創世機神デウスマキナ (黄金馬鹿)
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Chapter1.1

某小説大賞に落ちたのでこっちに流します


 一人の少女が夢を見た。それは、懐かしい夢であり、忌まわしい過去であり、始まりの時であり、忘れてはいけない瞬間。彼女を、東雲有希を構成するのに無くてはならない過去。

 それは、三年前。人にとってその三年の価値、時の過行く感覚は違うだろう。だが、有希は当時十四歳。思春期であり、一生に一度の中学生としての時間。そこから三年。まだ二十歳にもなっていない少女からしたら、十分に過去と言える程前の話だ。

 彼女は親友、錦朱里とのショッピングの約束のため、とあるショッピングモールに来ていた。そこは有希の住む街の中では一番大きなショッピングモールであり、同年代の少女や大人も来る大規模ショッピングモールと言える場所だった。しかし、有希はそこに早く来すぎてしまった。時計が一時間狂ってるのを忘れ、まだ持ったばかりの携帯電話を確認すること無く来てしまったため、一時間の暇が出来てしまった。

 メールで朱里に連絡を取れば、朱里はメールを文面から分かるほどの慌てっぷりで返してきた。確か、その時はそれを見て一人笑っていたと思う。もう、朧気な過去の夢だ。あまり詳しくは覚えていなかった。だが、一時間暇が出来たのは覚えている。この三十分後が運命の別れ道だったから。

 その時に返したメールは、たしかこう口にしながら打っていた。

 

「慌てなくてもいいよ。時間通りに来てね……っと」

 

 思えば、このメールは正解だった。早く来てと駄々をこねていたら、朱里をあの悲劇に巻き込んでしまっていた。そう、悲劇に。

 この過去を悪夢と分類させるに相応しい悲劇に。

 それから三十分だろうか。空を見上げながら待っていた。その日は快晴の空が広がっていて、平和だと思っていた。確か、その時は何でか朝にニュースを見ていた。

 デウスマキナと呼ばれるロボット。それは、今日本が直面している特異害獣として分類される四十メートルの体長を持つ化物、ズヴェーリと戦える唯一の手段。その特集がやっていた。

 日本を守る機神、デウスマキナ。青と白の機体と赤の機体。それが青色の巨大な人型の、液体が形を成したような化物、ズヴェーリと戦う映像。それをボーッと思い出していた。

 その時だったか。急に鳥達が激しく喚き合い、空へと飛び立ったのは。凄い。有希はそう呟いていた。だが、その直後には地震かと勘違いする程の地面の揺れが発生した。立つこともままならず座り込むと、誰かが叫んだ。

 

「ズヴェーリだ!ズヴェーリがこっちに来るぞ!!」

 

 その声に反応して周りを見渡すと、いた。ズヴェーリだ。巨大な体を揺らしながらこっちへ近付いてくる青色の化物。人の頭となる部分に赤色の球体が埋め込まれたそれは正しく化物と言っても過言では無かった。

 ズヴェーリは不定生命体。その体を自在に変形させることが出来る。きっと、このズヴェーリは飛行形態と呼ばれる、飛行機のような形に変形し、空気を取り込み吹き出すことでここまで来てから再び人型に変形したのだろう。

 だが、そんな事はどうでも良かった。何故なら、逃げなくてはならないから。

 誰かがズヴェーリに背中を向け走り出したその瞬間、ショッピングモールは地獄へと変わった。人波が押し寄せ、我先にと逃げる人達。その波に巻き込まれた有希は人に弾き飛ばされ、壁に頭を思いっきりぶつけた。意識朦朧な彼女を助ける者は誰一人として居らず、有希は壁に寄りかかってそのまま気絶していた。

 目が覚めたのは何分後か。頭の鈍痛に顔を顰めながら起き、立ち上がり周りを見渡せば、ショッピングモールのすぐ側に青色の化物がいた。

 有希は声を出す事すら忘れ、腰が抜けてしまった。このままズヴェーリがショッピングモールを壊せばその衝撃や瓦礫で死んでしまう。生きる事を諦め掛けたその時、空から一筋の流星がズヴェーリへと落ちてきた。

 白と青の巨大な機械。テレビでしか見た事がない正義の味方、強きの敵、デウスマキナ。

 

『そこの女の子、早く逃げろ!!』

 

 背中に巨大なブースターのような物を装着し体当たりをズヴェーリへと喰らわせたデウスマキナはブースターと分離し地に足を付けた。

 人を守る鋼の化身、デウスマキナ。その両手にはトンファーらしき武器が握られ、そのデウスマキナはそれを構え、ズヴェーリを正眼に置く。そして、中から少女の声が響き、有希に避難しろと言ってきた。

 

「そ、その……腰が抜けちゃって……」

『何っ!?くっ……咲耶、早く来てく……ぐぁっ!!?』

 

 有希が立てずに居るとデウスマキナのパイロットらしき少女が何か言っていたが、その間にズヴェーリがその手を剣のようにしてデウスマキナへと振るった。

 その一撃でデウスマキナの装甲が切り裂かれ、衝撃で倒れてしまう。四十メートルの巨体を持つデウスマキナはそのまま有希の方へと倒れていき、ショッピングモールを押し潰した。

 飛び散る瓦礫とガラスの破片。土埃が巻き上がり、有希は本能に従って両手で頭を庇って伏せる。そして、全身に降り注ぐ細かな元建物の残骸。その細かな暴力に呻き声が断続的に上がる。

 それは何分か何秒か。ただ必死に全身を打つ衝撃に耐えていると、それはふと止んだ。そして、顔を上げるとそこにあったのはデウスマキナの頭。

 

『くそっ、ローラーで……』

 

 デウスマキナからモーターが回転を始めたような甲高い音と地面を削るような音が響く。デウスマキナの背中にはローラーが付いていると聞いたことがある。それで逃げようとしたのだろう。

 だが、それよりも先にズヴェーリが動いた。ズヴェーリはその体を小さくしながらも手を伸ばし、その先を刃へと変え、デウスマキナへと突き刺し、地面に串刺しにした。

 

『うわぁっ!!?』

 

 その時のデウスマキナから発せられた少女の悲鳴は今でも覚えている。そしてそれと同時に上がったデウスマキナの装甲からの小さな爆発も。

 

『パワーダウン!?エンジンがやられた!?』

 

 そしてズヴェーリはその体を戻しながらデウスマキナへと近付き、デウスマキナを串刺しにしながら馬乗りになる。

 

『ヤバイ……そこの君!早く逃げるんだ!』

 

 少女の本当に悲痛な声が響き渡り、その声に有希の体が無理矢理動かされる。後ろを見た時に確認出来たのは、ズヴェーリが胸を庇ったデウスマキナの腕を切り飛ばした所。その腕は有希の方へと飛び、近くへと落ちた。

 その衝撃で体が吹き飛ばされ、玩具のように地面を転がされ、止まった。デウスマキナの近くに。

 

『くそっ、動け!動けよビヨンドホープ!!』

 

 だが、現実は無情だった。完全に抵抗する手段を失ったデウスマキナはそのままズヴェーリの剣で全身を何度も刺されていく。

 そして、最後に刺さったのは胸の中心。そこを剣が貫いた瞬間、光が溢れ出した。

 

『……ごめんな、咲耶。もう、一緒にバイクに乗れねぇや』

 

 まるで遺言のように小さく発せられたその言葉。それが聞こえた直後、デウスマキナから光が溢れ、全身から小さな爆発が起こり、そして光は有希を包み、そのまま感じた事のない程の熱を全身で感じ――――

 

「――うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ――目が覚めた。叫びながら目を覚まし、布団を蹴り上げながら早まる動悸を抑えるように胸に手を当てながら体を起こした有希は荒くなった息を整え、汗で額に張り付く髪の毛を退けながら周りを見渡す。

 そこはアパートの一室。自分達の部屋だ。ベッドの隣を見れば、幸せそうに寝ている親友、朱里の姿がある。それを見てからやっとさっきの光景が夢であり、過去である事を理解した。

 窓を見れば、カーテンの隙間からは僅かに光が差し込んでいる。まだ夜明け直後だろうか。寝直してもいいが、目が覚めてしまった。布団を剥がされて物恋しそうに手を動かす朱里に布団をかけてから有希はベッドを降りた。

 あの日、有希はデウスマキナの爆発に巻き込まれた。全身大火傷、一部炭化している大怪我。だが、そんな生きているのが不思議な状況から有希は助かった。命を繋ぎ止めた。

 驚異的な回復力を見せつけ、医者から引かれる程の回復を遂げた有希は一週間後には全身が包帯で包まれたミイラになりながらも目を覚ました。

 体中の毛は全て燃え尽き、生きているのが不思議な状況なのにも関わらず意識を取り戻した彼女は面会遮断の病室で何度かの手術を繰り返して一ヶ月後には火傷の跡こそあるものの、生き残った。

 そこから半年。彼女は病院を退院。火傷の跡は僅か。正しく人外的な回復を見せ付けた彼女は医者から祝福され退院した。

 

「……あの時の火傷の跡、もう消えちゃったんだよね」

 

 もうあれから二年半経った。火傷の跡は完全に無くなり、あの日、爆発に巻き込まれたのが嘘なのではないかというレベルにまでなった。

 だが、そんな面白そうなネタをマスコミは見逃す訳がなかった。デウスマキナの爆発から生還した少女。全身大火傷の状態から僅か半年で退院。後遺症も無し。正しくマスコミやテレビが好みそうな案件だろう。連日連夜、有希から何かしらのネタを聞き出そうと有希の家には記者やカメラマンが押し寄せた。その誰もが有希を心配する目ではなく、面白い見世物を見るような目で見ていたのは、最早ただの恐怖だった。

 一切の取材を断り、部屋に篭もり続けたあの日。有希は人の目とカメラの光。そして、火がトラウマとなり、近付けない状態になってしまった。外見が何とかなろうと、中身はそうとはいかなかった。

 布団に包まり外からの視線に耐えながら暮らしていく中、彼女を助けてくれたのは家族と親友の朱里だった。

 親は有希を厄介者として扱わず、毎日話しかけてくれた。毎日美味しいご飯を作ってくれた。毎日泣き言を聞いてくれた。朱里は一人で買い物に行き、外に出れない東雲家のために毎日コッソリと裏口から入って食材を届け、学校の授業と勉強を教えてくれて、話し相手になってくれた。

 いつも朱里は有希を助けてくれた。何度謝ったか。何度泣いたか。何度お礼を言ったか。朱里はそれを叱り、慰め、笑顔で受け止めた。謝らないで。泣かないで。どういたしまして。その言葉が有希の心の支えとなってくれた。

 二年半経った今でも人混みと人の視線、カメラの光はトラウマだけど、何とか朱里に恩返しをしようと料理を初めて、火のトラウマは克服できた。全部、朱里のおかげだった。

 初めて作った卵焼きは形が崩れて所々焦げてて。それでも朱里は笑顔で美味しいと言ってくれた。その笑顔こそが有希の生きている意味とも思えた時期もあった。

 

「……ありがとね、朱里」

 

 寝ている彼女の、瞼に軽くかかる前髪を払いながら有希が呟く。その声は彼女には聞こえていない。聞こえていたら今頃顔を真っ赤にして悶絶していた所だ。ベッドの上の彼女を起こさないように小さな声を漏らしながら伸びをして着替える。今の肌は年頃の乙女にピッタリな傷一つ無い肌。

 今の体に感謝しながら有希は制服に着替え厨房に立ち、IHクッキングヒーターの電源を入れ、朝食、目玉焼きとトーストを作り始める。克服したとは言っても苦手なものは苦手。火を使わないIHがある事に彼女は何度も感謝した。だからこそ、こういう悪夢を見て火への恐怖が大きくなってしまった日でもこうやって調理することが出来る。何時もは朱里が朝食を作っているが、早く起きてしまったのも何かの縁だと作り始めた朝食。気がついたら夕食や昼食レベルの量になっていましたとはならないように気をつけながら卵をフライパンの上に落とす。

 油が弾けるいい音を聞きながら調理をし続けること数分。寝室の方から足音が聞こえてきた。フライパン返しを持ちながら音源を確認すれば、そこにいたのはまだ寝ぼけ眼の朱里だった。どうやら、油の弾ける音で目が覚めたらしい。

 朱里の寝ぼけ姿を見るのは久しぶりだった。何時もの朝食当番は朱里。そのため、必然的に早く起きるのは朱里の方。だから、朱里の寝ぼけ姿は見ようと思わないと見れないものだった。

 暫らく目を擦る朱里。そういえば、彼女は三年前目が覚めて面会可能になった時は医者を張り倒してまで来ようとしていたっけ。と親伝えに聞いた話を思い出して小さく笑うと、少し目が覚めた朱里にその声が聞こえていたのか、その顔が段々と赤くなっていった。

 

「も、もう。笑わないでよ、有希」

「ごめんね、朱里。朱里の起き抜けってそんなに見たことなかったから」

「だからって笑わないでよ……」

 

 ごめんごめん。と笑いながら謝っていると、朱里が唐突に今日はどうしたの?と心配した様子で聞いてきた。まぁ、そう思うのも仕方が無いし事実だ。それに、彼女は心配してくれている。それを無碍にする事なんてできない。

 有希は簡単に今朝、三年前の夢を思い出したと言った。三年前。それだけで朱里はどんな夢を見たのかを全て察した。表情を軽く曇らせながらも、有希の表情に恐怖が無く、無理した笑顔も無いのを確認してから朱里はあまり抱え込まないでね?と言ってソファに座ってテレビを見始めた。この時間帯で面白い番組なんて無く、あったのはニュースだけ。そのニュースを見た朱里が呟いた。

 

「デウスマキナ……」

 

 かつて、十年前程から話題の尽きないワード、デウスマキナ。ズヴェーリに対抗する手段の一つにして最善策。そして、最強の戦力。日本のロボットマニアの心を掴んで離さないスーパーロボット。

 その一機。赤いデウスマキナが市街地で刀を振るって三対のズヴェーリを僅か数分で葬る映像が流れていた。ニュースキャスターはそれを絶賛しているが、朱里の心境は複雑だ。デウスマキナは有希を殺しかけたロボット。憎むべきロボットだ。だが、朱里もデウスマキナには守られたことがある。何度も市街地に現れるズヴェーリの被害には朱里もあった事がある。その時に助けてもらったのが、あの赤色のデウスマキナだった。

 デウスマキナを動かしているのは人間だ。時にはミスをする時もある。有希が大怪我をした時だってあの白と青のデウスマキナは爆発し、パイロットは死んだ。その代わりに有希は助かった。朱里の心境は複雑そのもの。デウスマキナは人を守るために、爆発し死んでしまう可能性を孕んだ戦いを、力ない者の為に引き受けてくれている。だからこそ、恨めず感謝できず。どっちつかずの思考回路に三年前から陥っていた。

 だが、有希は恨んでいない。寧ろ感謝している。それも思考の平行線をさらに伸ばす要因でもあった。

 複雑な表情でテレビを見ている朱里の前に皿が置かれた。その上にはベーコンとトマトとレタス。それからスクランブルエッグ。そしてトースト。それが二つ。

 

「……目玉焼きは?」

「これが成れの果て」

「失敗しちゃったんだね」

「面目ないです……」

 

 どうやら目玉焼き作りは何でかスクランブルエッグ作りになってしまったらしい。卵焼きならまだしも、何故目玉焼きがスクランブルエッグに変貌するのか。良く分からないが、朱里は醤油をかけていただきますと言ってから一口。

 

「うん、美味しいよ、有希」

「よかった~……じゃあ、私はケチャップでいただきます!」

 

 一口食べて頬を緩める有希を見て朱里の頬も緩んでいく。その表情にはかつての申し訳なさと後悔を目一杯貼り付けていた三年前の面影はない。

 朱里はテレビのチャンネルを変えた。そのチャンネルはまたしてもニュースだったが、デウスマキナの話はしていなかった。朱里も緩めた頬のままスクランブルエッグを口に運んだ。カーテンの隙間から差し込む光はスクランブルエッグに当たってスクランブルエッグを少しだけ光らせていた。




たった一か月で全身大やけどの状態から復活した主人公。最早人間ではありませんねぇ……


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Chapter1.2

Chapter1は全部書いてある状態で一部を区切っては張り付けて、という感じで投稿しているので話の区切りが変な場所も一部あります


 朝の日差しがさす早朝。時間があった二人は準備をしておいた鞄を手に外に出てそのまま学校に歩いてく。部活に所属していない二人は早い時間に登校する意味はないのだが、偶には教室に一番乗りというのも悪くない。

 朝の光が気持ちよくて欠伸が出てしまうが、そこまで眠くはない。他愛の無い話をしていると学校にはすぐに着いた。部活に打ち込む生徒達を尻目に教室に着くと、案の定誰も居ない。こうして教室に着くと思い出すことがある。

 中学時代を不登校で過ごし、高校生になってこの学校に来た時、最初に感じたのは特異な物を見る目。見世物を見る目。珍しい物を見るような目。顔写真付きで公開された情報で誰もが有希の顔を知っていた。だからこそ、有希は注目の的に成り得る存在だった。

 そして最初に聞こえたのは噂通りだとか本当にここのクラスだとかそんな言葉。そして有希が割り振られた席に座った時、有希には人が群がった。

 何で取材を受けなかったのとか、どうやって生き残ったのとか、何で生き残ったのとか。有希の気持ちを考えない、心を抉る言葉たち。答えたくない。言いたくない。思い出したくない。そう思い俯いていると根も葉もない事実が飛び交う。

 視線に当てられ吐き気を感じて謂れの無い言葉を言われ。朱里が人混みを書き分けて来てくれなければ教室で吐いていた所だった。トイレで思いっきり吐いてそれでも吐き気は収まらず、歩くことも間々ならなかった有希は朱里の引率で入学式にも出ずにそのまま早退した。

 次の日、先生から何か言われたのか、生徒達は何も言って来なかったが、視線は感じた。そして何度も吐いて、早退した。何時しか有希には根も葉もない噂が飛び交ったが、それでも登校を続け、いつしか有希は腫れ物のように扱われ、友人が出来ることがなかった。が、朱里がいるから楽しかった。

 入学してから一ヶ月は地獄のようで、時々下校を狙っている記者も見かけ、今でも偶に見かけるが、それでも乗り越えて、人の目こそトラウマのままだが、毎日登校している。

 席に座って、先生の配慮で隣同士になった朱里と一緒に喋っていると何時の間にか時間は過ぎて、いつも登校している時間も過ぎてホームルームの時間になり、授業が始まった。

 ノートに板書を写して分からないところを朱里と教えあいながら時間が過ぎる。ふと窓の外を見ると一人の生徒が遅刻して登校してきていた。

 

「有希、どうしたの?」

「えっと……今登校した人がいたから見ちゃってただけ」

 

 へぇ、寝坊したのかな。かもね。と一言二言話してから再び板書に戻る。五十分の授業が終わって有希が一息ついていると、周りの生徒が噂話をしていた。

 

「なぁなぁ、つい三十分前にズヴェーリが隣の県に出たらしいぜ」

「マジかよ。どうせならこっちに来て学校を早退させてくれればよかったのによ」

「でも、デウスマキナが出てから数分でやっつけたらしいぜ」

「やっぱスゲェな、デウスマキナ」

 

 男子生徒の話だったが、男子生徒はふざけた様に言っていたが、有希にとっては冗談ではなかった。

 ズヴェーリもトラウマの一つだ。流石に吐いたりはしないが、生で見れば恐怖で竦み上がるだろう。

 昔から日本の全国でズヴェーリの対策はされている。しかし、ズヴェーリからは存外逃げ切る事は容易い。故に、各地にあるシェルターは飾り程度にしか過ぎない。そのため、目の前の男子学生も含め、日本のほとんどの人がズヴェーリに対しては対処の簡単な自然災害、程度にしか思っていない。が、有希はその中には入らない。

 暗い表情をする有希を朱里が背中を擦って大丈夫だよと慰める。それを見た男子生徒がヤベっと呟いて少し遠くに歩いていった。気にしなくてもいいのにと有希が呟いたが、もう聞こえない。

 あと少しで昼休み。昼食を希望に有希はもう一度気を引き締めて授業に向かった。

 そして時間は過ぎて昼が過ぎて夕方。放課後となり学生の時間が始まる。部活のある生徒はそのまま部活に行き、部活の無い生徒はそのまま個人の時間に入る。

 有希と朱里は特に予定を考えていなかったが、商店街に行って買い物をする事にした。買う物は今日の夕食。有希の希望により、今日はハンバーグ。有希と朱里は他愛も無い会話をしながら校門へと行く。

 

「おっ、東雲と錦じゃないか。今日はもう帰るのか?」

 

 校門で話しかけてきたのは体育の教師、前川源十郎。彼は有希達の担任というわけではないが、有希が早退する時等は親切にしてくれたため、彼女達の中では比較的に接点のある先生だった。朱里がどうしても席を外せない時なども前川が有希を運んでいたりした。

 その時に有希が元陸上部だと言うことを話したため、源十郎は有希をよく陸上部に入らないかと誘っている。しかし、誘い始めて一年。有希は一向に首を縦に振らない。有希は一年、陸上をやらなかったため、体力を付けるためにやっていた陸上をやめたのだ。

 そして、朱里は元々文芸部だったため、有希と一緒に陸上部に入るということはない。有希が陸上に入らないのは朱里と一緒にいたいからでもあるのだ。

 

「あ、前川先生。特にやる事は無いので帰りですよ」

「そうかそうか。用事がないなら走っていかないか?気持ちいいぞ?」

「遠慮しておきます」

「そうか。なら、気をつけて帰るんだぞ」

 

 しかし、源十郎は無理に誘わない。やんわりと断った有希を見て笑顔で笑いながら有希達に手を振りながらグラウンドへと走っていた。相変わらず元気な先生だなぁ。と思っていると源十郎は途中で反転して戻ってきた。

 

「どうしたんですか?」

「今から出張があるのを忘れていたんだ。すまん、部員達にそう伝えておいてくれ」

「えー……」

 

 ははは、すまんな。と有希達に笑いかけてから源十郎は何処かに走り去っていった。少なくとも、その方向に車は無い。走っていくつもりなのか自転車で行くつもりなのか。

 有希と朱里は顔を見合わせてから一緒に溜め息を吐いてからグラウンドへ行って陸上部の部長に源十郎が来ない事を知らせてから再び校門へと戻った。

 その時、有希と朱里のスマホが同時に震えた。二人がスマホを取り出して画面を見ると、そこにはズヴェーリが隣の県に出現したという緊急ニュースが表示されていた。朝は携帯の電源を消していたため分からなかったが、今は携帯の電源を付けているため分かる。

 しかし、何時もデウスマキナはこの画面が出てから数分後には現れてズヴェーリを倒してくれる。

 特に危機感を持たずに携帯をスリーブにしてポケットに仕舞うと、空を見上げた。そこには、時間外れな流れ星が見えた。間違いない、あれは空を飛んでいるデウスマキナだ。

 

「はやいよね、ホント」

「うんうん」

 

 デウスマキナにはロケットエンジンのような物はついていない。その代わりに、外付けのブースターを装着する事で空を飛ぶことができる。

 よく切り離しているシーンを見るが、きっと関係者が回収しているのだろう。ここは今までそんなにズヴェーリの襲撃を受けたことはないし、シェルターもちゃんとあるため、例え来たとしても安心だ。目の前にでも来られない限りは。

 有希が朱里と共に商店街へと行き、食材を買い求める。

 

「あ、今日はひき肉が安いね」

「うん、これならいっぱいハンバーグ作れるね」

 

 有希が鼻歌を歌いながらひき肉を買い求める。財布から金を払ってひき肉を買い、ついでに明日や明後日の分の食材を買い求める。

 その中で有希と朱里のスマホが同時に震えた。なんだろうか。二人が同時に携帯の画面を見ると、そこにはズヴェーリの出現情報が書いてあった。まだ先ほどのズヴェーリの撃退情報は流れてきていない。

 

「えっと……またズヴェーリ襲来?場所は……」

 

 有希が呆れたような顔で画面を見る。そしてそれを読み上げようとした瞬間、地面が震えた。その瞬間に響き渡る人々の悲鳴。

 朱里もスマホの画面を見て固まる。そして上を見る。

 そこには青色の巨体。下から見上げるのは二度目。まさかこいつがこんな所に。しかもピンポイントが来るなんて。

 ピンポイントな襲来に二人は言葉を失う。そして、有希がさっき出そうとした言葉を口にする。

 

「ここ……」

 

 その瞬間、二人は同時に悲鳴を上げながら逃げ出した。

 

「なんでここに来るのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」

「知らないよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 二人は叫びながら逃げ出した、ズヴェーリはそれを追ってくる。何で追ってくるの!?知らないよ!そう二人で叫び合いながら全力疾走で逃げていく。しかし。巨体のズヴェーリは二人よりもゆっくりとした動作とは言え、人間の走る速さよりは速い。

 所詮は車でも十分に逃げ切れる程の速さのズヴェーリ。それに、進行方向から横の方向に逃げておけば簡単に逃げれる程度だ。しかし、人の足での追いかけっこでは横に逃げなければ逃げ切る事はほぼ不可能だ。

 追いつかれてしまう。永遠にも感じる鬼ごっこの中、有希は偶然倒れている自転車を発見する。その自転車は見たところ、乗り捨てられた物のようで、鍵は一目見ただけだが、確認したところ、かかっていなかった。有希はすぐにその自転車の元へと走ってすぐに起こす。

 大丈夫だ。鍵はかかっていない。すぐにサドルが高めの自転車に跨って朱里に視線で乗ってと合図する。朱里を後ろに乗せると、有希はそのまま全力で走り始めた。

 

「これ誰の!!?」

「永遠に借りるだけ!!」

「答えになってないよ!!」

 

 揺れる足場で自転車を漕ぐのはかなり疲れるもの。そしてバランスもとりにくい物。しかし、有希は根性と本能でズヴェーリから自転車で逃げる。

 しかし、どの方向に逃げてもズヴェーリは有希を追ってくる。どうしても振り切れない。しかし、距離はそうそう縮まらない。

 このまま全力で走っていればズヴェーリを振り切れるんじゃ?そんな甘い考えで走っていると段々と足に乳酸が溜まってくる。足を回すのが億劫になり、寝転んで休んでしまいたくなる。元陸上部とは言っても、有希は短距離走の選手だった上に二年の月日で体力は並み程度まで落ちてきている。

 だけど、朱里だけは。親友であり、恩人である背中にしがみつく少女だけは、絶対に守りたいと思う。歯を食いしばり、ペダルにかける力を捻り出していく。すると、気のせいかもしれないが、疲れが段々と消えてきてまだまだ、何十キロ、何百キロも走れるような気がしてきた。

 いける。このまま、デウスマキナが来るまで、何処までも。息を規則正しく吐きながら、走り続ける。

 だが、ズヴェーリはたかが小人二人を逃がすほど、知能は低くは無かった。

 ズヴェーリは一旦足を止めて近くの建物を殴り崩し、なるべく大きな破片を手に持って有希と朱里に向かって投げつけた。

 

「ゆ、有希!後ろぉ!!」

「えっ、ちょ、それは反則ぅぅぅぅぅ!!」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 有希と朱里の必死の抵抗。しかし、悲しいかな。ズヴェーリにそんな言葉は通用するまでもなく飛来した瓦礫は二人の近くに着弾。二人の逃走劇は終わりを告げた。

 悲鳴を上げて地面の上をもう走行不可能になった自転車と共に滑っていく有希と朱里。肌がアスファルトで擦れて血がにじみ、ぶつけた場所は鈍痛を放つ。

 しかし、まだ二人は生きていた。瓦礫に押しつぶされること無く、生きていた。

 奇跡とも言えた。直径十メートルはありそうな瓦礫が近くに落ちたのに、その破片にも潰される事が無かったのだから。

 だが、もう逃げられない。逃げることはできない。どうしようもない。

 ズヴェーリはすぐ近くにまで迫ってきている。いや、もう真上から見下げられる位には近くにいる。

 

「あ、朱里……」

 

 有希は痛む体で立ち上がり、朱里の元へと行く。

 朱里は目立った傷こそ無いが、足から、変な風に着地してしまったためか、足首が赤く腫れていた。もう、この状態だと走るどころか、立ち上がる事も間々ならないだろう。

 死が近づくのが分かった。朱里はうめき声をあげ倒れている。ズヴェーリは真上に。ここで朱里を見捨てたとしても死ぬのは時間の問題。

 嫌だ、死にたくない。死なせたくない。まだ、朱里には恩を返しきれていない。一緒にいたい。二人で、生きていたい。

 ドクンッ。心臓が大きく飛び跳ねた気がした。

 そうだ。生きなくちゃ。生きなくちゃ、あの時のデウスマキナのパイロット……名も知らぬ、爆発で死んでしまった人の代わりに、生きなくちゃ駄目なのに。

 ズヴェーリの手が迫る。まるで、有希と朱里を捕まえようとするように、迫ってくる。

 死んでたまるか。こんなところで、あんな不気味な化け物の手で。朱里が小さな声で逃げてと言っている。けど、逃げない。そうだ、逃げちゃ駄目だ。逃げるな。

 

「だって……だって――私は、朱里と一緒に生きたい!生きなくちゃ駄目なんだ!!だから、こんな場所で死んで、たまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 何故なら、戦う力は、ここにある!!

 

「えっ……ゆ、有希……?」

 

 朱里の困惑したような声が漏れる。有希は決意を孕んだ目でズヴェーリを睨み付ける。

 有希の体は、光っていた。文字通り、金色に光り、有希を中心に光の膜のような物が展開され、有希と朱里を守っていた。

 その膜はズヴェーリの手を寄せ付けず、有希と朱里を包み込む。

 有希が胸に手を当てる。鼓動は早く、尚且つ暖かい。

 力はここにある。三年前のあの日から。ずっと、ここで眠っていた。見守ってくれていた。それが、今分かった。

 その力が言っている。叫べ。この力の名を叫べと。

 なら、叫ぼう。全力で、全開で、目一杯に、自分の全てで、戦う為に――守る為に!

 

「全ての希望を超え、未来を掴む!!来い、デウスマキナ――ビヨンド、ホォォォォォォォォォォォプッッ!!」




次回、戦闘


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Chapter1.3

初戦闘です


「全ての希望を超え、未来を掴む!!来い、デウスマキナ――ビヨンド、ホォォォォォォォォォォォプッッ!!」

 

 その瞬間、機械仕掛けの神は、空を割り、空気を裂き、天より飛来する。だが、その前に有希の意識は暗転した。

 気がつくと、見知らぬ空間にいた。まるで、飛んでいるかのような錯覚もした。当然だ。有希の体は空中にあったのだから。

 しかし、それを見て有希は安心した。ここは、デウスマキナ――ビヨンドホープの中だ。あの時、ビヨンドホープの名を叫んだあの瞬間、有希の体は光に包まれ、空から飛来したビヨンドホープの中へと吸い込まれていった。朱里と共に。

 

「有希!?こ、これ……」

「ごめんね、朱里。私にもよく分からないけど……これなら、私も戦える!」

 

 ここは球体状のコクピットの中。周りの光景はビヨンドホープの頭部に仕込まれた全方位カメラからの映像。

 操作方法は分からない。だが、逐一頭の中にそれらしき情報は流れ込んできている。

 目の前の、トリガーやらボタンが沢山ついたレバーを握る。その瞬間に目の前のディスプレイにはこの機体の、ビヨンドホープの情報が表示される。

 

「SRDM-2ビヨンドホープ。武器はソードトンファーと肩部内蔵射出用ニードル、対地空ミサイル、火炎放射器……よし、大体分かった!!」

 

 有希の声に反応してディスプレイが消える。そして、改めてコクピット内部の様子を確認する。全方位カメラ対応のディスプレイに、後ろには一人か二人の人が座れる補助シート。

 そして、操作桿はレバー型ではなく、近未来の銃にありそうなグリップ型。体の横にはもう一つの操作桿。これはまだ分からないが、逐一ビヨンドホープが教えてくれるだろう。

 朱里はまだ困惑しているが、ズヴェーリはそんなに待ってくれない。グリップを握りこむと、ふと自分の格好が白と青のパイロットスーツのような物に変わっているのが分かった。少し窮屈だが、まぁ仕方が無い。このまま戦う。

 ビヨンドホープの操作方法はこのグリップと足のペダル。そして、自分のイメージ。大まかな操作をグリップで行い、細かい、腕の振り方などはビヨンドホープがイメージを汲み取ってくれる。

 

「行くよ、ビヨンドホープ――ソードトンファー、アクティブ!!」

 

 有希の声に反応してビヨンドホープが腰のソードトンファーを手に持ち、構える。

 ソードトンファーは見た目はタダのトンファーだが、手で持っている部分を捻る事で刀身が飛び出す。殴打にも突刺にも使える優秀な武器だ。

 ソードトンファーを抜いたビヨンドホープはそのままトンファーを構えて走り出す。戦いは初めてだ。だが、不思議とビヨンドホープなら負ける気がしない。

 地面を踏みしめ走り、トンファーで殴る構えを取る。それに反応してズヴェーリが手を剣に変えて斬りかかって来る。しかし、機神と比べれば怪物程度、塵芥にもならない。その攻撃をトンファーから刀身を出して受け止める。

 金属と金属がぶつかり合ったような激しい音が鳴り響き、火花が散る。しかし、こちらの方が出力は上。トンファーでズヴェーリの手を弾き、がら空きの胴に蹴りを叩き込む。

 ズヴェーリは蹴られた胴から青い液体を噴出しながら吹き飛び、地面背中がつく寸前に球体に変形してから人型に戻って再び地に立つ。

 しかし、距離を取ったのは間違いだ。こちらには、遠距離武装だってある。

 

「ミサイル、アクティブ!!」

 

 手の甲側の腕についているミサイル格納庫が開き、そこから有希の声にあわせて小さなミサイルが飛び出し、蛇行しながらもしっかりとズヴェーリへと向かっていき、着弾、爆発。

 爆炎が上がり、ズヴェーリの姿が隠れる。有希がやった?と小さく呟くと、それと同時にズヴェーリが炎を掻き切って迫ってくる。それに驚き、反応に遅れるが、有希はすぐにペダルを踏み込み。レバーを思いっきり引く。

 その動作に合わせてビヨンドホープが自動でバランスを調整しながら足のホイールを回転させ、ズヴェーリから離れる。そして、今度はグリップを押し込んで前へと走る。

 

「有希、もっとゆっくりと!」

「ごめん、あんまり気にかけてる余裕ない!!」

 

 これでも一杯一杯だ。動悸は早まって、呼吸は乱れて。だけど、思考はクリアに、冴えて行く。まるで、この戦いを望んでいたかのように。

 前へと走り。ズヴェーリとぶつかる寸前。右足の足の裏からピックが飛び出し、ビヨンドホープの体を固定。だが、左足のホイールが回転しているため、体は回転。

 その回転はかなり速く、酔ってしまいそうだったが、構わない。このまま殴り飛ばす。グリップを離し、体の横の操縦桿に握り替えて思いっきり体を捻って操縦桿を後ろに。レーンに沿って操縦桿は動き、一番後ろまで行った所で今度は思いっきり前へと振るう。

 

「ぶっ飛べぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 叫び声を上げながら回転の勢いをそのままズヴェーリへトンファーに乗せてぶつけ、殴り飛ばす。機体内部にすら響いてくる轟音と振動。有希は残心を残しつつ再びグリップに手を戻して前を睨む。

 吹き飛んだズヴェーリは再び一度球体に戻って人型へと変身する。

 埒が明かない。ズヴェーリは体の殆どを液体で構成する不定形の生命体。幾ら殴った所で幾らでも衝撃を受け流して再び立たれてしまう。

 どうする。ズヴェーリを構成する液体全てを蒸発させるか?いや、それは時間がかかりすぎる。それに、デウスマキナとて無限に動ける訳ではない。機体内のエネルギーは有限。あまり長いことは戦っていられない。

 どうやって倒す。いや、違う。どうやったら倒せる。このクソッタレな液体生物を。

 悩みが機体に現れたのか、ビヨンドホープが一歩二歩と後退する。それを好期と見てかズヴェーリが突撃してくる。

 出遅れた。トンファーのブレードを出し、その場で構える。構えたトンファーとズヴェーリの剣とぶつける。しかし、今度は不完全な状態で攻撃を受けたビヨンドホープが吹き飛んだ。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 有希と朱里の悲鳴がコクピット内に響く。しかし、ビヨンドホープは途中で踏ん張って地に手をつけたものの何とか倒れずに立ち上がる。

 しかし、ズヴェーリの攻撃は剣だけではない。今度は手を銃に変形させて体液を弾丸のように撃ってくる。

 ビヨンドホープに盾はない。横には建物。それを壊して避けるのは言語道断。気がついたときには両手をクロスしてその弾丸を全身に受けていた。

 けたたましく鳴り響く警告音。コクピット内の赤いランプが点滅し、ビヨンドホープの全体図のあちこちが赤く染まって行く。ピンチもピンチ。後ろの朱里の悲鳴が痛々しく、だが有希に打開策はない。

 何か手は。何か手は。色々なボタンを押し込んで何か無いか確認していく。

 何か!そう叫んだとき、目の前のモニターにウィンドウが表示された。それは、まさしくこの場で最も求めていた物で、この状況を打破できる物だった。

 これなら。有希は一度空気を思いっきり吸い込み、そのまま前を睨みつけ、弾丸の中を走り出した。

 

「ちょ、有希!!?」

「ぶち抜く!!」

 

 何を!?どうやって!!?そんな朱里の悲鳴なんて無視して有希は突っ込む。

 チャンスは一度。エネルギー的にこの一発のみ。外せば次は無い。なら、当てる。当ててみせる。

 トンファーを腰にマウント。右腕を思いっきり引き、有希も右腕をもう一つの操縦桿にやり、思いっきり後ろに引く。その瞬間、ビヨンドホープの右腕に光が集まり、光りだす。

 これは、ビヨンドホープの切り札。悪を滅する正義の一撃。明日へと未来を繋ぐ最強の一撃。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 咆哮。叫びではなく咆哮。この一撃で、この一発で、絶対に決める。

 そして、モニターにはウィンドウが現れる。その文字は、『ShoutNow!!』

 

「超振動ッ!爆砕拳ッッ!!」

 

 銃弾なんて知ったものか。このままぶち抜いてぶっちぎる。

 銃弾を全身に浴びながらも、突貫。そして直撃。五月蝿いくらいの高音が鳴り響く。そして震えだすズヴェーリ。

 暫らくの無音。まさか、倒し損ねた?有希の額に汗が一つ、浮かんだその瞬間に、ズヴェーリの体は徐々に崩壊していき、最後にはタダのゼリー状のナニかの山となり、まるで蒸発したかのように煙となって消えていった。

 勝った。勝てた。生き残れた。その実感が湧くのには暫らくの時間が必要だった。拳を振りぬいた状態で動かないビヨンドホープと、横の操縦桿を握ったままの有希。何も言えない朱里。先に息を吐いたのはどっちだったか。両方だったかも知れない。

 ビヨンドホープは直立になり、確かな勝利をかみ締めた。もう、ズヴェーリはいない。勝ったんだ。

 

「やったよ、有希!!」

「うわっ、朱里!?」

 

 後ろから体を乗り出して抱き着いてくる朱里。それに驚きながらも首に回された腕に手を置く有希。今は、この時間が一番うれしかった。ずっとこのまま二人で勝利をかみ締めていたい。

 しかし、その直後に再び地響き。何事?そう思ってモニターを見ると、目の前には赤いデウスマキナが日本刀のような物を構えて突きつけている。そして、モニターには相手のデウスマキナのパイロットであろう人物が映し出された。そういう通信方法なのだろう。

 

『ビヨンドホープのパイロット。今すぐ降りなさい。でないと斬るわ』

「「は、はい……」」

 

 二人はコクピットの中で両手を上げて顔面蒼白で頷いた。何故なら、通信越しのパイロットの目は、今まで見た人間の中ではとびっきり危ない目をしていたのだから。




主人公機の名前はビヨンドホープ。デウスマキナは通称です


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Chapter1.4

序盤ですが早速主人公が殺されかけると言う事態に


 日本刀を突きつけられ、有希と朱里は生唾を飲むことしか出来ず、大人しくビヨンドホープから降りた。というよりも、消した。

 ビヨンドホープの中にあったレバーを引くと、ビヨンドホープと有希と朱里は光に包まれ、ビヨンドホープは光の粒子となって消え、有希と朱里はそのままゆっくりと地面に降りていった。その際に有希のパイロットスーツは光に変わって元の制服に戻った。

 その後に日本刀を持ったデウスマキナも光に包まれ光の粒子へと変わり、その中心から光の球体がゆっくりと地面に降りてきて、地面に当たった瞬間に弾けた。中から出てきたのは先ほど人を何人か殺していそうな目でこちらを見てきた女性、というよりも同年代の少女だった。

 長い髪を後ろで纏めた少女は有希達と同じ制服に身を包み、持っていた鞄から棒状の何かを取り出すと、徐に片方の先端を引っ張り――というよりも、鞘を抜いて中から出てきた刀身の先端を有希に突きつけてきた。

 有希と朱里はそれを見て全く同時に小さな悲鳴を上げて両手を上げた。

 

「じゅ、銃刀法違反!!」

 

 咄嗟に出た言葉がこれだった。なんだか語彙力に悲しくなってきた有希だが、それでも目の前の銃刀法違反者は小刀を有希に突きつけたまま。

 

「悪いけど、政府から許可は貰ってるのよ」

「あ、そうなんですか?なら安心……」

「何の!?」

「いや……なんのだろう?」

「こんな時にポンコツにならないでよ有希!」

 

 刃物を突き付けられているのに何やっているんだ目の前の二人は。と少女はずっこけそうになっているが、溜め息をついて再び眼光を強める。

 その有無を言わせない眼光に有希と朱里は無理矢理に口を閉ざされる。

 

「漫才に付き合っている時間は無いの。早く召喚機をこっちに渡しなさい。あれはあなた達の手にあっていい物じゃないわ」

 

 有希と朱里はその言葉を聞いて首を傾げ、顔を見合わせた。

 召喚機?何それおいしいの?いや、機械でしょ。そんな会話を視線で繰り広げている。

 だが、召喚機を知らないのも事実。どうやって何を返せばいいのか分からない。

 そんなグダグダしている有希と朱里にイライラしたのか目の前の少女はいきなり足を地面に叩き付けた。その音でビクッと体が震え上がった。

 

「死にたいのなら言ってくれたらいいのよ?」

「い、いや、そ、その……召喚機って何の事かなぁって……私は特に何もしらないかなって……」

「そんな訳無いでしょ?早くビヨンドホープの召喚機を渡さないと私も力尽くで奪うわよ?」

「本当に知らないんですってばぁ!!あ、朱里も何か言ってよ!!」

「あ、私関係ないので……」

「まさかの裏切り!!?」

「だって私何も分からないもん!!」

「いや、そうだけどさ!せめて助け舟出してよ!ね?三百円あげるから」

「三百円って、それ、私が昨日有希にあげたご飯のお釣りじゃなかった!!?」

 

 わーわーと二人しかいないのに姦しい二人。それに段々と苛立っているのか青筋が浮かんでいる少女。

 流石に我慢の限界なのか、小刀を投げようと段々と小刀を持った腕を上へと上げていった。

 しかしそれに気がつかない二人。そして、天辺を向いた小刀をそのまま投げ下ろそうとしたその瞬間、何者かがそこに乱入してその腕を掴んだ。

 

「はい、そこまで。咲耶ちゃん、流石にそれは投げちゃ駄目よ。そっちの子達も、少しいいかしら?」

 

 女性の声。その声を聞いて有希と朱里は少女の方を向いた。

 少女の方には、スーツを着た女性が少女の小刀を持つ手を掴んで立っていた。可笑しい、さっきまでこの周辺には誰もいなかったのに。

 誰?何者?そう思いながらも有希と朱里は上げていた両手を下げた。それを見て少女も小刀を持っていた手を下げた。それを見て女性はよしよし。と呟いてから有希と朱里と咲耶と呼ばれた少女の間に入った。

 

「えっと……貴女は東雲有希ちゃんよね?そっちの子は有希ちゃんのお友達の錦朱里ちゃん」

「「は、はい」」

「私は日本政府直属の特殊害獣駆除科所属の……まぁ、役員だと思っておいて?」

「は、はぁ……」

「えっと……偉い人、なんですね」

 

 いきなりの自己紹介に自分達の名前が割られていることが吹き飛び、間抜けな返事をしてしまう。

 朱里の言葉に女性は首を横に振った。

 

「そこまでよ。名前は服部彩芽。こっちの子は赤色のデウスマキナ、草薙ノ剣のパイロット、御剣咲耶ちゃんよ」

 

 女性、彩芽は自分の名前を告げ、後ろの咲耶の自己紹介も済ませた。

 咲耶はぶっきらぼうに御剣咲耶だ。と告げるだけだった。しかし、有希と朱里の反応はそんなぶっきらぼうでは済まなかった。

 デウスマキナのパイロット。ネットやテレビで一切告げられていない情報なのに、それが目の前で簡単に告げられたことが何よりの驚きだったが、今さっきデウスマキナ――草薙ノ剣から降りてきたのだから今更だった。

 最初は驚きかけたが、すぐに平静を取り戻した。

 こちらの自己紹介は不要だろうか。でも、一応名乗っておくか。有希が声を出そうとしたとき、その前に彩芽が口を開いた。

 

「有希ちゃん達は正規パイロットでも無いのにデウスマキナを動かした。それだけならこちらでも対処は簡単なのだけど、有希ちゃん。貴女は本来この世界にはもう存在しない筈のデウスマキナ、ビヨンドホープを召喚して乗り込んで、動かしてみせた。それが問題なのよ」

 

 有希が何で大変なの?と思考停止したような顔をしているが、朱里はなるほどと言わんばかりに納得していた。

 肝心の有希が理解していないので、朱里がちゃんと聞いてと一回頭を叩いてから続きを。と朱里が彩芽に目で伝えた。が、彩芽は首を横に振った。

 

「ここでは人が来るかもしれないわ。少し遠くに私が乗ってきた車があるからそれに乗りましょう。特殊害獣駆除科の本部に案内するわ」

 

 確かに、デウスマキナの情報は殆どが国家機密レベルの情報だ。それが盗聴等でバレてしまったらどんな事になるかわからない。

 有希と朱里は特に用事も無いので歩き出した彩芽と咲耶と共に着いて行った。

 そして無言で歩くこと数分。有希と朱里がビクビクして歩いていくと、彩芽が鍵を開けて乗り込んだのは黒塗りの車だった。

 折角助かったのに何か変な事に巻き込まれたよーと有希が小さく震えながら呟いた。それが聞こえたのか、彩芽は車から有希に話しかけた。

 

「そんな怖いことはしないわよ。大丈夫、話を聞くだけだから」

「は、はいぃ……」

 

 しかし、黒服の女性にそんな事を言われてもそうそう簡単にはうんと頷けない。

 話といっても、色々ある。取調べだとか、強請りとか、拷問とか。もしかしたら明日の朝日が見ることが出来ないかもしれない。

 ガクブルしている有希を見て彩芽が、まぁ仕方ないわよね。と呟いた。

 助手席では常に咲耶が殺気を放って、彩芽はやれやれと言った表情で運転し、有希はガクブルと震え、朱里は有希の肩に手を置いている。が、やはり小さく震えている。

 そんなこんなで運転は順調に進んでいき、着いたのは有希達の通う高校だった。

 

「あ、あれ?ここ、学校……」

「ここの地下にあるのよ」

 

 咲耶の短かな説明の後に彩芽は車を教師専用……というよりも、誰も使っていないというか、使っている所を見たことが無い駐車場に来た。

 その中の一つに車を止めると、車の中にあるとある端末を取り出し操作する。すると、一瞬車が揺れた。が、次の瞬間には車が地面へと潜って行った。いや、車が乗っていたスペースが急に地面の下へと潜って行った。つまりは、その部分だけがエレベーターになったのだ

 それを見てはしゃぎ始める有希。そして、それに釣られて朱里も一緒にはしゃぎ始める。

 こんな物、アニメや小説、漫画でしか見たことが無い。だから、興奮するなというのは無理のある相談だった。

 真ん前の殺気を忘れ、はしゃぐ二人。そして、数十秒の降下の後にその降下は止まり、地下駐車場みたいな場所に着いた。

 さぁ、降りてという彩芽の言葉で咲耶が何も言わずに車を降り、有希と朱里も共に車から降りる。

 そして、彩芽は有希達に着いて来てと案内して二人を何処かへと連れて行く。




主人公とその親友、連行


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Chapter1.5

今回は余り話が進行しません


 連れて行かれた場所は普通の応接間だった。小奇麗な応接間に案内された二人はここで待っていてねと彩芽に言われ、有希と朱里は指されたソファに座った。

 咲耶は既に彩芽に連れていかれていない。ここにいるのは有希と朱里だけ。何時もなら姦しい程はしゃぐのだが、ここでは違う。二人とも、借りてきた猫のように大人しい。

 日本政府直属と言っていたが、名刺も貰っていない。もしかしたら嘘かもしれない。ガチガチになりながらも二人仲良く待っていると、扉が規則正しくノックされた。

 その音にビクンと飛び跳ねると、ゆっくりと扉が開けられた。開けられた扉から入ってきたのは初老というには少し老いすぎた一人の優しそうな老人だった。

 

「おや、驚かせてしまいましたかな?」

 

 老人はそう言って朗らかに笑うと、杖なんて必要がなく、若い人と何ら変わりない歩き方で歩くと有希達の目の前のソファに一人分のスペースを残して座った。

 老人を見て有希達はホッと息を吐く。この人なら何だか大丈夫かもしれないと。

 

「東雲有希君と、錦朱里君だね?」

「「は、はい!」」

 

 何だか教師に授業中にいきなり指名されたときのような返事をしてしまったが、老人はハハハと笑うだけ。

 どうやら、二人の反応が面白かったらしいのだが、それでも緊張はしている二人からしたらあまり笑える事ではない。それに気が付いた老人はおっと、失礼しましたと言ってから一度咳払いしてから再び二人と向き直った。

 

「私はここの……まぁ、リーダーだと思ってください。あまり長ったらしく役職名を言うのも退屈ですし覚えにくいですからね」

 

 どうやら、いい人みたいだ。有希と朱里は二人揃って肩の力を抜いた。

 これは名刺です。と渡された二枚の名刺には、確かに彼の長ったらしい役職名が記載されていた。が、注目すべきところはもっと別にあった。

 名前だ。彼の名前。それは、苗字と名前から成る日本人らしい名前ではなく、たった三文字で、カタカナで書かれていた。

 ジョン、と。

 

「「ジョンさん……?」」

「はい。まぁ、偽名なんですけどね。役職柄、本名はあまり知られたくないのですよ」

 

 一瞬、二人の緊張感が高まったが、ジョンの説明で幾らか和らいだ。

 確かに、こういう役柄で政治が絡まったりした場合、何かしらの事件に家族が巻き込まれる可能性があるかもしれない。それを防ぐためだろう。ある意味では抜け目のない人だ。

 有希と朱里が貰った名刺をしまうと、ジョンは口を開いた。が、その瞬間に扉が少し乱暴に開かれた。再びそれにビクりとする二人。だが、入ってきた人物を見てマヌケな顔を晒した。何故なら、その人物は有希と朱里がよく見知った顔だからだ。

 

「すみません、ジョンさん。遅れました」

「いいんですよ、源十郎君」

「いやぁ、咲耶の奴がヤケにイライラしていましてね……何とかするのに時間がかかっていました。で、東雲と錦、さっきぶりだな」

 

 入ってきたのは、有希と朱里のよく知る教師、前川源十郎だった。実に一時間ちょっと振りの再開だった。まさかの人物に有希と朱里は絶句しざるを得ない。

 何でこの人がここに?そんな疑問を晴らすかのように源十郎はポケットから名刺を取り出すと有希と朱里に差し出した。

 教師としての名刺か?そう思って名刺を確認すると、その役職に再び絶句した。

 特殊害獣駆除科。そこに所属するパイロットの特訓のコーチであり、エージェントであると書いてあったのだ。

 

「教師は仮の姿。その正体はエージェントだったって訳だ」

 

 そんな設定、今時ドラマでも使い古された物みたいだとは思っても驚きで声が出なかった。まさか目の前にそんな古臭い設定をマジで引っ提げた人間が居るとは思ってもいなかったし、その人間が顔見知りだとはさらに思わなかった。

 ジョンの、カミングアウトが速すぎましたかね?という言葉なんて二人の耳には入ってこない。もう今日はデウスマキナの事だったり小刀突きつけられたリ変な場所に連れてこられたリでもう一杯一杯だった。

 しかも、ズヴェーリに追いかけられてからまだ三時間も経っていないのにこの密度の話が何度もあったのだ。一般人である二人には一杯一杯でない訳がなかった。

 そんな二人を見てか、ジョンは二人に提案をした。

 

「では、今日の所はメディカルチェックだけして残りは明日でどうでしょうか?流石に、メディカルチェックだけはこちらもさせてもらいたいので」

「ま、まぁ、それくらいなら……私も何か超常現象起こしたわけだし」

「そ、そうだね……」

 

 そんなこんなで二人は源十郎に連れられてメディカルルームへと連れてこられた二人は病院で着る様な服に着替えさせられ、女性のスタッフの案内の元、CTスキャンのような物で体を検査したり、普通の健康診断のような物もさせられたり。

 気が付いたら一時間程度時間が経っており、有希と朱里は疲れた様な表情で更衣室のベンチに座っていた。

 

「どうだった?」

「異常なし。有希は?」

「特に。朱里と同じ。だけど、ちょっと格納庫に行ってくれって言われた」

「そうなの?じゃあ、ついていこっか?」

「うん、お願い」

 

 有希と朱里は再び制服に着替え、つい先ほど貰った地図を見ながら地下にしては無駄に広い本部を歩き回った。

 その途中、すれ違った職員らしき人は皆、有希と朱里の事を知っているのか、挨拶をしてから大変だったねとねぎらいの言葉をかけてくれた。

 そんな事がありながら、有希達は自動ドアを開けてとある空間に出た。

 格納庫。まさにその言葉がピッタリなこの空間には、赤いデウスマキナ、草薙ノ剣が無言で立っていた。その横には、大体二機のデウスマキナが入りそうなスペースも空いていた。

 有希と朱里が声を漏らしながら草薙ノ剣を見ていると、その草薙ノ剣を弄っていた男性が有希達の立つ鉄橋に降りてきてこちらに歩いてきた。

 歳は大体三十か四十か。いい感じに歳を取ったおっさんといった感じだった。その男はタオルで手を拭って額の汗を拭うと、改めて有希達に声をかけてきた。

 

「どっちがビヨンドホープのパイロットなんだ?」

「あ、私です」

 

 男の声に有希は素直に答える。すると、男は爽やかな笑顔を浮かべて挨拶をしてきた。

 

「そうかそうか。俺は梶田優誠。デウスマキナの整備長をやっている」

 

 つまりは整備士の中では一番偉い人なのだろうか。有希と朱里は自己紹介をしてから頭を下げた。

 そして、梶田はすぐに本題を切り出した。

 

「じゃあ、東雲ちゃん。あの空いているスペースにビヨンドホープを召喚してくれないか?」

「え?召喚?」

「あー……そうか、まだ何も知らないんだったな。じゃあ、言葉を変えるか。あそこの空きスペースにビヨンドホープを出してくれ。ついさっき、ビヨンドホープを呼び出したみたいにな」

 

 あぁ、そういう事なら。と有希は空きスペースの前に立つ。

 胸に手を当て、鼓動を確かめ、胸の内に眠るビヨンドホープを呼び覚ます。ドクンと一際大きく心臓が跳ねる。

 有希の胸元が金色に淡く光っていき、その光は徐々に大きく、確かなものになっていく。

 来た。目を開き、口を開く。

 

「来て、ビヨンドホープ!」

 

 有希の声に応え、ビヨンドホープは姿を現す。空間を割り、空きスペースに姿を現したビヨンドホープは床に足を着けた。

 本部全体が揺れたような気がしたが、まぁその程度は些細な事だ。

 梶田は召喚されたビヨンドホープを見てようやく帰ってきたな、と一言呟いた。

 

「ありがとな、東雲ちゃん。ビヨンドホープはこっちで整備しておく。後はジョンさんか彩芽さんに言って帰してもらいな」

「は、はい」

 

 よし、手の空いている奴はビヨンドホープの整備だ!という梶田の声に整備士達は反応し、ビヨンドホープの装甲に乗って整備を始めた。

 それを見てから有希達はもういいのかな?と相談してから格納庫を後にした。

 格納庫を後にして有希達は再び応接間に戻ってきた。勝手に色んな部屋に入ってはいけないと思って応接間に戻ってきたのだが、そこには誰もいなかった。

 しばらく応接間の物を色々と見ていると、最初の時と同じようにドアがノックされて中にジョンが入ってきた。

 

「指令室の方に入ってきても良かったんですけどねぇ……まぁ、いいでしょう。東雲君、錦君、お疲れさまでした。後は彩芽さんに送くらせますので、暫くお待ちください」

「分かりました」

「あと、明日も早朝にそちらのアパートに彩芽さんが迎えに行くので、最低限の外出準備だけしておいてくださいね」

「え?あの、私達、学校が……」

「それに関してはこちらの方で授業は公欠にしてから後日、その授業の事をこちらで教えますので、ご安心を」

「……なら、いいかな?」

「そう、だね」

 

 学校に行っても特に何かある訳じゃない。それに、後でその分の補填をしてくれるのなら有希達に断る理由は無かった。

 ジョンの言葉に頷き、承諾すると、ジョンは、それでは、彩芽さんを呼んできますねと言って離席した。

 二人がホッと一息をついた直後、再び扉が叩かれた。ジョンが出てから僅か数秒。何か忘れ物かな?そう思ったが、入ってきたのは彩芽だった。あれ、さっき呼んで来ると言ってジョンが出て行ったばかりじゃ?二人の頭の?マークを無視して彩芽は口を開いた。

 

「じゃあ、二人とも。送っていくからついてきて」

 

 彩芽の言葉に二人は従って彩芽の後に部屋の外に出た。彩芽が歩いていく方向とは逆の方向を見ると、ジョンの後姿がまだ見えた。

 ジョンが彩芽の事を探しに言ったことを伝えると、彩芽は偶然この部屋の前ですれ違ったからいいのよ、と返した。

 そして二人は彩芽の車に乗り、再びエレベーターで地上へと戻った。地上は既に真っ暗。もう夕飯の時間も軽く過ぎていた。携帯で時間を確認すると、有希の腹の虫が小さく鳴った。

 それで顔が真っ赤になる有希とクスクス笑う朱里と彩芽。だが、なんだかんだで腹が減ったのは朱里も同じ。腹の虫が鳴らないようにそっと腹を押さえた。

 すると、彩芽が背中越しに魅力的な相談をしてきた。

 

「おなかが空いてるんだったら、ラーメンでも食べに行く?」

「い、いえ!流石に申し訳ないですし……」

「じゃあ、お礼って事で。ズヴェーリを倒してくれた報酬よ」

 

 そう言われると何だか断りづらい。朱里の方を向くと、朱里は頷くだけ。どうやら、有希に任せるらしい。

 じゃあ、お願いします。と有希はその提案に乗った。彩芽はよろしいと言うと車の向きを途中で買えた。

 

「有希ちゃん、朱里ちゃん。念のために言っておくけど、ビヨンドホープの事は絶対に口外禁止よ。これは国家機密レベルだからね。後、詳しい話は今日出来なかったから、明日話すわね」

「「は、はい」」

 

 運転している最中に彩芽は少し真剣な雰囲気を醸し出しながら有希達に警告した。

 やはり、有希が動かしてしまったとは言え国家機密の塊であることは変わりない。そうベラベラと話していいことではないし、話したら話しただけ有希と朱里の立場は危うい物となっていくだろう。

 恐らく、今日はその諸々の話をするつもりだったが、有希と朱里の事を考えてそれを取りやめ、明日に話すことにした。しかし、最低限のことだけはここで話した。つまりはそういう事なのだろう。

 有希と朱里を乗せた彩芽の車はとあるラーメン屋に止まった。特別変わった物はない、普通のラーメン屋だった。

 そこに入って有希と朱里はラーメンを注文し、彩芽とは世間話や最近あった面白い話をしながら食べ終えた。そして、有希達がラーメン屋を出たところで彩芽の携帯電話に着信があった。彩芽がその電話にでると、すぐに彩芽の表情が変わった。まさしく真剣そのものに。

 

「何ですって、新たなズヴェーリが?」

「ッ!?」

 

 その言葉を聞いた直後、有希の携帯電話も震えた。来た、来てしまった。二体目のズヴェーリが、今日。

 普段、ズヴェーリは一日に一体、それも三日に一度位のペースでしか来ない。たまに一日に二匹来るときはある。しかし、今日は朝のズヴェーリも合わせて三匹目。明らかに異常だった。

 彩芽は電話を切ると、有希を見た。その視線に有希は耐えれずに一度目を背けた。

 

「有希ちゃん。草薙ノ剣は今、久しぶりのオーバーホール中で動かせないの。今動けるのは、ビヨンドホープだけなの」

 

 その言葉を聞いて有希は再び彩芽を見た。

 戦えるのは自分だけ。戦わなければ関係のない人達が死んでしまう。

 なら、守らなくちゃ。あの時、命を張ってでも有希を守ろうとしたあの先代パイロットのように。

 

「私じゃなきゃ、動かせないんですよね?」

「そうよ」

 

 薄々感じていた。ビヨンドホープは、自分の手でなければ動かない。あのロボットには意思がある。まさしく、機神であると。

 だから、彩芽は、ジョンは、源十郎は、有希達に咲耶のように召喚機を渡せとは言わなかった。有希にしか動かすことができないから。守ることは、有希にしか出来ないから。

 

「……じゃあ、行きます」

 

 決意。或いは覚悟と呼ぶべきそれを有希は胸のうちで燃やした。ここで逃げたらあの日の爆発よりも遥かに苦しい思いをして死んでしまう人だっている。生き残れない人がいる。

 そんなの、許してはおけない。許してたまるものか。

 

「有希……」

「彩芽さん、朱里をお願いします」

 

 もし、負けたら、朱里も死んでしまうから。

 そんなの、絶対に許してはおけない。許せない。だから、朱里は預ける。彩芽も頷いた。ただ、朱里だけは納得していなかった。

 

「有希、私も……」

「駄目だよ、朱里……これは、私の戦いだから!」

 

 有希は駆け出す。ズヴェーリの居る位置は何となく分かる。だから、後はビヨンドホープと共に、まっすぐ、助ける!

 

「希望を超えて、未来を掴む!来て……ビヨンド、ホープ!!」

 

 発光。有希は夜の帳の中でも分かるほどの光に包まれ、球体となって空へ。そして、空が割れ、空間が裂け、ビヨンドホープがその姿を現す。

 全長四十メートルあるその巨体は地に足を着けた瞬間、緑色のツインアイが光り、足のローラーを動かして走り始めた。




ここまでだと咲耶がタダのキチガイにしか見えないという


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Chapter1.6

対ズヴェーリ戦二回目


 朱里の寂しさを孕んだ視線を受けながらも有希は走り、数秒。ズヴェーリは夜の街でも分かりやすい青色の体をそのままに破壊を楽しんでいた。

 させるか。これ以上、犠牲は出させる物か。グリップを握る力が強くなる。歯を食いしばり、ズヴェーリへと肉薄。ここは殴り倒すんじゃない。押し倒す!

 

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 咆哮。横の操縦桿を握って後ろへ思いっきり引き、タイミングを合わせて前へと思いっきり動かす。

 ダッシュの勢いそのまま、ビヨンドホープはズヴェーリの人間で言う頭の部分を掴み、人が居ないのを確認してから思いっきり地面に叩き付けた。そして、腹の上に膝を置いてから拳を構える。

 この必殺の一撃を、逃げられないこの体勢で、全力で当てる。叫ぶ準備をしてから有希は横の操縦桿を握った。しかし、その直後になる警報。

 何が?疑問が頭の中を支配したが、目の前のモニターを見て冷や汗が湧き出た。エネルギーが、全く補給されていない。装甲こそ直っているが、補給が間に合っていない。

 

『すまん、東雲ちゃん!エネルギーの補給はまだしていなかったんだ!』

「それ、早く言って――きゃああ!!?」

 

 梶田の通信を聞いて有希がキレながらも答えていると、凄まじい衝撃。天地の感覚が百八十度入れ替わる。

 押し倒したズヴェーリに逆に押されて転倒した。それを認識するのにそう時間はかからなかった。目の前には覆いかぶさろうとするズヴェーリ。頭部の赤い何かが怪しく光り、背筋に悪寒が走る。

 反射的に有希は内蔵武装の一つ、火炎放射を作動。胸元の装甲の一部が開いてそこから炎が噴出される。その間に有希は背中のローラーを動かして後ろへとビヨンドホープを動かし、すぐに立ち上がる。

 必殺技は使えない。じゃあ、あの不定生命体をどうやって倒す?火炎放射は目くらまし。ミサイルは効かない。斬っても復活する。人間を相手にしているのとは訳が違う。

 どうにかして、どうにかしてあのクソッタレなパーフェクト生命体を倒せないか。

 ズヴェーリと睨みあっていると、再び通信が入る。通信の主は、源十郎だった。

 

「せ、先生!?」

『東雲、あの頭の赤い部分を狙え!あれが弱点だ!』

「赤い部分……あれか!」

 

 ズヴェーリの頭の赤い部分。それは確かにあったし、さっき見た。

 弱点がある。なら、倒せる。

 

「ソードトンファー、アクティブ!」

 

 守るって決めた。戦うと決めた。そして、相手は倒せる相手。なら、ここで逃げ出すという選択肢はない!

 頭が冴えて来る。まるで、自分は戦う為にいるのだと錯覚さえしてしまうほど。

 暫しの無音。先に動いたのはどちらだったか。ビヨンドホープが走り、ズヴェーリが滑る。そして交錯。棒と刃がぶつかり合う。しかし、棒からは刃が飛び出し、それを防いでいる。

 続いての一刀。今度はズヴェーリ。両手を変形させた初見殺しの一撃はビヨンドホープのもう一本のソードトンファーで防ぐ。

 火花散る攻防。今度はビヨンドホープが動き、足でズヴェーリを蹴り飛ばす。球体となり衝撃を逃すズヴェーリ。しかし、構う物か。両手を突き出し、ミサイル発射口を正面に。

 ミサイル、アクティブ。その声と同時に放たれたミサイルはズヴェーリに直撃して爆発。

 爆炎、黒煙。前が見えない。だが、ここで煙を突っ切って攻撃したらどうとでもなるはず。そのまま前へと走り出す。しかし、その足は前へと進められてた。強制的に。

 バランスが崩れる。そう思った時にはもう遅い。バランスを崩したビヨンドホープはそのまま背中から転倒。そのまま体は前へと引きずられ、そして足から空に浮かぶ。黒煙が晴れたとき、目の前には腕を縄に変えてビヨンドホープの足を持って吊るすズヴェーリの姿。

 頭が真下を向く、血が上っていく感覚に気持ち悪さを感じつつ、打開策を練る。そして、思いつく。

 視線は同じ高さ。なら、顔面にトンファーを叩き込む。トンファーを捻って刃を展開。そのまま顔面へと突き刺す。貫通し、ズヴェーリの頭から青い液体が噴き出す。けど、外した。掠っただけ。なら、追撃するだけ。

 上半身を起こして触手を切断。体勢を整えて背中から落ち、すぐに立ち上がってトンファーを回転。長い方で確実に、勢いよく、トンファーを突き出した。

 そして訪れたのは静寂。暫しそれが続いた時、ズヴェーリは体が崩れていき、そのまま地にゼリー状となって崩れ落ち、そのまま消えていった。

 二回目の勝利。必殺技を使わずに。何とか勝ったと言う実感が沸き、自然と精神的な疲労で息が荒れる。その疲労と同時に達成感が心の中を支配して一際大きな息を吐く。この力なら、守れる。皆を、朱里を。この力なら。グリップを握る力が少し強まる。が、疲れですぐにグリップから手を放してシートを倒して寝転がる。

 ビヨンドホープの中から見上げる夜空は凄く綺麗に見えた。この光景をこれからも守っていく。この光景が見られるように、何度も何度も。

 だが、ゆっくりとはしていられない。すぐにビヨンドホープを戻さなければ。レバーを引くためにシートを元に戻して手をかける。だが、その時にビヨンドホープから警告が流れる。

 

「悪を断ち、正義と成れ。来て、草薙ノ剣」

 

 ビヨンドホープの中だと言うのに、その声はしっかりと聞こえた。その直後、ビヨンドホープの少し先の地面が発光する。金色に、小さく、淡く。その光があの時、草薙ノ剣から咲耶が降りるときに見た光だと気づくのは、その光が浮き上がってきた後だった。

 浮かんだ光。そして、空を割り、空間を裂いて赤いデウスマキナ、草薙ノ剣がその姿を現す。

 背中に巨大な日本刀、両腰に短な小刀を装備した赤色の機神。それが目の前に現れた。あの機体はオーバーホール中だったんじゃ?そう思っていると、共有通信から叫び声が聞こえてきた。

 

『咲耶!まだ草薙ノ剣のオーバーホールは終わっていないんだぞ!何を考えている!』

『これは私の問題です。黙っていてください。天羽々斬、抜刀』

 

 草薙ノ剣の背中にある刀を背中に保持するラックが一度起き上がり、斜め向きから縦向きになるように動き、そのままもう一度起き上がる。そして肩から飛び出した柄を握る事でロックが外れて刀をそのまま握って構える事で抜刀が完了する。

 天羽々斬と呼ばれたその刀は、よく目にする刀とは違って、柄の部分も金属で出来た無機質な刀だが、それでも切れ味だけは鋭いと分かった。その刀はビヨンドホープへと突きつけられた。反射的に両腕を上げる有希だが、咲耶の言葉は有希の想像を絶する言葉だった。

 

『構えなさい。そして、私と戦いなさい』

 

 戦え。その言葉の意味が分からなかった。ズヴェーリと?でも、ズヴェーリはここに居ない。じゃあ、何と戦えと。上げた両腕を下げ、狼狽えている。そして聞こえてくる共有通信からの声は源十郎の怒鳴り声が聞こえてくる。しかし、咲耶は刀を下げる気がないのか、通信を切っているのか、刀を突きつけたまま。

 どうしたら。ソードトンファーを構える事をせずに一歩、二歩と下がっていたら再び草薙ノ剣からの通信が入る。

 

『構える気がないなら……そのまま死ね!!』

 

 ローラーの回転する甲高い音が響き、有希の後ろへと下がっていく歩数がさらに増えていく。しかし、ローラーの音は止まらない。刀を構え、そのままローラーで突撃してくる草薙ノ剣。どうしたらいい。そう思う前に体はまるで自分の物じゃないように動いていた。

 腰のトンファーを片手だけで構え、両足の裏にあるピックを地面に突き立て、衝撃に備える。そしてトンファーの刃を展開し、トンファーを半回転。刃の出ていない内側に手を当てて衝撃に備える。

 その一秒も経っていない時間の後に、衝撃。コクピットの有希が吹き飛ばされてしまうんじゃ、という衝撃と共に突撃してきた草薙ノ剣は、衝撃のすぐ後に振りぬかれたトンファーで吹き飛ばされた。そして分かった。馬力に関してはビヨンドホープの方が上。きっと、整備中だったからだろう。しかし、それでも腕の差と経験の差では確実に咲耶に負ける。彼女は何年もズヴェーリを相手に戦ってきたベテラン。初撃を凌げた程度で調子に乗るのは間違っているし馬鹿のやる事だ。

 そして、あの一刀で分かった。彼女は確実に殺す気だ。気を抜いたら死ぬ。確実にコアを貫かれて、そのまま爆発し、今度こそ死んでしまう。そんなのは嫌だ、認めたくない、認めない。

 両手にトンファーを構え、足のピックを収納する。何合か防いで、隙を見てビヨンドホープを格納庫へと戻す。そして、咲耶を話を聞く。これしかない。再び斬りかかってくる草薙ノ剣の天羽々斬を半身をずらして避け、腕に向かって刃を仕舞ったトンファーで思いっきり叩く。その一撃でアスファルトに天羽々斬を地面に埋める。そしてトンファーで顎を下から殴り飛ばす。しかし、それでは咲耶は倒れない。痛覚が無いデウスマキナだからこそ、地面に痛みを介さずピックを地面に埋めて地面に留まる。そして、留まった所ですぐにピックを抜いてビヨンドホープを殴り飛ばす。

 響く衝撃、有希が悲鳴を上げながらも何とか耐える。だが、まだ咲耶の攻撃は終わらない。咲耶は両腰の小刀を握り、一気にビヨンドホープの懐に入り込んで抜刀と同時にビヨンドホープを切り飛ばす。

 

「きゃあああああ!!?」

 

 鳴り響くアラート。ビヨンドホープの装甲が切り裂かれ若干の放電をする。しかし、ビヨンドホープは倒れない。それに、装甲を全て切り裂かれた訳ではない。斬りこみが入っただけ。まだ、まだ耐えれる。

 今初めて実感した、人との命のやり取り。それに息が自然と切れてくるが、ここで大人しく殺される訳にはいかない。

 

「……まだ、目的が果たされていないのに、死ぬわけには……」

 

 頭が冴える。自我が薄くなる。意識が消えていく。ここで成すことは目の前の裏切り者を殺す事のみ。あの裏切り者を殺してあの兵器を全て破壊しない限りは……

 

『そこまでです、咲耶君!!』

「うぇ!!?」

 

 いきなりのジョンの叫び声にビックリとした。何だか、意識が一気に現実に持ってこられる。少しボーっとしていたみたいだと気が付いた時には、草薙ノ剣がまるで強制停止させられたかのように動きを止めていた。

 

『こちらの強制停止プログラムを作動させました。咲耶君、今すぐ草薙ノ剣から降りて本部に戻ってきなさい。これは命令です』

『ですが……』

『咲耶君ッ!!』

『ッ……わかり、ました』

 

 ジョンの言葉に咲耶は重々しく頷いて草薙ノ剣を本部へ戻し、そのままビヨンドホープを一度睨むとビヨンドホープに背中を向けて走っていった。

 有希も息を整えてからビヨンドホープを降りて地面に降りた所でへたり込んだ。長時間とは言わない物の、確かな殺気を感じ続け、刀を向けられ、生身なら確実に死ぬとは言わない物の、病院送りにはされる一刀を受けたのだ。極度の緊張と実戦という、人と人との命の奪い合い。それはつい数時間前まで一般人だった有希には荷が重すぎた。

 今でも心臓の鼓動が五月蠅い。そして改めて感じるのは生きているという実感。そして恐怖。殺し合い、武器を持つという事に対する恐怖。死を、自らの手で与え、、相手の意思だけで殺されるという新たな理不尽。

 動悸を収めようと胸に手を当てて深呼吸をしていると、遠くから車の音が聞こえてくる。後ろから聞こえてくるのが分かり、振り返ればそこにはラーメン屋まで乗ってきた黒塗りの車が。その助手席には大事な親友が乗っているのが分かった。

 抜けてしまった腰は戻らず、有希はその車が自分から少し離れた所で止まるのを座ったまま見ているしかなかった。急ブレーキの音が響き、ドアが開いて真っ先に飛び出してきたのは親友の朱里だった。

 

「有希!!」

「あ、朱里……」

 

 名前を叫んで飛び出した朱里はそのまま有希に抱き着いた。有希という存在を確認して逃がさないようにと力強く行われる抱擁は朱里にも、有希にも命という物を実感させた。

 

「無事でよかった……よかったよぉ……」

「ごめんね、朱里……ごめんねぇ……」

 

 抱き合いながら泣きあい、二人が一緒に生きていることを確信しあう。最早友情ではなく、家族愛という物にも近くなっている二人の心はお互いが生きてこうしてまた会えている事を喜び合い、先ほどの殺し合いの恐怖を共感しあった。

 彩芽はそれを見て声をかけることなく、二人だけの時間を作って見守っていた。しかし、その内心は微笑んでいる表情とは打って変わって怒りが満ちていた。それは、同じ組織に属する仲間、咲耶への怒りであった。

 

「咲耶ちゃんには、きつくお話ししないとね」

 

 小さく紡がれたその言葉。しかし、それは有希と朱里には聞こえる事はなく、辺り一帯の封鎖が完了したという知らせ、そして咲耶が本部に帰還したという知らせを聞き、暫くはこのまま見守っておこうと二人を見守る事に意識を切り替え、泣きあう二人をただ、見守っていた。

 そして場所は打って変わって、特殊害獣駆除科の本部。その指令室ではジョンと源十郎の二人が怒り心頭の表情で今回の問題を引き起こした張本人、咲耶を見ていた。常人なら泣いて謝る気迫の二人を目の前に咲耶は逆に怒り心頭の様子で反抗の表情を見ていた。

 

「咲耶君。君が反省していたならお小言だけで済まそうと思っていましたが……君は何をしでかしたのか、分かっているのですか?」

「……」

「いいか、お前はな、つい数時間前まで何の力も持たない一般人だった少女にその剣先を向け、振るったんだぞ。それが分かっているのか」

 

 ジョンと源十郎は咲耶を責め立てる気は本当は無かった。きっと、咲耶は気の迷いで草薙ノ剣を使ったのだろう。それなら、まだ説教だけで済まそうとしていたが、彼女は反省なんてしていなかった。いや、反省どころか、何で自分がこう呼び出されたのか、それすらわかっている様子ではなかった。

 

「元々はあの子がビヨンドホープに乗っていたのが原因です。私は遥のビヨンドホープを取り戻そうとしただけです」

「いいえ、遥君のビヨンドホープは既にこの世には存在しません。あるのは有希君に呼び出された新たなデウスマキナ、ビヨンドホープだけです」

「違う!ビヨンドホープは遥の物だ!それに、遥は死んだのにあの子は爆発に巻き込まれて生きている!そんなの可笑しいじゃないですか!あんな子よりも、遥が生きていた方が――」

「咲耶君!!それ以上は許しませんよ!!」

 

 咲耶の言葉をジョンが無理矢理掻き消した。それ以上は、何があっても言わせないと。その意思を込めて。

 

「ッ……」

「君にとって遥君が大切な人だと言うのは知っています。しかし、彼女は命を懸けて東雲君を守った。彼女は全身火傷に体の炭化という何時死んでも可笑しくない状況でしたが、遥君の命を懸けた最後を無駄にしなかった。守られたのです。けれど、君はそれを力尽くで水泡にしようとしたのですよ?それが分かっているのですか?」

「それは……」

「お前の行動を遥は喜ぶと思うのか?いや、喜ばないな。それに、東雲にだって、東雲が死んだら悲しむ人が居る。お前のように取り乱して自殺までしようとする奴だっているんだぞ」

 

 ジョンと源十郎の言葉に咲耶は何も言い返せなかった。

 咲耶のやろうとした事は、かつてのビヨンドホープのパイロット、遥の、最後に成し遂げようとした、たった一人の少女を守り切り、助けるという思いを無駄にするという事。そして、咲耶と同じ悲しみと喪失感を誰かに与えるという事。草薙ノ剣を悪を断つ正義の剣と信じる彼女には、その行動を改めて問われれば、正義の剣が悪に堕ちたとしか考えられなかった。

 

「それに、ビヨンドホープはあの時、破壊されました。あのビヨンドホープは似て非なる物です」

「そ、そんな事……」

「それは本当だ。咲耶、これを見ろ」

 

 源十郎がオペレーターの一人に視線を向け、あれを出せ。と言外に伝えた。それを感じ取ったオペレーター、深海純一郎はすぐに目的の物を指令室前方の大きなモニターに展開した。

 それを見た咲耶は驚愕に顔色を染めた。それには、確かに遥が彼女を守り通した跡、そして、有希の呼び出したビヨンドホープが遥の乗っていたビヨンドホープでは無いという証拠が映しだされていた。

 

「こ、こんなの……有り得ないわ……」

「しかし、事実だ。彼女は、遥と、遥のビヨンドホープがその命を懸けて守り通し、彼女に全てを託されたんだ。東雲は、遥とビヨンドホープが生きて戦った証そのものだ」

 

 咲耶の親友、遥の言葉。それを咲耶は覚えている。忘れるわけがない、忘れない。

 

「私は、ビヨンドホープと一緒に、私みたいなズヴェーリのせいで起こった悲劇で悲しむ人を無くしたい」

 

 何度も、何度も咲耶に言っていたその目的。その最後は、死ぬ間際にも逃げ出す事無く守るために手を尽くしていた。そして起こった爆発。それと同時に起こった奇跡。彼女の信念が起こした奇跡。有希がその結晶だという事は、このデータが物語っていた。

 

「東雲君は遥君の命を引き継ぎ、ビヨンドホープは新たな力を東雲君に託した。これでも、東雲君が憎くて憎くて殺したいですか?」

「……」

「遥君の最後の奇跡を水泡にしたいのなら、してみればいいでしょう。しかし、私たちはそれをどんな手を使ってでも阻止しますよ。彼女は、遥君の起こした奇跡そのものなんですから。彼女の生きた意味そのものなんですから」

 

 咲耶はその言葉を受けて、何も言わずに指令室から立ち去った。

 丁度そこに有希と朱里を送り届けてきた彩芽が怒り心頭で戻ってきた。しかし、咲耶とすれ違った所で、その表所は呆気にとられたような物に変わっていた。何で?と疑問に思った目で指令室の方に視線を向ければ、そこには咲耶に見せていたデータがまだ映し出されていた。

 それを見て、彩芽は全てを察したように頷いて、咲耶を追う事は無かった。その表情は先ほどまでの怒り心頭ではなく、咲耶を信じているような表情だった。




咲耶の方にも色々とあるわけです


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Chapter1.7

ここでChapter1は半分くらいです


 目が覚めると、目の前には親友の顔が、有希の顔があった。年齢よりも少し幼げに見えるその表情は朱里にとってとても愛しいものであり、守りたいものでもあった。

 彼女の顔を見るだけで朱里は今日も一日頑張っていこうと思える。朱里にとって、有希という存在は朱里という存在を確立するのに必要な物。必要な人物だ。そんな彼女が自分の手が届く場所に居て、一緒に寝てくれている。それが何よりも嬉しかった。

 昨日は大変だった。ズヴェーリに襲われて、有希と一緒に戦って、有希と変な場所に連れていかれて、有希が一人で戦って、そしたら有希が殺し合いに無理矢理参加させられて。だけど、何とか生き残って、帰ってきて。それからは二人で一緒にお風呂に入ってそのまま寝てしまった。だけど、一緒に寝たことが、一緒に生きているという実感にもなって嬉しかった。

 朱里はかなり名残惜しく思う物の起き上がって時計を見た。時刻は朝の八時。平日のこんな時間に起きれば二人して大慌てしてしまうが、今日は十時に彩芽が迎えに来る。なので、学校は休み。ゆっくりとこのまま寝ていたい所だが、そうも言ってはいられない。有希から離れてベッドから降りて伸びを一つ。目を擦って眠気を少し払った所で着替え、朱里専用のエプロンを着けて朝食を作り始める。今日は昨日の疲れも取れていないため、かなり適当に、昨日の内に焚いておいた米と味噌汁、そして目玉焼きだ。

 油の上で音を鳴らしながら焼けていく卵。いい音が鳴り響き、たまにしか使う事がないインスタントの味噌汁を取り出して器に中身を準備しておいて放置。目玉焼きが完成したところで味噌汁を完成させて米を茶碗に盛って目玉焼きを皿に乗せて机に運ぶ。

 カウンターからテーブルに移動したところで、有希が丁度起きてきた。欠伸をして目を擦りながら、着替えるのも忘れて歩いてきた。

 

「おはよ、有希」

「おはよー……」

 

 朱里よりも遥かに疲れていたであろう有希は、同じ時間に就寝した朱里よりも遥かに眠そうだ。その証拠にか、有希は何時も持ってくることがない枕を抱えていた。

 寝ぼけているというか、習慣で無理矢理起きたという感じが今の有希の大半を占めていた。朱里はそんな有希を笑いながら椅子に座らせて枕を回収してベッドに戻してきてから、船を漕いでいる有希の肩を一回叩いてから有希の対面の椅子に座る。しかし、有希はやはり、かなり眠そうだ。

 

「有希、ごはん食べたらもう一回寝ようか」

「うん……」

 

 やはり、かなり眠いのだろう。有希は朱里が声をかけても上の空のまま。朱里はそんな有希を笑いながらいただきます。と言って朝食を食べ始めた。有希もそれに釣られて朝食を食べ始めた。しかし、やはり会話は無く無言のまま。船を漕ぎながら朝食を食べている。

 これはまた彼女が朝食後の眠りから覚めたらごはん頂戴というパターンだろう。そんな船を漕ぐ有希を笑いながら食べる朝食は少しも寂しくは感じなくて、愛おしく感じた。

 開いた窓から鳥のさえずりが聞こえてくる。今日はその鳥の声を聞きながら、会話することなく朝食を食べよう。朱里は有希よりも少し早く朝食を食べ終え、有希が食べ終えた所で有希をベッドに案内して寝かせてから朱里は一人、流しで皿洗いをした後にコーヒーを甘めに淹れ、本棚から本を取り出すと、コーヒーを飲みながら椅子に座って読み始めた。

 元々は文学少女の朱里の趣味は読書。こうやって一人の時はよく読書をしている。が、最近は余り本を読めていない。今読んでいる物も、一年近く前に買って積んであった本だ。やはり、有希と居る時はずっと色んなことを話しているため、本はこういった暇な時間でしか読めない。

 何時の間にかコーヒーを飲み終えて本のページを捲っていると、インターホンが鳴った。誰かな?そう思うい、本に栞を挟んでマグカップを流しに置いてから玄関のドアを開けると、そこに立っていたのは彩芽だった。

 

「あ、あれ?服部さん?」

「おはよう、錦ちゃん。準備は出来ているかしら?」

「じゅ、準備って……あっ!!」

 

 朱里が改めてスマホで時間を確認すると、時間は十時ピッタリ。何時の間にか約束の時間になってしまっていたようだ。彩芽は特に気にした様子もなく、表の車で待っているわね、と言うとドアから離れてそのまま下の階に行ってしまった。

 すぐに朱里はドアを閉めて有希の寝る寝室に飛び込んだ。

 

「有希!もう時間だよ!」

「うぅん……なぁに?」

「時間!今十時!!」

「十時……十時!!?」

 

 時間を聞いて有希が飛び起きた。いけない、約束の時間に送れた、有希が何で起こしてくれなかったのと言いながら着替え、それに朱里も色々と準備しながらごめんねと言っている。

 ぎゃーぎゃーと二人しかいないのに姦しい状態になりながらも何とか十分以内に髪の毛も梳いて寝癖を直して顔も洗って服も着替えて。そして二人で慌てながらも部屋を出て、急いで階段から降りて彩芽の乗っている車の元まで走った。あ、早かったのねと缶コーヒーを飲みながら待っていた彩芽は、一気にコーヒーを飲みほしてさぁ、乗ってと言った。有希はふと、あの缶コーヒー、ここら辺の自販機に売ってたかなと疑問に思ったが、すぐに朱里と一緒に乗り込んだ。

 そして、車が動いて学校へ向けて走り出す。暫しの無言で車は動き、徒歩の距離を車は数分で移動し、再びあのエレベーターから地下へと降りていく。しかし、その中で有希ははしゃかず、かなりガチガチになっている。

 彼女の中の心は、きっとここの地下にいるであろう咲耶に対しての恐怖心で満ちていた。当然だ。昨日、殺されかけたばかりなのだから。しかし、有希の恐怖心など知らずにエレベーターは降りていき、そして止まる。

 彩芽が降り、それに引き続いて有希達も降りると、少し遠くからバイクの音が聞こえてきた。何でこんな所にバイクが?そう思い、音のした方を見れば、有希達と同じ学校の制服と、その上から長袖のコートを羽織った女性が、いや、咲耶がバイクに乗って迫ってきていた。

 轢き殺される!!?体が思わず硬直した時、それとほぼ同時にバイクは緩やかとブレーキがかけられ、有希から数歩前でバイクが止まった。そして、バイクから降りてヘルメットを外した咲耶の目は、昨日のような殺意に塗れたギラギラとした目ではなく、何か、守るべき対象を見る様な、優しい目だった。思わずポカンとする有希と朱里。彩芽までその変わりようにポカンとしている。

 バイクのハンドルにヘルメットをかけた咲耶は有希の前まで行くと、いきなり頭を下げた。その様子に有希は再び放心した。

 

「昨日はごめんなさい。東雲さん、貴女は助けられただけなのに、私は一時の激情に駆られてあんな事をしてしまったわ」

 

 昨日とは百八十度も違う言葉に有希も朱里も彩芽も開いた口が塞がらない。

 しかし、何故だろうか。咲耶からは何処か歪な感情を感じてしまう。その理由が分からず、三人は口が開いたまま、何もすることが出来なかった。

 

「東雲さん。貴女は遥が命を張って守った物の結晶……だから、貴女は私が守るわ。遥の守った物は、絶対に壊させやしないわ」

 

 その言葉に有希と朱里はまだ開いた口が塞がらない。朱里の口が塞がらない理由は、ただ単に有希を殺しにかかってきた人の台詞とは思えなかったからだ。しかし、有希は違った。

 彼女からは何か普通の人からは感じられない変な物を感じた。長年見世物を見る様な目で見られてきた有希だからこそ分かる。彼女の瞳から感じ取れる物は、狂気を孕んだような何かだと。確信はないが、そう感じた。

 

「咲耶ちゃん……あなた、やっぱり遥ちゃんの事が……」

 

 彩芽はそれに気が付いているのか、咲耶に声をかけたが、咲耶は彼女の言葉を冴えぎた。

 

「遥は私の全てでもありました……だから、遥の守った物は私が引き継いで守ります。それが、この剣のある意味です」

 

 その言葉で彩芽の中の推測は確信に変わった。しかし、彼女には咲耶をどうこう言う事は出来なかった。彼女を正気に戻せる言葉が見つからなかったからだ。

 もし遥の名前を出したとしても、彼女は止まらない。偶像の遥の言葉を信じ切ってしまっているから。或いは激昂して何をしでかすか分からない。

 

「咲耶ちゃん……死者に思いを馳せ過ぎたら、死に呑まれるわよ。私はあなたのような人を何度も見てきたわ」

「別にいいです。死んだら遥に会えますから」

 

 咲耶の言葉の節々から感じられた狂気を有希は察していた。しかし、何もいう事が出来なかった。

 

「……咲耶ちゃんはそんなに悪い子じゃないのよ。ちょっと……あの、コミュ二ケーションが致命的なだけで」

「そ、そうなんですか……あと、遥さんって、一体……」

 

 咲耶の言葉の端々から出てきた咲耶という名前。それが気になり、有希は遥という人物について聞こうとしたが、それを彩芽は遮った。

 

「それに関しても、あっちで聞いてくれたら話すわ。着いてきて」

 

 有希は少し納得は出来なかったが、それでも纏めて話してくれるのなら、と彩芽の言葉に従って先を歩いていく彩芽の後を歩いていく。昨日と同じような道を歩いて、道中ですれ違った職員の人と挨拶しながら歩くこと数分。有希と朱里はとある部屋の前についた。




咲耶の情緒が不安定過ぎるなぁと


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Chapter1.8

説明回


 部屋に入ると、中はかなり広く、扉とは反対方面の壁には巨大なスクリーンがあり、そこには小難しい情報が羅列されており、正しくここが本拠地だと言わんばかりの雰囲気があった。

 扉の上に貼ってあるパネルには、指令室と無機質な文字が書いてあり、結構親切だった。中ではジョンが一人、扉からかなり近い所にあるデスクの椅子に座っていた。同じ高さに他のデスクが無いのを見るに、やはりジョンの立場はかなり上の方なのだと分かった。そんなジョンは二人の視線に気が付いたのか、振り返り、二人を確認すると立ち上がった。

 

「おや、来ましたね」

「あ、はい……その、遅れてごめんなさい」

「いいんですよ。ここはズヴェーリが出ない限りはそこまで厳しくありませんから」

 

 ジョンの言葉を聞いて、下の方を見下ろすと、そこでは二人のインカムを着けた職員の二人が携帯を見たり本を読んだり、結構リラックスして座っていた。

 確かに、そこまで厳しくなく、結構楽な職場のようだ。確かにすれ違った職員たちは皆、そこまで疲労が溜まったような表情はしていなかった。

 

「さて……東雲君。まず、君には一つ聞いておかないといけない事があります」

「聞かなきゃならない事?」

 

 ジョンの問 部屋に入ると、中はかなり広く、扉とは反対方面の壁には巨大なスクリーンがあり、そこには小難しい情報が羅列されており、正しくここが本拠地だと言わんばかりの雰囲気があった。

 扉の上に貼ってあるパネルには、指令室と無機質な文字が書いてあり、結構親切だった。中ではジョンが一人、扉からかなり近い所にあるデスクの椅子に座っていた。同じ高さに他のデスクが無いのを見るに、やはりジョンの立場はかなり上の方なのだと分かった。そんなジョンは二人の視線に気が付いたのか、振り返り、二人を確認すると立ち上がった。

 

「おや、来ましたね」

「あ、はい……その、遅れてごめんなさい」

「いいんですよ。ここはズヴェーリが出ない限りはそこまで厳しくありませんから」

 

 ジョンの言葉を聞いて、下の方を見下ろすと、そこでは二人のインカムを着けた職員の二人が携帯を見たり本を読んだり、結構リラックスして座っていた。

 確かに、そこまで厳しくなく、結構楽な職場のようだ。確かにすれ違った職員たちは皆、そこまで疲労が溜まったような表情はしていなかった。

 

「さて……東雲君。まず、君には一つ聞いておかないといけない事があります」

「聞かなきゃならない事?」

 

 ジョンの問いをおうむ返しで有希は確認する。ジョンはその言葉を聞いて一回頷いた。

 ジョンは一泊置いて本命の質問を口にした。

 

「デウスマキナでズヴェーリと戦う事。それは、自らの命を散らせる可能性が大いにある事です。君は、命を懸けて戦う意思は、決意はありますか?」

 

 ジョンの問いは、至極真っ当な物であり、一番必要な物であった。

 有希は昨日、二度も感じた。ズヴェーリとの命のやりとりを。二度目はジョン達の不手際故に起こってしまった戦いではあったが、それでも有希に戦いは命を失う恐れのある物だという物を肝に銘じさせるには十分な物だった。

 

「……無い、って言ったら」

「その時は、デウスマキナの事は口外しない事を約束してもらって、何時もの日常に戻ってもらいます」

「あ、結構優しいんですね」

「まぁ、本人がやりたくないと言っているんです。私たちはその意思を尊重しますよ」

 

 ジョンの言葉に有希は安心し、確信した。この人たちなら、信用できると。この人達の指示ならきっと、非道な事を命令はしないだろうと。

 

「……戦います。ビヨンドホープと一緒に、朱里を守るために!」

「有希……」

「……わかりました。しかし、東雲君の行動や精神状態次第ではビヨンドホープから降りてもらう可能性もあります。それは了承しておいてください」

「はい!」

 

 その心に恐怖は無かった。ただ、あるのは親友である朱里を守るという心のみ。三年前のあの時から朱里にはいつも助けてもらっていた。だから、今度は朱里を助ける側に回りたい。誰にも真似出来ない、ビヨンドホープに乗るという行為で朱里を守りたい。

 その意思をジョンはしっかりと受け止めた。しっかりと警告はした。なら、後はこちらが最善を尽くしていくだけだ。

 ジョンは有希の言葉に頷いて、ここからが本番だと言わんばかりに、咳払いをした。

 

「では、東雲君がビヨンドホープのパイロットになる事を了承した所で、まずは、ズヴェーリの事について、お話ししましょうか」

「な、何でズヴェーリの事を?」

「世間一般に与えられているズヴェーリの情報は、私たちの持つ情報とは違います」

 

 ジョンの言葉に有希と朱里は首を傾げた。

 まず、世間一般に与えられているズヴェーリの情報というのは、不定形の未確認生命体だという事。その正体は不明、どこから発生したのかも不明、ただ、人間を襲っているため、相手に意思疎通の意思はないという事。

 完全なるUMA。それがズヴェーリという生き物だ。

 しかし、本当は違う。ジョンは有希達の前でそう言い切った。ジョンはオペレーター二人に視線を送って打ち合わせしていた物をモニターに出させた。それは、かなり古い映像であり、場所は分からないが、荒野だと分かった。

 

「こ、これは?」

「この地球上で初めて、ズヴェーリが出現した瞬間です」

 

 その言葉を聞いて有希と朱里が息を呑んだ。

 世界で初めてズヴェーリが出現した映像。それは、有希達の、教科書で習った記憶では第二次世界大戦終了直後の、ズヴェーリによって滅んだ中国から始まった。それを思い出してから右下にある数字を見ると、それは確かに第二次世界大戦終了から一年しか経っていない時を示していた。

 何でこんな映像が。そもそも、ズヴェーリはどこから生まれたのか、何を目的に行動しているのか、全てが不明の筈。有希達の困惑を解消することなく、ジョンは再び口を開いた。

 

「この映像の地は、かつて中国として存在した、今はもうズヴェーリの大量発生地域として人の住めなくなった土地での出来事です。それでは、再生を」

 

 ジョンの言葉にオペレーターの二人がパソコンを操作して映像を再生する。

 そして流れた映像では、最近では余り耳にしない、中国語に似ている言葉が流れ、カメラの視点が移動して後ろを向いた。

 そこには、巨大な岩が荒野の中心であろうクレーターの中に存在し、そこを中心に何人もの人が世話しなく動いていた。

 

「こ、これは……?」

「この映像から一か月前に飛来した、隕石です」

 

 隕石。直径数十メートル、いや、数百メートルはありそうなあの石が。あんな物が落ちたら被害は尋常では無い事は有希達でもわかる。その意見を補完するようにジョンは有希達に説明を始めた。とはいっても、簡単に、だが。

 まず、あの隕石が落ちたとき、世界中で地震を観測した。その大きさは、東京タワーやスカイツリー並みに大きく、それの地球への直撃は、中国一帯に甚大な被害をもたらしたと思われた。しかし、隕石の被害にあったのは、隕石から数キロ程度が荒野になったのみ。そのため、全世界の科学者が研究を申し出たが、中国はそれを独占。以後、中国が隕石の研究を行った。

 これは、それから一か月後の隕石を記録した映像。そして、ズヴェーリの謎の一つを紐解く映像として、各国で国家機密レベルのプロテクトがかけられた映像だという。

 翻訳も無く、中国語と隕石が延々と流れる映像。若干朱里は退屈に思えてきたが、有希は違った。

 何か、見過ごせない。あれをしっかりと記憶に留めておけと心の中の何かが叫んでいるようにも思えた。

 そして、数分後。映像に異変が起こった。

 

「あ、あれは……」

「き、きもちわる……」

 

 隕石から、いきなり、白黒で分かりにくいが、粘着性のある液体が染み出し、地面に粘液の水たまりのような物を作り始めた。それを見た研究者達は急いで避難し、クレーターの中から抜け出した。

 そして、粘液がクレーターの半分くらいまで溜まった所で、更なる異変が起きた。粘液がいきなり動き始めて形を作り上げ始めた。その粘液は段々と膨れ上がるように立ち上がっていき、腕を二本、足を二本形成。そして、頭を思われる部分を作り、その中には赤い球体が浮かんだ。

 ズヴェーリだ。それも、世界初の、人型ズヴェーリ。有希と朱里はそれを見て一瞬、息をする事すら忘れていた。

 急にガチャガチャと動くカメラ。そして、ズヴェーリがカメラの方に歩き始めた所でカメラの映像は途切れた。これが、カメラが壊れたのか、それとも撮影していた人が撮影を止めて逃げたのかは分からないが、それでもあの映像は、ズヴェーリの、どこから来たのかという謎を一つ解明してみせた。

 

「あれが、ズヴェーリ……宇宙から来た、人類の天敵、本能のままに動く宇宙の獣がこの地球に初めて産まれた瞬間です」

 

 いきなり告げられた真実に有希と朱里は硬直した。

 何もかもが不明なズヴェーリ。その中で分かっているのは人類の天敵である事だけ。そうやって何度も教えられてきたのに、その全てが無駄になったような気がした。が、そんな物はどうでもいい。一番驚いたのはズヴェーリが地球ではなくこことは違う星、もしくは隕石の中から生まれたという事。

 じゃあ、何でズヴェーリは人間を襲うのか。それをジョンに聞いてもジョンは首を横に振るだけ。どうやら、ここはまだ分からない事らしい。

 何だか頭が痛くなりそうだった。昨日今日と色んな事を知りすぎたせいで、色んな事の当事者だったり被害者だったりになってしまったせいで頭の許容できる範囲をとうに超えてしまいそうだった。が、ジョンはそれでも止めない。彼としても、なるべく早くにこちらの出せる情報については知っておいてほしかった。出せる情報を出さずにわだかまりがこの後作られるくらいなら、今の内に話しておきたかった。

 

「すみません、まだ話は始まったばかりでして……この話が終わったら、後で駅前に出来た高級スイーツ店で好きなだけ奢りましょう。この下に居る深海君と原田君が」

「「ちょっ!!?」」

 

 いきなりのジョンの無茶振りに下に居たオペレーター二人、深海と原田が抗議の声をあげる。しかし、その前に年頃の女の子二人は目を輝かせてびしっと姿勢を正した。

 下のオペレーターはぶブーイングを飛ばすが、ジョンは聞いていない。が、彩芽がすぐ近くまで行き、後で特別手当は幾らか出すからというと、二人は渋々だが了承した。少しは手当が出るのなら、と言った感じだが、それでもきっと、財布は多少なりとも薄くなるだろうと思うと二人は何でか泣けてきた。

 そんな二人を会話から省いてジョンは話を続ける。

 

「では、次にズヴェーリの種類からいきましょうか。これは、東雲君には必要不可欠な情報です」

「え?ズヴェーリって人型しかいないんじゃ……」

「いえ、あまり数がいないのでそこまで知名度はありませんが、ズヴェーリには三種類あります。それが、これです」

 

 ジョンの言葉に合わせて深海と原田は給料分の仕事としてスクリーンに画像を映し出す。

 そこには、大量のズヴェーリに混ざる、青色の戦車のような物と、空を飛行する青色の戦闘機のような何かが写しだされていた。二つとも画質は荒い物の、それは二人の目には、変形を遂げたとしか言えないようなズヴェーリに見えた。まさか、とジョンと視線を合わせれば、ジョンは頷いた。

 

「私たちはこれを、戦車型ズヴェーリ、戦闘機型ズヴェーリと呼び、従来の人型を人型ズヴェーリと呼んでいます」

「戦車型に戦闘機型……」

「戦車型ズヴェーリは一か月に一度の大進行の時に現れます。それ以外では一回か二回出てきた程度でしょうか。そして、戦闘機型ズヴェーリは奴らが本土に上陸する際にこれに変形してから訪れます。戦闘機型で移動し、人型になって地面に降り立つといった感じです」

「あ、だからあんな内陸にピンポイントで……」

「そういう事です」

 

 ズヴェーリはよく、内陸だろうが関係なく現れる。有希達一般人はそれを地面から、もしくは空で湧いたとでも勝手に思っていたが、本当はあの隕石の所で戦闘機型に変形してからここまで飛んできている。それが分かり、今度は先ほどの恐怖のような感情ではなく、一つ謎が解けてすっきりしたと言った感情が沸いてきた。

 

「実は、空を飛んでいるデウスマキナは、それを未然に迎撃する目的もあって飛んでいるんですよ。最も、デウスマキナは二機とも近接武装しかなかったので、今まで成功はしませんでしたが……」

「え?でも、ビヨンドホープにはミサイルがありましたよ?」

「では、そこに関して今度は話しましょうか。ズヴェーリに関しては、後はコアが赤い球体、程度しか分かっていませんので」

 

 それはこの間聞いたし、別にいっか。と有希と朱里は見合って頷く。と、丁度そこで彩芽が椅子をどこからか持ってきた。二人に、疲れるから座って。と言って座らせ、先ほどまで立って話していたジョンも椅子に座った。やはり、椅子がある方が長時間の話は楽だ。

 ジョンはさて、次はお待ちかねのデウスマキナについて話しましょうか。と言ってから深海と原田に伝えてスクリーンにとある一枚の写真を写した。そこには、三機のデウスマキナが、昨日見た格納庫とは違う格納庫で整備されていた。

 赤のデウスマキナ、草薙ノ剣。白と青のデウスマキナ、ビヨンドホープ。そして、黒いデウスマキナ。

 

「あれ?ビヨンドホープ、何だか細い……?」

 

 その写真の中で何かに気が付いたのは有希だった。

 自分の乗機であるビヨンドホープは、自分の記憶しているビヨンドホープよりも少し細身のように見えた。ジョンは有希の言葉を一旦置いておいて、まずはデウスマキナの事について話しましょうと言い、次の写真を出すように伝えた。

 そこに写ったのは、またもや隕石の写真だった。

 

「また隕石……?」

「はい。これは、アメリカにズヴェーリが落ちてきた数か月後に落ちてきた、デウスマキナのコアが発見された隕石です」

「「えっ!?」」

 

 有希と朱里の驚愕の言葉が重なる。元々、デウスマキナとは、各国がズヴェーリの脅威を排除するために一から作ったスーパーロボットの筈。

 二人の疑問の尽きないような顔にジョンはまぁ、お二人の持つ知識の殆どは情報規制の中で都合よく捻じ曲げられて伝えられた情報だと言うと、二人の顔はなんだかゲンナリしているようにも見えた。しかし、ジョンは話を止めることなく続ける。

 

「デウスマキナは第二次世界大戦から十年後に完成しました。ですが、そのコアは隕石から回収された物で、純地球産ではありません。もっと言えば、デウスマキナの全身のパーツの設計図も、召喚機も、そのコアの中に入っていたデータの中から使えそうなものを拾い集めた物です」

 

 設計図は私達にも公開されていませんので、召喚機だけの公開となりますが、とジョンは草薙ノ剣の、小さな刀を象った物が付いたネックレスの画像を見せた。これが、咲耶が言っていた召喚機だろう。

 

「そ、そうだったんですか……」

「だから、私たちは名付けたのです。神が人に与えた機械仕掛けの神の化身、デウスマキナと」

 

 まぁ、誕生秘話に関してはこの程度ですね、とジョンは咳払いしてから、次はデウスマキナの歴史について話しましょうと言い、再びスクリーンは変わり、今度は少し古めの、黒いデウスマキナとズヴェーリの戦う写真が写し出された。

 

「この黒いデウスマキナの名前は、当時はありませんでした。このデウスマキナが動いていた当初、動けたデウスマキナはこの一機だけでしたから」

「でも、このデウスマキナ、昨日格納庫を見た時はありませんでしたよね?何でなんですか?」

「……盗まれたのですよ。このデウスマキナは」

「ぬ、盗まれたぁ!!?」

「あ、あの大きなロボットが、ですか!!?」

「はい。今から三年ほど前でしょうか……黒いデウスマキナのパイロットが事故で亡くなってから七年程が経った頃です」

「あの、なんか凄い黒い話が出てきた気がしたんですけど……」

「彼女は交通事故で運悪く亡くなってしまっただけですから、大丈夫ですよ。実験とかで死んだ、とかじゃありませんよ」

 

 とは言ったが、ジョンの顔は余り気分の良さそうな物ではなかった。やはり、仲間が死んでしまうというのはどうしようもなく悔しくて悲しい事なのだろう。

 

「この黒いデウスマキナは唯一パイロットを複数選んだデウスマキナでした。大体、パイロットが二十台後半に入ると動かなくなるので、その度にパイロットの選抜を行ってました。当時の黒いデウスマキナのパイロットが亡くなる数か月前に東雲君の前任である、遥君がやってきました。彼女はその数か月後にやってきた咲耶君と共に戦い、パイロットが居なくなった黒いデウスマキナは整備されるだけに留まってました。そして、遥君が死んだ三年前、私たちは黒いデウスマキナのパイロットを探しました」

 

 こう、召喚機を持ちながら街の中を歩き回るんですよ。で、適正のある子が近くに来ると光るんですよ。ただ、子供を見ながら歩く様はさながら不審者のようでしたよ、とジョンは面白おかしく説明した。

 

「ただ、その時に召喚機を盗まれましてね……しかも、盗んだ子がどうも、パイロットの適正があったらしく、そのまま何処か分からない場所に召喚されて……」

「えぇ……」

 

 若干警備ザル過ぎないかな?とは思ったが、確かに召喚されたらもう戻ってくるまではこちらからはどうにもできないのだから仕方がないだろう。

 

「まぁ、黒いデウスマキナに関してはまた今度にしましょう。ここからはビヨンドホープに関して説明ですね」

 

 そういったジョンの言葉に応えてオペレーターの二人が画面に写真をうつす。そこには、やはり有希の記憶よりも僅かに細身なビヨンドホープが写し出された。

 

「SRDM-002、デウスマキナ二号機、ビヨンドホープ。対ズヴェーリ戦闘及び災害救助を想定したスーパーロボット。格闘戦を想定した性能と武器を与えられた機体です。武装は、ソードトンファーのみでした」

「ちょ、ちょっと待ってください!武装はソードトンファーのみって……」

 

 その言葉に有希は思わず声を上げた。ジョンは有希の言葉に一つ頷いた。言いたいことは分かる、と言っているようだった。

 

「えぇ。本来、ビヨンドホープの武装は一つだけでした。しかし、今の東雲君の乗っているビヨンドホープはミサイルと火炎放射があります」

「ほ、本来……」

「ビヨンドホープは爆発から三年で、恐らく進化したのでしょう。ズヴェーリに負けないために」

「し、進化って……」

 

 有希の言葉は困惑に満ちていた。朱里に関してはよく分からない情報を詰め込まれすぎてくらくらしてきた所だった。

 有希の困惑を解消するためにジョンはとある一枚の画像をスクリーンに写した。それは、昨日やった診断の結果。医者や専門家では分からないような言葉や図形が書かれた物だった。上の方に東雲有希診断書と書いてあったため、有希の物だと分かったが、逆に言えばそこしか分からないかった。

 

「これは有希君の全身をスキャンした物です。これが、ビヨンドホープの進化に大きく関係していると私達は思っています」

「わ、私が……?」

「そうです。この結果に、体の中に異物があるかどうかのフィルタをかけると……」

 

 ジョンの言葉に再び画像が入れ替わる。その結果図は、左側にある、有希の全身の輪郭だけが描かれた図の、内側の半分以上が真っ赤に染まっていた。

 その意味はよく分からなかったが、朱里は果てしなく嫌な予感を感じた。

 

「こ、これって……」

「……東雲君の全身の半分は、東雲君の物ではありません。内蔵の一部も、肉体の一部も、東雲君が三年前、爆発に巻き込まれた時に、自力では再生不可能となった場所全てが、人間の肉体に限りなく近い何かに入れ替わっています」

 

 ジョンが何を言っているのか、有希には分からなかった。しかし、朱里には断片的にだが、ジョンの言葉が分かった。そして、自分の中で整理して、朱里は自分の考えを口にした。

 

「じゃあ、有希がたった半年であの爆発の傷がなくなって、跡もなくなったのは……」

「そうです。体が代わりの物に入れ替わったからです。そして、それをやったのが――――ビヨンドホープのコアです」

 

 ビヨンドホープのコア。それが、有希の肉体を半分以上入れ替えた犯人だった。

 

「私たちの仮説では、ビヨンドホープが爆発したあの日、コアは砕け、吹き飛びました。しかし、コアは爆発に巻き込まれた東雲君と融合したのです。現に、東雲君の体からは常に小さく、ビヨンドホープのコアの反応が検知されています」

「ゆ、融合って……そんな非科学的な……」

「コアは今でもブラックボックスの塊です。そういう機能もあったのでしょう。そして、コアと融合出来たからこそ、詳細は不明ですが、東雲君は召喚機を用いずともビヨンドホープを召喚できた。そして、ビヨンドホープに関しては東雲君が錦君を守りたいと強く願った時に、融合したコアが何かしらの方法でビヨンドホープを再構成して召喚したと考えられます。何でその際にビヨンドホープが進化していたのか分かりませんが、コアが東雲君と融合した証拠にビヨンドホープの胸部にある筈のコアはよく似た、別の物質で出来ていました……で、話を戻しますと、融合したコアは宿主である東雲君を死なさないためにも、爆破で体の半分以上が使い物にならなくなった東雲君を助けるために、コアが作り出した、人間の肉体とは別の何かで作られた、似て非なる物で置き換えながら治療していったのでしょう。それが、東雲君のあの大怪我がたった半年で完治した真実でしょう」

 

 ジョンの言葉に、有希は何も言えなかった。流石に、十六歳の少女には荷が重い話でしたか。とジョンが今言った真実を伝えるべきではなかったかと若干後悔していると、有希は俯いたまま小さくジョンに聞いた。

 

「……じゃあ、私は人間じゃないってことですか……?」

「そんな事はありません。東雲君は確かにコアと融合した特別な存在です。ですが、人間である事に何も変わりはありません。東雲君を人間を認めない人がいたら、私たちはその人を殴ります。何故なら、東雲君は遥君とビヨンドホープが最後まで意地と根性で守り抜いた人です。そんな人を人間として認めないのは、私達は絶対に許しません」

 

 ジョンは有希の問いを間を置かずに否定した。そんな事はない。有希は人間で間違いないと。

 朱里もそうだよ、と有希に声をかける。有希はその言葉を聞いて――――




次回に続く


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Chapter1.9

前回からの続き


 有希はそのまま俯かせていた顔を上げて――――笑った。

 

「よかった~。なら、朱里と一緒に居られるね!」

「……心配は無用でしたか」

 

 有希の顔は、ショックを受けた顔ではなく、笑顔だった。そこからは、憂いは感じられなかった。

 

「確かに、体の半分は自分の物じゃないっていうのは少しショックでしたけど、それで生きれたのなら私は感謝するべきです。それに、ここ数年、体の異常なんてありませんでしたから、それもコアと融合したお陰なら得したかなって。まぁ、朱里と一緒にいられるなら、そんなの関係ないって言うのが本音なんですけどね」

「ゆ、有希……ちょっと恥ずかしいよ……」

 

 有希の言葉に顔を赤くする朱里。おやおや。とジョンは微笑ましく有希と朱里を見て、彩芽は何だか百合の花が……と呟いている。その中心の有希は、何でビヨンドホープが進化したのかは分かりませんけど、とりあえず分かりました!と馬鹿っぽい事を言って次の説明を!と則した。長年人を見てきたジョンや、職業柄、色んな人を見てきた彩芽は有希の顔色や目から、本当に気にしていないと把握すると、次の説明に移した。

 

「さて、次からは聞きたかったら、といった感じになるのですが……何か質問はありますか?」

「うーん……あ、その……前のビヨンドホープのパイロット……多分、遥、っていう名前なんでしょうけど……その人について聞きたいです」

 

 有希の言葉に先ほどまで明るかった雰囲気が一変する。しかし、これはジョン達には容易に予想出来た物。だが、死者の話というのはどうしても少しは空気は重くなってしまう。有希とて死者の話はなるべく掘り返したくない。しかし、聞かなければならない。これから仲間になり、一緒に戦っていく事になる咲耶が思考回路の中心に置いている、遥という少女の事を。

 暫しの沈黙。そしてジョンが口を開いた。

 

「……三年前、ビヨンドホープと共に亡くなった少女……名前は、白鷺遥と言いました」

 

 白鷺遥。それが有希の前任であり、彼女の命を救おうとその命を張り、散っていった少女の名前だ。

 スクリーンには何も映らない。彼等とて、あまり遥の最期は思い出したくはない。彼女はここが動き出してから初めてデウスマキナと共に死んでしまった少女だ。その死に方は死んでも死にきれないような物だったとジョン達は記憶している。

 

「彼女はかつてズヴェーリの襲撃で両親を失った孤児だったんですよ。彼女はそれから御剣夫妻……咲耶君の両親に引き取られて咲耶君と一緒に姉妹同然に育てられました」

 

 咲耶と共に育てられた。最早その友情は友人や親友を超えて家族のような物だったのだろう。あの咲耶の言葉の端々から感じられた怒気も、今ならば納得できる気がする。

 少し納得したような表情の有希と朱里を見てジョンは話を続ける。

 

「遥君は両親を殺したズヴェーリを憎んでいました。なので、彼女が十歳になった時に、これが駄目なら後は私達に任せてほしいと言って納得させてから一度だけ、デウスマキナの召喚機を握らせたんですよ。その時に……」

「ビヨンドホープに選ばれた」

「はい。その時の遥君の目は復讐心に燃えていました。この世のズヴェーリを全て駆逐してやると言わんばかりに」

 

 ジョン達としては、遥に諦めさせて、復讐はこっちに全て託してもらい一人の女の子として生きていってもらいたい。そう思っての企みだった。しかし、ジョン達の思惑は外れて遥はビヨンドホープに選ばれた。そして、今まで動くことの無かったビヨンドホープのパイロットとして選ばれた遥は政府から特殊害獣駆除科に入ればズヴェーリの駆除は遥が自分の手で出来ると言われ、迷うことなく特殊害獣駆除科に入った。

 そして、その時に遥がやるのなら私もやると駄々を捏ねて草薙ノ剣の召喚機を握った結果、パイロットに選ばれたのが咲耶だった。言わば、咲耶の始まりは遥だったのだ。

 それから数か月後、パイロットが亡くなった黒いデウスマキナの代わりに遥は戦場に出る事になり、そのまま黒いデウスマキナは盗まれ、遥はそれから八年もの間、自らが名付けたビヨンドホープと共に戦い続けた。しかし、その八年間の間にはいい事もあった。

 遥は八年の間に咲耶と共に戦っていく事で過去を振り切り、もう二度と自分のような、確実に自らの手で晴らすことのできない復讐心に駆られる事が無いように、力ない人々を命尽きるまで守ると誓った。

 そして遥はその命と引き換えに有希を守り抜き、最期は愛機のビヨンドホープと共に散っていった。

 

「彼女はバイクのツーリングが趣味でしてねぇ……十六歳の時に免許は取って十七歳の時には咲耶君を後ろに乗せて色んな所に行っていたのですが……その時に買ってきたお土産や写真を見るのが楽しみでしてねぇ……」

「ジョンさん、話が逸れていますよ」

「おっと、失礼しました。歳を取ると話が長引いてしまいましてね……」

「いえ、話を聞くのは好きですから」

「それに、遥さんの事もよく分かりましたし、大丈夫ですよ」

 

 それならこちらも気が楽です。とジョンは言って一つ咳払いをした。遥の話はこれで終わり。それでは、他に何かありますか?とジョンは聞いた。

 その言葉に有希は首を横に振った。しかし、朱里だけは小さくあの。と声を上げた。有希は何故朱里の方が質問があるのか分からなかったが、ジョンがどうぞ。と聞いた。その言葉に朱里は暫くどうしようかと迷ってからその質問を口にした。

 

「あ、あの……私も有希と一緒にビヨンドホープに乗って戦いたい……んですけど……」

「えぇっ!!?」

「ほう」

 

 朱里の投下した爆弾に有希が声を出して驚き、ジョンも声を漏らす。彩芽は何時の間にか消えてこの場に居ない。有希は驚愕の余り椅子を蹴り倒しながら立ち上がった。

 それに気が付いてか気が付かないでか、朱里はそのままジョンに話し始めた。

 

「その……私も有希と一緒に戦いたいんです!」

「いやいや、朱里、危ないって!」

「それは有希も同じじゃない!」

「真っ当過ぎて言い返せない!」

 

 有希の抗議を一言で両断して再びジョンに再び話を再開する。

 

「有希はその……何処か抜けてる所も幾つかありますし……もし、有希が遥さんみたいな事になっちゃったら、きっと一緒に居なかった事を後悔すると思いますから……だから、私も一緒に戦いたいんです!」

「その気持ちはよく分かります……それに、サブパイロットの方が機体状況をチェックしながらなら、戦いやすくはなります」

「それなら!」

「ただ、それを決めるのは東雲君です。一応、デウスマキナには緊急脱出装置があります。遥君は東雲君を守るために使いませんでしたが……ただ、間に合わない可能性があるのは確かです」

 

 その言葉を聞いてどうにかこうにか朱里を乗せないようにと思考を張り巡らせていた有希はすぐに朱里に反論を開始した。

 

「そうだよ、朱里!だから、朱里は……」

「それで有希が死んじゃったら、私自殺するよ!!?」

「斬新な脅迫は止めてくれないかな!!?」

 

 しかし一瞬で止められた。

 

「でも、私は有希が死んじゃったら自殺するよ。有希が居ない未来なんて、何の価値も無いもん」

「朱里……その言葉は嬉しいけど……朱里は戦う必要はない!」

「そんな事言ったら、東雲君もここで乗りたくないと言えば乗らなくても済むので、戦う必要なんてないんですよ?召喚機も作り直せばいいだけなので」

「まさかの所からの援護射撃!!?」

「最初に言った筈ですが……」

「ぐぬぬぬ……でも、私は朱里に危ない事はしてほしくないんだよ……」

「それは私もだよ。それに、有希も私が一緒に戦えば、有希が負けない限りは私は有希の後ろで守られ続けるんだよ」

 

 確かに、それはそうだ。有希が負ければ、何時かは朱里もズヴェーリに殺される。そして、もし市街地戦になった場合、朱里が避難した場所にたまたま攻撃や瓦礫が落ちたら朱里は死んでしまう。その可能性を完全に排除するには一緒にビヨンドホープに乗せるのが最適解だろう。

 しかし、まだ安全な場所はある。ここ、特殊害獣駆除科だ。ここなら朱里は確実に安全だ。そう思い、口を開いた時にいきなり現れた彩芽が口を開いた。

 

「言っておくけど、この本部も学校が壊されて上にズヴェーリみたいな質量の物が乗ってきたら流石に崩れる可能性はあるわよ?一パーセント未満だけど……」

 

 彩芽の最後の所は有希には聞こえなかった。

 

「何せここも古いですからねぇ……それに、ここを直接ズヴェーリが攻撃してこないという可能性は無いとは言えませんので。最も核にも耐えれますけど……」

 

 ジョンの言葉も、最期の部分だけが聞こえなかった。

 

「ガッデム!!」

 

 そして有希はハメられた。大人ってきたない。

 

「それに、東雲ちゃんが戦うときは確実に近くに錦ちゃんが居るわけだし、もしかしたら召喚した時に押しつぶしちゃうかも……そんな確率一パーセント未満だけど」

 

 更に追い打ちをしていく。こうかはばつぐんだ。

 

「あうあうあうあうあ……」

 

 彩芽、ジョンからの追い打ち。彼らは朱里の言葉を全て肯定している訳ではない。しかし、有希の意地だけで決めて後からそれを選ばずに後悔させるよりも、ここでもしもの可能性を出来る限り提示しておこうと思ったのだが、その結果、朱里の言葉を後押しする事になってしまっている。詐欺まがいな感じだが。

 朱里が有希と共に戦った時のデメリットと言えば、有希が負けたとき、必然的に朱里の命も危険に晒されるという物。そして、それを二人は分かっている。故に、他に言う事と言えば、先ほど言った事で、その結果が朱里の後押しだ。

 

「あーもう、分かったよ!だけど、朱里が危険だって感じたら降りてもらうからね!」

「うん。ありがと、有希」

「こ、今回だけだからね……それに、いつも朱里にはワガママ聞いてもらってるし……」

 

 有希が若干照れながら朱里から目を逸らす。そして朱里は有希に認めてもらった事で笑顔だ。

 有希とて納得はしたくなかったが、一番最初の戦いでの、朱里と共に戦った時の安心感と、これから戦っていく中での事を考えてみたら、朱里も一緒に居た方がいいという結論になっただけだ。と有希は自分の中で言い訳をしている。

 それを知ってか知らないでか、彩芽はその手に持っていた書類一式を有希と朱里に渡した。その書類は特殊害獣駆除科へ所属するに当たっての説明等が書いてある書類とここに所属するために記入用紙だった。

 そこには色々と書いてあったが、有希はその中にズヴェーリを倒した時の報酬等が書いてある欄を見つけて目を見開いた。

 

「えっ……報酬って出るんですか……?」

「えぇ、勿論。ただし、ズヴェーリ一体を討伐する毎に、と言った感じですが」

「いや、その……桁が……」

 

 具体的な桁は言えない物の、毎週一体倒していれば将来、一切働かなくても年金生活まで楽に持っていける程の金額がそこには書かれていた。

 

「一体倒すごとに何人もの人を救っているのですよ。私はこれでも少ない方だと思いますが……」

「いやいやいや!!」

「よかったね、有希。これからはお金持ちだよ」

「錦君、君の書類は確かに東雲君のとは違いますが、ここに所属する事になる上に東雲君と一緒に戦う事になるので東雲君よりは少し少ないですが、お金は入るという事は書いてありますよ」

「えっ」

「ちなみに、高校、もしくは大学卒業したらここで務める事も可能ですよ。公務員扱いですけどね」

「何気に私達、人生の勝ち組コースに足を踏み込んでるよ……命がけだけど……」

 

 二人はアルバイトをする時間は無くなったが、代わりに公務員になる事がほぼ確約され、さらに高校生にしては多すぎるレベルのお小遣いをもらえる事になった。

 有希と朱里はお金の事なんて頭の中には入っていなかったので、まさかの事に開いた口が塞がらなかった。

 

「では、彩芽君に休憩室に案内してもらいますので、そこで今日書ける分は書いておいてください」

 

 ジョンの言葉に従って彩芽が二人を案内するために着いてきて、と声をかける。そして、二人が立ち上がった所でジョンがあぁ、忘れていましたと言って立ち上がった。

 

「ようこそ、特殊害獣駆除科へ。私達は貴女達を仲間として歓迎しましょう。これから、よろしくお願いします。有希君、朱里君」




大人の口車には敵わなかったよ……


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Chapter1.10

前回の続き


「ようこそ、特殊害獣駆除科へ。私達は貴女達を仲間として歓迎しましょう。これから、よろしくお願いします。有希君、朱里君」

 

 その言葉を背に受け部屋を出た有希と朱里は今日中に書ける物だけ書いて残りの書類は持って帰る事になった。

 その時に二人とも財布の中にキャッシュカードを入れておいたため、口座番号は書けたのだが、本部を出てからすぐ口座を確認した結果、確かに仕送りとは明らかに別の金が入っていた。

 具体的には二人の元々入っていた金が倍近くに増えていた。二人はそれを見て仕事が早いなーと現実から目を背ける事しか出来なかった。

 そして、話を聞くのに結構疲れた二人は先ほどのジョンの無茶振りで本当に二人にスイーツを奢る事になった深海と原田と共に駅前に出来た、高級スイーツ店に来ていた。

 

「そ、その……ご馳走になります」

「そんなに申し訳ない顔しなくてもいいんだよ。女の子にこれくらい気前よく奢らないと男として失格だからな」

 

 並んで座る有希と朱里の前には、男と女の、特殊害獣駆除科に所属するオペレーター、深海純一郎と原田智美が座っている。

 その内の男、深海の言葉に原田は怪訝な目で深海を睨んでいた。

 

「好印象与えてモテようとしても無駄よ?」

「いや、そんな事考えてないから……って、俺とお前で割り勘だからな?」

「えっ?」

「えっじゃねえよ。当たり前だろうが」

「お昼、何度奢ってあげたかしら……確か……」

「よぉし、今日は俺の奢りだ!じゃんじゃん頼んでくれ!」

 

 何かを人質にされれば人間は弱い。深海も、今までの弱みを人質にされた結果、先ほどまでの割り勘という考えを変えざるを得なかった。

 明らかにここでの出費は原田から奢ってもらった物全てよりも遥かにかさむのだが、ここでこう言わないと原田から何をされるのか分からない故の、腹切りでもあった。

 きゃー、深海君素敵ーと言いながら早速店員に高い物を中心に注文をする原田は鬼のように深海には見えたが、控えめな注文をする有希と朱里は余計にいい子に見えた。

 

「えっと……深海、さん?そんなに落ち込まないでください……何だったら私と有希は自分で払いますから……」

「いや、いいんだ!男に二言は無い!東雲ちゃんと錦ちゃんも好きな物を頼んでくれ!どうせ独身の成人男性なんてそんなに金は使わないからな!」

 

 とは言っても、やはり控えめになってしまうのは仕方がない。それを見た原田が有希と朱里の分も勝手に頼んだ。それでいい、それでいいんだと言う深海の目には涙が浮かんでいたが、有希と朱里は目を逸らす事しか出来なかった。

 そして、注文の品が来る間に深海と原田は改めて自己紹介を行う事にした。

 

「さて、俺は深海純一郎。去年からあそこでオペレーターをやってる二十三歳独身だ。彼女募集中だから、合コンとかあったら誘ってくださいお願いします」

「まぁ、この馬鹿の言葉は真に受けない方がいいわよ?あ、私は原田智美。これの同期の二十三歳よ」

「これとか言わないでくれるか……まぁ、これからは俺たちがジョンさん達の手の届かない所をサポートしていくから、よろしく」

 

 深海の言葉に二人はよろしくお願いします。と頭を下げる。深海は別に頭は下げなくてもいいよ。と言って笑い、原田は特にこの男には下げなくてもいいわよ、と深海を煽り、深海は貴様ァ!!と叫ぶ。流石に貶され過ぎて怒った深海だが、原田は周りの人に迷惑よ。と一蹴する。

 そして届いたスイーツを原田は何の遠慮も無しに口にし、有希と朱里も暫く困惑してからいただきます。の一言と一緒に食べ始めた。

 深海は甘い物が苦手なためコーヒーのみ。しかし、目の前でゆるーくスイーツを食べている有希と朱里を見て少し破顔したのだが、原田に察せられて足を踏まれた。見物料としてはまぁまぁだろう。と涙目になりながら思った。

 

「あ、そういえば、深海さんと原田さんってかなり仲がいいみたいですけど昔からのお知り合いなんですか?」

「高校の時からの腐れ縁よ。仲のいい同級生って感じね」

「この職場に入れたのは原田のコネのお陰だから余りこいつにはデカい顔できないんだよなぁ……」

「大学受験失敗した貴方を拾ってくれた私の親に感謝する事ね」

 

 ちなみに原田の両親は特殊害獣駆除科のオペレーターで今は主に二人の退社後に入る形でオペレーターをしている。

 

「あはは……本当に仲がいいんですね」

「腐れ縁っていうのはそうそう切れないような物なんだよ」

「仲の良さに関しては有希ちゃんと朱里ちゃんには負けるけどね~」

「そりゃあ、幼馴染ですから」

 

 あははと笑いあう三人。そして深海はそれを眼福眼福と見守る。この景色、大体数万円である。プライスレスで見られるほどこの笑顔は安くはなかった。

 暫くすると、有希と朱里もそこまで深海と原田にそこまで遠慮を抱かなくなったのか、段々と普通の笑顔を見せるようになってきた。そして深海の財布の中身が危険域に入ってきた。主に何の遠慮も無しにバンバン注文をしまくる原田のせいだが。今飲んだコーヒーが血の代わりに口の端から流れてきそうだった。

 そろそろ原田の注文のせいで一旦コンビニに行って預金を崩してこないといけないかと思い始めたころ、一回だけだが、大きな振動が鳴り響いた。店内がざわつき、原田と深海の携帯が震えた。二人がそれを確認すると、すぐに表情を切り替えて二人を連れてレシートもとっとと手にしてレジまで走った。

 

「すみません、日本政府の者です。この付近にズヴェーリが出現しました。至急客の避難をお願いします」

「あと、これお代です。お釣りはいりませんので!」

 

 深海が一足先に外へと走って車に乗り込み、原田は有希と朱里の手を取ってすぐに深海が乗ってきた車に乗ってそのまま二人を乗せた。

 

「ちょ、ズヴェーリが出たんですよね!?なら、私が行かないと……」

「大丈夫よ。もうすぐあの子が来るから。深海、早く車出して」

「分かってる!」

 

 深海がアクセルを吹かして車を走らせる。駐車場から出て暫く走り、建物がそこそこ開けた場所に行くと、青い巨人が街中を歩いていた。

 歩いてくる方向は深海の車。真っすぐこちらに進んできていた。

 

「っていうか、何でこうも連続でズヴェーリが出るんですか!!?」

「分からないわ!けど、出たら出たで倒すのが私達の仕事よ!」

 

 有希の言葉に原田が声を軽く荒げて返す。そして、原田の携帯が震え、それを確認すると安堵の表情を浮かべた。

 

「さぁ、来るわよ。悪を断つ正義の剣が」

 

 原田が窓の外に視線を向ける。その数秒後だった。空から赤色の機械神が飛来し、ズヴェーリを両断した。

 

「く、草薙ノ剣……」

 

 空中で胸部と肩の増強パーツと同化し、両肩から前後に伸びるバーニアが着いた、エクスターナルブースターと呼ばれる飛行用追加パッケージを切り離した草薙ノ剣が地に降り立つ。

 エクスターナルブースターはそのまま何処かへと飛び去っていき、草薙ノ剣は既に握っていた刀を改めて両手で構える。ズヴェーリは両断されたのにも関わらず、真っ二つになった体は自動的に集まっていき、再び人型を形成する。

 しかし、草薙ノ剣は動じない。相手に攻撃される前に草薙ノ剣は走り出し、そのまま一度首に向かって刀を振るう。ズヴェーリはそれを防ごうとするが、ズヴェーリの剣に変形させて刀の軌道上に置かれた腕ごと草薙ノ剣は一刀両断。首をそのまま斬り飛ばす。

 しかし、ズヴェーリはすぐさま首を中心に再生しようとし、体が一瞬で球体状に変わり、地面に落ちた首と同化する。しかし、それこそ草薙ノ剣が、咲耶が狙っていたもの。刀を振りかぶり、そのまま投げる。

 投げられた刀は球体になったズヴェーリの中心にある赤い球体、コアを一撃で貫いた。その一撃でズヴェーリは体を保てなくなり、そのままゼリー状になって消えていった。

 草薙ノ剣は投げた刀を回収して背中に格納し、視線を別の方向に向けた。その視線の先には、有希。

 草薙ノ剣から感じる視線は、やはり昨日のような殺意に塗れた物ではなく、有希を守ると誓ったような、妙に優しすぎる視線だった。

 そして草薙ノ剣は消えていった。後に残ったのは車の走行音だけ。

 

「凄いでしょ、咲耶ちゃん。何時もこうやってすぐにズヴェーリを倒してくれるのよ」

 

 自慢するような原田の言葉に有希は沈黙で答えた。

 それは決して機嫌が悪いから、その言葉に答えなかったわけではない。草薙ノ剣の戦う姿が凄く恰好良く見えて、その雄姿をその記憶の中に刻み込んでいた所だからだ。

 原田はそれを悟って何も言わずに笑顔のまま朱里の方に振り向いた。

 

「錦ちゃん。貴女はどう思った?」

「えっと……凄い人並な言葉なんですけど……凄かったです。それと、かっこいいと思いました」

「うん。そうよね。私もそう思うわ」

 

 ただ、と原田は言葉をさらに紡ぐ。そして有希も外に向けていた視線を原田の方へと向けた。

 

「貴女達もあの凄くてかっこいいデウスマキナのパイロットなのよ。それを忘れないでね。貴女達は私達の希望なんだから」

 

 人々の希望の先を行くもの。希望を叶えるために人々の先を行くもの、ビヨンドホープ。彼女等は既にその希望のパイロットなのだ。二人はその言葉を受け取ってしっかりと頷いた。

 深海は二人の様子をバックミラー越しに確認すると、空気を読んでから口を開いた。

 

「このまま二人ともアパートまで送っていくよ。今日はゆっくりと休んでくれ」

「明日は放課後に一回来てもらうから、その気でね」

 

 原田の言葉に二人はしっかりとはい。と答え、原田のうん、いい返事ね。の言葉を最期にデウスマキナの話は終わり、女三人寄り添った姦しい話に入った。ちなみに深海はその間、かなり居心地悪そうな顔をしながら、さながらタクシーのドライバーのように空気になるように徹底した。

 車から流れる深海の趣味の音楽を聴きながら二人はアパートまで送られ、また明日の声と共に二人は去っていった。

 人類の希望。一人なら重すぎる言葉も二人ならきっと抱えきれる。二人はアパートの扉の前に立って頷きあい、我が家の扉を開けた。

 そしてそのほぼ同時刻。ズヴェーリを討伐した咲耶は自分の愛用のバイクから降りて自分の住んでいるアパートへと帰宅した。彼女の両親は特殊害獣駆除科に関係があり、特殊害獣駆除科が予算の使い過ぎで悪い立場に立たされないように毎日色々な場所を飛び回っているため、基本的には家に居ない。故に、咲耶は一人暮らしだ。

 咲耶はそのままフラフラと寝室へと入っていき、そのまま自分の寝ているダブルベッドに倒れこむように寝転がり、そのまま自分の枕に顔を埋めて大きく息を吐いた。

 今日は早退と言って学校を飛び出してきてしまったため、もう戻ろうにも戻れない。暇であった。

 咲耶はそのまま仰向けになってからヘッドボードに立てかけてある写真立てを手に取った。その写真にはツーリングに初めて連れて行ってもらった時に不意打ちで撮った遥の写真が入っていた。

 

「大丈夫よ、遥……私が貴女の残した物を守るから……絶対に、命に代えても……だから、もう少しだけ、もう少しだけ、待ってて……」

 

 咲耶の唇から紡がれる言葉には、彼女の身勝手な願望が詰まっていた。その言葉を否定する者は、いない。




咲耶さんのメンタルェ……


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Chapter1.11

 あの、日常が変わる切欠となった日から一週間。話を聞いてから六日。有希と朱里は学校の外に出て走っていた。

 二人の耳元には無線通話機。特殊害獣駆除科の備品の一つで二人に与えられた物。それから流れてくる声を聞いながらのダッシュ。二人はこの無線機が振動した事でズヴェーリの出現を察知し、すぐに二人を呼び出しに来た源十郎にとある場所にあった非常用脱出口から飛び出してそのまま外へと出て行った。

 口裏は源十郎が合わせてくれているし、授業に関しては各教室に備えてある録音機がそこから先の授業を録音してくれている。

 

『もうすぐビヨンドホープと草薙ノ剣の準備は完了するわ!準備はいい!?』

 

 外を走りながら聞こえてきた声に有希は反応する。

 

「はい!」

「有希、こっちなら人目はないよ!」

「おっとっと……改めて、大丈夫です!」

 

 朱里の声にしっかりと反応して有希と朱里は人気のない路地裏に入って人が居ない事を確認してから通信機に答えた。

 

『初めての空中戦だけど、訓練通りやったら大丈夫よ……よし、準備完了!何時でもいいわよ!』

「はい、じゃあ、いきます!」

 

 有希の体が金色に光り始める。その光はドーム状に広がっていき、有希と朱里を包む。

 

「希望を超えて、未来を掴む!来て、ビヨンドホープ!!」

 

 ドーム状に広がっていった光は段々とその光度を増していき、二人が見えなくなった所で完全な球体になった光の玉は空へと昇っていき、空中に現れたビヨンドホープに吸い込まれる。

 ビヨンドホープには草薙ノ剣に装着されていたエクスターナルブースターが装着されており、二人がビヨンドホープのコクピットに座った所でブースターが火を噴いてビヨンドホープの体を滞空させる。かなり高い出力の炎を噴出し続けるエクスターナルブースターだが、その分かなり燃費は悪く、一部を空気中の窒素を取り込んで噴出する事で賄っているとはいえ、ブースターは精々二十分前後しか機能しない。代わりに戦闘機よりも速い速度で空を飛ぶ事が出来るのだが。

 コクピットの中の二人はすぐに機体状況のチェックを始めた。

 

「ブースター接続部、異常なし」

「燃料満タン、各関節と武装異常なし。行けるよ、有希!」

 

 特注されたサブパイロット用のパイロットスーツに自動的に服を変えられた朱里は有希とは違う部分の機体状況を有希のシートの後ろ側に接続された新たなモニターで確認し、関節と燃料の量、武装の異常、火炎放射器用の燃料とミサイルの残弾を確認してから有希にゴーサインを出す。

 その言葉に有希は頷いて球体状のモニターの上を見る。それに呼応してビヨンドホープも上を見る。

 

「行くよ!!」

 

 有希がその言葉と同時に足元のペダルを踏む。それと同時にバーニアの炎が更に強くなり、ビヨンドホープが空へと昇っていく。

 酸素などは大丈夫だが、かなりのGで呻き声が漏れる。二人のパイロットスーツはビヨンドホープの生み出したかなり特殊な作りになっており、朱里のはそれに少し劣るが、Gをかなり軽減する作りになっている物の、体を打ち付けるような衝撃はかなり辛い。

 雲を抜けた所で飛ぶのを一旦止めて滞空する。

 

「わぁ、綺麗……」

「雲の上って初めて……」

 

 二人は映像では見たことがあった物の、こうやって生、とは言わない物の、ビヨンドホープのカメラ越しに見るのは初めてであったし、自分の手でこうやって雲の上を見たのは充分興奮できる物だった。

 二人が雲の上の真っ青な景色を見ていると、二人の頭上を何かが飛んで行った。それをすぐに朱里がタッチパネルにもなっているモニターをタッチしてそれを拡大する。

 それは人間が作ったにしては余りにも以上であり、青すぎて透き通った、正しく異常な飛行物体だった。

 青色の液体を噴出しながら飛ぶそれを確認した二人は頷きあう。あれは確実に二人がこの雲の上まで飛んできた理由。飛行型ズヴェーリだった。

 

「飛行型見つけた!」

「朱里、ミサイル撃つから弾数管理よろしく!」

「うん!あ、一応頭ぶつけると痛いから、ヘルメット着けておいてね」

「分かってるよ!」

 

 近くにあったヘルメットを掴んで被る。有希のはビヨンドホープの作った物のため、頭から被るだけで首元と同化して装着が完了する。

 朱里も急いで被って首元を絞めようとした所で既に有希はビヨンドホープを動かしていた。朱里はその中でササっと首元を完全に絞めてからモニターに視線を落とす。Gはキツいが、それでもやらなくてはならない。

 今回の作戦の目的は二人による飛行型ズヴェーリの対応であり、もしかしたらこの先、空中戦を強いてくるズヴェーリが出てくるかもしれないので、それに対抗するために二人にも空中戦に慣れてもらおうという魂胆だった。二人は空を飛ぶズヴェーリを精一杯追う。

 しかし、飛行型のズヴェーリはかなり速い。有希の全力ではかなりキツイ位の速さを叩き出しながら青い液体を噴出して悠々と飛んでいる。

 

「お、追い付けないよ!」

「うぅ……ジェットコースターに乗ってる感じできもちわる……」

「あ、朱里ぃ!!?」

 

 そしてここで有希が調子に乗って結構縦移動をしていたため、後ろの朱里の顔色が段々と面白い事になってきていた。

 流石にここで吐かれたらマズい。主に臭い的にマズい。有希まで臭いテロによって吐きかねない。流石に焦って有希がブースターのスピードを落として腕を突き出してミサイルを発射する。しかし、ズヴェーリはそのミサイルを体から液体を発射してミサイルを次々と撃墜していく。

 うそん。と有希がマヌケな声を漏らす。そして朱里は本格的にマズい事になってきているのか、自分が忠告したヘルメットを外して口元に袋を構えている。

 あ、これは吐くな。と有希は確信してヘルメットの前面のバイザーを密閉させて真空下での活動を可能にするためのモードを起動させてから新鮮な空気がパイロットスーツから送られているのを確認してから再び全速力で飛ぼうとするが、その前に有希達の横を赤い機体が物凄い速さで過ぎ去っていった。

 何が?と有希達がその何かを確認すると、それはエクスターナルブースターを装着した草薙ノ剣、咲耶の姿だった。

 いきなりの援軍に有希が目を丸くしていると、モニターに草薙ノ剣のコクピットの様子が投影される。そこには赤色のパイロットスーツに身を包んだ咲耶の姿が映された。

 

『貴女達は後ろに下がっていて。アレは私がやるわ』

「ほ、本当ですか!?実は、朱里が結構ピンチで……」

「ご、ごめ……げんか……うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」

「きゃあああああああ!!?朱里が吐いたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

『……その、お大事に』

『そ、そうですね……東雲君達は下がった方がいいですね……』

 

 流石に有希と朱里の惨状を見てジョンも咲耶の言葉に同意して有希と朱里が地上に降りる事を許可した。それを受けて有希はすぐにビヨンドホープのブースターを滞空モードにしてからエチケット袋の中身が漏れ出さないようにしてからシートの近くに設置されていたダストシュートに放り込んでから雲の下まで降りてからすぐにコクピットの前面にある、整備士の人しか基本的には使わないハッチを全開にしてか空気の入れ替えに入った。

 滞空しているため、風が物凄い速度で入ってきている等は無い。むしろ気持ちいい風が入ってきているが、有希はヘルメットで外界との空気を遮断しているため、それを味わう事が出来ない。朱里もグロッキーでそれどころではない。

 これは早く地面に降りて朱里を寝かせた方がいいんじゃないかと思いながらブースターの出力を下げ、段々とゆっくりと降下していく。空から降りてきたビヨンドホープに地上の人たちが騒ぎ始める。

 あ、これはもっと人気のない場所でビヨンドホープを戻した方がいいかなと思いながらハッチを閉めて近くの山目掛けて飛ぼうとしたが、それだと帰るのに時間がかかってしまうと思い、暫く悩んでいると、彩芽から通信が入った。

 

『有希ちゃん、朱里ちゃん。そこで降りてもいいわよ。私がもう待機しているわ』

「あ、ホントですか?なら、降りますね」

 

 有希がシートの下のレバーを引いてビヨンドホープを格納庫まで戻す。そして有希と朱里は光に包まれて地上に着地する。すると、その数秒後に彩芽の車がやってきて目の前で止まった。

 有希は朱里を抱えて車に飛び込んでドアを閉める。その直後に車は発進して学校の方へと走り出した。

 

「お疲れさま。初めての空はどうだった?」

「とても綺麗で凄かった……んですけど……」

「あぁ……朱里ちゃんの事は不幸だったわね」

「死んだみたいに言わないでください……」

 

 朱里の呻き声混じりの声を聞いて二人は失笑を漏らす。流石にこの様子は人様にはお見せできないかな。と有希は思い、学校についた所で迎えに来た源十郎に朱里をおぶってもらって教室までは有希一人で移動した。

 まだ先ほどの授業中であり、授業をしている教師は戻ってきたのが有希だけなのを見て少し小首を傾げた。

 

「ん?錦はどうしたんだ?」

「か、階段で転んで酔っちゃって……」

 

 苦しい言い訳だと言うのは分かっていた。何か言われるかなぁと思って構えていたが、先生はそうか。じゃあ、授業に戻るぞ。と軽く流してくれた。

 有希はそれにホッと息を吐いてから席に座り、結構進んだ板書を写していく。朱里にも後で見せなきゃなぁ。と思いつつも板書を写しながらも先生の言葉に耳を貸している。その最中に携帯ではなくポケットに突っ込んだ通信機の方がバイブレーションで震えた。このタイミングで震えたという事は咲耶がズヴェーリを無事に討伐したという事だろう。すぐに彼女も三年生の教室に戻って何食わぬ顔で授業を受ける事だろう。

 有希は聞き流しているようで聞き流さないといった絶妙な表情で窓から空を流し目で見ていた。空には有希がつい数分前に作った真上へと昇っていく飛行機雲のような物があり、今でも空中にそれは残っている。

 あんな感じで垂直に上っていったんだー。と考えながら板書を写していると、急にチャイムが鳴り響き、授業の終わりを合図した。

 先生が今日はこれで終わりだと言って挨拶をしてから教室を出て行った所で一気に教室の中が騒がしくなる。今の時間は丁度四時間目。ここからは昼休みの時間だ。有希は弁当をまだ食わずに先に朱里の寝ている保健室の方へと教室を出てから歩き始めた。

 数分歩いて到着した保健室には保険医の人が座っており、友達の様子を見に来ましたと一言告げてから唯一カーテンの閉じているベットの所に、朱里、入るよーと一言言ってから中に入る。

 朱里はベッドの上でまだ若干顔を赤くしながら横になっていた。

 

「朱里?大丈夫?」

「結構気持ち悪い……」

「あ、あはは、ごめんね……あ、お昼はどうする?」

「有希は食べてて……今食べたら吐く……」

「うん、分かった」

「収まったらすぐに教室に戻るから……」

 

 結構悲痛な朱里の声を聞いて有希は保健室から出た。さて、これで昼休みにやる事が無くなってしまった。今から本部に行って訓練でもしようかと思ったが、それは時間がかかるので止める。

 訓練と言っても、シュミレータを使ったものではなく、本当に自分の体を使って覚えるに限る。空中戦に関しては有希のみが三百六十度回転する装置にコントローラーと画面をくっ付けたゲーム筐体のような物を使っていたため、有希は今回の空中戦でもかなり慣れたような感じで機体を動かせた。

 そして、訓練、体を動かす方に関しては有希はトンファーを使う機体に乗っているという事で徒手空拳にトンファー特有の動きを混ぜた物を源十郎に習っている。源十郎はただの陸上部の顧問という訳ではなく、格闘技全般のエキスパートだった。剣術、槍術、ガンカタ、狙撃その他諸々の動きを達人並みに出来る。そんな彼から習ったのは色々とあったが、それによって変わったのは歩き方だろうか。

 まずは日常的な体運びから、と源十郎からは歩法と体重の動かし方、体の効率的な動かし方を教わった。これは朱里も同じで、何かしらの理由で有希が狙われた時は自動的に朱里もターゲットになる可能性があるので、彼女は護身術を学んでいる。

 有希の学ぶ徒手空拳とトンファーを使う武術はまだまだ素人の域を出ないが、それでも一週間前からは別格と思える動きを出来るようになった。

 トンファーとは本来、斬撃等に使うのではなく、叩き、突き、相手の骨や内蔵を外から叩いて壊すための物。有希はこれまでソードトンファーという特殊な武器を使ってきたため、斬る事に重点を置いた戦い方をしていたが、これを学んで有希は戦い方を斬るのではなく、防ぎ、潜り込み、叩きつける戦い方をするようになった。

 トンファーの利点は、回転させることでならに威力が増す事。そして、腕の外側での防御が可能になる事。ソードトンファーの本来の使い方は、素早い動きでズヴェーリの斬撃をトンファーの刃で受け止め、弾き、潜り込んで先端で頭部を殴り砕く事。遥の戦い方を見せてもらった時は、正しくこの動きでズヴェーリを殲滅していた。

 そして、徒手空拳。これはトンファーによる戦闘の下地となる物。徒手空拳の動きを元に、拳で殴るという動作をトンファーで行い、防ぐと言う動作とトンファーで行う。打撃のリーチの延長。それこそがトンファーの強みの一つ。さらにその下地となったのは歩法。

 縮地と呼ばれる歩法は有名だが、有希はこれを既に使える。縮地とは決して瞬間移動のように移動するのではなく、前に出した足の力を抜いて前へと倒れこんだ時にそのまま一気に移動するという、口だけで言うなら簡単なもの。有希は陸上をしていた時に体の動かし方はある程度学んでいたので、すぐに出来た。

 これを学んだからか、有希の普段の体運びは見る人が見れば、武術をしているなと分かる程度には変わっていた。

 

「えっと……まずはご飯食べよっと」

 

 保健室を出てから有希は再び教室に戻った。そして、カバンの中から弁当を取り出してから移動をし始めた。行くのは屋上。余り人はいないが、一人で食べるには陽も当たるのでかなりいい場所だ。

 弁当片手に鼻歌を歌いながら歩いていると、目の前から見知った顔がこちらに向かって歩いてきてた。

 咲耶だ。手に弁当を持っているというのは、同じ目的なのか、それとももう食べ終わった後なのか。よくわからないが、それでも咲耶の事が有希は何処か苦手だった。

 その理由は、あの時殺されかけたからではない。あの事は咲耶が謝った事で水に流した。では何が彼女を苦手と思わせているのか。

 

「あら、東雲さん。こんにちわ」

「こ、こんにちわ」

 

 デウスマキナの事は触れないように、あたかも時々話をする知人風に挨拶をする。しかし、有希の言葉は若干震えている。しかし、咲耶は気づいてか気づかないでか、『笑顔』を浮かべている――――



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Chapter1.12

「今からお昼かしら?」

「は、はい。さっきまで朱里のお見舞いに行っていたので」

 

 笑顔を浮かべた咲耶は有希の言葉を聞くと、苦笑いを浮かべた。あの光景は同じ女としては思う所があったのだろう。

 

「そ、そう……屋上に行くんなら、風が強いから気を付けるのよ」

「そ、そうします……」

 

 咲耶の笑顔。それは、何かが不気味だった。まるで、宝物か何かに話しかけているような……人間に向けているような笑みではない物を、咲耶は浮かべていた。

 そして、さらに苦手とするのは、咲耶の何処か不自然な親切だった。

 咲耶はよく有希の訓練を見に来てくれている。そして、懇切丁寧に体の動かし方等を教わっているのだが、有希が教わるのは攻撃のための動き方ではなく、守るための動き方。避けるための動き方。有希が戦う時の動き方を教えてほしいといっても、咲耶はそれを適当な言葉で流して聞いてはくれない。

 明らかに普通ではない。何か、別のものを見ているような気がする。かと言って、それを素直に聞くような命知らずな真似はできない。

 故に、有希は咲耶の事が苦手だった。

 

「それと……ズヴェーリの事は気にしないでいいわよ。私が貴女を守るから」

「そ、そうですか?なら、安心して背中は任せられますね」

「そうね……貴女は背中を任せるだけでいいのよ。だから、心配しないでね」

 

 何処か会話が噛み合っていない。そんな妙な違和感を持ちながらも有希は、じゃあ、お弁当食べてきますね。と有希は咲耶から離れていく。が、少し咲耶が何処に行くのか気になって、気配を出来るだけ消してから尾行をしようと歩き始めた……所で止まった。

 咲耶の足はトイレへと向かっていたから。

 

「ちょおおおおおおおおお!!?」

 

 余りの衝撃で有希は叫びながら咲耶の手を取った。そしてそのまま有無を言わさず引っ張ってそのまま屋上まで連れて行った。

 

「し、東雲さん……?」

「はぁ……はぁ……便所飯なんてする人初めて見た……」

「いや、その……外で食べる前に用を済ませようとしただけなの……」

「えっ」

 

 なら何で弁当を?咲耶さんの教室とは階も違うんですけど、と有希が聞くと、咲耶は階段を下りたところでしたくなったから面倒だしそのまま行こうとしただけよ、と答えた。

 なんだ、と有希はホッと息を吐いてから、しっかりと謝り、近くのフェンスに背を付けてから弁当を包んでいたナフキンの結び目を解いた。さて、今日も美味しい朱里のお弁当を食べよう、と思った所で咲耶が隣に腰を下ろした。

 

「え、えっと……」

「隣で食べちゃ、ダメかしら?」

「いや、そんな事はないですけど……」

 

 お花摘みは?と聞いたら、なんだか後ででいいと思ったのよ。と簡潔に答えた。そうでしたか、と有希は小声で答えて弁当に箸を付けた。

 主に気まずくて余り箸が進まなかった。余り話題がないけどどうしよう。と有希が気まずさ故に混乱しながらも咲耶の方を見ると、咲耶は特に何も言わずに弁当を食べていた。料理もする有希は咲耶の弁当のおかずの殆どが冷凍食品だと分かったが、特には何も言わなかった。

 咲耶は一人暮らしだと聞く。だから、朝に時間が無いのだろうと勝手に思いながら、有希はせっせと箸を進める。何時もなら美味しい筈の朱里の弁当は、緊張と気まずさで味を噛み締めている余裕がなかった。

 食事は何か話しながらじゃないと気まずさを感じる有希と特に何も話さなくても何も感じない咲耶とでは、少し相性が悪かった。

 

「……東雲さん」

「ひゃい!」

 

 いきなりかけられた言葉に有希は思わず変な声で返事してしまった。どうしたの?と咲耶が心配そうに有希の顔を覗き込むが、有希は大丈夫です、大丈夫ですから。と一旦水筒の中のお茶を飲んでから何ですか?と話を振った。

 咲耶は暫く口を閉ざした後に再び口を開いた。

 

「再来週のズヴェーリの大進行については知っているかしら?」

「え?あ、はい。知ってますよ」

 

 ズヴェーリの大進行。ジョンが一週間前に少しだけ話した物だが、これは一月に一度起こるズヴェーリの大群が日本海側から押し寄せてくる一種の大規模戦闘だ。これは詳しい日は分からないが、大体一月に一度は起こっているため、特殊害獣駆除科ではこの時期が迫ると全員の気配がピリピリとしてくる。

 今回からの大進行には有希と朱里もビヨンドホープで参戦する。故に、戦力的には単純に二倍になっているが、それでもズヴェーリの数はかなりの物で、対岸からは数百メートルの列を作ったズヴェーリが現れる。戦車型ズヴェーリもこの時に現れる。

 これを咲耶は三年間もの間、一人で押しとどめていたという。そして、その時に備えて日本海側の海は一部を除いて閉鎖されており、人が住んでいない。そして、海岸付近のあちこちにデウスマキナ専用の急速燃料補給装置やビルに擬態した援護用の機銃等が置いてある。

 

「……不安、よね?」

「……はい。少し……いや、結構」

 

 有希はまだデウスマキナに乗って一週間の素人だ。そして、倒したズヴェーリの数はたったの二体。その二体にも有希は苦戦している。故に、一体以上の、十やそこらでは済まない程のズヴェーリと戦うことになるというのは、かなりの恐怖だった。

 しかし、咲耶に何もかもを任せてはいられない。しかし、大進行は戦って慣れろ、としか言えない戦いだ。だが、もしかしたら、遙が死んでしまった時のように何もできずに死んでしまうのではないか、と思ってしまうと、どうしようもなく不安になる。

 

「大丈夫よ。私が貴女を守るから。それに、ビヨンドホープにはちゃんと緊急脱出装置が着けられたから、いざとなったら脱出してもいいのよ」

「で、でも!そうしたら咲耶さんが……」

「私は慣れてるからいいの。もう八年もズヴェーリとは戦っているのよ?」

 

 咲耶はそう言って弁当に残っていた最後の白米を口に運ぶと、そのまま弁当を片付けて立ち上がった。

 

「大丈夫。私が貴女を……遙が守った貴女を守るから」

 

 咲耶の言葉に有希が顔を上げた。そして合った目で、有希は咲耶の何を怖がっていたのか、それが分かったような気がした。

 その目は、確かに有希を見ていた。しかし、それは有希本人を見ていたのではない。『遥』という、自分の仲間であり、親友であり、家族であった人物がその命を使ってまで守った『有希』という存在を見ていたのだ。

 その言葉で納得がいった。咲耶は決して有希を仲間として見ていたのではない。有希という、遙が守った存在を、弱者を引き続き守ろうとしている。それだけだった。

 故に、有希は悔しさと、そして哀れみを感じた。初めから、咲耶は有希の事なんて見ていなかった。彼女は、未だに白鷺遥という少女に憑りつかれたままなのだ。彼女は、まだ白鷺遥を中心に全てを考えてしまっているのだ。

 勘違いかもしれない。しかし、有希は自然とそれが勘違いだとは微塵も思っていなかった。

 歩き去っていく咲耶。彼女は、優しい。優しいが故に、間違っている。あの考え方では、きっと何時か死んでしまう。

 

「咲耶さん!」

 

 有希は立ち上がった。その胸の内に生まれた謎の確信を持って、立ち上がった。

 

「私は……強くなります!そして、咲耶さんの横に、横に立って、一緒に戦います!」

 

 これが咲耶への、有希の持つ感情の全てだろう。

 もう恐怖はいらない。あるのは、憧れと、正義感だろう。長年ズヴェーリと戦っていた彼女に憧れ、そして、彼女を絶対に白鷺遥という亡霊から解放してみせるという正義感。

 有希の言葉に、咲耶は振り返った。その目は、何時も有希が見る目だった。普通の人とは違う、有希を見る目。

 

「いいのよ。貴女は、私が守るから。遥が守った貴女は、絶対に死なさせなんてしないから」

 

 その目にあったのは、闇だった。死に捕らわれた目。

 その目を見て、有希はやはり何も言えなかった。彼女はこの部分だけが狂ってしまっている。そう改めて実感すると、かける言葉が見つからなかった。

 去っていく咲耶を見て有希は再び屋上に座った。

 絶対に、咲耶のあの考え方を変えて見せる。遥を失って彼女の残した物を守ることしか見ていない彼女の見る物を、彼女と共に戦う、遥の意思を継いだ仲間という物に変えてみせると。

 きっと、それこそが遥も望んでいる事だろう。遥に助けられたこの身で、遥の代わりに咲耶の考え方を正して見せると。

 有希は弁当を一気に食べてからそのまま屋上で立ち上がり、空を見た。空には遥か遠くに、薄く月が見えた。

 そして、その月の前を何かが通り過ぎた。一瞬だったが、有希にはそれが見えた。

 

「ズヴェーリ……!」

 

 飛行機雲は出ていない。ならば、ズヴェーリだろう。

 有希はすぐにポケットの中の無線機を取り出して耳に装着し、こちらからの音声が入るようにスイッチを入れた。

 

「深海さん!原田さん!非行型ズヴェーリを肉眼で確認しました!」

『えっ!?』

『ちょっと待ってて!……ほ、本当にいたわ!』

 

 いきなりの通信に深海と原田は驚いていたが、すぐに対応してくれた。そして、本部の方でも確りと飛行型ズヴェーリは確認できた。

 

『すぐにエクスターナルブースターを装着させるから、人目のない場所に移動して!』

「わかりました!」

 

 有希は弁当片手に走りだし、途中で階段から飛び降りて近道してから保健室に入った。

 

「ゆ、有希!?」

 

 ちょうど体調がよくなって出てこようとしていたのか、朱里は扉のすぐ前にいた。

 いったいどうしたの?と慌てた様子で聞く朱里に有希は耳の無線機を見せる。それを見て朱里の表情も変わった。無線機をつけているという事はズヴェーリが出たということ。まさかこんな短期間の内に二体目が出るとは思ってもいなかったが、それでも出たことには変わりない。有希は朱里の手を引いて近くの使われていない部屋物置部屋の中に入ってそこの窓から外に出た。

 上履きが汚れるのも気にせずにそのまま人目の付かない場所まで移動しようと駐車場の方まで移動すると、そこには既に彩芽が車を移動させて待機していた。

 

「ほら、乗って」

「ありがとうございます!」

 

 既に車を用意していた彩芽に礼を言いながら二人が車に乗り込み、ちゃんとドアを閉めた所で彩芽が車を出す。

 法定速度ギリギリの速さで走りながらも彩芽は涼しい顔で有希に話しかけた。

 

「よくズヴェーリを肉眼で補足できたわね」

「ふと空を見たら月を横切るズヴェーリが見えたんです。凄く小さくしか見えなかったんですけど……」

「月を……」

 

 彩芽がそんなまさか、と言った顔をしているが、しかしそれは事実。彩芽はその言葉を信じた。そして、彩芽は今回の作戦の説明について話し始めた。

 ズヴェーリはこの周辺をグルグルと周回しているという。そのため、周回軌道上に待ち伏せしてそのまま正面から叩く、という戦法で行くらしい。もうすぐ、ビヨンドホープにエクスターナルブースターの装着が終わる。終わった瞬間に有希は車の中でビヨンドホープを呼び出して朱里とそのまま乗り込む。それでバレる事はないだろう。

 しかし、彩芽が耳に着けた無線機から聞こえてきた声を聞いた瞬間、顔色を変えた。その通信は勿論有希にも聞こえており、有希の顔色も変わった。

 

「有希ちゃん!」

「はい!来て、ビヨンドホープ!!」

「え、ちょ!?」

 

 唯一朱里だけが状況を把握出来ていなかったが、金色の光に包まれてビヨンドホープの内部に転送された時にはその焦りの理由が完全に分かった。

 ズヴェーリが、真上から降ってきていた。



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Chapter1.13

 先ほどの通信。それは、深海からかなり焦った声で伝えられ、その内容は、『真上でズヴェーリが人型形態に移行しました!すぐにビヨンドホープを呼び出してください!』だった。もし、二人の反応が遅れていれば三人仲良くお陀仏だっただろう。

 

「ビヨンドホープ!」

 

 真上を向いた有希がすぐさま右隣の操縦桿に手をやり、そのまま後ろに引く。

 足元には彩芽の車。どうしても着地させるわけにはいかなかった。

 ビヨンドホープの腕が徐々に金色に光っていく。それを朱里は目の前のモニターでエネルギー量を確認しながら、最低限のエネルギーを使うように調整していく。

 そして、真上から落ちてきたズヴェーリに照準を合わせた有希はタイミングを合わせてそのまま操縦桿を前へと押し出す。

 

「超振動爆砕拳!!」

 

 有希の叫びと共に腕のエネルギーが更に光り、頭上から降ってくるズヴェーリとビヨンドホープの拳がぶつかり合い、もの凄い衝撃が生まれる。

 ビヨンドホープの足がアスファルトに陥没してズヴェーリはそのまま吹っ飛んで少し遠くに背中から落ちた。

 

「有希、ちょっと無茶しすぎ!ビヨンドホープの腕が持たないよ!」

「ご、ごめん……でも、ああするしかなかったんだ」

「分かってるよ。だから、ここからは余り無茶させないでね」

「うん。分かってるよ」

 

 朱里の見ているモニターのビヨンドホープの全体図は、腕の部分が真っ赤に染まっており、足の部分も黄色に染まっていた。これは、機体の関節がダメージを受けすぎているという意味で、このまま腕を使い続ければビヨンドホープの腕は修理しない限り動かなくなってしまう。幾ら進化して出力も上がったビヨンドホープといえど、高度数千メートルから落ちてくる液体の塊を拳で迎撃するのはかなりの負荷になったし無茶でもあった。

 有希はすぐに足元の車をデウスマキナの全機体に備わっている小型作業用アームを指から出して車を丁寧に掴んでローラーでダッシュし、戦いに巻き込まれない場所まで移動してから車を置いた。

 そして、有希は振り返って再びローラーダッシュし、ゆらゆらと歩いてくるズヴェーリの前に立った。何度相対しても不気味さと怖さは据え置きだが、それでも戦わなければ大勢の人が犠牲になる。

 

「ソードトンファー、アクティブ!」

「了解。ソードトンファー、ロック解除!」

 

 有希の言葉に反応して朱里がソードトンファーにかかっていたロックを解除。そしてビヨンドホープはソードトンファーを握り、構えた。その構えはこの前までの素人同然の構えではなく、実戦を想定した構え。

 何故有希が機体の操縦の練習と合わせて武術を習っていたかと言うと、それはビヨンドホープの操縦法にある。

 ビヨンドホープ他、デウスマキナは操縦者の思考を読み取ってその通りに動く。それ故に操縦者がちゃんとした武術を習えば習うほど、動くときの思考は細かく、より繊細になっていき、機体の動きは段々と洗練されていく。それ故に、有希は武術を習っていた。朱里の場合はただのおまけだが。

 トンファーを持った片手を肘先から立てて構え、もう片方の腕は腰で溜めておく。

 ズヴェーリは先ほどビヨンドホープの放った超振動爆砕拳の影響で体の一部を超振動で分解され、腕が片方再生できていない。だが、それでももう片方の腕を変形させて振るわれる剣は軽くデウスマキナの装甲を貫く。故に、油断は出来ない。

 ジリジリと構え、そして有希が動く。ローラーを使い高速での移動。それをズヴェーリにただの突進だと錯覚させてカウンターで剣を振るわせる。しかし、有希はそれを途中でローラーを止めて踏み込んだ足の力を抜いて頭を下に。横から迫る剣を内側からソードトンファーの刃を展開して防ぎ、逸らす。そして、もう片方の足でさらに踏み込み、下からのアッパーをズヴェーリに決める。軽く空に浮くズヴェーリ。有希はそのまま追撃で両手のソードトンファーを腹に叩き込み、ズヴェーリを吹き飛ばす。

 

「ふうぅぅ……」

「有希!コア破壊しないと!」

「あ、忘れてた」

「ちょっとぉ!?」

 

 ずっと対人戦での訓練をしてきたため、人間相手の無力化は色々と学んだ物の、ズヴェーリ相手の戦い方はあまり習っていなかった。これは有希が頭を狙えばよゆーよゆーと先に対人での基本的な動作を学んでいたからだが、それが裏目に出た。幾らズヴェーリの腹を殴って足を殴ってもズヴェーリには効かない。コアを破壊しなければどうしようも無いのだ。

 いけないいけないと有希はソードトンファーの刃を展開して再び構える。しかし、その直後、頭上から降ってきた何かが有希達の前に着地した。

 

「く、草薙ノ剣……咲耶さん!」

『下がってて。私が貴女を守ってあげるわ』

「え?いや、この調子なら有希でも……」

 

 いきなり振ってきた草薙ノ剣は朱里の言葉を聞いても関係ないと言わんばかりに背中の刀を手に持ち、そのまま構えて走り出した。そして、ズヴェーリの振るった剣を一刀で弾きそのまま腕を切断して返す刀でそのままコアを一刀両断した。

 そして崩れていくズヴェーリ。それをロクに確認せず、草薙ノ剣はそのままビヨンドホープへと向き直った。

 

『貴女は絶対に私が守るわ……誰にも傷つけさせやしないわ』

「咲耶さん……」

 

 金色の粒子に包まれて消えていく草薙ノ剣。有希はそれを見届けてから空を見上げた。

 

「やっぱり、何とかして話を聞いてもらわないとダメかな……」

「有希……御剣さんの事、何か知っているの?」

「うーん……まぁ、降りてから話すよ。咲耶さんは悪い人じゃないっていうのはわかってほしいからね」

 

 多分、この考えは合っているのだろう。有希はビヨンドホープを格納庫に戻し、朱里と共に地上へと降りた。

 パイロットスーツから制服に戻った二人はポケットの中の携帯を確認する。すると、時間的には後数分で授業が始まってしまうという所だった。有希はあちゃー……と呟き、朱里もあーあ。と声を漏らしている。

 咲耶は自前のバイクがあるが、有希達には足がない。これじゃあ確実に間に合わないね。と二人で笑いあってから、彩芽の到着を待つ事にした。そして、その間に有希は咲耶の事を話すことにした。

 

「きっとね、咲耶さんは私を遥さんが命を懸けてまで守る価値のある物って思ってるの。だから、咲耶さんは絶対に何があっても私を守る。守るためには自分が死んでもいいって思ってるの」

「え?でも、それならあんな風に前に無理矢理出るなんて……」

「咲耶さんは多分、私に傷一つ付いて欲しくないんだと思うの。だから、多少無理矢理にでも私を守ろうとしている。そう、勘違いしてる」

「勘違い……?」

「遥さんは、きっと、そんな事望んでいない。何となくだけど、分かるの。こうやって、ビヨンドホープが出てきたのは、きっと、寂しがってる咲耶さんを慰めて、死んじゃった自分の代わりに咲耶さんと戦ってほしいって遥さんが思ってるからだと思う……だから、咲耶さんは勘違いしているし、私は咲耶さんの考えを根本から否定しなきゃダメなんだ」

 

 咲耶が先程、過保護なまでに有希を守ろうとした事。いや、有希の代わりに戦ったこと。それは、確実に有希を守るため。有希に傷一つ付かないようにするためだと仮定したら、何となくだが合点が行く。有希に守りの型や動き方をずっと教えていたのも、きっと自分が来るまでは自分の身を何とか守れるようにするためだ。

 朱里は完全に納得はしていない物の、その考えは自分なら何となくわかると思う。最初は有希の事が、遥を奪った仇だと思って憎くて憎くて仕方がなかった。しかし、恐らく何処かで有希の体の事を知って、有希の体は遥とビヨンドホープが起こした奇跡の塊だと知り、その考えを改めて、自分の命を擲ってでも守る価値のある物だと思っている。

 少し有希とは解釈の仕方が違うが、そう大差のある物ではない。朱里は有希の言葉を聞いて頷いた。

 

「なら、私も手伝うよ、有希」

「うん、ありがと」

 

 絶対に咲耶を間違った考えから正して見せる。彼女の中の間違った遥の言葉を変えて見せる。そう決心し、有希は拳を握った。きっと、朱里と共になら咲耶と戦える未来を作れる。そんな確信も彼女の心の中にはあった。



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Chapter1.14

 時間は無情にも一定の期間で過ぎていくもの。残り二週間という期間はすぐに過ぎていき、この日は元中国にある隕石から大量のズヴェーリが出てくるのが確認され、有希と朱里は休日だったという事もあり、朝早くから呼び出され、エクスターナルブースターを装着したビヨンドホープに乗り込んで長距離航空の後に日本海付近の土地の上空で草薙ノ剣と共に待機していた。

 有希と朱里は初めてのズヴェーリとの二対多の戦闘に緊張していた。が、ガチガチに緊張しているという訳ではなく、やはり二人というのは精神的にも楽であり、少し震えている程度だった。

 二人ならどんな事だってできる。いや、何体ものズヴェーリが相手だろうと絶対に倒すことができる。そんな確信があった。しかし、有希達にはやらなくてはならない事がある。

 咲耶との和解。そして共闘。未だに咲耶は有希達と共に戦うという選択肢はとらず、何時も戦うときは有希達を無理矢理下がらせるか、その前に自分でズヴェーリを倒してしまうか。そのどちらかである。

 流石に何を言っても聞かないので、二人はこの大進行で絶対に話を聞いてもらおうと誓っていた。そのためには、咲耶の横に立って戦う必要がある。だからこそ、二人は緊張で軽く震える手で何時もよりも入念に機体のチェックをしていた。

 

「ねぇ、有希。火炎放射器って使う?」

「うーん……目くらましとかズヴェーリには効かないし、いらないかな」

「わかった。じゃあ、火炎放射用の燃料に引火とかしないようにこれはロックしておくね。他は?」

「作業用のアームとかも使わないかも。あ、ローラーとピックは使うけどね」

「じゃあ、作業用アームだけはロックと」

 

 朱里が使わないものだけをロックしていき、誤発は有り得ないが、それが確実なものになるようにしていく。そして、使う武装のロックは初めから解除しておき、すぐに武器を使えるようにしておく。

 その他はミサイルの弾薬がちゃんとあるか確認していき、超振爆砕拳用のエネルギーも満タンなのを確認していく。その性質上、超振動爆砕拳は単体にのみ作用するので、あまり使うことはないだろうが、それでも当てるところを考えれば確実に一撃でズヴェーリを葬る事が出来るので、ピンチの時は構わず使っていきたい。

 エネルギーの関係上、放てるのは合計で五回。たった五回しか出来ないが、二回目での戦闘の、使いたいときに使えない状態よりは全然マシだろう。

 関節部分もオールグリーン。その他の部分もオールグリーン。いつも以上に整備は完璧だ。何処かで機体が動かなくなるということはないだろう。なら、準備は完璧。後はズヴェーリと戦うだけだ。

 球体モニターの横を見ると、赤い機体が腕を組んで空中を滑空している。

 有希はそれを一目見てからすぐに機体の最終チェックに入った。

 各部オールグリーン。エネルギー満タン、武装も完璧。すぐにエクスターナルブースターを切り離す事も出来る。そしてエネルギーの補給場所も既に確認している。後はズヴェーリの襲来を待つだけだ。

 有希が体重をシートに預けて一息付くと、後ろからパックジュースを持った手が伸びてくる。

 

「暫くは何も飲めないし食べれないからジュースでも飲んでおいたら?」

「そうだね、そうする」

 

 ジュースを受け取ってストローを口に運ぶ。オレンジジュースのちょうどいい酸味と甘みが美味しい。

 朝食は食べてきたが、午後を過ぎて暫くしないと昼食は食べれないし、飲み物も飲めない。だから、ジュースだけでもかなりありがたかった。

 紙パックのジュースを飲み切ってからシートの近くのごみ箱に中身のない紙パックジュースを投げ入れて一回頬を自分で叩いて気合を入れる。

 

「よし、いける!」

 

 有希が声を出して気合を入れたのを見て朱里も顔を振って意識を切り替える。

 その直後。モニターにジョンの顔が映し出された。

 

『咲耶君、東雲君、錦君、ズヴェーリが現れました。このまま降りてくれればすぐに接敵します。準備はいいですか?』

「はい!」

「勿論です!」

『準備はできています』

『なら結構です。それでは、降りてからエクスターナルブースターを切り離してください。帰る時はこちらから彩芽君と源十郎君を出しているので、それぞれで車に乗ってください』

「「はい」」

『では、作戦開始!』

 

 ジョンの作戦開始の声と共にホバリングを止め、地面へ向かってゆっくりと降りていく。その間に足元に広がる地上では、ビヨンドホープの少し前方に確かに何十体ものズヴェーリが見えた。その中には今まで戦ったことのない戦車型ズヴェーリも見える。

 その数に二人は息を呑むが、二人なら大丈夫。二人は一回目を合わせて頷いてから地面へと降りてエクスターナルブースターを切り離した。

 切り離されたエクスターナルブースターは変形し、飛行機のような形になるとそのまま来た道を戻っていくように飛んで行った。

 さて、ここからが本番だ。有希はソードトンファーを手に、構える。

 しかし、そんなビヨンドホープの前に草薙ノ剣が舞い降りた。

 

『大丈夫よ、あれは私がやるわ。だから、東雲さんはそこで見ていて』

「そんな訳には……」

『それじゃあ、行ってくるわね』

 

 聞く耳持たずとはこの事か。咲耶は一人でズヴェーリの群れの中に突っ込んでいった。

 

「やっぱりぃ……」

「でも、これなら私たちも戦えるハズだよ。しれっと戦闘に混ざろう?」

「そうだね。しれっと混ざろうか」

 

 二人の考えた作戦。それはこの大進行の時に戦闘にしれっと紛れ込んで、何か咲耶が言ってきたときに二人で言い返して何とか説得する。その際、説得に時間がかかりすぎてはいけない。すぐに説得して背中を預けあって戦闘する。

 有希はすぐに足のローラーを起動させて適当な群れに突っ込む。一対多は初めてだが、戦い方は源十郎から学んだ。それに、こっちには朱里もいる。背後からの奇襲は朱里が見てくれている。なら負ける通りはない。

 トンファーを構えて突っ込む。が、その時、横のほうで赤い光が煌いた。

 

『蛇神失墜ノ斬』

 

 通信越しに聞こえてきた声は咲耶の物だった。そして、その直後、横薙ぎの斬撃のような物が目の前を走っていき、ズヴェーリのコアを的確に消し飛ばしていった。

 草薙ノ剣の必殺技、蛇神失墜ノ斬。データでしか見たことがなかった、ビヨンドホープのような一転集中型ではなく放射型のエネルギー破。デウスマキナだろうが当たればタダでは済まない正しく必殺の一閃。

 

『駄目よ。ズヴェーリは危険なんだから』

「あ、はい……」

「じゃなくて!有希!何ビビってるの!!?」

「はっ!!?ちょ、咲耶さん……」

 

 しかし、通信はとっくに切れており、いつの間にか目の前に立っていた草薙ノ剣が目の前にいたズヴェーリの群れを相手に戦っていた。もう、ビヨンドホープがいたら逆に邪魔になるんじゃと言わんばかりの戦いっぷりだった。

 群れの真ん中に切り込み、腰の小刀を抜いて逆手で胸元に剣を突き刺してそのまま上へと持って行ってコアを切り裂き、そのまま回転しながら何体かのコアを切り裂く。そして、天羽々斬の刀身にエネルギーを纏わせ、反対の方向に蛇神失墜ノ斬を放ってズヴェーリを消し飛ばす。

 正しく無双。そして、一対多の戦いに慣れている。鬼神の如きその動きはとても有希には一朝一夕では真似できそうには無い物だった。

 長年の経験から繰り出される、対ズヴェーリに特化したその型は最早芸術と言えた。

 故に、それ故に、有希は思ってしまった。そして口に出してしまった。

 

「あれ?これ、私達いる?」

「有希ぃ!?」

 

 有希の口から出た弱音に朱里が驚き、そのまま有希のシートを後ろから蹴る。

 

「おぅふ!?」

 

 その衝撃に有希の口からは変な声が出る。

 

「何弱気になってるの!?」

「いや、流石にあそこには混ざれないというか、逆に斬られそうな気が……」

「確かにそんな気はするけどさ……そんな事だとヘタレっていわれちゃうよ!?」

「流石に誰もそんな事……」

「やーいヘタレー」

「流石に私でも怒るよ!?」

「じゃあ突っ込んできなって!」

「じゃあ朱里はあそこに入り込めるの!?」

「流石に遠慮したいかなーって……」

「ほらぁ!!」

 

 有希と朱里が女二人しか居ないのに姦しい。それに呆れたかのようにビヨンドホープのツインアイの光量が落ちた気がした。

 だが、そんな楽勝ムードが流れていた戦場は、急展開を迎えた。

 

「っ!?有希!草薙ノ剣が!!」

「え?……え!?」

 

 口喧嘩していた二人が急に黙る。それは、草薙ノ剣に異常が発生していたからだ。

 草薙ノ剣の腕に何かが組み付いて……いや、噛みついている。それは、見たことがない青色の生命体……ズヴェーリだった。足が四つ、全長は大体三十メートルかそれより小さい位だろうか。ただ、そのズヴェーリは、人型でも、戦車型でも無かった。言うならば、獣型。獣型ズヴェーリ。

 

「そ、そんな……まさか、新種!!?」

 

 草薙ノ剣の中で咲耶は驚愕故に言葉を荒げた。長年、ズヴェーリは人型、戦車型、飛行型の三種類だけだった。だが、ここに居るのは八年間戦ってきた咲耶も見たことがない形のズヴェーリだった。

 そのズヴェーリは草薙ノ剣の腕に噛み付いている。そして、徐々に装甲が軋んでいく音が響いてきて、レッドアラートが鳴り響いた。その音に意識を戻した咲耶はすぐに獣型ズヴェーリの頭部の赤い球体にもう片方の手で持っていた天羽々斬を突き刺した。

 それによって獣型ズヴェーリは崩れていったが、それでも咲耶の中で同様を生むのには十分だった。

 

「なんでこんな時に……」

 

 その瞬間、物凄い衝撃が草薙ノ剣を伝わった。

 

「ぐああああああ!!?」

 

 バランスを崩して倒れる草薙ノ剣。そして映し出された全体図では、草薙ノ剣の胸部装甲に当たる部分が真っ赤に染まっていた。戦車型ズヴェーリの砲撃が直撃したのだと気が付いた時にはもう遅い。

 人型ズヴェーリが伸ばした剣が草薙ノ剣の全身のあちこちに突き刺さった。そして、衝撃と共にコクピットの一部の配線がスパークした。

 

「ぐぅぅ……」

 

 瞬く間に草薙ノ剣の全体図が真っ赤に染まっていく。

 

「動いて、草薙ノ剣!動きなさい!」

 

 しかし、草薙ノ剣の前身は串刺しにされて動かない。そして、草薙ノ剣の目の前に獣型ズヴェーリが覆いかぶさるように現れる。そして、口を開いて胸部装甲に噛み付き、そのまま胸部装甲を引き剥がし、草薙ノ剣のコアがむき出しになる。

 もう、打つ手はない。何も出来ない。

 

「そう……案外早かったわね……お迎えは」

 

 何時かこんな日が来るだろうとは思っていた。それが案外早かった事を除けば全てが予想通りだった。

 故に、咲耶に死への恐怖はなかった。あるのは、やっと遥に会える。それだけ。

 ジョンは通信越しに早く脱出しろと叫んでいるが、この機体は咲耶の半身にして遥の元へとこの魂を運んでくれる片道切符。故に、この機体が爆発する時は咲耶も死ぬ。

 今この場で草薙ノ剣を格納庫に戻してもすぐにズヴェーリは咲耶の事を虫けら同然に踏みつぶす。もう、どうしようもできなかった。故に、彼女は操縦桿から手を放して目を閉じた。さぁ、殺してくれと言わんばかりに。

 

『咲耶!生きるのを諦めてるんじゃねぇ!!お前は生きろ!!私の分まで、有希と一緒に戦って生き抜け!!』

 

 だが、目を開いた。今、三年前に最後に聞いた声を聞いた気がするから。

 

「は、遥……?」

『咲耶さんから離れろぉぉぉぉぉぉぉ!!超振動ッ!!爆ッ砕ッ拳ッ!!』

 

 その瞬間、目の前に獣型ズヴェーリが弾け飛んだ。そして、草薙ノ剣を動けなくしていた剣も切り裂かれ、草薙ノ剣は自由の身となった。

 

「ビヨンドホープ……」

『お前たちに、咲耶さんは殺させたりはしない!!咲耶さんを殺すんなら、私という希望を踏み倒してみろ!!』

 

 倒れる草薙ノ剣を庇うようにビヨンドホープは立ち塞がった。見慣れたその背中は、三年前からは少し変わっていた。しかし、その背中はかつてのように逞しく、そして美しかった。

 

『咲耶さん。私は戦います。じゃないと、遥さんに恩を返せないから……私の命を助けてくれた遥さんに、顔向け出来ないから!だから……』

 

 ビヨンドホープはトンファーを構えた。その構えは遥の構えと、何処か似ていた。全く別物の筈なのに、似ていた。

 

『私も戦います。咲耶さんの相棒として……新たなる希望として!!』

 

 あぁ、そうか。そういう事か。

 

「遥……貴女は、彼女を守ってほしかったわけじゃないのね……」

 

 咲耶は草薙ノ剣の体を起こした。まだ、戦える。確かに、ここから大進行を食い止める事はできない。そう、一人では。

 だが、ビヨンドホープと一緒なら。遥の魂を引き継いだあの少女となら、勝てる。

 草薙ノ剣の体を起こしてビヨンドホープの隣に立つ。

 

「……有希。背中、任せるわよ」

『はい!!』

「朱里、有希のサポートをしてあげなさい。それと、敵の情報をレーダーで探知して送ってちょうだい」

『え?あ、はい!!』

 

 きっと、遥はこれを望んでいた。だから、託したんだ。彼女にビヨンドホープを。自分を支えれるように、遥が居なくなった後、自分の道を正してくれる人に。

 なら、頼らせてもらおう。遥が託した物に……新たなる希望に、有希に。さっき聞いた、遥の言葉の通り、有希と共に、戦って、戦って、戦い抜いて、そして生き残ってやる。それこそが、遥の望んでいる事なのだから。

 だから、生きよう。遥が助けたこの少女と共に生きるために。そのために守り、守られ、そして勝ち抜こう。

 

「草薙ノ剣……まだ、いけるわね?」

 

 咲耶の問いに草薙ノ剣は答えない。しかし、メーターで上がっていく出力が草薙ノ剣の意思を感じさせる。

 

「草薙ノ剣……希望と共に、伊座参る!!」

 

 そして草薙ノ剣の体が再びズヴェーリの群れの中へと突っ込む。

 

「どうしたの、ついてきなさい!!」

『は、はい!!』

 

 しかし、足が止まっていたビヨンドホープだが、声をかければすぐについてきて草薙ノ剣が討ち漏らしたズヴェーリのコアを的確に貫いてくる。

 

「ここからは立場は対等よ。思う存分に頼らせてもらうわ!!」

『任せてください!咲耶さんの事、守って見せますよ!!』

「頼もしいわね。なら、希望のその先を私に見せてみなさい!!」

『勿論です!!』

 

 頼もしい返事ね。と咲耶は呟いてから蛇神失墜ノ斬を放つ。そして目の前のズヴェーリを倒していくが、開けた前方から獣型ズヴェーリが突っ込んできた。しかし、心配はいらない。何故なら、ビヨンドホープが隣にいるから。

 コアに向かって突っ込んできた獣型ズヴェーリ。しかし、その途中で割り込んだビヨンドホープがトンファーを振りぬいて一瞬で獣型ズヴェーリを倒す。だが、その瞬間に消し飛ばせなかった戦車型ズヴェーリが砲撃を放つ。しかし、その前に草薙ノ剣が動く。

 すぐに前に回り込んだ咲耶が砲弾を天羽々斬で切り裂き、防ぐ。

 

「戦車型の対処はデウスマキナの迎撃プログラムを起動しておきなさい!そうしたら砲撃は勝手に防いでくれるわ!」

『わかりました!』

『御剣さん、獣型は一直線にしか突っ込んでこないので落ち着いて対処してください!』

「わかったわ!それと、別に咲耶でもいいわよ!」

『はい!』

 

 こうなれば、デウスマキナは無敵だ。有象無象のズヴェーリ程度では倒すことはできない。

 切り裂き、叩き潰し、消し飛ばし、分解する。

 有希は古参ではない故に新種だろうとすぐに対処方法を思いつき、すぐに獣型を片付ける。そして、咲耶は古参故に、有希の手の届かない部分を全て片づける。そして朱里はリアルタイムで変動していく戦場を見て的確に、その都度必要な情報を有希と咲耶に伝えていく。

 三対多。しかし、相手は所詮知能を持たない群れるしか出来ない雑魚。なら、デウスマキナが負ける通りはない。

 

「有希、後は私が片付けるわ!討ち漏らしを頼むわ!」

『任せてください!』

『残りズヴェーリ、直線状にしかいません!』

「切り裂け、蛇神失墜ノ斬!!」

 

 最後のエネルギーを使い、草薙ノ剣が蛇神失墜ノ斬を放つ。しかし、討ち漏らしがどうしても発生する。しかし、そのために個人戦に特化したビヨンドホープがいる。

 

『そこだ!!超振動爆砕拳!!』

 

 討ち漏らした獣型をビヨンドホープがその手で打ち砕く。

 そして、沈黙。

 

『……周辺に敵反応なし。やった、勝ったよ、有希!!』

『ちょ、いきなり抱き着かないで首が締まるぅ!』

 

 そんな姦しい声を聞いて咲耶も気が抜けたのか、クスっと笑った。その声を聞いてか、有希と朱里の声が止まった。

 

「え、ど、どうしたのかしら?」

『いや、咲耶さんも笑うんだなーって』

「私も人間なんだから笑うわよ!!」

 

 きゃー怒ったーとふざける二人。全くもう……と呟いた咲耶だったが、その表情は満更でもなさそうだった。

 そして、咲耶は草薙ノ剣の腕を動かし、ビヨンドホープに差し出した。有希はそれを見て何の事だろうかと首を傾げたが、すぐにその意図を汲み取って手を掴んだ。つまりは、握手だ。

 

「改めて、これからよろしくね。有希、朱里」

『はい!こちらこそ!』

『お願いしますね、咲耶さん!』

 

 ここからは対等な仲間として。新たに共に戦っていく仲間として。三人は手を取った。これこそが、遥の望んだ光景なのだろう。

 咲耶は答えを教えてくれる人が居ないが、これがきっと答えなのだろうと確信できた。

 赤い剣と蒼白の希望は今再び手を取り合った。




次回、Chapter1最終回


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Chapter1.15

今回はあとがきのような物なので、かなり短いです


 大進行を凌いでから数日後。有希と朱里は咲耶に連れられてとある場所に来ていた。

 そこは、霊園。そこまで大きくはない霊園だが、その中にひっそりと造られた墓。その前に三人は立っていた。

 

「咲耶さん。ここは……」

「遥のお墓よ。形だけ、だけれども……私は遥の死を認めたくなくって来なかったの。でも、ようやく決心がついたわ」

 

 墓が綺麗にされているという事は、きっとジョンや源十郎がよく来ていたのだろう。咲耶は買ってきた線香に火を付けて香炉の中に入れ、墓の前でしゃがんで手を合わせた。

 

「何年も来なくってごめんなさい、遥。私はまだ一人前とは言えないけど……でも、貴女の助けた子と一緒に一人前になるわ。だから、ゆっくりと休んでて。私がそっちに行くのは、もっと後になりそうだから、首を長くして、ね」

 

 そして咲耶は目を閉じて、立ち上がった。もう、言うことはないだろう。死者に縛られるのは、ここまでだ。

 

「ごめんなさい。つき合わせちゃって。一人で来るのは、ちょっと怖かったの」

「大丈夫ですよ。それに、私も遥さんに言いたい事がありますし」

「はい。遥さんに言いたいことがあるのは、咲耶さんだけじゃないんですよ」

「そうなの?じゃあ、場所を代わるわね」

 

 咲耶が墓の前から退き、その代わりに有希と朱里が並んで墓の前へと行ってしゃがんだ。

 

「遥さん。あの時助けてくれてありがとうございました。ちょっと大変な事はありましたが……私は遥さんの分まで生き続けます。だから、ズヴェーリの事は大船に乗ったつもりで任せてください」

「遥さん。有希を助けてくれてありがとうございます。あの時有希を助けてくれたから、私はまだ、こうして笑顔でいられます。だから、私の親友を助けてくれて、本当にありがとうございます」

 

 手を合わせ頭を下げる二人を見て咲耶は少し口角を上げた。

 

「遥。貴女は本当に凄いわね。貴女はこんなにも感謝されてるのよ」

『じゃあ、咲耶は顔を合わせてお礼を言われるように頑張らなきゃな』

「えぇ……え?」

 

 咲耶が後ろから聞こえてきた声に反応したが、後ろに誰も居なかったはずだと思って振り返った。が、やはりそこには誰もいない。

 きっと悪戯好きな霊か、どこかの人を助けるために爆発したお人好しな霊のせいだろう。そう思い、咲耶は笑ってから、空を見上げた。

 空は、彼女が乗っていた希望と同じ色をしていた。

 

 

****

 

 

「ジョンさん。本当に教えなくてもいいんですか?」

 

 特殊害獣駆除科の本部。そこで源十郎はジョンと相対して話していた。その顔は談笑をしている顔ではなく、どこか険しい。ジョンはその言葉に少し表情を暗くして頷いた。

 

「確かにこれは事実です。しかし、これは本当に微々たるもの。計算上は彼女が一生を終えるまでこの数値は五パーセントも増加しません」

「しかし!!」

「それに、余り不安にさせるものではありませんよ。これは、知ったところで彼女の不安を増やすだけです」

「……別に俺はジョンさんが決めたのなら口答えはしません。ですけど、もしこの数値が今後、驚異的な速さで増加していったら……」

「その時は素直に話しましょう」

 

 二人の前に置かれた紙。それは、有希が三年前に入院した時に受けた身体検査の結果の紙。そして、もう一枚の紙は、つい一か月前に有希の受けた身体検査の結果の紙だった。

 その紙の一部には、こう書かれていた。

 浸食率五四・七パーセント。そして、浸食率五四・八パーセント。

 有希の体は、徐々に、本当に徐々に、ビヨンドホープのコアに侵食されつつあった。

 それはつまり、有希の元の体は完全に消え去り、ビヨンドホープが有希の体全てを乗っ取るという可能性があるという事を示していた。

 有希はまだそれを、知らない。




次回を更新するとしたら、またChapterを全部書ききってからになるので、かなり先になります

次のChapterでは三機目のデウスマキナも登場予定です


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