですか?」

「おう、一、二を争う人気商品だぞ、うちは頭脳労働が多いしな。

ついでに言うと、俺の布教活動が実を結んでいるという証拠だ、ふふん」

 

 八幡の言う通り、八幡が飲んでいるからという理由で買っていく社員が多いらしい。

事実、今も一人の女性が二本セットで買おうとしているところであった。

 

「ほらな、あんな感じで人気が………あれ?理央か?」

「へっ?」

 

 その女性は、まさかの理央であった。

理央は今まさに自分が手にしている二本のドリンクに目をやった後、

八幡と自分の手を交互に見て、迷うようなそぶりを見せたが、

結局その二本とも、買い物カゴに放り込んだ。

 

「べ、別に八幡の真似してるとか、そういうんじゃないから」

「いや、俺は何も言ってないんだが………」

「でも今絶対思ってたでしょ!こいつ、俺の真似してやがるって!」

「どんだけ妄想が逞しいんだお前は、さすがは相対性妄想眼鏡っ子だな」

「そ、その呼び方はやめて!」

 

 理央は悲鳴を上げたが時既に遅し、蔵人はクールにスルーしてくれたが、

明日香とフラウが猛然とした勢いでその言葉に食いついてきた。

 

「え、何その呼び方、どんな由来?」

 

 明日香のこの馴れ馴れしさ、どうやら二人はもう面識があるらしい。

 

「今の反応だと、きっとエロい由来だと思われ」

「ああ~、確かにそんな感じだったね、そっかぁ、確かにこの我侭ボディは………ごくり」

 

 明日香にそう言われ、理央は慌てて自分の胸を隠した。

 

「べ、別にそんなんじゃないから!」

「え~?私的には褒めたつもりなんだけどなぁ」

「う、うぅ………絶対に褒めてないよね………」

「いっそ殺せ!って奴ですね、分かります。おっと、ついでに私もこれを買っておかないと」

 

 そう言いながらフラウが手に取ったのは、コンビニ仕様の量産型パンツであった。

昨日マンションの部屋で優里奈から予備を購入した為、その補充のつもりなのだろう。

そしてフラウはその量産型パンツをレジに持っていき、

何の躊躇いもなく男性店員に差し出した。他には何も買っていない。

更に店員が袋にいれようとするのを、フラウは秒で制した。

 

「サーセン、袋はいいです、自分、このままあの人に視姦されるつもりなんで」

「おいこらてめえ、俺を巻き込むな!」

 

 八幡は顔を真っ赤にして抗議し、理央は毒気を抜かれ、その度胸に目が点になった。

 

「フ、フラウ、凄いね………でも何でそんな物を買ったの?」

「デュフフ、昨日持ち合わせが無かったから、

優里奈ちゃんに部屋のストックのパンツを売ってもらってそれを奉納したわけだが、

まあその補充、みたいな?」

「ほ、奉納ってまさか………!?」

 

 そのフラウの言葉に理央の目が大きく見開かれ、理央は猛然と八幡に詰め寄った。

 

「は、八幡!」

「おわっ!ど、どうした?」

「ず、ずるい!」

「何がだ?」

「私だってもう十八なんだし、正式な入社まで家に戻る事もほとんど無いし、

マンションの部屋に迎えてもらってもいいんじゃないかな、ってか入れろブタ野郎」

 

 そう言う理央の目は完全に座っており、八幡はそのまま一気に壁際まで追い詰められた。

 

「ち、近い、ってか当たってる、当たってるから!」

「当ててるんだから当たり前でしょうが!」

「なっ………」

 

 そう言い切る男前な、いや、女前な理央相手に、さすがの八幡もどうする事も出来ない。

 

「わ、分かった、分かったから、今から一緒に明日奈の所に行って相談しよう、な?」

「絶対だからね!」

 

 理央はそう言って、買う予定だった物を素早く買い物カゴに放り込み、

速攻で会計を終え、八幡の所に戻ってきた。

 

「荷物を置くから先に私の部屋ね、ほら、行くよ」

「あっ、はい………」

 

 最後の望みとばかりに八幡は蔵人達三人に目を向け、視線で助けを求めた。

 

「げらげらげら」

「いいぞ、もっとやれ!」

「あ、八幡さん、私達、寮の部屋を見にいってますね」

 

 三人はそう言って八幡に手を差しのべる事なく去っていき、

八幡はそのまま理央に腕を組まれ、理央の部屋に連行される事となった。



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第1008話 お部屋訪問

「意外と綺麗にしてるんだな」

「い、意外とは余計、私は基本綺麗好きだよ」

「そうか、悪い、それは失言だったな」

「とりあえず私は買ってきた物をしまっちゃうから八幡はこれでも飲んで待ってて」

「お、悪いな」

 

 そう言って理央は乱暴な態度でマックスコーヒーを八幡に押しつけ、

寝室の方へと消えていった。

 

「やれやれ、完全に機嫌を損ねちまったみたいだな………」

 

 困った顔でそう呟きながら、

八幡は相変わらず()()()甘さを誇るマックスコーヒーを口に含んだ。

 

「ん、美味い………」

 

 だが事実は八幡の認識とは全く違っていた。

理央は八幡から見えない位置へと移動するなり、頭を抱えてその場に蹲ったのだ。

 

「や、やっちゃったぁ………」

 

 実は理央は、八幡を家に上げた直後に我に返り、冷静さを取り戻していたのだった。

今更ながら、自分の部屋に八幡と二人きりという事実に気付いた理央の一番の心配事は、

ちゃんと片付けてはあったはずだが、

自分の部屋に、おかしな物が置いていなかったかどうかという事であった。

 

「た、多分大丈夫だよね、見られて困るような物は何も無かったはず………、

あ、待って、まずいまずい、洗濯物が干しっぱなし………」

 

 干しっぱなしというか、干したばかりなのであるが、

幸いレースのカーテンが閉まっているはずなので、八幡からは見えないと思われる。

 

「で、でも一応確認しないと………」

 

 そう呟き、物蔭から窓の様子を伺った理央は、今まさに八幡が立ち上がり、

ベランダの方に向かおうとしているのを見て心臓の鼓動を跳ね上がらせた。

 

「ちょ、ちょっと八幡、ど、どこに行くの?」

「ん?あ、いや、ここって十階だろ?寮から見る景色ってどんな感じなのかなって思ってな」

「た、確かにここから見る景色は凄く綺麗だけど………」

「おお、やっぱりそうだよな」

 

(特に今は私の下着も干してあるから、八幡は喜ぶかもしれないけど………)

 

 八幡に答えつつそんな事を考えた理央は、即座に自分に突っ込んだ。

 

(ちっが~う!私ってば何を考えてるの!これじゃあまるで痴女じゃない!)

 

 まるでというか、その思考は完全に痴女である。

 

「違くて!そうじゃなくて!」

「ん、いきなりどうした?」

「え~とえ~と、うぅ、何も思いつかない………、

もういいや、えっとね、い、今そこには洗濯物が干してあるから、その………ね?」

 

 理央は八幡を止めるいい言い訳が思い付かず、正直に事実を伝える事にした。

 

「あっ、わ、悪い、そりゃ休日の朝は洗濯するよな」

 

 八幡はすぐに状況を理解し、慌てて元の場所に戻った。

 

「わ、分かってくれたなら、別にいいよ」

 

 理央はそう言って寝室に戻ると、

多少おめかしした服に着替え、ついでに奉納用のいい下着があるか、

洋服ダンスをチェックする事にした。だが結果は散々なものであった。

 

「うぅ、全体的に地味、いいのが無い………」

 

 実際問題十分かわいいと思われる下着は沢山あったのだが、

背伸びしたいお年頃の理央にとっては満足がいく物は無かったらしい。

 

「こ、こうなったら明日奈さんに相談しよう………」

 

 理央はそう決断し、八幡の所に戻った。そんな八幡の視線は台所の方に向かっていた。

八幡は理央が戻ってきたのを見て、開口一番にこう尋ねてきた。

 

「なぁ、アルコールランプとビーカーは無いのか?」

「は?むしろ何でそんな物があると思ったの?」

「何だ無いのか、お前は家でもそうやってコーヒーを入れてると思ったんだけどな」

「そんな訳ないでしょ!」

 

 理央は思わずそう叫んだが、八幡がニヤニヤしているのを見て、

自分がからかわれていた事に気が付いた。

 

「もう、もう!」

 

 理央は拗ねた顔で八幡をぽかぽかと叩き、

八幡はその攻撃を甘んじて受けながら理央に言った。

 

「やっとツンツンしてたのが収まったな、今回の事は俺が悪かったよ、

明日奈が渋るようなら俺からも口添えしてやるからそれで勘弁してくれ」

「えっ?あ、うん、わ、分かったなら別にいいよ」

 

 理央は咄嗟にそう言いつつも、

冷静に戻ったせいなのだろう、八幡に対して罪悪感を感じていた。

だが八幡のマンションの部屋に自分の居場所がどうしても欲しかった為、

その罪悪感は一瞬で消えた。

 

(目的の為には仕方ないよね、うん)

 

 初心だった理央も、どうやら大人の駆け引きを身に付けつつあるようだ。

 

「それじゃあ雪乃の部屋に行くぞ、明日奈はそこにいるらしい」

「そうなんだ、それじゃあ行こっか」

 

 そして二人は二つ上の階にある雪乃の部屋を訪れた。

インターホンを押すと、直ぐに雪乃と明日奈が顔を出す。

 

「いらっしゃい、待ってたわ」

「理央ちゃん!話は聞いたよ」

「あっ、はい、何かすみません」

「いいよいいよ、理央ちゃんの気持ちも良く分かるからさ」

 

 二人が雪乃の部屋に入ると、中にはもう一人女性がいた、クルスである。

 

「八幡様、おはようございます!」

「お、マックスもいたんだな」

「はい、洗濯物を干していたら明日奈の声が聞こえたんで、遊びに来ちゃいました」

「って事は、隣がマックスの部屋なのか?」

「はい、実はそうなんです!」

「ふふっ、友達が隣の部屋に住んでる生活っていいわよね」

「そうだな、楽しそうだ」

「はい、とっても楽しいですよ!」

 

 八幡はこの時疑問に思うべきであった。

すぐ隣が自分の部屋なのにも関わらず、クルスが八幡の来訪を願わなかった事を。

 

「それじゃあ理央ちゃんはちょっと私とあっちで話そっか」

「う、うん、お願い………します」

 

 明日奈と理央は少し離れたソファーの方に移動し、

残された八幡は、雪乃の部屋をしげしげと観察した。

室内はやはり猫グッズで溢れ返っており、時々パンさんグッズが顔を覗かせている。

と、その時八幡の足に何かが触れた。

下を見ると、お掃除ロボットの上に猫のぬいぐるみが乗っている。

 

「お?こんな製品あったんだな」

「いいえ、お手製よ」

 

 雪乃は何でもないという風にそう答え、八幡は頬をひくつかせながら、

雪乃に愛想笑いを返した。

 

「そ、そうか、かわいくていいな」

「ふふっ、でしょう?」

「雪乃って本当に器用ですよね」

「ああ、それはそう思う」

 

 他にも用途が分からない猫グッズが沢山あり、

八幡はもう少し猫トークをしておかないと雪乃が拗ねるかもしれないと思い、

そのうちの一つを手にとって雪乃に尋ねた。

 

「これは?」

「それは首筋のこりをほぐす猫ちゃんよ、こうやって使うの」

 

 雪乃はその猫型の物体を仰向けに置き、床に寝そべってその上に首を乗せた。

 

「え、何それ、まさかそれもお手製か?」

「いいえ、これは既製品よ」

「マジか、色々考えるもんだな………」

 

 八幡は素直に感心し、試しに自分も使わせてもらう事にした。

自分の知らない物に出会ったせいか、その表情はわくわくしている。

 

「お、俺もやってみてもいいか?」

「ふふっ、子供みたい、もちろん構わないわよ」

「それじゃあ遠慮なく………」

 

 雪乃が立ち上がり、場所を譲ってくれた為、

八幡は床に寝そべり、雪乃を真似て同じようにその猫の上に首を乗せた。

 

「おお、思ったよりも気持ちいいな………」

「でしょう?さすがは私よね」

「ああ、面白いなこれ」

 

 そう言って八幡は雪乃の方を見上げた、そう、見上げたのだ。

ちなみに雪乃と、ついでにクルスは今はスカートを履いている。

そうするとどうなるか、答えは簡単である。

この場には明日奈もいる為に八幡は内心でかなり焦ったが、

辛うじて表情を変える事なく強化外骨格を駆使し、何事もなかったように立ち上がった。

そう、八幡は何も見ていない、

猫のワンポイントが入った布も、Gストリングの布も見てはいないのだ。

 

「そういえば雪乃、今ベランダに洗濯物とかを干したりしてるか?」

 

 八幡は今何があったのか悟られないように話題を変えた。

 

「………どうしてそんな事を聞くのかしら?」

「いや、外の景色を見てみたいんだけど、洗濯物が干してあったらまずいなって思ってな」

「あら、予めその事を尋ねるなんて、殊勝な気配りね、

そうね、残念ながら、今は何も干してないわ」

「何が残念なんだ?」

「私の下着が干してある事を期待したのではなくて?」

「んな訳あるか!それならちょっとベランダに出てみてもいいか?」

「ええ、別に構わないわよ」

「おお、サンキュー!」

 

 八幡は嬉しそうにベランダに出ていき、二人はそれを見ながらひそひそと囁き合っていた。

 

「私達が胸への視線はすぐ気が付くって分かってるのに、

八幡様は、さっきのが気付かれてないって思ってるみたいだね」

「そうね、まあ武士の情けよ、この事は私達の心の中にしまっておいてあげましょう」

「見られて困るものでもないしね」

「ええ、まあそうね」

 

 どうやら先ほどの八幡のやらかしはバレバレだったようだ。

そこに明日奈と理央が戻ってきた。

 

「二人とも、ちょっと相談が………あれ、八幡君は?」

「八幡君ならベランダで、子供みたいにはしゃぎながら外の景色を見ているわよ」

「そっか、それなら丁度いいや、あのね、理央ちゃんがね、

下着を買うのに付き合って欲しいんだって」

「ああ、もしかして奉納用?」

 

 そう尋ねてきたのはクルスであった。

どうやら事前に八幡達の来訪の理由を聞かされていたようだ。

 

「は、はい」

「分かったわ、それじゃあみんなでかわいいのを選びましょう」

「うん、行こう行こう!」

 

 戻ってきた八幡にその事を告げ、四人はそのまま出かけていった。

八幡は自分が説得するまでもなく、理央の奉納が明日奈に認められた事に安堵していた。

奉納という行為自体を歓迎している訳ではないが、

確かに先輩である理央が、本人が主張する通り問題になる可能性が限りなく低いのに、

後回しになったという事は、やはり気の毒だと思っていたからである。

 

「それじゃあ俺は、蔵人達を送っていくか」

 

 一人残された八幡は、蔵人達と合流し、そのまま三人を家まで送り届けたのであった。



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第1009話 ハイテンション理央

「それじゃあ行きましょうか」

「ここだとどこがいいかな?」

「任せて、私、近くでいい所を知ってるから」

 

 クルスがそう言い出し、四人はクルスの案内で買い物へと出発した。

土曜という事もあり、街は人で溢れ返っている。

明日奈、雪乃、クルスの三人はきゃっきゃうふふ状態で仲良く話しながら歩いていたが、

理央だけが若干気後れぎみであった。もちろん一人だけ年下だという事もあるが、

とにかくこの三人は、人目を引きすぎるのだ。

そもそも雪乃とクルスは大学在学中は、二大美女と讃えられていた存在であり、

明日奈がもし同じ学校に通っていたら、二大美女が三大美女になっていただろう。

 

(うぅ、私だけ浮いてるって、周りの人に思われてそう………)

 

 理央は三人と普通に話してはいたものの、かなりネガティブな精神状態になっていた。

そんな時、理央の耳に、少し離れた所でこちらを見ている男達の会話が聞こえてきた。

 

「おい見ろよあの三人、レベル高くね?」

 

 理央はその言葉にドキリとし、やっぱりそうだよねと気落ちした。

涙こそ出なかったが、本気で泣きたい気分であった。

 

「どうする?こっちも三人だし声をかけてみるか?」

「いや、無理だろ、あそこまでいくと、住んでる世界が違うって」

「ん?あれ、後ろにもう一人眼鏡の子がいるじゃん」

 

(あ、あれ、私、気づかれてなかった?)

 

「あれ、本当だ、あの子もかわいいな、うん、やっぱ無理だわ」

「四人とも美人だなんて、珍しいよな」

 

(えっ?それって私の事?)

 

 理央は思わずそちらの方を見てしまったが、

その男達はそれに慌て、愛想笑いしながら理央に手を振ってきた。

もちろん理央は手を振り返したりはせず、キョトンとした表情のまま男達の前を通り過ぎ、

その背中に再び男達の会話が聞こえてきた。

 

「やっぱり無理だったかぁ」

「でも嫌がられてる感じじゃなかったよな!?」

「ははっ、まあそういう事にしておくか」

「少なくとも目の保養にはなったんだからそれで満足しようぜ」

「だな」

 

 三人はそのまま歩き去っていき、理央は嬉しさがこみ上げてきた。

 

(良かった、私、この三人と一緒にいても大丈夫なんだ)

 

 八幡と会う直前の理央は、

かつて恋していた国見佑真の事を諦めてからそれなりに時間が経っていた事もあり、

基本そういった方面に無頓着であったが、

八幡と出会ってソレイユに通うようになった後は、

逆に良く会うようになった姉貴分のような麻衣や、

そういった方面では社内で一番頼りになるかおりの影響を色濃く受け、

ファッションや化粧についてもかなり気を遣うようになっていた。

その努力が実った結果、理央は自分でも理解しないままに、

女性としての魅力をかなり増す事になっていたのである。

 

「あれ、理央ちゃん、何か嬉しそうだね?」

「何かいい事でもあったのかしら」

「え?あ、う、ううん、別に何も」

 

 理央は知らない男達の反応に一喜一憂していたのが知られたら恥ずかしいと思い、

慌ててそう否定した。

 

「そう?う~ん、気のせいだったかぁ」

「まあ笑顔でいるのはいい事、八幡様もきっと喜ぶ」

「は、八幡が?」

「ああ、うん、八幡君は、仲間が笑顔でいる事を凄く喜ぶもんね」

「わ、私が笑顔だと八幡が喜ぶ………?」

「うん、もちろん!」

「そ、そっか………」

 

(わ、私の笑顔で喜んでくれるなら、

私がもっとかわいくなったら八幡はもっと喜んでくれるのかな)

 

 理央はそう飛躍した事を考え、テンションが上がるのを感じた。

 

「着いた、ここだよ」

 

 それからしばらく歩いた後、クルスがとある店の前で足を止めた。

理央はそのテンションのまま店に入り、勧められるままに色々な下着を試着し、

多くの候補の中から、勢いのままに一番エロい下着を選択する事となった。

 

「ほ、本当にそれでいいの?」

 

 選んだ明日奈が若干心配そうにそう声をかけてきたが、

テンションの上がった理央は、問題ないという風にコクコクと頷いた。

 

「ね、ねぇ、自分で選んでおいてなんだけど、本当に良かったのかな?

私、あれはネタのつもりだったんだけど………」

 

 そして帰り道、浮かれる理央の背中を見ながら、明日奈が雪乃とクルスに話しかけた。

 

「そうね、まあ本人がいいと言うのだからいいんじゃないかしら」

「理央は今、明らかにハイになってるから、後で我に返った時にどう思うか楽しみ」

「あ、あは………」

「でもまあこういう経験も必要だと思うわ、人は失敗を繰り返して成長していくものよ」

「まあ別に奉納の時にあれを実際に履く訳じゃないし、別にいっかぁ」

「そうそう、あれはただの見せパン、きっと履くのは人生で一度あるかないか」

「確かにそうかもしれないね」

 

 三人はそんな会話を交わしつつ、理央の背中に生暖かい視線を向けた。

 

「ええと、あ、八幡君はもう戻ってきてるみたいだね、それじゃあ理央ちゃんはこっちね」

「き、緊張してきた………」

「あはははは、大丈夫大丈夫、さ、行こ」

「う、うん」

「雪乃とクルスも来る?」

「ごめんなさい、私は今日はクルスの家に行かなくてはいけないの」

「うん、前からの約束」

「そっかぁ、あ、雪乃、今日は中途半端になっちゃったから、

明日改めて部屋を見せてもらうね」

「分かったわ、それじゃあ明日の朝にね」

「それじゃあまたね、二人とも」

「ええ、理央も頑張ってね」

「うん、が、頑張る」

「二人ともまた!」

 

 そして雪乃とクルスは去っていき、理央は明日奈と共に八幡の部屋へと向かった。

 

 

 

「理央、頑張ってるかしらね」

「今頃顔を真っ赤にしてるんじゃないかな、ふふ、可愛い」

「八幡君の表情も見てみたかったわね、後で明日奈に聞かないと」

「おいおい、一体どんな下着を選んだんだよ………」

 

 クルスの部屋で、そんな会話を交わしていた雪乃とクルスに、

この場にいるはずのない八幡が、呆れたようにそう言った。

 

「現物を見せられればいいのだけれど………」

「あ、私、メーカーとか品番を覚えてるよ、ちょっと調べてみよっか」

「あらそうなの?それじゃあそうしましょっか」

 

 そしてクルスはスマホをいじり出し、しばらくして答えにたどり着いたのか、

その画面を誰もいない方に向けて見せた。否、正確には誰もいないが、何かはいた。

そう、先日陽乃からクルスに送られた、デレまんくんである。

要するに雪乃の訪問の目的は、デレまんくんと遊ぶ事であった。

クルスが八幡に部屋を見せようとしなかったのも、

デレまんくんを八幡に見せていいのかどうか分からなかったからである。

 

「あ~………これか………」

「デレまんくん、どう思う?」

「断じて俺の好みという訳じゃないが、

理央のあか抜けなさとこれのエロさのギャップに関してはいいんじゃないか?」

「確かに八幡君は、ギャップ萌えという概念がお気に入りだったわね」

「要するに相手を選ぶという事だ、例えばマックスや雪乃が履くならあり、

ミサキさんが履くのは無しだ」

「なるほど、分かるような気がするわ、奥が深いのね」

「私も買ってみようかな、デレまんくんも嬉しいよね?」

「べ、別に嬉しくなんかねえよ?」

 

 デレまんくんは、明らかに動揺したような口調でそう答えた。

 

「やっぱり嬉しいんだ」

「ど、どどどうしてそうなる、俺はう、嬉しくねえって言ってるだろうが」

「「きゃ~、かわいい!」」

 

 クルスと雪乃はそう言ってデレまんくんを抱きしめた。

その後も二人は明け方近くまでデレまんくんとお喋りを続け、

次の日は明日奈に起こされるまで、爆睡する事となったのである。

 

 

 

 一方聖布収納の儀に臨んだ理央であるが、結論から言うと、

八幡が今まさに理央の奉納した聖布を手にとった瞬間に、理央は我に返ってしまった。

 

(え、あれ?わ、私が選んだのってあんなんだっけ?さすがにちょっとエロすぎじゃ………)

 

 理央は自分がその下着を着用している姿を想像し、顔を真っ赤にした。

それを見ていた明日奈は、やっと気が付いたかと心の中で理央を応援した。

 

(恥ずかしいよね、でも頑張って、理央ちゃん!)

 

 そして当の八幡は、理央の聖布を手にしたまま、ずっと無言であった。

 

「えっと………」

 

 理央はそんな八幡に何と声をかけていいか分からず、口ごもった。

出来る事ならやり直しを要求したい所だが、

我侭を言って今日の儀式に臨んでいる以上、とてもではないがそんな事は言えない。

 

「ギャップ萌えか………」

 

 その時八幡がそう呟いた。もしこの場にデレまんくんがいたら、

然り、と同意した事であろう。

 

「お前は相対性妄想眼鏡っ子の名が示す通り、知的かつエロいのが持ち味だ。

今後もその名に恥じぬように………」

 

 そこで八幡は理央の方を見て顔を赤くし、再び口ごもった。

おそらく理央がこの聖布を装着している所を想像したのだと思われる。

 

「いや、その、まあ、ほどほどにな?」

 

 その瞬間に理央は、八幡の背中をバシバシと叩いたのだった。

八幡はたまらずこれで儀式は終了だと言って部屋の外に逃げ出し、

明日奈と優里奈は理央を慰めにかかった。

 

「な、何かごめん、お薦めしたのがちょっと過激すぎたね」

「う、ううん、決めたのは私だし、

思い返せばもっといいのを沢山薦めてもらってたから………」

「し、失敗は成功の母ですよ、ドンマイです!」

「あ、ありがと………」

 

 その後も二人は理央の気が晴れるようにと怒涛の勢いで楽しい話題を振り、

理央は理央で、八幡だけの為に買ったんだしこれはこれで別にいいかなと思い始めた。

そして夜、三人仲良く川の字で寝る事になり、ベッドに横になって天井を見ていた理央は、

遂に八幡のマンションに居場所を確保出来た事を実感し、

とても幸せな気分で眠りにつく事が出来たのだった。



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第1010話 当社比三倍

大雪です四~五十cmいきそうですやばいです!ちょっとそれに対する対応で、明日は投稿出来ないと思います、すみません!


 日付は変わって日曜日の朝となった。

目が覚めた後、理央はねぼけまなこを擦りながらのそりと起き上がり、

自分の部屋にいるつもりで毎朝している通りに顔を洗う為に部屋を出た。

眼鏡をかけていなかった理央は、部屋の外に覚えがない事に気が付き、

ここはどこだろうと思いながら目を細め、きょろきょろと辺りを見回した。

 

「お、早起きだな理央、昨日はよく寝れたか?」

 

 そう毎日でも聞いていたいような心地よい声が聞こえ、

理央はそちらを見たが、眼鏡をかけていない為にその人物がぼやけて見えた。

 

「ん、ん~?」

 

 理央はごしごしと目を擦り、目を細めたままその人物に近付いたが、

何故かその人物は慌てたような感じで後退りしていく。

当然理央は、もっとよく見ようと更に前に進み、遂にその人物を壁際まで追い詰めた。

 

「い、一体なんなんだ、っておい、近い、近いから」

「………あれ、八幡?」

 

 理央は唇が触れそうになる距離まで顔を近付けて、

やっと相手の正体を理解する事が出来た。

眼鏡かコンタクトがないと、どうやらかなり視力が低いようだ。

 

「何故疑問系………」

「え、だって、何で八幡が私の部屋に?」

「ここがお前の部屋じゃなく、俺の部屋だからだな」

「あ、ああ~!」

 

 それで理央は、昨日自分が初めて八幡の部屋にお泊りした事を思い出した。

 

「あ~、そっか、そうだったそうだった」

「分かってくれたならいいんだが、とりあえず少し離れような」

「あっ、ご、ごめん」

 

 理央はそう言って、慌てて後ろに軽くステップした。

その瞬間に八幡が、焦ったような声を上げる。

 

「いいっ!?」

「え?いきなり何?」

 

 理央は何故八幡が焦っているのか分からず、再び八幡に近付いた。

 

「ま、待て、あまり激しく動くんじゃない、あ、危ないからな」

「んん~~~?」

 

 その瞬間に理央は、八幡からの視線が自分の胸に向いているのを感じ、

まあでもいつもの事だよねと思いながら、何気なく自分の胸を見た。

一応断っておくが、別に八幡がいつも理央の胸を見ているという事ではない。

理央が言ういつもの事とは、あくまで世間一般の男性諸君の話である。

 

(も、もしかして今の私、ラッキースケベ状態だったり!?)

 

 どうやら八幡に胸を見られる事は、理央的にとってのラッキースケベ扱いらしい。

だが何度見ても、理央のパジャマの胸が大きく開いているという事もなく、

ボタンも全てキッチリ止まっている。

理央はその事を残念に思い、深いため息をついたが、

その瞬間に、理央の胸が当社比で二倍くらいの揺れ方をした。

同時に理央は、再び八幡の視線が胸に向いているのを感じた。

 

「………ああ!」

 

 何かに気付いた理央は、そのまま一歩後ろに下がったが、

その瞬間に理央の胸が、当社比三倍くらいの揺れ方をした。

そう、寝起きなので当然だが、今の理央はノーブラなのである。

 

「なるほどなるほど、だから八幡が私の胸ばっか見てたんだ」

「い、いきなり何を言い出すんだ、別に俺は、お、お前の胸なんか見ていない」

「だからそういうの、女の子は分かるんだってば。

へぇ~、そっかぁ、いつもクールぶってる割に、やっぱり見たいんだ?」

「調子に乗るな!」

「きゃっ!」

 

 八幡は理央の頭をがしっと掴み、腕の力に任せて理央を一回転させた。

 

「いいからさっさと顔を洗って着替えてこい、ついでに明日奈と優里奈も起こしてな」

「い、痛い痛い、分かった、分かったから!」

 

(ちょっとやりすぎちゃったかな、失敗失敗)

 

 八幡は理央をぐいぐい押していき、そのまま洗面所に叩き込んだ。

 

「やれやれ、まったく暴れすぎだっての」

 

 その八幡の発言が、理央本人に対するものなのか、理央の胸に対するものなのか、

どちらなのかは神のみぞ知るである。

 

「さて、今日はどうするかな」

 

 八幡はそう言いながら窓の方へと向かい、カーテンを開けた。

 

「いい天気だな、どこかに出かけるのもありか」

 

 そう呟いた瞬間に、八幡のスマホが鳴った。

 

「ん、こんな朝早くから誰だ?」

 

 八幡がスマホの画面を見ると、そこには『腐ラウ』と表示されていた。

 

「あいつか………」

 

 八幡は、部屋に忘れ物でもしたのかな、などと思いながら電話に出た。

 

「フラウか?どうした?」

『今日はとてもいい腐女子日和です』

「………まあいい天気ではありますね」

 

 八幡はのっけから放たれたそのパンチに対し、防御を固めるべく敬語で対応した。

 

『ところで八幡とは約束があった訳だが』

「………約束?」

『プリンセス』

「う………要するに今日紹介しろと?」

『イグザクトリー、その通り』

「………分かった、約束だしな、一旦切るぞ」

『おなしゃす!』

 

 どんな約束でも約束は約束だ、そう考え、八幡は仕方なく姫菜に電話をかけた。

 

(頼む、寝ててくれ!出来ればそのまま夜まで気付かないでくれ!)

 

「………」

『………』

「………あれ、呼び出し音が鳴らないな」

『それはもう出てるからかな、やっはろ~!』

 

 だがそんな八幡の願いも空しく、姫菜はノーコールで電話に出た。

 

「うわっ、び、びっくりした………」

『そっちからかけてくるなんて珍しいね、誰か私に紹介したいボーイズでも見つけた?』

 

 これはもちろん姫菜に恋人候補を紹介するとかそういった話ではない、念のため。

 

「すみません、紹介したい奴がいるのは合ってますが、女の子なんです」

『えっ?どういう事?私、そういう趣味は無いんだけど』

「実は先生の大ファンだという部下にせがまれまして、

もし宜しければ会ってやって頂けないかと………、

あ、もちろん俺はそいつを届けたら帰りますので、

そいつの事は煮るなり焼くなり好きにしてもらえれば………」

『な~んだ残念、せっかく新しいネタが仕入れられるかと思ったのに』

 

(仕入れられてたまるかよ!)

 

 姫菜はとても残念そうにそう言った。

八幡は背筋が寒くなったが、何とか堪える事に成功した。

 

「で、いかがでしょうか」

『う~ん、まあ布教活動だと思えばいいかな、別に構わないよ、朝ご飯で手を打とうか』

「喜んで奢らせて頂きます。ところで冬コミの原稿とかは大丈夫ですか?

もしかして凄く忙しかったりしませんか?」

『あれ、心配してくれるの?』

「いえ、全然全くこれっぽっちも。一応時期的に厳しいかなと思いまして」

 

 もちろん姫菜を心配している訳ではなく、

冬コミが近いという理由で断ってくれないかなと思っただけである。

 

『基本日曜は休もうって事にしてるの。根を詰めすぎてもまずいしね』

「………了解です、それじゃあそっちの都合のいい場所に行くから指定して下さい」

「オッケー、それなら………」

 

 姫菜が指定してきたのは、秋葉原の駅前にあるカフェであった。

 

「分かりました、それじゃあまた後で」

『ずっと敬語だった意味が分からないけど、うん、また後でね』

 

 そして八幡はフラウに電話を掛けなおした。

 

「プリンセスは、お前とお会い下さるそうだ」

『ふおおおお!神!』

「で、待ち合わせだが………」

 

 八幡が店の名前を告げると、フラウは近いから直接行くと言い出した。

 

「分かった、それじゃあ後でな」

 

 電話を切った後、八幡は後ろから声をかけられた。

 

「何の電話?」

「うわっ、びっくりした」

 

 そこにいたのは明日奈と優里奈、それに理央であった。

三人共、当社比で三倍状態である。

 

(こ、この野郎………)

 

 理央は顔を洗い終えた後、言われた通りに寝室に戻って二人を起こしたようだが、

胸に関しては普通にスルーしたようだ。

おそらく明日奈と優里奈も同じ状態なら、八幡は文句を言えないと考えたのだろう。

そしてその考えは正しく、八幡は苦情を言う事が出来ない。

八幡は理央を睨んだが、当の理央はどこ吹く風であった。

 

「………実はさっきフラウから連絡があってな、海老名さんを紹介して欲しいそうだ」

「えっ?ああ、そういう………」

 

 フラウが腐女子だと理解している明日奈は、事情をすぐに理解した。

 

「まあ今日は他に男はいないし、俺絡みの変なスイッチも入らないだろ。

俺はあの二人が盛り上がるのを適当に聞き流して、適当な所で逃げ出すつもりだ」

「ああ、それじゃあ理央ちゃんに一緒に行ってもらえば?

そしたら逃げる為の言い訳がしやすいんじゃない?」

「ん、確かにそうだな………」

 

 先ほどから理央にやられっぱなしだった八幡は、

ここぞとばかりに目に力を込め、じっと理央の顔を見た。

 

「う………ま、まあ別にいいけど………」

 

 理央はそっち方面には興味が無い為、あまり気乗りはしないようだったが、

八幡からのプレッシャーに押され、断る事は出来なかった。

 

「それなら私も行きましょうか?」

「いや、優里奈は駄目だ、教育に悪いからな」

 

 優里奈がそう提案してきたが、八幡は即却下した。過保護、ここに極まれりである。

 

「はぁい」

 

 優里奈は苦笑しながらその八幡の指示に従った。

 

「わ、私の教育は!?」

「お前はうちの子じゃないからな、問題ない」

 

 八幡は即座にそう答え、理央はイラっとしたのか、八幡の背中をバチンと叩いた。

 

「痛ってぇな、少しは手加減しろよ!」

「フン」

 

 とにもかくにもこうして理央が、八幡に同行する事が決定した。



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第1011話 八幡の危機

 その後、明日奈は一人で雪乃の部屋に向かい、優里奈は洗濯を始めた。

理央は外出の準備をし、優里奈に挨拶をした後、八幡と共に部屋を出た。

 

「忘れ物とかはないよな」

「うん、まああってもすぐに取りに来れるし」

「違いない、それじゃあ行くか」

 

 そしてエレベーターで下の階に向かいながら、八幡が言った。

 

「約束の時間まではまだ早いが、まあ先に何か注文して待ってればいいよな」

「う、うん、そう………だね」

 

 八幡に返事をしてすぐに、理央は今の自分が置かれている状況に気が付いた。

 

(こ、これってある意味デートなんじゃ………

うん、そうだよ、フラウをプリンセスさん達に引き合わせた後、

帰る前にどこかに寄り道すれば………)

 

 八幡と二人で行動した事は何度もある理央だが、

何度目だろうとやはり心が踊ってしまうものらしい。

そしてキットに乗り込んだ後、理央は八幡から見えない時は、によによと頬を緩ませ、

八幡の方を向く時だけキリッとした表情を保っていた。

だがそんな理央の行動は、余裕で八幡に気付かれていた。知らぬは本人ばかりなり、である。

 

(こいつは何を浮かれてやがるんだ………ま、まさか、こいつも腐ってるのか!?)

 

 八幡はそう考えるのも無理はない。何故なら自己評価が低い八幡は、

自分と一緒にいる事で相手がここまで浮かれているなどとは思いもしないのだ。

 

(って、んな訳ないな、これは単に寝起きだからだろう)

 

 朝の記憶がまだあった為、八幡はそう判断した。

こうして理央の腐女子疑惑は未遂のまま終わる。

そのまま二人は秋葉原の駅前に到着し、目的の喫茶店へと足を踏み入れた。

 

「さて、ここはもちろん奢るから、のんびりしようぜ」

「う、うん」

 

 注文の品はすぐに運ばれ、二人は何となく窓から空を見上げた。

今日は十二月にしては気温も高くぽかぽかしており、とても気持ちがいい。

 

(こんな幸せな時間がこれからも続くといいな………)

 

 そう思い、理央が紅茶を口にした瞬間に、目の前にいた八幡が、あ、と声を上げた。

釣られて八幡の視線の先を見た理央は、窓の外の歩道から、

咲太がこちらを見て驚いている事に気が付き、唖然とした。

 

(え、何で梓川がここにいるの?

もしかして私の邪魔をしに来たとか?ってか空気読んでこっちに来んな)

 

 理央はそう思い、じろっと咲太を睨みつけたが、

その気持ちは咲太には全く届かなかったようで、そのまま咲太は店の中に入ってきた。

それを見た理央は舌打ちし、八幡は一瞬ぽかんとした後にクスクスと笑った。

 

「………何よ」

「いや、咲太の事が嫌いなのかなと思ってよ」

「別に普段は嫌いじゃないよ、普段はね」

「今は嫌いなのか?」

「………せ、せっかくのんびりしてたのに、騒がしいのが来たら嫌だなって」

 

 理央はそう、やや苦しい言い訳をし、

そんな理央を、八幡は微笑ましいものを見る目で見つめた。

 

「まあそう言うなって、咲太としちゃ、

さすがに俺達を無視してそのまま通り過ぎるなんて事は出来なかったんだろ」

「それはそうかもだけどさ」

 

 そう言って頬を膨らませた理央に、こちらに近付いてきた咲太がいきなり言った。

 

「おい双葉、ほっぺたが腫れてるぞ」

「腫れてない、ってか隣に座んな、座る前に相席してもいいか許可を取れ」

「八幡さん、お久しぶりです。お~い双葉、相席お願いしてもいいですか?」

「嫌」

 

 理央は即答し、咲太は鼻白んだ。

 

「………八幡さん、こいつ、何でこんなに不機嫌なんですか?」

「さあ、ツンデレなだけじゃないか?」

「ああ、確かに双葉は昔からツンデレでしたけどね、国見には」

 

 その名前が出た瞬間に、理央は怒りの形相で咲太の足を思いっきり踏んだ。

 

「い、痛ってぇ!」

「こ、このブタ野郎………」

「はい、ブタ野郎頂きました、あざっ~っす」

「へ、変態度が増してる………」

「すみませ~ん、注文お願いします!」

 

 咲太はそれをスルーし、平然と注文を済ませた。

さすがは芸能人と付き合っているだけあって、メンタルが強い。

理央のイライラは頂点に達しており、八幡がトイレに立った瞬間に、それが爆発した。

 

「ちょっと梓川、八幡の前でおかしな事を言わないで」

「八幡さんはそんな事、気にしないだろ」

「私がするの!いい?今度同じような事をしたら、もぐからね」

 

 さすがの咲太もその言葉に顔色を変えた。

 

「ど、どこをですかね?」

「今咲太が想像したところ」

「ひっ………」

「ついでに麻衣さんにもこの事は報告しておくから」

「すみませんそれだけは勘弁して下さい、俺が間違ってました」

 

 咲太は即座に頭を下げ、理央はフン、と顔を背けた。

咲太はそれで、理央に許されたと判断したが、

本気で不機嫌だった理央は、この時許したとは一言も言っておらず、

後日麻衣にこの事を報告し、そのせいで咲太は麻衣にお仕置きされる事となる。

丁度その時八幡がトイレから戻ってきた。

 

「で、咲太は何でこんな所にいるんだ?

どう考えても秋葉原はお前の行動範囲に入ってないよな?」

「あ、実は近くで麻衣さんの撮影があったんですよ、それでちょっと見学に。

丁度日曜日でしたしね」

「あ、そうなんだ、へぇ、麻衣さん、頑張ってるんだね」

 

 理央は一転して機嫌良さそうにそう言った。

仲がいい麻衣が活躍している話を聞くのはやはり嬉しいらしい。

 

「ああ、妹ちゃんと共演するやつか」

「えっ、のどかちゃんと?」

 

 その八幡の訳知り顔な発言に、理央は驚いた。

 

「おう、うちがスポンサーだからな。社報にも載ってたはずだぞ、

たまには他の部署の記事にも目を通しておけよ」

「そ、そうだったんだ、今度見てみる」

 

 ちなみにこの社報、陽乃が趣味で発行しているものであり、

その内容が面白い為に、社員の間ではかなり人気が高い。

 

「で、俺の方はそんな感じですけど、お二人はデートですか?」

 

 理央としては、その言葉を即座に肯定したいところだったが、

さすがに八幡の前で、そうだとは言えなかった。

代わりに理央は八幡の言葉に期待したが、当然八幡がそうだと認めるような事はない。

 

「デート?う~ん、そういう色っぽい話ならまだ良かったんだがな」

「それはどういう………」

 

 だがその言葉にすら、理央は内心で激しく食いついた。

 

(デ、デートなら良かった!?)

 

 それだけで天にも登る気持ちになってしまう、恋する乙女の理央である。

 

「双葉?お~い双葉?」

 

 理央はそのままトリップしてしまい、咲太の言葉には一切反応しない。

そんな理央を見て八幡と咲太は苦笑し、そのまま話を続けた。

 

「って事は仕事ですか?」

「いや、腐った友人に腐った部下を紹介する予定になってるんだが、

早めに逃げるのに理央を口実にしようと思って連れてきたんだよ」

「うわ、マジですか、俺も付き合いましょうか?」

「いや、お前が一緒だと、腐った友人に新しいネタを提供する事になるからやばい」

「た、確かに………」

「敢えて理央なのも、そういう妄想を抑える為だな、

俺が女子を連れてたら、そういう妄想もしにくいだろ?」

「なるほど、その発想はありませんでした」

「だから咲太も早く逃げた方がいい、ここにいると精神が汚染される事に………………ひっ」

 

 その時八幡がいきなりそう悲鳴を上げ、身を低くした。

 

「ど、どうしたんですか?ま、まさか………」

「そのまさかだ、まだ約束の時間には全然早いのに、

その腐った友人が店に入ってきやがった!」

 

 その八幡の言葉通り、丁度店の入り口から、姫菜と梨紗が入ってきたのだった。

梨紗の事はお忘れかもしれないが、コミケこと伊丹耀司の元奥さんで、

姫菜と一緒に腐海のプリンセスとして活動している女性である。

 

「やべぇ………マジでやべぇ………」

「ど、どうします?」

 

 そう言っている間に、姫菜と梨紗はまさかのまさか、八幡達の隣の席に案内されてきた。

 

(とりあえず俺と場所を代わってくれ、この位置だと俺がいるのがバレバレになっちまう)

(分かりました)

 

 二人はそっと場所を交換し、

理央の隣に座った八幡は、理央をつんつんつついて覚醒させた。

 

(おい理央、緊急事態だ、戻ってこい)

 

 理央はそれで覚醒し、八幡に声をかけようとしたが、

八幡がシ~ッという風に唇に人差し指を当てていた為、空気を読んで押し黙った。

 

(ど、どうしたの?)

(まずい事になった、約束の時間にはまだ一時間くらいあるのに、

プリンセスがもう来ちまったんだ、今後ろの席にいる)

(そ、そうなの?でもまあそれならそれで別にいいんじゃない?)

(お前と二人きりならな、だが今は咲太がいる、

こんなところをプリンセスに見られたら、どうなるかは分かるよな?)

(あっ………)

 

 それで理央は、今の状況を完全に理解した。

こうして不運が重なったせいで、八幡は絶体絶命の窮地へと陥る事になったのである。



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第1012話 気が付くと、腐海

(ど、どうします?)

(咲太がさっき注文しちまったからな、

それが来るのを待って、テーブルを移動させてもらえばいい)

(な、何かすみません………)

(いや、お前のせいじゃない、運が悪かっただけだって)

 

 八幡と咲太はひそひそとそう囁き合い、これからどうするか決めた。

その時、隣の席からこんな会話が聞こえてきた。

 

「はぁ、参ったね、冬コミの新刊ネタが中々出てこない………」

「そうなんだよねぇ、比企谷君から何かインスピレーションが得られればいいんだけど」

 

 その姫菜の言葉に、八幡と咲太は顔を青くした。

 

(八幡さん、これって確実にネタにされる流れじゃないっすか?)

(だな、絶対に見つかる訳にはいかねえ………)

(素人の私でも、ヤバさが伝わってくるんだけど………)

 

 同じく顔を青くした理央が、そう会話に加わってきた。

どうやら理央は腐汚染されていないと悟り、八幡はその事にはホッとした。

 

「やっぱりハヤハチ、トベハチ、キリハチ、ゼクハチに続くネタが欲しいよね」

「大佐さんは良かったけど、あんまり出すのは私的に何か申し訳なくってさ………」

「ああ、梨紗は金銭面でかなり援助してもらってた訳だしね」

「そうなんだよね………はぁ、比企谷君が、

若くて生きのいい男の子を連れてきてくれないかなぁ」

「そうしたらこんなシチュエーションで………」

「いやいや、こういうのも………」

 

 その後も延々と続けられた腐った会話の数々に、八幡は眩暈を覚えた。

咲太は完全にびびってぶるぶる震えており、理央は自分でも気付かないうちに、

八幡の腕をしっかりと抱いて、恐怖と戦うように目をつぶっていた。

この場は気付かないうちに、完全に腐海と化している。

そして注文の品が届き、咲太は店員さんに、

更に一つ隣のテーブルに移動しても構わないか尋ねた。

幸い空きテーブルは数多く存在し、店員さんは快くその頼みを承諾してくれ、

咲太はそのままこっそりとテーブルを移動した。

 

「ふぅ、これでとりあえずひと安心か………」

 

 そう考えた八幡は、この時初めて理央が自分の腕をしっかり抱いている事に気が付いた。

 

「おい理央、海老名さんに声をかけるから、その手を離し………」

 

 そこで八幡は、ピタリと静止した。

 

(待てよ、もしかしてこれは、

俺が女好きのナンパ野郎だというイメージを植え付けるチャンスなんじゃないのか?)

 

 八幡はそう思い、このまま姫菜に声をかけてみようと考えた。

実に甘いと言わざるをえない考え方だが、この時の八幡は、それを名案だと思っていた。

 

「やっぱりそのままでいい、よし………」

 

 そのまま八幡は立ち上がり、くるりと振り返って姫菜に声をかけた。

 

「ん、あれ、海老名さん、いつの間に来てたんだ?」

「あれ、比企谷君?もう来てたんだ、随分早いね?その隣の子は誰?」

「あ………は、初めまして、私は双葉理央と言います、八幡の部下をやってます!」

 

 理央はぷるぷると震えながらも頑張ってそう答えた。

 

「へぇ~、お盛んなんだ」

「お、おう、こいつがどうしても離してくれなくてな、あはははは」

 

 八幡は自棄になり、そう言い放った。

だが思ったよりも姫菜の反応は薄く、姫菜は平然と八幡に尋ねた。

 

「って事は、全部で何人になるのかな?」

「約束してた部下がもうすぐ来るから、全部で五人かな」

「あっ、その子とは別なんだ?」

「おう、こいつとは、この後デートに行く予定になってるんだよ」

 

 八幡はもうどうにでもなれというつもりでそう言ったが、姫菜は特に反応を示さず、

逆に笑顔でこう提案してきた。

 

「そっかぁ、それじゃあちょっとの間だけど宜しくね、双葉さん」

「あっ、はい、宜しくお願いします」

 

 八幡にデートと言われ、本来なら天にも登る気持ちになっていてもおかしくない理央だが、

この時ばかりはそんな気分にはなれず、萎縮したままそう答えた。

 

「それじゃあ比企谷君、あそこの六人がけのテーブルに移動させてもらわない?」

「そ、そうだな、そうしよう」

 

 そして八幡は店員さんを呼び、頭を下げながら移動のお願いをした。

理央も既に八幡から離れている。

四人は店員さんに案内されるままにテーブルの移動を開始したが、

その途中で姫菜がふらっと横に逸れた。

 

「海老名さん?」

「比企谷君、この子も忘れないように連れてかないと駄目でしょ?」

 

 そう言って姫菜は、咲太の肩をガシっと掴み、満面の笑みを見せた。

 

「うわっ、な、何ですか?」

「え、海老名さん、そいつは知り合いなのか?」

 

 あくまでもとぼけようとする二人に、姫菜ははぁはぁしながらこう答えた。

 

「またまたぁ、ふふっ、もしかして、私が気付いていないとでも思ってた?

ねぇ、今どんな気分?ねぇ、どんな気分?」

「ま、まさか………」

 

 姫菜にそう言われた八幡の顔は、絶望に染まっていた。

 

「は、八幡さん………」

 

 咲太は泣きそうな顔で八幡を見つめてきたが、

そんな咲太に八幡は、全てを諦めたような表情で首を横に振った。

 

「俺達の負けだ、諦めよう、咲太」

「………ですね」

 

 八幡達はそのまま席につき、そして姫菜からの質問が始まった。

 

「で、比企谷君、この子は?」

「梓川咲太です、梓川サービスエリアの梓川に、花咲く太郎の咲太」

「私は腐海のプリンセスの海老名姫菜だよ、宜しくね、咲太君」

「同じく腐海のプリンセスの葵梨紗、宜しくぅ!」

 

 二人はとても上機嫌でそう自己紹介をした。

これで新しいネタが出来ると喜んでいるのだろう。

 

「で、二人はどんな関係?」

「ただの友達だな、元々咲太は理央の同級生だったんだ、

俺が理央をスカウトに行った時に知り合った感じだな。

ちなみに女優の桜島麻衣さんの彼氏だ、だから下手にネタにするのはやめた方がいい」

 

 八幡はそう予防線を張り、姫菜は驚いたような顔をした。

 

「あ、ああ~!テレビで見た事あるかも!」

「目にはモザイクがかかってたけど、よく覚えてますね。

ニュースになったのは一瞬だと思いましたけど」

「ふふん、男の子の顔を覚えるのは得意なんだよね、何故ならいつもネタを探してるから!」

「は、はぁ、そうですか………」

 

 咲太はそれ以上深入りせず、淡白な返事をした。

 

「で、モデル料の話だけど」

「おい………」

 

 電卓を取り出しながらいきなりそう言い出した姫菜に、八幡がそう突っ込んだ。

 

「前回の新刊の売り上げがこんな感じだから、歩合で換算して、

多分今回の報酬はこのくらい、これでどうかな?」

 

 電卓を覗き込んだ咲太は、その金額にギョッとした。

 

「え、マジですか、こんなにですか?」

「ふふっ、うちはこれでも大手なんだよ、このくらい軽い軽い」

「おい咲太、お前まさか………」

 

 八幡は絶望に顔を染めたが、時既に遅し、

そもそも金額を提示される前に止めるべきだったのだが、今更それを言っても仕方がない。

既に金額は提示されてしまい、咲太は明らかに腐海に足を踏み入れようとしている。

 

「あ、梓川、あんた正気?」

「お前はもう働いてるからそう思うかもだが、

卒業を控えた学生にとって、この金額はかなりでかいぞ」

「それはそうかもだけど………」

「そもそも出来上がった作品を目にしさえしなければ済む話だ、違うか?」

「ま、まあね………」

「咲太………」

 

 八幡は咲太の裏切りに焦ったが、その気持ちも理解出来た。

確かに自分が今の咲太の立場なら、一顧だにしない事は不可能な金額だったからだ。

 

「くっ………この勝負、俺の負けか………」

「す、すみません八幡さん」

「いや、あれだけの金額を提示されたんだ、大金なんだし仕方がないさ」

「うんうん、麗しい愛情だよねぇ」

 

 横から姫菜の声がし、二人は慌ててそちらを見た。

いつの間にか姫菜と梨紗がスケッチブックを取り出し、

二人を熱心に観察して何か書きながら、鼻息を荒くしている。

 

「ひっ………」

 

 理央は思わず悲鳴を上げて八幡に抱き付き、咲太は下を向いてぶんぶんと首を振った。

 

「ガタッ」

 

 その時横からそんな声がし、八幡はそちらに目を向けた。

見るといつの間にかフラウが到着しており、物欲しそうな目でこちらを見ている。

 

「………来たか」

「こ、神代フラウ、ただ今着任致しました、デュフフ」

「海老名さん、葵さん、これが俺の新しい部下の神代フラウだ、

二人の大ファンらしいから、適当に相手をしてやってくれ」

「て、適当にとか、そのぞんざいな扱いに鼻血出そう、

悔しい、でも感じちゃう、ビクンビクン」

 

 そんなフラウを見て、姫菜と梨紗は首を傾げた。

今の言動は、腐という感じのセリフではなかったからだ。

 

「もしかして両方イケる口?」

「は、はい、ホモが嫌いな女の子など、この世には存在しません、

むしろ常に欲していると思うべき」

「なるほどね」

 

 その返事を聞いた二人はフラウに微笑みかけた。

 

「同士よ、私は葵梨紗だよ、宜しくね」

「私は海老名姫菜、比企谷君の元クラスメートだよ」

「お、お二人にお会い出来て光栄です、八百万様シリーズは全部持ってます、大好きです!」

「だってよ、八百万様」

「お、俺をそんな名前で呼ぶな!」

「ファッ!?」

 

 姫菜は八幡にそう呼びかけ、フラウはあんぐりと口を開けた。

 

「まあとりあえず座ったら?」

「あっ、はい、失礼します」

 

 フラウはそう言って姫菜の隣に座り、八幡に向けてまくし立てた。

 

「は、八幡が八百万様だなんて聞いてない、どういう事か説明よろ」

「俺にそう言われてもな………」

「そ、そもそも性格が全然違うから気付かなかった、確かに外見は似てるけど………、

ガタッ、ま、まさか自分が八幡に惹かれるのはそのせい………?」

「ああ、やっぱりフラウちゃんもそうなんだ、相変わらずモテるよねぇ。

性格が違うのは、八百万様のモデルが高校の時の比企谷君だからだよ」

「ファッ!?こ、この八幡が、高校の時はあんな陰キャだったと?」

「うん、まあそういう事」

「変わったにもほどがあるお!」

「まあほら、それは………ねぇ?」

 

 姫菜はさすがに気まずそうに八幡を見た。

SAO事件の事を口に出すのは憚られるのだろう。

 

「この前聞いたんだろ?俺の事」

「そ、それはどういう………………あっ」

 

 フラウはそれで、八幡の過去に思い当たった。

 

「ご、ごめんなさい、自分、ちょっと空気が読めなさすぎでした」

「気にするなって、自分でも変わりすぎたって自覚はあるからな」

 

 八幡は鷹揚にそう言い、フラウを慰めた。

 

「と、とりあえず追加で注文しようよ八幡、みんな飲み物しか頼んでないみたいだし、

元々ここで朝ご飯を食べるって事になってたじゃない」

 

 その時理央が、場を明るくする為にそう言い、八幡も明るい声でそれに同意した。

 

「そ、そうだな、ここは俺が奢るから、みんな遠慮しないで注文してくれ」

 

 その言葉で場の雰囲気は戻り、みなメニューを見ながら楽しそうに会話を始めた。

 

「ふう、助かったわ理央」

「ま、まったくもう、八幡は、私がいないと駄目なんだから」

 

 恥ずかしそうにそう言う理央に、フラウが即座に突っ込んだ。

 

「ツ、ツンデレ乙」

「ち、違うから!」

 

 理央は顔を真っ赤にしながらそう抗議し、場は明るい笑いに包まれたのだった。



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第1013話 姫菜がもたらすもの

 そこからはしばらく和やかな雰囲気で話が進んだ。

姫菜は昔の八幡の事を理央やフラウに話し、咲太も興味深そうにそれを聞いていた。

梨紗は今は色気よりも食い気とばかりに食べ物を腹に詰め込んでいる。

お金はあるのだが忙しくて食事をまともにとっていなかったようで、

ちゃんとした食事は久しぶりだと笑っていた。

 

「さて海老名さん、俺達はそろそろ帰るわ、こいつは適当に放り出してくれて構わないから」

 

 そう言いながら八幡は、フラウの頭をつついた。

 

「そんな事しないって、フラウちゃんともっと色々話したいしね」

 

 要するに、八幡達のいない所で腐った話題で盛り上がるという事なのだろう。

 

「それよりもさ、帰る前に、ちょっと話があるんだよね」

「お、俺には無いが………」

 

 八幡は警戒しながらそう答えた。

 

「あはははは、私達の趣味の話じゃないよ、もっと別の大事な話」

「ん、そうか、分かった、聞こう」

 

 八幡は警戒を解いて身を乗り出した。姫菜の事は友人として信頼しているからだ。

 

「えっとね、私ってば意外と顔が広くて、

普通の同人誌を売ってる人達にも知り合いが多いんだよね」

「ふむふむ」

「で、そういった人達でこの前集まってちょっと早めの忘年会をやったんだけどさ、

その中に一人、凄くぶち切れてた子がいて、話を聞かせてもらったんだけどね、

あ、ちなみにその日は女の子だけの集まりだったんだけど………」

「ふむ………」

 

 八幡は話の要点が分からずに首を傾げたが、次の姫菜の言葉で納得した。

 

「その子、ALOをプレイしてる子だったんだよね」

「ほう?」

「で、何に切れてるのか聞いたら、

先日あったイベントで買った同人誌の内容がひどかったからって」

 

 そう言って姫菜は、八幡に一冊の本を差し出してきた。

 

「これか?どんな内容なんだ?」

「まあ読んでみれば分かるよ」

「ふ~ん………こりゃまたシンプルなタイトルだな」

 

 その同人誌のタイトルは、『神々の庭の戦い』となっていた。

ページをめくるとそこでは、幾何学魔女という名前の女性が触手に陵辱されており、

八幡は思わずページを閉じた。何故なら横から理央が覗きこんでいたからだ。

理央は顔を真っ赤にし、八幡は困った顔で姫菜に尋ねた。

 

「海老名さん、これ、ここで見ないと駄目か?」

「うん、そうだね、だって多分それ、比企谷君達の事が書いてあると思うから」

「はぁ?」

 

 そう言われた八幡は、今度は理央にはばかる事なくページを開いた。

理央も真剣な顔になっており、恥じらいは一旦横に置いたようだった。

 

「神々の庭ってヴァルハラ・ガーデン?」

「氷の魔女?これってまさか雪乃か?」

「この妖精弓手ってどう見ても詩乃だよね?」

「黒剣?和人が女体化してやがる………って、まさか明日奈も出てるのか?」

「ううん、それっぽい子はこの本には出てないよ」

「そうか………」

 

 その言葉に八幡はほっとした。

 

「ま、まさか最初に見た幾何学魔女って、わ、私なんじゃ………」

 

 理央は顔を青くし、八幡から本を取り上げて該当するページを開いた。

 

「あ、それ、双葉さんだったんだ?」

 

 姫菜のその問いに、理央は涙目で頷いた。

 

「確かに似せてあるな」

 

 八幡が少し感心したようにそう呟いた。

 

「み、見るな!」

「別に本人じゃないんだからいいだろ」

「そ、それはそうだけど!」

「この胸の感じなんか、よく見てるなって思うよな、お前もそう思うだろ?咲太」

「あっ、はい、確かに双葉の胸ってこんな感じですよね」

 

 咲太のその言葉に、理央は慌てて自分の胸を隠した。

 

「あ、梓川の変態!」

「いやいや、健全な男の子っぽい反応だろ?」

「馬鹿、こっち見んな!これを見ていいのは八幡だけなんだから!」

「ごほっ、ごほごほっ………」

 

 その瞬間に八幡がむせた。他の者達は、生暖かい目で理央を見つめている。

 

「あ、あ、あ………」

 

 理央の顔は更に赤くなり、そんな理央に、フラウが止めを刺した。

 

「双葉氏、それなんてエロゲ?」

「嫌あああああ!」

 

 理央はそう言って絶叫し、

八幡は慌てて立ち上がると、四方に向けてペコペコと頭を下げた。

 

「さ、騒がしくしてすみません」

 

 そのまま座った八幡は、理央の頭を抱いてその口を塞いだ。

 

「はぁ、まったく見るなって言ったり見ろって言ったりちょっと落ち着けって、

周りの迷惑になるだろ」

「むがっ、むぐ!」

「まったくツンデレにも程があるお」

「むぐぐぐぐ、む~~~~!」

「フラウ、今のこいつを煽んなって」

「サーセン」

 

 八幡はしばらく理央の口から手を離そうとはせず、

そのせいで理央も段々落ち着いてきたようだ。

 

「ご、ごめん、ちょっと取り乱した」

「やっと落ち着いたか、それで海老名さん、どうしてこれを俺に?

こう言っちゃなんだが、こんなのは有名税みたいなもので、

名前も変えてあるし、外見も服装も似せてはいるが別物だし、

これを詰めるのはちょっと厳しいと思うが」

 

 八幡にしては穏やかな意見であったが、もしこの本に明日奈が出ていたら、

おそらく烈火の如くブチ切れていたであろう事は想像に難くない。

 

「ああ、うん、そういう事の為に教えたんじゃなくてね、本題はここからなの」

 

 姫菜はそう言ってコーヒーを飲んだ。

 

「その子は最初、その本をヴァルハラのファン本だと思ったんだって。

いくつかは出てるんだけど、ヴァルハラの本ってやっぱり少なくて貴重らしいの」

「まあ、それはそうだろうな」

「で、その子は興奮しちゃって表紙だけ見て中も見ずに買っちゃって、

そのサークルの人と一緒に記念写真も撮っちゃったみたいなのね」

「ふむ………」

「そりゃあ荒れるよね、ファン本じゃなくてアンチ本だったんだから。

で、その子がその後、この本は捨てるって言い出したから、

それじゃあ私が代わりに捨てておいてあげるよって言って持ち帰ってきたのがこれって訳」

「なるほどなぁ………」

「で、これがその写真。今度会ったら絶対文句を言うって言ってたから、

見かけたら教えてあげるよって言ってもらったの」

 

 そう言って姫菜が見せてきた写真の中に写っていたサークルの男に八幡は見覚えがあった。

 

「ま、まさか………」

「ん、知ってる人?」

「いや、知り合いじゃないが、多分見た事はある、SAOの中でな」

「それって………」

 

 戸惑う姫菜に、八幡はこんな頼み事をした。

 

「海老名さん、ちょっとこの写真、俺に送ってくれないか?確かめたい事があるんだ」

 

 姫菜はそれを了承し、本人には絶対に迷惑をかけないという条件で八幡に送信してくれた。

 

「ありがとな、それじゃあこれを小猫に………」

 

 八幡はそのまま写真を薔薇の所へメッセージを添えて送り、すぐに返信がきた。

 

「やっぱりか………海老名さん、どうやらこいつらは、俺達の敵らしいわ」

「そうなの?私、役に立てた?」

「ああ、正直凄く助かる。ありがとな、海老名さん」

「ううん、比企谷君にはこれからもお世話になるんだから、役に立てたなら良かったよ」

 

 一見感動的なやり取りに見えるが、八幡はこいつらをどう詰めてやろうかと考えており、

姫菜はこれからも作品に出させてもらうね、という意味で言っている為、

実はまったく感動的なシーンではない。

 

「八幡、さっきの写真、薔薇室長に送ったの?」

 

 どうやら理央は、先ほど八幡が、小猫にと呟いたのが聞こえたらしい。

 

「おう、あいつの元部下だった七人組がいただろ?この売り子はそいつらの中の、

ヤサって奴とバンダナって奴で間違いないそうだ。

まさかとは思ったが、これでいい手がかりを掴めたな」

「そっかぁ、やったね!」

 

 八幡は理央に頷きつつ、姫菜にこう尋ねた。

 

「なぁ海老名さん、こいつら、冬コミにも出てくるかな?」

「そればっかりは何ともかな、でもまあ可能性はあると思うよ」

「そっか、それじゃあ冬コミにも人を送るか………、

でもその時期は丁度、ALOのイベント中だしな」

「そ、それなら私が行くお」

「八幡さん、俺も手伝います」

 

 その時その場にいたフラウと咲太がそう申し出てきた。

 

「二人とも………いいのか?」

「どうせ行くつもりだったのもあるけど、

は、八幡の敵は、専属である私の敵でもあるじゃない?」

「麻衣さんはその頃はそのイベントに参加するか仕事かのどっちかですし、

ヴァルハラの敵って事は麻衣さんの敵って事じゃないですか、だったら俺の敵ですから」

 

 二人のその言葉に、八幡は大きく頷いた。

 

「分かった、二人とも頼む」

「デュフフ、ミッションを達成したら、優しくしてくれても良くってよ」

「分かった分かった、約束な」

「俺も頑張りますよ、任せて下さい!」

「頼むぞ咲太」

「私達も、一応気にかけておくね」

「当日は売り子を雇ってもいいしね」

「ありがとう、海老名さん、葵さん。

その日はうちの連中も企業ブースを出してるはずだから、売り子に人も回せると思う」

 

 この時八幡が想定していたのはかおりとえるであった。

あの二人なら、立派に売り子をこなしてくれるだろう。

 

「しかしそういう事なら、確実に敵を引っ張り出す為にこっちも動くとするか………萌郁」

「うん」

 

 いきなり八幡がそう言い、後ろの席に座っていた誰かがスッと立ち上がった。

 

「あ、あれ、萌郁さん!?」

 

 理央が驚愕したのも当然だろう。そこにいたのは桐生萌郁、本人であった。

 

「ど、どうしてここに?」

「私は八幡のガード、常に傍にいる」

「そ、そうなんだ!?」

 

 その言葉に理央だけでなく、他の四人も驚愕した。

 

「比企谷君、凄いね………」

「こういうのって本当にあるんだ………」

「は、八幡さん、尊敬します!」

「ガタッ」

 

 そんな四人に苦笑しながら、八幡は萌郁に指示を出した。

 

「という訳で萌郁、小猫やFBと連携して、

この本を発行したサークルが冬コミに申し込んできたら、

確実に参加出来るように主催者に圧力………じゃない、手配しておいてくれ」

「い、今圧力って言ったよね!?」

「しかもコードネームっぽいのが出てきた!?」

「気のせいだ、うちは健全な企業だからな」

 

 八幡はニヒルに笑うと、決意の篭った目を一同に向けた。

こうしてALO内での作戦と平行して、敵の特定の為の作戦がリアルでも進む事になった。



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第1014話 フェイリスの指摘

「よし、それじゃあ帰るわ、海老名さん、まあ………程ほどに頼むわ」

「分かってるって!」

 

(何が分かってるのか激しく突っ込みたいところだけどな………)

 

 八幡はそう思いつつ、ここに長居はしたくない為伝票を持って立ち上がった。

 

「おいフラウ、お前も程ほどにな」

「それは、無、理!」

「………まあいいか、よし理央、咲太、行くぞ」

「う、うん」

「あ、八幡さん、俺もここに残ります」

 

 突然咲太がそんな事を言い出し、八幡は驚いた。

 

「え………」

「ちょっと皆さんに、冬コミ当日の事を聞いておきたいなと」

「な、なるほど………」

 

 八幡の為に、自らの危険も省みないその咲太の態度に、八幡と理央は感動した。

 

「あ、梓川って、そんな真面目な奴だったっけ?」

「何言ってるんだよ、双葉だって八幡さんが困ってる時はこれ以上の事をするだろ?」

「え、や、ま、まあそれはそうだけど………」

 

 理央はそう答え、何故か顔を赤くした。

 

「………双葉、何で顔を赤くしてるんだ?」

「べ、別に赤くなんかしてないから」

「いや、真っ赤になってるけど………」

 

 それが純然たる事実な為、咲太は困ったような顔をし、そこにフラウが突っ込んだ。

 

「こ、これはまた双葉氏の妄想炸裂?」

「え?あ、ああ~、もしかして、これ以上の事ってところに反応したのか?双葉」

「も、妄想なんかしてないから!」

「いっそ殺せ!って感じですね、分かります」

「も、もう、もう!」

 

 そんな理央の腹に、いきなり八幡の手が回された。

 

「はいはい、ほれ相対性妄想眼鏡っ子、さっさと行くぞ」

「ち、違うから!私はそんなんじゃないから!」

「いいからいいから」

 

 理央はそのままずるずると引きずられていった。

 

「咲太、悪いが頼むわ」

「任せて下さい!」

 

 そして八幡と理央はそのまま去っていき、その場には咲太と腐った者達だけが残された。

 

「そういえば桐生氏は?」

「そういえば………って、いないね」

「いつの間に………」

 

 どうやら萌郁も八幡と共に去ったらしく、もう後ろの席にはいなかった。

 

「それじゃあすみませんが、皆さん宜しくご指導お願いします」

「うん、任せて!それじゃあ先ず、比企谷君の事をどう思ってるか聞かせてもらおうか」

「………えっ?尊敬してますけど」

「なるほどなるほど、それじゃあ次に………」

「い、いや、それ、聞く必要ってあります?」

「いいからいいから、ほら早く答えて?」

「え、えっと………」

「デュフフ、実に興味深い!」

「ふむふむ、ところでさ………」

「だ、だからそれは………」

 

 こうして咲太はそれからしばらくの間、腐海の海に沈む事となった。

 

 

 

 一方店を出た八幡と理央は、キットの所まで戻っていた。

さすがの理央も、レジの手前で大人しくなり、今は自分の足で歩いている。

 

「まったくお前、妄想は時と場合を選べよな」

「だからしてないって!」

「じゃあ何で顔を赤くしてたんだ?」

「そ、それは………」

 

 理央はそれ以上何も言う事が出来ない。そんな理央の肩がいきなり誰かにポンと叩かれた。

 

「落ち着いて」

「あっ、萌郁さん!」

「おう萌郁、それじゃあ手配の方、宜しく頼むな」

「それなんだけど、よく考えたらもうカタログが出てるんだし、

場所も決まっちゃってるんじゃ」

「………あっ!」

 

 本来なら姫菜達が真っ先に気付くべき事なのだが、

どうやらあの時のやり取りに圧倒されて、その事を失念してしまったようだ。

 

「や、やばい、どうするか………」

 

 八幡は顔を青くしたが、すぐに次の策を思いついた。

 

「そ、そうだ、よし二人とも、本屋に行くぞ。

カタログを三冊買って、手分けしてあいつらが参加しているかチェックだ」

 

 そのまま三人はカタログを購入し、

どこでチェックするか迷った末に、メイクイーンに向かう事にした。

 

 

 

 三人がメイクイーンの前に到着するか否かという時に、

店の中からフェイリスが飛び出してきた。

 

「クンクン、八幡の匂いがするのニャ、多分この近くに………」

 

 フェイリスが店の目の前で、辺りの匂いを嗅ぐ仕草をしているのを見て、八幡は引いた。

それはもう思いっきり引いた。

 

「あ、八幡!やっぱりいたのニャ!」

「やっぱりって何だよ………」

「店にいたら八幡の匂いがしたから、慌てて外で確認してたのニャ」

「臭いのか?俺は臭うのか!?」

「ニャハハハハ」

 

 フェイリスは肯定も否定もせず、八幡の手を引いて店の中に引っ張っていった。

 

「で、今日は三人でうちに遊びに来てくれたのかニャ?」

「いや、実はな………」

 

 そう言って八幡は、姫菜にもらった同人誌をフェイリスに見せた。

 

「神々の庭の戦い………?」

 

 フェイリスは本を開いてページをパラパラとめくり、慌てて閉じた。

 

「ニャニャッ!?フェイリスにこんな物を見せるなんて、もしかして誘ってるのニャ!?」

「いや、まあ登場人物をよく見てみろ、何か気付かないか?」

「登場人物………」

 

 フェイリスは、八幡がそう言うならと思い、

エロいシーンを出来るだけ意識しないようにその同人誌を読み進めていった。

 

「………むむむむむ、この円盤猫とかいう女の子はフェイリスにそっくりニャね。

幾何学魔女?は理央ニャンだし、氷の魔女はユキノで、妖精弓手はシノン?」

「そういう事みたいだな」

「これを八幡が作ったのかニャ?

どうしてその、ごにょごにょした後の八幡が、みんなに憎まれる設定にしたのニャ?」

「………………は?」

 

 そのフェイリスの言い方だと、仲間達を陵辱しているのが八幡のように聞こえる。

 

「何でそう思った、俺にこんな本を作る暇がある訳ないだろ」

「だってこのキャラのセリフ、『覇覇覇覇覇!』って笑い声と、

『支配支配支配!』って、八幡の二つ名じゃないかニャ?

それにこの背中の影って文字と胸の銀って文字、

これってSAO時代の八幡の二つ名なんじゃ?」

「………………何だと?」

 

 八幡は慌てて本を詳しくチェックし、その言葉が事実な事を確認した。

 

「マジだ………」

「要するにこの本って、八幡が私達と、その、エ、エッチな事をして、

そのせいで憎まれてるって事を表現してるって事?」

「どうやらそのようだな………」

 

 八幡は、怒りを通り越して呆れてしまい、そんな八幡にフェイリスは尋ねた。

 

「で、これは誰が書いた本なのかニャ?」

「例のロザリアの部下の七人組だ、まったくふざけた真似をしやがる………」

「ニャニャッ、ニャんと!」

「で、今日はこいつらが冬コミに参加しているかどうか、調べる為にここに来たんだよ、

という訳でカタログを買ってきた、この中からあいつらのサークルを探すつもりだ」

「なるほどニャ、それならフェイリスも手伝うニャ!

うちにもカタログは置いてあるからニャ」

「悪いな、助かるわ」

「で、サークル名は………」

「おう、セブンスヘルだな、これもよく考えるとセブンスヘヴンをもじってんのか」

「分かったニャ、早速調査開始ニャ!」

 

 四人はそのままカタログのチェックを始めた。

どうやらフェイリスは、休憩時間をチェックの時間に充ててくれるらしい。

 

「ん、腐海のプリンセスはさすがというか………」

「あそこは超大手だからニャ」

「恐るべしだな………」

 

 途中で腐海のプリンセスの名前を見つけた八幡は、そう呟いてぶるっと震えた。

 

「………悪い、ちょっとトイレに」

 

 それで尿意を覚えたのか、八幡はそう言って中座し、

残された三人のうち、フェイリスと理央が一時チェックをやめ、ひそひそと囁き合った。

 

「理央ニャン、この本さ………」

「あ、う、うん………」

 

 二人は何か言いたげにしつつも次の言葉を言い出す事が出来ない。

そんな二人に萌郁がボソっとこう呟いた。

 

「二人とも、妄想が捗りそうで羨ましい」

 

 二人はその言葉にビクッとした。

 

「ニャ、ニャんの事かニャ?」

「べ、べべべ別に妄想なんて………」

 

 そう言いつつも、二人の顔は真っ赤であった。

 

「隠さなくていい、もし私があなた達ならやっぱり妄想する」

「だ、だよね!」

「これ、他にも種類が出てたりするのかニャ………?」

「どうなんだろ………」

「それは確かに興味がある」

 

 そう言って萌郁が検索を始めたが、該当するページは存在しなかった。

もしかしたらそこから足がつく事を警戒しているのかもしれない。

 

「無い」

「そっかぁ………」

「残念だニャ」

「それなら私も興味があるし、アキバ中を回って探してくる」

 

 突然萌郁がそんな事を言い出した。本当に興味津々らしい。

 

「いいのかニャ?」

「うん、任せて」

「ありがとニャ!年齢制限的にフェイリスは買えないから助かるのニャ!」

「私は平気だけど………」

「理央は調査を続けて。それじゃあ八幡が戻ってこないうちに行ってくる」

「お願いニャ!あ、これ、軍資金ニャ!」

 

 フェイリスは萌郁に数枚のエイイチを渡した。何とも豪気な事である。

そして萌郁は出撃し、残された二人は調査に戻った。

そこに八幡が戻ってきたが、萌郁がいない事に気が付き、きょろきょろと辺りを見回した。

 

「あれ、萌郁は?」

「萌ニャンは、他にもこのサークルの本が無いか、市場調査に出たニャ」

「ああ、確かにそういうのも必要だよな、さすがだな」

「そ、そうニャね」

「うん、さ、さすがだよね!」

 

 八幡は二人の態度に違和感を覚えたが、

おそらく十八禁の同人誌を見せたせいで恥ずかしがっているのだろうと解釈し、

特に突っ込むような真似はしなかった。

 

 

 

「………あった!」

「お、あったか?」

「うん、ほら、ここ」

 

 それから三十分後、理央が遂に目的のサークルを発見した。

 

「おお、あってくれたか、海老名さん達の前で大口を叩いちまった手前、

今回はマジで助かったわ」

「あはははは、だね」

「まあ連絡したら事実に気付かれちまうかもしれないが、それは仕方ないな」

 

 八幡は苦笑しながらそのまま姫菜に連絡し、該当のサークルの当日の居場所を伝えた。

 

『分かった、チェックしとくね』

「悪いな、で、フラウはどうなった?」

『いやぁ、比企谷君、この子逸材だね、もう妄想が捗って仕方ないよ!』

「そ、そうか………え~と、咲太は?」

「梓川君なら聞きたい事は聞き終わったから解放してあげたかな」

「そ、そうか………分かった、それじゃあまた」

 

 八幡はそれ以上聞きたくないという風に電話を切り、ため息をついた。

 

「さて、とりあえず冬コミの方はまだ先だから、ゆっくり対策を考えればいいか」

「フェイリスも仕事に戻るニャ、二人はどうするのかニャ?」

「そうだな、理央と軽く遊びに行く予定だったが………う~ん、どうする?」

 

 その言葉に理央は激しく葛藤したが、迷った末に出てきたのはこんな言葉であった。

 

「デートならいつでも出来ると思うし、今日は疲れちゃったから、

もうしばらくここで休んだ後、ちょこっとアキバを見学して一人で帰ろうかな、

八幡は気にせず先に戻っちゃっていいよ、例のALO側での対策とかで忙しいんだろうし」

「ん、そうか?それじゃあそうさせてもらうか、

フェイリス、ここの会計は後で全部俺に回してくれ」

 

 理央、断腸の決断である。どうやら直接的な欲望がデートに勝ったようだ。

これもある意味お年頃と言えるのかもしれない。

 

「それじゃあ理央、楽しんでくれな」

「なっ、なななななな………」

 

 理央はその言葉をうっかりとエロい意味で捉えてしまい、慌てて頭を振った。

 

「おいおい、慌てすぎだろ、俺、何かおかしな事を言ったか?」

「う、ううん、全然おかしくない」

「それじゃあまたな」

「うん、またね」

「八幡、またなのニャ!」

 

 こうして八幡は去っていき、この場には二人だけが残された。



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第1015話 理央の秋葉原散歩

「………まさか理央ニャンが八幡とのデートを断って残るとはニャ」

「だって萌郁さんに動いてもらってるのに自分だけ、何て無理だし………」

「理由はそれだけかニャ………?」

「う………ほ、他の本があったら早く見てみたいなって………」

「正直で宜しい、なのニャ!」

 

 残った理央とフェイリスは、ピンク色の会話を交わしていた。

八幡もまさかこんな事になっているとは想像すらしていないだろう。

姫菜からもらった同人誌は八幡がそのまま持ち去っていたが、それだけが救いである。

 

「さて、とりあえずお代わりはいるかニャ?」

「う、うん、お願いしようかな」

 

 とりあえずといった感じで理央は追加の飲み物を注文し、

フェイリスは二人分の飲み物を持ってきた。

 

「まだお店が暇だから、フェイリスも付きあうのニャ」

「うん、ありがとう」

 

 フェイリスは理央の隣に座り、二人はこれからどうするか、相談を始めた。

 

「フェイリスは同人誌とかには詳しくないんニャけど、

もしかして他にもああいった本があるのかニャ?」

「私もそっちには全然詳しくないんだけど、それなりにはありそうだよね」

「まあALOはプレイ人口が多いからニャ」

「あれ、フェイリスたんと双葉氏?」

 

 突然そんな声がかかり、二人がそちらを見ると、そこにはダルが立っていた。

 

「あれ、ダルニャン、いらっしゃいませなのニャ」

「珍しい組み合わせだね、一体どんな風の吹き回し?」

「あっ、そうだ、ダルニャンは同人誌の事に詳しいよね?

ALOの同人誌って結構数があったりする?」

「ALO?う~ん、まあそれなりかな、ちなみにGGOの本もそこそこあるお」

「そっちもあるんだ」

「丁度今、面白い本を見つけてきて八幡にあげようと思ってたところだお、こんな感じ」

 

 そう言ってダルが差し出してきたのは、GGOの源平合戦をモチーフにした、

全年齢向けの同人誌であった。

 

「へぇ、こんなのもあるんだ、ちょっと見せてもらってもいい?」

「もちろんだお!」

 

 ダルが得意げに持っていた同人誌を差し出してくる。

理央とフェイリスは、それを興味深げに見始めた。

 

「へぇ、噂には聞いてたけど、八幡の無双っぷりが凄いね」

「さすがに裏エピソードは載ってないけどかなり正確っぽい?」

「源氏軍の誰かが書いたんだろうね」

 

 裏エピソードとは、当然の事ながらシャナログアウト、ハチマンインからの流れである。

 

「でも最後の戦いの時に銃士Xが登場してるのはいいよね」

「あっ、未確認情報として、裏エピソードの動画の紹介はされてるのニャ」

「GGOの歴史的資料としては、価値ある一冊かも」

「八幡が喜びそうニャね」

「でしょ?そう思って即買いしたんだお」

「それはいい買い物をしたニャね、ダルニャンナイスニャ!」

「いやぁ、それほどでも」

 

 こういった場合にダルが実に頼りになる事が、この事からも分かる。

 

「で、ALOの同人誌だっけ?今は大体VRMMOでカテゴライズされてるから、

店に行ってその棚を探せばそれなりに見つかると思うお」

「そうなんだ、それじゃあ萌郁さんと合流してみよっかな」

「何?双葉氏も遂にそっちに目覚めたん?」

「そういう訳じゃないんだけどね」

 

 理央は苦笑しながら萌郁と連絡を取り、自分も手伝うと告げ、

ダルとフェイリスにお礼を言った。

 

「ありがとう、それじゃあ行ってくるね」

「あっ、待って理央ニャン、良かったらこれ、アキバの同人誌ショップのリストニャ

「えっ、そんなのがあるの?」

「お客さんに配る用のパンフレットがあった事を思い出したのニャ、

これを参考にするといいニャよ」

「ありがとう、凄く助かる」

「よく分からないけど探し物があるなら頑張って、双葉氏」

「うん、ありがとうダルさん!」

 

 そして理央は、そのままアキバの街へと繰り出していった。

 

「ちゃんと歩くのは初めてだけど、雑然としてるなぁ………、

あ、あのメイド服の子、かわいい」

 

 理央は雑踏の中をわくわくしながら歩いていった。

ここに八幡がいれば尚良かったのだろうが、自分で断ってしまった以上、仕方がない。

 

「さて、萌郁さんは………」

 

 あと数分歩けば約束の場所に着くという位置まで来た頃、

萌郁は既に待ってくれていたようで、遠くにその姿が見えた。

 

「ごめんなさい、お待たせしちゃいました?」

「ううん、今着いたところ、それよりちょっとこれを見てみて」

 

 萌郁は理央を引っ張り、二人は人がいないベンチに腰を下ろした。

 

「うわぁ、これ全部ALOの本ですか?」

「うん、思ったより沢山あったから全部買ってみた。

ヴァルハラがネタだと思われるのも何冊かあったかな」

「凄い凄い!って、やっぱり十八禁のもありますよね………」

「それは仕方ない、でも残念ながら、セブンスヘルの同人誌は置いてなかった」

「あ、フェイリスさんにマップをもらったんですよ、

萌郁さん、行った所にチェックしてもらっていいですか?」

「そんなのがあったんだ、うん、分かった」

 

 萌郁がチェックしたのは二ヶ所ほどであり、まだ六店舗ほど残っている。

 

「どうしよう、分担します?」

「それがいいかも………年齢制限に引っかからない?大丈夫?」

「あ、大丈夫です、証明出来る物があるので」

「学生証は駄目だから気をつけて」

「それは大丈夫!」

「そう、それじゃあ………って、あっ」

「えっ?」

 

 萌郁がいきなりこちらに近付いてくる二人組を指差し、理央はそちらを見つめた。

 

「あ、あれ?師匠?」

 

 よく見るとそれは紅莉栖であった。

一緒にいるのは何度か見た事のあるオカリンこと岡部倫太郎~紅莉栖の彼氏である。

 

「クリスティーナ、そっちじゃない、こっちだ」

「ティーナ言うな!ってかしっかり案内しなさいよね!」

「お前が勝手に先に行ってしまうせいだろうが!」

 

 どうやら二人はこちらには気付いていないようで、

理央達から少し離れた所で口論を始めた。

もっともそれは口論というか、ただの痴話喧嘩なのだろう。

その証拠に紅莉栖は、嬉しそうにニマニマしながら頬を赤らめている。

 

「うわ、師匠がデレデレだ………」

「メスの顔」

「萌郁さん、言い方、言い方!」

 

 そんな二人の声は結構大きく、倫太郎がこちらに視線を向け、ギョッとした顔をした。

理央は慌てて唇の前で人差し指を立て、シ~ッというゼスチャーをし、

オカリンは黙ってそれに頷いた。紅莉栖はまだ二人には気付いていないのだが、

もし気付かれてしまうと面倒臭い事になりそうだと思ったのだろう。

こういった場合、紅莉栖は恥ずかしさを誤魔化す為に、

倫太郎に無茶ぶりをする傾向があるのだ。

 

「とりあえず行こう、クリスティーナ」

「あっ、ちょっと、そんなに強く引っ張らないでよ!」

「いいからさっさと行くぞ、こう見えて俺は忙しい男なんだからな」

「分かった、分かったから!」

 

 そして二人は去っていき、理央は今度このネタで紅莉栖をからかおうと心に誓った。

 

「ふう、びっくりした」

「ここは知ってる人がよく通りかかる」

「そ、そうなんだ?」

「うん、例えばほら、あそこ」

「あれ、あれって沙希さん?」

 

 その声が聞こえたのだろう、沙希がこちらに気付いて手を振ってきた。

 

「理央、萌郁、奇遇だね」

「沙希さんもアキバに来たりするんですね」

「それはこっちのセリフなんだけど」

 

 沙希はその理央の言葉に苦笑した。

 

「ほら、私はコスプレ衣装の布とかをよく買いに来るから」

「ああ、そういう!」

「それよりそっちは何でこんなところに?」

「えっと、ALO関連の同人誌がどのくらい出てるか、市場調査に………」

 

 まだ沙希にセブンスヘルの同人誌の事を伝えていいのか分からなかった理央は、

そう上手く言い訳をした。

 

「なるほど、お仕事の一環って奴?」

「仕事とまでは言いませんけど、まあ似たような感じです」

「ふ~ん、八幡に頼まれたの?

休みの日に仕事を言いつけるなって私から言っといてあげようか?」

 

 こういう所はさすがというか、実に姉御っぽい発言である。

 

「ううん、大丈夫、半分趣味みたいなものだから」

「そう、それならいいんだけど」

 

 沙希はそう言って微笑み、店員の女の子と約束しているからと言って去っていった。

どうやら店員と知り合いになるほどよく買い物に来ているようだ。

 

「本当に知り合いが多いんだ………」

「他にもあそこにいる二人組は、面識は無いけど実は知り合い」

 

 そう言って萌郁がくいっと顎で指し示した先には、

背中に『滅』の字の入ったお揃いのポロシャツを着た青年が二人いた。

まごうことなきペアルックであるが、

これは数年前に流行った有名な鬼退治のアニメのポロシャツであり、

デザインもいい為に、そういったおかしな扱いをされるようなアイテムではない。

 

「面識が無い知り合いってどんな知り合い?」

「こっちが一方的に調べてあるだけ、でもその事は秘密だから声はかけられない」

「えっ、だ、誰?」

「ユージーンって人と、そのお兄さん」

「えっ、あれってユージーン将軍なんだ………」

 

 萌郁は直接の面識はないが、そういった情報はしっかりと把握しているようだ。

さすがは『ルミナス』のメンバーである。

 

「本当に沢山いるね」

「うん」

「それじゃあとりあえず地図を見て分担を決めちゃおう」

「うん、そうしよ」

 

 二人はそのまま二手に別れ、それぞれ目的の物を買い漁った。

フェイリスにあげる用と、八幡への報告用もしっかり分けてある。

買い物時に理央が身分証明を求められたのは一店舗だけであったが、

その店で理央は、軽い幸運に恵まれた。

 

「それじゃあ身分証明書の提示をお願いします」

「あっ、はい、それじゃあこれで」

「拝見しますね………えっ?」

 

 理央が見せたのはソレイユの仮社員証明書であった。

 

「ソレイユの方でしたか、なるほど、だからALO関連の同人誌を………、

もしかして市場調査の一環とかですか?」

「え、ええ、まあそんな感じです」

 

 その問いは明らかに店員が深読みしすぎであったが、

否定するのも面倒なので、理央はとりあえず適当に肯定しておいた。

それが結果的に理央のファインプレーとなった。

 

「あ、それじゃあ売れなくてしまってある在庫もチェックしますか?」

「えっ、いいんですか?」

「はい、今お出ししますね」

「お、お願いします!」

 

(ラ、ラッキー!)

 

 そしてその中に、果たして理央の求めたセブンスヘルの同人誌が紛れ込んでいた。

どうやら店頭に無かったのは不人気だったかららしい。

 

「ありがとうございます、いい資料が手に入りました」

「いえいえ、お役に立てて良かったです、これからもいいゲームを作って下さいね」

 

 理央は萌郁と再合流し、その成果を報告した。

 

「それは………ラッキーだったね」

「うん、あの店員さんに感謝かも」

「それじゃあメイクイーンに戻る?」

「かな?」

 

 そのまま二人はメイクイーンに凱旋し、

フェイリスと共に戦利品のチェックを始めた。

 

「ALOの同人誌って結構あるんニャね」

「うん、思ったよりもあったね」

「それにしても、セブンスヘルの本をよく見つけたニャね、

ダルニャンでも知らなかったのに」

「本当に運が良かったと思う」

「でもこの内容………」

「まさかの室長本とはね………」

 

 そこに描かれていたのはALOをプレイしていないはずのロザリアを、

八幡が陵辱するという物であった。

『十字架女王』の作画にはかなり気合いが入っており、

その見た目は薔薇にそっくりである。

 

「………一応室長に報告すべき?」

「かも?」

 

 そして次の日、理央と萌郁は二人でこの事を薔薇に報告した。

その結果、帰ってきたのはまさかのセリフであった。

 

「これの是非は、次の社乙会の場で判断する事にしましょう」



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第1016話 参加しますか?

「近いうちにまた社乙会があるんですか?」

「ええ、多分クリスマス会の後にイベントが始まって、

それが終わったら忘年会があるでしょう?

そこまでいっちゃうともうスケジュールに余裕がなくなるから、

今のうちに社乙会としての忘年会をやっちゃおうと思うの」

「確かにそうかもですね」

「という訳で、今週末を目安にメンバーに連絡を回すわ」

「はい、お待ちしてますね」

 

 こうして社乙会の開催が決まり、薔薇は仕事の合間を縫って、

ACSを使い、メンバー達に招待メールを送った。

 

「これでよし、と。後は口頭で………」

 

 薔薇はそう呟くと、隣で仕事をしている南とクルスに話しかけた。

 

「二人とも、ちょっといい?」

「あ、はい、どうかしましたか?室長」

「二人とも、今週末に社乙会の忘年会をやるけど参加出来る?」

「「もちろん参加で!」」

 

 二人は即答し、参加の意思を表明した。

 

「うんうん、そう言ってくれると思ってたわ、それじゃあ南、

遠くにいる人達が、社乙会のアドレスに参加の可否をメールしてくると思うから、

たまにそっちのチェックもお願いね」

「分かりました!うちにお任せを!」

 

 南は秘書として、自分の事を私と呼ぶように気をつけているのだが、

こういう時はたまに昔の言い方が出てしまう事がある。

そういう時に指摘してくれるよう、南はクルスに頼んであった。

 

「南、一人称」

「あっ、また出ちゃってた?ありがとうクルス」

「ううん、どういたしまして」

 

 そんな二人を微笑ましく思いながら、薔薇は立ち上がった。

 

「ふふっ、私はちょっとスカウトに行ってくるわ」

「スカウト?誰か新規加入するんですか?」

 

 第八回時点での社乙会のメンバーは十四人。

薔薇小猫、相模南、間宮クルス、折本かおり、仲町千佳、岡野舞衣、朝田詩乃、雪ノ下雪乃、

由比ヶ浜結衣、三浦優美子、一色いろは、栗林志乃、黒川茉莉、双葉理央である。

その後に桐生萌郁、川崎沙希、秋葉留未穂、レヴェッカが加わり、

今日までで、既に第九回から第十一回までの社乙会が開催されていた。

 

「最大で八人ね。もう声をかけて、今回加入が確定しているのが六人、

ただしそのうちの三人はまだ来れるか分からないわ。

そして残りの二人には、今から声をかけてくるつもり」

「うわ、一気にそんなに!」

「凄い………」

「という訳でクルス、この六人をリストに加えておいて頂戴」

「分かりました………ああ、なるほど」

 

 クルスはそのリストを見て、薔薇が来れるか分からないと言った者が誰なのか理解した。

そこに書かれていたのは、紺野藍子、紺野木綿季、小比類巻香蓮の三人はいいとして、

残りの三人は、篠原美優、霧島舞、そして神崎エルザだったのである。

南もそれを覗きこんで、ああ、と呟いた。

 

「北海道組とエルザさんは確かになんとも言えないね」

「まあそうは言ったものの、今回はエルザは絶対に来ると思うけどね」

「そうなんですか?」

「ええ、今回は八幡の着替えシーンの下着姿の盗撮動画が公開されるのよ」

「えっ、それって………」

 

 犯罪じゃ、と南が言いかけたのは当然だろう。

普通の人の感覚だと、それは明らかに犯罪であり、

南は八幡の周りだと、一、二を争う常識人だったからだ。

だがクルスはそうではなく、南は隣から荒い息遣いが聞こえてきた為ギョッとした。

 

「は、八幡様の着替え………生パンツ………はぁ、はぁ………」

「ちょ、ちょっとクルス、クルスってば!うぅ、室長、それはさすがにまずいんじゃ………」

 

 南は頭を抱え、これはさすがに止めないといけないかなと思ったが、

そんな南に薔薇が諭すようにこう言った。

 

「いい南、ソレイユではセクハラは即解雇まであるけど、

女子社員が八幡にセクハラをしても無罪放免よ」

「えっ?あっ、た、確かに………」

 

 以前薔薇が冗談めかして理央に言ったその言葉は、

女子社員の中では実は裏ルールとして深く浸透していた。

さすがに表立って八幡にセクハラする者はいないが、

大体の事は許されるという風潮が広がっているのだ。

ちなみにその旗を先頭に立って振っているのは誰であろう、陽乃である。

 

「た、確かにそうですね、それならいいのかな………」

 

 これで納得してしまう辺り、南もかなりソレイユに毒されている。

 

「それじゃあ私は行ってくるわ、といっても隣の部屋だけどね」

「隣?ああ、そういう………」

 

 隣の部屋は八幡の部屋である。

 

「南、多分もう乙女達からの連絡が殺到してきてるはずだから、チェックをお願いね」

「あっ、はい!ほらクルス、起きてってば!」

「う、う~ん………はっ、私は一体何を………」

「リストの入力をお願い、私は参加の可否をチェックするから!」

「そうだった、任せて!」

 

 そして薔薇は出ていき、クルスは隠しファイルからメンバーリストを呼び出して、

そこに六人の名前を追加した。

南はメーラーを開き、社乙会のアドレスのメールを確認している。

 

「本当だ、メールがいっぱい………」

 

 南は目を見開き、そんな南にクルスは言った。

 

「オーケー、参加の可否をお願い」

「う、うん、順番に読み上げるね。

雪乃は、『別に八幡君の下着に興味がある訳じゃないけど、喜んで参加します』だって」

「珍しいツンデレ乙?」

 

「優美子は、『藍子、やるじゃん。もちろん参加で』って………、

そっか、盗撮したのって藍子だったんだ」

「グッジョブ、藍子!」

 

「結衣も参加だね、『えっ?何それ恥ずかしい………でも参加します』」

「ムッツリか」

 

「いろはちゃんはっと………『何ですかそれ、ハッ!?先輩はわざと私に裸を見せて、

責任をとれと脅すつもりですね!私がそんな罠にはまると思われたなんて心外ですが、

でも参加しますごめんなさい』」

「いろはってこの芸風をやめれば高校の時ワンチャンあったんじゃ」

 

「あ、志乃さんと茉莉さんは無理みたい、任務で海外だって………」

「いつも日本を守ってくれてありがとう、お二人に敬礼!」

「け、敬礼!」

 

 クルスがふざけた様子も見せず、真面目な口調でそう言った為、南もビシっと敬礼した。

 

「かおりは………『何それウケる、でも行きま~す』だって』」

「いや、ウケねえから」

「あっ、その八幡の真似、凄く似てる!」

「ふふん、日々のストー………観察の賜物よ!」

「今何て言いかけた!?」

「気のせいだって、ほら、続き続き」

 

「う、うん、え~と、千佳もオーケーみたい、

『私なんかが見てもいいものなのかな?いいなら参加をお願いします』だって。

はぁ、何か安心するなぁ………」

「千佳は毎月八幡様と、合法的にデートが出来て羨ましいよね」

「うん、それは本当に羨ましい」

 

「沙希は………う~ん、これ、多分参加だよね」

「何て?」

「えっと、『高校の時の事をそれでチャラに出来るかどうか、試してみてもいいかな』、

って、これ、何の事かな?」

「ああ、確か高校の時、八幡様は沙希の黒のレースのパンツを、

思いっきり下から覗き込んだ事があるって聞いた」

「そうなの!?」

「まあ参加でしょ、沙希も丸っと」

 

「あ、レヴィも無理だって、その日は社長と一緒に関西に出張だって」

「あっ、そういえば結城病院の知盛さんに大事な話があるとか………」

「もしかしてまた誰か治るのかな?」

「そうだといいね、絶対に全員助けたいし」

「だね!」

 

「舞衣も無理みたい、ああ~、同じ日にG女連の打ち上げがあって、

さすがにそっちに行かないといけないんだって」

「そっか、それじゃあ仕方ないね」

 

「理央ちゃんも参加だね、『参加します』ってシンプルだなぁ」

「きっと恥ずかしかったんでしょ、きっと心の中では妄想が捗ってるはず」

「理央ちゃんにひどい風評被害が!?」

「ううん、あの子は相対性妄想眼鏡っ子だから、基本脳内はピンクのはず」

「そ、そうなんだ………」

 

「あ、詩乃ちゃんだ、『喜んで参加させて頂きます』………え、何かイメージが違う」

「詩乃は八幡様以外には常識人だから………もし本人が相手なら、

『し、仕方ないわね、行ってあげるから八幡はちゃんと私をもてなすのよ』くらいは言う」

「あ~………た、確かに」

 

「フェイリスは相変わらずだねぇ、

『まさか生きている間にホーリー・ランジェリーを見る事が出来るなんて驚きニャ!

万難を排して是非ともその儀式に参加しますニャ!』だって」

「フェイリスはうちじゃ、一、二を争うお嬢様なんだけどなぁ………」

 

「萌郁さんもオーケーみたい、返事は『行く』だけだけど」

「萌郁さん、でも最近は結構話してくれるようになったよね」

「うん、私、今度一緒に買い物に行くんだ!」

「そうなの?」

「クルスも一緒に行く?」

「うん、行く行く、萌郁さん、たまに凄くかわいいから好き」

 

「あっ、香蓮からも返事が来た、え~と、『ちょ、ちょっと恥ずかしいけど、うん、

出来れば参加したいです』だって」

「こっちはムッツリじゃなくて本当に恥ずかしがってるんだよね、

さすがは八幡様のお気に入り、ぐぬぬ………」

「クルスだってそうじゃない、私は出遅れちゃってるから二人が羨ましいよ」

「その自覚はあるけど、その中でもやっぱり序列があるのよ、

一番が明日奈として、二番は優里奈、三番は多分藍子と木綿季だけどまあ、

この辺りは八幡様が保護者をやってるから仕方ないね。

次が詩乃、その次が香蓮で私はその次かな、その後ろは多分理央だね。

その次に雪乃や結衣、優美子、いろはが来るのかな、この四人は正直未知数。

フェイリスも被保護者だからその次くらいにに入るね。

社長はちょっと分からないけど、多分番外」

「そうなんだ………うわぁ、私も頑張らないと」

「うん、頑張れ南」

 

「ところで藍子と木綿季にはメールを送ってないみたいなんだけど、

これって参加でいいんだよね?」

「そうなの?まあでも藍子の持込みは確定みたいだし、丸でいいね」

「だね!二人も参加で!」

 

「あっ、舞さんも来れるって!

『何ですかその素敵イベント、絶対に行きます!』」

「舞さんは八幡様の大ファンだから、こういう時の為にきっとお金を貯めてるはず」

 

「美優も来るって、二人とも頑張るなぁ。

『是非お願いします、リーダーは全裸ですか?全裸ですよね!?』って、

下着までって言ってるのにね」

「美優は欲望がだだ漏れすぎ………まあエルザと同じ人種だから仕方ないか」

「あ、あは………だね」

 

「き、来たああああああ!エルザさんも来るって」

「仕事は大丈夫なのかな?」

「『はぁ、はぁ、薔薇ちゃん、私をあんまり興奮させないでよぉ………、

今から四徹で年内の仕事を全部終わらせるから待っててね!』だって………」

「八幡様の為なら当然かな」

「当然なんだ………」

 

 こうして社乙会の忘年回の参加者が決定される事となった。




女子社員が八幡にセクハラ云々の話が出たのは628話ですね!


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第1017話 薔薇の語る事

 クルスと南が社乙会へのメールの処理をしていた頃、

薔薇は隣にある八幡の部屋を訪れていた。

 

「フラウ、いる?」

 

 室内にはフラウと蔵人が居り、何事かとこちらを見てきた。

 

「あ、いたいた、ちょっと話があるんだけど」

 

 そう言って薔薇は蔵人をチラッと見た。

 

「おや?席を外しましょうか?」

 

 蔵人は空気を読んでそう言ったが、薔薇は首を横に振った。

 

「ううん、大丈夫。今から私がフラウに話す事を他に漏らさなければそれで」

「へぇ、分かりました、約束しましょう」

「ありがとう、手間が省けて助かるわ」

 

 薔薇は蔵人にそうお礼を言い、続けてフラウにこう言った。

 

「ねぇフラウ、週末って暇?」

「じ、自分、友達とかいないんで暇ですね、デュフフ」

「そう、それなら私の主催する飲み会に参加しない?

あ、飲み会って言っても泥酔は禁止なんだけど」

 

 その言葉にフラウはキョトンとした。

 

「の、飲み会なのに泥酔するなと?」

「ええ、そういう事よ、そして参加するのは全員女性という事になっているわ」

「ま、まさか、ゆ、百合の会!?」

「あはははは、違う違う、ある意味それと一番遠い集まりね、

その会の正式名称は、社長がモテすぎてむかつく乙女の会、通称社乙会よ。

要するに八幡に恋する乙女達の集まりね」

「ファッ!?」

 

 さすがのフラウもその言葉に驚いた。蔵人は興味深げにこちらを観察している。

 

「え………ほ、本当に?」

「本当よ、今週末に社乙会の忘年会があってね、それへのお誘い」

「つ、つまり自分は八幡に恋している乙女に含まれると?」

「あら、違うの?」

 

 薔薇にそう言われ、フラウはぐぬぬと唸りながら、僅かに頬を染めた。

 

「は、八幡が男と絡むのを妄想するのは好きだけど、

その相手が自分ってのも、あ、有りか無しかで言えば、あ、有り、凄く有り」

「なら決まりね、一緒にあいつへの愚痴を言いまくりつつ、

同時にその思いの丈をぶちまけましょう」

「あっ、はい、ぜ、是非」

 

 ここで蔵人が、横から質問してきた。

 

「室長、その会には何人くらいが所属してるんで?」

「え~とね、これから明日香ちゃんの所に行くんだけど、

それで承諾をもらえれば全部で二十六人かしら。

まあ全員が忘年会に参加出来る訳じゃないだろうけどね」

「にっ………二十六!?」

「げらげらげら、凄えなボス、さすがです!」

 

 フラウは目を剥き、蔵人はとても嬉しそうに笑った。

 

「針生君は本当に八幡の事が大好きなのね」

「大好き?いやいや、崇拝してますよ、実に面白い」

「この段階でそう思えるなら、もっと彼の事を知ったらどうなるのかしら」

「ほう?まだまだ俺の知らない事が沢山あると?望む所ですよ」

「そう、そういう事ならせっかくだし、八幡の秘密をいくつか伝えておくのもありね、

今から教えてあげるわ、何か質問があったら何でも答えるわよ」

「それは願ってもないですね、おいフラウ、この機会に色々教えてもらおうぜ」

「う、うん」

 

 珍しくフラウが素でそう答えた。どうやら興味津々らしい。

 

「そうだ、せっかくだし明日香ちゃんもここに連れてきましょうか、

そろそろ秘書室に戻ってくる頃だと思うしね」

「あいつにも秘密を明かして構わないと?」

「ええ、問題ないわよ、専属と秘書は、出来るだけ多くの事を知っておくべきだと思うしね」

「確かにそうかもしれませんね」

「それじゃあちょっと待っててね」

 

 薔薇はそう言って一度外に出ると、秘書室へと向かった。

その間、フラウと蔵人は顔を突き合わせて今の事について話していた。

 

「ま、まさかリアルハーレムを見られるとは胸熱」

「俺は別に驚かないけどなぁ、というかソレイユの女子社員は全員そんな感じでしょう?」

「た、確かに………」

 

 フラウは今まで接してきた多くの社員達の事を思い出してその言葉に同意した。

 

「まあフラウはその中でも選ばれた一握りって事だ、おめでとう」

「あ、ありがと?」

「可能なら俺も参加してみたい所だけど、さすがに性転換するのはちょっとな」

「あはははは、あ、あんたも色々振り切っちゃってるね」

「しかしボスの秘密って何だろうな」

「何だろうね」

 

 その時再びドアがノックされた。秘書室はすぐ隣だし、薔薇が戻ってきたのだろう。

 

「は、はい、どうぞ」

「お待たせ、明日香ちゃんを連れてきたわ」

「ど、ど~も~、これから密談すると聞いて、やって参りました~!」

 

 そう言いながらも、明日香はやや緊張しているように見えた。

 

「げらげらげら、何でお前、そんなに緊張してんの?」

「いや先輩、それはするでしょう、密談だよ密談?ただでさえ毎日驚かされてるのにさ」

「まあ座れよファッキンガール、お前には悪い話じゃないと思うぞ」

「う、うん」

「室長もこちらにどうぞ」

「あら、ありがとう、針生君」

 

 そして四人は車座になり、最初に薔薇が明日香を社乙会に勧誘した。

 

「………という訳なんだけど、明日香ちゃんも来る?」

「あ、はい、ぜ、是非!」

 

 明日香は前のめりでそう答えた。とても興味を惹かれたからである。

 

「うん、それじゃあ参加って事で、さて、それじゃあ八幡の秘密を開示しましょっか」

 

 薔薇はそこで一拍置き、三人の顔を見渡しながら言った。

 

「もちろんその覚悟はあるわよね?」

「もちろん、と言いたいところですが、何か証が必要ですか?」

「ううん、本人達の意思確認だけで十分よ、もし裏切ったら、社会的に抹殺するだけだしね」

「問題ありません、俺はここから離れるつもりはまったくありませんからね」

 

 フラウと明日香もうんうんと頷き、薔薇は相好を崩すと、いきなりこう切り出した。

 

「八幡がSAOサバイバーなのは、薄々察してるわよね?」

「ええ、それはまあ、帰還者用学校に通ってるって聞いてますからね」

「その中でも、ふ、普通じゃないのは分かる」

「そもそもこの会社が普通じゃないよね」

「あはははは、確かにそうね。さて、順番に話していきましょうか」

 

 そう言って薔薇は居住まいを正すと、真面目な顔をした。

 

「ハチマンは元々アーガスで、SAOのテストプレイヤーのバイトをしていたらしいの。

高校二年の時ね」

「ほう?」

「それで茅場晶彦と知り合いだったと?」

「そうらしいわ。だけどハチマンは、何も知らされないままSAOを始めて、

そのままあの中に閉じ込められたの。形としては、茅場晶彦に裏切られた形になるわ。

随分と仲が良かったみたいだしね。ちなみにそこで最初に会ったのがアスナよ」

「おおう、運命の出会い」

「ちょっと羨ましい………」

「その後、キリト君という親友と出会い、三人はSAOの攻略組として、

次第に頭角を現していったわ。最初は攻略組の中で孤立していたみたいだけど、

それでも彼らは出来るだけ犠牲者を出さないように、慎重に、慎重に攻略を進めていったわ」

 

 その時フラウがゴクリ、と唾を飲み込んだ。

この中ではゲームに関しての知識が一番あるのはフラウな為、

絶対に死ぬ訳にはいかない条件で初見突破を続ける事の困難さに思い当たったのだろう。

 

「噂には聞いているかもしれないけど、途中で殺人ギルドとかとも戦いながら、

それでもハチマンは、仲間達と共にクリアを目指して戦い続けたわ」

「殺人ギルド、本当にあったんだ………」

「ええ、下部組織だったけど、私もその一員だったもの」

「えっ?」

「室長もSAOサバイバーだったんですか?」

「そうね、罪にこそ問われていないけれど、私は人殺しよ、

私は一生その十字架を背負って生きていく事になるわね」

 

 さすがの三人も、そんな薔薇に何も言えなかった。

 

「そして迎えた七十四層で多くの犠牲者が出て、その流れでハチマン達は、

三人だけでボスと戦わなくてはいけない状況に追い込まれたんだけど、

見事にそのボスを撃破したの」

 

 ヒュゥ。

 

 蔵人が思わず口笛を吹いた。

 

「その絡みで遂に八幡は、攻略組のトップにいたギルド、

『血盟騎士団』の参謀に抜擢されたわ。ちなみにアスナは当時、そこの副団長だったの。

ところが血盟騎士団の内部には、アスナに横恋慕していた、

殺人ギルドの影響を受けていた団員が潜んでて、

八幡と南のお父さんを暗殺しようとしたのね」

「えっ、み、南さんのお父さんもSAOにいたんだ」

「そうなのよ。でも八幡はその相手を逆に罠にはめて返り討ちにし、

それを理由に一時的に血盟騎士団から離れ、その時にアスナとゲーム内で結婚したのよ」

「ああ、そういう流れで………」

「でもそんな二人の生活も長くは続かなかったわ。

二十五の倍数の層は、とにかくボスが強い仕様になってたらしくて、

当然二人もその戦いに駆り出される事になったの。

まあ当たり前よね、二人と親友のキリト君は、

SAOの最高戦力である四天王と呼ばれてたんだから」

「四天王………なるほど」

 

 蔵人はどうやらSAOの四天王の噂は聞いた事があったらしい。

 

「神聖剣、黒の剣士、閃光、銀影、ですよね?」

「ええそうよ、神聖剣が血盟騎士団のリーダーのヒースクリフ、黒の剣士がキリト君、

閃光がアスナ、そして銀影がハチマンね。

で、七十五層の戦いの前に、ハチマンはとある仮説を思いついたのよ。

その仮説を証明する為に色々と動いた結果、ハチマンはついに、ある事実にたどり着いたの。

そう、血盟騎士団の団長であるヒースクリフが、実は茅場晶彦だったという事実にね」

 

 三人はその言葉に驚愕した。世間は知らない真実がそこにはあった。

 

「攻略組のメンバー達がほとんど麻痺させられる中、

ハチマン達三人ともう一人、ネズハ君というプレイヤーが、茅場晶彦に挑んだわ。

その最中にアスナが死に、ハチマンが死んで………」

「えっ?」

「で、でも生きてるよね?」

「ええ、ゲーム内の死亡からナーヴギアが発動するまでには十秒の余裕があってね、

その事を突き止めていたハチマンは、全てをキリト君とネズハ君に託し、

二人は見事に十秒以内に茅場晶彦を撃破して、SAOはそこでクリアされる事になったわ」

「た、たった十秒!?」

「なるほど、それが百層まで行ってないのにゲームがクリア扱いになった理由でしたか」

「ハ、ハチマン達が凄すぎる………」

「本当にね」

 

 薔薇は苦笑しながらそう言い、続けてこう言った。

 

「それを合図にして、茅場晶彦は自分の脳のスキャンを始めたらしいわ。

可能性に賭けたんでしょうね。そしてそれは成功し、

茅場晶彦は肉体の死を乗り越えて電子の海に潜ったの。

その最中に、少しだけ直接話す時間があったらしいけど、何を話したかは聞いてないわ」

「そ、それがあの茅場晶彦………」

「先輩、それって?」

 

 明日香は茅場晶彦のアマデウスの事を知らない為、そう尋ねてきた。

 

「ああ、お前はまだ知らなくていい、そのうち知る機会もあるでしょうよ」

「ふ~ん………」

 

 明日香は納得し難い表情をしたが、この場でそれ以上突っ込む事はしなかった。

 

「その後に起きたのが、残された百人事件ね」

「ああ、そういえばありましたね」

「須郷とかいう人が逮捕されてたよね」

「ええ、あれは須郷が一部のプレイヤーのログアウトを阻害して、

人体実験に使おうとした結果、起こされた事件ね」

 

 その薔薇の話に、三人は嫌悪感を露にした。

 

「ファック」

「あの爬虫類男、死ねばいいのに」

「ちなみに身内だと、アスナとキリト君の彼女のリズベットがその百人の中にいたわ。

だからハチマンは、アスナを助け出す為の戦いに、すぐに身を投じたの」

 

 その言葉は驚きを伴って三人に広がっていった。薔薇の話は続く。



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第1018話 八幡帰還編~ソレイユ勃興編

昨日はすみません、月曜の夜にGGO編からの内容をチェックして、凄まじく多い忘れてるフラグを拾ってたんですが、そのまま寝てしまって書けませんでしたorz


「目覚めたハチマンは最初、何をしていいのか分からなかった。

アスナには会えたけど、自分は目覚めたのに何故かアスナはずっと目覚めない。

しかもアスナには既に婚約者がいた、それがあの須郷だったの」

「えっ、何ですかそれ」

「親が決めた婚約者って奴ね、アスナは実は、あのレクトの社長令嬢だったの」

「おおう、政略結婚!」

「なるほど、ここであのクソが出てくるのか」

「でもそんなハチマンに福音がもたらされたの。

これは本当に偶然なんだけど、ハチマンの妹がALOで撮影した写真に、

アスナらしき人物の姿が写ってたのよ。

その分析の結果、それが本当にアスナだと確認されて、それでハチマンはALOを始めたわ。

………………ナーヴギアでね」

 

 その言葉にさすがの三人も絶句した。

 

「え………な、何で?」

「アミュスフィアを入手する時間すら惜しんだのよ、手元にはナーヴギアがあったんだから。

でも逆にそのおかげでハチマンは、SAO時代のステータスのまま、

ALOにログインする事に成功したわ」

「ワオ、そんな事が?」

「ええ、実はナーヴギアを使ってログインすると、

SAO時代のキャラのステータスを引き継げるのよ。

そこからハチマンの快進撃が始まったわ。

キリト君と合流したハチマン君は、ALOをプレイしていたユキノ達とも合流し、

その強大な力で敵を蹴散らしながら、同時に協力者を集め、

アスナがいると思われる場所へと進軍していったわ。

目的はALOの央都アルンの中心部でグランドクエストをクリアし、

その先にいると思われるアスナの所にたどり着く事よ。

そしてハチマンはそれをやり遂げた。

クリアが不可能なレベルでどんどん激しくなる敵の攻撃の中、

外部からの協力もあって、遂に管理者スペースへの突入に成功したの」

「さすがはボスだな」

「簡単そうに言ってるけど、凄く大変だったんだろうね………」

 

 薔薇はその言葉に頷いた。

 

「ええ、須郷がグランドクエストをクリアさせるつもりが無かった事は明らかよ。

だって本来クエストの続きが行われるはずの場所が、ただの管理スペースだったんだからね。

そしてアスナの所に向かう途中で、ハチマンは茅場晶彦と再会したの」

「ファッ!?」

「ど、どういう事!?」

「なるほど、スキャンされた後の彼がそこに………」

「最初は意思の疎通が困難だったらしいんだけど、

管理者オベイロンとして現れた須郷と対峙した辺りで彼の声が聞こえて、

管理者権限を奪ったハチマンは、そこで須郷をフルボッコにしたわ。

詳しい説明は省くけど、通常は感じないはずの痛みを普通に感じるようにしてね」

「うわ………」

「えぐい………」

「げらげらげら」

 

 明日香とフラウはそう言いつつも、須郷に同情する様子はまったく見えなかった。

むしろその表情は嬉しそうに見える。

蔵人は取り繕う気はまったくなく、ただ楽しそうに笑っているだけだ。

 

「そして残された百人を、リズベットやアスナを含めて無事に全員ログアウトさせた後、

現実世界に帰還した八幡は急いで明日奈に会いに向かったわ。

でもALOで八幡に痛めつけられた須郷が、

病院で八幡を襲おうと凶器を持って待ち構えていたのよ」

「ファック、往生際が悪い」

「そこに駆けつけてくれたのが、彼の高校時代の知人達ね、

何故知人かというと、彼には高校の時は、友人がほとんどいなかったから………、

その駆けつけてくれた二人も、彼の中では知人という括りだったんだけど、

そこで協力して須郷を退けた結果、彼らはそこで初めて友達になったわ」

「リ、リアル胸熱展開………」

「そして八幡は無事に明日奈をその手に取り戻し、須郷は逮捕されて、

その後二人は幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし」

「「「おお~!」」」

 

 三人は感嘆し、パチパチと拍手した。

 

「今のが八幡帰還編ね、それじゃあソレイユ勃興編、行くわよ!」

「「「えっ?」」」

 

 ぽかんとする三人を横目に、薔薇は再び語り始めた。

 

「こうして八幡は、残された百人事件を解決した英雄になった。

当時レクトの社員だったうちの社長は、そんな彼の受け皿を作ろうと考え、

レクトからALOの管理権をもらい、そのまま独立してソレイユを立ち上げたわ」

「あっ、そういう………」

「ヒャッハー!祭りの始まりだぜ!」

「最初は必ずしも余裕のある経営じゃなかったんだけど、

八幡が茅場晶彦から託された、ザ・シードを上手く活用する事で、

いくつかのゲームを立ち上げて、初期は何とかやりくりする事が出来たわ」

「ガタッ」

「ス、ストップ!」

「今聞き捨てならない言葉が聞こえなかったか?」

 

 そんな三人に、薔薇は『ん?』と首を傾げてみせた。

 

「え?何が?」

「ええと………」

「す、凄く………ザ・シードです………」

「落ち着けフラウ」

 

 あの蔵人ですら驚いているのだから、

今の薔薇の説明は三人にかなりの衝撃を与えたと思われる。

 

「あ~………ええとね、ザ・シードは茅場晶彦作で、

その権利は八幡君に委任されて、好きなようにしろって言われたらしいんだけど、

八幡はそれを普通にフリーで拡散しちゃったの」

 

 その言葉に三人は呆然とした。

 

「って事は………」

「今VRゲームが全盛期って言われてるのって、ボスのおかげか!?」

「まあそういう事になるわね」

「でもそれってかなりの商機を逃したんじゃ………」

 

 その明日香の冷静な意見に薔薇は頷いた。

 

「そうねぇ、正直そう思うわ。

でも八幡も社長も、棚ぼた的にただ与えられた物を独占して稼ぐのを良しとしなかった。

その頃は多分二人とも、

仲間達を養える程度に会社を維持出来ればそれでいいと思っていたんじゃないかしら。

潮目が変わったのは、メディキュボイドの権利をうちが手に入れた事かしらね」

「そこでメディキュボイドですか」

「ええ、あれは当分は、他社には絶対に真似出来ないからね」

「絶対、ですか、それにも何か理由が?」

「それは簡単。メディキュボイドにはナーヴギアの技術が使われているからよ。

要するにあれは茅場晶彦の遺産なの」

「ガタッ」

「ス、ストップ!」

「今聞き捨てならない言葉が聞こえなかったか?」

「やだ、あなた達、それはさっきやったわよ」

 

 薔薇はそう笑いながら、話を続けた。

 

「あなた達には必要な知識だと思うから教えておくわ。

事の始まりは、八幡の彼女である明日奈のご両親が、

京都にある結城本家の連中から嫌がらせを受けてたって事なの。

その時結城家は、都市伝説とされていたメディキュボイドをかなり真剣に探していたわ。

だからそれをネタに交渉すれば、

結城本家から明日奈の家への干渉を防げるんじゃないかって、

八幡がレクトの社長である明日奈のお父様から聞かされたのが事の発端ね。

ちなみにその頃にはもう、明日奈のご両親は、

須郷の事で反省したのか、二人の交際をむしろ積極的に推奨する立場に変わっていたわ。

そんな二人の役にたちたいと八幡が考えたのも当然よね。

そして八幡は、そのメディキュボイドという言葉に聞き覚えがあったの。

かつて茅場晶彦に紹介された神代凛子………フラウのお姉さんに気に入られて、

茅場晶彦の秘密研究所の番号を教えられていたのよ」

「むむむ、お姉ちゃんが逃亡生活を送ってた時だ………わ、私も政府の人に色々聞かれたし。

まあお姉ちゃんはしれっと姿を現して、

何のおとがめもなくソレイユの部長に収まりやがったけど」

 

 フラウは当時の事を思い出したようで、とても嫌そうな顔をした。

 

「ふふっ、災難だったわね、

まあお姉さんが警察から追われなくなったのはメディキュボイドのおかげね。

あれの存在が国益になると思われたから、司法取引っぽく無罪放免になったって訳」

「な、なるほど、姉妹なのに初めて聞いた………」

 

 そんなフラウの肩を、薔薇はポンと叩いた。

 

「当時茅場晶彦がどうなったのかを知る唯一の人物だと思われていた、

凛子さんを見つけ出したのが八幡の功績ね。

おかげでうちがメディキュボイドに対する権利を認められたわ」

「やっぱりボスは凄えな」

「それでうちの利益は一気に増大したわ。

その豊富な資金を研究開発に回し、更に牧瀬紅莉栖を招聘出来た事で、

うちは一気に世界最先端の技術を持つ企業になったわ。

最初は研究資金の提供の代わりに、

紅莉栖にメディキュボイドの安全性についてアドバイスをもらうとかその程度の話だったの。

でも紅莉栖は知ってしまったの、

ソレイユが、茅場晶彦の持っていた技術を継承しているという事を。

そして紅莉栖は茅場晶彦が残したAIに触れ、

それが元々彼女がやっていた研究と合わさって化学反応を起こしたわ。

ニューロリンカー計画、我が社が世界を制する切り札よ」

 

 その言葉に三人は、背筋がゾクゾクするのを感じた。

 

「その詳細についてはいずれ三人にも実際に体験してもらうから、

その機会を楽しみに待っててね」

「世界征服ktkr!」

「普通世界制覇だなんて妄想で終わるものだけど、

なんか言葉では言い表せないリアリティがあるね、先輩」

「だな!ヒャッホー、最高にロックだぜ!ソレイユ最高!」

 

 三人のテンションは天井知らずで上がっていた。そこに薔薇が更なる燃料を投下する。

 

「その紅莉栖をスカウトしてきたのもまあ、実は八幡なのよね」

「おおう………」

「やはりボスが神か」

「凄いよねぇ………」

「そしてうちは更に一歩踏み込んだわ。

メディキュボイドを運用するのに最適な建物をもパッケージとして提供出来るように、

雪ノ下建設を傘下に入れたの。そして詳しい説明は省くけど、

芸能事務所の倉エージェンシーも傘下に入れる事に成功したわ。

で、諜報部門を作り、警備部門を作り、今に至るとまあ、そういう訳ね。

これがソレイユの成り立ちよ、何か質問があったら受け付けるけど?」

 

 基本情報は伝え終わったとばかりに、薔薇は三人にそう微笑んだのだった。



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第1019話 三人の質疑応答

 フラウと明日香は顔を見合わせ、質問を考え始めた。

だがさすが蔵人は、考える事なくこちらに質問をぶつけてきた。

 

「室長、雪ノ下建設を傘下に入れるまでの流れは、

メディキュボイド絡みって事で納得出来るんですが、

その後に何故うちは、芸能関係に手を出したんですか?

どう考えてもいきなりという感じがするんですが」

「いい質問ね、ん~、これは個人のプライバシーも関わってくるから簡単に言うけど、

要するに八幡の知り合いに、倉エージェンシーに所属している人がいてね、

その人が八幡に、円満に独立する方法は無いか尋ねてきたのよ」

「ほう?もしかして、神崎エルザですか?」

 

 蔵人はそう、いきなり核心を突いてきた。

 

「あら、どうしてそう思うの?」

「いや、神崎エルザとソレイユは、いきなり蜜月関係になったじゃないですか、

なのでそうかなと思ったんですよ」

 

 その蔵人の推測に、薔薇は感心したような顔をした。

 

「なるほどね、うん、まあそこまで分かったならいいわ、説明してあげる。

エルザは当時、倉エージェンシーの後継者だった社長の長男に言い寄られていてね、

それが嫌で、八幡に相談を持ちかけたの。

その過程でその長男が、SAO時代に八幡を殺そうとして、

八幡に返り討ちにあった人物だという事が分かってね、

八幡が計画を練って、その長男を次期社長の座から追い落とそうとしたんだけど、

その過程でその長男が、再び八幡を殺そうとしたのよ。

もっともそれは八幡の想定内で、あっさり返り討ちにしたんだけどね。

その縁で、倉エージェンシーの社長と次の社長の次男が八幡の事を気に入っちゃって、

いずれうちの傘下になるって言ってたんだけど、それからうちもかなり大きくなった事だし、

そろそろいいかなって事で正式に傘下に入ったと、まあそういう訳。

要するにうちから言い出したんじゃなく先方の希望という事ね」

「馬鹿ですかそいつは。まあでもなるほど、事情は納得しました」

「ちなみに倉エージェンシーは、どちらかというと弱小で、

大きな事務所の理不尽に耐え続けてきた歴史があってね、

八幡の大号令で、可能ならその理不尽を打破しようというのがうちの目的になっているわ」

「ほう、芸能界に喧嘩を売りますか」

「うふふ、楽しそうでしょ?」

「ええ、何かあったら俺にも是非参加させて下さい」

「分かったわ、考えとく」

 

 次に質問してきたのは明日香であった。

 

「あの、室長、さっき諜報部って言ってましたよね?

でもうちの組織図で、それっぽいのを見た記憶がないんですけど」

「馬鹿かお前は、諜報組織がわざわざ諜報部なんて名乗ってる訳がないだろ」

 

 蔵人にそう指摘された明日香は頬をぷくっと膨らませた。

 

「先輩、そのくらい私だって分かってるって、要はどれが諜報部なのかなって気になったの」

「ああん?そんなの見れば分かるだろ」

「あら、分かるの?」

 

 薔薇がそう言いながら、興味津々な顔をした。

 

「もちろんですよ、市場調査部でしょう?」

「正解、さすがね」

「ああ、あそこか~!」

 

 明日香は若干悔しそうではあったが、すぐに切り替えたようだ。

 

「でも諜報部なんてそんな簡単に作れるものなんですか?

もしかしてどこかから引き抜いてきたとか?」

 

 その質問にはまともに答えず、薔薇はまったく関係が無さそうな話題を振ってきた。

 

「あなた達、SERNが最近解体一歩手前まで追い込まれた話って知ってる?」

「それって少し前に報道された、SERNが非合法組織を使ってたっていう………」

 

 さすが、@ちゃんねるの常連であるフラウは、その手には話題に詳しいようだ。

 

「そういえばそんな報道があったな」

「でもあのネタって直ぐに消えちゃったよね」

 

 蔵人と明日香はそう言って、チラリと薔薇の顔を見た。

 

「一応言っておくけど、うちからマスコミには圧力なんかかけてないからね」

「おっと、それは逆に残念ですね」

「違うんだ、意外だなぁ」

「もしかしたら、どこかの国の仕事かもしれないけど、少なくともうちは確認していないわ」

「それは当然。あれが日本で盛り上がらなかった理由は凄く簡単だお」

 

 薔薇のその言葉はフラウが引き継いだ。

 

「へぇ?どんな理由?」

「世界中の先進国に散らばっていたはずのその非合法組織『ラウンダー』が、

スパイ天国なはずの日本にだけ存在しなかったからだお」

 

 フラウのその言葉に、蔵人と明日香は顔を見合わせた。

 

「日本に………だけ?」

「存在しなかった?」

「うん、流出したリストによると、日本にはラウンダーはいなかったってさ、

まああるあ………………ね~よ!」

「無いな」

「無いよね」

 

 三人はそう頷き合った。

 

「いや、でもまさかだろ」

「結局どういう事?」

「おそらくその存在自体が隠されたんだろうな………多分ボスの意向で」

「そんな事可能なの?」

「ふふっ、よくそこにたどり着いたわね、結論から言うと可能よ」

 

 ここで薔薇がそう断言した。

 

「そっちはうちの仕掛けよ、ラウンダーの日本支部を丸ごと傘下に収める為のね」

「うわ、そこまでする?」

「するというか、それが簡単に出来るのがソレイユって事なんでしょうよ」

「まあ非合法組織を潰したんだから、いい事だと思われ」

「そういう事ね。まあ八幡は単に、

そういった仕事から萌郁を解放してあげたかっただけみたいだけどね」

「………そんな理由でそれだけの事を?」

「うん」

 

 三人はその言葉に目を見開いた。

 

「そうやって出来たのが、うちの市場調査部、その実体はソレイユ諜報部『ルミナス』よ」

「それだけの理由でそこまでするとか胸熱」

「げらげらげら、ボスはやっぱり最高だな!」

「で、でもそんな事、どうやって………」

「これは仕事に関係してくると思うから伝えておくけど、

うちには最高峰のハッカーが三人いるわ、開発部のアルゴ部長と岡野舞衣、橋田至よ。

いずれ何か仕事を頼む事もあると思うから、覚えておくといいわ」

「ハッカーって実在するんだ………」

「当たり前だろ、馬鹿かお前は」

「先輩、私にだけ当たりが強い」

「ぜ、全員私の同僚予定ですね分かります」

「覚えておきましょう」

 

 そして最後にフラウがこんな質問をした。

 

「あ、あの、室長はどうやって八幡と仲良くなったんですか?

さ、さっきの話だと、元々は敵だったんじゃ?」

 

 薔薇はその言葉に、うっ、となった。

 

「え~と………聞きたい?」

「あっ、はい」

「………………」

 

 薔薇は躊躇していたが、三人に期待の篭った目を向けられ、やがてその重い口を開いた。

 

「え~っとね、さっきも言ったけど、私ってほら、SAO時代は本当に悪い女だったのよ、

まあその事については今でも悔いているけど………」

 

 薔薇はさすがに自分が殺人を犯した事を何度も強調は出来なかったようだ。

だが三人はそれに突っ込むような事はしない。

今の薔薇がそれを乗り越えてここに立っている事が分かっているからだ。

 

「で、ハチマン達に目を付けられて、キリト君に脅されて監獄送りになったんだけど、

私から情報を得ようと、わざわざ監獄で待ち構えていたのがハチマンだったの。

私は捕まった直後で気が立ってたから、そのままハチマンに襲いかかったんだけど、

攻撃は全部避けられて、その度に思いっきり蹴られたのよね。

HPが減らないエリアだったから死にはしなかったものの、

何度も壁に打ちつけられて、あ、これは反抗するだけ無駄だって心を折られて、

そのままハチマンに屈服させられたってのが、私達の出会いかしら」

「「「………」」」

 

 三人はその話を聞いて、それのどこが仲良くなった話なのだろうかと頭を悩ませた。

 

「で、私はそのままゲームクリアまで監獄にいたんだけど、

どうやら私、外にいたままだと命を狙われる事になってたみたいなの。

だから逆に監獄に入れてもらって良かったっていうか、

ハチマン達のおかげで今こうして生きてるって事になると思うのよね」

 

(………何その理屈)

(メンタルが強いっつ~か何つ~か………)

(これは完全に調教されていると思うべき)

 

 三人はひそひそとそう囁き合った。

 

「で、ゲームがクリアされたじゃない、その後運良くうちの社長に拾ってもらったんだけど、

そこにまさかの八幡登場よ、これはもう運命と言ってもいいんじゃないかしら」

 

 そんな惚気にも似た言葉を発する薔薇を見て、三人は再びひそひそと囁き合った。

 

(あの凛とした室長が………)

(私達もいずれああなる?)

(どうなんだろうね………)

(他の女性陣を見れば分かるでしょうよ)

(………そっか、ああなっちゃうんだ)

(やっぱりボスは凄えな)

 

 こうして三人の脳内には、これでもかというくらい八幡の偉業がインプットされ、

今後はそれぞれの得意分野で八幡を支えていく事になるのであった。



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第1020話 乙女達の奮闘

「社乙会………」

 

 薔薇が頑張って八幡の功績を持ち上げ、

三人に八幡の傍で働く為の基礎知識を伝授していた頃、

萌郁は一人で部屋にある鏡に向かい、ため息をついていた。

 

「これくらい伸びたらもうこれはいらないんだけど………」

 

 そう言いながら萌郁が握りしめていたのはウィッグである。

初めて八幡と出会った時、坊主頭にしていた萌郁は、

今ではかおりや南、あるいは千佳辺りと同じくらいまで髪が伸びているのである。

ウィッグをつけていたのは、坊主頭では目だってしまい、

諜報員としては問題があったからなのだが、

八幡と出会ってからの萌郁は護衛や八幡の秘書代わりをするのが主な任務になっており、

髪を短くして変装しやすいようにする必要もまったく無くなっていたのである。

 

「むぅ………」

 

 だがいざこうして髪が伸び、ウィッグが必要なくなってくると、

別の問題が浮かび上がってきた。萌郁が今唸っているのもそのせいである。

それはどんな問題かというと、要するに今萌郁が持っている服だと、

今の髪型には微妙にミスマッチになってしまうのだ。

それが萌郁は気に入らず、ため息をついているという訳である。

 

 萌郁は実は、それなりに服は持っている。

出会った当初の八幡が心配して、陽乃や明日奈に頼んで服を買い与えたからだ。

もう何度か社乙会に参加している萌郁だが、

これまでは普段仕事で着ている服のまま参加していた。

これは単に仕事帰りにそのまま会に参加したからなのだが、

実は萌郁は心の中で、他の女性陣のファッションの華やかさを羨ましく思っており、

今年は予定日がオフになっている為、服を選ぶ時間も十分とれる事から、

今回は他の女性陣と並んでも恥ずかしくないような格好をしたいと、

密かな野望を抱いていたのであった。

それには今持っている服だと、別に変ではないのだが、ベストとも言えないのだ。

 

「やっぱりウィッグをつけて行こうかな………」

 

 単に新しい服を買えばいいだけの話なのだが、

萌郁は自分の服選びのセンスにはまったく自信がない。

 

「………考えても仕方がない、こういう時は誰かに頼るべき」

 

 そう呟きながら、萌郁は眼鏡を外してこめかみを揉んだ。

ちなみに萌郁の視力はかなり良く、眼鏡をかける必要はまったくない。

そもそも今かけている眼鏡は伊達眼鏡である。

だが当の萌郁には、眼鏡をかけるのをやめるという選択肢を選ぶ気は微塵もなかった。

何故なら萌郁は憧れていたからだ。詩乃、美優、理央の三人に。

 

「………私にはいつあだ名をつけてくれるんだろ」

 

 萌郁はそう言ってため息をついた。この言葉でお分かりだろうが、萌郁の価値観だと、

詩乃のツンデレ眼鏡っ子、美優の肉食眼鏡っ子、理央の相対性妄想眼鏡っ子というのは、

例え本人達が嫌がっていようがどうしようが、

八幡が名付けたという一点において、非常に価値が高いものなのである。

 

「………今度おねだりしてみてもいいかな?」

 

 萌郁は鏡の中の自分にそう話しかけたが、当然返事はない。

 

「………私、無愛想」

 

 萌郁は不満そうにそう言うと、口の端に両手の人差し指を当て、少し上へと持ち上げた。

 

「ニコッ」

 

 萌郁は口に出してそう言ったが、鏡の中の自分が笑っているようにはどうしても見えない。

 

「私ですら分からないのに、どうして八幡は私がどんな機嫌かすぐに分かっちゃうんだろ」

 

 萌郁はそう疑問に思いつつ、まあ八幡は分かってくれるのだからそれでいいかと考え直し、

再び鏡に向かい、最初の悩みについて、もう一度考える事にした。

 

「問題は誰に頼るかだけど………」

 

 その時萌郁の頭の中に、南の顔が浮かんだ。

 

「そういえばこの前南と一緒に今度買い物に行こうって約束したっけ」

 

 具体的には何も決まっていない約束だったが、

萌郁にとってはその約束が、タイミング的に天啓のように感じた。

 

「………よし」

 

 そして萌郁はスマホを取り出し、南に電話をかけた。

 

『萌郁さん?いきなりどうしたの?』

「うん、ちょっとお願いがあって………」

 

 萌郁は南に、髪の事も含めて事情を説明した。

 

『萌郁さんって実は私くらいの髪の長さだったんだ!

それならうちもアドバイス出来ると思うし一緒に服を買いに行こっか!

あ、そうだ、この前その話をしたら、クルスも一緒に行きたいって!』

「そうなの?分かった、それじゃあ三人で行こっか」

『やった、それじゃあクルスには私から連絡しておくね』

「うん、お願い」

 

 こうして萌郁は頼りになる助っ人を二人確保する事に成功した。

 

 

 

 所変わってこちらは北海道である。

薔薇からの連絡を受けてすぐに、美優はシャーリーこと霧島舞から連絡を受けていた。

 

『もしもし、美優ちゃん?社乙会の話は聞いた?』

「聞いた聞いた、私は参加するけど舞さんはどうするの?」

『もちろん参加するよ!』

「やった~!それじゃあまた一緒に東京に行こっか!」

『うん!』

「あ、でも私ってば、その後のクリスマス会と大忘年会にも参加するから、

新年はあっちで迎える事になるんだけど、舞さんはどうする?」

『宿泊費が嵩んじゃうから、私は社乙会とクリスマス会に参加した後、

一旦こっちに戻ってきて忘年会の時にもう一回出直そうかと思ってたんだけど………』

 

 舞は狩猟シーズンが始まってから今日まで熱心に仕事をこなしてきていた。

日曜も返上して稼ぎ続けたその努力が実り、軍資金はそれなりに潤沢にある。

だがさすがに東京に二週間滞在し続けるのには若干心許ないのであった。

 

「大丈夫大丈夫、リーダーのマンションに泊まれば宿泊費はかからないから!」

『あっ、そっか、その手があったんだ』

 

 舞はどうやらその事を失念していたらしい。

 

『でもそんなに長くお世話になっちゃっていいのかな?』

「いいっていいって、リーダーなら快くオッケーしてくれるよ」

 

 実際八幡は、その美優からの頼みを快く了承してくれた。

というかクリスマス会と忘年会は、そもそもソレイユ側から招待したという理由もあり、

飛行機のチケット代も出すつもりでいたくらいである。

当然宿泊に関しても、むしろ積極的に部屋を利用するように言ってきたのであった。

 

『それなら軍資金はむしろ余裕かな、というか全然余るね。美優ちゃんは大丈夫?』

「余裕余裕!リーダーに会う為に集中してバイトをしたからね!」

『そっか、それなら良かった』

「でも二週間の滞在ってなると、荷物が多くなっちゃいそう」

『優里奈ちゃん宛てに先に荷物を送る?』

「そうだね、それが良さそう。それじゃあ私が連絡しておくね」

『うん、お願い!』

 

 数日後に荷物が届き、優里奈はそれを受け取って、ふふっと笑った。

 

「今年の年末は楽しくなりそう………」

 

 

 

「いろはちゃん、次、次の仕事は?」

「次はレコーディングですね、喉の調子は大丈夫ですか?」

「もちろん!いくら寝不足でもそこだけはしっかりキープ!」

 

 エルザの事務所でバイトとして働いているいろはは今、

エルザのスケジュール管理を行っていた。

 

「まだ若干時間に余裕があるんで、それまで仮眠して下さいね、

時間になったら起こしますから」

「いろはちゃんは寝なくて大丈夫?」

「午後からは豪志さんと交代するんで大丈夫ですよ、

年末の為にもここが踏ん張りどころです、頑張りましょう!」

「だね!」

 

 いろはが来てから豪志の労働環境はかなり改善される事になった。

事務所内の雰囲気も良くなり、エルザはいろはの助けも得て、

社乙会の忘年会とクリスマス会、それにソレイユ主催の忘年会全てに参加すべく、

無理なスケジュールを進行させる事に何とか成功していた。

 

「ふふっ、ここで頑張って、年末は一緒に()()()楽しもうね」

「はい、そうですね!」

 

 そう微妙に不穏な事を言いながら、エルザはそのまま眠りについた。

 

 

 

 そして眠りの森では、藍子と木綿季が焦ったように言葉を交わしていた。

 

「あ~っ、服、服を買わないと!」

「だねぇ、ボク達、お出かけする為の服ってあんまり持ってないもんねぇ」

「さすがに学校の制服で参加するなんてのは、私のプライドが許さないわ!」

「でもボク達、そういうセンスはほぼ無くない?」

「もちろん誰かに相談して助けてもらうわ、問題は誰に相談するかだけど………」

「ここはやっぱり学校で明日奈に相談する?」

「う~ん、でも八幡にはまだ知られたくない気もするのよね」

「あ~、サプライズしたいもんねぇ」

「学校でこそこそすると、八幡にはすぐにバレちゃうから………」

 

 これが二人の悩みであった。

だがそんな二人の悩みを解決する神は、まったく予想もしないところから現れた。

 

「あっ、アイ、電話だよ」

「あら?誰かしら………あっ、師匠だ」

「師匠?」

「一体何の用事かしら」

 

 そして電話口で、保は藍子に向かって言った。

 

『いきなりごめんね。前に言ってた八幡にメイド服を着せる計画についてだけど、

その事について相談したいと思ってね』

「あ~!」

『一度現地で相談したいと思ったんだけど、メイクイーンに来れる日ってあるかい?』

「オーケー師匠、明後日の帰りに電車でメイクイーンに行くわ!」

『分かった、それじゃあ明後日だね』

「うん、わざわざありがとう師匠!」

『いやいや気にしないで、二人が出歩けるようになったから、やっと約束を果たせるよ』

 

 保との通話はそれで終わり、藍子は木綿季にその事を報告した。

 

「ユウ、服選びの算段がついたわよ」

「どうするの?」

「明後日にメイクイーンに行って、八幡と一緒にメイド服を着る為の相談をするんだけど、

その時にフェイリスに相談すればいいわ!」

「ああ~、師匠の電話ってそれだったんだ、そっかそっか、それはいいね!」

 

 こうして藍子と木綿季もまた動き出した。あちこちで、乙女達の奮闘は続く。




いろはがエルザの所で働く事になったのは725話ですね。
二人が八幡と三人でメイドになると言い出したのは862話です。


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第1021話 十二星座の戦士達

 乙女達が奮闘している頃、八幡は久しぶりにシャナとしてGGOにログインしていた。

その理由は他でもない、世界樹要塞に行く為である。

一人でブラックに乗り込んだシャナであったが、同行者が一人だけいた。

 

「やっぱり本体にも直接会いにいってやらないとな」

「そうですね、私としてもその方が嬉しいです」

 

 そう答えたのは自由に移動出来る方のフローリアである。

アメリカから帰ってきた後にキリトからフローリアが寂しがってると聞いていたシャナは、

行こう行こうと思っているうちに色々とイベント事が重なってしまい、

今日やっとフローリアに会いにいく事にしたと、まあそんな訳なのである。

 

「フローリア、当分拠点防衛イベントは起こらないんだよな?」

「はい、まだまだ余裕があります、この所はトラフィックスに人が流れていましたから」

「そうか、今回はその方が助かるわ、

さすがの俺も、仲間無しでイベントに巻きこまれるのは勘弁してほしいところだからな」

「ふふっ、そうですね」

 

 フローリアはニコニコと笑顔でそう言った。

シャナが会いに来てくれたのがよほど嬉しいのだろう。

そして世界樹要塞が見えてきた頃、フローリアはシャナに言った。

 

「それではあちらの私と統合しますね」

「別にこのまま中に入っちまえばいいんじゃないか?」

「いえ、それだと待つ楽しみが無くなっちゃいますから」

 

 フローリアはそう、実に人間臭い事を言うと、そのまま消えていった。

 

「ここも久しぶりだよなぁ………」

 

 シャナは世界樹要塞を見て感傷に浸りつつ、そのまま入り口から中に入った。

 

「マスター!」

「おっと」

 

 ブラックから降りた瞬間に、フローリアがシャナに抱きついてきた。

 

「記憶は共通のはずだろ、はしゃぎすぎだぞ、フローリア」

「だって嬉しいんですから仕方ないじゃないですか!」

 

 そう言ってフローリアはシャナに頬ずりをし、そのままシャナの腕にすがりついた。

 

「まあ別にいいけどな。さて、管理スペースでのんびりするか」

「はい!」

「あ、そうだ、フローリアは星座の事とか詳しいか?」

「一般常識レベルですが、分かりますよ」

「そうか、それじゃあちょっと相談に乗ってくれよ」

「はい、何なりと!」

 

 二人は管理スペースに移動し、シャナはフローリアにこう切り出した。

 

「うちが十狼からゾディアック・ウルヴズに名前を変えたのは知ってるよな?」

「はい、聞きました」

「でな、ゾディアックってのは要するに十二星座な訳だろ?」

「あっ、はい」

「そこに各メンバーを割り当てるつもりなんだが、

誰を何に割り当てればいいか、フローリアの意見も聞こうと思ってな」

「なるほど………それじゃあ確定な人から当てはめていきましょう」

「だな」

 

 そしてシャナは、フローリアからも見えるようにメンバーリストを表示させ、

シズカの名前の横のメモ欄に、おとめ座と記入した。

 

「これは確定だよな」

「ふふっ、ですね」

「それとこれだ」

 

 メンバーリストには十三人目の男、セバスの名があった。

シャナはそこに、へびつかい座と記入した。

 

「なるほど、そうなりますか」

「というかこれしかないって感じだけどな」

「そして俺はここだ」

 

 シャナはそう言いながら、自分の名前の所にいて座と記入した。

 

「しし座かと思ってましたけど違うんですね」

「いいかフローリア、主人公はペガサスからいて座になったんだ、そういうものなんだ」

「そうなんですか!覚えておきます!」

「さて、残りをどうこじつけるか………」

 

 リストに残っているのは、ベンケイ、シノン、銃士X、ロザリア、ピトフーイ、エム、

イコマ、ニャンゴロー、サトライザー、キリトである。

 

「俺が思うに、結局問題になるのは、キリトとサトライザーの扱いなんだよな」

「お二人とも強いですからね」

「そうすると片方がしし座で、もう片方は………う~む」

「おうし座とかですか?」

「それだ」

 

 シャナはキリトの名前の横に、おうし座と記入した。

 

「牛の二本の角を二刀流に見立てた。うちの特攻隊長だし猪突猛進してもらおう」

「それだとイノシシになっちゃいますね」

「ん、そうだな、牛突猛進と言っとくか」

「ふふっ、マスター、何ですかそれ」

「まあいいじゃないか、こういうのはノリで決めるのが一番だ」

「そうすると、サトライザーさんがしし座ですね」

「だな、あいつが最強みたいで気に入らないが、

実際あいつに勝てた奴は誰もいないからなぁ」

 

 シャナは悔しそうにそう言うと、サトライザーの名前の横に、しし座と記入した。

 

「あと困るのはピトとシノンか………」

 

 シャナはじっと目を瞑り、考え込んだ。

 

「少しでも狙撃のイメージがあるのはさそり座でしょうか」

「だな、あいつ、さそり座の女って感じがするし、それでいこう」

 

 とんだ風評被害ではあるが、シャナはシノンの名前の横にさそり座と記入した。

理由を聞いたシノンがシャナに詰め寄ってくるかもしれないが、

もちろん馬鹿正直にその事を説明するつもりはない。

 

「で、ピトは………うん、ふたご座だな」

「そうなんですか?」

「ああ、あいつは変態とシンガーという二つの顔があるからな」

「そこは変態が先に来ちゃうんですね………」

「当たり前だろ、あいつの本質はやはり変態だ」

「ま、まあ確かに………」

 

 どうやらピトフーイは、フローリアにも変態認定されているらしい。

まあおそらく本人はその事すら喜んでしまうだろうから、何の問題もないのだ。

シャナはピトフーイの名前の横に、ふたご座と記入した。

 

「段々埋まってきましたね」

「だな、順調順調」

 

 シャナは機嫌よくそう言った。残るは六人、

ベンケイ、銃士X、ロザリア、エム、イコマ、ニャンゴローである。

 

「ここからが難しいんだよな………」

「ですね………」

「まあニャンゴローはみずがめ座だな、あいつは氷の魔法が得意だし、

何となくイメージ的には水って感じがする」

「それはALOの話ですか?」

「ああ、まあそんな感じだな」

「こっちとは全然見た目も性格も違うんですよね?」

「だな、こんな感じだ」

 

 シャナはフローリアにいくつか動画を見せ、フローリアは驚いた顔をした。

 

「本当だ、まるで別人ですね」

「ははっ、そうだな」

 

 シャナはそう答えると、ニャンゴローの名前の横に、みずがめ座と記入した。

 

「あとはノリで行けそうだが………」

「ノリですか!?」

「おう、そうだな………ロザリアはてんびん座だな、

あいつはメンバーへの連絡係とか、情報収集が主な任務だし、

バランスを司るという意味では妥当だと思う」

「言われてみるとそんな感じがしますね」

「エムはかに座だな、あのどっしりとした四角い体型はいかにもカニっぽい」

「確かにそれ以外無い気がしてきました………」

「マックスはうお座だ、うちに入ってからのあいつは、

まさに水を得た魚のように、活躍しているからな」

「段々こじつけが厳しくなってきた気もしますが、

言われてみると確かにそうかもしれません」

「で、ベンケイがおひつじ座だ。ひつじは毛刈りをするだろ?

元ネタになったベンケイも刀狩りをしてたからな、うん、妥当だろう」

「マスター、それはさすがに苦しいです」

 

 さすがのフローリアも突っ込まざるを得なかったようだ。

 

「ふむ、ならこうしよう、羊のイラストは大体かわいい、

そして俺の妹であるベンケイもかわいい。だからおひつじ座で間違いない」

「ま、まあマスターがそれでいいなら」

 

 そこまで言われてしまうと、フローリアには否定する事が出来なかった。

 

「そして残るイコマはやぎ座だが、これは妥当と言っていいだろう、

何故ならヤギは頭がいい、なのでイコマにはピッタリだ」

「確かにそうですね、それはいいと思います」

 

 こうしてシャナのノリと勢いで、

ゾディアック・ウルヴズの星座の割り当てが全て決まった。

シャナはロザリアの名前の横にてんびん座、エムの名前の横にかに座、

銃士Xの名前の横にうお座、ベンケイの名前の横におひつじ座、

そしてイコマの名前の横にやぎ座と記入した。

 

「よし、出来た!」

「おめでとうございます、マスター!」

「もっともこっちで主に活動するのは来月の下旬のBoBの頃になっちまうんだよなぁ」

 

 この情報はまだ正式に発表はされていなかったが、

シャナはその事をジョジョから聞いて知っていた。

 

「そうなんですか………」

 

 フローリアが寂しそうにそう呟いたが、

そんなフローリアを安心させるようにシャナは言った。

 

「当分俺はここで落ちておくから、またちょこちょこ会いに来るさ、

だからそんな顔をするなって」

「本当ですか!?ありがとうございます、マスター!」

 

 フローリアはその名の通り、花のように微笑んだ。

 

「それじゃあまた来るわ」

「はい、お待ちしてますね!」

 

 シャナはフローリアに癒されつつ、再び日常へと戻っていった。




今日はとても穏やかな話となりました。
フローリアが寂しがっていたのは第859話ですね!


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第1022話 眠れる庭のとある再会

 更にその頃、スリーピング・ガーデンでも一つの問題が持ち上がっていた。

ちなみに今はランとユウキが常駐しておらず、

ここではノリ、シウネー、ジュン、テッチ、タルケンが五人で共同生活を営んでいた。

 

「うわあああああああ!」

 

 朝早くから、そんなジュンの悲鳴が聞こえ、残りの四人は慌ててリビングへと向かった。

 

「ジュン、朝からうるさい」

「いや、違うんだよ、みんな、これ、これを見てくれ!」

 

 ジュンが指差していたのは、スリーピング・ガーデンのコンソールである。

 

「ん~?何かあった?」

「これだよこれ!」

 

 そこには選べるハウスメイドNPCのリストが表示されていたのだが、

その中に二人ほど、確かにありえない人物が表示されていた。

 

「ちょ、ちょっと、これ………」

「メリダとクロービス!?嘘でしょ!?」

「これって兄貴の仕込みかな?でもちょっと悪趣味じゃね?」

 

 そのジュンの正論に、ノリが即座に噛みついた。

 

「いやいや、何言ってるのジュン、

兄貴なんだから、絶対に何か深い意図があるに決まってるじゃない」

 

 さすがは八幡を信奉する乙女のノリである。

 

「まあそう言われると確かに………」

「とりあえず選んでみませんか?」

「いや、それならランとユウキに相談した方が………」

「まあそうだよね、よし、ちょっと呼んでみようか」

 

 テッチがそう言ってランとユウキに連絡を入れた。

当然二人は慌ててALOにログインしてきたのだが、

二人の姿がスリーピング・ガーデンに現れた瞬間に、

メリダとクロービスがリストから消えた。

 

「あ、あれ?」

「消えた!?」

「メ、メリダとクロービスが選べるって本当!?」

 

 ランが焦ったようにそう言ってきたが、既にリストからは二人の名前が消えている為、

五人はその事を証明出来ない。

 

(ど、どういう事?)

(どういう事だろうね………)

(まさか見間違いだったとか?)

(分からん………)

 

 五人はどうする事も出来ず、とりあえず二人に間違いだったと謝る事にした。

 

「ごめん二人とも、どうやら勘違いだったみたい」

「えっ、そうなの?」

「そっかぁ………例えNPCでも、またあの二人に会いたかったのにな………」

 

 どうやらユウキの意見はジュンとは違うらしい。

これはどちらが正しいとは言えない類の問題なので、難しいところである。

 

「まあそういう事ならとりあえず落ちましょうか、お風呂に入らないといけない時間だしね」

「あ~ごめん、丁度そんな時間だったんだ」

「ボク達の入浴時間は決まってるから、急がないとだね!」

「それじゃあみんな、またね!」

「おやすみ!」

「おやすみなさい!」

 

 そして二人が落ちた瞬間に、再び画面にメリダとクロービスが現れた。

 

「うおっ………」

「これって………」

「明らかにランとユウキを避けてる………というか、知らせるなって感じ?」

「サプライズを狙ってるに一票」

「兄貴ならありえる………」

「ど、どうする?」

「とりあえず選んでみるしか………」

 

 五人は相談の上、メリダとクロービスをハウスメイドNPCに設定してみる事にした。

 

「よし………やるぞ………」

「一体どんな感じなんだろうね………」

 

 そしてジュンがメリダとクロービスを呼び出し、

直ぐに二人の姿がスリーピング・ガーデン内に現れた。

五人はその姿を見て、懐かしさに目頭を熱くしつつ、

第一声はどんな感じになるのか、固唾を飲んで二人を見守っていた。

 

「初めまして、メリダと申します、今後とも宜しくお願い致します」

「初めまして、クロービスと申します、今後とも宜しくお願い致します」

 

 その声を聞いた瞬間に五人はドキリとした。まさに二人の声に他ならなかったからだ。

だが同時に五人は落胆したような表情をした。

その口から発せられた言葉はテンプレ通りであり、作り物めいた響きを伴っていたからだ。

 

「やっぱ既製品の焼き直しみたいな感じかぁ………」

「兄貴の事だから絶対何かやってくれてると思ったんだけどなぁ………」

 

 その瞬間に、ノリがジュンの頭を思いっきり叩いた。

 

「痛っ、何するんだよ!」

「ジュンは兄貴に文句を言うな!」

「いや、でもよぉ………」

「「「ちょっ………」」」

 

 その時残る三人が何故かそう言い、

ジュンとノリは一体どうしたのだろうと三人の方を見た。

三人はぽかんと口を開けて二人の後ろを見ており、二人が慌てて振り返ると、

そこには怒りの形相でジュンを睨みつけているメリダの姿があった。

 

「なっ………」

「えっ?」

「八幡さんを批判するとはいい度胸ね、ジュン、あんたには罰が必要ね」

 

 そう言ってポキポキと指を鳴らす仕草は、かつてのメリダそっくりであった。

 

「メ、メリダの姉御!?本物!?」

「ちょっとメリダ、ネタバレ早すぎだって」

 

 そこにクロービスが慌てて仲裁に入り、五人は更に仰天した。

 

「ど、どういう事!?」

「ま、まさか本当に!?」

「いいからそこになおれ、この馬鹿ものが!」

「ひいいいいいいいい!」

 

 メリダはそのまま思いっきりジュンにグーパンチをくらわし、

ジュンはその衝撃で吹っ飛んだ。

 

「ぎゃあああああああ!」

「天誅!」

 

 メリダは満足そうに手をパンパンと叩き、残る四人に向き直った。

 

「あっ………わ、私はハウスメイドNPCです、何なりとゴメイレイヲ」

「いや、もう遅いから!」

 

 メリダは片言でそう言ったが、クロービスがそう突っ込み、

それをキッカケに四人は堰が切れたように動き出し、二人を囲んだ。

 

「えっ?えっ?これってどういうからくり?」

「まさか二人とも生きてるの?」

「「いや、それはない」」

 

 メリダとクロービスはあっさりとそう言い、四人は肩を落とした。

 

「そ、そうだよね」

「それじゃあどうして………」

「あ~………まあ分かり易く言うと、私達はアマデウスなの。

アマデウスについては知ってるよね?

ランとユウキのスマホに牧瀬紅莉栖さんのアマデウスが入ってるんだし」

 

 それで四人は、二人がどういう存在なのか理解した。

 

「アマデウス!?」

「いつの間に!?」

「ぬか喜びさせちゃってごめんね、でもちゃんと記憶は受け継いでるから、

少なくともみんなとの思い出は全部覚えてるよ」

「ええ、まあ人生のロスタイムをもらったって感じかしら」

「って事はほぼ本人と考えていいの?」

「まあそうだね」

「せ、説明してくれよ姉御………」

 

 そこにジュンがよろよろと立ち上がり、しゅんとした表情でこちらに歩いてきた。

 

「相変わらずいいパンチだぜ………」

「フン、これにこりたらもう八幡さんへの批判めいた事を言うんじゃないわよ」

「あっ、はい………」

「じゃあ何か言う事があるでしょう?」

「あ、えっと………さ、さすがは兄貴、さす兄!そこに痺れる憧れる!」

「宜しい」

 

 そして七人はリビングのソファーに座り、こうなるまでに何があったかを話し始めた。

 

「えっ、じゃあメリダはアマデウスのモニターをやってたんだ?」

「そうなの、一度自分と話してみたいって思って八幡さんにお願いしたの。

その直後に私の容態が急変しちゃったから、本当にラッキーだったわ、

私グッジョブって感じよね」

「そして僕は、その事を踏まえて兄貴から提案を受けたんだよね。

僕の最後の戦いがリアルトーキョーオンラインであったじゃない?

あの最後の時に、僕はこっそり事前に兄貴から渡されていたボタンを押したんだよね。

それが合図になっててさ、ゲームからの強制ログアウトと、

脳のスキャンが同時に行われたって感じかな」

 

 残る五人はその言葉に、ほう、と感心したような声を上げた。

だがやはり納得いかない事もある。

 

「だったらどうして教えてくれなかったんだよ!俺達は、俺達はな!」

 

 そう涙ぐむジュンに、二人は申し訳なさそうに言った。

 

「ごめん、それには理由があったんだよ」

「あの時はランとユウキの二人の容態が、みんなの中では一番危なかったよね?」

「う、うん」

「僕達は、その為に一から薬学の勉強をして、二人の為の特効薬の開発をしてたんだ」

「ふふん、実はあの二人を治した薬は私達が作ったのよ、

八幡さんと宗盛先生の力も借りてね」

 

 それは五人にとっては青天の霹靂であった。

 

「そうなの!?」

「本当に!?」

「うわ、二人とも凄いですね!」

 

 タルケン、テッチ、シウネーは賞賛してきたが、ノリとジュンは素直に疑問を口にした。  

 

「えっ?し、新薬の開発って一ヶ月くらいでものになるものなの?」

「そもそも一から勉強したんだよな?」

「それにはからくりがあるんだけど、それは兄貴に迷惑がかかるから言えないわ。

というかその事はここにいる私達だけの秘密よ。

みんなはもちろん八幡さんを裏切ったりはしないわよね?」

 

 メリダは穏やかな表情でそう言ったが、その声は若干脅しを含んだものであった。

五人は否やもなくこくこくと頷き、メリダは満足げに言った。

 

「まあ当然そうよね、それならいいわ。で、本題だけど、

とある技術のおかげで私が薬学について学んだ期間は九年よ」

「きゅ………九年?」

「ど、どんなからくりなんだ!?」

「さっきも言ったけど、それは言えないわ」

「そして僕が学んだ期間は四年かな、まあ集中してそれだけをやったから何とかなったよ」

「そ、そんな事が………」

「いい?あなた達が思う以上に八幡さんは凄いのよ!」

 

 メリダは驚く五人にドヤ顔でそう言った。

どうやらそれをどうしても言いたかったようである。

だがそんなメリダにノリが噛みついた。

 

「ああん?そんな事世界の常識だろ、兄貴が凄い事なんて余裕で分かってるし」

 

 そう言い放ったノリに向け、メリダはスッと目を細めた。

 

「そういえばノリは、隠してたつもりでしょうけど、

ランやユウキ以上に八幡さんラブだったわね」

「そう言うメリダこそ、たまにベッドで布団を抱いてごろごろしながら、

八幡さん八幡さんって言ってたよな」

「なっ、ど、どうしてそれを………」

 

 二人は立ち上がり、そのまま睨み合った。いきなりの八幡を慕う乙女対決である。

 

「ちょ、ちょっと二人とも、こんな時にやめなって」

 

 クロービスが慌てて仲裁に入り、同時にシウネーも立ち上がった。

 

「そ、そうですよ、二人だけで盛り上がらないで私も入れて下さい!」

「「「「「「えっ?」」」」」」

 

 残る六人は思わずそう言い、シウネーは自分の発言に気付いたのか、頬を染めた。

 

「や、やだ、私ったら何を………」

「「「「「「かわいい………」」」」」」

 

 六人は思わずそう口に出し、シウネーはますます顔を赤くした。

 

「何か毒気が抜かれちゃったわね」

「そうだね」

 

 それでメリダとノリも矛を収め、ソファーに腰を下ろした。

 

「さて、話の続きだけど、とりあえず次に症状がやばかったランとユウキはもう治した、

残るはあなた達五人だけなんだけど………」

「ノリとシウネーに関しては目処が立ったんだよね、

もっともシウネーに関しては僕達の功績じゃないけど」

 

 その言葉にノリとシウネーはぽかんとした。

 

「そ、そうなの?」

「うん、ノリの病気は手術も必要になるんだけど、

その際に必要になる薬の開発がもうすぐ何とかなりそうなの。

で、シウネーの病気については、他の会社が特効薬を今臨床試験中。

なので残るはジュンとテッチとタルケンだけど………」

「三人の薬の開発もいい感じだから、もう少し我慢してね」

「絶対に私達が治してみせるから、そのくらい我慢するのよ、男の子なんだし」

 

 三人はそう言われ、ドンと胸を叩いた。

 

「それくらい余裕余裕!」

「だって僕達は、スリーピング・ナイツだもんね!」

「その為に別の僕達が、今も熱心に研究中なんだ」

「こっちの私達とはまめに記憶を同期させるから、

こっちにいても進捗状況は分かるし、向こうも今日の話題とかで盛り上がるでしょうね」

「や、やった!」

「マジかよ、俺達治るんだな!」

「良かった、本当に良かった………」

 

 その言葉に五人は手を取り合って喜んだ。

待ち望んだ時が手の届くところまで迫り、病気に対する勝利が現実味を帯びてきたからだ。

 

「そして全員を治したら、僕達はお役御免かな」

 

 だが次のクロービスの言葉に五人はハッとさせられた。

 

「クロービス、言い方が悪い。ってかジュン、そんな顔するんじゃないわよ、

本当ならもう会えなかったのに、八幡さんのおかげでこうして話せるんだからさ」

「それはそうだけど、お役御免って………」

「あっとごめんごめん、僕達が消えるとかそういう意味じゃなくてね、

その後は兄貴が用意してくれた、VR空間のあの家で二人で暮らす事になるだろうねって話」

「普通に連絡はとれるんだし会おうと思ったらいつでも会えるから」

 

 そう言われ、五人はほっとした顔をしたが、やはり二人に対する罪悪感は拭えない。

 

「で、でも俺達だけ助かっちまって………」

 

 そう言ったジュンに、メリダは再びのグーパンチをくらわせた。

 

「ぐはっ!な、何するんだよ!」

「そんなのジュン達のせいじゃないじゃない、むしろ七人も助かったって事を喜びなさい。

いい?元々私達は全滅する予定だったのよ?」

「そうそう、だから気にしないで、これからも色々な思い出を作っていこうよ。

僕とメリダはハウスメイドNPCだけど、以前のステータスも受け継がせてもらったからさ、

また一緒に冒険に行こう!」

 

 クロービスのその言葉に我慢出来なくなったのか、

五人は涙を流しながら二人に抱きついた。

 

「うん、うん………」

「これからもずっと一緒だね」

「その前にランとユウキにどう私達をサプライズ紹介するかみんなで考えましょう」

「あっ、そうだね!」

 

 こうしてメリダとクロービスは帰還し、その日は夜遅くまで、

七人の明るい声が響き渡ったのだった。



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第1023話 寮へのお引越し

「八幡とメイド服、八幡とメイド服」

「ついでに師匠にも着させようね」

「そうね、そうしましょう」

 

 そう言ってお風呂で盛り上がっていた藍子と木綿季であったが、

その前に二人にはどうしてもやらないといけない事があった。寮への引越しの準備である。

少し前に八幡から連絡があり、もういつでも入れるという事だったので、

二人は明日、学校が終わったらそのまま寮への引越しを敢行する予定となっているのだ。

 

「ここのお風呂に入るのも今日が最後ね………」

「本当は卒業後に戻ってくる予定だったけど、八幡が家を買ってくれるみたいだしね!」

「私達の未来はピンク色ね」

「そこは薔薇色なんじゃ………」

 

 ちなみに今は、藍子が木綿季の背中を流している所であった。

その後は木綿季が藍子の背中を流す事になっている。

 

「というか、こうして背中の流しっこをするのも今日が最後じゃない?」

「何を言っているのよユウ、引っ越してからも、一緒にお風呂に入ればいいじゃない」

「あっ、そうか!そしたら明日奈とかの背中も流せるね!」

「そういえばそうね、それじゃあうっかり手を滑らせて、明日奈の胸を一緒に揉みましょう」

「うん、揉みまくろう!」

 

 二人はそれが決定事項だという風に、笑いながらそう言った。

どうやら明日奈の胸は、二人によって蹂躙されてしまうらしい。

 

「それにしてもメリダとクロービスがハウスメイドNPCって、

ジュンは一体何を勘違いしたのかしらね」

「何でだろう、う~ん、謎だよね」

 

 二人はそんな会話を交わしながら、この日は一緒に寝る事にした。

そして目覚めた朝、ゲーム内のジュンからメールが届いた。

 

「ユウ、ジュンが今夜私達の引越し祝いをするから都合のいい時間を教えてくれって」

「わ~い!あ、でも明日奈達ともお祝いをする約束だよね、何時からだっけ?」

「引越しが終わり次第って事になってたけど、まあ私達の荷物は少ないから、

多分六時とかになるんじゃないかしら」

「そしたら向こうは何時くらいがいいかな、余裕を持って十時とか?」

「そのくらいがいいでしょうね、それじゃあそう伝えるわ」

 

 そう話し合った後、二人は迎えに来てくれた八幡と共に学校に向かった。

 

「そうか、みんながお祝いをしてくれるのか」

「うん!」

「今日だけでお祝いが二つだよ!楽しみだなぁ」

「新しい部屋も楽しみよね」

「これからは二人別々で寝る事になるから寂しいんだろ?」

 

 八幡のその軽口に、藍子から即座に反撃が飛ぶ。

 

「そう思うなら八幡が一緒に寝てよ」

「え、やだよ」

「相変わらずチキンね、私もユウもどっちもいつでもウェルカムなのに」

「そうだよ、ウェルカムだよ!」

「はぁ、はいはい、俺はチキン俺はチキン」

 

 八幡は藍子のその言葉を軽くいなし、改めて二人にこう提案した。

 

「まあ今日くらいは二人で一緒に寝てもいいんじゃないか?

まだ環境の変化に慣れないだろうし」

「べ、別に必要ないわよ、ねぇ?」

「う、うん、ボク達はもう大人だしね!」

 

 そう言いつつも、二人はやはり寂しいのか、少し間を置いてこう言った。

 

「で、でも私、抱き枕が変わると眠れなくなっちゃうのよね。

あ、ちなみに私の抱き枕はユウと八幡よ」

「俺は泊まらないからな」

「し、仕方ないわね、それじゃあユウで我慢するとするわ」

「そ、そうだね、ボクもそんな感じだし、まあ今日くらいは一緒に寝てもいいかな」

 

 そんな二人の態度に八幡は含み笑いをし、直後にこう尋ねてきた。

 

「どっちの部屋に泊まるんだ?」

「そうねぇ、とりあえず私の部屋かしら」

「あ、明日はボクの部屋だね!」

 

 どうやら一日だけでは二人の寂しさは埋められないらしい。

 

「なるほど、アイの部屋か」

「どうしてそう強調するの?もしかして夜這いしてくるつもり?」

「わっ、わっ、今夜はかわいいパンツをはかなきゃ!」

「鍵も開けておかないとね!」

「いや、しねえから。あと鍵は絶対かけろよ」

「「は~い」」

 

 二人は素直にそう返事をした。

どうやら八幡が本当に夜這いしてくるとは微塵も思っていないらしい。

 

「さて、それじゃあ今日も頑張って勉強するか」

「うん!」

「今日もしっかり学ぶわよ!」

 

 三人はそのまま教室へと向かい、その日一日真面目に勉強をした。

 

 

 

 そして迎えた放課後、一同は二人の引越しを手伝う為、駐車場へと向かった。

同じクラスの七人に加え、今日はひよりも手伝いに来てくれている。

何故駐車場かというと、二人の荷物は少なく、キット一台に積みきれてしまう為、

キットが先行して眠りの森に向かい、経子達に荷物を積み込んでもらったのである。

こういう時にキットの存在は実に便利だ。

 

「お~いキット、それに優里奈、お待たせ」

「優里奈、今日はありがとうね」

「ううん、二人の為だもん」

 

 スリーピング・ナイツの準メンバーである優里奈は、

当然藍子と木綿季とは大の仲良しであり、この日は学校を早退して手伝いに来てくれていた。

八幡はその許可を出すのをやや渋ったが、最後は優里奈が押しきったのだ。

 

「よし、それじゃあ俺達は力仕事だな、家電はもう部屋の中に届いているはずだ」

「八幡、結構お金を使っちゃったわよね?ありがとう」

「ごめんね、八幡」

 

 そう、二人の部屋に置く家電類は、全て八幡が自前で購入していたのである。

 

「気にするなって、お前達の保護者は俺なんだからな」

「この借りは体で………」

 

 藍子はそう言いかけて途中で止め、明日奈の顔をじっと見つめた。

 

「な、何?」

「ううん」

 

 明日奈が無反応だった為、これはいつもの冗談だと思われているなと判断した藍子は、

先ほど言いかけた事をこう言い直した。

 

「この借りは、明日奈と一緒に体で返すわ、もちろんエロい感じで」

「うん、三人でくんずほぐれつでね!」

「えっ?えええええええええ?」

 

 明日奈はそう言われ、思わずその光景を想像してしまい、顔を赤くした。

この時点で藍子の勝利である。もちろんそんな事が実現するとは思ってないが、

少なくとも明日奈の脳裏にその光景を刻み込む事には成功した。

これを繰り返して明日奈の心のハードルを低くしていくのが藍子の作戦である。

だがここで八幡が動いた。明日奈が良からぬ妄想をしている事に気付き、

それを完全に否定しようとしたのだ。

だがその更に先に優里奈が動いた。八幡が口を開く前に、優里奈は明日奈にこう言ったのだ。

 

「明日奈さん、もしかして私は仲間外れになっちゃいますか?」

「いっ!?」

 

 八幡は優里奈に機先を制され、思わずそう叫んだ。

そして八幡が口をぱくぱくさせている間に、明日奈がこう答えてしまった。

 

「そ、そんな事ある訳ないじゃない!」

「明日奈さん!」

 

 優里奈は間髪入れずに甘えるように明日奈に抱きついた。

それによって八幡は介入する術を失い、

藍子と木綿季はそんな優里奈とアイコンタクトをした。

 

((優里奈、グッジョブ!))

(任せて下さい)

 

 そんな四人の様子を見て、里香と珪子、それにひよりはぼそりと呟いた。

 

「あの三人、やるわね………」

「恐ろしいコンビネーションでしたね」

「わっ、わっ、大人だ………」

「ん、何の事だ?」

「今向こうでは、和人には分からない凄まじい駆け引きが行われていたのよ」

「そ、そうなのか………」

 

 和人は関わりたくないと思ったのか、それ以上は何も聞いてこなかった。

そして八幡と和人がキットに積んであったダンボールを二箱ずつ運び、

一同は二人の部屋の前に到着したが、その部屋の前には既に沢山の荷物が置いてあった。

 

「八幡!それにみんな!」

「あれ、小猫さんだ!」

「小猫さん小猫さん!」

 

 藍子と木綿季が無邪気にそう呼びかけ、薔薇は若干頬を引きつらせた。

さすがにこの二人に対しては文句は言えないらしい。

 

「おう小猫、わざわざ悪いな」

 

 もちろん八幡には何を言っても無駄である。

 

「………ううん、私は届く荷物の番をしてただけだしね」

「わざわざ仕事中に悪いな、お前しかパシ………頼れる奴がいなかったんだ」

「今パシリって言いかけなかった!?」

 

 薔薇は目を釣りあがらせたが、当然八幡には何の痛痒も与えられない。

 

「そんな訳ないだろう、いつも頼りにしてるからな」

「そ、そう、それならいいのよ」

 

((((((((ちょろい………))))))))

 

 八幡以外の全員がそう思ったが、

少なくとも明日奈、藍子、木綿季の三人は薔薇と同じくらいちょろい。

優里奈はやや狡猾な所があり、藍子も自分ではそう思っているが、ただの一人よがりである。

 

「それじゃあ私は仕事に戻るわね、みんな、頑張ってね!

それじゃあ預かってた鍵と、はいこれ、差しいれね」

 

 薔薇はそう言って飲み物の入ったコンビニ袋を差し出してきた。

この辺りはさすがである。

 

「お、おう、なんか悪いな」

「別にいいわよ、それじゃあまた会社でね」

「ああ、またな」

 

 そう言って去っていく後姿に、女性陣は憧れの視線を向けた。

 

「薔薇さん格好いいなぁ」

「小猫さん、出来る女って感じ」

「………まあそうだな」

 

 そう答える八幡の視線はとても暖かい物であった。



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第1024話 部屋を片付けよう

「さ~て、順番に重い物を配置していくか、それじゃあアイ、とりあえず中へ」

 

 八幡が号令をかけ、最初に藍子の部屋から家具や家電類を中心に配置を行う事となった。

 

「よし和人、ダンボールから出してどんどん運んでこうぜ」

 

 二人は冷蔵庫や洗濯機などを藍子の指示に従って配置していく。

もっとも基本的に寮の部屋はどこに何を置くかが決まっているのでその通りに置く事が多い。

発泡スチロールやダンボールの処理は女性陣が行い、

コンセントに繋いだり位置の微調整は藍子自身が行っていた。

 

「さて、大体の配置はオーケーかな、アイの他に二人くらいこっちに残って、

細々とした物をしまっちまってくれ」

「それじゃあ私が」

「私もこっちに残りますね」

 

 優里奈とひよりがこちらに残り、八幡達は、続けて木綿季の部屋に向かった。

こちらは藍子の部屋と同じ事をすれば大体オーケーなので、

先ほどよりもスムーズに事が進んだ。

 

「ふう、こんな感じか、それじゃあとりあえず俺と和人はゴミを指定の場所に捨ててくるわ」

「うん、残りは私達が何とかするね」

 

 八幡と和人はそのまま外に纏めてあったダンボール等を何度かに分けて下に運び、

ついでに外をホウキで掃いて綺麗にした。

 

「さて、アイの部屋はどうなったかな」

 

 藍子の部屋に戻ると、優里奈が部屋のあちこちを綺麗に拭いている所だった。

少し離れた所でひよりが台所周辺に物を配置している。

 

「優里奈、こっちはどうだ?」

「あっ、はい、大分片付きましたよ。それと八幡さん、

ここに薔薇さんの名前が書いてある荷物が忘れてあるみたいなんですが………」

「ああ、それは後で俺が処理しておくから気にしないでくれ」

「八幡、こっちこっち!」

 

 そこに藍子が寝室から顔を覗かせて声をかけてきた。

 

「おう、今行く」

「八幡、それじゃあ俺はあっちを見てくるわ」

「悪い、頼むわ」

 

 和人はそう言って木綿季の部屋に向かい、八幡は寝室に入った。

 

「さて、俺はどうすればいい?」

「そこのダンボールを荷解きしてほしいの」

「おう、分かった」

 

 八幡は藍子の指示に従い、膝をついてダンボールを開封した。

 

「細々とした物が多いな、服はクローゼットにかけておけばいいよな?」

「うん、細かいところは後で私がやっておくわ」

「それにこれは抱き枕か、お前、本当に抱き枕が無いと駄目なんだな」

「そうなのよ、人肌のぬくもりが私を安眠させるの。

だから八幡もちゃんと私の抱き枕の役目を果たすのよ」

「抱き枕にぬくもりは必要ないというか、普通枕は冷たいものだろうが」

 

 八幡はそう突っ込むと、次に衣類が入った袋を順番に開けていった。

 

「靴下………おい、こういうのはお前が自分でやった方がいいんじゃないか?」

「いいのいいの、そこは八幡に見られても平気な物しか入ってないから」

「まあいいか、それじゃあ適当に綺麗にしまっておくから、

気に入らなかったら後で自分で移動させてくれ」

「うん、それでいいわ、とりあえずダンボールを片付けたいだけだもの」

 

 八幡はクローゼットの下にあるいくつかの収納に、綺麗に物をしまっていった。

 

「さて次はっと………」

 

 根が素直な八幡は、与えられた仕事はきちんとこなそうと、

大真面目な顔で次の袋に手を入れ、中に入っていた布を取り出した。

 

「ん~、これは………」

 

 そこには妙に柔らかく小さな布が入っており、八幡は若干警戒しつつ、その布を開いた。

 

「………ああ、良かった、ハンカチか、やっぱり女子はそれなりに数を持ってるんだな」

「まあローテーションで使うにしても、いくつかは無いとね」

 

 その袋の中にはどう考えても十枚以上のハンカチが入っていると思われ、

八幡はさすがに多すぎないかと思いつつ、ハンカチを順番に収納の中にしまっていった。

だがそれは藍子によって張り巡らされた巧妙な罠であった。

ハンカチが出てきたせいで、警戒感がすっかり無くなった八幡は、

そのまま次、更に次と流れ作業のように布を取り出していき、

そして五枚目の布を無警戒で取り出した八幡は、

その大きさが、先ほどよりも大きい事を訝しみつつ、目の前でその布を広げてみた。

その瞬間にパシャッとシャッターの音がし、八幡は慌ててそちらを見た。

 

「撮ったど~!」

「なっ………」

 

 何故藍子がそんな事をしたのか分からず、八幡は困惑しながら目の前の布に顔を戻した。

そこには見事なまでに三角形をした布があり、八幡は慌ててそれを手放した。

 

「おわっ!おいお前、ここには見られていい物しか置いてないって言ったじゃないかよ!」

「だから八幡に見られてもいいものじゃない。

ふふっ、私のパンツをじっと見つめる八幡の姿をついに写真に収めたわ!」

 

 そう言って藍子はスマホを操作し、八幡はそんな藍子に襲いかかった。

 

「お、お前、とりあえずそれを消せ」

「ふふん、もう無駄よ、写真は既に送ってしまったわ、そのメールも既に削除済みよ」

「くそ、油断した………」

 

 八幡はそう呟きつつ、藍子の頭に拳骨を落とした。

 

「い、痛い………」

「とりあえず写真は消させてもらうからな、

こっちはそろそろ良さそうだし、俺は木綿季の部屋に行ってくる」

「う、浮気者!」

「意味が分からん」

 

 早めに明日奈に言い訳しておくべきだろうと考え、

八幡はそのまま木綿季の部屋に向かう事にした。

 

「優里奈、ひより、後は任せた」

「あっ、はい」

「任せて下さい、もうすぐ終わりますから!」

 

 そして八幡は木綿季の部屋に入り、明日奈に声をかけようとしたのだが、

そこでは丁度明日奈と木綿季がスマホを見ていた為、嫌な予感がした。

 

「あっ、八幡君」

 

 その明日奈の口調が多分に同情を含んだものだった為、

八幡はそれで、藍子が写真を誰に送ったのか知った。

 

「ええと………」

「八幡君、ど、どんまい」

「お、おう、分かってくれるか………」

 

 どうやら明日奈が怒っていないと分かり、八幡は安堵した。

 

「その写真はとりあえず消しといてくれ………」

「う、うん………」

「え~?消しちゃうの?」

「木綿季はああいう風に育っちゃだめだぞ」

「さすがにアイみたいにはならないって。

あ、でも写真は脳内フォルダーにちゃんと保存したからね!八幡のこのきょとんとした顔!」

「えっ、俺、そんな顔をしてたか?」

「うん、ちょっと見てみる?」

 

 明日奈は藍子の下着を指で隠しながら八幡に写真を見せてきた。

 

「………間抜けな顔をしてるな」

「本当にきょとんとしてるって感じだよね、ふふっ」

 

 そう言って明日奈は写真を消してくれた。

 

「これでおかしな写真は全部消えたか、元のは消してきたからな」

「そうなんだ」

 

 明日奈は内心で、あの藍子がそんなに甘いかなと思ったりもしていたが、

まあこれはそこまで実害がある写真ではないと考え、その事は忘れる事にした。

おそらく藍子がこれを悪用する事はなく、あっても自分で楽しむ程度だと判断したからだ。

 

「さて、こっちの片付けの調子はどうだ?」

「うん、こっちも大体終わりかな、向こうより人数が多いしね」

「そうかそうか、よし、それじゃあそろそろ引越し祝いの買い出しに行くか」

「どっちの部屋に集まる?」

「アイの部屋でいいだろ、ユウの部屋を汚す訳にはいかないからな」

 

 その言葉に明日奈はぷっと噴き出した。

 

「やだ、それって仕返し?」

「仕返しにもならない程度の嫌がらせだけどな、

残ったゴミは明日の朝にアイに自分で出させよう」

「まあそれくらいが妥当だね」

 

 明日奈はふふっと微笑み、片付けに戻った。

 

「それじゃあ俺は、和人と一緒に買い出しに行ってくるわ。

ついでに残ったダンボールも全部出してくるからな」

「うん、お願い!」

「お~い和人、そろそろ買い出しに行こうぜ」

「オッケー、力仕事だな」

「あ、そうだ、ん~、里香と珪子、どっちか手があくようなら一緒に来てくれるか?

買い物に女子の意見も欲しいからな」

「あ、分かりました、それじゃあ私が!」

 

 珪子の手が丁度空いたようで、

三人はそのままキットで近くのスーパーに買い物に出かけた。

珪子は産まれて初めてのキットの助手席である。

 

「うわぁ、うわぁ、ここに座るのが夢だったんですよ」

「あはははは、いつでも乗せてやるって」

「そうもいかないのが女の子の世界なんですよ!」

「そ、そういうもんか」

「はい、そうなんです!」

 

 三人は笑いながらスーパーに行き、大量の物資を購入した。

その合間に八幡はピザのデリバリーを電話注文する。九人が楽しく飲み食いする分の料理を、

全部スーパーの出来合いだけで賄うのはさすがに面倒なのだ。

 

「よし、こんな感じか?」

「甘い物もこれならバッチリです!」

「飲み物はさすがに重いな、ちょっと先に行ってるわ」

「おう、頼むわ」

 

 和人が先に飲み物を持って駐車場へ向かい、

八幡と珪子は残った品をビニールに入れ、後からキットに向かった。

 

「珪子、これからあの二人の事、宜しく頼むな」

「はい、任せて下さい!」

 

 珪子は八幡に頼られ、とても嬉しそうにそう答えた。

珪子にとってはこんな機会は滅多にある事ではなく、

まるで新婚気分で八幡と並んで一緒に荷物を運んでいった。

 

「大丈夫か?重くないか?」

「はい、こっちは大丈夫ですよ!」

「そうか、足元に気をつけてな、珪子はよく転ぶからな」

「もう、私だって成長してるんですってば!」

 

 そんなたわいなくも楽しい会話をしながら二人はキットの所に戻り、

荷物を積んで学校の寮へと戻った。

そこからまた、先ほどと同じように荷物を分担して藍子の部屋に運び込んだ。

 

「お、綺麗になったな」

 

 おそらく明日奈達の部屋から持ってきたのだろう、

そこにはクッションが沢山並べられており、居心地がいいような空間が作られていた。

藍子は先ほどの抱き枕を抱いてご満悦な様子である。

 

「よ~し、買ってきた物を今のうち並べちまうか、

真ん中はピザが二枚置けるスペースを開けておいてくれよ」

「あ、注文したんだ?」

「おう、買い物中に頼んだからそろそろ届くはずだ」

 

 果たして直後に部屋のインターホンが鳴り、藍子と八幡がピザを受け取りにいった。

当然支払いは八幡持ちである。

 

「よ~し、真ん中に置いてくれ」

 

 そして宴会の準備が揃い、引越し祝いの会が楽しく行われる事となった。



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第1025話 引越し祝い(リアル)

「よ~し、それじゃあ行くぞ、アイ、ユウ」

「「「「「「引越しおめでとう!」」」」」」

「「ありがとう!」」

 

 八幡が音頭を取り、そして引っ越し祝いが始まった。

 

「よ~しみんな、食え食え、どんどん食え!」

「藍子、木綿季、お皿を貸して!取り分けるね」

「うん、ありがとう!」

「私は肉、肉が食べたい!」

 

 場は盛り上がっており、主役の二人はとても楽しそうにしていた。

 

「遂に私達も、初めての一人暮らしかぁ………」

「おいアイ、ちゃんとまめに部屋は掃除しろよ」

「も、もちろんよ!実は私は綺麗好きなのよ!」

「こいつはそう言ってるが、ユウ、本当か?」

「う~ん、アイはそういうのはあんまり………」

「ユ、ユウ、裏切ったわね!」

「いやあ、こういうのは正直に言わないとだし?」

「キーッ!」

 

 藍子はどこからか取り出したハンカチを咥え、悔しそうな顔をした。

 

「お前、それ、リアルでも普通にやってんのな………」

「これが私の芸風よ!昭和がジャスティスなのよ!」

「まあその意見を否定する気はないけどよ………」

 

 八幡は呆れたようにそう言い、他の者達にも二人の事をお願いした。

 

「みんなも二人の事、宜しく頼むな。多分何かしら見落とすと思うんだよな」

「もういくつか足りないものが出てきてるわ、後で近くのコンビニに行ってくるつもり」

「そうか、それくらいは俺が付き合ってやろう」

「ふふっ、ありがと」

 

 八幡はあんな事があったにも関わらず、藍子に優しかった。

それとこれとは別だと考えているのだろう。

 

「そういえばひよりは最近ALOはどうなんだ?」

「そうですね、アインクラッドの下の層を散歩したりしてますよ、

何か懐かしいなって思って」

「そうかそうか、うちはいつでも歓迎してやるからな、いつでも声をかけてくれ」

「はい、その時は宜しくお願いしますね!」

 

 ひよりは嬉しそうにそう言った。

 

「お、ひよりはうちに入るのか」

 

 和人も嬉しそうにそう言ってくる。仲間が増えるというのは喜ばしい事なのだ。

その相手が学校で親しくしている相手であれば、尚更だろう。

 

「いずれはそのつもりです、す、すみません」

「何で謝るんだっての、うちは大歓迎だって、なぁみんな?」

 

 その言葉に女性陣も嬉しそうに頷いた。

そして八幡が、二人にとってはとても喜ばしい話を振ってきた。

 

「そういえば今週末に姉さん達が京都の知盛さんの所に行く予定なんだが、

そこで先行してノリの手術についての話し合いをする事になってるんだよな」

「えっ、そ、そうなの!?」

「おう、手術の時に必要な薬がもうすぐ出来るらしいんだが、

その手術自体の成功した動画はもうあるらしくてな、

難しい手術らしいが、知盛さんなら完璧にトレースしてくれるだろうさ」

「そっか、今度はノリが………」

「次はシウネーだな、シウネー用の薬は多分もうすぐ完成だ。

かなり効果が高いというデータが上がってたから、おそらくそれだけで治せるはずだ」

「やった~!」

「この調子で絶対に全員助けるからな」

「うん!」

「八幡、本当にありがとう」

「いや、みんなの努力のおかげだって、俺は大した事はしてないから」

 

 八幡はそう謙遜したが、そもそも八幡がいなかったら、

スリーピング・ナイツはほぼ壊滅状態に追い込まれていたはずだ。

 

「あ、でも二人は学校は?」

「当然うちに来る事になる、もっとも来年の四月から一年間って事になるんだろうが、

基本学力が足りている事は既に確認済みだ」

「えっ、そ、そうなの?」

「おう、二人は夜とかにちゃんと勉強してたみたいでな、

高校二年の範囲まではほぼバッチリいけるらしい」

「そ、そうなんだ………」

「お前達も負けるなよ」

「だ、大丈夫、私達もクリスティーナにちゃんと教わってるから!」

 

 そう、二人の所には紅莉栖のアマデウスがいるのである。

 

「まあ確かにあいつに任せれば安心だな」

 

 前回試験の時にその事を思い知った明日奈も、その言葉にうんうんと頷いた。

途中で八幡が、スマホをいじってどこかに返信したりもしていたが、

そんな明るい話題も交えながら、その後も一同は楽しくお喋りし、

存分に飲み食いし、そろそろ八時になろうかという頃、

ここで会を閉めようという事になり、みんなで仲良く片付けに入った。

そんな中、八幡と藍子、木綿季の三人は片付けを免除され、

今のうちにコンビニに買い物に行く事になった。

 

「よし、足りない物のリストは出来たか?」

「うん、バッチリよ!」

「というか、そもそもゴミ袋が無いからそれまで片付けが終わらないんだよね」

「ああ、そういうのはさすがに事前に準備はしないよな」

 

 三人はそんな会話を交わしながら、コンビニへの道を仲良く歩いていった。

 

「二人とも、もうすっかり元気になったな」

「うん、今こうして八幡と一緒に街を歩いてるのが夢みたい」

「だね!毎日凄く楽しいよ!」

「そうか、それなら良かった」

 

 二人はそのまま八幡の左右の腕に嬉しそうにすがりついた。

 

「お、おい、歩きにくいだろ」

「そのくらい我慢しなさい」

 

 そんな三人とすれ違う時に、二人の顔を見て驚く者が意外と多い事に八幡は気が付いた。

この辺りの歩道は広く、六人くらいがすれ違っても十分余裕がある。

 

「ん、何でみんなお前達を見て驚くんだ?」

「双子だからじゃ?」

「ほとんど同じ顔だからね、そりゃ驚くよ」

「ああ、そういう事か、確かにな………」

 

 そう言って八幡は二人の顔をじっと見つめた。幼くもキリっとした木綿季と比べ、

藍子はややのんびりとした顔つきをしているように見えるが、その性格は真逆なのが面白い。

 

「よ~し、それじゃあ買い物を済ませてさっさと帰るか」

「うん、みんな待ってるだろうしね!」

「私達を、じゃなくゴミ袋をだけどね」

「あははははは、それじゃあ急ぐか」

「「うん!」」

  

 二人は他にも必要な物を選び、それぞれの部屋用に分けて購入した。

それなりの金額になったが、どちらも八幡が会計をした事で、

店員の若い女性が羨ましそうな顔をしたのが印象的であった。

 

「二人とも、荷物は俺が持つぞ」

「ううん、そうしたら腕が組めないからいいわ」

「そうそう、ボク達が持つって」

「まあそんな重いものじゃないから大丈夫よ」

「そうか、まあそれならいいんだが………」

 

 そのまま二人は八幡と腕を組み、もう片方の手にコンビニ袋を持って歩き出した。

 

「さすがに十二月も半ばだとかなり寒いな」

「ボク達は温かいよ!」

「八幡と一緒だしね」

「………そうだな、温かいな」

 

 それは単純な温度の問題だけではなく、心の温度の問題もあるのだろう。

今確かに三人は幸せであった。そして寮に戻った後、ゴミを分別してビニール袋に分け、

それは明日の朝に藍子が捨てる事となり、そこでリアルでの引越し祝いは終了となった。

続々と一同は自分の部屋に戻っていき、一応最後まで残っていた八幡は、

くれぐれも戸締りをしっかりして、火の元に気をつけるようにと二人に念押しし、

ついでに薔薇の忘れ物は後日取りにくるからと藍子に告げ、去っていった。

 

「小猫さん、何を忘れていったのかしら」

「気になるけど、勝手に開ける訳にもいかないね」

「さて、それじゃあ次は十時の予定だったわね、今のうちにお風呂に入っちゃいましょうか」

「それじゃあボクは、パジャマを持ってくるね!」

「ユウ、言われた通り、戸締りを忘れないように気をつけるのよ」

「うん!」

 

 そして二人は藍子の部屋に集まり、お風呂の準備をしている間、色々と話をした。

それは主にこれからの生活をどうするかという話であったが、

あまり八幡に負担をかけるのは申し訳ないので、基本頑張って節約しようという事になった。

 

「色々とみんなに教えてもらわないといけないわね」

「だね!」

 

 しばらく話していると、風呂場からお湯が沸いた音が聞こえ、

二人はその場で全裸になって風呂場へと移動した。

当然服は脱ぎ散らかしたままであるが、ここにはそれを怒る者はいない。

 

「さて、背中の流しっこね」

「今日はボクが先ね!」

 

 二人は仲良く風呂に入り、そのまま外に出てくると、

何故か二人が脱ぎ散らかした服が綺麗に畳まれていた。

 

「あ、あれ?ボク達脱いだ服をこんなに綺麗に畳んだっけ?」

「ま、まさか侵入者!?」

 

 二人は焦り、素早くパジャマに着替えた後に、慌てて戸締りの確認をした。

 

「戸締りはちゃんとしてるわね」

「窓とかも鍵がかかってるし」

「隠れられるような場所には誰もいない………」

「って事は………」

 

 二人はそう言って顔を見合わせた。

 

「「無意識に自分で畳んだんだ!」」

 

 二人はそう言って笑い合った。確かにそれ以外には考えられないのだ。

その為に二人は気が付かなかった。

薔薇が忘れていったというダンボールの口のガムテープが、不自然に破かれている事を。

 

「さて、そろそろALOにログインしましょっか」

「うん、みんな待ってるだろうしね!」

 

 二人はアミュスフィアを被り、そのまま手を繋いでベッドに横たわった。

 

「「リンク・スタート!」」



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第1026話 続くお祝い

 ALOにログインした二人は、予定時刻の少し前にスリーピング・ガーデンに姿を見せた。

 

「準備は手伝えなかったけど、ちゃんと出来てるのかな?」

「まあみんなで話すだけでも楽しいし」

「それもそうね」

 

 そんな二人に近付いてくる影があった。

 

「ラン様、ユウキ様、お待ちしておりました、さあ、こちらへどうぞ」

「えっ?」

「だ、誰?」

「私はスリーピング・ガーデンのハウスメイドです、今後とも宜しくお願いします」

 

 その男性は、どこかで聞いたような声でそう言った。

その顔にはグロスフェイスマスクが装着されており、どんな顔なのかは伺い知れない。

 

「ハウスメイド!?」

 

 二人は慌ててリビングに駆け込んだ。そこにはつい先ほどまで一緒にいた人物が、

飄々とした態度でその場に座っていた。

 

「よぉ」

「ハ、ハチマン!?」

「ああ、ちょっと用事があったんで寄らせてもらったぞ」

 

 ハチマンの隣はノリとシウネーにちゃっかり占有されており、

ハチマンの斜め後ろには、もう一人のグロスフェイスマスクをつけた女性が立っていた。

 

「そ、そちらの方は?」

「初めまして、スリーピング・ガーデンのハウスメイドです、今後とも宜しくお願いします」

「えええええ?」

 

 その女性もどこかで聞いたような声でそう言い、

二人はこの事態に混乱したが、それに対してはハチマンが説明した。

 

「悪い、この二人は俺の紹介なんだ」

「そ、そうなの!?」

「ああ、だからこいつらを責めないでやってくれ、俺の紹介じゃ断れなかったと思うしな」

「ま、まあそれは別にいいんだけど………」

 

 ランとユウキは二人のグロスフェイスマスクがどうしても気になるようで、

チラチラとそちらを見ている。

 

「そんな訳で、俺はそろそろ落ちるわ、さすがに眠いからな」

「えっ、早くない!?」

「もう少しいてくれても!」

「ん、そうか、それじゃあちょっとだけな」

「「やった~!」」

 

 それに対して喜んだのは、ノリとシウネーの二人であった。

二人は喜びのあまり、そのままハチマンに抱きついた。

 

「ぐぬぬ………完全に出遅れた!」

「もっと早く来れば良かったね」

 

 二人はそんなノリとシウネーに気を取られ、

ハチマンの後ろに立っていた女性が、

何かに耐えるように拳を握り締めている事に気が付かなかった。

 

「そ、それじゃあ会を始めようぜ!」

 

 場の空気を変えようと、ジュンが明るい声でそう言った。

 

「そうね、そうしましょう!」

 

 ランもこの空気はまずいと思ったのか、自分からそう言い出し、

一転して場はお祝いムードになった。

 

「それじゃあ料理と飲み物をお願い」

「分かりました」

 

 ハウスメイドの二人がそう言ってキッチンの方へ行き、料理と飲み物を持ってきた。

飲み物はどうやら街中で売っている物のようだが、

料理は軽目とはいえ、ちゃんと自分で調理したものであるようだった。

 

「うわ、思ったよりしっかりした物が出てきたわね」

「二人はもうお腹いっぱいだろうから、軽い物を用意してもらったよ」

「ちなみにこのメイドさんが作ったんだぜ!」

「そ、そうなんだ、ハウスメイドって料理も出来るのね」

 

 ランは知らないが、普通のハウスメイドはスキルを取らせないと料理は出来ない。

メリダは元々料理スキルを持っていた為、こうして料理が出来るのだ。

 

「兄貴もどうぞ!」

「おう、サンキュー」

 

 ノリが調子に乗って、あ~んをしてきたのを、

ハチマンは何の疑問も持たずにそのまま口にした。

 

「あああああ!」

「ん、何だ?」

 

 そう言いながらハチマンは、次にシウネーが差し出してきた料理を口にした。

 

「あああああああああ!」

「だから何だよラン」

「だっていつも、私があ~んをすると嫌そうにするじゃない!」

「だってお前の場合、何となく下心が透けて見えるんだもんよ」

「な、何でバレてるの!?」

「やっぱりかよ………」

 

 その時ユウキがスッと動き、ハチマンにあ~んをした。

 

「お、サンキュー」

 

 ハチマンはそれも口にし、ランはぽかんとした後、自分も同じ事をしようとした。

だがハチマンは、断固としてそれを拒否した。

 

「何でよ!」

「自分の胸に聞いてみろよ、お前さっき何て言ったよ」

「分かったわ、私の巨乳に耳を押し当てて聞いてみて!それで私の潔白が証明されるわ!」

 

 そんなランを見て、男性陣も苦笑せざるを得なかった。

 

「ランは相変わらずだよなぁ………」

「さっき自白してたよね」

「兄貴がそんな事をするはずがないだろうに」

 

 ランはその声を無視し、ハチマンに詰め寄った。

 

「ほら、これが好きなんでしょう!」

「おわっ、やめろ、俺の顔に胸を押し付けんな!」

「いいじゃない、ほら、ほら!」

 

 その時八幡の後ろに立っていた女性がスッと動き、ランの首根っこを掴んで持ち上げた。

 

「な、何するのよ!」

「ラン、いい加減にしなさい」

 

 その声に懐かしい響きを感じたランは、驚いた顔で動きを止めた。

 

「ラン、どうした」

 

 そんなランにハチマンがそう尋ねてきた。おそらくわざとであろう。

 

「え、だって今の声………」

「私の声がどうかしましたか?」

「メリダの声に凄く似てる………」

「そうか?メリダはもっとかわいい声をしてただろ?」

「メリダの声がかわいい?あれはかわいいというよりは、アニメ声って感じじゃない!」

「誰がアニメ声だって?」

「あっ、ちょっ………」

 

 突然女性のハウスメイドがそう言い、男性のハウスメイドが慌てた声を出した。

 

「ちょっ、待っ………」

「あれ、今の声もどこかで………」

 

 ユウキが何かに気付いたようにそう言ったが、

その直後に女性のハウスメイドがグロスフェイスマスクを外し、

ランの頭にいきなり肘撃ちをした。

 

「ぎゃっ!」

「あっ!」

 

 ランが女の子にあるまじき声でそう言い、

女性ハウスメイドの顔をまともに見たユウキは驚いた声を上げた。

だがランはそんなユウキの反応に気付く事もなく、振り返って女性メイドに抗議した。

 

「何でメイドがこんな事をするのよ!そもそもメイドというのは………って、

え?メ、メリダ!?」

 

 そこにはメリダの般若顔があり、ランは口をパクパクさせた後、ユウキの方に振り返った。

ユウキが驚いた顔のままランに頷く。

 

「え?え?」

 

 そして再び振り向いたランの顔に自分の顔を近付け、メリダがドスの利いた声を出した。

 

「ラン、私がいなくなった後、随分とハチマンさんに迷惑をかけてるみたいね」

「い、いや、違っ………」

 

 メリダの登場に驚く暇もなく、ランはそう言い訳をした。

メリダは実は、ハチマンが絡むとかなり怖いのだ。

さすがのランも、怒れるメリダには敵わない。

 

「言い訳すんな!」

 

 メリダはそう言ってランの頭にまさかの頭突きをかまし、

それでランはその場に崩れ落ちた。

 

「きゅぅ………」

「おい、今こいつ、わざわざ口で、きゅぅ、とか言いやがったぞ!」

 

 ハチマンがそう驚いた声を上げる。

 

「さすがラン………」

「こんな時にもネタを挟んでくるとか………」

「チッ、相変わらずタフね」

 

 最後のセリフはメリダのセリフである。

その言葉通り、がばっと起き上がったランは、今度はメリダに詰め寄った。

 

「ちょっとメリダ、え?え?本物?それとも幽霊?もしかして私、天国に行っちゃった?」

「自分の天国行きを疑わないその態度、相変わらずだね、ラン」

「嘘、本物!?」

「メリダ、メリダ!」

 

 そこに横からユウキがタックルをしてきた。

 

「メリダ!」

「そ、それじゃあそっちは………」

「はぁ、もうちょっと引っ張るつもりだったのにバレちゃったね」

 

 そう言って男性ハウスメイドはグロスフェイスマスクを外し、

その下からクロービスが顔を覗かせた。

 

「クロービス!」

 

 二人は再び驚愕し、ランはハチマンに振り返った。

 

「これはハチマンの仕込みね」

「その前にお前達、その二人にお礼を言った方がいい。

お前達の体を治す薬を作ったのはこの二人だ」

「えっ?」

「そ、そうなの!?」

「ま、まあそうかな」

 

 その言葉に二人は頷いた。

 

「「ありがとう!」」

 

 二人はそのハチマンの言葉に何の疑問も持たず、メリダとクロービスに抱きつき、

わんわんと泣き出した。そこに残りの男性陣も徐々に加わっていき、

ハチマンはその光景を見届けた後、そっと左右にいた二人に耳打ちした。

 

「ノリ、シウネー、それじゃあ俺は帰るからな、後は水入らずで楽しむんだぞ」

「うん、兄貴、ありがとう!」

「ありがとうございます!」

「ノリは来月くらいには手術が出来そうだし、シウネーも多分薬で病気が完治する。

来年四月くらいから、俺がいる学校に通わせる予定だから、

一応準備はしておいてくれよ。具体的には学力の向上だけどな」

 

 そのハチマンの言葉で二人は、メリダとクロービスの言葉は真実なのだと実感し、

その目を大きく見開いた。

 

「分かった、待っててね、兄貴!」

「来年には直接会えるんですね!」

「そうだな、まあリハビリの必要もあるから、それも頑張れよ」

「「はい!」」

 

 そして二人もメリダとクロービスを囲む輪に加わっていき、

ハチマンはそっとスリーピング・ガーデンを後にした。

 

 

 

「そういう訳だったのね」

「まったくもう、ハチマンは秘密主義なんだから!」

「それじゃあこれからはずっと一緒なのね」

「まあそんな感じかな」

 

 その時クロービスが、どこかからの通信を受け取るようなそぶりを見せた。

別サーバーで加速している自分との記憶が同期したのだが、

そんな事はメリダ以外の他の者達には分からない。

 

「あ、ちょっと待って、今新しい情報が来たよ、ノリの薬、完成したって」

「えっ?」

「嘘、昨日から一日しか経ってないのに?」

「さっきの兄貴の情報より更に早い!」

「あ~………詳しい事は言えないんだけど、まあとにかく完成したから、

後は認可が下りるのを待つだけみたい」

 

 凄まじいスピード感ではあるが、

メリダとクロービスにとっては、もうあれから半年が経っているのだ。

 

「えっと、治験とかいうのは?」

「それも理由は言えないけど、もう終わったって」

「えええええ?」

 

 実際は数年単位でかかるのだが、

メディキュボイドとニューロリンカーの機能を組み合わせる事で、

今のソレイユはその期間を相当短縮する事に成功しているのである。

 

「やった~!ノリ、おめでとう!」

「えっ、ほ、本当に?」

 

 ノリは信じられないという顔でそう言った。実際昨日の今日だけに信じられないだろう。

こうして場は更なる喜びに包まれ、本来の目的である二人の引越し祝いと同時に、

ノリの体を治す為に必要な薬が完成したお祝いも行われる事になった。

 

 

 

 そしてお祝いが終わり、ランとユウキは明日の学校に備えてログアウトした。

ジュン達も眠りにつき、残されたメリダとクロービスもスリープモードに入る事にした。

 

「それじゃあ僕は休止しておくね、そっちは頑張って」

「まあ動くのは明日の朝だけどね」

 

 二人はそう言い、その姿を消した。




医学的な事に関しては話の都合でファンタジーが混じってるので流して下さい!


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第1027話 予想もしない侵入者

 次の日の朝、時刻はまもなく七時になろうとしていたが、

まだ藍子と木綿季は抱き合いながら眠っていた。

 

「むにゃ………は、八幡、そんなとこ触っちゃ駄目だってば………」

 

 藍子がそんな寝言を言った瞬間に、藍子の頭にいきなり衝撃が走った。

 

 バシン!

 

「い、痛い!一体何なの!?」

「こら藍子、八幡さんをエロい夢に登場させんな!」

「そ、そんなの私の意思でどうにか出来る事じゃ………、

って、えっ、今喋ったのは誰?誰かいるの!?」

 

 藍子は慌てて飛び起き、きょろきょろと辺りを見回したがそこには誰もいない。

 

「ふわあぁぁぁぁ………アイ、うるさいってば」

 

 藍子が騒がしくしたせいか、木綿季もそれで目覚めたらしい。

木綿季は上半身を起こし、大きく伸びをしながらアクビをした。

そんな木綿季に藍子が慌てた声で言った。

 

「ユウ、この部屋に何かいるわよ!」

 

 木綿季はまだ寝ぼけ眼であったが、その言葉で一気に脳が覚醒した。

 

「えっ?な、何がいるの?」

「分からないけど、今私の頭を誰かが叩いたわ」

「えええええ?も、もしかしてオバケとか!?」

「かもしれないわね、どうしよう、部屋を変えてもらうべきかしら」

「そんなのいる訳ないでしょうが………」

 

 その声は背後から聞こえ、二人は慌ててそちらを見た。

 

「え?ぬ、ぬいぐるみ?」

「寝る前はこんなの絶対無かったよね!?」

 

 そこにはいつの間にか、手にハリセンを持ったぬいぐるみが置かれていた。

今木綿季が言ったが、当然二人にはそんな物を置いた記憶はない。

 

「何これ………」

「やっぱりオバケなんじゃ!?」

「でもこれ、誰かに似ているような………」

 

 藍子はそう言ってぬいぐるみに手を伸ばした。

その瞬間にそのぬいぐるみは、藍子の手をハリセンでバシッと叩いた。

 

「きゃっ!」

「ぬ、ぬいぐるみが動いた!」

「待って待って、これってもしかして、はちまんくんと同じ物じゃないの?」

「よく分かったわね、その通りよ」

「「うわああああ!」」

 

 二人は慌てて飛び起きると、部屋の隅へと避難し、そこで抱き合った。

いくらはちまんくんの存在を知っており、

自分達も少し前に人ぬいぐるみの中の人をやっていたとはいえ、

心当たりがないぬいぐるみのいきなりの出現にはやはり恐怖を覚えたのである。

 

「ふふん、サプライズは成功ね」

「あれ、そ、その声………」

「まさかメリダ!?」

 

 二人は何度目かのぬいぐるみの言葉を聞いて、やっとそれが誰の声なのか理解した。

 

「正解、私はめりだちゃんよ、しばらくここでお世話になるから宜しくね」

「「えええええ?」」

 

 めりだちゃんはハリセンを持った手をぴこぴこ振り、二人は絶叫した。

 

「っていうか何でハリセン?」

「ハリセンじゃない、これは虎撤よ!」

「意味不明なんだけど………」

「ああもう、うるさい!ほら、さっさと顔を洗ってきなさい!

今宵の虎徹は血に飢えているわよ!」

「「あっ、はい」」

 

 二人は反射的にそう言うと、洗面所へと駆け込んだ。

 

「ちょっとアイ、これってどういう事!?」

「というか、どうやって部屋の中に入ったのかしら………」

 

 二人はそう言いながら、そっとリビングを覗いた。

どうやらめりだちゃんは台所で朝御飯を作っているようで、

キッチンからは何かが焼ける音と鼻歌が聞こえてくる。

 

「一体いつ侵入されたのかしら」

「というかこれ、絶対に八幡の差し金だよね!?」

「あっ、ま、まさか………」

 

 藍子はそう言って再びリビングを見た。

そして薔薇が忘れていったという箱の口が開いているのを見て、

めりだちゃんがどうやって部屋に侵入したのかを知った。

 

「見なさいユウ、きっと小猫さんが忘れていったっていう箱に入っていたんだわ」

「そっか、あれは忘れていったんじゃなくて、

多分八幡に言われて届けにきただけだったんだ!」

「ぐぬぬ、八幡め、どうしてくれようか………」

 

 そう、()()()()藍子を見て、木綿季が首を傾げた。

 

「ん~?アイはめりだちゃんがいるのが嫌なの?」

「へっ?」

 

 その言葉に藍子はきょとんとした。

 

「………ううん、別に嫌じゃないわね」

「ならいいじゃない、八幡からのプレゼントだと思えば」

「確かにそうね」

 

 本質を突いてきた木綿季のおかげで藍子はその事に気付き、

堂々とリビングへ戻り、めりだちゃんに声をかけた。

 

「めりだちゃん、来てくれて嬉しいわ」

「え~?何それ?素直な藍子とか珍しいね?」

 

 めりだちゃんはそう答えつつも、その声は嬉しそうであった。

 

「でもどうしてこんな事になったの?」

「それには先ずALOの話からかな。

最初はね、普通にAI操作のプレイヤーとして戻ってくるつもりだったのよ。

でも技術的に難しいらしくてね、ハウスメイドNPCならいけるって事で、

私とクロービスがスリーピング・ガーデンに紐付けられたんだけど………」

 

 この言葉から、ソレイユがまだ実現させていない技術を重村教授が持っている事が分かる。

さすがは茅場晶彦の先生という事なのだろう。

 

「その開発の後に、藍子と木綿季の引越しが決まってね、

八幡さんは、二人の事が心配になったのよ。

本当に二人が一人暮らしなんか出来るのかってね」

「ぐぬぬ………」

「失礼な!で、出来るよ!………………多分」

 

 その反応を見る限り、二人は内心ではあまり自信が無かったようだ。

 

「まあそんな訳で、急遽めりだちゃんとくろーびすくんの製作が決まったの」

「えっ?クロービスもここにいるの?」

 

 そう言って藍子はきょろきょろと辺りを見回した。

 

「ううん、いないわよ。だってほら、さすがに女の子の部屋に、

中身が男のぬいぐるみがいるってのはまずいでしょ?」

「あ、確かに………」

「でもまあ存在はしてるよ、多分いずれはジュン達の所に行くんじゃないかな?」

「ああ、確かにそれが妥当よね」

「ちなみに私のベースになったのは、あいこちゃんだからね」

「えっ?私?」

「その中身ね、()()は中に綿を詰めて、眠りの森に置いてきたんでしょう?」

「あっ、うん」

 

 あいこちゃんとゆうきちゃんは、中の機械部分を取り出した上で、

外側は普通のぬいぐるみとして縫製され、

今は眠りの森で、残りの五人の仲間を見守っているのだ。

 

「それじゃあくろーびすくんの中身はボクなの?」

「ボクと言われても困るけど、ゆうきちゃんの中身だね」

「そうなんだ、有効活用出来て良かったね」

 

 かつて自分が使っていた物が今は男に使われているという事を嫌がる女子もいると思うが、

木綿季はそんな風には思わないらしい。実に木綿季らしいと言える。

 

「まあそんな訳で、私が二人のお世話をする為にここに来る事になった訳。

それじゃあ二人とも、これを運んでね」

 

 メリダはぬいぐるみの手で器用に料理をこなしたらしい。

そして二人はメリダの作った朝御飯を美味しく頂いた。

 

「嘘、美味しい!」

「嘘とは失礼な………」

「変な意味じゃないの、だってめりだちゃんは、味見が出来ないでしょう?」

「ああ、そういう事。二人の好みは知ってるから、レシピから調節しただけよ」

「それでも凄いと思う」

「ふふん、おそれいったか!」

 

 こうしてめりだちゃんが二人の面倒を見る事となった。

もっともここまでサービスするのは今日だけである。

基本的にはかつての奉仕部と同じように、

二人に一人暮らしのコツを教えるのがめりだちゃんの役割となる。

 

「それじゃあ二人とも、学校に行く準備をしようか」

「あ、めりだちゃん、私達、今日はちょっと帰りが遅くなるからね」

「あれ、そうなの?」

「うん、師匠と一緒にメイド喫茶に行く事になってるんだよね」

「師匠?師匠って誰?」

「えっとね、ゼクシードっていう人!GGOの有名プレイヤーなんだよ」

「ほほう?」

 

 めりだちゃんは同時進行で検索をかけ、いくつかの動画を発見したが、

その動画がたまたま古い動画だった為、

訝しげな顔(ぬいぐるみ故にあくまで心の中ではだが)で二人にこう尋ねた。

 

「ねえ、確かシャナって八幡さんだよね?」

「ええ、そうよ」

「それがどうかしたの?」

「天誅!」

 

 めりだちゃんはそう言っていきなり二人の頭をハリセンで叩いた。

 

「きゃっ!」

「いきない何するの!」

「八幡さんの敵と仲良くするなんて、この不心得者どもが!

私がその性根を叩きなおしてあげるわ!」

「「えええええ?」」

 

 それから二人は今のシャナとゼクシードの関係をめりだちゃんに必死に説明し、

納得してもらうまでにかなりの時間がかかった。

そのせいで二人はこの日、遅刻になるギリギリで教室に駆け込む事になったのだった。



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第1028話 予約をお願いします

 今の時刻は朝の八時四十二分になろうとしている。

その時八幡は仲間達と雑談していたが、同時に何度も外の様子を伺っていた。

 

「八幡君、どうしたの?」

「いや、アイとユウの奴、引越しに浮かれて寝坊とかしてないだろうなと思ってな」

「あ、そういえばまだ来てないね………ってもうこんな時間?

このままだと遅刻になっちゃう」

「どうすっかな、もし遅刻したら、先生に断ってあの二人を寮に叩き起こしに行くか………」

 

 八幡がそう考えた時、二人が教室に駆け込んできた。

 

「はぁ、はぁ………」

「あ、危ない、セーフ!」

「まったくお前ら、ギリギリじゃないかよ、さすがに浮かれすぎだぞ」

 

 呆れた顔でそう言ってきた八幡に、二人は声を合わせて反論した。

 

「「八幡のせいだから!」」

「へ?」

 

 そう反論されるとは思ってもいなかったのか、八幡は間抜けな声を上げた。

 

「何でそうなる!」

「めりだちゃんのせいよ!」

「めりだちゃんのせいだから!」

「あっ」

 

 それで八幡は、薔薇にめりだちゃんを持ってこさせ、

二人の部屋に置いてきた事を思い出した。

昨日マンションに戻った後にALOで色々やっていた為、忘れていたらしい。

 

「あ~あ~あ~、めりだちゃんが何かやらかしたのか?」

「私達、今日師匠と一緒に出かけるんだけど」

 

 いきなりの話題転換に八幡は面食らった。

更にその言葉を発したのが木綿季だったら八幡はまったく迷わなかっただろうが、

藍子が言った為、八幡は若干迷う事になった。

 

「どの師匠だ?」

「えっと、ゼクシード師匠?」

「ああ、保か」

 

 八幡は保が二人を誘うなんて珍しいなと思いつつ、

そういえば保は二人の病気が治ったら色々してやりたいと言って、

ソレイユでバイトを始めたんだったと思い当たった。

 

「そうかそうか、保の奴、二人の希望を全部叶えてやりたいとか言ってたっけな。

で、何でそこにめりだちゃんが関わってくるんだ?」

「めりだちゃんは、私達から師匠の話を聞いて、

どんな人か自分で調べたみたいなんだけど、

その時参考にしたのが、GGOの初期の動画だったの」

「………………ああ」

 

 八幡が絡むとメリダが若干エキサイトしてしまう事を八幡は知っていた。

そんなメリダがその頃の動画を見たら、

何で八幡の敵と仲良くしているのかと怒る可能性はかなり大きいだろう。

 

「なるほど、それは大変だったな」

「まあでもメリダ、めりだちゃん、それにクロービスの事については感謝してるわ」

「八幡、ありがとうね!」

「おう」

 

 八幡は多くを語らなかったが、二人はその短い言葉から、

八幡が自分達の事を大事に思ってくれているのだと改めて感じた。だが二人は放課後、

そんな優しい八幡にメイド服を着させる計画を実行する為の話し合いに行くのだ。

さすがは双子だけあって、二人は同時にその事に気が付き、

一瞬気まずそうに顔を見合わせたが、すぐに表情を改め、小さな声で囁き合った。

 

「まあそれはそれ、これはこれだよね」

「要するに甘い物は別腹なのよね」

 

 八幡本人は、当然二人がそんな事を企んでいるとはまったく思っておらず、

後に保のせいで泣きを見る事になる。

 

 

 

 そして迎えた放課後、二人は一旦寮に戻り、私服に着替えて部屋の外で合流した。

 

「それじゃあ行きましょうか」

「楽しみだね」

「二人とも、楽しんできなさいね」

 

 めりだちゃんに見送られ、二人はうきうきした気分で仲良くメイクイーンへと向かった。

 

 

 

「ここが秋葉原かぁ」

「明らかに他の駅と雰囲気が違うねぇ」

 

 二人は電車での移動は久々だったが、特に問題もなく秋葉原にたどり着いた。

 

「さて、師匠はどこかな」

「お~い、二人とも!」

 

 きょろきょろしている二人を見付け、保がこちらに走ってきた。

 

「大丈夫?駅で迷わなかったかい?」

「うん、平気だった!」

「これが新宿駅や渋谷駅だったら分からなかったけどね」

「違いない」

 

 三人は楽しそうに笑いながら、メイクイーンへと向かった。

普通だと保が先頭で、その後ろを二人がついていく形になると思うが、

今日は逆に、二人が並んで前を歩き、

その後ろで二人をガードしながら保が向かう方向を指示する形となっていた。

何故こんな形になったのかというと、最初は保が前を歩いていたのだが、

それだと藍子と木綿季が左右に分かれる事になり、

途中で藍子が色々な物に興味を示し、はぐれそうになったのに、

保も木綿季も気付かずに前に進んでしまうという事案が多発したせいである。

その後も藍子はふらふらしており、その度に保に止められる事となり、

そんな事を繰り返しながら、何とか三人はメイクイーンにたどり着いた。

八幡がいない為、フェイリスがその気配を感じて店内から飛び出してくる事もなく、

三人は普通にそのまま店内へと入っていった。

 

「お帰りさないませ、ご主人様、お嬢様方」

「あっ、すみません、予約していた茂村保と申しますが………」

「あっ、フェリスちゃんのお客様ですね、こちらへどうぞ」

 

 出迎えてくれたのはまゆりであった。

三人はそのまま奥まった部屋に通され、すぐにフェイリスが部屋に入ってきた。

 

「三人ともお待ちしてましたニャ、今日はゆっくり寛いで欲しいのニャ」

 

 ヴァルハラ・ウルヴズのメンバーの素顔等の情報は、

隠される事なくメンバーの間では公開されていた。

それ故にフェイリスは、相手がゼクシードだと疑う事もなく、

今こうして身内として話をしているのである。

 

「二人とも、好きな物を頼むといいよ。

ボクも一応GGOのトッププレイヤーだからね、それくらいの余裕はあるんだ。

まあ八幡程じゃないけどね」

「「ごちになりま~す!」」

 

 二人はまったく遠慮する事なく嬉しそうにそう言うと、

それぞれ好きな物を注文した。

 

「フェイリスさんも同席出来るなら、僕が払うから好きな注文をどうぞ」

「ニャニャッ!?フェイリスにそんな事を言ったら、

一番高い物を注文しちゃうけどいいのかニャ?」

「あはははは、問題ないよ、何故なら僕はゼクシードだからね」

 

 このゼクシード、どうやら三人の美人に囲まれている事で調子に乗っているようだ。

だが所詮メイド喫茶である為、そこまで高いメニューは存在しておらず、

バイトを頑張っている事もあり、保の懐にはまったくダメージは与えられなかった。

 

「それじゃあ情報の摺り合わせをしようかニャ」

「だね、最初に日にちだけど、今週の日曜日の夕方六時くらいはどうかな?

前の日に薔薇さん主催の何とかいう会があるらしくて、

その流れで人が多そうなんだよね」

「問題ないニャ」

「そうか、それじゃあそれでお願いしたい」

「任せるニャ!」

 

 フェイリスは予約帳のチェックなどは何も行わず、

拍子抜けするくらいあっさりと、その保の申し出を引き受けてくれた。

実はフェイリスには、薔薇から事前にその可能性を示唆する連絡が入っていたのだ。

なのでフェイリスは、十九日に関しては、既に夕方から臨時休業扱いにする事を決めていた。

日曜日なので、普通にオープンすればかなりの利益が見込めたと思うが、

フェイリスにとって、八幡と一緒にいられる時間は、

利益と天秤にかけられる物ではないのである。

 

「それじゃあ人数は、その会の人数プラスアルファくらいでいいのニャ?」

 

 その会~社乙会は一応秘密の会という扱いになっている為、

フェイリスは自分もそのメンバーである事はおくびにも出さず、

しれっとした顔で保にそう尋ねた。

 

「うん、その会の人数が二十人で、

今回はそこに明日奈さんと珪子さんと優里奈ちゃんが加わる形になったかな」

「里香ニャンは来ないのかニャ?」

「その日は和人とデートらしいよ」

「ああ~、なるほどニャ!、年末はイベントが目白押しだからニャ」

 

 二十四日にはソレイユ主催のリアルのクリスマスパーティーがある。

二十五日にはハチマン主催のトラフィックスでのクリスマス会があり、

二十六日はALOのバージョンアップが行われ、その当日から攻略が始まる事になっている。

三十一日には八幡主催の身内のみご招待のリアルでの大忘年会がある。

なので二人がデート出来る日があるとすれば、確かに十九日くらいしかないのである。

 

「で、八幡は参加を承諾してくれたのかニャ?」

「いや、これから直接出向いてお願いするつもりさ」

「直接!?何か策があるとかじゃないのかニャ?」

「それなんだけどね、最初は僕も、

何か策を練って八幡に参加してもらう方向で考えていたんだよ。

でも八幡の事を知れば知る程、そういった方向だとオーケーがもらい辛いって思ってね、

何よりおかしな事をすると、変なしこりを残すかもしれないだろう?」

 

 その保の言葉に三人は頷いた。

 

「確かにその可能性は否定出来ないニャ」

「八幡は優しいからボク達の我侭をいつも聞いてくれるけど………」

「確かにそういうのの積み重ねはいずれ反動が来るかもしれないわね」

「だろう?なので今回は情に訴えつつ、正攻法でいく事にしたよ」

「正攻法?」

「ああ、アイとユウの二人の為だと思って、

今回は僕と一緒に泥を被ってくれと、土下座するつもりさ」

 

 三人はその保の言葉に固まった。

 

「し、師匠、さすがにそこまでしてもらうのは………」

「いいんだ、これはボクが好きでやる事だからね」

「で、でもそれじゃあ師匠のプライドが………」

「プライド?どんな手段を使っても二人の望みを叶えるってのが僕のプライドさ。

何より自分よりも明らかに格上の人間に頭を下げる事で、

僕のプライドは傷ついたりはしない」

 

 昔はあれほど敵対していたのに、保の八幡に対する評価が今は天元突破している事が、

この言葉からよく分かる。

 

「で、でも………」

「確かに師匠にもメイドになってもらおうって話してたから、その事は嬉しいんだけど」

「もう決めた事だから気にするなって、弟子は師匠の言う事は素直に聞くものだよ」

「う、うん………」

「それより三人に聞きたいんだけど、

僕が今言ったやり方で、八幡は参加してくれると思うかい?」

 

 三人はその言葉に考え込んだ。

 

「確かに下手に策を練るよりは、そっちの方が可能性は高いと思うニャ」

「友達に土下座までさせて、その頼みを八幡が断る姿は想像出来ないかも」

「もっとも何度も使える手じゃないと思うわ、さすがの八幡も、

土下座さえすれば毎回何でも通るなんて思わせる訳にはいかないでしょうしね」

「ある意味奇襲、って感じになるよね」

「それなら良かった、八幡の事をよく観察してきた甲斐があったよ」

 

 こういう所は、さすが理論派のゼクシードと言える。

 

「という訳で、その人数で予約をお願いしたい。

フェイリスさんも参加者の枠に入ってほしいから、その分も追加でお願い」

「分かったニャ、承りました」

 

 保が想定している人数と、

フェイリスが把握している人数にはここにいる三人分の隔たりがあるのだが、

フェイリスはその事を説明せず、当日にサービスとして割り引くつもりでいた。

 

「で、料金なんだけど、こういった場合の相場はどんな感じになるのかな?

僕はそういうのに疎いから、教えてもらえると助かるんだけど」

「接客担当は必要ないから、三時間としてお一人様三千円ですかニャ」

「オーケーオーケー、それじゃあそれでお願いします」

 

 こうして順調に話は進み、藍子と木綿季にしばらく楽しんでいくように伝え、

保は八幡との交渉の為に一人でソレイユへと向かった。

 

「八幡は来てくれるかニャ?」

「最悪画像を捏造して飾っておけばいいんじゃないかな」

「でも師匠ならやってくれる気がするわ」

 

 その言葉通り、保は八幡の所に乗り込んだ後、

藍子と木綿季の望みなんだと言い張ってひたすら土下座をする作戦に出た。

さすがの八幡もこの攻撃にはたじたじになり、

条件付きではあるが、参加を承諾する事となった。

その事はすぐにメイクイーンに伝えられ、まだ話をしていた三人は喜びに沸き立った。

 

「やった~!」

「さっすが師匠、凄い凄い!」

「八幡には案外正攻法が効くんニャね」

 

 そう言いながらもフェイリスは、

八幡から告げられたというその条件の事で頭がいっぱいであった。

 

(これはやりがいがありそうニャ………)

 

 こうして日曜の夕方から、八幡を囲むメイドの会の開催が決定された。



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第1029話 専属達、ALOの地へ

 保に土下座された日の前日の夜、

八幡は年末のイベントに備えての仕込みをいくつか行っていた。

 

 帰ってすぐに()()()()()()()()()にコンバートし、ログインしたハチマンは、

以前ランが使用していたレンタルスペースへと足を踏み入れた。

この部屋はランが去った後も、何かに使えるかと思い、

ハチマンがモエカに占有させ続けていたのだが、今日はそこに、六人の人物が集まっていた。

 

「悪い、待たせたな」

「まったく相変わらずの重役出勤ね」

「お、ボス、今丁度ひと狩り終わった所ですよ」

「デュフフ、や、やってみると、案外楽しかった」

「私ってば専属じゃないんだけどなぁ、まあこれも仕事だよね、うん」

「まったく老人をこき使いおってからに」

「………………」

 

 六人の名はコピーキャット、ハリュー、フラウボウ、アスカ、キヨモリ、モエカという。

コピーキャットは通称CC、以前ロザリアが戦争の時に、

サブキャラとして平家軍を偵察する為に使用していたキャラである。

ここに集まった六人中身は当然の事ながら、

薔薇小猫、針生蔵人、神代フラウ、渡来明日香、結城清盛、桐生萌郁の六人であり、

最初にハチマンは、キヨモリに軽く手を上げた。

 

「じじい、パワーレベリングを手伝ってもらって悪いな」

「儂もこのゲームは好きじゃから、別に気にする事は無いぞい、

まあたまには主も付き合うんじゃぞ」

「分かった、暇になったらな」

「それじゃあ儂はこれでお役御免じゃな、また誘ってくれい」

「この礼はまた今度な」

「おう、またな小僧、それにみんなもまた遊んでくれい、今日までとても楽しかったぞい」

 

 そう言ってキヨモリはログアウトしていった。

 

 

 

 要するに八幡は、薔薇、蔵人、フラウ、明日香の四人がALOで使うキャラを、

キャラ育成速度業界ナンバーワンと言われるゾンビ・エスケープで促成栽培する為に、

今回清盛と萌郁に協力を頼んだと、まあそんな訳である。

薔薇は最悪ロザリアを使用すればいいのだが、今回は相手が自分の元部下なだけに、

名前から正体がバレるのを避ける為にコピーキャットを使う事にしたのだった。

 

 

 

 キヨモリを見送った後、ハチマンは次にモエカの方に振り返り、その頭を撫でた。

モエカに対しては余計な言葉は必要なく、これだけで事足りるのである。

その姿をコピーキャットが羨ましそうに見ていたが、

今回は育成してもらう側だった為、そういったおねだりは自重したようだ。

もっともねだったからといって、ハチマンが素直にその頭を撫でてくれる事はないのだが。

そしてハチマンは、多少なりとも強さの判定が出来るであろう、

コピーキャットとモエカにこう尋ねた。

 

「CC、モエカ、二人から見て三人の成長具合はどうだ?」

「そうね、ALOの中堅プレイヤークラスには育っていると思うわ」

「うん、もう十分だと思う」

「そうかそうか、それじゃあこのままALOに移動して、期間限定のギルドを作っちまうか」

 

 その言葉に一同は頷き、装備類を預り所に預けた後、

そのままALOへとコンバートを行う事になった。

 

 

 

「よし、全員いるな、一応拠点はこちらで用意しておいた、こっちだ」

 

 ハチマンはそのままフードを被り、第八層の主街区であるフリーベンへと向かった。

 

「ここだ」

 

 ハチマンが指し示したのは、

『小人の靴屋』のギルドホームが見える位置にある部屋であった。

さすがに仮のギルドの為に家を買う訳にもいかず、

敵の動きを一番掴み易い場所はどこかと考えた結果、

ここが最適だろうという事で、この部屋をしばらく借りる事にしたのである。

 

「ここは入り口が小人の靴屋とは反対側で、更に袋小路にあるからな、

人の出入りを気にされる事もないだろう」

「相手の動きは丸見え、これはもう丸裸と言っていい」

 

 窓の外を見ながら、フラウがデュフフと含み笑いをした。

 

「自分達が監視されてるなんて、思いもしないだろうな」

「とりあえずそんな訳で、この部屋の内部は好きにいじってもらっていい。

その為の金をハリューに渡しておくからな」

「お預かりします。で、ボス、このギルドの名前は何にしますか?」

「それも好きにしてくれていい」

「それじゃあ『ハイアー』で決まりね!」

 

 いきなりコピーキャットがそんな事を言い、一同は頷いた。

おそらく事前に話し合って決めてあったのだろう。

 

「ふ~ん、ハイアー?」

「ハチマン・インテリジェンス・エージェンシーでHIA。だからハイアー」

「それならハイエー………は、さすがに駄目だな」

 

 そのハチマンの言葉に一同は頷いた。さすがにそれは、車の名前として有名すぎる。

 

「よし、それじゃあ今日からお前達はハイアーだ、

後は前に話し合った通りに事を進めてくれ。

ヴァルハラのメンバーも協力するからな」

 

 こうして期間限定ギルド『ハイアー』の活動が始まった。

その目的は、『ヴァルハラの敵を持ち上げて落とす』である。

 

「よし、それじゃあお前達、アルンに戻るぞ」

「おっ、いよいよ………」

「スカイハイ!」

「おう、頑張って飛べるようになってくれよ」

「「「「「おお~!」」」」」

 

 五人は思わずそう快哉を叫んだ。基本無表情のモエカですらそうなのだから、

飛ぶという行為がどれだけ人を惹きつけるのかがよく分かる。

 

「よ~しお前ら、さっさと移動しようぜ」

「うわぁ、楽しみだなぁ」

「悔しい、でも感じちゃう、ビクンビクン」

 

 新人三人は大はしゃぎである。

コピーキャットとモエカはそうでもないように見えるが、内心はウキウキである。

五人はそのままぞろぞろと八幡に付いていき、アルン郊外で空を飛ぶ訓練を始めた。

 

「今俺は確かに飛んでいる!レッツフライパーリィ!ヒャッハー!」

「いやハリュー、あんた、慣れるの早すぎでしょ」

「そういうフラウボウだって、上手に飛んでるじゃない」

「あ~、私はほら、ゲーム感覚で出来るからまあそれなりにはね?」

「まあ上には上がいるけどな………」

「モエカは何であんな速度で飛べるの………」

 

 モエカの飛行技術は既にベテランの域に達している。恐ろしく適応が早い。

ハリューも随意飛行に手を出しており、その順応性はかなりのものだ。

フラウボウはコントローラーに頼ってしまうところがあり、

そこまでの域に達するまでには逆に時間がかかるかもしれないが、

少なくとも自由自在に飛ぶ事は出来ている。

まあこの三人はいいとして、問題は残りの二人である。

 

「おいCC、お前は何故ふらふらとしか飛べないんだ」

「そ、そう思うならアドバイスしてよ!」

「ハ、ハチマンさん、私にも!」

「アスカはセンスがありそうだと思ったが、気のせいだったか」

 

 CCとアスカはどうにもバランスをとるのが下手らしく、

飛べてはいるが、その速度はゆっくりであり、基本真っ直ぐに飛ぶ事が出来ない。

コントローラーの扱いが下手なのかもしれないが、正直ハチマンには原因が分からなかった。

 

「ううむ、お前ら謎すぎだぞ、飛んだ後にコントローラを倒すだけだろ?」

「仕方ないじゃない、胸が大きいんだから!」

 

 CCのその逆セクハラめいた言い訳を、ハチマンは即座に叩き潰した。

 

「モエカが飛べてる、ほれ、やり直し」

「くっ………」

 

 そう言われ、CCはそれ以上何の言い訳もする事が出来なかった。

ちなみにこの時点でハチマンは、

それしか言い訳が無いのかこいつは、と心の中で盛大に突っ込んでいる。

 

「う~む………もしかしてお前達、びびってるのか?」

「「………」」

 

 二人はその言葉にあからさまに顔を背けた。

 

「そういう事か………」

 

 それで原因を理解したハチマンは、二人の首根っこを掴んで空に舞い上がった。

 

「ちょっと、何するのよ!」

「荒療治だ」

「ま、まさか!?ちょ、ハチマンさん、私は大丈夫、大丈夫だから!」

「大丈夫なら大丈夫だな、ほ~れ行くぞ~」

 

 ハチマンはのんびりとした口調でそう言うと、そのまま二人を下に放り投げた。

 

「「嫌あああああああああ!」」

 

 二人はそのまま自由落下していったが、さすがに身の危険を感じたらしく、

地面が迫ってくるスレスレで必死にコントローラーを操作し、そのまま宙へと舞い上がった。

 

「ちょっと、何するのよ!」

「ハチマンさん、ひどい!」

「あ~ん?文句があるなら俺に直接言ってみろ、もっとも俺は捕まらないがな」

 

 そう言ってハチマンは逃げ出し、二人は鬼の形相でそれを追いかけた。

先ほどまでとはうってかわった見事な飛行っぷりである。

 

「ありゃ、もうあんなに飛べるようになってる」

「さすがはボスだな」

「結局二人はビクビクしていただけ」

 

 そして全員が自由自在に飛べるようになったのを確認したハチマンは、

そのまま五人を連れ、トラフィックスへと向かった。

 

「さて、予定通りお前達にはこれから採掘のやり方を覚えてもらおうと思う」

 

 五人はどの門の鍵も取得してはいなかったが、

イベントのクリア後に全ての門が解放されていたのでそれは問題ない。

 

「とりあえず近場のマイナーなスポットで練習だ、

道具は全部用意してあるからこれを使ってくれ」

 

 そのまま五人はハチマンのアドバイスを受け、

それなりに見られるような採掘技術を会得した。

 

「よし、今日はここまでだ、明日から作戦開始だから、

無理な日を除いてみんな、宜しく頼むぞ」

 

 その言葉に五人は頷いた。ハチマンが専属達と立てた作戦がどんなものかは、

いずれ分かる事になるであろう。

 

 

 

 この時点でめりだちゃんの事をすっかり忘れていた為、

八幡は次の日の朝、気まずい思いをする事になったのである。



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第1030話 グウェン

このエピソードは五話構成でお送りします!


 次の日からALO内では、

ヴァルハラのホームページに関する話題が爆発的に広がっていた。

 

「おい聞いたか?ヴァルハラが、ハイエンド素材の採掘場の情報を公開したらしいぞ」

「おう、見た見た、まさかあんな所になぁ」

「よく調べたよな、どうやったんだろうな」

 

 その全てがトラフィックス内の情報であった。

トラフィックスはいずれ前回イベントの舞台から離れる為、

ヴァルハラがその事を公開する事で不利益を得る可能性は限定的なのだ。

 

「それに採掘ギルドがいくつか乗ったらしいな」

「おお、それも聞いた、随分と早い動きだよな」

「持ち回りで各採掘場を回って、一般プレイヤーにもいい素材が回るようにしたいとか」

「そうなったら俺達にもいい装備が回ってくるかもな」

「ヴァルハラ様々だな!」

 

 同時にいくつかの中堅職人ギルドがその採掘系のギルドと提携を結び、

プレイヤーに安価で製品を供給出来る体勢を構築すると宣言した。

その動きはとても早く、小人の靴屋は完全に出遅れていた。

 

「どういう事?うちには素材は卸せないとでも言いたいの?」

「そうではなく、提携先を優先しないといけない契約になってるって事です」

「それじゃあハイエンド素材は全部そっちに行っちゃうじゃない!」

「すみません、そういう事になりますが、

ヴァルハラに仲介してもらってるんでうちとしてもどうにも………」

 

 どの採掘系ギルドの反応も、大体こんな感じであり、

小人の靴屋のリーダーであるグランゼはイライラしていた。

これがハチマン達が打った、最初の仕掛けである。

ナタクとリズベット、それにスクナが少し前から積極的に中堅職人ギルドに技術指導をし、

今まで小人の靴屋にいいように利用されてきた採掘ギルドも今回の流れに乗ったのだ。

 

 ALOにおいては戦闘系プレイヤーの職人活動はほぼ行われていない。

ハチマンもユキノに剣を作ってあげた辺りでは、スキルをそちらに振ったりもしていたが、

今は完全に戦闘主体のスキル構成に変更しており、

プレイヤー間で完全に棲み分けがされている格好となっている。

ハチマン製作の唯一の武器を持っている事によって、

ユキノは他の仲間達に羨ましがられているのだが、その事は一旦横に置いておく。

 

 採掘・採集系と職人系を両立させる事は可能だが、その為には莫大な経験値が必要になり、

現状それを成しえているのは、ヴァルハラの三人しかいない。

スモーキング・リーフにおいても、リツ、リナ、リョクの三人は戦えはするが、

その戦闘力は他の三人よりは劣る。

それは採掘・採集系のスキルを多く所持している為であり、

採掘を行う三人を、残りの三人が護衛するという形態をとるのが基本なのだ。

リクは簡単な職人活動もしており、リンも調理などの生活系のスキルを充実させている為、

唯一戦闘系に特化したスキル構成になっているリョウだけが、

セブンスヘヴンランキングに名を連ねる事になったというのが実際のところであった。

 

「フン、まあいいわ、とりあえずうちは今回の発表には乗らないと表明しておきましょう。

中堅ギルドには最先端の装備は作れないんだがら、

そのうちあいつらもこちらに擦り寄ってくるはずよ」

 

 グランゼはそう考え、そうするように指示を出したが、

当然グランゼはこの時点で、ヴァルハラが他の職人ギルドの手助けをしている事を知らない。

当然他のプレイヤー達もその事を知らない為、

ALO内の世論は割れる事になり、グランゼはそれで満足した。

いざとなったらどこで何が採れるかの情報はあるのだ、

密かに小人の靴屋の採掘部隊を動員すればいいだけである。

だがその日の午後になって、いきなり状況が変わった。

早速採掘出来たハイエンド素材を利用して、

サクヤとアリシャが新しい剣を手に入れた事が発覚したのである。

しかもその武器は、ヴァルハラの職人の手によるものではなく、

他の中堅ギルドのギルドマスターの手によるものだという。

当然グランゼは、何が何だか分からずに焦る事になる。

もっともこれは嘘情報であり、実際に作ったのはリズベットとナタクなのだが、

グランゼはその事を知る立場にはなく、簡単に信じてしまった。

これももちろんハチマン達の策であった。

 

「どういう事なの………こうなったら仕方ない、うちも採掘部隊を出しましょう。

グウェン、そんな感じで手配して頂戴」

「うん、分かった」

 

 グランゼは自分の子飼いのプレイヤーであるグウェンにそう伝え、

グウェンはその命令を果たす為にコンソールから他のメンバー達に連絡を取り始めた。

このグウェンというプレイヤーの事は、グランゼは詳しくは何も知らない。

たまたまモブ相手にグウェンが狂ったような戦い方をしている所に遭遇し、

興味を持ったグランゼが、グウェンに居場所と装備を提供すると申し出たのだ。

それ以来グウェンは、グランゼの秘書のような事をやっているが、

忠誠心のようなものは何もない、ただの相互利益の為の関係である。

 

「ん」

 

 突然グウェンがそんな声を上げ、グランゼの方を見てきた。

 

「どうしたの?」

「グランゼ、ヴァルハラがまた声明を出してきた」

「どんな?」

「今動画を見せる」

 

 グウェンはそう言ってギルドハウスの機能を利用し、

そして画面にはハチマンの顔が映し出された。

その脇にはまるで秘書のように付き従うアスナとキリトの姿がある。

 

『今回のうちの行動に驚いた人もかなりいると思うが、

うちの目的はあくまでより多くの人達にいい武器を行き渡らせる事であり、

そこには特に他意はない。いや、完全に無いとは言いきれないな、

もっと戦いを楽しめるように、強いライバルが現れてくれればいいなという気持ちはある。

なのでこの動画を見ているみんながそうなってくれれば、うちとしては嬉しい』

『この前出来たデュエル・ステージの事は知ってるよね?

私達相手にいい戦いが出来たら、その人をヴァルハラにスカウトする事も検討します』

『もっともそう簡単に俺達に挑戦出来ると思ってもらっちゃ困るけどな!』

 

 ハチマンに続き、アスナとキリトが笑顔でそう言った。

 

『もちろん公開した採掘場には誰が行ってくれても構わない、

ただしそれなりの強さの敵が出る所も多いから、あくまで自己責任で頼む。

その問題さえクリア出来るなら、この機会に採掘をやってみたいという初心者でも大歓迎だ。

だがその事で懸念される問題が指摘されたので、今日はその事について話そうと思って、

こんな風に動画を作る事にした』

 

 ハチマンはそこで一息つき、話を続けた。

 

『その懸念される問題ってのは、現地でのプレイヤー同士の諍いについてだ。

こういった素材の採掘に関しては、昔から色々な問題が起こっている。

ポイントの奪い合いや、現地での戦闘、モンスターのトレインによるライバルの排除等、

枚挙に暇がないのはみんな知っての通りだ。

なのでそういった事を無くす為に、今回はルールを設けさせてもらおうと思う。

今回はうちが提供した情報だから、それくらいは勘弁してくれ』

「ルールですって?」

 

 グランゼは一人そう呟いた。この時点で嫌な予感がしまくりである。

 

『そのルールとは、現地での録画の推奨、そして自己紹介だ。

相手に何かされたり怪しいなと思ったら、その動画をこのアドレスに送って欲しい。

そうしたら問題を起こした奴をうちがとことん追い詰める。

もっともここまで言って、諍いを起こすような奴はALOにはいないと思うけどな』

「何ですって!?」

 

 その言葉にグランゼはそう言って立ち上がった。

 

「それじゃあ今回の件に関わらないと言ったうちのメンバーは採掘に行けないじゃない!」

「まあそういう事になるね、私以外のみんなは普通に公開されてるし」

 

 グウェンは今回の事を、タイミングが良すぎると訝しんだが、

今回のグランゼとロザリアの元部下との事に関しては関わっていない為、

さすがにこれが、小人の靴屋がヴァルハラに目を付けられた結果だとは想像出来なかった。

 

「一体どうすれば………」

「とりあえずALO方面で地道に採掘するしか?」

「くっ、あっちのいい採掘場の情報なんてほとんど無いのに………」

 

 実際今までグランゼが投入した採掘部隊は、

その全てがハイエンド素材を獲得出来ていなかった。

曖昧な情報が元とはいえ、トラフィックス方面に派遣した部隊ですらそうなのである、

ましてや採掘ギルド頼みであったALOの採掘場の情報を、

嫌われていた小人の靴屋が持っているはずがない。

グランゼのイライラは日を追う毎に増大していく、ハチマンの手の平の上で。

 

 

 

 小人の靴屋のメンバーとして、唯一そのギルドのページに名前が載っていないグウェンは、

その隠密性を生かし、ヴァルハラが公開した採掘場に偵察に出ていた。

 

「ここも駄目、ここも人がいる、これは駄目ね、全部の場所が人で溢れてる」

 

 グウェンは万が一カメラに捕らえられていた時の事を警戒し、

その度に変装してその姿を変えていた。

中にはヴァルハラのメンバーが常駐している所もあり、

グウェンは自分が偵察に来ている事を悟られないように、かなり慎重に行動していた。

正体が知られていないからといって、捕まったりすると面倒だからである。

 

「やっぱり無理か………まあそれならそれで、別に私が何か困る訳じゃないし」

 

 グウェンはそう呟き、小人の靴屋のギルドホームに戻ろうとした。

その矢先、前から人の来る気配がした為、グウェンは慌てて物蔭に隠れた。

そんなグウェンの耳に、相手の会話が飛び込んでくる。

 

「ここも盛況だな」

「これで皆さんが強い武器を手に入れられればいいですね!」

「そうだな、やっぱりそれなりの奴が相手じゃないと張り合いがないからな」

「でも今回の事があったせいで、みんな味方になっちゃうかもしれませんよ」

「それでも俺達が気に入らないって奴は、まだかなりいるだろうさ」

 

(会話からするとヴァルハラのメンバーかしら)

 

 グウェンはそう思い、そっとそちらの方を覗き込んだ。

その視界に入ってきたのは、昔SAOで自分と付き合いがあった、一人の少女の姿であった。

実はグウェンはラフィンコフィンの下部組織のメンバーであり、

当時はオレンジプレイヤーとして、お尋ね者扱いとなっていたが、

そんな彼女達に上からの指示を伝えていたのがその少女であった。

グウェンと少女はその境遇が近い事もあって仲良くなり、

親しく友達付き合いをしていたのだが、

ラフィンコフィンが壊滅したその日にその少女はグウェンを裏切った。

血盟騎士団の急襲を受け、牢屋に連行されようとするグウェンを見殺しにしたのだ。

そしてグウェンは牢屋に入ったまま、SAOのクリアの時を迎える事となった。

SAOから解放された後も、当時の事を悪夢という形でグウェンは何度も見ていたが、

その度にその悪夢に登場してきた一人の少女、恨み重なるその相手が今目の前にいる。

グウェンはそれが分かった瞬間に、後先考えずにその少女の前に飛び出した。

 

「ルクス!」




関連する話は第726話です。あ、でも人物紹介には昔から名前が出てましたね!


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第1031話 ちゃんと話をしてみろって

「えっ?」

 

 ルクスは突然名前を呼ばれた事に戸惑い、

その名前を呼んだ相手が真っ直ぐ自分に攻撃を仕掛けてこようとするのを見て固まった。

ルクスはそれなりに腕が立ち、こういった場合でも十分反撃は可能だったはずだが、

何故か今回はそれが出来ない。

 

「ルクス、覚悟!」

 

 相手の持つ武器が自分の目の前に迫ってきているにも関わらず、

ルクスは全く動く事は出来なかった。その頭の中では一つの考えがぐるぐると回っていた

 

(今の声、どこかで………)

 

「死ね!」

「させねえよ」

 

 そんなのんびりとした声と、バキッという音と共に、

グウェンの攻撃はあっさりと弾き返された。

それを成した人物は、お説教するような感じで隣のルクスに話しかけていた。

 

「おいルクス、お前なら今の攻撃なんざ簡単に防げるはずだろ、何故動かん」

「す、すみません、今の声に聞き覚えがあったような気がしてつい………」

「ほう?それじゃあこいつは知り合いか?」

「いえ、知らない人です………」

 

 ルクスはそう言ってグウェンの顔を覗き込みながら言った。

その事がグウェンはとても悲しかったが、本人はその感情に気付いていない。

そしてグウェンは自分の攻撃を防いだ者を睨みつけ、直後に顔を青くした。

 

「ハ、ハチマン………」

「俺の事は知ってんのか、というかそんなに真っ青になる癖に、

よく俺の前で攻撃を仕掛けてきたもんだよな」

「あ、あんたに気付いてれば攻撃なんかしなかったわよ!」

「ほう?俺が目に入らないくらいルクスにご執心だったって事か、だそうだぞ、ルクス」

「あ、あなたは誰ですか?」

 

 ハチマンにそう言われ、

ルクスは何かを期待するような目でグウェンを見つつ、そう質問してきた。

 

「私が誰だって、あんたには関係ないでしょ」

「関係なくなんかない!もしかして、もしかしてあなたは………」

 

 ルクスはそう言いながら涙を流し始め、グウェンはギョッとした。

 

「な、何よ………」

「あなたはもしかして、グウェンなの?」

 

 そのルクスの言葉にグウェンは目を見開いた。

まさかルクスが過去に裏切った、自分の事を覚えているとは思わなかったからだ。

 

「だったらどうだって言うの?」

「わ、私、私は………」

 

 そのままルクスが泣き出してしまった為、これ以上ここで騒ぎを起こすと、

採掘中の者達に気付かれると思ったハチマンは、グウェンを肩に担ぎながらこう言った。

 

「ルクス、場所を変えるぞ。この先の誰も来ない道の先に、安全地帯がある」

「は、はい!」

 

 こうしてグウェンはハチマンに連行され、安全地帯へと運ばれる事となった。

 

 

 

「で、ルクス、こいつはもしかして、昔お前が話してくれた、

どうしても謝りたい親友って奴か?」

「は、はい!」

「はぁ?親友?ふざけるんじゃないわよ」

 

 二人の会話を聞き、グウェンは即座にそう答えた。

 

「そ、そんな………」

「まあ経緯が経緯だ、こいつがそう思うのも仕方ないだろうな」

「ですよね………」

「あんた達は一体何を言ってるの?多少は事情を知ってるみたいだけど、

あの日、こいつが私の事を見捨てた時の事、私はまだ昨日あった事みたいに覚えてるわよ!」

 

 グウェンは二人にそう罵声を浴びせ、完全に居直ったような態度をとった。

そんなグウェンにルクスは黙って頭を下げた。

 

「あの時の私には勇気が足りなかった、本当にごめんなさい………」

「な、何で今更謝るのよ、何なのよあんたは!」

「とにかくごめんなさい………」

 

 そんなルクスにグウェンは戸惑っていた。この現状で、立場が強いのは相手の方である。

にも関わらず、ルクスは自分に謝る事しかしない。

グウェンは今まさに、混乱のただ中にあった。

 

「どういう事なの?」

「俺にそう言われても、俺はおおまかな話しか知らないからな」

「それでいいから説明してみて」

「そうだな………」

 

 ハチマンは少し迷った後、グウェンにこう尋ねた。

 

「なぁ、お前とルクスは、

同じようにラフコフに脅されてた仲間同士だったって事でいいんだよな?」

「ええ、それで合ってるわ」

「お前、その後ラフコフがどうなったか知ってるのか?」

「私達みたいな下部組織と共に壊滅したんでしょ?で、全員牢屋に入れられた」

「その程度か………」

「何よそれ!」

 

 どうやらグウェンは何も知らないに等しいらしいと考えたハチマンは、

少し迷った後に、事の顛末をグウェンに説明する事にした。

 

「俺達がラフコフの本隊を全滅させたあの日………」

「あっ、それじゃあやっぱりあんた、あのハチマンなんだ」

「隠しても仕方ないから言うが、その通りだな。

で、あの日、俺達は確かにラフコフのメンバーを全滅させたが、

リーダーのPoHだけは逃がしちまったんだ」

「えっ、そ、そうだったの?」

「その後もラフコフの残党を名乗るプレイヤーも現れたくらいだ、

闇に潜みながら、あいつらが復権の機会を狙っていたのは間違いないはずだ」

「………………」

 

 グウェンはその言葉に黙り込んだ。

それがどう自分に関係してくるのか分からなかったからだ。

 

「ところでお前、ロザリアってプレイヤーの事、知ってるか?」

「タイタンズハンドのリーダーの?もちろん知ってるわよ」

 

 いきなりハチマンがそう話題を変え、グウェンは戸惑ったが、

知っている名前だった為、とりあえずそう答えた。

 

「それは都合がいい、今本人をここに呼ぶからちょっと待ってろ」

「えっ?えっ?」

 

 そう言ってハチマンはどこかにメッセージを送り、

すぐに見知らぬ顔の一人の女性がこの場に駆けつけてきた。

 

「あっ、そこの採掘場にいた………」

「ハチマン、それにルクスも、一体どうしたの?」

「おうロザリア、こいつの事、覚えてるか?

どうやらお前と同じ、ラフコフの下部組織の人間だったらしいぞ」

「えっ、本当に?」

 

 ハチマンが自分の事を、CCじゃなくロザリアと呼んだ事で、

何か思うところがあったのだろう。

ロザリアは真面目な表情でじっとグウェンの顔を見た。

 

「………ん~、キャラが違うからもちろん見覚えはないんだけど、

女性プレイヤーって本当に数える程しかいなかったしね、もしかしてグウェン?」

「えっ?ほ、本物のロザリア?」

 

 グウェンは、あるいはハチマンがメッセージで、

ロザリアに自分の名前を教えていたのかもしれないと疑ったが、

次のロザリアの言葉でグウェンの疑いは吹っ飛んだ。

 

「牢屋じゃ隣同士だったわよね、SAOから解放されたあの日、

『生き残れた』って二人で喜び合って、

『いつか会えたらその時は一緒にお祝いしよう』って叫び合った事、まだ覚えてるわよ」

「本物だ!」

 

 グウェンはその言葉でロザリアが本物だと完全に信じた。

 

「お前、そんな事叫んでたのかよ」

「べ、別にいいじゃない、本当に嬉しかったんだもん!」

 

 そのロザリアの態度にグウェンは驚愕した。

どう見てもロザリアが、ハチマンにラブラブだという風にしか見えなかったからである。

 

「ねぇロザリア、あんたってこいつに牢屋に入れられたのよね、その事を恨んでないの?」

「はぁ?何言ってるのよ、そのおかげで私達は………、

ああそうか、あんたはあいつらよりも遅く牢屋に来たものね、

いいグウェン、牢屋に送られてきたラフコフの奴らが私に何て言ったか分かる?」

「それは初耳、何て言ったの?」

「『お前もいずれ殺すつもりだったが、命拾いしたな』よ。

多分私達が捕まってなかったら、遅かれ早かれあいつらに皆殺しにされていたでしょうね」

「えっ、嘘………」

 

 グウェンはその言葉に絶句した。その時ルクスがそんなグウェンの手を握りながら言った。

 

「グウェン、本当に生きててくれて良かった、

生きてるって信じてたけど、本当に良かった………」

「あら、二人は知り合いだったの?」

「え、ええ、まあ一応………じゃないわよ!確かに知り合いだけど、

私はあの日、血盟騎士団の連中に捕まってそのまま牢屋に放り込まれたわ。

でもそんな私をこいつは全然庇ってくれなくて、何もせず見殺しにしたのよ!」

「何甘えた事を言ってるのよ、だってあんた、オレンジメンバーだったんでしょ?

そんなの捕まって当然じゃないのよ。

私なんて、カーソルはグリーンだったのに捕まったのよ!」

「そ、それはそうだけど………」

 

 間接的に他のプレイヤーを追い込んで殺していたとはいえ、

確かにカーソル自体はグリーンだったロザリアにあっさりとそう言われ、

グウェンは鼻白んだ。確かにそうなのだが、そう言われても素直に納得は出来ないのだ。

 

「で、でもこいつは………」

「結果的にそのおかげで命拾いしたんじゃないの?」

「それはそうかもだけど………」

 

 その時ハチマンが、横からこう言ってきた。

 

「俺が口を出す事じゃないかもだけどよ、

お前の事を、ルクスは名乗られなくても覚えてたじゃないかよ。

ちょっとはその気持ちも汲んでやって、ちゃんと話をしてみろって」

「………………ま、まあ、話くらいなら」

 

 結局のところ、グウェンもルクスの事を信じたかったのだろう。

だがグウェンはその気持ちを拗らせてしまっていた。

これを解きほぐすには、やはり直接言葉を交わす以外の選択肢は無いのだ。

そのまま二人は少し遠くに離れ、熱心に語り合っていた。

ハチマンとロザリアはそれを遠くで見守っていたが、

やがて二人は手を握り合ったままこちらに歩いてきた。

 

「ごめんなさいハチマンさん、私が間違ってました」

「ハチマンさんごめんなさい、私達、仲直り出来ました!」

「そうか、それなら良かったわ」

 

 二人は自分達の気持ちを正直に伝え、そのまま和解できたらしい。

 

「それでハチマンさん、グウェンがハチマンさんに話があるそうなんですが………」

「おう、何だ?」

「えっと、実は私、今小人の靴屋でお世話になってるんだけど………」

「ほう?」

 

 ハチマンはその言葉に目を見開いた。

 

「で、話って何だ?」

「えっと、グランゼが色々動いてるみたいだから、気をつけて」

「それは知ってるぞ、シグルドとかと組んで何かやろうとしてるんだろ?」

「シグルド?誰?」

「ん?シグルドの事、知らないのか?」

「ええ、私は主に、職人達への連絡役をしているからね」

「ふむ………」

 

 ハチマンは、どうやらグウェンは小人の靴屋の中枢にいる人物ではなさそうだと思い、

グウェンを利用するのもどうかと思ったのか、こう頼んできた。

 

「なぁグウェン、お前さ、小人の靴屋のメンバーだって事は、

中には親しい奴もいるんだよな?

とりあえずうちが小人の靴屋の動きに気付いてるって事は、

そういった奴らには黙っててくれないか?」

「へ?情報を流さなくていいの?」

「いや、だってお前さ………」

 

 ハチマンは困ったような顔をした。ルクスとの関係を盾に、

グウェンに気が向かない事をさせるつもりはまったく無かったからだ。

そこまでしなくても、何とでもなるという自信を持っていたという理由もある。

 

「………もしかして私に気を遣ってくれてるの?」

「そりゃまあ、なぁ………、

いくらルクスの友達だからといって、スパイをさせる訳にはいかんだろ」

「それなら大丈夫、私、グランゼの事は好きじゃないから」

「そ、そうなのか?」

「うん、だってあいつ、自分が全て正しいって思ってるところがすごく鼻につくんだもん」

 

 グウェンのその言葉に三人は噴き出した。

 

「グウェン、ぶっちゃけすぎ!」

「でもその気持ちは何となく分かるわ」

「いや、本当にそうなんだって、だから私の事は気にしなくていいよ、

ルクスの為になるならいくらでもスパイをやるよ!」

「そう言ってもらえるのは有難いが、

事が終わった後に、あいつらに恨みを持たれる可能性が………ん、待てよ」

 

 ハチマンは何かに気付いたような顔をし、ハッとした。

 

「なぁグウェン、お前さ、ルクスみたいにSAO時代のキャラをもう一度使う気はないか?

そうしたら今のキャラは封印しても問題なくなるだろ?」

「もしそれが可能なら是非そうしたい所だけど、そんな事不可能でしょ?」

「もしお前がそれを望むなら、何とかしてやれなくもない」

「本当に?それじゃあ是非お願いしたいわ」

「その前に、お前今、どこに住んでるんだ?」

「東京だけど………」

「そうか、それは都合がいいな、この住所に今から来れたりしないか?」

 

 そう言ってハチマンは、グウェンにメッセージを送った。

 

「ここ?え~と………えっ、これ、ソレイユの本社じゃない?」

「おう、それで合ってるな」

「可能は可能だけど………」

「もしお前が家の住所を教えてくれるなら、俺が迎えに行ってやってもいい。

まあ俺の事が信用出来るなら、だけどな」

 

 グウェンはそう言われ、困った顔でルクスの顔を見た。

ルクスはそんなグウェンに力強く頷いた。

 

「大丈夫だよ、グウェン」

「分かったわ、それじゃあここに迎えに来て」

「ここか。分かった、直ぐに車で迎えに行くわ」

「うん、お願い」

 

 こうしてグウェンがソレイユを訪れる事が、電撃的に決定した。



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第1032話 芽衣美のソレイユ訪問

 四人はポータルからトラフィックスへと戻り、その場でログアウトをした。

そして現実世界に戻った八幡は、

マンションからキットの所に向かう途中で薔薇からの連絡を受け、

ソレイユの自分の部屋に移動したのだが、そこでいきなり保に土下座されていた。

 

「………小猫が保が来てるって言うからとりあえずこっちに来たが、これはどういう事だ?」

「すまない八幡、何も言わずに僕と一緒にメイドになってくれ!」

「はぁ?意味が分からんのだが………、

今から出かけるからちょっと忙しいんだよな、詳しい話は今度でもいいか?」

「それは重々承知の上で頼む、時間は取らせない、この通りだ!」

「むぅ………」

 

 八幡は困り果て、とりあえず保にこう言った。

 

「とりあえず立てって、メイドになれってのはどういう事だ?

もしかしてアイとユウに何か頼まれたか?」

「頼まれたって言われたらそうかもしれない。

あの二人がね、まだ病気が治るか分からない時に僕にこう言ったんだ、

もしこのまま病気が治ったら、八幡と一緒にメイドの格好をしたいってね。

だから伏してお願いしたい、その望みを果たす為に協力してくれ!」

「そういう事か………」

 

 八幡は事情を理解し、これって断れない奴だよなと肩を落とした。

 

「………分かった、その頼み、引き受けるわ。

ただしその作戦が通用するのは今回だけだぞ、

土下座すれば俺が言う事をきくと、他の奴らに思われるのも困るからな」

「ありがとう八幡、恩に着るよ!」

 

 だがただメイドの格好をさせられるのは業腹だと考え、

同時に八幡は保にこんな提案をした。

 

「その代わり、俺からも提案があるんだが………」

 

 八幡はそう言って保の耳元で、こそこそと何か囁いた。

 

「なるほど、確かにそれは面白いね」

「だろ?俺達ばっかりが笑われるのは気に入らないからな、

この事をフェイリスに伝えておいてくれ」

「分かった、任せてくれ」

 

 こうして保は晴れやかな顔で去っていった。

 

「さてと………」

 

 八幡はそのまま秘書室に向かい、薔薇にこう言った。

 

「保の用件は済んだからちょっと行ってくる、小猫はナーヴギアの準備をしておいてくれ」

「分かったわ、任せて」

 

 そして次に八幡は、ひよりに電話をかけた。

 

「お、ひよりか?三十分後に寮の前で待っててくれ、

グウェンを拾った後に迎えに行くからな」

『あ、ありがとうございます、お待ちしてますね!』

 

 八幡はこれで準備よしと思い、そのままグウェンの家に向かった。

 

 

 

「鶴咲さん………ここだな」

 

 グウェンの本名は、鶴咲芽衣美という。

八幡はその事を住所と一緒に送られてきたメッセージで知っていた。

家の門の前にはやや幼く見える少女が立っており、

八幡はキットから下りて、そちらに手を振った。

 

「よぉ、グウェンか?」

「そういうあんたはハチマンでいいのよね?」

「比企谷八幡だ、実名系で悪いな」

「あ、そうなんだ、私は鶴咲芽衣美よ、改めて宜しくね」

 

 そう言いながら芽衣美は八幡に手を差し出してきた。

八幡はその手を握り返し、芽衣美を助手席へと案内した。

 

「ほれ、遠慮なく乗ってくれ」

「うわ、ガルウィング!?凄く高そうな車ね、もしかして政府からの援助金で買ったの?」

「ははっ、それじゃあ全然足りないさ、これは貰い物だ」

「貰い………って………」

 

 芽衣美は絶句しつつ、お金というのはある所にはあるものだと思い、

そのままキットに乗り込んだ。そして他の者達同様にキットに話しかけられて驚き、

そこからは素直にこのドライブを楽しむ事にした。

 

「わぁ、わぁ、全然揺れないね」

「道の凹凸を検出して調節してるらしいぞ、なぁキット」

『はい、その通りです』

「嘘、何その高性能」

「ふふん、もっとキットを褒めてくれてもいいぞ」

「キット、凄い!」

『お褒めに預り光栄です』

 

 そんな会話を繰り広げながら、芽衣美は流れる景色を見て、訝しげな口調でこう言った。

 

「ねぇ、こっちってソレイユの方角と違うんじゃない?」

「よく気付いたな、今向かってるのは帰還者用学校だ。もうすぐ見えてくると思うぞ」

「帰還者用学校?それって………」

「お、見えてきたな、それであそこにいるのが………」

「ル、ルクス!」

 

 SAOでの姿とそっくりなので当然なのだが、芽衣美は一瞬で相手の正体を理解した。

 

「ひより、待たせたな」

「ありがとうございます八幡さん!それにグウェン!」

「ルクス!」

 

 二人はそう言って抱き合い、八幡はそれを見て満足げにうんうんと頷いた。

 

「それじゃあ二人は一緒に後部座席に乗るといい」

「ありがとうございます、八幡さん」

「あ、ありがとね、は………八幡」

 

 芽衣美は遠慮がちに八幡を名前で呼んだ。

特に八幡に何か言われた訳ではないが、ひよりに合わせたのだろう。

そう思った八幡も、敢えてこう返した。

 

「おう、どういたしましてだな、ひより、メイミー」

「ちょっと、何よそのあだ名!

でもまあいいわ、芽衣美じゃ呼びにくいだろうし、広い心で許します」

「おう、サンキューな」

 

 三人はその会話に笑いながら、ソレイユへ移動を開始した。

道中ではひよりと芽衣美が楽しそうに話しており、

八幡はそれを邪魔しないように黙って車を走らせていた。

 

「さて着いたぞ、二人とも、こっちだ」

「は、はい!」

「お、お邪魔します………」

 

 ひよりも芽衣美も当然こういった場所に来るのは初めてだった為、

かなり緊張している様子である。

そして受付に向かうと、そこではえるが一人で留守番をしていた。

 

「あ、八幡さん、お帰りなさい!」

「おう、遅番か?ウルシエル、かおりはもう帰ったのか?」

 

 出かける時はかおりがいた為、八幡はえるにそう尋ねた。

 

「だからウルシエルじゃないってあれ程………かおりならもう帰りましたよ!」

「そうかそうか、ところでウルシエルさ、お前の彼氏候補に言っておいてくれよ、

あんまり無茶ぶりして俺を困らせるなってな」

 

 いきなりそう言われたえるは、顔を真っ赤にしながらこう答えた。

 

「か、彼氏候補とか、別に保さんはそういうんじゃないですし!」

「俺は保とは一言も言ってないんだが」

「はっ!?た、確かに!八幡さん、私をはめましたね!」

「お前が分かり易すぎるんだっての。

保は自己評価が低いっぽいから、まあお前も頑張ってな、絶対に脈はあると断言しておこう」

「ほ、本当ですか?信じますよ、信じちゃいますからね!私、やる時はやりますよ!」

「おう、頑張ってな」

「はい!」

 

 その会話に二人は目を点にさせたが、そのまま八幡に促され、

えるに頭を下げてその横を通り過ぎた。

 

「凄く綺麗な人………」

「ん?えるの事か?」

「うん、あんな美人の恋愛相談に乗ってあげてるの?男として悔しくないの?」

「芽衣美、八幡さんには明日奈さんっていう恋人がいるからね」

「えっ、もしかして閃光!?リアルで会えたんだ、それは本当におめでとう!」

 

 芽衣美は当然アスナの事は知っており、八幡にお祝いの言葉を述べた。

 

「おう、ありがとな。ちなみにさっきのはただ冷やかしてただけだ、

あいつの彼氏候補とは友達なんだよ」

「え、あんたに友達なんかいたの!?」

「おい、それはどういう意味だ」

「だってSAOのハチマンって言ったら、ソロプレイヤーの代名詞だったじゃない」

「ぐっ、た、確かに返す言葉も無いが、今は昔とは違うんだよ!」

「そうなの、まあ良かったじゃない、私にはひよりしかいないんだし」

「ん?」

「芽衣美?」

 

 その言葉が八幡とひよりは気になったが、その事は後で話す事にし、

三人はそのまま八幡の部屋へと移動した。

 

「………何この次期社長室って」

「気にするな、ただのギャグだ」

「こういうのってギャグで済ませていいものだとは思えないんだけど………」

「ソレイユってのはそういう会社なんだよ」

「………まあいいわ」

 

 それで納得した訳でもないのだが、芽衣美は追及するのをやめ、大人しく部屋に入った。

そこで三人を待っていたのは薔薇である。

 

「あっ、ロザリアだ!」

「薔薇さん、こんばんは!」

「待ってたわ、ふふっ、まさかラフコフに参加してた女子が、

全員ここに集まる事になるなんて思いもしなかったわね」

「た、確かに私達以外の女子って見た事ないね」

「そ、そういえば!」

 

 そんな薔薇に、八幡は冷静に突っ込んだ。

 

「女子って年じゃないだろお前………」

「ああん?」

 

 その突っ込みを受け、薔薇は八幡の顔を下から見上げ、

まるでヤンキーのように睨みつけた。だがそんな攻撃は当然八幡には通用しない。

 

「それだそれ、そういうとこで年がバレるっつってんだよ」

「くっ、このまま生意気な事を言うその唇を奪ってやろうかしら」

「俺相手に出来るもんならやってみろ」

「言ったわね、言質はとったわよ!」

「おう、出来るものならな」

「くっ………」

 

 薔薇はそれで悔しそうに引き下がると、満面の笑みを浮かべて二人に向き直った。

実に切り替えが早い事である。

 

「ひより、久しぶり、そしてえ~と………」

「鶴咲芽衣美だよ、宜しくね」

「私は薔薇よ、宜しくね」

「ちなみに下の名前は小猫だぞ、メイミー」

 

 八幡にそう言われた瞬間に、薔薇は芽衣美に向かってこう言った。

 

「あら、あだ名を付けられたのね、ほんとお互い大変よね」

 

 その素早さに八幡は呆れつつ、黙って薔薇の口を塞いだ。

 

「ん~!ん~!」

「おいメイミー、こいつの下の名前は本当に小猫だからな、あだ名なんかじゃない」

「そ、そうなんだ、かわいくていいと思うけど………」

「だよな、だがこいつはその事を気にしてるんだ、まったく困った奴だよな」

「んんんんん!んん~!」

 

 それで八幡は薔薇の口から手を離し、薔薇は息を切らせながら八幡に抗議した。

 

「ちょっと、苦しいじゃない!」

「うっせ~な、お前の往生際が悪いのが悪い、俺は悪くない」

「きいいいい!」

 

 そんな二人を見て、芽衣美はひよりにこう囁いた。

 

「この二人、随分仲良しなのね」

「うん、いつもこんな感じみたい!」

 

 尚も漫才のようなやり取りを続ける二人を、

芽衣美とひよりは楽しそうに眺めていたのだった。



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第1033話 激変する生活

「さて、メイミーのキャラを復活させる前にだ」

 

 八幡はそう言って、真面目な顔で芽衣美の顔を見た。

芽衣美はその視線に気圧されながら、おずおずとこう言った。

 

「な、何………?」

「お前さっき、自分にはひよりしか友達がいないみたいな事を言ってたよな、

それはどういう事だ?」

「それはえっと………私って今、半分ニートだからさ………」

「ニート?お前、今いくつなんだ?」

「に、二十歳………」

「あ、私と同い年だね!」

 

 ひよりがそう言い、それで逆に八幡は考え込んだ。

 

「って事は、SAOに入った時は十六だったって事だよな?

でもお前、今帰還者用学校にいないよな?何でだ?」

 

 その八幡の言葉にひよりも薔薇もハッとした。

確かに芽衣美は本来なら帰還者用学校に通っていないとおかしいはずだ。

 

「え、えっとね、うちの両親って世間体を凄く気にする人でさ………、

帰還者用学校なんて体裁が悪いって言って、通わせてくれなかったんだよね………」

「え、マジかよ、お前の将来の事はどうでもいいって事か?」

「あ、う~ん、うちってコンビニをやってるんだけど、

多分将来はそこで働く事になると思うんだよね」

 

 それで八幡は、確かに芽衣美の家の隣はコンビニだったなと思い出した。

 

「コンビニの店長って事か?」

「ううん、それは弟がやるだろうから、ただの店員………」

「はぁ?何だそれ?」

 

 確かに最終学歴が中卒で良ければ、別に帰還者用学校に通う必要は無いが、

そこに芽衣美の意思がまったく反映されていない事に、八幡は怒りを覚えた。

 

「お前はそれでいいのか?何かやりたい事はないのか?」

「う~ん、まあ今のところは特に………」

 

 その言葉に八幡は一瞬呆れたが、

そもそもそういう事を考える時間を与えられていないのだと思い直し、

改めて芽衣美にこう尋ねた。

 

「俺の聞き方が悪かった、自分の進む道は自分で決めたいとは思わないのか?」

「そ、それは思うよ、まだ何がやりたいとかは分からないけど、

でもそういうのを探せるように、色々勉強したいなって………」

 

 その言葉に八幡は頷いた。

 

「なら俺が手伝ってやるから一緒に親を説得しよう。

なぁに、いざとなったら俺がお前を家から連れ出してやるさ、

それくらいの甲斐性は一応持ってるつもりだ」

 

 その言葉にひよりが一瞬羨ましそうな顔をしたが、それはあくまで最終手段である。

 

「ほ、本当に?」

「おう、厚生労働大臣も防衛大臣も知り合いだ、

あまりいい事じゃないが、そっちから手を回す事も可能だ」

「そ、そうなの?」

「実はうちのお父さんが、その厚生労働大臣だったりして………」

 

 ひよりが恥ずかしそうにそう言い、芽衣美は目を見開いた。

 

「そ、そうなんだ!?」

「う、うん」

「そっかぁ、それなら何とかなるのかな?」

「あくまでお前が望むなら、だがな」

「………………」

 

 芽衣美はしばらく無言だったが、やがてスッキリしたような顔でこう言った。

 

「うん、今度は私を牢屋から連れ出して!」

「今度はって、お前を牢屋に入れたのは俺じゃないけどな」

「部下のした事は上司の責任じゃない!」

「その時俺は上司じゃなかったけどな」

 

 そう言いながらも八幡は、黙って芽衣美に手を差し出した。

 

「分かった、お前を自由にしてやる」

「ありがとう!」

 

 芽衣美は感極まった様子で八幡に抱き付き、

さすがの八幡もこの状況で芽衣美を突き放すような事はせず、黙ってそれを受け入れた。

 

「小猫、あらゆる人脈を使って話を進めてくれ、早ければ早いほどいい。

まあこの場合、基本権力をチラつかせて力押ししかないと思うけどな」

「分かったわ、任せて」

「八幡さん、私も手伝います!お父さんにお願いしてみますね!」

「おう、使える権力は総動員してやろう」

「はい!」

 

 こうして薔薇は外へ出ていき、ひよりも親に電話をかけると言って一緒に外に出た。

 

「さて、それじゃあ本題だな」

「う、うん」

「とりあえずこれを見ろ、メイミー」

「これ?………………ひっ」

 

 八幡が取り出したのはナーヴギアであり、芽衣美はそれを見て小さく悲鳴を上げた。

 

「まあそうなるよな、ちなみにこれに、人を殺す機能はもう付いてない、

そしてお前のキャラを復活させるには、お前がこれを被る必要がある」

「そ、そうなの?」

「おう、ナーヴギアが脳波からお前をグウェンだと検知して、

そこにお前を導いてくれるだろう」

「そういう事なんだね」

 

 芽衣美はまだ少し震えながらも、ゆっくりとナーヴギアに手を伸ばした。

 

「本当に危険は無いんだよね?」

「おう、それは俺が保証する。ちょっと待ってろ、今証明してやる」

 

 八幡はそう言うと、芽衣美が掴む前にナーヴギアを手に取り、いきなりこう叫んだ。

 

「リンク・スタート」

「ええっ!?」

 

 直後に八幡の体は弛緩し、一分後に再び意識を取り戻した。

 

「すぐにログアウトしてきたわ、どうだ、安全だっただろ?」

「う、うん、わざわざありがとうね」

「いやいや、気持ちは分かるからな」

「って事は、八幡はこれを被ったんだね、ヴァルハラの強さの秘密が少し分かった」

「おう、少し反則かもしれないが、俺達の二年間を無駄にするのは嫌だったからな」

「うん、その気持ちは私にも分かるよ」

 

 そう言って芽衣美はナーヴギアを手にとり、頭に被った。

 

「そういえばな、お前は多分、SAOで最後にいた座標に飛ばされる事になると思う。

でもSAOとALOだと座標の設定が違っててな、

俺達はシルフ領の空中だったが、今は多分アルン郊外の空中に放り出されるはずだ。

まあそんなに高い位置じゃないと思うが、その時は慌てないように注意するんだぞ」

「そうなんだ、何から何までありがとうね、このお礼は必ずするわ」

「そうだな、いずれ働いて返してくれればいい」

「ふふっ、任せて」

 

 この時の言葉が芽衣美の進路に影響を与える事になるのだが、

この時の二人はそんな事をまったく意識してはいなかった。

そして芽衣美は躊躇いなくこう叫んだ。

 

「リンク・スタート!」

 

 そして懐かしいエフェクトが脳内に流れ、途中で停止した。

 

「あ、あれ?」

 

 その理由は直ぐに分かった。目の前に、名前の設定画面が現れたからだ。

 

「あ~、そっか、私が新キャラを同じ名前にしちゃったから、

名前を変える必要があるんだ………」

 

 表示されている今の名前はGWENとなっており、

芽衣美は少し考えた後、最後にもう一つNを付け足した。GWENNの誕生である。

 

「これで良しっと」

 

 こうして読み方は同じだが綴りだけが違う新生グウェンが誕生し、

直後にグウェンは浮遊感を感じた。

 

「あっ、本当に空中だ」

 

 グウェンはそのまま滑らかな挙動で宙を舞い、空中で辺りを見回した。

 

「あ、アルンが見える」

 

 遠くにアルンが見えたがそんなに遠くはなく、

グウェンは即時ログアウトが出来るように、そちらに向けて飛び立った。

 

「この距離なら五分くらいかな」

 

 グウェンはそう思い、その間に今の自分のステータスを確認しようと考え、

コンソールからステータス画面を呼び出してみた。

 

「わお、今のグウェンよりずっと強い………」

 

 装備の欄はバグっていた為、グウェンは躊躇いなくそのアイテムを全部捨てた。

 

「昔使ってたのと同じ感じの武器をハチマンにねだろっと、

それくらいは許してもらえるよね」

 

 グウェンはそう含み笑いをしつつ、飛ぶ速度を上げた。

 

「うん、いい感じ!」

 

 グウェンはすぐにアルンに到達し、そこでログアウトをしようとして手を止めた。

視界に知り合いの姿が映ったからだ。

 

「グランゼ………と、あれは知らない人ね」

 

 グウェンはやや緊張しつつ、グランゼの方に近寄っていった。

そしてグランゼと目が合った瞬間にグウェンの心臓の鼓動は跳ね上がったが、

グランゼはただこちらに会釈をしてくるのみであり、グウェンも反射的に会釈を返した。

 

(気付かれなかったか、まあそうだよね)

 

 そのままグランゼとすれ違い、グウェンは今の自分の姿を確認してから落ちようと思い、

噴水へと向かってそこに自分の顔を映してみた。

 

「わっ、完全に一緒じゃないけど、結構似た顔になってる」

 

 そこには懐かしさを感じさせる顔が映っており、グウェンは身を震わせた。

 

「うん、ここからリスタートだね、今度こそこの姿で冒険を………」

 

 グウェンは満足げにそう呟くと、そこでログアウトした。

 

 

 

「おう、お帰り」

「お帰り、芽衣美!」

「ただいま!」

 

 芽衣美の晴れやかな表情を見て、

二人は芽衣美が無事に昔のキャラを取り戻したのだと理解した。

 

「どうだった?」

「うん、凄く懐かしかった!」

「そっかぁ」

「それに強かった!」

「ふふっ、良かったね、芽衣美」

「うん、ありがとう、ひより!それに八幡!」

 

 この後、早速両親の説得の為に芽衣美の家に向かう事となり、

そこでひよりの父である健が待っていた事で芽衣美は混乱したが、

その後、八幡と健が二人がかりで両親を説得してくれ、

一切の経済的負担をかけないという条件で、

芽衣美は無事に帰還者用学校へと通える事になった。

これはもちろん八幡の負担であったが、大した額ではない為八幡は気にしなかった。

どうせかかるといっても、制服代と月々の小遣いくらいである。

だが芽衣美はさすがに恐縮したのか、それくらいはバイトをすると言い出し、

即日ソレイユで、つまりは自宅でバイトをする事が決定された。

ここまでの流れはさすがはソレイユ、恐ろしく仕事が早い。

 

「良かったな、芽衣美」

「嘘みたい、まさかさっきの今でこんな事になるなんて………」

「学校には明後日から通えるからな、ちなみにひよりと同じクラスだぞ」

「本当に?やった!」

「鶴咲さん、ひよりと仲良くしてやってね」

「は、はい、ありがとうございます、大臣!ひより、明後日から宜しくね!」

「うん、宜しくね、芽衣美!」

 

 こうして芽衣美の生活は激変する事になった。

今週は家からの通いだが、来週頭には寮にも入れる事となり、

芽衣美は八幡の為に、頑張ってスパイ活動をしようと改めて心に誓った。



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第1034話 そして新しい生活の始まり

 次の日は、芽衣美が学校に通う準備をする為、

夜には用事があるらしいが、それまでという事で、

放課後に八幡がわざわざ芽衣美の自宅まで迎えに来てくれた。

 

「本当に何から何までごめんね」

「気にするなって、こっちもお前にはお世話になるんだしな」

「お世話って………ねぇ、結局ヴァルハラの目的って何なの?」

「おう、小人の靴屋と小猫の元部下、それにシグルドを、

一旦持ち上げた後にどん底まで落とす事だな」

 

 その言葉の意味が分かった瞬間に、芽衣美は思わずこう口に出した。

 

「うわぁ、性格悪い!」

「ははは、そんなに褒めるなって」

 

 そう言いつつも、そんな事の為にここまでしてくれるなんて、

八幡達は全力で人生を楽しんでいるんだなと思い、芽衣美はとても羨ましくなった。

 

(私もそうあれたらいいなぁ………)

 

 芽衣美はそう思いつつ、次の質問を口にした。

 

「小人の靴屋の事は分かるからいいとして、シグルドって誰?」

「シグルドは元シルフ領の四天王の一人だった奴で、

領主を裏切って自分が領主になろうとした、まあクズ野郎だな」

「ああ、八幡達ってシルフとケットシーとウンディーネの領主と親しいんだっけ」

「サラマンダーの領主の弟とも親しいぞ、

多分領主も会った事は無いが、友好的でいられると思う」

「ああ、ユージーン将軍ね!あの人も昔は強かったんだけどなぁ………」

「あいつは武器さえ代えればまだまだ伸びるさ。ちなみにシグルドはこんな奴だ」

 

 八幡はスマホをいじり、一枚の写真を芽衣美に見せた。

レコンが前回遭遇した時に写真を撮っており、それを送ってもらったのだ。

 

「あ、この人、フードで顔を隠してたけど、

昨日グランゼと一緒にどこかに向かってた集団の中にいたかも!

チラっと見えただけだけど、多分間違いないよ!」

「ほう?いつだ?」

「えっと、私がナーヴギアを使った時かな」

「ほうほう、って事はそれくらいの時間から活動してるんだな、

これはいい情報をもらった、ありがとな、メイミー」

「ううん、どういたしまして」

 

 八幡は、芽衣美に対してちゃんとお礼を言ってくれる。

その事が芽衣美はとても嬉しかった。

 

「ロザリアの元部下って、タイタンズハンドのあの男共だよね?」

「おう、メイミーは面識があるのか?」

「あんまり詳しくは覚えてないけど、名前くらいは分かるよ」

「そうか、それは説明の手間が省けて助かるわ。

実はそいつらが、別キャラで七つの大罪に潜入してやがってな、

そいつらをあぶり出す作業を、今地道にやってる所なんだよ」

「えっ、それは厄介だね」

「一応今度、そいつらのデータもそっちに送っておくわ。

見かけたらとりあえずその場所と時刻を記録しておいてくれな」

「オッケー、私に任せなさい!あ、それでね、一つお願いがあるんだけど………」

「ん、何だ?」

「新キャラ………じゃないけど、そっち用に、新しい武器と防具が欲しいの」

「………ああ!」

 

 そういえばSAO時代のアイテムは全部ゴミになるんだったと思い当たり、

八幡はその芽衣美の頼みを快諾した。

 

「分かった、直ぐに手配が可能だ」

 

 その八幡の言葉に芽衣美は感心した顔をした。

 

「本当に何でも直ぐに出来ちゃうんだね」

「何でもじゃない、出来る事だけだな」

「でも本当に凄いよ、ソレイユのえらい人になってるのもそうだしさ」

「それは俺の手柄じゃない、俺の昔の知り合いが凄い人で、

その人が俺達の為の居場所を作ってくれたのを、俺が受け継ぐ予定なだけだ」

「そうなんだ、でも八幡も十分凄いと思うよ」

「凄いかどうかは分からないが、その為に頑張るつもりではいるさ。

昔は働きたくなくて仕方がなかったんだが、

どうやら俺には残念な事に、社畜の才能があったみたいでな」

「あは、残念なんだ」

 

 そう言って芽衣美はクスっと笑った。

 

「おう、本当に残念だ」

「そんな才能が無かったら、もっと楽が出来たのにって?」

「おう、俺は今からでも可能なら、専業主夫になりたいと思ってるぞ」

「あ、それ分かる、私も専業主婦がいい!」

「だよな、ははははは!」

「あはははは!」

 

 どうやらこの二人、中々気が合うようである。

 

「で、これからどこに行くの?」

「最初は帰還者用学校御用達の服屋だ、制服のサイズをチェックしないとな」

「あ~、そっか、一応お小遣いはおろしてきたけど………」

「気にするな、入学祝いって事でそれくらいは出してやる」

「あ、えっと、あ、ありがと」

 

 ひよりから、八幡相手に遠慮すると、後で逆の意味で倍返しがくると聞いていた芽衣美は、

八幡の行為を素直に受け、基本言われた通りにする事を決めていた。

要するに下手に断ると、後でもっと高い物を奢られてしまうのである。

 

「すみません、先日ご連絡した比企谷と申しますが」

「あ、はい、お待ちしてました!」

 

 服屋に着いてすぐに、芽衣美に合う制服選びが開始された。

芽衣美的には二十歳を超えて制服というのは恥ずかしいものがあったのだが、

帰還者用学校の生徒は全員寮住まいな為、

制服で外に出る機会があまり無いというのが救いであった。

もっとも芽衣美は年と比べてかなり若く見える為、

その心配は実は無いのであるが、それを認めたくないのもまた女心なのである。

 

「それじゃあこれを二セット………でいいよな?」

「べ、別に一セットでも………」

「それじゃあ困るだろ、これを二セットお願いします」

 

 八幡は遠慮するなという風にそう話を進め、無事に買い物を終えた後、

次に二人は寮へと向かう事となった。

 

「足りない物があったら揃えないといけないからな」

 

 とはいえ実は昨日のうちに、家電やら何やらはもう手配してしまったらしく、

八幡がその事を詫びてきた為、芽衣美は逆に恐縮してしまった。

 

「べ、別に好みの家電とか無いから、そんなの気にしないでってば!」

「そうか?ならいいんだが………」

「むしろ高かったでしょ?本当にごめんね?」

「いや、そうでもないぞ、冷蔵庫と電子レンジと乾燥機付きの洗濯機だけだからな」

「そ、そう………」

 

(十分高いと思うんだけどな………)

 

 そして現地に着いた後、部屋には既に全ての家具が運び込まれていた。

中では何人かの生徒が動き回っている。

 

「みんな、悪いな」

「あっ、八幡君、その子が新しいクラスメート?って言っても隣のだけど、えへっ」

 

 そう言った女性の顔を見た瞬間に、芽衣美はドキリとした。

芽衣美もSAOのプレイヤーである以上、強いプレイヤーには憧れがあった。

その対象の一人である閃光のアスナが目の前にいるのだ。

 

「は、初めまして、鶴咲芽衣美です、私の事はメイミーって呼んで下さい!」

「私は結城明日奈だよ、これから宜しくね、メイミー」

「はい!」

 

 それから次々と生徒達が挨拶をしてきた。篠崎里香、綾野珪子、

そして桐ヶ谷和人の時に、芽衣美は再び心臓の鼓動が跳ね上がるのを感じた。

 

(あ、黒の剣士………この人がSAOで最強だった人なんだ………)

 

 そして親友の柏坂ひよりと、紺野藍子と紺野木綿季である。

同時にALOでのプレイヤーネームも教えられ、芽衣美はずっと驚きっぱなしであった。

 

「覇王に剣王、バーサクヒーラーと神槌に竜使い、そして絶剣に絶刀?

全員二つ名持ちとか、ひより、私達も頑張らないと!」

「あ、あは、そ、そうだね」

 

 芽衣美の興奮っぷりは凄まじく、ひよりはやや気圧されながら、芽衣美に頷いた。

 

「あ、そうだ、おい里香、メイミーはSAOのキャラを復帰させたから装備が無いんだよ、

話を聞いてやって、ひとセット作ってやってくれないか?」

「そうなんだ、メイミー、どんな武器がいいの?」

「あ、えっと、八幡と同じ感じのを前は使ってたの」

「短剣の二刀流って事?」

「うん、その、ちょっと恥ずかしいんだけど、忍者っぽい奴………」

 

 芽衣美は恥ずかしそうにそう言ったが、里香が笑う事は当然ありえない。

 

「別に恥ずかしくなんかないって、オッケー分かった、バランス調整は後でいいとして、

腕によりをかけて作っておくね!」

「あ、ありがとう!」

「あと装備はどんなのがいいんだろ………」

「斥候っぽいのでお願いします!」

「オッケー、スクナに頼んでおくね!」

 

 他にも必要な装備が書き出され、直ぐに作ってもらえる事になり、

里香はそのまま去っていった。

 

「さすが仕事が早い………」

「まあうちはいつもこんなもんだ。

ところでメイミー、何か部屋を見て足りなさそうな物とかあるか?」

「ううん、大丈夫、後は自分で用意できる物ばっかりだから!」

「そうか、それなら良かった」

 

 こうして引越しとも呼べない引越しはあっさり終わり、

歓迎会は後日正式に寮に入った後でという事となった。

八幡はそのまま芽衣美を家まで送っていく予定になっていたが、

その後空港に誰かを迎えに行く必要があるという事で、

ルートの問題で、先に香蓮の家に寄る事になった。

 

「悪いな芽衣美、帰りが少し遅くなっちまって」

「ううん、こっちこそお世話になりっぱなしだから………」

 

 そしてそれなりに高そうなマンションの前でキットが停まり、

中からかなりの長身の、まるでモデルのような女性が姿を現した。

 

(うわ、凄っ、もしかしてスーパーモデル?)

 

 芽衣美はその女性、香蓮に憧れの視線を向けた。

 

「八幡君、わざわざごめんね?もう、美優ったら、本当にいきなりなんだから」

「あいつはそういう奴だから仕方ないさ、それより香蓮、

こっちは鶴咲芽衣美、俺達の新しいクラスメートで新しい仲間だ。

あ、香蓮とは同い年だと思うぞ」

「は、初めまして、鶴咲芽衣美です、メイミーって呼んで下さい!」

「私は小比類巻香蓮だよ、気軽に香蓮って呼んでね、メイミー」

 

 二人は直ぐに打ち解ける事が出来、芽衣美はまた友達が増えたと喜んだ。

そして芽衣美を家に送り届けた後、二人はそのまま空港へと去っていった。

 

「はぁ、今日も凄かったなぁ………」

 

 そして芽衣美は自分の部屋に戻った後に、ひよりに電話をした。

 

『あ、メイミー?』

「ひより、今日はありがとうね」

『ううん、気にしないで、私達、親友だもん』

 

 そして二人はしばらく会話をした。話題は主に八幡の事である。

 

「八幡には本当にお世話になりっぱなしで頭が上がらないわ」

『あはは、私もだよ』

「それでさっき、香蓮と知り合いになったんだけど」

 

 芽衣美はひよりよりはかなりコミュ力が高い為、

基本すぐに名前で呼び合うようになれるようである。

 

「八幡の周りって、どうしてこんなに美人が多いの?」

『そんなの決まってるよ、みんな八幡さんの事が好きなんだよ』

「あ、やっぱりそうなんだ………」

 

 それから芽衣美は八幡を取り巻く女性達の関係を知って、驚愕した。

 

「うわ、そんな感じなんだ………」

『でも勘違いしないでね、みんな仲良しだよ!』

「そっか、まあギスギスしてないならいいのかな」

 

 ひよりはいずれはヴァルハラ入りするつもりらしく、

芽衣美もいずれはそうなるのかもしれないと漠然と考えていた。

そうなった後にギスギスしていたら大変な為、その事に関しては芽衣美は心から安堵した。

 

「それじゃあひより、明日から宜しくね」

『うん、校門の前で待ってるね!』

「ありがとう、それは本当に助かるわ」

 

 そして次の日の朝、校門の前ではひよりだけではなく八幡達も全員待っていてくれ、

芽衣美は心が温かくなるのを感じた。そのままみんなが教室の入り口まで同行してくれ、

その効果が大きかったのか、芽衣美はクラスメート達に大歓迎され、

新たな学校生活の第一歩を順調に踏み出す事となった。



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第1035話 美優と舞、再び東京へ

すみませんやらかしました、よく考えたら作中での時間経過は四年なのに、五年経ったと勘違いしてました、なので強引ですが、SAOのクリアまで三年半かかった事にしようと思います、徐々に修正していきますが、多分直しきれない所も出てくると思いますので、その辺りは大目に見てやって下さいorz


 この日、美優と舞は東京へと向かう為、空港で待ち合わせをしていた。

 

「舞さん、お久~!」

「美優、今回も宜しくね」

 

 今回は長期滞在になるという事で、二人とも大きな荷物を持参している。

 

「お互い大荷物だよね」

「まあ半月も向こうにいる事になるから仕方ないよ」

 

 二人はそのまま搭乗口へと向かい、機内の客となった。

 

「早速明日は社乙会、明後日はメイドの会だっけ?」

「うん、そこから三日開いて、二十四日がソレイユのクリスマス会、

次の日がALOのクリスマス会、その次の日がバージョンアップで年末が忘年会だねぇ」

「来週の頭はどうしよっか」

「基本観光かなぁ?それまで会えない人にもクリスマスに会えるだろうしね」

「八幡さんも一緒に来てくれるかな?」

「う~ん、どうだろう、忙しそうだしねぇ。今日も多分、迎えには来れなさそうだし」

「そっかぁ、まあ平日だから、それは仕方ないわね」

「うん………」

 

 二人はこの時点で、八幡と香蓮が空港に向かっている事を知らない。

今日東京に向かうと八幡に連絡した時、八幡が『そうか』の一言で済ませたせいである。

八幡にしてみれば、迎えに行くのは当然だという意識がある為、

わざわざ口に出すような事はしなかったというだけなのだが、

さすがの二人もそこまでは読めなかったようだ。

 

「さて、そろそろ時間かな」

「リーダー、美優はもうすぐあなたの所に参ります!」

「ちょ、美優、恥ずかしいから!」

 

 到着時刻が近付いてくるに連れ、美優のテンションはどんどん上がっていった。

邪険にされるのは分かっているだろうに、やはり八幡の傍にいたいのだろう。

 

「とりあえず向こうに着いたら八幡さんのマンションに向かって、ソレイユに挨拶?」

「挨拶は明日でいいんじゃないかなぁ、多分もうほとんど人はいないだろうし」

「それもそうだね、そうなると八幡さんに会えるのは明日かぁ」

「まあそこらへんは我慢だねぇ」

 

 そして飛行機が空港に到着し、二人は久しぶりに東京の大地に立った。 

 

「さて、行こっか」

「うん、ああ、早く八幡さんに会いたいなぁ」

 

 この時点でここにいたのがもしエルザなら、直ぐに八幡の接近に気付いたであろうが、

舞はもちろん美優もまだそこまでの域に達してはいない。

 

「むっ」

「どうしたの?」

「いや、いつもの私なら、

あの遠くにいるカップルの仲睦まじさにイラっとしたと思うんだけどさ、

今日はこれからリーダーに会えるんだって思ったら全然平気で、

ああ、私ってば成長してるなぁって思ったみたいな?」

「それは成長って言えるの?」

「もちろんだよ!今までの私なら、

リーダーを見たら反射的にジュ・テームして………あ、あれ?」

「ん?」

 

 突然美優が目をごしごしし始め、舞は首を傾げた。

 

「な、なぁ舞さん、多分気のせいだと思うんだけど、

あのカップルって、リーダーとコヒーなんじゃ………」

「えっ?嘘?」

 

 舞はそう言われ、

笑顔で談笑しながらこちらに歩いてくるカップルらしき男女の方をじっと見つめた。

まだハッキリと顔は確認出来ないが、そのカップルは女性の方が身長が高く、

確かにその可能性が高いように思われた。

 

「本当だ、何かそれっぽい」

「い、行こう!」

「うん」

 

 二人はそのカップル目掛けて走りだした。

距離が近付くに連れ、やはりそのカップルが八幡と香蓮だという事が分かり、

美優のテンションは一気に上がった………別の意味で。

 

「やっぱりそうだ!コ、コヒーめ、絶対に許さん!」

「えっ?何でそうなるの?」

「だって遠くから見てカップルに見えるほどいちゃついてやがったんだよ!

コヒーめ、抜け駆けしやがって!」

「いや、まあ前からあんな感じじゃ?」

 

 舞の記憶だと、八幡は誰かと一緒に歩いている時は結構無防備であり、

案外簡単に距離を詰める事が可能だというイメージがあった。

実際舞も、八幡と肩が触れ合う程の距離で並んで歩いた事がある。

これは単純に他の女性陣によって、八幡がその距離感に慣らされてしまっただけなのだが、

とにかく今の八幡と香蓮くらいの距離感は、案外普通であるように思えた。

 

「いやいやいや、私があのくらい近くまで行くと、

絶対リーダーに、しっしっって距離を離されちゃうからね!」

「………………あっ」

 

 舞は、それは美優とエルザだけじゃないのかと気付いてしまったが、

さすがにその事を本人に直接言うのは憚られた為、それ以上は何も言わなかった。

 

「くそ、こうなったら必殺のジュ・テームを………」

「そういえばさっき聞きそびれちゃったけど、そのジュ・テームって何?」

「ジュ・テームはジュ・テームだよ!こう口を前に突き出して、

リーダーに向かってダイブするのさ!」

「………さっき成長したって言ってなかった?」

「う………」

 

 その言葉に珍しく美優がその足を止めた。

 

(あ、止まるんだ、そういうところは確かに成長してるかも)

 

 その頃には八幡と香蓮も美優と舞に気付いたようで、

こちらに手を振りながら仲良く歩いてきた。

その事実が更に美優をぐぬぬ状態にしたが、さりとてここから八幡に飛びかかっても、

今まで通りに普通に避けられてしまうのがオチであろう。

そんな感じでジレンマに陥った美優は、完全にその動きを止めた。

舞も美優に付き合って足を止め、そこに八幡と香蓮が合流した。

 

「八幡さん、お久しぶりです!」

「舞さん久しぶり。半月もこっちにいるなんて、随分思いきったなってちょっと驚いた」

「ふふっ、たまにはそういう年があってもいいかなって」

「まあゆっくりしてってくれ、出来るだけの事はするから」

「ありがとうございます!」

 

 八幡は美優相手には若干警戒しているようなそぶりを見せたが、

舞に対しては変わらぬ優しさを見せ、舞は感動した。

その頭からはもう美優の事はすっぽりと抜けている。

そんな舞の代わりに美優の事を気にかけたのは香蓮であった。

 

「美優、久しぶりだね」

「コ、コヒー、それにリーダー、迎えに来てくれたんだ?」

 

 はっきり約束していた訳ではない為、美優は驚きを隠さずにそう尋ねてきた。

 

「ん?当たり前だろ?何でそんな事を聞くんだ?」

「えっ、あ、当たり前なの?」

「何で驚くんだお前は、意味が分からん。それにしても今日は大人しいんだな、

やっとお前も落ち着いてくれたんだと思うと、結構くるものがあるな」

 

 八幡は穏やかな笑みを浮かべながらそう言った。

どうやら八幡にとっては二人を迎えに来る事は、言うまでもなく当然な事だったようで、

美優と舞はとても嬉しそうに顔を見合わせた。

そこから四人は仲良く駐車場へと向かう事となったが、

美優の目から見て、今の八幡はややガードが甘いように見え、

正直今すぐジュ・テームすれば、簡単に八幡を押し倒せそうな雰囲気があった。

 

(でもこれ、私を信頼してるって事なんだよね?

さすがの私もこの状況でリーダーに手出しするとか無理無理無理!)

 

 その事自体はとても嬉しいとはいえ、

どうしても物足りなさを感じてしまうのは仕方がない事だろう。

八幡にちょっかいを出して撃退されるまでが、美優の生きがいなのである。

 

「夕飯はまだなんだよな?このままどこかに寄っていこう」

「リーダー、それじゃあ私、サイゼがいい!」

「そうだね、サイゼってほとんどが札幌にあるから、

帯広の美優や、北見の私には無縁だもんね」

「あ~、そういえばそうだったね、まあ私はこっちに来てからはそれなりに行ってるけど、

確かに二人は行く機会が無いかもね」

「それじゃあそうするか」

「うん!」

「はい!」

 

 そのままサイゼに向かった四人であったが、

密かに勝負した結果、八幡の隣の席は香蓮が、正面は舞が確保する事になり、

そのせいで美優のもやもやがまた増大する事となった。

そんな状態のまま八幡のマンションに向かい、優里奈に出迎えられた一行は、

しばらく寛いだ後に寝る事になった。

香蓮は泊まる予定は無かったのだが、美優がだだをこねた為、結局一緒にいる事になった。

部屋の利用のルール上、今日は泊まる必要が無い為、

優里奈は明日の朝にまた来てくれるという事で、今は自室に戻っている。

八幡は少し疲れたらしく、三人が寝室に入る時はまだ起きていたが、

おそらくもう寝てしまっただろう。

 

「美優と舞さんは明日はどうするの?」

「ヤミヤミとたらおに色々案内してもらうつもりだぜ」

「風太君と大善君も久しぶりよね」

「あっ、そうなんだ」

「コヒーも一緒に来るよな?」

「………別にいいけど」

 

 その美優の強引な誘いに、香蓮は苦笑しながらそう答えた。

 

「そういう所はいつもの美優だね」

「いきなりどうした、親友」

「いや、今日は随分大人しかったなって思って」

「確かに八幡さんに飛びかからないように、よく我慢してたよね」

「舞さんの中でも美優ってそんなイメージなんだ」

「それなぁ………」

 

 美優はそう言ってため息をついた。

 

「今日はそういう雰囲気じゃなかったからなぁ………」

「自分で成長したって言った後に、落ち着いたって言われちゃったもんね」

「そうなんだ、この機会に美優がもう少し大人になってくれればいいのに」

「言うじゃないかコヒー、でも私はもう大人だ!その証拠にこんな事も平気で出来る」

 

 そう言いながら美優は、香蓮の胸を鷲掴みにした。

ここまでの鬱憤を晴らす為でもあっただろう。

 

「きゃっ」

「ほれほれ、ここがいいのか?」

「ちょ、やめて美優!」

「むむ………」

 

 美優は険しい目でそう唸り、手を止めた。

 

「どしたの?」

 

 そんな美優に、舞がそう尋ねてくる。

 

「コヒー、お前、ちょっと胸が大きくなってないか?」

「あ、そういう」

「わ、分かるの?」

 

 香蓮は驚いたように目を見開いた。

 

「ぐぬぬ、やっぱりか!この裏切り者!」

「たまたまだってば、美優だって多少サイズが前後するでしょ?」

「それは確かにそうだけど」

「もしかして身長も伸びてたり?」

「う………怖い事を言わないで下さい舞さん」

 

 さすがにこれ以上身長はいらないと思い、香蓮は苦い顔をした。

 

「ところで美優、そろそろその手を離して欲しいんだけど」

「いやいや、私に揉まれる事で、もっと胸が大きくなるかもしれないだろ?」

「!」

 

 その美優の言葉に香蓮は思いっきり惹かれ、一瞬動きを止めた。

その隙を見逃さず、美優が再び香蓮の胸を揉み始める。

 

「あっ、やっ、ちょっ!」

「くぅ、リーダーはこの胸をいつも揉んでるのか………」

「八幡君に胸を揉まれた事なんかないから!」

「本当か?それにしちゃあ、今日空港でメスの顔をしてやがったみたいだが………」

「そ、そんな顔してないから!」

「え?してたわよね?」

「ええっ!?」

 

 美優ではなく舞がそう言った為、香蓮は驚きつつも、盛大に顔を赤くした。

 

「ほ、本当に?」

「うむ、事実だな」

「う、嘘………」

 

 香蓮はもじもじしたが、そんな香蓮に美優があっさりとそう言った。

 

「大丈夫大丈夫、舞さんもそんな顔だったから」

「ええっ?でも美優もそんな感じだったよ?」

「えっ?」

 

 三人は顔を見合わせた後、一瞬置いて笑い合った。

 

「あはははは、それじゃあ全員じゃん!」

「そういえばすれ違う男の人が、凄い目でこっちを見てた気もする」

「やだ、どうしよう、恥ずかしい………」

 

 最後のセリフは舞のものである。

舞は普段は男勝りだが、八幡が絡むとかなり乙女度が増すようだ。

 

「「なまらかわいい………」」

「か、からかわないでってば」

「っていうか美優、いい加減にその手をどけて」

「だが断る!このおっぱいは今日は私のものだぜ!まあいつもはリーダーのものだけどな!」

「美優、声が大きい!八幡君に聞こえちゃうじゃない!」

 

 香蓮はそう心配したが、八幡は熟睡している為にその心配はない。

こうして三人娘のかしましい夜は更けていき、

そのまま三人は順に寝落ちしていったのだった。



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作中簡易年表

前の投稿で書いた修正は無くなりました。
当初は帰還者用学校を三年として書いていたのですが、
途中から何故か二年だと思い込んだせいで時系列がおかしくなっていたようです。
とりあえず分かり易いように簡単な年表を作ってみましたので、
細かいミスはあるかもですが、とりあえずこちらをご参照下さい。


第一章SAO編

 

2022年 12月25日 SAOサービス開始(第001話)

2025年 3月後半 SAOクリア、八幡、和人ら、現実へ帰還(第80~084話)

 

第二章ALO編

 

2025年 5月後半 八幡、明日奈の所在を把握、和人と共にALOへ(第093話)

2025年 6月前半 残された百人事件解決、明日奈現実へ帰還(第131話)

 

第三章ALOアフター編

 

2025年 8月頃  明日奈転院、リハビリ開始(第134話)

2025年 11月頃  明日奈、リハビリ終了(第145~146話)

2026年 4月6日 帰還者用学校開校(第146話)

2026年 8月後半 第一回BoB(第179話)

2026年 9月   ヴァルハラ・リゾート旗揚げ(第182話)

 

第四章GGO編

 

2026年 10月   メデュキュボイド入手(第226~227話)

2026年 11月   そうだ、京都へ行こう(第239話)

2026年 12月23日 詩乃、クリスマス会にてはちまんくんを入手(第272話)

2027年 1月前半 第二回BoB(第295~299話)

2027年 3月   源平合戦(第308話~第357話)

2027年 5月後半 第三回BoB、死銃事件終結(第405~428話)

 

第五章GGOアフター編

 

2027年 6月   八幡、櫛稲田優里奈の保護者となる(第430話)

2027年 7月   第一回スクワッド・ジャム(第465話)

2027年 8月   ソレイユ、コミケに参加(第519話)

2027年 9月前半 八幡一行、渡米し行方不明に(第560話)

2027年 9月後半 第二回スクワッド・ジャム(第574~599話)

 

第六章キャリバー・トラフィックス編

 

2027年 9月後半 八幡、ラウンダーを掌握(第611~613話)

2027年 10月前半 トラフィックス、正式稼動開始(第639話)

2027年 10月後半 トラフィックス、アスカ・エンパイアに寄港(第708話)

         猫が原の戦い(第718~724話)

 

第七章マザーズ・ロザリオ編

 

2027年 11月前半 八幡、再び渡米(第829話)

2027年 11月半ば 藍子と木綿季の完治と同時に八幡、記憶喪失状態へ(第867話)

         八幡の復活(第874話)

 

第八章キャリバー・クロッシング編

 

2027年 11月後半 トラフィックス・イベント(第931~987話)

2027年 12月前半 藍子、木綿季、自分の足で帰還者用学校へ(第1000話)

2027年 12月18日 社乙会(十二回目)

2027年 12月19日 八幡メイドになる

2027年 12月24日 陽乃主催の八幡を囲むクリスマスの会(リアル)

2027年 12月25日 ヴァルハラ主催のクリスマスパーティー(ALO)

2027年 12月26日 ALO、大型バージョンアップ

2027年 12月28日 フランシュシュ、ライブ

2027年 12月31日 八幡主催の大忘年会(リアル)

 




こうして見ると、2027年後半の密度がやばいですね………


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第1036話 朝のひとコマ

昨日の夜、自分が忘れない為に簡単な年表を投稿しました!
興味がある方は是非ご覧下さい!


「ん、んん………?」

 

 次の日の朝、一番最初に目覚めたのは美優であった。

寝落ちすると早くに目覚めてしまう法則である。

 

「二人ともまだよく寝てるなぁ………」

 

 美優はぽりぽりと頭をかきながら、窓の外がまだ暗かった為、

もう少し寝ようと再び横になった。

その視界にかなりはだけぎみな香蓮の胸が飛び込んでくる。

 

「むむっ、けしからん、でも胸自体は私の方があると思うんだよなぁ………」

 

 美優はそう言いながら自分の胸を揉み、続いて香蓮の胸に手を伸ばした。

 

 ぽよん。

 

 その胸は柔らかく、美優は少し変な気分になったが、

その瞬間に香蓮がこんな寝言を言った。

 

「ん………八幡君、駄目だってばぁ………」

「ずががががああああああああああん!」

 

 美優は驚愕のあまり目を見開いた。

 

「えっ?えっ?何今の寝言、もしかしてコヒーは日常的にリーダーに胸を揉まれている!?」

 

 もちろんそんな事があるはずもなく、

香蓮はただ夢の中で八幡ときゃっきゃうふふしており、

たまたまタイミングが合って寝言を言っただけなのだが、

それは美優にとっては誤解されても仕方がない、神がかったタイミングであった。

 

「ぐぬぬぬぬ、今すぐ叩き起こして問い詰めたい、問い詰めたいが………」

 

 そう呟きながら、美優は香蓮の寝顔に目を向けた。

香蓮はとても幸せそうにすやすやと寝ており、美優は少し顔を赤くしながら再び呟いた。

 

「ま、守りたい、この寝顔………」

 

 結局美優は香蓮を起こすのはやめ、

何となく香蓮の胸を大きくはだけさせるに留めた。この辺りの行動に全く理由はない。

そして美優は今の衝撃ですっかり頭も冴えてしまった為、顔を洗おうと思い、外に出た。

 

「まだ六時半か………でもまあリーダーもそろそろ起きる時間だろうし、別にいいか」

 

 ちなみに八幡が起きるのは七時である。

今日は学校があるので、八時にはここを出る予定だ。

その時玄関の扉がガチャッと開く音がした。

 

「お?」

「あ、美優さん、おはようございます」

「優里奈ちゃん、おはよ~!」

 

 そこには手に中が見えないカゴを手にした優里奈が立っており、

二人はやや声を潜めながらそう挨拶を交わした。

 

「随分早起きなんですね、まだ寝てると思ってました」

「いやぁ、昨日は寝落ちたんだけど、そのせいか早くに目が覚めちゃってさぁ、

仕方ないからコヒーのおっぱいを揉んでた」

「………そ、そうですか」

 

 優里奈は、相変わらず美優さんは自由だなぁと思いながら、慌てて自分の胸を隠した。

何故なら美優が、優里奈の胸に手を伸ばしてきたからだ。

 

「ちっ、残念」

「もう、私の胸まで揉もうとしないで下さい!」

「ごめんごめん、相変わらず立派だなって思ってさ~」

 

 美優はそう言いながらも手をにぎにぎさせ、続けてこう尋ねてきた。

 

「ちなみにリーダーは、優里奈ちゃんのおっぱいを揉んだりはしてくれないの?」

「えっ?そうですね、残念ながら、そういうイベントはまったく発生しないんですよね」

「へぇ、よく我慢出来るよね、リーダーは理性の化け物だったり?」

「ハル姉さんは、『昔の八幡君は、自意識の化け物だったんだよ』って言ってましたね」

「自意識………う~ん、よく分からないな」

「ですね」

 

 二人はそう言って苦笑した。

 

「で、私は早めに顔を洗って先に化粧をして、

コヒーに差をつけてやろうと思ってたんだけど、優里奈ちゃんは?」

「もうすぐ八幡さんが起きるんで、先に洗濯をしてから朝御飯の用意ですね」

「それだとリーダーが起きちゃわない?」

 

 美優はひそひそと優里奈にそう囁いた。美優はこういった気配りも出来るようだ。

 

「あ、それは大丈夫なんですよ、美優さん、ちょっとこっちに」

「お、おう」

 

 優里奈は美優の手を引いて、八幡が寝ている方に連れていった。

 

「ほら、あれ」

「お?何あれ?」

 

 そこに横たわっている八幡は、耳まで隠れるアイマスクのようなものを装着していた。

 

「ソレイユってファンタジー系の服飾関係も自前で作ってるじゃないですか、

その付き合いの関係の業者さんにもらった、

外からの音もほとんどカットしてくれるアイマスクらしいですよ。

耳の所に小型の薄いマイクが仕込まれてて、目覚まし機能もついてるんですよ」

「えっ、何それ、私も欲しいんだけど」

「多分言えばもらえると思いますよ、ふふっ」

 

 優里奈はそう言って微笑んだ。

 

「なるほど、だからちょっとやそっとの音じゃ起きないと」

「はい、フライパンで卵を焼いてても起きないんですよ」

「でもこれじゃあ、リーダーの寝顔がよく見えなくてちょっと残念だよね」

「ですね………さて、それじゃあ先に洗濯をしちゃいますね」

「あ、私も手伝う!」

 

 二人はそう言いながら脱衣所へと向かった。

 

「えっと、美優さんの下着は色が濃いからうちの洗濯機で別に洗うとして、

残りはこっちで一緒に洗えばいいかな」

 

 優里奈はそう言いながら、持参したカゴの中から洗濯ネットを取り出し、

てきぱきと洗濯物の仕分けをしていった。

 

「あ、ごめんね、気を遣ってもらっちゃって」

「いえいえ、色が移ったら困りますから。

私の部屋とここで洗濯機が二つあるから、手間も一度で済みますしね」

 

 優里奈は同時にそのカゴに入れて持ってきた自分の洗濯物も取り出し、

一緒に洗濯機へと放り込んだ。

 

「レースとかも付いてないし、残りは一緒でいいですね」

 

 そう言いながら優里奈は、残りの洗濯物も容赦なく洗濯機へと放り込んだ。

その中には八幡の下着もあり、美優は大きく目を見開いた。

 

「リ、リーダーのパンツも一緒に洗うんだ!?」

「ふふっ、まあ誰も嫌がったりしないですからね」

「むむむむむ、要するに一緒に洗うのは、色が薄くてレースとかが付いてない奴って事?」

「ですね、でもまあ例えば白のレース付きとかは、ネットに入れて一緒に洗いますけど」

「そこまで考えてなかった………」

「え?」

 

 突然美優がそんな事を言い出し、優里奈はきょとんとした。

 

「そこまで、とは?」

「私は今まで、いつリーダーに見られてもいいように、

派手なパンツばかり選んできたんだけど、それだと今日の場合、

私のパンツだけリーダーのパンツと一緒に洗ってもらえないって事じゃない?」

「まあそうですね」

「でもシンプルなパンツなら一緒に洗ってもらえる!

これはまさに目から鱗!コロンブスの卵!

よし、今日はそれを狙ってそういうのを買う事にするよ!」

「あ、あは………頑張って下さい」

「おうよ!」

 

 こうして美優達の今日の予定がまた一つ増えた。

 

「でもそれだとリーダーに衝撃を与える効果が減りそうなんだよなぁ、痛し痒しだな」

「いえいえ、そんな事はありませんよ、美優さん」

「………というと?」

「派手な下着とシンプルな下着だと、もしうっかり見てしまった場合、

八幡さんが目を背ける早さは派手な下着の方が全然早いんです」

「な、何だと!?」

 

 美優はその言葉に衝撃を受けた。

 

「多分、見えた瞬間に、やばいって思っちゃうんでしょうね、

なので少しでも長く見てもらいたい時は、シンプルな下着の方が効果的です」

「分かった、アドバイスありがとう優里奈ちゃん!」

 

 美優はそう言って優里奈の手をガッチリと握った。

 

「いえいえ、どういたしまして」

「よし、それじゃあ時間も無いし、洗濯物をささっと片付けちゃおう!」

「ですね!」

 

 二人はそのまま洗濯を終え、仲良くキッチンに立った。

丁度その頃八幡がのそりと起き上がった。時刻は丁度朝の七時であった。

 

「お、おう、二人とも、おはよう」

「おはようリーダー!」

「おはようございます、八幡さん」

「………美優がキッチンに立ってるのは珍しいな」

「ふふん、惚れ直した?」

「いや、直したも何も惚れてた事が無いからな」

「がああああああああん!」

 

 美優はその言葉にショックを受けるでもなく、口だけでそう言うと、

そのまま機嫌良さそうに配膳を進めていく。

その姿を微笑ましく見ていた八幡は、美優は本当に落ち着いてくれたんだなと感動したが、

当然そんな事はなく、ここまでの流れはあくまでたまたまである。

 

「よしリーダー、そろそろ二人を起こしてきてもらっていい?」

「え?いや、さすがにそれは………」

「大丈夫大丈夫、むしろその方が二人も喜ぶって、

さすがにこんな時期だし二人とも、ちゃんとパジャマを着込んでるからさ」

「そ、そうか?そういう事なら………」

 

 この時点で美優は、自分が香蓮の胸を思いっきりはだけさせた事を忘れていた。

その事を思い出したのは、寝室から八幡が飛び出してきた時である。

 

「お、おい美優、お、お前な!」

「ん、リーダー、どしたの?」

「か、香蓮の、む、胸が………」

「………………あっ」

 

 その八幡の言葉に美優は思いっきり気まずそうな表情をした。

 

「おい美優、何か心当たりがあるって顔をしてるな」

「い、いや、何もないよ?本当だよ?」

「その言い方があからさまに怪しい」

 

 そのまま八幡に詰め寄られた美優は、正直に自分が何をしたのか白状した。

 

「そういう事か、この馬鹿が!」

「ぎゃんっ!」

 

 美優は八幡に拳骨を落とされ、嬉しそうな悲鳴を上げた。

何故嬉しそうかというと、昨日からここまで一度も八幡に怒られていなかったからである。

 

「ありがとうございます!」

「何故お礼………」

「そ、それじゃあ私が二人を起こしてくるね!」

 

 美優はそう言って寝室に飛び込み、しばらくして三人が寝室から出てきた。

香蓮は恥ずかしそうな顔をしていた。どうやら美優が胸の事について説明したのだろう。

 

「八幡さん、おはようございます!」

「ああ、舞さん、おはよう」

「あ、あの………」

「お、おう、おはよう香蓮」

 

 香蓮はぷるぷる震えながら胸を押さえており、美優はそんな香蓮の頭を撫でた。

 

「良かったな、コヒー」

「ちっとも良くないべさ!」

「「おお」」

 

 すっかり東京に慣れ、あまり北海道弁を話してくれない香蓮のその言葉に、

八幡と優里奈はそう感動したような声を上げ、香蓮は益々赤くなった。

 

「う、うぅ………」

 

 美優達の東京での初日は、こんなラブコメな感じで始まったのだった。



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第1037話 朝のふたコマ

 しばらくして香蓮も落ち着き、女性陣は仲良く洗濯物を干し始めた。

八幡はそれを手伝う訳にもいかない為、脱衣所を使い、制服に着替えた。

 

「おお、リーダーの制服姿!」

「八幡君、めんこい………」

 

 香蓮はもじもじしながらそう呟き、舞はそんな香蓮に呆れたような視線を向けた。

 

「その表現はどうなの」

「で、でも確かにめんこいよな?」

「う、うん………」

「まあそれ自体は否定しないけど」

 

 舞にしてみれば、八幡はめんこい、ではなく格好いい、である為、

二人とはやや違った感想になるのであろう。

 

「それじゃあ俺は先に行くわ、優里奈も遅れないようにな」

「はい、行ってらっしゃい!」

「「「行ってらっしゃい!」」」

 

 四人に見送られ、八幡はニコリと微笑んで出かけていった。

内心では、誰かに送り出してもらえるってのは幸せな事だ、などと考えている。

 

「さて、優里奈ちゃんももうすぐ出るよね?」

「はい、私もそろそろ制服に着替えないと」

「洗い物とかは私達がやっておくから、優里奈ちゃんは先に着替えてきちゃいなよ」

「ありがとうございます、お任せしますね!」

 

 優里奈はそう言って自分の部屋へと戻っていった。

三人はそのまま洗い物を済ませて寛いでいたが、そこに制服姿の優里奈が姿を現した。

 

「おお、優里奈ちゃんの制服姿は初めて見た!」

「っていうか、胸が縮んでる!?」

「八幡さん以外に見られるのは嫌だから、普段はこんな感じですよ」

「なるほど………」

「徹底してるんだね」

「はい、私は八幡さんのものですから!」

 

 優里奈は恥らう様子もなくあっけらかんとそう言い、

それじゃあ、と三人に手を振りながら出かけていった。

 

「おいコヒー、優里奈ちゃんのああいう所を少しは見習えよ」

「朝の事ならあれは美優のせいでしょうが!」

「でもリーダーに見られて、恥ずかしかったけど嬉しかったんだろ?」

「う………そ、それは否定しないけど」

「だったらもっと私に感謝するんだな、ははははは!」

 

 美優は強気な態度でそう言い、香蓮と舞はため息をついた。

 

「で、これからどうする?まだヤミヤミとたらおとの約束の時間まで結構あるけど」

 

 舞のその言葉に、美優はドヤ顔でこう言った。

 

「それじゃあ私のニューパンツを買うのに付き合ってよ!」

「え?」

「ニューパンツって………」

 

 下着のストックは十分用意してきているはずなのに、

何故わざわざ買い足すのか分からなかった二人は困惑した。

 

「何で?」

「まあ聞いてくれ、さっき優里奈ちゃんに教えてもらったんだけど………」

 

 そう言って美優は、優里奈から聞いた話を二人に披露した。

 

「な、なるほど………」

「納得しないで舞さん、本来見られちゃいけないものだから!」

「あ、私は仕事が仕事だから、そういうのは案外気にしないの」

「そ、そうなんだ………」

 

 その舞の男前な言葉に、香蓮は戸惑いつつも納得した。

 

「もちろん私も平気だぜ!むしろリーダーの前では常に下着姿でいいまである」

「美優は欲望塗れすぎだから!」

「何言ってるんだコヒー、私はチャンスさえあれば絶対にリーダーとヤるぜ」

「ヤっ………ヤるって………」

 

 香蓮は顔を真っ赤にしながら下を向いたが、そんな香蓮に美優は容赦しない。

 

「それが私とコヒーとの違いだぜ、私は自分が幸せになる為ならもじもじなんかしない!」

「わ、私は………」

 

 香蓮はそれ以上何も言えず、美優はそんな香蓮を鼻で笑った。

 

「はっ、結局コヒーはそうやって恥ずかしがってりゃいいさ、

その間にリーダーは私が美味しく頂くぜ!」

「………………って」

「ああん?」

 

 香蓮が何か呟き、美優はそんな香蓮の顔を下から覗き込んだ。

 

「私だって、そんくらい出来るべ!」

 

 そう言って香蓮は美優をキッと睨んだ。

その瞬間に美優は、ニコリと微笑んで香蓮に拍手をした。

 

「おお~、その意気だコヒー、一皮剥けたな!二人で頑張って幸せになろうぜ!」

「へっ?」

「三人で、よ。それと美優、わざと煽りすぎだから」

 

 そこに傍観していた舞も乗った。

 

「あはははは、こうでもしないとコヒーは一生もじもじしてるだけだと思ったからさ」

「確かにそれは否定しないけどね」

 

 二人はあっけらかんとそう言い、香蓮はぽかんとした。

 

「えっ、ど、どういう事?」

「いやぁ、前から思ってたんだけど、いくらなんでもコヒーは大人しすぎだと思ったからさ、

もうちょっとアピールしないとライバル達には勝てないんじゃないかってな」

「ごめん、実は来る途中の飛行機の中で、そんな話が出たんだよね」

「そ、そうなんだ」

 

 確かに香蓮には、常に自分が一歩引いてしまう自覚があった。

 

「そ、そうだよね、私ももうちょっと頑張らないと!」

「でもそれでコヒーのいい所を潰さないようにな!」

「それじゃあ美優のニューパンツとやらを買いに出かけましょうか」

「そうだね、私もデザインとかもう少し考えてみようかな………」

 

 香蓮は基本そんな派手な下着はつけないが、地味なりに派手な下着でも探してみようかと、

自分なりに八幡へのアピール手段を探る事にしたようだ。

 

「この辺りだとどこがいいのかな?」

「ごめん、私はそういうのに疎くて………」

「それじゃあ分かる人に相談しよう!」

「あ、待って、その前にソレイユに挨拶に行かないと」

「そういえばそうだった!それじゃあそのついでに誰かにお薦めのお店を教えてもらおうよ」

「いい考えだね、そうしよっか」

 

 こうして話はまとまり、三人は先にソレイユに向かう事にした。

 

「「「おはようございます!」」」

「あっ、みんな、来たんだ!」

 

 そんな三人を出迎えたのはかおりであった。

 

「うん、昨日来たんだけど、夜遅かったからさ、今日改めて挨拶をと思って」

「どうしよう、とりあえず社長かな?」

「うん、まあ忙しそうなら今度また出直すから」

「今確認してみるね」

 

 かおりは慣れた手付きでインターホンを取り、陽乃にお伺いを立てた。

どうやらすぐにオーケーが出たようで、直ぐに薔薇がこちらにやってきた。

 

「薔薇さん!」

「みんな、よく来たわね、今社長の所に案内するわ」

「ありがとうございます」

「いいタイミングだったわね、まだ間に合うんだけど、

あと少しで社長は京都に向かう所だったのよ」

「あっ、そうだったんですね」

「セーフ!」

「ふふっ、滑り込みって感じね」

 

 そのまま三人は社長室に案内され、陽乃と対面した。

 

「みんな、いらっしゃい!」

「ソレイユさん、おはようございます!」

「「おはようございます!」」

「そんなに堅苦しい挨拶をしなくてもいいのよ?

フカちゃんとシャリちゃんは半月くらいこっちにいるのよね?

私は来週半ばまでは京都だけど、その後機会があったらまた遊びましょうね。

もちろんレンちゃんも」

 

 陽乃は笑顔で三人にそう言った。

 

「「「はい、是非!」」」

「さて、そんな訳で私はもう出ないといけないのよ、

はぁ、まったく年末は忙しくてたまらないわ」

「いやいや、年末はちょっとは遊びたいから、

今のうちに仕事を片付けるって無理してるのはボスの意思だろうが」

 

 そう横から突っ込んできたのはレヴェッカであった。

 

「それはそうなんだけどね、それじゃあそろそろ行きましょうか、そうだ、京都へ行こう!」

 

 そう言って陽乃は三人に手を振って部屋を出ていった。

 

「三人とも、そんな訳だから、俺ともまた今度遊んでくれよな」

「うん、是非!」

「レヴィもお仕事頑張ってね」

「護衛なのよね?気をつけて」

「ははっ、まあこれを使うような事にはならないと思うけどな」

 

 そう言ってレヴェッカは、舞に懐に忍ばせた銃をチラリと見せ、そのまま去っていった。

 

「舞さん、あれってもちろん本物だよね?」

「まあそうでしょうね、私はそっちには詳しくないから種類は分からないけど」

「さて、それじゃあ私達もお暇しよっか」

 

 そう言い出した香蓮を薔薇が止めた。

 

「待って、その前に今日の会場に案内するわ」

「えっ、会場ってここなんだ?」

「そうなの、今回は秘匿性を重視したいから、普通の店でやるのはやめたのよね。

食べ物と飲み物は、うちの社員食堂のねこやにお願いしたわ」

「へぇ、そうなんだ」

 

 そして会場に案内された三人は、飛び上がらんばかりに驚いた。

 

「え、何ここ」

「ゲームセンター?」

「ここは八幡が作ったうちの遊戯室よ、

もし暇になっちゃったらいつでも遊びに来ればいいわ。もちろん全部タダよ」

「「「おおおおお!」」」

 

 例えば舞はほとんどこういったゲームはやらないが、それは別にやりたくない訳ではなく、

ただ機会が無いだけである。

香蓮も似たような感じであり、比較的こういった場所によく行くのは美優くらいのものだ。

 

「くっ、このままここで遊びたい………けど………」

「まあまた今度だね」

「あっ、そうだ忘れてた!それよりも薔薇さん、ちょっと相談が!」

「そうだった、忘れてたね」

「むしろそっちが主目的なのにね」

 

 三人はしまったという顔でそう言い、薔薇は首を傾げた。

 

「ん、何?」

「私、ニューパンツが欲しいんです!」

「え?」

 

 三人はそのまま今朝のやり取りを踏まえ、薔薇にいい店が無いか尋ねた。

 

「そういう事か………って事は、ブランド物とかの店じゃなく、

地味でありながらそれでもかわいい品を扱ってる店とかの方がいいのね」

「ですです!」

「私はそういう店は知らないけど、秘書室の子達なら知ってるかなぁ」

 

 四人はそのまま移動し、秘書室へと向かった。

中にいたのはクルスと明日香、それと雪乃だった。

 

「あっ、クルスに雪乃!」

「あら、お久しぶりね」

「久しぶり!」

「えっと、こちらは………」

 

 この三人の中で、明日香と面識がある者は存在しない。

 

「今度秘書になる渡来明日香さんだよ、事情は知ってるから普通に話していいからね」

「そうなんだ」

「宜しくね!」

 

 四人は自己紹介をし、雪乃が追加で三人の情報を明日香に伝えた。

 

「ああ、フカちゃんとレンちゃんとシャーリーさん!」

 

 明日香はヴァルハラ・ウルヴズのメンバーについては勉強している為、

すぐに脳内でリンクさせられたのか、うんうんと頷いた。

 

「で、この三人が相談があるらしいんだけど」

「相談………ですか?」

「うん、実はさ………」

 

 美優に説明され、雪乃達はううむと唸った。

 

「なるほど、八幡君にはそういった面もあるのね………」

「勉強になる………」

「えっ、そんな反応!?」

 

 まだソレイユに不慣れな明日香だけが戸惑っていたが、

八幡を取り巻く環境としてはまったく普通の光景である。

 

「そういう事なら力になりたいのだけれど、私は生憎そういう店は知らないのよね」

「雪乃はお嬢様だから、こういうケースには向かないね」

「言うほどお嬢様ではないのだけれど………」

 

 雪乃は少し悔しそうにそう言ったが、実際知らないのだからそう言われても仕方がない。

 

「そういう事なら私は案内出来るよ」

「私も出来るかな」

「それじゃあクルスか明日香、どっちかが付いてってあげるといいわ」

 

 薔薇が快くそう許可を出してくれ、二人は普通にジャンケンをし、

それで同行者はクルスという事に決まった。

 

「それじゃあ行こっか」

「お世話になりま~す!」

「クルス、ありがとね」

「よ~し、いいニューパンツを見つけるぞ!」

 

 こうして四人は買い物に出かける事となった。



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第1038話 昼のひとコマ

「あっ、クルス、ここは?」

「そこは雪乃が行くような店、私達はこっち」

「むむむむむ、分かった!」

 

 四人の女子達は、仲良く店へと向かっていた。

 

「さあ、ここよ」

「おお、いかにもそれっぽい雰囲気!」

 

 案内された店はビルの中の一テナントだったが、

高級すぎる事はなく、さりとて安っぽい感じでもなく、絶妙なバランスを誇っていた。

 

「よ~し、選ぶぞぉ!」

「わ、私も!」

「私はどうしよっかなぁ、一応色々見てみるか………」

「私もさっきの話で思うところがあったし、この機会に新調しよっと」

 

 ()()はそれぞれ選んだ下着を見せ合いながら、和気藹々と買い物を続けた。

 

「あ、美優、ちょっとこれ、見てくれない?」

「アイアイサー!」

 

 香蓮にそう言われ、美優は試着室の外から中を覗き込んだ。

 

「どれどれ………むむむ、おいコヒー、ちょっと興奮してきた、一発ヤらせろ」

「もう、何言ってるのよ、で、どう?」

「おう、最高だぜ!」

 

 美優はお世辞でも何でもなくそう言い、香蓮は嬉しそうに頷いた。

 

「そっか、それじゃあこれにしよっかな」

「リーダーが見たら、興奮する事間違いなしだぜ!」

「そうなったらいいんだけど………」

 

 香蓮は反射的にそう呟き、慌ててそれを否定した。

 

「やっ、冗談、今のは冗談だからね?」

 

 美優はそんな香蓮を見ながら、プークスクスと含み笑いをしていた。

 

「このムッツリスケベめ!」

「そ、そんなんじゃないってば!」

 

 香蓮は慌てて言い訳をしたが、そんな香蓮の肩を、美優はポンと叩いた。

 

「いやいや、コヒーはそれくらいでいいと思うぞ、お前は私と一緒でいい女だ、自信を持て」

「美優と同じって、それ駄目な奴なんじゃ………」

「何だとぉ!」

 

 美優は香蓮に抗議しようとしたが、その時隣の試着室からクルスが顔を出した。

 

「美優、こっちもお願い」

「おおっと、アイアイサー!」

 

 美優はすぐに切り替えて、クルスのいる更衣室に顔を突っ込んだ。

この辺りはさすがと言えよう。

 

「こんな感じでどうかな?朝言ってたのに近い?」

「どれどれ………おおおおお?」

 

 そこには凄まじいプロポーションを誇る美女がおり、美優は思わずそう絶叫した。

 

「どうしたの?美優」

 

 そこにささっと着替えを終えた香蓮がそう尋ねてくる。

 

「い、いや、悪いコヒー、つい鼻血が出そうに………」

「え~?」

 

 そう言いながら香蓮もクルスのいる試着室に首を突っ込み、そこでカチンと固まった。

 

「うわ………」

「二人とも、あんまり見られるとさすがに恥ずかしいんだけど………」

「いやいやいや、何この破壊力、とても同じ日本人とは思えないんですけど?」

「うぅ………どうやっても勝てない………」

「そんな事はないでしょ、香蓮は多分私よりも上だし」

「な、何が?」

「八幡様の中での重要度?」

「そんな事無いと思うけどな………」

 

 香蓮は謙遜したが、以前クルスが付けた女子の中のランキングはほぼ合っていた。

 

「あるって、だからもっと自信を持った方がいい」

「そ、そうなのかな?」

「うんそう、ほぼ間違いない」

「わ、私は?」

 

 そんな二人の会話を聞き、美優が慌ててそう尋ねてきた。

そんな美優の肩をポンと叩きながらクルスは言った。

 

「ドンマイ」

「きいいいいいいい!こうなったらコヒー、リーダーの寵愛を賭けて私と勝負だ!」

「そんな事をしても八幡様の評価は何も変わらない、やる意味がない」

「くっそおおおおお!」

 

 美優は絶叫したが、それが厳然たる事実である。その評価を覆すのは正直不可能だ。

 

「まあペット枠としては美優の方が評価が上だと思うから、頑張れ」

「ペット枠!?具体的には?」

「う~ん、美優、エルザは絶対にその枠だね、まあ他に該当する人はいないけど」

「色物かよ!」

 

 美優はそう言って頭を抱えたが、すぐに立ち直った。

 

「でもよく考えてみたら、ペットに注ぐ愛情って結構凄かったりするよね」

「………ポジティブね」

「さすが美優………」

 

 二人は美優のタフさに感心した。

 

「よ~し、私もいいのを選ぶぞぉ!」

「あ、私も手伝うよ、美優」

「私もこれに決めるから手伝う」

 

 香蓮とクルスにそんな感じで気を遣われつつ、

美優は無事に自分用のニューパンツの確保に成功した。

ちなみに舞は、わが道を行くかのように自分で気に入ったデザインの下着を確保していた。

こちらはこちらでその自立っぷりが半端ない。

 

「さて、そろそろ約束の時間だな」

「約束?誰との?」

「ヤミヤミとたらお」

「あ~、そうなんだ、まあ合流するまでは付きあうよ」

「うん、ありがと!」

 

 四人はそのまま待ち合わせ場所に移動した。

そこには既に二人が談笑しながら待っており、女性を待たせないその姿勢は好感が持てた。

 

「あの二人、こういう所はえらいのに、どうしてモテないんだろ」

「クルス、それは言いっこなし!」

「日本の七不思議だぜ!」

「美優、それは言いすぎ」

 

 そんな会話を交わしながら風太と大善の所に行こうとした四人の前に、

いきなり複数の男性が立ちはだかってきた。

 

 

 

「おい風太、そろそろ時間だな」

「おう、しっかり案内しないとな!」

 

 二人は待ち合わせ場所に早めに来て、どういった順番でどこに案内するか相談していた。

ちなみに軍資金は、密かに八幡の懐から出ている。

風太と大善は、自分達もそれなりに稼いでいるから問題ないと言って断ろうとしたのだが、

それに対して八幡の言い分はこうであった。

 

「それはガード料も含むと思ってくれればいい。

いいかお前ら、香蓮と舞さんに近寄るゴミは絶対に排除しろよ」

「そういう事かよ………あれ、じゃあフカは?」

「あいつはタフだから大丈夫だ、お前達がガードする必要は多分ない」

「そ、そうか………」

「まあでも、もし本当にやばそうなら助けてやってくれ。もっともその為の金は出さんがな」

 

 そう言いながらも八幡が二人に渡してきた金額はどう考えても三人分あり、

二人は密かにほくそ笑んだものだった。

 

「お、来た来た………って、クルスも一緒かよ」

「予定が変わったのかな?まあ別に構わないけどよ」

「って、やべ、行くぞ大善!」

「おお?」

 

 風太にそう言われ、改めて四人の方を見た大善は、すぐに状況を理解した。

ナンパのつもりなのだろう、四人の前に、いかにもチャラい感じの複数の男が立ちはだかり、

必死に四人に声をかけていたのだ。

 

「マジか、これが八幡にバレたら後でドヤされるな」

「まあ仕方ないさ、あの四人は目立つからな」

 

 二人はそう言いつつ四人の方に駆け出した。

そして後ろから男達に声を掛けようとした瞬間に、

クルスがいきなり先頭の男の腕を捻り上げた。

 

「い、痛てててて!」

「気持ち悪い手をこっちに伸ばしてこないで」

「な、何だと!?」

「ああもう、こうしてるだけでも気持ち悪い、後で念入りに手を洗わなきゃ」

「ふ、ふざけんな!」

 

 残りの男のうちの一人がその言葉でエキサイトし、舞の方に手を伸ばしてくる。

だが現役のハンターである舞は、そんな男は歯牙にもかけず、その手をバシっと振り払った。

 

「何?何のつもり?死にたいの?」

 

 その口から発せられる言葉はどう考えても女子のセリフではなかったが、

それにはかなりの迫力が伴っており、男達は思わず後ずさった。

香蓮はうざそうに男達を見下ろしている。

普段は嫌で仕方がない身長の高さが、こういった場合には有効に働く。

結構武闘派であるはずの美優は、案外役立たずであった。

何故ならこの三人に先を越され、前に出そこなったからだ。

 

「おい大善、これって俺達がガードする必要無いんじゃね?」

「まあそう言うなって、多分こうなる前に防げって事なんだろ」

「ああ、確かにそう言われるとそうか」

 

 そして二人はその間に割って入り、四人をガードするようにその前に立ち塞がった。

 

「悪いな、この四人は俺達のツレなんだ」

「そうそう、女の子が嫌がってるんだ、もっと周りの目も気にした方がいいぜ」

 

 その言葉で周囲を見ると、やじ馬達の中には動画をとっている者もおり、

男達は慌ててその場から逃げ出した。こういった時はSNS社会万歳である。

 

「ふう、悪い、気付くのが遅れたわ」

「無問題、対処余裕」

 

 いきなりクルスがGGOでの昔の口調でそう言った。

 

「………何でいきなりそんな話し方になるんだよ」

「回想、GGO」

「ああ、確かにGGOの時は確かにそんな感じだったけどよ」

「二人の顔を見てたらつい………、

それにしても相変わらず八幡様と比べると、二人は平凡だね」

「いやいや、あいつと比べるなよ!」

「平凡で悪かったな!」

「そもそも比べる事自体が八幡様に失礼だった、ごめんなさい」

「謝られるともっとみじめになるだろうが!」

「本当に変わらないよなぁ………」

 

 二人はクルスの顔を見ながらそうため息をついた。

 

「それじゃあ後は二人に任せた、私はソレイユに戻らないといけないから」

「お、そうなのか?オーケー、任されたぜ」

「またな」

「うん、またね」

 

 クルスはぶっきらぼうにそう返事をしたが、

実はクルスは学校の同級生などには絶対にそんな事は言わない。

二人を友人だとしっかり認識しているが故の、またね、なのである。

 

「さ~て、それじゃあ改めて、三人とも、ようこそ!」

「今日はしっかりと観光の手伝いをさせてもらうから」

「うん、宜しくね、ヤミヤミ、たらお」

「宜しくお願いします」

「舞さん、もっとフランクな感じでいいから」

「そうそう、俺達は八幡ファミリーみたいなもんなんだからさ」

「そう?ありがと」

「私も案内に協力するね、今日はどこに行くつもり?」

「お、すまねえ香蓮さん、えっと、今日の予定は………」

 

 こうして合流した五人は、社乙会の時間まで観光を楽しんだ後、

クリスマスにまたねと挨拶をし、別れる事になった。

香蓮と美優、そして舞は、一度マンションに戻った後、

ちょうど帰ってきた優里奈に帰宅予定時間を伝え、そのままソレイユの遊戯室へと向かった。

 

 

 

「………で、優里奈、これは?これって女物の下着だよな?」

 

 遅れてマンションに到着した八幡は、テーブルの上に置いてある下着を前に戸惑っていた。

 

「あ、それ、美優さんが今日買った新品の下着らしいです」

「あの野郎………一体何のアピールだよ」

 

 その下着は美優がギャグで買ったものだが、そのお尻の部分には、

『YES!』の文字が描かれていたのだった。

この置き土産のせいで、美優は後で八幡にお仕置きされる事となる。



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第1039話 社乙会(十二回目)前半戦

「マスター、今日って何の集まりなんですか?」

「おう、八幡の旦那のファンクラブみたいな集まりらしいぞ」

「そうなんですか!へぇ、私もいつか入れるといいなぁ」

「とても興味深い」

 

 遊戯室に料理や飲み物を運びながら、

ソレイユ社員食堂『ねこや』のアルバイトのアレッタとクロは、

ねこやのマスターとそんな会話を交わしていた。

 

「あ、マスター、それにアレッタちゃんにクロちゃん、

今日は我侭を言ってしまってごめんなさいね」

 

 そんな三人を出迎えたのは、社乙会会長の薔薇であった。

 

「いえいえ、むしろこんな大口の注文を頂いてありがとうございます」

「わぁ、結構人がいるんですね!」

 

 既に遊戯室の室内は人で溢れていた。その全てが美人と言っていい女性であった為、

アレッタは驚きで目を見開いた。

 

「美人ばっかり………」

「え~?アレッタちゃんだってかわいいじゃない」

「そんな事ないです、私なんて全然ですよ!」

 

 アレッタはそう言って手を前に出し、わたわたと横に振った。

 

「そういえばアレッタちゃんもクロちゃんも、

卒業してもそのままねこやで働きたいって言ってるんだって?」

「はい、もし可能なら、ですが」

「一生八幡と一緒にいたい、主にカレー的な意味で」

 

 アレッタはともかく、八幡に定期的にカレーを食べに連れていってもらっているクロの、

八幡への懐きっぷりはかなりのレベルのようだ。

 

「マスター、もしそうなった場合、どうなの?」

「そうですね………」

 

 ねこやの店員はソレイユの雇っているバイト扱いであり、マスターは正社員となるが、

売り上げに応じた成果給が毎月こまめに支給されている状態である。

その成果給についてはバイトも例外ではない。

資金的に余裕のあるソレイユの社員達はねこやをまめに利用してくれる為、

それを差し引いてもまだ数人は人が雇えるくらい、ねこやは健全経営を続けていた。

 

「まったく問題ありません、バイト代が固定給に変わっても大幅に黒字ですよ」

「そう、それじゃあ八幡から許可が出たら、卒業し次第正式採用って事で」

「やった、ありがとうございます!」

「これで八幡とずっと一緒」

 

 薔薇はそんな二人を微笑ましく眺めていた。

薔薇は料理はどちらかというと得意なのだが、家事をする時間的余裕があまりなく、

ねこやに通う頻度がかなり高い為、二人と交流する機会はかなり多いのだ。

そのせいで私情も若干混じっているが、二人の働きぶりもちゃんと考慮した上で、

事前に陽乃の許可もとって、今回このような判断を下したのである。

 

「そういえば噂だと、コアな常連には料理の名前がついてるんだって?」

「ええ、まあ常連さんの間で勝手にそう呼びあっているだけですけどね」

「メンチカツ、エビフライ、テリヤキ、ロースカツ、チョコレートパフェまでいるのよね、

ふふっ、楽しそうでいいじゃない。いずれ私も何かの名前で呼ばれたいわ」

「………実は室長は密かに『ミルクレープ』って呼ばれてますけどね」

 

 ここでマスターからのカミングアウトがあり、薔薇は顔を赤くした。

 

「あれは既製品で申し訳ないと思ってるんですが、作るのはさすがに厳しくて………」

「そ、それはいいのよ、す、凄く美味しいし」

「そう言って頂けると。おっと、そろそろ配膳しますね、時間ももうあまり無いですし」

「そうね、それじゃあお願いします」

 

 今日の料理はバイキング形式で、

遊戯室に作られた休憩用のカウンターに料理とお酒が並べられる。

料理は温かい物は温かく、冷たい物は冷たいまま提供出来るように工夫されており、

飲み物に関しては無料自販機があるので問題なく、

酒類はアイスペールに入れて並べられる形となっている。

もっとも社乙会は泥酔禁止なので、その量は少ない。

そして配膳が終わり、三人が出ていくと、遂に社乙会の忘年会が開始された。

ちなみに入り口は中から施錠され、誰も入れないようになっている。

これは万が一、八幡がふらっと訪れた時の対策であり、

当然社乙会の三文字はどこにも書いてはいない。

 

「それじゃあみんな、今日は集まってくれてありがとう。

今日の参加者は全部で二十二人、社乙会もここまで大きくなりました、本当にありがとう」

 

 その薔薇の言葉に大きな拍手が上がる。

 

「それじゃあ最初にいくつか議題を片付けてしまいましょっか、

最初はクルスから」

「はい」

 

 その言葉でクルスが立ち上がり、前に出た。

 

「私は先日こんな光景に遭遇しました」

 

 そう言ってクルスが語り出したのは、先日の会議の前の、八幡とめぐりの事であった。

 

「………という訳で、めぐりさんから発せられる雰囲気は、

八幡様を大幅に癒してくれるようです。八幡様はこの現象を、

自ら『めぐりっしゅ』と名付けられました」

 

 その瞬間に参加者達がどよめいた。

 

「確かにめぐり先輩は昔からそんな感じだったけど………」

「ヒッキーがわざわざ名付けたって事は、本当っぽいよね」

「それを再現出来たら私達の大きな武器になりそうですね」

 

 そして普段は特定のゲーム機の映像を大写しする為に用意されている遊戯室のモニターに、

めぐりの普通の顔、怒った顔、柔らかい笑顔の三つが表示され、

参加者達はその写真を元に、ああだこうだと真面目に議論を交わしあった。

 

「フラウ、これって………」

 

 初参加の中でも特に八幡との関わりが薄い明日香は、

この光景に付いていけず、フラウにそう話しかけたが、

どうやらフラウはこういうくだらない事に真面目に取り組むのが好きらしく、

いきなり立ち上がって意見を述べたりし始めた。

 

「むぅ、まだ私には分からない世界だ………」

 

 この時はそう言っていた明日香も、回を重ねるごとに染められていき、

いずれ自ら議題を提出したりするようになる。

 

「さて、結局仮説がいくつか提示されただけに終わりましたが、

これについては研究続行という事にしたいと思います。次、理央!」

「はい」

 

 次に指名された理央が立ち上がり、スッと前に出る。

 

「報告です、実は先日、八幡にこんな物をもらいました」

 

 そう言って理央は、チェーンに通したおもちゃの指輪を掲げ、

参加者達は先ほどよりも大きくどよめいた。

 

「ゆ、指輪!?」

「何て凄いお宝なの!?」

「一体どういう経緯で?」

 

 理央はその質問を受け、この指輪を手に入れた経緯の説明を始めた。

 

「実は先日大野財閥の晶さんと春雄さんと、

八幡と一緒にゲームセンターに行く機会がありました。

その中に、中に何が入っているか分かりませんと書いてある、

いわゆるガチャガチャがあったんです」

 

 理央がそこまで言った時点で、なるほど、それで、という声が広がる。

理央はその言葉に頷きながら、話を続けた。

 

「八幡がこういうのが好きだって事は皆さんよくご存知だと思います。

で、八幡がわくわくした顔でそれを回し、そして出てきたのがこのおもちゃの指輪です。

八幡は、『何だこれ、ほれ理央、良かったらやるよ』と言って、

このお宝を無造作に差し出してきたんです」

「お~!」

「それはラッキーだったね!」

「理央、おめでとう!」

 

 そして大きな拍手が上がり、理央は照れた表情でそれに答えた。

 

「でもどうして指じゃなく、チェーンに通してるの?」

 

 その結衣の疑問はもっともであり、それについても理央は詳しく説明した。

 

「実はその後、大野ご夫妻からこんな話があったんです」

 

 理央はそう言って、二人の記念である指輪の話を披露した。

 

「おお………」

「大感動巨編!」

「いいなぁ、そういうのって憧れるよね」

 

 先ほどは付いていけないと言っていた明日香でさえ、この話には素直に感動していた。

 

「そっかぁ、おもちゃの指輪って簡単に壊れちゃうもんね」

「それでそうしたと………」

「そういう指輪って、もうほとんど見ないよね」

「リング状の物なら指輪じゃなくてもいいかもね」

「だねぇ、でもそういう機会は中々………」

 

 そんな会話が交わされ、理央の代わりに薔薇が一歩前に出た。

 

「という訳で、私から理央に『指輪の先駆者』の称号を与えます。

みんな、もしそんな機会がありそうなら、

理央に続けるように頑張ってそのチャンスをモノにしましょうね!」

 

 その言葉に全員から賛同の声が上がる。理央はいい報告が出来たと胸を撫で下ろした。

 

「さて、せっかく理央がここにいる所で私も含めて関連の報告です。

これに関しては、フェイリスと萌郁にも協力してもらいました」

 

 その薔薇の言葉で二人が立ち上がって頭を下げる。

 

「見て欲しいのはこの本よ、『神々の庭の戦い』『十字架女王』の二冊の同人誌!

これを書いたのは、私の元部下の七人の中の誰か。

さあ、みんなでこの本の内容を確かめて頂戴!」

 

 その言葉に一同は、悪い意味でどよめいたのであった。




めぐりんについての話が出たのは827話ですね。
理央が指輪をもらったのは896話です。


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第1040話 社乙会(十二回目)後半戦

「同人誌?」

「これ、十八禁の奴じゃない!」

「うわ、うわぁ………」

「どうしてこれを私達に?」

 

 その参加者達の疑問はもっともである。

この中には未成年も沢山おり、その者達にこういったものを見せるのは、

あまり褒められた行為ではないからだ。

 

「室長………」

「さて、誰が最初に気付くかしらね」

 

 その薔薇の期待に応えたのは、やはり才女として名高い雪乃であった。

 

「ちょっと待ってみんな、もしかしてこれ、私達の本なんじゃないかしら」

 

 その言葉に参加者達から小さな悲鳴があがった。

 

「た、確かに………」

「この円盤猫ってフェイリスだよね?」

「幾何学魔女?ロジカルウィッチ?」

「氷の魔女ってもう雪乃で確定じゃん………」

「妖精弓手?ふ~ん、へぇ~」

 

 事情を知るフェイリスと理央は無反応だったが、

雪乃と詩乃は、当然のように怒りの波動を発散させた。

だがその流れが変わったのは、こういう時は案外冷静な優美子が発言してからである。

 

「いや、待ちなって、ねぇ薔薇さん、もしかしてこの雪乃を陵辱してるのって………」

「………そこで敢えて私の名前を出すのはどうしてかしら」

「最後まで聞きなって、もしかしてこれ、八幡なんじゃね?」

「えっ?」

 

 雪乃はそう言われ、驚いた顔で『神々の庭の戦い』を手に取った。

 

「この文字………影?銀?もしかして銀影?」

「うん、それにこの、『覇覇覇覇覇!』って笑い声、覇王のもじりっしょ。

『支配支配支配!』ってのは、ザ・ルーラーみたいな」

「ほ、本当だ、よく見ると顔もそれっぽい!」

「って事はこの同人誌は………」

 

 乙女達は顔を見合わせた。

 

「私が八幡に陵辱されるっていう嬉し恥ずかし本!?」

「あ、あたしは?あたしは出てないの?」

「くぅ、GGO組はこういう時に不利すぎる………」

「いや、あれ?でもそしたらこっちの本は?」

 

 誰かがそう言い、『十字架女王』の検証が始まったが、これはすぐに結論が出た。

 

「これって………薔薇さん?」

「そうだね、この顔は普通に間違いない」

「遂にその事に気付いてしまったのね」

 

 そう言った薔薇の声はかなり得意げであった。

 

「これで会長としての面目が保たれたわ、

まあ理由はおそらく私の事を恨んでるからでしょうけど、

とにかく私はあいつらのおかげで、丸々一冊分八幡と絡む事に成功したのよ!」

 

 その言葉に乙女達は、悔しそうな表情をした。

 

「くっ、ホームタウンディシジョン………」

「くぅ!私も八幡に陵辱されたいのに!」

「エルザ、落ちついて?」

「あ~そっか、あの日にこれを見つけたんだ」

 

 沙希は先日の事を思い出してそう言った。

 

「さて、みんなにこれを見せたのは、これが是か非か問う為よ。

みんな、これについてどう思うか意見を述べて頂戴」

 

 そして乙女達はそれぞれの意見を述べていったが、驚くほど否定する意見は少なかった。

この相手の男が他のプレイヤーならともかく、八幡である以上、これは当然だろう。

当然その事も指摘され、乙女達はこれに関してどうすればいいか、真面目に話し合った。

 

「ここまでの意見をまとめると、

このままの路線でいくなら黙認していい、という感じかしらね」

「ただしそれには、このままの路線でずっといくという保証が必要ではないかしら」

「確かに!気が付いたら他の男に襲われてるとかは容認出来ない!」

「一応この人達、年末の冬コミに参加が決まってます」

 

 そこで理央からそう報告があった。

 

「なるほど………日程は?」

「二十八日から三十一日までだお」

「あ、そこってばうちらはソレイユの企業ブースに行かないとだ」

「だねぇ………」

「私達もALOのイベント消化で忙しいはずだよね」

「三十一日ってリアル忘年会だよね?」

「まあ初日に捕まえれば問題ないっしょ」

「となると適任は………」

 

 社乙会の中では二番目に発言力のある雪乃がそう言って乙女達を見渡し、

乙女達の中から何人かが手を上げた。

 

「私、そういう所に行った経験って全然無いけど、行けます!」

 

 最初にそう言ったのは千佳であった。千佳はゲームとは全く無縁であったが、

少なくとも社乙会のメンバーとしては古参であり、

仲間達がどれだけ八幡の事を思っているのか知っている為、

常日頃から、仲間達の為に自分に出来る事は何でもやりたいと思っていたのだった。

 

「私も大丈夫、荒事なら任せて」

 

 続けて舞が手を上げた。こういう時は何とも頼りになる。

 

「私も行く。多分そこまでいけば、もうALOにログインする必要はないはず」

「私とフラウも大丈夫だよね?」

「フヒヒ、どうせ言われなくても行くつもりだったし問題ない」

 

 続けて萌郁、明日香、フラウが手を上げた。

この三人には別の使命が与えられていたが、年末のその時期にはもう終わっているはずだ。

 

「わ、私も行くよ!私に何が出来るか分からないけど………」

 

 最後に香蓮が手を上げ、こうして六人の勇者が決定した。

それをまとめるのは薔薇である。

 

「私は基本、ソレイユのブースに詰めてないといけないんだけど、

元部下の事だし、私が行かないと始まらないわよね」

 

 これで捕獲メンバーの選抜は終わり、続けて議題はその後の話に移った。

 

「で、やめさせた場合は何の問題も無いとして、

存続させるとなった場合の話をしておかないといけないでしょうね」

「私、私もリーダーと絡みたい!」

「そ、それなら私も………」

「今からゲームを始めるべきかな………?」

「千佳、それには反対しないけどちょっと落ち着いて!」

 

 そんなかおりはいざとなったらソレイアルをコンバートさせればいいので案外余裕である。

 

「みんなの意見を総合すると、存続させるにしても、

しばらくは私達に似せたキャラを書かせるって事でいいのかしら」

「賛成!」

「それしかない!」

 

 それに付随して、別の意見もまた登場してきた。

 

「というか、捕獲出来るなら年末の作戦を進める意味が無くない?」

「あいつらがリアルで一緒にいたのは確認されてるけど、

お互いのプライバシーについてどこくらい知っているのか分からない以上、

こっちはあくまで保険と考えておいた方がいいと思うわ」

「なるほど、確かに!」

「まあ捕獲してみた後に、身柄を押さえてどの程度までこちらのいいように使えるか、

色々とごうも………じゃない、お願いしてみてから考えた方がいいのではないかしら」

「今拷問って言いかけなかった!?」

「さっすがゆきのん………」

「こういう時は頼りになる!」

「ただし、犯罪行為にはならないように、みんな、注意しましょうね」

「「「「「「「「は~い!」」」」」」」」

 

 こうして『セブンスヘル』に関する話し合いも終わり、今日の議題は全て終わった。

次はいよいよ八幡の着替えシーンの上映会である。

 

「それじゃあ藍子、木綿季、お願い」

「「はい!」」

 

 二人は薔薇に名前を呼ばれ、乙女達の前に立って、

どういう経緯で八幡の着替えの盗撮に成功したのか熱く説明した。

 

「おお」

「苦労したんだね………」

「よくやったわ!」

「あのヒッキーを出し抜くなんて凄いね二人とも!」

 

 ここで、これは犯罪なのでは?という意見が出ない辺り、

乙女達は八幡に関しての倫理観が麻痺していると言わざるを得ない。

八幡にとってはとんだ災難である。ドンマイ、八幡。

 

「それでは上映を開始します」

 

 それからしばらく、遊戯室は乙女達の嬌声で溢れかえった。

 

 

 

「ふう、心のフォルダに保存完了っと」

「これでまた寿命が延びたわえ、ふぉふぉふぉ」

「いい物を見させてもらいました、ありがとうございます!」

「わ、私なんかが見ちゃって良かったのかな?」

「みんな、そろそろ落ち付いて!

それじゃあ次は一部の人にしか恩恵が無くて申し訳ないんだけど、

今日最後になるわ、先日のトラフィックスのイベントの時の写真の先行配布よ!」

 

 該当するメンバー達は、その言葉に盛り上がった。

 

「存在する全ての写真の中から、

本人が写っている全ての写真をデータにしてそれぞれの携帯に送るわ。

見る場合はACSを起動して頂戴」

 

 その言葉で乙女達の一部が、いそいそとスマホを取り出した。

 

「さあ、ご覧あれ!」

 

 そして薔薇が持ち込んだPCを操作し、乙女達のスマホが一斉に鳴った。

 

「さて、それじゃあ堅苦しい話はここまで!ここからはフリータイムよ、

みんな、自由に飲み食いして今送った写真も見たりしながら、

八幡に対する不満をぶちまけましょう!」

 

 そこからの乙女達の醜態はこれ以上お見せする事は出来ないが、

もし八幡がここにいたら、確実にその貞操は奪われていた事は間違いない。

こうして社乙会の忘年会は、盛況のうちに幕を閉じる事となったのである。




集団心理って怖いですよね!


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第1041話 反省しました?

 香蓮、美優、舞の三人は、

社乙会の興奮も冷めやらぬまま、八幡のマンションへと帰還した。

 

「いやぁ、今日は楽しかったねぇ」

「明日はいよいよメイドの日………」

「リーダーのメイド服もいいけど、単純にメイド服を着るのが楽しみだなぁ」

「あ、それはあるかも。私ってばそういう格好には全く縁がないから………」

 

 舞の仕事柄、それは仕方がない事だろう。

 

「いやいや舞さん、その分この旅行で色々チャレンジしてみればいいじゃん!」

「でもそんな格好が私に似合うかどうか………」

「いやいや、謙遜しすぎだって、舞さんはスラっとしてて凄く美人だぜ!」

「そ、そう?」

「そうそう、きっとリーダーもそう思ってるに違いないって」

 

 舞は戸惑ったように香蓮の顔を見たが、香蓮が笑顔で頷いた為、

舞は頬を赤らめながら下を向いた。

 

「そ、そっか」

 

 三人はそのまま仲良くエレベーターに乗り、八幡の部屋がある階へと到着した。

ここまでの流れがあまりにも楽しかった為に、美優はこの時点ですっかり忘れていた。

出かける前に、自分が八幡に何を残していったのかを。

 

「あ、あれ?ドアが開いてる?」

「無用心だなぁ………」

「八幡君?優里奈ちゃん?」

 

 三人はそう言って室内に入り、ドアを閉めようとした。

その瞬間にドアの背後から何者かが現れ、一緒に室内に入ってきた。

 

「きゃっ!」

「だ、誰!?」

「あれ………リーダー?」

 

 そこにいたのは八幡だった。おそらく開いていたドアの陰にでも潜んでいたのだろう。

 

「おう、三人ともお帰り」

「うん、ただいま」

「ただいまです!」

 

 香蓮と舞が笑顔でそう答え、同じように美優もそう答えようとしたが、

その前に八幡が、部屋の鍵を後ろ手でガチャッと閉めた。

同時に八幡はもう片方の手を伸ばし、美優の頭に手を乗せた。

 

「リ、リーダー?えっと、その………た、ただいま?」

「本当に、本当に待ちくたびれたぞ、よく帰ってきたな、美優」

 

 その言い方は、美優の帰りを喜んでいるようなニュアンスではなく、

例えて言うなら『よく平気な顔で帰ってこれたもんだな』というような感じであり、

美優は背筋がゾクッとし、カタカタと震え出した。

 

「おいおい、どうして震えてるんだよ」

「さ、さあ、どうしてですかね………」

 

 そう言いながら美優はそっと振り返ったが、そこには香蓮も舞ももういなかった。

不穏な気配を察知して、逃げ出したのである。

 

「あっ、コヒー?舞さん?」

「他人の事なんか気にしないでいいだろ、

お前も『YES』らしいし、二人で楽しい事をしようじゃないか」

「………ああっ!?」

 

 それで美優は、自分が何をしたのか思い出した。

 

「え、えっと、リーダー、ちょっと確認させてください………」

「おう、何だ?」

「その楽しい事というのは、性的な意味で気持ちいいって事で合ってますか?」

「おう、合ってる合ってる、人によってはそう思うらしいぞ、エルザとかがそうだ」

「そ、それ駄目な奴じゃ………」

 

 美優はその言葉に絶望した。もちろん今名前が出たエルザだったら大歓喜だっただろうが、

そもそもエルザを相手に八幡はこんな事はしない。喜ばせてしまうだけだからである。

 

「さて、居間でのんびりしよう、今日は特別だ、お前は俺の膝の上に座るといい」

「あっ、はい………」

 

 そのセリフを合図に、八幡の手に力がこもっていく。

それは要するに、美優の頭が八幡の手によってギリギリと締め付けられるという事であった。

 

「リ、リーダー、これは気持ちいい事じゃないのでは………」

「そんな事ないだろ、お前、こういうのは大好きだよな?」

「あっ、はい………」

 

 そのまま美優は、八幡に引きずられるように連行されていった。

そして居間に入ると、果たして机の上には美優が置いたYESパンツが、

夕方の位置から微動だにせずそのまま置いてあった。

香蓮と舞、それに優里奈は三人仲良くソファーに座っており、

美優はそちらに助けを求めようと手を伸ばしたが、

三人はそれに対して露骨に視線を逸らした。

 

「う、裏切り者!」

「っていうか美優、いつの間にこんな事を………」

「ちっとも気付かなかったわ」

「い、いや、そりはその………」

 

 その言葉から、香蓮と舞はやはり何も知らなかったのだと八幡は確信した。

実は予想していた通りである。もし美優がこんな事をしたのを見ていたら、

香蓮なら絶対に止めるはずだからだ。

 

「まあ別に悪気があってやった訳じゃないんだろうけどな」

 

 そう言いながら八幡は、残ったソファーに座り、そのまま美優を自分の膝の上に乗せた。

 

「え、えっと………」

 

 美優は許しを請うように八幡の顔を見たが、そんな美優に八幡は明るい声で言った。

 

「いやぁ、そんなに喜んでもらえると、

俺もお前に膝を貸してやってる甲斐があるってもんだ」

「あっ、はい………」

 

 そう言った八幡の目がちっとも笑っていなかった為、美優はそう言う事しか出来なかった。

 

「ちょ、ちょっと羨ましい気も………」

 

 その時香蓮がボソリとそう言い、それが聞こえたのだろう、

八幡は一瞬顔を赤くしてからごほんと咳払いをした。

 

「おい美優、香蓮が羨ましいってよ、良かったな」

「じゃ、じゃあ代わってくれよコヒー!っていうか代わって下さいむしろお願いします!」

「あはははは、おかしな奴だな、なぁ香蓮」

 

 美優にそう言われ、香蓮は一瞬頷きそうになったが、

ここで八幡の邪魔をする訳にはいかない為、

駄目元で後で頼んでみようなどと考えつつ、香蓮は美優に首を振った。

 

「い、いいよ美優、せっかくだし、八幡君にいっぱい甘えればいいんじゃないかな」

 

 そう言った香蓮は美優の方を全く見ていない。

 

「うぅ………」

 

 それで美優は絶望し、その体の力がぐにゃりと抜けた。

 

「おっと、危ない危ない」

 

 八幡はそんな美優のお腹に手を回し、美優が倒れるのを防いだ。

これが別のシチュエーションだったら美優は大歓喜だっただろうが、

今の状況ではそんな気分にはまったくなれなかった。

そうこうしている間に、美優のお腹の部分が徐々に圧迫されていく。

どうやら八幡が、徐々に力を入れていっているようだ。

 

「リ、リーダー、ちょっと苦しい………」

「ん、そうか?ちょっとお腹にお肉がついたんじゃないのか?

昔のお前だったらこのくらい、全然平気だったはずだぞ」

「う………あながち間違ってないだけに何も言えない………」

 

 それはどうやら事実だったらしく、美優は泣きそうな顔でそう言った。

その間にも、お腹への圧力はどんどん増大していく。

 

「リ、リーダー、フカちゃんの中身が出る、出ちゃいます!」

「そうか、お前の中のピンク色の部分が全部出ちまうといいな」

「イ、イエスリーダー………」

 

 だがあまりにやりすぎて、食べた物をリバースされても困るので、

八幡は適度なところで美優の腹に回していた手を肩へと移動させた。

 

「………何だ、随分と肩が凝ってるみたいじゃないか、

これじゃあつらいだろ、俺が揉み解してやろう」

「だ、大丈夫!別に肩は凝ってないから!

ほら、私ってば別におっぱいが大きい訳じゃないし?」

「ははははは」

 

 美優の自虐ネタを八幡は笑い飛ばし、否定も肯定もしない。

だがその肩に添えられた手には、確実に力が加えられていった。

 

「う………」

「ふむ、せっかくだから本格的にやるか」

「あ、遊び程度でいいってば!先っぽだけ、先っぽだけでいいから!」

「ここでそのセリフが言えるなんて、やっぱりお前、メンタル強いよなぁ」

 

 八幡はそう言いながら、美優の肩に指を当て、ぐいっと押した。

 

「ふはぁ………」

 

 そのツボはまったく痛くなく、美優は気持ち良さそうにそんな声を上げた。

 

「ちっ、外れか」

「当たりだって、リーダー、大当たりだってば!」

「それじゃあここだ」

「ふわぁ………」

「また外れか………」

 

 八幡は、美優が不健康な生活をしていた場合、絶対に痛くなるツボを選んで押したのだが、

その成果は芳しくなく、こいつ、意外と健康的な生活を送ってやがるなと少し驚いた。

 

「って事は………まさかここか?」

「ひぎいっ!?」

 

 そのツボは大当たり?大外れ?であり、美優は悲鳴を上げた。

 

「むっ、ここに反応しちまうのか………これはまずい、非常にまずいな」

 

 そう言いつつも、これは実はまったくまずくはない。

ただ誰もが痛がるツボだというだけだ。

 

「まっ、まずいですか!?もしかしてフカちゃん、どこか悪いんですか!?」

「おう、ここが痛いって事はつまりだな………」

「………つ、つまり?」

「もう手遅れなくらい、お前の頭が悪い」

「あっ、はい………」

 

 ここまでくると、さすがの美優も反省しようという気になっており、

何度もごめんなさいと口に出しそうになっていたのだが、

そうすると八幡の膝の上という特等席を失う事になる可能性が高く、

美優は痛みと欲望の狭間で揺れ、内心でどうしようかと激しく葛藤していた。

だがその時八幡が、美優をあっさりと横に下ろした。

 

「ほええ?」

「お前は重いから膝の上に乗せ続けるのも疲れるし、美優で遊ぶのにももう飽きたな………」

「飽きられた!?ってか重いの!?」

「結局リアルだと、お仕置きの手段もかなり限られてきちまうんだよなぁ………」

 

(え?そ、そう?)

 

 かつてDV男とも付きあった事もある美優は、探せばいくらでもあるよねと首を傾げた。

だがもちろん八幡は、そんな暴力的な事はしない。唯一例外があるとすれば………。

 

「もういつものこれでいいか」

「へっ?」

 

 その瞬間に、美優の頭に拳骨が落とされ、美優は涙目になった。

 

「ぎゃっ!」

「………………で?」

 

 そう言われてじっと八幡に見つめられた美優は、涙目になりながら八幡に謝った。

 

「ご、ごめんなさい………」

「おう、それじゃあお仕置きはここまでだな」

 

 八幡はあっさりとそう言い、それ以上美優をとがめるそぶりは一切見せなかった。

 

「こ、これで終わり?」

「何だ?不満なのか?」

「いいえ、何の不満もないです!今回は本当に反省しました!」

「ならいい」

 

 この時美優が、確かに自身の行いを反省していたのは間違いない。

 

(やっぱりぱんつはやりすぎだったか………今度はブラにしよう。

でもYES、NOブラなんて売ってるのかなぁ?)

 

 ただその反省の方向が思いっきり間違っている事を、八幡はまだ知らない。



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第1042話 罰を下さい

 八幡の美優に対するお仕置きは、比較的穏やかに収束した。

だがもちろんそれで終わりという事はなく、

今美優は、香蓮と舞の間に座らされ、両側からお説教をされている真っ最中であった。

 

「どうして美優は、昔から考えなしにおかしな行動をするの?」

「八幡さんは優しいから許してくれるけど、迷惑をかけるのは駄目だよ美優」

「ご、ごめん、確かにちょっとやりすぎだったかも………」

 

 美優は素直にそう謝り、香蓮と舞も、八幡が矛を収めた以上、

あまりしつこく怒るのもあれだと思い、お説教を終えようとした。

だがその直後に放たれた美優の言葉は二人の想像を超えていた。

 

「やっぱりパンツはまずかったよね、せめてブラとかにしておけば………」

 

 その言葉にその場にいた四人は唖然とした顔をした。

その衝撃は、おそらく人生でベストスリーに入ると思われる。

それからしばらく四人が無言だった為、

美優の表情は、次第にびくびくしたものへと変わっていった。

 

「あ、あれ?私、何か間違えた?」

「美優?美優は馬鹿なの?ねぇ、本当に馬鹿なの?」

「八幡さん、北海道の人間がみんなこんな感じだと思わないで下さいね」

「ギャグだよな?ギャグなんだろ?さすがの俺もドン引きだわ」

「むしろどうしてそういう結論になったのか、美優さんの脳を解剖して調べたいです」

 

 あの穏やかな優里奈ですらこうなのだ、

美優の言葉が四人に与えた衝撃がいかほどのものか、お分かり頂けるだろう。

そしてさすがに優里奈にまでそう言われた事で、これはまずいと思ったのか、

美優は慌てて言い訳を始めた。

 

「え、えっと………も、もちろん冗談だってば!

あはははは、そんなクレオパトラみたいに、

パンツが無ければブラを食べればいいじゃない、みたいな事、本気で言わないって」

「突っ込みどころが多すぎて逆に困るんだが、

とりあえずクレオパトラじゃなくてマリー・アントワネットな、

更に言うと、彼女がそのセリフを言ったという証拠は何もない」

「ほええ、リーダーは博識だね!」

 

 場の雰囲気を誤魔化す為に、美優は八幡を持ち上げたが、

当然それで誤魔化せるはずもなく、八幡は美優にジト目を向けた。

 

「えっと………」

 

 じ~~~~~。

 

「あの………」

 

 じ~~~~~。

 

「コ、コヒー………」

 

 美優は助けを求めるように香蓮の方を見たが、香蓮も美優にジト目を向けていた。

さすがに親友にこんな視線を向けられるのはきつかったのだろう、

美優は即座にその場で土下座をした。

 

「すみません、私が間違ってました」

 

 美優、完全降伏である。

 

「はぁ………」

 

 そんな美優を見て、香蓮は深いため息をついた。

 

「まったく美優は………」

 

 そう言って振り返り、八幡に謝ろうとした瞬間に、香蓮の頭に天啓が舞い降りた。

 

(あっ、これってチャンスなんじゃ………)

 

 そうと決まれば一気呵成に攻め立てる、それが香蓮が、レンとして学んだ事であった。

 

「えっと、八幡君」

「ん?香蓮、どうした?」

「ほら、私は美優の保護者みたいなものじゃない?

って事は、今回の事は私にも大きな責任があると思うの」

「責任?別に香蓮にはなんの責任も無いと思うが………」

「ううん、あるの!」

 

 香蓮にしては珍しく、それはかなり強い口調であった。

 

「そ、そうか」

「うん、そうなの!だから私も美優に習って罰を受けないといけないと思うんだ」

「ば、罰?」

 

 八幡の中では先ほどの美優に対する行為はあくまでお仕置きであり、

罰と表現する程重いものではなかった為、そこで一瞬空白が生じた。

そこに乗っかってきたのが舞である。舞は香蓮の意図を正確に把握し、

自分もそこに便乗しようと突撃してきたのだ。

 

「八幡さんごめんなさい、美優の引率係として、私も罰を受けますね」

「いや、ちょっ………」

 

 この二人は当然八幡の膝の上に乗って甘えたいだけである。

ついでにマッサージでもしてもらえれば尚良いと考えていたが、

鈍い八幡はその事に思い当たらず、戸惑うばかりであった。

そんな八幡が二人の意図に気付いたのは、

二人が立ち上がり、八幡の膝の上に乗った瞬間であった。

 

「という訳で、反省してます!」

「罰を下さい!」

 

 そう言って八幡の右膝の上に香蓮が、左膝の上に舞が腰掛け、

八幡は仰天し、美優は驚いた顔で二人に何か言いかけた。だが二人の視線がそれを許さない。

思いっきりやらかした美優には、この場での発言権はないのだ。

 

「い、いや、二人とも、ちょっと落ち着けって」

「十分落ち着いてるよ、八幡君」

「さあ、思い切ってやっちゃいましょう!」

 

 ちなみに優里奈は完全に出遅れ、ぐぬぬ状態であった。

 

「くっ………何かいい言い訳は………」

 

 だがそんなに簡単にいい案を思いつけるはずもなく、もう膝も埋まってしまっている為、

優里奈もただ手をこまねいて、事態の推移を見守る事しか出来なかった。

 

「八幡君、とりあえず手を広げてみよう!」

「さあ、右手で香蓮を、左手で私を締め付けましょう!」

「えっ、えええええ?」

「ほら、右手はこっち!」

「左手はこっちです!」

 

 中々動かない八幡に対し、二人は強硬手段に出た。

自らの腰に八幡の手を回し、締め付け始めたのだ。

 

「八幡君、どう?」

「まあ当然の事ながら美優よりは細い………じゃなくて!」

 

 八幡はぶんぶん首を振り、何か言おうとしたが、そこにすかさず舞が割り込んできた。

 

「八幡さん、私はどうですか?」

「え?あ、おう、舞さんもやっぱり美優よりは細い………って、だからそうじゃなくて!」

 

 この時点で美優は、三角座りをしてぶつぶつと何か呟いていた。

よく聞くとダイエットだの腹筋だの、当然だのやっぱりだのという単語が聞こえてくる為、

おそらく二人よりも太い認定されて、激しくへこんでいるのであろう。

だが事実なのだから仕方がない。

 

「次は………えっとね、私、最近足腰が凄く張ってる気がするの」

「私も銃って意外と重いから、いつも肩がこるんですよね」

「お二人とも!その前にちょっと私の話を聞いて下さい!」

 

 ここがラストチャンスと見たのか、ここで優里奈が乱入し、

二人の手を引いて立ち上がらせ、部屋の隅へと引っ張っていった。

そのまま優里奈は二人の耳元でこしょこしょと何か囁き、

香蓮と舞は、その優里奈の言葉に、おおっ、という顔をした。

 

「なるほど………」

「それじゃあ任せた!」

「はい!」

 

 そして優里奈は振り返り、戸惑う八幡にこう言った。

 

「八幡さん、いつものマッサージ、今お願いします!今日は三人です!」

「い、いつものか………」

 

 そもそも八幡は、定期的に優里奈にマッサージを行っている。

これは明日奈も同じなのだが、正妻ゆえにおかしな行動をとる事が無い明日奈と比べ、

優里奈はかつて、八幡にあまりかまってもらえてないという理由で、

思いっきり大胆な行動に出た事があった。

その時の反省を踏まえ、八幡はまめに優里奈をかまう事にしており、

その一環としてマッサージをいつでもやってやると優里奈に言っている為、

こういった時に断る事が出来ないのである。

その為、今みたいに香蓮と舞に同じ事を同時に頼まれると、そちらも断る事が出来ない。

 

「わ、分かった、約束だからな」

「やった!それじゃあ三分後に寝室にお願いします!」

「八幡君、ありがとう!」

「八幡さん、宜しくお願いしますね!」

 

 三人はうきうきと寝室に向かっていき、残された美優は石像と化し、放置されている。

 

(う~ん、まあ逆に三人いれば、誰かが暴走する事は無いか)

 

 八幡はそう考え、本当につらいのなら全身のコリをほぐしてやらないと、

などと真面目な事を考えつつ、きっちり三分後に寝室へと向かった。

 

「三人とも、入るぞ」

「は~い!」

 

 寝室の扉を開けると、三人がタンクトップにショートパンツという、

この季節にしてはかなりラフな格好でベッドに横たわっているのが見えた。

以前の優里奈のように、全裸にバスタオルのみだったらどうしようと思っていた八幡は、

その事に心から安堵する事となったが、実際問題今の三人の格好にもかなり問題がある。

何故ならタンクトップやショートパンツの隙間から、

見えてはいけないものが見えてしまうのは間違いないからだ。

だが八幡は前述したように、バスタオルだけよりはマシだ、などと思ってしまっており、

その事に関しての心理的ハードルはかなり下がってしまっている。

ちなみに八幡へのアピールに余念がない優里奈や、八幡を崇拝している舞はともかく、

こういった格好をするのにいつもはかなり勇気を必要とする香蓮は、

今はレンモードになっている為にいつもよりは平気な顔でベッドに横たわっていた。

八幡は女性陣に色々と調教されつつあるのだが、香蓮も同様なのだろう。

 

「それじゃあちょっと真面目にやるか」

 

 それからしばらく寝室には三人の嬌声が響き渡る事となったが、

八幡は平気な顔で施術を行っていた。その理由は簡単である。

一番多く八幡からのマッサージを受けている明日奈の声の方が、もっと大きいからだ。

要するに慣らされてしまっているのである。

明日奈は単に欲望に忠実に、かつ八幡にアピールする為に、

敢えて声を出すのを我慢していないだけなのだが、

その事がライバル達へのアシストになってしまっているのは皮肉な事だ。

三人は他の男が見れば、明らかに八幡を有罪認定するくらいには乱れてしまっていたが、

このくらいはまあ許容範囲だなと八幡が思ってしまっているのもまた問題である。

 

「三人とも、体の具合はどうだ?」

「ふあぁぁあぁ………か、肩が凄く楽になりました」

「あふ………わ、私も足腰の張りが無くなって絶好調、かな………」

「ふわぁ………体が………凄く軽いです………」

「そうか、それは良かった」

 

 八幡は満足げにそう頷いたが、信じられない事に、

その表情には欲望の欠片ひとつ浮かんではいない。

三人が顔を紅潮させ、切なそうに息を切らせているにも関わらず、

マッサージに関しては、むしろ女性に失礼まである程の、八幡の徹底っぷりであった。

 

「さて………うわっ!」

 

 三人へのマッサージを終え、リビングに戻ろうとそちらに顔を向けた八幡は、

ドアの隙間から恨めしそうにこちらを見つめる美優の姿を見付け、思わず悲鳴を上げた。

 

「八幡さん?」

「あっ………」

「美優………」

 

 その姿があまりにも哀れだった為、さすがの八幡もそのまま放置出来なかったようで、

黙って寝室の扉を開け、美優を中に招き入れた。

 

「お、お邪魔します………」

「はぁ………まあいい、美優もそこに横になれ」

「い、いいの?」

「その代わり、お前はもう少し大人になるんだぞ」

「あっ、はい………」

 

 この言葉を美優が曲解した為、後日またひと悶着あるのだが、

とにもかくにも今日のところは美優も全身のこりを丁寧にほぐしてもらう事が出来た。

 

「さて、それじゃあ風呂に入って寝るとするか」

「八幡さん、それじゃあ私は自分の部屋に戻りますね」

「おう、また明日な、優里奈」

 

 そのまま優里奈だけは自室へと戻ったが、

その足取りがややふらふらしていたのはご愛嬌である。

そして三人はそのまま一緒に入浴を済ませた。

風呂上りに美優が、コヒーの出汁をとっておきましたなどと余計な事を言い、

八幡に拳骨をくらったりもしたが、三人にとってはこの日は実に充実したものとなった。

 

 そして明日、いよいよ八幡がメイドデビューする事となる。




優里奈がやらかしたのは、第689話です!


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第1043話 メイドの会

 次の日は日曜だった為、全員が惰眠を貪っていた。

普段からの八幡との取り決めで、日曜は前日に何か言われない限り、

優里奈も朝九時まで起こしに来る事はない。そして今の時刻は朝の八時五十五分。

早めに八幡の部屋を訪れた優里奈は、ニヤニヤしながら八幡の寝顔を眺めていた。

 

「はぁ………かわいい………」

 

 起こす時間の少し前に部屋を訪れ、八幡の寝顔を堪能するのは優里奈の日常である。

それでも今日のように他の誰かが泊まりに来ている場合は自重していたのだが、

昨日のマッサージで盛り上がってしまったのか、

今日は我慢出来ずに寝顔を堪能していると、まあそんな訳である。

 

「め、めんこい………」

「!?」

 

 突然背後からそんな声が聞こえ、優里奈は大声を出しそうになり、必死で口を押さえた。

 

「あっ、ごめん、驚かせちゃった?」

 

 そうひそひそ声で話しかけてきたのは香蓮であった。

 

「ち、違うんです、私は別に、八幡さんの寝顔を見てニヤニヤしていた訳じゃ………」

「いいからいいから」

 

 香蓮はそんな優里奈を制し、自身もその横で、ニヤニヤしながら八幡の寝顔を眺め出した。

それを見た優里奈も、再び八幡の寝顔を堪能する作業を再開した。

 

「いい………」

「いいね………」

「これ、ちゅぅとかしちゃ駄目ですかね?」

「八幡君は絶対に許してくれると思うけど、でもきっと悲しそうな目をする気がする」

「ですよね………」

「どのくらいまでなら許されるんだろ」

「粘膜同士の接触が無ければいい気もしますね」

「そうなると具体的には?」

「例えば八幡さんの手を取って、私達の胸にこう………」

「いやいや、それはやばい、やばいって!」

「………自分でも言ってる最中に、アウトだって思っちゃいました」

「だよね」

 

 二人の会話は段々熱を帯び、その声も徐々に大きくなっていく。

そうなるとどうなるか、当然八幡が目を覚ます事になる。

というか、もう既に起きていた。具体的には『めんこい』の辺りからである。

故に八幡は、優里奈の危険な言葉に何度も身を固くしていたのだが、

二人が会話に熱中していた為に、その事は気付かれていない。

 

(よし、起きる、起きるぞ………)

 

 八幡は羞恥プレイのようなこの状況に耐えかね、

タイミングを見て起きたアピールをしようとした。

 

「それじゃあちょっと添い寝とかしてみます?」

「それはしたいけど、でもいいのかな?」

「それくらいなら多分………」

「そうなると、やっぱり八幡君の腕を抱え込む感じで?」

「ですね、八幡さんの腕をこう胸で挟んで、足を足で挟み込んで………」

 

 だが一向にそのタイミングが訪れない。優里奈が問題発言を連発してくるからである。

 

(くっ、やはり俺は優里奈の教育を間違っているんだろうか………)

 

 実際のところ、優里奈は八幡から何の影響も受けてはいない。

ただほんの少し、八幡の事が好きすぎるだけである。

更にまずいのは、今優里奈の相手をしているのが香蓮だという事だ。

香蓮は八幡と面と向かって相対すると、どうしても照れてしまう分、

今のように八幡が寝ているとかだと大胆になれてしまうのだ。

 

(こうなったら二人に恥ずかしい思いをさせる事になっても、

本当にやばくなる前にさっさと起きたアピールをするしか………)

 

 八幡がそう決断した時、救いの神は寝室から現れた。

 

「あ、こっちにいたんだ、コヒー、優里奈ちゃん、おっはよ~!」

 

 そう、昨日はほぼいい所が無かった美優の登場である。

美優のその声は意外と大きく、優里奈と香蓮は焦った顔で、

美優に向かってシーッ、シーッ、というゼスチャーをした。

だがその努力も空しく、八幡はそのタイミングを見逃さずに起き上がった。

 

「ふわぁ………もうこんな時間か、おはよう」

「おっ、おはようございます!」

「八幡君、おはよう!」

「おはようリーダー、ごめん、もしかして起こしちゃった?」

「いや、別にそんな事はないから気にしないでいい」

「そっかぁ、良かった!」

「そ、それじゃあ私は着替えてきますね」

「わ、私も!」

 

 そんな二人のやり取りを横目に、香蓮と優里奈はやや欲求不満ぎみに寝室へと戻った。

そして美優も寝室に戻ろうとしたが、そんな美優を八幡が呼び止めた。

 

「おい美優」

「ん?どうしたの?リーダー」

「よくやったぞ」

「へっ?」

 

 美優はいきなり褒められて戸惑ったが、とりあえず笑顔でこう答えた。

 

「いえいえ、どういたしまして」

 

 その後、すぐに舞も起きてきて、五人はそのまま遅い朝食をとった。

その後、八幡は保と約束があるからと早めに出かけていき、

残された四人は出かける時間が来るまでのんびりとくつろいでいた。

 

「いよいよ本番ですね」

「八幡君のメイド服………一緒に写真を撮れたらいいな」

「まさか書き割りから顔だけ出して、お茶を濁したりはしないよね?」

「八幡さんがそんな事するはずがないじゃない」

「でもどんな感じになるんですかね」

「早めに出たってのが怪しい………」

「まあ行けば分かるよ、もうすぐ時間だし、そろそろ行こうか」

「だねぇ」

 

 四人はいそいそと出かける準備をし、そのまま真っ直ぐ秋葉原へと向かった。

 

「あっ、明日奈、雪乃!それにクルスも!」

 

 メイクイーンが遠目に見えてくる辺りで、香蓮は前を歩く三人に気が付いた。

 

「凄い偶然!」

「あれ、四人とも早いね?」

「そういう明日奈さん達も早いですね」

「私達は、今日の調理の手伝いをする事になってるの」

「ああ、そういう事なんだ」

 

 一同はそのまま連れだってメイクイーンに入り、フェイリスに出迎えられた。

 

「皆様、ようこそお越し下さいましたニャ」

 

 フェイリスの後ろにはキリっとした美人が二人控えており、

フェイリスに合わせておじぎをしたが、その瞬間に明日奈がいきなり咳き込んだ。

 

「ごほっ、ごほっ」

「明日奈さん、大丈夫ですか?」

「ご、ごめん、ごほっ、えっと、何かが気管に入っちゃったみたいなんだけど、もう大丈夫」

 

 明日奈はすぐに落ち着き、そのまま一同は、フェイリスによって更衣室へと案内された。

 

「それじゃあここに飾ってあるうちのどれかのメイド服を選んで着て下さいニャ」

 

 そこには何種類かの貸し出し用メイド服が、各サイズ並んでいた。

種類でいえば、シンプルなヴィクトリアンスタイルのものから、

いわゆるフレンチスタイルの露出がかなり大きいもの、

ジャパニーズスタイルと言われる装飾過多のアニメ風デザインなもの、

他にもゴスロリ調のものや、ミリタリー調、チャイナ風のもの、

和風なものやセーラー服に似たもの、まさかの水着タイプもある。

これらの選択はどうやら早い者勝ちらしく、一同は早めに来て良かったと歓声を上げた。

 

「うわぁ、どれにしようかな」

 

 美優は早速悩み始めたが、香蓮は即座にフェイリスにこう尋ねた。

 

「フェイリスさん、私みたいに身長が高いと、どれが一番似合うかな?」

 

 どうやら香蓮はこういう事はプロに任せた方がいいと判断したらしい。

服のセンスに自信がない舞は香蓮に習い、他の者達は自分で選ぶ事にしたようだ。

 

「レンちゃんはチャイナがいいと思うニャ、

シャリちゃんはミリタリーと言いたいところニャけど、たまにはかわいい格好をするのニャ」

 

 そう言ってフェイリスが差し出してきたのは、フリルがかなり多めのメイド服であった。

 

「こ、これを私が?」

「そうニャ、きっと八幡も褒めてくれるのニャ」

「それじゃあこれにする!」

 

 舞は即座にそう答え、いそいそと着替え始めた。

優里奈とクルスは共に胸を強調したデザインの物を選んだ。

普段は胸を隠している二人だが、こういう時には八幡に見せるためだけに、

そのアドバンテージをとことんアピールしてくるのだ。

雪乃はミニスカではあるが、大人しめのデザインの黒のメイド服を選択し、

明日奈もそれに習おうとしたのだが、そこにフェイリスが待ったをかけた。

 

「明日ニャンは水着タイプなのニャね、他の人には露出が多すぎて、

八幡には目の毒だから、当然の選択だと思うニャ」

「えっ?」

「うん、当然だと思うのニャ」

「えっと………私に先陣を切れ、みたいな?」

「まあ仕方ないからエプロンはつけさせてあげるのニャ」

「選択の余地は無いみたいだね………」

 

 確かに明日奈がいる前で、これを着れる者はいないだろう。

明日奈は、エプロンがあるからまあいいや、等と考えていたが、

逆にその方がいかがわしく見える事に気付いたのはかなり後となる。

それから続々と参加者が到着してきた。

ほとんどの者が、いわゆる日本で一般的なメイド服を選択したが、

エルザは当たり前のようにゴスロリを選択し、千佳はヴィクトリアンスタイルを選択した。

フラウは高校の時の制服に似ているという理由でセーラー服に似たデザインのものを選択し、

アイ&ユウは和風のものを選んだ。詩乃はまさかの水着である。

これはもちろん明日奈の姿を見て決めたのだが、相変わらずの負けず嫌いと言えよう。

あと特殊なのはミリタリー風を選んだ萌郁くらいだろうか、

こうしてほとんどの者が着替えを終えた中、最後に残ったのは薔薇であった。

 

「さて、私も急いで着替えないと」

 

 そう言って薔薇はバッグの中からメイド服を取り出した。まさかの自前である。

 

「薔薇ちゃん、それって………」

「ふふん、自前のメイド服よエルザ、しかももふもふのネコ耳付きよ」

「むむむ、気合い入りすぎじゃない?」

「実はこれ、今年の春に買ったのよ。やっと日の目をみたわね」

「いいなぁ、私も買おうかな」

「買いに行くなら付きあうわよ」

「本当?それじゃあまた今度お願い!」

 

 薔薇が所有しているメイド服は、肩まで大胆に露出してある、

まるで風俗で使われるようなミニスカートのメイド服であった。

こうして全員が準備を完了し、後は八幡と保の登場を待つばかりとなった。

 

「さて、それじゃあメイドの会を始めるとするのニャ!最初の挨拶はアイぽんと………」

「待って待って、八幡と師匠は?」

 

 そこで藍子が焦ったようにそう尋ねてきた。

二人の希望は、あくまでも八幡と一緒にメイドの格好をする事だったからだ。

 

「ニャニャッ?」

 

 その言葉にフェイリスは、何故か首を傾げた。

 

「二人なら最初からずっといるのニャよ?」

「えっ?」

 

 その言葉でほとんどの者が辺りをキョロキョロと見回したが、二人の姿は無い。

 

「八幡?いるの?」

「うん、ずっといるよ?」

 

 その呼びかけに対して返事をしたのは明日奈であった。

その顔は明らかに笑いを堪えている。

 

「ど、どこに?」

「あそこだよ、最初見た時にびっくりしちゃって、誤魔化すのが大変だったよ」

 

 そう言って明日奈が指差したのは、

ずっとフェイリスの後ろに控えていた二人のメイドであった。

二人は化粧の力により、ここまで他の誰も気が付かない程上手く擬態していたのだが、

明日奈だけがその事に気付いていた。さすがの正妻力である。

 

「何だ、明日奈にはバレてたのか」

「僕は明日奈さんの最初の態度で絶対にバレてると思ってたけどね」

「え、マジでか、上手く化けたつもりだったんだがな」

 

 その二人の美女は八幡と保の声でそう言い、

それで明日奈の言葉が真実だと思い知らされた一同は大きく口を開け、

次の瞬間に驚きの叫びを上げたのだった。




小猫がメイド服を買ったのはかなり前、第347話です!


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第1044話 俺の男になりやがれ

「えっ、嘘………」

「八幡君と保君………なの?」

「どうしてそんな格好を?」

「俺が保に出した条件がこれだからな、どうせやるなら笑われる事のないように、

メイクとかも本気でやるっていう条件だ」

「そういう事だったんだ」

「ふふん、フェイリスにメイクしてもらったんだ、どうだ?よく化けただろ?」

 

 その言葉で女性陣は一斉に八幡に駆け寄った。

 

「これ、私よりもかわいくない!?」

「中性的っていうか、どうしよう、ちょっと変な気分になってきた………」

「は、八幡、ちょっとその格好で、私を罵ってみない?」

 

 こんな調子で女性陣は文字通りに浮き足立っていた。

その光景を眺めながらうんうんと頷いていた保の横に、フェイリスが立った。

 

「保君、どうやら大成功みたいだニャ」

「ああ、苦労した甲斐があったね。みんなが楽しそうにしてくれて、僕も嬉しいよ」

 

 保はこの日の為に何度もメイクイーンを訪れ、準備に奔走していたのだ。

その顔は満足感に満ちており、フェイリスはそんな保を素直に尊敬した。

一方八幡は、詰め寄ってくる女性陣を何とか押し返し、落ち着かせようとしていた。

 

「おいお前達、とにかく落ち着け。まだ会は始まってないんだぞ、アイ、開会の挨拶だ」

 

 それで場は落ち着きを取り戻し、指名された藍子が前に出て挨拶を始めた。

 

「みんな、今日は私とユウの希望を叶える為の会に集まってくれてありがとう!

まず最初に私達の為に走り回ってくれた師匠に拍手~!」

 

 一同は保に向け、惜しみない拍手をした。保はフェイリスに押し出されて前に出ると、

藍子からマイクをもらい、おずおずと語り出した。

 

「きょ、今日はこんな変わった会だけど、楽しんでいってもらえると嬉しい………です」

「保君、ありがとう!」

「とっても楽しいから心配しないで!」

「そ、そっか、それなら良かった」

 

 保はホッとしたような顔をし、そして会が始まった。

飲み物が回され、今度は木綿季が乾杯の音頭をとるように指名される。

 

「ボクがやるの?分かった、それじゃあみんな、かんぱ~い!」

「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」

 

 直後に八幡がどこからかカメラを取り出して一同に言った。

 

「それじゃあ俺がカメラマンをやるから、順番に写真を撮るぞ」

「え~?それじゃあヒッキーと一緒に撮れないじゃん!」

「それは後のお楽しみニャ!

みんな、カメラに写る時は、八幡に見られてるってちゃんと意識するのニャよ!」

 

 これは保の提案であった。参加者達の一番いい表情を写真に残せるように、

敢えて八幡にカメラマンを頼み、フェイリスが言うように、

それぞれの一番いい表情を引き出そうとしたのだ。

その狙いは見事にはまり、まるでグラビアのような素敵な写真が量産されていく。

まあこれはある意味モデル達の質が良すぎるせいもあるので当然かもしれない。

 

「ハイ八幡、私と明日奈をちゃんと綺麗に撮るのよ」

「………お前さ、何でその格好を選んだんだ?」

「何よ、八幡が私の足を見たがってるって思ったからサービスしてあげたんじゃない」

「ほらほらしののん、八幡君が困ってるからそのくらいにして、早く写してもらお?」

「べ、別に困ってなんかないぞ、うん、二人とも、

メイドとしてはどうかと思うが、よく似合ってるぞ」

「ふふん、当たり前じゃない」

「ほらしののん、ポーズポーズ!」

「そうね、それじゃあ大胆にいくわよ!」

「きゃっ!」

 

 詩乃はいきなり床に仰向けになり、明日奈を自分の方へと引っ張った。

そのまま詩乃は八幡に蠱惑的な視線を向け、

明日奈はその上で女豹のようなポーズをとる事となった。

 

「八幡、シャッター」

「お、おう………」

 

 詩乃にそう言われ、八幡は慌ててシャッターを押した。

 

「し、しののん!」

「きっとかわいく撮れてるわよ………って、明日奈、痛い、痛いから」

「もう、もう!」

 

 明日奈は詩乃をぽかぽか叩き、詩乃は笑いながら逃げていく。

次に八幡の下を訪れたのは、総武高校の四人娘である。

 

「それじゃあ次はあーし達ね」

「ヒッキー、お願い!」

「先輩、私の事、ちゃんと見て下さいね」

「ご主人様、シャッターをお願いします」

 

 他の三人と比べ、雪乃だけが思いっきりメイドになりきっていた。

ご丁寧に伊達眼鏡までかけるこだわりっぷりだ。

 

「分かった分かった、ほれ、並べ並べ」

 

 四人は固まって上目遣いになり、うるうるとした瞳で八幡を見つめた。

 

「何か懐かしいな」

 

 八幡はそう言いながらシャッターを切り、

次にクルスと南の秘書コンビが、薔薇と共にやってきた。

 

「うぅ、やっぱりクルスも室長も凄いなぁ………」

 

 二人に挟まれて悲しそうな顔をしている南の頭に、八幡はそっと手を置いた。

 

「そんな事気にするな、南もちゃんとかわいいメイドさんになってるぞ」

「う、うん………」

 

 南は顔を赤くし、はにかんだ笑顔を見せた。

 

「八幡様、私は今日、料理も頑張りました!」

「おう、えらいぞマックス」

「えへへ」

「八幡、私の格好にもその、何か一言欲しいの………ニャ」

 

 薔薇が精一杯アピールしながらそう言い、八幡はスッと目を細めた。

 

「さっきから思ってたけどよ、それ、自前だよな?」

「う、うん」

「いつ買ったんだ?」

「えっと、源平合戦の頃………ニャ」

 

『そういうのは実際に俺の目の前でネコ耳メイド服を着た上でやれってんだよまったく、

そしたらさすがの俺もちゃんと褒めてやるんだがな』

 

 それと同時に八幡の脳内で、かつて自分が言った言葉が蘇る。

 

「やっぱりか、そういえばそんな事を言った気がしたんだよな」

 

 薔薇は八幡があの時の事を覚えていてくれた事に胸を熱くした。

 

「まあその、なんだ、そのメイド服、似合ってると思うぞ。

ちょっと派手なのがまた、お前らしくていいな」

「あ、ありがと………ニャ」

「………これからも俺の役にたつんだぞ、小猫」

「もちろんよ、一生役にたつ………のニャ!」

 

 さりげなく一生という言葉を付け足した薔薇の表情は、充足感に満ちていた。

その後も次々と八幡の下にメイドが訪れ、記念写真をねだっていった。

かおりは千佳と共に訪れ、八幡の自分への扱いが千佳よりも低いと頬を膨らませていた。

美優、舞、香蓮の三人は、美優の扱いだけが明らかに雑であった。

珪子は珍しく沙希と行動を共にしていた。

どうやら珪子は裁縫が得意な沙希を尊敬しているようで、最近色々と教わっているらしい。

フェイリスは、遠慮がちな萌郁をフォローするかのように明るく振る舞っている。

どんな時でも気配りを忘れない、メイドの鏡のような行動である。

明日香とフラウは場の雰囲気に圧倒されていたが、

どうやら仲間意識が芽生えたようで、二人仲良く色々な人に話しかけていた。

そして理央と優里奈が八幡の下を訪れた。

 

「八幡さん、私達もお願いします」

「せっかくだし、き、綺麗に撮ってね」

「お、おう、もちろんだ」

 

 この二人はここぞとばかりに胸をアピールしており、

八幡はどぎまぎしながらシャッターを押した。そして遂に、奴が姿を現した。

もはやラスボスと言っていい、神崎エルザである。

 

「はっちま~ん!」

「おう、やっぱりお前はゴスロリか」

「丁度いいや、優里奈、理央、一緒に写真撮ろっ!」

「あっ、はい!」

「うん」

 

 エルザは二人の間に立ち、営業スマイルではない本物の笑顔を作った。

八幡は、楽しんでもらえてるようで何よりだと思いながらシャッターに指を伸ばしたが、

ボタンが押されるその直前に、あろう事かエルザは二人の胸をわし掴みにした。

「「きゃっ」」

 

 そしてパシャッという音がし、エルザは二人にペロっと舌を出した。

 

「ナイスおっぱい!」

 

 エルザはそのまま風のように去っていった。

 

「まったくあいつは………」

 

 そんな光景を、時には目を逸らしつつ、保も楽しそうに眺めていた。

 

「保君、保君も一緒に撮ろうよ!」

「えっ?」

 

 そう声をかけてきたのは、顔見知りではあるがあまり接点が無い南であった。

 

「えっと………僕なんかの事はいいから、他の子達と一緒に撮ってくるといいよ」

「いいからいいから、ほら、こっちこっち」

 

 南は強引に八幡のところに保を引っ張っていき、

普通に写真を撮ってもらった後に、八幡に自分のスマホを差し出した。

 

「八幡、これにもお願い!」

「オーケーだ」

 

 そして撮影が終わった後、南はスマホをいじり始めた。

 

「保君、今の写真、ゆっこと遥にも送っとくね」

「いいっ!?ちょ、ちょっと待ってちょっと待って、それは………」

 

 保は焦ったが、時既に遅しである。

 

「ふふん、もう送っちゃった!」

「ああっ、ちょっと………」

 

 南は舌を出しながら逃げていき、直後に保のスマホにメールが届いた。

 

『ゼクシードさん、美人すぎてちょっと引きます』

『ま、まあ楽しそうで何より………かな?』

 

 保はそのメールを見て、今度二人にどんな顔で会えばいいのかと頭を抱えた。

その直後に保の両手が誰かに引かれた。藍子と木綿季である。

 

「師匠、一緒に写真を撮ろうよ!」

「あ、ああ」

「八幡、お願い!」

「おう」

 

 二人はもうとても元気そうであり、保は目頭が熱くなるのを感じた。

 

「………保、泣いてるのか?」

「えっ?」

「し、師匠?」

「え?あ、あれ、本当だ、おかしいな、ははっ………」

「………まあ気持ちは分かる、そのまま笑ってくれ。アイ、ユウ、お前達もだ」

「「うん!」」

「あ、ああ」

 

 保はその言葉に従い、泣きながら笑顔を作った。

 

「師匠、本当にもう私達は大丈夫だからね?」

「ほら、もっと笑って笑って!」

「ああ、分かってる」

 

 そして八幡は、その光景をカメラに収めた。

 

 その後、今度は女性陣が八幡と一緒に写真を撮るターンになり、

保は涙を拭き、喜んでカメラマンを努めた。

ファインダーに写るみんなの顔は満面の笑みを浮かべており、

保はその笑顔を浮かべさせている八幡に、改めて尊敬の念を抱いた。

 

「僕もいつか、誰かにあんな顔をしてもらえる男になれれば………」

 

 最後に全員で集合写真を撮った後、保はぼそりとそう呟いた。

そしてPCが持ち込まれ、撮影した写真の配布が行われた頃に終了予定時刻となり、

保はフェイリスに、そろそろ会を閉めようと提案した。

 

「フェイリスさん、それじゃあ今日の会はこれくらいで………」

「もう少しだけ待ってニャ」

「え?あ、うん」

 

 フェイリスがバックヤードを気にしながらそう言うのを見て、

何かサプライズでもあるのかなと思い、保はとりあえず壁の花となって待つ事にした。

そしてフェイリスが全員に話しかける。

 

「宴もたけなわですが、そろそろお開きの時間となりますニャ!

でもその前に、ここで一つ、八幡からのサプライズがありますニャ!」

 

 その言葉に一同はざわっとした。

 

「そのお相手は………今回一番頑張ってくれた、保君ニャ!」

「へ?」

 

 保はその言葉に間の抜けた声を上げた。

直後にバックヤードから、一人の男性が中に入ってくる。

否、よく見るとそれは、男性ではなく男装をしたえるであった。

 

「た、保さん!」

「え?えるさん?」

 

 二人はそのまま見つめ合い、一同は何かを期待するような雰囲気になった。

そしてえるは、真っ赤な顔をしながら保に言った。

 

「お………」

「お?」

「お、俺の男になりやがれ!」

「「「「「「「「きゃあああああ!」」」」」」」」

 

 その瞬間にギャラリーから大歓声が上がった。

保とえるは、もう何度も食事を共にしており、付き合うのは時間の問題だと思われていたが、

まさかこのタイミングで、しかもえるから行動を起こすとは思っていなかった為、

場は最高に盛り上がっていた。

 

「こ、こういうのは僕の方から………」

「こ、細かい事はいいんだよ!」

 

 プライベートでは男前だと言われているえるの、そんな姿を見るのは初めてだった保は、

その言葉に思わずこう答えていた。

 

「は、はい、喜んで!」

「「「「「「「「おめでとう!」」」」」」」」

 

 その場にいた全員から祝福の言葉が投げかけられ、

そんな二人の写真は南の手によって、ゆっこと遥にも送られた。

即座にお祝いのメールが保に届く。

 

『ゼクシードさん、おめでとう!』

『お幸せに!これからは男の甲斐性を見せるんだよ!』

 

 こうしてメイドの会は大成功に終わり、ひと組のカップルが誕生する事になったのだった。




死を回避し、遂に彼女まで出来ました!おめでとうゼッ君!


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第1045話 令和事変

あ、明日は二話投稿します!


 社乙会、メイドの会と、関東で立て続けにイベント事が開催されている頃、

ソレイユ社長、雪ノ下陽乃一行は京都の地を踏んでいた。

主なメンバーは、陽乃、レヴェッカ、ガブリエル、祐吾、アルゴ、ダル、

更にそこに、元ラウンダーのメンバー達が、ソレイユ警備部の格好で加わる。

要するに、ソレイユの非合法活動を支える者達が、萌郁以外は全て一同に会している状態だ。

その最初の訪問先は、結城病院である。

 

「知盛さん、お久しぶりです」

「これは雪ノ下社長、ようこそお越し下さいました、こちらへどうぞ」

 

 陽乃を応接室へと案内する為、知盛自ら先頭に立ったが、

その周りは一見しただけでは分からないが、

見る者が見たら明らかに武装している者達が完璧に固めている。

 

「さすがにものものしいですね」

「ええ、まあ一応ですわ、一応」

「うちの名前もいくらでも出して頂いて構いませんので」

「ありがとうございます」

 

 そんな思わせぶりな会話を交わした後、陽乃は知盛にいくつかのデータを提示し、

それを見た知盛は、一瞬眉をひそめたあと、すぐに明るい顔をした。

 

「なるほど、これなら問題なくいけます、いえ、やってみせます」

「良かった………これでまた一人救えますね」

「いえいえ、もっと沢山の人達が救えますよ」

 

 知盛は嬉しそうにそう言い、陽乃も顔を綻ばせた。

その時部屋の外に立っていたガブリエルがドアをノックし、顔を覗かせた。

 

「どうしたの?」

「社長、ゴインキョがこちらに向かってきています」

「え?ご隠居って清盛さん?」

「はい」

「ええっ?親父が!?」

「中に入って頂いて宜しいですか?」

「もちろんよ、というかどうしてここにいるのかしら」

 

 この話し合いに、清盛の参加は予定されていなかったのである。

そして少ししてからガブリエルが、部屋の前に到着した清盛を室内に招きいれた。

 

「ふむ、訓練されたいい兵じゃの」

「キョーエツシゴク」

「ほっほ、中々の武者っぷりよな」

「じいさん、それはあたしの兄貴だぜ」

 

 そんな清盛に、レヴェッカが気安く話しかけた。

二人はゾンビ・エスケープでチームを組んでいるのでとても仲がいい。

ちなみに今『千葉デストロイヤーズ』に登録されているメンバーは、

ハチマン、モエカ、ラン、レヴィ、ハル、キヨモリの六人である。

 

「ほう?なるほど、それなら納得じゃ」

 

清盛のカブリエルに対する評価は上々のようだ。

そしてガブリエルは一歩下がり、前に出た清盛は、最初に知盛の表情をじっと見つめた。

 

「ふん、その顔だと今回も上手くいきそうじゃの、

いいか知盛、死ぬ気で頑張るんじゃぞ、というか死ね」

「親父さぁ、激励するにしても言い方ってもんがあるでしょう」

 

 知盛が清盛にそう苦言を呈したが、清盛は当然スルーである。

その表情は厳しいものであったが、陽乃に向き直った瞬間に、清盛は顔を綻ばせた。

 

「陽乃さん、元気そうで何よりじゃ」

「清盛さんもお元気そうで何よりですわ」

「ふぉふぉふぉ、小僧が儂をこき使ってくるからの、老け込んでる暇がないんじゃよ」

 

 そう文句のような事を言いながらも、清盛はとても嬉しそうであった。

この清盛、八幡の事が好きすぎである。

 

「親父は絶対に、日本人の最高齢まで生きそうだよね………」

「ふん、それくらいは当たり前じゃ、

小僧の子供達が成人するくらいまでは、毎年お年玉をくれてやりたいからの」

 

 清盛が言うと、本当にそうなりそうなのが恐ろしい。

ちなみにその中には当然優里奈と藍子と木綿季も含まれており、

今年は既にかなりの額を準備済のようだ。スリーピング・ナイツの他の者達に関しては、

まだ親が健在な為、今のところはその数に入っていない。

 

「で、親父は何でこっちにいるの?」

「そんなの決まっとる、陽乃さんの護衛に加わる為じゃ」

「ええっ?」

「そ、そうなんですか?」

「おう、この後色々回るんじゃろ?その時に儂がいた方が、何かと都合がいいじゃろうしな」

「それはそうですが………」

 

 さすがの陽乃もこの事は想定していなかったらしく、やや迷いを見せたが、

どう見ても清盛が引きそうにないので、その申し出を素直に受ける事にした。

 

「分かりました、お願いします」

「おう、任されたわ。というか陽乃さんも遠慮なんかせず、

こういう時はいくらでも儂をこき使ってくれていいんじゃよ?

何せ儂は、もう老い先短い爺いじゃからの」

「さっきと言ってる事が違う………」

 

 知盛は呆れたが、当然それもスルーである。

 

「さて、それじゃあレヴィの嬢ちゃん、それにそっちの………」

「ガブリエルです」

「ガブちゃんな、あとそこのでかいの」

「天王寺祐吾と申します」

「ユーゴな、四人で護衛のフォーメーションを相談するとしようかの」

 

 清盛が最後に声をかけたのは天王寺祐吾だった。

この辺りの実力者の見極めっぷりはさすがである。

四人は部屋の隅で相談を始め、その間に陽乃達も、手術関連の相談を始めた。

そう、今回陽乃が京都の結城病院を訪れたのは、

ノリこと山野美乃里の手術に関する話をする為であった。

先日話題になっていたのが、遂に本格化したという事である。

同時にシウネーこと安施恩の薬に関する状況の説明も行われ、

自分も知らないその情報の緻密さに、知盛は舌を巻く事となった。

 

 

 

「それじゃあそういう事でいこうかの」

「はい、防弾チョッキもすぐに用意させますので」

 

 護衛組の相談が終わったのを見て、陽乃がそちらに声をかけた。

 

「あ、清盛さん、ついでにちょっと変装をしてみない?」

「変装じゃと?」

 

 その陽乃の申し出に、清盛は楽しそうな顔をした。

 

「ほうほう、何の為にじゃ?」

「相手の絶望を深くするには、こっちの鬼札は最初は隠しておかないとでしょう?」

「確かにそうじゃな、それじゃあ適当に見繕ってくれい」

「任されましたわ」

「くっ、くくっ………」

「ふふっ、うふふふふ」

 

 そう笑い合う二人の様子は悪役そのものであったが、

実際この後に訪問する予定になっている場所は敵地な為、

他の者達にとってはその姿は実に頼もしく映った事だろう。

 

「そっちの話し合いも終わりかの?」

「ええ、後はダル君にお任せですわ」

「ま、任されました!」

 

 どうやらダルは、この後行く場所には同行しないようである。

 

「ボス、オレっちは腹が減ったぞ」

「そうね、ちょっと早いけど、お昼にしましょうか」

「場所はもう決まっとるのか?」

「いいえ、まだですわ」

「それなら儂がいい店を紹介しようかの」

「ありがとうございます、お言葉に甘えます」

 

 そして一同は去っていき、残されたダルに、知盛が言った。

 

「それじゃあ僕達もお昼にしようか、

といっても出前にするつもりなんだけど、それでいいかい?もちろん僕が奢るよ」

「ゴチになります!」

 

 二人はそのまま部屋に残り、注文を済ませたあと、

大声を出さないように気をつけながら雑談に入った。

 

「陽乃さん達は、この後何件回る事になってるんだい?」

「今日は二ヶ所です、いきなり本丸を攻める予定ですお」

「本丸………か、攻め手の方は足りてるのかい?」

「余裕ですね、元々芸能関係なんてスキャンダル塗れですし、

お金の流れについてもまあ、裏帳簿から何から全部入手済みです」

「さすがだよねぇ………」

「まあうちはその辺り、かなり増強してますから」

 

 相手が目上の人物な為、ダルはかなりまともな喋り方で受け答えをしていた。

もし八幡がここにいたら、お前、そんな喋り方も出来たのかよ、と驚いた事だろう。

 

「しかし今のソレイユに喧嘩を売るなんて、彼らも馬鹿な事をしたもんだよね」

「まあ来年から、いくつか事務所を買収した事もあって、

大物がかなりソレイユ・エージェンシーに移籍する事になりましたから、

気持ちは分かります」

「へぇ、そんな大物が?例えば?」

「スイートバレット、ワルキューレ、フランシュシュ、イノハリ、

それに御影クリヤ、蛎崎うにとかの若手が続々と移籍を希望してますお」

「うわ、それは凄いね、音楽関係は無敵じゃないか」

「若手俳優さん達もどんどん名乗りを上げてるんで、この流れはもう止まりませんね」

「そりゃ各方面を敵に回す訳だわ………」

 

 そう、今回の陽乃の京都入りのもう一つの目的は、

関東で勢力を伸ばすソレイユにちょっかいを出してきている、

関西の芸能界事務所とその裏に蠢く裏社会の連中を、

まとめて潰す、もしくは()()して穏便に着地させる事であった。

その為の準備は以前から着々と進められ、今はもう完了していたが、

陽乃は八幡に泥を被らせない為、今回この役目を自分が全て引き受ける事にしたのである。

 

「むぅ、でも心配だなぁ、親父はどうでもいいとして、他のみんなが」

「まあ確かにリスクはありますけど、元傭兵もいますし、

ソーシャルカメラも事前に仕込んでおいたんで、大丈夫だと思いますけどね」

「そっかぁ、僕達は吉報を待つしかないね」

「ですね」

 

 この日が、後に令和事変と言われる芸能界の再編成の始まりの日であった。




いや、まあ芸能人関係は出てきませんから!ワンチャンあるのは俺のお気に入りの水野愛くらいでしょうか!


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第1046話 正しい判断

せっかくのGWですし、すぐにもう一話投稿します!


「ふう、食った食っタ」

「それじゃあ行きましょうか」

「アポはとってあるのかえ?」

「もちろんですわ、きっと()()してくれる事でしょう」

「………陽乃さんは肝が座っとるの」

「ふふっ、彼の望みを叶える為ですもの、これくらいはどうって事ないですわ」

 

 そう、今回の事の発端は、結局八幡がそれを望むから、という事に他ならない。

もちろんいくらソレイユでも不可能な事はあるが、

今回は可能だからやる、ただそれだけなのである。

 

「それじゃあ最初のお宅にレッツゴー!」

 

 そして一同は動き出し、最初の訪問先へとたどり着いた。

そこは郊外にある豪邸であり、門の前をいかつい男達が守っている。

門の横には『藤原』と書いてあった。

 

「いかにもって感じよねぇ」

「気にする事はないぞい、こやつらはただのチンピラじゃ」

 

 車を降りた後、そいつらが絡んでくるかと思われたが、

その男達は意外にも、丁寧な態度でこちらに接してきた。

 

「大変失礼ですが、ソレイユの雪ノ下様で宜しいですか?」

「あら、予想外に礼儀正しい」

「じゃのう、まったく忌々しい」

 

 清盛は何故かその礼儀正しさが気に入らないようだ。

そして陽乃はその男達に笑顔で返事をした。

 

「ええ、それで合ってるわ」

「お待ちしておりました、私共がご案内します、こちらへどうぞ」

「ありがと」

 

 陽乃はその男達の後を、堂々と付いていった。

奥の部屋にでも案内されると思ったのだが、予想に反して男達は、庭の方に向かっていく。

 

「こっちでいいの?」

「はい、会長からは、あそこの縁側に案内しろと仰せつかっています」

「へぇ、面白いわね」

 

 陽乃はその予想外の対応に興味津々な顔をした。

 

「あちらです」

 

 見ると縁側にはこちらに手を振っている老人がおり、

陽乃はそちらに手を振り返すと、その老人に呼びかけた。

 

「こんにちは!」

「これはまたとんでもない美人さんが来たもんだ、こんにちは、ソレイユのお嬢さん」

 

 その老人は実ににこやかにこちらに微笑み返してきた。

 

「あの、ボディチェックとかはしなくていいんですか?」

 

 相手が何も言わず、このまま近くまで行けてしまいそうだった為、

陽乃は逆に自分からその老人に尋ねた。

 

「いらないよ、さあ、これからの話をしようじゃないか」

 

 老人は鷹揚にそう言い、陽乃はその言葉に応え、老人の隣に腰を下ろした。

 

「何か拍子抜けです、もう少し揉める展開を期待してたんですが」

「いや、さすがのうちも、おたくと正面からやりあったら潰れてしまうよ」

「そうですか?案外いけるんじゃないですか?」

「その手には乗らないよ、君達からすれば、出来るだけ多く潰したいというのは分かるがね」

 

 その老人は陽乃の挑発めいた言葉にも笑顔でそう答えるだけで、

決してこちらに敵意を向けようとしなかった。

 

「それじゃあ改めて、私は藤原義経だよ、宜しく」

「雪ノ下陽乃です、宜しくお願いします」

 

 二人は挨拶を交わし、ここでの話し合いは和やかな雰囲気で始まった。

 

「最初にうちが関係しとる者達の移籍の話だが、それは全て無条件で認める事にしたよ」

「いいんですか?」

「ああ、おたくから働きかけたんじゃないって事が分かったからね」

 

 事実、ソレイユは移籍の勧誘などはしていない。

待遇の良さが伝わって、口コミ的にその話が広がっただけである。

 

「それでいいんですか?」

「もちろんだよ、何も言ってないのに出て行かれるってなら、

悪いのは当然出て行かれた方さ。うちとしては、そちらを詰める事になるだろうね」

「なるほど、話が早くて助かりますわ。でもそれじゃあうちがもらいすぎですし、

会場警備や諸々については、今後もそちらにお任せするという事で」

「いいのかい?それは助かるね」

「こちらとしても、禍根を残すのは本意じゃありませんので」

「今後とも友好的でいられればいいね」

 

 そう言って二人は握手をした。拍子抜けするくらい、スムーズな解決である。

 

「なんじゃい、つまらんつまらん」

 

 その時清盛が、いきなり変装を解いて義経の隣に座った。

 

「おや、清盛じゃないか、まだ生きてたのか?」

 

 義経が清盛にそう声をかける。どうやら二人は知り合いのようだ。

というか実は幼なじみの喧嘩友達であった。

そんな関係の者も最悪切り捨てようとしていたのだ、清盛の本気度が伺える。

 

「ふん、お主、今回は命拾いしたのう」

「………もし突っ張ってたらどうなってた?」

「そんなの簡単じゃわい、明日の今ごろは、

ここの敷地内を警察が我が物顔で歩き回ってたじゃろうて。」

「一応うちは、そっちにも顔が利くんだがね」

「それも踏まえて言っとるんじゃ、分かるじゃろ?」

「………なるほど、怖い怖い、うちもそろそろ変わらないといけない時期なのかもなぁ」

「むしろ遅いわい、今のうちの当主は二十二才の若造じゃぞ?」

「若造とか言いながら、随分嬉しそうじゃないかよ」

「ふふん、毎日楽しくて仕方がないわ」

 

 二人の話がひと段落したところで、陽乃は義経に挨拶をした。

 

「それでは細かいところは後日詰めるという事で、今後とも宜しくお願いします」

「おや、もう行くのかい?」

「ええ、この後もう一ヶ所、()()に伺わないといけない所がありまして」

「へぇ、もしかしてあそこかな?」

「ご想像にお任せしますわ」

 

 義経はその言葉に難しい顔をした。

 

「………これは備えておかないといけないな」

「そうじゃな、準備はしておくとええ、勢力拡大の最初で最後のチャンスじゃぞ」

「………分かった、感謝する」

「なぁに、感謝される謂れはないわい、あくまで主の選択の結果じゃ。

あとな、会長なら社長がやってる事くらい把握しとけ。

こっちの部下は教育出来ていても、そっちが駄目なら結局意味無しじゃ」

「………そんなにひどいのかい?」

「もし宜しければ、資料をお見せしましょうか?」

「すまないが、お願いしたい」

 

 陽乃の指示で、アルゴがPCを使って義経に説明を始めた。

 

「これは………」

「どうじゃ、儂が言ってた事の意味が分かったじゃろ?」

「これほどか………分かった、死ぬまでに大掃除してみせるさ」

「おう、主のバックの政治家はもう駄目じゃが、

ライバルも潰れるんじゃ、何とかなるじゃろ、まあ頑張れい」

「ああ」

 

 二人は感慨深げにそう言葉を交わした。

 

「それじゃあまたの、お互い年じゃし会うのはこれが最後になるかもしれんがの」

「ははははは、清盛はまだまだ殺しても死ななさそうじゃないか」

「ふふん、まあ地獄で先に待っとれ」

「ああ、それじゃあまたな」

 

 こうして最初の訪問は大成功に終わった。

義経は正しい状況判断で自らを救ったのだった。

 

「さて、次が本番よ、みんな、覚悟してね」

 

 陽乃は一同にはっぱをかけ、次の訪問先へと向かった。

 

 

 

「何じゃいお前らは」

「アポをとっておりました、ソレイユ社長の雪ノ下と申します」

「ああ、例の………」

 

 その応対してきた男は明らかな敵意をこちらに向けてきた。

 

「フン、こっちだ。おっと、付いてくるのは三人までだ、それ以上は許さん」

「そう、それじゃあ祐吾とレヴィはここに残って頂戴」

 

 陽乃の随員は、清盛とガブリエル、それにアルゴの三名となった。

こちらではボディチェックも行われ、カブリエルの銃が没収されたが、

清盛は仕込み杖を持っており、ガブリエルも特殊警棒は残される事となった。

アルゴのPCに関してはフリーパスである。

 

「ようこそいらっしゃいました」

 

 そんな四人を出迎えたのは、蛇のような顔をした嫌らしい男であった。

 

「初めまして、ソレイユの雪ノ下と申します」

「私は秦頼朝と申します、宜しく」

 

 二人はにこやかにそう挨拶をし、陽乃は勧められるままソファーに腰を下ろした。

 

「で、早速ですが、今回の移籍の件、こちらとしては、

はいそうですかと認める訳にはいきません」

「まあ当然でしょうね」

「ですが、条件次第では認めてもいいと思っています」

「ほう?」

「条件はこちらに」

 

 頼朝はそう言って、一枚の紙を陽乃に差し出してきた。

そこにはソレイユから巨額の移籍金が支払われる事、

正式な移籍は一年後にもう一度本人の意思を確認してからにする事、

それまでのマネジメントについて、ソレイユが一切口を出さない事、

移籍に際して今の事務所での仕事内容については情報保護の観点から秘密とし、

もし漏れたら巨額の賠償金を支払う義務を負う事、と書かれていた。

 

「その条件で良ければ、うちとしては認めるのもやぶさかではないと思っています」

 

 陽乃はその紙を黙って見た後、じっと頼朝を見つめた。

 

「………何かご不満でも?」

「いいえぇ、ただ、その一年で女の子達にどんな脅しをかけるのかなぁって思いまして」

「脅す事なんてしませんよ、ただ()()()()()はあるかもしれませんが、

それはうちとはまったく関係ない事ですよね」

「そうですね、不幸な事故ってのはよくある事ですから」

 

 陽乃は笑顔を崩さず、懐から一枚の紙をそっと取り出した。

 

「それは?」

「さっきここの入り口で拾いましたの、こちらの落とし物かなと思ってお届けしようかと」

「それはどうも」

 

 そう言って頼朝はその紙をチラっと見て、顔色を変えた。

 

「こ、これは………」

「あら、何か書いてありましたの?」

「………なるほど、そうきますか」

「何の事やらさっぱりですわ」

 

 その紙に書かれていたのは裏帳簿の内容であった。

ただしいつでも切り捨て可能な別会社名義となっており、

こことその会社との繋がりは、巧妙に隠されている。

 

「どうやら何かの帳簿のようですが、まあうちには関係ありませんね」

「あらそうでしたの、どうしてそんなものが落ちてたのかしら」

「さあ、謎ですね」

 

 この時点では、蛇男はまだまだ余裕そうである。

 

「ところであなたに枕営業を強要されたって申し出ている子達がいるんですけど、

何か把握してらっしゃいます?」

「ははっ、支援者の方との懇親会程度でも、そう言って騒ぐ子はいますからね」

 

 一切証拠は残していないという確信があるのだろう、

そう答える頼朝の顔は自信に満ち溢れていた。

 

「ああ、確かに最近の子は大げさですものね」

「そうなんですよ、まったく困った事です」

「お互い苦労しますわよねぇ」

「いや、まったくです」

 

 その時陽乃がチラリと時計に目を走らせ、こう呟いた。

 

「そろそろかしらね………」

「………何がです?」

「いえ、そろそろあなたに電話があるんじゃないかなって」

「え?」

 

 その予言通り、蛇男の携帯が鳴った。その表示されている名前は、

彼の支援者である大物政治家からであった。

 

「どうぞ、遠慮なく出て下さいね」

「い、言われなくても!」

 

 そして蛇男は電話に出たが、相手は一言言って電話を切ったようで、

通話時間は一瞬であり、蛇男は呆然とした顔をした。

 

「お、お前、一体何をした!?」

「さて、何でしょう?」

 

 その瞬間に陽乃の雰囲気が豹変した。




今日は十二時にもう一話投稿します!


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第1047話 進む再編成

本日二話目になります、ご注意下さい!


「お前の所とはもう終わりだ、だと………一体どうなってやがる………」

 

 頼朝はぶつぶつとそう呟き、陽乃は確認する手間が省けたと内心でほくそ笑んだ。

 

「ふ、ふざけるな、お前達の差し金だろう!」

「そうですが何か?」

 

 実は陽乃は先日、頼朝が経営する超大手芸能事務所、『秦プロダクション』の、

後ろ盾になっていた大物議員の金と女の問題を密かに嘉納大臣にリークし、

その秘匿と引き換えに、秦プロとの縁を切るようにと、閣下に()()()してもらっていた。

同時にそれは、嘉納派の勢力の拡大にも繋がっていた為、

嘉納はその陽乃のお願いを喜んで承諾したのだった。

その電話のタイミングが今だったという事である。

 

「ところでさっきの裏帳簿ですけれど、実はその子会社の社長さん、

もう警察に秦プロとの関係を全部自白しちゃってるらしいですよ」

「な、何だと………」

「あくまで噂ですけどね、う・わ・さ」

 

 そう言って陽乃はウィンクし、頼朝はぷるぷると震え始めた。

 

「このアマ………」

「あら、それが素なのかしら、きゃぁ、怖ぁい!」

「五体満足でここを出れると思うなよ!お前ら、もういい、殺せ!」

 

 随分と短慮な事だが、人生が破滅する瀬戸際にいる者の行動としてはありうるだろう。

そしてその言葉を合図に、頼朝の取り巻き二人が一瞬躊躇った後、一斉に懐から銃を抜く。

だがその手に持つ銃は、ガブリエルの警棒と清盛の仕込み杖に、一瞬で叩き落とされた。

 

「ぐわっ」

「ひいっ!」

「銃を抜くのが遅い」

「ぬるいのう」

 

 取り巻き二人は一瞬で無力化され、そんな二人に陽乃が言った。

 

「見てて分かったでしょう?こいつはもう終わりよ。

ところであなた達、実はもう警察がここに向かってるんだけど、

あなた達はこいつに銃を撃つ事を強要されたって私が証言してあげましょうか?

そうすればあなた達の罪はかなり軽くなると思うんだけど」

 

 まるで悪魔の所業であるが、その二人は陽乃の提案に飛びついた。

 

「それじゃあこいつを拘束しておいてもらえる?」

「は、はい」

「分かりました」

「お、お前らぁ!」

 

 頼朝は激高したが、もうどうしようもない。

 

「け、警察がすぐ来るなんてデマに決まってる、

お前達、俺と一緒に逃げよう!今なら間に合う!」

 

 頼朝がそう往生際が悪い事を言ったが、そんな頼朝にアルゴがPCの画面を見せた。

そこにはモニターを見ていた警察が、慌てて動き出すシーンが映っていた。

 

「こ、これは?」

「あそこにソーシャルカメラがあるだろ?

あれの奥にあるソーシャルカメラの少し前の映像だゾ」

 

 かなり遠いが、窓から見える位置に、確かにそのソーシャル・カメラは存在した。

 

「実はあそこのソーシャルカメラね、かなり遠くまで見えるように調整してあって、

今日警察の人が現地でテストをしてたんだけど、

そのせいでこの部屋の映像も、偶然映っちゃってたと思うのよね」

「は?」

 

 その陽乃の言葉に頼朝は呆然とした。

 

「いやぁ、たまたまあそこでテストをしてたなんて、偶然って怖いよナ」

「ええ、怖いわよねぇ」

「ぐ、偶然な訳があるか!」

「まあ確かにどこのカメラでテストをするか、決めたのは私だけどね」

 

 陽乃は、てへっ、といった感じで自らの頭を叩き、頼朝は発狂した。

 

「ふざけるな!そんな事が許されてたまるか!」

「そんな事言われても、あれはうちの製品だしねぇ、私がどこでテストしようが勝手でしょ」

「ソレイユを甘く見すぎじゃねえのか?ソーシャルカメラが普及したら、

そういった町の情報をうちが牛耳る事になるんだゾ」

「監視社会とか言われちゃうかもだけど、その判断もAIに全部任せちゃうつもりだしね」

「犯罪性が無ければAIが何か言う事もない、一般人にとっては犯罪が減って万々歳だナ」

「は~い、という訳で、あなたは現行犯で逮捕されま~す!具体的には殺人教唆かな?」

「く、くそっ、くそっ………」

 

 それからすぐに警察が訪れ、頼朝は連行されていった。

取り巻き二人も連れて行かれたが、陽乃がこの二人も被害者ですと主張した為、

おそらく起訴は免れると思われる。

 

「ボス、何であの二人を助けたんダ?」

「だってあの人達、銃を抜くのを躊躇ったじゃない、

多分あの社長に嫌々従ってたんだと思うのよ」

「なるほど、良く見てやがるナ」

 

 その後の調査でその二人に前科と呼べるものはなく、

ただガタイがいいからというだけで銃を持たされていたという事が分かり、

その二人は陽乃の計らいでソレイユに入社する事となった。

社内の警備担当として、彼らは正しい人生を歩み始める。

 

 

 

 そしてその次の日、陽乃達一行は、

朝から芸能界と関係のある、ヤクザ・暴力団関係の事務所を回っていた。

 

「こんにちは~、ソレイユでっす!」

「あ、お、おう、話は聞いてる、まあ入ってくれ」

 

 各事務所で陽乃は、ソレイユに脅しをかけようとした秦プロがどうなったかを、

()()()()()簿()()()()()()()()()()を見せながら懇切丁寧に説明した。

その帳簿や証拠が偶然それらの事務所に関わる資料だった為、

ほとんどの事務所は顔を青くし、何ヶ所かは実力行使をしようとしたが、

同時に陽乃がソレイユに敵対しない限りは永久に何もしませんと一筆書いた為、

ほとんどが穏便に陽乃の提案を受け入れ、

芸能関連で誰かを不幸にするような、度を超えた事はもうしないと約束してくれた。

もちろん一緒に行動していた清盛の存在も大きかった。

ほとんどの事務所のトップが高齢であり、その目の前を清盛がうろうろしただけで、

最終的に全ての事務所がソレイユに降伏する事となったのである。

こういう者達は、融通を利かせてくれる大手の医者に逆らう事は出来ないのだ。

もしそれをしてしまったら、今度は自分達が、

同じく結城病院にお世話になっている同業者に狙われる事になる。

傷を負う事の多い非合法活動の従事者にとって、

医者はそれほど影響力のある存在なのである。

ちなみに陽乃としては、ソーシャルカメラが普及していくに連れ、

こういった者達は、自分が直接手を下さなくても、

勝手に淘汰されていくだろうと考えている。

小さな芸能事務所については、裏社会からのちょっかいが無くなった分、

自力で頑張ってね、といった感じである。

その為この事件の後、関西に関してソレイユは、

旧秦プロダクション以外からの移籍を認めないようになった。

 

「ふう、終わった終わった」

「思ったよりも簡単だったな、ボス」

「まあ準備にそれだけ時間をかけたからねぇ」

 

 これで関西圏の芸能事務所の再編成はほぼ完了した。

もっともこれは、関西の芸能界が大手に牛耳られていたせいでこうも簡単だっただけで、

関東の事務所は小さなものが乱立している為、

そこに手を突っ込むのはかなり大変だと思われた。

 

「まあ徐々にいい影響が出ていくと思うから、

調査を続けつつ、しばらく様子見になるのかしらね」

「まあそうなんだろうナ」

「これで多少は風通しが良くなってくれればいいんだけど」

 

 そう呟く陽乃の顔は、達成感に満ちていた。

 

 

 

 そして日曜の午後、陽乃達は再び義経の下を訪れた。

 

「こんにちは~!いや、こんばんはかな?」

「やぁ、昨日から今日にかけて、随分派手にやったみたいだね」

「あはは、それほどでも」

「いやいや、おかげでいくつかの事務所から、

うちに合流出来ないかって打診が来てるみたいだよ。移籍希望もひっきりなしさ」

「あら、って事は早速社内に手を突っ込んだんですか?」

「ああ、所属タレントの所を回って謝罪行脚したから、

口コミでうちが変わったって評判になったみたいだね、社長もクビにしたよ。

これでもう今後は裏社会からの影響も少なくなるし、本当の意味での競争社会の始まりさ」

「それは健全になりますね」

「ああ、君達には本当に感謝してる」

 

 二人はそう言って笑い合った。

 

「残るは関東だね」

「ええ、まああっちのバックは基本大企業なんで、ちょっと面倒なんですよね」

「でも君達ならやれるんじゃないか?」

「どうでしょう、まあ少し時間がかかるかもしれませんが、地道にいきますわ」

「そういえば今日は清盛はいないのかい?」

「ええ、清盛さんは、昨日の今日で義経さんに会うのは嫌だから、先に帰るそうですわ。

うちの次期社長に早く褒めてもらいたいのかもしれませんけど」

「ああ、噂の彼か、それに関しては清盛が羨ましいよ、

医者ではなくともいい後継者を手に入れられたみたいだってね」

「良かったら今度ここに連れてきますわ」

「それは有難いね、是非私がまだ生きてるうちに頼むよ」

「はい、約束しました。さて、私も彼に褒めてもらわないと!」

「あはははは、それじゃあまたいずれ!」

「ええ、またです!」

 

 

 

 これがファンの間で芸能界令和事変と呼ばれる事件のあらましである。

もっともファンの目からは、遂に警察が芸能界に手を突っ込んだのだとしか思われておらず、

それに伴い多くのアーティストや俳優達の移籍が進み、

同時にソレイユ所属のアーティストが増えたせいで、

以前のように、街中から音楽が聞こえてくる頻度がやや増えたと、ただそれだけの話である。

芸能界はほんの少し風通しが良くなり、八幡は清盛に、

『じじい、よくやったな、お疲れ』と声をかけ、

所属アーティストが増えたせいで、ソレイユは本社ビルの隣のビルを買収し、

そこをソレイユ・エージェンシーの本拠地とする事となった。




本日二話目になります、ご注意下さい!


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第1048話 グウェンの新装備

 日付は変わって二十日の夜、芽衣美はやっと入れるようになった学校の寮で、

開放感を満喫していた。要するにそれほど自宅にいるのが辛かったのである。

 

「はぁ………まさかこんな事になるなんて、八幡さんには本当に感謝しかないよ」

 

 実はつい先ほどまで、芽衣美の歓迎会がこの部屋で行われていたのだ。

芽衣美は同世代の者達との交流を存分に楽しみ、

そして今、八幡の為に働くべく、ALOにログインしようとしていたのだった。

 

「さて、招待状は届いてるかな………?」

 

 芽衣美はそう呟きながら、アミュスフィアをかぶった。

 

「最初はGWENでっと………リンク・スタート!」

 

 

 

 グウェンは小人の靴屋にログインしてすぐに、ギルドのコンソールをチェックした。

そしてそこに一通のメッセージが届いているのを見付け、

ほくそ笑みながらグランゼを探した。

 

「グランゼ、いる?」

「あらグウェン、今日は遅かったのね」

「ごめん、ちょっと友達と盛り上がっちゃって」

「え?そう、あなたに友達なんていたのね」

「ぐっ………」

 

 グランゼに悪気はなく、以前グウェンが自分には友達はいないと言っていたのを思い出し、

それでただ何となくそう口にしただけだったのだが、

こういう所がグランゼの一番の欠点と言える。これはおそらく母親に似たのだろう。

幸原議員もよく脊髄反射でツイッターで余計な事を呟いてしまい、炎上を繰り返している。

 

「はぁ………それにしても困ったわ、ここまで素材が入手出来ないなんてね」

 

 小人の靴屋はヴァルハラの公開した採掘場には行かないと、早々に宣言してしまっていた。

これもまた、グランゼの悪い癖が出た結果と言える。

別にそんな宣言をする必要はなく、黙って採掘をしていれば良かったのに、

見栄が邪魔をして、脊髄反射で行かないと公に言ってしまったのだ。

 

「もういっそ、宣言を撤回して堀りに行けば?」

「そんな事出来ないわよ、格好悪い」

 

(この見栄っぱり)

 

 グウェンはそう思ったが、もちろん口に出す事はない。

 

「それじゃあこっそり掘りに行けば?」

「それが無理なのよ、どの堀り場にもヴァルハラのメンバーがまめに顔を出してるし、

採掘ギルドの連中も、あちこちの堀り場に散ってるんだもの」

 

(お、ちゃんと作戦は機能してるみたいね、これなら………)

 

 グウェンは今しかないと思い、グランゼに先ほど届いていたメッセージについて報告した。

 

「ねぇグランゼ、そういえばこんなメッセージがヴァルハラから届いてたよ」

「ヴァルハラから?どうやって?」

「多分メッセージの拡張機能を使って、

ギルドハウスのドアに直接接触して送ってきたんじゃないかな」

「あら、そんな事が出来るのね。で、どんな内容?」

「えっとね、二十五日の夜に、ハチマン主催でクリスマスパーティーを大規模にやるから、

参加しませんかっていう誘いみたい」

「クリスマスパーティー?へぇ、景気のいい事ね」

 

 グランゼは嫌味っぽくそう言ったが、参加する気はないらしく、

すぐに興味の無さそうな表情をした。

 

(はぁ………)

 

 グウェンはもう少し真面目にこの事の影響を考えろよと思いつつ、

グランゼの思考を誘導する事にした。

 

「グランゼ、それってチャンスなんじゃない?」

「というと?」

「だってほとんど付き合いの無いうちに招待状が来るくらいだよ、

当然採掘ギルドや他のギルドにも招待状が行ってるはずじゃない?」

「まあそれはそうね」

「って事は、二十五日に採掘する人は、ほとんどいないって事にならない?」

「あっ、た、確かに!」

 

 グウェンに懇切丁寧に説明され、

グランゼはやっと今回の事がチャンスなのだと思い当たったようだ。

もっともそれがハチマンの戦略である為、結局踊らされているだけなのだったが。

 

「でさ、グランゼは招待に乗ってパーティーに参加する訳。

そうすれば、例えグランゼしか会場にいなくても、

多分小人の靴屋の他のメンバーも参加してるんだろうなって、

ヴァルハラだけじゃなく一般の人にも印象付けられるじゃない?

その間に部隊を動員して、堀りまくればいいって訳よ」

「それ、採用!」

 

 グランゼは興奮した顔でそう言い、各所に連絡を取り始めた。

 

(ふふん、上手くいったね)

 

 グウェンはハチマンの意図する通りに事を運べたと思い、満足した。

 

「それじゃあその線で先方に話を通しておくわ、アドバイスありがとう、グウェン」

「ん?先方って?」

 

 グウェンはシグルド達やロザリアの元部下の事は知らず、

ただ小人の靴屋が単独で採掘を試みているとしか知らない事になっている為、

首を傾げる演技をしながらそう言った。

 

「あっ………そうか、その事は教えてなかったのね、

でも当日にはグウェンにも手伝って欲しいし………」

 

 グランゼはぶつぶつとそう呟き、グウェンは余計な事を言わないように、

グランゼが自分から情報を伝えてくるのを辛抱強く待った。

 

「グウェン、実はね、採掘なんだけど、いつも外部に護衛を依頼しているのよ」

「あっ、そうなんだね、まあいいんじゃない?その方が効率的だろうしさ」

「それでね、二十五日には、連絡係を兼ねるって事で、

出来ればグウェンにも護衛に参加して欲しいから、

その前にどこかで先方と顔合わせをして欲しいのよね」

「オッケー、それくらいなら全然いいよ」

「ありがとう、助かるわ」

 

(助かるのはこっちなんだけどね!)

 

「そしたら当日は、私が現場の情報を集約してグランゼに伝えたり、

逆にみんなに指示をした方がいいのかな?」

「そうね、そうしてもらえると私も楽で助かるわ。さすがにパーティーに参加しながら、

どこかにメッセージばかり送ってるってのは不自然だしね」

「うん、だよね」

「それじゃあ予定が決まったらまた連絡するわ、

それまでは部隊を出す必要もないから、いい採掘道具を揃えたりしておく事にするわ」

「オッケー、それじゃあ今日は落ちてのんびりしてるよ」

「ええ、いいアドバイスをありがとう、またね、グウェン」

「うん、またね、グランゼ」

 

 そしてログアウトしたグウェンは、GWENからGWENNにキャラを変えた。

 

「ふう、ブランクがあるはずなのに、やっぱりこっちの方がしっくりくるなぁ」

 

 そう言って体を動かした後、グウェンはハチマンにコンタクトをとった。

 

『グウェンの新しい装備は用意した、ヴァルハラ・ガーデンに来てくれ』

 

「えっ、本当に?」

 

 グウェンは驚愕したが、すぐにうきうきとした足取りで、二十二層へと向かった。

 

「昔から興味があったのよね」

 

 グウェンはわくわくしながらヴァルハラ・ガーデンに向かい、

入り口前に立っているルクスを発見した。

 

「あ、ルクス!」

「グウェン、待ってたよ!」

「ハチマンさんは?」

「いやぁ、ほら、さすがにハチマンさんが待ってるとなると、

注目されすぎちゃうかなって話になってね、たまたま近くにいた私が呼び出されたの」

「ああ~、確かにそうかも」

 

 グウェンはその言葉に頷き、ルクスから仮入館証をもらい、

初めてヴァルハラ・ガーデンの土を踏んだ。

 

「ルクスは近くで何をしてたの?」

「えっと、二十二層で散歩?」

「あはは、ルクスらしいね。って、おお?小さい?」

「あは、まあそう思うよね」

 

 そして螺旋階段を登ったグウェンは、思ったよりも小さな建物に驚き、

中に入ってその巨大さと壮麗さに再び驚いた。

 

「おお~………」

「グウェンちゃん、こっちこっち!」

 

 グウェンはルクスに案内され、製作室へと足を踏み入れた。

 

「よぉ、待ってたぞ、グウェン」

「初めまして、ナタクです」

「自己紹介も今更だけど、リズベットだよ、ここではリズって呼んでね」

「私はスクナ、宜しくね」

 

 そこにはヴァルハラの誇る職人三人衆が集まっており、

ハチマンはグウェンに刀身が透き通っている一本の剣を差し出してきた。

 

「悪い、さすがにハイエンド武器はまだうちでも行き渡ってなくてな、

その一つ下のランクの品になる」

「いやいやいや、ハイエンドなんか私には使いこなせないって、

この武器でも十分すぎるくらいだから!」

 

 グウェンはその短剣を手に取り、透き通る刀身の美しさにため息をついた。

 

「うわぁ、綺麗………」

「はい、名を『光破』といいます」

「刀身が透けてるから、相手から見たら間合いが取りにくくて仕方ないだろうな」

「どう?気に入った?」

「うん!ありがとう!」

「ふふっ、どういたいまして」

 

 そして次に、スクナが防具を差し出してきた。

 

「私からはこれ、『ヴァルハラ・アクトン、タイプS、森羅』かな」

 

 それは何とも不思議な色合いをしていたが、その理由は直ぐに分かった。

 

「あっ、床と同じ感じの色になった」

「うん、ステルス性を重視したからね、SはスカウトのS、うちの制式装備の斥候版かな」

「うわぁ、凄い凄い!」

 

 グウェンは基本、こういった特殊な装備には縁が無かった為、興奮状態となった。

 

「ありがとう、スクナさん」

「うん、役立ててね」

 

 こうしてグウェンの装備が整い、続けてグウェンからの報告が行われた。

 

「ほうほう、それは上手くやったな」

「うん、我ながら完璧!」

「よし、これで二十五日には七つの大罪の誰が裏切り者か特定出来そうだ」

「まあそれには、あいつらがどれだけ参加してくれるかが重要になってくるんだけどね」

「………そういえばそうだな、よし、出来るだけ参加者を増やす作戦を考えよう」

「何かで釣るのが一番っぽいけど、中々ねぇ………」

「いっそ、全員に何か便利なアイテムを配るとか?

もしくはクリスマスの景品を豪華にするとか?」

「それだ、準ハイエンドクラスの装備をいくつか出すとしよう」

「そうすると、最悪でもあと四日だけど情報公開は早めにしたいから、

出来るだけ早くに素材も集めないとだね」

 

 グウェンを味方に付けた事のメリットはかなり大きく、

こうして作戦は順調に進行していく。



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第1049話 年末のバイト達

 今日は十二月二十一日、そしてその放課後、

ソレイユでは、今日もアルバイト達が熱心に働いていた。

年末は何かと出費が嵩む為、皆熱心である。

 

「よし、私が一位ね」

「二位か、まあまあかな」

「くそっ、このスピードスター様が三位だと………」

「まあまあ、そういう勝負じゃないんだからさ」

「あはははは、ここのバイトって凄く楽しいのね」

 

 上から順に、詩乃、保、風太、大善、そして芽衣美である。

そんな五人に、やっと勇人が追いついてきた。

今は飛行中、どのくらいのスピードまで耐えられるのか、

タイムアタック形式でデータを集めている最中である。

 

「くぅ、みんな早すぎ!特に姉御!」

 

 その瞬間に勇人の頭に拳骨が落とされた。

その光景を他の者達は、勇人も懲りないよなぁと思いながら楽しそうに眺めていた。

 

「だからその呼び方はやめなさい」

「仕方ないじゃん、姉御の顔を見てると自然と姉御って呼んじゃうんだよ!」

「ほらまた」

 

 詩乃はハーフパンツから伸びるスラッとした足を振り上げ、

勇人にげしげしと二発蹴りを入れた。ちなみに上は厚手のトレーナーを着ており、

一見するとかなり地味に見える。

 

「くぅ………」

「それじゃあ休憩にしましょうか、勇人、行くわよ」

「へ~い」

 

 そんな勇人に芽衣美が駆け寄ってきた。

 

「勇人君、大丈夫?」

「大丈夫だよ、メイミー姉、姉御の相手はもう慣れてるからさ。それに全然痛くないしね」

 

 芽衣美は今日が初めてのアルバイトであり、

勇人が芽衣美の事を何と呼ぶのか注目されていたが、

その呼び方は理央と同じ、()()、であった。

そして一同は、VR空間内の休憩所で揃ってマックスコーヒーを飲んだ。

以前も説明したと思うが、ここにはそれしかないのだ。

おかげでバイトを初期からやっている組は、

思いっきり甘い物に体が慣らされてしまっている。

 

「くっそ、姉御、速く飛ぶコツとかってあるの?」

「だからあんたは!」

 

 詩乃は怒声を発しつつ、それでも勇人に自分なりのコツを教えていく。

その優しい光景を見ながら、芽衣美は保に一つの疑問をぶつけた。

 

「ねぇ保君、いつもここで休憩するの?」

「ああ、いや、言いたい事は分かるよ。

確かにここで休んでもあんまり意味が無いんだけど、

勇人が一緒の時は、出来るだけここで一緒に休もうって決めてるんだ。

勇人はほら、中学生だからさ、直接本社に来てバイトって出来ないからね。

だから僕達は、別にちゃんとログアウトして、リアルで水分をとらないとね」

「そういう事か!うん、分かった!」

 

 ちなみに今日、芽衣美も寮の部屋からバイトを行っている。

風太と大善はいつも通り会社から、そして詩乃も、八幡が会社に顔を出すと聞いたらしく、

ワンチャンを狙って(というのが他の者の予想だが)、

今日は会社に来てバイトに参加していた。保も当然直接会社に来ている。

えるに会う為という理由もあるのでそれは当然だろう。

ここのバイト達はみな芽衣美に優しくしてくれ、

芽衣美は他の者達とすぐに打ち解ける事が出来ていた。

 

「さて、サンプルが足りてないみたいだし、もう一回くらい今のを………」

 

 詩乃がそう言いかけ、ピタリとその動きを止めた。

 

「ん?」

 

 芽衣美は首を傾げたが、そんな芽衣美に保がそっと耳打ちした。

 

「滅多に来ないんだけど、八幡がここに来ると詩乃はああなるんだよ」

「えっ、そうなの?」

「まあ見ててごらん」

 

 芽衣美の目の前で、詩乃が何か操作するようなそぶりを見せ、その姿が一瞬で変わった。

野暮ったいトレーナーはタンクトップに、

そしてハーフパンツがひらひらのミニスカートに変化する。

 

「うわ………徹底してる………」

「だろ?まあ突っ込まないでおいてあげてよ」

「う、うん」

 

 そして保の予想通り、八幡がその場に姿を現した。

 

「よぉ、やってるな」

「あ、あら、珍しいわね、来てる事にちっとも気付かなかったわ」

「………お前、最近は()()()()()()()()バイトをしてるのな」

「そ、そうよ、悪い?」

「いや、まあいいけどよ………」

 

 そう、詩乃は八幡に、途中で着替えた事がバレないように、

可能な限り八幡の接近を早く察知し、速攻で着替える事にしているのだった。

実に乙女らしく涙ぐましい努力である。

 

「で、今日はどうしたの?」

「いや、メイミーが初めてのバイトだって聞いたんでちょっと様子を見にな」

「ああ、そういう事」

「どうだメイミー、やっていけそうか?」

 

 八幡は芽衣美に優しくそう尋ねてくれ、芽衣美は嬉しそうに頷いた。

 

「うん、小学校の時にやったアスレチックみたいで凄く楽しい」

「そうか、それなら良かった」

 

 そう言いながら八幡は、近くに来ていた勇人の頭を撫でた。

 

「八幡兄ちゃんも何かやってく?」

「ん、そうだな、たまには付きあうか」

 

 そう言いながら、八幡は風太と大善、そして保の顔をじっと見つめた。

 

「ん、どうした?」

「いや、思ったよりもお前達が大人しいなって思ってな」

「大人しい?何がだ?」

 

 その二人の反応を見て、八幡は一人頷いた。

 

「いや、そうか、詩乃から何も聞いてないんだな」

「どういう事?」

 

 当然風太と大善の視線が詩乃に向き、保はあわあわし始めた。

 

「いや、ちょっ………」

「ああ、あの事ならまだ言ってないわよ」

「「あの事?」」

 

 風太と大善は、不穏な空気を感じ取ったのか、詩乃に詰め寄ろうとした。

だが保が慌てたように、そこに割って入った。

 

「べ、別に大した事じゃないよ、うん」

「おい保、何を隠してやがる」

「いや、その………」

「まあ待て二人とも、ちゃんとスペシャルゲストを呼んでおいたから」

「「スペシャルゲスト?」」

 

 詩乃はそれで、八幡の意図を理解した。

 

「あら、やるじゃない八幡」

「いやぁ、保の困った顔がどうしても見たくてな」

「せ、性格が悪すぎだろ!」

「ははははは、そんなの昔からだろ」

 

 保の抗議もどこ吹く風で、八幡は時間をチェックしつつ、タイミングを計ってこう言った。

 

「はい、それではこちら、スペシャルゲストの登場です」

 

 事前に打ち合わせをしていたのだろう、

その瞬間に、その場に一人の女性が現れた、えるである。

 

「保さん!お疲れ様です!」

「え、えるさん、あ、ありがとう」

「私、あと一時間で仕事が終わりますから、受付ホールで待ってますね!」

「えっと、う、うん」

 

 その光景を見て、風太と大善が目を見開いた。

 

「お、おい八幡、ま、まさか………」

「いやいやいや、え、マジで?」

「おう、そのまさかだ。それじゃあみんな、今度付きあう事になったこの二人に拍手~!」

 

 それを受け、八幡と詩乃、勇人と芽衣美が拍手をする。

 

「うわ、おめでとう、保兄ちゃん!」

「よく分からないけど良かったわね、おめでとう保君!」

 

 そして風太と大善も、心の中で血の涙を流しながら二人を祝福した。

 

「お、おめでとう………」

「お、お幸せに………」

「ありがとうございます、保さんと二人で幸せになります!」

「えっと、その、何かごめんね」

「い、いや………」

「いいんだ、うん、所詮俺達はそういう星の下に生まれてきたんだ」

 

 八幡はそんな二人を見て、今度誰かに合コンでも開いてもらおうか、などと考えた。

 

「さて、それじゃあバイトを再開しましょっか!八幡、ほら、行くわよ」

「わ、分かったからそんなにくっつくなって」

「い・や・よ」

 

 詩乃は八幡の腕をガッチリホールドし、そのまま八幡を引っ張っていく。

えるは保を激励しつつ落ちていき、風太と大善も、その後をよろよろと付いていった。

 

「お~い勇人、メイミー、一緒にやろうぜ、タイムアタック」

 

 そして残された二人に八幡から声がかかる。

 

「う、うん、今行く!」

「待って~!」

 

 なんだかんだ、二人はとても楽しそうに八幡の後を追った。

そして詩乃が、八幡と二人でやると強硬に主張した。

要するに今の姿で飛ぶ姿を八幡以外に見られたくなく、

かつ、八幡に色々と見せつけたいのだろう。

 

「俺達は別に異論は無いぜ」

「ってか俺達が一緒だと逆にまずいだろ、やっぱり八幡と二人じゃないと」

「だね、まあ詩乃に食われないように頑張ってくれよ」

「食われるってお前な………」

 

 風太、大善、保は八幡にからかわれた仕返しとばかりに二人を隔離しようとし、

詩乃はそんな三人にこっそり親指を立てた。

そして突入後、八幡にスカートの中を覗かせる為に詩乃は本気で飛んだのだが、

残念ながら八幡には敵わず、詩乃の目論見は達成される事がなかった。

 

「ちょっと、何で手を抜かないのよ、そんなに私のスカートを覗きたくないの?」

「俺のせいにするな、お前が未熟なのが悪い」

「もう、もう!」

 

 それを見て勇人は大笑いし、再び詩乃に拳骨を落とされた。

そして八幡が去った後、詩乃は直ぐに服を元に戻し、

勇人はそれで、以前風太から聞いていた話は事実だったんだと、改めて実感する事になった。

芽衣美はそんな詩乃に、ドンマイと声をかけており、

八幡がつれないと嘆く詩乃を慰めていた。

芽衣美もどうやらここで上手くやっていけそうで何よりである。

今日もソレイユのバイト達は、笑顔に満ちている。




詩乃のバイト中の姿についての話が出たのは第904話ですね!


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第1050話 頑張るお針子達

ゴールデンウィーク中に結構ストックが出来たので、明日は朝八時に二話投稿します!


 十二月二十四日は、ソレイユ主催のクリスマス・パーティーであるが、

実はこの集まりに参加する女性達は、ほぼ全員がサンタの格好をする事が決定している。

その理由はとても簡単で、招待状と共に、サンタの衣装のリストが送られていたからだ。

そこにはソレイユからのクリスマスプレゼントとして、

一人一着無料でプレゼントと書かれており、

事前に選んだ衣装が、二十日に各自の所、もしくはソレイユに届くシステムとなっていた。

衣装はかなり種類があり、他人と被る可能性はそこまで高くはなかったが、

一部の者達は、八幡により良い印象を与えようと、せっせと改造に勤しんでいた。

それで多くの女性達から白羽の矢が立てられたのが、沙希やまゆりである。

さすがに量が多い為、二人はかなり苦労する事となったのだが、

その分の報酬はちゃんともらっている為、

二人にとってはとてもいい収入源となっていたのである。

 

「まゆしい、そっちはどう?」

「今終わったよ、それじゃあ沙希さん、これをお願い」

「オッケー、任せて」

 

 二人は今、ソレイユ社内の一室で、共同作業を行っている。

これはたまたま事前に事情を知った八幡が、二人の為に別々に部屋を準備してくれたのだが、

その過程で二人で一緒に作業をすれば、仕事がはかどる事が分かり、

今こうして二人仲良くサンタ服の改造を行っていると、まあそんな訳なのであった。

今は片方の部屋は在庫置き場となっており、もう片方の部屋で作業が行われている。

二人は裁縫の話で盛り上がりつつ、楽しく作業が出来ており、

確かに一人で淡々と作業をするよりも、全然効率よく作業は進んでいた。

 

 そして迎えた二十二日、多くのサンタ服が、今日明日で納品される事になっていた。

 

「サキサキ、いる~?」

「サキサキ言うな」

 

 そこに入ってきたのは明日奈であった。

こうして個人で完成品を持ちに来る者が多くおり、部屋は意外と慌しい。

 

「あっ、まゆしい!トゥットゥルー!」

「トゥットゥルー!」

 

 二人はそう言って手を上げて挨拶をした。

沙希は、これがまゆりオリジナルの挨拶なのだと今では理解している為、特に驚かない。

それよりも沙希が驚いたのは、明日奈の順応性であった。

まゆりには『トゥットゥルー』、結衣には『やっはろー』など、

明日奈はそういった挨拶にすぐに順応し、相手に合わせてそれを使い分けるのだ。

 

「明日奈って、そうやって相手に合わせるの、得意だよねぇ」

「え~?そうでもないと思うけど」

「まあ私から見たら、なんだけどさ」

「ああ、サキサキと比べるとそうかもしれないけどね」

「だからサキサキ言うな」

「じゃあカワサキサキ?」

「確かに合ってるけど八幡の真似すんな」

「あはははは」

 

 そんな会話を交わしながら、沙希は明日奈に完成したサンタ服を渡した。

 

「それじゃあこれ、明日奈の分ね。もっともスカート丈をちょっといじっただけだけど」

「うん、ありがとう!」

「まあ明日奈は素材がいいから、元々オフショルダーなそれで十分魅力が出るよね。

後白のガーターベルトがいい感じ、というか足長すぎ」

「やだもう、お世辞が上手いんだから」

「いや、お世辞じゃないし、というかちょっと羨ましいし」

 

 あまり自分の体型を気にしない沙希だったが、

やはり明日奈やクルス、優里奈クラスの体型は憧れなのである。

スラッとしていて出るところは出ている、もっともその事を口に出すのは本人の前でだけだ。

 

「ついでに里香と珪子の分ももらってくね」

「あ、ひよりと芽衣美の分もお願いしていい?」

「あ~そっか、その方がいいね、それじゃあキットを借りて、そこに積んじゃうよ」

「ごめんね、ありがと」

 

 その四人の分は少し胸の部分を底上げする程度しかしていないので、

作業自体はあっさりと終わっていた。

芽衣美の参加が決まったのが直前だった為、ちょっとバタバタしただけである。

 

「それじゃあありがとう、また当日にね!」

「うん、またね」

 

 明日奈が去っていった後も、続々と他の女性陣が訪れてきていた。

 

「ハイ、沙希さん、もう出来てる?」

「あっ、詩乃、これさ、言われた通りにやったけど、

本当にここまでスリットを入れちゃって良かったの?」

「大丈夫大丈夫、これで八幡の目を釘付けにしてやるから」

「それならいいけど………」

 

 その詩乃の頼んだサンタ服は明らかに過剰なスリットが入っており、

危機感を覚えた沙希は、八幡にもらった新兵器を取り出した。

これは事前に服のデータを入力しておいて、カメラで対象の人物を捉えると、

その姿がその服を着た状態で表示されるという優れ物の機械である。

いずれ売り出すつもりはあるが、利便性をもっと向上させ、

有料アプリ化すべく、今スタッフ達が奮闘中なのである。

一番の問題は盗撮関連なのだが、それさえ解決されればかなりのヒット商品になるだろう。

 

「これを見てみて、どう?」

「あ~………」

 

 詩乃はそれを見て、一瞬迷ったような顔をしたが、

おもむろに自らのスカートをまくり上げ、どこまで見えるのかのチェックを始めた。

 

「ここか………うん、これなら大丈夫、ありがとう、沙希さん、まゆり」

「大丈夫ならいいんだけど」

「うん、下着を変えればいけるから、それじゃあまた!」

「あ、そ、そう」

 

 沙希が今目の前で見た詩乃の下着はかなり大胆なものだったが、

それ以上の物を持ってるんだ、と沙希は少し赤面した。

続けて結衣、優美子、いろはが尋ねてくる。

 

「やっはろー!」

「や、やっはろー………結衣、今回はかなり攻めたね」

「うん、でもこれくらいしないと、ね?」

「顔を赤くしてそう言われても、方向性が違う私には何ともだけどね」

 

 結衣が選んだのは胸元の露出が大きく、思いっきりヘソ出しの、

何というか、風俗店で貸し出しているようなデザインのサンタ服であった。

 

「うん、大丈夫大丈夫」

 

 詩乃と同じく画面で見せてもらった結衣は、笑顔でそう言った。

確かにこうして見ると、案外平気に見えてしまうから不思議だ。

普段着る服と違って、布地が厚いせいなのかもしれない。

 

「サキサキ、私のは?」

 

 その横から優美子がまさかのサキサキ呼ばわりをしてきた。

 

「あんたにサキサキって言われるのって違和感しかないよね、ユミユミ」

「ユミユミ言うな」

「それじゃあはい、これ、『女王様風のサンタ服』、かっこ笑い」

「………かっこ笑いとか言うなし」

「いや、らしいなって思って」

「沙希せんぱぁい、私のはどれですか?」

「いろはのはこれ、言われた通りに出来てると思うけど」

「えっと………うわぁ、やっぱり沙希先輩って凄いですね!」

「いや、『総武高校の制服風サンタ服』とか言い出すあんたの方が凄いわ………」

「えっ、何それ」

「うわ、ちょっとやられた感がある」

「ふふん、アイデアの勝利です!」

 

 優美子といろはも画面で出来栄えを確認し、三人娘はきゃっきゃ言いながら去っていった。

それと入れ替わりで、今度は紅莉栖がまゆりを尋ねてくる。

 

「まゆり、沙希さん、こんにちは」

「あ、紅莉栖ちゃん、今丁度完成したところだよ」

「真帆先輩の分も一緒にもらっていい?」

「うん、もちろんだよ!って言っても二人のは普通でサイズの微調整だけだったから、

凄く楽だったんだけどね」

「他の人って結構いじったりしてるの?」

「う~ん、どうかなぁ?」

「さっきいろはが、高校の制服風なサンタ服を持っていったわよ」

「うわ、それって私のこの服と同じ発想?」

「え?あ、その格好ってそういう事なんだ?」

「うん、自分で改造したのよね」

「へぇ、センスいいなって思ってたけど、それってどこかの制服だったんだ」

 

 紅莉栖は常識人な為、沙希も会話をするのが楽そうである。

 

「あっ、ティーナ!」

「ティーナ言うな!」

 

 このタイミングでまさかの神崎エルザが登場した。

 

「ごめんごめん、サキサキ、今回は変な頼みをしちゃってごめんねぇ?」

「あ、いや、まあそれはいいんだけど………」

 

 神崎エルザのオーラに、沙希はやや押されていた。

ALO内とは違い、やはりリアルだと、その迫力は桁違いである。

 

「それじゃあはい、これ、確認してみて」

「どれどれ………」

 

 エルザはその場で躊躇い無く下着姿になり、上からそのサンタ服を着始めた。

 

「ちょっ………」

「ん~?大丈夫大丈夫、ちゃんと誰もいない事は確認しておいたから!」

「な、ならいいけど………」

 

 そしてその直後、その場に手足の生えたプレゼントボックスが出現した。

 

「エ、エルザが選んだのってそれ!?」

「うん、面白いでしょ?」

「確かにそうだけど………」

「しかもこれ、前が開くんだよ!」

「え、嘘、本気?頭は大丈夫?」

「もう、そんなに褒めても何も出ないよぉ?」

 

 どうやら今のはエルザにとって、褒め言葉だったようである。

 

「ほら」

「うわぁ………」

 

 紅莉栖のみならず、改造した沙希自身も、その姿に若干引いた。

そして同時に、これを見せられた時の八幡の怒りを想像し、エルザに同情した。

だが二人はすぐにその考えを翻した。何故ならエルザにとって、それはご褒美だからである。

 

((わざとか………))

 

 二人は同時にそう思いつつ、口ではまったく別の事を言った。

 

「ま、まあインパクトはあるよね、でも中身は水着にしようね」

「八幡の奴、絶対びっくりするわよ」

「うわぁ、うわぁ、凄く個性的でまゆしいはいいと思うな」

 

 まゆりだけが本気でエルザを褒めていたのは言うまでもない。

 

「それじゃあサキサキ、ありがとっ!」

「あ、待ってエルザ、ちょ、ちょっとここにサインをもらってもいい?

実はうちの弟が、エルザの大ファンでさ………」

「そうなんだ?任せて!」

 

 どうやら沙希の弟の大志はエルザのファンのようだ。

だが当然の事だが、沙希はエルザの真実について大志に一切説明していない。

エルザは沙希にサインを渡し、意気揚々と引き上げていった。

 

「それじゃあ私も戻るわね」

「うん、また当日にね」

 

 そして紅莉栖も去り、沙希とまゆりは再び作業に戻った。

それからも多くの者達が押し寄せ、その日は盛況のうちに幕を閉じた。




エルザさぁ………


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第1051話 今度はちゃんと叩かれるから

本日はこのすぐ後に二話目を投稿します!


 そして次の日も、二人は頑張ってサンタ服を配っていた。

 

「しかしここまでは、頭のおかしな改造が少なくて本当に良かったよ………」

「クルスさんの全身紐にしか見えないサンタ服には困ったよね」

 

 そう、クルスは肝心な部分だけもこもこで隠し、

他は全部紐というデザインを最初に持ち込んできていたのだ。

それは八幡自身が防いだ為に何とかなったが、

もしそうでなかったら、二人はクルスに押しきられていたかもしれない。

ちなみに説得の結果、クルスが着るのはチアリーダー風サンタ服という事で落ち着いている。

 

「雪乃のネコサンタとかは簡単だったんだけどね」

「ネコ度が高かったけど、個性的だよねぇ」

「個性的で済めばいいんだけどね………」

 

 だがここからは、その過剰改造組が多く訪れる事となった。

理事長が、『大人の魅力溢れるサンタ服』を、

フェイリスが『悪の女幹部風サンタ服』を、

レヴェッカが『アメリカンポリス風サンタ服』をそれぞれ取りに来た後、

藍子と木綿季が『双子の天使風サンタ服』を取りに来た。

 

「………今だけでどっと疲れたわ」

「あは、凄かったねぇ」

「えっと、残るは………」

「こんにちは!」

「あっ、いらっしゃい!」

 

 そこにやってきたのは香蓮であった。

香蓮は美優や舞とは別に、一人でコソコソと来たようで、

周囲の目を気にしながら二人に話しかけてきた。

 

「こ、こんにちは、例の物、どうですか?」

「そんなにこそこそするようなデザインじゃないと思うんだけどなぁ」

 

 沙希は自分と同じ体型という事もあり、香蓮の選択には密かに注目していた。

 

「で、でも私、普段は普通のミニスカートってあんまり履かないし………」

 

 香蓮は基本、ロングスカートか、タイトスカートのやや長めなものを着用する事が多い。

だが今回香蓮が選んだのは、胴と腕の部分が独立しているオフショルダーのサンタ服と、

下はまったく普通のミニスカートであった。香蓮的にはかなり攻めたチョイスである。

ただサイズの問題があり、こうして直しの依頼があったのである。

 

「待ってね、今見せてあげる」

 

 沙希は香蓮の想定される姿を画面に映し出した。

 

「うわぁ」

「こ、これは思ったよりも素敵ね………」

「ほ、本当に?」

 

 そこにはスラッとした肢体を持つ、美しいサンタが映し出されていた。

スカートがやや短く感じるが、足の長さがその分強調されているので、

全体として見れば問題ないレベルだといえる。

 

「こ、これが私?」

「うん、やっぱり香蓮はスタイルいいね」

「う~ん、個人的にはもうちょっと胸が欲しいんだけど」

「そこまでいったら完璧すぎてやばいって。それなりにあるんだから十分だと思うな」

「あっ、コヒー、ここにいたのか!」

「み、美優!?」

「こんにちは!」

 

 そこに美優と舞がやってきた。

 

「あれ、コヒーはもう受け取ったんだ、どんな感じにしたの?」

「わ、私のはいいじゃない、美優と舞さんも早く受け取りなよ」

「怪しい………」

 

 そう言いつつも、美優も舞も自分達がどんな格好になるのか気になったようで、

『お姫様に化けられる風のサンタ服』と、『ハンター風サンタ服』の出来栄えに、

二人できゃっきゃうふふしていた。

 

「それじゃあ私達はこれで………」

「あっ、待てよコヒー、結局コヒーはどんなのにしたんだ?」

「あ、明日になれば分かるから!」

 

 そして香蓮は逃げ出し、二人はその後を追っていった。

 

「う~ん、ここまででいうと、香蓮がベストドレッサー?」

「それかアスナさん?」

「せめてクルスがまともならねぇ………」

 

 二人はそんな会話を交わしつつ、どんどん服を納品していった。

 

「さて、後は………」

「ご、ごめんなさい、遅くなっちゃいました」

「あっ、麻衣さん!」

 

 最後に残ったのは、女優の桜島麻衣のサンタ服であった。

そのチョイスはまさかの『バニーガール風サンタ服』である。

 

「………ねぇ麻衣さん、どうしてこのデザインにしたの?」

「う~ん、咲太がどうしてもこれがいいって言うのよね………」

「うわ、麻衣さん、それは別れる事も検討した方が良くない?」

「そのつもりはないけど、一応いじめておいたわ」

「あは、まあそれならいいのかな」

「でも何となくしっくりくるのは確かなのよね、何でだろ………」

 

 その理由は誰にも分からない。

 

「それじゃあちょっとこれで見てみる?」

「あっ、ごめん、その前に、突然で悪いんだけど、

友達の服の直しだけお願い出来ないかな?ちょっとほつれさせちゃったみたいなの」

「あ、うん、大丈夫かな」

「良かった、愛ちゃん、こっち!」

 

 そして入り口から一人の女性が姿を現し、沙希とまゆりはあっという顔をした。

 

「は、初めまして、水野愛です」

 

 そこにいたのは今度ソレイユに移籍する事になり、

同時に佐賀県のご当地アイドルユニットから全国展開する事になった、

『フランシュシュ』のメンバーである、水野愛であった。

 

「よ、宜しくお願いします」

「あっ、はい」

 

 その隠しきれないアイドルのオーラに気圧されながら、

沙希とまゆりは手渡されたサンタ服を調べ、そのほつれを直していった。

エルザも麻衣も美人だが、アイドルという訳ではなく、

麻衣の妹の豊浜のどかとはあまり接点が無い為、

二人にとって、アイドルのカテゴリーにある者とこうして顔を合わせるのは、

ほぼ初めての事なのである。

 

「あ、ありがとうございます」

「どういたしまして。それじゃあ麻衣さん、これを見てみて」

「どれどれ………あっ、凄い!」

 

 そこにはバニーガール風サンタの麻衣が見事に映しだされていた。

 

「これもソレイユの製品?」

「うん、試作品らしいよ」

「へぇ、凄いなぁ」

「あ、試しに愛さんも、この格好をしたらどうなるか見てみる?」

「はい、是非!」

 

 その沙希の勧めに従い、愛の仮想バニーガール姿が画面に映し出される。

 

「うわぁ、何かエロい」

「麻衣さんの方がエロいです!」

「いやいや麻衣さん、これはかわいいと言うべきだろ」

「う~ん、まあ確かにそうかもだけど………って、八幡さん?」

「八幡?」

「えっ?」

 

 いつの間にか、そこには八幡が立っていた。

音のしない歩き方をするのが癖になってしまっているせいで、その事に誰も気付かなかった。

 

「き、きゃぁ!」

 

 愛は反射的に八幡の頬をひっぱたこうとし、当然のように、八幡にあっさり避けられた。

そのせいで体勢を崩した愛は、思いっきり前につんのめったが、

そんな愛のお腹の部分を八幡が咄嗟に支え、倒れないように助けてくれた。

 

「ごめんな、今度はちゃんと叩かれるようにするから」

 

 愛を優しく見つめながらそう言う八幡の姿に、愛は思わずドキリとした。

 

(私が悪いのに、こんな事言われたの初めて………)

 

「こ、こちらこそごめんなさい」

「愛ちゃん、こちらはソレイユの次期社長の比企谷八幡さんよ、

八幡さん、こちらはフランシュシュの水野愛ちゃん」

「もちろん知ってるさ、ようこそソレイユへ、

これからはうちがしっかりあなた達のサポートをしますので、

全国の野郎共をどんどん魅了しちゃって下さい」

「あっ、は、はい!」

 

 愛はそれからしばらく八幡の顔を、ぽ~っと眺めており、

麻衣や沙希は、これはまさかかもと内心で思っていた。

 

「しかし麻衣さん、ちらっと聞こえたけど、咲太ってそういう奴なのか?」

「うん、八幡さんよりずっとエロいんじゃないかな」

「そうかそうか、うん、俺は全然エロくないからな」

「いや、あんたは高校の時からムッツリでしょ」

「何だとサキサキ」

「サキサキ言うな」

「じゃあカワサキサキ」

「それ昨日明日奈がやった」

「マジかよ、ネタをパクられた!?」

「あはははははは」

 

 そんな感じで楽しく会話が続いていたが、その時愛のお腹が鳴った。

 

 くぅ~。

 

 愛は思わず赤面したが、

八幡はまるで自分の腹が鳴ったかのように自分の腹を押さえながらこう提案してきた。

 

「いやぁ、腹が減ったわ、もうこんな時間だし、

良かったら俺の奢りで飯でも食いに行くか?」

「あ、私達はちょっと約束が………」

「うん、紅莉栖ちゃんと約束があるのです」

「そうか、サキサキとまゆさんは無理か、麻衣さんはどうする?」

「私は行けるかな。愛ちゃんも一緒に行くよね?」

「えっ?よ、予定は無いですけど」

「なら行きましょう、その方がきっと楽しいわ」

「は、はい」

「とはいえ普通の店に行って、おかしな勘繰りをされたら困らない?」

「「確かに………」」

 

 その沙希の言葉に麻衣と愛は頷いた。

 

「それじゃあ『ねこや』にしない?私もたまに使ってるし、

愛ちゃんもいずれ利用する事になると思うから」

「ああ、確かにあっちの食堂よりもねこやの方が美味いもんな。愛さんもそれでいいかな?」

「は、はい、興味があるのでお供します!」

 

 こうして三人は、ねこやに向かう事となった。




出るとすればうんぬんと俺が言った時は大体出てしまう法則発動………
まあ他のメンバーも出るかもしれませんが、あるとしても愛に突っ込むだけの役という………


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第1052話 愛、覚悟完了

こちらは本日二話目になります、ご注意下さい!


「ねこやへようこそ!」

「八幡さん、それ、私のセリフですから!」

「ははははは、早い者勝ちだ」

「意味が分かりません!」

 

 ねこやに入ってすぐに、八幡は楽しそうにアレッタと会話した。

 

「ところでアレッタ、三人なんだけど、空いてるか?」

「あっ、はい、それじゃあ個室へどうぞ!」

 

 アレッタは気を利かせてそう言い、クロがすぐに水を持ってきた。

 

「八幡、そろそろカレーの季節」

「おう、分かってるって、年内にもう一度くらい連れてってやるから」

「約束」

 

 クロは微笑みながらそう言うと、テーブルにメニューを置いた。

 

「クロちゃんの声、相変わらず何か頭の中に響くような感じよね」

「珍しい声の質をしてるね」

「だよな、それじゃあ注文を済ませちまうか、何でも好きな物を頼んでくれ」

 

 メニューの内容は普通の洋食屋だったが、愛はその方が落ち着けるので好きだった。

もっとも愛の好物は焼肉であり、嫌いなものは炭水化物だったりする。

 

「さて、二人はどうする?」

「私はビーフシチューかな」

「わ、私は焼肉定食ご飯抜きで!」

「えっ、抜きなの?」

「なるほど、炭水化物ダイエットか」

「いえ、その、単に嫌いなだけです」

 

 愛はもじもじしながらそう言い、二人は顔を綻ばせた。

 

「まあいいんじゃない?」

「でも適度にとらないと駄目だからな」

「は、はい、朝はパンなので大丈夫です!」

「ならいいだろ」

 

 八幡は、はははと笑いながらカツ丼を頼んだ。

 

「それじゃあクロ、頼むわ」

「うん」

 

 クロはカレー、カレーと楽しそうに呟きながら去っていく。

 

「………八幡さん、あの子とよくカレーを食べにいくの?」

「おう、カレー友って奴だな」

「へぇ、なんか楽しそう。そういえば八幡さんって、そういう友達が多いわよね」

「そういう?う~ん、ただ食事に行くだけってなら、

月一でうちの花の面倒を見てくれてる千佳と、

ここにお酒を卸してくれてる小春さんくらいだけどなぁ」

「私、焼肉が好きです!」

 

 その時突然愛がそう言い、二人はぽかんとした。

 

「あっ、ご、ごめんなさい」

「いや、愛さんは焼肉がそんなに好きなんだな」

「えっと………は、はい」

 

 愛は自分の行動に混乱していた。

 

(な、何で私はあんな事を………)

 

 八幡が複数の女性と食事に行っていると聞いただけで、

思わず立ち上がって叫んでしまったのだ。

こんな事は愛の今までの人生で一度も無かった事である。

 

「それじゃあ今度焼肉にでも行くか、さっき驚かせちまったお詫びもしないとだし」

 

 そこで愛はピンときた。これは麻衣と三人で行こうという意味に違いないと。

だがここで何か言う訳にもいかず、愛は思わず麻衣の方を見た。

麻衣はその視線を受け、クスっと笑うと、笑顔で八幡に言った。

 

「ごめんなさい、私は焼肉って苦手だから、愛ちゃんだけ連れてってあげて」

 

 さすがは麻衣、頭の回転が凄まじく速い。

 

「ん、そうか?それならフランシュシュの他のメンバーを………」

「あの子達も焼肉は嫌いですから!」

 

 その瞬間に愛は立ち上がってそう言い、恥ずかしそうに腰を下ろした。

 

「ご、ごめんなさい」

「なるほど、一緒に行ってくれる子がいないって事か」

 

 だがその行動は思わぬ良い結果を生み出した。八幡がそう勘違いしてくれたのだ。

 

「それは辛いよな、分かった、あんまりいい事じゃないのかもしれないが、

毎月一度くらいなら、俺が連れてってやろう」

「い、いいんですか!?」

「おう、他の子には内緒だぞ」

「は、はい!」

 

 愛はとても嬉しそうにそう言い、麻衣は密かにクスクスと笑った。

 

「おっと悪い、ちょっとトイレに行ってくるわ」

「あ、それならついでにマスターに、美味しい焼肉屋を知らないか聞いてみれば?」

「なるほど、それはいいな、それじゃあちょっと行ってくる」

「うん、ごゆっくり」

 

 そして八幡がいなくなった後、麻衣は愛にそっと囁いた。

 

「そんなに八幡さんの事が気になるの?」

「えっ?あ、いや、その………」

 

 愛はその言葉にもじもじした。この時点で確定なのだろうが、本人にまだその自覚はない。

何故なら愛は今まで一度も恋というものをした事が無いからである。

 

「でも八幡さんには彼女がいるわよ」

「えっ?」

 

 その瞬間に愛はぽろぽろと涙を流した。

 

「えっ?何これ………」

「さあ、何かしらね」

 

 麻衣は内心で動揺しつつも、何とか八幡が戻ってくる前に愛を宥めようとした。

 

「いい?確かに八幡さんには彼女がいるけど、

でも八幡さんの周りには、凄く沢山の女の子がひしめいてるのよ」

「凄く沢山?」

「うん、でね、その子達は、一夫多妻制を実現させようと、本気で考えているみたいなの」

「い、一夫………ええっ!?」

「だからもしあなたが彼を望むなら、

覚悟を持ってその女の子達の中に飛び込んでいかないといけないわ。その覚悟はある?」

「………わ、私には分かりません」

 

 愛は混乱状態にあったが、本人も気付かないうちに、その目は段々と据わっていった。

 

「ふふっ、まあ頑張って」

「頑張る………?」

 

 愛はしばらく黙っていたが、やがて晴れやかな顔でこう言った。

 

「よ、よく分からないけど、頑張ってみます」

 

 愛がその選択をしたのは、単に頑張ると口に出すと、心が楽になるからであった。

その気持ちを何と呼ぶのか愛が知るのは当分先になるのだろう。

平気で恋に関する歌を歌っているのに、何とも不思議な事である。

 

「それじゃあ顔を洗ってくるといいわ、

そんなに目を赤くしていると、八幡さんが心配しちゃうからね」

「は、はい!」

 

 愛はそう言ってトイレへと駆け込んでいった。それと入れ替わりに八幡が戻ってくる。

 

「あっ、お帰りなさい。愛ちゃんはちょっとトイレに行ったわ」

「ああ、マスターに色々聞いてるうちに入れ替わりになっちまったか」

「いい情報は聞けた?」

「バッチリだ」

 

 そう言って八幡は、子供のように笑った。

 

(無邪気よね、こういうところが女を狂わせるのかしら………)

 

 麻衣はそう分析しつつ、続けて八幡に言った。

 

「八幡さん、あの子の事、宜しくね」

「ん、美味い肉を食べさせて、ストレスを無くしてやればいいんだな、

ちょっと不安定だったみたいだし、それできっと元気になるだろ。

あ、愛さんは痩せてるし、太りすぎないように注意しないとか」

 

 その八幡のズレた言葉に麻衣は苦笑した。

決して鈍くないはずの八幡だが、自分が愛される事に関しては急に鈍くなる、

というか、考えないようにしているのだろう。

 

(自己評価が低すぎるのって、本当に難儀よね………)

 

 それからしばらくして愛が戻ってきた。その表情は晴れやかであり、

注文した品が運ばれ、焼肉定食を食べ始めた後は、その表情はもっと晴れやかになった。

 

「うわ、これ、美味しい!」

「だろ?マスターの仕事は一流だからな!」

「麻衣さん、私、ここの常連になる!」

「あは、ニックネームが付けられるように頑張ってね」

「ニックネーム?」

「ああ、ここの常連は、好物に合わせてお互いをニックネームで呼び合ったりするらしい」

「へぇ、どんな?」

「例えばうちの秘書室長は、ミルクレープって呼ばれてるらしいぞ。

で、あそこにいるのがメンチカツ、こっちがカツ丼だな」

「そうなんだ、分かった、私、焼肉って呼ばれるように頑張ってみる!」

「ははははは、まあ食べ過ぎないようにな」

「うん、今の身長が百六十センチで、体重が四十二キロだから、

それを基準に増えすぎないように頑張る!

あ、でもスリーサイズが八十一、五十六、八十だから、

ウェストを増やさないように胸を増やせば………」

「ストップ、ストップよ!」

「え?」

 

 平気で個人情報を垂れ流す愛を、麻衣が慌てて止めた。

見ると八幡が顔を赤くしており、愛もそれを見て顔を赤くした。

 

「え、えっと………」

 

 気まずい沈黙の後、愛はおずおずとこう言った。

 

「む、胸はもう少しあった方が、八幡さん的にいいよね?」

「いやもっと気まずくなっちゃうだろ、そこは話題を逸らせよ!」

「ぷっ」

 

 その言葉に愛は思わず噴き出した。麻衣も続けて噴き出し、

最後には八幡も噴き出した。

 

「ぷっ、ぷぷっ」

「あはははは、あはははははは」

「麻衣さんも愛さんも、笑いすぎだって」

「そういう八幡さんも笑いすぎよ」

 

 それからしばらく三人は笑っていたが、やがて落ち着いたのか、食事を再開した。

 

「そういえば()()()()、イベントの事だけど」

「ん、アサギ、何か気になるのか?」

 

 麻衣がいきなり八幡の事を呼び捨てにした為、愛はぽかんとした。

ゲーム内モードでの会話に移行した為だが、そんな事は愛には分からない。

 

「あ、あの………」

「ん?どうしたの?」

「わ、私の事も、愛って呼び捨てにしてもらえますか?」

 

 アサギ、という言葉が麻衣のニックネームか何かだと判断した愛は、

考えた結果、二人の会話が落ち着いたのを見計らって八幡にそう頼んだ。

 

「ん、分かった、それじゃあ俺の事も八幡でいいぞ。喋り方も普通でいい」

「そ、それはさすがに………」

「別にいいじゃない、せっかくそう言ってくれてるんだから、試しに呼んでみなさいな」

「そ、それじゃあ………は、八幡!」

「おう、よく呼べたな、愛」

 

 八幡に愛と呼ばれた瞬間に、愛は胸がいっぱいになった。

 

「八幡、八幡、八幡!」

「呼びすぎだっての」

「あはははは、八幡!」

「おう」

 

 そんな愛を見て、麻衣は何か思いついたような顔をし、八幡にこう言った。

 

「ねぇハチマン、愛ちゃんって運動神経もいいし頭の回転も早いから、

試しにALOをやらせてみない?」

「ん、愛、そうなのか?」

「し、脂肪が少ないからダンスは得意、歌詞を覚えるのも得意かな」

「そういえば百六十で四十二だったか………」

 

 愛はその瞬間に、思わず八幡をバシっと叩き、八幡はクスクス笑いながらこう言った。

 

「今度はちゃんと叩かれてやったぞ、愛は手が早いな」

「う………い、意地悪!」

「まあ愛がALOをやってみたいってなら俺は構わない」

「私、やってみたいです!」

 

 向上心の塊である愛は、その言葉を理解しないまま、そう即答する。

そんな愛に苦笑しながら麻衣が頷いた。

 

「分かったわ、それじゃあ後で色々教えてあげる」

「ありがとう!」

 

 この事がキッカケとなり、愛はALOを始める事となった。

彼女はいずれ、歌唱スキルを得て、ユナと対峙する事となる。




という訳で、実はオーディナル・スケールの伏線でした!


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第1053話 これは最終確認

 そして迎えた十二月二十四日のクリスマスイブの朝早くから、

ソレイユ社内の大会議室は、急速にクリスマスの装いを整えられていた。

指揮をしているのはハチマンと理央である。

 

「八幡、これはここでいい?」

「おう、大丈夫だ」

「これは?」

「それは………理央、どこだ?」

「それはあっちだね」

「オッケー!」

 

 予定よりも早く、飾りつけは順調に進んでいた。

 

「このペースならまあ、余裕で間に合いそうだな」

「料理や飲み物は大丈夫かな?」

「飲み物はさっき小春さんが届けてくれてたはずだ、

料理も今日はねこやを休みにするらしいから、マスターが頑張ってくれるだろう。

ちゃんと助っ人も派遣したから問題ない。でもまあ一応様子は見てくるか」

「うん」

 

 そのねこやでは、大勢の人間が食材の仕込みに奔走していた。

 

「いやぁ、手伝ってもらって凄く助かるよ」

「いえ、みんなで楽しむ為ですから、気にしないで下さい」

「悪いね、バイト料ははずむからさ」

「ふふっ、ありがとうございます」

 

 そこにいたのは明日奈、優里奈、雪乃、クルス、いろは、小町、直葉の、

料理が得意な面々であった。

 

「マスター、こっちは大丈夫ですか?」

 

 そこに八幡と理央が顔を出した。

 

「ああ、余裕余裕、人を貸してくれてありがとうね」

「いえいえ、それくらいお安い御用です」

「後は飲み物の確認かな?」

「と言ってもちゃんと冷えてるか確認するだけだけどな」

 

 ソレイユには精密機械用の冷蔵室が存在し、

飲み物はそこに一時的に保管される予定となっていた。

 

「和人、大丈夫か?」

「ああ、今丁度全部しまい終わったところかな」

「悪いな、手伝ってもらって」

「バイト代をもらってるんだから気にするなって」

 

 他にも風太や大善に保、おまけに珍しくレコンこと、長田慎一もここにいた。

 

「よし、残るは………」

 

 八幡がスケジュール表に目をやったその時、薔薇から連絡が入った。

 

「おう、どうした?」

『今社長が戻ったわ』

「分かった、すぐ行くわ」

 

 八幡は理央に現場を任せ、すぐに社長室へと向かった。中には薔薇も同席している。

 

「帰ったのか、姉さん」

「ただいま!苦労したわよぉ!」

 

 陽乃はそう言って八幡に飛びついた。だが八幡は当然それを避けてしまう。

 

「ちょっと、何で避けるの?」

「いや、当たり前だろ………」

「むぅ、それじゃあ先に、向こうで何があったのか、説明するわ」

 

 そして陽乃が得意げに語っていくにつれ、八幡の機嫌がどんどんと悪くなっていった。

 

「という訳で、関西は制覇したと言っても過言ではないと思うわ」

「おいこら馬鹿姉!」

 

 突然八幡にそう言われ、陽乃はビクッとした。

 

「な、何よ」

「危ない事はするなって言っただろ!」

「で、でも………」

「まったく………」

 

 八幡はそう言って、陽乃をしっかりと抱きしめた。

 

「は、八幡君………」

「まったく、次からこういうのは無しだぞ、安全に、安全にだ」

「う、うん、気をつけるね」

「分かってくれればいい」

 

 陽乃は殊勝そうな態度でそう言ったが、

その表情をずっと見ていた薔薇にしてみれば、茶番もいいところであった。

 

(ああっ、もう、何でそれが演技だって気付かないのよ、馬鹿八幡!)

 

 だがそんな事を言う訳にはいかず、

薔薇は陽乃にラブシーンを見せつけられ、ぐぬぬ状態であった。

 

「それじゃあしばらくゆっくり休んでてくれ、

クリスマス会が始まる時間になるまで寝ててくれてもいいぞ」

「え~?それなら一緒に寝て欲しいなぁ」

「俺が指揮しないと駄目だろ、とにかく今は体を休めてくれよ」

「仕方ないなぁ、それじゃあ休んであげよっかなぁ」

 

 陽乃は機嫌良さそうにそう言うと、そのままマンションの、八幡の部屋へと向かった。

 

「さて、おい小猫、そっちはどうだ?通常業務は時間までにちゃんと終わるか?」

「ええ、おとといから前倒しで進めてあったから、余裕ね」

「オーケーだ、それじゃあこっちもさっさと準備を終わらせちまうか」

「ええ、頑張りましょう」

 

 そして部屋を出ていく直前に、八幡がぼそりと薔薇に言った。

 

「しかし危なかったのはマジなんだろうが、姉さんも随分大げさに説明してくれたな、

まったく演技ばかり上手くなりやがって」

「えっ、分かってたの?」

「当たり前だろ、どれだけ姉さんと一緒にいると思ってるんだよ」

 

 どうやら八幡は、全て承知の上で陽乃に優しくしていたらしい。

 

「まあ俺にとって姉さんは特別だからな、

本当はもっと優しくしてやりたいところだが、

あんまり甘やかすと調子に乗りすぎるからなぁ………」

 

 八幡はそう言って部屋を出ていき、薔薇は思わず笑ってしまった。

 

「八幡も成長してるのね」

 

 一方陽乃は八幡の部屋で、一人悶えていた。

 

「しまったなぁ、ちょっと演技しすぎたわ、完全に八幡君にバレてたじゃない、

まあそのまま押しきったから結果オーライとしても、今後はもう少し気をつけよっと………」

 

 狐と狸の化かしあいは続く。

 

 

 

 そして準備が終わり、開場時間が訪れ、続々と参加者達が受付に現れた。

受付事務はかおりとえるに任せ、八幡はその横で、にこやかに来客に挨拶をしている。

その横にはちゃっかりと、陽乃の姿もあった。

そんな中、最初に部屋に入ってきたのは、まさかのフランシュシュであった。

 

「八幡、それに社長、こんばんは!」

「おう愛、よく来たな」

「えへへ、待ちきれなくて、みんなを引っ張ってきちゃった」

 

 その愛の態度に他のメンバー達はざわっとした。

愛のそんな態度を見るのは初めてだったからだ。

 

「ははっ、まあ楽しんでってくれ」

「うん!」

「あ、あと」

「うん?」

「そのサンタの格好、かわいくていいな」

「っ………」

 

 愛はその不意打ちに顔を赤くした。

 

「あ、ありがと」

「おう、それじゃあまた後でな、愛」

「う、うん!」

 

 その光景に陽乃と、今まさに会場入りしてきた明日奈が衝撃を受けていた。

二人の間では、ファンから熱い視線や好意を向けられる事に慣れているアイドルが、

そう簡単に八幡に転んだりはしないだろうと予測されていたのである。

明日奈は陽乃にハンドサインを送り、陽乃はそれを受け、辺りを見回した。

そして沙希の挙動が怪しいのを見て、陽乃は明日奈にハンドサインを返した。

直後に明日奈が沙希に駆け寄り、その肩をポンと叩く。

 

「ひっ………」

「サキサキ、ちょっと向こうで話そっか」

「わ、分かった………」

 

 明日奈にマークされてしまった沙希は、隣の部屋で必死に状況説明を始めた。

 

「えっとね、麻衣さんがサンタ服を取りに来たんだけど、

その時に、愛さんのサンタ服がほつれちゃったから直してくれって頼まれてね」

「ふむふむ」

「で、直し終わった頃に、八幡がいつの間にか愛さんの後ろにいて」

「ああ、あるあるだね、八幡君ってほとんど足音を立てないから」

「で、驚いた愛さんが、反射的に八幡を叩こうとして避けられて、

転びそうになったところを八幡が支えてあげたのね。で、その直後に八幡がこう言ったの。

『ごめんな、今度はちゃんと叩かれるようにするからさ』って。

愛さんの様子が変わったのはそれからよ。

で、流れで麻衣さんと三人でねこやにご飯を食べにいく事にした、

私が知ってるのはそこまでかな」

 

 その言葉に明日奈は沈黙した。

 

「………」

「………」

「ねぇサキサキ」

「う、うん」

「何かさ、八幡君って、時々そういう女心にドストライクな事を言ってくるよね」

「分かる………」

「でもさ、よりによってアイドル相手にいきなり発動する!?」

「ね………」

「はぁ………まあ起こっちゃった事は仕方ないか、後は麻衣さんに事情を聞いて、

今後は八幡君を他のアイドルの子とあまり接触させないように注意だね」

「うん」

 

 沙希としてもこれ以上ライバルが増えるのは本意ではない為、

当然といった顔で明日奈に頷いた。

そして会場に戻った二人は、そのまま麻衣を捕まえて再びこちらの部屋に戻り、

詳しく事情を説明してもらった。

 

「………という訳なのよ、悪いとは思ったけど、

おかしな着地の仕方をさせるよりはマシかと思ったの」

「た、確かにその状態だと、変に燃え上がらせるよりは良かったかも………」

 

 実際説明を聞くと、確かに覚悟させる前の愛は、とても情緒不安定なように感じられた。

 

「まあALOをやるってなら、八幡君の中ではもう完全に身内って事だよね、

ならもう仕方がないや、完全にこっちに引き込むしかないね」

「まあそうかも」

「はぁ………今度はアイドルが相手かぁ………」

 

 明日奈が苦しそうにそう言ったが、麻衣にしてみれば、はぁ?である。

明日奈はどう見ても、普通にアイドルとしてデビュー出来る見た目と性格をしているし、

他の女性陣もそのレベルに達している者が数多くいるのだ。

 

(明日奈も八幡さんに影響されて、自己評価が低くなってるのかな?)

 

 麻衣はそう思いつつ、まあ何か問題が起こる事もないだろうと思い、

特に何も言う事はなかった。

そして三人はホールに戻り、明日奈は陽乃をこっそり呼び出し、事情を全て説明した。

 

「ちょっと何それ、私も言われてみたいんだけど」

「あの愛さんって子、持ってるよねぇ………」

「まあそういう事なら仕方ないわね、ゆっくり色々と教えていきましょう」

「うん、とりあえず後で声をかけてみるよ」

 

 こうして愛の件についてはひとまず落ち着いた。

陽乃は八幡の隣に戻り、来客の相手を再開した。 

 

「おう嬢ちゃん、京都では随分派手にやったみたいだな」

「あら嘉納さん、お久しぶり」

「八幡君も、一体何をやったんだ?警察や公安の連中がびびってたぞ」

「あはははは、ただの穏便な話し合いですよ」

「穏便ねぇ、まあ危ない事はしてくれるなよ」

「はい、もちろんです」

 

 そんな八幡の姿を遠くて見ていた愛は、

防衛大臣とも知り合いなんだと八幡に対する尊敬を深めていた。

続けて厚生労働大臣や、何度かパーティーで見た大野財閥の会長などが現れる度、

その尊敬の度合いは深まっていった。

 

「凄いなぁ………」

「何が凄いの?」

「きゃっ」

 

 いきなり背後からそんな声がし、愛は思わず手を出しそうになったが、

先日の事を思い出し、頑張って踏みとどまった。

 

「ふう………」

「ふふっ、大人しく叩かれてあげようと思ってたのに、よく止めたね」

「えっ?」

 

 よく見るとそこには、とんでもない美人が立っていた。

 

「あ、あの………どこかの事務所の方ですか?」

「事務所?何の?」

「あ、えっと、芸能関係の?」

 

 その言葉に明日奈は微笑んだ。

 

「あはははは、違うよ、私は八幡君の正式な彼女の、結城明日奈だよ」

「あっ!」

 

 愛は明日奈を見て、おそらく自分を怒る為に来たのだと、

間違った推測してしまったが、それは仕方ないだろう。

 

「あ、あの、私………」

 

 愛は思わず謝りそうになったが、それは明日奈が止めた。

 

「違う違う、そういうんじゃないから安心して。

愛さんはもう、八幡君の身内になったんだから、何に対しても謝る事なんかないんだよ。

とりあえず私は、八幡君について色々教える為にここに来たの。

これは最終確認。その気があるならこの手を掴んでね」

 

 そんな明日奈の手を、愛は躊躇いなく掴んだ。

 

「ふふっ、ようこそ、八幡君のいる世界へ」

 

 こうして愛は、明日奈の手によって、新しい人生の第一歩を踏み出した。



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第1054話 クリスマス会~愛side

 明日奈と愛の様子を不穏に感じたのか、

フランシュシュの他のメンバーがこちらに駆け寄ろうとしてくる。

だが愛はそれを制し、差し出された明日奈の手をしっかりと握り締めた。

 

「みんな、平気だから」

 

 そのまま愛は、明日奈に連れられて八幡の姿が見える位置へと移動した。

 

「さてと………」

「あの、教えてくれる事って………」

「ちょっと待ってね、今ガードをつけるから」

「ガ、ガード?」

 

 きょとんとする愛の前で、明日奈はどこかに連絡を入れた。

そしてすぐに、二人の男女がこちらにやってきた。

 

「明日奈、どうした?」

「何か事件かい?」

 

 その二人はいかにも強そうな外人で、愛は圧倒された。

 

「大丈夫だよ」

 

 明日奈は愛にそう言うと、その男女、ガブリエルとレヴェッカにこう言った。

 

「二人とも、この子は新しい子なの。私が説明を終えるまで、少しガードをお願い」

「おう、そういう事か、よし、俺達に任せな!」

「なるほどね、任されたよ」

 

 二人はそう言って、明日奈の左右を固めた。

 

「あの………」

「大丈夫、二人ともあなたの新しい仲間だよ」

「私の………仲間………」

 

 愛はその言葉に納得したような顔をし、三人に向かってこう言った。

 

「私は水野愛です、これからは私の事、愛って呼んで下さい」

「分かったよ、愛」

「オーケー、愛だな」

「愛、今後とも宜しく」

 

 そう宣言してみると、先ほどまで感じられた二人からの威圧感は、一瞬で無くなっていた。

 

(あ、これ、フランシュシュのみんなと打ち解けた時の感覚に似てる)

 

 愛はそう思い、リラックスしながら明日奈の言葉に耳を傾けた。

 

「最初に誰が味方なのか、説明しておこうか、って言ってもここにいる人は全員、

実は八幡君の味方なんだけどね」

「ぜ、全員ですか?」

 

 政財界の大物から、ソレイユの社員、それに八幡の仲間達、

ここにいるのは八幡の味方ばかりである。

 

「うん、だから名前は無理でも、顔くらいは覚えておくといいよ」

「うん!」

 

 愛は頑張ってこの場にいる者の顔を覚える事にした。

 

「さて、次に実際に仲間として動く事になる人達を紹介していくね。雪乃!」

 

 明日奈に呼ばれ、雪乃はこちらにやってきた。

 

「明日奈、どうしたの?」

「雪乃、この子の事知ってる?」

「ええと………ああ、フランシュシュの水野愛さんかしら、

初めまして、私は雪ノ下雪乃よ」

「よ、宜しくお願いします」

 

 その名前から、おそらく社長の一族なのだろうと推測した愛は、

やや緊張しながらそう挨拶をした。

 

「ふふっ、そんなに固くならなくていいのよ、で、明日奈、彼女がどうしたの?」

「うん、彼女、ヴァルハラの新人になる予定だから」

「あら、そうなの?」

「うん、そういう事」

「なるほど………で、私はどうすればいいのかしら」

「みんなの事を紹介しておきたいから、どんどんここに連れてきて欲しいの。

で、同時にALOでの姿を彼女が見られるようにしてほしいんだよね」

「なるほど分かったわ、私に任せて」

 

 そう言いながら、雪乃は最初に自分とアスナの姿を愛に見せた。

 

「これが私、名前はそのままユキノよ、そしてこれがアスナよ」

「あっ、はい!」

 

 次にユキノはレヴィとサトライザーの姿を愛に見せる。

 

「そしてこれがレヴィ、こっちがサトライザーね」

「こっちでの名前はレヴェッカ・ミラー、こっちが兄貴のガブリエル・ミラーだ」

「はい!」

「まあ後で詳しい資料を渡すから、ここで覚えられなくても気にしないで頂戴ね」

 

 それから続々と仲間達がこちらに顔を出した。愛も驚いたが、向こうもこちらを見て驚く。

 

「え、マジかよ」

「和人、いい加減に慣れなさいよ、八幡はそういう生き物なの!」

「あ、あの愛さん、後でサインをお願いしますね!」

「嘘、本物?」

「あら、愛ちゃんじゃない、これからは仲間だね」

「ふふっ、覚悟が出来たみたいね」

「八幡の奴、相変わらずだよなぁ………」

「これから宜しくな」

「お会い出来て光栄です!」

「あ~………まあ、八幡なら当然か」

「さっすがリーダー、まさかのアイドル来たぁ!」

「むむっ、前世の因縁を感じるのニャ」

「ふ~ん、これから宜しくね」

「お、お兄ちゃんはまったく………」

 

 八幡の同級生の三人組を始めとして、

麻衣はともかく、神崎エルザまでもが仲間だったと知った愛はかなり驚いた。

そこから全員に挨拶を終えた愛は、今度はその規模の大きさに驚いた。

 

「あ、あの、ゲームってこんなに大人数でやるものなんですか?」

「ああ、愛はMMOはやった事がないのね」

「えむえむお?」

「ふふっ、まあ後で体験してみればいいわ」

「あっ、はい!」

 

 次に明日奈は自分が知る限りの八幡の人生を愛に説明した。

愛はその凄まじさに慄然としながらも、その全てを事実として、淡々と受け入れた。

合間合間に八幡に今挨拶している者の説明が入る。おかげで愛の脳はオーバーヒート寸前だ。

 

 そしてそこまで説明を終えた頃に、ゲーム大会が始まった。

 

「はい、残りの説明は後で資料を見てね、ここからは本気の勝負だよ!」

「本気!?」

「うん、あの景品の中に、ひとつ特別なものが含まれててね、

ここにいる女の人は、ほとんどがそれを欲しいはずだよ」

「そ、そうなんだ………」

 

 行われたのは普通のビンゴゲームだったが、

当たった者から好きな景品をもらえるシステムとなっており、

景品が順に発表されていくに連れ、場はどんどん盛り上がっていった。

 

「世界一周旅行、最新型のAI家電、超高性能PCに現金百万円に車!?」

 

 愛は景品が公開される毎に眩暈を覚えていたが、

明日奈の反応が鈍い為、特別な景品というのが何なのか、とても気になっていた。

 

「あ、明日奈さん、景品って………」

「しっ、次が最後だよ」

「って事はつまり………」

 

 愛は慌てて景品の目録を読み上げている陽乃の方を見た。

 

「それじゃあ最後の景品の前に………………やりなさい!」

「え?」

 

 陽乃が突然そんな事を言い、愛はきょとんとしたが、

直後に客席から、八幡の悲鳴が聞こえてきた。

 

「おいこら馬鹿姉、何をしやがる!」

「は~い、八幡君の拘束を終えた所で最後の景品を発表しまっす、

それでは景品さん、どうぞ!」

『べ、別に好きで景品をやってるんじゃねえぞ』

「はい、ありがとうございま~す、最後の景品は………」

 

 陽乃は思いっきり溜めた後、拳を突き上げてこう叫んだ。

 

「デレまんくん二号機よ!」

「「「「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおお」」」」」」」」」」

 

 その瞬間に、ビル全体が女性陣の叫び声によって揺れた。文字通り本当に揺れた。

 

「あ、明日奈さん、あれは!?」

「ふふっ、あれが八幡君の人格を模したAI搭載型ぬいぐるみ、デレまんくん二号機だよ!」

「おおおおお!」

 

 愛はよく分かっていなかったが、体の奥から沸きあがってくる興奮を抑えられず、

他の者達同様叫び声を上げた。

男性陣は、そんな女性陣相手にドン引き状態だったが、

この場では完全に女性上位な為、誰も何も言う事が出来ない。

 

「おいいいいいいいい?馬鹿姉、何だそれは!

しかも二号機だと?一号機はどこだ!ってかいつの間にそんな物を開発してやがった!」

 

 ただ一人、八幡だけが絶叫していたが、そんな八幡に救いの手が差し伸べられる事はない。

 

「はい、外野はほっときましょう!それじゃあゲーム開始!みんな、奪い合え!」

 

 こうしてガチで本気のビンゴゲームが始まり、乙女達は目を血走らせながら、

コールされた数字の穴を一つずつ開けていった。

 

「開け、開け!」

 

 今回は中央もフリーではなく、本当にガチの勝負となっていた。

さすがにストレートで開く者はいなかったが、

八個目、九個目と進むに連れ、遂にリーチがかかる者が現れた。

 

「リイイイイイイイイイチ!」

 

 それは黒髪が綺麗な二十代後半の女性であり、愛はかなり焦った。

 

(う………私は早くてもあと二つだ………)

 

 そして次のナンバーがコールされた瞬間に、その女性が叫んだ。

 

「来たあああああ!ビンゴぉ!」

「よし、リーチ!」

 

 愛の目の前は真っ暗になったが、その女性はつかつかと景品に歩み寄ると、

躊躇いなく世界一周旅行を手にした。

 

「新婚旅行、ゲットだぜ!」

「おめでとう!」

「先生、行ってらっしゃい!」

「遼太郎、これで新婚旅行の資金が浮いたな!」

「お幸せに!」

 

 どうやらその女性は結婚間近なようで、

そのお相手は、先ほど紹介された中の男性の一人であった。

 

(あ~、確かクラインさん、だっけ?良かったぁ………)

 

 だが愛はリーチまであと二つもあり、まだ予断は許されない。

ただ先にリーチがかかっているのが男性である為、その点に関しては、愛は安心していた。

 

「さて、次は………十五!十五です!」

「あっ、リーチ!」

「こっちもリーチ!」

「私も!」

 

 ここで一気に三人にリーチがかかった。愛はその中の一人である。

他にリーチがかかっているのは、美しい黒髪でスタイルのいい女性と、

もう一人は………明日奈であった。

 

「さあ、盛り上がって参りました!次の数字は………七、七です!」

「ビンゴ!」

「うわあああああああ!」

 

 愛は思わず叫んでしまったが、明日奈は何故か、平気そうな顔をしていた。

 

「あ、明日奈さん?」

「ああ、大丈夫大丈夫、クルスはもう、同じのを持ってるから」

 

 そう、勝ったのはクルスであった。クルスはつかつかと車に歩み寄り、

躊躇いなくそのキーを手にとった。

 

「この車で八幡様と二人きりでドライブに行くぞおおおおおお!」

 

 クルスは高らかにそう宣言し、場は羨ましそうな雰囲気に包まれた。

だがその時八幡が、クルスに突っ込んだ。

 

「おいマックス、まさかお前………」

「は、八幡様、どうしました!?」

「お前がデレまんくんとやらを選ばないなんて………」

「ギクッ」

「ま、まさかお前、もう既に………」

「うわああああああ!」

 

 クルスはその整った外見とは裏腹に、とても情けない表情で逃げ出した。

 

「あっ、マックス、こら、待て!」

「ごめんなさい、待てません!」

 

 そして場に笑いが起こった。

 

「さて、ちょっとトラブルがありましたが、気にせずいきましょう!

次の数字は………八!八幡君の八です!」

「ビンゴおおおおおおおおおお!」

 

 愛は生まれて初めてそんな大声を出した。

ライブの時に張り上げる声よりもそれは大きく、

フランシュシュの仲間達は、愛が壊れてしまったのかと驚いた顔をした。

 

(やった、やった!)

 

 愛は喜びに胸を焦がしていたが、その視界に落ち込む明日奈の姿が映った。

 

「あ、明日奈さん………」

 

 そんな愛に、明日奈は微笑んだ。

 

「負けたわ愛、あれはあなたの物よ」

「明日奈さん………」

「さあ、いきなさい愛、そしてあれをその手に掴むのよ!」

 

 この明日奈、案外ノリノリである。もっとも明日奈はこの日の会が終わった後、

鬱憤を晴らすかのように、性的な意味で八幡に襲い掛かる事となる。

 

「分かりました、水野愛、いきます!」

 

 愛は明日奈の言葉に従い、景品の前に出ると、躊躇いなくデレまんくん二号機を手にした。

 

「取ったど~!」

「「「「「「「「「「おめでとう!」」」」」」」」」」

 

 女性陣からお祝いの言葉が投げかけられ、愛は喜びに包まれた。

 

「ありがとう!!!!!」

 

 こうして愛は、驚異的な運でデレまんくん二号機を手に入れる事となったのだった。




百万円は誰の手に………?


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第1055話 クリスマス会~八幡side

「明日奈の奴、一体どうしたんだ………?」

 

 クリスマス会が始まった直後、八幡は明日奈の不審な様子に気付いていた。

だがこの場から動く事は出来ず、陽乃と一緒に来賓への対応をしていた。

 

「八幡さ~ん!」

「お、唯花か、化けたもんだなぁ」

「ふふっ、かわいい?」

「おう、かわいくていいな」

 

 唯花は特に改造を施す事なく、黒サンタの格好で八幡の前に現れた。

その後ろにはファーブニルこと雨宮龍も居り、居心地が悪そうにしていた。

 

「龍は疲れた顔をしてるな」

「はい、庶民の僕にはちょっときつくて………」

「まあドンマイだ、とりあえず楽しんでくれよ」

「は、はい」

 

 そして今度は出海が八幡にアピールを始めた。

その格好は唯花とお揃いの黒サンタであった。

 

「うふん、私はどう?」

「あ~、はいはい、かわいいかわいい」

「適当!?」

 

 と言いつつも、出海も上機嫌であった。

そもそも二人はこういった大きな会に参加するのは初めてであり、

その豪華さに、心が沸き立つのが抑えられなかったのである。

 

「比企谷部長、お久しぶりです」

「あっ、山花専務、ソレイユへようこそ!」

 

 続いて現れたのは、まさかの出海の母、レクトの専務である詩織であった。

その後ろには、明日奈の両親である彰三と京子、その息子の浩一郎がいた。

 

「彰三さんに京子さん、それに浩一郎さんまで、ようこそお越し下さいました」

「お義父さんと呼んでくれてもいいんだけどね」

「いやぁ、ははっ」

「私は理事長でもいいわよ、ふふっ、春から宜しくね」

「京子さん、気が早いわね」

「あら、朱乃さん」

 

 そこに現理事長である朱乃が乱入してきた。

 

「理事長、その格好は………」

「あら八幡君、どう?大人の色気が凄いでしょ?」

「理事長にはサンタのカタログは送ってないはずなんですけどねぇ………」

「意地悪しないの!陽乃を脅し………じゃなくて、お願いして送ってもらったのよ」

「おい馬鹿姉、そうなのか?」

「お母さん、向こうでお父さんが寂しそうにこっちを見てるわよ」

 

 陽乃が露骨に話題を逸らしにかかる。

 

「あらやだ、ちょっと失礼」

 

 そう言って朱乃は夫である純一の所に走っていった。

 

「ははっ、それじゃあまた後でね、八幡君」

「はい、またです!」

 

 続けて仲間達が、八幡にアピールしに現れた。

 

「せんぱ~い!」

「あれ、なぁいろは、それってうちの制服に似てないか?」

「ふふん、正解です!制服好きな先輩の好みに合わせてみました!」

「風評広げんなコラ」

「え~?じゃあ好みじゃないんですかぁ?」

 

 いろははそう言って、目をキラキラさせながら八幡の顔を覗き込んだ。

 

「あ、あざとい………」

「もう、どうしていつも、そうやってはぐらかすんですかぁ!はっ、もしかして今の先輩、

素直になれなくて好きな子をいじめちゃう小学生状態ですか!?

小学生の先輩を私色に染める………うん、ありなのでそれでお願いします!」

「ごめんなさいはどこいったごめんなさいは!」

「やぁん!」

 

 いろははそう言ってあざとく逃げていき、代わりにいかにも女王様な優美子が現れた。

 

「八幡、さっさと跪けし」

「いや、意味不明すぎるだろ!」

「くっ、この路線も違う………」

 

 優美子は一瞬で去っていき、その行動の謎さに八幡は頭痛がした。

 

「しばらくこういうのが続くのか………」

 

 八幡は、人が途切れたのを見計らって近くのソファーに座った。

横にはビンゴの景品なのだろうか、プレゼント用の箱が沢山置かれている。

 

「こういうのって?」

「うわっ」

 

 そんな中、近くに誰もいないのに誰かに話しかけられ、八幡はビクッとした。

 

「だ、誰だ?」

 

 だがやはり近くには誰もおらず、八幡は首を傾げた。

 

「何なんだ………」

 

 直後にいきなり八幡は、プレゼントの箱の方にぐいっと引き寄せられた。

 

「うおっ」

 

 そして視界が暗くなり、八幡の顔が、微妙に柔らかいような固い物に押しつけられる。

 

「何だこれ!?」

「うふふふふ、やだなぁもう八幡ったら、そんなに私の胸に顔を押し付けたかったんだ?」

「その声、エルザか!?っていうか胸?どこが胸だ?」

 

 八幡がそう言った瞬間に、その柔ら固いものがビクンと震える。

 

「そ、そこでそうくるなんて、反則だよぉ………」

「だから何なんだよ!」

 

 そう言って八幡は体を起こした。背後で何かが開くような感触がし、

頭を振って前を見ると、そこにはプレゼント用の箱に埋まっているエルザの姿があった。

 

「な、何だこれ!?」

「ふふん、私インサンタボックス?」

「意味が分からん………あ」

 

 よく見ると確かに、今八幡の顔があった辺りには、水着を着たエルザの胸があった。

そしてエルザは顔を紅潮させ、ハァハァしている。

 

「そういう事か、さっきのあの平らな感触は、お前の胸だったのか………」

「んんっ!」

 

 それでエルザの顔はだらしなく弛緩し、八幡の腕を握っていたエルザの手から力が抜けた。

 

「………………見なかった事にするか」

 

 そう言って八幡は箱のフタを閉め、必ず近くにいるだろう、豪志の姿を探した。

 

「………お、そこか、お~いエム、こいつを片付けといてくれ」

「はい、いつもの事ながら何かすみません」

「いやいや、まあお前にこいつは止められないだろうし仕方ないさ」

 

 豪志はぺこぺこしながらエルザインサンタボックスを引きずっていき、

八幡は疲れた顔で、再びソファーに座った。

 

「はぁ………」

「ヒッキー、大丈夫?」

「おう、まあいつもの………」

 

 そう話しかけられて顔を上げた八幡の目に、

今度は正真正銘顔を埋めるのが可能な二つの盛り上がりが飛び込んできた。

 

「………事だから」

「あはぁ、まあエルザだしね」

 

 結衣は上から八幡を見下ろしているせいか、八幡と目が合う途中に、

自身の胸がある事を意識していないようで、まったく恥ずかしそうな顔をしなかった。

そのせいで八幡も、逆に視線を外す事が出来ず、そのまま固まってしまう。

 

「八幡様、それに惑わされてはいけません」

 

 その時八幡は、再び背後から引っ張られ、その後頭部が柔らかい物に沈んだ。

見上げるとそこにはクルスの顔がある。

 

「おわっ!」

 

 八幡は慌ててクルスの胸から頭を離したが、

勢いあまって今度は結衣の胸に顔を埋めてしまう。

 

「きゃっ!」

 

 さすがの結衣も、そのダイレクトさに驚き、八幡を突き飛ばしてしまう。

 

「うおっ!」

 

 八幡は再びクルスの胸に突っ込むのは避けたかった為、慌てて体を捻った。

だがクルスの隣には、別に二つの隆起があり、八幡はそちらに思いっきり顔を突っ込んだ。

 

「うがっ、わ、悪い、これはわざとじゃ………」

「は、八幡君?大丈夫?」

 

 その声で、八幡は今自分が誰の胸に顔を埋めているのか理解した。

 

「あ、明日奈?」

 

 八幡は顔を上げ、こちらを見ている明日奈と目が合った。

 

「うん?」

 

 そんな八幡に、明日奈は首を傾げてくる。

 

「ああ、死ぬほど落ち着くわ………」

 

 八幡はそのまま明日奈の胸に再び顔を埋め、逆に明日奈の方がテンパる事になった。

 

「ふえっ?は、八幡君、みんなが見てるから!」

「えっ?あっ、うおっ………」

 

 八幡は慌てて顔を起こし、きょろきょろと辺りを見回した。

そこにはニヤニヤしている嘉納や朱乃、それに明日奈の両親の姿があった。

 

「おう八幡君、随分大胆だな」

「あらあらあら、まあまあまあ、明日奈ちゃん、羨ましいわぁ」

「八幡君、私、そろそろ孫の顔が見たいわ」

「もういっそ、出来ちゃった婚でもいいんじゃないか?」

「は、はは………」

 

 八幡は乾いた笑いを浮かべる事しか出来なかった。

 

 

 

 そして少し休んだ後、八幡は再び来客達の相手を再開した。

藍子と木綿季が天使の格好で八幡に祈りを捧げ、

レヴェッカはおもちゃの銃(多分)を取り出し、『ホールドアップ!』と八幡を驚かせ、

フェイリスは、『ま、まさかあなたが敵だったニャんて!』

などと思いっきりなりきりプレイをしていた。

その後、香蓮にばかり見蕩れて沙希に思いっきり足を踏まれたり、

留美を雪乃だと本気で間違えて、留美に思いっきり蹴られたり、

戸塚との再会に暴走しかけ、葉山と戸部に本気で止められたり、

里香の格好を褒められずにもじもじしている和人にガチ説教をし、

珪子やひより、芽衣美に慌てて止められたり、

早く結婚しろと遼太郎にエギルと二人で説教し、顔を赤くした静に拳骨を落とされたり、

フランシュシュのメンバーを愛に紹介され、全員から思いっきり訝しげな目で見られたり、

蔵人とフラウが暴走するのを必死に止める明日香の頭を撫でてあげたり、

舞の格好良さばかり褒めて美優を思いっきりスルーしていた為に美優が泣き出して慌てたり、

(もちろん嘘泣きであったのだが)

麻衣と一緒に訪れた咲太の性癖を散々からかったり、

直葉と慎一をからからかいすぎて、顔を赤くした直葉にぶっ飛ばされたり、

駒央と進路の話で普通に盛り上がったり、

変わらない癒しを提供してくれるめぐりにめぐりっしゅされたり、

かおりが妙にアピールしてくるので千佳に助けを求めたり、

えるにデレデレする保に風太と大善が本気でキレそうになるのを慌てて止めたり、

あまりにも似合いすぎるダルのサンタ姿に本気でプレゼントをねだったり、

いきなりジョジョとレスキネンのトナカイバトルが始まって呆気にとられたり、

真帆と紅莉栖が理央の胸を恨めしそうに見ている事に背筋を寒くしたり、

アルゴと舞衣の普通さに感動して涙を流し、逆に二人が落ち込んで宥めるのに苦労したり、

無言の詩乃に前をうろうろされたり、雪乃がニャァしか言わない為、途方に暮れたり、

晶と小春に左右から本気の引っ張り合いをされて、

春雄と勇人に助けを求めたのにスルーされたり、

楓が八幡の膝の上から離れてくれず、清盛に本気で嫉妬され、経子に助けを求めたり、

さりげなく優里奈が八幡の隣に立ち、娘ですと挨拶を繰り返すのでおろおろしたり、

自由が再会を喜ぶあまり、本気で締め殺されそうになって南が泣き叫んだり、

両親が周りにペコペコし、小町と一緒に慌てて二人を止めたり、

アマデウス・茅場晶彦からいきなり着信があり、

『八幡君、このサンタの格好、似合うかな?』などと言われ、

黙って自分のスマホを凛子に渡したりと、

八幡は存分に、突っ込みどころ満載の楽しい時間を過ごす事が出来た。

 

「はぁ、疲れた………」

「ほら八幡、もうすぐビンゴよ、あと一息だから頑張って」

「お、おう、小猫か、サンキュー」

 

 そんな八幡に薔薇は飲み物を差し出してきた。

 

「さて、今日のメインイベントね」

「景品は何を用意したんだ?」

「あ~、うん、まあ色々よ」

「そうか、みんなが楽しんでくれるといいな」

「う、うん」

 

 薔薇は八幡にそう答えつつ、その場を動こうとしない。

 

「お前は手伝わなくていいのか?」

「うん、大丈夫」

「ふ~ん」

 

 そしてビンゴ大会が始まり、豪華景品がどんどん紹介されていった。

 

「おう、張り込んだな」

「う、うん」

 

 そのまま紹介が続いていき、陽乃がいきなり意味不明な事を言った。

 

「それじゃあ最後の景品の前に………………やりなさい!」

「お?」

 

 直後に八幡の体が急に締め付けられる。見ると薔薇が、八幡の体を鞭で拘束していた。

 

「こ、小猫、何しやがる!」

「かかれ!」

 

 その直後に萌郁の手によって、八幡がロープでぐるぐる巻きにされる。

 

「も、萌郁!?」

「ごめんなさいごめんなさい」

 

 その後、八幡の目の前で女性陣の本気の戦いが繰り広げられたが、

八幡を含む男性陣は、その狂騒を呆気にとられながら眺めている事しか出来なかった。

ちなみに百万円をゲットしたのは詩乃である。

詩乃はこれで大学の学費に余裕が出来ると喜んでいた。

 

 

 

 そしてビンゴが終わり、クルスにも裏切られ、

燃え尽きたようになっていた八幡を、明日奈が解放してくれた。

 

「八幡君、八幡君!」

「え?あ、お、おう、明日奈、終わったのか………?」

「うん、それじゃあ行こう!」

「へ?」

 

 そのまま八幡は明日奈に手を引かれ、有無を言わさずキットに押し込まれた。

 

「お、おい?」

「いいから!」

 

 それから次の日の朝まで、二人とはまったく連絡がとれなくなったのであった。




登場人物多すぎ………


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第1056話 接触

 クリスマス会の夜、まだ興奮が覚めないうちに、芽衣美はALOにログインした。

何故今日なのかといえば、表向きは明日がハチマン主催のALOの大クリスマス会であり、

今日しか時間的余裕が無いという理由でグランゼにアポをとってもらったのだが、

裏の理由としては、二十四日にヴァルハラのメンバーの不在が万が一にもバレ、

グランゼが脊髄反射的に、採掘部隊を派遣しないようにする為であった。

 

「グランゼちゃんは………まあいないか、一応クリスマスだしね」

 

 当のグランゼこと幸原りりすは、母親である幸原みずきの付き添いで、

政財界のクリスマス・パーティーに参加させられていた。

このパーティーは野党系のパーティーであった為、

嘉納大臣や柏坂大臣にはまったく関係がない。

もっとも与党系のパーティーもあるにはあったのだが、二人ともそちらはサボっている。

 

「さて、指定された酒場に向かいますか」

 

 ALOにもGGOと同じく酒場が存在する。

当然メニューの中にもアルコールが存在するが、

どちらの場合も、自分に状態異常『ほろ酔い』を付加する事が出来る。

もっともこの状態異常は任意に解除する事が出来るようになっており、

ゲームとしての健全さを十分にアピール出来る程度のお遊び的な要素となっている。

 

「十九層のラーベルクかぁ………あそこって、雰囲気が不気味で嫌なのよね」

 

 待ち合わせに指定されたのは、かつてアスナがオバケが出そうで怖いと言って、

ハチマンを宿に呼び、一緒に泊まってもらった階層である。

ちなみにプレイヤー達の間では、この層にホームを構えているギルドに参加しているだけで、

年齢イコール彼女いない歴だと認定されてしまうレベルでとにかく女性に人気がない。

新生ALOでこの層が解放された直後でも、その傾向はまったく変わらなかった程である。

 

「ここか………」

 

 グウェンはいかにもといった感じの、どんよりとした雰囲気の酒場に足を一歩踏み入れた。

 

「さて相手はっと………、

まあそうよね、さすがにこんな所に他のプレイヤーなんていないわよね」

 

 酒場の中にはひと組の集団しかおらず、全員がフードを被っていた為、

グウェンはもうこれ以外無いだろうと思い、その男達につかつかと歩み寄ると、

あらかじめ教えられていた合言葉を言った。

 

「赤ん坊」

「名付け親」

「かまどの上」

「卵の殻」

「オーケーみたいね」

「ああ、しかし悪趣味な合言葉だな」

「あら、元ネタを知ってるのね」

「グランゼに説明されたよ………正直気分が悪くなった」

「それには同意するわ」

「あいつは何でわざわざこういうのを選ぶのか………」

「あの人、そういう知識がある人がえらいと思ってるフシがあるのよ」

「はっ、要するに空気が読めないって事だな」

「困ったものよね」

 

 どうやらグランゼは、この人達にも良くは思われていないらしい。

グウェンはその事を、心のメモに記入した。

 

「とりあえず自己紹介をしておこう。俺はシグルドだ」

「シグルド?もしかして強いって評判のシルフの人?」

「ああ、そうだ」

 

 グウェンは敢えてシグルドを持ち上げたが、その作戦は成功だったようで、

シグルドは明らかに機嫌の良さそうな表情になった。

 

(噂通り、自尊心は高いみたいね)

 

「会えて光栄だわ、私はグウェンよ」

「グウェン?」

 

 その時シグルドの横にいたプレーヤーが、そう言って首を傾げた。

 

「そうだけど、何か?」

 

 グウェンは相手がロザリアの元取り巻きだと知りつつも、とりあえずとぼけておいた。

 

「あ、いや、昔の知り合いと同じ名前だったんでな。

なぁ昔、棺桶の上で笑ったりしてなかったか?」

 

(またストレートな聞き方ね、でもまあここは、肯定しておくべきかしら)

 

 グウェンは余計な事は一切言わず、その言葉にただ頷いた。

 

「やっぱりか!俺はゴーグル、覚えてないか?」

 

(覚えてるわよ、なんとなくはね)

 

 グウェンはそう思いつつ、当然覚えているという反応をした。

 

「ゴーグル?もしかしてロザリアちゃんの部下だった?」

「お前達、知り合いだったのか?」

「はい、SAO時代に同じ系列のギルドにいました」

「ほう?それは懐かしかろう」

「ですね」

 

 グウェンはシグルドに、にこやかにそう答えた。

 

「って事は他の人も?」

「お、俺、コンタクト!」

「俺はフォックス!」

「テ、テールです」

「ビアードっす」

 

 普段女性とほとんど接点が無いせいか、全員が前のめりでそう言ってくる。

 

「あ、そうなんだ、久しぶり!」

「「「「「久しぶり!」」」」」

「あれ、でもあと二人いたよね?確かヤサとバンダナ………だっけ?」

「ああ、あの二人は今追い込み中なんで、しばらく来れないんだよ」

「へぇ、仕事が忙しいのね、宜しく伝えておいて」

「ああ、分かった」

 

(なるほど、同人活動は二人だけでやってるのね、まあでもとりあえず、

五人が網にかかったって事で良しとしましょうか)

 

 グウェンはその事もハチマンに報告せねばと、再び心のメモにこの事を記入した。

 

「あっと、シグルドさん、つい盛り上がっちゃってごめんなさいね、

それじゃあ仕事の話をしましょうか」

「別に気にしなくていいんだが、まあそうだな、そうしよう」

 

 グウェンは最初に、自分が連絡役をやると、六人に伝えた。

当然グランゼの指示だという事も強調している。

 

「なるほど、確かにその方がいいだろうな」

「で、予定採掘地点の地図がこんな感じ」

「………ほう?結構散っているのだな」

「うん、ややマイナーで、クリスマスならまあ人が来ないだろうって所を選んだみたい」

「分かった、このデータをコピーさせてもらっていいか?」

「これ、そのまま持ってっちゃっていいよ」

「話が早くて助かる」

 

 シグルドは、グランゼと違って整然と話を進めてくれるグウェンに好感を持ったようで、

他の者達も似たような視線をグウェンに向けてくる。

 

「それにしても、こんなにコソコソしないといけないなんて、

グランゼも余計な宣言をしてくれたもんだよなぁ」

「こんなんじゃいつまで経っても装備が手に入らねえよ」

「話してても何か上から目線なんだよなぁ、あいつ………」

 

 そうなると、当然批判の矛先がグランゼに向くのは避けられない。

話し方についてはグランゼは、彼女なりに気を遣っているつもりなのだが、

ここぞという時にどうしても上から目線になってしまうのは、

やはり母親の影響なのだろう。グランゼにとっては実に不幸な事である。

 

(グランゼも結構嫌われてるなぁ………、

まあ働きに対するリターンを渡してないんだから当然なんだけど)

 

 小人の靴屋の職人達は、確かにそれなりの腕前を誇っているが、

いかんせん素材が無ければいい物は作り出せず、

日常的にいい素材を扱えないと、腕は上がらない。

それでもヴァルハラが勢力を伸ばす前は、この世の春を謳歌出来ていた。

他に有力な職人集団が無かったからである。

そうなると採掘ギルドも多少安く買い叩かれても小人の靴屋に素材を売るしかない。

そういった不満が徐々に蓄積された上の、今の状況である。

心ある者達は皆貴重な素材はヴァルハラに売り、小人の靴屋には回してくれないのだ。

 

「それじゃあ当日は、こんな感じで」

「ああ、良い素材が出てくれればいいな」

「ええ、本当に」

 

 グウェンは自らに与えられた役割をしっかりと果たし、

シグルド達や元取り巻き達、そしてグランゼを、ずるずると底無し沼に引きずり込んでいく。

 

「それじゃあ明日、頑張りましょう」

「ああ、一緒に頑張ろう」

 

(ハチマンさん達が言ってたのとちょっと違う?このシグルドって人、何か普通だなぁ)

 

 グウェンはそう疑問に思い、もう少し偵察を続ける事にした。

 

「それじゃあ私はここを出た所で落ちるから」

「ああ、確かにその方が待ち合わせには苦労しないだろうな」

「ふふっ、そういう事ね」

 

 グウェンはそう言って酒場を出て、物蔭に潜んで中の様子を伺った。

グウェンが残っている事に気付かないまま、シグルド達は会話を続ける。 

 

「さてゴーグル、味方はどれくらい集まった?」

「例えヴァルハラを敵に回してでも、とにかく強くなろうという向上心の強い奴を中心に、

今二百人を突破しました」

「チッ、二百人か、まだ足りないが、もう時間がない。

この俺様が率いる軍なんだ、明日までに可能な限り、どんどんスカウトするんだ。

イベント開始に合わせてギルドを創設し、一気に勢力を拡大するからな」

 

(さっきと態度が違う、やっぱりあれは演技だったんだ。

それにしても二百人かぁ、向上心の強い奴って事は、

ヴァルハラもそれなりに手こずる事になるかもしれないわね)

 

 そう、シグルドは、今のままだとハチマンに復讐出来ない事を理解していた。

その上でシグルドは、個人の力不足を補う為に、力ある集団を作ろうとしていたのだ。

もちろんその傲慢さは健在であったが、今はそれを隠す術を身につけている。

そうなると、シグルドの話に耳を傾けようとする者は当然出てくるのだ。

なんといってもALOのプレイ人口は数万人規模であり、

探せばいくらでも、ヴァルハラと敵対してでも名を上げたいと思う者は見つかるのである。

もっともその急先鋒だった連合が、暴走に暴走を繰り返していた為、

そういった者達は同盟と同類に思われたくない為に、ほとんど表に出てくる事はなかった。

だが既に同盟は無く、もはやその心配も無くなった。

あと足りないのは、メンバーに与える為の武器防具と、

リーダーたるシグルドが持つべきハイエンド装備である。

それが手に入った時、シグルドは再び立ち、ヴァルハラの前に姿を現す。

 

 ハチマンの手の平で転がされているとも知らずに。




ヴァルハラが何をしようと、一定割合は必ずアンチ。
そして合言葉についてですが、普通に『小人の靴屋』関連なので、
興味がある方は調べてみてもいいかもしれません。
ただ意味不明な上に、気分が悪くなるかもしれませんのでご注意を!


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第1057話 愛とデレまんくん

 クリスマスパーティーを終え、

ソレイユ本社ビル隣のソレイユ・エージェンシービルに戻った愛は、

フランシュシュの仲間達からの、『何でもっと高そうな物を選ばなかったのか』

という問いに、『社長も、これを目玉扱いしてたじゃない!』

と強弁し、景品の箱を大切そうに抱え込みながら、そのまま自室へと戻った。

このビルの上層階は所属タレントのうち、希望する者が住めるようになっており、

その階に上がるには、専用エレベーターで暗証番号を入力する必要がある。

 

「………とは言ったものの、私はまだ、これがどういう物なのかよく分かってないんだよね」

 

 おそらくデレまんくんを望んだ女性陣の中で、

デレまんくんに対する知識が一番不足していたのは愛であろう。

そんな愛がデレまんくんを入手する事になったのだから、世の中何が起こるか分からない。

 

「AI搭載型ぬいぐるみって言ってたっけ、こっちが話しかけると、

八幡みたいな受け答えをしてくれるのかな………」

 

 愛はドキドキしながらデレまんくんを箱から出し、

受け取る時に陽乃に教えられた通りにデレまんくんの電源を入れた。

 

「………デレまんくん?」

「ん、ああ、あんたが俺のご主人か、俺はデレまんくん、宜しくな」

「あ、確かに八幡の声………だけど………」

 

 その受け答えはらしいと言えばらしいが、八幡っぽさがあまり無かった為、愛は落胆した。

特に自分を名前で呼んでくれない事が、愛にとっては一歩後退したような気分であった。

デレまんくんはそんな愛の様子を見て、ぽりぽりと頭をかき、愛は仰天した。

 

「ぬ、ぬいぐるみが動いた!?」

「ん、ご主人は俺の事を知らないのか?でも確かに俺の記憶の中にもご主人の姿はないな、

このままだとご主人にとっての俺の存在価値が、ほぼ無いに等しくなっちまうな」

 

 デレまんくんが完成したのは八幡が愛と知りあう前の為、

その記憶の中に、当然愛の情報はまったく無いのである。

 

「なぁご主人、悪いんだが、ご主人の事を俺に教えてくれないか?あと、八幡との関係な」

 

 愛は驚きつつ、そのデレまんくんの質問に、出来るだけ詳しく答える事にした。

 

「えっと、私の名前は水野愛、フランシュシュっていうアイドルグループのメンバーだよ」

「ん、その名前は知ってるな、ふむふむ、なるほどなるほど」

「でね、八幡と出会ったのはソレイユの、

沙希さんとまゆりちゃんがサンタ服を作ってた部屋で………」

 

 愛はその時の事を詳しく話そうとしたが、それはデレまんくんに止められた。

 

「待ってくれ、それなら多分ソーシャルカメラに映ってるはずだから、調べてみるわ」

「えっ、そうなの?」

「ああ、ソーシャルカメラがソレイユの製品だって事は知ってるか?」

「あ、うん、何となくだけど」

「でな、ソレイユの本社ビルには、全ての場所にソーシャルカメラが設置されてるんだ、

それこそ死角とかがまったく無い感じでな。主に防犯の為なんだが、

今からそのデータにアクセスしてみるから、ちょっと待っててくれ」

「う、うん」

「なので、あいつと接触した大体の日時と場所を教えてくれ」

「分かった」

 

 愛は思い出せる限りの情報をデレまんくんに伝え、デレまんくんはそのまま沈黙した。

愛はその間にお茶を入れ、寛ぎながらデレまんくんが動き出すのを待っていたが、

そんな愛にデレまんくんが話しかけてきた。

 

「なるほど………」

「あ、戻ってきた?」

「今日の愛のサンタの格好、確かにかわいかったな」

「ふえっ!?」

 

 そのいきなりのデレまんくんの発言に、愛は顔を赤くした。

デレまんくんの雰囲気が、八幡そっくりだったせいである。

 

「まあ欲を言えば、麻衣さんと同じバニーガール風の格好も見てみたかったが………、

あ、いや、違う、今のは冗談だからな」

「ほ、本当に八幡………?」

 

 デレまんくんの言動が、若干デレた感じの八幡みたいになっていた為、

愛は驚きで目を見開いた。

 

「俺が作られたのは少し前だから、愛の事を知らなくて悪かった。

でももう大丈夫だ、ははっ、今度はちゃんと叩かれるから、か、

俺も中々気の利いた事を言うもんだ」

「ほ、本当に八幡………なの?」

「俺の事はデレまんくんと呼んでくれ。

とりあえず最初に俺の成り立ちから説明しておくわ」

「う、うん、お願い!」

 

 愛にそう言って、デレまんくんはソファーに登ろうとぴょんぴょんした。

だが中々登れず、愛は今度部屋をもう少しフラットにしようと思いながら、

デレまんくんの脇を抱え上げ、自分の膝の上に乗せた。

 

「サンキュー、愛」

「ううん、どういたしまして」

 

 愛はそんな何でもない言葉のやり取りが、

八幡と本当に話しているように感じられ、幸せな気分になった。

 

「先ず最初に言っておくと、俺は本体………八幡のコピーとか、そういった存在じゃない」

「そ、そうなの?」

「ああ、俺は八幡に関する膨大なデータを入力され、学習したAIにすぎない」

「それってほぼ本人と一緒ではあるんだよね?」

「ああ、まあ今のところはな。愛と暮らしていくうちに変化していくとは思うが」

「なるほど、みんなが欲しがる訳だね」

「よく知らないで俺を選んだのか?やるじゃないか、愛」

「ふふん、それほどでも」

 

 愛は得意げにそう言い、デレまんくんは膝の上から愛の顔を見上げた。

 

「まあとりあえず、愛が聞きたい事には大抵答えられるはずだ、

何でもじゃんじゃん聞いてくれ」

「それじゃあ私にALO?ってのの事をもっと教えて。あと、ヴァルハラ?について!」

「分かった、任せろ、俺がお前を立派なヴァルハラの一員に育て上げてやろう」

「うん、お願い!」

「でもまあそれにはどこかで促成栽培しないとなんだよな………、

まあそれは八幡に直接捻じ込むか」

「八幡の連絡先、知ってるの?」

「もちろんだ、まあ向こうは俺の存在についちゃ、複雑な心境だろう」

「えっ、そうなの?」

「おう、何たって、俺を作る事はあいつには一切知らされてなかったからな」

「あ、ああ~………」

 

 愛はそのデレまんくんの言葉に納得した。愛ももし自分の思考を正確にトレースし、

記憶の一部まで共有しているぬいぐるみが発売される事になったら猛反対するだろうからだ。

 

「ところで促成栽培って?」

「要するにパワーレベリングだな」

「パワーレベリングって?」

「………ん、高レベルのキャラが低レベルのキャラの育成を助ける事だ」

「レベルって?」

「………なあ愛」

「ん?何?」

「もしかしてお前、ゲームとかやった事ないのか?」

「うん!だからえむえむお?ってのもさっぱり!」

「そ、そうか、そこからか………」

 

 どうやら愛は、ゲームに関する知識はほぼゼロらしい。

 

「家庭用ゲーム機とかはやった事ないのか?スマホゲーは?」

「存在は知ってるけどやった事は無いかなぁ、あ、もちろんどういうものかは分かるよ」

「なるほど、用語に関してはまったくって感じか」

「かな?」

「SAOのニュースとかテレビで見なかったか?」

「見たけど、あんまり理解は出来なかったの」

「オーケーだ、とりあえずVRMMORPGの基本から教えていく」

「お願いします、先生!」

 

 そこからデレまんくんの講義が始まり、元々覚えのいい愛は、

必要不可欠な知識をぐんぐん吸収していった。

 

「なるほど、MMOってそういう事なんだ。で、その中の最強ギルドがヴァルハラかぁ、

やっぱり八幡って凄いなぁ」

「それじゃあ動画でヴァルハラの戦闘を見てみるか」

「えっ、見れるの?」

「ヴァルハラのデータベースにいくらでも転がってるぞ、

パスワードは教えてもらったんだろ?」

「あっ、そうだった!見てみる!」

 

 愛はそのまま動画を片っ端から閲覧し、ある程度見終わった頃には、頬を紅潮させていた。

 

「凄い凄い!ヴァルハラ強い!」

「そうだろうそうだろう、そのヴァルハラに参加するんだ、生半可な覚悟じゃ務まらないぞ」

「うん、私、頑張る!」

 

 愛は興奮を抑えられないようで、その鼻息はとても荒い。

 

「それじゃあとりあえず基本知識が身に付いたところでALOにログインしてみるか」

「ついにこれの出番だね!」

 

 愛の手にはアミュスフィアがあった。これは八幡にもらった物で、

ALOの他に、GGOやアスカ・エンパイア、ゾンビ・エスケープ等が既に入っている。

 

「八幡、いるかな?」

「あ~………あいつは今日は多分、()()()()()()忙しいはずだ」

「そうなんだ、残念………」

 

 八幡が明日奈に連れ去られた事を知っているデレまんくんはそう言葉を濁し、

心の中で密かに八幡にエールを送った。

 

「それじゃあキャラメイクからだが………」

「あ、それなんだけど、ゲームのキャラとして私を再現する事って出来る?」

 

 愛はデレまんくんに何か耳打ちし、デレまんくんは渋い顔をした。

 

「上手くキャラメイクすれば可能だと思うが、お勧めはしないぞ」

「えっ、どうして?」

「そんなの少し考えれば分かるだろ、それで愛に何かあったらきっと八幡が悲しむはずだ。

もちろん俺もな」

「心配してくれるんだ………」

「当たり前だろ、愛は俺の大切な人だからな」

「っ………」

 

 その言葉に愛は顔を赤くした。デレまんくんの本領発揮である。

デレまんくんは、八幡やはちまんくんよりも、

よりストレートに相手への好意を表現してしまうのだ。

 

「まあそれでもやるって言うなら止めはしないさ、それが愛の選択ならな」

「う~ん………それでも私、やってみたいの。もちろん本人なんて名乗るつもりはないけど、

少しでも私達の事を知ってもらうキッカケになればいいなって」

「そういう事か………まあテストケースとしては面白いかもしれないな、よし、それ採用」

「やった、採用された!」

「ただしおかしな奴に絡まれる可能性は否定出来ないから、それは覚悟しておくんだぞ」

「うん、そういう事があっても一人で切り抜けられるように、私、強くなるよ!」

「いい根性だ、頑張れよ、愛」

「うん!」

 

 そう愛にエールを送りながらも、デレまんくんは一応保険をかけておこうと考え、

独自のネットワークを駆使し、愛のキャラメイク中にはちまんくんに連絡を入れた。

 

「はちまんか?」

『初見の俺だな、誰だ?』

「俺は二号だ、先日一号から連絡があったと思うが」

『ああ、デレまん二号か、どうした?何か用事か?』

「実はお前のご主人に頼みがあるんだが………」

 

 デレまんくんは、はちまんくんのご主人、要するに詩乃に、

愛の面倒を見てくれないかと頼んだのである。

 

『なるほど、話は分かった。一旦切るぞ、詩乃に聞いてみるから待っててくれ』

「悪いな、俺」

『気にするな、俺』

 

 二人はお互いからは見えないが、同時にシニカルな笑みを浮かべた。

そして数分後、はちまんくんからデレまんくんに通信が入った。

 

『オーケーだそうだ、お前のご主人、愛って言ったか?特徴を教えてくれ』

「フランシュシュ、水野愛で検索してくれ」

『………検索した、見た目はこうなってるって事でいんだな?』

「見た目だけじゃない、中身もだ」

『ほう?そういう事か、また増えたのか?』

「そういう事だな」

『本体も相変わらずだな、分かった、それじゃあ詩乃にそう伝えるわ』

「悪い、頼むわ」

 

 一方その頃、愛は何も迷う事無くキャラメイクを進めていた。

 

「えっと、見た目は………ああ、これだ、スキャンモードの設定で全身を選択っと」

 

 そう、愛が選択したのは、リアルの自分そのままのキャラを作り、

その姿でフランシュシュの宣伝も兼ね、時々街で歌い踊る、であった。

デレまんくんにその危険性を指摘されはしたが、

もし絡んでくる者がいても、フランシュシュのファンで押し通し、

歌と踊りはファンなりのパフォーマンスだという説明で済ませるつもりだった。

 

「種族は………うん、八幡さんとお揃いのスプリガン!名前はウズメで決定!」

 

 ダンスが得意な愛は、アメノウズメからその名前をもらう事に初めから決めていたようだ。

こうしてアイドルである水野愛そっくりな外見を持つキャラ『ウズメ』が、

アルンの地に降り立つ事となったのである。



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第1058話 話題の新人

 VRゲームに生まれて初めてログインした愛ことウズメは、

驚いた表情できょろきょろと辺りを見回した。

 

「凄くリアル………今のゲームってこんな感じなんだ………」

 

 ウズメは自分の体のあちこちを触り、その感触のリアルさを確認しつつ、

どうにか自分の顔を見れないかと思い、近くにあった噴水へと向かった。

 

「どれどれ」

 

 そこには紛うことなき自分の顔が映っており、水面に上半身を写してみても、

それが自分の姿ではないという違和感は、どこからも感じられなかった。

 

「うん、オッケーかな」

 

 ウズメはそう呟き、とりあえずこの街を回ってみようと思い、歩き出した。

 

「街の案内図みたいな物は無いのかな………」

 

 だが当然そんなものはなく、ウズメは全て手探りで街の探索をする他はなかった。

 

「ここは何の店だろ、食べ物屋さん?へぇ、ここで物を食べたらどうなるんだろ」

 

 ウズメはそんな事を呟きつつ、事前にデレまんくんに教わっていたやり方通り、

コンソールを開いてそこに書かれている所持金の欄を確認した。

 

「………たったこれだけか、まあ始めたばっかりなんだし当たり前だよね。

でもこれで食べ物を注文するのはいけそう………、

いやいや、駄目駄目、これで最低限の装備を整えないといけないんだから」

 

 ウズメは真面目な顔でそう呟くと、武器や防具を売っている店を探そうと、

より賑やかな方へと足を向けた。

おそらくそういった店があるとすれば、賑わっている場所だと思ったからである。

 

「露店が並んでる………この辺りかな?」

 

 ウズメは人ごみの中を、きょろきょろしながら歩いていく。

周りは男性プレイヤーがほとんどだが、そんなウズメの姿を見て、

一部のプレイヤーが驚いた顔をした。

それも当然であろう。それなりに有名になってきているフランシュシュのメンバーである、

水野愛が見た目もそのままに歩いているのだ、注目を集めない方がおかしい。

 

「おい、あれってフランシュシュの水野愛じゃね?」

「まさか本人じゃないよな?」

「いやいや、さすがにそれは無いだろ」

「って事は熱心なファンか」

「よくあそこまで再現したよなぁ………」

「まあ女なのは間違いないんだし、ちょっと声でもかけてみるか?」

 

 場の雰囲気がそんな流れに傾きかけたその時、

ウズメに近付こうとしていたプレイヤー達は、いきなりその足を止めた。

一人のプレイヤーが、ウズメに向かって駆け寄ってきたからである。

 

「お、おい、あれ、必中だぜ」

「まさか必中も水野愛のファンとか?」

「もしかして知り合いか?」

 

 とにもかくにもそれで他のプレイヤー達はウズメに声をかけるのを止め、

様子を伺うモードになった。そしてシノンがウズメの肩にポンと手を置き、声をかける。

 

「や、やっと見つけた………」

「はい?」

 

 ウズメはキョトンとしながら首を傾げ、シノンは思わずこう呟いた。

 

「う………や、やっぱりかわいい………」

「ありがとうございます、え~っと………」

 

 ウズメはアイドルとしての癖で笑顔でお礼を言い、直ぐに目を細めた。

シノンの顔が、記憶を刺激したからである。

 

「確かどこかで………あれ、そのマーク………」

 

 シノンの着ているヴァルハラ・アクトンに書いてあるマークを見て、

ウズメがあっと声を上げた。

 

「そう、確か………イロハさん?」

「確かにケットシー繋がりだけど、残念ながら違うわね」

「あれ………それじゃあシリカさん?」

「う~ん、私、あの二人ほど小さくないんだけどな」

 

 二度間違えられたが、シノンが気を悪くした様子はまったくない。

そもそもこの短時間で、メンバーの顔と名前を全部覚えている方がおかしいからだ。

 

「ちょ、ちょっと待って下さいね、顔にペイントが無いからアルゴさんじゃなくて、

語尾にニャが付かないからフェイリスさんじゃない………、

あっ、分かった、シノンさん、シノンさんですね」

「正解、何度か間違えたとはいえ、もうそれだけの名前を覚えてるなんて凄いわね。

それと私の事はシノンでいいわよ」

「それじゃあ私はウズメで!」

「ウズメ………?もしかしてアメノウズメ?」

「うん、私、ダンスは得意なの」

「なるほど………ウズメ、これから宜しく」

「うん、宜しく!」

 

 こうして二人は無事合流し、シノンは人目を気にして移動を急ぐ事にしたのか、

ウズメの手を引いて歩き出した。

 

「えっと、これからどこに?」

「ヴァルハラ・ガーデンよ、今のうちにメンバー登録しておいた方が後々楽だしね」

「あっ、う、うん」

 

 ここでシノンが声を潜めてウズメに話しかけた。

 

「でもその姿、本当に思いきった事をしたものよね」

「や、やっぱりそうかな」

「まあでもそういうのを否定する人は、うちにはいないけどね。自己責任の範囲内だろうし」

「よ、良かった………」

 

 そのシノンの言葉にウズメはホッとした。

内心ではハチマンに怒られるんじゃないかと心配していたからだ。

 

「まあうちは敵も多いし、最低限自衛出来るくらいに、急いで強くならないといけないわね」

「やっぱりそうだよね………初心者にお薦めの狩り場とかある?」

「まあ私に考えがあるから任せて頂戴。とりあえずあそこ、あれが転移門よ」

「あ、あそこに入るの?光がうねうねしててちょっと怖い………」

「いいからさっさと入りなさい」

「きゃっ!」

 

 シノンはウズメの襟首を掴んで門に放り投げ、ウズメの視界は一瞬で変わった。

そこは光溢れるフロアであり、辺りは緑一色であった。

 

「うわぁ、明るくて綺麗なところだねぇ」

「でしょう?このフロアのフィールドにはモンスタ-も出ないのよ」

「おお、私でも散歩が出来る!」

 

 ALOという世界に興味津々なウズメだったが、

さすがにこのまま散歩に行くような事はしない。

 

「それじゃあこっち」

「うん」

 

 ウズメはシノンに導かれ、直ぐにヴァルハラ・ガーデン前へと到達した。

 

「えっ、何これ………」

 

 そこは希少なはずの女性プレイヤーで溢れており、ウズメは目を丸くした。

 

(これって出待ちみたいな感じ?ゲームの中でもこういうのってあるんだ………)

 

 ウズメはその光景に圧倒されたが、シノンは気にせず塔の方へと歩いていく。

 

「あっ、必中様よ」

「残念、ハチマン様はいないかぁ」

「待って、あの連れてる子、どこかで見たような………」

「もしかして水野愛?」

「誰それ?」

「フランシュシュっていうアイドルグループのメンバーだよ」

「あっ、そうなんだ、もしかして熱心なファンなのかな?」

 

 幸か不幸か、ウズメの事を本人じゃないかと疑う者はほぼ皆無であった。

それもまあ当然の事だろう、普通ウズメのような行いをする者はいない。

そしてシノンが塔のコンソールを操作し、ウズメに手招きした。

 

「それじゃあここを押してみて」

 

 ウズメがボタンを押すと、周囲に恒例のアナウンスが響いた。

 

『このプレイヤーを、仮メンバーとして登録しますか?』

 

 その瞬間に、いつものように周囲がざわついた。

 

「イエス」

 

 シノンが短くそう答え、システムもそれに答えた。

 

『プレイヤーネーム、ウズメ、を、仮メンバーとして登録しました』

 

「やった、仮メンバーになれた!」

「いやいや、もちろんこれで終わりじゃないわよ。ほら、もう一度」

「えっ?あ、うん」

 

 そして周囲の者達が見守る中、ウズメが再びボタンを押し、

辺りにアナウンスが響き渡った。

 

『このプレイヤーを、正式メンバーとして登録しますか?』

 

「イエス」

 

『プレイヤーネーム、ウズメ、を、正式メンバーとして登録しました』

 

 そのまま二人は中に入っていき、その場のざわめきは最高潮に達した。

このニュースは一瞬でネット中を駆け巡り、ウズメの顔写真と名前が掲示板に踊った。

ちなみに後の雑誌のインタビューで、愛はこう答えている。

 

『そういえば、愛さんの偽者が、ALOにいるみたいですね』

『………ああ、その話なら知ってます』

『ご存知でしたか、もしかして既に何か対応を?』

『いいえ、特には?』

『えっ?黙認ですか?』

『………そういうの、何か楽しそうだしいいじゃないですか』

『おお、愛さん、心が広いですね』

 

 この事について、そのプレイヤーの行いが、

愛のイメージダウンに繋がるのではないかと危惧するファンも当然存在したが、

そういった意見はALOプレイヤーによって片っ端から否定されていく事になる。

曰く、『ウズメはヴァルハラのメンバーなんだから、そんな事あるはずがない』

 

 こうしてウズメはアイドルにある意味公認されたプレイヤーとして、

気兼ねする事なく歌と踊りのパフォーマンスをALO内で披露していく事になるのだが、

その正体が明かされる日が来るのかどうかは定かではない。

 

 ちなみのちなみにそのインタビューの後、

愛はフランシュシュの仲間達に本当に大丈夫なのかと心配され、

実は本人だとカミングアウトしてしまい、その流れで仲間達がヴァルハラについて調べ、

そのリーダーがハチマンと言う名前だと発覚したせいで、

以後、愛は仲間達から生暖かい目で見られる事となったのであった。



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第1059話 年に一度の

 塔周辺のざわめきを背中で聞きながら、シノンとウズメはヴァルハラ・ガーデンに入った。

扉が閉まるともう外のプレイヤーの声は聞こえず、その場は静寂に包まれていた。

 

「ふう、まあいつもの事なんだけど、かなり注目を浴びちゃったわね」

「いつもの事なの?」

「当然よ、だってうちはヴァルハラなんだから」

 

 ヴァルハラの部分をアイドルに置き換えれば、

そのシノンの言葉はウズメにとってはとても分かり易かった。

 

「人気商売っていう部分もあるって事かぁ」

「ええ、そういうのは得意でしょ?」

「まあ確かにそうなんだけど」

 

 ウズメはそう答えて苦笑した。

 

「それならやっぱり実力を付けないとかなぁ、

ヴァルハラの人気に乗っかってる状態なのは嫌だもん」

「その前向きさ、私は好きよ」

「ふふっ、ありがと」

 

 二人は笑顔で会話をしながら階段を上っていく。

と、前から複数のプレイヤーの声がし、二人は立ち止まった。

 

「あら?あの声は………」

 

 そして階段の上にキリトが姿を現した。

その後ろには、リズベット、シリカ、リーファ、レコン、クックロビン、ナタクの姿もある。

 

「うわっ、愛ちゃんだ!」

「おぉ………」

「まさかそうくるとは」

「驚きですね!」

 

 一同は、ウズメの姿に驚いたような顔をした。

 

「本人………なんだよな?」

「は、はい!」

「ああ、うちは名前は呼び捨て推奨で、喋り方も普通でいいから。

ウズメ、ようこそヴァルハラへ」

「分かりまし………じゃない、うん分かった、これからお世話になるね!」

 

 ウズメはそのキリトの言葉に嬉しそうに微笑んだ。

そしてシノンが当然の疑問をぶつけてくる。

 

「もしかして私達を出迎えに来てくれたの?」

「いや、たまたまだな。

丁度出かけようとしたタイミングでアナウンスが聞こえたからちょっと驚いたけどな。

シノンにも一応連絡はしたんだけど、その様子だと見てなかったか?」

「あ、ごめん、多分その前にログインしちゃってたかも」

 

 どうやらキリトの連絡は、シノンにはニアミスで届かなかったようだ。

 

「で、もしかしてこれから狩り?それならウズメも一緒に連れてってあげたいんだけど」

「まあ狩りと言えば狩りなんだが………う~ん、まあいいか」

 

 その問いに、キリトが奥歯に物が挟まったような返事をしてくる。

 

「何よ、煮え切らない言い方ね」

「悪い悪い、狩りは狩りでもちょっと特殊な狩りなんだよ」

「特殊?一体何を狩りに行くの?」

「今日はほら、クリスマスだろ?」

「ええ………あっ、まさか!」

「そのまさかだ。ハチマンが来れないのは残念だけど、

これから背教者ニコラスを狩りにいく」

 

 その言葉にシノンはニヤリとした。

 

「それは是非ご一緒したいわ、もちろんウズメも行くわよね?」

「よく分からないけど、行ってみたいかも」

「オーケーオーケー、まだちょっと時間はあるはずだし、今のうちに装備を揃えちまおう。

ナタク、頼めるか?」

「任せて下さい」

 

 こうしてナタクがウズメに装備を揃えてくれる事になり、

同時に戦闘スタイルをどうするか尋ねられたウズメはこう答えた。

 

「私、ダンスが得意だから、身の軽さを生かした戦い方が向いてる気がする」

「なるほど、ハチマンさんやユウキさんと一緒だね。

それじゃあ武器はこれ、装備はこの辺りかな」

 

 初期状態故に、装備選びも特に迷う事なくすぐ決定し、

一同はそのまま三十五層の迷いの森へと向かった。

 

「うわぁ、いきなりこんな所に来ちゃっていいのかな………」

「大丈夫大丈夫、それにしてもせっかくのイベントなのに参加者はこれだけ?」

「いやほら、ソレイユの関係者はパーティー会場の片付けがあるみたいでさ」

「ああ、確かにそうよね、だからこのメンバーか」

 

 その答えにシノンは納得した。

 

「それにしても随分おどろおどろしい場所ね」

「あっ、シノンも初めてなんだ」

「ここは解放されてから日が浅いから、まだだったのよね」

「私にとっては嫌な思い出が………」

 

 その時シリカが苦々しい顔でそう言った。

 

「ここで昔何かあったの?」

「迷子になって死にかけました」

「あ、そうだったんだ?」

「そういえば話した事無かったっけな、それを俺が助けたのが、

シリカとの初めての出会いだったんだよ」

「へぇ、そうだったの………ねっ!」

 

 シノンが感心したような顔をしながら、いきなり弓を放つ。

どうやら遠くに敵の姿を見つけたらしい。森の中だというのに問題なくその攻撃は命中し、

敵の姿が光の粒子と化して消滅する。その瞬間に、ウズメに大量の経験値が流れ込んできた。

 

「わっ」

「お?」

「あれ、経験値って敵のヘイトリストに乗らなくても入るようになった?」

「あ、今のは多分、敵から敵対心を誰も向けられてなかったからですね。

そういう時は全員に経験値が入るみたいです」

「ほうほう、よしシノン、ファーストルック、ファーストショットだ」

「先に見つけて先に撃てって事よね?どこぞの戦闘機みたいに」

 

 志乃や茉莉に教えてもらったのだろう、シノンは妙に玄人っぽい事を言うと、

そのまま見かける度に敵を屠っていく。

ウズメはキリトのアドバイスを受け、それをステータスに振っていき、

戦闘経験こそ無いが、既に初心者の域を脱する程に成長していた。

 

「私、まだ何もしてないんだけどいいのかな?」

「いいのいいの、早くハチマンの役にたてるようになりたいでしょ?」

「う、うん!」

「とりあえず新しい装備が必要ですね、それじゃあこれを」

 

 ナタクがそう言って新しい装備を渡してくる。

 

「準備がいいのね」

「まあこうなると思ってましたから」

 

 ナタクは事も無げにそう言った。その辺りの気配りはさすがである。

 

「おいシノン、そろそろストップだ、目的地が近い」

「沸く場所が分かってるの?」

「分かってるっていうか、とりあえず昔俺が倒した場所に向かってるんだけどな」

「よく覚えてますね!」

「まあ………忘れられる事じゃないからな」

 

 キリトはそう言って、少し切なげな顔をし、リズベットはそっとキリトの手を握った。

 

「キリト、大丈夫?」

「ああ、問題ない。思い出に負けたりなんかしないさ」

 

 キリトはそう言ってリズベットに微笑み、しばらく歩いた後、足を止めた。

 

「………………ここだ」

「いないわね」

「外れ?」

「あっ、待って」

 

 その時いきなりカランコロンと鐘の音が響き渡り、

シャンシャンシャンという音と共に、空にソリの轍のような二筋の光が流れ、

直後に上空から背教者ニコラスが降ってきた。その姿にウズメが大きく目を見開く。

 

「ハチマンさんがどうしてここに!?」

「「「「「「「ぶっ」」」」」」」

 

 そのウズメの言葉に皆は思わず噴き出した。

 

「ウズメちゃん、もしかして動画で見たの?」

「あっ、う、うん!あれってハチマンさんだよね?」

「逆かな、ハチマンの変身は、あいつの姿を参考にしてるんだ」

「あっ、そういう………」

 

 ウズメは自分の勘違いに顔を赤くし、

シノンがドンマイとばかりにウズメの肩をポンと叩いた。

 

「どうする?キリト一人でやる?」

「いや、前はハチマンとアスナにアイテムを分けてもらいながらだけど、

それでも一応ソロで倒したから、今日はみんなでやろう」

「「「「「「「了解!」」」」」」」

 

 キリトの指示に従い、全員が戦闘体勢をとる。

といってもウズメにはまだ手出し出来ない強さの敵なので、

ウズメはこの場で教えてもらった簡単な魔法をキリトにかける事で、

ヘイトリストに名前を載せる事となった。

 

「とりあえずウズメさんは僕の隣に」

「り、了解!」

 

 ウズメはナタクの隣に陣取り、こうして戦闘が始まった。

さすがにこのメンバーだと削りも早く、敵のHPは順調に削れていく。

 

「………こいつ、こんなに弱かったんだな」

「まあ一対一とは全然違うでしょ」

「そうだな、今は頼れる仲間が沢山いるからな」

 

 ニコラスは、気持ち悪い笑い方をしながら斧を振り回し、精一杯抵抗してきたが、

結局大きな見せ場も無いまま、一同の手によってあっさりと倒される事となった。

 

「やった、倒した!」

「メリー・クリスマス!」

「まあフィールドボスくらいかな?」

「それよりはちょっと弱いかもですね」

「さて、ドロップアイテムの確認をしようぜ」

 

 そのキリトの言葉に一同は、それぞれのアイテム・ストレージを確認した。

最初に声を発したのはリズベットである。

 

「あ、蘇生結晶だって」

「インフォメーションはどうなってる?制限時間の記載は?」

「特に無いかも、リメインライトに使用出来るって書いてあるだけね」

「なるほど………」

 

 キリトは一瞬悔しそうな顔をした。おそらく昔の事を思い出したのだろう。

だがすぐに頭を振って、普通の顔に戻った。

 

「他には何か無いか?」

「あ、あの、私にこんな物が!」

 

 ウズメが焦った顔で、キリトにアイテムを差し出してきた。

 

「ん、何だこれ?ニコラスブレイド?」

「何それ、どんな性能?」

「………一日一回ニコラスになれる、だそうだ」

「………」

「………」

「あ~………攻撃力は一線級からちょっと落ちるけど、

戦闘スタイル的にも丁度いいみたいだし、これはウズメに進呈かな」

「いやいやいや、私、何もしてません!」

「いいからいいから、入団祝いだと思ってもらっときなよ」

「そうそう、遠慮しなくていいって」

「えっと、じゃあ、お言葉に甘えて………」

 

 ウズメはそう言いながら、ニコラスブレイドを大切そうに胸に抱えた。

ちょっと見た目はアレだが、ハチマンとお揃いというのが、ウズメはとても嬉しかった。

こうして今年の背教者ニコラス討伐はあっさりと幕を閉じ、ウズメは少しだけ強くなった。



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第1060話 銃が撃てるアイドル

「ところでウズメちゃん、明日は忙しい?」

 

 ヴァルハラ・ガーデンに戻り、施設の説明を受けた後、

ログアウトしようとしたウズメに、エルザが声をかけてきた。

 

「年末だからそれなりだけど、何で?」

「明日なんだけどさぁ、ハチマン主催のクリスマス・パーティーがあるけど、来る?」

「えっ?また?」

「またというか、明日はゲーム内でのパーティーだよ」

「そっちなんだ、時間は何時から?」

「夕方六時から!」

「六時かぁ、私達、二十八日にライブがあるんだけど、

そのリハーサルが丁度六時までだから、多分来れると思う、っていうか来る」

「あはははは、それじゃあアサギちゃんと一緒に待ってるね」

 

 同じソレイユ・エージェンシー所属の為、三人はとても仲良しである。

 

「でも年末なのにゲームばっかりしてて平気なの?」

「余裕余裕!今年の仕事は前倒しでもう全部終わらせたから!」

「えっ、コンサートとかはやらないの?」

「私はほら、年末年始だから特別にってのは嫌いなんだよねぇ。

やるならツアーで一気に、みたいな?」

「あっ、そうなんだ?」

「アサギちゃんも、テレビの仕事とかは断ったみたい。

年末くらいはのんびりしたいんだってさ」

「それって事務所的にオーケーなの?」

「うちはオーケーだよ、あくまで私達の希望を尊重してくれて、

嫌な仕事はやらなくていいって感じ?

もちろんガンガン活動したい子にはちゃんと仕事をとってきてくれるけどね」

「あっ、そうなんだ、だからみんな一斉に移籍って話になったんだね」

「ウズメちゃんはその辺りの事情は知らなかったんだ?」

「うちはマネージャーに全部お任せだからさ」

 

 芸能界ネタが大好きなリズベットやシリカ、リーファはその会話を興味津々で聞いていた。

シノンもクールぶってはいたが、その耳はダンボのようになっている。

 

「ねぇロビン、ソレイユ・エージェンシーの待遇ってそんなにいいの?」

 

 ソレイユの受付に採用が決まっているリーファが、ロビンにそう尋ねてきた。

 

「うん、そもそも親会社が強すぎるから、枕とかも全部断れるし、

力で押さえつけに来ても力で跳ね返すから、正直下手なヤクザよりも怖いよん」

「うわ、そうなんだ?」

「先週京都の方で、いくつかの組が潰れたってニュースが無かった?」

「あ、あったあった!」

「あれはソレイユさんの仕事らしいよ」

「あ、ああ~!確かに京都に行くって言ってた!」

「凄い………」

 

 ウズメは驚きのあまり、目を見開いた。

そこまでしてくれる芸能事務所が存在する事が驚きだったからだ。

 

「まあウズメちゃん達もラッキーだったよね、あまりにも希望が多すぎて、

今移籍申し込みを止めてるみたいだし」

「あ、確かにそうかも」

「ハチマンにも会えたしね?」

「ぁぅ………」

 

 ウズメはその言葉に顔を赤くした。

 

「そうだ、せっかくだし、ハチマンをコンサートに招待すれば?主催者枠ってあるよね?」

 

 そのクックロビンの言葉にウズメはハッとした。

 

「た、確かにある………!」

「なら誘ってみるといいよ、私、最近NTRにも興味があるから凄く興奮するし」

「ね、とり?」

「わ~!わ~!」

「アウト、アウトですよ!」

 

 ウズメは言葉の意味が分からなかったらしく、首を傾げ、

シリカとリーファが慌てて二人の間に割って入った。

 

「ど、どうしたの?」

 

 きょとんとした顔でそう尋ねてくるウズメの顔を見て、

二人はこの純真さを絶対に守らなくてはいけないという使命感に駆られ、

クックロビンを抑えこんだ。

 

「あっ、ちょっと、無理やりなんて、らめぇ!」

 

 クックロビンはそう言ったが、相手がハチマンではない為、これは演技であろう。

要するに面白がっているだけである。

 

「ロビン、あんたねぇ………」

「わっ、冗談、冗談だってば!」

 

 シノンにじとっとした目で見られ、

クックロビンは慌てて両手を上げ、降参のポーズをとった。

 

「はぁ………それじゃあ私達も落ちるとしましょうか」

「ウズメちゃん、次はいつ空いてるの?」

「空いてるといえば、明日の午前中とパーティーの後くらい?

さすがに明後日からは、準備が忙しくて………」

「それじゃあちょっとでも強くなる為に、明日の朝からアサギちゃんと一緒に遊ばない?」

「あ、うん、大丈夫」

「他に来れる人は………」

 

 リズベット、シリカ、リーファは明日一緒に買い物に行く予定があるらしく、

クックロビンにじっと見つめられたシノンは肩を竦めた。

 

「はぁ………はいはい、付き合えばいいんでしょ?」

「さっすがシノノン、いい女ぁ!」

「で、何をするの?」

「育成なんだし、ゾンビ・エスケープがいいんじゃないかなって」

「ああ、もう明後日からイベントだし、確かにその方がいいかもしれないわね。

ニコラスブレイドも装備出来るようにならないとだし」

「よ、よく分からないけどお願い」

「それじゃあ明日の朝ね!」

「うん!」

 

 こうしてこの日の活動は終わり、迎えた次の日の朝、

愛はフランシュシュの仲間達と朝食をとった後、

一緒に遊びに行こうという誘いを断り、部屋でアミュスフィアを被っていた。

 

「ゾンビ・エスケープについての予習は大体オッケーかな、リンク・スタート!」

 

 そして視界が暗転し、一瞬で愛は、ウズメとしてゾンビ・エスケープの地に立っていた。

 

「うわ、普通に街だ………」

 

 そこはどこにでもありそうな繁華街であり、

当然ではあるが、どこにもゾンビの姿は見えない。

 

「ブランドショップがあちこちにあるんだ、

あっ、あのお店、一度行ってみたいって思ってたんだよね」

 

 ウズメは大はしゃぎで、今度フランシュシュの仲間達もここに誘ってみようと思いつつ、

待ち合わせ場所のビルの上にあるショールームへと向かった。

 

「………ここかな?」

 

 バーチャル・ショールームが並ぶ一角の一番奥に、

一つだけ占有されている部屋があり、ウズメはその扉をノックした。

 

「は~い、ウズメちゃん?」

「う、うん」

「どうぞ、入って~!」

「お、お邪魔します」

 

 中に入ると、そこにはクックロビンとアサギ、シノンの他に、若い男が寛いでいた。

 

「いらっしゃ~い!」

「ウズメちゃん」

「ハイ」

「ふむ、昨日のアイドルの娘っ子じゃな」

 

 その男の見た目と釣り合わない時代がかった喋り方に、ウズメはギョッとした。

 

「えっと、あの………」

「おう、すまんすまん、この見た目じゃ分からんよな、

儂は昨日会った、八幡の義理の爺いじゃよ、覚えとらんか?」

「あっ、もしかして結城のお爺様ですか?」

「おうそうじゃ、これは儂の若い頃の姿なんじゃよ」

「そうだったんですか、格好いいです!」

「ほっ、ありがとよ、アイドルの嬢ちゃん」

「キヨモリさんは、ここの部屋を使わせてもらう為に私が呼んだの」

 

 何故ここにキヨモリがいるのか、クックロビンがそう説明してきた。

この部屋を占有しているのは『千葉デストロイヤーズ』なので、

そのメンバーがいないと使えないのである。

 

「そうなんですね、今日は宣しくお願いします!」

「それじゃあ早速突入準備をしましょうか、最初は武器の選択よ」

 

 パーティを組んですぐに、目の前に突入画面が表示され、

そこにずらずらと武器のリストが並んでいく。

 

「す、凄い数………」

「ウズメはマシンガンでいいわよね、銃なんか撃った事無いでしょ?」

「も、もちろん!」

 

 むしろ撃った事がある方がおかしい。

 

「リロードはオート、弾数無限に設定してっと、私はアサルトライフルでいいや」

「私もまだ不慣れだからマシンガンで」

「私は当然狙撃銃よ」

「儂は当然刀じゃわい」

「よ~し、それじゃあレッツゴー!」

 

 クックロビンが選んだのはB級の無双系ミッションであった。

いつもヴァルハラが経験値稼ぎに利用している鉄板ミッションである。

 

「わっ、廃墟だ!」

「ウズメ、興奮しすぎ」

「ほれ、あっちに見える黒いのが全部敵じゃよ」

「ええっ!?」

 

 中に入ると、遠くに霞がかかっているように見えた。

 

「これで見てみるといいよ」

「あ、ありがと」

 

 ウズメはクックロビンから単眼鏡を借り、そちらを眺めてみた。

 

「うわ、ゾンビがたくさん………あっ、女の子のゾンビもいる、しかもちょっとかわいい」

「そうなのよ、ここのゾンビって女の子はかわいい子がたまにいるのよね」

「男のプレイヤーが、それで撃てなくてやられるってパターンもあるらしいよ」

「うわ、完全にトラップじゃない」

「ウズメなら、ゾンビになってもきっとかわいいわね」

「やだなぁアサギ、私、ゾンビになんかならないって。

でも普通のゾンビもキモかわいい………」

「「「えっ?」」」

 

 あまり知られていないが、ウズメの趣味は、キモかわいいグッズを集める事だったりする。

 

「それじゃあ銃の使い方を教えるわね」

 

 アサギがレクチャーしてくれ、ウズメは『銃も撃てるアイドル』にレベルアップした。

『一人で戦争も出来るアイドル』まで成長する日がいつかくるのかもしれない。

 

「さ~て、それじゃあおっぱいじめますか!」

 

 クックロビンがそう言い、シノンが銃を構える。

 

「それを言うならおっぱじめますか」

 

 そして大きな銃声と共に、ゾンビの集団が纏めて吹き飛ばされる。

 

「えっ、シノノン、何それ?」

「特製の爆裂弾よ、もちろん現実には存在しないけど」

「うわぁ、気持ち良さそう!」

 

 その爆発と共に、敵の集団がこちらに向かって殺到してきた。

 

「ほれ、来るぞい!」

「あっ!」

「私達も………」

「撃たなきゃ!」

 

 キヨモリに促され、芸能人三人娘が一斉に射撃を開始し、

当のキヨモリは、死角から襲ってくる敵に刃を突き立てる。

 

「うわ、うわ、何これ、楽しい」

 

 結局この日は一時間の戦闘を四セット行い、ウズメはまた少しだけ強くなった。



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第1061話 リハーサル

 その日の昼過ぎから、ALOで着々とクリスマス会の準備が進められていた。

場所はヴァルハラ・ガーデンのあるコラル村の全域である。

ハチマンはかなり疲れていたが、それを表には出さず、熱心に指示をしていた。

 

「ハチマン、疲れてるんだろ?ちょっと寝てきたらどうだ?」

「ある程度準備が進んだらな………」

 

 ハチマンは、キリトがニヤニヤしながらそう言ってきたにも関わらず、

事務的な反応しか返してこなかった。

いつもなら反撃くらいはするところだが、今はとにかく疲労が激しいらしく、

そんな余裕はまったくなさそうだ。

そんなハチマンの様子を見て、キリトは呆れたような顔でアスナの方を見た。

 

「おいアスナ、さすがにこれは………」

「ヒュー、ヒュー」

 

 アスナはビクッとし、鳴らない口笛を吹きながら、そのまま逃げていった。

 

「あいつ………後でリズにお仕置きしてもらわないと」

 

 さすがに限度があるだろうと思いつつ、キリトはため息をついた。

 

「もうしばらくしたら無理やり落ちさせて、休ませるか………」

 

 最近は耐性もついてきて、こういった話でそう簡単に顔は赤くしないキリトであるが、

さすがに朝まで延々とというのは耐えられる羞恥心の範囲を超えているらしく、

そのお説教についてはリズベットに丸投げされる事となった。

一部の女性陣がぐぬぬ状態であったが、

そういった事に首をつっこむとろくな事が無いと思っている為、

そちらに関してはキリトは完全にスルーである。そんなキリトにシノンが声を掛けてきた。

 

「キリト、こっちはどんな感じ?」

「問題ない、他のギルドにも場所を割り振って、出店の準備もしてもらってる」

「まるでお祭りみたいね、ふふっ」

「正真正銘祭りだからな」

 

 ここでシノンがいきなり声を潜めた。

 

「HIAの方はどう?」

「問題ない、既に交代で見張りについてもらってる」

「確認係のアスモの方は?」

「そっちも問題ない」

「そう、それなら上手くいきそうね」

「いけばいいけどな」

 

 それでひそひそ話は終わり、キリトはシノンにそういえば、と切り出した。

 

「そういえばリズに聞いたんだけど、午前中、ウズメと遊んでたんだろ?どうだった?」

「ああ、それなんだけど、あの子、中々やるわよ」

「ほう?」

「敵にマシンガンを乱射してる時、敵に不意打ちをくらって、

キヨモリさんのカバーがギリギリになりそうな時があったんだけど、

ちゃんとその事に自分で気付いて、悲鳴を上げるでもなく普通に蹴っ飛ばして、

冷静にマシンガンの弾を叩き込んでたわ」

 

 キリトはその光景を想像し、軽く唸った。

 

「へぇ、そりゃ大したもんだ」

「最後に試しに二刀流っぽく短剣を使ってもらったんだけど、

結構さまになってたのよね。なので今度、ソレイユでバイトを兼ねて、

戦闘訓練をしてみたらどうかしらってお薦めしておいたわ」

「へぇ、あれをか、今度結果を教えてくれよ」

「ええ、ダル君と話はつけてあるから、今夜試しにやらせてみるつもり」

「おう、仕事が早いな」

「まあ本人の希望だから」

 

 その言葉通り、これは愛が自ら志願したものだった。

イベント開始直後は参加出来ないが、それまでに出来るだけ強くなっておきたいらしい。

シノンはそのまま他の仕事にかかり、キリトもキリトで自分の仕事に戻った。

それから一時間が過ぎ、大体の準備が終わったところで、キリトはハチマンに声を掛けた。

 

「おいハチマン、もう準備の方は十分だからそろそろ休憩してこいよ。

時間までに戻ってきてくれればいいからさ」

「そうか?それじゃあ後は頼むわ」

 

 そう言ってハチマンは素直にログアウトし、

ソレイユ社内の自分の部屋のソファーの上で目覚めた。八幡は朝、明日奈を送った後、

そのままマンションにというのは美優達にからかわれそうで嫌だった為、

直接ソレイユに向かい、そこで仮眠をとってから準備に参加したのである。

 

「ふぅ、飲み物でも買ってくるか」

 

 そう言って部屋から出た八幡は、自分の体が思ったよりも軽い事に気が付いた。

一応仮眠はしていた上に、ずっとソファーの上で横になっていたのだから、

まだ若い八幡の体力は、そこそこ回復してくれたようだ。

八幡はう~んと伸びをすると、水分を補給しようと部屋の外に出た。

 

「た、太陽が黄色く見えるな………」

 

 昨日は明日奈に蹂躙され、何の抵抗も出来なかった八幡は、

陽乃に一言抗議してやろうと思い、先に社長室へと向かった。

 

「おい馬鹿姉、昨日はよくもやってくれたな」

「あら八幡君、昨日はお楽しみだったみたいね、これも私のおかげよね、うんうん」

「そうだな、姉さんのおかげだな」

 

 八幡はそう言いながら、指をぽきぽきと鳴らして陽乃に近付いていった。

だが陽乃がそんな事でびびるはずもなく、逆に指をぽきぽきさせながら立ち上がった。

 

「あら、今日は私に相手をして欲しいの?

別にいいわよ、明日奈ちゃんには内緒にしておいてあげるから、

今日は私が八幡君を組み敷いてあげるわ」

 

 そう言う陽乃の目はかなり本気に見え、八幡は即座に撤退した。

 

「冗談だ冗談、こっちの準備は上手くいってる、これでやっと敵の正体が分かって、

イベント中もしっかり対策がとれるはずだ」

「え?ちょっと、何よそれ?そこは私と本気でやりあって逆に押し倒されて、

『悔しい………でも好きにして』って、思いっきり私に犯されるパターンでしょ!?」

「犯されるとかストレートすぎだろ!そういう事を言うんじゃねえ!」

「ええ~?この私のどこが不満なの?」

「不満も満足も無えよ、それじゃあ俺はしばらく休憩させてもらうからな」

「あ、それじゃあこれから隣のビルに見学に行ってみない?

今ね、フランシュシュのみんながリハーサルをしてるみたいなの」

「ほう?」

 

 八幡はその言葉に興味を惹かれた。

生まれてからこのかた、そういった物を見た事が一度も無いからである。

 

「面白そうだな、それじゃあ行くか」

「ええ、一緒に行きましょ」

 

 そう言って陽乃は八幡の腕にすがりついた。

 

「………何故腕を組む」

「え~?社内のみんなに社長と次期社長は仲良しですよってアピールしようと思って?」

「どこにそんな必要がある」

「え~?確かにそうだけどぉ………」

 

 陽乃は渋々八幡の腕から離れ、近くにあった自販機に向かった。

 

「それじゃあ昨日のお詫びにここは私が奢ってあげる」

「全部タダだろ、お詫びっていうならもっと誠意を示せ」

「仕方ないなぁ、何か考えとくわ」

 

 そう言って陽乃は八幡にスポーツドリンクを渡してきた。

さすがにこの状況でマックスコーヒーという選択肢は無かったようだ。

八幡はそれで水分補給をし、二人は一旦下におりて、隣のビルへと向かった。

 

「まだ一部のフロアは工事中なんだよな?」

「ええ、今出来ているのは各事務所とタレントの住む住居、

それに今からいくレッスンルームくらいで、仮眠室やら何やらの福利厚生関係がまだかしら」

「みんなに満足してもらえればいいけどな」

「そうね、愛ちゃんに満足してもらえればいいんだけど」

 

 陽乃にそう言われ、八幡は思わず陽乃の顔を二度見した。

 

「………何でそこで愛の名前が出てくる」

「だって、このビルで唯一の身内じゃない?そりゃ気になるわよ」

「ああ、そういう意味か」

 

 確かにこのビル内で、ヴァルハラに関わっているのは愛だけであり、

八幡はそれで納得したが、陽乃としては、八幡がアイドルと多く接する事で、

女性に対する心理的障壁がもっと低くなる事を期待していたのである。

 

「ここよ、さあ、邪魔にならないようにそっと中に入りましょ」

「だな」

 

 二人は入り口前に立っていたガードマンに挨拶をし、そっと扉を開けて中に入った。

中ではフランシュシュのメンバー達が曲を披露しており、

その見事さに八幡は、ほう、と感心したように息を吐いた。

倉社長とフランシュシュのマネージャーの巽幸太郎がこちらに向け、挨拶をしてくる。

二人はそれに挨拶を返し、陽乃は倉社長の所に向かい、

八幡は勧められるまま、近くにあった椅子に座った。

 

「愛の奴、頑張ってるなぁ………」

 

 フランシュシュのメンバーは、

源さくら、二階堂サキ、水野愛、紺野純子、ゆうぎり、星川リリィ、山田たえの七人である。

その七人が、見事な歌唱を披露しながら一糸乱れぬダンスを踊っている。

いや、たえだけが他からズレているが、これも演出の一つらしい。

とにかく今話題でこれから更に伸びると言われているアイドルグループであった。

 

「はい、そこまで、一旦休憩」

 

 そこで振り付け担当らしきスタッフから声がかかり、七人に飲み物が配られた。

 

「ふう………」

「くあ~、生き返るぜ!」

「………あっ!」

 

 その時愛が八幡に気付き、他の者達もそれに釣られてこちらに目を向けてきた。

愛はそのまま全力ダッシュでこちらに走ってきたが、

激しいダンスを踊った直後だったせいか足をもつれさせ、

そのまま八幡の方に突っ込んできた。

 

「きゃっ!」

「お、おい!」

 

 八幡はそんな愛をしっかり受け止め、たまに明日奈にしてあげるようにくるっと回転し、

無理な止まらせ方をさせて怪我をしないように、そのまま無事に着地させた。

 

「「「「「「おお~!」」」」」」

 

 他の六人からそんな声が聞こえ、同時に拍手が沸き起こる。

 

「お前さ、別に俺は逃げないんだから、あんな凄い勢いで走ってくるんじゃねえよ」

「う、うん、ごめんね」

 

 愛はペロっと舌を出して謝り、当然のように、そのまま八幡の隣に座った。

 

「見に来てくれたんだ?」

「お、おう、うちの社長に誘われてな」

「そうなんだ、嬉しい」

 

 愛ははにかみながらそう言い、八幡は思わず顔を赤くさせた。

その瞬間に八幡の視界に何かが映り、八幡はその何かを軽く手ではたいた。

 

「おっと」

「うわっ!」

 

 その何かは、二階堂サキの拳であった。

サキはバランスを崩したが、八幡がスッと立ち上がってサキの腰に手を回し、

愛とは反対の椅子にサキをそっと座らせた。

 

「ほえ………」

「もう、いきなり何をするのよ!」

「いや、うちの愛にちょっかいを出す男と拳で語ってみようかな、とか思ったんだけどよ」

 

 サキはぽかんとしたままそう言い、

メンバーの中では一番落ち着いているように見える紺野純子と山田たえが八幡に謝った。

 

「ご、ごめんなさい」

「サキ、いきなり何するの」

「いや、別にいいって、むしろ元気があっていいんじゃないか」

 

 八幡は苦笑しながらそう答え、サキも悪びれずにこう言った。

 

「いやぁ、まさかあんなにあっさりと防がれるなんてな」

「というか怪我でもしたらどうするんだよ」

 

 その言葉に、一瞬サキは、この状況で自分の心配?と思ったが、それは勘違いであった。

何故なら続けて八幡がこう言ったからだ。

 

「大切な時期なんだから、もっと自分を大切にしろよ」

「ふぇっ!?」

 

 サキはそういった事は言われ慣れていないのか、驚いた顔をした後、

素直に八幡に謝ってきた。

 

「あ~………そうだよな、わ、悪い」

 

 そんなサキに、八幡は笑顔で手を差し出した。

 

「俺は比企谷八幡だ、

みんなの事はうちでしっかりバックアップするから、これから宜しくな」

「おう、宜しく!」

 

 そして愛以外の六人も自己紹介を済ませ、

八幡はフランシュシュのメンバー達と仲良くなる事が出来た。

 

「休憩時間が終わっちまうな、みんな、ちゃんと水分補給をするんだぞ」

「あっ、そうだった!」

「やばいやばい、しっかり休まないと」

 

 そう言って一同は八幡の周りに腰を下ろし、愛は若干頬を膨らませていたが、

そんな愛をからかいながら、ファーストコンタクトは和やかな雰囲気で進んだ。

そしてリハーサルが再開された後、八幡が見ているせいで気合いが入ったのか、

愛の気迫は凄まじかった。結局八幡はリハーサルに最後まで見入ってしまい、

いつの間にか隣に戻ってきた陽乃に冷やかされる事になった。

 

「八幡君、随分熱心にたえちゃんとサクラちゃんの胸を見てるわね」

「そんな所は見てねえよ、ってか悪い、つい見入っちまった」

「彼女達、凄いわよねぇ」

「おう、こういうのを見るのは初めてだが、正直感心した」

「特に愛ちゃん………」

「だな、まあこっちばっかりチラチラ見てるから、そこは後で怒っておこう」

「あはははは、モテる男はつらいわね」

「はぁ?そういうんじゃないだろ」

「えっ?」

 

 陽乃はそう答えた八幡を二度見した。

 

(本当にこの男は、もう少し女性関係での自己評価が高く出来ないものかしらね)

 

 そしてリハーサルが終わり、メンバー達を労った後に帰ろうとした八幡を愛が呼び止めた。

 

「八幡、あのね、お願いがあるんだけど」

「ん?」

 

 愛はそのまま主催者枠でコンサートを見に来てくれないかと八幡にお願いし、

八幡はそれを快諾した。

 

「ALOのイベントが始まってるが、まあそれくらいは構わないだろ」

「いいの?ありがとう!」

 

 こうして八幡は、生まれて初めてアイドルのコンサートを見に行く事になったのだった。




さすがに他のメンバーに誰も喋らせないのは無理でした。
山田たえちゃんも普通のようですね!


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第1062話 ウズメ、デビュー

「それじゃあ八幡、私もすぐに行くから待っててね!」

「ん?待っててって………」

「クリスマス・パーティー!」

「ああ、そうだったそうだった、ウズメって名前で顔もそのままにしたんだよな、

まあそういうのもありだろうが、

おかしな奴に絡まれたらすぐに俺のところに逃げてくるんだぞ」

「うん!」

 

 愛はそのままメンバー達と共に引き上げていった。

 

「愛が比企谷さんに惹かれるの、分かるわぁ」

「えっ?ま、まさかサキ………」

「あはははは、心配しなくても愛のいい人を取ったりしねえって」

 

 そのサキの言葉に愛は、他にもたくさん女の子がいるんだけど、とは絶対に言えなかった。

その時純子がぼそりと呟いた。

 

「格好良かった………」

「えっ?じゅ、純子?」

「素敵な殿方でありんすなぁ」

「ゆうぎりさんまで!?」

「あはははは、愛ちゃん、心配しすぎ!」

 

 サクラはそう言ってくれたが、少なくとも純子とユウギリの目は結構本気に見えた。

その間、愛は他のメンバー達に思いっきりからかわれていたが、

その会話はこちらには届かず、八幡はそれを、仲が良くていい事だと思っただけであった。

 

「さて、おい馬鹿姉、こっちも引き上げるか」

「クリスマス・パーティーには私も後で顔を出すわ」

「まあ()()だけは派手にしたからな、適当に楽しむとしよう」

「これで全員が確定出来ればいいんだけどね」

「そればっかりは運次第だからな」

 

 結局作戦の成否は、七つの大罪のメンバーがどれだけ参加してくれるのかにかかっている。

もっとも今日でかなり絞れるのは間違いないと思われるが。

 

「あ、それでね、例の二人組の事なんだけど」

「例の二人?誰だ?」

「コミケに参加してるあの二人」

「ああ、セブンスヘルの、ヤサとバンダナな。捕獲確定な二人組だな」

「あの二人、うちで取り込めないかな?」

 

 陽乃が突然そんな事を言い出し、八幡は呆気に取られた。

 

「え、マジでか?」

「うん、あの絵、かなり上手かったじゃない?

なので、あの二人だけは、うちの絵師として教育出来ないかなって」

「ふ~む、離間工作って奴か、それもありかもしれないな」

「でしょう?」

「オーケーだ、それじゃあそれで進めてみてくれ」

「分かった、それじゃあこっちで雇用条件とかを吟味するわ」

 

 八幡は、敵であっても有能であれば味方に取り込もうとする陽乃のタフさに感心した。

そのまま本社に戻った八幡は、受付でお約束ぎみにえるをからかった後、自室へと戻った。

 

「さて、イベントの始まりだ」

 

 八幡はソファーに横たわり、アミュスフィアを被った。

 

「リンク・スタート」

 

 

 

 ログインした八幡に最初に駆け寄ってきたのはウズメであった。

 

「ハチマン!」

「うおっ、マジでそっくりだな………」

「ふふっ、いい出来でしょ?まあ全身スキャンしただけなんだけど」

「全身だと?なるほど、だからそんなに痩せてるんだな」

「えっ?そ、そんなにって………」

 

 ここでハチマンは声を潜めた。

 

「だって百六十の四十二だろ?適正体重の出し方って知ってるか?」

「し、知らない………」

「身長メートルの二乗掛ける二十二だからウズメの適正体重は、大雑把に五十台半ばだ。

でもこれはあくまで健康だけを重視した数字だから、

アイドルとしては少し絞って、四十台後半は無いと、スタミナとかが厳しいだろ?」

「た、確かにそれはたまに思うけど………」

「なのでまあ無理にとは言わないが、もう少し肉を付けた方がいいのは確かだろうな」

「う~ん」

 

 ウズメはこの時、それならもっと胸に肉をつけたい、などとけしからん事を考えていた。

メンバーの中では山田たえ、源さくらが双璧であり、

それ以外はどんぐりの背比べだからである。その時ウズメの脳裏に天啓が舞い降りた。

 

「それじゃあ私がもっと肉をつけられるように、一緒にねこやでご飯を食べて、監視して?」

「監視?まあそのくらいなら別に構わないけどよ」

 

 ウズメはハチマンの言質が取れた事に、心の中でガッツポーズをした。

 

「ってかログインするの早くないか?」

「事前に準備してあったから、汗だけ流してその、裸で………」

 

 ウズメが頬を染めながらそう言った為、ハチマンはギョッとした。

 

「おいこら、風邪を引いたらどうするんだよ!」

「大丈夫、布団は被ってるし、室温も適温にしてきたから!」

「まあそれならいいが………」

 

 そんな会話をしている間にユイユイが司会として立ち、

クリスマス・パーティーが始まった。

 

「みんな、今日はうちのパーティーに来てくれてありがとう!

会費とかは無しだから、気兼ねなく今日は存分に楽しんでいってね!」

 

 そこにプレイヤー達の大歓声が加わり、ハチマンは挨拶回りをしようと歩き出した。

ウズメはどうしていいのか分からずにその場に立ち尽くしていたが、

そんなウズメにハチマンが振り返った。

 

「何してるんだ?ほれ、行くぞ?」

「あっ………う、うん!」

 

 ウズメは嬉しそうにハチマンの後に続き、二人は並んで歩き出した。

 

「これからどこに行くの?」

「挨拶回りだな、まあ見た目が怖い奴らもいるが、何の心配も無いから安心してな」

「お、お世話になりま~す」

 

 ハチマンがウズメをパートナーに選んだ理由は簡単である。

他の者達は、屋台の営業やトラブルの解決などに忙しいからである。

ついでにこの機会に、主だったギルドの者達をウズメに覚えさせようという目論見もあった。

 

「友好チームと敵対チーム、どっちもいるが、まあ無理が無いように覚えておいてくれな」

「うん、そういうのは得意だから大丈夫」

「それじゃあいきなりやばい所に行くぞ」

「えっ?う、うん」

 

 ハチマンが向かったのは、七つの大罪達がたむろしている場所であった。

 

「よぉルシパー、今日は招待に応じてくれてありがとな」

「ふん、ALOを盛り上げる為だ」

「後タダ飯な」

 

 そう声を掛けてきたのは暴食担当のベゼルバブーンだ。

 

「暴食ならそうだろうな、存分に楽しんでいってくれ」

 

 その時嫉妬担当のエヴィアタンが慌てたような声を上げた。

 

「ちょ、待てって、その隣にいるのは………」

「あっ、はい、私ですか?」

「ま、まさか水野愛?」

「よく言われます」

 

 愛は肯定も否定もせず、ただそう言うに留めた。

 

「え、マジかよ………」

「水野愛?」

「水野愛がいるらしいぞ」

「本人か?」

「さすがに熱心なファンだろ?」

 

 そのざわめきは次第に広がっていき、ウズメは内心で、

私達の知名度ってそれなりにあるんだなと喜んでいた。

だがここでそれを表に出すような事はせず、

ウズメはただ、周りにいるプレイヤー達に挨拶をした。

 

「今度ヴァルハラ入りしたウズメです、まだ若輩者ですが、お見知りおきを」

 

 途端に、おおおおお、という驚きの声が広がる。

SNSで知っていた者も知らなかった者も、本人を目の前にして、同様に驚いていた。

 

「くそ、また女かよ!羨ましいんだよ!」

 

 その言葉にハチマンはぽりぽりと頭をかいた。

 

「まあ、たまたまだな」

「くっそ、ふざけんな!おいルシパー、うちも何とかしてくれ!」

「出来るものならやってるんだがな………」

 

 さすがのルシパーも、その言葉に強気な返事をする事は出来なかった。

 

「ハチマンさん、私、ちょっとここで歌ってみてもいい?」

「へ?」

 

 そのウズメの提案に、ハチマンは間抜けな声を上げた。

 

「べ、別に構わないが………」

「ほら、こういうのは盛り上げていかないと!」

「お、おう」

 

 そこにこちらの様子を伺っていた、クックロビンが乱入してきた。

 

「ウズメ、もしかして歌うの?それなら私もやる!」

「お前もか………」

「何よ、反対なの?」

「いや、まあ物真似で通るだろうし問題ないさ」

「それじゃあいこう、最初はウズメの持ち曲の、『あっつくなぁれ』からね!

私、純子ちゃんの振りをやるから!」

「そんな事出来るの!?」

 

 ウズメはその言葉に驚いた。

 

「うん、コンサートじゃ絶対にやらないけど、私、そういうのも得意なんだよね」

「そ、そうだったんだ………」

 

 そして二人のパフォーマンスが始まった。

実はこの様子は録画されており、後日純子がそれを見てひと悶着あるのだが、

それはまた別のお話である。

 

「それじゃあ頑張ってな、俺は二人のガードを手配するから」

「うん、お願い!」

 

 ガードに指名されたのはキリトとサトライザー、それにレコンであった。

この三人が目を光らせていれば、大抵のトラブルは防げるだろう。

ハチマンはそれで安心し、一人呆気にとられているアスモゼウスの所に向かった。

 

「おいアスモ、調子はどうだ?」

「うん、今うちのメンバーリストと照合中………、じゃなくて、あれ、どういう事?

ロビンさんの中の人の事は聞いてたけど、あのウズメって子、何者なの?」

「分かるだろ?みなまで言わせるな」

「や、やっぱり本物なんだ………」

 

 アスモゼウスはそのハチマンの言葉に呆然とした。

 

「やっぱりヴァルハラは頭がおかしい」

「ははっ、褒めすぎだろ。で、首尾はどうだ?」

「今いないのは全部で十五人よ、もうすぐね」

「もう少し絞れそうか?」

「この二人のパフォーマンスが追い風になる可能性はあるわ、

もう動画が出回ってるみたいだから、まだ来てないメンバーが、

それを見て来る可能性は十分あると思う」

「そうか、それは望外の幸運だな」

「まさかこんな事になるなんて思ってもいなかったしね」

 

 この幸運のおかげで、一人、また一人と、

残りの七つの大罪のメンバー達がログインしてきた。

同時にハチマンはHIAに連絡を入れ、今誰が現地にいるのか確認している。

 

「ヤサとバンダナ以外は確実に現地にいるそうだ。やっぱりあの二人は来れなかったな」

「きたあああああ!こっちも来てないのがあと七人、完璧に絞れたわね」

 

 今ここにいないメンバーは七人、その名は、

アンギラス、デッカイラビア、アンドアルプス、キモイエス、

ムリムリ、ハゲンティ、オッセーと言う。




身長メートルとは要するに、170cmなら1.7で計算、というつもりで書いてます!
最後の名前はなんとなく程度で認識しておいてもらえれば!


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第1063話 筒抜けな情報

すみません、明日の投稿はお休みになります!


 グランゼは、ヴァルハラ主催のクリスマス・パーティーの会場に到着し、

その規模の大きさと人の多さに圧倒されていた。

 

「これはまた凄いわね………ALOのプレイヤーの何割が集まってるのかしら」

 

 もちろん全員がヴァルハラに友好的な人物だという訳ではないのだろうが、

それでも皆がこのイベントを楽しんでいるのは間違いなく、

翻って自分達はと言えば、他のプレイヤーにこんな笑顔をさせられているだろうかと、

グランゼは自分達の行いが正しいのかどうか、疑問に思う事となった。

だがそれも一瞬であった。グランゼは、ここまで巨大になったヴァルハラの勢力を、

自分の力で少しでも削がなくてはいけないと思い直し、

対抗出来る勢力を早く育てねばという義務感にかられる事となった。

これはやはり親である幸原みずき議員の教育の賜物であろう。

いや、教育というか、これはもはや呪いの域に達している。

だがグランゼはその事に気付かない。

それを指摘してくれる友達や、導いてくれる師が誰もいないからだ。

 

「………まあいいわ、とりあえず楽しんでるフリと、私がここにいるアピールをしないと」

 

 グランゼは自分の役割を果たす為に、積極的に知り合いに話しかけていった。

 

 

 

「こんばんは、『神槌』」

「あっ、え~と確か、そう、グランゼさん!」

「覚えていてくれて嬉しいわ、今日は()()()()楽しませてもらってるわ」

「小人の靴屋の人達みんなで来てくれたんだ、ありがとう」

 

 グランゼは他の者達もいますよアピールをしつつ、

リズベットと表面上は仲良く会話を始めた。この二人は一応面識がある。

かつてグランゼが、リズベットを小人の靴屋にスカウトしようとしたのだ。

それは結局失敗したのだが、別に揉めた訳ではない為、今もこうして普通に会話が出来る。

 

「あ、そうだ、せっかくだしうちの職人も紹介しておくね、ナタク君、スクナ!」

「は~い」

「あら、そちらは?」

 

 グランゼの事はメンバーには周知されている為、これはもちろん演技である。

 

「こちら、小人の靴屋のグランゼさん!こちらはうちのナタク君とスクナだよ」

「ご高名は伺ってます、初めまして」

「こちらこそ小人の靴屋のお名前は聞いてます、初めまして」

 

 ナタクはこういう状況に慣れている為、挨拶もスムーズだ。

スクナも精一杯愛想よくしようと、慣れない笑顔をキープしている。

と、その時辺りにどこかで聞いたような音楽が響き渡った。

 

「お?」

「これは?」

「予定には無いはずですが………」

 

 その時中央にウズメとクックロビンが現れ、いきなり歌いながら踊り始めた。

 

「あれは………」

「ウズメとロビン?」

「ウズメさんという方は聞いた事が無いけれど………」

 

 そう首を傾げるグランゼに、リズベットが笑顔で答えた。

 

「あ、うちの新人ですよ」

「あら、そうなんですか」

 

 そう思いつつ、グランゼはその華やかさに歯軋りしていた。

周囲の会話を聞くに、ウズメの外見は、何とか言うアイドルにうり二つらしい。

 

(これでまたヴァルハラの人気が高まっちゃうじゃない、

まったくハチマンときたら、あの手この手を………)

 

 実際は別にハチマンが意図してやった訳ではないのだが、

そんな事はグランゼには分からない。むしろ何もかもが戦略的に思えてしまう。

 

(というか、クックロビンも歌が上手くない!?)

 

 グランゼは、既知であるクックロビンの歌の上手さに驚愕した。

 

「頭のおかしな人だと思ってたけど………」

 

 グランゼは思わずそう声に出し、慌てて自分の口を塞いだ。

 

「ご、ごめんなさい」

「いいんですよ、私達も、同じような事を思ってますから」

 

 そう答えながら、リズベット、ナタク、スクナの三人は楽しそうに笑った。

 

「そ、そうなのね」

「あはははは、だってロビンってば、本当にその通りですもんね、

でもあれで歌だけは上手いんですよ、誰にも取り柄の一つくらいあるって事なんでしょうね」

「そ、そうですね」

 

 グランゼはそう答えつつ、これって上手とかそういうレベルじゃなくない?

などと内心で思っていた。

もっと歌を聞いていたくはあったが、グランゼは自分の役割を果たさねばとハッとし、

そのまま三人に挨拶してその場を離れ、隅の方でこそこそとグウェンにメッセージを入れた。

 

「グウェン、そっちの調子はどう?」

『順調だよ、ハイエンド素材もいくつか掘れた』

「そうなの?それは朗報ね」

『それよりヴァルハラの配信を見たんだけど、

そっちでコンサートをやってるみたいじゃない』

「あら、そういうのに興味があるの?」

『まあ音楽は好きだからね』

「そうなのね、正直圧倒されるくらい、あの二人、歌が上手いわよ」

『そっか、帰ったら動画を確認しなきゃ』

 

 そのグウェンの反応を見て、グランゼは歯軋りする思いだった。

ヴァルハラの戦略が有効に機能している事の証左だったからだ。

もちろんグウェンを責めている訳では決してない。

 

(あのクールなグウェンまで夢中にさせるなんてね………)

 

『ところでクックロビンと一緒にいるのって、誰?』

「ウズメっていう子らしいわ、ヴァルハラの新人だって。

正直何とかしないとまずいレベルね」

『へぇ、そうなんだ』

 

 グランゼはグウェンにそう尋ねられる前から、

ウズメの事は絶対にマークしておかなくてはいけないと、

心のメモ帳にその顔と名前を記入している。

 

『今またハイエンド素材が出た、これで七つ目』

「あら、丁度いいわね、これで七つの大罪の幹部用の武器が揃うわ。

他にも蒔き餌の代わりに防具を作りたいから、もう少し頑張って」

『了解、素材が出にくくなったら他の場所に移動させるね』

「うん、お願い」

 

 

 

 メッセージのやりとりを終えた後、グウェンは、誰もいない草むらに向けて話しかけた。

 

「グランゼちゃん、ウズメって子に妙に執着してる気がする」

「へぇ、それは要注意だな、早速ボスにご注進しておくよ」

「うん、お願い」

 

 そこに潜んでいたのはハリューであった。

小人の靴屋の実働部隊をグウェンが纏めているように、

HIAはハリューが纏めているのである。

 

「あとこれはただの興味本位なんだけど、ウズメって子、

フランシュシュの水野愛とそっくりな外見にしてるみたいだけど、何者?」

 

 そのグウェンの質問に、ハリューは一瞬言葉を詰まらせた。

 

「………あんた確か、ボスの同級生だよな」

「うん、ハチマンさんのリアル友達で、仲間!」

「それならまあいいか、あの子はな………」

「あの子は?」

「本人だ」

「えっ?嘘、マジで言ってる?絶対の絶対?」

「ああ、それで合ってる。この事は他言無用で頼むな」

「もちろん!ああでも、サインくらいねだってもいいかな?」

 

 その言葉でハリューは、グウェンがフランシュシュのファンなのだという事を知った。

 

「………好きにすればいいでしょう、その為にもここはボスの為に頑張って働かないと」

「だね、よし、頑張るよ!」

「ちなみに蛎崎うにの事はどう思う?」

 

 これは思いっきり興味本位だが、ハリューは自分の彼女の事をグウェンに尋ねてみた。

 

「サイン欲しい、めっちゃ好き~………」

「へぇ、そうなのか、それじゃあ今度頼んでおいてやるよ」

「えっ、本当に?ハリュー君ってもしかしていい人?」

「………そう言われた事は一度も無えよ」

「そうなんだ、でも私の中ではいい人で決定!これからも宜しくね、ハリュー君!」

「あ、ああ、こういう機会がまたあったらな」

 

 これがキッカケになった訳ではないが、この二人、この後も何度かコンビを組む事になる。

 

「あっと、またハイエンド素材が出たって」

「ちょっと出すぎじゃないか?」

「そうだねぇ、こんなに出るなら別の日にパーティーを設定しても良かったかも」

 

 実はクリスマスのような特別な日には、

ハイエンド素材の出現率が高くなるように設定されているのだが、

アルゴは公平性を保つ為に、その事をハチマンに伝えてはいない。

 

「まあきっとハチマンさんなら、敵がもっと強くなるのは大歓迎だって言うんじゃない?」

「ゲラゲラゲラ、かもしれねえな」

「ゲラゲラゲラ!」

「真似すんなよ、ゲラゲラゲラ!」

 

 二人は競うように笑い、

この日のイベントはヴァルハラにとっても小人の靴屋にとっても実にいい日になった。

結局出たハイエンド素材は全部で二十一個にも及び、

七つの大罪の幹部の武器と防具で十四個、シグルドの武器と防具で二つ、

そして残った五つは小人の靴屋でキープされる事になったのだった。

明日の夕方から、いよいよALOのイベントが開始される。



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第1064話 対人戦闘シミュレーター

お待たせしました!


 楽しいクリスマス会が終わった後、愛は自室のベッドで目を覚ました。

 

「う~ん………楽しかったなぁ」

「それは何よりだ」

「きゃっ」

 

 そこには下を向いたデレまんくんが立っており、愛に着替えを差し出してきていた。

 

「どうして下を向いてるの?」

「いや、俺の見る物は映像として記録されるからな、

まあよほどの事が無い限りチェックはされないんだが、一応な」

 

 その言葉の意味を理解し、愛は顔を赤くした。

 

「ち、ちなみにその映像を見る可能性があるのって………」

「そうだな、男だと本体くらいだな」

「………本体って、八幡だよね?」

「おう、そうだぞ」

「ならいいや」

 

 愛はそう言って気にするのを止め、デレまんくんの前で普通に着替え始めた。

 

「おいおい、そんなサービスしちまっていいのか?」

「別にいいよ、もしかしたら責任とってくれるかもだし?」

「女は怖えな………だがそこがいい」

 

 デレまんくんはそう言ってニヤリとした。(あくまで愛の主観だが)

とてもではないが、八幡には言えないセリフである。

 

「あれ、そういえば何で普通に外出用の着替えを?」

 

 着替え終わった後、その事に気付いた愛はデレまんくんにそう尋ねた。

 

「ん、ああ、はちまんの奴から連絡があったんだよ」

 

 デレまんくんが『はちまんの奴』と言う場合、それははちまんくんの事である。

ちなみに八幡本人の事は『本体』、デレまんくん一号はそのまま『一号』、

陽乃以外の前で絶対にその存在について触れる事は無いが、ペロまんくんは『ペロ』、

そしてクルスちゃんは『女狐』と表現される。

 

「そうなんだ、シノンの所のはちまんくんにも会ってみたいなぁ」

「まあいずれそういう機会もあるだろうよ」

 

 デレまんくんはニヤリとしながら(あくまで愛の主観である)そう言うと、

留守は俺に任せろと言って愛を外に送り出した。

丁度その時部屋から純子が顔を覗かせた。どうやら二人の会話が聞こえたらしい。

 

「………愛さん、もしかして、八幡さんがいるんですか?」

「じゅ、純子?」

 

 フランシュシュのメンバーの中で、愛と一番仲のいいのは紺野純子である。

純子は普通、仲間以外の他人の事は苗字で呼ぶが、

仲のいい愛がずっと八幡と呼び続けているので、

それに引きずられて八幡の事も、名前で呼んでいるのであった。

そんな親友とも呼べる純子に対し、愛は隠し事が出来なかった。

 

「あ~、えっとね、実はその………今話してたのはこの子なの」

「よっ」

 

 そう言う愛の後ろから、デレまんくんが姿を現し、純子にぴょこぴょこと手を振った。

 

「や、やーらしか………」

 

 そんなデレまんくんを見て、純子が思わずそう呟く。

 

「やーらしか?どういう意味だ?」

 

 さすがに佐賀弁についての知識は無かったのか、デレまんくんが首を傾げる。

 

「あっ、ごめんなさい、サクラさんの喋り方が移ってしまって………、

えっと、かわいいとかそういう意味です………って、私今、ぬいぐるみと喋ってる………」

 

 純子は呆然とし、愛は慌ててデレまんくんの事を説明した。

 

「………という訳なの」

「なるほど、愛さんがこれを欲しがったのにも納得です」

 

 純子の喋り方は常に敬語であった。これは性分なので、もうどうしようもないらしい。

 

「で、愛さんはこんな時間にどこへ?」

「えっとね、ちょっとあっちのビルへ………」

 

 そう言って愛が指差したのは、ソレイユの本社ビルであった。

 

「何か用事ですか?」

「うん、対人戦闘シミュレーターってのを使わせてもらえるみたいでさ」

「対人戦闘ですか?何の為にそんな物を?」

 

 純子はその言葉に不安そうな顔をした。

 

「あ~………えっと、私ね、今度ALOっていうゲームを始めてさ、

それで人と戦う機会が出来たっていうか………」

「ゲーム?ああ、ピコピコですか?」

「ピ、ピコ………何?」

「ピコピコです」

「むぅ………」

 

 純子の言動や使う言葉はかなり昭和テイストが漂う物が多い。

純子曰く、これは家庭環境によるものなのだそうだ。

純子は藍子や詩乃よりもより純粋な昭和ファイターなのである。

 

「これは実際に見てもらった方がいいね、純子、ちょっとあっちまで付き合って」

「もちろんです、最初からそのつもりでした」

 

 どうやら純子は愛を一人で行かせるのが心配で、付いてきてくれるつもりだったらしい。

愛はそんな親友の気遣いに心が温かくなった。

 

「待ってて下さいね、今準備しますから」

「うん!」

 

 そして二人は連れ立ってソレイユ本社ビルへと向かい、

デレまんくんがそれを見送った。ガードマンも愛について連絡は受けていたようで、

純子の事も入れていいか問い合わせをしてくれ、二人は無事に中に入る事が出来た。

 

「えっと、開発室って所に向かうんだよね」

「ここのボタンを押してくれって言ってたっけ」

 

 二人は案内板の、開発室のプレートの下のボタンを押した。

 

『はい、こちら開発室』

「あっ、すみません、あの、私、水野愛………ですけど」

『エレベーターの扉が開くからそこに乗ってくれ、後は自動で付くからナ」

「あ、はい!」

 

 インターホンの向こうから若い女性の声が聞こえ、

二人はその指示通りにエレベーターに乗った。

 

「何か緊張するね」

「そうですね」

 

 二人は身を寄せ合いながらエレベーターから下り、

唯一電気が付いている部屋へと向かった。

愛が部屋の扉をノックすると、中から体の大きい男性が顔を覗かせた。

 

「お、来た来た、こんな風にアイドルのお二人とお目にかかれて光栄です!」

 

 その男性、ダルはそう言って二人に敬礼した。

 

「こんな時間にごめんなさい」

「いいっていいって、詩乃たんのお願いですし?」

「お邪魔します」

「どうぞどうぞ」

 

 ダルに案内され、二人は部屋の中に入ったが、

そこではまだ多くのスタッフが仕事をしていた。

明日がバージョンアップ当日なので、今日は徹夜での仕事になるのである。

ちなみにその後は交代で休む事になっている。

 

「お、来たな、オレっちはアルゴだゾ」

「あっ、ヴァルハラの………」

「そうそう、これから仲間として宜しくナ」

「うん!」

 

 愛はアルゴの事はもちろん資料で知っていた。

 

「で、そっちが見学の子だナ」

「こ、紺野純子です、初めまして」

「それじゃあまあそこに座ってくれな、今ダルが使い方を説明するからヨ」

 

 アルゴのその勧めに従い、二人はソファーに腰を下ろした。

 

「それじゃあこの対人戦闘シミュレーターの使い方だけど、

まあ難しい事は何も無くて、最初に使う武器を選んで、

敵の戦闘タイプと強さを選んで、アミュスフィアを起動させるだけだお」

「うわ、そんなに簡単なんだ」

「後は外から設定を変えられるから、こっちに話しかけてくれればいいお。

攻撃をくらっても別に痛くも何ともないから、好きに動いてね」

「ありがとうございます!」

 

 早速愛がチャレンジする事になり、純子はモニターでその様子を見学する事になった。

 

「………最近のピコピコは凄いんですね」

「はい、最近のピコピコは凄いんです」

 

 ダルはその純子の言葉に笑顔でそう返した。

さすが変態紳士を自称するだけの事はあり、その受け答えには淀みがない。

しかもピコピコという言葉の意味もしっかり理解している。

そしてモニターに愛と敵の姿が映し出され、アルゴも休憩がてら、その様子を見学に来た。

 

「どれどれ………おお?ハー坊と同じスタイルか?」

「かな?」

「相手はオーソドックスな剣士タイプか、強さも弱め、まあ無難なところだわナ」

 

 その時部屋の扉が開き、八幡が顔を覗かせた。

 

「よっ、やってるか?って………純子さん?どうしてここに?」

「あっ、八幡さん!」

「ハー坊?どうした?」

「陣中見舞いってやつだな、で、これはどういう状況だ?って、そこに寝てるのは愛か?」

 

 八幡が愛の事を呼び捨てにした為、純子は一瞬それを羨ましく思い、

慌ててぶんぶんと首を振ってその考えを打ち消した。

 

「あの、愛さんが、対人戦闘シミュレーターってのを使わせてもらうって言ってここへ。

私はその付き添いです」

「まあそういう事だな、愛ちゃんはどうやら、ハー坊の為に早く強くなりたいらしいゾ」

「なるほどなぁ、で、どんな感じだ?」

「まだ初戦だから何とも」

「ふむ………」

 

 四人はそのまま画面に見入った。その中では愛と敵が対峙していたが、

先に動いたのは敵の方であった。

敵は大上段から愛に斬りかかってきたが、愛はその攻撃をあっさり避け、

すれ違い様に両手の剣で、敵の胸をあっさりと切り裂いた。一瞬での決着である。

 

『ごめんなさい、敵の設定が弱すぎました』

「だね、一段階………いや、三段階敵の強さを上げるお」

『お願いします』

 

 モニターからの愛のその言葉にはダルが対応した。

そして再び戦いが始まったが、今度の敵は突きを主体に攻めてきており、

愛は中々攻撃に移れない。だがそんな愛を、八幡は賞賛した。

 

「随分しっかりと避けてるな」

「だな、しかも避け幅が小さいゾ」

「でもこれはあれだな、自分から攻めに行くコツがまだ分かってない感じか」

「そうなんですか?」

 

 純子が八幡にそう尋ねてくる。

 

「ただ相手の攻撃を避けて反撃するのは結構簡単なんだ、

相手が隙を見せたらそこに思いっきり攻撃を叩き込むだけだからな。

だが自分から攻めるとなると、これは適当にすると反撃をくらっちまう。

相手の攻撃を誘ったり体勢を崩したりと、

何をすればいいかっていう色々な知識が必要になるんだよな」

「なるほど………」

 

 愛は結局敵の突きを紙一重で見切り、

無防備な敵の背中に手に持つ剣を叩き込んで勝利した。

 

「ふ~む、おいダル、アミュスフィアを出してくれ」

「むむ、了解だお」

「どうするんですか?」

「ああ、ちょっと愛を鍛えてやってくるわ、まあ見ててくれ」

「は、はい!」

 

 そして八幡はアミュスフィアを被り、愛が寝ているソファーをチラリと見た。

 

「さすがにソファーに二人は無理だな、床に寝るとするか」

「あ、それなら私、膝枕でもしましょうか?」

 

 ここで純子の天然が炸裂した。

 

「い、いや、それは悪いからいい、

純子さんはここでモニターを見て楽しんでてくれればいいから」

「あっ、私ったら、恥ずかしい事を………」

 

 そんな二人の姿に、ダルとアルゴは生暖かい視線を向けた。

 

「そ、それじゃあ行ってくる」

 

 八幡はそう言って逃げるようにソファーの横の床に寝そべり、

次の瞬間、モニターの中に八幡の姿が現れた。



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第1065話 純&愛

 目の前にいきなり自分が登場した瞬間の、愛が驚く顔を見てみたいと、

この時の八幡は、やや意地悪な期待をしていた。

だが、いざ愛の目の前に立った八幡は、突然愛がこちらに駆け寄ってきた為、

逆に驚かされ、まったく動けなくなってしまった。

 

(ま、まさか問答無用でいきなり攻撃を?)

 

 八幡は一瞬そう考えたが、直ぐにその考えを否定した。

何故なら愛が、武器を放り出してこちらに走ってきていたからだ。

 

(愛は一体何を考えてるんだ………)

 

 その時愛が、走りながらいきなりダルに話しかけた。

 

「ダルさん、八幡にそっくりじゃないですか、正直驚きました!」

『え?あ、う、うん』

「これってどの程度、本人と一緒なんですか?」

『えっと………ま、まったく同じだお』

「そうなんだ、凄い凄い!」

 

(ダルの奴、何で本当の事を言わないんだ、いや、確かに合ってるんだけど!)

 

 八幡はそう思い、愛に話し掛けようとしたが、

その前に愛が、いきなり八幡の腕や胸板を触り始めた為、八幡は完全に固まった。

 

「おぉ………意外と筋肉質で、贅肉があんまり無さそう………」

『愛さん、ハレンチです!』

 

 その時外からそんな純子の声が聞こえてきた。ちなみに今の純子は真っ赤になっている。

 

「別にいいじゃない。わっ、ねぇ純子、腹筋が凄く硬いよ!」

『そ、そういうエッチなのはいけないと思います!』

 

 純子はそう言って手で顔を覆い、その場にうずくまった。

だが指の隙間から、愛の様子をチラチラと伺っている辺り、純子もお年頃という事か。

それに伴い他のスタッフ達も何だ何だと集まってくる。

愛がソファーに横たわり、八幡がその脇の床に寝そべっている状態で、

モニターを見て何が起こっているのか分からないスタッフは一人もおらず、

アルゴだけは画面を見て大笑いしていたが、

他の者達は、『何だ、またいつもの事か』という生暖かい視線を向けるばかりであった。

そんな状態の中、愛がいきなり八幡の顔を指差し、そのまま指をくるくると回し始めた。

 

(い、いきなり何だ?)

 

「私を好きになぁれ、私を好きになぁれ、なんちゃって」

 

 これには八幡もギョッとし、画面を見ていた他の者達もさすがにどよめいた。

ダルはぶつぶつと、『許さん………絶対に、絶対にだ』と呟いている。

さすがの純子もこれはまずいと思ったのか、慌てて愛に呼びかけた。

 

「愛さん違います、それは八幡さんです!」

「うん、だから八幡でしょ?」

「そうじゃなくて、そこにいるのは本当の本当に八幡さん本人なんです!」

「………………えっ?」

 

 愛はギョッとして八幡の顔をじっと見た。

 

「………八幡?」

 

 さすがの八幡も、この状況で何も言わない訳にもいかず、おずおずとこう返事をした。

 

「よ、よぉ」

「………」

「………」

 

 二人はしばらく無言だったが、愛がいきなりくるりと踵を返した。

愛はう~んと伸びをし、殊更に強調するようにこう言った。

 

「リハーサルはこんなものかなぁ、それじゃあ本番いこっか!」

 

 愛はそのまま武器を構えたが、その顔は凄まじく赤くなっている。

 

「さあダルさん、本番だよ本番!」

 

 愛は色々誤魔化すかのように、武器を拾ってあからさまにぶんぶんと振り回す。

さすがのダルも、直ぐに愛のフォローに入った。

 

「そ、それじゃあここからが本番だお!八幡、宜しく!」

「あ、ああ、分かった」

 

 そう言いつつも、八幡は棒立ちのままであった。

ALOの中ならまだしもここはソレイユのシミュレーターの中であり、

身体能力は個人の力量に左右されるはず。

そう思った愛は、先ほどの失態を誤魔化す為にもここで八幡に痛撃を与えておこうと考えた。

要するに、殴って忘れてもらう作戦である。愛はひとつ深呼吸し、それで目付きが変わる。

 

「行くよ!」

 

 愛はダンスの要領で左右に小刻みにステップを踏み、八幡にいい所を見せようと、

先ほどまでとは打って変わって積極的に八幡の懐へと飛び込んでいく。

 

(ほう?)

 

 その動きの切れの良さに驚きつつも、八幡は的確にその刃を止めていく。

ガキン!ガキン!と二度の刃音が辺りに響き渡り、単純な攻撃は通用しないと見るや、

愛は上半身だけをフェイントぎみに右にスライドさせ、その反動でいきなり左に飛び、

更に左足を踏ん張って八幡に再突撃した。

 

「おおっ?」

 

 八幡は攻撃の最中に愛が足を止めない事に感心した。

 

「いいぞ、愛、その調子だ」

 

 その攻撃を再び防ぎながら、八幡は愛にそう声をかけた。

だが愛はその声に反応せず、攻撃に没頭している。

 

(とんでもない集中力だな………)

 

 愛は縦横無尽に動き、八幡はその攻撃を難無く防いではいたが、

その回転はどんどん上がっていき、

ただ防いでいるだけだとそろそろ攻撃をくらいそうになってきた。

 

(最初はどうなる事かと思ったが、これは鍛え甲斐がありそうだ………)

 

 八幡はそう思いながら、愛の動きに合わせて軽く一歩を踏み出した。

刃の合わさる、カン!という先ほどよりも軽い音と共に、愛がよろける。

 

「あれっ?」

「まあただ速いだけだとこうなる」

 

 八幡は愛の攻撃にカウンターを合わせてその動きを止めると、

即座に愛の背後に回り、その首筋に剣を向けた。

 

「ここまでだな」

「嘘っ!?」

「確かに愛は動けるが、それはまだ戦闘の動きじゃない。

まあ能力値さえ上がれば、今のままでも中堅どころに勝てるくらいにはよく動けてるけどな」

「くっ、悔しい………」

「ヴァルハラのメンバーとしては物足りないレベルだな。

まあでも一からスタートするようなもんなんだ、気にするな」

「う、うん」

 

 攻め手こそ少ないが、日ごろからレッスンで鍛えられているのだろう、

愛の動きは素人とは思えない程速かった。だが逆に言えば、それはただ速いだけである。

動きも現実世界で可能な程度の動きでしかない。

 

「それじゃあレッスンを開始するか」

「また、一から………ヴァルハラ、かぁ………うん、お願いします」

 

 それから愛は、ここでは自分がもっと動ける事を知り、

体の稼動域を限界まで広げる事で、

見ている純子が驚くほどの立体的な動きが出来るようになり、

八幡から、このまま成長すればよっぽどの相手じゃない限り負けないようになれるという、

お墨付きをもらう事が出来た。もっとも八幡には、まだ一撃も与えられていないままであり、

いつか八幡の体に自分の攻撃をかすらせようというのが当面の愛の目標となった。

こうして愛はまた少し強くなり、今日はここまでという事でシステムからログアウトした。

 

「う~ん、結構楽しかったなぁ」

「愛たん、お疲れ!」

「あ、ダルさん、お疲れ様です」

「結構やるじゃないか、驚いたゾ」

「ありがとうございます」

「愛さん、まさかあんな動きが出来るなんて、本当に驚きました」

「まあ現実だとあそこまでは無理だけどね」

 

 純子にそう苦笑を返した後、愛はソファーから降りようとした。

 

「あっ、愛さん、ちょっと待って下さい、足元に………」

「ん?」

 

 愛は足元にあった何かを踏みそうになり、

慌ててその物体を()()()()()()()()()()()()()()()

その物体、八幡が目を覚ましたのは、まさにその瞬間だった。

 

「ん、何だ?随分暗いな」

「えっ?」

「え?」

 

 愛は足元から八幡の声が聞こえた為、驚いてそちらを見た。

足元には八幡らしき人物が横たわっていたが、

その顔は愛が履いているスカートの陰になり、確認する事が出来ない。

 

「あれ、八幡?」

「いいっ!?」

「あっ」

 

 その時八幡がそんな声を上げ、同時に愛も気が付いた。

スカートで八幡の顔が見えないという事はつまり、

今自分が八幡の顔を思いっきり跨いでいるのだという事を。

 

「きゃっ!」

 

 愛は小さく悲鳴を上げ、その場に座り込んだ。

そうすると必然的に、八幡の上に思いっきり座る事になる。

 

「ぐほっ………」

 

 そのお尻による攻撃は八幡の腹部を直撃し、八幡は悶絶した。

 

「あっ、ごめん!」

 

 愛は反射的に謝り、腰を浮かせて手を八幡の顔の横についた。

そうすると今度は八幡に床ドンしているような格好になってしまう。

そのせいでお互いの顔が凄まじく近くなってしまったが、

愛に覆いかぶさられている八幡は、まだ悶絶ぎみだった為に動く事が出来ず、

愛は愛で、八幡にスカートの中を見られたせいで頭がぐるぐるしており、

二人とも完全に動けなくなってしまった。

アルゴはそれを見て再び大笑いし、ダルは壁の方を向きながら、

許さない、絶対にだ、と再び呟き始め、周囲の者達も再び二人に生暖かい視線を向けた。

そんな中、ただ一人動いたのが純子であった。

 

「あ、愛さん、ハレンチです!」

 

 今日二度目のハレンチが炸裂し、純子は愛を起こそうとそちらに駆け寄った。

その声で先に八幡が正気に返る。目の前には愛の顔があり、

力が抜けているせいか、徐々にその唇が、八幡の唇に近付いてくる。

八幡はこのままだとやばいと思い、慌てて愛に呼びかけた。

 

「愛、おい愛!」

「………あっ!」

 

 それでやっと自分と八幡の状態に気付いたのか、愛が慌てて顔を上げる。

だがそのタイミングが悪すぎた。愛の後頭部が、

折り悪くこちらに駆け寄ってきた純子の顎にクリーンヒットしたのだ。

 

「ぎゃっ!」

 

 純子がアイドルにあるまじき悲鳴を上げ、そのまま愛の方に倒れ込む。

 

「おわっ!」

「きゃっ!」

 

 愛はそのまま今度は八幡の足の方に背中から倒れ、純子がその上に倒れ込む。

 

「ご、ごめん純子、大丈夫?」

「え、ええ、何とか………」

 

 愛が純子にそう呼びかけ、純子は体を起こそうとした。

 

「うおっ………」

 

 その時後ろの方から八幡の悲鳴にも似た声が聞こえ、

純子はどうしたんだろうとそちらを見た。

だが八幡の顔は、()()()()()()()()()()()見る事が出来なかった。

つまりは今八幡の顔は、純子のスカートの中にあるのだった。

 

「あ、あ、あ………」

 

 純子は途端にパニック状態に陥り、その場で気絶した。

まさに阿鼻叫喚の地獄………いや、八幡にとっては天国かもしれないが、

八幡をとりまく状況は、まさにカオスの一言であった。

 

「は、八幡の浮気者!」

「浮気ってお前さぁ………」

 

 八幡はそう言いながら、何とか純子のスカートの中から脱出した。

 

「………参ったなこりゃ」

「参ったのはこっちだお!何だよそのラッキースケベ!

しかもお相手がアイドル二人とか、一体どうなってるんだお!」

 

 ダルが激しく抗議してきたが、もちろんわざとやった訳ではない為、

八幡としてはため息をつく他はない。

 

「………とりあえず純子さんを連れて帰らないとか、愛、部屋まで案内してくれ」

「あっ、う、うん」

 

 八幡はそう言って純子を抱え上げ、愛はそれを見て、心底羨ましそうな表情をした。

 

「いいなぁ………」

「そ、それなら僕が、愛たんを運びましょうか?むしろ運ばせて下さい!」

 

 横からダルがそう言い、開発部の他のメンバー達は、ダルを勇者を見るような目で見た。

 

「あ、えっと、ごめんなさい、そういうのは事務所的にNGなんです」

 

 それに答えたのはまさかの八幡であり、開発部の全員が爆笑した。

 

「ぐぬぬ………ぼ、僕は愛たんに聞いてるんだお!」

「あ、えっと、ごめんなさい、そういうのは事務所的にNGなんです」

 

 そこで愛が八幡と同じ事を言い、ダルはその場に崩れ落ちた。

 

「は、八幡なら許されるのか………」

「それじゃあみんな、今日はバージョンアップで苦労をかけるが宜しく頼むわ」

 

 純子を抱えた八幡はこれ以上絡まれるのは御免だとばかりにダルをスルーし、

そう言って開発部の者達を激励した後、愛と共に去っていった。

 

「くっ………八幡と僕、何が違うのか………」

「体重?」

「体重だナ」

「体重ですね」

「ぐぬぬ………」

 

 ダルの呟きに全員からそう突っ込みが入り、

ダルはこの日から食事の量を若干減らす事にした。

 

 

 

「しかしソレイユと同じ敷地内に目的地があって助かったな」

「そうだね、八幡と純子が噂になっちゃうもんね」

「だな、さすがにそれはやばいからなぁ………」

「私が相手だったら何の問題もないけど、さすがに純子が相手だとね」

「いやいや、どっちも問題だろうが」

「え~?何で?」

 

 心底意味が分からないという顔をする愛に、八幡は説教ぎみにこう答えた。

 

「お前はアイドルで俺は一般人だ、人気商売なんだからもっと危機感を持て」

「チッ、はいはいアイドルアイドル」

「え、何その舌打ち、ってかアイドルだよね?」

「あはははは」

「笑って誤魔化すなっての」

 

 何だかんだ、すっかり仲良しな二人である。

 

「ん、あれ?」

「どうした?」

「今純子が自分で動いたような………」

「そうか?気のせいだろ?」

「う~ん、そうかなぁ………」

「それよりお前、リハーサルの時こっちばっかり見てただろ、もっと真面目にやれ」

「げっ、バレてたんだ………」

「当たり前だろ、あれだけ見られれば誰でも気付くわ」

「ごめんなさい反省してま~す」

「ちっとも反省してるように聞こえねえよ」

 

 二人はそのままエレベーターに乗って愛がパスワードを入力し、

愛と純子の部屋がある階へと上がった。

 

「純子の部屋がここ、私の部屋は隣ね」

「オーケーだ、それじゃあそろそろ純子さんを起こすか」

 

 八幡がそう言って純子を軽く揺らすと、純子はすぐに目を覚ました。

 

「あっ、うちの前まで運んでくれたんですね、ありがとうございます、八幡さん」

「あ~………えっと、恥ずかしい思いをさせちまって何かごめんな」

「いえ、あれは事故ですから気にしないで下さい」

 

 純子はそう言って八幡に微笑むと、そのまま下におろしてもらい、

自分の足で立ち上がった。そんな純子を愛がじっと見つめる。

 

「………愛さん、どうかしましたか?」

「………ううん、何でもない」

「それじゃあ俺は帰るわ、二人とも、ライブはちゃんと見に行くから頑張ってな」

「うん!」

「はい!」

 

 そのまま八幡は去っていった。

 

「それじゃあおやすみなさい、愛さん」

「あっ、待って純子」

 

 そう言って部屋に入ろうとした純子を愛が呼び止めた。

 

「どうしたんですか?」

「………ねぇ純子、やっぱりずっと前から起きてたよね?」

「………どうしてそう思うんですか?」

「だって八幡だとはいえ、男にお姫様抱っこされてたんだよ?

純子が騒がないなんてありえない!」

 

 その問いに、純子は頬を染めながら下を向き、こう答えた。

 

「………八幡さんって、何か王子様みたいですよね」

「えっ?」

「ライブ、楽しみですね。それじゃあまた明日です、愛さん」

「あっ、ちょっと!」

 

 そのまま純子は部屋に入ってしまい、愛は純子の部屋の扉に向けて呟いた。

 

「ま、まさかのライバル!?」

 

 当の純子は扉の内側に寄りかかってその言葉を聞いており、

顔を赤くしながらはにかんでいたのだった。



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第1066話 イベントの始まり

 十二月二十六日、遂にこの日、ALOのバージョンアップが行われる。

ALOの場合、サーバーをダウンさせる事なくいきなり要素が追加される為、

予定時刻の正午には、多くのプレイヤー達がヨツンヘイムの各地に散らばっていた。

 

「おい、何か変わったものはあったか?」

「いや、まだ何も………」

「何かあるはずだ、とにかく探せ!」

 

 一方ヴァルハラのメンバー達は、アルンと現地に分かれ、情報収集に励んでいた。

 

「レコン、そっちの様子はどうだ?」

『それが、多くのプレイヤー達が、慌ててヨツンヘイムに向かってます』

「ほう?何か新しい情報でもあったのか?」

『それが、聖剣エクスキャリバーを報酬とするクエが発見されたと………』

「え、あれをか?」

 

 そのレコンから送られてきたメッセージを見て、さすがのハチマンも驚いた。

 

『はい、それに伴って、エクスキャリバーの所在も確認されたらしいです。

ヨツンヘイム奥の、空中宮殿の最下層………って言っていいのか、

逆三角形の迷宮の先端部分にあるのが外から見えると』

「………それをクエスト報酬に?クエストの発注NPCはどんな奴なんだ?」

『それがまったく普通の街の人間なんですよ』

「ほう?そのクエスト、受注してみたか?」

『はい、一応してみたんですけど、

内容はいわゆる敵を何匹倒せ系のクエストで、邪神族を二万匹倒せ、って事になってます』

「二っ………マジか、何だそれ………」

 

 その膨大な数にハチマンは呆れる他無かった。

 

『それと、確かに口ではエクスキャリバーを報酬に出すって言ってるんですけど、

コンソールからそのクエストを見ると、報酬の欄が???になってるんですよね』

「なるほど………とりあえず引き続き、

他に新たに登場したクエストNPCがいないか探してみてくれ」

『分かりました』

 

 レコンとのメッセージのやり取りを終えた後、

ハチマンは傍らにいたユキノに今の情報を伝えた。

 

「………という訳なんだが、ユキノはどう思う?」

「フェイクね、おそらくデタラメなクエストよ」

「やっぱりそう思うか?」

「ええ、だってイベントタイトルが、『神々からの贈り物』だったじゃない。

それを人間が報酬として提示するというのはおかしいわ」

「だよな………あ、そのNPCが神の変装って事は無いか?」

「それはシナリオの流れとしてはあるかもしれないわね。

でもあの時上から指示されたセリフはこうだったわ。

『それ故の静観じゃ、我らが安易に介入して、

妖精達に友好的な者までも、我らが殲滅してしまう訳にもいかぬでな』」

「よく覚えてるな、でも確かにそんな感じだったよな」

「なのでフェイクなのは間違いないわ、少なくとも神々が、

片方の種族に肩入れするというのはおかしいもの。

他にも、『いずれ人間達に下賜しようと思っていた我らの秘宝が、

邪神族と巨人族に盗まれたのだ』とか『アルンの地下で邪神族と巨人族が争っている』とか、

あのイベントの時に公開されたセリフとそのクエストとは矛盾するわ」

「分かった、それじゃあうちはもう少し待機だな、他の奴らにもその事を説明しておこう」

「それがいいと思うわ」

 

 二人は付近でぶらぶらと暇そうにしていた仲間達を集め、その情報について説明した。

 

「確かに理屈だとそうなるよな」

「あ~あ、真偽の分からない情報に右往左往しちゃうなんて、

これだから頭の足りない連中は嫌だよねぇ」

「ロビン、言いすぎ。でも確かにもうちょっと情報を疑ってかかれとは思うよねぇ」

 

 その会話の中、いきなりキリトが何かに気付いたようにハッとし、ハチマンに詰め寄った。

 

「待てよハチマン、今プレイヤーの標的にされてるのは邪神族だけなんだよな?」

「ああ、今のところはな」

「って事は、もしかしてこの瞬間にも、トンキーが襲われてるんじゃ………」

 

 その言葉にハチマンや他の者達もハッとした。

 

「確かに………」

「おいハチマン、どうする?」

「何人かメンバーを選抜して様子を見に行こう。

ユキノはここに残って情報の取りまとめをしてくれ。

向かうのは俺とキリト、アスナ、リーファ、シノン、マックス、後はリオンだな。

ユキノはサトライザーと相談して、何かあったらすぐに連絡をくれ」

「分かったわ、こちらの取りまとめは任せて頂戴」

 

 そして本隊と分かれたハチマン達は、トンキーの棲家には多少遠回りにはなるが、

可能な限り最速で到着出来るように、

少し前に新設されたヨツンヘイムの飛行可能区域を通って全力で現地へと向かった。

 

 

 

「おい、ハチマン、あれ!」

「くそっ、トンキーが巨人に襲われてやがる!」

「でもプレイヤーの姿が見えないですね」

「それはラッキー」

 

 見るとトンキーは棲家にしている洞窟を背に、一体で五体の巨人族相手に奮戦していた。

入り口が狭いのが幸いしたのだろう、常に一対一で戦う事が出来ているので、

傷は負っているようだが簡単に倒されるような気配はない。

 

「トンキー!」

 

 キリトが大声でそう呼びかけ、トンキーもこちらに気付いたようだ。

 

「BUOOOOOOONNNN!」

 

 トンキーがこちらに答えるかのように咆哮し、その瞬間にコンソールが勝手に開き、

トンキーがハチマン達のパーティメンバーに加わった。

 

「え?」

「マジか」

「考えてる暇はない、みんな、やるぞ!」

「「「「「「了解!」」」」」」

 

 七人は背後から五体の巨人族に襲いかかり、一体ずつ順に殲滅していった。

さすがにこれだけのメンバーが揃っていると、その殲滅も容易い。

 

「トンキー!」

 

 無事殲滅を終えた後、キリトがトンキーに駆け寄り、

トンキーも甘えるかのようにキリトの体を鼻で撫でる。

 

「今回復するね」

 

 リーファが回復魔法をかけ、トンキーの傷は見る見るうちに癒えていった。

 

「ハチマン、どうする?」

「このままここにトンキーを置いておくのはまずいな、とりあえずみんなの所に戻ろう」

「オッケー!トンキー、俺達を乗せてくれよ!」

 

 キリトのその頼みに、トンキーは体を低くして答えた。

 

「乗っていいってさ」

「意思の疎通がちゃんと出来てるみたいだね」

「だな、とりあえず乗せてもらおう」

 

 何故トンキーに乗せてもらうのかというと、トンキーが飛行禁止区域も飛べるからである。

なので本隊のいる場所に、一直線で向かえるのだ。

 

「お、ユキノから連絡が………」

 

 その時ユキノ経由でレコンからのメッセージが届き、ハチマンはコンソールを開いた。

 

「ん、エクスキャリバーの場所が分かったみたいだな、マップが添付してある」

「おお、どこにあるんだって?」

「ここから近いな、ちょっと見てみるか」

 

 ハチマンがトンキーに方向を指示し、トンキーはそちらに向けてふわふわと飛んでいった。

 

「あれか?」

「プレイヤーが沢山いるな」

「まずいな、トンキー、ちょっとここで岩に擬態しておいてくれ、

俺達はちょっとあれを見てくるからさ」

 

 キリトがトンキーにそう頼み、トンキーは岩に擬態してその場に残った。

そして七人が空に浮かぶ城に向かっていくと、

その場にいたプレイヤー達が慌てて場所を開けた。

 

「おい、ヴァルハラだぜ」

「今頃来たのか、情報が遅いな」

「って事は邪神の取り合いがこれからきつくなるって事か?」

「まずい、みんな、戻るぞ!」

 

 一般プレイヤー達はそう言って次々と戻っていき、

この場に残るのは、ヴァルハラと他に数名のプレイヤーのみとなった。

どうやら空中宮殿の真下には行けないらしく、

外周から三十メートルくらいの部分は飛行禁止区域になっているようで、

一同はその外周ギリギリの辺りの空中で静止した。

 

「馬鹿どもが」

 

 セラフィムが去っていった連中を見て、冷たくそう言い放つ。

そしてハチマンに向き直ったセラフィムは、

先ほどまでの態度とは打って変わって甘えるようにハチマンにすがりついた。

 

「ハチマン様見て下さい、凄く綺麗ですね!」

「………お、おう、そうだな」

 

 その豹変っぷりにハチマンは苦笑しつつも、じっとエクスキャリバーを見た。

 

「キリト、アスナ、あれ………」

「確かに前に見たエクスキャリバーだな」

「ぶっちゃけここで管理者権限を使ったら、多分この手の中に現れるよな」

「どうかな、さすがにアルゴさんが何とかしてるんじゃない?」

「まあそんな無粋な事をする気はないけどな」

 

 他の者達が興味津々でエクスキャリバーを眺めている最中、

三人はそんな会話を交わしつつ、同時に嫌そうな顔をした。

 

「やべ、須郷の馬鹿の顔も一緒に浮かんじまった………」

「ちょっと気持ち悪い………」

「最悪だな………」

 

 それで用事も済み、一同はこの場を離れる事となった。

上がどうなっているのかも見たかったのだが、

どうやら最下層部分より上には行けないらしい。

 

「待ってろ、必ず手に入れてみせるからな」

 

 キリトはそう言い、ハチマンはそんなキリトに突っ込んだ。

 

「別にお前にやるとは一言も言ってないけどな」

「えっ!?」

「冗談だ冗談、もし手に入ったらちゃんとキリトにやるから心配すんなって」

「でもそうすると、彗王丸の分離機能は必要なくなっちゃうわね」

「確かにそうだな、リズに新しい武器を作ってもらって、それは誰かに引き継がせるか?

そうすれば分離・合体に回してる分のエンチャントが他に回せるしな」

「確かに………うん、考えておくよ」

 

 キリトはちょっと寂しそうに彗王丸を見ながらそう言った。

 

「さて、トンキーの所に戻るか」

「他にも何か情報が来てるかもだしね」

 

 一同はそのままトンキーに乗り、再び本隊の居場所に向けて飛ぶ事となった。

その道中の事である。

 

「おいハチマン、あれ………」

「何だあれ?随分大きな巨人だな」

「周りのプレイヤーと共闘してるのか?」

「共闘というよりは、便乗して邪神族を倒してるみたいじゃない?」

 

 下で巨人族とプレイヤー達が、共に邪神族を狩っている姿があちこちで見られる。

巨人族の大きさは何故かまちまちであり、ハチマンはその事実に首を傾げた。

 

「ん、あれ………七つの大罪じゃないか?」

 

 その時キリトがそんな事を言い出した。

 

「今のうちみたいに、巨人とパーティを組んでるんじゃないか?」

「かもしれないな」

「アルヴヘイム攻略団じゃなく七つの大罪単独なのか」

「確かにアル冒とかスプリンガーさん達はいないみたいだな」

 

 そんな中、一人後ろで回復役をしていたアスモゼウスとハチマンの目が偶然合った。

アスモゼウスはこちらを二度見した後、狼狽したようにハチマンにメッセージを送ってくる。

 

『な、何で邪神に乗ってるのよ!』

「お前に言う必要はない、ってかお前達と一緒にいる巨人、他よりも大きくないか?」

『一緒に敵を倒してると成長するみたいなの、だからみんな喜んでるわ』

「ほう?それはいい情報をもらった、まあ頑張れ」

『ヴァルハラは邪神族を狩らないの?』

「まだ決めてない」

『そうなんだ』

 

 上空の様子に気付いたのはアスモゼウスだけだったようで、

アスモゼウスはその事を特に仲間達に報告せず、こちらに小さく手を振った。

そのうちその姿も見えなくなり、

ハチマンがアスモゼウスから聞いた話を仲間達に伝えると、キリトが興奮し始めた。

 

「それじゃあもしかして、トンキーも育ってるんじゃないのか?」

「かもしれないな、トンキー、そうなのか?」

 

 その問いかけに、トンキーは何となく頷いているような仕草をした。

 

「これは育ててみたくなるな」

「進化とかしないかな?」

「ふふっ、夢が広がるね」

 

 その時いきなりトンキーが下降し始めた。

 

「ん、何だ?」

「ハチマン君、どうやらあそこは飛び越せないみたい」

 

 見ると前に山脈があり、さすがのトンキーもその上は飛び越せないようだ。

下には洞窟が口を開けており、その中を通るつもりなのだろう。

 

「………洞窟か、他のプレイヤーとかち合わなければいいけどな」

「ハチマン様、もしかち合ったらどうします?」

「そんなの殲滅するに決まってるだろ」

「ですよね」

 

 セラフィムは嬉しそうにそう言うと先頭に立ち、

そのまま一同は、トンキーを囲むような布陣で洞窟へと侵入していった。



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第1067話 二つの選択肢

「ここってどのくらいの長さがあるんだ?」

「地図から考えると大体二キロくらいだな、まあ短いはずだ」

「さっさと抜けちゃおうよ、狭い所って苦手なんだよね」

 

 そのリオンの言葉は別に閉所恐怖症とかそういう事ではなく、

単純に武器の取りまわしについての言葉である。

シノンも同様に頷き、ハチマンはやや足を早める事にした。

 

「トンキーも狭い所は嫌か?」

「PUOOOONNNNNN!」

 

 そのキリトの呼びかけに、トンキーがあまり元気がないようにそう答える。

 

「もしトンキーも大きくなるんだとすると、ここの天井の高さじゃじきに通れなくなるな」

 

 ハチマンがそう冷静に感想を述べ、アスナもそれに頷いた。

 

「結構ギリギリだもんね。あっ、って事は、ここを通れない巨人も多そうじゃない?」

「かもしれないね」

 

 リーファがそれに同意して頷いた時、先頭を歩くセラフィムが足を止めた。

 

「マックス、敵か?」

「いえ、前方に何か………あ、邪神族と巨人族が争ってます」

「形勢はどうなんだ?」

「互角に見えますね、プレイヤーもいませんし」

「もしかしたら、プレイヤーとつるんでる巨人はもうデカいのばっかりになっちまって、

ここは通れないのかもしれないな」

「かもしれません」

「ハチマン、ここなら射線がとれるわ」

 

 その時シノンがそんな事を言い出し、愛弓シャーウッドを構えた。

 

「いいだろう、くれぐれもトンキーの仲間には当てるなよ」

「誰に向かって言ってるのよ」

 

 シノンは弓に矢をつがえて構えを取ると、あっさりと敵に向かって矢を射た。

その矢は見事に邪神族を避け、巨人族に命中する。

 

「ふふん」

「はいはい凄い凄い」

「私ってば、もうあんたを超えたんじゃない?ねぇ悔しい?悔しいわよね?」

「はいはい悔しい悔しい」

「むぅ………」

 

 シノンの煽りにハチマンはそう適当な返事を返し、戦闘の推移を見守った。

 

「あ、逃げた!」

「マジか!」

 

 見ると巨人族は今の攻撃でこちらに気付いたのか、慌てて逃げ出していく。

その後を邪神が追い、一同は慌ててその後を追った。

 

「敵が逃げる事もあるんだな」

「みたいだね」

「何か他に要因があるのかもしれないけどな」

 

 そのまま洞窟出口まで走りきった一同は、目の前に広がる激しい戦闘の様子に唖然とした。

 

「うわ、マジか………」

「何この人数………」

「ああ、ここって邪神の沸きが一番多いってゾーンじゃなかったっけ」

「見た感じ、巨人勢力が邪神の領域に攻め込んだって感じなんだろうね」

「おい、あれ………」

 

 遠くから一体の巨人がこちらに向けて走ってきた。

その後ろにはプレイヤーの姿も多数見える。

 

「まずい、トンキー、上空で待っててくれ!」

「無駄な戦闘はしたくないしね」

「トンキーさえ逃がせば敵も足を止めるはず」

 

 そう思っていた一同の予想は完全に外れた。

その巨人は足を止めず、こちらに猛然と向かってきたのだ。

 

「うお、何で………」

「もしかして、トンキーとパーティを組んでるせい?」

「それっぽいな、くそ、面倒な………」

 

 ハチマンは他のプレイヤーの前で積極的に巨人を狩る気はなかったのだが、

こうなってはもう仕方がない。

 

「プレイヤーごとやるぞ!」

「「「「「「おお!」」」」」」

 

 七人はそのまま武器を構え、そこに巨人が突っ込んできたが、

さすがにその後ろを走っていたプレイヤー達は足を止めた。

 

「うおっ、ヴァルハラだぜ」

「何で巨人と戦ってるんだよ!」

「もしかして邪神側についたのか?」

「何て馬鹿な事を………」

「馬鹿はどっちだ」

 

 そう言ってハチマンがプレイヤーの前に立ちはだかる。

後ろでは他の者達が巨人と戦いを繰り広げていたが、

既に巨人は虫の息であり、やがて光の粒子となって消えた。

 

「………次はお前達の番だな」

「くそ、撤退、撤退だ!」

「二つ名持ちが多すぎなんだよ!」

「ちっ、後で吠え面かくなよ!」

 

 そう捨てゼリフを吐いて、そのプレイヤー達は逃げ出していった。

今は一刻も早く本隊と合流したい為、ハチマンも特に追う事はない。

 

「よし、今のうちに俺達も離脱だ」

 

 既に飛行禁止区域は抜けており、一同は宙へと舞い上がり、

トンキーと共に本隊が待機している高台へと移動を再開した。

 

「これから遭遇する巨人族は、全部こっちを狙ってくるのか?」

「かもしれないな、でもそれが普通だろ?」

「えっ?」

 

 そのハチマンの言葉にキリトはハッとした。

 

「た、確かに!」

「まあとりあえず、もう邪神族の味方って事になっちまったんだ、

ここから何が敵で何が味方か慎重に判断していかないとな」

「だな!」

 

 そして現地に戻った一同は、ユキノに何があったのかを説明した。

 

「へぇ、そんな感じになってるのね。クエストリストは確認してみたの?」

「あっ」

 

 ハチマンはその言葉に意表を突かれ、慌ててコンソールからクエストを確認した。

そこには新たな一文が付け加えられており、こう書いてあった。

 

『敵性個体を討伐せよ、6/20000』

 

「確かに更新されてやがる………」

「そこには何と?」

「敵性個体を討伐せよ、だとさ。数も同じ二万で、討伐済みも六体になってるみたいだ」

「やっぱりそうなのね、実は私達の方も………」

 

 ユキノが言うには、ハチマン達がトンキーと遭遇した頃に、

いきなりヴァルハラのメンバー全員に同じクエストが表示されたらしい。

 

「ギルドで共通なのか………」

「そうみたいね、まあリーダーの選択が反映されるのかもしれないけれど」

「しかし敵性個体?巨人族じゃないのか?」

「そういう事みたいね、巨人族、邪神族、

それ以外のモブで討伐数が増えるのかどうか、調べないといけないわ」

「だな、アルゴもこの一連のイベントは今年中には絶対に終わらないって言ってたから、

まあゆっくり確実に課題をこなしていくとしよう」

 

 丁度その時レコンからユキノにメッセージが届いた。

 

『ユキノさん、こっちで受けたクエストが勝手に破棄されてて、内容が変わってるんですが』

 

 それでハチマンは、レコンが既に別のクエストを受けていた事を思い出した。

 

「なるほど、こっちが優先されるんだな」

「しかもあっちのクエストは、ギルド間で共有されないみたいね。

こっちのリストに邪神討伐クエストは表示されなかったもの」

「って事はこっちが当たりか?」

「その可能性が高いと思うわ」

「とりあえずレコンに、クエストを受けたNPCがどんな反応になっているか見てもらおう」

 

 レコンはその指示に従って早速動き、NPCに話しかけてみたところ、

そのNPCは、『チッ』と舌打ちするだけで全く反応しなくなった事が確認された。

その後、街で情報収集をしていたレコンとコマチの討伐数が、

こちらと連動してちゃんと増えているのかを確認したところで、

ハチマンはレコンとコマチに撤退指示を出した。

丁度その頃、スリーピング・ナイツの七人が、ヴァルハラに合流してきた。

 

「ハチマン聞いた?何でも今回のクエストは、邪………」

 

 そこまで言いかけたランは、トンキーと目が合った。

お互いパチクリとまばたきをし、次の瞬間にトンキーがいきなりランに襲いかかった。

 

「き、きゃああああああ!」

「えっ?」

「どういう事だ?」

 

 キリトは必死にトンキーを宥め、トンキーは渋々といった感じで一旦攻撃をやめた。

だがキリトが前からいなくなったら直ぐにスリーピング・ナイツに攻撃を仕掛けるだろう。

それくらいトンキーはエキサイトしていた。

 

「ハチマン、これは一体どういう事?」

「それはこっちが聞きたいわ、

っていうかお前達、もしかして街で邪神討伐のクエストを受けてないか?」

「あ、うん兄貴、ついさっき受けてきたところだぜ!」

「そのせいか………」

 

 ハチマンとユキノはそのままスリーピング・ナイツを遠くに引っ張っていき、

情報の摺り合わせを行う事にした。

 

「おいお前達、コンソールを可視化してお互いのクエストの内容を確認しよう」

「えっ?もしかして別にクエストがあるの?」

「そういう事だな、まあこっちのは自然発生的な奴だけどな」

「どこかで受けた訳ではないの?」

「そういう事だ、とりあえず内容を見せっこしよう」

 

 そう言ってハチマンはランが見せてきたクエスト内容を覗き込み、

レコンが言っていたのと同じ事を確認すると、自分のクエスト内容を七人に見せた。

 

「えっ?何これ?」

「敵性個体?邪神族でも巨人族でもなく?」

「………もしかして、俺達やっちまった系?」

「分からないが、とりあえずうちはこの方針で進める事にした」

「「「「「「「っ………」」」」」」」

 

 七人は無言で頷き合うと、そのクエストをいきなり破棄した。

 

「こんなのは、ぽいっと」

「危ない危ない、騙されるところだったわ」

「だからもう少し慎重に検討しましょうって言ったのに」

「何言ってるんだよ、いきなり受けちまったのはランだろ?」

「で、兄貴、どうすればそのクエストを受けられるの?」

「正確な条件は分からないが、俺達の場合は………」

 

 ハチマンはスリーピング・ナイツに当時の状況を説明した。

 

「なるほど………」

「どうするべきかな?」

「試しに近くで戦ってるプレイヤーごと巨人をぶっ倒してみるか?」

「それはやめた方がいいわね」

 

 その意見はユキノが止めた。

 

「それで私達が邪神族に味方している事が分かると、

他のプレイヤー達にも本当に今の状態でいいのか怪しまれる事になってしまうわ。

なのでなるべくバレないように、これからヨツンヘイムの奥に向かって、

邪神族と巨人族が争っている場所が無いか探しましょう。

その辺りなら他のプレイヤーもほぼいないでしょうしね。

そこでまあ、もし誰かいるようならそのギルドごと殲滅しても良いのだけれど、

とりあえず巨人族と戦ってみて、クエストを受けられるか試してみればいいわ」

「なるほど、確かに多くのギルドに軌道修正されるのは避けたいところだな」

「そういう事よ」

 

 二人はニヤリとし、それで方針は決まった。

 

「もし駄目なら色々試してみるしかないわね」

「そういう事だな、まあお前達ならヨツンヘイムの奥に行っても平気だろ。

結界コテージもちゃんと持ってるよな?」

「うん、大丈夫」

「これ、フィールドで落ちる時は本当に便利だよね!」

「それじゃあレコンとコマチと合流したら、とりあえずヨツンヘイムの奥地を目指すぞ」

 

 それから休憩も兼ねて交代で落ちた後、三十分後に二人が合流し、

ヴァルハラとスリーピング・ナイツの連合軍はヨツンヘイムの奥地へと侵攻を開始した。



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第1068話 初めての狩り場、初めての敵

 ヴァルハラとスリーピング・ナイツは、

せっかくだから今まで行った事が無い方に行ってみようと相談し、

地図の穴埋めを兼ねて、未踏破地域へと進軍していった。

 

「ふふっ、こういうの、冒険してるみたいでいいね」

「ハチマンが昔GGOで言ってた事、今なら凄くよく分かるなぁ」

「ん、俺、お前に何か言ったか?」

 

 そのクックロビンの言葉にハチマンは首を傾げた。

 

「この世界は、お前が考えているよりも、ずっとずっと広いんだよ。

お前が見たのは、世界全体の、ほんの一部にしか過ぎない。だからこその冒険だ。

それは、SAOで未知の世界を冒険する事と、まったく変わらない。

お前の知らない物も沢山ある。ピト、俺達と一緒に、この広い世界を一緒に冒険しよう」

 

 クックロビンはその長いセリフを一言一句違わずに一気にまくしたて、

それを聞いていた他の者達から大きな拍手が起こった。

 

「おお」

「ハチマン、いい事言うなぁ」

「さっすがリーダー!」

「ハチマン様、完璧です!」

「そ、そうか?」

 

 ハチマンは照れた表情でぽりぽりと頭をかいた。

 

「しかしお前、よくそんな長いセリフを覚えてるよな」

「ハチマンの言葉は全部覚えてるよ?」

「マジか、凄いなお前」

「うん、例えば私の胸をじかに見て、『やっぱり貧乳は最高だな!』って言ってた事とか」

「おいこら、せっかくいい話だったのにこんな時に捏造すんな」

 

 ハチマンはクックロビンの頭に拳骨を落とそうとし、途中でやめた。

クックロビンを喜ばせるだけだと思ったからだ。

 

「ちょっと、何でいいところでやめ………」

 

 そんなハチマンにクックロビンが抗議しようとした瞬間に、

ハチマンがいきなり進軍を止めた。

 

「待て、ストップだ、あそこを見てみろ」

「あっ、邪神族と戦闘してるね」

「全部で十二人か?」

「っていうかあれ、ソニック・ドライバーとアルン冒険者の会じゃない?」

 

 よく見ると、それは確かにスプリンガーやラキア、それにヒルダ達であった。

 

「これはラッキーだったな、事情を話して実験に協力してもらおう」

「だな、あの連中なら揉める事もないだろうし」

 

 そして丁度戦闘が終わったのを見計らって、

ヴァルハラ連合軍はスプリンガー達の後ろに降り立った。

 

「うおっ、何だ?」

「あっ、ハチマンさん!それに皆さんも!」

 

 その時ラキアが問答無用でハチマンに突撃してきた。

 

「うわっ!」

 

 ラキアはそのままハチマンにおぶさり、その頭を撫で始めた。

そんなラキアの行動にもう慣れてしまっているハチマンは、

そのままの格好でスプリンガーに近付き、事情を話した。

 

「………えっ、マジで?」

「はい、なのでちょっと協力して頂けないかと」

「わ、分かった、そういう事ならレイドを組んでやってみよう」

 

 こうして急遽レイドが組まれ、

念の為にソニック・ドライバーとアルン冒険者の会には後方に下がってもらい、

ヴァルハラが単独で巨人討伐を開始した。その一匹目の事である。

 

「うわ、マジだ!ハチマン君、クエストが書き変わったよ!」

「おお、そうですか!」

「ちょっと逆も試してみてもいいかな?下のクエストが表示されるか、

あるいは別の新しいクエストが出てくるのか今のうちに検証しておきたいんだ」

「あ、確かにそのほうがいいですね、討伐数が増えるとちょっと躊躇っちゃいますから」

 

 ハチマンはその言葉に頷き、今度はヴァルハラが後ろに下がり、

ソニック・ドライバーとアルン冒険者の会が邪神を一匹討伐した。

だがクエスト内容に変化は無く、ただ討伐数が一匹減らされる事になっただけであった。

 

「これは確定かな?」

「ですね、やっぱりこっちが本線なんでしょう」

「って事はほとんどの連中が、フェイククエストに邁進してる訳か」

「いや、まだフェイクと確定してはいないと思います、

あっちはあっちで続きがあると思いますしね」

「って事はプレイヤー同士の大きな戦闘もあるかもしれないなぁ」

「ですね、ところで七つの大罪の連中とは一緒に行動してないんですか?」

 

 ハチマンは、先ほど七つの大罪を見かけた時に抱いた疑問を、スプリンガーにぶつけた。

 

「いやね、どうやら奴さん達、いい武器と防具が手に入ったらしくて、

単独でどこまで出来るか試してみたいって言うからさ、

それならしばらくは別行動にしてみようってこっちから提案したんだよ」

「なるほど、でもこういったイベントの為に連合したのにそれじゃあ、本末転倒ですね」

「なぁに、前回のトラフィックスのイベントで十分役割は果たせたよ。

今回はこういう事になったし、結果オーライって奴さ、だろ?」

「あはははは、今回は確かにそうですね」

 

 二人は悪い顔をしつつ、そう頷き合った。

 

「さて、これからどうする?」

「今回はもっと奥に行ってみようと思ってます、冒険ですね」

「おお、いいね、冒険!」

 

 ハチマンの背中でラキアも嬉しそうに両手を上げ、

ファーブニルとヒルダももちろん反対しなかった為、

四つのギルドの連合軍は、そのまま更なるヨツンヘイムの奥地へと向かう事となった。

 

「ここが飛行禁止区域のギリギリのラインみたいですね、どうします?

「この後、徒歩で更に奥を目指そうか」

「その方がいいですね、他のプレイヤーも来ないでしょうし」

「いやぁ、こういうの、わくわくしますよね、ハチマンさん!」

 

 そこでクックロビンが再び先ほどのセリフを、自分のGGOでの名前を抜いて披露し、

再び拍手喝采が起きた。

 

「あ、あんまり持ち上げるなって」

「それじゃあ張り切って、冒険の旅に出発進行!」

「むふ!」

 

 そのまま連合軍は、まだ見ぬ土地へ向かって進んでいった。

道中に色々な種類のモブが登場してきたが、

今のところ、その全てが討伐数にはカウントされていない。

ラキアは途中からハチマンの背中ではなくトンキーの背中に乗って喜んでいた。

どうやらトンキーのキモかわいさがお気に入りになったようだ。

それから三十分ほど歩いた頃、いきなり目の前が開けた。

 

「お?」

「草原?」

「見て、空にオーロラがかかってる」

 

 一見すると幻想的な光景が目の前に広がっていた。

更によく見ると、奥の方に見た事のない敵が大量に闊歩している。

 

「何だあれ?」

「天使?それに悪魔?」

「魔獣っぽいのもいるな」

「巨人族も邪神族もいないようだが………」

「どうする?一旦引き返して別の道も調査してみる?」

「う~ん」

 

 ハチマンは腕組みし、考えに耽り始めた。

すぐに答えが出たらしく、ハチマンはいきなり何人かの名前を呼んだ。

 

「アスナ、ちょっと別働隊を指揮して一つ手前の分岐を調査してきてくれ。

連れていくメンバーは、ユイユイ、ユミー、イロハ、サトライザー、

後は近接アタッカーでフカ、それにリーファ、後は一応ナタク辺りか」

「バランスがいいね、オーケー、パーティを編成してちょっと見てくるね」

「悪いな、頼むわ。他のメンバーはここでちょっと狩りをしてみよう。

トンキーも反応してるみたいだしな」

 

 その言葉で一同はトンキーの方を見た。

トンキーは好戦的な表情で、今にも奥の敵に向かって突撃しようとしている。

ここまでのどのモブ相手でもそんな態度は見せなかった為、

おそらくここの敵は討伐対象の可能性が高いと思われた。

 

「よし、それじゃあやってみるか」

「オーケーオーケー、みんな、初見の敵ばかりなんだ、出来るだけ情報を集めていこう」

 

 キリトのその言葉にクリシュナとリオンが頷いた。

そういった情報を纏めるにはこの二人が適任だ。

 

「よし、コマチ、俺と一緒に釣りに行こうか」

「うん、お兄ちゃん!」

 

 二人はそのまま凄いスピードで駆け出していき、

戦闘状況を見つつ、順番に違う種類の敵を釣ってきた。

 

「最初は天使タイプだよ!アークエンジェル(堕天)だって!」

 

 コマチがその情報をクリシュナに伝え、クリシュナがメモ機能を使い、

敵が使う技の情報をリオンが的確にクリシュナに伝えていく。

そして一体目の討伐を終えた時点で討伐カウントが上がり、

そこからしばらくの間、ハチマンとコマチが交代で様々な敵を釣ってきた。

 

「クリシュナ、こいつはレッサーデーモンだ」

「お次はアークデーモン!ちょっと強いかも?」

「オルトロスだ、ファンタジーの定番だな」

 

 ここまでの傾向だと、敵はおそらく悪魔タイプの敵ばかりのようだ。

天使に見える敵ですら、例外なく『(堕天)』と表記されており、

その見た目に反して聖なる存在ではないようである。

その辺りでアスナがこちらに戻ってきた。

どうやら向こうは広場ではあるが行き止まりになっていたらしく、

ナタクが試しに掘ってみたところ、ハイエンド素材が一つと、

他にも結構なレア素材が掘れたらしい。

 

「おお、それはいいな、こっちはちょうと一巡したところだわ。

さすがに一匹倒すのにそれなりの時間がかかっちまうが………」

「それでもその分経験値はかなりでかいぜ!」

「大体の敵はこれで釣ったはずだよね、リオン、カウント数はどうなってる?」

「倒した分だけちゃんと上がってるよ!今十五匹!」

「先は長いよなぁ」

「あはは、だね」

 

 アスナ達の方のカウント数もちゃんと増えていたらしく、

それからしばらく狩りが行われ、

討伐数が丁度百体になったところで今日は解散という事になった。

 

「トンキー、ここで擬態して隠れててくれよな!」

 

 トンキーは敵から見えない場所に誘導され、そこで岩に擬態する事となった。

一応その手前に結界コテージもいくつか設置され、そこがキャンプとされた。

 

「さて、明日の集合時間は午前の部が朝九時から午後二時まで、

午後の部が午後三時から七時まで、夜の部は午後八時から十一時までにするか。

もちろん途中で落ちてくれてもいいし、用事がある奴は無理しないでいいからな」

「俺達はどうする?」

「昔の家でしばらく生活すればいいんじゃないかな」

「その手があったか、それでいこう」

 

 これはスリーピング・ナイツの、ランとユウキ以外の会話である。

五人は落ちる事が無い為、そういう事にしたようだ。

そしてメンバー達は、結界コテージ内から順にログアウトしていったのだった。



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第1069話 不穏な滑り出し

 次の日ハチマンは、各ギルドのメンバーを混ぜた上で適当に四つに分け、

それとは別に初日に来れなかったメンバーを、現地まで案内するチームも編成した。

 

「よし、それじゃあ狩りを始めよう」

 

 一定範囲まで近付くと敵が勝手に反応してくれる為、釣りはコマチ一人に任せる事にし、

コマチが敵を四体ずつ釣ってきて、

それを各パーティのメンバーが順に拾っていく方式がとられた。

戦闘力をほぼ均等に振り分けている為、四体がほぼ同時に倒れる事となるのだが、

それにかかる時間は一体辺り、大体三分くらいである。

なので単純計算で一時間に八十体の敵を葬れる計算になる。

実際はそれよりも多少時間をロスする為、実測値で七十体くらいになるのだが、

それを一日十三時間………これも食事休憩やトイレ休憩がある為、

実際は十一時間になるのが、それを踏まえてこの日の連合軍は、

実に八百匹近いカウントを稼ぐ事が出来た。

 

「段々慣れてきたよな」

「敵の弱点も分かってきたしね」

「このペースでいければまあ、二週間くらいで目標を達成出来そうだな」

「効率を追求すれば、もう少し伸ばせそうだけどね」

「今が年末年始で良かったよ」

「最初はどうなる事かと思ったけど………」

 

 二万という数字はこのペースだとかなり妥当な数字なのかもしれない。

もっともあくまでこのペースなら、である。

他のギルドは取り合いをしている為、そのペースはヴァルハラの十分の一くらいまで落ちる。

なのでこのまま行けば、ライバル達が目標値に達成するより早く、

確実にヴァルハラ連合軍が目標を達成する事になるだろうと思われた。

だがその見通しが甘かった事を、一同は後に思い知らされる事となる。

 

「さて、明日はちょっと用事があるから午後の部と夜の部は俺は休みだ」

「何か用事でもあるの?」

「おう、実は明日、フランシュシュのライブがあってな、

主催者枠でソレイユの代表として、見に行く事になってるんだよ」

「あっ、それってクリスマス会の時の………」

 

 ヒルダが思い出したようにそう言い、凄い勢いでハチマンに迫ってきた。

 

「ハ、ハチマンさん、お願いがあります!」

「え?あ、おう、な、何だ?」

 

 そのヒルダの剣幕にハチマンは驚いた。

 

「私、フランシュシュのサインが欲しいんです!」

「そういう事か………」

「あ、それじゃあ俺も俺も!」

「わ、私も!」

「マジかよ………先方に迷惑がかからない程度に一応頼んでみるわ」

 

 希望者は二十人くらいになり、ハチマンは愛に何か埋め合わせをしようと思いつつ、

その頼みを一応引き受けた。

 

「私のサインも言ってくれればあげるんだけどなぁ」

 

 クックロビンが対抗心を刺激されたのか、チラチラとハチマンの方を見ながらそう言う。

 

「そういえば俺、お前のサインは持ってないんだったわ」

「俺は持ってるぜ!」

 

 キリトが自慢気にそう言い、ハチマンは希望者を募り、それで十五人くらいが手を上げた。

 

「くっ、負けた………」

「いやいや、ロビンのサインをもう持ってる人が私を含めて何人かいるんだから、

合計すれば普通に勝ってるじゃない」

「た、確かに!」

 

 そうフォローしたのはレンである。しかもシルフの大人バージョンだ。

もうその姿でいても平気なようで、ハチマンはその事についてはほっとひと安心であった。

他にもGGO組から参加しているのがシャーリーだ。

シャーリーは美優がいなくて一人だと退屈な為、レンもほぼ同じ理由で今回コンバートし、

そのままヴァルハラのメンバーとして仮所属しているのである。

ちなみに優里奈はコヨミと遊ぶ約束があるとかで、今回はイベント参加を見送った。

 

「それじゃあロビン、悪いが頼むわ。大晦日までに用意してくれればいいからな」

「あっ、八幡主催の内輪の忘年会だね!うん、分かった!」

 

 ついでに八幡は、まだ参加を希望していない者の中で参加したい者がいたら教えてくれと、

一同に向けて問いかけた。それでアルン冒険者の会のメンバーの残りが参加を希望し、

ハチマンはそれを快く了承した。

身元さえ分かれば、多少ヴァルハラの秘密を教えてもいいという許可も出た為、

この八人については今回の事は本当にラッキーであった。

 

「それじゃあ明日参加出来る奴はまた明日な!」

 

 キリトがそう呼びかけ、何人かがそれに頷いた。

こうしてこの日の活動は終わり、マンションで目を覚ました八幡は、

美優と舞と寝る前の休憩がてら、少し話をした。

 

「リーダー、明日はフランシュシュのライブに行くんだね」

「おう、愛に誘われたんだよ。まあこれも仕事の一環って奴だな」

 

 その言葉に美優と舞は顔を見合わせた。

 

「待って待って、会社から言われたんじゃなくて、直接愛さんに誘われたの?」

「おう、主催者枠で来てくれないかってな」

「それって………」

「ん?どうかしたか?」

「ううん、何でもない」

 

 その後、八幡がシャワーを浴びてる間、

二人はスマホでフランシュシュの水野愛の情報を調べながら、

先ほどの件について話をしていた。

 

「この子が直接、ねぇ………」

「クリスマス会の時に私もちょこっと見させてもらったけど、随分八幡さんに懐いてたよね」

「さすがというか、リーダーのファンが、遂に芸能界にまで広がり始めたか………」

「まあそれも仕方ないよね」

「うん、仕方ない」

 

 元々八幡に対しては、恋愛感情というよりは崇拝に似た気持ちを抱いている舞はともかく、

かなり本気で八幡を狙っている美優にとってはかなり深刻な事態であった。

だがそう思ったからといってどうする事も出来ず、

美優はもっと八幡にアピールするしかないと思い、

八幡を困らせていく事になるのだが、正直それが平常運転な為、

八幡の美優に対する印象はほとんど変化する事が無かったのである。

 

 

 

 そして迎えた二十八日の夜、八幡は招待客として、関係者のブースに座っていた。

そしてその隣には、何故か日本国防衛大臣の、嘉納太郎が座っている。

 

「………閣下」

「ん、どうした?」

「閣下とアイドルの組み合わせって、やっぱり違和感しか無いんですけど………」

「まあそう言うなって、これもしがらみって奴さ、弟に頼まれちまったんだよ」

 

 嘉納の弟が代表を努めるセメント会社は北九州を拠点にしており、

その流れで佐賀県にある関連会社が今回のスポンサーに名を連ねていた。

だがわざわざ東京に人を派遣するのは大変だった為、

嘉納にお鉢が回ってきたと、まあそういう事のようである。

 

「閣下ってアイドルとか興味あるんですか?」

「まあ興味が無いって事は無いかな、若い子が頑張ってる姿ってのはいいもんだろ?」

「あ、はい、それはそう思います」

「しかし八幡君は、相変わらずお盛んだよな」

「風評はやめて下さい、そういうんじゃありませんから」

 

 二人はここの駐車場で偶然遭遇したのだ。

キットが八幡に、カットが近くにいると教えてくれたのである。

その近くに行くと、丁度嘉納がカットから降りてくるところだったのだ。

 

「あれ?八幡君か?どうしてここに?」

「閣下こそ、どうしてここに?」

 

 その後、お互いスポンサーとしてここに来ている事が分かり、

その流れで一緒に楽屋に挨拶に行く事になったのであった。

 

「おっと、雨が降ってきたな」

「雷も鳴ってますね、十二月にしちゃ珍しい」

「急いで中に入りましょう」

 

 それから二人は楽屋に行って挨拶をし、そこで八幡が愛と純子に懐かれているのを見て、

嘉納はお盛んだなと表現したと、まあそういう理由である。

 

「それにしても愛ちゃんだったか?あの子、楽屋での様子がちょっと変だったよな」

「あ、それは俺も感じました。一応体調が悪いのかなと思って聞いてみたんですけど、

それは別に大丈夫って言ってたんですよね」

「ふ~む、何事も無ければいいんだがなぁ」

「ですね………お、そろそろ始まりますね」

「だな、八幡君、俺に遠慮しないでサイリウムとか振ってくれてもいいからな」

「すみません、さすがにそういうのは俺にはちょっと無理です」

 

 その瞬間にフランシュシュのメンバー達がステージに飛び出してきた。

愛も純子も元気いっぱいに見え、八幡は問題無さそうだと安堵した。

だがその直後にいきなり近くに雷が落ち、大地が少し揺れ、いきなり照明が落ちた。

 

「うおっ」

「近かったですね」

「大丈夫かな?」

「どうでしょう………」

 

 幸いすぐに電源が復旧し、ライブは問題なく続けられる事となった。

だが愛の様子が何かおかしい。他のメンバーは普通に歌っているのに、

愛の歌だけが途切れ途切れとなり、その表情は固くなっていたのである。

 

「愛?」

 

 八幡は思わず立ち上がったが、愛の目は怯えたようになっており、

八幡の姿も目に入らないようであった。

 

「一体どうしちまったんだ………」

 

 八幡の心配をよそに、それでもライブは続く。



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第1070話 復活の愛、そして純子は

 愛の明らかにおかしな様子を見て、

八幡は思わずブースから飛び出してステージ脇に行こうとしたが、

さすがにそれはまずいと思い、身を乗り出して愛の方を見た。

 

「愛………」

 

 八幡は心配そうにそう呟いたが、それでもライブは続いていく。

最初の曲は、前回ウズメとクックロビンがALOで披露した曲『あっつくなぁれ』であり、

八幡はこの後曲がどう進行するのかよく知っていた。

 

「もうすぐ曲の調子が変わるんですが、

その直前に愛が決めポーズをしないといけないんですよね………」

「そうなのか、ううむ………」

「愛、どうしちまったのかは分からないが、とにかく頑張れ………」

 

 そんな八幡を見ている者が一人だけいた。この曲で愛と共にメインを張る純子である。

純子はキッとした表情になり、いきなり前に出ると、

本来は愛と共に行うはずだった決めポーズをしっかりと決め、

同時に素晴らしい歌唱力を披露して、愛の分まで声を張り上げる。

 

「純子………」

 

 愛は思わずそう呟き、その目の前で間奏のアクションを決めた純子は、

優しい目で振りかえってそっと愛に手を差し出す。

 

「大丈夫、私がフォローしますから」

 

 それはアクションが苦手な純子に対し、多少失敗しても問題ないと、

愛が純子に練習段階からずっと言い続けてきた言葉であり、愛はハッとした顔をした。

 

「それにほら、八幡さんが心配そうな顔でこっちを見てますよ、

愛さんはそれでいいんですか?」

 

 その言葉で愛は慌てて八幡の方を見た。

その表情はとても心配そうであり、同時に愛の耳に、八幡の声が飛び込んでくる。

辺りは凄まじい音で溢れ返っているのに、何故かその声は、愛の耳まで届いた。

 

「愛、頑張れ!」

 

 思わず八幡と叫びそうになり、必死でその気持ちを抑えた愛は、それで完全に復活した。

 

「ごめん、もう大丈夫」

 

 愛は短くそう言って立ち上がり、

そこから素晴らしいパフォーマンスが繰り広げられる事となった。

 

「おっ、愛の目に光が戻りましたよ」

「そうか、それは良かった」

 

 八幡は安堵のあまり、崩れ落ちるようにソファーへと腰を下ろした。

 

「ふう、良かった、完全に復活したな」

「動きのキレがさっきまでと違って凄いな」

「どうも雷が怖いようでしたけど、多分昔、何かあったんでしょうね」

「かもしれないな、終わった後に、楽屋で労ってやるといい」

「………そうですね、そうします」

 

 そして曲が終わるという頃、再び大きな雷が落ち、照明が瞬いたが、

愛はそれでも動じず、最後までキッチリと自分のパートを歌いきった。

その直後に薄っすらとメンバー全員が光を帯びたようになり、

八幡は目をパチクリさせた。

 

「閣下、あれ………」

「演出なんだろうが、斬新だよな」

 

 そこから直ぐに次の曲が始まったが、

メンバー全員の声がボーカロイドのようになっていた為、

八幡だけじゃなく会場全体がどよめいた。

 

「おお?」

「八幡君、これは?」

「これも演出だと思いますけど、正直驚きました」

「ううむ、凄いね………」

 

 それからもフランシュシュの神がかったパフォーマンスが続けられ、

曲の最後に愛がピストルを撃つような構えをするシーンで満面の笑みを浮かべつつ、

通常は正面に向けられるその指を、あからさまに八幡に向けた。

 

「………おいおい、正直やめて欲しいけど、かわいいじゃないかよ」

「さすが八幡君、お盛んだねぇ」

「いや、だからやめて下さいってば」

「ははははは、別にいいじゃないか、アイドルに惚れられるなんて、実に羨ましいよ」

「いや、まあその………はあ………」

 

 嘉納にそう答えながら、八幡はとりあえず楽屋に行ったら説教から入ろうと心に誓った。

その後も事あるごとに愛だけでなく純子までもが八幡目掛けてパフォーマンスを行った為、

八幡は楽しみつつも、若干注目を浴びてしまい、途方にくれる事となった。

 

「何で純子まで………」

「あはははは」

 

 そして無事にライブが終わり、嘉納は満足そうに立ち上がった。

 

「ふう、今日は実にいいステージだったな、八幡君」

「ですね、最初は不安でしたけど、いざ終わってみると、やっぱり素晴らしかったです」

「八幡君はこれから楽屋だよな?悪いが俺は忙しいから、先に帰る事にするよ」

「分かりました、またこういった機会があったらご一緒しましょう」

「おう、それじゃあまたな、八幡君」

「はい、またです」

 

 八幡はそのまま嘉納と分かれ、一人楽屋へと向かった。

楽屋の前にいたマネージャーの巽に挨拶しつつ、そっと扉を開けると、

中では愛と純子の二人がメンバー達に囲まれており、

何となく事情を悟った八幡は、若干きまずい思いをした。

 

(これって俺のせいでもあるんだろうな………)

 

 八幡は、これで揉めるようならもう来ないようにせねばと考えたが、

状況はそれとはまったく違っていた。

 

「愛、純子、今日は凄いキレだったな!」

「もう本当についていくのが精一杯だったよ」

「指差したり視線を向けてたのって、例の八幡さんにでありんすね?」

「これなら次もその次も、八幡さんに来てもらわないとだね!」

 

(あ、あれ~?)

 

 八幡は予想と違う展開に驚きつつ、そっと中に声をかけた。

 

「みんな、お、お疲れ様」

「あっ、八幡!」

「八幡さん!」

 

 その声を聞いた瞬間に、愛が八幡に駆け寄ってきた。負けじと純子がそれに続く。

他のメンバー達も駆け寄ってきたが、二人の邪魔をしないように気を遣っているようだ。

 

「八幡、心配させてごめんね?」

「あ、おう、あの時はマジで心配したわ、あんまり聞く事じゃないのかもしれないが、

雷に対して何か悪い思い出でもあるのか?」

「うん、実はね………」

 

 愛の話によると、子供の頃、一緒に遊んでいた友達が、

愛の目の前で雷に打たれて死んでしまったらしい。

それから愛は、雷に対してトラウマを抱えてしまっているとの事だった。

 

「そうか、そんな事が………」

「でももう大丈夫、八幡のおかげだね、ありがと」

 

 愛はそう言って微笑んだが、八幡は純子の方を見ながらそれを訂正した。

 

「それを言うなら純子のおかげだろ?」

「あ、うん、もちろん!でもね、あの後も私、正直雷が怖かったんだよ。

でもその度に八幡の顔を見て勇気を奮い立たせたの」

「あ~………まあそういう事なら役に立てて良かったわ」

 

 あのパフォーマンスはどうやらそういう事だったらしい。

八幡はそれならまあ説教はやめておくかと思い、そこで首を傾げた。

 

「あれ、そうすると純子のパフォーマンスは………」

 

 純子はその言葉にビクッとした後、顔を赤くして下を向いた。

 

(ええ~………)

 

 そんな八幡と純子を、愛は頬を膨らませながら見ており、

他の者達は三人に生暖かい視線を向けていた。

 

「えっと………」

 

 場は生暖かい雰囲気に包まれていたが、最年長のたえが素早くそれをフォローした。

 

「今日は八幡さんのおかげでとてもいいパフォーマンスが披露できました。

この後簡単な打ち上げがあるんですが、良かったら参加して頂けないでしょうか」

「あ、うん、まあ平気だけど………」

「やった、それじゃあ直ぐに撤収準備をしちゃいますから、待ってて下さいね」

「あっ、はい」

 

 それから少し待たされた後、八幡はフランシュシュのメンバー達と共に、

ソレイユ・エージェンシーのビル内での本当にささやかな打ち上げに参加した。

そしてその後、いざ帰るという時になって、八幡は愛に呼び止められた。

部屋が近い純子も愛の後ろに控えている。

 

「八幡、明日から暇になるから、私もALOのイベントに参加するね」

「お、そうか、そういえばそっちの連絡もしないとな」

 

 八幡は愛に、今どうなっているかの説明をし、純子はそれを、何となしに聞いていた。

 

「待ち合わせはヴァルハラ・ガーデンでいいとして、その後はアルンの………」

「うん、分かった!」

「それじゃあ明日は朝八時に………」

 

 その会話を聞きながら、純子は昨日買って部屋に置いてあるままになっている、

とある機械の事を考えていた。

 

「………子、純子!」

 

 その時自分の名前を呼ぶ声がして、純子は我に返った。

 

「あっ、ごめんなさい、どうしました?」

「八幡が帰るって言うから一緒に見送る?って言ったんだけど」

「あ、はい、行きましょう!」

 

 そして八幡を見送り、自分の部屋に戻った後、純子はまだ開封していなかった、

その機械の箱を開けた。

 

「アミュスフィア………最近のピコピコはこんな形なんだ………」

 

 そこからもう夜も遅いというのに、純子は部屋に置いてあるノートパソコンを開き、

頑張って覚えた八幡と愛の会話を思い出しつつ、

つたない手付きながら、インターネットで調べ物を始めた。

 

「なるほど、さっき言ってたのってこういう………」

 

 それから純子はアミュスフィアを被り、一時間ほどかけて、何かの作業を行った。

 

「これで良しっと、後は明日、アルンの………」

 

 純子はそう呟きつつ、満足した様子で目覚ましをかけ、

そのまま眠りについたのであった。




けれどゾンビメンタルSAGA


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第1071話 ピュア

 迎えた二十九日、今日からしばらくオフの為、

愛はさくらやサキに買い物に誘われたのだが、

用事があるからとそれを断り、体調をしっかり整えてベッドの上で待機していた。

 

「今日は激しい戦闘になるって言ってたから頑張らないと………」

 

 愛は昨日のライブが上手くいき、更に今度飯を奢るから、

フランシュシュのサインを二十枚くれないかと八幡に頼まれた為、

とても上機嫌であり、やる気も満々であった。

食事の事は、もちろん他のメンバーには伝えていない。

バレたらズルいと言われるのは間違いないが、そのくらいはまあご愛嬌だろう。

 

「そろそろかな、よし、リンク・スタート!」

 

 愛は約束の時間の十分前にログインし、ヴァルハラ・ガーデンに姿を現した。

 

「あっ、ウズメさん、おはようございます!」

「ユイちゃん、おはよう!」

 

 そんなウズメを出迎えたのはユイであった。

今回は黒アゲハことキズメルも出陣している為、

今はユイが、ヴァルハラ・ガーデンの一切を取り仕切っているのである。

 

「ハチマンさんから連絡がありました、もうすぐアルンに着くそうですよ」

「ありがとう、それじゃあ待ち合わせ場所に行ってみるね!」

「はい、お気を付けて!」

 

 ウズメはそう言って軽い足取りで駆け出し、ユイがそれを見送った。

 

「移動中はハチマンと二人きりかぁ」

 

 ウズメがウキウキなのは、もちろんそれが理由である。

この時間にアルンからキャンプまで移動を行う者が他にいなかった為、

ハチマンが一人で迎えに来て、道中はMGS方式で移動を行う予定になっているのである。

そして待ち合わせ場所に着いたウズメは、そこに見知った顔を見かけ、

上機嫌のまま挨拶をした。

 

「あっ、純子、おはよう!」

「駄目ですよウズメさん、ここでの私はピュアって名前ですからそう呼んで下さいね」

「あっ、ごめん!それじゃあピュア、おはよう!」

「はい、おはようございます」

 

 二人は仲良く並んでニコニコ笑顔だったが、

ウズメはすぐに、この状態のおかしさに気が付いた。

 

「って、違う!え?え?純………じゃなかった、ピュアだっけ?あれ?何でここに?」

「今日からオフじゃないですか、

なのでいつもは行かないような所に遊びに行こうかなって思って………」

「へぇ、それでここなんだ………って納得するかぁ!」

 

 ウズメはエキサイトし、いつもは絶対に言わないような口調でそう叫んだ。

 

「おいウズメ、目立つからあまり大きな声を出すんじゃねえよ、一体どうしたんだ?」

「あっ、ハチマン!それがね………」

「ハチマンさん、おはようございます」

 

 そこに約束通りハチマンが現れ、ピュアの顔を見てぽかんとした。

 

「え、あれ、純子?」

「ピュアです」

「おっと悪い、ピュア?え?え?これってどうなってるの?」

「そんなの私が聞きたいわよ!」

「どうどう、落ち着け落ち着け」

「はぁ………はぁ………」

 

 そしてピュアに対する二人の事情聴取が始まった。

 

「ピュア、アミュスフィアはどうしたの?」

「一昨日ソフトと一緒に買いました」

「その姿はどうしたんだ?」

「ネットで調べたら、ALOにフランシュシュの水野愛出現って記事があったので、

それなら私もと思ってこうしてみました」

「ここで私達が待ち合わせしてるっていつ知ったの?」

「昨日隣で話してたじゃないですか」

「そもそもよくこの場所に来れたよな」

「昨日の会話に出てきた単語を覚えてたので、場所を調べました。

ピコピコをやる前に攻略本を読むのは基本ですよね?まあ今は本じゃないですけど」

「「行動力………」」

 

 二人は、ゲームの素人だったはずのピュアの思わぬ行動力にため息をついた。

別に迷惑だと思っているのではなく、戸惑っているだけであったが。

 

「でもどうしてこんな事を?」

「えっと、その………愛………ウズメさんを見ていて、私も興味が沸いたので………」

「ALOにか?」

「あ、いえ、その………」

 

 ピュアは、『ハチマンに』という言葉が言えず、もじもじした。

それをどう間違って解釈したのか、次にハチマンが言ったのはこんなセリフであった。

 

「もしかしてヴァルハラに興味が?」

「え?あっ、はい!私も興味があるんです、ヴァルハラに!」

 

 ピュアは丁度いい口実が出来たと喜び、強調するようにそう言った。

そんなピュアをウズメは訝しげに見ていたが、

ハチマンがそんなピュアを疑うはずもなく、話は勝手に進んでいく。

 

「で、俺達と一緒に行動しようとサプライズを仕掛けてみたと」

「サプライズ?ドッキリの事ですか?」

「「昭和か」」

 

 ハチマンとウズメは思わずそう突っ込み、ピュアは顔を赤くした。

 

「………まあいいか、それじゃあピュアにもヴァルハラに入ってもらおう」

「えっ、本気?」

「お前だっていきなり入ったんだ、本人が望むなら別にいいだろ」

「ぐっ………」

 

 ウズメは自分を引き合いに出され、何も言う事が出来なかった。

 

「は、はい、是非!」

「そうか、それじゃあちょっときついかもしれないが、これから一緒に狩り場に行こう」

「さすがに危なくない?」

「大丈夫です、私、回復魔法が使えますから」

「「えっ?」」

 

 ピュアはそう言って呪文を唱え、見事に回復魔法が発動した。

もっともHPが減っていた訳ではないので分かりにくかったが、

ハチマンがその辺りの見極めを間違えるはずがない。

 

「マジだ………いつ覚えたんだ?」

「攻略本を見ました」

「そ、そうか」

「やっぱり最初に覚える魔法はホイ………」

「ス、ストップ、ストップだ!それは他社製品だからな?」

「あっ、ごめんなさい、確かにそうですね」

 

 ピュアはそう言ってペロっと舌を出した。

 

「まあそういう事ならちょっと狩りに遅れちまうが、

ピュアが使える装備を調達してから向かうとするか」

「ありがとうございます!」

 

 今のピュアは初期装備であり、まあそのままでも問題無いといえば無いのだが、

初期状態で装備出来、それよりも性能のいい物はそれなりにあるので、

今から向かうのがヨツンヘイムの奥地である以上、

何かあった時の為に装備を整えて生存確率を上げるのは必須と言える。

 

「それじゃあこっちだ」

「はい!」

 

 ピュアは嬉しそうにハチマンの後をついていき、

ウズメも仕方ないといった感じでその後に続いた。

何だかんだいってもやはり二人は仲良しなのである。

その道中で、他のプレイヤーから注目を集めてしまうかと思われたが、

イベント中という事もあり、初期装備を売っているような店にわざわざ来る者もおらず、

ハチマン達に注意を向けてくる者がまったくいなかったのは幸いである。

 

「今ピュアが装備出来るのは、とりあえず杖はこれでいいとして、

これとこれ、あとこれ………はやめておいて、これくらいだな、

この辺りはそこまで性能差は無いし、どれを選んでくれてもいい」

「そのやめたのはどういう装備なんですか?私には装備出来ませんか?」

「いや、装備は出来るし性能も悪くないが、まあちょっとデザインがな………」

「ピュア、試着してみれば?装備の画面の右下にボタンがあるよ」

「あっ、本当ですね」

 

 その時ウズメが何となしにそう言い、

ハチマンが止める間もなくピュアはその装備を手にとって試着モードを実行した。

その瞬間にピュアの装備が、下がミニスカートになっているビキニのようなものに変わった。

 

「うっ、ピュア、エロい………」

 

 ウズメが思わずそうこぼし、ピュアは鏡を見て顔を青くした。

 

「あ、あ、あ………」

 

 ピュアは慌てて試着モードを切り、その装備を黙って元の場所に戻した。

そしてピュアは、取り繕うような表情で二人に言った。

 

「おほん、な、なんだか水着だらけの水泳大会みたいでしたね」

 

 その言葉に二人は、また昭和かという視線をピュアに向けたが、

その視線の意味を、ピュアは思いっきり勘違いし、慌ててこう言い訳した。

 

「ポ、ポロリはしませんからね」

「ピュア、落ち着いて。誰もそんな事は言ってない」

「うっ、ご、ごめんなさい」

 

 顔を真っ赤にしてそう言うピュアに、

空気を読んだハチマンが、先ほど勧めた装備を渡してきた。

 

「それじゃあこの辺りから選んでみようか」

「は、はい!」

 

 その中からピュアは、大人しめなチュニックタイプの装備を選び、

装備が整った為、やっと出発出来る事になった。

 

「よし、それじゃあ出発だ」

「うん!」

「宜しくお願いします」

 

 そして街の外に出たハチマンは、ハッとして立ち止まった。

 

「もしかして二人とも、飛べなかったりとか?」

 

 その問いにウズメはこう答えた。

 

「ちょこっとだけ練習してあるから大丈夫だよ。ああいうのは得意なの」

「そうか、ピュアはどうだ?」

「攻略本を見たから大丈夫です」

「え、マジで?」

「今やってみますね」

 

 ピュアはそう言っていきなり飛び上がった。

その飛行はスムーズであり、ウズメと比べてもまったく遜色が無い。

 

「マジか………その攻略本っての、実はアルティマニアとかいう名前なんじゃないのか?」

「ふふっ、ご想像にお任せします」

「とにかく二人が飛べて良かった、それじゃあ行くとしよう」

「うん」

「はい」

 

 ハチマンが先導し、その後にウズメとピュアが続いていく。

こうして三人の、思わぬ珍道中が始まった。




最初にピュアが試着したのは「ミコッテセパレーツ」、
今着ているのは「ララフェルカフタン」です。デザインに興味がある方はお調べ頂ければ!


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第1072話 三人の珍道中

 ハチマンはウズメとピュアを置いていかないように、

スピードをセーブしながら飛んでいた。

必死になれば、二人ももう少し早く飛ぶ事は可能であったが、

さすがにそこまで無理をさせる気もなく、

ALOには空を飛ぶ敵はフロアボス以外は実装されておらず、飛んでいる間は敵も出ない為、

三人は雑談しながら適度なスピードで、ヨツンヘイムの中を飛行していた。

 

「しかしまさかピュアまでALOを始めるとはなぁ」

「ご、ごめんなさい、迷惑でしたか?」

「いや、そんな事はないから気にしなくていいって」

「ありがとうございます」

「俺の事も、ウズメみたいに普通にハチマンって呼んでくれてもいいんだけどな」

「すみません、性分なので無理かもです」

「あはははは、確かにピュアはそんな感じだよな」

 

 そんな二人の仲良さげな雰囲気に危機感を覚えたのか、ウズメが会話に割って入ってきた。

 

「ハ、ハチマン、この前のライブ、どうだった?」

「ん?ああ、あれな、感動したわ、凄え良かった。正直次のライブも見に行こうと思ってる」

 

 その評価の高さにウズメとピュアは頬を緩ませた。

 

「それじゃあ次の………」

 

 ここぞとばかりにハチマンを招待し、アピールしようとしたウズメだったが、

その目論見はピュアによってあっさりと防がれた。

 

「やった、それじゃあ私、ハチマンさんの為に頑張りますね!」

「その気持ちは有難いが、ファンのみんなの為に頑張ってくれ」

「もちろんそれが普通の状態です、次はそれよりもっと頑張りますから」

「そ、そうか、まあ楽しみにしとく」

「はい!」

 

 ウズメは口をパクパクさせながら、どうしてこうなったと頭を抱えていた。

 

(な、何であの奥手な純子が………)

 

 ウズメはこの事態に納得出来ず、こっそりとピュアに話しかけた。

 

「ね、ねぇピュア、その、どうしてそんなにハチマンに懐いてるの?」

「えっ?だって、し、下着を見られちゃったんですよ?

もう他の人の所にはお嫁に行けないじゃないですか」

 

(そういう事かあああああああああ!)

 

 それでウズメは、これまでのピュアの行動に全て納得がいった。

 

「あれは事故だったんだし、そこまで思いつめなくてもいいんじゃないかな」

「それじゃあウズメさんは、知らない殿方と事故でその、せ、接吻をしたとして、

その後それは事故だからと平気な顔でハチマンさんの前に立てますか?」

「うっ………」

 

 そのピュアの正論にウズメは反論する事が出来なかった。

 

「ご、ごめん、確かに無理かも」

「ですよね」

 

 ピュアはニコニコと微笑み、ウズメはどうしたものかと悩んだ。

 

(まあライバルになるならそれはそれでいいんだけど、

他の人達の事もあるしなぁ………………あっ!)

 

「ねぇピュア、ハチマンさんの周りにいる女の子達は、

本気で一夫多妻制を目指してるフシがあるんだけど、ピュア的にはそういうのっていいの?」

 

 そのウズメの渾身の右ストレートは、あっさりとピュアのカウンターの餌食となった。

 

「ハチマンさんみたいな人なら、お妾さんを沢山囲うのって普通じゃないですか?

そもそも芸能人がお妾とかよくある事じゃないですか」

「ぐっ………」

 

(しょ、昭和の価値観がこんなに手強いなんて………)

 

 ウズメは白旗を上げ、ピュアに負けないようにアピールしていこうと心に誓った。

そんな中、いきなりハチマンが飛行速度を落とした。

 

「そろそろ飛行禁止区域だ、ここからは歩きだな。

出来るだけ敵は避けるが、もし無理そうなら戦闘になるから辺りだけはしっかり警戒してな」

「うん」

「はい」

 

 そのまま狭い通路に入った後、ハチマンは二人に話しかけた。

 

「まあせっかくだし、二人の経験値稼ぎにもなるから、

ウズメも好きに攻撃してくれてもいいぞ。ピュアは攻撃魔法か支援魔法は使えないのか?」

「火球の呪文は使えますよ、だってほら、二番目に覚える魔法はやっぱりギ………」

「一作目かよ!ってかストップだ、他社製品の事はとりあえず忘れような」

「そ、そうでしたね、ごめんなさい。

あっ、ところでハチマンさん、私、今日は早めにログインして街の観光をしてたんですけど、

何か巨大な狼が、プレイヤーを殺して回ってるって噂になってましたよ」

「巨大な………狼?」

「へぇ、そうなんだ?」

「はい、そうらしいです」

「それは貴重な情報だな、ありがとうな、ピュア」

「いえ、お役に立てたなら嬉しいです」

 

 三人はそのまま歩いていく。

洞窟内は幻想的な雰囲気に包まれており、二人は目を輝かせた。

 

「うわぁ………」

「綺麗………」

「そうだな、いつもは通過するだけだからよく見てなかったけど、

そう言われると確かに綺麗だよな。せっかくだから記念………ん、待てよ」

 

 ハチマンは何かを思いついたのか、そう呟いて足を止めた。

 

「どうしたの?」

「いや、記念写真でも撮るかと言おうとしたんだけどさ、

今の二人はリアルとまったく同じ顔をしてるだろ?」

「うん」

「ですね」

「その状態で装備を工夫して写真を撮ったら、

二人が本当にファンタジーの世界に入り込んだように見えるよな?」

「う、うん」

「えっと………」

 

 二人は当たり前すぎて、ハチマンが何を言いたいのか分からなかった。

 

「そんな感じでうちに所属するタレントの写真集を出したら売れると思うか?」

「あっ、そういう………」

「それ、いけるんじゃないですか?」

「だよな、ちょっと企画を作らせてみるわ、もしやる事になったら頼むな」

「うん!」

「うわぁ、楽しそうですね」

 

 二人は既に、やる気満々のようであった。

 

「まあそんな訳で、写真の撮り方を教えておくから、好きに撮っておくといい。

フランシュシュのみんなに見せてもきっと楽しんでもらえると思うしな」

「いいね、それ!」

「はい、そうします!」

 

 ハチマンは二人にSSの撮り方を教え、狩り場までの道すがら、

二人は大量のSSを撮影する事となった。

 

「ストップだ、敵がいる。足音をたてないように俺の後についてきてくれ」

 

 二人は返事を声に出さずに頷くと、そのままハチマンの後をついていった。

ハチマンは二人を先に行かせたり、自分が先に行って二人に移動のタイミングを指示したり、

色々な方法で敵を回避していった。実際ここまでまったく戦闘にはなっておらず、

二人はモンスターの行動に対するハチマンの知識に舌を巻いた。

 

「ハチマン、凄いね」

「ん、まあ慣れだ慣れ」

「こんな事、攻略本には書いてありませんでした!」

「むしろ書いてあったらビックリだが、

ピュアが言ってる攻略本ってのがどのサイトか凄ぇ気になるな」

「MMOトゥデイですよ?」

「ああ………」

 

(よく考えたらヴァルハラからもデータを提供しているし、他には無いよな)

 

「それなら納得だ」

「へぇ、私も見てみようかな」

「それがいい、あそこにはうちからもデータを提供してるからな」

「あっ、そうなんだ」

「おっと、ストップだ」

 

 その時ハチマンが鋭い声でそう言い、二人は慌ててハチマンの後ろに隠れた。

 

「何かいたの?」

「おう、今回のイベント絡みの敵だな、レッサーデーモンって奴だ」

 

 ここは小さな小部屋になっており、回避する手段は常に敵の背中側にいる事だろうが、

正直現実的な手段ではない。

 

「仕方ない、やろう。こいつは物理攻撃しかしてこないから、

まあ背中からチクチク攻撃してくれればいい」

 

 ハチマンはそう言ってなんら気負う事なくスタスタと敵に近付いていった。

途端に敵が、ハチマンに反応して襲ってくる。

ハチマンはいきなり敵にカウンターを決めて大きくよろけさせ、

二人の方に振り向いて、こういう時に攻撃するように伝えようとしたが、

いつ移動したのだろうか、いきなり敵の背後にウズメが現れ、

先日教えた通りの流れるような剣さばきで敵の背中を滅多切りにした後、

その背中を踏み台にしてポン、と背後に飛んだ。

直後に横から威力は低いがピュアの火球が着弾する。

 

「おお、いいコンビネーションだな」

 

 敵は怒り、咆哮したが、それすらもハチマンはカウンターに利用し、

敵が顔を上げたその勢いに合わせて敵の足を払い、

敵がバンザイのような格好のまま無様に地面に倒れ込む。

ハチマンがそのまま敵の右足を集中的に攻撃し、切断に成功すると、

あとは片足でのろのろと無理に立ち上がろうとする敵の背後目掛け、

ウズメとピュアが攻撃を叩き込む。

ウズメはともかくピュアの攻撃はほとんどダメージを与えられていないが、

攻撃のコツを掴む練習としてはこの戦闘は悪くないだろう。

そしてレッサーデーモンはハチマンの攻撃で消滅し、

勝利を喜んでいたのも束の間、いきなりハチマンが何かに気付いたような顔で、

これから向かうのとは別の横道の方を見た。

 

「ハチマン、どうかした?」

「何か来る、隠れるぞ」

 

 ハチマンは二人を両脇に抱え、一目散に目的地に通じる道へと飛び込んだ。

 

「うわわわわ」

「ゃん」

「二人とも腰が細すぎだろ………よし、ここだ」

 

 二人をその場に下ろしたハチマンは、そっと広場の方を伺った。

二人もハチマンに習ってそっと広場を覗き込み、

次の瞬間に、横道から二頭のオルトロスが広場に飛び込んできた。

 

「何だ、オルトロスかよ」

 

 だがその二頭は広場の中央で静止し、来た道の方を向いて唸り声を上げた。

 

「ん、まだ何か来るのか?」

 

 そして横道の奥から、オルトロスより二周りは大きい獣が姿を現した。

 

「あれは………まさかフェンリルか?」

「もしかしてあれが噂の巨大な狼ですか?」

「多分そうだろうな」

 

 そして三人の目の前で、フェンリルはあっさりと二体のオルトロスを踏みつけ、

その体を牙で引き裂いた。

 

「おいおいマジかよ………逃げるぞ二人とも」

 

 だがそんな暇もなく、フェンリルは鼻をひくつかせたかと思うと、こちらの方を見た。

 

「チッ、見つかったか」

 

 そう言ってハチマンは立ち上がった。

 

「ウズメ、ピュア、この道を真っ直ぐ行けば、俺達のキャンプに着く。

途中二ヶ所くらい敵がいるかもしれない広場があるが、

抜けられそうならそこを抜けて、もし無理そうなら、

ウズメがうちの誰かにメッセージを送って迎えに来てもらうんだ」

「ハ、ハチマンはどうするの?」

「俺はあいつの足止めをする」

 

 ハチマンはそう言いながらコンソールを操作し、

その姿が赤いオートマチック・フラワーズへと変化した。

その背中には、『覇』の文字が書かれている。この格好を見るのはウズメも初めてであった。

 

「それがハチマンの本当の装備?」

「おう、あとこれだ」

 

 そしてハチマンの左腰に光の輪が現れる。

以前はそこに、ネタ武器のワイヤーソードが括りつけられていたが、

今はそれは右腰に移動しており、左腰には光の円月輪が装備されているのだ。

そして背中には雷丸が差さっており、ハチマンは静かにその雷丸を抜いた。

 

「よし、二人とも、走れ」

「嫌よ」

「お断りします」

 

 だが二人はそのハチマンの指示に逆らった。

 

「ハチマンを置いていくなんて嫌」

「そうですよ、それよりは今のうちに助けを呼んで、それまで粘る道を考えましょう。

私も頑張って回復しますから」

「あのクラスの敵が相手となると、さすがの俺もあんまり持たないと思うぞ」

「そしたらそこで一緒に死ねばいいじゃない」

「ええ、三人で川の字になって死にましょう」

「………やれやれ仕方ない、ウズメ、メッセージは頼むわ。

それじゃあ三人であいつに挑むとするか」

 

 ハチマンはそう言って、その巨大な狼に向けて一歩を踏み出した。

 

『待て、七人の妖精王の一人よ、我に敵意はない』

 

 だが何人ものプレイヤーを葬っていると噂になっていたそのフェンリルは、

まったく敵意を見せず、ハチマンに向けてそう言ったのだった。



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第1073話 フェンリルとの出会い

『待て、七人の妖精王の一人よ、我に敵意はない』

 

 ハチマンはその言葉にピタリと動きを止めた。

 

「戦う気はないのか?」

『ああ、我はそなたの敵ではない』

「そうか………」

 

 ハチマンは相手の目をじっと見た後、大人しく武器をしまった。

 

「ウズメ、メッセージは?」

「ギリギリまだ送ってないよ」

「破棄しといてくれ」

 

 ハチマンは救援要請を送るのをやめ、フェンリルに向き直った。

 

「一応確認するが、あんたはフェンリルって事でいいのか?」

『その通り、我はフェンリルだ』

「俺が聞いた話だと、あんたがプレイヤーを殺して回ってるって話だったんだが」

『それも然り、敵は殲滅せねばならん』

「俺は敵じゃないのか?」

『これは異な事を、そなたは我が王の眷属と共に行動しておるではないか』

「我が王?オーディンか?」

『我が王を呼び捨てにするとは豪気な事よな、妖精王よ』

「その妖精王ってのは真なるセブンスヘヴンの事か?」

『そうも呼ばれているようだな、妖精王達が全員敵ではないというのは実に喜ばしい』

「なるほどなぁ………」

 

 ハチマンはここまでの会話で何となく事情を悟った。

要するに巨人族についたプレイヤーが、このフェンリルに狩られているのだろう。

 

「事情は分かった、俺に何か用事がある訳じゃないんだよな?」

『ああ、いずれ用事が出来るかもしれないが、今日の所はそなたと会ったのは偶然だ』

「そうか、それじゃあ再会出来る日を楽しみにしておくわ」

「ちょっと待って下さい!」

 

 ピュアがいきなりそう言い、ハチマンとフェンリルは何事かとそちらに目を向けた。

 

「ピュア、どうかしたか?」

「あ、あの、あの、もし良かったら、もふもふさせてもらえませんか?」

「もふ………!?」

 

 フェンリルは意表を突かれたのか、その言葉に目を見開いた。

 

「………別にそれくらいなら構わない」

「やった!ありがとうございます」

 

 ピュアはフェンリルにお礼を言うと、その毛皮に思いっきり抱きついた。

 

「ふはぁ………」

 

 ピュアは恍惚とした表情をし、そんなピュアの様子を見て、

ハチマンとウズメがひそひそと会話を交わす。

 

「おいおい、凄えなピュア」

「でも気持ちは分かる………ってか私も行ってくる」

「あ、おい!」

 

 その様子を見て我慢出来なくなったのだろう、ウズメもフェンリルの方に駆け出した。

二人はそのままフェンリルの毛皮を堪能し、ハチマンはその様子を写真に収めた。

 

「………そのくらいでいいだろうか」

「あっ、ごめんなさい、気持ち良くてつい………」

「別に謝る事はない、だが我には使命があるのでな」

 

 

「忙しいのにすまなかったな、それじゃあまたな、フェンリル」

『ああ、それまで壮健でな、妖精王』

 

 フェンリルはそう言って去っていき、ハチマンはぼそりと呟いた。

 

「AI搭載のモンスター………か」

「あんなモンスターもいるんですね」

「まあ逆に俺達だけを襲うモンスターがいないとも限らないから、

似たような雰囲気の敵が出てきたらくれぐれも注意しないとな」

「あっ、その可能性もあるんだ」

「そのうち噂が聞こえてくるだろうさ」

 

 ハチマンはそう言うと、二人を連れて再び奥への移動を再開した。

ここからは特に邪魔も入らず、無事にキャンプに到達した三人だったが、

その中でも特にピュアが、仲間達から驚きをもって迎えられた。

 

「という訳で、今度仲間になる事になった、うちの二人目のアイドル、

フランシュシュの紺野純子さんことピュアさんだ。みんな、仲良くしてあげてな」

 

 ハチマンはまるで転入生を紹介するようにそう言った。

本名まで公開しているのはまあ今更だからである。

 

「ま、まさかのアイドル二人目………」

「よく考えると凄い事だよね………」

「ヴァルハラやばいヴァルハラやばい………」

「休憩時間にちょっと歌ってもらえないかな………私、ファンなんだよね」

 

 順にファーブニル、アル冒メンバーA、アル冒メンバーB、ヒルダの言葉である。

その横ではラキアが、スプリンガーの袖をつんつん引っ張っている。

 

「あ?ラキア、何だって?はぁ?うちもスポンサーになりたいだ?

いや、まあ別にいいけどよ………」

 

 どうやらフランシュシュに、新しいスポンサーがついたようだ。

 

「さすあに」

「さすあにだね」

「ぐぬぬ、益々私が目立たなく………」

「ランは名前も被っちゃったね、ピンチだピンチ!」

 

 こちらはスリーピング・ナイツの会話である。

彼ら的にはこういった事にはもう特に驚きはないようで、

全てが『さすが兄貴』、さすあにで済まされてしまうようだ。

 

「待ってハチマン、二人目って、私は?」

 

 その時クックロビンがぐぬぬ状態で異議を申し立ててきた。

おそらくウズメとピュアが人気なのが悔しいのだろう。

一応断っておくが、クックロビンと二人はリアルでも仲良しである為、

二人の加入が嫌だとかそういう意味ではない。

 

「ああん?お前は変態が過ぎるからアイドルじゃねえよ。敢えて言うなら色物だ」

「うっ………」

 

 クックロビンは恒例のビクンビクンタイムに突入し、そのままハチマンに放置された。

 

「で、ここでみんなに報告がある。実はさっき、フェンリルに遭遇した。今写真を見せる」

 

 ハチマンはそう言って、ピュアとウズメのもふもふ写真を公開した。

 

「………もふもふ?」

「もふもふだ」

「マジか、フェンリルってもふもふなのか」

「これはどういう状況なのかしら」

 

 多くの者達が魅了される中、犬族に対してはそこまで思い入れがないユキノがそう言った。

 

「どうやらフェンリルは、邪神族の味方らしい。

どうやら巨人族とつるんで邪神族を狩っているプレイヤーと遭遇したら、

片っ端から殺してるらしいぞ」

「殺し屋みたいな?」

「へぇ、今回のクエストは随分色々な要素が混じってるんだな」

「とりあえずフェンリルの見た目は覚えたな?

もしかしたらフェンリルとは逆の立場のモンスターも存在するかもしれないから、

各自十分に注意してくれ」

「邪神に敵対する勢力のモンスターか」

「可能性はあるわね」

 

 この時点でハチマンは、別の可能性についても考えていたが、

その事については考えが纏まっていない為、ここでは公開しなかった。

 

「さて、それじゃあ狩りを再開しよう。おいユウ、ウズメに戦い方を教えてやってくれ。

多分この中じゃ、ユウが一番ウズメのスタイルに近そうだ。

あとピュアの面倒はユキノが見てくれ。ピュアは多分いいヒーラーになる、と思う」

「分かった、任せて!」

「了解よ」

 

 ウズメはユウキの動きにかなり刺激を受けたようで、

ユウキにステータスの振り方や自身の戦闘スタイルに有用なスキルを教わり、

途中で何度もコンソールを開き、その度に強くなっていった。

 

「成長が目に見えて分かるってのも凄いもんだな………」

 

 ハチマンのその呟きに、アスナが笑顔で答えた。

 

「ウズメさんはきっといい短剣使いになるね」

「だな、ピュアの方はどんな感じだ?」

「順調みたいだよ、やっぱりアイドルになれるような人って色々な才能があるんだね」

 

 ピュアは呪文をまるで歌うように詠唱する為、とても覚えがいいらしい。

それはウズメも同様なのだが、ウズメはどちらかというと体を動かす事の方が好きらしく、

今のところは簡単な魔法を覚えただけのようである。

 

「まあゲームを楽しんでもらえればいいさ、リアルじゃ色々大変だろうしな」

「どういう生活なのか想像もつかないけどね」

 

 二人は楽しそうに戦っているウズメとピュアに暖かい視線を向けた。

 

「で、戦闘の方はどうなった?」

「さすがに飽きてきたから何か工夫をしようって話してた感じ?」

「ああ、まあそうだよな………」

「今日で討伐数は二千五百体を超えるけど、段々慣れてきたから、

まあ大雑把にあと二週間くらいで目標に達するんじゃないかな」

「みんなの能力も上がっていくだろうし、もう少し早まる可能性もありそうだけどな」

「あっ、確かにそうだね」

「あとは他のギルドの動向か………」

「アスモちゃんに聞いてみる?」

「だな、あいつらはどのくらい討伐してるんだろうな、うちほどじゃないと思うが」

 

 ハチマンはそう言ってアスモゼウスにメッセージを送った。

 

『二千』

 

 戦闘中なのか、そうシンプルな答えが返ってくる。

 

「アスモの奴、二千とか言ってるぞ?」

「え?ペース早くない?」

「予想よりもかなり多い数字だよな………」

「だよね、前見た感じのままなら、今良くても五百くらいのはずなんだけど」

「あいつらがいるのってヨツンヘイムの浅い部分だよな?ちょっと見にいってみるか」

「ここからだと遠くない?」

「シャナをコンバートさせたままだから、そっちで見にいってくるわ」

「ああ~、その手があったね」

「それじゃあちょっと行ってくる、適当に休憩を挟んで無理しないようにな」

「うん、任せて」

 

 そのままハチマンはログアウトし、シャナとして再ログインした。

 

「さてと………」

 

 そのままシャナはアルンを飛び立ち、以前見た七つの大罪がいた狩り場へと向かった。

そこでシャナが見たものは、戦場全体をいっぱいに使って、

協力して戦うプレイヤー達の姿であった。



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第1074話 敵にも出来る奴はいる

「これは………?」

 

 よく観察すると、中央にレイド単位でギルドのリーダー連中を含む者達が、

巨大な巨人を中心に円陣を組んでおり、その円陣を囲むように、周囲で戦闘が行われている。

そして周囲の敵が弱ると、中央からパーティ単位でプレイヤーが突撃し、

敵にトドメを刺しているように見える。

 

「………なるほど、中央には各ギルドから選抜されたメンバーが集まってるのか」

 

 それだとギルド単位で計測される討伐数のカウントは全員に入るが、

周りの連中に経験値が入らないんじゃないかと思ったが、

それはどうやら一定時間ごとにメンバーを交代させる事で補っているように見える。

 

「よく考えたもんだな、というかあまりの効率の悪さを見かねて誰かが提案したのかな」

 

 このやり方を提案したのは七つの大罪の軍師であるアスタルトであった。

交代に関しても各ギルドの裁量に任せてあるようで、

どこからも不満の出ない、実に見事な采配だと言える。

 

「一応アスモと話はしておくか」

 

 シャナはそう考え、アスモゼウスはどこにいるかときょろきょろと辺りを見回したが、

丁度メンバー交代のタイミングだったのか、

中央の軍から外に向かってアスモゼウスが歩いてくるのを見て、そちらに向かった。

 

「あら貴方、私に何か御用かしら?うふん」

 

 自分に真っ直ぐ向かってくるシャナに対し、アスモゼウスはそんな感じの反応をした。

色欲のアスモゼウスとしては、まあ当たり前の反応である。

そんなアスモゼウスに周りから、熱い視線が向けられているのを見て、

シャナは思わず噴き出してしまった。

 

「………何か面白い事でもあったのかしら?」

 

 あくまでも演技を続けるアスモゼウスに、シャナはその場でメッセージを送った。

ここで話しかけて、アスモゼウスのイメージを損なうのは悪いと思ったからだ。

 

『一旦落ちて連絡してくれ、俺だ、シャナだ』

 

 アスモゼウスはシャナの存在はもちろん知っているのだが、

さすがにその顔までハッキリと覚えていられた訳ではなく、

メッセージを見た後、シャナの顔を二度見した。

 

「あっ………ごめんなさいね、ちょっと落ちなくてはいけないの。それじゃあご機嫌よう」

 

 アスモゼウスは取り繕ったようにそう言うと、七つの大罪が集まっている辺りに移動し、

シャナにウィンクをしながらログアウトの体勢に入った。

シャナも今後の事を考えてここでログアウトする事にした。

周りでは多くのプレイヤーが好きにログアウトしてる為、

誰かにおかしなちょっかいをかけられる心配も無いからだ。

 

 

 

「おう出海、随分頑張ってるみたいじゃないかよ」

『もしかしてこっちの様子を見に来たの?ごめんなさい、忙しくてまともに返信出来なくて』

「いや、別に気にしてない。それにしてもあんなやり方、誰が考えたんだ?」

『うちの軍師のタルト君かな、あの子、気が弱いけど凄く優秀なのよね』

「そんな奴がよくルシパーに意見を言えたな」

『言ったのはほら、私だから』

 

 どうやらそういう事らしい。

八幡は、七つの大罪の陰のリーダーって実はこいつなんじゃないのかと思ってしまった。

 

「なるほどなぁ」

『それよりもヴァルハラは何をしてるの?狩り場にはいないみたいだけど』

「別に狩り場はあそこだけじゃないぞ」

『それはそうだけど………』

 

 その声からは、寂しいオーラが出ているような気がした。

それもそうだろう、今のアスモゼウスの周りには、仲良しのヒルダもラキアもいないのだ。

 

「しかしあの巨人、でかくなったよな」

『あの大きさになったのって結構前なのよ、

そこで成長が止まって、そこからはちょっとずつステータスが上がってるみたいに感じるわ』

「ふ~ん、そんな感じで成長するのか」

『そっちの巨人はどうなの?今何匹くらい邪神を討伐したの?』

 

 その当然の質問に、八幡はどう答えればいいのかかなり悩んだ。

 

(ここで本当の事を教えるのもな、ほぼ決まりだとは言え、

もしかしたらこっちが間違っているのかもしれないしなぁ………)

 

「多少大きくなったみたいだが、その程度だな」

 

 実際トンキーはほんの少し大きくはなったが、それだけであった。

おそらく既に成長限界を迎え、能力値の方により多くが振り分けられているのだろう。

 

『へぇ、そうなんだ。あっ、それよりもさ、

ソニック・ドライバーとアルン冒険者の会がどこにいるか知らない?』

「ん?うちと一緒に行動してるぞ、お前に追い出されたって泣いてたからな」

『嘘!?し、仕方なかったのよ、私がいない時に決められちゃってたんだもん!』

「あいつらにどこにいるのか直接聞いたりしなかったのか?」

『もちろん聞いたけど、教えてくれなかったんだもん………』

「ああ、まあ今はライバルって事になるしな」

『そうだよね、仕方ないよね………』

「しかしルシパーも意味不明だよな、

これじゃあ何の為にアルヴヘイム攻略団を作ったのか分からないじゃないかよ」

『………正直ハイエンドの装備をもらってから、あいつらの態度が変わってきたんだよね』

 

 アルヴヘイム攻略団のルールでは、ハイエンドは公平に回す事になっていたが、

今回は団の活動として得た装備ではないので、

他のギルドからすれば、味方の戦力が上がって大歓迎、といった感じだったのだが、

どうやらルシパーは若干の後ろめたさを感じていたようだ。

それを誤魔化す為に、更に強気に振舞ううちに、

幹部達がその態度に影響され、俺強えオーラをあからさまに出すようになった。

その延長として、別行動が提案されたという側面もあるらしく、

アスモゼウスはそれがかなり不満であるようだ。

 

「まあ世の中ってのはそういうもんだ、今の自分の環境の中でやれる事を頑張れって」

『うぅ………分かった、頑張る』

 

 仲間内では出海だけが仲間外れになっている格好なのだが、

その事をわざわざ伝えるのも可愛そうだと思い、八幡はその事を言わなかった。

 

「というか、お前が装備してたのってハイエンドの装備なのか?」

『えっ、今更そこに突っ込むの!?』

「いや、だってよ………お前のあの装備、下品じゃね?」

『うっ………』

 

 ぶっちゃけるとグランゼ達が作ったハイエンド装備は、いわゆる既成レシピの品であった。

最初からデザインされている物をただハンマーで叩くだけなので、

確かに熟練度は上がるのだが、設計図から製作した装備と比べると、

デザイン的にも性能的にもかなり劣る事になる。

小人の靴屋の職人達とていっぱしの職人であり、

ハイエンド素材が手に入った時の為にいくつかの武器を設計してあったのだが、

リーダーのグランゼがとにかく早く武器防具を供給しろと言ってきた為、

泣く泣くその指示に従ったという経緯もあるのだが、

その事実は表に出てこない為、八幡の印象としてはそんな感じになってしまうのだ。

 

『それは私も思う………』

「お前の露出っぷりもかなり下品だよな」

『うっ………そうなのよ、聞いてよ』

 

 今アスモゼウスが装備しているのは、

まるでエロマンガのサキュバスが装備しているような、

ほぼヒモのみで構成されたビキニと、申し訳程度の赤いマントのみである。

さすがのアスモゼウスもグランゼにそれを渡された時、勘弁してよと思ったのだが、

その場で断る事はもちろん出来ず、色欲としてのプロ根性も発揮して、

我慢して装備しているのだと言う。

 

『グランゼちゃんって本当にそういうセンスが無いのよね………、

単純に私が色欲だから、露出が多ければそれでいいとか思ってるの。

世の中そんな単純じゃないのにねぇ』

「まあお前が選んだ道だ、諦めろ」

『うぅ………厳しい………』

 

 そう言いつつも、その時の出海の顔は晴れやかであった。

仲間達と引き離され、学校も休みに入っている為、

今回のイベント絡みの不満について、愚痴を言う相手が誰もいなかったのだ。

今日八幡と話せた事で、多少なりとも気が晴れたのだと思われる。

 

『ありがと、何か元気が出たわ』

 

 その言葉を聞いた瞬間に、八幡は何故か出海に意地悪をしたくなった。

 

「そうか、それなら良かった。まあいずれガチでやり合う事になるだろうから、

その時はお前の首は俺が取ってやろう、うんうん」

『へっ?』

「それじゃあ俺は戻るわ、そっちもそろそろ戻れよ。

あ、トイレにはちゃんと行っとけよ、その年で漏らすのはさすがにやばいからな」

『あっ、ちょっと、どういう事!?そこんとこ詳し………』

 

 それで八幡は電話を切り、直後に思わず噴き出した。

 

「まったく出海はいじり甲斐がある奴だよ」

 

 そのまま八幡はALOに戻り、

少し後にアスモゼウスからのメッセージ攻撃をくらう事になった。

 

『ちょっと、やり合うってどういう事なの?』

『既読スルーするんじゃないわよ!』

『ねぇ、もしかして私達間違ってる?ねぇ、やらかしてる?』

『リアルでちょっとエッチな写真を送ってあげるから、答えてよぉ………』

 

 最後の文字を見た瞬間に、ハチマンはそれをヒルダに見せた。

 

「おいヒルダ、こいつを何とかしてくれ」

「へっ?何が?………って、何これ、どういう話の流れ?」

 

 ハチマンは経緯を軽く説明し、ヒルダはハチマンを二度見した。

 

「えっ、めっちゃ煽ってない?」

「いや、あいつが元気になったとか殊勝な事を言うからつい、な」

「まあいじりたくなる気持ちは分かるけど、それなら自分で何とかしてよ!?」

「えっ、やだよ、あいつはお前の娘だろ?」

「娘って何!?ただの同級生だよ!?」

「だってあいつの保護者はお前じゃないかよ」

「いや違うからね!?」

 

 この後、結局ヒルダはハチマンに押し切られ、

アスモゼウスのご機嫌取りをする事になった。

 

「もう、この埋め合わせはちゃんとしてもらいますからね!」

「あ~、まあ考えとくわ」

「本当ですね、約束ですよ!」

「はいはい約束約束」

 

 一応言質をとった事でヒルダは引き下がり、

代わりにウズメがユウキと共にこちらにやってきた。

 

「ハチマン、ウズメのステータスとスキルについて、

ちょっと相談に乗ってもらいたいんだけど」

「おう、結構稼げたか?」

「うん、かなり凄い事になってると思うよ」

「どれどれ………」

 

 そのまま二人でステータスについてアドバイスし、ウズメはかなり強くなった。

しばらく慣らし運転のように体を動かしていたウズメは、

その動きの早さに驚いたようだ。

 

「ハチマン、凄いよ、凄く体が軽い!」

 

 そんなウズメにハチマンがこんな提案をした。

 

「よし、それじゃあ明日、体術スキルを取りに行くか」

「それが必要なの?うん、分かった!」

「わ、私もご一緒したいです!」

「ヒーラーにはあまり必要がないスキルだけど、まあいいか」

 

 ピュアも同行を希望し、ハチマンはそう言いつつもその頼みを承諾した。

三人は一旦アルンへ戻り、次の日の朝、アインクラッドの第二層へと向かう事となった。



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第1075話 将を射んと欲すれば

「ハチマン、おっはよう!」

「おはようございます、ハチマンさん」

「ハチマン兄ちゃん、おはよう!」

「プリンです、今日はお世話になります」

 

 待ち合わせ場所にいたのはウズメとピュア、そしてベルディアとプリンであった。

ベルディアとプリンに関しては、

この機会に出来るだけ経験値を稼いだ方がいいとスプリンガーが提案してきた為、

日高商店が年末休みに入った事もあり、

二人が可能な限り狩りに参加してもらう事になったのである。

その流れでの、今日の体術スキル取得のお誘いであった。

そこでウズメとピュアの顔をまともに見たベルディアとプリンは当然驚愕した。

 

「えっ、嘘!ハチマン兄ちゃん、何で純愛がここに?」

「フ、フランシュシュのお二人ですよね!?」

 

 ベルディアとプリンは基本テレビはあまり見ないが、

食事時だけは普通にテレビを点けているらしく、

その時からフランシュシュ絡みのニュースはチェックしているらしい。

なので先日のクリスマスパーティーの時、

二人はフランシュシュ本人に会えて、随分と感動していたものだった。

 

「「純愛?」」

 

 その言葉に二人は顔を見合わせ、クスッと笑った。

一部でそう呼ばれているのは知っていたものの、

面と向かってそう言われたのは初めてだったからだ。

 

「ベル、この二人の正体は秘密だからな」

「あっ、やっぱりそういう事なんだ!」

 

 ベルディアは予想はしていたのか、嬉しそうにそう言った。

 

「こちらはウズメ、こちらがピュアだ」

「ベルディアです、宜しくお願いします、ウズメ様、ピュア様!」

「ちょっ………普通の呼び方でいいからね?」

 

 さすがに様付けは嫌だったのだろう、ウズメが慌ててそう言った。

 

「えっと………それじゃあウズメ姉とピュア姉?」

「うん、そのくらいがいいかな」

「分かった、それじゃあそれで!」

 

 五人は自己紹介を終え、野を超え山を超え、二層の奥深くへと向かっていった。

その道中でベルディアが、他の四人にいきなり爆弾を放り込んた。

 

「ねぇ、ウズメ姉とピュア姉も、

うちの母さんみたいにやっぱりハチマン兄ちゃんの事が好きなの?」

 

 その言葉に他の四人全員が咳き込んだ。

 

「ベル、あんた何を言ってるの!」

 

 プリンはむせながらベルディアの頭をぽかんと殴り、ウズメは顔を赤くしてあわあわした。

ハチマンは我関せずとばかりに知らん振りである。

そんな中、一人笑顔を保っていたピュアは、余裕を持った表情でベルディアに答えた。

 

「そうですよ、だからベル君も、私の事を本当のお姉ちゃんだと思っていいですからね」

 

 ピュア的には、将を射んと欲すれば先ず馬から、

ハチマンを射んと欲すれば先ずベルディアから、という事なのだろう。

 

「も、もちろん私もベル君の本当のお姉ちゃんだよ!」

 

 焦ったウズメも急遽参戦である。ここで引くのはさすがにまずい。

ハチマンが二人をジト目で見てきたが、そんな事は気にしていられない。

今ここで重要なのは、ベルディアから真の姉認定される事である。

 

「お、俺なんかが弟でいいの?」

 

 だがベルディアの反応は二人が思っていたのと違い、何となく自虐的なものであった。

さすがにアイドル相手に安易な返事は出来なかったのだろう。

二人は母性本能を刺激され、ベルディアの手を握りながら言った。

 

「もちろん!」

「もちろんです!」

 

 ベルディアはその答えに一旦は喜びかけたが、

直前で踏みとどまり、じっとハチマンの方を見た。

ハチマンとしては、下手に話を振られて認めてしまうのは色々まずい為、

三人の事は三人に任せようと思っていたのだが、

ベルディアにそんな男女の機微が分かるはずもなく、

許可を求めるような目で見られてしまっては、ハチマンにはもうどうする事も出来ない。

ハチマンはせめてもの抵抗で黙って頷き、ベルディアは嬉しそうに二人に答えた。

 

「うん、分かった、ウズメ姉ちゃん、ピュア姉ちゃん!これから宜しく!」

 

 ウズメとピュア、○○姉、のリオンクラスから、

○○姉ちゃん、のセラフィムアスナクラスにまさかの昇格である。

 

「うん、これから宜しくね、ベル君」

「そうですね、ハチマンさんと一緒に一生仲良くしましょう」

 

 ピュアがよりえげつない表現を使ってきた為、ハチマンは頭を抱えた。

 

「若いっていいなぁ………」

 

 その時一人乗り遅れたプリンがそう言って、さりげなくハチマンの腕を抱いた。

ギョッとするウズメとピュアを横目に、プリンはハチマンをぐいぐい引っ張っていく。

 

「それじゃあ行きましょうか」

「あ、あの、プリンさん、別に腕を組まなくても………」

「うふふ、ほら、早く早く」

「ちょ、ちょっと!」

 

 そんな二人をベルディア達三人が慌てて追いかける。

洞窟に入るとさすがに並んでは歩けない為、プリンはハチマンの腕を解放した。

そのまま目的地に通じる縦穴に到着し、

ハチマンが先に降りて残りの四人をフォローする事になった。

 

「ベル、いいぞ!」

「う、うん!」

 

 ベルディアは縦穴を滑り降りていき、出口付近で上手く減速をした。

この辺りはさすが男の子である。

 

「大丈夫か?」

「うん、余裕余裕」

 

 ベルディアはそのまま見事に着地を決めた。

この辺りはバイトで鍛えられた成果だと言える。

自由落下に比べれば、こんなのはぬるいとしか言えないのだ。

 

「きゃっ」

 

 続けてプリンが滑り降りてきたが、そのプリンをベルディアがあっさりと受け止めた。

 

「母さん、大丈夫?」

「え、ええ、驚いたわ、ベルは随分力持ちなのね」

「いや母さん、ゲームの中だからであって、

リアルで受け止めるのは絶対に無理だからね。だって母さん意外と重………」

 

 その瞬間にプリンはベルディアの頭を思いっきり殴り、ベルディアは沈黙した。

 

「ベル、今何か言った?」

「い、いいえ、何も言ってません、母上………」

 

 ハチマンにはもちろん聞こえていたが、大人なので普通に気付かないフリをした。

そして次にウズメが滑り降りてきたが、ウズメは空中で体を捻り、

まるで体操の選手のように、見事に着地を決めた。

 

「おお、やるなウズメ」

「ウズメ姉ちゃん、格好いい!」

「ふふん、これくらいはね」

 

 ウズメは鍛えられたせいもあり、もうかなり動けるようになっているようだ。

そして最後にピュアが滑り降りてきた。

ピュアも運動神経は悪くないのだが、ゲーム内で普通じゃない動きが出来るほど、

まだALOに慣れてはいない為、当然のように体勢を崩してしまう。

 

「オーライ、オーライ」

 

 そんなピュアをハチマンが見事に受け止めた。

 

「あ、ありがとうございます」

「いやいや、このくらいどうって事ないさ」

 

 ピュアはそんなハチマンを見て頬を赤らめ、ウズメは完全にぐぬぬ状態になった。

 

「くっ、完全にしくじった、アピールの仕方を間違えた………」

「姉ちゃん、ドンマイ」

 

 ベルディアに慰められたウズメは、ハッとした顔でベルディアにそっと尋ねた。

 

「ね、ねぇベル君、ハチマンって、女の子のどんな部分に興味がありそう?」

「兄ちゃんが?えっと………」

 

 その問いにベルディアは困った。ハチマンとそういう話をした事が無かったからだ。

結果、口に出したのは、尊敬する詩乃の言葉であった。

 

「姉御が前、『ハチマンってば本当に私の足が好きよね』って言ってた」

「足………美脚アピール?うん、それならいける!」

 

 ウズメは今、ショートパンツ姿な為、問題なくハチマンにアピールする事が可能である。

ピュアは長めのズボンな為、その点に関しては確実にウズメが有利である。

 

「それじゃあとりあえずみんな、クエを受けてくれ。その後は記念撮影な」

「「「「記念撮影?」」」」

 

 一同は首を傾げたが、ハチマンが何も言わない為、そのままクエストを受けた。

当然四人の顔にはヒゲが書かれ、ハチマンは無駄にいい笑顔で四人に言った。

 

「よし、みんないい顔だ、それじゃあ撮影といこう」

 

 ベルディアとプリンはハチマンの予想通り、お互いの顔を見て笑い合っていたが、

ウズメとピュアの反応はあまり芳しくはなかった。

というか、あっさりと受け流されたような感じであった。

それもそのはず、二人はCM撮影やガタリンピック出場で、

おかしな格好をする事には慣れており、この程度で顕著な反応を示す事は無いのである。

だがその時ウズメが動いた。ここはピュアを出し抜く絶好の機会だと判断したのである。

 

「にゃぉ~ん」

 

 ウズメはそう鳴き声をあげながらハチマンに抱き付き、その頬に自分の頬を擦り付けた。

 

「ごろごろ」

「おいこら、いきなり何を………」

「にゃにゃっ?」

 

 そう首を傾げるウズメは非常にかわいらしく、ハチマンは思わず頬を赤らめた。

 

「ウ、ウズメさん、ハレンチです!」

 

 ピュアはそう苦情を述べたが、そこまでだった。

もちろんピュアには同じ事など性格的に出来はしない。

 

「それじゃああの岩を砕いてくるニャン」

 

 ウズメはそう言ってハチマンを座らせ、

その目の前で美脚っぷりをアピールしてから岩の方に向かった。

そのせいで、ピュアが有利だった先ほどまでの状況は、

今はおそらくイーブンくらいまで戻っているだろう。

そう手応えを感じ、満足したウズメは、岩を目の前にした瞬間に頭を切り替えた、

それを眺めていたハチマンの横にプリンが立つ。

 

「二人ともやるわねぇ」

「はぁ、まったく困ったもんです」

「二人とも本当にかわいいし………アイドルだし」

「は、はぁ………」

「なので私としては、岩砕きくらいは負けられないわね」

「あ、えっと、頑張って下さい」

「兄ちゃん、俺も頑張るよ!」

「おう、頑張れよ、ベル」

 

 こうして四人は一心不乱に岩を殴り始めたのだった。



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第1076話 ソレイユらしいアプローチ

すみません、ちょっと忙しくて次の投稿は日曜になります!


 それから一時間程かかり、四人は無事に岩の破壊を終えた。

 

「どうだ?違いが分かるか?」

「う~ん、どうだろう」

 

 四人は体を動かしているが、まだしっくりこないようだ。

 

「あっ、そうだ、ピュア、ちょっと新曲のフリをやってみない?」

「それはいいかもですね、もう体で感覚を覚えてますし、

どのくらい動きが違うかすぐに分かりますね」

「ほう?新曲か?」

「うん、今度の曲はゆうぎり姉さんがメインなの」

「凄え!見ていいの?」

「もちろん!でもまあ私達二人だけのパートだと、

見てもよく分からないかもしれないけどね」

 

 そう言ってウズメはコンソールをいじり、新曲のリズムセクション部分だけを流し始めた。

 

「お?事前に用意してあったのか?」

「うん、時間が開いた時にちょっとでも練習しておこうって思って、準備しといたの」

 

 そのウズメの真面目さにハチマンは感心した。

 

(やっぱりプロだよなぁ………)

 

 そして最初に三味線の音が鳴り響き、次いでドラムパートが始まり、軽快な曲が流れ始め、

二人はそれに合わせて踊り始めた。

最初は決めポーズから始まり、頭の上で手を叩いた後、

二人は太ももに手を当てて体を左右に振り始めた。

 

「ほう………」

「ほええ………」

「うわぁ………」

 

 曲の全体像は分からないが、三人はそんなウズメとピュアに思わず見入ってしまう。

そして曲が最後の部分に差しかかり、

ウズメが『来なさい』と言いながらハチマンに手を差し出すと、

ハチマンは思わずそちらにふらふらと足を踏み出した。

 

「兄ちゃん?」

「うおっ、つい誘われちまったわ………」

「あはははは、凄いね」

 

 そして曲が終わり、二人が得意げにこちらに歩いてきた。

プリンとベルディアは涙を流しながら拍手し続けており、

ハチマンも紅潮した顔でうんうんと頷いている。

 

「ハチマン、凄いよ、まるで自分の体じゃないみたいに良く動けた!」

「どうでした?ハチマンさん」

「いやぁ、正直感動したわ、早く完全版を聞いてみたい、というか買う」

「毎度あり!」

 

 ウズメが冗談っぽくそう言い、一同は笑いあった。

 

「今のは何て曲なんだ?」

「えっと、佐賀事件かな」

「へぇ………最初の三味線を聞いた時は、もっと和風な曲かと思ったけど、

いい意味で期待を裏切られた感じだったわ」

「あの音はゆうぎり姉さんが自分で弾いて入れてるんだよ」

「ほう?ゆうぎりさんは三味線が弾けるのか………」

「うん、まだ十九なのに凄いよねぇ」

 

 その言葉にハチマンはピタリと動きを止めた。

 

「あの色気で十九………だと!?」

「うんそうだよ?知らなかったんだ?」

「正直もっと上かと思ってたわ………」

「ゆうぎりさんには内緒にしておいてあげますね」

 

 ピュアが悪戯めいた口調でそう言い、ハチマンは素直に頭を下げた。

 

「悪い、そうしてくれ………」

「あっ、ちなみに私も同い年ですよ?十九です」

「なん………だと!?」

 

 ハチマンのあまりの驚きっぷりに、逆にピュアの方が戸惑った。

 

「そ、そんなにおかしいですか?」

「いや、十六くらいかと思ってたから………」

「ふふっ、ありがとうございます」

 

 ピュアは若く見られた事が嬉しかったらしく、素直にお礼を言った。

実際のところ、色気が無いと言われたとも言えるのだが、

そういうネガティブな面は普通にスルーするピュアであった。

そこにウズメがニコニコしながら加わってくる。

 

「ちなみに十六なのは、わ・た・し」

「あ~、お前はそんな感じだな、うん、分かってた」

「ちょっと!扱いが適当すぎじゃない!?」

 

 そこからまた笑いが起こり、今度はベルディアとプリンが感動した面持ちで言った。

 

「ウズメ姉ちゃん、ピュア姉ちゃん、俺も凄く感動した!」

「素晴らしかったです、私達も曲が出たら絶対買いますから!」

「「ありがとうございます!」」

 

 二人は満面の笑みでお礼を言い、冗談めかしてこんな事を言った。

 

「それにしてもゲームの中だと本当に体が軽く感じるなぁ、

ここでPVとか撮ったら凄い事になりそう」

「ですね、舞台とかもどんな景色にも出来そうですしね」

「………………ふむ」

 

 ハチマンはその言葉に何か真剣に考え始めた。

 

「それは………ありかもしれないな」

「えっ?」

「幸いうちにはいい技術者がたくさんいるからな、

今こうして見ていても、二人は現実世界とまったく区別がつかなかったし、

そういう企画もありかもしれない」

「あっ」

「た、確かにそうかもですね」

「それにあれだ、レッスンとかもVR環境でやるのを混ぜるってのはどうだ?

ここで練習する分には疲労がたまる事はないし、

まあ健康の為にもこっちばっかりってのもまずいんだろうが、

適度にVR空間でのレッスンを混ぜるってのはありだよな?」

「う、うん、それいいかも!」

「ライブの前日とか、疲れを溜めないように練習出来ますね!」

「だな、よし、そんな感じで動いてみるわ」

「夢が広がるね」

「だな、PVとかでこういう場面を入れたいって時に、いくらでも好きな事が出来るぞ」

「凄く楽しみです!」

 

 要はVRラボの延長線上にあるシステムだ、その開発は容易である。

実にソレイユらしいアプローチ方法だと言えよう。

 

「よし、それじゃあ狩り場に向かうとするか」

「本番だね、兄ちゃん!」

「結構敵も強いから、ベルは無理するなよ。やばくなったらマックスの後ろに隠れるんだ」

「うん!」

 

 一行はそのままヨツンヘイムの奥地へと向かう事にし、

アルンへと移動して、少し休憩する事にした。

 

「それじゃあ三十分休憩で、トイレと水分補給だな」

 

 そして五人は一旦ログアウトし、三十分後に再集合した。

 

「ウズメ、ピュア、さっきの話、巽さんに言っておいたからな」

「あっ、そうなんだ?」

「うちの開発部から何人か人を出すから、とりあえずやってみようって事になったわ」

 

 さすがはソレイユ、そしてハチマン、仕事が早い事この上ない。

 

「よし、それじゃあ行くか」

「うん、行こう行こう!」

 

 四人はピクニック気分で移動を開始した。途中で出てくる敵は普通に倒していく。

四人とももう中級者レベルには達しており、

普通に敵と遭遇しても、もはやハチマン一人で処理しなくてはならないという事は無い。

 

「みんな強くなったなぁ………」

 

 プリンは斬馬刀をぐるぐると振り回し、

ベルディアは兄と同じく聖騎士スタイルで見事に盾役をこなす。

ウズメはまるで舞うように敵を切り裂き、

ピュアは回復役をこなしつつ、その手に持つハンマーで敵を殴りつける。

 

「ふふん、まあこのくらいはね」

「兄ちゃん、どんどん進もうぜ」

「おう、そうだな」

 

 四人はそのまま奥へと向かっていき、キャンプ手前の最後の広場までたどり着いた。

その中央には何か巨大な生き物が居り、ウズメは目を細めた。

 

「ねぇハチマン、あれ、この前のフェンリルさんじゃない?」

「お?偶然の再会か?」

 

 そう言った直後にハチマンは、そのシルエットに違和感を覚えた。

 

「三つ首………?」

 

 その瞬間にハチマンは、大声で四人に叫んだ。

 

「みんな、先に行って助けを呼んできてくれ!あいつはフェンリルじゃない!

多分………ケルベロスだ!」

 

 前回はそのハチマンの指示に逆らったウズメとピュアは、

この時はハチマンの指示に素直に従った。

二人ともあれからそれなりに戦いの経験を積んでおり、敵の強さが桁違いで、

自分達がいても足手まといになるだけだと分かるようになったからである。

 

「分かった、待ってて!」

「おう、この距離なら死んでも蘇生してもらえるから、心配すんな」

「駄目です、生きて下さい!」

「あっ、はい」

 

 四人はそのまま洞窟へと駆け込み、その入り口を塞ぐようにハチマンが立ちはだかった。

同時に赤いオートマチック・フラワーズが展開され、

腰に光の円月輪とワイヤーソードが装備される。

 

「あんたケルベロス………だよな?やるなら俺が相手になる」

 

 敵か味方かまだ分からない為、一応ハチマンはそう呼びかけた。

もし敵なら、これで返事でもあれば、時間が稼げてラッキーと思ったからである。

果たして返事はあり、その三つ首の獣、ケルベロスは足を止めた。

 

『ふむ、初めて会う敵が妖精王の一人とはな』

「やっぱりあんたは敵なんだな」

『然り』

 

 ケルベロスは短くそう答え、ハチマンは心の中で舌打ちした。

 

(チッ、会話が続かないじゃねぇか、お前は昔の俺か!)

 

 そんな自虐的な事を考えつつ、

ハチマンは相手の興味を引きそうな話題は何か無いかと考え、

先日会ったフェンリルの事を伝える事にした。

 

「あんたのお仲間のフェンリルさんは、俺の事を歓迎してくれたんだけどな」

『あ奴は仲間などではない、我が宿命の敵だ』

 

 そう言った途端にケルベロスはそう言い、イライラしたように足を踏み鳴らした。

 

(やっぱりこいつは、フェンリルと対になる存在なんだな、

その事が確認出来ただけでも収穫ありだ)

 

 ハチマンはそう考え、敵が唸り声を上げて足に力を入れたのを見て、

来る、と確信した。その瞬間にハチマンはケルベロスに向かって叫んだ。

 

「フェンリル、頼む!」

『何っ!?』

 

 思わずケルベロスは振り向き、その瞬間にハチマンは敵に向かって突撃した。

ケルベロスは背後に何もいないのを確かめ、慌てて向き直ったがハチマンの方が早い。

ハチマンは雷丸を一刀で構え、こちらを向いた瞬間のケルベロスの顎に、

攻撃を思いっきり叩き込んだ。

 

『ぐおっ!』

 

 その攻撃は見事なカウンターとなる。カウンター使いの本領発揮だ。

だがハチマンはそれで止まらない。同時に腰のワイヤーソードを思い切り振りぬき、

ケルベロスの首筋に赤い光が走る。

低級プレイヤー相手なら、今の一撃で即死させられたはずだが、

さすがにケルベロスはタフであり、それなりのダメージを与えはしたものの、

当然倒すまでには至らない。

 

『貴様、卑怯だぞ!』

「ハッ、お前が油断しすぎなんだよ」

 

 ハチマンはそう言った瞬間に何故か一瞬動きを止め、その場に伏せた。

 

『ぬっ』

 

 直後にハチマンの背後にある洞窟から矢が飛び出してきて、

ケルベロスの向かって左の頭の首筋に突き刺さった。

ハチマンが伏せたのはこれが理由である。

先ほど一瞬動きを止めたのは、遠くからシノンの声が聞こえたからであった。

 

『ぐわあああああ!』

 

 たまらずケルベロスが悲鳴を上げ、

直後に洞窟の中から、頼れる味方が何人も飛び出してきたのであった。



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第1077話 何だこれ………

すみませんお待たせしました!


「ハチマン君!」

 

 最初に部屋に飛び込んできたのはレンであった。さすが、凄まじく移動速度が速い。

レンはシノンの矢を避ける為であろう、低い体勢をとっており、

その手にはデモンズガンが握られていた。

デモンズガンは、ALOとGGO、どちらでも使える事が最近確認されている。

 

『ハッ、新手か』

 

 ケルベロスはレンがハチマン程強くはないと見抜いたのか、

鼻で笑ったようにそう呟くと、いきなりレンに向かって突撃した。

 

 

「わわっ」

 

 レンは一瞬慌てたが、避けられないような速度ではなかった為、

余裕でその攻撃をかわした。

 

『ぬっ、ちょこまかと………』

 

 ケルベロスはレンが突入してきた洞窟を背にし、唸り声を上げた。

 

「チャンスだ、レン、こいつを逃がすなよ」

「うん!」

 

 ハチマンはそう言ってケルベロスに突撃し、レンはケルベロスが逃げられないように、

逃げ道となる方向に向けて銃を乱射した。

 

『誰が逃げるか!』

 

 ケルベロスは余裕の態度でハチマンを迎え撃つ。

つまりは洞窟を背にし、足を止めて戦う事になる。だがそれは、ハチマンの思う壺であった。

 

『ぬっ』

 

 ケルベロスは背後から攻撃の気配を感じ、横に飛び退いた。

その体の真横を再びシノンの放った矢が通過する。

 

『ちっ』

 

 ケルベロスは舌打ちし、洞窟から離れようとしたが、

その瞬間にケルベロスの進行方向にレンの銃撃が降り注ぐ。

同時にハチマンがケルベロスに肉薄し、近接戦闘を挑む。

ケルベロスはその攻撃を爪で受け止め、その牙でハチマンの首を噛み切ろうと試みたが、

ハチマンとて凄まじいスピードの持ち主だ、その攻撃は当たらない。

 

『忌々しい妖精王め!』

 

 ケルベロスは激高し、全力でハチマンに突撃しようと力を込めたが、

その時洞窟から白と黒の弾丸が飛び出してきた。

 

「ハチマン!」

「ハチマン君!」

「二人とも、こいつの足を狙ってくれ!」

 

 その飛び出してきた二人、キリトとアスナは、ハチマンの言葉を聞いた瞬間に地面を蹴り、

ケルベロスの方へと方向転換をした。

二人はそのままケルベロスの横を掛けぬけ、ケルベロスの後ろ足を引き裂いた。

 

『また妖精王か!』

 

 足の切断には至らなかったが、ケルベロスの機動力は明らかに落ちていた。

歩けはするが、力を溜めるのが困難そうに見える。

 

「ハチマン、こいつは?」

「この前話したフェンリルと対になるモンスターらしい、地獄の番犬、ケルベロスさんだ」

「へぇ、相手にとって不足無しだな」

「もふもふだけどかわいくない………」

『なっ………』

 

 その言葉にケルベロスは絶句した。

 

「フェンリルさんの方がかわいかったね」

『な、何だと!?』

 

 ケルベロスは再び激高し、その三つの首が咆哮を上げる。

 

「うるさい」

 

 ここでやっとシノンが到着した。シノンは自在弓に矢を番えたまま走ってきたようで、

射線が通った瞬間に、ケルベロスの矢が刺さっていない、向かって右の首筋に矢を放った。

 

『ぐぎゃあああああああああ!』

 

 これにはたまらずケルベロスも悲鳴を上げる。

左右の首から矢を生やしたまま、ケルベロスは憎悪の篭った視線をシノンに向けた。

 

『さっきから矢を放ってきていたのは貴様か、妖精騎士め』

「妖精騎士が何かは分からないけどそうよ、何か文句ある?」

『許さん』

 

 ケルベロスはシノンをターゲットにし、左右に飛び交いながらシノンに向け突撃した。

自動である程度の機能不全が回復するのだろうか、その動きは当初と同じに戻っており、

よく見るとHPバーもある程度回復しているように見える。

 

「させない!」

 

 そこに洞窟の中からセラフィムが飛び出し、その攻撃を盾で受け止めた。

だがケルベロスは止まらず、セラフィムは押し込まれていく。

 

「素じゃ止められないか………」

 

 セラフィムは仕方なくアビリティを使った。

 

「アイゼン倒立!イージス全開!魔導斥力!」

 

 それでセラフィムの後退は止まり、ケルベロスは不機嫌そうに唸った。

 

『ぐるるるる、高位の妖精ばかり出てきよるわ』

「何だ、知らなかったのか?お前が言う妖精王は全員、

そして妖精騎士の多分九割はお前の敵だぞ」

『何っ!?』

 

 ハチマンは、妖精騎士とはセブンスヘヴンの二十位以内のプレイヤーの事だろうと思い、

ケルベロスに向かってそう言った。

そのせいかケルベロスはありえないという風に目を見開き、棒立ちになった。

その瞬間にハチマンとキリト、アスナの三人がケルベロスに肉薄し、

その背中に剣を突き立てる。

 

『ぐはっ………』

 

 さすがのケルベロスも、その攻撃で大ダメージをくらう。

先ほどまでの強気はどこかへ吹っ飛んでしまっていた。

 

『ま、まさか地上がそんな事になっていようとは、ぬかったわ』

「悪いな、とりあえず死んでくれ」

 

 ハチマンは足を止めて攻撃に入り、キリトとアスナもそれに習う。

レンとシノンも仲間に当たらないような位置に遠隔攻撃を集中させ、

後ろ足の機能を完全に奪う事に成功した。

ここまでやれば、回復までにかなり時間を稼げる事だろう。

同時に五本あったHPゲージも、一気に半分近くまで削れている。

 

『貴様ら………』

 

 そう憎々しげに言い放ったケルベロスは、

せめて背後から攻撃をくらわぬようにと壁を背にし、

その爪と牙で抵抗しようと試みたが、機動力の伴わないそんな軽い攻撃は、

セラフィムが難無く受け止め、ケルベロスが左右に攻撃をしようとしてもそれを許さない。

 

『何故だ、何故我がこんなに早くに倒されねばいかんのだ!』

「そんなの俺達の前に出てきちまったからに決まってんだろ」

『ぐぬ………』

「というか、わざわざ説明されないと分からないのか?

お前、レンの事を舐めて突っ込んできたよな?

それで逆に逃げ場を失っちまったんだ、要するにお前が愚かだったって事だ。

お前はあの時、俺と遭遇した時点で尻尾を巻いて逃げるべきだったんだよ」

『ふざけるな、実際貴様らは我よりも遥かに弱き者であろうが!』

「一人一人はお前より弱くても、仲間がいれば、お前なんか相手にもならないんだよ」

『くそっ、くそっ!』

 

(AIのNPCがここまで何度も激高するとは予想外だな。

案外これもプログラミングなのかもしれないが、俺にとってはまさに思う壺って奴だな)

 

 ハチマンはそんな事を考えながら、突っ込んでくるケルベロスにカウンターをくらわせた。

そのタイミングでハチマンと呼吸を合わせた仲間達が、

ケルベロスに向けて一斉に攻撃をくらわせる。

その攻撃はあっさりとケルベロスのHPを削り切り、ケルベロスがどっとどの場に倒れ伏す。

 

『くっ、だが我は四天王の中では最弱、いずれ他の者達がお前達を………』

「ここでネタかよ!」

 

 ハチマンは思わず突っ込んだが、ケルベロスはそのまま頭を垂れ、

雄々しく立っていたその三本の尻尾もだらりと垂れ下がり、完全にその動きを止めた。

 

「ふう………」

「何だったんだろうね、この子」

「思ったよりも強くなかったわね」

「それでもこのクラスなら、普通のプレイヤーにとっては脅威だろうさ」

「それじゃあ狩り場に戻りましょう、ハチマン様」

 

 ケルベロスの死体を背に洞窟に向かおうとした一行だったが、

その時ハチマンが、何かに気付いたようにハッとした。

 

「いや、ちょっと待ってくれ、何でこいつ、消えないんだ?」

「あっ!」

「た、確かに………」

 

 一同は確かにそうだと思い当たり、慌ててケルベロスの死体の方に振り向いた。

だが特に状態に変化はなく、確かにHPも完全にゼロになっている。

 

「………考えすぎか?」

「そういう演出なのかもしれないね」

「う~ん………まあいいか」

 

 そのまま一行は去っていき、狩り場へと向かった。

 

「ハチマン!」

「ハチマンさん!」

 

 最初に駆け寄ってきたのはウズメとピュアであった。

二人は左右からハチマンに抱き付き、アスナは頬を膨らませたが、

二人の行動が欲望から来ているのではなく、本当にハチマンを心配していたように見えた為、

その不満を飲み込み、大人しく二人にハチマンの隣を譲ってあげた。

 

「良かった、本当に良かった………」

「悪い、心配かけたな」

「べ、別に心配なんかしてなかったけど」

「こんな事言ってますけど、ウズメさん、ずっとそわそわしてたんですよ」

「ちょ、ちょっとピュア!」

「ははっ、とにかく俺は大丈夫だから、安心して狩りに励んでくれ」

 

 ハチマンはそう言って休憩の為、その場に腰を下ろした。

二人は今回の事で、早く強くなりたいと思ったのか、その言葉に素直に頷く。

アスナに気を遣ったのか、既にハチマンからは離れている。

 

「あ、そういえばベルとプリンさんは?」

「ベル君はあっちでユイユイさんにタンクの事を教わってます。

プリンさんはその横で楽しそうに武器を振りまわしてますね」

「むむっ」

 

 その言葉に反応したのはセラフィムだった。

 

「まずい、このままではユイユイにベル君が取られちゃう」

 

 セラフィムは慌てて戦場に向かい、ウズメとピュアも笑いながらその後に続いた。

 

「ハチマン君、それじゃあ私も行ってくるね」

「おう、狩りの最中に助けに来てくれてありがとな」

「丁度休憩してた人達だけで向かったから大丈夫だよ」

「そうか、俺もしばらくしたら参加するから、まあ無理しないようにな」

「うん!」

 

 この頃にはアスナの機嫌は戻っていた。

ウズメとピュアが自分に気を遣ってくれたのが分かったのだろう。

 

「それじゃあ後でね!」

「おう」

 

 それから少し休んだ後にハチマンも狩りに参加し、

この日の討伐数は、実に四千まで伸びる事となった。

 

「みんな、お疲れ!それじゃあ順番に落ちてくれ」

 

 ハチマンはそう言って歩き出し、アスナはそんなハチマンを呼び止めた。

 

「あれ、ハチマン君は落ちないの?」

「ちょっとさっきのケルベロスの様子だけ見てから落ちようと思ってさ」

「そっか、それじゃあ私は先に落ちて、ご飯の用意をしておくね」

「おう、頼むわ」

 

 今日はアスナもマンションに参加である。

明日はソレイユで、ヴァルハラの関係者を集めた忘年会が行われる為、

その準備にスムーズに参加出来るように、

女性陣の多くが優里奈と八幡の部屋に分かれて泊まっているのである。

ちなみに八幡は今日は本社内の仮眠室に泊まる予定であった。

さすがに今日は、女性陣を寝室のみに押し込めるのは厳しいからである。

そして次々と仲間達が落ちていく中、

洞窟を進むハチマンに、ウズメとピュアが追いついてきた。

 

「ハチマン、私達も行くよ!」

「ん、そうか?別にただ見るだけだぞ」

「ほら、やっぱり自分達が関わった敵がどうなったのか、見届けたいじゃないですか」

「確かにそうか、それじゃあ三人で散歩といくか」

 

 そのまま三人はケルベロスの死体が転がっているはずの部屋に向かった。

距離的には大した距離ではない為、すぐに到着する。

ケルベロスの死体はそのまま鎮座しており、ハチマンは何も無かったかと安堵した。

 

「わぁ!わんわん!」

「いや、子供かよ!」

 

 ウズメが嬉しそうにそちらに走っていき、ハチマンは苦笑しながらそう言った。

 

「………えっ?ね、ねぇハチマン、これって………」

 

 その時ウズメが呆然としたような声を上げた。

 

「ん、どうした?」

「これ、中身が無いよ?」

「そうなんですか?」

「………へ?」

 

 ハチマンとピュアが、慌ててケルベロスに駆け寄る。

 

「何だこれ………」

 

 そこにあったのは、まるで脱皮したかのように、背中の部分が二つに割れた、

ケルベロスの死体だった()()であった。



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第1078話 深夜の出来事

「ハチマンさん、これって………」

「何か着ぐるみみたい?」

「周囲には何もいないか………チッ、厄介な」

 

 ケルベロスの中身らしき姿はもうどこにも無く、既に逃げ出した後のようであった。

 

「ハチマン、これ、どうする?」

「う~ん………うわっ」

 

 ハチマンがその抜け殻に触った瞬間に、その姿が消滅した。

 

「えっ?」

「何をしたの?」

「いや、触っただけなんだが………」

 

 ハチマンがアイテムリストを見ると、そこに『ケルベロスの毛皮』が追加されていた。

 

「おっ、これ、素材扱いなのか、見に来て良かったわ」

 

 途端にハチマンの機嫌が良くなり、ウズメとピュアは思わず噴き出した。

 

「わ、笑うなって」

「ごめんごめん、ちょっと面白くて」

「ハチマンさん、意外と現金なんですね」

「ま、まあ何も得られる物が無いよりは全然いいと思ってな」

「ふふっ、確かにそうですね」

「それじゃあ俺達も落ちるとするか、ケルベロスがどんな姿になったのかは分からないが、

まあそのうちまた戦う事になるだろ」

「そうですね」

「だねぇ」

 

 三人はそのまま狩り場へと引き返し、結界コテージ内でログアウト処理をした。

 

 

 

「やれやれ、まさか姿が消えなかったのがこういう理由だったとはな………」

 

 八幡はぼそりとそう呟くと、次期社長室のソファーから体を起こした。

 

「さて、飯だけもらいに行くか………」

 

 そのままマンションに向かい、八幡は自分の部屋に足を踏み入れた。

その瞬間に、スパイスのいい香りが鼻をくすぐる。

 

「あっ、八幡君、おかえり!」

「夕食の準備はもうすぐ出来るから待っててね!」

 

 見渡すと、部屋の中は女性陣にほぼ占領されていた。

元々部屋に泊まっている美優、舞、香蓮と優里奈に加え、明日奈、優美子、結衣、いろは、

南、沙希と、ソレイユ関係者のうち寮の部屋を与えられていない者が集まっていた。

 

「これはまた、凄い人数だな」

「ささ、座って座って」

 

 室内には仮のテーブルが増設されており、何とか全員が座れるようになっていた。

 

「こういうの、キャンプみたいで何か楽しいね、リーダー!」

「おう、確かにそうだな」

「メニューはもちろんカレーだよ、カレー!」

「炊飯器はどうしたんだ?」

「大きなのを借りてきてあります!」

 

 どうやら色々と準備万端のようだ。

そして食事が始まり、八幡はそこで先ほどのケルベロスの話をした。

 

「えっ、そんな事があったんだ?」

「おう、また敵対する事になるだろうから、しばらくは絶対に単独で行動しないようにな」

 

 その話はそれで終わり、話題は明日の忘年会の話に移った。

もっともそこまで派手にする気は八幡には無く、エルザが歌うと言っていた他は、

シンプルに宴会が行われるだけであり、

今回はビンゴとかも行われない為、結局料理の準備をどうするかの話に終始した。

 

「ねこやのマスターにも手伝ってもらえるから、まあ大丈夫だろ」

「そっか、そうだね」

「おもちゃの除夜の鐘も準備したから百八回鳴らそうな」

「うわ、本当に?」

「おう、で、その後少し寝てから朝からみんなで初詣だな」

「どこに行くのかは決めてるの?」

「柳林神社だな、車ももう手配済だ」

「えるちゃんの所だね」

 

 一同はそのままわいわいと食事を終え、しっかりおかわりもして満足した八幡は、

後片付けを女性陣に任せ、テーブルを片付けて人数分の布団を敷くのを手伝った。

 

「それじゃあみんなでのお泊り会、楽しんでな」

「うん、ありがとうね」

「それじゃあまた明日な」

 

 八幡はそのまま部屋を出て、ソレイユ本社へと戻っていった、その道中の事である。

 

「あっ、八幡!」

「八幡さん、偶然ですね」

「お?」

 

 丁度敷地に入る所で八幡に声をかけてきたのは、愛と純子であった。

二人とも帽子を被ってコートを纏い、薄く色のついたサングラスを着用している。

 

「二人で出かけるのか?」

「ううん、コンビニだよ」

「ああ、なるほどな」

 

 ソレイユの社員寮に併設されているコンビニはガードマンが常駐しており、

ソレイユの敷地内から外に出ずに直接店に入る事が可能であるが、

一応警戒しておく事も必要なのである。

 

「俺も行くわ、今日はこっちに泊まりだからな」

「えっ、そうなの?」

「おう、明日はヴァルハラの忘年会があるからな」

「それ、聞いてない」

「あっ」

 

 それで八幡は、この二人に誘いの連絡をしていなかった事を思い出した。

これは別にわざとではなく、二人の加入が急すぎたからだ。

 

「そうだった、悪い、明日の夕方から大忘年会をやるんだが………来れるか?」

 

 八幡は申し訳なさそうにそう言い、二人は顔を見合わせた。

 

「明日は何も無いよね?」

「うん、無いですね」

「というか、フランシュシュの全員で参加して歌ってもいいのかな?」

「それは大丈夫だけど、でもいいのか?」

「うん、みんな暇してるはずだし、

準備もうちからコンサート用の音源を持ってくから全然平気」

「うわぁ、楽しみですね!」

「そうか、それなら明日、会場で待ってるわ」

「うん!」

 

 こうして忘年会へのフランシュシュの参加も決まった。

そのままコンビニで買い物を終えた後、それなりに遅い時間であったが、

二人がもう少し八幡に、ヴァルハラの事を色々聞きたいとせがんだ為、

八幡の次期社長室に二人を招待する事になった。

 

「それじゃあちょっとだけな」

「うん!」

「お、お邪魔します」

 

 部屋に入ると部屋には既にマットレスと、その上に布団が敷かれていた。

この部屋はこういう時にのんびり出来るように土足禁止であり、

部屋の入り口に小さな下駄箱が置いてある。

いくつかのソファーは離れた所にどけられており、

一つだけ二人がけのソファーが布団の横に残されていた。

 

「う………」

 

 八幡はソファーで寝るつもりだったのだが、薔薇辺りが誰かが気を利かせたらしい。

 

「え~っと………」

 

 八幡は若干の気まずさを感じていたが、二人は特に気にした様子は無かった。

 

「さすがに布団に座るのはちょっと申し訳ないね」

「そうですね、私達はソファーに座りましょう」

「八幡は布団でごろごろしてていいからね」

「いや、でもそれは………」

「いいからいいから」

「そ、そうか、なら遠慮なく………」

 

 二人のコートを預ってハンガーに掛けると、

二人は部屋着なのか、かなりラフな格好をしていた。

普通のトレーナーにミニスカート姿である。

そんな平凡な格好も眩しく感じられるのはさすがは現役アイドルというところか。

八幡は二人に目を瞑っていてくれと頼み、二人はそのまま手で自分の目を覆った。

その間に八幡は布団の上に置いてあったジャージに着替えると、

疲れていた事もあり、そのまま布団の上に腰掛けた。

八幡は気付かなかったが、二人は指の隙間からチラチラと八幡の着替えを見ていたが、

そのくらいはまあご愛嬌である。

 

「悪い、もう大丈夫だ」

「う、うん」

「失礼します」

 

 そのまま二人はソファーに座ったが、これが実に目の毒であった。

二人がミニスカート姿であった為、八幡の目の前には今、

二人の生足が惜しげも無く晒されている。

下手をすると、その奥の見えてはいけないものまで見えてしまいそうだ。

 

「や、やっぱりみんなで布団に座ろう、その方が楽だろうしな」

「それはそうだけど………」

「本当に大丈夫だから、気にせず座ってくれ。今ひざ掛けを出すからな」

 

 部屋は適温ではあったが、若干肌寒くはあった為、

八幡は奥からひざ掛けを持ってきて二人に渡した。

 

「ありがと!」

「ありがとうございます」

 

 これで二人の危険な状態は解消され、八幡は内心でほっと一息ついた。

そのまま真ん中に小さなテーブルを置き、買ってきた飲み物で三人は乾杯した。

 

「今日はお疲れ様」

「「お疲れ様!」」

「さて、それじゃあ何から話そうか」

「色々!」

「色々か………」

 

 三人はそれから色々と話をした。

ゲームに関する基礎知識とか、強くなる為に必要な事、

今までヴァルハラがどんな事をしてきたか、今裏で何をしているか、とにかく色々である。

それがひと段落すると、今度は二人が八幡に、フランシュシュの活動について話をした。

八幡はフランシュシュのCDを全て買ったらしく、その曲を流しながら、

愛と純子が調子に乗って小さな声ではあるが、歌を披露し、

八幡も歌に参加させられて三人で一緒に歌ったりと、

三人はしばらく楽しい時間を過ごす事が出来た。

 

「ふう、楽しかったぁ」

「ALOと関係ないところで普通に盛り上がっちまったな」

「あはははは、ですね」

 

 八幡は知らなかったが、純子がこんなに快活に笑う事は珍しい。

こういう所で地味にソレイユに移籍した事が、フランシュシュにいい影響を与えているのだ。

 

「それじゃあもうこんな時間だし、私達は部屋に戻るね」

「そうか、それじゃあ送ってくわ」

「えっ?別にいいよ」

「いやいや、何かあったらまずいからな」

 

 八幡はそう言って立ち上がり、二人にコートをかけてあげ、自らもコートを羽織った。

その懐には当然警棒を忍ばせている。

 

「よし、行くか」

「わざわざごめんね?」

「気にするなって」

 

 三人はそのまま外に出て、ソレイユ・エージェンシー側のビルへと移動した。

 

「あ、そこ、凍ってるから気をつけてな」

「本当だ!」

「危ないですね」

 

 八幡は細やかな気配りを見せ、何事もなく三人はその入り口にたどり着き、

そこで二人に別れを告げようとしたその瞬間に、中から一人の男性が姿を現した。

フランシュシュのマネージャー、巽幸太郎である。

 

「あれ、マネージャー?」

「コンビニにでも行くんですか?」

 

 幸太郎はこんな時間に二人が外にいた事で一瞬ギョッとしたように見えたが、

その横に八幡がいる事に気付いて笑顔を見せた。

普通は詰問されてもおかしくない場面ではあるが、八幡に対する幸太郎の信頼は厚く、

愛や純子にいい影響を与えてくれていると分かっていた為、

こういった時に何か言う事はない。

 

「ちょっと飲み物をな」

「そうですか、それじゃあお休みなさい」

「マネージャー、お休み!」

「ああ、お休み、比企谷さんもお休みなさい」

 

 幸太郎はそのままコンビニに向かい、八幡は二人を見送った。

その瞬間にドスンという音がし、慌てて振りかえった八幡の目に飛び込んできたのは、

先ほどの凍った部分で足を滑らせ、地面の上でのびている幸太郎の姿であった。

 

「巽さん!」

 

 そのまますぐに救急車が呼ばれ、八幡はその付き添いで病院へと向かった。

幸太郎は頭を強く打ったらしく、そのまましばらく入院する事になり、

正月でマネージャーの適役が他にいないと困った顔をする倉社長を気の毒に思った八幡は、

自ら志願し、一週間ほどの間、フランシュシュのマネージャーの真似事をする事となった。



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第1079話 幸太郎の教え

 次の日の午前の部で、ウズメとピュアが慌てて八幡に駆け寄ってきた。

 

「ハチマン!昨日あの後大変だったんだって?」

「そうなんだよ、二人は丁度エレベーターに乗った後だったから気付かなかっただろうが、

あの後巽さんが例の氷に足を滑らせてな、頭を打っちまって、病院まで付き添ったわ」

「気付かなくてごめんね、っていうか呼んでくれれば良かったのに」

「いやいや、付き添いは俺一人で十分だったからな、

やる事も、巽さんの体を冷やし過ぎないように気をつけるくらいしか無かったし」

 

 実際には救急車を呼んだ際にその指示に従った為、もう少しやる事があったのだが、

大した事ではなかった為、わざわざ二人に連絡する事はしなかっただけである。

 

「そういえば昨日、夜中に救急車が来てたけど………」

「あれってリーダーだったんだ?」

「おう、そうなんだよ、フランシュシュのマネージャーさんが、

氷で足を滑らせて頭を打っちまってな」

 

 その話を近くで聞いていた者達が横から会話に参加してきた為、

ハチマンは昨日何があったのか説明した。

二人が次期社長室を訪問していた事に関しては誰も何も突っ込まなかった。

そもそも何かあるはずが無いからだ。

その程度で何かあるようなら苦労しない、というのが彼女達の共通認識である。

 

「えっ、今日の忘年会でフランシュシュの歌が聞けるのか?」

 

 ハチマンの話が終わると、キリトがウズメにそう尋ねてきた。

 

「うん、時間的に三曲くらいになると思うけど」

「三曲………もしかしてリクエスト可能とか?」

「あ~、うん、大丈夫だよ」

「そうか!ちょっと待っててくれ!お~いフランシュシュファンの奴、ちょっと集合!」

 

 キリトがそう声を掛け、ほとんどの者達がこちらに集まってきた。

少し前までは必ずしもファンでなかった者も多数存在したが、

今ではほとんど全員が、すっかりフランシュシュのファンである。

中にエルザも混じっていたが、これはただの興味本位である。

 

「実は今日の忘年会に、フランシュシュの皆さんが参加して下さるそうだ」

「「「「「「「「おおおおおおおお!」」」」」」」」

 

 今回は、この狩り場にいる者のうち、

忘年会に参加出来る距離に住んでいる者は全員が招待されている。

その変わり、身元に関してはしっかりと洗われており、

その事を納得して受け入れた者のみが参加出来る事になっていた。

 

「という訳で、リクエストで三曲を選ばせてもらえる事になった。

今からアンケートを回すから、各自好きな曲に投票してくれ」

 

 ALOにはこういった機能もある。本来は狩り場を選ぶ為などに使われるのだが、

その汎用性は高く、こういった時に便利な機能である。

 

「オーケー、投票開始!」

 

 そこから一気に全員が投票し、選ばれた曲は、

『あっつくなぁれ』『佐賀事件』『輝いた』の三曲であった。

『あっつくなぁれ』に関しては、この場にいる二人がメインだからであり、

『佐賀事件』は新曲だからである。そして『輝いた』は、

この曲の別バージョンが即席カレーのCMに使われており、

その曲からフランシュシュを知った者が多かったからだ。

もっとメジャーな曲が落選し、この三曲が選ばれたのは実に興味深い。

 

「オーケー、それじゃあウズメにお願いしてくるからな!」

「「「「「「「「お願いします!」」」」」」」」

 

 ここにいる者達のウズメやピュアへの態度はとても丁寧である。

二人は特別扱いはされたくなかったが、こういった場合は仕方がないだろう。

 

「それじゃあ今日はこの三曲でいきますね」

「心を込めて歌いますから」

 

 ウズメとピュアは笑顔でそう言い、仲間達のテンションは爆上がりした。

 

「わ、私にもリクエストしてくれてもいいんだよ?」

 

 そこにクックロビンがそう突っ込んできた。

 

「お前はALO関連の曲を歌うって言ってたじゃないかよ」

「う………確かに他の選択肢が無い………」

 

 神崎エルザの持ち曲でALO関連の曲は三つある。

CMに使われた主題歌、イベント中の挿入曲、メカニコラスのうた、である。

このうち挿入曲に関しては、このイベントのどこかで流れる事が発表されている。

 

「まあお前もフランシュシュに負けないように頑張れ」

「も、もちろん!」

「それじゃあそんな訳で狩りを始める。今日は午前の部だけだから、その分頑張ろう」

 

 そして狩りが始まり、今日はソレイユも参加していた為、

狩りの効率が凄まじく上がり、士気も高かった事で、討伐数は五千まで伸びる事となった。

 

 

 

「それじゃあ会場で待ってるからな、

受付は夕方五時からなんで、招待状を忘れないように宜しく頼む!」

 

 そのハチマンの宣言で狩りが終わり、続々と仲間達がログアウトしていった。

ハチマンはそれを見届けた後、最後にログアウトし、会場へ向かった。

そこには内輪の者達が既に準備に入っており、忙しそうにあくせくと動き回っていた。

八幡が最初に声を掛けたのは、ねこやのマスターである。

 

「マスター、連日色々頼んでしまって申し訳ないです」

「いやいや、そもそも飲食には普通、休みなんてほとんど無いから」

 

 マスターは問題ないという風にそう答え、八幡は深々と頭を下げた。

 

「やめて下さいよ、雇い主が部下にそんな態度をとるもんじゃありません」

「それでもです、ありがとうございます」

「やれやれ、任せて下さい、ベストを尽くしますから」

 

 そして飲み物が日高商店によって運び込まれていく。

今年の十二月の日高商店の売り上げは、例年の十倍を超えるらしい。

その分勇人のお年玉が増やせると、小春は嬉しそうにそう微笑んだ。

 

「ふう、今回は会場の飾りつけは除夜の鐘くらいだし、後は料理だけか」

「八幡君、そろそろ出るのかしら?」

「ああ、雪乃、悪いが後の事は頼む」

「ええ、任せて頂戴」

 

 八幡は、この後幸太郎の見舞いに行く事になっていた。

まだ検査もいくつか控えており、しばらく入院していなければいけない幸太郎から、

マネージャー代理としての業務のレクチャーを受ける為である。

 

「さて、それじゃあ行こうか、姉さん」

「ええ、行きましょう」

 

 現地には既に倉社長が行って待っているはずであり、

親会社のトップ二人が見舞いに行く事になっているのだ。

二人はキットで幸太郎が入院している病院へと向かった。

ここは昔から雪ノ下家と関係が深い、例の八幡が収容されていた病院である。

 

「鶴見先生!」

 

 八幡が最初に声をかけたのは、鶴見留美の母親であるリハビリの先生、鶴見由美であった。

 

「あら八幡君、今日はどうしたの?もしかして病気や怪我………じゃないみたいね?」

「はい、今日は知り合いの見舞いに来ました。ルミルミは元気ですか?」

「留美はとても元気よ、でもたまに寂しそうな顔をする事があるから、

たまには遊びに連れ出してやって頂戴ね。

来年は受験だから、夏以降は勉強漬けになると思うしね」

「ははっ、分かりました、考えておきますね」

「ええ、宜しくね」

 

 そしてそのまま由美に案内してもらい、八幡と陽乃は幸太郎の病室へ訪問した。

 

「あっ、比企谷さん、昨日はご迷惑をおかけしました」

 

 そう言って先に来ていた倉社長が頭を下げた。

 

「私の不注意で本当に済みませんでした、比企谷さん」

 

 幸太郎はフランシュシュのメンバーが相手だと、

何というか、ファンキーな性格を演じているようなのだが、

こういった場だと、常識を弁えた好青年になる。

 

「いやいや、検査結果はどうでした?大丈夫でしたか?」

「今のところは何も。雪ノ下社長もこんな時期にこんな事になってしまって申し訳ない」

「気にしないで、フランシュシュの事はきっと、

このマネージャー代理が何とかしてくれるわ。

とにかく四日にあるミニライブだけ乗り切ればいいだけだしね」

「それくらいなら何とか………」

 

 八幡は若干不安そうにそう言い、幸太郎に教えを請うた。

 

「という訳で巽さん、宜しくご指導ご鞭撻の程、宜しくお願いします」

 

 こうして陽乃も交えてではあったが、

幸太郎は八幡に、マネージャー業務についての説明を始めた。

ひと通り聞き終わった後、八幡はしばらくぽかんとしていたが、

やがて立ち直ったのか、幸太郎にこう尋ねてきた。

 

「えっ、マジですか、今まではそんな感じだったんですか?」

「あはははは、はい、そんな感じです。

どうせ一日だけだし、まあ同じ事をやっておけば、掴みはオーケーだと思います」

「ボンジュール、サガジェンヌ………」

 

 八幡がそう呟くと、陽乃がゲラゲラと笑い始めた。

 

「おい馬鹿姉、笑うな」

「あはははは、無理無理、笑うなって言う方がおかしいから」

 

 横にいる倉社長も笑いを堪えているのか、真っ赤な顔をしていた。

 

「ま、まあこれも仕事だし、頑張ります」

 

 陽乃に笑われながらも、八幡は真面目さを発揮してそう宣言し、

本番前日のミーティングの進行について、頭を悩ませる事になったのだった。



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第1080話 大忘年会

 夕方五時、ソレイユ社内の会場が開かれ、受付に多くの者達が押し寄せてきた。

 

「はい、アルン冒険者の会の方ですね、お名前は………」

「あっ、保さん、お待ちしてました」

「あ、勇人君、こっちこっち!」

 

 受付に座っているのは、かおりとえるであった。

その横に案内役としてクルスが控えている。

 

「さて、予定だとこれで全員かな」

「だね、あとは入り口を施錠して、私達も会場に向かおっか」

 

 入り口に一応緊急連絡先を書いた紙を張りつけ、三人はそのまま会場へと向かった。

 

「八幡様、全員揃いました」

「オーケー、それじゃあ始めるとするか」

 

 クルスの報告を受け、八幡が前に出て壇上に上がる。

 

「みんな、今日は今年一年の感謝の気持ちを込めて会を企画させてもらった。

思う存分楽しんで、飲み食いしていってくれ」

 

 ちなみに今日の参加費はゼロである。必要経費は全て八幡の懐から出ているのだ。

 

「それじゃあ乾杯!」

「「「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」」」

 

 乾杯の音頭と同時に女性陣が、八幡のグラス目掛けてグラスを差し出してくる。

 

「八幡君、乾杯!」

「乾杯!」

「八幡様、乾杯です!」

「か、乾杯!」

「八幡君!」

「八幡!」

「リーダー!」

「か、乾杯………」

 

 結局八幡がグラスに口を付けたのは、それから十分後の事であった。

 

「ふぅ………」

「ちょっとお疲れぎみ?大丈夫?」

「ああ、麻衣さんか」

 

 ホストとして常に女性陣に囲まれ、その相手をしていた八幡は、

忘年会が始まってから一時間後、やっと人の波が途切れ、一息つく事が出来ていた。

 

「………麻衣さんは凄いよなぁ」

「いきなり何?」

 

 麻衣は突然そう言われ、思わず噴き出しながらそう聞き返した。

 

「実は一週間ほど、俺がフランシュシュの臨時マネージャーをやる事になったんだよ」

「あら、そうなの?前のマネージャー、巽さんだっけ?何かあったの?」

「夜中に氷で足を滑らせて頭を打った、みたいな?」

「あっ、そうなんだ」

「で、巽さんから教わった、フランシュシュのマネージャーの心得ってのがさ………」

 

 八幡は大きな声で言うのは憚られたのか、

麻衣の耳元で幸太郎に教わった事をこそこそと話した。

 

「あはははは、何それ、そんな事やってたんだ?」

「そうなんだよ、それで簡単な演技の練習をする事になったんだけど、

やっぱりいきなり上手くはいかなくて、

その流れでいつもこんな事を平気でやってる麻衣さんは凄いなって」

「お褒めに預かり光栄です、リーダー」

 

 麻衣はキリっとした顔でそう答え、八幡は感嘆の表情になった。

 

「それそれ、そういうとこ、よくスッと別人みたいになれるなって思ってさ」

「う~ん、よく言われるのは演じるキャラの気持ちになって、とかだけど、

まあ所詮臨時のマネージャーなんだし、楽しめばいいんじゃないかしら」

「楽しむ………か」

 

 八幡はここまで、頑張ろうと思うばかりで、楽しもうなどとは全く考えていなかった。

だが今麻衣にそう言われた事で、肩からスッと力が抜けたような気がした。

 

「あの子達も八幡さんに、

プロのマネージャーっぽく振舞って欲しいなんて思ってないと思うわ」

 

 丁度その時臨時で作られたステージに、フランシュシュのメンバー達が登場し、

辺りに大きな拍手が巻き起こった。

 

「今日はお招き頂きありがとうございます、フランシュシュで~す!」

「美味しいご飯に釣られてやって参りました!」

 

 その挨拶に、あははという笑い声が上がる。

 

「という訳で、食事代代わりに歌います、よろしくぅ!」

 

 二階堂サキが元気にそう挨拶し、『あっつくなぁれ』の曲が流れ始めた。

メインを張る愛と純子が八幡に手を振ってくる。

 

「あの二人に随分懐かれてるみたいじゃない」

「あ~………まあそうみたいだな」

「ふふっ、まるで他人事みたい」

 

 八幡はそれには答えず、ぽりぽりと頭をかいた。

 

「いじめるなら咲太にしてくれ」

「それはいつもだからまあ、たまにはね」

「ふぅ………」

 

 そしてフランシュシュの二曲目、『輝いた』が、

CMバージョンではなく通常バージョンで披露された。

逆にCMバージョンの方だけを知っている者が多かったらしく、

これもまた盛り上がる事となった。

 

「アイドルって凄えよなぁ………」

「結構体力勝負よね」

「あの振り付けとか絶対に覚えられないわ」

「映画とかのセリフは?」

「無理無理、絶対に無理」

「やる気になれば出来るんじゃない?来年余興とかでやってみれば?」

「………まあ考えとく」

 

 それで会話は終わり、麻衣は他の者に場所を譲る為、去っていった。

曲が終わった後、再び大きな拍手が巻き起こり、

当然八幡もフランシュシュに割れんばかりの拍手を送る。

 

「本当はこんな風に気軽に聞けるはずはないんだよなぁ、俺は本当に仲間に恵まれてるよ」

 

 ぼそりと呟くように放たれたその言葉が去り行く麻衣の耳に届き、

麻衣はその事をとても嬉しく思った。

そしてここで一旦フランシュシュは引っ込み、代わりに舞台にはエルザが上がった。

 

「ここからはずっと私のターン!」

 

 再び大きな拍手が巻き起こり、エルザがギターを弾きながら歌い始めた。

エルザはさすがの歌唱力を誇り、曲がALO絡みという事もあって、

今日のメンバー的にも大変な盛り上がりをみせた。

 

「まったくあいつはいくつの顔を持ってるんだろうなぁ」

「本当よね、あのピトフーイをよく躾けたものだと感心するわ」

 

 続けてやってきたのは詩乃であった。

 

「別に躾けた気は無いけどな」

「結果的にそうなってるじゃない」

「まあそれは否定しねえよ、ってか無言で酒を注いでくるんじゃねえ」

「何よ、私のお酒が飲めないっていうの?」

「へいへい、頂きます」

 

 八幡は基本あまり酔わないが、この後は片付けがある為、

あまり酔わないように、ペースをかなり落として飲んでいた。

詩乃も空気を読み、少ししかお酒を注いでいない。

そんな詩乃の気配りを八幡はさすがだなと思いつつ、

素直に認めると調子に乗る為、口に出す事はしない。

 

「そういえば明日奈には飲ませてないだろうな」

「大丈夫よ、小町がちゃんとガードしてるわ」

「ならいい」

 

 以前やらかした為、明日奈はこういった場でお酒は飲ませてもらえない。

もし飲む事があるとすれば、八幡と二人きりで、なおかつ家にいる時だけなのである。

 

「ところでフランシュシュのサインはいつ配ってくれるの?」

「この前の奴か、ってかお前も希望したんだな」

「ええ、もちろん」

「みんなが帰る時、俺が見送りに立つつもりだから、その時だな」

「八幡が全員を見送るの?」

「さすがに忘年会中にみんなとは話しきれないから、まあそれくらいはな」

「真面目よねぇ」

 

 詩乃はそんな八幡に感心しつつ、だからヴァルハラは強いのよね、と思った。

そして曲が終わり、エルザがこちらに走ってきた。

 

「はっちま~ん!」

「おう、さすがだなエルザ、っていうかメカニコラスの歌はやめたんだな、えらいぞ」

「だってここにはメカニコラスはいないじゃない」

「「確かに………」」

 

 八幡と詩乃は、その正論にぐうの音も出なかった。

 

「お、衣装が変わったな」

 

 丁度その時フランシュシュが再登場した。衣装が思いっきり和風になっており、

メインのゆうぎりだけが目立つ着物を着ている。

 

「ほう………」

 

 そしてゆうぎりの独唱が始まり、先日見た動作から曲が始まる。

 

「ここはこんな感じなのか」

 

 八幡は目を輝かせながらフランシュシュの姿に見入り、そこである事に気が付いた。

 

「………なんかゆうぎりさんとずっと目が合ってる気がするな」

「「むむっ」」

 

 エルザと詩乃はそう言われ、じっとゆうぎりを観察したが、

確かにその目線は八幡から離れない。

ウィンクや、こちらに来るように誘うような仕草、はては投げキッスまでも飛び出し、

八幡は赤面状態に、二人はぐぬぬ状態になった。

 

「あれで十九っていうんだから驚きだよなぁ………」

 

 八幡がぼそりと呟き、二人は驚きで目を見開いた。

 

「エルザ、そうなの?」

「さすがにそこまで詳しくないけど、八幡が言うならそうなんじゃない?」

「むぅ、三人目………」

 

 そのまま曲は進行し、決めポーズで無事に終わった後、

ゆうぎりはわざわざ八幡の所まで来て一礼し、八幡の耳元で何か囁いて去っていった。

 

「は、八幡、何だって?」

「ん?おお、『たまにはわっちも遊びに誘っておくんなんし』だってよ」

「「ぐぬぬ………」」

 

 こんな若干の波乱もあったが、会はつつがなく進行し、時刻は夜の十一時半となっていた。

 

「よ~し、全員で除夜の鐘を鳴らすか」

 

 おもちゃのような鐘ではあったが、その音は雰囲気満点であり、

参加者達はきゃあきゃあ言いながら鐘を鳴らしていく。

そして年が終わり、時計の針が十二時をさし、新たな年が始まった。

 

「「「「「「「「「「あけましておめでとう!」」」」」」」」」」

 

 そこで会はお開きとなり、八幡は予告通り、全員を見送った。

残るは内輪の片付け要員だけである。

 

「八幡君、今年もいい年になるといいね」

「ああ、そうだな」

 

 八幡と明日奈は一緒に仲良く片付けをし、女性陣は明日奈の引率でマンションへと向かい、

八幡はそのまま次期社長室へと再び戻り、この日は大人しく眠りについた。




クリスマスで頑張った為、こちらは穏やかな描写になりました!


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第1081話 八幡の初詣

すみません、今週も忙しく、次の投稿も日曜日になります、申し訳ありません


 そして次期社長室で迎えた元日の朝、八幡はまだまどろみの中にいた。

いつもなら既に目覚めている時間なのだが、アルコールが入っているせいもあり、

まだ頭がしっかり働いてくれないのである。

その時夢うつつな八幡の耳に、パシャパシャとシャッターのような音が聞こえてきた。

 

(何だ………?)

 

「お・は・よ・う」

「ご・ざ・い・ま・す」

 

 同時にどこかからそんな声が聞こえた気がした。

だがその声はとても小さな声だった為、八幡は空耳だと思い、特に何も反応しない。

直後に何かが体をまさぐる気配がし、八幡は何となくその何かを思いっきり抱いた。

途端に息を飲む気配がし、右腕と左腕、それぞれの中で何かがもそもそと動いた。

 

「ん………?」

 

 ここで八幡の脳が少し覚醒したが、腕の中の二つの物体が、

まるで抱き枕のように抱き心地が良かった為、

それが再び眠気を誘い、八幡は再びうとうととし始めた。

そんな八幡の耳に、ぼそぼそと小さな声が聞こえてくる。

 

「ど、どうしよう」

「明日奈、顔がにやけてるわよ」

「ハ、ハレンチです………」

「純子、ニヤけすぎ。あと羨ましい………」

 

(………………ん?この声は明日奈と雪乃、それに純子と愛?)

 

 八幡の脳が、何かがおかしいと警鐘を鳴らす。

だが警鐘よりも眠気が勝り、八幡の体は全く動こうとしてくれなかった。

 

(これが明晰夢って奴か………?でもいい匂いがする)

 

 八幡は両腕に力を込め、抱き枕を抱き寄せ、交互にその匂いを嗅いだ。

その瞬間にまたシャッター音が聞こえ、遂に八幡の脳が完全に覚醒した。

 

「なっ、何だ?」

 

 慌てて体を起こすと、八幡の腕の中には明日奈と純子がいた。

 

「………………へっ?」

 

 見渡すと、他にも室内には雪乃、クルス、理央、かおりの寮住まい組がいた。

その横には愛の姿もある。

 

「え、何これ?どういう事?」

 

 しばしの沈黙。そして純子が頬を染めながら、何故かひそひそ声で囁いてきた。

 

「お、おはようございます」

「………………あっ」

 

 八幡は動画でこういう番組を見た記憶があった。

 

「まさかこれ、寝起き………ドッキリか?」

「あっ、はい」

 

 これは昨日の忘年会の雑談で、昭和脳の純子がたまたま言った話を実現しようと、

その場にいた者達が示し合わせた結果である。

雪乃の手引きで次期社長室に侵入した一同は、八幡の寝顔を見てニヤニヤしつつ、

その寝顔を写真に収めて悦に入っていた。

そしてそろそろ起こそうと、代表して明日奈と純子が声を掛けた瞬間に、

二人が八幡に捕まったと、まあそういう事らしい。

雪乃のその説明を聞いた八幡は深いため息をついた。

 

「はぁ………いや、まあいいけどよ」

「それよりも八幡君?」

「ん?」

「いつまで二人を抱き締めたままでいるつもりなのかしら?」

「あっ、そうだった、すまん!」

 

 八幡は慌てて二人から手を離したが、

二人はお互い顔を見合わせ、その場を動こうとしない。

 

「明日奈!」

「純子!」

 

 そんな二人を雪乃と愛が八幡から引き離す。

 

「てへっ」

「ご、ごめんなさい」

 

 その瞬間に、これを好機と思ったのか、クルスと理央が八幡の懐に飛び込んだ。

 

「八幡様、私の方が抱き枕としての性能がいいですよ」

「た、多分、私も!」

「こら!」

 

 その二人はかおりが即座に排除した。

 

「二人とも、もう出かけるんだからいい加減にしなさい」

「「はぁい」」

 

 二人はあわよくば、程度の気持ちだったのだろう、返事をして素直に立ち上がり、

そのままいそいそと八幡に着替えを持ってきた。

 

「ささ、八幡様、このマックスがお着替えのお手伝いをしますね」

「私も私も!ほら八幡、脱いで脱いで」

「おわっ、やめろ!寒い、寒いっての!」

 

 八幡はいきなり脱がされそうになり、必死に抵抗した。

だが先ほどは止めてくれた雪乃や愛、それにかおりが何故か二人を止めてくれない。

 

「お、おい雪乃!愛!かおり!」

「………残り時間を考えると、この際仕方がないわね」

「八幡ごめん、もうそろそろ予定の時間だから………」

「雪乃がそう言うなら仕方ないと思うんだよね」

 

 三人は八幡の呼びかけに応えてはくれないようだ。

 

「あ、明日奈、こいつらを止めてくれ!」

「ごめん、止めたいのはやまやまだけど、本当にもう出かける時間だから」

「分かった、自分で着替えるから!」

「そうですか?それじゃあ仕方ないですね」

 

 八幡の必死の訴えでやっとクルス達が止まり、理央が舌打ちをした。

 

「チッ」

「今お前、舌打ちしたよな!?」

「何?気のせいじゃない?」

「くっ、図太くなりやがって………」

 

 八幡はそう言いつつも、寒い為にさっさと着替えようとして、その手を止めた。

 

「………おい」

「何かしら?」

「着替えたいんで全員部屋から出てって欲しいんだが」

「大丈夫よ、みんな、目隠ししましょう」

 

 その雪乃の音頭に従い、その場にいたほとんどの者達は目を手で隠した。

 

「………まあいいけどな」

 

 八幡は雪乃に口で勝つ事の困難さを知っている為、説得するのを諦めた。

そして上着に手をかけ、首の辺りまで上げたところでピタリと手を止めた。

 

「………おい」

「何かしら?」

「その手、隙間だらけだよな?絶対こっちが見えてるよな?」

「何の事かしら、遂に脳が腐ったの?」

「………まあいいけどな」

 

 室温は適温ではあったが、やはり裸同然の姿で長時間いるのは辛い為、

八幡は女性陣の視線を気にせず着替え始めた。

 

「は、八幡君、もう少し、もう少しこっち向きで!」

「明日奈、お前、まさか飲んでないよな?」

「何それウケるし」

「久々に聞いたなそれ」

「昔と比べると随分筋肉質になったのね」

「雪乃さぁ、お前、絶対見えてるよな?」

「八幡様、男らしいです!」

「マックスはさぁ、せめて隠してるフリはしような」

 

 この言葉通り、クルスだけは一切何も隠さず、八幡をガン見している。

 

「八幡、ちょっとは隠そうよ」

「おい理央、誰のせいでこうなってると思ってやがる」

「は、八幡、着替え終わったら教えてね」

「俺の味方は愛だけか………」

「おはようございます」

「純子、それはもう終わったから」

 

 こうして朝からどっと疲れる事になったが、

とにもかくにも八幡は出かける準備を終え、

参加出来る者達と連れ立って柳林神社へと向かう事となった。

 

 

 

「ん、あれ、紅莉栖?」

「くっ、殺せ!」

「いきなり何だよ………」

 

 柳林神社にはさすが正月らしく、それなりに人がいた。

そしてその応対をしている者の中に、巫女服姿の紅莉栖が混じっていたのだった。

 

「お前、何してんの?」

「見て分からない?手伝いよ、手伝い」

「キョーマはいないのか?」

「岡部も手伝いさせられてるわよ、後で顔を出してあげて」

「おう、分かった」

 

 そんな八幡一行に気付いたのか、向こうから顔立ちの整った巫女が駆け寄ってきた。

 

「八幡さん、あけましておめでとうございます!」

「お、るか君、正月から頑張ってるみたいだな、ウルシエルとは大違いだな」

「いや、私もここにいますからね?」

 

 一見すると美少女にしか見えない漆原るかが、

紅莉栖と共に巫女服で甲斐甲斐しく働いている。だが男だ。

その後ろからえるが姿を見せ、頬を膨らませながら八幡を睨んだ。

 

「何だ、お前もいたのか」

「当たり前じゃないですか!弟だけ働かせたりしませんよ!」

「ふ~ん、あ、るか君、これ、お年玉な」

 

 事前に準備していたのか、

八幡は懐からALOの図柄のポチ袋を取り出し、るかに差し出した。

 

「えっ?いいんですか?ありがとうございます!」

「わ、私には!?」

「何でお前にあげないといけないんだよ………と言いたいところだが、

まあ約束だからな、ほれ」

 

 八幡はそう言いながら、『えるへ』と書かれているポチ袋を取り出した。

 

「やった!」

「それじゃあぽいっと」

 

 八幡はそれを容赦なく賽銭箱に放り込んだ。

 

「あああああ!何するんですか!」

「だってこうしろってお前が言ったんじゃないかよ」

「た、確かにそうですけど!ぐぬぬ、こうなると、中から出せるのはしばらく先に………」

 

 だが自分がそう言ったのは確かな為、えるは落ち込みつつも、

その八幡の行動にそれ以上抗議は出来なかった。

 

「よし、それじゃあみんな、お参りしようぜ」

 

 順番にお賽銭が投げ込まれ、参加者達がかわるがわる願い事をお祈りしていく。

八幡も、先ほどのえるへのお年玉とは別に賽銭を投げ込み、

仲間達に囲まれながら、神様にお祈りをした。

 

「少し騒がしいですが、こんな幸せな日々がいつまでも続きますように」




八幡がえると約束したのは第698話ですね!


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第1082話 懐柔

昨日は投稿出来なくてすみませんでした!今日から再開です!


 ここで舞台は数日前へと遡る。八幡が柳林神社にお参りした、その少し前、

コミマ会場にて、『ハイアー』のメンバーのリアル活動が行われていた。

目的は当然、『セブンスヘル』の二人の確保である。

 

「………いたわ、確かにあいつらよ」

 

 唯一はっきりと『セブンスヘル』の顔を知っている薔薇がそう太鼓判を押した。

 

「了解、監視に入る」

「し、仕掛けるのは今日のイベントが終わってからでオケ?」

「そうだね、運営さんに迷惑はかけられないもんね」

「それじゃあ手はず通りに」

 

 同行していた萌郁、フラウ、明日香の三人が、ここから交代で二人を見張る事になる。

 

「ごめん、それじゃあ後はお願いね」

「うん」

「頑張って下さい!」

「健闘を祈る!ビシッ!」

 

 薔薇はソレイユの企業ブースで仕事がある為、ここで一旦離脱である。

そこに丁度蔵人から連絡が入った。

 

『おい明日香、今ダルと合流したぞ、やっと手が開いたらしい』

「こっちは目標を監視中、頃合いを見て接触お願い~」

『あいよ』

 

 企業ブースでセッティングを終えたダルが、蔵人と合流し、

二人はこれからセブンスヘルのブースに向かう事になっていた。

その目的は、ファンを装った顔繋ぎである。

そして遠目に見守る三人の目の前で、蔵人とダルがブースに近付いていった。

 

「すみません、ちょっと見せてもらってもいいですか?」

「いらっしゃいませ」

「はい、喜んで!」

 

 ここまで同人誌を買ってくれた者はまだいなかった為、二人は嬉しそうにそう答えた。

 

「お、新刊があるんですね、これは楽しみだ」

 

 表紙を見ると、そこには相変わらず一目で八幡本人だと分かる絵が書かれている。

画力的にはこの二人、やはり相当に上手い。

ALOの同人誌などというマイナーなジャンルに拘っていなければ、

二人の本はもう少し売れる事だろう。

 

「すみません、これ下さい」

「ありがとうございます!」

 

 購入をキッカケにし、そのまま蔵人とダルは、二人と雑談を開始する。

 

「先生達も、ALOはプレイされてるんですよね?」

「ええ、まあ」

「しがない中堅プレイヤーですけどね」

「なるほどなるほど、今回のイベント、いきなりハードですよね。

うちは少数ギルドなんで、正直全然狩りが捗らなくて………」

「それなら合同チームに参加するのもありかもですね」

「えっ、そんなものが?」

「はい、邪神広場で毎日やってると思います、

それに参加すれば多少楽になるんじゃないかと」

「そうなんですか、分かりました、仲間と相談してみます!」

 

 四人の会話は実に和やかに進行した。

どうやらこの二人、ゲームの中とは違っていい人のようだ。

 

「それじゃあ次にこういった機会があった時に、

またお会い出来るのを楽しみに待ってますね、また!」

「ありがとうございました!」

 

 蔵人とダルは、そのまま仲間達と合流した。

 

「先輩、あの二人、どうだった?」

「拍子抜けするほど普通だったわ、

ああいうのが色々やらかしちまうんだから、ネトゲってのは怖えよなぁ」

「だねぇ。で、それの内容は?」

「タイトルは、『タンクたん、くっ殺』だそうだ」

「タンク?って事は………」

 

 明日香が本を開くと、そこにはユイユイ、セラフィム、アサギの、

あられもない姿が見事に描かれていた。当然襲っているのはハチマンである。

 

「相変わらず絵は上手い………」

「ネーミングセンスはいまいちだな」

「だがそれがいい」

「お、フラウたん、分かってるね」

 

 一同はその新刊を資料としてソレイユブースに持ち込み、

保管を頼んだ後、再び交代で、逃げられないように二人を見張る事となった。

そしてこの日の閉館時間が訪れ、

二人が外に出てきたのを、蔵人が偶然を装ってキャッチした。

 

「あれ、先生方、今帰りですか?お疲れ様です」

「あれ、本当だ、偶然ですね」

「戦果はどうですか?」

「まあそれなりに?」

 

 そう言って蔵人は、

小道具のリュックと紙バッグにいっぱいの同人誌やら何やらを二人に見せた。

これは実はダルの戦利品を借りたものである。

 

「おお、大漁ですね」

「良かったら見てみますか?」

「いいんですか?」

「ええ、お二人だと、他のサークルを回るのもきついでしょうしね」

「それじゃ遠慮なく………」

「それならあそこの店ででも………ああ、もちろん俺の奢りで」

 

 蔵人は巧みに二人を誘導し、近くにあった店に入った。

 

「本当にいいんですか?」

「ええ、これも何かの縁ですから」

 

 蔵人は微笑みながらそう言い、店の奥にある個室へと向かうと、二人を接待した。

こんな待遇を受けるのは初めてだった為、二人が浮かれてしまったのは仕方がないだろう。

だが世の中はそう甘くない。

 

「お待たせしました」

 

 しばらくして、ウェイターとウェイトレスが注文の品を運んで個室に入ってきた。

その顔を見た瞬間に、二人は肝を潰した。

 

「お、お前は、ハ、ハチマン………」

「ロザリアの姉御まで!?」

「おおっと、本番はこれからだってのに、もう席を立つおつもりですか?先生方」

 

 二人は慌てて立ち上がり、逃げ出そうとしたが、そんな二人を蔵人が制した。

 

「あ、あんたは………」

「おっと、これは自己紹介が遅れて申し訳ありません、俺はこういう者です」

 

 そう言って蔵人が差し出してきた名刺には、こう書かれていた。

 

『ソレイユ社長付、針生蔵人』

 

「なっ………」

「だ、騙したのか!?」

「人聞きの悪い、俺は本当にあんた達の才能を買ってるんだって」

 

 途端に蔵人の口調がざっくばらんなものに変わる。

 

「さ、才能?」

「ここからは俺達が話そう」

 

 そう言って、八幡と薔薇が前に出てきた。

 

「こうやって本来の姿で会うのは久しぶりね」

「おう………いや、は、はい」

「お久しぶりです………」

 

 ゲームの中では薔薇を散々裏切り者扱いしてきた二人だったが、

こうして直接会ってみると、気圧されてしまうようで、とてもそんな事は出来そうにない。

 

「そう固くならないの。今日はあんた達にとっていい話を持ってきたんだから」

「い、いい話?」

「そうだ。二人の出した本は見させてもらった。内容についてはその、自重しろとは思うが、

絵に関しては素直に素晴らしいと感心した。

特にうちの社長がお気に入りでな、こうして足を運ばせてもらった」

「う………」

「俺達はとっくにマークされてたって事か………」

 

 二人は無職であり、

国からの補助金の残りと同人誌の細々とした収入で何とか暮らしている状態であった。

そんな二人が天下のソレイユに逆らったところで何が出来るはずもない。

ゲームの中でなら対抗も出来たが、こうなるともう、蛇に睨まれたカエル状態であり、

相手の言う事に素直に従う他はない。

唯一の希望は、先ほど薔薇が言った、『いい話』という部分であったが………。

 

「そんな顔をしないでくれ、多分二人にとっては本当にいい話なんだからよ」

 

 八幡は笑顔を見せ、二人は多少肩の力を抜く事が出来た。

 

「えっと、その、お話というのは………」

「その前に自己紹介をしておこう。俺は八幡、比企谷八幡だ」

「えっ?」

「まさかの実名系?」

「言うな!あれは事故だったんだよ事故!俺だってもっと格好いい名前にしたかったんだ!」

 

 八幡は顔を赤くしながらそう言い、そんな八幡を薔薇が宥めた。

 

「ほら、どうどう、あんた達もあんまり八幡をいじめるんじゃないわよ」

「あっ」

「す、すみません姉御………」

 

 その薔薇のいかにもお姉さん風の態度にイラっとしたのか、

ここで八幡が薔薇の本名をカミングアウトした。

 

「保護者面すんな小猫」

「うっ………」

「いいかお前ら、こいつの本名は薔薇小猫、いいか、小猫だ。

今後はこいつの事は、小猫の姉御と呼ぶといい」

「「こ、小猫の姉御!」」

「………あ、あんた達、殺すわよ」

「「「ひぃ!」」」

 

 三人はそう悲鳴を上げたが、その顔はどう見ても面白がっていた。

そのまま笑いあった三人には連帯感のようなものが芽生え、

場は途端にリラックスした雰囲気になった。

 

「えと、俺はヤサ………綾小路優介です」

「バンダナこと、武者小路公人っす」

 

 ここで二人が自己紹介した。

 

「おお、格好いい名前だな………」

「本当にね」

「で、そろそろ本題を………」

「おう、二人とも、もし良かったら、うちの専属絵師にならないか?」

「えっ?」

「せ、専属絵師………?」

「そうだ、実は今度、ALOのガイドブックを出そうって話があってな、

そのイラストの全てを二人に担当してもらおうと思ってる」

「ま、マジっすか!?」

「マジだ」

「おぉ………」

 

 二人はその思いもかけない提案に飛びついた。

 

「やります、是非やらせて下さい!」

「お願いします!」

「おお、やってくれるか」

 

 八幡は優介と公人に頷くと、わざと微妙な顔をした。

 

「だが一つ問題がある。うちが必要としているのはお前達だけだ。

これまで二人と苦楽を共にしてきたであろう、他の奴らは必要ないんだ。

だから二人には、結果としてそいつらを裏切ってもらう事になるんだが………」

 

 言いづらそうにそう言う八幡に、だが二人はあっさりとこう答えた。

 

「あ、別にいいです」

「確かにつるんでましたけど、別にそこまで仲良くないんで」

「えっ?でもお前ら、前にスーパーの前で仲良くたむろしてたんだろ?」

「いつの話ですか?」

「こいつに見覚えないか?」

 

 そう言って八幡が二人に見せたのは、遠藤貴子の写真であった。

 

「あ、ああ~、前にちょっと話したような?」

「あの時見たのって、やっぱりあんただったのか!」

「おう、そっちからもお前達の調査は進めてたんだが、空振りだったけどな」

「あそこには一度しか行かなかったんで」

「そうか、まあ結果的に二人の才能が知れたから、この方が良かったよな」

 

 二人はその言葉に素直に頷いた。

 

「そんな訳で、こっちの事は気にしないで下さい」

「こうなった以上、スパイでも何でもしますよ!」

「そうか、それじゃあ遠慮なく頼むわ。ゲーム内での連絡はグウェンを通して頼む」

「えっ?」

「グウェンもヴァルハラのスパイなんすか?」

「なったのは最近だけどな」

「マジか」

「パねぇ………」

 

 二人はだが、嬉しそうにそう言った。

敵なら恐ろしいが、味方なら頼もしいという心理である。

 

「それじゃあ詳しい話は小猫としてくれ、今日はいい結果になって本当に良かった」

 

 八幡は二人に手を差し出し、優介と公人はその手をしっかりと握った。

 

「八幡兄貴、これからお世話になります!」

「兄貴、絶対に気に入ってもらえる絵を二人で描いてみせますから!」

「おう、期待してる」

 

 こうしてヤサこと綾小路優介と、バンダナこと武者小路公人はソレイユの軍門に下り、

『武者小路小綾』という名前で今後は活動していく事になったのだった。

それに伴い二人もソレイユの寮に引っ越す事となり、二人の生活はこの日から一変した。



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第1083話 ミーティングの混乱

 さて、時は戻って元日の午後、初詣を終えた後は特に何も予定はなく、

八幡は次期社長室に戻ってマネージャーの勉強を進めていた。

 

 攻略に関しては、元日にも関わらず一部の者達が狩りを行っており、

この日が終わった時点での討伐数は、五千五百まで伸びていた。

 

「ふう、今日は頑張ったね」

「ハチマンさん、褒めてくれるかな?」

 

 ファーブニルとヒルダがそんな会話を交わし、

フカ次郎やエルザも半分以下の人数でここまで狩れた事で、

高めのテンションで今日の成果を喜びあっていた。

 

「フカちゃん、イェ~イ!」

「ロビン、イェ~イ!」

「アサギも手伝ってもらっちゃってごめんねぇ?」

「ううん、こういう時に稼がないと、いつまで経っても追いつけないしね」

 

 古参のメンバーと比べ、能力が足りてないという自覚がある者達が、

この機会に上との差を詰めるべく、正月返上で頑張っていたのである。

その中にはベルディアやプリン、それにウズメやピュアの姿もある。

四日にミニライブがある為、午後の部しか参加は出来ないのだが、

二人も早くハチマンの役に立ちたいと思っている為、その士気は高い。

 

 仲間達に討伐数を稼いでもらう事を心苦しく思いながらも、

八幡はマネージャー業務を覚える事に余念がない。

八幡は自嘲する。まったく俺はいつからこんな勤勉な人間になってしまったのだろうか、と。

少なくとも社畜の才能が備わっていた事は、かつて本人も言っていた通り間違いないようだ。

 

 二日も同じような感じで進み、討伐数は六千まで増えた。

八幡は四日のミニライブの他、色々な仕事を正月返上で進めていく。

そして日付は変わり、迎えた一月三日の朝、

八幡はソレイユ・エージェンシービルのレッスンルームの入り口前に、

かなり緊張した様子で立っていた。

 

「………遂に本番か」

 

 八幡は服装も幸太郎に寄せており、頑張って代役を果たそうと意気込んでいた。

 

「よし」

 

 八幡は深呼吸をして心を落ち着かせると、ドアを開けて中に入った。

 

「はい皆さん、おはようございま~す」

「「「「「「「おはようございます」」」」」」」

「俺は代役マネージャーの比企谷八幡です。

一昨日はうちの忘年会に参加してくれて、本当にありがとう」

 

 八幡はそう言っていきなり拍手を始める。

 

「最高だったなお前ら!はい拍手、本当に素晴らしかった、みんなで拍手!」

 

 八幡は端から端まで拍手しながら移動していった。

ここまで八幡がやっているのは全て幸太郎のアレンジであり、

その似合わなさにフランシュシュのメンバー達は笑いを堪えるのに必死になりながら、

八幡に合わせて拍手をした。

 

「はい、そして突然ですが、ここで皆さんにお知らせがあります」

 

 八幡は端から端まで拍手を終えた後、中央に戻り、腰に手を当てながら胸を張った。

 

「CMの仕事です、実は俺が企画しました」

「えっ?」

「おお………」

「さすが!」

「そうじゃろそうじゃろ」

 

 八幡は幸太郎を意識してうんうんと得意げに頷きながら、横にあった黒板を回転させた。

 

「これです、はいドン!」

 

 そこには『CM決定!ゾンビ・エスケープ』と書かれていたが、

その文字は上下が逆になっていた。だが八幡はその事に気付かない。

これはわざとやったのではなく、回転させるという事を意識していなかった八幡が、

ただ普通に裏側に回って文字を書いたせいであった。

フランシュシュのメンバー達は、かつて幸太郎が同じ事をやらかした事もあり、

これも幸太郎の真似なのだろうと思っている為、誰も突っ込まない。

 

「マネージャー、ゾンビ・エスケープって何だ?」

「うちで作ってるゲームです」

 

 八幡は平坦な口調で早口でそう答えた。これも幸太郎の真似である。

だがさすがにそれで終わりではなく、八幡は一同に資料を配った。

 

「これがそのパンフレットだ、

今回はゾンビ・エスケープの主題歌も同時に担当してもらう事になるから宜しく。

曲はもう作り始めてて、『徒花ネクロマンス』というらしい」

「「「「「「「おぉ………」」」」」」」

 

 ソレイユに移籍してからまだ日が浅いにも関わらず、いきなりタイアップ成立である。

一同が驚くのも無理はないだろう。

 

「一応みんなには、ゾンビのメイクもしてもらう事になる。

イメージとしてはパンフレットの最後に紙を挟んであるのでそれを見てくれ」

 

 その紙にはおでこにバッテンがついたさくらや、

首が切り離されたような大きな傷があるゆうぎりの加工された写真があり、

一同はきゃっきゃうふふしながらその写真を見て笑っていた。

 

「マネージャー、これって死んだ時の設定とかはあるんですか?」

「あ~、幸太郎さんは、さくらは交通事故でトラックにはねられたとか、

ゆうぎりさんは斬首されたとか、愛はステージの上で雷に打たれたとか、

そんな設定を言ってたな。まあ詳しくは、後日幸太郎さんに聞いてくれ」

「「「「「「「は~い」」」」」」」

 

 その元気な返事に八幡は満足そうに頷いた。

 

「マネージャー、そのゲーム、試しにやってみたいんだけど!

その方が宣伝するにもやりやすいし?」

 

 いかにもこういうのが好きそうなサキがそう言い、他の者達も頷いた。

 

「むむ、確かにそうだな………」

 

 八幡はこの後のスケジュールを考え、空いている時間を探した。

 

「夜の九時から一時間くらいならまあ平気だな、

それまでに準備はさせておくから、その時にみんなで一緒に遊んでみよう」

「やった!」

「さっすが話が早い!」

 

 一同はその提案に喜んだが、その時事件は起こった。

八幡がうっかり黒板の方に振りかえってしまったのだ。

上下が逆になったその黒板を八幡は二度見し、その顔が赤く染まっていく。

幸太郎が同じ事をやらかした時は、同じように二度見はしたものの、

その後は平然としていたが、ただでさえ緊張していた八幡は平静ではいられなかったらしい。

そしてそんな八幡の表情を見た一同は、

これが仕込みではなくただのミスだった事に気が付き、口々に八幡を励ました。

 

「ドンマイ、マネージャー!」

「八幡、気にしないで!」

「誰にだってミスはありますよ」

 

 その励ましに八幡は、ギギギと音が聞こえるような仕草で振り向いた。

 

「え、え~っと………」

 

 何とかこの場を和まさなければいけない、八幡はそう考え、

テンパった頭できょろきょろと辺りを見回した。

その目に、部屋の隅に何故か置いてあった、フランスパンのぬいぐるみが飛び込んでくる。

 

(あれだ!)

 

 八幡は幸太郎の教えを思い出し、つかつかとそのフランスパンのぬいぐるみを手に取った。

そして満面の笑みを浮かべた八幡は、

元の場所に戻ってそのフランスパンを肩にかつぎながら言った。

 

「メルスィ~?」

 

 一同はその姿にかつての幸太郎の姿を重ねていた。その時の経緯はこんな感じである。

 

 

 

「あっはぁ………メルスィ~?」

 

 本物のフランスパンをかつぎ、そう言った幸太郎を見て、

幸太郎の奇行に慣れて入る一同も、さすがに戸惑った。

そして幸太郎は愛につかつかと近寄り、その耳元でこう言ったのである。

 

「ボンジュール、サガジェンヌ………」

「はぁ?」

「サガジェェェンヌ………」

 

 愛が嫌そうにそう答えたが、幸太郎は尚も、『サガジェンヌ』を連呼する。

 

「チッ」

 

 愛は心底うさったそうにそう舌打ちし、仕方無しにこう答えた。

 

「はいはい、サガジェンヌサガジェンヌ」

 

 直後に幸太郎は体を起こし、

その手に持ったフランスパンを、思いっきり愛の頭に叩きつけた。

 

「お前のどこがサガジェンヌじゃい!」

 

 それを受け、気の強い愛は即座に反撃をした。

幸太郎の手からフランスパンを奪い取り、その横っ面に叩きつけたのである。

 

「何なの!」

 

 幸太郎は僅かな時間、その場に蹲った後、スッと立ち上がり、

ちっともサガジェンヌになれていないと、全員に説教を始めたのであった。

 

 

 

「純子はん、これって………」

 

 ゆうぎりがひそひそと、隣にいた純子に話しかける。

 

「あの時の再現になるんでしょうか………」

「でも今の愛ちゃん、純子ちゃんと一緒でマネージャーにベタ惚れだよね?」

「っ………」

 

 逆の隣に座っていたさくらにそう言われ、純子は顔を赤くして下を向いた。

 

「さくらはんも中々言いますなぁ」

「いや、だって一目瞭然だし?

あっ、というかゆうぎりさんも確かこの前の忘年会の時………」

「うふふ」

 

 ゆうぎりははぐらかすような笑顔を見せた。その時八幡が、予想通り愛に近付いていく。

 

「やっぱり愛さんに行きましたね」

「どうなるでありんすかね」

「う~ん………」

 

 当の愛は、顔を赤くして八幡を見上げていた。

この時点で幸太郎に対するものと、態度が明らかに違っている。

そして八幡は、目をぐるぐるさせたまま機械的に愛の耳元でこう囁いた。

 

「ボンジュール、サガジェンヌ」

「うん、私、八幡のサガジェンヌ!」

 

 愛は満面の笑みでそう言って立ち上がり、いきなり八幡に抱きついた。

 

「「「「「「あっ」」」」」」

 

 その行動に残りの六人は驚いたが、八幡は何故か動こうとしない。

その口からはぶつぶつと、『舌打ちと同時にパンで叩く』と聞こえてくる。

どうやらまだあっちの世界にいるようで、

今自分が愛に抱きつかれている事にも気付いていないようだ。

 

「上手くやりましたね愛さん………チッ」

 

 その時純子が若干黒い表情でそう舌打ちし、

それをトリガーとして認識した八幡が動き始めた。

 

「お前のどこが………」

 

 そう言って八幡はフランスパンを振りかぶったが、

叩く対象が椅子に座っていない為、その目が泳いだ。

 

「むっ………」

「もう、八幡のサガジェンヌはこっちだってば!」

 

 愛がそう言って八幡の顔を自分の方に向け、その勢いのまま、愛の唇が八幡の唇に近付く。

 

「「「「「ああああああ!」」」」」

 

 純子以外の五人はあまりの出来事にそう叫んで硬直したが、そんな中、純子だけが動いた。

 

「させません!」

 

 純子はそう言って八幡に抱きつくと、二人の間に手を差し込み、

愛の唇は純子の手の甲にキスをする事になった。

 

「セーフです!」

「くっ、純子………」

「ん………おお?」

 

 そこでやっと八幡が覚醒した。

 

「えっ?何この状況」

 

 その時ゆうぎりがスッと動いた。ゆうぎりは完全にフリー状態の八幡の右側に移動し、

その頬にいきなりキスしたのである。

 

「「あああああああああ!」」

「愛はん、純子はん、油断大敵でありんすな」

 

 ゆうぎりはそう言うと、八幡にウィンクし、そのまま自分の席に戻った。

 

「ずるい!」

「わ、私も!」

 

 愛と純子がそう言って八幡に迫ったが、八幡は既に覚醒しており、

両手で二人の額に手を当て、その攻撃を押し戻した。

 

「お、お前達、これは何の真似だ!」

「「ぐぬぬぬぬ」」

 

 ここに至ってはもうどうしようもないと悟った二人は悔しそうに自分の席に戻り、

残された八幡は、呆然としながらゆうぎりの顔を見た。

 

「えっと………」

 

 ゆうぎりはそんな八幡に、舌なめずりで答えた。

その色気に圧倒され、八幡はそれ以上何も言えずに黒板の前に戻り、

丁度その時振り付けの先生が部屋に入ってきた為、咳払いをした後にこう言った。

 

「よ、よし、それじゃあレッスンを開始しよう」

 

 こうしてこの日のミーティングはゆうぎりの勝利で幕を閉じる事となった。



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人物紹介 ver.1.21 CaliberCrossing edition

ちょっと登場人物が増えすぎたのでここで一度人物紹介を更新します!


人物紹介

 

『ALO組、ヴァルハラ・ガーデン』

 

・ハチマン

 

 言わずと知れた主人公、その正体はSAOのハチマンである。本名は比企谷八幡。

 ソレイユの社長に就任予定。主に指揮担当。ALOのセブンスヘヴンの一人。

 結城明日奈と交際中。

 

・アスナ

 

 本編のメインヒロイン、SAOのアスナである。本名は結城明日奈。

 ソレイユの渉外部長に就任予定。ヒーラー兼物理アタッカー。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。比企谷八幡と交際中。

 

・コマチ

 

 ハチマンの妹。斥候。ソレイユの渉外部に所属予定。

 

・キリト

 

 本名は桐ヶ谷和人、八幡の親友、同級生。

 ソレイユの開発部長に就任予定。物理アタッカー。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。篠崎里香と交際中。

 

・リズベット

 

 本名は篠崎里香、八幡の同級生。和人と付き合っている。ALO最高の正統派鍛治職人。

 物理アタッカー。桐ヶ谷和人と交際中。

 

・シリカ

 

 本名は綾野珪子、八幡の同級生。

 物理アタッカー兼ヒーラー(ピナを使用時)

 

・クライン

 

 本名は壷井遼太郎、平塚静と結婚秒読み。物理アタッカー。

 

・エギル

 

 本名はアンドリュー・ギルバート・ミルズ、喫茶店「ダイシーカフェ」を経営中。

 物理アタッカー。

 

・ユキノ

 

 本名は雪ノ下雪乃。ソレイユの経営部長に就任予定。ヒーラー。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。ヴァルハラの頭脳その1。八幡の専属。

 

・ユイユイ

 

 本名は由比ヶ浜結衣。八幡の元同級生。

 ソレイユの芸能部『ルーメン』広報課に所属予定。タンク。

 

・ユミー

 

 本名は三浦優美子。八幡の元同級生。

 ソレイユの芸能部『ルーメン』広報課に所属予定。魔法アタッカー。

 

・イロハ

 

 本名は一色いろは。八幡の元後輩。

 ソレイユの芸能部『ルーメン』広報課に所属予定。魔法アタッカー。

 

・リーファ

 

 本名は桐ヶ谷直葉、和人の妹。剣道の有段者。シルフ四天王の一人。

 物理アタッカー。ソレイユの受付嬢に就職予定。

 

・レコン

 

 本名は長田慎一、直葉の事が好き。斥候。

 

・メビウス

 

 本名は城廻めぐり、ソレイユのメディキュボイド事業部所属。ヒーラー。

 

・ソレイユ

 

 本名は雪ノ下陽乃、ソレイユ・コーポレーションの創設者、魔法アタッカー。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。

 

・アルゴ

 

 本名は不明、主要キャラの中では唯一本名を隠し通す。

 ソレイユの開発部長兼影の情報部長。斥候。

 

・シノン

 

 本名は朝田詩乃、高校生、ソレイユでバイト中。遠隔アタッカー。

 

・フカ次郎

 

 本名は篠原美優、北海道在住。物理アタッカー。シルフ四天王の一人。

 

・クリスハイト

 

 本名は菊岡誠二郎、総務省通信ネットワーク内仮想空間管理課(通称仮想課)職員。

 魔法アタッカー。

 

・クックロビン

 

 本名は神崎えるざ、今話題のアーティスト。GGOのピトフーイ、変態。物理アタッカー。

 

・セラフィム

 

 本名は間宮クルス、八幡の秘書に就任予定。八幡の専属。タンク。

 

・クリシュナ

 

 本名は牧瀬紅莉栖、天才脳科学者。彼女の存在が、いずれ何人かの人物の救いとなる。

 HNは栗悟飯とカメハメ波。支援、弱体魔法担当。

 ヴァルハラの頭脳その2。ソレイユの次世代技術研究部に所属、八幡の専属。

 岡部倫太郎と交際中。

 

・フェイリス

 

 本名は秋葉留未穂、魔法アタッカー。

 

・ナタク

 

 本名は国友駒央。遠隔アタッカー兼職人。

 

・スクナ

 

 本名は川崎沙希。八幡の元同級生。遠隔アタッカー兼職人。

 ソレイユのグッズ開発部長に就任予定。

 

・サトライザー

 

 本名はガブリエル・ミラー。怪我をして療養中に八幡にスカウトされ日本へ。

 SPO(ソレイユ・プロテクション・オフィサー)部長。

 オールマイティプレイヤー。

 

・レヴィ

 

 本名はレヴェッカ・ミラー。サトライザーことガブリエル・ミラーの妹。

 八幡のボディガード。身元引受人は八幡だが、実は八幡と同い年である。

 新しく導入された魔法銃を与えられる。遠隔アタッカー。

 

・リオン

 

 本名は双葉理央。ソレイユの次世代技術研究部に所属。遠隔アタッカー。

 

・アサギ

 

 本名は桜島麻衣。女優。タンク。ソレイユ芸能部『ルーメン』所属。

 

・ホーリー

 

 本名は茅場晶彦。滅多に登場しないレアキャラ。

 アルゴの手によりセブンスヘヴンランキングからは除外されている。

 

・ウズメ

 

 本名は水野愛。アイドルグループ『フランシュシュ』のメンバー。

 ソレイユ芸能部『ルーメン』所属。

 

・ピュア

 

 本名は紺野純子。ナチュラルに昭和な女性。

 アイドルグループ『フランシュシュ』のメンバー。

 ソレイユ芸能部『ルーメン』所属。

 

・サイレント

 

 本名は平塚静。プレイはしていないゲスト扱い。クラインこと壷井遼太郎と結婚秒読み。

 二○二八年四月、帰還者用学校にて八幡達の担任となる。

 

・コリン

 

 本名は神代凛子。プレイはしていないゲスト扱い。

 ソレイユのメディキュボイド事業部部長。神代フラウの姉。

 

・ユイ

 

 NPCの少女。ハチマンとアスナの娘。

 

・キズメル

 

 NPCのダークエルフの美女。自称ハチマンの嫁。通称黒アゲハ。

 

 

『その他のALOプレイヤー』

 

・サクヤ

 

 シルフ領主。

 

・アリシャ・ルー

 

 ケットシー領主。

 

・ユージーン

 

 サラマンダー領主の弟。サラマンダー軍のトップ。元ALO最強剣士。

 

・カゲムネ

 

 ユージーンの側近。サラマンダー軍のナンバーツー扱い。

 

・シグルド

 

 元シルフ四天王の一人。サクヤに追放された後は不明。

 

・トンキー

 

 邪神型モンスター。

 

・ユウキ

 

 本名は紺野木綿季。スリーピング・ナイツのメンバー。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。病気が治り、今は八幡の同級生。

 

・ラン

 

 本名は紺野藍子。スリーピング・ナイツのリーダー。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。病気が治り、今は八幡の同級生。

 

・ジュン

・テッチ

・タルケン

 

 スリーピング・ナイツのメンバー。

 

・シウネー

 

 本名は安施恩。スリーピング・ナイツのメンバー。

 

・ノリ

 

 本名は山野美乃里。スリーピング・ナイツのメンバー。

 

・クロービス

 

 本名は矢凪清文。スリーピング・ナイツのメンバー。故人。

 現在はアマデウスとして活動中。スリーピング・ガーデンのハウスメイド。

 

・メリダ

 

 本名は山城芽衣子。スリーピング・ナイツのメンバー。故人。

 現在はアマデウスとして活動中。スリーピング・ガーデンのハウスメイド。

 

・ゴーグル

・コンタクト

・フォックス

・テール

・ビアード

 

 ロザリアの元取り巻き。

 

・ヤサ

 

 本名は綾小路優介。ソレイユ専属絵師。ロザリアの元取り巻き。

 

・バンダナ

 

 本名は武者小路公人。ソレイユ専属絵師。ロザリアの元取り巻き。

 

・ルクス

 

 本名は柏坂ひより。帰還者用学校の生徒。ラフィンコフィンの元メンバー。

 アスカ・エンパイアでサッコを名乗る。父は厚生労働大臣の柏坂健。

 

・グウェン(GWEN)

 

 本名は鶴咲芽衣美。通称メイミー。帰還者用学校に中途入学。

 ラフィンコフィンの下部組織の元リーダー。

 八幡の為に小人の靴屋でダブルスパイ活動を行う。

 

・グウェン(GWENN)

 

 鶴咲芽衣美本来のグウェン。今ではこちらがメインキャラ。

 

・ビービー

 

 元サラマンダー軍。ナイツ『M&S(マシンガン&ゴッデス)』のリーダー。

 通称女神様。

 

・リョウ

・リク

・リツ

・リン

・リナ(リナッチ、リナジ、リナゾー、リナヨ、リナコ、リナム)

・リョク

 

 素材屋『スモーキング・リーフ』を営む六姉妹。

 

・ローバー

 

 スモーキング・リーフ内で万屋『ローバー』を営む謎の老婆。

 その正体は八幡である。

 

・グランゼ

 

 本名は幸原りりす。

 職人ギルド『小人の靴屋』のリーダー、七つの大罪の黒幕。

 ヴァルハラを敵視する女性。

 

・ルシパー

 

 ギルド『七つの大罪』のリーダー、傲慢担当。

 

・エヴィアタン

 

 ギルド『七つの大罪』の幹部、嫉妬担当。

 

・サッタン

 

 ギルド『七つの大罪』の幹部、憤怒担当。

 

・ベルフェノール

 

 ギルド『七つの大罪』の幹部、怠惰担当。

 

・マモーン

 

 ギルド『七つの大罪』の幹部、強欲担当。

 

・ベゼルバブーン

 

 ギルド『七つの大罪』の幹部、暴食担当。

 

・アスモゼウス

 

 本名は山花出海(いずみ)、ギルド『七つの大罪』の幹部、色欲担当。

 

・シットリ

 

 ギルド『七つの大罪』のメンバー、情報収集担当。

 

・アスタルト

 

 ギルド『七つの大罪』のメンバー、作戦指揮担当。

 

・アンギラス

 

 ギルド『七つの大罪』のメンバー、中の人はゴーグル。

 

・デッカイラビア

 

 ギルド『七つの大罪』のメンバー、中の人はコンタクト。

 

・アンドアルプス

 

 ギルド『七つの大罪』のメンバー、中の人はフォックス。

 

・キモイエス

 

 ギルド『七つの大罪』のメンバー、中の人はテール。

 

・ムリムリ

 

 ギルド『七つの大罪』のメンバー、中の人はビアード。

 

・ハゲンティ

 

 ギルド『七つの大罪』のメンバー、中の人はヤサ。

 

・オッセー

 

 ギルド『七つの大罪』のメンバー、中の人はバンダナ。

 

・ラキア

 

 本名は大野晶。ギルド『ソニック・ドライバー』のリーダー。大野財閥の会長。

 過去にソレイユが作った伝説のギルド『モノトーン』の元メンバー。

 

・スプリンガー

 

 本名は大野春雄。ギルド『ソニック・ドライバー』の副リーダー。大野晶の夫。

 過去にソレイユが作った伝説のギルド『モノトーン』の元メンバー。

 

・プリン

 

 本名は日高小春。大野春雄の元同級生、大野晶の永遠のライバル。

 両親が他界した後、日高商店という酒屋を一人で切り盛りする強い女性、独身。

 

・ベルディア

 

 本名は日高勇人。日高小春の親戚。

 兄直人(ディアベル)をSAOで失った後、両親をも事故で失う。

 その後親戚筋の小春に引き取られる、中学生。

 

・ファーブニル

 

 本名は雨宮龍。詩乃の学校の生徒会長。ギルド『アルン冒険者の会』のリーダー。

 

・ヒルダ

 

 本名は岡田唯花。詩乃の学校の生徒会書記。ギルド『アルン冒険者の会』のメンバー。

 

・ロウリィ

 

 本名は不明。ギルド『ザ・スターリー・ヘヴンズ』のリーダー。

 過去にソレイユが作った伝説のギルド『モノトーン』の元メンバー。

 

・テュカ

 

 本名は不明。ギルド『ザ・スターリー・ヘヴンズ』のメンバー。

 過去にソレイユが作った伝説のギルド『モノトーン』の元メンバー。

 

・レレイ

 

 本名は不明。ギルド『ザ・スターリー・ヘヴンズ』のメンバー。

 過去にソレイユが作った伝説のギルド『モノトーン』の元メンバー。

 

・スピネル

 

 本名は不明。ギルド『ジュエリーズ』のリーダー。

 

・ヘラクレス

・オルフェウス

・テセウス

 

 本名は不明。ギルド『チルドレン・オブ・グリークス』のメンバー。

 

 

『ゾディアック・ウルヴズ』

 

・シャナ ALOのハチマン。射手座。

・シズカ ALOのアスナ。乙女座。

・シノン ALOのシノン。蠍座。

・ベンケイ ALOのコマチ。牡羊座。

・ピトフーイ ALOのクックロビン。双子座。

・銃士X ALOのセラフィム。魚座。

・ニャンゴロー ALOのユキノ。水瓶座。

・イコマ SAOのネズハ、ALOのナタク。山羊座。

・サトライザー ALOのサトライザー。獅子座。

・キリト ALOのキリト。牡牛座。

・エム

 

 本名は阿僧祇豪志。ピトフーイをこよなく愛する彼女の秘書。ドM。蟹座。

 

・ロザリア

 

 本名は薔薇小猫。ソレイユの秘書室長。天秤座。

 

・セバス

 

 本名は都築和彦、雪ノ下家の執事、八幡の師匠、元傭兵。蛇遣い座。

 

 

『シャナに近いGGOプレイヤー』

 

・薄塩たらこ

 

 本名は長崎大善、元GGOの最大スコードロンのリーダー。ソレイユでバイト中。 

 

・闇風

 

 本名は山田風太、GGO最高のスピードスター。ソレイユでバイト中。

 

・エヴァ

 

 本名は新渡戸咲、高校の新体操部の部長。スコ-ドロン『SHINC』のリーダー。

 

・ソフィー

 

 本名は藤沢カナ、咲と同じ新体操部所属。スコ-ドロン『SHINC』のメンバー。

 

・ローザ

 

 本名は野口詩織、咲と同じ新体操部所属。スコ-ドロン『SHINC』のメンバー。

 狙撃銃デグチャレフの運搬担当。

 

・アンナ

 

 本名は安中萌、咲と同じ新体操部所属。スコ-ドロン『SHINC』のメンバー。

 

・ターニャ

 

 本名は楠リサ、咲と同じ新体操部所属。スコ-ドロン『SHINC』のメンバー。

 

・トーマ

 

 本名はミラナ・シドロワ、ロシア出身。咲と同じ新体操部所属。

 スコ-ドロン『SHINC』のメンバー。狙撃銃デグチャレフの狙撃担当。

 

・ダイン

 

 本名は台場涼一。シュピーゲルの所属するスコードロンのリーダー。

 第三回BoBの決勝進出者。

 

・ギンロウ

 

 本名は犬塚銀治。第三回BoBにて念願の決勝進出を果たす。

 

・おっかさん

 

 本名は田中翔子、女性だけのスコードロン、GGO女性連合(通称G女連)のリーダー。

 サーシャの母親。

 

・ミサキ

 

 本名は海野美咲、G女連のメンバー。銀座でスナック「美咲」を経営。

 最初の旦那は政治家だったが死別している。シャナに懸想中。海野杏の母。

 

・イヴ

 

 本名は岡野舞衣、G女連のメンバー。ハッカー。ソレイユの開発部並びに情報部所属。

 母は発明家の岡野由香。

 

・レン

 

 本名は小比類巻香蓮。第一回と第二回スクワッド・ジャムの優勝者。

 

・フカ次郎

 

 ALOのフカ次郎。

 

・コミケ

 

 本名は伊丹耀司、自衛隊三等陸尉。スコードロン『Narrow』のリーダー。

 

・ケモナー

 

 本名は倉田武雄、自衛隊三等陸曹。スコードロン『Narrow』のメンバー。

 

・トミー

 

 本名は富田章、自衛隊二等陸曹。スコードロン『Narrow』のメンバー。

 

・クリン

 

 本名は栗林志乃、自衛隊二等陸曹。スコードロン『Narrow』のメンバー。

 現在ソレイユに出向中。

 

・ブラックキャット

 

 本名は黒川茉莉、自衛隊二等陸曹。スコードロン『Narrow』のメンバー。

 現在ソレイユに出向中。

 

・キリト

 

 ALOのキリト。

 

・ゼクシード

 

 本名は茂村保、第二回BoB優勝者、ソレイユでバイト中。漆原えると交際中。

 

・ユッコ

 

 本名は桜川悠子、ゼクシード一派、南の友達。

 

・ハルカ

 

 本名は井上遥、ゼクシード一派、南の友達。

 

・スネーク

 

 本名は嘉納太郎、日本の防衛大臣。

 第三回BoBの決勝メンバーの一人。MGSプレイを実践する。

 

・シャーリー

 

 スコードロン『KKHC(北の国ハンターズクラブ)』のメンバー。

 

 

『その他のGGOプレイヤー』

 

・ビービー

 

 ALOのビービー。

 

・シュピーゲル

 

 本名は新川恭二、サクリファイスを殺害、現在収監中。

 

・ステルベン

 

 本名は新川昌一、SAOの赤目のザザ。通称死銃(デスガン)、現在収監中。

 

・ノワール

 

 本名は金本敦、SAOのジョニーブラック、通称ジョー。

 ギャレットとペイル・ライダーを殺害、現在逃亡中。

 

・ギャレット

 

 本名は渡辺光男、第三回BoBにて死亡。

 

・ペイル・ライダー

 

 本名は双葉駆、第三回BoBにて死亡。

 

・獅子王リッチー

 

 第三回BoBの決勝進出者。

 

・ベヒモス

 

 ミニガン使い。

 

・シシガネ

 

 VIT極振りプレイヤー。

 

・デヴィッド

 

 ピトフーイの事が嫌いらしい。古参プレイヤー。

 スコードロン『MMTM(メメント・モリ)』のリーダー。

 

・エルビン

 

 スコードロン『T-S』のリーダー。

 

・シノハラ

 

 マシンガンをこよなく愛する。

 スコードロン『ZEMAL(全日本マシンガンラヴァーズ)』のリーダー。

 

・クラレンス

 

 男性のような見た目を持つ女性プレイヤー。相方募集中。

 

・ファイヤ

 

 本名は西山田炎(ファイヤ)。

 パーティで香蓮と出会い、ひと目惚れをした青年。

 身長は150cm台、業界内ではその名前と身長のせいで有名だが、優秀な若手。

 第一回スクワッド・ジャムでSLに破れ、現在は香蓮の事を諦め、地道に営業中。

 

・餓丸

 

 第三回BoBの予選にてキリトと対戦するも、無意識のキリトにあっさり倒される。

 

・サクリファイス

 

 本名は凡田平、第三回BoBの直前に死亡。

 

・とある作家

 

 スクワッド・ジャムを提唱し、第一回のスポンサーとなる。

 

 

『その他アスカ・エンパイアのプレイヤー』

 

・コヨミ

 

 本名は暦原栞。二十三歳で大阪のOLだがその外見は中学生レベル。

 

・トビサトウ

・ユタロウ

・スイゾー

・ロクダユウ

 

 忍レジェンド四天王。

 

・ヨツナリ

 

 被害者の会のリーダー。

 

 

『元SAOプレイヤー』

 

・ヒースクリフ

 

 本名は茅場晶彦、天才科学者。SAO四天王の一人。神聖剣。故人?

 その一部がアマデウス化し、八幡の相談役を努める。

 本体はソレイユ内のサーバーにバックアップされている。

 ホーリーという名でヴァルハラのメンバー入り(八幡からの強制)

 

・ゴドフリー

 

 本名は相模自由。警察官僚。相模南の父親。

 

・クラディール

 

 本名は倉景時、現在結城塾でしごかれ中。

 

・ノーチラス

 

 本名は後沢鋭二、ユナの元同級生、オーグマーに関わる事件の首謀者の一人。

 ユナの気持ちを曲解し、彼女の意思に反する行いを繰り返し、

 最後にはユナの気持ちも失う。

 

・PoH(プー)

 

 本名はヴァサゴ・カザルス、殺人ギルド、ラフィンコフィンのリーダー。

 現在はガブリエル・ミラーの後を継いで傭兵団のリーダーとなっている。

 ガブリエルの負傷の原因を作った元凶。

 

・ザザ

 

 GGOのステルベン。

 

・ジョニー・ブラック

 

 GGOのノワール。

 

・キバオウ

 

 本名佐藤一郎、アインクラッド解放軍のリーダー。

 

・シンカー

 

 本名足立康隆、ネットゲーム攻略サイト、MMOトゥデイの管理人。

 

・ユリエール

 

 本名足立由里子、現在はシンカーの妻。

 

・ヨルコ

 

 本名は明星夜子。現在はカインズの妻。

 

・カインズ

 

 本名は明星優。

 

・サーシャ

 

 本名は田中沙耶、おっかさんの娘、現在総武高校で教鞭をとる。奉仕部顧問。

 

・ニシダ

 

 本名は西田俊春、ソレイユの回線保守部門に所属。趣味は釣り。

 

・ディアベル

 

 本名は日高直人、故人。

 

・リンド

 

 聖竜連合所属。

 

・シュミット

 

 聖竜連合所属。

 

・シヴァタ

 

 聖竜連合所属。

 

・コーバッツ

 

 アインクラッド解放軍に所属、故人。

 

・モルテ

 

 ラフィンコフィン所属プレイヤー、故人。

 

・サチ

 

 月夜の黒猫団団員、故人。

 

・アシュレイ

 

 本名は神野アリス、SAO一の裁縫師。

 

・ユナ

 

 本名は重村悠那。ハチマンの弟子だった時期がある。

 彼女の持っていたレア装備と短剣スキルにはハチマンが関与していた。

 通称歌姫、SAOのクリア直前三十秒丁度にゲーム内で死亡。

 そのタイミングの悪さ故に脳に多少の損傷を負い、現在は病院で眠り姫となっている。

 その存在は重村徹大の手により政府にも完全に隠され、公式には死亡扱いとなっている。

 

 (白ユナ)悠那を再生する為に重村徹大が教育している虚像のアイドル。

 (黒ユナ)悠那の意識から漏れ出した悠那の残像。現在ネットの海を徘徊中。

 (学ユナ)白ユナの教育の為の実働部隊。

      ぬいぐるみとVRゲームプレイヤー、二つの顔を持つ。

 

 

『現実世界の人々』

 

・結城清盛

 

 結城家当主、剣豪。茂村保を見事に治療した。

 

・結城宗盛

 

 結城家長男、現在渡米中。

 八幡の依頼により、藍と木綿季の病気を治す為の薬品を完成させる。

 

・結城知盛

 

 結城家次男、前例のある手術の技術は超一流。

 

・結城経子

 

 結城家長女、現在東京在住、眠りの森の園長。

 

・結城楓

 

 経子の娘。難病を克服。

 

・国友義賢

 

 イコマの父親。

 

・倉景清

 

 倉エージェンシーの元社長。

 

・倉朝景

 

 ソレイユ・エージェンシー改めソレイユの芸能部『ルーメン』部長。

 

・雪ノ下朱乃

 

 雪ノ下姉妹の母親。

夫である純一の衆議院議員当選を受け、雪ノ下建設改めソレイユ建設の社長に就任。

帰還者用学校の理事長だが、二○二八年三月に離任。

 

・雪ノ下純一

 

 雪ノ下姉妹の父親、千葉県選出衆議院議員。

 

・相模南

 

 八幡の元同級生。八幡の秘書に就任予定。

 

・戸塚彩加

 

 八幡の元同級生。

 

・葉山隼人

 

 八幡の元同級生、ソレイユの法務部長に就任予定。

 

・戸部翔

 

 八幡の元同級生、ソレイユの営業部に所属予定。

 

・材木座義輝

 

 八幡の元同級生、ソレイユの開発部所属。アメリカからの帰国後、再びレクトに出向中。

 

・海老名姫菜

 

 八幡の元同級生、腐女子業界で人気作家となる。サークル「腐海のプリンセス」を営む。

 

・本牧牧人

 

 いろはが生徒会長をやっていた時の生徒会副会長。

 

・鶴見由美

 

 八幡のリハビリの先生。

 

・鶴見留美

 

 総武高校一年生で奉仕部所属。由美の娘。

 

・折本かおり

 

 八幡の元同級生、ソレイユの受付嬢。後に芸能部『ルーメン』広報課所属。

 アスカ・エンパイアの情報屋ソレイアル。

 

・仲町千佳

 

 かおりの親友、実家は花屋。ソレイユ関連の花や植木の注文を一手に引き受ける事となる。

 

・昼岡映子

 

 詩乃の親友、A、真面目、ソレイユの労務部に所属予定。

 

・夕雲美衣

 

 詩乃の親友、B、調整役、ソレイユの渉外部に所属予定。

 

・夜野椎奈

 

 詩乃の親友、C、コミュ力の鬼、ソレイユの営業部に所属予定。

 その積極性で、三人の中では八幡に一番近い存在となる。八幡の専属予定。

 

・海野杏

 

 クルスの親友、美咲の娘。

 美咲は十代で杏を産んだ為、杏は美咲の事を美咲ちゃんと呼んでいる。

 

・玉縄春樹

 

 元海浜総合高校の生徒会長、ソレイユの入社試験に落ちる。かおりに告白し玉砕。

 

・須郷伸之

 

 SAOの最後の百人事件の首謀者、第一審、第二審で有罪判決が下るも控訴中。

 

・重村徹大

 

 東都工業大学電気電子工学科教授、オーグマーの開発者。

 オーグマーの販売メーカーであるカムラの取締役の一人、

 アーガスの元社外取締役。茅場、須郷、神代、比嘉はいずれも彼の教え子。

 重村悠那の父親。悠那の生存を全力で秘匿し、

 オーグマーを使って悠那を復活させようと画策中。

 

・比嘉健

 

 オーグマーの開発に協力。後にソレイユの開発部所属。

 

・安岐ナツキ

 

 自衛隊付属の看護病院の卒業生、階級は二等陸曹。

 第三回BoBで和人の体調の保全を担当。

 

・結城彰三

 

 明日奈の父親、レクト社長。

 

・結城京子

 

 明日奈の母親。二○二八年四月に帰還者用学校の理事長に就任。

 

・結城浩一郎

 

 明日奈の兄。篠原美優のいとこと結婚。

 

・遠藤貴子

 

 詩乃を脅していた一派のリーダー、今は許されて一緒に行動している。

 

・葵梨紗

 

 コミケの元奥さん、姫菜と共にサークル「腐海のプリンセス」を営む。

 

・梓川咲太

 

 理央の友人、自称八幡の子分、女優の桜島麻衣と交際中。

 

・梓川花楓

 

 咲太の妹、以前事故で記憶喪失な時期があった。

 

・国見佑真

 

 理央の友人、自称八幡の子分。

 

・上里沙希

 

 佑真の彼女。

 

・豊浜のどか

 

 桜島麻衣の妹。アイドルグループ『スイートバレット』のメンバー。

 ソレイユ芸能部『ルーメン』所属。

 

・ダル

 

 本名は橋田至。スーパーハカー。ネラー。

 大学卒業後はソレイユの開発部兼情報部に所属予定。阿万音由季と交際中。

 

・鳳凰院凶真

 

 本名は岡部倫太郎。あだ名はオカリン。八幡と友達付き合いをしている。

 時々情報屋FGとしてアスカ・エンパイアをプレイ中。

 ナユタの事を、スリーピングナイツのメンバーと共に見守っていた。

 牧瀬紅莉栖と交際中。

 

・まゆしい

 

 本名は椎名まゆり。メイクイーン・ニャンニャンでバイト中。

 

・比屋定真帆

 

 牧瀬紅莉栖の先輩。ヴィクトル・コンドリア大学の元学生。

 ソレイユの次世代技術研究部所属。ニューロリンカーの開発に邁進中。

 

・アレクシス・レスキネン

 

 元ヴィクトル・コンドリア大学教授で、ソレイユの次世代技術研究部の部長。

 ニューロリンカーの開発に邁進中。

 

・天王寺祐吾。

 

 コードネームFB。通称ミスターブラウン。

 ソレイユ情報部『ルミナス』(表向きは市場調査部)部長。

 

・桐生萌郁

 

 コードネームM4。ソレイユ情報部『ルミナス』所属。八幡の専属。

 

・神代フラウ

 

 神代凛子の妹。天才プログラマー。ネラー。八幡の専属。

 

・針生蔵人

 

 八幡の専属。

 

・渡来明日香

 

 八幡の秘書。

 

・漆原るか

 

 岡部倫太郎の弟子。柳林神社の巫女。だが男だ。

 

・漆原える

 

 柳原神社の宮司の娘。漆原るかの年の離れた姉。ソレイユの受付として勤務中。

 通称ウルシエル、ゼクシードこと茂村保と交際中。

 

・阿万音由季

 

 夏コミのソレイユブースに参加した女性コスプレイヤー。橋田至と交際中。

 

・櫛稲田優里奈

 

 八幡の被保護者。八幡のマンションの部屋の管理役を努める。

 アスカ・エンパイアをナユタという名前でプレイ中。

 

・櫛稲田大地

 

 優里奈の兄。故人。

 

・小比類巻蓮一

 

 香蓮の父親。北海道で建設業を営む。香蓮の他に、息子が二人、娘が二人いる。

 香蓮はその末っ子であり、蓮一は香蓮を溺愛している。

 

・柏坂健

 

 厚生労働大臣、柏坂ひよりの父。

 

・幸原みずき

 

 参議院議員。

 

・ジョジョ

 

 本名ジョン・ジョーンズ、ザスカーの日本支局長。

 

・日高小春

 

 大野春雄の元同級生、大野晶の永遠のライバル。

 両親が他界した後、日高商店という酒屋を一人で切り盛りする強い女性、独身。

 

・日高勇人

 

 日高小春の親戚。兄直人(ディアベル)をSAOで失った後、両親をも事故で失う。

 その後親戚筋の小春に引き取られる。中学生。

 

・山花詩織

 

 出海の母親。旦那とは死別。レクトの専務取締役。

 

・藤原義経

 

 関西の有力者の一人。芸能プロ『藤原興行』会長。人格者。

 

・秦頼朝

 

 関西の有力者の一人。芸能プロ『秦プロダクション』社長。

 

・源さくら

・二階堂サキ

・水野愛

・紺野純子

・ゆうぎり

・星川リリィ

・山田たえ

 

 アイドルグループ『フランシュシュ』のメンバー。

 水野愛、紺野純子についてはヴァルハラ・リゾートの項目も参照。

 

・巽幸太郎

 

 アイドルグループ『フランシュシュ』の敏腕?マネージャー。

 

『AIぬいぐるみ』

 

・はちまんくん

 

 AI搭載型自律式ぬいぐるみ、詩乃が所持。

 

・あいこちゃん

 

 藍子の分身、現在帰還者用学校にて人気沸騰中。

 

・ゆうきちゃん

 

 木綿季の分身、現在帰還者用学校にて人気沸騰中。

 

・でれまんくん

 

 AI搭載型自律式ぬいぐるみ、クルスが所持。

 

・でれまんくん二号機

 

 AI搭載型自律式ぬいぐるみ、愛が所持。

 

・めりだちゃん

 

 AI搭載型自律式ぬいぐるみ、藍子と木綿季が所持。

 

・くろーびすくん

 

 現在封印中。ジュン達の完治後に稼動予定。

 

・ユナ

 

 AI搭載型自律式ぬいぐるみ、製作者は重村徹大。通称学ユナ。

 AIぬいぐるみの中では唯一ネットゲームのプレイヤーとして登録が可能。



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趣味の資料 ver.1.11 CaliberCrossing edition

未来の情報があります、ご注意下さい


** 各組織所属メンバー一覧 **

 

『ヴァルハラ・リゾート』

 

リーダー  ハチマン

副リーダー アスナ    キリト    ユキノ    サトライザー ソレイユ

メンバー  リズベット  シリカ    セラフィム  フェイリス  レコン

      シノン    フカ次郎、  クックロビン レヴィ    ナタク

      スクナ    リオン    アサギ    コマチ    クライン

      エギル    ユイユイ   ユミー    イロハ    リーファ

      メビウス   アルゴ    クリスハイト クリシュナ  ロザリア

サイレント(ゲスト)    コリン(ゲスト)      ホーリー

      ウズメ    ピュア    ユイ     キズメル

 

                                  計 三十八名

 

『ゾディアック・ウルヴズ』

 

リーダー  シャナ

メンバー  シズカ    ベンケイ   シノン    銃士X    ロザリア

      ピトフーイ  エム     イコマ    ニャンゴロー 

      サトライザー キリト    セバス

     

                                  計  十三名

 

『ヴァルハラ・ウルヴズ』

 

リーダー  ハチマン

メンバー  アスナ    キリト    ユキノ    ソレイユ   リズベット

      シリカ    セラフィム  フェイリス  レコン    シノン

      フカ次郎、  クックロビン レヴィ    ナタク    スクナ

      リオン    アサギ    コマチ    クライン   エギル

      ユイユイ   ユミー    イロハ    リーファ   メビウス

      アルゴ    クリスハイト クリシュナ  ロザリア   レン

      闇風     薄塩たらこ  ゼクシード  ユッコ    ハルカ   

      シャーリー  ミサキ    サトライザー ホーリー   ウズメ

      ピュア

 

                                  計四十二名

 

『セブンスヘヴン・ランキング』

 

1位 ソレイユ   2位 キリト    3位 ハチマン    4位 ユウキ

5位 アスナ    6位 ユキノ    7位 ラン      8位 サトライザー

9位 ユージーン  10位 シノン    11位 リーファ    12位 クライン

13位 ラキア    14位 セラフィム  15位 エギル     16位 ルシパー

17位 リョウ    18位 フカ次郎   19位 クックロビン  20位 レコン

 

 

『社長がモテすぎてむかつく乙女の会(社乙会)』

 

  会長  薔薇小猫

メンバー  相模南    間宮クルス  折本かおり  仲町千佳   岡野舞衣

      朝田詩乃   雪ノ下雪乃  由比ヶ浜結衣 三浦優美子  一色いろは

      栗林志乃   黒川茉莉   双葉理央   桐生萌郁 川崎沙希

      秋葉留未穂  レヴェッカ・ミラー     紺野藍子   紺野木綿季

      渡来明日香  神代フラウ  小比類巻香蓮 篠原美優 霧島舞

神崎エルザ  水野愛    紺野純子

 

                                  計二十八名

 

 

** 二つ名一覧 **

 

ハチマン   銀影、ザ・ルーラー、覇王   アスナ    閃光、バーサクヒーラー

キリト    黒の剣士、剣王        ユキノ    絶対零度

ソレイユ   絶対暴君           セラフィム  姫騎士イージス

シノン    必中             クックロビン デッドオアデッド

フカ次郎   ツヴァイヘンダーシルフ    リオン    ロジカルウィッチ

クライン   サムライマスター       エギル    アクスクラッシュ

シリカ    竜使い            クリシュナ  タイムキーパー

サトライザー 死神             リズベット  神槌

ユイユイ   戦女神ブリュンヒルド     ホーリー   ファントムナイト            

 

レン     ピンクの悪魔         闇風     スピードスター

ラキア    無言のラキア         スプリンガー ザ・ソニック

ロウリィ   死女神(旧死神)       テュカ    弓姫

レレイ    固定砲台           ビービー   指揮者

 

 

** ヴァルハラ・個人マーク **

 

ハチマン   覇王          (王冠の中に毛筆の『覇』の文字)             

アスナ    クロスレイピア     (十字になったレイピア)

キリト    剣王          (王冠の中に毛筆の『剣』の文字)

サトライザー 死王          (王冠の中に毛筆の『死』の文字)

ユキノ    アイスクリスタルクロス (通称アイスクロス、氷の十字架)

セラフィム  セラフィムイージス   (巨大な羽根の生えた炎を纏った盾)

シノン    キューピットアロー   (先端にハートが付いた矢を番えた弓)

ユミー    ヘルファイア      (波型の炎)

リズベット  スターハンマー     (ハンマーの右上に星)

フカ次郎   愛天使         (ハートに羽根と天使の輪)

フェイリス  メイドリー       (ヘッドドレスにネコ耳)

クリシュナ  電脳          (人の頭に雷のマーク)

リオン    ロジカルウィッチ    (数字で書かれたホウキにまたがる魔女)

スクナ    ソーイング       (針と糸)

ナタク    ツールボックス     (金槌と鋸とペンチ)

ウズメ    シルエット3      (自分の顔のシルエット)

ピュア    シルエット4      (自分の顔のシルエット)

 

 

** ヴァルハラ・メイン武器 **

 

ハチマン   雷丸

アスナ    暁姫

キリト    彗王丸(二本に分けた時の呼称はエリュシデータ、ダークリパルサー)

フカ次郎   リョクタイ

リーファ   イェンホウ

クックロビン ハイファ

ソレイユ   ジ・エンドレス

リオン    ロジカルウィッチスピア

シノン    シャーウッド

ユキノ    カイゼリン

セラフィム  フォクスライヒバイテ

ユイユイ   ハロ・ガロ

ホーリー   ハイレオン

アサギ    鉄扇公主

サトライザー 焔星

ウズメ    ニコラスブレイド

 

** 他プレイヤー・メイン武器 **

 

ユウキ    セントリー

ラン     スイレー

アスモゼウス 無矢の弓・改

リョウ    神珍鉄パイプ

リク     コピーキャット

リツ     ストレージ・スタッフ

リン     スラッシュナックル

リナ     エンハンス・スタッフ

リョク    テンタクル・ライフル

グウェン   光破

 

 

** ヴァルハラ制式装備 **

 

オートマチック・フラワーズ(リーダー、幹部用)

 ハチマン(赤)アスナ(白)キリト(黒)ユキノ(青)ソレイユ(金)

 サトライザー(銀)ラン(藍)ユウキ(紫)

 

ヴァルハラ・アクトン(一般メンバー用、各自改造)

ヴァルハラ・アクトン、タイプS・森羅(グウェン用)

 

ルッセンフリード(タンク用)

 セラフィム(白の貴婦人)ユイユイ(赤の貴婦人)アサギ(青の貴婦人)

 ホーリー(白銀の騎士)

 

 

** 輝光剣シリアル **

 

ハチマン   カゲミツX1、2  アハトX     刀身は黒

シノン    グロックX3    チビノン     刀身は水色

サトライザー カゲミツX4    刻命剣      刀身は黒

シズカ    カゲミツG1    夜桜       刀身はピンク

ベンケイ   カゲミツG2    白銀       刀身は銀

ピトフーイ  カゲミツG3    鬼哭       刀身は赤

キリト    カゲミツG4    エリュシデータ  刀身は黒

銃士X    カゲミツG5    流水       刀身は青

シャーリー  カゲミツG6    血華       刀身は赤

デヴィッド  カゲミツG7    破鳥       刀身は緑

闇風     カゲミツG8    電光石火     刀身は紫

薄塩たらこ  カゲミツG9    倶利伽羅     刀身は茶色

 

 

** 八幡の専属 **

 

薔薇小猫(二○二六~)雪ノ下雪乃(二○二六~)間宮クルス(二○二七~)

牧瀬紅莉栖(二○二七~)双葉理央(二○二七~)桐生萌郁(二○二七~)

神代フラウ(二○二七~)針生蔵人(二○二七~)小比類巻香蓮(二○三○~)

朝田詩乃(二○三二~)夜野椎奈(二○三二~)櫛稲田優里奈(二○三二~)

 

 

** 八幡の秘書 **

 

薔薇小猫(二○二六~)渡来明日香(二○二七~)間宮クルス(二○二八~)

相模南(二○二八~)小比類巻香蓮(二○三○~)遠藤貴子(二○三二~)

鶴見留美(二○三四~)

 

 

** ソレイユ組織(二○三四) **

 

社長      比企谷八幡

副社長     雪ノ下陽乃

取締役     結城彰三、嘉納太郎

相談役     結城清盛

社長付     針生蔵人、櫛稲田優里奈、茅場晶彦(アマデウス)

 

秘書室長    薔薇小猫

  秘書    渡来明日香、間宮クルス、相模南、小比類巻香蓮、遠藤貴子、鶴見留美

 

経営部部長   雪ノ下雪乃

 

開発部部長   桐ヶ谷和人

   部員   材木座義輝、比嘉健、岡部倫太郎、長田慎一

 

第二開発部部長 帆坂朋

   部員   岡野舞衣、橋田至、紺野藍子

 

技術研究部部長 アレクシス・レスキネン

   部員   牧瀬紅莉栖、比屋定真帆、双葉理央、神代フラウ

 

渉外部部長   結城明日奈

   部員   比企谷小町、夕雲美衣、岡田唯花、紺野木綿季

 

法務部部長   葉山隼人

   部員   雨宮龍

 

ルミナス部長  天王寺祐吾

   部員   桐生萌郁、鶴咲芽衣美

 

労務部部長   結城経子

   部員   昼岡映子

 

営業部部長   朝田詩乃

   部員   戸部翔、山田風太、長崎大善、国見佑真

 

芸能部部長   倉朝景

  広報課   由比ヶ浜結衣、三浦優美子、一色いろは、折本かおり、夜野椎奈

マネージャー  巽幸太郎、梓川咲太

所属タレント  フランシュシュ、ワルキューレ、スイートバレット、イノハリ

        蛎崎うに、御影クリヤ、桜島麻衣、YUNA

 

服飾部部長   川崎沙希

   部員   神野アリス、篠崎里香、綾野珪子、阿万音由季、椎名まゆり

 

SPO部長   ガブリエル・ミラー

   部員   レヴェッカ・ミラー

 

MQ事業部部長 神代凛子

   部員   城廻めぐり、安施恩、山野美乃里、

 

出版部部長   山花出海

 

受付      漆原える、桐ヶ谷直葉、篠原美優、茂村保

 

専属絵師    綾小路優介、武者小路公人

 

注:芸能部の下に芸能事務所『ルーメン』があるが、独立していない。

  所属タレントはソレイユの社員扱い、ただし給料は以前の基準通り。

  『ルミナス』は情報部、『SPO』はソレイユ・プロテクション・オフィサー、警備部。

  『MQ』はメディキュボイド。第二開発部は『ルミナス』と兼任。

 

 

** ソレイユ・グループ関連 **

 

ソレイユ=レクト 社長 結城浩一郎

ソレイユ建設   社長 雪ノ下朱乃

ソレイユ病院   代表 結城知盛



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第1084話 レッスンを終えて

 レッスンを終えた後の休憩時間に、

愛は三角座りをしながら八幡の方を潤んだ目で見つめ、一人ため息をついていた。

 

「はぁ………せっかくのチャンスだったのに………」

「愛さん、あれはさすがにやりすぎです」

 

 そこに純子がやってきて、愛の隣に座った。

 

「だ、だってあんなに近くに八幡の顔があったんだよ?

そしたら盛り上がっちゃうじゃない」

 

 愛は頬を膨らませながら、純子にそう言い訳した。

 

「その気持ちはよく分かりますけど………」

 

 そう言って純子もハチマンの方を見つめた。

その八幡は、今は楽しそうにゆうぎりと何か話している。

 

「とんだ伏兵が………」

「まあゆうぎりさんだけで済んで良かったかもしれませんよ」

「それはそうかもだけど………」

「とにかく元気出していきましょう、別に八幡さんに嫌われた訳じゃないんですし」

「っ………うん、そうだね!」

 

 愛は切り替えたのか、明るい顔でそう言った。

 

「すみません、失礼します」

「お、二人とも、良く来てくれたな」

 

 そんな中、レッスンルームに見知らぬ二人組の男が入ってきた。優介と公人である。

 

「みんなすまん、ちょっと聞いてくれ。この二人は今度うちの専属になる予定なんだが、

ゾンビ・エスケープの宣伝用の絵を描く為に、みんなの事をスケッチしたいんだそうだ。

出来上がった後に描いた物を見せてもらうからおかしな物を描かれる心配も無いはずだ。

という訳で、自然にしてくれてればいいからちょっと協力してくれないか?」

「あっ、そういう事だったんだ」

「綺麗に描いてね!」

 

 その言葉に、一同は口々にそう頷いた。

そのままレッスンは続けられ、二人はスケッチブックに何か描き始めた。

どうやら分業しているらしく、優介が描いた絵に、公人が着色をしているようだ。

 

「どんな絵になるのかな?」

「楽しみだね」

 

 フランシュシュの七人は、終わった後にそれを見せてもらうのを楽しみに、

いつも以上にレッスンを頑張る事となった。

 

 

 

「八幡兄貴、今日は本当にありがとうございます」

「まさかアイドルのレッスン風景をスケッチ出来る日が来るなんて………」

 

 何をやっても上手くいかず、腐っていた二人に光を与えてくれたのだ。

二人は本気で八幡に感謝していた。

 

「二人の創作活動の役にたてたなら嬉しいな」

 

 八幡は親しげな態度でそう言い、二人は八幡への尊敬を新たにした。

まったく変われば変わるものである。

 

「おい公人、兄貴って、凄えいい人だよな」

「まったく俺達は今まで何を見てきたんだろうな………」

 

 二人はそんな会話を交わしつつ、

共同でフランシュシュのメンバー達を、アニメチックな絵としてデザインしていった。

その作業は二人にとって、とても楽しかった。

 

「よし………こんなもんか」

「いい出来だよな」

「そうだ、ついでにフランシュシュの人達が兄貴を囲んでる絵を描こうぜ」

「いいなそれ!」

 

 時間が余った為、二人はそう相談し、チラチラと八幡の観察を始めたのだった。

 

 

 

「よし、今日はこのくらいかな」

 

 レッスンも無事に終わり、多少時間的余裕を残した状態で、

この日のレッスンは終了する事になった。

もっとも去年のうちに、ミニライブの練習は嫌というほどこなしていたので、

この日はなるべく通して各人の動きを確認するという意味合いが強かった為、

時間いっぱいやる必要が無かったという側面もある。

 

「「「「「「「「「お疲れ様でした!」」」」」」」」」

 

 フランシュシュの七人と、無事に絵を描き終え、

ここまで見学していた二人が元気よくそう挨拶し、一同は優介と公人を囲むように集まった。

 

「二人とも、どんな絵が描けたか見せて?」

「凄く楽しみ!」

 

 アイドルに至近距離で囲まれるという、人生で一番ドキドキする状態になった二人は、

おずおずとスケッチブックを一同に差し出した。

 

「ど、どうぞ」

「ありがとう!」

 

 そしてフランシュシュのみんなが集まってスケッチブックを覗きこむ。

そのスケッチブックはアニメ絵でありながら、

誰が見てもフランシュシュのメンバーだと分かる、

簡単に色鉛筆で彩色された、見事なイラストで埋め尽くされていた。

特に注目を集めたのは、最後に描かれた全員の集合した絵である。

 

「「「「「「「おおおおおおお」」」」」」」

 

 メンバーからの評価が上々である事がその声から分かり、二人は誇らしげに胸を張った。

そんな二人の絵を八幡がポンと叩いた。

 

「良かったな、二人とも」

「「は、はい!」」

 

 この二人、先ほどそうしていたように、優介が人物担当、公人が背景と配色担当である。

優介は人物を描くのは上手いが、色付けのセンスが致命的に無く、

逆に公人はとても幻想的な風景を描け、色使いのセンスも最高なのだが、

人を描かせるとまるで子供のお絵かきのようになってしまう。

そんな半人前な二人だが、二人が一緒になると、その力は何倍にも膨らむのだ。

 

「ねぇ、この絵、もらえないかな?」

「コ、コピーで良ければ………」

「やった!マネージャー、お願い!」

「なぁ、これ、俺にもくれないか?」

「もちろんオーケーです!」

 

 こうしてその絵は全員に配られる事となった。

 

「それじゃあ後日、どんな絵が必要なのか、担当者と話し合って決めるとしよう」

「俺達、それまでにこの絵を元に、色々なシーンを描いてみます!」

「ALOもゾンビ・エスケープも一応知ってるんで!」

「ん、無理はしないでくれよな」

「心配してくれてありがとうございます!」

「でも俺達、今、凄く絵が描きたいんです」

「そうか、なら好きにしてくれていい」

「「はい!」」

 

 八幡は顔を綻ばせ、二人を激励した。

 

「描けたら一番に見せてくれ、俺もゾンビ・エスケープはかなりやり込んでるんだ」

「そうなんですか?」

「おう、千葉デストロイヤーズっていうチームでS級クエストまでこなしてるぞ」

「あっ!」

「あそこって、八幡兄貴のチームだったんですか!」

 

 現在S級クエストをクリアした事があるのは千葉デストロイヤーズだけであり、

二人はその事を知識としては持っていたらしい。

この事で、二人は益々八幡への尊敬を高める事となった。

こうなるともう、八幡を裏切る事は絶対に無いだろう。

 

「それじゃあ二人とも、

俺はフランシュシュを連れて、ゾンビ・エスケープを体験させてくるわ」

「ご武運を!」

「あはは、お試しだから、一番下のランクの無双クエストをやるだけだって」

「なるほど、撃って撃って撃ちまくれ!」

「そんな感じだな」

 

 三人は笑い合い、優介と公人は、キットの自動運転に送られて自宅へと戻っていった。

二人の寮の部屋はもう手配してあるが、さすがに正月は業者も動かず、

入居出来るのは来週以降になってしまうのである。

 

「さて、俺達はゾンビ・エスケープに殴り込みかな。

まあただ銃の引き金を引くだけの簡単な仕事だから、みんな気楽にな」

 

 その言葉に一同は、おう!と拳を上げた。

そしてレッスン中に特急で用意されたアミュスフィアを渡された一同は、

集合時間までにログイン出来るように、入浴などの色々な準備を済ませ、

一時間後にゾンビ・エスケープの広場へと集合したのだった。

 

 

 

「………いや、まあこうなるとは思ってたけどな」

 

 ロビーにいたのは現実でのフランシュシュのメンバーと、寸分違わぬキャラ達であった。

今回は八幡は、キャラ作りから拠点の構築まで、

交代で出勤している開発陣の一部に丸投げしたのだが、

その開発陣は妙な情熱を持って、フランシュシュのメンバー達の姿を再現したらしい。

愛と純子に関しても、このキャラはコンバートなのだが、

その外見はALOと全く一緒で、リアルとそっくりになるように調整されていた。

 

「ここじゃ目立っちまうな、とりあえずこっちだ」

 

 八幡はそう言って、一同を教えられていた新設の拠点へと案内した。

そこはソレイユ関係の者達がこういった時に利用する為のもので、

千葉デストロイヤーズの持つ装備やらの資産関係も、ここに移動させられていた。

その為以後、千葉デストロイヤーズもここを使う事になる。

ちなみに特別な拠点であるという事以外、特に優遇はされていない。

ただ単に、プライベートが守られるというくらいである。

 

「よ~し、それじゃあ早速やってみるか」

「よっしゃあ、腕が鳴るぜ!」

「撃って撃って撃ちまくればいいんだよね?」

「そんな感じかな、それじゃあパーティを組むから誘いを受けてくれ」

 

 愛や純子は他の者よりは慣れているのでスムーズに、

他の者達もおっかなびっくりながら、無事にパーティを組む事が出来、

そのままそのチーム『フランシュシュ』は、廃墟と化した市街地へと転送された。

 

「うわぁ、リアルですね」

「あの遠くに見えるのがゾンビかな?」

「近くで見ると結構グロそう………」

「こんなピコピコもあるんですね」

 

 七人は楽しそうにそう言いながら、八幡の後に従い、進んでいった。

 

「来るぞ、みんな、構えてくれ!」

 

 遠くから敵が近付いてくるのが見え、八幡はそう指示を出した。

フランシュシュのメンバー達はその声に従い、銃を構える。

 

「それじゃあみんな、遊びだと思って好きなように撃て!」

 

 そう言いながら八幡は、左右に気を配り始める。

そして正面の敵に向け、一同は銃撃を開始した。

 

「おらおらおら!特攻隊長様のお通りだ!」

「バババババババ」

「これは思ったより気持ちいいでありんすな」

「快………………感」

 

 思ったより楽しかったのか、

このステージを三回もおかわりしたフランシュシュのメンバー達は、

最後に八幡にゾンビ・エスケープ内の施設の説明をされ、

すっかりはまってしまったらしい。

 

「普通に買い物もここで出来るんだ、凄いね」

「実際に手にとって実物を確認出来るのはいいね」

「私、癖になりそうです」

「ランクが上がれば優遇してもらえるんだね、息抜きでたまに来よっか?」

「まあたまにみんなで遊ぶのはアリだろうな」

 

 こうしてゾンビ・エスケープデビューを果たしたフランシュシュは、

このゲームの事をもっと宣伝しようという気になり、

CMに対しても、熱心に取り組む事となったのだった。



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第1085話 偶然の顔合わせ

 迎えた四日、八幡は来れないという事でキリトが指揮をとり、

ALOで、本格的に狩りが再開されていた。

 

「アスナ、ハチマンは今日はどうしたんだ?」

「えっとね、今日はフランシュシュのミニライブがあるらしくって、

マネージャー代行のハチマン君は、そっちに行かないといけないんだよね」

「えっ、あいつ、そんな事をしてるのか?」

「うん、マネージャーさんが怪我をしちゃったらしくてね、

丁度その場に居合わせたハチマン君が、自分がやるって志願したんだって。

あと、昨日は例の二人に、こんな絵も描いてもらったみたい」

 

 そう言ってアスナは昨日ハチマンに送ってもらった全員集合の絵をキリトに見せた。

 

「ほう?いい絵だな………なるほどなぁ、いいなぁ、ハチマン………」

 

 キリトは羨ましそうにそう言った。アイドルと一日中ずっと一緒にいられるのだ、

そう思うのも当然だろう。

 

「ふんっ」

 

 その会話を横で聞いていたリズベットが、キリトの足を思いっきり踏みつけた。

 

「ぎゃっ!な、何するんだよ、リズ!」

 

 痛くはないが、衝撃は伝わる為、キリトは悲鳴を上げ、リズベットにそう抗議した。

 

「決まってるじゃない、あんたが鼻の下を伸ばしているからよ」

「は、鼻………!?いやいや、そういうんじゃないって」

「じゃあどういうのよ」

「それはえっと………」

 

 キリトは言い訳しようとしたが、上手い理由を見つけられなかった。

 

「ふんっ」

「うわぁ!」

 

 そんなキリトの姿を見たリズベットが再びキリトの足を踏もうとし、

キリトはそれを慌てて避けた。

 

「何で避けるのよ、きっとやましい事があるのね」

「理不尽だ!」

「二人とも、次の敵が来るよ!」

 

 アスナにそう言われ、二人は表情を改めた。

 

「失点は戦闘で取り返しなさいよ」

「言われなくても!」

 

 全体的に実力が上がっている事もあり、

この日ヴァルハラを筆頭とする軍団は、実に二千体の敵を葬り、

その討伐数は遂に八千体に到達する事となった。

 

 

 

 一方その頃、七つの大罪を筆頭とする邪神狩りチームもまた、

順調に討伐数を伸ばしていた。

 

「う~ん、最初はどうなる事かと思ったけど、遂に八千まで到達したわね」

 

 アスモゼウスは伸びをして、近くにいた仲間にそう声を掛けた。

この日、合同レイドの討伐数は、遂にヴァルハラと並んでいた。

正月も真面目に討伐を行っていたせいだろう。

この辺りが、不特定多数による討伐の利点である。

中心となるギルドの参加人数が減っても、その分普段は参加しないギルドが、

クエストなど関係なく経験値目当てで参加してくる為、

一日の討伐数が大きく減る事は無いのである。

 

「中々いいペースよね」

「ああ、そうだな」

「まあこんなもんじゃね?」

 

 そう返事をしたのはハゲンティとオッセーである。その中身はヤサとバンダナだ。

単純にハチマンが連絡を忘れていた為、アスモゼウスにこの二人の話はまだ伝わっていない。

アスモゼウスは二人がロザリアの元部下の誰かだと認識した上で話しかけているのだが、

お互いハチマンの意向を受けて動いている事は知らず、

この組み合わせになったのはあくまで偶然である。

 

「んん………?」

 

 その返事にアスモゼウスは違和感を覚えた。

前にこの二人と話した時は、もっと自分にチヤホヤしてくれたはずだ。

だが今はあまり自分に興味が無いように見え、さてはこの二人、彼女でも出来たのかなと、

アスモゼウスはいかにも女子高生らしい発想をした。

だが事実は単純に、実際に目にし、言葉を交わしたアイドルのオーラに圧倒され、

本物かどうか分からないゲーム内の美女への興味を失っただけである。

その時グウェンが近くに来た。GWENNではなくGWEN、

要するに小人の靴屋のグウェンとしてのキャラである。

 

「ねぇ、アス………」

 

 グウェンはアスモゼウスにそう話しかけようとし、

隣に七つの大罪のメンバーがいるのを見て、途中で止めた。

 

「ううん、何でも………あ、あれ?」

 

 グウェンは何でもないと去りかけ、

そこにいるのがハゲンティとオッセーである事に気付き、

再び足を止め、躊躇いなくアスモゼウスに近付いてきた。

グウェンには、この二人の情報が伝わっていたのである。

 

「アスモ、討伐数はどこまで増えたの?」

「今日で八千体に到達したわよ」

「オーケー、ハチマンに報告しておく」

 

 そのグウェンの言葉にアスモゼウスだけではなく、ハゲンティとオッセーもギョッとした。

 

「ちょ、ちょっとグウェン、何冗談言ってるのよ」

 

 アスモゼウスは自分でも苦しいと思ったが、二人の手前、そうフォローした。

だがグウェンはその言葉に首を振り、三人に向かって言った。

 

「大丈夫、ここにいるのは全員味方」

「えっ、そうなの?」

「マジで?」

「まさか!?」

 

 その言葉に三人は当然驚愕する。グウェンが味方な事は知っていたが、

アスモゼウスが、もしくはハゲンティとオッセーが味方だとは思っていなかったからだ。

 

「………ちょっと離れた所で話そう」

 

 四人は休憩するという名目で移動し、車座で地面に座り込んだ。

 

「えっと、俺はヤサだ」

「俺はバンダナ」

「あっ、そういえばコミマで二人をどうとかって言ってたわね」

 

 名乗られた事で、アスモゼウスは漠然と事情を理解したらしい。

 

「そういう事だな、ところで二人はいつから………?」

 

 そう問いかけてきたのはハゲンティである。

その問いに最初に答えたのはアスモゼウスであった。

 

「えっとね、実は私、ヴァルハラのシノンとアル冒のヒルダと同級生なのよね。

その流れで文化祭の時に正体がバレちゃって、それ以来かな」

「ええっ!?アスモさんってまさかの高校生!?」

「マジかよ、プロじゃなかったのか………」

「ふふん、よく演じてるでしょ?」

 

 アスモゼウスはその豊満な胸を得意げに張ったが、

現実的に考えて、女子高生でそのクラスの胸を誇る者はそう多くない。

なので確率的に、実際は小さいのだろうと、ハゲンティとオッセーはそう思う事にした。

続けてグウェンが質問に答える。

 

「知ってると思うけど、私ってSAOサバイバーじゃない?

でも私さ、親のせいで帰還者用学校に通えないで、ずっと腐ってたの。

だけど先日ハチマンさんと出会って、

その支援で学校に通えるようになってさ、その時からかな」

「そっか、親のせいでそんな事に………」

「それは辛いよな………」

 

 その二人の反応に、アスモゼウスとグウェンは顔を見合わせた。この二人はこういう話に、

こんなに親身に答えてくれるような性格はしていなかったはずだからである。

 

「ヴァルハラ側に付いた事は知ってたけど、二人に一体何があったの?」

「おう、まあ聞いてくれよ。

俺達二人は、セブンスヘルっていうサークルで同人誌を書いてたんだけどよ」

「………実はハチマン兄貴がヴァルハラのメンバーを陵辱する系の作品を書いてたんだよな」

「そ、そうなんだ」

「それはまた………って、兄貴!?」

 

 そこからどうやったらハチマンを兄貴呼ばわり出来るようになるのか、

アスモゼウスは全く想像出来ず、混乱した。

グウェンも詳しい話はまだ聞いていないらしく、驚いている。

 

「まあ多分そのせいで俺達の正体がバレてさ………あっちにはロザリアの姉御もいるからよ」

「さっき言ってた通り、年末にコミマで兄貴に捕まっちまったんだよ」

「ふむふむ」

 

 アスモゼウスもグウェンもそうする事は知っていた為、それに関しては驚かなかった。

 

「その時兄貴が俺達にこう言ってくれたんだ、

『ソレイユの専属絵師になってみないか?』って」

「それは凄い」

「えっ、そうなの?二人ってそこまで絵が上手なの?」

「まあ、それなりに自信はある」

「ああ、俺達二人が組めば無敵さ」

 

 多少調子に乗っているきらいはあるが、二人はとてもいい顔でそう答えた。

 

「そっか、おめでとう」

「良かったわね」

「おう、ありがとな」

「兄貴にはもう頭が上がらないぜ、こんな俺達に凄く良くしてくれるんだ」

 

 その表情からは、ハチマンへの本気の敬意が感じられ、

アスモゼウスとグウェンは改めてハチマンの事を凄いと思った。

 

「今度ALOのガイドブックが出版されるんだけど、その挿絵は俺達が描くんだぜ」

「えっ、そんな企画があるんだ」

「おう、買ってくれよな」

「買う買う、興味があるもの」

「あと、昨日はフランシュシュのメンバーをスケッチさせてもらったんだよな」

「アイドルってやっぱ凄えって実感した………」

「そんな事まで!?」

「実はそのCMで使うイラストも、書いてみないかって言われてるんだよな」

「凄いじゃない、大出世ね」

「そんな訳で、俺達は兄貴の為なら何でもするつもりだぜ」

「これから宜しくな」

「うん、宜しくね」

「一緒に頑張ろう」

 

 こうして偶然からの顔合わせが終了した。

四人は七つの大罪と小人の靴屋の情報を、協力してヴァルハラに流し続ける。



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第1086話 怪しい観客

 その頃八幡は、マネージャーとしてフランシュシュのミニライブに参加していた。

実は今回のライブの客は、多少の招待客を除けば残りは全て佐賀県民という、

ある意味チャレンジャーな企画なのであった。

 

「………よくこんな企画を通したもんだよな」

 

 最初この話を聞いた時、八幡は、これを考えた奴は頭がおかしいんじゃないかと思った。

だがいざ開演してみれば、千人規模の小さな会場とは言え、その席は全て埋まっていた。

 

「凄えな佐賀県民………」

 

 調査によると、客席の二割ははるばる九州から訪れてきてくれた客であり、

残りの七割は首都圏在住の佐賀県民、そして最後の一割が招待客という比率になっていた。

 

「さて、時間か」

 

 八幡が今いるのは舞台袖であったが、そこにフランシュシュのメンバー達が姿を見せた。

 

「準備完了!」

「八幡、どう?かわいい?」

「おう、かわいいかわいい」

「むぅ、適当だなぁ」

「もう集中しろ愛、それとみんな、楽しんでな」

「「「「「「「はい!」」」」」」」

 

 フランシュシュの一同は、元気一杯にそう答えた。

 

「あ、あと愛と純子とゆうぎりさんは、歌ってる最中にこっちにアピールしないように。

演者が歌ってる最中に真横を向くとか絶対に駄目だからな」

「え~?」

「そ、そんな事しませんから」

「仕方ないでありんすね」

 

 八幡の釘刺しに、三人は心外だという反応をしたが、

少なくともゆうぎりはそのつもりだったらしい事が分かる。

 

「………ゆうぎりさん」

「主さま、野暮な事はいいなまんし、もちろん冗談でありんす」

「………ならいい、よし、それじゃあゴーゴーゴゴーゴーゴーゴゴーゴー!」

 

 それは幸太郎がよく言う言葉であり、一同は八幡にそう言われた瞬間に、

反射的に舞台袖を飛び出した。

 

「あけまして、おっめでと~ございま~っす!」

 

 そしてさくらの元気な挨拶でステージが始まった。

こうなるともう、八幡は見ている事しか出来ない。

 

「ふう、何か肩の荷がおりたな、俺も楽しませてもらうとするか」

 

 会場は凄まじい盛り上がりを見せており、

特におかしな事も起きず、ミニライブは順調に推移していった。

 

「愛の奴………」

 

 だが何曲目かで、愛が合法的にこちらにアピールしてきた。

ダンスの流れで八幡の方を向いた時にウィンクするといった程度の、

かわいらしいアピールであった為、さすがの八幡も怒る気にはなれず、苦笑するに留めた。

 

「やれやれ、まったくあいつにも困ったもんだな、

まあ盛り上がってるから別にいいんだ………が………ん?」

 

 その時八幡は、客席の最前列に、一人浮いている客がいる事に気が付いた。

その客はサングラスをかけ、ぎこちない動きでサイリウムを振っていたが、

何故かその足元には大きなバッグが置かれている。

 

「んん~?あいつ、どこかで見た事があるような………」

 

 八幡はうんうん唸ったが、相手の目が見えない為、にわかには思い出せない。

 

「むっ」

 

 その時八幡は、ファスナーが少し開いたそのバッグの中で何か動いた気がした。

 

「何だ………?まさかペットでも連れ込んでるのか?」

 

 八幡は、もし何かあったら直ぐに客席に行って対処しないといけないと考えたが、

その心配は杞憂だった。曲の合間にその客がバッグの口を大きく開いた為、

中に何が入っているのか分かったからである。

それは、白っぽい髪の色をしたぬいぐるみであった。

 

「ふう、ペットじゃなかったか、しかしぬいぐるみ、ねぇ………」

 

 実はそこにいたのはSAO時代の八幡の元部下である、ノーチラスこと後沢鋭二である。

そしてバッグの中にいたのは、いわゆる学ユナこと、ユナのぬいぐるみである。

オーグマーの発売と同時にユナはデビューする予定となっており、、

今日はアイドルのライブについて学ぶ為、ここに見学に来ていたと、

まあそういう事なのであった。

 

「ユナ、どうだ?」

「凄く参考になるよ、ありがとう、エイ君」

「それなら良かった、無理して来た甲斐があったよ。ちなみにユナはどの子が好きなんだ?」

「えっとね、水野愛!」

「ほう………」

「あの子と仲良くなれたらなぁ………」

 

 学ユナの目的はとにかく色々学ぶ事であり、そこに悪意は全くといっていい程存在しない。

だがユナの背後にいる者達は、学習だけではなく、

記憶の収集という観点の研究も進めていた。

 

(あの子の記憶が手に入れば、ユナにとっては最高の教材になるかもしれないな)

 

 その思考は既に、人として何か大事な物を失っていると言わざるを得ない。

だがユナしか見ていない鋭二は、その自分の思考の異常さに気付かない。

 

「あっ」

「ん、どうした?」

 

 その時ユナが、驚いたような声を上げた。

 

「舞台袖にいるマネージャーっぽい人、何かハチマンさんっぽい!」

「え?」

 

 鋭二はALOで、ユナがハチマンと接触した事は聞かされていた。

だがALOはSAOとは違い、キャラの顔はSAO時代とは微妙に違っているはずだ。

確かにスキャンすればリアルの顔を再現する事も可能だが、

少なくとも鋭二が動画などで見たハチマンの顔は、

かつて上司だったハチマンの顔とは微妙に違っていたはずだ。

 

「どうしてそう思うんだ?」

「う~ん、勘?」

 

 学ユナはその名の通り、学習能力に特化している為、

歩き方や何気ない仕草から、ゲームのプレイヤーの中身を言い当てられる可能性がある。

鋭二はそう思いつつ、チラチラと舞台袖に視線を走らせた。

 

「う………」

 

 その甲斐あってか、遂に鋭二の視界に八幡が入った。

というか、サングラス越しに目が合い、鋭二の心臓がドキリと跳ねた。

その姿は忘れもしない、SAO時代そのままであり、鋭二はあれは八幡本人だと確信した。

 

「どうしたの?」

「………いや、何でもないよ、ユナ」

 

 鋭二はもしここで八幡の事をユナに伝えたら、

最悪ユナが、出待ちするとか言い出しかねないと思い、

八幡本人を確認した事をユナに伝えなかった。

そもそも八幡は、鋭二達の計画の最終ターゲットの一人である為、

こういった機会に安易に接触するのは問題がありすぎる。

そしてミニライブが終わり、鋭二はユナをバッグに押し込め、そそくさと会場を後にした。

 

「目的は達成したな」

「うん、帰ったらあっちの私にデータを渡して、実際に踊ってもらおうね」

「ああ、そうだな。ところで最近ALOで、ハチマンさんと接触とかしてるのか?」

「う~ん、それがね、ほら、私ってソロじゃない?多分邪神広場にいるとは思うんだけど、

基本今のあそこってギルド単位じゃないと参加出来ないから、中々行きにくいんだよね」

「ふ~ん」

 

 一応今のALOがどうなっているのか、情報としては理解している鋭二だが、

そういった単語に関してはさっぱりなので、こういう時は、どうしても生返事になる。

 

「まあ今度様子を見に行ってみるよ」

「そうだな、まあ頑張れ」

 

 基本、鋭二は悠那を八幡に近付けさせるのは嫌である。

SAOの終盤で、悠那が自分よりも八幡に、より好意を持っていたのを理解していたからだ、

だが今自分達が成長させている白ユナは、

八幡に対して恋愛的な意味での好意を持っていないはずだ。

それは学ユナについても同様であり、

鋭二は今のユナ達がいくらハチマンと接触しようと、心が疼く事は全くない。

もちろん自分に対しても、恋愛感情が全く無い事は分かっているが、

少なくとも最近かなり、かつての悠那に似てきた白ユナにとって、

友人と呼べるのは自分だけであり、鋭二は自分のその立ち位置に満足しているのだ。

だから鋭二は、SAO時代のユナの話が出てくる可能性の高い、

ハチマン達との接触を、学ユナに積極的に勧めていく。

 

「それならこの前俺がカスタマイズを手伝った、あの街着を着てったらどうだ?」

「あれかぁ、ハチマンさん、褒めてくれるかな?」

「ああ、きっと褒めてくれるさ」

 

 その鋭二が手伝ったという服は、課金要素の一つであり、一着百円で、

何の能力もないおしゃれ着としての街着を自由にデザイン出来るという物であった。

これが案外好評であり、人にとっては万単位でお金を注ぎ込んでいる者も存在する。

 

「そっか、なら着ていってみる!」

 

 鋭二は学ユナのその言葉にほくそ笑んだ。

その服は、かつてSAO時代にユナが着ていた服と、同じデザインなのだ。

 

(これでハチマンさんがユナについて、何か話してくれれば儲けものだな)

 

 鋭二は突き進む。他者の記憶による、AIユナの補完計画を。

その目的の為に、白ユナも学ユナも、自分に協力してくれると信じ込んでいる。

だが鋭二は知らない。自分がかつて学ユナに伝えた、悠那に関する説明の中の一言が、

今のユナの人格に致命的な悪影響を与えている事を。

鋭二は気付くべきであった。『褒めてくれるかな?』という言葉が出た時点で、

学ユナ、ひいては白ユナの、ハチマンに対する好意が膨れ上がっている事を。

鋭二がかつて伝えたその言葉、『ちょっとミーハーな所がある』は、

鋭二と重村教授の計画を、微妙に狂わせていく。



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第1087話 代役を終えて

忙しくて感想に返信出来てなくてすみません、明日まとめて返信しますのでお待ち下さい!


 ミニライブが終わり、

一度目のカーテンコールで某焼き鳥一番鳥飯二番なお店のCMソングを披露し、

それでは物足りないと行われた二度目のカーテンコールを終えたフランシュシュは、

控え室に戻り、八幡に泣きながら拍手され、戸惑いつつも喜びを感じていた。

 

「お前ら最高だ、ナイスバード、鳥で満足!」

「あはははは、もう真似はいいから!」

「そうそう、幸太郎さんには幸太郎さんなりの良さがあるんだから、

八幡さんは八幡さんなりの良さを追及すればいいんですよ」

「あれ、でも八幡がマネージャーをやってくれるのって今日で終わりなんじゃ………」

「確かそうでありんしたな」

「え~?もっとやってよぉ!」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、さすがにそれはなぁ………」

 

 八幡とて、マネージャー業務は思ったよりも楽しく、

可能ならたまには参加したいという気持ちもあったが、

やはり本職のようにはいかない為、フランシュシュの事を考えると、

安易にやりたいと言う訳にはいかなかった。

 

「う~………」

「いっそ、幸太郎はんを暗殺せんと」

「それだ!」

「冗談………だよな?」

 

 この時病院から家に戻っていた幸太郎は、背筋が寒くなったという。

だが当然そんな事は行われず、次の日から普通に幸太郎がマネージャーに復帰する事となる。

 

「さて、それじゃあお疲れ様!今日はゆっくり休んでくれ」

「「「「「「「お疲れ様でした!」」」」」」」

 

 本来なら打ち上げをやるべきなのかもしれないが、

フランシュシュのライブはいつも全力投球な為、

正直メンバーにそんな体力は残っていない。

事実帰りの車の中では、ほとんどのメンバーが寝てしまっていた。

そしてソレイユ・エージェンシービルに着いた後、

八幡は唯一起きていたゆうぎりに手伝ってもらい、

一人ずつメンバーを起こし、まとめて部屋まで引率していった。

 

「八幡、それじゃあまた明日ALOでね」

「おう、またな、愛」

「八幡さん、おやすみなさい」

「今日はぐっすり寝てくれよな、純子」

 

 最後まで八幡から離れようとしなかった二人もさすがに限界だったのか、

そう言って大人しく自分の部屋に戻っていった。

そして八幡は、最後まで付き合ってくれたゆうぎりにお礼を言った。

 

「ゆうぎりさん、ありがとな」

「………どうして八幡はんは、年下のわっちに、さん付けするんでありんすか?」

「いや………まあ、その、何となく?」

「何となく………」

 

 ゆうぎりは八幡をジト目で見た後、いきなり八幡に平手打ちをしようとした。

 

「八幡はん!歯を食いしばりなんし!」

「え、やだよ」

 

 八幡はそう言ってゆうぎりの手首を掴み、その平手打ちをあっさり防いだ。

 

「いきなりだな」

「くっ、ならば右の頬を出しなんし!」

「いやいや、それ言っちゃ駄目な奴だろ」

 

 八幡はゆうぎりの左手をもあっさりと止め、

二人は向かい合って両手を繋いでいるようなおかしな状態になった。

 

「やるでありんすな」

「というか、何でいきなり平手打ちだよ」

「八幡はん、わっちの事は、今後は呼び捨てにしなんし」

 

 その問いを無視し、ゆうぎりは八幡にそう迫った。

 

「いや、まあそうしろって言うならそうするけどな、ゆうぎり」

 

 八幡に名前で呼ばれたゆうぎりは、柔らかな笑顔を見せ、手から力を抜いた。

 

「ふう」

「わっちが叩けなかったのは八幡はんだけ、

つまり八幡はんは、わっちの初めての人になりんした」

「誤解を招くような発言はよせ」

「まっこと、つれないでありんすなぁ」

「いや、俺は普通だからね?」

「とりあえずお茶を用意しんす、わっちの部屋で少し休みなんし」

「何か命令みたいに聞こえるんだが」

「女に恥をかかせるもんじゃありんせん」

「だからその言い方は誤解を招くからやめようね?

というか現役アイドルの部屋に、のこのこ俺が入る訳にはいかないだろ」

「なら玄関でドアを開けたままという事で妥協しんさいな」

「………分かった、世話になる」

 

 何度も往復したせいもあり、八幡は確かに疲れていた為、ゆうぎりに甘える事となった。

 

「最初はこちらのぬるめのお茶を、次はこちらの熱めのお茶を飲みなんし?」

「おお、気が利くな」

 

 八幡は美味そうに二杯のお茶を飲み、そんな八幡を、ゆうぎりは嬉しそうに眺めていた。

 

「そんなにじろじろ見るなって、俺なんか見てても別に楽しくないだろ?」

「楽しいでありんすよ?」

 

 ゆうぎりはそう言って八幡の隣に座り、その肩にそっと頭を乗せた。

 

「お、おい………」

「今日はお疲れ様でありんした、どうか、これからもわっちらを見守っていておくんなまし」

「それは任せてくれ、みんなの居場所は俺が守る」

 

 八幡はそう言って立ち上がり、振り返ってゆうぎりに微笑んだ。

そんな八幡をそれ以上引きとめようとはせず、ゆうぎりは優雅に一礼したのだった。

 

 

 

「ふう、ゆうぎりにも困ったもんだが、今日は楽しかったな」

 

 八幡は達成感に包まれつつ、久々にマンションに戻った。

 

「あっ、リーダー、お帰り!」

「八幡君!」

「八幡さん!」

 

 そんな八幡を、美優、舞、香蓮の三人が出迎えた。

 

「今日のライブはどうだった?」

「おう、楽しかったぞ、実に貴重な体験が出来たわ」

「いいなぁ、今度私も見に行きたいな」

「行くならチケットはとってやるぞ、それより狩りの調子はどうだ?」

「あっ、こっちはね………」

 

 八幡は三人から狩りの話を聞き、休んでいた分明日からまた頑張ろうと心に誓った。

新学期は十一日からであり、あと六日ほど休みが残っている。

その間に出来るだけ多くの敵を狩り、八幡は出来れば学校が始まる前に、

今受けているクエストをクリアしたいと思っていた。

 

「おい美優、今日で二千体狩れたなら、そろそろ本気を出しても平気だと思うか?」

「う~ん、他のギルドも慣れてきたみたいだし、平気じゃないかな?」

「そうか、なら明日、思いっきり稼いでみるか」

「うん!」

「待って待って、一応どんな感じの狩りになるか教えて?」

 

 香蓮が不安そうにそう言い、八幡と美優は、

いつものヴァルハラの狩りのやり方を説明した。

 

「そうだな、先ず適当に敵を釣ってくるだろ?」

「う、うん」

「で、タンクを並べて敵を一ヶ所に集めて足止めして」

「そ、それで?」

「範囲攻撃を中心に、片っ端から倒す。その頃には次の敵が到着してるって寸法だ」

「よし美優、舞さん、今日は寝ようすぐ寝よう今すぐ寝よう」

 

 八幡の説明だととても簡単に聞こえるが、実際はそんな事はまったくないという事を、

香蓮はここまでの戦闘を見ていて理解していた。

 

「そうだな、明日はハードになるだろうから、早めにぐっすり寝た方がいいと思うぞ」

「だよね」

「え~?私はもっとリーダーとお話したい」

「美優、今日は我慢しなさい!八幡君だって疲れてるはずなんだからね」

「あ、そっか、それじゃあリーダー、コヒーが背中を流すから、お風呂に入っちゃいなよ」

 

 美優がそう提案したが、香蓮は当然冗談だと理解している為、スルーである。

 

「ん、悪いな香蓮、それじゃあ頼むわ」

 

 だがそれではつまらないと思ったのだろう、八幡が美優の言葉に乗った。

 

「えええええええ?」

「なんだ、嫌なのか?」

「い、嫌じゃないよ?」

 

 香蓮は勢い良くそう言ったが、その時見た八幡の顔は、この上なくニヤニヤしていた。

 

「あっ!もう、もう!」

 

 これは明らかにからかわれていると理解した香蓮は、

八幡をぽかぽか叩き、拗ねたような顔で言った。

 

「いいもん、それじゃあ私は先に入って待ってるから」

 

 香蓮はそう言ってスタスタと浴室へと向かい、残された三人は呆気に取られた。

 

「ちょ、コ、コヒー!」

 

 それを慌てて美優が追う。そして浴室から、美優の悲鳴が聞こえてきた。

 

「コヒー、脱ぐの早すぎ!

っていうかこのままだとリーダーに隅から隅まで見られちゃうよ、いいの?」

「別にいいもん!ふんだ!」

「いやいやいや、そんなのコヒーらしくないって、

コヒーはいつもはもっともじもじしてるだろ?」

「私だってやる時はやるんです!」

 

 その会話に八幡と舞は顔を見合わせた。

 

「えっと………」

「どうやら香蓮はかなりきてますね」

「だな………悪い、頼めるか?」

「任せて下さい、私が引っ張り出してきます」

「えっ?」

 

 舞は八幡が止める間もなく浴室に入っていき、

そのまま力ずくで香蓮を引っ張り出しにかかった。

 

「香蓮、とりあえず落ち着いて」

「舞さん、離して!」

「いいえ、離さないわよ!美優、このまま香蓮を寝室に連行するわよ」

「がってん承知!」

「あっ、ちょ、ちょっと!」

 

 この会話を聞いた瞬間に、八幡はやばいと思った。

直後に肌色の物体が視界に入り、八幡は慌てて目を背けた。

 

「み、見られちゃう、八幡君に見られちゃうってば!」

「今まさに自分から見せようとしてたじゃないかよ!」

「た、確かにそうだけど!やっ、は、恥ずかしいから!」

「大丈夫、リーダーは目を逸らしてくれたはずだから、ちょっとしか見られてない」

「見られてるんじゃない!」

 

 八幡は気まずい思いをしながら目を背け続け、

香蓮は八幡がこちらを見ていないかチラチラと確認しつつ、そのまま寝室へと運び込まれた。

 

「もういいよ、リーダー」

「八幡さん、ミッションコンプリートです」

「サ、サンキュー、それじゃあ俺は風呂に入っちまうわ」

「うん、ごゆっくり!」

「あっ、ちょっ、待っ………」

「コヒー、往生際が悪い!」

「違うんだってば!」

 

 寝室からそんな声が聞こえた為、八幡はとにかく手早く温まろうと思い、

急いで脱衣所に入り、直後に慌てて外に飛び出してきた。

 

「み、美優!」

「ほい?」

 

 その呼びかけに対し、美優がほいっと寝室から顔を出す。

 

「だ、脱衣所の片付けを頼む………」

「片付け………?あっ!」

 

 美優は八幡が何を言いたいのかすぐに理解し、

脱衣所に飛び込んで、香蓮の服と、下着一式を回収して出てきた。

 

「ごめんリーダー、すっかり忘れてたよ」

「頼むぞマジで………」

 

 それから八幡はゆっくり入浴し、

風呂から出た後に、気まずそうな表情の香蓮を慰める事となった。

結局ミニライブの後、こうして八幡は二人のお姉さんキャラに翻弄されまくったのであった。



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第1088話 二人の秘密

 次の日の午前の部の狩りは、久しぶりにハチマンが参加しており、

それだけでメンバー達の士気はかなり高まっていた。

 

「よし、今から薬を配るからな、必要な時は躊躇いなく使ってくれ」

 

 ここまでの戦闘で、ハチマンがそんな行動をとった事は無かった為、

他の者達は、随分慎重だなと考えたが、

ハチマンが仲間に指示して取り出してきた薬の量を見て、その顔色を変えた。

 

「おいおいハチマン君、こんなにかい?」

 

 スプリンガーが代表してハチマンにそう尋ねてくる。

 

「はい、今日はかなりハードになると思いますので」

「………君達がハードって言うなんて、ちょっと怖いな」

 

 若干怖気づくような事を言うスプリンガーの背中を、だがラキアがバシッと叩いた。

 

「ふん!」

「痛っ!おいラキア、お前、馬鹿力なんだからもうちょっと………」

 

 その瞬間にラキアの目が鋭くなる。

 

「………分かった分かった、馬鹿はお前じゃない、俺だってば」

「むふぅ」

 

 ラキアは満足そうにそう言ってハチマンの背中に負ぶさった。

 

「あっ、ラキア、ずるい!」

 

 それを見たプリンもハチマンに擦り寄ってくる。

そんな二人の様子を見ている女性陣は、ぐぬぬ状態になるかと思いきや、

とてもそんな余裕はないらしく、大量の薬品を配っている。

 

「これは凄いですね………」

「どうなるのか想像もしたくないよ………」

 

 その様子にヒルダとファーブニルも畏れおののく。

そしてハチマンは、仲間達に檄を飛ばした。

 

「それじゃあ狩りを開始する、コマチ、レコン、頼むぞ」

「はい!」

「任せて!()()()()()やるから!」

 

 そして最後にハチマンは、傍らにいたシノンに声を掛けた。

 

「シノン、()()()()()()()()()()

「任せて、()()()()()()おくから」

「ハチマンさん、頑張りましょうね!」

「おう、ユナはあんまり無理するなよ」

「しますよ、今しないでいつするんですか!」

 

 そのシノンの更に横にいたユナが、やる気満々な表情でそう答えたのだった。

 

 

 

 五日の朝、早めにログインしたハチマンは、

同じく一旦街に戻っていたウズメ、ピュアと合流し、狩り場へと移動しようとしていた。

二人は騒ぎにならないように、一応フードを被っている。

そんなハチマン達に、声を掛けてくる者がいた。

 

「あっ、ハチマンさん!」

「ん………?」

 

 振り返ると、そこにいたのはユナであった。

 

「おお?ユナか、久しぶりだな」

 

 ハチマンは『ハイアー』のメンバーに、交代でユナを見張らせていたのだが、

特におかしな報告は上がってきていなかった為、完全に油断していた。

 

(まさかこのタイミングを狙ってたのか?いや、さすがにそれは無いか)

 

 ユナは実際、狙っていたというか、張り込んでいただけである。

 

『ユナは朝からここでぼ~っとしてた、きっとハチマンを待ってたんだと思う』

 

 その時ハチマンにメッセージが届く。辺りを見回すと、建物の陰にモエカがいた。

ハチマンはモエカに頷くと、少しユナと話をする事にした。

 

「ユナ、こんな所でどうしたんだ?誰かと待ち合わせか?」

「ううん、邪神広場にどうやって行こうかなって思って、

どこかのギルドに便乗出来ないか観察してたらハチマンさんがいたから声を掛けてみたの」

 

 ユナはハチマンを待ってたと直接的に言うのが躊躇われたのか、そう無難な返事をした。

だがハチマンは自分で質問したにも関わらず、そのユナの返事に反応しない。

見るとハチマンの目は、ユナの着ている服に釘付けになっていた。

 

(あっ、エイ君の言った通りだ、見てる見てる)

 

 ユナはそのハチマンの視線に、

かわいいって思ってもらえてたらいいな、などと暢気な事を考えていたが、

ハチマンは内心で、やはり、と思っていた。

 

(………これはわざわざカスタマイズしたのか、そういえばそんな機能があったな。

でも目的は何だ?そもそも同じくSAOにいた者じゃないと、

これを再現するのは不可能なはずだ)

 

 ユナが今着ている服は、かつてユナがSAOで着ていた服と酷似していた。

再現した鋭二はあまり意識していなかったが、実はこの服装、

血盟騎士団の制服をベースにしており、細かい部分のデザインを変えた上で、

スカートこそ赤のままだったが、上着の色は黒となっている。

茅場晶彦が言っていた通り、かつてのSAOの外見データは完全に消去されており、

陽乃がサルベージしたSAOのスクショデータのいくつか以外に残っているのは、

各プレイヤーの移動ルートを示すものだけな為、完全に再現出来ているとは言えないが、

それでも特徴的な部分はしっかり再現されている。

 

(細かい所が違うな、ユナの事を知ってた奴なら大体再現出来るってレベルか………、

でもまあこのユナの近くに、他のSAOサバイバーがいる可能性は高い)

 

 そう思いつつも、ハチマンはそれ以外の可能性についても考えていた。

それは、このユナが真にあのユナであるという可能性である。

 

(それを証明する為には………)

 

 そう考え、ハチマンはユナのスカートに手を伸ばした。

実はこの服のスカートの部分には、ハチマンとユナしか知らない秘密が隠されている。

 

「悪いユナ、ちょっとスカートの裏地を見せてくれ」

「ふっ、ふええええ?」

 

 ハチマンにそう言われたユナは一瞬で顔を赤くし、

それを見ていたウズメとピュアも、そのあまりな言葉に全く反応する事が出来なかった。

 

「それじゃあ見るぞ」

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 ユナはそう言ってコンソールを開くと、恐ろしい勢いで何か操作をし始めた。

 

「オ、オーケーです!」

「おう」

 

 そしてハチマンは、ユナのスカートをゆっくりまくり上げていく。

ウズメとピュアはそこまで来てハッとした顔をし、慌ててハチマンを止めた。

 

「ちょ、ちょっとハチマン、何してるの!?」

「ハチマンさん、え、えっちなのはいけないと思います!」

 

 そのせいで二人の顔を隠すフードがめくれ、そこで初めてユナは二人の顔を見た。

 

「えっ………!?フ、フランシュシュ!?」

「「あ」」

 

 二人は慌ててフードを被りなおし、ユナは呆然としたが、

そんな状況をぶった切って、ハチマンは二人にこう答えた。

 

「いや、もう確認は済んだ」

 

 そう言ったハチマンの手は、既にユナのスカートから離れている。

 

「あっ、そ、そう」

「良かった………」

 

 一方ユナは、色々な事が起こりすぎて、何から突っ込めばいいのか迷っていた。

この辺り、AIなのに実に人間臭いが、

これは茅場製AIの良い意味での曖昧さが発揮された結果である。

それでもユナは判断を下し、最初にハチマンに問いかけた。

 

「ハチマンさん、あの、私のスカートに何か………?」

「ん?そうだな………そのユナの着てる服と全く同じ服をな、昔見た事があるんだよ」

「あっ、そうなんだ」

「でな、その服には、スカートのここ、この裏の部分に、とあるマークが入っていてな、

それがあるのかどうか、確認しただけだ」

 

 実はそこには、血盟騎士団の十字のマークが縫いつけられていた。

だが赤地に赤の生地を縫いつけてあった為、

かつてハチマンとユナ以外に、それに気付いた者はいない。

 

(やっぱりこのユナは、本人じゃないんだな)

 

 ハチマンはそう考え、遠くを見るような目をした。

 

(ユナ、お前は一体どこにいるんだ………)

 

 そんなハチマンを見て、何か心に響くものがあったのか、

ユナがそっとその背中を抱いた。

 

「「あああああ!」」

 

 当然ウズメとピュアが絶叫するが、ユナは二人の事は気にせず、ハチマンに話しかけた。

 

「ハチマンさん、何か寂しそう」

「ん、ああ、すまんすまん、心配させちまったか?」

 

 そう言って振り返るハチマンはいつも通りの笑顔になっており、

ユナは安心してハチマンから離れた。

 

「ううん、それよりこの服、どうかな?」

「ん?ああ、凄くユナに似合っててかわいいな」

「やった、ありがとう!」

 

 そんな二人を見て、ウズメとピュアはぐぬぬ状態であった。

 

「ねぇピュア、さっきあの子、ハラスメント警告の設定をオフにしてたよね」

「ですね、あの動きはそんな感じでした」

 

 何故それが分かるかと言うと、先日二人も同じ設定をしたからである。

 

「で、ユナは邪神広場に行きたいのか?」

「うん!クエストは受けてないけど、この機会に大きく経験値を稼ぎたいなって!

でも私ってソロだから、中々参加しにくくって、可能ならハチマンさん達に、

どこか臨時で入れてもらえる知り合いのギルドを紹介してもらえたらって」

「って事は、ギルドに入りたい訳じゃないんだな?」

「う、うん」

「ならとりあえずうちのレイドに混ざるといい」

 

 ハチマンはにこやかな表情でそう言った。その流れを見て、スッとモエカが姿を消す。

これ以上ユナの監視は必要ないと判断したのだろう。

 

「い、いいの?やった!」

「ただし行くのは邪神広場じゃないし、狩るのも邪神じゃないけどな」

「そうなの?でも全く問題なし!」

「そうか、それじゃあ行こう」

「うん!」

 

 こういう経緯で、ユナがヴァルハラの狩りに参加する事となったのだった。



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第1089話 回想~最後の会話

「おい、歌姫がまた歌ってるぜ」

「相変わらずいい声してるよなぁ………」

「ちょっと聞いてこうぜ」

 

 第四十八層、リンダース。リズベット武具店が存在するこのフロアで、

ユナは今日も歌い続けていた。

観客達はその歌に静かに聞き入っていたが、歌が終わると拍手喝采をした。

 

「ユナちゃん、最高!」

「現実に戻ったら絶対プロになってくれよ!」

「絶対にライブに行くから!」

 

 そんなユナの事を、嬉しそうに、だが微妙に複雑な表情で眺めている者がいた、

後沢鋭二こと、血盟騎士団のノーチラスである。

 

「悠那………」

 

 ノーチラスは、ユナの事をそう本名で呼んだ。

ユナを守る為に血盟騎士団入りしたノーチラスは、

もっと強くなりたいと思い、仲間達と日々出撃を繰り返していた為、

最近ではユナとの交流の機会が目に見えて減っていた。

ノーチラスは、自分がいないせいでユナが寂しがっているのではないかと気を揉んでおり、

実際ユナも、ノーチラスの目からは寂しそうに見えたのだが、

これは全くの誤解であり、ノーチラスへの恋愛感情が無いユナは、

ただ、退屈そうにしていただけであった。

ところがある日、狩りから帰ってきたノーチラスに、ユナがこんな事を言った。

 

「今日ね、面白い人と知り会ったの」

 

 その日を境に、ノーチラスへの態度は全く変わらないが、

ユナはどんどん一人のプレイヤーに夢中になっていった。

 

「………ハチマン」

 

 歌い終わった後、ユナが近くで寝ていた一人のプレイヤーの所に走っていき、

迷惑そうにするそのプレイヤーに嬉しそうに話しかけているのを見て、

ノーチラスは奥歯をギリリと噛み締めた。

ノーチラスはハチマンに嫉妬していたが、同時に諦めにも似た気持ちも抱いていた。

何故ならハチマンがユナに色目を使っているようにはどうしても見えなかったからだ。

最近はずっと、ハチマンが寝ている場所にユナが押しかけ、

その近くでわざとハチマンに聞かせるように歌っているのをノーチラスは知っていた。

一度その事を指摘したら、『エイ君には関係ないでしょ!』と怒られ、

それ以降、ノーチラスはユナの行動に口出し出来なくなったのだった。

 

「ん、終わったのか」

 

 ユナが寄ってきたのを察知したのか、ハチマンはあくびをしながら伸びをし、そう言った。

 

「えええ?私の歌、聞いてなかったの?」

「いや、俺の脳にはちゃんと届いてたぞ、うん、いい歌だった」

「そっか、それならいいけど」

 

 ユナは嬉しそうにそうはにかむと、声を潜めつつ、続けてハチマンにこう言った。

 

「で、師匠、戦闘の訓練についてなんだけど………」

「おう、攻略が終わったばかりでしばらく暇だから、今日辺り行ってみるか」

「うん!」

 

 そう言ってハチマンは立ち上がり、

ユナはまるで子犬のようにハチマンにじゃれつきながら、その後に続いた。

そんな二人の姿を、ノーチラスは黙って見送る事しか出来なかった。

 

「あれ、ノーチラス君?」

「あっ、副団長!」

 

 そこに現れたのはアスナであった。

慌てて敬礼するノーチラスに、アスナは無邪気な表情でこう尋ねてきた。

 

「ねぇ、ハチマン君を見なかった?」

「あ、えっと、彼はユナと一緒にどこかに出かけていきました」

「あ~、戦闘訓練か、それじゃあまた今度でいいかな」

 

 ノーチラスの知る限り、アスナとハチマンはゲーム開始からの付き合いであり、

まだ正式には付き合っていないというのが信じられないくらい、

どこからどう見ても両思いな関係であった。

だがそれにも関わらず、アスナが嫉妬の表情を見せる事は全くなく、

ノーチラスは思わずその事についてアスナに尋ねた。

 

「あ、あの、副団長は、あの二人の事が気にならないんですか?」

「え~?う~ん、そういうのは無いかな」

「そうなんですか?」

「うん!」

 

 アスナはそれ以上、深くは語らなかったが、

その表情からは、ハチマンへの深い信頼が見てとれ、

ノーチラスは自分の事を、何と小さい人間なのかと恥ずかしく思った。

そもそもSAOにはハラスメント機能があるのだ、何か間違いが起こるはずはない。

もっともユナは、ハチマンに対してだけは、既にその機能をオフにしていたのだが、

ノーチラスはその事に関しては思い至らない。

 

「変な事を聞いてしまってすみません」

「ううん、それじゃあ私は行くね、ノーチラス君もあんまり無理しないでね」

「それは………はい、自分に出来る事を精一杯頑張ります」

 

 この時点でノーチラスがVR環境に不適合な事は分かっていた。

だがアスナはノーチラスをボス戦のメンバーから外しはしたものの、

血盟騎士団から除名するような事はしなかった。

むしろその前段階での攻略部分について、ノーチラスに仕事を任せてくれたくらいである。

 

「それじゃあまたね」

「はい、またです」

 

 そして二人は分かれ、ノーチラスは掘り出し物が無いか探してみようと、

前線近くの店を回ってみようと思い、歩き出した。

 

 

 

 ハチマンとユナは、人気の無い狩り場を選んで二人でそこに篭っていた。

そう聞くといかがわしさが満点だが、もちろんそれには理由がある。

 

「よしユナ、大分歌姫スキルに慣れてきたみたいだな」

「うん、もう戦闘中でも辺りに気を配ったまま歌えるよ!」

「まあレベル自体はまだまだ低いんだ、油断だけはするなよ」

「もちろん!」

 

 ユナの歌姫スキルに関しては当分秘密な為、

どうしても狩り場の選択には気を遣う事となる。

この事を知る唯一のプレイヤーであるエギルもたまに一緒に来てくれるが、

店の事がある以上、どうしても毎回という訳にはいかない。

もっともユナがハチマンと二人きりである事を望んでいる為、

エギルが気を遣って参加しないという事も多々あるのはハチマンには秘密である。

 

「師匠、次は七十四層だよね?」

「おう、明後日にちょっと、アスナとキリトと三人で様子見に行くつもりだ」

「三人で?無理しないでね?」

「そっちはまあ平気なんだけど、血盟騎士団のあいつがなぁ………」

「あっ、あのクラディールって気持ち悪い人!」

 

 ユナはハチマンとアスナがクラディールと揉めている現場を、何度か目撃していたのだ。

 

「おう、それだそれ、今度ヒースクリフに文句を言ってやらないと………」

「あはははは、頑張って、師匠」

 

 

 

 その会話から数日を経て、ハチマンを取り巻く環境は激変した。

 

「ユナ、悪い、俺はしばらく攻略を休んで、アスナと一緒に休暇をとる事にした」

「あ、うん、大変だったね………」

 

 七十四層のボス攻略から、ハチマンの電撃的な血盟騎士団入り、

そしてクラディールに殺されかけた流れに、ユナは何も関わる事が出来ず、

ただ外から眺めている事しか出来なかった。

 

「でな、今度アスナと結婚する事にした」

 

 その言葉にユナは、遂にその時が来たかと諦めにも似た感情を抱いた。

自分も頑張ってアプローチしてきたが、

ハチマンの気持ちが自分に向いた事が一度も無い事を、ユナは知っていた。

 

「そっか、おめでとう、師匠!」

「おう、ありがとな」

 

 ハチマンはそう言って去っていき、残されたユナはその日、一人で泣いた。

だが次の日にはそんな態度はおくびにも見せず、またハチマンにまとわりつき始めた。

 

「ユナちゃん、これは私の旦那様なんだからね!」

「分かってます!私は弟子として、師匠のお世話をしてるだけです!」

 

 ユナはアスナ相手に一歩も引かず、アスナもそれを喜んでいるようなフシがあった。

 

(二人とも、実は仲良しだよな………)

 

 ハチマンは二人の関係にはあまり口出しせず、好きなようにさせていた。

 

 

 

「ねぇ、ハチマン君、そろそろユナちゃんの装備も更新した方が良くない?」

 

 休暇中、三人で軽く狩りに出かけていた最中に、いきなりアスナがそんな事を言ってきた。

 

「確かにそろそろ上の装備が使えるかもしれないな」

「やった、新装備の季節!」

「ユナちゃん、ハチマン君が、きっとかわいい服をプレゼントしてくれるよ」

「師匠、それなら師匠とどこかがお揃いの奴がいいです!」

「二人とも、ハードル上げるなって………」

 

 ハチマンは二人の会話に途方にくれつつも、この事をアシュレイに相談しに行った。

 

「ああ、あんたの弟子の装備?どんなのがいいの?」

「そうですね………」

 

 アシュレイは、ユナがハチマンの弟子という事だけは知っていた。

これまでも何度か装備の更新を頼んでいたからだ。

 

「俺とお揃いな部分があって、かわいい装備、だそうです」

「あはははは、大雑把でいいからデザインしてみてよ」

「それじゃあ大体こんな感じで………」

 

 そうして出来上がったのが、鋭二が記憶を頼りに作り上げた、例の装備であった。

 

 

 

「わぁ、師匠、かわいい装備をありがとう!

これって、師匠の参謀服と、血盟騎士団の制服を混ぜたようなデザインだね」

「色違いだから、気付く奴は少ないだろうけどな。

あと、仲間だって印に、スカートのここの裏に、血盟騎士団のマークを付けておいたわ」

「えっ、どれどれ?」

 

 そう言ってユナは、大胆にスカートをまくり上げた。

思いっきり下着が見えてしまっているが、ユナはそれを気にした様子はない。

 

「おいユナ、ハラスメント警告が出ちまってるからやめろ!」

「あっ、本当だ、赤地に赤だから目立たないけど、血盟騎士団のマークだ!」

 

 その言葉を無視し、ユナは嬉しそうにそう言ってスカートを下ろすと、

抗議するような視線をハチマンに向けた。

 

「………何だよ」

「師匠、何で私を対象にしたハラスメント設定をオフにしてないんですか!?」

「へっ?」

「私はそんなの、とっくにオフにしてますよ?本当に何やってるんですか師匠!」

「それは俺のセリフだよ、お前、何しちゃってるの?」

「師匠と弟子なんだから、それくらいの接触はいくらでもあるじゃないですか!

そういう時に、毎回『いいえ』を押すのが面倒なんです!」

「そ、それは確かにそうかもだが………」

「だから師匠、そういう時の為に師匠も切っておいて下さい!」

「お、おう、分かった………」

 

 そう言ってハチマンが何か操作を終えた瞬間に、

ユナがハチマンの胸に飛び込み、思いっきり抱きついた。

 

「おわっ!」

「師匠、素敵な服をありがとうございます、私、一生大切にしますね!」

「一生?それは駄目だろ、ゲームをクリアするまでにしとけって」

「あっ、そうでした!それまで大事にします!」

「もっとも九十層を超えてきたら、また改造するつもりだけどな」

「うう~、師匠の意地悪!じゃあそれまでで!」

 

 拗ねるユナの機嫌を直すつもりか、ここでハチマンが、優しげな瞳でユナに言った。

 

「ユナ、その格好、かわいくて似合ってるぞ」

 

 その瞬間にユナは、再びハチマンに抱きついた。

 

「ありがとう師匠、愛してます!」

「おわ、やめろって、アスナに怒られるから!」

「その時は私が守ってあげます!」

「はぁ………まあ頼むわ、それじゃあまたな、ユナ」

「はい、またです!」

 

 ユナはそう言って、嬉しそうに微笑んだ。これがハチマンとユナの最後の会話である。



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第1090話 本気の三日間

「次、来るぞ!」

「みんな、止めるよ!」

「イロハ、あの辺りに範囲魔法」

「遠隔部隊は弾幕を張って!敵の足を十秒止めるよ!」

 

 戦場は今や、阿鼻叫喚の地獄………とはなっていなかったが、

敵の数の多さによって、凄まじい混雑ぶりを見せていた。

 

「攻撃、とにかく攻撃!」

「これが終わったら休憩にするから、みんな頑張って!」

 

 味方は敵を囲むように布陣しており、敵は敵が邪魔で全力を発揮出来ない為、

数の差はあっても、ヴァルハラ連合軍が崩れる気配はまったく無かった。

 

「遠隔部隊、魔法部隊、一旦攻撃やめ!五分後に再開!」

「それまで前衛陣が切り込む、我に続け!」

「「「「「おう!」」」」」

 

 ここでハチマンが魔法使いチームや魔法銃を撃つ為のMP補充の時間をとり、

キリトがそれに合わせて突撃の指示を出す。

エギルやクライン、フカ次郎やクックロビン、それにラキアら前衛陣が、

その後に続いて敵に突撃をする。

敵は魔法や遠隔攻撃で手負いの者が多く、数合切り結べば死亡する為、

今この戦場は、斬って斬って斬りまくれ状態となっていた。

 

「あと一分で離脱しろ!」

 

 ハチマンが再び指示を出し、それに合わせて前衛陣が引き始める。

タンクはその撤退をフォローし、後衛は合図があり次第すぐに攻撃しようと、

魔法や遠隔攻撃の構えをとって待ち構えていた。

 

「全員撤退を確認!」

「よし、撃てえ!」

 

 そこから再び後衛から攻撃が始まり、戦場にいた敵は、それで全て塵と化した。

 

「よし、それじゃあみんな、ここで休憩にしよう!」

 

 敵がいなくなった事で、ハチマンからそう指示が出る。

こんな事を何度繰り返しただろうか、休憩時間を長めにとっているにも関わらず、

その討伐数は、既に千五百体を軽く突破していた。

 

「ぷはぁ、これはきつい!」

「でもその分経験値とか半端ないね」

「これがヴァルハラの本来の狩りか………」

「うん、まあソレイユさんがいるいないで大分ペースが変わるんだけどね」

「ああ、それ、分かる………」

 

 邪神広場組と違い、全員が同じレイドで戦い続けている為、

経験値に関しては、こちらの方がかなり獲得量が多くなっている。

その分しっかり休憩している事もあり、疲れを見せている者はほとんどいない。

むしろ、始める前よりも元気になっている者もいた。

 

「ハチマンさん、経験値が凄いよ!」

「そうか、それなら良かったわ、ユナ」

「で、相談なんだけど、今の私のステータスがこんな感じで………」

 

 ユナはそう言って、無防備にハチマンに、自分のステータスを可視化して見せ始めた。

ハチマンはその態度に面くらいながらも、丁度いいと思い、

ユナのステータスを隅々まで精査したが、当然歌唱スキルは存在しない。

 

「ふ~む、今のユナはどんな戦闘スタイルなんだ?」

 

 さすがに指揮をとりながらユナの様子を観察するのは無理だったらしく、

ハチマンはユナにそう尋ねた。

 

「今の?ふふっ、変なの、まるで昔があったみたいな言い方だね」

「そ、そうだな、悪い」

 

 思わずそう言ってしまったハチマンに対し、ユナの態度はまったく普通であった。

 

「えっとね、片手直剣かな、だからSTRを多めに上げてるの」

「ほう」

 

 そんな会話を聞きながら、ひそひそと言葉を交わしていたのはアスナとエギルである。

 

「やっぱり別人だよな」

「うん、よく似てるけど何かが違うね」

「戦闘スタイルも、師匠に似た部分が全然無い」

「でもあの服………遠目でチラッと見た事があるけど、

あれってハチマン君があげた服とほぼ同じデザインだね」

「謎だよな………」

「謎だね………」

 

 その会話の間、ハチマンはフカ次郎を呼び、ユナにアドバイスをしていた。

キリトの場合はかなり特殊な為、参考にならないと判断したのである。

 

「そしたらバランス的には………」

「ふむふむ」

「で、この数値がこうなるとこのスキルが………」

「なるほど!ありがとうございます、フカ師匠!」

 

 こんな感じで、話す度にハチマンは、ユナに対する違和感がどんどん増していった。

ユナがハチマン以外を師匠と呼ぶ事はありえず、

アスナとエギルもその事を分かっていた為、激しい違和感を感じていた。

 

「ハチマンさん、凄く参考になりました!」 

「お、おう、それなら良かった」

「で、一つお願いが………」

「ん、何だ?」

「さっき言ってたマーク、私の装備に付けてもらう訳にはいきませんか?」

「ああ、そういう事か………お安い御用だ、ただし一つ条件がある」

「何ですか?」

「もしそのマークを誰かに見られた時、おかしな反応をした奴がいたら教えてくれないか?」

「はい、分かりました!」

 

 ユナの近くにいるSAOサバイバーは、ユナに自分の事を口止めしているかもしれないが、

こう言っておけば、ユナがうっかり口を滑らす可能性もあると、ハチマンは考えたのだった。

 

「それじゃあ………お~いスクナ、ちょっといいか?」

「………何?どうかした?」

「ちょっと頼みがあるんだけどよ」

 

 そのユナの頼みを聞いたスクナは、それくらいはお安い御用だと頷き、

一瞬でその作業を終えてしまった。

 

「はい、どうぞ」

「うわぁ、ありがとうございます!ハチマンさん、見て下さい!」

 

 そう言ってユナは、躊躇いなくハチマンに向けてスカートをたくし上げ、

ハチマンは慌てて横を向いた。

そして凄まじい勢いでこちらに走ってきたアスナが慌ててそのスカートを下ろした。

 

「いきなり何するの、ユナちゃん!」

「ご、ごめんなさい、わざとですけどちょっと大胆すぎましたね」

 

 ユナはアスナに謝罪にならない謝罪をし、ぺろっと舌を出した。

 

(こ、こういう所だけはユナちゃんそっくりなんだ………)

 

 アスナはその事を一瞬懐かしく思いつつも、

一体何の為にそんな事をしたのかユナに尋ねた。

 

「あ、えっと、ここにマークを入れてもらったので」

「マーク?」

「血盟騎士団のマークだ、オリジナルにも付いてたんだよ」

「そうなんだ?」

 

 その事を知らなかったアスナは、ユナのスカートをしげしげと見つめた。

 

「えっと………見ます?」

「あ、うん」

 

 アスナは他からの視線をガードし、ユナのスカートを覗きこんだ。

 

「本当だ、懐かしい」

「まあこんな感じです」

「へぇ………」

 

(本物のユナちゃんだったら、きっとこの事は誰にも言わなかっただろうなぁ)

 

 アスナはそう思い、ユナの顔をじっと見つめた。

 

「やだ、恥ずかしいです」

 

(絶対に別人………なんだけど、記憶喪失の本人って言った方が実はしっくりくるんだよね)

 

 アスナはそんな事を思いつつ、二人から離れ、そして狩りが再開された。

 

「よし、やるぞ!」

 

 ここからは延々と、先ほどと同じ光景が繰り広げられたが、

徐々に慣れてきたのか、段々と戦闘に余裕が出てくるようになった。

 

「いい感じだな」

「うん、そうだね」

 

 こういった戦場だと基本ハチマンの隣に付くリオンも、

同じ事を感じていたらしく、そう言った。

 

「しかし今回のイベントは、プレイヤーの平均値の底上げをしてるような気がするよな」

「あ、それ、私も思ってた」

「って事はこの先、この前の恐竜どもなんか相手にならない強敵が出てくるのかもな」

「うん」

 

 そんな会話をしながら、ハチマンはユナではなく、ウズメとピュアの方を見ていた。

 

(ユナの事は気になるが、あのユナはユナじゃない、

俺にとって今大事なのは、あの二人の方だな)

 

 そんなハチマンに気付いたのか、ウズメが激しくハチマンに手を振ってくる。

それを見たピュアも、負けじとハチマンに手を振ってきた。

 

「アイドルと仲良くなれて、随分嬉しそうだね、ハチマン」

「は?いやお前、俺とアサギが仲良くなった時は、そんな事全く言わなかっただろ」

「アサギさんは彼氏持ちじゃない、あの子達とは違うの!」

「そう言われてもな………」

 

 リオンは、フン、と拗ねたように顔を背けると、状況を見ながらキリトに合図を出した。

 

「前衛陣、突撃準備!」

 

 そんなリオンを見ながらハチマンは、こいつも成長したなぁ、などと感心していた。

 

「ん、何?」

「いや、お前も成長したなぁ、と」

 

 その瞬間に、リオンは慌てて自分の胸を抱いた。

 

「な、なななな、何で知ってるの?まさかこっそり触った?触ったんだよね!?」

「お前が何を言ってるのかさっぱり分からん………」

 

 ハチマンはもちろんその意味を分かっていたが、そんな地雷に飛び込むような事はしない。

 

「よし、撃ち方やめ!キリト、突撃だ!」

「ちょ、ちょっと、何か言いなさいよ!」

「はいはい後でな、今忙しいんだよ」

 

 こんな感じで狩りは進み、この日、ヴァルハラの討伐数は実に一万二千体まで到達した。

まさかの討伐数、倍増である。次の日も、またその次の日も同じ感じで進み、

遂にヴァルハラ連合軍は、クエストクリアとなる二万体を達成する事となった。

対する七つの大罪は、まだ討伐数、一万五千であった。




本気といいつつどこか緩い。


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第1091話 帰り道の遭遇

「ハチマン、目標達成だぞ!」

「おう、数えてたわ」

「え、マジかよ!」

 

 広場は長い戦いを終えた事で盛り上がっていた。

 

「やった、遂に達成!」

「で、どうなるんだ?」

「………何も起こらないね?」

「みんな、クエストリストが………」

 

 その誰かの言葉に従い、一同はクエストリストを眺めた。そこにはこう書かれてある。

 

『クエストクリア!アルンの教会に戻り、祈りを捧げよ』

 

「アルンか………」

「みたいだな」

「これで報酬がもらえたりする?」

「かもしれないな」

 

 一同は撤収準備に移り、続々とアルンへ戻っていく。

死ねば直ぐにアルンに戻れるが、別に焦るような事ではない為、その手段を選ぶ者はいない。

その道中、ハチマンはシノンに話しかけた。

 

「シノン、ユナはどうだった?」

「う~ん、どこがどうとは言えないんだけど、何か違和感があるのよね、あの動き」

「そうなのか」

「どうしてだろう、型は凄く綺麗なんだけどね」

「ふ~む、分かった、今度俺もじっくり見てみるわ」

「うん、そうしてみて、ごめんね」

 

 シノンが感じる違和感については、聞いただけではよく分からなかった。

 

「………そういやあっちはどうなったんだろうな」

「あっちって?」

「邪神広場だな」

「別に報告を急いでも仕方ないし、ちょっと見にいってみる?」

「そうだな………お~いキリト、アスナ」

 

 ハチマンの呼びかけに応え、二人がこちらにやってきた。

 

「ハチマン、どうした?」

「なぁに?」

「ちょっと大回りになるが、邪神広場の様子を見にいってみないか?」

「ああ、そうだな」

「この前追いつかれたけど、そういえばその後どうなったか聞いてないね」

「よし、それじゃあ行こうぜ」

 

 そのまま四人は散歩でもするつもりで邪神広場へ向かい、高台から広場を眺めた。

 

「おお、やってるやってる」

「まだ戦ってるって事は、クリアはしてないって事だよね」

「今いくつくらいなんだろうなぁ」

「トンキーに似た奴が倒されるってのはちょっと不愉快だけどな」

「そういえばトンキー、特に見た目に変化は無かったよな」

「ちょっと大きくなったぞ、あと能力がかなり上がってる」

「ほう、また一緒に戦う時が楽しみだな」

「おっ、アスモゼウスが休憩みたいだ、ちょっとメッセージを送ってみるわ」

 

 遠目でも目立つ格好をしたアスモゼウスが後方に下がっていった為、

ハチマンは『俺俺、ここだここ』というメッセージをからかい混じりに送ってみた。

その瞬間に、アスモゼウスが慌てて辺りをきょろきょろし始める。

 

「ハチマン君、あんまりアスモちゃんをからかっちゃ駄目だよ」

「あ、こっちに気付いたみたい」

「嘘、アスモちゃんって目がいいんだ?」

「視力は同じように補正されてるはずだから、多分観察力があるんだろうな」

 

 そのままハチマン達は、ぐるりと回り込むように移動を開始し、

フードを被ってアスモゼウスの真裏まで移動した。

 

「ちょ、ちょっと、見つかったらどうするのよ」

「これだけ人がいれば平気だろ、で、討伐数はどこまで伸びたんだ?」

「ふふん、今一万五千よ、凄いでしょ」

「そうか、それは凄いな、まあ頑張ってくれ」

 

 そう言ってハチマンは立ち去ろうとし、アスモゼウスはきょとんとした。

 

「あれ、今日はもう狩りは終わりなの?」

「今日はっていうか、ずっと終わりだ」

「えっ、まさか目標達成?」

「そういう事だ」

「早っ!?」

 

 アスモゼウスは目も飛び出さんばかりに驚き、ハチマンは満足そうな顔をした。

 

「そうそう、その顔が見たかったからわざわざこっちに来たんだよ」

「あ、あんた、性格悪いわね………」

「そんなの昔から分かってるだろ?シノン」

「開き直るんじゃないわよ」

 

 アスモゼウスはそんなハチマンを呆然と眺めていたが、すぐに再起動した。

 

「うちより人数が少ないのにどうして………」

「タンクの質が悪い、あとアイテムをケチりすぎだ」

「そういう問題?」

「そういう問題だ、うちはこの三日で、

一日で一人当たり百個くらいの回復アイテムを配ったからな」

「えええええええええ?」

「声がでかいっての」

「ご、ごめん、え、嘘、本当に?」

「うちはほら、普段からこういう時の為にストックしてるからね」

 

 アスナのその言葉に、アスモゼウスはギルドとしての格の差を、

否応無しに思い知らされた。

 

「うちには足りない物が多すぎるわ、まあいいわ、そのうち抜けるんだし」

「お前一人でどうにかなるもんじゃないだろ、まあ残り三日くらいか?頑張れよ」

「くっ………い、言われなくても」

 

 そしてアスモゼウスは去っていき、ハチマン達はアルンへ帰還する事にした。

 

「これで猶予は三日、いや、二日半くらいか?」

「とはいえ次がどうなるかだよなぁ」

「そういやケルベロスはどこに行ったんだろうな」

「確かになぁ………脱皮した後にどんな姿になったのか見たかったんだが………」

 

 その時ユキノからメッセージが届いた。

 

「ん、ユキノからか、何かあったか?」

「何だって?」

「え~と………ん、噂をすればって奴だな、帰りにケルベロスを発見したらしい」

「えっ、本当に?」

「どこだ?」

「地図によると………そんなに遠くないな、こっちだ」

 

 ハチマンは走り出し、三人も慌ててその後に続いた。

そして五分ほど走った後、すぐに現地にたどり着いた。

 

「結構近かったな」

「巨人のたまり場を避けたらこっち寄りのルートになったらしい」

「あ、いた!ユキノ!」

「早かったわね、こっちよ」

 

 そこには仲間達が集結しており、その奥の広場の奥の方に、確かにケルベロスがいた。

 

「ん、見た目は前と変わらないな」

「そう見える?」

「って事は何か違いがあったのか?」

「単眼鏡で見たら分かったのだけれど、尻尾が五本になっているわ」

「マジか、前は三本だったよな」

「その分強くなっているのではないかしら」

「だな、まあでもこの人数だ、あっという間に倒せるだろ」

「逃がさないようにしないといけないわね」

「だな、とりあえず広場の外周沿いに部隊を移動させて、少人数で囮になって釣り出すか」

「それがいいかもしれないわね」

「よし、メンバーを選別してくれ」

「分かったわ」

 

 それからケルベロスに見つからないように、仲間達が移動を開始し、

それが終わったところで、ハチマンとユキノ、そしてソレイユが、

ゆっくりと広場の中央に進んでいった。

 

『ヌッ、貴様………』

「よぉ、また会ったな、この間は一方的になっちまってすまなかった」

『もうあの時の我ではないぞ、ここで会ったが百年目、我の仇を討ってやろう』

「自分で自分の仇を討つって何か笑えるな」

 

 そう言いながらもハチマン達は、ゆっくりとだが前に進み続ける。

それに合わせてケルベロスもじわじわと前に出る。

 

『フン、たった三人か………いや、待てよ』

 

 そう言ってケルベロスは、睨むように周囲に視線を走らせた。

 

『地形が変わっている気がするな、伏兵か』

「さてどうかな、お前如きにはそんな人数は必要ない気もするんだけどな」

『はっ、その手には乗らん、ここは一時撤退といこう』

「逃げるのか?」

『逃げるのではない、無茶な戦いはしないだけだ』

「へぇ、案外知能があるんだな、だが………もう遅い」

 

 その瞬間にソレイユとユキノの魔法が発動した。

 

「アース・ウォール!」

「アイス・フィールド!」

 

 それは初級のシンプルな呪文だったが、ソレイユの魔法はケルベロスの背後にそびえ立ち、

その逃げる進路を完全に塞ぐ。

一方ユキノの呪文は、ケルベロスの足に纏わりつき、ケルベロスを動けなくした。

 

『何だと………まさかここまで魔法が………』

「射程距離を伸ばす事だって出来るんだぜ、その分詠唱は長くなるけどな」

『ぐぬ、だがまだ手段は………』

 

 直後に伏せていた仲間達が駆け出し、ケルベロスを完全に包囲した。

 

『ま、まさかこれほどの数を………』

「悪いな、丁度帰宅途中だったんだ」

「こんばんは、この間はどうも」

 

 そう言ったのはレンであった。レンは先日雑魚扱いされた事を忘れてはいなかった。

 

「さて、それじゃあやらせてもらうぞ」

『ま、待て、話せば分かる!』

「分からねえよ」

 

 そう言って四十人以上の仲間が一斉に攻撃を開始した。

四方をセラフィム、ユイユイ、アサギらタンクと、ソレイユの作った壁に阻まれ、

更に足を氷漬けにされたケルベロスにはもはや成す術はない。

 

『な、なめるなぁ!』

「なめてないからこの人数でかかってんだよ」

「そうそう、お前は強いからな」

『ふ、ふん、そうであろ、我は強いのだ………って、待て、せめてこの足の拘束を………』

「自力で打ち破ってくれてもいいのよ、出来ないのかしら?」

『くそっ、くそっ、せめてもう一段階成長出来れば………ぎゃああああああああ!』

 

 そのままケルベロスはあっさりと倒され、その場に倒れ伏した。

同時に結構な経験値が全員に流れ込み、歓声が上がる。

 

「………何か弱かったな」

「でもその割に、いい経験値を持ってたな」

「まあこちらの人数も多かったし、移動も封じていたのだから、こんなものではないかしら」

「土魔法は苦手なんだけど、まあ戦闘が短くて良かったわ」

 

 ソレイユがそう言うのと同時に土の壁が崩れ落ちる。

 

「さて、後はこいつをどうするかだが………」

「さっき気になる事を言ってたよね、もう一段階成長出来れば、とか」

「だな、つまりここからまた脱皮するんだろうな」

「どうする?」

「この状態で攻撃が通ればもう一回殺せるんじゃないか?」

「やってみるか」

「じゃあボクにやらせて!」

 

 そこで前に出たのはユウキである。

 

「お、いいな、一発マザーズ・ロザリオを叩き込んでやれ」

「任せて!」

 

 そしてユウキが構えた瞬間に、いきなりケルベロスの背中が割れ、

中から黒い物体が飛び出してくる。

 

「ぬっ」

「逃がさないわよ」

 

 同時に備えていたのだろう、ユキノのアイス・フィールドが再び炸裂したが、

ケルベロスはそのまま()()()()、向こうにある通路の前へと降り立った。

 

『貴様ら、あの状態の我に攻撃しようなどと、恥を知れ!』

「何言ってんだお前は、普通そうするだろ」

『このまま相手をしてやりたいところだが、今の我には体力が残っていない、

またいつかどこかで相まみえようぞ!』

「あっ、こら、逃げんな!」

『逃げるのではないわ!戦略的撤退よ!』

 

 そのままケルベロスは走り去り、ユウキが悔しそうに地団駄を踏んだ。

 

「くぅ、もう少しだったのに!」

「仕方ないさ、まさか空を走るとはな」

「そんなに長い距離は走れないみたいだったけどね」

「尻尾、今度は七本に増えてたね」

「それは見てなかったな、あいつ、成長してやがるな………」

「いずれまた戦う事になるんだろうね」

「その時はまたボコボコにしてやろう」

「まあ今回も、ケルベロスの毛皮ゲットです!」

 

 表示されてはいないが、この時門番討伐数という隠しパラメータが、2/4となっていた。

こうしてハチマン達は、予想外の収穫を得た後、アルンへと帰還した。




溢れる小物臭………


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第1092話 三女神からの依頼

「まさかあんな事になるとはなぁ………」

「そういえばうちのフェンリルはどうなったのかな?」

「倒されたって話は聞かないよな、上手くやってるんじゃないか?」

「それならいいんだけどな」

 

 そんな話をしながら一同はぞろぞろと教会へと入っていった。

 

「………北欧神話って教会だっけか?」

「まあその辺りは日本人的なアレでいいんじゃないか」

「う~ん、まあそれもそうか」

 

 そして四十人以上のプレイヤーが祈りを捧げ、

しばらくして、各プレイヤーの目の前に小さいモニターが表示される。

 

「お?」

 

 そのモニターは一つに集まっていき、大きなモニターとなった。

 

「多分個人で来ると、その人にしか見えない小さなモニターのままなんだろうな」

「大勢で来るとこうなるのか」

 

 ちなみに同じクエを受けていない者にはこのモニターは見えないようになっている。

 

『よくぞ使命を達成してくれました、我が愛しき妖精の子らよ』

 

 そしてそのモニターに映し出された三人の女性のうち、

中央にいた女性がそう話し始めた。

 

「これって返事をしたら、受け答えしてくれるのか?」

「どうだろうね………」

『もちろん聞かれた事には答えますよ、愛し子よ』

「はっ、失礼しました!」

 

 こうなると、代表でハチマンが受け答えをする事になる。

その横に、スッとフェイリスが並んできた。

 

「こういうのはフェイリスに任せるのニャ」

「え~………」

「大丈夫大丈夫、安心してニャ」

「ちっとも安心出来ねえんだが………」

 

 そして一同に対し、その女性は語り始めた。

 

『我が名はウルド、我と我が二人の妹達からそなたらに頼みがあります』

『我が名はヴェルダンディ、今この世界は、他の神話世界から侵略を受けています』

『我が名はスクルド、妖精達よ、どうか我らに力を貸して下さい』

「それはもちろんですが、その侵略者というのは………」

 

 ハチマンの問いに、ウルドは頷いた。

 

『オリンポスの古き神、ガイア。

そしてウラノスとガイアの間に生まれた巨人、ギガンテスです』

『ギガンテスは我ら神の力では殺せないのです』

『ギガンテスを倒せるのはそなた達だけ』

『ギガンテスの背後にいるガイアが全ての元凶です』

『ガイアはこの地の巨人と組み、このアルヴヘイムとヨツンヘイムを支配下に収め、

ニブルヘイムの霜の巨人達と共に、我らとオリンポス神軍を滅ぼそうとしています』

 

 そこまで聞いて、フェイリスがハチマンに何か耳打ちした。

 

「………という事は、今の新しきオリンポスの神々は味方なのですか?」

『いいえ、オリンポスの王ゼウスは、

この状況が彼らに都合がいい為、今はこの行いを黙認しています』

『それどころかこの地に尖兵を送り、我らが宿敵たる巨人族の後押しをし、

我が眷属たる邪神族を妖精達が狩るように仕向けています』

『おそらく漁夫の利を狙い、我らが滅びた後にガイアを討伐するつもりなのでしょうが、

ガイアはそんな生易しい相手ではありません』

『アルヴヘイムを、そしてヨツンヘイムを、彼らの侵略から救って欲しいのです』

『その為に、そなた達に用意した剣は、各地に沸いた巨人達に奪われてしまいました』

『どうか剣の力を結集し、ギガンテスを倒してこの地を救って下さい』

 

 ここで再びフェイリスが、ハチマンに耳打ちした。

 

「………現状妖精達は、ゼウスに騙されている者の方が多いのですが、

彼らについてはどうすればいいですか?」

『討伐なさい、そんな愚か者達の事は気にする事はありません』

「おおう………」

 

 ハチマンは、随分苛烈な神なのだなと少し驚いた。

 

『ですが、可能なら味方に引き込みなさい』

『彼らの味方となっている巨人を、彼らの手で倒させるのです』

『さすればその巨人が集めた我が眷属の力が解放され、

彼らは正道に立ち戻る資格を取り戻します』

「つまりそう仕向けろと………」

『もしそれが叶えば、我らが直接出向いて我が子らに真実を伝えます』

『巨人と仲間でいるうちは、我らは子らの近くに顕現出来ないのです』

『どうかこの世界を救って下さい』

 

 ここで三人は一旦言葉を止めた。

ここぞとばかりにフェイリスが、ハチマンに質問をさせる。

 

「ええと、神々の協力は得られますか?」

『今我らの神は、その多くが各地に封印されています』

『これもゼウスの差し金なのです』

『彼らを解放出来れば、大きな力になってくれる事でしょう』

「ふむ………」

 

 そしてフェイリスが再びハチマンにぼそぼそ囁いた。

 

「他にクリアの為に倒さなくてはいけない敵は存在しますか?」

『地獄の門番ケルベロス』

『ケルベロスは四つの命を持っています、油断なきよう、気をつけて下さい』

『ヘカトンケイルとキュクロプスは、こちらに来ている可能性があります』

『彼らはガイアの子なのです』

『その全てを討伐出来ればこの戦いは我らの勝利に終わります』

『この美しい世界をどうか………』

 

 そして三女神は消えていき、ハチマン達は、その余韻に浸りながらも、

これからどうすればいいのか相談を始めた。

 

「フェイリス、ありがとな、いい感じに話を進められたわ」

「これも前世の記憶がそうさせるのニャ、気にしないでニャ」

「敵は五体か、ガイア、ギガンテス、キュプロクス、ヘカトンケイル、ケルベロスな」

「それと今は敵側になってる他のプレイヤー達か………」

「最初に武器を集めるべきなのかな?」

「オンリーワンの武器だとすると、誰に渡すかで揉めたりしないか?」

「う~ん、性能的に、今私達が持ってる武器より強いのかな?」

「ハイエンドと比べると、誤差な気もするよな」

「まあ戦闘で手に入るなら、全員で戦ってドロップ任せにすればいいんじゃないか。

探索で手に入るなら、そのチームに委ねるって事で」

「って事は、とりあえずいくつかにチーム分けしないといけないな」

「その日参加出来る人達を、バランス良く分ければいいんじゃないかな」

「なるほど、そうするか」

 

 ここでチーム分けするのはかなり大変な為、

数日分の参加可能リストを各人に提出してもらい、

それをリアルでチーム分けして全員に知らせる、という方法がとられる事となった。

 

「ついでに各敵の特徴を出来るだけ調べて、対策も練っておくべきだろうな」

「後はプレイヤー対策だが………」

「これはもうどうしようもないよな、友好チームに情報を流すくらいでいいと思うぞ」

「言っても聞かなそうなギルドも多いしな」

「むしろ積極的に敵側に回るというのも、選択としてはありでしょうしね」

「よし、それじゃあそういう事で、今日はそろそろ解散にしようか。

指定の連絡先に明日連絡を送るから、集合は朝九時くらいって事でどうだろうか」

「賛成!」

「明日からは冒険かぁ?」

「腕が鳴るねぇ」

 

 こうしてさくさくと予定が決まり、一同はそのまま落ちていった。

 

 

 

「ふう………」

「リーダー、お疲れ!」

「何か凄い事になっちゃったね」

「まあ明日から頑張るってもんだな、さて、とりあえず雪乃に三日分の予定を送らないとか」

「私達は十日の午後に向こうに戻るから、最終日はちょっとお休みかなぁ」

「お土産も買わないとだしね」

「そうだな、俺も見送りに行くぞ」

「うん、ありがとうリーダー」

「今年の冬はいっぱい遊べたね」

「うん、まあ向こうに戻っても夜は遊ぶけどね!」

「それじゃあ各自で雪乃に連絡だ、こういう事はあいつに任せておけば間違いないからな」

「ヴァルハラの頭脳!」

「本当にうちは、恵まれてるよ」

 

 八幡達はそう言って、スマホに文章の入力を始めたのだった。

 

 

 

 その頃一人寂しく狩りに参加していたアスモゼウスは、呆然とした表情で呟いていた。

 

「何よこれ、何なの………」

 

 

 

 狩りを終え、この日はここまでという事になり、

そのままログアウトしようとしたアスモゼウス達に、襲いかかってくる者がいた。

神殺しの獣、フェンリルである。

 

「おい、あれ!」

「お、あれが噂のケルベロスか?確か一緒に戦ってくれるんだよな?」

「そうそう、でも残念ながら今日はここまで………って、

あれ?ケルベロスって確か、頭が三つあるんだよな?」

「うん、確かそう」

「でもあれ、あいつの頭って一つじゃないか?」

「ん………」

 

 直後にその場にフェンリルの声が轟く。

 

『敵に与する愚か者ども、いい加減に目を覚まさぬか!』

 

 そう言ってフェンリルは、各パーティーの巨人達に、攻撃を加え始めた。

 

「うおっ!」

「迎撃、迎撃だ!」

「今、敵に与するとか言ってなかったか?」

「検証は後だ、とりあえず戦え!」

 

 だがフェンリルは凄まじく強く、タンクでないとその攻撃には耐えられず、

プレイヤー達は一撃で葬られていく。

実はこのフェンリル、脱皮などと言う事はしない為、

ケルベロスの最終形態と同じ力を持っているのだ。

 

『馬鹿者どもが!』

「くそ、通路まで撤退、撤退だ!」

「巨人を囮にしてその間に陣形を整えるぞ!」

 

 こちらの巨人も相当育っている者が多く、

フェンリルが相手でも、そう簡単にやられはしない。

 

『くっ、さすがに数が多いか』

 

 フェンリルは無念そうにそう言うと、そのまま逃げに移った。

この辺りの戦闘の上手さは、ケルベロスより上かもしれない。

アスモゼウスは必死でヒールを飛ばしていたが、

その間にフェンリルは去り、辺りには大量のリメインライトが残される事となった。

 

「何よこれ、何なの………」

 

 そんなアスモゼウスの肩を、ハゲンティがポンと叩いた。

 

 

「なぁ、さっきのあのセリフ、それにハチマンさん達の前の感じからして、

やっぱりこっちの間違ったルートって、かなりハードなんじゃないか?」

「そ、そうなのかな?」

 

 その意見にオッセーが、こそこそと同意する。

 

「かもしれないな、でも今更どうしようもないしなぁ………」

「そうよね………ルシパーもなんかキレてるみたいだし」

 

 遠くでルシパーが、イラついたような声を上げているのが聞こえる。

 

「あの犬コロ、絶対に許さん!」

 

 こうしてタイミングが悪かったせいで、ハチマン達の言葉を、

少なくとも七つの大罪が聞く余地は無くなってしまったのだった。



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第1093話 箸休め~八幡の仕事風景

戦いだけだと疲れてしまうので、ちょこっと真面目な?風景を挟みます!


 三日間全力でALOに集中した八幡であったが、

さすがに休みだからといって、毎日遊んでいる訳にもいかなかった。

今日はVRオフィスの展開の一環として、VRレッスンスタジオの稼動試験の為、

八幡はフランシュシュのメンバー達と共に、ソレイユの開発部にいた。

 

「みんな、今日は試験に協力してもらって本当にありがとう」

「いいっていいって、いずれ自分達が使うものだし、なぁさくら?」

「うん、どんな感じか凄く興味があります!」

「ならいいんだが………」

 

 そう言いながら、八幡は自分の左右で牽制し合っている愛と純子を見てため息をついた。

ちなみにゆうぎりは、さくらの横で八幡に色目を使っている。

 

「………はぁ」

 

 だが八幡を悩ませているのはそれだけではない。

何故かこの場に、本来ここにいるはずのない人物が紛れ込んでいたのだ。

 

「………おい詩乃、何でお前がここにいる」

「仕方ないじゃない、働かざる者食うべからず、

年末だからって、ずっとバイトをしない訳にはいかないのよ」

「その理屈は分かるし、正直うちも助かるけどよ………」

 

 その人物とは詩乃であった。詩乃はどこから聞きつけてきたのか、

しれっとした顔で開発室に居り、八幡を待ち構えていたのである。

 

「バイトなら自宅からログインしても良かったんじゃないか?」

「何よ、私と会えて嬉しい癖に、素直じゃないわね」

「………はぁ、お前のその強気さはどこから来てるんだろうな」

 

 そのやり取りを見ながら、愛と純子は目を丸くしつつも、

八幡が本気で嫌がっていないのを悟り、参考になるなぁと、詩乃に尊敬の目を向けていた。

ゆうぎりもゆうぎりで、こういうプレイもありでありんすな、などと不穏な事を考えている。

 

「………まあいい、で、紅莉栖と理央は、アルゴの助手って事でいいんだよな?」

「まあそんな感じよ」

「フランシュシュの練習風景に興味があるとか、そういうんじゃないからね」

「………ミーハーどもが」

 

 八幡は、このままこのメンバーで進めるのかと少し頭痛を感じつつ、

予定通り、システムの説明から入る事にした。

 

「正直ただ踊るだけなら何の問題も無いんだ。

場所の提供だけならアミュスフィアさえあれば、十分もかからずに用意出来る」

「「「「「おお」」」」」

 

 どちらかというとこういった事に疎いのだろう、

愛と純子以外のフランシュシュのメンバー達は、感心したような声を上げた。

愛と純子はALOをやっている為、そこまで驚いたりはしない。

 

「で、今回試して欲しいのは、追加で付け足したシステムの方だ。

ミラーとマリオネット、この二つだな」

 

 八幡はそう言って、詩乃にアミュスフィアを差し出した。

 

「………何よ」

「そろそろ休憩は終わりだろ、出番だバイト」

「えっ?こっちのに参加していいの?」

「アルゴ、いいよな?」

「もちろん構わないゾ」

「だそうだ、とりあえずこっちにログインしてみてくれ」

「分かったわ」

 

 そして詩乃がログインすると、モニターにその姿が現れた。

普通にレオタード姿であり、その脚線美にフランシュシュの者達も感心した。

 

「いい肉付きをしてはりますなぁ」

「スラっとしてるね」

「そうか?大根じゃないか?」

『聞こえてるわよ、八幡』

「うげ、そうだった………」

 

 どうやら中には外の声が聞こえるらしい。というか、映像も見えていたりする。

逆にこちらから中の映像を見る事も出来、

レッスンスタジオの中にいるのと、その感覚はほとんど変わりない。

 

『で、どうする?』

「先ずはマリオネットからだ。詩乃、力を抜いておいてくれ」

『分かったわ』

 

 そしてフランシュシュの曲が流れ始め、同時に詩乃が動き出した。

 

『うわ、何かおかしな感じ』

「うわ、うわぁ、振り付け完璧じゃない!」

「凄い凄い!」

「これなら今すぐフランシュシュに加入してもやっていけますね」

「ちなみにこれは、みんなの動きをトレースさせてるだけだからな」

「えっ?」

「そうなんだ?」

「これの目的としては、『曲の動きを体に覚えさせる』って感じだな。

なので初めての曲でも、どういう動きをすればいいのか、

イメージしやすくなると思うんだが、どうだ?」

 

 その八幡の言葉にフランシュシュのメンバー達は、ざわっとした。

 

「これはいいかも?」

「そう思うんだけど、ちょっと体験してみたい気はするね」

「そう言うと思って準備はしてある。『あっつくなぁれ』の振りを完璧にプログラム済みだ」

「ちょ、ちょっとやってみたい!」

「オーケー、それじゃあ詩乃、一旦ログアウトだ」

『分かったわ』

 

 そして詩乃が目を覚まし、代わりにフランシュシュがシステムにログインした。

 

『うわぁ………』

『衣装まで準備されてるんだ』

「それじゃあみんな、定位置に移動して体の力を抜いてみてくれ」

『オッケー!』

「んじゃアルゴ、宜しく頼むわ」

「がってん承知だゾ」

 

 そして曲が開始され、一同の体が勝手に動き始めた。

せっかくだからとみんな、曲に合わせて歌い出す。

 

「うわ、うわぁ、詩乃ちゃん、凄いね!」

「動きが完璧に揃ってるわね………」

「みんな、中はどんな感じだ?」

『う~ん、いつもやってるのと微妙にズレる部分があるね』

「ははは、まあこっちが正しいんだけどな、

あまりにも完璧すぎてもそれはそれで気持ち悪いだろうから、

それくらいのズレはあっていいと思うぞ、ね?巽さん」

 

 振り返ると、いつの間にかそこにはマネージャーの巽幸太郎が控えており、

幸太郎はニカッと笑って八幡に親指を立てた。

 

「まあ使い方は色々あると思うが、新曲の動きを最初に大雑把に体に叩き込むってなら、

これ以上のシステムは無いと思うんだよな」

『うん、確かにそうかも』

『こっちで動きを覚えて、後はリアルで調整すれば、いい踊りが出来そう』

「なら良かった、それじゃあせっかくだし、このままミラーいくか」

 

 八幡はそのまま愛に、適当なダンスを踊ってくれるように指示し、

愛は即興でダンス姿を八幡に披露した。

 

『どう?』

「そんなもんだな、それじゃあ………」

『違う、かわいいかどうかって意味で、どう?って聞いたの!』

「………」

 

 八幡は困った顔で紅莉栖や理央、詩乃の方を見た。

 

「八幡、アイドルを乗せるのも大事な仕事よ」

「ほら、笑顔笑顔!」

「まったく、そういうとこ、八幡は駄目よね」

「くっ………」

 

 八幡は三人に駄目出しされ、やや落ち込んだ表情を見せながら、

すぐに気持ちを切り替え、愛に向かって言った。

 

「おう、愛はやっぱり踊ってる時が一番だな、かわいいかわいい」

『やった!』

 

 愛はそれで笑顔になり、八幡はホッと胸を撫で下ろした。

 

「それじゃあミラーいくぞ、ちょっと横にズレてみてくれ」

『あ、うん』

 

 直後に先ほど愛が立っていた位置にもう一人の愛が姿を現し、

先ほどの愛とまったく同じ動作を繰り返していく。

 

『うわぁ………』

『凄い凄い!』

『全員で合わせた動きとか、直ぐにチェック出来るんだ?』

「まあそういう事だな、この二つが出来るだけで、

かなりレッスンの効率が変わってくると思う。それに体も疲れないからな。

まああんまりこっちに頼りすぎると、筋力が落ちちまう可能性が高いから、

これだけでレッスンを終わらせるってのは問題があると思うが、絶対に使い所はあるはずだ」

『ですね!』

 

 その筋力の問題も、いずれニューロリンカーを組み合わせる事によって、

劇的に改善出来る訳だが、今の段階でその事を伝える事は当然出来ない。

 

『これは本格的に導入されるのが楽しみでありんすな』

「まあやろうと思えばすぐ出来るんで、他のグループとも相談してみて、

欲しい機能を色々付けたしたら、出来るだけ早くに導入しますよ」

『八幡さん、さすがですね』

「いや、俺はアイデアを出すだけで、実現はみんなに任せっきりなんだけどな」

「それじゃあハー坊、次の機能を試してもらおうゼ」

「だな」

『まだ他にも何かあるの?』

「これは簡単だ、トリップだな」

 

 八幡がそう言った瞬間に、フランシュシュは東京ドームの特設ステージに立っていた。

 

『うわぁ!』

「次は武道館だ」

『おおおおお』

 

 その言葉に合わせ、パッパッと場面が切り替わる。

 

「ブロードウェイ」

『きゃああああ!』

「アルピノ」

『佐賀のアルピノまで!?』

「ついでにソレイユ前」

『うわぁ!』

「このように、ここにいながらにして、どこででも練習する事が可能だ」

『凄い凄い!』

『ソレイユに移籍して正解!』

『マネージャー、えらい!』

 

 その言葉に幸太郎が照れたような表情を浮かべる。

このように、ソレイユは売り物になる新システムを次々と市場に投入し、

更にはそれ専門の資格まで創設する事で、

どんどんその勢力を伸ばしていく事となる、これはその一例であった。



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第1094話 レイ

日曜日が仕事になってしまったので、次の投稿は火曜日予定になります、申し訳ありませんorz


 八幡達が仕事でフランシュシュときゃっきゃうふふしていた頃、

キリト達はアルンに集まり、先ずは近場からの情報収集に励んでいた。

 

「よし、それじゃあ班ごとに、

クエストクリアで何か変化したNPCがいないか調査に入ろう」

 

 その指示に従い、ヴァルハラA、ヴァルハラB、

スリーピングナイツ、アル冒の四チームがアルン中に散り、

片っ端からNPCに話しかけ、その反応をチェックしていた。

そんな事をすれば当然噂になるが、

有名税だと思い、キリトはそういったプレイヤーの視線は完全にスルーしていた。

 

「おい、ヴァルハラの連中、久々に見たな」

「邪神広場にはいなかったよな?」

「年末からこっち、一体どこにいたんだろうな………」

「あの感じ、もしかしてもう敵を二万匹倒したんじゃないか?」

「かもしれないな、さすがだよなぁ………」

 

 こんな声が大きくなれば、当然それはルシパー達七つの大罪の耳にも入る。

 

「ぐぬ、奴ら、一体どこで狩りをしてやがった………」

「うちより高効率とかありえないよな」

「でも実際終わらせているっぽいぞ」

「くそ、死ぬ気で追いついてやる!」

 

 そんな仲間達を、アスモゼウスは冷ややかな目で見ていた。

 

(こいつら、もっと頭を使おうとか思わないのかしら、

結局検証するって言いながら、昨日のフェンリルの言葉もスルーだし)

 

 そう思いながらもアスモゼウスは、今回のイベントで特に欲しい装備も無い為、

ニコニコと笑顔を振り巻き、仲間の為に必死でヒールを繰り返していた。

 

 

 

「何か情報はあったか?」

「はい、データベースと比較して、いくつか巨人の場所を示してると思われる文言が………」

 

 データベースとは、ヴァルハラのメンバーページにあるNPCデータベースの事である。

ここには今回のイベントに備え、事前にレコンが調べてあった、

アルンの全NPCの名前とセリフが網羅されているのである。

こういった地道な努力が、ヴァルハラの勢力を支えているのは間違いない。

 

「それじゃあデータベースを更新しつつ、

調べ終わったら全員で該当するNPCを回ってみよっか」

「了解!」

 

 さすが攻略慣れしているキリトとアスナは、的確な指示で効率よく作業を進めている。

その姿はハチマンの不在を全く感じさせない。ヴァルハラが強い訳である。

 

「アスナ、今のうちに地図に目的地っぽい場所をチェックしておこうぜ」

「あっ、そうだね、午後にハチマン君が来る前に済ませちゃおうか」

 

 正確な位置が分かるわけではない為、二人はNPCのセリフに出てきた地形周辺に、

大雑把に丸を書いていった。

 

「こうして見ると、これってほとんどが巨人の領域だな」

「そうだね、まあ当たり前なのかもしれないけどね」

「ん、ここだけ邪神領域の中にあるな、他から場所も離れてるし」

「でも逆にここからは近そうだね、う~ん、特殊な何かがあるのかな?」

「お昼まで時間があるし、ちょっと何人かで様子を見に行ってみるわ。

アスナはこっちの取りまとめを頼む」

「分かった、気をつけてね」

 

 SAO時代には、ハチマンが情報を収集し、アスナがそれを分析し、

キリトが実際に動くというパターンが多かった。今回もそのパターンを踏襲した形である。

そしてキリトはユキノ、ユイユイ、ユウキ、コマチ、クリシュナの六人を選抜し、

揃って移動を開始した。

 

「この六人がいれば、何があってもまあどうとでもなるよな」

「フィールドボスクラスでも多分いけるわね。

さすがにフロアボスクラスはきついでしょうけど」

「まあそんな敵はさすがに出してこないだろ」

 

 一行はコマチを先頭に目的地へと向かい、現地に着くと、

怪しい地形がないか、NPCが追加で配置されていないか、チェックを開始した。

 

「う~ん………」

「何も無いね………」

「そんなはずは無いんだけどなぁ………」

「あれ?ちょっと待って、みんな、あれ!」

 

 その時ユウキが上空を指差した。見ると確かに上の壁面に階段のような物が見える。

だがその階段はどこにも繋がっていない。

例えて言うならこちらがいる場所はペットボトルの底であり、

階段はペットボトルのフタのネジ部分(内外が逆ではあるが)のような状態である。

 

「むむ………」

「ここ、飛行禁止区域だよね?」

「って事は、トンキーを呼べって事だな!」

「今トンキーは?」

「ねぐらで石に擬態してもらってる、まあ一日中昼寝してるようなもんだな」

「それじゃあ何人かでトンキーを呼ん………」

 

 キリトがそう言いかけたのを、ユキノが止めた。

 

「ちょっと待って、キリト君」

「ん、他に何か案があるのか?」

「ええ、これよ」

 

 そう言ってユキノが取り出してきたのは、

トラフィックスイベントでゲンブから入手した、ウォールブーツであった。

 

「あ、ああ~!」

「ユキノン、ヒッキーから預ってたんだ?」

「ええ、『もしかしたら使う機会もあるかもだしな』って渡されていたのよ、

深い考えがあった訳じゃなさそうだったけど、今回はラッキーだったわね」

「だねぇ」

「それじゃあキリト君、はい」

「う………」

 

 ハチマンがいない以上、当然ここはキリトの出番となる。

 

「わ、分かった、やってみる」

「大丈夫よ、もし落ちたら私がフォールン・コントロールをかけてあげるから」

「悪いクリシュナ、宜しく頼むわ………」

 

 キリトはビクビクした顔でそう言うと、深呼吸をし、壁を歩き出した。

 

「………おお?何ていうか、重力が足の方に向いてるから、

普通に地面を歩くのと同じ感じだな」

「なら良かったわ、上に何があるか分からないから気をつけて!」

「おう!やばかったらそのまま飛び降りるから助けてくれよな、クリシュナ!」

「ええ、任せて!」

 

 そしてキリトはずんずんと壁面を登っていった。

 

「よし、階段に到着っと」

 

 そのまま頂上に着くと、そこには一本の剣を抱え、

目を瞑って蹲る、黒髪の女性の姿があった。

その女性はドーム状のバリアーのようなフィールドで覆われている。

 

「おお………?」

 

 キリトは虚を突かれたように足を止め、どうすればいいのかしばし考えた。

そして賢明な事に、何もしないまま階段まで戻り、下に向かって叫んだ。

 

「ユキノ、ちょっとこっちに来てくれ!クリシュナ、フォールン・コントロール!」

 

 キリトはそのままウォールブーツをぽいっと下に落とす。

何とも乱暴なやり方だが、確実な受け渡し方法である。

そしてブーツはふわりふわりと落下し、ユキノの手に渡った。

 

「どうやら上で何かあったみたいね」

「キリト君が判断に悩むって事は、戦闘になりそうな感じじゃないんでしょうね」

「まあ敵がいるという訳ではなさそうね。

もし敵がいたのなら、今頃ここにはその死体が降ってきていたはずだものね」

 

 ユキノはそう怖い事を言い、クリシュナにお礼を言って、

スカートがめくれないように気を遣いつつ垂直に壁を歩き始めた。

そして階段まで到達し、キリトがユキノを出迎えた。

 

「ユキノ、悪いな」

「一体何があったの?」

「まあこっちに来てくれ」

 

 ユキノはキリトと共に目的地へと向かい、まだそこに蹲ったままの少女を見て目を細めた。

 

「………なるほど、あの子に下手に懐かれるとリズが怖いものね」

「さすが鋭いな、リズの事はともかく、そういう可能性はあるよな?

イベント絡みで最初に出会ったプレイヤーがホスト扱いになる、みたいな」

「そうね、可能性としては確かにそうだと思うわ」

「まあ問答無用で戦いになるかもしれないけどな」

「私達二人ならどうとでもなるわよ」

「くそっ、どうしてこういう時にハチマンがいないんだ………、

こういった面倒はハチマンの担当なのに」

「そうね、というか、むしろハチマン君がいたら、

絶対にあの子、ハチマン君に懐いてしまうわよ」

「かもな」

 

 二人は苦笑しながら前に進み、そしてユキノが一歩前に出た。

その足がバリアーのような物に触れた瞬間に、少女がスッと目を開いてこちらを見る。

その瞳の色は、吸い込まれそうな漆黒であった。

 

「ええと、あなたは………」

 

 ユキノがコンタクトしようと口を開いたが、

その少女は二人の姿を見て、慌てたようにこう言った。

 

「生き残ったのはあなた達だけ?でももう大丈夫、私が一緒に戦ってあげるから!」

「えっ?」

「へ?」

 

 キリトとユキノはその言葉の意味が分からずにキョトンとした。

 

「大丈夫、こう見えて、私、強いんだから!」

 

 そう言ってその少女は手にしていた剣を抜いた。

 

「うおっ」

「黄金の剣………」

 

 その剣は金色に輝いており、刀身にはルーン文字らしき文字が散りばめられている。

 

「さあ、敵はどこ?」

「いや、別にいないぞ」

「むしろ敵というのが何なのか、こちらが聞きたいくらいなのだけれど………」

「えっ?」

 

 その少女は驚いた顔をして走り出し、階段から下を覗きこんだ。

 

「本当だ、何もいない………えっ?えっ?」

「敵がいないのって、そんなに驚くような事か?」

「だってあなた達、仲間になった邪神の背に乗ってここに来たんでしょう?

ここには罠が張られているから、絶対その途中で敵に操られている巨人に襲われたはずよ!」

「「あ~………」」

 

 どうやら正規のルートだと、やはりこの場所は、

トンキーのような邪神族の背に乗って到達するものらしい。

もっともそうすると途中で敵に襲われるのが確定のようだ。

そう考えた二人は、気まずそうにウォールブーツをその少女に見せた。

 

「俺達はこれを使ってここに来たんだ」

「何それ?」

「ウォールブーツっていう、壁を歩けるようになる装備だな」

「壁を………登る?そっか、そのせいで………」

 

 少女は納得したような顔をし、大人しく剣を鞘に収めた。

 

「まあ少し拍子抜けだけれど、あなた達に被害が無かったなら良かったわ。

私の名は『レイ』、あなた達は?」

 

 黒髪をはためかせつつ、レイはそう言って、その黒い瞳を二人に向けた。

 

「俺はキリトだ、ギルド『ヴァルハラ・リゾート』の筆頭副長って事になってる」

「私はユキノよ、同じく『ヴァルハラ・リゾート』の副長ね」

「ヴァルハラ………?へぇ、ヴァルハラかぁ………」

 

 レイは何故か納得したように頷くと、二人に言った。

 

「まあこれから戦場で出会う事もあると思うけど、その時は宜しくね」

「え?あ、お、おう」

「よ、宜しく」

 

 その口ぶりから、やはりレイは味方のようだが、どうやらこちらに同行はしないらしい。

 

「ところで二人とも、副長って言ってたわよね、それじゃあリーダーの名前は?」

「ハチマンだ、もし会う事があったら、その時は宜しくな」

「オーケー、それじゃあ私は行くわ、またね、二人とも!」

「あ、ちょっと!」

 

 全くイベント絡みの話が聞けなかった為、キリトは慌ててレイを呼び止めたが、

レイはそれをスルーして階段から飛び降り、

いきなり少女が降ってきた事で驚くユイユイやクリシュナらに笑顔を向け、

そのまま走り去っていった。

 

「………何なんだ一体」

「これもイベントなのでしょうけど………」

 

 二人はそのままクリシュナのフォールン・コントロールで下に降り、

四人にレイの事を語ってきかせ、そのまま街へと帰還する事にした。

この日から、ヨツンヘイムを走り回るNPCらしき少女の噂が、

プレイヤーの間で徐々に広がる事となる。



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第1095話 四チーム、行動開始

 午後になり、フランシュシュと共にVRレッスンスタジオの稼動試験を終えたハチマンは、

ウズメとピュアを伴ってALOにログインし、

今まさに、キリトからレイの事について報告を受けていた。

 

「ほう?レイ、ねぇ………で、俺の名前を教えたと」

「そのうちコンタクトしてくるかもしれないから宜しく頼む」

「見た目はどんな感じなんだ?」

「それなら私が写真を撮っておいたわ」

 

 さすがユキノは抜け目が無く、ハチマンに撮影したスクリーンショットを見せてきた。

ハチマンはそれをしげしげと眺め、ユキノに頷いた。

 

「オーケー覚えた、もし会う事があったら色々聞いてみるわ」

「何かヒントをもらえればいいんだけどね」

「その手に持ってる剣もかなりやばかったぞ。多分エクスキャリバークラスだと思う」

「確かに強者感に溢れてるよな、何て名前の剣なんだろうなぁ」

 

 それでレイについての報告は終わり、今どうなってるかの詳細を聞いた後、

今日参加している者達を四チームに分け、

分担してクエストNPCが指し示す場所を回る事となった。

さすがに一月の八日ともなると、参加者数もぐぐっと減り、学生が主体となっている。

ハチマンチームはハチマン、ユキノ、ユウキ、セラフィム、シノン、ウズメ、ピュア。

アスナチームがアスナ、ラン、ユイユイ、イロハ、コマチ、キズメル。

キリトチームがキリト、シリカ、リズベット、リーファ、レコン、そしてまさかのホーリー。

サトライザーチームがレン、フカ次郎、シャーリー、ヒルダ、

ジュン、テッチ、タルケン、ノリ、シウネーである。

他と比べてサトライザーチームの攻撃力が若干落ちる為、人数を厚めに配置してあるようだ。

 

「よし、それじゃあこんな感じで一つ宜しく頼む」

「それじゃあ何かあったら連絡するね」

「久々の冒険だね!」

「さて、何があるのかなぁ」

 

 一同はそんな事を言いながら、わくわくした顔で出発した。

狩りもいいが、やはりRPGの醍醐味は冒険なのだ。

 

「さて、俺達も行くか」

「まだ足を引っ張っちゃうかもしれないけど、私達が二人一緒でいいの?」

「大丈夫、その分うちのメンバーは強力だからな」

「残りの全員が二つ名持ちで、

セブンスヘヴンランキングの上位にいるから問題ないと思うわ」

「二つ名?」

「それって何ですか?」

 

 ウズメとピュアが首を傾げながらそう尋ねてきた。

 

「他のプレイヤーに認知されてる、そのプレイヤーの別の呼び方だな」

「ああ~、東洋の魔女とかフジヤマのトビウオみたいな奴ですね!」

「え、何それ………」

「ハチマン、ピュアに突っ込んじゃ駄目!絶対昭和なんだから!」

「あ、ああ、そうか」

「た、確かにそうですけど………」

 

 ピュアはウズメに拗ねた顔を向け、ウズメはピュアにごめんなさいをした。

なんだかんだ、やはりこの二人は仲良しである。

 

「ハチマン君の二つ名は、『ザ・ルーラー』『覇王』ね。私は『絶対零度』、

ユウキさんは『絶剣』、セラは『姫騎士イージス』、シノンは『必中』よ」

「うわぁ、何か強そう!」

「今日はお世話になります」

「まあそんな訳で、戦闘に関しちゃ問題ないからとりあえず移動開始だな。

俺達の目的地は邪神広場の奥の方だから、ついでにちょっと様子を見ていくとするか」

「そうね、先日フェンリルに襲われたみたいだし、今どうなってるか見ていきましょうか」

「え、そうなのか?」

「その時巨人も何体か倒されたらしいです、ハチマン様」

「へぇ、まあ行ってみよう」

 

 それから十数分後、一同は邪神広場が見える位置まで移動していた。

もうすぐクエストのクリアが近いせいか、

邪神広場はかなりの数のプレイヤーでごった返している。

 

「おお、多いな」

「ここはメジャーな狩り場扱いになってしまったものね」

「巨人の数はあまり変わってないな、

サイズは小さくなってる気がするから多分補充したんだろうな」

「でしょうね。それにしても巨人を盾にして、上手く戦っているわね」

「そうね、指示を出してる人が優秀なのかしら」

 

 その通り、七つの大罪の軍師役であるアスタルトは、かなりやり手である。

その時休憩していたプレイヤーがこちらに気がついたのか、どよめきが広がっていった。

 

「おい、ザ・ルーラーだぜ!」

「うわ、二つ名持ちがあんなに………」

「連れているのは噂のフランシュシュの二人か?本当にそっくりだな………」

「あのレベルまでキャラを作り込んだって事だよな、凄え………」

 

 ヴァルハラが討伐クエストをクリアしたらしいという噂は既に街に広がっており、

こうなった以上、もうこそこそしたりする必要はないだろうという事で、

ハチマン達は、普通に顔を晒して戦いを見学していたのである。

ウズメとピュアに関しては事情がまた異なるが、

ハチマンやユキノが一緒である以上、何か問題が起こる可能性は皆無な為、

二人もフードなどは被っていないのである。

 

「あの人達に見られてると、ちょっとやりづらいな………」

「気にするなって、別にこっちの戦闘に口出しとかしてくるような人達じゃないだろ」

「まあそれもそうか」

 

 ハチマン達に見られながらの戦闘は、やはりやりにくいらしい。

だが本人達が言っている通り、ハチマン達が戦闘に口を出す事などありえない。

そのまま戦闘を見物していると、丁度休憩のタイミングに入ったのか、

アスモゼウスが従者らしき者を二人連れてこちらにやってきた。

よく見るとその従者はハゲンティとオッセーであった。

 

「あらハチマンさん、うちを偵察にでも来たのかしら」

 

 アスモゼウスは他人の目がある為、演技しつつそう言ってきた。

 

「いや、たまたま通りかかっただけだ、狩りの邪魔になってたらすまない」

 

 それを理解している為、ハチマンもそう返事をする。

 

「ルシパーが貴方を気にしているみたいだけど、

まあ邪魔にはなっていないから安心して頂戴。

とりあえず私達も休憩したいから、隣、いいかしら?」

「ああ、別に構わない」

 

 そこでハゲンティとオッセーが、ハチマンにこう囁いてくる。

 

「兄貴、俺達が盾になります」

「何か話す事があるなら今のうちに」

「おお、二人ともサンキューな」

 

 ハチマンは、変われば変わるものだなぁと思いつつ、

ハゲンティとオッセーにお礼を言った。

 

(結構有能だよなぁ………どうして今までは駄目だったんだろうか)

 

 まあ環境のせいなんだろうなと思いつつ、

ハチマンはこの二人をスカウトして良かったと思った。

 

「で、アスモ、調子はどうだ?」

「今のままだと明日にはクリア出来ると思うわ」

「ほう、順調なんだな」

「そっちはここに何しに?」

「さっきも言った通り、通りすがりだな。クエをクリアした後、

NPCが仄めかしてきた場所を調べに行く途中だよ」

「へぇ、何があるのかしらね」

「それはまだ分からないが、ルートが違うから、お前が聞いても無駄だろうな」

 

 ハチマンにそう言われたアスモゼウスは複雑な顔をした。

 

「………失敗が分かってるルートを突き進むのって、結構くるものがあるわよね」

「お前が七つの大罪なうちは仕方ないだろ、まあ頑張れ」

「姉御、そろそろ………」

「もうそんな時間?分かったわ、はぁ………」

 

 アスモゼウスは大きなため息をつき、三人は戦場に戻ろうと立ち上がった。

 

「それじゃあ私達は………」

 

 その時ハチマンにメッセージが届いた。それを見たハチマンは三人を呼び止めた。

 

「む、ちょっと待ってくれ」

「どうしたの?」

「兄貴、何かありましたか?」

「今アスナからメッセージが来た。

道中でフェンリルに遭遇したらしいんだが、どうやらここに向かってるらしい」

「え………」

「マジすか………」

「やべえ………」

 

 どうやら先日の出来事がトラウマになっているらしく、三人の表情が一気に曇った。

 

「そんなにやばかったのか?」

「兄貴、あれはマジやばいすわ」

「せめてセラフィムの姉御クラスのタンクがいてくれればまだ何とかなるんでしょうが、

俺達を含めてここにいる奴らじゃ正直どうしようもないっす」

「なるほど、敵を止められないのか」

「まあそんな感じね」

「俺、急用発動でログアウトしようかな………」

「俺もそうするか………」

「正直私もそうしたいわね………」

 

 そんな三人に、ハチマンがこんなアドバイスをした。

 

「ならこういうのはどうだ。俺達がいる事はルシパーも知ってるんだろ?

もうすぐクエがクリアになるなら、俺達とそっちが受けたクエが同じだと思ってるだろうし、

お前達三人で、情報収集の為に俺達を尾行するって言えば、

今ならルシパーはオーケーしてくれるかもしれないぞ?」

「それよ!」

「さす兄!」

「それじゃあ早速!」

 

 ハチマン達はそのまま立ち去る演技をし、岩陰に移動した。

そこに無事許可が取れたのだろう、三人が嬉しそうに合流してきた。

 

「いけました、兄貴!」

「セーーーーーーーーフ!」

「本当に良かったわ、で、フェンリルはいつ頃来るのかしら」

「アスナ達の行ってる位置からすると、多分そろそろだ」

 

 そのタイミングで、戦場から多くの悲鳴が聞こえてきた。

 

「噂をすれば………」

「おおう、フェンリルの奴、巨人の首を噛み千切ったぞ、おっかねえ………」

「うわぁ、この前よりもやべえ………」

「作戦を考えてきた、みたいな感じか?」

「そんな感じっすね………」

「フェンリルのAIって優秀なのね」

 

 何となくそのまま戦いの様子を見物していると、

おもむろにフェンリルがこちらに向かって走ってきた。

 

「げっ」

「よりによってこっちに撤退なのかしら?」

「チッ、ルシパー達が追撃してくると見つかっちまう、こっちも引くぞ」

 

 ハチマン達はそのまま目的地に向かう通路に飛び込み、走り出した。

成り行きとはいえアスモゼウス、ハゲンティ、オッセーの三人も一緒である。

 

「あ、兄貴!フェンリルが後をついてきます!」

「まさかお前達を狙ってるとか………」

「いやいやまさか………」

 

 その時後方から、フェンリルのものと思しき声が聞こえてきた。

 

『待て、愚か者ども!』

「あ、マジっぽい」

「うわああああああ!」

「ハ、ハチマン、何とかしてよ!」

「分かった分かった」

 

 ハチマンはそこで立ち止まり、何とも軽い感じで片手を上げ、フェンリルに呼びかけた。

 

「よっ」



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第1096話 気安い一人と一匹

「よっ」

「むっ、うぬは………確かハチマンだったか」

「覚えていてくれて光栄だよ」

「朋友の事を忘れたりはせん。

再会を喜びたいが、とりあえずそいつらを始末してからだ。すまないがそこをどいてくれ」

「おっと悪い、実はこいつらは、俺が敵に忍ばせている間者なんだ、

なので今後も手出ししないでいてくれると助かるんだが」

「そうなのか?なるほど分かった、そなた達、名は?」

「ア、アスモゼウスです!」

「ハゲンティです!」

「オッセーです!」

「分かった、覚えておこう」

 

 こうして三人がフェンリルに殺される心配は無くなった。

 

「はぁぁぁぁ………」

「マジで助かったっす………」

「兄貴、心から感謝するっす………」

「お前達、そんなに怖かったのか………」

 

 ハチマンは三人に同情しつつ、フェンリルを誘って一緒に移動する事にした。

三人は後方から誰も来ない事から、どうやら追手は来ないようだと判断し、

ハチマンに頭を下げつつ戦場へと戻っていった。

 

「そういえば主ら、巨人族の討伐を終えたのだな」

「分かるのか?」

「うむ、そなた達の周りに数多くの巨人の魂が浮いておる」

「え、マジで?」

「えええええ………」

「ここにアスナがいなくて幸いだったわね」

 

 だがしかし、後日フェンリルにその事を聞かされたアスナが、

しばらくALOにログインしてこないという事案が発生する事となる。

 

「で、今から次の段階がどうなってるか、調べにいくところだな」

「なるほど」

 

 ちなみに歩きながら、ウズメとピュアがフェンリルをモフっている。

ユキノはちょっと怖いのか、少し離れた位置を歩いている。

 

「そっちの調子はどうだ?」

「うむ、あれからかなりの巨人を倒したが、まだ本命にはたどり着けておらん」

「本命?」

「ケルベロスという名の駄犬だ」

「ああ~、あいつなら二度ボコっておいたぞ」

「何?という事は、今あの駄犬は七尾になっているのだな」

「確かそうだったわ。あいつ、どうすれば完全に倒せるんだ?」

「九尾にした状態で倒せば二度と復活出来ん」

「九尾………あと二回か」

「だがその分パワーアップしているはずだ、油断するでないぞ」

「分かった、気をつけるよ」

 

 ハチマンとフェンリルは、こんな感じで気安く話している。

まるで長年連れ添った友人のようだ。

 

「あの、フェンリルさん、ちょっといいですか?」

 

 ここでセラフィムが、おずおずとそう問いかけてきた。

 

「何だ?騎士の少女よ」

「前から疑問だったんですけど、本来フェンリルさんって巨人側ですよね?

どうして今回は主神側なんですか?」

「え、そうなのか?」

 

 ハチマンが驚いたように質問してくる。

 

「はいハチマン様、間違いありません」

「うむ、いい質問だ」

 

 フェンリルはセラフィムに頷いた。

 

「今回の争いが、単純に内輪揉めだったのなら、我も主神の事を、我が王などとは呼ばん」

「ふむふむ」

「何故なら我は神殺し、主神を食い殺すのが我が役目だからな」

「それじゃあ何で………」

「それは今回の戦いが、我らとは違う神話体系からの侵略だからだ。

そういった場合、善神も悪神も、そして我らのような存在も、

一つとなりて敵に立ち向かわんといかん。それが我らの矜持である。

故に今だけは、本来敵である主神を我が王と呼んでおるのだ」

「一つとなりて、って割にはあんた、積極的に巨人を狩ってるよな?」

「あやつらは知能を持たぬ、敵に操られるだけの存在だからな」

「ふむ、って事は、知性があって話せる巨人はこっちの味方なのか?」

「全てではない。巨人も一枚岩ではないからな。

だがスルト、シンモラ、グリーズは確実に味方だ。

もし会う事が出来たなら、我が名を告げるが良い」

「分かった、覚えとく」

 

 ハチマンは、後で調べてみようと思い、その名を脳裏に刻んだ。

 

「あ、そうだ、レイって名前の女の子って、知り合いだったりするか?」

「レイ?何者だ?」

「む、知らないのか」

「覚えはないが………どんな女なのだ?」

「ええと………ユキノ、悪いがさっきの写真をフェンリルに見せてやってくれ」

「分かったわ」

 

 そしてユキノに写真を見せられたフェンリルは、目を細めて押し黙った。

 

「どうした?」

「この顔はまるで昔の………いや、だが髪の色と目の色が違う、人違いか………?」

「知り合いに似た奴がいるのか?」

「すまぬ、まだ確信が持てぬ」

「そいつの名前は?」

「それもすまぬ、おいそれと出せる名前ではないのだ」

「へぇ………」

 

(大物の可能性があるって事か)

 

「まあいいさ、とりあえず味方なのは確かなんだ、今度会った時に本人に聞くとするわ」

「役に立てなくてすまぬな」

「気にするなって、俺とあんたの仲だろ」

 

 他の女性陣は心の中で、どんな仲だよと突っ込んだが、ハチマンはどこ吹く風である。

この場ではそう言っておいた方がおそらく都合がいいのは確かな為、

ハチマンはフェンリルの友人ポジションを堅持し続けるのだ。

そんなハチマンの姿を見てハゲンティとオッセーは、さすあにを連発している。

 

「そう言ってもらえると嬉しい。今後とも宜しく頼む、妖精王よ」

「こちらこそ宜しくだな、俺達がピンチの時は頼りにしてるぜ」

「それは任せてくれ」

 

 その後もフェンリルは、しばらくハチマン達と一緒に歩いていたが、

とある分岐で別方向からケルベロスの匂いがすると言い、単独でそちらに向かう事になった。

 

「大丈夫か?加勢するか?」

「問題ない、七尾のケルベロスなど我の敵ではない」

「そうなのか、それじゃあそっちは任せたぜ」

「ああ、主にも幸運があらん事を!」

「またな!」

「ああ、またな」

 

 そう言ってフェンリルは去っていき、もふもふを失ったウズメとピュアは、

若干悲しそうな顔でフェンリルを見送った。逆にユキノはホッと一息ついている。

 

「さ~て、それじゃあ次の広場に入ったら、周囲の探索だな」

「ハチマン、何かいるかな?」

「どうだろうな、まあユウキが退屈しないような相手だといいよな」

「うん!」

 

 ハチマンはユウキの頭を撫で、一同はそのまま目的地の広場に到達した。

 

「うおっ」

「何か戦ってる………」

「あらハチマン君、あれは例のあの子よ!」

「例のレイ、か………」

 

 そのハチマンの言葉は女性陣には普通にスルーされた。

ハゲンティとオッセーだけが八幡に拍手してくれ、

ハチマンは顔を赤くしながらその戦いに目を向けた。

そう、その広場では、一人の少女が一対一で巨人と戦っていたのである。

 

「アウル、()()を返して!」

「ふん、返して欲しくば我を倒してみよ」

 

 どうやらレイは、アウルという巨人から何かを取り戻そうとしているようだ。

 

「ここを通りたければ我を倒してみよ、みたいなノリか」

「ハチマン君、のんびりした事を言ってないで指示を出して」

「おっと、悪い悪い、それじゃあとりあえずレイに加勢するとするか。

どうやら一人じゃ厳しそうだしな」

「確かにあの剣を使いこなせていないように見えますね」

「だよな、みんな、行くぞ!」

 

 その指示を受け、一同は駆け出した。

 

「おいレイ、俺達が加勢する」

「えっ、誰?」

「俺はハチマンだ、俺の仲間と朝に会ったんだろ?」

「あ~!そういえばその子と朝会った!」

 

 レイはユキノを見ながらそう言った。

 

「ありがとう、助かる!」

「マックス、行け!」

「はい!」

 

 その巨大なアウルという敵の前で、セラフィムが仁王立ちする。

 

「展開、フォクスライヒバイテ!」

「チッ、妖精ども、邪魔をするな!」

 

 アウルはそう言って、セラフィム目掛けて斧を振り下ろしたが、

そんな単純な攻撃はセラフィムには通用しない。

セラフィムはその攻撃をあっさりと受け止め、

その瞬間に横からハチマンがアウルの喉目掛けて雷丸を突き出す。

 

「ぐぬ………」

 

 アウルは斧を引き、その攻撃を受け止めようとしたが、

斧を持つ手に力を入れた瞬間に、その斧が弾き返される。

アウルの動きを見て、更に一歩踏み込んだハチマンによるカウンターである。

 

「何っ!?」

 

 相変わらず惚れ惚れするようなカウンターで、アウルの体がぐらつく。

その瞬間に、ユウキがいきなり大技を放った。

 

「マザーズ・ロザリオ!」

「私もいるわよ。ストライク・ノヴァ!」

 

 同時にシノンが攻撃を仕掛け、カウンターから入った事もあり、

アウルはいきなり大ダメージを受けた。いきなりHPが三割減ったのである。

 

「な、何だこの力は………」

「凄い………さすがは妖精王ね。それに妖精騎士の攻撃も見事だわ」

 

 今までの例から、妖精王は真なるセブンスヘヴンの七人を指す為、ユウキの事だろう。

妖精騎士は当然序列十位のシノンの事である。

 

「結構HPがあるな」

「でも一人ではね」

「しかも人型だ」

「かわいそうに………」

 

 ユキノはこれからカウンターをくらいまくるであろう敵に同情した。

その考え通り、アウルはまともに攻撃を仕掛けてくる事も出来ず、

そのHPがどんどん減少していく。

 

「まあこの程度か」

「言っておくけど、このHPなら普通にボスクラスよ?」

「まあでも手ごろなサイズの人型だしな」

 

 そのハチマンの言葉を聞き、ユキノはクスッと笑った。

 

「そうね、このまま完封しておきましょう」

「へいへい」

 

 それは要するに、カウンターを決めまくって敵に何もさせるな、という事である。

ハチマンはそのユキノの命令とも言えない命令を黙々とこなし、レイが呆気にとられる中、

アウルはまったくいいところなく光の粒子となって消滅したのだった。



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第1097話 レイヤ

「貴方………強いのね」

 

 呆気にとられているレイに、ハチマンは平然とこう答えた。

 

「人型の敵は得意なんだ」

「そう………貴方が敵じゃなくて良かったわ」

「とりあえず初めましてだな、

俺はハチマン、ヴァルハラ・リゾートのリーダーをやらせてもらってる」

「私はレイ、宜しく」

 

 レイはそう言ってハチマンに手を差し出してきた。

ハチマンはその手をしっかりと握り、二人は握手を交わす。

 

(さて、どう言えばヒントがもらえるかな)

 

 ハチマンはそう考え、先ほどレイが放った言葉を思い出した。

 

「ところで()()は取り返せたのか?」

 

(あれが何なのかは知らないけどね)

 

「あ~!」

 

 レイはどうやらその事をすっかり忘れていたようで、

慌ててアウルが消滅した位置へと走っていった。

 

「………無い、無いじゃない!何で!?」

「そりゃあ………」

 

 ドロップ品は直接地面に落ちたりしないだろ、と言おうとして、

ハチマンは目をパチクリさせた。

 

(あ………もしかして俺達の誰かにそのアイテムがドロップしてるのか?)

 

 他の者達も同じ事を考えたようで、全員がコンソールを操作し始めた。

そしてハチマンも同じように操作を始め、

アイテム欄の中に見慣れないアイテムが入っている事に気がつき、思わずこう口に出した。

 

「俺かよ!」

「えっ、何が?」

「あ、いや………」

 

 ハチマンはレイにアイテムを渡す前に、どんなアイテムなのか確認しようと、

アイテムの説明文に素早く目を走らせた、

 

『鷹の羽衣』

『鷹に変身して空を飛ぶ事が出来る。プレイヤーには装備不可』

 

「鷹の羽衣か」

「えっ、どうしてその名前を?もしかして持ってる?」

「ああ、今………」

 

 今渡す、そう言いかけたハチマンだったが、その言葉は他ならぬレイによって遮られた。

 

「そっちに行っちゃってたかぁ、それじゃあ、んん~っ」

 

 そう言ってレイが、ハチマンの唇に向け、自身の唇を突き出してくる。

 

「「「「「「ああ~!」」」」」」

 

 ユキノ、ユウキ、セラフィム、シノン、ウズメ、ピュアの六人が、

そのまさかの展開に驚愕し、慌てて止めに入ろうとしたが、

次のハチマンの言葉を聞いて足を止めた。

 

「え、何それ、新手の美人局?」

「そんな訳ないじゃない!」

 

(美人局の意味は知ってるのか、どんなAIだよ)

 

 ハチマンはそんなズレた感想を抱いた。

 

「欲しい物があったらこうすればもらえるんだよ!」

「え………」

 

 ハチマンのみならず、六人の女性陣も、その言葉の意味が分からない。

 

「どういう事だ?」

「どういう事も何も、そういうものなの!私はずっとそうやって生きてきたんだから!」

「………は?」

「とにかくそれを頂戴!そうすれば一つ封印が解けるから!」

「お、おう………」

 

 ハチマンはレイの勢いに押され、鷹の羽衣を実体化させた。

 

「羽衣なんてアイテム、初めて見たな………」

 

 ハチマンはそう呟きつつ、鷹の羽衣をレイに差し出した。

レイは慣れた手付きで鷹の羽衣を羽織り、その瞬間にレイの体が光を発した。

 

「おお?」

 

 そして光が収まった後、そこには成長したレイ、といった感じの一人の女性が立っていた。

そのスタイルは明らかに良くなっている。

 

(むぅ………これはプロポーションが、

シノンからアスナになったような感じか………)

 

 ハチマンがそう考えた瞬間に、後方から殺気が飛んできた。

チラリとそちらを伺うと、シノンが凄い目でこちらを睨んでいる。

 

「な、何だよ」

「今凄く私に失礼な事を考えてなかった?」

「い、いや、そんな事はない。被害妄想が過ぎるだろ」

「フン、それならいいけど」

 

(やばいやばい)

 

 ハチマンは、こういう事にシノンを引き合いに出すのはやめようと決意した。

シノンなら、手が滑ったなどといいつつ、

本気で狙撃するくらいは平気でやりそうだと思ったからである。

 

「ふう、まあこんなものじゃの」

 

 その時レイがそんな事を言った。レイは口調まで完全に変化しており、

その身から発せられるプレッシャーも増大しているように感じられる。

 

「お前………いや、貴方は………」

「うむ、妾の名はレイヤじゃ、愛しい人よ、そなたに感謝を」

「いいっ!?」

 

 ハチマンは、これはまさか少し前に聞いた、

レイと出会った当初のキリトとユキノの懸念そのままじゃないかと思い至り、

焦った顔でユキノの方を見た。

そのユキノは深いため息をつきながら、もう手遅れだとでも言うように首を横に振った。

 

「うぅ………」

 

 ちなみに他の者はといえば、セラフィムはNPCだから何の問題もないと思っているのか、

ハチマンを応援するように拳を前に突き出している。

ユウキはランがいないせいでよく分かっていないのか、

興味津々な目をこちらに向けているだけであった。

シノンはハチマンにジト目を向けており、ウズメはプンプン怒っている。

ピュアは手で顔を覆いながらも、指の隙間からチラチラとこちらを見ているようだ。

 

「妾を縛る封印はあと一つじゃ、次も宜しく頼むぞ、愛しい人よ」

「はっ、仰せのままに」

 

 ハチマンは、これは面倒な事になったと思いつつも、

イベントを進める為には致し方なしと考え、慇懃無礼に頭を下げた。

 

「何じゃ、不満そうな顔じゃの?」

 

(ゲッ)

 

 ハチマンは、さては見透かされたかと思い、レイヤに搭載されたAIの高性能さを呪った。

 

「仕方ないの、報酬の先払いを認めようぞ。ほれ、妾の体を好きにするがいい」

「ぶほっ………」

 

 続けて発せられたレイヤの言葉にハチマンはむせた。同時に沸きあがったのは、

このクエスト、こんなんでいいのか?という純粋に心配する気持ちだった。

ALOは対象年齢からして、エロ方面はご法度である。

他の者もさすがにこれはおかしいと思ったのか、

ヤキモチを焼いたりハチマンを責めたりする事はせず、むしろ困惑顔であった。

 

「いえ、成功報酬で何の不満もありません」

 

 ハチマンはとりあえずこの状態から逃れようと、レイヤにそう答えた。

 

「ほう?さすがは妾の心を射止めた男子(おのこ)じゃの、道理を良く弁えておる」

「もったいないお言葉、ありがとうございます」

「ちなみに妾に指一本でも触れておったら………」

 

 ハチマンは、先ほどの言葉はどうやらトラップだったかと思い、

どんな苛烈な罰がくるのだろうかとゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「もいでおったところじゃ」

「下ネタかよ!」

 

 ここでハチマンが思わず突っ込んでしまったのは仕方がないだろう。

それくらい、今のレイヤは鋭い目をしていたのだ。

そのレイヤの目が笑いを含む物に変わり、それでハッとしたハチマンは、

慌ててレイヤに謝罪した。

 

「失礼しました」

「ふむ、それは良いが愛しい人よ、腕をもぐというのは下ネタなのかえ?」

「ぐっ………いいえ、もちろん違います」

「そうかそうか、妾の日本語能力がおかしくなったのかと思ったぞ、それなら良い」

 

(日本語能力とか言いやがって、こいつ、絶対分かってて言ってんだろ………)

 

 ハチマンは心の中ででそう毒づいた。

同時に後方からシノンの声で、セーフ!という言葉が聞こえてくる。

 

「ふふふ、そなたは可愛いの」

 

 ハチマンはその言葉に舌打ちしそうになったが、

レイヤの笑顔からは全く邪気が感じられなかった為、それで毒気を抜かれてしまった。

 

「別に可愛くなんかないです、それよりレイヤ様、一つ宜しいでしょうか」

「ふむ、何じゃ?」

「レイヤ様の最後の封印を解く為に、私は何をお持ちすれば?」

「ブリシンガメンじゃ」

 

 レイヤはその言葉に即答した。

 

「ブリシンガメン、神をも惑わす至高の宝石。妾はそれを取り戻さねばいかん」

 

 ハチマンはその言葉にハッとした顔をしたが、すぐに表情を戻し、短くこう答えた。

 

「御意」

「そして真なる報酬じゃが………」

 

(こいつ真なるとか言いやがった!やっぱりからかってただけかよ!)

 

 ハチマンは若干イラっとしたが、次の言葉を聞いて、一気に頭に上った血が下がった。

 

「これをやろう。銘は『レーヴァテイン』という」

 

 そう言ってレイヤは、手に持っていた剣を無造作にこちらに見せてきた。

 

「よろしいのですか!?」

「これはそもそも妾の所有物ではないからの、手放しても何の問題もありはせぬ」

 

 そう言ってレイヤは無邪気に笑った。

 

「レイヤ様の御心のままに。で、今ブリシンガメンは誰の手にあるのですか?」

「スルーズとベルという親子の巨人が持っておる。

先ほどそなたらが倒したアウルの息子と孫じゃな」

「なるほど………覚えておきます」

「頼むぞ、奴らを見つけ次第討伐せよ!」

「はっ!」

 

(なるほど、武器取得クエストだったか、でもなぁ………)

 

 ハチマンはレーヴァテインを見ながらレイヤに問いかけた。

 

「レイヤ様、いくつか質問する事をお許し下さい」

「うむ、許す」

「そのレーヴァテインは、片手直剣ですよね?」

「まあ杖でもあるがの」

「そうなのですか!?」

「そういう事になっておるの」

 

(むぅ………杖か………でもせっかくだし、剣として使いたいよなぁ………)

 

「実は私の武器はこれなのです」

 

 そう言ってハチマンは、雷丸を取り出し、レイヤに見せた。

 

「ふむ、短剣じゃの」

「それでですね、このクエストを私が受けた場合、

レーヴァテインを誰かに譲る事は可能ですか?」

「不可能じゃ、この剣は所有者を選ぶでな」

 

 その言葉にハチマンは天を仰いだ。



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第1098話 キリトの神回避

(くそ、マジかよ………)

 

 ハチマンは、レイヤの言葉に一瞬落ち込んだが、すぐに気持ちを切り替えた。

 

(いや、待て待て、こんな武器の押しつけみたいなクエスト、通常ではありえない。

何か解決する方法があるはずだ)

 

 この時レイヤが何か言いかけたが、考えに耽っていたハチマンはその事に気付かない。

 

「レイヤ様、質問を重ねる事をお許し下さい」

「っ………うむ」

「今回の依頼ですが、私が信頼する別の者に引き継がせる事は可能ですか?」

「そなたと同じくらいの実力の持ち主であればそれは構わんが………」

 

(よし、これでキリトに丸投げ出来る。

レイヤが色仕掛けっぽく色々言ってきても、それも一緒に丸投げだ)

 

 ハチマンはそう考え、悪い顔をした。

それに気付いた仲間達の方から、黒い………という言葉が聞こえてきたが、

上機嫌なハチマンは当然それをスルーした。

 

「それでは今仲間を呼びます、しばしお待ちを」

「誰を呼ぶつもりじゃ?」

「キリトという者です、レイヤ様とは既に知己だと伺っております」

 

 ハチマンは澄ました顔で、レイヤにキリトを売った。

 

「キリト………ああ、あの者か、ならばそなたと変わらぬ実力を誇っておろう、

それならば妾に全く異存はない」

「ははっ!」

 

 ハチマンはこれで何とかなったと意気揚々とキリトにメッセージを送った。

 

『レイの持ってた武器はレーヴァテインだった。北欧神話の最強武器の一つだ。

キリト、もちろん欲しいよな?』

 

 そう送信した直後、ハチマンは舌足らずだったと思い、更にこう送信した。

 

『もちろんエクスキャリバーと二刀流でな。伝説の武器の二刀流、最高だな!』

 

(エクスキャリバーは渡さないとか思われたら困るしな)

 

 それから待つ事しばしで、キリトから返信が来た。

 

『え、何か罠っぽいからそっちはいらない』

 

「キリトおおおおおおおおおおおおお!何でこんな時だけ勘がいいんだよおおおおおおお!」

 

 実はこれは、ホーリーの入れ知恵であった。

キリトにメッセージについて意見を聞かれた時、ホーリーはこう答えたのだ。

 

『レーヴァテイン取得クエを見つけた、すぐに来てくれ、と言えばいいのに、

ハチマン君がこんな書き方をするという事は、何か裏があるんじゃないかな』

 

 それでキリトは警戒し、ハチマンに断りのメッセージを送ったと、まあそんな訳であった。

ハチマンの絶叫を聞いて、薄々事情を悟ったのだろう、

シノンはハチマンを指差して大笑いし、セラフィムがドンマイですと声をかけてくる。

 

「くっ………」

 

 悔しげに二人の方を見たハチマンの視界の隅に、ユウキが映った。

 

「あああああ!そうだ、ユ、ユウ!」

「あ、ボクは別にいらないよ、これがあるからね」

 

 ユウキは自身の愛剣『セントリー』が気に入っていた為、即座にそう断り、

ハチマンは万策尽きたとばかりにその場に蹲った。

 

「く、くそ………」

「その様子だと、断られたようじゃの」

「………はい、拒否されました」

「ならば是非もなし、我が愛はそなたの物じゃ、言祝ぐがよい」

「………身に余る光栄、全力で事に当たる所存であります」

「うむ」

 

 レイヤは満足そうにそう頷き、微笑んだ。

 

「では妾は行く、次に会った時に、良い知らせが聞けるものと期待しておるぞ、ハチマンよ」

「ははっ!」

 

 そのままレイヤは鷹の羽衣の効果なのだろう、

立派な鷹の姿となり、どこかへと飛び去っていった。

さすがのハチマンもそう来るとは思っていなかったらしく、びっくりである。

他の者達も、その変化の見事さに感心したような声を上げる。

だがそんな一同の目の前で、鷹が急に向きを変え、こちらに戻ってきた。

 

「お?」

「何だろ?」

「忘れ物?」

「まあある意味当たっていると思うわ、おそらく言い忘れた事があるのでしょう」

 

 先ほどレイヤが何か言いかけていたのをしっかり見ていたユキノがそう言い、

その推測通り、鷹から再び人へと戻ったレイヤが、ハチマンに向けてこう言った。

 

「そうじゃそうじゃ、一つ言い忘れておった」

「あっ、はい」

「実はこの地に今、ヘパイストスという者が訪れておる」

「鍛治神様がですか?」

 

 さすがにこのクラスになると超有名な為、ハチマンはその権能まですぐに思い出せた。

 

「かの地の神は敵だと伺っているのですが………」

「あ奴は別じゃ、あの者は神界の勢力争いには興味が無いでな」

「なるほど」

「それでじゃ、そなたが望むのなら、妾がかの者に頼んで、

レーヴァテインを短剣にしてもらっても良い」

 

(そういう流れか!)

 

「宜しくお願いします!」

 

 ハチマンはその申し出に飛びついた。

 

「うむ、言いたい事はそれだけじゃ、では達者での」

「ははっ、お心遣いに深く感謝致します!」

 

 今度こそレイヤは本当に去っていき、ハチマンは仲間達に疲れた笑顔を向けた。

 

「どうやらそういう事らしい。まったくもっと早くに言ってくれればな」

「ハチマン君、()()()()様は、ハチマン君が所有権について尋ねた時に、

その事を伝えようとしてくれていたと思うわ」

「え、そうなのか、それは気付かなかったな」

 

 ユキノの言葉の前半については既にそうだろうと思っていたのか、

ハチマンは何も突っ込まなかった。

 

「有名な女神、フレイヤ様の寵愛を得た気分はどう?」

 

 ここでシノンがそう被せてきた。その目は再びジト目に戻っている。

 

「寵愛とか言うな、相手はNPCだぞ、そんな事あるはずがない」

「オンリーワンなクエストっぽいじゃない、本当にそう思ってる?」

「う………」

 

 ハチマンは反論出来ず、押し黙った。

 

「ま、まあALOは健全なゲームなんだ、クエストもちゃんとその範囲で収まるだろ」

「確かにそうかもだけどね」

 

 シノンはそう言って肩を竦め、ハチマンの言葉を肯定した。

どうやら先ほどの言葉は、単にハチマンに一言嫌味を言いたかっただけのようである。

 

「あ、あの、あの方は、フレイヤさんなんですか?レイさん改めレイヤさんじゃなく?」

 

 その時ピュアがそう尋ねてきた。

 

「さっきレイヤが言ってたブリシンガメンってのは、

北欧神話の女神フレイヤが持っているとされる首飾りの名前なのよ」

「なるほど、そうなんですね」

「多分最後の封印が解けたら、今度はフレイヤと名を変えるんだろうな。

しかしなぁ、よりによってフレイヤかぁ………」

 

 そのハチマンの呟きがとても嫌そうだった為、

ピュアのみならず、ユキノ以外の女性陣も、みな首を傾げた。

 

「凄く嫌そう………」

「フレイヤってどんな女神なの?」

「そうだな、貞操観念がぶっ壊れてるランみたいな女神だぞ、ユウ」

「ランも結構壊れてると思うけど、ぶっ壊れってどういう風に?」

「要するに手当たり次第って感じなのよ」

 

 ユキノがそう補足し、他の女性陣は目を丸くした。

 

「ハチマン様、そうなんですか?」

「ああ、俺の知る限りはそうだな」

「エ、エッチなのはいけないと思います!」

 

 ピュアが顔を真っ赤にしながらそう言い、ウズメがからかうようにピュアに言った。

 

「はいはい、ピュアと正反対正反対」

「ウズメさん、からかわないで下さい!」

 

 ピュアはそう言いながら、目をバッテンにしてウズメをポカポカと叩いた。

その姿は昭和のマンガテイストに溢れている。

 

「まあ大丈夫だ、もらう物をもらったら尻尾を巻いて逃げ出すからな」

「女神相手に逃げ切れるの?」

 

 シノンが肩を竦めながらそう言い、ハチマンは目を逸らしつつこう答えた。

 

「ま、まあ最悪リアルに逃げるから」

「それで逃げ切れればいいわね」

 

 それでこの話は一先ず終わりとなり、ハチマンは他のチームに、

スルーズとベルという巨人の情報が入ったら教えてくれと、連絡を回した。

 

「さて、これで良しっと。それじゃあ探索を続けるとするか」

「そうね、そうするとしましょうか」

 

 それから一同は他のチームと連絡を取り合い、未知のエリアを中心に色々回ってみたが、

結局この日はスルーズとベルについて、何の情報も掴めず、特に新しい発見も無かった。

 

「………まあいきなり見つかるはずもないよな」

「そうそう、ドンマイだよハチマン」

「まあ気長にいきましょう」

 

 仲間達に慰められながら集合場所に戻ると、

そこには既に、アスナチームとサトライザーチームが戻ってきていた。

 

「あっ、ハチマン君、美人の女神様に言い寄られて鼻の下を伸ばしてたんだって?」

 

 アスナにそう言われ、ハチマンはじろっとシノンに目を向けた。

 

「………何で私の方を見るのよ」

「そういう事をアスナに言うのはお前しかいないからだよ」

「チッ、勘のいいガキは嫌いよ」

「お前、よくそのネタを知ってたな」

「ダル君に教えてもらったの」

「またあいつか………」

 

 アスナはそんなハチマンの頬に手を添え、自分の方を向かせた。

 

「………で?」

「もちろんそれはシノンの冗談だ、アスナなら信じてくれるよな?」

「ふふっ、実はとっくに知ってた」

 

 アスナはそう言って笑い、ハチマンの頬を優しく撫でた後に手を離し、

今日何があったのか、ハチマンに話し始めた。

 

「こっちは基本、おつかいクエストだったんだけどさ」

 

 アスナが言うおつかいクエストとは、

いわゆるNPCにどこにいけ、何を取って来いと指示され、

あちこち走り回る事になるクエストの事である。

 

「ほう?」

「で、出てきた武器の名前がティルフィングとフラガラッハ」

「有名どころだな」

「だよね、まあこのまま進めてみるよ」

「ああ、頼むわ。サトライザーはどうだった?」

「こっちはウコンバサラとムラサメって名前が聞けたかな」

「確か斧だったな、それに日本刀か………」

 

 ハチマンは、エギルとクラインの顔を思い浮かべながらそう言った。

 

「初日でそれだけ情報が出てくれば上等か」

「うん、まあそうだね」

「それにしてもキリトの奴、遅いな………」

 

 ハチマンはキリトに連絡してみようとコンソールを開いたが、

そのタイミングでキリトが戻ってきた。

 

「お~い!」

「お、戻ってきたな、キリト、何か収穫はあったか?」

「おう、『氷宮の聖剣』っていうクエストが発生したよ。

多分これが、エクスキャリバーの取得クエストだ!」

 

 キリトはそう言って、ハチマンにニヤリと笑いかけたのであった。



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第1099話 ユージーンと巨人

 ヴァルハラが順調に攻略を進めていたその頃、

ユージーン、サクヤ、アリシャの三人による合同チームは、

ハチマンからのメッセージを受け、困惑していた。

 

「それではこのクエストはフェイクだと言うのか?」

「道理でヴァルハラのみんなの姿が見えない訳だよね………」

「ううむ、で、正しいルートに進むには、この『ジャイニール』を俺達の手で倒せと………」

 

 今でこそヴァルハラのメンバー達は、

人目につく街やフィールドを忙しそうに飛び回っているが、

少し前までは全くその姿を見せていなかった。

それは当然狩り場に篭っていたからであり、ユージーン達も一応気にかけてはいたのだが、

自分達の狩りが忙しすぎた為、連絡する余裕が全く無かったのである。

その為今回の件は、彼らにとってはまさに不意打ちのようなものであった。

 

「ううむ………」

 

 特にユージーンはサクヤやアリシャに無断で独自に名前をつけるほど、

パートナーの巨人に愛着を持っており、この連絡の重要性を理解しつつも、

ジャイニールと名付けたその巨人を倒す事にかなり躊躇いを感じていた。

 

「ハチマンが嘘を言うはずはない、それは分かってるんだ。

だがここまで育ったジャイニールを俺の手で倒す?正直そうはしたくない、ないんだが、

だがそれでも倒さないと、シナリオを正しく進める事が………」

 

 ユージーンはぶつぶつと呟いたまま頭を抱えていた。

 

「ユージーン、おい、ユージーン」

「どうしちゃったんだろ………」

「ううむ………」

 

 その為ユージーンは、自分を呼ぶサクヤとアリシャの声にも反応しない。

 

「本当にどうしちゃったのこれ?」

「さあ………」

「ジ、ジンさん、あの………」

 

 そんな中、二人と同じくその行動の意味が分からないカゲムネが、

首を捻りながらユージーンに声をかけようとしたが、それはサクヤが止めた。

 

「カゲムネ、とりあえずユージーンは放っておこう。

ユージーン抜きでも、私達はやるべき事をやらねば」

「あっ、はい、そうですね。せっかくハチマンさんが教えてくれたんですしね」

 

 そして尚もぶつぶつ呟きながら葛藤するユージーンのすぐ後ろで、

サクヤとアリシャが、大声で仲間達に向けて叫んだ。

 

「総員、攻撃開始!」

「放て!」

「何っ!?」

 

 慌てて振り向いたユージーンの目に、

仲間達から全力攻撃を受けるジャイニールの姿が映し出された。

他の者達は特に巨人に愛着を持っていなかったのか、まったく容赦がない。

 

『VVVVVOOOOOOO!』

「相手はかなり育っているが、ひるむな!とにかく攻撃だ!」

「な、ななななな………」

 

 呆然とするユージーンの目の前で、あくまでユージーンの主観であるが、

ジャイニールは仲間に裏切られて呆然としたような表情をした後、

いいよ、殺れよ、風に自嘲したような顔でふっと笑い、微笑んだまま呆気なく四散した。

サクヤとアリシャはハイタッチをかまし、

部下であるサラマンダー軍の者達も、手を取り合って歓声を上げていた。

 

「ジャ、ジャイニールうううううううう!」

 

 そんな中、ユージーンはそう叫びながら、

少し前までジャイニールが立っていた場所に走っていった。

 

「ぐっ、くううぅぅうぅぅぅうぅぅ………」

 

 そしてユージーンは、その場でポロポロと涙を流し始めた。

その脳裏には、これもあくまでユージーンの主観だが、

ジャイニールがユージーンと肩を並べて邪神族を倒し、こちらにニカッと微笑んでくる姿や、

負傷したユージーンを庇って仁王立ちする姿、

そして絶対にありえないのだが、酒場で一緒に酒を酌み交わしながら、

いつかハチマンやキリトを倒して真なるセブンスヘブンになろうと、

共に誓い合う姿などがぐるぐると回っていた。

 

「う、うぅ………ジャイニール、ごめん、ごめんな………」

 

 ユージーンはそのまま泣き続け、サクヤ、アリシャ、カゲムネの三人は呆気にとられた。

 

「カゲムネよ、ユージーンは本当にどうしたんだ?」

「さあ………」

「お~いユージーン君、クエストが変化したのを確認したから、狩りを再開するよ~?」

 

 そのアリシャの声に反応したのか、ユージーンがゆらりと立ち上がった。

その目は完全に据わっており、手には魔剣グラムがしっかりと握られている。

 

「ユージーン君………?」

「ジンさん?」

「お、おい、ユージーン?」

 

 不気味な緊張状態の中、いきなりユージーンが動いた………サクヤ目掛けて。

 

「貴様!」

「なっ………」

 

 いつも冷静なサクヤも、ユージーンがいきなりそんな行動に出るとは夢にも思わず、

咄嗟に武器を取る事も出来ずに棒立ちとなった。

 

「ちょ、ジンさん!」

 

 ここでカゲムネが、サクヤを庇うように盾を構え、仁王立ちした。

 

「馬鹿者、こっちだ!」

 

 ユージーンはカゲムネに向けてそう怒鳴り、そのままサクヤの横を通り過ぎる。

 

「えっ?」

「ユージーン?」

「ケルベロスだ!」

 

 そしてユージーンは、

今まさにサクヤ目掛けてその爪を振り下ろそうとしていた、ケルベロスの攻撃を止めた。

 

『ぐぬ、我が攻撃を止めおるか』

「うわっ、いつの間に?」

「ど、どこから現れたんだ?」

「まさか上から?」

 

 三人はハチマンからケルベロスについての情報も聞いていたのだが、

さすがにこのタイミングで襲ってくるとは予想外であった。

だがそれも仕方ないだろう、少し前まで彼らはケルベロスと同じ陣営に立っていたのだ。

すぐに意識を変えろというのは酷な話である。

 

「お前達、さっさと戦闘体勢をとれ!」

 

 ケルベロスと単身斬り結びながら、驚きのあまり固まったままの三人に向け、

ユージーンがそう怒鳴りかける。

それで覚醒したのか、カゲムネがユージーンを庇うように前に出て、

サクヤとアリシャも慌てて部下達に指示を出し始めた。

 

『チッ、裏切り者を仕留めそこなったわ、妖精騎士め、邪魔しおって!』

「ハッ、これでも序列一桁なんでな、お前ごときに仲間をやらせはせん!」

『フン、先ほどは泣きわめいていた癖に、

腐っても妖精騎士の中では最上位の一角という事か………』

 

 ユージーンはカゲムネに防御を任せ、横合いから攻撃し続ける。

逆側からは弓、魔法銃の遠隔攻撃を中心に攻撃が開始され、

魔法使い達はサクヤの指示で、攻撃魔法の詠唱を開始した。

サブタンク達と前衛陣は、ケルベロスを逃がすまいと後方を塞ぎにかかる。

 

『グヌ、厄介な、思ったより統率がとれておるわ………』

 

 ケルベロスはこのままだと不利だと思い、飛び上がって空中で戦うべきか迷ったが、

思ったより遠隔攻撃使いが多いようなので、とりあえず現状を維持する事にした。

 

(まあ手はある、とりあえずあの手強い妖精騎士を最初に排除しておくか)

 

 そう考えたケルベロスは、スッと後ろに下がった。同時にその七本の尻尾を逆立てる。

その尻尾が赤い光を放ち、ケルベロスを中心として、周囲に火柱が立ち上がった。

 

「うおっ」

「何だ!?」

 

 その柱はぐるぐると回転しながら広がっていき、触れた者に大きなダメージを与えていく。

タンクとして成長したカゲムネは、そのダメージをスキルで軽減させる事に成功したが、

その横でグラムを振るっていたユージーンのHPゲージはガクンと減った。

そんなユージーンにサクヤが慌ててヒールを飛ばそうとしたが、

そんな事はさせないとばかりに、ケルベロスがユージーンに突撃する。

 

「くそっ!」

 

 ユージーンは眼前に迫り来るケルベロスを迎撃しようとした。

ユージーンの攻撃を防ごうと振り上げられたケルベロスの爪を、

だが魔剣グラムはその能力によって透過していく。

 

「もらった!」

 

 当然ユージーンは、敵が慌てて回避しようとするという前提で、

攻撃の為に、ドン!と強く一歩を踏み出したが、

まさかのまさか、ケルベロスはグラムの刃に貫かれる事を厭わず、

そこから更に一歩、ユージーン目掛けて踏み込んできた。

 

「なっ………」

 

 ユージーンの脳裏に、かつてキリトに言われた言葉が浮かび上がる。

 

『というかユージーン、もう魔剣グラムに頼るのはやめた方がいいんじゃないか?

その剣は利点も多いが今見たいな欠点もあるから、絶対にいつか致命傷になるぞ』

 

 ユージーンはその言葉に対し、真面目に考えると答えたのだが、

忙しさにかまけてその事については完全に放置してしまっていた。

そのツケが今ここできた。

プレイヤー相手なら、おそらく相打ちには持ち込めたと思われるが、

今戦っている相手はボスクラスの魔獣、ケルベロスの第三形態である。

そのHPはプレイヤーであるユージーンとは比べ物にならない程多く、

ケルベロスも確かにいいダメージをくらったが、それは致命傷になど当然なるはずもなく、

攻撃を仕掛けたユージーンの方が、致命的なダメージをくらう事となった。

具体的には、グラムを持つ右手を肩から食いちぎられたのである。

 

「ジンさん!」

 

 カゲムネがユージーンとケルベロスの間に割って入ろうとしたが、

決して素早い訳ではないカゲムネの移動速度では間に合わない。

他の者達もユージーンを救おうと、ケルベロスに攻撃しようとしたが、

ユージーンとケルベロスの距離が近すぎる為、遠隔攻撃や魔法の類は使えない。

そして近接アタッカー達は、先ほどの炎の柱で大ダメージをくらっており、

慌ててケルベロスから距離をとった為、近くには誰もいない。

 

「サクヤちゃん、早くヒールを!」

 

 アリシャが焦った声でそう叫んだが、サクヤは当然既に詠唱に入っている。

だがサクヤはユージーンの受けた大ダメージを一気に癒そうと強力な治癒魔法を唱えており、

その分詠唱が長い為、魔法の発動にはあと五秒くらいは必要になってしまうのだ。

その発動よりも前に、ケルベロスの攻撃は確実にユージーンに届いてしまう。

ユージーンの命はまさに今、風前の灯火となっていた。



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第1100話 共闘

1100話に到達しました、こんな趣味全開の小説をいつもお読み頂きありがとうございます!


 ケルベロスの牙が目前に迫った時、ユージーンは諦めるかのように黙って目を閉じた。

その耳にはアリシャの焦った声や、サクヤが魔法を唱える声、

そしてカゲムネが必死にこちらに走ってくる、鎧のガチャガチャいう音が聞こえてくるが、

助けが間に合わない事はもはや確定的であり、ケルベロスの攻撃力を考えると、

その牙が自分に届いた瞬間に、HPを全て消し飛ばされる可能性が極めて高い。

 

(俺が死んだ後の仲間達の事が一番心配だ………この犬畜生は確かに強い)

 

 だが結果として、ユージーンに死は訪れなかった。

仲間達の中に、一人だけ間に合ったプレイヤーがいたのだ。

そのプレイヤーはケルベロスの顔面に思いっきり剣を叩きつけ、

その攻撃をユージーンから逸らす事に成功した。

さすがのケルベロスも思ってもいなかった奇襲にたたらを踏み、

その隙をついてそのプレイヤーは、ユージーンの襟首を掴んで豪快に後方に投げ飛ばした。

 

「うおっ!」

「おいこらユージーン、簡単に諦めてるんじゃないよ!」

「ビ、ビービー!」

 

 そのプレイヤーは、まさかのビービーであった。

 

 

 

 この数週間前の事である。

ビービーはZEMALのメンバー達にALOのイベントの事を話し、

もし良かったらコンバートして参加してみないかと尋ねたのだが、

色よい返事はもらえなかった。

 

「女神様、すんません、魔法銃にマシンガンがあれば参加したんですが………」

 

 このシノハラのセリフが不参加の理由の全てを物語っている。

こうしてビービーは今回のイベントに、一人で臨む事になったのだが………。

 

「はぁ?二万匹討伐?そんなの無理に決まってるじゃない!」

 

 クエストの噂を聞き、自分でも確認したビービーは、正直困っていた。

邪神広場の噂も聞いていたが、ギルド単位での参加が推奨であり、

ソロプレイヤーが討伐チームにずっといさせてもらう事など不可能に近い。

 

「どうしよう………」

 

 時には汚い事も平気でやったが、

常に強気で前だけを向いてここまでやってきたビービーにとって、

今回のイベントは高い壁として立ちはだかった。

 

「はぁ………」

 

 ビービーは落ち込む気持ちを抑えられず、

気分転換にモブが出現しない二十二層まで足を伸ばし、

川べりに広がった草原の真ん中で寝転びながら、

どうしたものかと深いため息をついていた。

その時たまたまその横を通り過ぎる団体がいた、ヴァルハラである。

 

「………あれ、ビービー?こんなとこで何してんの?」

 

 ALOのビービーの見た目を知っている者はヴァルハラのメンバーの中でも限られている。

その限られたメンバーの一人であるフカ次郎が、たまたまこの時一行の中にいた。

 

「………フカか、気分転換よ、悪い?」

「いや、別に悪くない。ってかそれなら私達と一緒にピクニックに行こうぜ、ピクニック!」

「………はぁ?」

 

 こいつは一体何を言ってるんだと思ったビービーだったが、

直後にハチマンに、こちらも気分転換だと言われ、一緒に来ないかと誘われた。

その誘いを無碍に断るのも憚られた為、ビービーは渋々とその申し出を受け、

ハチマン、フカ次郎、アスナ、リオン、ナタクという珍しいメンバーに同行する事となった。

 

「………で、今日は何でピクニック?」

「いやぁ、最近料理に凝っててさ、リオンと一緒にアスナに教えてもらってて、

ナタク君に調理器具も作ってもらって色々な料理にチャレンジしてたんだけど、

リーダーにその成果を見てもらえる事になって、

せっかくだからちょっと足を伸ばしてピクニックに来たと、まあそんな訳」

「ふ~ん、楽しそうでいいわね」

「おうともよ!」

 

 そんなビービーに、横からハチマンが話しかけてきた。

 

「おいビービー、こいつらの料理にお世辞なんか言わなくていいからな、

まずかったらまずいとハッキリ言ってやってくれ」

「ええ、分かったわ」

「むぅ、リーダー、ひどい!」

「絶対に美味しいって言わせてやる………」

 

 そのハチマンのビービーに対する言葉に、フカ次郎とリオンは頬を膨らませた。

ちなみに料理の味は普通であり、一緒に出されたアスナの料理の味と比べると平凡だった。

だがまずいという事はなかった為、ビービーは素直に二人にその事を伝え、

それでも二人が大喜びしてくれた為、思わず頬を緩ませる事となったのだった。

そしてその流れでハチマンに、何か困ってるんじゃないかと尋ねられ、

何となく現状を伝えたところ、ハチマンがユージーン達に直接話をしてくれ、

このイベント中だけ古巣に戻る事になったと、まあそんな訳なのであった。

 

 

 

「カゲムネ、そいつを抑えな!」

「はい!」

 

 ビービーが即座にそう指示を出し、カゲムネはその言葉に素直に従った。

カゲムネは昔、ビービーに戦闘について色々教わったりしていた為、

ビービーの事は姉貴分として立てているのである。

 

『くっ、女、よくもやってくれたな!』

「フン、それはこっちのセリフだね。

うちの頭を取られそうになったんだ、ただじゃおかないよ!」

 

 ビービーはケルベロスに対し、威勢のいい言葉で応酬したが、

実はこれはビービーの戦術の一環である。

判断力に優れるビービーは、敵の力量を正確に把握しており、

強力なタンクが一枚しかないこの状況でケルベロスが無差別攻撃を始めたら、

ユージーンを欠いた今の状態では味方が総崩れになる可能性が高いと予測していたのである。

なのでビービーは出来るだけケルベロスを挑発し、自分に対して敵対心を向けさせる事で、

ケルベロスの攻撃をカゲムネが防ぎやすいように戦場をコントロールしようとしていたのだ。

その狙いが功を奏したのか、今のところケルベロスがそういった攻撃に出る気配はない。

 

『くそ、貴様も邪魔をするな!その女を殺させろ!』

「そんな事させるか馬鹿犬が!」

『何だと!?貴様ああああ!』

 

 カゲムネはケルベロスの通常攻撃を本当によく防いでいた。

そして先ほどの言葉がケルベロスに対するナイスな挑発になり、

今やケルベロスはカゲムネばかり攻撃するようになっていた。

 

「ナイスだカゲムネ、本当に頼り甲斐がある男になったね」

「あざっす!」

 

 カゲムネはビービーに褒められた事でテンションを高くし、その動きにキレが増していく。

 

「どうやら大丈夫そうだね………」

 

 ビービーはカゲムネの動きを見ながらそう呟くと、一旦後方に下がった。

後方には無事にサクヤからヒールをもらえたユージーンが悔しそうに蹲っていたが、

まだその右腕は復活していない。

 

「ビービー、正直助かった、恩にきる」

「なぁに、拾ってもらった分、礼として働いただけだって」

「それでもだ、ありがとう」

 

 ビービーはそんな風にユージーンにお礼を言われるのは初めてだった。

この二人は昔からいがみあってばかりいたからだ。

そしていざこうしてその初めてを体験する事になったビービーの気分は………悪くなかった。

だがその気分の良さを気恥ずかしく思ったビービーは、

わざとぶっきらぼうな態度でユージーンにこう言った。

 

「とりあえずあたしが支えとくから、出来るだけ早く助けに来なよ」

「ああ、心得た」

 

 そしてビービーはケルベロスに向かって突撃していった。

その動きはまさに一流の近接アタッカーの動きだったが、

超一流のユージーンと比べるとやはり何枚か落ちる。

更にケルベロスが先ほどの炎の柱による攻撃を連打し始めた為、

形勢は徐々に三ギルド連合に不利になっていった。

 

「くそっ、自分の不甲斐なさに腹が立つな………」

 

 イラついたようにそう呟いたユージーンの目に、

凄い速度でこちらに近付いてくる黒い影が映った。

 

「むっ、あれは………」

 

 それは遠目に見ると、ケルベロスによく似たフォルムをしており、

ユージーンは、すわ敵の援軍かと焦りを覚えたのだが、

味方にその事を伝える暇もなく、その影が大音声を発した。

 

『駄犬め、遂に見つけたぞ!』

『げっ………フェンリルか!』

 

 こちらに対して一匹で優勢に戦いを進めていたケルベロスだったが、

ユージーンはこの時、ケルベロスが逃げ腰になった事を確信した。

何故それが分かったかというと、実に簡単な理由である。

ケルベロスがその七本の尻尾を、全部自分の股下に潜らせているからだ。

ケルベロスはフェンリルが最初から自分の最終段階と同じ強さを誇っている事を知っており、

ユージーン達もいる以上、こちらが形勢不利だと即座に判断したのである。

 

『ふん、貴様の相手はまた今度だ!』

『逃げるのか、臆病者め!』

『挑発には乗らん、()()お前の方が我より強いからな!』

 

 フェンリルはケルベロスを煽ったが、ケルベロスは冷静にそう返事をした。

 

『ではさらばだ!』

 

 ケルベロスはそう叫ぶと、後ろ足にグッと力を入れ、

フェンリルがいない方向………正面に向かって思いっきり飛んだ。

その前足は宙を踏みしめ、その体がどんどん上昇していく。

 

「させん!」

 

 その時下から剣光が一閃し、ケルベロスの尻尾が一本斬り落とされた。

 

『何っ!?』

 

 それをやったのは、このタイミングで丁度復活したユージーンである。

彼が後方に下がっていた事が、ここでは大きくプラスに働いた。

他の者だったら、ケルベロスの尻尾を斬り落とす事は不可能だっただろう。

 

『くっ、くそおおおおお!』

 

 ケルベロスは苦渋に満ちた叫び声を上げ、同時にその体が急激に下降してくる。

どうやら尻尾が七本全て揃っていないと、宙を走る能力が無くなってしまうようだ。

 

『ま、まさかお前ごときに!』

 

 ケルベロスはそのまま地面に落下し、頭から地面に突っ込んだ。

 

「ふん、ざまあみろ」

 

 ユージーンはケルベロスを睨みつけながらそう言った。

そのチャンスを逃さずにフェンリルがケルベロスに追いつき、

もう逃がさないとばかりにその前に仁王立ちをする。

 

『妖精騎士よ、よくやった!』

 

 そこからフェンリルとユージーン達による総攻撃が開始され、

体勢を立て直す間もなくケルベロスはどっとその場に崩れ落ちたのだった。



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第1101話 九尾

「うおおおお!」

「やったぜ、ジンさん!」

『妖精達よ、よくやってくれた』

 

 フェンリルを含め、その場にいた者達から大歓声があがる。

 

「みんな、よく持ちこたえてくれた、

そして手助けしてくれたフェンリル殿に心からの感謝を!」

 

 ユージーンは仲間達に向けてそう叫んだ。

この勝利は自分だけの手柄ではないと公言した形である。

 

「腕はなまっちゃいないみたいだね」

「いや、それはどうかな………」

 

 ビービーにも賞賛されたユージーンは、難しい表情をしながらそう答えた。

今回は運良く結果を残せたが、

その内容は、決して褒められたものではないと思っているからだ。

 

「何だい、随分弱気じゃないか」

「いや、自分がどれだけグラムに頼りきりだったのか、

これまでの自分を殴ってやりたい程、今回は思い知らされたからな」

「ふ~ん?」

 

 ビービーはよく分かっていないようだが、

これは特殊能力のある剣を持つ者にしか分からない感覚だろう。

とはいえ三ギルド連合にとっては久々に胸のすくような勝利であり、

場は戦勝ムードに包まれ、かなり盛り上がっていた。

そんな中、フェンリルはじっとケルベロスの死体を見つめている。

それに気付いたユージーンはフェンリルに近付いた。

 

「フェンリル殿、何か気がかりでも?」

 

 そう問いかけてきたユージーンに、フェンリルは死体から目を離さないまま答えた。

 

『うむ、実はこやつは、もう一段階変身するはずなのだ』

「そうなのですか!?」

『ああ、そうなると今の我と互角になる。だが変身直後は弱っているはずなので、

このまま滅ぼしてしまおうと思っているのだが………』

「そういう事でしたか………おい、お前ら、この………」

 

 ユージーンは仲間達に警戒するように伝えようとしたが、

その会話が聞こえたのか、その時ケルベロスの死体がぶるっと震えた。

 

『むっ』

「今のは!?」

 

 次の瞬間、ケルベロスの死体から真っ黒な煙が噴き出した。

 

『うおっ!』

「何だ!?」

 

 その時死体の一番近くにいたはずの、カゲムネの叫び声が聞こえてくる。

 

「ジンさん、毒だ!」

「何だと!?」

「後退だ、下がれ!」

 

 その声に仲間達が慌てて後退る。

 

「サクヤちゃん!」

「うむ!」

 

 サクヤは慌ててカゲムネに治癒魔法をかけ、カゲムネの毒状態が解除される。

 

「他に毒状態になった者はいないか!?」

「ヒーラーはすぐに解毒を!」

 

 その僅かな混乱状態の中、その隙を突くように、黒い煙の中からケルベロスが飛び出した。

ケルベロスは一目散に奥の通路へと駆け込んでいく。

 

『ぐぬ、待て駄犬!』

『フン、ここは一旦引いといてやる!フェンリル、そして妖精共よ、

我の体力が戻った時がお前らの最期だと思え!』

 

 復活したケルベロスの尻尾は九本に増えていた。

その尻尾がぶわっと広がり、追撃しようとしたフェンリルの目の前に、炎の壁が立ち上がる。

 

『ふん、こんなもの!』

 

 フェンリルはその壁に突っ込み、多少のダメージをくらいながらもそのまま突破した。

フェンリルはそのまま凄い勢いでケルベロスを追撃していき、

別れを告げる暇もないままこの場にはユージーン達のみが残された。

 

「むぅ………」

「行っちゃったね、どうする?私達も追いかける?」

「いや、やめておこう、まだ俺達も傷ついているし、何より追いつける気がしないからな」

「まあ確かにそうだね」

「とりあえず広場の入り口まで下がろう、ここだと沸いた敵に攻撃される可能性がある」

「って、もう遅いかも?」

 

 サクヤのその提案は少し遅かった。一同の周囲に邪神族が何匹か、沸き始めたのだ。

だが邪神族は先ほどまでとは違い、こちらに攻撃を仕掛けてくる気配はない。

 

「えっ?あれっ?」

「そうか、クエが書き変わったから………」

 

 そして邪神族の一匹が、まるで心配するかのようにユージーンに近付いてきて、

その体に触手を伸ばし、回復魔法を使ってきた。

 

「むっ………す、すまない、助かる」

 

 ユージーンはそうお礼を言い、その邪神族は、

気にするなという風にユージーンの腕を触手で優しく撫でた。

その瞬間にその邪神族がパーティに加わり、一同は歓声を上げた。

一方ユージーンは複雑な思いでその邪神族を眺めていたが、

やがて自嘲ぎみな表情でこう呟いた。

 

「先ほどまで敵だったはずなのに、憎めぬものだな………」

 

 そしてユージーンはサクヤとアリシャと相談し、

一旦戻って落ち着いた後、巨人を狩るのに適した狩り場を、

ヴァルハラに紹介してもらおうという事になった。

 

「それじゃ、とりあえずアルンに戻ろう!」

「ああ」

 

 帰り際、ユージーンは振り返り、何も無い地面に向けてぼそりと声をかけた。

 

「今までありがとな、ジャイニール」

 

 

 

 その頃フェンリルは、必死で逃げるケルベロスを追いかけ続けていた。

 

『待て、この臆病者めが!』

『フン、貴様は体力の戻らない我を倒してそれで本当に満足なのか?』

『ああ、もちろん満足だ、これで貴様を滅ぼせるからな!』

『くそ、取り付く島も無しか………』

 

 まったく話にならんと嘆息しつつも、ケルベロスには一つの勝算があった。

その為にケルベロスは今、とある場所に向かっているのである。

 

(もうすぐだ、あそこまで行ければ………)

 

 そして遠くに光が見えてきた。暗い洞窟から、開けた場所に到着したのだ。

 

『むっ、確かここは………』

 

 フェンリルは広場に出る直前に急制動をかけ、そこで足を止めた。

先行していたケルベロスは既に広場に入っているが、それを追う事はしない。

何故ならこのまま広場に出るのはとてもリスクが高いと知っているからである。

 

『しまった………仕方ない、ここは撤退だ』

 

 フェンリルはそのまま追撃を諦め、くるっと引き返していった。

一方ケルベロスは、広場に出た後、そこでホッと一息ついていた。

何故ならその場が多くの味方のプレイヤーで溢れかえっていたからだ。

そう、ここは邪神広場であり、ケルベロスは何度かこの広場に姿を現し、

突発的なお助けキャラ的な扱いで、プレイヤー達に親しまれていたからである。

ケルベロスはダメージをくらっている事はおくびにも出さず、

えらそうな態度でプレイヤー達に声をかけた。

 

『お前達、調子はどうだ?』

「明日で目標を達成出来そうです!」

「ケルベロスさん、いつもありがとうございます!」

『うむ、励めよ』

「はい!」

 

 ケルベロスはプレイヤー達にそう声をかけながら、さりげなく移動し、

フェンリルがいつ広場に突っ込んできてもいいように、

プレイヤーを盾にするような位置に回り込んでいた。

だがいつまでたってもフェンリルが現れない為、どうやら撤退したようだと安堵していた。

 

(よし、上手くいったようだ。後はここで狩りの手伝いをして、体力を………)

 

 ケルベロスのHPは時間経過の他に、敵を倒す事でも回復する為、

ケルベロスはそのまま狩りを手伝い、すぐに万全な状態に戻る事が出来た。

丁度その頃に、狩りに参加していたプレイヤー達もその日の活動を終え、撤退し始めた。

 

『それでは我も行く、さらばだ!』

 

 ケルベロスはそのまま別の通路の奥に向かい、

日ごろから人が来ない、ねぐらにしている広場の片隅に横になったのだった。

 

 

 

 そしてケルベロスの乱入を受けつつも、今日の狩りを無事に終えた邪神広場の者達は、

討伐数を一万八千まで伸ばし、遂にリーチがかかった事を喜び合っていた。

 

「長かったこのクエも、明日で終わりだな!」

「続きはどうなるんだろうな」

「随分経験値も稼げたよなぁ」

「よーし、あと一日頑張ろうぜ!」

 

 そんな盛り上がりの中、街に戻った後、一部の者達が今後の事について話し合っていた。

 

「シグルドさん、それじゃあ………」

「ああ、明日の狩りは独自で行う。クエストを達成したら旗揚げだ」

「ついにっすね!」

「ああ、ヴァルハラ、アルヴヘイム攻略団に対抗する、第三勢力に俺達がなるぞ」

「ハゲンティとオッセーはどうします?」

「カモフラージュの為にこちらと七つの大罪を行ったり来たりさせていたからな、

討伐数が中途半端になってしまったか………」

「俺達なら大丈夫っす、クエはクリア出来ませんが、そのままこちらに参加します!」

「そうか、すまないな」

 

 そして話し合いを終えた後、ハゲンティとオッセーはひそひそと会話を交わしていた。

 

「おい、どうする?」

「とりあえず兄貴に報告だな、まだいるみたいだし」

「ついでに姉御にも連絡を入れるか」

「だな、早くこの事を伝えないと」

 

 シグルドが立つその時は、刻一刻と近付いていた。




今週は何回かお休みするかもしれません、すみません!


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第1102話 勝負の一日

すみません、昨日は更新出来ませんでした><


 夜も更けた頃、ヴァルハラ・ガーデンを訪れる、四人のフード姿の者達がいた。

その顔にはグロス・フェイスマスクが装着されており、

誰が誰なのか、その正体は分からないようになっている。

 

「さすがにこの時間は誰もいない………か?」

「この頃はここの混雑もかなりましになったみたいね」

「確かに一時と比べるとさすがに減ったっすね、まあ助かるっすけど」

「そろそろ約束の時間………」

 

 その時ヴァルハラ・ガーデンの扉が開き、中からハチマンが顔を出した。

 

「お前達、こっちだ」

 

 その声に従い、四人は走ってヴァルハラ・ガーデンに駆け込んだ。

 

「ふう、セーフ!」

「誰もいなくて良かったね」

「まさか俺達がここに入れるなんてな………」

「胸が高鳴るぅ!」

 

 その四人とは、アスモゼウス、グウェン、ヤサ、バンダナであった。

ハゲンティとオッセーのままだと七つの大罪の者達に居場所がバレてしまう為、

二人はわざわざこちらのキャラで入りなおしていた。

こちらなら、その居場所が分かるのは、元ロザリアの部下の残り五人だけであり、

その五人は既にログアウトしているのを確認済だったからだ。

 

「うおおおおおお!」

「凄え、まるでお城っすね!」

「おう、結構頑張ったからな」

 

 中に入ると、ヤサとバンダナは興奮しながらそう叫び、ハチマンは自慢げにそう答えた。

 

「ハチマン、客が到着したのか?なら私がお茶を入れよう」

「おお、悪いなキズメル、頼むわ」

 

 そんな一同に、キズメルが声をかけてきた。

その顔には黒アゲハのマスクは装着されておらず、

ヤサとバンダナは、初めて見たそのキズメルの素顔の美しさに感動した。

 

「あ、兄貴、こちらはまさか………」

「ん?ああ、お前達にとっては黒アゲハって言った方が分かり易いか?」

「お、おお………」

「言葉も出ないぜ………」

 

 キズメルは、二人が自分の顔を見ながら震えているのを見て、きょとんとした。

 

「ん?私の顔がそんなにおかしいか?」

 

 その言葉に二人はぶんぶんと顔を横に振る。

 

「違います、あまりの美しさに感動してるっす!」

「そ、そうか、それはありがとう」

「こちらこそありがとうございます!」

 

 そこまで劇的な反応を見せた訳ではなかったが、アスモゼウスもグウェンも、

キズメルの素顔を見るのは初めてだった為、ぽ~っとした顔でそちらを見ていた。

 

「ダークエルフって、ここにしかいないわよね?」

「うん、多分」

「綺麗よねぇ………それにあのスタイル、憧れるなぁ」

「うん………」

 

 そのまま奥に進み、リビングに近付くと、そこには四人のプレイヤーが控えていた。

アスナ、キリト、ユキノ、サトライザーの副長達である。

 

「みんな、いらっしゃい!」

「こ、こんばんは!」

「本日はお招き頂き………うっ」

 

 かつて痛い目に遭わされたキリトを見て、

緊張のあまり反射的に固まってしまったヤサとバンダナだったが、

キリトが鷹揚な態度で微笑んでくれた為、その緊張はすぐにほぐれたようだ。

既に二人は身内扱いであり、当然キリトも今は二人を好意的に見ている。

 

「それじゃあ話を聞こうか」

「はい!」

 

 そしてヤサとバンダナは、今日あった事を報告し始めた。

 

「兄貴、実は明日、シグルドがギルドを立ち上げるみたいです」

「クエストの残りがあと二千体になったんで、

頃合いだと見て後は独自にクリアするつもりだとか」

「本当はイベント開始に合わせてって話だったんすけど、

ほら、邪神広場の狩りがああなったじゃないですか、そのせいで、

七つの大罪よりも大きいギルドがそこに参加するのはまずいって事になって、

それで今まで様子見をしてたんですよね」

「それが遂にその気になったって事か」

「はい、正直邪神広場にいたのって、

初期にいた小規模ギルドはさすがに正月は人数が揃わなかったのか、、

最後の方は、小規模ギルドに偽装してうちのメンバーがほとんどだったんで、

明日はあっちはかなり人数が減ると思います」

「そうなると、うちは明日中にはクエストをクリア出来ないかもしれないわね」

 

 そこまで聞き、アスモゼウスが難しい顔をしながらそう言った。

その言葉通り、邪神広場に集まっていたのは最近はほとんどがシグルド一派だった為、

それが明日来ないとなると、明日の狩りに参加するプレイヤーの人数は、

いいところ六十人といった所で、一日で二千体を討伐するのはかなり難しくなるだろう。

 

「それも狙いの一つみたいですね、七つの大罪を出し抜いて、先行出来ますから」

「なるほどなぁ、シグルドも中々やるもんだ。よく周りの状況を見てやがる」

「前とちょっと違う感じ?」

「昔よりは成長したのかねぇ?」

「まあ彼も苦労したでしょうし、元々それなりに能力はあったものね」

「確かに前の悪だくみも、俺達がいなかったら成就してたかもだしなぁ………」

 

 前の悪だくみとは、もちろんサラマンダーと組んで行った、シルフ領弱体計画の事である。

その頃のシグルドは品性下劣ではあったが、能力的には確かに及第点であった。

 

「ところでシグルドのギルドの名前は決まってるのか?」

「SDSらしいです、ジークフリード・ザ・ドラゴンスレイヤーの略だとか」

「うは、自分の名前をギルドに付けるのか………」

「自分の名前?」

「シグルドってのは要するにジークフリードだからな」

「ああ、なるほど!相変わらずプライドだけは高いんだな。

ちなみに人数はどれくらい集まりそうなんだ?」

「二百数十人っすかね、外面だけはいいんで」

「多いな………運用によってはいいライバルになりそうだ」

 

 ハチマンはとても嬉しそうにそう言って笑った。

 

「ハチマン君、嬉しそうだね」

「いいライバルがいるってのは幸せな事だからな」

「そうなってくれればいいんだけどな」

「まあ()()シグルドだし、どこかでボロを出す可能性は否定出来ないわね」

「ハチマン様、それ絡みで私からも報告が」

「お、そうか、それじゃあ頼むわ」

 

 グウェンが横からそう言い、続けて報告を始めた。

 

「そのSDSの立ち上げの為に、小人の靴屋も最近かなり装備を回してます。

クエストでかなり敵を倒したから、その素材と資金を小人の靴屋に回して、

それでメンバーの装備を揃えたみたいです」

「二百人以上の装備をそれで賄ったのか………」

「確かにうちも、素材だけでかなりの利益になったものね」

「あはははは、さすがに二万匹も倒すとそうなるよね」

「だな」

「シグルドの奴、どうやらまともにライバルしてくれそうだな。

ところで敵側でクエストを進めると、この後はどういう展開になるんだろうな」

 

 敵は大地母神ガイアとその眷属、そしてギリシャ神話の神々の一部、

という事は分かっているが、そこに様々な伝説級の武器がどう関わってくるかは謎であった。

 

「メインルートはこっちなんだから、二線級の武器が手に入るとか?」

「う~ん、でもハイエンドクラスの武器も案外取れたり?」

「エクスキャリバーの扱いがポイントだよな、あっちのクエにも名前は出てた訳だし」

「ふ~む、明日は一応そっちに多めに人数を回した方がいいかもしれないな」

「悪い、頼むわ」

「とりあえずサトライザーの所からキリトの所に何人か回してやってくれ」

「オーケー、後で相談しておくよ」

「こうなると、情報って点だとアスモのクリアが一日遅れるかもしれないのは困るな」

「そうよね、ごめんなさい………」

 

 そう謝るアスモゼウスを、ハチマンは笑顔で慰めた。

 

「お前のせいじゃないさ、まあ一気に攻略が進む訳じゃないだろうし、気にすんなって」

「なぁ、明日シグルド達とカチあったらどうする?」

「さすがにクリアには一日かかるだろうし、明後日になるかもしれないが、

まあそうなったらやり合うしかないだろうな、各チームの連絡を密にしていこう」

「俺達も出来るだけ情報を流すっす!」

「任せて下さい兄貴!」

「おう、頼むぞ二人とも」

「「はい!」」

 

 その後、ハチマン達は今日得た情報を元に、明日の行動方針を決めた。

ハチマン達は斥候職を中心にスルーズとベル、そしてヘパイストスの居場所を探り、

キリト達は人数を増やした上で、『氷宮の聖剣』クエストを進行させる。

アスナ達はティルフィングとフラガラッハを得る為におつかいクエストを続ける。

そしてサトライザー達は、ウコンバサラとムラサメは一旦置いておいて、

各メンバーをアスナとキリトのチームに合流させ、そちらの手伝いをする事になった。

 

「攻略を独占出来るのも明日がラストチャンスだ、何か一つくらい成果を得たいよな」

「うん、頑張ろう!」

「明日は一日中やってやるぜ!」

 

 こうしてヴァルハラは、勝負の一日を迎える事となった。



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第1103話 三チーム、いざ攻略へ

 ログアウトした後、八幡は各チームからの報告を改めて纏めていた。

 

「キリトの予想した、ALOにいる神が交代する可能性………あるかもしれないな」

 

 八幡が最初に考えていたのはその事であった。

落ちる間際にキリトが雑談めかしてこんな事を言ってきたのである。

 

「なぁハチマン、このクエストってもしかして、俺達のクリアが遅れたら、

ALOを統べる神が交代する事になるんじゃないか?」

「ん?と言うと?」

「だってさ、ALOの神々は北欧神話がベースだろ?

そこにギリシャ神話の神々が喧嘩を売ってきたんだ、

もし俺達が負けたら、今度はギリシャ神話の神々が、

この世界のベースの神って事になるんじゃないか?」

「そこまでは考えてなかったな………」

 

 ハチマンのみならず、仲間達がその言葉の意味を熟考し始め、

そして出た結論は、有り得る、であった。

 

「確かにあるかもしれないわね」

「うん、あると思う」

「これは益々一番にクリアしないといけなくなったな」

「だな、燃えるぜ!」

「そうだな………おいキリト、とりあえず空中宮殿への突入一番乗りは頼むぞ」

「おう、絶対に条件を満たしてみせるさ」

 

 キリトが言うには、空中宮殿の近くの山の麓で、それらしき入り口は発見できたらしい。

その前にいたウルドから、確かに『氷宮の聖剣』のクエストも受けられたのだが、

いざ中に入ろうとすると、その入り口らしき門が開かないらしい。

その事をウルドに尋ねると、返ってきたのはこんな言葉だったらしい。

 

『おそらくどこかに門番がいるのでしょう』

 

 時間も遅い為、キリトはそこでこの日の探索を終え、戻ってきたと、まあそんな訳である。

なので明日は、その門番に当たるNPCを探す為、周辺を探索する事となっていた。

 

「門番ねぇ………神話に何か該当する神でもいたっけか………?」

 

 八幡はそう思い、何となく『ギリシャ神話』『門番』で検索をかけた。

その画面に映ったのは、最近何かと縁があった名前であった。

 

「ケルベロス………まさかケルベロスの討伐がトリガーなのか?」

 

 確かにケルベロスは地獄の門番と言われている。

 

「可能性は高そうだ、これは明日は戦闘になるか………」

 

 八幡はそう考え、やはり明日のキリトチームの編成は分厚くしようと考えた。

 

「ユージーン達がケルベロスを倒したらしいし、これであの駄犬も最終段階か………」

 

(逆に考えると、敵側のクエストだと、

フェンリルが門番に指定されてるのかもしれないな)

 

 八幡は同時にそんな事を考えつつ、続けてアスナからの報告について考え始めた。

 

「おつかいクエストに、まさかアインクラッドが絡んでくるとはな………」

 

 八幡は今回のクエストの舞台に、アインクラッドが使われる事は無いと考えていた。

実際ここまでアインクラッドはまったく絡んで来ず、

地名などの由来からして、アルヴヘイムとヨツンヘイムのみがクエストの舞台となると、

八幡は思い込んでしまっていた。だがどうやらそれは間違いだったらしい。

アスナ達のクエストの移動先に、アインクラッドが数回登場していたのだ。

 

「ここまで俺達は、スルーズやベル、ヘパイストスに関しては手がかりすら掴めていない。

もしかしてその情報は、アインクラッドにあるのか………?」

 

 だがあまりにも見つけにくいところに対応するNPCを配置するとは思えない。

街の中のそれなりに見つけ易いところに、NPCが配置されているのが普通だろう。

 

「明日俺達は、アインクラッドを中心に探索してみるか………」

 

 今回のイベントでは、例えば特殊クエらしいレーヴァテインのクエストの、

メイン受注者はハチマンだが、同じギルドのメンバーなら、

NPCの頭の上のクエストマークの有無は確認出来るようになっていた。

ただ話しかけた時に相手が反応しないだけだ。

 

「アスナ達はおつかいクエストを続けてもらうとして、

後は参加者リストを見ながら編成するだけか」

 

 八幡はう~んと伸びをしつつ、うんうん唸りながらその作業を終え、

今日はそのまま寝る事にした。

 

「リーダー、まだ起きてたの?」

 

 そんな八幡に話しかけてくる者がいた、美優である。

 

「おう、明日の編成をちょっとな」

「あっ、決まったんだ、私達はどこ?」

「明日はキリトチームに合流してくれ、もしかしたらやばい戦闘があるかもしれないからな」

「オーケー、任せて!」

 

 そう言いながら美優は、八幡の隣に腰を下ろした。

 

「眠くないのか?」

「う~ん、眠いは眠いんだけど、ほら、私達って明後日には北海道に帰らないとじゃない?

だからちょっとだけリーダーと話しておきたいなって」

「ああ、そういやそうだな、よし、雑談でもするか」

「うん!」

 

 それから二人は色々な話をした。そのほとんどが、まったく重要でない、

とりとめのない話ばかりであったが、美優にとってはとても楽しい時間であった。

 

「それじゃあリーダー、また明日ね!」

「おう、寝坊するなよ」

「それはこっちのセリフだし!」

 

 美優はそう言って笑いながら寝室へと入っていった。

 

「さて、俺も寝るか………」

 

 そのまま八幡も眠りにつき、そして次の日の朝、美優と舞と優里奈と朝食をとった後、

優里奈以外の三人は、まだ予定時刻にはまだ早いが、そのままALOにログインした。

 

「ん、早いなアスナ、おはよう」

「ハチマン君、おはよう!」

 

 ヴァルハラ・ガーデンでは、既にアスナがやる気満々でスタンバっていた。

どうやら楽しみで早く目が覚めてしまったらしい。

 

「子供かよ」

 

 ハチマンが冗談めかしてそう言いながら、アスナの隣に座る。

 

「アスナ、おはよう!」

「おはようございます」

「うん、おはよう、二人とも」

 

 フカ次郎とシャーリーに挨拶を返すと、アスナはハチマンに今日の編成について尋ねた。

 

「ハチマン君、今日はどうする?」

「ああ、アスナチームはクエストが継続中のはずだから、

昨日いたラン、ユイユイ、イロハ、コマチと五人でそのまま回ってくれ。

クエストに関係ないキズメルだけキリトの所に回ってもらう」

「オッケー、それじゃあ五人が集まったら行ってくるね」

「おう、頼むわ」

 

 続けてキリトがあくびをしながら登場した。

 

「おはよう、ハチマン」

「おう、それじゃあキリトは昨日のメンバーに加えて、

ロビンとユキノ以外の全員を連れてってくれ」

「え、マジか、そんなに回してもらっていいのか?」

 

 今日は日曜の為、クックロビンも参戦している。

他にも昨日はいなかったが、今日はフェイリス、レヴィ、クライン、ユミー、

クリシュナ、リオン、アサギ、ファーブニル、スプリンガー、ラキアも参戦していた。

ウズメとピュアは残念ながらレッスンがあって不参加だが、

キリトチームはセラフィム、シノン、キズメル、シリカ、リズベット、リーファ、レコン、

ホーリー、レン、フカ次郎、シャーリー、ヒルダ、サトライザー、

そしてラン以外のスリーピング・ナイツの全員と、先ほどのメンバーを加え、

総勢三十人の大軍勢となっていた。

 

「問題ない、こっちは多分戦闘は無いからな」

 

 ハチマンが事もなげにそう答える。

 

「異論があるとかじゃないんだけど、何で私がそっち?」

 

 そう尋ねてきたのはクックロビンである。

 

「お前は変態の勘で何とかしてくれそうだったから………」

「ええっ!?ふ、不意打ちすぎだよぉ………」

 

 ロビンはそう言ってビクンビクンし始めた。

その姿を横目で見ながら、ハチマンはユキノの肩を、ポンと叩いた。

 

「おいユキノ、ロビンの抑えは頼むぞ」

「………………だから私はこっちなのね」

 

 ユキノはそう言ってため息をつきつつ、苦笑した。

 

「まったく仕方のない人ね」

 

 そう言いつつも、ユキノはちょっと嬉しそうであった。

 

「ちょっと、何で私の女の勘には頼らないのよ」

 

 ここでシノンがそう絡んできた。

普段こういう時、編成には全く口を出さないシノンだが、

どうやら変態の勘とやらに対抗意識を持ったらしい。

シノンはクックロビンと仲が良く、私でも十分抑える事が出来るという意識ももちろんある。

 

「悪い、今日はキリトの方が戦闘になりそうだから、

俺が一番信頼しているシノンにはそっちにいてもらおうと思ってな」

 

 ハチマンは平然とそう答え、シノンは目を見開いた。

 

「い、一番………?ふふん、それじゃあ仕方ないわね」

 

 シノンは上機嫌な顔でそう言うと、大人しく引き下がった。

そんなシノンを見て、多くの者達が心の中でこう思っていた。

 

(チョロい………)

(チョロインだ………)

(シノノン、それはチョロすぎるよ………)

 

 ハチマンはそんなシノンに頷くと、仲間達に向けて言った。

 

「よし、それじゃあ連絡を密にして、各自出発してくれ」

「「了解!」」

 

 キリトとアスナがそう答え、仲間達と共に出発していく。

 

「それじゃあ俺達も行くか」

「ええ、行きましょう」

「スルーズとベル、それにヘパイストスに関する話を持ってそうなNPCを、

アインクラッドで探せばいいんだよね?」

「そういう事だ、多分頭の上にクエストのマークがついてるはずだ」

「オッケー!」

「アインクラッドの街を歩くのは久しぶりかもしれないわ」

 

 こうしてヴァルハラ連合軍は、勝負の一日を制するべく行動を開始した。



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第1104話 フカ次郎の勘働き

 ハチマンは、はじまりの街は広すぎる為に後回しにし、

最前線の街から順に調べていく事にした。

クックロビンとユキノと分担して各街を回ろうという目論見であったが、

クックロビンがそれを止めた。

 

「待って待って、それじゃあ私の勘が生かせないよ!」

「まあ確かにそうだな………どうすればいいと思う?」

「それなら三人一緒に順番に各街に飛んでみればいいのではないかしら。

無駄足になる可能性もあるけれど、もしロビンが何かに反応したら面白いじゃない」

「それがいい!」

 

 ロジカルなユキノにしては珍しい発言である。

だがユキノも長いALO生活の中で、例え理屈に合わない選択をしても、

それが正解に繋がる事もあると実感させられており、今回のイベントに関しては、

勘頼みというのも面白いんじゃないか、などと思っていたのである。

 

「よし、二人がそう言うならそうしてみるか」

「決まりだね!それじゃあ行こっか!」

 

 三人はそのまま転移門に移動し、その中に消えていった。

 

 

 

 一方キリト達は、人数の多さを生かして十人ずつの三チームに分かれ、

門の周辺地域を、二時間と時間を区切ってしらみつぶしに探索していた。

そして二時間後に再集結したものの、めぼしい情報が得られたチームは一つも無かった。

 

「何もないみたいだね」

「だなぁ、これは外れだな」

「よし、方針変更だ、ケルベロスを探して倒す事にしよう」

 

 キリトは即座にそう決断した。

確信などもちろん無いが、キリトの勘が、これが正解だろうと囁いていた。

 

「みんな、片っ端から知り合いに、ケルベロスを見なかったか聞いてみてくれ」

 

 このところ、あちこちに姿を見せていたせいか、

ケルベロスの目撃情報はかなり多く集まった。

それをクリシュナに頼み、時系列順に並べていった結果、

ケルベロスの行動範囲が一定の円の中に収まっている事が分かった。

その中心は、予想に違わず今一同がいるこの場所であった。

 

「やっぱり中心はここの門ね、キリト君、どうする?」

「このデータから、大体今どの辺りにいるか、予想出来るか?」

「やってみるわ」

 

 クリシュナはリオンを呼び、二人は行動順に何か法則が無いか検討を始めたが、

それ以外の要素に関するデータが少なすぎるせいか、残念ながら特定は出来なかった。

 

「ごめんなさい、さすがに条件が厳しいわ」

「そもそもが俺の無茶ぶりなんだ、謝らないでくれ。

まあまだ策はある。ユキノ………はいないのか、ユイユイ………あ、そうか、アスナの所か」

「キリト、どうしてその二人なの?」

 

 リズベットが首を傾げながらそう尋ねてきた。

 

「いや、ユキノは犬がまだ苦手だろ?

だからユキノが行きたがらない所にケルベロスがいるんじゃないかなって………」

「ま、まさかユイユイはその逆!?」

「ああ、ユイユイが行きたいって思う所にケルベロスがいるんじゃないかなって」

「あ、あんたねぇ………」

 

 リズベットは呆れ、シリカはクスクスと笑った。

そこに横から話に参加してきたのはフカ次郎である。

 

「そういう事なら私に任せて!」

「お、フカ、いけるのか?」

「ふふん、私の名前は今は亡き我が愛犬からとったんだ、犬に関してはエキスパートだよ!」

 

 フカ次郎は自信満々にそう言うと、地図を放り出し、自らの目で周囲を見回した。

 

「………うん、こっちな気がする」

「よし、みんな、出発だ!途中でトンキーも拾っていこう」

 

 何の根拠も無いのにキリトはフカ次郎の言葉を信じ、

一同もそれに同調して移動を開始した。

途中で少し回り道をし、トンキーと合流しつつ、

フカ次郎は一同を案内するかのようにずんずん進んでいった。

 

「なぁレン、フカは大丈夫だと思うか?」

 

 道中でたまたま隣に来たレンに、キリトがそう問いかける。

 

「う~ん、どうだろ」

 

 レンは困ったような顔でそう答えた。

 

「フカは調子に乗るとたまに凄いけど、駄目な時は本当に駄目なんだよね」

「今はどうなんだ?」

「調子に乗ってる」

 

 レンは笑いながらそう答えた。

 

「ならいけるか」

「かもね」

 

 その時フカ次郎が足を止めた。

 

「むむむ」

「フカ、どうした?」

「なんかわんこが自分からこっちに向かってきてる気がする」

「マジか、よし、待ち伏せるか」

「確かもう少し進むと広場があるはずよ」

「よし、そこで待ち伏せよう」

 

 一同は手際良く戦闘準備を始め、広場の外周にある岩陰に身を潜めた。

 

「来たぞ、よし、攻撃………」

 

 果たして奥の通路から、一匹の獣が姿を現した。その獣の首の数は………一つだった。

 

「あっ、やべっ、待った待った!」

 

 キリトは直ぐに反応し、その獣~フェンリルの前に飛び出した。

そのせいで仲間達が今にも攻撃しようとしていたその手を止める。

 

『むっ、お主は確か………』

「悪い、間違えてそっちに攻撃する所だったわ」

『なるほど、あの駄犬と間違えたか』

 

 フェンリルはそう言って笑うと、キリトの下にとことこと歩いてきた。

 

「うぅ………ごめんなさい」

 

 犬違いだった事で、フカ次郎は申し訳なさそうにフェンリルにそう謝ってきた。

 

「なるほど、そなたが間違えたのか、まあ気にするな。

今の駄犬と我は同格だからな、間違えるのも仕方がない事だ」

「そうそう、何かがいるってのは当てたんだ、引き続き気になる方向を探してくれ」

「う、うん………」

 

 フカ次郎は改めてあちこちをきょろきょろと見始め、とある方向で目を止めた。

同時にフェンリルがその方向に対し、警戒態勢をとる。

 

「むむっ、ねぇフカ三郎、どう思う?」

 

 フェンリルはキョトンとした後、フカ次郎にこう尋ねてきた。

 

『………もしかしてそのフカ三郎というのは我の事か?』

「こら、フカ!」

「あっ、しまった、こっそりそう呼んでたのがバレちゃった!」

 

 フカ次郎は、てへっという顔でそう言った。

 

『………まあ別に構わん、お主にとってはとても大切な名前のようだしな』

 

 フェンリルにそう言われた瞬間に、かつての愛犬の事を思い出したのか、

フカ次郎の表情がくしゃっと歪んだ。

すぐにレンがフォローに入り、フカ次郎の頭を抱え、撫で始める。

 

「よしよし」

「こらレン、こ、子供扱いすんな!」

 

 その声は、だがしかし涙声になっており、そんなフカ次郎にフェンリルも寄り添った。

 

「………ありがとう、優しいんだね」

『まあこれくらいはな』

「ふう、もう大丈夫」

 

 フカ次郎はレンとフェンリルの優しさに触れて立ち直ったのか、

キッとした顔をして顔を上げた。

その顔を見たフェンリルは、改めてフカ次郎に問いかけてきた。

 

『シルフの少女よ、それでは先ほどの続きといこう』

「うん!」

『我はあの駄犬だけではなく、もっと禍々しいものがここに近付いてきていると思うのだが』

「うん、私もそんな気がする」

「どういう事だ?」

「おそらくケルベロスと一緒に強い敵がこっちに向かってる」

「ほう?」

『もしかしたら、我を追いかけてきたのかもしれんな、生意気な』

「そうか、それじゃあ一戦交える事になるな。

みんな、本気の戦闘になりそうだ、宜しく頼む!」

 

 キリトはそう言って仲間達の方を向いた。仲間達はその呼びかけに武器を掲げて応える。

 

「フェンリルも一緒に戦ってくれるか?」

『ああ、もちろんだ、あの駄犬を今度こそ滅ぼしてくれるわ』

 

 フェンリルはやる気満々でそう答え、その瞬間にフェンリルがパーティに入った。

 

「それじゃあ待ち伏せを続けるか」

『ならば我は小さくなっておこう』

 

 そう言った瞬間に、フェンリルが子犬くらいのサイズになり、

そのままフカ次郎の胸元に飛び込んだ。

 

「おお~!」

「そんな事も出来るんだ!」

『ああ、我はあの駄犬とは違うからな』

「かわいい~!」

「しかももふもふ!」

 

 女性陣がフェンリルに殺到し、

フェンリルは撫でられまくったが、特に不愉快な様子はない。

それからしばらくして女性陣が落ち着いた頃、フェンリルはフカ次郎の胸の中に戻り、

一同は身を潜めて敵の到着を待った。

 

『………来るぞ』

 

 そして奥の入り口からケルベロスが姿を現した。その尻尾は九つに分かれており、

その立ち姿からは風格すら感じられる。そしてその後ろから、巨大な影が姿を現した。

その顔はかなり長く、豊かな髭に覆われている。

 

『むっ、あれはキュプロクスか』

「お、敵の首魁の一人か?」

『ああ………どうだ、いけるか?』

「俺達は何が相手でも負ける気はない」

『問うまでもなかったな、いい気迫だ』

 

 こうしてキリトチームはフェンリルと共に、強敵相手の戦闘に突入する事となった。



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第1105話 最初のボス戦

すみません、金曜に疲れてかなり早い時間に寝落ちてしまい、起きたら朝でしたorz
とりあえず明日もお休みさせて頂き、火曜日から通常状態に戻る予定です、宜しくお願いします!


 キリト達は広場を囲むように身を潜め、そこにケルベロスとキュクロプスがやってきた。

そのまま気付かずに進んでくれれば良かったのだが、

キュクロプスはケルベロスに声をかけ、広場に入って直ぐの場所で足を止めた。

 

『………むっ、待てケルベロス』

『キュクロプス様、どうかしましたか?』

『鉄の気配がする』

『………まさか伏兵ですか?』

『おそらくな』

 

 ケルベロスは慌ててきょろきょろと辺りを見回した。

匂いなどを嗅ごうというそぶりは見せない為、

おそらく嗅覚ではなく視覚で敵を判断する仕様になっているのだろう。

その様子を密かに見ていたフェンリルは軽く舌打ちした。

 

『チッ、どうやら気付かれたか』

「どうする?」

『我がケルベロスを抑える、その間にあのでかぶつを倒してくれ』

「オーケー、一応そっちにも人をつけるか?」

『いらぬ、と言いたいところだが、今の我とあ奴の力は互角だ。

正直猫の手でも借りられると助かる』

「分かった、猫の手な」

 

 フェンリルは自らのプライドよりも、確実な勝利を優先したようだ。

それに応え、キリトはフェンリルの要望通りの人材をそちらに振り分けた。

 

「それじゃあシノン、フェイリス、頼むわ」

「それは別に構わないけど、どうして私なの?」

「そんなの決まってるニャ、猫だからニャ!」

「あっ」

 

 どうやらキリトはケットシーの中から遠隔攻撃の使い手を選択したらしい。

そう思ったシノンは、私を猫扱いするなとばかりにキリトの足を踏みつけた。

 

「ふんっ!」

「痛っ!ほんの軽いジョークだけど、でも適材適所だろ?」

「分かってるわよ!」

 

 シノンはギロリとキリトを睨みつけた後、直ぐに気持ちを切り替えた。

 

「まあいいわ、それじゃあやりましょうか」

「やってやるのニャ!」

「アサギさんは後衛のガードに入ってくれ、セラフィム、ホーリー、頼む」

「分かりました」

「任せて!」

「善処しよう」

 

 それから素早く作戦が立てられ、クリシュナによってフェンリルに補助魔法がかけられた。

 

『ありがとう、では始めるとしようか』

「おう、あいつらは必ずここで倒そう」

『ああ、必ず』

 

 キリトとフェンリルは、拳とその鼻面をコツンと合わせ、

そしてフェンリルは敵の前に姿を現し、単独で一歩を踏み出した。

その体はまだ小さいままであったが、歩く度に大きさが元に戻っていく。

 

『やはりいたか、フェンリルめ』

『ここで決着をつけるぞ、ケルベロス!』

 

 フェンリルの体から稲妻が走り、その毛が頭の方から順に逆立っていく。

 

『させるか!』

 

 同時にケルベロスの体が灼熱し、キュクロプスも参戦しようと武器を振り上げる。

 

『フェンリルの(いかづち)は私が防いでやろう』

『はっ、申し訳ありませぬ!』

 

 キュクロプスは避雷針にするつもりだろうか、取り出した二本の剣を地面に突き刺した。

その瞬間にフェンリルの稲妻が轟音を上げ、ケルベロスに襲いかかる。

だが地面に突き刺さる剣のせいで、その稲妻は逸らされてしまう。

そして避雷針の役目を果たした二本の剣は、バリバリッという音と共に激しく発光し、

そこを中心に凄まじい砂埃が舞い上がった。

 

『ぬっ』

『ケルベロスよ、警戒せよ!』

『分かっておりま………ぐわああああああ!』

『どうした!?………ぐはっ!』

 

 ケルベロスとキュクロプスは同時に衝撃を受け、悲鳴を上げた。

そのまま直ぐに土煙が晴れていき、お互いの状況が判明した。

 

『貴様………』

『フン、まさかこれで終わりか?』

 

 土煙が完全に晴れると、ケルベロスの体はフェンリルに踏みつけられていた。

そしてキュクロプスの前には、いつの間にか盾を持った二人のプレイヤーがいた。

おそらく先ほどの衝撃は、その二人の持つ盾による攻撃なのだろう。

 

『何者だ!』

「我が名はセラフィム、その命、貰い受ける!」

「私はホーリー、すまないが、君の命もここまでだ」

『妖精ごときが調子に乗るな!』

 

 キュクロプスはどこからともなく新たな二本の剣を取り出し、二人に向けて振り下ろした。

単眼の巨人であるキュクロプスは、世界各地の伝承がそうであるように、

鍛治師としての側面も持ち合わせている。

故に剣を取り出したのは、おそらくそれ絡みの権能なのだろう。

セラフィムとホーリーは防御体勢をとったが、その瞬間にキュクロプスは、

頭にガツン!という衝撃を受け、その場にバッタリと倒れる事となった。

 

『なっ………何だ!?』

「ちょっと油断しすぎじゃないか?」

 

 そこに立っていたのはキリトであった。

キリトはキュクロプスの不意を突き、()()()()攻撃したのである。

 

『なっ………ここではお前らは飛べないはず!貴様、どうやって!』

「さあ、どうやったんだろうな」

 

 そう言いながらキリトは剣を掲げ、軽く回した。

その瞬間にフェンリルがケルベロスを離し、後方に飛ぶ。

そしてケルベロスとキュクロプスの真ん中に、二人を巻き込むような竜巻が現れた。

 

『これは………』

『範囲攻撃魔法です、一旦離れましょう!』

『分かった』

 

 ケルベロスは大きく脇に飛び退り、

キュクロプスもその巨体に似合わぬ機敏さで立ち上がると、逆方向へと逃れた。

その行動を確認したかのように、竜巻がいきなり消える。

 

『ケルベロス!』

『キュクロプス様、今そちらに!』

 

 それを見たケルベロスは、キュクロプスと再合流しようと走り出したが、

その目の前に、いきなり一本の矢が突き刺さった。

 

『ぐっ………』

 

 そのまま次の矢、また次の矢が飛来し、その矢がどんどん自分に近くなってきた為、

ケルベロスは踵を返し、キュクロプスから遠ざかるように移動せざるを得なくなった。

 

『くそっ、くそっ!』

『我の事も忘れるなよ!』

『フェンリル………』

 

 その後をフェンリルが追いかけていき、その意に反してケルベロスは後退を続けた。

こうしてヴァルハラの作戦によって、

ケルベロスとキュクロプスは完全に分断させられたのだった。

 

 

 

『貴様ら、やってくれたな』

 

 遠ざかるケルベロスの背中を眺めながら、

ヴァルハラにまんまとしてやられたキュクロプスは激高していた。

 

「これでもう助けは来ないぜ」

『この程度で我らに勝てると思うたか!』

「勝てるんじゃないか?」

『ふん、無理に………』

 

 そう言いかけたキュクロプスは、再び頭上から凄まじい衝撃を受け、どっと地面に倒れた。

 

『なっ………』

「上から来るのがキリトだけかと思ったか?」

「油断しすぎじゃないかな?」

「むふ」

 

 その攻撃を行ったのは、クライン、ユウキ、そしてラキアであった。

 

『一体どうやって………』

「分からないのか?」

 

 キリトはそう言って上を指差し、そちらを見たキュクロプスは、

頭上に何か岩のような物が浮かんでいる事に気がついた。

その岩は徐々に色を変え、トンキーの姿になった。

キリト、クライン、ユウキ、ラキアの四人が、

土煙によって視界が悪くなったタイミングでトンキーの上に乗って上空に行き、

そこでトンキーが岩に擬態し、隠れていたのだ。

 

『くだらぬ小細工を!だがこの程度で私を倒せると………ぐおおおお!』

 

 今度は背中に衝撃を受け、キュクロプスは前のめりに倒れた。

その背後に立っていたのはリーファ、フカ次郎、レコンであった。

 

「甘い甘い」

「これで奇襲が終わりだと思ったか!なんてね!」

 

 このシルフ三人衆は、レコンの効果範囲を拡大した姿隠しの魔法によって、

キュクロプスの背後に回り込んでいたのだった。

 

「よし、総員かかれ!」

「「「「「「「「おう!」」」」」」」」

 

 そしてまだ隠れていた残りのメンバー達も姿を現し、

サトライザーやレヴィがキュクロプスに魔法銃の攻撃を叩き込んでいく。

セラフィムとホーリーはキュクロプスを挟み込むように布陣しており、

横合いから仲間達が、交互に直接攻撃を加えていく。

 

『ふざけるな!』

 

 キュクロプスは怒りに燃え、その目が妖しく光を放った。

 

「一旦退避だ!」

 

 それを見たホーリーが即座に仲間を避難させ、

同時にキュクロプスの顔面に盾を叩きつける。

 

「させないよ」

『ぐわっ!』

 

 それでキュクロプスの特殊攻撃は止まり、再び仲間達が殺到してきた。

 

『な、何故だ!』

「畳みかけろ!」

『妖精ごときに!』

「その妖精相手に何も出来ず、お前はここで倒されるんだよ」

『こ、こんな、こんなはずでは………』

「マザーズ・ロザリオ!」

『よ、妖精め、妖精め!ぐおおおおおおお!』

 

 そのユウキの大技で、遂にキュクロプスは力尽きた。

おそらく敵の巨人の中では最弱だっただろうとはいえ、

終始戦いの主導権を握り続けたヴァルハラの、これは完全勝利であった。



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第1106話 ケルベロスの最期、そして…

 一方ケルベロスは、フェンリルと壮絶な戦いを繰り広げていた。

遠くから見ると、紫と赤の光が交差しているようにしか見えないだろう。

あれだけフェンリルに駄犬扱いされていたケルベロスも、

自身の能力が最終段階に至り、フェンリルと正面きって戦えるまでに成長したようだ。

 

『我が(いかづち)をくらえ!』

『ふん、そんなもの、我が炎に敵うものか!』

 

 ケルベロスはその三つの口から炎を吐き、その炎が柱となってフェンリルに襲いかかる。

フェンリルはフェンリルで、自身に雷を纏わせ、

炎の柱に体当たりをする事でそれを打ち消すという荒業を繰り出していた。

 

『くっ、パワーは貴様の方があるようだな、だが貴様には空中戦は出来まい!』

 

 そう言ってケルベロスは天高く舞い上がった。

少なくとも飛行能力に関しては、フェンリルよりもケルベロスの方が明らかに上である。

まあフェンリルの雷攻撃は上空にも有効なのだが、

好きに動かれると厄介な事は間違いない。

 

『ここから攻撃すれば、貴様など赤子の手を捻るようなものだ!』

 

 そう叫び、ケルベロスが再び炎を吐こうとした瞬間に、

後方から矢と光る輪が飛来し、ケルベロスは慌ててそれを避けた。

 

『何だ!?』

「ふん、この私を見下ろしてるんじゃないわよ」

「この気円ニャンからは逃れられないニャ!」

『くっ、妖精共め、邪魔をするな!』

 

 それは戦闘に介入し易くなった為、攻撃を開始したシノンとフェイリスであった。

ケルベロスは二人からの遠隔攻撃を避け続けていたが、

シノンは二本、三本と、同時に放つ矢の本数を増やしていき、

フェイリスも気円ニャンを二枚に増やし、それを器用に操る事で、

ケルベロスの行動可能範囲はどんどん狭くなっていった。

 

『くらえ!』

 

 そこにフェンリルまでもが雷を飛ばす事によって、

ケルベロスはもう下以外に避ける方向が無くなった。

 

『くそっ!』

 

 ケルベロスは仕方なく地上に降り、二匹の勝負は再び地上戦へと移行した。

それに伴いシノンとフェイリスからの攻撃も止まる。

 

『貴様、妖精なんかとつるみおって、プライドは無いのか!』

『これは異な事を、お前とて、味方の妖精達とつるんでおったはずだが?』

『あいつらを利用しているだけだ!貴様のように心を許したりはしてないわ!』

『………全く救いようがないな』

 

 フェンリルはため息をつき、ケルベロスに牙を剥いた。

 

『ぬかせ!三度の死を乗り越えた我が力を思い知れ!』

 

 ケルベロスは唸りを上げ、その九本の尻尾がぶわっと逆立つ。

その時遠くから悲鳴のようなものが聞こえてきた。

 

『な、何故だ!』

 

 ケルベロスはその声にハッとした。

 

『キュクロプス様!?』

 

 だがもちろん返事はなく、遠くからキュクロプスの悲鳴が連続して聞こえてくる。

 

『妖精ごときに!』

 

『い、今行きます!』

 

 ケルベロスはそちらに駆け出そうとしたが、シノンとフェイリスがそれを許さない。

 

「行かせる訳がないでしょう?」

『小娘、邪魔をするな!』

「別に力ずくで通ってもいいのニャよ?出来るならニャ?」

 

 フェイリスもそんなケルベロスを煽りに煽る。

 

『ええい、どけっ!』

『我の事も忘れてもらっては困る』

『くっ、フェンリルめ………』

 

 ケルベロスはその場から動く事が出来ず、

遂に遠くから、キュクロプスの断末魔の声が聞こえてきた。

 

『こ、こんな、こんなはずでは………』

「マザーズ・ロザリオ!」

『よ、妖精め、妖精め!ぐおおおおおおお!』

 

『キュクロプス様あああああああ!』

 

 ケルベロスが絶叫する中、遠くで何かが弾け、辺り一帯に光の粒子が降り注いだ。

 

『キュクロプス様………』

 

 ケルベロスは呆然とし、直後に怒りに震えるケルベロスの尻尾が再び逆立った。

 

『貴様ら、絶対に許さん!』

『許してもらう必要があるのか?死に行くお前に』

 

 フェンリルも毛を逆立て、歯を剥き出して好戦的な態度をとる。

 

『『死ね!』』

 

 お互いシンプルな言葉を交わし、フェンリルとケルベロスが激突する。

その速度は凄まじく、さすがのシノンとフェイリスも全く介入する事が出来ない。

 

「どうする?」

「これは見てるしかないかニャ?」

「どっちが有利なんだろ?」

「これじゃあよく分からないのニャ………」

 

 二人はキリトにフェンリルの事を頼まれた為、この山場ではどうしても加勢したかったが、

二人に介入出来るレベルの戦闘ではなかった為、戦闘の様子を油断なく見張り、

何かあった時にすぐ動けるように備えておく事しか出来なかった。

時々血のようなものも飛び散るが、二人にはどちらが負った怪我なのか、

早すぎて判断する事が出来ない。

二人は高速戦闘は別に苦手ではないが、さすがにこれは無理であった。

 

「よっ、お待たせ」

「キリト」

「キリニャン!」

 

 そこにやってきたのは、ひと戦闘終えて満足そうなキリトであった。

二人の、特にフェイリスの呼び方に、キリトは少し嫌そうな表情をした。

 

「キリニャンな………」

「それよりキリト、これ、どうすればいいの?」

 

 シノンが珍しく焦った表情でそう言ってくる。

あるいはここにハチマンがいたら、シノンはハチマンにいい所を見せようと、

この戦闘にも対応してしまったかもしれないが、残念ながらここにハチマンはいない。

シノンがその殻を破るのは、まだ先になるようだ。

 

「そうだな、まあやってみるさ。お~いユウキ!」

「あいよぉ!」

 

 キリトはユウキを呼び、

二人は言葉を交わす事なくフェンリルとケルベロスが戦う脇に立った。

そして剣を構えた二人は、スゥ、と息を吸い、ピタッと止めた。

 

「「うおおおおおおおお!」」

 

 そして二人は裂帛の気合いと共に、その手に持つ剣を、戦闘の真っ只中に突き込んだ。

 

『ぐはっ!』

 

 悲鳴と共に戦闘が止まり、戦闘の土埃が収まると、

そこには血だらけになりながら肩で息を吸うフェンリルと、

二人の剣に見事に心臓の位置を貫かれたケルベロスの姿があった。

 

「やったニャ!」

「さっすが!」

「おお~!」

「よっ、千両役者!」

 

 仲間達はそれを見て大喜びであった。

そしてケルベロスは、心臓からドクドクと血を流しながら弱々しい声で言った。

 

『よ、妖精王どもめ………』

『だから決着を付けると言っただろうが』

『くっ、断じて貴様に負けたのではないからな!』

 

 そんなケルベロスにキリトとユウキが声をかける。

 

「今まで楽しかったぜ、さよならだ、ケルベロス」

「バイバ~イ!」

 

 最後にユウキが軽い調子でケルベロスに手を振る。

ケルベロスはそんなユウキの態度に毒気を抜かれたのか、

それ以上何も言う事はなく、黙ってその場に身を横たえた。

そしてケルベロスは光の粒子となり、その場に一本の杖がゴトッと落ちた。

 

「これは………?」

「カドゥケウス、炎系の魔法の威力が上がるみたい」

「そうか、ならこれはユミーに」

「えっ、あ~し?」

「ああ、他にいないだろ」

「あ、ありがと」

 

 ケルベロスのドロップアイテムである炎杖カドゥケウスは、こうしてユミーの手に渡った。

フェンリルはライバルがいなくなったせいか、

少し寂しそうな目でケルベロスの終わりを黙って眺めていたが、

やがて顔を上げ、キリトに頭を下げた。

 

『世話になったな、妖精達よ』

「なぁに、友達だろ?気にするなって」

 

 そのフェンリルの言葉にキリトが鷹揚にそう答える。

 

『友達………友達か』

 

 フェンリルは楽しそうにそう呟くと、ケルベロスと同じように、その場に身を横たえた。

 

『最後にハチマンにも会いたかったな』

「いきなりどうした?」

『我の役目は終わった、お主達と知り合えて本当に楽しかったぞ』

「フェンリル?」

『さらばだ、我が残った後に残ったアイテムはハチマンに渡してくれ』

「えっ?お、おい!」

『ハチマンにも宜しく伝えてくれ』

 

 フェンリルはそう答えたのみで、そのまま光の粒子になって消えた。

 

「何でだよ………」

「多分そういう仕様になってたんでしょうね」

「もっと一緒に戦いたかったのになぁ………」

「残念だね………」

「フカ三郎!」

 

 そしてキリトはその場に残された輪のような物を拾い上げた。

 

「フェンリルの王冠………」

 

 それは素早さと移動速度が上がる、狼の意匠が施された鉢金のような物であった。

 

「必ずハチマンに届けるよ」

 

 キリトは寂しそうにそう呟いた。

 

「そういえばキュクロプスは何か落としたのかニャ?」

「ああ、キュクロプス・ハンマーっていう片手槌だな、

これはどうも職人関係の効果もありそうだったから、とりあえずリズに渡しておいた」

「わお、それはいいわね」

 

 一同はそのままフェンリルが横たわっていた場所に別れを告げ、

順番にこの場から離脱していった。

 

 

 ケルベロスが倒れた位置に、その尻尾が一本残されていた事には、誰も気付かぬまま。



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第1107話 再びルグルー回廊へ

 ケルベロスとキュクロプスを倒し、フェンリルを失ったキリト達は、

そのままウルドがいた、空中宮殿へと繋がる門へと向かっていた。

 

「さて、これで門に入れるのかどうか………」

「多分大丈夫だよきっと」

「そうだといいんだけどな」

「うぅ、フカ三郎………」

「フカ、よしよし」

 

 落ち込むフカ次郎をレンやシノンが慰める。

そして門に着いたキリト達は門扉に手をかけたが、門はまったく開く気配が無かった。

一同はまだ門が閉ざされている事を知り、落胆した。

 

「………まだ開かないのか」

「他にも条件があるのかな?」

「………まあ明らかにこれがラストダンジョンっぽいしなぁ」

「とりあえず一旦街に戻ってハチマンと話してみましょう」

「そうするか」

 

 一同はそのまま、この辺りで休憩する必要もある為、一旦街へと戻る事にした。

 

 

 

 時間は戻ってハチマン達は、第二十七層の主街区、ロンバールの片隅で、

とある建物の前に立ち、呆然としていた。

 

「………凄えな変態の勘」

「自分でもビックリだよ」

「でもこれはさすがに予想外ね………」

 

 第二十七層に着いた瞬間に、クックロビンはくんくんと何か匂いを嗅ぐような仕草をし、

いきなり『あっちが怪しい気がする!』と叫んだ。

その導きに従って歩いてくると、この建物があったのだ。

そしてその建物には、『ヘパイストス鍛治店』と書いてある。

レコンがかつて作ってくれた地図を見ながらクックロビンの示した方向に歩いていた三人は、

地図に表示されていない建物がある事に気付き、その前で足を止めたのだが、

その店の名がそれだったと、まあそんな訳であった。

 

「………よし、早速入ってみよう」

「そうね」

「何が出るかなっ!」

 

 ドアノブに手をかけると、いきなりドアノブが光り、ガチャリという音がした。

 

「お、問題なく入れるみたいだな」

「やったね!」

 

 そしてドアを開けると、そこには偏屈そうな顔をした老人がいた。

 

『ふむ、よく来たな、お前達が初めての客じゃ、で、何を望む?』

「あっ、初めまして、俺はギルド、ヴァルハラ・リゾートのリーダーのハチマンと言います」

「同じく副長のユキノです、神ヘパイストスよ、お目にかかれて光栄です」

「一般隊員のクックロビンで~っす、宜しくね!」

『礼儀正しいの、ヴァルハラ・リゾートのハチマンか、覚えておこう』

 

 ヘパイストスは鷹揚に頷くと、ハチマン達に椅子を勧めた。

 

「ありがとうございます」

『では改めて聞こう、何が望みだ?』

「はい、実はお尋ねしたい事が………」

『何だ?』

「スルーズ、もしくはベルという巨人の居場所をご存知ではないですか?」

 

 その瞬間に、ヘパイストスの頭の上にクエストマークが現れ、

ハチマン達は遂に手がかりが掴めたと喜んだ。

 

『あ奴らか、それなら知っておるぞ』

「おお、教えて頂けますか?」

『ああ、もちろんだ。奴らはルグルー回廊の奥におる。八人で挑むがよい』

 

 目的地がヨツンヘイムではなくアルヴヘイムだった事に一同は驚いた。

 

「まさかのルグルー回廊?」

「それは盲点だったわね………」

「しかも八人縛りか」

 

 ううむと唸る一同に、ヘパイストスがこう尋ねてきた。

 

『ハチマンよ、お主らは奴らに戦いを挑むつもりか?』

「はい、そのつもりです」

『そうか、励めよ』

 

 ヘパイストスはそう言ってただ頷くのみであった。

レイヤから聞いていた通り、やはりヘパイストスは、敵ではないようだ。

 

「それともう一つ宜しいでしょうか」

『ああ、聞こう』

「レーヴァテイン」

 

 ハチマンがそう言った時、ヘパイストスの眉がピクリと動いた。

 

「………を、短剣に打ちなおしてもらう事は可能なのでしょうか」

『うむ、もちろんだ。一から作れといわれるのは無理だが、それくらいなら容易い、

というかむしろこちらから頼みたい、是非儂にやらせてくれ。

あれは我らの系統の武器ではないから興味があるのだ』

 

 その言葉から、ギリシャ神話の神であるヘパイストスが、

北欧神話の剣であるレーヴァテインに興味深々な様子が分かる。

 

「はい、願ってもないです」

『契約成立だな』

 

 二人はそう言って固く握手をした。

 

「あの、神ヘパイストス、私からも一ついいでしょうか」

『うむ、何だ?』

「最近ヨツンヘイムに出来た、空中宮殿の事をご存知ですか?」

『ああ、もちろんだ。作ったのは大地母神ガイア、あの方にはほとほと困らさせられる』

 

 ヘパイスイトスは嫌そうな顔でそう答えた。ガイアとは折り合いが悪いのかもしれない。

 

「そこに私達が入るには、どうすればいいのでしょうか」

『そうだな、第一にケルベロスの遺産を掲げる事、第二にフェンリルの遺産を装備する事、

第三に我が妻を奪った男、アレスの遺産を示す事だ』

「アレス………ですか?」

 

 ハチマンは、フェンリルの()()という言葉も気になったが、

初めて聞くその神の事を優先して聞く事にした。

 

『ああ、アレスはこの真下、アルンにおる』

「そうなんですか!?」

『ああ、アレスはここの神をひと柱倒したらしく、今はアルンにおるのだ。

その際にティルフィングという武器も手に入れたらしいのう』

 

 ハチマンはその言葉に反応しそうになり、ぐっと堪えた。

神の話を途中で遮るのは不敬だと思ったからだ。

 

(アスナ達のクエストも、ここに繋がってるって事なんだな………)

 

 ハチマンはそう思うに留め、ヘパイストスの次の言葉を待った。

 

「そのアレスの持つメダルを門にはめれば全ての鍵が揃う。

その奥にいる者を討てば、エクスキャリバーが得られよう」

 

(よし!)

 

 ハチマン達三人は、遂に重要な手がかりが得られたと喜んだ。

折りしもその時、部屋の扉が開き、外からアスナが中に入ってきた。

 

「よぉアスナ、それにみんな」

「あ、あれ?ハチマン君?」

「ヒッキー?」

「先輩、どうしてここに?」

「お兄ちゃん?」

「あらやだ、私を待っていたのね、えらいわハチマン」

 

 ハチマンは最後にそう言ったランの前に立ち、そのこめかみをぐりぐりとした。

 

「痛………くないけどやっぱり気持ち悪い!」

「お前はどうしていつもそうなんだっての」

「仕方ないじゃない、生まれ持った性格は簡単には変えられないのよ!」

「はぁ………」

 

 そしてハチマンは振り返り、ヘパイストスに頭を下げた。

 

「ヘパイストス様、お騒がせして申し訳ありません」

『構わぬ妖精達よ、で、ハチマン、それはお主の仲間達か?』

「はい、頼りになる仲間です」

『そうか』

 

 ヘパイストスは頷き、続けてアスナに向けて言った。

 

『で、そなた、そなたの求める答えは既にハチマンに授けてある、後で話を聞くといい』

「分かりました、ありがとうございます!」

 

 その瞬間にアスナ達は、

ヘパイストスの頭の上に見えていたクエストマークが消えたのを確認した。

 

「よし!」

 

 アスナは軽くガッツポーズをし、ハチマンとアイコンタクトを交わした。

それを受けてハチマンは、ヘパイストスに頭を下げた。

 

「それではヘパイストス様、また来ます」

『いつでも来るがよいぞ』

「ありがとうございます!」

 

 そしてハチマン達は外に出た後、情報交換をした。

 

 

 

「………なるほど、ルグルー回廊、それにアレスかぁ」

「とりあえずアルンのどこにアレスがいるのか確認しないとだな」

「そうだね、ハチマン君達の方に行く八人も選抜しないとだし」

「それならここにいる八人でいいんじゃないの?」

 

 クックロビンが軽い調子でそう言った。

 

「あ………確かに」

「キリト君達もまだまだ戻ってこないでしょうし、いいかもしれないわね」

「それじゃあ先にそっちに行くか、アルンの捜索は後回しでも別にいいしな」

「だね」

 

 そして八人は、ルグルー回廊に向けて飛び立つ事にした。

幸いタンクがユイユイ、ヒーラーがユキノとアスナ、

物理アタッカーがハチマン、ラン、コマチ、クックロビン、魔法アタッカーがイロハという、

バランスのとれたパーティでの出撃である。

 

「ルグルー回廊に行くのは久しぶりだな」

「確かあそこで初めてキリト君がグリームアイズに変身したんだっけ?」

「おう、あいつ、敵を頭からバリバリ食ってたんだよな………」

「うえぇ、グロ………」

「俺とユキノ、ユイユイ、コマチはあの場にいたけどよ、確かにちょっと引いたわ」

「だね………」

 

 そんな雰囲気の中、クックロビンだけが明るい声でこう言った。

 

「さっすがキリト君、最高だね!」

「お前の感性は俺には分からん………」

 

 そんな会話を繰り広げながら、ハチマンはルグルー回廊へと突入した。



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第1108話 ゲルミル親子

 ルグルー回廊は多少枝分かれはしているが、基本は一本道のようなものであり、

全長距離もそれほどではない為、その探索にそれほど苦労する事はなかった。

 

「………というか、ここか」

「ハチマン君、ここがどうしたの?」

「あ、いや、前にキリトが暴れたのがここなんだよ」

「あ~そっか、ここでなんだ」

 

 アスナは苦笑しながら辺りを見回した。

そこは橋になっており、その脇に城のような建物がある。

その城の入り口に、八人で突入する為の入り口が口を開けていた。

 

「ここだな、間違いない」

「結構簡単に見つかったね!」

「一体は私とハチマン君が抑えるから、残りを早めにみんなで倒してもらう感じかな」

「敵は二体だけなのかな?」

「多分な、でももしもって事もあるだろうから、

その場合はコマチ、何とか敵をマラソンしてくれ」

「うん、やってみる!」

「よし、それじゃあやってやるか」

 

 こうして大雑把ではあるが、敵の情報が無い以上、他に作戦の立てようがない為、

軽い打ち合わせだけ済ませた後、一同は戦場となるインスタンス・エリアへと突入した。

 

「さて………」

 

 遠くに二体の巨人が見える。どちらがどちらなのか分からないが、

片方は大きく片方は小さい。

 

「大きい方を俺達が抑える、小さい方をなるべく早く倒してくれよな」

「了解!」

 

 そしてユイユイは、ハロ・ガロを展開した。

 

「お願い、ハロ・ガロ!」

 

 その言葉がキーワードとなり、ユイユイの両手に剣と盾が装備される。

 

「行っくよぉ!」

 

 そしてユイユイは、ハチマンと並んで敵に向けて突撃を開始した。

 

『妖精共か………』

『よくここが分かったな!我が名は………』

「どうでもいい」

 

 ハチマンはそう言ってその巨人の膝を蹴って上へと飛び上がり、いきなりその首を狙った。

 

『うおおおお!』

 

 巨人はまるで人間のように慌てふためき、体を反らしてその攻撃を何とか回避した。

 

『いきなり何をする!』

「首狩り」

『妖精王はここまで好戦的なのか………』

 

 それで相手も警戒したのか、待ちの体勢になる。

ハチマンの目的はまさにそれであり、その目論見は見事に達成された。

あとは敵二体をもっと離して、出来ればお互いの状況が見えないように出来ればベストだ。

ユイユイもそう考えたのか、どんどん敵を引き離していく。

その事には気付かず、相手はハチマンに名乗りを上げた。

 

『我が名はベルゲルミル、父であるスルーズと共に貴様らを葬る者なり!』

「へぇ、それが正式な名前なのか、お前の方がデカいんだな。

って事は、親父の正式名はスルーズゲルミルか?」

『ああ、その通りだ』

「で、爺いがアウルゲルミルか」

『祖父の事を知っているのか?』

「もちろんだ、俺達が倒したからな」

 

 その言葉にベルゲルミルはきょとんとした後、一瞬で激高した。

 

『貴様らあああああああ!』

「お前も爺いと同じ運命を辿らせてやる、我らの土地が簡単に手に入ると思うなよ」

 

 ハチマンは、ノリノリでロールプレイをしつつ、ベルゲルミルにそう告げた。

 

『ふん、この剣の錆にしてくれるわ!』

「やってみろ、出来るならな」

 

 そう言ってハチマンはベルゲルミルの剣を受け流し、ぬるりとその懐に入った。

 

『ぬっ』

「その首置いてけ!」

 

 ハチマンはそう言ってベルゲルミルの首を狙ったが、

その瞬間にベルゲルミルが首に下げていたペンダントが光り、ハチマンは後方に飛ばされた。

 

「うおっ!」

「ハチマン君!」

 

 即座にアスナがフォローに入り、ハチマンにヒールが飛ぶ。

 

「危ない危ない、何だあれ」

「もしかしてあれが、ブリシンガメンって奴なんじゃない?」

「ああ、かもしれないな………厄介な」

 

 ハチマンはそう言いながら立ち上がると、再び武器を構えた。

 

「全然効かねえな」

 

 それを聞いたベルゲルミルは、ニヤリと笑うと、真っ直ぐハチマンに剣を向けたのだった。

 

 

 

「向こうは随分楽しそうね」

「だねぇ」

 

 ユキノのその言葉に、ユイユイはそうのんびりと答えたが、

その状況でもユイユイは、敵の激しい攻撃を完璧に防いでいた。

 

『くっ、貴様、何という堅さだ』

「お褒め頂き光栄です、って言えばいい?」

「そうね、礼儀正しくていいと思うわ」

「ありがとうユキノン!」

 

 そんな二人の余裕ぶりに、付き合いの長いコマチとイロハは呆れていた。

 

「まったくこの二人は………」

「相変わらずだよねぇ………」

 

 その横でクックロビンとランが、スルーズゲルミルに激しい攻撃を加えていく。

 

「あはははは、あはははははは」

「このラン様の攻撃は甘くないわよ!」

「あっちはあっちで………」

「う~ん、相変わらずだよねぇ………」

 

 だが頼もしい事に変わりはない。敵は順調に削れていき、

全部で四本あるHPバーのうち、一本は問題なく削る事が出来た。

 

『ぬおおおお!』

 

 その瞬間にスルーズゲルミルの攻撃パターンが変化した。

その手に持つ剣がハンマーに変化し、スルーズゲルミルはそれを地面に叩きつける。

 

「わっ、わっ」

「これは………地震攻撃かしら?」

「まともに立ってられないよ!」

「あら、修行が足りないわね」

 

 そんな悪コンディションの中、ユキノは平然とバランスをとっていた。

 

「うわ………」

「さすがというか………」

 

 ユイユイもアイゼンを上手く使い、何とかバランスをとっているようだ。

 

「くっ………」

「うぅ、普通なこの身が恨めしい………」

「どうしよ、どうしよ………」

「そうだ!」

 

 イロハはそう言って、いきなり地面に寝転がった。

 

「横になったまま魔法を使えば、転ぶ心配をする事は無いよね!」

「「それだ!」」

「何言ってるのイロハ先輩………それに、それだってどれ………?」

 

 唯一の良識人であるコマチは首を傾げたが、

そんなコマチをよそに、ランとクックロビンはいきなり四つん這いになった。

 

「こうね!」

「こうだね!」

「え、何それ………」

 

 そのまま二人は四つん這いでスルーズゲルミルに突撃を開始し、コマチは呆気にとられた。

 

「え、な、何………?」

「うおおおおおお!」

「くらいやがれぇ!」

 

 ランとロビンはそのまま敵に突き進み、

攻撃が届く範囲に到達した瞬間に全力でジャンプし、居合いぎみに敵に向けて攻撃を放った。

その姿はまるでバッタかカエルである。

 

「嘘………」

「………何て非常識な」

「あはははは、三人とも、凄~い!」

 

 その様子を遠くて見ていたアスナは思わず大笑いし、

ハチマンは何事かと思い、振り向かないままアスナに問いかけた。

 

「アスナ、どうした?」

「む、向こうの戦闘が面白くてつい!」

「ほう?」

 

 そう言われたハチマンは、ベルゲルミルの後方で戦っている仲間達に一瞬意識を向け、

その状況を把握し、アスナと同じように噴き出した。

 

「ぶっ………」

『隙有り!』

「無えよ」

 

 そんなハチマンにベルゲルミルが突きを放ってきたが、

ハチマンはそれをあっさりと防いだ。

 

『チッ、かわいげの無い』

「俺にかわいげがあったら嫌じゃないか?」

『まあ確かにな』

 

 その答えにハチマンは、こいつ、随分人間臭いAIを搭載されてるなと感じた。

そのまま戦闘は進み、遂にスルーズゲルミルのHPバーの二本目が削れたのか、

向こうの戦闘が一瞬停止した。

 

「おっ、やったか」

『ふん、親父の方が俺より先に倒れるか』

「みたいだな、助けなくていいのか?」

『必要ない、あれはただの燃料みたいなものだからな』

 

 その冷たい言い方に、ハチマンは目を細めた。

 

(燃料………?もしかしてこいつら………)

 

 ハチマンは一つの仮説を立て、その事をユキノと協議したいと考えた。

 

「アスナ、悪い、ちょっとだけ代わってくれ!」

「あ、うん、分かった!」

 

 アスナはハチマンの言葉を受け、腰に差していた暁姫を抜いた。

 

「どのくらいもたせればいい?」

「一分くらいでいい、ちょっとユキノと話してくる」

「オッケー!」

 

 アスナは足取りも軽くベルゲルミルの方に歩き出した。

 

『むっ、逃がすか!』

「あなたの相手は私だよ」

『ぬっ』

 

 ハチマンの後を追おうとしたベルゲルミルの背中に向け、アスナはいきなり大技を放った。

 

「スターリィ・ティアー!」

『ぬおっ!』

 

 完全に意識がハチマンに向いていたベルゲルミルは、その攻撃をまともにくらってしまう。

 

『やるな、女!』

「だから言ったじゃない、あなたの相手は私だって」

『いいだろう、相手になってやる!』

 

 そう言いながらベルゲルミルは、ニヤリと笑った。

 

 

 

「ユキノ、おい、ユキノ」

「ハチマン君、どうしてここに?」

 

 いきなりハチマンが現れた事で、さすがのユキノも驚いたようだ。

 

「実はちょっと気になる事があってよ」

「何かしら」

「俺が担当してるベルゲルミルの野郎な、

こっちのスルーズゲルミルの事を、燃料だって言いやがったんだよ」

「燃料………?なるほど、もしこちらを先に倒したら、

あちらがパワーアップする可能性があるという事かしら?」

 

 ハチマンはそのユキノの相変わらずの理解力の早さに感心した。

 

「そういう事だ、さすがだな」

「お褒めに預り光栄よ、リーダー」

「茶化すなって、そんな訳だから、向こうを先に削っちまおうと思う」

「分かったわ、こっちは二人で支えてみせるから、向こうをお願い」

「悪いな」

「いいえ、問題ないわ」

 

 ハチマンはアスナをフォローする為にそのまま戻っていき、

ユキノは仲間達に指示を出した。

 

「ユイユイ、こっちは二人で何とかしましょう。

他の人達は、先に向こうの大きい巨人を倒して頂戴!」

「むむっ」

「分かった、任せて!」

「イロハ先輩、行きましょう!」

「オーケー、向こうが優先ね」

 

 こうして戦局は大きく動く事となった。



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第1109話 橋をかけろ!

『むむ、増援か………』

「まあそういう事かな、これで私の役目も終わり」

『くっ、逃がすか!』

「私、これでもスピードには自信があるんだよね」

 

 アスナはそう言ってあっさりとベルゲルミルの攻撃をかわし、

今まさに到着したハチマンと交代した。

 

「アスナ、交代だ」

「うん!」

 

 そしてハチマンは、再びベルゲルミルと対峙した。

 

「ただいま」

『おう、お帰り………って、我らは普通に挨拶を交わすような仲ではない!』

「そりゃ残念だ」

 

 ハチマンは人を食ったような言い方をし、一刀のままだった雷丸を、二刀に分けた。

 

『ぬっ、何の真似だ』

「どうやら俺がお前相手のタンクをやらないといけないらしくてな」

『タンク………だと?』

 

 ユイユイがこちらに回っても良かったのだが、

ユイユイは既にスルーズゲルミルからの敵対心をかなり稼いでしまっている為、

おそらくハチマンがその敵対心を上回るには、かなりの時間がかかってしまうだろう。

なのでハチマンがこちらのタンク役を担当する事となる。

 

『一体何を………むっ、貴様ら………』

 

 そこに仲間達が到着した。

 

「という訳でよろしくぅ!」

「お命頂戴!」

「先輩、私の格好いいところ、見てて下さいね!あっ、ごめんなさい!」

「イロハさぁ、その謝るの、もう完全にとってつけたみたいになってるよね?」

 

 ハチマンはそう言うと、真面目な顔でベルゲルミルを睨みつけた。

 

「それじゃあラウンドツーを始めよう」

『貴様ら、気付いたのか!?』

「何にだ?親父を先に倒すと、その力がお前に流れ込んで、

お前が超絶パワーアップするって事にか?」

『な、何故それを!?』

「そりゃお前がさっき………いや、勘だ勘」

『妖精の勘、恐るべし………』

 

 ハチマンはそこで会話を切り上げ、ベルゲルミル相手に攻撃的防御を開始した。

 

「おっと」

『くっ………』

「はい頂き!クリティカル!」

『ぐわっ………き、貴様ら………』

「はいもう一丁」

『何だと………』

「くらいなさい、私の華麗なるクリティカル!」

「はいは~い、先輩、私も私も!」

『ふざけるな!こんな、こんな………』

 

 ベルゲルミルはAIではあるが、その高度さ故に、この戦闘に恐怖を感じていた。

敵の力量が自分より上、とかなら恐怖など抱くような事はないのだが、

この戦闘において、ベルゲルミルは先ほどから全くといっていいほど何も出来ていないのだ。

ハチマンに攻撃を放とうとすると、その攻撃は相手に届く前に弾かれ、

同時に飛んでくる敵の攻撃が、全てクリティカルとなってしまう。

ベルゲルミルは巨人族であり、その中でもかなり大型だ。

にも関わらず、敵はあんなに小柄でありながら、的確にこちらの攻撃を止めてくる。

これに恐怖を抱かない事など不可能である。

このままだとベルゲルミルは、何も出来ずに命を失う事になるのだ。

 

「相変わらず見事だよねぇ」

「だね、凄い安定感」

 

 後方からそんな声が聞こえてくるが、ハチマンに全く余裕はない。

何しろ敵は凄まじく巨大であり、カウンターを取るにも、

こちらが全力で攻撃しないと力負けしてしまうのである。

仲間達の中ではアスナだけがその事に気付いており、

アスナは事故でハチマンが大きなダメージをくらう可能性もあると見て、

油断せずにじっとハチマンの挙動を観察していた。

 

『くそっ、くそっ!』

「うるせえ」

 

 まるで動揺するかのように無茶苦茶に武器を振り回すようになったベルゲルミルを、

ハチマンはだが、落ち着かせようとしていた。

落ち着いて武器を振るってくれた方が、カウンターが取り易いからである。

 

「平常心を失ってるそんな状態じゃ、攻撃も当たらないだろ」

『うるさい、うるさい!』

 

(このままだとまずいな、思わぬ攻撃で事故るかもしれん。

それにしてもこいつ、AIの癖に人間臭すぎるな)

 

 ハチマンは内心でそう考えながら、とにかく事故らないように、

ブリシンガメンを警戒して無理に突っ込まず、

そして無理にカウンターばかり取ろうともせず、

堅実な戦闘を心がけながら武器を振るっていた。

それが崩れたのはベルゲルミルの二本目のHPバーが削れた時である。

 

『ぐ、ぐぐぐぐぐ………』

 

 いきなりベルゲルミルは蹲り、ハチマンは警戒するように少し離れた。

そして立ち上がったベルゲルミルの目は、灼熱したように赤く輝いていた。

 

「むっ」

『くらえ!』

 

 ベルゲルミルはそう叫んで足を踏み鳴らす。

その瞬間にその足跡を中心に、周囲に円形の衝撃波が飛ぶ。

 

「うおっ」

「きゃっ!」

「こ、これは………」

 

 その範囲内にいた味方がノックバックされ、後方でごろごろと転がる事となった。

 

「こりゃまた厄介な………」

 

 ハチマンはどういうタイミングで敵が足踏みを行うのか、

足から目を離さないように気をつけていたが、

そのタイミングは一定ではなく、まったくのランダムのようで、

ハチマンはそこに法則性をまったく見出せなかった。

 

「しかも地面に足がついた瞬間に、ノータイムで衝撃波が飛んでくるんだよな………」

 

 ハチマンだけではなく他の者達もそれに気付いており、

今は衝撃波の範囲外に避難している。イロハは一人気をはいているが、

このままだと戦闘が長期化し、下手をすると時間切れになってしまう。

 

「八人制限にしちゃ、難易度が高すぎるな」

 

 こういう地味に長期戦にもつれ込む敵の方が、制限時間を考えると、実は攻略が難しい。

 

「ハチマン、どうする?」

「………足の筋肉の動きを読む、

それで俺が合図するから、その声が聞こえたら飛び上がってくれ」

「わ、分かった!」

 

 クックロビンの質問にハチマンはそう答え、とにかく敵の足に神経を集中した。

そして他人には全く分からないタイミングでハチマンが叫んだ。

 

「今!」

 

 その瞬間に敵に向けて走っていた近接陣が飛び上がる。

だがまだ慣れていないせいか、ランだけが遅れてしまい、衝撃波によって後方に飛ばされる。

 

「くっ………」

「大丈夫、ま~かせて!」

 

 何のネタだろうか、クックロビンが中指を立てながらそう言うと、

そのままベルゲルミルに近接し、ソードスキルを叩き込んだ。

同じようにコマチもベルゲルミルにソードスキルを放つ。

 

『くっ』

 

 ベルゲルミルが再び足踏みを行おうとしたが、どうやらクールタイムがあるらしく、

ベルゲルミルは実行する事が出来ず、その足はピクリとも動かない。

 

「いいぞ、ナイスだ!」

「ふふっ、大丈夫、ま~かせて!」

「だから何のネタだよ………」

 

 ハチマンは呆れつつ、そんなクックロビンを頼もしいと思った。

どんな時でも楽しく戦えるというのは実に大事な要素だからだ。

 

「くっ、今度こそ………」

 

 続けてハチマンが、今!と叫んだ時、ランは見事にその衝撃波をクリアした。

 

「さっきはよくも!花鳥風月!そして離脱!」

 

 ランは大技を叩き込むと、足が動くようになった瞬間に脱兎の如く逃げ出した。

それを見てハチマンは苦笑しながらも、足への集中は切らさずに今!と叫び続け、

ついにベルゲルミルのHPが残り一本の半分を切る事になった。

 

「発狂モード、来るぞ!」

『おおおおおおおおおおおお!』

 

 ベルゲルミルの目が虹色に光り、そのまま普通に歩き出す。

その一歩ごとに衝撃波が飛んでくるようになり、それは全域へと広がった。

 

「こ、これは………」

「どうしようもなくない?」

 

 唯一救いなのは、敵であるスルーズゲルミルも、

衝撃波の影響で行動不能になっている事だ。

 

「先輩、寝転ぶのももう無理です!」

「分かった!………にしても、敵も味方も関係なしかよ」

 

 ハチマンはそう呟きながら、対応策を検討した。

 

(遠隔攻撃使いが多かったら普通にいけるんだろうが、

せめて空中に長く留まれれば………ん?)

 

 ハチマンは作戦を思い付き、即座にユキノとイロハに叫んだ。

 

「ユキノ、イロハ、()()()()()()()()!ユイユイ、二人のフォローを!」

 

 それでハッとした二人にユイユイが駆け寄った。

 

「ユキノン、おんぶ!イロハちゃんは私が抱き上げるから!」

 

 即座にユキノはユイユイにおぶさり、ユイユイはイロハをお姫様抱っこした。

 

「うぅ、先輩にしてもらいたかった………」

「そういう事言わないの!あたしもなんだから!」

 

 ユイユイはそう言うと、スキル名を次々と叫んでいった。

 

「アイゼン倒立!イージス全開!重力増加!」

 

 それらのスキルにより、ユイユイが徐々にノックバックされなくなった。

完全ではないが、もう魔法の詠唱には全く支障が無い。

 

「「アイス・フィールド!」」

 

 そして二人の呪文が発動する。

今回は壁と壁の間に橋をかけるだけの為、詠唱も短めで済んだようだ。

 

「届くか?」

「このくらいは………」

「余裕!」

 

 クックロビンとラン、それにアスナとコマチの近接陣は、そのまま壁を走り、

五メートルくらいの高さに浮くその橋に手をかけた。

そのまま強引に体を引き上げた四人は、橋の上からロープを投げ込む。

ユキノとイロハはそれを掴み、上へと引っ張り上げてもらう事に成功した。

ハチマンは最後まで残り、ベルゲルミルの注意を引き付けている。

ユイユイも同様に、スルーズゲルミルを徹底マークしていた。

 

「ハチマン君、いいよ!」

「分かった!」

 

 アスナから合図を受けたハチマンは、そのまま転げるように氷の橋の下に向かい、

それに釣られて移動したベルゲルミルが攻撃範囲に入った瞬間に、

上にいた者達はベルゲルミルに向けて一斉に攻撃を開始した。

 

「いい加減に倒れろ!」

「しつこいったらありゃしないわ!」

「死ね死ね死ね!」

 

『ぐぐっ………』

 

 そしてベルゲルミルはピタッと足を止め、その体が光となって消えていく。

同時にハチマンのアイテムストレージに何か入ったが、その確認は後回しである。

 

「よし、このまま親父を倒すぞ!」

 

 こうなるともう勝負は一瞬である。スルーズゲルミルの残りHPはあっという間に削られ、

八人はこの戦闘に、遂に勝利したのであった。



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第1110話 まさかの再会

「よっしゃ~!」

「やったね!」

「お兄ちゃん、よく咄嗟に思いついたね!」

「おう、まあな」

 

 そしてフィールドから排出された後、ハチマンはアイテムストレージを確認し、

いくつかのアイテムを取り出した。

 

「これがブリシンガメンか」

「綺麗………」

「ちょっと欲しいけど、プレイヤーは装備出来ないんだよねぇ」

「まあそうだな」

 

 そして続けてハチマンは、ストレージから一本の刀を取り出した。

 

「それは?」

「『ムラサメ』らしいぞ」

「あっ、名前だけ出てたんだっけ!」

「ここにあったんだねぇ………」

 

 ランはじっとムラサメを見つめ、ハチマンに手を伸ばした。

ハチマンはムラサメを黙ってランに渡し、

ランはそのままムラサメの性能を確認すると、黙って首を振った。

 

「これだと『スイレー』とほぼ変わりないわね」

「そうか、ならやっぱりこれはクライン行きだな」

「それがいいと思うわ」

 

 ランはニッコリと笑い、そして一同はそのまま帰還する事になった。

 

「これでレーヴァテインにまた一歩近付いた?」

「だな、でもなぁ………」

 

 ハチマンはそう言って表情を曇らせた。

 

「どうしたの?」

「いや、これでレイヤがフレイヤ様に変身するんだろ?それが心配でな………」

「「「「「「「あっ」」」」」」」

 

 相手は何せ、()()()奔放だと言われている女神フレイヤである。

いくらALOとはいえ、その基本的な性格まで変えているとは思えない。

というか、レイヤの段階でその兆候があったのだから、おそらくフレイヤになった後、

その奔放さが増すのは確実であろう。

 

「まあいいんじゃないかな?

どうせそこまでストレートな表現は出来ないでしょ、NPCなんだし」

 

 アスナが寛容な態度でそう言った。こうなるとハチマンとしては安心である。

アスナのお墨付きが出た以上、何があっても誰かに怒られる事はないからだ。

 

「まあそうだよな」

「さて、戻ったらアレス戦だね」

「そうだな、キリト達ももう戻ってるみたいだしな」

 

 そう言いながらハチマンは、地面が揺れているような感覚を覚えた。

 

「むっ………」

「ハチマン君?」

「あ、あれ………」

 

 そのまま仲間達の姿が横倒しになっていく。そこでハチマンはやっと気が付いた。

 

「あ、倒れてるのは俺か………」

「ハチマン!」

「ヒッキー!」

「ハチマン君!」

 

 そのままハチマンは倒れたが、意識は辛うじて残っている。

 

「わ、悪い、どうやら敵の動きに集中しすぎたせいで、想像以上に消耗してたみたいだ」

「大丈夫、私が背負ってあげるからね」

 

 そう言ってアスナはハチマンを背負った。

現実ではこんな事は無理だろうが、ここでは簡単だ。

 

「ハチマン、大丈夫?」

「おう、ちょっと休めば直るさ」

「とりあえずアルンに戻ったら休憩だね」

「だねぇ」

 

 ハチマンはそのままアスナに運ばれ、無事にアルンへと到着した。

途中でハチマンがうっかりアスナの胸を掴んでしまうという事故があったが、

アスナは逆に、背負ってたのが私で良かったなどとぬけぬけと言い、

コマチ以外の者達がぐぬぬ状態になるという出来事もあったが、道中は概ね平和であった。

そしてアルンでは、キリト達が心配そうにハチマンを出迎えた。

 

「ハチマン、大丈夫か?」

「悪い、ちょっと集中しすぎちまった、まあ大丈夫だ」

「アスナ、代わるか?」

「う~ん」

 

 アスナはこのままで大丈夫と言いかけたが、それはハチマンが止めた。

 

「俺はもう大丈夫だ、自分の足で歩けるさ」

「本当に?」

「………まあちょっとつらいが、

ヴァルハラのリーダーがそんな情けない姿を他の奴らに見せられないだろ」

 

 そう言われると、他の者達は何も言えなかった………ただ一人を除いて。

 

「別にいいじゃない、それなら私が背負ってあげるわ」

 

 そう言ってきたのはシノンであった、さすがである。

 

「いや、だからいらないからね?」

「そう言わないで、ほら、

実は私とデキてるって、周りに思わせるいいチャンスなんだから遠慮しないの」

「お前、本音がだだ漏れすぎだろ………」

 

 ハチマン達はそのままヴァルハラ・ガーデンへと向かっていったが、

その間にもハチマンとシノンの間で言葉の応酬が繰り広げられていた。

 

「ちょっとくらいいいじゃない、ほら、先っぽだけだから」

「お前さぁ、女子高生なんだからさぁ………」

 

((((((強い………))))))

 

 仲間達はシノンを見て、改めてその事を思い知らされた。

そして拠点に到着した後、これまでどんな状況だったのか、お互いの摺り合わせが始まった。

 

 

 

「それじゃあブリシンガメンは無事に手に入ったんだな」

「おう、これで色ボケ女神様も完全覚醒だ。あとはどこにいるか見つけるだけだな」

「で、アルンにアレスって奴がいやがると………」

「でもどこにいるんだろ、そんなのがあったらさすがに噂になってるよね?」

「そうだな、人がまったく寄りつかない場所か………」

「う~ん………」

 

 こうなると、一同の目は自然とレコンに向く。こういった情報に一番詳しいのは、

ヴァルハラのデータベースを作成していたレコンだからだ。

 

「レコン、どうだ?」

「そうですね、確信はありませんけど、心当たりなら一ヶ所あります」

「どこだ?」

「グランドクエストの間です」

「「「「「「「「ああ~!」」」」」」」」

 

 長くプレイしている者達は、あそこがあったかとその答えに納得した。

確かに今、あそこを訪れるプレイヤーなど皆無である。

 

「なるほどなぁ、とりあえずキリトの方のクエを進める為にも、アレスは今日中に討伐だな」

「で、アスナの受けたクエも半分は終わると」

「ティルフィング、どんな武器なんだろうね」

「片手直剣だとは思うが、まあヘパイストス神が何にでも改造してくれるだろ」

「あっ、そうかもね」

「でな、ハチマン、今度はこっちの話なんだけどさ、ちょっと言いにくいんだよな………」

 

 ハチマンはそのキリトの態度に嫌な予感を感じた。

 

「まさか敵を逃したとかじゃないよな?」

「ああ、ケルベロスは確かに倒した、ついでにキュクロプスもな」

「おお、やったな」

「ああ、それで………な」

「フェンリルが死んだのか?」

 

 そのハチマンの言葉にキリトはビクッとした。

 

「何で分かったんだ?」

「キリトがそんな顔をするのは仲間がやられた時くらいだ、

でもここはSAOじゃない、となると答えは一つだろ」

「そっか………フェンリルから伝言だ、

あいつ、最後はハチマンの事ばっかり気にかけててさ」

 

 そう言ってキリトは、ハチマンにフェンリルの王冠を差し出した。

 

「最後に会いたかったが残念だ、ハチマンに宜しく、だってよ」

「そうか………」

 

 ハチマンはそう呟くと、ぽろりと涙を流したが、

号泣するような事はなく、すぐに気持ちを立て直したようだ。

 

「で、これか………」

「どんな効果があるのかな?」

「素早さと移動速度が上がるらしい」

「なるほど、フェンリルっぽいな」

 

 ハチマンはそのままフェンリルの王冠を頭に被ってみた。

それは多少豪華な鉢金といった雰囲気であり、ただ一点、

額のところについた二つの宝石が、まるでフェンリルの目のように、紫色に輝いていた。

 

「ううっ、フカ三郎!」

 

 その時横で、フカ次郎がそう言っていきなり泣き出した。

即座にレンが、フカ次郎を宥めにかかる。

 

「フカ、どうどう」

「だって、だって………」

「レン、フカ三郎って何だ?フェンリルの事か?」

「う、うん」

 

 フカ次郎がフェンリルにフカ三郎と名付け、

その事をフェンリルが喜んでいたという話を聞き、ハチマンは黙ってフカ次郎の頭を撫でた。

 

「あいつ、いい奴だったよな」

「リーダー………う、うん!」

「まあまたいつか会えるさ、もっとも同じ人格を持ってるかどうかは分からないけどな」

「そしたらまた、フカ三郎って呼んでみる!」

「ああ、そうしてみろ」

 

 ハチマンは穏やかな表情でそう言ったが、

その瞬間にどこからともなくフェンリルの声がした。

 

『ふむ、ならば世界中の我が名が載っている書物を全てフカ三郎に書き変えてしまおう』

「んな事出来るか!って、その声、フェンリルか?一体どこにいるんだ?」

「ここだここ、今はお主の額におる」

「まさか………それってインテリジェンス・アイテムなの?」

 

 インテリジェンス・アイテム、文字通り、意思を持ったアイテムの事である。

もっとも今までALOではその存在は確認されていない。

 

『そういう事だ、また会えて嬉しいぞ、ハチマン、フカ次郎』

 

 フェンリルはハチマンだけではなく、フカ次郎の名前も呼んだ。

 

「フ、フカ三郎!」

『我はここにいる、だからそんな顔をするんじゃない』

「う、うん!」

「まさかこんな仕掛けになっているとはなぁ………」

『すまん、我もついさっき意識を取り戻したのだ、

どうやら誰かに装備してもらわないと、意識のリンクが繋がらないようでな』

「なるほど………」

 

 ここまで呆気にとられながら事の推移を見守っていた仲間達も、

ここで一気に盛り上がった。

 

「うわ、うわぁ!」

「良かった、本当に良かった………」

「やったね、フカ三郎復活!」

『うむ、心配をかけたな』

「フカ三郎、これからはずっと一緒だね!」

『それなのだがな』

 

 フェンリルはそう前置きし、ハチマンにこんな事を言ってきた。

 

『ハチマンよ、その額の宝石、片方をこのフカ次郎にくれてやってくれないか?

それは片方あれば事は足りるのでな』

「そうなのか?ああ、分かった」

 

 ハチマンはそのまま片方の目をフカ次郎に渡す。

 

「い、いいの?」

『もちろんだ、それをヘパイストスの所に持っていけば、

お前の武器の束の部分に付けてくれるだろう。

それで今後はずっとお前とも話が出来る。もっとも二人同時には相手は出来んがな』

「や、やった~!」

 

 こうしてフカ次郎はフカ三郎と再会し、

キュクロプス・ハンマーとカドゥケウスの報告を受けた後、

アレスの攻略をキリトに任せ、ハチマンはログアウトして休憩する事となったのだった。



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第1111話 アレス討伐前哨戦

すみませんちょっと短めな上に二日開いてしまいました。
実はいきなり虫歯がひどい痛みを発してまして、全然集中出来ません。
今週は連休があり、歯医者も忙しいようで、予約出来たのは二十九日です。
それまでは更新がかなりゆっくりになってしまうと思いますので、
生暖かい目で見守っていただければと………感想返しも落ち着いたら一気にしますので、申し訳ありませんが宜しくお願いします。


 ハチマンの不参加が決められた後、少し休憩を挟み、

アレス戦に参加する者達は旧グランドクエストの間の前にある広場に集まっていた。

 

「やっぱりここだったな」

「突入条件は?みんなで入れる?」

「上限が五百十二人とか訳の分からない設定になってたから大丈夫だ」

「えっ、何それ?もしかして凄く手強いっぽい?」

「どうだろうな、まあ駄目なら駄目で大人しく負ければいいさ」

「それだけの人数を集めるのって大変そう………」

「突入時に能力による制限とかが無かったから、そこまで強くはないと思うのだけれど」

 

 キリトを始めとするヴァルハラのメンバー達は、入り口前でわいわい話していたが、

やがて突入予定時間になり、メンバーも揃った事で、ユキノが突入の手続きを開始した。

 

「準備オーケーよ、レイドごとまとめて転送されるわ」

「よしみんな、気合い入れていこう!」

「任せろ!今宵のムラサメは血に飢えてるぜ!」

 

 ハチマンからムラサメを渡されていたクラインが、機嫌良さそうにそう叫んだ。

そんなクラインを微笑ましそうに眺めながら、一同の姿は順番に消えていった。

その瞬間にアルン中にアナウンスが響き渡る。

 

『アレス討伐戦が発生しました、

攻撃側、守備側のプレイヤーは、一時間以内に突入手続きを行って下さい。

その後、一時間は戦闘に乱入出来ますが、報酬は減額されます』

 

 

 

「お、おい、今のアナウンス………」

「これってPVPも絡めた戦闘になるの?」

「一時間?長いなおい!」

「途中参加も可能なんだね」

「というか、討伐クエストをクリアしてなくてもここには入れるのかな?」

「ちょっと調べてみる必要がありそうだな」

「というか、開始までここから出られないのかしら?」

「あっ、出られるみたいだよ」

 

 コンソールを開いて状況を確認していたアスナがそう言った。

その示す場所には、確かに開始時間までは出入り自由と書いてある。

 

「よし、今後の為にも今のうちに色々検証しておこう。

おいフカ、何人か連れて、このフィールドの調査を頼む。

アスナはスモーキング・リーフに行って、参加可能な何人かを連れてきてくれ。

リツさん達なら討伐クエストをクリアしていないから、

それでここに入れる条件が分かるはずだ」

「了解!おいレン、それにリオン、セラ、ちょっと付き合って!」

「分かった、それじゃあ行ってくるね!」

 

 

 

 フカ次郎はレンとリオンとセラフィムと共に奥へと走り出した。

 

「全体マップはさすがに用意されてないみたいだね」

「でもこうやって調査出来るのは、ホストのアドバンテージみたいな?」

「あっ、見て!遠くにお城みたいな建物が見える!」

「あそこが敵の居場所っぽいね」

「まさかの攻城戦!?」

「でも入り口の扉はオープンだから、篭城戦にはならないみたい」

「んん………ここから先は進めない?」

 

 もうすぐその城に到着出来るという位置で、

フィールドは光るカーテンのような物で移動出来なくなっていた。

 

「むむむ、準備段階だとこれ以上行けないみたい?」

「仕方ない、カーテンのこちら側を回りましょう」

「オーケー、みんな、行くよ!」

 

 フカ次郎はそう指示を出し、四人はそのまま味方側フィールドの地形を把握する為、

そして見える範囲の敵側の状況を調べる為に、情報収集を開始した。

 

 

 

「こんにちは!」

 

 その頃アスナは久しぶりにスモーキング・リーフに顔を出していた。

 

「あれ、アスナ?どうしたんだ?」

「何か久しぶりなのにゃ!」

 

 そんなアスナを出迎えたのは、リンとリツである。

 

「うん、久しぶり!でね、いきなりで悪いんだけど、ちょっと協力して欲しい事があってさ」

 

 アスナは二人に事情を説明し、二人は残りの四人を連れてくると言って奥へ入っていった。

それからしばらくして、残りの四人がぞろぞろと姿を現した。

 

「アスナ、本番前にちょっと戦う?」

 

 リョウの一言目はいきなりのそれであった。相変わらずのようである。

 

「そ、それは本番までとっておいて!」

 

 そんなアスナに甘えるように、リナが飛びついてくる。

 

「ハチマンは?ねぇハチマンは?」

「ごめんリナちゃん、ハチマン君、凄く疲れちゃったみたいで、今は外で休んでるんだ」

 

 目線の高さを合わせ、優しくそう伝えるアスナだったが、

その胸がいきなり背後から揉まれた、リクである。

 

「お、アスナ!相変わらず柔らけぇなぁ!」

「きゃっ!ちょっとリク、変な所を触らないで!」

「減るものじゃないし、いいじゃんよぉ、この手触り、俺好きなんだよなぁ」

「減るから!何かが減るから!」

「良いではないか良いでは………ぎゃっ!」

 

 リクはいきなりそう悲鳴を上げると、頭を抱えてその場に蹲った。

その後ろには棒を持ったリョクが立っている。

おそらくその棒で、リクの頭を思い切り叩いたのだろう。

 

「ごめん、うちの馬鹿姉が迷惑かけたじゃん」

「リョクちゃん!ううん、悪気は無いって分かってるから大丈夫だよ」

「アスナは甘い、そんな事言ってると、リクが益々つけあがるじゃんね?」

「それはそうかもだけど、でも友達だし、ね?」

 

 アスナは片目を瞑ってそう言い、リクの顔がパッと明るくなった。

 

「だよなだよな!それじゃあ遠慮なく………」

「調子に乗るなじゃん」

「痛っ!」

 

 リョクは再びリクの頭を叩き、ため息をつきながらアスナに話しかけた。

 

「はぁ………話は聞いたよ、時間も無いみたいだし早く行くじゃん」

「う、うん、みんな、ありがとう!」

 

 六人にお礼を言ったアスナは、少し迷うようなそぶりを見せた後、

どこかにメッセージを送り、顔を上げて六人に行った。

 

「それじゃあみんな、こっち!」

 

 こうしてスモーキング・リーフの六人は、アスナと共にグランドクエストの間に向かった。

 

 

 

「あ、あれ?人が集まってる?」

「待って、あそこにいるのは………シグルド?」

「シグ………誰?」

「う~ん、分かり易く言うと敵?かな?」

「そうなんだ、あはぁ、それじゃあちょっと戦って………」

「わぁ、リョウ待って、ちょっと待って!」

 

 アスナはリョウを必死に止め、物蔭に身を潜めてそちらの様子を伺った。

 

「この戦闘はどうやらプレイヤーが二手に分かれて戦うようだ。

勝者にも敗者にも報酬が出るらしいが、おそらくそこには埋められない差があるはずだ!

そして俺達は今日立ち上げたギルド、SDS!そのメンバーは総勢二百名いるが、

俺達は全員守備側に回る!俺達を敵に回すかどうか、

みなよく考えて陣営を選択した方が賢明だと思うぞ!」

 

 そう言ってシグルドは転送されていき、その場に残った一般プレイヤー達は、

ひそひそと囁き合った後、同様に中に転送されていった。

 

「やっぱり討伐クエストに関係なく中に入れるみたいだね。

でも私達、どっちにつくかなんて選べなかったけどなぁ」

「まあ私達がいじってみれば結果はすぐ分かるじゃん」

「アスナ、ちょっとこれを被っておこう?」

 

 騒ぎにならないようにとの配慮なのか、リョウがアスナにフードを渡してきた。

 

「あっ、うん」

 

 アスナは深く考えずにそれを受け取り、六人と一緒に入り口前のコンソールへと向かった。

 

「やっぱり選べるじゃんね」

「なるほど、討伐クエストに関係なくこれには参加出来るんだね」

 

 ちなみにシグルド達は、実は深夜にも少し狩りを行っており、

今日の午前中で討伐クエストをクリアしていた。

なので陣営は選べなかったのだが、敵を増やさない為にあんな演説めいた事をしたのである。

その効果は確かにあったようで、表示されている戦力は、

攻撃側が八十に対し、守備側が三百まで膨れ上がっていた。

 

「うわ、結構差がついてる」

「一般の人達はこっちが五十ちょっと、向こうに百みたいな感じじゃんね」

「まあいいでしょ、さ、入ろ入ろ」

 

 リョウが急かすようにそう言い、七人はそのまま中に転送される。

戦闘好きなリョウとしては、ここでアスナの正体がバレ、

攻撃側の人が増えるのを防ぎたかったのだ。

その狙いは功を奏し、この後ほとんどのプレイヤーが守備側に参加する事となったのだった。



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第1112話 アレス戦~突入

すみません、一話書くのにかなり時間がかかってしまいました。
強めの鎮痛剤でも痛みが消えきらない為、まったく筆が進みませんでした、申し訳ありません。
次の投稿は三十日で、そこからは痛みも無くなるはずなので普通の更新に戻せる予定です、宜しくお願いします!

ーー三十日追記ーー
昨日の治療後、歯の根を思いっきり削った結果、一時的に鎮痛剤が効かないほどの激痛に見舞われている為、更新は少し遅くなりそうですすみませんorz


『BATTLE START』

 

 空にそんな文字が表示され、遂にアレス攻略戦が開始された。

最終的に、攻撃側の人数は約百人、守備側は約四百人という戦力差となっている。

参加人数の上限に達している為にこれ以上プレイヤーが中に入る事は出来ないが、

死んだ者は二度とここには入れない為、時間内であれば、

死者が増えるごとに再び新たなプレイヤーが突入してくる事だろう。

 

「何となく守備は嫌だったから攻撃の方に参加してみたけど………」

「これはさすがにやばくないか?」

「ああっ、くそっ、素直に守備側に入っときゃ良かった!」

 

 開始早々にして、攻撃側のプレイヤー達の士気は限りなく下がっていた。

それも当然だろう、さすがにこれだけ戦力に差がつくと、

普通は攻撃側が勝つ事などありえない。

そう落ち込む彼らの耳に、何とも気楽な感じの会話が飛び込んできた。

 

「お?結構増えてるな」

「誰もいない可能性もあるかなって思ってたんだけどなぁ」

「まあ私はどっちでも良かったけどねぇ」

 

 何事かと思い、そちらを見た攻撃側プレイヤーの目に飛び込んできたのは、

ヴァルハラ、アルン冒険者の会、そしてソニック・ドライバーの連合チームであった。

 

「お、おい、あれ………」

「ヴァルハラ?」

「ヴァルハラだ………」

「え、マジで?ヴァルハラは討伐クエストをクリアしてたはずだよな?」

「まさかの邪神側のクエスト!?」

「そんなのあったのか………?」

 

 一般のプレイヤー達は戸惑っていたが、そんな彼らをよそに会話は続く。

 

「戦力差は四体一、更にボスが相手の味方ってか?」

「おまけに向こうはお城付きみたいな」

「これ本当にクリアさせる気があるのかな?」

「まあうちが少数なのはいつもの事じゃん」

「そうそう、いつも通りやればいいんだって」

「はいみんな、そろそろ静かに」

 

 ユキノがそう言ってパン!と手を叩き、場はシンと静まった。

そしてキリトが一歩前に出て、一般プレイヤー達に声をかけた。

 

「という訳で、宜しく」

 

 何とも軽い挨拶であったが、直後に一般のプレイヤー達から大歓声が上がった。

 

「うおおおお!」

「ヴァルハラ!ヴァルハラ!」

「くっそラッキー!これで勝つる!」

「守備側に参加しなくて本当に良かった………」

 

 そんな彼らに笑顔を向けながら、キリトは号令をかけた。

 

「よ~し、それじゃあ行こうか!」

「「「「「「「「おう!!!!!」」」」」」」」

 

 ヴァルハラの登場により攻撃側の士気は急速に回復した。

ホーリーを中心に、ユイユイとセラフィムが左右を固めて進軍し、アサギが殿を努める。

そのまま敵の城が見える位置まで移動した一同は、

城壁の上に凄まじい数の銃口を認め、閉口した。

 

「この中を進むのはさすがに面倒だな………」

「せめて飛べればねぇ」

「まあ飛べたら城の意味が無くなっちまうし、仕方ないよな」

 

 このフィールドではどうやら飛べないらしく、既に確認済である。

 

「城門は………開いてるのか」

「遠くにお城の内部も見えるね、そっちの入り口も開いてそう」

「でもそこに行くまでにかなりダメージをくらっちゃいそうだね」

「タンクに前に出てもらうとしても、さすがに城壁が高すぎだよなぁ」

「統率もとれてるみたいね、シグルドも変わったという事かしら」

 

 シグルドは連合や同盟の体たらくを雌伏の時によく観察していた。

それによってシグルドが得た教訓は、

個人の力ではヴァルハラには絶対に勝てないという事であった。

その為シグルドは、部下達には徹底して集団戦術を学ばせていたのである。

 

「それなら私が何とか出来ると思うわ」

 

 そう言って一歩前に出たのはユキノである。

ユキノがその手に持っていたのは………ウォールブーツだった。

 

「ああ~!」

「その手があったか!」

「とりあえずこれで私が敵の足止めをするわ。みんなはその間に門の中に突入して頂戴」

「了解」

 

 ユキノはレコンの助けを借り、姿を消して密かに城の側面へと回り込む。

その間キリトは正門前に姿を見せ、いかにも正面突破するぞというアピールを続けていた。

 

「お、おい、あれ………」

「ヴァ、ヴァルハラだ!」

「何であいつらが攻撃側に………」

「敵なのは間違いない、とにかく撃て、撃て!」

 

 当然キリトに魔法銃の攻撃が集中するが、その攻撃はキリトが全て叩き落とした。

その脇ではリオンがこっそりロジカルウィッチスピアで攻撃を吸収している。

魔力補充のチャンスだと見たのだろう。

それを陽動代わりとし、ユキノはレコンにブーツを渡し、

レコンが姿を隠したまま壁を登っていく。ユキノはその足にブランとぶらさがりながら、

同じくレコンの魔法によって姿を消したまま、上へ上へと運ばれていく。

これがもしハチマンが相手なら、ユキノは確実にお姫様抱っこを所望しただろうが、

レコン相手では当然そんな事にはならなかった。

 

「ふっ!」

 

 城壁の上に手が届くようになると、ユキノはそこに手をかけ、

自らの力によって体を引き上げ、城壁の上にヒラリと舞い降りた。

その姿は実に華麗であり、誰からも姿が見えないのが実に残念である。

 

「さて、始めましょうか」

「はい!」

 

 そしてユキノは長い長い詠唱を始め、城壁上の敵を確実に魔法の範囲に収めていく。

同時にレコンはアスナにメッセージを入れ、

それを受けたアスナは、仲間達に突撃の準備をするようにテキパキと指示を出していく。

程なくしてユキノの詠唱が終わり、レコンも戦闘体勢をとった。

 

「さて、あの人達を城壁から叩き落とすわよ。アイスエイジ!」

 

 ユキノがそう叫んだ瞬間に、城壁を伝うように氷が広がっていき、

今まさにヴァルハラ目掛けて攻撃しようとしていた者達は、

盛り上がる氷に弾かれ、そのまま城壁の下へと落下していった。

 

「何だ!?」

「うおおおお!」

「こ、氷!?絶対零度………!?」

 

 同時にアスナが混乱する敵に向け、攻撃の合図を出す。

 

「今がチャンスだよ!突撃!」

「「「「「「「「おう!!!」」」」」」」」

 

 先頭を走るのはタンク三人衆とラキアであった。

三人は、落下して地面に叩きつけられた者達には目もくれず、

並んで今まさにこちらに殺到してこようとする、城門内の敵を牽制する。

城の入り口まではまだ五十メートルくらいあり、

そちらから激しい遠隔攻撃も飛んでくるが、

三人はそれを難無く防ぎ、仲間達は無事、城門の内部へと侵入を果たした。

その間に先行して突っ込んだラキアが、その手に持つ巨大な斧を、

落ちてきた衝撃でスタン状態になっている敵に容赦なく振り下ろしていく。

他の者達もすぐにその攻撃に加わり、

壁上に陣取っていた五十人ほどのプレイヤー達は、またたく間に殲滅された。

それを見ていたユキノは、城壁の内部に上り下りする為の階段が城壁内に無かった為、

仕方ないといった表情でヒラリと飛び降り、優雅に着地を決める。

 

「さっすがユキノ!」

「いいえ、レコン君のサポートがあってこそよ、アスナ」

「そっか、さっすがレコン君!」

「いえ、僕なんかまだまだですよ」

 

 ユキノの後を追って飛び降りてきたレコンは、はにかむような表情でそう言い、

そのまま城の方に目を向けた。

城の内部から、敵の近接アタッカー陣がちらほらと姿を見せており、

今はタンクの三人が牽制しているものの、すぐにまた激しい戦いが行われる事になりそうだ。

ちなみに城壁から城入り口の間に配置されていた敵プレイヤーは、

タンク三人が相手では分が悪いと判断したのか、既に城内に引いている。

 

「随分統率がとれてますね」

「そういえばシグルドとまともに戦うのってこれが初めてだよな」

 

 それに対しては、シルフ領の四天王であるフカ次郎とリーファがこう答えた。

 

「まああいつは腐ってもシルフ軍のエースだったし、

戦いに関しては意外としっかりしてるよ」

「多少成長もしてる気がするよね」

「そっか、相手にとって不足なしだな」

 

 キリトは頷きながらそう言うと、全軍に前進するように伝えた。

 

「行こう!」

 

 その声を受け、ホーリーを先頭にタンクの三人が城内へと歩き出す。

その迫力に押されたのか、先ほどまでこちらを伺うように、

ちらほらと姿を見せていた敵の近接アタッカー陣が城内へと完全に引っ込んでいく。

 

「ん………」

 

 その動きに何かを感じたのか、キリトが思わずそう呟く。

 

「キリト君、どうかした?」

「いや、何となく敵の動きが不自然な感じが………」

「何かあるのかな?」

「分からないけど警戒していこう」

「うん」

 

 仲間達は次々と城の内部へと入っていく。

 

「あ、ユキノさん、今のうちにこれ、返しますね」

 

 最後尾近くを歩いていたレコンが、そう言ってユキノにウォールブーツを差し出した。

 

「あ、そうだったわね」

 

 二人はそのまま城内に入り、まだ後方にいる二人にチラリと視線を向けた。 

 

「アサギさん、そろそろ!」

「うん、今行く!」

 

 アサギは殿として、まだ城門の外で敵を警戒しており、

リオンはそんなアサギを呼ぼうとそちらに向かっていた。

その瞬間にいきなり上から鉄の扉が落下し、城門が閉ざされた………アサギを残したまま。

 

「えっ?」

「なっ………」

「まずいわね、キリト君!」

「むっ」

 

 その事態にユキノが慌ててキリトに声をかけたが、

その瞬間に、今度はユキノ達が今まさに通った城の入り口の上から鉄の扉が降ってくる。

 

「くっ………リオンさん!」

 

 ユキノは咄嗟にその手に持つウォールブーツをリオンに投げ、

リオンがそれをキャッチした瞬間にその扉は閉ざされた。

 

「これは………あっ、そうか!」

 

 今リオンは城門と城の入り口の間にいたが、城壁の上に登る手段が無い為、

そこから城門を登ってアサギのいる場所に行くのは不可能であった。

だがこれがあれば、アサギの所にたどり着く事が出来る。

リオンはユキノの機転に感謝しつつ、ウォールブーツを装備して、城壁を垂直に登った。

 

「アサギさん!」

 

 城壁の上でそう叫び、下を見たリオンは、その光景に愕然とした。

どこに隠れていたのか、城壁の外には二十人ほどの敵が姿を見せており、

城門を背にしたアサギがその敵を相手に一人で激しい戦いを繰り広げていたからである。

 

「アサギさん、今助けるから!」

「リオンちゃん!」

 

 そしてリオンは城門の上でロジカルウィッチスピアを構え、高らかにこう叫んだ。

 

「目覚めよ我が娘よ!」

 

 こうして二人の厳しい戦いが始まった。



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第1113話 アレス戦~城門の攻防

お待たせしました、やっと鎮痛剤が効く程度には落ち着きました(泣)

8/4追記
全然落ち着いてませんでした、毎晩苦しんでおります、もうしばらくお待ち下さいorz


「アサギさんから離れろ!」

 

 アサギとは長い付き合いであり、とても仲がいいリオンはキレていた。

アサギに無骨な男共が群がり、傷つけようとしているのはとても不愉快だったからだ。

 

「くそっ、相手は二人だ!せっかく罠が成功したんだから、確実に仕留めろ!」

 

 今回の敵は、それなりにやるらしい。

そう思ったリオンは、だが激情の赴くままにロジカルウィッチスピアを乱射し、

アサギの周りから敵を排除する事に成功した。

その分リオンに対して魔法攻撃が集中したが、幸い弓使いがいなかった為、

リオンは余裕を持って敵の魔法攻撃を吸収し、

永久機関よろしく、戦闘継続能力を維持し続ける事に成功していた。

だがここまでに二人が倒せた敵の数はゼロであった。敵は戦いを慎重に進めており、

無理せずアサギへの細かいダメージを積み重ねる事に腐心していたからだ。

ここまでアサギへのヒールはつたないながらもリオンが行っていたが、

攻撃はロジカルウィッチスピアで吸収し続けているMPを使用しているので問題ないものの、

ヒールに関してはリオンの自前のMPを使っている為、

その残量は徐々にゼロに近付いてきている。もしリオンのMPが切れたとしても、

アサギは自前で回復アイテムをそれなりに所持している為、

多少の間なら戦闘を継続する事が可能だが、

それによって勝利を手繰り寄せられる可能性はゼロである。

 

「リオン!」

「アサギさん!」

 

 二人はそう声をかけあう事でその認識を共有し、

こうなったら死ぬ気で出来るだけ多くの敵を倒すしかないと、目を目で頷き合った。

直後にアサギが動く。

 

「鉄扇公主、モード、デストロイ!」

 

 その言葉に反応し、鉄扇公主の扇骨が伸び、刃を形成する。

 

「うがっ!」

 

 敵の一人がそれに虚を突かれ、まともに攻撃をくらう。

リオンはそのチャンスを逃さず、攻撃をその一人に集中した。

 

「まず一人!」

 

 二人の連携によって、その敵が消滅する。

 

「くそっ………」

「落ち着け!このままじわじわと削るんだ!」

「ロジカルウィッチは魔法を吸収するぞ、あっちに魔法を撃つな!」

 

 その言葉を聞き、リオンは歯軋りをした。

元々リオンは集団戦でこそ活躍出来るプレイヤーであり、

こういった個人の勇が要求される戦闘には不向きである。

それを改善する為に色々試してはいるが、まだ実になっていない現状、

この状況は非常にまずい。

 

(でもやるしかない!)

 

 リオンがそう覚悟を決めた瞬間に、背後から足音がした。

 

(まさか………伏兵!?)

 

 そうドキリとし、後方の城門に目をやったリオンの視界に飛び込んできたのは、

シノン、コマチ、ウズメ、ピュアの四人であった。

 

 

 

 アサギとリオンが孤立させられ、焦っていたキリト達は、

敵と交戦しながら、ユキノの指示に従い、城門の裏側に当たる位置を徹底的に調べていた。

 

「キリト君、これ………」

 

 そんな中、アスナが説明が書かれたハッチのような物を発見した。

そこにはこう書いてあった。

 

『城門上ルート(四人用)ただし一方通行』

 

「四人………?」

「どうやら敵にもある程度制約があるようね、

好きに城内にプレイヤーを配置出来る訳ではなさそう」

 

 近くには同じようなハッチがあったがそこについているランプは使用済という事なのか、

赤く点灯しており、開く気配はない。

唯一アスナが見つけた少し分かりにくい所にあるハッチのみが通行可能のようで、

その色は青く輝いている。

 

「よし、二人を助けにいくメンバーを………」

「それなら私が行くわ、城門から弓を射掛けるのは定番でしょう?」

 

 シノンがそう志願し、続いてウズメが手を上げる。

 

「わ、私も行く!アサギさんを助けたいから!」

 

 同じ事務所で仲良しである為、この志願はまあ当然といえば当然だ。

 

「………でもウズメは近接アタッカーだ、

もし向こうが戦闘になってたら城門から降りないといけないし、

そうするとアサギさんがいるとはいえ、敵の数によっては死ぬかもしれないぞ?」

 

 ウズメの身を心配してそう言うキリトに、ウズメはきっぱりとこう答えた。

 

「私は私の失敗で死ぬ事を全然駄目だと思わない。それって絶対次に繋がることだし、

そういうの全部踏み越えた先に、誰にも負けない私がいるって思うから、

だから私自身の為にも行かせて欲しい!」

「大丈夫、私がフォローしますから」

 

 横からピュアが微笑みながらそう言い、キリトはそんな二人に頷いた。

 

「分かった、でもまあ出来れば死なないようにな、ハチマンが悲しむと思うから」

「うん!」

「頑張ります!」

「まあもう一人行けるんだ、え~と………それじゃあコマチ、頼む。

ウズメとお互いの背中を守って戦ってくれ」

「うん、任せて!」

「あっ、コマチさん、これを持っていって」

 

 その時ユキノがコマチにウォールブーツを差し出してきた。

 

「これがあれば………ね?」

「ああ!さっすがユキノさん!」

 

 ユキノはコマチに何か耳打ちし、

こうして選抜された四人は、そのままハッチを潜って城門上に飛び出したのであった。

 

 

 

「みんな!」

「リオン、状況は?」

「私はそろそろМPがきつくなってきたところだった、アサギさんは無事だけど………」

 

 リオンはアサギから目を離さないように気をつけながら四人にそう答えた。

 

「オーケー、それじゃあさっさと敵を片付けましょうか」

 

 そう言って弓を構えるシノンに、コマチが待ったをかけた。

 

「待って待って、さっきユキノさんがこう言ってたの。

とりあえず合流したら、ウォールブーツを使ってアサギさんを城門の上に引っ張り上げて、

上から一方的に攻撃すればいいと思うわ、って!」

「なるほど………それじゃあ敵を牽制して、その間にアサギさんを」

「それなら私達に!」

「任せて下さい!」

 

 ウズメとピュアがそう言って説明を始め、四人は目を大きく見開いたのであった。

 

 

 

「………ん?何か聞こえないか?」

「これは………歌!?」

「な、何でこんな時に………」

「おい、あれ!」

 

 突然戦場に歌が響き渡り、守備側のプレイヤー達は辺りを見回して、

城門の上で歌い踊る二人のプレイヤーの姿を見つけた。

 

「あれって噂の………」

「フランシュシュの二人に似てるっていうあれか?」

「くっそ、本人じゃないはずなのにマジで歌が上手え………」

「それにあのダンス、つい目があっちに向いちまう………」

 

 そこではウズメとピュアが、

ライブさながらにフランシュシュの曲を踊りながら歌っていた。

七人分の役割を二人でこなすのは大変だったが、

二人はいずれ、ALO内で二人でゲリラライブをするつもりだった為、

既に練習済なのであった。

 

「凄え………」

 

 攻撃をくらう可能性を全く無視し、二人はこのパフォーマンスに全力投球していた。

そのせいか、攻撃を受ける事もなく、下にいるプレイヤー達はそんな二人に見入っていた。

その隙を突いて、ウォールブーツを装備したコマチが壁面を走る。

 

「アサギさん、こっち!」

「っ………コマチさん!」

 

 アサギは上に援軍が来ている事を認識しつつも、

敵から目を離さないように警戒を続けていたが、

ここに来てコマチから直接声をかけられた事で、初めて振り返った。

そこにはこちらに手を伸ばすコマチの姿があり、アサギはその手を躊躇いなく掴んだ。

その瞬間にアサギの体はぐいっとコマチに引き寄せられ、

そのままコマチに抱えられてどんどん壁面を上へ登っていった。

 

「………まさか女の子にお姫様抱っこをされる日が来るなんて」

「あはははは、お待たせしましたアサギさん、助けに来ましたよ!」

「ありがとう、コマチさん」

 

 それで下のプレイヤー達は状況に気付き、ハッとしたが、時既に遅し、

アサギは既に安全圏に去っており、そしてシノンからの攻撃が始まった。

 

「さて、それじゃあ死になさい」

 

 そこからシノン一人で射っているとはとても思えない数の矢が降り注ぎ、

プレイヤー達は右往左往しながら城門に沿って逃げ出し始めた。

どうやってもこちらからの攻撃はシノン達には届かないのだ、これは当然であろう。

 

「くそっ、化け物め………」

「必中のシノン、セブンスヘヴンランキング十位だったか?」

「足を止めるな!引け、引け!」

 

 その逃げる方向を見て、コマチが首を傾げた。

 

「ん~?ねぇ、どうしてあっちに逃げるのかな?

逃げるなら普通、このお城から遠ざかろうとするんじゃない?」

「そういえば確かに………」

「もしかしてあっちにお城の中に通じる道があるとか?」

 

 その言葉に一同はハッとし、慌てて追撃を始めた。

 

「ウォールブーツがあるから最悪上るのは何とかなる、とりあえずみんな、下へ!」

 

 リオンがそう冷静に指示を出し、一同は城門から飛び降りた。

そのまま逃げる敵を追撃していくと、城の裏手に確かに中へ通じているような扉があった。

 

「あった!」

「まずい、間に合わない!」

 

 だが敵もさるもの、最初から逃げに徹したのが功を奏したのか、

六人に追いつかれる前に扉に飛び込み、中に逃げ込んで扉を閉める事に成功した。

 

「くっ………」

「困ったわね」

「どうやって中に入ろう………」

 

 扉は重厚であり、叩こうが何をしようがびくともしない。

その時背後から大勢の足音とざわめき声が聞こえ、六人は身を固くした。

 

「また敵の援軍?」

「しつこいわね………」

「待って、あれって………」

 

 遠くに見えたのは、特徴のある赤い鎧。

そう、そこにいたのはユージーン、サクヤ、アリシャ達の軍勢であった。



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第1114話 アレス戦~嵐の前

長く休んでしまって大変申し訳ありません、本当はいけないのでしょうが、バファリン神を過剰に消費しつつ我慢していた結果、多分ですが、歯の神経が勝手に死んでくれました(滝汗)暑さに負けて数日は投稿出来ない日があるかもしれませんが、今日からまたしっかり書いていきたいと思いますので今後とも宜しくお願いします!


「ユージーン!こっちこっち!」

 

 誰が相手でも態度が変わらないシノンが、ユージーンに向けてそう声をかける。

それに気付いたユージーンは、一応周囲を警戒しながら仲間達と共にこちらにやってきた。

 

「む、シノンか、やっぱりいたな。一応聞くが、まさか敵じゃないよな?」

「あなたがハチマンからのアドバイスを無視していなければ、そうね」

「そんな事あるはずがないだろ、ちゃんとジャイ………巨人ともお別れしてきたさ」

 

 二人はセブンスヘヴンランキング九位と十位として普段からライバル意識を持っているが、

その仲はもちろん悪くはなく、こういった場面では、

実力が近い相手としてお互いを尊重し合っていた。

 

「ジャイ………………何?」

 

 訝しげにそう尋ねてくるシノン相手に、

まさか正直に、巨人に名をつけていたなどとは言えず、

ユージーンは誤魔化すかのように、露骨に話を逸らした。

 

「それはいい、で、状況は?敵はどこだ?」

「多分この城の中」

 

 シノンはそう言いながら、コンコン、と閉ざされた扉を叩いた。

 

「ほう?シノン達はここで何を?他のみんなはどうしたんだ?」

 

 サクヤのその問いに、シノンは肩を竦めながら答えた。

 

「敵の罠にはまって分断されちゃったのよ、で、中に戻ろうとしてたんだけど」

 

 そう言いながらシノンは、開かない扉をゴン!と叩いた。

 

「この扉をどう開けようかなってね。不壊属性じゃないみたいなんだけど」

「なるほど、そういう事だったか」

「それならユージーン君がいるじゃない、ユージーン君ならいけるよね?ね?」

「さすがにそれは………」

 

 アリシャがユージーンを持ち上げ、ユージーンは躊躇うそぶりを見せたが、

シノンの後ろにウズメとピュアがいるのを見てハッとし、ドンと胸を叩いた。

 

「い、いや、やる、やってみせる!」

 

 そう、ユージーンはフランシュシュの大ファンであり、

ハチマンが度々、この二人が本人であると仄めかすような事を言う為、

この二人の前で活躍出来そうなこのチャンスを逃す訳にはいかなかったのである。

 

「さっすがユージーン君、それじゃあお願いね!」

「おう、任せろ」

 

 そうは言ったものの、ユージーンはこの扉をぶち破れるという確信をまだ持てておらず、

若干自信無さげに構えをとっていた。

 

(くっ、この重厚な扉が俺に破れるか………?)

 

 迷うユージーンがチラリとウズメとピュアの方を見たのに気付き、

アサギは、ははぁ、と思い、ウズメとピュアにこう囁いた。

 

「ねぇ二人とも、ユージーンさんにもっと声援を送ってあげて」

「あっ、うん、そうだね、ユージーンさん、頑張って!」

「応援してますから!」

 

 その声が、毎晩聞いているフランシュシュのアルバムの声とダブり、

ユージーンはカッと目を見開いた。

 

(ま、まさか、アイドルから生声援をもらえるとは!俺はやる、やってやるぞ!)

 

 その全身からまるでオーラが迸っているかのように、裂帛の気合いが放たれる。

 

「うおおおおお!ヴォルカニック・ブレイザー!扉よ、あっつくなぁれ!」

 

 ユージーンは、ウズメとピュアにいいところを見せるべく、

ここでグラムを失ってもいいというつもりで躊躇いなく剣を振りぬいた。

そしてソードスキルのエフェクトが収まった後、その扉にピシリとヒビが入った。

だがそれ以上、扉に変化は訪れない。

 

「おお?」

「惜しい?」

「ううん、いけたみたい」

 

 シノンがそう言って、その扉にヤクザキックを放つ。

その瞬間に扉が崩れ、奥へと続く通路が姿を現した。

実に女の子らしくない仕草だが、ハチマンがここにいないからだというのは言うまでもない。

そしてもしハチマンがここにいたら、シノンはしれっと他の誰かに同じ事をやらせ、

自分はあくまで大人しくしていただろう事もまた間違いない。

 

「やった!」

「さっすがユージーン君!」

「ふう………俺にかかればまあこんなもんだ」

 

(危なっ………)

 

 内心はヒヤヒヤながらも、こうして城への突入口は、無事確保された。

 

「フン、それじゃあ行くとしようか」

 

 精一杯格好をつけつつ、ウズメとピュアにアピールしたユージーンの前で、

その時二人がまるで、こちらとハイタッチをするかのように手を上げた。

 

(こっ、これは………夢にまで見た芸能人と触れ合うチャンスなのでは………!?)

 

 ユージーンはドキドキしながらそう思い、二人の方に一歩を踏み出しかけた。

だがその目の前で、ウズメとピュアはお互いの手の平を打ち合わせ、ハイタッチをした。

 

「イェ~イ!」

「これで皆さんと合流出来ますね!」

「それじゃあみんな、早くキリト達と合流しましょう」

 

 シノンがそう言って扉を潜り、他の者達もその後に続いて中へと入っていった。

ユージーンは中途半端に手と足を上げたまま固まっていたが、

さすがにかわいそうだと思ったのだろう、アサギが通りすがりにその手をパン、と叩いた。

 

「むっ………」

「ふふっ、ドンマイ」

「な、何がだ!?俺は別に………」

「いいからいいから、ほら、行きましょうよ」

「お、おう、そうだな」

 

 それで気を取り直したユージーンは、次の機会にまた頑張ろうと思い、

心の中でアサギに感謝しつつ、その後をついていった。

自分が芸能人と、生まれて初めて触れ合ったという事には気付かないまま。

 

 

 

 一方キリト達は、城内が狭い上に複雑な構造になっていた為、

隊をいくつかに分けざるを得ず、行く先々で敵の待ち伏せにあい、苦戦していた。

とはいえ突破が不可能だったとかではなく、

単に事故で味方が死亡し、人数が減るという事態を懸念したのである。

 

「くそ、開けた場所で戦えればどうって事ないのにな」

「さすがにこれだけ敵がまとまってると厳しいわね」

「でもまあこいつら中々やるよなぁ、正直なめてたわ」

「どうする?」

「ん~、一旦引こう。戦力を分けるのはやめて、

比較的広い場所を狙って全員で突破を狙った方が良さそうだ」

「了解、連絡を回すね」

 

 キリト達はそのまま引いていき、SDSのメンバー達は歓声を上げた。

そしてシグルドは、部下からその事について、勝利扱いとして報告を受ける事となった。

 

「………といった感じで、敵を撤退させる事に成功しました。我がギルドの勝利です!」

 

 その報告に、シグルドは満足そうに目を細めた。

 

「それで、何人の敵を倒せたんだ?」

「それは不明ですが、どちらが優勢とも言えない状況だったのに敵は引いていきました。

おそらく混戦の中で、敵の何人かが倒れたのではないかと愚考致します!」

 

 もしここにハチマンがいたら、そんなものは報告とは認めなかっただろう。

何故ならそこには事実が何一つ無いからだ。

だがやっと自分のギルドが持てた事で上機嫌だったシグルドは、

いかにも曖昧でふわっとしたその報告に対し、鷹揚に頷いた。

 

「………そうか、よし、この後も頼むぞ」

「は、はい!」

 

 実はシグルドも内心では、情報の正確性に問題があるな、などと思っていたが、

それ以上にヴァルハラ相手に互角に戦えている事の喜びの方が大きく、

部下達も同様にその事を喜んでいるようだった為、

この点には今日は目を瞑り、今後徐々に部下を教育していこうと考えていた。

何せ今日はこのギルド、SDSのデビュー戦なのだ、

正直ヴァルハラ相手に勝てるとは思っていなかったが、

出来るだけ善戦して少しでもギルドの名声を高めたい、

そしていずれはヴァルハラを超えたい、それがシグルドの一番の目的であった。

要するに他者からの承認欲求である。

その気持ちが大きすぎるが故に、前述のように問題がある事を自覚していたものの、

シグルドは戦いが互角で推移している事を重視し、

部下達の配置について、特に新たな指示を出すような事はしなかった。

その受身の姿勢のせいでシグルドは、ここから最後まで後手後手に回る事となる。

 

「よし、引き続き各所の防御に専念してくれ。だが決して無理はしないでいい。

あくまでも、最終決戦地はここだからな」

「は、はい!」

 

 シグルドは部下にそう伝えた後、背後に鎮座している巨大な像を見た。

 

「………その時が来れば、この神とやらも動き出してくれるだろうしな」

 

 そこに立っていたのは神アレスの像である。

このクエストの名前がアレス討伐戦である以上、おそらくシグルドの予想通り、

敵がこの広場に踏み込んできたらアクティブ化してくれるだろう。

 

「まあとりあえず、今は防御だ」

 

 シグルドはそう呟き、神像の前に座って腕組みすると、戦闘の再開報告を待つ事にした。

 

 

 

 一方ヴァルハラである。

 

「それじゃあ突破を狙うならここか」

「ええ、構造的にもおそらくここがボス部屋に通じていると思うわ」

「敵はここまででどのくらい倒せてる?」

「全部合わせて二十人というところかしら。

コマチさんからの報告も合わせると四十人ほどになるかしらね。

もっともプレイヤーは補充されるのだから、意味のない数字ともいえるでしょうけど」

「って事は、敵は分散させたままにして、遊兵の数を増やした方がこっちには有利って事か」

「そうね、出来れば敵プレイヤーの集結前に、一気に敵のボスまで倒してしまいたいわ」

「オーケー、それじゃあみんな、ヴァルハラの力をとことん思い知らせてやろう」

「出来たてのギルドが相手なんだから、苦手意識を植え付けてやらないとねっ!」

 

 ヴァルハラのメンバーだけではなく、ラキアとスプリンガー、

そしてアルン冒険者の会のメンバー達や、スモーキング・リーフの六姉妹は、

その言葉に獰猛な笑顔を見せたのだった。



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第1115話 アレス戦~二転

『ヴァルハラが姿を現しました、今から戦闘に突入します!』

 

 待機していたシグルドの所にそんな連絡が入ったのは、それから数分後の事であった。

 

「やっと来たか、どれ、お手並み拝見といくか」

 

 実際は自分達の方が挑戦者の立場なのだが、

シグルドは近くにいる部下達に見せつけるかのように、余裕ぶった態度でそう言った。

だがその内心では、もちろんそこまでの余裕はない。

 

(さっきまでの感じだと、それなりには戦えるはずだ………)

 

 そう思いつつシグルドは、その連絡をしてきた部下に、

敵の戦力はどのくらいか尋ねるメッセージを送った。

だがそこから続報はなく、シグルドは、多分一進一退の攻防を繰り広げているせいで、

メッセージを返す余裕が無いのだろうと漠然と想像した。

 

(そうだ、今のうちに他のチームにも警戒を促しておくか)

 

 シグルドはそう考え、他の場所にいる部下達に、ヴァルハラと接敵した事を伝えた。

それに対して続々と返信が集まってきたが、

まだ他のチームで戦闘状態に突入した所は存在しなかった。

この時点でシグルドは、敵が戦力を集中させてきたのではないかと疑うべきであったが、

ここでシグルドは不運にみまわれた。

他のチームが別ルートから突入してきたシノン達と激突したのだ。

シノンは、キリトと連絡をとり、最終的に合流出来るように、

漠然と中央に向かうルートを進んでいたのだが、

その途中で通路を守る敵チームを発見し、丁度このタイミングで攻撃を仕掛けたのであった。

この事によってシグルドは、敵が再びバラバラに攻めてきているのだと誤認した。

 

「ヴァルハラの攻め手はさっきと一緒か………まったく芸のない事だ」

 

 シグルドがそう考えたのも無理はない。

最初にヴァルハラと遭遇したチームから敵戦力の報告が無い以上、

表面だけ見れば、確かにヴァルハラの動きはそう見えるのだから。

だが実際はそうではなく、最初に報告をしてきたプレイヤーは、

実はシグルドに返信する暇もなく、シャーリーとサトライザーに急襲され、死亡していた。

 

 それに気付かなかったのは単純にシグルドのミスである。

シグルドはこういった風にレイド単位のプレイヤーを率いた経験が少なく、

メニューを操作してレイドメンバーの状況を確認する事を怠っていたのだ。

かつてのシグルドは有力プレイヤーではあっても、

このように『軍』と呼べる規模のプレイヤー同士の戦闘を経験した事はない。

 

 ご存知の通り、かつてシルフとケットシーの同盟調印式が行われた時も、

シグルドはシルフの首都であるスイルベーンから動いておらず、

その戦いには参加していない。そしてこの場にいる他の部下達も、

このギルドがシグルドのワンマンギルドに近いものだった為、

指示に従って周囲を警戒するのみであり、

他のチームの状態を確認するような者はいなかった。

こうして他のチームの者達には、ただその場で警戒するようにとだけ伝えられ、

結果的に多くのプレイヤーが、戦闘に参加する事なく待機させられる事になったのだった。

 

 

 

「キリトさん、前方に敵発見です!数はどうやらさっきと変わっていません!」

「まあ確かに普通はこの短い時間で配置替えなんかしないよな、オーケーオーケー」

 

 キリトはレコンからの報告を受け、頷きつつニヤリとした。

 

「よし、タンクを先頭に一気に突撃するぞ!

それともしメニューを開いて何かしているそぶりをみせている奴がいたら、

優先的にそいつを倒してくれ!運が良ければ敵同士の連絡の邪魔が出来るはずだ!」

「「「「「「「「了解!」」」」」」」」

 

 ちなみに少数ではあるが、こちらに味方してくれている一般のプレイヤー達は、

各タンクに割り振られ、その後方であまり無理をしないように指示されていた。

 

「それじゃあ攻撃開始だ!」

 

 そのキリトの言葉を合図に、ヴァルハラ連合軍は動き出した。

 

「おおおおお!」

 

 ホーリーが雄叫びを上げ、先頭をきって敵に突っ込んでいく。

SAO時代のホーリー~ヒースクリフはそんな事をした事が無かったが、

最近はこういった態度をとる事が多い。

前にその事についてキリトが尋ねた事があったのだが、

その問いにホーリーはこんな答えを返してきた。

 

『SAOの時はモンスターが相手だったから必要なかったけどね、

プレイヤーが相手の時は、こういう事でも敵を怯ませられる事があると学んだんだ』

 

 その狙い通り、敵の一部がどうやら足を竦ませているように見え、

キリトは素直に感心しつつも、バトルジャンキーの本領を発揮し、

ホーリーの真後ろから飛び出して敵に斬り込んでいった。当然アスナ達もそれに続く。

そんな戦闘の最中、狙撃手として戦場を冷静に見ていたシャーリーは、

ある事に気が付き、魔法銃を構えた。

 

「見つけた!多分あいつ、メニューを操作するつもりだ!」

 

 その見立ては正しく、今まさに一人のプレイヤーが、

シグルドにメッセージを入れようとしていた。

そのプレイヤーは、このチームのリーダーであり、

先ほどもシグルドに、ヴァルハラと接敵した事を伝えたプレイヤーである。

そのメッセージの内容は『ヴァルハラが全軍でここに攻めてきた』というものであったが、

メッセージの入力画面を開いた瞬間に、

そのプレイヤーはシャーリーの魔法銃の攻撃を受け、その場で転倒する事となった。

当然もう、メッセージを書いている余裕などない。

 

「ぐっ、早くシグルドさんに連絡しないといけないのに、

まさかこの距離で当ててくるとは………」

 

 プレイヤーを一撃死させられるような大口径の魔法銃は、現状はまだ存在していない。

ナタクが開発中ではあったが、完成したとしても、

魔力のチャージにかなり時間がかかるのは間違いないと言われていたが、

とりあえず今シャーリーが手にしている魔法銃は、通常仕様のものである。

これは連射がきくかわりに威力はそれなりだ。

 

「あっ、あいつ、またメニューを………早く次を撃たなくちゃ!」

 

 シャーリーは狙撃を続行すべく、再び魔法銃のスコープを覗いたが、

その視界がいきなり銀色に染まり、シャーリーは慌ててスコープから目を離した。

 

「えっ、何?」

 

 見ると一人のプレイヤーが、シャーリーが狙っていた敵に短剣を突き刺していた。

どうやら先ほどスコープ越しに見えた銀色は、

そのプレイヤーが着ていた装備の色だったようだ。

銀色のオートマチック・フラワーズ………サトライザーである。

 

「うわ、サトライザーさん、さすがというか、素早っ………」

 

 どうやらサトライザーは、シャーリーの叫びを聞いてそのプレイヤーを見つけ、

そのまま一気に突撃したようだ。

こうして二人のコンビプレーによって指揮官を失った敵は、

その後は散発的な個人単位での抵抗しか出来ず、

HPの低いこちらの一般プレイヤーを何人か倒しはしたが、

有名なプレイヤーは一人も倒す事が出来ず、そのまま数分後に全滅する事となった。

彼らはそのまますぐに外に排出されてしまった為、

仕様上、もう中にメッセージを送る事は不可能だ。

 

「よし、勝利!」

「キリト君、どうする?」

「回復しつつすぐに移動だ、兵は神速を尊ぶ。このまま走るぞ!」

 

 キリトはそのまま進軍の指示を出したが、実はこの先にはもうボス部屋があるのみである。

それもそのはずだろう、人数が多い防御側であっても、

さすがに全部の通路に二段構えの守備隊を置くような余裕はない。

本来なら敵に数倍するプレイヤーに弾幕を張らせる事で敵を足止めし、

ピンチになりそうなら本隊から救援を出すという運用を狙っていた防御側だが、

その思惑は今や完全に崩れ、

遂にキリト達はボス部屋へと到達する事となったのだった。

 

「シグルドさん、誰か来ます」

「む、どこかのチームが戻ってきたのか?前線で何かあったか?」

 

 ボス部屋で待機していたうちの一人がそう報告し、

シグルドはここで初めてレイドのメンバーリストを開いた。

 

「なっ………」

 

 それにより、味方の一部隊が全滅している事にやっと気付いたシグルドは、

ここで初めて敵が一点突破を狙ってきたのだと思い当たり、

頭をガン!と殴られたかのようなショックを受けた。

 

(しまった………)

 

 そして直後にシグルドの目に飛び込んできた、特徴的な六色の装備。

オートマチック・フラワーズ、ただそこにあるだけで敵を威圧するその装備に身を包むのは、

白のアスナ、黒のキリト、青のユキノ、銀のサトライザー、藍のラン、紫のユウキであった。

 

「シ、シグルドさん、ハチマンの姿は見当たりませんが、ヴァルハラの副長が勢揃いです!」

「絶剣と絶刀まで………」

「前線のチームはどうしたんだ!?まさか全滅したのか!?」

「そ、そんな、こんな短時間で!?」

 

 そして六人が部屋に足を踏み入れた瞬間にアナウンスが流れ始める。

 

『攻撃側がボス部屋に侵入しました。百八十秒後に部屋が閉鎖されます』

 

「なっ………」

 

 それは誰にとっても想定外の出来事であったが、キリト達にとっては望外の喜びであった。

 

「お、マジか、それじゃあもう敵の援軍は来ないんだな、ラッキー」

「それでも五十人くらいはいそうじゃない?」

「敵の本隊なのだから、それなりにやりそうよね」

「まあさっき突破してきたのと同じくらいの数っぽいし、いけるいける!」

「でもあの大きいの、今にも動きそうじゃない?」

「あれがアレスなのかな」

 

 のんびりとそう会話をする六人とは対照的に、

シグルドは慌てて他のチームをボス部屋に戻そうとした。

おそらく間に合わないだろうが、やらないよりはマシだろう。

 

(くっ、どこかのチームが間に合ってくれればいいが………)

 

 シグルドはそう思いつつ、防御陣形を整えていった。

キリト達は安全を確保する為だろうか、

部屋が閉鎖されるのを待っているようで、幸いまだ動き出す気配はない。

その時別の通路から、何人かのプレイヤーが姿を現した。

 

「間に合ったか!?」

 

 シグルドは思わずそう叫んだが、

それに対する返事はシグルドが期待したのとはかけ離れていた。

 

「あら、私達が間に合ったのは、あなたにとっては不運なんじゃないの?」

「お、お前は、シノン………」

 

 そう、到着したのは守備側ではなく攻撃側のシノン達であった。

そしてその後ろから、シグルドにとって、ある意味因縁の相手が二人、姿を現す。

 

「む、シグルドか、久しぶりだな」

「お、お前は、ユージーン………」

 

 かつてシグルドは、サラマンダー軍に寝返る為にユージーンと接触を繰り返していた。

だがその計画はハチマンとキリトによって潰され、

その後、サラマンダー軍とシルフ、ケットシー連合軍の戦いが終わった為、

結局シグルドはどこにも拾ってもらえず、そのままユージーンと会う機会も無くなっていた。

それ以来、久しぶりの再会である。

 

「むっ、シグルドじゃないか、これは懐かしい」

「シグルドだと?」

「ふん、サクヤか」

 

 因縁のもう一人はサクヤであった。

一応アリシャも後ろにいるが、シグルドの事が嫌いらしく、何も言う気配はない。

 

「あれからずっと、ハチマンに尻尾を振ってるみたいだな、サクヤ」

 

 シグルドのその侮蔑を含んだ言葉に、サクヤはだが笑顔でこう答えた。

 

「ははははは、まあ犬は嬉しいと尻尾を振るからな。

そういうお前はずっと尻尾を股の間に隠してたらしいな?」

「チッ、相変わらず口の減らない女だ」

 

 シグルドはそう言ってはみたものの、内心では焦りまくっていた。

 

(まずい、これはまずいぞ………こうなると、数の有利がほぼ無いに等しい………)

 

 こうしてシグルドは絶体絶命の窮地に追い込まれる事となったが、事態はこの後更に動く。



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第1116話 アレス戦~三転

すみません、昨日は思いっきり暑さに負けましたorz


「おっ、シノン、それに三種族連合軍!?」

「ふっ、助けに来てやったぞキリトよ、感謝するがよい」

 

 シノン達に気付いたキリトが驚いたような声を上げ、

若干調子に乗った感じでユージーンがそれに答えたが、

そんなユージーンをスルーし、キリトはサクヤとアリシャに駆け寄った。

 

「二人とも、助かるよ」

「気にするな、友達だろう?」

「うんうん、友達友達!」

「おいいいい!俺を無視するな!」

 

 ユージーンはもちろん本気ではないのだろうが、そんなキリトの態度に怒りを見せた。

 

「あれ、ユージーン、いたのか?」

「いるに決まってるだろ!」

「そうかそうか」

「反応薄いなおい!」

「どうどう、落ち着け落ち着け」

「これが落ち着いていられるか!」

「「っ………」」

 

 その時後ろから息を呑む気配がし、ユージーンはそのまま固まった。

振り向かなくてもユージーンには分かる、今のはウズメとピュアの気配であった。

 

(し、しまった、怖い人だと思われてしまったかもしれん!)

 

 ユージーンはそう思い、ことさらに笑顔を作りながらキリトの肩に手を回した。

 

「ははっ、冗談が過ぎたな親友」

「え、いきなり何だよ、気持ち悪い」

 

 キリトはそんなユージーンに若干引きながらそう言い、

ユージーンは再びイラっとしたが、それを表に出さないように必死に耐えた。

 

「どうしたんだキリト、それじゃあまるでハチマンみたいじゃないか。

やっぱり仲がいいと似るって事なのかな、ははっ。

まあこれから一緒に戦うんだ、俺達もいつもみたいに仲良くやろうぜ」

「………………」

 

 キリトはうさんくさい物を見るような目でユージーンの顔を見つめた。

 

(これはまさか、からかいすぎておかしくなったかな………………ん?)

 

 だがその時キリトはユージーンの意識が後方に向いている事に気が付いた。

今ユージーンの背後には、ウズメとピュアが佇んでいる。

 

(あっ、こいつもしかして、フランシュシュのファンなのか?)

 

 そこでキリトはピンときた。キリトはこういう事に関しては案外鋭いのだ。

 

(なるほどなるほど、でもあの二人はどう考えてもハチマンに………、

いや、まあいいか、これをネタに今日はユージーンをこき使おう)

 

 キリトはそんな黒い事を考えつつも、ユージーンに何と言おうか迷っていた。

と、その視界の隅に何かが映り、その瞬間にキリトはユージーンを突き飛ばした。

 

「なっ………」

「ユージーン、後ろだ!」

 

 そう言いながらキリトは剣を構え、今まさにウズメとピュアに向けて飛来した矢を、

その手に持つ剣で叩き落とした。

 

「「きゃっ!」」

 

 まだ初心者の域を脱したばかりのウズメとピュアは、

さすがに咄嗟に対応する事が出来ない。

そんな二人を守るようにキリトが仁王立ちし、ユージーンもその横に並んだ。

 

「おいキリト、あれは………」

「ああ、まさかここであいつらが介入してくるとはな」

 

 後方から現れた者達の着ている装備に付いているのは特徴的な七芒星のマーク、

そして今矢を放った者の後ろから、七人のプレイヤーが姿を現す。

それはまさかの七つの大罪であった。

 

「ちっ、防がれたか」

「あんた達、いきなり何すんのよ」

 

 七つの大罪達から一番近い所にいるシノンが、

腕組みしながらじろっとそちらを睨みつけた。

その隣では、何かあったらすぐ盾になれるように、アサギが身構えている。

 

「ふん、補充で入ったら丁度お前らがいたから撃たせただけだ」

「こっちは討伐数が足りなくてイラついてんだよ、キレんぞ!」

「わざわざ相手をしに来てやったんだ、金を払え」

「とりあえず飯、飯を食わせろ!」

「あ~だりぃ………さっさと終わらせて帰ろうぜ」

「お~お~、噂のアイドルをはべらせやがって、羨ましいんだよコラ!」

「あはぁん、くれぐれも踊り子さんには障らないで下さいねぇ」

 

 六人がいつも通り、好き勝手な事を言い始めたが、

アスモゼウスだけが若干焦ったような口調でそう言った。

同時にアスモゼウスはしきりにキリトにウィンクをしてくる。

要するに、『これは不幸な事故だから、お願い、私だけは見逃してね!』という、

キリトに対するアピールという事だろう。

 

(はいはい、分かってるって)

 

 キリトはそう思いながら、アスモゼウスに小さく頷いた。

 

「キリト君、どうする?」

 

 そしてアスナが真剣な顔でそう話しかけてきた。

 

「まあ確かにこれはちょっと厄介だよなぁ………」

 

 七つの大罪クラスのギルドに背後をとられ、

同時に正面のSDSとアレスを相手にするのはいくらヴァルハラでもさすがに厳しい。

キリトは内心の苦悩を表に出さないようにしつつ、意見を求めるようにユキノの方を見た。

その視線を受け、ユキノがキリトにアドバイスをする。

 

「………部屋が封鎖されるまであと少しよ。幸いSDSはまだかなり遠くにいるのだし、

その時点で上手く七つの大罪を部屋の外まで下がらせられれば戦いから閉め出せるわ」

「なるほど、それはいいな」

「その役目、私がやるわ!」

 

 そう一番に志願してきたのはシノンであった。

シノンはウズメとピュアと一緒に行動するうちに、二人と完全に打ち解けていたようで、

先ほど二人が不意打ちで狙われた事にかなり憤っていたのである。

 

「もちろん私も」

 

 アサギが、さも当然という風にシノンの隣に並ぶ。

 

「わ、私も!」

「借りは自分で返さないとですしね」

 

 ウズメとピュアも立ち上がり、その列に参加する。

 

「という訳で、ここは私達別働隊がそのまま受け持つね」

「ブタ野郎共の始末は任せて」

 

 最後にコマチとリオンがそう纏め、これによって、城門にいた六人が、

そのまま七つの大罪の相手をする事となった。

 

「分かった、任せる。でもさすがに六人だときついだろうから、他に………」

「待て待て、待て~い!」

 

 ここで立ち上がったのはユージーンである。

当然立ち上がったウズメとピュアをゴリゴリに意識した行動だ。

もちろん二人が狙われた事に対する怒りもある。

 

「六人ではないぞ、キリト!今回は特別にこの俺が………」

 

 助けてやろう。ユージーンはそう言おうとしたが、

その横からサクヤとアリシャが飛び出し、シノン達の手を取った。

 

「その意気やよし、私達も微力ながら協力しよう」

「老舗としては、新興勢力に簡単に負ける訳にはいかないもんね!」

「サクヤさん、アリシャさん、ありがとうございます!」

 

 キリトは二人に丁寧にお礼を言い、『ほら、格好つけてないでさっさと続きを言えっての』

といった感じの視線をユージーンに向けた。

ユージーンは、完全に出遅れてしまい、まずいと思ったのか、

強気な態度は控え、あくまで好感度を意識しながらこう言った。

 

「キリトよ、こちらの事は俺達に任せてくれ。今こそ我らの結束を示す時だ!」

「そうか、それじゃあ頼むぜ、ユージーン」

 

(まあユージーンがいれば安心だな、ウズメとピュアを出汁にするみたいで悪いが、

ハチマンがいない分、ユージーンには死ぬまでしっかり働いてもらおう)

 

 キリトはそう黒い事を考えつつ、しれっとした顔でそう答えた。

これでお互いの戦力差は二十対二十のほぼ互角な状態となる。

 

「何をごちゃごちゃ言ってやがる、もうすぐボス戦が始まるんだろ?

そこでさっさとケリをつけようぜ!」

「ケリ?ケリってのは対等な相手同士でつけるものでしょう?

あんた達じゃ完全に役者が足りてないわね」

「はっ、そういうセリフは実際に俺達に勝ってから言えっての!」

「「「「「あはははははは」」」」」

 

 アスモゼウス以外の残りの五人の幹部が、そのルシパーの言葉に合わせて大笑する。

その態度を身の程知らずと批判する者もいるだろうが、

ヴァルハラと七つの大罪がまともにぶつかるのは確かにこれが初めてであった。

 

「ユージーンさん、こっちは相手が調子に乗っているこのチャンスに、

あいつらをこの部屋から叩き出すつもりよ」

「む、アサギ、何かするつもりか?」

音速突撃( ソニックラッシュ)

 

 そのアサギの短い答えにユージーンは唸った。

 

「あれか………すまん、多分俺達の練度だと、ついていくのが精一杯だ」

「問題ないわ、こっちもウズメとピュアが慣れてないし、

人数的にも完全な音速突撃( ソニックラッシュ)にはなりえないもの」

 

 そう言いながらアサギは鉄扇公主を構えた。

 

「時間も無いし、行くわ。チェンジ、鉄槍公主!」

 

 そう叫んだ瞬間に、アサギの持つ鉄扇公主が槍へと変化した。

そしてアサギは極限まで足に力を込め、一気に敵目掛けて走りだした。

 

音速突撃( ソニックラッシュ)!」

 

 その言葉と共に、ヴァルハラの他の五人も突撃を開始した。

それを見た三種族連合軍のリーダー達も、慌てて仲間達に指示を出す。

 

「つ、続け、続けぇ!」

「みんな、ついてくよ!」

「と、突撃!」

 

 こうしてボス戦の開始直前に、戦端は開かれた。



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第1117話 アレス戦~外の戦い

すみませんまた暑さに負けましたorz
今日明日はこちらは多少涼しそうなので、順調に書けると思います!


音速突撃( ソニックラッシュ)

 

 そうアサギが叫んでいきなり突撃してきたのが想定外だった為、

ルシパー達は咄嗟に戦闘体勢もとれず、こちらに向かってくるアサギ達を、

まるでフィクションの登場人物か何かのようにぼ~っと眺めていた。

ルシパー達からすれば、とにかくマークしていたのはキリトやアスナなどの幹部達であり、

そちらにまったく動きが無い以上、このままヴァルハラは大人しく縮こまり、

遠くに見える守備側の仲間らしき者達と自分達の連合軍に、

蹂躙される運命でしかないと思いこんでいたからだ。

 

 ガツン!

 

 と、衝撃が来るまでは一瞬であった。

それでやっと今何が起こっているのか理解したルシパーは、慌てて仲間達に指示を出した。

 

「む、迎え撃て!」

 

 だが次の瞬間、ルシパーは再び衝撃を受け、後方へとぶっ飛ばされた。

 

「なっ………」

 

 これでもルシパーは、セブンスヘヴンランキング十六位の強者であり、

いくら不意を突かれたからといって、そう簡単にこんな状態にされる事はない。

だが実際ルシパーは今、仲間達と共に尻餅をついてしまっている。

それを成したのは、『私はヴァルハラ最弱のタンクですから』が口癖のアサギである。

だがヴァルハラ最弱であるはずのタンクは、見事にルシパーを後方に飛ばし、

部屋の外に出させる事に成功した。

 

(私、確実に強くなってる!)

 

 アサギは喜びに身を焦がしながらも決して油断する事はなく、

近場にいる敵の幹部連に盾を叩きつけていた。

 

「突撃!」

「突撃!」

「突撃!」

 

 そしてコマチとリオンがすぐ後ろから、

アサギの盾の攻撃を受けて体勢が崩れた敵を、更に後方へ、後方へとぶっ飛ばし、

シノンはどさくさ紛れにアスモゼウスを()()()()へと投げた。

 

「きゃっ!」

「邪魔よ」

 

 シノンは敢えてそう言い、アスモゼウスにウィンクした。

こうしてアスモゼウスは、七つの大罪のメンバーの中でただ一人、

ボス部屋内に取り残される事となったが、

味方の目が無くなったせいで、ヴァルハラと戦わなくて済む為、

その心の中はシノンへの感謝でいっぱいであった。

そしてやや遅れたウズメとピュアも、

修行中の音速突撃( ソニックラッシュ)もどきを敵にかましていく。

そのままウズメはその場に留まったが、さすがにヒーラーのピュアはすぐ後方へと下がった。

その横を、今度は三種族の連合軍が駆け抜ける。

 

「ここは通さん!」

「そういう事なんで、宜しくぅ!」

「お前らごときが俺に勝てると思ったか!」

 

 体を張って敵を外に押し出すその行為により、七つの大罪は室内から完全に駆逐され、

その直後にシステムアナウンスがこの場に響き渡った。

 

『ボス戦が開始されます、以後、室内に入る事は出来ません。

フィールド全体も外から封鎖されます』

 

 そして扉は閉ざされ、七つの大罪はアスモゼウスを除き、ボス戦から完全に排除された。

目標を達成するのと同時に貴重なヒーラーであるアスモゼウスをもこの場から排除する、

これはこの後の戦闘の事を考えても、アサギ達のあげた大きな成果だといえよう。

 

「き、貴様ら、ふざけるな!」

「おいルシパー、とりあえず立て直そう」

 

 そのルシパーの叫びを、ロールプレイしている余裕がなくなったのか、

サッタンが受けてそう言い、ルシパーの頭は少し冷えた。

 

「悪かった、おいサッタン、俺達二人であいつらが立ち上がるまでの時間を稼ぐぞ」

「おう!」

 

 ルシパーとサッタンは積極的に前に出て、アサギの前に立つ。

 

「悪いが倒させてもらう」

「望むところよ」

「待て待て待て~い、アサギさん、お手伝いします」

「カゲムネさん!」

 

 ここで足が遅く、やや遅れ気味だったカゲムネが前線に追いついてきた。

 

「邪魔をするな!」

「こちとらそれが仕事なんでね」

 

 カゲムネはそう叫ぶと、サッタンの激しい攻撃を見事に防いでいく。

途中転向組ながら、他のプレイヤーとは一線を画すステータス構成になっているカゲムネは、

タンクとしてはヴァルハラの四人に続き、完全にトッププレイヤーの仲間入りをしていた。

アサギもアサギであのルシパーを相手に互角に戦っており、

ヴァルハラとその仲間達のタンクのレベルの高さを存分にアピールする事となった。

 

「ちっ、厄介な」

「ルシパーさん、ここは俺達が!」

「任せて下さい!」

「立て直せたか、それじゃあここはお前達に任せ、俺達は敵の数を減らしてくるとしよう」

「任せたぞ、お前ら!」

「「「「「はい!」」」」」

 

 ここで七つの大罪のタンク達が前に出てくる。

以前ルシパーがグランゼに要求した通り、高性能のタンク装備に身を包んだタンク達は、

スキル構成こそタンクには向いていなかったが、

今回はモンスターが相手ではなく対人戦である為、それなりに戦えていた。

だがそんな彼らをもってしても、どうにもならない相手がここにいた。

 

「お前らごときに俺が止められると思ったか!」

 

 アサギとカゲムネと連携し、ユージーンが一人、また一人と敵のタンクを蹴散らしていく。

セブンスヘヴンランキング一桁は伊達ではないのだ。

 

「ヴォルカニック・ブレイザー!」

 

 ユージーンがソードスキルをリキャストごとに放つ度、

確実に一人のプレイヤーが死に追いやられていく。これではたまったものではなく、

離れたところで三種族連合軍のプレイヤーを数人葬っていたルシパー達が、

さすがにまずいとこちらに戻ってくる事となった。

アサギとカゲムネに幹部が二人ずつ付いて抑えに回り、

ルシパーとサッタンがユージーンと対峙する事となったのである。

 

「まさか二対一が卑怯だとは言わないよなぁ?」

「当然だ、これは闘技場の試合ではないからな」

「おらぁ、いくぜ!」

 

 サッタンが雄叫びを上げてユージーンに斬りかかり、こうして激しい戦いが開始された。

そのおかげでサクヤとアリシャの負担が減り、幹部が目の前からいなくなったのをいい事に、

二人は一気に攻勢に出て、七つの大罪の残りのメンバー達を殲滅しようと考えた。

 

「ここがチャンスだ!一気に攻勢に出ろ!」

 

 その勢いは凄まじく、敵が一人、また一人と倒れていく。

 

「このままいけば勝てるね、サクヤちゃん!」

「ああ、いけるだろう」

 

 シノンとリオンからも支援攻撃が来ており、

このままいけば、順当に敵を殲滅出来るだろう。

事実、敵はどんどんその数を減らしている。

 

(………おかしい、敵の主要メンバーが何人かいない)

 

 だがリオンはこの時漠然とした不安にかられていた。

ハチマンの隣で指揮の補助をする事が多かったリオンは、

当然主要な敵のギルドについても詳しい知識を持っており、

この場に必ずいなくてはならない人物がいない事に気が付いたのだ。

 

「アスタルト………」

 

 そのリオンの呟きを聞き、シノンがこちらに首を傾げた。

 

「ん、リオン、どうしたの?」

「ねぇシノン、敵の軍師のアスタルトがいないの………何でかな?」

「たまたま用事があって、今日は参加してないんじゃない?」

「それならいいんだけど………」

 

 直後に敵の後方から、何か音が聞こえたような気がし、

リオンとシノンは一瞬攻撃の手を止めた。

 

「シノン、今何か聞こえなかった?」

「ええ、聞こえたわ。これはまずい事になったかもしれないわね」

 

 直後に奥の通路から、多くのプレイヤーが姿を現した。

その先頭を走るのはアスタルト、その横にシットリの姿もある。

そしてその後方には、七つの大罪のメンバーの他に、

シグルドのギルドの者と同じ服装をした者が多数いた。

 

「シノン!」

「………なるほど、敵にも別方面を探索していたメンバーがいたのね、

それでさっきのボス部屋の封鎖のアナウンスを聞いて、

締め出したシグルドのギルドの奴らと合流して、こっちに来たって感じかしら」

「サクヤさん、アリシャさん、敵の援軍!一旦下がろう!」

 

 そのリオンの言葉でサクヤとアリシャもその事に気付き、

敵を一気に押し返した後、慌てて軍を下げた。

同時にリオンがアサギ、カゲムネ、ユージーンに敵の接近を伝える。

 

「ちっ、まだ敵がいたのか」

「カゲムネさん、このままゆっくりボス部屋の扉の前まで下がりましょう」

「了解、敵に後方に回りこまれるよりはましだろうしね」

 

 そのヴァルハラの動きを見てルシパー達も一旦後方に下がり、

アスタルト達と合流した後、尊大な態度でこちらに歩いてきた。

その総数は五十人を超え、若干数を減らし、十三人まで数を減らしていたこちらの四倍近い。

 

「シノン………」

「これはさすがに厳しいわね、でも優勢だったから勘違いしちゃったけど、

元々私達は全滅上等なつもりでここに残ったのよ、

精々沢山の敵を道連れにして、派手に散ってやりましょう」

「ああ、それもそうだね」

「よ~し、やってやろう!」

「ウズメさんとピュアさんは俺が守る!」

 

 気分が高揚したのか、ユージーンがどさくさ紛れにそう言った。

 

「ユージーン、あんたやっぱりフランシュシュのファンなの?」

「うっ………わ、悪いか?」

「あっ、そうだったんですね!」

「応援ありがとうございます!」

 

 そんなユージーンの手をウズメとピュアが握る。

それはあくまでアイドルとファンとの距離感であったが、

この事により、ユージーンの戦闘力が底上げされた。

 

「うおおお、やる!俺はやってやるぜ!」

「頼んだわよ、ユージーン」

「おう!」

 

 こうしてボス部屋外の戦闘は、次の段階に移行した。



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第1118話 アレス戦~追い詰められる

「リオン、今のうちにぶちかますわよ!」

「うん、分かった!」

 

 この時点でこちらに有利な部分が一つだけあった。それはタンクの数の問題である。

先ほどユージーンが頑張ってくれたおかげで、敵のタンクは数人が死亡、

残る二人もまだ前線に復帰出来ていない。それが何を意味するかというと、

要するに敵の遠隔攻撃に対する備えに大きな差が出るのである。

現時点での敵の選択肢は、前衛陣がこちらに突撃し、

同時に敵の弓使いや魔法使いが()()()()()()()牽制する意味で遠隔攻撃を放つ事である。

お互いの距離が遠いからといって、遠くから遠隔攻撃を撃ち合う選択肢は存在しない。

何故なら弓の攻撃は全てアサギとカゲムネ、魔法攻撃はリオンに防がれてしまうからだ。

そして反撃の手段として、こちらにはシノンとリオンがいる。

シノンはALO最強の弓使いであり、リオンは魔法攻撃に関しては、

敵の魔法を吸収出来る環境ならほぼ無限機関である。

なので守備側の混成軍としては、多少の犠牲を払う事になろうとも、

一刻も早く接近戦に持ち込む以外の選択肢が無いのだ。

 

「総員突撃!」

「「「「「「「「おお!」」」」」」」」

 

 それ故に戦いの序盤は、遠隔攻撃を浴びせかけるヴァルハラ陣営と、

それを避けつつこちらに突撃する七つの大罪陣営という図式から開始された。

 

「ペネトレート・アロー!」

 

 こうなると最初はシノンの独壇場である。

ペネトレート・アローの矢は実は物理攻撃ではなく魔法攻撃扱いであり、

敵の防御力の強弱に関わらず、敵を貫通してそのまま抜ける。

必殺の威力がある訳ではないが、多くの敵にダメージを与える事が出来る技である。

似た技に『メテオ・アロー』という範囲攻撃があるが、

こちらは威力がある分リキャストタイムが長めに設定されており、

今のような場合だと一発撃っただけで、

一分近い硬直によって敵が接近してくるまで何も出来なくなってしまう。

それに対してペネトレート・アローのリキャストタイムは二秒と短く、

ガンガン連射が出来るというアドバンテージを誇っている。

 

「エネルギー充填百二十パーセント!」

 

 そしてリオンである。相変わらず今日もノリノリだ。

高校時代とはその性格からして根本的に変化しているようだが、

それくらい、今の生活が楽しいという事なのだろう。

 

「ロックオン………一番から四番、軸線に乗った!」

「リオンちゃん、ぶちかましちゃって!」

「任せて!ロジカル・ビーム!」

 

 四色の光が渦を巻いて飛び、敵の直前で四つに分かれて着弾する。

さすがに幹部クラスには避けられるが、雑兵連中には効果てきめんな攻撃である。

 

「ひるむな、行け、行け!」

 

 ルシパーが声の限りにそう叫び、六人の幹部連は走る足を緩めない。

その六人を迎え撃つのは、アサギ、カゲムネ、ユージーン、サクヤ、アリシャの五人である。

 

 ガッ。

 

 ルシパーが振り下ろす剣をアサギが鉄扇公主で完璧に防ぐ。

同時に他の四人も接敵し、六人と五人は完全に交戦状態に入った。

その隙をシノンは見逃さない。

 

「今のうちに私達は突撃よ!回りこんで走って!」

 

 シノン、リオン、ウズメ、ピュア、そしてコマチと共に、

三種族連合軍の生き残りの三人が敵に斬り込む。

敵の数は三十人ほどに減っていたが、それでもこちらの倍以上の戦力を誇っている。

普通なら勝敗は明らかだが、少なくとも味方の中で、コマチとシノンは普通ではない。

そしてシノンがコマチに向けて叫ぶ。

 

「コマチ、任せたわ!私達義姉妹の力を見せてやりましょう!」

「どさくさまぎれに義姉妹扱い!?」

「もちろん私が義姉よ、理由は分かるわよね?」

「うっ………この圧力、何故か反論出来ない………」

 

 コマチはそうぼやきつつ、単独で速度を上げ、敵陣へと突っ込んだ。

 

「なっ………」

「一人でだと?」

「なめるな!」

「誰が誰をなめてるって?これでも私、ハチマンの妹なんだけど?」

 

 その言葉通り、敵陣の中で、コマチという暴風が吹き荒れた。

普段はもっと上の連中と共にいる為に目立たないが、コマチとて歴戦の勇士である。

その上釣り役として、多くの敵を相手にする経験はヴァルハラでもハチマンに次いで多く、

この程度の相手なら、ノーダメージとはいかないが、余裕でこなせる技量を誇っている。

その後ろをフォローするかのように、ウズメが敵に飛び込んだ。

 

「コマチさん、お、お義姉ちゃんがフォローするからね!」

 

 ウズメは顔を赤くしながらそう言った。確実にシノンの影響を受けたのだろう。

それを聞いたコマチは戦いながら、うわぁ~という顔をした。

 

「コマチにアイドルのお義姉ちゃんが増えた………、

アスナお義姉ちゃんごめんなさい、それでもコマチはちょっと嬉しいかもしれません………」

 

 コマチの脳裏で微妙そうな顔をするアスナに謝りつつ、

コマチは背中をウズメに預け、一人奮戦する。

それでも細かなダメージは蓄積していくが、

それはピュアのヒールによって、たちどころに癒されていく。

 

「か、回復はお義姉ちゃんに任せて!」

「アイドル二人目………もう深く考えるのはよそう、

お兄ちゃんの周りはこういうものなんだよ、うん」

 

 そんなコマチの視界にこちらを狙う魔法使い達の姿が映った。

 

(あっ、やばっ!)

 

 混戦のせいで、勝手に魔法攻撃は無いと思い込んでいたコマチだったが、

他ならぬコマチ自身の攻撃力の高さのせいで、今コマチの周りには空白地帯が出来ている。

こうなると、敵からは当然遠隔攻撃が飛んでくる。

 

「させない!」

 

 だがその攻撃は、飛び込んできたリオンによって防がれた。

ロジカルウィッチスピアを展開して矢を防ぎつつ、同時に敵の魔法をも吸収する、

対遠隔攻撃に関しては最強に近い防御力を誇るリオンの本領発揮である。

だがコマチは助かったと思うのと同時に、リオンの笑顔を見て、嫌な予感を覚えていた。

 

「だ、大丈夫?お義姉ちゃんが守ってあげるからね」

「リオンもか!」

 

 コマチは思わずそう絶叫したが、リオンはその叫びに平然とこう答えた。

 

「リ、リオンお義姉ちゃんって呼んでもいいからね」

「………………………あっ、うん」

 

 元々前からこういった兆候はあったが、

どうやらウズメの積極さに当てられ、みんなが危機感を持ったのではないか。

コマチはそう分析しつつ、先程考えたように、深く考えるのをやめた。

 

「よし、このままみんなで頑張って敵を全滅させよう!」

「うん!」

「ですね!」

「だね!」

 

 そのまま戦闘は続けられ、コマチ達は敵勢力を、ほぼ駆逐する事に成功した。

残るは後方にいる、アスタルトと数名のヒーラーのみである。

 

「ま、まさかそんな………」

「アスタルトさん、どうします?」

「だ、大丈夫、まだこっちには手があるから」

 

 だがアスタルトはおどおどしながらも、自信ありげにそう言った。

 

「あら、強気じゃない。今の戦闘で私達もかなり疲弊したけど、

それでもあなた達三人くらいならどうとでも出来るわよ?」

 

 シノンのその言葉に、アスタルトはだが毅然とこう答えた。

 

「そっちには残念だけど、ギリギリ間に合ったみたいだね」

「間に合った?何がかしら?」

「こ、こっちの援軍だよ」

「!?」

 

 その言葉通り、後方が騒がしくなったかと思うと、

奥の通路から、先ほど以上の数のプレイヤーが姿を現した。

 

「なっ………」

「あれってまさか………」

「シグルドの部下?」

 

 そう、アスタルトは先ほどまで一緒に戦っていたシグルドの部下達に、

残りの仲間を集めるように指示していたのである。

その甲斐あって、今このタイミングで生き残りのプレイヤー達が続々集結してきたのだった。

 

「………ピュア、残りの魔力は?」

「ちょっと心許ないかもです………」

「そうよね………でもまあやるしかないわね」

「うん、やるしかない」

「みんな、死ぬ気で戦うわよ!」

 

 三種族連合軍の生き残りだった三人は、混戦の中で倒されており、

こちらの生き残りはここにいる五人だけであった。

だがその戦意は高く、五人は一人でも多くの敵を倒そうと、武器を構えた。

だがその時想定外の事態が味方を襲う。

 

「きゃあああああ!」

「し、しまった!」

「ア、アリシャ!」

「ははははは、そんなものか、領主ども!」

 

 シノン達が慌てて振り返ると、ユージーンが地面に片膝をついているのが見えた。

その手に持つ魔剣グラムは、真っ二つに折れている。

そしてまさかのまさか、アリシャの姿がどこにも無かった。

 

「えっ?」

「どういう事!?」

「もしかしてさっき扉をぶち破ったせいで、武器の耐久力がかなり落ちてたんじゃ………」

 

 その通り、修理に出せばもちろん復活させる事は可能なのだが、

魔剣グラムは酷使しすぎたせいで、ルシパーとサッタンの攻撃に耐えられず、

遂に折れてしまっていた。

そして更に悪い事に、そんなユージーンを体を張って守ったアリシャが、

横合いから数人の攻撃を受け、HPが全損する事態に陥っていたのである。

 

「これで六対四、しかも一人は武器なしか」

「この戦い、もらったな」

 

 こうして前方も後方も、今や主導権を握っているのは、

完全に七つの大罪側となったのであった。

 

「よし、一気に決着をつけるぞ!」

「ユージーンさん、一旦後ろに!カゲムネさん、アビリティを全開です!」

「おう!」

 

 ここでアサギとカゲムネが、温存していた防御系アビを全開にし、

六対二でありながら、その戦力差を完全に埋めた。

だがそれはあくまでも一時凌ぎであり、その選択には未来はない。

 

「くそっ、ここまでか………」

「ユージーン、簡単に諦めるんじゃないわよ!

剣が無いなら拳で、それも駄目なら噛み付いてでも敵を倒しなさい!」

 

 気落ちするユージーンに、その時シノンがそう発破をかけた。

 

「だがお前とてピンチではないか!」

「確かにそうね、でも私は決して後ろ向きには死なないわよ」

「っ………くそっ、やる、やってやる!」

 

 ユージーンはそう言って立ち上がり、シノンはそれに満足し、前を向いた。

 

「とは言ったものの、さすがにどうしようもないわね」

「気にしない気にしない、本隊がアレスを倒してくれればそれでオーケーなんだから!」

「まあ確かにそうね、それじゃあみんな………」

 

 ドン!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 行くわよ、と言いかけたシノンの目の前で、いきなり敵の後方部隊が()()()

そして宙を何かが舞う気配がし、その何かはユージーンの真横に突き立った。

それは………雷丸、二つに分かれるその剣の、片割れであった。

 

「あ、あれは………」

「まさか………」

「ハチマン!」

 

 そして敵の後方から二人のプレイヤーが姿を現した。

 

「とりあえず剣を投げてみたのはいいものの、これはどういう状況だ?」

「アスナちゃんやキリト君達の姿が見えないわね」

「まあいい、どうせこいつらは全部敵なんだろ、姉さん、さっさとやっちまおうぜ」

「そうしましょっか、皆さん、初めまして、そしてさようなら」

 

 その二人のプレイヤー、ハチマンとソレイユは、そう言って武器と杖を構えたのだった。



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第1119話 アレス戦~ハチマン達の到着

 休憩すると言ってログアウトした八幡は、少しでも仮眠をとって頭を休ませようと、

次期社長室のソファーで横になっていた。

 

「ん………」

 

 そのままぐっすり寝てしまった八幡だったが、しばらく経った頃、

何かいい匂いがするなと思い、八幡は自身の意識が急激に覚醒していくのを感じた。

 

(何だ………?俺は確か、ソファーで仮眠を………)

 

 そして薄っすらと目を開くと、そこにあったのは視界一面の肌色。

 

(っ………誰だ!?)

 

 八幡が慌てて目を開くと、そこにあったのは、

目を瞑り、こちらに口を突き出している陽乃の姿であり、

八幡は慌ててその額に手を当て、ぐいっと押し返した。

 

「………おい馬鹿姉、何をしてやがる」

「えっ、あっ、ちょっと八幡君、何で普通に防いでるのよ!」

「意味が分からん、というか俺の寝込みを襲うような事をすんな」

「してないわよ!それじゃあ八幡君が体を起こした時に、

そっちから私にキスしたっていう体裁が保てないじゃない!」

「………その為に、大ボスは五分間、ずっとその体勢で耐えてましたよ」

 

 横から蔵人の声がし、八幡は呆れたような顔でそちらを見た。

 

「え、マジで?この馬鹿姉、ずっと寸止め状態で我慢してたって事?」

「ですです、全く凄い根性だと感心しちゃいましたよ」

「っていうかお前、見てたなら止めろっての」

「そんなけなげな社長を止められる訳ないじゃないですか」

「けなげ………?」

 

 八幡はうさんくさいものを見るような目で陽乃を見つめ、

陽乃はその視線を受け、顔を赤くした。

 

「もう、やんやん!」

「乙女ぶってんじゃねえよ、ってか姉さんもハリューもどうしてここに?」

「仕事がひと段落したから、ログイン中の八幡君の体にいたずらしようかなって………」

「正直だなおい、そこはもう少しオブラートに包めよ!ってか後でお仕置きな」

「俺は美乃里嬢の手術の日取りが決まったんで、そのご報告に」

「お、マジか、やっとノリの手術の日が決まったんだな」

「ええ、これでまたボスの嫁が一人増えるって訳です」

「俺の嫁は一人だけだっての」

「あはははは、ナイスジョーク!」

 

 八幡はそんな蔵人を無視し、体を起こして伸びをした。

時計を見ると、あれから一時間近い時間が経っていた。

 

「ふう、もうこんな時間か、それじゃあもう一度ALOにログインするかな」

「そういえば本当なら今は普通にALOをプレイしてる予定だったわよね?

昨日徹夜でもして体調が悪かったとか?」

「いや、ちょっと戦闘で集中しすぎて頭痛が………」

 

 こめかみを抑えながらそう言う八幡を、蔵人が賞賛した。

 

「なるほど、例え遊びでも限界以上の全力投球とは、さすがボス」

「それがいい事かどうかは分からないけどな」

 

 八幡はそう言いながらアミュスフィアを取り出したが、

何故か陽乃が八幡の向かいのソファーに座り、同じくアミュスフィアをかぶりはじめた。

 

「ん、姉さんもインするのか?」

「うん、まだ時間はあるし、たまには顔を出しておかないと、

普段えらそうに出来ないと思うしね」

「まあ違いないな」

「それじゃあ俺もお供しましょう、今日はまだ休憩をとってないですしね」

「せっかくの休憩時間なんだし、普通に休んでくれてていいんだぞ?」

「いやいや、体は休まるから問題ないですって、それにこっちの方が面白そうだ」

「まあお前がいいならいいけどな」

 

 こうして八幡は、陽乃と蔵人と共に、ALOにログインする事となった。

 

 

 

「で、他のみんなは?」

「今は多分、アルンでアレス戦に挑んでるはずだ」

「へぇ、そうなんだ」

 

 そしてかつてのグランドクエストの間の前の広場に行ってみると、

そこは予想外に多くの人でごったがえしていた。

 

「ハチマン君、これは?」

「さあ………中の様子でもモニターされてるんじゃないか?」

「それにしちゃ、何か並んでるような………」

 

 ハチマンとソレイユが並んでそちらに近付いていくと、

そこに並んでいた者達がぎょっとした顔をし、何人かはハチマン達に道を開けた。

 

「ひゅぅ、さっすがボス」

「いや、っていうか本当にこれ、どうなってるんだ?」

 

 見ると確かにモニターはあったが、そこにはただ攻撃側、守備側と書かれており、

そこに残り人数なのか、数字が表示され、増減を繰り返していた。

よく見ると数字が増えるのは、並んでいる者が消えた瞬間と同期しているように見えた。

 

「ああ、なるほど、援軍ありの討伐戦なんだな、これ」

「へぇ、そうなんだ?でも随分劣勢みたいね?」

「俺達が優勢だった戦闘なんてほとんど無いじゃないかよ」

「あは、確かに」

 

 その時広場中にアナウンスが流れた。

 

『攻撃側がボス部屋に侵入しました。百八十秒後に部屋が閉鎖されます』

 

「お、アスナやキリト達、頑張ってるみたいだな」

 

 続けて中には流れなかったが、外にはこんなアナウンスが流れた。

 

『新規参加も同時刻に終了となります、以後、中の様子もモニターされます』

 

 同時に広場にいた何人かがこんな声を上げる。

 

「ああ~、そりゃもう間に合わないわ」

「中に入っても、ボス部屋まで遠いんだよな」

「それじゃあここで数字だけでも見物してた方がマシかぁ」

 

 その声を聞き、並んでいた者達は全員モニター前に移動した。

意味はまったく無いと思われるが、今ならすぐにでも中に入れるだろう。

 

「ハチマン君、どうする?」

「そりゃ入るだろ、せっかくみんな道を開けてくれたんだ。

今後の為にも中の様子も見ておきたいしな」

 

 ハチマンはそう即答し、ハリューは大笑いした。

 

「あはははは、さすがはボス、

一見して意味が無さそうな事にもしっかり意味を見出してくれる」

「そこ、笑うところか?」

「いや、嬉しいんですよ、ボスなら俺がおかしな行動をとっていても、

ちゃんとその裏に込められた意味を見抜いて評価してくれそうじゃないですか」

「あんまり奇抜すぎるのは無理だぞ」

 

 そのハチマンの返事に、ハリューは再び大笑いした。

 

「その時はボスを出し抜けたって事で満足しますよ」

「おう、そうしてくれ」

「それじゃあ中に行きましょ、一体どんな戦場なんだろうね」

 

 そしてハチマン達三人は、周りの者達の好奇な視線をものともせず、

そのまま中に侵入した。

 

 

 

『ボス戦が開始されます、以後、室内に入る事は出来ません。

フィールド全体も外から封鎖されます』

 

 だが三人はそれを覚悟の上で中に入ったので、まったく動じる事はない。

 

「ん、これはまたでかい城だな」

「本当にね、ボスの部屋まで絶対に間に合わないって言う訳だわ」

「正門は閉じられてるな、これ、開かないか?」

「無理っぽいね、魔法でも叩きこんで突破する?」

「いや、それなら後から中に入ったプレイヤーが何人か、ここで足止めされてるはずだ。

って事は、他に入り口があると考えるのが妥当だろ?」

「確かに」

 

 三人はそのまま城の外周を周り、運よくユージーンが破壊した扉に、すぐにたどり着いた。

 

「おお?何かこれ、ボロボロだな?」

「ユウキちゃんがマザーズロザリオでもくらわせたんじゃない?」

「かもな」

 

 これは別にユージーンが軽視されている訳ではなく、

単純に強大な破壊力がある攻撃と、

ユウキのマザーズロザリオとが二人の脳内で強固にイメージ付けられているだけである。

 

「それじゃあ中に入ろっか」

「そうしよう」

「日本の城は色々見て回りましたけど、海外の城もこれはこれで悪くない」

 

 ハリューがぽつりとそうこぼし、ハチマンはハリューに尋ねた。

 

「へぇ、そうなのか?」

「ええ、一番近いのだと松本城か犬山城ですかね、

ああいうのを見ると、昔の人は凄えなって実感しますよ」

「いいなそれ、今度案内してくれよ」

「仰せの通りに」

 

 城が嫌いな男子などいないという事なのだろう。

そんな雑談をしながら、三人は奥へ奥へと進んでいく。

その途中でハチマンが、二人を手で制し、足を止めさせる。

 

「どうしたの?」

「もうボス部屋は閉鎖されたはずなのに、沢山のプレイヤーが動いてるみたいだ」

「何かあるのかしら?」

「そうだな………」

 

 ハチマンは少し考え込んだ後、二人にこう言った。

 

「この広いフィールドだ、全員がボス部屋に入れた訳じゃないって事かもしれないな。

って事は、この先で敵と味方が戦っている可能性がある」

「それって意味あるの?」

「少なくともボス部屋に入れないと、何の報酬も得られないって事は無いだろうし、

結果を残しておくのは備えとしては悪い事じゃない」

「ああ、確かにそうかも」

「という訳で、先に進もうぜ」

「ですね」

 

 三人はそのままプレイヤー達が向かっていったであろう、先に進んでいった。

そして遠くに多くのプレイヤーの姿が見え、ハチマン達はそこでまた足を止めた。

 

「おお?結構多いな、よし姉さん、早速あいつらの真ん中に魔法をくらわしてくれ」

「オッケー、任せて」

「このまま三人であいつらを殺りますか?」

「そのつもりだ、ハリュー、いけるか?」

「御心のままに」

「オーケーだ、誰が戦ってるのかは分からないが、俺は着弾と同時に突っ込む。

ハリューはそのまま姉さんの護衛に入ってくれ」

「了解です」

 

 そしてソレイユの魔法が炸裂し、ハチマンはそのまま前方へと飛び出した。

が、奥に知っている顔を多数認め、ユージーンの手に持つ魔剣グラムが折れているのを見て、

反射的に手に持っていた二本に分けた雷丸のうち、片方をそちらに投げて一旦停止した。

そしてハチマンが足を止めた事で、ソレイユとハリューがハチマンに追いついてくる。

 

「とりあえず剣を投げてみたのはいいものの、これはどういう状況だ?」

「アスナちゃんやキリト君達の姿が見えないわね」

 

 その後ソレイユは、小声でこう付け足した。

 

「って当たり前か、ボス部屋にいるんだろうし」

「だろうな」

 

 ハチマンも小声でそう返した後、敵を威圧するかのようにこう言った。

 

「まあいい、どうせこいつらは全部敵なんだろ、姉さん、さっさとやっちまおうぜ」

「そうしましょっか、皆さん、初めまして、そしてさようなら」

 

 ソレイユがそのまま詠唱を開始したが、

敵はセブンスヘヴンランキングの一位と三位の思わぬ登場で混乱しており、

その詠唱を邪魔出来る者は誰もいなかった。

 

「チェイン・ボム」

 

 ソレイユが選択したのは威力はそれなりだが、

派手でなおかつ敵をノックバック出来る魔法であった。

その着弾と同時に敵が弾け、ハチマンは全力でアサギ達の方にダッシュをする。

途中でシノンとすれ違いざまに、ハチマンはこう叫んだ。

 

「おいシノン、さっさと働けよ」

「い、言われなくても!」

 

 同時にシノンが硬直を警戒し、ここまで中々使えなかった大技を放つ。

 

「メテオ・アロー!」

 

 その攻撃は敵に降り注ぎ、ソレイユの魔法と合わさって、敵に大ダメージを与えた。

そしてハチマン自身は七つの大罪達の幹部達の背後に迫り、

一気に六人を飛び越え、空中で体を捻ってズサァッと地面を滑りながら、

アサギの真横に見事に着地した。

 

「アサギさん、大丈夫か?」

「ハチマンさん、来てくれたんですね!」

「よく分からないが間に合って良かったわ。とりあえず詳しい説明は後だ。

という訳でルシパー、ここからのお前達の相手はこの俺だ」

「ハ、ハチマン………てめえ………」

 

 これがハチマン達が援軍として駆けつけた、その顛末であった。



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第1120話 アレス戦~アスタルトの挑戦

「ハ、ハチマン!」

「ユージーン、グラムが壊れるまで頑張ってくれたんだな、

グラムは後でリズに頼んでタダで直してやるから、今はその剣を使うといい」

「すまんハチマン、世話になる」

「いいっていいって、それじゃあやろうぜ」

「おう」

 

 ハチマンが到着した事で、サクヤは後方に下がり、ヒーラーに専念する事となった。

そしてアサギとカゲムネの両側にハチマンとユージーンが立つ。

 

「ハチマン、ここでお前を超えてやる!」

「はっ、お前に出来るのか?」

「出来るかどうかじゃない、やるんだ」

 

 ルシパーの目は燃えていた。ここで戦意を燃やせるあたり、

ルシパーもまた、超一流という事なのだろう。

 

「行くぞ!」

「おう!」

 

 いきなり横薙ぎに振るわれたルシパーの剣を、

だがハチマンはあっさりとかわしてその懐に飛び込む。

そのままカウンターに繋げようとしたハチマンだったが、

ルシパーはそんなハチマンに蹴りを放ち、懐から排除した。

 

「足癖が悪いな、ルシパー」

「ふん、お前と言えば、剣によるカウンターだからな、警戒しない方がどうかしている。

逆に言えば、それだけ警戒しておけば、お前などものの数ではない」

「へぇ、じゃあとりあえずもう一度だ」

「ぬっ」

 

 ハチマンはそう言って、再びルシパーの剣を掻い潜って前に出る。

それを足で止めたルシパーだったが、

今度はハチマンを排除する事が出来ず、その体がぐらりと揺れた。

 

「なっ………」

 

 ルシパーは先ほどとは違って、今度は自分の足を、

ハチマンの足が蹴っている事に気が付いた。

 

「俺のカウンターが、剣じゃないと出来ないとでも?」

 

 ハチマンはルシパーの足に、自らの足でカウンターを決め、

口以外は動かせないルシパーに対し、思いっきりその剣を振るった。

その威力は、クリティカルである事を差し引いても、

ルシパーの全力を余裕で超えていると思えるほどに強力であり、

そのままルシパーは、ありえない勢いで後方へと飛ばされる事となった。

 

「ぐっ………」

「お前は何位だったか?俺は一応三位なんでな。

カウンターだけで一桁台になれると思ったら大間違いだって事を、今から教えてやろう」

 

 ハチマンはそう言って、凄まじい勢いで倒れたルシパーに迫った。

それを咄嗟に剣で防いだルシパーだったが、

撃ち合わさった剣がぐんぐん押されている事に、ルシパーは驚愕した。

 

「お、お前のどこにこんな力が………」

「まだだ、まだだぞぉ、ルシパー」

 

 ハチマンはそのままルシパーを、力で圧倒していった。

 

 

 

 一方ユージーンは、サッタンと正面から斬り結んでいた。

 

「魔剣グラムに頼りっぱなしだったお前に何が出来る!」

「そうだな、その通りだ。なので今は、純粋に剣技だけで勝負させてもらう」

「ぐっ………」

 

 魔剣グラムの呪縛から開放されたユージーンは、純粋に戦いを楽しんでいた。

この剣は敵の防御を貫通する事はないが、その分余計な事を考える必要はなく、

ユージーンはALOを始めた頃の気持ちに戻り、

存分に今まで培ってきた技術を披露する事が出来ていた。

 

「てめえ、グラムを使ってた時より強くなってないか?」

「それは最高の褒め言葉だな」

 

 サッタンの巨大な斧の攻撃を、雷丸はその細身な刀身で見事に受け止めてくれる。

そもそも単純な力だと、見た目がいかついサッタンよりも、

キャラとしてはどちらかというと細身の範疇に入るユージーンの方が上をいくのだ。

魔剣グラムが有名すぎる為に、先ほどまでは、ある程度対策をとられてしまっていたが、

純粋に小細工無しの戦闘となれば、当然ユージーンの方が上である。

こちら戦いも、その実力通り、徐々にユージーンが優勢になっていった。

 

 

 

「カゲムネさん!」

「おう!」

 

 並んで戦う二人は、共に敵を二人ずつ相手どっていた。

先ほどまでは、自分達が敵を倒さねばという意識を持っていた為、

若干押される場面もあった二人だが、

今はハチマンが到着してくれた事により、精神的にも若干余裕が出来ており、

とにかく敵の攻撃を防ぐ事だけに集中出来ていた為、

その相手をするエヴィアタン、マモーン、ベゼルバブーン、ベルフェノールは、

二人がいきなりその実力を増したかのように感じていた。

 

「な、何でお前ら、さっきまでは確かに………」

「もっと弱かったって?確かにそうかもなぁ!」

「タンクとしての仕事に専念出来てるだけなんだけどね」

「何でそれだけでこんなに違うんだよ!」

「そりゃまあ………なぁ?」

「ええ、ハチマンさんが来てくれたんだもの、

耐えていれば私達が勝つに決まってるじゃない」

「くそっ、くそおおおお!」

 

 二人と四人のこの戦いは、まったく互角の形勢となった。

それはいずれ二人が勝利するという事に他ならない。

それを後ろでフォローしてくれるサクヤの力もまた重要であった。

サクヤは身の危険を全く感じる事のないまま、回復役に専念出来ていた。

 

(ハチマンがいるだけでこうも違うとはな………)

 

 サクヤは改めて、リーダーの力量というものの大きさを感じ、

自分ももっと精進せねばと心に誓った。

 

 

 

「くそっ、何なんだよこれ!」

 

 この時点で幸いにも生き残っていたアスタルトは、

戦場が完全に制御不能になった事に混乱し、

仲間達がどんどん倒されていっているというのに何も出来ずにいた。

 

「こんなのどうしようもないじゃないか………」

 

 大ダメージを受けたアスタルト率いる援軍達は、

シノンとリオン、それにソレイユの、連射が可能な細かな攻撃によってどんどん削られ、

それと同時進行で、コマチとウズメに止めを刺されまくっていた。

もちろんその二人の到着前に倒されてしまう者もかなり多く、

援軍に援軍を重ねて増大していた戦力は、今や二十人を割り込もうとしていた。

 

「こうなったら後方に血路を開いて………」

 

 そう思いかけたアスタルトは、自分の考えの愚かさに気付き、頭を抱えた。

 

「馬鹿か僕は、ここは通常フィールドじゃないし、逃げる意味なんか全く無いじゃないか」

 

 もしここで戦場から逃げ出したとしても、ただ倒されないというだけであり、

そのまま排出を待つだけとなろう。

そもそもこの戦闘に関しては、デスペナルティの類は存在しない事が事前に知らされており、

報酬は明言されていないが、おそらく個人の成果次第だと思われていた。

 

「こうなったらもうソレイユさんに………」

 

 七つの大罪に何故いるのかというくらい、丁寧な性格をしているアスタルトは、

今まさにこちらを蹂躙しているソレイユをも、さん付けで読んでいた。

 

「みんな、僕はこれからソレイユさんに一矢報いようと思う!

付いて来てくれるって人は僕と一緒に行こう!」

 

 アスタルトはそう叫び、何人かのプレイヤーがそれに賛同してくれた。

残りのプレイヤーは、もう完全に心が折れており、その場から動けず、

ただ止めを刺されるのを待っているように見えた。

アスタルトはそれを残念に思いながら、賛同してくれた者達に声をかけた。

 

「突撃!」

 

 直後に敵の攻撃が着弾した為、更に何人かが倒されたものの、

アスタルテは絶妙なタイミングでソレイユ目掛けて突撃した。

ソレイユは虚を突かれたのか、次の魔法の詠唱を止め、驚いた顔で目を見開いている。

 

(僕達なんかにソレイユさんが倒せるわけないけど、せめてひと太刀………!)

 

 そう思いつつ、アスタルトは不慣れながらもソレイユに向けて剣を振るい、

次の瞬間にいきなり天地が逆転した。

 

「えっ?」

 

 そのまま背中に衝撃を受け、アスタルトは気が付くと大の字になって地面に寝転んでいた。

そしてそんなアスタルトの視界の中で、

他の仲間達が、知らない男性プレイヤーに片っ端から倒されていった。

 

「それじゃあ役目を果たしましょうかね」

 

 そのプレイヤーは、手にカラスの爪のような武器を装備し、

徒手空拳で見事な戦いを繰り広げていた。

その動きの華麗さに感嘆しているうちに仲間達は全滅し、

アスタルトの顔を、ソレイユとその男性が覗きこんできた。

 

「あんた確か、七つの大罪の軍師だよな?アスタルトとかいう」

「そうそう、確かアスタルト君、だよね?」

「あっ、はい」

 

 その呼びかけに、アスタルトは不覚ながら、若干喜んでしまった。

知らない顔だが、おそらくこの男性はヴァルハラの準メンバーか何かなのだろうし、

そんな人物と、伝説の存在であるソレイユに名前を覚えていてもらった事が、

アスタルトはたまらなく嬉しかったのだ。

 

「ねぇ、何でこっちに突っ込んできたの?敵わない事は分かってたよね?」

 

 ソレイユにそう尋ねられ、アスタルトは笑顔でこう答えた。

 

「はい、どうせ死ぬならせめてソレイユさんに一矢報いたいなって思って」

「あっ、そういう………」

 

 ソレイユは納得したように笑顔を見せ、アスタルトはその顔を、とても美しいと感じた。

 

「あの、僕は今何をされたんですか?」

「ああ、私が投げ飛ばしたのよ、合気道って奴」

「そうだったんですか、上手くいかないものですね」

 

 穏やかにそう微笑むアスタルトに、だが二人は激励の言葉を送った。

 

「ナイスファイト」

「うん、私が言う事じゃないと思うけど、頑張ったね、タルト君」

 

 二人にそう言われ、あまつさえソレイユにニックネームらしきものをつけられた事で、

アスタルトは思わず涙を流した。

 

「それじゃあ()()ね」

「あっ、はい、またです」

 

 そのままアスタルトはとどめを刺されたが、その心は満ち足りていた。



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第1121話 アレス戦~壊滅、七つの大罪

明日は帰りが遅くなるのでお休みします!


(くそっ、くそっ、こんなはずじゃなかったのに、

個人としてもギルドとしても、俺は負けるのか………)

 

 ハチマンに追い詰められながら、ルシパーは腸が煮えくり返る思いであった。

おそらく隣で戦っているサッタンも似たような感じなのだろう、

その表情は、とても悔しそうに見えた。

 

「ハチマンよ、そろそろ終わらせよう」

「だな、どうやらあっちは終わったみたいだしな」

「なっ………」

 

 ルシパーが気配を探ると、確かに後方の戦闘の気配が無くなっていた。

更に女性達の喜び合う声も聞こえ、ルシパーはショックを受けつつも、

逆に開き直り、無心で剣を振るい続ける事となった。

 

「お?ルシパー、何か動きが良くなったんじゃないか?仲間がやられた事で開き直ったか?」

 

 その問いに対し、ルシパーは無言を貫いたが、

内心ではそんな自分の変化をあっさり見抜かれた事に一瞬驚いた。

 

(こいつ、どこまで………)

 

 ルシパーはそう思いつつも、ソレイユとシノンがこちらに来ればもう負けが確定な為、

逆にその心はどんどん冷えていった。そのせいか逆に周りを観察する余裕が出来、

ルシパーは、サッタンがかなりエキサイトしている事に気が付いた。

事実後方部隊が全滅した事で、サッタンがかなり熱くなっていたのは間違いない。

 

(サッタンの奴、かなり大振りになってるな、そうなると多分………)

 

 ルシパーはハチマンに意識を向けたまま、ユージーンの事を考えた。

 

(この状況だと、必ずヴォルカニック・ブレイザーが来るはずだ)

 

 ルシパーはそう確信し、守勢に回りながら慎重にそのタイミングを待った。

そしてその予想通り、サッタンが戦斧を大きく振りかぶった瞬間に、

ユージーンが自身の最強の技を繰り出した。

 

「ヴォルカニック・ブレイザー!」

 

(ここだ!)

 

 その攻撃をまともに受けたサッタンは一瞬で残りのHPを削られたが、

それにより、ハチマンの意識が一瞬ルシパーから離れた。

その隙を待ち望んでいたルシパーがすぐに動く。

 

「くらえ!」

 

 ルシパーが待っていたのは、ヴォルカニック・ブレイザーの後のユージーンの硬直だった。

そのタイミングで攻撃すれば、確実にユージーンに大ダメージを与える事が出来、

更に上手くいけば倒す事が出来る。そうすれば自分はハチマンに倒されるかもしれないが、

少なくとも自分のランキングが上がる可能性は十分残るだろう。

ルシパーはそう考え、サッタンを犠牲………という訳でもないのだが、

その死を上手に利用する事で、自分の利益を追求しようとしたのだった。

劣勢の中、実にしたたかだと言えよう。だがそのルシパーの攻撃は、何故か空を切った。

剣筋から突然ユージーンが姿を消したのである。

 

「うおっ………」

「ハチマン、いきなり何をする!」

 

 否、ユージーンは姿を消したのではなく、

後方で尻餅をつきながらハチマンに悪態をついていた。

そしてルシパーが見たのは、ユージーンが元いた場所に向け、

蹴りを放った体勢で止まっているハチマンの姿であった。

 

「ハ、ハチマン、貴様、どうして………」

「お前がユージーンの方をちらちら気にしてるみたいだったんでな、

多分大技のタイミングでユージーンを狙うって思ったんだよ。だから蹴った」

「そういう事か………助かったぞ、ハチマン」

 

 ユージーンはそれで素直に矛先を収め、

自分の狙いが完全に見抜かれた事を理解したルシパーは、

屈辱のあまり、ハチマンに斬りかかった。

 

「くそっ!」

 

 ガキン!

 

 直後に鈍い音と共に、ルシパーはハチマンにカウンターをくらった。

この状況でもハチマンは、ルシパーの攻撃にしっかり備えていたようだ。

 

「て、てめえはどこまで………」

「こういう時に油断してたら、死ぬ可能性が()()()からな」

 

 死ぬ可能性がある、ではなく、あった。

その表現の微妙な違いにルシパーは気付く事はなく、そのままハチマンに倒された。

 

「さて、残りはお前達だな」

 

 ハチマンは残る四人、

エヴィアタン、マモーン、ベゼルバブーン、ベルフェノールに向けてそう言った。

 

「くそ、よくもルシパーとサッタンを!」

「もうどうでもいい、全員でハチマンにかかれ!」

 

 四人は口々にそう叫んだが、そんな彼らの背後からこんな声がした。

 

「そんな事、させる訳ないじゃない」

「そうですよ、ありえません」

「とりあえずさっさと死んどきなさい」

「ブタ野郎共はもう退場しなよ」

 

 いつの間にか四人の背後には、ウズメ、ピュア、シノン、リオンがいた。

そして武器を振るい、ヒーラーがいない為、ここまでまったくHPを回復出来なかった、

七つの大罪の残り四人の幹部連に止めを刺した。

 

「くそ、ほとんど女じゃねえか、羨ましいんだよハチマン、地獄に落ちろ!」

「まったくだ、この精神的苦痛に対して慰謝料を請求する!」

「はぁ、もう十分だ、飯にしようぜ」

「だっる、はい、解散解散~」

 

 四人はそう、いかにもそれらしき事を言いながら消滅し、

遂にボス部屋外の守備側勢力は、全滅する事となった。

 

「さて、それじゃあアスナ達が出てくるのを待つか」

「大丈夫かな?」

「ん?余裕だろ?うちの副長四人に加え、ランキング内だとラン、ユウキだろ?

それにリーファ、クライン、エギル、リョウ、マックス、フカ、ラキアさんまでいるんだ、

残りの連中も実力的には大差無いし、むしろどうやったら負けられるのか知りたいぞ」

「た、確かに………」

「そ、そう言われるとヴァルハラの戦力って………」

 

 畏れおののくユージーンとサクヤに、ハチマンは思い出したようにこう尋ねた。

 

「そういえばアリシャさんはいないのか?」

「ああ、アリシャはユージーンをかばって倒された」

「すまん、武器の耐久度に気を配らなかった俺のせいだ」

「そういう事か………おいユージーン、これはでかい借りになったな」

「う………」

「確かにな、あのアリシャの事だ、とんでもないものを要求してきそうだ」

 

 アリシャの事を一番良く知るサクヤにそう言われ、ユージーンはどよんとした表情をした。

 

「あはははは、ドンマイ、ユージーン」

「お、おう、まあ善処する。それとこの武器、本当に助かった。

予備の武器だとかなり戦闘力が落ちちまうからな」

「おう、まあそれも貸しな、貸し」

「う………わ、分かった、そちらも善処する」

 

 もっともハチマンがユージーンに何か要求するはずもなく、これはただの冗談である。

 

「しかしただ待ってるのも暇だな、何か無いか?」

「ここって外とは繋がらないんだよね?」

「ああ、こういうフィールドだと、不正があるとまずいから、

外とは一切連絡も通信も出来ないようになってるな」

「あっ、それじゃあ、私達が歌おうか?」

「おっ、いいなそれ!」

「うわぁ、生歌が聞けるなんて感激!」

「本当にいいの?」

「もっちろん!それじゃあピュア、何を歌おっか!」

「最初はもちろん『あっつくなぁれ』ですかね?」

 

 その後、二人は三曲ほどフランシュシュの歌を披露する事となった。

この場にいた者達が拍手喝采する中、ユージーンは一人、感動のあまり号泣していたが、

その後、ウズメとピュアがハチマンにべったりだった為、

心の中で血の涙を流す事となったのだった。

 

 

 

 ここで少し時間は遡る。ハチマンとソレイユ、ハリューがフィールドに突撃した直後、

フィールドが完全に閉鎖された瞬間にそれは起こった。

それまで漠然と攻撃側、守備側の人数だけを表示していたモニターの画面が変わったのだ。

そこに表示されていたのはアレスの残りHPに加え、

ボス部屋内、ボス部屋外の、各勢力の生き残りの人数と、

そこで戦闘をしている中で、有力と思われるプレイヤー数人の名前であった。

 

「おお?」

「動画じゃなく数字の羅列………?」

「動画じゃないのか?」

「いや、プレイヤー同士の争いならともかくよ、

ギルドごとに、他にあまり知られたくない特別な戦術とかもあるだろうし………」

「ああ、確かにな」

「まあこれはこれで、想像力がかきたてられるっていうか?」

「お、見てみろよ、ボス部屋のトップはヴァルハラの副長が勢揃いだぜ!」

「絶剣もいやがる!」

 

 現在ボス部屋内、攻撃側として名前が表示されていたのは、

キリト、アスナ、ユキノ、ユウキの四人であった。

防御側はシグルドはともかく、知らないプレイヤーの名前が表示されており、

観客達は、そちらにはほとんど興味を示さなかった。

むしろ観客達の興味を引いたのは、ボス部屋外のめまぐるしい数値の変動であった。

 

「おいおい、随分差がついてるな」

「表示されてる名前は攻撃側がシノン、ユージーン、サクヤ、アリシャ?」

「守備側は七つの大罪の連中だな、あいつらボス戦に間に合わなかったのかよ」

「それよりも何でシノン?シノンだけ置いてかれたのか?」

「よく分からないな………」

 

 観客達は、ああだこうだと言い合っていたが、

そんな中、野良で参加していたプレイヤーが何人か排出され、

観客達に請われて中の状況を説明し始めた。

 

「実は俺達よ、ヴァルハラをはさみうちにした状態で、

ボス戦に突入するつもりだったんだけどよ………」

「いきなりヴァルハラの一部と、サラマンダー、シルフ、ケットシーの連合が、

こっち目掛けて突撃してきやがって………」

「その勢いが凄くて、俺達はまんまとボス部屋から締めだされちまったんだよ!」

「で、突撃してきた奴らと外で戦闘になってよ、多分今、ガッチガチにやり合ってるぞ」

 

 その説明で事情を把握した観客達は、大いに盛り上がった。

七つの大罪の名前は変化が無かったが、そちら側の人数はガンガン減っていき、

その間にヴァルハラサイドの人数も七人ほど減る事となった。

 

「減り方が違うとはいえ、これ、ヴァルハラやばくね?」

「残り十六人か、敵は全部で八十人超え、正直一人当たりの重みが全然違うよな」

「うおっ、何だ!?」

 

 その瞬間に、守備側の人数がいきなり二十人ほど減った。

 

「な、何があったんだ?」

「お、おい見ろ、プレイヤーの名前が………」

 

 見ると先程とは違い、プレイヤーの名前の表示が、

ソレイユ、ハチマン、ユージーン、シノンに変化していた。

 

「こ、これって………」

「きゃ~!ザ・ルーラー様が戦場に着いたのよ、絶対そうに決まってるわ!」

「絶対暴君も一緒か………これは決まったな」

 

 その推測を補強するかのように、

一人無念の戦死を遂げたアリシャが観客達の前に姿を現す。

 

「くぅ、死んじゃった………」

 

 そんなアリシャは、他の観客達に、ハチマンとソレイユの名前が登場した事を知らされた。

 

「って、え?本当に?私が死んだ後、ハチマン君達が来たの?

くぅ、もうちょっと耐えられてれば………」

 

 そしてアリシャから直前までの状況と、その後の動きの推測を聞いた観客達は、

改めてヴァルハラの勝利を確信した。

 

「七つの大罪の連中も気の毒に、ボス戦にも参加出来ず、外で全滅とか」

「まあざまぁみろだな、あいつら調子に乗りすぎなんだよ!」

「あっ、数値が変わり始めたぞ」

 

 この間、攻撃側の人数は十二人まで減少したが、

守備側の人数は凄まじい勢いで減っていき、残り六人から一人減り、また一人減り、

そして遂に生き残りがゼロになった瞬間に、観客達から大歓声が上がった。

 

「七つの大罪、ざまぁ!」

「ヴァルハラ最強!」

 

 その光景をじっと眺めていたアスタルトは、

仕方ない事だと思いつつ、果たして自分はこのままでいいのかと、自問自答していた。



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第1122話 アレス戦~戦場の歌姫

お待たせしました!


 アサギやシノン達が不意を突いて七つの大罪を締め出した事で、

ボス部屋内の戦力比は大幅に守備側がリードする事となったが、

挟撃を防げた事で、ヴァルハラにとってはかなり戦い易くなっていた。

そしてボス戦に参加出来なくなるのを覚悟の上で七つの大罪を排除してくれた者達の為にも、

これは絶対に負けられない戦いとなったのである。

 

 

 

(七つの大罪を失ったが、一応こちらの戦力は五十人、向こうは三十人だ。

アレスも動いてくれるだろうし、何とかなるだろう)

 

 一方シグルドは、腕組みしながらそんな事を考えていた。

 

「よし、配置につけ!迎え撃つぞ!」

 

 シグルドのその指示で、SDSの直属の部下達と野良のプレイヤーが分かれて陣取り、

それぞれ戦闘体勢をとった。だがSDSとその他の者達の間では、士気に大きな差がある。

それはそうだろう、野良の者達は、別に好きこのんでヴァルハラと敵対している訳ではない。

というか、そもそも勝てるなどとはまったく思っていない。

この意識の差が、シグルドにとっては誤算の一つとなる。

というかシグルドには、現実を把握しないまま理論を優先させる傾向があるようだ。

それを揶揄するかのように、何故かこの時ヴァルハラは、

開始位置からまったく動こうとはしなかったのである。

 

「何故だ、何故動かん!」

「シグルドさん、どうしますか?突撃しますか?」

 

 その言葉を受け、すぐ後ろに控えていた側近と言えるプレイヤーがそう声をかけてきた。

ここにいる者達のほぼ全ては、SDSとしてはこれが初陣となる。

そのせいか、この者達は血気盛んであり、言外に敵に攻撃したいと匂わせていた。

だがヴァルハラの実力をよく知るシグルドは、

今の味方の練度でヴァルハラに攻撃を挑んだ場合、

こちらがあっさり全滅すると理解しており、

アレスの戦力を利用しながら戦わないと、この戦いに勝つ事は出来ないと思っていた為、

何とか言い繕いながら、部下が暴走しないように手綱を握るのに必死であった。

 

「いや、焦る事はないだろう、それに味方の半数は野良のプレイヤーだからな、

いきなり作戦を変えるのは、我らだけならともかく混乱の原因になってしまうだろう」

「分かりました。ですが行けと言われれば、我らはいつでも行きますので」

 

 その部下はそう言って、再びシグルドの後ろに控えたが、

側近がそんな感じだという事は要するに、

シグルドにはこの状況について、相談する者がいない事になる。

シグルドは胃を押さえながら、心の中で、早く動けと、

ある意味呪いのこもったような視線をキリト達に向けていたのであった。

 

 

 

「さてみんな、どうしよっか」

 

 戦闘が始まってすぐ、一応敵に備えている風な体裁をとりながら、

四人の副長とホーリーは、一列に並んで敵を睨むフリをしつつ、

戦闘をどう進めるか相談していた。

 

「先ず現時点で分かっている事は、敵が積極的にこちらに攻撃を仕掛けるつもりがない事、

そしてあの大きな置物が、プレイヤーと連動して動く訳ではないという事かしらね」

「確かにそのようだね」

 

 そのユキノの意見にホーリーが同意する。

 

「どういう事だ?」

「アレスが敵のツールのような扱いだというなら、この時点で動いていないのは不自然よ。

それに意思の疎通をはかっているようにも見えない。

おそらくあれは、敵のプレイヤーの事など考えずに、勝手に動くのではないかしら」

「ああ、そういう事か、でも何で動かないんだろうな?」

 

 そのキリトの疑問はもっともであった。

それに対してさすがのユキノも正解を提示する事は出来なかったが、

ユキノは一つの仮説をキリトに提示した。

 

「確信は無いのだけれど、おそらく他のボスと同じ挙動になるのではないかしら。

要するに、このフィールドの半分より向こうに私達が侵入した時、

もしくはこちらの攻撃が直接命中した時にアクティブ化すると考えるのが自然ね」

「ああ、確かにボスってそういうものだよな」

 

 キリトは自身の経験からも鑑みて、その意見に同意した。

 

「それじゃあそういう前提で動くとして、基本方針はどうするんだい?」

 

 そう尋ねてきたのはサトライザーである。その問いにユキノは即答した。

 

「とりあえずボスに当てないように、遠くから敵プレイヤーを攻撃よ。

相手がじれて出てきたら囲んで殲滅、どう?シンプルでしょ?」

「敵が全く動かなかったら?」

「煽ればいいのではなくて?」

 

 ユキノがそう言いながら自分に満面の笑みを向けてきた為、キリトはため息をついた。

 

「つまり俺にやれと」

「いいえ、あなた()にやってもらうわ、他にも適任がいるでしょうし」

「分かった、俺なりにチョイスしてみるよ」

「宜しくね」

 

 こうして作戦が決まり、遂にヴァルハラ連合軍は動き出した。

サトライザーを中心に、レヴィ、レン、シャーリー、

そしてユミー、イロハ、フェイリス、リョク、

それにアル冒の何人かと一般プレイヤーの遠隔攻撃持ちが、鼻息も荒く前に並ぶ。

他の者達は、ユキノの指示で、後方で敵を嘲笑する係となった。

 

「クライン、笑顔が素直すぎるぞ」

「そんな事言ってもよぉ、俺は営業だぞ?嫌らしい笑顔とかハードル高いっての!」

「それでもやるのよ、ほら!」

「くぅ、自分が得意だからって厳しいんだよお前は!」

「得意じゃないわよ!」

 

 そう言いながら、リズベットはクラインの足を思いっきり踏みつけた。

 

「痛ってぇな、おいシリカ、何とか言ってやってくれよ」

「クラインさん黙って下さい、向き不向きで言えば、

私だって向いてないのに、苦労して表情を作ってるんですから!」

「お、おう、確かにそうだな、悪い」

 

 そんな会話を交わしつつも、一同はこの状況を楽しんでいた。

そんな中、ユキノは後方に向かい、

戦闘開始直前に室内に放り込まれたアスモゼウスの所に向かっていた。

 

「アスモさん、今回は災難だったわね」

「うん、まあ仕方ない事なんだけど、

シノンちゃんに助けてもらわなかったらシノンちゃんに殺されるところだったよ、てへっ」

 

 アスモゼウスはギャグのつもりなのか、そう言って笑顔を見せた。

 

「せっかく助けてもらったんだし、私はとりあえず隠れながらヒールの補助をして、

適当なところでリタイヤするね」

「そう、それは助かるわ、お願いね」

「で、そろそろ戦闘開始?」

「ええ、みんなの嘲笑っぷりを楽しんで頂戴」

「そうしたいけど、ここからじゃ顔が見えないよ!」

「あら、確かにそうね、それは残念」

 

 そう言いながら、ユキノは戦場の推移を見極めるかのようにじっと観察する。

シグルドの指示で、敵はこちらに魔法や物理遠隔攻撃を飛ばしてくるが、

それはヴァルハラ自慢のタンクチームに阻まれ、こちらに何のダメージも与えてはいない。

 

「このまま敵に持久戦の構えをとられると、こちらとしても動かざるを得ないのだけれど」

「どうもそんな雰囲気じゃなさそうだね?」

「ええ、多分そろそろ動くと思うわ。

あちらのリーダーはともかく、他の人達は、随分と戦意が旺盛なようだものね」

 

 そのユキノの言葉通り、シグルドは部下に何か言われ、悩んでいるように見えた。

シグルドにしてみれば、まだアレスが何の反応も示してはいないこの状況だと、

おそらく先に動いた方が負けるというのは自明の理であった。

さりとて部下からの攻めさせろというプレッシャーは、

ずっと敵に煽られ続けている為に、驚くほど激しい。

 

「そろそろいいかしら、ロビン、ちょっといい?」

「うん!なぁに?悪だくみ?いひひ」

 

 クックロビンは、むしろ悪だくみだよね?

という風にわくわくした顔でこちらにやって来た。

 

「これは悪だくみになるのかしら、ええと、敵の戦意を高揚させて欲しいの」

「味方じゃなくて敵の!?」

「ええそうよ、具体的には………」

 

 ユキノはその耳元でこそこそと何か囁き、クックロビンはドン、と胸を叩いた。

 

「そういう事、大丈夫、ま~かせて!」

「………今日連発しているそのネタは一体何なのかしら」

「気にしない気にしない、それじゃあ行こう!」

 

 そう言ってクックロビンは一人、前に出た。

 

「むっ」

 

 それを見ていたシグルドは、やっとヴァルハラは動くつもりになったかと安堵したが、

何故かクックロビンはそのまま動かず、何かのアイテムのような物を取り出した。

 

「何だあれは………新しい武器か?」

「シグルドさん、俺にはあれが、マイクのように見えますが………」

「マイク?何故そんなものを?」

 

 直後にクックロビンは大きく息を吸い、いきなりALOのテーマソングを歌い始めた。

戦場に響き渡るその歌声は、当然の事ながら実に見事なもので、

シグルドは敵ながら、思わず感心してしまった。

 

「ううむ、クックロビンの奴、まるで本物みたいに歌が上手いな………」

 

 シグルドよ、本物みたいな、ではなくあれは本物だ。

思わず目を瞑り、歌に聞き入ってしまったシグルドだったが、

そのせいでシグルドは、部下達の目の色が変わった事に気が付かなかった。

SDSのプレイヤーだけでなく、一般プレイヤー達も、

クックロビンの歌声によって気分が高揚し、徐々に前のめりになっていたのである。

そしてクックロビンが裂帛の気合いが入った言葉を放つ。

 

「妖精達よ、機は熟した!突撃!」

「「「「「「「「おう!!!」」」」」」」」

 

 守備側はまんまとその言葉に乗せられ、こちらに向けて全力で突撃を開始する。

シグルドが気付いたのは、既に味方が動き出した後であり、

呆然としつつも、こうなってしまうとシグルド自身も動かざるを得なかった。

 

「く、くそっ、やってくれたな!何と悪辣な………」

 

 

 

「お~、マジで来やがったな」

「まああのロビンの歌を聞かされたら仕方ないよ、私も思わず前に出そうになったもの」

「まあこれで楽に勝てそうだな」

「だな、行くぞみんな、迎え撃て!」

「「「「「「「「了解!」」」」」」」」

 

 こうしてアレスが動かないまま、両軍の戦いは開始される事となったのだった。



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第1123話 アレス戦~圧潰

「行け!勇者達よ!今こそヴァルハラに目にものをみせてやる時だ!」

 

 SDSを中心とする守備側の士気は、今や最高潮に高まっていた。

それが逆に彼らにとってのピンチとなるのだが、

高揚した守備側の者達は、その事にはまったく気付かない。

 

「ホーリーさん、左、行きます」

「あたしは右を!中央はお願いします!」

「分かった、お互いしっかり努めを果たすとしよう。

でないとハチマン君に怒られてしまうからね」

 

 ホーリーは何の気負いもなくそう言って中央に進み、迫り来る敵の集団に立ち向かった。

 

「さあ、来たまえ」

 

 そう言われた瞬間に、敵はどうしてもホーリーから目を離せなくなってしまう。

これはもちろんタンクのスキルの効果だが、くらったプレイヤーにしてみれば、

自分の意思と関係なく視線がそちらを向いてしまうというのは気持ち悪い事この上ない。

だがスキルの効果には逆らう事が出来ず、

ホーリーの姿は敵プレイヤーに飲み込まれる事となった。

セラフィムとユイユイも少し間を空けて順番にスキルを使い、

二人の姿も敵のプレイヤーに飲み込まれる。が、次の瞬間、その三つの人の塊が大きく弾け、

守備側プレイヤー達は皆、その場に転倒する事となった。

 

「か、堅すぎる………」

「こいつら化け物かよ!」

「ひるむな、とにかく………」

 

 攻めるんだ。SDSの誰かが味方を鼓舞しようとそう言いかけたが、

そんな目立つ敵プレイヤーは、ヴァルハラ連合軍の追撃により、即座に命を落としていった。

 

「そういう子はお口にチャック、だわねぇ」

「ふんすっ!」

 

 一番多く敵の首をとっているのはこの二人、リョウとラキアである。

二人のとった戦法は実にシンプルであり、

先ずラキアが神珍鉄パイプを支えている状態で、

リョウがその先端に乗り、パイプを敵に向けて伸ばす。これで超速の移動が可能になる。

そして今度はリョウが先端を支えた状態でラキアが手元のパイプに乗り、

リョウがそれを縮めるのである。まさに敵の度肝を抜く武器の利用方法であったが、

二人はこれを利用し、コンビネーションよくあちこち飛びまわり、

多少なりと強そうに見える敵を叩き潰し、あるいは真っ二つにしていった。

ここまであまり出番が無かった分、実に容赦のない暴れっぷりである。

 

「私の歌を聞いてくれてありがとう!」

 

 そしてクックロビンは、そうお礼らしきものを言いながら、

うっかり返事をしてしまった者を、そのまま天国へと送っていた。

こちらは何というか、実にたちが悪い。

だがまあ本人はとても楽しそうなので、これはこれでいいのだろう。

 

「今宵のムラサメは血に飢えておるわ!」

「おらおらおら!」

「よし、次!」

 

 そして地味にキル数を稼いでいるのは、セブンスヘヴンランキング上位組の、

クライン、エギル、リーファである。この三人は、敵一人をほぼ一撃で葬っており、

地味ではあるが、さすがはランキング上位だという働きを見せていた。

他の者達もある意味ハメ技っぽいこの状況を逃さず、存分に敵戦力を削っていた。

 

「き、汚いぞ!」

「ふむ?レジスト出来ない自分の未熟さを反省するべきだと思うのだが」

「その通り、せめて対抗魔法くらいかけてから突っ込んでくるべき」

「ちょっと勘違いが過ぎるんじゃないかなぁ?」

 

 中にはそう的外れな抗議をしてくるプレイヤーもいたが、

そういった勘違い野郎には、三人のタンクがお説教じみた返事を返していた。

実際こちらに突っ込んでくる前に何の強化魔法もかけていないというのはお粗末すぎる。

それ以前に必要なアビリティを取得していれば、

タンクに引き付けられる時間を大幅に短縮出来るのだが、

まあ今回はそんな余裕もなくいきなり戦闘が始まってしまった為、

少なくとも先頭をきって突っ込んだ者達は、

ヴァルハラ連合軍の餌食になる以外の運命は存在しなかったのである。

 

「み、味方に補助魔法を!」

 

 そしてこのシグルドの指示も数テンポ遅い。

もっともかけないよりはかけた方がいいに決まっているのだが、

こういった指示は、敵に乗せられたとはいえ、味方が走り出した直後に言うべきものであり、

そうすれば、少なくとも一部のプレイヤーは生き残った可能性が高い。

これは集団戦の経験がほぼ皆無なシグルドの、指揮官としての未熟さが露呈した格好だ。

 

「くそっ、くそっ………何でこんな事に………、

いや、まだ間に合う、みんな、一旦下がれ、下がるんだ!」

 

 シグルドはそう愚痴を言いながらも必死に後退の指示を出し、

生き残ったSDSと野良の守備側プレイヤー達は、

大量の味方が一瞬にして倒された現実を目の当たりにした事もあって、

慌ててその指示に従おうとした。

 

「ん?もう下がっちゃうの?」

「あなた達、せっかくだしもう少し遊んでいきなさいよ」

 

 だがそのプレイヤー達は、いきなり自分達のすぐ傍からそんな声が聞こえた為、

ぎょっとして立ち止まった。

そしてその前方を塞ぐように、二人のプレイヤーが立ちはだかる。

 

「そう簡単に逃げられると思ったの?」

「あなた達はもう、この私という蜘蛛の糸に絡め取られているのよ」

「う………」

「ぜ、絶剣と絶刀………」

 

 そう、それはユウキとランであった。

二人はいきなり戦いに参加するような事はせず、

効果的な登場のタイミングをしっかりはかっていたのである。

 

「ま、まずい、ここは俺が行くしか………」

 

 二人の背中を見ながら、シグルドはそう焦ったような声を上げた。

このままだと味方の生き残りが敵に完全包囲され、全滅する事となる。

シグルドの立場としては、ここまでの犠牲に関しては目を瞑り、

撤収させた味方を集めて一旦下がり、

改めてアレス神に働いてもらい、共に戦うという心積もりでいたのだが、

今味方達は、絶剣と絶刀という二人のネームバリューに気圧され、

集団で突破を試みればある程度は生還出来たはずのこのチャンスをふいにしてしまっている。

 

「少しの犠牲は仕方がない、とにかく走れ、走るんだ!そのままだとお前達は………」

 

 だがそう言った瞬間に、シグルドは頭に衝撃を受け、仰け反った。

それが魔法銃による狙撃だと気付いたシグルドは、血走った目で敵陣の方を見た。

 

「あいつは確か、サトライザー………」

 

 それと同時に前方から、微かにユキノらしき声が聞こえた。

 

「アスナ、キリト君、準備運動は十分よ、もう動かしてもいいわ」

「オッケー」

「了解」

 

(準備運動だと!?)

 

 シグルドは屈辱のあまり、頭に血を上らせた。

だが成長したという事なのだろうか、その血はすぐに下がり、

シグルドは指揮官の努めを果たそうと、顔を上げ、再び仲間達に向けて叫ぼうとした。

と、その視界が一種にして白一色に染まる。

アスナがフラッシング・ペネトレイターで突撃してきたのである。

 

「んなっ………」

 

 シグルドは辛うじて剣を構える事に成功したが、

そのまま大きく後方に跳ばされ、アレスの足に激突する事となった。

それを敵からの攻撃と判断したのか、遂にアレスが動き出す。

だがその事に気付く前に、倒れたシグルドの前方には、キリトが立っていた。

 

「キ、キリト………」

「途中までは上手くやってたな、シグルド」

「くっ、まだ俺は負けてはいない!」

 

 そのシグルドの反論をスルーし、キリトは尚も言葉を続けた。

 

「今回のお前の敗因は、自分が先頭に立たなかった事だろうな。

もしそうしていれば、味方の暴走を止める事も出来たと思うぞ」

「知った風な事を………」

「だがそれが事実だろ?」

「………くっ」

 

 シグルドはその言葉の正しさを認めざるを得なかった。

確かに自分が先頭にいれば、その場で振り向くだけで、

味方の暴走を止める事が出来ただろうからである。

 

「だがまだアレスもいる!俺は一人でも、お前達に勝ってみせる!」

「いや、それはどうかな」

 

 そう言いながらキリトは上を指差し、シグルドも釣られて上を向いた。

その視界に飛び込んできたのは巨大な平らな何か、

そしてシグルドはその何かの下敷きとなった。

 

「ぐはっ………な、何だこれは………」

「何って、お前の味方だろう?」

「ま、まさか………」

 

 それでシグルドは今自分を押し潰そうとしている物が何なのか理解した。

 

「アレスの、あ………し………」

 

 それきりシグルドの意識は消失した。動き出したアレスがシグルドを踏み潰したのである。

アレスは確かにシグルドの味方であったが、

目覚めた瞬間に目の前にキリトという敵がいたのだ、

とりあえずそちらに一歩を踏み出すのは実に自然な成り行きである。

こうしてSDSの初陣は、シグルドと共に圧潰したが、彼らはへこたれる事なく、

徐々に成長しつつ、ヴァルハラに対抗してく事になる。

 

「よし、ひとまずこれでオーケーか」

 

 その頃には他の守備側プレイヤー達も全滅しており、

キリトはほっと安心しつつ、チラっとユキノの方に目をやった。

キリトの位置取りはユキノに指示されたものだったが、

さすがのキリトもこの時ばかりはユキノの底知れなさに畏怖を覚えていたのだ。

 

(本当にユキノが味方で良かったよ)

 

 そう思いつつ、キリトはシグルドのいた場所に手を合わせ、

同時に剣を構え、味方達に向けて叫んだ。

 

「ここからが本番だ、みんな、やるぞ!」

 

 結局今回も一人の犠牲も出す事なくヴァルハラは勝利し、

キリトはそのままアレスを威嚇するようにその前に立ったのであった。



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第1124話 アレス戦~敗北者達

 七つの大罪が全滅したのを外で見届けたアリシャは、

その当人達が排出されてきたのを見て、何となくそちらに向かった。

 

「やぁやぁ、お疲れ様」

「………てめえか」

 

 そう返事をしてきたのはルシパーだった。

他の者達は、思った以上に落ち込んでいるのか、黙りこくったままである。

 

「何だ?恨み言でも言いたいのか?」

「ん~?別に?そもそも私が死んだのは、私がユージーン君をかばったからだし」

「じゃあ俺達に何の用だ?」

「う~ん、ちょっとは慰めてあげようかなって思ったから?」

「いらん」

「またまたぁ、嬉しい癖に!」

「んな訳あるか」

 

 この二人は特に親しいという事もなく、何度か軽く言葉を交わした程度の間柄でしかない。

だが相手との距離を詰めるのが得意なアリシャは、

ルシパーに本気で拒絶されない程度の距離感をしっかり保っており、

ルシパーも何となく、アリシャが話しかけてくるのを認めてしまっていた。

 

「私が死んだ後、どんな感じだったの?」

「どんなもなにもない、ソレイユとハチマンに、いいようにやられただけだ」

「そっかぁ、やっぱりあの二人は強いよねぇ」

 

 そのアリシャの言葉に、ルシパーはやや躊躇った後、こう答えた。

 

「………………ああ」

「あら、意外に素直」

「ここで虚勢を張っても俺の格を落とすだけだろうが、

とにかく負けは負けだ、でもいずれ必ず一泡ふかせてやる」

「そだねぇ、頑張って!」

 

 アリシャにそう肯定的な事を言われ、ルシパーは意外に思ったが、やがてぽつりと呟いた。

 

「………………おお」

 

 そう言いながらルシパーは、何となくボス部屋内の数値に目をやり、

アリシャも同じようにそちらに目をやった。

 

「ボス部屋の中にいるのはシグルドって奴のギルドだよな、どんな奴なんだ?」

「え~?あいつ?そうだねぇ、少なくともルシパー君よりも嫌い」

「………くくっ、俺よりもか」

 

 その返事が面白かったのか、ルシパーは含み笑いをした。

 

「まさか俺よりも嫌われてる奴がいたとはな」

「いやぁ、何ていうか、ルシパー君達はただ乱暴なだけじゃない?

あいつはそう、何ていうか、凄く気持ち悪かったんだよね、まあ前はだけど」

「過去形か?」

「うん、だって今は一応二百人を超えるギルドのリーダーに収まってるんでしょ?

じゃあ昔と違って、どん底を経験した分ちょっとは成長したのかなって」

「どん底?」

「うん、えっとね」

 

 アリシャはペラペラと、ルシパーにシグルドの過去の行いと説明し、

その時代の事にあまり詳しくないルシパーは、

今のALO内の雰囲気とはまるで違うその話に興味深そうな顔をした。

 

「何となくは知ってたが、色々不自由な時代だったんだな」

「まあ閉鎖的ではあったよねぇ」

「それがどうしてここまで変わったんだ?」

「それはほら、ハチマン君達が頑張ってくれたから」

「………………けっ」

 

 ルシパーは面白くなさそうにそう吐き捨て、アリシャはクスクスと笑った。

 

「お?」

 

 その時今まで無言だったサッタンが、モニターの数値の変化を見てそう声を上げた。

 

「え?あ!」

 

 ここまでの数値の変化は、攻撃側、守備側ともに緩やかなもので、

まだお互い数人ずつしか死亡者を出していなかったが、

その数値の変化がいきなり激しくなった。

攻撃側の減り方は変わらないが、守備側の人数が、恐ろしい早さで減り始めたのである。

 

「どうやら本格的に戦闘が始まったか」

「だねぇ」

「くそっ、本当なら俺達もあそこにいたはずなのに………羨ましいんだよ!」

「あ、あはは、それに関しちゃ私もごめんねぇ?」

 

 アリシャにそう謝られ、エヴィアタンは顔を赤くしながら下を向いた。

 

「べ、別にあんたに言った訳じゃねえよ、

そっちにもそうしないといけない事情があったんだろうしよ」

「そう?ありがと」

 

 アリシャは内心で、うぶだなぁと生暖かく思いながら、モニターに目を戻した。

 

「おいおいおい、それにしても減り方が尋常じゃないな」

「見てるだけで腹が減ってくる………」

「どうなってるんだこれ」

「アレスのHPが全く変化してないもの気になるな」

「あっ、本当だ、って事はさ」

 

 アリシャはそう言いながら、七つの大罪の幹部達の方に向き直った。

 

「多分シグルド君達、ヴァルハラに引っ張り出されて、

アレスに動いてもらえないままボコボコにされてるんじゃない?」

「………どういう事だ?」

「ほら、こういうボスって、攻撃したり近くに行ったりしないと動かないじゃない?」

「ああ~、確かに!」

「それにしてもここまで差があるんだな」

「当たり前じゃない、あそこに真なるセブンスヘヴンが何人いると思ってるの?」

「た、たくさん………」

「たくさんって」

 

 そう答えたサッタンに、アリシャは苦笑した。

 

「二位、四位、五位、六位、七位の五人もいるんだよ?」

「二十位以内も七~八人いるだろ」

「っべぇ、ヴァルハラやっべぇ………」

 

 結局そのランキングの数値通りの結果になっているという事なのだろう、

同時に排出されてきているSDSのメンバーらしき者達が、

モニターの数値に向かい、罵声と声援を送り始めた。

 

「くそっ、やられた!」

「化け物すぎだよ!」

「まさかあんな罠が………」

「歌に乗せられて前に出るんじゃなかった………」

「見ろ!アレスが!」

 

 その時アレスのHPが若干減少し、残りのプレイヤーの数が、一気に一人へと減少した。

 

「「「「「「「「シグルドさん!」」」」」」」」

 

(あ~、やっぱりそれなりに慕われてるんだ、

でも根っこのところは変わらないと思うんだけどなぁ)

 

 アリシャはそう思いつつ、口に出してはこう言った。

 

「シグルドが最後に残ってるみたいね」

「けっ、こそこそと後ろにいやがったんだろ、臆病者め」

「まあでも状況によるんじゃない?

君達だって、いきなりルシパー君がやられたら困っちゃうでしょう?」

「お、おう………」

「それはまあ、そうかもだけどよ………」

 

 直後に大歓声が上がった。守備側の人数がゼロになったのだ。

対してヴァルハラのメンバーで、まだ外に出てきた者は存在しない。

 

「これって完封みたいな?」

「化け物どもめ………」

「まあ作戦が上手くいったのかもしれないけどね」

「それってどんな作戦だよ」

「さあ、でもユキノちゃんがいるからねぇ」

 

 そう言ってアリシャは、ルシパーに向けてこう言った。

 

「ルシパー君達も、ヴァルハラにリベンジするつもりなんだろうけど、

ユキノちゃんがいるだけで、敵の強さが何倍にもなるって事は覚えておいた方がいいね」

「分かってる、絶対零度だけじゃなくタイムキーパーやロジカルウィッチも要注意だ」

「おっ、ちゃんと勉強してるんだね、えらいえらい」

「子供扱いするんじゃねえ」

「お、あれがシグルドって奴じゃね?」

 

 その時最後の一人が外に転送されてきた、もちろんシグルドである。

怖いもの知らずのアリシャは、ニヤニヤしながらそちらに歩いていき、

七つの大罪の幹部達は、アリシャのボディガードという訳でもないのだろうが、

若干心配そうな顔で、アリシャの後についていった。

 

「やっほ~、シグルド君、お久~!」

「………アリシャか」

「いやぁ、ドンマイだよ!で、どうやってやられたの?」

「っ………」

 

 そのアリシャのあけすけな言葉にシグルドはとても嫌そうな顔をしたが、

感情に任せて反論するような事はなく、自嘲ぎみな顔をしながらこう答えた。

 

「部下達の抑えがきかなかった、今後の反省として生かしたい」

 

 アリシャはその言葉に素直に感心した。

 

(うわぁ、思ったよりもまともになってる?)

 

 だがシグルドは、続けてこう言った。

 

「だが俺達は負けていない!絶対に俺の方があいつらより優れてると証明してやる!」

 

(あ、表面だけだったか、俺達、じゃなくて、俺、って、そういうとこだよシグルド君)

 

 アリシャは心の中で、駄目だこいつ、などと思いながらも、

ニコニコした表情を崩さずにシグルドを励ました。

 

「敵の私が言う事じゃないかもだけど、まあ頑張ってね」

「言われなくても」

 

 そのタイミングでシグルドの元に、SDSの仲間達が集まってきた。

 

「シグルドさん、すみません………」

「俺達が暴走したせいで………」

「いや、お前達のせいじゃない、俺も悪かったんだ」

 

 そう頭を下げたシグルドに、SDSの者達は感動したような視線を向けた。

 

「シグルドさ~ん!」

「今度こそ目にものをみせてやりましょう!」

「俺達、やりますよ!」

 

 それで気を良くしたのか、シグルドはこう答えた。

 

「よしお前ら、飲みにでもいくか!」

「はい!」

「今日の事は忘れて盛り上がりましょう!」

「だな!」

 

(忘れちゃ駄目でしょうが!)

 

 そう盛り上がるSDSを尻目に、アリシャは心の中で思いっきり突っ込んだ。

だが積極的に関わるつもりもないので、アリシャはシグルドに挨拶だけしてその場を去った。

 

「じゃあね、シグルド君」

「ああ、またやり合おう」

「うん!また!」

 

 そしてその場を離れた後、アリシャは七つの大罪の幹部連に言った。

 

「それじゃあ私は勝って出てくるみんなを出迎えるつもりだから、ここに残るね」

「お、おう、俺達は………俺達も飯でも食いに行くか」

「だな、今日の事について話さないと!」

 

(こっちは多少マシかなぁ………?)

 

 その言葉を聞きながら、アリシャはそう思った。

 

「それじゃあまた戦場でな」

「うん、またね」

 

 そう言いながら七つの大罪は去っていったが、

その進路にいた一般プレイヤー達が嫌そうに避けているのを見て、

アリシャは再びSDSに目をやった。

そちらは特に避けられているという事もなく、アリシャは、

まともな方が避けられて、駄目な方が避けられないなんて皮肉だよね、などと考えていた。

と、丁度その前をアスタルトが通りかかった。

その歩みはまさにとぼとぼという表現が相応しく見て、、アリシャは思わず声をかけた。

 

「ねぇ君、確か、アスタルト君だよね?七つの大罪の軍師の」

「あっ、は、はい、そちらはアリシャさんですよね?初めまして」

 

 そう言いながらアスタルトは丁寧に頭を下げ、

アリシャは七つの大罪のメンバーにしちゃまともすぎると少し驚き、思わずこう問いかけた。

 

「君、何で七つの大罪なんかにいるの?」

 

 アリシャは思わずそう問いかけ、アスタルトはビクッと体を強張らせた。

 

「………本当に、何でなんでしょう」

 

 そう呟きながら、アスタルトは下を向いたまま去っていった。

 

「………へぇ」

 

 アリシャはその姿を目に焼きつけつつ、後にこの事をハチマンに雑談として話した。

その事がアスタルトの運命に、微妙に変化をもたらす事になる。



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第1125話 アレス戦~ある意味伝説の決着

「ここからが本番だ、みんな、やるぞ!」

 

 遂に動き出したアレスを前に、キリトは味方を鼓舞するようにそう叫んだ。

その勢いに押された訳でもないのだろうが、アレスはピタリとその足を止め、

辺りをきょろきょろと見回した。

 

『………威勢がいいな、小僧。で、我が軍の者達はどこにいるのだ?』

「………は?」

 

 その言葉にキリトはぽかんとし、困った顔でユキノの方を見た。

そのユキノが即座に状況を把握し、アレスに向けて叫ぶ。

 

「その最後の一人を、今まさにあなたが踏み潰したところよ!」

『何?』

 

 アレスはきょとんとして足を上げ、その下にリメインライトがある事を確認した。

 

『え………本当に?』

「ええ、本当に」

『我が軍は既に全滅?』

「ええ、全滅」

『何………だと………』

 

 アレスはそう言って頭を抱え、その場に蹲ってしまった。

その姿のコミカルさに、仲間達は思わず噴き出したが、

アレスは続けて更に、愚痴るかのようにこうこぼした。

 

『味方プレイヤーを率いて敵プレイヤーを蹂躙する、

誰にでも出来るとても簡単な仕事だと聞いていたのだが………』

「サラリーマンかよ!」

 

 キリトは思わずそう突っ込み、アレスは顔を真っ赤にしてそれに反論した。

 

『味方が残ってればもっと威厳のある態度をとったわ!我にも事情があるのだ!』

「何だよその事情ってのは!」

『敵に言える訳ないだろうが!』

 

 その二人の妙に生ぬるいやりとりを聞き、仲間達はあきれ返った。

 

「アレスって、どんな性格付けされてるのかな?」

「アルゴの奴、ちょっとお遊びが過ぎるだろ」

「まあでもこれで楽になったのか?」

「う~ん、でも戦意が全く無さそうなんだけど、これはどういう事なんだろ?」

「アスナ、ちょっと話してみてくれよ」

「え?私?ん~、分かった、やってみる」

 

 アスナが前に出ると、さすがのアレスも顔を起こした。

 

『美しき少女よ、何か用か?』

「あ、えっとね、その、事情はよく分からないけど、元気出してほしいなって」

『………むぅ、そなたは優しいのだな』

「優しいというか、ほら、このままだと戦闘にならない訳だし、

私達としても困るというか、ね?」

『むぅ………確かにその通りだ、よし、少し話をするとしよう』

 

 アレスはそう言って立ち上がり、その場にあぐらをかいた。

とてもイベントのボスの姿とは思えないが、話が進展しそうなのは確かな為、

一応警戒は解かないまでも、皆アレスの話に耳を傾ける事となった。

 

『何故我がこんな態度をとっているのかというと、その理由はとても簡単だ。

少女よ、実はこの戦闘においての主役は我ではないのだよ』

「主役じゃ………ない?」

「まさか他に敵が!?」

『いや、ここには我しかいない。だが我は、攻撃能力を持っておらぬのだ』

「「「「「「「「………えっ?」」」」」」」」

 

 そのアレスの予想だにしない言葉に一同は目を点にした。

 

「どういう事?」

『この戦闘は確かにボス戦だが、プレイヤー同士の集団戦というのが本来の在り方なのだ』

「プレイヤー同士の………」

「集団戦?」

「まあ確かにそうなってたけどよ………」

 

 戸惑う一同に、アレスは厳かな口調でこう答えた。

 

『我の能力は、参加した味方プレイヤーの人数に反比例した能力の強化と回復と支援、

それのみだ。こう言えば分かるか?』

「「「「「「「「あっ」」」」」」」」

 

 要するにこの戦いにおけるアレスは、補助的役割に特化したギミックであり、

まさか戦闘が始まる前にこうなるとはまったくもって予想されていなかったのであろう。

だが詳しく聞いてみると、この状況を前に、アレスのAIは混乱してしまい、

本来自身が振舞うべき態度を取る事が出来なかったと、まあそういう事のようだ。

 

『という訳で、この戦いはそなたらの勝利だ。

我としてもむざむざとやられたくはないが、我はただ堅いだけの石像のようなもので、

どうあがいてもそなたらに勝つ事は出来ぬのよ』

「そ、それは………ドンマイ」

「この事を知ったらアルゴの奴、発狂しそうだな」

「というか今まさにしてるかもしれないね」

「もしくは緊急反省会の最中とかな」

 

 そんな会話が交わされる中、キリトはぽん、とアレスの膝を叩き、

アレスはそんなキリトに頭を下げた。

 

『気遣いをすまんな』

「いやいや、気持ちは分かるからさ」

『そうだ、本来なら我を倒した後にドロップさせるべきものだが、これをやろう』

 

 アレスはそう言って一本の剣を取り出した。

 

『ティルフィング、それがこの剣の名前だ。

本来ならこちら側のプレイヤーに持たせて戦わせるべきものだったのだがな』

 

 キリトはアレスに向けて膝をつき、その剣を恭しく両手で受け取った。

 

「神アレスよ、確かに頂戴致しました」

『うむ、それではひとおもいにやってくれ。

と言ってもこれで我が魂が滅びる訳ではないので、あるいはまた会える機会もあるだろう』

「その時は今度こそまともに戦いましょう」

『うむ、それまで壮健でな』

「はい」

『最後に一つ、特別にヒントをやろう。

………ケルベロスの置き土産を探せ、そして必ず処分するのだ』

「置き土産?カドゥケウスではなくてですか?」

『それは遺産だな。これ以上は言えぬ、いいか、しかと伝えたぞ』

「は、はい」

『ではやってくれ』

 

 その頼みを聞き入れ、仲間達がアレスを囲み、各自が最大威力の攻撃を叩きこんだ。

 

『妖精達よ、さらばだ!わはははははは!』

 

 一切自分を強化していないアレスの防御力は紙のようにペラペラであり、

そのHPは一気に消滅した。実に潔いその終わり方に、仲間達は皆黙祷を捧げた。

とはいえ、そのほとんどがAIに同情する気持ちから行われたのは間違いない。

そして『CONGRATULATIONS』、

の文字と共に戦闘が終わり、入り口の扉が開いた。

その瞬間にクックロビンが、何かに気付いたようにハッとし、入り口に向けて走り出す。

 

「おい、ロビン?」

「あっ、まさか!」

 

 アスナは何かを悟ったようで、即座にクックロビンの後を追った。

他の者達は一体何事かと扉の方を見た。

そこにハチマンの姿を認め、一同はクックロビンとアスナの行動の意味を理解した。

 

「さすがというか………」

「野生の歌姫か………」

「直ぐに気付くアスナもどうかと思うわ」

「しまった、出遅れた!」

 

 そんな一同の目の前で、クックロビンとアスナのデッドヒートが繰り広げられる。

スタートこそクックロビンの方が早かったが、自力はアスナの方が勝っており、

おそらくこのままだと、二人は同時にハチマンのところに到着すると思われた。

 

「ハッチマ~ン!」

「ハチマン君!」

「おおおおお?」

 

 ボス部屋の扉が開いた時、想定よりも大分早かった為、

まさか味方が負けたのではないかと心配していたハチマンは、

あるいはこのまま外にいる者達でボス戦をしなくてはいけないのかと覚悟していたが、

遠くに仲間達の姿を見つけ、安堵していた。

そこに二人から、不意打ちとも言える突撃をくらい、

いつもなら簡単に避けられるハチマンも、今回は咄嗟に体が動かなかった。

 

「ラブミー、テンダー!」

「ハチマン君、ハチマン君!」

 

 正直別に、ここで張り合うような理由はアスナには無いのだが、

一度走り出してしまった以上、そこはそれ、ノリという奴である。

ともかく二人はハチマン目掛けて飛びかかったが、

そんな二人の目の前からいきなりハチマンの姿が消えた。

 

「へっ?」

「あれっ?」

 

 二人はそのままその場を通過し、慌てて振り返ると、

そこには大胆にハチマンを押し倒すソレイユの姿があった。

 

「ちょっ、魔王様!」

「姉さん!」

「あら二人とも、ラブシーンをそんなにじっくり見られると恥ずかしいわ」

「おい馬鹿姉、助かったのは確かだけど、これをラブシーンと言い張るのは無理があるぞ」

 

 事実ハチマンは、迫ってくるソレイユの額に手を当て、その進行を防いでいた。

さすがにこれ以上はどうにもならないと思ったのか、ソレイユはそこで体を起こし、

解放されたハチマンは、先ずクックロビンの頭に拳骨を落とし、

続いてアスナの頭をコツンとつついた。

その瞬間にクックロビンが悶絶しながらハチマンに向け、こう囁いた。

 

「ハ、ハチマン、アスナ以上の愛情表現をしてくれるなんて、

興奮しすぎておかしくなっちゃうよぉ………」

「はぁ?お前は一体何を………ああ、そういう事か………」

 

 ハチマンとしては普通にアスナを優遇しただけなのだが、

クックロビンにとってはそれはご褒美以外の何物でもなかったようだ。

本当に厄介な変態である。

 

「お~いハチマン!」

「おう、キリト、どうやら無事に勝ったらしいな」

「ハチマンこそどうしてここに?」

「とりあえず情報交換といくか」

「かな」

 

 こうして二手に分かれていたヴァルハラ連合のプレイヤー達は合流し、

後に業界で伝説と言われるアレス攻略戦を、見事クリアする事となったのだった。



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第1126話 アレス戦~ロスタイムの探索

 どうやらこのイベントは、自動的に外に出される類のものではないらしく、

外に出るかどうかは選択制になっているようだ。

もちろん時間的な限界はあるが、表示によると、まだ三十分ほど残されているようだ。

その時間を利用して、ハチマンとキリトは情報交換を行っていた。

 

「………へぇ、七つの大罪を全滅させたのか、さすがソレイユさんとハチマンだな」

「お前達こそ、よくもまあそんな決着になったもんだと感心するよ。

しかしまさか、サポート専門のボスが出てくるとはなぁ………」

「むふぅ」

「まあ面白い神だったよアレスは。

今度もし機会があれば、ガチでやり合ってみたいもんだよ」

「で、報酬がその………」

「ティルフィング、性能的にも中々のもんだよ」

「それだけではなく、どうやら参加者全員に、

何かしらのアイテムやお金が報酬として出ているようね」

 

 そんな二人の会話にユキノが割り込んできた。

 

「ん、そうなのか?………お、本当だ」

「まあ大したアイテムではないみたいね」

「もらえるものはもらっておこうぜ」

「ええ、そうね」

 

 自分のストレージの中を確認したハチマンは、きょろきょろしながら続けてこう呟いた。

 

「しかしボス戦にプレイヤーを絡めたところとか、かつてない敵の挙動、

無駄に凝ったこの城、何から何まで今までとは違うよなぁ」

「まあアルゴさんも、色々試しているのではないかしら」

「そういえばボス戦の後、外に出されずにこんなにのんびりしてるのは………」

 

 そう言いかけてハチマンはピタリとその動きを止めた。

そして何かを探すようにきょろきょろと辺りを見回し始める。

その態度は落ち着きが無い事極まりない。

 

「ハチマン、どうかしたか?」

「いや、ちょっと思い付いた事があってな」

「何か気になる事でも?」

「今俺が言ったように、ここにはあと二十五分くらいいられるだろ?」

「うん」

「ええ」

「でもそんな仕様にする必要はないよな?」

「いや、まあ………」

 

 キリトはハチマンが何を言いたいのか分からないようだ。

だが聡明なユキノは何か思い付いたのか、息を呑んだ。

 

「………あっ」

「気付いたか?」

「ええ、これは少し急がないといけないわね、もう何人か落ちてしまったのだし」

「ど、どういう事だ?」

「こういう事だキリト、この城は無駄に凝ってる、で、ボス戦が終わったのにも関わらず、

排出されるまでに三十分もの時間がある。って事は、ここにはまだ何かあるのかもしれない」

「あっ!」

「それが何かは分からないが、残り時間が微妙だ、手分けして探索に出る必要がある」

「オーケー、お~いみんな、ちょっと集合してくれ!」

 

 そのキリトの呼びかけで、残っていた仲間達がこちらに集まってきた。

ハチマンが残っている以上落ちるはずもないアスナは、

スモーキング・リーフの六姉妹のうち、残っていたリナとリョクと遊んでいたらしく、

二人を伴ってこちらに来た。ハチマン達の近くに控えていたのはキズメルを始めとして、

セラフィム、レコン、フカ次郎、ハリュー、レン、

そしてまだビクンビクンしていたクックロビンであったが、七人は黙って立ち上がった。

シノン、リオン、ウズメ、ピュアもハチマンがいる間に落ちるはずもなく、

少し離れたところからこちらに歩いてきた。アル冒は、ヒルダだけが残っている。

ランとユウキも健在であった。スプリンガーはもう落ちていたが、

ラキアは実は、ここまでずっとハチマンの背中に負ぶさっていた為にまだここにいる。

あとは、ユージーンがまだここに残っていた。もちろんウズメとピュアが残っているからだ。

 

「実は今思い付いた事がある。

このフィールド、まだ排出されないだろ?その理由についてだ。

もしかしたら、ここにはまだ何かあるのかもしれない。

無いかもしれないが、探してみて損はないと思うんだよな」

「もしかしてお宝とか!?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないな」

 

 驚くフカ次郎に対し、ハチマンはそう言いながら頷いた。

その時フカ次郎が付けている、フェンリルの目が淡く光る。

 

『いい判断だ、私もここにはまだ何かあると感じる』

「んっ」

「フカ三郎!?本当に?」

『ああ、だが時間が無い、ハチマンよ、急ぐのだ』

 

 そのフェンリルのアドバイスを受け、ハチマンは素早く指示を出した。

 

「とりあえず何隊かに分かれて探索を始めてくれ。

各自、何か見つけたら、詳しく調べなくていいからとにかく所有権を確保するんだ、

そうすれば外に持ち出す事が可能になるはずだ」

「「「「「「「「了解!」」」」」」」」

 

 そしてアイテムに対して鼻がきくリナと、

どうしてもハチマンに付いていくと言って聞かなかったシノン、ウズメ、ピュア、リオンの、

ボス部屋外チームの四人がハチマンの同行者となり、

他の者達もアスナとキリトの仕切りで何チームかに分けられ、城内の探索が開始された。

 

 

 

「フカ、リナちゃんに負けないように頑張ってね!」

「ハードル高えなおい!だが任せろ、この私の物欲センサーに死角はない!」

「それって駄目な奴じゃ………」

 

 先頭を行くレンとフカ次郎の会話にアスナは苦笑した。

 

「アスナ、こういう時は、そういう勘に頼るのも大事」

 

 その時セラフィムが横からそう言ってきた。

セラフィムもハチマンと一緒に行きたいアピールをしていたのだが、

ハチマンのチームの人数が増えすぎるはまずいと自重したのである。

さすがは大人の女といったところだろうか。

 

「むぅ、まあそうかもだけど」

「ラキアさんは何か感じます?」

「む~ん………むむ?」

 

 その隣では、ヒルダがラキアにそう尋ね、ラキアがきょろきょろと辺りを見回し、

右の通路で目を止めた。どうやらそちらが気になるようだ。

 

「アスナさん、ラキアさんが、右の通路に何かありそうだって」

「本当に?さっすが、フカちゃんとは違うね!」

「ア、アスナ、ひどい………う、うぅ、こうなったら負けてられん、

絶対にお宝に一番乗りしてやるぜ!」

「あっ、フカ、待ってってば!」

 

 右の通路の奥に走っていくフカ次郎を、レンが慌てて追いかけた。

残された者達も当然そちらに向かう。

 

「さすがは正妻様、人の使い方が上手いねぇ」

「ふふっ、まあこのくらいはね?」

 

 アスナをハリューがそう賞賛し、一同は城の奥へと進んでいった。

 

 

 

 スリーピング・ナイツは今回、単独で動いていた。

まあ純粋にギルドのメンバーだけで数が揃っているのだから当然である。

 

「ラン、どうする?」

「任せなさい、私は野性の勘には少し自信があるのよ」

「それってエロ方面にしか働かないんじゃねえの」

「そ、そんな事はない………はずよ、多分こっち!」

 

 スリーピング・ナイツもまた、ランによって城の奥へと進んでいった。

 

 

 

 そしてキリトチームは、残りの者達が集まっていた。

キリト、リョク、キズメル、レコン、それにクックロビンである。

ここには仮にクックロビンが暴走しても、

それを止められる、もしくはスルー出来る者が揃っていた。

 

「さて、どっちかな」

「キリト君、こっち、こっちな気がする!」

「ふむ………」

 

 確かにこの中ではクックロビンが一番そういう感覚に優れているだろう。

だが本人が自覚の無いままハチマンを感知している可能性は否定出来ない。

その為キリトはリョクにも意見を求めた。

 

「リョク、どうだ?」

「多分だけど、構造的にもその道であってるじゃん」

「そか、それじゃあそっちに行ってみるか」

「オッケー!レッツゴー!」

 

 

 

 そしてハチマン達は、リナに全てを任せていた。

 

「リナコ、どっちだ?」

「くんくん、うん、こっちなのな!」

「了解」

 

 ハチマンとリナの歩みは確信に満ちており、途中で迷うそぶりすら見せなかった。

だがアイテム類に関しては無類の強さを誇るリナの言う事なのだ、誰も疑問を抱く事はない。

 

「もうすぐなのな!」

「………おっ」

「ここって………」

「彫刻がいっぱい?」

「多分ギリシャ神話の神の像だな、知らんけど」

「あっ、あれ、ケルベロスじゃない?」

「大きい巨人みたいなのもあるね」

 

 そこは彫刻の森とでも表現出来そうな、大広間であった。

その雰囲気は、いかにも何かありそうといった感じである。

 

「一つ壊れてるな」

『それはアレスの像だ、ハチマン』

「そうなのか」

 

 ハチマンはその前に立ち、しげしげと像の残骸を眺めた。

その瓦礫の中に、キラリと光る物があった。

 

「ん………」

 

 それは何か筒のような物であった。

 

「とりあえず後で調べるとして、しまっておくか」

 

 よく見ると、他にも広場には色々がらくたのような物がある。

 

「とりあえずしまえる物は片っ端からしまっちまおう」

「分かった!」

「これも、それにこれも………」

「あれ、リーダー?」

 

 その時背後からそんな声がし、ハチマンは振り返った。

 

「あれ?ハチマン?」

「ハッチマ~ン!」

 

 そして更に二人の人物が姿を現した。ランとクックロビンである。

 

「何でみんなここに集まっちまうかな………、

いや、まあここが目的地で合ってるって事なのかもしれないけどよ」

 

 そこに後続の者達が追いついてきた。

 

「「あれ、ハチマン君?」」

「ハチマン?」

 

 レン、アスナ、キリトはぽかんとした顔でハチマンの顔を見つめた。

それもそうだろう、四組はまったく別ルートを進んでいたからだ。

 

「………フカ、まさか」

「………ラン?」

「おいロビン、お前まさか、ハチマンに反応したんじゃ………」

 

 当然三人は同じ疑いを持つ。

 

「ち、違うぜ親友!」

「そんな訳ないじゃない、ユウ、お姉ちゃんを信じて!」

「………リョク、どうだ?」

「多分ここにしかお宝が存在しないせい………と思うけどちょっと自信は………」

 

 その時フェンリルの目が警告を発した。

 

『ハチマン、残り五分だ、急いだ方がいい』

「おっと、よしみんな、そういう事だから、片っ端からアイテムを回収だ、急げ!」

 

 こうしてヴァルハラ連合軍は、様々なアイテムを回収する事となった。

その後、無事に排出される事となったのだが、後日の検証で、

三人がアイテムよりも明らかにハチマンに強く引き寄せられる傾向がある事が分かり、

とりあえず三人はハチマンに拳骨を落とされた。リョクとラキアは当然セーフであったが、

とにもかくにも、これでアレス戦は終わりを告げた。

残る敵は、ガイア、ギガンテス、ヘカトンケイルのみである。



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第1127話 戦利品の行方

 グランドクエストの間の前の広場に集まった野次馬達は、

若干緊張しながら、攻撃側人数とアレスのHPの数値を注視していた。

 

「まさかあのメンバーで負けないよな?」

「むしろこれで勝てなかったら俺は開発の正気を疑うね」

「それもそうだな」

「でもあのボスのHP、さっきから全く動かなくないか?」

「中は一体どうなってるんだろうな」

 

 その言葉通り、ボスのHPはまったく動かず、ただ時間だけが過ぎていく。

 

「これってまさか………」

「敵のHPを全く削れないまま、

死なないまでも、ヴァルハラのメンバーがどんどんダメージを受けていってる状態?」

「他に説明出来ないよな?」

「もしこれで剣王様達が負けた場合、ザ・ルーラー様の出番が来るのかな?」

「って事は、剣王様を出待ちするべき?」

「死神様は中と外、どっちにいるんだろ?」

「私はサムライマスター様を………」

「「「え~?それはない!」」」

 

 どうやらクラインは、やはりオチ担当として定着しているようだ。

 

(う~ん、それにしても本当に遅くない?一体どうなってるんだろ?)

 

 アリシャですらそう心配し始めた時、いきなり事態は急変した。

アレスのHPがいきなりガツンと減り、ゼロになったのだ。

 

「「「「「「「「えええええええ?」」」」」」」」

 

 直後にアナウンスがゲーム中に響き渡る。

 

『CONGRATULATIONS』

『アレスが討伐されました、攻撃側の勝利です』

『参加した全てのプレイヤーに、報酬が与えられます、ストレージをご覧下さい』

 

 そして広場中に大歓声が巻き起こった。

 

「うおおおおおお!」

「何今の、一体何事!?」

「ヴァ~ルハラ!ヴァ~ルハラ!」

「いやぁ、いいもん見させてもらったわ」

 

(ふううううう、まったく心臓に悪いよ)

 

 そう思いつつ、アリシャはのんびりと壁にもたれかかり、

親友が出てくるのを待つ事にした。  

 

 

 

 戦闘を終え、外に出たサクヤは、アリシャの事を心配し、その姿を探した。

 

「アリシャ!」

「サクヤちゃ~ん、こっちこっち!」

 

 落ち込んでいるのではないかと心配していたサクヤだったが、

全くそんな事はなく、アリシャは元気よくこちらに手を振ってきた。

 

「良かった、いつも通りだな」

「え~?何が?」

「いや、何でもない」

 

 サクヤはそう言って微笑んだ。

 

「それよりサクヤちゃん、中で一体何があったの?」

「うむ、それがとんでもない話だったんだが………」

 

 サクヤからボス戦のあらましを聞いたアリシャは大爆笑した。

 

「あはははは、あはははははは、何それ、意味分かんない!」

「だよな………まあでもそういう事だったんだ。あとハチマン君から伝言だ、

可能な者は、休憩を挟んで一時間後にヴァルハラ・ガーデンに集合だそうだ」

「うわぁ、ヴァルハラ・ガーデンに入れてもらうのも久しぶりだね?」

「だな、あそこに入れてもらった事のある者は、

完全に身内であるヴァルハラ・ウルヴズ、スリーピング・ナイツ、

あとはスモーキング・リーフのメンバーを除けばそうそういないと思うし、

実に名誉な事ではあるな」

「だね!」

 

 二人はそんな会話を交わしながら、

ヴァルハラのメンバー達が外に出てくるのを眺めていた。

ソレイユ、ユイユイ、イロハ、ユミー、コマチ、クリシュナ、エギル、クライン、

サトライザー、ホーリーや、スプリンガー、ファーブニルらが続々と姿を見せ、

観客達は大いに盛り上がる。だが全体の半数程度が現れた後、

ピタっと誰も姿を見せなくなり、観客達だけではなく、

サクヤ、アリシャ、更には他ならぬヴァルハラのメンバー達も、戸惑いの表情を見せた。

 

「あれ、ハチマンの奴、何してるんだ?」

「話が盛り上がってるとか?」

「それにしてもな………」

「くそ、まだ中と連絡はとれないみたいだぜ」

「う~ん………」

 

 そして一同の目が、自然とクリシュナに向いた。

 

「え、な、何?」

「いやぁ、実験大好きっ子のクリシュナちゃんなら、こういう時に的確な予想をして、

実験で証明してくれるんじゃないかなって」

「それ、実験うんぬんのくだりはいりませんよね?」

 

 クリシュナはソレイユに控えめに抗議しつつ、真面目に今何が起こっているのか考えた。

そしてさすがながら、すぐに正解にたどり着く。

 

「………ええと、こういう戦闘って普通、終わったら数分で強制排出ですよね?」

「ええ、まあそうね」

「それじゃあ今回の三十分っておかしくないですか?」

「そうね、珍しいわね」

「って事はもしかしてハチマンの奴、まだ中にお宝なりなんなりが眠ってるって予想して、

残った人達に探させてるのでは?」

「あ~!」

「なるほど、筋は通ってるな」

「というか、それしかないよね」

「そういう事ならいずれ報告があると思うし、ここで待っている必要性も薄いと思うから、

予定通り、一時間後にヴァルハラ・ガーデンに集合って事で」

 

 ソレイユがそうまとめ、仲間達は散っていった。

 

「アリシャ、私達はどうする?」

「私はまああと二十分くらいだし?ユージーン君が出てくるのを待って、

そこから集合時間まで、何か美味しいものでも奢ってもらおうかなって思ってるんだけど。

助けてあげたんだからそれくらいいいよね?」

「むしろその程度でいいのかと思うがな」

「この程度な訳ないじゃん、命だけじゃなく、

多分ランキングの順位も守ってあげたんだよ?

まだ思いついてないだけで、思いついたら色々たかるつもり」

「………さすがというか」

 

 サクヤはアリシャのその言葉に苦笑した。

 

「ではあと少し、のんびりと待つか」

「だね!」

 

 それから二十分後、ハチマン達が一気に姿を現した。

やはり熱狂的なファンというのはいるもので、

これだけ時間が経った今でも、多くの()()プレイヤーがその場に残っており、

ハチマンの下に、一気に押し寄せた。

 

「おわっ!」

「はい、ストップ!」

 

 それを止めたのは、ハチマンの正妻であるアスナである。

 

「それじゃあこれから、ザ・ルーラーの握手会を始めます、希望者は順番に並んで下さい!」

「へ?」

 

 戸惑うハチマンにアスナが目配せし、ハチマンはそれ以上何も言えなかった。

 

(まあ確かにその方が穏便に事が進むか)

 

 ハチマンはそう考え、強化外骨格を駆使して希望する女性達と握手していった。

 

「………何だこれ」

「気にしない気にしない、ハチマンがあんたの盾になってくれてる部分もあるんだから、

逆に感謝しないと」

「ああ、確かにそういうのもあるか………」

 

 もちろんキリトの周りにも多くの女性が集まっていたが、ハチマンの周りほどではなく、

リズベットの仕切りで問題なく解散させる事が出来ていた。

その間にキリトがやっていたのは、その女性の名前をきちんと呼びつつ、

これからも応援宜しくと言って、微笑むだけであった。

ちなみにユージーンは、当然ながら、既にアリシャに連行されている。

 

「よ~し、それじゃあヴァルハラ・ガーデンに戻るか」

「ハチマン、アスナ、頑張れ~!」

「って、ウズメとピュアが列に並んでるぞ………」

「しっ、フカとロビンも並んでるけど、まあ放っておきましょう」

「あいつらも懲りないな………」

 

 この後、ウズメとピュアは普通に握手してもらえたが、

フカ次郎は頭に拳骨をくらい、クックロビンは笑顔で微笑まれただけであった。

 

 

 

「みんな、今日はお疲れ!」

 

 ヴァルハラ・ガーデンでは、ユイの手によって料理と飲み物が準備されており、

参加出来た者達は、存分に寛ぐ事が出来ていた。

 

「先ず最初にアレスからドロップしたティルフィングだが………」

 

 ハチマンはそう言って仲間達を見回した後、ユージーンをじっと見つめた。

 

「む?」

「これはユージーンに使ってもらおうと思う」

「………えっ?」

 

 この戦いで、ユージーンは魔剣グラムを失っていた。

もちろん修理は可能なのだが、さすがにそのクラスとなると、

色々なアイテムを必要とする為、すぐには修理出来ない事が判明している。

 

「「「「「「「「異議無し!」」」」」」」」

「す、すまん、恩に切る」

「いや、お礼を言うのはこっちのほうだ。今回は助かった、ありがとな」

 

 ハチマンはユージーンにお礼を言い、こうしてユージーンは新たな武器を手に入れた。

魔剣グラムの修理が終わったら、ユージーンは二刀流の使い手になるかもしれない。

 

「さて、それじゃあ今回のボス戦で入手出来たアイテムの詳細を報告する」

 

 とりあえず事務的な作業を終わらせてしまうつもりなのだろう、

ハチマンはそう言い、アイテムの説明を始めた。

 

「『看破の瞳』、『拡声マイク』が二つ、『浮遊光源ユニット』、『オティヌス・ボウ』、

『収納拡張バッグ』、『発煙筒』、『結界コテージ(大)』、『アレスの槌』、

あとは回復アイテムの類とハイエンド素材がそれなりに、か。

それじゃあいくつか分かりにくいアイテムの説明をする」

 

 ハチマンの説明だと、看破の瞳は近くに姿を隠している敵、

もしくはプレイヤーがいた時に教えてくれるものらしい。

拡声マイクは一定範囲にだけ声が大きく聞こえるが、

その範囲を超えると声が一切聞こえないという、まるで会議に使うような代物のようだ。

浮遊光源ユニットはどうやらスポットライトのような物で、

同時に何ヶ所かに光を当てる事が出来る。

 

「オティヌス・ボウはクロスボウタイプの弓で、

魔力を使えば撃った後の矢が増えるらしい。一人で弾幕が張れるな」

「弾幕薄いぞ、何やってんの!」

「フカ、うるさい」

「てへっ」

「これの行き先はちょっと保留だな、みんなで適当に使ってもらって、

しっくりくる奴に使ってもらう事にしよう」

 

 そしてハチマンは、アレスの槌を取り出し、ノリに差し出した。

 

「えっ?」

「ノリはもうすぐ手術だろ、これは前祝いだ」

「兄貴、い、いいの………?」

「丁度他に槌の使い手もいないしな、まあほら、遠慮するなって」

「ありがとう兄貴!私、手術頑張るね!」

「おう、早く元気になるんだぞ」

 

 同時に仲間達から頑張れよ!という声が上がり、

ハチマンはノリの頭を撫で、ノリは満面の笑みを見せた。

 

「みんな、ありがとう!」



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第1128話 ケルベロスの置き土産

 戦利品についての話が終わった後、その場にはヴァルハラの幹部クラスに加え、

スリーピング・ナイツからランとユウキ、スモーキング・リーフからはリョク、

それにソニック・ドライバーのスプリンガーとラキアが残っていた。

アルン冒険者の会のファーブニルとヒルダも同席している。

要するに主なギルドの代表が集まって、今後の攻略について話をしようという事である。

一応給仕役という名目で、ウズメとピュアも残っていた。

これはどうやらハチマンに何か話があるらしいのだが、

話が終わった後でいいと遠慮した結果、こういう事になったらしい。

当然ユイとキズメルも給仕としてこの場に参加している。

 

「………という訳で、最後にアレスがこう言ったんだ。

『ケルベロスの置き土産を探せ、そして必ず処分するのだ』ってな」

「遺産じゃなく置き土産、か。多分悪い意味でって事なんだろうな」

「遺産は多分、ユミーのカドゥケウスだろうしね」

「ケルベロスとやり合った所に何か残ってるって事なのかしら」

「やはりこれは、もう一度現地に行く必要があるね」

「だよなぁ………まあ問題は、残ってるかどうかなんだが………」

 

 一同は、ううむと考え込んだ。

 

「でももしそんな物があって、誰かが拾ったってなら、話題にくらいなってそうじゃない?」

「確かになぁ」

「でもそんな話を聞かないって事は、多分まだ誰も見つけてないじゃん」

「むふぅ」

「よし、今から有志で見に行く事にしよう。

でもその前に、ウズメとピュアから話を聞いておきたいから、出発はちょっと後な。

二人とも、俺に何か話があるんだろ?」

「う、うん」

「という訳で、みんなはそれまで自由にしててくれ」

 

 そういう事で話は纏まり、ウズメとピュアの話は、どうやら他人に隠す事でも無いらしく、

二人はそのまま話し始めた。

 

「えっと、今日の戦利品に、『拡声マイク』が二つと、『浮遊光源ユニット』があったよね?

それをしばらく私達に使わせてもらえないかなって」

「それは別に構わないが、何に使うんだ?」

「えっと………ALOでもゲリラライブ?みたいな?」

「ですです、自分勝手な理由で申し訳ないんですが、

私達の知名度をちょっとでも上げておきたいな、なんて」

「「「「「「おお~!」」」」」」

 

 もちろんその頼みに反対するような者はおらず、

大企業の主として、こういう事にそれなりに関わっているスプリンガーとラキアが残り、

アイテムの詳しい使い方、有効活用方法について検証する事となった。

 

「よし、結果は後日教えてくれ。スプリンガーさん、ラキアさん、宜しくお願いしますね」

「おう、任せときな、立派に演出出来るように色々やってみるからよ」

 

 ラキアは相変わらず無言だったが、鼻息を荒くして胸を張った。

 

「よし、それじゃあ俺達は行ってきますね。

おいシノン、ついでに『オティヌス・ボウ』の検証もしてみてくれ」

「私?もう、仕方ないわね、まったくどうしてハチマンは、

いつも私に頼ってばかりいるのかしら。これはもう愛ね、うん、愛だわ」

「いや、この中で弓使いはお前しかいないだろ………」

 

 ハチマンは呆れた顔でそう言ったが、シノンは華麗にスルーである。

他の者達はそれを見て、クスクスと笑うのみであった。

 

「さて、それじゃあ行けるのは、俺、キリト、アスナ、ユキノ、シノン、リョク、ヒルダか」

「ごめんねぇ、私は明日、早いのよ。ノリちゃんの手術の事で、ちょっと京都に出張だから」

「その護衛の仕事があるんで、僕もここで失礼するよ」

「すまない、頼むわ姉さん、サトライザー」

 

 ソレイユとサトライザーはそう言ってログアウトしていった。

 

「ごめん兄貴、俺達今日は、ノリの景気付けの為に、壮行会をやりたいんだよね」

「そうなのか、もし間に合うようなら俺も後で顔くらい出すわ」

「えっ、兄貴、いいの?」

「妹分の為なんだから、それくらいどうって事ないっての、

ノリ、手術の当日は俺もずっと付き添うから、頑張るんだぞ」

「う、うん」

 

 乙女なノリは、もじもじしながら嬉しそうにそう言った。

そしてスリーピング・ナイツも落ちていき、残された者達は、ヨツンヘイムへと出発した。

 

「それじゃあハチマン、こっちだ」

 

 一同はキリトを先頭に、ヨツンヘイムの空を飛んでいく。

 

「確かキュクロプスとも同時に戦ったんだよな?」

「ああ、それなりに手強かったかな」

「これで残る敵は三柱だね………」

「ハチマンさん、残りの敵は全部空中宮殿にいるんですかね?」

「どうだろうな、だがその可能性は高いだろうな」

「腕が鳴るぜ!」

 

 一同はそうのんびりと会話していたが、アスナがふと思いついたようにこう尋ねてきた。

 

「そういえば、フェンリル、ケルベロス、アレスの遺産が無いと、

空中宮殿には入れないんだよね?」

「そうらしいな」

『我の遺産というのは、もちろん我の事だ』

 

 ハチマンのかぶる王冠の眼が妖しく光り、そこからフェンリルの声が聞こえてきた。

 

「まあそうだよな、っていうか、なぁフェンリル、

この王冠、要するにお前なんだが、普段から装備しておくのはちょっと恥ずかしいんだよ。

で、物は相談なんだが、お前って、他の形になれたりしないか?」

『問題ない、どんな姿になればいいのだ?』

「マジか!」

 

 ハチマンは喜び、どうしようかと悩み始めたが、何かに気付いたのかハッとした顔をした。

だがそれも一瞬であり、ハチマンはフェンリルにこう答えた。

 

「とりあえずブレスレット辺りになってもらえるか?」

『分かった、今変化する』

 

 フェンリルはシンプルなシルバーのブレスレットに姿を変え、

ハチマンはそれを嬉しそうに左手に付けた。

 

「ふう、これであの恥ずかしい格好から解放されたぜ」

『そう言われると、我としては若干複雑な気分になるのだが』

「悪い悪い、別に悪い意味で言ってるんじゃないから勘弁してくれ」

『分かっている、ほんの冗談だ』

「ついでに後でちょっと試して欲しい事があるから付き合ってくれ」

『ふむ、分かった、まあ目的地も近いし、また後でな』

「おう、また後で」

 

 もうキュクロプスとフェンリルと戦った広場はすぐ目の前であった。

だが広場に入る直前に、いきなりキリトが停止した。

 

「おわっ、ちょ、待った!」

「キリト、どうした?」

「参ったな、プレイヤーの集団が狩りをしてやがる………って、七つの大罪だ」

 

 見ると確かにルシパーら、幹部連の姿が見える。

そしてその後ろで指揮をとっているアスタルトの足元には何故か子犬が居り、

その愛らしさにハチマンは思わず顔を綻ばせた。

 

「何だあの子犬」

「えっ?あっ、本当だ、かわいい!」

「犬か、いつか飼いたいんだよなぁ………」

「家が出来て、引っ越したらかな?」

「そうだな、そうするか。さて………」

 

 そう言ってハチマンは問いかけるような視線を仲間達に向けた。

それを受け、キリトがこう答える。 

 

「そういえば、シグルド達のせいで、あいつらまだクエストの討伐数が、

クリアに届いてないって言ってた気がするな」

「ああそうか、でも別に今日じゃなくてもいいだろうに………」

「今日の負けがよっぽど悔しかったんじゃないですかね?」

「ああ、まあ確かに今日の七つの大罪はいいところが全然無かったよね」

「とりあえずあそこにアスモゼウスさんがいるから、コンタクトをとってみたらどうかしら」

「そうだな、そうするか」

 

 ハチマンはそう言ってコンソールを開いてメッセージを送ろうとしたのだが、

すぐにそれを閉じた。

 

「どうしたの?」

「いや、多分休憩なんだろうが、あいつがこっちに歩いてきてる」

 

 その言葉通り、アスモゼウスが無駄に色気を振りまきながら、

こちらに歩いてきているのが見えた。

 

「それは丁度いいじゃんね」

「よし、それじゃあこれを………」

 

 ハチマンは、足元に落ちていた小石を広い、アスモゼウス目掛けて軽く放った。

その小石は見事な放物線を描き、アスモゼウスの頭に命中した。

 

 コツン。

 

「痛っ………え、何!?」

 

 アスモゼウスはそう言ってきょろきょろし、手招きをしているハチマンの姿を見つけた。

 

「あっ………」

 

 そのままアスモゼウスはそろりそろりとハチマンの方に移動し、

顔だけは狩りをしている仲間達の方を向いたまま、

休憩してる風を装って、一同が隠れている通路の横の岩の上に腰掛けた。

 

「忙しいだろうに、悪いな」

「それは別にいいけど………何?何でこんなところに来たの?」

「それはこっちのセリフでもあるんだがな」

「う………私だって、ボス部屋でリタイアを選んだ後、直ぐに落ちるつもりだったのよ。

でもよっぽど悔しかったんでしょうね、

ルシパーがもう少し狩りに付き合ってくれって言って、私達に頭を下げたのよ。

あのルシパーがよ?」

「ほう、それは珍しい………のか?」

「まあ軽く頭を下げる程度ならたまにはやるけど、本当に深々と頭を下げてきたのよ。

それにびっくりしちゃって、みんなルシパーに付きあう事にしたって訳なの」

「へぇ」

「で、そっちは?」

 

 その問いに、ハチマンはアレス戦であった事を話した。

 

「へぇ、私がいなくなった後、そんな事があったんだ。

あ~、そっかそっか、それがここなんだね」

「まあそういう事だ。で、質問だ。

今日に限らず、ここ最近で、それっぽいアイテムを誰かが拾ったりしてなかったか?」

「何か………何か………」

 

 アスモゼウスはしばらく考え込んでいたが、やがて首を振った。

 

「ううん、そういう報告は何も上がってなかったよ」

「そうか、それじゃあ人がいなくなったら探してみるわ。

あと、アスタルト………だったか?あいつの足元のあの子犬は何なんだ?」

「あ、あれ?最近テイムしたらしいよ、

でも戦闘の役にはまったく立たないんだよね、あの子犬」

「そうなのか?」

「うん、だからまあ、うちのアイドルみたいなものなのかな」

「ほう、いいなそれ、初めて七つの大罪に負けたような気分だわ」

「あはははは、とりあえず私達ももうすぐ目標達成だから、もうちょっと待ってて!」

 

 そう言ってアスモゼウスが戦場に戻った後、

先ほどの言葉通り、十分ほどで目標が達成出来たのか、七つの大罪は歓声を上げ、

街に戻って祝杯を挙げようなどと話しながらこの場を去っていった。

 

「よし、それじゃあ辺りを調べるか」

 

 こうして広場の捜索が始まった。だがいくら探しても、そこには何も無かったのである。



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第1129話 スリュムとミョルニル

「何も見つからないね………」

「だな………」

「そもそもケルベロスの置き土産って何なんだろ」

「フェンリルは何か知らないか?」

『すまぬ、置き土産とやらが何なのかは分からないが、

ケルベロスらしき気配はまったく感じられないから、

おそらく本体との繋がりが全く無い何かなのだろう』

「まあさすがにネタバレ仕様にはなってないよな………」

 

 かつてケルベロスの居場所を完璧に察知していたフェンリルがそう言うのだ、

おそらくここには何も無いのだろう。

 

「とりあえず近場を少し探索してみるか」

「そうだね、ちょっとふらふらしてみよっか」

「今の戦力なら、何が出てきても負ける事は無いだろうしな」

 

 このメンバーだとハチマンが擬似的にタンクをする事になるが、

おそらくボスクラスの敵が相手でも、余裕で勝ててしまうだろう。

事実、先ほどから出てくる敵モンスターは、全て瞬殺されている。

 

「シノン、それ、調子はどうだ?」

「悪くないわね、敵を面制圧するなら最高ね」

「私のテンタクル・ライフルにちょっと似てるね」

 

 リョクが興味深げにそう言い、ハチマンは頷いた。

 

「ああ、確かにな。まあとりあえず、それはシノンがそのまま持っててくれ、

他に使える奴もいないしな」

「あら、それならこれ、ロビンに持たせるといいんじゃないかしら」

「ロビンに?ああそうか、あいつなら使いこなせそうだ」

 

 クックロビンはGGOでは、色々な武器を使い分けて戦っている。

確かにあいつならこれを上手く使えるかもしれない。

ハチマンはそう思い、シノンのその意見に同意した。

 

「いいかもしれないな、よし、そうするか」

「うん、それがいいと思う」

「しかし何も見つからないな………」

 

 ここまでの探索は、全て空振りに終わっていた。

 

「ケルベロスを倒してからそれなりに時間が経っちまってるしな………」

「くそっ、厄介な事にならなければいいんだがな」

「ハチマン君、これからどうしよっか」

「ハチマン、それなら私、空中宮殿とかいうのを見てみたいじゃん」

「ん、リョクはまだ見た事が無いんだったか?」

「うん」

「それなら散歩がてら、ちょっと見にいってみるか」

 

 一同はそのままヨツンヘイムの奥へと向かい、

初めて宮中宮殿を目にしたリョクは、大興奮状態となった。

 

「わっ、わっ、何あれ、ちょっと記憶の葉に似てるじゃん!」

「いや、まったく意味が分からないからな」

「ハチマン、早く行こう!」

「俺の突っ込みはスルーですね、分かります」

 

 そんな二人を微笑ましく見ていた一同であったが、

空中宮殿の入り口に着いた直後にその表情は一変した。

 

『アレスの遺産が確認されました、入り口が解放されます』

 

「………へ?」

「アレスの遺産って、ティルフィングじゃないの?」

「何だ?何かあったか?」

「もしかして………これ?」

 

 シノンがオティヌス・ボウを取り出し、一同は顔を見合わせた。

 

「もしくはこれか」

 

 続けてハチマンが、看破の瞳を取り出す。

 

「っていうか、三つの遺産が揃って初めて扉が開くんじゃないのかよ!」

「まさか単独とはね………」

「って事は、扉は三つあったりするのかな?」

 

 その時ユキノがハッとした顔をした。

 

「これってもしかして、この扉が開きっぱなしになってしまうのかしら?」

「それはまずいな、ちょっと中に入ってみよう」

 

 一同はそのまま中に入ったが、扉が閉まる気配はまったく無い。

 

「………仕方ない、とりあえず行ける所まで行ってみるか」

 

 一同はそのまま奥へと足を踏み入れた。

しばらく進むとそこには、左右がガラス張りになった階段が上へと続いており、

景色が綺麗な他は、しばらく何も無かった。

 

「ひたすら上へ、か」

「さて、何が出てくるやら」

「ハチマンさん、どうやらあそこが終点みたいですね」

 

 ヒルダがそう言って上を指差した。確かに階段はそこで終わっている。

 

「どれ………」

 

 何かあるのかと慎重に歩を進めた一同であったが、

そこからは洞窟のようになっており、特に何も無かった。

 

「結構奥まで行けるんだな」

「まあここまで何も無いけどね」

「いや、あれを見てみろ」

 

 見ると通路の奥に、鉄格子のような物がある。

そこまでは一本道であり、道はその鉄格子を潜るように続いていた。

 

「何か牢屋に入るみたいで嫌だな………」

「まあでも道はここしか無いんだし、行くしかないね」

「だな………」

 

 鉄格子を潜ると、そこは天井から何本かのツタが垂れ下がっていた。

よく見るとそのツタは、地面からピン!と張られているように見える。

 

「ハチマン、あれって………」

「ん、なるほどな、みんな、ちょっとそこで見ててくれ」

 

 ハチマンはそう言って前に出ると、

アイテムストレージからいかにも安物に見える剣を取り出し、

その剣でコンコンと地面を叩いた。

その瞬間に地面から輪になった縄が現れ、その剣を縛るかのように跳ね上がり、

ハチマンが剣を離すと、その剣は上へと引っ張り上げられ、天井からだらんとぶら下った。

 

「もしかして罠?」

「だな、よくある動物を捕獲する為の罠みたいな奴だ」

「一定の場所を踏むと足が縛られて木とかにぶら下げられちゃう奴?」

「正解だ、ここまであからさまだと引っかかる奴はいないだろうが、

まあみんな気をつけてな」

 

 ハチマンに注意され、一同はその罠ゾーンを避けるように回りこんだ。

そして反対側の鉄格子を抜けると、そこは広場となっており、

黄金のハンマーを持つ、かなり大きな巨人がそこに鎮座していた。

その向こうには、空中宮殿の入り口と同じデザインの扉があり、

おそらくその先に行くにはフェンリルかケルベロスの遺産が必要になるのだと思われた。

 

「扉があるな」

「だねぇ」

「次はどっちを要求されるんだろうな」

「というか………あれってまさかギガンテスって奴?」

 

 シノンはそう言って目を細めたが、それにはユキノが疑問を呈した。

 

「何となく違う気がするわ、あの巨人の姿は北欧風だもの」

 

 ユキノのその意見に、キリトが同意した。

 

「確かにヘカトンケイルとまったく違う系統な気がするかな」

「それじゃあいいとこ中ボスか、よし、やるか」

「オーケー」

「やってやるじゃん!」

「了解」

 

 そのハチマンの言葉で、仲間達は戦闘体勢をとった。

 

「タンクがいないから、俺とキリトとアスナで適当にやっとくか。

アスナはとりあえず下がっててな」

「うん」

「だ、大丈夫ですか?」

 

 知らないが故に、三人を心配するヒルダに、ハチマンは事も無げに頷いた。

 

「大丈夫だ、よくやってたからな」

「そういう事、それじゃあハチマン、行こうぜ」

「おう」

 

 二人はそう言って前に出ると、巨人に向け、のんびりと歩いていった。

 

「ア、アスナさん」

 

 尚も心配そうなヒルダはアスナにそう声をかけたが、アスナの反応も二人と大差無かった。

 

「大丈夫大丈夫、まあ任せてね」

 

 アスナはそう答え、暁姫を抜きはしたが、まだのんびりとその場に留まっている。

それで安心した訳ではないが、ヒルダは緊張しつつも自分の仕事を果たそうと杖を構えた。

そして遂に二人が接敵し、その巨人がギロリと目を開いた。

 

『ふむ、邪神の走狗か』

「その言い方だと、あんたは敵って事でいいんだよな?」

『その通り、我が名はスリュム、この道を通りたくば、我にフレイヤを差し出せ!』

「スリュム………?」

 

 今回のイベントに備えて北欧神話について学んでいたハチマンは、

その名前を持つ巨人の背景を良く知っていた。

 

「おいキリト、あいつが持ってるの、あれ、ミョルニルだぞ」

「え、マジで?超有名な武器じゃないかよ」

「確かあいつ、雷神トールから盗んだミョルニルと引き換えに、

フレイヤをよこせって要求したんだぜ」

「なるほど、ただのエロ親父か」

 

 その言葉にスリュムは猛抗議した。

 

『ふ、ふざけるな!我はあくまで純粋な愛をだな………』

「ああはいはい、そういうのはいいんで」

 

 そう言ってハチマンがスリュムに襲いかかる。

同時にキリトもスリュムに攻撃を開始し、こうして戦闘が始まった。

 

『このミョルニルの威力を思い知れ!』

「キリト、後退」

「あいよ」

 

 二人は即座に後方に下がり、その二人のいた位置に、雷が走った。

 

「まともにくらうとやばそうだよな」

「二人同時に前に出るのはやめとくか」

 

 そう言って最初にハチマンが後方に下がり、キリトが前に出た。

 

「アスナ、悪い、ちょっと考えたい事があるから一旦下がるわ」

「は~い!」

 

 アスナは軽い調子で前に出ると、キリトとスイッチした。

 

「キリト君、スイッチ!」

 

 キリトは返事をしなかったが、滑らかな動作で後方に下がる。

代わりに前に出たアスナは、軽やかなステップを踏みながら攻撃し、スリュムを翻弄する。

スリュムも激しく攻撃してくるが、その攻撃はアスナにかすりもしない。

まあ中ボスレベルならこんなものなのだろう。

 

「凄い………」

 

 ヒルダはその動きに見蕩れながらも、少しでも二人をフォローしようと気を張っていた。

 

「悪いヒルダ、ちょっと支えててくれ、ユキノと話がある」

「は、はい!」

 

 ヒルダの後ろでハチマンとユキノが何事か相談していたが、

戦闘に集中しているヒルダの耳にはその言葉は全く入ってこなかった。

そのまましばらく戦闘は続き、シノンとリョクが堅実に敵に攻撃を加えていた事もあり、

敵のHPはじわりじわりと減っていった。

おそらくこのままいけば、普通に戦闘に勝利出来る事だろう。

そしてやっと話が終わったのか、ハチマンとユキノがこちらに戻ってきた。

 

「ヒルダさんごめんなさい、交代しましょう」

「お願いします!」

 

 ヒルダはかなり緊張していたのか、誰も死なせなかった事にホッとした顔をした。

そしてハチマンが前に出て、キリトとスイッチした。

 

「キリト、スイッチ!」

 

 先ほどのキリトとアスナのように、二人は滑らかにスイッチする。

そして敵のHPが残り半分を切った瞬間にそれは起こった。

 

『おおおおお!ミョルニルの真の力を見よ!』

 

 スリュムはそう言ってミョルニルを天にかざし、その瞬間にスリュムのHPが全快した。

 

『我が無限の回復力を見たか!』

「無限………ねぇ、って事はパターンBだな」

 

 その直後にハチマンは、突然とんでもない指示を出した。

 

「よし、全員撤退!」

 

 ユキノ以外の者達は驚愕したが、素直にその指示に従い、

一同は即座に撤退を開始したのだった。



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第1130話 進むイベント

 部屋の外に出ると、スリュムは再び元の場所へと戻っていった。

それを確認して落ち着いた後、キリトが代表してこう尋ねてきた。

 

「で、ハチマン、これはどういう事なんだ?」

 

 その表情が若干不満げであったのは当然だろう。

まだ勝敗は全く確定していなかったからである。

 

「今説明するさ、実はあのスリュムだが、通の間では結構有名な巨人なんだ」

「へぇ、そうなのか?」

「キリトは雷神トールの事、もちろん知ってるよな?」

「ああ、さっきも言ってたな」

「あのスリュムってのは、そのトールからミョルニルというハンマーを盗み出し、

それを返して欲しかったらフレイヤを差し出せと言って暴れた巨人なんだ」

「あ、そうなのか?」

「エロじじいね、そういえばそんな顔してたわね」

 

 相変わらずシノンは容赦がない。

 

「で、俺とユキノは敵の正体が分かった後、二つのパターンを検討した。

一つはあいつが背景なんか関係なく、ただの中ボスなパターン。

そしてもう一つは、この戦闘の内容がイベントによって変わるパターンだ」

「戦闘内容が………」

「変わるの?」

「多分な、ほら、あいつ、大して強くなかっただろ?

そんな敵のHPがいきなり全回復して、しかも無限だとかぬかしやがる。

って事は、今は戦うべき時じゃないと判断した」

「なるほど………」

 

 ハチマンの言葉は筋が通っており、一同は戦闘を回避した事に納得した。

 

「それじゃあ、いつが戦う時なの?」

「多分あの手前の部屋に誰かが閉じ込められて、閉鎖された時だろうな」

「誰かって?」

「おそらくフレイヤ様だろうな、今はレイヤ様だが」

「あそこにレイヤ様が閉じ込められるって?」

「確かに牢屋っぽかったけど、それじゃあその鍵を探すとか?」

「鍵は多分これだ、ブリシンガメン」

 

 ハチマンはそう言って、人差し指を立て、その上でブリシンガメンをくるくると回した。

実に器用な事である。

 

「そうなると、あそこはうちしか通れないな」

「今のままでも誰も通れないけどね」

「まあガス抜きにはなるだろ、という訳でしばらく様子見だ。

って言っても、そう日数はかからないと思うけどな。

多分最初の扉が開いたのがフラグになって、フレイヤ様が動くはずだから」

「わざわざ捕まりに来てくれるって事か」

 

 一同はくすくす笑い、今日は撤退する事にした。

 

「どうだリョク、満足出来たか?」

「まあ私的には十分かな、

戦闘にそこまで興味がある訳じゃないし、珍しい景色も見れたしね」

「そうか、それなら良かったよ」

「それよりも帰った後、自分だけハチマンとお出かけしてずるいとか、

リナコがごねそうなのが困り物じゃん」

「それはまあドンマイだな」

 

 リョクとヒルダは途中で別れ、それぞれの居場所へと戻っていった。

そして残りの五人は普通にヴァルハラ・ガーデンへと戻ったが、

その瞬間に、訓練場の方から歌声が響いてきた。

 

「おっ、やってるな」

「わぁ、見に行こうよ!」

 

 アスナがわくわくした顔で、ハチマンの手を引きながら走り出し、三人も後に続いた。

 

「おお、マジでステージっぽいな」

 

 浮遊光源ユニットが二人にスポットを当てており、

そのアイドル風な衣装も相まって、二人は本当にコンサートを開いているように見えた。

ちなみに本物のコンサートの時のようにスカートの中もガードされ、

全く覗けないようになっている。実に芸が細かい。

そして二人はどこで調達したのか、しっかりとした衣装も身につけていた。

 

「えっ、何あの衣装」

「お、お帰り、どうだい?かわいいだろ?」

 

 ハチマン達が帰ってきた事に気付いたスプリンガーが、そう言ってニカッと笑った。

隣にいたラキアは何故か得意げに胸を張っている。

 

「あの衣装、どうしたんですか?」

「こう見えて、ラキアはかわいい服を集めるのが好きでな、それを貸したんだ。

こいつはいい年して少女趣味だから………ぐおっ」

 

 その瞬間に、ラキアがスプリンガーの腹に肘打ちを入れ、

スプリンガーは膝からその場に崩れ落ちた。

 

「お前の全力はシャレになんね~っつ~の………」

 

 このアイテム運用試験は無事に成功し、

二人は次の日から、アインクラッド内で不定期にゲリラライブを行う事となったのだった。

 

 

 

 それから数日後、ALO内に一つの噂が流れた。

『空中宮殿の入り口が解放されているらしい』と。

それに伴い、ボスが存在するが、ただ話をする事しか出来ず、

奥に進む方法が分からないと評判になった。

これは今いるプレイヤーのほとんどが、巨人側の味方だからだろう。

だがその関連で、巨人側についたプレイヤーには別のクエストが提示されたらしい。

その内容は、女神フレイヤを探し出してスリュムの所に連れていき、

そのまま協力して雷神トールを撃ち果たせ、という内容であるようだ。

そのせいで今、多くのプレイヤー達は、必死にフレイヤの行方を探しているらしい。

 

 それからまた数日後、空中宮殿の鉄格子が閉まり、

奥に行けなくなったらしいという噂が伝わってきた頃、

ハチマンは再び仲間達を集め、再びスリュムの下へと向かったのだった。

 

「お、本当に閉まってやがるな」

「シナリオが無事進んだみたいだな」

 

 現地に着くと、以前は開いていた扉が確かに閉まっていた。

 

「さて、俺の読みだとこの中には………」

 

 ハチマンはそう呟き、牢屋と化したその鉄格子の中を覗きこんだ。

例の罠は何か鳥のようなものを捕らえており、今は罠の機能を失っているようだ。

そして奥の方に見覚えのある人影が蹲っているのが見え、ハチマンはそちらに呼びかけた。

 

「お~い、レイヤさん?」

 

 その呼びかけに反応したのか、その人物が顔を上げ、こちらに歩いてきた。

その顔はだが、レイヤの物ではなく、もっと大人びた、色気に溢れる女性の顔であった。

 

『そなたら、何者じゃ?』

「はい、私達はこういう者です」

 

 ハチマンはその問いに平然とそう答え、ブリシンガメンをその女性に見せた。

それで納得したのか、その女性は大きく頷いた。

 

『我等に与する妖精達よ、助けに来てくれたのだな、

今この扉を破るから少し離れていてくれ』

「あっ、はい」

「えっ、自力で?」

「ちょっ、リーダ………」

 

 仲間達はその事に激しく疑問を抱いたようで、ハチマンに何事か言いかけたが、

ハチマンは問題ないという風にそれを手で制し、そのまま後退りした。

 

『ふんっ!』

 

 その女性がそのまま力ずくで鉄格子を持ち上げた為、一同は目が点になった。

 

「ええっ、嘘………」

「凄い力………」

 

 そんな一同の驚きをよそに、その女性はこちらにお礼を言ってきた。

 

『すまぬ、助かった。それでは共にあの憎きスリュムを倒そうぞ』

「あの、その前に、あなたのお名前を………」

 

 ハチマンにそう尋ねられ、その女性は、あっという顔をした後、そのまま名乗りを上げた。

 

『すまぬすまぬ、妾は女神フレイヤじゃ、今後ともよしなにな』

 

 その答えに仲間達がざわつく。それもそのはずだろう、

ハチマンはブリシンガメンを見せただけで、まだ相手に渡してはいない。

そもそも現時点では、ここにいるのはレイヤでなくてはならず、

どう考えても矛盾しているからだ。だがハチマンはまったく顔色を変えなかった。

 

「分かりました、それでは共に戦いましょう」

『うむ、そなた達には期待しておるぞ』

 

 この展開に首を傾げつつ、一同が奥の鉄格子に向かおうとした瞬間に、

後方からこちらを呼ぶ声が聞こえてきた。

 

『フレイヤ様、ここにおられましたか!』

『そなたはイコル、イコルではないか!』

 

 そのイコルという男性はNPCのようだ。何故なら頭の上にアイコンがあったからだ。

 

『私もお供します』

『おお、妾をしっかり守ってくれよ』

『はい!』

 

 イコルはこちらに頭を下げると、一人先行し、反対側の鉄格子をひょいっと持ち上げた。

これまた凄い力である。

 

「これって私達の助けなんかいらないんじゃ………」

「リーダー、どうなってるの?」

「ははっ、まあシナリオ通りってこった、まあ見てろって。あ、それとフレイヤ様!」

『むっ、何じゃ?』

「あの鳥は助けなくていいんですか?」

 

 ハチマンはそう言って、

罠にかかり、それなりに高い天井近くをぐるぐる回りながら飛んでいる鳥を指差した。

 

『そうじゃな、あのツタだけ切ってやってくれ』

「はい」

 

 ハチマンはそのまま木から伸びるツタを切り、その鳥はそのままボス部屋に飛んでいった。

そしてまるで見学するかのように、上空でホバリングを始めた。

 

「これで良かったですか?」

『………ああ、感謝する』

「分かりました、それじゃあみんな、行くぞ」

「「「「「「「「おう!」」」」」」」」

 

 こうしてハチマン達は、二度目のスリュム戦に突入した。



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第1131話 女神降臨

「ハチマン様、この戦闘、どう進めればいいですか?」

 

 今日の参加者の中で、タンクはセラフィムだけであった。

ヒーラーはユキノ、ヒルダ、シウネーと充実しており、その分アスナが前衛に集中する。

その他、キリト、シノン、フカ次郎、レヴィ、エギル、クリシュナ、リオン、ユミー、

イロハ、キズメル、ウズメ、ピュアというのが今日のヴァルハラの参加者だ。

アルン冒険者の会からはヒルダ以外は参加しておらず、

スリーピング・ナイツは今日はランとユウキとシウネーのみが参加している。

他の男性陣は、ノリが手術前の検査をするのに合わせて同じく検査中らしい。

シウネーが残っているのは、薬による治療を開始しているからであり、

検査のタイミングが他の者とズレたからだ。

 

「そうだな、とりあえず普通でいい。後はフレイヤ様の動きを見て作戦を変える予定かな」

「分かりました、それじゃあ普通にやりますね!」

「まあそう気張らなくてもいいからな。多分この戦闘は、そんなに手こずらないはずだ」

「そうなんですか?」

「ああ、俺の予想が正しかったら、だけどな」

 

 ハチマンはそう思わせぶりな事を言い、躊躇うことなくスリュムに近付いていった。

 

『むっ、この気配は………また来おったか、妖精王よ』

 

 スリュムはハチマンの接近に反応し、目を開いた。

そうすると当然、その視界には、フレイヤが飛び込んでくる事になる。

 

『おおお?そこにいるのは、フレイヤか!

やっと我のものになる覚悟が出来たのだな!』

『神界の宝を取り戻す為に、妾は仕方なくここに来たのじゃ!

妾が欲しいのなら、先にミョルニルを渡してもらおう!』

『そなたが我が腕の中に来るのが先だ!』

『話にならん、ミョルニルが先じゃ!妾のミョルニルを返せ!』

 

 そのままフレイヤとスリュムの会話が始まったが、どうやら平行線のようである。

スリュムはイコルに対しては何の注意も払っておらず、まるでいない者のように扱っている。

もっともイコル自身も今のところ傍観しているだけで、何もする気は無さそうに見える。

 

「ユキノ、今の聞いたか?妾のミョルニルだってよ」

「ええ、聞いたわ、どうやら間違いないようね」

「でもこのままいくと、フレイヤ様は戦闘に参加しなさそうだよな」

「このままいけばね」

「あのイコルさんって人はどう動くと思う?」

「正直予想が出来ないわね、そもそも彼、原典だと彼女だったはずなのだけれど」

「確かにそうだよな、ううむ………」

 

 ハチマンとユキノはそんな会話を交わしていたが、

核心については何も話していない為、周りの仲間達はやきもきしていた。特にキリトが。

 

「ハチマン、そろそろ俺にもネタを明かしてくれよ!」

「そうだな、それじゃああのスリュムから、ミョルニルを奪えたら教えてやるよ」

「………お?あれを奪うのがとりあえずの目的って事でいいのか?」

「ああ、もし奪えたら、ミョルニルはフレイヤ様に渡してくれ」

「了解、速攻奪ってくるからネタばらしの準備は頼むぜ!」

 

 キリトはそう言うと、仲間達にこう言った。

 

「みんな、今のうちにちょっと集まってくれ」

 

 その求めに応じ、仲間達はキリトを囲むように集合した。

 

「今はフレイヤ様とスリュムが言い争いをしてるせいで戦いが始まってないけど、

スリュムのHPゲージが四本きっちり見えてる状態だから、多分攻撃は通ると思うんだよ。

という訳で、これから奇襲を行おうと思う。

各自全力で最大威力の攻撃をあいつに叩きこむんだ」

「おおキリト、アグレッシヴだな」

「ふふん、攻められる時に攻めるのが俺のモットーだ」

 

 キリトはドヤ顔でそう言った。

 

「敵に気付かれずに近寄れれば、確かに有効な作戦だよな、

よし、駄目元で俺も動いてみるわ、もし成功したら、多分敵は隙だらけになるはずだ。

俺が合図をしたら、全員敵の背後から一気に攻撃な」

「お、悪だくみか?」

「人聞きが悪い、計略だ、計略」

 

 そう言いながらハチマンは、手をひらひらとさせ、何故かイコルの方へと近付いていった。

 

「ハチマンの奴、何をする気だ?」

「何だろうね」

「リーダーの事だから、きっと何かとんでもない事をやろうとしてると思うな」

「ちょっとわくわくするわね」

 

 そしてハチマンはイコルに話しかけ、イコルは感心したような顔をした。

そしてハチマンの話が進むに連れ、イコルの表情は徐々にニヤニヤといった感じに変わり、

直後にイコルの姿が女性に変化した。

 

「「「「「「「「えええええ?」」」」」」」」

 

 間髪入れず、ハチマンから合図が送られてくる。

 

「合図?」

「かな?」

「よし、みんな行くぞ」

 

 キリトの指示で、ハチマン以外がそろりそろりとスリュムの背後へと移動を開始した。

そしてイコル(女)はフレイヤの横に立ち、それを見たスリュムは好色そうな顔をした。

 

『むむむ、そなたは………?』

『私はフレイヤ様の侍女の、イコルと申します』

『ほうほう、良いではないか、良いではないか、

フレイヤ殿、我に輿入れする際には是非その侍女も一緒に………』

『だからミョルニルを先によこせと言っておる、そうすればその事についても考えてやろう』

『それは駄目だ、そなたを手に入れてからだ』

『くっ、聞き分けのない………』

 

 スリュムはかなり頑固であり、その事について譲る気は無いようだ。

フレイヤはため息をつき、腕組みをしてどうすればいいのか考え始めた。

そんなフレイヤにイコルが何か耳打ちをし、

フレイヤはチラリとスリュムの背後を見た後、スリュムに言った。

 

『仕方ない、ここは妾が妥協しようぞ。ほれ、妾を好きにするがいい』

 

 そう言ってフレイヤは、着ている服をはだけ、胸元を露出させた。

いきなりの方向転換である。当然スリュムの目はそちらに釘付けになったが、

その瞬間にキリトが手を上に掲げ、前に振り下ろした。

同時にクリシュナの強化魔法が全員にかかる。

 

「ヘキサブレード!」

「ファッドエッジ!」

「ペンタストライク!」

「ランブル・ホーン!」

「マジカルロジカルビーム!」

「デッドリー・シンズ!」

「ゲヘナフレイム!」

「アイスジャベリン!」

「絶対零度のダモクレス!」

「ストライク・ノヴァ!」

「真・緋扇!」

「スターリィ・ティアー!」

「マザーズ・ロザリオ!」

 

 渾身の攻撃をまとめてくらったスリュムは、

HPの半分以上をいきなり削られ、ぐらりとその体が傾いた。

そしてここまで攻撃せずに敵を観察していたセラフィムとキリトが、

スリュムのミョルニルを持つ手に向けて攻撃を放つ。

 

「シールドバッシュ!」

 

 セラフィムのシールドバッシュによって、ミョルニルを握るスリュムの手が一瞬開いた。

 

「ブレイクダウン・タイフォーン!」

 

 そしてキリトが放ったその技の凄まじい衝撃によって、ミョルニルは宙へと舞い上がった。

 

『しまった、ミョルニルが!』

 

 スリュムは慌ててそちらに手を伸ばそうとしたが、その手が何かに弾かれた。

 

「悪いな、これはもらうぞ」

 

 その手を弾いたのはハチマンによるカウンターであった。

ハチマンはそのままスリュムを踏み台にしてミョルニルに手を伸ばし、

ミョルニルをしっかり掴むと、それをフレイヤ目掛けて投げつけた。

 

「確かに返したぞ、()()()()()!」

『む、儂の正体を分かっておったか!』

 

 フレイヤは老人のような声でそう言うと、

凄まじい勢いで飛んできたミョルニルを何なく掴んだ。

その瞬間にフレイヤの体が爆発的に膨らみ、巨大な神が姿を現した。

 

『げぇっ………き、貴様は………』

『スリュムよ、お前はやりすぎた。我がミョルニルの錆となるがよい!』

 

 このフレイヤは、実は魔法によって姿を変えたトールであった。

トールはそのままミョルニルをスリュム目掛けて振り下ろし、

スリュムのHPはそれで全損する事となった。

 

「あのフレイヤ様ってトール様だったんだ………」

「おっさんじゃないかよ!詐欺だ詐欺!」

「一応これ、大雑把に神話の流れ通りだからな」

「えっ、そうなのか?」

「ああ、だから普通に読み易かったわ、でもまさかこんなに簡単に事が進むなんてな」

 

 一同は今回の戦闘について、それで納得した。

そしてトールは満足そうに、傍らにいたイコルへと声をかけた。

 

『ロキよ、無事にミョルニルは取り戻せたぞ、これで文句はあるまい』

『文句なんか最初から無いってば』

『なら良いがな、とにかく助力には感謝するぞ』

『お礼はそこの妖精王に言ってよ、僕は上手く乗せられただけだからさ。

それじゃあ無事見届けた事だし僕は帰るね、また会おう、妖精達、

そして面白い妖精王君』

 

 どうやらイコルの正体は北欧神話の邪神ロキであったようだ。

もっともロキは、邪神扱いとはいえ、愉快犯的側面が非常に大きい神である。

イコルはハチマンに手を振ると、そのまま溶けるように姿を消した。

そしてハチマンにユキノが話しかける。

 

「やっぱりロキだったわね」

「LOKIを逆から読むと、IKOLだからな。まあこれで大体は神話通りか」

「あなたがロキに声をかけたせいだけどね」

「上手くいったんだから別にいいじゃないかよ」

「別に責めてはいないわよ、ふふっ」

 

 一方仲間達は、トールと共に勝利を喜び合っていた。

 

『妖精達よ、助力感謝する!我らの勝利だ!』

 

 ここでトールが勝ち鬨を上げた。

 

「「「「「「「「おお!」」」」」」」」

 

 味方も全員それに乗り、トールは満足そうに頷いた。

 

『楽しかったぞ、妖精達よ!また会おう!』

 

 トールはそのままロキ同様に消えていった。

 

「ふう、まさかの展開だったね」

「あれ、それじゃあ本物のフレイヤ様は、行方不明のままみたいな?」

「いや、戦闘中もずっとここにいたぞ」

 

 そう言ってハチマンは肘を高く掲げ、そこに上空から、

ボス戦突入前に解放した鳥が舞い下りてきて止まった。

よく見るとそれは小柄ながらも鷹のようだった。

 

「ハチマン、その鳥は?」

「忘れたのか?レイヤが鷹の羽衣を持ってただろ?」

「ああ~!」

『そういう事じゃ』

 

 その瞬間に鷹がレイヤに姿を変え、そのままハチマンに抱きついた。

 

「むぅ」

 

 アスナは思わずそう唸ったが、神が相手では文句も言えない。

 

『ハチマンよ、よくぞやってくれたの、で、()()はどこじゃ?』

「ここです、どうぞ」

 

 ハチマンから差し出されたブリシンガメンをレイヤが手に取った瞬間に、

レイヤが光に包まれ、そしてそこに、先ほどトールが変装していた姿とまったく同じ、

女神フレイヤが降臨する事となった。



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第1132話 ミョルニル

『遂に本来の姿に戻る事が出来たわ、みんな、ありがとう』

 

 フレイヤは軽い感じでそう言ったが、一同は背筋がピンと伸びるのを感じた。

これが神のオーラというものなのだろうか。

レイヤモードから、口調は逆にフランクなものに戻っていたが、

それでもそこから感じられるプレッシャーはレイヤの比ではない。

 

『ところで報酬は何かもらったの?』

「あっ、報酬………みんな、何かドロップしたか?」

 

 だが残念ながら、誰にも何もアイテムはドロップしておらず、

ハチマンはその事をフレイヤに伝えた。

 

「ええっ!?トールの奴、何やってんのよもう!」

 

 フレイヤは怒りのこもった表情でそう言うと、何か呪文のような物を唱え始めた。

その瞬間に、フレイヤの目の前に、もやもやした闇のような物が現れ、

フレイヤはそこに手を突っ込み、何かを取り出した。

 

「そ、それは………」

「ミョルニル!?」

 

 それは確かについ先ほどトールの手に戻ったミョルニルであった。

 

『それじゃあはい、これ、あげるね』

「あ、ありがとうございます」

 

 ハチマンはその場に跪き、ミョルニルを恭しく両手で受け取った。

 

『ま、待てい!フレイヤ、いきなり何をするのだ!』

 

 その時、闇のもやの中からトールが顔を出したが、

フレイヤは即座にトールの顔に裏拳をかまし、

トールが衝撃でもやの中に引っ込んだ瞬間にそれを消した。

 

『さて、これで良しっと』

「それでいいの!?」

「これってシナリオのうちなんだよな?」

「トールと敵対とか嫌すぎる」

『気にしないでいいわよ、もしそうなったら私があいつを折檻するから』

 

 そんなトールにとってご褒美に違いない光景を想像し、ハチマンはぶんぶんと頭を振った。

 

「まあそうなったらなったで今度はトール戦が楽しめるからいいだろ」

 

 ハチマンは事もなげにそう言い、フレイヤは目を輝かせた。

 

『うんうん、男の子はやっぱりそうじゃないとね!』

 

 そのままフレイヤは、ハチマンの腕を自らの胸に埋もれさせた。

アスナは複雑な表情でそれを眺めているが、空気を読んで、何も言ったりはしない。

 

「あ、あの、フレイヤ様、俺達そろそろ奥に行きたいんですが」

『奥?そっちにはガイアと、それを守るギガンテスとヘカトンケイルがいるだけだよ?』

「うげ、全員同時に戦闘ですか」

『まあ私も一緒に戦ってあげるから、何とかなるでしょ。

もっとも今は戦力が全然足りないみたいだから、一度出直した方がいいかなぁ?」

「そうですね、戦力は何とかします、任せて下さい。

あとフレイヤ様、敵側についたプレイヤー………妖精達はどうなるんですか?」

 

 ハチマンは、邪神サイドのシナリオの事も気になっていたのか、フレイヤにそう尋ねた。

 

『うちの主神のところに誘導されるはずだよ』

「ああ、そっちのラスボスはオーディン様でしたか」

『でもそうなったらちょっとまずいかも?

そっちにはロキとトールが守りについてるけど、ミョルニルを取り上げちゃったから、

もしかしたら負ける可能性もあるわね』

「マジですか………」

 

 ハチマンは顔を青くし、ミョルニルをフレイヤに差し出したが、

フレイヤはそれを受け取ろうとしない。

 

『大丈夫大丈夫、それ、ヘパイストス君に頼んで御魂を分けてもらえば増えるから』

「「「「「「「「えええええ?」」」」」」」」

 

 そのまさかの説明に、一同は驚愕した。

 

『まあ今回は特別だから、他の武器で同じ事は出来ないからね?

あと複製したミョルニルの名前は変えてね、ミョルニルは同時に二つは存在出来ないからさ。

という訳で、早速ヘパイストス君の所に行こう!』

「あっ、はい」

 

 場は完全にフレイヤのペースである。

このまま先に進めば他のプレイヤーが奥に行けるようになるというリスクもある為、

ハチマン達はそのまま引き返し、アインクラッドにいるヘパイストスの所に向かう事にした。

フレイヤはそのままハチマンの隣にいたが、ふと顔を上げると、アスナに声をかけた。

 

『そこの妖精王、あなた、ハチマンの伴侶だよね?』

 

 その、伴侶、という言葉はアスナの脳内をぐるぐると回った。

 

「は、はい!私、伴侶です!」

 

 アスナは力いっぱいそう返事をし、仲間達は苦笑した。

 

『それじゃあ私はこっちをもらうから、あなたはあっち側を歩くといいよ』

「あっ、はい!」

 

 二人に挟まれる格好になったハチマンは、何だかなと思いながら、仲間達に指示を出した。

 

「………よしみんな、それじゃあ今日は戻るとしよう」

 

 そして歩き出した後、キリトが前からハチマンに質問してきた。

 

「なぁハチマン、ロキと何を話したんだ?」

「ああ、その辺りの説明がまだだったな、それじゃあ………」

 

 そのままハチマンは、今回の戦闘開始前の経緯について話す事にした。

 

「みんなも疑問に思った通り、ブリシンガメンを渡していない段階で、

レイヤさんがフレイヤ様になる事はありえない。

それに戦闘前に、あのフレイヤ様っぽいのが、妾のミョルニルを返せ!って叫んだよな?」

『うんうん、ミョルニルは別に私のじゃないからね』

 

 フレイヤが横からそう相槌をうつ。

 

「………まあそういう事だ、なので俺達は、

あのフレイヤ様っぽいのは本物のフレイヤ様ではないと確信した。

では誰か、もちろんミョルニルの所有権を主張するとなれば一人しかいない。トールだ」

「北欧神話に同じエピソードがあるのよね」

「で、俺達は次に、イコルについて考えた。

そもそもフレイヤ様に化けたトールと一緒に、侍女に扮したロキが、ミュルニルを取り返す。

ってのが神話に書かれている出来事でな、俺達は、イコル=ロキだと結論付けたんだ」

「へぇ、そんな話なんだ?」

「なので俺は、ロキを神話通り、侍女にしてしまおうと考えた」

「だからロキの所に行ったんだね」

「ああ、で、その時のやりとりはこんな感じだった」

 

 ハチマンはそう言って、少し前の出来事を頭に思い描いた。

 

 

 

「イコルさん、ちょっといいですか?」

『うん?何だい?』

「あなたはロキ様ですよね?」

 

 いきなりハチマンにそう指摘されたイコルは、感心したような顔をした。

 

『へぇ、よく勉強しているみたいだね、そうだ、僕はロキさ』

「あの、トール様とロキ様は、ミョルニルを取り返しに来たんだと思いますが………」

『あれがトールだという事も分かってるのか、凄いね!』

「あ、ありがとうございます。

で、あのスリュムって奴、話がまったく通じないじゃないですか?」

『そうだねぇ、困ったもんだ』

「なので俺達、あいつを背後から思いっきりどついてやろうと思うんですよ」

 

 その言葉にロキは思わず噴き出した。

 

『何が、なので、なのかは分からないが、それは楽しそうだ』

「で、ロキ様に、敵の注意を引いてもらえたらな、なんて思いまして」

『ほうほう、神サイドの話し合いにはこれ以上干渉はしないつもりだったけど、

今回は妖精たる君達の頼みだ、そういう事なら協力させてもらおうじゃないか。

で、僕はどうすればいい?』

「ええとですね………」

 

 そしてハチマンはロキに、トール=フレイヤに負けないくらい、

美しさを備えた侍女に変身してもらい、

あの好色なスリュムの視線を釘付けにしてもらえないかとロキに頼んだ。

このロキのAIは、当然神話の流れも知っていたらしく、その頼みを快諾した。

 

『オーケーオーケー、それじゃあその手でいこうか』

「後はそうですね、奴が死ぬ寸前に、『男に欲情しちゃって、ねぇ、今どんな気持ち?』

とか言ってやれば、二重に屈辱を与えられると思います」

 

 ハチマンにそう言われ、ロキはニヤニヤが止まらなくなった。

 

『いいね君、気に入った、実に面白いよ、妖精王君』

「ありがとうございます」

『それじゃあ早速行くよ、えいっ!』

 

 ロキはそのまま美しい侍女の姿に変化し、

スリュムの前に出て、女性らしさをアピールした後、トールの耳元でこう囁いた。

 

『トール、トール、妖精達が仕掛けてくれるそうだよ。

ほら、思いっきりスリュムの注意を引いて、その目を君に釘付けにしておやりよ』

『む、分かった、フレイヤには悪いが、ひと肌脱ぐとしよう』

 

 そしてトールはその言葉通り、本当にひと肌脱ぎ、

スリュムの目が釘付けになった瞬間にキリト達が攻撃を行ったのである。

ただ一つ残念だった事は、ロキがスリュムに『ねぇ、今どんな気持ち?』

と言う暇が無いままスリュムが倒されてしまった事だけである。

 

 

 

「ロキって案外話せるんだな」

「このままリーダーの事を覚えていてくれたら、

次のイベントの時とかに助けてもらえるかも?」

「ははっ、それなら楽でいいな、まあそんな事は無いだろうけどな」

『ん?私達、君達の事はずっと覚えてるよ?』

 

 その会話を聞いていたフレイヤが横からそう言い、ハチマンは目を見開いた。

 

「そうなんですか?」

『ええ、私達はいつもあなた達を見守っている。それを忘れないで』

「ありがとうございます」

 

 ハチマンのみならず、他の者達もその言葉にじんとした。

ちょっと性的にだらしなくはあるが、さすがは美の女神である。そのカリスマ性は抜群だ。

 

「そういえばハチマン君、ミョルニルはどうしようかしら」

「そうだな、うちのメンバーで、まだ武器の強化が終わってないのは………」

 

 ハチマンはそう言いながら、この場にいる者達を見回し、イロハをじっと見つめた。

 

「えっ、私ですか?でも先輩、私、敵は殴りませんよ?」

「フレイヤ様、ミョルニルって、雷の力が込められてますよね?」

『うん、そうだね』

「ならこれを魔法杖に改造してもらってイロハが持てばいい。

そうすればいずれ、姉さんを超える雷魔法の使い手になれるかもしれない」

 

 ハチマンはそう言って、ミョルニルをイロハに差し出した。

 

「あ、それは無理です、私、あんな複雑な詠唱は覚えられないんで」

 

 ハチマンのその言葉を、イロハはバッサリと否定した。

だがハチマンはミョルニルを引っ込めず、

イロハはもじもじしながらも、ミョルニルを受け取った。

 

「あ、ありがとうございます、精進しますね、先輩!」

 

 こうして道中の話は終わり、アルンに着いた後、

ハチマン、イロハ、それにフレイヤの三人だけが、

アインクラッドにいるヘパイストスの所を訪れる事となったのだった。



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第1133話 ミョルニルロッド

皆様いつも誤字修正報告ありがとうございます!


 第二十七層の主街区、ロンバールの片隅に再びやってきたハチマンは、

ヘパイストス鍛治店の扉を開け、中を覗いた。

 

「神ヘパイストス、いらっしゃいますか?」

『ん、おお、ハチマンではないか。まさかもうレーヴァテインを手に入れたのか?』

「すみません、それはまだなんです。

その代わり、これを打ち直して頂けないかと思いまして………」

 

 そう言ってハチマンは、イロハの両肩に手を乗せ、前に押し出した。

 

「は、初めまして、イロハと申します、神ヘパイストス。

あの、これを分け御魂で二つに分けてもらって、

魔法用の杖に打ち直して頂けないかと思って」

 

 そう言ってイロハは、ミョルニルをおずおずと差し出した。

基本的に物怖じしないイロハも、NPCとはいえ神の前に立つのは緊張するようだ。

 

『うおっ、そ、それは………』

 

 ヘパイストスの反応は劇的だった。ミョルニルをひったくるように手に取ると、

ぶつぶつ言いながらミョルニルをじっくりと観察し始めたのである。

 

『ふむ、なるほど、ミョルニルとはつまり、神力を………』

 

 すっかりミョルニルに魅了されてしまったようで、

まったくこちらに注意を払わなくなったヘパイストスの前に、

スッと歩み出る者がいた、フレイヤである。

フレイヤはヘパイストスの顔を下から覗き込むと、その体勢のまま呼びかけた。

 

『相変わらず武器の事となると、周りが見えなくなるのね』

『むっ、お、お主はフレイヤ、フレイヤではないか、久しいのう』

 

「あっ、知り合い設定なんですね、先輩」

「みたいだな、まあでも二人とも超メジャーな神様だからな、交流くらいはあるんだろうさ」

 

 ハチマンとイロハがこそこそと囁き合う横で、フレイヤはヘパイストスを、

早く作業に入れとせかし始めた。

 

『ヘパイストス、気持ちは分かるけど、さっさと作業に入りなさい。

分け御魂をした後、本体はトールに返さないといけないんだから』

『そういう事か………分かった、すぐに作業に入ろう』

 

 ヘパイストスはそう言ったが、ミョルニルを横に置き、最初にイロハの前に立った。

 

『妖精よ、そなたの力を少し見せてもらうぞ』

「は、はい」

 

 ヘパイストスはじっとイロハの目を覗き込み、

手元のメモらしきものに何か書きつけていく。

実にレトロな表現だが、それが実に職人の神らしさの演出となっている。

 

『なるほど、では作業に入るとしよう』

 

 そう言ってヘパイストスは、ミョルニルを持って奥に入っていった。

 

『ヘパイストスも中々やるもんじゃのう』

「ですね、どうやらお前の能力にキッチリ合わせた、

お前だけの為の杖を作ってくれるみたいだぞ、イロハ」

「は、はい、嬉しいです!」

 

 伝説級の武器が自分に合わせて調整されているのだ、

イロハの喜びようといったらなかった。

 

「先輩、先輩、私、また強くなっちゃいますね!」

「だから姉さんを超えていけっての」

「それは無理ですってばぁ!先輩だって分かってる癖に!」

「ああ、いや、まあぶっちゃけるとそうなんだがな」

 

 ハチマンは苦笑し、イロハの主張の正しさを認めた。

 

「ほら、やっぱり!」

『でも追いつこうと思わないと、いつまで経っても先達には追いつけないわよ、イロハ』

「ひゃっ!あ、は、はい!」

 

 まさかフレイヤに名前を呼ばれるとは思っていなかったのか、イロハは変な声を上げた後、

居住まいを正してそう返事をした。

 

「そうそう、目標はいくら高く持ってもいいんだぞ。

あんな馬鹿姉なんか、軽く超えてやるくらいの気持ちでいろって」

「わ、分かりました、気持ちだけは持っておきますね」

 

 今までイロハは攻撃魔法に関しては、どうしてもユミーから一歩遅れる形となっていたが、

この日を境にイロハの実力は、ユミーと互角と呼べるまでに高まっていく事となる。

それからしばらくの間、カン、カン!というハンマーの音がこちらに響き続けた。

おそらくヘパイストスも、鍛治の基本システムは踏襲しているのだろう。

そして五分が経過し、やっとハンマーの音が止まった。

 

「随分長かったな、さすがは伝説の武器って感じか」

「ですね、ここまで長いのってちょっと記憶にないです」

「その分期待が持てていいじゃないか」

「ですね!」

 

 そしてヘパイストスが姿を現し、最初にミョルニルをフレイヤに渡した。

 

『フレイヤよ、トールに返しておいてくれ』

『ええ、それじゃあ早速………』

 

 フレイヤは再び闇のもやを発生させ、その奥に呼びかけた。

 

『トール、いるんでしょ?トール?』

『フ、フレイヤ!儂の、儂のミョルニルはどうした!?』

『うるさいわね、ほら、返すわよ』

『おおおおおお!』

 

 もやの奥からトールの喜びの声が伝わってきて、ハチマンは苦笑し、

イロハは若干きまずそうな顔をした。

それを見たフレイヤは、慈愛の表情を見せると、再びトールに呼びかけた。

 

『トール、この子がミョルニルの分け御魂の持ち主になるわ、

あなたの子のようなものなのだから、きちんと面倒を見てあげるのよ』

「えっ!?」

 

 イロハはいきなりのその言葉に驚いたが、その直後にトールがもやの中から顔を出した。

 

『むむっ………この美少女が我が眷属となるのか、よし、これをやる。

もし本当に困る事があれば、儂が一撃だけそなたの剣となろう』

 

 そう言ってトールが首飾りを差し出してきた。

 

「うわぁ、いいんですか?ありがとうございます、大事にしますね!」

 

 つい先ほどまでおどおどしていたはずのイロハはいきなり元気になり、それを受け取った。

トールはとても満足そうに姿を消し、同時に闇のもやも消滅した。

そしてイロハのテンションの変化は何でだろうと疑問に思ったハチマンに、

イロハは最近あまり見せなくなった、あざとい笑顔を向けてきた。

 

「先輩、私、美少女らしいですよ、どうします?えへへ」

 

 それを懐かしく思ったのか、ハチマンはつい素の口調でこう答えた。

 

「いや、それを否定した事は無いからね」

「ええっ!?」

 

 イロハは目を見開き、ハチマンに詰め寄った。

 

「先輩、今の、もう一度!もう一度お願いします!」

「ははっ」

 

 だがハチマンはとぼけるように視線を逸らしつつ愛想笑いするだけで、

何も言おうとはしなかった。

 

『私がいるのに何をいちゃついているのかな?かな?』

 

 それを見たフレイヤが、シャフ度かよと突っ込みたくなるくらい、

首を傾げながらそう突っ込んできた。

ハチマンは思わずビクッとし、イロハは放置してフレイヤに愛想笑いを向けた。

 

「も、もちろんフレイヤ様が一番に決まってるじゃないですか、ははっ」

「もう、先輩、無視しないで下さいよぉ!」

『もう、ハチマン、あまり褒めないで下さいよぉ!』

 

 即座にフレイヤがイロハの真似をした。

 

(うわぁ、何だこの神様、本当にたちが悪いな)

 

 ハチマンはそう思いつつ、そんな気持ちをおくびにも出さず、愛想笑いを続けた。

 

『なぁ、そろそろ杖を見てもらっても?』

 

 そこにいたたまれない顔で、ヘパイストスがおずおずとそう言ってきた。

 

「あっ、すみません!」

『おっと、お遊びが過ぎちゃったね、ごめんごめん』

 

 さすがの二人も空気を読み、悪ふざけをやめた。

 

『おほん、ではイロハよ、これを。名はミョルニルロッドと変えておいた』

 

 ヘパイストスは気持ちを切り替える事に成功したのか、黄金色の杖を差し出してきた。

その意匠は杖に稲妻状の植物のようなものが巻きついたようになっており、

そこにビリビリと雷のエフェクトが発生していた。

 

「「おおっ」」

 

 イロハのみならず、これにはハチマンも羨望の視線を向けた。

 

「マジか、おいイロハ、これ、俺にくれ」

「嫌ですよ、これはもう美少女である私のです!」

「調子に乗んな、くそっ、羨ましい」

『これはまた見事な杖に仕上がったわね』

 

 フレイヤもこのデザインを気に入ったのか、ヘパイストスを賞賛する。

 

『やるじゃないヘパイストス、素敵ね』

『実にやり甲斐のある仕事だった、ハチマンよ、次も期待しているぞ』

「はい、必ずレーヴァテインをお持ちします」

 

 そしてヘパイストスの鍛治店を出た後、

ハチマンとイロハはフレイヤに別れを告げようとしたのだが、

何故かフレイヤは去るそぶりをみせない。

 

「あ、あの、フレイヤ様は帰らないんですか?」

『どこに帰るっていうの?もしかして私を放り出すつもり?』

「「え………」」

『そもそも私がふらふら外を歩いてたら、色々な意味で敵に襲われちゃうわよ、でしょ?

なのでハチマンの家でお世話になるわ、いいわよね?』

「………………………あっ、はい」

 

 こうしてフレイヤは、しばらくヴァルハラ・ガーデンに滞在する事となった。

 

 

 



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第1134話 ランキングの行方

 こうしてフレイヤがヴァルハラ・ガーデンに滞在する事が決まったが、

頭の上にNPCマークがついており、あからさまに女神然としているフレイヤが、

ヴァルハラ・ガーデンに入る姿を多くのプレイヤーに見られるのはまずいと思ったのか、

ハチマンはこれでもかというくらいフレイヤに頭を下げ、

一層で初心者用のフーデッドケープを購入し、装備してもらう事を承諾してもらった。

 

『仕方ないなぁ、ハチマンの頼みだから聞いてあげるんだからね』

 

 頬を赤く染め、もじもじしながらそう言うフレイヤに、イロハが突っ込んだ。

 

「あざとい………」

「お前が言うな!」

 

 当然ハチマンから突っ込みの二の矢が飛んでくる。

 

「え~?別に私はあざとくなんかないですよぉ?」

 

 頬に人差し指を添えながら、小首を傾げてそう言うイロハに、三の矢が飛んでくる。

 

「それそれ、そういうとこだぞ」

「だからそんな事………ハッ!?まさかあざとさのかけらもない私をあざと認定する事で、

こいつは俺の前でだけこんな態度をとるんだぜ風に、私を俺の物扱いするつもりですか!?

そういうのは公衆の面前で絶対言い訳出来ない状況でお願いします、ごめんなさい」

「あざとさのかけらもないって時点で信憑性の欠片もないから、

そこで聞くのをやめました、ごめんなさい」

「謝罪に謝罪を被せないで下さい!

もう、たまには私の言葉の意味をじっくり考えてくれてもいいじゃないですかぁ!」

『ハチマン、あまり女の子に恥をかかせちゃ駄目だよ?』

 

 そのフレイヤの、ガチ正論に聞こえるが実はハーレムを助長するような発言に、

ハチマンは思わず謝りそうになり、必死で自制した。

こういう時に便利なのが、ハチマン得意の愛想笑いである。

 

「ははっ」

「あ~!フレイヤ様、先輩ってば、いつもこうやって誤魔化すんですよ!」

『まったくハチマンは、もっと沢山の女の子を受け入れて、幸せにしてあげないと駄目だよ?

例えば私とかイロハとか、アスナ、ユキノ、セラフィム、シノン、フカ次郎に、

リオン、クックロビン、レヴィ、ユイユイ、ユミー、ウズメ、ピュア?』

「………ははっ」

『あとはそう、ラン、ユウキ、ノリ、シウネー、レン、シャーリー、メビウスだね!』

「………………ははっ」

 

 ハチマンはとにかく愛想笑いを返す作戦に出たが、

フレイヤがあまりにも的確に、例えばコマチやクリシュナ、リーファらを排除してきた為、

内心ではこんな疑いを持っていた。

 

(フレイヤ様のAIって、まさか事前にアルゴとか、

姉さん辺りの意向が反映されてるんじゃないだろうな。

まあログインしてないアルゴはともかく、

ソレイユって名前が出てこないのがアリバイ作りに思えてならん。

絶対に会った事がないメビウスって名前も出てきたしな)

 

 ハチマンはそう考え、フレイヤの発言には気をつけようと心に誓った。

後になって、実はこういう事でしたぁ!と、

おかしな言質をとられる訳にはいかなかったからだ。

 

「ほらフレイヤ様、もうすぐ店に着きますよ。

おいイロハ、フレイヤ様に似合うフーデッドケープを一緒に選んでやってくれ」

『私はハチマンに選んで欲しいんだけど?』

「あっ、すみません、俺はそういうセンスは本当の本当に皆無なんで、

そういうのが得意、むしろそういうのしか得意じゃないイロハで今回は我慢して下さい」

「私だって、お菓子作りとか他に得意な事はありますってば!」

 

 そう言いつつも、女神に似合う地味な服、というお題を出された事に燃えたのか、

イロハは積極的にフレイヤを店内に誘い、二人は買い物を始めた。

 

「ふぅ………はぁ」

 

 フレイヤから解放されたハチマンは、やっと一息つけたとばかりに深く深呼吸をした。

 

「おっと、俺も顔を隠しておかないとか」

 

 ここでおかしな囲まれ方をするのは避けたい為、

ハチマンはそう呟きつつ自身もフーデッドケープを纏った。

と、その前を、多くのプレイヤーが走っていく。

そのすれ違いざまに、ハチマンの耳にこんな言葉が飛び込んできた。

 

「そろそろランキングが更新されるぞ!」

「どうなったかな、早く見に行こうぜ!」

 

(ああ、もうそんな時期か)

 

 ここで言うランキングとは、当然セブンスヘヴンランキングの事である。

その更新は季節ごとに年四回となっていて、今日がその日だったようだ。

そこに無事買い物を終えた二人が合流し、激しい人の流れに気付いたのか、

ハチマンに説明するように促してきた。

 

「先輩、これ、どうなってるんですか?」

『何?お祭りでもあるの?』

「いや、これはセブンスヘヴンランキングの更新を見に行く奴らですね」

「あ~、今日でしたっけ」

『私達も見にいきましょう』

「そうですね、行ってみますか」

 

 そして三人は剣士の碑の横に設置された石版が見える位置へと移動した。

その巨大な石版の文字が、じわりと姿を変えていく。

 

 

1位 ソレイユ   2位 キリト    3位 ハチマン    4位 ユウキ

5位 アスナ    6位 ユキノ    7位 ラン      8位 サトライザー

9位 ユージーン  10位 シノン    11位 リーファ    12位 クライン

13位 ラキア    14位 セラフィム  15位 エギル     16位 フカ次郎

17位 クックロビン 18位 ルシパー   19位 リョウ     20位 レコン

 

 

「「「「「「「「うおおおおおお!」」」」」」」」

 

 その瞬間に、観客達から大歓声が上がった。ちなみにこれが前回のランキングである。

 

1位 ソレイユ   2位 キリト    3位 ハチマン    4位 ユウキ

5位 アスナ    6位 ユキノ    7位 ラン      8位 サトライザー

9位 ユージーン  10位 シノン    11位 リーファ    12位 クライン

13位 エギル    14位 リョウ    15位 セラフィム   16位 ルシパー

17位 ビービー   18位 フカ次郎   19位 サッタン    20位 サクヤ

 

「誰が消えた?」

「サッタン消えたわぁ!」

「ルシパーも二つ落ちてるな」

「リョウの姉御、落ちすぎだろ………」

「代わりに誰が入ったんだ?」

「え~と………」

「クックロビンとレコンか?」

「ラキアの上がり方がやばいな、復帰してからいきなり圏外から十三位かよ………」

 

 不動の上位陣は置いておいて、今回一番目立つのはリョウとビービーの下落である。

リョウは最近は、そこまで戦闘をしていなかった上に、

二万匹の敵打倒クエストに参加していなかった為、ここまで落ちた格好だ。

もっとも本人はこの数字の事は気にしていないようで、

むしろランキングが下がった方が、自分と楽しく戦ってくれる強者が増えると喜んでいる。

最近まったく目立っていないビービーも圏外に落ちた。

エギルは仕事の関係で、参加がまばらな為、若干落ちた格好だ。

同じくらいのログイン頻度のクラインが現状維持なのは、ムラサメを手に入れたせいである。

ランキングには入っていないが、

ユミーとイロハもカドゥケウスとミョルニルロッドを入手している為、

おそらく次のランキングでは、ルシパー、リョウ辺りをかわしてランクインすると思われる。

ちなみに今のランキングは二十一位と二十二位だ。

とにもかくにも今回のイベントで、正しい選択をした者達が上位に来たのは間違いない。

 

「「ぐわああああああああああああ!」」

 

 その時遠くから二人のプレイヤーの絶叫が聞こえた。

その聞き覚えのある声は、ルシパーとサッタンの声である。

遠い上に人が多くて姿は見えないが、まあドンマイである。

 

『ふ~ん、ハチマンの味方ばっかりだね』

「ええ、これでもうちは、最強の看板を背負ってるんで」

『最強かぁ、それ、いいわね………ねぇハチマン、ちょっと私と子作りしない?』

「ストレートすぎるだろ!」

 

 イロハはぽかんとし、ハチマンは思わず大きな声を出してしまい、

慌てて自分の口を塞いだ。幸い他のプレイヤーが大歓声を上げている為、

ハチマンに気付いた者はいないようであった………身内を除いて。

 

「ハチマン君達も来てたんだ?」

 

 そう話しかけてきたのはアスナである。

それも当然だろう、アスナがハチマンの声を聞き違える事などあり得ないからだ。

 

「お、アスナ達も来てたのか、今回は随分うちが躍進したな」

「まあ頑張ったからね、ふふっ」

「くっ、ランキングを上げられなかった………」

「まあ上はそう簡単に変わらないって」

 

 おまけでついてきたのはランとユウキ、それにユミーであった。

余り興味が無さそうに見えて、ユミーは意外とこういうのを気にするようである。

 

「くっ、届かなかったし」

「ユミーはギリギリだと思うけどな、あとイロハも」

「本当にそう思う?」

「ああ、カドゥケウスを手に入れるのがもう少し早かったら、

また違った結果になってたんじゃないか?」

「かな?うん、もっと精進するわ」

 

 ユミーはハチマンにフォローしてもらった事で機嫌を直し、

そのままの明るい顔で、イロハに質問してきた。

 

「で、イロハ、新しい武器は?」

「ここで見せるのは色々やばいんで、ヴァルハラ・ガーデンに帰ってからでいいですか?」

「へぇ、結構目立つん?」

「はい、とっても!」

「むぅ………」

 

 この後、ヴァルハラ・ガーデンに帰った一同は、

フレイヤが平然と同行してきた事に驚きつつも、それを受け入れ、

ユミーはイロハのミョルニルロッドに興奮し、

後日ハチマンにせがんでヘパイストスの所に連れていってもらい、

カドゥケウスに炎のエフェクトを付与してもらう事となった。



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第1135話 週末の予定

すみません、今週は忙しいので隔日更新になります!


 それからフレイヤをヴァルハラ・ガーデンまで案内したハチマンは、

ユイとキズメルをフレイヤに引き合わせた。

 

「なるほど、そういう事か………仲良くやろう、フレイヤ殿」

「フレイヤ様、これからしばらく宜しくお願いしますね!」

 

 二人は問題なくフレイヤを受け入れてくれたようだ。

ハチマンとしては、フレイヤが何か我侭を言い出すのではないかと心配だったのだが、

案に相違してフレイヤは大人しくしており、

仮の棲家とする空き部屋へ、ハチマンが案内する後を大人しくついてきた。

 

「それじゃあフレイヤ様、ここを自由に使って下さいね」

『………うん、ところでハチマン、あのユイちゃんって子、何者?』

「何者………とは?」

『あの娘から凄まじい力を感じたの、あれは神に匹敵するかもしれないわね』

「ああ~………」

 

 元がカーディナル・システムの一部であるだけに、

フレイヤから見ればユイはそう見えるのかもしれない。

ハチマンはそう考え、フレイヤが大人しかったのはそのせいかと納得した。

同時にユイがいれば、フレイヤもそれなりに大人しくしていてくれるだろうと安堵した。

 

「まあそんな感じです、うちは最強ギルドを自認してますから」

『う~ん、人の作るギルドっていうのも案外侮れないもんだねぇ』

「ははっ、それじゃあ俺は落ちますから、またお会いしましょう」

 

 ハチマンはログアウトしようとしたが、フレイヤはそんなハチマンを引き止めた。

 

『えっ?私と寝ていかないの?』

「寝っ………な、何言ってるんですか!?」

『私と同衾しないの?』

「いや、言い方の問題じゃないから」

 

(この健全なALOで、同衾を選んだ時にどうなるかは興味あるけどね)

 

 ハチマンからしてみれば、その事に興味はあったが、

もちろんここでイエスを選ぶ事など論外である。

 

「すみません、さすがに今日は疲れたんで………」

『なら今度、疲れてない時にちゃんと相手をしてね!』

「いや、え~と………そ、そのうちで」

『うん、そのうちね!』

 

 フレイヤは幸いそれで矛を収めてくれ、大人しく部屋に入った。

 

「やれやれ………それにしてもフレイヤ様は、どうやって暇つぶしをするんだろうか………、

今度二人に聞いてみよう」

 

 ハチマンは興味本位でそんな事を考えつつ、ほっと胸を撫で下ろしながらログアウトした。

 

 

 

「ん………」

 

 ログアウトすると、何故か体がとても重かった。

具体的には八幡の胸のあたりにとてつもない重力を感じる。

 

(何だ………?)

 

 八幡はそう言って目を開き、そのまま左右を見回した。

陽乃と蔵人がいたはずのソファーには誰もおらず、

先にログアウトした二人は、既に仕事に戻ったか帰ったのだと思われた。

 

(まあこの時間なら帰ったのかな)

 

 時刻は既に夕方になっており、辺りは薄暗くなっていた。

 

「よいしょっと」

 

 八幡はそのまま体を起こそうとしたが、体が持ち上がらない。

 

「何が乗ってるんだ?また姉さんの仕業か?」

 

 そのまま顔を起こすと、八幡の胸の上には美しい黒髪が乗っており、

嗅ぎなれた匂いが漂ってきた為、八幡はそれでこれが誰なのか理解した。

 

「この匂いは………優里奈か」

 

 この場に他の誰かがいたら、おそらく八幡が匂いフェチだという風評が、

一晩で社内全体に広がってしまったと思われるが、幸い部屋には他に誰もいなかった。

 

「優里奈、おい、優里奈」

 

 八幡は優里奈を優しく揺すった。

 

「ふぁ………あっ、八幡さん、お帰りなさい」

「おう、ただいま。で、どうして優里奈がここに?」

「えへっ、最近八幡さんと会えてないなって思ってたら、

うちの窓から八幡さんがアミュスフィアを被る姿が見えたんで、

ログアウトしてきた時に出迎えようと思ってここに来たんですけど、

そのままついうとうとしちゃって、今まで寝ちゃってたみたいです」

「そういう事か」

 

 八幡は苦笑しながら窓の外を眺めた。

確かに遠くに、マンションの自分と優里奈の部屋の窓が見える。

 

「それじゃあ一緒に部屋に帰るか」

「はいっ!」

 

 優里奈は嬉しそうに体を起こしたが、

そのせいで優里奈の豊かな双丘が八幡の目の前を通っていった。

真冬だというのに優里奈は胸の谷間が目立つ服を着ており、

八幡は目を背けながら優里奈に尋ねた。

 

「おい優里奈、そんな格好じゃ寒いんじゃないか?」

「あっ、はい、ちゃんと上着を持ってきているから大丈夫ですよ」

「そ、そうか、ならいい」

 

 優里奈はとてもいたずらめいた表情をしており、

八幡は優里奈の薄着がわざとだと確信しつつ、

まさか俺に見せる為に薄着にしてきたのか、などとは聞けなかった。

さすがにそれは、自意識過剰男の所業だと思ったからだ。

 

(やれやれ………)

 

 そして驚くほど軽くなった体を起こした八幡は、

どうしてあんなに重かったのか、その理由を嫌というほど理解した。

 

(そりゃ重い訳だよな、ってかあの重さが常に肩にかかってるんだ、

今日は帰ったら、優里奈の肩でもマッサージしてやるか)

 

 八幡はそんな優しい事を考えながら、ふと思い付き、優里奈に尋ねた。

 

「そういえば姉さんとハリューがここにいなかったか?」

「はい、私が来た時はいましたけど、多分私が寝てる間に出ていったんじゃないですかね?」

「そっか、まあそれなら気にしなくてもいいか」

 

 二人はそのままマンションへと移動し、

優里奈にお茶を入れてもらった後、八幡は存分に寛ぐ事が出来た。

 

「そういえばしばらくここに来れてなかったな」

「そうですね、その間、私がとても寂しがってましたよ?」

「悪い悪い、ちょっと色々ごたごたしてたんだよ」

「仕方ないからアスカ・エンパイアで、コヨミさんで遊んでました」

 

 コヨミさんと、ではなくコヨミさんで、である。

少し拗ねているのだろうか、この辺り、優里奈が黒い。

 

「少し前なのに、何か懐かしい名前に聞こえるな。コヨミさんは元気か?」

「はい、もし大阪に来る事があったら一緒に遊ぼうって言われました」

「ん、コヨミさんは大阪に住んでるのか?」

「ですです」

「ふむ、大阪ねぇ………」

 

 八幡は、優里奈を大阪まで遊びに連れてってやるのもいいか、などと考えていた。

優里奈と会ってから今日まで、八幡は優里奈を遠くに連れ出した事はほとんど無いからだ。

 

(まあでも、優里奈と二人で旅行ってのはさすがにまずいよな)

 

 八幡は、優里奈が明日奈を困らせるような事はしないだろうと確信していた。

だがさすがに二人きりというのは問題があるというのも理解していた。

 

(日帰りでどこか近場に………でも今週はちょっと無理なんだよなぁ)

 

 金曜はノリの手術があり、八幡は京都に行かなくてはいけない。

そこまで考えて、八幡はハッとした。

 

「ああ、そうか」

「八幡さん、どうかしましたか?」

「なぁ優里奈、今度の金曜、学校を休むような事になっても問題ないか?」

 

 そのいきなりの質問に、優里奈は指を頬に当てながら考え始めた。

その仕草が若干いろはっぽかったが、八幡は特にあざといとは感じなかった。

これも日ごろの行いという奴なのだろうか。

 

「金曜ですか?私はこれでも優等生ですから、一日くらい問題ないと思いますけど」

「そうか、実は今度の金曜、俺は京都に行かないといけなくてさ、

まあノリの手術があるから、京都の結城病院に行くんだけどな」

「あっ、そうなんですね」

「で、それには明日奈とアイとユウと、四人で行く予定だったんだが、

土日に関しては別に用事もないし、観光してもいい訳だから、

もし良かったらそれに優里奈も同行しないか?みんなでプチ旅行としゃれ込もうぜ」

 

 ちなみに土曜の夜は、イベントのラスボスであるガイア戦が予定されているが、

それはホテル辺りからログインすれば問題ないと、八幡は考えていた。

 

「わ、私も連れてってもらえるんですか!?」

「ああ、思えば優里奈を引き取ってから今日まで、

留守番ばかりしてもらって、優里奈を遠くに連れ出す機会が無かったからな。

せっかくだし、もしコヨミさんの予定が空いてるなら、

京都まで足を伸ばしてもらえれば合流も出来るんじゃないか?」

「あ、ありがとうございます、コヨミさんに聞いてみますね!」

 

 優里奈は満面の笑みを浮かべた。本当に嬉しいのだろう。

 

「冬ってのが申し訳ないが、まあ夏に軽井沢辺りに行けばいいしな」

「申し訳なくなんかないですよ!八幡さんと一緒ならどこにでも!」

 

 その優里奈の激しい勢いに、八幡は若干頬を赤らめた。

 

「………まあ喜んでもらえたなら良かったよ」

 

 それから二人は色々と準備を開始した。

優里奈はコヨミに連絡を取り、無事に承諾をとりつけたようだ。

明日奈、藍子、木綿季も問題なく優里奈の同行を承諾し、

京都に行ってからどうするか、優里奈も交えてACSで話す事となったらしい。

 

「八幡さん、コヨミさん、オーケーだそうです!」

「それは良かった、それじゃあ京都に行った後の予定も立てといてくれな」

「はい!」

 

 こうして週末、ノリの手術に立ち会った後、軽く京都観光をする事が決定された。

だが次の日の夜、八幡が予想だにしない展開が待ち受けていた。

 

『もしもし、私だけど』

「おう詩乃、何か用か?」

『明日奈達と昨日たまたまACSで一緒になったんだけど、私も連れていきなさい』

「………ど、どこにだ?」

 

 八幡は、まさかそうくるとは思っていなかった為、咄嗟にそう誤魔化した。

 

『とぼけないで、家族で京都に行くんでしょう?』

「………………へ?家族?」

『八幡と明日奈、藍子、木綿季、それに優里奈って事は、全員八幡の家族じゃない。

それなら私を誘わないのはおかしいと思わない?私の保護者はあんたなのよ?』

 

 確かに詩乃は、学校では八幡の被保護者という扱いになっており、

そう強弁出来る理由は確かにある。

 

「………はぁ、分かった分かった、連れてってやるから金曜は学校を休めよ」

『全く、言われなくても最初から誘いなさいよね』

「へいへい、申し訳ございませんでした」

 

 フェイリスも同じ立場であるが、今回は店を離れられないとの事で、不参加らしい。

その後、フェイリスが泣きながらそう連絡してきた為、

八幡はフェイリスに、お土産を買ってくる事を約束した。

こうして同行者が一人増え、八幡は再び京都の地へと向かう。



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第1136話 抗えぬ誘惑

 ランキングが発表された後、ルシパーとサッタンは相当落ち込んでいた。

 

「おいルシパーよぉ」

「………おお」

「ままならねえよなぁ」

「………だな」

 

 そんな二人の姿を見かねたのか、他の幹部達が、気分転換に行こうと二人を誘ってきた。

 

「二人とも、ちょっと気分転換した方がいいんじゃねえの?

そんなんじゃストレスがたまる一方だぜ?」

「それなら俺、いい情報を知ってるぜ」

「気分転換か………どこに行くんだ?」

「何か最近、アインクラッドに辻アイドルが出るらしいのよ、

で、それを見に行ってみねえかって思ってよぉ」

 

 そのマモーンの言葉にルシパーは首を傾げた。

 

「辻アイドル?何だそれは」

「ほら、ヴァルハラのあの二人だよ。

顔がフランシュシュの水野愛と紺野純子と同じ顔をした」

「あの二人、歌も歌えるのか!?」

 

 何故かサッタンが激しく食いついてきたが、

そんなサッタンに、ベゼルバブーンが腕組みしながらうんうんと頷いた。

 

「本当に本物なんじゃないかって噂になってるくらい、上手いらしいぜ」

「マジか!よしルシパー、すぐに行くぞ!」

「お、おい、サッタン!」

 

 サッタンはルシパーの返事も聞かず、そのまま外へと飛び出していった。

丁度その時ギルドホームにやってきたアスモゼウスが、

全力で走っていくサッタンとすれ違い、ぽかんとした顔をする。

 

「ちょっと、何があったの?サッタンは一体どうしちゃったの?」

「いや、それがな………」

「もしかしてあいつ、フランシュシュのファンなんじゃないか?」

「ありうる………」

「フランシュシュ?何でその名前がここで?」

 

 アスモゼウスは、先日知りあったピュアとウズメの顔を思い出しながらそう尋ねた。

 

「いや、最近話題になってる辻アイドルがいるんだよ」

「例のヴァルハラの、あの二人な」

「あ、ああ~!」

 

 アスモゼウスも二人が辻ライブをしている事は知っていたが、

まさかもうそこまで評判になっていたとは知らなかったのである。

ALOにはこういったプレイヤーの手によるイベント事は数多いが、

今までとは毛色が違う分、その噂の広がり方も早いのかもしれない。

 

(誰かしら護衛もついてるはずだし大丈夫だとは思うけど………)

 

 アスモゼウスは、サッタンがあの二人に迷惑をかけるのではないかと危惧したのである。

 

「とりあえず私達も行きましょ、ほら、早く!」

「お、おう………」

「何だよアスモゼウスの奴、ライバルの登場で焦ってんのか?」

「さあ………」

 

 勢いよく走っていったアスモゼウスは、だがピタリと足を止めた。

 

「………」

「どうした?」

「いや、どこでやってるのかなって思って」

 

 そのアスモゼウスのドジさに、仲間達は笑い転げた。

 

「あはははは、何やってんだよお前」

「二十二層だよ、あそこには敵が出ないからな」

「そ、そう、それじゃあ早く案内しなさいな」

「へいへい、それじゃあみんな、行こうぜ」

「「「「「おう!」」」」」

 

 こうして七つの大罪の幹部連は、転移門から二十二層へと飛んだ。

ちなみにサッタンも、転移門前でまごまごしていたのでそこで拾っていった。

 

 

 

「こ、これは………」

 

 現地に着き、その熱狂ぶりを目の当たりにしたルシパー達は、圧倒された。

本格的な照明、ナタク謹製の携帯用簡易ステージ、

当然客席は満員であり、ルシパー達はステージに近付く事が出来なかった。

 

(うちにこんな物が用意出来るか?いや、出来ねえ。

くそっ、俺達とヴァルハラの、一体何が違うってんだよ………)

 

 そんなルシパーの目の前で、ウズメとピュアがステージに上がる。

その見事な歌と踊りに観客達のボルテージは一気に最高潮に達した。

 

「みんな、聞いてくれてありがとう!」

「おおおおお!」

 

 サッタンもルシパーの隣で大興奮状態であった。

その表情は、このライブを存分に楽しんでいるようにしか見えず、

ルシパーのように余計な事を考えているそぶりはまったくなかった。

 

(サッタンの奴、楽しそうだな、それに引き換え俺は………)

 

 ルシパーは、歌を単純に楽しむ事が出来ず、

ウズメとピュアはまさか本物なのか?とか、これを企画するのにどのくらいの資金が必要か、

などとおかしな方にばかり思考が向いてしまい、

結局この曲が終わるまで、ずっと難しい表情でいる事しか出来なかった。

 

「おいルシパー、どうした?せっかくなんだしもっと楽しめよ」

 

 そんなルシパーの表情に気付いたのか、サッタンが訝しげな表情でそう問いかけてきた。

 

「お、おう、何か変な事ばっかり考えちまってよ………」

「まああんな事があった後なんだ、気持ちは分かるけどよ、

せっかくアイドルがここまでやってくれてるんだ、今は楽しもうぜ」

「………努力する」

 

 そのまま続けて次の曲が始まり、サッタンは再び熱狂し始めた。

それに影響されたのか、ルシパーも徐々にライブに集中していく。

他の幹部達も、この時ばかりはロールプレイをする事なく、

存分にライブを楽しんでいるように見えた。

 

(こいつらをここまで熱狂させちまうなんて、ウズメとピュアだったか、凄えな………)

 

 そんな時、ウズメとルシパーの視線が偶然合い、

ウズメが確かにルシパーに微笑んでくれたように見えた。

実際、微笑んだのは確かなのだが、ウズメとしては客席に向けて微笑んだだけであり、

特にルシパーを意識してはいない。

だが女性関係の耐性が全く無いルシパーは、それでウズメに参ってしまった。

 

(女神がここにいた………)

 

 そして二曲目が終わり、軽く休憩という事で、二人は舞台袖に引っ込んでいった。

これもプロの力なのか、ルシパーはいつの間にかおかしな事を考えなくなっており、

高揚したままのいい気分を保つ事が出来ていた。

 

「おい、最高だったな!」

「だな!」

「ウズメちゃん、可愛いなぁ………」

「俺はピュアさん派だな!」

 

 そんな七つの大罪らしからぬ会話を交わしてしまうくらい、

七人は今のパフォーマンスに興奮していた。

アスモゼウスも自身の心配が杞憂で終わりそうだと分かった後は、

余計な事は気にせずにライブを楽しんでいた。

 

「次はまだかな………」

「どうだろうな」

「舞台袖は………」

 

 そのベゼルバブーンの言葉に釣られ、アスモゼウス以外の六人は、何となくそちらを見た。

と、そこには左右からハチマンの腕にすがりつく二人の姿があり、

ハチマンはそれを宥めつつ、二人をステージに押し出そうとしていた。

 

「なっ………」

「ハチマンの奴、何て羨ましい………」

「まあ同じギルドなんだから仕方あんめえ」

「きっと護衛も兼ねてるんだろうな」

「さて、やっと次の曲だな」

「ん?ルシパー、どうかしたか?」

「い、いや、何でもない」

 

 実はこの時ルシパーは、思ったよりも自分がショックを受けている事に驚いていた。

 

(何だこれは………まさか俺はハチマンに嫉妬しているのか………?)

 

 そして同時にこうも考えていた。

 

(俺がもっと強かったら、あそこに俺がいた可能性もあるのか………?)

 

 当然その可能性はゼロであるが、今のルシパーに、そんな理屈は通用しない。

 

 

 

 その後の事を、ルシパーはよく覚えていない。

仲間達と共に曲に熱狂していた気もするが、定かではない。

そしてルシパーは、気がつくと小人の靴屋のギルドホームで、グランゼの前に立っていた。

 

「ルシパー、アポも無しにいきなり何の用だい?」

「グランゼ、俺達の装備をもっと強化する事は出来ないのか?

同じハイエンド装備でも、ハチマンの雷丸と比べて、弱すぎる気がしてならん」

 

 その直接的な言い方に、グランゼは内心でイラッとした。

これではまるで、小人の靴屋が、ひいてはグランゼが、

職人として無能だと言われているような気がしたからだ。

更にグランゼは、七つの大罪用の装備を既存のレシピで作った自分の判断を、

ルシパーに責められているような気分にもなっていた。

こうなるとグランゼの態度も硬化する。

 

「今の剣じゃ駄目だと?」

「ああ、あれではハチマンには勝てん」

「要はハチマンか………」

 

(ハチマン相手に何を熱くなってるの、この馬鹿は)

 

 グランゼはイライラしながらそう考えつつ、

同時にルシパーを追い払ういいアイデアを思いついた。

 

(そうだ、あれのテストをさせればいいわ。

前の時は、別に強くも何ともない私の部下が、あのホーリーを倒せたんだから)

 

「要はハチマンを倒せればいいんでしょう?それなら魔砲があるじゃない」

 

 そう、以前三竜戦で魔砲を発射したのは、

姿隠しの魔法を使った小人の靴屋の実行部隊の一人なのであった。

その時は向きを変えた後、密かに作っておいた遠隔発射のギミックを使用した為、

姿隠しの効果を消さないまま発射する事が出来たのだが、

その時にルシパーも一緒に倒してしまった為、当然その事を言う訳にはいかない。

 

「あんな当たらない武器が役に立つか!それにあれは、この俺様を………」

「あれは不幸な事故だったわね。それと言ってなかったかしら?

あれはうちで改造して、今は威力が多少落ちたけど、命中率は相当上がってるのよね」

「命中率を上げただと?」

「ええそうよ、だからもう一度、魔砲を使ってみなさいよ」

「いや、それは………」

 

 自分の事を剣士だと思っているルシパーは、魔砲を使う事に躊躇いがあった。

だがグランゼの次の言葉がルシパーの心の暗い部分にスルリと入り込む。

 

「あのホーリーだって倒せたじゃない、ハチマンなんか簡単に………ね?」

「あのハチマンを、簡単に倒せる………のか?」

 

 そこからの記憶もまたあやふやであったが、

気がつくとルシパーは七つの大罪のギルドホームに戻っており、

そのストレージの中には魔砲が収納されていた。

以前なら入らなかったはずだが、軽量化にも成功したのか、ギリギリ収納可能となっていた。

 

「お?ルシパー、どこに行ってたんだ?いきなり姿が見えなくなったから驚いたぜ」

「ああ、いや、すまん、ちょっと野暮用でな」

 

 共に魔砲の犠牲になったサッタンにそう心配され、

ルシパーは何となく気まずさを感じ、それを隠すように誤魔化しの言葉を発した。

 

「それよりもルシパー、ビッグニュースだぜ」

「ん、何かあったのか?」

「どうやらヴァルハラの奴ら、土曜の夜に、ラスボスに挑むらしい」

 

 サッタンの情報源は、他ならぬハチマンである。

ライブが終わった後、楽屋に握手してもらおうと向かったサッタンは、

アスモゼウスに止められはしたが、

その過程でウズメとピュアにそう話すハチマンの言葉を聞いてしまったのである。

 

「何だと?土曜の夜っていうと、三日後か」

「どうやらこっちとあっちのラスボスは種類が違うらしいが、

ルシパー、これはヴァルハラを出し抜く大チャンスになるんじゃないか?」

「むぅ、確かに………」

 

 この日から七つの大罪は、ヴァルハラよりも先にラスボスに挑むべく、

SDSと協力してクエストの進行に血道を上げる事となった。



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第1137話 金曜朝の出来事

「おい、聞いたか?ルシパーの奴、ランキングの順位が下がってついにキレちまったらしい」

「キレたって、何かしたのか?」

「ヴァルハラを出し抜いてボスに挑むんだって、

寝る間も惜しんで攻略を続けてるんだってよ」

「今朝、海洋ステージで神ニョルズも撃破したって話だぜ」

「へぇ、そりゃ凄えな」

「でもドロップアイテムは、SDSの奴が持ってったらしい」

「SDSかぁ、最近出来たギルドだろ?何か集団戦が得意だとかいう」

「それでヴァルハラに勝てるなら苦労しないんだけどな」

「いやいや、でも七つの大罪と組んでるんだ、ヴァルハラも軽視出来ないだろ」

「そのヴァルハラのボス戦は明日らしいな、何でもそこが一番人が集められるとか何とか」

「こりゃ下克上、あるか?」

 

 このところの巨人側プレイヤー、

特に一時的に手を結んだ七つの大罪とSDSの勢いは凄まじかった。

どちらのギルドも二十四時間体制で攻略を進め、

ヴァルハラにとってのアレスに当たる、ニョルズを撃破するに至ったのである。

ちなみにドロップ品は槍であり、その槍を手に入れたのは、

かつてリーファも参加していた、シグルドパーティのメンバーだった者である。

それに関しては二つのギルドで公平にコイントスで決めた為、特に揉めたという事はない。

ルシパーも幹部の中に槍使いがいなかった事もあり、

表面上は特にこだわりは見せなかったようだ。そう、表面上は。

 

「………だそうだ、どうする?ハチマン」

「どうもこうもない、俺達は傍観するだけさ」

「まあそれしかないか」

「まあフレイヤ様に聞いたら、かなり鬼畜なボスらしいから、

初見突破はかなりきついだろうってよ。

リトライも二十四時間後じゃないと出来ないらしいから、まああいつらの頑張り次第かな」

 

 そんなプレイヤー達の会話を聞きながら会話していたのは、

変装したハチマンとキリトである。

この後ハチマンは京都に出発してしまうのだが、その為に大事な相談があった為、

二人はALO内で落ち合い、情報収集がてら、こうして話し合いをしていたのである。

 

「何だキリト、エクスキャリバーが取られちまうんじゃないかって心配なのか?」

「もうその心配は無いって知ってる癖に………向こうのドロップアイテムは別物なんだろ?」

「何だ、バレてたか」

「うちの掲示板は真面目に見てるからな」

 

 今日ここまでの間、ハチマンもサボっていた訳ではない。

当然巨人側プレイヤーが激しく動いているという情報は得ており、

アスモゼウスやヤサ、バンダナ、グウェンから情報をもらいつつ、

その動向にはしっかりと気を配っていた。それでルシパー達の最終目的地が、

空中宮殿とはまったく関係ない場所だと分かったハチマンは、

その事を訝しく思い、情報の再精査を行っていたのである。

 

 具体的にはモエカを使い、巨人側の二万匹討伐クエストを受けさせてみたのだが、

その過程でとんでもない事実が発覚した。

クエストリストには『エクスキャリバー』、もしくはそれに類する文字が出てこない為に、

今まで誰も気付いていなかったのだが、実はNPCが報酬として仄めかしていたのは、

エクスキャリバーではなく、エクスキャリ()ーという名前の武器だったのだ。

この事は関連ギルドにのみ通達され、業界最大手のMMOトゥデイですら、

この情報は持っていないくらいの、トップシークレットなのであった。

 

「まさかそんなネタでくるなんてな」

「まああっちはメインシナリオじゃないんだ、報酬に差があるのは当然だろ」

「開発としては、ALOは北欧神話ベースを変えたくないっていう意思表示かもな」

 

 二人は盛り上がる一般プレイヤー達を横目で見ながらそんな会話を交わしていた。

その時向こうから、ルシパーとシグルドが並んで歩いてきた為、

ハチマンとキリトは顔を隠しつつ、そちらの様子を伺った。

二人は一見仲が良さそうに見えるが、会話の時に絶対に相手の顔を見ない為、

ハチマンからすると、その思惑が透けて見える。

 

「あいつらこのイベントが全部終わったら、絶対に仲違いするな」

「あ~………やっぱりそうか?」

 

 どうやらキリトも、本能的に二人の不和を感じ取っていたらしい。

 

「まあお手並み拝見といこうぜ、

今日の戦いをすんなり勝てるようなら今後はいいライバルになってくれるだろうしな」

「二人とも、成長した感じだったんだけどなぁ………」

 

 ハチマンとキリトは肩を竦めながら、そのまま二人を見送った。

 

「さて、今日の本題に入るか」

「だな」

 

 キリトはそう答え、コンソールから何かの検索を始めた。

 

「俺としては、この辺りをお願いしたい」

「これな、ちょっとメモるわ」

「で、リズの好みは多分この辺りで………」

「ふむふむ………」

「あとこの前カフェに行った時の感じだと、

シリカとルクス、それにグウェンの好みはこれ、これ、あとこの辺りだと思う」

「俺の記憶とも一致するな、この辺りで検討するか」

 

 そう、二人は今、学校の友人達の為のお土産について話をしていたのである。

おそらく皆、何をもらっても喜ぶと思うのだが、

出来るだけ各人の好みに合った物を贈ってより喜んでもらいたいとハチマンは考え、

こうして朝早くからキリトに付き合ってもらったのだった。

 

「サンキュー、参考になったわ。後の難関はウズメとピュアか………」

「えっ、あの二人なら、好みとか調べればいくらでも出てくるんじゃないか?」

「いや、それがな………」

 

 ハチマンは声を潜めながら、ひそひそとキリトに囁いた。

 

「色々検索した結果、愛の好みは焼肉、純子の好みは和食、納豆だったんだよ」

「あはははは、そりゃもう開き直って、無難なお菓子を贈るしかないな」

「一応フランシュシュ全体で大きめのを贈ろうと思ったんだけどな、

そうするとあの二人が拗ねそうだから………」

「ああ~、それだけだと確かにそうかもな」

「まあ何か考えるわ、それじゃあもうすぐ出発の時間だから、俺は行くわ」

「ノリの事、宜しく頼むな」

「大丈夫、絶対に助けてみせるから」

「こっちの事は任せてくれ、何かあったら報告するわ」

「おう」

 

 そしてログアウトするハチマンを見送った後、

キリトは朝食を食べようと一旦ログアウトしたのだが、

その目にどこかで見たようなプレイヤーが飛び込んできた。

そのプレイヤーは、ぶつぶつと呟きながら、暗い表情をしていた。

 

(あれは………確かアスタルトだったか?)

 

 よく見るとその横にはアスモゼウスの姿もあり、

キリトは興味を惹かれて二人の方に歩いていった。

 

「まあタルト君の気持ちも分かるわ、

貴方、どうしてうちにいるのか分からないくらい、真面目ですものね」

「うん………最近はマシになってきた気もするんだけど、

やっぱり僕は、七つの大罪には合わない気が………」

 

(ふ~ん、そういう事か………)

 

 その時キリトとアスモゼウスの目が合い、アスモゼウスがヒュッと息を呑んだが、

キリトはそれを目で制した。

 

(俺の事は気にしないでいい)

(わ、分かったわ)

 

 アスモゼウスはこくこくとキリトに頷くと、アスタルトとの会話に戻った。

 

「………僕、本当はヴァルハラに入りたかったんだ、

ユキノさんの事を本当に尊敬してて、で、その弟子になりたいなって」

「そうなの!?」

「うん、でもその為には実績が必要なんじゃないかって思って、

たまたま誘われた七つの大罪に入ったんだよね」

「そういう事だったのね」

 

 その会話を聞き、キリトは腕組みをして考え込んだ。

 

(こいつなら、このままうちに引き抜いてもいいんだろうが、でもなぁ………)

 

 さすがに今の状況でアスタルトを引き抜くのは、

敵が攻略を失敗するのを願っているようにも捕らえかねられない為、出来ない相談であった。

 

(まあ円満に抜ける事が出来たら………)

 

 そう考えたキリトは、アスタルトの肩にポンと手を置いた。

 

「えっ?あ、あなたは!?」

「よっ、お前、うちに入りたかったんだって?」

「キリトさん!?」

 

 アスタルトは目を大きく見開き、もじもじした顔をした。

 

「は、はい、実は………」

「正直うちとしては、それを認めてもいいかなって思ってる。

お前は中々出来る奴みたいだしな」

「は、本当ですか!?」

「でもそれは今じゃない、分かるな?」

「………………はい」

「なのでラスボス戦で誰も文句が言えない実績を作ってみせろ、

そうすればヴァルハラへの道も開けるかもしれないぞ」

 

 キリトのその可能性を示唆する言葉に、アスタルトは目を輝かせた。

 

「………はい!勝って義理を果たしたら、必ず挨拶に行きます!」

「頑張れよ」

 

 キリトはアスタルトを激励し、アスタルトは二人に頭を下げ、そのまま去っていった。

 

「………良かったの?」

「別にいいだろ、ギルドの移籍なんか珍しい事じゃないし、

ハチマンも優秀な仲間が増えるのは大歓迎なはずだ」

「………ねぇ、私もそろそろ潮時かなって最近思い始めたんだけど」

「そういやアスモゼウスは前からそう言ってたよな、考えとくわ」

「うん、お願い。それじゃあ私も行くわ、攻略の準備をしないと」

「ボス戦はいつになりそうなんだ?」

「多分今日中」

「そうか、まあ頑張れよ」

 

 そうアスモゼウスを激励したキリトは、ふと思い付き、アスモゼウスを引き止めた。

 

「どうしたの?」

「いや、伝えておくべき情報があったなと思ってさ」

 

 そのままキリトはエクスキャリ()ーの事を伝え、アスモゼウスは天を仰いだ。

 

「最後の最後で締まらない事になったわね………」

「でもまあプレッシャーは減っただろ?」

「それは………確かにね。まあうちにはお似合いかも、ふふっ」

 

 アスモゼウスはそう言って笑い、今度こそ去っていった。

 

 

 そして攻略は進み、夜に挑んだラスボス戦があんな結末になろうとは、

この時は誰も想像していなかった。



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第1138話 ノリの将来

 ALOからログアウトした八幡は、着替えを終えると、

優里奈と連れ立って東京駅へと向かった。

 

「八幡さん、着いたらすぐにノリさんの手術ですか?」

「ああ、その予定だ」

「それじゃあ向かってる途中から、いっぱい力を送らないとですね」

「だな」

 

 優里奈は旅行だというのにまったく浮かれた様子を見せず、

最初にノリの事を心配していた。

それを嬉しく思いつつ、八幡は目を細めながら優里奈の頭を撫でた。

 

「な、何ですか?」

「いや、優里奈は本当にいい子に育ってくれたなと思ってな。

まあ別に俺が育てたって訳じゃないんだけどな」

 

 八幡にそう言われた優里奈は目をパチクリさせた後、何故か頬を染めながら下を向いた。

 

「えっと………育ててもらってますよ?」

 

 そう言いながら優里奈は自分の胸をそっと撫で、

その意味を悟った八幡は慌てて目を背けた。

 

「いやいやいや、俺は何もしてない、してないよな!?」

「ふふっ、どうでしょうね?」

「待って待って、そのマジ顔はやめて、本当に不安になるから」

「ふふっ、この前はありがとうございました」

「え、何そのお礼、本当に俺、寝てる間とかに優里奈に何かした?いや、むしろされた?」

「八幡さん、恥ずかしいです」

「えええええ?」

 

 傍から見れば、バカップル認定される事は間違いない、そんな会話を交わしながらも、

二人は東京駅の待ち合わせ場所に到着した。

 

「八幡く~ん!」

 

 八幡の姿を見つけた明日奈がこちらに手を振ってきたが、

明日奈ほどのルックスの持ち主がそれをやると、かなり目立つ。

というか、周囲の注目を一身に集めてしまう。

そして呼ばれた八幡も、鬼のルックスとスタイルを持つ優里奈が隣にいる為、

周囲の男性陣の嫉妬の視線を浴びせかけられ、居心地が悪い事はなはだしい。

ALO内ではそういった視線も平気だが、さすがにリアルだと若干こたえるのだ。

 

「お、おお、明日奈、おはよう」

「明日奈さん、おはようございます」

「二人とも、おはよう!」

 

 明日奈は当然のように八幡の腕にすがりついてくる。

八幡としては痛し痒しだが、もちろん引き離すような事はしない。

 

「八幡君、知盛さんの調子はどうなの?手術は成功しそう?」

「体調は万全にしてもらったし、システムを使ったリハーサルも結果は上々らしい。

先ず間違いなく成功するはずだ」

「そっか、それならいいんだけど、私達も成功するようにお祈りしなきゃね」

「ああ、そうだな」

 

 そこから藍子、木綿季、詩乃が続けて現れた。三人も既に到着していたが、

お手洗いや買出しの為に散っていたらしい。

三人の口からも、最初に出てきたのはノリを心配する言葉だった為、

八幡はうちの家族はみな心が優しいなと、とても嬉しく感じる事となった。

 

「よし、それじゃあ行こうか」

「うん!」

「ユウ、里帰りね」

「まああっちに家は無いけどね!」

「私、小学校の修学旅行以来かもです」

「私は完全に初めてかしら」

 

 六人はボックスを二つ占領し、そこに陣取った。

もっとも予約席な上、八幡は今回八席全部を予約していたので何の問題もない。

ここで通常は、席順を決めるジャンケンが行われるのが通例なのだが、

今回は片方の窓側に八幡と明日奈が向かい合わせに座り、

残りの四人は適当に交代しつつ、反対側のボックスと八幡の隣を移動する事とされた。

最初に二人の横に座ったのは藍子と木綿季である。

 

「八幡、ノリの具合はどんな感じなの?」

「ああ、まったく問題ない。検査の結果も良好だし、

物事に百パーセントは無いにしろ、手術もほぼ間違いなく成功するって話だ」

「そっかぁ、それなら良かったのかな」

「元気になった後、ノリはどうするのかしらね、確か二十歳よね?」

「可能な限り、本人の希望を叶えてやるつもりだ。まだ聞いてないけどな」

「そういえば、ノリの将来の夢って聞いた事無いなぁ」

「お嫁さんって言ってなかった?」

「ああ、ノリってば乙女だものね」

 

 それを皮切りに、新しく作る家の話やガイア戦の話をしていると、

二時間と少しの時間はあっという間に過ぎ、六人は無事に京都へと到着した。

 

「さて、迎えが来てるはずなんだが、どこかな」

「八幡君!」

「あ、経子さん、わざわざすみません」

 

 迎えに来ていたのは陽乃と共に先行していた経子であった。

経子は直接的にソレイユの社員という訳ではない為、こういう場合に動き易いのである。

 

「車は会社のハイエースですよね?俺が運転しますね」

「あらいいの?ありがとう、それじゃあお任せしようかしら」

「はい、任せて下さい」

 

 運転は八幡がする事になり、助手席は明日奈、その後ろに詩乃と優里奈、

そして最後尾には、経子を挟むように藍子と木綿季が座った。

 

「二人とも、元気でやってるみたいで安心したわ」

「経子さん、あまり顔を出せなくてごめんなさい」

「いいのよ、学業が優先ですからね。特に二人は遅れ気味なんだから頑張らないと」

「うん、ボク達ちゃんと頑張ってるから安心してね」

「不安になんか思ってないわよ、ふふっ」

 

 一行はそのままとりあえず旅館に移動し、チェックインを済ませた後、

荷物だけを置いてそのまま結城病院へと向かった。

 

「ご当主!お久しぶりです!」

「え、ちょっと知盛さん、勘弁して下さい………」

 

 一行を出迎えたのは、これから手術を控えた知盛であった。

職員達のうち、手の空いてる者も八幡に頭を下げてきた為、八幡は閉口しつつ知盛に言った。

 

「知盛さん、さっさと代わって下さいよ」

「あはははは、親父が生きているうちはまあ我慢してよ。

その後ならいくらでも引き受けるからさ」

「くそっ、あの爺、暗殺してやろうかな………」

「ははっ、出来るものならね」

 

 八幡と清盛の仲の良さを知ってる知盛にそう言われ、八幡は何も言う事が出来なかった。

心の中では長生きして欲しいと思っているのは間違いないのだが、

それを素直に口に出すのは嫌で仕方がなかったからである。

 

「ごめんなさい知盛さん、うちの八幡君は、素直じゃないんです」

「お、おい明日奈………お前だってあの爺は嫌いだろ?」

「まあ昔は確かにね。今は別に好きだよ?」

「ぐぅ………」

 

 八幡は助けを求めるように藍子と木綿季を見たが、

二人がニ人とも明日奈と同じ答えを返してきた為、

八幡は悔しそうな顔をし、話を逸らすように知盛をせかした。

 

「さあ知盛さん、そろそろ手術の準備に入りましょう」

「ははっ、もうバッチリ終わってるよ、後は時間を待って開始するだけさ」

「あっ、先生、その前にノリに会えますか?」

「もちろんだ、直ぐに案内しよう」

 

 八幡のその頼みを快諾し、知盛はノリの病室に向けて歩き出した。

 

「美乃里ちゃん、入ってもいいかな?」

「あっ、はい、どうぞ!」

 

 病室に入り、八幡の顔を見た瞬間、ノリこと山野美乃里は顔を輝かせ、

ベッドから下りて八幡に駆け寄ろうとした。

 

「あ、兄貴!」

「あっ、駄目だってば!」

 

 傍についていた看護婦がすんでの所で間に合い、美乃里を止める事に成功した。

 

「ノリ、俺は逃げたりしないんだから、とりあえず落ち着け」

「あ、うん、ごめん兄貴、ちょっと興奮しちゃって………」

 

 美乃里はそう言ってはにかむと、他の者達に目を向けた。

 

「藍子、木綿季、久しぶり」

「うん、久しぶり」

「遂にこの日が来たね、みんなの力で絶対に病気に勝とう!」

「もちろん!スリーピング・ナイツ魂を見せてやらないと!」

 

 三人は勇ましくそう声を掛け合い、続けて詩乃と優里奈が前に出た。

 

「ハイ、ノリ、初めましてになるのかしら」

「その喋り方はもしかしてシノン?うわぁ、こっちだとイメージ変わるねぇ」

「あ、あの、私の事はさすがに分かりませんよね?」

「え?え~っと………」

 

 優里奈にそう言われた美乃里は、優里奈の顔から下に視線を向け、

その胸でピタリと目を止めた。

 

「ああっ、ナユタちゃんだから優里奈ちゃんだ!どう?合ってる?」

「………今私のどこを見て判断しました?」

「あはははは、気にしない気にしない、ってか師匠!師匠と呼ばせて!

私の理想がここにある!私は優里奈ちゃんになりたい!」

「こらノリ、暴走すんな」

 

 八幡はそんな美乃里の頭をコツンと叩いた。

 

「ノリにはノリの良さがあるんだ、ノリが優里奈になる必要はない」

「そ、そうかな?」

「ああそうだ、で、体調の方はどうだ?手術には耐えられそうか?」

「もっちろん!この日の為にずっと準備してきたんだもん、コンディションはバッチリ!」

「そうか、手術の時は俺達もずっと傍にいるからな、お前は一人じゃない、それを忘れるな」

「うん、ありがとう兄貴」

 

 美乃里はそう言って頬を染め、下を向いた。八幡の前では相変わらずの乙女のようだ。

 

「で、手術の前に一つ聞いておきたいんだが、

この手術が成功した後、ノリは何かやりたい事ってあるか?」

「成功は前提なんだね」

「当たり前だろ、で、どうだ?」

「えっと、それなら………」

 

 美乃里はそう言ってじっと八幡の顔を見ると、意を決したような顔でこう答えた。

 

「兄貴に助けてもらわないといけないけど、

もし可能なら私、将来はソレイユのメディキュボイド事業部に入って、

私と同じような境遇の子を救う手助けがしたいの」

「………そうか、なら大学に行って勉強しないとな」

「うん、私、頑張る!」

「そういう事なら、とりあえず親御さんと相談してからになるが、

とりあえずノリは、うちでバイトをしながらうちの寮の空き部屋に住むといい。

俺が最高の家庭教師を付けてやるから、そこでしっかり勉強して、

大学を卒業したらそのままうちで採用だ。

もっとも成績が悪かったら駄目だから、それは覚悟しておけよ」

「いいの?やった!ありがとう兄貴、私、頑張る!」

 

 そして手術の時間になり、美乃里は手術室へと運ばれていった。

そこから二時間が過ぎ、当然の事ながら、美乃里の手術は大成功に終わる事となった。



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第1139話 もう一人の家族

 アスモゼウスは、朝からクエスト攻略に引っ張り出されて辟易していた。

 

「はぁ………私も京都、行きたかったな………」

 

 もっとも八幡の家族カテゴリーに入らない出海が京都旅行に参加出来るはずもないのだが、

少なくとも気の乗らないクエスト攻略に参加するよりは、自費ででもそちらに参加した方が、

精神衛生的にもよほど健全だったと思うのだ。

 

「まあ仕方ないかぁ、タルト君の応援もしたいしね」

 

 アスモゼウスは将来また同僚になるかもしれないアスタルトの事を考え、

彼と比べて立場が確約されている自分に若干後ろめたさを感じ、

出来るだけアスタルトに協力しようと改めて心に誓った。

 

「さて、また情報を纏めて精査しますか」

 

 他の大罪達には出来ないその仕事にアスモゼウスは積極的に取り組み、

各人に指示を出す事で、七つの大罪はラスボス戦に向けて確実に前進していったのだった。

 

 

 

「知盛さん、お疲れ様でした」

「ありがとう、まあ楓ちゃんの時よりは緊張しなかったよ」

「あの時は無理させてしまって本当にすみません」

「いやいや、こんな余裕がある方がおかしいからね、

今回は本当にいい条件が揃ってて凄く助かったよ、八幡君」

「そう言っていただけると」

 

 今回の手術は、当然なのだが完璧に成功した。

まだ美乃里は薬で眠っていた為、一同は祝福のメッセージをカードに書いて残す事にした。

 

「さて、次だ」

 

 そしてその後、一同が向かったのは、

たまたまログアウトして検査を受けているという、シウネーこと安施恩の病室であった。

 

「シウネー、いるか?」

「あっ、兄貴!それに皆さんも!

さっきノリの手術が成功したって聞きました、やりましたね!」

「ああ、無事成功して良かったよ。次はシウネーの番だな」

「はい、幸い新しい薬の効果がちゃんと出てて、数値がかなり良くなりました。

このままいけば、もうすぐ元気な体に戻れるみたいです」

「おお、やったね!」

「おめでとう、シウネー」

「ありがとうございます、こんな日が来るなんて夢みたいです」

 

 これでスリーピング・ナイツでまだ闘病生活を送っているのは残り三人、

ジュンとテッチとタルケンだけとなった。

その三人の病気についてもメリダとクロービスのおかげである程度の目処が立っており、

二年以内に治す事が出来るかもしれないという所までこぎつけている。

 

「で、ノリにも聞いたんだが、シウネーは病気が治った後、どうするつもりなんだ?」

「はい、私は医学の道に進んで、私達と同じような境遇の人達の助けになりたいと思います」

「………そうか」

 

 八幡は無意識に施恩の頭を撫でた。

奇しくも美乃里と施恩の答えが同じだった事を、微笑ましく思ったからだ。

 

「あ、兄貴、嬉しいんですけど、藍子と木綿季の視線が痛いです………」

 

 施恩にそう言われ、八幡は二人の方をじろっと睨んだ。

藍子は両手を前に出してぶんぶん首を振り、木綿季は鳴らない口笛を吹きながら顔を背けた。

 

「………お前らの頭は絶対に撫でてやんないからな」

 

 八幡はそう言いながら、見せつけるように施恩と、ついでに優里奈の頭を撫でた。

 

「そ、そんな!ひどいわ八幡!」

「うぅ………ボクは別にそういうつもりじゃ………」

 

 藍子と木綿季は落ち込んだが、これは自業自得なので仕方ない。

明日奈と詩乃は気の毒そうな目で二人を見ていたが、

自分達の方に飛び火してくるのを恐れているのか何も言おうとはしない。

そして八幡は、美乃里にしたのと同じ提案を施恩にも切り出した。

 

「えっ、いいんですか?是非お願いしたいです!」

「そうか、それじゃあそういう事で話を進めておくからな」

「はい、私もノリと一緒に頑張りますね」

「俺も出来るだけいい環境を整えられるようにするから、しっかりな」

 

 施恩はこの後、再びメディキュボイドを使用してALOにログインするようで、

八幡達はこの日のやる事を終え、とりあえず旅館に戻った。

ホテルではなく旅館を選んだのは、京都の雰囲気を堪能したかったからである。

 

「さて、これでもう安心だな、ここからは観光のターンって事で」

「食事はどうなってるの?」

「せっかくだし、俺達の部屋に全員分運んでもらう事にしたわ。

楽な格好に着替えたら集合な」

「分かった、それじゃあみんな、準備しましょっか」

 

 部屋割りは当然の事ながら、八幡と明日奈が同じ部屋であり、

優里奈と詩乃、藍子と木綿季が同じ部屋という事になっている。

部屋に戻った八幡と明日奈は、特に相手の目を憚る事なく平然と浴衣に着替え始めた。

館内は十分暖められており、特に寒さを感じないのがとても助かる。

 

「冬に浴衣ってのも中々乙なもんだな」

「暖かい部屋の中でアイスを食べるみたいな感じだね。

あ、八幡君、浴衣の帯を取ってもらっていい?」

「あいよ、ほい」

「ありがとう!」

 

 丁度その時部屋の外から詩乃の声がかかった。

 

「八幡、入るわよ」

「ほい、どうぞ」

「お邪魔します」

 

 詩乃と一緒に優里奈、藍子、木綿季も入ってくる。

お腹が減ったのか、四人は頑張って早く着替えたようだ。

対して八幡はまあ着替えを終えていたが、明日奈は思いっきり前をはだけた状態であった。

 

「あっ、みんな、早いね。待って、後は帯を締めるだけだから」

「「「「………………」」」」

 

 だが四人はそんな明日奈に対し、無言を貫いていた。

 

「あれ、みんな、どうしたの?」

「いや、明日奈のその格好………」

「あ、うん、ごめんね、ちょっともたもたしちゃって」

「いや、そういう事じゃなくて、

思いっきり八幡に裸を見られちゃってるんじゃないかなって」

「「えっ?」」

 

 八幡と明日奈はその指摘を受け、顔を見合わせた。

確かに今の明日奈は下着一枚に浴衣を羽織っただけで、八幡からは色々丸見えである。

 

「き、きゃぁ!八幡君のえっち!」

「わ、悪い」

 

 取り繕うようにそう小芝居をする二人に、四人はジト目を向けた。

 

「今更遅いわよ!」

「もう、見せつけてくれてくれるわね!」

「私、前に同じようなシーンをマンションで目撃しました!」

「ボクも同じような話を前に小町さんから聞いたかも!」

 

 八幡と明日奈は今まで何度も同じ事をやらかしている為、心当たりがありありである。

 

「ち、違うの、これは違うから!」

「はいはい、何が違うのかしら?」

「まあ当然見慣れてますよね………」

「仕方ない、ここはボクが脱ぐよ!」

「ユウはもう少し成長してからね」

「むき~!アイは一言多いから!」

 

 そんな喧騒の中、明日奈は何とか帯を締め、身だしなみを整える事に成功した。

その直後に料理が部屋に到着し、明日奈はすました顔で仲居さんにお礼を言った。

 

「ありがとうございます、とても美味しそうですね」

 

 その明日奈の変わり身の早さに一同は唖然としたが、

同時にこのくらいの強メンタルじゃないと、八幡の正妻は務まらないのだと妙に納得した。

もっとも明日奈のメンタルが強いのはあくまで後天的なものであり、

本来の明日奈は意外と繊細で、細かい事をかなり気に病む子であったのだが、

今はまったくそんな事はないのである。

 

「それじゃあ食事にしよう」

「うん、いただきます!」

「「「「「いただきます」」」」」

 

 そこから楽しい食事が始まった。

美乃里の手術が無事成功したお祝いなのだ、本人が不在なのは残念だが、

場は希望に満ちた雰囲気に包まれていた。

 

「「「「「「ごちそうさまでした」」」」」」

 

 一同が食事を終え、食器が片付けられた後は、のんびりと雑談タイムである。

 

「そういえば七つの大罪とSDSの攻略はどうなったのかな?」

「さあな、まあ正直言えば、成功して欲しいところではあるけどな」

「成功させちゃって問題ないの?」

「ああ、報酬も別みたいだし、プレイヤー同士で競うのはアレス戦くらいらしいからな」

「今回のイベント、色々と試験的な要素が強いわよね」

「だなぁ、まあ強いライバルが現れてくれればそれで文句は無いさ」

「あはははは、ボク達、ちょっと強すぎるもんね」

「何か動きがあったら連絡が来るはずだし、そしたら様子見くらいはしに行くか」

 

 今の所、誰からの連絡も無い為、まだおそらくラスボス戦は始まってないと推測される。

 

 コンコン。

 

 その時再び部屋がノックされ、八幡は鷹揚にそちらに声をかけた。

 

「は~い、どうぞ」

 

 その返事に合わせてスッと扉が開く。と、そこにいたのは萌郁であった。

 

「お、萌郁、仕事はもう終わったのか?」

「うん、明日明後日は休みにしてもらった」

「そうか、それなら明日は一緒に回れるな」

「………凄く楽しみ」

 

 その会話で一同は、萌郁もこの旅行のメンバーに入っていた事を知った。

 

「萌郁さんも参加メンバーに入ってたんだね」

「ああ、萌郁もうちの子になる予定だからな、もちろん参加だ」

「家って単位で考えると、私だけが別枠なのよね」

 

 そう言ったのは詩乃である。心を病んでいるとはいえ、詩乃はまだ親が存命である為、

八幡が今リフォームしてもらっている家に入る予定は今のところ無いのである。

他の四人、明日奈は妻ポジションだから別として、

優里奈、萌郁、藍子、木綿季は四人とも天涯孤独な為、八幡の作る家に入る事は確定だ。

 

「まあ細かい事は言いっこなしだ、学校でのお前の保護者は俺なんだからな」

「うん、お世話になってます」

 

 詩乃は珍しく丁寧な言葉でそう言うと、大きく伸びをした。

 

「夕食も消化出来たみたいだし、軽く運動したい気分ね」

「それじゃあゲームコーナーにでも行ってみる?」

「いいね、確か卓球とかビリヤードがあったよ」

「本当に?やろうやろう!」

「俺は構わないが………萌郁、夕食は?」

「済ませてきた」

「なら問題ないか、それじゃあ軽くやってみるか」

「うん」

「行こう行こう!」

 

 こうして一同は卓球をやる事となり、部屋を出た。

その際八幡は携帯を忘れてしまった為、和人からの連絡を受けるのが遅れ、

ボス戦の驚くべき結果を知るのが少し遅れる事となった。




八幡と明日奈がやらかしたのは、他にもあるかもですが、607話や702話とかです。
萌郁が八幡の買う家に入る事になったのは、1005話ですね。


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第1140話 驚きの知らせ

「八幡、勝負よ!」

 

 ゲームスペースに着くなり、藍子が卓球台の前で、八幡にそう言い放った。

 

「いや、まあ別にいいけどな、その靴じゃ厳しいんじゃないか?」

 

 確かに今の藍子はヒールが若干高めの靴を履いており、

激しい運動をするのには適さないと思われた。

 

「うっ、それじゃあユウ、私に靴を貸すのよ!」

「いや、ユウの方がお前より足が大きいからな、無理だろ」

「どうして八幡がそんな事を知ってるの?

はっ、まさか八幡ったら、寝ている私の足に、ガラスの靴をはかせようとした事が!?」

 

(このやり取り、どこかでやったような………)

 

 八幡はそう思いつつ、藍子に淡々とこう答えた。

 

「いや、思いっきり今見てるだろ、サイズの違いは見れば分かる」

「そんなの普通は分からないわよ!

だから八幡は、絶対に私がシンデレラなんじゃないかって思ってたはず!」

「あ~、そうだそうだ、このやり取り、前にいろはとやったわ。

はいはい履かせた履かせた、でもサイズが合わなかったから、

お前はシンデレラじゃありませんごめんなさい」

「な、何ですって!?」

「もうそういうのはいいから。とにかく俺は見れば分かるんだよ。

とりあえず明日奈、アイに靴を貸してやってくれ」

「うん、分かった」

 

 八幡の見立てだと、明日奈と藍子の足のサイズは同じらしい。

事実明日奈に靴を借りた藍子は、サイズがピッタリな事でぐぬぬ状態となった。

 

「………ま、まあいいわ、それじゃあ勝負よ!」

「おう、相手になってやる」

「えらそう………」

「まあお前よりはえらいからな」

「きいいいい!」

 

 この戦いは当初から激しいものとなった。

だが悉く八幡が藍子の上をいき、その点差は既に五点差まで開いていた。

 

「くっ、まずいわ、こうなったら………」

 

 藍子は八幡に給水を提案し、二人は一旦ベンチへと戻った。

その隙に藍子は浴衣の裾をはだけさせ、再び戦いに挑んだ。

ちなみに他の者達は、この戦いを生暖かい目で観戦している。

 

「八幡、ここからが本当の勝負よ」

「ん?おう、まあ頑張れ」

 

 試合は八幡のサーブから始まり、藍子が躍動する度にその裾がヒラリとまくれる。

当然藍子の下着は八幡から丸見えのはずなのだが、

八幡はまったく顔色を変えず、淡々と球を打ち返してきた。

 

「ちょ、ちょっと、少しは動揺しなさいよ!」

「はぁ?何の事だ?」

「だ、だって………み、見えてるんでしょう?」

「見え………何がだ?」

 

 八幡がとぼけていると思った藍子は、顔を赤くしながらも、根性を出してこう言い放った。

 

「わ、私のパンツがよ!」

「はぁ?お前、俺に色仕掛けでもしてたのか?

でも残念だが、お前の身長じゃ、卓球台に隠れて何も見えないぞ。

多分全裸でも、お前の下着は俺からは絶対に見えないから諦めろ」

「な、何ですって!?」

「前にいろはと卓球をした時に確認済だ。って、痛っ、叩くな明日奈、

今言った通り、見てない、見てないからな」

 

 明日奈はそれで矛を収め、元の場所に戻っていった。

というか八幡はそもそも明日奈の接近に気付いていなかった。明日奈、恐るべしである。

 

「ぐぬぬ………こうなったら………」

 

 藍子は小さく呟き、目をきゃるんっ、とさせ、八幡の後方に視線を向けた。

 

「あっ、あっ、嘘、本当に?お~い!」

 

 それに釣られ、八幡が後方に振り返った。

 

「隙有り!」

 

 それを見た藍子が鋭いサーブを放ったが、

八幡はその瞬間に顔を戻し、そのサーブをあっさりと返した。

八幡は振りかえったように見せただけで、藍子から注意は逸らさなかったようだ。

 

「ねえよ」

「な、何で!?」

「その手も前いろはがやったからな。

だから最初から警戒してお前から目を離さないようにしてた」

「ぐぅ………それじゃあ八幡、今何時?」

「それじゃあって何だよ、時ソバもいろはがやったから、俺には通用しないぞ」

「いろはああああああああああす!!!!」

 

 藍子はここにいないいろはが高い壁となって、

自分の前に立ちはだかっているような気分になり、普段呼ばないような呼び方でそう叫んだ。

 

「はいはい、それじゃあ続行な」

「あっ、ちょっ………」

 

 そのまま藍子は敗北し、久しぶりにハンカチを口に咥えながら悔しそうにこう言った。

 

「仕方ないわね、私の負けよ。約束通り、何でも言う事を一つ聞いてあげるわ」

 

 内心で、計画通り、と思いながらも、藍子は悔しそうな演技を続け、

そんな藍子に八幡はジト目を向けた。

 

「そんな約束をした覚えはないんだけどな」

「きっと私を自分の好きに出来るって考えたせいで、興奮しすぎて脳の血管が切れたのね、

大丈夫、例え八幡が忘れていても、絶対に約束は守るわ」

「そうかそうか、それじゃあ命令だ。お前はこの旅行を存分に楽しめ、以上、解散!」

 

 八幡にそう言われ、藍子は目をパチクリさせた。

 

「………えっ?」

「何だ?俺の命令は絶対なんだろ?」

「そ、それはそうだけど、まさかこの私のエロい身体を前にして、

何もしない男なんて不能以外にはありえない!」

「あ~、はいはい、ソウデスネ~」

 

 八幡は棒読みでそう言うと、木綿季に視線を向けた。

木綿季は八幡に頷き、藍子に駆け寄った。

 

「アイ、ほら、今度はボクと遊ぼ!」

「ちょっ、ユウ、私はまだ八幡に話が………」

「往生際が悪い、敗北者はただ消え去るのみ、だよ?」

「は、八幡、カムバ~ック!」

「達者でな~」

 

 八幡はひらひらと手を振って藍子にそう言うと、疲れた顔で明日奈の隣に座った。

 

「やれやれ、まったくあの耳年増は扱いに困るわ」

「ふふっ、お疲れ様。はい、飲み物」

「おう、サンキュー」

 

 見るとビリヤード台では、詩乃と優里奈が勝負をしていた。

萌郁はその横で、二人にアドバイスしているようだ。

 

「あの二人、もしかして初めてなのか?」

「かも、もちろん私もやった事ないよ?」

「そうだったか、それじゃあ隣の台でちょっとやってみるか」

「うん!」

 

 八幡は明日奈に手ほどきしつつ、

たまに隣の台からお助けアイテム扱いでヘルプに狩り出されたりもし、

のんびりとした時間を過ごしつつ、遅い時間まで存分に楽しんだ。

 

「さて、そろそろいい時間だし部屋に戻るとするか」

「そうだね、明日は色々回らないとだし、その後はボス戦もあるしね」

「そういえばもう一つのボス戦はどうなったかな」

「あっ、そういえば私、スマホを部屋に置いてきちゃったんだ」

「俺もだ、さすがに浴衣だと入れておく場所が無いからな」

 

 他の者達も同様だったようで、一同は明日の事を話す必要もあり、

とりあえずといった形で八幡の部屋に戻った。

 

「お、和人から連絡が来てるな、どれどれ………」

 

 八幡はスマホで和人からのメッセージを確認し、ピタリと動きを止めた。

 

「ん………」

「どうしたの?」

「あ、いや、ボス戦には勝利したらしいな」

「へぇ~、それじゃあ誰かがエクスキャリパーを手に入れたんだ?」

「ルシパーが手に入れたらしい、まあ、()()繋がりだな」

「八幡、意味は分かるけど意味が分からない」

「ああいや、すまん、ちょっと動揺しちまってな」

「さっきも変だったよね、何かあったの?」

「いや、それがな………」

 

 八幡は戸惑った表情で一同の顔を見た後、続けてこう答えた。

 

「七つの大罪とSDSの同盟が決裂、戦争状態に突入したらしい」

「………えっ?」

「一緒に戦って勝利したのに即決裂?何それ?」

「だろ?意味が分からないよな?」

「理由は書いてないの?」

「一応書いてはあるんだけどよ………ルシパーがシグルドを殺したとか何とか」

「えええええ?」

「まさかのフレンドリーファイア?」

「また魔砲でもぶっ放したのかな?」

「あいつならやりかねないけど、前回は被害者だったしなぁ………、

とりあえず詳しい事を和人に聞いてみるわ、っと、言ってる傍からまたメールだ」

 

 続けて届いたそのメールを見た八幡は、今度はスッと目を細めた。

 

「………アスモゼウスとアスタルトが七つの大罪から離脱して、今うちで保護してるらしい。

今回のボス戦で、さすがに愛想をつかしたとか何とか」

「えええええ?」

「訳が分からん、もうログインした方が早いな。

みんな、それぞれの部屋に戻ってとりあえずヴァルハラ・ガーデンに集合だ」

「だね」

「一体何があったんだろ?」

「萌郁と優里奈は何かあった時の繋ぎでこっちで待機しててくれ」

「うん」

「はい!」

「それじゃあちょっと行ってくる、事情だけ把握したらすぐ戻ってくるからな」

「行ってらっしゃい」

 

 それから各人は素早く行動を開始し、ALOへと旅立っていった。

優里奈も自分の部屋に戻り、一人その場に残された萌郁は、

少し迷うようなそぶりを見せた後、微笑みながら八幡の頬をツンツンとつつき、

眠ってしまわないように気をつけながら八幡の腕を抱いて横たわり、幸せそうな表情をした。

これは普段見せない萌郁の、人には言えない甘えん坊な一面であった。



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第1141話 煽るトリックスター

すみません、ちょっと難産でした(汗


 ハチマン、アスナ、シノン、ラン、ユウキの五人は、

息せききってヴァルハラ・ガーデンに駆け込むと、

そこで皆の到着を待っていたキリトと合流した。

 

「で、何があったんだ?」

「詳しい事は当事者に聞いてくれ。お~いアスモ、アスタルト、ハチマンが到着したぞ」

 

 キリトはリビングの奥に声を掛け、そこにいた二人のプレイヤーがこちらにやってきた。

 

「ハチマン、遅いわよ………」

「悪い悪い、ちょっと旅館のゲームコーナーで遊びすぎたわ」

 

 アスモゼウスは珍しく、かなり焦燥しているように見えた。

 

「あっ、その………ハチマンさん、お世話になってます」

 

 対してアスタルトは、礼儀正しくハチマンに頭を下げた。

こちらはアスモゼウスと比べて冷静さを保っており、表情も普通に見える。

 

「アスタルトか、まともに話すのは初めてだな」

「は、はい、今回はご迷惑をおかけして本当にすみません」

「いや、迷惑なんて事はないから気にしないでいい。

というか、二人がここにいる事で、うちも何かに巻きこまれたりするのか?」

 

 このハチマンの言葉、前半はアスタルトに、後半はキリトに向けて言ったものであった。

 

「どっちも今はそれどころじゃないさ、ガチでやり合ってるみたいだからな」

「それだ、二人とも、何があったのか話してみてくれ」

「うん」

「は、はい!」

 

 こうして二人はこの日のボス戦の顛末を語り始めた。

 

 

 

 アスモゼウスはこの日、集まってくる情報を纏め、

隣でその情報を分析しているアスタルトと共に、堅実に攻略を進めていった。

 

「タルト君、マモーンが現地に着いたけど、何も無かったって」

「分かりました、とりあえずその場で待機してもらって下さい」

「オーケー、伝えるわ」

「あっ、サッタンは当たりみたい、奥に進む通路があったって」

「それじゃあマモーンさんの部隊をそちらに移動で、

二チームで探索にあたってもらって下さい」

「なるほど、その為にマモーンに待機させてたのね」

 

 こうして一緒になってみて分かったのだが、アスタルトの事務処理能力はかなり高い。

アスモゼウスはおどおどしながら指揮をとるアスタルトの姿しか知らなかった為、

そういった彼の姿を意外に思いつつも、自分の負担が減るのは大歓迎だった。

そして今回は、オブザーバー扱いで、グウェンも手伝ってくれている。

これはもちろんグランゼの意向によるものだが、

ヴァルハラのスパイとなったグウェンにとっては願ってもない申し出であった。

 

「どうやら順調みたいね」

「ええ、このままだとルシパーさんの要求通り、今日中にボス戦が出来そうですね」

「正直気が進まないわ、無理に無理を重ねてるし、

私としては、もっとだらだらして過ごしたいわね」

「あはははは、それじゃあ色欲じゃなくて怠惰ですね」

「ベルフェノールとポジションを代わってもらおうかしら」

「そ、それはやめて下さい、色欲のベルフェノールさんとかちょっと気持ち悪いです………」

 

 アスタルトは心底嫌そうにそう言い、アスモゼウスはころころと笑った。

 

「さて、そろそろ最終目的地が見えてきた?」

「そうですね、多分もうすぐ………」

 

 クエストの進行具合と集まったNPCの言葉に関する情報から考えると、

もうすぐボス戦のフィールドが解放されるだろうとアスタルトは考えていた。

そしてその考え通り、すぐにルシパーから連絡が入り、

最終目的地が解放された事が確認された。

戦闘はレイド戦で行われるらしく、七つの大罪とSDSのみで事足りるらしい。

 

「やりましたね、何とか間に合いました!」

「ええ、まあそれがいい事かどうかは分からないけれど………」

 

 アスタルトはそのアスモゼウスの言葉が気になったが、

今の自分はやるべき事をやるしかないと考え、その事について尋ねる事はしなかった。

 

「それじゃあSDSと摺り合わせして、準備を始めましょうか」

「そうね、こういう事はあいつらは出来ないものね」

「それじゃあ私は必要な物資を仕入れてくるね」

「うん、グウェンちゃん、お願い」

 

 三人はそのままボス戦の準備に奔走し、夕方までに全ての準備を終える事が出来た。

もちろんグウェンの手によって、ここまでの状況は全てキリトとユキノに把握されている。

 

「グウェン、手伝いありがとうね」

「問題ない、私にとっても都合がいい」

「タルト君もお疲れ様、あとは戦闘に勝つだけだね」

「はい、必ず実績を示して移籍の弾みにしてみせます。

そのためにも最後の奉公だと思って力を尽くします」

 

 アスタルトはグウェンの派遣にあたって、本人から本当の事を教えてもらっていた。

アスタルトは驚きつつもそれを受け入れ、三人は結束してここまで事に当たってきた。

 

「よしお前ら、出撃だ」

「我らの力が決してヴァルハラに劣るものではない事を今日、示そう」

「「「「「「「「おおおおおおお!」」」」」」」」

 

 ルシパーとシグルドが音頭をとってそう宣言し、

七つの大罪とSDSのメンバー達は遂に進軍を開始した。

ヴァルハラ一強状態を好ましく思わない者は結構いるようで、

この二つのギルドに対して声援が上がる。

 

「まさか俺達にここまでの応援があるとはな」

「はっ、勝って帰ってこの期待に応えようではないか」

 

 一行は明るい顔で、アルンの奥地へと歩を進めていった。

 

 

 

 現地に着くと、とりあえずやらないといけないのが編成である。

 

「この洞窟か」

「ああ、途中まで行くと、突入するかどうか選ぶ事になる。ここで編成を済ませちまおう」

「分かった」

 

 ルシパーとシグルドは、努めて事務的に話を進めていく。

これは今後も共闘する事はあるだろうが、基本別行動である為、

そこまで相手に気を許していないからであった。

 

「今回は命中率が上がった魔砲を持ってきてある。

威力はそれなりだが前回よりも確実に当たるらしい。

なので余りの人員は、それ用の人材を用意してくれ」

「………ほう?」

 

 そして追加で伝えられたその言葉に、シグルドは目を細めた。

 

(前回それで死んだと聞いたが、あまり気にしていないようだな)

 

 シグルドはルシパーの豪胆さに少し関心し、

タンクと遠隔攻撃を使える者、二人をそこに配置する事にした。

七つの大罪側からは、アスモゼウス、アスタルトに加え、

以前と同様に、オッセーとハゲンティ、そしてグウェンがここに配置された。

偶然ながら、ヴァルハラの手の者達が纏めて配置された格好である。

 

「偶然なんだろうけど、こうも都合がいいと逆にバレてるんじゃないかって不安になるっす」

「気にしない気にしない、別にバレててももう問題ない」

 

 そのオッセーとハゲンティの言葉にアスタルトは目を見開いた。

 

「もしかして二人も………?」

「お、もしかしてタルト君も?」

「うん、この戦いで実績を示したら、それで最後かな」

「偶然っすね、うちらはリアルでスカウトされた口っすよ」

「リアルで!?」

「ハチマンの兄貴に一生付いていくつもりかな」

「そうなんだ………」

 

 そんな出会い?もあったが、とにもかくにもこの編成で攻略チームは突入する事となった。

そんな彼らを最初に出迎えたのは、遠くで腕組みするトールと、

宙をふわふわと浮いているロキである。

 

『おや、やってきたね、妖精達よ』

 

 そこでまさかのロキが一同に話しかけてきた。

 

「フン、悪いがその命、もらいうける」

『おお怖い怖い、こんなに反逆者が出るとはねぇ』

「………反逆者?」

 

 その言葉にカチンときたのか、サッタンがロキをじろっと睨んだ。

 

『だってそうだろ?この地の神である僕たちに攻撃するんだ。あ、自己紹介してなかったね、

僕の名はロキ、アースガルズでは名の通ったトリックスターさ。ちなみにあっちはトールね』

「これはまた有名どころが………」

 

 シグルドがその名乗りに対し、そう唸る。

 

『報酬もまがい物だってのにさ。まあ性能は悪くないんだけど、

そんなにエクスキャリ()ーが欲しかったのかい?変わってるね、君達』

 

 そのロキの煽りめいた言葉に一同はギョッとした。

 

「エクスキャリ()ー?聞いてねえぞ!?」

『最初のクエストで説明したはずだよ?人の話はちゃんと聞こうね?』

「何だよそれ、ふざけるな!」

『ふざけるなもなにも、ちゃんと説明してあったって聞いたけどねぇ』

 

 そう言ってロキは、どこからともなくNPCらしき者を()()()()

そのまま地面に向けて放り投げた。それは見る者が見れば分かったのだが、

最初に邪神を二万匹討伐せよと言ってきた、あのNPCであった。

 

『ほら、こいつさ』

「そいつは………」

『どうやら見覚えがあるようだね、まあそんな訳。それじゃあ相手をしようか。

もっともここで僕らを倒したとしても、しばらくすればまた復活するんだけどね』

「何っ!?」

『当たり前じゃないか、ここは僕達の本拠地だよ?

わざわざ本体で相手をする訳がないじゃないか。ここにいる僕達はただの影さ。

それでもまあそれなりに強いはずだから、まあ頑張ってね』

「ふ、ふざけるな!全軍、攻撃開始だ!」

 

 こうして七つの大罪とSDSの連合軍と、トール、ロキの戦闘は、

最初から波乱含みなまま開始される事となったのだった。



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第1142話 たまるストレス

このところお待たせしてしまって申し訳ありません(汗


 ロキの言葉に怒り狂ったプレイヤー達は、

ルシパーの戦闘開始の合図と共にロキ目掛けて突撃を開始した。

 

「畜生、馬鹿にしやがって!」

「てめえは絶対泣かせてやっからな!」

「死ね!死ね!」

「あっ、みんな!ちょっ………待っ………」

 

 アスタルトが慌てて仲間達を止めようとしたが、もちろん彼らは止まらない。

その理由は簡単である。単にアスタルトの声が小さく、仲間達の耳まで届いていないからだ。

 

「ま、まずいまずい!このままじゃ………」

 

 当然アスタルトは激しく焦ったが、この暴走めいたプレイヤー達の行動は、

まさかのまさか、思いっきりトールとロキの虚をつく事となった。

 

『な、何故アタッカーが突っ込んでくるんだ!』

『えっ?えっ?何この子達、馬鹿なの?』

 

 先日トールとロキは、ヴァルハラの戦闘を目の当たりにしており、

そこでの学習から、当然敵は整然とタンクを軸に攻撃を仕掛けてくると考えていた。

だが七つの大罪とSDSのアタッカーは、

タンクを差し置いてトール目掛けて突っ込んできた。

それが運良くはまり、プレイヤー達は先手を取る事に成功した。

 

「くらえ!」

「なめんじゃねえよ!」

「エクスキャリパーとか、ネタ武器かよ!」

「こっちは負け続きでイライラしてんだよ!」

 

 ただの八つ当たりという噂もあるが、トールはこの攻撃をまともに受けてしまい、

ロキもただ呆然と、その光景を見ている事しか出来なかった。

特にロキは、煽るだけ煽っておいてこれはいただけない。

 

『ト、トール、防御!』

『はっ………そ、そうだった、ええい貴様ら、離れろ!』

 

 トールはミョルニルを振りまわし、プレイヤー達は慌てて後方へと跳んだ。

 

「皆さん、落ち着いて下さい!もう十分です、一旦下がりましょう!」

 

 アスタルトが根性を出して、そう大声を上げる。

それで冷静さを取り戻したのか、アタッカー達がタンクの後ろまで下がる。

 

「す、すまん、つい我を忘れちまった」

 

 先頭きって突っ込んでしまったサッタンが、珍しく殊勝にアスタルトに謝った。

 

「いえ、ファインプレーです、結果オーライです、この調子でどんどんいきましょう!」

「そ、そうか?」

「はい、ナイス突撃でした!」

 

 アスタルトは士気を維持する方が重要だと判断し、サッタンにそう答えた。

それは効果覿面だったようで、サッタンは褒められて気を良くしたのか、豪快に笑う。

 

「そうかそうか、さすが俺様、わはははは!」

「それじゃあルシパーさ………あれ、どうしたんですか?」

 

 アスタルトは()()()()()ルシパーに、

攻撃部隊をまとめてもらおうと振りかえったのだが、

ルシパーは悔しそうに唇を噛みながら、しばらく無言だった。

 

「………ルシパーさん?」

「ん、お、おう、すまん、どうした?」

「いえ、あの、これから体制を立て直しますので、

ルシパーさんにはそうなった後、味方を率いて突撃してもらえたらと」

「お、おう、任せろ、あいつらに目にものを見せてやる」

「すみません、お願いします」

 

 アスタルトは再び前を向き、タンクに指示を出し始めた。

そのせいでアスタルトは気付かなかった、

ルシパーがアスタルトの背中を凄まじい目で睨んでいた事を。

これはまったくの誤解の産物であるのだが、

ルシパーは今のアスタルトの言葉を曲解してしまったのだ。

つまりどういう事かというと、要するにルシパーは、

トールとロキと同じくタンクが先に前に出ると思い、後方で待機してしまったのである。

活躍せねばと気負うあまり、とにかく戦闘を上手く進めよう、

進めようと自分に言い聞かせていたルシパーは、

ある意味正しい選択をしている為、アスタルトも当然その事については何も言わない。

そもそも最初のこの攻撃成功はあくまで偶然の産物であり、

突撃した者が別にえらい訳ではない。だがルシパーは先ほどのアスタルトの言葉で、

敵に突撃しなかった自分が責められているような気分になってしまったのだ。

サッタンが褒められたせいで、その気持ちは更に増幅されている。

 

(くそっ、文句があるなら正面から言えばいいじゃねえかよ………)

 

 そんな事を考えてしまうくらい、

ルシパーは冷静さを欠いた状態から戦闘に臨む事となった。

 

『ふぅむ、これはちょっと面白い事になってるかもしれないなぁ』

 

 そんなルシパーのおかしな様子をロキは見逃さない。

 

『それじゃあちょっと引っ掻き回してみますかね』

 

 こういう時に、自分が楽しめればそれでいいと、勝敗度外視で思ってしまう所が、

ロキのロキたる所以であろう。

 

「アスモゼウス、今日も魔砲の事は任せたぞ。上手く運用しろ」

「うん、分かってる」

 

 ルシパーは前線に出る途中でアスモゼウスにそう声を掛け、

それを見たロキは、更に目を輝かせた。

 

『へぇ、あんな物を持ってきたんだ………』

 

 ロキは敵が持ち込んだ物にも関わらず、その使い道を真剣に考え始めた。

 

『やっぱり理想は同士討ちだよね、それにはどうすればいいかぁ』

『おいこらロキ、少しは仕事をせんかい!』

『あっとごめん、今手伝うよ』

 

 その時トールからそう声がかかり、ロキは一旦後方に下がり、トールの戦闘補助を始めた。

 

『しかしこれは存外ハードだね、中々やるもんだ』

 

 敵はタンクを三人セットで運用し、スキルの回復を待って次々に交代していた。

 

『唸れ、ミョルニル!』

 

 トールはそのフォーメーションを崩そうと、ミョルニルを振るったが、

三人のタンクは上手いタイミングでスキルを使い、

一人を瀕死にしても、またすぐ次が現れる状態で戦線を維持していた。

そして下がった瀕死のタンクは、ヒーラーに集中的に回復してもらい、

スキルのリキャストタイムが無くなるまで後方で待機するという、

まるでヴァルハラがやりそうな戦法を駆使していた。

これはもちろんアスタルトの指示である。

 

『ええい、鬱陶しい!雷槌(いかづち)!」

 

 思ったより敵が頑強で、いつまでもこちらが不利な事に業を煮やしたのか、

トールがここで行動パターンを変えてきた。それによってタンクが一人落ちてしまう。

 

「タルト君、私、蘇生に行ってくるね!」

「はい、お気をつけて!」

 

 それを見たアスモゼウスが前線へと走り出し、

同時にルシパーがタンクの代わりをしようと前に出る。

 

「俺に任せろ!」

『させないよ』

 

 トールに向けて走り出そうとしたルシパーは、だがロキに止められた。

ロキから放たれた魔法が連続してルシパーの周りに着弾し、ルシパーは動く事が出来ない。

 

「くっ、邪魔するな!」

『それが僕のお仕事だからねぇ』

 

 そこからロキは、徹底してルシパーをマークし、ほとんど仕事をさせなかった。

 

「くそっ、くそっ………俺は活躍しないといけないのに………」

 

 本来のルシパーのメンタルであれば、自分がロキにマークされている事を、

ランキングが一番高いから、もしくは自分の実力が神に認められていると判断しただろう。

だが今のルシパーは、とにかく俺が俺が状態である。

先ほどのタンクのフォローは結局シグルドが行い、見事な立ち回りを見せ、

周りの仲間達から賞賛を受けたのだが、今のルシパーは、とにかくそれが気に入らない。

ルシパーはこの戦闘において、自分だけが孤立していると感じていたのである。

 

 

 

 それから数十分、ルシパーは未だに目立った活躍は出来ていない。

トールは一応健在であったがここまで魔砲の攻撃を三回くらい、満身創痍であった。

ロキは淡々と自分の仕事を遂行していたが、

アスタルトがSDSを上手く使い、遠隔攻撃によって、そのHPはかなり削られている。

形勢は明らかにプレイヤー側が有利であり、

下馬評を覆して、このままいけば確実にこの戦いに勝利出来ると思われた。

もちろんピンチもあったが、とにかくアスモゼウスの操る魔砲の成果が大きい。

ハゲンティとオッセー、それにグウェンはアスモゼウスとアスタルトをしっかりガードし、

たまに飛んでくるロキからの攻撃をしっかり防いでいた。

 

『これは………まずいよトール』

『分かっとる、まさかあの大砲の攻撃をここまでくらうとは………』

 

 トールとロキにとってもこの結果は想定外すぎた。魔砲の攻撃をくらう事で、

擬似発狂モード的な攻撃が激しくなるHP帯を何度かスキップさせられているのだ。

間違いなく今日の戦闘の陰の功労者はアスモゼウスであり、次点がアスタルト、

そして三番目は何度か崩壊しかけたタンク陣のフォローを完璧にこなしたシグルドであろう。

四番目はルシパーがいない前衛陣を引っ張ったサッタンあたりだろうか。

 

『こうなっては仕方がない、ロキよ、お主はここから脱出せい』

『………そう、それじゃあそうさせてもらうよ、トール、頑張ってね』

『おうともよ、それじゃあまたいずれな』

『うん、またいずれ』

 

 残りHPが一割を切ろうかという時点でもう趨勢は決したと考えたのか、

ここでトールはロキを脱出させる事にしたようだ。

ちなみにトールのHPがロキのHPを上回っている限り、この状況にはならないのだが、

さすがにそこまで見切れというのは酷であろう。

 

『それじゃあみんな、楽しかったよ、またどこかでね』

 

 ロキはそう言って舞い上がり、そのまま空中で消滅した。

その瞬間にルシパーは、ロキがこちらを見てニヤリと笑った気がし、脳が沸騰した。

ロキからすれば、好敵手であったルシパーに挨拶しただけのつもりだったのだが、

今のルシパーはそうは捉えない。

そして自由になったルシパーは遂に動き出した………魔砲へと向かって。



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第1143話 俺の勝利だ

歯医者、整形外科への通院が重なり、投稿が遅れてしまいました、申し訳ありません!


 じりじりとHPを削られ、劣勢に立たされていたトールは、

とにかく敵の数を減らそうと、決死の覚悟でミョルニルを振るっていた。

 

『なめるな妖精ども!』

 

 トールがミョルニルを地面に叩きつける度、円形に雷がほとばしる。

その度に近くにいた者が吹き飛ばされ、トールのHPを削る速度もかなり遅くなっていた。

だがおそらく全体的な勝敗はもう覆らないだろう。

そう考えたトールは、発狂モードまであと僅かという所で切り札を使う事にした。

 

『少し早いが仕方ない、アレを使うぞ、ロキ!』

『分かった、僕の力も貸す!』

『助かる!我が力、見るがいい!』

 

 その言葉でトールの瞳が灼熱し、その口から煙がもくもくと上がった。

その姿はまるで蒸気機関車のようだ。

 

『くらえ!』

 

 その状態のトールがミョルニルを振る度に雷の渦が巻き起こり、

それが着弾したフィールドが炎のダメージフィールドに変化する。

そのフィールドは全く消える事なく、プレイヤー達が自由に動ける場所はどんどん減り、

トールもそれを承知でフィールドを盾にし、敵からの攻撃ルートを絞って迎撃していた。

自身の周りを完全に塞がないのは、トールからも攻撃出来なくなってしまうからであろう。

 

「タルト君、このままだと………」

 

 『ジリ貧になる』、アスモゼウスの目がそう語っていた。

当然アスタルトもその事に気付いており、何とかしないとまずいと考えていた。

 

「シグルドさん、遠隔攻撃であの炎を抜けませんか?」

「どうやら駄目らしい、手応えがまったく無いそうだ」

 

 遠隔攻撃の弾丸も魔法も、炎の壁を超える事は出来ていないようだ。

事実トールのHPがまったく減っていない。

 

(考えろ、あの炎を突破して、ソードスキルを一気に放てればいいんだ………)

 

 アスタルトはその手段を検討しつつ、トールとロキを睨みつけた。

 

(少しの間だけでもあれに蓋を出来れば………でも火勢が強い、無理か………?)

 

 アスタルトがそう考えた瞬間に、炎の向こうからトールとロキの声がした。

 

『今のうちだ、ロキよ、お主はここから脱出せい』

『ちょっ、トール、本気?』

『ガイア戦に儂とお主、二人が欠けるのはまずかろう!せめてお前だけでも逃れるのだ!』

 

(あ、この二人、ここで死ななかったらハチマンさん達の方の戦闘に影響してくるんだ)

 

 アスタルトはその会話からそう判断したが、

ここで手を抜くのは絶対にハチマンが許さないはずなので、

アスタルトに出来るのは全力で戦う事のみである。

 

『………そう、それじゃあそうさせてもらうよ、トール、頑張ってね』

『おうともよ、それじゃあまたいずれな』

『うん、またいずれ』

 

 だがどうやらロキは、アスタルトが何かするまでもなくここから脱出したらしい。

これで敵の弱体は確実となった為、アスタルトは頑張って大きな声を上げた。

 

「ここをしのげばうちの勝利です!皆さん、あと少しです!」

「おお!」

「やっと俺達も勝てるな!」

「報酬が微妙なのがムカつくけどな!」

「でもさすがにハイエンドの中級クラスの力はあるんじゃないか?」

「だな!とにかくあと少しだぜ!」

 

 そうして味方を鼓舞した後、

アスタルトはトールを囲む炎の勢いがかなり鈍っている事に気が付いた。

 

(………トールは雷神、炎の攻撃はやっぱり得意じゃないんだ)

 

 アスタルトは一瞬でそう判断し、

アスモゼウスとグウェンを呼んで、魔法使い達への伝言を頼んだ。

 

「タルト君の合図で一斉に魔法を使ってもらえばいいのね?」

「任せて、ちゃんと伝える」

 

 二人はアスタルトの指示を受け、七つの大罪とSDSの後方部隊の方へ走り出した。

 

「ハゲンティさんとオッセーさんは、ここの守りをお願いします!

前みたいにこれを使われて、余計な茶々を入れられちゃたまりませんから」

「おう!任せてくれ!」

「姿を隠してる奴が来ても絶対に触らせないようにしっかり守るぜ!」

 

 その場を二人に任せ、アスタルトは前線のシグルドやサッタンの方へと走った。

 

「シグルドさん、サッタンさん、作戦を思い付きました、聞いて下さい!」

「どんな作戦だ?」

「聞かせてもらおう」

「はい!今は炎のせいで、トールからこちらは見えませんし、相手も守りに入ってます。

なのでそれを利用して、味方の戦力をあの正面に集中させます。

具体的には先ず、僕の合図で魔法使いや魔法銃を持ってる人達に、

正面のあの大きな炎の塊に向けて、土魔法や氷魔法を一斉に放ってもらいます。

そうすればロキが逃げ出したせいで火力が落ちていますから、

あの部分に僕達が渡れるだけの足場を作れると思うんです」

 

 その言葉に、シグルドとサッタンは、ふむぅ、と腕組みをした。

 

「なるほど、あそこにセーフティゾーンを作るんだな」

「はい、みんなでかかれば出来るはずです。

その直後に近接陣が一斉にあそこに走って、トールに最大威力のソードスキルを叩き込めば、

倒す、もしくは瀕死まで敵を追い込めると思うんです」

「もうすぐ発狂モードだしな、その直前に最大威力の攻撃を叩きこむのはセオリーだな」

「もし敵が生き残ったらどうする?」

「僕の計算だと敵のHPの残りは本当に僅かなはずです、

なので後は、みんなで特攻しましょう。及ばずながら、僕も突撃しますから」

 

 そう言ってアスタルトは、その細腕で剣を掲げ、それを見た二人は楽しそうに笑った。

 

「お前のその剣は最後の手段で取っておけって」

「まあ俺達が何とかしてやるさ」

「はい、お願いします!」

 

 そしてアスタルトは近接アタッカーを集合させ、アスモゼウスとグウェンの方を見た。

二人は指示を伝え終わったのか、手を頭の上に掲げて丸を作っている。

そしてハゲンティとオッセーの後方からは、

ロキから解放されたルシパーがこちらに向かって走ってきているのが見えた。

 

(ルシパーさんが最後の切り札になってくれそうだな)

 

 アスタルトはシグルドの手前、その事は口に出さず、代わりにこう言った。

 

「準備が出来たみたいです、合図、いきます!」

「オーケーだ!」

「お前達、全力で行くぞ!」

「「「「「「「「おう!」」」」」」」」

 

 そしてアスタルトが宙に魔法を打ち上げながら叫んだ。

 

「攻撃開始!」

 

 途端に後方から、轟音と共に黄色と白銀の魔法が殺到し、

見る見るうちに正面でフィールドを形勢していた炎が抑えこまれていった。

 

「走れ!」

 

 そして近接アタッカーがその空隙に走り、

こちらへ対応しきれていないトール目掛けてガンガンとソードスキルが叩き込まれる。

 

『貴様ら、小癪な真似を!』

 

 その瞬間にトールの全身から雷が迸った。雷神トール、遂に発狂モードへ突入である。

 

(敵のHPは残り数パーセント、これなら………)

 

 近接アタッカーの多くは硬直してしまっており、

今の発狂モードの煽りを受けて半分くらいまでHPを減らされてしまっていたが、

その全員がトールに一気に倒される事は無いだろうし、

こちらにはまだ、元気な近接アタッカーが確実に一人残っている。

 

「ルシパーさんっ!」

 

 アスタルトはそう叫びながら、後方へと振り返った。

そのアスタルトの目の前で、ルシパーはハゲンティとオッセーに迫り、

アスタルトと同じようにルシパーの方を向いた二人は………、

 

 

 そのままルシパーに真っ二つにされた。

 

 

「えっ?」

 

 さすがの二人も、まさかどこぞのギルドの影兵ではなく、

味方であるはずのルシパーがそんな行動に出るなどとは夢にも思っていなかったようだ。

同様にアスタルトも呆然とし、遠くからアスモゼウスがルシパーに叫んだ。

 

「ちょっとあんた、何やってんのよ!」

「俺が、俺が勝利を決めるんだ!」

「だからルシパーさん、早くこっちに!」

 

 アスタルトはその言葉を聞き、そう叫んだが、その声はルシパーには届かない。

グウェンもルシパーの方に向かって走っていたが、間に合わない。

そのままルシパーは血走った目で魔砲のトリガーを引き、

凄まじい光の奔流と共に放たれたその攻撃は、

アスタルトと、硬直したままの近接アタッカーを巻き込んでトールへと直撃した。

 

「ルシパー、そりゃ無いぜ………」

「ルシパー!どうしてこんな事を!」

 

 そして光が収まった後、トールの周辺にいたプレイヤーは誰一人として残ってはおらず、

無数のリメインライトがトールを囲むように並んでいた。

そして当のトールはというと、こちらは灰のようになっており、その体が徐々に崩れていく。

それと同時に宙に、『CONGRATULATIONS』の文字が躍った。

その場にいた者達は呆然とそれを見つめ、そしてルシパーは魔砲から離れ、

少し前までトールであった、その灰の塊に歩み寄り、その中から一本の剣を掴み出した。

 

「これがエクスキャリパーか」

 

 そしてルシパーは血走った目をしたまま、その剣を高く掲げた。

 

「俺の勝利だ!」

 

 だがその言葉に応える者は、誰もいなかった。



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第1144話 変わる勢力図

 二人から話を聞いたハチマンは、頭痛を覚えたのか、こめかみを揉み始めた。

 

「………何だそりゃ」

「戦いの流れはまあ、こんな感じっぽいんだけど、ハチマンはどう思う?」

「そうだなぁ………まあ敢えて言うなら、

最後の決戦の所でルシパーにも作戦の説明をしておくべきだった、くらいか?

とはいえどう考えても後付けの理屈だけどな」

「やっぱりそうですよね………」

 

 落ち込むアスタルトの肩を、ハチマンとアスナがポンと叩いた。

 

「それはお前のせいじゃない」

「そうだよ、そこまで読めるのなんて、私が絡んだ時のハチマン君くらいだよ」

 

 うふふ、と微笑みながらアスナはそう言い放ち、シノン、ラン、ユウキは呆気にとられた。

 

「………ちょっと、ナチュラルに惚気てきたわよ」

「さすがは正妻………」

「ボク達には真似出来ないよね………」

 

 そんなアスナを見ながらハチマンは苦笑した。

 

「いや、さすがの俺もそこまでは無理だろ、お前はよくやったさ」

「自分でもよくやった、とは思ってるんですけど、ね。

どうしても喉に骨が刺さったみたいな感じが抜けないんです」

「本当にタルト君が気にする事じゃないってば」

「はい………」

 

 アスモゼウスもアスタルトを宥めたが、アスタルトは暗い顔をしたままであった。

 

「まあそれはとりあえず置いておこう。で、七つの大罪はこれからどうなるんだ?」

 

 その問いに、最初に喋り出したのはユキノであった。

この場に残っていたのは、ユイとキズメル、そしてフレイヤを除けば、

ヴァルハラではキリト、ユキノの二人だけであり、

他にはこの事態を受けてユキノが呼び出したらしい、

スプリンガーとファーブニル、ヒルダの三人がいた。

 

「そうね、アスモゼウスさんが正式に抜けて色欲が不在になって、

アスタルト君が抜けて軍師が不在になって、七つの大罪はかなり戦力ダウンしたわ。

でもさすが、SDSよりは個人の力に秀でていたから、今は拮抗している感じかしら」

「よく他の奴らが残ったよな」

「まあそれなりに長い付き合いだし、そもそもあいつらは馬鹿だから」

 

 アスモゼウスがそう言い放ち、肩を竦めた。

 

「我に返ったルシパーが、メンバーに土下座してリーダーを降りたのよ。

それでまあ、次は無いって条件で許してあげた人が多いみたい。

私はもう御免だけど、正直ハチマンと知り合ってなかったら、残ってたかもしれないわね」

「ルシパーも奴なりに、人望があったって事か」

「僕はそういうノリはついていけないんで、もう限界です」

「ははっ、それが普通だって」

 

 キリトはそう言いながらアスタルトの背中をバシバシ叩いた。

 

「でもまあシグルドは、絶対に七つの大罪を許さないよな。

結局エキスキャリパーもルシパーが持つ事になったんだろ?性能はどんな感じだったんだ?」

「今持ってる武器より多少いい程度だったみたい。

まあ持ってるのが恥ずかしいような名前の武器だから、

今回のやらかしを忘れないように、敢えて持つ事にしたみたいよ」

「へぇ、あいつは本当に反省してるんだな」

「どうでしょうね、まあしばらくは大人しくしてるでしょ」

 

 続けてスプリンガーとファーブニル、それにヒルダがこちらにやってきた。

 

「ハチマン君、七つの大罪は、アルヴヘイム攻略団から離脱する事になったよ」

「ああ、やっぱりそうなりますか………で、次のリーダーは誰に?」

「えっと、一応僕になりました」

 

 そう言いながら前に出てきたのはファーブニルだった。

 

「へぇ、それじゃあこれからはライバルだな」

「友好的に進めるところは一緒になると思いますけどね」

「まあそうだな、常に戦争状態ってのは、ライバルとは言えないからな」

 

 ハチマンはそう言って笑い、ファーブニルも釣られて笑った。

 

「それでハチマンさん、お願いがあるんですが………」

「おう、何だ?」

「アスタルト君を、しばらくうちに預けてもらえませんか?

うちもユキノさんみたいな軍師役がいなくて困ってたんですよ」

「お?」

 

 その申し出はハチマンの意表をついた。

 

「そう言われても、それは俺が決める事じゃないしな」

「ああ、実はハチマン、少し前にさ」

 

 そう横から言ってきたのはキリトである。

キリトはアスタルトがいずれヴァルハラ入りしたいという意思を示している事を説明し、

ハチマンはなるほどと頷いた後、アスタルトに言った。

 

「まあ全部お前に任せる、俺としては、お前がいつうちに来てくれても歓迎するつもりだ」

「あ、ありがとうございます!」

 

 アスタルトはハチマンに認めてもらった事を喜びつつ、真面目な顔でハチマンに言った。

 

「僕は………ファーブニルさんの所に行こうと思います。

今回の戦闘に関しても、まだまだ足りなかったって思いますし、

言い方があまり良くないと思いますが、

もう少し武者修行してから改めてヴァルハラ入りを目指したいと思うんです」

「そうか、頑張れよ」

 

 ハチマンは微笑みつつアスタルトに頷き、

こうしてアスタルトがアルン冒険者の会に加入する事が決まった。

 

「で、お前はどうするんだ?」

 

 続けてハチマンは、アスモゼウスに問いかけた。

 

「私ももうしばらくタルト君に付きあうわ。

今ヴァルハラに入れてもらっても、まだ自分が納得するようなプレイが出来ないと思うもの」

「いいんじゃないか?確かにお前はまだまだ未熟だしな」

「タルト君より扱いが悪い!」

「当たり前だろ、どう見てもお前はヒルダ以下だ」

「やぁん、ハチマンさんったら!」

 

 ハチマンにあっさりそう言われ、ヒルダは照れながらハチマンの背中をバシバシ叩き、

アスモゼウスはそれを見て悔しそうな顔をした。

 

「パパ、お客様ですよ」

 

 その時ユイが横からそう話しかけてきた。

 

「ん、誰だ?」

「グウェンさんです」

「グウェンか、ここに案内してくれ」

「はいパパ!」

 

 それから少しして、グウェンが中に入ってきた。

もちろんGWENではなくGWENNの方である。

 

「おう、どうした?」

「小人の靴屋にちょっと動きがあって、報告した方がいいかなって」

「ほう?」

 

 この状況で小人の靴屋に何があったのか、ハチマンは興味を持った。

 

「えっとね、グランゼはどうやら、七つの大罪とSDSの戦争を止めて、

その二つに小人の靴屋を加えて一つのギルドとして再編して、

ヴァルハラに対抗出来る大きな組織を作りたいみたいなの」

「え、この状況でか?グランゼってそこまでお花畑なのか?」

「ルシパー達と比べると、シグルドの方がまだ話が分かるから、

七つの大罪が株を下げたこの機会にって事みたい」

「逆転の発想か………それはありなのか?」

 

 ハチマンのその問いに、キリトはこう答えた。

 

「まあしばらくは無理だろうけど、ライバルが味方になるのは定番だからなぁ」

「将来的にはありうるのか」

「あるだろうな」

「それほど遠い事じゃないんじゃないかな?」

 

 そう答えたのはアスナである。

 

「SAOの時も、職人さん達にはかなり助けられたじゃない?

だから、そっちから頼まれたら、最終的にはどっちも折れるしかないと思うんだよね」

「そうか、職人ギルドが中心だと、普通よりも纏まり易いか」

「うん、そう思うんだよね」

「なるほどなぁ」

 

 ハチマンはここまで仲間達に色々話を聞いて、今日の戦闘で何があり、

今後のALOはどう動くか、漠然としたイメージを掴む事が出来た。

 

「まあ、そうなるといいよなぁ」

「だな」

「だね」

「そうね」

 

 ハチマンのその呟きに、キリト、アスナ、ユキノも同意する。

彼らに今必要なのは強力なライバルであり、

それこそが彼らのALOライフを充実したものにしてくれると思っているからだ。

 

「よし、それじゃあ今日はこんなもんか、みんな、これからどうするんだ?」

「俺は落ちるよ、明日は夕方くらいからインしてボス戦の準備をしとく」

「私もそんな感じね、そういえばハチマン君、ノリさんの手術は成功したのよね?」

「あっと、そうだった。喜べ、大成功だ」

 

 ハチマンは珍しくガッツポーズをし、他の者達もそれに乗った。

 

「そうか、やったな!」

「本当に良かったわ」

 

 そんな彼らを見て、事情を知らないアスタルトもお祝いの言葉を述べた。

 

「僕はよく知らないですけど、えっと、()()()()()()()

「おう、サンキュー」

 

 ハチマンはアスタルトの語尾の違いに気付いていたが、

多分リアルだとそんな感じの話し方なんだろうなという感想を抱いただけで、

特に突っ込む事はしなかった。

 

「アスタルトとアスモも準備を忘れるなよ」

 

 代わりにハチマンは、最後に二人にこう言った。

 

「えっ?」

「何の準備?」

「気付いてないのか?アルン冒険者の会に入ったって事はつまり、

ガイア攻略戦に参加するって事だぞ?」

「「あっ!」」

 

 二人はそれで初めてその事に気が付いたようで、若干慌てた。

 

「そ、そっか、そうなんだ………」

「アスモちゃん、同じヒーラーとして担当をどうするか、明日相談しようね?」

「え、ええ、分かったわ」

 

 そしてこの日は解散となり、皆それぞれ順にログアウトしていった。

 

 

 

「ふう、今日はまさかあんな事になるなんて、絶対に予想出来ね~っすわ………」

 

 ALOからログアウトした後、アスタルトこと比嘉健は、

ベッドの上で頭をかきながらそう呟いた。

 

「ガイア戦かぁ………夜は卒論をやるつもりだったけど、

頑張って昼に全部済ませないとかぁ………でも録画したアニメも見ないとなぁ」

 

 そう言って卒論の束を手に取った健は、とりあえずシャワーを浴びようと思い、

書きかけだったそれをテーブルの上に置くと、

着ていたアニメのTシャツを脱いでシャワールームへと向かった。



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第1145話 コヨミとの合流

 ALOからログアウトした八幡は、右腕に重みと柔らかさを感じ、

戸惑った顔で目を開けてそちらを見た。

そこには八幡の腕にすがりつく萌郁の姿があり、八幡はぎょっとした。

 

(やば、明日奈が起きる前に萌郁を起こさないと)

 

 八幡は慌てて萌郁の体を空いた左手で揺すろうとしたが、

その左手は、誰かの手によってがしっと捕まれた。

誰かといっても、この部屋にいるのは他には明日奈しかいない。

 

「八幡君」

「は、はい」

「起こすとかわいそうだからそのままにしておいてあげよ?」

「へっ?」

 

 明日奈はそう言うと八幡の腕を一旦離し、自分の布団をすぐ隣に持ってきた。

 

「これで良し、ね?」

「お、おう………」

 

 一応萌郁の部屋は別にとってあるのだが、お金さえ払えば問題ないのは間違いなく、

明日奈はそのまま八幡の左腕に胸を押し当てるように抱え込み、

この日八幡は、萌郁と明日奈に挟まれ、全く腕を動かせない状態で寝る事となった。

明日奈としては、萌郁は天涯孤独であり、

将来的に自分と八幡の家族となる事が確定している為、

同様の立場の優里奈と共に、この二人に関してはかなり緩い対応をとる事にしていたのだ。

 

「八幡君、寝にくい?」

「………ちょっとな」

「ふふっ、それじゃあそれが八幡君への罰の代わりね」

「………そうだな」

 

(何このかわいい子、女神なの?はい、女神です、そして俺の大事な彼女です)

 

 そう思いつつ、八幡は明日奈のその優しさを嬉しく思うと共に、

こんな素晴らしい女性に愛されているという事を誇らしく思った。

 

(明日奈もそうだけど、家族はみんな幸せにしないとなぁ………、

その為には働きたくないとか言ってられないな、頑張らないと)

 

 八幡は改めてそう誓い、そのまま眠りに落ちていった。

 

 

 

 そして次の日の朝、八幡が目を覚ますと、

明日奈と萌郁は既に起きており、二人で仲良くお茶を飲みながら会話を交わしていた。

 

「あっ、八幡君、おはよう」

「おう、おはよう」

「体は大丈夫?」

「体?あ~………」

 

 八幡は、体を捻ってバキバキ鳴らしながらこう答えた。

 

「………そうだな、今夜はちょっと勘弁して欲しいかな」

「うん、分かった、それじゃあ夜は我慢するね」

「うん、我慢する」

 

 明日奈と萌郁は微笑みながらそう言い、テーブルについた八幡を左右から挟んだ。

 

「その代わり、今は別にいいよね」

「うん、いいよね」

「え、あ、おう」

 

 八幡は二人にたじたじとなったが、たまの旅行だし別にいいかと思い、

二人の好きにさせる事にした。丁度そこに、優里奈と詩乃が入ってくる。

 

「う、遅かった………」

「完全に乗り遅れたね………」

 

 更に藍子と木綿季が部屋に入ってくる。

 

「うわ、二人とも、ずるいわ!」

「ふふっ、早い者勝ちだよ」

「くっ、ユウが寝坊しなければ………」

「アイよりボクの方が早く起きたじゃない!」

 

 朝から騒がしい事だなと思いつつ、八幡はそれをとても楽しく思った。

いずれ家族になる予定のこのメンバーは、まあ詩乃がどうなるかはまだ分からないが、

少なくとも残りの六人は、既に本当の家族のような雰囲気を持ち始めつつある。

 

「それじゃあ今日の予定を決めるか」

「「「「「「は~い」」」」」」

 

 六人は、萌郁も含めて元気良く返事をすると、

それぞれスマホを取り出して色々と行きたい場所を表示させて見せ合った。

八幡は特に行きたい所は無い為、六人の好きにさせており、

行きたい場所が決まったら、その順番を決める担当となっている。

 

(さて、のんびり横になって待つか)

 

 八幡はそう言って畳に寝転がったが、それを見逃すような者はこの場にはいない。

それを幸いと、六人が競うように八幡に抱き付き、あるいは枕にしてくる。

 

「おわっ、お前ら、真面目に話し合いをしろって」

「良いではないか、良いではないか!」

「うん、たまにはこういうのもいいよね」

「どさくさまぎれにちゅぅしちゃおう!」

「それは駄目ぇ!」

 

 もう滅茶苦茶であったが、八幡は何とか場を収める事に成功し、

まあ具体的には明日奈以外の全員の頭に拳骨を落としたのだが、

それから真面目に話し合いは進み、七人はそのままのんびりと出かける事にしたのだった。

 

「それじゃあとりあえず、コヨミさんと合流だな」

「どんな人なのか凄く楽しみです!」

「確か凄く変わった子だったよね」

「変わったというかおかしなというか………」

「まあとりあえず会ってみないとなんともだな」

「ですね、とりあえず約束の場所に向かいましょう!」

 

 優里奈を先頭に、一同は京都の街を歩いていく。

そして目的地に近付いた時、八幡が一同を止めた。

 

「ちょっと待った、何か不審者がいる」

「不審者?こんな朝から?」

「ああ、見てみろ」

 

 八幡の指差した先には、一見すると中学生にしか見えないのだが、

さりとてよく見るとその服装と化粧の具合から、

大人だろうと判断出来るとても小柄な女性がいた。

その女性は通りかかる若い女性に声をかけようと手を伸ばし、

その胸を見てため息をつくと、手を引っ込めて次の女性に声をかけようとする、

といった行動を繰り返していた。まさに不審者である。

 

「本当だ………」

「どうしましょう、もしここにコヨミさんが来たら………」

「だな、あの不審者、どうやら男には興味無いみたいだから、

ここは俺が一人で待ち合わせ場所に立って、コヨミさんを保護する事にするわ。

みんなはここで、コヨミさんらしき人が来るかどうか、チェックしててくれ」

 

 八幡はそう言って待ち合わせ場所へと歩いていき、

壁に寄りかかってその不審者を観察しつつ、コヨミを探し始めた。

待ち合わせの時間まであと五分。ナユタにとても会いたがっていたコヨミであれば、

もう来ていてもおかしくない時間である。

だが時間になってもそれっぽい人物は現れず。ここにはただ不審者がいるのみであった。

こうなると八幡としては、とある可能性に思い当たる。

それは、この不審者こそがコヨミであるという可能性である。

 

(いや、まさかな………)

 

 理性ではそれを否定したかったが、他に可能性は無い。

八幡は、もしこの不審者がコヨミだった場合、

本当に優里奈に会わせていいものかと迷った末に、ひと芝居うつ事にした。

 

「あの、すみません」

「はい?」

 

 八幡は覚悟を決めてそう話しかけ、その不審者は訝しげな表情で八幡の顔を見て、

驚いたように大きく目を見開いた。

 

「えっ、ちょっと、やだ、もしかしてこれって生まれて初めてのナンパ?

しかも格好いいしお金持ちの気配がぷんぷんする………。

でもよりによってこのタイミングで!?

ナユさんに会う前にこんな事が起こっちゃうなんて、神様はなんて残酷なの!?

ナユさんのおっぱいと、イケメンとのアバンチュール、一体私はどっちを取ればいいの!?

ああっ、どうしよう、私には選べないよ!」

 

(やっぱりコヨミさんだったか………何というか、エキセントリックな子だよなぁ………)

 

 八幡は今の言葉でそんな感想を抱いたが、

同時にコヨミを優里奈に会わせていいものか、激しく悩んだ。

ナユさんのおっぱいと、イケメンとのアバンチュールを同列に扱っている事からして、

コヨミが優里奈を性的な目で見ている可能性が出てきたからだ。

 

(むぅ………俺は一体どうすれば………)

 

 遠くでは優里奈や明日奈達がこちらを伺っており、

このままだとこちらに来てしまうかもしれない。

 

(よし………)

 

 八幡は一計を案じ、コヨミにこう言った。

 

「あの、コヨミさんですよね?」

「えっ?あっ、はい!」

「今までちゃんと言わなくてごめんなさい、実は私………ナユタです」

「ええええええええええええ?」

 

 コヨミは口をパクパクさせた後、大きく目を見開きながら八幡に詰め寄った。

 

「えっ?えっ?ナユさんって男!?でもアスカ・エンパイアじゃ性別は変えられないはず」

「妹にキャラを作ってもらって、それを使ってたんです。

最初はほんの軽い気持ちだったんですけど、コヨミさんが懐いてくれたからつい………」

「そっか、そっかぁ………」

 

(これで本当に優里奈の事を友達として大事に思ってくれてたのなら、

俺に対しても性別なんか関係なく懐いてくれるはずだが………)

 

 コヨミは激しく葛藤しているようだったが、やがて顔を上げ、八幡の手を握った。

 

「本当は抱き付こうと思ってたんだけど、男の子じゃちょっとまずいよね。

えっと、ナユさん、その、あ、会えて嬉しい………よ?」

「私も嬉しいですよ、コヨミさん」

 

 八幡はそんなコヨミにそう微笑み返した。

 

(これは大丈夫かな………)

 

 八幡はそう判断し、コヨミにネタばらしする事にした。

 

「………ごめんなさいコヨミさん、今のは全部嘘です」

「………へっ?」

「お~いナユタ、こっちに来ていいぞ」

 

 八幡は優里奈にそう呼びかけ、ここでやっと優里奈達が登場する事となった。

 

「むむむむむ、それじゃあ貴方は?」

「俺はハチマンだ、宜しく」

「あっ、リ、リーダー様!?そっか、もしおかしな人間が来たらまずいもんね」

「申し訳ない、まあそういう事だな」

 

 コヨミは案外理解力が早いらしい。

年齢不詳だが、思ったよりも年がいってるのかもしれない。

 

「って事はあっちから来るのが………」

「ああ、ナユタ達だな」

「えっと………」

 

 コヨミは木綿季と詩乃を見てすぐ目を逸らし、藍子の胸を見て少し悩んだ後、首を振った。

 

「明らかに違う………」

 

 そして萌郁と明日奈の胸を見て、う~んと唸った後、ぼそりと呟いた。

 

「微妙に記憶と大きさが合わない………」

 

 最後に優里奈を見たコヨミは、胸を二度見した後、満面の笑みを浮かべた。

 

「ナユさん!」

「コヨミさん、初めまして、私がナユ………」

 

 そう言いかけた優里奈は、コヨミの手がそのまま胸に伸びてきた為、

躊躇いなくコヨミの頭を掴んで止めた。

 

「………タです、で、コヨミさん、一体何のつもりですか?」

「や、いつもみたいに挨拶しようかなって」

「常識を………わきまえて………下さい!」

 

 そのまま優里奈はコヨミの頭に八幡直伝の拳骨を落とし、

コヨミはその場にどっと倒れ伏したのだった。

 

「………さっきまでの殊勝さは何だったんだ」

 

 八幡はその結果にそう呟き、肩を竦めたのだった。



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第1146話 藍子と木綿季のやり直し

 優里奈によってコヨミが倒れたのを見て、八幡は慌ててコヨミを抱き起こそうとした。

さすがに人目も多く、早くコヨミを復活させないといけないと考えたからである。

 

「優里奈、さすがにやりすぎだろ」

「いいんです、見てて下さい、直ぐに復活しますよ」

「そういう訳にもな………」

 

 そう言って八幡がコヨミに手を伸ばした瞬間に、コヨミががばっと体を起こした。

 

「おはようございます!って、あれ、ここは………」

 

 そのままコヨミはきょろきょろと辺りを見回し、

今まさに自分を起こそうとしてくれていた八幡と目が合った。

 

「………えっと、あれ、どちら様ですか?」

「………」

「………」

「………えっ?」

「………えっ?」

 

 どうやらコヨミはつい先ほどの記憶が飛んでいるらしく、

初対面の者を相手にするような視線を八幡に向けてきた。

 

「あ~………俺は比企谷八幡だ、よろしく」

「あ~!ハチマンさんだ!初めまして、私はコヨミ、暦原栞です!」

「ああ、コヨミさんって苗字の方だったんだな」

「うん!」

 

 コヨミの本名は、どうやら暦原栞というらしい。

 

「栞さん、お会い出来て嬉しいです、私がナユタこと、櫛稲田優里奈です」

「わっ、リアルナユさんだ~!」

 

 栞は優里奈の胸を見ながらそう言い、再び優里奈に飛びかかろうとしたが、

その行動は、横から割って入った明日奈によって防がれた。

 

「コヨミさん、私は結城明日奈、アスナだよ」

「アスナさん!?うわ、リアルでも美人さんだねぇ!」

 

 それに合わせて他の者達も栞に自己紹介した。

 

「私は朝田詩乃、シノンよ」

「私は初めましてかしら、紺野藍子よ」

「ボクは紺野木綿季、宜しくね!」

「………桐生萌郁です、宜しく」

「うわぁ、美人さんがいっぱいだ!」

 

 その一連の流れで栞も落ち着いたのか、優里奈の胸に執着する様子は見せなくなった。

さすがは明日奈、伊達に八幡の正妻を名乗ってはいない。

 

「という訳で、今日は宜しくな」

「昨日ナユさんからメールをもらって行きたい場所は教えてもらったから、

案内は私に任せて!この辺りはよく来るから私の庭みたいなものだからね!」

 

 栞はその薄い胸を張りながらそう言った。

栞の身長はおおよそ百四十センチくらいであり、その姿はどう見ても中学生にしか見えない。

 

「あの、栞さんって何歳なんですか?」

「コヨミでいいよ、ナユさん。えっとね、二十三かな?」

「と、年上だと………!?」

 

 その栞の答えに八幡は呆然とした。

 

「あはぁ、よく言われるけど本当なんだよねぇ、ほら!」

 

 そう言って栞は八幡に免許証を見せてきた。

無防備極まり無い行動だが、八幡達を信頼してくれているという事なのだろう。

 

「うわ、マジだ………」

「えっへん!」

「コヨミさんって私より、六つも年上だったんですね」

「………えっ?」

 

 今度は栞が愕然とした顔で優里奈の方を見た。

そして優里奈の胸に目をやった後、栞は自分の胸に手を当てた。

 

「………ナユさん、十七歳?」

「え、ええ」

「そっかぁ、そうなんだぁ………」

 

 そんな栞に、誰も声をかける事は出来なかった。

だが栞はこういう事は慣れているのだろう、自力で復活をはたし、

明るい笑顔で一同に言った。

 

「それじゃあ行こっか!」

「そうだな、行こう行こう」

「冬の京都、楽しみだねぇ」

「コヨミさん、私と手を繋ぎましょう」

「えっ、いいの?やったぁ!」

 

 八幡達もすかさずそれに合わせ、明るい笑顔でそう言った。

こうして一同は、栞の案内で京都の散策を開始する事となったのだった。

 

 

 

 最初に一同が訪れたのは、金閣寺であった。

定番中の定番だが、通常冬に訪れる事は無い為、

今回は敢えて最初に金閣寺を選んだのである。

 

「うわぁ………」

「金閣寺に雪が積もってるところ、初めて見たかも」

「思ったより混んでると思ったけど、これは見たくなるよな」

 

 雪化粧をした金閣寺はとても美しく、荘厳な雰囲気に包まれていた。

 

「それじゃあ次行こう、次!」

 

 そこから一同は、妖怪ストリートを経て京都御所へと向かった。

そこで少し滞在した後、八坂神社を経て清水寺に到着した一同だったが、

そこで八幡は、遠くで仲良く写真を撮っている二人組にどこか見覚えがあるような気がした。

 

「ん~………」

「ハチマンさん、どうしたの?」

「ああ、いや、あの女の子の二人組、どこかで見た事があるような気がしてな」

「そうなんだ?もっと近くに行ってみる?」

「いや、まあ気のせいかもだし、別にいいや」

 

 そう言いながら再び移動を開始しようとした八幡の耳に、

周りにいる観光客達の、こんな声が飛び込んできた。

 

「………ねぇ、あそこにいるのって、フランシュシュのメンバーじゃない?」

「あ~、確かそうだよ、プライベートかな?」

「変装してるみたいだし、そうじゃないか?」

「やっぱかわいいよなぁ………」

「声をかけてみたいけど、やっぱ迷惑だよなぁ………」

 

 中々に良識的らしいそのフランシュシュのファンらしき者達の言葉を受け、

八幡は改めて先程の二人組の方を見た。

 

「ハ、ハチマンさん、アイドル、アイドルだよ!」

「お、おう」

 

 フランシュシュの知名度は一般人にはそこまで高くはなく、

騒いでいたのは先ほどの者達だけだったのだが、

栞はどうやらフランシュシュの事を知っているらしく、興奮した様子でそう言った。

よく見るとそれは、水野愛と紺野純子であり、

まさか二人がここにいるとは思わなかった八幡は、驚きのあまり、思わず呟いた。

 

「あの二人、何でここに………」

「えっ?まさか知り合い?アイドルと?」

「あ~、いや、まあそんな感じかな」

「凄~い!」

 

 その栞の声を聞き、他の者達が八幡の下にやってきた。

 

「八幡君、どうしたの?」

「いや、あそこに愛と純子がいる」

「えっ、本当に?」

「あっ、本当だ」

「旅行とかかな?」

「どうだろうなぁ」

「えっ、みんな知り合い!?」

 

 他の者達が誰も驚かないのを見て、栞は驚愕した。

 

「あっ、まあ一応?」

「あの二人が所属してるのって、八幡君のいる会社だからさ」

「えええええ?まさかハチマンさんってソレイユの人?」

「一応な。う~ん、ここで無視して通り過ぎると後で何を言われるか分からないし、

一応二人に声だけかけておくか」

「あは、そうだね」

 

 そのまま一同は二人に近付き、八幡は背後から二人に声をかけた。

 

「愛、純子、こんな所で会うなんて偶然だな」

 

 いきなりだった為、二人はその言葉にビクッとしたが、

二人が八幡の声を聞き違えるはずもなく、二人は振り向いてすぐに八幡に抱きついてきた。

 

「八幡!」

「八幡さん!」

「うわっ、お、おい、ちょっとは人目を気にしろって!」

「え~?別にいいじゃない」

「そうですよ、スキャンダルの一つや二つはあった方が話題になるからいいんですよ?」

 

 二人は八幡の抗議にはまったく耳を貸そうとはせず、

栞はそれを見て開いた口が塞がらない状態となった。

 

「ぽか~ん………」

「私、ぽか~んって口に出して言う人、初めて見たかも」

 

 それが明日奈の声だと認識した瞬間に、愛と純子は自然な動きで八幡から離れた。

 

「あっ、明日奈、やっほ~!」

「明日奈さんがいるなら遠慮しないとですね」

 

 二人は明日奈の事はきちんと立てるつもりらしく、今度はにこやかに明日奈に話しかけた。

 

「二人とも、どうしてここに?」

「えっと、次のPVは京都が舞台らしくって、

いい場所がないか、みんなで手分けして探してるんですよ」

「まあそんな感じかな、多分その辺りにみんないると思う」

「あっ、そういう事だったんだ、偶然だね!」

「うん、凄い偶然!」

 

 その会話に他の女子達も参加し、この場は随分と派手な感じとなった。

美少女がたむろしてキャッキャウフフしているのはとても目立つ為、

八幡は人目を気にして移動を提案した。

 

「さすがにこれは目立ちすぎる、ちょっと場所を変えようぜ」

「あっ」

「確かにそうね」

「コヨミさん、この辺りで多少静かな場所ってありますか?」

「………えっ?そ、そうね、それなら一旦ここを出よっか」

 

 優里奈の声で再起動した栞は一同を別の場所へと案内し、

多少人気の少ないそこで、八幡達はそれなりに落ち着いて話す事が出来た。

 

「………ハチマンさん」

「ん、何だ?コヨミさん」

「美少女ばっかりだね?」

「………言いたい事は何となく分かるが、別に俺が故意に集めた訳じゃないからな」

「勝手に集まってきた………と?」

「明日奈以外はまあそんな感じだな」

「刺されないように気をつけてね?」

「………お、おう」

 

 その後の会話で八幡達とフランシュシュのメンバーの泊まっている旅館が同じ事も判明し、

夜に八幡の部屋で合流する事が決まった。これは偶然かと思いきや、そういう訳でもない。

そもそも八幡達の宿も、フランシュシュの宿も、ソレイユで手配したものなので、

それが同じになるのは当たり前と言えば当たり前なのである。

 

「それじゃあ八幡、また夜に」

「八幡さん、また後で」

「ああ、夜にな」

 

 二人はまだ色々回るらしく、そのまま去っていった。

一同はそのまま京都タワーで食事をとり、

伏見稲荷大社の千本鳥居をはぁはぁ言いながら登り、その後も何ヶ所かの寺社を巡った。

 

「アイ、ユウ、どうだ?」

「凄く疲れた………けど、とても良かったわ」

「ボク達本当なら、中学の時こうやって回ってたんだね!」

 

 そう、今日のルートは実は、

順路は違えど藍子と木綿季が中学の修学旅行で行っていた場所なのであった。

二人はその頃から入院していたので当然参加出来ず、

今回は他の者達から二人の修学旅行を再現したいという意見が出た為、

こういうルートで回る事になったのだった。

 

「さて、最後に土産を物色するか」

「うん!」

「でも地元がこっちな経子さんへのお土産、どうしよう………」

「あはははは、まあ悩め悩め」

「う、うん」

 

 そのまま買い物中、たまたま話題が夜の戦闘の事へと移った時、

八幡が思い出したように優里奈と萌郁にこう言った。

 

「そういえば夜は、二人がボス戦の様子を見られるように手配しておいたからな」

「あっ、そうなんですね、それはとても嬉しいです!」

「えっ?今日何かあるの?」

「ああ、ALOでちょっとでかい戦闘がな」

「わ、私も見てみたい!」

「ん~、ならコヨミさんも俺達が泊まってる旅館に泊まるか?」

「いいの!?」

「ああ、問題ない」

 

 栞がそう言い出し、せっかくだからと詩乃が萌郁の部屋に移動する事になり、

優里奈の部屋に栞が泊まる事が電撃的に決定した。



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第1147話 ガイアとフレイヤ、女の戦い

ガイア戦で今週いっぱいかかります、もちろん毎日投稿で!


 その日の夜、八幡と明日奈と共に、愛、純子が横たわるその横に、

優里奈、栞、萌郁の他、フランシュシュの残りのメンバー達が集合していた。

 

「ア、アイドルに囲まれてる………」

「コヨミさん、緊張しすぎですよ」

「ナユさんは落ち着きすぎだってば!」

「いや、まあ私はほら、普段からアイドルまがいの人達と一緒にいますからね………」

 

 優里奈は隣にいる萌郁に同意を求め、萌郁もその通りだという風にうんうんと頷いた。

 

「しかし旅館にこれほどの設備を持ち込んじゃうなんて、ソレイユ恐るべし………」

 

 この部屋は今、ネット回線を強化され、大型モニターが持ち込まれていた。

かなりお金もかかったようだが、

今後、こういった旅館に対してのVR設備の拡充という観点から、

この部屋をそのモデルケースとする事で、しっかり元はとるつもりらしい。

 

「あっ、どんどん人が集まってきたね、みんな強そう………」

「強そうというか、強いですよ。ここにはALOの最高戦力が集まっていますから」

 

 その横で、フランシュシュのメンバー達も、ウズメとピュアを見て大盛り上がりだった。

 

「うわ、愛ちゃんも純子ちゃんも格好いい!」

「本当に凛々しいどすな」

「今日はボス戦なんだよね?」

「らしいな、愛、純子、フランシュシュの代表としてしっかり戦うんだぜ!」

「愛ちゃん、純子ちゃん、頑張れ!」

 

 一同は優里奈と萌郁に解説してもらい、この戦いを特等席で見物する事となった。

 

 

 

 さて、時間になり、広場にヴァルハラの幹部連が入場してきた。

先頭のハチマンの隣にはアスナが並んでおり、皇帝と女帝の雰囲気を醸し出している。

少し遅れてキリトとソレイユが並び、ユキノ、サトライザーが最後方を固める。

その六人を迎えるのはホーリー、セラフィム、ユイユイの三人のタンクである。

アサギは残念ながら、急な仕事で今日は参加出来ていない。

三人が芝居がかった様子でその場に跪くと、後ろにいたメンバー達も同様に跪いた。

 

「そんな事をする必要はない、俺達は対等な仲間だからな」

 

 その言葉を受け、一同は立ち上がった。

これはヴァルハラのメンバーが固い絆で結ばれているという対外的なアピールであったが、

それは見事にはまり、見物客達は、やんややんやと喝采した。

ハチマンは軽く手を上げてそれを制し、続けて友好ギルドの面々が前に出てきた。

 

「共に戦ってくれるみんなも、今日は宜しくな」

「三種族連合軍、今日は宜しく頼む」

「スリーピング・ナイツ、今日もぶちかますわよ!」

「アルン冒険者の会です、今日は勉強させてもらいます」

「ソニック・ドライバー、たった二人だが、宜しくな!」

 

 ちなみにノリはさすがに昨日の今日では参加出来ず、ランの視点でこの光景を見ている。

プリンとベルディアも、スプリンガーの視点でこの戦いを見物する事になっており、

今頃は自宅でくるすちゃんに解説してもらい、興奮しながら見ている事だろう。

 

「戦いの様子はここのモニターで中継されるはずだから、みんなも今日は楽しんでくれ!」

 

 ハチマンのその言葉に、観客達は、おおおおおおおおおおおおお!と叫び声を上げた。

まるで地響きが感じられるような、凄まじい盛り上がりっぷりである。

 

「よし、それじゃあ出発だ!」

 

 その言葉を受け、仲間達が次々と飛びたっていく。

ヴァルハラが、三種族連合軍が、スリーピング・ナイツが飛びたっていき、

そしてアルン冒険者の会の最後尾で飛びたとうとしたアスモゼウスとアスタルトは、

広場の隅の方に、六人に減った七つの大罪の幹部連が壁に寄りかかっているのを見つけた。

 

「タルト君」

「アスモさん」

 

 二人はお互いそう声を掛けあうと、そちらに向かって深々と頭を下げた。

その態度に、傲慢の座にこそ残ったが、リーダーを降りたルシパーが、

フン、と言いながら軽く拳を掲げる。

新リーダーに就任したサッタンは、両手で拳を握りながら、ぶんぶんと腕を上下させている。

エヴィアタン、ベルフェノール、マモーン、ベゼルバブーンの四人は、

普通にこちらに手を振ってくれ、二人はそちらに手を振り返しながら飛びたっていった。

この事で、道こそ違えたが、こうしてわざわざ見送りに来てくれた、

かつて仲間だった者達に無様な姿は見せられないと、二人は奮起する事となったのである。

 

「ルシパー、これで良かったのか?」

「ああ、俺はあまりいいリーダーにはなれなかったからな、

せめてあいつらの晴れ舞台くらいは、ちゃんと見送ってやりたかったんだよ」

「ひゅうぅ、これでもう悪魔は卒業ってか?」

「いや、こういうのは今日が最初で最後だ。

これからもっと精進して、まともにヴァルハラとやり合えるくらいには強くなってやる」

「そうこないとな!」

「ガハハハハ!俺様に任せろ!」

「頼むぜ新リーダー」

「任せておけ!」

 

 六人はこの戦いだけはきちんと見届けるつもりのようで、そのままモニターに目を向けた。

少し離れた所にはシグルドもいたのだが、

さすがのシグルドも、この状況で戦いを仕掛けてくるつもりは無いらしく、

この戦闘が終わるまでは、暗黙の了解で、七つの大罪とSDSの戦争も休戦となるようだ。

 

 

 

 それから三十分後、ヴァルハラ連合軍は目的地へと到達していた。

 

「それじゃあみんな、初見だから作戦も立てられないが、

いつも通り、無理せず堅実に戦おう」

 

 現在の仕様だと、レイド戦は八人×八パーティの、六十四人編成となる。

第一パーティは、ハチマン、ユキノ、ユイ、クリシュナ、ホーリー、セラフィム、

ユイユイ、ピュアの、司令部とタンク部隊を兼ねたパーティ。

第二パーティは、キリト、アスナ、リズベット、シリカ、フカ次郎、

クライン、リーファ、キズメルのガチンコ近接タイプのパーティ、

第三パーティは、ソレイユ、サトライザー、ユミー、イロハ、

シノン、リオン、レヴィ、レンの遠隔タイプのパーティ、

第四パーティは、ユージーンとカゲムネ率いるサラマンダー軍とクックロビンだ。

第五パーティは、サクヤ率いるシルフ軍に、レコンとコマチが加わっている。

第六パーティは、アリシャ率いるケットシー軍に、フェイリスが参加しており、

第七パーティは、スリーピング・ナイツにソニック・ドライバーを加えた八人であり、

第八パーティが、アルン冒険者の会にウズメを加えたパーティとなる。

 

「よし、行くか」

 

 ハチマンを先頭に、仲間達は粛々と戦場へと足を踏み入れていく。

中に入ると遠くには、上半身は女性だが、

下半身はまるで土くれのようになっている敵の姿が見えた。

 

「あれがガイアかな?」

「地面と一体化してるみたいな?」

「ほええ、あれじゃあ全然エロさが足りないね!」

「ロビンはちょっと黙ってような」

 

 そしてその横に、五十の頭と百の腕を持つ巨人………ヘカトンケイルであろう、と、

一つ目で巨大な棍棒を持つ巨人………ギガンテス、が並んでいた。

 

「敵が三体以上ってのは確定か」

「助けになってくれるって言ってた巨人達は、結局見つけられなかったね」

「まあいずれメインシナリオに絡んでくるだろうさ」

「さて、それじゃあフレイヤ様、これからどうすればいいですか?」

 

 その言葉でローブを被った女性が一人、前へと進み出た。

さすがに広場でその姿を現すのは躊躇われたのだが、

ここで合流したという体で、登場してもらう事にしたのだった。

 

『開戦の狼煙は私()が上げるから任せて。ロキ、どこ?』

『ここだよここ、まったく待ちくたびれたよ』

 

 その声は頭上から聞こえ、同時に人影が上から降ってきた。

先の戦闘の途中で逃げ出した神ロキは、どうやらここでずっと待機していたようだ。

 

「神ロキ、お久しぶりです」

『うん、危うくプレイヤーに殺されちゃうところだったけどね、

トールを犠牲にして何とか逃げ延びたよ』

 

 ロキはニヤニヤしながらあっけらかんと、ハチマンにそう答えた。

さすがのハチマンも、その答えには苦笑する事しか出来なかった。

この時観戦していたルシパー達が、ロキに憎々しげな視線を向けたが、

当然それがここまで届く事はない。

 

『さて、準備はいいかな?』

「はい、みんな、いいよな?」

 

 そのハチマンの呼びかけに、仲間達は武器を上げて答えた。

 

「オーケーです」

『それじゃあフレイヤ、お願い』

『オーケー』

 

 そう言ってブリシンガメンを掲げたフレイヤの姿が光に包まれていく。

その光が消えた後、そこに立っていたのは美しいドレスを身につけた、

露出過多な神々しい女神であった、

 

『我が名はフレイヤ!大地母神ガイア、さっさと自分の巣にお帰りなさいな』

 

 その言葉を受け、ガイアの瞳に光が灯る。

 

『フン、少しばかり美しいだけの小娘が、我らに敵うとでも思っておるのか?』

『間違ってるわよ、お・ば・さ・ん?私は全世界、全宇宙で一番美しいのよ!

年増は年増らしく、私の美しさにとっとと尻尾を巻いて逃げるといいわ!』

『誰が年増じゃ!そなただって年増じゃろうが!』

『いいえ、私は永遠の十八歳!その証拠にほら、うちの子はみんな、私にメロメロよ?』

 

 そう言ってフレイヤはハチマンにしなだれかかった。

 

『ねぇハチマン、あなた、私の事、エロ美しくて素敵だって思ってるわよね?』

 

 言動はまるでお子様だが、確かにフレイヤのその動作のはしばしからは、

そこはかとないエロさが感じられる。

 

「あっ………は、はい」

 

 途端にハチマンは周りの女性陣から睨まれたが、

ここでフレイヤに逆らう訳にもいかない為、

ハチマン的には勘弁してくれという気持ちでいっぱいであった。

 

『ほら見なさい!』

『ぐぬぬ………』

 

 ガイアの周りにはプレイヤーはおらず、

まさかヘカトンケイルやギガンテスにしなだりかかる訳にもいかない為、

ガイアとしては、唸る事しか出来ないようだ。

 

『よし、それじゃあトドメよ。ハチマン、私を抱き上げなさい?』

「えっ?あ~………わ、分かりました」

 

 ハチマンはフレイヤからの圧力に耐えられず、

アスナに目で謝りながら、フレイヤをお姫様抱っこした。

 

『ほら、私の周りには、私にメロメロなかわいい子が沢山いるのよ、どう?羨ましい?』

『羨ましくなどないわ!ギリシャに帰れば妾にもそれくらい………』

『だから帰りなさいって言ってるじゃない!』

『ぐっ………ああ言えばこう言う………その口、実力で閉じてやるわ!』

 

 ガイアはそう言って体を揺らし、ヘカトンケイルとギガンテスが前に出た。

 

『ふっふ~ん、私、大勝利!それじゃあハチマン、後は頑張ってね!』

「分かりました、神フレイヤ、ありがとうございます」

『もう、お固いなぁ………私の事、フレイヤって呼び捨てにしてもいいのよ?』

「は、はは………フ、フレイヤ、が、頑張りますね」

 

 このガイアとフレイヤのやり取り、そしてハチマンを困らせるシーンは、

AIにしては人間臭すぎると評判になり、

某動画サイトで凄まじい再生数を稼ぎ出す事となった。

同時にこの風景を観戦していたプレイヤー達も、困るハチマンというのは珍しい為、

その光景を存分に楽しむ事となったのだった。

 

 こうしてガイア戦は、女神同士の女の戦いから幕を開ける事となった。



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第1148話 ガイア戦、開幕!

「ホーリー、ガイアを抑えろ!」

「心得た」

 

 ハチマンのその指示を受け、ホーリーがガイアに向けて走っていく。

 

「セラフィムはヘカトンケイルを、ユイユイはギガンテスを!」

「分かりました、ハチマン様!」

「オッケー、任せて!」

「カゲムネは、三人のフォローを頼む!」

「はい!」

 

 最初は様子見とばかり、敵とこちらのタンクのぶつかり合いから戦いは始まった。

フレイヤは後方に控えて絶賛観戦中であり、ロキはどうやら前回の戦いと同じく、

空中をふわふわと飛びながらこちらを強化してくれるようだ。

 

「キリト、しばらく様子見な!」

「あいよ」

「姉さん、初手は遠隔攻撃だ!

残りの部隊もしばらく様子見をして、敵の攻撃パターンを探ってくれ!」

「はぁい!」

 

 ハチマンが矢継ぎ早に指示を出し、仲間達はそれに従っていく。

どうやらガイアは下半身と一体化している土部分を操り、

それをムチのようにしならせて攻撃してくるようだ。

ホーリーにとってはそれを防ぐのはどうという事もないだろう。

ヘカトンケイルは確かに手の数は多いのだが、

武器を振るえるのはそのうちの六本だけらしく、

六種類の武器を、交互にセラフィムに叩きつけてきた。

これを防ぐのは結構大変だが、危ない場面ではカゲムネがフォローに入る事で、

二人はヘカトンケイルの侵攻を上手く防ぐ事が出来ていた。

ギガンテスは一撃が重く、ユイユイですらよろめかされる事があったが、

その攻撃スピードが遅い為、問題なく体勢を立て直す事が出来ていた。

そのまましばらく戦闘の様子を眺めていたハチマンは、

遠隔攻撃も問題なく通っているのを確認すると、ここで改めて近接陣に指示を出した。

 

「近接アタッカーはギガンテスに攻撃を集中だ、先ずあいつを落とすぞ!」

「了解!おいユージーン、出番だぜ!」

「おう、このティルフィングのデビュー戦を飾ってやるわ!」

「ラン、ファーブニル、そっちはお前達の判断に任せる!」

「およ?」

「は、はい!」

 

 その指示を受け、ランとファーブニルはアスタルトを交え、急遽話し合った。

 

「アスタルトはどう思う?」

「このまま突撃しても平気だとは思いますが、

安全マージンは残しておいた方がいいかもしれませんね、初見の敵ですし」

「確かにそうね、それじゃあどうすればいいと思う?」

「僕達はパーティごとに交代で前に出ればいいと思います。

そうすれば何かあっても問題なく対応出来ますしね」

 

 そのアスタルトの提案に、ランは大きく頷いた。

 

「そうね、確かにその通りだわ。それじゃあ私達はそうしましょうか」

「はい、分かりました」

「それじゃあ最初はうちが行くわ」

「何かおかしな兆候が見えたらすぐ声をかけますね」

「うん、お願い」

 

 そしてスリーピング・ナイツは突撃し、アルン冒険者の会はとりあえずこの場に残った。

アスタルトはじっとギガンテスを観察している。

 

「アスタルトは慎重だな」

「うん、いいと思うわ」

 

 ユキノはタンクへのヒールを行っている為、

そのハチマンの言葉に答えたのはクリシュナであった。

 

「うちは猪突猛進タイプが多いからなぁ、

あいつみたいなのがいてくれると助かるかもしれないな」

「いずれはヴァルハラ入りしてもらわないとね」

「そうだな、俺達にリアルを晒す事が平気なら、そうしよう」

 

 ヴァルハラはリアル繋がりを重んじる為、

ハチマンはアスタルトの入団に関しては、本人の意思を尊重するつもりのようだ。

 

「ハチマン、そろそろギガンテスのHPが八割!」

「オーケー、各パーティ、そろそろギガンテスが二割削れる、一応警戒!」

 

 ハチマンはクリシュナのその読みを受け、そう大声を上げる。

こういう場合のクリシュナの読みの精度は凄まじく、

味方の攻撃による敵のHPの減少度から、キッチリ十五秒前にハチマンに告知してくれる。

それを心得ている為、キリトは自分達だけがその場に残り、他の部隊を下げた。

 

「一旦下がれ!攻撃パターンが変化するぞ!」

 

 その数秒後、ギガンテスのHPが八割になった瞬間に、

その手に持つ棍棒が、まるで放電でもしたかのように光を放った。

 

「今のは………みんな、飛べ!」

 

 キリトがそう指示を出し、仲間達は敵の攻撃に合わせて飛んだ。

同時にユキノがユイユイに状態回復魔法を飛ばす。

 

「こっのぉ………きゃっ!」

 

 ユイユイがその攻撃を盾で受けた瞬間に、

ユイユイの体がまるで感電したかのように一瞬硬直した。

だがその硬直はユキノの魔法によってすぐに癒される。

 

「一旦後退!」

 

 その攻撃を見事に読み、飛んで回避したキリトは、

地面に着地した瞬間に、即座にそう指示を出し、

同じく回避に成功した仲間達は、ユイユイ一人を残して即座に後退した。

 

 

 

「おお!」

「凄い、よく避けたね!」

「愛ちゃん、必死だったね」

「それは言わないお約束よ、さくら」

 

 観戦していた者達は、その戦術の見事さにやんややんやと喝采していた。

同じく広場も大盛り上がりであり、あのルシパーでさえも、目を見開いていた。

 

「これは参考になるな、サッタン」

「だな、みんなで縄跳びでもやるかぁ?」

「あはははは、でもまあ咄嗟に指示通り動けるようにはしないとな」

「そうなると、敵の動きをしっかり見ておく奴も必要だな」

 

 どうやらこの戦闘は、七つの大罪にとって、いい見取り稽古になっているようである。

 

 

 

「ハチマン、どうだった?」

「着弾から円形に雷が走ってたな、多分その範囲にいると、強制的に硬直させられるはずだ」

 

 キリトの問いに、ハチマンが即座にそう答える。さすがは場数を踏んでいる事もあり、

この辺りのハチマンとキリトのコンビネーションは抜群だ。

 

「了解、みんな、ヒット&アウェイ!敵の攻撃がどこかに触れた時、

その半径三メートル以内に入らないようにしてくれ!」

 

 即座にそう指示が飛び、アスタルトはその指示の早さに感嘆した。

 

「凄いですね、距離まですぐに………」

「あ、何かヴァルハラは、歩数で距離を測る訓練をみんながやってて、

こういうのの距離は、すぐに割り出せちゃうみたいよ」

「そんな事まで………さすがですね」

「ええ、そういう地味な部分がヴァルハラの強さに繋がっているんでしょうね」

 

 アスモゼウスの説明を受け、アスタルトは更にヴァルハラへの尊敬を強めた。

ちなみにこの会話も丁度中継されており、一部のギルドが同じ訓練をする事を決め、

そのおかげでギルドとしての総合力が明らかに上がった為、

距離読みがALOの上級者の必須技能として、スタンダードになっていく事となる。

 

「お~い姉さん、ヘカトンケイルのHPを八割まで減らせるか?」

「そうね、三十秒後にいけるわ」

「了解、そのままやってくれ。マックス、三十秒後にヘカトンケイルが八割だ」

「了解、少し離します!」

 

 これは他の敵と戦っている味方を巻きこまない為の措置であったが、

こういう部分の戦術の練りは、他のギルドには真似出来ない部分であろう。

 

「ユミーちゃん、次の魔法はちょっと抑え目で、レンちゃんは攻撃止め、

他はそのままでいって!」

 

 ソレイユの指示で、遠隔陣は攻撃速度を調整し、

ピタリ三十秒後、今度はヘカトンケイルのHPが八割へと到達した。

その瞬間にいくつかの手が拳を握りこみ、武器の攻撃と同時に地面に拳が叩きつけられる。

 

「………ほう?」

「今のは………近くにいるプレイヤーに、ランダムに攻撃が飛ぶのかしらね」

「っぽいな、とりあえず危険度は低いか」

「とりあえず今度はギガンテスのHPを六割まで削ってみましょう」

「そうするか、あっちの方がやばそうだしな」

 

 ハチマンとクリシュナは即座にそう結論付け、遠隔陣は一旦攻撃を止めた。

そしてキリトにハチマンから指示が出される。

 

「キリト、六割まで頼む!時間制限もあるし、出来れば早めにな!」

 

 こういう戦闘の場合、今の仕様だと、制限時間は二時間とされているのだ。

 

「了解、だってよアスナ」

「それじゃあ手っ取り早く行こうか、ユウキ、ちょっとこっちに来て!」

「ん、どしたのアスナ」

「敵のHPを一気に削りたいの、それでね」

 

 二人は素早く言葉を交わし、ユウキがあんぐりと口を開けた。

 

「うわ、本当に?」

「うん、私とユウキなら出来るよね?」

「ま、まあ出来ると思うけど………」

 

 やや躊躇いを見せるユウキに、アスナが満面の笑みを向けた。

 

「もし出来たらきっとハチマン君が褒めてくれるよ」

「やる!余裕余裕!」

 

 ユウキは途端にやる気を出し、アスナはユウキから見えないようにニヤリとした。

 

「ユウがいいように操られてるわね、さすがはアスナ………」

「アスナ嬢ちゃんも案外黒いな………」

「むぅ」

 

 そのランの言葉にスプリンガーとラキアが同意する。

そしてアスナはまったく見当違いの離れた場所へと歩いていき、

ユウキは一人でユイユイの後ろへと歩いていった。

 

「ユイユイ、一気に削るね」

「分かった、備えとく」

 

 そしてユウキはセントリーを構え、最大威力の攻撃を放った。

 

「マザーズ・ロザリオ!」

 

 同時にアスナが暁姫を構えて走り出す。まさかのフラッシング・ペネトレイターである。

轟音と共にユウキのマザーズ・ロザリオが着弾した瞬間に、敵のHPが六割を切り、

硬直しているユウキ目掛けて敵が棍棒を振りおろす。

その攻撃はもちろんユイユイが防ぐのだが、

同時に放たれる電撃は硬直中のユウキを直撃するはずだ。

 

「ユウキ!」

「アスナ!」

 

 だがその硬直するユウキのお腹の部分をアスナが抱き、そのまま高速で走り抜けていく。

フラッシング・ペネトレイターを攻撃ではなく移動に使う、アスナの得意な戦法だ。

 

「ぐはっ!」

「ごめん、耐えて!」

「だ、大丈夫」

 

 そのままアスナはユウキ共々走り抜けていき、その直後にユイユイを巻き込んで、

先ほどよりも大分広くなった電撃が円形に広がった。

 

「アスナの奴、無茶しやがる」

 

 その様子を見ていたハチマンは、苦笑しながらキリトに言った。

 

「キリト、五メートル!」

 

 それはつまり、今まで三メートルだった電撃の範囲が五メートルになったという事である。

 

「マジか、結構増えたな」

「さすがに一撃ごとにそれはきつい、キリト達はとりあえずこっちに!

ユージーン、残りの近接陣を率いてヘカトンケイルを削ってくれ!」

「分かった、配置転換だな」

「そういう事だな、姉さん、そっちはギガンテスを頼む!」

「分かったわ、任せて」

 

 こうして素早く配置転換が行われ、集まってきたキリト達にハチマンが相談を持ちかけた。

 

「さてハチマン、俺達はどうするんだ?」

「それなんだがな、今ちょっと迷ってるんだよ、ガイアの削りについてな」

「ガイアの?ああ、そういう事か………」

「ああ、確かにそれはね」

 

 ハチマンの悩ましげな顔に、キリトとアスナが同意するように頷いた。

 

「ねぇリーダー、どういう事?」

 

 フカ次郎が代表して、そんな三人に問いかけてくる。

 

「いや、こういう場合な、敵を倒す順番も重要だが、

どれをどのくらい削っておくかも重要なんだよ」

「………というと?」

「例えばこのままガイアを一切削らずにヘカトンケイルとギガンテスを倒すとするだろ?」

「ふむふむ」

「そうすると、その瞬間にガイアの攻撃が激しくなって、

そのやばい状態のままガイアを削りきらないといけなくなる事があるんだよな」

「ふむぅ………」

「で、逆にガイアを発狂モード寸前まで削ってから二体を倒すとするだろ?」

「うん」

「その場合、残りHPの少なさで敵が思いっきり強化されたり、

残りHPと反比例して大ダメージを全体に放ってくるとか、そういった場合もある訳だ」

「あ、ああ~!そういう事かぁ」

 

 フカ次郎はその説明に納得した。

ボスクラスの多くの敵を、SAOで初見で葬ってきた三人が言うのだ、

おそらくそういった何か困るような事は、確実に起きるのだろう。

 

「問題はどっちが被害が少なそうか、だよな」

「どうする?」

「出来るだけガイアを削っておけば、

まあどうなっても最後は力押しでいけるんじゃないか?」

「HP全開よりも、そっちの方がリスクが少ないか………」

「多分ね。まあもし全滅しても、もう一回やり直せばいいよ。

何せこの戦闘は、他の人達は入れないんだからさ」

「言われてみれば確かにそうか、ならそれでいくか」

「もしくはギガンテスを倒してみて、それで決めるとか?」

「なるほど、それでガイアが強化されるのを見るのも手だな」

「うん!」

「よし、それでいこう」

 

 例え僅かな可能性でもそれを潰しながら、こうしてヴァルハラは着々と攻略を進めていく。



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第1149話 打倒、ギガンテス!

「お~いユイユイ、大丈夫か?」

「だ、大丈夫、まだ行けるよ!」

 

 ギガンテスの削りにおいて、一番苦労していたのはもちろんユイユイである。

何せ攻撃が全部電撃を伴ってくるのだ、それは避けてもこちらに届く為、

ユキノが癒してくれるとはいえ、一瞬でも体が動かなくなってしまうのは、

ユイユイの精神的にかなり負担になってしまう。

 

「これは早く削りきる必要があるな」

「そうね、さすがにユキノの負担も馬鹿に出来ないわ」

「ピュアもフォローしてくれてるけど、限界があるよな」

「もし敵の手数が爆発的に増えてしまったら、多分もたないわね」

「だな、よし姉さん、削りの速度を早めてくれ!」

「は~い、それじゃあみんな、手加減せずに一気に削るわよ!」

 

 ユイユイに二十メートルくらい敵を離してもらい、

遠隔攻撃陣による削りがここから激しさを増した。

他パーティに所属していたフェイリスも一時的にこちらに合流し、

ギガンテスに攻撃を加えていく。

 

「おらおらおらおらおらおらおら!」

「レヴィ、気合い入ってるね」

「ああ、仕事が忙しくて最近はほとんど来れてなかったしな。

まったく兄貴ばっかりずるいぜ」

「そう言うなって、お前が信頼されてるって事だろ?」

「まあそうなんだけど………なっ!」

 

 レヴィは何本目かのMP回復薬を飲みながら、容赦なく攻撃を加えていく。

こういった場合、高位の職人を抱えているヴァルハラは、

薬品類を湯水の如く使えるのが他のギルドに比べてかなり有利な点である。

もっともそれは、普段からそういった薬品類のストックを増やしている、

メンバー達の地道な努力もまた大きい。

ちなみにソレイユは、ハチマンから削りを頼まれてから、ここまでずっと詠唱を続けている。

 

「………これはやばいわね」

「ソレイユさんの魔法?」

「うん、呪文をループさせて、とことん威力を増やしてるみたい」

 

 その言葉に不安になったのだろう、レンが仲間達に問いかけた。

 

「ユイユイさん、大丈夫かな?巻き込まれない?」

「大丈夫、初級魔法を使うつもりみたいだから、範囲は限定的だし」

「みたいですね、どれくらいの威力になるんですかね?」

 

 ユミーとイロハのその言葉に、仲間達は目を見開いた。

 

「えっ、初級魔法?これで?」

「うん、まああーしらには絶対に真似出来ない芸当だわ」

「まあ私達は、このまま全力で敵を削ってればいいと思う」

 

 その時横からサトライザーがそう言ってきた。

 

「で、ソレイユさんが魔法を放ったその時が、

敵のHPを削りきれるタイミングって事になるんじゃないかな」

「なるほど………」

「確かにそれくらい、余裕で計算していそうですね」

「凄いなぁ、尊敬しちゃうなぁ」

 

 そこからギガンテスのHPは残り六割を切り、四割を切った瞬間に、

ソレイユの呪文の詠唱のパターンが変わった。

それで一同は、そろそろ魔法が発射される事を確信した。

 

「ユイユイ、そろそろ行くよ!」

 

 ユミーがそう声を上げ、ユイユイから即座に返事があった。

 

「オッケー!その時に合わせて防御アビを全開にするね!効果時間は三十秒!」

 

 それに合わせてソレイユの右手が上がり、前に振りおろされた。

それを、即座に発動していいという合図だと受け取ったユミーは、

すぐにユイユイに声をかけた。

 

「ユイユイ、もうやってよし!」

「了解!イージス展開!」

 

 そこからユイユイはアビを重ねていき、その直後に遂にソレイユが魔法を放った。

 

「………ファイアバード!」

 

 それは基本中の基本の、炎の鳥を敵に向けて飛ばす魔法であったが、

通常真っ赤であるはずのその鳥は、今や真っ青な状態であった。

 

「ユイユイちゃん、ちょっと後ろに飛んで!」

 

 その時ソレイユがユイユイに向け、そう叫んだ。

 

「えっ、やばっ!」

 

 ユイユイがそう言ったのは、アイゼンを倒立させてしまっていたからだ。

 

「え~い!」

 

 ユイユイはそのまま強引に後方に飛ぼうと試み、

アイゼンの抵抗を受けながらも何とか背中から倒れこむ事には成功した。

その状態のユイユイでも、若干熱を感じるほどの高熱がその場を通り過ぎ、

その直後にギガンテスの腹部にファイアバードが炸裂し、そこに大穴が開く。

それでギガンテスのHPは、一気に全て削られる事となった。

 

 

 

「うおおおおおお!」

「マジか、今の、初級魔法だろ?」

「あれであそこまで威力を出すとか、どれだけ呪文をループさせたんだよ………」

「しかも詠唱を間違えずにだろ?さっすが絶対暴君のソレイユだな………」

 

 観戦者達の興奮は、恐ろしく高まっていた。

これだけとんでもない物を見せられたのだ、それも当然だろう。

 

「優里奈ちゃん、今のは?」

「ご、ごめんなさい、私、ALOの魔法システムには詳しくなくて………」

 

 一方八幡の部屋では、優里奈がフランシュシュの質問責めにあい、困り果てていた。

 

「でもとにかく凄いんです、あんなに長く詠唱してたんですから!」

「た、確かに………」

「全部覚えてたって事だよね?」

「た、多分!」

「うわ、マジか、頭がいい人って尊敬しかないわ………」

 

 こんな感じで、ソレイユに対する評価が別のベクトルで急上昇していたのだった。

 

 

 

 現地に話を戻そう。ソレイユの放った魔法の威力を見たユミーとイロハ、フェイリスは、

信じられないような今の魔法を目にし、驚愕していた。

 

「うわ、凄っ!」

「あそこから全部削れますか………」

「ってかまずい、ギガンテスが倒れるニャ!」

 

 見るとギガンテスが、消滅し切らない状態でユイユイの方に倒れこんでくる。

 

「わっ、わっ!」

 

 ユイユイはその場を離脱しようとしたが、アイゼンが引っかかって邪魔をしていた。

 

「ま、まあ大丈夫なはず!」

 

 ユイユイはそう言って目を瞑ったが、その体が何者かによって強引に引っ張られた。

ユイユイはそのまま引きずられ、その人物に抱かれた状態で、

共に地面に投げ出される事となったのだった。

 

「きゃっ!」

「おお、悪いな、でもセーフだったから勘弁してくれ」

 

 その声で、ユイユイは自分を助けてくれたのが誰なのか理解した。

そう、ここまで戦闘に参加していなかったハチマンである。

 

「あ、ありがと、ヒッキー」

 

 ユイユイは顔を赤くしながらハチマンにお礼を言い、

ハチマンはどうという事はないという風に立ち上がった。

 

「ユイユイにはすぐに働いてもらわないといけないからな」

 

 ハチマンはそう言ってユイユイに手を伸ばす。

 

「あは、そうだね」

 

 ユイユイははにかみながらその手を握り、立ち上がった。

 

「で、次はどうすればいい?」

「おう、ホーリーと一緒にガイアを挟んでくれ。あのムチみたいな攻撃が結構厄介でな」

「オッケー、任せて!」

 

 ユイユイは元気良くそう答えると、

まるでスキップするかのように、ガイアへと向かっていった。

 

「………元気だな、あいつ」

「まあ恋する乙女は強いって事だし」

「そ、そうか」

 

 ユミーにからかうようにそう言われ、

ハチマンはぶっきらぼうにそう返事をする事しか出来なかった。

 

「それじゃああーし達は後方で休んどくわ」

「ああ、出番が来るまでMPを回復させといてくれ」

「ついでにソレイユさんも運んであげて下さい、先輩」

「そうだな、姉さんもかなり疲れてるよな」

 

 事実ソレイユは、力を使い果たしたかのようにその場にへたりこんでいた。

大魔法で大きな威力を出すよりも、

初級魔法で大きな威力を出す事の方が、苦労が大きいのだろう。

 

「姉さん、俺に負ぶさってくれ」

「あ、ありがと」

 

 そのままソレイユはハチマンの背中に負ぶさり、端の方へと移動させてもらった。

ハチマンにセクハラをかます気配すら無かったのが、どれほど疲労したかの現れであろう。

こうして問題なくギガンテスを倒す事に成功したハチマン達は、

続けてヘカトンケイルとガイアを平行して削る作業に入ったのだった。

 

「パパ、ちょっといいですか?」

 

 ハチマンが定位置に戻って次の指示を出そうとした時、ユイがそう声をかけてきた。

 

「ん、ユイ、何かあったのか?」

「はい、ギガンテスが倒れた瞬間に、

ガイアの持つエネルギー量が増大しました、おおよそ倍ですね」

 

 ハチマンは目をパチクリさせた後、中継カメラを気にしつつ、小声でユイにこう尋ねた。

 

「………そういうの、分かるのか?」

「はい、ちょっとチートぎみですが、分かっちゃうみたいです」

 

 その言葉からハチマンは、ユイから若干の罪悪感を感じた。

 

「むぅ、これはさすがに他の奴にはバレないようにしないとだな」

 

 それを踏まえ、ハチマンはユイに罪悪感を持たせないように配慮する為、

ウィンクしながらユイにそう言った。

 

「あは、ですね」

 

 それでユイも何ら負担を覚える事なくハチマンにそう答える事が出来、

二人は簡単に相談した上で、クリシュナを呼び寄せた。

 

「相棒、ちょっといいか?」

「何?ハチマン、何かあったの?」

「実はな………」

 

 ユイから聞いた話をクリシュナに説明すると、クリシュナは難しい顔をした。

 

「………それって何に関係するエネルギーなのかしらね」

「そう言われると確かにそうだな、もしかして敵の攻撃力が上がったとかか?」

「それならホーリーさんがこちらに報告してくれていると思うわ」

「だよな」

 

 だがホーリーからは何の報告もない。それは要するに、

先ほどまでと敵の攻撃に何の変化も無いという事だろう。

 

「って事は、やっぱりでかい範囲攻撃が来るか?」

「その可能性は否定出来ないわ。でもさすがに全滅するような事は無いはずよ、

それじゃあゲームバランスが悪すぎるわ」

「そしたら全員のHPを一気に一にするとかか?」

「それ、ありそう」

「むぅ………何があっても対応出来るようにしておくか」

「ええ、それがいいと思うわ」

 

 こうして戦闘は、未確定の要素を孕んだまま、次の局面へと移行する事となった。



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第1150話 ガイア、発狂モード

「レコン、コマチ、ちょっといいか?」

 

 ハチマンが最初に行ったのは、シルフ軍に加わっている、レコンとコマチを呼ぶ事だった。

 

「はい、ハチマンさん」

「お兄ちゃん、どうしたの?」

 

 呼ばれてこちらに来た二人に、

ハチマンは先ほどクリシュナとユイと話し合った事を説明した。

 

「………なるほど、その可能性はありますね」

「どうすればいい?」

「とりあえず対策としては、ガイアのその攻撃………、

まあ発狂モードの時の可能性が一番高いと思うんだが、

その時に出来るだけ味方を遠くまで離しつつ、

ヒーラー全員に、継続回復もしくはでかい範囲回復魔法を使って貰う。

同時に各自でポーションを使ってもらって、後は誰かに耐えてもらってる間に、

頑張って体勢を立て直す、くらいかな」

「確かにそれくらいしか無いかもですね」

「もしかして、ランダムに複数を死亡させられちゃったらどうする?」

「基本は同じだな、とにかく建て直しが最優先だ」

「分かった、それじゃあそんな感じでみんなに伝達しておくね」

「悪い、頼むわ」

 

 さすが、二人はベテランなだけあって話が早く、

ハチマンの意図を正確に仲間に伝えてくれるだろう。

それが行き渡った時点でハチマンは、

ガイアとヘカトンケイルのHPを同時に削りにいく作戦に出た。

 

「キリト、とりあえずガイアのHPを半分まで削る。

その間にヘカトンケイルを一発で削りきれる状態にして、

そこからガイアを発狂モード直前まで持っていってからヘカトンケイルを倒すぞ」

「オーケー、それじゃあ人員を二手に分けるよ」

 

 HPが二割ごとにどう攻撃が変化するかを見極めつつ、

ガイアとヘカトンケイルのHPは順調に削れていった。

ヘカトンケイルは攻撃の威力が上がった他に特に変化はなく、

敵の手数が増えなかった為、近接陣によって順調に削りを行えている。

対してガイアは八割、六割になった時点で手数がとんでもなく増えた為、

しっかりタンクで挟んだ上で、とにかくスイッチによる一撃離脱戦法が行われる事となった。

さすがはイベントの最終ボスなだけあって、その攻撃の激しさはかなりえげつない。

だが一度に前に出る者が減ったせいもあり、

ヒーラーがダメージをくらった者も即座に癒していった為、

ここまでは特に死者を出す事もなく、戦闘は順調に推移していった。

 

「残り時間は一時間、まあ問題ないか」

「そうね、まあ順調だと思うわ」

 

 ずっと回復を行ってきた為、少し休憩する事にしたのだろう、

アスナと交代で休憩していたユキノがハチマンにそう返事をしてきた。

アスナは前衛でいる時は特にMPを使う事もない為、

そのMPは有り余っており、ヒーラーの交代要員としては最適なのであった。

 

「ハチマン、順調みたいだね」

 

 そこにやってきたのはここまで何もしてこなかった、フレイヤである。

 

「フレイヤ様、暇なんですか?」

 

 ハチマンは笑いながらフレイヤにそう言い、フレイヤは気を悪くするでもなく、

ハチマンに微笑み返した。

 

「そうなのよ、ハチマン達が強いから、楽が出来るわ」

「それはお役に立てて良かったです」

「まあ何かあったら私も戦うから、大船に乗ったつもりでいてね」

「はい、その時はお願いします」

 

 そんな社交辞令のようなやり取りを交わした後、フレイヤは元の場所に戻っていった。

 

「………おいユキノ、今の、どう思う?」

「私達が強いから楽が出来るわって、微妙な言い方ではないかしら」

「だよな、おいクリシュナ、ちょっといいか?」

 

 そこでハチマンはクリシュナを呼び、三人は今のフレイヤの言葉について、検討を始めた。

 

「………って訳なんだが」

「確かに引っかかるわね、それに私も見てたけど、

フレイヤ様が動いたのって、ガイアのHPが丁度半分になった瞬間だったわよ」

「え、マジでか?さすがはタイムキーパー………」

「時間は関係ないけどね、でも確かにそのタイミングだったわ」

「何か警告してくれてるのかな?」

「かもしれないわね、この後、私達がピンチになるような事が起こるのかしら」

「まあ俺達には、警戒する事しか出来ないけどな」

「まあそうよね………」

「とにかくこのまま戦闘を進めてみましょう」

「だな………」

 

(まったく嫌なフラグを立ててくれたな、あの女神様)

 

 ハチマンはそう思いながら、ヘカトンケイルに目をやった。

そのHPは残り三割ほどであり、複数のソードスキルを重ねれば、

一気に削りきれるであろうくらいには削りが進んでいた。

 

「………よし、そろそろか。とりあえずヘカトンケイルの削りはここまでだ、

後はガイアのHPを残り三割くらいまで削りにかかってくれ」

 

 その言葉に従い、今度はガイアの削りが開始された。

そして順調にそのHPが残り三割になった頃、ハチマンはヘカトンケイルを倒す事にした。

 

「よしキリト、メンバーを選抜して、ヘカトンケイルを一気に削っちまってくれ」

「了解、それじゃあユウキ、ユージーン、それにアスナとラン、こっちに来てくれ」

 

 キリトの選抜は妥当だろう。この後何が起こっても対応出来るように、

出来るだけ多くの仲間を敵から離そうとしたのである。

後衛を選ばなかったのは、ユミー、イロハ、フェイリスも、

決して得意ではないが、一応回復魔法や蘇生魔法を使えるからだ。

そして五人はヘカトンケイルに歩み寄り、

それぞれの最大威力のソードスキルを一気に叩きこんだ。

 

「花鳥風月!」

「スターリィ・ティアー!」

「ヴォルカニック・ブレイザー!」

「マザーズ・ロザリオ!」

「ブレイクダウン・タイフォーン!」

 

 ちなみにキリトのブレイクダウン・タイフォーンは、

実は四連のオリジナル・ソードスキルとして登録に成功していた。

左袈裟、右袈裟、そして横薙ぎと続いた後、力を溜め、突進と共に放たれるその技は、

一撃一撃の重さが凄まじく、トータルのダメージではスターリィ・ティアーをも超えてくる。

ただスターリィ・ティアーと比べると、攻撃速度と連射性には劣る。

 

 

 

「おおおおお!」

「一気に決めやがった!」

「これで二体目も討伐完了か」

「でも何か慎重すぎないか?」

「初見の時はそれくらいでいいんだよ!」

 

 これには観客達も大喜びであった。

 

「凄~い!」

「派手な攻撃だねぇ」

「愛ちゃんにはああいうのはまだ無理?」

「ですね、あそこにいるのって、ALOでベストテンに入るような人達ですから」

 

 優里奈のその言葉に、フランシュシュの一同は、まあそうだねと納得した。

 

「で、後はあのオバサンを倒せば終わり?」

「ですね、でも残りHPが一割になると、発狂モードになりますから、

そこでどんな攻撃が来るかって感じですね」

「発狂………何か怖そう」

「愛、純子、ファイト~!」

 

 

 

 そしてその五人の攻撃で、ヘカトンケイルのHPは呆気なく削り取られた。

同時にユキノから五人に継続回復の魔法が飛んだが、

ガイアの攻撃には特に変化が無く、ハチマンは拍子抜けしつつも五人を一旦下げ、

残りの者達でガイアの削りを再開させたのだった。

 

「パパ、やっぱりガイアの持つエネルギー量が増加しました」

「だよな………これは発狂モードの時に最大限警戒しないとか」

「ですね」

 

 ハチマンは一応仲間を下げ、ホーリーだけをその場に残し、

残りの者達には完全に回復してもらった上で、

その位置からシノンにだけ攻撃させるという慎重策をとった。

 

「悪い、頼むわシノン」

「ふふん、やっと私の力を認める気になったのね」

「いや、それは前から認めてるけど」

「なっ………ちょっと、何その不意打ち」

「いや、そもそも俺がいつお前を認めなかったよ」

「ふ、ふふん、まあ分かればいいのよ分かれば」

「へいへい、まあ頼むわ」

「任せなさい」

 

 ハチマンとそんな言葉を交わしてから、シノンの攻撃の威力が明らかに上がった。

 

「恋する乙女の………」

 

 ハチマンの耳元で、再びユミーがそう囁いたが、ハチマンは完全にスルーである。

それからもシノン単独での攻撃は続き、

ガイアのHPは残り二割を切り、まもなく一割に達しようとしていた。

 

「そろそろか………みんな、警戒してくれ」

 

 ハチマンはそう言いながらフレイヤとロキの方を見たが、

二人が動く気配はまだ感じられない。

 

(思い過ごしならいいんだけど………な)

 

 そして遂に運命の時が来た。ガイアのHPが残り一割になったのだ。

今は全員に継続回復魔法がかけられ、防御魔法も重ねがけされている。

その瞬間にガイアの目が妖しく光を放った。

 

『ええい、鬱陶しい妖精どもが!神罰をくらうがいいわ!』

 

 それと同時にガイアの体から真っ赤な光が飛び出し、上空へ達したその瞬間に、

その光がいくつもに分裂し、ハチマン達へと降り注いだ。

 

「くそ、やっぱり範囲攻撃か!」

 

 その攻撃に全員は身構えたが、最初にその光が着弾したキリトが、

まさかのまさか、そのまま倒れていく。

 

「何………だと………」

 

 見るとキリトのHPは既にゼロになっており、

キリトはそのままリメインライトへと変化した。

 

「強制死亡とかやり方が汚ねえ………」

 

 そのまま仲間達は次々と死亡していき、遂にハチマン目掛けてその光が迫ってきた。

 

「くそっ、さすがにこれはあんまりだろ………」

 

 ハチマンは、成す術無しという風に、その光に目を瞑った。

 

 

 

 観客達は、その光景に呆然としていた。

 

「お、おい………」

「何だよあれ、ありえないだろ………」

 

 今彼らの目の前で、彼らにとっては英雄とも呼べるプレイヤー達が、

成す術もなくバタバタと倒れていっていたのである。

 

「リメインライトがあんなに………」

「くそっ、やりすぎだろ、バ開発!」

「頼む、何とかしてくれ、ザ・ルーラー!」

 

 そんな彼らの願いも空しく、ハチマンの頭上にも、その赤い光が迫っていった。

 

「くそっ、くそっ!」

「神様もいるんだろ、何とかしてくれよ!」

 

 その言葉はロキとフレイヤに向けて放たれたものだったが、

画面を見ている限り、彼らが動く気配はまったく無い。

そして遂にハチマンに、その赤い光が着弾した。

 

「うおおおおおおお!」

「ふざけんな!ふざけんな!」

「きゃああああ!」

「ルーラー様!」

「ハチマン様!」

 

 それを目の当たりにした観客達が絶叫した瞬間、モニターは光に包まれた。



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第1151話 ここから立て直す

(くそっ、くそっ、こんな死に方あんまりだろ、こんなのどうすればいいってんだよ)

 

 ハチマンは心の中で激しく毒づいていた。

それは同時に、もしかしたら何か見落としがあったかもしれないという、

自分自身に対する怒りも含まれていた。

 

(思い出せ、他に何があった?俺は何に気付けなかった?)

 

 ハチマンは自問自答したが当然答えは出ない。

 

(………仕方ない、もう一度やり直しか)

 

 次はガイアを削るのを最優先にして、ギガンテスとヘカトンケイルを生かしておこう。

ハチマンはそんな事を考えながら目を開けた。

視界は全て真っ白であり、ハチマンは、ALOで死ぬとこんな感じになるのか、

などと考えていたが、そんなハチマンの耳に、どこかで聞いたような声が飛び込んできた。

 

『ハチマン、ここは我が何とかする、頑張って立て直すのだ!』

 

 その言葉をハチマンは、夢か何かだと思ってしまい、咄嗟に反応出来なかった。

次の瞬間、何かがハチマンの頬を張り、ハチマンは覚醒した。

 

「これは………もふもふ?」

『当然だ、我の尻尾はもふもふだからな!』

「お、お前………」

 

 そこにあったのは、銀色に光る毛皮を持つ巨大な獣の背中と尻尾、

そう、フェンリルがハチマンを、体を張って守っていたのであった。

そしてハチマンの頬を張ったのは、フェンリルのもふもふした尻尾である。

 

「フェンリルか!お前、実体化出来たんだな、悪い、助かった!」

『エネルギーの消費が激しいから長くはもたんが、まあお主が無事で良かった。

で、ここから建て直しは出来そうか?』

「むぅ………俺も蘇生魔法は使えるが、

俺一人でガイアの攻撃を避けながら詠唱するのは厳しいな」

『ふむ、そうか………もう一人生き残っているが、それでもきついか?』

「もう一人?」

『我の加護を与えた者が、もう一人いたであろ?』

「っ………そうか、フカ!」

 

 ハチマンのその声に、果たして遠くから返事があった。

 

「リ、リーダー!リーダーが愛してやまないフカちゃんはここですよ!」

 

 フェンリルが横にどくと、遠くでフカ次郎が、ガイア相手に逃げ回っているのが見えた。

 

「俺が愛してやまないフカ次郎ちゃんなんて奴はこの世に存在しない、お前は誰だ」

「こんな時にボケなくていいですから!ごめんなさい冗談ですから!」

 

 フカ次郎はかなり必死に逃げ回っていたが、発狂モードのガイア相手に、

ハチマンが蘇生魔法を詠唱する時間はさすがに稼げないように思えた。

 

『ハチマン、我の力ではこれくらいが限界だ、すまんがそろそろ引っ込むぞ』

「そうか、フェンリル、本当に助かった!今度ブラッシングしてやるからな!」

『拠点ならずっと実体化出来るからその時にな!楽しみにしているぞ!』

 

 そう言ってフェンリルは姿を消した。おそらく王冠に戻ったのだろう。

見ると確かに王冠の目の部分が弱々しく光るのみとなっている。

 

「さて、これからどうするか………」

 

 ハチマンは悩んだが、そこに救いの女神が現れた。

 

『ハチマン、ここは私に任せて!三人までなら一気に蘇生が可能よ!』

 

 そう言ってハチマンの前に飛んできたのはフレイヤであった。

おそらく先ほどのフレイヤの、ピンチになったら助けると言うのは、

この時の為の言葉だったのだろう。

 

「マジですか、ありがとうございます、フレイヤ様!」

『ふふっ、自分の男の頼みを聞くのは当然の事よ』

 

 ハチマンはその言葉に色々突っ込みたかったが、今はそれどころではない。

 

「フレイヤ様、誰を蘇生させるか選んでもいいですか?」

『もちろんよ、ちなみに全滅してたらランダム蘇生になって、

そのメンバーによっては立て直せなかったかもしれないわね、うふふ』

「そ、そうですか」

 

(でもまあフェンリルが、最低一人は守ってくれてたと思うんだよな)

 

 ハチマンはそう考えたが、それを検証している暇はない。

 

『ちなみに蘇生を完了させるには十分かかるわ、それまで死ぬ気で生き残りなさい』

「分かりました、頑張ります」

『では誰を蘇生させましょうか?』

「アスナ、ユキノ、ホーリーの三人を」

 

 ハチマンは即答し、フレイヤは即座に動き始めた。

 

『分かったわ、ロキ、力を貸して頂戴』

『あいよ、悪いがハチマン君、俺も蘇生を手伝うから手助けは出来ない、頑張るんだよ』

「はい!」

 

 そしてハチマンは、フカ次郎に向けて叫んだ。

 

「フカ、俺も手伝うから、とにかく十分生き残るぞ!」

「十分了解!死ぬ気で逃げ回るよ!」

「今そっちに行く!」

 

 こうしてハチマンとフカ次郎は、

狂ったように攻撃してくるガイア相手を二人で相手どる事になった。

 

「見た感じ、二人で遠くから交互にガイアを挑発すれば、お手玉出来るか?」

「リーダー、ナイス考え!それいってみよう!」

 

 二人はとりあえず、一番簡単な方法を試してみる事にした。

 

「や~いガイアばばあ、ここまでおいで!」

 

 とりあえずフカ次郎を追いかけるガイアを、ハチマンがまるで子供のように挑発してみた。

途端にガイアがハチマンに向けて突進してくる。

 

『誰がばばあじゃ!妾はまだ一万歳じゃ!』

「年齢の設定あるのかよ!ってか一万を、まだとか言うな!」

 

 ハチマンはそう突っ込みつつ、内心ではしめしめと思っていた。

 

(煽り耐性低っく!)

 

 だが世の中はそう甘くはない。

 

『ふむ、このまま交互に妾を挑発して、生き残るつもりかえ?じゃがそうはいかん』

「いや、そんな事全然考えてませんでした、単にあなたの事が嫌いなだけです、くそばばあ」

 

(くっそ、気付くの早えよ!)

 

 ハチマンは焦ってそう言ったが、ガイアもさすが神だけあって、

冷静にその言葉を否定した。

 

『ふふん、好きな子はいじめたくなるっていう真理じゃろ?分かっておるわ』

「何でそんなに人間臭いんだよ、この腐れAIが!」

 

 ハチマンは思わずガイアのAIに向けて文句を言ったが、

ガイアのAIはよほど優秀?なのか、その言葉にも耳を貸さなかった。

 

『来たれ、我が眷属よ!』

「げっ、リーダー、今のって………」

「何かを呼び出しやがったか?」

 

 そのガイアの言葉に応じ、部屋の真ん中に何かが姿を現した。

それは小柄な犬のような姿をしていたが、ハチマンはそれに心当たりがあった。

 

「あれはまさか、前にアスタルトが連れてた子犬………、

ああくそっ、まさかとは思ったが、あいつがケルベロスの置き土産だったのか!」

 

 ハチマンも一応疑いは持っていたのだろうが、後で一応確認した結果、

確かにアスタルトがテイムしていたとアスモゼウスから聞いていた為、

別件だろうと判断していたのである。

 

「どうする………どうする………」

 

 ここまでの経過時間はおそらく二分ほど、残りは八分である。

 

「ケルベロスだけなら多分俺一人で何とかなる、でもガイアのあの攻撃はな、

ある程度は凌げるだろうが、さすがにヒーラー無しだと二対一でも厳しい、

フカ一人でケルベロスの相手を出来るか………?くそ、何か使えるアイテムは無かったか?」

 

 ハチマンは一瞬でそう考えながら、ガイアから走って逃げつつ、

ケルベロスが実体化している僅かな時間にストレージを開いた。

 

「何か、何か………お?」

 

 そこで見つけたとあるアイテムを見た後、ハチマンは部屋の天井を見上げた。

さすがはボス部屋なだけはあり、その天井はかなり高く設定されている。

 

「………よし!フカ、こっちに来い!」

「分かりました!」

 

 ハチマンはそう叫ぶと、フカ次郎目掛けて走っていった。

 

「リーダー!」

 

 フカ次郎はハチマンを呼びながら、必死にこちらに走ってくる。

 

「これを受け取れ!そしてガイアを挑発しろ!」

「は、はい!」

 

 フカ次郎はハチマンが投げてきたそのアイテムを受け取ってじっと眺めた。

そしてそれが何なのか分かった瞬間、フカ次郎の顔が明るく輝いた。

 

「さすがはリーダー、天才ぎて惚れ直しちゃいますぅ!」

「そういうのはいいから、ケルベロスが実体化する前に早くガイアを!」

「分かった、待ってて!」

 

 そしてフカ次郎はアイテムをストレージに収納すると、

一瞬でそのアイテムを身に付けた。

 

「お?思ったよりも冷静だな、確かにそっちの方が早い」

 

 フカ次郎がそのアイテムを、直接()()()()しない所にハチマンは感心した。

 

「リーダー、準備オッケー!」

「よし、ガイアは任せた!」

 

 その言葉を受け、フカ次郎はガイアを挑発した。

 

「この腐ればばあ、リーダーはお前みたいな年増は相手にしないんだよ!

一万歳とかもう腐りかけてるじゃねえか、

私の方がお前よりもよっぽどピチピチでおっぱいも柔らかい、いい女だぜ!」

 

(何だそれは………)

 

 ハチマンが頭を抱えそうになるほど、それはひどい挑発であったが、

その瞬間にガイアはフカ次郎の方に向きを変えた。

 

『何じゃと、平凡な容姿の癖に小娘が、身の程を知れ!』

「へ、平凡だと!?私が気にしてる事をおおおおおおお!」

 

 フカ次郎はその言葉に明らかにショックを受けていた。

だがそんなフカ次郎を、ハチマンは即座にフォローした。

 

「気にするなフカ、お前は十分かわいいから!」

 

 その言葉にフカ次郎は目を見開き、ガッツポーズをした。

 

「リーダー、愛してます!」

「いいから早く逃げろ!」

「あっ、そうでした、てへっ!」

 

 そのままフカ次郎は逃げ始めた………壁に向かって。

 

『行き止まりに逃げるとは愚か者め!』

「さて、それはどうかなぁ?」

 

 そしてフカ次郎は、そのまま壁を走り始めた。

そう、ハチマンがフカ次郎に渡したのは、ウォールブーツだったのである。

 

『なっ、何じゃそれは!?』

「へへん、ヴァルハラをなめるなっつの!」

 

 そのままフカ次郎はどんどん上へとのぼっていき、

ガイアはそちらに触手を伸ばしたが、とてもフカ次郎までは届かなかった。

 

『くそっ、何じゃそれは!』

「ふふん、これでもくらえ!」

 

 フカ次郎は一応魔法銃を予備として所持しており、

上空から一方的にガイアに攻撃し始めた。

 

『おのれ、おのれ!』

 

 それによってガイアは防戦一方となった。

触手によって防いでいる為にダメージこそ入っていないが、

とにかく絶え間なく攻撃してくる為、そちらに気を取られてハチマンの方に目が行かない。

 

「よし、これでもうガイアは大丈夫だな………」

 

 ハチマンはそう思いながら、いきなり体勢を低くした。

その頭の上を獣の顎が通過し、頭上で閉じられる。

 

『フン、避けおったか』

「久しぶりだなケルベロス、お前、ペットにされたって聞いてたんだがな」

『確かにテイムはされたが、それは巨人側のプレイヤーにだからな!

我が主人はここには入れないはずだし、何の憂いも無いわ!』

 

(………おお?)

 

 その言葉にハチマンはニヤリとした。これはもしかするともしかして、

ケルベロスにとっては想定外の事態になっているかもしれないと思ったのだ。

 

「まあとりあえず、一対一でやり合うとしようぜ」

『フェンリルは今は動けんのだろ?助けてもらう事は出来んぞ!

以前の恨み、ここで晴らしてやる!』

「はっ、やれるもんならやってみやがれ!」

 

 こうしてハチマンとケルベロスは、再び対峙する事となった。



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第1152話 ケルベロスとご主人様

「うおおおおおおお!」

「ふざけんな!ふざけんな!」

「きゃああああ!」

「ルーラー様!」

「ハチマン様!」

 

 ハチマンに赤い光が迫るのを、観客達は悲鳴を上げながら眺めていた。

 

「ハチマンさん!」

「うわぁ、やばいやばい!」

「まずい、まずいって!」

 

 同じく優里奈達も、この光景に悲鳴を上げていた。

だが直後に画面が白く光り、ハチマンが額に装備していた鉢金から、

何かが飛び出してくるのを優里奈は確かに見た。

 

「………えっ?」

「………犬?」

「大きなわんこだ!」

「これって味方どすえ?」

「これでハチマンさんが助かるかも!」

「いけ~、いけ~!」

 

 ハチマンはまだ気付いていなかったが、観客達もその光景を目の当たりにし、

それが以前散々自分達を襲っていた、フェンリルである事に気が付いた。

 

「お、おい、あれ………」

「フェンリルだよな?」

「おおおおお、まさかのフェンリル登場!?」

「前は嫌いだったけど、今は好きだ!」

「神降臨!」

 

 それから画面には映っていなかったが、

ハチマン以外にフカ次郎も生き残っていた事が確認され、観客達は別の意味で驚いた。

 

「えっ、あれ………フカ次郎?」

「おいおいおい、剣王や絶対暴君まで死んでるのに、何であいつが生きてるんだ?」

「よく分からないが、凄えなあいつ!」

 

 その時フカ次郎の、こんな言葉が画面から聞こえてきた。

 

『リ、リーダー!リーダーが愛してやまないフカちゃんはここですよ!』

『俺が愛してやまないフカ次郎ちゃんなんて奴はこの世に存在しない、お前は誰だ』

『こんな時にボケなくていいですから!ごめんなさい冗談ですから!』

 

「お、おい………」

「大物だなあいつ………」

「生き残った事といい、本当に凄えな………」

 

 こうして本人の知らない間に、フカ次郎の株が上がる事となった。

 

「でもここからどうするんだ?」

「まあ、ザ・ルーラーなら何とかするだろ」

「俺は全てを支配する!」

「敵は一体なんだし、お手玉すりゃ良くね?」

 

 どうやら考える事は皆同じのようである。その直後にフレイヤが画面に登場した。

 

「あっ、見ろ!」

「フレイヤ様だ、フレイヤ様来た!これで勝つる!」

「三人まで蘇生?なるほど、こういうイベントかよ」

「でも十分は厳しいよな」

「いやいや、さっきも言ったけどお手玉で………」

 

 観客達はこんな感じで盛り上がっていたが、八幡の部屋は別の意味で盛り上がっていた。

 

『ふふっ、自分の男の頼みを聞くのは当然の事よ』

 

 その言葉に優里奈がピクリを頬を振るわせた。

 

「年増が八幡さんを誘惑しようだなんて百万年早いです!」

「ゆ、優里奈はん、落ち着いておくれやす」

「そうだよそうだよ、相手はゲームのキャラなんだしさ?」

「そ、そうでした、すみません」

「優里奈、かわいい」

「も、萌郁さん、からかわないで下さい!」

 

 こちらでは、フレイヤのセリフに優里奈が過剰反応したのであった。

だがそんな和やかな雰囲気もそこまでだった。

 

「あっ、もしかして、助けを呼ぼうとしてる?」

「眷属って、まずいんじゃない?」

「かもしれません、フカさんの回避力って多分そこまで高くないはずですし………」

 

 だが召喚された子犬を見て、優里奈達は常識的な思考を経て安堵する事となった。

 

「あっ、かわいい!」

「何だ、あれなら平気そうじゃない?」

「ですね」

 

 その直後にフカ次郎が壁を走り出し、一同のみならず、外の観客達も驚愕する事となった。

 

「何だあれ、あんなアイテムあったのか?」

「壁を走ってやがるな………」

「やっぱりヴァルハラって凄えなおい!」

 

 それによってフカ次郎が完璧にガイアを抑え込む事に成功し、

フカ次郎の評判は更に上昇する事となった。

 

「おお~、やるなフカ次郎!」

「元シルフ四天王は伊達じゃないって事か!」

「あっ、おい見ろ、あれ!」

 

 直後に画面が切り替わり、ハチマンに巨大な獣の顎が迫っていった。

 

「いきなり何だ!?」

「あれってさっきの犬か?」

「犬じゃねえ、あれって確か………」

「「「「「ケルベロスか!?」」」」」

 

 そんな声があちこちから上がり、観客達はどよめき始めた。

 

「おいおい、ケルベロスまで復活かよ」

「もう何でもありだな」

「でもザ・ルーラーの奴、何か嬉しそうじゃね?」

「この戦いは見ものだな!」

 

 同様に八幡の部屋では、女性陣が嫌そうな顔をしていた。

 

「………わんこがかわいくなくなった」

「うん、かわいくないね………」

「むしろ汚い………」

「ハチマンさん、そんな奴、さっさとやっつけちゃって下さい!」

 

 そしてそれを見ていた七つの大罪の幹部達の感想もまた、微妙に違っていた。

 

「………おいあれ」

「なぁ、あれってタルトが飼ってたワンコだよな?」

「あっ、今確かに、テイムはされてたが、とか言ったな」

「でも巨人側だから問題ないって………」

「でもアスタルトの奴、今あそこにいるよな?」

「うわ、マジかよ、これってケルベロスにとっての死亡フラグじゃね?」

「あいつ、お笑い担当だったのか………」

 

 もちろんこの予想は実現する事となる。

 

 

 

「かかってきやがれ!」

「言われなくとも!」

 

 そして遂にハチマンとケルベロスの戦いが幕を上げた。

だが以前やり合った時と同じように、やはりケルベロスの攻撃は、ハチマンまで届かない。

というか、更に情勢は悪くなっていた。

 

『くそっ、くそっ!』

「どうやら前と、全く変わっていないみたいだな、ケルベロス」

『何故だ、何故攻撃が当たらん!』

「そりゃお前が弱いからだろ」

『ぐっ………』

「そもそも牙と爪の攻撃だけなんて防げて当然だ。おいお前、炎の攻撃はどうした?」

「そ、それは………」

 

 ケルベロスは何も言い返す事が出来ずにいた。

さすがのハチマンも、さすがにこれは弱過ぎじゃないかと疑問を抱き始める。

そして相手をよく観察した結果、ハチマンは相手の尻尾が一本しかない事に気が付いた。

 

「………あれ、お前、もしかして尻尾をまた失ったのか?」

『くっ………そこに気付きおったか、我は本体の一本の尻尾から蘇った存在だ、

だから当然尻尾は一本しかないわ!』

 

 開き直ったようにそう叫ぶケルベロスに、ハチマンは憐れみの視線を向けた。

 

「何だ、そういう事か、それならもう負けようが無いじゃねえかよ」

『そ、それはお前だからだ!他の奴が相手なら、そう簡単にやられはせんわ!』

「そうかぁ?」

 

 ケルベロスはその言葉には反応せず、踵を返してハチマンから離れ始めた。

 

「あっ、お前、一体何を………」

『フン、お前とはもうやりあわん、他に蘇生が終わった奴を、片っ端から殺してくれるわ!』

「あっ、こら!」

 

 丁度その時、フレイヤの蘇生が発動し、アスナ、ユキノ、ホーリーの三人が蘇った。

 

『ハチマン、蘇生が完了したわ!』

「ありがとうございますフレイヤ様、これで何とかなります!」

『ううん、こっちこそ遅くなってごめんね?この借りは必ず体で返すから!』

「あっ、いえ、別に貸したつもりなんてまったく無いですからそういうのは………」

 

 そのハチマンの言葉を最後まで聞かず、フレイヤは後方へと下がっていった。

さすがのケルベロスも、フレイヤに手出しをする気配はない。

 

「まあいいか、とりあえずアスナ、ホーリーと二人でガイアを抑えてくれ!」

「オッケー、任せて!」

「今度こそ仕事をやり遂げてみせるよ」

 

 二人はハチマンに頷くと、ガイアの方へと走っていった。

これでフカ次郎も近接アタッカーとして本領を発揮する事が出来るはずで、

ヒーラーとしてアスナも機能する以上、これでガイアの抑えは完璧に安心だろう。

そしてハチマンはユキノに向かって言った。

 

「それじゃあユキノ、先ず最初に………」

「アスタルト君を蘇生させるのね?」

「ああ、さすが話が早いな」

「ふふっ、見ていたもの」

 

 ユキノは直ぐに蘇生に入り、しばらくして、アスタルトを蘇生される事に成功した。

その間、ハチマンはケルベロスをバッチリマークしており、

ケルベロスは悔しそうにこちらを見ているだけであった。

 

「それじゃあユキノ、ユキノの判断で、ガイアを倒せるだけの戦力を整えてくれ。

残りの連中の蘇生はまあ後でもいいだろ」

「分かったわ、ケルベロスの事は任せたわよ」

「おう、余裕余裕」

 

 そしてハチマンは、続けてアスタルトにこう尋ねた。

 

「さてアスタルト、事情は分かってるな」

「はい、本当にまさかでしたね」

「こっちとしては、そのまさかのおかげでマジ助かったわ」

「別にハチマンさんだったら余裕だったんじゃないですか?」

「それはそうだけど、まあ、より楽が出来るってのは大事な事だろ?」

 

 そのハチマンの言葉にアスタルトはクスリと笑った。

 

「はい、そうですね」

 

 そして二人はケルベロスに向かって歩き出した。

 

「くっ、二人になったからとて、我はそう簡単には捕まらんぞ」

「さて、それはどうかな?おい、アスタルト」

「はい」

 

 そしてアスタルトが前に出ると、ケルベロスは大きく目を見開いた。

 

「ま、まさか………そんな………」

()()()………こっちにおいで」

 

 アスタルトがそう呼びかけた瞬間に、ケルベロスは弾かれるように走り出し、

アスタルトの前に座ってハッハッと嬉しそうに息を吐いた。

 

「よしよし」

「くぅ~んくぅ~ん………って、ハッ!?ご、ご主人、何故あなたがここに!?」

 

 ケルベロスはハッハッと舌を出したまま、嬉しそうな表情を崩さずにそう尋ねてきた。

 

「うわ、トルテって喋れたんだ?」

 

 それに対するアスタルトの反応は、実にのんびりしたものであった。

 

「アスタルト、そのトルテってのは?」

「あ、はい、僕の名前はタルトじゃないですか。これってフランス語読みなんですよ。

で、それをドイツ語読みにすると、トルテなんです」

 

 ハチマンはその説明に納得し、うんうんと頷いた。

 

「なるほどな、それじゃあトルテ、お手!」

「フン、貴様の言う事なぞ聞かぬわ!」

「トルテ、お手」

「わんっ!」

 

 ハチマンの言葉には従わなかったケルベロスは、

だがアスタルトの言葉には嬉しそうに従った。

それを見てハチマンは、思わずかわいいと思ってしまった。

 

「くっ………」

「へぇ、お前、結構かわいいのな」

「くっ、殺せ!」

「いやいや、他人のペットを殺したりなんかする訳ないだろ、

アスタルト、とりあえずこいつにガイア討伐の手伝いをさせようぜ」

「はい、分かりました」

「なっ………我はガイア様の眷属ぞ!そんな事、出来るはずが………」

「眷属とテイムした主人の命令、どっちが優先になるんだ?」

「そっ、それは………」

 

 ケルベロスが言い淀んだ事で、ハチマンは正解を知る事が出来た。

 

「オーケーだ、それじゃあアスタルト、一緒にガイアを攻撃しようぜ」

「はい!」

「くっ、ご、ご主人!」

「トルテ、攻撃開始!」

「わ、わんっ!」

 

 こうしてケルベロスはガイアへの攻撃を開始し、ガイアはその事実に驚愕した。

 

「ケ、ケルベロスよ、何故味方の妾を攻撃するのじゃ!」

「そ、それは………」

「それはこのおばさんが嫌いだからだよね、トルテ」

「わんっ!」

「何じゃと!この裏切り者めが!」

 

 こうしてガイアは孤立し、

ハチマン達は遂にこの戦闘にリーチをかける事が出来たのだった。



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第1153話 攻略戦、最後のミッション

 ハチマン達は、必勝の確信を持ってガイアと戦っていた。だが何か様子がおかしい。

 

「ハチマン君、ガイアのHPが全く削れてなくない?」

「だな、これはどういう事だ?」

「防御力が凄まじく上がっているのかな?」

「ハチマン君、魔法も効かないわ」

 

 そうしている間にも、時間は刻一刻と過ぎていく。

ここにいられる残り時間はあと十五分ほどとなっていた。

 

「どうする?」

「まあやりようはあるさ、無敵って事はないだろうから、

とりあえず強制的にダメージが入る状態にもってってやろう」

 

 ハチマンは自信満々でそう言うと、ホーリーの隣に立った。

 

「おや、ここで真打ち登場かい?」

「まあそういうこった」

 

 そんなハチマンに、ガイアが嘲笑を浴びせてくる。

 

『ふふん、そう簡単に妾に傷をつけられると思わぬ事じゃ。

今の妾の防御力は、並大抵ではないからのう』

「へぇ~、そりゃ凄いな」

 

 ハチマンは無表情でそう言った後、ホーリーに言った。

 

「何本かこっちに回してくれ」

「………なるほど、そういう事か」

 

 ホーリーは言われた通りに触手の攻撃を何本かスルーし、

ハチマンはその触手にカウンターをくらわせた。

 

「キリト、今だ!」

「あっ、そうか!」

 

 即座にキリトは攻撃を放ち、その攻撃はクリティカルヒットとなって、

ガイアに普通にダメージを与えた。

 

『何じゃと!?』

「いくら防御力が高かろうとも、

カウンターをくらわせた後は完全に無防備になる」

『そ、そんな方法で………』

「まあ弱体化の方法が他にあるのかもしれないが、今はそれを探してる時間が惜しい。

という訳でみんな………やっちまえ」

「「「「「「おお!」」」」」」

 

 それからはガイアにとって地獄のような時間が始まった。

いくら攻撃してもすぐに弾かれ、直後にダメージがどんどん与えられていってしまう。

残念な事に、多段のソードスキルは初段しか攻撃が入らなかったが、

単発ソードスキルを使う事で、通常よりも大きなダメージを与える事が出来、

その繰り返しによって、あれほど手こずったこの戦いは、

あっさりと終わりを迎える事になった。

 

『ま、まさか妾がこんなに簡単に………』

「まあ楽しかったわ、色々学ぶ事も多かったしな」

『き、貴様さえ、貴様さえいなければ………』

「そんな仮定に意味があるかよ、俺は常にヴァルハラと共にあり、だ」

『く、くそおおおおお!』

「それじゃあはい、さよならっと」

 

 最後にハチマンがカウンターを決め、そのままガイアの体に剣を突き入れた。

それでガイアのHPは全損し、宙にいつもの如く、

『CONGRATULATIONS』の文字が躍る事になったのだった。

 

 

 

 観客達は、あれよあれよという間にハチマンが体勢を立て直していき、

あまつさえケルベロスがアスタルトに完全服従しているのを見て、

その展開の凄まじさに大盛り上がりであった。

 

「あはははは、何であそこから立て直せるんだよ!」

「まさかケルベロスをペットにしてる奴がいたなんてな………」

「俺見たぜ!確かに前の狩りの時、あいつ、白い犬を連れてやがった!」

「俺も見たわ、まさかあれがケルベロスだったなんてなぁ………」

「ザ・ルーラーって、やっぱり持ってるよなぁ………」

「いやあ、いいもん見せてもらったわ、これでイベントも全部終わりか、お疲れさん!」

「おう、お疲れ~!」

「乙乙~!」

 

 同じく結果を見届けた七つの大罪の幹部連は、大笑いしていた。

 

「あはははは、やっぱりこうなりやがったか!」

「まさかあれがケルベロスだったなんてな」

「ちょっと前までうちのメンバーだったアスタルトを戦闘に連れてった、

ハチマンの決断力ったらよう………」

「フン、俺も負けてられんな!しかし今回の戦闘は実に参考になった!」

「俺達もあれを参考にして、もっと強くなろうぜ」

「とりあえずSDSとの戦争に勝たないとな!」

「戦争か………」

 

 そう呟きながらルシパーは、遠くで佇んでいるシグルドの方をチラリと見た。

シグルドもこの戦いを見て何か感じるものがあったのか、

仲間達としきりに何か話していた。

 

「………とりあえず詫びを入れてみるか」

「ん、ルシパー、何か言ったか?」

「いや、何でもない。ただ………、

今の俺達に、戦争なんかしてる暇があるのかなって思っちまってな」

「お前が言うな!」

「ははっ、違いねえ」

 

 この数日後、ルシパーはSDSのメンバーに頭を下げ、

七つの大罪とSDSは、再び協力関係を取り戻す事となる。

その時点では完全に和解出来た訳ではなかったのだが、

少なくともそれ以降、どちらもお互いを裏切るような事はせず、

いつしかその関係は、良好なものへと変わっていったのだった。

そして最後にハチマンの部屋では、早くも祝勝会の準備が行われていた。

 

「うおお、凄い凄い!」

「勝ったね!やったね!」

「愛ちゃんと純子ちゃん、最後は死んだままだったね」

「まあ仕方ないって、勝てば良かろうなのだ!」

「本当に格好良かったどすなぁ」

「そうだ、勝利のお祝いをしないと!」

「あっ、それじゃあ私、買い出しに行ってくるね!」

「私も付き合います!」

「ありがとう、それじゃあ行こっか!」

 

 

 

 そして戦いの現地へと場面は戻る。

 

「よっしゃ、勝ったあ!」

「それじゃあみんな総出で蘇生作業といこう」

「あっ、だね!」

「っと、その前にキリト、お前は奥に向かって、エクスキャリバーを取ってこいよ。

とりあえず手の空いてる何人かはキリトについていってやってくれ」

「あっ、そうだった!」

 

 すっかりその事を忘れていたのだろう、キリトは慌てたような顔をし、

一緒に行ってくれる仲間を募った。

 

「それじゃあ行けるのは………」

「私は行くわよ」

「それじゃあ私も!」

「仕方ないわね、私も行ってあげるわ」

「それじゃあ俺も付き合うとしますかね」

「私も興味あるけど、蘇生活動をしないとかな」

「いや、何かあった時にヒーラーを出来る奴がいた方がいい、

リーファもキリトと一緒に行ってやってくれ」

「あ、うん、ハチマンさん、分かりました!」

 

 名乗り出たのはリズベット、シリカ、シノン、クライン、リーファであった。

さすがにハチマンはこの場に残って事後処理を行うようで、

アスナやユキノは蘇生活動で忙しい。他にも手が空いている者はいるにはいたが、

フカ次郎などはかなり疲弊しており、タンク連中も同様のようであった。

 

「まあ問題ないよな?」

「ああ、平気平気。それじゃあ行ってくる」

「吉報を頼むぜ」

「任せとけって!」

 

 そのままキリトは奥へと向かっていった。

 

 

 

「ねぇ、何か地面が揺れてない?」

「まさかこの宮殿、崩壊するんじゃないだろうな?」

 

 折りしもハチマンからキリトに連絡が入った。

ケルベロスことトルテが言うには、この宮殿は、ガイアの死後三十分で崩壊するらしい。

そして今は十分が経過している。

 

「………って事らしい」

「あと二十分か」

「余裕を持って、五分前行動をしたいところね」

「だな、とにかく急ごう」

 

 そしてキリト達は宮殿をどんどん下っていき、

遂にエクスキャリバーが見える所まで到達した。

 

「これは………」

「あそこまで行くのは可能だろうけど、その後どうやって上に戻ればいいかな?」

「エクスキャリバーの所有権を得てから死ねば問題ないと思うぜ?」

「所有権………持てば取れるかしらね?」

「まあ行ってみるしかないだろうな」

「あっ、それなら私にいい考えがあるよ!」

 

 リーファが突然そんな事を言い出した。

 

「いい考えって?」

「えっとね、ここにトンキーを呼べばいいんじゃないかなって」

「あっ、そうか!トンキーなら………」

「いいなそれ!」

 

 キリト達はそのアイデアを採用し、トンキーを呼ぶ為に大声を上げた。

 

「お~い、トンキー!」

 

 どういう理屈かは分からないが、

今まではどこで叫んでも、トンキーは必ずこちらに駆けつけてくれていた。

そして今回もその通りになり、五分ほど待つ事となったが、

トンキーが近くまで飛んできてくれた。ちなみに残り時間はあと五分ほどである。

 

「ギリギリ間に合ったな」

「よし、それじゃあキリト、お願いね」

「おう、任せとけって」

 

 キリトは果敢にエクスキャリバーが刺さっている台座に飛び移ると、

エクスキャリバーを引き抜こうと力の限り引っ張った。

だがその抵抗はかなりのもので、エクスキャリバーは中々抜けない。

 

「キリト、どう?いけそう?」

「ちょっとずつ動いてるから、多分いける」

「時間が無いよ、急いで!」

「おう、分かってる」

 

 キリトはそのまま全力でエクスキャリバーを引っ張り続けた。

その甲斐あってかエクスキャリバーは徐々に台座から抜けていき、

遂にキリトはエクスキャリバーを入手する事に成功した。

 

「おおおおおお!」

「やったね!」

「キリト、所有権は?」

「ええと………ここから持ち出さないと駄目みたいだな」

 

 キリトは渋い顔でそう言った。どうやらストレージにしまう事もまだ出来ないようだ。

 

「そっか、こっちまで運べる?」

「う~ん、これ、必要な筋力には達してるんだけど、何故か凄く重いんだよなぁ」

「所有権が無いからかな?特殊な武器だもんね」

「まあとりあえずこっちに手を伸ばして!そしたら引っ張り上げるから!」

「悪い、頼むわ」

 

 キリトに向け、リズベットが思いっきり手を伸ばす。キリトはその手を掴み、

それを支えにエクスキャリバーをトンキーの上に引っ張り上げようとした。

 

「くっ………これ、きついな」

「そうだ!ロープ、ロープか何か無い?」

「あ、私、あります!」

「私もあるわ、と言ってもこれ、モブを捕まえる用のロープ付きの特殊な矢だけど」

「どっちでもいいぜ、とりあえずエクスキャリバーをロープで固定して………」

 

 その時上空から何かが落ちてきて、危機を感じたトンキーが、キリトから大きく離れた。

それは空中宮殿の欠片であった。遂に崩壊が始まったという事なのだろう。

 

「うわっ!」

「くっ、やばいな、キリト、もう一回だ!」

「ああ、最後まであがいてやるさ」

「キリト、手を!」

「ああ、頼む!」

 

 だがただでさえ不安定なトンキーの上である。掴まる手すりなどがある訳でもなく、

一同はキリトとエクスキャリバーを持ち上げる事が出来ない。

 

「くおお、重い!」

「せめて所有権だけでも………」

「このまま落ちて、宮殿の範囲外に出たら所有権が取れないかな?」

「どうだろう、トンキーがこの下に行けるようなら可能性はあると思うけど」

 

 その言葉を受け、トンキーが下へと移動しようとしたが、

ある一定の場所から下にはどうしても行けないようであった。

 

「駄目かぁ………」

「下も宮殿の範囲内って事なのね」

「まずいな、このままだと………」

 

 キリトは葛藤しながらその手の中にあるエクスキャリバーを見た。

 

「………まだ早いって事なのかな、俺にもう少し力があれば………」

 

 キリトはそう呟くと、潔くエクスキャリバーを手放し、

そのままリズベットに引っ張り上げてもらい、無事にトンキーの上へと乗り移った。

 

「………キリト、良かったの?」

「ああ、まあ多分、今回は縁が無かったって事なんだと思う。

まあいつかまた機会があったら絶対に手に入れてみせるさ、その時は手伝ってくれよな」

「う、うん」

「もちろんだぜ!」

「当然です!」

「今度こそ絶対に手に入れようね!」

 

 そんな諦めムードの中、一人だけごそごそと何かしている者がいた、シノンである。

 

「シノン、何してるの?」

「ああ、うん、さっきも言ったけど、この矢ってモブを捕獲する為に使う矢で、

命中させれば自動的に標的にくっつくのよ」

 

 シノンはそう言いながら下を覗きこんだ。

 

「距離は………まあギリギリか、風向きは………なるほど、

よしキリト、私が落ちないようにしっかり支えて」

「え?あっ、うん」

 

 シノンにそう言われ、キリトはシノンの腰をしっかり支えた。

 

「行くわよ」

 

 そしてシノンは何の気負いもなく矢を放ち、

その矢は見事な放物線を描いて、見事にエクスキャリバーに命中した。

 

「うわ、重っ!キリト、このまま引っ張り上げて!さあ、他のみんなも手伝って!」

「お、おう!」

「う、うん!」

「分かった、行くぜみんな!」

 

 それから五分後、一同は、エクスキャリバーを何とか引っ張り上げる事に成功し、

今、キリトの手の中にはエクスキャリバーが確かに握られていた。

 

「ははっ、嘘みたいな………」

 

 呆然とするキリトの横で、残りの者達は、感動したような目をシノンに向けた。

 

「「「「シ、シノンさん、マジかっけえ!!!」」」」

 

 そう言われたシノンはふふんと笑うと、キリトの耳元でこう囁いた。

 

「キリト、これは貸しにしておいてあげるわ。

その代わり、あんたは私とハチマンが結ばれるように、今後は協力するのよ。

もしそれが嫌だって言うなら、私の腰をキリトが後ろから抱き締めたって、

ハチマンにチクるからね」

 

 キリトはその言葉に余裕な態度で答えた。

 

「ハチマンなら事情を話せば分かってくれるはずだ」

「頭ではそうかもだけど、感情ならどうかしらね。

要するにハチマンが嫉妬してくれるかどうかって事になるけど………、試してみる?」

「むむっ………」

 

 キリトはハチマンがこんな事で動じるはずもないと思いつつ、

普段ハチマンが、若干シノンを特別視しているような気もしていた為、

全く問題ないと言い切る事が出来なかった。

実際問題ハチマンは何とも思わない為、これはキリトの考え過ぎなのだが、

シノンの話の持っていき方が上手かったのだろう、キリトは熟考を重ねた末、シノンに屈した。

 

「さあ、どうする?」

「………わ、分かった」

「ありがとう、そのエクスキャリバー、大切にしてね?キ・リ・ト・君?」

「お、おう………」

 

 こうして色々な物を犠牲にしつつ、

キリトは何とかエクスキャリバーを入手する事に成功したのであった。



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第1154話 イベント、最後にして最高潮

 さて、キリトがシノンに協力を誓わさせられた頃、

ハチマン達は、空中宮殿から急いで脱出しようとしていた。

 

「みんな、空中宮殿が崩れるぞ、急げ!」

「もしあそこに落ちたらどうなっちゃうんだろうね?」

「それはもちろん、()()()ってなるんじゃないかな?」

「それを言うなら、プチッ、って感じじゃない?」

「いやいや、グチャッ、でしょ」

「トマトみたいに?」

「ちょっと、想像させないでよね」

「お前達、そういうのはいいからさっさと行くぞ。もし邪魔が入ったらまずいからな」

 

 後ろからハチマンがそう声をかける。

ホーリーが先頭を走り、そしてハチマンが殿を努めつつ、

幸いにも一行は、ある程度余裕を残した状態で、無事に空中宮殿から脱出する事に成功した。

 

「ふう、セーフだったな」

『ハチマン、よくもやってくれたわね』

 

 特に犠牲もなく、無事脱出出来た事に安堵したハチマンに、フレイヤが歩み寄ってきた。

 

「フレイヤ様、その言い方だと俺が悪い事をしたみたいに聞こえます」

『冗談よ、でも本当によくやってくれたわね、ヴァルハラの神々を代表して感謝するわ』

 

 この場合のヴァルハラは、北欧神話における神々の居場所という、

本来の意味でのヴァルハラの事である。

 

「いえ、お役に立てたのなら良かったです」

『それじゃあはい、これ』

 

 そう言ってフレイヤは、その豊満な胸の谷間から一本の剣を引き抜き、

ハチマンに差し出してきた。

 

「おわっ!フレイヤ様、驚かさないで下さいよ………」

『とか言いながら、私の胸を随分熱心に見ていたようだけど』

「見ていたのは剣ですって。

っていうか完全に物理法則を無視した取り出し方をしましたね………」

 

 フレイヤが取り出した剣は、当然の事ながらハチマンが言う通り、

とても胸の谷間に収納しておけるようなサイズではない。

 

『ふふっ、どうやったかは女神の秘密よ。

でもまああなたになら奥を覗かせてあげても………』

「フレイヤ様、それがレーヴァテインなんですか?」

 

 ここでアスナが二人の会話に混じってきた。

さすがにこれ以上放置すると、ハチマンが間違いを犯すかもしれないと心配したからだ。

 

『ええそうよ、キリトのエクスキャリバーと合わせていい二枚看板になるわね。

ふふっ、アルンに着いた時が楽しみだわ』

「あっ、キリトの奴、首尾良くエクスキャリバーを手に入れたんですね」

 

 そのフレイヤの言い方で、ハチマンはキリトがミッションに成功した事を知った。

 

『ほんのちょっと前にね。おめでとう、あなた達に神々の祝福があらん事を』

「ありがとうございます、フレイヤ様」

 

 問題児とはいえ、さすがは最高位の女神である。

その体から発せられる神のオーラに触れ、その場にいた者達は、我知らず自然と膝をついた。

 

『そんなに堅苦しい態度をとる事はないわ、ね?ロキ』

 

 フレイヤの呼びかけを受け、ロキがふわふわと上空から下りてきた。

 

『うん、所詮僕らは世界の歯車の一つさ、そんなにえらいもんじゃない』

「それでも神々への尊敬を忘れてはいけないと思いますので」

『ふ~ん、まあいいけどね。さてと、それじゃあ………、

皆の者、次に運命の輪が交わる頃に、再びあいまみえん』

 

 ロキは最後は神らしい態度を取り、そのまま消えていった。

それを見たハチマンは、フレイヤもロキ同様にここから去るのだろうと考え、

一抹の寂しさを感じつつも、フレイヤに微笑みかけた。

 

「フレイヤ様、今回は本当にお世話になりました」

『気にしないで、これからも頑張るんだよ』

「ありがとうございます」

『それじゃあヴァルハラに帰るとしましょうか』

「はい、それではま………た………って、フレイヤ様?」

 

 ハチマンが別れの言葉を告げようとした瞬間に、

フレイヤはいきなりハチマンの腕を抱え込み、そのまま歩き出した。

 

『ん?何?』

「あの、一体何を………」

『何をって、普通にハチマンとくっついて帰ろうと思っただけだけど?』

 

 その言葉に一同はぽかんとした。

 

「あ、あの、フレイヤ様、帰るってどこにですか?」

『さっき言ったじゃない、ヴァルハラに帰るのよ?』

「神ロキのように、転移して帰るんじゃないんですか?」

『ええ?いくら私でも、()()()()()()()()()()に転移なんか出来ないわよ?

ギルドハウスってのは、完全に独立したプライベート・スペースだもん』

 

 フレイヤの、ヴァルハラ・ガーデンに帰る気まんまんな答えを聞いたハチマンは、

これ以上はきっと無駄なんだろうなと思いつつ、一応フレイヤに質問した。

 

「………………あの、今からまたうちに来るんですか?」

『えええええ?もしかしてハチマンは、居場所の無い私がその日の宿を求めて、

毎日他のプレイヤーに体を売るような展開が好みなの?

さすがにそれは、私も困………………あ、あれ?私、別に困らなくない?

むしろそれがいいっていうか、ごめんハチマン、私、全然困らなかった!

むしろ望むところ、みたいな?』

「フレイヤ様、最高かよ!」

 

 そう答えたのはもちろんハチマンではなくクックロビンである。

ハチマンはクックロビンの顔面をガシッと手で掴んで黙らせると、

ため息をつきながらフレイヤに言った。

 

「………分かりました、どうぞうちに自由に滞在して下さい」

『ううん、それはもういい!私はしばらく肉欲に………』

「いえいえいえいえ、どうぞ遠慮なく!いいよな?みんな」

 

 ハチマンは、自分がまるで風紀委員になったような気分で仲間達にそう問いかけ、

一同は苦笑しながらもハチマンに頷き返した。

 

『そう?それじゃあ遠慮なく、しばらくお世話になるね!』

「ち、ちなみにいつ頃まで滞在のご予定ですか?」

『私が飽きるまで!』

「あっ、はい………」

 

 ハチマンは落胆しながらそう答える他はなかった。

どう考えても他の選択肢は無いと悟ったのである。

 

「ハチマン君、ドンマイ」

 

 そんなハチマンを、アスナが慰めてきた。同時にアスナはフレイヤを警戒するかのように、

ハチマンの左腕をキープし、その胸に抱いている。

それを見たフレイヤは、一瞬目を細めた後、友好的な表情でアスナに言った。

 

『へぇ、さすがは私が正妻と認めただけの事はあるわね、アスナ、実にお似合いよ』

「えっ?えっ?」

『やっぱりハチマンの隣にはアスナが相応しいわ、うん、今ハッキリと確信した』

「そ、そうですか?」

『ええそうよ、それこそがALOの真理よ』

「………………えへへぇ」

 

 アスナは照れた顔でそう言うと、ハチマンの腕を抱えたままフレイヤに近付いていった。

 

「あ、あの、フレイヤ様、もし良かったら反対の腕をどうぞ」

『え?いいの?』

「ええ、もちろん!」

『ありがとう、それじゃあお言葉に甘えるわね』

 

 このやり取りを聞き、同時にフレイヤがアスナから見えないようにニヤリと笑ったのを見て、

ハチマンはもうなるようになれという風に天を仰いだ。

同時に他の女性陣も、フレイヤがアスナを懐柔してしまった以上、何も言えなくなった。

三人はその体勢のまま、キリト達と合流を果たす事となる。

 

「お~いキリト、無事にエクスキャリバーを手に入れたみたいだな!」

「あ、ああ、おかげさまで何とかなったよ」

 

 そう答えるキリトのわき腹を、シノンがゴン!と肘で突く。

ハチマンがアスナとフレイヤに挟まれている為、何とかしろという事なのだろうが、

さすがのキリトもNPCとは言え、神に物申す事は不可能だ。

 

(こんなの俺にもどうしようもないってばよ!)

(だらしないわね、仕方ない、せめてアレがどんな状況なのか、聞いてみなさい)

(わ、分かった)

 

 キリトはシノンとヒソヒソと言葉を交わすと、改めてハチマンにこう問いかけた。

 

「で、ハチマン、ロキ様はいないみたいだけど、どうしてフレイヤ様が隣に?」

「お、おお………フレイヤ様は、今後もうちに滞在するそうだ」

「………へっ?」

『わ、私がいちゃ駄目なの?』

 

 フレイヤは、当然演技なのだが、哀れな子犬のような目でキリトにそう問いかけてきた。

それにキリトは慌て、ぶんぶん手を振ってすぐに否定した。

 

「いや、そんな事は全くないです、フレイヤ様、もちろん大歓迎ですよ!」

『そっか、それなら良かった!ありがとうね!』

 

 その瞬間にシノンがキリトの足を思いっきり踏みつけた。

キリトは仕方ないだろという風にシノンの方を見たが、

それに対してシノンは肩を竦め、自らフレイヤの方に一歩を踏み出した。

 

「フレイヤ様、今後とも宜しくお願いしますね、ええ、色々と。うふふ、うふふふふ」

『えっ?あっ、ふ~ん、うん、もちろん!これからも色々宜しくね!うふふふふ』

 

 二人は言葉こそ穏やかだったが、バチバチと火花を散らしながらそう言葉を交わし、

それを見ていた周りの者達は、ハチマンの為なら神にさえ平気な顔で喧嘩を売る、

そのシノンの心臓の強さに戦慄を覚える事となったのだった。

ちなみにハチマンは、アスナが腕に力を込めた為、

針のむしろの上に座らさせられているような気分であったが、

何とかその感情を押さえ込み、仲間達にこう宣言した。

 

「よし、みんな、アルンに帰ろう」

「「「「「「「「おおおおおおおおおおお!」」」」」」」」

 

 こうしてヴァルハラは今回のイベントの最終バトルを何とか切り抜け、

アルンへと凱旋を果たす。

そしてハチマンとキリトがアルンへと足を踏み入れた瞬間にそれは起こった。

いきなりシステムメッセージがALO全体に響き渡ったのである。

 

『たった今、神の武器、レーヴァテインがアルンへと帰還しました。所有者、ハチマン』

『たった今、神の武器、エクスキャリバーがアルンへと帰還しました。所有者、キリト』

 

 先ほどフレイヤが、アルンに着いた時が楽しみだと言っていたのはこれの事だったのだろう。

それからほどなくして、アルンの入り口である門の所にプレイヤー達が殺到してきた。

 

「おい、聞いたか?」

「神の武器だってよ、さすがに超有名どころの剣は扱いが違うな!」

「ザ・ルーラーが戻ってきたぞ~!」

「覇王様!」

「剣王様!」

 

 場は凄まじい歓声に包まれ、ハチマンとキリトは一瞬戸惑ったが、

ここでおかしな姿を見せる訳にはいかないだろうと顔を見合わせると、

お互いのパートナーと並び、そのまま人の列の間を堂々と進んでいった。

もちろんハチマンの隣にはアスナが、そしてキリトの隣にはリズベットが並んでおり、

仲間達の誰も、それを邪魔するような事はしない。

そして二人は剣を掲げ、そんな二人にこの日最大の賛辞が贈られ、

幸いな事に、この騒ぎのせいで、フレイヤの存在は見事に埋没する事となったのだった。

 

 こうして年末から始まったALOのイベントは、

この日をもって完全に終了する事となったのである。



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第1155話 離れてもずっと友達

 ヴァルハラ・ガーデンに戻った後、一同は後日祝勝会を行う事を決め、

順にログアウトしていった。

 

「それじゃあフレイヤ様、ここには自由に出入り出来るようにしておいたので、

どうかゆっくり過ごしていって下さい。ユイ、キズメル、フレイヤ様の事、宜しくな」

「はいパパ!」

「ああ、任せてくれ」

『ありがとう!でも寂しいから、ちょこちょこ私に会いに来てね、ハチマン!』

「ええ、もちろんです」

 

 そう言いつつもハチマンは、フレイヤの事は適当に放置しようと考えていたが、

続けてフレイヤが、何かを操作するようなそぶりを見せながら、ハチマンにこう言ってきた。

 

『ところでハチマン、ここに登録されてるのって、ハチマンのACSのIDよね?』

 

 フレイヤは驚いた事に、ヴァルハラ・ガーデンのコンソールを見事に操作し、

そこからハチマン個人のIDを探し当てて見せたのである。

 

「あっ、は、はい」

 

 ハチマンは戸惑いながらもそう答えたが、この時点でかなり嫌な予感を覚えていた。

 

『オッケー、それじゃあまたね!』

「えっ?あ、はい、またです」

 

 だがフレイヤはそれを確認しただけで何もしてこず、

ハチマンは若干拍子抜けしながらも、そのままALOからログアウトした。

 

 

 

 日高商店のプリンこと日高小春と、ベルディアこと日高勇人は、

今回の戦いの一部始終を見終わり、燃え尽きていた。

 

「うわぁ、兄ちゃん達ってやっぱり凄いなぁ………」

「ええ、まったく久しぶりに手に汗を握っちゃったわ」

 

 燃え尽きたとはいえ、深い満足感に包まれていた二人に、

くるすちゃんがお茶を差し出してきた。

 

「お二人とも、お茶をどぞ~!」

「ありがとう、くるす姉ちゃん!」

「くるすちゃん、ありがとうね」

 

 それなりにプレイしているとはいえ、

ALOに関しては、二人はまだまだビギナーの域を出ていない。

その為今回色々と解説してくれたくるすちゃんの存在は、二人にはとても大きかった。

 

「勇人君、ハチマン様達の戦いぶりを見て、どう思った?」

「えっと、諦めたらそこで試合終了ってテンプレがどれだけ大事な教訓なのかよく分かった!」

「そっか、うん、そうだね」

 

 表情こそ変わらなかったが、くるすちゃんの声はとても優しく、

そんな答えを返してきた勇人の成長を喜ばしく思っているのがひしひしと伝わってきた。

小春もそれを嬉しく思いつつ、丁度画面に映っていたセラフィムを指差した。

 

「あっ、ほらくるすちゃん、セラフィムちゃんが映ってるわよ」

「本当だ、私もお疲れ様!でもまだまだ修行が足りないね、もっと頑張らないと」

 

 小春からすれば、セラフィムも十分活躍していたように見えた為、

何故くるすちゃんがそんな事を言うのか分からなかった。

 

「くるすちゃんは、どの辺りが不満だったの?」

「最後ですね、最後にハチマン様は、ホーリーさんを蘇生する事を選んだじゃないですか。

あそこで私が選ばれるようにならないと、やっぱり駄目だと思うんですよね」

「なるほど、そう言われると確かにそうかもね」

 

 実はこの時、他ならぬセラフィム本人も同じ事を考えていた。

牧瀬紅莉栖の技術を使って作られたAIがどれほど高性能なのか、よく分かる事例である。

それから三人は、ハチマン達の帰還途中に映し出されたヨツンヘイムの風景を楽しみつつ、

自分達がもっと強くなるにはどうすればいいか、という話題でしばらく団らんを続けた。

この三人はまったく血は繋がっておらず、くるすちゃんに関しては人間ですらないが、

もうすっかり本当の家族として、これからも幸せな時間を過ごす事が出来るだろう。

もし八幡はこの風景を見たら、そう確信するに違いない、それはとても穏やかな風景であった。

 

 

 

 そして舞台は八幡達が泊まっている旅館へと戻る。

 

「う~ん………」

 

 八幡が目を覚ますと、その目の前には優里奈や萌郁や栞を始めとして、

フランシュシュのメンバー達と、他の部屋の者達の顔が並んでいた。

 

「おわっ!」

「八幡さん、おめでとうございます!」

「お疲れ様」

「凄く格好良かったです!」

「いやぁ、いい物見せてもらったわ!」

「八幡はんの見事な武者っぷり、この目でしかと見せてもらいました」

「凄い凄い!」

「ピンチの時は、本当に手に汗を握りましたよ」

「いやぁ、ALOも中々楽しそうだよね!」

 

 そう口々に賞賛された八幡は、宴会準備が整えられているのを見て、相好を崩した。

 

「お、おう、みんな、ありがとな」

 

 そこから祝勝会が開始され、この日の夜は大変に盛り上がる事となったが、

その最中に、いきなり八幡のACSに、謎の人物からメールが入った。

 

「ん………これは………誰だ?」

 

 その言葉で明日奈や詩乃が八幡のスマホを覗きこんだが、

顔の広い二人にも全く見覚えの無いIDだったらしく、二人は首を振った。

 

「まあいいか、セキュリティはしっかりしてるんだし、中を見てみれば解決だな」

 

 八幡はそう言って、送られてきたメールを開いてみた。

そのメールは一枚の画像が添付されているだけであったが、

八幡はその画像を見て、慌ててスマホから目を離した。

 

「ど、どうしたの?」

「いや………見てみろよ、これ」

「どれどれ………わっ!」

「ちょっとこれ、どういう事?」

 

 そこにはまさかのまさか、フレイヤのかなり露出が激しい姿が映っており、

八幡は顔を背けたまま明日奈に言った。

 

「悪い明日奈、この画像、明日奈が消してくれ」

「それは別にいいけど………大丈夫?」

「ん、何がだ?」

「いや、ほら、フレイヤ様が機嫌を損ねないかなって」

 

 八幡は目をパチクリさせながら、その意見について検討した。

 

「………ま、まあ平気じゃないか?」

「本当に?」

「むぅ………やっぱりやばいかな………」

 

 八幡は不安になり、明日奈の許可を得て、フレイヤから来た画像には一応目だけ通す事にした。

ALOが()()()()ゲームではない以上、

画像にはおそらく肝心な部分は絶対に映らないだろうし、

多少セクシーなCG程度で収まるだろうという結論に至ったからである。

 

「あの女神、まさかACSを使いこなすなんて、中々やるじゃない。

それでこそ私のライバルだわ」

「え、ライバルって何、っていうかお前は何を目指してんの?」

 

 その詩乃の言葉に八幡は思わずそう突っ込んだが、

詩乃は闘志を燃やすばかりで八幡には返事を返さなかった。

 

「まあいいじゃない、ライバルの定義は人それぞれよ」

「まあそれもそうか、特に何か実害がある訳じゃないしな」

「そうそう、そういう事!」

 

 藍子や木綿季にもそう宥められ、八幡はそれで納得した。

 

「さて、明日はとりあえず、ノリとシウネーの所に見舞いに行って、

その後は土産物を買って帰るからな。みんな、あまり夜更かしはしないように気を付けてくれ」

 

 八幡はそう言って会を閉め、祝勝会はそれで終わりとなり、

ゴミを纏めた後、一同はそれぞれの部屋へと戻っていった。

 

「………しかし本当に勝てて良かったな」

「うん、そうだね。いきなり死んじゃって、本当に焦ったよ」

「あれな………マジでやばかったわ」

「でも楽しかったねぇ」

「ああ、楽しかったな」

 

 二人はそのまま寄り添い合ったが、

さすがに疲れていたせいか、直ぐに眠りに落ちる事となった。

 

 

 

 そして次の日、フランシュシュのメンバー達と別れた八幡達は、

栞を伴ったまま結城病院へと向かい、最初に美乃里の病室を訪れた。

 

「あ、兄貴!見てましたよ、凄かったです!」

「ノリも参加出来れば良かったんだけどな」

「あは、それはまあ次の機会で!」

 

 八幡はノリの頭を撫でながら、先に病室にいた陽乃に話しかけた。

 

「姉さん、ノリの住む寮の部屋の手配はどうなった?」

「もちろんバッチリよ、美乃里ちゃん、元気になったら東京で待ってるからね」

「はい、お世話になります!」

 

 ノリは手術の直後だというのに元気いっぱいであり、八幡はその姿に安心した。

 

「ちなみに八幡君、施恩ちゃんも美乃里ちゃんと一緒にうちに来る事になったからね」

「あ、そうなんですか、それは良かったです」

「まあもうメディキュボイドに入っちゃったから、話すならALOの中でね」

「ああ~、そうなんですか!残念ですがそうしますね」

「まあすぐに会えるわよ、多分来週にはもうメディキュボイドはいらなくなる予定だからね」

 

 その言葉に喜んだのは藍子と木綿季である。

 

「やったわ、これでスリーピング・ナイツの女子組が全員集合ね!」

「いやぁ、楽しみだなぁ」

「ユウ、ノリ、合流したら毎晩女子会よ!」

「うん、そうだね!」

「ラン、気が早いって」

「………せめて週一とかにしとけよ」

 

 八幡は苦笑しながらそう言うに留め、ノリに別れを告げると、

そのまま栞の案内で、ショッピング街へと移動する事となった。

 

「八幡さん、こっちこっち!」

「おお、しかしコヨミさんは相変わらず元気だなぁ」

「それだけが取り柄だから!」

「ちなみにコヨミさんは何の仕事を?」

「普通のOLだよ!まあよく中学生に間違われて困っちゃうんだけどね!」

「ド、ドンマイ」

「もう慣れてるから大丈夫!」

 

 栞は明るい顔でそう言い、八幡は思わず笑みを浮かべた。

 

「そうか、まあもし東京に来る事があったら連絡してくれな、いつでも歓迎するから」

「わ~い、ありがとう、八幡さん!」

 

 栞は嬉しそうにそう言うと、優里奈の腕に抱きついた。

 

「ナユさん、今度はこっちから会いに行くね!」

「はい、お待ちしてますね、コヨミさん」

 

 そう言いながらも優里奈は、同時に胸に伸びてくる栞の手を振り払っていた。

 

「コヨミさん、めっ、です」

「え~?ナユさんのケチ!」

 

 聞いた話だと、昨夜もずっとこんな感じだったらしいが、

優里奈は栞に対してはずっと微笑みを絶やさず接していた為、

八幡は、うちの娘は本当に出来た娘だなと嬉しく感じる事となった。

 

 

 

 それから八幡達は、土産物を購入しては宅配を頼むという連続ミッションに挑み、

事前に用意していた名前のメモの横に送った物を記入していき、

遂に全員分のリストを埋める事に成功した。ここまで要した時間は実に四時間に及び、

一番元気だった栞ですら、別に彼女が何かを選んだ訳でもないのにかなり疲弊してしまい、

一同はそのまま休憩を余儀なくされる事となったのであった。

 

「仲間が増えるってのも、いい事ばかりじゃないな………」

「八幡君が律儀すぎるってのもあると思うけどね」

「まあうちはリアル繋がりだもの、仕方ないわよ」

「こんな事、滅多にある訳じゃないし、気にしない気にしない」

「いや、まあ気にしてはいないけどな」

 

 そう言いながら喫茶店で休んでいた一同だったが、

そろそろ東京に向かわなくてはいけない時間となり、八幡達はそこで栞と別れる事となった。

 

「それじゃあナユさん、八幡さん、それにみんな、またいつか遊ぼうね!」

「コヨミさん、またアスカ・エンパイアで!」

「コヨミさん、俺もたまにはコンバートして遊びにいくからまた宜しくな」

「またね!」

「元気でね!」

「本当に楽しかった!」

 

 コヨミはその暖かい言葉に別れが寂しくなったのか、若干瞳を潤ませながらこう答えた。

 

「うん、みんな、私、みんなの事、離れても友達だと思ってるからね!」

 

 そして栞は八幡達が乗る車が見えなくなるまでずっと手を振り続けた。

運転している八幡は無理だったが、他の者達も、栞が見えなくなるまで手を振り返したのだった。

 

 そして八幡達は、そのまま東京へと戻った。




次の章と思いっきり重なっているのですが、明日でこの章は終わりとなります。
その後もとりあえず続けて投稿しますが、どこかのタイミングでストーリーを纏める為に、
一週間程度休む事があるかもしれませんので、その時は宜しくお願いします。


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第1156話 エピローグ~伝説の復活

 東京に戻った次の日の夕方、この日はヴァルハラとしての活動は特に無かったが、

ハチマン個人には大事な用事があった。そう、レーヴァテインの改造である。

その為にハチマンは今、ヘパイストスの店へと向かっていた………フレイヤと一緒に。

 

「フレイヤ様、注目を集めちゃってるんでそろそろ離れてもらえませんかね」

『い・や・よ』

「………その言い方、何かシノンが二人に増えたみたいに感じられます」

『あら、あの子も前にこんな事を?』

「はぁ、まあそうですね」

『ふ~ん、これは絶対に負けられないわね』

「うわ、面倒臭いのが増えたな………」

『何か言った?』

「いや、何でもないです」

 

 二人は他のプレイヤー達の注目を集めつつ、そのまま転移門へ向けて歩いていった。

もっともMMOトゥデイでフレイヤの事が記事にされている為、

(ハチマンが先手を打って情報提供したからだが)

フレイヤがイベントの続きよろしくヴァルハラに滞在している事は、

それなりに周知されてきており、その視線に非難めいたものは感じられない。

むしろ若干同情の入ったものとなっているくらいである。

そのくらい、フレイヤは気ままな女神として知られているのだろう。

 

『私、面倒臭い女なのかしらね………夜のベッドではねちっこい自覚はあるんだけど』

「だからそういう事を人前で言わないで下さい。そういう所ですよ、面倒臭いってのは」

『あらやだ、もう、ご・め・ん・あ・そ・ば・せ?』

「いや、顔が近い、近いですって」

『ハチマンってば、そう言いながらも平然としてるのよね、憎たらしい』

 

 と、そんな会話の主導権を取り合う二人を追いかけてくる者達がいた、ウズメとピュアである。

 

「ハチマンさん、フレイヤ様!」

『あら、二人とも、ご機嫌よう』

「お?二人とも、偶然だな」

「これから二人でいつもの辻ライブをやろうと思って、

ログインしてみたらお二人の姿が見えたんです」

「ああ、辻ライブか、それで場所と時間は?」

 

 その興奮した口調から、ハチマンが見に来てくれる気が満々だと分かり、

二人はとても嬉しそうな表情をした。

 

「えっと、今日は思い切って、剣士の碑の前でやろうかなって思ってます」

「一応MMOトゥデイで告知してもらったの!時間は夜の八時ね!

で、これから会場の下見に行くつもり」

「なるほどな、護衛の手配はしたのか?」

「うん、護衛はアスナさんが来てくれる予定!」

「アスナの奴、何も言ってなかったけどなぁ………」

 

 ちなみにこれはただの行き違いである。

もしハチマンが用事を済ませた後にログアウトしていたら、

スマホにアスナからメッセージが入っているのを発見し、再びログインする事になっただろう。

 

「とりあえず俺も用事が済んだら見に行くわ。フレイヤ様はどうします?」

『そうねぇ、ヘパイストスの顔も見ておきたいし、

私はとりあえずハチマンと一緒に動いておこうかな』

「分かりました、それじゃあそんな感じで」

「それじゃあまた後でね!」

「ハチマンさん、お待ちしてますね!」

 

 二人はそのまま転移門へと先行して去って行き、

ハチマンとフレイヤは、その後をのんびりと歩いていった。

 

『危ない危ない、ハチマンに逃げられていたら、危うくあの二人のライブを見逃す所だったわね』

「いや、その、その節はどうもすみません………」

『別にいいわよ、広い心で許します』

 

 実はハチマンはログインした直後、フレイヤに見つからないように、

そのままヘパイストスの店へと向かうつもりだったのだが、

どんな理屈かフレイヤは、まるでクックロビンのようにハチマンの気配を察知し、

ヴァルハラ・ガーデンの外までハチマンを追いかけてきたのである。

ユイにもキズメルにも気付かれない、それはフレイヤの見事な隠密っぷりであった。

 

『それじゃあさっさとヘパイストスの所に行きましょうか』

「うっす」

 

 二人はそのまま転移門を潜り、二十七層へと転移した。

 

「あの設計図を元に、レーヴァテインを改造するのにどれくらいかかりますかね?」

『前の時とほとんど変わらないわよ』

「それじゃあライブには間に合うか、っていうかフレイヤ様、そういうのも分かるんですね」

『まあこれでも私、一応女神だし?』

「一応って何ですか、フレイヤ様より女神然とした女神なんてそうそういないと思いますよ」

『あら、嬉しい事を言ってくれるじゃない。

益々ハチマンが欲しくなったわ。どう?このまま二人でどこかにしけこまない?』

「フレイヤ様、表現が下品です。ってかそういうのはやめろって言ってんだろ!」

『きゃぁ!犯されるぅ!』

「だ~か~ら~!」

 

 当初のハチマンはフレイヤにかなり押され気味であったが、

最近は道徳的な観点からも、フレイヤが本当にそんな行動をとる事はなく、

基本口だけ女神様だという事が分かってきた為、

精神的に若干余裕を残しながらフレイヤと接する事が出来ていた。

そのせいかフレイヤに対するハチマンの口調も、段々と砕けたものになってきている。

 

「さて、到着っと」

 

 そして二人は五分ほど歩いた末に、ヘパイストス武具店へと到着した。

 

「フレイヤ様?」

 

 見るとフレイヤは、きょろきょろと辺りを見回しながら、訝しげな視線を店に向けている。

 

『………前も思ったけど、ちょっとこれ、おかしくないかしら』

「ん………フレイヤ様、何か気になる事でも?」

『いや、だって仮にもあのヘパイストスの店なのに、どうしていつも閑古鳥が鳴いてるの?』

「………そう言われると確かにそうですね」

 

 ハチマンはそのフレイヤの疑問をもっともだと感じた。過疎層とはいえ確かにこれは異常だ。

 

「とりあえずヘパイストス様に理由を聞いてみましょうか」

『そうね、そうしましょっか』

 

 二人はそのまま店に入り、そんな二人をヘパイストスが出迎えた。

 

『おお、ハチマンじゃないか!それにフレイヤ、話は聞いたぞ、あのガイア様を倒したらしいな』

「はい、まあ何とかなりました」

『やっぱりあなた的には複雑な気分なのかしら?』

 

 フレイヤのその問いに、ヘパイストスは豪快に笑った。

 

『わはははは、あのご老体は儂らにとっても目の上のたんこぶだったからな。

ハチマン達が勝ってくれて、これでしばらくは平和になると安堵しておるわい』

 

 ハチマンは、それなりに若く見えたガイアもやっぱり老人枠なんだなと思ったが、

同時に今のヘパイストスの言葉が少し引っかかった。

 

「しばらくは………ですか?」

『ああ、いずれあ奴も復活するだろうしな』

「え、そうなんですか?」

『神の魂は不滅よ、ハチマンもそれは分かってるでしょう?』

 

 そこにフレイヤがそう補足を入れてきた。

 

「ああ、確かにトール様も復活するんでしたよね」

『まあそういう事』

「なるほど………まあ復活したガイアがまた攻めてきても、うちが撃退してやりますよ」

『わはははは、それは頼もしい』

『その時はもちろん私も手伝うからね!』

 

 そんな会話がひと段落した所で、ハチマンは先ほどの疑問をヘパイストスにぶつけてみた。

 

「それでヘパイストス様、さっきフレイヤ様とちょっと話したんですけど」

『ふむ?』

「この店って、もっと繁盛しててもいいと思うんですが、どうして全くお客が来ないんですか?」

 

 その問いに、ヘパイストスはあっさりとこう答えた。

 

『そもそも来れないからだ』

「へ?」

『簡単な事だよ。この店は、一定以上のステータスが無いと見えないようになっている』

「えっ、そうなんですか?」

『実は先日のイロハでギリギリのラインだったな』

「マジっすか………」

 

 それだとうちのメンバーの一部もアウトだなと思いつつ、

同時にほとんど全てと言っていいくらいのプレイヤーには、この店は見えないだろうと確信した。

それくらい、他のギルドと比べると、

狩りの効率が圧倒的に高いヴァルハラのメンバーのステータス合計は高いのだ。

 

『なるほど、そういう事だったのね』

『ああ、正直ここにはまだ、ハチマン達以外の客は誰も来ておらん』

『それって凄く退屈じゃない?』

『まあそうだが、神とはそういうものだろう?』

『それは否定出来ないわね』

 

 そう言って二人は頷き合った。ハチマンからすれば理解しがたいが、

神の世界にとってはまったくもって普通の事なのだろう。それによくよく考えてみると、

確かにプレイヤーが誰でもほいほい神に会えるというのはおかしい。

 

「納得しました、ありがとうございます」

『うむ』

「ついでにあの、別口でお二人にちょっと聞きたい事が………」

 

 先ほどトールの名が出た時にハチマンは、二人に質問したかった事をもう一つ思い出していた。

 

『む?』

『あら、何かしらね?』

「あの、先日俺達がアルンに入った瞬間に、

レーヴァテインとエクスキャリバーの事がアナウンスされたじゃないですか。

で、武器の強さ的にはミョルニルも同じクラスの武器ですよね?

どうしてあれに関してはアナウンスされなかったんですか?」

『ああ、なるほど、それはもっともな疑問よね。ヘパイストス、説明してあげて』

『まあ聞いてみれば至極簡単な事なんだがな』

 

 ヘパイストスはそう前置きし、続けてこう言った。

 

『それはあれが分け御魂だからだな。いずれトールが復活した時に、同時にミョルニルも復活し、

そして二つに分かれたミョルニルの魂が、一つに戻る事になる』

「あ、そうなんですか?」

『ああ、そもそもトールがミョルニルを必要としたのは、戦いに備えてだからな。

もっとも結局負けてしまったんだから、結果的には必要ない事だったのかもしれん』

「まあそれは結果論ですよ。なるほど、そういう事だったんですね」

『ああ、なのであのイロハという少女にその事を伝えてやるといい。

その武器はまだ完成形ではない、とな』

「分かりました、それはいずれもっと強くなるぞって教えてやりますね、

今日は本当にありがとうございました」

 

 ハチマンは二人にお礼を言い、そのままレーヴァテインをヘパイストスに差し出した。

いよいよここからが、ハチマンのメインイベントである。

 

『おおおおお、これがレーヴァテインか!確かに凄まじい力を秘めているようだな!』

 

 ヘパイストス、大興奮である。

前回と同じく他の神話体系の最強武器をいじれる事が、よほど嬉しいのだろう。

 

『これを短剣にすればいいんだな?』

「いえ、実は一つ、可能ならお願いしたい事がありましてですね」

『ふむ?』

 

 そう言ってハチマンは、一枚の設計図を取り出し、ヘパイストスに渡した。

 

「これはうちのリズとナタクに共同で書いてもらった物なんですが………」

『ふむ、見せてもらおう』

 

 ヘパイストスはその設計図を見て唸り声を上げた。

 

『これはまた面妖な………』

「レーヴァテインをそんな感じで改造する事って可能ですか?」

『私を誰だと思っている、もちろん可能だ』

「おお………」

 

 ハチマンは喜びの表情を見せたが、次のヘパイストスの言葉を聞き、ぽかんとした。

 

『だがこれでは物足りん。ハチマンよ、ちょっとこっちに来い』

「………え?あ、はい」

 

 そのままハチマンは奥へと連行され、二人はそこで、設計図を前に熱心に話し合った。

フレイヤは鍛治に関しては畑違いであったが、ちょこちょこと二人の後に続き、

自分なりの意見として色々口を出していた。その意見には鋭い指摘も多く、

ハチマンは、フレイヤ様って結構万能だよなと感心する事となった。

 

『………ここをこうしてみたら?』

『ふむ、問題ないが、取りまわしは大丈夫か?』

「このくらいなら問題ないです」

『なら次に………』

『いやいや、それはさ………』

「ですね………」

 

 三人はそのまましばらく話し合っていたが、一時間ほどして、その会話が止まった。

 

『よし、これで完成だ。後はこの通りに作るだけだな』

「すみませんヘパイストス様、お願いします」

 

 そのままヘパイストスは作業に入り、至極あっさりとその装備は完成した。

 

『待たせたな、ほれ』

「全然待ってません!………おお、ありがとうございます、ありがとうございます!」

 

 ハチマンはヘパイストスに深々と頭を下げたが、その声からは隠しきれない喜びが感じられた。

 

『しかし本当に変わった装備だなそれは』

「実は当分手に入らないだろうって思って諦めていたんです」

『ほう?何か理由があるのか?』

「必要な素材がまだまだ手に入らないんですよ」

『なるほど、それは難儀だな』

『ハチマン、装備してみて』

「はい!」

 

 そしてハチマンはその装備を()()()()()()()

ハチマンはとても懐かしい感覚を覚えつつ、左手を閉じたり開いたりした。

それに応じてギミックが前後する。

 

「うん、いい感じです」

『満足してもらえたか?』

「はい、最高です!」

『で、ハチマン、その装備の名前は?』

「アハト・ファウストです。なので差し詰め、アハト・レーヴァって感じですかね」

『へぇ、いい響きね』

 

 フレイヤはハチマンの本当に嬉しそうな表情を見て、自身もとても嬉しく感じた。

 

『本当に………おめでとう』

「はい!」

 

 こうしてヘパイストスの力を借りる事で、遂にアハト・ファウストが、

アハト・レーヴァとして再びこの世に生を受ける事となったのであった。



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第九章 オーディナル・スケール編
第1157話 二人目


『それでハチマン、それはどう使うの?』

「そうですね、そのうちお見せしますよ」

『あら、随分もったいぶるのね』

「あはははは、ミステリアスでいいでしょう?」

『ご機嫌ね』

「そりゃまあ、俺の専用装備みたいなものですから」

 

 ハチマンは終始ご機嫌であった。そんなハチマンに、ウズメからメッセージが届いた。

 

「あっ、フレイヤ様、そろそろライブが始まるみたいですよ」

『そうだった!ハチマン、急ぐわよ!』

「はい!」

 

 そしてハチマンは、ヘパイストスに深々と頭を下げた。

 

「ヘパイストス様、今日は本当の本当にありがとうございました!」

『うむ、役に立てたなら良かった。また何かいい武器が手に入ったら見せにくるのだぞ』

「機会があれば必ず!」

 

 ハチマンとフレイヤはヘパイストスの店を出ると、真っ直ぐ剣士の碑へと向かった。

辻活動であるにも関わらず、既に会場は多くのプレイヤーでごった返しており、

二人の活動が、一般プレイヤーにかなり周知されているのは間違いない。

 

『随分盛況なのね』

「まあもう明らかに本人で間違いないみたいに言われてますからね」

『そういうのは事務所がうるさいんじゃないの?』

「また俗っぽい事を………」

『別にいいじゃない、今の生活が楽しくて仕方ないんだもん』

 

 まだ一晩しか過ごしていないが、ヴァルハラ・ガーデンに滞在するようになってから、

フレイヤは飽きずに延々とネットを覗いていた。事務所云々はそれで得た知識なのだろう。

 

「まあ喜んでもらえてるなら何でもいいですけどね」

『でしょう?』

 

 こういう時のフレイヤは実にあどけない少女のように見え、

ハチマンと並ぶと実にお似合いなカップルに見えてしまうのが困り物だ。

 

(まあフレイヤ様はこういう性格だし、その存在も徐々に周知されてくだろ)

 

 ハチマンにしてみれば、アスナに怒られる事だけが問題なのだが、

幸いアスナは出来た彼女なので、このくらいの事で怒る事は無い。

故にハチマンにしてみれば、外野の声さえ気にしなければ何の問題もないのだが、

やはりうざったいものはうざったいのである。

現に今、二人は周りの観客達からかなり注目を集めてしまっている。

 

『凄く見られちゃってるね』

「まあライブが始まっちゃえば、みんなこっちなんか見なくなりますよ」

『かな?楽しみだよねぇ』

 

 それからしばらくして予定時刻となり、舞台袖から二人が姿を現した。

二人はめざとくハチマンを見つけ、こちらに手を振ってくる。

 

『相変わらずモテモテねぇ』

「別にそういうんじゃないですって」

『本当かなぁ?』

 

 フレイヤはいたずらめいた表情でハチマンの顔を下から覗きこんだ。実にあざとい。

 

「フレイヤ様、始まりますよ」

『はぁい』

 

 フレイヤはハチマンにそう言われ、あっさりと引き下がった。

そして浮遊光源ユニットがきらめき始め、遂に二人のライブが始まった。

 

「みんな、今日も来てくれてありがとう!」

「皆さんの為に、今日も精一杯歌いますね!」

 

 その呼びかけに答え、観客達から大歓声が上がった。

ハチマンは満足そうに客席を眺めたが、その中に一人知り合いがいた為、

ハチマンはその人物に歩み寄った。当然フレイヤもハチマンの後をついてくる。

 

「ユナ、二人を見にきたのか?」

「あっ、ハチマンさん!えへへ、来ちゃいました!」

 

 その知り合いとはユナであった。ユナはフレイヤの事は知らないようで、

会釈をしただけで直ぐに前に向き直った。その隣にハチマンが並ぶ。

 

「ユナはあの二人の事が好きなのか?」

「うん、大好き!特に愛ちゃんが好き!」

 

 ユナはウズメの事を、普通に愛ちゃんと呼んだ。

 

「ウズメ、だろ?」

「う~ん、でもウズメちゃんは愛ちゃんだよね?

前に私、フランシュシュのライブに連れてってもらったけど、ダンスの癖がまったく同じだもん」

「………………………へぇ」

 

(連れてってもらった、か。誰に連れてってもらったのか分かればいいんだが)

 

 ハチマンは少しでもユナに関する情報が得られればと思い、慎重に言葉を選んだ。

 

「ユナはフランシュシュのライブに行ったのか、羨ましいな、俺も行きたかったのに」

「え?あの時ハチマンさん、舞台袖にいたよね?」

 

(何だと?)

 

 ハチマンの心臓がドクンと波打った。

 

(あの時ユナがあそこにいたのか?いや、それらしい姿は絶対に見かけなかった。

これは後でアルゴ辺りに調べてもらうか………)

 

 ハチマンはそう考え、続けてユナにこう言った。

 

「ああ、あの時な。そうか、ユナはあそこにいたのか、あのミニライブは凄く良かったよな」

「うん、もう本当に感動したよ」

「連れてってくれたあいつに感謝しないとな」

「うん、エイ君には本当に感謝しないとね」

 

(エイ君………な)

 

 ハチマンはユナに繋がる手がかりとして、その名前を心に刻んだ。

 

「あれ、ハチマンさんってエイ君の事知ってるの?」

 

(ここで安易に知ってると言うのはまずい………か?)

 

 ハチマンは嘘がバレた時のリスクを考え、考えた末にこう答えた。

 

「いや、同じ名前の知り合いが何人かいるから、もしかしたら別の人かもな」

「えっと、エイ君は………………あっ、ゲームの中でリアルネームを出すのって、

確かやっちゃいけないんだったよね、ごめんなさい」

「………………ああ、確かにそうだな、ウズメの事も含めて今後は気をつけるんだぞ」

「うん!」

 

(残念だがここまでだな………)

 

 ハチマンはこれ以上の情報収集を諦め、ライブに集中する事にした。

そう決めて改めてステージに目をやると、ウズメがハチマンを睨んでいる。

どうやらハチマンがライブに集中していなかった事に怒っているらしい。

ハチマンは、スマン、という風にウズメに手を合わせ、それで機嫌を直したのか、

ウズメはハチマンに向けてニッコリ微笑んだ。

 

「もういい?」

 

 そんなハチマンに声をかけてきたのはフレイヤである。

どうやらユナがハチマンの知り合いだと知って、遠慮してくれていたらしい。

 

「はい、一緒にライブを楽しみましょう」

「うん!」

 

 それから何曲かが披露され、場は大盛り上がりとなった。

二人が確固たる地位を得ていると感じたハチマンは満足げに頷き、

チラリと隣にいるユナの方を見た。先ほどまでハチマンらと共に熱狂していたユナは、

今は落ち着いており、何かぶつぶつと呟いていた。

ハチマンはその呟きが気になったが、周りがうるさい為に聞き取れない。

 

「おっ」

 

 その時ウズメとピュアが再びステージに現れた。いわゆるアンコールである。

 

「やった、まだ二人の歌が聴けるね!」

 

 すっかり二人の歌が気に入ったのか、フレイヤもとても嬉しそうだ。

ハチマンはそんなフレイヤを微笑ましく眺めた後、ステージに目を戻した。

と、バッチリウズメと目が合ってしまう。

 

「む………」

 

 ハチマンは、ステージに集中しろという意味を込め、じっとウズメを見つめたが、

ウズメはハチマンから全く目を逸らさず、そのまま歌い始めた。

どうやらウズメはアンコールの曲を、ハチマン一人の為だけに歌うつもりのようだ。

対して隣にいるピュアは、それが本人のポリシーなのか、

常にその場にいる全員に向けて歌う姿勢を崩す事は無い。

おそらくピュアが目指しているのは、偶像としてのアイドル、

つまりは昭和によく見られたアイドル像なのだろう。

 

(やれやれ、まったく………)

 

 その瞬間にハチマンは、いきなり遠い昔に感じた事のある感覚を得て、ビクンと体を震わせた。

 

「マジかよ………」

 

 そう呟くと、ハチマンはいきなり舞台袖へと走り出した。

 

「ハチマンさん?」

「ハチマン?」

 

 ぽかんとするユナとフレイヤを残し、ハチマンはそのまま舞台袖に駆け込んだ。

その時丁度、アンコール曲を歌い終えた二人が舞台袖に戻ってくる。

 

「あれ、ハチマン?どうしたの?」

「ハチマンさん?」

 

 二人はキョトンとしたが、ハチマンは脇目もふらずにウズメに駆け寄った。

 

「えっ?な、何?」

 

 ウズメは思わず顔を赤らめたが、ハチマンの口から出てきたのは、

ウズメが全く想像もしなかった言葉であった。

 

「おいウズメ、コンソールを開いて自分のスキルの欄を見てみろ」

「あ、う、うん」

 

 そしてコンソールを開き、自分のステータスを調べたウズメは呆然とした顔をした。

 

「あったか?」

「う、うん、あった………」

「何があったんですか?」

 

 事情がよく分からず、そう尋ねてきたピュアに、ウズメはポツリと呟いた。

 

「何か私、歌唱スキルってのが取れちゃったみたい」

「えええええ?も、もしかして私にも!?」

 

 ピュアも慌ててコンソールを開いたが、もちろんそこに歌唱スキルは無かった。

これはおそらく歌い手としてのスタイルの違いのせいだろう。

前述したが、基本ピュアは誰か一人の為に歌う事はない、いや、出来ない。

万人の為に歌おうという本人の強固な意思が邪魔をするからだ。

だからまったく同じように活動し、同じ歌を歌っていても、歌唱スキルが発現したのは、

今日まで何度もハチマン一人の為に歌った事のあるウズメにだけである。

ちなみにハチマンは、ウズメとピュア、

ついでにクックロビン辺りに歌唱スキルが発現すればいいな、と考えてはいたが、

さすがに俺の為だけに歌えなどと言う事は出来なかったのである。

更に言うとその三人であれば、他の誰かの為にだけ歌ってきてくれと頼んでも、

全く気持ちが入らず、徒労に終わっただろう事は想像に難くない。

故にウズメが自然に歌唱スキルを得た事は、ハチマンにとっては僥倖であった。

 

「………ウズメ、明日から俺とマンツーマンで特訓をする気はあるか?」

「やる!」

 

 ウズメはハチマンのその申し出に、内容も聞かずに即答した。

 

「いいなぁ………」

「きっとそのうちピュアにも歌唱スキルが発現するさ、一応推測される条件だけ教えておくからな」

「あ、ありがとうございます!」

 

 その後、ハチマンに条件を聞いたピュアは、自身のポリシーを崩さないように、

ハチマンと二人きりの場で心を込めて何度も歌を披露したが、

歌唱スキルが発現する事はなかった。おそらく何か、別の条件もあるのだろう。

 

 こうして遂に、二人目の歌唱スキル持ちが登場する事となったのである。



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第1158話 いずれサプライズで

昨日はすみません、書いている途中で思いっきり寝落ちてしまいました!


 ライブ用の照明とマイクをストレージに収納し、普通の格好に着替えたウズメとピュアは、

いつもはおかしなファンにからまれないように、その場で直ぐに落ちているのだが、

今日はハチマンが一緒にいる為、普通にヴァルハラ・ガーデンに歩いて戻る事にした。

 

「うぅ、ウズメさんだけずるい………」

「ごめんごめん、きっと早いか遅いかの違いだけだよ、ね?」

 

 ウズメが羨ましいのか、ピュアはずっと拗ねていた。

かなり大人びており、いつも落ち着いているピュアにしてはとても珍しい。

 

「まあまあ、さっき言った条件でいけるかどうか、今度ちゃんと付きあうからまあ落ち着け」

「それはそれ、これはこれです」

 

 そう言いつつも、ピュアの顔はだらしなく緩んでいた。実にかわいい。

観客達は、さすがにハチマンがいる前で二人に余計なちょっかいをかける事は出来ず、

歩いていく三人を遠巻きにしているのみであった。

だがそんな三人に遠慮なく近付いてくる者達がいた、ユナとフレイヤである。

 

「ハチマン、いきなり走ってっちゃったけど一体どうしたの?」

「そうですよ、まったく羨ましい」

 

 ユナは水野愛の大ファンな為、ウズメと気安く話せるハチマンが羨ましいらしい。

 

「羨ましい?」

「あ、えっと、とりあえずそれはいいです」

「ふ~ん?まあとりあえず置いてきぼりにして悪かった、何の問題も無かった」

 

 ハチマンは歌唱スキルの事をユナに伝えるべきかどうか激しく迷った。

だがまだ判断材料が少なすぎる為、何の解決にもなりはしないが、判断を先送りする事にした。

フレイヤはあからさまに訝しげな視線をハチマンに向けてきていたが、

ハチマンはもちろんその事に気付いており、フレイヤの耳元で、後で話しますとそっと囁いた。

フレイヤはちゃんと空気が読めるようで、ハチマンに小さく頷き返してくれた。

これでフレイヤについては特に心配は無くなったが、

ユナはハチマンの方をチラリチラリと覗き見しながら、もじもじし続けている。

 

「………ユナ、どうした?」

「あ、あの、出来れば私の事を、お二人に紹介して欲しいな、なんて………」

「ああすまん、そういえば初対面だったか」

 

 ハチマンは二人にユナの事を紹介し、二人はユナと握手を交わした。

ウズメと握手するユナの手には、より力がこもっているように見え、

ハチマンは、ユナは多分水野愛のファンなんだろうなと推測し、

さきほどの羨ましいという言葉の意味を、遅ればせながら理解した。

 

「この手はしばらく洗いません!」

「いや、まあここではそもそも手を洗う機会なんか全く無いけどな」

 

 ハチマンはユナに普通に突っ込んだが、ユナは全く取り合わず、

ウズメとピュアに色々質問を始めた。

 

「初めてのライブの時ってどうでしたか?」

「曲の振り付けは自分達で考えてるって聞いたんですけど」

「お二人が別々にメインを張る曲は出さないんですか?」

 

 ユナは機関銃のように二人に質問を続け、二人はそれににこやかに答えていた。

だがユナが止まる気配が全く無かった為、ハチマンはユナを宥める為に、その頭に手を置いた。

 

「ユナ、そろそろ………」

「あっ、そうですね、私も用事があるんでした!

お二人とも、次のライブも必ず見にいきますから!」

「ありがとう、予定が決まったら必ずMMOトゥデイで告知してもらうね」

「お待ちしてますね、ユナさん」

「ありがとうございます!」

 

 ユナはとても嬉しそうに二人にお礼を言うと、笑顔のままログアウトしていった。

 

「さて、それじゃあ俺達も帰るか」

「うん!」

「ですね」

「ハチマン、私、お腹が減った!」

「はいはい、フレイヤ様は、ユイかキズメルに頼んで下さいね」

 

 四人はそのままヴァルハラ・ガーデンに戻ったが、そこには何故か、フラウボウがいた。

お忘れの方もいるかと思うが、フラウボウとは神代フラウのキャラである。

そしてアスナもハチマンに合わせてまだヴァルハラ・ガーデンに残っていたようだ。

アスナはハチマンが帰ってきた事に気付き、ごろごろしていたフラウボウに声をかけた。

 

「あっ、ハチマン君達が戻ってきたよ、フラウボウ」

「ガタッ、女神とアイドルのハーレム?それ何てエロゲ?」

「あ~面倒臭い、いいからさっさと用件を言え」

「ほ、報告があります、ビクンビクン」

「そうなのか?それじゃあ向こうで話を聞こう」

 

 さすがはハチマン、フラウボウの繰り出してくるネタは完全にスルーである。

だがフラウボウは全くめげる様子もなく、普通に話し始めた。

 

「デュフフ、前に頼まれた、ユ、ユマの音声データの調査結果の経過報告な訳だが」

「お、何か分かったか?」

 

 ハチマンはタイムリーな話題だなと思いつつ、フラウボウの言葉に耳を傾けた。

 

「れ、例の音声データだけど、徐々に強くなってきてるお。

ま、まあ元の出力が弱過ぎるから、微々たる変化なんだけど」

「………何っ?」

「あと正確には徐々に、じゃなく、段階的に、だお」

「ほう?一定間隔でか?」

「ううん、全然バラバラ。今何かと連動しているのかどうか調査中」

「分かった、引き続き調査を頼む」

「追加報酬で手を打とう」

「問題ない、経理に言っておくわ」

「おなしゃす!それじゃあ私は落ちて情報収集を再開するであります!シャキーン!」

「あ、ああ、宜しくな」

 

 相変わらずこいつはブレないなと思いつつ、ハチマンはフラウボウを見送った。

そしてアスナやウズメ、ピュアやフレイヤ、

ユイ、キズメルが談笑している方へ向かったハチマンは、

とりあえずアスナにウズメの歌唱スキルの事を話す事にした。

 

「ええっ、本当に?」

「ああ、マジだ」

「凄い凄い!それじゃあウズメは歌姫を目指す事になるのかな?」

「俺はそのつもりだ」

「歌姫って?」

 

 アスナはもちろんスキル的な意味で言ったのだが、ウズメにはそんな事は分からない。

ハチマンはウズメに歌唱スキルから他のスキルが派生する事を説明し、

それでウズメは一気にやる気になった。

 

「私、歌姫を目指してみる!」

「ウズメさん、羨ましい………」

「ピュア、さっき言った事、今試してみるか?」

「いいんですか?是非お願いします!」

 

 アスナとウズメ、それにフレイヤ達にはとりあえず遠慮してもらい、

ハチマンは訓練場でピュアに歌ってもらう事にした。

それから一時間、ピュアは不屈の闘志を持って歌い続けたが、

結局ピュアは、歌唱スキルを得る事が出来なかった。

 

「あっ、ハチマン君、ピュア、どうだった?」

「駄目でした………」

「そっかぁ、何か他に条件があるんだろうね」

「こればっかりはさすがに例が少な過ぎてどうにもならないな………」

「あ、前にもいたんだ?って当たり前か、

二人が歌唱スキルの存在を知ってるって事はそういう事だもんね」

「SAO時代に一人だけいたんだよ、名前はユナ。

でもクリア前後のごたごたのせいで、今どうしてるのか、まったく分からないんだ」

 

 ハチマンはユナの事を詳しく説明した。

 

「なるほど、そんな事が………」

「それは心配ですね」

「あれ、でもユナって………もしかしてさっきの?」

「あっ、そういえば!」

 

 ウズメとピュアは、先ほど会ったユナと、

ハチマンの話に出てくるユナが同一人物なのではないかと気付いたようだ。

 

「いや、あのユナはその時の事を全く覚えていない、って言っていいのかな、

知らないって言った方が適切か?」

「そんな感じだよね、見た目はそっくりなんだけど、行動に微妙な違和感があるんだよね」

「えっと、それは謎ですね」

「ああ、謎なんだ………」

「う~ん………」

 

 四人は深刻な顔で悩み始めたが、ここで答えが出るような話でもない。

フレイヤは我関せずと言った感じでこの話には特に何の感想も述べなかったが、

代わりにハチマンにこう言ってきた。

 

「ところでハチマン、アスナにあの事を報告しなくていいの?」

「あの事?何かあったの?」

「ああ~!そうだそうだ、アスナ、やったぞ!ははははは!」

 

 ハチマンはそう言うと、いきなりアスナの脇に手を入れ、高く持ち上げた。

 

「きゃっ!」

「ははははは、ははははははは」

「ちょ、ちょっとハチマン君、恥ずかしいから!っていうか何があったの?」

 

 そう言いながらもアスナは嬉しそうなハチマンを見るのが嬉しいのか、

その顔はややにやけていた。

 

「まあこれを見てくれ」

 

 ハチマンはアスナを下ろし、左手にアハト・レーヴァを装着した。

 

「あっ!もしかしてそれ、アハト・ファウスト?」

「実はこれ、レーヴァテインを改造して作ってもらったんだ、

だからアハト・レーヴァと名付けた」

「おお~!」

 

 アスナも感極まったのか、そのままハチマンに抱き付いたが、

ウズメとピュアの咳払いで直ぐに我に返り、ハチマンから離れた。

 

「あっと、ごめんね、てへっ」

 

 アスナは恥ずかしそうにそう言い、それじゃあえっと、と呟きながらコンソールを開いた。

 

「ん、アスナ、いきなりどうした?」

「あ、うん、みんなにアハトの事とウズメの歌唱スキルの事を伝えなきゃって思って」

「あ~………アスナ、それはちょっと待ってくれ」

 

 そんなアスナをハチマンは止めた。

 

「あ、まだ内緒にしとく?」

 

 それを受け、アスナは直ぐにハチマンの意図を悟ってくれた。さすがの正妻力である。

 

「ああ、ウズメが歌姫スキルを獲得出来たら、

その時に一緒に公開してみんなを驚かせてやろうぜ」

「サプライズだね!うん、分かった!」

「という訳でウズメ、特訓の予定を立てよう。

ユナの時に一度やって、もうどうすればいいかは分かってるから、

後はひたすら試すだけで多分いけるとは思うけどな」

「うん、お願い!」

 

 直ぐに予定が立てられ、次の日からウズメの歌姫ロードが始まった。



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第1159話 ハイテンション・愛

 次の日の朝、目を覚ました愛は、天井に向かっていきなり叫んだ。

 

「よっしゃあ!今日から私のターン!早く夜になぁれ!」

 

 幸いにも愛達が住んでいるソレイユ・エージェンシービルは完全防音であり、

その声を聞いた者は誰もいなかった。早朝から他人に迷惑がかからなかったのは僥倖である。

だがそれはあくまで早朝だけの話である。

朝九時になり、予定通りレッスンルームに集まってきたフランシュシュのメンバー達は、

例外なく全員がハイテンションな愛に出迎えられる事となった。

 

「みんな、今日は一月とは思えないくらい、凄くいい天気だね!さあ、今日も一日頑張ろう!」

 

 愛はとんでもなくニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコしていた。

マネージャーの幸太郎がセクハラまがいのおかしな事を言っても、

やだもう、マネージャーったら、と一言返すだけで、

いつものように反撃したりするようなそぶりは一切見せない。

皮肉な事に、そのせいで幸太郎は逆にびびってしまい、

それ以降、腫れ物に触るような態度で愛に接するようになったのはまあ、仕方がないだろう。

 

「なぁ純子、愛の奴、今日はテンションがおかしくないか?何かあったのか?」

 

 休憩時間にサキにそう話しかけられた純子は、少し拗ねた表情でこう答えた。

 

「そんなの決まってるじゃないですか」

「決まってるって………」

「察して下さい」

 

 その純子のやや投げやりな、珍しい態度にサキは戸惑った。

 

「愛のテンションが上がる理由なんて………あ~あ~あ~!ハチマンさん絡みか!」

「です」

「それにしても今日はちょっと極端じゃない?」

「それくらい、いい事があったんだろうね」

 

 そんな二人の会話に、フランシュシュでは一番の常識人である山田たえが加わってきた。

それを契機に他のメンバー達も集まってくる。

 

「まあ今日からしばらく、夜はハチマンさんと二人きりだから、気持ちは分かりますけど………」

「「「「「八幡さんと夜に二人きり!?」」」」」

「まったくもう、ハチマンさんに手取り足取り指導してもらえるなんて、羨ましい………」

「「「「「八幡さんに手取り足取り!?」」」」」

「人気の無い場所でいい声で歌わさせられるとか、凄く気持ち良さそう」

「何それ!?」

「純子はん、エロいどすなぁ………」

「うわぁ、うわぁ」

 

 純子がイメージしているのはゲームの中のハチマンだが、

フランシュシュの残り五人がイメージしているのはもちろん現実の八幡である。

その辺りにかなり誤解があるのだが、当然どちらもその齟齬には気付かない。

 

「えっ?えっ?どういう事?」

「まさかの愛はん大勝利どすか?」

「これっていいの?どやんす?どやんす?」

「リリィ、子供だからよく分からなぁい!」

「お前、こういう時だけ子供ぶってんじゃねえぞコラ!」

 

 ここまで騒ぎになると、さすがの愛も、六人の様子がおかしい事に気付いてしまう。

 

「みんな、どうしたの?」

「あ、いや………」

「愛ちゃん、大人の階段登っちゃう!?」

「へっ?」

「まさか八幡さんとそんな関係になってるなんて………」

「でも他の人にバレないようにね!アイドルなんだから!」

「はぁあぁぁぁああぁぁあぁぁあ!?」

 

 愛は何故そんな話になっているのか分からず目を見開いて絶叫したが、

その時純子が慌てた様子で横から加わってきた。

 

「えっちなのはいけないと思います!ってか違います、誤解です!皆さん勘違いされてますよ!」

 

 その純子の言葉で薄々事情を悟った愛は、それならそれでもいいんだけどと思いつつ、

一応他のメンバー達の認識を訂正した。

 

「えっと、話題が私とハチマンさんの事なら、ALOの話だからね?」

「えっ?」

「何だ、そっち?」

「おい純子、紛らわしいんだよ」

「ご、ごめんなさい」

 

 それで一応この場は収まり、普通にレッスンが始まった。

そして夜になり、レッスンが終了した直後、

愛は満面の笑みを浮かべながら自室へと戻っていった。

 

「お疲れ様でしたぁ!」

 

 まったく疲れた様子もなく、挨拶をした後は脇目もふらずに走っていく愛を見て、

他のメンバー達は戸惑った様子で顔を見合わせた。

 

「ALOでお出かけ………なんだよね?」

「う~ん、しかしあれは………」

「浮かれてるね」

「女の顔をしてはりますなぁ」

「ゆうぎり姉さん生々しい!」

「くっ、私もいつか………」

 

 そんな仲間達の視線を背中に受けつつ部屋に戻った愛は、

約束の時間までまだ余裕がある事を確認すると、いきなりその場で全裸になった。

 

「先ずはシャワー!」

 

 そのまま風呂場に駆け込んだ愛は、特に意味は無いが念入りに体を磨き、

シャワーを浴び終えた後、何故か勝負下着を取り出して身につけた。

 

「これでよしっと」

 

 別に何がいいという訳でもないのだが、まあこれはご愛嬌と言うべきだろう。

そしてトイレに行きたくならない程度に適度に水分を補給した愛は、

そのままベッドに横たわった。

 

「さて、これから楽しいデートの時間!」

 

 愛は気合いを入れるように自分の頬を叩き、そのままALOへと旅立った。

 

「リンク・スタート!」

 

 

 

「おっはようございま~っす!」

「お、おお、元気だな、ウズメ」

「え~?いつもと一緒だと思うけどなぁ」

「そ、そうか?」

 

 ヴァルハラ・ガーデンに入ると、既にハチマンは準備万端といった感じで待機していた。

相変わらずフレイヤがハチマンに纏わりついてベタベタしていたが、

今のウズメは全く気にしない。

夜八時という事もあり、ぽつぽつと他の仲間達の姿も見え、ウズメに挨拶を返してくる。

 

「よし、それじゃあ行くか」

「うん!」

「お、ハチマン、何か用事か?」

 

 そんな二人にキリトがそう質問してきた。

 

「ああ、これからちょっと、ウズメの特訓をな」

「二人きりでか?」

「まあそんな感じだな」

 

 キリトは少し首を傾げ、チラリとアスナの方を見たが、

そのアスナはニコニコ笑顔をまったく崩そうとはしなかった。

 

「うん、二人とも、頑張ってね!」

「おう」

「行ってきます!」

「あっ、それじゃあ私も………」

 

 そんな二人をフレイヤが追い掛けようとしたが、それはアスナとハチマンが止めた。

 

「フレイヤ様、駄目ですよ?」

「フレイヤ様、多分ウズメが恥ずかしがると思うので、遠慮して下さい」

 

 そのハチマンの言葉にウズメは思わず頬を染めた。

 

(えっ、私、何されちゃうんだろ?)

 

 もちろん何もされはしない、ただ延々とかつてユナがやったような事をやらされるだけだ。

 

「むぅ………二人がそう言うなら仕方ないわね、ハチマン、早く帰ってくるのよ!」

「へいへい、仰せのままに」

 

 それでこれが、ハチマンとアスナの同意の上の行動なのだと理解したキリトは、

それ以上何も言わずに二人を見送った。

アスナが認めているなら、ハチマンが誤解をされそうな行動をしても、何の問題もないのである。

 

「今日はどこに行くの?」

「十九層のラーベルグだ、人が少ないからな」

「え、あそこ?」

「ん?嫌なのか?」

「あそこが好きな女の子っていないと思う」

「………ああ、まあ確かにそうか。だが行くのはあそこだ」

「はぁい」

 

 二人はそのままラーベルクへと転移した。

相変わらずゴーストタウンのようなラーベルクのその暗い雰囲気に、

ウズメは思わず身震いしたが、

同時にハチマンが隣にいる事で、別の考えが頭をもたげた。

 

(これってもしかして………)

 

『キャー、オバケ!』

『大丈夫だ、俺がついてる』

『で、でも怖い!』

『仕方ないな、もっとこっちに来いよ』

『でっ、でも………』

『いいからほら』

『あっ、ど、どうしてそんな所を触るの?』

「嫌なのか?」

「う、ううん、別に嫌じゃない………あっ!」

 

 街の雰囲気のせいで生存本能を刺激されたのか、ウズメの妄想はとても捗っていた。

 

「なんちゃって!なんちゃって!」

 

 ウズメは赤く染まった自分の頬に手を当て、くねくねと身をよじらせた。

 

「………嫌だとか嫌じゃないとかいきなりどうした?」

「えっ?」

 

 いきなりハチマンがウズメにそう声をかけてきた。

それでウズメは我に返り、同時に顔を青くした。

ハチマンの口ぶりから、どうやら自分が先ほどの妄想を、

途中から口に出していたらしいと悟ったのである。

 

「わ、私、今何か言ってた?」

「なんちゃって?」

「その前!」

「嫌なのか?とか、別に嫌じゃない、とか?」

「もうひと声!」

「いや、それ以外は別に何も言ってないが」

「ギリギリセーフ!」

「意味が分からん………」

 

 そんなウズメのおかしな態度に、ハチマンは苦笑しながらそう言った。

 

「何だよまったく、おかしな奴だな」

「お、女の子には色々あるの!」

 

 ウズメはそう言ってハチマンをぽかぽか叩いたが、ハチマンはそれをあっさり手でガードした。

 

「むぅ、ちょっとはくらいなさいよ!」

「はぁ………ちょっとだけだぞ」

「うん!」

 

 ハチマンはそのまま何発かウズメのポカポカをくらってあげた。

傍から見ると、どう見ても二人はバカップルにしか見えない。

ウズメは一応他人の目を気遣って変装してはいたが、

それでも現役アイドルのこんな姿はあまり他人に見せられるようなものではない。

ここが過疎エリアな為、目撃者がいなかったのは、実に幸いな事であった。

 

「よし、ここからは飛ぶぞ。前は歩いていくしかなかったから助かるわ」

「あっ、そうなんだ?」

 

 先日のバージョンアップでアインクラッドの一部エリアが飛べるようになった為、

目的地への移動時間を大幅に短縮する事が可能になっている。

そして二人は街を出てから直ぐに飛び上がり、そのままとある山の上の開けた広場へと移動した。



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第1060話 偶像

オーディナル・スケール版の人物紹介と趣味の資料はそのうち投稿します。


「さて、それじゃあ特訓を開始する」

「はい、師匠!」

 

 ウズメにそう呼ばれた瞬間に、ハチマンの脳裏に思わずユナの顔が浮かんだ。

 

『これ、本当にやるんですか?師匠』

『ええっ?師匠、何かスキルが取れました!』

『これで私も師匠と一緒に戦えますね!』

『師匠、私の歌、ちゃんと聞いててくれました?』

『師匠?』

「師匠?」

『師匠………』

「聞いてる?師匠?」

『師匠!』

「ハチマン!」

 

 その声にハチマンはハッとし、ウズメの顔を見た。

 

「大丈夫?心ここにあらずって感じだったけど」

「あ、ああ、悪い、ちょっと昔の事を思い出してたわ」

 

 そのハチマンの言葉を聞いて、ウズメの心の中の何かがざわついた。

 

(ユナって人の事を考えてたんだ)

 

 ウズメの心の中で、ユナに対する対抗心が上がっていく。

そしてそれが極限まで高まった瞬間に、ウズメの心がスッと落ち着いた。

 

(ううん、他の人と比べる事なんかに意味はない、だって、私は私なんだから)

 

 そう考えたウズメはハチマンに近付き………。

 

「もう、今一緒にいるのは私なんだから………」

 

 そしてその頬に両手を添えながら言った。

 

「今は私だけを見てね」

「ち、近い………」

 

 ハチマンはそんなウズメの態度にどぎまぎしたが、その瞬間にウズメはビクン、と震えた。

 

「あっ………」

「ど、どうした?」

「えっとね………『演技派』っていうスキルが取れたよ」

 

 そのあまりにも想定外な言葉に、ハチマンは絶叫した。

 

「………………はぁ!?そんなの俺、知らないぞ!」

「そ、そうなの!?」

「ああ、俺が知ってるのは、『吟唱』『楽器演奏』『舞踊』『カリスマ』『癒し系』、

『小悪魔系』に、後は『大声』のスキルだな。

この時点でそのスキルが統合され、ユナは『歌姫』のスキルを得たんだ」

「ど、どういう事?」

「どういう事なんだろうな………」

 

 二人はその場に座りこみ、考え込んだ。

 

「もしかして、関連スキルを八つ取れれば統合されるとか?ハチマンだけに」

「ハチマンは関係ないだろ。まあ種類が違ってもいいのか、

必須な奴が一部なのかは分からないが、こうなるとそれぞれの歌姫によって、

得意不得意の違いが出る事になりそうだよな」

「よく考えられてるよねぇ」

 

 だがそれが正解かどうかも分からない。

 

「SAOのスキルを作った人にどうなってるのか聞ければいいんだけどね」

「それなぁ、アルゴに解析させてはいるが、

まだ完全には解明出来てないっていうか………」

 

 ウズメがポツリと漏らしたその言葉に答えている途中で、ハチマンはハッとした。

 

「そ、そうか、ホーリーに聞けば………」

「どうしてホーリーさん?知ってるのは茅場晶彦って人で、もう死んでるんでしょ?」

「えっ?」

 

 そのウズメの言葉でハチマンは、

ホーリーの正体を身内全員が知っている訳ではないと気がついた。

 

(そういえば、全員には教えてないんだったな………)

 

 ハチマンはそう考え、ウズメにホーリーの事を告げるべきか迷ったが、

今ここで言ったからといって、何かが解決する訳でもない為、とりあえず一旦保留とし、

ハチマンが知る他のスキルをウズメが得られるように、特訓を開始する事とした。

 

「とりあえず一旦この事は忘れておこう。

時間がもったいないし、今のところは予定通り特訓する事にしようぜ」

「まあそうだね、それじゃあ何からいく?」

「そうだな、それじゃあしばらくは、自分が知ってる限りの早口言葉を延々と言ってみろ」

「早口言葉?う~ん………青巻紙赤巻紙黄巻紙!」

「そんな感じだ、普段の会話も早口でやれば、それも有効かもしれない」

「分かった、やってみるね!東京特許許可局!」

 

 この辺りは馴染みも深い為、ハチマンもウズメと一緒になって早口言葉にチャレンジし始めた。

 

「赤パジャマ黄パジャマ茶パジャマ」

「赤パジャマ黄ピャジャマ茶パジャマ………くそおおお」

「お綾や八百屋におあやまり」

「お綾や八百屋におややまり………くっ」

「あのアイヌの女のぬう布の名は何?あの布は名のない布なの」

「あのアイヌの女のぬう布の名は何?あの布は名のない布なの、よっしゃ!」

 

 たまに失敗しつつも楽しそうにウズメの後をついてくるハチマンを微笑ましく思いながら、

ウズメは徐々に難易度を上げつつ、自分が思いつく限りの早口言葉にチャレンジしていった。

 

「客が柿食や飛脚が柿食う飛脚が柿食や客も柿食う客も飛脚もよく柿食う客飛脚」

「客が柿食や飛脚が柿食う………ええと………」

「ブタがブタをぶったらぶたれたブタがぶったブタをぶったので、

ぶったブタとぶたれたブタがぶったおれた」

「ブタがブタをぶったらぶたれたブタがぶったブタを………ぶった、ぶったおれた仏陀!」

「かえるひょこひょこ三ひょこひょこ四ひょこ五ひょこ六ひょこひょこ、

七ひょこ八ひょこ九ひょこ十ひょこ」

「かえるひょこひょこ三ひょこひょこ、合わせて………じゃないだと!?」

「可逆反応の逆不可逆反応不可逆反応の逆可逆反応可逆反応も不可逆反応も化学反応」

「おお~!パチパチパチ!」

 

 さすがにこの辺りになると、ハチマンは全くついていけず、

ウズメの邪魔にしかならない自覚があった為、

上手くいった時に褒める事でウズメをサポートする事にした。

 

(しっかし愛の奴、恐ろしく慣れてやがるな。

昔からずっとこういう事をしてきたんだろうな………)

 

 ハチマンは愛の努力家な部分を改めて思い知らされ、

この分だとすぐに吟唱スキルを得られるだろうなと確信した。

 

「歌うたいが歌うたいに来て歌うたえと言うが、

歌うたいが歌うたうだけうたい切れば歌うたうけれども歌うたいだけ………来たああああ!」

「お?」

 

 この特訓を開始してから三十分、その間ひたすら難易度の高い早口言葉を続けていたウズメは、

途中でガッツポーズを作り、ハチマン目掛けて抱きついた。

 

「おわっ」

「やった、吟唱スキルゲット!」

「おお、早かったな」

 

(ユナはここで結構詰まったんだが、これが経験の差って奴か………、

まあユナの場合は、素人が歌姫を目指したようなもんだから、

ある意味リアルでもう歌姫ポジションにいるウズメとは、スタート地点からして違うからな)

 

 ハチマンはそう考え、ウズメを賞賛した。

 

「凄いぞ、まさかこんなに早くスキルを得られるなんて思わなかったわ」

 

 まあ演技派のスキルはもっと早くに取れた訳だが、それに関しては別に狙った訳ではない為、

偶然の産物に関してはそれはそれという事で、ハチマンはその事については特に触れなかった。

 

「よし、ここでちょっと休憩な」

「うん!」

「飲み物と甘い物は持ってきたからな、ほら、好きな物を選んでいいぞ」

「あ、ありがとう」

 

 言われた通りに好みの物を選び、ハチマンの隣に座ったウズメは、

スキルを得られた喜びで、かなりの満足感に包まれていた。

 

(はぁ、毎日充実してるなぁ)

 

 ハチマンと出会ってから、ウズメの生活は一変していた。

リアルに関しては、VRと併用したレッスンに最適な環境を整えてもらい、

基本、自分達のやりたいように何でもさせてくれ、それに関して全面的に協力してくれる。

スポンサー絡みの望まぬ仕事もまったくする必要がなく、前の事務所が弱小だったが故に、

何度か話だけは伝わってきた、暗に枕営業を要求するような圧力もまったくかからなくなった。

 

(こういうのを幸せっていうのかな)

 

 そう思いながら、ウズメはハチマンの方をチラリと眺めた。

ハチマンはコンソールのメモ欄を開きながら、次はどうしようかと悩んでいる。

 

「もう、ハチマンもちゃんと休憩しなよ」

「ん、ああ、もう少し………」

「いいからいいから!ほらっ!」

「おわっ!」

 

 ウズメはいきなり立ち上がるとハチマンの正面に立ち、そのままハチマンを押し倒した。

 

「お、お前なぁ」

「あはははは、あはははははは」

 

 今のウズメはハチマンに馬乗りになっていたが、ウズメが輝くような笑顔を見せていた為、

ハチマンはそこにエロさをまったく感じず、その為ウズメにどくように言う事はしなかった。

むしろ今のウズメから感じられるのは、他人を明るく照らす、まるで太陽のようなオーラであり、

ハチマンは、やっぱりウズメはアイドルなんだよなぁと、その顔を眩しそうに見つめていた。

その視線に気付いたウズメは、今の二人の状況を理解し、頬を染めた。

 

「どうしたの?私の事、好きになった?」

「いや、そういうんじゃなくてな、何というか、眩しいなって」

「くぅ~、女としては複雑だけど、まあアイドルとしては誇っていいのかな?」

 

 そう口に出した瞬間に、ウズメがビクンと体を震わせた。

 

「っ………」

「ど、どうした?」

「ス、スキルが………何か、『偶像(アイドル)』っていうスキルが取れちゃったみたい」

「うわ、マジか、お前、凄いな………」

 

 ハチマンは、この水野愛という少女の持つポテンシャルに、

ただただ感心する事しか出来なかった。

だがあまりにも想定外の事が多過ぎる為、二人は一度ヴァルハラ・ガーデンに戻り、

ホーリーの意見を聞いてみようと考え、この日は一度戻る事にした。

 

「ウズメ、ちょっと一旦ヴァルハラ・ガーデンに戻ろう。

さっきホーリーに連絡しておいたから、多分こっちに顔を出すはずだ」

「どうしてホーリーさんなのかは分からないけど、うん、分かった」

 

 そのまま帰還した二人を、果たしてホーリーが出迎えた。

 

「やぁハチマン君、ウズメさん、僕に何か話があるそうじゃないか………………むっ」

 

 ホーリーはそこで言葉を止め、じっとウズメの顔を見た後、ボソリと呟いた。

 

「そうか、『偶像(アイドル)』か………」

 

 その言葉にハチマンとウズメは目を見開いたのだった。



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第1161話 教えてホーリーさん

 ホーリーのあまりにも見透かしたような発現に瞠目した二人は、

そのままホーリーを連れ、ヴァルハラ・ガーデン内のハチマンの部屋へと篭った。

 

「おいホーリー、さっきのはどういう事だ?」

「どうもこうもないよ、感じたままの事を言っただけさ。

偶像(アイドル)のスキルが発現したんだろう?」

「お、おう、何で分かったんだ?」

「ただの勘、と言いたいところだが、私には他人のスキル構成が見えるのさ」

「マジかよ、汚ねえ………」

「それって『鑑定』か何かのスキルですか?」

 

 事情を知らないウズメからすれば、

そう思うのはファンタジーを少しでもかじっていれば、至極当然の質問である。

 

「いや、ALOに鑑定のスキルは存在しないな、多分?」

「SAOがベースになっているというなら、確かに存在しないね」

「だそうだ」

「どうしてホーリーさんに聞くの?

あっ、もしかして、ホーリーさんってSAOの開発に関わってたんですか?」

「そうだね、関わっていたというか………」

 

 ホーリーは、言っていいのかい?という風にハチマンの方を見た。

 

「いいか愛、これは絶対に仲間以外の前で言っちゃ駄目だからな」

 

 ハチマンは敢えてウズメの事を愛と言いながらそう言い、ウズメは身を固くした。

 

「う、うん」

「なら話そう。ホーリーの正体は………茅場晶彦本人だ」

「どうも初めまして、僕が茅場晶彦だよ。

まあ正確には本人じゃなく、その残骸みたいなものなんだけどね」

「えっ、またまた、冗談ばっかり!」

 

 ウズメはそう言ったが、ハチマンとホーリーはまったく表情を変えない。

 

「………えっ、本当に?」

「君は茅場晶彦の死因を知っているかい?」

「脳をスキャンしたらそれに脳が耐えられなくて死んだって………」

「ニュースだとそうなってるな、まあでも実際はほれ、

スキャンは成功し、こいつはネットの海を今もお散歩してやがるのさ」

「えええええ?」

「ただそれはやっぱり負担が大きくてね、

ソレイユのサーバーに僕のバックアップを置いてもらってるんだ。

で、たまにここにも遊びに来させてもらっていると、まあそんな訳だよ」

「そ、そうだったんですね………」

 

 さすがのウズメもこのカミングアウトには言葉も出なかった。

そうするとここにいる茅場晶彦さんは犯罪者?いや、死んだ時点でそうじゃない?

ウズメはそんな事を考えたが、直ぐに考える事をやめた。

どちらにしろ他人に話す事はないし、ハチマンを困らせるような事はしたくなかったからだ。

 

「なるほど、分かりました」

「ありがとう、さすがハチマン君は愛されてるね」

「意味が分からん」

「朴念仁はこれだから困るね」

「お前にだけは言われたくないけどな」

 

 二人はいつもとは違って気安い感じで話しており、深い絆を感じさせる。

ウズメはそれを羨ましいなと思いつつ、気になっていた事をホーリーに尋ねた。

 

「えっと、そうなると、スキルの事について教えてもらえるって事でいいんですよね?」

「ああ、なるほど、つまり僕を呼び出したのはそういう理由なんだね」

「ああ、実は………」

 

 ハチマンは、ユナが歌姫になった時の元になったスキルとは別のスキルが、

ウズメに二つも発現した事をホーリーに説明した。

 

「ああ、そういう事か。それなら君達の想像通りだよ。

アイドルや歌姫というものは、全員が同じ技能を持っている訳ではないだろう?

歌唱力が評価される者もいるし、踊りが評価される者もいるはずだ」

「やっぱりそういう意図だったのか………」

「そうなると、全部で八個のスキルを取ればそれが統合されるって認識でいいんですか?」

「ああ、その通りだよ」

「どうして八個なんですか?」

「それは決まってるさ、ハチマンだから八個にしたのさ」

 

 ホーリーがそう言った為、ハチマンとウズメは呆然とした。

 

「えっ?えっ?ハチマン、私の言ったギャグが本当だったみたい」

「っていうかお前、人の名前をダシにすんな」

「そんな事言っても、それが事実なんだから仕方ないじゃないか」

「ぐぬ………」

 

 どうやら開発中にいくつにするか悩んだホーリーこと茅場晶彦は、

たまたま近くにいたハチマンの顔を見て、八個でいいかと安易に決めたらしい。

 

「マジか………」

「まあ別にいいじゃないか、何の実害もないだろう?」

「そりゃそうだけどよ………」

「あはははは、あはははははは」

「他にはどんなスキルがあるんだ?」

「それは自分で探したまえ、その方が楽しいだろう?」

「ぐっ………まあいいけどな」

 

 重要そうな疑問も、それを晴らされてみれば何の事はない、適当に決めただけだったようだ。

ホーリーは、まあこんなのは良くある事さと何でもないように言い、

ハチマンは呆れつつも、まあ別にどうでもいいかと納得した。

 

「で、もう一つ聞きたいんだが」

「ん、何だい?」

「ウズメには確かに歌唱スキルが発現したけど、

まったく同じように活動していたピュアには発現していない。

この違いは一体どこから来るんだ?」

「どういう事だい?」

「実は………」

 

 ハチマンは自分なりの歌唱スキルの発現条件と、

その為に自分とピュアが行ったチャレンジの事をホーリーに説明した。

 

「それはハチマン君、君が悪いよ」

「俺!?何で!?」

「そもそも僕がこういうシステムを実装したとして、

その条件となるデータはどこから引っ張ってくると思う?」

「データ………?歌が上手いとかか?」

「そんなのどうやって判別するんだい?例え多少稚拙でも、いい歌はいい歌だし、

逆にどんなに技術があっても心に響かない歌声とかはあるだろう?」

「確かに………」

 

 ハチマンは、自分が好きな昔の映画の事を思い出しながらそう呟いた。

ハチマンが生まれる二十年近く前に公開された、

超能力学園もののドラマや、タイムリープものの映画の主演女優は、

歌の技術は決して安定してはいなかったが、その歌声はハチマンを完全に魅了してくれたものだ。

 

「で、どうだい?そういう数値を僕はどこで判断する事にしたと思う?」

「それは………」

 

 ハチマンとウズメは考え込んだが咄嗟に答えは出てこない。

 

「駄目だ、分からない」

「それはね、受け手の反応だよ」

「受け手の………反応?あっ、まさか………」

「気付いたかい?」

「MHCP………」

「その通り」

 

 ハチマンは黙って立ち上がると、ユイを部屋に呼んだ。

 

「ユイ、ちょっとこっちに来てくれ」

「はいパパ」

 

 妖精モードのユイは直ぐに部屋に飛んできて、ハチマンの膝の上にちょこんと座った。

 

「ユイ、一つ聞きたいんだが………」

「何ですか?」

「ホーリーから聞いたんだが、ユイはSAO時代、歌唱スキルの発現条件に関わったりしてたのか?」

「歌唱スキルですか?う~ん、記憶に無いですね………、

もっとも私の記憶はパパの前に姿を現した時にかなり混乱していて、自分を復旧させる為に、

その直後に一部の記憶を意図的に消しましたから、確かな事は言えないです。

ごめんなさい、パパ」

「そうなのか?」

「それもそうだけど、元々その記憶は残らないんだよ、ハチマン君」

 

 そんなユイを、ホーリーが補足した。

 

「元々あれは、三つのMHCP、X、Y、Zの合議みたいなもので決定されてたんだよ。

だから確実にユイ君も関わっていたと思うが、

発現した後はそのプレイヤーを選んだ記憶は消す事になっていたからね、覚えてないのも当然さ」

「何故その記憶を?」

「本来の業務には必要のない記憶だからね、

彼女達の本分は、あくまでプレイヤーのメンタルケアさ」

「ああ、そういう事ですか………もし歌う事が流行って、

歌唱スキル持ちが爆発的に増えてしまったら、

本来のメンタルケア業務に支障をきたすかもしれないと」

「まあそういう事だね、私は気付いていなかったが、実際おかしくなっていたようだしね」

「ラフィンコフィンの一件ですね」

「ああ、あれは私のミスだ。処理し終わった事柄については、

その記憶を削除するようにしておくべきだった」

「記憶が無いのであくまで推測ですが、あれでXの負担が高まって、

私が休眠状態に入ってからは、多分審査自体出来なくなったと思うんです」

「そうか、それで歌唱スキル持ちがユナ以外には生まれなかったのか………」

 

 ハチマンは、まさかユイがこの件に関わっていたとは思わなかった為、とても驚いた。

 

「で、今の歌唱スキルの発現条件だが、アルゴ君が条件を変えていなければ、

三つのMHCPの合議によって決定されるはずだよ」

「ああ、アルゴはその辺り、まだ解析出来ていないって言ってたな」

「なるほど、ならそれに関わっているのは、歌を聞いている人達の精神状態だね。

ついでに言うと、聞いている人達の視線と、歌っている人の視線がどこに向いているかも重要だ」

「歌ってる人の視線の向き?それって………」

 

 ハチマンは慌ててウズメの顔を見て、ウズメもハチマンの顔を見て頬を染めた。

 

「え?じゃあ俺のせいってそういう事?ピュアの事は俺のせい!?」

「よく分からないが、心当たりがあるようだね」

「いや、まあウズメは歌う時、ずっと俺の事を見てるんで、俺も自然と………」

 

 それを聞いたホーリーは、クスクス笑った。

 

「ならそれは君の精神状態だけを参考に選定されたと見るべきだろう」

「マジか………でもその後に俺、ピュアと二人きりでその歌を聞いてるんだけど?」

「それじゃあ感動が足りなかったんだろうさ。示しあわせてそれをやったのなら、

どうしても歌唱スキルの為の事務的な視聴という感覚が消えないだろうからね」

「そういう事か………」

 

 こうなってしまうと、もう一度やっても結果は同じだろう。

ハチマンの頭の中からその意識を完全に消す事は不可能だからだ。

 

「ホーリー、どうすればいい?」

「彼女の歌は私も聞いたけど、実力はあるんだ、

心配しなくても、時間の問題で歌唱スキルが発現するさ」

「それならいいんだけどな………」

 

 ハチマンはピュアへの申し訳なさでいっぱいになった。

確かにウズメの方を長く見ていたのは否定出来ない。

とりあえずこの事をピュアに伝え、許しを請うべきだろう。

 

「よし、落ちた後、ピュアに会いに行ってくるわ」

「えっ?あ、うん………」

 

 ウズメは若干嫉妬したが、直ぐにその考えを消した。ウズメにとって、ピュアは親友だからだ。

 

「ホーリー、ユイ、色々教えてくれてありがとうな、また何か困ったら相談するわ」

「はい!」

「ああ、いつでもどうぞ」

 

 こうして歌唱スキルについて知ったハチマンは、

今日の活動は一旦終え、そのままログアウトした。




ユイが当時どんな状態だったかは、第70話をご参照下さい。


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第1162話 純子の宣言

 ログアウトした八幡は、直ぐに愛からの連絡を受けた。

 

「ん、愛か、お前も落ちたのか?」

『うん、純子に一応話を通しておいた方がいいと思って。

そのまま私の部屋で、純子をもてなしておくね』

「………そうか、頼むわ」

『ううん、気にしないで』

 

 電話を終えた八幡は、この日ログインしていたソレイユの本社ビルから、

隣のソレイユ・エージェンシービルへと向かった。

そして愛は、パジャマを着ただけで純子の部屋へと向かった。

実に無防備だが、このビルにはおかしな住人はいないので安全だ。

 

「純子、愛だけど、ちょっといい?」

 

 愛はインターホン越しにそう声をかけ、直ぐに純子から返事があった。

 

『愛さん?今行きますね』

 

 そして直ぐに扉から純子が顔を出した。純子はまだ寝る準備をしていなかったようで、

普段着のままであった。

 

「あのね、これから純子と話しに八幡がこっちに来るんだけど、

その前に純子にちょっと話があるの」

「私に何か話………ですか?何かありましたか?」

「歌唱スキルの発現条件が分かったの。だからちょっと私の部屋で話さない?」

「そうなんですか?それじゃあお邪魔しますね」

「うん、ありがと。八幡も直ぐ来ると思うから」

 

 そのまま愛は純子を部屋に迎え、紅茶を入れて純子をもてなした。

 

「こういうのも久しぶりだね」

「ええ、そうですね。愛さん、あの、でれまんくんは?」

「あ、まだ充電中だと思う」

「そうですか、今度また話したいです!」

「うん、また今度ね」

 

 純子はとてもニコニコしていた。愛も一緒とはいえ、八幡に会える事が嬉しいせいである。

 

「それじゃあ私もちょっと着替えちゃうね」

「はい」

 

 そして愛が着替え始めた瞬間に、純子は息を飲んだ。

 

「あ、愛さん………」

「ん、どうしたの?」

「そ、その下着………」

「下着?あっ………」

 

 愛はまだ、勝負下着を身につけたままであった。

 

「ち、違うの、これは何となく気分が高揚しちゃって………」

 

 愛はわたわたと言い訳したが、純子は頬を染めたまま、愛に向けて意外な事を言った。

 

「そ、そういうの、どこで買うんですか?」

「え?えっと………昔からよく行ってるお店があって………」

「あの、そのお店、今度私も連れてってもらえませんか?」

「う、うん、それは別にいいけど………」

 

 純子はそのままもじもじしていたが、やがて意を決したようにこう言った。

 

「わ、私もそろそろ、そういうのを持っておいた方がいいと思うんです」

「!?」

 

 愛はその言葉にとても驚いた。えっちなのはいけないと思います、

が口癖な純子の口から出る言葉とはとても思えなかったからだ。

 

「えっと、愛ちゃんがログインした後に、ゆうぎりさんに言われたんです。

好きな男の人の為に多少自分を変えるのは、

アイドルとか関係なく、女として普通の事なんじゃないかって」

「まあそれはそうかもね」

「なので私も、見えないところからちょっと自分を変えてみようと思って」

「………そっか、うん、私で良ければ案内するよ」

「ありがとうございます!」

 

 その時インターホンが鳴り、そこから八幡の声がした。

 

『愛、着いたぞ。今からそっちに行くわ』

「うん、純子と一緒に待ってるから」

 

 それから数分後、今度は部屋のインターホンが鳴った。

 

「は~い、今開けるね」

 

 愛は直ぐに扉を開け、八幡が部屋に入ってきた。

 

「純子、こんな時間に悪いな」

「あっ、はい、歌唱スキルについてお話があるって事でしたけど………」

「そうなんだ、実は純子に歌唱スキルが発現しなかったのは俺のせいらしい。

なのでその事を謝りたかったんだよ」

「どういう事ですか?」

「実は………」

 

 八幡は純子に、歌唱スキルの発現には受け手の受けた印象が大事な事を説明した。

そして愛の場合は、愛と八幡の視線が合っていた為、

八幡の受けた感動がそのまま愛の判定にだけ使われた可能性が高いという説明が成された。

 

「………という訳なんだ、本当にすまん」

「八幡さんが謝る事じゃないじゃないですか。

確かに八幡さんの視線が私より愛さんの方により多く向いてたのは知ってますけど、

それは愛さんがずっと八幡さんの方を見ていたからですよね?」

「じゅ、純子、気付いてたの?」

「それはまあ、相方ですからね、ふふっ」

 

 どうやら純子は、はなからその事に気付いていたらしい。

 

「その上で私は全員の顔をまんべんなく見る事をやめませんでした、

それが私の目指す、昭和のアイドルの姿だからです。

そしてその分感動を集められなかったのはあくまで私の実力のせいです、

八幡さんが謝る事じゃありませんよ」

「だ、だけどよ………」

「二人きりの時も、確かに私も、八幡さんに自分の歌を聞かせよう、聞かせようとするだけで、

歌に気持ちがあまりこもってなかった気がします。

多分もう一度同じ事をしても、その意識はそう簡単に消えないでしょうね」

「それは俺もそう思う。そうか、話したのは失敗だったかもしれないな………」

 

 そう言って八幡はしょげたが、そんな八幡に純子はそっと手を伸ばし、その頬に触れた。

そういう事に慣れていない為、その顔は真っ赤であったが、

その気持ちは十分に八幡に伝わってきた。

 

「そんな事ないですから気にしないで下さい。これ以上何かしてもらう必要もないですよ。

私は私の実力で、八幡さん相手に歌唱スキルを得てみせますから!」

「俺限定!?」

「だって悔しいじゃないですか、理由はどうあれ愛さんは八幡さんの心に響く歌を歌えたんです、

そういう事なら私も負けてられませんよね」

「そ、そうか?」

「そうですよ!」

「そっか、そうだな」

 

 八幡と愛は、純子のその前向きな態度に感動した。

 

「分かった、それじゃあ俺も、出来るだけ純子が歌う時は現地に行くようにするわ」

「はい、お願いしますね」

「わ、私だって負けないんだから!」

「ふふっ、そうですね、勝負です!」

 

 こうして純子との話し合いは問題なく終わり、八幡は二人に頭を下げながら帰ろうとした。

 

「それじゃあ俺はそろそろ………」

「待ってよ、もう少し寛いでいってもいいんじゃない?ほら、私の部屋に初めて入った訳だし?」

「そう言われると確かに………」

 

 愛の部屋は、キモカワグッズが多く置いてあり、あまり女の子らしいとは言えなかったが、

八幡はそういうのが嫌いではなくむしろ好きであり、

ちゃんと整理整頓はされている為、どちらかというと居心地がいい部屋ではあった。

 

「それじゃあもうちょっと………」

 

 三人はそのまま今の芸能界についてや、今後のフランシュシュの活動などについて話しつつ、

ALOの話も交えて会話を続け、気がつくともう時間は夜中の十二時を超えようとしていた。

 

「もうこんな時間か、さすがにそろそろ帰らないとな」

「うん、そうだね」

「私達も明日はレッスンがありますしね。八幡さん、今度は私の部屋にも遊びに来て下さいね」

「ああ、二人きりはさすがにまずいから、また他の誰かと一緒にな」

「むぅ、別に二人きりでもいいと思います!」

「純子!えっちなのはいけないと思います!」

 

 拗ねる純子に対し、愛は純子の物真似で対抗した。そのせいで純子は頬を膨らませたが、

いつも自分が言っている事なので安易に否定は出来ないようだ。

 

「ちょっとくらいなら別に………」

「あはははは、それじゃあまたな、二人とも」

「うん、またね!」

「また明日、今日の続きをお願いね!」

「ああ、分かってるって。後そこに隠れてる俺もまたな」

 

 その言葉を受け、ベッドの後ろから姿を現したのは、愛の持つでれまんくんであった。

 

「ついさっき充電が終わって、邪魔しないように気を遣って隠れてたのに、バレてたのか」

「お前がでれまんくんか、どういうタイプなんだ?」

「何、シノンのはちまんより、多少ご主人寄りな態度をとるだけさ」

「ふ~ん」

「は、八幡、でれまんくんを取り上げたりはしないよね?」

 

 愛は予想外の展開に、ややびくびくしているように見えた。

 

「ははっ、そんな事はしないって、それはお前の物だよ、愛」

 

 そのまま八幡は帰っていき、純子も自分の部屋に戻っていった。

 

「………ふう、今日は色々あったなぁ」

「悪いな愛、気配は消してたつもりなんだが、俺の本体はやっぱり化け物だったわ」

「ううん、何の問題も無かったし、公認してもらえたようなものだから、まあ良かったよ」

 

 そのまま愛は、スマホのアプリを使ってALOの自分のキャラのステータスやスキルを確認し、

そこに記録されている『歌唱』『吟唱』『演技派』『偶像(アイドル)』の文字を、

でれまんくんに見せてきた。

 

「ほらでれまんくん、見てみて」

「へぇ、結構頑張ったんだな」

「このうち二つはまあ、偶然取れちゃったみたいな感じなんだけどね」

「歌姫ってスキルが取れるまで、もう時間の問題だな」

「あと四つなんだよね、私としては、歌って踊れる歌姫って感じがいいなぁ」

「確かにそれが愛にはお似合いだな、明日本体にちゃんと伝えるといい」

「うん、そうする!」

 

 愛はそのままパジャマに着替え、ベッドに横たわった。

 

「………あっ、勝負下着を偶然を装って八幡に見せるのを忘れちゃった」

「それをあいつに見せるのか?あいつはムッツリだから、多分いちころだな」

「そうだといいな」

 

 純子もいた為、それは中々難しいだろうと思われたが、

愛はいざとなったら力技で実行するタイプである。今後の八幡は、注意が必要かもしれない。

 

「それじゃあ私は寝るね、でれまんくん」

「ああ、おやすみ、愛。よい夢を」

 

 愛はそのまま眠りにつき、

でれまんくんは、そんな愛を守るように、そっと枕元に腰を下ろしたのだった。



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第1163話 未確認の個体

 次の日の朝、愛の目覚めはとても爽快であった。

 

「う~ん、今日もいい天気」

「おはようご主人、いい夢は見れたかよ?」

「うん、覚えてないけど多分いい夢だった!」

「そうか、それなら良かった」

 

 デレまんくんはそう言うと、とことこと台所へと向かった。

いつも通り、愛の為の朝食を作るつもりなのだろう。

 

「愛はシャワーを浴びてくるといい、朝食は俺が作っておくからな」

「いつもありがとうね、あ・な・た?」

「その言葉は俺の本体の為にとっておくんだな」

「そんな日がいつか来るのかなぁ?」

「まあ確かにライバルが強すぎるから難しいかもしれないな。

特に優里奈、クルス、詩乃、香蓮の四天王はやばい」

「明日奈は?それにソレイユさん………陽乃さんはやばくないの?あと雪乃とか」

「あの二人は仕事面でガッチリと食い込んでるからな、

一生離れる事はないだろうし、まあ別枠だな。

明日奈は更に別の意味で別枠だ、あの二人が別れる事なんてありえない」

「でれまんくんはそういう認識なんだね」

「ああ、まあ参考にしておくれよ、ご主人」

「うん、分かった、とにかく頑張れって事だね」

「ちなみに小猫はペット枠だ」

「えっと、それはノーコメントって事で」

 

 愛は、一生かわいがってもらえるならペットもありじゃないのかなぁ、

などと不穏な事を考えつつも、そのまま全裸になって、シャワールームへと向かった。

でれまんくんの前でも容赦なしである。こういうところが愛から八幡本人に対しての、

エロ方面でのコミュニケーションのハードルを下げる原因になっているのだが、

愛はまだその事を気付いていない。

 

「さて、それじゃあ今日も頑張ってくるね!」

「ああ、行ってらっしゃい」

 

 でれまんくんに見送られ、今日もレッスンルームに向かった愛だったが、

時間になっても何故か誰もやってこない。

 

「あ、あれ………?」

 

 さすがにこれはおかしいと思い、スマホのスケジュール帳を確認した愛は、

そこが空白になっている事に気付き、かなり慌てた。

 

「あ、あれ、今日って休みだったんだ………」

 

 テンションが上がり過ぎて、そんな大事な事を忘れていたうっかりさんな愛は、

今日の予定をどうしようと悩みに悩んだ末に、昨日純子とした約束を思い出した。

 

「そうだ!それじゃあ純子と一緒に買い物に行こう!」

 

 そう思い立ってすぐに、愛は純子の部屋へと向かった。

幸い純子は特に予定もないようで、まだ部屋でごろごろしていた。

 

「愛さん、どうしたんですか?」

「えっとね、ちょっと恥ずかしいんだけど、私、今日が休みだって事を忘れてて、

レッスンルームに行っちゃったんだ。で、誰も来ないからその事に気付いて、

特に予定も無いから、せっかくだし純子と一緒に買い物に行けたらなって思って」

「あっ、昨日の………?」

「うん、まあそんな感じ」

「それじゃあ直ぐに準備しますね!」

「それじゃあ私も部屋で準備してくるね」

 

 こうして二人は買い物に行く事になり、三十分後に合流してそのまま街へとくり出した。

 

「変装オッケー!」

「オッケー!」

「それじゃあ行こっか!」

「はい、行きましょう!」

 

 二人は仲良く歩き出し、いきなり目的の店へと向かった。

 

「うわぁ、うわぁ………」

「気に入ったのがあったら試着して鑑定士さんに見てもらえば、

それが八幡の好みに合ってるかどうか、教えてもらえるから」

「鑑定士さん?誰ですか?」

「俺だ」

「わっ!」

 

 純子がそう言った瞬間に、愛のバッグからこそこそとでれまんくんが姿を現した。

 

「わっ、でれまんくん?」

「えへ、連れてきちゃった」

「八幡の好みについては俺に任せろ」

「お願いします!」

 

 こうして純子も知らないうちに、八幡を相手にする時限定で、

『えっちなこと』についてのハードルを下げていく事になる。慣れとは実に怖いものだ。

 

「さて、それじゃあ選びましょっか」

「こういうのは初めてだから、凄く楽しみです!」

 

 それから純子はいくつかの下着を選び、

最初にでれまんくんに見せた下着の点数は五十点であった。

 

「ご、五十点ですか?」

「誤解しないでくれ、さすがの俺でも絶対的な点数を付けるのは難しいんだ。

なので最初に見せてもらったその下着の点数を五十点として、

そこから他の下着の点数を上下させる事にする。

もし他の下着が全部五十点以下だったら、今付けているそれが、実質百点って事になる訳だ」

「あっ、なるほど!さすがでれまんくん!」

「ふふん、これが一番確実だからな」

「それじゃあ次、いきますね!」

 

 純子は次々と下着を試着し、その度にでれまんくんが点数を付けていく。

 

「う~ん、三十点。あまり下品に見えるのは、あいつは好きじゃない」

「あっ、そうなんですね」

「お、それは六十点だ。あいつ、ローライズとか結構好きだぞ」

「色はどうですか?」

「似合っていればこだわらないはずだ」

「なるほど………」

 

 このでれまんくんの知識は、何かある度にわざと八幡に下着姿を見せてきた、

陽乃の努力の結晶であり、八幡がどんな反応をしたか、レポートまで作成されているくらい、

本人の好みを正確に反映したデータを元にしている。

 

「よし………これですね!」

「これだね」

「これだな」

 

 三人は試行錯誤の上、八十五点という高得点を弾き出した下着を選び出した。

 

「これに決めました、お願いします」

「はい、ありがとうございます」

 

 頬を紅潮させながらそう言う純子を、店員さんはとても微笑ましく感じていた。

ついでに愛も、八幡が好きそうな普段使いの為の下着を購入したが、

もし店員さんが、二人の好きな人が同一人物だと知ったらどんな反応を示すだろうか。

でれまんくんはそんな事を考えつつ、二人が買い物を終えるのをバッグの中で待っていた。

と、その時でれまんくんは、近くに同種の気配を感じ、思わずバッグから身を乗り出そうとした。

 

「おっとっと、ここじゃやばいな。今のは………嫌な気配だな、あの女狐か」

 

 一方その女狐、くるすちゃんも、小春のバッグの中で、でれまんくんの気配を感じていた。

AIぬいぐるみ同士が近くにあると、発する電波の様子からすぐに分かるのである。

 

「これは………多分二号機ね、小春さん、小春さん!」

「あら、どうしたの?」

「その店、その中にでれまんくんがいる!多分二号機!」

「でれまんくん二号機の持ち主って………、

確かアイドルの水野愛ちゃん、ウズメちゃん、だっけ?」

「うんそう、入って、入って!」

「まあ別にいいけど………」

 

 小春は店に入ろうとしたが、その時丁度、愛と純子が店から出てきた。

驚いた小春は思わず声を上げてしまう。

 

「あっ」

「………はい?」

「あ、あの、ウズメちゃん、だよね?あと隣はピュアちゃん?」

 

 二人はしっかり変装しており、例え二人のファンでも一目で見破るのは困難だ。

だがこの年配の女性は二人の正体をすぐに看破してきた。

当然二人は警戒したが、そんな二人にでれまんくんが声をかけてきた。

 

「愛、純子、心配ない、身内だ」

「あ、そうなの?」

「そうそう、身内身内」

 

 そう言って会話に割り込んできたのは、くるすちゃんである。

 

「あっ!」

「女の子のぬいぐるみ?それって確か、持ってるのは二人だけ………」

「確か勇人君と、藍子さんと木綿季さんだけですよね?」

「って事は………」

「もしかして、プリンさん?」

「そうそう、私、プリンだよ!」

「うわぁ、偶然ですね!」

「くるすちゃんがでれまんくんに気付いてね」

「あっ、そうなんですね」

「二人とも、ここは目立つからちょっと移動しようぜ」

 

 その時でれまんくんが、そう提案してきた。

 

「あっ、そうだね」

「この辺りだと………」

「あっ、それなら近くに個室のある喫茶店があるわ、そこに行きましょう」

「はい!」

 

 三人はそのまま少し歩き、とある喫茶店へと入った。

 

「二人は今日は買い物?」

「あっ、はい、純子が八幡に見せる為の勝負下着を買いたいって言うから………」

「あ、愛さん、いきなり何を言ってるんですか!見せるなんて誰も言ってませんから!」

「あはははは、八幡君は幸せ者よねぇ」

「小春さんはどうしてここに?」

「私はちょっと、新しい商品の仕入れの関係でね」

「そうなんですかぁ」

「お店は本物のクルスちゃんにお願いしてきたの。半日だけバイトって事でね」

「本物のクルスさん!会ってみたい!」

「クルスさんって美人ですよね、羨ましい」

 

 二人は当然クルスの素顔も知っていた。

小春の顔を知っていたのも、身内だけにその情報が公開されているからだ。

 

「あら、二人だって美人じゃない。なんたってアイドルなんだから」

 

 小春はそう言ってころころと笑った。

 

「良かったらちょっとうちに来る?」

「いいんですか?」

「ええ、クルスちゃんも喜ぶと思うしね。まあ勇人は学校で今日はいないけど」

「私達も特に予定は無いんで是非!」

「それじゃあ飲み終わったら行きましょうか」

「はい!」

「ありがとうございます!」

 

 こうして二人の日高商店への訪問が決まったが、

その道中で、でれまんくんとくるすちゃんがいきなりそれぞれのバッグから顔を出した。

 

「えっ?」

「くるすちゃん?」

「おいご主人、ちょっとストップだ」

「小春さん、何か知らない気配がするの」

「知らない気配?」

「多分AIぬいぐるみだと思うが、この近くに仲間はいないはずなんだ」

「未確認の個体って事になるんだけど、ソレイユ関係以外でそんなもの、存在しないはずなの」

「そうなの?どこかしら」

「おい女狐、多分駅の方じゃないか?」

「だね、二号」

「愛、走れ!」

「う、うん!」

 

 三人はそのまま走り出し、信号を頼りに横浜方面行きの駅のホームまで移動した。

 

「あそこだ」

 

 そしてでれまんくんがその人物を指差した。それはノーチラスこと後沢鋭二だったが、

この位置からは顔は見えず、ただそのバッグから、ぴょこりとぬいぐるみが顔を出すのが見えた。

 

「あれは………」

「見た事ないね」

「何者だ?」

「追いかける?」

「ご主人がいいなら」

「私は問題ないよ、行こう!」

「ええ、行きましょう」

「だね!」

 

 だが無情にも、鋭二が乗り込んだ瞬間にその電車の扉が閉まった。

 

「くっ………」

「間に合いませんでしたね」

「これ以上の追跡は無理ね………」

 

 三人はそれ以上、鋭二を追いかける事を断念せざるを得なかった。

 

「………うちに行きましょうか」

「ですね」

「はい」

 

 そのまま三人は日高商店へと向かった。

一方鋭二は、ぬいぐるみのユナと共に、悠那の下へと向かう最中であった。

 

「エイ君、エイ君」

 

 ユナは人目を気にしてか、鋭二の太ももをちょんちょんとつついた。

それを受けて、鋭二が人のいない方へと移動する。 

 

「ユナ、どうした?」

「えっとね、多分今、近くに私と同じ、AI搭載型のぬいぐるみがいた」

「そうなのか?」

「うん、この電車には乗ってないから多分駅ですれ違ったんだと思う」

「そうか………」

 

 今存在するAI搭載型のぬいぐるみと言えば、確実に八幡関係のものである。

鋭二は今後はもっと警戒しようと思い、

重村教授に依頼して、ユナのセンサー機能を強化してもらう事にした。 

それ以降、鋭二とユナが、他のAIぬいぐるみに接近される事は無くなったのである。



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第1164話 サプライズ発表会

 小春と愛、それに純子は、日高商店の裏口から中に入り、店舗の方へと顔を出した。

 

「クルスちゃん、ただいま」

「クルス、ただいま!」

「あっ、小春さん、それにくるくるもお帰りなさい」

 

 さすがに同じ名前だと区別が付けづらいせいか、

クルスはくるすちゃんの事をくるくると呼んでいた。

同時に小春もクルスがいる時限定で、くるすちゃんの事をくるくるちゃんと呼んでいる。

 

「クルスさん、会いたかったです!」

「あ、あの、初めまして」

 

 続けて愛が元気よく、純子がお淑やかにクルスに声をかけた。

 

「あ、あれ?えっと、その顔は、まさか水野愛ちゃんと紺野純子ちゃん?」

「はい!」

「です!」

「うわぁ、どうしてここに?」

「実は偶然街で小春さんと会って………」

「お互いの顔は知りませんでしたけど………」

「私が見つけたんだよ!」

「それと俺もな」

「あっ、そういう事だったんだ、って、君はでれまんくんの二号機かな?」

「いつもうちの兄貴っぽいのが世話になってるな」

 

 クルスの家にはでれまんくんの一号機がある為、二号機はそう言ってペコリと頭を下げた。

 

「うわぁ、やっぱりそっくりなんだね」

「まあ完全なコピーだからな」

 

 一同はこうして和やかに出会う事が出来た。

そして店の様子が伺える位置で、四人は先ほどの出来事について話を始めた。

 

「えっ?未確認の個体?」

「ああ、間違いない」

「撮影しておいたから、後でデータを渡すね、クルス」

「それなら直接八幡様の所に送って、くるくる」

「うん、分かった!」

 

 そんなクルスを見て、リアルでも八幡に様付けするんだと、愛と純子は少し驚いた。

 

「よし、とりあえず八幡様に報告だけしておきましょう」

 

 クルスはそう言ってスマホを取り出すと、そのまま八幡に報告を入れた。

その躊躇い無い姿はまさに出来る女、そのものであった。

 

「ほ~」

「はうぅ………」

 

 二人がそんなクルスに憧れを持つのも当然であろう。

 

「はい、はい、そういう事のようです。え?分かりました、確認します。

くるくる、二号君、映像を見た八幡様が、

そのぬいぐるみは確かにお前達と同じように動いたのか?って言ってる」

「む………そう言われると断言出来ないな」

「バッグから顔を出したように見えたけど、それが自力で動いたとは限らないし………」

「AI搭載型なのは確かだぞ」

「でもそれが自律式とは限らないかも。今時AIが積んである製品なんかいっぱいあるし………」

 

 どうやらでれまんくんもくるすちゃんもその辺りは自信が無いらしい。

 

「………という事らしいです、はい、はい、分かりました、お願いします」

 

 クルスは八幡との通話を終え、一同に向き直った。

 

「八幡様が、一応何かあった時の為に、追跡だけさせとくって」

「そんな事出来るの?」

「ダル君あたりが暇な時に、該当する路線の監視カメラを片っ端からハッキングさせるって」

「うわぁ」

「仕事量がえげつなさそう………」

 

 一応この話は一旦それで終わりとなった。

ただこの時から始まったダルの努力は決して無駄になる事はなかった。

 

「で、二人は今日はお休みだよね?どこかに出かけてたの?」

 

 そう言われた二人は顔を見合わせた。

クルスがフランシュシュのスケジュールを知っていた事に驚いたのだ。

 

「えっと、どうしてその事を?」

「私は八幡様の秘書見習いだよ?関係しそうな団体の事はちゃんと把握してるよ」

「で、出来る………」

「バリキャリですね………」

 

 二人に賞賛されたクルスは少し頬を染めながらはにかんだ。その笑顔がまたとても魅力的で、

二人は改めて、胸囲も含めてクルスがどれだけ脅威なのか思い知ったのだった。

 

「今日はちょっと二人で下着を買いに?」

「そうなんだ、どんなの?」

「えっと………」

「それは………」

 

 言い淀む二人を見て、クルスはピンときた。

 

「あ~!八幡様に見せる為の勝負下着だ!」

「わ、私は違うから!」

「私、は?」

「あっ!」

「あ、愛さん………」

 

 クルスはそれで、純子だけが勝負下着を購入したのだと把握した。

 

「純子ちゃん、どんなの?」

「あ~………えっと………ど、どうぞ」

 

 純子はおずおずと購入した下着をクルスに見せた。

 

「うわぁ!これって八幡様の好みにドストライクじゃない?」

「えっ?私にも見せて?」

「あ………は、はい」

 

 そこに小春も参戦し、二人は未使用とはいえ純子の下着を前に、う~むと唸った。

純子にとってはとんだ羞恥プレイである。

 

「なるほど、参考になるわぁ………」

「ねぇ、これってどうやって選んだの?」

「えっと、ちょこっとズルをしちゃいました?」

「ズル?」

「俺が点数を付けたんだ。

まあ最初から俺が選んでも良かったんだが、それじゃあ二人が楽しくないだろ?」

「えっ?二号君が!?」

「えっ?て何だよ、俺が本体の好みを知らない訳がないだろ」

「その手があったか!」

 

 どうやらクルスは今指摘されて、初めてその事に気付いたらしい。

 

「くっ、これが若さか………」

「いえいえ、そもそもそのアイデアを出してくれたのはでれまんくんからですから」

「うちの一号は、そんな事言ってくれた事ないよ!」

「というか、そういう話をした事が無いからでは?」

「あ~………かも………」

 

 クルスは基本、何でも一人で出来る子な為、

当然下着を買うのにでれまんくんに意見を求めたり、店に連れていったりはしないのである。

 

「よ~し、私も今度相談してみよっと。ありがとね二人とも、凄くいい話が聞けたよ」

「あっ、はい」

「ま、益々クルスさんの戦闘力が高く………」

 

 二人は若干後悔したが、後の祭りである。この日以降、クルスに加えて詩乃が、

普段着も含めて妙に八幡の好みに合った服を着るようになり、

他の女性陣が首を傾げる事となった。

 

 

 

 それからしばらく四人で話した後、愛が八幡と約束した時間が近付いてきた為、

二人は日高商店を辞する事にした。

 

「二人とも、またいつでも遊びに来てね」

「はい、またです!」

「今日はお招き頂きありがとうございました!」

 

 クルスは勇人が戻ってくるまでは残るらしく、小春と一緒に二人を見送ってくれた。

 

「さて、帰ろっか」

「はい」

 

 二人は仲良く帰宅し、そしてその日の午後八時過ぎ、再びウズメは、

歌姫関連のスキルを取る為にハチマンと共に十九層の奥地にいた。

 

「ねぇハチマン」

「ん?」

「あのね、どうせなら私、ここでも歌って踊れるアイドルになりたいの」

「そうか、なら今日はそこからだな。よし、持ち歌の振り付けをしながら俺に攻撃してみろ。

とにかくリズミカルにな。感覚としては、蝶のように舞い蜂のように刺す感じで」

「う、うん」

 

 ウズメは自信無さげにそう言い、そんなウズメの背中をハチマンが、パン!と叩いた。

 

「下手でも元気いっぱいに動けばそれでいい、踊ってるつもりで武器を振れ。

なぁに、ちょっとくらいミスっても俺は死んだりしないから安心しろ」

「分かった、それじゃあ最初は踊りだけでやってみる」

「おう、ゆっくりでいいからな、ゆっくりで」

 

 ウズメは最初、もう完全に体に動きが染み付いている、

フランシュシュの歌の振り付けから入ろうと思い、

短剣を持ったまま『あっつくなぁれ』を踊り始め、

時々いけると思った時にハチマン目掛けて短剣を振るった。

ウズメは無理な体勢から攻撃する事が多かったが、それが逆にハチマンの虚を突く形になり、

ハチマンの体に攻撃が届きそうになる事も多かったが、

ハチマンはカウンターにならないように気をつけながら、その攻撃を全部防いでしまう。

 

「くっ、かわいくない………」

「俺がかわいかったら気持ち悪いだろうが」

「じゃあ言い換えるわ、かわいげがない」

「そんなの生まれた時からだっての」

「絶対に一回くらい体に当ててやるんだから」

「いや、お前それ、主旨が違ってきちゃうからな」

 

 だがこの作戦は結局上手くいかなかった。

所詮振り付けは振り付けであり、攻撃にはまったく向いていなかったからである。

 

「すまん、これは方向性が間違ってたな………次はもっと軽快に何も考えずに打ち合ってみるか」

「ねぇハチマン、これって普通に踊るのじゃ駄目なの?」

「どうだろう、でもそれでいいならもうとっくに舞踊スキルが手に入ってそうじゃないか?」

「ホーリーさんは何て?」

「ノリで一気に仕上げたらしくてな、覚えていないそうだ」

「そっかぁ」

 

 いくら茅場晶彦といえども、自身へのスキャンを実行した段階で、

完全に記憶から飛んでしまっている事柄まではコピー出来なかったようだ。

 

「ちなみにユナの時は、『攻撃の時は蝶のように舞い、蜂のように刺せ』、

って言ったら舞踊のスキルが生えたわ」

「ふ~ん、それじゃあ今度は、アップテンポな曲に合わせてそんな感じで攻撃してみる」

「ああ、それがいい」

 

 だがいきなり上手くいくはずもなく、結局二人はこの日は撤収する事にし、

そのままヴァルハラ・ガーデンへと戻った。

だがこの日は何故か多くのメンバー達が集まっており、二人は何かあったのかと身構えた。

 

「ウズメちゃん、お帰り!」

「ただいま!」

「ハチマン、お疲れ」

「おう。で、キリト、この集まりは何だ?」

「それがさ、これからカムラが何か発表するらしくて、

みんなここでそれを見ようって集まってきたんだよ」

「噂に聞く、オーグマー関連の何かだとは思うんだけど………」

「へぇ、それじゃあとりあえず見てみるか」

 

 そしてしばらくして、画面の中に、カムラの経営陣が姿を現した。

 

「重村教授はいないのか、カムラの取締役に就任したはずなんだけどな」

「だねぇ」

「さて、何が出るかな」

 

 一同が固唾を飲んで見守る中、

いきなりごついイヤホンのような物が、経営陣の背後のモニターに映し出された。

 

「あ!」

「お?」

「あれってオーグマー?」

「イメージ映像の文字が無いな、まさか完成品か?」

「これはひょっとするとひょっとするんじゃないか?」

 

 そして発表会が始まった。

 

『今日皆さんにお見せするのはこちら、日本初の拡張現実型情報端末、オーグマーです!』

 

「おお………」

「やっぱりあれがオーグマーなんだ」

「耳に掛けるタイプか」

「まあ予想通りね、というかうち以外じゃ、あれがベストな形だと思うわ」

「うち以外って、もしかしてソレイユでも同じような商品を発売するの?」

 

 ウズメのその質問に、ハチマンは簡潔に答えた。

 

「いずれな。まあ同じようでいて、全く違うんだが」

「へぇ………」

 

 直後にカムラから、衝撃的な発言があった。

 

『このオーグマーの発売日は、三ヶ月後を予定しています』

 

 これにはさすがの一同も驚いたようだ。

 

「えっ?」

「早くないか?」

「もうそこまで完成してたのか………」

「カムラもやるもんだなぁ」

「まああそこはうちと一部で技術協力してるし、それくらいはな」

「ハチマンは驚かないのか?」

「いや、十分驚いてるって」

 

 こうしてこの日、カムラから、オーグマーが三ヶ月後に発売される事がいきなり発表された。



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第1165話 発表会のその裏で

 カムラの記者会見の様子を確認した後、愛と次の約束を交わし、

八幡はそのままログアウトし、その足で真っ直ぐ社長室へと向かった。

 

「姉さん、話は聞いたか?」

「もしかしてオーグマーの事?」

「ああ、三ヵ月後なんて、まさかだったよな」

「まあでも業界全体にとってはいい事なんじゃない?」

「うち的に懸念があるとすれば、ALOのユーザーが減る事くらいか?」

「そうね、でも影響はほとんど無いわ。別にALOがうちの大黒柱って訳じゃないもの」

 

 陽乃の言葉通り、今や押しも押されぬ大企業となったソレイユにとっては、

確かにそこまで影響が出る訳ではない。

 

「想定より随分早かったから、少し驚いたのは確かだけどね」

「だな、誰かいいプログラマーでも入ったのかな?」

「かもしれないわね」

「でも重村教授が会見にいなかったのは気になったな」

「開発で忙しいんでしょ、ああいうのは教授の役目じゃないだろうし」

「かな?」

 

 実際問題今の徹大は、オーグマーの開発でとても忙しかった。

だが開発速度が加速したのには別の理由がある。

一番大きかったのは、重村ゼミの学生のうち、優秀な者が開発に関わるようになった事だろう。

その中の一人に比嘉健がいた。健はまもなく卒業なのだが、それまでの間、

バイト感覚で徹大の仕事を手伝う事にしたのである。

ちなみに彼は、もちろん悠那関係の事には関わっていない。

それに際して最近アスタルトがアルン冒険者の会に全く姿を見せなくなっていたのだが、

元々影が薄い事もあって、仲間達にはスルーされているのが現状である。

 

「開発力が上がった理由を知りたい気もするけど、

技術協力しているとはいえ、この時期にあまり突っ込んだ事を聞くのもな」

「カムラはうちのパートナーでもあり、ライバルでもあるものね」

「まあうちはうちのペースでやるだけだから別に気にしなくてもいいか。

ニューロリンカーの機能は絶対に真似出来ないだろうし、

うちの製品と競合するにしても、それはしばらく先だろうしな」

「あ、でも確かAR対応のゲームは出すのよね?

SAOのボスデータをうちから買っていったんだし」

「拡張現実のゲームか、広い場所じゃないと怪我したりしそうだよなぁ」

「どこまでやれるかお手並み拝見といったところね」

「というか、そのゲームをやってる姿を他のギャラリーに見られるのはちょっと恥ずかしい気が」

「あはははは、本当にね」

 

 二人のオーグマーの話題はそこで終わり、話はノリとシウネーの話へと移った。

 

「ところで八幡君、美乃里ちゃんと施恩ちゃんの受け入れ準備が整ったわよ」

「おお、さすがに仕事が早いな」

「そりゃまあ、前から準備してたもの」

 

 陽乃はそう言って、ぺろっと舌を出した。

 

「いつの間に………まあでもそれなら良かった」

 

 二人の事を気にしていたのだろう、八幡はその言葉に安堵した。

 

「一応確認するけど、うちがサポートして二人を医学部に入れるって事でいいのよね?」

「ああ、その後はうちに就職してもらう事になるけど、

二人の希望を考えると、まあ医者というよりは研究者の枠になるのかな」

「二人の成績はどうなの?」

「問題ない、うちにはいい家庭教師が揃ってるからな」

「紅莉栖ちゃんとか?」

「あと凛子さんや、最悪晶彦さんもいるだろ」

「そう考えるととんでもないわね」

「俺もそろそろ受験の準備を始めないとなぁ………」

 

 その後、結局カムラ関係の他の新しいネタは提供されず、

二人はそれから実務的な事を少し話しただけでこの日は終わった。

 

 

 

 一方その日、重村徹大は、朝から自宅でユナ達と一緒に過ごしていた。

ユナ達というのは、画面の中のユナとぬいぐるみのユナである。

徹大は確かに忙しくはあったのだが、それ以上に人前に出るのが煩わしかったので、

何だかんだ理由をつけて、会見に出なかっただけなのであった。

そんな時間があったらユナと共に過ごしたい、という理由もあっただろう。

 

「お父さん、歌と踊りが結構形になってきたの、ちょっと見てもらっていい?」

「おお、それは楽しみだ、頼むよユナ」

「うん!」

 

 そして徹大の前で、画面の中のユナは見事な歌と踊りを披露してみせた。

徹大とぬいぐるみのユナは、それに対して惜しみない拍手を送る。

 

「さっすが私、すごいすごい!本物のアイドルっぽい!」

「全部私のおかげだけどね、特にフランシュシュのライブは凄く参考になったよ。

あとはALOでのウズメさんとピュアさんのライブかな?」

 

 どちらも同じユナである為紛らわしい事この上ないが、

徹大は今の生活がとても充実している為、そんな事は全く気にならない。

 

「いいじゃないかユナ、もうどこに出しても問題ない、立派なアイドルだな」

「えへへ、それほどでも」

 

 画面の中のユナは、照れた表情ではにかんだ。

その表情の豊かさを見て徹大は、その()()()()にとても満足していた。

このままのペースで()()を続けていけば、悠那は必ず復活する、

徹大はそう確信しつつ、今日行う予定の別の実験について考え始めた。

 

(これなら次の実験は、今日限りという事にしても問題ないかもしれないな、

特に問題ないと思うが、やはりリスクもある事だし、無理に進めるのもな………)

 

 次の実験というのは、今後のカムラのゲーム作りの参考にするという名目で、

SAOサバイバーを何人かバイトで雇い、SAO時代に感じた事を話してもらう事であった。

もちろんそれだけではなく、その過程で徹大は、

独自に開発した機械を使って被験者達の脳を簡易にスキャンし、

可能ならそれを映像として出力させるつもりであった。

もちろんスキャンといっても脳の発するパルスを拾う程度のものであり、

自分を実験台にする事で、安全性はしっかり確認してある。もちろんそれは名目であり、

徹大的には少しでもユナに関する記憶を拾えればいいなという思惑があった。

だがこの時点では、あくまで参考程度だと思っており、

同様に協力者の鋭二もハチマンやアスナを最終ターゲットだと思っていたが、

この時点ではあくまで安全性を重視した上で、

今回のように簡易なスキャンを秘密裏に行えればいいなと考えていた。

 

(まあとりあえず、そろそろ出社して準備をしないといけないな。

今日の実験を中止にする訳にはいかないし、まあ保険は多い方がいい。

カムラにとってもこういった積み重ねは大きな財産になるだろうし、誰も損をする事はない)

 

 徹大はそう考え、今日のVRインタビュー………という名目の実験の為、

ユナ達に出社する事を伝え、二人に見送られて家を出たのであった。

 

 

 

「教授、今日は宜しくお願いします」

「ええ、実りのある話が沢山聞けるといいですね」

 

 カムラの社内の一室には、既にSAOサバイバーのバイト達が集まっていた。

これはカムラ社にユーザー登録した者限定で募集をかけたもので、一応は公の募集である。

内容を説明した上で、あくまで本人が希望した場合のみ採用しており、

そこに違法性は欠片もない。報酬もかなり良く、被験者達も満足してくれるはずだ。

 

「それでは順番にお呼びしますので、名前を呼ばれた方からブースの方へどうぞ」

 

 そして()()()()()()が始まった。ブースに入った被験者はまず最初に、

アミュスフィアに似たデザインの、徹大が自作したVR端末を頭に被る。

その状態で順に、試験官役の徹大が、被験者に質問していく形式であった。

 

「それではSAO時代の風景を頭に思い浮かべて下さい。

ああ、自分が一番好きだった風景とかでいいですから」

 

 その瞬間に、徹大の目の前のPCと、別室に設置されたモニターに、

明らかに現実ではない景色が映り、

徹大と、別室でモニターを見ていたカムラの重役達は、感嘆の声を上げた。

 

「これがSAOの風景か………」

「重村教授は前に長野で見たのでしたよね?」

『はい、あの時見たものとよく似ています』

 

 マイク越しにそう答えた徹大は、被験者をリラックスさせるように色々な質問をしていく。

その度に画面には様々な風景が映し出されていく。

どうやらこの被験者は、街から一度も出なかったプレイヤーのようだが、

第一層に篭っていた訳ではないようで、様々な街並みを目にしていたようだ。

その風景を楽しみながら、徹大は自分が設計した機械の性能に満足した。

 

(どうやら上手くいったな)

 

 それから質問は次の段階に移り、徹大はやや緊張しながら、

自分にとっての核心となる質問を被験者に浴びせた。

 

「それでは次の段階に映ります。SAOで特に記憶に残っている人物は誰ですか?

そうですね、例えば誰かが街で歌を歌ってたとか」

 

 その質問を受け、風景しか映っていなかったモニターに変化が現れ、

そこに様々な人物の姿が浮かび上がってきたのであった。



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第1166話 遠い日の記憶

すみません、仕事が忙しくて書いている暇がありませんでしたorz


「おお、これは………」

「この被験者がSAOでどう生きてきたのかが垣間見えますね」

「街中が花に包まれ、そこに恋人達がこんなに………」

「デスゲームの中だってのに、全く人間ってのはたくましいですな」

 

 それは第四十七層の主街区、フローリアの風景であった。

残念ながら徹大が期待したものとは違ったが、そう簡単に当たりを引けるものでもないだろう。

 

「これはこのプレイヤーの彼氏かな?」

「青春ですなぁ」

 

 そして画面に大きく映し出される男性プレイヤーの顔。

その顔は笑顔に満ちており、主観モードな為見えないが、

おそらく被験者となったこの女性の顔も、同じく笑顔に満ちているのだろう。

 

「SAOにもこんな場所があったんですなぁ」

「これがデスゲームの中だとはとても思えませんな」

 

 その中に、実はキリトとシリカの姿があったが、

徹大はそれに気付かなかった、というかその顔を知らなかった。

そして少し後に、ロザリア達がその場を通過したのだが、当然その事にも気付かない。

どうやらこのプレイヤーは、街の雰囲気にそぐわぬその一団の事が強く印象に残っていたようで、

ハッキリ言うとキリトとシリカの顔は若干ボケていたが、

ロザリア達の顔は画面にハッキリと映しだされていた。

そして場面が変わり、次に映し出されたのは第一層、はじまりの街の風景である。

この日は朝から攻略組が新たな階層に挑んだ事が告知されており、街は若干ざわついていた。

そして少しして、街全体に鐘の音が鳴り響く。

 

『ゲームはクリアされました』

『順次、ログアウト処理が実行されます』

 

 それに対する反応は戸惑いであった。今の最前線が七十五層である事は皆知っており、

今日この日にいきなりゲームがクリアされる可能性を考えていた者など皆無だからだ。

 

『そ、そんな!』

 

 突然そう叫び、被験者はどこかに向けて走り出した。

そして画面の奥から同じようにこちらに走ってくる者がいた。

それは先ほどフローリアで被験者と一緒に微笑んでいた、あの男性であった。

二人はお互い手を伸ばし、その手が触れるか触れないかというところで、

被験者の視界はブラックアウトした………SAOからログアウトしたのだ。

そこで記憶の再生は終わったが、徹大は予想外の展開に何も言えずにいた。

そんな徹大に、被験者の女性が声をかけてきた。

 

「あの、何が見えましたか?」

「え、ええ、SAOの最後の日のあなたの行動が………」

「そう………ですか、やっぱり私、まだあの人の事を引きずっているんですね」

「………………」

 

 徹大はそんな彼女に何も言う事が出来なかった。

そして彼女は徹大に頭を下げ、部屋から出ていった。

 

「………………ふう」

 

 徹大は、おそらく恋人と再会出来ていないであろう、

彼女の気持ちを考えて胸が締め付けられる思いがした。

同時に状況は違うが、二人の姿を自分と悠那に重ねてもいた。

だが感傷にひたっている暇はなく、オペレーターがモニター越しに徹大に声をかけてくる。

 

「重村教授、次、入ります」

「あ、ああ、頼む」

 

 次に入ってきたのはまだ中学生くらいの少年であった。徹大はその若さに驚きつつも、

SAOには推奨年齢に全く達していない子供も多数いたらしいという話を思い出した。

 

「それじゃあ始めましょうか」

「は、はい」

 

 少年はぎこちない態度でそう答え、そして記憶の再生が始まった。

 

「これは………教会?」

 

 少年は、教会のシスターらしき服装の女性と、

同世代の子供達と共にどこかに出かけるところだった。その子供達の顔は沈み気味であったが、

そのシスターは優しげな表情で子供達を元気付けようとしており、

SAOの中で力を合わせて生きている様子がありありと理解出来た。

その時被験者の少年が前方を指差した。

 

『サーシャ先生、あれ!』

『えっ?』

 

 その先には何人かの成年男性が居り、被験者と同じようにこちらを指差している。

 

『あれは軍の………』

 

 サーシャと呼ばれたシスターはそう呟くと、子供達の手を引いて教会に戻ろうとした。

だがすぐに男性達に囲まれてしまう。

 

『あなた達、一体何のつもりですか?』

『分かってるだろ?俺達は軍の者だ』

『税金が払えないって言うなら、ここは通せないぜ』

『私達は別に軍の助けなんか必要としていません。

そもそもあなた達は、どんな権利があって税金なんかを集めているんですか?』

『払えないってんならここを通さないだけだから、別に構わないけどな』

 

 このやり取りを聞いた徹大は、

どの世界にもどうしようもないクズはいるんだなと怒りを覚えた。

 

「こういうの、やっぱりあったんですね………」

「噂には聞いてたけど」

「目の当たりにすると結構きついな」

 

 別室にいる者達からも、男達に対する罵声が聞こえてくる。

こういった者達がいた事は一応報道されてはいたが、

その数は少なく、ほとんどの人の目に入る事はなかった為、

この場にいるほとんどの者にとっては初めて見るSAOの闇の部分であった。

 

「これ、大丈夫なのか………?」

「あっ、おい、あれ!」

 

 別室からそんな声が聞こえた瞬間に徹大は見た。

被験者の少年の視界の隅の奥から、何者かが恐るべきスピードでこちらに近付いてくるのを。

 

「………女性?」

 

 徹大がそう呟くのと同時に、別室から再びこんな声が聞こえてきた。

 

「あれは………レクトのご令嬢か!?」

 

 そしてアスナが軍の男達の前に仁王立ちした。その目には明らかに怒りが浮かんでいる。

 

(そうだ、あの顔………確かにあれは、悠那と関係があったという結城明日奈さんだ)

 

 同時に徹大の心が期待に膨らむ。明日奈がここにいるという事は、当然その傍には………。

 

『ああん?何だお前』

『女が武器なんか持って何のつもりだ?お前らは黙って俺達に守られてりゃいいんだよ。

もちろん税金は払ってもらうがなぁ』

『ひゃはははは、こいつびびっちまってるのか、震えてやがるぞ』

 

(怯えているのか怒っているのかも分からないのか)

 

 徹大は、男達の醜態に思わず目を覆ったが、

そんな徹大や、別室のギャラリー達の気持ちを代弁するかのように、

アスナが男達に向けて言い放った。

 

『その汚い口を閉じなさい』

 

 そしてアスナはいきなりリニアーを放ち、男達は時間差無く同時に吹き飛ばされた。

 

「おお!」

 

 別室から拍手が聞こえ、徹大も思わずニヤリとした。

 

(それにしても今の動き………凄いな)

 

『で?』

『あ……いや、その……』

『あ、あんたまさか……噂の閃光じゃ……』

 

 さすがの男達も圧倒的な力量の差を理解したのか及び腰になり、

そしてその中の一人がいきなり立ち上がって逃げ出した。

だが直後にその男がこちらに吹き飛ばされてくる。

そして視界が変わり、アスナが走ってきた通路の奥から二人の男性が姿を見せた。

 

『ハチマン君!』

 

(真打ち登場か………ソレイユの八幡君)

 

『何黙って逃げようとしてんだお前。

俺のかわいい嫁がせっかく声を掛けて下さってるんだから、少し大人しくしてろ』

『あなたたち、私の素敵な旦那様の手を煩わせるような事をして、

当然覚悟はできてるんでしょうね』

 

「レクトのご令嬢がSAOの中で結婚してたって話は本当だったのか………」

「ああ~、確かに彼、前にレクト主催のパーティーにいたわ!」

「結城明日奈さんだったか?彼女のエスコートをしてたよな」

「そうか、リアルでも一緒になれたのか、良かった………」

「ハチマン君、キリト君、アスナさん、SAOの三英雄がここに………」

 

 残るもう一人の男性が二人に突っ込んでいたが、これがおそらくキリトなのだろう。

そこに別の女性が走ってきたが、その顔にも徹大は見覚えがあった。

 

「足立さん!?」

「ああ、MMOトゥデイの………」

「これは興味深いな、やっぱりヴァルハラ・リゾートとMMOトゥデイは関係してたのか」

 

 当然カムラの上の人間ともなれば、ALOの情勢については把握しているようだ。

ヴァルハラ・リゾートとMMOトゥデイの関係も噂になってはいたが、

思わぬ形でそれが証明される事となった。

その後、何があったのかはこの被験者は知らないようで、

先ほどの被験者と同じく解放の日の光景が写し出されただけである。

 

『ハチマン君、アスナさん、キリト君、本当にありがとう………』

 

 その中では、解放の日のサーシャの最後の言葉がとても印象的であったが、

同時に徹大は、何故悠那だけがまだ目覚めていないのかと、

運命の理不尽さを感じずにはいられなかった。

 

 この被験者の記憶の再生はここで終わったが、今回の結果には皆納得であった。

これ以上のインパクトのある出来事など、そうそうあるとは思えないからだ。

 

(ううむ、残念ながらユナは出てこなかったな………)

 

 徹大はその残念な気持ちを顔に出す事なく被験者に礼を言い、

続けて三人目の被験者を迎える事となった。



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第1167話 九人目と十人目

すみません、やっと執筆時間が取れました!お待たせして申し訳ありません!


 それから数人の被験者の記憶を覗いたが、

どのプレイヤーもまともにゲームプレイをしておらず、

街中でどうにか日銭を稼いでただ生き延びていたような者達ばかりであった。

それはそれでカムラ的にはそういうプレイスタイルもあると参考になりはしたが、

徹大にとっては拍子抜けもいいところであった。

 

(これは当たりを引くまでにどれだけかかる事か………)

 

 転機が訪れたのは九人目、ただしこれは徹大が望む方向の転機ではなかった。

だが少なくともこの被験者()に訪れた結果に関しては、

徹大は人として喜びを感じる事が出来たのである。

 

「お、おい、この人………」

「まさかさっきの?」

「こんな偶然があるんだな………」

 

 そう、九人目の被験者は、最初の被験者の記憶に出てきたパートナーの男性だったのである。

被験者からは事前に履歴書が提出されてはいたが、先入観を持たないようにとの配慮から、

この日は年齢と性別だけが書かれた紙が用意されていただけであり、

そこには名前すら記入されてはいなかったのだ。

 

「ああ、やっぱり………」

「あのケバ………おほん、目立つ女性、さっきも通ったよね」

「これは間違いないですな」

 

 その記憶の照合には、偶然にも最初と同じように鮮明に映しだされていた、

ロザリア達の一団が役に立つ事となったが、

九人目の男性の視線がロザリアの胸に向いていた事は、男としては仕方のない事であろう。

もちろんその場にいた者達も、それに関しては慈愛の精神を持って口をつぐんだ。

SAOにおいては何の意味もなく、ただ他人に害を与えるだけであったロザリアの存在は、

クリアから三年近くの時を経て、まさかまさかの他人の役にたつ事となったのである。

もっともロザリア本人がこの事を知る事は無い。

 

「完全に一致」

「いい()()があって良かったですね」

「ええ、本当にいい()()でしたね」

「ナイスおっぱい!」

「ばっ、お前、ストレートすぎだって!」

「お、おほん、それでは感動の再会といきましょう」

「個人情報保護法の事もありますから、あくまで偶然を装わないと………」

「そうそう、これはあくまで偶然であって、うちには何の関係も無いって事で」

 

 通常被験者達は、プライバシー保護の観点から別々に退出する事になっていたのが、

この二人に関しては()()同じタイミングで外に出される事となった。

こうしてカムラ本社ビルのロビーで劇的に再会する事となった二人は、

お互いがお互いの事をまだ想っており、別のパートナーを見つけたりもしていなかった為、

この日から順当に交際が始まる事となったのだった。

 

「う~ん、一人目の彼女にまだ残ってもらっていたのはファインプレイでしたね」

「いや本当に」

「まあ帰しちゃってたらそれはそれで、他の()()が起こっただけですけどね」

「いやぁ、感動しましたね」

 

 イヤホンから聞こえてくる他の者達の感想を聞きながら、徹大は悠那の事を考えていた。

SAOのクリアから三年もたったにも関わらず、まだこんな奇跡的な再会が起こりうるのだ。

自分と悠那にもそんな奇跡が起こるかもしれない。

 

(希望を捨ててはいけないという事だな………)

 

 徹大はそう考えつつ、この日最後の被験者を迎える事となった。

 

「し、失礼します」

「宜しくお願いしますね」

「はい、あ、あの、最初に一つ、お聞きしたい事が………」

 

 十人目の被験者は、何故か非常におどおどとした様子で徹大にそう尋ねてきた。

 

「はい、何でしょうか」

「こ、ここで再生された記憶が外に漏れる事はありますか?」

「いえ、その可能性はまったく無いです、データは厳重に秘匿されますから」

「そ、それじゃあその記憶のせいで、僕が逮捕されるなんて事には………」

 

(ん?)

 

 その口からいきなり放たれた、思いもつかない言葉から、

徹大はこの被験者はもしかしたらゲーム内で人を殺したのではないかと思い当たった。

 

「………いえ、そんな事はありえません」

「そ、そうですか、それなら良かった」

 

 先ほどまではうるさいくらい聞こえてきたイヤホンからの音声も、今は途絶えており、

ただゴクリと唾を飲み込む音が聞こえてきただけである。

そして記憶の再生が始まり、最初に聞こえてきたのは陽気な関西弁であった。

 

『よっしゃ、あいつらを出し抜いてやったわ!

ワイらが単独でボスを討伐や!みんな、気合い入れていくで!』

『『『『『おう!』』』』』

 

 それは迷宮を進むプレイヤーの一団の姿であり、

その先頭に立って仲間を鼓舞するプレイヤーは、個性的なツンツンヘアーをした若者であった。

 

『キバオウさん、作戦はどうしますか?』

『ジョーが持ってきてくれた情報を元にちゃんと作戦を立てたで、具体的には………』

 

 そこからは徹大には分からない、ネットゲーム特有の専門的な用語が飛び交い、

そのプレイヤー達は自信満々でボス戦へと挑んでいった。

だがそこから繰り広げられた光景は、見ている者達を戦慄させるものであった。

 

「ああ………また人が………」

「というか、さっき話してた情報と違うよね?」

「………ここで死んでる子達ってリアルでも死ぬんだよね?」

「どうして他と協力しないで抜け駆けなんか………」

 

 それは大人の視点からすれば、ありえない思考だっただろう。

だが実際に事は起こり、彼らの目の前で、プレイヤー達は次々と倒れていった。

 

『て、撤退や!』

 

「撤退の判断が遅すぎるだろ!」

「仕方ないさ、まだ子供なんだ」

 

 キバオウの叫びに大人達は吐き捨てるようにそう言う。

 

『キバオウさん、こっちです!』

『くそ、ジョーの奴、どこに行きやがった!』

『あっ、見ろ、あいつ、もう外に出てやがるぞ!』

 

「あれがジョーって奴か」

「大量殺人だぞ、分かってるのか?」

「やはりSAOに関するあの噂は本当だったか………」

 

 その噂とは、好んで殺人を行う者が、SAOにはそれなりの数、存在したという噂である。

 

『あはははは、ざまぁ無えなキバオウさんよ、それじゃあ縁があったらまたどこかでな!』

『ざけんなや、ジョー!コラ、ジョー!』

 

 そのジョーと呼ばれたプレイヤーはそのまま去っていき、

精根尽き果てたのだろう、キバオウを始めとする解放隊とやらの一団は、その場に腰を下ろした。

その数はたった七つ。突入した時に四十人以上はいたのを見ていた大人達は、

そのあまりにも悲惨な現実に絶句した。

そこに遠くから、別のプレイヤーの一団が駆け寄ってくるのが見えた。

その一団は生き残りの少なさに驚愕したのか一旦足を止めたが、

次の瞬間にその中の一人が怒りの形相でキバオウに詰め寄ってきた。

 

『おい、キバオウ!お前、ふざけるなよ!』

『リンド………』

『何勝手な事してんだよ、お前、それでもリーダーか!』

『………』

『一体何人死なせたんだ、お前、最低だ!』

『………い、いけると思ったんや』

『ふざけるな!リーダーには仲間の命に対する責任があるんだよ!

ここはデスゲームの中なんだぞ、お前はもっとその事についてよく考えろ!』

 

 そして場面が変わり、被験者の目の前で解放隊の解散が、キバオウによって宣言された。

今後は下層で活動していたギルドと合併し、キバオウはリーダーを下りて副リーダーになり、

次のリーダーにはVRMMOの攻略情報が充実している事で有名だった、

MMOトゥデイというサイトの管理人であるシンカーが就任する事が発表されたが、

被験者は心を折られたのか、その新しいギルドには参加しなかった。

ちなみにその新しいギルドの名称は、『アインクラッド解放軍』という。

そしてその日からその被験者は戦いに出るのをやめ、街から一歩も出なくなった。

それなりに蓄えはあったようで、慎ましく生活するだけなら何の問題も無い。

それから数日後、再び二十五層の攻略部隊が編成されたが、

その中には見た事もない赤と白の揃いの装備に身を包んだ一団がいた。

 

「あれが噂に聞こえてきた血盟騎士団って奴かな?」

「そっか、こうやって表舞台に出てきたんだ」

「おいあれ、レクトのご令嬢のアスナさん!」

「なるほど、ここから始まったんだね………」

 

 被験者の視界には、その中の一人、攻略組の紅一点であったアスナと、

その後ろを目立たないようについていくハチマンとキリトの姿が映し出されていた。

 

(あの三人の活躍はどうやら見られないか)

 

 徹大はそれを残念に思いつつ、

そろそろこの被験者の記憶の再生も終わるのかなと漠然と感じていた。

だがこの被験者のSAO生活はそれで終わりではなかったようだ。

いきなり場面が変わり、その被験者が狩りをしている様子が映し出された。

 

「お、立ち直ったのか?」

「良かった良かった」

「頑張れ頑張れ!」

 

 その狩りから帰る途中、そのプレイヤーの視界に映ったのは、

忘れもしない、二十五層でプレイヤーが大量死する原因を作った、ジョーであった。

 

「あ、あいつは!」

「こんなところで再会?」

「まさか仲間達の仇をとるつもりなんじゃ………」

「危ない、やめろ!」

 

 イヤホンからそんな絶叫が聞こえてくる。徹大も緊張し、画面に見入っていた。

そんな声が聞こえた訳ではもちろん無いのだが、被験者は冷静さを維持していた。

無謀に突撃する事もなく、こっそりとジョーの後をつけた被験者は、

彼らのアジトと思しき場所を突きとめると、

それを顔にヒゲが書いてある女性プレイヤーに伝えたのだ。

そこから何があったのかは分からないが、再び場面が変わり、

被験者と共に、洞窟の中に座りこむ多くのプレイヤーの姿が映し出された。

 

「これは………?」

「何があった?」

 

 その理由が判明したのは、侍っぽい鎧を身に纏った一人のプレイヤーが立ち上がり、

その者達を鼓舞するように大声で叫んだ為であった。

 

『俺達は確かに敵を殺した。でもそれと同時に、今後犠牲になる誰かを守ったんだ!

皆、それを忘れないようにしようぜ!』

『確かにその通りだ!』

『俺達は守りたい人達を守ったんだ!』

『みんな!顔を上げよう!』

 

 そこから何人かのプレイヤーが牢屋らしき場所に入れられる姿が映し出され、

それで否応無く、徹大達は、何があったのかを思い知らされた。

 

「プレイヤーキラー達との戦い………」

「………殺し合い?」

「言うなって、正義がどっちにあるかなんて一目瞭然だろ」

「っていうかこの事は俺達の心の中にだけしまっておこうよ」

「だな」

 

 こうしてラフィンコフィン討伐戦が終わった後の様子が初めて衆目に晒された。

だがその事実が表に漏れる事はこの後も無かったのである。

 

 被験者の記憶の再生は続く。



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第1168話 もっと、もっとだ

 再び場面は転換する。

 

「凄いなこの人」

「濃い生活を送ったんだな」

「その引き出しはどれほどあるんだろ………」

 

 他の平凡な被験者達と比べ、この被験者の持つ情報量は実に膨大であった。

カムラ的には嬉しい誤算というべきなのだろうか。

そんな彼らの目の前に映し出されたのは、

闘技場のような場所と、それを取り巻く多くの屋台、そして、凄まじい数のプレイヤーであった。

 

「何これ、お祭り?」

「何かのイベント?」

「何だろう?」

 

 被験者はその疑問に答えるかのようにそのまま闘技場の中に入っていく。

そして闘技場内部に設置されたステージの中央で、

二人のプレイヤーがにらみ合っているのが見えた。

とはいえ険悪な雰囲気はまったくなく、観客達も双方に黄色い声援を送っていた。

 

「おお?」

「SAO一武闘会?みたいな?」

「あ、あれ、四天王のキリト君じゃない?」

「相手のあの格好、ネットで囁かれていた四天王の唯一の死者、

血盟騎士団の団長のヒースクリフじゃないか?」

 

(晶彦!?)

 

 徹大は、以前にSAOの旧サーバーを調べた時に、

茅場晶彦とヒースクリフの事について、正確な情報を教えられていた。

その情報は、政府によって守秘義務が課せられている為、

この場でその事を知るのは徹大ただ一人である。

その為徹大は、ヒースクリフの名を聞いて、平静ではいられなかった。

 

「豪華なカードだな」

「ってかここ、何層?」

「SAOのまとめサイトに書いてあった気がするな、え~と………七十五層らしい」

「それってクリア直前ですね」

「マジで?こんな事があったんだ」

 

 その後に行われた戦いは、人間業とは思えない、凄まじいものであった。

 

「何だこれ………」

「いくらゲームの中とはいえさぁ………」

「脳の瞬発力が高すぎでしょ」

「これがSAOのトップの戦いなんだ………」

「そりゃALOのヴァルハラが強い訳だわ、戦闘経験値が違い過ぎる」

 

 さらっとALOの話題も交えつつ、そんな感想が飛び交っていたが、

この時徹大の目は、画面の別の場所に釘付けになっていた。

そう、被験者の前に座る、見覚えのある後姿は………。

 

(まさか悠那、いや、ユナか?)

 

 徹大は全神経をそちらに集中させた。

その時そのユナらしきプレイヤーが、更に前に座っているプレイヤーの肩をつついた。

それを受けて振りかえったそのプレイヤーは………、

これまた見覚えのあるその顔、それはハチマンであった。

 

(ハチマン君!ではやはりこれは………)

 

『師匠、キリトさん、負けちゃいましたね』

 

(ユナ!)

 

 その声は、忘れもしない、愛する娘の声であり、

徹大はおかしな声をあげそうになり、必死で自分の口を押さえた。

 

『まあ収穫はあったさ、それよりユナ、クラインにお前の事がバレないように注意しろよ』

『もうバラしちゃってもいいのでは?』

『う~ん、まあそう言われるとそうなんだがなぁ………』

 

(師匠?ハチマン君がユナの戦いの師匠?)

 

 ノーチラスこと後沢鋭二に、ユナがそれなりに戦えたという話は聞いていた為、

徹大がそう考えるのは至極当然の事であった。実際それで正解なのだが、

その師匠という言葉にユナが込めていた他の気持ちについて、

徹大は全く気付く事が出来なかった。

それはハチマンの弟子は自分だけという自負と、それに伴う強烈な愛情であった。

あるいはユナの表情が見えれば鈍い徹大も気付いたかもしれないが、

ユナがその表情のまま被験者の方に振り返る事は、ついぞなかったのである。

 

「今の会話、もしかしてこの子、ハチマン君の浮気相手とか?」

「え、本当に?」

「見なかった事にしておこうか」

「かな」

 

 その的外れなやり取りに、

徹大は思わず『んな訳あるか!』と突っ込みそうになった。

 

(落ち着け、ユナの事は絶対に秘密なんだ、私と関係があると悟られちゃいけない)

 

 徹大は必死に自分にそう言い聞かせ、何とかこの場は自制した。

直後にハチマンが立ち上がり、いきなり被験者にウィンクした。

そしておそらく仲間なのだろう、数人のプレイヤーと共に引き上げていった。

 

「今のは?」

「何だろ?」

「う~ん………」

 

 これは分からなくても仕方がない、というか分かるのは本人だけである。

この被験者は、かつて狩りの途中に修行中のハチマンとユナに遭遇し、

二人が師弟関係だと知っていた数少ないプレイヤーの一人なのであった。故にハチマンとユナは、

被験者にも聞こえるような声の大きさで師匠だなんだと話していたのだが、

ここにいる者達の中に、そんな背景を知っている者がいるはずもない。

そして少し遅れてユナも立ち上がり、被験者に向けて軽く手を振る。

それを受け、この時初めて被験者がユナの顔を見た。

 

(ユナ………おお………)

 

 興奮状態に陥った徹大は、ここでとんでもない暴挙に出た。

実験の成果により、これ以上は危ないというギリギリに設定されていた、

被験者に対するスキャンの強さをここから数段階引き上げたのだ。

 

(もっと、もっとだ………)

 

 そのタイミングがたまたま上手くはまったのか、画面には別のユナの姿が映し出される。

それはユナが街中で歌っている光景であった。

 

「おお?何これ?」

「コンサート?」

「アイドル!?」

「SAOにはこんな子もいたんだ」

「まあ娯楽とか少なさそうだしねぇ」

「ゲーム内の娯楽ってやっぱり必要だよね」

「それじゃあ今度の企画会議で………」

 

 そんなイヤホンからの会話は全く耳に入ってこず、

徹大はただただユナの歌声に酔いしれており、

同時にこの事を覚えていてくれたこの被験者に感謝した。

 

 これでこの被験者のSAOでの記憶の再生は終了したが、

完全に終了する前に思わぬハプニングがあった。

徹大がスキャンの強さを上げたせいで、一瞬リアルの映像が映りこんだのである。

ほんの一瞬であり、それが何かを理解した者は誰もいなかったが、

おそらく八幡がこの場にいたら、その正体に気付いたであろう、

それは逃亡中のジョーことジョニーブラック、金本敦の姿であった。

どうやらこの時、ジョーは被験者には気付いていなかったようだが、

最初にこの被験者が、情報の取り扱いについて徹大に色々尋ねてきたのは、

最近街で、偶然にもジョーの姿を見かけてしまった被験者が、

もし今回の事が外に漏れてニュースか何かになり、それがジョーの目に留まって、

ジョーが自分に復讐しに来ないか心配してのものだったのである。

 

「ん、今のは………?」

「どうやらノイズが混じったみたいです、すみません」

 

 そう誤魔化しながら、徹大はスキャンの強さを元に戻した。

 

(思わずやってしまったが、大丈夫だったか………?)

 

 今の出来事で正気に返った徹大は、急に被験者の事が心配になったのか、

直ぐに彼に話しかけたが、彼は先ほどとはうってかわって明るい表情をしていた。

 

「あ、あの………」

 

 体の具合は大丈夫ですか?などと直接的に言う訳にもいかず、徹大は口篭った。

 

「あ、はい、今日は本当にありがとうございました」

 

 だが被験者は何故かここで徹大にお礼を言ってきた。

 

「えっ?」

「いやぁ、何か頭がスッキリしたというか、実にいい気分です。

別に何が変わった訳でもないと思うんですけどね」

「そ、そうですか、それなら良かったです」

 

(どうやら何の問題も無かったみたいだな、良かった)

 

「あ、あの、あなたはSAO内で歌を歌っていた子と親しかったんですか?」

 

 徹大はイヤホンとマイクを外してスイッチを切り、被験者にそう尋ねてみた。

 

「歌を?ああ、ユナさんの事ですか?う~ん、別に親しくしてた訳じゃないですよ。

彼女と出会ったのは………あれ、いつだったかな?あまり覚えていないんですよ、ははっ」

「そ、そうですか、今日はありがとうございました」

「いえいえ、お役に立ててればいいんですが」

 

 被験者はそのままニコニコ笑顔で帰っていったが、

別室にいた者達も後でオペレーターにその態度の豹変ぶりを聞いて、さすがに戸惑っていた。

 

「………重村教授、あの機械に健康を増進させるような機能でも付けました?」

「いやいや、そんなものある訳ないですよ」

「ですよね………プラシーボ効果かな?」

「それくらいしか思いつかないよね」

「まあいいか、逆なら困ったけど、来た時よりも元気になってくれたみたいだし」

「教授、お疲れ様でした、今日は本当にありがとうございました」

「あ、さっきの記憶で、やばいなと思った事はお互い忘れましょうね!」

「あはははは、そうですね、記憶から消しておきます」

 

 これでこの日の実験は全て終了したが、

被験者にとってはつらい過去である、二十五層の顛末と、

ラフィンコフィン討伐戦に参加した記憶、そしてリアルでジョーを見かけた事を、

この時点で忘れつつある事について、被験者の男性が逆に明るくなったせいで、

徹大はこの時点で、全く気付く事が出来なかった。



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第1169話 居酒屋の出会い

「先生、随分ご機嫌っすね」

 

 この日の実験が終わった後、そのまとめが終わり、そろそろ帰ろうかという頃、

徹大は背後からいきなり声を掛けられた。

徹大が振り返ると、そこには帰り支度をした比嘉健が立っていた。

 

「比嘉君か、そう見えるかね?」

「むしろそれで不機嫌だったらびっくりっすよ」

「まあ機嫌がいいのは確かかな」

「何かあったっすか?」

「重要な実験データが手に入ったのでね、これから帰って精査するのが楽しみなんだよ」

「なるほど、先生らしいというか」

 

 健は相変わらずの徹大の研究熱心さに苦笑した。

 

「比嘉君はもう帰るのかい?今日はいつもより早く終わったのかな?」

 

 最近の健は、どうやらオーグマーに興味津々らしく、別に徹大に言われた訳でもないのに、

ほぼ毎日自主的に遅くまで色々な作業をしているのを徹大は知っていた。

 

「はい、実は今日は飲み会があるんですよ。正直あまり気は進まないんですが、

これもまあ業務を円滑に進める為の手段の一つって事で」

「そうか、まあ気が進まないなりに楽しんでくるといいよ」

「ははっ、努力してみます」

 

 健はそのまま徹大を見送った後、そのまま会場である居酒屋へと向かった。

 

「お~い、健君!」

「すみません、お待たせしました!」

 

 徹大よりはよほど社交的な健は、カムラの社員のほとんどの者と、もう顔見知りになっていた。

 

「今日の実験も上手くいったみたいですね、さっき上機嫌な重村教授と会いましたよ」

「えっ、そんなに上機嫌だったのかい?

今日の実験はかなりハードな内容だったと思うんだけどなぁ」

「………と言いますと?」

「まああまり大きな声じゃ言えないんだけど、SAOの闇の部分が垣間見えたというか………」

「えっ、闇の部分ですか?」

「うん、内容についてはちょっと勘弁してね。正直あまり言いたい話じゃないんだ」

「なるほど………」

 

 健のSAOに関する知識は、世間一般の人がニュースで見た内容とほとんど違いが無かった。

SAOに使われている技術やら何やらには興味津々な健であったが、

プレイヤー達がどう生きてきたかに関しては、あまり興味を惹かれなかったのだ。

 

(う~ん、この機会に色々調べてみるかな、そういった情報が今後必要になるかもだし)

 

 健はそう考えると、適当な場所に腰を下ろして酒を注文した。

場はそれなりに盛り上がっていたが、

飲まないとやってられないといった感じの者が散見された為、

健は先ほどの話の信憑性が増したように感じていた。

 

(それじゃあ教授は何で………)

 

 健は当然のようにそんな疑問を持ったが、そもそも徹大が変わり者なのは周知であり、

アルコールが入った事もあり、健は直ぐに、その事について考えなくなった。

そして何人かと話した後、健に話しかけてきたのは、

ゼミこそ違ったが、同じ大学の先輩にあたる人物であった。

 

「比嘉君、どう?飲んでる?」

「はい、頂いてます!」

「ヘルプの君にもかなり負担をかけちゃってるみたいで本当にすまないね」

「いえいえ、好きでやってる事ですから」

「いやぁ、本当に君と重村教授には頭が上がら………ん、あれっ?」

 

 その時突然その先輩が、店の入り口の方を見て首を傾げた。

 

「あの人、どこかで見たような………」

 

 その言葉に釣られて健も店の入り口の方を見た。

そこには二十代後半くらいに見える女性と、四十歳くらいに見える女性が居り、

健は若い方の女性に見覚えがあった。

 

「あれってまさか、神代凛子………?」

「ああ~、学校で見た事があったわ、そうか、()()神代博士か」

 

 『あの』と言われるのにはもちろん理由がある。まだSAO事件が終わっていなかった頃、

日本政府が凛子の行方を必死に探していたのは業界では有名な話だからだ。

その後、凛子がソレイユ入りしたという噂が流れたが、

政府の手によって拘束ないし逮捕されたという話は聞かなかった為、

おそらく政府の手によって何らかの司法取引が行われたのだろうと推測されていた。

 

「俺、ちょっと挨拶してきますね、神代凛子さんは重村ゼミの先輩ですから」

「あっ、そういえば神代博士も茅場晶彦も重村ゼミだったっけ、

比嘉君、迷惑がられるようならすぐ戻ってくるんだぞ」

「はい!」

 

 健は、おおっぴらに言うのは憚られるのだが、茅場晶彦の事を尊敬しており、

凛子から茅場晶彦の話を少しでも聞けたらいいな、くらいの軽い気持ちでいた。

 

「あ、あの、すみません、神代凛子さんですよね?」

「………ええ、そうですけど、あなたは?」

 

 凛子は当然のように、不審者を見るような視線を健に向けてきた。

 

「あっ、怪しい者じゃないです、先輩」

「………先輩?」

 

 凛子はその言葉に首を傾げた。

 

「俺、重村ゼミに所属してるんです」

「ああ~、そういう事!そっかそっか、後輩君だったのね」

「はい、いきなりすみません、ゼミに置いてあるアルバムで、神代先輩の顔は知ってたんで」

「へぇ、で、挨拶に来てくれたのね、教授もここに来てるの?」

「いえ、教授はこういう席には絶対に来ないんで」

「ああ、確かに教授と一緒に飲んだ記憶は無いわね」

 

 凛子はそう言って楽しそうに笑った。

 

「それじゃあ今日は、他のゼミ生と一緒なのかしら」

「いえ、俺、今カムラでオーグマーの開発を手伝ってまして、

今日はそっち系の集まりで来てるんで、重村ゼミの人間は自分だけっす」

「あら」

「へぇ?」

 

 その話を聞いて、凛子ともう一人の女性………結城経子の目が光った。

 

「それじゃあせっかくだし、少し一緒に飲みましょっか、

こんなおばさん二人が相手で悪いんだけど」

「おばさんだなんて、そんな事言わないで下さいよ、是非お願いします!」

 

 健は、どうせ向こうにいてもおっさんが相手ですし、と笑いながら言い、

カムラの者達に断りを入れた上で、凛子達と合流した。

 

「改めまして、重村ゼミ四年の比嘉健です、宜しくお願いします」

「私は神代凛子、今はソレイユのメディキュボイド事業部に所属しているわ」

「私は結城経子、眠りの森という終末医療施設の院長をしているわ。

ちなみにうちも、ソレイユの傘下ね」

「終末医療にメディキュボイドですか、ソレイユも色々やってますよね」

「ふふっ、元はただのゲーム会社だったはずなのにね」

「ちゃんと結果を出してるところが凄いと思います、

最近は飛ぶ鳥を落とす勢いっすよね、ソレイユ」

「うちは経営陣が有能だから」

「おまけに美人と」

「う~ん、まあソレイユを急成長させてるのは、次期社長の方なんだけどね」

「そうなんですか」

 

 健はもちろん八幡がソレイユの次期社長だという事は知らない。

現時点でその事を知っているのは、ソレイユの社員と他の企業の一部の者達だけである。

 

「で、教授は元気?」

「はい、今日も帰って実験するって上機嫌でしたよ」

「実験で上機嫌?あの教授が?」

 

 凛子は健のその言葉にきょとんとした顔をした。

凛子の記憶にある徹大は、実験中などはいつも厳しい顔をしていたからだ。

その表情を見た健は凛子にこう尋ねてきた。

 

「あの、神代先輩、それって珍しいんですか?」

「言いにくいでしょ、凛子でいいわよ?」

「それじゃあ私も経子でいいわ、ふふっ」

「あっ、はい、それじゃあ凛子先輩と経子さんで」

 

 その健の言葉に満足そうに頷いた後、凛子は少し考え込んだあと、こう答えた。

 

「私の知る限り、実験に関する事で教授の機嫌が良かった事なんて全く無いわね、

あの教授の機嫌が良くなるのは、娘の悠那ちゃんが大学に尋ねてきた時くらいかしら」

 

 凛子は同じ女性という事で、悠那とは交流があった。

ちなみに晶彦は、悠那が尋ねてきていた頃は、海外の大学の大学院に進んでいた為に面識は無い。

 

「教授に娘さんがいるんですか!?」

「えっ?知らないの?見た事ない?」

「はい、俺が知る限り、一度も見た事無いっすね、教授の口から聞いた事もないっす」

「あら、そうなんだ?悠那ちゃん、遠くの大学に進学でもしたのかしらね」

「かもしれませんね」

 

 それで悠那の話はあっさりと終わった。そもそもそんなにネタがある訳でもないし、

凛子もアスタルトとしての健も、八幡からユナ絡みの話をされていない為、

その重要度に気付く事も無かったからである。だが健は確かに悠那の名を知った。

この事がどんな影響を及ぼすのかはまだ誰にも分からない。

 

「お二人はよく一緒に飲みに来たりするんですか?」

「よく、ではないけどまあ来るわね」

「今日はちょっとお祝い事があったのよね」

「へぇ、どんなですか?」

「うちで預ってる子の病気が治ったのよ、それも二人、ね」

「そうなんですか、それはおめでとうございます!」

 

 終末医療施設の患者の病気が治ったという事は、

死の運命から逃れられたという事に他ならない。

聡い健は直ぐにその事を理解し、心の底から祝いの言葉を述べた。

それが分かったのか、経子と凛子の顔がほころぶ。

 

「ありがとう」



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第1170話 変貌

すみません、まだちょっと落ち着かないので今週も多分一日か二日おきくらいの更新になりますorz


 その後、少し大学関係の事について話した後、健は恐る恐る、凛子に晶彦の話を切り出した。

 

「それで凛子先輩、あの、もし迷惑じゃなかったら、聞きたい事があるんですけど………」

「あら、何かしら?」

「茅場先輩って、どんな人だったんですか?」

「健君は晶彦に興味があるの?」

「そりゃぁ、ゼミの偉大な先輩っすから」

「偉大な、ね」

 

 世間一般に持たれている茅場晶彦のイメージは、最悪に近い。

日本史上、最悪の犯罪者だと断定する者もいるくらいである。

だが凛子は健のその表現から、健が晶彦に悪いイメージを持っていない事に気がついていた。

これはまあ、技術畑の人間には多い事ではある。

 

「どんな人、ねぇ………まあ自分が興味を持った事しかやろうとしない人だったのは確かね」

「なるほど、つまりそれは、興味を持たせさえすればこっちの勝ち、って感じだったんですね」

「あら、よく分かってるじゃない。そう、晶彦に何か頼み事をする時は、

とにかくどうやって興味を惹こうか頭を悩ませたものよ」

「あはははは、どこかのドラマの主人公みたいですね」

「凄く大変だったから、笑い事じゃなかったんだけど、でも笑っちゃうわよね」

「俺がもう少し早く生まれてればご一緒出来たんですけどね」

「あら、そしたらあなたは今頃逮捕されてたかもしれないわよ?」

「………ああ、それは勘弁ですね」

 

 健はそれは無理という風におどけた調子で両手を上げた。

 

「ところで楽しいから別に構わないんだけど、

あっちのお仲間が凄くこっちを気にしてるみたいよ、このままこっちにいてもいいの?」

「ああ、まあ俺は外様なんで別にいいかなって」

「そういうドライなところ、晶彦に似てるわね。

そういえばさっき、重村ゼミでは自分一人だけって言ってたけど、

他にも誰か、ゼミの子が開発の手伝いをしていたりするの?」

「何人かはたまに来ますけど、常駐は俺だけですね」

「あらそうなんだ、随分優秀なのねぇ」

「いや、どうですかね」

 

 ゼミの大先輩に褒められた健は、まんざらでもないように表情を緩めた。

だがその表情は、直後の凛子の言葉のせいで一変した。

 

「健君は、晶彦の後を追いたいの?」

「えっ?」

「随分と晶彦に興味津々みたいだったから」

「そ、そりゃまあ興味はありますよ、SAOに使われていた技術の一部は、

あの教授ですら理解出来ないものがあったみたいですし」

「あらそうなの?その点に関しちゃ、まあうちは直接………」

「凛子!」

 

 凛子が何か言いかけたが、それは経子が止めた。健は言葉の続きが気になったが、

おそらく直接サーバーを調べて、とでも言いかけたのだろう、

健はそう考え、その点に関して深く問いかける事はしなかった。

 

「ごめんなさい、ちょっと酔っちゃったみたいね」

 

 凛子はぺろっと舌を出し、そのままトイレへと向かった。そして残った経子に健は謝罪した。

 

「すみません、凛子先輩に会社関係の言っちゃいけない事を言わせそうになっちゃいましたかね」

「………まあそんな感じね、まあ続きが聞きたかったらうちに来るといいわよ」

「………ソレイユにですか?」

「ええ、あなたにとっても凄くためになると思うわよ。

ジャンルは違うけど、うちにはあの牧瀬紅莉栖ちゃんがいるしね」

「牧瀬………紅莉栖………」

「彼女の専門は脳科学だけれど、貴方の研究とも関係は深いわよね?」

「………はい、そう言われると確かに」

 

 今までまったく意識していなかったのだが、確かに経子の言う事はその通りであった。

確かにARやVRにとって、脳科学は切っても切り離せない分野であり、

その第一人者とも言える研究者が同僚だというのはとてつもないアドバンテージになるだろう。

 

「そっか、進路を選ぶのに、そういうのも参考にしないとか………」

「健君は今何年生?」

「三年です、そろそろ進路をどうしようか考えないといけませんよね」

「進路?」

 

 そこに凛子が戻ってきた。多少酔いも覚めたようで、スッキリしたような顔をしている。

 

「健君は進路に迷ってるの?」

「いや、まだそこまでじゃないですね」

「丁度今、うちに来たらどうかって言ってみたところなの」

「ああ、なるほど、そういう………」

 

 凛子はその経子の言葉に頷きつつ、じっと健の目を見た。

 

「………な、何ですか?」

「………健君、口は堅い方?」

「………軽くはないつもりですけど」

「ふ~ん」

 

 凛子はそれ以上何も言わず、話は雑談に戻った。

健は凛子が何を意図してそんな事を聞いたのか気になったが、

それが判明したのは帰り際であった。

 

「結局ずっと私達につき合わせちゃったわね」

「いえ、さっきも言いましたけど俺は外様ですし、

カムラの人達とはいつでも飲みに行く機会がありますから」

 

 少し前に、カムラの者達が次の会場に行くと健に声をかけてきたのだが、

健はそれを断り、凛子達と同席を続ける事を選択していたのだった。

 

「今日は色々聞けて楽しかったです、また機会があったらご一緒しましょう」

「そうね、後輩との繋がりは大切にしないとだし………、

ああ、健君、ACSって知って………るわけないわよね」

「何です?それ?」

「AI・コミュニケーション・システムってアプリよ、

私達がよく利用してるんだけど、良かったらそれ、使ってみない?」

「聞いた事ないですね、どこで手に入るんですか?」

「待ってて、今教えるわ」

 

 健は凛子から説明を受け、実際にACSを使ってみて、

そのオーバースペックぶりに驚愕し、躊躇いなくその使用を決めた。

 

「これの事は、他の人には言わないでね」

「はい、もちろんです!」

 

 ACSを入れる事で、自分の動きがある程度ソレイユに把握されるのかもしれないが、

健はそんな事はお構いなしであった。

 

「これ、凄いですね、一般販売はしないんですか?」

「いずれはすると思うわ、まだ予定は立ってないけどね」

「というか、タダでもらっちゃっていんですか?」

「いいのいいの、うちの関係者はみんな使ってるんだから。

例えば防衛大臣とか、レクトの社長とか、帰還者用学校の理事長とかね」

「ぼっ、防………」

 

 健は絶句し、そんな健に凛子は追い討ちをかけるようにこう言った。

 

「健君、うちはいずれ、世界の支配構造に大きく食い込むようになれる………かもしれないわ」

「それはまたスケールが大きな話ですね」

「なので興味があったらうちにいらっしゃい。そうすればその時あなたは………」

「あなたは?」

「望みが一つ叶うわ」

「っ!?それってどういう………」

 

 それには答えず、凛子と経子はいたずらめいた表情のまま去っていった。

一人残された健は、訳が分からないままぽかんとするばかりであった。

 

「………ソレイユか。ハチマンさんはソレイユの関係者だって話だし、

今度会った時に相談してみようかな」

 

 健はそう呟くと、この日はそのまま真っ直ぐ家に帰る事にした。

 

 

 

 一方真っ直ぐ家に帰った徹大は、持ち帰ったデータをユナに見せる準備を着々と進めていた。

 

『お父さん、それは?』

 

 画面の中のユナが、徹大にそう問いかけてくる。

 

「今日偶然手に入った、本当のお前のデータだよ、ユナ」

『本当の私?そうなんだ!』

 

 ユナは嬉しそうにそう言うと、機嫌良さそうに歌い始めた。

 

「うわぁ、私にもフィードバックしてね、お父さん!」

「ああ、もちろんだよ」

 

 足元に座り、こちらを見上げてくるぬいぐるみのユナにもそう答え、

徹大は順調に作業を進めていく。

 

「………二人とも、準備が出来たから一旦落とすよ」

『「うん、分かった!待ってるね!」』

 

 二人はハモりながらそう答え、そのまま沈黙した。

そして徹大は二人のAIに、持ち帰ったデータを参照させた。

 

「さて、どうなるかな………?」

 

 この時点で徹大は、結果に関してそこまで期待してはいなかった。

だが再起動させたユナ達は、目に見えて変化していた。

 

『「お父さん」』

 

 二人は同時にそう言ったが、そこまで変わったようには聞こえなかったのに、

なぜか徹大は全身が震えるのを自覚した。どこがどう違うという訳ではない、だが確実なのは、

今の徹大の身体が歓喜しているという事であった。

ユナのどこが変わったのか、具体的には説明出来ないが、

今まで気づかなかったレベルで微妙にズレていた歯車がピタっとはまったように、

徹大には、ユナがより悠那に近づいているように感じられた。

 

「素晴らしい………」

 

 今日この日、この瞬間から徹大の意識は完全に変わった。

鎌倉の地で眠る悠那の事を見捨てる訳ではもちろん無いが、

仮にもし助からなくても、このまま強めのスキャンを続けていけば、

悠那を復活させる事は可能だと強く思うようになったのである。

 

「もっと、もっとだ………」

 

 徹大の暴走が始まる。



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第1171話 一年後の予定

 自宅に戻る途中、凛子はふと思い立ち、ソレイユ本社へと立ち寄った。

 

「あれ、凛子さん?」

「あら理央ちゃん、まだ残ってたの?」

「はい、私は人一倍努力しないといけないんで。今は飲み物を買おうと思って」

 

 そんな理央の真面目さを好ましく思いつつ、

凛子は次世代技術研究部へ向かう事を理央に告げた。

 

「うちに何か用事ですか?」

「うん、ちょっと晶彦と話がしたくてね」

「分かりました、案内しますね」

 

 そのまま二人は次世代技術研究部へと向かい、茅場晶彦のアマデウスを起動した。

 

『おや、これは珍しいね』

「ふふっ、実は今日、私達の後輩に会ってね」

『ほう?』

 

 理央は楽しそうに語る二人を見ながら少し遠くに離れ、そのまま一人、勉強を再開した。

 

 

 

 そしてハチマンとウズメは、今日も戦闘訓練に明け暮れていた。

 

「う~ん、舞踏スキル、取れないね………」

「………やっぱり俺のせいなんだろうか」

「もういっそ、二人で踊ってみる?」

「え、マジかよ、別にいいけど………」

「ふふっ、それじゃあ私がリードしてあげるね」

 

 ウズメはそう言ってハチマンに手を差し出した。

 

「お、おう………」

 

 ハチマンがその手をおずおずと握ると、

ウズメはハチマンを抱き合う寸前までぐいっと引っ張り、その腰に手を添えた。

 

「え、ダンスってそっち?」

「うんそうだよ、ほら、ハチマンも私の腰に手を添えて!」

「いや、でもな………」

「いいからほら!」

「あっ、はい………」

 

 ハチマンはこれも舞踊スキルの為と思い、言われた通りにウズメの腰に手を添えた。

 

「はい、それじゃあゆっくり左右に、ワン、ツー、ワン、ツー」

「ワン、ツー、ワ………っと、すまん」

 

 ハチマンはウズメのリードに頑張ってついていこうとしたが、

不慣れなせいで何度かウズメの足を踏んでしまった。

 

「いいからいいから」

 

 ウズメはそんな事は気にせずにハチマンをリードし続ける。

そのまましばらく踊っているうちに、ハチマンも段々慣れてきたようだ。

 

「こ、こんな感じか?」

「そうそう、上手上手」

「………っ」

「どうしたの?」

「い、いや、何でもない」

 

 ウズメの顔がずっと近くにある為、間違っても顔と顔がおかしな接触をしないように、

ハチマンはかなり気を遣っていた。同時にウズメの顔を見てハチマンは思う。

 

(整ってるよな、やっぱりアイドルなんだよなぁ………っと、いかんいかん)

 

 ハチマンはそんなウズメに対する賞賛の気持ちを悟られないように、

ポーカーフェイスの維持に努めた。

ここでウズメにその事を気取られたら、どんなちょっかいを出されるか分からないからだ。

このハチマンの警戒ぶりは、シノンを相手にする時と同じレベルである。

 

「ふう、大分上手くなったね」

「おかげさまでな」

「まああと一年ちょっとあるんだし、きっと何とかなるよ」

「………い、一年?」

 

 ハチマンはウズメが何を言っているのか分からずにポカンとした。

 

「いきなり何だ?何で一年?」

「え?だって、帰還者用学校の卒業式で、プロムをやるんでしょ?」

「プ、プロ………何?」

「プロムナード」

「へ?」

 

 ハチマンは訳が分からず混乱の極みにあった。

そもそもプロムナードという言葉をハチマンは知らず、

それが一体何を意味するのかが分からないのだ。

そんなハチマンの顔を、ウズメが上目遣いで覗き込んできた。

 

「ち、近い………」

「もしかして、プロムがどういうものか、全然知らなかったりする?」

「だな、残念ながら、俺の知識の中に、その単語は無さそうだ」

「ああ~、まあ日本じゃマイナーなイベントだし、それは仕方ないよ」

「そうなのか?」

「うん、えっと、とりあえずどういうものか、動画でも見せながら説明するね」

「悪い、助かるわ」

「それじゃあちょっと待ってて」

 

 そう言ってウズメはコンソールを可視化させ、楽しそうに踊る男女の姿を画面に映し出した。

 

「こんな感じかな」

「え、何これ、これを卒業式でやるの?俺、全然聞いてないんだけど」

「えっ?あ、そっかそっか、昨日の夜にさ、

ACSのヴァルハラ女子チャットで盛り上がってただけだから、多分まだ決定じゃないんだよ」 

「ほ~?」

「まあ舞踏会みたいなものだね、本来は男女のペアで参加するみたい」

「男女の………ペア?」

 

 ハチマンはその言葉を受け、帰還者用学校の授業風景を思い浮かべた。

 

「いや、でもうちの学校、男女比がもの凄い事になってるんだけど?」

「それはまあ何とかするしかないね」

「なるもんなのか?」

「さあ………」

 

 実際問題帰還者用学校の女子の少なさはかなりのものであり、

これはどうやら実現はしなさそうだとハチマンは安心した。

 

「で、どうしてそんな話題になったんだ?」

「えっとね、最初にネタ振りしてきたのは結衣さんかな」

「………あのゆるふわめ」

「で、明日奈さんが、やりたいって言い出して………」

「う………」

 

 これにはさすがのハチマンも困った。明日奈がやりたいと言ったのなら、

もし直接頼まれた場合、ハチマンには反対するという選択肢が無いからだ。

 

「雪乃さんが、前にやった事があるから企画は任せてって」

「それ絶対に実現するやつじゃねえか………」

 

 雪乃が介入してきた以上、これは絶対にやる事になるなと確信したハチマンは、

せめて恥をかかないように、ある程度は練習しておこうと心に決めた。

 

「あれ、でも前にやったって、表現が変じゃないか?」

「え?どうして?」

「だって普通、前に参加した事がある、って言うもんじゃないか?」

「ああ、実際に高校の卒業式の時にやったらしいよ?」

「はぁ!?うちの学校で?」

「うん」

「え、マジで?」

 

 ハチマンは、あの総武高校でそれを実現させた雪乃の手腕に舌を巻きつつ、

雪乃が望んであんなイベントを企画するなんて事はありえないから、

発案は絶対にいろは辺りだなと考えた。もちろんそれは正解である。

 

「………よし、当日は恥をかかない程度に隅の方でちょこっとだけ踊る事にするわ」

「いや、それ、絶対に無理だから」

「何でだよ」

「あのね、プロムってのは、普通は投票でキングとクイーンを選ぶものなの。

で、帰還者用学校で選ばれる可能性があるのは誰?」

「そりゃ明日奈だろ」

「じゃあキングは?」

「………和人?」

「明日奈さんをクイーンにって投票した人が、和人君をキングにって投票するの?」

「くっ………」

 

 里香や珪子、藍子や木綿季、ひよりには悪いが、

クイーンに選出されるのは明日奈で間違いないだろう。

キングは八幡と和人の双璧だが、明日奈がクイーンである以上、

ウズメが指摘した通り、キングに選ばれるのは確実に八幡という事になる。

 

「マジかぁ………」

 

 この時点でハチマンは、一年後の事を諦める事となった。

 

「分かった、ちょこちょこ練習しておくわ………」

「うん、それがいいよ、あはははは!」

「笑いすぎだっての」

「それじゃあ予行演習だね!」

「いきなりだなおい!」

「ちょっと待ってね」

 

 そう言ってウズメはコンソールをいじり、辻ライブで使用している衣装に着替えた。

 

「じゃ~ん!」

「おお~、って、よくそんな衣装が手に入ったよな」

「スクナさんに頑張って設計してもらったの」

「なるほど………しかしそれ、スカートの中が見えないところまでしっかり気を遣ってるよな」

「もう、どこを見てるの」

 

 ウズメはそう言って赤くなった。

 

「いや、ライブを見てれば普通に分かるからね?」

「むぅ………まあ確かに」

「で、舞踊スキルは来たのか?」

「ううん、まだ」

「まだかぁ………一体何が足りないんだろうな」

「やっぱりハチマンの反応なんじゃない?」

「いつも上手いとは思ってるんだけどなぁ………」

「う~ん………」

 

 結局この日はも舞踊スキルは取れず、二人はそのままログアウトした。



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第1172話 新鮮な気持ちで

 次の日、学校で八幡は、プロムナードの事を明日奈に尋ねてみた。

 

「なぁ明日奈、ちょっといいか?」

「あ、うん、どうしたの?」

「昨日愛から、うちの卒業式でプロムナード?ってのをやるかもって聞いたんだが………」

「そうだね、今企画を立ててるところかな。

それがいい感じに出来たらお母さんに提出して可否を判断みたいな?」

「え、何で京子さんに?」

「え?」

 

 明日奈は訝しげな顔で八幡をじっと見つめてきた。

それで八幡は、もうすぐ明日奈の母である京子が、

この学校に理事長として赴任してくるという事を思い出した。

 

「あ、ああ~、そうかそうか、京子さんにな」

「うん、なのでまだ、やるかどうかは分からないかな」

「そういう事か」

 

(京子さんが認めない訳無いし、絶対にやるんだろうなぁ………)

 

 八幡はそう考えながら、他の仲間達の方をチラリと見た。

和人は八幡同様に、微妙そうな表情をしている。

里香は諦めなさいといった感じでニヤニヤと八幡の方を見つめている。

珪子は木綿季と一緒になって、

ドレスっぽいのの特集が載っているファッション雑誌を楽しそうに見ている。

そして藍子は何故かハンカチをくわえながら、クイーン云々とぶつぶつ呟いていた。

 

(あいつは本当にハンカチ大好きだよな………)

 

 そう思い、思わず半笑いになってしまった八幡に、明日奈がこそこそと話しかけてきた。

 

「で、八幡君、愛ちゃんの舞踊スキルは取れた?」

「いや、それがまだなんだよなぁ………なぁ明日奈、やっぱりこれって俺のせいなのかな?」

「う~ん、ねぇ八幡君、茅場さんってダンスとかの良し悪しが分かる人だったりした?」

「いや、それは無い」

 

 八幡はキッパリとそう言い、明日奈は噴き出すのを慌てて堪えた。

 

「それじゃあやっぱり大事なのは一緒にいる人の感情の動きだね」

「だよな………でもそう思うと、逆に意識しちまうんだよなぁ………う~ん」

「頭をからっぽにしないとだね」

「頭をからっぽにか………」

 

 二人はう~んと唸り、明日奈がこんな事を提案してきた。

 

「もしかして、目先の変わった踊りとかの方が新鮮なのかな?」

「それって普段、愛がしなさそうな踊りって事か?」

「うん、まあそんな感じ」

 

 八幡はその提案に大きく頷いた。

 

「それなら素直に驚けるかもしれないな、具体的に何かあるか?」

「そうだねぇ………ALOなら剣舞とか?」

「剣舞………そりゃ駄目だな」

「どうして?」

「だってそれ、絶対に明日奈と比べちゃうだろ?

明日奈の戦ってる姿はいつも舞ってるみたいで格好いいからな」

「やだもう、八幡君ったら!」

 

 明日奈は嬉しそうに頬を緩ませながら、八幡の背中を思いっきり叩いた。

 

「おわっ!」

 

 その力は意外に強く、八幡は、

二人のすぐ横でハンカチをくわえていた藍子目掛けて突っ込みそうになった。

 

「あっ!」

「チャンス!」

 

 藍子はそんな八幡を迎え入れるかのように、

手を大きく開いて八幡の顔を自らの胸で受け止めようとする。

 

「ラッキースケベ・クイーン!」

 

 だが八幡は、ダン!と床を踏み、体の勢いを何とか殺す事に成功した。

藍子の胸はすぐ目の前まで迫っていたが、確実に接してはいない。

 

「んぎぎぎぎ………」

 

 八幡はそのまま腹筋を駆使して体を起こし、ガッツポーズをした。

 

「よっしゃぁ、耐えたぞ!」

「何耐えてるのよ、もっと素直にリビドーしなさいよ!」

「ふふん、お前の思惑通りにいくと思ったか」

「ムキー!」

 

 そんな二人の様子に教室は明るい笑顔に包まれた。

帰還者用学校はまだこの時点では全く平和であった。

 

 

 

 そして放課後、八幡はソレイユの自分の部屋に一旦寄った後、

何かヒントはないかと思い、何となくソレイユ・エージェンシービルを訪れていた。

そのままフランシュシュの予定を確認した八幡は、レッスンルームへと向かった。

 

「あれっ、八幡さん?」

 

 八幡を見つけたさくらがそう言った瞬間に、

愛と純子がレッスンを放り出して八幡に駆け寄った。

 

「八幡!」

「八幡さん!」

 

 そんな二人に八幡は、即座に拳骨を落とした。

 

「きゃっ!」

「い、痛い!」

「お前らさぁ、これも仕事のうちなんだからちゃんとしような」

「ちぇっ、は~い」

「ご、ごめんなさい」

 

 二人がすごすごと戻っていった後、八幡はレッスンの先生に頭を下げた。

 

「邪魔しちゃってすみません、続けて下さい」

 

 愛と純子はその後も八幡に気を取られていたが、

八幡が二人をじろっと睨むと、慌てて八幡から目を逸らした。

それで本当に反省したのか、二人はこそこそと何か話していたが、

その直後に二人の動きが急に良くなった。

 

「おお?」

 

 八幡はそんな二人の口の動きを読んでいた。

二人が言ったのは、『ここは集中して八幡にいい所を見せよう』だった。

 

「動機はともかく、やっぱりよく動くなぁ………」

 

 八幡はみんなの動きに感心していたが、次のサキの言葉にハッとした。

 

「よし、次、新曲いくぜ!」

「新曲?新曲か、そうか、その手があったか」

 

 八幡はそう呟いて立ち上がり、サキに声を掛けた。

 

「お~いサキちゃん、ちょっといいか?」

「ん?どうかした?」

「ちょっと一瞬愛と話をさせてくれ、それで俺は退散するから」

「オーケーオーケー、それじゃあみんな、五分休憩な!」

 

 他の者達はサキの指示に従い、飲み物のペットボトルを手に取った。

当の愛は、八幡から指名という事でもじもじしていた。

 

「な、何?」

「いや、今夜だけどな、愛、俺の前で新曲を披露してくれないか?」

「新曲を?」

「ああ、それなら俺も、何があろうと新鮮な気持ちで聞けると思うんだよ」

「あ、ああ~!」

 

 愛はそれで納得し、その八幡の頼みに頷いた。

 

「オッケー、しっかり練習しておくね」

「おう、それじゃあ夜にな」

「うん!」

 

 八幡は愛に手を振り、フランシュシュの他のメンバーに挨拶しようとして、ピタっと止まった。

 

「純子?」

「つ~ん、です!」

 

 純子は拗ねているのか、頬を膨らませながらそっぽを向いていた。

大人っぽい純子にしては珍しい仕草であり、

他の者達も、珍しいものを見たという視線を純子に向けている。

八幡は苦笑すると、そのまま純子の頭を撫でた。

 

「純子、頑張れよ」

「っ!?」

 

 純子は顔を赤くしながら俯き、八幡はそれで立ち去ろうとしたが、

そんな八幡の前に、他の者達が頭を差し出してきたのを見て、ぽかんとした。

 

「へ?」

 

 さくら、サキ、リリィ、ゆうぎり、たえの五人は早く早くといった感じで頭を動かし、

八幡は面食らいながらも全員の頭を撫でた。

 

「み、みんなも頑張ってな」

 

 フランシュシュも、まだこの時点では全く平和であった。

 

 

 

 そして夜、ハチマンは少し緊張しながら、新曲の準備をしているウズメを眺めていた。

 

「ウズメ、その衣装は?」

「いいでしょ、本番で使うのと同じのをまたスクナさんに作ってもらったの」

「仕事が早すぎだろ………」

「私のパートだけだから曲については分かりにくいかもだけど、

可能な限り他の人のパートも歌ってみるね」

「覚えてるのか………」

 

 ハチマンは感心しつつ、ウズメの準備が整うのを待った。

そしてウズメはセットの配置を終え、一人で歌いながら踊りだした。

 

「お、おぉ………」

 

 おそらく一般人でこの曲を聞くのは自分が初めてなのだろうと思いつつ、

ハチマンはウズメのパフォーマンスに完全に魅了された。

 

(やっぱりウズメは凄ぇな………)

 

 その瞬間にウズメは、自分に舞踊スキルが追加されたのを理解したが、

せっかくの機会だから最後まで歌い踊ろうと、

先ほど以上の気合いを入れてパフォーマンスを続けた。

それをハチマンは、少年のように目をキラキラさせながらずっと眺めていたのだった。

 

 歌姫スキル獲得までに必要なスキルの数は、あと三つ。



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第1173話 二人目の歌姫

「ハチマン、取れたよ!」

「おぉ………ついにか、今回は苦労したな」

「うん!でもその分凄く嬉しい!」

 

 新曲の披露が終わった後、ウズメのその報告にハチマンは頬を緩めた。

 

「歌唱、吟唱、偶像(アイドル)、演技派、舞踊、か。残りあと三つだな」

「他にハチマンが知ってるのは何のスキルなんだっけ?」

「ああ、俺が知ってるのは、楽器演奏、カリスマ、癒し系、小悪魔系、大声だな。

カリスマと大声は、それぞれ歌の効果時間と能力の増加値をプラスさせるから、

出来れば取っておきたいところだな」

「そうなんだ!それじゃあそれ、いこう!」

「ちなみに癒し系は状態異常を徐々に回復の効果、小悪魔系は耐性獲得効果があったな。

楽器演奏は味方の士気を高める効果だった」

「そうなんだ………全部で八つしか取れないのかな?」

「ホーリーの説明だとそんな感じだったな。各歌姫に個性を持たせる為の措置だったらしい」

「これは迷うね………」

「もしあれならピュアと相談して担当を分け合ってもいいかもな、

あと、歌姫関連のスキルに関しては、取ったスキルでいらないものを破棄出来るらしいから、

まあ気にせず色々チャレンジするといいさ」

「なるほど………」

 

 適当に作ったにしては、それなりに考えられている仕様だなと思いつつ、

ハチマンは他のスキルの効果について、思い出していた。

 

(歌唱スキルは全ての基本で、歌に効果を乗せられる、だからいいとして、

吟唱は同時に二つの効果を歌に乗せられる、舞踊は味方の目を引き付けて効果人数拡大だったな。

そういえば演技派と偶像(アイドル)の効果を聞くのを忘れてた………)

 

 ハチマンはそう思い、ウズメにその事を尋ねた。

 

「なぁウズメ、演技派と偶像(アイドル)ってどんな効果があるんだ?」

「えっとね、演技派は歌の途中で乗せている効果を変更出来るのかな」

「ああ、歌の効果を一旦切らなくてもいいって事か、それは凄いな」

「うん、かなり融通が効くいいスキルだよね」

「で、偶像(アイドル)は?」

「えっと、歌の効果をフィールド全体に拡大、だって」

「マジか!凄えなそれ!」

「す、凄いのかな?」

「ああ、そんな事はユナにも出来なかったからな、ウズメ、凄いぞ!」

「えへへぇ」

 

 ウズメはそのハチマンの大絶賛にデレデレになった。

 

「そうなるとそれを有効活用しない手は無いな、残り一つをどうするかって事になるのか………」

「多分それ以外にも何かあるよね?」

「だな、ホーリーに聞いてみるか………」

「私に何か聞きたい事でも?」

「うわっ!」

 

 そんな二人に突然声を掛けてくる者がいた、ホーリーである。

 

「な、ななな、何でここに?」

「いや、まあ私だけじゃないんだけどね」

 

 そう言ってホーリーは振り返った。そこにはアスナ、キリト、リズベット、シリカの姿があり、

他にもシノン、セラフィム、リオン、アサギの姿もあった。

そして最後方からピュアが姿を現し、それを見たハチマンはぽかんとした。

 

「ア、アスナ、これは一体………」

「だ、だって、ピュアちゃんから、

今日ここでフランシュシュの新曲の披露があるって聞いたから、

そしたら来ない訳にはいかないじゃない?」

「そういう事か………」

「ごめんなさいハチマンさん、一人でここに来ようといたら、みんなに見つかっちゃって………」

「いや、別に構わないから気にしなくていいって」

 

 ハチマンはピュアに、気にしないように言い含めた。

そしてアスナが声を潜め、ハチマンにこう囁いてきた。

 

「ハチマン君、歌唱スキルの事は内緒にしてあるからね」

「あっ、そうなのか、分かった、それじゃあそんな感じで対応するわ」

「うん、本当にごめんね」

 

 アスナと情報のすり合わせをしたハチマンは、その事をこっそりとウズメに伝え、

せっかくだから、ピュアと二人で先ほどの曲を披露してくれないかとウズメに頼んだ。

 

「ピュアと二人で?」

「ああ、上手くいけば、ピュアにも歌唱スキルが生えるかもしれないからな」

「あ~、そっか!オッケー、それじゃあピュアと話してみる」

 

 ウズメはそう言ってピュアの方に走っていき、

少し会話した後、ハチマンに丸のジェスチャーをした。

それを受けてハチマンは、アスナ達にその事を伝え、八人は大喜びした。

 

「そんな訳だから、みんな、準備が整うまで待っててくれな」

 

 ハチマンはそう言い訳し、こっそりとホーリーに話しかけた。

 

「で、質問なんだけどよ」

「ああ、何だい?」

 

 ハチマンは自分が知っている歌唱関係のスキルを順に上げ、

他に何か無いのかホーリーに尋ねてみた。

 

「もちろんある。だがすまない、ノリで設定したから細かい内容までは覚えていないんだ」

「このポンコツが………」

「ははっ、僕にそう言ってくれるのは君だけだよ」

 

 ホーリーは普段、自分の事を私と呼び、茅場モードの時だけ僕と呼ぶ。

なので今は茅場モードだと判断したハチマンは、少し嬉しくなった。

 

「………まあいいさ、自分で見つける楽しみがあるしな」

「そう言ってもらえると僕も嬉しいよ」

 

 二人は昔のようにそう言葉を交わし、そしてウズメとピュアの新曲披露が始まった。

 

「おおおおお!」

「最高!」

「絶対この曲買うわ」

「ソレイユに入って本当に良かった………」

「私も負けずに仕事を頑張らないと」

 

 そのかなり序盤の段階で、ハチマンはピュアに歌唱スキルが発現した事に気がついた。

隣のホーリーもハチマンに頷く。

 

「来たね」

「来たな、三人目か」

 

 それからしばらくして、サビを終えた時点で二人の動きが一瞬止まった。

 

「………むっ」

「ほう?」

「何かあったか?」

「ああ、二人にカリスマと大声のスキルが、そしてピュア君に偶像(アイドル)のスキルがついたね」

「マジか………早すぎだろ」

「アイドルとしてコンサートのような事をしてるんだ、まあ当然じゃないかい?」

「そう言われると確かに………」

 

 ハチマンは、実戦は訓練の何倍も勝るみたいなものかと思いつつ、

そのまま二人の歌と踊りを楽しんだ。

聞くのは二度目だったが、一回で覚えられるようなものではない為、

未だに新鮮な気持ちで聞けていた。

そして曲の最後になって、二人はそっと頷き会うと、同時にハチマンの方を向いた。

ハチマンだけではなく他の者もその事に気付いたが、ここで野暮を言うような者はいない。

むしろハチマンにその声を届かせろとといった感じで応援すらしていた。

 

「むっ、これは………」

「ホーリー、どうかしたのか?」

「いや、今思い出したんだが、まさかこれを発現させる事が出来たなんて、ちょっと驚いた」

「新しいスキルか?」

「ああ、『ディアレスト』、効果範囲全てに降り注いでいた歌の力を一人に集中させるスキルさ。

ハチマン君は果報者だね」

「いや、別にそれ、俺だけを対象に出来る訳じゃないだろ」

「それはそうだけど、野暮は言いっこなしさ。そしてほら、ウズメ君を見てごらん、生まれるよ」

「っ!」

 

 それでハチマンは、ウズメが遂に、八個目の歌関係スキルを得た事に気がついた。

ウズメは特にエフェクトがかかった訳でもないのに、先ほどより確実に眩しく見える。

 

「二人目の誕生か………」

 

 他の者達もウズメの雰囲気が変わった事に気がついていたが、その理由が分からない。

唯一事情を知るアスナだけが、感動した面持ちでウズメの方を見ていただけであった。

そして曲が終わり、ピュアがウズメに駆け寄って抱きついた。

 

(ああ、歌唱スキルが取れた事をウズメに報告したんだな………)

 

 同時にウズメがピュアに何か言い、ピュアが驚いた顔をしたのが見えた。

同時にピュアは、闘志を燃やすかのように拳を握り締めた。

 

(………で、ウズメが歌姫になった事を知って、すぐに自分もって感じか。

次はピュアのスキル取得のアドバイスをしないとだな)

 

 ハチマンはそう考え、ここに来た仲間達に向け、厳かに告げた。

 

「みんな、聞いてくれ。実はウズメが今、歌姫になった」

 

 それから歌唱スキルの事が説明され、

ハチマンが最近ウズメと二人で何をしていたのか、その理由が分かり、場は大騒ぎとなった。

 

「うおおお!」

「凄い凄い!」

「早く試してみようよ!」

 

 そんな仲間達が盛り上がる中、ハチマンはピュアに話しかけた。

 

「ピュアももう、四つのスキルを得てるよな?」

「は、はい!」

「それじゃあ明日からはピュアの育成だな」

「お、お願いします!」

 

 それでピュアも同様に歌姫になるだろう事が判明し、場は更に盛り上がった。

 

「こうなると、ロビンはどうするのかな?」

「う~ん、ゴリゴリの近接タイプだし、見送る気もするけどね」

「所持出来るスキルの数には限界があるしなぁ………」

 

 この事実を受け、後日クックロビンがした決断は、歌唱スキルのみを所持しておく、であった。

それは置いておき、とにもかくにもALO世界で初めての、

そしてSAOから数えて二人目の、歌姫がここに誕生する事となったのだった。



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第1174話 三人目の歌姫

 盛り上がっていた場が落ち着いた頃、この場にいるメンバーの手によって、

ウズメの能力の検証が行われる事となった。

 

「ん、これは………」

「制御はともかく、能力値の上がりはクリシュナの魔法より少し落ちるくらいかな?」

「その分効果範囲が段違いかも」

「これ、パーティ単位じゃなくてフィールド展開なのな」

 

 ウズメが意識してスキルを使うと、ウズメを中心に、うっすらとした光の円が広がった。

その範囲内にいる者には等しく効果が発現しているようだ。

 

「個人単位で支援するのとは違うんだ」

「その代わり、確実に全体の底上げにはなるよな」

「大規模戦闘向きのスキルだね」

「ウズメ、範囲は狭められるか?」

「あ、うん、やってみる」

 

 だがそう簡単にスキルの操作が上手くいくはずもなく、ウズメは悪戦苦闘する事となった。

それでも何とか範囲を直径にして三分の一くらいにする事が出来、仲間達はその円の中に入った。

 

「おお?」

「ステータスの上がり具合が大きくなってますね」

「凄い凄い!」

「これは戦術の幅が広がるな」

「ウズメは頑張って修行しないとな」

「うん!私、頑張る!歌いながら動くのは得意だから!」

「同時に経験値も稼いでおくといいね、派生スキルに関しては自由にポイントを振れるからね」

「そうなのか?」

「ああ、コンソールを開いて候補を見てみるといいよ」

 

 ホーリーのアドバイスを受け、ウズメはコンソールを開いた。

 

「あっ、本当だ!」

「それじゃあ今度狩りに行かないとだな」

「くぅ、私も早くスキルを………」

「だな、ピュアはどういった方向の歌姫になりたいんだ?」

「私は皆さんの癒しになりたいです!」

「ウズメが能力強化系で、ピュアはヒーラー系って事か………」

 

 それから相談の上、ピュアが狙うのは、吟唱、癒し系、小悪魔系の三つに加え、

もう一つは様子を見ながら、という事となった。

 

「それじゃあピュアが歌姫になったら、改めて狩りの予定を組む。

同時にメンバー全員へのお披露目会をやるから、

ん~、マックス、悪いが他のみんなと相談して、準備を進めておいてくれ」

「分かりました、任せて下さい!」

 

 こうして予定が決まり、この日、一同はそのままログアウトした。

 

 

 

 そして次の日ハチマンは、同じ場所でピュアと待ち合わせをして、

スキルの取り方をピュアに説明した。ちなみにウズメも暇だったらしく、

案内も兼ねてピュアと一緒にこの場に来ている。

 

「吟唱スキルは、とにかく早口言葉を言ってればすぐに取れるからな」

「あっ、土曜の夜八時からやってた番組みたいにですね!」

 

 そのピュアの言葉の意味が分からず、ハチマンは困惑した。

 

「えっと………そうですね」

「どうして敬語ですか!?」

「あ、いや、ネタがよく分からなくて………」

「とにかく全員集合なんですよ!」

「そ、そうか、まあ任せるわ。で、癒し系は、常に笑顔を絶やさない事、

そして小悪魔系は、ツンデレっぽい喋り方を心がけてたら手に入った」

「笑顔は得意です、早速始めますね!」

「え?あ?お、おう」

 

 この後、ピュアはまさかの笑顔を崩さずに早口言葉にチャレンジし、

すぐに癒し系と吟唱のスキルを獲得した。

 

「ハチマンさん、やりました!」

「え、マジかよ、凄いなピュア………」

 

 ハチマンはその早さに驚き、ウズメがひそひそとハチマンに説明してきた。

 

「ピュアは天才肌なんだよね………」

「そうなのか?」

「うん、ダンスとかもあんまり練習しなくても、ある程度はすぐに出来るようになるよ。

ただちょっと、動きが遅れたりするだけで、型自体の覚えは凄く早いの」

「なるほどなぁ………」

 

 そんなピュアは、今は小悪魔系にチャレンジしていた。

 

「二人の会話が気になるなんて事は全然無いですからね!」

「………あっ、うん」

「どうしてそんな、微妙な顔をしてるんですか?」

「いや、慣れないなって思って」

「まあ確かにウズメさんほどツンツンもデレデレも、普段の私はしないかもですけど!」

「わ、私は別にそんなんじゃないから!」

 

 ピュアは明らかにツンデレ向きな人材ではなく、

ハチマンはこれは時間がかかるかもしれないなと思ったが、

ピュアも同じ事を考えたらしく、少し考え込んだ後に、

ピュアはハチマンが思いもつかなかった方策に出た。

 

「ハチマンさん、小悪魔系って、そのままじゃいけないんですか?」

「そのまま、とは?」

「だってツンデレって、別に小悪魔とは関係ないですよね?」

「た、確かに………」

 

 ハチマンが知っているのはユナと経験してきた事だけであって、

確かにそれが、確実に正解とは限らない。

 

「ならここからは私に任せて下さい!」

「わ、わかった」

 

 ハチマンは、別に急いでいる訳でもないし、

ここはピュアに任せようと考え、何をするのか見極めるべく、ピュアをじっと見つめた。

 

「………ハチマンさん、私の事、ちゃんと見ててくださいね」

「え?あ、おう」

 

 そしてハチマンが見守る前で、ピュアはいきなり肩を露出させた。

 

「えっ?」

「ピュア!」

「ウズメさん、邪魔をしちゃ駄目ですよ?」

 

 ピュアは《蠱惑的な》表情でウズメにそう言うと、ハチマンにしなだれかかってきた。

 

「え?え?」

「ハチマンさん、私、ウズメちゃんよりも年上なんですよ。

つまり、ハチマンさんと、より年が近いんです」

「そ、そうなんですね」

「それって、《そういう事を》しても、犯罪にならないって事なんですよ?」

「そ、そういう事!?」

「ハチマンさんったら、分かってる癖に、うふふ」

 

 ピュアはそう言ってハチマンから離れ、艶っぽく微笑んだ。

 

(こ、小悪魔………)

 

 ハチマンはまさかのピュアの豹変っぷりに度肝を抜かれ、

ピュアからまったく目が離せなくなった。

ずっとくっついているのではなく、一定の距離を離れた事が、逆にピュアの全身を見る事が出来、

細かい仕草や《しな》の作り方に、色気を感じさせてきた。

 

(マジかよ、純子って本当はこういう子なのか?)

 

 ハチマンがそう思うくらい、今のピュアは全く別人のようであった。

そのハチマンの気持ちを見逃すMHCPではなく、次の瞬間にピュアは、元のピュアに戻った。

 

「やった!取れました!」

「マジか!」

「嘘ぉ!?」

「本当ですよ、ほら、見て下さい!」

 

 ピュアが見せてくるコンソールの画面には、確かに小悪魔系との表示があった。

 

「凄いなお前………まさか普段からずっと、本当の自分を隠してるなんて」

「え?今のはただの演技ですよ?」

「そ、そうなの?」

「マジかよ………」

「当たり前じゃないですか、二人とも何を言ってるんですか?もう」

 

 その瞬間にウズメの体がビクンと震えた。

 

「え?え?」

「むむ」

「どうしたの?」

「え………」

「え?」

「演技派のスキルが取れちゃいました」

「「うわ」」

 

 それはハチマンとウズメが、ピュアの行動が演技だったと言われ、

度肝を抜かれた瞬間に発現したのだった。

 

「やった、やりましたよ、ハチマンさん!」

 

 そう言ってピュアが見せてきたのは、まごうことなき『歌姫』のスキルであった。

 

「おいおい、まさかなんだが………」

「ハチマン、わ、私の苦労は何だったの?」

「言うな、天才ってのはこういうもんなんだって」

「うぅ………嬉しいけどでも、複雑な気分」

 

 ピュアが嬉しさのあまり駆け回るその横で、

ハチマンとウズメは何ともいえない表情をしていたが、

とりあえずこの事を他の者達、特にセラフィムに伝えなくてはいけない為、

三人はそのままヴァルハラ・ガーデンへと帰還した。

 

「ただいま」

「ただいま!」

「戻りました!」

「あれ、早かったね」

 

 今日もハチマンが不在の中、

ユイやキズメルと過ごすべくログインしていたアスナが、そんな三人を出迎えた。

 

「ああ、実はピュアの奴………一日で歌姫にたどり着いたわ」

「ええっ、凄くない!?」

「ああ、正直凄いと思う………」

「凄く敗北感がある………」

「ま、まあ歌姫になったのはウズメの方が早かったんだし気にしない気にしない?」

「う、うん………」

 

 そしてそこからハチマンは慌しく動き始めた。

メンバー全員にメッセージを送り、なるべく多くの者が集まれる日を選択し、

狩りとお披露目会を同時に行うべく、準備を始めたのである。

ユイとアスナがこれをサポートし、セラフィムと、ついでにユキノも呼び出され、

こうして予定はさくさくと立てられていった。

 

「マックスとユキノがいると、さすがに早いな」

「その為に私達がいるんですよ、ハチマン様」

「そうね、お祝い事だし盛り上げるわよ」

「よ、宜しくな、二人とも」

「それで、一つ提案があるのだけれど」

「何だ?」

「狩りには友好ギルドの人達も出来るだけ呼んでみない?」

「それは別に構わないけど、何でだ?」

「そこに、ユナさんも呼びましょう」

 

 ユキノのその言葉にハチマンは目を見開いた。

 

「ユナの反応を見るのか」

「ええ、そういう事」

「分かった、それで手配してくれ」

「分かったわ」

 

 それから一週間後、二月十一日の建国記念日の祝日の昼過ぎから夜にかけてなら、

全員の参加を確保する事が出来る事が分かり、そこで予定が組まれる事となったのだった。

 

 こうして立て続けに、三人目の歌姫が誕生する事となったのである。



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第1175話 ユナ、初体験の連続

 二月十一日のお昼過ぎ、ユナは緊張しながらヴァルハラ・ガーデンへと足を運んだ。

 

(何かお祝い事があるって話だったよね、何だろ?)

 

 今のユナは、もちろんいつもの情報収集用のユナである。

 

(まあいいや、あのヴァルハラの、ハチマンさんと一緒に狩りに行けるんだ、

こんなチャンス、逃す手は無いよね!)

 

 デジタルアイドルのユナからの情報のフィードバックによって、

このユナは、自分の本体とも呼ぶべき本物のユナが、

かつてハチマンと何らかの関係にあった事は既に把握していた。

だが無理にその事を聞き出そうとする事は許可されておらず、

今回ユナは、純粋にハチマンらと一緒に遊べる事を嬉しく思い、

今日は精一杯楽しもうと思ってこの場に来ていた。AIが、《楽しもう》である。

これは本来異常な事なのだが、徹大はまだその事に気付いていない。

単純に、そういう反応をしているだけだと思っているからだ。

徹大は、このユナに使われている茅場製AI、ORの性能を見誤っていた。

ORとは初期段階のAIではあるが、後期型のAKと比べてもそこまで劣る訳ではなく、

時間をかければそういった感情が生まれる余地が十分にある、高性能AIである。

ましてやユナに使われているORには、

ユナの情報がこれでもかというくらいたっぷりと詰め込まれているのだ。

教育される機会は十分にあったと言わざるを得ない。

 

「えっと………こんにちは?」

 

 ユナは用件がある場合に押すインターホンのような物のボタンを押し、

ヴァルハラ・ガーデンの外壁にあるカメラのような物にそう話しかけた。

 

『ユナか?入っていいぞ』

「ハチマンさん!ありがとう!」

 

 すぐに音もなくヴァルハラ・ガーデンの扉が開き、

ギャラリー達の羨望の視線を受けながら、ユナは内部へと足を踏み入れた。

 

「ここに入るのは初めてだなぁ、う~ん、楽しみ!」

 

 以前ハチマンに招待された時は、ウルヴズヘブンに案内された為、

ユナは今日の事を凄く楽しみにしていた。

 

「よっ、よく来てくれたな、ユナ」

 

 そんなユナを出迎えたのは、ハチマン本人であった。

 

「ほ、本日はお招き下さりありがとうございます!」

「ははっ、そう硬くなるなって」

 

 ハチマンはそう言うと、ユナを連れて中に入った。

 

「うわぁ………」

「ユナはこういうギルドハウスに入るのは初めてか?」

「一応いくつかのギルドに誘われて、中に入った事はありますよ!

でもここまで凄いおうちなんて一つも無かったです!」

「そうか、まあすぐに出発だから、堪能するなら後でな」

「はい!」

 

 その言葉通り、ヴァルハラ・ガーデンには続々と、

ヴァルハラ・リゾートの友好ギルドが集まってきていた。

スリーピング・ナイツ、サラマンダー軍、シルフ軍、ケットシー軍、アルン冒険者の会に、

ソニック・ドライバー、ザ・スターリー・ヘヴンズ、スモーキング・リーフなど、

ネットのALOプレイヤー名鑑で見た有名人ばかりである。

作られたばかりの時はそうではなかったが、本体の気質を受け継ぎ、

徐々にミーハー化してきているユナにとって、ここはまるで天国であった。

 

「うわ、うわぁ、私、ここにいてもいいのかな?」

「俺が誘ったんだからいいに決まってる。誰か話したい奴がいるなら紹介してやるぞ?」

「いいんですか?それじゃあピュアさんに!」

 

 その名前が出た瞬間、ハチマンは目を光らせた。

 

「………どうしてピュアを?」

「私、歌う事が好きだから、フランシュシュ本人じゃないかって言われてるくらい、

歌と踊りが上手なあのお二人に憧れてるんです!

ウズメさんはこの前紹介してもらったんで、今度は是非ピュアさんに紹介して欲しいので!」

「そういう事か、分かった、こっちだ」

 

 ハチマンはユナを伴って奥の別室に連れていった。

その中にはアスナと共にウズメとピュアが居り、

ユナはとても嬉しそうに、二人に駆け寄って頭を下げた。

 

「は、初めまして!私、ユナと言います!」

「あっ、ユナちゃん、この前ぶり!」

「あっ、えっと、ピュアです。初めまして、ユナさん」

 

 ユナはそのまま二人に握手してもらい、天にも登る気持ちになった。

 

「ユナはそんなに歌が好きなのか?」

「うん、私、アイドルになりたいの!」

「アイドルか………そうか、頑張るんだぞ」

「うん!」

 

 ユナはどこにでもいるアイドル志望の女の子に見え、その事に関して違和感は全く無かった。

でもハチマンとアスナは、SAOのユナと、このユナを前から比べて見ていた為、

別の違和感にすぐに気付いてしまう。

 

「おいアスナ」

「うん、近づいてる」

「だよな」

 

 ユナの細かい仕草や、どこがどうとは言えない部分に関して、

このユナはSAO時代により近づいていると感じられた。

 

「気のせいじゃないよな?」

「理屈では説明出来ないけど、違和感が減ってるのは確かだね」

「どういう事なんだろうな」

「前は緊張してた………とか?」

「う~ん」

 

 こうしてユナの謎が若干深まる中、予定していた時間になり、

ハチマンは仲間達に号令をかけ、狩り場へと向かう事となった。

 

「よし、みんな、そろそろ出発しよう」

 

 そしてヴァルハラ・ガーデンから、続々と有名プレイヤーが出てきた。

その度にギャラリー達は熱狂し、その中にいたユナは、先ほどと同じ戸惑いを感じていた。

 

「わ、私の場違い感が………」

「いいからいいから、ほら、ユナちゃん、おいで」

「あっ、はい!」

 

 アスナに導かれ、ユナはハチマンのすぐ後ろを歩き出した。

その周りは真なるセブンスヘヴンに囲まれており、

今、ユナの周りには、確実にALOの最高勢力がいた。

ソレイユ、キリト、アスナ、ユキノ、ラン、ユウキ、そしてハチマンである。

 

(うわぁ、セブンスヘヴンだセブンスヘヴン!

はぁ、格好いい………そしてそれを束ねるハチマンさん………好き!)

 

 恋愛的な意味で、好きという感情をAIが持ったのは、キズメルに続き、ユナが二人目である。

もっともキズメルに関しては、家族的な意味合いが強いと思われる為、

実質ユナが一人目かもしれない。

この時ユナは、そのミーハー的な気質のせいもあるが、生まれて初めて恋をした。

 

 

 

 そして狩り場に着いた後、ユナは次なる衝撃に見舞われた。

狩り場に選ばれたのは、逃げ場の無い行き止まりであり、

遠くには大量の敵が闊歩しているのが見える場所であった。

以前参加した、あの激しい狩りの様子からして、

ユナにはここは、それに適した場所とは思えなかった。

 

「ハチマンさん、こ、ここ?」

「おう、今からキャンプを設営するからな、まあ見てろって」

「う、うん!」

 

 そして行き止まり部分に大量の結界コテージが設置され、

同時に何かステージのような物が置かれる。

 

「ハチマンさん、あれは?」

「ははっ」

 

 ハチマンは笑うだけで特に何も説明してはくれない。

ユナはその事にもやもやしつつも、惚れた弱みもあり、何も言えない。

そしてそれが終わると、外壁にそって半円状に味方が配置される。

一番敵側に近い、きつい部分にはキリト達、近接の最高戦力が配置され、

味方の後方、壁のやや高い位置に、遠隔攻撃陣と魔法攻撃陣がずらりと並ぶ。

 

「姉さん、魔法使いの指揮は任せるぞ」

「ええ、分かってるわ」

「おいシノン、遠隔はお前だ、しっかりな」

「ちょっと、もっと優しい言い方をしなさいよ、後で覚えてなさい」

「タンクの統括はマックス、お前に任せる。ホーリーから指揮を学んだ成果を見せてみろ」

「はい、ハチマン様!」

 

(うわぁ、格好いい!)

 

 ユナがハチマンを見る目は、完全にハート型になっていた。

これはSAO時代の記憶の影響もあるのだろうが、

男性アイドルに対するような一般女性の心理と同じ状態であると言えよう。

 

「よし、斥候は自分の生存を優先してくれれば、いくら敵を釣ってくれてもいいから、

とにかく頑張ってくれ」

「分かりました!」

「みんな、無理しないでね!」

 

 レコンとコマチが斥候陣にそう呼びかけ、そして狩りが始まった。

同時に設置された壇上に、ウズメとピュアが上がる。

 

「えっ?えっ?」

 

 そして流されるのはフランシュシュのエンドレス・メドレーだ。

 

「ハチマン?」

「これは?」

 

 驚くユージーンやスプリンガーにニヤリとしたハチマンは、大声で仲間達に言った。

 

「ヴァルハラの誇る二人の歌姫の力、今日、初公開だ!」

 

 それを合図にウズメとピュアが、歌い、踊る。

その瞬間にフィールドにうっすらと光が浮かび上がり、全員に強力なバフがかかる。

これにはクリシュナのかけているバフもかかっているのだが、

特にその事を説明したりする必要は無いだろう。

それくらい、二人の行動は知らない者達にとっては強烈なインパクトを与えていた。

 

「いつもより体が軽いぞ!」

「簡単な傷なら治っちゃうね!」

「歌姫?こんなスキル、聞いた事ないよ!」

「まだまだALOには、私たちの知らない事が沢山あるんだ!」

 

 それからの狩りは、凄まじいの一言につきた。

息をつく暇もなく全員が攻撃を続け、たまに休憩を挟みつつとんでもない数の敵を殲滅していく。

ユナ個人だけ見ても、その獲得経験値は見た事もないレベルまで膨れ上がり、

狩りが終わるまでの四時間、ユナはこれでもかというくらい興奮し、

つり橋効果もあり、更にハチマンに惚れる結果となったのだが、

それと同時にウズメとピュアに対する憧れの気持ちが凄まじく膨れ上がる事となった。

 

 ユナはこの日、ゲーム故にかなり誇張されたせいもあってか、

アイドルというものの凄さをこれでもかと見せ付けられた。



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人物紹介 ver.1.3 OrdinalScale edition

人物紹介

 

『ALO組、ヴァルハラ・ガーデン』

 

・ハチマン

 

 言わずと知れた主人公、その正体はSAOのハチマンである。本名は比企谷八幡。

 ソレイユの社長に就任予定。主に指揮担当。ALOのセブンスヘヴンの一人。

 結城明日奈と交際中。

 

・アスナ

 

 本編のメインヒロイン、SAOのアスナである。本名は結城明日奈。

 ソレイユの渉外部長に就任予定。ヒーラー兼物理アタッカー。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。比企谷八幡と交際中。

 

・コマチ

 

 ハチマンの妹。斥候。ソレイユの渉外部に所属。

 

・キリト

 

 本名は桐ヶ谷和人、八幡の親友、同級生。物理アタッカー。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。篠崎里香と交際中。

 

・リズベット

 

 本名は篠崎里香、八幡の同級生。和人と付き合っている。ALO最高の正統派鍛治職人。

 物理アタッカー。桐ヶ谷和人と交際中。

 

・シリカ

 

 本名は綾野珪子、八幡の同級生。

 物理アタッカー兼ヒーラー(ピナを使用時)

 

・クライン

 

 本名は壷井遼太郎、平塚静と結婚秒読み。物理アタッカー。

 

・エギル

 

 本名はアンドリュー・ギルバート・ミルズ、喫茶店「ダイシーカフェ」を経営中。

 物理アタッカー。

 

・ユキノ

 

 本名は雪ノ下雪乃。ヒーラー。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。ヴァルハラの頭脳その1。八幡の専属。

 

・ユイユイ

 

 本名は由比ヶ浜結衣。八幡の元同級生。タンク。

 

・ユミー

 

 本名は三浦優美子。八幡の元同級生。魔法アタッカー。

 

・イロハ

 

 本名は一色いろは。八幡の元後輩。魔法アタッカー。

 

・リーファ

 

 本名は桐ヶ谷直葉、和人の妹。剣道の有段者。シルフ四天王の一人。

 物理アタッカーぎみのオールマイティ。ソレイユの受付嬢。

 

・レコン

 

 本名は長田慎一、直葉の事が好き。斥候。

 

・メビウス

 

 本名は城廻めぐり、ソレイユのメディキュボイド事業部所属。ヒーラー。

 

・ソレイユ

 

 本名は雪ノ下陽乃、ソレイユ・コーポレーションの創設者、魔法アタッカー。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。

 二○二九年に社長を退任し、立候補して衆議院議員となる。

 

・アルゴ

 

 本名は帆坂朋、ソレイユの開発部部長。斥候。

 

・シノン

 

 本名は朝田詩乃、高校生、ソレイユでバイト中。遠隔アタッカー。

 

・フカ次郎

 

 本名は篠原美優、北海道在住。物理アタッカー。シルフ四天王の一人。

 

・クリスハイト

 

 本名は菊岡誠二郎、総務省通信ネットワーク内仮想空間管理課(通称仮想課)職員。

 魔法アタッカー。

 

・クックロビン

 

 本名は神崎えるざ、今話題のアーティスト。GGOのピトフーイ、変態。物理アタッカー。

 

・セラフィム

 

 本名は間宮クルス、八幡の秘書に就任予定。八幡の専属。タンク。

 

・クリシュナ

 

 本名は牧瀬紅莉栖、天才脳科学者。彼女の存在が、いずれ何人かの人物の救いとなる。

 HNは栗悟飯とカメハメ波。バッファー兼デバッファー。

 ヴァルハラの頭脳その2。ソレイユの次世代技術研究部に所属、八幡の専属。

 岡部倫太郎と交際中。

 

・フェイリス

 

 本名は秋葉留未穂、魔法アタッカー。

 二○三三年、自身が代表を努める秋葉グループをソレイユ・グループの傘下にし、

 代表の座はそのままに、ソレイユの副社長を兼任。

 

・ナタク

 

 本名は国友駒央。遠隔アタッカー兼職人。医学部に進学予定。

 

・スクナ

 

 本名は川崎沙希。八幡の元同級生。遠隔アタッカー兼職人。

 ソレイユの服飾関係の仕事を請け負う。

 

・サトライザー

 

 本名はガブリエル・ミラー。怪我をして療養中に八幡にスカウトされ日本へ。

 SPO(ソレイユ・プロテクション・オフィサー)部長。

 オールマイティプレイヤー。

 

・レヴィ

 

 本名はレヴェッカ・ミラー。サトライザーことガブリエル・ミラーの妹。

 八幡のボディガード。身元引受人は八幡だが、実は八幡と同い年である。

 新しく導入された魔法銃を与えられる。遠隔アタッカー。

 

・リオン

 

 本名は双葉理央。ソレイユの次世代技術研究部に所属。遠隔アタッカー。

 

・アサギ

 

 本名は桜島麻衣。女優。タンク。ソレイユ芸能部『ルーメン』所属。

 

・ホーリー

 

 本名は茅場晶彦。元SAOのヒースクリフ。タンク。

 天才科学者。SAO四天王の一人。神聖剣。故人?

 その一部がアマデウス化し、八幡の相談役を努める。

 本体はソレイユ内のサーバーにバックアップされている。

 八幡からの強制でヴァルハラ入り。

 アルゴの手によりセブンスヘヴンランキングからは除外されている。

 

・ウズメ

 

 本名は水野愛。アイドルグループ『フランシュシュ』のメンバー。

 ソレイユ芸能部『ルーメン』所属。二代目歌姫スキルの所持者。物理アタッカー。

 

・ピュア

 

 本名は紺野純子。ナチュラルに昭和な女性。

 アイドルグループ『フランシュシュ』のメンバー。

 ソレイユ芸能部『ルーメン』所属。三代目歌姫スキルの所持者。ヒーラー。

 

・フローレン

 

 本名は小比類巻香蓮。GGOのレンのALOのキャラ。

 こちらが正式名称。ALOにおいてはレンは通称。遠隔アタッカー。

 

・アーサー(元ヤサ、元七つの大罪のハゲンティ)

 

 本名は綾小路優介。ソレイユ専属絵師。ロザリアの元取り巻き。

 SDS、七つの大罪、共に離脱済。物理アタッカー。

 

・バンディット(元バンダナ、元七つの大罪のオッセー)

 

 本名は武者小路公人。ソレイユ専属絵師。ロザリアの元取り巻き。

 SDS、七つの大罪、共に離脱済。物理アタッカー。

 

・ルクス

 

 本名は柏坂ひより。帰還者用学校の生徒。ラフィンコフィンの元メンバー。

 アスカ・エンパイアでサッコを名乗る。父は厚生労働大臣の柏坂健。

 物理アタッカー兼ヒーラー。

 

・グウェン(GWENN)

 

 本名は鶴咲芽衣美。通称メイミー。帰還者用学校に中途入学。

 ラフィンコフィンの下部組織の元リーダー。斥候。物理アタッカー。

 八幡の為に小人の靴屋でダブルスパイ活動を行う。(キャラはGWEN)

 

・サイレント

 

 本名は平塚静。プレイはしていないゲスト扱い。クラインこと壷井遼太郎と結婚秒読み。

 二○二八年四月、帰還者用学校にて八幡達の担任となる。

 

・コリン

 

 本名は神代凛子。プレイはしていないゲスト扱い。

 ソレイユのメディキュボイド事業部部長。神代フラウの姉。

 

・ユイ

 

 NPCの少女。ハチマンとアスナの娘。

 

・キズメル

 

 NPCのダークエルフの美女。自称ハチマンの嫁。

 黒アゲハとして戦闘にも参加。物理アタッカー。

 

 

 

『その他のALOプレイヤー』

 

・サクヤ

 

 シルフ領主。

 

・アリシャ・ルー

 

 ケットシー領主。

 

・ユージーン

 

 サラマンダー領主の弟。サラマンダー軍のトップ。元ALO最強剣士。

 

・カゲムネ

 

 ユージーンの側近。サラマンダー軍のナンバーツー。タンクに転向。

 

・シグルド

 

 元シルフ四天王の一人。

 ギルド『ジークフリード・ザ・ドラゴンスレイヤー』通称SDSのリーダー。

 

・ゴーグル(元七つの大罪のアンギラス)

・コンタクト(元七つの大罪のデッカイラビア)

・フォックス(元七つの大罪のアンドアルプス)

・テール(元七つの大罪のキモイエス)

・ビアード(元七つの大罪のムリムリ)

 

 ロザリアの元取り巻き。

 ギルド、『SDS(ジークフリード・ザ・ドラゴンスレイヤー)』のメンバー。

 

・トンキー

 

 邪神型モンスター。

 

・ユウキ

 

 本名は紺野木綿季。スリーピング・ナイツのメンバー。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。病気が治り、今は八幡の同級生。

 

・ラン

 

 本名は紺野藍子。スリーピング・ナイツのリーダー。

 ALOのセブンスヘヴンの一人。病気が治り、今は八幡の同級生。

 

・ジュン

・テッチ

・タルケン

 

 スリーピング・ナイツのメンバー。

 

・シウネー

 

 本名は安施恩。スリーピング・ナイツのメンバー。

 病気が治り、今はソレイユでバイトをしつつ猛勉強中。

 

・ノリ

 

 本名は山野美乃里。スリーピング・ナイツのメンバー。

 病気が治り、今はソレイユでバイトをしつつ猛勉強中。

 

・クロービス

 

 本名は矢凪清文。スリーピング・ナイツのメンバー。故人。

 現在はアマデウスとして活動中。スリーピング・ガーデンのハウスメイド。

 

・メリダ

 

 本名は山城芽衣子。スリーピング・ナイツのメンバー。故人。

 現在はアマデウスとして活動中。スリーピング・ガーデンのハウスメイド。

 

・ユナ(ALO)

 

 中身は茅場製初期型AI(OR)の学ユナ。

(白ユナ)悠那を再生する為に重村徹大が教育している虚像のアイドル。

(学ユナ)白ユナの教育の為の実働部隊、学習用端末。リアルではAIぬいぐるみとして動く。

 この二人のAIは記憶を共有する。ハチマンに恋をした。

     

・ビービー

 

 元サラマンダー軍。ナイツ『M&S(マシンガン&ゴッデス)』のリーダー。

 通称女神様。

 

・リョウ

・リク

・リツ

・リン

・リナ(リナッチ、リナジ、リナゾー、リナヨ、リナコ、リナム)

・リョク

 

 素材屋『スモーキング・リーフ』を営む六姉妹。

 

・ローバー

 

 スモーキング・リーフ内で万屋『ローバー』を営む謎の老婆。

 その正体は八幡である。

 

・グランゼ

 

 本名は幸原りりす。

 職人ギルド『小人の靴屋』のリーダー、七つの大罪の黒幕。

 ヴァルハラを敵視する女性。

 

・グウェン(GWEN)

 

 小人の靴屋のメンバー。鶴咲芽衣美の別キャラ。

 

・ルシパー

 

 ギルド『七つの大罪』のリーダー、傲慢担当。

 

・エヴィアタン

 

 ギルド『七つの大罪』の幹部、嫉妬担当。

 

・サッタン

 

 ギルド『七つの大罪』の幹部、憤怒担当。

 

・ベルフェノール

 

 ギルド『七つの大罪』の幹部、怠惰担当。

 

・マモーン

 

 ギルド『七つの大罪』の幹部、強欲担当。

 

・ベゼルバブーン

 

 ギルド『七つの大罪』の幹部、暴食担当。

 

・リリース

 

 ギルド『七つの大罪』の幹部、二代目色欲担当。

 

・シットリ

 

 ギルド『七つの大罪』のメンバー、情報収集担当。

 ルシパーの乱心と共に離脱するも、出戻り。

 

・ハエル

・マラカス

・フルル

・ストラト

 

 七つの大罪の新メンバー。

 

・ラキア

 

 本名は大野晶。ギルド『ソニック・ドライバー』のリーダー。大野財閥の会長。

 過去にソレイユが作った伝説のギルド『モノトーン』の元メンバー。

 

・スプリンガー

 

 本名は大野春雄。ギルド『ソニック・ドライバー』の副リーダー。大野晶の夫。

 過去にソレイユが作った伝説のギルド『モノトーン』の元メンバー。

 

・ロウリィ

 

 本名は水星楼里。ギルド『ザ・スターリー・ヘヴンズ』のリーダー。

 過去にソレイユが作った伝説のギルド『モノトーン』の元メンバー。

 有名コスプレイヤー。

 

・テュカ

 

 本名は丸三千花。ギルド『ザ・スターリー・ヘヴンズ』のメンバー。

 過去にソレイユが作った伝説のギルド『モノトーン』の元メンバー。

 有名コスプレイヤー。

 

・レレイ

 

 本名は鈴菜怜奈。ギルド『ザ・スターリー・ヘヴンズ』のメンバー。

 過去にソレイユが作った伝説のギルド『モノトーン』の元メンバー。

 有名コスプレイヤー。

 

・ヤオ

 

 本名は矢尾葉月。

 過去にソレイユが作った伝説のギルド『モノトーン』の元メンバー。

 

・プリン

 

 本名は日高小春。大野春雄の元同級生、大野晶の永遠のライバル。

 両親が他界した後、日高商店という酒屋を一人で切り盛りする強い女性、独身。

 

・ベルディア

 

 本名は日高勇人。日高小春の親戚。

 兄直人(ディアベル)をSAOで失った後、両親をも事故で失う。

 その後親戚筋の小春に引き取られる、中学生。

 

・ファーブニル

 

 本名は雨宮龍。詩乃の学校の生徒会長。ギルド『アルン冒険者の会』のリーダー。

 

・ヒルダ

 

 本名は岡田唯花。詩乃の学校の生徒会書記。ギルド『アルン冒険者の会』のメンバー。

 

・アスモゼウス

 

 本名は山花出海(いずみ)、ギルド『七つの大罪』の元幹部、元色欲担当。

 ギルド『アルン冒険者の会』のメンバー。

 

・アスタルト

 

 本名は比嘉健。オーグマーの開発に協力。後にソレイユの開発部所属。

 ギルド『アルン冒険者の会』のメンバー。

 

・スピネル

 

 ギルド『ジュエリーズ』のリーダー。

 

・サファイア

・エメラルド

・ペリドット

・ガーネット

・ラピス

・フォス

 

 ギルド『ジュエリーズ』のメンバー。

 

・ヘラクレス(天神派リーダー兼ギルドマスター)

・オルフェウス(天神派)

・タンタロス(天神派)

・ミノス(天神派)

・ラダマンティス(天神派)

・ディオニソス(天神派)

・オルフェウス(陽神派リーダー)

・アスクレピオス(陽神派)

・テセウス(海神派リーダー)

・オリオン(海神派)

 

 ギルド『チルドレン・オブ・グリークス』のメンバー達。

 三つの派閥の合議制で方針を決定している。ヘラクレスは名目上のリーダー。

 

・スプーキー

 

 本名は桜井雅宏。ギルド『スプーキーズ』のリーダー。

 

・ケージ

 

 本名は峰岸啓自。ギルド『スプーキーズ』のメンバー。

 

・ヒトミ

 

 本名は遠野瞳。ギルド『スプーキーズ』のメンバー。

 メンバーの中では唯一GGOもプレイしている。

 

・ランチ

 

 本名は北川潤之介。ギルド『スプーキーズ』のメンバー。

 

・シックス

 

 本名は迫真悟。ギルド『スプーキーズ』のメンバー。

 

・ユーイチ

 

 本名は芳賀佑一。ギルド『スプーキーズ』のメンバー。

 

・ネミッサ

 

 本名は不明。

 GGOでヒトミと知り合い、その流れでALOのギルド『スプーキーズ』のメンバーとなる。

 

 

『ALO内イベントNPC』

 

・トンキー

 

 邪神型モンスター。

 

・レイ

 

 キリトとユキノがヨツンヘイムで出会った少女。レイヤへと覚醒。

 

・レイヤ

 

 レイの封印が解けた姿。フレイヤへと覚醒。

 

・フレイヤ

 

 奔放な女神。今はヴァルハラ・ガーデンに滞在中。

 

・トール

 

 イベント戦闘において命を落とす。いずれ復活予定。

 復活したら、その手に持つミョルニルはイロハの杖と統合される。

 

・ロキ

 

 北欧神話一のトリックスター。

 

・ヘパイストス

 

 アインクラッドにおいて武器屋を営む神。その店は高ランクプレイヤーにしか見えない。

 

・フェンリル

 

 ハチマンの守護者でありフカ次郎の話し相手。

 実体化させられるのはハチマンのみであり、フカ次郎には守りの加護のみが与えられている。

 

・ケルベロス

 

 アスタルトの使役獣。本来は敵側だが、彼の命令には逆らえない。その際の名前はトルテ。

 

・ガイア

・アレス

・ベルゲルミル

・スルーズゲルミル

・アウルゲルミル

・キュプロクス

・ギガンテス

・ヘカトンケイル

 

 年末イベントのボス達。

 

 

 

 

『ゾディアック・ウルヴズ』

 

・シャナ ALOのハチマン。射手座。

・シズカ ALOのアスナ。乙女座。

・シノン ALOのシノン。蠍座。

・ベンケイ ALOのコマチ。牡羊座。

・ピトフーイ ALOのクックロビン。双子座。

・銃士X ALOのセラフィム。魚座。

・ニャンゴロー ALOのユキノ。水瓶座。

・イコマ SAOのネズハ、ALOのナタク。山羊座。

・サトライザー ALOのサトライザー。獅子座。

・キリト ALOのキリト。牡牛座。

 

・エム

 

 本名は阿僧祇豪志。ピトフーイをこよなく愛する彼女の秘書。ドM。蟹座。

 

・ロザリア

 

 本名は薔薇小猫。ソレイユの秘書室長。天秤座。

 

・セバス

 

 本名は都築和彦、雪ノ下家の執事、八幡の師匠、元傭兵。蛇遣い座。

 

 

『シャナに近いGGOプレイヤー』

 

・薄塩たらこ

 

 本名は長崎大善、元GGOの最大スコードロンのリーダー。ソレイユでバイト中。 

 

・闇風

 

 本名は山田風太、GGO最高のスピードスター。ソレイユでバイト中。

 

・エヴァ

 

 本名は新渡戸咲、高校の新体操部の部長。スコ-ドロン『SHINC』のリーダー。

 

・ソフィー

 

 本名は藤沢カナ、咲と同じ新体操部所属。スコ-ドロン『SHINC』のメンバー。

 

・ローザ

 

 本名は野口詩織、咲と同じ新体操部所属。スコ-ドロン『SHINC』のメンバー。

 狙撃銃デグチャレフの運搬担当。

 

・アンナ

 

 本名は安中萌、咲と同じ新体操部所属。スコ-ドロン『SHINC』のメンバー。

 

・ターニャ

 

 本名は楠リサ、咲と同じ新体操部所属。スコ-ドロン『SHINC』のメンバー。

 

・トーマ

 

 本名はミラナ・シドロワ、ロシア出身。咲と同じ新体操部所属。

 スコ-ドロン『SHINC』のメンバー。狙撃銃デグチャレフの狙撃担当。

 

・ダイン

 

 本名は台場涼一。シュピーゲルの所属するスコードロンのリーダー。

 第三回BoBの決勝進出者。

 

・ギンロウ

 

 本名は犬塚銀治。第三回BoBにて念願の決勝進出を果たす。

 

・おっかさん

 

 本名は田中翔子、女性だけのスコードロン、GGO女性連合(通称G女連)のリーダー。

 サーシャの母親。

 

・ミサキ

 

 本名は海野美咲、G女連のメンバー。銀座でスナック「美咲」を経営。

 最初の旦那は政治家だったが死別している。シャナに懸想中。海野杏の母。

 

・イヴ

 

 本名は岡野舞衣、G女連のメンバー。ハッカー。ソレイユの開発部並びに情報部所属。

 母は発明家の岡野由香。

 

・レン

 

 本名は小比類巻香蓮。第一回と第二回スクワッド・ジャムの優勝者。

 最近はALOにも別キャラで顔を出している。

 

・フカ次郎

 

 ALOのフカ次郎。

 

・コミケ

 

 本名は伊丹耀司、自衛隊三等陸尉。スコードロン『Narrow』のリーダー。

 

・ケモナー

 

 本名は倉田武雄、自衛隊三等陸曹。スコードロン『Narrow』のメンバー。

 

・トミー

 

 本名は富田章、自衛隊二等陸曹。スコードロン『Narrow』のメンバー。

 

・クリン

 

 本名は栗林志乃、自衛隊二等陸曹。スコードロン『Narrow』のメンバー。

 現在ソレイユに出向中。

 

・ブラックキャット

 

 本名は黒川茉莉、自衛隊二等陸曹。スコードロン『Narrow』のメンバー。

 現在ソレイユに出向中。

 

・キリト

 

 ALOのキリト。

 

・ゼクシード

 

 本名は茂村保、第二回BoB優勝者、ソレイユでバイト中。漆原えると交際中。

 

・ユッコ

 

 本名は桜川悠子、ゼクシード一派、南の友達。

 

・ハルカ

 

 本名は井上遥、ゼクシード一派、南の友達。

 

・スネーク

 

 本名は嘉納太郎、日本の防衛大臣。

 二○二九年に政治家を引退、同時に繋ぎでヴァルハラの社長に就任(四年間のみ)。

 後に取締役となる。 第三回BoBの決勝メンバーの一人。MGSプレイを実践する。

 

・シャーリー

 

 スコードロン『KKHC(北の国ハンターズクラブ)』のメンバー。

 

 

『その他のGGOプレイヤー』

 

・ビービー

 

 ALOのビービー。

 

・シュピーゲル

 

 本名は新川恭二、サクリファイスを殺害、現在収監中。

 

・ステルベン

 

 本名は新川昌一、SAOの赤目のザザ。通称死銃(デスガン)、現在収監中。

 

・ノワール

 

 本名は金本敦、SAOのジョニーブラック、通称ジョー。

 ギャレットとペイル・ライダーを殺害、現在逃亡中。

 

・ギャレット

 

 本名は渡辺光男、第三回BoBにて死亡。

 

・ペイル・ライダー

 

 本名は双葉駆、第三回BoBにて死亡。

 

・獅子王リッチー

 

 第三回BoBの決勝進出者。

 

・ベヒモス

 

 ミニガン使い。

 

・シシガネ

 

 VIT極振りプレイヤー。

 

・デヴィッド

 

 ピトフーイの事が嫌いらしい。古参プレイヤー。

 スコードロン『MMTM(メメント・モリ)』のリーダー。

 

・エルビン

 

 スコードロン『T-S』のリーダー。

 

・シノハラ

 

 マシンガンをこよなく愛する。

 スコードロン『ZEMAL(全日本マシンガンラヴァーズ)』のリーダー。

 

・クラレンス

 

 男性のような見た目を持つ女性プレイヤー。相方募集中。

 

・ファイヤ

 

 本名は西山田炎(ファイヤ)。

 パーティで香蓮と出会い、ひと目惚れをした青年。

 身長は150cm台、業界内ではその名前と身長のせいで有名だが、優秀な若手。

 第一回スクワッド・ジャムでSLに破れ、香蓮の事を諦める。

 結局会社を潰し、上京。ITベンチャー『ファイア・トロン』を設立。

 

・餓丸

 

 第三回BoBの予選にてキリトと対戦するも、無意識のキリトにあっさり倒される。

 

・サクリファイス

 

 本名は凡田平、第三回BoBの直前に死亡。

 

・ヌルポ

 

 SAOのPoH。PKスコードロン『ゴエティア』のリーダー。

 

 

『その他アスカ・エンパイアのプレイヤー』

 

・コヨミ

 

 本名は暦原栞。二十三歳で大阪のOLだがその外見は中学生レベル。

 

・トビサトウ

・ユタロウ

・スイゾー

・ロクダユウ

 

 忍レジェンド四天王。

 

・ヨツナリ

 

 被害者の会のリーダー。

 

 

『元SAOプレイヤー』

 

・ゴドフリー

 

 本名は相模自由。警察官僚。相模南の父親。

 

・クラディール

 

 本名は倉景時、結城塾でしごかれるも、その性根は変わらず。

 塾を卒業後、昔の知り合いを頼り、『秦プロダクション』東京事務所の所長となる。

 

・ノーチラス

 

 本名は後沢鋭二、ユナの元同級生、オーグマーに関わる事件の首謀者の一人。

 ユナの意思に反する行いを繰り返し、絶交されるも後に友人レベルまでは復帰。

 

・PoH(プー)

 

 本名はヴァサゴ・カザルス、殺人ギルド、ラフィンコフィンのリーダー。

 現在はガブリエル・ミラーの後を継いで傭兵団のリーダーとなっている。

 ガブリエルの負傷の原因を作った元凶。

 

・ザザ

 

 GGOのステルベン。

 

・ジョニー・ブラック

 

 GGOのノワール。

 

・キバオウ

 

 本名佐藤一郎、アインクラッド解放軍のリーダー。

 大学卒業後、『秦プロダクション』に就職し、東京事務所に出向となる。

 

・シンカー

 

 本名足立康隆、ネットゲーム攻略サイト、MMOトゥデイの管理人。

 

・ユリエール

 

 本名足立由里子、現在はシンカーの妻。

 

・ヨルコ

 

 本名は明星夜子。現在はカインズの妻。

 

・カインズ

 

 本名は明星優。

 

・サーシャ

 

 本名は田中沙耶、おっかさんの娘、現在総武高校で教鞭をとる。奉仕部顧問。

 

・ニシダ

 

 本名は西田俊春、ソレイユの回線保守部門に所属。趣味は釣り。

 

・ディアベル

 

 本名は日高直人、故人。

 

・リンド

 

 元聖竜連合リーダー。帰還者用学校の生徒。

 

・シュミット

・シヴァタ

 

 元聖竜連合。

 

・コーバッツ

 

 アインクラッド解放軍に所属、故人。

 

・モルテ

 

 ラフィンコフィン所属プレイヤー、故人。

 

・サチ

 

 月夜の黒猫団団員、故人。

 

・アシュレイ

 

 本名は神野アリス、SAO一の裁縫師。現在はALOの十八層で服屋を営む。

 

・ユナ(SAO時代)

 

 本名は重村悠那。ハチマンの唯一の弟子。

 彼女の持っていたレア装備と短剣スキルにはハチマンが関与していた。

 通称歌姫、SAOのクリア直前三十秒丁度にゲーム内で死亡。

 そのタイミングの悪さ故に脳に多少の損傷を負い、現在は病院で眠り姫となっている。

 その存在は重村徹大の手により政府にも完全に隠され、公式には死亡扱いとなっている。

 (黒ユナ)悠那の意識から漏れ出した悠那の残像。現在ネットの海を徘徊中。

      オーグマーの発売と同時に半覚醒。

 

 

 

『アスカ・エンパイアのプレイヤー』

 

・コヨミ

 

 本名は暦原栞。大阪でOLをやっている。低身長で中学生にしか見えない。

 

・ロクダユー

・ユタロー

・スイゾー

・トビサトー

 

 忍びレジェンドの四天王。

 

・ヨツナリ

 

 『被害者の会』のリーダー。

 

 

『現実世界の人々』

 

・結城清盛

 

 結城家当主、剣豪。茂村保を見事に治療した。キヨモリの名で各ゲームに出没。

 二○二九年、ソレイユの相談役に就任。

 

・結城宗盛

 

 結城家長男、現在渡米中。

 八幡の依頼により、藍と木綿季の病気を治す為の薬品を完成させる。

 

・結城知盛

 

 結城家次男、前例のある手術の技術は超一流。

 楓、美乃里の手術を成功させ、その命を救う。結城病院の院長。

 二○三三年、結城病院をソレイユ・グループ入りさせる。

 

・結城経子

 

 結城家長女、現在東京在住、眠りの森の園長。

 二○三四年、患者がいなくなったのを機に眠りの森を閉鎖、ソレイユ労務部長に就任。

 

・結城楓

 

 経子の娘。難病を克服。

 

・国友義賢

 

 イコマの父親。

 

・倉景清

 

 倉エージェンシーの元社長。

 

・倉朝景

 

 ソレイユ・エージェンシー改めソレイユの芸能部『ルーメン』部長。

 

・雪ノ下朱乃

 

 雪ノ下姉妹の母親。

夫である純一の衆議院議員当選を受け、雪ノ下建設改めソレイユ建設の社長に就任。

帰還者用学校の理事長だが、二○二八年三月に離任。

 

・雪ノ下純一

 

 雪ノ下姉妹の父親、千葉県選出衆議院議員。

 

・相模南

 

 八幡の元同級生。八幡の秘書に就任予定。

 

・戸塚彩加

 

 八幡の元同級生。

 

・葉山隼人

 

 八幡の元同級生、ソレイユの法務部長に就任予定。

 

・戸部翔

 

 八幡の元同級生、ソレイユの営業部に所属予定。

 

・材木座義輝

 

 八幡の元同級生、ソレイユの開発部所属。アメリカからの帰国後、再びレクトに出向中。

 

・海老名姫菜

 

 八幡の元同級生、腐女子業界で人気作家となる。サークル「腐海のプリンセス」を営む。

 

・本牧牧人

 

 いろはが生徒会長をやっていた時の生徒会副会長。

 

・鶴見由美

 

 八幡のリハビリの先生。

 

・鶴見留美

 

 総武高校一年生で奉仕部所属。由美の娘。

 

・折本かおり

 

 八幡の元同級生、ソレイユの受付嬢。後に芸能部『ルーメン』広報課所属。

 アスカ・エンパイアの情報屋ソレイアル。

 

・仲町千佳

 

 かおりの親友、実家は花屋。ソレイユ関連の花や植木の注文を一手に引き受ける事となる。

 

・昼岡映子

 

 詩乃の親友、A、真面目、ソレイユの労務部に所属予定。

 

・夕雲美衣

 

 詩乃の親友、B、調整役、ソレイユの渉外部に所属予定。

 

・夜野椎奈

 

 詩乃の親友、C、コミュ力の鬼、ソレイユの営業部に所属予定。

 その積極性で、三人の中では八幡に一番近い存在となる。八幡の専属予定。

 

・海野杏

 

 クルスの親友、美咲の娘。

 美咲は十代で杏を産んだ為、杏は美咲の事を美咲ちゃんと呼んでいる。

 

・玉縄春樹

 

 元海浜総合高校の生徒会長、ソレイユの入社試験に落ちる。かおりに告白し玉砕。

 

・須郷伸之

 

 SAOの最後の百人事件の首謀者、第一審、第二審で有罪判決が下るも控訴中。

 

・重村徹大

 

 東都工業大学電気電子工学科教授、オーグマーの開発者。

 オーグマーの販売メーカーであるカムラの取締役の一人、

 アーガスの元社外取締役。茅場、須郷、神代、比嘉はいずれも彼の教え子。

 重村悠那の父親。悠那の生存を全力で秘匿し、

 オーグマーを使って悠那を復活させようと画策中。

 

・安岐ナツキ

 

 自衛隊付属の看護病院の卒業生、階級は二等陸曹。

 第三回BoBで和人の体調の保全を担当。

 

・結城彰三

 

 明日奈の父親、レクト社長。二○二九年に退任し、ソレイユの取締役へ。

 

・結城京子

 

 明日奈の母親。二○二八年四月に帰還者用学校の理事長に就任。

 

・結城浩一郎

 

 明日奈の兄。篠原美優のいとこと結婚。二○二九年に、レクトの社長に就任。

 直後にレクトのソレイユ・グループ入りが発表される。

 

・遠藤貴子

 

 詩乃を脅していた一派のリーダー、今は許されて一緒に行動している。

 

・葵梨紗

 

 コミケの元奥さん、姫菜と共にサークル「腐海のプリンセス」を営む。

 

・梓川咲太

 

 理央の友人、自称八幡の子分、女優の桜島麻衣と交際中。

 

・梓川花楓

 

 咲太の妹、以前事故で記憶喪失な時期があった。

 

・国見佑真

 

 理央の友人、自称八幡の子分。

 

・上里沙希

 

 佑真の彼女。

 

・豊浜のどか

 

 桜島麻衣の妹。アイドルグループ『スイートバレット』のメンバー。

 ソレイユ芸能部『ルーメン』所属。

 

・ダル

 

 本名は橋田至。スーパーハカー。ネラー。

 大学卒業後はソレイユの開発部兼情報部に所属予定。阿万音由季と交際中。

 

・鳳凰院凶真

 

 本名は岡部倫太郎。あだ名はオカリン。八幡と友達付き合いをしている。

 時々情報屋FGとしてアスカ・エンパイアをプレイ中。

 ナユタの事を、スリーピングナイツのメンバーと共に見守っていた。

 牧瀬紅莉栖と交際中。

 

・まゆしい

 

 本名は椎名まゆり。メイクイーン・ニャンニャンでバイト中。

 

・比屋定真帆

 

 牧瀬紅莉栖の先輩。ヴィクトル・コンドリア大学の元学生。

 ソレイユの次世代技術研究部所属。ニューロリンカーの開発に邁進中。

 

・アレクシス・レスキネン

 

 元ヴィクトル・コンドリア大学教授で、ソレイユの次世代技術研究部の部長。

 ニューロリンカーの開発に邁進中。

 

・天王寺祐吾

 

 コードネームFB。通称ミスターブラウン。

 岡部倫太郎のラボ『未来ガジェット研究所』の一階の電気店の店長にしてビルのオーナー。

 ソレイユ情報部『ルミナス』(表向きは市場調査部)部長。

 

・桐生萌郁

 

 コードネームM4。ソレイユ情報部『ルミナス』所属。八幡の専属。

 ALOで活動する時のキャラはモエカ。

 

・神代フラウ

 

 神代凛子の妹。天才プログラマー。ネラー。八幡の専属。

 ALOで活動する時のキャラはフラウボウ。

 

・針生蔵人

 

 八幡の専属。ALOで活動する時のキャラはハリュー。

 

・渡来明日香

 

 八幡の秘書。ALOで活動する時のキャラはアスカ。

 

・漆原るか

 

 岡部倫太郎の弟子。柳林神社の宮司の息子。

 

・漆原える

 

 柳原神社の宮司の娘。漆原るかの年の離れた姉。ソレイユの受付として勤務中。

 通称ウルシエル、ゼクシードこと茂村保と交際中。

 

・阿万音由季

 

 夏コミのソレイユブースに参加した女性コスプレイヤー。橋田至と交際中。

 

・櫛稲田優里奈

 

 八幡の被保護者。八幡のマンションの部屋の管理役を努める。

 アスカ・エンパイアをナユタという名前でプレイ中。

 

・櫛稲田大地

 

 優里奈の兄。故人。

 

・小比類巻蓮一

 

 香蓮の父親。北海道で建設業を営む。香蓮の他に、息子が二人、娘が二人いる。

 香蓮はその末っ子であり、蓮一は香蓮を溺愛している。

 

・柏坂健

 

 厚生労働大臣、柏坂ひよりの父。

 

・幸原みずき

 

 参議院議員。

 

・ジョジョ

 

 本名ジョン・ジョーンズ、ザスカーの日本支局長。

 二○三三年、八幡の大学卒業と同時にソレイユに入社、副社長となる。

 

・山花詩織

 

 出海の母親。旦那とは死別。レクトの専務取締役。

 

・藤原義経

 

 関西の有力者の一人。芸能プロ『藤原興行』会長。人格者。

 

・秦頼朝

 

 関西の有力者の一人。芸能プロ『秦プロダクション』社長。

 

・源さくら

・二階堂サキ

・ゆうぎり

・星川リリィ

・山田たえ

 

 アイドルグループ『フランシュシュ』のメンバー。

 

・巽幸太郎

 

 アイドルグループ『フランシュシュ』の敏腕?マネージャー。

 

・ジュディ・レイエス

 

 レスキネンの元同僚。ストラ研究所に所属。工作活動の為日本へ。

 

 

『AIぬいぐるみ』

 

・はちまんくん

 

 AI搭載型自律式ぬいぐるみ、詩乃が所持。

 

・あいこちゃん(非AI)

 

 元藍子の分身、めりだちゃんの元になった。

 

・ゆうきちゃん(非AI)

 

 元木綿季の分身、くろーびすくんの元になった。

 

・くるすちゃん

 

 AI搭載型自律式ぬいぐるみ、勇人が所持。 

 

・でれまんくん

 

 AI搭載型自律式ぬいぐるみ、クルスが所持。

 

・でれまんくん二号機

 

 AI搭載型自律式ぬいぐるみ、愛が所持。

 

・めりだちゃん

 

 AI搭載型自律式ぬいぐるみ、藍子と木綿季が所持。

 

・くろーびすくん

 

 現在封印中。ジュン達の完治後に稼動予定。

 

・ユナ

 

 AI搭載型自律式ぬいぐるみ、製作者は重村徹大。通称学ユナ。

 AIぬいぐるみの中では唯一ネットゲームのプレイヤーとして登録が可能。



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趣味の資料 ver.1.2 OrdinalScale edition

** 各組織所属メンバー一覧 **

 

『ヴァルハラ・リゾート』

 

リーダー  ハチマン

副リーダー アスナ    キリト    ユキノ    サトライザー ソレイユ

メンバー  リズベット  シリカ    セラフィム  フェイリス  レコン

      シノン    フカ次郎、  クックロビン レヴィ    ナタク

      スクナ    リオン    アサギ    コマチ    クライン

      エギル    ユイユイ   ユミー    イロハ    リーファ

      メビウス   アルゴ    クリスハイト クリシュナ  ロザリア

ホーリー   ウズメ    ピュア    アーサー   バンディット   

      ルクス    グウェン   フローレン  ユイ     キズメル

      サイレント(ゲスト)    コリン(ゲスト)

 

                                  計 四十三名

 

『ゾディアック・ウルヴズ』

 

リーダー  シャナ

メンバー  シズカ    ベンケイ   シノン    銃士X    ロザリア

      ピトフーイ  エム     イコマ    ニャンゴロー 

      サトライザー キリト    セバス

     

                                  計  十三名

 

『ヴァルハラ・ウルヴズ』

 

リーダー  ハチマン

メンバー  アスナ    キリト    ユキノ    サトライザー ソレイユ

      リズベット  シリカ    セラフィム  フェイリス  レコン

      シノン    フカ次郎、  クックロビン レヴィ    ナタク

      スクナ    リオン    アサギ    コマチ    クライン

      エギル    ユイユイ   ユミー    イロハ    リーファ

      メビウス   アルゴ    クリスハイト クリシュナ  ロザリア

      ホーリー   ウズメ    ピュア    アーサー   バンディット   

      ルクス    グウェン   フローレン  闇風     薄塩たらこ  

      ゼクシード  ユッコ    ハルカ    シャーリー  ミサキ

 

                                  計 四十六名

 

『セブンスヘヴン・ランキング』

 

1位 ソレイユ   2位 キリト    3位 ハチマン    4位 ユウキ

5位 アスナ    6位 ユキノ    7位 ラン      8位 サトライザー

9位 ユージーン  10位 シノン    11位 リーファ    12位 クライン

13位 ラキア    14位 セラフィム  15位 エギル     16位 ルシパー

17位 リョウ    18位 フカ次郎   19位 クックロビン  20位 レコン

 

 

『社長がモテすぎてむかつく乙女の会(社乙会)』

 

  会長  薔薇小猫

メンバー  相模南    間宮クルス  折本かおり  仲町千佳   岡野舞衣

      朝田詩乃   雪ノ下雪乃  由比ヶ浜結衣 三浦優美子  一色いろは

      栗林志乃   黒川茉莉   双葉理央   桐生萌郁 川崎沙希

      秋葉留未穂  レヴェッカ・ミラー     紺野藍子   紺野木綿季

      渡来明日香  神代フラウ  小比類巻香蓮 篠原美優 霧島舞

神崎エルザ  水野愛    紺野純子

 

                                  計二十八名

 

 

** 二つ名一覧 **

 

ハチマン   銀影、ザ・ルーラー、覇王   アスナ    閃光、バーサクヒーラー

キリト    黒の剣士、剣王        ユキノ    絶対零度

サトライザー 死神             ソレイユ   絶対暴君

リズベット  神槌             シリカ    竜使い

セラフィム  姫騎士イージス        フェイリス  光輪

シノン    必中             フカ次郎   ツヴァイヘンダーシルフ

クックロビン デッドオアデッド       ナタク    神匠

スクナ    織姫             リオン    ロジカルウィッチ

アサギ    舞扇の女神          クライン   サムライマスター

エギル    アクスクラッシュ       ユイユイ   戦女神ブリュンヒルド

ユミー    焔王             イロハ    雷精

リーファ   剣聖             クリシュナ  タイムキーパー

ホーリー   ファントムナイト       ウズメ    愛歌姫

ピュア    純歌姫

 

ラン     絶刀             ユウキ    絶剣

レン     ピンクの悪魔         闇風     スピードスター

ラキア    無言             スプリンガー ザ・ソニック

ロウリィ   死女神(旧死神)       テュカ    弓姫

レレイ    固定砲台           ビービー   指揮者

 

 

** ヴァルハラ・個人マーク **

 

ハチマン   覇王          (王冠の中に毛筆の『覇』の文字)             

アスナ    クロスレイピア     (十字になったレイピア)

キリト    剣王          (王冠の中に毛筆の『剣』の文字)

サトライザー 死王          (王冠の中に毛筆の『死』の文字)

ユキノ    アイスクリスタルクロス (通称アイスクロス、氷の十字架)

セラフィム  セラフィムイージス   (巨大な羽根の生えた炎を纏った盾)

シノン    キューピットアロー   (先端にハートが付いた矢を番えた弓)

ユミー    ヘルファイア      (波型の炎)

リズベット  スターハンマー     (ハンマーの右上に星)

フカ次郎   愛天使         (ハートに羽根と天使の輪)

フェイリス  メイドリー       (ヘッドドレスにネコ耳)

クリシュナ  電脳          (人の頭に雷のマーク)

リオン    ロジカルウィッチ    (数字で書かれたホウキにまたがる魔女)

スクナ    ソーイング       (針と糸)

ナタク    ツールボックス     (金槌と鋸とペンチ)

ウズメ    シルエット3      (自分の顔のシルエット)

ピュア    シルエット4      (自分の顔のシルエット)

アーサー   シミター・クラウン   (月桂冠の葉をシミターで表現)

バンディット アクス・バート     (交差する斧を鳥に見立てる)

 

 

** ヴァルハラ・メイン武器 **

 

ハチマン   雷丸、アハト・レーヴァ、光の円月輪、ワイヤーソード

アスナ    暁姫

キリト    エクスキャリバー、彗王丸

リズベット  キュクロプス・ハンマー

フカ次郎   リョクタイ

リーファ   イェンホウ

クックロビン ハイファ、オティヌス・ボウ

ソレイユ   ジ・エンドレス

リオン    ロジカルウィッチスピア

シノン    自在弓シャーウッド

ユキノ    カイゼリン

セラフィム  フォクスライヒバイテ

ユイユイ   ハロ・ガロ

ホーリー   ハイレオン

アサギ    鉄扇公主

サトライザー 焔星

ウズメ    ニコラスブレイド

ユミー    カドゥケウス

イロハ    ミョルニルロッド

クライン   ムラサメ

グウェン   光破

アーサー   ホーリーシミター

バンディット ツインワイルドアクス

 

** 他プレイヤー・メイン武器 **

 

ユウキ    セントリー

ラン     スイレー

ノリ     アレスの棍

アスモゼウス 無矢の弓・改

リョウ    神珍鉄パイプ

リク     コピーキャット

リツ     ストレージ・スタッフ

リン     スラッシュナックル

リナ     エンハンス・スタッフ

リョク    テンタクル・ライフル

ユージーン  グラム、ティルフィング

 

 

** ヴァルハラ制式装備 **

 

オートマチック・フラワーズ(リーダー、幹部用)

 ハチマン(赤)アスナ(白)キリト(黒)ユキノ(青)ソレイユ(金)

 サトライザー(銀)ラン(藍)ユウキ(紫)

 

ヴァルハラ・アクトン(一般メンバー用、各自改造)

ヴァルハラ・アクトン、タイプS・森羅(ルクス、グウェン、アーサー、バンディット)

 

ルッセンフリード(タンク用)

 セラフィム(白の貴婦人)ユイユイ(赤の貴婦人)アサギ(青の貴婦人)

 ホーリー(白銀の騎士)

 

 

** 輝光剣シリアル **

 

ハチマン   カゲミツX1、2  アハトX      刀身は黒

シノン    グロックX3    チビノン       刀身は水色

サトライザー カゲミツX4    刻命剣       刀身は黒

シズカ    カゲミツG1    夜桜        刀身はピンク

ベンケイ   カゲミツG2    白銀        刀身は銀

ピトフーイ  カゲミツG3    鬼哭        刀身は赤

キリト    カゲミツG4    エリュシデータ   刀身は黒

銃士X    カゲミツG5    流水        刀身は青

シャーリー  カゲミツG6    血華        刀身は赤

デヴィッド  カゲミツG7    破鳥        刀身は緑

闇風     カゲミツG8    電光石火      刀身は紫

薄塩たらこ  カゲミツG9    倶利伽羅      刀身は茶色

ヌルポ    アルベリヒA1   メイト・スライサー 刀身は赤黒

 

 

** 八幡の専属 **

 

薔薇小猫(二○二六~)雪ノ下雪乃(二○二六~)間宮クルス(二○二七~)

牧瀬紅莉栖(二○二七~)双葉理央(二○二七~)桐生萌郁(二○二七~)

神代フラウ(二○二七~)針生蔵人(二○二七~)小比類巻香蓮(二○三○~)

朝田詩乃(二○三二~)夜野椎奈(二○三二~)櫛稲田優里奈(二○三二~)

 

 

** 八幡の秘書 **

 

薔薇小猫(二○二六~)渡来明日香(二○二七~)間宮クルス(二○二八~)

相模南(二○二八~)小比類巻香蓮(二○三○~)遠藤貴子(二○三二~)

鶴見留美(二○三四~)

 

 

** ソレイユ組織(二○三四) **

 

社長      比企谷八幡

副社長     秋葉留未穂

副社長     ジョン・ジョーンズ

名誉顧問    雪ノ下陽乃(衆議院議員)

取締役     結城彰三、嘉納太郎

相談役     結城清盛

社長付     針生蔵人、櫛稲田優里奈、茅場晶彦(アマデウス)

 

秘書室長    薔薇小猫

  秘書    渡来明日香、間宮クルス、相模南、小比類巻香蓮、遠藤貴子、鶴見留美

 

経営部部長   雪ノ下雪乃

 

第一開発部部長 桐ヶ谷和人

   部員   材木座義輝、比嘉健、岡部倫太郎、長田慎一

 

第二開発部部長 帆坂朋

   部員   岡野舞衣、橋田至、紺野藍子

 

技術研究部部長 アレクシス・レスキネン

   部員   牧瀬紅莉栖、比屋定真帆、双葉理央、神代フラウ

 

渉外部部長   結城明日奈

   部員   比企谷小町、夕雲美衣、岡田唯花、紺野木綿季

 

法務部部長   葉山隼人

   部員   雨宮龍

 

市場調査部(実態はソレイユ情報部『ルミナス』)

   部長   天王寺祐吾

   部員   桐生萌郁、鶴咲芽衣美

 

労務部部長   結城経子

   部員   昼岡映子

 

営業部部長   朝田詩乃

   部員   戸部翔、山田風太、長崎大善、国見佑真

 

芸能部『ルーメン』

   部長   倉朝景

  広報課   由比ヶ浜結衣、三浦優美子、一色いろは、折本かおり、夜野椎奈

マネージャー  巽幸太郎、梓川咲太

所属タレント  フランシュシュ、ワルキューレ、スイートバレット、イノハリ

        蛎崎うに、御影クリヤ、桜島麻衣、YUNA

 

服飾部部長   川崎沙希

   部員   神野アリス、篠崎里香、綾野珪子、阿万音由季、椎名まゆり

 

SPO部長   ガブリエル・ミラー

   部員   レヴェッカ・ミラー

 

MQ事業部部長 神代凛子

   部員   城廻めぐり、安施恩、山野美乃里、

 

出版部部長   山花出海

 

受付      漆原える、桐ヶ谷直葉、篠原美優、茂村保

 

専属絵師    綾小路優介、武者小路公人

 

注:芸能部の下に芸能事務所『ルーメン』があるが、独立していない。

  所属タレントはソレイユの社員扱い、ただし給料は以前の基準通り。

  『ルミナス』は情報部、『SPO』はソレイユ・プロテクション・オフィサー、警備部。

  『MQ』はメディキュボイド。第二開発部は『ルミナス』と兼任。

 

 

** ソレイユ・グループ関連 **

 

ソレイユ=レクト    社長 結城浩一郎

ソレイユ建設      社長 雪ノ下朱乃

結城病院        代表 結城知盛

秋葉=ソレイユ     代表 秋葉留未穂(副社長と兼任)



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第1176話 歌姫披露

昨日の夜、人物紹介と趣味の資料を投稿してあります、ご注意下さい。


「ユナ、お疲れ」

「あっ、ハチマンさん、お疲れ様です!」

 

 ユナはハチマンにそう挨拶したが、中身はAIなので、実は全く疲れてはいない。

 

「今日の狩り、どうだった?」

「今日のっていうか、今日も、ですね。

えっと、ハチマンさん、やっぱりこれがヴァルハラの普通なんですか?」

「ん?ああ、まあそうだな」

 

 ハチマンのその言葉を聞いたユナは、下を向いてぷるぷると震えだした。

 

「ど、どうした?」

「凄いです、ハチマンさん!正直この前以上でした、最高です!」

 

 心配になり、ハチマンはユナに近寄ったが、

ユナはすぐに顔を上げ、キラキラした目でハチマンにそう言った。

 

「そ、そうか」

「はい、そうです!」

「まあ喜んでもらえたなら良かったよ」

「はい!」

 

 ユナの興奮状態は凄まじく、気圧されたハチマンは、助けを求めるようにアスナの方を見た。

それを受けてアスナはユナに近づき、一緒に帰ろうと言ってユナを連れていった。

 

(サンキュー)

(ユナちゃんの事は任せて)

 

 アイコンタクトで意思の疎通をした二人は、そのまま分かれていった。

 

「ふう………」

「ハッチマ~ン!」

「うおっ!」

 

 それを見計らうように急襲してきたのはクックロビンであった。

 

「おお、ロビン、今日のウズメとピュア、見たか?」

「うん!まさかALOであんな事が出来るなんて知らなかったよ!」

 

 ロビンは興奮状態でそう答えた。その目には嫉妬の欠片も感じられなかったが、

一応ハチマンは、クックロビンにこう尋ねてみた。

 

「で、お前はどうする?」

「ん?どうするって?」

「お前が歌姫を目指すなら、俺が全力でバックアップするつもりだ。

でもお前は歌も好きだけど、それ以上に近接戦闘が好きなはずだからな、

だから選ぶのは全部お前に任せる。で、どうだ?」

「う~ん?そうだなぁ………」

 

 クックロビンは首を傾げた後、すぐに決断したのか、ハチマンにこう答えた。

 

「歌唱スキルだけ取って、それ以外は別にいいかな。

そっち方面に進んじゃうと、肉を斬る感触が楽しめなくなっちゃうし?」

「………………そうか」

 

 ハチマンは微妙に体を引き、そんなハチマンにクックロビンは抗議した。

 

「ちょっと、引かないでよ!」

「おお、悪い悪い、でも今のはお前が悪いからな」

「表現が悪かったのは認めるけど」

 

 クックロビンはそう言った後、ハチマンにこう言った。

 

「とりあえず歌唱スキルさえあれば、歌に効果を乗せる事は出来るんだよね?」

「まあそうだな」

「それって自分の底上げにならない?ほら、小声で歌いながら戦えば、

自分にだけバフをかけられるみたいな?」

「それは可能だと思うぞ、ついでに他人にも多少バフがかかるかもしれないけどな」

「それくらいは別にいいよぉ、とにかく私はもっと強くなりたいの!」

「そうか、ならヴァルハラ・ガーデンで、今後はまめに歌ってみるといい」

「うん、そうするね!ハチマン、愛してる!」

 

 クックロビンはそう言って、ウズメとピュアの方に走っていった。

二人の傍には既にアサギがいた為、同じ芸能人として、話をするつもりなのだろう。

それを見送ったハチマンに、次に話しかけてきたのは、

コピーキャットやハリューら、『ハイアー』の面々であった。

 

「おい小猫、どうだった?」

「ちょっ、ここはゲームの中なんだから、本名で呼ばないでよ!

「ああん?小猫が本名だなんて、誰が思うんだ?それこそうちの連中以外には分からないだろ。

だからお前を小猫と呼んでも何の差支えもない、証明終了、QED」

「ぐぬぬ………」

 

 コピーキャットはそのハチマンの言葉に反論出来ず、地団太を踏んだ。

 

「まあまあ姉御、落ち着いて下さいよ。それでボス、報告ですが………」

「おう、ユナの様子はどうだった?」

 

 その言葉通り、ハチマンは今回、参加者の中にハイアーのメンバーを紛れ込ませ、

色々な方向からユナを監視させていたのである。

 

「いやぁ、正直普通すぎて拍子抜けって感じですね」

「普通………だったか?」

「はい、ちょっとした事に喜んだり悲しんだり、全く普通の女の子でしたよ」

「ふ~む、そんな感じか………」

 

 ハチマンとて、何か収穫があるのではないか、などと期待していた訳ではなく、

あくまでユナの正体を探るのに、素人の視点から見えるものはないかと考えただけであった。

なのでこの結果は想定内であり、特に落胆するような事は無かった。

 

「そうか、忙しいのに悪いな、みんな」

「いやいや、ボスの頼みですから気にしないで下さいって」

「デュフフ、これも仕事だと思えば楽しかったお」

「まあちょっと忙しかったけどね、ちょっと正気を疑ったよ、今日の狩り」

「そう言うなって、これからも何度かあるだろうから慣れてくれよ、アスカ」

「むぅ、実生活でも好戦的になっちゃいそうで怖いなぁ」

 

 そんな冗談を言いながら、ハリュー、フラウボウ、アスカは去っていった。

そして残るモエカが、スッとハチマンの前に立った。

ハイアーの中では唯一、素人以外のカテゴリーに含まれるのがモエカであった。

 

「モエカはどう思った?」

「うん、それなんだけど」

 

 モエカはそう言うと、ハチマンの耳元でそっと囁いた。

 

「一つ一つの動きが正確すぎる、って思ったかも」

「ほう?どういう事だ?」

「まるで機械みたいな動きだった………気がする、確信は持てないけど」

「………なるほどな」

 

 ハチマンはそう言ってモエカの頭を撫で、お礼を言った。

 

「サンキュー、参考になったわ」

「うん」

 

 モエカはぶっきらぼうにそう答えたが、

実は喜んでいる事を、ハチマンは分かるようになっていた。

 

「モエカ、ついでにアレも拾ってってくれ」

「分かった」

 

 ハチマンがそう言って指差したのは、屈辱で固まっていたコピーキャットである。

そのままコピーキャットはモエカに引きずられていき、

続けてハチマンに話しかけてきたのは、ソレイユであった。

その後ろには、ロウリィ、テュカ、レレイの、ザ・スターリー・ヘヴンズの三人が居り、

そして更にその後ろには、ソニック・ドライバーのスプリンガーとラキアの姿もある。

 

「ハチマン君、ちょっといい?」

「あ、はい、何ですか?」

「今日なんだけど、これからモノトーンの元メンバーで飲みに行くから、

私はこの後の打ち上げは欠席してもいいかしら?」

「あ、そうなんですか、もちろん構いませんよ。

この全員が集まる機会なんて滅多に無いでしょうしね」

「ありがと、それじゃあ行ってくるわね」

「はい」

「もし間に合うようならハチマン君も来てくれていいわよ?」

「あ~………分かりました、どこで飲んでるかだけ連絡入れといて下さい」

「ええ、分かったわ」

 

 ソレイユ達は、そのまま仲良く去っていった。

ヴァルハラが出来る前の世代の最強メンバーか、と感慨深く思いながら、

ハチマンはそんなソレイユ達を見送った。

 

「さてと、それじゃあヴァルハラ・ガーデンに戻るかな」

「ハチマンさん!ご一緒してもいいっす………いいですか?」

「ん?アスタルトか、お前もまだ残ってたのか?」

「実は経験値を振るのに夢中になってたら、置いてかれました………」

「あはははは、それじゃあ一緒に戻るか」

「はい!」

 

 こうして珍しい二人組が、一緒に歩く事となった。

 

「アルン冒険者の会はどうだ?楽しいか?」

「少なくとも七つの大罪にいた時よりは、楽しいっす………です」

「素の話し方でいいって、もうロールプレイしなくてもいいんだろ?」

「あ、あざっす!正直丁寧な話し方って肩がこるんですよね」

「だよな」

 

 ハチマンは、アスタルトは実は意外と親しみやすい奴だったんだなと、好意的に感じた。

 

「そういえば七つの大罪はどうなったんだ?」

「地道に経験値稼ぎから始めたみたいっす、

さすがにヴァルハラとの差を思い知らされたんじゃないかと」

「ああ、まあまだまだあいつらに負ける気はしないからな」

「それもまあ、今日みたいな狩りを見せられると、

その差は縮まらないだろうなって気はしますね」

「今日は特別だからな、歌姫二人のお披露目会だ」

「ああ、それですそれ、ハチマンさんは、歌姫ってのの存在を、どこで知ったんですか?」

「ん~………」

 

 ハチマンはそう問われ、どこまで話していいのかアスタルトの顔をじっと見つめた。

アスタルトはまだリアル知り合いではないせいで、ハチマンには迷いがあった。

 

「あ~!」

 

 それを察したのか、アスタルトがハチマンにこう言った。

 

「禁則事項って奴なんですね、興味本位で変な事を聞いちゃってすみません」

 

 アスタルトの勘の良さと、その某過去の有名作品的な表現を、ハチマンは面白く思った。

そのせいでアスタルトに対する好意が増したのもまた、間違いない。

 

「まあお前がいずれ、うちに入る事になったらその時話してやるよ」

「あ、その事なんですが、答えられなかったらいいんですけど、

ハチマンさんって、ソレイユの関係者なんですよね?」

「ふむ、何でだ?」

 

 ハチマンは一瞬警戒したが、次のアスタルトの言葉で警戒を解いた。

 

「実は先日、俺さえ良ければソレイユに入らないかって誘われたっすよ」

「ほう?誰にだ?」

「本名を言うとその人に迷惑がかかると思うのでやめときますが、

俺の所属してるゼミの大先輩にですね」

「なるほど、って事は大学関係か」

「です」

 

 ハチマンはなるほどと思いつつ、ゲーム内でのアスタルトの優秀さを知っている事もあり、

アスタルト本人が希望したら必ずソレイユで確保出来るようにこう答えた。

 

「それじゃあその人に、もしそうなったら俺に一言言ってくれって伝えてくれ。

そうしたらしかるべき対応を取らせてもらうさ」

「分かりました、連絡先は聞いたんで大丈夫です、あざっす!」

「もしそうなったら宜しくな、アスタルト」

「はい、いつか会える日を楽しみにしてますね!」

 

 そのまま二人は古いアニメの話などをしながらヴァルハラ・ガーデンへと帰還したが、

そのせいもあり、この日ハチマンとアスタルトは、前よりも少し仲良くなった。



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第1177話 何も感じられない

 ハチマンとアスタルトがヴァルハラ・ガーデンに戻ると、

そこでは丁度、歌姫誕生お祝い会のが開始されようとしているところだった。

 

「お、ギリギリセーフか」

「やばいやばい、ハチマンさん、俺、仲間の所に行きますね」

「おう、それじゃあアスタルト、元気でな」

「はい、ハチマンさんも風邪とかひかないで下さいね!」

 

 今回会場とされたのは、ヴァルハラの訓練場であった。

そこにテーブルが整然と並べられ、

料理や飲み物もユイとキズメルが頑張ってくれたおかげでしっかり準備出来たようだ。

驚いた事に、フレイヤも部屋から出てきて二人の作業を手伝ってくれたらしい。

 

「フレイヤ様、ありがとうございます」

「あら、別にいいのよ。お礼はハチマンから直接もらうから。

という訳で、今夜は私の部屋で朝まで一緒に過ごすのよ、いい?」

「すみません、この会の後、約束があるんですよ」

「………はぁ、仕方ないわね、今日のは貸しにしておいてあげるわ」

「ありがとうございます」

 

 ハチマンは、基本言う事はエロ方面に偏っているが、

絶対に行動に起こそうとはしないフレイヤの事を、とても気に入っていた。

気に入って、という言い方は不遜なのかもしれないが、

ALOのNPCである以上、そういった性的な行動は起こせないはずのフレイヤの、

言動と行動の不一致さが実にかわいく思えて仕方なかったのである。

 

「さて、俺はどうするかな」

 

 とりあえずハチマンは飲み物を手に取り、

壇上でインタビューもどきを受けているウズメとピュアの様子を、横から鑑賞する事にした。

 

「そもそも今回、歌姫という誰も知らなかったスキルを、

お二人が取る事になったキッカケは何だったんですか?」

「私が辻ライブをしていた時に、偶然歌唱スキルを得たのが最初ですね。

それからそれっぽい行動をとるごとに、関連スキルがどんどん増えていって、

それがハつに達した時に、統合されて歌姫スキルに変化したんです。

ちなみにその統合元となったのが何のスキルかもちゃんと見られるので、

多分歌姫というのは、それぞれが凄く個性的なスキル構成を持つ存在になると思います」

「おお、そんな事があったんですね」

 

 ちなみにインタビュアーはコマチが行っていた。

コマチはその社交スキルの高さから、こういう事は実にソツなくこなしてくれる。

 

「それじゃあ一般の人も、努力すれば歌姫になれるかもしれないんですね」

「だと思います」

 

(それはどうかな)

 

 それは確かにその通りなのだろうが、判断の基準になるのが聞き手だという事を考えると、

歌姫の基準が本物のアイドル、つまりはプロであるウズメとピュアになっているせいで、

今後、歌姫を目指す者達にとっては、最初の歌唱スキルを取る為の、

他のプレイヤーからの評価を受ける時のハードルが、

凄まじく上がる事になるだろうとハチマンは考えていた。

 

(まあでも、それを超えて出てくるプレイヤーは、本物って事になるのかねぇ)

 

 ハチマンはそういったプレイヤーが現れる事を楽しみに思いながら、

何か面白そうな事はないかときょろきょろと辺りを見回した。

 

(………ん、あれはタンク連中か、今日の反省会でもしてんのか)

 見るとホーリーを中心に、セラフィム、ユイユイ、アサギ、カゲムネや、

他のギルドのタンク達が集まっているのが見えた。

 

(うちとその友好ギルドのタンクは、乱戦慣れする事になりそうだよな)

 

 今回いたのは、以前の同じような狩りに参加した事のあるタンクばかりだった為、

戦闘中の対応に関しては慣れている者が多く、

前回よりも戦闘がスムーズに行われるようになっていたとハチマンは感じていたが、

それだけではなく、理論的な部分でも、仲間達はこういった機会に成長してくれているらしい。

ハチマンはその事を嬉しく思いつつ、

こういった理論についてもMMOトゥデイ辺りに記事を載せてもらおうかと思っていた。

それは敵に塩を送る行為だが、それくらいしないと、

今後ヴァルハラに対抗出来るギルドが登場してこなさそうなのが困りものなのである。

 

「歌姫スキルに関しては、これで情報も広まるだろうから放置でいいか」

 

 ハチマンは脳内で、どんどん懸案を片付けていく。

 

「あとはいらない武器の設計図もフリーで流して………」

 

 そう考えた時、ハチマンの背中に誰かが乗っかってきた。

 

「ど~~~~~ん!」

「その声は………リナか」

 

 ハチマンはそう言って振り向くと、そこにいたのは確かにリナであった。

 

「今日はリナジか、元気だったか?」

「もう完全にリナ達の区別がつくようになったのな、ハチマンは凄いのな!

リナ達は元気だけど、でも最近ハチマンが遊んでくれなかったのでちょっと寂しかったのな」

「そっか、悪いな、今年もここまでずっと忙しくてなぁ」

「まあリナは大人だから我侭は言わないのな、えらいのな!」

「ああ、えらいえらい」

 

 ハチマンはリナをそのまま膝の上に乗せてあげた。

リナジは嬉しそうに手足をパタパタさせながら、ハチマンにこんな事を言ってきた。

 

「そういえばハチマン、あの『歌』ってのは凄いのな」

「その言い方だと、歌をそもそも知らなかったみたいに聞こえるんだが」

「知らなかったよ?」

「そうなのか?」

「うん」

 

(マジか、ユナもそうだがリナ達についても謎は深まるばかりだな………)

 

 ハチマンは、いずれこの謎についても解明したいなと思いつつ、

しばらくリナと話す事にした。

 

「なぁリナジ、お前さ、あそこにいる銀髪の女の子についてどう思う?」

「銀髪って、ユナって子の事なのな?」

「おう」

「あの子からは何も感じられないのな」

「そうか」

「うん」

 

 ハチマンはそのリナの言葉を、何も収穫は無かったのだと思い込んでしまったが、

その言葉に込められたリナの真意が分かったのは、かなり後の事である。

 

「リナちゃん、そろそろ帰るよ!」

「あっ、リツねぇね!」

 

 遠くからリナを呼ぶ声が聞こえ、リナはハチマンの膝から降りた。

 

「それじゃあハチマン、またね!」

「ああ、またな、リナジ。他のみんなにも宜しくな」

「うん!」

 

 こうしてリナは、リツと共に去っていった。

 

「リナちゃん、ハチマンさんと何を話してたのにゃ?」

「えっと、最後はあの子の事なのな」

「あの子って、ああ、あのユナって子かぁ」

「あの子、中身が無いよね、ねぇね」

「うん、ハチマンさん達とは全く違うね、

どちらかというと、ホーリーさんに近いのにゃ」

「きっとプレイヤーにも色々あるのな」

「かな」

 

 リナとリツの間でそんな大事な会話が交わされている事もつゆ知らず、

ハチマンはのんびりと、大きく伸びをした。

 

「さて、姉さんにも呼ばれてたし、今日はそろそろ落ちるか………」

「あっ、ハチマン君、ちょっといい?」

「お?アスナ、どうかしたか?」

「あのね、ユナちゃんも歌が好きらしくて、可能なら歌姫を目指してみたいんだって。

で、ちょっとユナちゃんの歌を聞いてあげてくれないかな?」

「そうなのか?分かった、今行く」

 

 ハチマンはアスナにそう答え、アスナの隣に並ぶと、そのままこう囁いた。

 

「アスナはユナの歌は聞いたのか?」

「うん、聞いたんだけど、ちょっと判断に困っちゃって」

「どの辺りがだ?」

「えっとね、確かに上手いんだけど、何か心に響かないっていうか………、

みんなは上手いって褒めてたんだけど………」

「なるほど、聞いてみるわ」

「うん」

 

 会場の一角で、ユナが歌を披露していた。

そこに近づいたハチマンは、その歌声を聞き、アスナがおかしいと感じた理由がすぐに分かった。

 

「なるほどな」

「何か分かった?」

「う~ん、普通だな、普通」

「あれ、そっか、私だけ何かおかしいのかな?」

「あ~、いや、多分昔聞いた、SAOでのユナの歌が、アスナの基準になってるんだろ、

多分無意識にそれと比べちまってるんだと思う」

「あっ、そういう事?」

「多分バフの有無もあると思うぞ。アスナはユナの歌を、街中ではほとんど聞いた事ないだろ?」

「ああ~、確かにそうかも」

 

 アスナはそのハチマンの言葉に納得した。

そもそもアスナがユナの歌を聞いていたのは、ハチマンと違ってほとんどが戦闘中の事であり、

そういう時はバフがかかっていた為、

アスナは戦闘で高揚した状態で、ユナの歌を聞く事がほとんどだったのである。

 

「なるほど、そう言われると納得出来るかも」

「だろ?」

「ただなんか、素直にユナちゃんの歌を楽しめなくなってるのが悔しいかも」

「逆に言えば、ユナの歌がもっと上手くならないと、アスナを感動はさせられないって事だな」

「そっかぁ、ユナちゃん、頑張って!」

 

 アスナはユナに声援を送り、ユナもそれに気付いたのか、アスナに手を振ってきた。

 

「まあとりあえず、俺もそろそろ落ちるから、

アスナは可能なだけでいいからユナを見ててやってくれ」

「分かった、もう寝るの?」

「いや、近くで姉さん達が飲んでるらしくて、顔だけ出してくるつもりだ」

「そっかぁ、飲み過ぎないでね、だ・ん・な・さ・ま?」

「分かってるって、それじゃあまたな、アスナ」

「うん、また明日ね」

 

 そうしてハチマンが落ちた後、アスナは他の者達と共にユナの歌を聞き続けたが、

結局ユナが歌唱スキルを得る事は無かったのであった。



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第1178話 大人の飲み会?

 八幡はログアウトした後、スマホをチェックして、陽乃達がどこにいるのかを確かめた。

 

「って、ねこやかよ………」

 

 それはまさかのねこやであった。

 

「っていうか、春雄さんや晶さんも、わざわざここに来たのか………」

 

 八幡は呆れながら階段を下り、ねこやへとたどり着いた。

扉には貸切りの札が下げられており、八幡はそっと扉を開け、中を覗き込んだ。

 

「えっと、お邪魔しま~す」

「あら八幡君、いらっしゃい」

「おう、こっちこっち!」

「ども」

 

 そこには陽乃、春雄、晶と共に、黒髪のやや幼く見える女性と、金髪のスラっとした女性、

そして高校生くらいに見えるが、理知的な瞳をした肩くらいの髪の長さの女性がいた。

 

「あ、ザ・スターリー・ヘヴンズの皆さんですか?俺は比企谷八幡、ハチマンです」

「ハチマン君、今日はご足労様ぁ、私は水星楼里、ロウリィ・マーキュリーよぉ?」

「初めまして、丸三千花、テュカです」

「鈴菜怜奈、レレイ」

「初めまして、お会いできて光栄です」

 

 八幡は三人に、本心からそう言った。この三人は、ユージーンが出てくるまでは、

ソレイユを先頭にALOで最強と呼ばれた者達なのだ。

八幡としては、当然礼節をもって接するべき相手である。

 

「伊丹の次くらいにいい男よねぇ」

 

 楼里が八幡を見ながらそう言い、他の二人がうんうんと頷いた。

 

(あれ、伊丹さんの本名を知ってる?)

 

 そもそもこの三人を『Narrow』に紹介したのは八幡であり、

それでナイツ『GATE』が組まれた訳なのだが、

当然その時にコミケのリアルを紹介なぞするはずもない。

八幡はそう思いながら三人にその事を尋ねた。

 

「あの、皆さんは伊丹さんに会った事が?」

「あら、聞いてなかった?今年のコミケの時に、偶然コミケに会ったのよ。

ってこれ、おっさんギャグじゃないわよぉ?」

 

 八幡がそれを聞いて、思わず噴き出しそうになったのを見て、

楼里は念押しするようにそう言った。

 

「すみません、つい笑っちゃいました。でもへぇ、そうだったんですね」

「一応お互いに、参加するって話は事前に聞いてたのよ」

「まさか本当に会えるなんてね」

「すごい偶然だった」

「どんな風に会ったんですか?」

「ええと………」

 

 楼里は八幡にそう聞かれ、懐からスマホを取り出した。

そして何か操作をし、その画面を八幡に見せてきた。

 

「ほら、これ」

「ええと………えっ?これってコスプレですか?」

 

 そこにはALOでの姿を模したコスプレをした三人の姿が映っていた。

 

「ええ、私達はそれなりに有名なコスプレイヤーなのよ」

「おお~!」

「それで今年はリアルで『ザ・スターリー・ヘヴンズ』の格好をしようって事になって」

「伊丹に『すみません、写真いいですか?』って頼まれた」

「なるほど………」

 

 どうやらそこから、三人が伊丹に、ALOの知り合いと同じ格好だと言われ、

それで話していくうちに、お互いの正体が発覚したらしい。

 

「それは本当に偶然でしたね」

「ええ、まあ思ってたのとは少し違ったけど、

リアルでのあの掴みきれない性格が、とても魅力的に思えたわ」

 

 うっとりとそう言う楼里に、千花と怜奈も同じ表情で頷いた。

 

(伊丹さん、愛されてるなぁ………)

 

 三人のうち誰が選ばれるのか、あるいは誰も選ばれないかもしれないが、

八幡はそんな三人にエールを送った。

 

「伊丹さんの心を射止められるように、頑張って下さいね」

「ええ」

「はい!」

「うん」

 

 三人は仲良くそう答えたが、それを八幡は疑問に思った。

男が一人に女が三人なのだ、普通は女同士の争いが巻き起こっても不思議ではない。

というかそうなって然るべきだ。

なのにこの三人はまったく争うようなそぶりも見せず、とても仲が良さそうなままである。

それはどこかで見たような光景であり、八幡は自らを取り囲む環境の事を思い、こう考えた。

 

(ここでその事を聞くのは危険な気がする………)

 

 八幡は曖昧に微笑むだけで、それ以上三人に何も言わなかった。

 

(伊丹さん、ファイトですよ!)

 

 実はこの三人にリアルで偶然会った時、

伊丹も八幡に対して同じようなエールを送っていたのだが、その事を八幡が知る事は無かった。

 

「ええと………あっ、そうだ、それにしてもこのコスプレ、凄い作り込みですね、

三人ともそっくりじゃないですか」

 

 八幡は話題を変えようとしたが、この三人には初めて会ったばかりなのでいいネタが無く、

微妙に近くなってしまったが、そう話題を振った。

写真の中の楼里は、ALOのロウリィと同じく赤と黒のゴスロリ衣装を着ており、

ネコミミにも見えるヘッドドレスを付け、巨大な斧を持っていた。

千花はファンタジーに出てくるエルフが着ているような緑のチュニックを着て、

弓を肩にかけていた。怜奈は黄緑と白、青のローブを身に纏い、杖を手にしている。

二人もテュカとレレイの姿を忠実に再現しており、

三人とも実に見事なコスプレ姿だと言わざるを得ない。

 

「そう、ありがとう。本当に凄く頑張ったのよ、特にこの辺りがね………」

 

 そう言いながら楼里が八幡に身を寄せてくる。

楼里はこの三人の中では一番小柄であり、年齢不詳ではあるが、妙な色気を漂わせており、

八幡はドギマギしつつもそれを表に出さないように、強化外骨格を最大限に駆使していた。

 

「そうそう、私のこれもね………」

 

 次いで千花が八幡の隣でそう言い、怜奈が八幡の正面に立ち、

ブラが見えんばかりに前かがみになって八幡に話しかけてくる。

 

「私としてはこの辺りが………」

 

 これにはさすがの八幡もたまらない。

 

「み、皆さん、そういうのは伊丹さんに………」

「そうよそうよ、八幡君は私のなんだから、あまりくっつかないでよね」

 

 そんな言葉が背後から聞こえ、八幡の頭に重力がかかる。

八幡は慣れたくもなかったのだが、慣らされてしまったその重力の正体を看破し、

頭を変に動かさないように気を付けながら、その重力の主に抗議した。

 

「俺は明日奈のだぞ、馬鹿姉。っていうか胸を俺の頭の上に乗せるのはやめろ」

「あら、本当は嬉しいくせに」

「いや嬉しくねえよ!?」

 

 そんな二人のやり取りを見て、持たざる三人は一斉に自分達の胸に目をやり、

同時に陽乃に凄い視線を向けた。

 

「ちょっとレイさん、それは確かにやりすぎじゃないかしら」

「そうよそうよ、やりすぎ!」

「ぐぬぬ、私にだってまだ望みは………」

「あら、やる気?受けてたつわよ」

 

 多少酔っていた陽乃が、挑発するようにそう答え、四人は八幡から離れてにらみ合った。

だがその隙を見逃さない者がいた、晶である。

 

「むふぅ」

 

 晶は難なく八幡の膝の上に座り、嬉しそうに足をぶんぶんさせた。

 

「ちょ、晶さん」

「「「「あああああ!」」」」

 

 四人は慌てて晶に詰め寄ったが、晶はどこ吹く風で、鳴らない口笛を吹きつつ、

勝手に楼里のスマホを操作して、八幡と一緒に冬コミでのコスプレ写真を眺めている。

 

「ちょっとラキア、ずるくない?」

「ラキアさん、八幡君を独占なんてずるい!」

「むぅ、油断した………」

「あなた達には伊丹さんがいるでしょう?」

 

 呆れた陽乃がそう突っ込んだが、三人は口々にこう反論してきた。

 

「それとこれとは別問題よぉ?」

「今ここに若い子は八幡君しかいないんだし、

ちょっとはチヤホヤされたいって思ってもいいじゃないですか」

「伊丹と八幡さんは別腹」

「あなた達ねぇ………」

 

 陽乃は肩を竦めながら元の場所に戻った。すかさず春雄が陽乃のグラスにお酒を注いでくる。

 

「レイさん、気にしたら負けだって」

「そうね………とりあえず飲みましょうか」

「そうしようそうしよう」

 

 それから二人は困る八幡を肴に酒を酌み交わし、八幡が解放されるまで、

それから一時間もかかってしまったのであった。



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第1179話 姐さん?姉御?姉さん?

「さて、明日も学校だし俺はそろそろ退散しますね、今日は楽しかったです、ご馳走様でした」

 

 八幡はそろそろ頃合いだと思い、そう言って立ち上がった。

ここまでは普通に楽しい時間を過ごせており、その事に不満そうな者は誰もいなかった。

 

「別に朝まで付き合ってくれてもいいのよぉ?」

「そういうのは伊丹さんにお願いします、すみません!」

 

 八幡はそう言って楼里をけん制すると、他の者達にも挨拶をしてその場を立ち去っていった。

 

「残念、逃げられちゃったわ」

「もうちょっと話したかったけど、強引に引き止めるのもちょっとね」

「そうそう、レイさんの目が光ってるわけだしね」

「しかしリアルでも好青年だった」

「おうよ、八幡君はいい男だぜ!」

「むふっ!」

 

 八幡を見送った六人は、どうやらねこやの閉店時間まで飲むつもりのようだ。

 

「しかしなるほど、あの子をみすみす逃す手は無いわよね」

「だから一年後に前倒しなんだね」

「レイさん、頑張って!絶対投票するから」

「ええ、人生を賭けてでもやり遂げてみせるから、応援お願いね」

「もちろん!」

「まあ私達の為にもなる事だしね」

「問題はそれだけの甲斐性が伊丹にあるかなのよねぇ」

「今から教育するべき」

「ま、まあほどほどにな」

「むぅ………」

 

 八幡のいない所で、陽乃は自らの為に着々と計画を進めていく。

 

 

 

 

 八幡はそのままソレイユ本社ビルを出て、マンションに向かおうとした。

と、正門前で、八幡は二人の男性に声を掛けられた。

それは意外にも、ヤサこと綾小路優介と、バンダナこと武者小路公人であった。

 

「あれ、お前ら、こんな所で何してるんだ?」

「あ、兄貴!」

「兄貴がねこやにいらっしゃるって聞いたんですが、

さすがに社長と同席するのはちょっとアレだったんで、ここで待ってました!」

「そうなのか?悪いな、何か気を遣わせて待たせちまって。で、話って何だ?」

「あっ、はい………」

「実は俺達今日、あいつらと久しぶりに飲んでたんですけど、

そこでちょっと熱くなってやらかしちまって………」

「その事を兄貴に謝らないとと思って………」

「ふ~ん?」

 

 二人が言う《あいつら》というのはおそらくロザリアの元取り巻き連中だろう、

八幡はそう考え、落ち着いて話してもらう為に、二人をマンションの部屋に招く事にした。

 

「分かった、俺の部屋で詳しく話を聞こう。それじゃあこっちだ」

「あっ、はい!ありがとうございます!」

「お供します!」

 

 二人はそのまま八幡の後に付き従った。

同時に八幡は、移動中に優里奈に電話を掛け、部屋に誰かいないか確認する事にした。

 

『もしもし、八幡さん、どうかしましたか?』

「おう優里奈、今からマンションの俺の部屋に、

優介と公人を連れてって話をするつもりなんだが、今部屋に誰かいるか?」

『ええと、今は私と詩乃ちゃんと理央さんがいますよ』

「そうなのか?」

『はい、今日は詩乃ちゃん、狩りのギリギリまでバイトしてたみたいで、

この部屋からALOにログインしたんですよ。理央さんはその付き合いですね』

「そういう事か………それじゃあ悪いがそういう事だから、二人にもそう伝えておいてくれ」

『分かりました、露出を控えるように伝えておきますね』

「ははっ、そうしてくれ」

 

 八幡はその優里奈の言葉を冗談だと思い、普通にそう返したが、

電話を切った後、本当に冗談だったのかと少し悩む事となった。

 

「………まあいいか、なぁお前達、今部屋に、詩乃と理央と優里奈がいるらしいんだが、

あいつらに話を聞かれても構わないか?もし嫌なら少し外してもらうぞ?」

「いえ、平気です」

「というか、姉さん達に出て行けなんて言えないですって!」

「姉さん………達?」

 

 八幡は何の事か分からずに目をパチクリさせたが、そんな八幡に二人は即答した。

 

「詩乃姉さんと」

「理央姉さんっす」

「え、何、あいつらってお前ら的にそんな感じなの?」

「ええ、もちろんっす!」

「俺達、まだまだひよっこですから!」

「そ、そうか」

 

 八幡は、こいつらまさか、あの二人にいじめられたりしてないだろうなと不安になったが、

さすがにそんな事はしないだろうと思い直した。

 

「まあいいか、それじゃあ行こう」

「はい!」

「お時間をとらせちゃってすみません!」

 

 三人はそのまま部屋に向かい、優里奈がそれを出迎えた。

 

「八幡さん、お帰りなさい………って、あれ、八幡さん、もしかしてちょっと酔ってます?」

「さっきまで姉さんや晶さん達に付き合ってたからな。まあ大した事ない」

「そうなんですね、あ、お二人とも、こんばんは!」

「こ、こんばんは、優里奈お嬢!」

「お嬢、こんな夜中にすみません!」

 

 二人は優里奈に対して、最敬礼状態でそう挨拶をした。

 

「へ?………お嬢?」

 

 優里奈は恥ずかしそうに目を伏せたが、優介と公人は平然とした顔で頷いた。

 

「はい」

「お嬢はお嬢ですから」

「そ、そうだな………」

 

(きっとそういうものなんだろう、うん)

 

 八幡は、まあこの二人もすっかりソレイユに馴染めたって事だよなと肯定的に思いつつ、

同時に興味が沸いたので、別の事を二人に尋ねてみた。

 

「なぁお前ら、ちなみに明日奈の事は何て呼んでるんだ?」

「「(あね)さんです!」」

「………小猫は?」

「「姉御です!」」

「で、詩乃と理央が………」

「「姉さんです!」」

「だよな、他にお前らに絡むのは………ああ、かおりは?」

「「かおりさんです!」」

「普通かよ、じゃあウルシエルは?」

「「ウルシエルです!」」

「そこだけ呼び捨てなのな」

「「はい!」」

「っていうか、お前らよくそんな綺麗にハモるよな………」

 

 八幡は、こいつらの人間関係が垣間見えて少し面白いなと思いつつ、二人を中に案内した。

 

「それじゃあ二人とも、中に入ろうか」

「「はい、お邪魔します!」」

 

 二人は再び綺麗にそうハモると、おずおずと部屋の中に入った。

 

「ハイ、二人とも、今日はどうしたの?」

「「詩乃姉さん、こんばんは!」」

「八幡が和人さん以外の男をこの部屋に入れるのって、何げに初めて?」

「「理央姉さん、こんばんは!」」

 

(こいつら、教育されてんなぁ………)

 

 八幡は苦笑しながらソファーの真ん中に腰掛け、

二人は詩乃に促され、向かい側のソファーに座った。

その詩乃は当然のように八幡の隣に座り、

理央は優里奈を気にしつつも、これまた八幡の反対側の隣に座った。

優里奈は人数分のお茶を入れた後、八幡から見てテーブルの右側の面のソファーに腰掛けた。

これは入り口と台所にすぐ向かえるようにと、優里奈が配慮した結果である。

 

「さて、それじゃあ話とやらを言ってみなさいな」

「おい詩乃、何故お前が仕切る」

「何か問題でも?」

「いや、まあいいけどな」

 

(本当にこいつは何でこんなに強気なんだろうなぁ………、

まあでも弱気なこいつってのは想像出来ないけどな)

 

 八幡はそう思いつつ、チラリと詩乃の横顔を見た。

詩乃は目ざとくそれに気付き、少しニヤニヤしながら八幡の顔を見返してきた。

 

「何よ八幡、私の事が好きすぎて、つい見ちゃうみたいな?」

「何でそうなる」

「だって私の顔を、物欲しそうな顔で見ていたじゃない」

「いや?お前は相変わらずだなって思っただけだ」

「まあ好きな子相手に素直になれないのは分かるわ」

「本当にお前のその自信はどこから来るんだろうなぁ………」

「私はただ、事実を言ってるだけだけど?」

「へいへい………」

 

 そんな詩乃を、優介と公人が賞賛する。

 

「さすが姉さん、パねえっす!」

「いやぁ、シビれますわ」

「ふふん、八幡は私には敵わないのよ、よく覚えておきなさい」

「「はい!」」

「覚えなくていいからな」

 

 八幡はそう言ってお茶を口にすると、そろそろ本題に入るように二人に促した。

 

「さて、それじゃあ聞こう」

 

 さすがの詩乃も、その言葉に居住まいを正す。

 

「あっ、はい」

「さっき言った通り、今日はあいつらと飲んでたんですよ」

「元タイタンズハンドのメンバーと、だよな?」

「です」

「いつも適当に世間話をしたり、ALOでの愚痴をちょこっと言うくらいの、

ゆるい飲み会なんですよ」

「でも今日は最初から、ちょっと雰囲気が違って………」

「いきなり俺ら、『お前ら、ヴァルハラの奴なんかと仲良くしてんのかよ』って」

「ああ、遂にバレたんだ」

「そうなんすよ、理央姉さん」

「でも一応その時は、上手い事誤魔化したんです」

 

 そう言って二人は、その時の状況を詳しく説明し始めた。



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第1180話 居酒屋の縁切り

 いつも利用している居酒屋の、定位置とも言える個室にいつも通り向かった二人は、

もう先に始めていた五人に軽い調子で挨拶をした。

 

「ういっす」

「ごめ、お待たせ」

「………ヤサ、バンダナ、遅かったな」

 

 この七人の飲み会は、お互いの名前をプレイヤーネームで呼び合うのが常であった。

というか、実はこの七人は、まだお互いの本名を名乗り合ってはいない。

SAOから解放される直前に待ち合わせ場所を指定したせいでこうして会えてはいるが、

ただ会えただけで、お互いのプライバシーに踏み込む事は一切していないのだ。

これはネットリテラシーを考えての事であり、

ヤサとバンダナがお互いの素性を知っているのは、

同人誌の作成に必要だからそうなだけで、この中では特別なケースなのである。

 

「ちょっと仕事が押しちまったんだ、すまん」

「悪い、まあそんな感じだわ」

「………そうか」

 

 いつもの飲み会だと、多少の遅刻など気にせず、

軽い感じで出迎えてくれるゴーグル、コンタクト、フォックス、テール、ビアードの五人は、

今日は何故か、こちらに胡乱げな視線を向けてきており、

二人は嫌な予感がしてならなかった。

 

「まあ座れよ」

「お、おう」

「あ、うん」

 

 二人が席に着いても誰も何も言わない。

そのただならぬ雰囲気に二人はゴクリを唾を飲んだ。

そのまましばらく無言の時間が続いたが、やがてゴーグルがぼそりと二人に言った。

 

「実は今日、SDSに入った新人が、

お前達二人が、ヴァルハラの奴らと仲良くしてたって言うんだよ。

その事について、何か言いたい事はあるか?」

 

 ヤサとバンダナは、この五人だけではなく、

SDSのメンバーに関してもかなり気を配っており、

ヴァルハラの誰かと会う時は、うっかり鉢合わせしないように、細心の注意を払っていた。

だがさすがのふたりも、今日加入したばかりのプレイヤーに対応出来るはずもない。

 

(まずい)

(どうする?)

(何とか誤魔化すしか)

(何かいいネタはあるか?)

(今なら歌姫でいける)

(それだ)

 

 同人誌の製作の過程で苦楽を共にしてきた二人は、

アイコンタクトでこれだけの意思疎通が出来るまでに、新密度を深めていた。

それで意思の統一に成功した二人は、明るい顔でこう答えた。

 

「それって多分、今話題のウズメとピュアの事だと思うんだよな」

「うん、心当たりがあるとしたらそれだけかな」

「でもまああの二人は確かにヴァルハラのメンバーだけど、

立ち位置的にはちょっと特殊なんじゃないか?」

 

 その二人の言葉に、五人は顔を見合わせた。

 

「た、確かに………」

「ヴァルハラとか関係なく、あの二人の歌は聞きたい」

「実は俺、この前のフランシュシュのミニライブに行ってきたんだよ!

で、その時水野愛も紺野純子も見たんだけど、マジでそっくりだったわ!」

「うお、マジかよ、羨ましい………」

「でもそう考えると確かに………」

「俺としても、あの二人を見に行くのまでアウトって事にされるのはちょっと困るな」

 

 五人は口々にそう言い、ヤサとバンダナは、これで何とかなりそうだと胸を撫で下ろした。

 

「何だ、そういう事かよ」

「確かにあの新人、ヴァルハラの誰とは言ってなかったよな」

「そっかそっか、悪いな二人とも、おかしな空気にしちまって」

「いや、気にしないでくれよ、俺達も全然気にしてないから、なぁ?」

「そうそう、それよりこっちも遅れちまって悪かった」

「仕事が忙しいんだろ?イラストの」

「一芸を持ってる奴は、やっぱ強いよなぁ」

「まあ運が良かっただけだって」

 

 バンダナはそう言って謙遜したが、テールとフォックスは、尚も二人を持ち上げてきた。

 

「でも好きな事で食っていけるのはいいよな」

「そろそろ補助金の残りも少なくなってきたし、俺達も何とかしないとなぁ………」

「まあバイトはしてるけど………」

「俺も何か、緩やかに死んでる気がしてる」

「というか俺達五人、全員そうだろ」

 

 どうやらヤサとバンダナ以外の五人は財政的に厳しくなってきているようだ。

まあバイトとはいえ働いているだけマシである。

 

「おっと、二人とも、注文がまだだよな、今店員を呼ぶわ」

「悪い、頼むわ」

「さて、それじゃあ今日も楽しくいきますか」

「俺、ビールで!」

 

 こうして飲み会が無事に始まった。

 

「最近忙しくて顔を出せてないけど、SDSはどうなの?」

「さっきも新人が入ったって言ったけど、どんどん大きくなってるぜ」

「まああまり無秩序にデカくすると、連合みたいになっちまうかもだから、

シグルドさん、一旦募集を止めるってよ」

「今何人くらいいたっけ?」

「やっと百人を超えたところらしい」

「うへ、そんなにか」

「うわ、凄えな」

 

 二人はその事実に素直に感心した。

二人から見ると、シグルドはハチマンとは比べるべくもなく、

数段落ちる存在という認識なのだが、人望だけはそれなりにあるようだ。

もっとも反ヴァルハラプレイヤーからの需要にマッチするのが今はSDSくらいだというだけで、

他に受け皿となるギルドが出てくれば、そちらにも確実に人が流れていくのだろう。

だが少なくとも七つの大罪が大きく評判を落とした今は、

他にそういう存在が出てくるような動きは見られない。

一応チルドレン・オブ・グリークスがその受け皿候補ではあるのだが、

名前に関する縛りがあるせいで、メンバーを増やすのに苦労しているのが現状だ。

ちなみにチルドレン・オブ・グリークスは、

七つの大罪の崩壊と同時にアルヴヘイム攻略団を離脱しており、

現在アルヴヘイム攻略団に残っているのは、アルン冒険者の会とソニック・ドライバー、

ALO攻略軍の三つだけとなっている。

 

 

「もう一大勢力だよな」

「でも人数だけじゃなく、実力も上げてかないと、ヴァルハラには勝てないからなぁ」

「それだけじゃなく、装備も何とかしないと………」

「まあ今育ててる職人連中がモノになるまでの我慢だろ」

「職人?小人の靴屋は?」

 

 ヤサはキョトンとしながらテールにそう尋ねた。

 

「最近あそことはちょっと距離を置いてるんだよ」

「グランゼの奴、調子に乗りすぎだからなぁ………」

「あいつは何で、常に上から目線なんだろうな」

「まああっちも戦闘系プレイヤーを増やしてるみたいだし、

あっちはあっちでうちと手を切る算段をもう付けてる気がするけどな」

「そうなんだ」

「お前らだって、あいつの事は嫌いだろ?」

「それはもちろん」

「というか、グランゼの事が好きな奴なんて小人の靴屋の中にもいないんじゃないかな」

「かもなぁ」

 

 それからグランゼの悪口大会が始まった。

日ごろから鬱憤を貯めていたのか、出るわ出るわ、

その話題はそれから一時間も続いたが、今でもまだネタが尽きる気配はない。

だがさすがに飽きてきたのか、その頃から他のプレイヤーが標的になり始めた。

そうなるとこういった場合、このメンバーの間で名前が挙がるのは、

主にヴァルハラのメンバー、というか、ハチマンという事になる。

 

「しかしハチマンの奴、イベントをクリアしてから随分調子に乗ってきてるよな」

 

 その言葉を受け、ヤサとバンダナがチラリと視線を交差させる。

 

(ハチマンさん、調子に乗ってたっけか?)

(いや、全然)

(だよな………)

 

「くそ、最初から邪神側についてれば………」

「今度はフェイク情報に惑わされないようにしないとな」

「ハチマンの野郎、ソレイユとのコネを使って情報を手に入れたに決まってる!」

 

(むしろ何も言わないように念押ししてるような………)

(うん、間違いない)

 

「くそ、今頃メンバーとやりまくりなんだろうなぁ………」

「あそこはハチマンの性奴隷の集まりだからな」

 

(ハチマンさんはそんな事しないっての!

言い寄られて困ってる時はあるけど、絶対に一線は超えねえんだよ!)

(まあまあ、酒の上の話だから)

 

「性奴隷ってキリトもかよ!」

「決まってるだろ、ハチマンは両刀なんだよ」

「あはははは!」

 

(っ、んだと………)

(おい待てってヤサ、落ち着け、な?)

(チッ、うぜえ………)

 

「しかしヴァルハラのあの女の多さはおかしいよな」

「一体どんな弱味を握ってんだろうな、ハチマンの奴………」

「あいつら、絶対に陰で泣いてそうだよな」

 

(ストップ、ストップだ、バンダナ)

(ハチマンさんが、そんな事する訳ねえだろ!)

 

「ウズメとピュアの二人って、金で雇われて人気取りの為にALOに来てんのかな?」

「政治家とかから汚い金、受け取ってそう」

「あるある!」

 

(………)

(………)

 

 ここで我慢の限界が来たのか、二人は青筋を立てて立ち上がった。

 

「ん、ヤサ、どうした?」

「バンダナ?」

「それ………………言うな」

「ああん?」

「それ以上兄貴の事を悪く言うなっつってんだよ!」

「おわっ、いきなり何だよ、兄貴?誰だ?」

「「ハチマンの兄貴に決まってんだろ!」」

「「「「「………えっ?」」」」」

 

 ブチ切れた二人が同時にそう言い、五人は一瞬ポカンとした。

だがすぐにその言葉の意味を悟り、五人は立ち上がった。

ここが個室だったのはある意味最悪であった。

何故ならこの不穏な状態を止めに入る者がいないからだ。

 

「お前ら、まさか………」

「やっぱりヴァルハラと繋がってやがったのか!?」

「どういう事だよ!ヤサ、バンダナ!」

「どうもこうもねえ、お前達が思ってる通りだ」

「ふざけんな!」

「ふざけてるのはどっちだよ、ある事ない事………いや、デタラメばかり並べやがって!」

「お前が兄貴の何を知ってるって言うんだよ!」

「んだと!?」

「あ、あの、すみません!」

 

 ここで女性の店員が慌てて飛び込んできて、一同にそう声をかけた。

それで多少冷静さを取り戻したのか、七人は同時に着席した。

 

「すみません、ちょっと声が大きかったですね」

「気を付けますね、すみません」

「申し訳ありません、宜しくお願いします」

 

 女性店員はそのまま去っていった。

 

「………で?」

「………俺達はハチマン兄貴には本当に世話になってるんだよ、

だからお前らの暴言は絶対に許せねえんだ」

「そりゃこっちのセリフだよ」

 

 再び一触即発状態になりかけたが、そこはビアードが間に入った。

 

「まあ待て、いつからだ?」

「年末だよ、それから俺達はヴァルハラ側だ」

「何だよそれ………」

「俺達を裏切ったのかよ!」

「ああそうだ、名前も知らない奴らより、俺達は兄貴を取ったんだよ」

「でもその判断は間違ってなかったわ、

デタラメな作り話で他人を悪く言うクズにはなりたくないからな!」

「お前らとは確かに長い付き合いだけどな、さすがに今回の事で腹が決まったわ」

「俺達はこの集まりから抜ける、これからはもう他人だな」

「もう会う事も………いや、まあALOでなら会う事もあるか、

その時は殺し合いだ、いつでもかかってこい」

「チッ、ヴァルハラをバックにいきがりやがって」

「その時もしヴァルハラの誰かが一緒でも、手出ししないように言っとくから、

安心してかかってきな、クソ共が」

「その言葉、忘れるなよ!」

「あばよ!金はここに置いておくから貸し借り無しだ!」

 

 ヤサとバンダナはそう言って立ち上がり、足早にその場を後にした。

幸い誰も追っては来なかったが、駅のホームに着いた直後、二人は頭を抱えた。

 

「「やっちまった………」」

 

 事情はどうあれ、これで二人はスパイ活動をする事が出来なくなった。

だが仲間を裏切っているという罪悪感からも解放された為、

気分的には悪く無かったのが幸いである。

 

「………とりあえず兄貴に謝るか」

「兄貴、怒るかな?」

「んな訳ねえだろ、あの兄貴だぞ!」

「だよな!」

「でもしっかり頭は下げないとな」

「もちろん!」

 

 こうして二人は正式に、SDSと、そしてかつての仲間達と縁を切る事になったのだった。

これが二人が八幡に語った事である。



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第1181話 光栄すぎて

 二人の説明を聞き終わった後、八幡は神妙な顔で頷いた。

 

「なるほどなぁ………」

「すみません、兄貴」

「もう俺達、SDSの情報を取ってこれなくなっちまいました」

「そうか………」

 

 八幡はそう言ったきり、何も言わなかった。

二人はそれを怒りの発露だと思い、身を固くしたが、

当然そんな事はなく、八幡はいきなり二人の手を握った。

 

「今まで二人に汚れ仕事をさせちまって申し訳ないと思ってたんだ。

今回の事は気にする事はない、というかむしろいい機会だ。

これからは二人もヴァルハラの一員として大手を振って街を歩けばいい」

 

 その予想外の言葉に二人は目をパチクリさせた。

そして徐々に、その言葉の意味が脳に染み渡ってくる。

 

「えっ………?」

「ヴァルハラ?俺達がですか?」

「ああそうだ、それとも嫌なのか?」

 

 二人はその言葉に、ぶんぶんと首を横に振った。

 

「い、いえ、願ってもないです!」

「むしろ光栄すぎて信じられないというか………」

 

 そんな二人に

「これで二人は正式に私の後輩って事ね、これからこき使ってやるから覚悟しておきなさい」

「優介さん、公人さん、ヴァルハラ入り、おめでとう!これからも宜しくね。

ってか詩乃ちゃん、もっと素直にお祝いしてあげようよ」

「ふん、この私にこき使われるのよ、優介も公人も絶対に喜んでるに決まってるじゃない」

「お前のその強気がどの臓器から生み出されてるのか一度解剖してみたいわ」

 

 八幡は呆れた顔でそう言ったが、当然詩乃には通用しない。

 

「そんなに私の全てが知りたいなら、さっさとプロポーズしなさい」

「それそれ、そういうとこな、ってこれ言うの、何度目だよ」

「「「あはははははは」」」

「お前らも笑うんじゃねえ!」

 

 場は一転してとても明るい雰囲気に包まれていた。

二人は望外の申し出に感涙し、八幡達三人は、それを笑顔で眺めている。

 

「まあ正式なメンバーになったからには今のままじゃいられないわよ。

私がビシビシ鍛えてあげるから覚悟しておきなさい」

「いや、二人は弓使いじゃないだろ?」

 

 八幡が即座にそう突っ込み、詩乃は、ぐぬぬと顔を赤くした。

 

「こ、心構えの事を言ってるのよ、それくらい分かりなさいよね」

「へいへい、ちなみに二人は何の武器を使うんだったか?」

「俺は曲刀シミターですね」

「俺は片手斧です、SAOの時は、左手の武器は全然機能しないのに、

なんちゃって二刀流をやってたんですけど、ALOならいけそうなので、

修行して片手斧の二刀流をものにしたいと思ってます!」

「そうか、それじゃあ最初にナタクに武器を作ってもらわないとな。

ヴァルハラ・アクトンは新式の方が在庫があるからそれでいいとして、

後は個人マークを考えておくんだぞ」

「「わ、分かりました!」」

 

 個人マークと言われた瞬間に、二人は自分達がヴァルハラ入りした事を強く実感した。

他のギルドで同じシステムを採用している所はないからだ。

(実際はヴァルハラに遠慮しているだけだが)

二人はこの日、帰った後に、徹夜で自分のマークを考える事になったが、

頑張って考えたその二人のマークは、絵師だけの事はあり、芸術性に溢れたものとなった。

ヤサは月桂冠の葉をシミターで表現した、『シミター・クラウン』、

バンダナは交差する二本の斧を鳥に見立てた『アクス・バード』、

そのマークを背負い、二人はヴァルハラのメンバーとして、

SDSのメンバーである元の仲間達に狙われながら、激戦を潜り抜けていく事となる。

 

「ところで兄貴、俺達、この機会に名前を変えようと思うんです」

「ああ、一度だけ出来る、有料の名前変更サービスを使うのか?」

「はい、いつまでもギャグみたいな名前じゃいられませんから」

「そ、そうか、それで何て名前にするんだ?」

「俺はアーサーで」

「俺はバンディットです」

「なるほど、前の名前の名残りをちゃんと残してあるんだな、いいんじゃないか?」

 

 更に二人は名前を変えた。昔の自分達と決別する為の儀式的な意味合いもあったが、

ヤサはアーサーに、バンダナはバンディットとなったのである。

こうしてヴァルハラに、新しいメンバーが二人増える事となった。

 

「それじゃあ兄貴、俺達はここで失礼します!」

「シノンとリオンに襲われないように気をつけて下さいね!」

「ちょっ、何言ってるのよ、わ、私達はそんな事まだしないよ!」

「そうそう、まだしないわよ、ここではそういうのは禁止なの」

 

 詩乃と理央は二人の軽口にそう返したが、

否定しているようで実は否定していないのが困り物である。

 

「『まだ』ってのは外してもらえると俺が精神的に安定するんだが」

「それくらい我慢しなさい、私達の精神の安定の為に」

「わ、悪い女に捕まったと思って諦めないと」

「お前らなぁ………」

「「あはははは」」

 

 優介と公人はそんな三人の会話を聞いて、和やかな気分になった。

 

「んじゃ兄貴、また明日です!」

「今日は本当にありがとうございました!」

「おう、またな」

「その………おめでとう、二人とも」

 

 そこでまさかの詩乃から、まともなお祝いの言葉が飛び出した。

 

「あっ、詩乃ちゃんが素直になった」

「た、たまたまそういう気分だったのよ」

「姉さん、あざっす!」

「失礼します!」

 

 二人は自分達の選択は間違っていなかったと確信しつつ、

そのまま笑顔でマンションを後にした。

 

 

 

 そしてその次の日、シノンはバイトまでの余った時間を生かしてGGOにいた。

今は酒場で久しぶりに闇風や薄塩たらこと会話している最中である。

 

「………という事があってね、またヴァルハラの勢力が増したのよ」

「やべえなヴァルハラ、さっすが全VRMMO中最強のギルドだけの事はあるぜ」

「楽しそうでいいよなぁ………」

 

 闇風は普通であったが、薄塩たらこは何故か暗い顔をしていた。

 

「あらたらお、悩みでもあるの?お姉さんが相談に乗ってあげましょうか?」

 

 シノンは冗談めかしてそう言ったが、薄塩たらこはまともに返事をしてきた。

 

「相談っていうか、助っ人は頼みたいかな」

「助っ人?何の?」

「いや、実は最近、PKを専門にしてるスコードロンが現れてよ………」

「そうなの?」

「『ゴエティア』ってスコードロンなんだが、ちょっと普通じゃなくてよ………」

「普通じゃ………ない?」

「ああ、PKってのは普通、金か経験値の為にやるもんだろ?」

「まあそうね」

「でもあいつら、そんな物には興味が無いらしくてよ、

こっちを倒したらさっさと撤退して、そのままログアウトしちまうんだよ。

な、普通じゃないだろ?」

「へぇ?それってただの………ええと、腕自慢アピールなんじゃない?」

 

 それってただの快楽殺人者なんじゃない?と言い掛けて、シノンは途中で言い換えた。

デスガン事件の事を思い出し、それを口に出すのが憚られたからである。

 

「腕自慢ねぇ………まあでもそんな感じなのは確かなんだよな」

「で、助っ人ってのは要するに、そのスコードロンとやり合うつもりなのね?」

「ああ、友人が何人かやられてるからな、こっちにも意地がある」

「まあ時間とタイミングが合えば、私は別にいいわよ」

「おお、悪いな、それじゃあ頼むわ」

「何かあったらACSに連絡を入れてね」

「了解」

「それじゃあ私、今日はバイトだから」

「あ、俺もだわ、悪いたらこ、また今度な」

「おう、またな、二人とも」

 

 薄塩たらこのみがその場に残り、闇風とシノンは、バイトの為にログアウトした。

そして三十分後、二人はソレイユ本社の玄関ホールで鉢合わせた。

 

「あれ、詩乃も今日はこっちなのか?」

「ええ、家にこもりっきりってのも気が滅入っちゃうしね」

「でもほら、その、寒くね?」

 

 そう言って風太はチラリと詩乃の生足に目をやった。

その瞬間に詩乃は風太の足を思いっきり踏んだ。

 

「痛っ!」

「変なとこ見るんじゃないわよ、変態」

「いや、じゃあ隠せって………」

「お代はジュース一本よ」

「全部タダじゃねえかよ………」

「そっちじゃなくて、コンビニの高い奴」

「え、マジかよ」

「何よ、文句でもあるの?」

「無いです………」

 

 風太が詩乃に敵うはずもなく、二人はそのままコンビニに向かった。

かおりが背後でそれを、クスクス笑いながら見ている。

 

「えっと、それじゃあこれ」

「オーケーオーケー、有難く受け取りたまえ」

「そういうとこよ、彼女が出来ない理由」

「う、うるせえ!きっとそのうち出来る………よな?」

「今のままじゃ難しいわね」

「マジか………」

 

 詩乃は落ち込む風太を従えて、本社内に戻った。

と、受付によく見知った顔があるのを見つけ、詩乃はいきなり走り出した。

 

「うわっ、いきなり何だ?って、八幡か」

 

 受付でかおりと談笑する八幡の姿を見付けた風太は、

だが詩乃に邪魔するなと言われそうだった為、特に走る事もなくそちらへのんびり歩いていった。

 

「八幡!」

「ん?詩乃か、今日はこっちまで足を伸ばしたのか?」

「うん、たまには動かないと、八幡に見せる為の私の足が、型崩れしちゃうかもしれないもの」

 

 詩乃はそう言いながら、八幡に生足をアピールする。

八幡は表情を全く変えないでそれを眺めた後、心配するような顔で詩乃に言った。

 

「お前、真冬でそれは寒くないか?」

「あら、心配してくれるの?」

「それくらいするだろ、普通だ普通」

「まったく、ツンデレなんだから」

「お前にだけは言われたくないんですけど?」

 

 かおりはそのやり取りに、再びクスクス笑っている。

 

「まあ寒さは平気よ、慣れてるもの」

「せめてストッキングくらい履いたらどうだ」

「学校では履いてるわよ」

「そうなのか、それじゃあ何で今日は………」

「わ、忘れちゃったのよ」

「ふ~ん」

 

 八幡はそれで納得したが、正解は、『八幡がいるかもしれないと思ったから』である。

寒さにも負けない、詩乃の涙ぐましい努力の成果なのだ。

 

「まあ平気なら別にいいけどな」

 

 そう言って八幡は、再び詩乃の足に目をやり、すぐに逸らそうとして、

そのまま顔を詩乃に固定された。

 

「おわっ、何しやがる」

「そんなすぐに目を離すんじゃないわよ」

「さっきと態度が全然違う………」

「キャッ!」

 

 いきなり背後からそんな声がかかり、詩乃は思わず八幡から手を離した。

振り返るとそこには風太の顔があり、詩乃の顔が怒りに歪む。

 

「あんたね、いいところだったのによくも邪魔を………」

「はいはい、お前ら、バイトに間に合わなくなるぞ、さっさと行けって」

 

 ここで八幡が二人を止めに入り、二人は慌てて時計を見た。

 

「やばい!」

「先に行くわよ、八幡、後でね」

 

 詩乃はそう言って八幡に投げキッスをし、足早に立ち去っていく。

 

「あっ、おい、俺も行くって!それじゃあ八幡、またな!」

「おう、またな」

 

 そして残された八幡とかおりは、苦笑しながら顔を見合わせた。

 

「それじゃあかおり、俺も自分の部屋に行くわ」

「うん、分かった」

「またな」

「またね」

 

 八幡はそのまま社内の自室へと向かった。




人物紹介に、スプーキーズを追加しました。
ヤサとバンダナの項を、アーサーとバンディットに変更しました。
ちなみにその項のヒトミとネミッサは、
SAOアリシゼーション第一話「アンダーワールド」のサトライザー達とやりあった後、
レクリエーション施設内で、ビリヤードをやっている二人組です。


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第1182話 間宮クルス最強伝説

 この日、間宮クルスは卒業を控え、学校で教授と話した後、学内のカフェで一息ついていた。

 

「おい見ろよ、間宮先輩だぜ」

「去年のミスコン覇者の?」

「そうそう、雪ノ下先輩と女王を分け合ったあの間宮先輩だよ」

「ああ、もうすぐ卒業かぁ………」

「確かソレイユに就職が決まったんだよな?才色兼備だよな」

「雪ノ下先輩も確かそうだよな?」

「女王は二人ともソレイユか」

「マジかよ、俺、ソレイユに行くわ」

「それにしても、二人が卒業しちまったら、ミスコンのレベルが相当下がるなぁ………」

「今のうちに見ておこう、眼福眼福」

 

 周りからそんな会話が聞こえてくるが、全く興味がないクルスは完全スルーである。

クルスはアンニュイな表情で紅茶を口にし、ほぅ、と色っぽい息を吐いた。

それを見て何人かの男子生徒がノックアウトされ、顔を赤くする。

 

「あ、間宮さん、学校に来てたんだ?」

 

 そんな彼女に話しかけてきたのは、ゼミの飲み会で何度か一緒になった事のある同級生である。

その顔はにやけており、大勢のギャラリーの前でクルスに声をかけ、

優越感に浸ろうという魂胆が透けて見える。

 

「ちっ、あの野郎」

「ちょっと間宮さんと知り合いだからって」

「明らかにマウントを取りに来てやがるな」

「うぜえ」

 

 当然そんな彼の陰口があちこちから聞こえてくるが、

彼はメンタルが強いのか、動じた様子は全く見せない。

クルスもクルスで当然の事ながら、この男には全く興味が無かったが、

もちろんそれは表には出さず、表面上は友好的に接していた。

 

「こんにちは」

「ねぇ間宮さん、今日なんだけど、もし良かったらちょっと飲みに行かない?」

「今日?」

 

 クルスはもちろん断るつもりだったが、

予定を確認するポーズを見せる為に敢えてスマホを取り出した。

これは客商売でよくある、応えるのが不可能な客の要望を断る際に、

一旦検討するポーズを見せた後に、ごめんなさいをするという、

相手の感情に配慮した行動パターンである。

 

「ああ、ごめんなさい、今日はこの後ソレイユに行かないと」

 

 クルスは穏やかな口調でそう言ったが、内容的には塩対応でそう答えた。

もちろんただの方便で、ソレイユに行く予定はない。

 

「その後でもいいんだけど、どうかな?」

 

 だが相手はそれでも食い下がってきた。

クルスは仕方なく、どうやって断ろうかと角が立たない言い訳を考え始めたが、

その瞬間にクルスのスマホが振動した。

 

「あっ」

 

 その画面には、彼女の想い人である八幡の名前が表示されており、

クルスは一瞬で目の前の男の事は忘れ、満面の笑みを浮かべながらその電話に出た。

 

「もしもし、私です、八幡様」

 

 その様付けな言葉に、目の前の男のみならず、ギャラリー達もギョッとした。

 

『マックス、ちょっとお前に頼みがあるんだけど、今日の予定ってどうなってる?』

「わ、私に頼みですか!?今日は何も予定がありませんから、呼ばれればどこにでも行きます!

もちろん朝まででもオーケーですよ!」

 

 その言葉に目の前の男はあからさまにショックを受けたような顔をした。

 

「で、出た~!デレ宮さんだ!」

「えっ、何それ?」

「知らないのかよ、間宮さんは特定の男にだけ、ああいう態度をとるんだよ」

 

 ギャラリーの一人が訳知り顔でそう説明した。

 

「ってか朝までだと………」

「八幡って誰だよ!」

「あ、あいつじゃね?前に間宮さんと雪ノ下さん、二人と同時に付き合ってるって言った奴!」

「あいつか!」

「くっそ、なんて羨ましい………」

「でもあいつはざまぁだな、それは良かった」

 

 クルスの目の前に立ち竦む男に、ギャラリー達は同情の視線を送った。

 

「ってか目の前でアレをやられるのはきつそう」

「そう言われると確かにな、さすがに同情するわ」

 

 他のギャラリーからもそんな感じの会話が聞こえてきたが、今のクルスの耳には全く届かない。

 

『朝までってか、確かにちょっと遅くまでかかるかもしれないから、

もしオーケーなら今日はマンションに泊まる準備をしてきてくれると助かる』

「お泊りですか!?もちろんオーケーですよ!」

 

 クルスは興奮ぎみにそう言うと、ガタッと立ち上がった。

同時にギャラリーが、羨望と嫉妬の篭った声を上げる。

 

「マジかよ………」

「お泊りだと!お泊りだと!」

「ぐふっ………」

 

『そうか、悪いな。で、用事ってのは他でもない、ちょっと勉強を教えて欲しいんだよ』

「勉強………ですか?」

『ああ、最近はほら、ちょっと忙しかっただろ?

で、試験が近くなってきたからこれはまずいと思ってな、

この辺りでちょっと集中して勉強しておきたいんだよ』

「なるほど、全然問題ありません、この私にお任せを!」

『助かるわ、やっぱり俺にはマックスが必要だな、うん』

 

 ここで八幡が、クルスに余計なリップサービスをした。

 

「ひ、必要………」

 

 必要、必要、必要と、クルスの脳内で八幡の声がリフレインされる。

 

「は………」

『は?』

「八幡様、私も愛してますっ!」

 

 クルスは興奮のあまり、思わずそう口に出した。

それを聞いたギャラリー達が、阿鼻叫喚の地獄にのまれる。

 

「ど、堂々と愛の告白とか………」

「八幡って奴、死ねばいいのに」

 

 一瞬で八幡に対する呪いの言葉が辺りに充満したが、その当人は電話の向こうで困惑していた。

 

『え、いきなり何?一体何があったの?』

「すみません、心の声が思わず表に出ちゃいました!」

『そ、そうか、まあ周りに人がいる所ではやめてね、俺も困っちゃうから』

「大丈夫、今周りには誰もいませんから!」

 

 これに関しては、クルスは別に嘘をついた訳ではなく、

周りの全てが視界に入らなくなっているだけである。

 

「お、おい、俺達っていない事になってる!?」

「間宮さんの視界には今何が見えてるんだろうな………」

「間宮さん、最強だな………」

「でもまあ俺達、あいつよりはましだよな」

「かわいそうに………」

「まあ自業自得だろ」

「そうそう、調子に乗りすぎなんだよあいつ」

 

 その言葉で注目を集めたのは、例のクルスに声を掛けた男である。

男は地面に両手をつき、その場で号泣していた。

 

『それならいいけどな………いや、まあ良くはないけどな。

まあいい、とりあえず時間は何時くらいがいい?』

「あっ、ええと、この後すぐでもいいんですけど、

でもちょっと勝負下着に着替える時間が欲しいです!」

 

 この言葉がギャラリー達を、更なる地獄へと突き落とす。

 

「勝負下着………」

「くそっ、間宮さんのコートのガードが固いせいで妄想が捗らねえ」

「そういや間宮さん、最近は全く露出の無い服しか着なくなったよな」

「ああ、それって雪ノ下さんもだ」

「って事は………」

 

 ギャラリー達は、ゴクリと唾を飲み込みながら、クルスの方を見た。

 

「八幡って奴が、あのスーパーボディを独占してるのか………」

 

 この瞬間、八幡に男達から凄まじい怨嗟の念が飛んだ。

だがもちろんそれが何かに影響を及ぼす事はない。

 

『うん、冗談はそのくらいでね、そのままの格好でいいから。

って、まあ今どんな格好をしてるのかは知らないが、

マックスはしっかりしてるから、何の問題もないだろ、うん』

「そ、そのままの私………」

『ん?ああ、そうそう、そのままでいいから』

「分かりました、ありのままの裸の私を愛して下さい!」

『だからちょっと落ち着いて?ね?』

 

 この言葉も凄まじい誤解を生み、ギャラリーはもう、涙を流す事しか出来なくなっていた。

クルスに声を掛けた男は既に死体と化している。

 

「それじゃあ今すぐ向かいますね!」

『おう、悪いな、とりあえず会社の俺の部屋で待ってるから』

「あ、そっちなんですね、分かりました!」

『それじゃあまた後でな』

「はい、また後で!」

 

 そしてクルスは電話を切り、大はしゃぎでこう言った。

 

「よっしゃぁ、私大勝利!」

「何が大勝利なの?」

「ほえ?」

 

 背後からそんな声がかかり、クルスが振り向くと、

そこにはミサキの娘である海野杏が立っていた。

 

「あっ、杏も学校に来てたんだ?」

「うん、今日はちょっと用事があったの。それよりもこれは、一体どういう状況なの?」

「ほえ?」

 

 杏にそう聞かれ、クルスは首を傾げながら辺りを見回した。

その視界に入ってきたのは、落ち込む男達の群れと、足元に転がる男の死体であった。

 

「………えっ、何これ?」

「聞いているのは私なんだけど」

「えっと………………さあ?」

「知らないなら別にいいけど。で、随分と浮かれた顔をしているようだけど、何かあったの?」

「えっとね、この後八幡様に勉強を教える事になったの。もちろん二人きりで!」

「あ~あ~あ~………」

 

 そのクルスの言葉で、杏は何となく事情を悟った。

 

「で、この人は?」

「えっ?あっ!」

 

 それでクルスは自分が先ほどまで、この地面に横たわる男と話していた事を思い出した。

 

「あ~、そうだったそうだった、えっと、会話は聞いてたよね?

そういう訳だから飲みに行くのは無理です、というか今後も無理だからごめんなさい」

「………………あっ、はい」

 

 男はその言葉に弱々しく頷く事しか出来なかった。

 

「そういう訳だから杏、私、ちょっとマッハで行ってくるね」

「はいはい、お幸せにね!」

「ありがとう、今度どこかに遊びに行こうね!」

「期待しないで待ってるわ」

 

 クルスはそのまま凄まじい速度で走り去っていき、

残された杏は、まだ地面に倒れている男の肩を、ポン、と叩いた。

 

「ドンマイ」

 

 この事件はまたたく間に学校中の男に広がり、

それから卒業まで、プライベートな用事でクルスに声を掛けてくる男はいなくなったのであった。

これが卒業間際にクルスが残した最強伝説である。




八幡がクルスに頼み事をするだけで終わりました、
よくよく考えると、昔はこういう話、たまにありましたよね………


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第1183話 詩乃のリベンジ

「さて、マックスを待ってる間、どうするかな。

一人で勉強してもいいんだが、効率を考えるとなぁ………」

 

 クルスに助けを求めた八幡は、腕組みをしながらそう呟いた。

 

「………よし、詩乃と風太のバイトの様子でも見てみるか。これも職務だ、うん」

 

 八幡は単なる冷やかしをそう理論武装し、アルゴに連絡をとった。

 

「ああ、アルゴ、ちょっといいか?」

『ん?ハー坊、オレっちに何か用事カ?』

「今詩乃と風太がバイトしてるだろ?」

『おウ』

「その進捗状況でもチェックしようかと思ったんだが、映像をこっちに回せるか?

あ、いや、もちろん冷やかしとかじゃなく、純粋に会社の事を考えての行動なんだが」

『ふ~ン』

 

 アルゴの冷ややかな反応に、八幡は言い訳を重ねる。

 

「いやいや、純粋にだな………」

『ふ~ン』

 

 だがアルゴは全く信用していないという風にそう繰り返すだけであり、

八幡は渋々と、アルゴに本当の理由を伝えた。

 

「………すまん、ちょこっと時間が空いちまって、ただの暇潰しだ」

『最初からそう言やいいんだヨ、オーケー、詩乃っちに連絡してから今映像を回すワ』

「あ、ありがとうございます」

 

 八幡は何となくかしこまりながら、アルゴにお礼を言った。

 

 

 

 一方その頃、風太は詩乃に強引に誘われ、高度四百メートルの上空にいた。

 

「えっと………何で空挺降下?」

「気分?」

「一人でやればいいんじゃね?」

「うるさいわね、それくらい付き合いなさいよ」

「俺、これをやるのは初めてなんだけど?」

「もちろん知ってるわよ」

「うわ、たちが悪い………」

「失礼ね、初めてで怖いだろうから付き添ってあげようっていう私の優しさが分からないの?」

「すみません、全然分かりません」

「なら今分かったわね、おめでとう」

「くっ、口じゃ勝てねぇ………」

 

 そう、二人は今、空挺降下を行おうと、高度四百メートルを飛行中なのである。

 

「ぶっちゃけ怖いんだが」

「何よ、タマ無しね」

「お、女の子がそういう事言うんじゃねえよ!」

「女の子に幻想を持つのはやめなさい、そしてそれが風太がモテない理由の一つだと知りなさい」

「ひ、一つって、他にもあるのかよ!?」

「むしろ何で一つしかないと思ったのか不思議で仕方ないわ」

「うぐ………」

 

 口では勝てないと言いつつも、つい男の意地で何度も挑んでしまい、

その度に負けてしまう、残念な風太であった。

 

「他にはそうね、例えばバレないと思って、

女の子の胸や足をチラチラ見てるところとかも理由の一つね。

言っておくけどみんな、風太の視線に気付いてるからね」

「何………だと………、じゃなくて、え~とえ~と、そ、そんなの八幡もだろ!」

「八幡はいいのよ、みんなわざと見せてるんだから」

「り、理不尽だ!」

「その余裕の無さと、器の小ささもモテない理由の一つね」

「くっ………」

「それに………」

 

 詩乃が風太に、更に言葉を投げかけようとした瞬間に、

空中にモニター画面が開き、そこにアルゴが映し出された。

 

『おう詩乃っち、ちょっといいカ?』

「あれ、どうしたの?」

『いやな、ハー坊が今ちょこっと暇になったらしくて、二人のバイト風景を見学したいんだとサ』

「えっ?わ、分かった、すぐ準備するから三十秒後に繋いで」

『了解』

 

 詩乃は風太には何も確認せず、独断でそう返事をすると、

凄まじい早さでコンソールを開き、一瞬でノースリーブのTシャツと短パンに着替えた。

 

「うっわ………」

 

(こんな時でもわざわざ着替えるのかよ)

 

「何よ」

 

 呆れた声を上げた風太を、詩乃はじろっと睨んだ。風太はそれに怯み、何も言えなくなった。

 

「いや、何でもねぇ………」

「だったら最初から黙ってなさい。それといい?私の事をじろじろ見たら、引っこ抜くわよ」

「な、何をですかね!?」

「想像にお任せするわ」

「くっ、下手な事は言えねぇ………」

 

 その時再び空中にモニターが表示され、そこに八幡が映し出された。

 

『おう、二人とも頑張って………るか?』

 

 八幡は詩乃の姿を見て一瞬ギョッとしたが、頑張って最後まで言い切った。

だがそれを見逃す詩乃ではない。

 

「あら、今私の姿に見蕩れちゃった?」

「いや、今日も随分軽装だなと思っただけだ。

っていうか前から思ってたんだが、何でわざわざそんな格好を?」

「こ、この方が動きやすいからよ」

『ああ、そういう事か、それなら納得だわ』

 

 後ろでは風太が、『八幡、それは違うぞ』と言いたげな顔をしていたが、

詩乃はそれを敏感に察知し、一瞬振り返って風太を威嚇した。

 

「おい風太、君」

 

 詩乃はいつも通りに風太を呼び捨てにした直後に、とって付けたように君付けした。

 

「言い方怖えよ………」

 

 それが逆に恐ろしくて、風太は何も言えなくなった。

そして再び八幡の方を向いた時、詩乃は輝かんばかりの笑顔を見せていた。

もちろん風太はその事にノーコメントを貫くしかない。

 

『というか、そこはどこだ?ビルの上か何かか?』

 

 八幡からすると、今二人がいる場所は、どこかの室内に見え、

窓には青空が広がるのみである為、そう推測するのはある意味当然であろう。

 

「ううん、飛行機の上」

『えっ?そういえばその背中に背負ってるのは………おい、まさか空挺降下か?』

「うん、ちょっと風太君を鍛えてあげようかなって」

 

 その詩乃の返事に八幡は首を傾げた。

 

『………おい詩乃、お前、いつも風太の事は呼び捨てなのに、何で今は君付けで呼んでるんだ?』

「うっ………」

 

 詩乃はその指摘に絶句し、風太は詩乃の後ろで含み笑いをした。

 

「ぷっ、バレてやんの」

「おい風太」

「ひっ………な、何でもありません姉御」

「姉御言うな、本当に引っこ抜くわよ」

「な、何をですかね………」

 

 さすがに風太が可愛そうだと思ったのか、ここで八幡が風太に助け舟を出した。

 

『おい詩乃、あまり風太をいじめてやるなって。あと、引っこ抜くとか女の子が言うんじゃねえ』

「そうね、確かにちょっと下品よね、恥ずかしい事を言っちゃった、てへっ」

「さっきと態度が全然違う………」

 

 思わずそう口に出した風太を、詩乃が再び威嚇した。

 

「おい風太」

「ひっ………」

『だから詩乃、風太をあんまりいじめるなっての』

 

 八幡は苦笑しながら再び詩乃を諌めたが、

自分に関する言葉以外で、詩乃が簡単に黙るはずもない。

 

「いじめてないわよ、これは愛………なんて無いから、ただの鞭よ」

『はぁ、あんまり死体に鞭打たないでやってくれよな』

「八幡のその言い方もひどくね!?」

「それじゃあ八幡、そろそろ飛ぶわ」

『………………』

「………八幡?」

『ん、あ、おう』

「スルーかよ!?」

 

 風太は思わずそう言ったが、その一連の言葉は実は八幡には聞こえていなかった。

この時八幡は、以前詩乃が初めて空挺降下を行った時の事を思い出しており、

もしかしたらまた詩乃に恥をかかせてしまうかもしれないと、

バイトの見学をアルゴに頼んだ時に、

今何をやっているのか確認しなかった事を悔いていたのである。

 

「八幡、どうしたの?何か心配事?」

『………いや、何でもない』

 

 だがその詩乃の平然とした口調で、八幡は考えを改めた。

詩乃がまったく動じていないようなので、多分大丈夫なのだろうと考え直したのである。

 

『それじゃあ見せてもらうわ』

「ええ、私の格好いいところを見てなさい。さあ風太、飛ぶわよ」

「………わ、分かった」

 

 こうなると風太も覚悟を決める他はない。

詩乃がやる気満々な上に八幡が見ている為、格好悪いところを見せたくないからである。

 

「コースよし!コースよし!用意用意用意!降下降下降下!」

 

 そして詩乃が降下の合図を出した。だが風太の足は、意思に反して前に出ようとはしない。

防衛本能が飛ぶ事を拒否しているのである。要するに、怖いものは怖いのだ。

 

「………風太?」

「お、おう」

「早く飛びなさい」

「い、今飛ぶところだ」

「………大丈夫?」

「も、もちろん!」

「………」

「………」

「………別に無理しなくてもいいわよ?」

 

 

 ここで詩乃は打算から、八幡の目を気にして風太を気遣うそぶりを見せた。

 

「い、いや、大丈夫だ」

 

(こ、こいつ………)

 

 詩乃のその豹変っぷりに、風太は突っ込みたくて仕方がなかったが、

後で詩乃に絶対に仕返しされる為、突っ込めなかった。

 

(こうなったらもう覚悟を決めて、さっさと終わらせてこいつから逃げ出そう)

 

 そう思いながらも、やはり風太は飛ぶ事が出来ない。

それに業を煮やしたのか、詩乃が動いた。詩乃は八幡と風太の間に入り、八幡の方を向いて、

自分の二の腕をさすったり、腰を抱いて、その細さをアピールし始めたのである。

 

「ねぇ八幡、八幡は私の体は見慣れてるわよね?

どう?最近私の体、引き締まってきたと思わない?」

『いや、見慣れてねえけど………いきなり何だよ』

「またまた恥ずかしがっちゃって。で、どう?」

『………そ、そうだな、そうかもしれない』

「ふふっ、そうよね」

 

(そんなの分かる訳無いだろ!)

 

 もちろん詩乃が主張するような事実は全く無く、

八幡が詩乃の体型に詳しいなどという事はない。

そもそも今は冬であり、詩乃と会う事があっても、基本その体型は服で隠されている。

それでも敢えて言うなら、八幡が薄着の詩乃を見た事があるのは、

半年くらい前に、詩乃の家を訪問した時くらいである。

だがその時も、八幡は詩乃に対し、スラッとしてるな、くらいの印象しか持たなかった為、

いきなり引き締まったと言われても、よく分からないのだ。

ちなみに相手が明日奈だったら、八幡はミリ単位で明日奈の体型の変化を言い当てる為、

詩乃にとってはドンマイと言う他はない。

まあしかし、今詩乃が八幡にアピールしているのは別の目的がある為であり、

詩乃的には八幡が詩乃の体型の変化について分からなくても全く問題ないのだ。

 

(よし、チャンス!)

 

 詩乃は八幡の視線が自分の上半身に集中したのを確認した瞬間に、

風太に向けて後ろ蹴りを入れた。

 

「おわっ!」

『お?』

 

 その声で八幡は詩乃の背後に目をやったが、その時には既に風太はいなくなっていた。

 

『風太の奴、飛んだか?』

「やっと飛んだみたいね、それじゃあ私も飛ぶわ」

『おう』

 

(詩乃の奴、今風太を蹴り落としやがったな………)

 

 詩乃の行動は、実は八幡にバレバレであった。

だがここで余計な事を言って、詩乃を怒らせると後で八幡に対するセクハラが激しくなる為、

風太とは違った意味で、八幡もまた口を噤むしかなかった。

 

『詩乃、頑張れよ』

「うん!」

 

 その代わりに八幡は詩乃を激励し、詩乃は嬉しそうに頷いた。

 

「反対扉、機内よし、お世話になりました!」

 

 詩乃はかつて噛んでしまったセリフを今度は正確に叫ぶと、華麗に大空へと身を躍らせた。




今度は詩乃と風太が飛ぶだけで一話使ってしまいました………


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第1184話 ハイテンション・クルス

 詩乃が飛行機から華麗に飛び出したのを見て、八幡は感嘆の声を上げた。

 

『おお………』

 

 この時八幡は、その詩乃の姿に素直に感動を覚えた。

前にあれだけ恥ずかしい姿を晒した詩乃が、立派な空挺隊員となったのが分かったからである。

ちなみに詩乃はこの時点で、体力面を別にすれば、

現実でも空挺降下を行う事が出来る、日本で唯一の女子高生である。

もし詩乃の事をマスコミが知ったら、あるいは空挺降下のオファーが来たかもしれない。

そしてそれに協力する為に自衛隊から派遣されてくるのが伊丹という所までがお約束だが、

残念ながらマスコミが詩乃の存在を知る事はなかった。

 

『お?』

 

 そして八幡を映すモニターは詩乃にリンクされている為、

詩乃と同時にそのモニターも降下していく。

 

「八幡、どう?」

 

 それに気付いた詩乃が、八幡の映るモニターにそう声を掛けてくる。

 

『いやぁ、正直感動した。本当にお前、凄く成長してるわ』

「ふふん、もっと褒めていいのよ」

『正直前の事があったから心配してたんだが、全くの杞憂だったな、正直すまなかった』

「その事については忘れて欲しいけどまあいいわ。

さすが、私の事を良く見ていると褒めてあげる。よしよし八幡、えらいえろい」

『今さりげなく、えろいとか言わなかったか!?』

 

 さすがは八幡である、密かに詩乃が改変した言葉にもすぐに気付いて突っ込みを入れた。

だが詩乃は即座に対応し、二の矢を放ってくる。

 

「そんな事言ってないわよ。まったく八幡ったら、欲求不満なの?」

『んな訳あるか!』

「じゃあ何で、えろいって幻聴が聞こえたのかしらね?」

『くっそ、肯定も否定もさせないつもりか………』

「ふふん、私に口で勝とうなんて十年早いわよ」

『え、マジで?十年経ったら俺、お前に勝てるの?』

「うっ………」

 

 ここで八幡が詩乃から一本取った。だがそれで大人しくなる詩乃ではない。

 

「………そうね、十年経ったらそういう事もあるかもしれないわ。

でもとりあえず現時点では、八幡は負けを認めるわよね?」

『そうだな、そういう事もあるかもしれないな』

 

 八幡は詩乃の言葉をトレースしたが、それは悪手であった。

 

「それじゃあ約束通り、今度私の家で、一晩一緒に過ごしてもらうわよ」

『はぁ!?そんな約束、いつしたんだよ』

「これからするのよ」

『それは明らかに無理筋だろ………時系列がおかしいし』

「男が細かい事を気にするんじゃないわよ、敗者は勝者に従うものなの、

それが弱肉強食の掟というものよ」

 

(力技できやがった………こうなったら詩乃の奴、もう絶対に引かないな)

 

 八幡はそう考え、話題をずらそうと試みた。

 

『本当に何でお前はそう強気一辺倒なんだろうな………』

「そう八幡に教育されたからよ」

『俺、お前の教育を間違ったか?』

「まあ私が八幡に教育してもらったのは、保健体育くらいだけどね」

『そんなもん教えた覚えは無えよ!?』

「あはははは、あはははははは」

 

 どうやら詩乃は、この一連の会話が楽しくて仕方ないらしく、笑い始めた。

八幡もこういった詩乃との軽口の応酬は嫌いではなく、

その明るい姿に苦笑するしかなかった。

 

『全くお前は………』

「あはははははは、八幡、楽しいね!」

『まあそうだな』

 

 ちなみにそんな二人の姿を後ろで見ていたアルゴと舞衣は、

いちゃついてんじゃねえと、ヒソヒソと言葉を交わしていた。

ダルは血の涙を流しながら八幡に呪詛を送っていたが、

もしそれを八幡に聞かれてしまうと、

『お前には阿万音由季さんがいるだろ』という突っ込みが絶対に来る為、口には出していない。

 

「さて、もうすぐ………」

 

 着地ね、と詩乃が言おうとした瞬間に、

八幡を映すモニターの奥から勢いよくドアを開ける音がし、

続けてこんな声が聞こえてきた。

 

『八幡様、あなたのマックスがただいま到着致しました!』

 

 そう、クルスが凄まじいテンションを維持したまま、マッハで到着したのである。

 

「あれ、今の声、クルス?」

『ん?おう、これからちょっとマックスに、勉強を教えてもらう事になっててな』

「え、そうなの?それならついでに私も………」

 

 詩乃がそう言ってモニターを見た瞬間に、詩乃の背筋を凄まじい寒気が襲った。

 

「ひっ………」

『ん、どうした?』

「う、ううん、何でもない、今のは忘れて」

『よく分からないが、分かった』

 

 そう、詩乃が勉強会に参加を表明しようとしたのを察知して、

クルスがモニター越しに殺気を飛ばしたのである。

名前の通り、テンションがマックスまで振り切っている今のクルスは、

八幡と二人きりの勉強会を行う為に、割り込んでくる物は全て破壊する危険物と化していた。

 

『八幡様、何を見てるんですか?』

 

 直後にクルスは甘えるような口調で八幡にそう話しかけてきた。

 

(怖い怖い怖い怖い怖い)

 

 詩乃は本能的に恐怖を覚え、一旦八幡の事は忘れて着地に集中する事にした。

見ると風太は何とか成功したらしく、五体満足で着地を終えていたが、

さすがにきつかったらしく、大の字になって地面に横たわっていた。

 

『ああ、詩乃と風太が今、空挺降下をやってるから、見学させてもらってたんだよ』

『へぇ、そうなんですかぁ!』

 

 そしてクルスの姿がモニターに映ったが、

もう着地の態勢に入っていた為、怖い云々は関係なく、詩乃にはそちらを見る余裕はなかった。

 

『着地も上手く決まったな、パーフェクトだ』

『凄い凄い!』

「ありがと」

 

 詩乃はその褒め言葉に対してお礼を言うと、少し落ち着いたのか、クルスに向けて挨拶をした。

 

「ハイ、クルス」

『ハイ、詩乃』

 

 そう言いながら、二人は目と目で会話していた。

 

(仕方ないわね、今日は邪魔はしないでおいてあげるわ)

(ありがと、次はちゃんと譲るから)

(うん、その時は宜しくね)

(了解)

 

 そんな和解めいたやり取りが繰り広げられていた事に、八幡が気付くはずもない。

 

『ふう、手に汗を握っちまった、それじゃあ詩乃、バイト、頑張れよ』

『詩乃、頑張って!』

「うん、二人も勉強頑張ってね」

『風太は………まだ起きれないか、まあ宜しく言っといてくれ』

「ええ、伝えておくわ」

 

 そしてモニター越しに二人が去っていくのが見え、

詩乃は素早く元の格好に着替えると、そのまま風太に歩み寄った。

 

「うわ、もう着替えたのか………」

「当たり前じゃない、八幡はもういないんだから」

「徹底してやがるな………」

 

 風太はそう言って苦笑したが、まだ起き上がる事は出来ないでいた。

 

「本当に大丈夫?」

「お、おう………大丈夫じゃないから、ちょっと落ちて休んでくるわ」

「そうしなさい。そうそう、八幡が宜しくって言ってたわよ」

「聞こえてはいたけど、起きれなかったわ………」

「まったく、もうちょっと度胸をつけないと、女の子にはモテないわよ」

「努力する………」

「それじゃあまたね」

「お、おう、またな」

 

 そのまま詩乃は去っていき、風太は横になったまま、ログアウトのボタンを押した。

 

 

 

「ふう………」

 

 現実世界に帰還した後、風太は大きくため息をついた。 

 

「あれが空挺降下か………きついなおい」

 

 風太は口に出してはそう言ったが、内心では屈辱に燃えていた。

 

「くっそ、今度はもっと上手くやってやる………勇人だって難なくこなしてるらしいしな」

 

 そう、勇人は風太より先に、詩乃に何度も空挺降下をやらされ、

今では日本で唯一、空挺降下が出来る中学生となっていた。

もしこの事をマスコミが………いや、それは置いておき、

先輩の風太としては、いつまでも勇人の後塵を拝している訳にはいかなかったのである。

 

「とりあえず飲み物を………ってか今何時だ?」

 

 風太はそう言いながら、無料自販機で水を購入し、

とはいえ無料なので別に何か支払いをした訳ではないが、

キャップを捻ってゴクゴクと水を飲み干し、やっと一息つく事が出来た。

 

「なんだかんだ、まだ三十分しか経ってないのか………ん?」

 

 スマホで時間を確認した風太は、

薄塩たらここと大善からメッセージが届いている事に気が付いた。

 

「何かあったか………?」

 

 そのメッセージを開いた風太は、疲れているのも忘れて立ち上がった。

 

「マジかよ、詩乃は………当分出てこないな、

あっちにもメッセージが届いてるだろうが、一応俺からも送っておくか」

 

 風太はそう呟くと、詩乃にメッセージを送った。

 

『偵察中に、たらこ達が例のスコードロンと鉢合わせして、戦闘に突入したらしい。

でも防戦一方らしくて何とかしのいでる状態らしいから、ちょっと先に行ってくるわ』

 

 そのまま風太はバイトを一時中断し、GGOへとログインした。




何気にハイテンション・シリーズは三人目でした。
第1009話、ハイテンション・理央
第1159話、ハイテンション・愛
みんなポンコツになるのが困り物ですね(汗


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第1185話 ゴエティアの狙い

 シノンと闇風を見送った薄塩たらこは、情報収集を行う為、

スクワッドジャムの強豪チームがよくたむろしている酒場へと向かった。

今の薄塩たらこは基本闇風とチームを組むような感じで活動しており、

そこにたまたまログインしてきたゾディアック・ウルヴズのメンバーが参加するという、

組織に縛られない遊び方をしていた。なので現状は、個人で動員出来る人員はほぼ皆無であり、

シノン達に助太刀を頼んだのも、そういった理由からである。

 

「さて、誰かいるかな………」

 

 薄塩たらこが店に入ろうとすると、丁度中からTーSと、リーダーのエルビンが姿を現した。

どこかへ狩りにでも行くつもりなのか、全員フル装備である。

 

「おっ、お出かけか?」

「………ああ、まあそんな感じかな」

「そうか、頑張れよ」

「………お、おう」

 

 エルビンはどうにも歯切れの悪い口調でそう答え、足早に去っていった。

 

「何だあいつ?」

 

 それを疑問に思いつつも、薄塩たらこはそのまま店内に入った。

 

「お、話の分かる奴らが………」

 

 中にいたのはMMTMとZEMALであった。

お互いのリーダーのデヴィッドとシノハラもいる。

もっともZEMAL単独だと微妙に話がかみ合わない事も多いのだが、

今回は運よくビービーがいてくれた為、薄塩たらこは話が通じると判断したのであった。

 

「よぉ、デヴィッド、ビービー、ちょっといいか?」

「薄塩たらこか、どうした?」

「あら、久しぶり」

 

 二人は薄塩たらことは特に遺恨も無い二人なので、挨拶も実にスムーズだ。

三人は少し離れたテーブルに移動し、話し始めた。

 

「なぁ、最近新たなPKスコードロンが現れたって話、聞いてるか?」

「ああ、ゴエティアな」

「そうそう、それだそれ」

「一応情報は集めてるけど、随分と正統派なスコードロンらしいな」

「………正統派?」

「軍隊ぽいって事よ」

「ほう………?」

 

 薄塩たらこは、そういう事なら面白半分でプレイヤーを狩ってる訳ではなさそうだと感じた。

 

「それよりもたらこ、今T-Sが外に出てっただろ?

中堅どころのスコードロンを集めて、二、三十人でこれからピト達を狩りに行くらしいぞ。

お前的に放っといていいのか?」

「え、何だそれ、どういう状況だ?」

「最近あの四人、たまにモブの待ち伏せ狩りをしてるんだけど、

当然というか、たまたま近くを通りかかって襲ってきた敵を全員返り討ちにしてるのよ」

「無敗らしいぞ。で、負けた奴らが集まって、一矢報いてやろうとしてるって訳だ」

「四人?」

「ピト、レン、シャーリー、フカの四人ね」

「あ~あ~あ~、あの四人が組んだらそりゃそうなるわな、

近距離戦も狙撃戦も何でもござれじゃないかよ」

 

 人数差はあるのだろうが、薄塩たらこは四人が負ける姿を全く想像出来なかった。

その四人が負けるとすれば、その上位互換である、

シャナ、キリト、シズカ、シノンの四人が組んだ時とかであろう。

 

「で、二人は参加しないのか?ピトやフカにはお前達も色々思うところがあるだろ?」

「私はもう、フカ次郎に思う所は無いから。たまにつるんでるしね」

「俺は………何かこういうのは違う気がする」

「ほ~?」

 

 そのまま話を聞いていると、ビービーはともかくデヴィッドは、

例え大嫌いな相手とはいえ、ただ漫然と数で押すのは好ましくないと考えているらしい。

 

「で、お前はどうするんだ?」

「放っといても平気だろうから行かねえわ、女子会に男が混じるようなもんだしな」

「ああ、確かに女子会か」

「まああいつら如きが勝てる訳ないわよ、私だって多分勝てないんだから」

 

 二人のTーSと、中堅スコードロンに対する評価はかなり辛らつであった。

だがそれが事実なのは間違いなく、薄塩たらこは何の不安も抱いてはいなかった。

だがその状況が変わったのはその直後の事である。

 

「とりあえず、ゴエティアの連中を見かけたら教えてくれ、

仲間の仇でもあるし、正々堂々と奇襲してやるから」

 

 その薄塩たらこの言葉に二人は一瞬動きを止めた。

 

「………今何だって?」

「おう、正々堂々と奇襲してやるって言ったぞ」

「それって正々堂々なの?」

「奇襲も立派な戦術の一つだろ、事実、俺の友達も奇襲でやられてる」

「………なるほど」

「そういう事なら一理あるかもしれないわね」

「だろ?という訳で、宜しくな」

「あっ、ちょっと待って」

「ん?」

 

 酒場を立ち去ろうとしたビービーが、薄塩たらこを呼びとめた。

 

「ゴエティアを見付けたら教えればいいのよね?」

「おう」

「それなら今、店の外を通ったわよ」

「何ぃ!?」

 

 薄塩たらこは慌てて店を飛び出し、きょろきょろと周囲の様子を伺った。

と、確かに西の方に、ゴエティアらしき連中が移動していくのが見えた。

 

「マジかよ、今から戦闘に参加出来るかどうか、知り合いに当たるのはちょっと厳しいな………」

「さすがにいきなりすぎかもな」

「シノンと闇風とは約束してるんだけど、二人とも今バイト中なんだよな………」

「あら、そうなのね」

「まあとりあえず、何かするのかどうか尾行してみるわ、ありがとな、二人とも」

 

 薄塩たらこはそう言って立ち去ろうとしたが、その時いきなり二人が立ち上がった。

 

「ん?どうした?」

「いや、いずれかち合う可能性はあるし、俺もどんな奴らか見ておこうかなと」

「私もそんな感じね」

「それじゃあ呉越同舟といきますか」

「おう」

「ええ」

 

 三人はそのままゴエティアの尾行を開始した。

どうやらゴエティアの人数は二十人の大所帯のようで、リーダーは名前すら分からないが、

そのメンバーのうち、ヘラヘラしたような印象を受ける男がテキパキと味方に指示を出し、

グレネードなどの金がかかる高いアイテムを買い漁っているように見えた。

 

「あいつがリーダーか」

「どうもそれっぽいわね」

「一体何者なんだろうな、あいつら」

「よし、ちょっと近付いてみるわ」

「ちょっと、大丈夫なの?」

「多分平気だろ、俺はあいつらと直接カチ合った事は無いからな」

 

 そう言って動いたのはデヴィッドであった。

デヴィッドはスクワッド・ジャムには出場していたが、まだBoBで本戦に残った事はなく、

スクワッド・ジャムは日本サーバー限定のイベントであった為、

本人が言う通り、おそらくゴエティアには顔は割れていないだろう。

逆に薄塩たらこは、BoBの常連な為、

もしゴエティアがしっかりと有力プレイヤーの情報を集めていた場合、

顔を知られてしまっている可能性が高いのだ。

 

「それじゃあ行ってくる」

「気をつけてな」

「ああ」

 

 そのままデヴィッドはゴエティアのメンバー達に近付いていった。

そして同じ店に入り、何くわぬ顔でアイテムを見る振りをしていたが、

思ったよりも早くこちらに戻ってきた。

 

「随分早かったな、何かいい情報でも手に入ったのか?」

「そうじゃないんだが………」

 

 薄塩たらこにそう尋ねられ、デヴィッドは仏頂面をした。

 

「何よ、その苦虫を噛み潰したような顔」

「いやな、あいつら、全員英語で喋ってやがったんだよ、

だから英語力が無い俺にはどうしようもなかった」

「えっ?」

「それじゃあ海外勢力からこっちに喧嘩を売りに来たみたいな感じ?」

「それは分からないが、何ていうんだろうな、軍人っぽいなって感じはした」

「軍人………」

「そう言われると、妙に統率が取れてるよな」

「顔を完全に隠してるのもそういった理由なのかしらね」

 

 ゴエティアのメンバーは、全員フーデッドケープを身に纏い、

口の部分が露出しており、鼻筋が尖った仮面を装着しているのである。

 

「でも一言だけ、俺にでも分かる単語が聞こえたぜ」

「何て?」

「PLSF」

「えっ?」

「それって………」

 

 スクワッドジャムからの伝統?という訳ではないが、

メンバーの頭文字からチーム名を付けるのは、シャナ方式として認知されていた。

そしてPLSFとは、ピトフーイ、レン、シャーリー、フカ次郎が、

四人で遊ぶ時のチーム名である。

 

「おいおいマジかよ、今日のあいつらの狙いはピト達か?」

「その可能性が高いわね」

「くそっ、仕方ねぇ、二人とも、俺は行くぜ。

俺もメッセージは送っておくが、もし闇風かシノンを見掛けたら、

悪いが事情を伝えておいてくれないか?」

「了解、気をつけてな」

「分かったわ、任せ………」

 

 デヴィッドはその薄塩たらこの頼みを快諾したが、

ビービーは了承しかけて、途中で止めた。

 

「ああ、そっか、そうね、私も行くわ、たらこ」

「えっ、いいのか?」

「ええ、私ね、前にフカ次郎と約束したのよ。危ない時、一度だけ助けてあげるってね。

だから今日、その借りを返しておく事にするわ」

「オーケーオーケー、そういうの、嫌いじゃないぜ」

 

 薄塩たらこは闇風の十八番をパクってニカッと笑った。

 

「それじゃあデヴィッド、宜しく頼むわ」

「………俺も行こうか?」

「そう言ってくれると思ったけどな、とりあえず二人で行く。

もし他の奴らと会えたなら、その時に気が向いたら来てくれればいい」

「………分かった、うちのメンバーに網を張らせておく」

「サンキュー」

 

 そして二人は移動を開始しようとしたが、そこに立ちはだかったのは、

シノハラをはじめとするZEMALのメンバー達であった。

 

「女神様、俺達も行きますよ」

「………でも、これは私の借りだから、チームを巻き込みたくはないの」

「あ~………」

 

 そこにビービーの固い意志を感じ取ったシノハラは、少し考えた後、笑顔でこう言った。

 

「それじゃあ言いなおします、俺達もそろそろマシンガンを撃ちまくりたいんで、

勝手に二人に付いていく事にします」

「そうそう」

「久々の戦闘だぜ、ヒャッホ~イ!」

 

 ZEMALのメンバー達は嬉しそうにそう言い、薄塩たらことビービーは一同に頭を下げた。

 

「悪い、助かる」

「みんな、ありがとうね」

 

 こうして薄塩たらことビービー、そしてZEMALは、

ピトフーイ達を助ける為、西の砂漠目掛けて進軍を開始した。



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第1186話 迫る者達

 ゴエティアを追跡するに当たって、問題となったのは移動手段である。

目的地が砂漠地帯である以上、下手に車両を利用すると、一発で相手に気付かれてしまう。

 

「どうする?」

「なぁ、先にピト達と連絡を取るべきじゃないのか?

そっちにも情報を流しておいた方がいいと思うぜ」

 

 シノハラにそう言われ、薄塩たらこはハッとした。

 

「そういやそうだった………今連絡を取る」

 

 薄塩たらこがピトフーイに連絡を入れると、すぐに返事がきた。

 

『は~いこちらピト、たらお、どうしたの?』

「おう、いきなりすまん、実はよ………」

 

 薄塩たらこは素早くピトフーイに状況を説明した。

 

『最近噂のゴエティアって奴?本当に?それは正直ちょっとまずいわね、

今TーSっぽいのと交戦中なのよ』

「マジか、とりあえず俺達も八人でそっちに向かうから、位置情報を送ってくれ」

『了解、まあそれまで何とか死なないように努力するわん』

「ああ、すぐ行く」

 

 そう言って通信を切った薄塩たらこは、ビービーの方を向いた。

 

「くそ、もうT-S達と交戦中らしい」

「位置はどのあたり?」

「位置情報が来てる、今見てみる」

 

 薄塩たらこはコンソールから位置を割り出してみたが、

現在地からピトフーイ達のいる方向は、まだ遠くに見えているゴエティア達の車両が、

真っ直ぐ向かっている方角と完全に一致していた。

 

「まずいわね、完全に奇襲されるコースじゃない」

「というかゴエティアの奴ら、何でピト達の場所が正確に分かるんだ?」

「………T-Sと行動を共にしている中堅ギルドの中に、協力者がいるんじゃないかしら」

 

 その指摘に薄塩たらこはなるほどと頷いた。

 

「確かにそれが一番現実的かもな」

「こうなったら、ゴエティアに気付かれないように距離を取りながら、

車で追いかけるしかないんじゃ?」

「いっそ見つかってもいいから追いついてそのまま殲滅するのは?」

「無理だろ、相手はかなり戦闘に慣れた集団だ、数の差で負ける」

「じゃあやっぱり奇襲しかないわね」

「だな、そうなうと、途中で車を捨てて徒歩で接近かな、

それまでピト達がもってくれればいいが………」

「まあ駄目で元々よ、とりあえずそれでいきましょう。

シノハラ、悪いけど車の調達をお願い」

「了解です、女神!」

 

 シノハラはマシンガンをぶっ放していない時はそれなりに有能であり、

すぐに車を調達して戻ってきた。

 

「お待たせしました!」

「それじゃあ急いで追いかけましょう」

「シノハラ、ありがとな。かかった経費は後で俺に請求してくれ」

「それくらいいいって、アメリカ野郎に好き勝手させる訳にはいかないでしょ」

「………すまん」

 

 薄塩たらこはシノハラに深々と頭を下げ、こうして追撃が開始された。

 

 

 

 その少し前、PLSFの四人は、狩り場に罠を仕掛けた後、

ピクニックシートに食べ物を並べ、のんびりとそれを食べながら雑談していた。

 

「そっか、北海道はそんなに寒いんだ。そんな世界、想像も出来ないわ」

「まあピトさんは都会育ちだしな!レンはもちろん分かるよな?」

「最近実家に帰ってないから忘れつつあるかも」

「この裏切り者め!道産子魂を忘れたか!」

「冗談だってば、そんなの忘れられる訳無いじゃない」

「ふふん、ならいいけどな」

「しかしGGOも久しぶりよね」

 

 横からこう言ってきたのはシャーリーである。

年末はトラフィックスで思いっきり遊び、北海道に帰ってからは仕事にあけくれていた為、

シャーリーにとっては本当に久々に感じられるらしい。

ちなみにこの四人が集まったのは偶然であり、その神がかった出来事に盛り上がった結果、

こうして狩りに来る事になったと、まあそんな訳である。

 

「ALOもいいけど、やっぱりGGOも楽しいよね」

「最近ゴエティアっていうPKスコードロンが暴れてるみたいだよ」

「それ、シャナが聞いたら激おこだね」

「そういや今日、リーダーは?」

「年末年始で遊びすぎたせいで、試験がやばいみたいで、

誰かに教えてもらって今日は勉強するってさ」

「ああ、確かにリーダー、ちっとも勉強してる風には見えなかったもんなぁ」

「あと一年で受験だもんね、受かるといいね」

「だねぇ」

 

 そんなまったりとした雰囲気の中、すぐ近くから爆発音が聞こえてきた。

 

「「「「かかった!」」」」

 

 四人はそう叫ぶのと同時に立ち上がり、すぐに戦闘態勢を取って、音のした方に駆け出した。

 

「みんな、行っくよぉ!」

「おお~!」

「おらおらおらおら!」

「フカ、うるさい、シャラップ」

「ごめんごめん、テンションが上がりすぎちまったぜ」

「おっ、いい感じにダメージが入ってるね」

「それじゃあ攻撃開始!」

 

 ピトフーイ、レン、シャーリーの三人は、罠にかかったモブに攻撃を開始した。

フカ次郎だけは、弾がもったいない為に周囲を警戒するに留めている。

それでもし他の敵が近くにいたら、グレネードを撃ち込む事になっていた。

 

「今のところ敵影無し!」

「ほいほ~い、こっちも終わったわよん」

「順調順調!」

「ん、ちょっと待って、今あっちに一瞬砂埃が………」

 

 そう言ったのはシャーリーである。その砂埃が上がったのは本当に一瞬だったのだが、

さすがは現役ハンターの狩りガール、実に目ざとい。

 

「砂埃?何だろ?」

「待って、今見てみるわ」

 

 シャーリーはそう言って手に持っていたブレイザーR93をしまい、

AS50を取り出してそのスコープを覗いた。

 

「敵ならいいなぁ」

「敵だといいねぇ」

「というか敵だろ!」

「三人とも、うるさい」

 

 そう好戦的な事を言う三人を制し、シャーリーは尚もスコープを覗き続けていた。

それから十秒ほどして、シャーリーは顔を上げた。

 

「どうだった?」

「多分だけど、敵かもしれないわ」

「いやっほぉ!」

「よ~し、殲滅するわよ」

「敵は何人くらい?」

「それが………結構数が多かったわ、多分三十人くらい」

 

 その言葉に三人は目をパチクリさせた後、更に盛り上がった。

 

「よっしゃあ!」

「これは祭りだねぇ」

「殲滅あるのみ!」

「あんたらねぇ………」

 

 シャーリーはそんな三人に呆れながらも、

ストレージからAS50の弾を取り出して地面に並べ始めた。

 

「シャーリーもやる気満々じゃね~か」

「まあ売られた喧嘩は買わないとだし?もっともまだこっちが標的だとは限らないけど」

 

 そう言いながらシャーリーは再びAS50のスコープを覗く。

 

「そういや確かにそうだな」

「まあ向かってこないなら見逃してあげてもいいけどね」

「ああ、こっちに来るみたい、やっぱりうちが標的ね」

 

 スコープごしに相手を観察していたシャーリーがそう断定し、

フカ次郎は獰猛な笑みを浮かべた。

 

「やりぃ!」

「よ~し、久々の対人戦ね!」

「暴れるぞぉ!」

 

 ピトフーイとレンもそれに乗り、PLSFは完全に対人モードに入った。

 

「それじゃあとりあえず私の狙撃で数を減ら………あ、あれ?」

「どしたの?」

「敵の中にエルビンがいる」

「エルビン!?」

 

 その瞬間に、ピトフーイがバッと顔を上げた。

それはそうだろう、かつてピトフーイは、第二回スクワッドジャムの最中に、

エルビンに胸を撃ち抜かれ、死亡寸前の状態にまで追い込まれた事があるのだ。

幸いそのおかげでリアルでの死亡を免れたとはいえ、それとこれとは別問題である。

 

「エルビンは私がやるわ、いいわよね?」

 

 その迫力ある宣言に、三人は頷く他は無かった。

 

「それじゃあ私は適当に数を減らすわ」

「弾が届く距離まできたら、俺もグレネードでサポートするぜ!」

「私はとりあえず敵が近付いてくるまで待機かなぁ………」

「エルビンがこっちに来るまで私もそうするわね」

 

 シャーリー、フカ次郎、レンは、それぞれの役割を踏まえてそう宣言し、

ピトフーイはレンと共に待機する事となった。

 

「それじゃあ久々に、ライン無し射撃の腕を披露するわね」

 

 シャーリーがそう言ってAS50を構え、三人はそれぞれ単眼鏡を覗きこみ、

固唾を飲みながらシャーリーの狙撃を見守った。

 

 ダン!

 

 シャーリーはそのまま実にあっさりと引き金を引き、

敵の先頭を歩いていたプレイヤーが頭を撃ち抜かれた。 

 

「「「おお~!」」」

 

 三人はそんなシャーリーに盛大な拍手を送り、

それで気を良くしたシャーリーは、更に三人の敵をライン無し射撃で葬った。

そのせいでエルビン達は一時足を止め、物陰に身を潜め、一旦進軍を中断した。

 

「さっすが!」

「凄い凄い!」

「さて、そろそろ俺の出番だぜ!」

 

 フカ次郎がそう言って右太と左子を構えたその瞬間に、ピトフーイに通信が入った。

 

「は~いこちらピト、たらお、どうしたの?」

 

 その言葉から薄塩たらこが何の用だろうと思いつつも、フカ次郎は攻撃準備を続けた。

だが直後にピトフーイがフカ次郎の肩に手を置き、首を振った。

 

「最近噂のゴエティアって奴?本当に?それは正直ちょっとまずいわね、

今TーSっぽいのと交戦中なのよ」

 

 先ほどの会話にも出たゴエティアという名前に反応し、フカ次郎は一旦準備をやめた。

 

「了解、まあそれまで何とか死なないように努力するわん」

 

 ピトフーイはそんな不穏な言葉で通信を切り、三人は何かあったのかとピトフーイに尋ねた。

 

「たらこさん、何だって?」

「えっとね、噂のゴエティアが、私達を標的にしてこっちに向かってきてるみたい」

「おおう、マジで?」

「むむ、まさかもう近くまで来てるのかな?」

「みたい、う~ん、どうしよっかなぁ………」

「このままだと最悪挟み撃ちにされるかも?」

「あ、待って、来たかも」

 

 その時T-Sの動きを監視していたままだったシャーリーがそんな声を上げた。

 

「何かあった?」

「うん、丘の向こうに一瞬ハンヴィーが見えた」

「そんなのよく気付いたねぇ」

「山の中でシカを見付けるよりは簡単よ」

「う~む、さすがハンター………」

「でもどうする?さすがに挟み撃ちはまずいよ?」

「それなら私にいい考えがあるわ」

 

 そう言ってピトフーイはニヤリと笑った。



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第1187話 ピトフーイの計略

「いい考えって?」

「たらおの情報だと、別にあいつらは組んでる訳じゃないみたい。

だから、お互いに食い合ってもらえばいいんじゃないかなぁ?」

「一体どうやって?」

「それなんだけど………」

 

 ピトフーイは三人に、こそこそと自分の思い付きを説明した。

 

「ああっ、それならいけるかも?」

「シャーリーさん次第だね!」

「どう?シャーリー、いける?」

「確かにこのAS50の事は一般には知られてないからいけるかも。

うん、いけるいける、私に任せてよ」

 

 シャーリーはピトフーイの提案にそう太鼓判を押し、

それから細かな計画が立てられる事となった。

 

「さっすがシャーリー、それじゃあ任せた!」

「とりあえずどうやって動く?」

「時間も無いだろうし、ぱぱっと相談しましょう」

 

 そして四人の話し合いはすぐに終わり、

シャーリーはAS50を持ち、そのままどこかへと姿を消した。

 

「さて、私達はニャン号で待機かな」

「こうなるって分かってたら、ブラックに乗ってきたのに………」

「まあそういう事もあるよ、とりあえず手持ちで何とかしないと」

 

 今回四人はここまでニャン号に乗ってきていた。

ピトフーイの言う通り、ブラックに乗ってきても良かったのだが、

ブラックは基本、シャナが乗るというイメージがあった為、

無意識に遠慮した結果、ニャン号が選ばれる事になっのである。

では何故ホワイトではないのかというと、

単純にこちらの方が車庫から出しやすかったからである。

 

 

 

 一方ゴエティアの面々も、この状況に若干イライラしていた。

 

「………邪魔だなあいつら」

「対象のデータがありました、『TーS』だそうです。リーダーのエルビンを確認」

「装備だけは立派なあいつらか、まあ雑魚だな」

「ボス、どうする?」

「仕方ない、迂回するか。今日の目標はあいつらじゃないしな」

「というかボス、あいつらも目標を狙ってるんじゃないか?」

「多分そうなんだろうが、だからといって助けてやる必要はないだろう。

まあそれでやられるようなら、そもそも今回の目標には不適格だったって事だ」

「ははっ、違いねえ」

「どちらにしろ、いい訓練が出来る事を祈るぜ」

 

 ここまでの会話はもちろん英語で行われている。

街に潜ませている協力者から連絡が来たのはピトフーイ達が出発してすぐの事であり、

この会話から、エルビン達が動いた情報は、ゴエティアに上がってきていなかったのが分かる。

 

「よし、それじゃあお前ら、作戦開始だ」

 

 そしてボスと呼ばれた男がそう指示を出し、ゴエティアのメンバー達は動き出した。

その動きはいかにもプロっぽく、整然としたものであった。

 

「移動先でしばらく待機だ、戦闘が起こったらしばらく静観、後に残った方を殲滅して帰還する」

「了解」

「さて、どっちが………」

 

 残るかな、と言いかけたその男の頭がいきなり弾けた。

 

「っ………」

 

 それを受け、ゴエティアのメンバー達は、言葉を発する事なくその場に伏せる。

この辺り、戦闘に対する熟練度の深さを感じさせる見事な行動である。

 

「ボス、今のは………」

「対物ライフルだな、狙撃が来たのはT-Sのいる方向か………」

「あいつら、こっちを見てますね、もう間違いないかと」

 

 正確にはエルビン達は、ゴエティア側とPLSF側、両方を驚いた表情で見ていたのだが、

ゴエティアの位置からは、さすがにそこまでは分からなかったようだ。

 

「まさかT-Sが対物ライフルを所持しているとは………、

もっと情報収集に力を入れるべきでした、すみませんボス」

 

 そして次のこの謝罪は彼に非がある訳ではない。

シャーリーは基本、オープンな場でAS50をほぼ使用しておらず、

その情報は一般にはほとんど知れ渡っていないのである。

 

「くそっ、こっちに気付いて、より脅威だと判断したのか?」

「どちらにせよ、敵対行動をとってきたのは明らかです、ボス、どうします?」

「………対象に気付かれちまうが仕方ない、やるぞお前ら!」

「「「「「「了解」」」」」」

 

 とにもかくにも、ゴエティアのメンバー達は獰猛な表情を見せ、戦闘体制に入った。

T-Sと中級スコードロンの連合軍にとっては、不幸の始まりである。

 

 

 

 シャーリーはレンにピンク色の装備を借り、四人で話し合った通り、単独で匍匐移動していた。

目指すはT-S達を側面から狙撃出来る位置である。

 

「この辺りかな………」

 

 シャーリーは目指す位置にたどり着くと、地面に寝そべって狙撃体制を取り、

T-S越しに、その向こうを観察し続けた。

そしてスコープ内に、ゴエティアの誰かの姿が映った瞬間に、

シャーリーは冷静にAS50の引き金を引き、それで対象を即死させた。

その弾丸はT-Sのメンバー達の間を縫うように飛んだ為、

ゴエティアから見ると、間違いなくT-Sから攻撃が飛んできたように見えた事だろう。

 

「よし!」

 

 シャーリーはそのままスコープの焦点を手前に動かし、T-S達が混乱しているのを見て、

今ならいけると思い、立ち上がって全力で仲間達の所へ帰還した。

 

「シャーリー!こっちこっち!」

「さっすがシャーリー、もう最高!」

「イエ~イ、完璧だったぜ!」

「ふふん、当然」

 

 仲間達に褒められ、シャーリーは鼻高々でそう言った。

かつてのシャーリーならそんな態度はとらなかっただろうが、

今のシャーリーは他の三人とリアルで交流したせいもあり、

今はこの三人を大切な友達と公言するほど気を許していた。

 

「おお~、エルビンの奴、顔が恐怖に引きつってる気がするわね」

「あれは間違いなく、シャナかシノンがこっちにいるって誤認したね」

 

 どうやらピトフーイの意図は二つあったようだ。

一つはゴエティアに、T-S達から攻撃されたと誤認させる事、

そしてもう一つは、T-S達に、こちらにシャナかシノンがいると誤認される事であった。

その作戦はどうやら上手くいったようで、ゴエティアとT-S達は、

今まさに一触即発の状態にあるように見えた。

 

「よ~し、それじゃあ高見の見物といこうか!」

「これでゴエティアってのの実力も分かるわね」

「うんうん、ゴエティアってのの事を、噂だけで判断するのは危険だしねぇ」

「お手並み拝見!」

「まあでも、戦闘が終了する前には逃げるからね。

もし敵の実力が噂通りだとすると、さすがに四人だけだと厳しいと思うし、

それでもしうちが全滅でもしちゃったら、シャナが悲しむと思うから」

 

 そのピトフーイの言葉に三人は深く頷いた。

シャナの名前が出された以上、さすがに無理に抗戦しようという者はいないようだ。

それに加え、最も好戦的と思われるピトフーイから出た意見だという点も大きい。

 

「あっ、攻撃が始まったね」

 

 そしてエルビン達のいる方から銃声が聞こえ、遂に戦いは開始された。

 

 

 

 シャーリーからの狙撃が行われた直後、エルビン達は混乱の只中にあった。

 

「うわっ!」

「くそ、俺達の接近がバレてたのか?」

「ってか今の、明らかに対物ライフルだよな?

って事はまさか、シャナさんかシノンが敵にいるんじゃないか?」

 

 その言葉にエルビン達は戦慄した。

ピトフーイがいるとはいえ、PLSFの活動は公式のゾディアック・ウルヴズの活動では無い為、

こうして今日、エルビンと中堅スコードロンが出張ってきている訳で、

シノンはともかくもしシャナが敵にいた場合、その意味合いが全く変わってきてしまう。

さすがの彼らも、公にゾディアック・ウルヴズに喧嘩を売る気は一切無かったからだ。

そんな背景があるせいで、彼らがシャナだけをさん付けして呼んでいる所がまた面白い。

 

「お、おい、どうする?」

「でもおかしくないか?」

 

 その時メンバーの一人がそんな声を上げた。

 

「何がだ?」

「いや、シャナさんやシノンがもし攻撃してきたんだとしたら、

そもそも攻撃が外れる訳無くないか?絶対に俺達の誰かは死んでるだろ」

「た、確かに………」

「って事は、狙いは別………?」

「弾の飛んでった方向に何か………?」

 

 その意見を受け、エルビン達は弾の飛んでいった方向、要するにゴエティアのいる方を見た。

ゴエティアがエルビン達に注目したのもそのタイミングであり、

こうしてゴエティアとT-S連合軍は、お互いの存在を敵として認識する事になった。

 

「な、何だあいつら!?」

「おい、あれ、ゴエティアじゃないか?」

「そうだそうだ、あの特徴的な仮面、間違いない!」

「やばい、背後を突かれるぞ!」

「迎え撃て!」

 

 彼らにしてみれば、このままシャナに突撃するよりは、

ゴエティアを相手にする方がはるかに気が楽なようである。

こうして戦いが始まり、PLSFはその様子を、

高笑いしながら高見の見物する事となったのである。



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第1188話 義理堅いこった

「いや、ねぇ、ちょっと待ってちょっと待って、これってまずくない?」

 

 戦慄した顔でレンがそう呟いた。

 

「ちょっ………これはありえなくない?」

「シャナさんならいけそうだけど………」

「それってつまり、相手がシャナクラスだって事!?」

「そこまでは言わないけど、でも当たらずとも遠からず………?」

 

 観戦開始から五分が過ぎ、三十人からいたTーSとその仲間達は、

今や一桁にまで減らされていた。とにかく射撃の正確さと動きの熟練度が違い過ぎる。

このままだとほとんど疲弊しないまま、戦闘が終わってしまうように思われた。

 

「ピトさん、どうする?」

「即時撤退!やるにしろやらないにしろ、この戦場はまずいわ。

数の差がそのままこっちの不利になっちゃうからね」

 

 ここは砂漠地帯という事もあり、基本遮蔽物の無い戦場と言える。

あるのは今ピトフーイ達がいる、小さな宇宙戦艦らしきものの残骸と、

T-S達がいる小屋の残骸くらいなものだ。

後はゴエティアがいる付近に砂の丘による多少のアップダウンはあるが、そのくらいである。

 

「了解!」

「どこに向かう?」

「近くに廃墟になった街があったはずよ、そこに向かうわ」

「ゴエティア、追いかけてくるかな?」

「どうだろう、五分五分ね」

 

 四人はそのままニャン号に飛び乗り、一目散に逃走を開始した。

目的の街は、ここから車で三十分ほどの距離にあるが、

少なくともこの場所よりは、多少プレイヤーが拠点としている唯一の街の近くにあり、

薄塩たらこが援軍に来てくれるまでの時間を若干短縮する事が可能である。

 

「シャーリー、相手から目を離さないで、何かあったら教えて」

「オッケー………って、まずい、もう戦闘が終わったみたい」

「追いかけてくる?」

「でも足はあるのかな?」

「あっ」

 

 その時シャーリーが小さな叫び声を上げた。

三人はその叫びに、嫌なものを感じずにはいられない。

 

「一部のメンバーが先行して車を取りに行ってたみたい、

T-S達が残した戦利品には目もくれず、もう移動準備を始めてる。

これは絶対このままうちを追いかけてくるわね」

「敵の被害は?」

「さすがに無傷とはいかなかったみたいだけど、多分二~三人しか減ってない」

「ほとんど被害無しか………」

「キルレシオ、十倍かよ!」

「レンちゃん、たらおに移動先を連絡して!みんな、街まで思いっきり飛ばすわよ!」

 

 そう言ってピトフーイは思いっきりアクセルを踏み込んだ。

それにより、ニャン号のエンジンが咆哮を上げ、車体が急加速する。

 

「来た!」

「大丈夫、暇だったから仕掛けはしておいたぜ!」

 

 その時フカ次郎が不敵な顔でそう言い、直後にゴエティアの操る車の前で爆発が起こった。

 

「よっしゃ!」

 

 ゴエティアはそれで一旦動きを止め、フカ次郎は快哉を叫んだ。

 

「フカ、何をしたの?」

「ああ、地雷を埋めといたんだよ、時限式のな。

急いでたから一発だけだけど、これで相手は警戒して、安易に前進は出来なくなっただろ」

「おお~、やるね、フカちゃん!」

「あたぼうよ、私はキレとコクの女だぜ!」

「ごめん、何言ってるのか分からない」

「とにかくちょっとした足止めにはなるだろうから、今のうちにとんずらだぜ!」

「オッケー、行くわよ!」

 

 そのフカ次郎の機転により、PLSFは十分な逃走の時間を稼ぐ事が出来たが、

ゴエティアは多少時間をロスしたが、そのまま回り込んで全力でニャン号を追いかけ始めた。

 

「戦場を回りこんで追いかけてきたね、ゴエティア」

「うえっ、対応早えな!」

「でも多分三分くらいは稼げたと思う」

「上等上等!レンちゃん、たらおは?」

「廃墟の街に向けて移動中みたい!何かZEMALも一緒に来てくれたって!」

「へぇ?どんな風の吹き回しかしらね」

 

 そのままかなり距離を開けた状態で追いかけっこを続き、

PLSFは無事に廃墟の街へと到着する事が出来た。

 

「ここには何度か来た事があるわ、とりあえずこっちへ」

 

 そう言ってピトフーイが向かったのは、かつての警察署であった。

 

「ここなら防衛戦をやるにもゲリラ戦をやるにも向いてると思うのよね」

「ここって警察署?へぇ、出動用の専用口もあるのか」

「ここならあの数相手でも結構やれそうだね」

「結構高さもあるね、あそこから狙撃出来そう」

「よし、ここで敵を迎え撃つよ!」

「「「お~!」」」

 

 時間が無いのにやる事は山ほどある。トラップの設置、迎え撃つ場所の選定、

狙撃場所の確保など、四人はめまぐるしく動いている。

そしてある程度の準備が終わった後、遂にゴエティアの面々が街へと到着した。

 

「来たね」

「私達がここにいる事は知らないはず、まだ時間はある!」

 

 その言葉通り、ゴエティアは周囲に気を配りながら、

ゆっくりとこちらの姿を探しているように見えた。

 

「このままなら最初の一撃はくらわせられそうだけど………」

「それでこっちの居場所がバレると考えると、痛し痒しだなぁ」

「って事は最初は奇襲で面攻撃出来れば最高?」

「う~ん、でも相手をそれを見越して散ってるみたいだしねぇ………」

 

 さすがはゴエティア、奇襲を受ける事を覚悟でメンバーを散らし、

定時連絡を行わせる事で、PLSFがどこにいるか、見極めるつもりのようだ。

 

「どうする?」

「そうねぇ………出来れば最初に向こうのリーダーを倒せれば最高なんだけど」

「ちょっと判断出来ないね」

「見た目も一緒だしねぇ………」

 

 どこかに連絡を入れている風な者はいるが、それがリーダーだという確信は持てない。

そうこうしている間に包囲の輪は狭まり、敵はどんどん警察署へと近付いてくる。

 

「よし、それじゃあこうしましょう。初手はシャーリーの狙撃、

同時にフカちゃんは適当に敵目掛けてグレネードを降らせて。

それで多分、何人か敵を倒せるはずよ」

「オーケー、必ず仕留めてみせるわ」

「よっしゃ、ここまで弾を温存してきたから、右太と左子がうずうずしてやがるぜ!」

 

 二人がそう言って配置に着こうとした時、遠くに何か、土埃が見えた。

 

「お?」

「あれって………色がノーマルだし、街で貸し出してるハンヴィー?」

「って事は、もしかしてたらおが来た?」

「待って、今見てみるぜ」

 

 そう言って単眼鏡を覗きこんだフカ次郎は、おかしな声を上げた。

 

「うひゃぃっ」

「え、何?どうしたの?」

「ビ、ビービーだ、あれ………」

「えっ?ビービー?」

「一緒にZEMALの連中もいる、って事は、ビービーが私の援軍?一体どうなってるんだ?」

 

 フカ次郎は混乱したが、他の者達はさほど疑問に思わなかった。

そもそもビービーとフカ次郎の遺恨は既に無くなっており、

フカ次郎はともかく、ビービーの方はフカ次郎をそれほど意識しているようには見えないからだ。

であれば、ビービーだったらおそらく、薄塩たらこに報酬を示されれば、

フカ次郎の事は関係なく、援軍として動く可能性は当然あるだろう。

 

「というか、たらおは?」

「う~ん、姿は見えないかな」

「まさか敵前逃亡!?」

「いや、それは無いんじゃないかな………」

「って事は、途中で車を降りたのかしら」

「何の為に?」

「それはもちろん陰からこっちのサポートを………」

「いや、まあもう着いてるけどな」

「うわっ!」

「た、たらお?」

 

 そこにいきなりそんな声がかかり、薄塩たらこが警察署内に姿を現した。

 

「ど、どうやってここに?」

「居場所もトラップの場所も聞いてたしな、早めに車を降りて走って、普通に歩いてきたぞ」

「おお」

「たらお、やるじゃん!」

「まあ海外勢に好き勝手はさせられないからな、友達の仇でもあるし」

 

 薄塩たらこはそう言ってニヒルに微笑んだ。

 

「それじゃあビービー達は一体何を?」

「陽動だな、敵を見掛け次第、マシンガンをぶっ放すつもりらしい」

「おぉ………それじゃあやっぱりビービーは援軍なんだ………」

「だな、おいフカ、ビービーから伝言だ。

いつかの約束はここで果たすから、これで貸し借り無しだ、ってよ」

「約束………?」

 

 どうやらすっかり忘れていたらしく、

それでフカ次郎は、かつてビービーと交わした約束について思い出した。

 

『この借りの代償として、今後一度だけ、あんた個人に味方してあげる事にする』

 

 それはかつて、アスカ・エンパイアの猫が原で交わされた約束であった。

 

「何だよあいつ、私はもう忘れてたってのに、義理堅いこったな」

 

 そう言いながらフカ次郎は、誰にも顔を見られないように顔を背けていた。

 

「よし、それじゃあ一丁やってやろうぜ!」

 

 直後にフカ次郎は、目元をぐいっとぬぐいながらそう言い、

仲間達は口々に、やってやろうぜ、などと声を上げた。

 

「それじゃあ戦闘を開始しましょうか」

「「「「おう!」」」」

 

 こうして倍近い戦力差はあるが、PLSF達とゴエティアの戦いが開始された。



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第1189話 ビービーの誤算

 ピトフーイが戦闘開始を宣言した直後、遠くからマシンガンの連射音が聞こえてきた。

 

「始まった?」

「どこだ?」

「あっ、あそこ!」

 

 レンが指差す方向の路地の奥を、ビービー達の乗るハンヴィーが横切った。

狂ったようにマシンガンを連射するZEMALの姿も見える。

 

「おお~!」

「やってるやってる」

「これでちょっとでも数を減らせれば………」

 

 だがビービー達の姿が消えた直後に爆発音が聞こえ、一同は背筋を寒くした。

 

「えっ、何?」

「あそこ、煙が上がってるけど、あれって………」

「ビービー達が今まさにいる場所だよね………」

「まさか………」

「そのまさかだ、シノハラ達は、あっさりとやられちまったらしい」

 

 薄塩たらこが通信機を耳にしながら横からそう言い、一同は愕然とした。

 

「う、嘘………」

「一体何が!?」

「ビービーが言うには、敵を一人倒した直後に、いきなり車のタイヤがパンクして、

停止させられた直後に、ビルの上から手榴弾を投げ込まれたらしい。

ZEMALの連中は、それでもマシンガンを撃ち続けていた為に全員死亡。

もっともそれで敵をまた一人倒したらしいから、これで敵の数は十五人くらいまで減ったはずだ」

「ビ、ビービーはどうなったの?」

「ビービーはさすがというか、車がスピンした瞬間にタイミング良く飛び出して離脱したらしく、

今は近くのビルに潜伏して移動の機会を探ってるみたいだ」

「おお………」

「さすがはビービー、私のライバルだけの事はあるな!」

「あっちはそう思ってるかどうか分からないけどね………」

 

 レンはぼそっとそう呟いたが、幸いその言葉はフカ次郎には届いていなかった。

 

「しかし戦闘が手馴れてるわね、プロかしら」

「どうかな、まあ十中八九そうだろうが………」

「それでもやるしかないわね」

「ああ、その通りだ」

 

 薄塩たらこはそう言って銃を構え、

ピトフーイは先に狙撃位置に移動していたシャーリーに連絡を入れた。

 

「シャーリー、それじゃあお願い」

『了解、フカ次郎と通信しっぱなしにするから、フカ、私に合わせてね』

「おうよ!任せとけい!」

 

 そのまましばらくシャーリーは無言であり、緊張の時間が続いた。

そして数分後、シャーリーがぼそっとこう言った。

 

『来た、撃つわ』

「了解、こっちも二人組をマーク中、いつでもオーケーだぜ!」

『ファイア』

 

 シャーリーから直ぐにそう宣言があり、上の階から大きな発射音が聞こえてきた。

同時にフカ次郎も、以前猛特訓した通り、正確に敵の頭上目掛けてグレネードを発射する。

 

『ヒット』

「こっちもヒットだぜ!」

 

 この先制で、三人の敵を葬る事に成功はしたが、

当然敵はこちらの居場所を正確に把握したようで、警察署を包囲するように距離を詰めてきた。

 

「たらお、レンちゃん、下で迎え撃つわよ」

「了解」

「うん、行こうピトさん!」

「私は引き続き、ここから狙撃するぜ!」

『私は銃を持ち替えて下に行くわ』

 

 こうして五人は慌しく動き始めた。

一方ゴエティア側は、全く動揺する事なく、警察署の包囲を今まさに終えた所であった。

 

「ここまでやられたのは八人か………敵も中々やる」

「死んだ連中にはいい教訓になったでしょうぜ」

「まあそうだな、よし、敵の強さも申し分ない、訓練開始といこう」

「うっす!」

 

 ゴエティアのリーダーはそう宣言し、地図を見ながら指示を出し始めた。

 

「アルファ、そのまま正面に前進。グレネードの攻撃に警戒せよ。

ブラボーは裏に回って潜入口を捜せ、多分敵が待ち構えていると思うから注意な」

『『了解』』

 

 ゴエティアの元の総数は二十一人であり、今の生き残りは十三人だ。

そのうちリーダー以外の十二人が三チームに分かれている。

 

『こちらブラボー、裏口を発見、今のところ敵影は無し、突入を試みます』

「ブラボイー、了解。アルファはブラボーに合わせろ、それで敵の配置がある程度読める」

『了解』

 

 ブラボーチームのリーダーはそっと扉を開け、ハンカチのような物をそのスペースにかざした。

 

『クリア、突入開始』

『了解、アルファも追随します』

「気を付けろよ」

 

 そしてブラボーチームのリーダーは、ハンドサインで仲間に突入するように指示を出した。

それを受け、ブラボーチームの一人が中に入った瞬間に、奥から銃声が聞こえた。

 

『何っ!?』

「ブラボー、どうした?」

『今攻撃を受けました、敵さんも中々やる』

「いけるか?」

『問題ありません、銃声は一つでした、いけます』

「了解」

 

 PLSF側の現在の配置は、人数が五人しかいないせいで、

上にフカ次郎、シャーリーは裏口に移動中であり、その裏口は、薄塩たらこが一人で守っていた。

そして正面では、ピトフーイとレンが待ち伏せ中だ。

このクラスが相手だとこれはかなり厳しいが、頭数の問題はどうしようもないので仕方がない。

 

「こちらたらこ、一人は倒したが、後続の三人には中に入られた、

何とかやってみるが、どれくらいもつかは分からないな」

『とにかく生存を優先して。今シャーリーがそっちに向かってるから』

「おう、まあやってみる。ちなみにこっちの敵は四人らしい、オーバー」

『了解、こっちも四人よ』

「って事は、もう一チームがどこかにいるか………」

『フカちゃんに、全包囲を見張ってもらうしかないわね』

「だな、それじゃあ健闘を祈る」

 

 薄塩たらこはそう返事をしながら、階下に向けて射撃を開始した。

 

「しかし、今までやってきた事は何だったんだってくらい、敵が優秀だと厄介だな………」

 

 薄塩たらこは敵を上に来させないようにけん制しながら、

シャナ達を相手にしてきた敵も、今までこんな気持ちだったんだろうなと苦笑した。

 

 

 

「レンちゃん、来るよ」

「うん!」

 

 一方正面でも、戦闘が開始されていた。

こちらは味方が二人いるせいで、裏口よりは多少楽に戦闘が進められてはいるが、

残念な事に敵を倒す事は出来ておらず、階段を挟んで上下での撃ち合いが行われていた。

 

「これは膠着するわね」

「弾、もつかなぁ?」

「相手が先に弾切れになるのを待つしかないわね」

「もう一チームはどこだろうね」

「フカちゃんが見付けてくれればいいんだけど………」

 

 この建物は、上の階に上がる手段が階段しかない為、

今のところ、PLSFは小人数で、何とか防衛する事に成功していた。

だが敵のもう一チームが動けば、それもどうなるか分からない。

そうこうしてる間にフカ次郎に、ビービーから通信が入った。

 

『こちらビービー、敵のリーダーらしき人物を発見、短距離狙撃を試みるわ』

「ビービー!私なんかのために来てくれてありがとう!」

『別にいいわよ、これで借り貸しは無しね』

「分かってるって!でもビービー、

まだ敵の一チームがどこに潜んでいるか見付けられてないから、くれぐれも気を付けてね」

『ええ、気を付けるわ』

 

 そのままビービーは、じりじりと敵のリーダーとの距離を詰めていく。

幸い敵のリーダーはまだこちらに気付いていないようで、

ビービーは問題なく狙撃可能な位置へとたどり着く事が出来た。

 

「狙撃はそれほど得意じゃないんだけど、この距離なら………」

 

 そう呟いて、ビービーがスコープを覗いた瞬間に、

どこからか通信を受けるようなそぶりを見せていた敵のリーダーがいきなりこちらを向き、

ニヤリと笑い掛けてきた。

 

「なっ………」

 

 次の瞬間にビービーは頭を撃ち抜かれた。そこから遅れて銃声がやってくる。

 

『ビービー!』

 

 ビービーが今いる位置はフカ次郎からは見えない為、

思わぬ銃声を聞き、フカ次郎がビービーに心配するような声を掛けてくる。

ビービーは自分が死んだ事を理解しつつ、冷静に周囲を見渡した。

同時にビービーは何かをその場に置いたが、その事には誰も気付かない。

 

「ごめん、どこかから狙撃されたわ、遠く、高い所から」

 

 ビービーは射角と音の遅れからそう判断し、最後の力を振り絞ってフカ次郎にそう伝えた。

 

『なっ、ビービー、おい、ビービー!』

「フカ、頑張って」

 

 そのままビービーは死亡し、そこに敵のリーダーが近付いてきた。

 

「おお、危ない危ない、まさかさっきの生き残りがまだいたとはな、全然気付かなかったぜ」

 

 これはまさかの日本語での発言であり、ビービーはこれは自分に向けた言葉であると理解した。

 

「ふ~ん、ビービーねぇ、どこかで聞いたような名前だな、確かスクワッド・ジャムだったか」

 

 そしてそのリーダーは、ビービーの死亡マーカーを覗きこみながらそう呟いた。

 

「まあドンマイって奴だな、イッツ、ショータイムだぜ」

 

 ゴエティアのリーダー、ヌルポ~PoH~はそう言って立ち上がると、

もう興味を失ったのか、ビービーのマーカーに二度と目をやる事はなかった。

 

「まったくいい訓練になるぜ、ハチマンのクソ野郎の仲間はそれなりにいい腕してやがる」

 

 ここからは再び英語に戻り、ビービーは『ハチマン』の部分だけ聞き取る事が出来たが、

それが何を意味するのかは分からなかった。

そのままビービーの意識は街へと戻され、その場から消滅した。

そしてヌルポは、それを確認した後、どこかにいるもう一チームに問いかけた。

 

「チャーリー、いけるか?」

『問題ないぜリーダー、敵のグレネーダーの姿は丸見えだ』

「そうか、それじゃあやっちまえ」

『了解』

 

 直後にフカ次郎のいるフロアにどこかから銃弾が撃ち込まれ、

少し遅れてその場に銃声が轟いたのだった。



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第1190話 ゴエティアのリーダー

 フカ次郎は、通信機から聞こえてきたビービーの言葉から、ビービーが倒された事を確信した。

 

「くそ、マジかよ………あっさりやられてるんじゃねえよ、ビービー………」

 

 フカ次郎はそう言ってその場に蹲ったが、直後にその頭上を弾丸が通過した。

 

「おわっ!マジか、ここも危ないな」

 

 九死に一生を得たフカ次郎はそう呟くと、仲間達にこの事を伝えた。

 

『ビービーが?』

「ああ、敵のもう一チームは狙撃部隊だ、窓際に行くと多分撃たれる」

『くっ、そういう事が無いように、出来るだけ狙撃を受けない場所を選んだつもりだったけど、

どうやら敵の腕をなめてたみたいね………』

 

 ピトフーイは素直に自分の非を認めたが、さりとてこのビルよりも条件のいい場所は、

この街にはほぼ存在しないというのが現状である。

 

『まずいわね、このままだとジリ貧になるかも』

『ピト、私が狙撃し返してみる』

 

 やや弱気な事を呟いたピトフーイに、シャーリーがそう進言してきた。

 

『いけるの?』

『分からない、でもやるしかない、そうでしょ?』

 

 シャーリーのその言葉に、ピトフーイはすぐに決断した。

 

『たらお、その場は放棄、三階まで上がって。

私もそっちに向かうから、そこで敵を迎撃しましょう。

フカちゃんは敵に姿を見せないように、グレネードで敵のボスを狙ってみて』

『分かった、直ぐに動くぜ』

「ボス狙い、上等!倒せないまでも、弾切れまで精一杯撃ちまくってやるぜ!」

『レンちゃんには別の任務を与えるわ、きついけど何とかやってみて』

『う、うん!』

 

 どんな不利な状況であろうとも、この五人が諦める事はない。

 

 

 

 一方ヌルポは、狙撃班であるチャーリーからの連絡を受け、舌打ちしていた。

 

『ボス、敵に攻撃を避けられた、アンラッキーだ』

「お前が外したなら確かにアンラッキーなんだろうな、

まあ気にするな、以後全フロアをマークして、味方がいないフロアで何か動いたら即狙撃しろ」

『了解、本当にすまねえボス』

 

 続けて正面と裏口からも通信が入る。

 

『ボス、敵からの攻撃が止んだ、多分上の階に退いたんだと思われる』

『こっちもだボス、このまま追撃を開始していいか?』

「オーケー………っと、何だぁ?」

 

 仲間からの連絡にそう返事する途中で、ヌルポは先ほど狙撃に失敗した、

敵の一人がいるであろうフロアから、何かが飛び出してくるのを見た。

 

「うおっ、グレネードかよ。チャーリー、敵の姿は見えたか?」

『駄目だボス、クレイジーだ、敵は姿を隠しながらボス目掛けて攻撃してやがる!』

「マジかよ、確かフカ次郎だったか、とんでもねぇな………」

 

 ヌルポはそう言いながら、回避行動を開始した。

もちろんその攻撃は余裕でかわしたが、

直後に自身目掛けて再びグレネードが発射され、ヌルポは驚愕する事となった。

 

「おいチャーリー、敵のグレネーダーは姿を見せたか?」

『いや、全く出てこねえ、クレイジーだ、あのガキ、隠れたまま撃ちやがった!』

「こっちを見てないだと?一体どうなってやがる!」

『分からねえ、どうにかしてボスの姿を観測してるとしか………』

「仕方ねえ、俺はグレネードじゃ狙えない位置まで一旦下がる、

チャーリーはそのまま監視を続けろ!」

『オーケー、ボス』

 

 実はこの混乱に乗じて、レンが排気口からこっそりとビルを抜け出していたのだが、

ゴエティアの誰も、その事に気付けなかった。

 

 

 

「ピトさん、敵のリーダーを下がらせたぜ!」

 

 フカ次郎は得意げにピトフーイにそう報告を入れた。

 

『あらフカちゃん、凄いじゃない』

『マジかよ、どうやってやったんだ?』

「ビービーのおかげかな、実はビービーの奴、

倒される寸前に、人感センサー付きのレーダーをその場に置いたらしくって、

ついさっきその事が書いてあるメッセージが来たんだぜ!」

『ほう?』

『さすがというべきなのかしらね』

 

 フカ次郎はビービーから教えられた周波数に合わせて敵の位置を把握し、

それでヌルポ目掛けて攻撃を仕掛けていたのであった。

受信に関しては、通信機に供え付きの小型モニターを使った為、

とても見にくく場所の特定は困難を極めたが、

フカ次郎はビービーの機転を生かすべく、本気で集中し、

見事にそれをやり遂げてみせたのである。

 

「でもこれで弾切れだ、これで私は役立たずだから、

あとはシャーリーに借りた血華での白兵戦くらいしか出来ねえ」

『了解、とりあえずその場で待機して、敵の狙撃手の位置を探ってみて。

もし判明したら、そのままレンちゃんに指示出しをお願い』

「オーケーだぜ!」

 

 レンが警察署を抜け出したのは、まさにこの為であった。

ピトフーイは、今日は狩りという事もあり、

いつもは大量に所持している武器の類拠点である鞍馬山に預け、

その分大量の弾薬類を持ってきていた。

それでおそらく薄塩たらこと二人でフロアを守れると踏んだピトフーイは、

狙撃班を処理する為に、レンをここで野に放ったのである。

同時にピトフーイは今の報告で、あわよくば敵のリーダーさえも葬りされるかもと一瞬考えたが、

敵のリーダーが狙撃班から連絡が無くなった事で、こちらの別働隊の存在に気付いたら、

それも難しくなるだろうと思い直した。

 

『それじゃあレンちゃん、お願いね』

『うん!それっぽい所は限られてるし、片っ端から当たってみるね!』

 

 レンはそう言って、敵に見つからないように気を付けながら行動を開始した。

 

 

 

「アルファ、ブラボー、どうだ?突破出来そうか?」

 

 ヌルポはすこし離れた所にある建物の一つに移動し、そこから指示を再開していた。

ここはチャーリーからも見えないが、近くには敵はいないはずなので、

とりあえずはセーフティゾーンだと思われた。

 

『すまねえボス、あいつら狂ったように撃ちまくってきやがる』

『明らかに常識を超えた量の弾を持ってやがるみたいだ』

「そうか、この辺りはゲームだから仕方ないって事だな」

 

 ゴエティアの目的は、言ってしまえばかつてNarrowが行った、

GGOを実戦の戦闘訓練の場として活用する事である。

Narrowはここが現実離れしているとして、不適格と判定したが、

かつてSAOをプレイし、思考が柔軟になっているヌルポの考えは違っていた。

 

『GGOで常識外れの超人を相手に戦えれば、実戦で普通の人間相手に負けるはずがない』

『どんな奇抜な戦法を取られても、対応出来るだけの柔軟な思考が出来るようになる』

 

 ヌルポはそう考え、自身の持つ傭兵団にアカウントを作らせ、

本国での仕事に支障が無いようにと気を遣って、

アメリカサーバーではなくわざわざ手間をかけて日本サーバーに接続し、

ここでこうして訓練を行っているのだった。

 

「せっかくガブリエルの奴から傭兵団をもらえたんだ、

いくら俺でも適当なままじゃいられねえ、もっとショーを楽しむ為にも鍛えまくらないとだな」

 

 そしてヌルポは情報を集め、PLSFに目を付けた。

シャナがハチマンな事は、その動きを見て一発で看破していたし、

GGOで人は死なないとはいえ、シャナの周辺のプレイヤーを狩る事で、

少しでもシャナに嫌がらせをしたいと考えた為である。

 

『いいか、敵の中にピンク色のチビがいるはずだ、そいつは出来るだけ生け捕りにしろ』

 

 そしてもう一つ、訓練と称してヌルポが出した指示がそれであった。

ヌルポはレンが特にシャナと近しいという情報を得ており、

仲間達には内緒で、レンを捕虜にして一人でなぶり殺しにするつもりであったのである。

 

「さすが、一筋縄じゃいかねえな………」

 

 ヌルポは報告を受けてそう呟くと、とても楽しそうにニヤリと笑った。

 

「だがそうじゃなくちゃいけねえ、さすがはハチマンだ、ぎゃはははははは!」

 

 SAOから解放され、傭兵として戦いの中に身を置いてきたヌルポにとって、

この訓練は、趣味と実益を兼ねた、とても楽しいショーなのであった。

 

 

 

「いた!」

 

 そして仲間達が耐えている間、レンはフカ次郎がいる側から見て反対方向にあるビルに潜入し、

そこで見事に敵の狙撃手の一人を発見していた。

 

「速攻!」

 

 レンはそう呟くと、周囲に全く気を配っていなかったそのプレイヤーを一瞬で蜂の巣にした。

 

「What!?」

「うわ、話には聞いてたけど、やっぱり外国の人なんだねぇ」

 

 レンはそのプレイヤーの死亡マーカーに、のんびりとそう話しかけたが、

それはレンにとって、痛恨の失策となった。

話しかけた事自体は何の支障も無い、そもそも相手はレンの日本語を理解出来ない。

だがレンは、その姿を相手に見られてしまった。

誰がここにいたのかを、敵に知られてしまったのである。

こうして死んだゴエティアの狙撃手からメッセージとしてヌルポに連絡がいき、

レンはこの後、若干苦労させられる事となる。



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第1191話 救いの手

 最初の狙撃手を倒した後、レンは次の目標を定めようと、

ビルから顔を覗かせて、周囲の様子を確認していた。

 

「え~と、次は………う~ん、ここからじゃよく分からないかぁ」

 

 さすがにかなり離れている為、レンの位置からはどのビルが怪しいのか見当がつかない。

 

「現地に行くしかないかな、うん」

 

 そう考え、レンは窓を離れようとし、遠くに思いがけない物を見て、再び窓際に戻った。

 

「あ、あれ?砂埃?」

 

 そう、遠くに見えたのは、明らかに車が原因と思われる砂埃であった。

 

「う~ん、誰だろ?」

 

 そう言ってレンは単眼鏡をそちらに向けたが、

それが何かを確認した瞬間、その動きがはたと止まった。

 

「え、え、嘘!あれって敵の援軍?」

 

 それは新たなハンヴィーであり、その運転席から見えるプレイヤーは、

ゴエティアのメンバーと同じマスクを被っていたのである。

 

「わ、わ、早くピトさんに知らせなきゃ!」

 

 レンはそう考え、通信機を取り出したが、通信機からはノイズが聞こえてくるだけで、

仲間の誰にも通信は繋がらない。

 

「嘘、何で?何で?」

 

 それは死んだ仲間から情報提供を受けたヌルポが、

稼動時間が短いせいで、温存していたジャミング発生装置を作動させたからである。

今までは何で使っていなかったかというと、敵~PLSFが同じビルに留まっていたからであり、

レンが単独行動をしていると判明した今、それを使わない手は無かったのである。

 

「フカにも繋がらない………う~ん、仕方ないなぁ………」

 

 おかげでレンは、敵の援軍が到着した事をメッセージとして送る事しか出来なかったが、

ピトフーイも激しく応戦している最中な為、安易にコンソールをいじっている暇はない。

事実この段階で、ヌルポは敵への攻勢を強める指示を出しており、

レンは全員にメッセージを送ったが、フカ次郎とシャーリーからは返信があったものの、

二人経由のメッセージもまた、ピトフーイと薄塩たらこに見てもらえる事は無かったのである。

 

『こうなったら私が下に走るぜ、とりあえずレン、次の目標は、西に見える先の尖ったビルだ』

 

 フカ次郎からこんなメッセージが届き、レンはすぐに走り出した。

このまま連絡を待っていても仕方がないと思ったからだ。

この直後にシャーリーから、東の敵を倒したという報告が入り、

レンはその事に喜びながら、全力で西へと走った。

 

 

 

「ピトさん、一大事だぜ!」

 

 その頃フカ次郎は、階下へと走ってピトフーイと薄塩たらこと合流していた。

 

「フカちゃん?一体どうしたの?」

「悪い、攻撃したままでいいから話を聞いてくれ!」

 

 フカ次郎はそう言って、敵の援軍が来た事をピトフーイに伝えた。

 

「ああ、このメッセージはそういう事だったんだ。援軍かぁ、それはまずいわね………」

「だよね………どうする?」

「むぅ………」

 

 ピトフーイは少し悩んだ後、フカ次郎にこう答えた。

 

「とりあえず現状維持で、敵の狙撃手を全員倒したらここを捨てましょう。

壁をぶち抜いて飛び降りれば、まあ脱出は出来ると思うし、

狙撃手を片付ければ私達の脱出が知られるまで、少しは時間が稼げると思うわ。

その後は相手も私達を探す為に散ると思うから、そのままゲリラ戦ね」

「ゲリラ戦か、まあそれなら私でもいけるかな、血華があるし!」

 

 フカ次郎は通常の銃を撃っても全く当たらないほど射撃が下手だが、

輝光剣を使わせれば、一流の剣士として活躍する事が出来る。

 

「オーケー、それじゃあ私は持ち場に戻るぜ!シャーリーにもメッセージでこの事は伝えておく」

「うん、お願いね」

「頼むぜフカ!」

「任せて!」

 

 この時薄塩たらこには別のメッセージが届いていたが、

その事に彼が気付くのはかなり後の事である。

 

 

 

 そしてレンは、フカ次郎の指示通りに次のビルへと到着したが、

その時点で信じられない事に、西のビルの入り口には敵の援軍が四人、到着していた。

 

「うわ、こっちに来ちゃったんだ?」

 

 これはヌルポのファインプレーであり、レンにとっては不幸………とは言いきれなかった。

 

「仕方ない、また換気口から中に入ろう」

 

 そう、レンにはその手があるのだ。

レンは通常のプレイヤーでは入れないはずの換気口からビルの中に入った。

 

「余裕余裕、さてと、敵はどこかな」

 

 もしかして警戒されているかもしれないと思ったが、

案に相違して、上にいた狙撃手は隙だらけであった。

仲間がビル周辺をガードしてくれていると連絡があったのが災いしたのである。

 

(いただきぃ!)

 

 レンは心の中でそう思うと、敵に向けて躊躇いなく引き金を引いた。

 

「Fuck………」

「女の子にそういう事は言わないの!」

 

 レンはそのまま窓から顔を出し、下に声をかけた。

 

「Fuck!」

 

 先ほど死んだプレイヤーには苦情を述べた癖に、レンはそれと全く同じ事を下に向けて言った。

それを受け、下にいた者達が慌ててこちらに向かって階段を上がってくる。

 

「引っかかったね!」

 

 レンはそのまま鉤付きロープを窓からたらし、

死ぬほどシャナに鍛えられた懸垂下降で、凄まじい速度で地面まで到達すると、

正直もったいないと思ったが、時間が無い為に、ロープを回収せずにそのまま北方面へと走った。

目的地はシャーリーから連絡があり、どのビルかは既に特定済みであった。

そして幸いな事に、敵の援軍はこちらには誰も配置されてはいなかった。

 

「ラッキー!」

 

 レンはそのままビルの中に入ったが、こちらに援軍がいないという事は、

既に手をうってあるという事に他ならない。

ビルの上には狙撃手の姿は無く、レンは困惑した。

 

「くぅ、いない………もしかして入れ違った?」

 

 実際は、敵はいくつか下のフロアに隠れており、

レンが通過した後に姿を現し、今まさにレンに迫ろうとしていた。

 

「まあいっか、ビルごと壊しちゃおう」

 

 レンが下した決断は、常識ではありえないものであった。

レンは、敵には気付いていなかったが、

敵がとても反応出来ないようなありえない速度で一気に一階へと駆け下り、

そのままビル内にプラズマグレネードを一つ投げ込んで、慌ててビルから離れた。

 

「三、二、一、ぼ~ん!」

 

 そのままプラズマグレネードは爆発し、ビルは瓦礫の山となった。

当然ゴエティア最後の狙撃手はビルの崩壊と共に死亡し、

レンは廃墟となった瓦礫の上に、敵の死亡マーカーがあるのを確認してニンマリとした。

 

「ミッション・コンプリート!」

 

 レンはガッツポーズをし、そのまま走り去った。

 

 

 

「何だ今の音は………」

 

 レンがビルを爆破した頃、ヌルポはその音を聞きつけ、慌てて隠れていたビルから顔を出した。

 

「うお、マジか、俺も大概だが、こいつらもイカれてやがるな」

 

 折しも狙撃手の最後の生き残りからメッセージが届き、

ヌルポはチャーリーが全滅した事を知って、そう呟いた。

 

「まあ仕方ねえ、あいつらと合流して俺も出るか」

 

 ここで奇跡が起こった。ヌルポがそう決断し、行動を開始しようとしたその時、

遠くで上がる土埃が見えたのである。

 

「あれは………車とかじゃねえな、あれは………そうか、あのピンクのチビか!」

 

 ヌルポはそれを一瞬でレンだと判断し、即席で罠を仕掛けつつ、迎撃体制をとった。

それは単純な足を引っ掛けるワイヤートラップであり、

物陰に隠れたヌルポは、レンが通りかかる寸前にそのワイヤーを引っ張り、

レンを見事に転倒させる事に成功した。

 

「ぎゃああああああ!」

 

 そのままレンはビルの陰に激突し、かなりのダメージをくらった。

自身の移動速度の速さが仇になった格好である。

 

「う、うぅ………」

「動くなよ、チビ」

「あ………」

 

 そんなレンに、ヌルポは素早く銃で狙いを付けてその動きを止めた。

あるいは自分の速度なら、この場を脱出出来るかもと考えたレンであったが、

ヌルポの鋭い視線を見たレンは、すぐにその考えを捨てた。

 

(この人、多分強い………)

 

 レンは、確実に射殺されてしまうだろうと考え直し、

とりあえず両手を上げ、大人しくしている事にした。

 

(みんな、ごめん………)

 

 レンは死を覚悟したが、ヌルポはいつまで経ってもレンを撃とうとはせず、

持っていた手錠をレンの手足にかけ始めた。

 

(あ、私を捕虜にするつもりなんだ………)

 

 レンは、それならそれでラッキー、と思ったが、

次のヌルポの言葉を聞いて、顔色を失った。

 

「お前がシャナのお気に入りか、

落ち着いたら拷問してやるから、まあ楽しみにしておきな、ふひっ」

 

(ぎゃああああ!こ、この人、やばい人だ………。

まあ痛みはほぼ無いはずだし、何とかなる、うん、多分………)

 

 レンは泣きそうになったがもうどうしようもない。

 

「さて、それじゃあ残りのお前の仲間も掃除しちまうか、イッツショータイム」

 

 レンは何とか逃げ出せないかと考えたが、更に悪い事に、そこに敵の援軍が到着した。

西のビルにいた、あの四人である。

 

「ボス、すまねえ、まんまとやられちまった」

 

(おお、英語………今ボスって聞こえたから、この変態がリーダーなんだね)

 

 レンはそう考えたが、その時レンに、誰かからのメッセージが届いた。

 

(むむ………)

 

 レンは手足が拘束されてはいたが、一応腕は上下には動かせ、手も開く事が出来た為、

逃げようと暴れる振りをしながら宙をクリックし、そのメッセージを何とか開いた。

 

「チッ、暴れるんじゃねえよ、クソガキが」

 

 英語では分からないと判断したのか、ヌルポがレンに日本語でそう声をかける。

レンはヌルポを睨みながら、諦めたような演技をし、

そのまま上目遣いでこっそりとそのメッセージを読んだ。

 

(あっ!)

 

 そこに書いてある文章を読んだレンは、それ以上動くのを止め、その時を待った。

そしてその時は、すぐにやってきた。

 

 バギン!

 

 という音と共に、ヌルポの横にいた援軍の一人が四散したのである。

 

「何っ!?」

「狙撃か!?」

「マジか、敵は全員あのビルの中にいるはずだろ!?」

 

 ヌルポ達は英語でそう叫ぶと、慌てて物陰に隠れた。

レンの事は放置状態だったが、それはレンが走れないだろうと考えていたからである。

そしてピトフーイ達の事もまた正解であった。脱出を決めてはいたものの、

現時点でピトフーイ達は、まだ警察署の中にいる。

 

「まさか敵の新手か?」

 

 尚も謎の弾丸は、ヌルポとレンの丁度中間辺りに飛んでくる。

 

(もしかしてシャーリーさん?)

 

 レンはそう考え、警察署の方を見たが、他のビルが邪魔をして、その姿は見えない。

要するにシャーリーではないという事だ。

 

(じゃあ一体誰が………)

 

 そう考えるレン目掛けて、いきなり何者かが凄まじい速度で迫ってきた。

その方向はヌルポ達から死角になる為、ゴエティアの誰もまだその事に気付いていない。

 

(あ、あれはもしかして………)

 

 レンは相手の正体が分かり、その意図も把握した為、大人しくその時を待った。

そしてその何者かは、ヌルポ達の隙を突いてレンをガシッと抱えると、

そのまま元来た方向へと走り出した。

 

「何っ!?」

「何者だ?」

 

 そいう言ってヌルポ達はその人物に銃を向けようとしたが、

その瞬間に再び着弾があり、ヌルポ達は再び隠れざるを得なくなった。

その間にその人物は走り去り、そのまま狙撃も止まった。

 

「し、師匠!」

「おうレン、助けに来たぞ!」

「師匠~!」

 

 レンは感動のあまりうるうるし、そして闇風は、そのままレンを近くのビルへと運び込んだ。

 

「ハイ、レン、大丈夫?」

「シ、シノンちゃん!」

 

 そしてそのビルの中から姿を現したのは、まさかのシノンだったのである。



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第1192話 爆走

 風太が落ちてから十五分後、バイトのミッションがひと段落した詩乃は、

休憩がてら、何となく風太が今何をしているのか確認しようとした。

 

「またからかって………じゃない、教育してあげようかしら」

 

 そんな事を考えながら、他のバイトのステータスを表示した詩乃は、

そこに風太の名前が無い事を確認し、首を傾げた。

 

「あれ、いない?」

 

 風太がバイトを終えるのがちょっと早すぎると思った詩乃はアルゴに連絡を入れ、

風太の事を尋ねる事にした。

 

「ハイ、ちょっと聞きたい事があるんだけど」

『ん、何か内容で分からない事でもあったカ?』

「あ、ううん、そういうんじゃなくて、風太が今何をしてるか知らないかなって思って」

『ああ、フーフーはついさっきバイトを終わらせて、

慌ててGGOにログインしてったぞ。今は仮眠室だナ』

「………何ですって!?」

 

 大善から連絡があるとすれば、もう少し後だろうと考えていた詩乃は、

何かあったのだと考え、自分もバイトを早退し、GGOへとログインする事にした。

 

「………ごめんアルゴ、私もちょっとGGOに行ってくるわ、今日のバイトはここまでね」

「ん、緊急事態カ?」

「ええ、手遅れにならないうちに行かないと」

「オーケー、仮眠室を使っていいゾ」

「ありがと」

 

 詩乃は素早くログアウト処理を行い、ベッドで目覚めると、

風太と大善から別々に届いていたメッセージを確認して事情を知ると、

そのまま仮眠室へと走った。

 

「それじゃあ行ってくる」

「おう、気をつけてな、詩乃っチ」

 

 そのまま詩乃はGGOにログインし、シノンが鞍馬山へと姿を現した。

 

「とりあえずフレンドリストで居場所を確認して………」

 

 表示を見ると、闇風は西の砂漠の真ん中、薄塩たらこはその先にある街にいる事が分かった。

同じ場所にピトフーイ、レン、フカ次郎、シャーリーがいる事も同時に確認している。

 

「とりあえず移動を優先ね、連絡はその後でいいかな」

 

 シノンはそう判断し、

ゾディアック・ウルヴズが所有してあるハンヴィーを格納してある車庫へと向かった。

 

「ニャン号は無いのか、ピト達が乗っていったのね、それじゃあ私は………」

 

 シノンはブラックとホワイトを見比べ、ホワイトに飛び乗った。

ピトフーイと同じく、ブラックはシャナ用という意識が働いたのだろう。

 

「よし、久々にぶっ飛ばすわよ!」

 

 シノンはそのままアクセル全開で、闇風を追いかけ始めた。

 

 

 

 一方その闇風は、ログインしてすぐに薄塩たらこにメッセージを送ったが、

全然返信が来ない為、これはピンチなのだろうと判断し、シノンがそうしたように、

フレンドリストから薄塩たらこの位置を確認し、そちらへ向かって全力疾走していた。

 

「うおおおおお!今行くぜ!」

 

 それから目的地まで半分くらいの距離を進んだ頃、シノンからメッセージが届いた。

 

「おっ、シノンも来てくれたか、ホワイトでこっちに向かってるんだな」

 

 闇風は、多分途中で追いつかれるはずだから、拾ってくれとシノンに返信し、

そのまま走り続けていたが、それから少しして、後ろから車が近付いてくる気配がした。

 

「来たか?」

 

 闇風はそう思いながら、単眼鏡を取り出してチラリと後ろを見た。

そしてその車がホワイトだという事を確認した闇風は、

全力疾走したままホワイトと併走するように調節し、

シノンにハンドサインで『止まるな』と合図して、

そのままシノンにホワイトを走らせ続け、そのままホワイトに飛び乗った。

正直闇風やレンにしか出来ない芸当である。

 

「おう、悪いなシノン、助かるぜ」

「状況は?」

「それが分からねえんだよ、たらこからは全然メッセージが来ないしよ………」

「多分メッセージを見る余裕も無いのね」

「お前もそう思うか?」

「ええ、多分間違いないわ」

 

 丁度その頃、目的地の街が遠くに見えてきた。同時に闇風に、三階へと移動を終えて、

多少落ち着いた薄塩たらこからメッセージの返信が届く。

 

「お、返信が来たぞ!」

「何だって?」

「今は警察署にいるらしい。レンが単独で外にいて、敵の狙撃手を掃討中だそうだ。

それが成功したら、全員警察署から脱出して北の高台にある小屋に向かうらしい」

「私達はどうすれば?」

「とりあえずレンと合流してくれだとさ、今は警察署の北にあるビルに向かってるらしい」

「北………あそこね、了解」

 

 シノンは車の進路を北に向け、北の高台を確認しつつ、

警察署とその高台の直線上に車を停めた。

 

「闇風、私は手前のビルからフォローするわ」

「オーケー、俺はレンの所に向かう」

 

 その瞬間に、レンがいるというビルが、いきなり爆発した。

 

「えっ、何?」

「あっ、見ろ、ビルからレンが飛び出してきたぞ、多分あいつがビルを爆破したんじゃねえか?」

「また大胆な事を………」

 

 シノンは、あの大人しい香蓮が、GGOだと何故こうも過激になるんだろうかと苦笑しつつ、

闇風にレンの所に向かうように言った。

 

「まあいいわ、先に合流お願い。私はレンに連絡を入れておくわ」

「頼むわ、俺は行く!」

 

 そして闇風はレンの所に走り、レンが敵に拘束されているのを発見した。

 

「くっ、マジかよ、どうするか………」

 

 闇風はここからは通信機を使い、シノンに連絡を入れた。

 

「おいシノン、まずいぞ、レンが捕まった」

『何ですって?今見てみるわ』

 

 それからゴソゴソと音がし、すぐにシノンから返事がきた。

 

『確認したわ、確かに捕まってるわね。

今から私がけん制の狙撃をするから、そのタイミングで闇風はレンを回収して』

「オーケー、任せろ」

 

 そしてシノンが狙撃を行い、闇風がレンを助け、今こうして合流する事になったのである。

 

 

 

「シノンちゃん!怖かったよぉ!」

 

 シノンの顔を見て安心したレンは、そのままシノンに抱き付いて泣き始めた。

これではどちらが年上なのか、全く分からない。

 

「よしよし、大丈夫?」

「敵のリーダーに捕まっちゃったんだけど、拷問するとか言われて………」

 

 シノンはその言葉に眉を潜めた。かつて同じような事があった事を思い出したからだ。

 

「へぇ、ふ~ん、そうなんだ」

 

 シノンは冷たい声でそう言いながら、同時に何かがおかしいと感じていた。

前の時の被害者はロザリアだったが、その時からシノンのみならず、

GGO全体で、そういう事はしないという空気が醸成されていたからである。

だが今回の敵は、そういう事を平気で行える者達らしい。

 

「ゴエティアってどんな奴らなの?」

「えっとね、外国のサーバーのプレイヤーみたい、多分アメリカかな」

「ああ、そういう事………」

 

 シノンはそれで納得した。

 

「まあ話は後だ、ピトとも連絡はついてる、とりあえず移動だな」

 

 闇風がそう言い出し、レンとシノンは頷いた。

 

「で、どこに向かえばいいの?」

「北の街外れだ、多分レンにもメッセージが行ってると思うが………」

「あっ、捕まってたから見てなかった!」

 

 レンはそう言って、慌ててメッセージを開いた。

 

『レンちゃん、街の北にハンヴィーを持ってくから、そこで落ち合いましょう』

 

「あ、とりあえず脱出?」

「いや、補給だな、さすがのピトも、弾切れが近いらしい。

ハンヴィーに物資を乗せてあるから、補給したいんだと」

「ああ、そういう事かぁ!」

 

 レンはそれで納得した。確かにあれだけ撃ちまくったら弾も無くなる。

 

「とりあえず詳しい話は後だ、シノンのけん制が無くなった事に気付いて、

敵が動き出す前に移動しちまおう」

「うん!」

「ええ、そうしましょう」

 

 三人は頷き合うと、そのまま北へと向かった。

 

「あっ、ホワイトだ!」

「とりあえず車の中で待機ね」

「うん!」

 

 三人はホワイトの中で仲間達の到着を待った。

 

「でもまさか、シノンちゃんが助けに来てくれるなんて思ってもいなかったよ」

「私としては、レン達がいた事の方が驚きなのよね、レンは何故ここに?」

「私達は、近くの砂漠で狩りをしてたんだよね、

そこを襲われて、今こうなってるみたいな感じ?」

「襲われてって、それじゃあゴエティアのターゲットがレン達だったって事?」

「うん、そうみたい」

「なるほど、名前が売れるってのも困り物よね」

「いや、それをお前が言うなって」

「あんたもね」

「俺は言ってねえ」

「ああ言えばこう言う………だからあんたはモテないのよ」

「うるせえよ、自覚はあるよ!」

「あはははは、あはははははは」

 

 三人はそうのんびりと会話していたが、その時街の方に動きがあった。

何人かのプレイヤーが街から飛び出し、こちらに向けて狙撃体制をとったのだ。

 

「あっ、あれ!」

「チッ、敵が先に着いちまったか」

「仕方ないわね、先に高台に移動しておきましょう」

「ピトさん達、大丈夫かな?」

「ピトなら何とかするでしょ、とりあえず行くわよ」

 

 こうして三人は、先行して高台へと向かう事にした。



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第1193話 面白い奴ら

年末まで忙しく、更新がやっとで感想返信まで手が回っていません、すみません


 シノン達を追いかけた、ヌルポを含むゴエティアの先行部隊は、

三人の姿を認めると、即座に攻撃に移った。

自らが成すべき事をきちんと理解している辺りは実に有能と言える。

 

 ガキン!ガキン!

 

 彼らのせいではないが、だがその行動は僅かに間に合わず、

走るホワイトの装甲に、敵の放った銃弾が命中し、そのまま弾かれる。

 

「さっすが防弾仕様」

「くらい続けるとさすがにまずいかもだけどね」

「さて、落ち着いて守りを固めましょうか」

 

 三人はそのまま高台へと無事に到達し、戦闘準備を進める。

 

「これで後は、他のみんながいつ来るかなんだけど………」

「さすがにそろそろだと思うけどなぁ」

「とりあえず私は櫓の上から敵を見張るわ」

「うん、お願い!」

「それにしても遅いな、ピトの野郎、何してやがるんだ」

 

 幸い敵は仲間と合流してから攻めてくるつもりらしく、まだ進軍してくる気配は無い。

 

「チッ、あの顔は確かシノンって奴だったか、優秀なスナイパーは厄介だな」

 

 ヌルポはそう判断し、味方の無駄な被害を防ぐ為に追撃をやめたのである。

 

「まあこれもいい訓練にはなるんだろうが、まさかハチマン………いや、こっちだとシャナか、

シャナのクソ野郎もいたりするのか?もしいたら、訓練なんぞはやめて、遊ぶんだがなぁ」

 

 ヌルポが期待するようにそう言ったその時、背後から爆発音が聞こえてきた。

 

「どうした?」

「敵が立てこもっていたビルのフロアが爆発したみたいです、ボス」

 

 ヌルポの隣にいた、最近加入した新人の男が単眼鏡を覗きながらそう報告してくる。

 

「爆発?うちの仕事か?」

「いえ、中から爆発したように見えました」

「中から?」

「あっ、中から敵が飛び出してきました、ボス、どうやら敵に逃げられたみたいです」

「こりゃまたクレイジーな逃げ方をしやがる」

 

 ヌルポは敵に逃げられた事には特に何も言わず、むしろ面白がっているようであった。

 

「まあリアルで同じような事はさすがに無いだろうが、いい教訓にはなったか」

「はい、現実味は無いにせよ、色々考えさせられます」

「味方は追撃はしているのか?」

「そのはずですが………」

 

 それから少しして車のエンジン音が聞こえ、

白、茶、黒の三色に塗り分けられたハンヴィーが姿を現した。 

 

「あ、あれは………」

「迷彩にしちゃ変わった色だな」

「ですね」

 

 二人はその異様さに驚かされ、今が戦闘中だという事を一瞬忘れた。

 

「いやいやそうじゃねえ」

 

 すぐに我に返ったヌルポが、意識をハッキリさせようとしたのか、ぶんぶんと首を振った。

 

「どうやらあれは、敵のハンヴィーのようだな」

「ですね、まるでキャリコだ」

「キャリコ?ミケネコって奴か?確かに色はそうかもだが………」

「見て下さい、ライトのデザイン」

「ヘッドライトか?」

 

 そう言われ、ヌルポがライトに注目すると、それは確かに猫の目のようなデザインをしていた。

更によく見ると、ボンネットにヒゲが書いてある。

 

「ぎゃはははは、シャナの仲間だけの事はある、見てて本当に飽きねえわ」

 

 ヌルポは盛大に噴き出し、新人も苦笑した。

 

「自由でいいですね」

「まったくだ、傭兵団なんか持っちまったせいで、遊んでる暇が無いから羨ましいぜ」

「どうします?」

「せっかく舞台を用意してくれたんだ、このまま合流させて、敵の砦への攻撃訓練を行う」

「分かりました、先輩達に伝えてきますね」

 

 新人に伝令を任せたヌルポは、遠くを横切っていくニャン号をじっと見つめた。

 

「………ガブリエルの野郎を上手く追い出せたのはいいが、どうにもやる事が多くて頭が痛いぜ。

しっかし俺も、つまらない男になっちまったもんだよなぁ………」

 

 ヌルポが自嘲ぎみにそう呟いた丁度その時、

ニャン号を運転していたプレイヤーがこちらを見た。

そのプレイヤーは男なのか女なのか、この距離だと判別はしづらかったが、

わざわざ赤い輝光剣を作動させ、見せ付けるように窓から出し、

その手の中指を立てて、ヌルポを挑発するようにくいっくいっと曲げてきた。

 

「ああん?」

 

 ヌルポは一体なんの真似かと首を傾げた。

今のヌルポは他のメンバーと全く同じ格好をしており、

敢えて自分にそんな挑発をしてくる意味が分からなかったからである。

 

「何だ?まさか俺が頭だって気付いてやがるのか?」

 

 そのタイミングでそのプレイヤー、ピトフーイはヌルポに向け、

獲物を見付けた猛獣のような目をし、凄惨な笑みを浮かべた。

ヌルポはそれに咄嗟には反応する事が出来なかった。

 

「ボス、撃ちますか?」

 

 部下にそう尋ねられ、ヌルポはそれで我に返った。

 

「………いや、やめておけ、これはこれでいい拠点制圧の訓練になる」

「了解しました!」

 

 そのままヌルポはピトフーイを見送り、その姿が見えなくなった後、

心の底から楽しそうに、クックッと笑い始めた。

 

「………ボス?」

「クックックッ………ククッ………フッ、ハハッ、ハハハハハハハハハ!」

 

 ヌルポはしばらく笑い続けた後、近くにいた部下の一人を捕まえてこう言った。

 

「いやいやいや、まったくこれだから、ハチマンに関わるのはやめられねえわ。

あいつ以外にも面白そうな奴が沢山いやがる、いっそ日本に移住したいくらいだぜ」

「あっ………はい」

 

 部下は呆気にとられたが、ここで余計な事を言って、ヌルポの機嫌を損ねるのも嫌だった為、

あいまいにそう頷く事しか出来なかった。幸いヌルポはそれ以上、おかしな事は言わず、

スッと冷静な表情を取り戻すと、落ち着いた声で指示を出し始めた。

 

「全員をここに集めろ、狩りの最終段階だ」

「はっ!」

 

 その部下は指示通りに仲間を集め始め、

ヌルポはピトフーイ達が立てこもっている陣地をどうやって攻略しようかと、

舌なめずりをしながらそちらに視線を向け続けたのだった。

 

 

 

 ピトフーイ達は、拍子抜けするほどあっけなく、高台内のシノン達と合流を果たす事が出来た。

 

「ハイピト、助けに来てあげたわよ、感謝しなさい」

「シノン!来てくれたんだ?本当に助かるよ、お礼は私の体でいい?」

 

 そんなシノンの言葉に、両刀使いのピトフーイが、ドサクサ紛れに欲望塗れの返事をした。

だが普通の人なら引いてしまうかもしれないその言葉に、シノンは顔色一つ変えずにこう答えた。

 

「そんなのいらないわよ、どうせならシャナの体を私に差し出しなさい」

「え~?それは私のだからあげられないの、ごめんねぇ?」

 

 ピトフーイも顔色一つ変えずにそう答え、二人は至近距離で睨み合った。

 

「そういえば、ハチマンは私の部屋に何度も来てたりするのよね、これは愛じゃないかしら」

「ハチマンってば、私が喜ぶのを知ってる癖に、私の頭をゴンゴン殴るのをやめないんだよね、

これって愛以外の何物でもないわよね」

 

 この時点で呼び方もシャナからハチマンに変わっており、

既にGGOが全く関係なくなっている。

だが事がハチマン絡みなだけに、二人がそう簡単に矛を収めるはずもない。

 

「ストップ!二人とも、そろそろ敵に備えないと!」

 

 そんな二人を止められる者がいた、レンである。

 

「ごめん、そうよね、配置につくわ」

「おっと、早く弾の補充を済ませないと」

 

 二人とも、レンの言う事は案外よくきく。

これはレンが、ハチマンに一目おかれている事も無関係ではない。

以前フカ次郎が帰還者用学校に訪れた時、暴走するフカ次郎をあっさり捕獲したりと、

実はその身体能力は高く、よくハチマンといい雰囲気になったりしている所も、

二人にとっては脅威である上に、その意見を無視する事は出来ないのである。

 

「シャーリー、行こう」

「ヘカートIIとAS50の競演だね、オーケー」

 

 シノンとシャーリーは、そのままこの小屋に併設されている物見櫓のような塔へと向かい、

フカ次郎は超近接戦の機会を待つ為に、いつでも剣で斬り込める体制をとった。

もしそうなった場合、レンはフカ次郎と一緒に突撃するつもりでその横に立った。

ピトフーイ、薄塩たらこの二人は銃を構え、敵を安易に接近させない係であったが、

そもそもの数が違うので、完全に防ぎきれるかどうかは上の二人にかかっている。

そんな高台の雰囲気を感じ取ったヌルポも、本来のおちゃらけた雰囲気を封印し、

部下達に矢継ぎ早に指示を出す。

そして双方の準備が整い、ヌルポは遂に、突入の指示を出した。

 

「よし、お前ら、行くぞ」

 

 こうしてPLSF+アルファとゴエティアは、遂に正面から激突する事になったのである。



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第1194話 まさかの攻撃

『ピト、来たわよ』

「了解、迎撃開始~!」

 

 シノンからそう通信を受け、ピトフーイはレンと薄塩たらこ、

それに闇風と共にけん制射撃を開始した。

ゴエティアは数的有利を生かし、徐々にこちらに浸透してこようとしており、

一斉射撃をしながら障害物から障害物へと移動し、確実にこちらとの距離を詰めてきている。

 

「あ~もう、腕がいいだけじゃなく堅実よねぇ」

「明らかに何かの訓練を受けてるよな、MMTMの上位互換みたいな感じか」

「ダビドがキレそうな意見だけど、実際そうなのよねぇ」

「ピトさんは相変わらず、デヴィッドさんをいじるのが好きだよねぇ」

「まああいつはいじられていい」

 

 四人はそんな会話を交わしつつも射撃を切らさず、

頑張って敵の進軍を防いでいた。シノンとシャーリーが高所から狙撃を行っているせいもあり、

一定の距離まで近付かれた後、敵の進軍は明らかに停止した。

 

「う~ん、これじゃあただの膠着よね、戦況が大きく動くのは白兵戦になってからかしらね」

「ムカつくほど隙が無えよな」

「ピトさん、うちらはいつでも行けるぜ!」

「フカ、まだ早いって」

 

 フカ次郎は抜刀して突撃するタイミングを計っていたが、まだ敵が遠すぎる。

もしこのまま突撃したら、おそらくフカ次郎はあっさりと倒されてしまうだろう。

 

「まあ待ちなさいって、それにしてもおかしいなぁ、

敵のリーダー、もっと頭のおかしい奴だと思ったのに」

 

 フカ次郎を宥めた後、ピトフーイが物足りなさそうにそう呟いた。

 

「えっ?ピトさん、敵のリーダーが誰だか分かったの?」

「うん、一人だけ、凄く性格が悪そうな奴がいたからね」

「性格が悪そうって、ピトさん、そういうの分かるんだ?」

「類は友を呼ぶって奴よ。私もそうだから、そういうの、分かっちゃうんだぁ」

 

 ピトフーイは救いがたい事に自慢げな顔でレンにそう答えた。

 

「ピトさんクラスかぁ、でもそれにしちゃ、凄く行儀がいいよね、ゴエティア」

「あら、レンちゃんも言うようになったわね」

「そりゃ、ピトさんとは長い付き合いだし?」

「それじゃあレンちゃんは、この後あいつらがどうすると思う?」

「う~ん、シノンちゃんとシャーリーさんを何とかしようとすると思うけど、

どうやるかまではちょっと………」

 

 そのレンの指摘通り、今膠着状態に持ち込めているのは二人の力が大きい。

特にシャーリーは、AS50の存在という事前情報が秘匿されていたせいもあり、

ゴエティア側に混乱を与えていた。

 

「ボス、やっぱりあいつら、対物ライフルを二丁揃えてますね」

「こいつは想定外だったな、まさか日本サーバーに、そこまで出回ってるとはな」

「こっちのサーバーでもまだ一丁しか無いですしね」

 

 どうやらアメリカサーバーで対物ライフルを持っているプレイヤーは一人しかいないらしい。

それくらいレアな存在である対物ライフルを、

シャナに近いプレイヤー達が三丁も持っているという事は、

反ゾディアック・ウルヴズの者達にとっては悪夢以外の何物でもない。

ゴエティアは日本サーバーがホームではない為、普段はそれに対抗する必要はないのだが、

今回苦労に苦労を重ね、日本サーバーに接続した事で、

その脅威を実地で感じる事になったのは、訓練の為に来たゴエティアにとっては、

ある意味幸運な出来事であったかもしれない。

 

「さすがにこれ以上前には出れないか」

「地形も不利ですし、ちょっと厳しそうですね。敵の狙撃手を排除出来れば手はありそうですが」

「よし、それじゃあ次の手を打つか」

「どうします?」

「奥の手を出す、《アレとアレ》を用意させろ」

「二つともですか。まさか使う事になるとは思いませんでしたね、分かりました」

 

 そのプレイヤーはヌルポに頷くと、そのままどこかへ去っていった。

 

「さて、俺も久々にこれを使うか………」

 

 そう言いながらヌルポが取り出したのは、

かつてSAOで使用していたメイト・チョッパーに酷似した剣であった。

 

 

 

「ん、あれ?」

 

 射撃が下手すぎるせいで、今は敵の様子を注視する事しか出来ていないフカ次郎は、

後方で敵が何かを準備している事に気が付いた。

 

「ピトさん、ちょっといいか?」

「どうしたの?」

「いや、右斜め後方、赤い屋根の小屋の裏辺りなんだけど、敵が持ってるあれ、何か分かる?」

「赤い………小屋?」

 

 ピトフーイは一旦射撃を止め、そちらに単眼鏡を向けた。

そしてそこに何があるのか理解した瞬間に、ピトフーイは、うげ、と呟いた。

 

「ミニガン?ベヒモスもそうだけど、よくあんなの運べるわよねぇ………」

「ミニガンだと!?」

「さすがにそれは厄介だな………」

「まああれを装備出来るくらいステータスを特化させるその勇気、嫌いじゃないけどな!」

「おいピト、どうする?さすがにあれを撃たれながら同時に前進されると厳しいぞ」

「そうね、シノンちゃんとシャーリーに狙撃してもらうしかないわねぇ………」

 

 ピトフーイがそう答え、上に通信を入れようとしたその時、

敵の後方からいきなり何かが発射された。

 

「えっ?」

「何?」

「あ、あれ………」

「まさかRPG!?」

 

 ここまで日本サーバーで、RPGが使われたという事例は存在しない。

というか存在する事すら確認されていなかった。

アメリカサーバーでも対物ライフルと同じく一丁しか存在していなかったが、

その弾の値段が店売りしかしておらず、とんでもない値段である為、

使用された事は過去に数回した無いそのRPGを、

今回ヌルポは訓練用に所持者に大金を払って借り受けてあったのである。

尤も弾に関しては、金額のせいもあって一発しか用意出来ていない。

 

「ちょ、反則でしょ!」

「目標は?」

「上!」

「まずい!シノン、シャーリー!」

 

 その時点で上の二人も、ミニガンの存在に気付いており、

今まさにその持ち主を狙撃しようとしていたのだが、

その瞬間にRPGが発射された事に驚愕していた。

 

「うわ!シャーリー、逃げないと!」

「うん、階段に走ろう!」

「無理かも、間に合わない!」

「くっ………」

 

 迫り来るロケットを前に二人が下した判断は、まったく違うものであった。

シャーリーはその場で狙撃体制をとり、シノンは塔から飛び降りたのである。

 

「シャーリー!」

「シノン!」

 

 二人はそう呼び合いながら、お互いの無事を祈った。

だがシノンはともかくシャーリーは、もうこの時点で絶対に助からない。

 

「あれは私が排除する!」

 

 シャーリーはそう叫ぶと、RPGを持つプレイヤー目掛けて照準を付けた。

だがすぐに思いなおし、その照準をRPGそのものに変更した。

 

(他の奴に使われるかもしれない、ここは武器破壊で………)

 

 ロケットが着弾する瞬間に、シャーリーはAS50の引き金を引いた。

そして落下しつつあるシノンは、空中でその弾丸が、敵の方に飛んでいくのを確かに見た。

 

「シャーリー!」

 

 シノンはシャーリーに向けてそう叫び、シャーリーはその声を聞きつつ、

自らが放った弾がRPG本体に命中して、破壊には至らなかったものの、

明らかに修理しないと使えない状態まで至らしめたのを確認し、満足げな顔をした。

 

「RPGはもう使えないわ!」

 

 その声をシノンに届けたのを最後に、シャーリーはその場で爆散する事となったが、

その顔はとても満足げであった。シノンはその叫びを聞き、シャーリーは死ぬ間際に、

自らの仕事をキッチリ果たしたのだと認識した。

 

「私だって!」

 

 シノンはギラリと目を光らせながらそう呟くと、何とか体を捻ってヘカートIIを構え、

最初の予定通り、ミニガンの準備をしているプレイヤーに狙いをつけた。

 

「あっ!」

 

 だがそれは少し遅かったようだ。ミニガン持ちのプレイヤーは既に準備を終え、

落下中のシノンに狙いを付けていたのである。

そしてミニガンが発射され、銃弾が雨あられとシノンに向けて降り注いだ。

 

「まだまだ!」

 

 シノンはそう叫んで壁に一瞬手をかけ、その落下スピードをほんの少しだけ減少させる。

そのせいで銃弾はシノンの下を通り過ぎ、その一瞬でシノンはミニガン持ちに狙いを付け、

即座にその引き金を引いた。

 

「ジ・エンド」

 

 同じ頃、ヌルポは部下達に突撃の指示を出し、

今まさに建物に向けて動き出そうとしていたのだが、

そんなシノンの姿を見て、一瞬その動きを止めた。

 

「あの女、根性あるな、だが当たるもんかよ」

 

 次の瞬間、ヘカートIIの放った弾が、正確にミニガン持ちに着弾し、

その報告が即座にヌルポに通信され、ヌルポは愕然とした。

 

「何だそのショーは、クレイジーかよ!」

 

 これが普通のプレイヤーなら、もちろんこんな事は成功させられなかっただろう。

だがシノンは日本で唯一空挺降下が出来る女子高生であり、

バイトを通じて空中で色々な挙動をする事にも慣れている。

それ故に、地面が目の前に迫った今も、ただ無駄死にするつもりはまったくなく、

冷静に生存する方法を試みていた。幸い狙撃の反動で、落下スピードが軽減されている。

 

「ここ!」

 

 シノンはそのまま塔の壁を蹴り、真横へと飛んだ。

そのまま地面をごろごろと転がったシノンは、何とか命を繋ぐ事に成功する。

だが両足はその衝撃で折れ曲がっており、痛みは無いものの、歩く事は出来そうもない。

その上ここはヌルポ達からそんなに離れた場所ではなく、

我を取り戻して突撃指示を出しなおしたヌルポ達が、

今まさにこちらに向けて攻撃を開始しようとしていた。

 

「RPG、ミニガン、共に排除!」

 

 だがそんな状況でも、シノンは仲間達にその情報を伝える事を優先し、そう叫んだ。

もちろん死を覚悟しての事であったが、そんなシノンのすぐ近くから返事があった。

 

「あいよ」

「了解!」

 

 そしてシノンは両脇を二人のプレイヤーに捕まれ、そのまま後方へと引っ張られた。

 

「きゃっ!」

「おお?お前のそんな声、初めて聞いたな」

「闇風!?」

「シノンちゃん、かわいい!」

「レンちゃん!?」

 

 そう、その二人のプレイヤーは、シノンを救出にきた闇風とレンであった。

二人は凄まじい速度でシノンの両腕を抱え、そのまま建物の中へと引っ込んでいった。

ヌルポすら反応出来ない、それは現実離れした速度であった。

 

「チッ、やりやがる、このまま突撃だ!」

 

 ヌルポはそう言いながらそう指示を出し、

残るピトフーイと薄塩たらこの射撃で二人の犠牲を出したものの、

十人以上の戦力を残したまま、建物の壁に張り付く事に成功したのであった。




原作ではベヒモス相手に行なわれたこの光景がここで来る事になりました!
空挺降下をさせておいたのも、まあこの時のためですね!


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第1195話 窮鼠

 闇風とレンに助けられたシノンは、建物の中に連れ込まれて直ぐに、

フカ次郎に回復アイテムを使用してもらい、一息つくことが出来た。

 

「ふう………みんな、ありがとう」

「シノンちゃんだけでも無事で本当に良かったよ!」

「シャーリーは最後に女を見せたな!」

「フカ、それを言うなら男でしょ!」

「ああん?レンはシャーリーが男みたいだって言いたいのか?」

「なっ………フ、フカ、違うから!あとシャーリーには言わないで、お願い!」

 

 レンとフカ次郎がそう漫才めいた会話をする横で、

闇風はニヤニヤしながらシノンにこう答えた。

 

「どういたしましてだな!お前の珍しい声も聞けたし、まあ良かったよ」

 

 闇風がそう言った瞬間に、シノンは闇風のボディを思いっきり殴った。

 

「ぶほっ………」

「何を言ってるの?私は何も言ってないわよ?」

「いや、お前さっき………」

「幻聴に踊らされるとか馬鹿じゃないの、落ちたらすぐに病院に行きなさい」

「お、おす………」

 

 シノンに対抗出来るはずもなく、闇風はそう言って縮こまった。

その瞬間にシノンは鋭い目で入り口の扉を見た。さすが、シノンは敵の気配感じる感覚が鋭い。

 

「来たわね」

「うん、ここは一旦引こう」

 

 そのシノンの言葉に外にけん制射撃を行なっていたピトフーイはそう答えた。

 

「オーケーだぜ、レン!」

「うん!」

 

 フカ次郎とレンが、シノンを抱えて奥へと走っていく。

闇風もそれに続き、ピトフーイと薄塩たらこが最後尾を固めつつ、奥のドアの中に引っ込んだ。

その直後に入り口のドアが蹴破られ、敵が顔を覗かせる。

 

「クリア」

「クリア」

「クリア」

「よし、突入」

 

 そしてヌルポが腰に剣を差し、銃を構えた状態で中に入ってきた。

 

「さすが、すぐに下がったか」

「ボス、この建物は結構広いみたいですね」

「まあ落ち着いて確実に敵を殲滅していけばいいだろう、隊を二つに分けろ」

「はっ!」

 

 ヌルポは外を見張るチームと内部を進むチームを作り、

様子を見ながら外のチームを建物の背後に回すつもりでいた。

 

「よし、前進だ」

 

 内部チームはヌルポの指示を受け、敵がいるであろう奥の扉へと張り付いた。

その中の一人がドアノブに手を伸ばした瞬間に、ヌルポは壁面に茶色い光が走るのを見た。

 

「んっ?今何か………」

「あっ、ボス!」

 

 見るとそのドアノブに手を伸ばした部下が死亡状態に変わっており、

遅れてその胴がズレ始めた。

 

「なっ………」

「シャイニング・ライトソードだ、下がれ!」

 

 その言葉に部下達は、慌てて壁から距離をとる。

 

「ったく、あの手この手を使ってきやがる」

 

 ヌルポはポリポリと頭をかくと、そのまま壁に近付いていった。

 

 

 

「たらお、早くこっちに!」

「まあ待て、ふふん、どうだ、この俺の倶利伽羅は!」

 

 ピトフーイが呼ぶのを手で制し、

薄塩たらこは自慢げにそう言って、輝光剣を仲間にみせびらかした。

 

「おお~、いつの間に!」

「ああ、前の要塞防衛戦の時にもらえたから、すぐにイコマ君に作ってもらったぜ!」

「そういえばゲットしてたね~」

 

 その前の防衛戦というのは、

八幡達が藍子と木綿季の為にアメリカに行っていた時に行なわれた防衛戦である。

ちなみにその時にサトライザーも輝光ユニットを入手しており、

彼も薄塩たらこと一緒にイコマに輝光剣を作ってもらっていた。その名は刻命剣という。

 

「たらこさん、おめでとう!」

「ありがとよ!」

「ふ~ん、茶色の刀身か、でも俺の電光石火の方が格好いいな!」

 

 そんな薄塩たらこに対抗意識を燃やしたのか、闇風がそちらに近付いていく。

 

「ちょ、闇風師匠まで!危ないから早くこっちに!」

「いやいや、この壁は厚いから銃弾も通らないし、今ので敵も下がっただろ、まだ平気だ」

「だな!せっかくだしもう何人か………」

 

 調子に乗った二人がそう言った瞬間に、二人の胸元を赤黒い光が走った。

その瞬間にフカ次郎とピトフーイ、それにシノンのヴァルハラ組が、

いきなり闇風と薄塩たらこに罵声を浴びせる。

 

「馬鹿?」

「格好悪………」

「使えないわね」

「えっ?えっ?」

 

 レンがその行動の意味が分からず戸惑ったが、そんなレンの目の前で、

ピトフーイとフカ次郎は、シノンの両脇を抱えて全力で後退を開始した。

同時にレンにもフカ次郎とピトフーイから声がかかる。

 

「レンちゃん、下がるわよ!」

「レン、急げ!」

「あんた達、後で覚悟しておきなさい」

 

 最後に二人に引きずられているシノンからそう声がかかり、

レンは慌てて闇風と薄塩たらこの方を見た。

 

「やべ………」

「やっちまった………」

 

 そして二人の胴が、先ほどの敵のように横にズレていく。

 

「あああああ!」

 

 それでレンは状況を把握し、一目散に逃げ出した。

直後に扉が蹴破られ、レンに向けて銃弾が降り注いだが、

レンは自慢の快足を生かし、あっという間にその姿は見えなくなった。

 

「………まあいいか、二人倒したから敵の残りはあと四人だ」

 

 そう言いつつ後ろから現れたのはヌルポである。

その手にはメイト・チョッパーではない別の武器、赤黒い光を放つ輝光剣が握られていた。

 

「やれやれ、これを使う羽目になるとはな、これじゃあ訓練にならねえわ」

「まあこっちもやられましたし今のはチャラって事でいいんじゃないですかね」

「それもそうか、それじゃあこれはノーカンだな」

 

 ヌルポは笑いながらそう言って輝光剣をしまい、再びメイト・チョッパーを手にした。

 

「ふう、やっぱりこっちの方が手にしっくりくるな、

それじゃあお前達、さっさと残りの女狐共を狩るぞ」

「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」

 

 一方その女狐達は、本気で焦っていた。

 

「これはまずい、まずいって」

「相手はまだ精鋭が十人以上残ってるのに、こっちは四人か………」

「まったく油断しすぎなのよ、後で説教しなきゃね」

「ど、どどどどうする?どうする?」

 

 実際のところ、ピトフーイやフカ次郎には、

キリト、あるいはハチマンやアスナのように、銃弾を斬り捨てる事など、

いいところ数発くらいしか出来はしないし、

シノンはまだ足が治っていない上に、狙撃に適する距離をとる事も出来ない。

レンの機動力も、屋内ではその実力が存分に発揮出来るとは言い難く、

こちらにとって、不利な条件が揃いすぎている。

本来なら敵に突入される前に、屋外で暴れてもっと敵の数を減らせれば良かったのだが、

敵がミニガンとRPGを持ち出した時点でそのプランは破綻している。

こうなるともう、完全勝利は不可能だと言っていいだろう。

 

「どうやら勝ち切るのは難しそうね、でも無様に負けるのだけは避けたいわ」

「そうね、勝敗は兵家の常だから負けるのは仕方ない、でも一矢くらいは報いたいわ」

「だなぁ、やられっぱなしは性に合わねえ」

「うん、やられたらやり返したいよね!」

 

 ピトフーイのその意見に対し、三人は口々に同意した。

 

「あ、やっと治った」

 

 ここでシノンの足が回復した。どうやら五分経ったようだ。

 

「ピト、何かいい案はある?」

「例え全滅しようとも、敵のリーダーは倒す。これしかないわね」

 

 そのシノンの問いに、ピトフーイは即答した。

 

「それじゃあ玉砕覚悟の徹底した一人狙い?」

「そういう事。でももし目的を達成出来て、誰か一人でも生き残ったら、即座に撤退よ」

「分かったわ、それじゃあ一丁やってやりましょう」

「おう!ヴァルハラ魂を見せてやるぜ!」

「わ、私も頑張る!」

 

 こうして四人は自らの意思で死地へと飛び込んだ。



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第1196話 フカ次郎のミス

 方針が決まってすぐに、四人は敵への対抗策を相談し始めた。

 

「とりあえずまだ地の利はこっちにあるんだし、

この建物もそれなりに大きいみたいだから、先ずは戦場の設定から?」

「そうねぇ、出来れば敵のリーダーだけ各個撃破出来ればいいんだけど」

「好戦的なリーダーだったらいいんだけど、情報が足りないよな」

「敵の探索範囲を広げる為に、とりあえずもうちょっと奥に引っ込む?」

「とりあえずはそれしか無さそうね、すぐに動きましょう」

 

 四人は頷き合うと、そのまま建物の奥へ奥へと引っ込んでいった。

そして続き部屋になっている、それなりに広い二つの部屋を見付けた四人は、

そこで戦いの準備を始めた。

 

 

 

「ボス、敵がいた部屋の入り口を発見し、突入しましたが、中には誰もいませんでした」

「引き続き探索を続けろ。敵もシャイニング・ライトソードを持ってるって事を忘れるな」

「はっ!」

 

 闇風と薄塩たらこを倒した後、

ヌルポは探索を部下達に任せ、安全地帯に引っ込んで指揮をとっていた。

これはSAO時代からそうであったが、ヌルポは基本、

ここぞという時以外で自らが動く事はない。それから探索が始まったが、

しばらくの間は全く接敵する事もなく、ただ時間だけが過ぎていった。

だが建物内は確実に調査されていき、

ついに三人組の一隊が、ピトフーイ達の待ち構えている部屋に到達した。

三人はハンドサインで意思を交わしあった後、そっと取っ手に手をかけてドアを開くと、

一気に室内へと突入した。だが少なくとも見える範囲に適の姿はなく、

ただ正面に、奥へと続いているらしきドアがあるだけであった。

 

「クリア」

「クリア」

「クリ………いや、上だ!」

 

 三人組のうち、最初の二人は室内に問題なしと判断したが、

最後の一人はかなり慎重な性格だったようで、

それなりに高い部屋の天井に、人影がある事に気が付いた。

 

「あら、やるじゃない」

「だねぇ」

「でももう遅かったり………シノン!」

 

 天井の人影の正体は、ピトフーイ、フカ次郎、そしてレンであった。

ピトフーイはナイフを壁に刺し、その馬鹿力を駆使して天井からぶら下がっていた。

フカ次郎とレンは、そんなピトフーイの足に捕まっていた。

そして三人はそのまま敵の左右に飛び降り、敵は《その場で》左右を向き、

三人に発砲しようと構えをとった。

その瞬間に爆音と共に、正面のドアを突き破って、敵に向けて何かが高速で飛来した。

その何かは先頭にいた敵の胸の当たりに命中し、そのまま最後尾の敵まで一気に貫いていく。

 

「WHAT!?」

「OOPS!」

「SHIT………」

 

 それはシノンの放ったヘカートIIの銃弾であった。

三人の役目はヘカートIIの射線から敵を動かさない事であり、

左右に飛び降りる事でそれは確実に成功していた。

これによって大ダメージをくらった敵は咄嗟に動く事が出来ず、

両脇からまともに攻撃をくらう事となった。

 

「はぁい、ご苦労様」

 

 ピトフーイは敵の銃を持つ手ごと、敵を胴薙ぎにした。

 

「くらえぇ!」

 

 レンはPちゃんをフルオートで敵へと叩きこみ、

敵は手に持つ銃を取り落とし、そのままどっと倒れこんだ。

 

「フン、軽いぜ!」

 

 そしてフカ次郎は、最速の突きを敵の心臓に叩きこんだ。

 

「どうだ!」

 

 フカ次郎はドヤ顔をしながらそう叫んだが、そんなフカ次郎にシノンが慌てて声をかける。

 

「馬鹿、フカ、それじゃ駄目よ!」

「へっ?」

 

 直後に銃声が響き渡り、フカ次郎の額に穴が開いた。

 

「あ………」

 

 フカ次郎はALOのノリで敵を倒したと判断してしまったが、

ここはGGOであり、全ての敵は、引き金を軽く引くだけで遠隔攻撃が可能である。

今回の敵はしっかりとした技量を兼ね備えていた為、

倒れこむその一瞬で、フカ次郎に対してキッチリ反撃してきたのであった。

 

「フカ!」

「しまった、事前に念押ししておくべきだったわね………」

 

 ピトフーイは自嘲気味にそう呟きながら、フカ次郎が心臓を突き刺した敵に蹴りを入れた。

それで敵は完全に消滅したが、フカ次郎が負った傷は致命傷であり、その体も消えつつあった。

 

「す、すまねえ、ハードラックとダンスっちまった………」

「仕方ないよ、フカはGGOで、近接戦をほとんどやった事がないんだもん」

「後は任せて」

「ドンマイ」

 

 三人に慰められながら、フカ次郎はそのまま死亡した。

GGOにおいては例え心臓を貫かれようとも、別に痛みがある訳ではない為、

死亡確定までのタイムラグを生かしてこのような事が起きる場合が多い。

特に近接戦闘だと、狙いが曖昧でも命中率が跳ね上がる為、

敵に有効打を与えられる可能性が非常に高い。

この四人の中で、フカ次郎以外の三人は、そもそもがGGO出身の為、

その事を無意識に理解して動いているのだが、

戦闘力は高くとも、そういった部分に関してはフカ次郎はまだまだ素人である。

今回の場合、当たり所も実にハードラックではあったが、

とにもかくにもまた味方が一人減り、三人は更なる崖っぷちに立たされる事となった。

 

「これはさすがに参ったわね」

「敵の残りは何人かな?」

「まだ十人以上は残ってるはずよ」

「ピトさん、前みたいに無双して全員倒せない?」

「あれは相手が弱かったから………」

 

 ヴァルハラやゾディアック・ウルヴズに無双は付き物ではあるが、

それはあくまでチームとしての強さであり、

少なくとも銃の扱いや戦場での立ち回りがしっかり訓練された敵相手だと、

人数が揃わないこの状況では、例えピトフーイでもそんな事は不可能である。

もっともこれがキリトやシャナ、シズカ辺りだと、

何とかなってしまう気がしないでもないのだが、その三人は今ここにはいない。

 

「とりあえず敵の挙動を把握しておきたいわね」

「あっ、それじゃあ私が偵察に行こうか?最悪逃げればいいんだし」

 

 レンのその提案に、ピトフーイが首を振った。

 

「ううん、今回は私が行くわ、レンちゃん」

「えっ?何で?」

「だってレンちゃんじゃ、誰が敵のリーダーなのか分からないでしょ?」

 

 レンはそう言われ、言葉に詰まった。

 

「あ~、まあそれは………うん」

「その点私はさっき見たからね、余裕余裕」

「それってさっき言ってた凄く性格が悪そうって奴だよね?

それが本当に敵のリーダーだって根拠はあるの?」

「うん、私の勘」

 

 ピトフーイはさらっとそう言い、レンとシノンは顔を見合わせた。

 

「ピトの勘………」

「ああ~、ピトさんの勘かぁ………」

「お褒めに預かり光栄ですわ、おほほほほ」

 

 ピトフーイはそう高笑いしたが、そんなピトフーイにレンとシノンは同時に言った。

 

「「いや、褒めてはないから」」

「何でよ!普通に褒めていいところでしょ!」

 

 ピトフーイは二人にそう抗議すると、返事を待たずに部屋を飛び出した。

 

「それじゃあ行ってくるわ、やばそうなら合図するから、

二人は出来れば脱出しやすい場所まで下がっておいて」

「えっ?それって………あっ、ちょっ………」

 

 シノンが顔色を変えて何か言いかけたが、ピトフーイは気にせず扉を閉め、

そのまま外に飛び出していく。

 

「待ちなさいって………あ、あれ?扉が開かない?」

 

 どうやらピトフーイが何かしたらしく、その扉は押しても引いてもビクともしなかった。

 

「もしかしてピトさんが何か挟んだのかな?」

「くっ………ピトの奴、多分死ぬ気よ」

「えええええ?」

「待ち合わせの場所も相談してないし、そもそもやばそうになってこっちに合図なんかしたら、

自分の居場所を敵に知られるだけじゃない」

「た、確かに………シノンちゃん、どうする?」

「………」

 

 シノンは目を瞑って何か考えていたが、やがて目を開け、レンに言った。

 

「ピトの指示に従いましょう。ここで私達が無理をして、全滅する訳にはいかないわ」

「で、でも………」

 

 レンはピトフーイを助けに行きたそうに見えた。だがそんなレンを諭すようにシノンは言った。

 

「そもそも勝利条件を設定したのはピト自身よ。そのピトが自ら動いたんだから、

私達が下手に感情を優先してピトの邪魔をする訳にはいかないわ」

「う、うん………」

「そんな顔しないの。とにかく私達は、抗戦を続けるか退却するか、

どちらに転んでもすぐ動けるように備えておきましょう」

「そ、そうだね、うん、分かった」

 

 レンもそれで納得してくれ、

二人はニャン号とホワイトが置いてある場所に近い方へと移動を開始した。

 

 

 

 シノンの予想は当たっており、ピトフーイはチャンスがあれば、

相打ち覚悟で敵のリーダーを殺そうと考えていた。

その為、そうなった場合の勝利条件を満たす為に、

ピトフーイは部屋を出てすぐに、レンとシノンが追いかけてこないようにと、

部屋の扉のノブに細工をして出られなくしておいたのだが、

その反面、そうならない事もしっかりと想定し、予想以上にしっかりと偵察任務をこなしており、

慎重に通路を進んで、今まさに遠くに敵の集団の姿を捉えていた。

 

「さっきの銃声はこっちからだったよな?」

「ああ、三人はやられたっぽい」

「ボスに報告は?」

「もうした、まもなく司令所からこっちに到着するはずだ」

「それじゃあしばらく待機か」

「ああ」

 

 どうやら彼らは先ほどの戦闘音を聞いて終結してきたようで、

風に乗ってそんな英語での会話が届き、ピトフーイはニヤリとした。

 

「ラッキー、司令所とかに引っ込んでた敵のリーダーが、こっちに来てくれるのね」

 

 ピトフーイはこれ幸いとこの付近で待ち伏せする事にし、

どこか隠れられる場所はないかと周囲を見回した。

そして目に付いたのは、何の変哲もない木の箱である。

それを見た瞬間、ピトフーイの脳裏を、以前レンが旅行カバンの中に隠れ、

Narrow相手に無双したシーンがよぎった。

 

「あれと同じ事をこれで………って、私が入れるはずもないですよっと、

というかあの戦闘、ゴエティアの奴らが見た可能性もあるか、まあとりあえず………」

 

 そう呟くと、ピトフーイは小声でレンに通信を入れ、

何か指示を出した後、敵に見つからないように気を付けながら、鬼哭を抜いた。



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第1197話 倒れゆく仲間達

すみませんお待たせしました!やっと今年の仕事が終わりました!


「ボス、アルファチームが敵と交戦したようです。

アルファチームは全滅しましたが、プレイヤー、『フカジュロウ』を撃破、

敵の生き残りは『シィノン』『レン』『ピットフーイ』の三名だそうです」

 

 日本語が堪能なヌルポは、

その部下が敵の名前を呼ぶのに苦労しているのを見て思わずクスリと笑いつつ、

すぐに顔を引き締めて、その報告に対し、こう聞き返した。

 

「交戦場所は分かったのか?」

「はい、今からそちらに複数のチームで向かう予定です」

「待て、俺も行こう。とりあえずそいつらは待たせておけ」

「分かりました!」

 

(まさかとは思うが、二チームが全滅させられるような事になったらまずいからな)

 

 生き残りのメンバーの中には新人もそれなりの数が含まれており、

まあそれ故に訓練と称してGGOに来ている訳なのだが、

相手がシャナに近しい者達だと調査で分かっている為、

ヌルポは敵が何か隠し玉を持っている事も考慮し、

自らがすぐ後方でフォローする事を決めたのであった。

もちろんよほどの事が無い限り、自分が前に出るつもりはないが………。

 

(まああのピトフーイとかいう女が相手なら、俺が直接やりあってやってもいいか)

 

 ヌルポは少し前に自分を挑発してきたプレイヤーの事を考え、

ニヤリと笑いながら重い腰を上げた。

 

「ボス、わざわざご足労頂きありがとうございます」

「気にするな、それじゃあ行くぞ」

「はい」

 

 一同はそのまま慎重に前へ前へと進み始めた。

しばらくはただ単調な通路が続くだけで他には何も無く、

途中にいくつかあった部屋も空っぽであり、まず平穏無事といっていい探索が続いたが、

しばらく行くと、通路の端の方に木箱が置いてあった。

 

「お前ら、一旦ストップだ」

 

 それを見てヌルポは目を細め、部下達を制止した。

 

「ボス、どうかしましたか?」

「確か、あのレンというチビの戦闘記録に、

ああいった箱………まあその時は旅行カバンだったはずだが、

その中に隠れて奇襲するってのがあったはずだ。

シノンやピトフーイには無理だろうが、もしかしたらレンが中に入ってる可能性がある。

おいお前、あれに銃を撃ちこんで………いや、音がするのはまずいか、やっぱりいい、俺がやる」

 

 そう言ってヌルポは自らの輝光剣を取り出した。

ちなみに名は、アルベリヒA1『メイト・スライサー』という。

ヌルポがその赤黒い刀身の切っ先を木箱に向けた時、部下が叫んだ。

 

「ボス、あそこにピンクのチビが!」

「何っ?」

 

 見ると確かにピンクのチビ………レンが物陰からこちらを見ており、

レンは発見された事に気付き、やばっ、という顔をした後、一目散に奥へと逃げていった。

 

「追います!」

「分かった、罠の可能性も考えて、慎重にな」

「はっ!」

 

 部下のうち二チームがそのままレンを追いかけていき、

ヌルポはレンがいた事で木箱から興味を失い、メイト・スライサーをしまった。

 

「とはいえ、あれが演技だとも思えんし、おそらく罠の線は無いだろうな」

「そうなんですか?」

「ああ、本当に罠が張られてる時は、もっと嫌な感じがするもんだ」

 

 ヌルポは傍らに置いていた、例の新人とそんな会話を交わしていた。

ヌルポは今回の実戦演習で、この新人は中々見所がある奴だと感じた為、

手元に置く事にしたのである。

 

「そういやお前、マステマだったか、ここでも同じ名前にしたんだな、

あまりいい事じゃないから今後は気をつけろ」

「す、すみません、ログインした直後に先輩達にも言われました………」

「まあ普段こういうのをやらない奴は知らなくても仕方ない、

というか俺が事前に一言言っておくべきだったな、すまん」

「いや、謝らないで下さいボス、全部無知な僕が悪いんです」

「ふむ、お前は真面目………」

 

 真面目だな、と言いかけたヌルポは、何かの気配を感じて慌てて振り返った。

その喉に赤い輝光剣が突き立ち、ヌルポはまさか、という思いで目を見開いた。

 

「て、てめえ、一体どうやって………」

 

 ヌルポの喉に剣を突き立てたのは、ニタァッと笑うピトフーイであった。

その体はピトフーイの身長では絶対に中には隠れられない例の木の箱から飛び出している。

 

「分からない?それじゃあ冥土の土産に見せてあげるわ」

 

 そう言ってピトフーイは腕の力だけで箱から完全に抜け出した。

その両足は失われており、今のピトフーイは、腰から上だけの状態となっていた。

 

「お前それ、まさか自分でやったのか?」

「ええそうよ、何か文句ある?」

「いや、無えよ、全くクレイジーな女だな、気に入った、お前は俺の女にする」

 

 ここで死にかけのヌルポが、本気の顔でそんな事を言い出した。

 

「あんたの女に?残念だけど、私にはもう身も心も捧げた相手がいるのよね」

「………シャナか?」

「あら、よく知ってるわね」

「あいつとは縁があるからな、まあいい、あいつをぶち殺せばいいだけの話だ」

「出来るものならやってみればぁ?出来るものならね」

 

 そのピトフーイの煽りにニヤリと笑い、ヌルポはそのまま死亡した。

 

「う、うわあああああああああああ!」

 

 その時横でそんな叫び声が上がり、次の瞬間にピトフーイの体に銃弾が降り注いだ。

 

「あんた、確かマステマだっけ?ボスの首は頂いたわ、お生憎様」

 

 ピトフーイはマステマにそう英語で語りかけると、最後の力を振り絞って日本語で叫んだ。

 

「レンちゃん、シノン、目標達成よ!」

 

 そしてピトフーイは、ヌルポに遅れる事十数秒で、ヌルポに重なるように死亡した。

 

「ボ、ボス………」

 

 ピトフーイを倒したマステマは、呆然とそう呟いたが、

遠くからこちらに向かってくる仲間達の姿を見て、我に返った。

 

「くっ、ボスに失望されない為にも、しっかりしないと」

 

 マステマはそう言って自分の頬を叩き、仲間達に向けて叫んだ。

 

「先輩!ボスがやられました!同時にピットフーイを倒したので、

残る敵はシィノンとレンだけです!必ず倒しましょう!」

 

 マステマはそう言って銃を握りなおし、仲間達の方へと走っていった。

 

 

 

 その少し前、レンはピトフーイの指示に従って敵が見える位置まで行った後、

敵に発見されて慌ててシノンの所に戻ったところであった。

 

「レン、結局ピトの指示って何の意味があったの?」

「ちっとも分からないよ!私、ただ走って往復しただけだし!」

 

 直後に遠くから小さく銃声が聞こえ、そして通信機からピトフーイの声がした。

 

『レンちゃん、シノン、目標達成よ!』

 

 そしてピトフーイが死亡した事が確認され、

二人は頷き合うと、予め確保しておいた脱出ルートへと向かった。

 

「ピトの奴、どうにかしてやったみたいね」

「私もちょっとは役にたてたのかな?」

「どうだろ、まあとにかく私達は一刻も早くこの場から脱出しないとね」

「うん!」

 

 二人は外に出て、停めてあったニャン号とホワイトに別々に走った。

これは二台を同時に動かす事で、敵を分散させ、少しでも生存率を上げるのが目的であった。

 

「レン、こっちは無事にホワイトに乗り込めたわ、そっちはどう?」

 

 シノンはレンにそう呼びかけたが、どれだけ待っても返事がない。

 

「何かあったのかしら………」

 

 シノンはそう思いながら、仕方なく車のエンジンを始動させた。

その時遠くから銃声が聞こえてくる。

 

「今のは………」

 

 シノンは車をゆっくりとスタートさせながら、音がした方をじっと見つめた。

 

「………何か来る?あれは………レン?」

 

 シノンはこちらに近付いてくるその物体がピンク色である事からそう判断し、減速した。

そんなシノンの耳に、レンの声が飛び込んでくる。

 

「シノンちゃん、そのまま加速して!」

「っ!」

 

 シノンは弾かれるように車のアクセルを踏み、ホワイトの速度が上がっていく。

だがさすがに直ぐに最高速度に達する訳もなく、その間にレンがその快足を生かして追い付き、

助手席のドアを開けて中に滑り込んできた。

 

「レン、何があったの?」

「それが………敵の伏兵がまだいたみたいで、ニャン号が壊されてたの。

で、一気に敵が襲ってきたから通信する余裕が無くて………ごめん」

「そんなの気にしないの。それにしてもまだ伏兵が?全く後から後から………」

 

 ニャン号に限らず、個人で所有している車の類は、

もし破壊判定を受けると、相応の修理代金を請求され、その支払いが済んだ後で、街で再生する。

ゾディアック・ウルヴズの場合、支払いは自動にしてある為、

おそらく今頃専用の車庫に、ニャン号が復活しているはずだ。

 

「それじゃあ仕方ないわね、このまま………」

「という訳で報告終わり!それじゃあ私が囮になって、別方向に走るから、

その間にシノンちゃんは街まで逃げ込んで!そうすればこっちの勝ちだから!」

 

 レンはそう言ってドアを開け、外に飛び出そうとした。

シノンは咄嗟に手を伸ばしてレンの首根っこを掴み、それを止める。

おかげでレンは派手に転がり、おかしな声を上げる事になった。

 

「ふぎゃっ!」

「こら、何勝手な事を言ってるの。こうなった以上、私達の勝利条件は、

二人揃ってちゃんと街まで到達する事よ」

 

 シノンにそう言われたレンは、ひっくり返った格好のまま、目をうるうるさせた。

 

「う、うん!」

 

 こうして二人の逃避行が始まった。



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第1198話 戦況、刻々と変化す

すみません、昨日は寝落ちてしまい、少し遅れました!


 協力しあって何としても街に帰る事を決めた二人は、

当然の事ながら、最初にレンがハンドルを握る事となった。

 

「シノンちゃん、攻撃はお願い!」

「ええ、やっとヘカートIIの本領を発揮出来るわ」

 

 シノンは不敵な顔でそう言うと、ルーフから身を乗り出してヘカートIIを構えた。

 

「生き残りの敵は十人前後よね、車は何台あるのかしらね」

「ちらっと見た感じだと、五台くらいはあったよ」

「ああ、最初の敵の数を考えると、そのくらいは残ってるわよね………」

 

 単純に戦力比が一対五な上、おそらく敵の方が運転技術も上だろう。

シノンは暗澹たる気持ちになりかけたが、そんなシノンにレンが明るい顔で言った。

 

「それじゃあシノンちゃん、二人で頑張って生き残ろうね!」

 

 その何の不安も抱いていない、レンの迷いの無い表情を見て、

シノンは気持ちが上向いていくのを感じた。

 

「ええ、あいつらに私達がどれだけ手ごわいか、見せつけてやりましょう」

「だね!」

 

(シノンちゃんのこういう所がシャナ的にぐっと来るのかなぁ………)

 

 レンはシノンの男前な所を見てそんな事を考えつつ、

そのまま自分が制御出来る限界までハンヴィーのスピードを上げ、

シノンはスコープを覗いて、追いかけてくる敵のハンヴィーを確認した。

 

「本当は、トリガーはコトリと落とすように、なんだけど、

多分バレットラインのせいで、簡単に避けられちゃうわね」

 

 シノンは試しにバレットラインを見せつけるように、

トリガーに指を掛けて敵を狙ってみた。その瞬間に敵は蛇行し、見事な回避行動をとる。

 

「やっぱり無理か………まあでもこれはこれで」

 

 シノンはそう呟き、弾を消費する事なく次々と敵に狙いを定め、

バレットラインをけん制に使う事で、敵の追撃を阻む行動に出た。

こうなると、さすがに一直線に街まで向かっているこちらと比べ、

蛇行している敵のハンヴィーが徐々に遅れてくる。

 

「ふふん」

 

 シノンは得意げにそう喉を鳴らしたが、ここで敵がいきなり散開した。

左右の距離がかなり広がり、端から端まで銃口を向けるのがいきなり困難になる。

 

「くっ、反応が早い」

「シノンちゃん、大丈夫?」

「うん、まあいけると思う、そろそろ撃つわ」

 

 そしてシノンは右後方の敵に狙いを定めつつ、

いきなり限界まで体を捻って左後方に銃口を向け、そちらに向けてぶっ放した。

 

 ドン!

 

 という音と共に、ヘカートIIの弾が敵のハンヴィーに向かっていく。

 

「行っけぇ!」

 

 敵は慌てて回避行動をとったものの、その弾は見事に敵のハンヴィーに命中し、

敵をスピンさせる事に成功する。

 

「やった、ラッキー!」

 

 さすがのシノンもそんな行動をとれば、確実に敵に当てられるという保障は無かったが、

今回は上手く成功したようで、シノンは新たな弾をヘカートIIに装填し、

再び同じような行動に出ようとした。

その瞬間にシノンの顔目掛けて数本のバレットラインが集中し、シノンの心臓がドクンと跳ねた。

 

「やばっ」

 

 そのうちの一本が自分の眉間に真っ直ぐ当たっている事に気付いたシノンは、

慌てて顔を横に倒した。そして銃弾が飛来し、シノンの頬を掠めていく。

 

「危なっ!」

「大丈夫?」

「ええ、やられたら倍返しよ!」

 

 シノンは再びバレットラインを左右に動かし、いきなり途中で止めて狙撃を行なった。

だがそんなやり方がそうそう上手くいくはずもなく、その弾は無情にも外れてしまった。

 

「ドンマイ!」

「くっ、次!」

 

 

 と、再び敵のバレットラインが、ルーフのすぐ上に集中する。

こうなるとシノンも安易に上から顔を出せない。

 

「………ああもう、本当に隙が無いわね!」

 

 シノンはイラついたようにそう吐き捨て、そんなシノンをあざ笑うかのように、

車の後ろに敵の銃弾が当たり、ガンガンと音を立てて弾かれていく。

 

「こっちが防弾仕様で助かったね」

「ええ、ホワイトさまさまね」

 

 二人はホワイトを頑丈に仕上げてくれたイコマに感謝しつつ、

同時にこのままだと、耐久力の問題で、いずれ貫通されてしまうだろうと危惧を覚えた。

 

「せめてこれがブラックだったらなぁ」

「そうね、でも無いものは仕方ないわ」

「とりあえずシノンちゃん、運転を代わる?」

「そうね、敵の狙いが憎らしいほどに正確すぎて、私のヘカートIIが使えないわ。

どうやらここは、レンのPちゃんの出番ね」

「うん、任せて!」

 

 レンとシノンは車を走らせたまま運転を交代し、そのせいで一時的に速度が落ちた為、

敵の更なる接近を許す事になってしまったが、

レンが敵に的を絞らせないように左右の窓から交互に銃撃を放つ事で、

再び若干の距離を開ける事に成功した。

 

「よし!」

「ふう、これで一息つけるね!」

「ええ、出来ればこのまま逃げ切れるといいんだけど………」

 

 そう言いながらシノンはチラリとサイドミラーに目を走らせた。

その瞬間に、二人の乗るホワイトの右前輪が、ガクンと下がった。

 

「えっ?」

「うわあああ!」

 

 ここは砂漠地帯であり、シノンはそれも考慮して、

地面が陥没した場所や流砂がありそうな場所を上手く避けて走っていたが、

先ほど一瞬ミラーを覗いた事で、シノンは前方にあった小さな窪みに気付くのが遅れてしまった。

車体を立て直そうと慌ててハンドルを切ったものの、

スピードが乗りすぎていた為にホワイトはスピンして停車し、

まだ遠巻きではあるが、完全に敵に半包囲される事になってしまったのである。

それを確認し、二人はホワイトを盾にすべく、車を下りた。

 

「ごめん………」

「そんな事気にしないで!ここで敵を全員倒せばいいだけの話だよ!」

 

 レンは明るい顔でそう言い、その態度を見てシノンは冷静さを取り戻した。

 

「ううん、そうじゃないわ、敵が全員車から下りて、

こっちを包囲しようと近付いてきたら、そこでレンが一人で街に走るのよ。これが最適解ね」

「えっ?そんなのやだよ!さっきは二人で一緒に街に行こうって言ったじゃない!」

「状況が変わったのよ、レン一人がその格好で一度敵を引き離しちゃえば、

この広い砂漠ではもう二度と見付ける事は出来ないわ」

「で、でも………」

 

 レンは暗い顔でそう呟いたが、そんなレンにシノンはニコリと微笑んだ。

 

「別に自己犠牲なんかじゃないわよ。もし違う状況だったら、

レンが残って私が逃げるってケースもあるかもしれない。

でも今の状況だとレンが走った方がいい、そう、これはただのチームワークよ。

目的を確実に達成する為のね」

「チームワーク………」

 

 レンはシノンにそう言われ、顔を上げた。

 

「うん、分かった、私、頑張って走るよ!」

「ええ、お願いね」

 

 そう言ってシノンはホワイトの陰から敵を覗き、反対側からレンも敵の様子を伺った。

 

「「………………あ」」

 

 だがさすがというか、敵は一台のハンヴィーを、人が乗ったままそのまま残してあり、

いつでもこちらの後方を塞げるように待機しているように見えた。

今それを行なわないのは、単純にシノンのヘカートIIによる攻撃を警戒してのものだろう。

彼らの乗るハンヴィーはあくまでもレンタルであり、

防弾仕様への改造などは行なわれていないからだ。

 

「あはははは、あはははははは」

「今までの敵と違って笑っちゃうくらい優秀よね」

「こうなったらもう………」

「玉砕覚悟でやるしかないね」

「ええ、一人でも多く敵を倒して、今度シャナに褒めてもらいましょう」

「う、うん」

 

 シャナの名前が出た瞬間にレンはもじもじとし始めた。

 

(むぅ、こういう所がシャナの男心をくすぐったりするのかな、今度色々研究してみよっと)

 

 そんな全く緊張感の無い事を考えながら、二人は出来るだけ多くの敵を倒すべく、

ホワイトの陰から敵に攻撃する体制をとった。

 

「頑張ろう!」

「ええ」

 

 二人はけん制射撃を行ないつつ、こちらに慎重に近付いてくる敵に狙いを定めたが、

その瞬間に後方から、いきなりエンジン音が聞こえてきた。

 

「えっ?」

「あれは!?」

 

 それは一台のハンヴィーであった。カラーリングからレンタル品であるのは間違いなく、

そのフロントガラス越しに、乗っているのがゴエティアのメンバーである事が分かった。

 

「ここでまた敵の援軍?」

「もしかしたら、時間的に最初に倒した奴らかも」

「ああ~!そうかも!」

「しかしこれは………」

「あは、ぜ、絶体絶命って奴………」

「でもやるしかないわ」

「そうだね!やってやろう!」

 

 それでも目から光を失う事なく、二人は交戦的な表情で後方を向いた。

その瞬間に、遠くで何かがキラリと光り、

後方からこちらに向かっていたハンヴィーが、いきなりコントロールを失って横転し、爆発した。

遅れて重々しい銃声がこちらに届く。二人は一体何が起こったのか確認出来ないまま、

それでも何かを確信したような表情で、同時に歓喜の声を上げた。

 

「「シャナ!」」



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第1199話 クルス、日々邁進す

 詩乃達の空挺降下を見学した後、八幡とクルスは次期社長室で、熱心に勉強に励んでいた。

 

「………で、ここがこうなるので、つまりはこうなる訳です」

「なるほど、相変わらずマックスは教えるのが上手いな」

「えへっ、ありがとうございます、八幡様!」

 

 クルスはちゃっかりと八幡の隣に座り、さりげなくボディタッチも交えており、

大満足状態であった。

 

「さて、それじゃあちょっと休憩するか」

「分かりました、何か飲み物でも買ってきますね!」

「いやいや、教えてもらってるのにマックスをパシリになんかさせられないだろ、俺が行くって」

「それじゃあ二人で一緒に行きましょう!」

「ん?おお、そうだな、そうするか」

 

 八幡とクルスはそのまま部屋の外に出ると、一番近くに自販機がある遊戯室へと向かった。

 

「せっかくだから、ちょこっと何かやってくか?」

「そうですね、息抜きにちょっとだけならいいかもですね」

「マックスは何が得意なんだ?ゲームのジャンル的に」

「ゲーセンにあるようなのだと、クイズゲームが一番得意ですね、

音ゲーやダンス系も普通に得意ですよ」

「へぇ、それは見てみたいな」

「見てくれるんですか!?」

「へっ?何か問題でも?」

「いいえ、是非お願いします!」

「お、おう」

 

 いきなりクルスのテンションが上がり、ハチマンは戸惑ったが、これには理由がある。

基本八幡に、いつ何を言われてもいいように備える傾向のあるクルスは、

この遊戯室が出来た直後から、こういう機会がいずれ訪れると予想し、

暇を見ては一人で魅せるダンスプレイの練習をしてきていたのだ。

もちろん八幡以外には絶対に見られないように、

他人がいる時は某作品の三色菫さん並みの重装備をしており、

徹底して《揺らさない》ように気を付けていたのだが、

今回その封印が、遂に解かれる事となったのである。

クルスのテンションが上がってしまうのも、仕方がない事だろう。

 

「さてと………」

 

 遊戯室に入ると、中には誰もいなかった為、クルスは心の中でガッツポーズをした。

 

(よっしゃぁ!これで露出を増やせる!)

 

 クルスはそう考え、いきなり上着を脱ぎ始めた。

 

「お、おいマックス………」

「はい、どうかしましたか?八幡様」

「い、いや、どうして脱ぐのかなと………」

「きっと凄く汗をかいちゃうと思うんですよ、だからですね」

「そ、そうか、それじゃあ仕方ないな」

 

 そう答えながらも八幡の目は、

どうしてもクルスの胸とミニスカートから伸びる足へと向いてしまう。

クルスはその事に興奮してしまい、背筋にゾクゾクっと快感が走るのを感じながら、

筐体の前に立って八幡に微笑んだ。

 

「それじゃあちゃんと見てて下さいね、八幡様」

「ああ、頑張ってな」

 

 それからクルスは八幡ただ一人の為に、今まで培ってきた技術を存分に披露した。

とにかく揺れる、揺れて揺れて揺れまくる。ついでに下の方も、ひらひらひらひらとめくれ、

八幡は目の焦点を一ヶ所に絞らないように、ぼ~っとクルスの全身を見ようと凄まじい努力をし、

クルスが余裕でクリアしたのを見て、大きな拍手をした。

 

「おおおおおおお」

 

 八幡は感動したように唸ったが、具体的な事は何一つ言わない、いや、言えない。

凄く揺れた、とか、クルスは喜ぶのだろうが、八幡の口からそんな事を言えるはずがないからだ。

 

「八幡様、私のカラダ、どうでしたか?」

 

(いや、そこでカラダとか言うんじゃねええええ!)

 

 八幡はそう思いながら、慎重に言葉を探した。

 

「や………躍動感に溢れてて、とても良かったぞ」

「ありがとうございます!一生懸命練習したんですよ、八幡様に見てほしくて!」

「そ、そうか、その気持ちはとても嬉しく思う」

 

(出来れば次は、もうちょっとソフトにね?)

 

 八幡はクルスに目でそう訴えかけたが、クルスは当然別の受け取り方をした。

 

(ああっ、八幡様があんなに情熱的な目で私を見てる、

どうしよう、このままだと私、妊娠しちゃうかも!

よし、次はもうちょっと工夫して、八幡様が私を襲いたくなるように頑張ろう!)

 

 八幡の受難?はこれからも続く。

 

 パチパチパチ。

 

 その時後ろの方から誰かの拍手が聞こえ、二人は慌ててそちらの方を見た。

 

「クルクル、グッジョブ!」

「アルゴか………」

「あっ、ありがとう、アルゴさん」

 

 この時八幡とクルスは二人とも、男じゃなくて良かったとホッとしていた。

八幡はクルスの為を思ってであり、クルスは八幡以外には絶対に肌を露出させない為であったが、

結果的にその思考は一致している。

 

「いやぁ、クルクルはエロいよな、オレっちはガリガリだから羨ましいゾ」

「それはそれで魅せ方によってはとんでもなくエロくなるから大丈夫だよ。

それにアルゴさん、最近肉付き良くなってきたじゃない」

「ああ、確かに最近ブラがちょっときついかモ」

「うんうん、明らかに大きくなってるよね、おっぱい!」

 

(俺の前でそんな生々しい話をしないでくれませんかね?)

 

 八幡は心が滝汗状態になり、慌てて話題を反らそうとした。

 

「と、ところで詩乃や風太達の様子はどうだ?今は何をやってるんだ?」

「んん~?二人なら早退してGGOに行ったゾ」

「GGOに?」

「あいつら何やってるんだ、防衛戦でも発生したか?」

「八幡様」

「おう、ちょっと行ってみるか」

「はい」

「お?行くのか?気を付けてナ」

 

 アルゴはそう言いながら、自販機の方へと向かっていった。

どうやらここに来たのは八幡達と同じ理由らしい。

そして二人は次期社長室へと戻り、そのままGGOへと行ってみる事にした。

 

「それじゃあマックスはそこのソファーを使ってくれ、俺はこっちのソファーを使うからな」

「待ってください八幡様、そうするともし何かあった場合、ソファーの下に落ちちゃう可能性が」

「ん?ああ、まあ大丈夫だろ」

「いえいえ、八幡様の体に何かあったら私が明日奈や室長に怒られちゃいます!

なのでこうすればいいと思います!」

 

 クルスはそう言って、二つのソファーの間にあるテーブルをどけて、

ソファーをそのままくっつけ、二人が絶対に落ちないようにした。

要するに、自分と八幡が並んで寝られるようにしたのである。

 

「い、いや、でもな」

「明日奈に怒られちゃいます!」

「………お、おう」

 

 さすがの八幡も、明日奈の名前を出されるとそれ以上何も言えない、クルスの計略勝ちである。

 

「それじゃあ行ってみましょう!」

「ああ、行こう」

 

 そして八幡がGGOにログインしたのを確認すると、

クルスは八幡の手のすぐ横に自分の胸がくるようにし、むふふとほくそ笑んだ。

 

「ログイン中に間違いよ、起これ!リンク・スタート!」

 

 そんな欲望駄々漏れな事を言いながら、クルスもGGOへとログインした。

 

 

 

「シャナ様!」

「お、その姿は久しぶりだな、マックス」

「えへへ、銃士X見参です!」

「今フローリアに確認したんだが、防衛戦はまだまだ起こらないらしい」

「そうなんですね、それじゃあ二人は一体どこに………」

「フレンドリストの位置情報で見ると、どうやら砂漠地帯にいるみたいだな」

 

 銃士Xはそう言われ、シャナに習ってフレンドリストを開いた。

 

「あっ、ピトとかレンちゃんもそっちにいますね」

「らしい、なのでとりあえず、サプライズを狙ってそっちに向かってみよう」

「分かりました!」

 

 そのまま二人はゾディアック・ウルヴズの借りている車庫へと向かった。

 

「………ニャン号とホワイトが無いな」

「ブラックが残ってて良かったですね」

「だな、それじゃあ行こう」

「はい!」

 

 そのままシャナは運転席へと向かったが、それを銃士Xが止めた。

 

「あ、シャナ様、運転は私が!」

「ん、そうか?でも大変だろ?俺が運転するって」

「いえ、ほら私、年末の忘年会で車をもらったじゃないですか、

それでこの前免許をとったんですけど、ここでちょっと練習しておきたいんですよ」

「あ、そういう事か、それじゃあ頼もうかな」

「はい!あ、あと、最初はやっぱり不安なんで、もしリアルで初めて乗る時は、

シャナ様に隣に乗ってて欲しいんですけど………」

「ん?ああ、確かに最初って不安だよな、分かった、それじゃあ今度な」

「はい、お願いします!」

 

(よっしゃああああああ!)

 

 クルスはその優秀さを自分の欲望の為に遺憾なく発揮し、

こんな感じで八幡との距離を、日々確実に詰めていっているのである。

 

「よし、それじゃあ………ん、ストップだマックス」

「どうかしましたか?」

「いや、何か怪しい奴らがいると思ってな」

 

 見ると確かに前方に、いかにもといった感じの装備で身を固めた四人のプレイヤーがいた。

四人はレンタルのハンヴィーに乗り込み、シャナ達が向かう予定の方向へと車を走らせていく。

 

「あ、あれって確か、ゴエティアとかいう最近売り出し中の、PKスコードロンですよ」

「そうなのか?よく知ってるな」

「はい、情報収集だけはしっかりやってますので!」

「ふ~む………潰すか?」

 

 相変わらずシャナは、PKスコードロンが嫌いのようだ。

 

「それはまた今度にしましょう、今は早くシノンやピト達の所に行かないとですし」

「まあそうだな、よし、それじゃあ行こう」

「はい!」

 

 銃士Xはそのままブラックを発車させ、二人は砂漠地帯へと移動を開始した。




戦闘まで行けませんでしたが、今年最後の投稿がこれというのがまた、この作品らしいのではないでしょうか!
一日は出来れば夜のうちに早めに投稿する予定です、皆さん、よいお年を!


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第1200話 いつかこの手で

 そのまま道無き道を走り続けていた二人は、ゴエティアのハンヴィーが、

自分達の前方を走り続けている事を訝しく思っていた。

 

「なぁマックス、あいつら、俺達と向かう方向が一緒じゃないか?」

「ですね………ちょっとペースを落としますか?」

「だな、ここでやり合うのも面倒だ」

 

 銃士Xはブラックを減速させ、相手から察知されない位置まで下がった。

 

「もしかして、狙いはピト達とか?」

「かもしれないな、あいつはあれで目立つからな」

「どうします?ピトに聞いてみますか?」

「う~ん、サプライズの為にせっかくログインしてるのを隠してるのに、

もしこれが勘違いだった時にバレちまうのがちょっと惜しいな」

 

 シャナはそう答えながらフレンドリストをチェックした。

それによると、この先にはピトフーイ、レン、フカ次郎、シャーリー、シノン、

闇風、薄塩たらこの七人がいるはずであった。

 

「まあまだ距離はありますしね」

「もうちょっと様子見してみよう、どこかで向かう方向が変わるかもだしな」

「はいっ!」

 

 今二人は、ホワイトとニャン号がある位置に向けてブラックを走らせており、

今は念を入れて、ブラックが位置情報を発信しないようにしていたのである。

フレンドリストでは今いる地域がどこかまでしか分からず、

ピンポイントでその場所に着く為には、ハンヴィーの位置情報に頼るしかない。

それから十分ほど走ったが、前方のハンヴィーが進路を変える気配はない。

 

「………う~ん」

「変わりませんね」

「だな」

「もうこれは、ピト達を狙ってると断定していいのでは?」

「そうだなぁ」

 

 シャナはそう答えながら、何となくフレンドリストを開いてみた。

 

「………あれ」

「どうかしましたか?」

「レンとシノン以外の五人が、街に戻ってやがる………」

「えっ?」

「って事は、まさかもう戦闘状態なのか?」

「ニャン号とホワイトはどうなってます?」

「あっ、そうだな」

 

 モニターをいじると、ニャン号だけが街に戻っている事が確認された。

 

「さすがに物理的に、走って戻ったって事はないよな」

「ですね………やっぱりもう戦闘状態なのかもしれませんね」

「敵はゴエティアか?」

「前を走っているのが敵の援軍だと仮定したら、その可能性が高いですね」

「………よし」

 

 シャナはそう言って、M82を取り出した。

 

「一応準備はしておこう。もし前で何か動きがあったら即座に撃つ、マックスもそのつもりでな」

「分かりました」

 

 このシャナの宣言を受け、銃士Xの顔つきが完全に変わった。

色ボケ女子大生から、戦士の顔へと変わったのである。

 

「そうなると、単眼鏡の性能からして、もう少し前のハンヴィーに近寄りたい所だが………」

「あっ、シャナ様、それなら確か、

イコマ君がブラックに新しい装備を付け加えてたんじゃないでしたっけ」

「ああ、望遠カメラか、よし、使ってみよう」

 

 シャナはナビの位置にある小さなモニターをいじってカメラを操作し、

ハンヴィーの前面に設置されたそのカメラは、敵のハンヴィーの姿を大きく映し出す。

 

「おお、よく見えるな。M82のスコープで見ててもいいんだが、ちょっと大変だからな」

「これは楽でいいですね」

「だな、このままあのハンヴィーに照準を固定しよう」

 

 カメラは目標物を固定して映す事が出来るらしい。実にゲームならではな機能だと言えよう。

それからは銃士Xが運転に集中し、シャナがモニターを監視する時間が続いたが、

やがてモニターの奥に、見慣れた白い物体が横倒しになっているのが表示された。

 

「見付けたぞ、ホワイトが横倒しになってやがる!」

「加速します!」

「頼む、俺は上に行く」

 

 シャナはそのままルーフから上半身を出し、狙撃の体制をとった。

 

 

 

 シャナと銃士Xが怪しいハンヴィーを追跡している頃、

街に戻った闇風と薄塩たらこは、自分達のあまりの情けなさに、頭を抱えていた。

この場所は、ゾディアック・ウルヴズとその友好スコードロンが、

死んだ時の復活場所として登録してある場所であり、

他のスコードロンの者がここに現れる可能性はまず無い。

 

「やっちまったな………」

「ちょっと調子に乗りすぎたか………」

「マジで情けねぇ………」

 

 そんな二人は、いきなり尻の辺りに衝撃を受け、前へと転がった。

 

「フン!フン!」

「ぐわっ!」

「おわぁ!」

 

 二人が慌てて振り向くと、そこには仁王立ちする、先に戻ったシャーリーがいた。

 

「二人とも、戻ってすぐにいきなり何をうじうじしてんの?というか一体何があったの?」

「おう、聞いてくれよ、実はよ………」

 

 二人から説明を受けたシャーリーは、ぽかんと口を開けた後、

へたりこむ二人の頭にシャナばりの拳骨を落とした。

 

「制裁!」

「「ぎゃっ!」」

「ほら、これでチャラって事にしてあげるわ、さっさと切り替えなさい」

「うぅ、すまねぇ」

「サンキュー、シャーリー」

 

 二人はシャーリーの力技ながらも優しい気遣いに感謝した。

シャーリーは二人がキッチリ罰を受けたと宣言する事で、

二人の気持ちを切り替える事に見事に成功したのである。

 

「で、どうする?」

「急いで車を借りればまだ戦場に戻れるか?」

「それまで残りのみんなが生きてれば、まあ可能性はあるかな」

「だな、それじゃあ………」

 

 その直後に三人の前が光り、そこからフカ次郎が姿を見せた。

 

「くそおおおおおお!」

「フカ!?」

「お前もやられたのか?」

「すまねえ、敵と白兵戦になったんだけど、

敵を無力化するのを怠って、死にかけの敵にやられちまった」

「そうなんだ、今から私達はもう一度戦場を目指すつもりだけど………」

「もちろん俺も行くぜ!」

 

 フカ次郎は即座にそう答え、三人は頷いた。

 

「それじゃあ………」

 

 その直後に再び何も無い空間が光り、ピトフーイがその姿を現した。

 

「ピト?」

「お前までやられちまったのか………」

 

 そんな四人にピトフーイは、尻もちをついた格好のまま、ニヤリとした。

 

「相打ちで敵のリーダーは倒してきたわよ」

「「「「おおおおお」」」」

 

 四人は素直に感心し、ピトフーイを賞賛した。

 

「それでよ、ピト、俺達今からまたあそこに戻ろうかって話してたんだよ」

「今から?う~ん、確かに二人が粘ってくれれば間に合うかもしれないわね」

「だろ?」

「オーケー、それじゃあブラックを出しましょう」

「「「「おお」」」」

 

 今までの四人はゾディアック・ウルヴズの所有物であるブラックを持ち出す事は出来なかった。

だがピトフーイが戻ってきた事で、それが可能になったのである。

 

「それじゃあ急ぎましょう」

「「「「おう!」」」」

 

 五人は一丸となって車庫に走り、中に入ってぽかんとした。

 

「あ、あれ?ブラックが無い?」

「何でだ!?」

「えっと………フレンドリストを見ても、誰も来てないみたいだけど………」

 

 ピトフーイはフレンドリストを見たが、シャナと銃士Xがログインしている事を隠している為、

そこには誰も表示されていなかった。

 

「どういう事だ?」

「こんな事ってあるの?」

「う~ん………」

 

 五人は仕方なく、通常のレンタルショップに向かおうとしたが、

その瞬間にニャン号が、いきなり車庫に現れた。

 

「おわっ!」

「ニ、ニャン号?」

「どういう事だ?」

「まさか破壊されたんじゃ………」

「状況は想像以上にヤバイみたいね、まあある意味ラッキーだったわ、急ぎましょう」

「だな!」

 

 そのまま五人はニャン号に乗り込み、全速力で街を出たのだった。

 

 

 

 そして舞台は戦場へと戻る。ブラックのルーフから顔を出したシャナは、

前を行くハンヴィーのエンジン部分を貫通するように狙いを定め、即座にその引き金を引いた。

 

 ドン!

 

 という音と共に弾は発射され、そのまま見事に敵のハンヴィーを貫く。

目標のハンヴィーは、そのままいきなりコントロールを失って横転し、爆発した。

 

「よし」

「あっ、シャナ様、シノンとレンちゃんがこっちに手を振ってます!

その後ろに別のハンヴィーが三台も!」

「見えてる、次いくぞ」

「はい!」

 

 シャナはそのまま次の弾を発射したが、

引き金を引く直前に、敵のハンヴィーはいきなり蛇行し始めた。

当然シャナが放った弾は外れてしまう。

 

「くそ、バレットラインを見られて避けられた、これは完全に視認されてるな」

「どうしますか?」

「俺が運転を変わろう。マックス、ミニガンで敵を掃討してくれ」

「はい!」

 

 銃士Xはそのままシートを後ろに倒し、助手席へと飛び退いた。

そこにシャナが、上からすっぽりと収まり、運転手の交代は実にスムーズに行なわれた。

 

「行きます!」

「おう」

 

 そしてシャナは、敵と交戦中な事が確認出来た為、

ゾディアック・ウルヴズがいつも使っている周波数に合わせ、通信機でシノンに呼びかけた。

 

「シノン、状況は?」

『私とレン以外の全員がやられたわ、こいつら多分プロよ』

「そうみたいだな、今までの奴らとは反応が段違いだ」

『私達はどうすればいい?』

「こっちは今からブラックで突っ込んで、ミニガンで敵を掃討する。

二人はそこから援護してくれ」

『オーケー、任せて』

 

 シャナは通信を終えると、ぐいっとハンドルを回し、

タイヤを滑らせながら、そのまま右斜め前方を走るハンヴィーへと軌道を変えた。

こういう運転技術は、まだ銃士Xには荷が重い為、シャナが運転を代わったのである。

そして敵もそんなブラックに向け、既に攻撃してきていたが、

ブラックの厚い装甲を貫通する事は出来ていない。

 

「撃ちます!」

 

 直後に銃士Xの声がし、ガガガガガ、と銃弾が乱射される音がした。

その弾は敵のハンヴィーを見事に蜂の巣にし、ハンヴィーはそのままスピンして動きを止めた。

 

「よし」

「次いきま………あっ、シャナ様、敵が!」

「ん?」

 

 見ると敵の残りの二台のハンヴィーは、既に逃走へとうつっていた。

実に見事な状況判断であり、これにはさすがのシャナも舌を巻いた。

 

「判断早いですね」

「やるもんだなぁ………」

「ですね………」

「よし、とりあえずシノンとレンと合流だ、ホワイトが動けばいいんだが………」

 

 シャナはそう言ってブラックをホワイトの横に付けた。

外に出ると、シノンとレンが感極まった様子でシャナに抱きついてくる。

 

「「シャナ!」」

「おう、とりあえず二人が無事で良かった」

 

 シャナは軽々と二人を受け止め、直後にレンはそのままだったが、シノンがシャナから離れた。

 

「ま、まあ別に助けてもらわなくても余裕だったけどね」

「そうか、それはすまなかったな」

 

 シャナは気を悪くしたでもなくそう言い、

銃士Xとレンはそんなシノンを見て、やれやれと肩を竦めた。

 

「さて、とりあえずホワイトは………修理に出さないとか、

詳しい話も聞かないとだし、全員でブラックに乗るとして、

とりあえずホワイトは、このまま修理に出しちまうか」

 

 シャナはそう言ってコンソールを操作し、それでホワイトは姿を消した。

 

「わっ、シャナ、今のは?」

「一定以上のダメージをくらってる場合は、メニューから直接修理に出せるんだよ。

今頃は多分、街の車庫に戻ってるはずだ」

「ほえぇ、便利だねぇ」

「まあゲームならではだよな」

 

 シャナは笑顔でそう言い、四人はそのままブラックに乗り込んだ。

 

「で、結局何があったんだ?」

「えっとね………」

 

 シャナは一連の出来事の説明を聞き、これは手ごわい敵が現れたもんだと唸り声を上げた。

 

「話を聞く限り、随分と手ごわい相手みたいだな」

「うん、腕がなるわよね」

「まあ強い敵は大歓迎だな、しかしいかにもプロっぽい外国人集団か、

一体何が目的でこっちに来たんだろうな」

「何だろうね?」

「まあいい、かちあったら全力でやり合うだけだ」

「だねぇ!」

「私達は、ゾディアック・ウルヴズですしね!」

 

 四人は明るい顔で笑い合うと、その十五分後、

こちらに向かってくるニャン号と合流する事となったのだった。

 

 

 

 シノンとレンの下に全力で向かっていたピトフーイ一行は、

前方からハンヴィーが走ってくるのを見て警戒感を高めたが、

その色が黒であった為、速度を落としてじっくりとそちらを観察した。

 

「あ、あれってもしかして、ブラック?」

「乗ってるのは………シャナじゃねえか!」

「えええええ?」

「どういう事?」

 

 そのまま二台は停車し、その場で情報交換が始まった。

 

「シャナ!それにイクスちゃんも何でここに?」

「悪い、サプライズの為に姿を隠してたんだよ、そういやまだそのままだったな」

「隠蔽、謝罪」

 

 闇風と薄塩たらこ相手だとその方が楽なのか、銃士Xがそう言い、

他の者達は、このモードも久々だなぁと懐かしさを覚えた。

 

「しかしまぁ、とんでもないやり方で相打ちに持ち込んだんだな、ピト」

「えへへぇ、凄いでしょう?」

「凄いっていうか、やっぱりお前は頭がおか………こ、個性的だな」

「おかしい、確実」

「ついでに敵のリーダーの写真も撮っといたよ」

「マジか、その状況でよく撮れたな」

「敵の情報収集は基本だしね!」

 

 ピトフーイは得意げにそう言うと、シャナにその写真を見せた。

そこには確かに外国人らしき顔立ちのプレイヤーが映し出されており、

被ったマスクが破れ、半分くらい顔が見えている。

 

「ん………」

 

 その写真を見て、シャナは首を傾げた。

 

「こいつ、どこかで見た事があるような………」

「そうなの?」

「どれですか?」

「これなんだが………」

 

 それを横から覗きこんだ銃士Xは、ヒュッと息を飲んだ。

 

「シャナ様、多分これ………」

「ん、マックスはこいつに見覚えがあるのか?」

 

 その時銃士Xが、単語単位で喋るのを忘れるくらい、驚いた表情でそう言った。

 

「はい、あの、これってもしかして、ヌルポなんじゃ………」

「はぁ!?あのヌルポだと!?」

 

 シャナはピトフーイが撮ったSSを再び覗き込み、そのまま押し黙った。

 

「………どうですか?」

「ああ、間違いないな、こいつはヌルポだ」

 

 クルスはかつて、八幡がアメリカにいた時にヌルポの事は見ており、

記憶力抜群だった為、その顔をよく覚えていたのであった。

ヌルポことPoHが、八幡の敵だとハッキリ理解していたせいもあるだろう。

忠誠心の高いクルスは、八幡の敵の顔は絶対に忘れないのである。

 

「シャナ、ヌルポって?」

「お前には前に話した事があったと思うけどな、

こいつはSAOの悪名高き殺人ギルド、ラフィンコフィンのリーダーだったPoHって奴だ」

「殺人ギルドぉ!?」

「マジかよ………」

 

 一同はその言葉に、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「ああ、間違いない。俺はアメリカのGGOで確かにこいつと遭遇した」

「ど、どうする?」

「まあゲーム内での殺人とか、もう不可能だから、何かを心配するような必要はないが、

とりあえずここで見掛けたら、ボコボコにしてやる………」

 

 そのシャナの珍しい、殺気のこもった言葉に、

レン、シャーリー、フカ次郎、闇風、薄塩たらこの五人は戦慄したが、

残りの三人の反応は違った。

 

「へぇ、そうなんだ?それじゃあ今度会ったらぶち殺してあげましょっか。

あ、どっちが早くこいつを殺せるか勝負ね」

 

 シノンは獰猛な表情でそう言った。かつて八幡と共にリアルで死線をくぐった詩乃は、

こういった時にはとことん腹が据わっている。

 

「もしリアルで見つけたら、社会的に葬ってやりたいですね」

 

 一方銃士Xは、凄惨な笑顔を見せながらそう言った。

クルスは八幡が全てな為、おそらく自身が犯罪まがいの事をする羽目に陥っても、

決して躊躇う事なくそれを実行し、八幡の敵は絶対に許さないだろう。

最後にピトフーイだが、こちらの反応は全く違っていた。

 

「ど、どうしようシャナ、私、こいつに『俺の女になれ!』って言われたんだけど」

「はぁ!?」

「えっ?」

「ピトさん、本当に!?」

「何だそりゃ?」

「ああ、同類だと思われたとか?」

「ありえる………」

 

 ピトフーイのその言葉に、仲間達は口々にそう言ったが、

当のシャナはしばらく無言であった。

 

「えっと………シャナ?」

「………………んな」

「え?」

「ふざけんな!あのクソ野郎!」

 

 シャナは突然激高し、シノンや銃士Xも含め、他の者達は本気で戦慄した。

 

「うちのピトに惚れただと?俺の仲間にちょっとでも近付いてみろ、

生まれてきた事を後悔させてやるぞ………」

「シ、シャナ………」

 

 ピトフーイはそんなシャナを見てうるうる状態である。

 

「シャナぁ!」

「「「「「「「あっ!」」」」」」」

 

 ピトフーイはそのままどさくさ紛れにシャナに思いっきり抱きついたが、

まさかのまさか、シャナはそのままピトフーイを受け止め、固く抱きしめた。

 

「お前は絶対に渡さん」

 

 それは別に恋愛的な意味での言葉ではなかったのだろうが、

シャナの口からその言葉が飛び出した事で、

今日というこの日は、ピトフーイにとっては、ここまでの人生で最良の日となった。

 

「まあ好都合だ、せっかく日本サーバーに来てくれたんだ、

その間に絶対にあいつは俺がこの手で直接狩ってやる」

 

 シャナはそう宣言し、これによって、ゴエティアとゾディアック・ウルヴズは、

完全に敵対する事となったのだった。

 

 だがそれ以降、幸か不幸かゴエティアとシャナ達がしばらく遭遇する事はなく、

ただゴエティアが大暴れし、多くの有名スコードロンがその餌食となるという、

日本サーバーにとっては黒船襲来とも言うべき悪い結果が、淡々と積み上げられる事となった。

そんなゴエティアとゾディアック・ウルヴズが再び対峙する事になったのは、

オーグマーが発売された後、第四回BoBの開催が決まった後となる。



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第1201話 信賞必罰

休みの間はちょっと早めの時間に………


 シャナ達が合流したその頃、ゴエティアの生き残りは街に戻り、

先に死んでいった仲間達と合流を果たしていた。

 

「ボス、申し訳ありません、敵の援軍が来た為、やむなく撤退いたしました」

「謝る必要はない、勝てない戦いに挑むのはただの馬鹿だからな。

で、援軍はどのくらいの規模だったんだ?」

「対物ライフル持ちが乗った、ミニガンを標準装備したハンヴィーが一台です」

「ほう?って事はレンタル車じゃないって事か」

「はい、一応映像は記録しておきました、ご覧下さい」

「おう、分かった」

 

 こういった部分が、普通のプレイヤーとは一線を画す部分である。

例え撤退するにしても、次にぶつかった時に備えて情報収集は欠かさない。

 

「………シャナか」

「はい、その時は分かりませんでしたが、映像を見て確信しました」

「なるほど、なら逃げて正解だったな。あいつの相手は俺くらいにしか出来ないだろう。

いや、近接戦闘なら俺でもきついかもしれん」

「それほどですか」

「ああ、腕が互角だとしても、おそらくステータスの差で負ける。

ゲーム内戦闘ってのはまあ、そういうもんだ」

「なるほど………」

 

 ヌルポはあくまでも冷静であった。実はSAO時代からそうである。

表面上は道化を演じているようでも、その頭の芯は常に冷えていた。

だからラフィンコフィン壊滅の日にも、冷静に敵と味方の戦力を計算し、

自分に被害が及ばないようにさっさと逃げ出したのである。

ヌルポは軍上がりなだけあって、常に冷静な現実主義者なのであった。

もっともここはゲーム内であり、その気になれば、いつでも楽しむ為の戦闘が出来る男、

それがこの、ヌルポ、そして元PoHことヴァサゴ・カザルスという男であった。

 

「ボス、ここでどのくらい鍛えれば、俺がそいつとまともに戦えるようになれますか?」

「ふむ、マステマか。そうだな………仕事と訓練と飯とクソ以外の時間を全てここで過ごす、

それくらいの覚悟があれば、あるいは半年くらいである程度モノになるかもしれないな」

「分かりました、ありがとうございます!」

 

 今回の戦いを経て、ヌルポはこのマステマという新人への評価をかなり高めていた。

 

(こいつはかなり使えそうだ、名前も悪くない)

 

 実はヌルポの本名であるヴァサゴというのは、悪魔の名前であった。

そして同様にマステマというのも悪魔の名前なのである。

 

(フン、今日からしばらく俺が直接鍛えてやるか)

 

 ヌルポはそう考えつつ、部下達に言った。

 

「よし、今日の訓練はここまで。明日もまた、日本サーバーでプレイヤー狩りを行なうが、

とりあえずシャナの野郎とかち合いそうになったら即撤退だ。

あいつらとやるのは最後の楽しみにとっておく事にする、皆それを忘れるな」

「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」

 

 そして仲間達が落ちた後、一人その場に残ったヌルポは、ピトフーイの事を考えていた。

 

「………シャナの野郎をぶっ倒しただけじゃ、

あのいい感じにイカレた女は俺の物にはならんよなぁ、本当に日本に移住する訳にもいかんし、

ここじゃ無理やりってのも不可能だし、さて、どうしたもんかな………。

まあいい、とりあえず今日は興奮しちまってどうしようもねえから、適当に誰か見繕うか」

 

リアルで体だけの関係の女が複数いるヌルポは、

今日はどの女の所に行こうか、などと呟きながら、そのままログアウトした。

 

 

 

 街に戻ったシャナ達を迎えてくれたのは、驚いた事に、ビービーとデヴィッドであった。

ビービーは最初に倒された後、デヴィッドと合流し、TーSなどから話を聞きつつ、

ゴエティアの情報を色々と集めていてくれたらしい。

 

「ビービー、うちの連中を助けに来てくれたんだってな、ありがとな」

「べ、別にあんたの為じゃないわよ、私はただ、フカ次郎への借りを返しただけ。

それ以上でもそれ以下でもないわ」

「それでも結果的に助けになってくれたんだろ?ありがとな」

「ふん、まあそこまで言うならお礼の言葉を受け取っておくわ。

でも忘れないで、もう借りは返し終わったんだから、あんた達はまた私達の敵だから」

「おう、お手柔らかに頼むわ」

「ふん」

 

 ビービーはシノンばりのツンデレっぷりを発揮しつつ、シャナからの感謝を一応は受け入れた。

そしてその横では、相変わらずの仲の悪さを見せつけるように、

ピトフーイがデヴィッドにからんでいる。

 

「ヘイ、ダビド!キャンユースピークイングリッシュ?」

「本っ当にてめえはうぜえな!」

 

 デヴィッドは敵の英語が理解出来なかった事をからかわれていると即座に悟り、

苦々しい顔でピトフーイに罵声を浴びせた。

 

「あはははは、ごめんごめん、心配してくれてありがとねん」

「はっ、全く心配なんかしてなかったけどな。むしろお前が死んだって聞いた時にゃ、

思わず仲間と乾杯しちまったくらいだぜ」

「もう、素直じゃないなぁ?でもごめん、私の身も心もシャナのものだから諦めてね!」

「デヴィッド、もし良かったらこいつを引き取ってくれてもいいぞ?」

 

 そこにシャナがかなり本気な顔でそう言ってきた。

 

「それは本気で勘弁してくれ。俺の好みはもっとこう………」

 

 そう言ってデヴィッドは何となく辺りをきょろきょろし、銃士Xの姿を見て目を止めた。

だがタイミングの悪い事に、その視線を塞ぐようにフカ次郎が立ち止まり、

本当にたまたまなのだが、そのままデヴィッドの方に目を向けた。

 

「ん?私かぁ?」

「いや、違………」

「え、マジで?」

「よりによってフカか?」

「っていうかデヴィッドってもしかして、ロ………」

「違うわ!ふざけんな!」

 

 デヴィッドは慌てて否定したが、周りの者達は、デヴィッドからじりじりと距離をとっていく。

そして当のフカ次郎がデヴィッドの前にやってきて、その顔をじろじろと下から覗き込んだ。

 

「ふ~む、まあ話くらいは聞いてやってもいいぜ!

という訳で、酒場へレッツゴーだぜ!あ、支払いはそっち持ちな!」

 

 そう言ってフカ次郎は、有無を言わさずデヴィッドを酒場へと引っ張っていった。

少なくとも力に関しては、フカ次郎の方がデヴィッドよりも断然上なのだ。

ちなみにピトフーイは、ついさっきシャナが、

『デヴィッド、もし良かったらこいつを引き取ってくれてもいいぞ?』

と言った直後に興奮のあまり失神寸前まで追い込まれ、強制切断されかけていた。

シャナは、相変わらずまとまりの無い奴らだと苦笑しつつ、

仲間達に注意喚起を行なう事を決め、勉強の途中という事もあり、

今日はこのままログアウトする事にした。

 

「俺は勉強中なんでそろそろ落ちるが、シノンと闇風はまだバイトを続けるのか?」

「う~ん、さすがに疲れたから今日は帰るわ」

「俺もそうするわ」

「そうか、まあ何かあったら俺の部屋に顔を出してくれ、それじゃあな」

「ええ、またね」

「またな、シャナ!」

 

 シノンと闇風はバイトの疲れもあったのだろう、そう言って先にログアウトしていった。

 

「シャナ、またね!ピトさんの事は私に任せて!」

「ああ頼むわ。レンものんびり休むんだぞ」

「シャナさん、それじゃあまたです」

「またな!」

「ああ、また」

「みんな、またね!」

 

 そして仲間に挨拶した後、シャナと銃士Xは共に落ち、他の者達も順にログアウトしていった。

 

 

 

「ん、ううん………」

 

 八幡は自室のソファーで目を開けると、起き上がろうとして手を僅かに横へとずらした。

その瞬間に手が柔らかいクッションのような物に触れ、八幡は何だろうかと手をにぎにぎした。

 

「やんっ………」

「ん?」

 

 妙に色っぽい声が聞こえ、八幡は何だろうと思いそちらを見た。

見ると自分の手がクルスの胸を思いっきり掴んでおり、

クルスは顔を紅潮させ、うるうるした目で八幡の方を見ていた。

 

「おわっ!わ、悪い!」

「いえ、喜んでいただけて何よりです、八幡様!」

「………べ、別に喜んではいないけどな」

「か、固かったですか!?」

 

 そう言われ、八幡は本気で困った。

この状況では、柔らかかったという以外の選択肢が無いからだ。

 

「や………」

「や?」

「柔らかかった、大丈夫だ、何の問題もない」

「そうですか!喜んでいただけて何よりです!」

 

 八幡はもう、その言葉を否定する事は出来なかった。

 

「それじゃあついでに、この私の足を撫でてもいいわよ、ほら、遠慮しないの」

「おわっ!」

「ほえ?」

 

 いきなりそう後ろから声がかかり、八幡の真横ににょきっとしなやかそうな足が差し出され、

そのまま八幡の手が誰かに捕まれ、その足に押し付けられた。

 

「おいい?」

「えっ?も、もしかしてざらざらだった?」

 

 八幡が慌てて振り向くと、そこにあったのは詩乃の悲しそうな顔であった。

おそらく演技であろうと思われ、八幡は即座に突っ込んだ。

 

「お前、それ、演技だよな?」

「女の子の足に触っておいて、そんな事を言うなんて………」

「いや、お前が無理やり触らせたんだよな?」

「ひ、ひどい、経緯はどもかく今もまだ、まさぐるように触ってる癖に………」

「あっ」

 

 八幡は慌てて詩乃の手を振りほどこうとしたが、

詩乃は思ったより力が強く、八幡が詩乃に気を遣って全力を出さなかったせいもあり、

八幡の手はまだ詩乃の太ももに密着していた。

 

「は、離せ!」

「い・や・よ」

「またそれかよ………」

「感想は?」

「………………」

「感想は?」

 

 八幡は、何故俺はこんなにこいつに弱いんだろうかと思いながら、仕方なくこう答えた。

 

「す、凄くすべすべです………」

「よろしい」

 

 詩乃はそれで八幡の手を解放し、詩乃とクルスは、イェ~イ、とばかりにハイタッチをした。

 

「お、お前らな………」

 

 八幡はぷるぷる震えながら二人に抗議しようとし、

それを察知した二人は素早くアイコンタクトを交わした。

 

「八幡、こんなにクルスさんにお世話になってるんだから、ちゃんとお礼はしないと駄目よ。

信賞必罰がうちのルールなんだから」

「え?あ、ああ、もちろんだ」

「いいんですか!?」

 

 クルスは念押しの意味も込めてそう言った。八幡が、ここで駄目と言えない事も計算済である。

 

「とりあえず車の練習に付き合う件はいつでもいいぞ。

でもそれだとお礼としては弱いから、う~ん………」

 

 真面目な八幡は、苦情を言う事も忘れ、考え込んでしまった。

 

「八幡様、それなら頑張って最後まで頑張って生き残った詩乃にも何か………」

「た、確かにそうだな、よく頑張ってくれたな、詩乃」

「い、いいの?」

 

 詩乃もクルスを見習い、即座にそう言った。もちろん八幡がここで首を横に振る事は出来ない。

 

「そうだな、そうなると香蓮もか………」

「あっ、そうですね!」

「人数も四人だとおさまりがいいわね」

「それじゃあどこに………」

 

 ここで八幡が言い出すとしたら、おそらく食事だろう。

二人はそう判断し、更なる利益を追求する為に、凄まじい速度で頭を回転させた。

 

「あっ!」

「ん、どうした?マックス」

「あ、あの、もし良かったら、これから詩乃と一緒に私の家に来ませんか?

で、そこから私の運転で、香蓮を迎えに行けばいいと思います!」

「ああ、それはいい考えだな、それじゃあそうするか」

「それならその途中で私の家に寄ってもらってもいいかしら、

この格好だとちょっとラフすぎる気もするし」

「そうだね、おしゃれしたいよね!」

「うん、まあそんな感じ」

「分かった、それじゃあそんな感じでいくか」

「うん!」

 

 話はそう纏まり、とりあえずクルスの家まで、三人はキットで向かう事になった。

キットはそのまま戻ってもらえばいいからだ。

この時点で、クルスの家に行って香蓮を回収した後の事は何も決まってなかったのだが、

八幡はまだその事に気付いていない。

というか、クルスがそう言い出したのは、そもそもそれをじっくり考える為の時間稼ぎでもある。

 

「悪い、それじゃあ俺はちょっと、帰るって小猫に伝えてくるわ」

「はい、分かりました!」

 

 そして八幡が秘書室に入った後、二人は再びハイタッチをした。

 

「クルスさん、ナイス!」

「とりあえず今のうちに香蓮にも連絡しないとだね」

「あっ、そうだね」

 

 そして詩乃が香蓮に連絡を入れた。

 

「あ、もしもし、香蓮さん?ちょっとこれから八幡と一緒に遊びに行かない?」

『行く!』

 

 さすが香蓮、即答である。

この三人は、誰かに許可を取る必要がないというのも大きなメリットである。

 

『どこに行くかは決まってるの?』

「それはまだなんだけど、一応お泊りの準備はしておいて損は無いかも」

 

 詩乃がいきなりそう言い、クルスは詩乃に、グッと親指を立てた。

 

「それだ!」

『お、お泊り?分かった、今から準備するね!』

「うん、クルスさんの運転で迎えに行くからまだ時間に余裕はあるけど、

多分………え~と、どのくらいかかるかな?」

「一時間くらい?」

「一時間くらい後に迎えに行くわね」

『オッケー、楽しみにしとくね!』

 

 電話を切った後、二人は再びハイタッチをした。実にテンションが高い。

そこに八幡が戻ってきた。

 

「悪い、待たせたな、それじゃあ行くか」

「はい!」

「レッツゴー!」

 

 こうして八幡の知らない所で、さくさくと話は進んでいくのだった。



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第1202話 夜のドライブ

 八幡、クルス、詩乃の三人は、そのままクルスの自宅へと向かった。

ソレイユから三十分ほどかかったが、思ったよりも近い。

 

「ここです、八幡様」

「お~、思ったよりも近いんだな」

「あ、自宅なんだ、勝手にマンションか何かで一人暮らしだと思ってた」

「ソレイユの寮に入るから、もうすぐそうなるけどね」

 

 そしてクルスはキットから下り、同時に八幡も下りた。

 

「八幡様?」

「よし、それじゃあ挨拶に行くか」

「あ、挨拶!?」

 

(まさかそれは、娘さんを僕に下さい的な!?)

 

「え?あ、いや、直属上司としては、挨拶くらいしておくべきだろうと思ってな」

「あっ、そういう………」

 

 クルスは目に見えて落胆したが、そんなクルスの肩を、

いつの間にか一緒に下りていた詩乃が、ポン、と叩いた。

詩乃はもちろんクルスの心の声を正確に把握している。

 

「八幡にそういうのを期待しても無駄無駄」

「だよね………」

「お前らが何を言ってるのかよく分からないんだが………」

 

 八幡は困惑しつつ、ネクタイを直して身なりを整えた。

 

「あっ、というか八幡様すみません、今うちの親、二人とも出張でいないんですよ」

「あ、そうなのか?お仕事は何を?」

「二人とも商社勤めですね」

「そうなのか、それは残念だな」

「あ、せっかくですし、ちょっとお茶でも飲んでいきませんか?

香蓮には一時間くらい後って言ってあるからまだちょっと時間はありますし、

私も着替えたいですしね」

「ん、そうか?それじゃあそうさせてもらおうか」

「詩乃も私の部屋に来ない?引越しで処分する小物とか服とかあるし、欲しかったらあげるけど」

「えっ、いいの?行く行く!」

 

 八幡はそんな二人を微笑ましく眺めながら、クルスの案内で家の中に入った。

 

「お、お邪魔します」

「お邪魔しま~す!」

「それじゃあ二人とも、ちょっと待ってて」

 

 クルスはそう言って台所へいき、二人はリビングのソファーに腰を下ろした。

クルスは手際よくお湯を沸かし、ティーセットを用意してお茶の準備をした。

その手際には、家事に慣れている詩乃も感心したようで、

「女子力高っ」などと思わず呟いたりもしていた。

 

「八幡様、詩乃、どうぞ」

「おう、頂きます」

「ありがとう、クルスさん」

 

(どうも詩乃は、クルスを尊敬してるフシがあるよな………)

 

 八幡はそう思いつつ、出された紅茶を口にした。

 

「うん、美味い」

「それなら良かったです!」

 

 クルスは顔を綻ばせ、それから少しだけ歓談した後、

クルスと詩乃は、クルスの部屋へと消えていった。

それから十分ほどして、詩乃がほくほくした顔で沢山の服を抱えて戻ってきた。

 

「見て八幡、どれも凄くセンスがいいの!いっぱいもらっちゃった!」

「そうか、良かったな」

 

 八幡はそういったセンスが皆無な為、曖昧にそう頷いた。

そして後ろからクルスがコート姿で戻ってきた。

八幡の前にいるにしては珍しく、完全武装しているような格好であったが、

八幡は特に疑問に思わず、ただ寒いんだろうと思っただけであった。

その為、八幡は二人が後ろ手に、怪しい大きめの紙袋を持っていた事に気付かない。

そしてクルスがニコニコと笑顔で言った。

 

「それじゃあ八幡様、もらった車の所に行きましょう」

「ああ」

「行こ行こ!」

 

 八幡は、そういえば車種は何だったかと思いながら、二人の後をついていった。

忘年会の時は拘束されていた為、よく見ていなかったのである。

 

「これです!」

「あ」

 

 車庫に着くと、驚いた事に、クルスがもらった車は八幡が最初に買った車と同じものであった。

最近はキットが便利すぎてほとんど乗る機会が無くなっており、

今はほぼ小町専用になっているのが実情である。

というか、八幡は就職祝いに小町にその車をあげるつもりであった。

 

「これ、俺の車と同じやつだな」

「ふふん、です!」

「八幡ってキットの他に車、持ってたんだ?」

「そういえば詩乃に初めて会った時は、もうキットに乗ってたからな。

というかマックスは知ってたのか?」

「もちろんです!八幡様の事は何でも知ってますから!」

「そ、そうか、まあほどほどにな」

「はい!」

 

 八幡は若干引きながら、大人しく車の助手席に座った。

 

「さて、それじゃあ詩乃の家に寄ってから、香蓮を迎えに行きましょう!」

「おう」

「うん!」

 

 三人はそのまま詩乃の家に行き、詩乃はクルスに手伝ってもらって、

もらった服を持って部屋に消えていった。

そしてささっと着替えを済ませたのか、簡単な手荷物を持ってすぐに戻ってくる。

 

「オッケーよ」

「随分早かったな」

「当然、いつもこういう事態に備えてるもの」

 

(こういう事態?)

 

 八幡は意味が分からなかったが、まあ友達のお出かけとかそういう奴だろうと思い、

特に突っ込むような事はしなかった。

 

「それじゃあ香蓮さんの家にレッツゴー!」

 

 そして三人はそのまま香蓮の家に向かった。

その道中で八幡は、クルスが戸惑うそぶりを見せた時に的確なアドバイスを送り、

クルスを安心させていた。

 

「俺も最初はそうだったなぁ」

「八幡でもそうだったんだ?」

「当たり前だろ、もし事故でも起こしたら、俺だけの問題じゃなくなるんだからな」

「えらいえらい」

「えらそうにしてるが、俺としてはお前のスピード狂の方が心配なんだが………」

「大丈夫大丈夫、その辺りはちゃんと弁えてるから」

「本当かぁ?」

 

 八幡は詩乃の軽口にジト目を向け、クルスは楽しそうに笑った。

そうこうしてる間に見慣れた香蓮のマンションが見えてきた。

その前には相変わらずスーパーモデルのような、すらっとした長身の香蓮が立っている。

 

「香蓮!」

「クルス!」

 

 クルスが運転席からそう声をかけ、香蓮は嬉しそうにクルスに手を振った。

 

「八幡君、詩乃ちゃん!」

「すまん、待たせたか」

「ううん、全然」

「香蓮さん、準備はもういいの?」

「う、うん、言われた通り、バッチリだよ」

 

 香蓮は何故か照れた顔で、こちらの方をチラチラ見ながらそう言ったが、

八幡にはその理由が分からない。

 

「ん~?」

「さて、それじゃあ行き先なんですが」

 

 八幡が胡乱げな顔で何か言いかけたのを、クルスがそう遮った。

 

「せっかくだし、八幡様の家を目指すというのはどうでしょうか。

土地勘もあって、運転のサポートをしてもらうにもいいと思うんです」

 

 クルスと詩乃は、先ほどクルスの部屋に行った時に、

ACSを使って香蓮とも連絡を取り、こう提案する事を決めていた。

たださすがに自宅となると、明日奈の承認が不可欠な為、

事前に明日奈にも根回ししておくという念の入れようだ。

ちなみに一応第二候補は八幡のマンションであるが、三人は断られないだろうと予想していた。

 

「そうだな、距離もそれなりだし、周りの飲食店も分かるし、

簡単なドライブだと思えばいいかもしれないな」

 

 案の定、八幡は素直にその提案を受けてしまう。

 

「うん、たまには遠出もいいね!」

「そうだね、楽しいかも」

「あ、でもお前達、帰りが結構遅くなっちまうかもしれないが、大丈夫なのか?」

「平気平気、だってほら、私達、一人暮らしだし」

「私も平気。多分実家だったとしても、うちの親は八幡君の事を知ってるから平気」

「ああ、確かにそうだな。そうすると残るはマック………」

「問題ありません」

「そ、そうか」

 

 八幡は、この中でただ一人実家住まいなクルスに声をかけようとしたが、

クルスが凄まじい反応速度でそう答え、八幡は頷く事しか出来なかった。

 

「それじゃあ行くか」

「はい!」

 

 それから比企谷家までのドライブが始まり、

八幡の教習所では教えてくれない色々なアドバイスのおかげもあって、

クルスの運転の腕前は、目に見えて向上した。

 

「八幡様、どうですか?」

「ああ、もう隣に乗ってて何の不安もないな。マックスは車両感覚はいいみたいだから、

左に寄せるのももうバッチリだ」

「ありがとうございます!」

 

 そして、あと十分も走れば八幡の家に到着するという所で、

詩乃がさりげなくこんな提案をしてきた。

 

「あ、ねぇ、あそこにスーパーがあるじゃない?

せっかくだし、あそこで車庫入れの練習もしたら?初心者には難しいんでしょ?」

 

 これはもちろん打ち合わせ通りの行動である。

クルスは八幡以上にこの辺りの地理を熟知しており、

周囲にどんな施設があるのか、とても詳しいのだ。

 

「お、そうだな、俺も飲み物とか買っておきたいし、そうするか」

「分かりました、それじゃあやってみますね!」

 

 クルスはやる気満々でスーパーの駐車場へと入り、

八幡にハンドルの切り方を指示してもらいながら、

人目が無いのをいい事に、三度場所を変えつつバックでの駐車をこなしてみせた。

 

「八幡様、かなりいい感じに慣れてきました!」

「おお、バッチリ出来てたな、これでもうなんでもこいだな」

「はい!」

 

 四人はそのまま二十四時間営業のそのスーパーに入ったが、

入ってすぐに、クルスと香蓮はちょっと探したい物があるといって別行動をとった。

残った詩乃は、八幡の買い物に付き合った後、八幡をあちこち連れまわし、

もしかしたらクルスと香蓮が待っているのではないかと八幡を不安にさせたが、

直後にまるで見ていたかのように香蓮が現れ、

「八幡君、もうちょっとかかっちゃうけどいい?」などと言ってきた為、

八幡は詩乃に更に引っ張りまわされる事になった。

何故こんな事になったかというと、比企谷家に訪問した後に、

明日奈も交えて四人で夕飯を作る事が既に決まっており、

その献立が何かバレないように、クルスと香蓮が何を買っているのか、

八幡にみられないようにとの配慮からであった。

何かを大量に買った事自体はもちろん八幡にバレてしまうが、

その場合は「明日奈に頼まれた」で通す事まで事前に決められている。

 

「八幡様、お待たせしました!」

「お、おう、って、随分買い込んだな、マックス」

「あ、これ、明日奈に頼まれた分なんです」

「そういう事か、なら俺が持とう」

「いえいえ、車のトランクまでですし、どうって事ないですよ」

「ん、そうか?うちの買い物なのにすまないな」

「いえいえ」

 

 そして四人は無事に比企谷家に到着し、それを明日奈が出迎えた。

 

「八幡君、おかえり!みんなもいらっしゃい!」

 

 そして明日奈は当然と言った顔で八幡に言った。

 

「八幡君、あがってもらうよね?」

 

 それを受け、八幡は当然のように頷き、四人を家に招待した。

 

「まあちょっとゆっくりしようぜ、という訳で是非お茶でも飲んでいってくれ」

「ありがとうございます!」

「家まで来るのは初めてね」

「それじゃあお世話になるね」

「実は俺も久々なんだけどな」

 

 こうして詩乃、クルス、香蓮の三人は、初めて比企谷家を訪問する事となった。



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第1203話 八幡と明日奈の部屋

 四人が室内に入ると、辺りには料理のいい匂いが充満していた。

 

「あれ、料理中だったんだな、明日奈」

「うん、まあ二人分しか作ってないけどね」

「………小町や、父さんと母さんは?」

「お父様とお母様は今日は帰れないって連絡があったよ。

小町ちゃんはもうすぐ帰ってくると思うんだけど………」

 

 そう言いながら明日奈は、自然な動作でスマホを取り出した。

 

「あっ、小町ちゃんも、今日は帰れないみたい」

「そうなのか?」

「うん、ついさっき連絡が来てたみたい。困ったな、そうすると、ご飯が余っちゃうね」

「だなぁ………」

 

 もちろんこの流れは出来レースである。小町は今日は、寮の直葉の家に泊まる事になっており、

最初から帰ってくる予定は無い。そして明日奈はニコニコと笑顔で八幡に言った。

 

「今から三人分増やせばいいんだけど、材料がちょっと足りないかな?」

「ああ、それなら私達が買った食材があるから、それを使えばいいんじゃない?」

「いいの?」

「うん、別にこれが無いとどうしても困るって訳じゃないしね」

「でもそれだと、俺からみんなへのお礼が………」

 

 八幡がこう言い出す事ももちろん想定内である。

 

「それじゃあ食材費だけ出してくれればいいわよ。

お店でいいものを食べるよりも、心のこもった手料理の方が嬉しいしね」

「………そうか、そうだな」

 

 それで八幡はあっさりと引き下がった。

これは明日奈にそうするようにアドバイスされた結果である。

八幡の性格的に、食材費を自分が出したという事実さえあれば、

それで細かい事は気にせず、絶対に満足してくれるから、というのが明日奈の意見であった。

 

「それじゃあみんなで料理しよっか!」

「いいね!やろうやろう!」

「それなら俺が………」

「あんたは料理がそんなに得意じゃないでしょ、ここは私達に任せなさい」

「いやいや、明日奈に手伝ってもらえば俺だって………」

「八幡様、みんなで楽しく料理をする機会をもらえたのは、私達にとっては何よりの楽しみです」

「………分かった、みんながそう言うなら」

 

 そんな八幡に、四人は仲良く頷いたのだった。

それからキャッキャウフフ状態で、四人は仲良く料理をしたのだが、

それが完成した時点で、明日奈が米を追加で炊いていない事に八幡は気付かなかった。

八幡もまだまだ修行が足りないようである。

 

「それじゃあいただきます」

「「「「いただきます!」」」」

 

 そして楽しい食事の時間が始まった。

八幡は、全員の『これは私が作ったの攻撃』に見舞われ、若干顔を青くさせていた。

幸い腹痛にまでは至らなかったが、かなり苦しい状態だった為、

八幡は四人に断って、ちょっと家の周りを散歩する事にした。

 

「八幡君大丈夫?私もついてこうか?」

「いや、本当に家の周りをちょっと一周してくるだけだから大丈夫だ」

「そう?それじゃあ片付けをした後、先にお風呂に入っちゃうね」

「ああ、悪いな、頼むわ」

「うん!」

 

 明日奈はわざと主語を省いてそう言った。

もちろんお風呂に入るのは、明日奈だけじゃなく他の全員もなのだが、

八幡は胃の内部の圧力のせいで、まったく頭が回っていない。

 

「それじゃあ行ってくる………」

「本当に気を付けてね?」

「お、おう………」

 

 八幡はよろよろと外に出ていった。明日奈はそんな八幡を心配に思いながらも、

これで計画は順調に進むなと、小悪魔めいた表情をした。

 

「それじゃあぱぱっとお風呂に入っちゃおっか!え~と、組み合わせは………」

「私は香蓮さんとでいいわ、そうじゃないと、もぎたくなりそうだから」

 

 その詩乃の言葉に、明日奈とクルスは思わず胸を抱え、後ずさったのだった。

 

 

 

 そして八幡はしばらく歩いているうちに、食べたものが消化され、

どんどん胃が楽になってきていた。

 

「ふぅ、まったくあいつらは限度ってものをだな………」

 

 そうぼやきながらも、八幡の顔は若干にやけぎみであった為、

どうやら楽しかったのは間違いなさそうだ。

 

「何か甘いものでも買って帰るかな」

 

 八幡はそう考え、コンビニで色々と買った後、そのまま家へと帰った。

 

「ただいま」

「あっ、お帰りなさい、お腹はもう大丈夫?」

「おう、バッチリ快調だ………ってあれ、みんなパジャマに着替えたのか?」

 

 八幡は、そちらをあまり見ないように気を付けながらそう言った。

何故ならそのパジャマ姿が微妙に際どかったりしたからだ。

明日奈の格好も、特に胸元がそんな感じだったのだが、

明日奈に関しては、これくらいのレベルなら、

慣れている事もあって、八幡は特に意識しないで済んでいた。

 

「うん、せっかくだし、このままパジャマパーティーとしゃれこもうかなって」

「ああ、まあみんなの都合が良ければいいんじゃないか?

でもよくパジャマなんか持ってたな」

「私がクルスさんからもらった中にあったのよ」

「ああ、そうなのか」

 

 八幡は何の疑問も持たずにそう答えたが、正直突っ込みどころが満載である。

そもそも香蓮の体にピッタリなパジャマをクルスが持っているはずがないではないか。

 

「それじゃあ今日はみんな泊まりか。あ、明日奈、これ、買ってきたからみんなで食べてくれ」

「これって?あ~!ありがとう八幡君!」

「そういう事になったなら、俺も自分の部屋で楽な格好に着替えてくるわ」

「うん、分かった!」

 

 明日奈はそのまま戦利品を持っていき、すぐにジャンケンの掛け声が聞こえてきた。

八幡はそれを微笑ましく思いながら、階段をのぼって自分の部屋へと足を踏み入れた。

だが見慣れたはずのその部屋は、驚くべき変化を遂げており、

八幡は部屋の中を見るなり度肝を抜かれ、そのまましばらく固まった後、絶叫した。

 

「………………へ?………ええ?何だこりゃあああああ!」

 

 その声を聞き、四人が慌てて部屋に駆け込んでくる。

 

「八幡君、どうしたの?」

「あ、明日奈、これは一体………」

「これ?あ、ああ~!」

 

 そこにあったのは、いつもとほとんど変わらぬ八幡の部屋、

そして壁をぶち抜かれてそこと繋がった、明日奈の部屋であった。

 

「えっと、八幡君、もしかして最近全然こっちに帰ってなかった?」

「………正月に挨拶には来たけど、そういえば自分の部屋には入らなかったな」

「去年の十二月にね、その、お父様とお母様が、改装するって言い出してね、

それで今はこんな感じなんだよね」

「マジか………」

「で、ベッドは処分しちゃってね、代わりにあれを………」

 

 いつもとほとんど変わらぬ、というのはつまり、変わった部分があったという事であり、

シングルだった八幡のベッドが、いつの間にかダブルベッドに変わっていたのである。

当然明日奈が使っていたベッドも処分されてもう無い。

なので二人がここに泊まる際には、同じベッドに寝る他はないという事だ。

まあ今日はそういう訳にもいかないので、明日奈の部屋寄りの空いたスペースに、

大量の布団やクッションが、明日奈の手によって既に持ち込まれており、

それを見て初めて八幡は、これが予定されていた行動の結果だという事に気が付いた。

 

「そんな訳だから八幡君、気にせず早く着替えちゃってね、私達、下で待ってるから」

「お、おう………」

 

 そして明日奈達が下に戻っていった後、八幡は頭をガシガシかきながら呟いた。

 

「………まあみんなが楽しいんだったら別にいいか。俺は下で寝ればいいしな」

 

 八幡はそう呟くと、スウェットに着替え、リビングへと戻った。



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第1204話 比企谷家の夜

 二階から下りてきた八幡を見て、明日奈が駆け寄ってきた。

 

「あっ、八幡君、どう?少しは落ち着いた?」

「ああ、取り乱しちまって悪かった」

「それは仕方ないよ、誰だっていきなりあんな風になってたら驚くと思うし………」

 

 明日奈は八幡を気遣うようにそう言ったが、

他の三人はむしろ、先ほどの明日奈の言葉に闘志を燃やしていた。

 

『去年の十二月にね、その、お父様とお母様が、改装するって言い出してね、

それで今はこんな感じなんだよね』

 

 完璧に妻としてのセリフである。

明日奈はわざわざマウントを取りにくるような事はしない為、

これは自然と口から出た言葉なのだろうが、

他の三人にとっては、自身と明日奈の差を痛感させられる言葉でもあった。

だがここにいる三人は、そんな事で落ち込んだりはしない。

むしろ闘志を燃やし、明日奈に認めてもらえる範囲で八幡にアピールする気満々であった。

 

「まあそんな訳だから、今夜俺は、とりあえず下で寝る事にするわ。

みんなは上で、楽しく女子会でもしていてくれ」

「はぁ?そんなの駄目に決まってるじゃない。風邪でもひいたらどうするのよ、ね?明日奈?」

 

 ここで詩乃は、明日奈を引っ張り込む為に、同意を求めてそう言ってきた。

 

「うん、部屋は広いんだし、気にせず八幡君も一緒に上で寝ようよ」

「いや、しかしだな………」

「八幡様、大事な時期なのですからここで体調を崩すのはまずいと思います」

「そうだよ、意地を張ってないで、ね?」

 

 クルスと香蓮もそれに乗り、八幡はこれは断れないと見て、消極的に頷いた。

 

「わ、分かった、それじゃあそうさせてもらうわ」

「やったぁ!」

「それじゃあみんなで上に行きましょうよ、もういい時間だしね」

「うん!」

 

 明日奈を先頭に、四人は階段をのぼっていく。八幡はとぼとぼといった感じでその後に続き、

部屋に入った後、他の者達から少し離れた所に陣取り、

さてどうしようかと、久しぶりに入った自分の部屋をきょろきょろと眺めた。

 

「………そういえば積み本がいっぱいあったんだったっけか」

 

 八幡はそう思い、本棚に歩み寄って、とりあえず『私の幸せな結婚』と『西野』を手にとった。

 

「………ああ、これもこれも、絶対に続きが出てるはずだよな、

そのうちまとめて買わないとか………いや、むしろこの時間にポチるか」

 

 八幡はそう呟きながら、所持しているラノベの続きがどのくらい出ているか確認しようと、

スマホを手にとって色々と調べ始めた。

そして女性陣は、そんな八幡の姿を眺めながらも、楽しそうに会話を始めた。

 

「それで今日は、どういう流れで集まる事になったの?」

「えっとね、実はGGOで、最近売り出し中のPKスコードロンとぶつかっちゃって………」

 

 その会話は八幡の耳にも届き、それで八幡はハッとした。

 

「あ~、そうだったそうだった、なぁ明日奈、ちょっといいか?」

「あ、うん、どうしたの?」

 

 明日奈は八幡にそう呼ばれ、女豹のポーズのままこちらに歩み寄ってきた。

実に目の毒だが、八幡はそんな明日奈の胸元から目を離す事はなかった。

明日奈が相手だからであったが、ある意味男らしい。

明日奈もその事に気付いていたが、逆に嬉しい為、全く気にはしていない。

そして明日奈が目の前に来ると、八幡はやや真面目な表情を作って明日奈に言った。

 

「今詩乃が言ってたPKスコードロンのリーダーな、どうやらあのPoHみたいなんだ」

「………えっ?それって八幡君がアメリカで会ったっていう?」

「覚えてたか、ヌルポってプレイヤーだな、見た目も一緒だったし、PoHで間違いない」

「そうなんだ………」

 

 明日奈は何か考え込んでいたが、やがて顔を上げ、八幡にこう問いかけた。

 

「で、八幡君はどうするの?」

「あいつに関わるのは時間の無駄だと思うが、もしいい機会があったら、狩ってやろうと思う」

「狩る、かぁ………ねぇ八幡君、PoHって強かったんだよね?」

「ああ、あの時は腕一本を斬ってやったけどな、多分本気じゃなかったと思う」

「そっかぁ………それじゃあ私も今度暇を見て、GGOに行って特訓しておこうかな」

「特訓?何のだ?」

「私がやり合うとしても、銃で戦うのはやっぱり向こうに一日の長があると思うし、

せっかく輝光剣があるんだし、私も銃の弾くらい、斬れるようになっておこうかなって」

「確かにな、俺も銃での接近戦には自信が無いし、ちょっと練習しておくか」

「うん、やろうやろう!」

 

 二人の会話はいい感じに纏まったように聞こえるかもしれないが、

言っている内容は実に頭がおかしい。残りの三人もそんな二人を見て、

『えっ?嘘でしょ?』といった表情をしている。

 

「それじゃあ和人も誘って、指導でもしてもらうか」

「うん、今度学校で頼んでみよっか」

「だな」

 

 八幡と明日奈は事も無げにそう言い、三人は戦慄しつつ、

この二人なら、すぐにマスターしそうだよねとひそひそと話していた。

 

「それじゃあ八幡君、読書の邪魔しちゃってごめんね?」

「いや、話かけたのは俺だろ、こっちこそ邪魔しちゃって悪いな」

「あっ、そうだったっけ」

 

 明日奈は、てへっといった感じで自分の頭をコツンと叩いた。

これを普通の女の子がやると、あざといとしか思われないが、

ヒロイン力の高い明日奈がやると、まったく自然な動作に見えてしまうところが恐ろしい。

そして明日奈は三人の所に戻り、ごろんと布団に横になって、再び会話を始めた。

釣られて他の三人も、ごろごろし出す。

それをチラっと横目で見た八幡は、四人のお腹や背中の肌がチラチラと見えていた為、

慌てて視線を本に戻し、出来るだけそちらを見ないようにせねばと考えた。

これは見る事そのものを避けたのではなく、例えばその姿を詩乃あたりに見られ、

おかしな絡み方をされないようにしないとと考えたからである。

そんな考え方をするくらい、今の八幡は、女性の肌に慣れてきてはいるのだ。

これもある意味立派な成長と言えよう。

 

「でね、今日思ったんだけどさ………」

「あ~、そういうの、あるよね!」

「私は逆にね………」

「確かに………」

 

 そんな四人の言葉が断片的に聞こえてきたが、

本に集中するにつれ、それも耳に入っているようで入ってこなくなり、

そのまま八幡は、本の世界に没頭する事となった。

 

 

 

「八幡様、ちょっといいですか?」

 

 それからしばらくして、誰かが近付いてくる気配がし、続けて八幡に、そう声がかけられた。

 

「ん?ああ、マックス、どうかした………あれ?」

 

 八幡が体を起こして振り向くと、そこにいたのはクルスではなく明日奈であった。

 

「あれ、明日奈?」

「そうですよ、誰だと思ったんですか?八幡様」

 

 明日奈は八幡にそう答え、それできっと、何かの遊びなんだろうと思い、

それに合わせてやるかと考え、こう返した。

 

「いや、気のせいだったわ。で、何の用だ?マスナ」

 

 八幡としては咄嗟に考えたネーミングだったが、それがツボにはまったのか、

明日奈はその場で腹を抱えて大笑いを始め、釣られて他の三人も笑い始めた。

 

「「「「あはははははははは」」」」

 

 八幡は、上手く笑いが取れたと満足し、若干ドヤ顔のまま明日奈が落ち着くのを待っていたが、

明日奈は少ししてから起き上がり、笑い涙を拭きながら深呼吸をした。

 

「ふぅ、ふぅ………」

 

 明日奈は何とか呼吸を整えた後に真顔に戻り、八幡に言った。

 

「八幡様、今里香から連絡があって、三月の頭に理事長と先生達の歓送迎会をやるらしく、

その時生徒がやる出し物の案を、八幡様にも何かないか考えて欲しいそうです」

 

 ちょっと顔を赤くしながら演技を続ける明日奈を見て、八幡は内心でこう思っていた。

 

(何これかわいい、ちょっと相手をするのが面倒な気もするが、だがそこがいいまである)

 

「八幡様?」

 

 明日奈に再びそう呼びかけられ、それで八幡は我に返った。

 

「あっとすまん、ええと………歓送迎会?」

「はい、今の理事長の発案だそうで」

「またあの人は………」

 

 八幡は理事長のドヤ顔を思い浮かべながら、ため息をついた。

だが咄嗟に何かいい案が出てくるはずもない。

 

「………分かった、何か考えておくわ」

「お願いします!」

「で、明日奈、その芸風は一体………」

「イメージチェンジです!」

「あ………そ、そう………」

「はい!」

 

 明日奈はそう、やり切った風に満足げな表情を浮かべながら、

エア眼鏡を指でくいっくいっと直す仕草をし、三人の所に戻っていった。

 

(何だかなぁ………)

 

 八幡は苦笑しながら再び読書に戻ったが、

この夜のイメージチェンジイベントは、これで終わりではなかったのである。



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第1205話 四人は知りたい

すみません、年明けにめっちゃ忙しいのが来て、全く更新出来ませんでした………、
今週は一日か二日置きくらいになるかもしれません(滝汗)
申し訳ありませんが宜しくお願いします。


 八幡が読書に熱中していた時、明日奈達四人は、こんな会話を交わしていた。

 

「………でね、やっぱりそういうシノンちゃんの男前なところが、

シャナ的にぐっとくるのかなって思ったの」

「待って待って、レンがもじもじしてる所を見て、

そういう所がシャナの男心をくすぐるのかなって思ったんだけど」

 

 今日の戦闘の途中で、詩乃と香蓮がお互いの事をどう思ったのか話し出し、

明日奈とクルスはどちらが正しいとも言えず、う~んと腕組みした。

 

「ねぇクルス、クルスは八幡君の好みの女の子ってどんなタイプだと分析してる?」

「それは明日奈みたいな子なんじゃ?だからこそ付き合ってるんでしょ?」

「う~ん、でも私の場合は、一緒に戦いを生き抜いたってのが大きい気がするから、

私が必ずしも八幡君の好みのタイプかどうか、分からないと思うんだよね」

「「「それはない」」」

 

 明日奈も本気でそう思っている訳ではないのだろうが、当然他の者達から突っ込みが入る。

 

「違うの、あくまで好みの問題であって、好きとか嫌いとかそういう話じゃなくてね?」

「好き嫌いじゃない部分って事?」

「ああ、そういう事か………」

「そういう事なら、確かに確認してみたくはあるわね」

「でもあの八幡が素直に言うかしら?普通に明日奈って言いそうじゃない?」

「う~ん………」

 

 四人は車座になって、それはそうかもと首を捻った。

 

「何かそれとなく聞き出せる方法は………」

 

 その香蓮の言葉で、四人は何となく八幡の方を見た。

読書中の八幡は、どうやら何か面白い展開にでもなっているのだろうか、若干にやけている。

 

「………あっ!」

 

 その時クルスが何か思い付いたようにそう言った。

 

「何かひらめいた?」

「うん、八幡様はラノベとかアニメは好きじゃない?

なので、この作品だとどの女の子が好き?とか聞きまくってみたらいいんじゃないかな」

「なるほど………」

「そうすると、作品選びにも注意しないとかしらね」

「ならこの部屋にある本で、アニメ化されてる作品を中心に聞いてみればいいんじゃない?」

「「「それだ!」」」

 

 こうしてクルスの提案からとんとん拍子に話が進み、明日奈が代表して八幡に声をかけた。

 

「八幡君、ちょっと本を見せてもらうね?」

「ん?ああ、うん」

「ありがとう!」

 

 明日奈は片っ端からラノベやマンガの一巻を手に取り、こちらに持ってきた。

 

「こんな感じかな?」

「それじゃあ手分けして調べましょっか」

「だね」

 

 四人はどの作品がいいか、ACSを駆使して調べ始めた。

ACS、AIコミュニケーションシステムは、こういう時に便利である。

 

「私からはこれとこれ、あとこれね」

「こっちは何も無かった、後は?」

「こっちから三冊追加で」

「あと明日奈は?」

「う~ん、ねぇ、思ったんだけどさ」

 

 明日奈は何か気になる事はあるらしく、本を開いたままそう言った。

 

「どしたの?」

「いやね、この本、五ツ子が出てくるんだけど、この場合って性格の違いが大事じゃない?

で、八幡君が女の子を選ぶ時に、それを考えないって事はないと思うんだよね」

「………それはそうかもだけど」

「それならいっそ、見た目と性格の両方について聞いてみればいいんじゃない?」

「そうしよっか」

「ちょっとずつでもいいから絞り込んでいかないとね」

 

 こうして話が纏まり、いざ八幡に声をかけようとしたその時、

明日奈のスマホに何かメッセージが届いた。

 

「あ、里香からだ」

 

 明日奈はスマホをいじってメッセージの内容を確認し、むむむ、と呟いた。

 

「どしたの?」

「何かね、三月の頭に理事長と先生達の歓送迎会をやるらしくって、

その時生徒がやる出し物の案を、私達にも何か考えて欲しいんだって」

「歓送迎会?」

「うん、理事長が交代するし、先生も何人か代わるんだよね」

「そうなんだ、でもそういうので出し物って、珍しいわよね」

「あ~、ほら、雪ノ下理事長の発案みたいだから」

「ああ………」

 

 他の者達は、それで納得してしまう。

 

「なら仕方ないわね」

「出し物かぁ、ステージとかでやるのよね?」

「多分ね」

「そしたらやれる事って結構限定されるよね」

「私は演劇とかしか思いつかないわ」

「そうだねぇ」

 

 明日奈はのんびりとした口調でそう相槌を打ち、そんな明日奈にクルスが呆れるように言った。

 

「他人事みたいな言い方だけど、もしそうなったら明日奈は絶対にヒロインをやらされるからね」

「あ~、白雪姫とかシンデレラとかだ」

「えっ?私、演技なんか出来ないよ?」

「別にお金を取ってやるものじゃないんだから、素人に毛が生えた程度で十分でしょ」

「えええええ?」

「とりあえず八幡様に報告するんだよね?

それなら試しに私の役をやってみなよ、それくらいならいけるでしょ?」

「クルスの?それなら多分………」

 

 明日奈は普段のクルスの態度を思い出しながら、ぶつぶつと何か呟き出した。

 

「私はクルス、私は秘書、私はクルス、私は有能な秘書」

 

 明日奈は一旦目をつぶり、そして再び開くと、

何故か曲がった眼鏡を直すかのような仕草をした。

どうやら明日奈の秘書のイメージは、眼鏡をかけているものらしい。

 

「よし、いってくる」

「頑張って!」

「肩の力を抜くのよ」

「見守ってるからね!」

「うん!」

 

 明日奈は、ふんすっ、とばかりに鼻息も荒く立ち上がり、八幡の方へと歩いていった。

 

「八幡様、ちょっといいですか?」

「ん?ああ、マックス、どうかした………あれ?」

 

 そんな明日奈を見て、八幡が目をキョトンとさせる。

 

「そうですよ、誰だと思ったんですか?八幡様」

 

 三人は、八幡がどんな反応をするか興味津々だったが、

八幡は顔色ひとつ変えずに平然とこう返してきた。

 

「いや、気のせいだったわ」

 

(受け入れた………)

(意外と乗ってくるね)

(まったく動揺しないわね)

 

 三人はひそひそとそう囁き合ったが、直後に八幡がこう付け加えた。

 

「で、何の用だ?マスナ」

 

 それがマックスと明日奈の強引な合成語だと分からない者はおらず、

明日奈も含めて四人は盛大に噴き出す事となった。

 

「「「「あはははははははは!」」」」

 

 度し難い事に、八幡は満足げに頷いており、その態度に四人は更に笑いを誘われる事となった。

 

「マ、マスナって何?」

「八幡様の唯一の欠点な気がする………」

「ゲームの中じゃ、結構いいネーミングとかするのにね」

「それにしても明日奈、笑いすぎ」

 

 明日奈は笑いながら床を転げまわっていたが、しばらくして落ち着いたのか、真顔に戻った。

 

「八幡様、今里香から連絡があって、三月の頭に理事長と先生達の歓送迎会をやるらしく、

その時生徒がやる出し物の案を、八幡様にも何かないか考えて欲しいそうです」

 

 顔をやや赤くしながらも、キリッとした態度でそういう明日奈を見て、

八幡がどんな態度をとるのか三人は興味津々だったが、

八幡は表面上は全く普通の態度をとっているように見えた。

 

「普通だね」

「みたい」

「変わらないね」

 

 そこから明日奈は八幡に状況説明をし、やり切った表情をしながらこちらに戻ってきた。

 

「ふう、やったね、八幡君、ちょっと照れながら凄く喜んでた」

「「「えっ?」」」

 

 三人はそんな気配を微塵も感じられる事がなかった為、ぽかんとした。

 

「そ、そうなの?」

「うん、間違いないよ」

「そういうの、分かるの?」

「えっ?分からなかった?」

「全然………」

「あれぇ、思いっきり顔に出てたんだけどなぁ」

 

 そんな明日奈を見て、三人はひそひそと囁き合った。

 

(((さすが明日奈………)))

 

 どうやらこの三人でも明日奈にはまだまだ及ばないようである、

明日奈の正妻力、推して知るべしという事だろうか。

 

「ところで明日奈、今のついでにさっき話し合った質問をすれば良かったんだ?」

「あっ、忘れてた!」

「せっかくだし、今度は別の芸風でやってみない?」

「べ、別の?」

「大丈夫、誰かの真似をするだけでいいから」

「わ、分かった、誰でもいいよね?特徴がある人、えっと、えっと………」

 

 それから一分後、明日奈は立ち上がり、再び八幡に近付いていった。

 

「八幡君、ちょっといいかニャ?」

 

(フェイリス?)

(フェイリスさんだね)

(フェイリスかぁ)

 

 そんな明日奈を見て、八幡は今度はあからさまに顔を赤くしたのだった。



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第1206話 香蓮、そして詩乃

お待たせしてしまって申し訳ありません(汗


 八幡があからさまに顔を赤くしたのを見て、三人はスッと目を細めた。

 

「もしかして八幡様はケモナー?」

「というか単純に猫耳萌えなんじゃ」

「でも今の明日奈は猫耳は付けてないよ?」

「となると、単純に今の明日奈がかわいいと思ってるだけかも?」

「どうにも判断がつかないわね」

「比較対象が必要みたいな?」

「こうなったらみんなで行くしかないか」

「「それだ」」

 

 三人は頷き合うと、そのまま八幡に近付いていった。

 

「八幡様、私達もちょっとお話があるのニャ」

「八幡、ちょっといいかニャ?」

「八幡君、私もちょっと聞きたい事があるのニャ」

「えぇ………?」

 

 八幡は、一体何事かと戸惑った様子で四人の顔を交互に見た。

だがその顔色は、先ほどまでよりも普通に戻っていた為、

八幡が猫耳萌えである疑惑は薄れる結果となった。

 

「………みんな、一時撤退ニャ!」

 

 そんな三人の意図を把握したのか、明日奈がそんな指示を出した。

 

「分かったニャ」

「八幡、ここは出直すのニャ」

「ごめんね八幡君、また後でニャ」

「お、おう………」

 

 八幡はホッとしたような顔でそう答え、四人は元の場所へと戻った。

 

「………う~ん」

「何か顔が赤くなったトリガーがあると思うんだけど」

「単純に明日奈だから?」

「それならそれで納得もするんだけど」

 

 四人は車座になって腕組みし、う~んと悩み始めた。

そんな四人を遠くから見ている八幡は、一体何なんだと思いつつも、

四人の仲がとてもいいように見える為、まあいいかと表情を柔らかくした。

 

「とにかく情報が足りないわ、当初の予定通り、質問してみましょう」

「そうだね、何かヒントが出てくるかもしれないしね」

「それじゃあ明日奈、お願い」

「任せて!」

 

 明日奈は今度は普通に八幡に近付き、八幡は、またかと苦笑しながら明日奈に目を向けた。

 

「今度は何だ?」

「えっとね、ちょっと聞きたい事があるんだけど」

「おう、何だ?」

「この中だと誰が一番好き?」

 

 そう言いながら、明日奈は前もってスマホに仕込んでおいた画像を八幡に見せた。

 

「この中から?それならこの子だな」

「ふむふむ、それじゃあ次、これ!」

「これか………う~ん、敢えて言うならこの子か」

「それじゃあこれは?」

「これは難しいが………この子だな」

「次は………」

「まだあるのか………」

 

 それから明日奈はいくつかの画像を八幡に見せ、八幡は律儀にその質問に答えていった。

 

「よし、こんなもんかな、ありがとう八幡君!」

「ああ、何の意味があるのかはよく分からないが、役にたてたなら良かったよ」

 

 そして明日奈は三人の所に戻り、八幡がどう答えたのか説明をした。

 

「むむむ………」

「これは………」

「見事に共通点が無い………」

 

 三人は質問の結果を聞き、それがまったくバラバラのタイプだった為、混乱する事になった。

 

「どういう事?」

「八幡君って実は好みとか無いのかな?」

「これを見ると、そう判断するしかないわね」

「見た目は重視してないみたいに見えるけど」

「アニメのキャラはみんなかわいいし、現実ではあまり参考にならないって事なのかしら」

「それでも好みはあるだろうし、それが無いって事は、やっぱり性格重視?」

「見た目じゃなく性格の面から調べ直してみましょう」

「だね」

「それじゃ手分けしよっか」

 

 四人はそのまま八幡が選んだキャラクターの性格を調べ始めた。そして出た答えは………。

 

「「「「共通点が無い」」」」

 

 恐ろしい事に、各キャラに共通する要素で五割を超えるものは皆無であった。

 

「もしかして好みなんか無いって事?」

「かわいければ誰でもいいとか?」

「た、確かにうちのメンバーはみんな個性的で、共通点なんてあんまり無いけど………」

「それでも敢えて共通点を上げるとすれば………」

「「「「みんなかわいい!」」」」

 

 自分で言うなという感じではあるが、

実際周りから高評価を受けている女性が多いのは確かである。

 

「それはまあ置いておいて、結局どういう事?」

「私達の知らない別の要素があるとか?」

「う~ん………」

 

 正解は、作中でとても輝いているシーンがある、なのだが、

実際に作品を読んでない以上、これを分かれというのは無理があるだろう。

 

「このアプローチはきっと違うね、こうなったら初心に帰ろう」

 

 四人のリーダーとも言える明日奈がそう宣言した。

 

「初心………」

「そう、要するに八幡君が何に反応するかが大事って事」

「なるほど、色々やってみて、八幡が顔を赤くするかどうか、観察すればいいって事ね」

 

 そうは言ったものの、四人は何をすればいいのか分からない。

なので必然的に、先ほどの成功例に習う事になってしまう。

 

「いつもと違う私………」

「ギャップ萌え………」

「八幡のお気に入り………」

 

 四人はそれぞれ頭の中に誰かの姿を思い浮かべ、準備が出来た者から八幡に近付いていった。

その一番手は香蓮である。

 

「は、八幡君」

「お、おう」

 

 この時点で当然八幡も、四人が何かおかしな事をやろうとしていると気付いており、

香蓮が相手でも、若干身構えていた。

 

「すぅ~、はぁ~………」

 

 そして香蓮は深呼吸をすると、香蓮には似つかわしくない緩んだ顔をした。

 

「………くんくん、こっちから八幡の匂いがする!

ほらいた!さっすが私!という訳で、いっただっきま~っす!」

 

 そう言いながら香蓮は八幡に飛びかかり、胸に顔を埋めてくんくんとその匂いを嗅ぎ始めた。

 

「これってまさかのエルザ?」

「まあ香蓮はエルザと仲良しだし………」

「というか、大人がエルザを演じると、こうなるんだ………」

 

 小柄なエルザだから許されていた部分もあるのだろう、

その変態っぷりを香蓮が演じるのは、正直言って若干怖い。

八幡も相当慌てたのか、香蓮の腕を掴み、自分から引き離そうとする。

 

「………痛っ」

 

 その掴む力が若干強かったのか、思わず香蓮がそう言い、

八幡は慌ててその手を離そうとした。

 

「っと、悪い」

「はぁ、はぁ、もっと、もっと強く………」

「「「「ええええええええ」」」」

 

 ここまでやるか、という感じで他の四人はドン引きである。

そこで香蓮は我に返り、そして八幡と目が合った。

それで香蓮は若干顔を青くし、ススッと八幡から離れていき、

仲間達の後方で体育座りをしながらクッションに指で字を書き始めた。

 

「し、しまった、キャラの選択を間違えた………」

 

 そのあまりにも哀れを誘う光景を見て、他の三人は、

方向性を間違えるととんでもない事になると改めて感じ、

自分が演じようとしているキャラが本当に大丈夫なのかどうか、改めて検討し始めたのだった。

 

 そして次に、詩乃が立ち上がって八幡に近付いていった。

 

「は、八幡」

「し、詩乃、今ならまだ間に合う、考え直せ」

 

 八幡は詩乃をけん制したが、詩乃は穏やかな顔で八幡に言った。

 

「ちょっと隣、いい?」

「え?あ、お、おう」

 

 そのいつもと違う雰囲気に、八幡はつい承諾してしまう。

 

「………」

「………」

 

 そしてしばしの無言の後、詩乃は八幡に語りかけた。

 

「思えばあんたと出会ってから、色々な事があったよね」

「そ、そうだな」

「こうして隣に座ってお喋りしてると、直ぐに時間も経っちゃうよね」

「あ、ああ、時間の流れが早くなったり遅くなったり、まあ不思議だよな」

 

 八幡以外の三人は、詩乃が誰を演じようとしているのか分からず、ひそひそと囁き合っていた。

 

「これ、誰?明日奈?」

「ちょっと違う気がするんだけど」

「大人の女って感じはするけど………」

「そんな人、誰かいたっけ?」

 

 詩乃は穏やかながらも、ちょっと切なげな表情をし始め、

じっと八幡の顔を見ながらこう囁きかけた。

 

「相対性理論って、とてもロマンチックでとても切ないものよね」

「「「まさかの紅莉栖!?」」」

 

 詩乃はアマデウスのクリスに勉強を教わっている為、案外紅莉栖の事をよく知っている。

当然恋バナなどもした事があり、紅莉栖が岡部倫太郎とそんな会話を交わした事も聞いていた。

 

「シノスティーナか………」

 

 八幡も詩乃が誰を演じているのか理解し、思わずぼそっと呟いた。

 

「ティーナ言うな!」

「「「「おお!」」」」

 

 詩乃は咄嗟にそう返し、他の者達は思わず拍手をし、詩乃を賞賛した。

 

「詩乃、凄い凄い!」

「ツンデレな紅莉栖から敢えてツンデレ要素を外すなんて………」

「もう詩乃に教える事は何もないわ、一人前だね」

「だ、だから私はやれば出来る子だと言うとろうが!」

「「「「おおお」」」」

 

 詩乃は完全に紅莉栖になりきっており、一同大絶賛であった。

詩乃は大満足で明日奈達の方へ戻り、香蓮を励ましたりしていたが、

八幡をドキドキさせるという、

当初の目的を忘れている事に気付いたのはそれからしばらく後であった。

ちなみにこの時の詩乃の演技はクルスによって録画されており、

後日それを見せられた紅莉栖は、

顔を真っ赤にしながら見事なツンデレっぷりを披露してくれたのだった。



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第1207話 クルス、そして明日奈

お待たせしております、申し訳ありません


「………よし、それじゃあ私の番だね。うん、イメージトレーニングもバッチリ。

八幡様、覚悟していてくださいね」

「お、お手柔らかにな」

 

 次に満を持して立ち上がったのはクルスであった。

クルスは八幡の方に歩いていき、そのまま何故か、八幡の背後に回った。

 

「え?え?」

 

 八幡が戸惑いつつ振り向こうとするのをクルスは止め、

背後でごそごそと何かしていたかと思うと、

その直後にあろうことか、クルスは八幡の頭の上に、その豊満な胸を乗せた。

どうやらクルスは陽乃を演じる事にしたらしい。

 

「ふう、肩の負担が随分軽くなったわね、やっぱりここが落ち着くわぁ」

 

 八幡はあまりの事に呆然とし、動く事が出来ない。更に困った事に、胸の感触が妙に生々しい。

そう、クルスが先ほどごそごそしていたのは、ブラを外していたのである。

 

「「アウトぉ!」」

 

 詩乃と香蓮がそう叫び、慌ててクルスに駆け寄って、八幡から引き離しにかかる。

 

「ちょっ………な、何を!」

「いやいや、どう考えてもアウトだから」

「自重しなさい、その胸は凶器なんだからね!」

「というか、もぐわよ」

「私達だって、胸の事は全く意識してない訳じゃないんだからね」

「ご、ごめんなさい………」

 

 クルスは二人の剣幕に負けて謝りつつひきずられ、そのまま連れていかれた。

 

「むぅ、ちょっと攻めすぎた?」

「当たり前でしょ!強硬派がいたら本当にもがれてるよ!」

「明日奈だってさすがに今のは………あれ?明日奈?」

 

 一方出遅れた明日奈は、何故か八幡の方を見て、何か考え込むようなそぶりを見せていた。

その視線は、まだ呆然としている八幡の顔と、自身の胸を行ったり来たりしている。

 

「え?あれ?」

「ちょっと嫌な予感が………」

「いやいやまさか………」

 

 その直後に明日奈はスッと八幡の背後に回り込み、

まさかのまさか、八幡の頭に自身の胸を乗せた。

 

「………ああ、これ、ちょっといいかも。姉さんっていつもこんな気持ちなんだ」

「「「アウト!!!」」」

 

 三人が再び駆け寄り、八幡から明日奈を引き離しにかかる。

 

「ああん、八幡君が気付いてない今がチャンスなの!もうちょっと!

えっと、確かそう、先っぽだけ、先っぽだけだから!

大丈夫、天井のしみを数えているくらいの時間で済むから!」

 

 明日奈は何かを思い出すかのようにそう叫び、三人は即座に突っ込んだ。

 

「「「ツーアウト!!」」」

 

 そして三人は、そのまま明日奈に説教を始めた。

 

「明日奈、落ち着きなさい。それにそれ、女の子が言っていいセリフじゃないからね」

「明日奈が八幡君とそういう経験があるのは分かるけど、

え、えっちなのはいけないと思います!」

「何か考えてたけど、そんなセリフ誰に教わったのよ………」

「えっ?それは姫菜に………あっ、そっか………」

 

 明日奈は今自分が何を言ったのか気付き、赤面した。

 

「またあの人か………」

 

 八幡は犯人が姫菜だと分かった為、半分諦め顔である。

いくら抗議をしても、暖簾に腕押しなのは間違いないからだ。

 

「う~、う~………」

 

 明日奈は気恥ずかしさに、その場で蹲ってうんうん唸っていたが、

すぐに何かひらめいたような顔をし、立ち上がって努めて明るい笑顔を作りながらこう言った。

 

「さ、さ~て、つ、次は私の演技の番だね!うん、頑張るぞ~!」

「え?そうくるの?」

「メンタル強いね………」

「こういう所は見習わないと」

 

 それで三人は明日奈を解放し、明日奈は再び八幡の前に立った。

 

「八幡」

「………おぉ?」

 

 珍しい明日奈の呼び捨てに、八幡以外の三人も少し驚いた。

立場上、いくらでも八幡を呼び捨てにしていいにも関わらず、

これまで明日奈が八幡を呼び捨てにする場面はほぼ皆無だったからだ。

ここから一体何が始まるのかと一同が固唾を飲んで見守る中、

明日奈は何がしたいのか、いきなりパジャマのズボンの右足の裾をまくりあげ、

太ももまで見えるように露出させた。

 

「「「「えっ?」」」」

 

 そしておもむろうに、八幡の前の机の上に、ダン!と足を乗せる。

 

「わお」

「バイオレンス?」

「ワイルド?」

「いや、あの………おい、明日奈?」

 

 八幡の目は、当然愛する明日奈のしなやかな脚線美に釘付けになり、

そのまま明日奈の顔と脚を行ったり来たりする。

これがもし、明日奈がスカート姿だったら完全に明日奈のパンツが八幡から丸見えになり、

再びのスリーアウトが宣告されたのだろうが、幸いそうはなっていない。

そして明日奈はそんな八幡の態度を見て、満面の笑みを浮かべながらこう宣言した。

 

「まったくあんたは本当に私の脚が好きよね、ほら、触りたいなら触ってもいいのよ」

 

 そして明日奈はドヤ顔で振り返り、その瞬間にクルスと香蓮はバッと詩乃の方を見た。

 

「「詩乃だ!」」

 

 その詩乃は、ポカンとしながらこう呟いた。

 

「え、私って、周りから見るとあんな感じなの………?」

 

 クルスと香蓮はそんな詩乃にうんうんと頷く。詩乃は助けを求めるかのように八幡を見たが、

その八幡も、二人と同様にうんうんと頷いていた。

 

「うわ、そうなんだ………ちょっとごめん………」

 

 そのまま詩乃は、先ほどの香蓮のように部屋の隅の方に行って三角座りをした。

すかさずクルスと香蓮がそれを慰めにかかる。

そして明日奈は感想を求めるかのように、ニコニコと八幡の方を見つめていた。

 

「う………」

 

 さすがの八幡もこれには参った。

ここで下手に肯定すると、明日奈が詩乃を演じている以上、

詩乃のそういう態度をも肯定したと見られる可能性があり、

今後詩乃が同じ事をしても反論しづらくなるかもしれない。

そして「明日奈の」と限定して答えても、それはそれで自身の性癖が歪められて伝わるようで、

一歩間違えば他の女性陣が同じような事をしてくる事態になりかねない。

 

(俺は一体どうすれば………)

 

 悩んだ末に八幡は、先ほどの会話を思い出した。そう、歓送迎会の下りである。

 

「え………演技が上手いな、完璧じゃないか、明日奈。

その演技力を生かして、今度の歓送迎会の時に、演劇でもやってみたらどうだ?」

「え、演劇?」

 

 明日奈はポカンとした後、真面目に考え込んだ。

 

「演劇かぁ、そういうのもありなのかな、ちょっと興味もあるし」

「い、いいんじゃない?やりましょうよ、演劇」

 

 場の空気を変えたい詩乃もそれに乗っかり、横からそうプッシュしてくる。

 

「八幡様、ナイス提案です!」

「いいんじゃない?楽しそうだし、私も見てみたいなぁ」

 

 クルスと香蓮も普通にそう感想を述べ、明日奈もそれでその気になったのか、

パジャマの裾を下げて落ち着いた状態に戻し、スマホを取り出した。

 

「分かった、それじゃあ里香にそう提案してみるね!」

 

 明日奈はそう言って電話をかけ、しばらく里香と会話した後に電話を切り、

頭の上で両腕で丸を作って八幡にアピールした。

 

「おっけ~!」

「演劇で決まり?」

「脚本はどうするの?」

「どうしよっか?既存の何か?もしくは古典?」

「これはちょっと調べてみないとだね」

 

 こうして四人はきゃっきゃと演劇関連の色々を調べ始め、

八幡はこれでやっと、一時の安寧を得る事が出来た。

だが結局その後に、いざ寝るという段階になって、八幡を四人が取り囲むという状況になり、

寝ぼけていつものように思いっきり抱きついてきた明日奈はまあいいとして、

他の三人も確信犯的にパジャマを着崩してきた為、

どこを向いても肌色成分が多目で目のやり場に困り、次の日、八幡は寝不足になった。

そのせいで頭の回転が鈍くなり、あんな事を承諾してしまうとは、

この時の八幡は想像もしていなかった。



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第1208話 クラス会議

すみません、思いっきり遅れましたorz


 次の日の朝、明日奈は随分と早く目を覚ました。

別に目覚まし等をかけていた訳でもなく、自然に目が覚めたのだ。

見ると八幡の顔が明日奈の顔のすぐ目の前にあり、

明日奈は幸せな気分にひたりつつ体を起こした。

 

「うわ………」

 

 昨日はノリと勢いのまま、五人は同じベッドで寝てしまったのだが、

部屋を十分暖かくして寝たせいか、他の三人のパジャマのはだけっぷりが半端ない。

八幡は目の下に若干隈を作っており、どうやらこの環境のせいで、寝付けたのが遅かったのか、

今は小さくいびきをかきながら完全に熟睡しているように見えた。

その事に安心しつつ、明日奈は起こさないように気を付けながら三人のパジャマを直し、

自らも若干汗をかいていた為、シャワーを浴びる事にした。

 

「ふぅ………………あれ?」

 

 汗を流し、心地よい気分にひたっていた明日奈の耳に、脱衣所の方から物音が聞こえ、

明日奈は一瞬ドキリとしたが、その直後に、寝ていたはずの三人が浴室内に乱入していた。

 

「うわっ、みんな、どうしたの?」

「丁度同じくらいのタイミングで目を覚ましちゃって、

明日奈がいなかったから一階に下りてきたら、

シャワーの音が聞こえたから、一緒に入ろうかなって」

「それにほら、キットに送ってもらうにしても、八幡君が学校に行くのに使うはずだから、

私達はキットに早めに家まで送ってもらうべきかなって」

「ああ、まあ起きちゃったならその方がいいよね」

「うん、まあそんな感じ。それにしても………」

 

 そのまま詩乃に胸をじっと眺められ、明日奈は思わず胸を隠した。

 

「な、何?」

「いやぁ、順調に育ってるなって思って」

「私は多分、そろそろ限界かな」

「今いくつだっけ?」

「八十八?」

「十分でしょ………」

 

 詩乃は自分の胸を恨めしそうに見ながらそう呟いた。

 

「年は関係ない、八幡様に揉まれてるからこうなる」

 

 その時クルスが背後からいきなり明日奈の胸を揉んだ。

 

「やっ、ちょっ………」

「よいではないか、よいではないか」

「だ、駄目だって!」

 

 場は完全に、男子が立ち入っていい場所ではなくなっていた。

 

「も、揉まれてるって、それはそうかもだけど………」

 

 この事態に、普段は強気な癖に、案外耐性の無い詩乃が顔を赤くする。

そして詩乃にそう言われた明日奈も顔を赤くした。

 

「ちょっ、そこで黙らないで!余計に恥ずかしくなるじゃない!」

「クシュン」

 

 その時明日奈がくしゃみをした。それなりに暖かいとは言え、

さすがにシャワーヘッドは一つしかなく、あまり裸のまま浴室に長くいるのはいい事ではない。

 

「あ~………」

「長話はちょっとまずいね、急いで汗を流しちゃおっか」

「それがいいね」

 

 四人はそのまま順番にシャワーを浴び、リビングに集合した。

 

「朝御飯はどうしよっか」

「私はいいわ、後で適当にコンビニで買うから」

「私もいいや」

「私も私も」

「う~ん、それじゃあ私もそうしようかな、

八幡君の分だけ作って、食べられる時間を確保出来るように目覚ましだけセットしとこっと」

「あれ、明日奈も八幡と一緒に食べないの?」

「うん、昨日の演劇の事で、里香達と色々相談したいから、早めに寮に戻っておこうかなって」

「そっか、それじゃあ行きましょっか」

「うん」

「そうだね」

「あ、私、八幡君に書き置きだけしておくね」

「オッケ~」

 

 四人はそのまま早めに家を出て、それぞれの家までキットに送ってもらった。

車内で先ほどの胸を揉まれたうんぬんの話の続きがおそらく行なわれたのだろうが、

それを聞いていたはずのキットは当然その事を他に漏らしたりはしなかった。

 

 

 

 それから一時間半ほど経ち、八幡は目覚ましの音で目を覚ました。

 

「ん………あれ、誰もいないのか」

 

 八幡は眠い目をこすりながら体を起こす。

昨日は中々寝付けなかった為に寝不足感が半端ないが、

時計を見ると、余裕を持って学校にも行ける時間だった為、

八幡は自分の頬をパンパンと叩き、無理やり脳を覚醒させた。

 

「みんなは下にいるのか………?ん、これは………」

 

 そして八幡は明日奈の書き置きを発見し、事情を把握すると、

リビングで明日奈が用意してくれた朝食を食べ、そのままキットに乗って学校へと向かった。

 

「この時間なら、まあギリギリ遅刻しないで済むか」

 

 明日奈の絶妙な目覚ましのセッティングに感謝しつつ、八幡はそのまま学校に登校したのだが、

教室に入って挨拶をしようとした瞬間に、室内が妙な雰囲気に包まれている事に気が付いた。

 

「みんな、おはよう」

 

 八幡はその事を訝しみつつ、明日奈、和人、里香、珪子の四人に挨拶をした。

 

「おはよう八幡君、ちゃんと間に合ったみたいだね」

「おう明日奈、サンキューな」

「八幡、おはよう」

「八幡さん、おはようございます!」

「八幡、目の下に隈が出来てるわよ」

「ああ、ちょっと寝不足でな………」

 

 そう言いながら八幡は自分の席に腰を下ろし、

教室内をきょろきょろと見回しながら、四人に言った。

 

「なぁ、教室の雰囲気、何かおかしくないか?」

「え、そう?」

「気のせいじゃないか?」

「そうそう、別に何もおかしくないですよ?」

「まだ頭が寝てるんじゃないの?」

「かな………」

 

 八幡は目をごしごしとこすりながらそう言った時に、担任が教室へと入ってきた。

そして出席を確認した後、ホームルームの後に普通に授業が始まったが、

この日は特におかしな事は何も起こらず、そのまま放課後になった。

この日の放課後は、歓送迎会の出し物について、

クラスで話し合いが行なわれる事になったらしく、今は全員が居残っている。

 

「あ~、それじゃあ話し合いを始めよう」

 

 そしてこういう場合、特に決まっている訳ではないが、

基本八幡が司会を努めるのが不文律となっていた。

もちろんその事に苦情を言う者など誰もいない。

そして同時に明日奈が自主的に書記役を努めるのも、またいつもの光景である。

 

「それじゃあうちのクラスが何をすればいいか、意見のある人は挙手をお願いします」

 

 八幡のその言葉に、しかし挙手をしてくる者はいない。

当然なのだが、他のクラスメート達は八幡グループの提案待ちというスタンスをとっているのだ。

 

「はいはい、は~い!」

 

 そんな空気を読んだのか、里香が元気よく手を上げる。

 

「はい、ピンクさん、どうぞ」

「ピンクって言うな!」

 

 里香はとりあえずそう突っ込んだ後、もう慣れっこなのだろう、

全く気にしていないように、平然とした顔で自分の意見を述べた。 

 

「私、演劇がいいと思います!ってかやりたいです!」

 

 その言葉に教室の雰囲気が、それで決まりだと大きく傾く。

明日奈が黒板に板書を始め、八幡は一応他の意見を募った。

 

「お前ら、ピンクに気を遣わずに、もっと自由闊達な意見をだな………」

「ピンク言うな!」

 

 八幡は取り合わず、クラスメート達を見回したが、他に意見が出る様子はない。

というか、おかしな事に、全員が黒板を生暖かい目で見ている。

 

「………まあいいか、どうせ長くても三十分程度の余興だしな」

 

 演劇の文字を見て、何故そんな目をするのか分からないまま、八幡は議事を進めようとした。

 

「それじゃあ演劇で決まりとして、何の劇をやるのか意見を出してくれ」

「はいは~い」

「はいは一度でいいぞ、ピンクさん」

「ピンク言うな!」

「ちゃんとさん付けしただろう?」

「そういう問題じゃないから」

 

 と言いつつ里香は怒っている風でもなく、あっけらかんと立ち上がってこう言った。

 

「私、悪役令嬢ものがやりたいです~!」

「………ピンクさん、もしかして脳内まで完全にピンクに染まったのか?」

 

 いつもの里香ならここでまた突っかかってくる所だが、

この時は何故かニコニコとした表情を崩さなかった。

そして隣にいた和人が八幡にアイコンタクトを送ってきているのが見えたが、

その瞬間に和人の足を、里香と珪子が思いっきり踏みつけた。

 

「痛っ」

 

 そのまま和人は萎縮し、顔を上げようとしない。

八幡は嫌な予感がし、明日奈に意見を求めようと振り向きかけたが、

そんな八幡の肩を、明日奈がガシリと掴んだ。

 

「マジか」

 

 八幡は思わずそう呟いた。この明日奈の態度から、

要するにラスボスは、ずっと八幡の後ろに立っていたという事に他ならないからだ。

そしてその推測通り、明日奈がここで始めて言葉を発した。

 

「それじゃあ配役を決めま~す、悪役令嬢役は、八幡君がいいと思う人~?」

「えっ?」

 

 そのあまりにも予想外の言葉に八幡は完全に固まった。

 

 

 

 



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第1209話 脚本担当は

凄まじく間が空いてしまって申し訳ありません、次はここまで空く事はないと思いますorz


「あ、明日奈、話せば分かる。そもそも俺の女装姿なんて見ても楽しくも何ともないだろう?」

 

 八幡は動けない状態のまま明日奈に声を掛けたが、

明日奈は何も答えず、そのままクラス中に語りかけた。

 

「他に立候補者はいませんね?」

「そこは、いませんか?だろう?」

 

 八幡はそう突っ込むも、全くキレがない。

何しろ正面に並んでいるクラスメート達は、全員が八幡と全く目を合わせようとしてこない。

おそらく既に、明日奈達から何らかの圧力がかかっているのだろう。

もっともこのクラスに明日奈の言う事を聞かない者はいない為、

圧力というのは言いすぎかもしれないが。

 

「それでは一応決をとります。悪役令嬢役は八幡君でいいと思う人?」

 

 その瞬間に、クラスメート達全員が手を上げた。

 

「くっ………」

 

 予想通りの結果に八幡は落胆しつ、八つ当たりぎみに和人に声をかけた。

 

「う、裏切ったな、和人!信じてたのに!」

「いやいや無理だから、俺が逆らえるはずがないだろう?」

 

 和人は個人名を出さずにそう答えたが、その誰に、の部分が、

明日奈、里香、珪子の三人を指す事は明白であろう。

 

「まあ和人に期待するだけ無駄か」

「分かってるなら言うなよ!」

 

 そう突っ込んでくる和人をスルーし、八幡は次にクラスメート達に悲しそうな目を向けた。

どうやら八幡もあの手この手を駆使しているようだ。

そんな八幡の視線を受けたクラスメート達は、だが申し訳なさそうに下を向くだけであった。

 

「まあそうだよな………こうなったら………」

 

 八幡は駄目元で、ラスボスに直訴しようと明日奈の方に振り向いた。

 

「あ、明日奈!」

 

 その目に飛び込んできたのは、

 

『悪役令嬢役は八幡君にやってもらいます、異論は認めません♪』

 

 の文字であり、八幡は思わずを仰いだ。

 

(これはもうどうやっても覆らないな………)

 

 それでもやはり納得し難い部分があった為、八幡は思わずこうこぼした。

 

「は、はめられた………」

「人聞きが悪いわね、ただの民主主義の結果じゃない」

 

 里香が即座にそう突っ込んできた。

 

「こんな民主主義は間違ってる!」

「八幡君、駄目………かな?」

 

 そんな八幡に、明日奈が切なそうな顔でそう言った。

おそらく演技だと思われるが、さすがにその事を指摘する事も出来ず、八幡は言葉に詰まった。

 

「い、いや、だがしかしだな………」

「駄目………?」

 

 明日奈は目をうるうるさせて八幡を上目遣いに見つめてくる。

こうなるともう惚れた弱味で八幡にはどうする事も出来ない。

というか、明日奈の期待に応えざるを得ない。

寝不足でテンションが上がりやすい状態だった事もあり、八幡はそのまま立ち上がると、

もう自棄だというようにクラスメート達に向けて明るい笑顔で言った。

 

「………お前ら」

 

 だがその口から出た言葉は、底冷えのする迫力に満ちた言葉であり、

一同は思わずビクッとしたが、次の瞬間八幡は、右手の甲を左頬に当てながら高笑いをした。

 

「お~っほっほっほ、こうなったらとことんやってやるわ、

みんな、悪役令嬢である私に全力でついていらっしゃい!」

「「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」」」」

 

 一同は思わず立ち上がってそう声を上げ、

その瞬間に物理的に学校が揺れた、と後日隣のクラスの生徒達が証言している。

 

「で、こうまで押してくるって事は、もう脚本は出来てるんだろ?そっちはどうなってるんだ?」

 

 一度やると決めたら最後までキッチリやる、そんな社畜根性全開の八幡がそう尋ねる。

 

「プロに頼んであるから大丈夫よ」

「プロ?プロの知り合いなんかいたのか?」

「えっと、財津君?あ、えっと、吉宗君だっけ?あれよあれ、将軍様?」

 

 そのどこかで聞いたようなセリフに八幡は瞠目した。

 

「………え、まさか材木座か?」

「あ~あ~あ~!えっと………わ、わざとボケてみたのに一発で分かるなんてさすがね、八幡」

「いやいやピンクさん、それ、材木座の名前を覚えてなかった事を全く隠せてないからな」

 

 八幡は里香にそう皮肉を言いつつ、昔の事を思い出し、腕組みした。

 

「………まあでも、今みたいなやり取りは高校の時もよくあったからな」

「あ、そうなんだ?」

「しかも相手は雪乃だぞ、

あの雪乃にすら名前を覚えてもらえてなかった材木座が不憫すぎてなぁ………」

 

 八幡はそうこぼし、場は悲しみの雰囲気に包まれた。

だが八幡はすぐにそれを振り払うように里香に尋ねた。

 

「いやまて、問題はそこじゃない、っていうかプロ?誰が?」

「剣豪将軍先生」

「………何でお前が材木座の昔の痛自称を知ってる?」

「そうなの?それは初耳かなぁ?」

「じゃあお前、どうして………」

「はいこれ」

 

 八幡のその問いに、里香はバッグをごそごそと漁り、一冊の本を差し出してきた。

それを手に取った八幡は、あごが外れんばかりにポカンと口を開けた。

その本には、まごうことなき剣豪将軍の文字が躍っていたからである。

 

「え、何だこれ?まさかあいつ、自爆覚悟で自費出版でもしたのか?」

「いやいやいや、出版社をよく見てみなさいって」

「………レクト出版?マジで?」

「うん、というか、知らなかった事の方が驚きなんだけど?」

「あいつの事は、ずっとレクトに出向させたまま、完全に放置してたからな………」

 

 事情が分からないクラスメート達も、この八幡のセリフを聞き、

まだ見ぬ剣豪将軍に憐憫の感情を向けた。

 

「ちなみにそれ、レクトのソシャゲのラノベよ」

「えっ?あっ、マジだ………」

「しかも結構売れてるみたい」

「マジかよ………」

 

 寝不足なせいか、語彙が貧弱になり、マジを連発する八幡であった。

 

「で、その材木座にシナリオを頼んだと?」

「うん、いくつかアイデアを出してもらったんだけど、

そのうちの一つが私のツボにはまっちゃって、正式に頼む事にしたの。

で、実はもうすぐ持ってきてくれる事になってるんだよね」

「え、あいつ来るの?」

 

 折しもその直後に、材木座が教室の後ろの扉からおずおずと顔を覗かせた。

 

「ご、ごめんくださ~い?」

「ざ、材木座!」

 

 八幡はその瞬間に、興奮気味に義輝に駆け寄り、その手を握った。

当然義輝は、意味が分からずにキョトンとする。

 

「は、八幡?」

「おい材木座、お前、遂に夢を叶えたんだな。良かった、本当に良かった………」

 

 八幡は心から嬉しそうにそう言い、それを聞いた教室全体がほんわかした雰囲気になった。

当の義輝も思わず目を潤ませたが、恥ずかしいのか虚勢を張りつつこう答えた。

 

「ふふん、恐れ入ったか!サインが欲しいならくれてやるから我に色紙を献上するのだ!」

 

 途端に八幡がスンッ、と表情を消した。その顔にはあからさまに、うざっ、と書いてある。

 

「あ~、よく考えたらここは学校で、こいつは部外者の不審者だったわ。

よしみんな、こいつを排除しろ」

 

 その言葉にクラスメイトのみならず、和人もノリノリで立ち上がる。

さすがに明日奈達三人は立ち上がってはいないが、八幡の煽りを止めるつもりもないらしい。

 

「え?えええええ?」

 

 そして哀れ義輝はそのまま教室から排除されそうになり、涙目のまま必死で弁解を始めた。

 

「ち、違う、冗談、冗談だって!ただの照れ隠しな事くらい、

長い付き合いの八幡なら分かるであろう?」

「その喋り方が勘に触る、が、まあいいか、みんな、離してやってくれ」

 

 八幡も当然本気で言っていた訳ではない為、あっさりと矛を収め、

そのまま義輝は解放された。

 

「ふぅ、正直怖かったぞ、八幡!」

 

 義輝は本気で怯えた声でそう言ったが、それでも責任感を発揮し、

里香に一冊のノートを渡した。

 

「それでは篠崎殿、これを」

「将軍、ありがとう!」

「二人って仲が良かったっけか?」

 

 里香が義輝を将軍と呼ぶのを見て、八幡が首を傾げながらそう尋ねてきた。

 

「ほとんど面識は無かったけど、本を出してるのは雪乃から聞いてたから、

そのまま仲介してもらったみたいな?」

「ああ、そういう事か」

「雪ノ下嬢の頼みを断る訳にはいかぬからな!」

 

(というかあいつ、材木座が本を出してた事をわざと黙ってやがったな、

サプライズのつもりかよ)

 

 八幡はそう思うと同時に、こうも考えていた。

 

(というか、仲介したって事は、今回の事に関してはあいつもグルかよ………、

こりゃもう逃げ道は全部塞がれてると思った方がいいな)

 

 その読み通り、雪乃は来賓扱いで歓送迎会に参加させてもらう事を条件に、

明日奈達に全面的に協力していた。

 

「それじゃあ議事を進めよっか!義輝君、申し訳ないんだけど、

黒板に全部の登場人物を書き出してもらってもいいかな?」

「あっ、はい、明日奈さん、分かりました!」

 

 明日奈にそう頼まれた義輝は、最敬礼と共にチョークを握り、

それを見た八幡は、さすがの材木座も明日奈の前じゃ普通になるんだなと、少し驚いた。



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第1210話 来賓

何とか早めに投稿出来ました(泣


 明日奈に促され、義輝が真面目な顔で、黒板に役名を板書していく。

 

『公爵令嬢(過去)、雪ノ下雪乃』

 

 いきなり書かれたその文字を見て、八幡は突っ込まざるを得なかった。

 

「おいこらちょっと待て、何でいきなりキャストが決まってるんだよ、しかも部外者じゃねえか」

「えっと、雪乃は来賓扱いにするって条件で協力してもらったの」

「来賓?」

「うん」

「………まさか本人が出たいとか言ったのか?」

「そんな感じ」

「なんとも出しゃばりな来賓もあったもんだ………」

 

 まあしかし、雪乃が公爵令嬢役というのは何ともお似合いな気がする。

八幡はそう考え、同時にこれは女装をしないで済みそうだと考え、内心でほくそ笑んだ。

 

「そうかそうか、なら何の問題もないな」

「それじゃあ八幡、続けていいか?」

「おう」

 

 義輝にそう問われた八幡は、これ以上この話が広がらないように続きを促した。

もし仮に女装をしなくても良かった場合、薮蛇になるのを恐れたのである。

 

『公爵令嬢(現在)、比企谷八美」

 

「材木座、お前それ、わざとだよな?」

「ほ、ほんの冗談、冗談だから!」

 

 八幡に殺気のこもった視線を向けられた義輝は、慌ててその文字を消し、八幡、と書き直した。

 

『侍女』

『近衛騎士隊長』

『魔女』

『王子』

『公爵夫人』

『暴漢(人数は適当で)』

 

 結局黒板に書かれたのは、たったそれだけだった。

 

「人数少なっ」

「そこは所詮余興だしね」

「まあそうだけどよ」

「で、話の内容は?」

「うむ、よくぞ尋ねてくれた。それでは今から説明する」

 

 八幡にそう尋ねられ、義輝は自分が考えた話の内容を語り始めた。

 

 

 

「………ええ?」

「どうした八幡、何を驚いているのだ?」

「いや、案外まともだなって思ってな」

「まあこれでもプロの端くれなのでな!ふわっはっはっは!」

「………で、これ、何のパクリ?」

「パクってないっての!」

 

 そんな昔あったようなやり取りが行なわれた後、

明日奈の仕切りでキャスティングが行なわれる事となったが、

そもそもクラスの女性比率と話の内容の関係で、

侍女が明日奈、近衛騎士隊長が里香、魔女が珪子、王子が和人に決定し、

暴漢はクラスメート達の中からガタイのいい三人が選ばれた。

同時に裏方達の役割分担も行なわれる。

 

「それじゃあ拙者は会社に戻るので………」

 

 そしてどうやらまだ仕事中らしい義輝が、役目を果たしたという満足げな表情で立ち上がった。

 

「おうそうか、しっかり働くんだぞ、材木座」

「当日は楽しみにしているぞ、八幡!」

「あ、おい材木座、ちょっと待て」

「ん?」

「今度印税で何か奢れよ」

 

 その八幡の言葉に義輝は、満面の笑みを浮かべた。

 

「お、おう、任せておくがよい!」

 

 そう言って去っていく義輝の背中は、昔よりもよほど自信に溢れているように見え、

八幡は友人の成長を感じて嬉しくなった。

 

「さて、それじゃあ今日はここまで!明日みんなに脚本を配るから、

各自で無理の無いようにスケジュールを組んで、仕事を進めてね!」

 

 明日奈が話し合いをそう締め、クラスメート達は各自帰宅していった。

そして教室に残った八幡は、里香から材木座のノートを渡された。

 

「それじゃあ八幡、はい、これ、八幡の分の脚本ね」

「おう、って、これをコピーとかするんじゃないのか?」

「ううん、それはオリジナルというか、将軍様直筆の元原稿。

私達の分は、もうデータでもらってるからそれを印刷するだけよ」

「そうなのか?ってか何でわざわざ俺だけこんなんなんだ?」

「直筆の奴を八幡に使ってもらいたかったんじゃない?

そもそもうちの学校までわざわざ来る必要もなかった訳だし」

「そう言われると確かに………」

「多分義輝君は、八幡君に、自分の晴れ姿を見せたかったんだね」

 

 明日奈にそう言われた八幡は、友人の広い背中を思い出しながら苦笑した。

 

「晴れ姿も何も、今のあいつの事を、俺は高く評価してるっての」

「それ、直接言ってあげた事は無いんでしょ?」

「当たり前だろ、あいつはすぐ調子に乗るからな」

「確かにそうかもね」

 

 明日奈は苦笑し、素直じゃないんだからと、八幡の顔を生暖かい顔で見つめた。

八幡はその視線に気付きつつも、どうやら恥ずかしかったのだろう、

露骨に顔を逸らしながらこう言った。

 

「よし、それじゃあさっさとコンピュータ教室で印刷して、製本しちまおうぜ」

「そうだね、行きましょっか」

「うん!」

「それじゃあ私は、必要そうな物を買出しに行ってきますね!」

「お、悪いな珪子。おい和人」

「分かってるって、荷物持ちだろ?」

「和人、ついでに軽くつまめる物もお願い」

「飲み物もな」

「へいへい」

 

 こうして五人は動き出し、歓送迎会の演劇の準備が開始された。

次の日の朝には脚本が配られ、それを元に大道具や音響をどうするか、

クラスメート達も慌しく動く始めた。

そして次の日からキャスト達の練習も開始されたが、その場には何故か、理事長の姿があった。

 

「あっ、理事長、見学ですか?」

「ええ、駄目だったかしら」

「いえ、それは別にいいんですけど、

事前に内容を知っちゃってたら面白さが半減しちゃうかもって思ったんで」

「その事で実は頼みがあってきたのよ」

「頼み………ですか?」

「ええ、あなた達の劇に、私も出させてもらえないかなって思ってね」

「理事長がですか!?」

「ええ………駄目かしら?」

「それはまだ何ともですけど、一体なんでです?」

「私もあなた達と一緒に演じたっていう思い出が欲しいのよ!」

 

 理事長はまるで女学生のように、やんやんと恥ずかしがりながらそう答え、

八幡は一瞬、年を考えろと思ってしまい、慌てて首を振ると、

にこやかな笑顔でこう答えた。

 

「分かりました、脚本担当に相談してみます」

 

 そして八幡は義輝に事情を説明したが、義輝はこれを快諾し、

脚本の数ページを差し替えるだけでこれに対応してみせた。

中々の有能っぷりだと八幡は思ったが、その事を口に出す事は決してない。

そして理事長と雪乃もたまに稽古に参加し、それから半月後の三月半ば、

遂に歓送迎会の当日を迎える事となった。

 

 

 

 ここで話は一週間前に遡る。

この日、重村徹大は、カムラの者達と同行し、ソレイユ社内にいた。

 

「………はい、それではそういう事で」

「ありがとうございます、これで各メーカーのフルダイブ機能の規格が統一出来ますね」

 

 この日はカムラとソレイユ、それにレクトの技術畑の人間達がこの場に集まっており、

フルダイブ機能の技術的な事に関する話し合いが行なわれていたのである。

話し合いは当然の事ながら、事前にある程度の摺り合わせが行なわれており、

ここでの話し合いは平穏無事に終わった。

そしてその後、懇親会が行なわれ、その席で徹大は、

陽乃と小猫、そして明日奈の父、結城章三と、

その付き添いで来た義輝と同じテーブルを囲む事となった。

その席上の雑談として、帰還者用学校の歓送迎会の話が出る事は、

関係者も揃っていた為、全く不思議な事ではなかった。

 

「そういえば昨日明日奈ちゃんに聞いたんだけど、

歓送迎会の劇の脚本は義輝君が担当したんだって?」

「あっ、はい、僭越ながら」

 

 さすがの義輝も、こういった場での物腰はとても丁寧である。

 

「歓送迎会?それは?」

 

 どうやら章三は、その事を明日奈に聞かされていなかったらしく、

興味津々な顔でそう尋ねてきた。もっともただの学校行事の事であり、

明日奈も今は学校の寮か八幡の家にいる事が多い為、

話す機会が無かったのも当然であろう。

 

「えっと、今うちの母親がやってる帰還者用学校の理事長が、四月から奥様に代わりますよね?」

「ああ、それで歓送迎会かい?」

 

 さすが優秀な章三は、それだけですぐに理解したようだ。

 

「ええ、そうなんですよ。その出し物で、八幡君達が劇をやるらしくって、

そこで八幡君が女装を………ぷっ、くくっ………」

 

 どうやら八幡は、結局女装をしなくてはいけなかったようだ。

 

「女装?本当かい?」

「ええ、そうなんですよ、正直それだけで、義輝君に金一封をあげたいくらいですわ」

「それは是非見てみたいな………」

「来賓として行ってみては?」

「いいのかい?」

「ええ、その辺りはどうとでもなるはずです」

「それじゃあ是非頼むよ!」

「はい、任せて下さいな。薔薇、手配出来る?」

「分かりました」

 

 章三はその言葉にとても喜んだ。最近明日奈との触れ合いが少なくなっており、

寂しかった事もあるのだろうが、やはり一番は、大好きな八幡の晴れ舞台?を見たいのだろう。

 

「そ、それ、私も参加させてもらう事は出来ないだろうか!?」

 

 その時徹大がいきなり大声を出し、その場にいた者達はとても驚いた。

それを見て徹大は咳払いをし、取り繕うようにこう弁解した。

 

「す、すみません、帰還者用学校にも、

いずれ私のゼミに参加出来るような優秀な生徒がいるかもしれないと常々思っていたもので」

「ああ、そういう」

「なるほど、確かに」

 

 それで一同は一応納得してくれ、陽乃は徹大の願いを受け、

小猫に二人の来賓としての参加を手配させた。

 

「ありがとうございます、社長」

「いえいえ、来賓として、卒業後の進路の話を軽くしてもらうだけでいいそうですので、

お二人とも、五分程度ですが宜しくお願いしますね」

 

 こうして歓送迎会に、章三と徹大の参加が確定した。



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第1211話 徹大、来校す

すみません今回は予想外のトラブルもあった為、遅くなってしまいましたorz
仕事の事もありましたが、左下の歯茎がめっちゃ腫れてしまい、
痛みが引くまでに一週間以上かかったりとか、
PCを買い替えた為、執筆環境を整えるのに辞書登録とかで時間をとられたりとかですが、
次話は出来るだけ早く投稿出来るように頑張りますので宜しくお願いします!


 ソレイユから自宅に戻った徹大は、軽い興奮状態にあった。

 

「まさかこんなチャンスが来ようとは思ってもいなかったな。

帰還者用学校なら、悠那の事を知っている者が必ずいるに違いない」

「私がどうかしたの?」

 

 そんな徹大に、ぬいぐるみのユナが話しかけてきた。

 

「ああユナ、実は来週、帰還者用学校に行ける事になったんだ」

「そうなの!?何で?」

「今度理事長と一部の教師が交代するから、その歓送迎会があるらしい。

そこで色々と余興もやるらしいんだが、どうしても行ってみたかったから、

来賓として将来の事なんかを少し話すって事で、参加させてもらえる事になったんだよ」

「へぇ、事務的な行事でそんな事をやるなんて、自由な学校なんだね」

「そう言われると確かにそうかもしれないね」

 

 徹大はユナにそう言われ、そんな帰還者用学校の校風を少し羨ましく感じた。

 

「で、余興ってどんなの?」

「ああ、私が知っているのは、八幡君のクラスで演劇をやるって事だけかな、

まあ他にも色々と何かやるんじゃないかな」

「それ、私も行きたい!」

 

 徹大はユナがいきなりそう叫んだ為、ギョッとした。

徹大はユナが自覚のないまま八幡に恋しつつあるなどとは想像もしていなかった為、

その食いつきの良さに驚いただけであったが。

 

「そ、そんなに興味があるのかい?」

「うん!」

「そ、それなら連れてってやりたいところだが、う~ん………」

 

 徹大はユナが望む事は出来るだけ叶えてやりたいと思っていたが、

しかしこのユナが人目に触れるような事は絶対に避けたかった為、悩む顔を見せた。

ユナはその表情から徹大の感情の動きを推測する。

 

「あっ、む、無理なら別にいいからね?」

 

 そう言われるとどうしても叶えてやりたくなるのが父親である。

 

「………いや、その日はお前のデータをカメラにリンクさせて、それを持ち込もう。

だがもしカメラ類の持ち込みが禁止だったら諦めてくれよ」

「やった!ありがとう、お父さん!」

 

 徹大は直ぐに陽乃に連絡をし、カメラの持ち込みの可否について尋ねてみたが、

結果は問題なくオーケーであった。

 

「オッケーだそうだ」

「やった!」

 

 ユナは飛び上がらんばかりに喜んだ。

その姿をとても微笑ましく思いつつ、徹大は当日に備えて準備を開始したのだった。

 

 

 

 そして迎えた当日の朝、徹大は朝ポストを見て、

そこに帰還者用学校からの郵便が届いている事に気が付いた。

 

「ん、これは………」

 

 そこに入っていた冊子には、こう書かれていた。

 

『帰還者用学校歓送迎会のしおり』

 

 その修学旅行的なノリに徹大は脱力しつつ、ペラペラとそのページをめくってみた。

そこに書かれていた内容は、徹大をして絶句させるものであった。

 

『施設概要(クローク、露店等)』

『出し物案内(演劇、自主制作映画)』

『ミニコラボコンサート、神崎エルザ&フランシュシュ』

『来賓一覧』

『プログラム進行案内』

 

「な、何だこれは………」

 

(修学旅行かと思ったら文化祭だったか………)

 

 徹大はそう思いつつ、そのまま部屋に戻り、とりあえずしおりを詳しく見てみる事にした。

 

「ど、どこから突っ込めばいいやら………」

 

 そこには真面目な文章は一切書かれておらず、ただレクリエーション面にのみ言及されていた。

 

「………まあいいか、別に何か困る訳じゃない」

 

 徹大はそう割り切り、準備しておいたカメラ付きのネクタイピンを手に取った。

最初は普通にスマホと連動させようとしていたのだが、

いい大人がスマホを他人に向けて撮影するというのは徹大の精神的につらい。

なのでネクタイピン型のカメラを何とか入手し、自身で手を加え、

それによって搭載されたフォーカス機能もユナに任せる事にしたのであった。

 

「それじゃあ行こうか、ユナ」

「うん!」

 

 そして二人はそのまま帰還者用学校へと向かった。

 

 

 

 学校に到着すると、そこは既に生徒達でごったがえしていた。

一応今日までは理事長の任にある雪ノ下朱乃が手配した露店に群がっているのである。

 

「まるで花見………いや、夏祭りだな」

 

 徹大はそう呟きつつ学校の敷地内に足を踏み入れた。

式の開始の時間まではまだかなりあるが、

それはそれまでの時間で余興が行われるとしおりに記載してあった為であり、

徹大はユナの希望もあって、時間よりもかなり早く来たのであった。

 

『うわぁ、うわぁ、凄い楽しそう!』

 

 徹大が密かに付けているイヤホンから、そうユナの声が聞こえてくる。

 

「ああ、そうだね」

 

 徹大は独り言を呟いていると誤解されないように、周囲に気を配りながらそう答えた。

一応喋れない時は返事をしないと事前にユナに言い含めており、

ユナも基本、独り言を呟くようなノリで話をすると決めていた。

 

「しかしこれは………」

 

 そんな生徒達の笑顔を見ながら、徹大はそこに暗さが全くない事に驚いた。

ここにいるのは全てSAO事件の被害者である事は間違いなく、

未だにその事をひきずっている者が多数いてもおかしくはないはずだからだ。

だが生徒達の表情は皆明るい。

 

『みんないい笑顔をしてるね、お父さん』

「………ああ」

 

 ユナのその言葉に徹大はそう答えたが、内心では別の事を考えていた。

 

(悠那は今も苦しんでいるというのに、世の中は何と不条理な事か………)

 

 その考えによって、徹大の目が危険な光を帯びようとした丁度その時、

遠くから賑やかな集団が近づいてくるのが見えた。

 

『お父さん、八幡さんだよ!』

 

 その声で徹大は我に返り、その中心にいるのが八幡だと気が付いた。

 

「あ、ああ、そのようだね」

 

 そのまま観察していると、周りにいる生徒達が、

皆嬉しそうに、八幡達に挨拶しているのが分かった。

 

「これはまた随分と慕われているんだな」

『まあ当然じゃない?』

「それは………いや、何でもない」

 

 徹大とてゲーム業界に深く関わっている人間であり、

SAOのようなVRMMOにおいて、トップ層にいるという事は、

妬みや嫉み、その他諸々の悪感情を持たれるのが当然だと認識しており、

この状況は徹大的に少し異常に見えてしまったのだった。

ちなみにこれは、SAOにおける、八幡の特殊な状況に起因する。

八幡は攻略後半までは、どちらかというと日陰を歩んできた人間であり、

ハッキリと表舞台に出たのは血盟騎士団の参謀に抜擢された時である。

そこからほとんど時を経ずしてSAOがクリアされた為、

八幡がSAOのクリアに貢献したという事実だけが残り、

悪評が広まる暇が全く無かったのである。

例外的に、元攻略組のメンバーだった者の中には悪感情を持っていた者も存在したのだが、

そういった者達は、最後の戦いの様子を目の当たりにしていた為、

八幡達に悪感情を持つ事はもはや不可能となっていたのである。

 

『何か気になる言い方だなぁ』

「いや、本当に何でもないんだユナ」

『う~ん………』

 

 ユナはその徹大の返事に納得していなさそうだったが、

それに答えようとした時、徹大の前に誰かが立った。

 

「あの、重村教授ですよね?ちゃんとお会いするのは初めてですね。

私はソレイユの比企谷と申します、以後お見知りおきを」

 

 そう、当の八幡が徹大を目ざとく見付け、声を掛けてきたのである。

 

「こ、これはご丁寧に、重村です」

 

 徹大は虚を突かれ、そう答えるのが精一杯であった。

 

「今日はわざわざ来て頂いてありがとうございます」

 

 八幡はそう言って丁寧に頭を下げてくれた。

こうなると徹大としては、やや居たたまれない気持ちになる。

何故ならそもそもここに来る事を希望したのは徹大自身だからだ。

 

「い、いや、そもそも私が希望した事だからね」

「えっ?」

 

 どうやら八幡はその事は聞かされていなかったらしく、キョトンとした顔をした。

 

「帰還者用学校にご興味が?」

「ああ、実は私事で申し訳ないんだが、

亡くなった私の元教え子の事を知っている人がいないかなと思ってね」

 

 これは事前に考えてあった言い訳である。

もっとも教え子の中に、確かにSAOで死んだ者がいた為、決して嘘ではない。

そしてそれで八幡はピンときたのか、やや気まずそうな顔をした。

 

「………あの、クリアが遅れてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 まさかそうくるとは思わず、徹大は少し慌てた。

さすがに一プレイヤーの生死に関してまで、八幡に責任があるとは思っていなかったからだ。

 

「いやいや、彼が死んだのは君のせいじゃない。

むしろ助けてもらった人の方が多いんだ、そんな事を気にしないで欲しい」

「………はい、ありがとうございます。

あの、もし良かったら、そのプレイヤーの名前をお聞きしても?

私が責任を持って、各クラスのリーダーに、調べてくれるように頼んでおきますので」

「本当かい?それは助かるよ。まさか来賓挨拶で、そんな事を言う訳にもいかないし、

正直どうすればいいのか困っていたんだよ」

「はい、お任せ下さい」

 

 八幡はにこやかにそう言うと、徹大に頭を下げ、仲間達と共に去っていった。

その中に、かつて長野で一緒になった萌郁の姿があり、

萌郁から徹大に、鋭い視線が向けられていたのだが、

徹大は他に一緒にいたエルザや愛、純子、そして明日奈の方に気を取られてしまい、

その事に気付く事はなかったのであった。



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第1212話 まるでお祭り

すみませんまだ落ち着きませんが、次話は2~3日中に投稿出来ると思います!


 徹大は八幡達と別れた後、そのまま周囲の屋台を見て回った。

 

(こういった雰囲気はいつ以来だろうか………)

 

 徹大が覚えている限り、こういうお祭りっぽい雰囲気の場所に来るのは、

悠那がSAOに囚われた年に、近所で行われていた夏祭りが最後である。

何を思ったのか、悠那は友達と行けばいいものを、

わざわざそちらの誘いを断って、徹大に一緒に行こうとせがんだのであった。

前の年は普通に友達と一緒に行っていた為、徹大はその事を不思議に思ったものだったが、

悠那が目覚めない今、その真意を問う事は出来ない。

 

『お父さん、学校ってこういうものなの?』

 

 ユナにそう問われ、徹大は少し返事に困った。

 

「いや、こういうのは学園祭とかそういう時だけじゃないかな」

『やっぱりそうだよね?』

 

 ユナもどうやら一般常識として、この状況が普通でないと、理解はしていたようだ。

徹大に問うたのは、ただの確認であろう。

 

「まあこの学校は学園祭とかは無いらしいから、その代わりみたいな感じじゃないかな」

『あっ、そうなんだ?それなら納得だね』

「ああ、何にせよ、本人達が楽しんでいるようだから、いいんじゃないかな」

『うん、そうだね!』

 

 そう言いながらも徹大の眉間には皺が寄っていた。

どうしても悠那がここにいない事について、忸怩たる思いを抱いてしまうからだ。

そんな徹大の気持ちを知ってか知らずか、ユナが突然こんな事を言い出した。

 

『いつも忙しくしてるんだから、こういう時くらいお父さんも楽しんでね?』

 

 その言葉に徹大は、一瞬頭に血がのぼるのを感じたが、ここで大きな声を出す訳にはいかない。

そんな徹大に、ユナは更に言葉を続けた。

 

『ここに、まだ眠ってる本当の私がいたら、多分そう言うと思うんだよね』

 

 その瞬間に、徹大の頭は冷えた。

確かに悠那は日頃から、徹大が研究に没頭しすぎて、基本外出しようとしない事を心配していた。

 

(ああ、そうか、私は悠那に心配ばかりかけてしまっていたんだな………)

 

 そう思いつつ、徹大はその事に気付かせてくれたユナに感謝の気持ちを覚えた。

 

「………ああ、そうだね」

 

 そんなユナの気持ちに報いる為に、徹大はそう答えると、

今は余計な事は考えずに、純粋にこの祭りを楽しむ事にした。

それが、たった今怒りを覚えてしまったユナに、

あるいはかつての悠那に対する贖罪たりえる、徹大が今出来る唯一の方法だと思ったからである。

 

「それじゃあユナ、どこに行きたい?」

『それじゃあ私、わたあめを食べ………てるお父さんが見たい!』

「そ、そうか、分かった」

 

 徹大は、この歳で人前でわたあめを頬張る事に若干の抵抗を感じた。

 

(せめてたこ焼きとかにして欲しかったなぁ………)

 

 徹大はそう苦笑しつつ、大人しくわたあめを買い、

恥ずかしそうに、しかし美味しそうに頬張ったのだった。

 

 

 

『まもなく体育館にて、有志による演劇の舞台が開始されます。是非足をお運び下さい』

 

 それからしばらくしてそんなアナウンスがあった。

 

『お父さん、行こう行こう!』

「あ、ああ」

 

 徹大はユナに急かされ、体育館へと足を運んだ。

館内は既に人で溢れかえっており、ただの有志による出し物とはとても思えない。

 

「八幡様!」

「明日奈さ~ん!」

 

 少数ながら、八幡を呼ぶ黄色い声、そして男達の、明日奈への声援を聞き、

徹大はこの学校での八幡達の人気っぷりに、改めて驚かされる事となった。

そんな状態な為、徹大は座る場所を上手く確保出来ず、

もっと早くに移動すべきだったとユナに申し訳なく思ったが、

そんな徹大に声を掛けてくる者がいた。

 

「教授、こっち、こっちです!」

「え?あ、君は………凛子君?」

「はい、お久しぶりです、教授」

「君は今ソレイユだよね?もう公の場に出ても平気なのかい?」

「問題ありません、というか、不詳の弟子で申し訳ないです」

 

 それは徹大の教え子である神代凛子であった。

 

「教授、こっちにいい席が空いてますよ、よろしかったらどうぞ」

「いいのかい?それは有難い」

 

 八幡が悪役令嬢役をやるという事で、

八幡の周辺の女性達の多くが観に来る事を希望したのだが、

さすがに今回は学校行事という事もあり、来賓たりえる者が

厳正な抽選の上で選ばれ、ここにいた。ただ何かあった時の為に若干余裕を持たせてあった為、

徹大を見かけた凛子が、他の者達に許可をとった上でここに案内したと、まあそんな訳である。

 

「紅莉栖君も来ていたのか」

「お久しぶりです、私も今日は簡単な挨拶をする事になってるんですよ教授。長野以来ですね」

 

 他にそこにいたのはさすがの貫禄とでも言おうか、

生徒達に余裕で訓示をたれる事が出来る牧瀬紅莉栖であった。

そしてその横に、プロ用のごついカメラを構えたクルスがいる。

 

「初めまして、八幡様の秘書の、間宮クルスと申します。以後お見知りおきを」

「これはこれはご丁寧に、重村徹大です。というか、随分と本格的なカメラだね」

「はい、撮影の失敗は出来ませんので、今回はこれを三台用意しました」

「それはそれは………」

 

 見ると確かに舞台の左右にもう二台カメラがある。

 

「失敗が出来ないというのは?」

「あ、はい、今日ここに来れなかった他の女の子達に、

この劇をどうしても見せないといけないので、

ここで失敗でもしようものなら私の命が危ないんですよ」

「あ、あは………」

「で、こういった経験のある、選ばれた者達が撮影にあたってると、まあそんな感じですね」

「が、頑張ってね」

「はい!」

 

 クルス、さすがの才女っぷりである。ちなみに他の二名は何でも器用にこなす桐生萌郁と、

フランシュシュの活動記録の撮影も兼ねているという事で、

マネージャーの巽幸太郎が行っている。

 

「あ、そろそろ始まりますね」

「それじゃあ失礼して………」

「はい、ご遠慮なく!」

 

 こうして遂に、八幡達の劇が開始される事となった。



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第1213話 困った雪乃ちゃん

すみませんやっと書けましたorz


『中世ヨーロッパにも似た、でも地球が存在しない、全く別の世界に、

貴族達が権力争いに明け暮れる大国がありました』

 

 そんなアナウンスから劇は開始された。

そして舞台中央に立った、美しいドレスを身に纏った女性にスポットが当たる。

 

『彼女がこの物語の主人公であるハティー。類いまれなる美貌の持ち主である彼女は、

その国に四つある公爵家のうちの一つの生まれでしたが、彼女の家は、権力とは距離を置き、

ただ領民の事を思って領地を治めているような穏やかな家であり、

幸いな事に、他のどの公爵家からも敵視される事はありませんでした』

 

 そこで舞台に立つ少女………雪乃にスポットが当たった。

 

「うわぁ………」

「すごい美人だな………」

「可憐だ………」

 

 観ている生徒達からそんな声が上がる。

雪乃の毒舌っぷりを知っていれば、また違う印象を抱いたのかもしれないが、

ただ黙ってにこにこと微笑んでいる雪乃は、文句なしに『姫』であった。

そしてナレーションが続く。

 

『しかしそんな穏やかな生活は、彼女が十六歳になった時、終わりを告げました。

何故なら彼女が突然王子の婚約者に指名されたからです。

もちろん拒否権などがあるはずもありません。

そしてその事によって、彼女は娘を王子の婚約者として送り込みたい他の公爵家から敵視され、

常に身の危険を感じるようになってしまったのでした』

 

「いたぞ、こっちだ!」

 

 そんな声に合わせ、雪乃が走り出すそぶりを見せたが、

その前方から体格のいい三人組が姿を見せた為、雪乃は立ち止った。

 

「へっへっへ、あんたには何の恨みもないが、その顔、二目と見られないようにしてやるぜ」

 

 三人はそう言って雪乃にいきなり殴りかかり、その腕を振るった。

 

「きゃああああ!」

 

 そんな声を上げたのは、雪乃ではなく観客である。

たかが演劇の一シーンに何故そんな声を上げるのかと思われるだろうが、

それもそのはず、暴漢役の者が腕を振るった瞬間に、雪乃の顔が、

本当に殴られたかのように、激しく仰け反ったのである。

その後も暴漢達は、雪乃に暴力をふるい続け、

雪乃は今にも倒れそうに前傾姿勢をとりつつ、その長い髪を前にだらりとたらした。

 

 ごくり。

 

 と誰かが唾を飲み込む音がし、そして場は静寂に包まれた。

さすがにこれは演技だろ?演技だよな?という声が聞こえ、会場はずっとざわめき続けていた。

 

 

 

 雪乃がクルスと一緒に初めて劇の練習に合流した日、

八幡は何となく、雪乃から違和感を感じた。だがそれが何だかわからない。

 

(んん~?)

 

 だがいくら考えても答えは出ず、八幡は雪乃の事はいったん置いておいて、

早速雪乃が暴漢に襲われるシーンの練習をする事にした。

 

「それじゃあやってみようか」

 

 それからしばらく暴漢役の三人は雪乃を襲うフリをしたが、

どうしてもわざとらしさが消えず、皆困っていた。

 

「う~ん、どうしたもんかな」

「要は自然な演技に見えればいいのかしら」

「まあそうかな」

「ならば簡単よ、演じる事をやめればいいのではないかしら」

 

 その雪乃の言葉は他の者達には意味不明であった。

 

「はぁ?じゃあどうするんだ?」

「そうね、それじゃあなたと私でやってみましょうか」

「お?お、おう」

「雪乃、大丈夫なの?」

「ええ明日奈、心配しないで」

 

 そして心配する明日奈達が見守る中、八幡と雪乃は教室の中央で向かい合った。

 

「で、俺はどうすればいい?」

「普通に私に殴りかかってくれればいいわ」

「おいおい、本気か?」

「もちろんよ、さあ、やってちょうだい」

「わかった」

 

 そうは言ったものの、さすがに躊躇われたのだろう、

八幡は雪乃に向かってへろへろのパンチを放った。

それを見た雪乃はその手を取り、ぐいっと捻ってぐいぐい締め上げる。

 

「痛っ、痛たたたたたたたた!ギブ、ギブ!」

 

 それで雪乃は八幡の手を放した。

 

「もうちょっと普通にやりなさい」

「わ、悪かったよ」

 

 八幡は腕をさすりながらそう答え、今度は雪乃に対し、普通にパンチを放った。

その拳が雪乃に当たったかと見えた瞬間に、雪乃の顔が()()()

 

「きゃああああ!」

 

 珪子が思わず悲鳴を上げる。

 

「八幡!?」

「雪乃!?」

 

 明日奈と里香も動揺したような声を上げる。

クラスメート達もどよめいたが、和人だけは一人静かであった。

当の八幡は、きょとんとした顔で自分の拳を見つめ、

それを見ながら雪乃がよろよろと立ち上がった。

 

「傷物にされてしまったわ、これは責任をとって、

あなたにもらってもらうしかないのではないかしら。ね?明日奈もそう思うでしょ?」

「えええええ?」

 

 あまりの展開に驚く明日奈に、八幡が冷静な声をかけた。

 

「いやいや明日奈、騙されるなよ。今の、俺の拳は全然当たってないからな」

「そうなの!?」

「ああ、そう見えたな」

「和人には見えてたか」

 

 和人が静かだったのはそういう事だったようだ。

 

「ちょっと二人とも、ネタバラシが早すぎるわよ」

「放置してたらお前、既成事実化するつもりだったろ」

「何の事かしら、身に覚えがないわ」

「雪乃、本当になんともない?」

「ふふっ、大丈夫よ明日奈、心配してくれてありがとう」

 

 確かに雪乃の顔は、傷ひとつなく、赤くなっている場所などもない。

 

「それじゃあ今度はもっとそれっぽくやってみましょう。

八幡君、暴漢の演技を。ただし攻撃は普通で」

「むぅ、分かった」

 

 八幡はそう言って拳を握りしめ、

自然体で、それでも多少は大袈裟なモーションで雪乃に向かってパンチを繰り出したが、

その全てに雪乃は反応した。本当に殴られているかのように見える。

 

「うわぁ………」

「一寸の見切り!?」

「達人か」

「まあざっとこんな感じかしら」

 

 雪乃はボコボコにされている風なまま、それでも涼しい顔でそう言った。

 

「でもごめんなさい八幡君、そろそろスタミナが………」

「ああ、そういえば雪乃はスタミナに難があったんだったな」

 

 八幡は昔の事を思い出しながら苦笑し、攻撃の手を緩めた。

だがまさかのまさか、その攻撃は、

すべての攻撃を余裕をもって完璧に避けていたはずの雪乃の胸に当たってしまった。

 

「きゃっ」

「うおっ」

「「「「「「「「!」」」」」」」」

 

 そのまさかの事態に皆固まってしまう。

 

「わ、悪い、わざとじゃない、わざとじゃないからな」

「まさか最後にこんな事案が起きてしまうなんて、

これは本当に責任をとってもらわないといけないかもしれないわね………」

 

 雪乃は俯きながらそう呟き、さすがの八幡も焦った。

だがここまで静かに見学していたクルスがここで動いた。

 

「八幡様、騙されてはいけません」

「騙す?何が?」

「こういう事です」

 

 クルスはそのままつかつかと雪乃に歩み寄り、いきなりその胸元から手を入れた。

 

「うおっ」

「やめてクルス、いきなり何をするの!?」

「わかってる癖に」

「くっ………や、やめて!」

 

 その言葉が届いたのかどうなのか、クルスはすぐに雪乃から離れた。

 

「八幡様、これを」

「これ………?これって………」

 

 それはいわゆる胸パッドであった。困った事にまだほんのり暖かく、

八幡は慌ててそれをクルスに返し、雪乃にジト目を向けた。

 

「………えっと、つまり?」

「雪乃はわざわざ胸を盛って、八幡様の攻撃を胸でうけやすく細工していたという事です」

「………………え、マジで?そりゃまた手の込んだ事を」

 

 その瞬間に八幡の視界が真っ暗になり、直後に顔にガツンと衝撃が来た。

 

「ぎゃっ」

「忘れなさい」

 

 そんな声が聞こえた気がしたが、八幡の意識はそのまま深い暗闇に沈んでいった。

 

 

 

 そして目を覚ますと、目の前に心配そうな明日奈の顔があった。いわゆる膝枕である。

 

「あっ、八幡君、大丈夫?」

「お、おう………ってあれ、何でこんな事に?」

「えっと………覚えてない?」

 

 明日奈は困った顔でそう答え、横に目を向けた。

そこには何故かクルスに土下座させられている雪乃の姿があり、

それで八幡は何もかも思い出した。

 

「あ、ああ~!」

「ご、ごめんなさい………」

 

 雪乃はそんな八幡に平謝りし、八幡はそんな雪乃に鷹揚に頷いた。

 

「ま、まあ色々ドンマイ」

 

 こんな事件もあったが、とにもかくにも雪乃の力によって、

この奇跡の暴行シーンは観客達に、衝撃を与える事となったのであった。

 



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第1214話 欲しい

すみません、随分と間が空いてしまいました。
多くの方々にご心配をおかけして申し訳ありません。
やっと私生活の方が落ち着いてきたのでぼちぼち書き進めていきたいのですが、
毎日投稿は多分無理なので、とりあえず週に一度は確実に更新していければと思っています。
ついでに若干読み返さないと、自分が何を書いたのかかなり忘れてる状態です(汗
とりあえず最後まで頑張ります!後書きに今後の予定の変更も書いておきますね!


 そして遂に八幡の出番がやってきた。

 

「うぅ、胃が痛い」

 

 そう言いながら腹を押さえる八幡に、明日奈が心配そうに声をかけた。

 

「大丈夫?」

「………まあ、何とか」

 

 そう言いながらも八幡は、明日奈に弱々しい視線を向けた。

 

「本音を言えば今すぐにでもここから逃げ出したいところだけど、

こんな格好で外を歩くのも嫌だからな」

 

 八幡は女装している為、そう思うのは当然だろう。

だがそれだけではなく、八幡は今、顔一面に包帯を巻かれた状態なのである。

これは脚本に沿った格好であるのだが、実はその下のメイクがどうなっているのかは、

そのメイクを施した巽幸太郎以外、誰も知らなかったりする。

 

「月並みな事しか言えないけど、頑張ってね」

「まあせっかく頑張って練習したんだし、やれるだけやってみるわ」

 

 八幡は明日奈にそう微笑みかけると、(顔が包帯で隠れている為、明日奈の主観である)

覚悟を決め、今は幕で隠されている、舞台中央のベッドへと向かった。

そして入れ替わりで雪乃が舞台袖へと戻ってきた。

 

「雪乃、お疲れ!」

「演劇というのも中々楽しいものね、機会があったらまたやってみたいわ」

「雪乃の場合は完全にアクションスターって感じだったけどね」

 

 二人はそんな会話を交わしながら、ナレーションに耳を傾けた。

 

『この日を境に、ハティーはすっかり変わってしまいました』

 

 そして幕が開き、ベッドに寝ていた八幡が起き上がった。

そして八幡は首の後ろに手を回し、その顔に巻かれた包帯をするすると解いていった。

 

『そう、まるで花のように美しいと言われていた彼女の見た目は、

見る影もなくすっかり変わってしまったのです』

 

「あら?」

「あれ?」

 

 明日奈と雪乃はここで初めて八幡のメイク顔を見た。

 

「なんか意外と美人?普通に見れるわね」

「メイクをしたのはフランシュシュのマネージャーさんだよね?」

「今度教えを受けに行こうかしら」

「ちゃんと雪乃にも似せてあるね、凄い凄い」

 

 そこにはどこか雪乃に似た面影を残しつつ、

デッサンが狂わない程度に少し崩したといった感じの、別系統の美人がいた。

 

「………どうして私がこんな目にあわなくてはいけないの?

私はただ領民の為に尽くせればそれで良かったのに」

 

 八幡はそう言ってベッドから起き上がり、天を仰いだ。

そこで場面は再び暗転し、ナレーションがかぶさる。

 

『結局この事が原因で、ハティーは王子の婚約者の座をおろされました。

決して望んではいなかったとはいえ、その事はハティーにとって、屈辱だったようです。

ハティーはそれからやや荒れた態度をとるようになり、

他人に対してややきつく当たるようになりました。

その事が悪評となって貴族社会に広がり、彼女への同情もいつしか消え、

ハティーはいつしか悪役令嬢と呼ばれるようになったのです』

 

 直後に昭和のスケバン風な恰好をした八幡が姿を見せ、観客達の笑いを誘った。

そこに一人の女性が現れる。

 

「ハティー様!そんな恰好をするのはもうおやめ下さい!」

「アーニャ………」

 

 それはいかにも侍女風な恰好をした明日奈であった。

 

「どんな格好をしようが私の勝手でしょう?」

「それはそうですけど、でも、でも………」

 

 そう言いながら明日奈は迫真の演技で涙を見せ、八幡はおろおろした。

 

「ご、ごめんアーニャ。こういう事はもうやめるから、だから泣かないで?」

「本当ですか?」

「ええ、約束するわ」

「ありがとうございます!」

 

 八幡と明日奈は微笑み合ったが、その直後に照明が赤くなり、ナレーションが始まる。

 

『だがその決断は少し遅すぎました。ハティーの評判があまりにも悪くなりすぎた為、

国王がハティーを国から追放するように命令してきたのです。

ハティーは諦めにも似た表情で大人しくそれを受け入れ、一人で屋敷を出る事にしました』

 

 そして場が明るくなり、そこには男装をしたハティーが立っていた。

 

「お父様、お母さま、今まで育ててくれてありがとう、そしてさようなら」

 

 八幡はそのまま歩き出そうとしたが、そこにアーニャが旅支度で駆け寄ってきた。

 

「ハティー様!私も共に行きます!」

「………いいの?」

「もちろんです!」

「………ありがとう、本当は一人で不安だったの。私は一人じゃ何も出来ないから」

「これからは二人で頑張りましょう!とりあえず冒険者にでもなりますか?」

「ええ、そうしましょうか」

 

 八幡は泣きながらも精一杯の笑顔を作って明日奈に微笑んだ。

明日奈はそんな八幡の手を引きながら、舞台袖に消えていく。

そして二人がいなくなった直後に、場に王子役である和人が現れた。

 

「………ハティー、せめて幸せになって欲しかったが………」

 

 そして再びの暗転。やや暗転が多い気もするが、与えられた時間がそれほど長くない為、

若干早回しの構成となっているのは仕方がない。

 

『それから数年が経ち、戦乱の時が訪れました。

王国もそれに巻き込まれましたが、多くの国と国境を接していた上に、

辺境の蛮族の侵攻も同時に開始された為、一転して滅亡の危機に晒される事となったのです』

 

 そして舞台には、ボロボロの鎧を着たまま膝をつく和人と里香が登場した。

 

「近衛騎士団長、まだ生きてるか?」

「ええ、まあなんとかですがね」

「………父はどうなった?」

「戦死なさいました」

「そうか………我が国もこれで滅亡だな」

「まだあなたがいらっしゃるではありませんか!」

「何とかなるものなら何とかしたいけどな、ほら、お客さんだ」

「くっ………」

 

 そして舞台袖から数人のクラスメート達が現れ、二人を取り囲む。

 

「ここまでですか………」

「仕方ないな、せめて出来るだけ多くの敵を道連れにしてやろう」

「はい!」

 

 その瞬間に、ドカンという音と共に舞台にフラッシュが走る。

観客達は眩しそうに目を細めたが、直後に舞台上に、一組の男女がいる事に気が付き、驚いた。

 

「王子」

「そ、そなたは………ハティー!?いや、でもハティーは女性で、あ、あれ?」

「ハティーで合ってますよ、王子」

 

 そう言いながら和人に微笑んだ八幡は、完全に男性の恰好をしていた。

そして照明が落ち、舞台袖にスポットが当たる。

そこに映し出されたのは魔女の恰好をした珪子であった。

 

「お嬢ちゃん、危ない所を助けてくれてありがとうね。

お礼にそうさね………お嬢ちゃん、あんた、心と体がバラバラだね。

この婆がお礼にそれを何とかしてやろう、それっ!」

 

 そして場が再び明るくなる。

 

「………てな訳で、どうやら私の心は男だったらしいですよ」

 

 そう言って八幡は、快活そうな顔で微笑んだ。

 

「そうなのか!?」

「はい」

 

 直後に敵の一人が動き、アーニャに斬り捨てられる。

 

「そなたは確か侍女の………」

「アーニャです、王子。ハティー様と共に、国の危機に馳せ参じました!」

「どうやら私達には剣の才能があったようで」

 

 そう言いながら八幡が、もう一人の敵を斬り捨てる。

 

「さあ王子、ここからひっくり返しましょう」

 

 八幡は手を伸ばし、和人はその手をとった。

 

「ああ、ここからまた始めよう!」

「その意気です!」

 

 それから次々と敵が姿を見せ、八幡、明日奈、和人、里香は、

ヴァルハラのメンバーとしての四人の姿を彷彿とさせる、見事な殺陣を見せた。

それを見ていた観客達から大きな歓声が上がる。

 

「「「「「うおおおお!」」」」」

 

 そこから敵の本陣に突撃していくような演出が成され、そして遂に舞台袖から、

見事な甲冑を纏った一人の男が姿を現した。

 

「貴様ら………」

「お前が王か!俺達がいる限り、この国への侵攻は諦めろ!」

「はっ、これを見てもまだそんな事が言えるかな?」

「母上!」

 

 そう叫んだのは和人である。そして敵の王の元に、一人の女性が連れて来られた。

 

「あっ、理事長はここで出るんだ」

 

 その観客の声の通り、そこにいたのは今日有終の美を飾る予定の理事長、雪ノ下朱乃であった。

配役は和人のセリフから分かる通り、王妃である。

 

「この女の命が惜しかったらここは大人しく引くんだな!」

「くっ、卑怯な………」

 

 四人はその言葉を受けて武器を下す。だがそれを、当の朱乃が止めた。

 

「四人とも、剣を上げて戦いなさい!」

「で、ですが母上!」

「いいからやりなさい!」

「そ、そんな………」

「ええい、聞き分けのない!それでも私の息子ですか!」

 

 そして朱乃はまさかのまさか、敵の武器に自ら飛び込み、その胸が剣に刺し貫かれた。

同時に観客席から悲鳴が上がる。

 

「なっ………」

「母上!」

「王妃様!」

「さあ、戦…い……な………さい!」

「くそおおおおおおおお!」

 

 四人は涙を流しながら敵の王に斬りかかり、あっさりと倒した。

そして朱乃に駆け寄ると、そこにスポットが当てられる。

 

「よくやったわ、あなた達」

「母上………」

「「「王妃様」」」

「あなた達、()()()()()()、私はこれでいなくなるけど、この国の事、宜しく頼むわね」

 

 その言葉が全校生徒に向けて発信されているであろう事に気付かない者は一人もいなかった。

その証拠に生徒達全てが即座に朱乃に返事をしたのである。

 

「「「「「「「「はい!!!!」」」」」」」」

「ありがとう」

 

 そして朱乃は役者の一人に戻り、そのままそっと目を閉じた。

同時に万雷の拍手が巻き起こり、それが収まった後、和人と八幡が舞台上で向かい合った。

 

「王子、この国の事、宜しくお願いします」

「ハティーがいなかったらこの国は滅びていた、心から感謝する」

「間に合って本当に良かったですよ」

「ハティーさえ良かったら、このまま我が国に残ってくれないか?」

「すみません、一応これでもSランク冒険者なんで、俺達の助けを待ってる人が沢山いるんです」

「そうか………」

「ですがこの国に何かあったらいつでも駆けつけます」

「ああ、その時は宜しく頼む」

 

『こうして追放された悪役令嬢ハティーは、救国の英雄となった』

 

 そんなナレーションと共に二人は固い握手をし、そのまま幕が下りた。

直後に再び大きな拍手が巻き起こる。

八幡達の舞台はこのまま終了かと思われたが、直後に再び幕が上がった。

 

「ん?」

「何だ?」

 

 観客達がざわつく中、現れたのは八幡と、横たわる朱乃の二人だけであった。

同時に舞台に設置されたスクリーンにスタッフロールが流れ始める。

 

「お?サプライズ?」

「凝ってるな」

「斬新」

「理事長、今までありがとうございました!」

 

 そんな声が飛び交う中、舞台に曲が流れ始め、

同時に八幡が理事長の横に座り、聞いた事にないその曲に合わせて歌い始めた。

八幡の歌の技量はそんなに高くない為、決して上手とは言えなかったが、

その歌は妙に観客達の心を打ち、歌い終わった八幡と、

舞台袖から飛び出してきたキャスト達が並んで頭を下げるのと同時に凄まじい拍手が巻き起こり、

こうして八幡達の劇は、大成功で幕を閉じる事になったのだった。

 

 

 

「お父さん、楽しかったね」

「ああ、そうだね」

 

 それはユナと徹大も当然例外ではなく、二人は余韻にひたりながらそんな会話を交わしていた。

だがその余韻を感じ続けていられたのは、ユナだけであった。

 

 

 

「なぁ、今の曲って何だ?」

「さあ………」

「聞いた事ないな」

「誰か知ってるか?」

 

 その生徒達の言葉は徹大の耳に、妙にハッキリと飛び込んできた。

その理由は簡単であり、八幡の歌った歌に全く聞き覚えが無かった為、

無意識のうちに、徹大が興味を惹かれたせいである。

 

「ああ、あれは確か………」

 

 そのせいで、その誰かの言葉に徹大がつい集中してしまったのは当然だろう。

 

「お前、歌姫って覚えてるか?」

 

 だがその直後に聞こえてきた一つの単語のせいで、徹大の脳内は灼熱した。

 

「歌姫?ああ、アインクラッドの?」

「そうそう、さっきの歌って歌姫がさ、寝てる八幡さんの横でだけ歌ってたやつだよ」

 

 実は先ほど歌われた歌は、かつて八幡が優里奈の前で口ずさんだ鼻歌であり、

知らないうちに覚えていたというその鼻歌をきちんと楽譜に起こし、

演奏したものであったが、八幡本人も覚えていないその由来を覚えていた者が、

どうやらここにいたようである。

 

「そうなのか?」

「ああ、他の人の前じゃ絶対に歌わなくて、その時だけ聞ける超レアな奴」

「ほええ、そうなんだ」

「歌姫、元気なのかなぁ」

「まああんなに歌が上手かったんだ、そのうちデビューとかしてくるんじゃね?」

「だな」

 

 この会話を聞いて、灼熱していた徹大の脳は、急激に冷えていった。

 

『………もしかして、悠那は八幡君の事が好きだったんだろうか。

以前、スキャンの実験で見た被験者の記憶、あの時悠那は八幡君の事を師匠と呼んでいたし、

やはり悠那復活の為には八幡君の記憶が………』

 

 徹大はそう考えながら、じっと八幡の方を見た。

 

『………………欲しい』

 

 この日この時この瞬間に、徹大ははっきりと、八幡の事を()()だと認識する事となった。




八幡が鼻歌を歌ったのは第545話、帰ってくるよね?の掃除中でした。

大まかな変更部分について書いておきます。
今後は今が三月として、とりあえず時事的な話をいくつか交えつつ、
夏休みを目安にオーディナル・スケール本編が入ります。
その後の夏休み後に、とある学校の特別試験に関わります。
始まりはソレイユ・エージェンシーに、一人の女の子がオーディションを受けに来る場面からでしょうか。
それから年末にアリシゼーションといった感じになる予定です。
あ、時事的とか夏休みとか年末とかは、すべて作中の暦という事で、宜しくお願いします。


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第1215話 さようなら、宜しく

お待たせしました!今年もよろしくお願いします!


 学芸会のような出し物の部が終わり、守衛の手によって校門が一時的に閉じられた。

そしてアナウンスにより、関係各位が体育館へと移動を開始する。

片付けは後でやるようで、屋台類は問題が無い程度の最低限の処置だけが施されている。

それを横目で見ながら、徹大も体育館へと足を踏み入れた。

そこからどうやって自分の席を探そうかと若干困った徹大であったが、

幸いな事に徹大は、すぐに学校関係者から声をかけられ、指定の席へと案内された。

さすがの行き届いた対応ぶりである。

 

(さて、後は事前に考えてきた通りの事を話せばいいだけなんだが………)

 

 先ほどの出来事があってから、徹大の頭の中を、とあるアイデアがぐるぐると回っていた。

だがそれを実現させられるかどうか、彼は全く自信が無かった。

そんな状態であったからか、自分の講演の番がきたにも関わらず、

徹大は若干しどろもどろになってしまい、

生徒達からどうしたんだろうかと不安の目を向けられる有様となっていた。

 

(お、落ち着け、とりあえず一旦全部忘れて、予定していた事だけどきちんと話せば………)

 

 そんな徹大の耳に、とても小さくではあるが、

首筋に付けた小型マイクから、愛する娘の声が聞こえてきた。

 

『お父さん、頑張って!』

 

 徹大はその声で、スッと冷静さを取り戻す事が出来た。

 

(そうだ、実現させられるかどうかじゃない、私は実現させなければいけないんだ)

 

 それで徹大は覚悟を決めたのか、予定されていた分の話を若干早めに切り上げた後、

今日をもって前理事長となる雪ノ下朱乃と、現理事長となる結城京子の顔を見ながら言った。

 

「そしてここで、皆さんにサプライズなお知らせがあります。

もっとも雪ノ下理事長と、結城理事長の了解が得られればの話なんですが」

 

 そう問いかけられた二人の理事長は、顔を見合わせると、

どうぞお話し下さいという風に、同時に徹大に頷いた。それを受け、徹大はこう話を切り出した。

 

「………私が次世代型のオーグメンテッド・リアリティ、

いわゆるAR端末の開発をしている事は、既にニュースなどで君たちの耳に入っている事と思う。

実はその先行型が、あと数か月で完成するんだがね、

もしお二人の了解が得られれば、六月末頃に、それを皆さんに無償提供したいと思うんだ。

もちろん既に試作機は完成し、入念に安全性のテストが行われているから、

それに関しては心配しなくてもいい」

 

 これに関しては事実である。実際に試作機は完成しているのだが、

やはり色々と問題が出てしまっている為、

そのテストがいつ終えられるのかが未定な状態なだけだ。

そしてその次には、無償提供出来るほどの数を揃える事が出来るかどうかという問題もある。

だが徹大は、試作機の段階でなければ、八幡の記憶を覗く為のギミックを、

いわゆるオーグマーに搭載する事は不可能だと考えていた。

………以前カムラ社内でバイトを集め、記憶の再現実験をした際に、

一人だけ強めのスキャンをかけた者の、実験終了時の態度を見て、

その時は特に何も気づいていなかった徹大だが、

その後、若干不安を覚えた為、個人の依頼として密かに追跡調査をかけており、

その結果として、被験者の一部の記憶が失われた可能性があるとの報告を受けていた。

 

(多分製品版のリリースに際して、各種の影響をカムラ社に本気で調べられたら、

その事がバレてしまうのは避けられないだろうからね)

 

 それ故に徹大は、この最初にして最後のチャンスを生かすべく、

全てを賭けてでも、このチャンスをものにしようと思い、

自身を追い込む意図もあって、この事を生徒達の前で公開したのだった。

これは完全に徹大の独断専行であったが、

実際にカムラ社内で、モニターを募集しようかという話も出ていた為、

おそらくその実現性は高いと思われた。世間では、この学校の生徒達は、

世界で最もVR環境に適合している者達の集まりだと認識されており、

彼らを救済する(実に傲慢な考え方とも言えるだろうが)事の一環として、

日常生活を便利にしてくれるツールの提供は、問題視されないだろうとの読みもあった。

 

「………という訳でしょうが、いかがでしょうか?」

 

 徹大は最後にそう言って、理事長二人の顔を見た。

二人は再び顔を見合わせた後、お互いに頷き合い、京子が場を代表してこう答えた。

 

「前向きに検討させて頂きます」

 

 その瞬間に、生徒達から、わっ、と歓声が上がる。

無償で今話題になっている最先端の機械が手に入るのだ。

製品版ではないという事を差し引いても、それは嬉しいに決まっている。

そして徹大が、止めとばかりにこう語る。

 

「もちろん製品版がリリースされた時には、

その先行版を、製品版に無償で交換してもらえるように、

私が責任を持って手配させて頂きますので、是非オーグマーの世界を楽しんで下さい」

 

 そして大歓声が上がり、徹大は満足そうに頷いた。だがその満足も長くは続かない。

後方にいた八幡が、微妙な表情をしている事に気付いてしまったからだ。

 

(………しまったな、彼からしてみれば、ライバル会社に出し抜かれたような形になる。

これは少しフォローしておいた方がいいかもしれないな)

 

 だがそんな心配は、まったく無用であった。

八幡は単に、他の者達のように喜びを前面に出してはしゃぐという事が苦手なだけであって、

少なくとも今回のこのサプライズに関しては、素直に喜んでいた。

それは同時に、自社がいずれリリースする予定のニューロリンカーに、

絶対の自信を持っていたせいに他ならないが、それはさておき。

そしてこの会が終わった後、徹大は個人的に八幡と話し、

まあ以前軽井沢でSAOサーバーの調査をした時の、

徹大の態度に関して調査中な事もある為、内心で徹大に心を許していた訳ではないのだが、

少なくともその時の八幡は表面上は、徹大に対してとても友好的だった為、

徹大はほっと胸を撫でおろして帰宅する事となったのであった。

 

 後でそういった出来事もあったが、それは別の話なので置いておき、

徹大の後に何人かが話をした後、いよいよといった感じで、

離任する前理事長の雪ノ下朱乃が登壇した。

 

「みんな、一年間私と仲良くしてくれて、本当にありがとう。

これで私はこの学校から離れる事になりますが、

皆さんの事を、私は本当の息子、娘のようにとても大事に思っています」

 

 最初にそう切り出した朱乃は、続けて生徒達の名前を、

二十人くらいではあるが、順番に呼び始めた。

 

「………まあ今日はこのくらいにしておきますが、私は皆さんの名前をちゃんと覚えています。

もし今後、どこかで出会う事があったら、その時は気軽に声をかけてくださいね」

 

 そう言って朱乃はニコリと笑い、生徒達はそんな朱乃に向けて、次々と言葉を放った。

 

「理事長、ありがとうございました!」

「最高です!」

「またどこかで!」

「みんな、ありがとう!それでは結城理事長もこちらにどうぞ!」

 

 その声に対してうんうんと頷いた朱乃は、同時に京子に登壇してもらい、

今度は京子が生徒達の名前を続けて呼び始めた。

 

「………さん、………君。私もこのくらいにしておきますが、

私にとっても今日からあなた達が私の息子であり、娘です。

これから一年間、宜しくお願いします」

 

 そんな二人からのサプライズに対して、生徒達から再び大歓声が上がった。

 

 こうして帰還者用学校は、新たな布陣で二年目を迎える事となる。



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