博麗霊夢の小間使い (喜怒哀LUCK)
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第一章 ~博麗霊夢の小間使い~
小間使い
今代の博麗の巫女、博麗霊夢は俗にいう天才だった。その実力は、妖怪の賢者である八雲紫も認めるもので、歴代でも最強らしい。事実幼いながらにして人里を脅かす妖怪を退治した、という実績もあった。
しかし、その博麗霊夢にも欠点、というか困ったことがあった。
彼女は面倒くさがりだった。
彼女はその自他ともに認める才故にか、怠慢というかサボり癖があった。大抵の妖怪は倒せる、だから鍛錬などしない。博麗の巫女の職務はしている、だから『巫女』としての仕事はしない。人里から応援要請があっても、実害がでるまで動かない。これには八雲紫も、人里の守護者である上白沢慧音も困り果てた。何度かそれとなく促しても、結局霊夢は変わらなかった。
そのせいか段々と人里からの信頼は失われていき、博麗神社で参拝する客も少なくなっていった。その影響で食生活も貧しいものになり、時には茶のみで一日過ごすということもあった。
そんな状況を見かねた上白沢慧音は、八雲紫との相談の元、対抗策を取った。
「博麗の巫女に小間使いを派遣する。主な仕事は巫女の生活の補助と、仕事をさせること。給金もでるし食べ物の支援もするが、誰かやってくれる者はいないか?」
慧音は人里で集会を開いて、大勢の人の前でこう言った。生活の補助というのは、主に炊事や洗濯などのこと、仕事はお札を作らせたり神酒などを作らせることだ。つまりは人並みの生活をさせ、巫女の務めをさせようということ。できれば炊事洗濯などのことから女性が良いと思っていた慧音だが、あまり里の皆の表情は良くなかった。
『慧音先生の頼みだから、できれば聞いてあげたいけど』
『家事なんて自分でするもんだろ?』
『自分のうちの手伝いがあるし……』
『そもそも、博麗神社に行くまでに危険があるんじゃないか』
そんな声が上がった。尤もな意見だから慧音も何も言えず、最悪自身が行けばいいと考えていた。その際、「寺子屋の授業を少し遅らせないとな」と思っていたら、群衆の中で一人、手を挙げる男がいた。
「男でも構わないのですか?」
「え? あぁ、まぁ構わないだろう。できれば女性の方がお互い気遣うこともないとは思うが。キミがやってくれるのか?」
「じゃあ私が。僭越ながら里のために、慧音先生のためにも巫女の小間使いとなりましょう」
「そうか、それは良かった。ありがとう。しかし、引き受けてもらってなんだが、どうしてやろうと思ったんだ?」
候補者が一人だがいたことに、正直安堵しながらも訪ねた。見たところ男は服の羽振りは良い。職に困っている様子はないし、わざわざこんな頼みを聞くこともないだろうと思う。
男は人のよさそうな顔をして言う。
「お節介焼きなだけです。困っている人を見ると放っておけない、ただの偽善者です。それに────」
男はそう言うと「あぁ。仕事は明日からですよね。では準備をするので、また」と、その場を離れていった。最後の言葉は聞き取れなかったが、引き受けてくれた彼に感謝しつつ、慧音も里の皆と同様に解散していった。
その夜、男は荷物をまとめつつ、呟いた。
「博麗の巫女が運命の人なら、いいなぁ」
霊夢の朝はかなり遅い。それは食材の在庫が少なくなるほど顕著になる。ある時は普通に起きて三食食べるのだが、少なくなってくると段々遅くなり、朝昼兼用として二食、食べ物がなくなりかけるとお茶でお腹を満たして一食。今はまさにその時で、意識があっても布団から出ず無駄な体力の消費を抑え、どうしてもお腹が空いた時だけ起きて食べる、そんな生活をする時期だった。
だから今日も、日は登っているのに全く起きる気配はない。そんな霊夢の寝室の襖が開けられた。
「朝餉の用意ができました」
一言、そんな声が聞こえた気がした。それからは何も聞こえないし、気のせいだろうと、意識のハッキリしていない霊夢は、また夢現に身を委ねようとした。そんな霊夢の鼻がヒクリと動き、匂いを嗅いだ。
(……魚? でもうちに魚なんてもうないし)
そんな疑問が頭を巡る。考えているうちに思考は晴れ、意識も覚醒していく。それと同時に魚の匂いの他に、香しい味噌の匂いと炊けた米の匂いまでが感じ取れた。そしてのっそりと布団から這い出し、居間へと向かう。
そして襖を開けると、卓の上には、炊き立てであろうご飯と、豆腐の味噌汁が湯気をあげ、油の乗った焼き魚があった。
すぐさま、霊夢はその食事を食べ始めた。
(白米なんて久しぶり! 最近は粟とかばっかりで不味かったのに、やっぱり米は最高ね。それにこの味噌汁も、ちゃんと出汁を取ってて味噌の塩梅も抜群。あぁ、魚。何十日ぶりかしら、口に脂が入るのは。)
食べ物があるときにしかできないまともな食事を噛み締め、味わいつつもそのスピードを増していき、ガツガツといった効果音が付いても可笑しくない勢いになる。そんな食べ方をしていたら、案の定喉に詰まり流そうと味噌汁を啜ろうとすれば、その中はすでに空になっていた。
「慌てなくてもご飯は逃げませんよ。はいお茶、温めにしておきました」
クスクスと笑われながら差し出された湯呑を掴み、グーっと飲み干す。このお茶が熱かったら飲み干すなんてできなかった。気遣いのできる声の主を霊夢は見た。
「おはようございます、博麗の巫女。味の加減はいかがでしたか?」
「そりゃ美味しかったけど……あんた誰?」
「それは良かった」
上品な笑みを浮かべた男は、姿勢を正しお辞儀する。
「この度、博麗の巫女の小間使いをしにきました。炊事洗濯その他雑用、お声をかけていただければ遂行します。不束者ですが、どうぞよろしく」
「あ、こちらこそ」
いきなりの事過ぎて思考が纏まってない霊夢はこのとき、なんか便利そうな奴がきたなぁ、ていどにしか思っていなかった。なにはともあれ、男と霊夢の生活が始まった。
これは異変が始まる約三年前の小話である。
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異変へ赴く理由
意識が覚醒するのが先か、はたまた夢の中でもしっかりと嗅覚が動いていたのかは定かではないが、霊夢は床から出た。眠そうに眼を擦りながら洗面所へ行き、顔を洗う。まだ眠気は取れていないのか、半目で卓へ向かうと、すでに温かい朝食が待っていた。
いただきます、と口に出しご飯を頬張る。時折大口を開けて欠伸をするあたり、完全に起きたとは言い難い。
そんな霊夢に、眠気覚ましに濃いめの熱いお茶を差し出した男がいた。その男は、茶を卓に置いてから霊夢の背後へと回り、手に持っていた櫛で髪を梳かし始めた。丁寧に、優しく、それでいて食事している霊夢の邪魔になることなく、いつもの霊夢へと整えていく。
男が梳き終えると同時に、霊夢もお茶を飲み終えた。
「おはよう、霊夢。今朝の加減はどうだい?」
「おはよう。いつも通りよ」
そう、ならよかった、と微笑む男は食器を片付けに台所へ、霊夢はいつもの脇が顕わになっている巫女服へ着替えに自室へ向かう。そしてお互い、自分に課せられた仕事へ取り組んだ。
男は運悪く雨だった昨日に溜まった衣服を洗濯に、霊夢は博麗の巫女として、魔除けや結界、撃退御札をかいていく。未だ博麗の巫女の信頼は回復しきってはいないが、その実力は認められてはいるため、その御札は人里では重宝されている。
以前は書くのが面倒という理由により出回っていなかったが、数こそそこまで多くないものの、現在は最低限の責務を果たしていると言えよう。
これも、小間使いができたおかげか。
ときに小間使いだが、何やら色々と指示を出され、世話しなく動き回っていると想像されるが、そうでもない。主に炊事と洗濯、風呂の用意や寝巻の用意ぐらいやってしまえば、さほど忙しいものではない。たまに人里へ買い物に行くのが大変だが、今は備蓄があるから問題ない。
仕事がなくなると、それこそ暇になるのだが、男は縁側に座り、淹れたてのお茶を優雅に飲み始めた。
ときに巫女だが、境内の掃除や、参拝客が通る鳥居周辺の落ち葉を箒で掃いたり、御札を作ったり、精神統一したり、大変そうだと想像されるが、そうでもない。御札なんて日に何十枚も書くわけでもない。博麗神社には神は祀られていないため、そもそも境内がない(人里の人間は知らない)。昨日の雨に流されたのか、掃くほど落ち葉もない。そもそも霊夢は鍛錬や精神統一などしない。
仕事がなくなると、それこそ暇になるのだが、霊夢は縁側に座り、淹れてもらったお茶をのんびり飲み始めた。
「今日はいい天気だね」
「そうね。眠くなるわ」
「膝を貸そうか?」
「いいわよ別に」
同時にお茶を啜り、ふぅと息を吐く。何を見るわけでもない、ただ茫然と空を眺めながら、二人は寛いでいた。
「「あぁ……お茶が美味しい」」
「年寄りかお前らは」
ふと、空から声をかけられたと思えば、箒に乗り、黒と白を基調とした服を着た少女がいた。名前を霧雨魔理沙といい、自称普通の魔法使いである。
魔理沙はゆっくりと下降し、二人へと寄ってきた。
「よっ霊夢、遊びに来てやったぜ」
「別に来なくてもよかったのに。アンタここ最近よく来るわね、暇なの?」
「その言葉、そっくりそのまま返すぜ」
「はい魔理沙、お茶」
「おうサンキュー!」
受け取ったお茶をググッっと飲み干し、ぷはぁと豪快に息を吐いた。すぐに新しくお茶を注ぐ。
「いやー、お前は良い奴だな。お前がいないときに来たことあるけど、何も出さずに賽銭要求した霊夢とは大違いだ」
「結局賽銭は入れなかったでしょ」
「お茶に茶菓子が出てたら入れてたぜ?」
「あっ、そういえば団子があるけど、食べるかい?」
「うむ、くるしゅうない」
なんでこいつ偉そうなのよ、とぼやく霊夢。包みにくるまれた団子を皿に移して持ってくると、さっと魔理沙は食べ始めた。美味い! と言う魔理沙を邪魔そうに見ながら霊夢も一口。
「これ、いつもの和菓子屋の団子?」
「うん」
「あそこ餡子はくどいのにねぇ、これは美味しいわ」
「そう。なら私の分も食べてもいいよ」
団子と共にお茶も進んでいくので、お湯を汲んでくる、と立ち去る男。必然的に霊夢と魔理沙の二人きりになるのだが、魔理沙はにやけながら「お前も愛されてるなぁ」と霊夢を肘で突いた。それを鬱陶しいといった顔で霊夢は答えた。
「何がよ」
「いやだってな、さりげなーくお前の湯呑にお茶がなくなったら、何も言わなくても淹れるし。団子だってあいつ一口も食ってないのに霊夢にあげるしさ」
「小間使いだし、そんなもんじゃない」
「そんなもんか?」
腑に落ちないようだが、表情の変わらない霊夢を見て、まぁいいかと諦めた。
「そーいや霊夢、知ってるか? 紅い館の話?」
「館?」
「そう! 一日中霧で満たされている湖の近くに、全部が紅になってる館があるんだよ。遠目に窓を覗いてみたけど、壁も床も天井も、ぜーんぶ紅いんだぜ!」
「ふーん」
「気になるだろ? ああいう場所にはお宝が眠ってるに決まってる。私の勘がそういってるぜ」
熱く語る魔理沙を尻目に、冷めた態度で相槌を打つ。霊夢は知っている、こいつはただこんな話をするためにわざわざここまで来たんじゃない。どうせ面倒なことを持ってきたに違いない。
ずばり、一緒に探検しないか、ということだろう。
「探検しに行こうぜ!」
「嫌よ、面倒くさい。一人でいけばいいじゃない」
そういうと、わかってないなぁと舌を鳴らしながら指を振る。
「こーいうのはお宝までにトラップやボスがいるのはお約束だろう? トラップにやられた霊夢は敵に捕まえられる。それを助けようと私は立ちはだかる敵をなぎ倒し、捕らえられた霊夢を救い出す、そんなハッピーエンドがあるんじゃないか」
「なんで私がやられる前提なのよ」
それならなおのことお断りである。自己満足のために自身の大切な寛ぎを邪魔されたくない。
頑なに首を振らない霊夢を見て諦めたのか、魔理沙は仕方ない、と箒に跨り空を飛ぶ。
「おや魔理沙、お茶を淹れてきたけど、何か用事が?」
「せっかくだけど、今度な。また美味い茶菓子期待してるぜ」
戻ってきた男にそう伝えると、サッと飛んで行ってしまった。かなりのスピードなのか、もう豆粒程度にしか視認できない。
やっと厄介者がいなくなった、とため息をつく霊夢は何かに気付いたように、魔理沙の飛んで行った方向を睨んだ。
「アイツ、結局賽銭入れていってないじゃない……!」
昼食を食べ終え、さてこれからどうやって時間を潰そうか、と考えている霊夢。夕方には魔理沙が、お宝を手に入れたかどうか自慢もかねた報告をしてくるだろうし、それまでひと眠りしようか、と思っていたのだが、何やら外の様子がおかしい。
ほんのり、紅くなってないか。
博麗神社は山の上にある。ここまで上る階段の下の方で火事でもあったかな、と思い覗いてみると、辺りは一面、紅い霧に覆われていた。明らかに何か起きている。
様子に気付いた男も外に出てきて、事態を把握したようだ。
「霊夢」
「何?」
「人里までいってくる。アレがどんな影響があるか、慧音先生に聞いてくる。必要なら御札も渡してこよう。何枚残ってる?」
「50はあるわ」
「そうか」
足早に人里へと降りていく男を見つめる。今考えられるのは、人に影響があるのかどうか。それはどんなものか。ただの異常気象の類か、それとも誰かが故意にやったものか。
前者なら巫女としてできることはないが、後者だったら巫女としてそいつを退治しなければならない。それが分かるまでは、気にしても仕方ない。
とりあえず報告に戻るだろう男を、霊夢は待つしかなかった。
ほどなくして、階段を駆けあがってくる音が聞こえた。男が戻ってきたかと思えば、きたのは慧音だった。人里から走ってきたのだろう慧音は息を切らしながら、霊夢へと報告する。
「とりあえず、人里の皆は避難できた。発見が早かったおかげか、あまり影響はない。あの霧を吸ったものが、少々咳き込むくらいだ」
「アンタは大丈夫なの?」
「あぁ。半妖だからか身体はそこそこ強いし、この程度なら大丈夫さ。それと、御札をありがとう。札に反応して近寄ってこなくなったよ。」
「そう」
そう。霊夢の御札に反応する、ということは、妖気や霊気、魔力といったものに反応する、ということ。つまりこれは、誰かがやったことだと裏付けが取れた。
紅い霧。そういえば魔理沙が紅い館の話をしていたが、何か関係があるかも。
一人考える霊夢に「あいつが血を吐いて、倒れた」と、言────
「どういうこと?」
底冷えするような鋭い目つき。今にも射殺さんとばかりの殺気が、霊夢から醸し出された。
「っ! ……自分の分の御札まで人に渡して、自分はもろに吸ったんだろう」
「どうしてそんなことになってるわけ」
「手分けした方が早いと思い、二手に別れて……すまない」
「──悪かったわ。血昇ってた」
今は自分の家に寝かせているが、と申し訳なさそうに言う慧音に、筋違いな怒りを抑える。悪いのは慧音ではない、わかっているのに、ついやってしまった。
慧音は悪くない。悪いのは、この異変を起こした奴だ。
「心当たりがあるわ。今からそこにいってみる」
「そうか。気を付けてくれ」
宙に浮いた霊夢はそう伝えると、飛ぶ。
目指すは紅い館。通称、紅魔館。
今の霊夢にあるのは、博麗の巫女としての使命
「あのアホ! 自分の身くらい自分で守りなさいよ! 終わったらそこんとこ、説教してやらなきゃ!」
それと
「待ってなさい、すぐに終わらせるから」
いつも一緒に居る小間使いへの、想い
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戦う姿、博麗の巫女の如く
もー書きたくない
霊夢には、親がいない。
代々、博麗の巫女は八雲紫が連れてくる。幻想郷の内か、それとも外かは分からないが、毎回決まってそうだった。幼いころから博麗の巫女として鍛え上げ、前の代の巫女が引退すると同時に、新しい巫女として任じてきた。
八雲紫も鬼ではない。親と子の仲を切り裂いてまで、素質のある子を連れてこない。何らかの理由で親を失ったか、捨てられたか。そんな子の中で選ばれたのが霊夢だった。
幼いころから、霊夢は博麗の巫女として育てられた。学問を学ばせ教養を養い、厳しい修行を経て、強くする。そこに育てるための愛はなかった。紫を責めるものでもない、彼女も次代の巫女を探しだし、鍛えるのに精いっぱいだったのだから。
だからか、霊夢には感情が不足していた。面倒と思うことや、今日は修業がないから楽だな、と精々思うばかりだった。
霊夢が小間使いの男と会って、一緒に生活を始めて三年だが、当然最初は上手くいかなかった。
朝まだ寝ていたいのに、規則正しく起こされ、規則正しく生活させられる。それまで自由だった霊夢からしたら、いきなり束縛されて窮屈だっただろう。それに人里の皆のために御札を作れとまで言ってくる。そんなことしなくても何かあれば自分が助ければいい、と食ってかかったが、何か起きてからでは遅い、と怒られた。当然、不貞腐れた。
御札を作ったり、言う通りに生活していれば文句は言われなかったので、仕方なくそうしていた。
いつだったか、人里に妖怪が現れ人間を襲った。幸いそこまで強くはなく、才能ある霊夢の前にあっけなく倒された。さっさと帰ろうとした霊夢に、感謝の言葉がかけられた。
『ありがとう、おかげで怪我人がでなかった』
一瞬何のことかわからなかったが、皆が御札をだして納得した。自作の札が、守ったのだと。
霊夢が博麗神社から人里に着くまで、少し時間がかかるのは仕方ないことだ。その間に人間が襲われることも、怪我をするのも、最悪死んでしまうのも、仕方のないことだった。しかし今回、死傷者及び負傷者はでなかった。それを霊夢は厚く感謝された。
その時霊夢は心が空っぽになった。今までも妖怪から助けたことはあるし、感謝されたこともある。しかしそれは、博麗の巫女として当然のこと、と思われた上辺だけのものだったのかもしれない。だが今回、心の篭った言葉をかけられ困惑してしまった。
博麗神社に戻った霊夢を、男は労った。
「お疲れ様。怪我はない?」
「ない」
「良かった」
なぜ笑顔なんだろう。純粋にそう思った。さっきの人間も、この鬱陶しいと思っていた男も。なんで笑ってるの、と聞いてみた。
「それは霊夢が皆に感謝されて、嬉しいからさ」
「何でアンタが嬉しいのよ」
「霊夢は最近、ちゃんと頑張っていたからね。皆にもその頑張っていたのが伝わって、それが嬉しいのさ」
よく頑張ったね、偉いじゃないか。そう言って頭を撫でてきた。
霊夢には、そうやって頭を撫でてもらった記憶はない。初めての経験に、どうしたらいいかわからず、浮足立ってしまった。空っぽだった心が、満たされていく気がした。
「じゃあ今日は頑張った霊夢のために、霊夢の好きなものを作ろう。霊夢、何が食べたい?」
「じゃあ、テンプラ?」
その日の夕食は霊夢のリクエスト通り、テンプラとなった。しかし嬉しいといった感情はなく、自分の心湧きたつこの感じはなんなのか、それが知りたくて、味も何もなかった。多分、何か言われても適当に相槌を打っていただけだと思う。
夜、床についても霊夢は眠れなかった。激しく鼓動する旨の音が身体に響き、とても眠れなかった。気が付いたら朝になっていて、あの小間使いが起こしに来る時間になった。
「おはよう霊夢、起きるじか……もう起きてたのかい?」
「うん」
「大丈夫かい? 目の下、隈ができてるけど」
そりゃ寝ていないのだから当然である。寝ていないのだから疲れも盗れてなく、霊夢の身体はひどく重かった。
「いいよ、寝ていて」
「え?」
「昨日は頑張ったからね、一日くらい休んでもいいさ。元気になったら起きておいで、ご飯を作るから」
男の優しさに触れた時、また、心が満たされた気がした。ゆっくりさせようと、男は襖を閉めようとしたが、それを霊夢は制した。
「どうした?」
「あの」
「いいよ、何でも言ってごらん」
「あ……い、一緒に、ね、寝てほしい、なんて」
「それはまた、どうして?」
アンタと一緒だと心が満たされるから、とは言えなかった。なぜか言うのが恥ずかしいと思ってしまった。
訝しげにしていた男だったが、いいよ、と部屋に入り襖を閉めた。
「…………」
一緒に布団に入った霊夢だが、男に背を向けて丸くなった。何をしているんだろうと自問自答した。あれこれ変なことを考えてしまって思考が纏まらない。余計に眠れなくなっていた。それでも、男から感じる熱が温かいのはわかった。
誰かと一緒に寝るなど、初めての経験だった。誰かと一緒に寝るのは温かいんだ、と知った。背中を優しく叩かれた。ゆっくり間を置いて何度も。不思議と心地よかった。
なんでこいつといるとこうなるんだろう。霊夢は考えた。
初めて会った時、便利な奴だと思った。
朝起こされたとき、鬱陶しいと思った。
怒られたとき、ムカついた。
褒められたとき、気分はよかった。
一緒に寝て、暖かかった。
撫でられたとき、嬉しかった?
こうして近くにいると、安心する?
全部が全部、初めての経験だった。
人里で見たことがあった。帰ってきた子供が親に出迎えられ、嬉しそうに笑ったこと。怒られて泣いてたこと。褒められて得意げになってたこと。それを見て、少し羨ましい、と思ったこと。親がいるって、家族がいるって、どんな感じなんだろう。
「こんな感じ、なのね、きっと」
「うん? どうしたの霊夢」
「なんでもない」
そう、なんでもない。これが普通なんだから。自分はちょっと特殊な立ち位置にいるけど、こいつは関係なく私と接するのだから。だから私も、こいつといる時だけは、普通の、女の子みたいに────
その為には
「アイツに生きててもらわないといけないんだけど、そこんとこどう思う?」
「どう、と言われても、私はあなたの敵ですから。ここを通すわけにはいきません」
紅魔館前で対峙するのは、博麗の巫女博麗霊夢と、門番で気を操る程度の能力を持つ妖怪紅美鈴。お互いが目的のためには、一歩も引くことはできない。ぶつかり合うのは必至。しかしこの幻想郷は人間と妖怪の共存を目的に作られた世界。血を血で洗うような争いはご法度である。そこで新たに戦い方が選定された。
「アンタ、スペルカードルールって知ってる?」
「一応は。私は肉弾戦派で、そこまで得意ではないですが」
「なら丁度いいわ。こっちとしても早く終わらせたいし、被弾一、スペカ一でどう」
「短期決戦ですか。面白い」
そこで新たに選定されたルール。殺傷力のない気や霊力、魔力で構成された弾幕をぶつけ合う。ただしそこに美しさがなければ認められない。早い話が、その弾幕で相手を見とれさせれば勝ちである。
そしてそのスペルカードルールでの戦いで先陣を切っているのは、何を隠そう博麗霊夢だった。
「霊符『無想封印』!」
「え、ちょ、待っ──」
「悪いけど、アンタに構ってる余裕、ないから」
霊夢の一番の得意技、と言えようか。色とりどりの光弾が美鈴へ向かって飛んでいく。その光弾は、妖怪を文字通り封印する能力がある。美鈴も迫りくる弾幕を打ち落とすが、次々に襲い掛かる光弾に追いつけず被弾。ルールにより、霊夢の勝利となる。
普段ならば、もっと時間をかけて相手のスペルカードの時間切れを狙うか、隙をついて一撃を見舞うかするのだが今回に限って、霊夢の攻撃は苛烈と言えた。
まるで、スペルカードルールがなかった頃の、霊夢よりも何代も前の巫女たちが戦っていたように、有無を言わせず、力でねじ伏せるような。
「…………」
倒れた美鈴に目もくれず、紅魔館へと侵入する姿は、先代の博麗の巫女の如く。
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止められるのは
失踪しようかな、不定期更新だったし、と思ったけどなんとか頑張れた
つーか今回下手くそだな私
続き書かなきゃ……
それと私は文章多めの会話少ない物語を書く方が得意なんですが、皆さんは会話多めのが好きなんですかね。そもそも1話がみじかいじゃねーかと言われればそうなんですが、やる気と文章の長さは比例していくワケですよ。
やる気のためには感想とか評価欲しいし、皆さんが読みやすい、好きな文章に書き替えるのも一つの手かなと。
紅魔館メイド長、十六夜咲夜は人間である。主であるレミリア・スカーレットに雇われていて、時間を操る程度の能力があることを覗けば、普通の人間である。
運悪く、普通の人間であった。
スペルカードルールは、妖怪たちが異変を起こしやすく、人間が異変を解決しやすい、そんなルールである。勿論いざこざを解決するために使うこともあるが、主に圧倒的力を持つ妖怪に対して非力な人間が対抗できる、というものだ。対妖怪であり、対人間ではない。
つまり、霊夢と十六夜咲夜との勝負はにルールが適用されなくても、問題はなかった。
かたや幻想郷を守るため、かたや主の命のため、お祓い棒とナイフで死闘を演じた。時間を止め、ナイフを投げ、たとえ自分の命尽きようとも主の邪魔はさせまいとする咲夜。目の前に広がるナイフの弾幕を、弾き、搔い潜り、御札による罠を駆使して倒そうとする霊夢。その壮絶さは、壁や床にある傷から凄まじいものであるのは容易に理解できた。
結果、勝ったのは霊夢だった。足元にばら撒いた札により咲夜を捕縛し、身動きがとれなくして、強烈な一撃で壁に叩きつけた。その一撃により咲夜は気絶した。しかし、霊夢も無傷とはいかなかった。いつもより精彩を欠いていた動きでは、ナイフを全て避けきることはできず、いくつか裂傷を浴びていた。
流れ出る血は紅白の巫女服を紅く染め上げるが、紅魔館の壁や床を汚すことはなかった。
残るは、異変の主犯のみ。
紅霧異変の黒幕であるレミリア・スカーレットは、困惑していた。門番である紅美鈴、友達で図書館の番人であるパチュリー・ノーレッジ、メイドの十六夜咲夜が敗れ、残るは自分だけなのはいい。実妹であるフランドール・スカーレットが、地下から霧雨魔理沙によって助け出され、反旗を翻したのも構わない。最悪自分でどうにかできるのだから問題ない。
しかし、目の前のこいつは何だ?恐らくは十六夜咲夜に付けられたであろう烈傷が身体中にあり、さも満身創痍といった様子なのに、向けられる濃密な殺気は。
同じ異変解決者である魔理沙も、その異常さに口を出すことはできなかった。
「ねぇ、アンタがこの紅い霧を出した黒幕?」
「そうよ、私は吸血鬼、夜の帝王よ。なのに陽の光のせいで昼の間は大人しくしなきゃいけないなんて、あんまりだと思わない? だからこうしてこの世界を霧で覆ってしまえば、昼も夜も関係ないわ。存分に楽しめるじゃない」
「んなこたどーでもいいのよ。そんなことよりこの霧、人間にとって有害なんだけど」
「まぁ私の魔力でできているものね」
普通の人間に妖力や魔力といったものは毒である。人外が持つそれを体内に取り込んだとなると、激しい拒絶反応が起こる。その反応の強さによっては、痛みや吐き気、眩暈も起こるだろう。しかし、その量が少量なら身体が丈夫、若しくは体力があるならば、ゆっくりと異物が排出されるのを待つことにより、症状は治まるはず。
大量に接種してしまった場合はその限りではない。
「ちなみに、その霧を吸っちゃったらどうなるわけ」
「さぁ? 私はヒトじゃないしわからないわ。最悪死ぬんじゃないかしら」
引き金はその言葉だったか、目の前の奴は突進してきた。
おかしい。こいつは博麗の巫女だろう。なんでこんなことをしている。そんな考えがレミリアにはあった。詳しいことは割愛するが、レミリアは異変を起こしたら博麗の巫女が、異変を解決しにやってくる。その際にはスペルカードルールというものが使用されると、そう聞いていた。なのに巫女はそんなものは知らんとばかりに、陰陽玉、霊気の弾、針などを駆使し、襲い掛かってくる。
「こっの!」
その全てを、魔力で形成した槍『神槍グングニル』で振り払う。あちらがvale tudoならばこちらとて手加減をするつもりはない。吸血鬼の身体能力、再生力、高い魔力を生かし、圧倒的に叩き潰す。いくら博麗の巫女といえど、地力が違う、油断して罠にさえかからなければ負けることはない。そもそも、そんな運命は見えない。
「楽しい夜になりそうね!」
「……霊夢らしくないな」
「そうなんだ」
いつもの霊夢なら滅多に怪我はしないし、暴走なんてしないだろう。実際魔理沙は初めて見た。妹であるフランを連れて姉のレミリアの元に着いたはいいが、話し合いもそこそこに霊夢がやってきた。そのただならぬ雰囲気と気迫に押されて何も言えなかったが、あんな状況で戦いを挑むのは無謀だろうと考えた。
「止めないの?」
「難しいな。今のあいつは話を聞くようには思えないし、弾幕ごっこじゃない戦いで、あの二人の間に入るのは、いくら私でもキツイ。せいぜい、一瞬気を惹くくらいだろうな」
それ以上、下手に刺激して敵意がこっちに向いたらたまったもんじゃない。
弾幕ごっこと本物の戦闘ではわけが違う。被弾しても軽傷で済むそれとは違い、一つ一つが殺傷能力を持った攻撃、被弾すれば致命傷となる。魔理沙はそんな戦いはしたことがなく、荷が重い。
しかし、このまま放っておくのは危険。
「こんなとき、あいつがいたら止められんのかな」
「────それじゃあ、やってみようか」
二人を止めるのは難しい。でも霊夢から吹っ掛けたように見えたし、霊夢さえ落ち着かせればなんとかなるあも、という願望で口に出した言葉に返答があったことに、魔理沙は驚いた。
そして、『あいつ』がいることに驚き。
『あいつ』の姿に驚いた。
「おまっ、なんだそれは!」
今、唯一霊夢を止められるのは、知らぬ間に霊夢の暴走の原因となった小間使いのみだった。しかし、その姿はとても以前の姿ではない。健康的な肌が、紅くシミができたかのように、所々浸食されていた。服の下はわからないが、おそらく半身ほど、そんな状態であろう。
「おい、無茶すんな! というかお前なんで、どうやってここに来たんだ」
「悪いけど魔理沙、説明してる時間もないんだ」
私はもうすぐ死ぬみたいだからね、という言葉が最初陳腐な物に聞こえた。どこかの安い物語の悲劇のヒロインが口にしそうな言葉だ。となると霊夢はそのヒロインを助けようとする勇者か何かか。ただしこの物語の結末は、敵を倒しても身体の毒素は抜けずヒロインは死ぬという、バットエンドを迎えるのだが。
「冗談だろ」
「魔理沙、悪いけど私が死んだら霊夢のことよろしく頼むよ」
「冗談──」
「魔理沙」
死期を悟った人間がここまで冷静に、自分より他人を優先するのだろうか。いや、だからこそ博麗の巫女の小間使いを続けられたのだろう。
魔理沙と小間使いとの関係は、そこまで深いとは言えない。しかし、少なからず世話になったし、何より死に際の奴の願いを無下にするほど落ちぶれてもいない。
「わかったよ。何すりゃいいんだ?」
「少しの間、霊夢と話す時間が欲しい。だから霊夢に私がいることを気づかせてくれれば」
「霊夢は、止めるだろうけど」
「問題はあちら、だね」
霊夢が小間使いの存在に気付けば、自ずとこちらに来るだろうが、レミリアはどうだろうか。そんな隙を晒せるほど弱くはない。そもそも殺し合いの途中でよそ見などしている暇はない。つまり止めるなら二人共になるわけだが、それは魔理沙には少し荷が重い。
「よっし! じゃあフラン手伝え!」
「……え?」
今まで小間使いが出てきたことにより空気になっていたフランだが、急に話しかけられたせいか、そもそも話を聞いていなかったため、全く何のことだかわかっていない。むしろ魔理沙に放っておかれたから若干不機嫌である。
「お前、姉貴に何かいいたいことあるだろ? 今がその時だぜ」
「でも」
「戦わなきゃ、何も変わらないぜ」
魔理沙の一言で、決心したのか、フランもやる気になったようだ。未だ上空で争い続けている二人へ、魔理沙とフランは見やった後、二人を止めるべく飛翔した。
紅霧異変が終わったらすぐに春冬異変でもいいのですが、一応閑話を少し考えています。その後の紅魔館の話を少々。
別に書かなくてもその後の話に変化はないですが、東方projectの二次小説を書いている他の作者さんが、よく文中に書く内容があるので、そこにオリキャラを混ぜて独自に話を作ろうかなと。
ただ書くのは正直だりぃです。やっきねぇです。
……読みたいですか?
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死に臥す傍ら、その家族
前回のあとがきでも書きましたが、閑話を書くかどうかどうしようかなと
書いてほしければ感想欄にでも何か一言書いといてくだせぇ(露骨な感想稼ぎ)
めんど
弾幕はパワーだ。常日頃魔理沙はそう言っていた。勿論、弾幕ごっこにおいて火力はそこまで重要視されるものではないし、そもそも美しさを競う勝負においてパワーを求めることに、魔理沙と弾幕ごっこをしたことがある者は異を唱えることもある。しかし実際にそれを見ると、なるほど納得できるものがある。
魔理沙も最初から強力な一撃で勝てるとは思っていない、数ある弾幕で相手の動きを制限し、隙ができたところで吹き飛ばす、というやり方を使った。得意とする恋符『マスタースパーク』は、流石の一言で表される威力で、並大抵の弾幕やスペルカードは消し去るか、押し切ってしまう。多くの者はその純粋に、シンプル且つ大胆で、真っ直ぐなそれに感心してしまう。
それには霊夢も認めるものがあり、まず直撃は絶対に受けないように注意する。そもそも撃たせないように立ち回るのだが、撃たれたとしたら当たってはいかないという確信はあった。
「くらえ! 恋符『マスタースパーク』!」
「っ!?」
死角から放たれたそれを、巫女の勘で回避する。たとえ暴走し冷静さを欠いていても、本能が危険を察知したのだ。そしてそれを放った奴へ、目の前への敵からは目を離さずに抗議する。
「魔理沙、一体どういうつもり。場合によったらアンタも退治するわよ」
「まぁ落ち着けって。こっちもそうだが、あっちもあっちで用があるんだぜ」
見るとレミリアの方にも一人、誰かが攻撃をしかけながら何か話している。とりあえず注意はしておくが、その用を聞くくらいの余裕はできた。そのことを理解した霊夢は改めて魔理沙の方へと向き直る。
「で、何の用なの。時間ないんだけど」
「だから落ち着けってことだよ。時間がないのは分かってるが、それで心配する奴もいるんだぜ?」
「誰よそれ」
「あいつだよ」
魔理沙が指さした先を見て、霊夢は驚く。血を吐き慧音の家で寝ているはずの小間使いが、こちらを見上げているのだから。先までこの男のために戦っていたというのに、そもそも自身が倒れた原因の爆心地のようなところに居て大丈夫なのか? そんな思いを胸に、小間使いの元へ降り立つ。
こんな所まで無事に来れるだけの元気があって良かったと安堵するが、やがてその異常に身体を振るわせる。不覚にも同じ紅に染まった身体が、思考までも紅に染め上げていく。
(なんでこんな……。この紅い霧のせいに決まってる! やっぱり魔理沙の制しなんて無視して、今すぐにでもアイツを!)
「霊夢、こっちを向いてごらん」
「そんなことしてる場合じゃ──」
ぱぁん!
破裂音が良く響いた。霊夢は何が起こったか理解できていない。ただジンジンと痛い頬に手を当て、初めて怒った顔をする小間使いを見た。そして叩かれたことを理解した。
今まで小間使いは霊夢に対して本気で怒ったことはない。小間使いを始めたてのころ、霊夢がダラダラしているのを見て、口頭で怒ったことはあるが、怒りに顔を歪ませ、手を挙げた事など一度もない。
だから霊夢は、一瞬怯んだ。何分怒られるというのも初めての体験だったから。
「霊夢、なぜ私が怒っているか、わかるかい?」
「……わからない」
「そうかい」
首を振って、霊夢は答えた。
「先に言っておこうか。霊夢、私はもうすぐ死んでしまう」
「え……」
「だからって私は、霊夢に復讐してほしいなんて少しも思ってない。霊夢がさっきまで冷静じゃなかったのも、私を思ってのことだろうけど、そんなの嬉しくもない。もし私が死なずとも、霊夢が無事じゃなかったら意味はない。私は霊夢に傷ついてほしくなんかない」
そっと、霊夢にある傷口を撫でる。血は止まっているが、酷い傷だ。痛々しいと思わせる。小間使いは、霊夢が私の所為で傷ついたと、自分を責めていた。
「なんで無茶したんだ。霊夢は博麗の巫女として、スペルカードルールを使えばよかったじゃないか」
「でも、それじゃ時間がかかるし、アンタのことが心配で」
「たとえ早く終わっても、その結果霊夢が死ぬことだってある。霊夢の頑張りで私が助かっても、その霊夢が死んだら、私は誰に感謝したらいいかわからない」
死んでまで私を助けてほしいなんて思わない。その言葉が、霊夢に深く突き刺さる。
「ご、ごめんな、さい」
「全く、手のかかる娘だ。今から何をすればいいか、わかるね」
頷き、レミリアを見やる。そしてもう振り返らない。私は博麗の巫女だ。幻想郷を守る者、この地に仇名すものは、何人たりとも対峙する。
「魔理沙」
「ん?」
「アイツ、手こずりそうだから力貸して」
「へへっ! 貸し一、だからな!」
二人揃って宙を飛んだ。霊夢は冷静になったし、魔理沙も弾幕ごっこにおいては実力者だ。二人が協力すれば、一+一が何倍にも膨れ上がるだろう。
その頼もしい後姿を見て、小間使いはやっと一息を吐いた。
「やれやれ、親というのも大変なものだ。子を叩くのは、こっちの心が痛くなる。……さて」
壁に身体を預けるも足に力が入らず、ずり落ちていく。尻が床に着くころには足どころか、身体全体がどこかへ消えてしまったかのような浮遊感に見舞われる。意識も薄くなり、瞼が落ちていく。
死の直前、その姿は隙間の中に吸い込まれていった。
紅霧異変は霊夢と魔理沙の活躍によって解決とされた。最後はフランがレミリアの説得、いや甘言にほだされ二対二となったが、本領を発揮した霊夢が、その圧倒的才能と能力を生かし、レミリアを倒すことに成功した。その後、レミリアは負けを認め、すぐに紅い霧を消し、幻想郷はいつもの姿に戻った。
ただ一つ、不可解な現象が起きた。死に臥していたはずの小間使いがいなくなっていたのだ。男がまともに動けるなんて思わないし、たとえ動けたとしてもそう遠くへ行くことなどできないはず。
霊夢と魔理沙は、紅魔館内を探した。隈なく探したし、途中レミリアたちにも協力させたが見つからなかった。捜索範囲を拡大し、霧の湖周辺も探したが、遂に見つかることはなかった。
日も沈み辺りが暗くなったところで魔理沙が諭し、明日改めて探すことになった。
しかし、いくら探しても男が見つかることはなかった。
そして、霊夢は探すことをやめた。探さない方が良いといった。小間使いの事だから、自分の最後を見せて悲しい想いをさせないように消えた、と言った。それを聞き、魔理沙も男のことを口に出すのは止めた。
小間使いの、彼らしい最後を想い、諦めた。
「紫様、以前連れてきたあの男は、どうなされたんですか」
「幽々子にあげたわ。前にもう一人従者が欲しいって言ってたの思い出して」
「しかしあの男はもう……あぁ、だからこの間地獄へ」
「そうよ、苦労したわ色々と。幽々子ったら、友人なのに手土産持っていかないと怒るんですもの」
「いいのですか? アレは霊夢に付いていましたが」
「大丈夫でしょう。霊夢が冥界に行くことなんてないだろうし。そうなったらそうなったで面白いかもしれないわね」
「なにせ、霊夢といた時の彼とは、もう別人なのだから」
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半人半霊 死から戻った先に
の前の話
あぁ妖夢かわいいんじゃぁ
私パルスィ押しですけどね、妬ましい
幻想郷にはいろんな場所がある。それこそ地獄や天界、地底、冥界までも幻想郷という世界には揃っているのだ。その中でも一際静かな所と言えば、冥界だろう。なにせそこには、一人しか生きている人物がいないのだから。
冥界という所がどんな所かというと、幽霊が住む場所と言えよう。冥界という名の通り、閻魔から転生や成仏を命じられた幽霊が駐留する場所である。よって冥界には、その幽霊を管理する場所『白玉楼』がある。そして白玉楼に住み、幽霊を管理するのが西行寺幽々子という亡霊と、白玉楼の庭師兼幽々子の剣術指南役で、唯一の生き物、魂魄妖夢だった。
庭師兼剣術指南役である妖夢は、どちらかというと従者という立場の方があっている。主である西行寺幽々子に仕え、その世話をする。炊事洗濯家事全般。その合間に本来の仕事である庭の手入れ、そして自己鍛錬。妖夢は半人前と呼ばれるのが嫌いだ、自身が半人半霊という種族なので、よく幽々子に半人前だとからかわれる。だからムキになって鍛錬することもあるが、基本主従関係は良好で順風満帆な生活だった。
少し残念な所は、話し相手がいないこと。幽霊は話すことはできないし、幽々子も用事を言いつける時くらいしか話をしない。そういう所は少し不満だった。
そんな妖夢に、話し相手ができた。その話し相手とは冥界から人里に降り、買い物をしている時に偶然出会った。幽々子への土産と共に、自分も休憩しようと甘味処に立ち寄った、その先客だった。始めは、外見の事くらいしか興味はなく、お茶と茶菓子を食べながらゆっくりしようとしたのだが、その人の動作に見惚れてしまった。
お茶を飲む動作、茶菓子を口にする動作、そして味わった時に出る優しい笑顔に惚れてしまった。
見惚れていると視線に気づかれてしまい、そこから話をしたのだが、つい盛り上がってしまった。その人も誰かに仕える仕事をしているらしく、色々なことを話し合った。
日が暮れてしまい、帰らなくてはならなくなった時は気落ちしたが、その人が「また会ってお話をしよう。今度はいつ会える?」と聞いてきてくれた。妖夢が人里へ降りる時は、大体食材が少なくなってきてからなので、もって一週間だと伝えたら、なら一週間後にまたここで同じ時刻に、と会う約束をした。
それから一週間、妖夢はその人と会っていた。
それからの妖夢は、目に見えて浮かれていた。約束の日が近づくたびソワソワするし、オシャレに気を使うようになった。約束の日には時間をかけて髪を整えてから出かけるし、心なしか帰ってきたときのお土産も多くなっている気がする。
幽々子も様子が変なことには気付いているが、お土産は多くなるし、機嫌が良いと食事も豪華になるし、分かっていながら放置していた。
そのおかげで、妖夢は約三年ほど、充実した日々を送っていた。
そんな充実した日々を送っていた春、幽々子が庭にある大きな桜の木を見て言った。
「この桜の咲いているところを見てみたいわ。そして、桜の下に埋まっている何か、それが知りたい」
幽々子が言うには、桜の下には何かが封印されているらしく、桜が咲いた時にその封印が解けるらしい。
しかし妖夢は、何年も白玉楼にいるが、桜の咲いている姿を見たことがない。それは幽々子も同じらしい。
「幻想郷中の春を集めてこの桜に注げば、この桜は咲くのよ」
そう幽々子は言った。しかしそれには当然代償があり、春を集める、つまり他の場所から春を奪い、冬のままにする、ということ。桜が咲いて封印されていたものの正体がわかれば、春は返すようだが、どれだけの春を集めれば桜が咲くのかもわからない。春を集めるのに、どれだけの時間がかかるかもわからなかった。
妖夢は内心、怖かった。幽々子の考えや、桜の下に埋まっているもののことではない。このことがあの男と自分を離れさせてしまうのではないか、と。
冬になれば当然雪が降り、積もっていく。そうなると当然、人は外へ出なくなる。買い物も一度に多く買うようになり、日持ちするようなものになっていく。妖夢とその男も、冬の間だけは会うのを控えていた。その冬が長引けば長引くほど、男と会えなくなってしまう。
それに、冬を長引かせるというのは、間違いなく異常なこと。この幻想郷には博麗の巫女、というのがいて、幻想郷に振りまく災いを祓う役目がある。妖夢も人里に降りた時、その姿をチラと見たことがあったが、まず間違いなく巫女の目に触れることになるだろう。もし巫女が私たちを退治に来て、負けてしまったら、その所業はさらされる。顔が割れる。もしそうなったら、男は……。負けるつもりは毛頭ないが、もしもを考えると、気が滅入った。主の意向とはいえ、こればかりは聞きたくない願いだった。
そんな気持ちでいれば、自然と態度にはでるもので、男と会っている時にそれが出てしまい、怪しまれた。
「妖夢さん、なにかあったのかい?」
「いえ、大したことでは」
そう答えるが疑いの目は晴れず、むしろ余計に心配させる結果になった。そこで妖夢は、あえて口にした。
「冬が長くなったら、どう思いますか?」
一体何の話だ、と思われただろうが、男はちゃんと答えてくれた。
「正直、あまり好きじゃないかな」
「そう、ですか」
「冬には冬の魅力はあるけど、雪かきは面倒だし寒いし、何より妖夢さんと会えなくなる日が長くなる。私はもっと、妖夢さんと話していたいね」
急にそんなことを言われて恥ずかしくなった。聞き方によれば、恋人に逢い離れるのが悲しいと言っているようなものだ。
妖夢は傍から見ても容姿はいい、それは男も変わらない。そんな二人が仲良く隣り合い、片方がそんなことを言えば、勘違いしてしまうではないか。
妖夢は顔を真っ赤にして、俯いてしまった。喜んではいけない立場だが、つい嬉しくなってしまった。
「そろそろお暇しようかな。じゃあ妖夢さん、また一週間後」
「はい! また……」
「頑張ってね」
「え、あ、はい。頑張ります?」
男の言葉の意味を考えると、バレている可能性があった。しかし、男にそれを周りに言いふらそうという気は感じられなかった。自分の話を聞いても、まだいつも通りに接してくれる。妖夢にはそれがとてもありがたく感じられた。
それから月日が流れ、幻想郷に紅い霧が覆ってから、その男と会うことがなくなってしまった。
今まで約束を破ることはなかった男が、霧の件以降人里で見かけることはなかった。甘味処の店主に聞いてみたが、何もわからないそうだ。きっと何かあって会えないのだろうが、お互いの詳しいことまでは教えておらず、見舞いにいくことも何もできなかった。精々すれ違いになった時に困るからと、店主に男が来たら伝言を頼むくらいだったが、一度も来ることはなかったようだ。
今度は目に見えて気落ちした。ため息をよく吐き、髪の手入れも怠っているし、見るからに暗い雰囲気が漂っていた。そんなことでまともに働くことはできず、幽々子を困らせていた。
そんなときに、幽々子の客人、友人である八雲紫が訪れた。妖怪の賢者と呼ばれる彼女の前でだらしない姿を晒せば、幽々子の沽券にも関わる、とその日はしっかりとしていたのだが、紫が持ってきた手土産に、思わず開いた口が塞がらなかった。
それは妖夢が会いたがっていた男だった。
「幽々子ってば最近もう一人従者が欲しいって言ってたじゃない? だからホラ、連れてきてあげたわよ」
「でもそれ死んでるじゃない」
死んでいた。身体中に紅い染みのようなものがあり、見るからにいつもの男とは違っていた。そして死んでしまったことにショックを受け、つい涙を流してしまう。それを見て紫は、扇で口元を多い、薄く笑った。
「安心なさい、まだ生き返るわよ」
「あら、そうなの?」
「そ、そうなんですか!? よ、よかったぁ」
「ふふふ。まだ魂は切り取られていないもの」
紫はこの男を連れて閻魔に会いに行ったそうだ。そして男の魂を、肉体から離さないようにしてほしいと頼んだらしい。結果、身体と魂は繋がっている。まだ完全に死んだ、というわけではない。
体、魂、そして『死を操る程度の能力』。死に誘うことに精通しているということは、死から遠ざけることに精通しているも同義。無理やり、その身体に命を注ぎ込んでいく。
そして男は目覚めた。
「……ここは?」
「あ、起きましたね。良かったです、またこうして会うことができて」
「
「私は、何だろう?」
その代償を、身に宿して。
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温もりを得た者と失った者
だからキリがいい所で切り上げたので、少し短く読みにくい所があります
お気に入り100突破したからノリでかけるとおもったんだけどなぁ
冥界にある白玉楼、そこに新しく加わったのは人間であった。その素性を知る者は誰もいないにも関わらず、人間、元小間使いは厚く歓迎された。というのも、元々意思を持っているのが幽々子と妖夢の二人だけであり、それぞれ従者がほしい、話し相手が欲しい思っていたので、元小間使いが加わるのに何も抵抗はなかった。
素性が分からないというのも、小間使い自身が話すことができないためだ。無理矢理生き返ったための弊害か、身体に残る紅い染みの障害かは定かではないが、おおよそ染みが身体にできるより前の記憶が、所々思い出せない。妖夢の事は覚えているのだが、自分が以前何をしていたかなどが、靄がかかったかのように、見えなかった。
一時錯乱したが、妖夢がそばに付き支えることで落ち着きを取り戻した小間使いは、行く当てもなく、白玉楼へ住み着くことになった。
「幽々子様、妖夢さん、お食事ができましたよ」
「あ、すいません。ありがとうございます」
その後の生活は特に何か起きたわけでもなかった。小間使いは元々家事などを仕事としていたため、白玉楼の間取りに少し戸惑ったものの、特に問題ない。幽々子も従者が増えたことと、小間使いが来てから妖夢がより張り切って仕事をするため、半人前と妖夢をからかうこともなくなった。その際妖夢の様子に察するものがあったり。
「ふっ! はっ!」
そして妖夢自身、自身に磨きがかかっていくことを感じていた。家事も小間使いと協力して早く終えるし、本業の庭師にも、見れば見事と呼べるほどに仕上げている。剣の鋭さも一段と増しているように思える。以前からその兆候はあったが、最近になってより顕著になってきた。
その傍らで幽々子と小間使いと共に、茶を楽しむような時間も増えた。話す内容は他愛のないものばかりだが、それでも小間使いが隣にいるだけで、とても楽しく感じられた。望むなら、ずっとこのまま一緒にいられたらな、と思いながら、その原因である男を見つめる。その眼には、まだ熱っぽさは見当たらない。
妖夢は、ハッキリと自分の気持ちに気付いているわけではない。
しかし、いずれはその気持ちにも整理がつき、想いを確信することができるだろう。
そして、今を充実している妖夢がそれに気づくまで、およそ八か月後となる。
春が来なくなる、その日に。
小間使いがいなくなってから、どれだけの月日がたっただろうか。もう梅雨入りの前だというのに止まない雪を見ながら、霊夢はそう考えていた。霊夢自身、小間使いの事を忘れたことはない。当然、生きているとはもう思ってはいないが、当然姿を消してしまったことに思う所がないわけではなく、ふと考えてしまう時がある。こんな日にアイツだったら温かい飲み物を用意したり、自分を省みず上着を渡してきたり、健康にいい食事を作ったりしてくれたことだろう。
そういえばここ三年、風邪なんか引いたことなかったなぁ、と半纏を羽織り炬燵に入りながら熱いお茶を啜る。
──そういえば、小間使いに一度だけ聞いたことがあった。他の質問などはすぐに答えてくれるが、その時だけは曖昧にはぐらかされたが。あの時の答えは一体何だったんだろうか。
(何で私の小間使いなんてしようと思ったんでしょうね)
今となっては、もう聞くことすら叶わないが。
思いふける霊夢は、だらけ切った生活をしていた。雪が降りやまない、冬が終わらないという異常に、何もする気はない様子だ。というのも、そもそも霊夢に仕事が来ないのに理由がある。妖怪が活動を停止するからだ。
妖怪にもいくつかおり、霊夢が退治をするその大半が、瘴気か何かにやられたか、獣が妖怪化したものだ。元が獣のせいか、冬には冬眠をするなど、活動をするものが少なくなる。わざわざ人里まで移動するよりも、今までに蓄えた食物を食べ、冬を越そうとするのが多い。まぁこれだけ冬が長引くと、そろそろ備蓄が尽きて人里を狙う輩がでるかもしれないが、それでもまだ積極的に動こうとは思えなかった。
わざわざ動かなくても、お節介な奴がやってくるから。
「よう霊夢。遊びに来たぜ」
「あぁ魔理沙いらっしゃい。なんでもいいから障子閉めて、寒いから」
本来、魔理沙は博麗の巫女でもないのに異変解決に乗り出すほど積極的だ。霊夢より早く異変解決しようと奮闘するほど、異変には煩い。しかし、あの頃から魔理沙は、そこまで霊夢にうるさく異変異変と言うことはなくなった。霊夢がじっくりと異変解決のために準備をするのを待つようになる。
「まだ、準備は終わらないのか?」
「まだよ」
「そうか。今回の異変の黒幕はどの辺だと思う?」
「少なくとも、氷の妖精なんかじゃないわね。あの程度じゃこの規模は無理」
異変への準備は抜かりないが、如何せん黒幕の正体が掴めない。冬か雪か、それに関係する妖怪か何かだとは思うが。今回の異変も、幻想郷全体を冬にしたままにするほどの強力なものだ。妖力の少ない妖怪や、妖精程度じゃ、この規模の異変は起こせない。精々湖を凍らせる程度。曇天が覆っていることから、日光に弱いと考え、レミリアを一度あたったこともあるが、今回は関与していないとのこと。レミリア自身、寒いのは好きではないようだ。
となると冬、もしくは春の妖怪、精霊か。前者はともかく後者はどうだろう? 普通、その季節の妖怪、妖精、神などは、その季節を待ち遠しくするものだ。ほぼありえない。
「冬の妖怪も違ったぜ? レティとかいう奴ぶっ倒したけど、この冬は終わらなかったし」
「……いよいよ手詰ってきたわね」
この異変が起きてから、霊夢と魔理沙は協力して異変の黒幕を追っていた。異変の黒幕がわかれば、それなりの対策ができるからだ。自分のためではない、どんな状況に陥っても、人里も守れるように。
しかし空振りしてばかりである。数日に一度集まるのだが、中々情報が揃わない。
「そもそも、考え方が違うのかしら」
「? どういうことだ?」
「冬を長引かせてるんじゃなくて、春を遅くしているってこと。もしくは、春をどうにかしている、とか」
「ふーん、えらく抽象的だな。で、それだと何が違うんだ?」
そういわれると特に考えがあるわけでもない霊夢は黙ってしまう。
「ま、ここで考えてても仕方ない。私はまたなんか情報さがしてくるぜ」
「頼んだわよ」
魔理沙は昔、霊夢をライバル視していたのだが、それは少し憧れも含んでいた。いつか肩を並べて異変を解決したいとも思っていた。それが今、成り行きはどうあれ叶っているからこそ、協力を惜しまないのかもしれない。
魔理沙が博麗神社を去ったのを見届け、霊夢は一人嘆息する。
「冬の寒さより、案外一人の寒さの方が堪えるのよねぇ」
そんなことは魔理沙には言わないが、以前ここにいた男を思い浮かべ、そう愚痴る。人の温かさを教えてくれた小間使いはもういない。それでもしっかりと、あの心地よさは覚えている。
少し前まで感じなかった寒さは、いくら着込んでも治まらなかった。
次回予告
妖夢VS魔理沙&霊夢
幽々子VS魔理沙&霊夢
西行妖VS霊夢&魔理沙&紫&幽々子&妖夢
西行妖VS小間使い
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桜の下の独りぼっち
まぁ思い通りにはいきませんよね
多分次が春雪異変の終わりになると思います
……思います
レミリア・スカーレットの能力を知っているだろうか。聞いたことがあるのは、幻想郷においても極僅か、身内を除けば八雲紫とその式、そしてレミリアと戦ったことのある霊夢ぐらいのものだ。敗れたものの、その能力は凄まじい。
『運命を操る程度の能力』
運命を把握することができ、またそれをずらすこともできる。勝負するなら勝ちへ、今日食べたいものがあれば夕食にでるなど、万能であり他人にしたら不可避の能力。あらゆることが、自分の想いのままなのだ。ただし制限もあり、あまりに本来の運命から離れている場合、狙っている運命を引き寄せるのに時間がかかる、という点だろうか。本人の解釈ではこう語られる。
分かり易くするなら、今自分のいる時間軸に対し、選択肢一つで変わる様々な未来の一つ一つ、所謂『パラレルワールド』があり、その狙った一つを自分の未来へと置き換える。狙いが近ければ容易く変えられ、遠ければ近くなるよう動いていく。
レミリアは紅霧異変の時、自身の勝利をその運命に見ていた。しかし、その運命から浮いている霊夢によって狂わされ、敗北した。たまたま霊夢がそういう能力だったからで、もし霊夢以外が博麗の巫女だったなら、異変は解決していたのか、定かではない。
兎に角、レミリアの能力の凄さは理解できただろう。
そのレミリアは、普段運命を操っているのだろうか。
答えは否である、レミリア自身、その能力の使用に制限をかけ、どうしてもという場合以外にイタズラに運命を変えることを良しとしない。なにせそんな自分の思い通りになるなんて面白くもない、というのが持論だ。だから普段は運命を見るだけに抑えている。
そんなレミリアが今の異変、春雪異変に興味を示したのは、いつも通り自身の能力で運命を眺めていた時のこと。
いい加減寒いのが嫌いなレミリアは、未だに何の行動も起こさない霊夢に呆れ、敢えて異変の終わりを見ることで、あとどれくらいで終わるのか確認し、それまで辛抱しようかと考えた。そこで異変の終わりを探るべく、同じく異変解決の助力をする霧雨魔理沙の運命を覗き見た時のこと、動揺とはいわずとも、明らかに怪訝するものが見えた。
それは紅霧異変の時に見た奴、博麗の巫女の小間使いといったか。消息不明、おそらくは死。今より八ヵ月も前に霧に侵され、最後の姿を見せまいと姿を消した男は、死んでいるだろうと確信していた。というかあの状態で死なないこと自体ほぼ不可能、たとえ生きていたとしても霊夢たちは男を見つけることに叶わず、捜索を諦めた。どこかで妖怪か魔獣かの餌になっている、その方が自然だった。生きていることはありえない、しかし、この運命はどういうことだ。まだ運命を変えてはいないのに。
いくら考えを張り巡らせても、男が生きている理由がみつからない。顔だけ酷似した別人、というのが一番納得できる。しかし、それでは面白くない。
それから先の運命は見ない。もしかしたら自分が考えているよりももっと、面白いことが起きるかもしれない。自分を倒した霊夢も面白いが、その小間使いにも面白そうな運命が待っていそうだ。興味が湧いてくる。
「咲夜」
「何でしょう、お嬢様」
「博麗神社へと行き、霊夢に伝言を届けなさい」
「伝言は、何と?」
「冥界に求めるものがある」
「──お嬢様はそう言っていたわ」
「冥界ね」
咲夜が博麗神社へ来たのは、魔理沙が出てから二時間程経ったころだ。言われた通りの伝言をした咲夜は、恐らく今回の異変に関係するものだろうという解釈をし、霊夢もそういう結論へと至っていた。
冥界、つまりは死者の国。除霊系の御札が必要になるだろう、今手元にある分だけでは、少し心もとないか。魔理沙にも伝えて、準備をさせておくべきだろう。
情報提供してくれた咲夜に感謝し、御札を作ろうとする霊夢。魔理沙はそのうち来るだろうし、その時にでも伝えればいいか、と考えていたのだが。
「そういえば、先程襲い掛かってきた氷妖精がいたんだけど……白黒の魔法使いが冥界に向かっていくのを見たそうよ。正確には私同様に襲い掛かったらしいけど、返り討ちにされて情報集めを手伝わされた時に、冥界が怪しいって聞いたそうよ」
「……はぁ、あのバカ、勝手に一人でいくなんて」
魔理沙も悪気はないだろうが、聴いたのは不確定情報だったのだろう、その真偽を調べるために仕方なかったのだろう。それも霊夢にはわかってるし、その実力も認めている、何かあっても逃げ切ることができるだろうと踏んでいる。だから別段慌てず、今は自分のやるべきことをする。
そう思っていたのだが。
「冥界で死んだら、成仏するのかしらね」
「……どういう意味よ」
「冥界は死んだ人の魂を、輪廻転生するまで滞在させる場所と聞くわ」
それは当然、霊夢も知っている。
「魂は死んでからその人の周りに漂い続け、死神に刈り取られる。刈り取られて初めて、その権利が与えられる」
「冥界じゃ、死神は仕事をしないって言うの?」
「さぁ、そこまでは知らないわ。でも、魂を置いておく場所で魂を刈るなんて、普通しないんじゃないかしら」
貴方は墓穴の前で、死んでいるのをわざわざ確認するの?
そう言われ、顔が渋くなる。咲夜の言うことに信憑性があるかと問われれば、ないのだろうが、妙に納得できるものだった。死神の事などしらないし、実際にいるかもわからない、しかしこの幻想郷ならあってもおかしくはないのだろう。
「まぁ貴女がどうするも、私には関係のないことだけど、異変を解決するのなら早くお願いね。お嬢様が待っているのだから」
礼儀正しくお辞儀をして帰る咲夜。静まった部屋で一人考える霊夢は、やがてため息とともに、備蓄してある御札を取り、外へ出る。向かう先はもちろん冥界。
異変解決が始まる。
その冥界では、幽々子と小間使いが碁を打っていた。そもそも冥界は人里と比べ娯楽が少ない。あるのは食事と酒と、精々遊び道具が数点、碁もその一つである。妖夢は侵入者の撃退に向かうべく、白玉楼の入り口にて待機している。
「こうして誰かといるのは良いものね」
「そうですね。一人は寂しいものです」
「でもそれなのに私は、どこか寂しさを感じるの」
幽々子は常に感じるそれに疑問を持っていた。妖夢といた頃も、その前も、誰かといたにもかかわらず寂しさが消えない感覚。そしてその理由にもなんとなく気づいている。
幽々子は亡霊である。死んでなお、姿形を残し存在し続け、その能力故に白玉楼の管理を任されている。死んだときの残留思念があるのだろう、死に際の寂しさが今もなお、残り続けているのだ、と。
それは長い月日を過ごしても、拭いきれないものだった。
「あの桜が咲けば、少しはそれも和らぎそうな気がするわ」
そうして見る桜は、ほぼ咲きかけている、あと一息といった所だろう。しかし咲けば咲くほど、美しさと哀愁を小間使いは感じていた。あの桜は何を望んでいるのだろう、何をそんなに悲しんでいるのだろう。それを知ることができれば、幽々子の寂しさがなくなるのではないだろうか。
根拠はないが、小間使いはそう思った。
「これでどうかしら?」
「私の負けですね」
「もう一局いかがかしら?」
「いえ、そろそろ花見団子でも作ります。一人は寂しいので、ぜひ手伝っていただきたいのですが」
幽々子は寂しさを感じさせないように、笑った。
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再会による絶望
結局西行妖を復活させるのは諦めました
その代わりに、修羅場ってます
弾幕ごっこに置いて、魔理沙の実力は相当なもので、紅霧異変でも七曜の魔女『パチュリー・ノーレッジ』を倒していることからも伺える。生まれた時から生粋の魔女で、幾年も研究を重ねてきたパチュリーに、人間から魔法使いになった新米の魔理沙では、そもそもの地力が違う。特殊なルールを用いたり、身体が病弱だったのもあるが、勝利したのには賞賛を送る。
魔理沙は強い。箒に跨り、魔力を放出することで推進力を生みだし、高い速度を維持した空中戦、恋符『マスタースパーク』を軸としたスペルカードの構成、戦略の数々。その実力は、幻想郷の中でも高く位置する。
そんな魔理沙の放つ弾幕が、全て切り落とされた。
弾幕には殺傷能力がない、ほとんどがスペルカード発動までの目晦まし、相手の行動を阻害するものだ。それが分かっている者は、自身も弾幕を飛ばし相殺するか、避けるかして相手の思い通りにさせないよう立ち回るのが普通だ。それが切り落とされたということは、相手がまだ弾幕ごっこを始めて日が浅い初心者か、自信がある者かである。
妖夢は後者だった。
別に油断しているわけでも、相手を見下しているわけでもない。妖夢もその気になれば弾幕を打ち落とすし、斬撃の形をした弾幕で反撃をする。しかし今回それをしないのは、弾幕を放つ余裕がないということだ。
となれば魔理沙が優位に立っているのか? いや、魔理沙の額から流れる汗は、焦りを意味していた。それもそのはず、妖夢は魔理沙へと接近し、直接刀を振るっていたのだから。
弾幕ごっこには距離をおいて戦うのは当たり前の話だ。そもそも弾幕ごっことは美しさを競う勝負であり、種族の差をなくして平等な勝負をするという目的のもとに作られた。それなのに接近戦を行うのは愚の骨頂といえた。ルールを乏しているのだから、魔理沙が叫弾すれば妖夢の負けとなるだろう。
しかし、魔理沙はそれをしなかった。思わず見惚れていたのだ、妖夢のその刀捌きに。
弾幕の速度は、決して遅いものではない。それこそ距離を置かなければ回避すら困難なものだ。それなのに妖夢は魔理沙の放つ弾幕を、ひとつ残らず切って、なお追撃を仕掛けていた。いや、追撃するだけなら、自身に当たらないように目の前の弾幕のみを切ればいい。しかし妖夢は、弾幕すべてを切っていたのだ、何かを守るように。
弾幕を放たないのは切ることに集中しているから、一度でも弾幕を撃ち漏らすようなら自ら負けを認める、そんな気迫があった。
その姿に、魔理沙は見惚れた。
愚かと言っていいほどに無駄な行為、それをしなければ魔理沙はもっと苦戦していただろう。だがそうしてまで守りたいものがある、そういった意志が妖夢からは感じ取れた。
以前魔理沙の『弾幕はパワーだ』ということについて解説しただろう、その素直さには感心する。同じように傍から見れば無駄と言われる行為を、純粋に真っ直ぐにやり遂げる妖夢に、魔理沙は
(ちくしょう、カッコいいぜ)
そう思ってしまった。
だからこそ魔理沙は指摘しない。その志に敬意を表し、それを受け入れた。故に苦戦していた。攻勢にでているのは自分だ。妖夢も反撃こそすれど、ほとんど弾幕を切ることに集中していて、攻勢にでたことはない。しかし、それゆえに困難とされることをやってのける妖夢に、心の奥で力の差を感じ始めていた。
それが顕わになったのは、自分が得意としている恋符『マスタースパーク』を切り裂かれたときだった。なんとか不意を突き、必死になって繰り出したそれは、自他共に認めるほどの強さがある。並大抵の攻撃では反撃はできず、押し切る威力のあるそれを、妖夢は切り裂いた。
当然、妖夢もそれをするにあたって集中し、凄まじいそれを切り裂くのに多くの力を使った。もう同じことはできないだろうし、弾幕を撃たれたら全て切るなんて無理だろうというくらい消耗していた。
実際、魔理沙と妖夢の実力は互角くらいだ。たまたま今回、妖夢の方が上回っただけ。異変の主犯者側で必死だったことと、守りたいものがあったからこそ、いつも以上の実力が出せたのだった。それに魔理沙も劣っていたわけではないが、マスタースパークを破られたことにより、精神的に負けを認めていた。
そこから魔理沙が負けたのは実に数分後、魔力が尽き機動力を失ったことにより満足な回避もできなくなった首筋に、刃が添えられた。
「私の負け、だな。お前凄いな、全然歯が立たなかったぜ」
「いえ、私ももうヘロヘロです」
お互いの健闘を称えたが、正直妖夢には余裕がなかった。弾幕を切り落とす、その行為は無駄な物、精神を著しく消耗させていた。守りたい存在、主である幽々子と、想い人である小間使いのために、弾幕一つですら近づけさせないという、枷の様なものを無意識にかけていた。
口にした通り、妖夢にはもう体力はほとんど残っていない。今の状態でもう一戦したとしても、負ける。足止めか、時間稼ぎにしかならないだろう。
「あっ! 魔理沙、アンタ一人で勝手に行かないでよね。てゆーか負けてんじゃないのよ!」
「おぉ霊夢。悪い、負けちゃったぜ。こいつ相当強いぞ」
「博麗の……巫女」
それが博麗の巫女なら、どうだろうか。体力がある時ならいざ知らず、この状況では足止めにすらなるかどうか。
それでも、やるしかないのだが。
「博麗の巫女、ここは通しません!」
「悪いけど、通させてもらうわよ。いい加減寒いのはもうこりごりなの」
「魂魄妖夢、推して参る!」
妖夢を打ち倒した霊夢が、苦戦しつつも幽々子に勝てたのは、御札のおかげだろう。以前現れた霊系の妖怪に対抗するために作ってあったものが残っていたため、効くかどうかは不安だったものの、幽々子の行動を阻害する程度には効果があり、隙を突くことで勝つことができた。
幽々子が負けるということは、異変の解決を指し、西行妖に集まっていた春が散り、戻っていく。これで数日もしない内に、幻想郷に春は戻るだろう。これで博麗の巫女としての使命は終わった。
だからこれから始まるのは、博麗霊夢個人の問題である。
「桜、散っちゃいましたね」
「お花見、楽しみだったのだけどね」
「名残雪ならぬ名残桜というのもいいと思います。花は散り際の方が綺麗です」
その声はどこか聞き覚えのあるもので、その姿も見覚えがある。ただその笑顔の向ける先が自分ではないことに困惑してしまう。霊夢に倒され座り込んでいる幽々子と、体力を回復し戻ってきた妖夢に気遣いながら手を差し伸べるのは何故だ。
「立てますか?」
「ちょっと無理みたい」
「幽々子様、私が寝室までお運び」
「いいよ、妖夢も疲れているだろうし私が運ぼう。ちょっと失礼します」
あまつさえ自分をいないものとしているのに、敵である幽々子を抱きかかえるなんて、信じられない。もしかして似て非なる別人かとも考えたが、衣服の合間から見えた紅い染みは、誰にでもあるものではなく、以前見たものに間違いなかった。
だからこそ、異変解決をした私が労われるはずなのに、なぜ彼は敵を心配するのか。
「ちょっと待ちなさい」
意識外から言葉が出たことに、今回ばかりは感謝する。あのまま放っておいたら、なぜか二度と会えないような気がした。
言葉をかけられた男は振り向く。
「なにか?」
「なにって……アンタ、私のこと分かんないなんて言わないわよね?」
「えーっと──」
「──どちら様ですか?」
その眼に映っているのは『今』の主と同僚であって、『前』の主ではない。
修・羅・場! 修・羅・場!
Fuuuuu!
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記憶は記憶 守るは目の前の恋する少女
タバスコ一本470円
どちらかを片手に持って読むことをおススメします
やっとタグの恋愛を書けてる気がするよー
都合上短いですが、ご容赦堪忍お願いします
小間使いと霊夢の言葉に、誰よりも早く理解を示したのは意外にも妖夢だった。霊夢は小間使いを知っているが、小間使いは霊夢を知らないという矛盾。ただ小間使いが忘れている可能性もあるが、そんな薄い関係でないことは感じ取れた。
そもそも小間使いは記憶を失くしている。それを霊夢は知らない。
妖夢は小間使いが誰かに仕えていたということを知っている。小間使いの見た目を考えると、並の主ではないことは予想できたが、それが博麗の巫女ともなれば納得できる、というか実際そうだったのだろう。
違う、そうじゃない。
ここでもし、霊夢が小間使いとの関係を話したら? 何かの拍子に記憶が戻るかもしれない。そうしたら、小間使いはどうするのだろうか。
小間使いは優しい。きっと私たちを無下にすることなんてしないだろう。しかし、それは彼女に対しても言えることで。つまりそれはどういうことかというと。
あれこれと考えを纏めようとすることは、妖夢は得意ではない。とりあえず何か目標を決めて、それに向かって一途に走る方が性に合っている。だから、霊夢の気持ちも分からなくはないが、それでも自分の意思を貫きたかった。
(この人と離れるのは、嫌だ)
その想いが確固たるものとなった今、妖夢は迷わず行動に出た。痛む身体を引きづり、霊夢と小間使いの間に身体を入れる。
「申し訳ないですけど、これ以上私たちに関わらないでもらえますか? 異変は私たちの負けで終わったのだし、もういいでしょう」
それは懇願だった。これは異変とは関係ない、彼と彼女の個人的な話で、寧ろ部外者なのは私の方だ。それに負けたのは私たち、勝者に何を言われようと従うしかない。だからこその、お願いだった。
それがお願いだということは霊夢にもわかった。妖夢がなぜそこまで必死なのかも、完璧にとはいわないが理解できる。そう短くない時間を共に過ごしたから、そうなってしまうのだろう。
しかし、それとこれとは話は別。
「貴女には関係ないでしょう。これは私とコイツの話よ」
「っ!」
その通りだ、何も言い返すことはできない。悔しさと悲しさが
「なるほど。君が私と何か関係があることはわかった」
手を伸ばす。
「だからといって、君が私の大切な人を傷つけるのは看過できない」
手を伸ばし。
「今日は帰ってくれないか」
手が、握られ、抱き寄せられ。
守ってあげなければいけないのに、私よりも力の弱い男に守られてしまった。そこにはもう、悔しさや悲しみはなく、ただただ小間使いの心の強さに、惹かれるだけだった。
小間使いは基本、身内を贔屓にする。霊夢と過ごした三年間、全てにおいて霊夢を優先させてきた。それには当然、心を通わせるだけの時間をかけたが、少なくとも霊夢が心を開いたころにはそうしていた。
何も小間使いに友人がいないことはなく、その穏やかな性格と容姿端麗な振る舞い、男女問わず人気はあった。当然、遊びに誘われることや食事に誘われることなど、多々あっただろう。小間使いに休みの日がないわけもなく、休日はそうした過ごし方もできたはずだ。
しかし、それをしなかったのは、小間使い自身が優先順位を変えたからであろう。それに後悔はないし、そんなことで友を止めるような者もおらず、だからこそ三年間霊夢に尽くすことができた。
白玉楼にいる二人が、それだけ小間使いと心を通わせることができたのは、冥界が隔絶された場所にあり、普段買い物をするときにしていた交流ができなくなったからである。その分二人と触れ合う時間は多くなり、自然と身内としての意識が芽生える。これも記憶がなくなったという条件があるが。もし記憶があって、こうした状況に陥ったとしたら、結果はどうなったかわからない。
しかし、『今』の小間使いは、白玉楼側にある。幽々子と妖夢を身内とし、特別な人物としていた。故にこの反応がある。
「なによ、それ」
今にも泣きだしそうな妖夢を見て、罪悪感がなかったわけではない、それでも譲りたくないことだったのだ。それなのに、男が私に見せる顔は、怒った顔。あの時に見た顔と同じ。
「霊夢、今は引こう」
「私は、わたしはただ」
「わかってる。だから今日は引いて、落ち着いたらまた来よう」
傍観していた魔理沙が、恐らく男が生きていることに安堵、霊夢以外に対して優しくする困惑、怒りを向けられたことによる絶望、疎外感、その他多くの感情が霊夢から冷静さを奪っていると判断し、そう諭した。これでは、あの時の二の舞ではないか、冷静さを失い、失ってしまったあの時と同じだ。
だから引く。
「また来るぜ。そんときにはちゃんと話してくれよな」
「えぇ。二人を傷つけないと約束するなら」
「生憎約束事は苦手なんだが、わかったぜ」
霊夢を担ぎ箒に跨った魔理沙は、冥界から帰っていった。
「とりあえず、帰って宴会だ。一回酒でも飲んで忘れようぜ」
誰に言うでもなく、そう呟きながら。
驚くほどに静かだと、会話が進まないことは多々あるが、そんなことには無縁だと思われていた妖夢と小間使いは、縁側に隣り合って腰かけていた。幽々子は疲れもあってか、食事を済ませると早々に寝床に付いた。気遣ってくれたのだろう、これでも従者の心配はするほうだ。
そして小間使いと隣り合う妖夢は、内心複雑だった。素直に、自分を大切だと言ってくれたことへの嬉しさと、多分迷惑をかけたことへの自虐。記憶を失くした男が、記憶を取り戻すチャンス、それを自分の我儘で不意にしてしまった。小間使いだって戻ることなら記憶を戻したいと考えるだろう。
「ごめんなさい」
謝るほか、妖夢にはできなかった。
「何がだい?」
「私の我儘です。貴方と離れたくがないために、記憶が戻るかもしれない機会を不意にしてしまいました。あの人は、多分元々貴女が仕えてた人だと思います」
「うん、それは何となくわかったよ」
「はい……」
「私は、記憶が戻るなら戻ってほしいけど、それが妖夢さんの我儘で機会を失ったなんて思っていないよ」
優しくしないでほしい。どうせなら怒って突っぱねて欲しい。そうされた方が、もし記憶が戻って、やっぱりあちらの方が良いと、離れ離れになってしまった時に、気が楽になる。
だから、そんな言葉をかけないで。
「確かに、記憶が戻って欲しいとは思うけど、それも絶対に戻るなんて決まっていない。もし戻ったとしても、それで妖夢さんと幽々子様から離れるなんて決まってない。そんな不安定なものより、ハッキリと大切だと思ったから、ああ言ったんだ。だから妖夢さんは悪くない」
そんな言葉をかけられては、期待してしまうじゃないか。
「君は、悪くないよ」
「私は……私はっ」
「貴女のことが、好きです」
告白っていいですよね
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風の向く先、花
一度書ききっても、なんか違うんだよなぁとやり直したり
まぁそれが遅くなる言い訳にはならないのですが
遅れました、すいません
今更人里に戻っても、何があったか根掘り葉掘り聞かれた挙句、その身にあるものを見られ煙たがられるか、何かしらの関係がある博麗の巫女の下に連れられるか。他は別に構わないが、博麗の巫女の下に行くのは、少し不味い。恐らく、そこにいる間に、妖夢か幽々子のどちらか、或いは両方とも訪ねてくるだろう。それは精神的にあまりよろしくない。
小間使いは、白玉楼から無言で去っていた。
その切っ掛けは妖夢の告白ではない、元々、いずれは白玉楼からは姿を消す気でいたのだ。いや、去る時を決めたのがその告白によって決めたのだから、ある意味切っ掛けにはなっているのか。妖夢の気持ちを考えると、酷いことをしたと心苦しいが、あのまま居ついていても気まずくなるだけだろう。だから敢えて消えることで、その罪を独りで被ることにしたのだが。
正直、記憶が戻る手がかりを失うことは惜しいが、八ヵ月の間問題なかったのだから、別に今更取り戻さなくてもいいだろう。
「お願いを聞いていただいてありがとうございます、
「気にすることはないわ。貴方の気持ちも理解できますもの。それで、これからどうするの?」
「取りあえず、どこか誰も人が訪れない場所へ行きます。探されても見つからないように。見つかればこうした意味がありませんからね」
「なら選択肢は三つね」
一つ、人里から離れた地にある、迷いの竹林。そこにいる案内人に導かれて永遠亭という所。そこにはどんな怪我や病をも治す医者がいると言われ、人里からたまに怪我人か病人がやってくる。しかしそれは稀で、そこにいくまでに妖怪に襲われたりでひと月に一度、来るか来ないかだ。それ故にその竹林を網羅しない限りは、出ることも不可能となってしまう。
一つ、妖怪の山にある河童の集落。時折外の世界から漂流してきたガラクタを組み合わせて、何かわからない物を作りだす技術屋、メカニックである。人とは仲良くなりたいと思っている。妖怪の山にあるので、人も立ち入らないのだが、そもそもそこにたどり着くまでに天狗と会わないかが問題である。彼らはあまり人と仲良くすることを良しと思わないし、河童よりも格上の妖怪なので、姿を見られるだけでどうなるか保障ができない。
一つ、太陽の畑。幻想郷の奥地にあり、なかなか見つけにくい場所で、四季折々の花が咲き乱れている。秘境故に見つけることも難しい。たまに妖精が侵入してくることがあるが、それ以外で誰かと関わることは皆無。身を隠すという意味では一番だが、その太陽の畑の主である大妖怪が気性が荒い。好戦的なため、彼女とのファーストコンタクトを失敗すれば終わる。
「他の場所を選ぶのも自由だけど、間違いなく死ぬわ。」
「せっかく教えていただいたのですから、それを無下にするつもりはありませんが……どれも一長一短ですね」
「まぁ後は好きになさいな。私がするのはここまでです」
「はい。どうもありがとうございました」
そう言って紫はスキマの中へと消えていった。
「さて、どこに行こうか。できれば向かった先にいて欲しいな──
──運命の人」
とりあえずは気の向くまま、風の向くまま。
指先を湿らせ風向きを調べ、風の流れる方向へ。
小間使いが白玉楼を去ってから、早数週間、その間に当然霊夢と魔理沙は再び白玉楼へと赴いていた。しかし待っていたのは小間使いではなく、少々元気のない妖夢と幽々子のみ。小間使いがいない理由を問いただせば、書置きも何もなく、ここから消えたという。
それは物理的に不可能な話だ。小間使いは普通の人間で、空を飛ぶ術を持っていない。白玉楼、ひいては冥界からいなくなるには少なくとも空を飛ぶ必要がある。だから小間使いがいなくなることはできない。
いや、そもそもそれならどうやって小間使いは冥界にやってこれた?
「紫が連れてきたのよ、半分死んだ彼を連れて」
そう幽々子が言う。
なるほどと理解する。確かにあの胡散臭いスキマ妖怪なら、そのスキマを通じて下界へ人一人くらい運ぶことくらいは容易いだろう。問題はそうした理由と、紫がどこにいるかだが、そんなもの調べようがない。あいつはいくらでもどこへでもスキマさえ開けば移動できるのだから。
そうして何の手がかりもないまま時は過ぎていった。探す当てがないとなると、当然霊夢としては動くすべがなくなる。博麗の巫女として万事に備えなければならない以上、長い間家を空けるわけにもいかない。それは妖夢も同じで、せいぜい買い物の際に少し、時間を割いて探すくらいか。
そして
「
「そう」
妖夢は週に一度、博麗神社へと赴き、霊夢に小間使いの生存報告をしていた。魂の管理をする白玉楼、そして幽々子がいれば、誰が死んだかくらいは判別できる。その中に小間使いがいないことを報告していた。
霊夢と妖夢。妖夢は霊夢と小間使いの関係を知った。その年月も、どうして小間使いが死んだかも、全てを教えられた。そして霊夢の抱く想いも。霊夢も妖夢と小間使いの関係を知った。出会いも、小間使いが記憶を失くしていることも。そして妖夢の抱く想いも。
ある意味で、霊夢と妖夢は似た者同士。だがその仲は険悪。同じ者を好きになった女だからか、空気は和やかとは言えない。しかし、お互いを認めているからこそ、妖夢は霊夢へと報告し、霊夢は妖夢の報告を素直に受け取っている。
「一体、どこにいるんでしょうか」
「また私の時みたいに、今度は私たちに見つからない場所にいるのよ、きっと」
見渡す限りの花。バラ、アイリス、トルコ桔梗、アマリリス、カスミソウ、シャクヤク、ルピナス、オダマキ、グロキシニア、そして向日葵。分かるだけでもそれだけの花が、視界の端から端まで咲いていた。それだけではない、もっと奥を見渡せば、季節に関係なく様々な花が咲いているだろう。
所謂、そこが太陽の畑と呼ばれる場所だった。秘境と呼ぶには華やかすぎるが、それもまた有無を言わせない壮観な景色の前では、どうでもいいことだろう。まさに花畑と呼ぶべき美しい場所で、その中に一人、日傘を差した女性が花に語り掛けていた。
「あれが八雲様が言っていた彼女、か。すみません、そこのお嬢さん」
髪は緑、白のブラウスに黄色いリボン、赤いチェックの上着とスカートを着た女性は、声をかけた小間使いに気付くと、笑みを浮かべた。
喉元に差していた日傘を突き付け、いつでも潰せるのだと、獰猛な笑みを浮かべて。
「死になさい」
残酷な言葉と共に、その切っ先から無慈悲な波動を放出した。
ゆーかりんは激おこ
「わたしのおなはばたけにはいってくるなー」
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眷属という名の下僕
想像と一致していたかな?
あぁゆうかりんに見下されながらそのおみ足で踏んでもらいたいんじゃあ
重要
感想欄にありますが、一部の設定が実在する書籍の設定と一致していたため、ここに注意事項として書き置きます。作者としてはこのようになったこと深く反省しています。
もしかしたら、また違うところで実在する書籍のパクリになることもあるかも知れません。調べるにしてもそこはキリがないので、一応はオリジナルとして書き、投稿させていただきますが、問題があるようなら報告してください。タグなどの追加などで対処していきます。
不快に思われた方には申し訳ありませんが、ご了承ください。
「レミリアお嬢様って眷属を作らないのですか?」
紅魔館の図書館に住むパチュリーが召喚した使い魔、小悪魔のこぁが、アフタヌーンティーを嗜むレミリアへと疑問を投げかけた。
「急にどうしたの」
「うちは妖精メイドに掃除とかの仕事をやらせてるじゃないですか。疲れたらすぐにサボるし、消滅しちゃうし、あれを雇うメリットってない気がするんですけど。それなら眷属でも数人作った方が良い気がするんですけど」
「まぁ一理ある話ね」
紅魔館はそこまで大きな建物ではないが、咲夜の能力を用いて空間を広げている。そのため掃除などは手間がかかるため、そこらに湧いて出る妖精を雇用しているのだが、如何せん奴らは知能がない。覚えが悪いし、仕事も良くさぼる。エネルギーが切れると消滅するのだが、すぐに復活するため、半永久的に使えるため使っているのだが。
「でも無理な話ね。眷属なんてそう簡単に作れるもんじゃないの」
「そうなんですか? というか眷属ってどう作るんです。私とパチュリー様みたいに契約というわけではないんでしょう。あっ、あれですか。血を吸うと眷属にできるってやつですか?」
多くの者が想像する、吸血鬼の眷属を作る方法に、レミリアは首を振った。
「そんな簡単にできるものじゃないわ」
「じゃあどうやって?」
「条件が少しあるけど、眷属にするには血を与える」
もっとも「血というよりは魔力を、だけれどね」と言う。
「眷属にするということは、半吸血鬼化するということ。そのためには吸血鬼の魔力を身体に馴染ませなければならないわ。手っ取り早いのは血を与えることなんだけど、結構な量が必要ね」
「血を与えるって、飲ませるんですか」
「違うわ。互いの両の手の指先に傷をつけて、傷口を合わせ血を循環させるの。右手から血を流しこんだら、左手から血を奪う。何度か繰り返さなければならないけど、一番効率的で早い方法よ。ただ激痛が走るけどね」
血を一度に全部変えることはできない。激痛に耐えることができないし、魔力の大半を失うから、襲われる危険もある。そのために何度か繰り返すのだが
「けど、そう何度もやるわけじゃないのよ」
「そうなんですか?」
「えぇ。そのまえに死んじゃうから」
魔力を馴染ませる、つまりは身体に適応させなければならないのだが、それに拒絶反応を起こす。吸血鬼へと身体を変える、全身を入れ替えるような事をするのだから、その反応は計り知れない物。それに耐えきれる者が、そもそも少ない。
「条件の一つ、生命力の強い生き物でなくてはならない。妖精やそこらにいる妖怪なんかじゃ到底無理ね」
「じゃあ強い生き物を眷属にしたらいいんですか」
「それも無理。そこまで強いなら死ぬことはないけど、魔力に耐性がある奴ばかりよ。耐性があると魔力が馴染まなくて、血が無駄になるだけ。洗脳か自ら吸血鬼になりたいという奴でもないと、魔力を受け入れないの。けどそんな奴はいない、強い者であれば、自我があるものね」
「?? じゃあどうやって眷属作るんですか?」
「極僅かな量を、毎日流すのよ。それなら人間でも眷属にできる」
ただ膨大な時間がかかる。ただでさえ人間は弱い生き物だ、少しの魔力でも拒絶反応が起こる。故にそうとう少ない血でないといけない。それを毎日、長い年月をかけて行わなければならないが、それがとてつもなく長い。
「六十年ほどかかるわね」
「それって眷属にする意味あります?」
「ないわ。だから作らないのよ」
六十年。千年以上生きる吸血鬼からしたら短い時間だが、人間からすれば膨大な時間だ。吸血鬼になる前に老いて死ぬだろう。子供の内から試してもよいが、少しでも間違えれば、反応に耐え切れず死ぬ。
「なるほど」
「たとえ魔力が馴染んだとしても、もう一つやることがあるの──」
「──死ぬこと」
「馴染んだとはいえ、その身体は変わっていない、あくまで吸血鬼になるための前準備をしただけよ。その生命活動がなくなった時のみ、血が働いて、本格的に吸血鬼へと生まれ変わる」
「あの、因みに魔力が馴染んだかどうかって見分けつくんですか」
「付かないわよ? だから半分賭けね。そのまま死ぬか、吸血鬼になるか。それが二つ目にして最も重要な条件」
吸血鬼になるのに、死ぬ覚悟はある?
太陽の畑の主、風見幽香は大妖怪で、幻想郷最強の名を冠している。それはスペルカードルールの内ではなく外での話なのだが、むしろそっちの方が強い妖怪が多い。鬼に天狗に吸血鬼、どれも弾幕ごっこより肉弾戦を好む。幽香自身、それらの強敵たち全員と戦ったわけではないが、お互いがその強さを認めていた。少なくとも、絶対に勝てるかと言われたら、それはないと答えるくらいには。
つまり絶対なる最強ではないのだが、そう名乗って言い程には強いということだ。
そんな風見幽香の、幻想郷の人里の人間である稗田阿求が執筆した幻想郷縁起という書物に、危険度「極高」、友好度「最悪」と記されている。
風見幽香は妖怪としての本能が非常に高い。より強くありたい、弱肉強食を地でいくスタンスは、八雲紫が掲げた人間と妖怪が手を取り合う世界とは真逆だった。目の前に立ちはだかる者は暴力を持って叩き潰す。傍若無人なその態度より、あらゆる生物から見た強さを鑑みて、危険度「極高」とされた。
そして強さを除いた観点として、人との交流をする気があるのかというと、それは断じてない。彼女は人間などなんとも思っていない。群がるだけの脆弱なアリとでも考えているのだろう。だから恐ろしい。彼女は花の妖怪、四季のフラワーマスターとも呼ばれるほど、花に関しては愛情を注ぐ。だから花を身勝手に摘んだりする人間は、葉を食い荒らす害虫と同じ、駆逐すべき存在だ。人を見たら、とりあえず襲い掛かるだろう。
そんな人を襲うような奴が、稗田阿求を襲わなかったかというと、その恐ろしさを記し、世間に広めることで彼女のテリトリーに入らなくなるだろうという、利益があったため、生かしておいただけのこと。それ以外で立ち入ろうものなら、即死が待っている。
故に、その友好度は「最悪」。会わないことをお勧めされる。
「って書いてある筈だけど、理解できてないようね」
と、前に向けていた日傘を、肩に担ぎなおし、呆れる。あれだけ関わるなと忠告しておいたのに、やってきたではないか。
そんな愚かな生き物を殺したかどうかは、眼前に舞う土煙で確認できないが、周りにある花達が傷つかないよう手加減したとはいえ、生きてはいないだろう。
もし生きているとしたら、それなりに強い妖怪か、博麗の巫女か、魔力を持った生き物だろう。
強い妖怪なら普通に耐えられるし、再生力も高い。傷ついた傍から修復していく。博麗の巫女や魔力を持った生き物なら、霊力や魔力をもって障壁を張る。防ぎきれずともある程度衝撃を緩和するだろう。
小間使いは、普通の人間だ。空を飛べるほどの魔力も有していないし、使い方も分からない。幽香が放出した攻撃によって、いとも簡単にその命は散っていった。
「……へぇ」
土煙が晴れ、その亡骸を確認した幽香が、また獰猛な笑みを浮かべる。目の前の男は死んでいるのに、どこか生命力が漲っているようだ。
少し待つと、焼け焦げ、欠損している身体が、少しづつ再生していく。人間にはありえない現象、妖怪でさえ再生するのには数日かかる。
この現象は、以前何処かで見たことがある。
「確か、あの小さい吸血鬼がこんな感じだったわねぇ」
四肢を捥ぎ、羽根を引きちぎったのに、次々と回復していく様は、まさに吸血鬼のそれだ。
先ほどまでは確実に人間だった。魔力なんてかけらも感じなかったのだから、間違いないだろう。それがどうしたことか、吸血鬼になっていくではないか。
「ふふ」
このまま放置しておいて、吸血鬼になってから日の光を浴びて苦しむ姿を見て笑うのも面白いが、下僕にして日に当たりながらも花の水やりをさせ、毎日苦しむ姿を見るのも一興。あの吸血鬼のようにプライドの高い奴を屈服させるのは、見ていて楽しい。
そうと決まれば、ここに置いておくのも勿体ない。今だけは、殺さずに生かしてやろう。
風見幽香には、小間使いが玩具のようにしか見えていなかった。
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花の蜜は血の味が
ドSなイメージなんだけど、まぁこんな幽香も可愛くない?
って感じです
小間使いは風見邸で目を覚ました。身体には重傷を負ったように包帯が幾重にも巻き付けられていて、手当てしたと思われる幽香に感謝の意を伝えた。すでに吸血鬼へとなっているのだから、そんな配慮は全く必要ないが、幽香なりの気遣いか、それとも恩を売るためか。
結果功を奏し、手当を受けた例として小間使いは幽香の居候として、その手腕を振るうことになった。といっても花の世話に関しては幽香は譲ろうとはせず、いつも通り家事などをやるわけだが。そして読みが外れたのか、プライドの高いと思われていた吸血鬼が、進んで手伝いを買って出る所や、家事が得意なことは幽香としては予想外だったらしく、「そんなことできるか」と反発してきたところを暴力で屈服させ、無理やりやらせようとしていたのだが、当てが外れたようで、常々不満そうな顔をする。
それでも好きな花の世話に費やせる時間が増えたことは喜ばしいことなので、そのまま小間使いを追い出すことはしなかった。
そして自身が吸血鬼になったのを知ったのは、幽香が薔薇の手入れをしていて、棘で指先を切り血を流した時。その前からも日中の身体の怠さや、日に照らされたときの肌を刺すような痛み、どれだか水を飲んでも潤うことのない喉の渇きに悩んでいた時だった。
そっと手を取った小間使いに対し、幽香は手当をするのだろうと放っていたら、その指先を咥え血を吸いだした。
傷口から菌が入ることもあるから、一概にその行為は間違っていないのだが、それをやられた側からしたらたまったものではない。思わず殴ってしまったのは仕方ない。
その一撃で意識を刈り取られた小間使いが目を覚まし、幽香から説明を受けたことでようやく、自身が吸血鬼になったことを理解した。原因まではわからないが、それでも悩みの種が判明したのは喜ばしいことだ。
「それで? 勝手に私の血を呑んだことについてはどう考えているのかしら?」
「血を吸われた原因が貴女が伝え忘れたからということについて、それでも何か謝罪が必要ですか?」
「小生意気ね」
そして数日に一度、血を飲ませることを条件に、小間使いは幽香が居候を続けられた。
幽香は今まで一人で太陽の畑に居たからか、花の妖怪でもあるからか、よく花と会話していた。もちろん本当に花と会話することができるわけではなく、その能力を通して病気の有無や水不足かなどの状態を確認していたのだ。当然それを一日中続けることはなく、ある程度の確認が終わったら、家に帰り花の葉で淹れたお茶を飲むのが日課だった。
それも小間使いが来たことで、少し華が出る。
「今日も綺麗な紫陽花が咲いたわ」
「もう梅雨だからね。湿気が多くなると黒星病にもなるし、葉を剪定しなきゃね」
思いのほか、小間使いは植物の世話においても長けていた。白玉楼では庭の手入れを妖夢に任せてはいたが、それ以前にも少しでも参拝客が増えるように博麗神社に花を活けたり、手入れのほとんどは小間使いが行っていた。三年間の経験は忘れてしまったが、その知識と身体が覚えていたことで、幽香の役に立つことができた。
幽香も花に対して正しい感情を持ち合わせている者には好戦的な態度を取るわけでなく、むしろ同じ趣味を持つ仲間が増えるのは嬉しい。
その性格ゆえに誰かと語り合うことなどなかったので、こうして話し合えることは純粋に楽しかったのだろう。小間使いと話す時は、どこか笑顔が多くなった。
そんな生活が一年続いた。そのころにはあれだけ冷めた性格をしていた幽香が、小間使いに寄り添おうとしていた。幽香にとって小間使いとの生活は思いの外楽しいもので、できれば続けていたいものだが、いつ小間使いが自立するかわからない。
それならいっそモノにしてしまおう、と。
それは恋愛感情には程遠い、独占欲から来たものだ。或いは自分が持っていない物を持っていることに対しての嫉妬と、ならそいつを手に入れればそれも私の物だという曲解によるもの。
だから隣に座る小間使いの腕を取り、肩に頭を預けるのも、きっと。
新しい異変が起きた。幻想郷の各地で、季節に関係なく花が咲いた。ついこの前散ったばかりの桜でさえ咲き、過ぎ去った冬の花が気温に負けず、まだ遠い夏の花が元気に咲き乱れている。
それは六十年に一度、外の世界で死んだ人間の魂が、幻想郷に迷い込み、花に寄り付くことで起きるらしい。だから異変であって異変ではないのだが、四季に関係なく、夥しいともいえるほどの花が咲くのは、荘厳である。
「このさいきょーのあたいが、あんたをたおしてやる!」
この異変も、そのうち死神が三途の川へと渡し、閻魔に裁かれるまで続くのだが、その間の幽香は機嫌がいい。勘違いをした氷の妖精が、幽香を異変の黒幕だと決めつけ殴り込みに来たのも、普段なら有無を言わさず消し炭にするところを、むしろ厚く歓迎した。
「あら、いらっしゃい。今からお茶会をするのだけど、一緒にどう?」
「え? いや、あの……それより、あ、あたいとしょーぶを」
「お菓子もあるわよ」
「お菓子!?」
妖精が単純なのもあるだろうが、瞬時に幽香からにじみ出るその力量の差を読み取り怯える妖精を、優しく迎える。友達もいたようで、妖精四人と幽香、小間使いでテーブルを囲み、会話を弾ませる。茶会が終わったら、ドライフラワーで作った髪飾りをプレゼントするなど、普段の幽香を知る者からしたら何か裏があるんじゃないかと、怪しく思えて仕方がない。
そのとき盗撮していた烏天狗も、太陽の畑に居る妖怪は凶暴だという噂と、今回の異変の黒幕にアテをつけてきたものの、楽しそうな雰囲気に拍子抜けしたようだ。
「まぁ噂は当てになりませんからねぇ。でも、いいネタが手に入りました」
次の文々。新聞の一面の見出しは『熱愛発覚!?太陽の畑の大妖怪、恋人は人間の男か!』に決まりだ、撮影した一枚の写真を手に、意気揚々に飛び去って行く。それにはカップに新しく紅茶を注ぐため、近寄った小間使いと幽香のツーショットが写されていた
文々。新聞が発行されたのはそれから数日後、それは射命丸文の想像を超える大ヒットになった。普段通りの出鱈目ばかりの新聞ならいざ知らず、その二人が美形で、なおかつ男の方は人里の皆が知っている顔なのだから驚きである。人の色恋の盛り上がりにしても知り合いならなおさらだ。
それが小間使いに伝わったのは、それからさらに数日後、幽香が人里への買い物から帰ってきた時だ。
小間使いはあらゆる家事をしてきたが、買い物にだけはいかなかった。その理由として妖夢に会うことを避けるということがあるのだが、当然幽香は最初小間使いに行かせようとした。しかし小間使いがどうしても折れなかったため、いつも渋々幽香が買い物に行くのだが、この異変の期間中は嫌な顔はしなかった。それが今日帰ってきた時には、何やら微妙な顔をしながら、新聞を投げ寄越した。
「『熱愛発覚!?』ねぇ。いつの間に撮られてたんだろう」
「あの烏、今度会ったら羽根を捥いでやる」
その見出しには二人が仲良く寄り添う姿が収められていて、おそらくはこの記事の内容に怒ってはいるのだろうが、最近の自分の行動が行動だけに、否定し辛いものがある。小間使いから寄って来ることはなくとも、拒みもしないし、内心どう思われているのか分からない。別に周りがどれだけ冷かそうとも無視したらいいのだが、それはそれで『小間使いをモノにする』という目標とは離れていく気がする。
「あんまり噂になると困るんだけどな」
「……ふぅん。それってどういう意味なのかしらね」
「こっちの話」
私とそういう関係になるのは嫌だ、と遠まわしに言われている様な気がしてムカつく。それなりに容姿には自信があるし、一年も私の下から逃げ出そうとしなかったのだから、少なくとも悪く思われてないハズだろう。
「それより幽香さん」
「何かしら」
「血を、吸いたいんだけど……」
数日に一度の吸血の日。その日が小間使いはあまり好きではない。一年前までは、指先か腕辺りに嚙みついて血を吸っていたのだが、ここ最近身体を密着させてくることが多くなって来てから、幽香はブラウスのボタンを中ほどまで外し、衣服が脱げ落ちないように腕を組み支えながら、肩を露出させてくる。
その姿は悩殺もので、正直目の毒。できれば違う個所から吸いたいのだが、それを幽香は良しとしない。血を吸わせてもらっている身としては、逆らうことができず、言われた通りに首筋に顔を寄せるのだが。
さらに、吸血鬼は血を吸う時に、唾液から媚薬のような成分を出す。痛みや緊張感は血の味を落としてしまうので、その分泌する成分が重要なのだが、それ故に、幽香が声をくぐもった声を漏らすのが、理性的に辛い。
その日も幽香は肩を露出させた。小間使いがそれを嫌がっていることは知っているが、それは自分を女として見ているからで、掲げた目標に近づく手段としては、まさに王道な色仕掛けであった。
小間使いは嘆息しつつも、その肩を抱き、口を寄せていく。
「「
「あぁ、やっぱりね」
霊夢と妖夢が、怒ったような恥ずかしいような、赤い顔をして立っていた。
あと一話か二話ほどで、「博麗霊夢の小間使い」は完結します。
次回作については、考え中です
東方を続けるか、違う作品にするか、そこらへんはアンケートも視野に入れてますので、そうなったらご協力ください
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初恋はしょっぱい
最終話後も後日談を書くかもしれませんが、それは次回作が決まってからになります。
感想欄で指摘いただいたので、アンケートは活動報告でおこないますので、できればそちらまでお越しください
異様な面子が揃ったものだ。博麗の巫女に半人半霊、吸血鬼、妖怪とまず間違いなく一緒な空間にいることのない四人だが、それぞれがテーブルに向かい合って座っていた。霊夢と妖夢、小間使いと幽香の並びに、先の二人は少し不満そうだが。小間使いが花の茶葉で淹れた紅茶の優しい香りとは逆に、剣呑ともいえる空気が漂っている。
そもそもこの状況まで落ち着くのに一苦労したものだ。誤解を受けそうな姿勢より、何よりも幽香を落ち着かせることが大変だった。最近はマシになっていたとはいえ、だれかれ構わず花畑に足を踏み入れるのはやはり気分が悪く、特に烏天狗の新聞で情緒不安定な時だったので、二人を排除しようと言う殺気と共に突進を繰り出そうとしていた。それを小間使いが「私の客人」だと言い止め、渋々ながらも納得し、家で話し合うことを許可した。
あくまで話し合うのは当事者である三人で、幽香は席には着くものの傍観する。
「こちら今の、まぁ居候させてもらってる家の主、風見幽香さん。こっちが冥界にある白玉楼でお世話になった西行寺幽々子様の庭師兼剣術指南役の妖夢さんと、博麗神社の博麗の巫女の博麗霊夢さん」
「どーも」
「はじめまして」
随分素っ気無い態度で挨拶するが仕方ないだろう、二人にとって幽香は先の誤解もあり、恋敵として見ているのだから。それこそ自分たちよりも先に進んでいるのは、悔しい。霊夢に関しては父親として見ている男の恋人が妖怪という、人としても職業柄としても受け入れがたい、いわば親を心配する娘の家族愛に似たなにかだが。
「それで、二人とも何の用だい。人里から離れたここまでくるってことは大した用何だろう?」
「決まってるでしょ、あんたを連れ戻しに来たのよ」
「それと、この記事についても聞きたいことがあります」
「前者はともかく、後者は誤解だよ。幽香さんにお茶を淹れているところを撮られただけさ」
そう言っても食い下がろうとしないのは、さっきの光景があるからだろう。流石にあれを誤解というには難しいものがあり、なぜそうしたか説明する、つまりは吸血鬼になったことを説明するのは、別に問題ないのだが、博麗の巫女が目の前にいる手前、言い難いのはある。それを説明したからといって二人が小間使いを怖がる、見限ることは全くないのだが、それでもあまり余計なことはしたくない。
もし言っていたら、また霊夢が暴走はせずともレミリアのところへ行き、文句をつけるのは目に見えている。そういう意味で小間使いの判断は良かったといえよう。
「それに、私は戻る気はないよ」
話題を逸らすことで追及を逃れようとしたが、むしろそれが地雷だったらしい。同様はせずともその真意を確かめるために食いついてきた。
「どうしてよ。別にここに居なきゃいけない理由なんてないんでしょ」
「戻らなきゃいけない理由もないよね」
「元々あんたはこっち側にいたじゃない」
「それはそうだけど……それでも今はこっちを選んだから」
「じゃあその選んだ理由ってのは何よ!?」
悲痛な叫びが放たれる。記憶はなくともその性格は変わっていないだろうから、私の気持ちも少しくらいわかるでしょうと言っているようだ。その気持ちは確かに小間使いも気づいている。余程私の事を気に入っていたのだと分かり、少し心苦しくもある。
「それを聞く覚悟はあるの?」
「どういうことよ」
「……妖夢さんも、幽香さんも、今から酷いこと言うけど、それでも聞きたいなら話そう」
目配せすると頷くが、妖夢は不安そうで、幽香は片目だけで小間使いを見て、また眼を閉じる。先を促しているのだろう。
全員が聞く覚悟があるようだ。
「はぁ……実はね、私は人を探してるんだ」
「人?」
「あぁいや、正確には妖怪だと思う。人型だったから間違えたけど」
「それで、その妖怪がどうかしたんですか?」
「いや……その、ね」
小間使いは照れくさそうに頭を掻いてこう言った。
「私の初恋の人なんだ」
それはまだ小間使いが幼い子供だった頃、年相応に好奇心があった小間使いは、決して一人、もしくは子供だけで里の外へ出てはいけないという教えを、その子供ならではの怖いもの知らずで破り、探検に出掛けてしまった。
未知の空間、歩く場所、見えるもの、全てが新鮮だった。里では見ることのできない動物、昆虫。自分より背の高い植物、木の実、毒々しいキノコ。娯楽だけなら里の中の方がありとあらゆるものが揃っているはずなのに、こちらの方が何倍も楽しくて仕方なかった。
楽しいという感情はそれだけで時間の流れを狂わせ、ほんの少しだけのつもりが、気づけばもうすっかり日は暮れていて、日のあった頃の輝きは消え、鬱蒼とした不気味さに塗り替わっていた。いくら怖い者知らずとはいえども、感じるのは恐怖しかない。
その恐怖の匂いは、人外を呼び寄せる。
『────────ッ!!』
化け物の聞き取れないほど大きな叫び、それは歓喜の雄叫びにも聞こえた。久しぶりに人間の肉が食えると。
目の前にあるのは鬼。それはあくまで比喩だが、小間使いにはそれほどに強大な存在に感じられた。三メートルはありそうな巨体に、子供の同よりも太い丸太の様な手足。腕を振るえばそこらの木などなぎ倒してしまうだろう。よだれを垂らして近づいてくる口からは、腐臭、死の匂いがする。
逃げ出すことは、震えてすくむ足が許してくれない。何かの夢じゃないのかと感じていたら、頭はもう口の中に入り込んでいた。
ぶちゃっ
肉の潰れる音と、視界が真っ赤に染まる。
死んだ。
「大丈夫でしたか、坊ちゃん?」
死んだのは化け物、腹に穴を空けていた。これをやった人は女性だと言うのに、手は真っ赤に染まっていて、拳だけでやったのだとわかる。恐らく彼女も妖怪か何かだとわかり、まだ死はすぐそばにあるのだと感じさせる。それで声が出なくなり、本来なら礼を言う所だが、固まったまま動けなかった。
しかし彼女はそれでも不快になるどころか、むしろ笑いながら話しかけてくる。
「実は迷子になっちゃいまして、あてもなく探していたら叫び声が聞こえてきたんで近づいてみればこれですよ。いやぁ助けられて良かったです」
「では私はこれで」と、急いでいたのか走って去っていく彼女を、ただみていることしかできなかった。気が付いて里に戻れば、里の皆が総出で捜索しようとしていたらしく、安堵と共に酷く怒られ、返り血について言及されたが、上手くはぐらかした。そうした方が良いと思ったのと、秘密にしておきたかったから。
もう一度会えた時、今度はちゃんとお礼を言えるように。大人と一緒になんて格好悪いから。
「だから多分彼女が妖怪だとしたら、博麗神社の博麗の巫女なら少しは情報が入ると思って。あれほど強くて理性あるなら、そう簡単に死ぬことはないと思って」
「何よそれ。じゃあ私の所に流れ着いたのも、偶然じゃなくて」
「血の匂いに紛れて、少しだけ花の香りがしたから、何か関係があるかと思って」
代々妖怪退治専門の博麗の巫女なら、もしかしたら情報が入って来る、もしくはすでに彼女の事をしっているかもしれない。だから三年もそこに居続けた。
彼女が死んではいないと信じていたから、その義理を返すまで居続けいずれ果たしたら消える。
もしその花の香りの主が太陽の畑の主と同じなら良し、そうでなくとも花の匂いが染み付くほど花に関わるなら、会える可能性がある。
小間使いが彼女たちに仕えた理由は、つまりそういうことだ。ただ命の恩人である彼女に会うために都合が良かったから。
「君たちが私の事をどう思っているか知らないけれど、それは気持ちは間違いだよ。だから私の事は諦めたほうがいい。幽香さんも、こんな奴をいつまでも居候させなくてもいい。嫌だったらすぐにでも出ていくよ」
全員が難しそうな顔をしている。当然だろう、今までの優しかった小間使いはただの仮面で、自分の目的のために動きやすくしていただけなのだから。騙されていたと言われたら聞こえは悪いが、小間使いはそれでも否定しないだろう。霊夢も言葉を失くし、小間使いとの三年間が本当に偽物だったのかと困惑している。幽香もそうだ、楽しかった会話は、話を合わせていただけだったと気づき、それでもまだ小間使いと一緒にいたいか問われると……。
しかし、妖夢は違った。
「だから私の告白に応えてくれなかったんですか」
「……妖夢さん?」
「その人の事が好きなんじゃないんですか? それを言ってくれれば良かったのに、言わなかったのはどうしてですか?」
告白して断られるよりも、その理由を言われないのは、気遣われたということ。そんなこと、女の子なら誰だって断られる覚悟はしてるし、それでよそよそしくなんかしない。それはよっぽど精神の弱い女の子だけだ。
小間使いにとって妖夢はそう思われていたのだというのが、たまらなく悔しい。
「それで貴方を責める気もないし、その初恋の人を恨む気もありません。気遣われるなんて失礼です、私はそんなに弱くありません」
「……そっか。ごめんね妖夢さん」
「……ではもう一度、言わせてもらいます。私は、貴女の事が好きです。付き合ってください」
「ごめんね。君のことは好きだけど、私は未だに初恋を続けてるんだ。だから君とは付き合えない。でも嬉しいよ、ありがとう」
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巫女、半人半霊、妖怪、そして
霊夢の小間使いやってた期間って作中で二話ほどしかないし
まぁいっか
さて最終話ですが、とりあえず納まるところに納まったという感じになりました
これで博麗霊夢の小間使いは完結となります
短い間でしたがご閲覧ありがとうございました
次回作が出来ましたらまたよろしくお願いします
「すいません。少し外に出てきます」
覚悟はしていたけれど、やはり辛いのだろう、妖夢は涙を浮かべて外へ出ていき、それをまだ答えの出ていない霊夢が追いかけたことで家の中には小間使いと幽香だけになった。幽香は何も言わずに小間使いを睨んでいて、それが空気を重くし、現実逃避させることになった。
実際問題、小間使いとしては初恋の人を探す当てとなる情報が少ないので、適当に探し回るよりかは、どこかに身を寄せて情報を待つ方が良いのだが、今更霊夢のところに戻っても入って来るものは少ないと思っている。小間使いがわかるのはその腕っぷしの強さくらいだが、スペルカードルールが適用された今ではそれを表に出す妖怪は知性のない獣妖怪ぐらいのもので、人語を理解し話ができた彼女なら、それを守らないわけがない。逆に分からないような輩は構わず人里を襲うので、救援要請が霊夢のところへ出されるがそれは必要ない。つまり入ってくる情報は無いに等しいのだ。
それこそ春雪異変で魔理沙と協力して幽々子たちの情報を集めようとしても、中々集まらなかったのだからなおさらである。
だから小間使いとしては、まだ幽香の所に居させてほしいのだが、果たしてそれを幽香が許すかどうか。それを幽香が言わない限りは、小間使いとしては図々しく居座るわけにはいかないので、出ていく他ない。
「(幽香さんはどう思ってるのかな?)」
「(……あの娘、よね。今の話を聞いた限りじゃ)」
幽香には小間使いの初恋の人に心当たりがあった。幽香は大妖怪であり、だからこそ妖怪同士のつながりも少なからずあり、個人的に死闘を演じた者や強くなる素質のある者は記憶に残す様にしており、その中にはスキマ妖怪や常闇を操る妖怪、酒呑童子などがいる。妖怪を素手で倒す戦闘方法をするものとなると自ずと数は限られてくる。
そして花の香りといえば、思い当たるのは一人しかいなかった。
紅美鈴
拳法家である彼女ならそこらの妖怪を拳で倒すことくらいできるだろうし、紅魔館の庭の手入れは彼女がやっている。前に戦った時にはまだまだ雑魚だったが、鍛えればそこそこ強くはなるだろう。花を丁寧に扱っているところも印象が良くて覚えていたのだが、まさに彼女こそ小間使いの初恋の人の条件として当てはまっていた。
あくまでそれは仮の話で、まだそうと決まったわけではない。もしかしたら全く別の人物が助けたのかもしれないし、酒に酔った酒呑童子が助けたのを、その酒の香りを花と勘違いしただけかもしれない。
さしあたっての問題は、これを小間使いに話すかどうか。
話したくない、というのが幽香の本音だった。話してしまうことで、小間使いはあの吸血鬼の下へ行くかもしれない。霊夢と妖夢と違わず、幽香も小間使いと過ごした時間は短くなく、隣にいることを心地よく感じていた。先ほどの話で思うことがなかったとは言わないが、それでもまだ話していたいと思う。
「はぁ……私も弱くなったわね。まさかこんなのを手元に置きたいなんて」
誰かと一緒に居ることは自分を弱くする、というのは幽香の持論だ。寿命が近ければ歳と共に力は衰えていくが、そうでなければ妖怪は生きているだけでその力を増していく。幽香は当然まだ老衰などしておらず、小間使いと過ごした日々で力が弱くなったことはない。この場合弱くなるのは精神面でのこと。
少なくとも幽香は小間使いと居ることを楽しいと思っていたし、これからも続けたいと考えている。だがこれで小間使いがいなくなった時にでる喪失感というのは、心にどれほどのダメージを与えるのか。
幽香自身の気持ちと、妖怪としてこのままでいいのかという考え。どちらを取っても間違いではない。
「────貴方の初恋の妖怪に、心当たりがあるわ」
「えっ」
「教えてもいいけど、条件がある」
だからこそ選んだのは
「二度と私達の前にその顔を出すんじゃない」
この小間使いの気持ちを分かった上で、諦めた半人半霊の少女がいたから。
あの娘が振られると分かっているのに告白したのは、小間使いが感じるであろう罪悪感を失くすため。自分が好きだった人に対して、その初恋を後押しするため。
そこまでのことを見せつけられたのに、自分は引き留めようとするなんて、それでも大妖怪と言えるのか。小間使いが来るまでの生活に戻るだけなのに、何を怖がっているのか。
「それができないなら、貴方の想いなんて所詮そんなもの、今すぐ捨てなさい。私の心当たりに縋る気持ちがあるなら、それくらいはしないと、あの二人に失礼でしょう」
「……その通りだね。……分かった、私はもう君たちには会わないよ。だから、その心当たりを教えて欲しい」
「────ついてきなさい」
外に出るべく小間使いから視線を放した幽香には見えなかったが、小間使いのその顔は少しだけ寂しそうなものだった。
幽香と小間使いが来たのは、当然紅魔館。小間使いには二度目となるが、一度目の記憶はない。そして用があるのは、その紅魔館を守る第一の砦、門番の紅美鈴にだ。
二人が近づくと、幽香から発せられる妖気の大きさに気付いたのか、険しい目つきで見てくるが、相手が幽香だと分かると、幾分かその緊張感を緩和させた。
「お久しぶりですね幽香さん」
「えぇ。……鍛錬は怠ってない様ね」
「勿論です。ですが最近は誰もこの館に寄り付こうとしないので、腕を試す機会がないのが残念ですが」
と、そこで幽香の後ろに隠れた小間使いを発見し、その様子を観察する。当の本人である小間使いは、気づいたようだ。手がかりはその強さと花の香り、そして小間使いだけが分かる声。妖怪は寿命が長い。その例に漏れず美鈴もその生は長いものとなり、体の見た目における成長は、十年やそこらでは変わらない。
美鈴の姿と声、そして吸血鬼へとなったことで感じることのできる強さは、まさに以前助けてくれた彼女そのものだった。
「んんー? 貴方どこかで見たような?」
「それよりも用があってここに来たのだけど?」
「あぁ失礼しました」
立ち話も何ですし中へどうぞ、と紅魔館内に通される。目的はすでに果たされているが、この館の主に断りもいれずにというのは筋が通らないだろう。正直レミリアと会うことは、自身と同じ吸血鬼と気付かれ、小間使いの今後を色々左右するだろうと、幽香は避けたかったのだが、そう上手くはいかない。
案内されたのは所謂応接間だろうか。広めの部屋に数人掛けのソファーがいくつか、奥の机にはレミリアが座って待っていた。側にはメイドの咲夜もいる。
「随分と久しぶりね花妖怪。それにそこの男、霊夢の小間使いだったかしら? よく生きていたわね、待っていたわよ」
矛盾した言葉を投げかけるが、小間使いには記憶がないからさっぱり分からない。しかしそれすら知っているように笑うレミリアを見て、やはり会わせるべきではなかったと思う。
「生きているのは知っていたが、何で生きているのか、それはまぁ……おや? なるほどこれは、どうも面白いことになっている」
「」
やはり同族のことは気づくようで、小間使いが吸血鬼になったことはすぐに分かったようだ。そしてその方法も心当たりがあるようで、つまるところ眷属化したわけだが、そのことでどうにかしようとするのを幽香が止める。
レミリアも元々眷属を作る予定はなかったのだし、釘を刺されずとも手を出すつもりもなく、すんなりと聞き入れた。
「ふむ。まぁそうなった原因の一部に私が関係していることはわかったわ。私も意図したことではないし、いいでしょう。それで、用はなにかしら?」
「アンタに用なんかないわ。あるのはその娘に、こいつがよ」
「ほう」
そう言って小間使いと美鈴を指さす幽香と興味深げにするレミリア。二人に接点があるようには見えないが、どんな用があるというのか。
できれば面白いことだったら良いと、軽くした舐め擦りする。
「あの、ここで言わなきゃならないんですか? 流石に人前では恥ずかしいんですが」
「それくらい我慢しなさい。あの娘はもっと辛かったのだから」
妖夢のことを言われてはどうも弱く、小間使いは妙にワクワクした目で見るレミリアの視線にため息を吐きながら、美鈴へと向き直る。美鈴はまさか自分に用があるとは思わなかった様で、それも幽香ではなく小間使いがということに疑問に感じた。
「紅美鈴さん。貴女は以前、妖怪に襲われていた子供を助けたことを覚えていますか?」
「……あー! どこかで見たような顔だなと思ってたら、私が迷子になった時の坊ちゃんじゃないですか! いやぁ元気そうでなによりです」
「それも美鈴さんのおかげです。あの時は礼も言えなくて申し訳ありませんでした。改めて、助けてくれてありがとうございます」
そこで初めて美鈴は小間使いの正体に気付く。それにしては感じられる気の量があの時とは別人だなー、とは思いつつ思い出に耽った。
「あの時はまだ私がメイド長をやっていた時期でしたから、食材の買い出しに行った帰りでしたね」
「迷ってたと言ってましたが、あの後問題なかったですか?」
「それはなんとか」
「……それは良かったです」
和やかに話すが要件はそれではない。妖夢が覚悟したように、幽香が後押ししたように、小間使いはその気持ちに応えなければならない。
さっきとは打って変わって神妙な面持ちになる小間使いは、緊張からか身体が震える。荒ぶる呼吸を落ち着かせるように深呼吸をして、ようやく言いたかった一言を言えた。
「美鈴さん。私は貴女のことが好きです」
「……は? え? ……えぇ!?」
突然告白された美鈴は顔を赤くして驚く。妖怪として生まれ、拳法家として生きてきた彼女には、男っ気など一切なく、またそんなことを考えたこともなかったために、そう言った方面への耐性が全くなかった。
「あんなに強そうな妖怪を倒してしまう強さに憧れて、助けてくれた貴女が向けてくれた笑顔が素敵で、子供ながらに貴女のことを好きになってしまいました。でも貴女が何処の誰かも分からなくて……この気持ちを伝えるために、ずっと探していました」
そのために、少なからず人を傷つけてしまった。後ろめたい気持ちはあるものの、美鈴に抱く想いは本物だ。
「いきなり付き合ってほしいなんて言いません。でも、これからも会いに来ていいですか?」
そう言って頭を下げる小間使いに対してどう返したらいいか分からない美鈴は言葉を失う。その沈黙は小間使いにとっては地獄のような時間だろう。その時間を破るように言葉を発したのはレミリアだった。
「……ふっ、くくっ……はははは! そうか! ついに美鈴にも春が来たか? 良い良い、この館へ来ることは私が許可しよう。勿論美鈴が嫌がれば話は別だが、どうなんだ美鈴?」
「え、いや、べ、別に嫌とは、言いませんけど……」
それでも小間使いが自分に好意を持って会いに来てくれるというのは、恥ずかしいし緊張もするだろう。嫌な気はしないが、今まで感じたことのない心のもどかしさに冷静な思考ができない。主は面白がっているようだし当てにはならない。
小間使いもやっと緊張から解かれたのか、ほっと息を撫でおろすが、まだ足がガクガクと震えて、動悸が収まらない。
あるいみこの二人が今一番同じ思いを抱いているのかもしれない。
一応要件は片付いたが、小間使いにはまだやることがある。そう言って折角だからお茶でもしないかというレミリアの誘いを断って幽香は小間使いを引きずりだし、紅魔館を後にした。
小間使いがやることといえば、次の住居探しだろうか。もう太陽の畑には戻れない、妖夢や霊夢の下へと行くこともできない。人里へは三人と会う可能性もあるからいけない。
「魔法の森へ行きなさい。そこに人形遣いの知り合いがいるわ」
それは幽香が出来る最後の優しさ。一年とはいえ、小間使いと共にいたことで感じた気持ちへの感謝を込めて、それを教える。
「ありがとう幽香さん、今まで本当に」
「────行きなさい」
小間使いは頭を下げて去っていった。
幻想郷に花は、もう咲き乱れていない。
NKT
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第二章 ~鬼人正邪をプロデュース~
てぎすしらずたい
今後は主に正邪とアリス、そして小間使いがメインになるのかな?
鬼人正邪は天邪鬼だ。その性格は天邪鬼そのもので、人とは反対のものを好み、人が嫌がる姿を見て喜ぶという、ある意味妖怪として妖怪らしい性格をしていた。『何でもひっくり返す程度の能力』というのも彼女(性別すらひっくり返すが、普段の性別が女なので彼女とする)にあっているのか、それを使って物の落ちる方向をひっくり返し、空の彼方へ消えさせたり、飲み物を顔にぶちまけたりと、しょうもない嫌がらせをして楽しんでいた。
たまにそうやって人の嫌がる顔をみるだけの生活で、彼女は満足していた。
いつの日か、彼女の周りには誰もいなくなった。人だけではない、妖怪も、鳥も、虫も、動くことのない植物でさえ、彼女が来るとその枝葉を避けるように遠ざけていた。しかしそれは彼女を喜ばせるだけで、ついに生き物以外まで嫌な顔をするようになったと笑っていた。
本当の一人ぼっちになるまでに時間はかからなかった。
道を歩けば人は顔を背け目を合わせようともしない。それどころか石を投げられた。妖怪とは言えどその力はそこらの大人と変わらないほど弱く、投げられた石が当たれば痛いし、悪戯をしたわけでもないのに非難されればそれなりに傷つく。自分が悪戯する分には楽しいが、誰かに嫌なことされれば気分を害す。
「……あれ?」
ふと思いつけば、周りには何もなかった。全てを彼女から遠ざけるように、何も聞こえない。動物の鳴き声も、鳥の囀りも、虫の蠢きも、風で擦れあう葉の音も、何も聞こえなくなっていて、そうしてようやく彼女は気づいた。
あれ、私は今一人ぼっちなのか?
そんなはずはないと、周りに何かを求めて探し回るも見つからず、枝の間に見つけられず石をどかして下を見ても何も蠢いておらず、本当に何も見つからなかった。
「まぁいいか」
そんなことで正邪はへこたれない。人とは反対のものを好む性格が本心を隠し、気にしない素振りを振るった。皆が協力して私を除け者にしているのだろうけど、そのうち飽きてくるさと楽観的にとらえていた。一部それは当たっていて、皆言葉は交わさずともそれとなく鬼人正邪とは関わらないという制約を交わしていた。正邪の誤算だったのは、誰もが飽きるどころか日に日に正邪に対して嫌悪感を増していったことだろう。数か月経っても、正邪の前には虫一匹も現れることはなかった。
「…………ぐすん」
一週間目で、ん?とは思ったものの気にせず、二週間で皆粘るなぁと内心焦って、一か月になるころには毎日歩き回って探していた。そしてついにはどれだけ探しても誰も見つからず、あまりの寂しさに涙を浮かべてしまった。べ、別に寂しくなんかねーし、と鼻を赤くして啜る様を見ればやり過ぎたかもと、少しは変わったかもしれないが、誰も見ることはない。たとえ見たとしても大半が、どうせ嘘泣きで騙すつもりなんだろうと疑ってしまう。それもすべては自業自得なのだが。
「なんで皆私から離れていくんだよぉ……」
ようやくここで思案する、自分が周りから嫌われた原因を。それは簡単で、あまりにも多い悪戯や嫌がらせ、嘘による不信感や嫌悪感が募りこうなったのだと。しかし後悔はあれど反省はしない。それは自信が天邪鬼であるためのアイデンティティなのだから。けどこのまま嫌われたままで独りで過ごしていては、アイデンティティも何もない。
とりあえず現状をどうにかしないといけない。
どうすればいいか考えるときは、まず理想から入ると良い。正邪の理想は、悪戯をしても嫌いにならない奴がいる状況だ。そうなると、まずは一人でも自分のことを信用してくれる友達、親友のような奴が必要になる。そこからどんどん人数を増やしていけたらいい。
じゃあまずは友達を作ることから始めよう、として。
「友達ってどうやって作るんだ?」
さっそく躓いた。
もう言わなくても分かるが、正邪は天邪鬼だ。人の嫌がることを生業としているので、親しい友人はおろか、好意的な感情を持っている奴を探すのすら難しい。というかまず誰かに好意的になってもらうにはどうすればいいかわからない。
そんなもの正邪の『程度の能力』でひっくり返せばいいのだが、それをしても悪戯を繰り返すうちにどんどん悪くなっていくオチは見えている。正邪が求めているのは、そう簡単に好意が下がるような存在じゃない。
となると地道に好感度を上げる作業をしないといけないのだが、そこで正邪は閃いた。
「(今までやってきたことの逆をすれば、皆から良く思われるんじゃないか)」
閃いたという割には普通だが、それでも正邪にしては考えたほうである。何せ天邪鬼だ、普通の考えとは真逆のことを考える。普段人を困らせることばかりしている奴が急に逆のことを考えようとしても、まともな案など出てこないのだから、正邪にしては頑張ったといえる。
しかしその案は正邪には中々辛いものである。その性格がどうしても人の嫌がるほうへ体を動かしていき、誰かの為になることをさせようとしないのだ。だがそれ以外に何かあるかと言われても何も思い浮かばず、それをするしかない。
「にしても逆のことかー。そうだな、前に落とし穴を作ったのは────これは関係ないか。じゃあ玄関に出たとき牛の糞を踏むように────これもダメか。なら賽銭泥棒────って言っても饅頭一個買えないはした金だったけどな」
いくつか今までやった悪戯を元に、その逆をしようと思ったのだが、そもそも逆にできることがなくて困ってしまった。これじゃあ計画は進まない。
それからもどうにかしようと考えるが、なかなか良い案は浮かばず、ついに思いついたのが。
「誰かにどうすればいいか聞こう」
というものだった。
自分のことを自分で解決しようとせず、他人の力に頼ろうとするゆがんだ精神には、逆に感心させられる。しかし正邪は忘れていた。自分がどうすればいいか聞こうにも、誰もいないことを。
「…………ひっぐ、えっぐ」
案外正邪は涙もろかった。
正邪の計画は前途多難である。
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いしさやりぱっやはスリア
魔法の森にすむ魔女アリス・マーガトロイドは最近妙な噂を、自身が魔法で半自動化した自立人形『上海』と『蓬莱』から聞いていた。なんともおかしな話だが、生き物や植物が、ある方向から遠ざかるように移動しているとのこと。生き物が移動するのは別に、食料を求めてだったり、魔獣の類から逃げるために移動するのは珍しくなかったのだが、植物までもとなると珍しい。初めて聞いた話だ。その噂に興味はあるが、自身の魔法の研究と、人形の完全自立化の研究を秤にかけるまでもなく、どこか頭の隅に置いていた。
それからどれだけ経ったか、家の周りから生き物の気配が消えていった。いくら魔法の森に瘴気が漂っているとはいえ、それに耐えられる生き物は少なからずいる。周辺に生息している生き物は全てそれに当てはまっているはずだから、瘴気にやられたわけではないだろう。
食べ物を求めて移動したかとも考えるが、生き物の気配が消えると同時に、植物から元気がなくなっているようにも感じる。瘴気を吸って成長する森の植物は、稀に魔力を持つものができるが、それも感じられないのだ。そこで以前上海と蓬莱が教えてくれた噂について思い出す。
「元を辿れば原因が見つかりそうね。本来こういうのは魔理沙や霊夢がやるんでしょうけど、魔理沙はともかく霊夢は動こうとはしないでしょうし」
こんなことは滅多に起こらないし、異変としても良いだろう。そうなると異変解決のためにいるといっても違いない博麗の巫女霊夢か、よくそれに引っ付いて我先にと異変を解決しようとする同じ魔法の森の住人の魔理沙が率先して動くべきだろう。
しかし霊夢はどこかずぼらで、異変といえども幻想郷に対して影響が少ないと動こうとはしない節がある。最近は「同居人」のおかげで幾分かマシになっているらしいが。魔理沙も魔理沙で、ここに住んでいるのならこの異変には気づいているはずだ。
「それなのに解決されてないのは、異変を起こした犯人が強いという線は────ないわね。あの娘ったらスペルカードも火力が高いのばかりだから、近くで何か起きたら気づくはずよ」
まだ魔理沙が異変に気付いていない可能性が出てくる。それなら異変が解決されていないのにも納得できるが、そうなると誰かが解決しなくてはならない。
「仕方ないわね」
放っておいたら誰かが解決するだろうが、すでに影響は家の周りにまで浸透しているのだ、待っていたら犯人と遭遇する可能性はある。戦って簡単に負けるような力量じゃないことは自分自身のことだからよくわかっているが、万一のことがある。こちらから先に仕掛けて不意を狙ったほうが良いだろう。
そう考えてアリスは作業を一時中断し、上海と蓬莱を連れて、より何も存在しないほうへと足を進めた。
正邪は約一月前から魔法の森を歩き回っていた。基本住処を決めていない正邪はどこにでも現れるが、それが仇となりほとんどの場所で誰も見つからないという、独りぼっちの時間を過ごしていた。せっかく考えた作戦も、誰にも会わなければ意味がない。一縷の望みをかけて、魔法の森にやってきた。この森は瘴気が漂っていて、生半可な生き物は存在しない。それほど強い生き物がいるなら少しくらい、と思っていたのだが。
「…………ぐすっ、ぐすっ」
そのアテも外れて、どれだけ探しても誰にも会うことは叶わず、期待していただけに、そのショックは大きく、泣きながら地面に蹲ってしまった。
最後の頼みの綱だったので、これからどうするかを考えていると、ゆっくりと誰かが近づいてくる音がした。周りには何もないからこそ、どれだけ気配を隠してもそれはわかりやすい。
「────妖怪? それにしては随分と貧弱そう」
そして現れたのは金髪の美少女だった。西洋人形のような無垢の美しさが備わっていて、佇まいからは気品ささえも感じられる。脇に人形を二体携えているのはどうしてだろうか。
少しだけ正邪は警戒する。わざわざ自分に近づいてきた意図は何だろうか。考えられるのは、ついに私を始末するという考えを持つものが出てきた、というのが最悪の場合ある。
「ねぇ、ここらの生き物が貴女を中心としていなくなっているのだけれど、犯人は貴女かしら? だったら退治しなきゃならないわ」
「犯人っていうか、まぁそうなんだけどさ。反省はしてないけど後悔してるんだから、そんな責めなくてもいいじゃんかよぉ……」
確かに悪戯が過ぎたことは認めるし、それによって嫌われてこんなことになったのは自業自得だとは思うけど、独りぼっちになって悲しいのに追い打ちされると流石に耐えられない。
じわじわと涙が溢れ出てきて、若干えづきだす正邪。そんな姿を見せられて可哀そうだと感じたのか金髪の美少女、アリスはどういうことか説明を求めた。
「私は天邪鬼だから人の嫌がることをするのが好きだし、やってたんだけど。急に周りから誰もいなくなっちゃってさ……。それまではどこかに行けば誰かがいたけど、こんなに独りぼっちなのは初めてだよ……。人里でも石投げられるし、悪かったと思ってるけどさぁ……」
正邪から説明を受けたアリスは、なんとも言い難いなと感じていた。どう考えても正邪の自業自得なのはわかるのだが、天邪鬼な以上妖怪としては正しいわけで、度が過ぎたとはいえアリスからしてもここまで迫害されるものなのか、という同情の心が沸いた。
それでどうしたいのか聞いてみると、今のままは嫌だからとりあえず誰でもいいから一緒にいても許してくれる奴が欲しい、とのこと。本来の正邪とはかけ離れた、随分と下手に出ている。
「…………くすん」
「ほら泣かないの。これで拭きなさい」
アリスは基本面倒見がいい。同じ魔法の森にすむ住人としてか、それとも師としてか、手が空けば魔理沙の家に行き、掃除洗濯、食事の用意など色々手を焼くほどだ。そんなアリスが正邪を放っておけるわけもなく、泣き出した正邪にハンカチを手渡した。
「三日後のお昼、人里にきなさい。貴女が本当に今をどうにかしたいのなら、手伝ってあげる」
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んしんぜぽっい
アリスに指定された三日後の昼までが、正邪には気の遠くなるほど長い間に感じられた。よく楽しい時間は短く感じると言うが、まさにその逆。そしてついに来たその日、人里で正邪は非難と奇異な目で見られていた。前者は日ごろの行いによるものだが、後者はアリスが持たせたプラカードによるものだ。
『人形劇 開始は丑の刻より』
そう書かれたプラカードを持って広場に立っていた。人里の皆はこれをどうとるかに迷っている。いつものようにおちょくっているだけなのか、それとも本当に人形劇の予定を知らせているのか。今までの行いからは信じられないが、もし仮にこの天邪鬼が、人形劇のアリス・マーガトロイドの仲間だったとしたら、非難を浴びせてしまったら二度と人形劇はしないかもしれない。幻想郷において娯楽は少なく、あるのは酒と人形劇くらい。だから人形劇が亡くなってしまうと非常に困る。
だから人里の皆は正邪を責めることはない。それは正邪をかなり楽にしてくれた。
「今日は怒られない?」
という事実がまさに目の前で起こっており、まだ皆からの視線はきつく鋭いものだけど、少なくとも石を投げられない程度にはなっているのだと。勿論それはアリスのおかげであって、このプラカードを持っていなかったら違う結果になっているというのも、分かってはいるが嬉しいのだ。
そんな気持ちを噛み締めながら待っていると、やがて開演の時間となり、人形劇用の小さな舞台が用意され、ほどなくしてアリスによる人形劇は始まった。
「君が正邪さんかい? こっちへ来てくれるかな?」
「え? いやでも……」
「大丈夫、、アリスさんから話は聞いているから」
人形劇が始まると観衆の目は全てそちらへと移り、正邪を見るものはいない。だから隅のほうで正邪も人形劇を見て楽しんでいたのだが、そこへ一人の男が声をかける。先ほど、舞台を用意していた男だ。
しかし正邪にとっては知らない人なので不用意に着いていけば、また何をされるかわからないので警戒をしていたが、どうやら彼もアリスの知り合いのようであり、着いていくことにした。
「アリスさんの劇は大体一刻ほど。そして終わったら見てくれた子供たちにはお菓子をあげることになってるんだ」
「そうなのか……ですか」
「私に無理に敬語にする必要はないよ。君のことは人里の皆からも、アリスさんからも、噂も色々聞いているし、どんな娘かもわかってる」
男は軽い拳骨の後、優しく正邪の頭を撫でた。
「悪戯のし過ぎはダメだ。やっても悪戯の範疇で済まされるものと済まされないものがある。気をつけなさい。でも、ちょっとからかうつもりだったなら、今からでもちゃんとしたら皆許してくれるさ」
「……うん」
「良い娘だね。じゃあ子供たちに配るお菓子を運ぶのを手伝って」
人形劇舞台の裏の方、そこには大量のお菓子、”クッキー”があった。幻想郷には洋菓子はほとんど出回らない。時代や文明が外よりも遅く発達していないため、作る知識も技術もない。あるとしたら外から迷い込んだ外来人か、霧の湖の畔にある紅魔館の住民、それとアリスのみ。
その未体験の見た目、味、食感は好評で、結構高価なものとされている。商品化すればかなりの儲けになるだろうが、アリスはそれをしない。
そもそもアリスは魔女であり、食事や睡眠をしなくても生きていける。アリスが料理をしたりするのは気分転換のためだ。だからたまに作る治療薬を売って生活費にすれば生計は立てられるため、人形劇でも観賞料は取らない。そういうアリスの考えは伝わってなくても、里の人々には気前の良い人という印象を与えた。
「それでもアリスさんが人里で馴染むまでに、結構時間がかかったんだよ。見慣れない服装や顔立ち、急に始まった人形劇、魔女という生物としての壁、全部が空回りしてなかなか認められなかった」
「そうだったのか」
「害がないって分かってもらって、人柄を知ってもらって、人形劇の面白さを理解してもらって、彼女はちゃんと努力していた。そんな彼女だから私も彼女が皆に溶け込めるように手伝った」
「大変そうだな」
「それくらい君もやらなくちゃいけないよ」
アリスが認められるまでにおよそ三年以上はかかった。正邪が認められるには、さらに時間がかかるだろう。アリスは真面目で努力家だが、正邪ははたしてそこまで真摯に取り組めるだろうか。
「もしちゃんとするようだったら、その時は手伝うよ」と男は言う。正邪にとって協力者が増えることはありがたい。正邪だけなら何をしていいか分からず、いつになったら認めてもらえるかわからない。
その厚意は嬉しいし、助けてもらえるならと「分かった」と返事をすると、男は頷いた。
いつしか人形劇は終演を迎えて、幕が下りると割れんばかりの歓声と拍手がそこらから響く。今回の劇の内容も相当良いものだったということが分かる。アリスはこの人形劇を自分の魔法の研究の一環として、違和感なく人形を自動化の進歩具合を、観客の様子を見て判断している。あまりにも動きがぎこちないなら、ここまでの反応はないだろうと、納得する。
そして最後に「子供たちにはお菓子を用意したから持って行って」と鈴の音のような声で伝えると、それを楽しみにしていた子供たちはワッと目を輝かせる。
「子供たちはこっちへおいでー。お菓子は一人一袋までだよー」
男がそう言うと子供たちは一斉に向かってくる。それを制して並ばせて配っていく。男の隣には正邪もいて、列も二列にさせているが、やはり顔見知りのせいか、それとも正邪の普段の行いのせいか、男のところからしか菓子を貰おうとはせず、正邪のところへは一人もこない。親からも強く言い聞かせられているのだろう、それを無視して怒られたくないのだろう。
「おねえちゃん、おかしちょうだい」
「? わ、私か?」
「うん。ちょーだい」
そういう意図が感じ取れたから自分のところにはこないと思っていたのだろう、そんな正邪の前に、列に並ぶのを嫌ったのかまだ小さい少女が来た。この子も親からは言われているだろうが、まだちゃんと覚えられるほどではないのか、正邪からお菓子を欲しがった。
「ほ、ほらよ」
「おねえちゃんありがとう!」
少女にお礼を言われる。正邪が礼を言われたのは、はたしていつぶりだろうか。人里から迫害されるまでにもあったかどうか、生れてから天邪鬼として生き続けてきた正邪にとってはまさに初めての経験かもしれない。その証拠に、口角が僅かに上がっている。
その少女が無事にお菓子の袋を手に入れたのを見て、正邪も大丈夫だと思ったのか、それを皮切りに正邪の方へも子供たちは流れていき、対処に追われる羽目になった。
嵐のような忙しさも終わり、大量にあったお菓子の袋ももう在庫がなくなって一息ついたころ、その間に休憩を取っていたアリスが二人に寄って来る。
「お疲れ様アリスさん」
「えぇ。いつも手伝ってもらって悪いわね」
「気にしないで。余ったお菓子は貰ってるし、美味しいから評判も良くてありがたいよ」
お互いを労った後、そんな話を始める。聞く限り何度もこの男はアリスのことを手伝っているようで、それをアリスも認めているようだ。しかしアリスはそこまで人との関わりを持とうとはしない。人里に住もうとせず魔法の森にいるのが証拠だろう。
そうなるとそんなアリスと良好な関係を持つ男は何者なのだろうか。
「そういえばアンタって何者なんだ?」
正邪の問いに、そういえばまだ話していなかったね、と別段隠すようでもなく、妖怪にとっては死の宣告に近い言葉を放った。
「幻想郷の平和を守る妖怪退治の専門家、博麗の巫女博麗霊夢────の小間使いさ。これからよろしくね、正邪さん」
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いかづまこいなさお
遅れたことに弁解はしないし、短いのにも弁解はしない
幻想郷を外界と切り離す結界、博麗大結界を維持する博麗の巫女が生活をする場所、博麗神社で、何の因果か博麗の巫女の霊夢と妖怪の鬼人正邪が揃って正座していた。本来敵同士である二人が、頭を垂れて必死で正座による足の痺れと戦う姿は、どこか哀愁が漂う。そしてその二人の前で腕を組み仁王立ちしているのが、小間使いである。
しかしその姿はいつもの小間使いではなく、身長も縮み、顔立ちも幼いものとなっていた。
なぜそうなったかを説明すれば少し長くなるのだが、小間使いの衝撃的な発言の後、正邪は敵の本拠地である博麗神社へと連れられたのだが、当然霊夢は敵を連れてきた小間使いにも正邪にも良い顔をしない。なのに小間使いは「正邪さんをうちで居候させられないかな」と言った。霊夢と正邪、二人ともそんな話は聞いていないと耳を疑ったが、小間使い曰く、正邪を合理的に助けるにはこの方法が一番だと。
正邪は里人から嫌われている。人形劇の件は例外にしても、人里に入ろうものなら石を投げつけられ憲兵を呼ばれるほどだ。いくら何とかしようと考えを巡らせても実行できなければ意味はない。
そこで博麗神社に居候させる。表向きは『妖怪を博麗の巫女が更生させる』ということで同居し、色々と作戦を考え、実行するために監視という目的を含めて正邪を人里へと入らせる。里人も良い顔はしないだろうが、そういうことならと腹ではよく思ってなくても納得せざるを得ないだろう。
ということだったのだが、それを聞いた霊夢は猛烈に反対した。なんで妖怪なんかと一緒に住まなきゃならないのかと怒った。それとは別に、個人的に何か考えはあったようだが。
「正邪さんは信用できるよ」
という小間使いの言葉に、さらに機嫌を悪くしたのか「ダメなものはダメ」とそっぽを向く。一応小間使いは雇われの身なので、霊夢がNOと言えば従うほかなく、申し訳なさそうに正邪に頭を下げた。正邪も元々無理だろうとは思っていたので、気にしていないと手を振った。
せめて夕食くらいは、と誘い霊夢も今日だけということで正邪と夕食を共にしたのだが、それがまずかった。
「あっははははは! 成長を逆にしてやる! それっ」
「こら~! そんなことする悪い妖怪にはお仕置きが必要ね~!」
酔った。
酔った二人は手の付けようがなかった。
久しぶりに誰かと飲食を共にした正邪は舞い上がってしまい、お酒を飲んで酔っ払った勢いもあってか、小間使いの成長を逆にし、数年を境にその成長を退化させた。およそ十年ほど体の成長が逆行した小間使いはまだまだ子供の姿。
これだけなら酔いが醒めた時に元に戻してしまえば良いのだが、たまたま夕食があれ以来好物となった天麩羅だったことで機嫌を良くし、酒に酔った勢いで、”正邪の能力を封印した”。しかも”本人がまだ扱いきれていないほど強力なものを”正邪にかけてしまった。
酔いが醒めて冷静になった二人は、事の重大さに気付いた。霊夢が封印を解けない=正邪が小間使いを元に戻せない。小間使いもまさか霊夢が封印を解けないとは思っていなかったらしく焦り、久しぶりに怒りを露わにした。まぁ所詮子供の容姿で怒られても怖くはないのだが、笑顔の威圧で黙らせた。
「二人とも正座」
「「……はい」」
ということで現在今説教をされている真っ最中である。説教をしながら小間使いは頭を悩ませた。この姿でも霊夢の世話をすることに関しては問題なく動けるだろう。しかし人里に行くときはどうする。食材だって日用品だって足りなくなれば買い足しに行かなくてはならないが、この姿だと確実に何があったか問われるだろう。それでもし今回のことがばれたら、『博麗の巫女が妖怪と結託して人を襲った』なんて噂が立ちかねない。ここ最近ようやく地に落ちていた博麗の巫女の評判も上がってきて、徐々にではあるが参拝客が増えてきているのに、この不祥事でまた信用を失くすだろう。
下手をしたら、小間使いという仕事がなくなってしまうことも考えられる。それは小間使いにとっても、生活力が皆無な霊夢にとっても避けたい事態だ。
「とりあえず霊夢はとうぶんの間お酒は禁止ね」
「……はい」
「正邪さんも浮かれていたとはいえ冷静じゃなくなるほど飲まない、君もお酒禁止」
「……はい」
霊夢には正邪の封印を解いてもらわないといけないから、正邪には博麗神社へ住んでもらうことになる。結果としては居候させることにはなったのだが、素直に喜べない。そして同時に正邪を人里に認めさせる作戦も同時にやってもらう。簡単に言えば働いてもらうわけだが、正邪が博麗神社に住むことになった分、食費などが余計増えるし、せめてその分働いてもらわなければならない。
しかし今の正邪にどうやって働けというのか。
里人には嫌われていて、里に入ることすらかなわない。仮にどうにかして入ることができたとしても、誰が仕事を斡旋してくれるのか。本来なら小間使いが一緒に出向いて、知り合いに頼むところなのだが……。
「封印を解くのにどれくらい時間がかかるの?」
「……つい強力なのかけちゃったから、解析したり色々するし、わかりません」
「────全く、頭が痛いよ」
それは最悪一生このままかもしれませんと言っているのと変わらない。
「(そんなに長くは待てないなぁ……いずれ誰かが不審に思って訪ねてくるだろうし。けどこの状況なんとかできる人なんて……。博麗の巫女の術に詳しい人、か)」
博麗の巫女が使う術に詳しい人がいれば、そこからヒントを得て通常より早く封印を解くことができるかもしれない。しかしはたしてそんな人物はいるのだろうか。先代の巫女が生きていれば手っ取り早かったのだが、すでに死去している。同等かそれ以上の知識を持った人など、いないだろう。
時間がかかって申し訳ない
仕事しながらはきついっす
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うほつけいかのスリア
仕事が忙しかったというのは言い訳ですよね、申し訳ありませんでした
完全にこの小説のこと『忘れて』ました
気づいてから、やっべと思ったのですがパスワードが思い出せず、当時使ってたメールアドレスも変えていたのでパスワードの変更もできず、、、
テキトーにこうだったっけな?ってやったパスが当たりだったので、どうにか再開できました
楽しみにしてくれていた方々{いるのかな?}、お待たせしました
少し遅めのクリスマスプレゼントです
「それで私の所へ来た、ということね?」
「そうよ、さっさと教えなさい」
霊夢と正邪の暴走によって幼い姿になってしまった小間使いを元の姿へ戻すため、正邪へとかけた封印、『夢想封印』の解き方を知っていそうな人物、博麗の巫女のことを古くから知っている八雲紫がいる迷い家へと訪れていた。博麗の巫女を探し出し、教育を施すのは八雲家の役割だから、少しくらい術についても知っているだろうと踏んでいるのだが、ゆかりからの返答は思わしくないものだった。
「正確に言うと『夢想封印』に解く術はないわ。元が妖怪の力を抑えるものなのに簡単に解けては意味がないもの。霊夢の力でやったのなら私くらいの妖怪なら無理に解けないこともないけど、下手をすると『程度の能力』を失っちゃうわよ?」
「それくらい強力ってわけね……でも、どうしよう、あのままだと……」
霊夢は小間使いがいなくなることを危惧して悩んでいるが、そんな霊夢を見る紫の目は少し冷ややかなものだった。
正直紫はこれ以上霊夢が小間使いと親密になることを良しとしない。あくまで博麗の巫女は幻想郷の秩序を守るためにあるもので、妖怪と人間を繋ぐものだ。どちらかに肩入れすることはあってはならない。
紫とて最初は霊夢に小間使いをつけることを容認した。ぐうたら毎日縁側でお茶を啜ってのんびりしているだけの生活で、博麗の巫女らしいことは一切しない。霊夢らしいといえば霊夢らしいのだが、人里からの信頼は失っていき、危険さえなければ妖怪が近くにいても放置する始末で、むしろ妖怪寄りになっていた。それを小間使いをつけることで少しでも元に戻せればと思っていて、現に成功したのだが、霊夢の小間使いに対する感情の変化は読めていなかった。まさかあの何にでも無関心な霊夢があそこまで懐くとは思いもよらなかったのだから。
今もなお小間使いを想い思考を巡らせている霊夢から、小間使いを離したい。いっそこのまま放置しておこうかとも思うが、それで霊夢がやる気をなくしても困る。そうなるならまだ小間使いがいてくれた方がマシなのだ。
「どうしても封印を解きたいのなら、『夢想封印』を使いこなせるように修行するしかないわ。ちゃんと使いこなせるようになったなら、使い手である霊夢が解こうとすれば問題なく解けるでしょう。けど、そうとう大変よ?」
「大変って、どれくらい?」
「そうね……霊夢の才能なら一週間、寝ずに修行しっぱなしでなんとか、ってところかしらね」
一週間は小間使いのことが公になるまでには長すぎる時間だった。小間使いはほぼ週に一度の周期で人里へと出向く、その用事は買い物だったり人里の集会だったり霊夢への依頼など様々だが、その周期を乱したことは一度もない。正確な性格は与える印象にも大きく影響し、代わりに少しのズレでさえ不安を呼ぶ。
すでにその一週間の中三日を過ぎたところで、実際にはあと四日ほどの時間しか残されていない、それを知っている霊夢は言葉に詰まり、顔を僅かに歪ませた。
「それで私の所へ来た、ということね?」
「うん。すまないね、迷惑をかけて」
小間使いは自身でも心当たりを探したところ、古くから幻想郷に住んでいるアリスが何か知っているのではないかと、正邪を護衛にアリスの家まで来ていた。人里に姿を現すようになったのは最近だが、それまでは家に籠って魔法の研究をしていたらしいアリスも、先代ないし歴代の博麗の巫女の噂程度ならば耳にしたことはあるだろう。そうでないにしても、成長を促進させる薬だったり、歳を取らせる魔法だったり、封印を解除する方法など、何かしらの解決策を持っていると考えたからだ。
しかし思案顔をしたアリスから発せられた言葉は、小間使いにとって都合のいいものではなかった。
「残念だけど、貴方が思っているような魔法を私は持っていないわ」
アリスは魔法使いである。魔法を使える人間、ではなく種族として魔法使いなのだ。成長を止める魔法『捨虫の法』と、食事を取らなくても魔力で補えるようになる魔法『捨食の法』によって完全に人間とは別の生き物になっているのだ。当然、それには色々なものを捨てる覚悟が必要で、受け入れて魔法を行使した。
そんなアリスが、わざわざ成長する魔法などを必要としないことは明らかであった。
「今からそういう魔法を作ろうとしても時間が足りないわ。魔法を作るのはそれなりに大変だし、スムーズにいくこともあれば行き詰まることもある、簡単にできるものではないの」
「うん、何となくそうかもしれないとは思っていたよ。ごめんね無理言っちゃって」
「こちらこそ、何もできなくて悪かったわね」
気にしていないと言う小間使いだが、内心はかなり焦っていた。正直なところ、小間使いが今の姿で会って頼れるのはアリスしかいなかったのだ。他にも一応アテはあるものの、性格に難があったり、会いに行けばその道中で姿がばれたり、そもそも会いに行くことが難しかったりと、とてもじゃないが頼れるものではなかった。
どうしたものか、と悩む小間使いをアリスは少し懐かしんだ、そういえばこうしている小間使いを見るのは久しぶりだなと。成長が逆行したこともあり、
「貴方はまたそうやって……」
誰かの為に無理をする。
アリスに対してもそうだった。本来なら忌み嫌われるべき他種族のアリスを迎え入れるために、実を結ぶかもわからないのに手を尽くした。それまでにどんな非難を受けたか、それこそ最近の正邪となんら変わらない誹謗中傷に見舞われただろう。それでも諦めることをせず自分を貫き通すのは、決まって誰かのためだった。
今回もそうなのだろう。表向きは自分のためだろうが、実際には霊夢のため正邪のため、もしくは人里での約束を果たすため。
そんな小間使いに、もう少し我儘を言ってほしい、自分のことを考えてほしいと思うアリスは、敢えて二つある解決法を言わない。リスクが非常に高く、とてもじゃないが実行する気にならないというのもある。そして小間使い自身がそれを良しとしないだろうから。
「仕方ない……か。できれば何とかしたかったけど、これ以上頼れるものもないし、霊夢が頑張って術を解いてくれるまで我慢するしかないみたいだね」
一体いつになるのかわからないそれに期待するしかないのは気が休まらないだろうが、それ以外にできることがないと悟った小間使いは、アリスにいきなり訪ねたことを謝罪した。
「じゃあまた来るよ。元に戻ったらまた人形劇のこと楽しみにしてる」
「えぇ。またね」
手を振って去る小間使いが扉を閉め、姿が見えなくなり戻ってくる気配がないことを確認して、アリスは予定を確認する。小間使いは約束を破らない、故に予定が長引いても次の予定に間に合うほどに時間がある。
小間使いの予定は、おおむね理解している。それならばなり代わることは容易にできる。
アリスは自身に魔法をかける。これはまだ自身が人里から受け入れられていないときに作り出した魔法だが、小間使いによって結局使うことはなかったもの。魔法によって食事や睡眠などをとらなくてもよいが、人間と同じように食事をとるには買い物をしなくてはならない。そんなアリスが人里に行くために作った
華奢な体に上質そうな着物、整った顔に浮かべた優しい笑みは、まさに小間使いそのものだった。
すごく久しぶりに書いたので、前と同じように書けたかどうかわかりませんが、楽しんでくれたなら幸いです
じょじょに慣らしていって、更新もしていきたいと思います
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