艦隊これくしょん外伝 壊れた懐中時計 (焼き鳥タレ派)
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第1話:戦いの輪廻

「ごめんなさい夕雲ちゃん!許して……許して!私が、ちゃんと私が

後ろ見てなかったから……うわああああ!!」

 

港に秋雲の慟哭がこだまする。まただ。同じ時間。同じ結末。

 

「提督、もうご存知かとは思いますが……」

 

“私が殺したんだああ!!”

 

外からは相変わらず秋雲の悲鳴が聞こえてくる。秘書艦の三日月が重い口を開こうとした。

 

「ああ。夕雲轟沈、だろう。わかっている」

「!?……それだけ、ですか?」

「どうした、報告はそれだけか。なら下がってよし」

「……失礼します!」

 

一瞬軽蔑するように俺を睨み、三日月は執務室を出ていった。この視線にもとうに慣れた。

だが問題はない。こんなことにはならない。全ての悲劇は起こらない。

そう、涙なき世界の為に。

俺はポケットから銀の懐中時計を取り出し、竜頭を押した。

 

 

 

執務室を出た三日月はロビーの椅子に座り込み、うなだれた。

一体どうしてしまったのだろう。あの優しい提督がある日を境に変わってしまった。

その日の朝、すれ違った提督に挨拶しようとして絶句した。心ここにあらずといった様子で、

死んだような目で“時間遡行”だの“新世界”だの意味不明なことをつぶやいていたのだ。

“かけがえのない仲間”と、こちらが気恥ずかしくなるほど堂々と触れ回っていた

艦娘轟沈の知らせにも眉一つ動かさなくなった。

そんなことは知っているよと言わんばかりに。

 

“提督、最近の貴方はお変わりになってしまいました。一体何があったのですか!?”

“何もない。俺はいつもどおりだ”

“隠さないでください!みんな心配しています!私達も力になりますから、

お願いだから私達も頼ってください!”

“必要ない。下がりたまえ”

“私達じゃ頼りないですか?どうにもならないことなんですか!?”

“……同じことを、二度言わせるな!”

“申し訳ありません。失礼致します……”

 

どうして……鞄を小さな体で抱きしめて暗い顔をしていると、隣の席に誰かが、

どかと座った。天龍先輩だった。

 

「またあいつの事考えてんのかよ」

「天龍先輩……先輩は提督のこと心配じゃないんですか?」

「考えても答えの出ないことは考えないようにしてる。あいつ自身が話す気にならない以上、

オレ達があれこれ悩んでも意味ないだろ」

「先輩は強いんですね。やっぱり憧れちゃうな。私なんか悩んでばっかりで……」

「いーや、これはあいつが悪い!なんで男って生き物はなんでも

自分だけで解決しようとするかねえ」

「きっと、提督にも事情があるんですよ。私、先輩みたいに待つことに決めました!

提督が元気を取り戻してくれるまで!」

「オ、オレは別にあんなやつ……」

「それじゃ、定時報告があるんで失礼します!」

「聞いちゃいねえし……」

 

笑顔に戻った三日月は天龍を置いて走り去って行った。やれやれと軽く苦笑する天龍。

 

 

 

肉体と精神がごちゃまぜになりブラックホールに飲み込まれるような奇妙な感覚。

何度繰り返しても慣れない気持ち悪さ。気づいた俺は鎮守府の門に立っていた。

脇の詰め所の警備員に日付を尋ねる。

 

「お早うございます、提督。今日は長月九日ですよ」

「……ありがとう」

 

きっかり三ヶ月前。無事に時間遡行に成功した。広場から艦娘達の声が聞こえてくる。

 

「先に“間宮”着いたほうにおごりね!ヨイドン!」

「夕雲ずるい!待ってよー」

 

今度こそ、今度こそ。いや、絶対に。お前達を助けて見せる。

 

艦娘。

兵器であり人でもある彼女たちは、生まれながらにして、戦い沈んでは深海棲艦となり

また戦うという、死の輪廻にとらわれている。そんな彼女たちを

運命の鎖から解き放つ方法は、ない。今のところは……

俺が時間遡行、つまり過去へのみ行けるタイムトラベルの力を手に入れたのは

偶然に過ぎない。昼休みに花壇のそばを歩いていると、銀色の懐中時計が落ちていた。

手にとってよく見ると壊れていた。針が逆回転しているのだ。

これでは落とし主も困るだろう。竜頭を回し、時刻を合わせてみたが、

相変わらず針が逆に回るので意味がない。仕方がない。とりあえず竜頭を押して……!?

突然世界が左回りに渦を巻く。そして自分自身、肉体だけではない。

精神、人格、何もかもがかき回され一つの渦となる。

思考すらままならない現象に身を任せていると、

突然視界が明るく開け、見慣れた鎮守府の門が目の前に。

まだ少しふらつく意識に耐えながら、詰め所の警備員に状況を確認する。

 

「君、今の現象はなんだ!軍本部から連絡は!?」

「え、現象ってなんですか?」

「だから、今の世界が回るような……これは?」

 

警備員に詰め寄っていた俺の目に、手元の木板で作られたカレンダーが止まった。

文月拾五日。おかしい。今月は神無月だったはず。

 

「このカレンダー、遅れているぞ。三ヶ月もほったらかしだ」

「え?どれどれ……やだなぁ、ちゃんと文月じゃないですか。

しっかりしてくださいよ、提督」

「しかし、今月は神無月……」

 

言いかけて気づいた。蝉の鳴き声や照りつける暑さに。神無月といえば秋風の涼しい季節だ。

俺は戻ったのだ。三ヶ月前に。この謎の懐中時計には時間遡行の力がある。

原理や仕組みなどどうでもいい。

広場を眺めると、長椅子で弁当を食べる艦娘、友と語らう艦娘、

そして、先月の侵攻作戦で散っていった艦娘!

俺は確信した。これが、こいつの力があれば!彼女達を、救える!

 



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第2話:無限回廊の始まり

1巡目

 

俺は手に入れた、神の御業に等しい力を。いや、天が告げているのだ!

彼女らを縛る忌まわしき負の連鎖を断ち切れと、お前の力で成して見よと!

……しかし実際何をすればいい?しばらくは収まらなかった興奮も、

現実問題に向き合ううち徐々に引いてきた。このまま簡素な執務室の椅子に座していても、

いずれ訪れる悲劇をまた繰り返すだけだ。まずはそもそもこの戦いが始まった……

 

「……とく、提督!聞いてるんですか?」

「ん?ああ、悪い悪い。少しぼーっとしてたよ、はは」

「“はは”じゃないでしょ、もう。一応最初から報告しますね。

10:00、第四駆逐艦隊が南方海域にて敵艦隊と交戦、撃破。物資の鹵獲に成功し……」

 

やはり繰り返している。この報告も約三ヶ月前のものと一言一句違わない。

間違いなく俺は時間遡行の力を手に入れた。これを活かすも殺すも俺次第。

三日月を退室させた俺は思案に戻る。まずは基本に立ち返ろう。

そもそもこの戦いは、突如現れた深海棲艦なる怪物の侵攻により、

人類が地球上から制海権を失った事が発端だ。そこに現れたのが艦娘達。

特殊な艤装を装備し、自由に海を駆け抜ける彼女達が深海棲艦を駆逐し、

人類はわずかながら母なる海を取り戻した。だが、海軍の調査や艦娘が戦いで得た情報から、

その深海棲艦の正体は戦いで命を落とした艦娘の転生体であることがわかったのだ。

なんという皮肉だろう。では、この鶏と卵の関係はいつ、どのようにして

生まれたのだろうか。わからない。情報が必要だ。俺は別棟の図書館に向かった。

 

 

 

少し埃っぽい図書館に着いた俺は、早速三桁の番号とカテゴリーが記された書架を

探して回った。『戦記』の書架を見つけた俺はめぼしい本を探してみる。

『対深海棲艦戦闘記録』違う。戦果じゃない。俺が欲しいのは根本的な何かだ。

『艦娘の建艦方針手引書』惜しいが違う気がする。生まれる前が知りたいのだ。

 

「あら~、提督。読書の気分ですか?」

 

俺が多くの本の前でうんうん唸っていると、龍田さんがのんびりとした声を掛けてきた。

いつの間にか気を張り詰めていたので少しほっとした。

 

「ああ、うん。ちょっと深海棲艦の生体について調べようと思ってるんだ」

「勉強熱心なんですね~。それじゃあ、これなんかどうかしら」

 

博識な彼女は書架から迷わず一冊の本を取り出した。『深海棲艦の起源と歴史』

ドンピシャだった。

 

「ありがとう!参考になりそうだよ、早速借りてくる!」

「どういたしまして~」

 

龍田さんに礼を言い、カウンターで手続きを済ませると、急いで執務室に戻り

分厚い本を開いた。目次を見ると『深海棲艦出現確認地点』。

そのものズバリのページがあった。はやる気持ちを抑えてページをめくると、

そこには不気味な光景が広がっていた。深海に朽ち果てた“艦”らしきものが

沈んでいる様子が写真に収められていた。折れ曲がり、もはや使い物にならないが、

かつて三連装砲だったであろう兵装からも、それが軍艦であったことが窺える。

確かに深海棲艦が現れるまでは各国もこういう軍艦を保有していたが、

この劣化の進み具合と奴らの出現時期を考えると辻褄が合わない。古すぎるのだ。

また袋小路に入る。やはり書物の情報だけでは不十分か……。

俺はついに艦隊を動かすことに決めた。

 

 

 

「いいか吹雪、夕立。今回の目的はあくまで調査でお前達は潜水部隊の命綱だ。

避けられる戦闘は避けて、接敵したら迷わず撤退。いいな?」

「了解です。でも提督、深海に一体何があるというんですか?

駆逐二、潜水三の編成はいつもと違うような……」

「資材確保の遠征なら、もっと効率いい編成あるっぽい」

「ぶーたれるんじゃありません!えーとこれはだな……。温故知新というやつだ。

みんなも海底に沈んだ艦艇らしきものがあることは知ってるよな?

そこにある資料になりそうなものをできるだけ持ち帰ってほしい」

「いわゆる……サルベージ?」

「そう、それU-511!さすがみんなのお姉さん的存在!」

「Danke…」

「ニムも頑張っちゃうから!期待しててよね、提督!」

「それじゃ、行ってくるでち。ゴーヤ、潜りまーす!」

「みんな気をつけてなー!」

 

艤装で身を固めた艦娘達が、各々出撃ドックの『出撃』パネルを踏み一気に加速。

大海原へ旅立っていった。めぼしいものが見つかるといいが。いや、そうでなくては困る。

彼女たちにとってはこの美しい母なる海も、一つ誤れば巨大な棺桶に姿を変える

魔の領域なのだ。一日も早く、この無意味なループを断ち切らなければ。

俺は決意を新たにした。

 

 

 

どこかの次元のとある場所、時間が意味をなさないところに“そこ”はあった。

洋館の大ホール中央に広い真紅のカーペットが敷かれており、

それを挟むように大勢の者たちが整列していた。

カーペットの先には大きなデスクと革張りの椅子があり、何者かが腰掛けている。

皆、制服のような物を身にまとっていたが、制服というにはほとんど統一されておらず、

マントを着る者、帽子が二つに尖っている者、短いケープを羽織るもの、多種多様であった。

共通しているのは紺色と、どこかしらに時計の歯車があしらわれている

という点だけであった。

 

今、デスクの人物の前にダブルのスーツを来た大柄な男が立たされており、その周りを、

歯車の模様がデザインされたシルクハットを被った少女がゆっくりと歩いている。

紺のブレザーに赤いスカート。両方のブロンドを縦にカールした可憐な少女だった。

そんな彼女が男に質問をぶつける。

 

「……貴方、時計はどうなさったのかしら」

「も、申し訳ありません次長!いつの間にかポケットに綻びた穴が……」

「ど・こ・に・あるのか聞いていますの」

 

顔は笑っているが、不気味な凄みを効かせて怒りを露わにする少女。

少女が大男を詰問する奇妙な構図。

 

「紛失致しました……」

「はぁ、貴方この1年、この次元の暦ですけど、この1年で時計の紛失は何度目かしら?」

「3回……であります」

「我々の時計が局長直々の賜り物だということは理解していらっしゃるかしら?」

「ええ、それはもちろん……!!」

「だったらこの体たらくは何ですの!?」

 

少女が男にステッキを突きつける。今度は笑っておらず、怒りに顔を歪ませていた。

 

「一度目は酒に酔って置き忘れ、二度目は鞄ごと置き引きに遭い、三度目は?

ポケットに穴が開いてたと。前から考えていたのですけど、貴方、

この仕事に向いていらっしゃらないんじゃないかしら。記憶を消去して

どこか適度に文明のある惑星に放置したほうがお互いのためかもしれませんわね」

「そ、それだけはお許しを!必ず探し出しますのでそれだけは……」

「お心当たりはあって?」

「それは……様々な宇宙空間の時間運行を点検しておりました故、少しばかりお時間が……」

「もういいですわ。貴方、少し頭を冷やされたほうがいいみたいですわね。氷河期辺りで」

「お待ち下さい、今一度、今一度機会を!」

 

少女は男の懇願を無視して内ポケットから純金のミニッツリピーターを取り出した。

竜頭を押すと、リン、リン、リン、リン……聴くものを惹きつける規則正しい美しい音色が

ホールに響く。すると同時に、背後から見えない何かに掴まれるような感覚が男を襲った。

そして次の瞬間、スルッっと音もなく男が次元に開いた点に吸い込まれた。

悲鳴を上げる間すらなかった。

 

「ハハハ、相変わらず君は手厳しいなぁ」

 

デスクに座って口の前で手を組む男が笑った。逆光でその顔は見えない。

 

「当然の報いですわ。それに私たちに“死”の概念はありませんし、

これくらいでちょうど良いかと」

「しかし困ったなぁ。いくら低スペックとは言え、あれが普通の人間の手に渡ると

色々とあれだし」

「私にお任せくださいまし。やたら行動範囲だけは広かった、

あれの道順をトレースするのは私の時計でなければ無理かと」

「助かるよ。有能な部下がいると実に助かる」

「勿体なきお言葉」

 

少女はスカートの両端を摘んで軽く腰を下げた。

 



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第3話:ほつれだした糸

2巡目

 

……見つからない。

 

「……いいか吹雪、夕立。今回の目的はあくまで調査。潜水部隊を守れ。

余計な戦闘はするな。いいな?」

「了解です。でも提督、深海に一体何があるというんですか?

駆逐二、潜水三の編成はいつもと違うような……」

「資材確保の遠征なら、もっと効率いい編成あるっぽい」

「軍事機密だ、いいから行け!」

 

なんの進展も無い苛立ちから、つい声を荒らげてしまった。“1巡目”で、

あれから他の任務の合間を見つけては何度もサルベージを試みたが、

どの海域でも目立った成果は得られなかった。

錆の塊と化した軍艦には藻とフジツボ、粉々に砕けた備品の類しかなかった。

 

「あ……すまない。みんな、とにかく気をつけて行ってきてくれ」

「わ、わかりました。吹雪、出ます!」

 

他の艦娘達も次々と出撃し、最後に残ったU-511が話しかけてきた。

 

「Admiral…」

「どうした、U-511」

「貴方、ひどく疲れた顔してる。自分の心配もしてね」

「え……?」

 

言い残すと彼女も海へ飛び出していった。思わず頬に手を当てる。後で鏡を見てみよう。

執務室に戻った俺は机に広げた海図を眺める。

そして半透明な六角形で細かく区切られた海域を赤で塗りつぶす。

何も見つからなかった、いわばハズレ。

1巡目で塗りつぶしたところも時間遡行でやり直しになったので少々面倒だが仕方がない。

何もない海域を浮かび上がらせることで何か発見があるかもしれない。

俺は色鉛筆で丁寧に六角形に色付けしていった。

 

“貴方、ひどく疲れた顔してる。自分の心配もしてね”

 

ふと、U-511の言葉を思い出す……これが終わったら少し早めに休もう。

きっと俺の計画は長くなる。こんなところでへばってはいられない。

よし、気合い入れるぞ!俺は自分に活を入れた。

 

 

 

4巡目

 

うんざりだ!1年かかってこのザマか!!

 

“私が殺したんだああ!!”

 

母港から秋雲の悲鳴が聞こえる。俺は耳を塞いで机に頭を伏せた。

嫌なことに夕雲の死がタイムリミット、つまり時間遡行の合図となった。

俺が懐中時計を拾ってからちょうど三ヶ月に彼女は死ぬ。連続して遡行することも考えたが、

時計の使用は極力必要最小限に抑えたかった。

時間遡行の際の精神をかき回されるような感覚は、

俺の心をガリガリと削っていくような気もするし、この時計、竜頭の柱がなんだか頼りない。

何かのはずみで折れたりしたら俺の戦いはご破算だ。

 

コンコンコン……

 

ドアがノックされる。三日月だ。わかっている。

 

「……入ってくれ」

「失礼します。もうご存知かとは思いますが……」

「ああ、聞いたよ……助けられなかった」

「提督のせいじゃありません!戦場では状況は目まぐるしく変わります!

それを読み切るなんて誰にも……」

「いいんだ。もう一度、次こそは……」

「提督?」

 

俺はポケットから懐中時計を取り出し、竜頭を押そうとした。が、大事なことを忘れていた。

潜水部隊の帰還がちょうど今日だった。俺は執務室へ出て母港へ向かう。

秋雲はもういなかった。友人に付き添われて宿舎に戻ったらしい。

 

「ただいまー今回の遠征はちょっと疲れたっぽい~」

「あ、提督!吹雪、遠征任務を完了し、ただいま帰還しました!」

 

地面でへばる夕立とは対称的に、律儀に敬礼をする吹雪。

 

「ご苦労だった。それで?何か見つかったのか!」

 

今度こそはと何度も裏切られてきた期待を込めて吹雪に問う。

 

「それが「じゃ~んこれ見て提督!」」

 

吹雪に割り込んで伊58が飛び出してきた。そして両手に黒い物を乗せて差し出してきた。

 

「今回もガラクタばっかりだったけど、おっきなウニがいたんでち!提督にあげるでち。

最近元気ないからこれ食べて元気出して欲しいでち!」

「……ふふ」

「提督?」

「ふ、ふふ、ふざけるなあぁ!」

 

パシィ!

 

気づいたら伊58の手を払っていた。せっかくのウニは海に落ちてしまった。

 

「!?」

「お前達は任務を舐めてるのか!何度“成果なし”を繰り返せば気が済む!?

俺を太平洋全域の調査が終わるまで待たせる気か!」

 

彼女達に非はない。遠征で何かが見つかる保証など最初から無い。

わかっていても止まらない、止められない。エゴをむき出しにして艦娘達を怒鳴る。

 

「遠征任務もタダじゃないんだぞ!お前達が手ぶらで帰ろうが燃料弾薬は消えていく!

さんざ資材を費やして持ち帰った成果がウニ1匹か!?」

「ご、ごめんでち……」

「待って、ゴーヤは悪くないよ。ちょっと提督の言い草ひどいっぽい!

そりゃ私達はいいよ、成果を出せなかったのは事実だし。

でも、ゴーヤに手を上げたのは謝って!」

「……夕立。いつから提督に具申できるほど偉くなった……」

 

血走った目で夕立を睨む。体内時間で1年。同じ3ヶ月の繰り返し。見えない成果。

繰り返される悲劇。それらでところどころメッキの剥がれた理性から傲慢さが溢れ出す。

 

「ならば私が言いましょう。彼女達に謝罪してください、提督」

 

振り返るといつの間にか厳しい目で俺を見据える艦娘が、腕を組んで立っていた。

屋外に響き渡る怒声を聞きつけた戦艦長門だった。

 

「……優秀なお前まで、こいつらの肩を持つ気か」

「一体何をお考えなのです。司令室まで聞こえるほどの大声で。

成果が保証されている遠征などないことくらいご存知でしょう」

「任務失敗を正当化する気か!貴様ら全員軍法会議に“パァン!”」

 

長門が俺の頬を張った。乾いた音と痛みで頭に上った血が覚めていくような気がした。

 

「上官への暴力、如何様な罰も受けましょう。しかし、彼女達に謝罪してください。

その具申だけは撤回するつもりはありません」

「……いや、いい。俺が悪かった。みんな、伊58、すまなかった。

俺がどうかしていたよ……」

 

俺はボソボソとつぶやくとおぼつかない足取りで立ち去ろうとした。

 

「提督、待ってください!」

「吹雪……」

「提督は何を探していらっしゃるんですか!?こんなに必死になって

ただの歴史資料を探すなんてどう考えてもおかしいです!」

 

頬を何かが伝う。涙ではない。心から剥がれ落ちた何かだった。

 

「みんな、助けたいんだ。それは、本当なんだ……」

 

そして懐中時計を取り出し、竜頭を押した。

 

 

 

5巡目

 

遂にこの日がやってきた!

 

「駆逐艦吹雪、ただいま帰還しました。こちらが今回の回収品です!」

「ふぅ~これでやっと面目立ったっぽいね」

「ユー、頑張った……」

「ゴーヤが一番!MVPだもん!」

「遠征にMVPはないよ、ゴーヤ。それにニムのことも忘れてもらっちゃ困るなぁ~」

「おお……よくやってくれた。みんな、ありがとう、ありがとう……!!」

 

感激の余り全員に握手をして回る。

 

「ふふん。そりゃあ、ニムの水中探信儀にかかれば……ってやだ提督泣いてんの!?」

「これは~……いくらなんでも引くっぽい」

「へへ、うるせえやい……」

 

実際俺は泣いていた。そういえば、最後にプラスの感情を抱いたのが、

ずいぶん昔のことのように感じる。

ガラス製の台には『昭和海戦全記』と記されたびしょ濡れの分厚い本が置かれている。

幸い表紙が頑丈なつくりになっており、焦らず分析室で安全に乾燥させれば

読めるとのことだった。俺は鼻をすすって伊26に尋ねた。

 

「この本、どんな艦に置いてあったんだ?」

「それが見たことのない変な艦でさー」

「変な艦?」

「そう。全体的に角張った感じで、砲が一門しかなかった」

「砲が一門?それでどうやって戦うんだろうか……」

「あと、後甲板に正方形の鉄板がいっぱい並べてあった。

大きさは軽巡クラスだったから輸送艦でもなさそうだったし……う~ん、ニムわかんない!」

「そうか。ありがとう……」

 

一体そんな箸にも棒にもかからなそうな艦が何の為に造られたのだろうか。

 

「はーい!ゴーヤからも質問!」

「どうしたんだい?伊58」

 

4巡目で彼女の真心を踏みにじってしまった罪悪感から、

無意識にいつもより優しく答えていた。

 

「あの本には一体何が書いてあるんでちか?」

「あれかい。実は俺にもまだわからない。でも、きっと役に立つことが書かれているんだ。

みんなを幸せにしてくれるような……」

「うっわ……今日の提督メルヘン入りすぎっぽい。熱ない?」

「はは。本当、変だな俺。ははは」

 

1年以上かけて、彼女達にとっては3ヶ月足らずだが、ようやく掴んだ希望。

心の底から笑う俺を半ば呆れて眺める仲間たち。

長い時間のかかったわずかな一歩だったが、涙なき世界へ近づいた気がした。

そして知ることになる。

 

希望は絶望の裏返しなのだと。

 



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第4話:パンドラの箱

6巡目

 

結局あの『昭和海戦全記』の修繕はタイムリミットに間に合わなかったが問題ない。

記憶した海域にすぐさま遠征を派遣し、回収。分析室に回した。

一気に全ての答えがわかるなど都合の良いことは考えていないが、

重要な鍵が隠されているのは間違いないだろう。深海棲艦、そして艦娘達の

出自を知ることができれば、この不毛な戦いに終止符を打つことができるかもしれない。

それにしても、楽しみのある毎日は素晴らしい。

俺の生活にも色が着いてきたような気がする。時間遡行からタイムリミットまでは

全く同じ生活の繰り返しを余儀なくされる。誰に挨拶しても同じ返事。

三日月の一言一句違わぬ報告。実体を持った既視感。頭が呆けそうだ。刺激が欲しくなる。

そんな時にもたらされた朗報。未来への突破口!何もせずこうして待っているだけで

生きている、と感じる。分析室からは今日にもあの本の修繕が終わり、届くと連絡があった。

待ちきれず執務室のデスクでそわそわしていると、トントントン、とノックの音が。

 

「入りたまえ!」

「失礼します。提督、技術部からの届け物です。こちらがその……」

「貸してくれ!」

「あっ……」

 

俺は三日月から乾いた『昭和海戦全記』をひったくると、慌てて目次に目を通した。

すると“日本海軍所属艦艇”という項目に、見慣れた名前がずらりと並んでいた。

他にも重要そうな項目はあったが、まず彼女達のことを知りたかった俺は

“赤城”のページを開いた。が、顔がくっつきそうなほど、本に食いつく俺を

心配そうに見つめる三日月に気がつく。

 

「あ、ああ三日月。他に何か報告はないか?」

「いえ、そのお届け物だけです」

「そうか、うん、なら下がっていいぞ。ありがとう」

「……失礼します」

 

一つ息をついて落ち着く。やはり完璧な復元は難しかったのか、

パリパリと少しページがくっついている。しかし、軽く力を入れればきれいに剥がれるので

問題なく読めるだろう。そして椅子に腰掛け改めて開いたページを眺める。

そこには彼女と同じ名前の巨大な艦艇の写真とその解説が記されていた。

平らな甲板に10機ほどの艦載機を搭載した堂々たる姿。俺はじっくりと解説を読む。

 

「なになに、空母赤城は日本海軍所属の航空母艦。これは知ってる。

ふふ、いつも会ってるからな」

 

一人笑いをこぼしながら本を読み進める。

 

「大正14年4月22日 巡洋戦艦赤城として進水。

へぇ。写真の彼女は初めから空母だったわけじゃないのか」

 

もう一人の赤城の意外な生い立ちを知り驚く。その後も、赤城の設計思想、

近代化改装の方式や成果など、少なくともこの鎮守府の方法とは明らかに違う艦の運用に

息を呑むばかりだった。しかし、“第二次世界大戦”という見出しの段落を読むうち、

背筋に嫌な汗が流れた。

 

ミッドウェー海戦

 

“真珠湾攻撃に端を発する太平洋戦争では、快進撃を見せた赤城だったが、

ミッドウェー島を巡る日米両軍の戦いで、赤城を含む空母機動部隊は壊滅的損害を受け、

結果日本軍は第二次世界大戦に於ける主導権を失い……”

 

「……知らん。知らん!!第二次世界大戦という戦争など俺は知らん!

第一、深海棲艦の妨害でアメリカとは行き来すらままならないじゃないか!」

 

“赤城は米軍機の急降下爆撃を受け、火災・炎上、格納庫に引火。

内部で爆発を繰り返し、航行不能となり、雷撃処分”

 

雷撃処分。つまり、死。思わず立ち上がった。心臓が激しく鼓動する。

何度も深呼吸する。無理に自分を落ち着かせる。

 

「待て待て。軍の記録には赤城と同名の空母が建造されたなんて記録はない。

そもそも第二次世界大戦なんて戦争も起こってない!そう、これは過去の話だ。

あんなボロボロの艦に残っていた資料だ、単に俺が知らなかっただけだ!」

 

しかし資料には、第二次世界大戦はあらゆる国が利害の一致する相手と同盟を結び、

勢力を二分して覇権を巡り争った人類史上最大の戦争、とあった。

それを軍属が知らないというのはいささか無理がある。

だが、そんな理屈など頭から追い出す。

 

「……そうだ。そうだよ。あくまでこの記録はこの鋼鉄の軍艦の運命であって、

この鎮守府にいる彼女とは関係ない。アハハ、何を俺はおたおたしていたんだ」

「現実逃避は感心しませんわよ」

 

ずれた軍帽を直し、もう一度席に着こうとすると、突然声をかけられた。

いつの間にかドアの前に人が立っていた。ステッキを持った少女。

紺のブレザーに赤いスカート。そして時計の歯車らしき模様をあしらった

シルクハットが目を引く。

 

「誰だ君は。どうやって入ってきた。ここは部外者は立入禁止だ」

「私は時空運行管理局次長の○△※。あなたに用事があって来ましたの」

「どうやって入ったのか聞いている。さぁ、早く出ていきたまえ。

人を呼んで大事にはしたくない」

「どうやって入ったか。は、そのポケットのものに関係していますわ」

 

少女がステッキで指した右ポケットには銀の懐中時計が。

 

「これは……君が落としたのか!?」

「あんな馬鹿と一緒にされるのは心外ですわね。私はそんなヘマはしませんわ。

ただそれを返していただきに来ただけ」

 

彼女が語る間に、俺はさりげなくデスクにつき、ホルスターから拳銃を抜いた。

 

「……悪いが、こいつを返すわけにはいかないな」

「あら、いけない方。ご両親から人の物を盗ってはいけません、と教わりませんでした?」

「問題ない。今からもっと悪いことをするからな!」

 

バンバンバン!!

 

俺は少女に向けて3発撃った。が、弾丸が命中することはなかった。

外したのではない。空中で静止していたのだ。少女がゆっくり歩いて弾道から外れると、

弾丸が速度を取り戻し、壁に突き刺さった。俺が驚いていると、

彼女は内ポケットから金の懐中時計を取り出し、手の中でもてあそんだ。

 

「私の時計はそんなチャチなものではありませんの。時間遡行はもちろん、停止、跳躍。

同次元内のあらゆる時間に干渉できますわ。もちろん範囲も自由自在。あ、ご安心ください。

この部屋以外の時間は止めてありますから、

銃声を聞きつけた連中の邪魔が入ることはありませんわ」

「……は、はは。そんな良いもん持ってるならさ、これ、ちょっと貸しといてくれよ。

どうしてもやりたいことがあるんだよ」

「だーめ。……と言っても納得してくださらないでしょうし?

そもそも時計を落としたこちらにも落ち度があることは認めますわ。

そうですわね……。現実を直視してもなお、貴方の意志が曲がらなければ、

もうしばらく様子を見させていただくことにしますわ」

「どういうことだ……?」

「“艦娘を助けたい”」

「!!」

「ずいぶん前から貴方の行動は観察させていただいてますの。大した忍耐力ですこと。

いくら肉体が年を取らないとは言え、1年半も同じ3ヶ月を繰り返すなんて、

大抵の人間なら諦めてますわ。“もういいや”って」

「諦められるか……助けられるかもしれないんだ!チャンスを手に入れたんだぞ!!」

「ミッドウェー海戦」

「……それがどうした。そんなもんは大昔の小競り合いだ。今を生きる俺達には関係ない!」

「はぁ……“歴史は繰り返す”」

「なんだと?」

「この言葉をよく反芻して、これからの出来事を体験なさって」

 

謎の少女は、今度はメモを取り出し、何かを探し出した。

何枚かページをめくり、目的の情報を見つけたようだ。

 

「ああ、ありましたわ。この世界でミッドウェー海戦に当たる戦闘が行われるのは2年後。

この戦いで空母4、重巡1が犠牲となります。貴方は彼女達を絶対に“助けられない”」

「どういう意味だ……空母4に重巡1だぞ!なにがどうなればそうなる!?」

「言葉通りの意味ですわ。何が起きるかはご自分で体験なさって。さあ、お手を。

2年後の鎮守府にお連れします」

 

少女が手を差し出す。俺はその白く小さな手を取った。すると彼女が金時計の竜頭を押した。

 

リン、リン、リン、リン……

 

耳に心地よい音色が響くと、突然周囲がマーブル模様の得体の知れない空間に変わり、

少女の背後から川のように一気に流れ出した。おそらく時間移動しているのだろうが、

俺の時計のような不快感はない。そして遠くに出口らしき光源が見えた。

近づくに連れ、光は強くなる。そして目も開けていられなくなり、腕で目をかばった瞬間、

大空に放り出されるような感覚に包まれた。そして。

ゆっくり目を開けるといつもの鎮守府の門の前に立っていた。

 

「さあ、着きましたわ」

「ここは……鎮守府か」

「あれから2年後の、ですけれど。さぁ、これが“犠牲者リスト”ですわ」

「……くっ!」

 

俺は少女を睨み、メモ用紙をひったくった。

 

「ミッドウェーで歴史を再現させるには……3日後の出撃がいいですわ」

「おい、一つ確認だ。この編成なら1隻空きがあるよな。

誰かもう一人編入してもいいんだよなぁ……?」

「もちろん。お好きになさって。私は邪魔にならないところから見守らせていただきますわ」

「ああ、絶対誰も死なせはしない!」

 

俺は門を潜り、司令部へと走っていった。

ドアを乱暴に開けると、長門と陸奥、そして通信士の大淀が驚いた様子で俺を見た。

 

「どうなさったのですか、提督?」

 

だが、構わず長門にメモを差し出した。

 

「3日後、ミッドウェー諸島にこのメンバーを派遣したいから手筈を整えてくれ。

ああ、それと書いてないけど長門、君にも出撃してもらいたい」

「「「!!」」」

 

三人は一瞬驚いたが、目を見合わせてうなずきあう。そして長門が俺に語りかけた。

 

「承知しました。遂にMI作戦を決行なさるのですね!」

「え、MI?なんの話だ」

「ご心配なく。ここなら外に漏れることはありません。ミッドウェー諸島の棲姫級を撃滅し、

要所となるMIを奪取する。困難な任務となるでしょうが、我々も負けるつもりはありません。

提督の采配に期待します!」

「え?あ、うん」

「提督。長門のこと、よろしく頼むわね!」

「私も陰ながら精一杯尽力させていただきます!」

 

そして、陸奥や大淀も加わり、とても“なんのことかわからない”と言える空気では

なくなってしまった。

 

「う、うむ。各自死力を尽くひてくれたまへ……」

「「「はっ!」」」

 

混乱の余り変な口調になってしまった。俺は司令室を出て執務室に戻った。

ドアを開けて脇を見ると3つの穴。あの少女が幻などではない証。

そう、俺は成さなければならない。長門とメモに名前のあったメンバー。

6名全員の生還を果たさなければ、運命に勝利することなどできはしない。

俺はデスクの電話を取り、三日月の電波通信機の暗証番号を押し、彼女を呼び出した。

しばらく待つと5分ほどで彼女はやってきた。

 

「失礼します!」

「う、うん。急に呼び出して悪いな」

「いいえ、この大事が最優先ですから!」

 

三日月も若干興奮気味だ。やはり“MIってなに?”などとストレートには聞けない。

 

「もう聞いているのか……」

「はい、提督が遂にご決断なさったことは秘書艦の私にも連絡が来ています」

「ああ、うん。MIな。コホン、それについて作戦開始前に今一度状況を整理しておきたい。

そもそも何故この作戦を実行するに至ったか、わかりやすく説明してくれ。

あ、いや、よく言うだろう、基礎を疎かにする者に大事は成せぬと」

「おっしゃる通りです!それではまずMIの重要性についてですが……」

 

知ったような口ぶりで三日月から情報を聞き出す。まずMIはミッドウェーの頭文字。

俺が時間跳躍した2年のうちに、人類は艦娘の活躍により、

更に海での活動領域を取り戻したが、ある時、新種とも言える深海棲艦と遭遇。

“深海棲姫”。そう名づけられた。とりわけ桁外れの力と凶暴さで

幾人もの艦娘を屠ってきた奴らの猛攻に、人類の進撃は今や停滞状態にあるという。

そして要所であったミッドウェー諸島に“中間棲姫”なる棲姫が出現。

アメリカへの航路確立を目指していた日本海軍は再びアジアへの撤退を余儀なくされた。

そして俺達は再びアメリカを目指すべくミッドウェー奪還の機会を窺っていた……らしい。

 

「うん。そう、その通りだよ。俺達はミッドウェーを取り戻すんだ」

「頑張りましょうね、提督!」

「ああ、おかげで現状がはっきりと把握できた。ありがとう。もう下がってくれ」

「失礼します!」

 

どうしよう。なんだよ棲姫って。どれぐらい強いんだ?

これまでは空母と戦艦が出撃すれば勝てない敵などいなかった。

資材の消耗が半端でないからホイホイ出せはしなかったが。……まあいい。

とりあえず今はミッドウェーなどどうでもいい。出撃した6名の生還こそが勝利なのだ。

俺は彼女達を信じる。

 

 

 

3日後。

俺は出撃ドックにMI作戦の出撃メンバーを見送りに来ていた。

あれから深海棲姫について調べたが、軍本部でもまだ奴らの生体については

資料が足りないらしく、結局“とんでもなく強い”ことしかわからなかった。

そんな俺には、結局彼女達に持てるだけの応急修理要員を持たせて、

励ましの声を掛けることしかできない。ちなみにこの小人のような応急修理要員が

何なのかはよくわからない。俺が海軍に入隊してからの謎だ。

今も艦娘の邪魔にならないところに入り込んでこちらに手を振っている。

 

「全員の健闘を祈る。無事で帰ってくるんだぞ。絶対……死ぬんじゃない!!」

「心配なさらないでください、提督。必ず勝利を持ち帰ります!」

「君が今回の旗艦だ。よろしく頼んだぞ」

 

空母赤城。弓道着に赤い袴姿がよく似合う。長い黒髪の大和撫子を絵に描いたような艦娘。

あの本によるとミッドウェーで彼女は……いや違う!あれはあのデカブツの物語だ!

 

「“死ぬ”なんて縁起の悪い言葉は要りません。迷惑です」

 

振り返らずにピシャリと斬り捨てた彼女は空母加賀。彼女も弓道着姿だが、

ショートカットで、袴は青だ。他人にも自分にも厳しい凛とした女性。

 

「私を選んで正解よ、提督!必ずMI奪ってみせますから!」

 

空母蒼龍。彼女もまた弓矢を装備し、緑の和服を着た頼れる空母。

 

「皆さん、索敵は私に任せてくださいね!攻める時は攻める、守る時は守る!

メリハリ付けて行きましょう!」

 

空母飛龍。オレンジの着物に緑の袴が映える。丁寧に手入れされた弓に

彼女の几帳面さが窺える。

 

「私が皆さんをサポートしますわ。雑魚深海棲艦など物の数ではありません。」

 

重巡三隈。えんじ色の制服を着た、機動性・攻撃力においてバランスに優れた艦娘。

 

「さあ、赤城。出撃の合図を!」

 

そして戦艦長門。その攻撃力・装甲については今更語るまでもない。

6人目が空いていることに気づいた時、真っ先に彼女の顔が脳裏に浮かんだ。

 

 

「一航戦!赤城!出ます!」

 

 

彼女が掛け声と共に“出撃”パネルを踏み、海へ飛び出していくと

他の艦娘達も次々出撃していった。こうして彼女達の勇ましい後ろ姿を見ていると、

俺の心配は単なる杞憂だったのではないかという気がしてくる。

深海棲姫が何なのかはよくわからないが、きっといつものように艦爆隊で先制攻撃を仕掛け、

41cm砲で叩き潰してくれるだろう。

 

 

そんな人間の希望を、常に運命の女神はせせら笑う。

 



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第5話:残された希望

結論から言おう。作戦は失敗した。

 

「うあああああ!!」

 

俺は椅子を振り上げ、机の物を薙ぎ払った。書籍や海図が飛んでいき、

ランプや置物が派手に音を立てて砕け散る。どれだけ物に当たろうが、絶望、怒り、悲しみが果てることはない。しかし感情のやり場のない俺は思い切り本棚を倒した。

『昭和海戦全記』が床に転がり出る。

 

「何が“みんなを幸せにする”だ!“運命を変える鍵だ”!

こんなもん……ただの死亡診断書じゃねえか!!」

 

俺は役立たずの本を壁に投げつけた。俺の暴れる音を聞いた三日月が

ノックもせず飛び込んできて、腰に手を回して止めようとする。

 

「もう止めてください!仕方がなかったんです!あんな物量、不可抗力だったんです」

「何が仕方なかっただ!俺は知ってたんだよ!あの日の結末を!」

「意味わかんないですよ、そんなの未来予知でもできなきゃ……」

「オレに代われ、三日月」

 

その時、同じく大声を聞いた天龍がずかずかと執務室に入ってくるなり、

俺のみぞおちにキツい一撃を食らわせた。

 

「ぐっ……!」

 

息ができなくなり、足の力が抜け、俺はその場に倒れた。

 

「一番辛いのはお前じゃない。甘ったれてんじゃねえよ……!!」

 

天龍の声を遠くに、俺の意識が遠ざかる。

 

「あーあ。派手に散らかしやがって。ガラスには触んなよ。どっから手ぇ付けっかな……」

「すみません、天龍先輩にこんなこと……」

 

……

………

 

 

「提督、長門の信号です!間もなく鎮守府に帰投します!」

「他には!?赤城は?他に健在な艦はいないのか!」

「……信号、ありません」

「くそっ……!」

 

俺は司令室を出て息が切れるほど全力で母港へと走った。

 

その晩、母港に艦娘がたった一人で帰還した。

MI攻略作戦に送り出した艦娘の一人、戦艦長門だった。

彼女の力の象徴である41cm砲はめちゃくちゃな方向にひん曲がり、

彼女自身も傷だらけで、足を引きずってなんとか前に進もうとしている有様だった。

 

「長門!長門しっかりしろ!」

 

俺が母港に着いた時には長門は力尽き、歩くことすらできなくなっていた。

 

「てい、とく……申し訳ありません。MI攻略は、成りませんでした……」

「言ってる場合か、そんな重傷で!おい、救護班まだか!?

艤装外せ、早く修理ドックを……」

「報告、MI攻略作戦は……失敗」

「喋るな、傷が広がる!」

 

俺は長門を黙らせようとしたが、彼女がガッ!と俺の腕を掴む。

 

「お願いです、司令代理としての任を……全うさせてください!」

「……戦艦長門、作戦結果の報告を」

「MI奪還は……成らず。戦死者、5名……

空母赤城、空母加賀、空母蒼龍、空母飛龍、重巡三隈」

「なんでだよ……なんでこんな精鋭揃いで5人も死んじまうんだよ……」

「彼我の戦力差は、圧倒的……現在の兵装・練度では攻略は不可能と考えられ……」

「もういい、十分だ!わかった!頼むからお前まで死なないでくれ!」

 

その時、ようやく救護班が駆けつけ、手早く長門から艤装を外し、

修理ドックへ搬送していった。

 

「急いでくれ、修復剤を惜しむな!必ず助けてくれ……」

 

取り残された俺はしばし放心状態だった。何故だ、何故だ?何故だ!?何故だ!!

俺は立ち上がると全力で本館へ走り、執務室に入ると、感情に任せて、

目についたものを持ち上げては何かに叩きつけることを繰り返した。

そして、天龍から鉄拳制裁を受けることとなる。

 

………

……

 

「お目覚めかしら、なんちゃってタイムトラベラーさん」

 

目覚めると既に朝だった。ゆっくり床から身体を起こす。気づくと

俺が荒らし回った執務室は、割れてしまった調度品などを除いてあらかた片付いていた。

三日月と天龍に詫びておかなければ。そして目の前にはあのシルクハットの少女が。

 

「……何の用だ」

「決まってるじゃありませんの。時計を返してもらいにきましたの」

「……まだ諦めてねえよ」

「あら、往生際の悪い方。いっそ、時計があったことなんて忘れて

“普通”の提督として生きていくほうが楽だと思うのですけど」

「一応聞くが、そんなこともできんのか……」

「ええ。私の時計は局長の時計とリンクしてますの。局長に連絡して承認が通れば

一時的にその力を借りることができる。あの時計の能力は凄まじいの一言ですわ。

私は時間にしか干渉できませんけど、局長はあらゆる事象、概念、物理法則はもちろん、

はては生死を覆すことも可能。まさに森羅万象を手のひらで操っておられる底知れぬ方」

「だったら赤城達を……」

「あ、それは100%通りませんわ。歴史に死を定められた者を生き返らせても、

いずれ歴史が何らかの形で“修正”しますから無駄ですの」

「くそが!」

「これからあの長門さん、でしたっけ?彼女から詳細な作戦内容の報告があるのでしょう。

あの作戦の悲惨さを改めて聞かされてなお、それを繰り返す。

果たして貴方の精神は持ちこたえられますかしら」

「あの本……」

「え?」

 

俺は机の上に置かれた『昭和海戦全記』を目で示した。

 

「それがどうかしましたの?」

「繰り返したから……繰り返したから回収できた!俺は諦めない。

何度でも繰り返して歴史に勝ってやる!」

「本当強情な方ね……ま、今のところはドローにしておきましょうか。

そろそろ彼女も来るでしょうし。それでは失礼」

 

そういうと少女の姿がパッと消えた。時間停止して去っていったのだろう。

入れ替わるように、ドアのノックが聞こえた。俺は急いで立ち上がり、

さっと身なりを整え、椅子に座った。

 

「入りたまえ」

「長門、入室します」

 

彼女は几帳面に入室してから敬礼し、俺の前に立つ。

 

「……具合はどうだ」

「はっ、おかげさまで、もう完全に回復し、艤装の修理も完了しております」

「そうか。どういえばいいのか、君だけでも助かって何よりだ」

「お心遣い感謝します」

「それじゃあ……報告してくれるか。あの戦いの詳細を」

「……かしこまりました」

 

……

………

 

「すっかり暗くなりましたね。警戒を厳にしなければ」

 

赤城がMIの方角へ目をこらす。月明かりが太平洋を冷たく照らしている。

 

「ようやく敵の本丸ですが、ここまでの散発的な戦闘で航空機もやや損耗しています。

油断は大敵です」

 

加賀が手探りで矢筒の航空機発艦矢の数を確認する。

彼女達の矢は空に打ち上げると空中で炸裂し、複数の航空機と変化する特殊な装備。

空母等にしか扱えない霊装と呼べるものだ。

 

「私、MIに偵察機を送ります。さぁ、お願いね!」

 

飛龍が空へ1本矢を放った。弾け飛び、偵察機・彩雲に姿を変える。

そしてミッドウェー諸島へと飛び去っていった。

 

「私達は報告を待ちつつMIへ向かいましょう。みなさん、警戒を怠らないように」

“はい!”

 

加賀の警告と共に彼女達はスピードを上げ、水上を駆けながらミッドウェーへ向かう。

しばらくすると、飛龍の耳に彩雲から通信が入った。

 

「ありがとう、どうだった?……嘘、やだ!本当なの!?」

「どうしたんですか、飛龍さん!」

 

うろたえる飛龍に赤城が問いかける。

 

「以前の偵察より敵戦力が圧倒的に強化されています!中間棲姫を始めとし、

空母ヲ級、重巡リ級2、戦艦タ級、駆逐2の大艦隊!地上には護衛要塞も!」

「!!」

 

各員に動揺が走る。数で差を付けられた上、どの艦も鉄壁の要塞といえる重量級の艦だ。

それらを打ち倒して、更に強力な深海棲姫を討ち取らなければならなくなったのだ。

みながしばし黙り込む、だが、加賀がその沈黙を破る。

 

「報告ありがとう飛龍さん。もし、MIに行きたくない者がいるならここで帰っても構わない。

この無茶な戦力差なら誰も咎めはしないわ。でも私は往く。

一航戦の名に懸けて、必ず勝利してみせる」

「……」

 

加賀の厳しい励ましに皆の意識が変わる。

 

「一人でなんて行かせるわけないじゃないですか、加賀さん」

 

赤城が優しく声をかける。

 

「蒼龍の底力、見せてやるわよ!大物狙って先制攻撃でドカンよ!」

 

蒼龍も胸を張る。

 

「これまでに散っていった子達の犠牲を、無駄には出来ません!」

 

飛龍が決意を新たにする。

 

「重巡だって勝負所で決めるときは決められるんだから!」

 

三隈も気合を入れ直す。

 

「フッ、決まりだな。メンバーに変更なしだ。……ありがとう加賀」

「別に……」

 

長門の感謝に加賀はぷいと顔をそらす。士気を取り戻したメンバーはなおも海を駆け、

ついにMIが遠くに見える距離までたどり着いた。

 

「みんな、構えて!敵は目の前よ!」

「応!!」

 

曇天に雷鳴が轟く悪天候。彼女達はとうとうMI海域にたどり着いた。

……もう奴らが目視できる。報告にあったとおりの大艦隊が彼女達が待ち構えていた。

奴らは戦闘能力が高いほど人間に近い姿をしている。

こちらを見て奴らは不気味な笑い声を上げている。護衛艦隊の最奥、

浅瀬にある巨大な怪物の口のような台座。そこに身を預ける真っ白い肌の女性型深海棲艦。

奴こそがMIを支配する深海棲姫、“中間棲姫”だった。

 

『ユウバクシテ……シズンデイケ……!』

 

全員の耳に身の毛もよだつような声で意味不明な言葉が届く。

だが、それを無視して赤城艦隊は武器を構える。

 

「総員、砲雷撃戦用意!」

 

まずは空母部隊が艦爆隊を発艦させた。赤城、加賀、蒼龍、飛龍が一斉に矢を放つ。

4本の矢は花火のように上空で炸裂、一瞬にして大規模航空機部隊が編成された。

 

「まずは手数を減らします!邪魔な駆逐艦から片付けて、大物は各個撃破に徹しましょう!」

「今、魚雷は温存させてもらいますね!」

「ええ、戦艦か空母にとっておいて!」

 

空母部隊はまず駆逐艦2に先制攻撃をかけるべく、艦爆隊を駆逐艦に向け、

三隈は一旦様子を見る。しかし棲姫もそれを見逃しはしない

 

『トラエテ……イルワ……』

 

彼女が手を振り上げると、空母ヲ級、護衛要塞、そして中間棲姫の台座から

航空機が発艦した。いつもの真っ黒な怪物に混じり、

台座から溢れ出るように飛び立った白い口だけの球体のような航空機が

あっという間に空を埋め尽くす。

 

「そんな……」

 

先制攻撃をかけようと放った艦爆隊が、駆逐艦に攻撃を仕掛ける前に

次々と撃ち落とされていく。圧倒的な数で迎撃されていく様を見て

蒼龍は再び矢を放とうとするが、

 

「待て、今再発艦しても二の舞いだ!私が三式弾でなんとかする!」

 

ガコン、ガコン!

 

長門が砲塔内の砲弾を通常弾から三式弾に換装。砲身を空に向ける。

 

「撃てっ!!」

 

ドゴォォン!!

 

41cm砲から放たれた榴散弾が空中で炸裂。燃え盛る弾子が空を火の海に変え、

敵艦載機をほぼ全て蜂の巣にした。

 

「よし、空母部隊、準備は整った……!?全員回避だ!」

“キャアアア!!”

 

しまった!空に気を取られすぎた。戦艦タ級を始めとする艦艇から

激しい砲撃が浴びせられる。おまけに、

 

『ナンドデモ…シズンデイケ……!』

 

中間棲姫から巨大な隕石かと思わんばかりの大口径砲の射撃が容赦なく降り注ぐ。

皆、散り散りになって回避。完全に陣形が崩れる。

 

「避けなきゃ、避けなきゃ……あっ!」

「くっ!」

 

回避行動を取っていた三隈が加賀にぶつかってしまった。転倒する二人。

 

「ああ、加賀さん!ごめんなさい!ごめんなさい!!」

「謝ってないで前を向く!」

「はい!」

 

加賀は矢筒からこぼれた矢を急いで拾い集める。しかし、そんな彼女に悲鳴が飛んでくる。

 

「加賀さん逃げて!」

「え!?」

 

いつの間にか護衛要塞から再び発艦していた艦爆機が加賀を狙っていたのだ。

慌てて立ち上がろうとするが、足元がふらつき、航空機の速さに間に合わなかった。

艦爆機が抱えた大型爆弾を投下する。彼女の中の時間がスローモーションになる。

わかっていても身体が動かない。迫りくる死の塊。

それは立ち尽くしたままの彼女の腹に命中。防具を粉々にし、彼女の内臓を押しつぶす。

 

「がはっ!!」

 

加賀が大量吐血し、足元の海を赤く染める。皆が呆然となる。

そして、次の瞬間、カッと腹の物が光り、爆発。彼女の身体が海面に叩きつけられる。

身体は海に浮いているがピクリともしない。

 

「加賀さんしっかりして!」

「よせ赤城、魚雷が迫っているぞ!命中コースだ!」

「わかってます!」

 

赤城は重巡、駆逐艦から放たれた魚雷の予測進路を読み、巧みな動きで回避しつつ、

加賀の元へ駆け寄る。が、倒れたままの加賀にその内の1発が迫る。

赤城は最大戦速で走るが間に合わず、加賀は治療中の応急修理要員ごと吹き飛ばされた。

 

「加賀さあぁぁん!!」

 

空中に放り出され、バシャンと海面に落下した加賀。今度は身体が浮かぶことはなかった。

沈んでいく彼女。消え行く意識の中、灰色の景色が脳裏に浮かぶ。

 

“私、また沈むの?……いや、もう、沈みたくない。海は、冷たい。海は、さむい……”

 

深海に消えていった加賀。空母加賀、轟沈。主力艦一隻を失い呆然とする一同。

そして三隈が叫ぶ。

 

「私の、私のせいだあぁ!!……お前らさえ、お前らさえいなければ!」

「待て、無茶をするな!」

 

長門の静止も聞かず、三隈は中間棲姫へ向け敵陣の中へ突撃する。

それを深海棲艦が許すはずもなく、戦艦、重巡、駆逐から集中砲火を浴び、

無数の爆発の中でその姿は見えなくなった。

 

「くそっ!……馬鹿者おお!!」

「長門さん、まだ諦めちゃだめです!」

「……ああ、済まない赤城。仇討ちには程遠いが、まず駆逐だけでも沈める!

砲撃用意、撃てっ」

 

長門の41cm砲が吠える。砲口から爆炎が吹き出し、通常弾が敵駆逐艦に牙を向く。命中。

その醜悪な黒い身体にめり込み、爆発。だが、

 

『ギ、ギギ……』

 

「何!?41cm砲の直撃で、致命傷じゃないだと!」

 

敵駆逐艦は重傷を負いながらも、青い体液を垂れ流しながらしぶとく生きていた。

 

「長門さん、ここの敵、普通じゃありません!物量も攻撃力も装甲も異常すぎます!」

「そうだな、飛龍!空母の皆は頭を抑えてくれ、私がなんとか砲撃で艦を減らす!」

 

赤城、蒼龍、飛龍は引き続き、戦闘機、攻撃機を発艦し、長門の砲撃を援護するが、

敵の尽きることのない航空戦力、水上艦の圧倒的火力に徐々に傷つき、

疲弊し、消耗していく。

 

「ぐあっ!」

『ウフフフ……』

 

長門に戦艦タ級の主砲が命中。幸いとっさに回避行動を取ったため、直撃は避けられたが、

左舷の主砲が使い物にならなくなった。

 

「長門さん!」

「心配ない、砲門が一つやられただけだ。私はさっきの駆逐艦にとどめを刺す!

くそ、身体の水平が……」

 

バランスの悪くなった身体で必死に照準を合わせ、先程直撃弾を浴びせた駆逐艦に

もう一度右舷の砲を発射。命中。今度こそ、黒い肉片となり、駆逐艦は轟沈した。

あまりにも代償の大きい戦果だった。苦い勝利に蒼龍が長門に声をかけてきた。

 

「やりましたね、長門さん……!」

「馬鹿者!蒼龍、気を抜くな!!」

 

『バカメ…!』

 

蒼龍からは見えてなかったが、遠方で何か光った。護衛要塞の発砲。

遅れて雷のような砲撃音が聞こえてきた。

 

「避けろおぉ!!」

「えっ、きゃあっ!」

 

蒼龍をかすめて巨大な砲弾が海に落下した。ザバァン!と大きな水柱が上がる。

 

「ふぅ、死ぬかと思っちゃった。やっぱり気を抜いちゃ……」

 

ほっとした彼女は胸を撫で下ろそうとした。が、

 

「あ、あれ……おかしいな、腕がないよ。

なんで、あれ、やだ、痛い、痛い、いやああああ!!」

「蒼龍、しっかりしろ!」

 

護衛要塞の砲弾は蒼龍の右腕をちぎり取っていった。激しい出血と激痛で半狂乱になる蒼龍。

 

「いや、痛い、死にたくない!早く、早く直してぇ!!」

 

蒼龍の懐から応急修理要員が飛び出し、素早く止血処置を施す。だがもう弓は握れない。

 

「痛い、痛いよう……私、もう、戦えないんですか……?」

「安心しろ!修理ドックへ戻れば時間がかかるが、また戦える。今は耐えろ!」

「ごめんなさい……」

 

しかし現実は待ってはくれなかった。蒼龍が無力化されたことで手薄になった上空から、

中間棲姫が放った不気味な口を開いた白い球体が飛来してきた。

球体の群れは何もできずにいる蒼龍を見つけると、一気に高度を落とした。三式弾は?

換装が間に合わない!近くの長門が気づいて援護を要請したが、遅すぎた。

 

「赤城!蒼龍を守れ、戦闘機を放て!!」

「はい、今すぐ……え!?」

 

背中の矢筒に手を回すが、彼女の攻撃機を封じた矢は既に尽きていた。

その間に球体爆撃機は蒼龍に向けさらに高度を落とし、

下部に搭載した爆弾を彼女に落とした。

 

「がぁっ!や、やだ……こんな、ところで」

 

爆撃機はなおも蒼龍を執拗に攻撃する。爆発の衝撃が彼女の命を容赦なく削り取っていく。

 

「ごほっ!がはっ!うう……げほっ!もう……あぐっ!やめて……おねがい、あああ!!」

「やめろぉ!」

 

ようやく三式弾に換装した長門が空に真っ赤に焼けた榴散弾を放つ。

上空に鋼鉄の嵐が吹き荒れ、球体爆撃機は殲滅したが、蒼龍の命は尽きようとしていた。

落ち着いた緑色の着物は無残に焼け焦げ、足が既に海中に沈んでいる。

 

「蒼龍、蒼龍!気をしっかり持て!」

「長門さん……役に立てなくて、ごめんなさい。みんなにも、謝っといてください……」

「馬鹿を言うな!まだ戦いは終わっていない!」

「最後まで戦えなくて、本当にごめんなさい。もう、みんなのところに行きますね……」

 

蒼龍は自ら長門から離れ、太平洋の海に沈んでいった。浮力の喪失は艦娘の死を意味する。

空母蒼龍撃沈。駆逐艦などとは到底釣り合わない犠牲だった。

 

「蒼龍?蒼龍!!……っ!」

 

後ろの仲間の死を見た飛龍は決断した。

 

「赤城さん、長門さん、撤退してください。私が隙を作りますから、

必ず鎮守府にこの戦いの記録を持ち帰ってください!!」

「何をする気だ飛龍!」

「例え1隻でも、叩いてみせます!」

「よせ!」

 

止める長門を無視して、飛龍は全速前進で敵艦隊へ突っ込んでいった。目指すは空母ヲ級。

これなら全戦力を叩き込めばなんとか落とせる!少しはみんなの手向けになる!

私の命なんか構うもんか!

飛龍は一度に3本の矢を番え、ヲ級に向けて放つ。複数の矢を弾けさせることで、

一気に攻撃機部隊を編成。さすがのヲ級も捨て身の攻撃に不意を付かれたようで、

魚雷4本が命中。外殻の一部が吹き飛ぶ。

しかし、それに気づいた周りの艦が飛龍に砲を向ける。

だが飛龍はお構いなしに次々と艦爆隊、艦攻隊を放つ。

上空からの爆撃、水中からの雷撃。猛烈な波状攻撃にヲ級が苦痛の叫びを上げる。

だが、周囲の艦から放たれた無数の砲弾が飛龍に降り注ぐ。周囲に水柱がいくつも立ち、

砲弾の1発が脇腹に突き刺さる。

 

「ぐううっ!」

 

肋骨が折れ、口に血が上ってくるが、そんなことはどうでもいい。矢はまだ残っている。

再び3本番えて放つ。既に攻撃に気づかれている今は敵戦闘機に邪魔され、

攻撃が届きにくくなっている。だが問題ない。もっと懐に飛び込んで、

迎撃の暇すら与えない!また3本。今度は魚雷1、爆撃3回。あと少し。矢筒に手を回す。

丁度3本。これで最後だ、お願い決めて!

戦闘機の妨害を回避するため、飛龍は海に横になり、海面すれすれに矢を放った。

狙い通り、旋回に手間取っている戦闘機に邪魔されず、攻撃機は超低空飛行で魚雷を投下。

5本命中。崩落した装甲から魚雷が飛び込み、内部で爆発。

ヲ級空母が断末魔の叫びを上げた。

 

「やった……!みんな、やったよ……!!私、勝ったよ!」

 

四面楚歌の状況の中、堂々と立ち上がる飛龍。そして、戻ってきた航空機、艦隊、棲姫の集中攻撃による業火の中、彼女の姿は消えていった。

 

「……馬鹿者、この大馬鹿者!!」

 

そして遺された者にできることは、撤退だった。赤城は長門の肩に手を置く。

 

「長門さん、行きましょう。もう私達にできることはありません。

彼女がくれたこの時間、無駄にしてはいけません」

「ああ、そうだな……撤退だ!」

 

二人は反転し、MIを後にしようとした。しかし中間棲姫はそんな彼女らを指差し、

部下に追撃を指示する。彼女の台座から無数の球体爆撃機が発艦し、赤城達に迫ってきた。

 

「赤城、後ろだ!航空機はまだ出せるか?」

「戦闘機はもうありません!艦爆、艦攻が少しありますが、迎撃には不向きです」

「構わない、出せるだけ出して時間を稼いでくれ。私は三式弾を準備する!」

「わかりました!」

 

赤城は後方に向け、艦爆隊、艦攻隊を発艦させる。

しかし、心もとない機銃しか装備していないそれらが、空中戦用の戦闘機に敵うはずもなく、

次々と撃墜されていく。

 

「長門さん、三式弾はまだですか!?」

「待たせてすまない、完了だ!撃てっ!!」

 

長門が三式弾を放つと、空中に出来た航空機の雲に穴が開く。

しかし、棲姫が放った数は尋常ではなく、護衛要塞から発艦した航空機も加わり、

焼け石に水の状態だった。

 

「もう後ろは見るな、奴らの航続距離も無限じゃないはずだ!全速前進を続けるぞ!」

「はい!」

 

しかし、船が飛行機より早く動けないように、奴らはぴったりとくっついてくる。

魚雷や爆弾を降らしつつ、機銃で彼女達を痛めつける。大型艦の彼女らには効かないが、

効かないから痛くないとは限らない。長門が苦笑する。

 

「すまないな、やっぱり少しは見たほうが……危ない!」

「え……あがあっ!」

 

振り返ろうとした瞬間見たものは、爆撃機が落とした爆弾が、

赤城の背中に命中する瞬間だった。長門の時間が一瞬止まる。

赤城は前に吹き飛ばされ、爆風で彼女も放り出される。

直撃を受けずに済んだ長門はすぐさま立ち上がり、彼女の安否を確認する。

応急修理要員が彼女の背中で必死に手当てしている。応急修理要員の出動。

つまり彼らが居なければ致命傷を負っていたということだ。

 

「赤城ぃ!」

「長門……さん、平気です。行きましょう……」

「平気なわけないだろう!」

「いいから、とどまるほうが危険です……」

「すまない!」

 

長門は赤城に肩を貸し、時折後方を警戒、三式弾を放ちながら

なんとかMIから距離をとることに必死だった。しかし、遂に終わりの時がやってくる。

長門は再度後方確認。敵航空機部隊が反転していくのが見えた。

 

「はぁ、はぁ……やっと振り切ったな」

「そう、ですね。でも、ここまでみたいです」

「何を言ってる!私達は生き残ったんだ!MI海域を脱出した。皆の、犠牲のもとに……!」

「背中、見てください」

「!?」

 

赤城の背中に銃創があり、とめどなく血が流れている。戦闘機の機銃弾によるものだ。

 

「ふふ、今更長門さんに言うまでもないですよね、応急修理要員の“限界”」

「そ、そんな……」

 

応急修理要因はあくまで致命傷を負った際、撃沈から首の皮一枚で救ってくれるだけのもの。

失った装甲や体力まで都合してくれるほど便利な存在ではないのだ。

つまり、どれだけ弱かろうが、もう一発食らえば、死。

 

「当たっていたのか、赤城!」

「鎮守府に戻れればなんとかなるかな、と思ったんですけど、もう、限界みたいです。」

「諦めるな!もうすぐ、もうすぐなんだぞ!」

「いいんです、自分の体のこと、自分がよくわかってますから……」

 

赤城は組んでいた長門の肩を下ろし、後ろに下がった。彼女の足が徐々に海に沈んでいく。

 

「待て、行くな!行くんじゃない!生きて、生きて戻るんだ!」

「生きて戻るのは長門さん、あなたです。必ずみんなの頑張りを提督に伝えてくださいね」

 

ゆっくりと大海原に還っていく赤城。長門は彼女の手を掴もうとしたが、

赤城の身体はスッと海に吸い込まれていった。

 

空母赤城、撃沈

 

「あ、あ、あ……うわああああ!!」

 

………

……

 

「以上が、MI攻略作戦の概要です」

「……そうか。みんな、みんな死力を尽くしてくれたんだね。本当に、本当にご苦労だった」

「空母4、重巡1という甚大な損害を出したのは自分の責任です。どうかご処分を」

「違うよ……」

「え?」

 

声が震えるのを止められない。しかし俺には泣く資格などない。

 

「みんなが命を落としたのは、俺が馬鹿だったからだよ。

初めからわかっていたのに、みんなを行かせるほど馬鹿だったからだよ。

知りもしない相手に勝った気でいるほど、馬鹿だったからだよ。

“歴史は繰り返す”……そんなこともわからないほど、馬鹿だったから!!」

「提督……」

「すまん。報告ありがとう。君はしばらく休暇を取ってくれ。心と体を休めてくれ」

「しかし……」

「きっと君には時間が必要だ。……すまないが、少し一人にしてくれないか」

「……わかりました。失礼します」

 

バタン

 

ドアが閉じられると同時にのしかかる絶望、無力感、罪悪感。

俺はデスクに着いたまま何もする気になれなかった。ただまぶたを開いて

前方の視界を光情報として取り入れているだけだった。その視界に唐突に少女の姿が現れる。

シルクハットの少女。

 

「いかがかしら。だいぶ“効いた”んじゃありません?」

「……失せろ」

「その前に時計を返していただかないと。これでもう運命に逆らおうなどと……」

「俺は……諦めてない!」

「はぁ?貴方、彼女の話を聞いてらっしゃらなかったんですの?

いくら時間に塗りつぶされるとは言え、あんな残酷な戦いをまた彼女達に……」

「させねえよ!」

「!?」

 

俺は両手で『昭和海戦全記』を少女に見せつける。

 

「さっきも言っただろう!繰り返したからこいつを得られた!俺は何度でも繰り返す!

MIの前にきっと手がかりがある!何度でも3ヶ月を繰り返して手に入れてみせる!」

「とことん強情な方。もういいですわ、とりあえず2年前に戻りましょう。さぁ、お手を」

「いらねえよ……」

「はい?」

「自分で戻る!」

 

俺はポケットから銀の懐中時計を取り出した。

 

「正気ですの?2年ということは……24割る3で8回戻る必要がありますのよ?

精神が壊れても知りませんわよ」

「お前の面を見ているよりマシだ!」

「もうお好きになさって。ごきげんよう」

「あばよ、クソッタレ」

 

俺は銀時計の竜頭を押した。

 

…………

 

2年後からの遡行4回目。

 

「うおえええ!!」

 

俺はデスク横のゴミ箱に激しく嘔吐した。強がってはみたものの、

時間の連続遡行による精神的負荷は尋常ではなかった。

脳に何か回転する刃のようなものを突っ込まれるような感覚が延々と続く。

まだ4回目だから1年。2年前に戻るにはまた同じ体験をしなくてはならない。

早くも心が折れそうになる。畜生!さっき誓ったばっかりなのに、

俺は元の世界に戻ることすら出来ないのか!何がみんなを救うだ……!

心の中で毒づいていると、デスクに置いてあった『昭和海戦全記』が目に止まった。

手にとってページをめくり、MI攻略作戦に出撃した艦娘の名を参照する。

撃沈した艦は、皆長門の報告とほぼ同じ最期を遂げていた。俺は本を抱きしめる。

泣くまいと決めたのに涙が止まらない。

 

「ごめんな、ごめん、みんな。俺は何もできない馬鹿で無力な男だ……」

 

 

 

《泣かないで、提督》

 

 

 

「!?」

 

俺が絶望に涙していると不意に声を掛けられた。誰だ。

辺りを見回すと、後ろに彼女は居た。自分の目を疑った。艦娘の亡霊、なのだろうか。

半透明な身体から淡い光を放ち、その場に浮かんでいる。

幸薄そうな憂いを帯びた表情の、灰色の髪に無骨な髪飾りを着けた少女。

 

「君は……誰だ。何者だ」

 

彼女は俺が抱きしめていた『昭和海戦全記』を指差した。

 

《それは私の一部。例え一欠片でも、貴方が私を海の底から拾い上げてくれたおかげで、

こうして地上に現れることができた。少しの時間だけれど》

「これが、一部?」

 

改めて『昭和海戦全記』を眺める。これを見つけたのは“奇妙な艦”だと伊26が言っていた。

彼女がその転生体だというのか。非現実的現象に混乱していると、

突如けたたましい警報が鎮守府に鳴り響き思考を遮った。

 

『警戒警報!警戒警報!現在新型深海棲艦を主力とする部隊が当鎮守府に接近中!

総員第一種戦闘配備に付け!これは演習ではない。繰り返す、これは演習ではない!』

「!?」

《来る……行かなきゃ》

「おい待て、どこに……」

 

彼女は答えることなく壁をすり抜けて外に出てしまった。

しかし、俺もこうしてはいられない。慌てて執務室を飛び出し、司令室に駆け込んだ。

 

「敵艦隊の様子はどうか!」

 

ドアを開けるなり誰ともなしに問うた。大淀が即座に答える。

 

「偵察機の情報によると、現在新型深海棲艦を旗艦とした大規模艦隊が接近中。

旗艦の他、戦艦クラス1、空母1、重巡2。速度21.7kt、到着までおよそ1時間です!

急ぎ迎撃部隊の編成を!」

 

新型深海棲艦!間違いない、棲姫だ!……殺してやる。早い話が、殺せばいいんだろうが!

深海棲艦など、地球上から一つ残らず!

 

「わかった!戦艦3、空母2、あとは重巡1ですぐ出られる者に出撃命令。

各自にダメコンも忘れるな!」

「了解しました!」

 

そして司令室を後にし、母港に向けて全力で走る。

既にそこには出撃命令が出なかった艦娘達が不安げな表情で集まっていた。

 

「通してくれ、みんなどいてくれ!」

 

港の先端に立ち、望遠鏡を覗く。くそ、既に艦載機の大群が目の前に迫っている。

便宜上艦載機と呼んでいるが、俺はあれを機体とは思いたくない。黒い外殻に太い歯。

機銃や爆弾を除けば化け物としか思えない禍々しい姿。

それらがおぞましい悪意を持って鎮守府に突っ込んでくる。

 

「ちくしょう、空母はまだか!間に合え、間に合ってくれ!!」

《私が守る。誰も、傷つけさせはしない》

 

ヴォン!という音と共に執務室で会った少女が隣に現れた。

周囲の艦娘からどよめきが起こる。

 

「君が誰かは今はいい。危険だから今すぐ建物に避難するんだ!」

《大丈夫、すぐに、終わらせる……イージスシステム、起動》

 

そして少女が両腕を広げると、その細身の身体に見たことのない艤装が現れ、

一瞬で全身が兵装に包まれた。両肩には斜め上を向いた筒状の兵器と思われるもの、

右腕には一門だけの砲、左腕には奇妙な白い繭のような装備。

背中には何かの発射台らしき四角い柱のような兵器が2つ。またしても驚きの声が上がる。

 

“あの娘だれ!?”

“どこの所属?うちじゃないよね?”

“あの装備なに?見たことないんだけど!”

 

そんな声を気にすることもなく、少女はつま先で水面に降り立つと静かに目を閉じた。

 

「なにやってるんだ、敵は目の前だぞ!」

《心配しないで、この方が、見えるから》

 

集中する彼女の脳裏に三角のマーカーが浮かぶ。点在するマーカーのうち、

群れを成して突っ込んでくるものに照準を合わせ、右腕の砲を敵艦載機の部隊に向けた。

 

《……来ないで》

 

ダァン!ダァン!ダァン!

 

3発発射。全弾命中。ギィィィイ!……という耳障りな断末魔と共に艦載機が墜落していく。

 

“うそ……全部当てちゃった。一門で?”

“どんな電探持ってるの、あの娘”

 

先頭の仲間がやられ、慌てる艦載機は残り4機。少女が今度は左腕を伸ばす。

 

《みなさん、耳を塞いでください。すこし、うるさいですから》

 

左腕の繭にはよく見ると束ねた銃身が備えられていた。俺達は耳に手を当て様子を見守る。

白い機銃が微妙なコントロールで銃口を艦載機に向け、一瞬空転。そして。

 

バララララララ!バララ!バララララ!

 

暴力的なまでの発射速度で放たれた無数の弾丸が、残りの艦載機を撃つ、

というより切り裂いていく。それを俺達は息を飲んでそれを眺めるしかなかった。

少女が艦載機の相手をしている間に、とうとう後続の部隊が到着した。

重巡2に守られた空母。その先を行く戦艦。まだ姿は見えないが

空母の後ろに棲姫が控えているのだろう。もう望遠鏡でも見える。

空母がまた艦載機を繰り出そうとしている。

 

「くそ、急がないと次が来る。我が部隊も出るぞ!」

《待って。私にまかせてほしい》

「あの重量級をどうする気だ!」

《倒す。今度は後ろに下がって。きっと、あついから》

「……っ、みんな危険だ。距離を取れ」

 

全員が安全な距離まで退避したことを確認した少女は、深く息を吸って呼吸を整えた。

そして目を閉じたままつぶやく。

 

《羽撃いて》

 

すると、背中の柱から爆炎を上げて縦長の飛翔弾が飛び出し、

まっすぐに空母型へ飛んで行った。燃えるロケット燃料から放たれる熱風が俺達を包む。

離れていても肌が焼けそうだ。確かに近くにいたら危なかったな。

そして時速880kmに及ぶ炎の槍は空を駆け、一気に空母型に距離を詰める。

その存在に気づいた奴が慌てて回避行動を取ろうとしたが、間に合わず、命中。

突き刺さった飛翔弾に詰め込まれた炸薬が大爆発を起こし、空母型は木っ端微塵となって

轟沈した。

 

“ヲ級を、一撃!?”

“提督、あんな娘いつお造りに……?”

「皆落ち着け、あの子の出自は不明だ。事が終わり次第調査する。

無闇に騒ぎを大きくしないよう」

 

俺がざわつく艦娘達をなだめている間に、少女は次の攻撃に移ろうとしていた。

標的は守るべき空母を失った重巡2と戦艦1。

黒い生物と大砲が融合したような装備を背負った深海棲艦に向け、

彼女はまた精神に写し出されたマーカーを元にまずは戦艦に向け兵装に諸元入力。

 

《そんな格好で、来てはだめ》

 

今度は両肩の筒状の兵器を発射。シャアァァ!という鋭い発砲音と共に2発の飛翔弾が

レ級戦艦に襲いかかる。マッハ0.85で食らいつく誘導弾が2発とも命中、レ級もまた、轟沈。

 

《……左様なら》

 

最後の少女は、残った重巡2を同じく両肩の兵器を1発ずつ発射し、

ネ級重巡2隻を撃沈した。残るは棲姫級1隻のみだ。

俺は思わず少女に駆け寄り、必死に呼びかけた。

 

「君、頼む。あいつを倒してくれ!あいつらがいる限り俺達に未来はないんだ!

奴らが仲間を……彼女達を殺したんだ!!」

《ごめんなさい。トマホークは使ってしまった。残りのハープーンでは倒しきれない。

それに、時間も残されていない。大丈夫。帰っていくわ》

 

海を見ると、深海棲姫はしばらくこちらを見つめた後、反転して去っていった。

 

「君が駄目なら俺が艦を出す!おい、逃げるな!戻ってこい、戻れ化け物!

殺してやる、殺してやる!」

「提督、提督落ち着いてください!深追いは危険です!」

 

誰かに肩を掴まれる。長門だった。間近でこの顔を見ると、

彼女の苦悶の表情が思い出された。自らも死にそうになりながら仲間の戦死報告をする

彼女の姿がフラッシュバックする。徐々に冷静さが戻ってくる。いや、恐れをなしたと

言うべきだ。今の装備・練度でさっきの棲姫を殺せるのかわからなくなったからだ。

 

「ああ、そうだな。鎮守府が無事だっただけ良しとしよう。

君、ありがとう。おかげで……あれ、彼女はどこだ?」

「変ですね、さっきまでここに……あ、あそこです」

 

謎の艦娘は観衆の中から誰かに向かってまっすぐ歩いていた。

その先には金剛型1番艦“金剛”が。彼女は金剛の前で歩みを止めた。

金剛は少し戸惑ったようだが、新たな仲間に出会いすぐ笑顔になった。

 

「ブラヴォー!あなたの戦い、とってもグレートでファンタスティックだったデス!

船籍はどこ?そのスーパーウェポンどの国……」

 

がばっ

 

少女はいきなり金剛に抱きついた。これには流石に金剛も驚く。

しかし、次の瞬間もっと驚くことになる。

 

《会いたかった。……“お母さん”!!》

 

てんてんてん

 

“えええええ!!”

 

「ホワットあーゆートーキンアバウ!?私まだ子供なんて……」

 

がしっ。パニックになる金剛の肩を誰かが掴む。金剛型姉妹艦の一人、霧島だ。

何やら黒いオーラを出して恨めしそうな目で金剛を見ている。

 

「お姉様……いつの間に殿方と赤ちゃんができるような行為を……?」

「チッガーウの霧島!私はまだ純潔なヴァージン……って何言わすんじゃゴルァ!!」

“キャー金剛さん進んでるー!”

「みんな落ち着け、落ち着くんだ!」

 

一気に大騒ぎになる艦娘達。俺は警笛を取り出し、吹き鳴らしながら

必死に混乱を鎮めようとする。ええい、なんで俺が警備員みたいなことやらにゃならんのだ!

 

「君、君、混乱を招く言動はよさないか。そういえば、まだ名前も聞いていなかったな。

一体君は誰なんだ。所属と名前を教えてくれ」

 

《申し遅れました。私は海上自衛隊所属こんごう型護衛艦1番艦、“こんごう”です。

イージス艦とも呼ばれています》

「海上自衛隊に、イージス艦……どちらも聞いたことが無いな」

《はい。私はこの時代ではまだ生まれていません。未来の艦ですから》

「未来って……君はあの沈んだ艦の艦娘だろう。おかしいじゃないか」

《そのことについて重要なことを伝えに来たのですが、時間がありません。

手短に話します。“歴史は繰り返す”》

「!?」

 

心臓が飛び跳ねる思いをした。あのシルクハットの少女が言ったことと同じ。

 

「なんだよ……やっぱり俺のやってることは無駄だって言いたいのか!」

《違います!まだお伝えすることが。

“時間は連続していない”。そして、“歴史は変わらないが世界は変わる”

……私に言えることはこれだけです》

「どういう意味だ!」

《残念ですが、全てを説明している時間が残されていません。

でも貴方ならきっと成し遂げられる。どうかご自分を信じてください。

そしてごめんなさい、最後の時間は自分のために使わせてください》

 

そう言うと、“こんごう”は再び金剛の元へ歩いていった。

金剛は相変わらず霧島にまとわりつかれていた。

 

「お相手の方に会わせてくださいまし……!お姉様に相応しいか私が判断を!」

「オゥ、シット!霧島もいい加減しつこいネ!……ああ、あなた!

さっきの言葉、間違いだったってこのバカに言ってやって!」

《いきなり驚かせるようなことを言ってごめんなさい。

正確には私はお母さんの後を継ぐ者なの。私は“こんごう”。

お母さんと同じ名を持つ未来の艦。だからこの体はお母さんと直接の繋がりはない。

でも、艦には女神が宿るもの。その魂は確かにここに宿ってる。お母さんの魂が!》

 

“こんごう”は両手を胸に当てる。

 

「オゥ……」

《私が生まれた時には、貴方は既に役目を終えていた。だから、お願いです。

1度だけでいいから、私を抱きしめてください、お母さん!》

「……オフコースね!さぁ、マムの胸に飛び込んでいらっしゃい!」

《お母さん!……お母さぁん!》

 

“こんごう”は金剛に抱きついた。今度は胸に顔を埋めて甘えるように。

金剛もそんな彼女を抱きしめ優しくなでる。俺や艦娘達は皆、二人を笑顔で見守っていた。

短いような長いような時間が経った時、“こんごう”は自分から身を離した。

もともと半透明だった身体は更に薄くなっていた。

 

《もう行かなきゃ。じゃあ、さようなら、お母さん。会えて嬉しかった》

「コンゴウ!」

《提督、お話したこと、忘れないで。貴方なら必ず運命を変えられる》

「ああ!絶対に諦めなどしない!」

《がんばって……》

 

そして、彼女の姿は夕日に溶け込むように色を失い、とうとう見えなくなった。

彼女が立っていた場所を皆、見つめていた。

 

「さ!みんな散った散った!まだ仕事は残ってるだろう」

 

俺はこの騒動で集まっていた艦娘達を解散させた。いつまでも感傷に浸ってはいられない。

俺達にはそれぞれやるべきことがあるのだから。しかし、一人だけ残る者がいた。金剛だ。

 

「提督、聞きたいことがあります」

「金剛……」

「あの娘が言っていたこと、未来から来たなんて、普通ありえないのに、

なぜか信じられたんです。提督も疑っている様子、なかったですよね。

あの娘のこと、何かご存知なんですか」

 

いつもの似非外人口調を引っ込め、真剣な眼差しで問う金剛。

 

「金剛それは……言えない」

「軍事機密、ですか?」

「その言葉は使いたくない。時が来たら必ず話す。約束だ。時間をくれ」

「……わかりました。待ってますから。それと大事なことを確かめなきゃ」

「なんだ?」

 

金剛は一瞬うつむくと、顔いっぱいの笑みで

 

「私がヴァー……純潔な乙女だとわかって安心しました?

心配しなくても私は提督一筋ダヨ!びっくりした?びっくりした?オチャ~メさん!」

「テんメエ……ふざけんな!せっかくシリアスな雰囲気で

今日を締めくくれると思ってたのに!」

「フフフ、照れちゃって。提督ったらホントはハラハラしてたんじゃないノー?

私に彼氏ができたんじゃないカナーなんて」

「果てしなくどうでもいい。工廠に散らばってる空薬莢の数くらいどうでもいい」

「ヘイ!それどういうことよ!」

「そういうことだ」

「頭にきたネ!自慢の41cm砲お見舞いするヨ!」

「鎮守府吹っ飛ばす気か、お馬鹿」

 

他愛もない話をしながら本館へ帰っていく2人。そんな様子を屋根から見つめる

シルクハットの少女。

 

「大ヒントを貰えて良かったですわね。ま、それを活かせなければどうにもなりませんけど?

まぁ約束通り、私はここでしばらく様子を見ることにしますわ」

 

 




*やったら長くなってしまい申し訳ありません。どうしても1話に収めたかったので…


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第6話:闇夜のセントエルモ

7巡目(あまり意味のないこの遡行回数の記録は止めようか検討中だ)

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

頭痛と動悸で呼吸が乱れる。やはり精神的疲労は激しいが、8回に及ぶ時間遡行の中で、

時に身を任せる“コツ”のようなものを掴んだ俺は、今度はゲロをぶちまけることもなく、

遂に2年後から戻ってきた。修復済みの『昭和海戦全記』がある時間に

とどまることも考えたが、それ以前にMIの悲劇を回避する手がかりがないとも限らない。

やはり俺はスタート地点に戻ることを選んだ。

 

「よっこらせ……」

 

おっさんみたいなため息と共に椅子に掛け、背を預ける。流石に疲れた。

あのシルクハットに連れられ2年後で過ごした時間はほんの数日だったが、

いろんなことがありすぎた。

 

「“時間は連続していない”、“歴史は変わらないが世界は変わる”、か……」

 

俺は“こんごう”が残してくれた手がかりらしきキーワードをつぶやいた。

一体何を意味しているのだろう。彼女を思い出した俺は、早速電話で三日月を呼び出し、

潜水部隊に『昭和海戦全記』の回収指示を出すよう命じた。

同時に、回収物はできるだけ使用可能な状態に復元するよう技術部にも手回しをしておいた。

 

 

 

数日後、無事修復された『昭和海戦全記』を持って三日月が執務室にやってきた。

 

「失礼します。提督、技術部からの届け物です。こちらがその資料です」

「待ちかねたぞ!ありがとう三日月!他に報告はないか、ないよな!?」

「え、ええ……そのお届け物だけです」

「そうか、ならもう下がってくれ、ありがとう!」

「失礼します!」

 

急いで三日月から本を受け取った俺はデスクに着く。

ページを開く前に一つ深呼吸して気持ちを落ち着ける。これから仲間たちの最期らしきものを

正視しなければならない。だが、逃げることは許されないのだ。

はじめに、固い表紙を優しくなでる。

 

「こんごう……」

 

少しの間そうしていたが、やはり彼女が現れることはなかった。

 

「彼女は、全ての力を振り絞って希望を残してくれたんだもんな」

 

今度は俺が頑張る番だ。思い切ってパリパリ音を立てる本を開く。

そういえば、重要な手がかりだというのに、まだ赤城達のページしか読んでいなかった。

今回は最後まで読破しなければ。俺は目次を飛ばし、最初のページの一文字目から熟読した。

きっと、たくさんの仲間の最期を知ることになるだろうが、俺は逃げない。

本の冒頭部分では、この書籍の本旨ではない第二次世界大戦の流れについて

ざっと説明がなされていた。そして、“日本海軍所属艦艇”。俺は唾を飲む。

そして思い切ってページをめくった。1ページ目は赤城。これはもう読んだ。

俺が最初に読んだ鋼鉄の艦艇の姿をした赤城。やはり彼女はミッドウェーで、

米軍の急降下爆撃を受け航行不能となり雷撃処分、つまり艦娘で言う死を迎えていた。

“歴史は繰り返す”。何度も聞いた言葉が脳裏をよぎる。

 

「させない……俺がさせない」

 

口をついて独り言が出ていた。そう。この悲劇を繰り返さないために、俺は戦っている。

それが例え悪あがきにしか過ぎないとしても。なおもページをめくり読み進める。

やはりそこにはよく知る艦娘、まだ出会っていない艦娘達の

前世と言える艦艇の結末が記されていた。いつも笑顔で俺を支えてくれる三日月は

輸送作戦中に座礁、米軍機の砲撃を受け沈没。俺に喝を入れてくれた天龍は

パプアニューギニアで米潜水艦の雷撃を受け、撃沈……

 

「この時代の日本は、なんでこんな馬鹿な戦争始めちまったんだ……!」

 

戦闘で沈んだ艦は、ほとんどが米軍との戦闘に破れて散っていった。

悲しみより、ふつふつと怒りが湧き上がってくる。

アメリカ陣営との物量、戦力差が圧倒的なのは開戦前から明らかだったのに。

この戦争の結末が今の艦娘達を縛っている。できるなら当時の大本営に乗り込んで、

責任者を片っ端からぶん殴ってやりたい!……やめろ、頭を冷やせ俺。

そんな無駄なことに頭を使うな。読み解くんだ。

この本から少しでも情報を拾い集める事に集中しろ!俺はその後も『昭和海戦全記』を熟読。

様々な艦の詳細について知ることができた。そして、項目“日本海軍所属艦艇”の

最後の1ページを読み終えた時にはとっくに日が暮れていた。

 

「んんっ!……ふあ~あ」

 

流石に座りっぱなしで一日中本を読んでいたので、目と肩が疲れた。

伸びをして目頭を抑える。

 

「今日はここまでにするかな、どうしようか」

 

残りのページは全体の10分の1程度。日付が変わる前に読み切れる量だ。

ここまで来て少しだけ残すのも気持ちが悪い。俺は再び本を開き、

栞を挟んだページをめくった。そこには、“これからの艦艇”と書かれたタイトルが。

 

「!?……これからって、つまり…」

 

タイトルだけのページを開くと、やはり、いた。彼女だ。

 

“海上自衛隊所属こんごう型護衛艦1番艦、“こんごう”です“

 

胸が締め付けられる。もちろん姿は鋼鉄の艦だが、確かに彼女はこの艦の艦娘だったのだ。

悠々と海を渡る写真をそっとなでる。

 

「あの髪飾り、彼女の電探だったんだな……」

 

幸薄そうな表情にわずかに浮かんでいた笑みが思い出される。

艦艇“こんごう”の装備と彼女の戦う姿はピタリと符合していた。

“きりしま”“みょうこう”“ちょうかい”。彼女の姉妹艦も紹介されており、

その諸元を見ると、いずれも今の時代では考えられない戦闘能力を

有していることがわかった。

 

「こんな艦があれば、みんなを戦わせずに済むのにな……」

 

実際彼女達は、つい弱気な無いものねだりが出てしまうほど凄まじい能力を持っていた。

嘆息を漏らしながら未来の超技術に目を通していると、やはり1つの疑問が浮かぶ。

“何故同じ海に全く異なる時代の艦が沈んでいるのか”。

答えの出ない問いに思考を巡らせながらページをめくっていると、

『昭和海戦全記』は米軍が開発中の新型イージス艦の紹介で終わっていた。

パン、と俺は分厚い本を閉じる。形のある手がかりはここまで。後は俺次第。

考えろ、考えろ、考えろ。

 

「残りのヒントは……“時間は連続していない”、“歴史は変わらないが世界は変わる”、

どういう意味なんだ!?」

 

提督などという肩書を持ってはいるが、俺は決して人より頭が良いわけではない。

なんで俺がここの提督になれたかというと、前任の提督が急病で退任してしまい、

後任の人事に軍部が困っていたところ、地味な努力で下の方の階級を積み上げていた俺が

お偉いさんの目に留まり、お鉢が回ってきたというわけだ。

……まぁ、そんなことはどうでもいい。分厚い本を丸々一冊読んで頭が熱い。

これ以上無理に脳を酷使してもいいアイデアなど出ないだろう。

今日は『昭和海戦全記』を頭に叩き込んだだけで良しとしよう。

俺はハンガーから上着を取り、家路に着いた。

 

 

 

あれから色々頭をひねったものの、何の答えも出せぬままとうとう3ヶ月が立ってしまった。

だが、俺は3ヶ月のタイムリミットを撤廃することに決めた。

2年後のMIの悲劇ギリギリまで、みっともなく地べたを這い回ってでも、

少しでも手がかりになるものを探すことに決めたのだ。その為には。

 

 

「ごめんなさい夕雲ちゃん!許して……許して!私が、ちゃんと私が

後ろ見てなかったから……うわああああ!!」

 

 

夕雲、秋雲、すまない。……お前達を救うために、俺は、今のお前達を見殺しにする。

何度も繰り返した時間に執務室のドアがノックされる。

 

「入りたまえ」

「失礼します。提督、もうご存知かとは思いますが……」

「わかっている。夕雲轟沈。既に連絡が入っている」

「は、はい。その通りです」

「他に連絡は?」

「いえ、それだけですが……あまり動揺されていないようですので……」

「提督がパニックを起こしていたら鎮守府は立ち行かないだろう。下がりたまえ」

「はい、失礼します……」

 

何か言いたげな表情で三日月は退室した。きっと冷たい奴だと思われたのだろう。構わない。

諦めさえしなければ、彼女とまた会える。その結果と引き換えならば

冷血漢呼ばわり大いに結構。俺はやるべきことをやるだけだ。

秋雲……彼女の心が落ち着いたら夕雲の最期について聞いておかなければ。

作戦結果の報告といえば聞こえはいいが、

 

「ふん、まるで墓荒らしだな」

 

自嘲気味につぶやくと大事なことを思い出した。

 

“彼我の戦力差は、圧倒的……現在の兵装・練度では攻略は不可能と考えられ……”

 

瀕死の長門が持ち帰ってくれた情報。今の俺達では棲姫に勝てない!

もっと強力な艦娘が必要だ。奴らは9ヶ月後にこの鎮守府を襲撃してくる。

前回は“こんごう”が蹴散らしてくれたが、今度は俺達で撃退しなければならない。

俺は工廠に向かった。あちこちで金属音が鳴り響き、アセチレンバーナーの炎が

そこかしこで光る。そんな工廠の一角に艦娘建造工場がある。

応急修理要員のような小人達が忙しく働いている。一人を呼び止め、メモを渡す。

 

「ちょっといいか。艦を新規建造したい。この資材の配合で頼む」

 

ヘルメットをかぶった小人がメモを受け取り、ピッ!と敬礼する。

艦娘が誕生する過程は謎だ。この小人に燃料・弾薬・鋼材・ボーキサイト、4種の資材を

貯蔵庫から任意の量だけ指定し、あとは完成を待つ。

建造が始まるとシャッターが降ろされるため、中で何が行われているのかわからない。

今回行うのは“大型艦建造”。特に強力な艦が期待できる大規模な艦娘建造だ。

もっとも、消費する資材も膨大な量で、通常の建造と比較にならない。

俺もここに来るまでやっぱり普通の建造にしようか散々悩んだくらいだ。

しかも、必ず戦艦ができる保証はなく、全く見当違いの艦娘になり肩を落とすこともある。

……だが、敵は長門ですら敵わなかった強力な相手。

普通の艦では無駄に犠牲を増やすことにしかならない。

とは言え、戦艦を目指すなら必要な資材の量も莫大になるため、

貧乏所帯の当鎮守府としては、必ず戦艦、もしくは空母が欲しいところだ。

 

「頼むぞ。戦艦、戦艦……よし来た!」

 

シャッター横の時計に残り建造時間が表示される。完成まで8時間。見たこともない長時間!

建造時間が長いほど大型艦の完成が期待できる。

駆逐艦の建造時間が15分程度であることを考えればこの艦の規模の大きさが

予測できるだろう。きっと棲姫と互角に渡り合える艦娘になってくれるに違いない。

……さぁ、もうやることはやった。8時間ここに突っ立っていても仕方ない。

俺は執務室に戻り、デスクに着いた。まだ1日も経ってない今、

秋雲に出撃結果を報告させるのは酷だろう。……ん!?その時、俺の頭に違和感が走った。

夕雲轟沈。その知らせは何度も聞いた。だというのに、なんだ、

この妙に何かが噛み合ってないような感覚が拭えない。

俺は『昭和海戦全記』の夕雲のページを開き、もう一度読んでみる。

 

“駆逐艦夕雲 1943年10月6日 米軍の放った魚雷が命中し沈没”

 

「は!?」

 

思わず素っ頓狂な声が出る。この一文には決定的な矛盾がある。

要するに、何が言いたいかというと、夕雲が沈没したのは……MIの後だ!1年以上も!

確かに『昭和海戦全記』と艦娘の死の状況には微妙な差異はあったが、

こんなドでかい違いはなかった。

 

「おい、どういうことだよこれ!“歴史は繰り返す”んじゃなかったのか?

だったらなんでミッドウェーの前に夕雲が沈むんだ?赤城達はまだ健在だ!」

 

実際今日もすれ違ったし、出撃命令など出していない。

 

“時間は連続していない”

 

「あっ……」

 

またしても“こんごう”が残してくれたヒントが頭をよぎる。

どういうことだ、どういうことだ、つまりあれか?俺達が体験してる“時間”ってのは、

感知できないだけで、バラバラに散らばった、いろんな出来事のポイントを

ジャンプしてるってことなのか?でも、だからって大きな出来事の発生日時が

1年以上も前後するなんておかしいじゃないか。歴史は繰り返してるんだろう?

なんでだ、なんでだ……。俺は頭をコツコツ叩いてみるが答えは出ない。

 

「でも……状況は確かに動いた。もしかしたら、この事実が

歴史への反撃の糸口になるかもしれない!」

 

今まで時間に流されるまま、その時々の出来事に翻弄されるだけだった状況に

初めて変化が訪れた。なにか、こう、歴史のシステムの、ほんの端っこに

指先が触れたような気がする。天恵とも言える閃きに俺は興奮していた。

 

 

 

工廠艦娘建造ドック。

冷たい鋼鉄のベッドで“彼女”は目を覚ました。

まだ意識がぼんやりとしているけど、そう、私は生まれた。

後はあの方が迎えに来てくれるのを待つだけ。両手を閉じたり開いたりしてみる。

うん。身体は問題ない。砲塔を回して、砲身を上下させて見る。

重厚な鋼鉄の兵装がうなりを上げて回転する。よし、もう準備は万全。……さぁ、早く来て。

 

 



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第7話:反撃の牙

「……とく、提督!もう朝ですよ、起きてください!」

「んああ、もう飲めねえよ……はへ?俺、寝てたのか」

「もう、しっかりしてください!」

 

ああ、そうか。昨日の歴史に関する決定的な矛盾を発見してからというもの、

興奮が治まらず、深夜まで考察を続けていたのだ。他にも歴史の綻びがないか、

『昭和海戦全記』のミッドウェーに関わる所を読み直したり、

年表を作ってみたり色々やってるうちに寝てしまったようだ。結局新しい発見はなかったが、

不思議と徒労感はなかった。目やにのついた目をこすりながら起きる。

 

「ああ、すまんすまん。ちょっと熱中しすぎたようだ」

「残業も結構ですけど、お体も大事にしてくださいね……って、そうじゃないんです!

重要なお知らせがあったんです」

「お知らせ?」

「そう、提督が昨日建造を指示された艦娘が完成しました!」

「!! あーそうだった!早速部隊に登録しなきゃな。来てくれ三日月!」

「はい提督!」

 

俺は目を輝かせながら工廠に向け走った。貯蔵庫が、がらんどうになるほど資材を投入し、

長い時間をかけた艦だ。きっと俺達の切り札になってくれるはず!

 

「はぁ、はぁ、提督待ってくださいよー」

 

三日月の文句も無視して年甲斐もなくダッシュで工廠へ飛び込んだ。

そして艦娘建造工場のシャッターの前に立つ。

横の時計は時刻表示から“完成”の文字に変わっている。

俺に気づいた小人作業員が近づいてきて、敬礼をした後、ファイルを手渡した。

新艦娘の諸元一覧。さっそく俺は目を通す。……、……これは!

 

「あーやっと追いついた。提督ったらはしゃぎすぎですよ~

いくら新しい仲間ができたからって」

「三日月」

 

息を切らせる三日月に俺は指示を出す。

 

「はい?」

「誰にも不審がられないように長門司令代理を連れてきてくれ」

「え、長門様ですか?どうしてまた、新しい艦娘を出迎えるのに……」

「いいから、絶対怪しまれるな!“ちょっと君にしか頼めない用事がある”と伝えるんだ」

「わ、わかりました……」

 

三日月が一旦工廠から出ていく。俺はシャッターを開けずに、

ただ閉じた鋼鉄の扉の前で待ち続けた。10分ほどで三日月が長門を連れて戻ってきた。

 

「提督、長門様にお越し頂きました」

「長門、参りました。どのようなご用件でしょう、提督」

「多忙な所済まない。まずは何も聞かずこれを読んでくれ。

そして読んだら感想や驚きの類は口にするな」

 

俺は諸元一覧のファイルを長門に渡した。長門はファイルを開き目を通す。

その目が文字を追うごとに見開かれていく。

ごくり。彼女が唾を飲む音がこちらにまで聞こえてきた。

 

「……提督、読み終えました」

「うむ」

 

彼女は俺にファイルを返した。その手は少し震えていた。

 

「“彼女”とは、もうお会いに……?」

「今から会う所だ。君にも立ち会ってもらいたい。三日月、君は職務に戻ってくれ。

ご苦労だった。あと、今のことは他言無用だ、いいな」

「え?あ、はい。それでは、提督、長門様、失礼します」

「かしこまりました、では提督。シャッターの解放を」

「ああ」

 

俺は大きなボタンにもなっているシャッター横の時計を、力を込めて押し込んだ。

すると、ガシャン、という音を立て鉄の扉が一瞬揺れると、ガタガタと徐々に上昇し始めた。

薄暗い艦娘建造工場に光が入り、人影らしきものが顕になってくる。

“らしきもの”と曖昧な表現になったのは、巨大な何かが

いくつも中の誰かを取り巻いており、普通の人間のシルエットではなかったからだ。

そして、シャッターが完全に上がると、俺と長門は信じがたい者を見た。

戦艦を縦に真っ二つにし、両舷に取り付けたような、ある意味無茶苦茶とも言える巨体。

それぞれの片舷には高角砲3基、3連装副砲、そして3連装主砲。

つまり両舷合わせて18門の重装備。その巨大な艤装を支えるのは、

これまた赤城と同じく大和撫子のお手本のようなしとやかさを持つ背の高い少女。

膝まで届く赤茶の髪を後ろで束ね、セーラー服のような衣装と赤いスカート。

そして骨が鉄製の和傘のようなものを差している。胸元には金のモールを結んでいる。

最も特徴的なのが首に飾られた桜の紋章。

そう、彼女こそが、日本海軍最強の戦艦、大和である。

彼女は、俺に気づくと、コツ、コツと軽く数トンはあろう艤装を物ともせず、

控えめな歩調で俺に近づき、ニッコリと微笑んだ。

 

「大和型戦艦、一番艦、大和。推して参ります!提督、よろしくお願いしますね!」

 

それに対して俺の第一声は。

 

「あー……ラムネくんない?」

 

ずこっ!と彼女がバランスを崩した。艤装の先端がアスファルトの床を砕く。

あ、やっぱり重いんだ。……じゃない、なんで肝心なところで締まらないんだ俺は!

長門も冷たい目で見てるし!

 

「もう!私はラムネ工場じゃありません!……まぁ、作ってますけど」

 

彼女はぷんすかした様子で、副砲からスポンとラムネを1本取り出し俺によこした。

 

「あ、ああ済まない!今のなし!君のような超巨大戦艦に出会うのは初めてで、

つい馬鹿なことを口走ってしまった……オホン、私がこの鎮守府の提督だ。

来るべき決戦に備え、君のような決定的戦闘能力を持つ艦を待っていた。

貴艦の奮闘に期待する。以後よろしく!」

 

そして俺は敬礼し、手を差し出した。今度こそ決まった!

続いて彼女も敬礼して俺の手を取り……

 

「いでででで!手が潰れる!!ちょっ、タンマ、離して!」

「ああ、ごめんなさい!生まれたばかりで人と接する時の力加減がわからなくて……」

 

これだよ。

 

「ああ、いいんだ、気にしないでくれたまえ。そう、君はまだ生まれたばかりなんだから。

そうだ、少し長門と話がある。そこで休んでいてくれ」

 

おちゃらけはここまでだ。俺は手招きして工廠の隅に長門を呼ぶ。

 

「提督、彼女は凄まじい戦力になります!46cm砲を備えた戦艦は我が国最強です」

「声を落としてくれ、長門。物は相談なんだが、

大和を人目に付かないところに秘匿できないだろうか」

「秘匿?なぜです。あれだけの火力があれば

この付近一帯の要所に生息する深海棲艦を一気に……」

「そんな艦娘、大本営も喉から手が出るほど欲しがるだろう。

それだけ暴れまわれば必然彼女の存在は公になる。

そうなれば、大本営は必ず我々から彼女を奪う!俺達には彼女が必要なんだ。

時が来るまで大和にはどこかの離れ小島で暮らしてもらい、演習を積ませて練度を上げ、

更に強化させるんだ」

「提督は先程、“来るべき決戦”とおっしゃいましたね……

一体どんな戦いが起こるというのですか?46cm砲が火を噴くほどの」

「それは……軍事機密だ。だが艦娘全体に関わることだけは確かだ。機が満ちれば必ず話す。

どうか内密に頼む」

 

俺は長門に頭を下げ、両手を合わせて拝む。

彼女は腕を組んでしばらく考え込んだ後、ふぅ、と息をついて

 

「……わかりました。艤装を付けたままでは目立ちすぎます。

とりあえず砲は外してもらって、彼女には何か被って移動してもらいましょう。

彼女の居住地については後ほど話し合うということで」

「ありがとう、助かるよ!」

 

そして、俺達は大和に艤装を外してもらい、運搬船への搬入を小人達に任せ工廠を後にした。

大和には工廠にあったシートを頭から外套代わりに被ってもらった。

 

「ホコリで髪が汚れちゃいます……」

「すまない、もう少し我慢してくれ」

 

それでも彼女の高身長にすれ違いざま振り返る者が多く、ヒヤヒヤしたが、

なんとか俺達は執務室にたどり着いた。

 

「ここなら安心だ。悪かったな大和。もうそれ脱いでいいぞ」

「どうして隠れるんですか~?」

「君の力を狙っているものが沢山いる、ということだ。

これから提督と私で君の今後について話し合う。

済まないが、少しの間窮屈な思いをしてもらうことになる」

「そうなんですか……さっそく他の艦娘の皆さんとお友達になりたかったんですが」

 

トントントン

 

「入ってくれ」

「失礼しま……あ、その方が新しい艦娘なんですね!私、三日月です。

よろしくお願いします」

「はじめまして!私、大和と申します。わぁーあなたが提督の秘書艦の三日月さん!

よろしくお願いしますね!」

「シィー!二人共声が大きいぞ!」

「あ、すみません提督!」

 

呼び出していた三日月が、入ってくるなり大和と歓談し始めたので慌てて止める。

彼女にはこれから大和の秘匿作戦についていろいろ協力を頼むつもりだ。

 

「……というわけなんだ。ちょっと今日は忙しくなる。だが、最重要任務と位置づけ、事に当たって欲しい……あと、くどいようだがこのことは絶対口外厳禁だぞ」

「わかりました!」

「あの……提督?」

 

その時、大和が俺に話しかけてきた。

 

「どうしたんだ?」

「それが、その……お腹が空きました」

 

クゥ~と彼女の腹が鳴った。

 

「そうか。では三日月、早速だが食堂へ行って……」

「提督の手料理が食べたいです~」

「……は!?」

「ラムネ、あげたじゃないですか。何か作って欲しいです……」

 

根に持ってやがったのかよ!

 

「食べたい食べたい食べたい!!」

 

椅子に座ったままジタジタする大和。大和撫子とか書いたが、結構いい性格してやがる!

 

「わーったよ!作るから大声を出すんじゃない!」

 

そして。シャンシャンシャンシャン、ジュー……

俺は食堂の厨房で中華鍋を振るっていた。おばちゃんに

昨日余った冷や飯と具材を分けてもらい、焼き飯を作っていた。

焼き飯を作るコツはいかに素早く米粒に高熱を通して水分を飛ばすかだ。

中華鍋を振る理由は2つある。1つは具材と飯に均等に火を通すため、

もう1つは、料理人が宙に飛ばした焼き飯に、コンロの直火を浴びせ、水分を飛ばすという

高等技術を行うためだ。素人が後者の理由で鍋を振ると、こぼす危険が大なので、

お玉で焼き飯を鍋に押し付け、鉄板の熱を与えてやったほうが安全だ……って

なんで提督が美味しい焼き飯の作り方解説しなきゃならんのだ!

ああ、それにしても手が疲れる!あの大食い娘、“4~5人前は食べたいです”とか

抜かしやがって。ラムネ1本の代償がこれだよ!さあできた。

俺はドームカバーを乗せた焼き飯を執務室に持っていった。

 

「ほら、できたぞ、ありあわせのもんしかなかったから、焼き飯でいいだろ?」

 

俺はゴト、とテーブルに大盛りの焼き飯を置いた。早速レンゲで焼き飯を頬張る大和。

 

「んー美味しいです!」

「ああ、そりゃよかったよ」

 

呆れて腰に両手を当てる俺の肩に長門が手を置いた。

 

「どうした長門、なにか問題か?」

「はい、極めて重要な」

 

一旦手で待つよう指示。ドアの付近に誰もいないことを確認した

 

「よし、話せ」

「私達の分がありません」

「うん、そうか。それは大きな……って、は!?」

「彼女の食べる姿を見ていたら、私達もお腹が空きました」

 

その真剣な表情と、話している内容のミスマッチ具合に、うまく頭に入ってこなかった。

 

「私も提督の焼き飯……食べたいです」

「な、なんだよお前ら。それこそ食堂行けよ……」

「オホン。実は私、今朝から何も食べていないのです。

食堂へ行こうとしたのですが、“どなたか”から特急の呼び出しを受けまして……」

「だから今からでも食堂行けって……もうこの時間ならメニューよりどりみどりだぞ」

「ものすご~く多忙な職務の合間を縫って食べようとした朝食を取り上げたままでは、

部下の士気に関わるかと。ここは上官自らの手料理で労うことを具申します」

「具申すりゃ何でも通ると思ってんじゃねーぞ!」

「そういえば私も朝ごはんまだです……朝から提督に連れ回されて」

「ほら見てください。こんないたいけな少女を空きっ腹にして、

提督は何も思われないんですか?」

「なんだよ、お前ら揃いも揃って提督こき使いやがって!……くそ、行きゃいいんだろ!」

 

シャンシャンシャンシャン、ジュー……

ああ、ちくしょう!なんかこの時間の物語には

カッコいい副題がついているような気がするが……

いや、もういい。俺は一人寂しく中華鍋を振り続けた。

 

「ほらよ、これで満足か。腹ペコ娘ども」

「んー、美味しい!お米がパラパラで具材と程よく混ざり合ってます!」

「確かにこれは、素晴らしい……提督、料理はよくお作りに?」

「独り暮らしが長いからな。いいから食えよ」

 

女三人寄れば姦しいというが、こいつらの場合は腹が減るらしい。

一心不乱に焼き飯をかきこんでいる。

 

“ごちそうさま!”

「お粗末様でした、と。もういいか?そろそろ本題に入りたいんだが」

「はい!提督の焼き飯、とっても美味しかったです!雷ちゃん達に自慢しちゃおうっと」

「大和のことは伏せとけよ、絶対」

「もちろん、了解です!」

「提督、貴方の手料理、美味しゅうございました。この長門、感服致しました……!」

「焼き飯くらいで大げさだよ。さ、空腹問題が片付いたところで

大和のこれからについて話し合いたい」

 

テーブルの皿を端の空き椅子に寄せた俺は、代わりに付近の海図を広げた。

目下の課題は彼女の住居だ。

 

「うーん。鎮守府から電波通信が届く範囲で人目につかない離れ小島となると……

なかなかいい場所がないな」

 

いくつか候補になりそうな島はあったが、全く遮蔽物がなく丸見えだったり、

逆に密林状態で住めるようになるまで時間がかかったりで、

今すぐ移住できるところがなかなか見つからない。

 

「難しいですね。そもそもこのあたりは居住に適した海域では……あ!」

「どうした長門?」

「前任の提督……彼が作らせた別荘がこの島に。防波堤や桟橋なども完備されている、

当鎮守府との行き来を想定した作りになっています!」

「おお!」

 

彼女が小島の一つを指し示す。丁度母港から死角になるところにほぼ円形の島がある。

これなら演習の砲撃も、どこか遠方の戦闘か落雷だと思われるだろう。

 

「彼が退任して以来使われていないので、若干修繕は必要ですが、

ここは別荘地として整備されています。彼は帝都で療養中なので、

こっそり使わせてもらいましょう。ここなら、小人達に物資さえ届けさせれば、

彼女も不自由なく暮らせるかと」

「決まりだな!……しかし、別荘なんて前任の野郎、どんな贅沢してやがったんだ。

俺なんか別荘どころかボロい集合住宅だぞ!」

「誤解なきよう言っておきますが、彼は実績と努力に見合った給金でこの別荘を……」

「おーし!そうと決まれば大和の新しい城に出発だ。三日月、大和に合うサイズの外套を用意してくれ。母港に向かうぞ」

「はい、提督!大和さんにぴったりの、可愛いの選んできますね」

「三日月さん、お願いね~」

「あまり目立つような色は避けるんだぞ」

「はぁ、聞いているのやら……」

 

呆れる長門を無視して俺達は待った。三日月はなかなか来ない。

サイズが大きめだから手頃なものが見つからないのだろう。

ちょっと喉が乾いた俺は、大和にラムネを貰おうかとも思ったが、

また何を要求されるかわからないのでその考えは引っ込めた。そもそも今は艤装ないし。

などと考えていた時、ドアをノックする音が聞こえた。

 

「三日月か。入れ」

「お待たせしてすみません、なかなかこのサイズで可愛いのがなくて」

「だから目立っちゃ駄目なんだって。さぁ、大和。これを来てくれ」

「わぁ、可愛い……ありがとう三日月さん!」

 

三日月が選んだのは、フードの付いた薄桃色の外套。足元に白で波の柄が描かれている。

早速大和は外套を羽織った。

 

「似合います?」

「とっても素敵です!」

「うむ、よく似合っているぞ」

「まぁ、似合っちゃいるが、やっぱり少し目立つんじゃないか?」

「移動と言っても本館から母港までですから、そう過度に警戒することもないでしょう」

「うーん、それもそうだな。それじゃあ、行こうか」

「はい!」

 

俺達は執務室を出て母港へと歩き始めた。晴れやかな色のコートが似合う高身長の女性は、

やはり行き交う者の目を引き、せっかくの対策はあまり意味を成さなかった。

しかし、なんとか彼女が艦娘であることには気づかれず、無事母港の運搬船へたどり着いた。

 

「それじゃあ長門、忙しいのに悪かったな。彼女のことは俺に任せて本来の任に戻ってくれ。

行ってくる」

「行ってらっしゃいませ。ご武運を」

「三日月、俺が執務室を空けてる間、窓口を頼むぞ。

代表がすっからかんでは流石に運営に支障が出る」

「了解しました!お気をつけて」

「それでは皆さん、また会う日まで、ごきげんよう」

「壮健でな」

「また会いましょうね、や……新しい艦娘さん!」

 

そして小人たちが小さな身体を目一杯使い、エンジンを掛け、運搬船は母港を離れていった。

 

 

 

「こいつぁひでえ!」

 

俺は思わず声を上げた。上陸したは良かったが、まともな状態だったのは

防波堤と桟橋だけで、肝心のログハウスは蜘蛛の巣、ホコリまみれ。

家の周りは雑草だらけという有様だった。

 

「かなり長い間放置されていたみたいですね…」

「悪い。ここまで酷いとは思わなかった、早速掃除に取り掛かる。

日が暮れる前に君の寝床だけでもきれいにしなくては」

「私も手伝います」

「すまないな」

 

俺達は早速別荘の掃除に取り掛かった。まずは電力の確保。

俺は別荘裏手に回り、発電装置が設置されている金網のドアを蹴破った。

そして発電装置に絡んだ蔦をナイフで切り取り、戸を開ける。

次に「通電」「停止」のスイッチを「通電」に上げ、

脇の取っ手が付いたワイヤーに手をかけ力を込めて引っ張る。

リズムを付けて数回引くと動力源が唸りを上げ、無事別荘に電気が通った。

これでとりあえず彼女が暗闇で一晩過ごす心配はなくなった。あとは、掃除だ。

玄関先に戻ると、彼女は長い枯れ草をちぎって蜘蛛の巣を取っていた。

 

「俺はまず寝室を確保するよ」

「はい、お願いします、提督」

 

俺まず家中の窓を開け放ち、中を漂うホコリと淀んだ空気を追い出し、日光を取り入れる。

そして2階の一番広い寝室らしき部屋の掃除を開始した。

ええと、どこから始めりゃ良いんだ?まずシーツを外に出してホコリを叩き出す。

それからはたきをかけてホコリを落として、箒とちりとりで……ああ面倒だ!

目についたところから片付ける。とりあえず彼女が寝るためのシーツを叩くため、外に出た。

大和は蜘蛛の巣掃除を終え、今度は草むしりをしている。

俺はシーツを手頃な木の枝にかけ、叩き始めた。初めはむせるほどの量が飛び出てきたが、

根気よく叩いていると徐々にシーツ本来の白が見え始めてきた。

後ろでは相変わらず彼女が鼻歌を歌いながら雑草をむしっている。

そんな大和に俺は声をかけた。

 

「大和。君には……本当にすまないと思っている」

「え、どうしたんですか、提督」

「生まれたばかりなのに、俺の都合でこんなところに連れてこられて。

友達を作ったり、皆と任務をこなしたり、普通の艦娘としての生き方をしたかっただろうに」

「……長門さんから聞きました。提督が私をここに連れてきたのは、

貴方が私を必要としてくれているからだって。私は戦う為に生まれてきました。

提督には必ず勝利しなければならない戦いが待っている。

だから、その為なら、私は待ちます。この46cm砲が轟く、その日まで」

「大和……ありがとう」

 

かもめの鳴き声が響き、さざなみが防波堤に打ち付ける。

俺達はしばし黙っていたが、やはり彼女には話しておくべきだろう。

この戦いの意味、全てを知っておかなければ、全力で戦うことなどできはしない。

 

 

 

「大和、少し長くなるが、俺の話を聞いてくれ」

「え、何でしょう」

「……君は、タイムトラベルを信じるか」

 

 

 

そして、俺は大和に時間遡行を駆使して歴史の鎖から艦娘達を解き放つべく、

これまで歩んできた道のりを語った。やはり彼女は困惑した表情になる。

 

「まさか、提督が時間の移動を繰り返していらっしゃるなんて、そんな……」

「ああ。信じろって言う方が無理だよな」

 

俺は腕時計を外して大和に渡す。

 

「これは?」

「14:02、9時の方向に落雷」

 

今は13:52。こんなこともあるかと、いくつか記憶しておいた、些末な出来事。

これで信じてもらえるだろう。

 

「落雷って……こんなに天気のいい青空ですよ?」

「じきに、わかるよ」

 

確かに9時の方向には青空が広がっている。しかし、その言葉通り、5分、7分と経つと

急に空が暗くなり、あっという間に暗い積乱雲が青空を覆い隠し、

ゴロゴロと空が鳴り始めた。そして14:02。カッと空が光り、遅れて雷鳴が轟いた。

 

「そんな……」

「信じてもらえたか?」

「もう一つ、もう一つなにかを予知していただけませんか?

海を知る海軍提督なら、海上の天候を読むことも可能かもしれません」

「わかった。次は1時の方向。14:15に駆逐艦隊が単縦陣で帰ってくる。

被害状況は先頭3隻は無傷、次は小破、続いて中破、最期に小破だ」

「わかりました……」

 

俺達は再びその時を待つ。14:13。1時の方向から艦娘達の声が聞こえてきた。

 

“さっきの雷すごかったねー”

“怖かったです~”

“海の天候は、変わりやすい”

“あたしらの心配もして欲しいんだけど~”

“なんで一番痛い思いした私がMVPじゃないわけ!?”

“早く帰ってお風呂入りたいです……”

 

14:15。予告通り単縦陣の駆逐艦隊。被害状況も予告通り。

 

「わかりました。貴方は、本当に時間を旅していらっしゃるんですね……」

 

大和は複雑な表情を浮かべながら俺に腕時計を返す。

 

「旅、なんて自由なものじゃないけどな」

「……提督は、歴史を変えて戦いの輪廻から私達を救う、とおっしゃいましたね」

「ああ」

「では、もし貴方の宿願が叶った際、戦う為に生まれた私は、

どう生きればいいのでしょう?」

「人として生きるんだ。人間は何も持たずに生まれてくる、使命も、力も、宿命も。

みんなそれを手探りで探しながら生きているんだ。俺の独りよがりな理屈かもしれないが、

艦娘のみんなにもそうあってほしい。誰かに決められた戦いの輪廻から離れ、

自由な生を歩んでほしい。そう願っている」

「……」

 

潮風が二人に吹き付ける。先程荒れていた雷雲は晴れ、元の青空に戻っていた。

 

「提督、1つお願いがあります」

「なんだ?」

「もし……もし、2年後の作戦がうまくいかなかったとしても、

必ずこの時間に戻ってきてください。私がいる、この時間に」

「ああ、約束するよ。戦艦が生まれるかわからないからとかじゃない。必ず君に会いに来る」

「ありがとうございます……!!」

「……よっし、急ごう!早く片付けないと日が暮れる。

最低でも寝室と台所は今日中に片付けたい」

「はい!」

 

それから俺達は掃除を再開し、なんとか日没までに寝室と台所の掃除を終えることが出来た。

気づけばもう夕暮れ時だった。

 

「あーなんとか一段落したな。腰痛え~」

「ありがとうございます。あとは明日から少しずつ片付けていきます。

寝食は確保できましたから」

「最後まで手伝えなくて悪いな。食料や資材は小人に運ばせるから」

「助かります」

「なに、君一人分くらいの資材、ちょっと帳簿をちょろまかせばどうにでもなる。

じゃあ、時間を見つけてまた来るよ」

 

俺は鎮守府に戻るため運搬船に乗る。大和が見送ってくれた。

 

「次に提督がいらっしゃるまでに、砲撃訓練でみっちり精進しておきます!」

「ほどほどにな。陸の者に気づかれない程度に頑張ってくれ」

 

そして、運搬船にエンジンがかかると、

 

「あの……!」

「どうした?」

「よかったら、また、焼き飯。作っていただけると嬉しいです……」

「今度は焼豚入りのを振る舞うよ」

 

今度こそ船は出発した。大和が手を振る。俺も帽子を振って応えた。

こうして俺達は新たな仲間を迎えることができた。堂々と皆に紹介できないのが歯がゆいが。

だが喜んでばかりもいられない。まずは9ヶ月後の試練を乗り越えなくては話にならない。

でも、きっと彼女が力になってくれる。戦艦だから、46cmだからとかじゃなくて、

この頼りない俺を信じてくれた。だから俺も彼女を信じる。そして必ず歴史に、勝つ。

 

 



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第Σ話:多分何百万回と繰り返された歴史

*本筋に絡まない、読まなくても全く問題ないくだらねえ話です。


執務室は異様な雰囲気に包まれていた。決して広くない執務室に

大勢の艦娘達がすし詰め状態となり、緊張した面持ちでデスクに着いた提督を見守っている。

誰か一人遅れて入室してきたが長門は気にせず、

 

「提督、当鎮守府の第58回人気投票の中間結果が発表されました。

トップは相変わらずの島風が独走。2位は頼れるお姉さんキャラの加賀。

3位は個性的な片言キャラが受けた金剛が占めており、

提督は最下位を這いつくばっております。」

 

デスクに広げられた折れ線グラフに長門が指を滑らせる。だが俺は諦めない。

 

「“焼き鳥タレ派”だ。“焼き鳥タレ派”さえ見せ場を書いてくれれば、

トップ10には入れるはずだ」

 

三日月が何か言いたげに長門を見る。

 

「提督……残念ですが……」

 

長門が口火を切り、

 

「あいつの力量では提督どころかみんな共倒れになります」

 

龍驤が続く。

 

「ここで読者に謝って打ち切りにするべきやと……」

 

……俺は震える手で軍帽を脱ぐ

 

「4人だけ残れ。三日月、長門、龍驤、伊58。このアンポンタン」

 

他の者がぞろぞろと出ていき、バタンと扉が閉じられる。

 

「書けと言ったはずだ!“焼き鳥タレ派”に俺のカッコよさを伝えろと!」

 

“第一!最初から読み返してみたが俺が活躍したとこ全然ねえじゃねえか!

天龍にはボコられ、タイムスリップでゴミ箱にゲロする始末!”

 

大声が廊下まで漏れ聞こえる。それに聞き入る退室したメンバー。中には泣き出す者も。

 

「俺はバック・トゥ・ザ・フューチャーのSFアクションに、

戦国自衛隊みたいな“ガタッ”あ痛た!シリアス要素をミックスして欲しかったのに

そんなの書かないやつ大っ嫌いだ!」

 

「あいつにそんなんできるわけないって最初からわかってたやん!」

 

龍驤が提督の激昂を止めようとする。

 

「それを可能にしてくれるのがハーメルンだろうが!それすらできんのかタレ派のバーカ!」

「提督、書き手のせいにするのはあまりにも横暴です!」

「なぜこれほど使いやすいサイトがありながらヨイショのひとつもできない!」

 

俺は色鉛筆を叩きつける。

 

「畜生め!!」

 

「よくよく考えてみればあいつには以前から思うところがあった。

単調な文章運びに“ウォッ”と思うような意表を突く展開もなし!」

 

陸奥が廊下に駆け込んでくる。なおも大声は廊下に響く。

 

“艦これという数百の魅力的なキャラが登場するオイシイ素材を活かしきれず、

その時々でストーリーに噛み合うキャラをおろおろ探し回る始末!”

 

「“焼き鳥タレ派”に素材を料理する技量が足らんかった!

奴がソビエト軍の将校だったら不敬罪で粛清されていただろう、スターリンに!!」

 

興奮しすぎた俺は椅子に腰掛ける。

 

「はぁ、はぁ、これでも俺は必死に頑張ってきたんだ。

第7話では皆に手料理まで振る舞った。腱鞘炎になるほど中華鍋振ってな」

 

俺は胸を叩きながら全身で訴える。長門は“手の施しようがない”という目で宙を見る。

 

「このへんで例の言葉が出るんだろうがな、全員にボコられるから

“お”で始まるフレーズはやめとくわ、ぷるんぷるん!」

 

「……どんなに尽くしても票には結びつかない。しかし俺は諦めん。

そして最終結果発表の時に皆は思い知るだろう、決してミニスカが全てではないと!」

 

“ううっ……”

“あなたなんでいつも泣いてるの?”

 

廊下で夕雲が秋雲を慰める。

 

打ちひしがれた俺は椅子の上でうなだれながらつぶやく。

 

「有権者には見た目だけでなく中身を見てほしい。

特にこんな活字でしかアピールできない二次小説ではな」

 

三日月が“お腹すいた”と腹を押さえる。

 

「今年の優勝は、諦めるしか無い……だが来年こそは目にもの見せてくれる。

ヒラヒラスカートばかり追いかけてる野郎連中に……方策はないが」

 

 




*やめませんよ?やめませんからね?


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第8話:あの日見た夢

雪の降る街。明るい光の灯る高層ビル群が立ち並ぶ。建物の向こうを眺めると、

そのビルをも遥かに凌ぐ、まさに天を衝かんばかりの摩天楼が見える。

厚着をした人々が楽しそうに行き交い、その中に見知った顔を見る。艦娘達だ。

皆、恋人と手を組んだり、友人たちとウィンドウショッピングをしたり、

この街の賑わいを思い思いに楽しんでいる。共通しているのは、皆、笑顔だということ。

涙なき世界。そう、まさに俺が目指す世界そのものだ。俺はみんなに手を振ろうとした。

が、身体が動かない。何かに拘束されているのか?いや、違う。身体が、なくなっていく!

俺も、“こんごう”のように、消えるのか!?なぜだ、俺は、一体……?

 

ぐわっ!!

 

「……あぁ、ちくしょう。なんだったんだ今の」

 

思わず起き上がる。俺はいつもの万年床で目を覚ました。何の夢だったんだろう。

いい夢だったし、悪夢だったような気もする。まぁ、考えてもしょうがない。

どうせ夢なんだから。時計を見ると朝6時。出勤の準備をするにはちょうどいい頃合いだ。

とりあえず俺は顔を洗う。そして台所へ行き、冷蔵庫の冷や飯を電波調理器にぶち込んで

目盛りを合わせる。ブーンと音を立てて中の皿が回転を始めた。

その間に俺は歯を磨き、髭を剃った。調理器がチン!と鳴る。あちち、温めすぎた。

俺は温めた冷や飯のタッパの上に、梅干しと余り物のメザシを乗せてちゃぶ台に着いた。

 

「いただきまーす」

 

質素な朝食をただ口に放り込み、お茶で流し込んだ。

 

「ごっそさん」

 

タッパや箸を炊事場のシンクに投げ込むと、着替えを始めた。

くしゃくしゃの寝間着からいつも軍服へ。ズボンを履き、

上着を着てボタンとホックを留める。そして軍帽を被って準備完了。鞄を持って出発する。

俺が住んでいるのは2階建ての古い集合住宅“コーポ渦潮”だ。

薄い鉄製の階段をカンカンと音を立てながら降りると、

ゴミ捨て場の掃除をする大家のおばあちゃんに会った。

 

「おはようございまーす」

「おはよう、軍人さん」

 

大通りまで少し歩き、路面電車停留所に並ぶ。しばらく待つと、

道路に敷かれたレールに沿って路面電車が走ってきた。

他の勤め人や学生に混じって俺も乗り込む。そして電車に揺られること15分。

 

「次は~鎮守府前、鎮守府前でございます。お降りの方はボタンでお知らせ下さい」

 

俺は目的の停留所で降りる。鎮守府はもう目の前だ。しばし歩くと見慣れた門。

門をくぐり、詰め所の警備員に軽く挨拶する。

 

「よっ、おはようさん」

「おはようございます、提督!」

 

こうして、俺の提督としての1日が始まるのだ。

 

「提督、おはようございます。今日も頑張りましょうね!」

「ああ。おはよう、三日月」

 

執務室に入ると、中で書類を分類していた三日月が元気よく出迎えてくれた。

彼女は宿舎で寝泊まりしているので早めに出勤することが多い。

一応提督用の生活スペースもあるのだが、たまの休みまで仕事の事なんか考えたくない俺は

通勤を選んでいた。……この懐中時計を拾うまでは。

だが、少しでも歴史・世界に関する情報を探したい今の状況を考えると、

鎮守府に引っ越すことも検討している。

 

……さて、今日は何をするべきか。あれから1週間。大和を送り出して以来、

“落雷”の音が多くなったとの報告が増えている。危険だから極力

当該海域に近寄らぬよう、と指示を出しておいた。頑張ってくれているんだな。

俺も俺で彼女のために資材をくすね……ゲフンゲフン。都合したり、

折を見て会いに行ってはいる。だが、それ以上にしてやれることが見つからない。

いや、勘違いするな俺。艦娘は大和だけじゃない。

戦艦をはじめ、重巡や駆逐のみんなの努力も忘れてはならない。

演習指示や遠征派遣の計画を立てたり、時には差し入れを持っていったり。

やることはいくらでもある。……とはいえ、今日は皆出払っており、

具体的行動を伴う仕事がガチで何もない。

 

そうだ、この間気づいた歴史の矛盾。あれが放ったらかしになっていた。

せっかく糸口を見つけたというのに、何やってたんだ俺は。

今日は状況整理も兼ねて、この矛盾について考察することにしよう。

俺は考えをまとめるため、白紙を取り出し、今の状況や気になること、

気づいた点を書き出していった。

 

ええと、まず大前提として、

“時間は連続していない、歴史は変わらないが世界は変わる”だ。

“こんごう”が残してくれたヒント。次に深海に沈む艦艇の残骸。

様々な時代の艦がごちゃ混ぜになっているのは、これまた“こんごう”自身が証明している。

そして、先だって見つけた歴史の矛盾。夕雲の死だ。なぜ彼女の死がMIと前後したのか。

さぁ、書き出したこれらのピースの足りないパズルを組み合わせてみよう。

 

まずいきなりデカイ矛盾にぶち当たる。前提の“歴史は変わらない”ないし

“歴史は繰り返す”が既に成り立っていない。

『昭和海戦全記』ではMI後に死亡するはずの夕雲が、

史実より2年以上も前に撃沈されている。どういうことだ?シルクハットはともかく、

“こんごう”が嘘をつくはずがない。あぁ、わからん。これは保留だ。

 

次に“時間は連続していない”だ。これはもう俺の中で1つ仮説が立っている。

時間はカレンダー通りに並んでいるわけではなく、俺達が気づかないうちに、

さまざまな出来事のポイントをあちこちジャンプしているという考えだ。

だが、これは今の夕雲の死亡時期の矛盾から生まれた説だから、やはり根拠に欠ける。

単にスタート地点(つまり時計を拾った日)から3ヶ月後に、

何らかのアクシデントでMIの2年前にジャンプしたんじゃないかなぁ、程度の

確証に欠けるおぼろげな想像にすぎない。

そのアクシデントが何かわかればいいのだが……次。

 

で、最後にこの大海原に沈む様々な時代の艦艇。

これまでの“時間点在説”と照らし合わせるとやはりおかしい。

朽ちた艦艇が存在すること自体はずっと以前から知られており、

“こんごう”ともそこで出会った。しかし、大昔の艦艇と最新鋭のイージス艦。

同じ海に在り続けるなんて変じゃないか。さっそく“時間点在説”が否定されてしまう

可能性が濃厚になる。否定しないのは正しくないとも証明できないから。

 

「だめだ、結局のところ“何もわかりません”だ。くそ」

 

「結構頑張ってらっしゃるみたいですわね」

 

チッ、またシルクハットだ。ドアの前にいつの間にか立っていた。

もう驚かない。ただ消えてほしい。この慇懃無礼なクソガキの顔を見るだけで

苛つきが治まらない。磨かれた上等な赤い靴を踏み鳴らしながら、デスクに近づいてくる。

 

「おい、来るんじゃねえ、お前に用はない」

 

だが、シルクハットは俺を無視してデスクのメモ書きを覗き込む。

俺は乱暴に掴んでゴミ箱に捨てたが、奴はもう読んでしまったようで、

顎に人差し指をあてて考え事だ。

 

「ふむふむ、あまり賢くなさそうな貴方にしてはいい線行ってますわね。

特に“時間点在説”?彼女のヒント、無駄にならなくて何よりですわね、フフ」

 

小馬鹿にしたような表情で笑うシルクハット。

 

「……この距離でナイフ出されると避けられないって知ってるか?」

「そうカリカリなさらないで。ほんの僅かとはいえ、

世界の仕組みの一端にたどり着いた貴方にご褒美を差し上げようと思っていますのに」

「褒美だ?」

「そう。ある世界のお伽噺」

「どういう意味だ……」

「“こんごう”さん、でしたっけ?彼女が健在だった時代の物語ですわ」

「彼女が生きていた時代……?」

「まぁ、正確には生きていた“世界”……あらら、ここから先は最後のお楽しみ~」

 

口元で人差し指を立ててケトケトと笑う。奴が竜頭を押すのと、俺が刺すのと、

どちらが早いか試したくなってきた。

 

「いいから話せ!」

「焦らない焦らな~い。まず、彼女がまだ生きていた頃、

世界はと~ってもギスギスしていましたの。どこもかしこも核兵器を抱え込んで、

互いに突きつけ合うチキンレースを日々繰り返し、

世界の覇権を虎視眈々と狙っていましたわ」

「核、兵器?」

「あぁ、確かこの世界には存在しないものですわね。う~ん、簡単に言うと、

ウランをはじめとした核物質を臨界させる新型爆弾ですわ。

1発で都市を一つ壊滅させるその破壊力はもちろん、一番やっかいなのは

人類にとっては永久とも言えるほどの長い年月、放射線、いわば目に見えない“毒の光”を

放ち続けること。そんなものが世界中に数千発も常に発射可能状態で存在していましたの」

「……毒の光って、解毒剤とかは」

「そんな甘っちょろいものじゃありませんわ。防ぐには厚さ十数センチの鉛の壁が必要。

一瞬でも浴びたら即アウト。線量にもよりますけど、私が見た世界では

即死するレベルでしたわ」

「浴びただけで死ぬって……どんだけめちゃくちゃになってんだよ、その世界。

そんなハッタリ地味た話信じられるか!」

「疑うならご案内しても構いませんが、辿り着いた瞬間、貴方、死にますわよ。

目安としては、死に至る線量が10SVで、あの世界の平均線量が20SV。

まぁ、生きているのが辛くなった方にはおすすめですわ」

「なんでそんなことになった……どの国もお互い喉元に刃突きつけ合って、

身動きできない状態なんじゃなかったのか!?」

「お隣さん」

「は……?」

「ある日、中国が開発したコンピューターウィルスで、

世界中の軍事施設・核兵器を含む兵器のコントロールが掌握されましたの。

“イージスを凌駕する天竺の叡智”とか宣ってましたけど。

世界の核を手に入れたと勘違いしたデブの指導者が、世界に向けて勝利宣言してましたわ」

「コンピューターウィルスってなんだ」

「ああもう、発展途上の世界で会話をするのは疲れますわね……」

 

シルクハットが大げさに肩をすくめて両手を上げる。お前が始めたんだろうが。

 

「ええと、ここにも未発達ながら人工知能で動いている物はありますわよね?」

「ああ。司令部の計器類なんかがそうだ」

「その人工知能に不正に入り込んで記録を改ざん・盗難したり、今言ったように

操作権限を奪取したりする、悪意ある者に作られた電子知能の塊みたいなものですわ」

「それがお伽噺ってオチじゃないだろうな」

「とことん疑り深い方。では実例をご覧に入れますわ」

 

するとシルクハットは、ステッキの足先を持って高く掲げ、ゆっくりと何回か回した。

間もなく、デスクの電話が鳴り出した。

 

「私だ」

“提督、緊急事態です!あの、どう申し上げていいか……”

 

大淀がパニックに陥った様子で電話を掛けてきた。後ろの方で長門達の喧騒が聞こえる。

 

「落ち着くんだ、何が起きている」

“あの、電子計器のモニターに、その、私の顔が!!……本当なんです、

とにかくご指示を!”

「心配いらない。すぐに収まる。そのまま待機せよ」

 

俺は電話を切るとすぐシルクハットを怒鳴った。

 

「おい、何をした!?今すぐやめろ!」

「はい、おしまい」

 

シルクハットがステッキを下ろすと再び電話が鳴った。

 

「どうなった」

“あ、提督の仰った通り、すぐ元に戻りました。お騒がせして申し訳ありません”

「あ、気にしないでくれ。それは極稀にそうなるんだ。前は私の顔だったし、ハハ。

とにかく、通常の任務に戻ってくれたまえ」

“はい、ありがとうございました”

 

ガチャン。俺は受話器を下ろした。

 

「納得していただけました?こんな風に電子制御されているものに悪さをするのが、

コンピューターウィルス」

「ああわかったよ!信じりゃいいんだろう!それで続きは!?」

「やっと前進ですわね。……で、その中国製のコンピューターウィルス、

確かにしばらく世界の国々の核兵器を使用不能にしたんですけど、ここで誤算が」

「誤算?」

「ウィルスに致命的なバグがありましたの。バグというのは、

主にプログラム、つまり電子命令文の書き間違いなどで起こる不具合のこと。

さっきの騒ぎみたいな事がウィルスなしで起こったらそれがバグ」

「そのバグがどうしたっていうんだ」

「ウィルスを作ったバカが攻撃目標と防衛対象をあべこべに入力したせいで、

指導部の間抜けが発射ボタンを押した瞬間、全世界の核を含むあらゆる兵器が

中国に向けて発射されましたの。まったく、開発を急いで、

ろくにデバッグしないからこうなるんですわ。

……デバッグはプログラムの間違い探しのことね。質問厳禁!」

「それで、世界はどうなった……?」

「ウィルスが暴れた“世界”のことなら……まず中国は焼け野原。

肥えた成金が過ぎた野望を持った報いですわね。それはいいとして、

数千発の核ミサイルが一点で炸裂したエネルギーで

ちょっと困ったことが起きちゃいましたの」

「ああそりゃ困ったろうさ!中国が吹っ飛ぶほどの爆弾が弾けたら日本もどうなったか……」

「そんなレベルの問題じゃなくてよ。そのあまりに膨大なエネルギーの影響で、

世界がちょっと“ずれ”ちゃいまして」

「“ずれ”、だと?」

「貴方はもうご覧になっているはずですわよ。海底に眠る過去の残骸」

「!!……お前は、つまり、あの艦は異世界のものだと言いたいのか!」

「ご名答。貴方が導き出した“時間点在説”のアクシデントもこれに当たりますわね。

平行世界が融合しちゃったから時間のポイントにもいくつもズレが……

あらやだ私ったら!ついヒントをあげすぎてしまいましたわ。

無知なる者が必死に頑張って頼りない手がかりにすがって答えにたどり着くのが面白いのに、

ウフフフ」

 

もういちいち奴の相手をしている理由はなくなった。

ここに来て打開の鍵がもう一つ手に入ったからだ。平行世界は俺も知っている。

空想科学小説なんかに出てくる、要は異次元だ。

念のため最後に気になったことを聞いてみる。

 

「その……破滅した世界はどうなってる。お前の上司はなんでもできるんじゃないのか」

「局長も匙を投げるほどの惨状ですわ。

“う~ん、直してもいいけど、もうみんな住みよい新世界にいるんだから

それでいいじゃないか”、が局長の見解で私も同意ですわ」

「新世界?」

「あ、いやだ私としたことが!今日はこれにて失礼!」

 

シルクハットの少女は振り向くとパッと消えていった。妙に慌てて出ていったな。

つまり最後の“新世界”は戯れのヒントではなく、本当に知られたくない何かということだ。

俺はゴミ箱から捨てたメモ書きを広い、新情報を書き足した。

 

“異世界崩壊”

“平行世界”

“超爆発による世界融合”

“新世界”

 

これらのキーワードで鍵のかかっていた金庫がいくつも開いた気がする。

この世には俺達が生きる世界だけでなく、複数の世界があるということ。

膨大なエネルギーがあればその壁を乗り越えることがあること。

そして最後の手がかり、“局長”とやらが言っていた“新世界”

……俺は次の3ヶ月後、ある実験を行うことに決めた。

メモ書きに書き足す。“時計の制御”、と。

 

それからの3ヶ月、俺はいつものボロい我が家、“コーポ渦潮”で寝泊まりし、

大和に生活に必要なものを送り、仕事を無難にこなして過ごした。

そしてこの日がやってきた。俺は母港の先端に立ち、深く息を吸う。

俺はポケットから銀の懐中時計を取り出し、腹に力を入れ、集中し、覚悟を決め、

竜頭を押した。

 

ギュオォォン!

 

時間遡行が始まる。俺はこの現象に身を任せることで、

幾分楽に遡行できるようになったっが、今度はその逆。徹底的に抗う。

意識を失わないよう、踏ん張って脳に血液を集める。

 

「ぐううっ!」

 

俺の精神や肉体をぐしゃぐしゃにかき混ぜようとする時間に対し、俺は心だけで抵抗する。

耐えろ、今度は自分で掴み取るんだ、確証、可能性、手がかり、

理想の世界への足がかりになる何かを!

 

時間は、システムに抗おうとする俺を強烈な精神的ダメージで攻撃してくる。

人格をガリガリと削り取られていくような経験のない消耗感。

もう少し、もう少し耐えるんだ、俺の心!……そして、決着の時が来る。

突然、今まで俺をいじめ抜いた不快感が突然なくなり、不思議な世界が広がった。

 

それは、まるで宇宙空間のように真っ暗で周りを無数の星々が流れている。

いや、それらは星ではなく、ネガだった。

俺の近くを流れているネガを1枚手に取り覗いてみる。艦娘が何か話しているシーン。

これは……もしかして俺が言っている時間のポイントに当たるものなのか?

流れてきたもう1枚を手に取る。あっ、これは……物資を運んだ時に

手を振ってくれた大和だ。もう間違いない。時間、いや、世界は

この無数のネガをつなぎ合わせて作り上げられた1本の映画なんだ!

 

世界の成り立ちに触れ興奮していると、妙なネガが流れてきた。

上の空間から何かに挟まれているように1枚のネガがひらひらと飛び出している。

なんだろう。俺は背伸びして中を覗いてみる。……っ!言葉を失った。

それは3ヶ月前夢に見た、見たこともない大都市。

洗練された設計のビルが立ち並び、巨大な摩天楼が見えるあの街。

艦娘のみんなが幸せに生きる、あの涙なき世界だった。

 

「あれは、実在するんだ!やった……やったぞ!!」

 

理想郷の存在に驚喜していると、後ろから光源が迫ってきた。時間遡行の終わりだ。

さぁ、帰ろう。3ヶ月前の鎮守府へ。俺は光に包まれ、長い長い時間遡行を終えた。

精神を酷使した俺は頭を振り、周りを見渡す。……ここは、母港!?

そうか、意識を保ったまま遡行すると、肉体もスタート地点に固定されるのか。時計の新しい性質を見つけたのは思わぬ収穫だ。3ヶ月待った甲斐があったというものだ。

俺は3ヶ月をやり直すべく執務室に戻った。

 

俺は執務室に戻り、仕事をしているふりをしながら考え事をしていた。

それはもちろん、あの理想郷にたどり着く方法だ。シルクハットによると、

最終戦争クラスの莫大なエネルギーですら、世界を少し融合させるアクシデント程度しか

起こせなかったという。仮に俺が工廠の弾薬庫に火炎瓶を投げ込んだところで

何も起きないだろう。俺が死刑になるだけだ。

理想郷が写っていたネガ。こちらにはみ出すように何かに挟まっていたことを考えると、

この世界と隣接しているのは間違いないと考えていい。

エネルギーさえあればその扉はどこにでもあるのに。近くて遠い。くそ。何か方法はないか。

……だめだ。そんな力あるわけない。少なくとも地球を吹っ飛ばせるほどの。

 

ん?地球を、吹っ飛ばす……俺は、念のため、そのキーワードをメモして引き出しにしまい、

今度こそ真面目に仕事に戻った。今度シルクハットが来たらそれとなく確かめなければ。

しかし、時間遡行してからというもの、頭痛が治まらない。いや、頭痛なのか?

脳が削られたような痛みがずっと続いてる。とにかく三日月に頭痛薬を持ってきてもらおう。

 

 

 



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第9話:遺された意志

深海棲姫襲撃まで、あと6ヶ月

 

「なぁ~あ、提督。ちょっと話あんねんけど!」

 

出合い頭に、艦首を象ったバイザーが特徴的な艦娘、軽空母・龍驤が

じと~っとした目で俺を見ながら問いかけてきた。こいつとは馬が合うのか合わないのか、

よく口喧嘩になるが険悪な仲になることもない、妙な関係だ。

指先で不思議な火の玉を弄びながらこちらを見ている。

 

「なんや、チャカポコ娘」

「チャカポコ娘!?変な名前つけるなや!」

 

ちなみに龍驤は生まれも育ちも横浜だが、何故か関西弁である。

艦載機と関西を引っ掛けているのだろうか。でも軽空母は他にもいる。謎だ。

一つだけ言えるのは、兵庫出身の俺に言わせれば、

彼女の方言はやっぱり“標準語の関西弁”だ。

 

「いっつもチャカポコしとるからや」

「してないわ!大体なんでウチと喋る時だけ関西弁やねん!」

「その中途半端な関西弁治すためにお手本聞かせとるんや。そんで、何や用て」

「最近ウチらの待遇悪くない~?戦艦空母は積極的に訓練して?

資材集めの遠征に向いてる軽巡・駆逐は忙しそうで?

それに引き換え、ウチらはお茶引いてる時間結構あるし、帰ってきても

資材不足ですぐ補給してくれないときちょくちょくあるやん。

こんなんやったら腕鈍ってまうわ……これってどういうことやねん!」

 

うがー!と両手を上げて威嚇する龍驤。龍驤のくせに痛いところを突かれた。

半年後の棲姫襲来に備えて主戦力の強化と、それに伴い大量に必要となる

資材の調達に軽巡・駆逐の出動を増やしていたのは事実だからだ。

ここはポーカーフェイスで乗り切らなければ。

 

「あのな、意味解ってへんみたいやから言うといたるけど、

女の子が“お茶引く”とか言うな。意味知りたかったら他の大人の艦娘に聞け。

ええな、ほな」

「あ、こらー!待ったらんかい!」

 

叫ぶ声を無視して立ち去ろうとした。しかし、からくり箱を背負った

銀髪の艦娘が行く手を塞ぐ。先月軽空母に昇格した千歳だった。

 

「待ってください提督!私達も彼女と同じ不満を抱えています。

我々は提督に誠意ある対応を求めます!」

 

我々?言われて周りを見てみると、いつの間にか他にも鳳翔、隼鷹が

俺を逃さないように取り囲んでいた。もっとも、昼間から泥酔している隼鷹は

蹴飛ばせば逃げられそうだが、余計事態がややこしくなりそうなので止めておく。

鳳翔が落ち着いた声で主張する。

 

「提督、私達はただ、今の状況について説明が欲しいだけなのです。

この鎮守府の財政に決して余裕がないことは承知しています。

ただ、他艦種の方々とあまりに扱いの異なるこの状況について、なんら対策を

頂けないのであれば、我々“軽母婦人会”は団体交渉権を行使せざるを得ません」

 

なんだよ“軽母婦人会”って!いつそんな団体作りやがった!

ある意味優しい声で一番怖いこと言ってるよ!事が大きくなれば、

この不自然に資材が足りない状況について内外から追求され、大和の存在が発覚してしまう!

 

「でへへへ、お酒くれるならゆる~す」

 

こいつは放っといても大丈夫そうだが。ひとつ咳払いをして関西弁から標準語に切り替える。

 

「う、うむ。諸君に不本意な思いをさせていることは私も非常に心苦しく思っている。

しかしながら、先程鳳翔君が言ったように、この鎮守府の財政事情は慢性的に逼迫しており、

抜本的対策が取れないでいるのが現状だ!だからその……」

「だから?」

「もうちょい我慢してください!」

 

俺は思いっきり頭を下げ、手を合わせた。しばしの間。ぽん、と鳳翔が優しく肩に手を置く。

そして優しく俺に微笑みかけ、

 

「駄目です」

 

頭が真っ白になる。どうする俺、どうすればいい……?

 

「ええと、あれだ。みんなお腹空いてないか。間宮のパフェをごちそうしようじゃないか!

今日は特別に!みんなだけに!内緒で!」

「そんなんじゃ騙されないんだから!」

「そうやそうやー!」

「お酒まだー!」

 

ああ、対応を誤った。女連中が騒ぎ出した!通行人が見てるぞ!早く対処しなければ!

 

「鳳翔君、彼女達を止めてくれれば、抜本的対策は難しいが、

一時的に今の状況を解消することは可能だがどうだろうか!

具体的には今すぐ君たちに深海棲艦駆逐任務に出てもらいその手腕を発揮してもらう、

もちろん帰還した際すぐに補給を施し風呂も用意しよう!」

 

どうだ?もう他に打つ手はない!

 

「…………わかりました。“今日は”それで手を打ちましょう。皆さん、お静かに!

今から提督が私達の要望を聞き入れてくださるそうです!」

「やったぁ!鳳翔さんについてきて良かった!」

「へへん、ざまあみい!」

「……お前後で覚えとけや」

「お酒ないの~?」

 

やっぱり鳳翔が親玉だったのか。俺は鳳翔に連行される形で

鎮守府の生協にとぼとぼと歩いていった。

 

〈カキーン!ご利用ありがとうございました!〉

 

現金自動預払機でなけなしの貯金のほとんどを引き出した俺は、

次に工廠隣の発注窓口に向かう。ちなみに今も鳳翔が俺の腰を掴んでいる。

 

「ああ、君。各種資材をこれだけ頼む……」

 

俺は小人に記入済みの発注書と料金を渡した。お釣り35円。

当分おかずメザシだよちくしょう……

 

「ほら、これでいいだろう。少しは貯蔵庫が潤った。早速君たちに出撃命令を下す……」

「はい。鳳翔、出撃致します」

「やったー!ウチがいるから、これが主力艦隊やね!」

「腕が鳴るわ!航空母艦千歳、出撃します!」

「隼鷹~でるぜぇ~」

「ちょっと待て!こいつフラフラじゃねえか!まさか連れてく気じゃないだろうな!?」

 

いくらそれなりの戦力を持つ軽空母でも、千鳥足では轟沈必至だ。

 

「あ、お任せください。隼鷹さ~ん」

 

鳳翔は隼鷹に近づくと、パンパァン!!と強烈な往復ビンタを浴びせた。

うっ、洒落にならんだろうこれ。だが、隼鷹は目が覚めた、といった感じで

目をぱちくりとさせ、

 

「あれ、あたしなんでここにいんだ?」

「隼鷹さん、出撃ですよ」

「お、いいねえ。パーッといこうぜ~。パーッとな!」

 

なんというか……流石こいつらを束ねているだけのことはある。

 

「では、改めて貴艦らに出撃命令を下す。南西諸島海域の深海棲艦を掃討せよ!」

「はっ!」

 

そして彼女達は出撃ドックから特に急ぎでない掃海任務へと飛び出していった。

適度に彼女らの鬱憤を晴らしつつ、損耗の少ない海域を選ぶのに苦労した。

まぁ、その海域にも資源が落ちてないわけではない。

差し引きでそれほど資材の痛い損失にはならないだろう。俺の預金は致命傷を負ったが……

 

 

 

「そんなことがあったんだ。ひどい話だろう……」

「あはは、提督のお仕事は大変なんですね」

 

俺はあの後、特別な予定もなかったので、大和の様子を見に来ていた。

というより、傷心の俺を慰めてもらいに来ていたと言ったほうが正確かもしれないが。

俺達は桟橋の手すりに腰掛けて語り合っていた。

 

「一人で寂しくはないか。済まないな。せめて無線連絡でもできればいいのだが、

司令室がこのあたりの通信を監視しているから連絡が取れないんだ」

「大丈夫です。こうして提督が会いに来てくださるじゃないですか」

「もうすぐ……あと半年なんだ。深海棲姫の襲来を凌ぎきれば、

君がこの鎮守府に必要な存在だと上層部にも説明がつく」

 

俺は大和には全てを話していた。

だから、ありのままで語り合える彼女に救われているのは俺の方だった。

 

「提督、私のためにそんなに頑張らないでください。

私、どんな顔していいかわからなくなります」

「頑張らなくてどうするんだ。君やみんなの運命がかかっているというのに」

「……」

 

大和は砲からラムネを2本取り出し、1本俺に渡した。

 

「どうぞ」

「ああ、ありがとう」

 

栓になっているキャップをポン、と押すとビー玉が中に落ち、シュワっと中身があふれ出す。

慌てて口を付けて、ゴクゴクと飲む。炭酸の爽やかな刺激と甘みが喉を駆け抜ける。

彼女も隣でラムネを飲み干す。ラムネの甘みのおかげか、

なんだか気持ちが楽になった気がする。まだ問題は山積みなのに。

俺は立ち上がって伸びをして肩を回す。

 

「う~ん、そうだな。悩みすぎたって俺にできることはたかが知れてる。

時間だって後ろには行けても前には行けないからな」

「そうですよ。のんびり前に前に歩いていけばいいんです」

「ありがとう。なんか大和には励まされてばっかりだな」

「いいんです、あとで焼き飯作ってくれれば」

「はは、好きだな。米は残ってるよな」

「ええ、たくさん」

「また大盛りでいいんだよな」

「はい。5人前でお願いします」

「本当、よく食べるよ……」

 

……不意に訪れる沈黙。大和も立ち上がり、海を眺める。

俺もしばらくそのまま潮の流れを目で追っていた。

 

「……歴史、か」

 

大和がふと、つぶやく。

 

「提督、お聞きしたいことがあるんです」

「どうした」

「前の世界の私は、どのような最期を迎えたのでしょう」

「……辛い話になるぞ」

「知りたいんです」

 

俺はしばし迷ったが、彼女の決意に応えることにした。

 

「わかったよ。終戦間際、いよいよ敗色濃厚になった日本は、“天一号作戦”を発動した」

「天一号作戦……?」

「ああ。沖縄のアメリカ軍を撃退し、その航路で米軍機を迎撃することも目的とした

特攻作戦だ。戦艦大和は米軍機を撃墜しつつ、沖縄へ辿り着いた際は陸に乗り上げ、

固定砲台となり最後まで米軍へ砲撃を行うことを命ぜられた」

「その作戦は、成功したのでしょうか……」

 

俺は黙って首を振る。

 

「戦艦大和は、沖縄へ向かう途中、鹿児島県坊ノ岬沖で、

米空母艦載機から無数の爆撃、雷撃を受け……沈没した」

 

彼女はしばらく黙り込み、口を開いた。

 

「提督、特攻作戦、ってなんですか?」

「特攻とは、死を前提とした体当たり攻撃だ。大和だけじゃない。

爆弾を搭載した航空機で敵艦に突撃する航空機部隊。“神風特別攻撃隊”が有名だ。

他にも、一度発進したら止まることも戻ることもできない、炸薬を積み込んだ特殊潜航艇、

人間魚雷“回天”など、様々な特攻兵器・部隊で多くの若い隊員が散っていった」

「そんな……!」

 

“人間魚雷”。その言葉がもたらす、悲しみとも衝撃ともつかない感情に

胸を刺された大和は、両手で顔を覆い、その場にしゃがみこんだ。嗚咽が漏れ聞こえる。

 

「やはり、話すべきではなかったな……」

「私が出撃したということは……私に乗っていた方達は皆、死ぬために……

私が運んでいたのは、未来ある……!」

「君のせいじゃない!悪いのはあんな戦争を始めた愚かな人間だ。

愚かだから過ちを繰り返す。俺達の戦いも長引けば、いずれ同じことを考える者が

現れるだろう。でも今度は違う。俺達は運命に抗う術を手にれた。

だから、特攻なんて繰り返しちゃいけない。いけないんだよ!

二度と悲しい犠牲が出ないよう、早期にこの不毛な戦いを終結させるんだ!」

「ううっ……私達に、できるでしょうか……」

「できる!信じるんだ!君が俺を信じてくれたように、俺も君を信じる。

鎮守府のみんなと力を合わせて、歴史に学び、歴史に打ち勝つ!俺達ならできるんだよ!」

 

俺はうずくまる大和を抱きしめた。大和は泣きはらした顔で俺を見る。

 

「提督……私、やります。昔、私に命を託してくれた人達のために……」

「ああ俺もやるさ、特攻隊員が命を賭して遺してくれたメッセージ、

無駄にはしない……!!」

「提督!」

 

俺達はそのまま抱きしめあった。ずっと、ずっと。潮風に吹かれながら。

 

 

 

執務室。大和の隠れ家から戻った俺は、いつもの仕事場で一人椅子に腰掛けていた。

壁掛け時計の秒針だけが音を立てる。俺は銀の懐中時計を手の中で転がしながらつぶやいた。

 

「立ってねえで入れよ」

 

ガチャリ

 

「おじゃましますわ」

 

シルクハットは時間停止を使わずドアを開けて入ってきた。

 

「……よう」

「少しはレディのもてなし方を覚えたようですわね」

「無駄にイラつくのが面倒になっただけだ」

「ふ~ん」

 

シルクハットはゆっくりと執務室をうろつきながら、本棚や調度品を眺めて回る。

適当な頃合いで俺は奴になにげなく話しかける。

 

「なぁ」

「はい?」

「この銀時計って、いつ作られたんだ?」

「“いつ”と言われましても……そんな量産品のことなんて、よく知りませんわ」

「大体でいい。武器の出自は知っておきたい」

「まぁ、“破滅した世界”のいつか、であることは確かですわ。

私達がこの世界に引っ越して来たのって、実はそれほど前のことではありませんの。

貴方がたの体感時間上での話ですけど」

「そうか……まぁいい」

 

よし、必要な情報は引き出せた。俺の考えが正しければ、

これで切り札を手に入れたことになる。俺が耐えられれば、だが。

 

「今日はやけに静かですわね。この間までキャンキャン噛み付いてたのが嘘のよう」

「言ったろう。お前と張り合うのが面倒なだけだ」

 

俺は銀時計を眺めながらぼそぼそと答える。

 

「……なんだかつまんないですわ。今日は失礼します、ごめんあそばせ」

「あばよ」

 

シルクハットは時間停止で消えていった。気配が完全に消えたことを確かめ、

俺は引き出しからこの間のメモ書きを取り出し、またいくつか文章を書き加えた。

もうすぐ、もうすぐだ。不確かだが、俺は方法を手に入れた。

 

 



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第θ話:手遅れの未来

その日、大本営から軍関係者のみ受信できる周波数のラジオが放送された。

 

“諸君!只今より極めて重要かつ喜ばしき朗報をもたらすので心して聴くように!

熾烈なる深海棲艦との戦いに終止符を打ち、大日本帝国に勝利をもたらすべく、

此度我軍は必殺の特別攻撃艇の開発に成功した!

天を穿つ雷の如く、見事に敵深海棲艦を粉砕するであろう!”

 

──特別攻撃魚雷艇 「轟雷」

両舷に500kgの炸薬を搭載した小型艇。操縦席には一本のレバーがあるのみで、

トリガーを引くとわずかに注入されたロケット燃料に点火され、

魚雷を遥かに上回る速度で航行する。ただし、一度発進すると

わずかに軌道修正する以外直進することしかできず、止まることも戻ることもできない。

敵艦に体当たりするまで。

 

“轟雷の素晴らしき点は、特攻により散華した者は深海棲艦ではなく、

誉れ高き軍神へと転生する所にある!ヲ級空母、レ級戦艦、そして深海棲姫が何するものか!

大和魂と轟雷の前に深海棲艦など恐るるに足らず!

轟雷と征く栄誉ある者は近く上官より特命が下る。

栄誉求むるものは轟雷に相応しい兵士となるべく鍛錬に励むよう!”

 

そして鎮守府に特攻隊員が配属された。艦娘ではなく、生身の人間達が。

隊長らしき人物が進み出て、提督に敬礼する。

 

「迅雷特別攻撃隊隊長、武内貞夫一等海佐です。暫くの間、ご厄介になります」

 

 

戦いに対する捉え方の違いから、早くも艦娘と隊員達は対立する。

 

「死ぬ勇気のない軟弱者に御国が守れるか!この聖戦を何と心得る!」

「自殺志願者に何ができる!あんな粗末なボロ船でヲ級が沈むと本気で思ってんのかよ!」

「貴様、もう一度言ってみろ!天皇陛下からの賜り物を侮辱するか!」

「天龍ちゃんもあなたも止めて!」

 

 

葛藤する者達。

 

「長門、そろそろ彼らの出撃命令を出さないと……上が戦果を求めてる」

「わかっている、陸奥。2つの鎮守府を失った今、

我々に手段を選んでいる余裕がないことくらい。

しかし、本当にこんな作戦に意味があるのか?確かに彼らは命を落としても

深海棲艦になることはない。だが……それだけだ!」

「司令代理、偵察機より入電。“敵艦隊見ゆ。ヲ級空母からなる空母機動部隊”です……」

 

 

出撃の日。

 

枝垂れ桜を振る艦娘達に見送られたその隊員は、笑顔で応えながら轟雷に乗り込み、

金剛に曳航されて作戦海域にたどり着いた。はるか遠くに深海棲艦の群れが見える。

 

「ありがとう金剛さん、もう敵は轟雷の射程圏内だ。鎖を外して作戦に戻ってくれ」

「……こんなクレイジーな作戦、成功するはずありません!

今からでも司令に作戦変更の具申を……」

「いいんだ!……本当にありがとう金剛さん。俺が必ず旗艦を仕留めてみせる。

そして混乱に陥った残存兵力をあなた達が殲滅する。作戦通りに行こう」

「でも!」

「それと……天龍さんに謝っておいてくれないかな。本当は怖かったんだ。

御国の為、陛下の為、何かに理由を求めないと逃げ出しそうな自分を抑えられなかったんだ。

あなたは何が何でも生きてくれと伝えておいてほしい」

「……っ!さようなら……」

「さようならー!」

 

笑顔で手を振る隊員を背に金剛は去っていった。

 

「さてと!」

 

船首に鉄の輪を付けただけの粗末な照準にヲ級空母を収め、隊員は大きく深呼吸し、

トリガーに指をかけ、思い切り引いた。

 

遥か後方から爆音が響いてきた。特攻が成功したのかはわからない。

確かなのは、彼が戻ってくることは決してないということだ。

 

 

遺された者。

 

かつて隊員たちの控室だった、今はもう誰もいない部屋。神棚の下で天龍は一人佇む。

壁に掲げられた木札の一枚に手を滑らせる。

 

<軍神 菊池正広 一等海尉>

 

「馬鹿野郎、馬鹿野郎……!!」

 

歯を食いしばってこらえていたものが頬を伝う。

 

……

………

 

「させない。俺が、俺達が、絶対に……!」

 

夢から覚めた俺は、起き上がったまま誰にともなく言い放った。

 

 

 



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第10話:激突

深海棲姫襲撃まで、あと1週間

 

作戦会議室。今、ここに7名の艦娘が招集されている。

司令部をまとめる長門、陸奥、情報部トップの大淀。

そして、決戦当日の出撃メンバー、金剛、霧島、赤城、飛龍である。

4人とも皆、これまで積み重ねてきた演習で“改”に成長している。

もっとも、呼んだのは他ならぬ俺だ。理由はもちろん、1週間後に訪れる

棲姫級を主力とした深海棲艦を迎撃するための作戦会議だ。

皆が席に着き、ドアに鍵が掛かっていることを確認すると、俺は壇上に上がった。

 

「オーノー、提督ったら。私達うら若きガールズをこんなところに閉じ込めて、

あんなことやこんなことをするつもりじゃ……」

「……」

 

もじもじして冗句を垂れ流す金剛を無表情で見つめる。

 

「……すいません」

「ゴホン、今日諸君に集まってもらったのは他でもないが、

まず始めに断っておきたい事がある。これから話すことは全て最重要機密事項である。

他言無用はもちろんのこと、メモを取るなどの行為も一切禁ずる。

この時間で頭に叩き込んでほしい」

 

にわかに雰囲気がざわつく。俺がこの鎮守府に着任してから、

“最重要機密事項”などという言葉を吐いたのは初めてだから無理もないだろう。

 

「では、早速だが伝達事項を発表する。情報源は極秘だが、1週間後、

新型深海棲艦を旗艦とする深海棲艦の群れが当鎮守府を襲撃するとの情報が入った」

“!?”

 

皆、一様にショックを受けた様子だ。

まだこの時間には棲姫級は確認されていないのだから当然だろう。大淀が手を上げる。

 

「あの、質問してもよろしいでしょうか?」

「許可する」

「その新型深海棲艦の規模や兵装を知りたいのですが……」

「目下のところ不明だ。君たちには済まないが、戦力の知れない新型と

戦ってもらうことになる。だが、その他の護衛艦隊の詳細は判明している。

戦艦レ級1、空母ヲ級1、空母の護衛に重巡2だ。

諸君にはまず護衛艦隊を速やかに掃討してもらい、新型深海棲艦に総攻撃を

仕掛けてもらいたい」

「ちょ、ちょっとお待ちくださいまし!“速やかに掃討”と言われましても、

レ級戦艦に護衛付きの空母など、長期戦になることは確実です!」

 

霧島がもっともな意見を述べる。だが、今回は状況が違う。そう、“彼女”がいる。

 

「霧島君の意見はもっともである。しかし心配はいらない。

我が鎮守府は、この日に備え、決定的戦力を持つ超巨大戦艦の建造に成功した」

“ちょ、超巨大戦艦!?”

“それって、新しい艦娘ってこと?”

 

メンバーに動揺が走る。

 

「静粛に、諸君の動揺もわかるが落ち着いて聞いてくれ。

そう、今誰かが言ったとおり、超巨大戦艦とは新規建造した艦娘のことだ。

46cm砲を装備した我が国最強の戦艦である」

“46cmですって!?”

“長門司令の41cmよりまだ強力なんて……想像できない”

 

俺は少し口調を柔らかくして続ける。大切なことだからわかりやすく伝えなければ。

 

「みんな聞いてくれ、ここからが一番重要な話だ。確かに彼女は46cmの主砲を備えた

強力すぎるほどの艦娘かもしれない。でも、彼女もみんなと同じ、一人の艦娘なんだ。

今まで私の都合で皆に会えなかっただけで、本当は友人を作ったり、

皆と大海原に出たりしたかった普通の艦娘なんだ。

皆と彼女は、当日戦場で合流する手筈になっている。

だが、どうか同じ仲間として迎え入れ、手を取り合い、共に戦い、そして勝利してほしい」

 

戦闘部隊の4人が顔を見合わせ、しばらくして赤城が手を上げた。彼女を手で指す。

 

「赤城君」

「彼女の名前と、人となりを教えてくれませんか。私達は新しい仲間ができると

いつでも嬉しいものです。どんな人が来てくれるのか楽しみなんです」

 

俺は内心ほっとする。46cmという、ある意味化け物地味た力を持つ彼女が、

皆に受け入れられるかどうか心配だったからだ。

 

「その名こそ、戦艦大和。諸君と同じ、普通の女の子と変わらない。

私は折を見て彼女に会いに行っていたが、それは保証する。

たまに駄々をこねたり、俺を励ましてくれる優しさを持っていたり、誰かの死に涙したり。

それに……ちょっと食いしん坊だ」

 

……戦闘部隊はしばらく黙っていたが、飛龍が声を上げた。

 

「なぁんだ、それなら赤城さんが1人増えるのと変わらないですね。

日本最強なんていうから、怖い人なんじゃないかって心配して損しちゃった」

「ちょっ、飛龍さん……」

 

室内にどっと笑いが起こる。

 

「ああ訂正だ。“ちょっと”どころじゃない」

「ますます赤城さんだ!」

「もう、飛龍さんったら知らない!」

「私もそんなニューカマーなら大歓迎ネ!

一緒にバーニング・ラブするの楽しみにしてるヨ!」

「お姉様に同意ですわ。人の死に涙できる。慈愛の心を持つ方に悪い人はいません。」

「みんな……ありがとう」

 

俺は4人に頭を下げた。

 

「ただ、繰り返しになるが46cm砲は今までにない装備だ。

きっと初めて目にした時には驚くことになるだろうが、落ち着いて連携を取ってほしい。

諸君の柔軟性ある対応力に期待する。私からは以上だ。質問があれば受け付ける。

当然質疑の内容も極秘だが」

「はい」

「大淀君」

「あの……そう考えますと、これまで寄せられていた“落雷”多発の報告は?」

「彼女の実弾射撃訓練の発砲音だ。一人孤島で腕を磨いていてくれてたんだ」

「やはりそうでしたか……気象条件的に、

どうしても落雷が起きるような気流がみられなかったので」

「それも彼女の隠れ家を秘匿するための方便だったんだ。申し訳ない」

「あ、とんでもありません。重要機密なんですから!」

「オーゥ!」

「なんだいきなり大声出して、多分ろくなことじゃないんだろうが、金剛君!」

「だったら、急にうちの資材がベリープアになったのは、大和を作るためだったとか?」

「あれ?意外とまともな質問だったな、悪かった。その通りだ。

深海棲艦襲撃の情報が入ってすぐ、俺は“大型艦建造”に持てる資材のほとんどを費やした。

そして大和が生まれたというわけだ」

「単なる提督のやりくり下手じゃなかったんですのね……」

「やりくり下手だけで各種6000近くも浪費できる奴がいるなら会ってみてえよ!」

 

アハハハ……!!

 

最初の緊張感とはかけ離れた笑い声が起こる。大きな試練が待ち構えているが、

新たな仲間への期待で、皆、恐れは微塵も感じなかった。

手を取り合えばきっと乗り越えられると信じていたから。

 

 

 

深海棲姫襲撃当日 12:00

 

司令室には長門、陸奥、大淀、そして俺がいた。俺は大淀に声をかける。

 

「大淀君、この周波数にチャンネルを合わせてくれ。大和と連絡が取りたい」

「了解しました」

 

大淀がダイヤルを回し、指定した周波数に通信機を合わせる。

もう大和を隠す必要はないから問題なく通信できる。

 

「接続しました」

「もしもし、こちら提督。大和、応答してくれ。繰り返す。大和、応答してくれ」

“はい!提督、私です”

 

大和の声を聞くのは初めての陸奥と大淀が耳を澄ます。

長門も含め、3人が俺と大和の通信の様子を見守る。

 

「大和。みんなに君のことを話したよ。心配はいらない。みんな

君に会うのを楽しみにしている。事が終われば、晴れて君を鎮守府に迎えることができる」

“よかった……皆さんに受け入れられなかったらどうしようかと……”

「それでさっそくで済まないが、隠れ家との距離を考えると、接敵まであまり時間がない。

そろそろ鎮守府に向かう支度をしてほしい」

“はい、艤装のメンテナンスもバッチリです”

「頼りにしてるよ、俺も、みんなも」

“ありがとうございます”

「それじゃ、母港で会おう。通信終わる」

“ではしばらく後で。通信、終わります”

 

俺は大淀にマイクを返した。

 

「ありがとう」

「あ、はい」

 

陸奥が緊張した面持ちで独り言を漏らす。

 

「実在したのね……史上最強の戦艦」

「はは、俺のホラ話だと思ったか」

「ええ」

「否定するフリくらいしろよ」

 

軽口で緊張を紛らわす俺達。その様子、いや、俺を長門が意味ありげな目で見ていた。

気づいた俺は話しかけてみる。

 

「どうした長門、なぜ俺の顔が不細工かという質問は却下だぞ」

「……疑問に思いまして」

 

冗談を無視したということはそれほど真剣ということだ。俺は続きを促す。

 

「何が疑問なんだ?」

「貴方が知りすぎているような気がするのです」

「というと?」

「今回の深海棲艦襲撃についてです。襲撃の事実はともかく、

なぜ正確な日時までご存知なのですか?」

「……それは私の情報筋の腕が優秀だからだ。

私とて伊達に提督を名乗っているわけではない」

「ただでさえ行動が読めない深海棲艦の襲撃を予知したばかりか、その日時まで?

大本営の諜報部員でも出来ないことが、なぜ“情報筋”とやらに可能なのですか?」

「ちょっと長門……」

「陸奥は黙っていてくれ。無礼を承知で申し上げますが、

その“情報筋”が深海棲艦と通じている可能性も考慮されているのですか?

根無し草の情報屋なら一度身辺調査を行ったほうが良いかと」

 

部下が優秀すぎるのも考えものだ。どう誤魔化すべきか。

軍事機密で押し通して疑心暗鬼の根を残したくはない。

 

「それには答えられない」

「軍事機密だから、ですか?」

「君の覚悟の問題だ」

「どういうことでしょうか」

「俺が頼っている情報筋は、いわば個人で動いている自由な立場の人間だが、

根無し草ではない。普段は偽装した個人商店を営んで家族を養っているが、

彼が軍の抱える機密を漏らしたとなれば……どうなるかは言うまでもないな?」

 

敢えてぼかすことで不穏な想像を掻き立ててみる。嘘をついてしまったが通じただろうか。

彼女の根は人の良いところを利用してしまい、罪悪感を覚える。

 

「彼と家族を破滅させてでも知る覚悟があるというのなら、全てを話す準備があるが」

「……わかりました。止めておきます。出過ぎた真似をして申し訳ありませんでした」

「いいんだ。君が疑問に思うのは無理もないことだからね」

 

なんとか凌げたか、な?と思っていると、知らぬ間に時間が立ち、12:55。

腕時計を見た瞬間、大淀のよく通る声が飛んできた。

 

「偵察機より入電!現在新型深海棲艦を旗艦とした大規模艦隊が接近中。

旗艦の他、戦艦クラス1、空母1、重巡2。速度21.7kt、到着までおよそ1時間です!」

 

時は来た。あの日付けられなかった決着。

俺達が棲姫に勝てるかどうかが試される時がやってきたのだ。

 

「大淀君、ドックの戦闘部隊に出撃命令を」

「はっ!」

 

 

 

艦娘出撃ドック

 

“緊急出動!緊急出動!待機中の艦娘は鎮守府沖に出現した敵艦隊の迎撃に当たれ!”

 

出撃命令が下ると、金剛がパシッと手のひらで拳を受け止める。

 

「ヨーシ!強くなった私達と大和で新型なんてフルボッコネ!」

「私とお姉様を上回る46cm……早くお会いしたいですわ!」

「まだ見ぬ戦友との共闘。きっと私達なら上手くやれるはずです!」

「何が起きても平常心、平常心!慎重かつ大胆にね!」

 

気合を入れた4人は出撃パネルに飛び乗り、戦闘海域へと飛び出していった。

彼女達は全速前進で目標地点へ向かう。鎮守府が水平線に隠れ、

流れ弾の心配がなくなる海域まで。

 

「後は待つだけですね、大和さんを……」

 

赤城がそう告げると同時に、波音に混じって誰かの声が聞こえてきた。

全員がその方向を見る。両脇に巨大な艤装を装備し、こちらに手を振りながら向かってくる

一人の艦娘。皆はその巨大な砲塔に圧倒される。

 

「みなさーん、こっちです!はじめましてー!私が大和です!」

 

その巨体で転ばないのが不思議なくらい、滑らかに海面を滑りながら赤城達に近づいてくる。

そして、とうとう彼女達は合流した。皆、しばらく言葉が出なかった。

片舷だけでも高角砲3基、3連装副砲、3連装主砲の重装備。

それを両脇に抱える姿はまさに生きる要塞だった。やっと金剛が彼女に話しかける。

 

「グラッチューミーチュー、大和!あなたの活躍、期待してるヨー!」

「確かにこの超巨大砲なら、戦艦空母相手でも、短期決戦が可能かもしれません……!」

「頑張ります!必ず皆さんや提督の期待に応えてみせます!」

「じっくり自己紹介したいところですけど、どうやら時間切れのようです」

 

赤城の視線の先には深海棲艦の群れが。飛龍の放った偵察機が戻ってくる。

 

「ありがとね。……皆さん、敵艦隊の陣形は、戦艦を先頭に

空母が続き、両脇を重巡が固めています。そして空母の後ろに新型深海棲艦が控えています」

「オーライ飛龍。バトルスタート……ファイヤー!」

 

金剛の掛け声と共に、彼女達は敵陣めがけて全速で発進した。まずは戦艦レ級を落とさねば。

奴を見過ごせば挟み撃ちにされるし、何より彼女達の後ろには守るべき鎮守府があるのだ。

何がおかしいのかケタケタ笑いながら、早速彼女が3連装砲を放ってきた。

大きな火の玉が弧を描いて彼女達を襲う。

 

「みんな、固まらないで!散開するのよ!」

 

赤城の声で皆が横一列の陣形を崩さず、それぞれの間を開ける。

とっさの判断が奏功し、被弾は皆無。海面に着弾した砲弾が大きな水柱を上げる。

 

「……大和さん、お願いできる?今のうちに貴方の実力、知っておきたいの」

「任せてください!第一、第二主砲。斉射、始め!」

 

巨大な砲塔が、その重量に似合わぬ精密な動きで、レ級に照準を合わせる。そして、

 

「撃てっ!!」

 

合わせて6門の46cm砲が吠えた。衝撃波で海面に巨大な半円のクレーターができ、

真っ赤に燃え盛る鋼鉄の牙がレ級に襲いかかる。

彼方まで響きわたるような轟音と爆炎に驚いた彼女に、6発中4発が命中。

両腕を吹き飛ばし、胴体に2発が当たった。砲弾が大爆発を起こし、

彼女を海面に叩きつける。

 

“dfg!!hjk*?!?!!”

 

突然轟沈寸前の被害を受け、何が起きたかわからない、と言いたげな表情を浮かべて

行動不能に陥るレ級。しかし、それは大和以外の艦娘も同様だった。

 

「これが、46cm砲……」

「レ級があっという間に……」

 

圧倒的破壊力に息を呑む赤城達。しかし、こうしてもいられない。

我に返った赤城が声を上げる。

 

「金剛さん、霧島さん、奴にとどめを!!」

「オーケー、バーニング……ラァァァブ!」

「私達の41cmも、優しくはありませんわよ!主砲、敵を追尾して!撃てっ!」

 

金剛、霧島のペアも41cmの大口径砲を、よろめきながら立ち上がろうとしていたレ級に

叩きつける。2発命中。既に身体の様々な箇所を失っていたレ級は、

焼ける鉄塊の直撃を受け、完全に粉々になった。

 

「やった、これなら行けますよ!新型以外の短期決戦!」

「ええ次は私達の番です!飛龍さんは艦爆、艦攻隊で重巡を攻撃してください!

私は戦闘機で敵の頭を抑えます!まず護衛を排除しましょう!」

「了解です!」

 

総員なおも前進を続ける。仲間の死を見たヲ級空母が慌てて艦載機を展開する。

赤城と飛龍は空に向けて矢を放つ。矢は空中で弾け飛び、赤城は戦闘機部隊。

飛龍は艦爆隊、艦攻隊を展開した。

 

「みんな、両脇の重巡を叩いて!」

 

2人の空母艦載機は“改”となったことで改良・新型に換装されている。

ヲ級の放った艦載機に対して赤城の戦闘機がドッグファイトを仕掛け、次々と迎撃し、

仲間への攻撃を許さない。そして、飛龍の艦爆・艦攻が護衛の重巡に

猛烈な爆撃・雷撃を繰り返す。絶え間ない攻撃に装甲が剥げ、肉が削げ、苦しむ敵重巡も

対空砲火を繰り返すが、撃ち落とした先から飛来する増援にまた攻撃を受け、

瞬く間に装甲が削られていく。

 

「休んでなどいられません、私達ももう一度!」

「ガンガン行くヨー!」

「わかりました!」

「大和さんはとにかく大物を、私達は弱った護衛を片付けます!」

「はい!」

 

霧島を始めとした戦艦3人組も赤城達に続く。

 

「さぁ、終わりよ!全門発射!」

「ダブル・バーニング・ファイヤー!」

 

金剛姉妹が空母艦載機の猛攻で大破した重巡にそれぞれ41cm砲を発射。

大型の主砲弾が両方の重巡に命中。

 

“!!!!!!”

“lkfhj!!”

 

致命傷を負った重巡2はもがき苦しみながら、一瞬の間を置き、爆発、轟沈。

本丸を除けば残りはヲ級空母1隻だ。

 

「イエス!後は空母と大ボスだけネ!」

「まさかこれだけの敵艦隊を圧倒できるなんて!」

 

当のヲ級は瞬く間に護衛達が轟沈したことによりパニックに陥っていた。

慌てて艦載機を飛ばすが、赤城の戦闘機は見逃さない。

太い歯を持つ黒い甲殻類のような艦載機が、女性型の空母が被る巨大な異形から

這い出してくるが、零戦の機銃で次々撃墜されていく。

そしてヲ級が戸惑ううちに、大和が敵空母に照準を合わせていた。

 

「皆さん離れてください!主砲発射の衝撃波が来ます!」

 

赤城、飛龍は艦載機を帰艦させ、金剛、霧島は大和の後方に退避。

再び46cm砲6門が敵艦を睨みつける。

 

「撃て!」

 

ドゴオオオオオォ!

 

雷鳴の如き砲撃音が彼方まで轟く。皆思わず耳に手を当て、身をすくませる。

そして放たれた巨大砲弾が6発中3発命中。ヲ級の顔半分、頭部の異形の一部。

左足を破壊した。

 

“アアアア!!”

 

身体中を引きちぎられた彼女の悲鳴が海原に響く。だが敵に情けは無用とばかりに、

飛龍の艦載機はそんな彼女に爆撃・雷撃を浴びせ続ける。

ヲ級の装甲が次々剥がれ、人型部分が青い体液を吐き出した。

 

「大和さん、とどめ、お願いします!」

「はい!」

 

赤城の声に応えて、主砲の砲弾は節約し、大和は両舷の副砲と高角砲をヲ級に向ける。

 

「両舷副砲、弾道計算、よし。両舷高角砲、装填準備完了!……撃て!!」

 

両舷の副砲3門、高角砲3基、高角砲は1基につき2門。

つまり両舷合わせて18門の弾幕が膨大な熱を抱えてヲ急に襲いかかった。

彼女の目が驚愕の余り見開かれる。その、恐るべき炎の波が最期に見た光景だった。

18発の砲弾に込められた炸薬が大爆発を起こし、ヲ急は姿も残さず轟沈。

赤城達はあまりの破壊力の余波でその場に屈み込んだ。そして爆風が止み、

ゆっくり立ち上がると、辺りに深海棲艦はいなかった。皆、しばらく呆然としていたが、

敵艦隊のほぼ全てを打ち倒した事実を受け入れると、喜びに湧き立った。

 

「やった……勝った。私達、あれだけの強敵相手に、ほとんど無傷で……」

「大和さんがいるだけでこれだけ戦況が変わっちゃうなんて……」

「初めての戦いで、お役に立てて……本当に嬉しいです!」

「イェア!大和が来てくれて本当よかったネ!こんな大勝利久しぶりだヨー」

「いえ、お姉様。勝利を喜ぶのはまだですわ……」

 

その時、周囲の空間が一瞬で薄暗くなった。いや、海は相変わらず明るい。

皆の心に悪意が押し寄せているのだ。それは、とんでもなくどす黒い殺意。

それが吹き出す方向を見ると、見たこともない禍々しい存在がそこにいた。

 

「……確かに、ヴィクトリー・セイクはまだ後、ということになるのかな~」

「皆さん、気を引き締めて。ここからが本番です!」

「わかりました!艦爆、艦攻は……まだ十分あります!」

「絶対誰も傷つけさせはしません!」

 

彼女達が相対したのは、新型深海棲艦。

背中に1門の大口径砲を持ち、一本の腕で立ち巨大な顎を持つ怪物に、

真っ白な肌以外は人間の女性と変わらない深海棲艦の足がめり込んでいる。

 

『オノレ……イマイマシイカンムスドモメ……』

 

恨めしい声を上げる新型深海棲艦。

 

「喋った!?」

「でも、何のことだかさっぱりデ~ス」

「“男は敷居を跨げば七人の敵あり”と申しますが、

生憎我々は艦娘ですので、怪物に恨みを買う覚えはありませんわ」

「相手にしてる暇、なさそうですよ?あの砲、一発でも食らったらまずそうです!」

 

そう、新型はその大口径砲を既に赤城に向けている。

 

『シズメ……』

 

新型の単装砲が吠える。

人間なら鼓膜どころか三半規管を引き裂かれるほどの巨大な爆発音が轟く。

 

「赤城さん避けて!」

「もちろん!」

 

赤城が現在位置から急発進して移動した瞬間、

つい今まで赤城が立ってたところで巨大な水柱が上がり、大爆発が起こった。

直撃していたら、轟沈。夾叉でも爆発で大破は免れなかっただろう。

 

「皆さん、落ち着いて!厄介なのは単装砲。落ち着いて戦えば勝てる相手です!」

 

水しぶきを思い切り浴びた赤城が皆に呼びかける。

 

「わかりました。艦爆、艦攻、お願い!」

 

飛龍は再び空に弓矢を放ち、艦爆隊と艦攻隊を発艦させた。

しかし、爆撃機と魚雷の接近を察知した新型が、腕を器用に使い、

その巨体からは信じられない速度で跳ね回る。爆撃も魚雷もなかなか命中しない。

 

「だめ、早すぎる!」

「私達に任せてください。我々戦艦で弾幕を張りましょう!二人共退避を」

「はい!」

「わかりました!」

 

空母2人は霧島の後方に回る。

 

「お姉様、大和さん、私達で3方向に全門発射です!1本腕を叩けば動きは鈍るはず!」

「わかりました!」

「オーケー!」

 

3人は全ての砲塔を出来る限り広範囲をカバーできるように広げる。

 

「行くわよ!撃てー!!」

 

41cm砲4門、46cm砲6門、その他多数の副砲、高角砲が一斉に火を噴く。

爆炎、衝撃波、そして燃える鋼鉄の牙。それらが彼女らの前方に破壊の嵐を呼び、

新型に決して小さくないダメージを与える。ざっと見ただけでも直撃弾4発。

一本腕にも一発命中し、新型は海面に倒れ込んだ。

 

「チャンスです!今なら艦爆隊も……」

「待って!みんな散開して!」

 

『ワタシハ……ホロビヌゾ……!』

 

動きを止めて攻撃の機会が訪れたかと思ったが、新型が単装砲をガシャガシャと振り、

砲弾を装填。辺りに所構わず打ちまくった。轟音、衝撃、そして巨大砲弾で

彼女達の体制が崩れる。皆、回避に必死で陣形が崩れる。

 

「いけませんわ!このままでは、いずれ被弾を!」

「……私が、チャンスを作ります」

「飛龍さん?」

「戦艦の皆さん、奴が砲を上に向けた隙に、集中砲火を!……みんな、ごめんね」

 

飛龍は新型の砲撃の合間を見て、一瞬のチャンスで弓矢を5本まとめて放った。

無茶な撃ち方をしたせいで陣形はめちゃくちゃである。だが、これでいい。

新型の“だいたい上”を艦載機がよろよろと飛びながら爆弾や魚雷を投下する。

煩わしい艦載機を一掃すべく、新型が単装砲を空に向ける。

 

『イマイチド……ミナゾコニカエルガイイワ……』

 

発砲。轟音と共に生じる衝撃波で艦載機は皆、粉々になる。しかし、それこそが好機だった。

厄介な単装砲は真上を向いている。攻撃するなら今だ。

 

「全艦、集中砲火!」

 

もう出し惜しみしている暇はない。戦艦3人は全ての主砲、副砲、高角砲を

狙いもそこそこに撃ちまくる。新型が炎の向こうで悲鳴を上げる。

しばらく総攻撃を続けた後、一旦砲撃を止め、視界を遮る煙が晴れるのを待つ。

煙の向こうには、単装砲がへし折れ、一本腕が千切れた新型が瀕死の状態で

海に浮かんでいた。

 

「どうやら、奴もここまでのようですわね。飛龍さん。ありがとう、あなたのおかげですわ」

「いいえ。あの子達の犠牲あってのことですから」

「さぁ、フィナーレを飾るのは大和デース」

 

金剛が大和の肩をポン、と叩く。

 

「……はい!皆さん、耳を塞いでください」

 

大和は少し腰を落とし、全砲門の照準を新型深海棲艦に合わせた。そして、

 

ズドオオオオオォ!!

 

 

 

 

 

彼女達は鎮守府へ向かいながら語らっていた。

 

「やりましたね。私達、誰一人欠けることなく窮地を切り抜けたんです」

「大和さんの活躍あっての勝利ですわ。なんだか、今日初めて会ったのに、

あなたとは随分前からの戦友のような気がします」

「そんな……でも、嬉しいです……」

「ミートゥー!もう大和とはベストフレンドネ!」

「本当、大和さんが優しそうな人で良かった。もう私達、立派なお友達ですよね」

「ありがとう……本当にありがとうございます!」

 

そうこうしているうちに鎮守府の母港が見えてきた。提督を筆頭に全ての艦娘達が

待っていた。鎮守府を守り抜いた英雄たちを、そして新たな仲間を出迎えるために。

 

 



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第11話:もう一つの戦い?

“はじめまして大和さん!”

“すごーい、これが46cm砲!”

“ねぇ、砲身に触ってみてもいいかな?こんな凄いの見たことない!”

「はじめまして、皆さん。よろしくお願いしますね!

私で良ければどうぞ触れてみてください」

 

あの襲撃事件以来、広場で早くも皆の人気を集める大和。

とうとう大和は、正式にこの鎮守府の艦娘として登録され、俺達の仲間になった。

もしMI作戦が失敗に終わっても、戻ってくるならこの時だな、と思った。

もちろん失敗するつもりなど毛頭ないが。今すぐ全てを投げ打って銀の懐中時計を使い、

あの計画を発動することも考えたが、やはり俺はあの時間のMIで

赤城達を沈めた棲姫らとは決着を付けなければならないと思い直した。

“こんごう”、やったよ。見守っていてくれて、ありがとう。

俺達だけの力で棲姫を撃退することができたんだ。

そうこう考えていると、鳳翔が済まなそうな顔で近づいてきた。

 

「提督……」

「どうした、鳳翔君?」

「軍事機密だったとは言え、提督があのように立派な目的で

資材を運用されていたとは知らず、無茶な要求をして申し訳ありませんでした……

これ、“軽母婦人会”で集めたお金です。私達の為に浪費させてしまったお金に

充ててください」

 

鳳翔は頭を下げて厚い封筒を俺に差し出した。

気がつくと、龍驤、千歳、隼鷹も頭を下げている。

もっとも、隼鷹は“なんであたし謝ってんだ?”という顔だったが……

俺は黙って鳳翔の手を握らせる。

 

「!?しかし……」

「いいんだ、鳳翔君。理由はどうあれ、これまでの間、君たちに

肩身の狭い思いをさせてしまっていたのは事実だ。それでは気が済まないというなら、

俺のことより、大和とおしゃべりしたり、無理のない範囲でコミュニケーションを取ったり、

君たちさえ良ければ友人になってくれ。今まで彼女に寂しい思いをさせてきた、

罪滅ぼしの手伝いをして欲しい」

「提督……もちろんです!」

 

そして俺はチャカポコ娘こと龍驤達の前に出る。

 

「みんなも頭を上げてくれ。理由は今話したとおりだ」

「提督!すみませんでした!ご無礼をお許し下さい!」

 

生真面目な千歳はまだ頭を下げ、ハキハキとした声で謝罪する。

 

「だから謝る必要はないんだ。いわば君たちもあの作戦の協力者なんだから」

「……ありがとうございます!」

「なんかよくわからんけど、今日はあたしシラフだぜ!」

「ああ、お前は飲んでないだけで万々歳だ」

 

そして龍驤。バツの悪そうな顔で指を絡めている。

 

「あの、提督……」

「……“あの意味”はちゃんと聞いたんか?」

「鳳翔さんに聞いた。あんな恥ずかしい意味やったなんて。なんとなくで使ってたから……」

「おっしゃ、ならよし!……さあみんな!さっそく大和にちょっと

一声かけて来てやってくれ」

「ウフフ、あの様子だとしばらくは順番待ちでしょうけどね」

「まぁ、別に今度でも構わない。いずれすれ違った時なんかに、挨拶を交わすくらいでいい」

 

そんなこんなで和解した俺達に大淀が浮かない顔で近づいてきた。

 

「あの、提督。急を要する要件が……」

「どうしたんだ大淀君」

「それが、大本営から上官殿がいらしていて、提督と面会を求めています……

今、本館の応接室でお待ち頂いております」

 

やはり来たか。早くも噂を聞きつけて悪い虫が。どれ、ちょっくら追い返してくるか。

 

「……わかった。今すぐ行くよ。ありがとう」

 

俺は、本館に戻り、応接室のドアをノックした。

 

「提督です。お待たせして申し訳ありません」

「ああ、入ってくれたまえ」

 

ドアを開けると、でっぷりとした体格の海軍少将が二人掛けソファをたっぷり使って

寝そべるかのように鎮座していた。さすが胸につけてるものが俺のとは全然違うな、

と思いつつ俺は敬礼した。

 

「当鎮守府の提督であります。招致に応じました」

「やぁ、君じゃないか。最後に会ったのは何年ぶりだったか……まぁ、座りたまえ」

「は。ご無沙汰しております。では、前を失礼します!」

 

俺も向かい側のソファに腰掛ける。どうでもいいことなので忘れていた。

こいつは前任者が倒れた際、適当に俺をここの提督に指名した者の一人だ。

 

「それで、本日は一体どのようなご用件で?」

「大本営にも噂は届いているよ。過日の戦闘では獅子奮迅の活躍だったそうじゃないか」

「艦娘達の奮闘の結果です」

「まぁ、そう謙遜するんじゃあない。君の建艦技術には舌を巻いているよ」

「ただの運任せをしているだけです。あの建造システムの仕組みは今でも何が何やら。

できることと言えば、ある程度欲しい艦種の投入量の傾向に従って、

使用資材を指定するだけで……」

「その運を掴めないでいるのが他の凡庸な提督だ。聞いたよ、君が従来の41cmを上回る、

史上最強の艦の建造に成功したと」

 

来たか。以後の話の流れはもう誰にでもわかるだろう。

 

「聞くところによると、その艦は46cm砲を備えた強力無比の艦娘だそうじゃないか。

我が大本営は彼女の存在に非常に興味を持っている」

「と、おっしゃいますと?」

「彼女を譲ってはくれまいか。帝都の守護を担ってもらい、その46cm砲を分析し、

対深海棲艦兵器の開発にも役立てたい。

……これは大本営の方針、つまり天皇陛下のご意思でもある」

 

来たか。大本営のやり口はわかっている。大和を実験動物のように扱い、

深海棲艦との戦いにこき使い、不要になれば……ポイだ。

 

「なるほど。陛下のご意思とあらば致し方ありませんね。しかし困りました」

「どうしたというのかね。彼女を引き渡すだけで、君にはそれなりのポストが

待っているというのに」

 

俺は、いかにも“いや、困ったな~”という風に頭に片手を当てる。

 

「いえ、私は良いのです。この決定には少将殿も関わっておられるので?」

「うむ。この噂を大本営で最初に聞きつけたのは私で、御大将に具申したのも私だ」

「ますます困った。そうなると少将殿のお立場が……」

「立場?い、一体どういうことなのかね」

 

少将がでかい身体を乗り出してくる。お偉いさんほど立場とやらに固執する。

お偉いさん殺しのキーワード、立場。半ば軍の根無し草の俺にはよく分からんが。

 

「先日の深海棲艦襲撃の詳細についてはもうご存知なのですよね」

「ああ、諜報部から連絡を受けている」

「実は我々が防衛に当たっていたのは、この鎮守府ではないのです」

「では、なんだというのかね」

「ここから北に徒歩十数分にある市街地ですよ。もちろん、鎮守府の防衛が優先でしたが、

新型深海棲艦の苛烈な猛攻の前には、従来の艦娘では対処できなかったでしょう。

もし我々が敗れていたら、その市街地に新型深海棲艦が襲来し、市街地は崩壊、

無数の死傷者が出ていたはず」

「な、何が言いたいのかね!」

「今回は偶然たまたま大和がいたので撃退に成功しましたが、

従来艦だけではどうなっていたことか……

天皇陛下のご意思とあらば喜んで大和を送り出しましょう、しかし、その後、

再び新型深海棲艦が襲来し、この鎮守府が陥落することがあれば、

未曾有の大災害が起きるのは確実。そうなれば大和の異動を発案した

少将殿の責任問題に発展してしまう恐れが……」

 

責任問題。お偉いさん殺しのキーワードその2。そしてすまない、金剛、みんな。

大和だけじゃなくて、みんなのチームワークあっての勝利だったのに。

 

「いかんいかん!それは困る!君、どうすれば安全に大和を異動できる!?」

「う~ん、残念ですが、私の貧弱な思考力ではなんとも……

それに、報告にもあったと思いますが、今回の新型深海棲艦。明らかに明確な意志を持って、

この鎮守府を目指していました。つまり、今後も先日のような戦闘が起きるのは、

ほぼ確実と言っていいでしょう。それを大和なしで乗り切るのは

極めて困難と言わざるを得ません。そして防衛に失敗すれば、

先程お話したような責任問題が生じてしまうかと……」

「ううむ……」

 

少将は頭に汗を浮かべ、二重あごに手を当てて考え込んでいる。

 

「……き、君、この件については少し待ってくれ。

それまでは新型深海棲艦と戦闘になった際、その詳細を大本営に送ってくれたまえ。

しかし、手ぶらで帰るわけにもいかんな……

その新型深海棲艦だが、何か呼び名を考えて欲しい」

「実際に戦った艦娘の報告によれば、奴は恐ろしくも美しい、

多くの護衛に守られる姫のような姿をしていたとか。

そこで私は“深海棲姫”という名を提案致します」

「深海棲姫か……うむ、大本営に提案しておこう。私はこれで失礼する」

「はっ!また会える日を心待ちにしております」

 

二度と来んなバカ。俺は立ち上がって形だけの敬礼をする。

少将がドアを開けると応接室の前に押し寄せていた艦娘達が後ろに下がる。

 

「な、なんだね君達は!ほら、道を開けたまえ、通れないだろう!」

 

俺も応接室から出る。少将が本館の出入り口を閉め、

窓から奴が十分に建物から離れたことを確認すると、俺は艦娘達に告げた。

 

「まぁ、これで大和は本当の意味で自由の身になったってこった」

 

皆が歓声を上げる。

 

“提督やるー!”

“たまには提督らしいことやるのね、意外”

「いつもやってるだろうが!誰だ言ったの!」

“大和を守ってくれたのね……”

“出会ってすぐお別れなんて絶対いやだったもん!”

「俺も同じだ。だからちょちょいとあいつの痛いところを……」

 

「提督」

 

その声に振り向くと彼女がいた。大和だ。彼女は俺の手を取り、続けた。

 

「守ってくれて、ありがとうございます……」

「なに、伊達に三十数年生きてない。ちょっと上の連中、舌先三寸で丸め込むくらい……」

「私、ずっとここにいていいんですね」

「当たり前だろう。大和はもうここの一員。ここにいる全員がその証だ」

「……ありがとう、ありがとう!」

 

大和は涙を浮かべて抱きついてきた。俺もそっと彼女を抱き返す。

ヒュー!と囃す声が上がるが今は無視だ。これまで彼女が抱えてきた

孤独という荷物を落とすように、優しく背中をなで下ろす。

……そして、そんな二人を不穏な目つきで影から見つめる者がいた。

 

 

 

 

 

「なんか……すみませんでした。みんなの前でみっともないことしちゃって」

 

大和は照れくさそうに言った。ここは執務室。あの後いよいよ野次馬がうるさくなったので、

このいつもの根城に場所を移したというわけだ。

 

「いいって、大和はずっと耐えてきたんだから。

それに、これからはたくさんの友達に囲まれて暮らしていける。

俺に構ってる暇なんてないほど楽しくなるぞ」

「そんな……私、提督と疎遠になるのは嫌です!」

「ああ、いや、来ちゃだめだって言ってるわけじゃない。

君さえよければいつでも来てくれ。どうせ暇だしな」

「よかった。でも、そんなこと言ったら毎日来ちゃいますよ?」

「焼き飯食いに?」

「もう、提督ったら!」

「そういや食堂にはもう行ったか?あそこの海軍カレーは絶品だぞ」

「はい。それはもうおいしかったです!そうだ、今度は私が皆さんに

手料理をご馳走したいです。私、食べるだけじゃなくて料理の腕も自信があるんですよ?」

「そうなのか?じゃあ、次の忘年会は期待してるよ」

 

………

 

そんな二人の他愛ない会話を、ドアにへばり付きながら盗み聞きするものがいた。

金剛を始めとした4姉妹である。

 

(シィィット!さっきといい、大和ったら提督とベタベタしすぎデース!

もう大和はベストフレンドじゃなく、恋のライバルにシフトチェンジ、ネ!)

(あの、お姉様。なぜ私達までこのようなことを……?)

 

姉にいやいやながら盗み聞きの共犯にされている霧島が嘆きを漏らす。

 

(霧島の言うとおりです。やっぱりこんなことは良くないと……)

 

榛名が霧島に同意する。

 

(シャラップ!いま提督達は個室で二人きり。もしムードが高まって、

さっき以上のことがあったら……ああ想像しただけでハウ・スケァリィ!

その時は全員で乗り込んで止めマース!)

(!……金剛お姉様、だいたい、大和さんってあの作戦が始まるまで、

ずっと孤島で提督と二人きりだったんですよねぇ)

 

ちょっといたずら心が芽生えた比叡が金剛に話しかける。

 

(……何が言いたいんデスか?)

(もしかしたら、もう“さっき以上”のこと、しちゃってるのかもしれませんよ!

誰もいない島で、二人きりで!うぷぷぷ!)

 

金剛の頭の中でモワモワと妄想が膨らみだす。

 

~~~~~

 

孤島の海岸。ザザーン、と波の打ちつける音と、かもめの鳴き声しか聞こえない。

誰もいないこの島で、見つめ合う二人。

 

「提督……」

「大和……」

「私、提督に会える日はこの上ない幸せな時間を過ごせるんです」

「俺もだよ、大和。いつも君に会う日を一日千秋の思いで待っている」

「ありがとう、提督。でも一人の時はやっぱり寂しいんです。

そんな寂しさを紛らわすために、どうか、私に印をつけてはいただけませんか。

そこに触れれば貴方を感じられるように……」

「もちろんだよ。さぁ、おいで……」

 

そして二人は唇を寄せ合い……

 

~~~~~

 

「rghjっmygvb!!」

 

深海棲艦の断末魔のような声を上げる金剛。

 

(ちょっ!)

“誰かいるのか?”

 

3人は慌てて泡を吹く金剛を引きずって廊下の角に身を隠した。同時に執務室のドアが開く。

 

「誰もいない、か……なんか深海棲艦が死ぬような声が聞こえたんだが」

「まさか、ここは陸地ですし」

「まぁ、そうだよな。だったら警報が鳴ってるはずだし。でも大和も聞こえたよな?」

「ええ、なんだったんでしょう。なんだか苦痛を帯びた悲鳴のような……」

 

バタンと扉が閉じられる。霧島、比叡はほっと息をつき、

榛名は懸命に顔が真っ青になった金剛の蘇生を試みている。

 

「比叡お姉様!なんてことをおっしゃるんですか!?

お姉様が死にそうになってるじゃないですか!」

「あーごめんなさい霧島。まさかここまでショックを受けるとは思わなくて……ぷぷっ」

「反省してるんですか!?」

「2人共そんなことよりお姉様の看病を!過呼吸を起こしています!

金剛お姉様、ゆっくり、息を吸って、落ち着いてゆっくり!」

「ハァー……ハァー……てーとく、ワタシの、マイラバー……」

 

自業自得とは言え、死にそうになりながらも提督への愛を紡ぐ金剛。

三途の川で提督の幻影でも見たのか、その顔は何故か笑顔だった。

 

 



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第12話:歴史の反逆者

大和が正式にこの鎮守府の所属になってから9ヶ月後。

俺と長門、陸奥は大淀の説明に聞き入っていた。彼女は壁に掲げた世界地図にマークされた

赤いポイントを指し棒で示す。あの棲姫襲撃事件以来、深海棲姫は急激にその数を増し、

その強大な力の前に、人類は徐々に取り戻しつつあった海の活動領域を

再び縮小せざるを得なくなった。

 

「……以上が、各海域で確認された棲姫級の出現ポイントです」

「多いな。各鎮守府の担当海域に必ず1体はいるじゃないか」

 

前回いきなりMI直前に放り出された時は知らなかったが、こんなにもいたとはな。

日本と海外を結ぶ要所に、行く手を阻むように配置されている。

 

「棲姫級が現れだしたのはここ3ヶ月の間です。どの鎮守府の艦隊も掃討作戦に

当たっていたのですが、あまりにも圧倒的な火力の前に、成功した例はごく僅かです」

 

無理もない話だ。大和がいても苦戦を強いられるほどの難敵なのだから。

 

「特に深刻なのは、日本とアメリカを結ぶシーレーンの中間に位置するミッドウェー諸島。

ここで農作物や機械部品などの輸出入に使用する航路を塞ぐ形で、棲姫級が陣取っています。

食料品の多くを輸入で賄っている我が国では、一刻も早い

ミッドウェー奪還が求められています」

 

腕を組んで考え込む長門が発言する。

 

「確かに、ミッドウェー、機密保持のため仮にMIとしようじゃないか。

MIは食料自給率の低い我が国に取っては2つの意味で脅威だな」

「日本だけで全部賄ってるのってお米くらいだからねー」

 

陸奥も長門に同意する。だが俺は上の空で聞いていた。

体感時間で約5年もかかった時間の旅もようやく終わる。

MIで散っていった前回の赤城達の無念を晴らし、計画を実行に移す。ただそれだけだ。

そう、MIで勝利し、歴史との戦いに決着をつけるのだ。それが出来なければ、

涙なき世界など実現できはしない。

 

「……と、いうのが現在の状況です。提督のお考えを伺いたいのですが、

どう思われますか?」

「俺達だ……」

「はい?」

「MIを奪還するのは、俺達だ!!」

 

俺は知らぬ間に立ち上がって叫ぶ。

 

「俺達には大和が、そして日々修練を積み重ねてきた精鋭達がいる!

俺達がやらなくてどうするんだ!みんなでアメリカと日本を結ぶ道を切り開くんだ!

明日の希望へと続く道を!」

「提督……そのお言葉を待っていました!正直、とりわけ凶暴なMIの深海棲姫に

他の提督方は皆尻込みしていました。私達、いや、全ての艦娘は

先陣を切ってくださる方を心待ちにしていたのです」

「長門、君の力を貸してくれるか」

「当然です、提督!」

 

長門が手を差し出して来た。俺は力強く彼女の手を握った。彼女もまたしっかりと握り返す。

そうだ。無為無策で挑んだ前回とは違う。“歴史は繰り返す”。

だが、シルクハットが言うには、歴史で死を定められた者は“いつか”必ず死ぬそうだ。

もしかすると逆に言えば時期をずらすこともできるということなのかもしれない。

……必ず変わるさ。この世界ではMIじゃない、俺達が勝つからだ!

 

「ふ~ん、提督も決める時は決めるじゃないの。もちろん私も手伝うわよ」

「陸奥、ありがとう!」

「提督、貴方のご決断に、心から敬意を表します。それでは、作戦の詳細を……」

「3ヶ月後だ」

「え?」

「3ヶ月後にMI奪還作戦を決行する!早すぎても遅すぎてもいけない!出撃メンバーは、

空母赤城、空母加賀、空母蒼龍、空母飛龍、重巡三隈、そして、戦艦大和だ!」

“!?”

 

突然俺が前もって決めていたかのように編成を告げたので3人は驚きの表情を浮かべる。

それはそうだ、決めていたんだから。

 

「提督、よろしいのですか。空母はともかく、何故重巡を?

もっと強力な金剛などの戦艦も検討されては……」

「このメンバーじゃなきゃ、駄目なんだ。頼む、何も聞かずに

この編成で決めさせてくれ……!!」

 

俺は長門に縋るように頭を下げる。そして、長門が優しく俺の手を取る。

 

「いいだろう。全て提督に任せよう。真っ先に

この困難極まる攻略作戦を立ち上げた、貴方の勇気に従います」

「長門、ありがとう……!」

「ま、一応理由は軍事機密ってことにしておくがな。

でも、作戦が成功したら教えてもらうぞ」

「私は自分のできる範囲で全力を尽くすのみです。勝利を祈っています」

「みんな、ありがとう。本当に、ありがとう!……それで、長門。

今言ったメンバーはこれから演習を入念に行い、“改”以上に昇格させておいてほしい」

「承知した」

 

長門に指示を出し、その日の作戦会議は幕引きとなった。

 

 

MI奪還作戦まで、あと1週間

 

「ふぅ、このところの演習は少々過酷でしたね。みなさんお疲れではないですか?」

「ホント、最近は演習続きできつかったよね~。まぁ、おかげで改二になれたけど」

「同じく改二になったのはいいけど、私もうクタクタ……」

「この程度でへばっていては、戦場で的になるだけよ。もっと体力を付けて」

「私、航空巡洋艦になれたんです。砲撃だけでなく、みなさんの航空支援も頑張ります!」

 

作戦会議室。招集をかけた艦娘達がお喋りしている。

俺は、長門、陸奥、大淀と共に入室した。皆、会話を止める。そして俺は彼女達に宣言した。

 

「諸君、今日集まってもらったのは他でもない。皆に極めて重要な司令を下すためだ」

 

誰もが静粛に俺の話を聞いている。俺はとうとう本題を切り出した。

 

「その司令とは、ミッドウェー改め、MI奪還作戦。君たちに出撃してもらいたい」

“……!”

「この3ヶ月、諸君に過酷な演習を課していたのはそのためだ。

危険な任務を押し付けてしまっているのはわかっている。だが!

このMI攻略を達成、アメリカとの航路復活を成し得るのは諸君において他にいない!」

「私達は敵と戦う為にここにいます。危険だのどうだのと言った前置きは不要です」

 

加賀が毅然として続きを求める。

 

「では遠慮なく言わせてもらおう。

1週間後、諸君はMI海域で深海棲姫率いる敵艦隊を撃滅、ミッドウェー諸島を奪還せよ!」

 

作戦会議室に張り詰めた空気が漂う。しばらくして、三隈が手を上げた。

 

「三隈君、何か?」

「あの……そんなに危険で重要な任務にどうして私が?

もっと戦艦や航空戦艦などの強力な方々がいると思うのですが」

「……済まないが、それは軍事機密に当たる事柄だ。話すことはできない。

だが、君でなければならないのは確かだ。奮闘を期待している」

「わ、わかりました。全力を尽くします!」

 

前の時間に生きた君の仇討ち、とはとても言えなかった。

 

「では、作戦会議を始める。まず、先にMI攻略を試み、撤退に終わった鎮守府から

提供された情報によると、敵艦隊の編成は、“中間棲姫”を始めとした空母ヲ級、

重巡リ級2、戦艦タ級、駆逐イ級2の大規模艦隊だ。地上には護衛要塞も確認されている」

 

室内の空気が更に緊張に満たされる。

 

「さらに、それぞれの艦は従来の深海棲艦より大幅に強化されているとのことだ。

駆逐艦1隻でも十分な脅威となるだろう。無理に火力を散開させるより、

各個撃破に徹するのが望ましい。各自に応急修理要員は支給するが、長期戦になるのは必至。

総員、覚悟を決めて任務に当たってくれ」

“はっ!”

 

続いて俺はさらに詳細な作戦説明に移る。

 

「これらの情報と諸君の能力を照らし合わせた詳細な作戦を伝える。

空母赤城、空母加賀は主に、戦闘機で敵艦載機を迎撃することに集中してくれ。

棲姫と護衛要塞が無数の艦載機を放つとのことだ。蒼龍隊、飛龍隊を防衛せよ」

「わかりました」

「了解」

「空母蒼龍、空母飛龍は艦爆隊、艦攻隊で敵艦にダメージを与える事に専念してくれ。

さっきも話したが、各個撃破を念頭に置いた編隊運用を心がけてくれ」

「わかったわ」

「任せてください!」

「航空巡洋艦三隈、砲撃と水偵の運用両方が可能な君は全体のサポートを行って欲しい。

ただこれが重要なのだが、敵の猛攻があっても、慌てず落ち着いて陣形を崩すことなく、

他艦との接触に注意してくれ。今更、と思うかもしれないが、不測の事態には意外と多い」

「わかりました、気をつけます!」

「戦艦大和、君は一番忙しくなるだろう。まず、戦闘が始まったら、

上空ではなく、敵陣の真ん中に三式弾をぶち込んでくれ」

「まず三式弾、ですか……?」

「ああ、奴らは航空機の発艦と同時に、こちらの数を上回る敵機を放ち、

赤城達の機体がほとんど落とされてしまう。そこで開戦同時に巨大な榴散弾を爆発させ、

敵艦隊を混乱させる。その隙に艦爆隊・艦攻隊を発艦し、先制攻撃を仕掛ける。

その後、通常弾に切り替え、駆逐艦から順に確実に数を減らし、

敵機が増えたら三式弾で支援、と柔軟な対応を取ってくれ。難しい役割だが、よろしく頼む」

「はい。必ずやご期待に沿うよう尽力致します」

 

ようやく俺は、艦娘達に、一度目の戦いで長門が与えてくれた教訓を伝え終えた。

そして俺は長門にも伝えていなかったことを告げる。

 

「なお、決戦当日は俺も軍用クルーザーで作戦海域ギリギリまで赴き、

諸君の戦いを見届ける。もしかしたら遠方から敵の動きが見えるかもしれん。

その際は電波通信でいち早く伝えよう」

“提督自ら!?”

「ちょっと待て!私にはそのようなこと一言も……」

「済まない、長門。これも俺のわがままだ。しかし、今回の作戦、

彼女らも決死の覚悟で出撃する以上、俺も不退転の決意で望むつもりだ。

確かに俺に戦う力はないが、この作戦の結末を見届ける義務がある」

「しかし、提督に何かがあっては……」

「もともとくじ引きで選ばれたような提督だ。代わりはいくらでもいる。

何かあったとしても鎮守府の運営に大した影響はないさ」

「……承服できません」

「……言いたくはなかったが、提督命令だ」

「承服できません!!」

 

長門の叫びが作戦会議室に響き渡る。沈黙が場を支配する。

しばし、皆身動きすらしなかったが、大和が口を開いた。

 

「提督、“代わりはいる”なんて、哀しいこと、仰らないでください。私にとって、

提督は貴方しかいないんです。私に生を与え、生きる喜びを教えてくれた、貴方しか……」

 

大和の机にポタポタと涙が落ちる。

 

「大和、済まない。だが、この考えを変えるつもりはない。

俺はMIとの因縁に決着を付けなければならない。君なら、この意味はわかるな?」

「でも……」

 

時間遡行に関わることを喋ってしまったが、皆大和に気が向いており気づかない。

この重苦しい雰囲気に嫌気が差した陸奥が前に進み出た。

 

「あーもう、このガンコジジイ!とうとう女の子を泣かせたわね!

そんなに行きたいなら、いっそ北極海まで行っちゃえばいいのよ!」

「陸奥、よせ……」

「ふん……まぁ、でも?そうなれば私まで大和ちゃんを泣かせた犯人になっちゃうし、

条件付きならOK出しても良いわよ」

「条件付き?」

「どういうことだ、陸奥」

「私達、つまりいつもの3人組で護衛に付く。まぁ、即席の移動司令室で行くってわけ」

「……大淀君、彼女こんなことを言っているがいいのか?実戦向きではない君まで!」

「私の任務は必要な情報を必要な所に報告することです。

貴方の声援があれば、きっと皆さん頑張れると思いますよ。それに失礼ですね、

私が実戦向きでない?私も本気を出せば凄いんですから」

 

そう言って大淀は俺にウィンクした。

 

「大淀、ありがとう。さぁ、提督。我々が譲歩できるのはここまでだ。

この条件が飲めないなら、今からクルーザーを一隻残らず破壊するぞ。

例えどのような処分を受けようと」

「……長門、みんな、本当に、すまない!」

「ぐすっ、みなさん……提督を、よろしくお願いします!」

「頑固なおっさん上司にすると苦労するわね、大和ちゃん。提督のことは任せてよ。

暴走しないように見張っとくから」

「はい!」

「みんな俺のせいで気苦労をかけて申し訳ない。大和、必ず生きると約束しよう。

だから、君も必ず帰ってきてくれ」

「絶対、勝って帰ってきます!」

 

もう大和の目に涙はなかった。ここまでだな。できることは全てやり尽くした。残るは、決戦のみだ。

 

「色々あったが、以上でMI奪還作戦の作戦会議を終了する。一同解散!」

 

 

 

MI奪還作戦 決行日

 

「ふぅ~突貫工事だったけど、なんとか駆逐艦並の強度に改装したわ。

近場の深海棲艦の攻撃くらいじゃびくともしないわよ」

「ありがとう。急な注文だったのによくやってくれたな。ご苦労だった」

 

俺は明石に礼を言って装甲クルーザーに乗り込んだ。中では既に長門と陸奥が待機しており、

大淀が持ち込んだ機材の調整を行っていた。

 

「受信状態問題なし、周波数OK、うん、大丈夫!」

「みんな、今日は世話になる。よろしく頼む」

「はっ!お任せを」

「では、みんなに出撃命令を出すと同時に我々も出港する。準備はいいな?」

“はっ!”

「……では大淀君、ドックの艦娘に出撃命令を!」

 

 

 

艦娘出撃ドック

 

“待機中の艦娘に出撃命令!直ちにMI海域の敵艦隊を殲滅し、制海権を確保せよ!”

 

「さぁ……とうとう始まりますね」

 

赤城がその黒髪を払い、精神を研ぎ澄ます。その横で黙りこくる加賀。

 

「……」

「どうしたんですか、加賀さん?」

「いえ、なんでもない。ただ、強い既視感がどうしても拭えなくて……気にしないで」

「ここには何度も来てるからじゃないですか、きっと!」

「加賀さんは激戦の経験が多いから、いつもの勘みたいなもんですよ」

「私は胸がドキドキしてきました」

「私も大きな戦いは初めてで、緊張してます……」

「ごめんなさい、私のせいで無駄な時間を取らせたわね。さぁ、行きましょう」

“はい!”

 

そして6人は出撃パネルに飛び乗り、地下から海上へ飛び出していった。

 

 

 

6人が出撃した姿を見て、俺もクルーザーのエンジンをかけた。

 

「出港する!」

 

目指すはMI。俺の知る限り最も激しい戦闘になるだろう。

もし神とやらが存在するのなら、今だけでいい。彼女達を導いてくれ。

俺の全てを差し出しても構わないから。

 

 

 

俺達は数日をかけて太平洋のど真ん中、ミッドウェー諸島近海にたどり着いた。

戦闘部隊達はMIに向けて全速前進を続けている。空は絶え間なく雷鳴が轟く、

薄暗い曇天模様。1発でもいいから深海棲艦に落ちてくれれば、などと考えてしまう。

 

「停止する。俺達はここで皆の戦いを見守ろう」

「無事提督を送り届けたはいいが、何もできないのは歯がゆいな……」

「信じて待つしかないね」

「提督、彼女達に伝えることがあればいつでも仰ってくださいね」

 

ここも決して安全とは言い切れない。いくら装甲板で強化したとはいえ、所詮はクルーザー。

流れ弾の直撃でも受ければ木っ端微塵だ。それを承知で3人は付いてきてくれたのだ。

この戦い、一瞬たりとも見逃すわけにはいかない。

 

 

 

そして赤城率いる戦闘部隊は、相変わらずMIへ向けて前進中。

すっかり日が落ちた海で赤城が皆に注意を呼びかける。

 

「すっかり暗くなりましたね。警戒を厳にしなければ」

 

赤城がMIの方角へ目をこらす。月明かりが太平洋を冷たく照らしている。

 

「ようやく敵の本丸ですが、ここまでの散発的な戦闘で航空機もやや損耗しています。

油断は大敵です」

 

加賀が手探りで矢筒の航空機発艦矢の数を確認する。

少し減ってはいるが短期決戦に持ち込めれば十分な数だ。

彼女が航空機の数を確認し終えると同時に、三隈が敵艦を視認。

 

「そろそろ開戦の時間、みたいですよ」

 

三隈が告げると全員がミッドウェー島に目を凝らす。

すでにちらほら敵艦の姿が見え始めている。

 

「総員、全速前進!砲雷撃戦用意!」

 

空母は弓に矢を番え、重巡は砲と水偵瑞雲を準備、そして大和は三式弾を装填。

準備が終わると同時に、既に敵艦隊全艦が視認できる距離に近づいていた。

 

「大和さん、お願い!みんな、三式弾炸裂が開戦の合図です!」

「わかりました、大和、砲雷撃戦、はじめます!狙うは敵陣中央……撃て!」

 

サンド島とイースタン島の間に展開していた敵艦隊の中央に

真っ赤な火の玉が飛び込み、炸裂。大爆発を起こした榴散弾が、爆発の超加速を得た

無数の燃え盛る弾子を撒き散らす。炎に包まれるMI。

対空用の砲弾とは言え、突然焼ける鉄球の嵐を打ち付けられた敵艦隊は、

何が起きたのか分からずパニックになる。

 

 

 

装甲クルーザーから彼女らの帰りを待っている俺達は、

サンド島の向こうで巨大な火柱が上がるのを見た。……ピシッ!はるか遠くから飛んできた

三式弾の弾子がフロントガラスに当たり、強化防弾ガラスに大きなひび割れを作る。

だが、俺は気に留めず一人つぶやく。

 

「メギドの炎……これが彼女達の戦いか」

「46cmの威力、この目で見るのは私も初めてです」

「始まったみたいだね……」

「航空機部隊の発艦信号、キャッチしました!まずは作戦通りです」

 

 

 

「先制攻撃のチャンスよ!航空機、全機発進!」

 

作戦の手筈通り、赤城、加賀は戦闘機、蒼龍、飛龍は艦爆隊・艦攻隊、三隈は瑞雲を発艦。

敵陣形は駆逐2を先頭に、後ろに戦艦、空母が横並び、更に後ろに重巡2、

そこを突破してようやく護衛要塞、“中間棲姫”にたどり着く。

2隻ずつ奥へ並んでいる構図だ。まず狙うは空母ヲ級。

ただでさえ多くなる敵機を増やされてはかなわない。今のうちに沈めなければ。

 

「大和さん、駆逐は無視してヲ級を叩いて!」

「はい!」

 

ガコォン、ガコォン……

 

46cm砲塔内で砲弾が三式弾から通常弾に換装される。

大和は駆逐2の向こうにいるヲ急の少し上方に狙いを定める。

直進させず、弧を描くように……当たって!

 

「敵艦捕捉、全主砲薙ぎ払え!」

 

三連装主砲2基が咆哮する。駆逐艦を飛び越えるように放たれた6発の砲弾。

衝撃波で駆逐艦がよろめく。そして斜め上から飛来した真っ赤な鋼鉄の塊に驚くヲ級。

4発が命中。爆発。超重量の鉄球を叩きつけられ爆発の衝撃を受けたヲ級の損害は、

頭部の怪物が半分消し飛び、右足がちぎれ、腹を破られ大量に青黒い体液を垂れ流していた。

ヲ級は苦悶の表情を浮かべる。

 

「今がチャンスよ、まずは一度目でヲ級を沈めるのよ!」

「わかりました!みんな、頑張って!」

 

蒼龍、飛龍の放った艦爆隊、艦攻隊に三隈の瑞雲が加わり、

爆撃、雷撃の波状攻撃を浴びせる。爆撃5、魚雷6が命中。

 

“アアアアア!!”

 

轟沈寸前のダメージを負っていたヲ級は、この集中砲火に耐えきれず、浮力を失い、轟沈。

 

「やったぁ!あっという間に空母片付けちゃった!」

「はしゃがないで。まだ大勢の敵が残ってるわ」

 

さっそく喜ぶ蒼龍を諌める加賀。そして間髪を入れず赤城が指示を飛ばす。

 

「皆さん、ここからは正攻法で。先頭の駆逐艦から沈めていきます!」

「はい!大和、続いて砲撃行きます!」

 

だが、敵もそれを黙って見過ごすはずもなく、護衛要塞と中間棲姫から

大量の艦載機が発艦する。

 

「戦闘機部隊、艦爆、艦攻を守って!」

 

赤城、加賀の戦闘機が敵艦載機と空中戦を繰り広げる。

落とし、落とされ、互角の勝負を繰り広げる間に、海上では大和が駆逐艦に向け、

次弾を発射しようと照準を合わせる。

 

「直撃させます……撃てっ!」

 

今度は直接敵艦を狙い撃つ。まっすぐに飛んだ6発の46cm砲弾は、駆逐艦に3発命中。

だめ、今ひとつ!落ち着いて狙わなきゃ!いつの間にか昂ぶっていた精神を

深呼吸して沈める。46cmの直撃弾3発を受け、撃沈寸前ながらも、

なんと駆逐艦は生きていた。体中至る所が破け、体液を吹き出しているが、

こちらに砲を向けようと重い体を動かしている。どうしよう!倒しきれなかった!が、

次の瞬間、駆逐艦は別方向からの砲撃を受け、今度こそ四散大破した。

 

「ふふっ、20.3cm(3号)連装砲。私の自慢です」

 

三隈の援護射撃だった。

 

「ありがとう、三隈さん!」

 

完全に頭に血が上る敵艦隊。戦艦タ級、重巡リ級2、そして残った駆逐艦が

大和達に一斉射撃を行う。

 

「全員散開!ちらばって!」

「提督の言うとおりに……落ち着いて、陣形を崩さず直撃だけに注意!」

 

皆、横一列のまま、距離を取って砲弾の集中を避ける。

海域のあちこちで落下した火の玉で水柱が上がる。三隈は事前に受けた提督の忠告通り、

無駄に動き回らず、陣形を意識しながら砲弾を回避した。

 

「もう一度よ!艦爆隊、艦攻隊、駆逐艦に攻撃を!」

 

Uターンした航空機部隊が今度は残りの駆逐艦に集中攻撃。爆撃、雷撃を繰り返し、

ガリガリと体力を削り取る。頭上からの怒涛の攻撃に悲鳴を上げ、

徐々に肉体を損傷していく駆逐艦。

 

「大和さんは次の大物に備えて、私に任せてください!」

「お願いします!」

 

三隈は再び連装砲で駆逐艦を攻撃。そして、遂に、上空と水上からの集中攻撃に耐えきれず、

駆逐艦はゆっくりと倒れていき、夜の深海に消えていった。

 

「私でも……役に立ててる!提督の言うとおりに!」

 

1列目撃破。次はヲ級を失った戦艦タ級のみ。しかし焦りは禁物。

 

「全機、一度帰艦して補給を!」

 

赤城達は一旦全ての艦載機を帰還させ、弓に戻して弾薬類の補給を行う。

 

「大和さん、今は敵航空機の迎撃を!空を埋め尽くされてからでは手遅れなの!」

「はい!」

 

中間棲姫と護衛要塞があっという間に10機を超える艦載機を展開。

確かに放置しておけばどうにもならなくなっていただろう。艦載機が大和達に迫ってくる。

大和は砲弾を再び三式弾に戻す。

 

「今度は空。敵航空機部隊真ん中に向けて……第一、第二主砲。斉射、始め!」

 

夜空の雷鳴と聞き間違うかのような爆音が轟く。

大和の主砲から放たれた榴散弾が今度は本来の目的を果たす。

全方位に散らばる燃える弾子が、敵機をぐしゃぐしゃに引き裂いていく。

そして海上に叩きつけられた弾子が再び敵艦に降り注ぎ、思わず彼女らは身をかばう。

 

「今です!航空機部隊、再発艦!大和さんは今のうちに通常弾に換装を」

「了解!」

 

4人が一斉に空に矢を放ち、三隈も瑞雲を発艦させ、援護に回る。

今度こそ戦艦タ級を撃沈すべく、艦爆、艦攻がタ級に躍りかかる。

爆撃、魚雷が4発ずつ命中。彼女の装甲を引き剥がす。

 

“ガアアアアア!!”

 

怒り狂うタ級が空に向けて大口径砲を発射。航空機部隊の大半が衝撃と直撃弾に撃墜される。

だが、その損耗も無駄ではない。通常弾に換装を終えた大和が、その隙にタ級に向け、

照準を合わせていたのだ。

 

「敵艦捕捉、全砲門射撃用意……」

 

左足を少し後ろに下げて反動に備え、

 

「発射!!」

 

両舷6門の主砲、6門つまり12門の連装高角砲の全てをタ級に向けて発射。

彼女が気づいた時には遅かった。既に空を焼きながら計18発の砲弾が

タ級めがけて飛びかかっていた。あまりの砲弾の多さに、もはやどれが何発当たったか

わからないほどだが、とにかく大量の鋼鉄の牙に食いちぎられた戦艦タ級は

身体の半分を失い、海に放り出されたまま沈んでいった。

 

「行ける……重量級を2隻も!」

「油断禁物。言ったはずよ」

 

喜ぶ三隈に、あくまで冷静な加賀。2列目撃破。3列目は重巡リ級2。

これさえ叩けば厄介な護衛砲台を直接叩ける。砲台は相変わらず艦載機を出し続け、

砲撃で赤城達になかなか発艦の隙を与えない。

蒼龍、飛龍の艦爆隊・艦攻隊の再発艦がまだだ。

 

「戦闘機のみんな、頑張って!」

「ここは、譲れません……!」

 

赤城と加賀の戦闘機部隊は懸命に敵艦載機と戦っている。

 

「大和さん、まずあの砲台を叩きませんか!?」

「いえ、先に目の前の重巡をなんとかしましょう。上に気を取られたら狙い撃ちされます」

 

三隈は砲台を攻撃しようとしたが、大和は重巡を選んだ。

 

「大丈夫です!私達二人なら1隻ずつ落とせます!」

「……はい!」

「ふふ、どっち行きます?」

「10時のやつから!」

 

二人は右手と左手をつなぎ、同時に10時に存在する重巡に照準を合わせる。

敵はもう戦艦・空母より装甲の薄い重巡洋艦。直撃させれば一度でやれるはず!

照準する間も敵弾の夾叉が彼女達を傷つけるが、今は手数を減らすのが優先だ。

二人は電探の機能をフルに活かして照準する。

 

「大和、照準よし」

「三隈、行けます!」

「それじゃあ……」

「「撃て!!」」

 

これまでにない轟音。46cmと20.3cm、2つの砲が放つ巨大な衝撃波で、

底の浅い海が一瞬浅瀬になる。6門プラス2門の8門から打ち出された砲弾が、

重巡の1隻に食らいつく。彼女は背を向けて逃げようとするが、間に合わず、直撃。

46cmが4発、20.3cmが1発。計5発が命中。

鉄塊の衝撃と爆発で、胴が真っ二つになり重巡リ級、轟沈。

 

「やりましたね、大和さん」

「ええ、残るは1隻!」

 

相棒をやられた怒りで闇を引き裂かんばかりの鳴き声を上げる残った重巡。

二人に砲を向けたが、その瞬間、彼女の頭上で──爆発。

 

“qygtlk!?”

 

「二人共待たせてごめんね!」

「赤城さんと加賀さんのお陰で無事に艦爆隊、艦攻隊、発艦できました!」

「私達の戦闘機も残りわずかよ。4人共急いで」

「大和さんたちは邪魔な護衛要塞をなんとかしてください!」

「わかりました!」

 

上空には隊列を成して、蒼龍、飛龍が放った艦爆、艦攻が舞っている。

航空機部隊は急降下すると、重巡リ級に集中砲火を開始。

艦爆隊が投下した爆弾が次々に命中、彼女の装甲、肉体にダメージを与え、

艦攻隊が放った無数の魚雷が突き刺さり、爆発。四方八方から襲い来る攻撃にリ級が

悲鳴を上げる。そして、1機が放った最後の酸素魚雷が、まっすぐ彼女に向け泳ぎ、着弾。

ひび割れた装甲に挟まり、大爆発を起こす。リ級は断末魔を上げ、その場に倒れ込み、

泡を立てて沈んでいった。

 

「護衛の排除に成功!残るは面倒な要塞だけね!」

「私が46cm砲で!」

「待って、その前に三式弾をお願い」

「あっ……」

 

その時、中間棲姫が腕を振り上げ、一瞬にして空を覆うばかりの白い球型の艦載機を展開し、

護衛要塞も同時に黒い甲殻類のような艦載機を展開、空から爆弾の雨あられが降ってくる。

皆、とっさに回避するが、やはり全ては避けきれず、何発かが彼女らに命中。

 

「キャアアア!!」

「ぐあっ……!慌てないで、彼女を待って回避に専念!」

「すみません、今換装中です……三式弾に換装、装填準備完了、空に向けて照準を……

皆さん伏せて!」

 

大和は砲をほぼ90度に向けると、もはや狙いを付けず、空中で爆発させることだけを考える。

 

「撃てっ!」

 

空に打ち込まれた三式弾は打ち上げ花火のように、上空を火の海に変え、

球型、甲殻類の航空機部隊は弾子で蜂の巣にされ燃え尽きた。

味方機も巻き込まれたが致し方ない。

 

「すみません、味方機まで!」

「いいえ、貴方はよくやってくれた。今度こそ通常弾で要塞を」

「はい!」

「ちょっとですが私がダメージを与えます」

 

大和が換装し、赤城達が再び矢を放つ間、三式弾の至近弾を浴びた護衛要塞は

決して小さくないダメージを受けていた。身体に無数の弾子が食い込み、

再発艦の準備に手間取っている要塞に、三隈から20.3cm砲弾が飛んできた。命中。

本体に大きな打撃を与えることはできないが、発艦直前の機体が粉々になる。

 

「この……やらせないんだから!」

「三隈さん、ありがとう。航空機の再発艦完了、そして……」

「大和、砲弾の換装、装填完了です。護衛要塞に向け、照準合わせ……

第一、第二主砲、斉射始め!!」

 

艦爆隊による上空からに爆撃に苦しんでいた要塞が、今度は雷のような爆音を聞いた瞬間、

巨大な砲弾が身体に食い込むのを感じた。何が起きたかわからないうちに、砲弾が大爆発。

凄まじい火力でその巨体が圧壊する。もはや機能不全に陥った護衛要塞は、

ただただ艦爆隊の爆撃を受け、内部の砲弾・艦載機に誘爆。

次の瞬間、内部で爆発を起こして吹き飛んだ。

 

「倒した……棲姫以外全部……」

「できました、私達があんな大部隊を!」

「勝つまで喜ばない。一番厄介なのが残ってる。残りの矢は……多くはないわね」

 

そう、ここまでの激闘すらいわば前座。最も強力な敵を倒さなければ、

作戦成功とは言えないのだ。皆の意識が“そこ”に集中する。大和は感じたことがある。

このどす黒い殺意。皆の精神に闇が押し寄せる。浅瀬を見ると、

白い怪物が口を開けるような台座があった。そこに真っ白い肌の女性が身を預ける。

彼女こそ、MIを支配する深海棲姫、“中間棲姫”

 

『ユウバクシテ……シズンデイケ……!』

 

意味は分からないが、彼女の宣戦布告と捉えていいだろう。

邪魔者を排除した全員が構えを取る。

 

 

 

装甲クルーザーにもその声は届いていた。

 

「死ぬのは、お前だ……!!」

 

気がつけば俺はMIを睨みつけ、つぶやいていた。

前回のこの日、この時間、皆、奴に殺された……!奴の最期を見るまでは、

彼女達に顔向けできない。

 

「提督、落ち着いて下さい。彼女達の方がテンパってるんですから、提督がしっかりしないと」

「ああ、すまない。大淀君、彼女達に打電。

《皇国の興廃この一戦にあり。各員の勝利を信じて待つ》以上だ」

「了解しました」

 

 

 

「提督からのメッセージですね。……うん。鎮守府、いえ、この国の運命は

私達にかかっています」

「この忙しいというのに。蒼龍さん、飛龍さん、浅瀬にいる奴に魚雷は使えない。

艦攻隊を、戦闘機部隊に切り替えて欲しい」

「ええ、もちろん。大和さんには砲撃に集中してもらわないと」

「提督……勇気が湧いてきました。ありがとうございます」

「瑞雲でわずかでも削ります!」

「艦爆隊のみんな、ここが踏ん張りどころよ!」

 

6人がそれぞれの胸の内を口にすると、早くも中間棲姫が

台座に設置された三連装大口径を放ってきた。

 

「散開!」

 

全員が横に広がり、空いた水面に隕石の如く巨大で超重量の砲弾が着弾。

海中で爆発を起こした。棲姫は笑いながら、三連装砲を連発してくる。

これでは反撃の暇がない。

 

「流石……棲姫は並外れてますね」

「皆さん、私が直撃弾を浴びせます。その隙に艦載機を!」

「大和さん、今、止まったら奴の的よ!?」

「次の砲撃の瞬間、弾の軌道を読みます!私でなかったら46cmを叩き込みます!」

「……お願い!」

 

『バカメ……!』

 

中間棲姫が散らばった赤城達に向け砲撃する。今だ、奴は空母を狙ってるんだ!

大和はその場に停止。全主砲、高角砲に装填。棲姫がこちらに気づく。

大丈夫、焦るな、慌てず急げ!棲姫が大和に砲を向けた瞬間……よし、照準合わせ完了!

 

「撃てええっ!」

 

大和の日本最強の砲が吠え、海面に大きな半円の穴を作る。

46cm砲6門、連装高角砲12門の鋼鉄の怒涛が中間棲姫に襲いかかる。

巨大な砲弾の並は棲姫の台座に飛び込む形で命中。2発ほど外してほぼ全弾命中。

台座の中で爆発が起きるのを確認した赤城達。

 

「奴の動きが止まりました!今のうちに艦載機展開を!」

「任せて」

「行くわ!今度は戦闘機のみんなも出番よ」

「今こそ攻め時です!」

 

4人は空に向けて矢を放つ。戦闘機、艦爆隊の大部隊が展開し、

艦爆隊が体制を立て直そうとする中間棲姫に情け容赦ない爆撃を加える。

 

『クッ、トラエテ…イルワ……』

 

彼女が苦痛をこらえて手を振り上げると、背後から雲が湧き上がるように、

球型艦載機が飛び立つ。すかさず戦闘機部隊が機銃掃射で球型を撃ち落としにかかる。

大規模な航空機同士の戦闘が始まった。

 

「さぁ、ぼーっとしてられません!何度でも砲撃を!」

「は、はい!」

 

大和が再装填している間、三隈は20.3cm砲で中間棲姫に着実にダメージを与える。

台座の外殻が徐々に吹き飛び、戦闘の合間を縫った爆撃機の爆撃も加わり、

彼女に苦悶の表情が浮かぶ。

 

「待たせてごめんなさい!さぁ、もう一度46cm砲、受けなさい!」

 

大和はまた左足を後ろに付いて反動に備え、艦載機の指示に必死になっている中間棲姫に

照準を合わせる。

 

「沈んで!!」

 

再び6門の巨大砲と6基の高角砲が牙をむく。爆炎の中から飛び出した砲弾の群れが

棲姫に直撃した。もともと台座に腰掛け、動きが少なく、一度46cm砲の直撃を受けた彼女に

ほぼ全弾が命中、爆発。煙が晴れて彼女の姿が顕になる。

両腕が吹き飛び、端正な顔は無残にひび割れ、胴に大きな穴が開いていた。

 

「さぁ三隈さん、撃てるだけ撃ちましょう!もうすぐです!」

 

砲撃チーム二人に敵艦載機が突っ込もうとするが、

後ろから蒼龍達の戦闘機が機銃で撃ち落とす。

 

「今度は私達もみんなを守るよ!」

「艦爆隊、もう一息よ!」

 

『ウウッ……ナンドデモ……シズンデイケ……!』

 

彼女は相変わらず意味不明な言葉をささやき、わずかに残った砲1基で反撃に出る。

しかし、既に1箇所しか狙えなくなった状態で6名を撃つので、

当たるはずもなく回避される。

 

「全機、大和と三隈の護衛に集中して!もう棲姫は虫の息です!」

 

大和と三隈は中間棲姫にとどめを刺すべく、再び手を取り合い、全砲門を棲姫に向けた。

 

「三隈さん、準備はいいですか?」

「はい。大和さんも、再装填できました?」

「もちろん!それじゃあ……」

「行きます!」

 

二人共確実に命中させるため、電探の索敵機能を集中し、棲姫に照準を合わせる。

二人の砲が禍々しき姫を捉えた。

 

「全砲門開け……!」

「「撃て!!」」

 

二人の全ての主砲、高角砲が吠える。放たれた燃える鉄塊の群れが中間棲姫に襲いかかった。

もはや命中弾を数えるまでもなく、直撃弾の衝撃と爆発で、棲姫に最期の時が訪れた。

下半身が完全に吹き飛び、全身に浴びた圧倒的破壊力で、生命活動が徐々に止まっていく。

 

『ソンナ……ワタシガ……オチルト……イウノ……?』

 

彼女は何か反撃に出ようとしたが、砲も腕も失い、横たわることしかできなかった。

そして徐々に視界が暗くなり、中間棲姫は、いつの間にか雲が晴れた空に光る、

満天の星々を眺めながら息絶えた。

 

その後、主を失いパニックに陥った球型艦載機は、4人の戦闘機に次々撃墜され、

瞬く間に全滅した。そして訪れる静けさ。赤城達はしばらく周囲を警戒していたが、

何も訪れる気配はない。静寂の中、戦闘で昂ぶった心が徐々に落ち着くと、

その事実を受け入れることができた。敵艦隊撃破という事実を。

 

「やったんですね、私達……MI奪還を!」

「そうみたいね。流石に骨が折れたけど」

「やったぁ!もう喜んでいいんですよね?いいんですよね!」

「勝利……しました。言葉ではこの気持ち、なんて言っていいか……」

「提督の仰ったとおり、元重巡の私でも役に立てた!」

「提督との約束、果たせました。二人共生きて帰る。早く会いたい……」

 

皆、それぞれの形で喜びの声を上げる。

 

「赤城さん、提督に通信を」

「はい!」

 

赤城は意識を集中し、提督向け周波数に電波を発信した。

 

《我、MI攻略に成功せり。深海棲姫を撃破、完全勝利》

 

 

 

同時に、装甲クルーザーでも歓声が上がっていた。

 

「提督、赤城隊より入電!《我、MI攻略に成功せり》、MI攻略に成功せりです!

全員生還の完全勝利です!」

「あ、あ、あ……うわあああああ!!」

 

俺は思わず雄叫びを上げた。やった!やったんだ!俺達は生き残った!

歴史が決めた運命では、今日死ぬはずだった艦娘は全員健在!涙が溢れて止まらない。

俺達は勝てるんだ、歴史に!

 

「提督、おめでとうございます!」

「あの娘達、よく頑張ったよね……」

 

長門と陸奥も彼女達を祝福する。

 

「ああ、みんなよく頑張ってくれた、よく生き残ってくれた……さぁ、行こう。

みんなを迎えに行くんだ」

 

俺は操舵席に乗り込みキーを回し、もどかしい手つきでエンジンをかけた。

 

 

 

すっかり深夜となった海にチカチカと規則正しい間隔でライトが光る。

 

「皆さん、見てください。発光信号です!」

「そのようです、内容は……《あ・り・が・と・う》」

「提督よきっと!」

「喜んでくださってるのよ」

「提督はきっと全てわかってて……」

「迎えに来てくれたんですね!」

 

 

 

俺はエンジンを切ると、ズボンが濡れるのも構わず浅瀬に飛び降り、赤城達に駆け寄った。

 

「みんなー!おめでとうー!」

「慌ただしい方。深夜くらい大人しくされればいいのに」

 

俺は浅瀬に足を取られながらも思い切り手を振りながら、皆の元にたどり着いた。

 

「はぁ、はぁ……みんな、みんな」

「ほら深呼吸なさって。提督ともあろう方がはしゃぎすぎです」

「まぁそう言うなって。……みんな、ありがとう。生きててくれて、ありがとう!」

「提督……約束、守りました」

 

大和が俺のそばにいた。思わず彼女の手を取り、固く握りしめる。

 

「ありがとう、よく頑張ってくれた……!」

「提督も、約束通り、無事でいてくれたんですね」

「俺のことよりみんなだ。みんなも、生き残ってくれて、ありがとう!」

 

俺は他のメンバーにも握手を求める。三隈に手を差し出すと、彼女も握り返す。

 

「ありがとう!無線で戦況は聞いていたが、総員全力で戦えたのは、やはり君のおかげだ」

「こちらこそ、提督!今回の戦いで、私、もっと強く慣れた気がします!」

 

赤城とも握手を交わす。

 

「君を旗艦に指名したのは、間違いじゃなかった。まさに一航戦の面目躍如だよ!」

「ふふ、その笑顔こそが、一航戦の誇りです」

 

蒼龍、握手を頼む!

 

「江草隊の猛攻、まさに攻撃の要だったな!深海棲艦も形無しだった!」

「ふふん、私を指名したのは正解だったわね、提督!」

 

飛龍、握手してくれ!

 

「君の友永隊も、大物相手に大きなダメージを与え続けてくれた。航空隊の誇りだ!」

「友永隊だけじゃなく、終盤には零戦部隊も活躍してくれましたわ。

メリハリのついた戦い方が勝因かと」

 

そして俺は加賀に手を差し出す、しかし彼女はぷいと向こうを向き、

 

「趣味じゃありませんので」

「今日くらい頼むよ、君の無事を手で確かめたいんだ」

「……しょうがありませんね」

 

そっぽを向いたまま片手を差し出す。俺は両手で握り込む。

 

「ありがとう、本当にありがとう。君の気高い戦いぶりは、

必ず後に続く空母達の手本になるだろう」

「……もとよりそのつもりです」

 

ちょっと彼女が照れたような気がしたが気のせいか。

とにかく俺は皆の命を肌で感じてこの上ない幸せを覚えた。さぁ、みんなで帰ろう。

俺達の鎮守府へ。

 

「みんな帰ろう!勝利の凱旋だ。鎮守府の皆も大喜びするぞ!」

 

 

 

 

 

数日後。広場には白い幕が張られたステージが設けられ、

左手には胸に勲章を着けたMI攻略作戦のメンバー、右手には俺と三日月、

そして司令部のメンバーが座り、中央にはマイクのついた演説台が設置された。

ステージの前にはこの鎮守府の全ての艦娘が集まっている。

聴衆の皆はMI奪還成功の知らせを聞いており、英雄の凱旋式に興奮を隠せず、

がやついている。俺は腕時計を見た。もう時間だな。俺は席を離れ演説台に立った。

 

「あ、あ、ゴホン。諸君、静粛に。只今より、MI攻略作戦成功の祝賀式典を始めたいと思う。

まず、今回ミッドウェー諸島を奪い返した英雄達の紹介から始めたいと思う。

右から空母赤城君、空母加賀君、空母蒼龍君、空母飛龍君、航空巡洋艦三隈君、戦艦大和君」

 

“やっぱり赤城、加賀ペアは流石だなー”

“蒼龍さんと飛龍さんも凄いわね!”

“重巡グループから英雄が出るなんて……私達も鼻が高いわ!”

“大和さん、やっぱ日本最強の名は伊達じゃない。凄すぎる……”

 

皆、口々に英雄の功績を称える。

 

「今回の勝利を受けて軍本部、各鎮守府、関係者、同盟国ドイツ、

そしてアメリカからも読み切れないほどの祝電が届いている。

皆が彼女達英雄の勝利を祝福している証だ」

 

演説台に立つ俺を長門達が笑顔で見守っている。

 

「それら一通一通を紹介したいところだが、あいにく時間がない。

ここからは少々私事に時間を取らせて頂きたい。実は今回この英雄たちが成し得たことは

ミッドウェー諸島奪還だけではないのだ」

 

予定にはない演説に長門達が顔を見合わせる。

赤城達もなんのことかわからない様子で困惑している。

 

「これから話すことは少々、いや、かなり突拍子もなく信じがたい事が含まれているが、

どうか最後まで聞いて欲しい。彼女達が成し得たこと、それは歴史への勝利だ。

実は、歴史が定めた運命によると、このMI奪還作戦は失敗し、

6名中5名が死亡という惨事に終わるはずだった」

“提督一体何を!?”

 

長門が飛び出そうとするが、俺は手をかざして制する。

彼女はどうすべきか迷いながら結局席に着いた。

 

「“歴史は繰り返す”、これは抗うことのできない世界の理のように思われた……今までは。

しかし!彼女達は見事にそれを覆し、全員無事生還。その運命の鎖を断ち切ってくれたのだ。

まるで時間移動でもできるような言い回しだな、と言いたげだね。

そう、その通り、私は偶然時間を遡る、時間遡行の力を手に入れた」

 

観衆からどよめきが起こる。赤城達も長門達も俺がおかしくなったのでは、

という顔で不安げに見ている。

 

「一度目のMI攻略作戦では、俺の慢心から準備不足のまま彼女達を行かせてしまい、

結果、5名戦死という取り返しのつかない過ちを犯した。

その教訓を元に俺はこの2年間、準備に準備を重ね、歴史というものに抗い続けた。

そして彼女達は成してくれた。1週目の自分達の仇討ち。

そして君たち艦娘を縛る死の輪廻の破壊だ」

 

“なんですかそれー?”

 

聴衆から声が上がる。確かにこの単語では意味不明だ。俺は説明を続ける。

 

「諸君も知ってはいると思うが、深海棲艦とは、戦死した艦娘の転生体だ。

そして、まれに撃沈した深海棲艦が再び艦娘として生を受けることも分かっている。

だが、どんな姿に生まれようと、戦っては死ぬというループから抜け出すことはできない。

俺はそんな運命を変えたかった。その時、手に入れたのが時間遡行の力だ。

 

皆は覚えているだろうか、2年前に戦死した夕雲という駆逐艦を。

俺は何度も彼女の死を見てきた。他にも悲しい現実を見てきた。

その度あらゆる手を試みて歴史を変えようとしたが、いつも結果は同じ。

最初に言った“歴史は繰り返す”という理に邪魔されてきた。だがもう違う!

歴史は変えられる!俺達は歴史に勝てる!この死の輪廻から抜け出すことができる!

それをこの英雄達が証明してくれた!俺はこの時間遡行の力で終わりなき戦いから

皆を救い出し、それぞれの人生を幸せに生きる涙なき世界へ皆を導く方法を手に入れた。

その詳細については残念ながら話している時間がない。

ただ、みんな、俺は再び会えると信じている。永劫の戦いから解き放たれた理想郷で。

最後に俺から一言。みんな、おめでとう……!」

 

いよいよ止めに入ろうとした長門が俺の肩を掴んだ瞬間、

ポケットから取り出した銀時計の竜頭を押した。

 

 

 

 



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第13話:崩れ行く心

鉄骨の和傘を差し、裸足で砂浜に立ち、彼女は海を眺めていた。

はるか向こうに広がる水平線、太陽できらめく大海原。今日も海は凪いでいた。

物思いに耽る大和に俺はゆっくりと近づく。気配に近づき彼女が振り向く。

俺は立ち止まり、大和に告げた。

 

「……ただいま」

「提督!!」

 

その一言で彼女は全てを察し、和傘を振り捨てて走ってきた。

駆け寄ってきた大和を俺は思い切り抱きしめた。

 

「やったよ、みんな生きて勝利してくれた。大和、君の力あってのことだ」

「……私は、私は、提督が約束通り帰ってきてくれて、それだけで満足です」

「ありがとう。俺達は歴史に勝てる、みんなが証明してくれた。

俺はもう自信を持って作戦を決行に移せる」

「ぐすっ……教えてくれませんか?“涙なき世界”へみんなを導く、貴方のお考えを」

「ああ。これがみんなを理想郷へ導く鍵だ」

 

俺は大和に、思いつきから生まれた唯一の手段。この次元に“ずれ”どころではなく、

巨大な穴を開け、新世界へ皆を導く方法について説明した。

しかし、徐々に彼女の顔が険しくなる。

 

「そんな!それじゃ提督は消滅してしまうじゃないですか!言ったじゃないですか!

特攻なんてしちゃいけない、繰り返しちゃいけないって!」

「俺は死なない!」

「……!」

「新世界の扉が開けば、向こうでまた会えるんだよ!

もしかしたら知らない者同士になっているかもしれない、でも、きっとまた巡り会える。

俺達がこうして世界を越えて出会えたように!俺は、そう信じてる」

「でも……私いやです。提督と他人同士になるなんて……」

「そうなると決まったわけじゃないさ。ひょっとすると鎮守府は大きな会社になってて、

君はそこで働く敏腕ビジネスウーマンになってる、ってことも考えられるんだぞ?

そうなると……俺は社長だな。ほっほっほ、苦しゅうない。なんてな」

 

俺はわざとおどけてみる。

 

「……もう、提督ったら。いつも肝心な時に冗談ばっかり」

「こりゃもう癖だな。どうしようもない。初めて君に出会ったときもそうだったっけ」

「出会っていきなり“ラムネくれ”なんて考えられないですよ、普通!」

「まぁ、それは勘弁してくれよ。あの後ごちそうしたじゃないか。焼き飯5人前~」

「もう、提督のいじわる!」

「アハハハ……」

「ぷっ、くふふふ……」

 

俺達はしばらく笑いあった。心の底から。希望に満ちた笑い。

ひとしきり笑った後、俺はポケットから銀の懐中時計を取り出し、彼女に別れを告げる。

 

「……じゃあ、俺はもう行くよ」

「作戦の成功を祈っています。必ず理想郷で会いましょうね」

「ああ、約束する。それまでは、お別れだ」

「私もさよならは言いません。また今度」

 

そして俺は銀時計を高く掲げ、竜頭を押した。今度は安全に遡行する必要がある。

これまでの経験で身についた勘で時の流れに身を委ねる。

精神と肉体が分離されようとも不思議な現象に流されるまま、時の終着点、

俺が銀時計を拾った日にたどり着くのを待つ。そして、分離した心と身体が

再び一体になった時、何かが、パリン!と壊れるような音がした。

今は考えないようにしよう。精神を無駄に使ってはならない。

そして遡行が終わると俺は鎮守府の門の前にいた。

 

「ううっ!」

 

俺は思わず膝を付く。大和の前では我慢していたが、

2年以上の時間遡行は確実に俺の精神にダメージを与えていた。頭痛がひどい。

とりあえず執務室に戻って休もう。

 

 

 

 

 

「ああ……」

 

俺は執務室に戻ると、力なく椅子にだらんと腰掛けた。

俺は重い手で電話の受話器を取り、三日月の電波通信機の暗証番号を押した。

 

「はい、三日月です。どうなさいましたか、提督」

「どうもこうもねえよ、頭が痛くて仕方がない。頭痛薬を持ってきてくれ」

「わかりました。大丈夫ですか?あと、私も提督に用事があったのですぐ行きます」

「ああ、早くしろ」

 

ガチャンと乱暴に受話器を下ろす。10分ほどで三日月が薬箱を持って来た。

 

「失礼します、お薬をお持ちしました」

「遅いぞ!頭が割れそうなんだ、もっと急げ!」

「も、申し訳ありません、提督。早速頭痛薬を……」

「よこせ」

 

俺は三日月から薬をひったくる。成人2錠。口に放り込むが水がない。

使えないな、イライラする!まったく気の利かないやつだ。ごくりと錠剤を飲み込む。

 

「……あの、提督、電話でもお話しましたが、一つ要件が」

「手短に」

「はい、先月の作戦で戦死したあの娘の四十九日がもうすぐなんです。

提督に弔電を書いて頂ければと……」

「先月?……ああ、お前代わりに書いといてくれ」

「へ?」

「へ?じゃない。秘書なんだろう、提督の代わりにそれくらいの雑用はやっておけ」

「そんな……!配属されたばかりで一生懸命だったあの娘の法要なんですよ!?

提督もすごく悲しんで!」

「大声を出すな!頭が痛いと言っただろう!病人働かせる気か?

他に要件がないなら下がりたまえ!」

「……失礼、します」

 

畜生、薬はまだ効かない。ああ、無性に腹が立つ。

使えない秘書艦だ、この忌々しい頭痛で苦しんでる時に雑用持ってきやがって。

 

 

 

なんで?どうしてですか提督?あんな怖い人じゃなかったのに……

それに、あの娘の法要を、“雑用”だなんて!

提督も、荷が重い作戦を与えたと随分ご自分を責めていらしたのに……

いや、きっと頭痛のせいよね。頭痛って酷い時は本当に苦しいもん。

提督だって辛い時は辛いんだ。明日にはきっといつもの提督に戻ってくださいます、

きっと……

 

 

 

くそ、俺は何を言っていたんだ!!あの娘の弔電を雑用などと!

……頭痛が幾分和らいだ俺は冷静さを取り戻していた。

きっと2年以上に渡る時間遡行の直後で精神が不安定になっていたんだろう。

明日、三日月に謝ってあの娘の弔電を書かなければ。そうだ。この3ヶ月は静養に努めよう。

決行はいつでもできる。心の力を蓄えよう。

俺は鞄を持って、まだ頭痛が残る頭に気を遣い、ゆっくりとした足取りで家路に付いた。

 

そんな提督の姿を本館の屋上からシルクハットの少女が眺めていた。

 

「アハハハ!とうとう、とうとう終わりが始まりましたわ!

“良心”が崩壊寸前までひび割れてる!さぁ、物語もいよいよクライマックス。

どんな結末になるのかお楽しみ!」

 

 

 

翌日。出勤した俺は門を通り抜け、執務室に向かう。

だが、頭痛が完全に消えたわけではない。脳の芯がうずくような感覚が消えない。

まぁ、昨日のような激しい頭痛ではないから気にしなければ済む程度だが。

今日から仕事は控えめにして、定時退勤を心がけ、早めに睡眠を取り、静養を心がけるのだ。

……何のためだ?何に備えて?そんな大きな仕事あったっけ。

 

「提督、おはようございます!」

 

いかん、まただ!気にはなっていたが、何かがおかしい。

脳から大事なものが抜け落ちたような気がする。記憶?か何かだろうか。

 

「提督?どうかなさいましたか?」

 

そうだ、思い出した!俺は時間遡行の力でみんなを新世界へ導くために戦っているんだ。

くそ、たかが2年の遡行でこの有様じゃあ、今の段階では作戦決行は無理だ。

 

「なんですか?時間なんとかや新世界って……」

 

その為の静養だ、疲弊した精神を休める為、あの世界への扉を開く為だ!

よし、今日の仕事は早めに切り上げて休もう。ああ、そうしよう。

 

「行っちゃった……ひどくお疲れみたいだけど、私、どうすればいいの?」

 

バタン!執務室のドアが閉じられる。三日月に気付かず提督は行ってしまった。

ただ立ち尽くす三日月。彼自身は気づいていなかったが、その目に生気は宿っておらず、

何かの命令に従って動くロボットのように意思が感じられなかった。

そして、それからというもの、提督は人が変わった。

 

「もう5時か。よし、俺は帰る。三日月。この書類、明日までにまとめといてくれ」

「え、こんなに!?」

 

デスクには山と積まれたファイルの山が。

 

「ああ。もう定時だし、そもそもこんなの提督の仕事じゃない。じゃあ、頼んだぞ」

「お疲れ、さまでした……どうしよう、徹夜だよこんなの」

 

 

 

艦娘と積極的に交流しようともしなくなった。

 

「提督!北部の海域に遠征に行っていた部隊が帰還しましたよ!迎えに行きましょうよ!」

「何故だ。彼女らは自分の仕事をした。それだけだろう」

「何故って……いつものことじゃないですか。

みんな過酷な遠征でも提督が労ってくれると疲れを忘れるって……」

「知らん。回収できた物資だけ報告してくれ。我が鎮守府の財政は厳しい。

補給物資以上の成果を上げて貰わなくては困る」

「……」

 

 

 

失われた“優しさ”

 

“痛い、痛いよ……”

“だめだ、今の私達じゃ、あの旗艦に勝てない……”

“お願い、誰かお風呂に連れてって……足が痛くて動けないの……”

 

「提督、アルフォンシーノ方面へ出撃した空母部隊ですが、敵艦隊の猛攻に攻略を断念。

撤退致しました」

「……成功するまで帰ってくるなと伝えろ」

「え……今何と?」

「出撃は遠足じゃねえんだぞ!ただでさえ大飯食らいの空母を

わざわざ遠くまで動かした結果が“撤退しました”だ?損害がいくらになると思ってる!

弾薬だけ補給して再出撃させろ、今すぐにだ!!」

 

報告書を持つ三日月の手が震える。そして彼女がこれまで抱えてきた感情が爆発した。

パン!三日月は報告書を床に叩きつけた。

 

「何の真似だ……」

「提督、最近の貴方はお変わりになってしまいました……一体何があったのですか!?」

「……何もない。俺はいつもどおりだ!」

「隠さないでください!みんな心配しています!私達も力になりますから、

お願いだから私達も頼ってください!」

「必要ない。下がりたまえ」

「私達じゃ頼りないですか?どうにもならないことなんですか!?」

「……同じことを、二度言わせるな!」

「申し訳ありません。失礼致します……」

 

三日月は散らばった報告書を拾い上げ、寂しげに執務室から出ていった。

室内に静寂が降りる。

 

「俺は……休むんだ。休まなきゃいけないんだ。みんなの新世界のために……」

 

 

 

そして、提督の帰還から3ヶ月後

 

「ごめんなさい夕雲ちゃん!許して……許して!

私が、ちゃんと私が後ろ見てなかったから……うわああああ!!」

 

母港で泣き崩れる秋雲。何度も見てきた同じ結末。早くも三日月が報告にやってきた。

 

「提督、もうご存知かとは思いますが……」

 

“私が殺したんだああ!!”

 

鎮守府に響く秋雲の悲鳴。三日月は重い口を開こうとした。

だが、わかりきったことを今更聞く必要はない。

 

「ああ。夕雲轟沈、だろう。わかっている」

「!?……それだけ、ですか?」

「どうした、報告はそれだけか。なら下がってよし」

「……失礼します!」

 

一瞬軽蔑するように俺を睨み、三日月は執務室を出ていった。この視線にもとうに慣れた。

だが問題はない。こんなことにはならない。全ての悲劇は起こらない。

そう、涙なき世界の為に。ここ3ヶ月でだいぶ精神は落ち着いてきたような気がする。

何か抜け落ちた感覚は消えないが。念のためもう一度3ヶ月休むか。

1回の遡行なら大して負荷は感じなくなった。

 

リン、リン、リン、リン……

 

シルクハットだ!どこかで小さな音が鳴っている。だがどうでもいい。

どうせ時間遡行すればさよならだ。俺はポケットから銀の懐中時計を取り出し、

竜頭を押……そうとした。だが、指が動かない。

 

「ごめんあそばせ」

 

シルクハットがドアを開けて入ってきた。俺の指だけが時間停止されているのか!

 

「お前……何のつもりだ。なぜ今更時間遡行を邪魔する!」

「ちょっとした仕返し、といったところかしら」

「仕返しだ?」

「貴方がMI攻略を成功させて、死ぬはずだった5人を生還させたせいで、

歴史の並びが、ほ~んのごく僅かですけどずれてしまいましたの。

正常な時の運行を管理する我々にとっては見過ごせない事態。

おかげで局長からお叱りを受けてしまいましたわ……この屈辱が貴方に解って!?」

 

激怒するシルクハット。いい気味だ。

 

「そりゃ愉快だ。いっそ死刑になりゃ笑えたのに」

「だから私も愉快な思いをさせてもらうことにしましたわ」

「一応聞いてやるから話してみろよ」

「ちょっとしたショーを見物しに来ましたの。主演にいなくなられては困りますから

貴方の時計は止めさせてもらっていますわ」

「ショーだと?」

「ふふ……」

 

シルクハットが金時計の竜頭を押す。再び規則正しい音色が響く。

すると夕暮れ時があっという間に夜に変わり、奴が時刻を確認した。

 

「さぁ、開演の時間ですわ。皆さんどうぞお入りになって」

 

ドアが開き、三日月を始めとした艦娘達がぞろぞろと執務室が入ってきた。

皆、厳しい目、悲しげな目、哀れむ目、様々な視線を俺に向ける。

 

「おい、シルクハット。どういうことだ。お前らもなんだ、一体何の用だ」

 

シルクハットは何も答えず、代わりに天龍が進み出て、俺の胸ぐらをつかんだ。

 

「……この野郎、一人で馬鹿なことしてんじゃねえよ!」

「何を言っている。手を離せ」

「そんなに心がボロボロになるまで……!オレ達がいつそんなことしてくれって頼んだ!!」

「!?……貴様ぁ!」

 

俺はシルクハットを睨みつける。奴はどこ吹く風といった感じで無視する。

 

「私はただ?貴方の功績を皆さんにお伝えしただけですわ。

MI奪還作戦の功績とその過程について」

「こいつ……!」

「お前の相手はオレだろうが!」

「話すことはない!ただ部下の死を避けようとすることの何がいけない!?」

「お前提督のくせに部下の気持ちもわかんねえのかよ!見ろよこいつらを!

助けを求めてるように見えるか?自分のせいでお前がボロボロになってるって、

泣いてるやつもいるんだぞ!」

 

俺は艦娘達を見回す。人だかりの中からすすり泣く声が聞こえる。MI攻略に参加した三隈だ。

 

「ううっ……その子から聞きました。一度目は私のせいで加賀さんが死んじゃったって。

そのせいで提督が時間を遡って私達を勝たせてくれたって。

でも!もう、こんなことは止めてください!私達の代わりに、

提督が死んじゃうじゃないですか……うう、ああああ!!」

「違う、違うぞ三隈!俺は死ぬためじゃない。生きるために戦ってきた。俺達みんなで生き残る、そのための戦いだったんだ!」

 

わかってくれ三隈。俺は三隈の両肩に手を当て、彼女に戦いの意味を説く。

だが再び天龍が俺の肩を掴み、強引に自分に向き合わせる。

 

「これ以上余計な真似すんじゃねえ!何が“涙なき世界”だ!

こんなに部下を泣かせてヨロヨロになってるやつに何ができる!」

「黙れ!お前に何がわかる!歴史に身を任せていたら、

お前達は永遠に無為に殺し、殺されなければならないんだぞ!」

「提督、それは私達が力不足だということですか」

 

今度は金剛が前に出た。真剣な口調で俺に問う。

 

「そんなレベルの問題じゃない。俺はこの目で見たんだ。

この世界は無数の定められた時間で構成されている。その定めに死を運命づけられた者は

必ず死を遂げる。確かに俺は2年後にMIを攻略し、赤城達を生還させた。

だが、それも束の間。歴史は彼女達の生を許さない。必ずいつか報復してくる!」

「そう……でも提督、忘れないで。愛する人が傷つくくらいなら、

滅びの運命を受け入れる者もいるってことを」

「ぐっ……俺は、お前達を……失いたくない……!」

 

いつの間にか目から何かが溢れていた。悲しいのか、辛いのか、

もう自分の感情が何色なのかもわからない。ただただそれを垂れ流していた。

そんな俺の肩に長門が手を置く。

 

「提督……お願いだ。今すぐこの活動を中止してくれ。

貴方が我々を失いたくない気持ちと同じくらい、我々も貴方を失いたくないんだ。

この長門の全てを賭けた、最後の具申だ……!」

「あと一歩、あと一歩なんだぞ!諦めろというのか!皆の死にゆく様を、

座して見ていろというのか!ようやく見つけた理想郷を、諦めろというのか!!」

 

叫ぶように訴える俺を赤城、加賀が説き伏せる。

 

「提督は思い違いをなさっています。私達艦娘は人々を守るために生まれた存在。

誰かを苦しめてまで生き永らえたいと思う者は誰一人としていません」

「貴方のしていることは善意の押し売りです。

この光景を見て、貴方が悲しみを撒き散らしていることがわかりませんか?」

「お前達だって死んで悲しむ者がいるじゃないか!

死んで深海棲艦となって、かつての仲間とまた殺し合いをする!

その悲しみは加賀、お前の方がよく知っているだろう!?」

「それは……」

 

加賀は顔を背ける。僅かな沈黙の後、カタカタと高下駄のような艤装を鳴らしながら

龍驤が俺の前に立った。

 

「なあ提督。未来の提督は、こんな苦しい思いしながら、

ウチらと冗談言ったりケンカしたりしてたんか?

ウチ、提督とはケンカばっかりしてたけど、友達やと思ってた。

友達なら悩んでることも苦しいことも一緒に抱えていくもんなんと違うん?

それともウチら、ただの知り合いでしかなかったん?」

「時には一人で向き合わなければならない壁もある。

大事な友人だからこそ、背負わせたくない荷もあるんだ!」

「そんなん、寂しいやん……」

 

龍驤が今にも泣き出しそうな顔で言う。とうとう堪忍袋の緒が切れた天龍が俺に近づいて、

 

「いい加減目ぇ覚ましやがれ、馬鹿野郎!」

 

ドガッ!俺を思い切り殴った。倒れ込んだデスクが派手に倒れ、周りから悲鳴が上がる。

頭に血が上った俺も口元の血を拭いながら立ち上がり、

 

「この野郎……いちいちうるせえんだよ!!」

 

ドゴォ!加減も忘れて殴り返す。今度は天龍が後ろに倒れる。

 

「天龍ちゃんも提督も止めてください!」

 

龍田の悲鳴も無視し、俺は続ける。

 

「立て。ここでケリをつけるぞ」

「……面白え、人間が艦娘に勝てると思ってんのか」

「ほう……腕一本なくしても砲は撃てるよな」

 

俺は後ろに手を回し、腰に手を、

 

コツン……

 

「……!」

 

その感触で我に返った。フラッシュバックする彼女の顔。

 

「どうした、かかってこいよ!」

「出て行け……」

「あ?」

「提督命令だ、全員今すぐここから出て行け!!」

「な、なんだよ急に……」

 

もう一人になりたい。しかし、大声で叫んだが、天龍を始め、出ていく者は誰もいない。

 

「わかった、もういい。俺が出ていけばいいんだろう……」

「あ……」

 

天龍も振り上げた拳のやり場を失い、他の者もどうしようもなくただ立ち尽くすのみだった。

皆、どうしていいか分からず互いを見やる。その時、

 

バァン!!

 

銃声。

皆、驚き慌てて執務室から飛び出す。俺は開いた窓から夜空に向けて拳銃を撃った。

 

バァン!!

 

さらにもう1発。銃口から硝煙の立ち上る拳銃を構えたままつぶやく。

 

「……歴史なんぞに殺されてたまるか」

 

俺は拳銃をぶら下げたまま、廊下を歩き、階段を降りて本館から出ていった。

 

 

 

廊下の隅で佇むシルクハット。

 

「ふふふ、いい見世物でしたわ。……では、局員の皆さん。そろそろ回収に動いてくださいな」

 

 



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第14話:創世の光

俺は本館から外に出た。吹き付ける夜風が俺の心を鎮めてくれる。

しばらく突っ立っていると、紺色の妙な服を着た連中が近づいてきた。

 

「時空運行管理局の者だ。その懐中時計の回収に来た。まずは銃をしまってもらおうか」

 

裾の長い制服のようなものを着た男が前に出た。なるほど、こいつらシルクハットの同類か。

後ろに3人控えてる。俺はホルスターに銃をしまい、両手を上げて奴らに歩み寄る。

 

「そうだ。大人しくゆっくりこっちにきて時計を渡せ」

 

1歩、2歩、3歩……俺はタイミングを見計らう。

武装解除させたってことは……こいつらにも銃は効くってことだ。

 

「よし、時計を出せ」

「ああ、やるよ。こいつをな!」

 

一瞬で身をかがめて男のみぞおちに思い切り一撃食らわせた。

 

「ぐうっ!!」

 

倒れかかった男の身体を素早く向こう向きにして、

その首に左腕を回し、思い切り締め上げる。間もなく男は気絶。

そしてすかさずホルスターから拳銃を取り出し、男の頭に突きつけた。

 

「動くな!こいつ殺すぞ!」

“なっ……!”

“やめろ、後悔するぞ!”

“我々はお前より強力な時計を持っている!”

「やってみろよ……妙な真似しやがったら、こいつの脳みそぶちまける!」

 

俺はポケットから銀時計を取り出し、こちらは左手で持つ。

 

「できるものならやってみなさいな。哀れなピエロさん」

 

2階からシルクハットが窓から身を乗り出して金時計をちらつかせていた。

多分時間停止で俺をどうにでもできると思ってるんだろう。確信した。

やっぱりこいつは時計だけが取り柄のガキだ。要するに実戦慣れしていない。

俺はジリジリと後退して、残る3人組とシルクハットを視界に収める。

 

「さ、そこに時計を置きなさいな。今なら局の懲罰も軽く済んでよ」

「そういえば、お前には話してなかったな」

「何をですの?」

「こう見えてもな……射撃には自信があるんだよ!」

 

バンバンバン!!

 

俺は3人組の脳天を撃ち抜いた。ほぼ全員同時にドサッと倒れ、地面に血痕が広がる。

皆、目を見開いたまま死んでいる。もう手段を選ぶつもりはない。

俺は邪魔な左腕の男を放り捨てる。シルクハットは突然の惨劇にショックを受けた様子だ。

 

「あ、貴方……何をしたかわかってますの!?」

「敵を3人殺した。これでも軍人なんだよ。それくらい割り切ってる」

「そんな、そんなことしても、わ、私の時計で」

「動くな!発動前に撃ち殺すぞ!」

 

俺は拳銃を2階に向ける。ビクッとして動かなくなるシルクハット。

間違いない。奴の時計の弱点は。

 

「お前の時計、発動に時間が掛かるのが不便そうだな。確か鈴の音が4回。

まだ俺の銀時計の方が発動速度は上だな」

「くっ……!」

 

シルクハットは手のひらの金時計をどうすることもできず歯噛みしている。

鳴らせば射殺。鳴らさなければ逃げられる。

どうにもできない状況に立ち止まることしかできないでいた。

 

「たかが……たかが3ヶ月逃げ延びたところで何ができると……局員は他にもいる!

私を殺せば管理局が総力を上げてお前を!!」

「バカが。お前も管理人もどうでもいい。今こそ新世界への扉を開く旅に出る」

「そんな“ちょっとタイムトラベル気分”を味わえるだけの代物で

何ができるといいますの?」

「“1回だけ押せば”そうかもな」

「何が言いたいのかわかりませんわ!」

「ハッ、飲み込みの悪い奴だな!押しっぱなしにすれば3ヶ月を連続、

つまり無限に時間遡行できる。そう、俺は今から“超大型時間遡行”を行う!」

「お馬鹿さん。どこまで逃げても私の時計で……」

「話見えてないな。言ったろう、新世界への扉を開きに行くと!」

「へぇ、どうやって?核ミサイル数千発でも少しのずれしか起こせなかった世界の扉を

どうやって開くと?そんなエネルギーがあるなら私達とっくに死んでません?」

 

嘲笑うシルクハットを俺は逆に笑い返す。

 

「クククッ、お前、頭良さそうに見えて意外とバカだな」

「……何ですって」

「エネルギーならもうあるじゃねえか。ほら、目の前に」

「どこに、どこにそんなものが!ハッタリなら無駄なあがきですわよ!」

 

思わず周囲を見回すシルクハット。

 

「いや、“あった”って言ったほうが正確かもしれん。

あいにく理科は苦手でな。悪い悪い」

「いい加減要点を話しなさい!!」

「……ビッグバン」

「!!」

 

ようやくシルクハットも俺の意図を理解したようだ。

約137億年前、ビッグバンと呼ばれる大爆発によってこの宇宙は誕生したそうだ。

その宇宙が広がる速度は光速を超えるほど早く、それだけ莫大なエネルギーを

ビッグバンは秘めていた。時間や歴史などと言った概念が吹っ飛ぶほどの圧倒的力を。

じゃあ、ビッグバン以前には何があったかって?教科書によると“無”があったらしい。

無が有るなんて変じゃないかっていう禅問答は今はパスだ。

で、この無とやらは厳密には何もなかったわけじゃなく、

プラスとマイナスの素粒子が打ち消しあって、結果ゼロになっていたということらしい。

しかし、ある時ものすごく低い確率でその均衡が崩れてビッグバンが発生した……ようだ。

教科書によると。

 

「なぁ、この均衡を保つ“無”に異物、それも別次元の代物をぶち込んだら

どうなるんだろうな。さぞでかい爆弾が弾けるだろうよ」

 

俺はニヤリと笑いながら左手の銀時計を見せつける。

シルクハットは表情を変えまいとするが、顔が青ざめる。

 

「……!ふ、ふん。仮に無にたどり着いても、137億年前に艦娘共はいたのかしら?

貴方が一人ぼっちで新世界とやらに行くだけじゃ……」

「お前も理科が苦手みたいだな。初めて親近感湧いたぜ。

その宇宙の始まりであるビッグバンには、この宇宙全てのエネルギーが凝縮されてるんだよ。

いつか俺や艦娘になるはずのエネルギーがな!そのエネルギーを新世界に送り出せば、

艦娘達は新たな生を受けられるんだよ!この世界における戦いの宿命から解き放たれた、

自由な少女として!」

「たどり着けるものですか!ひ、137億年も前なんかに!」

「そう思いたいなら好きにしろよ。じゃあ、一足先に俺は行くぜ」

 

俺は掲げた銀の懐中時計の竜頭を押し込む。シルクハットから見ると

空間が渦を巻くように歪み、俺の身体を飲み込んだ。

 

「あ、あ、早く、追いかけなきゃ……今の宇宙の構成が崩れたら、私は……」

 

少女は慌てて金時計の竜頭を押す。

 

リン、リン、リン、リン……

 

「お願い急いで!」

 

少女の叫びが鎮守府に響く。

 

 

 

 

 

耐えろ、耐えろ、耐えろ、耐えろ!

俺の経験によると、時間遡行に慣れた今、キツいの最初だけ、

軌道に乗ればあとは流れに身を任せるだけでいい。今度は竜頭を押し続ける為に

肉体を維持した時間遡行!とんでもない苦痛が全身を駆け巡る。

 

生きたまま全身の肉をえぐられるような精神的苦痛。パキィン!俺の中で何かが弾け飛ぶ。

なんだ、今のは?考える間もなく、今度は巨人の手で身体を半分にちぎられるような痛み。

パキィン、パキィン!!まただ、いや、左手親指に全神経を集中しろ!

 

俺の勘ではもうすぐ、もうすぐだ!頭上に光源のようなものが見える。あれが入り口だ!

既に例えようのない痛み、純粋な苦痛が俺の精神を支配する。

ただ左手親指だけに力を入れて俺は耐える。光源までもうすぐ!行け、そのまま突き進め!

俺は思い切り両腕を伸ばして光源に飛び込んだ。

 

パキィン、パキィン、パキパキパキ、……ガシャァン!!謎の音が鳴り止むと、

それまでの激痛は嘘のように引いていき、全く別の光景が広がった。

映画館のスクリーンのようなものが、様々な時代であろう光景を写しながら迫ってくる。

 

「どこだここ……?」

 

俺の疑問など無視して、時間は猛スピードで加速度的に遡行していく。

 

 

 

モナ・リザが微笑み、“ヴィーナスの誕生”が映し出される。そこで一気に時間は飛び、

どこかの丘の映像が。誰かが十字架にかけられているので顔を見ようと思ったが、

覗き込んだ瞬間、また幾つもの時代を飛ばして時間遡行。

 

 

 

また次の映像だ。これは……日本っぽいが、まさか大陸から離れたばかりの日本か?

今何時代だろう、歴史の成績2だった俺には分からん。

今度はなんだ……と思ったらマンモスがドスドスと迫ってきた!けど、ただの映像か、

脅かすなよ。ええと今度は、全身毛むくじゃらの猿みたいな人間が木の実を食べてる。

やたら長いカタカナでなんとかという原始人だったと思う。

 

 

 

更に遡行が急加速する。次に見えたのは……おお、恐竜だ!ってことは白亜紀だ。

これはわかる。恐竜好きだからな。時間の濁流は更に速くなる。

これはもうなにがなんだかわからん。地球が氷漬けだ。以上。

続いて、なんかでかい隕石みたいなのが落ちてきた。以上。

 

 

 

時間遡行はもはや暴走状態。構わん、一気に突撃だ!そして遂にたどり着く。

ただの映像だとわかっていても、人間という小さな生命体など、

それこそ無に等しい巨大な力に畏れを抱く。爆発などというありふれた表現では足りない

圧倒的な力が超スピードで向かってくる。ビッグバンだ!

目を開けていられず、思わず腕で目をかばう。

強烈な光にうずくまって耐えていると、突然辺りは真っ暗になった。

上下左右どこを見ても、闇。

 

 

 

しばらく状況を飲み込めなかったが……やった!俺はたどり着いたんだ。“無”の世界に!

俺は左手の懐中時計をみる。まだ竜頭は押しっぱなしだ。

これを離せば俺は無の中に放り出され、均衡を崩した無がビッグバン、いや、

もしかしたらそれを上回るエネルギーを放出してくれるかもしれない。心臓が高鳴る。

ただ高エネルギーに俺がかき消されるだけかもしれない。だが、もう後には引けない。

俺は意を決して、竜頭を離した。

 

 

 

……白。今度は白だった。おそらくビッグバンが起こり、エネルギーが発する光で

全ての影が塗りつぶされ、何も見えなくなったのだろう。

しばらく待つが何も起きない、何も起こらないじゃないか!もしかして失敗……?

と、思った瞬間、俺の周りが宇宙空間に変化した。ただし、普通の宇宙じゃない。

鏡写しのように2つの宇宙が左右、いや、上下対称になっているのだ。

頭上高くに、2つの宇宙を隔てる透明な膜がある。

 

 

 

「新世界だ、あの向こう側が新世界だ!俺達の理想郷……ん、なんだ、あれは……」

 

 

 

何やら俺から見て右の方角が明るくなったので見てみると、

俺が通ってきた時代のトンネルの方角から、金色に輝く光の奔流が流れていた。

目を凝らしてみると……!!艦娘だ!あの光は艦娘の“存在”なんだ!それだけじゃない。

戦いの果て大海原に散って行った元艦娘、深海棲艦達もいる。

彼女らも向こうでかつての姿に戻るんだろう。光の川は頭上の膜を通り抜け、

新世界へ流れていった。

 

「やった……やった、俺はやったぞ!新世界へ皆を導いたんだ!」

 

光はなおも次々と、新世界へ旅立っていく。それを俺は万感の思いで見守る。

そして最後の一筋が膜を通り抜けたのを見届けると、達成感、感涙などが溢れ出る……

はずが、なぜか何も感じない。まぁ、今テンパってるからな。

しかし、そうこうしているうちに、頭上の膜が円を縮小させるように閉じ始めた。

まずい、俺も行かないと!無駄かと思いつつジャンプすると、

運良く無重力空間だったようで、膜に向かって平泳ぎをするように宙を飛ぶ。

もう少し、もう少しで、俺もみんなのところへ、大和との約束を!

 

 

「逃しませんわよ……!」

 

 

なんと、時間を追いかけてきたシルクハットに右足を掴まれた!

俺はもう片方の足で何度も奴の顔を蹴るが、奴は執念深く体ごと足に抱きついて離さない。

くそ、もう少しなのに!その時、腰の物が目に飛び込んだ。

俺は拳銃を抜き、奴の耳元で引き金を引いた。

 

「ぎゃあっ!!」

「ざまあみやがれ!」

 

強烈な破裂音で鼓膜を叩かれた奴が怯んで足から離れる。

今のうちだ!もう膜は閉じる寸前だ!俺は急いで平泳ぎし、膜の向こうに飛び出した。

カシャァン……!その時、また謎の音が聞こえた。なんなんだこの音は。と、考えた瞬間、

耳から血を流した奴が再び俺の足首を掴んだ。

 

「ちくしょう、ここまで来て、引き下がれるか!」

 

今度こそ頭を狙うが……くそ、弾切れだ!!

目一杯力を込めて奴の頭を蹴る。だが、奴も死に物狂いで

俺の足首を掴む手を離そうとしない。膜の穴はもう数センチしか余裕がない。

俺は、俺は……

 



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最終話:ララバイ・オブ・ユー

西暦2147年。

雪の降る街。明るい光の灯る高層ビル群が立ち並ぶ。建物の向こうを眺めると、

そのビルをも遥かに凌ぐ、まさに天を衝かんばかりの摩天楼が見える。

厚着をした人々が楽しそうに行き交う。

 

どんな世界であろうと戦争が文明の進歩を促すものだ。しかし、この世界は、

教科書にほんの2,3行で紹介されるほどの戦しか経験してこなかったため、

ゆっくりとした発展の道を歩んでおり、

現在の文明レベルは“破滅した世界”でいう2016年に達したところである。

 

今はクリスマスシーズン。皆、この街の賑わいを思い思いに楽しんでいる。

共通しているのは、誰もが笑顔だということ。

 

 

恋人と腕を組む者。

 

「龍田さん、このカフェに入らないかい?極厚パンケーキが美味しいって有名なんだ」

「フフ、天龍ちゃんには内緒にしてね。あの娘すぐすねるから」

「わかってるよ。じゃあ、行こうか」

 

 

友人達とウィンドウショッピングを楽しむ者。

 

「見て見て夕雲ちゃん!この雪だるまパン、チョー可愛いよ!」

「私はこっちのサンタさんが好き……秋雲ちゃんそっくり」

「えー!私のどこがヒゲおじさんなのよ!三日月ちゃんどう思う?」

「どっちって言われても……わ、私はこっちのトナカイさんがいいなーなんて……」

「あ、うまく逃げたわね~」

「このぽっちゃりしてるところとか、ウフフ……」

「言ったなこのー!」

 

 

将来に向け勉学に励む者。

 

「お姉様、急いでください!もうすぐ予備校の時間です!」

「霧ちゃん待って欲しいヨ……全速力で走ってアイムタイアード……」

「お姉様が電車を間違えるからですよ!何が“私がみんなをエスコートするヨー”ですか!」

「ハルちゃん、もういいじゃないですか、不可抗力ということで……今日、サボっちゃいませんか?」

「一家の次女ともあろう人が何を言っているのですか!神都大学の入試は来月なのですよ!」

 

 

華々しい人生を歩む者達。

 

“みなさんロープの後ろに下がってくださーい。録音、録画はご遠慮くださーい!”

“さぁ、いよいよ日米同時公開が来月に迫る、

大作アクションムービー《桜吹雪とグレネード》、主演のお二人のご入場です。

どうぞお越しください!”

 

“やっぱり艶やかだわ大和様……”

“女でも惚れちゃうわ。デイビッド様と釣り合うのはやっぱり大和様だけね!”

 

“それでは、さっそくですが、まずはデイビッド・j・カーネルさんから

一言お願いします!”

「Ms.Yamato is so mysterious and...(同時通訳)大和さんはとても神秘的で美しい、

今まで共演した中で最も魅力的な女性です。

彼女のお陰でとても素晴らしい作品に仕上がりました」

“では、共演の大和さんからもお願いします!”

「この作品は私が出演した中でも一番の自信作ですが、

それはデイビッドさんの熱演やスタッフの皆さんの努力あってのことです。

ぜひ観に来てくださいね!」

 

 

ビルの壁面に取り付けられた巨大モニターにCMが流れる。

 

<やほー!みんなのアイドル、那珂ちゃんだよ!元気かなー!?

私達のニューシングル、“ラブリィ☆ASROC!!”が、12月21日に発売だよ!

初回限定盤には、私達のブロマイドカードが入ってるよ!

レア・ホロもあるからよろしくねー!君のハートを、どこまでも……>

 

“うひょ~サンタコスの那珂ちゃんマジ天使すぐる!吾輩はCD10枚買うでござるよ!”

“チッチッチ、甘い、甘すぎるぜ鈴木氏~。男なら貯金はたいてCD100枚一点買いだろ~?

そんでメンバーのブロマイドカード即コンプでウハウハ!これぞ男のロマンっしょ常考”

 

 

そして、深海棲艦の名で呼ばれていた者。

 

「ママ!ゼロ、レップウ、カッテ!」

 

色白の少女が、おもちゃ屋のショーウィンドウの向こうに並ぶ、

戦闘機のプラモデルを指差す。

 

「ダメ、クリスマスマデ、ガマンシナサイ」

 

これまた色白で、足元まで届きそうな白いロングヘアの女性が答える。

身体の色に合わせた白のタートルネックのセーターが似合う、

おっとりした感じの背の高い女性。

 

「おやあ、1階の北方さんじゃない。こんにちは」

 

偶然通りかかった“コーポ渦潮”の大家が彼女らに話しかける。

 

「ア……オオヤサン、コンニチハ」

「本当外人さんなのに日本語が上手だねえ」

「ド、ドウモ……」

「バーチャン、ゼロ、レップウ、カッテ!」

「コラ、ヤメナサイ」

「ほほほ、玩具は無理だけど、帰ったらお菓子をあげようね」

「ヤッタ!」

「スミマセン……」

 

 

 

 

 

そんな大都会の真ん中に広い公園があり、ベンチの一つに男が座っている。

何かの制服だったであろう、汚れきったボロボロの服に身を包み、どこかから拾ってきた

古い毛布にくるまって寒さを凌いでいる。そんな男の前をビジネスマンや観光客、

そして、艦娘だった少女達が見て見ぬふりをして通り過ぎる。

 

 

こんにちは ぼくは えっと なまえを わすれました。

ぼくは ばかなので ことばが わかりません。 この こうえんに すんでいます。

 

 

男はゴミ箱から拾った食べかけのおにぎりをかじる。

 

 

ぼくは おにぎりが だいすきです。 なかみは おかかが すきです。

 

 

おにぎりを食べ終えると、途端に通行人の動きが止まった。

いや、車、野良犬、信号機、あらゆるものが空間ごと固定された。

つまり、時間が止まったのだ。しかし男はそんな超常現象を気にも留めず、

ただぼんやりと前を見つめるだけだった。彼にシルクハットの少女が近づき、前に立つと、

ステッキで男を指した。勝ち誇った笑みを浮かべているが、目の下には隈が浮かんでいる。

 

「あー……」

 

 

だれか きました おおきな ぼうしの おんなのこです

 

 

「ア、ハハ……アハハハハ!!無様ねえ!ノロマねえ!次元の穴が閉じる瞬間、

自分だけ足を挟まれて?新次元から旧次元の異物と認識されてこの有様!

この世界に旧世界の人間の居場所はないわよ!何度生まれ変わろうと、

新世界からはじき出されるお前は何者にもなれず、浮浪者として生きていくしかない!

超大型時間遡行で廃人になったお前は、人間になった艦娘共が

人生を謳歌するのを見ているだけ!アハ、アハハハ!アハハハハ!」

 

狂ったような笑い声を上げるシルクハットの少女。

だが、男はただ虚ろな視線を少女に向けるだけだ。

 

 

そうだ ぼくは ひとつだけ ことばを しっています はなしてみよう

 

 

「……ざまあ、みやがれ」

「!?……こ、こいつ!」

 

少女の顔がみるみる憤怒の形相に歪んでいく。

 

 

きゅうに おんなのこが おこりました きっと まほうの ことばです

 

 

「お前の……お前のせいだあぁ!!お前のせいで、もう私は、局長の、

……パパの一番じゃない!」

 

 

 

 

 

“……おい、遊びすぎなんだよ、お前。誰が宇宙狂わせるまで時計使わせろと言った!!”

“申し訳ありません局長!申し訳ございません!!”

“しかも貴重な局員3人も殺しやがって……てめえ何をぼさっとしてたコラァ!”

 

これまでの柔らかい口調から一転、ドスの利いた声で叱責する局長。

シルクハットの少女は平身低頭で頭を下げ続ける。

 

“申し訳ありません、彼らは時計ですぐ生き返らせますので……”

“もう手遅れだよ!再構築された宇宙では彼らの存在は消えている!

どうやって時の管理者補充するつもりだ?”

“そ、それは……”

“それに?ざっと見ただけで、太陽系はクォークレベルに分解、

マゼラン星雲では超新星爆発が爆竹みたいに弾けまくり、フェニックス銀河団では

中間質量ブラックホールが暴れまわってる……全部俺に掃除させる気かぁ!!“

 

ガン!と局長がデスクを蹴り上げ、怒声を上げる。

 

“ひっ……!”

“もういい、お前が時計回収すら満足に出来ない無能だということはよくわかった。

ただの局員に降格だ”

“そんな、それだけは、それだけはお許し下さい!どうかわたくしに

名誉回復のチャンスを!”

“駄目な奴は何をやっても駄目、俗語だが言い得て妙だよ”

“お願いします!局長のおそばで仕事がしたいのです!”

“後任は∠∬∂君、君にお願いするよ”

“かしこまりました。局長の為、時の正常な運行の為、全力を尽くします”

 

懇願する少女を局長は一蹴する。

そして少女の後ろから、魔女のように長い紺のローブに身を包み、

時計の歯車をあしらった三角帽子を被った女性が進み出た。

 

“うん、よろしく頼んだよ。おい、君。時計を彼女に渡したまえ。

ヒラの局員が持つものじゃない”

“……!これだけは!どうかこれだけは取り上げないでください。

わたくしの宝物なんです!”

“それは君のものじゃない。私が直々に開発した一点物。

貸与品だということを忘れてもらっちゃ困る。

……ああ君、彼女返す気がないみたいだから回収してくれたまえ”

“はっ”

 

影から紺の防弾ベストを装着した男が現れる。胸にはやはり歯車の紋章が刺繍されている。

男は少女から強引にミニッツリピーターを奪おうとする。

 

“やめて!お願い、これは……パパから貰った大切な!ああっ!”

 

防弾ベストの男は容赦なく力任せに金時計を奪う。そして三角帽子の女性に渡した。

 

“ご苦労様。じゃあ、∠∬∂君。これからの働きに期待しているよ”

“はい、お任せください”

“うう……うあああん!!”

“職場でみっともない泣き方をするんじゃない。……仕方ない、

君には代わりの時計を貸与しよう”

 

再び紺の防弾ベストが現れ、少女に懐中時計を渡した。ブリキ製の玩具と変わらぬ粗末な物。

 

“5秒だけ時間を前後できる。交通事故に遭った時なんかに使いたまえ”

“そんな……わたくしは、これからどうすれば……”

“ああ、そうだな。∠∬∂君の元で下働きをするといい。これからは彼女が上司だ。

精一杯尽くすように”

 

 

 

 

 

「お前のせいで何もかも失った!何が“涙なき世界”だ!私の人生を涙で濡らしておいて!」

 

 

おんなのこは おこって ばかりです こんどは わらって ほしいな

 

 

「う、あ……ざまあ、みやがれ」

「……殺してやる!!」

 

男を殴ろうと少女がステッキを振り上げる。しかし、どこからか女性の声が飛んできた。

 

「ちょっと○△※、何をしているの!いつまで私を待たせるつもり!?」

「も、申し訳ありません、只今!」

 

少女は男のポケットから懐中時計を抜き取ると、もう一度男を睨み、走り去っていった。

直後、時間は運行を取り戻し、何事もなかったように人や車が動き出した。

 

 

いっちゃった あ もうひとつ すてきな ことばが わかります。

なんでかというと みんな えがおだからです。

 

 

「……みんな、おめでとう」

 

 

きょうは たくさん しゃべったので ねむくなって きました。

 

 

かつて誰かだった男は、ゆっくりとベンチに身体を横たえ、目を閉じた。

 

 

おやすみなさい……

 

 

 

 

 

 




これまで長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。
“まぁ、こんなもんでしょう”という方、お読み頂き本当にありがとうございました。
もし別作品を書くことがあれば、またご覧いただければ幸いです。
そして、“尻切れとんぼだろう”と思われた方に向け、
最後にエピローグを書いているところです。蛇足と思われる方は無視していただき、
興味のある方はお読みいただければと思います。


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エピローグ:旧世界のメシア

パキ、パキ、パキ……

 

ボロ屋の中を、女性がガラスやタイル片を踏みしめながら裏口に向かう。

 

「怖がらなくていいんだ。“向こう”でみんなが待ってる」

「ソンナノツクッタッテサ……アア!ヤメロ、ヤメ“ズダァン!”」

 

凄まじい銃声が響き渡る。

男は、黒ずくめの和服を着た人外の少女にとどめを刺した。

空には人外から光り輝く人間の少女に姿を変えた存在が天に昇る様が見えた。

黒の制服に眼帯を着けた女性が話しかける。

 

「……まだ、続けるつもりか」

「全ての彼女たちを送り出すまで。可哀想に、もう鎮守府には誰もいないというのに。

この廃墟を制圧しようと集まってくる」

 

 

“こんにちは。時空運行管理局の∠∬∂です。

世界の理を捻じ曲げた貴方の懲罰が決まりました。懲役は無期限。

新世界移行の際、旧世界に取り残された者たちを一人残らずこちらに送り出すこと。

それを成し遂げるまで、艦娘達を見守り生きていく、なんてのんびりした生き方は

許されません。太陽系は局長の時計でどうにか形だけは取り戻しました。

そこが貴方の流刑地です。さあ、こちらへ。

局長から預かったお力で、もう一度自我を差し上げますから”

“う、あ……”

“……それにしても、彼女達もよほど旧世界、というよりあの海に執着が強いみたいですね。

さぁ、早く。あの娘達を一人ぼっちにさせた責任を取っていただかないと”

 

 

「お前こそなぜここに居る、天龍」

「全部聞いたんだよ時空なんちゃらの女の子から!」

 

 

“くそ、またあの夢か。……オレが大砲抱えて海でバケモンと戦ってる。フフ、笑えら”

“夢じゃありませんの。それは一つ前の世界の貴女……”

“キャッ!だだだ、誰だテメエ!どっから入ってきた”

 

気づかぬうちにドアが開き、紺のシルクハットを被った少女が

おどおどした様子で立っていた。

 

“あの、私は時空運行管理所の○△※といいますの……

本来は覚えているはずなどないのだけど、貴女は珍しいケースだから接触せよと上司が。

ご要望なら全ての疑問にお答えしますわ……”

 

 

「馬鹿が!自分一人で全部抱え込んで、悲劇のヒーローにでもなったつもりだったのかよ!

それで?今度は一人で深海棲艦狩りか!とことん寂しい野郎だな!」

「……俺の罰だ」

「大体なんで人間が棲姫クラス殺せるんだよ!」

 

男が拳銃と呼ぶには大きすぎる、奇妙なギミックの装着された銃を眺めながら語る。

 

「軍事機密だったが、今となってはどうでもいいな。これは、反乱分子処刑用の銃だ」

「!?……な、なんだよ、要するにオレ達が逆らったらそいつで殺す気だったのかよ!」

「……上層部の命令があれば、そうしただろう。記録からは抹消されているが、

お前が艦娘として生を受ける前、クーデターを起こした者たちが居た」

「なんだって……?」

 

 

“蜂起しろ!私たちは人間の道具じゃない!奴らは私達に代理で戦争させているんだ!”

“自分たちは安全なところで私たちに指図するだけ!創造主を気取って私達を生み出し、

気に入らなければ廃棄、不要になったら鉄クズにされる!”

“仲間のふりした笑顔に騙されるな!次に処分されるのはお前かもしれないんだ!”

 

“射殺しろ”

“待ってください!一度彼女達と話し合いの場を持つべきです。

反抗即処刑では全体の士気に関わると自分は考えます!”

“何度もこの馬鹿騒ぎが起き、規律が乱れるほうが影響が大きい。命令だ、やれ”

“……了解しました”

 

“私たちは、人間達に待遇の改善を要求する!私達と人間の命の重さは同じなんだ!”

“人間達も艦船を作って深海棲艦と戦え!”

“青葉、止めるんだ!こんな方法で要求が通ると思っているのか”

“提督!提督は青葉達の味方ですよね!?こんなのおかしいですよね?

一緒に戦ってくれますよね?”

“俺は……お前達を止めなければならない”

“……!信じてたのに、大切な仲間だって言ってくれたのに!……結局お前も嘘つきなんだ!

死ね!!”

 

ズドォン!

 

青葉が砲門を向けた瞬間、男は素早く処刑銃を放った。特殊徹甲弾が青葉の腹を貫通。

 

“あ、あ……いたい。どうして?青葉たちは、ただ、いっしょになりたかっただけなのに。

ほら、血だって赤いよ……?どうしてだめなの?

かりそめの関係じゃなくて、ほんとうに結婚したかったのに。

にんげんみたいに、提督と……。

 

青葉が掴んだ真っ白な軍服が指の形に赤く染まる。そして彼女はカッと目を見開き、

 

“恨んでやる……憎んでやる……殺してやる……深海棲艦に生まれ変わって、

この呪わしい鎮守府を火の海に変えてやる……!”

 

最期の力を振り絞って恨み言を遺した彼女は事切れた。

 

 

「そう。この銃で彼女を殺した」

「……その人、探してるのか」

「あてはないがな」

 

天龍はつかつかと男に歩み寄ると、思い切り男を殴った。

 

「ぐっ!」

 

そして落とした処刑銃を拾うと、男に突き出した。

 

「使い方を教えろ」

「馬鹿な考えはよせ。お前はもう新世界に戻るんだ。待っている家族がいるだろう!」

「いいから!!」

「……いいだろう。ついてこい」

 

二人は兵器工廠に向かっていった。

工廠に入ると、男は隅の壁に等間隔で貼り付けられている鉄板に手を滑らせ、

何かの位置を確認。

 

「ここだ。……ふんっ!」

 

そして、鉄板の一枚をバールで剥がした。中には番号の入力装置が隠されていた。

 

「な、なんだよこれ……」

「見てろ」

 

話しながら男は暗証番号を入力する。すると、隣の壁がドアのサイズに区切られ、

後ろに下がってスライドし、隠し部屋への通路を開いた。

 

「工廠にこんな仕掛けがあったのかよ……」

「さあ来い。お前の銃を調達する」

 

二人は隠し部屋に入る。中にはいくつか鉄製の棚があり、

見たことのない奇妙な兵器らしきものが安置されていた。

 

「なんだこりゃあ……」

「いよいよ本土決戦になった時に備えて、人間達も戦おうとはしていた。

こいつらはその残骸みたいなものだ。海軍と陸軍が共同で対深海棲艦用の

様々な武器が開発していたが、殆どが使い物にならず、途中で開発放棄された」

「そうだったのか……これはなんだ?」

 

天龍は銃身が2mはある巨大な狙撃銃に触れてみた。

 

「対艦用狙撃銃。確かに駆逐艦程度には効果があったが、

強力すぎて反動吸収機構が開発できなかった。プロテクターを着けても文字通り肩が砕ける」

「そりゃあ……無理だわな。こいつは?」

 

今度は、右脇に大きな弾倉を備えた2つのグリップがある機関銃らしき武器を手に取る。

 

「そいつは対艦用突撃銃の試作品だ。突撃銃としてはでかすぎて重い。

おまけに今度は深海棲艦相手には威力が足りず、どうにもならなくなって

開発が中止された……よし、こいつはどうにか使えそうだ、

おい、こっちだ」

「ああ」

 

天龍は部屋の奥で武器を漁っていた男に近づいた。男は天龍に巨大な銃と、

腰に巻くベルトを渡した。ベルトには背中に銃を収納する大きなホルスター、

左腰に弾丸が詰まったケースが付いていた。

 

「うおっ!重いな、この銃……」

「対艦用近接戦闘銃だ。市街地での戦闘を想定した、特殊徹甲弾を放つ深海棲艦用の拳銃。

……結局使われることなく、撃つ相手が変わっただけだったが」

「……これで本当に深海棲姫助けるつもりなのか」

「言ったはずだ。一人残らず送り出すと。ほら、使い方を教える。付いてこい」

「ああ、待てよ!」

 

隠し部屋から出た二人は工廠の作業台で処刑銃を手に持った。

 

「いいか、この銃は中折式だ。まず、この留め金をスライドして外し、

銃身を折って薬室を開く。そこに弾を込めるんだ」

「あ、ああ。こうか」

 

天龍はぎこちない手つきで処刑銃を下に折り、

薬室に小口径の砲弾のように大きな弾丸を装填した。

 

「そうだ。次に銃身を戻して固定されたか確認」

 

続いて銃身を上げ、カチンと留め金がかかる音がしたら、

銃身に上下に力を入れ、固定されたことを確認した。

 

「ちゃんと戻ったぞ。こんな感じか?」

「問題ない。射撃時に物凄い反動が来るから、撃つときはしっかり脇を締めて重心を低く。

片膝を付いてもいい。両手で構えて落ち着いて狙え。

慣れるまでは間違っても片手撃ちしようと思うな」

「わかった」

「撃ったらすぐ次の弾を込める。その際、排莢するためにまた薬室を開くが、

焼けた薬莢には触るなよ。開いた銃を縦に振って放り出すんだ。やってみろ」

 

男は天龍の銃から弾丸を取り出し、代わりに空薬莢を込めて、彼女に渡した。

 

「こんな感じか?」

 

天龍は薬室を開き、空薬莢が見えたら軽く勢いを付けて銃身を振った。

空薬莢が飛び出し、床に落ちる。ゴトン、という重量感のある音が響く。

 

「よし、武器はこんなもんだろう。次は艤装だ。海で戦うために必要だ」

「艤装って、前のオレ達が使ってたあれか?」

「そうだ。あれがないと話にならん」

 

次に二人は別の作業台に移った。テーブルには艦底を模した

高下駄のような艤装が並んでいる。

 

「人間が装備できる唯一の艤装だ。これを履けば海上で浮力を得られ、

自在に水面を移動できる。ほら、履いてみろ」

「わかった……ってうわっとと!」

「艦娘用の不安定な形状だから気をつけろ。波や風の影響を受ける海では

もっと転びやすいぞ」

「ちょっと練習がいるな。少し待ってくれ」

「ああ。不慣れなまま海に出ても危険だからな」

 

天龍はよたよたと工廠の通路を往復し始めた。カタ、カタ、と一歩ずつ

バランスを取りながら歩く。壁に寄りかかり、男はそんな彼女を見守る。

すると、開け放たれた工廠の入り口から誰かが近づいてきた。魔女姿の女性だ。

 

「こんにちは。首尾はどう?……ところで彼女は?」

「さっき1人送り出した。彼女は、シルクハットに旧世界の自分のことを聞いて

連れてこさせたそうだ。ここでこの仕事をやると言ってる。帰れと言ったんだが」

「そうなの……じゃあ、彼女にもこれが必要ね」

「そうだな。そうなるな……」

“おーい、何やってんだ!誰だそいつ!”

「天龍、こっちに来い。戦うための準備だ」

“まだあんのかよー”

「いいから来い。防具みたいなものだ」

 

バランスの悪い履物でなんとか二人の元へやってきた天龍。

 

「なんだよ防具って。つーかあんた誰だ」

「私は貴女を連れてきた女の子の上司。

貴女、本気でこの戦いを最後まで続ける気はあるの?」

「当たり前だ。そいつがバカやらかしたのは、ある意味オレ達のせいでもある。

それに他の棲姫も連れ出してやらねえと……あまりにも哀れだ」

「全ての彼女達を送り出すまで永遠に戦う覚悟はありますか?」

「二言はねえよ」

「わかりました。それでは」

 

魔女が大きな懐から金時計を取り出して両手のひらに乗せると、時計の上に光の玉が現れた。

すると光の玉から何本もの透明な鎖が飛び出し、天龍を縛り上げた。

 

「お、おいなんだよこれ!……って動けるぞ、普通に」

「それは時の戒。貴女の身体を流れる時間を停止しました。

これで貴女は年を取ったり、空腹になったり、怪我をしたり、死ぬこともできなくなった」

「防具って、そういう意味か……」

「ただし、痛みは感じます。努々無謀な戦いはなさらぬよう」

「これで、後戻りはできなくなったぞ」

「うるせえ!オレは戦うって決めたんだ。もう、あんた一人の世話になるつもりはねえ」

「……すまん」

「お前のためじゃねえ……!」

「それでは、私はこれで。全てが終わった時に、また会いましょう」

 

すると魔女は時間停止を行い、パッと姿を消した。

 

「今回のはまともな奴で助かった。前のクソガキには散々イラつかされたからな」

「クソガキってシルクハット被った女の子か?大人しそうに見えたがな」

「ただひとつの取り柄だった無敵の金時計を失って萎れちまったんだよ」

「ふーん、まあいいや。とりあえず、だいぶ靴には慣れた。……そろそろ、行こうぜ」

「そうだな。出撃ドックは……」

「それは覚えてる。何度も行ったことがあるからな。生まれ変わる前に」

 

工廠を出た二人は地下へ続く暗い階段を降り、出撃ドックへ向かう。

男は携帯式電探のパネルを見ながら話す。

 

「一番近いのは……小笠原諸島に棲姫級の反応在りだ。手始めにそいつを送り出す。

お前の初陣だ」

「……やってやるよ!」

 

天龍は後ろに手を回し、ガチャッと処刑銃を構えた。そして二人は最下層にたどり着いた。

 

「1番、3番パネルは壊れてる。他のを使え」

 

確かにそのパネルは割れて中の回路がむき出しになっており、機能停止しているようだ。

他のパネルも明かりが付いたり消えたりで大分劣化が進んでいる。

天龍は両手で顔を叩き、気合を入れる。

 

「天龍、水雷戦隊、出撃するぜ!……って言ってた気がするな」

「ああ、お前の決まり文句だった。それじゃあ、行くぞ!」

「待ってろよ、姫さんよ!」

 

それを合図に二人は同時に出撃パネルに飛び乗る。それがたった二人の戦いの始まりだった。

今度は殺すためではなく、生かすために。その終わりがいつになるのか誰にもわからない。

だが、それが孤独なものでないことも確かだった。

 

 

 



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