インフィニット・ストラトス Re:IMAGINE (如月十嵐)
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一章「始まりの鐘は鳴る」
プロローグ


 

 

 私達はいつも世界を色眼鏡で見ている。何故なら、真実は余りにも辛く理不尽なもので、またそれを直視すれば己が眼を焼かれるからだ。不都合な真実を覆い隠し、見えるだけの事実を享受して生きる。それは凡人達の冴えたやり方であり、正しい生き方だ。

 

 それは、インフィニットスーツ、通称「IS」の発明がそうであり、白騎士事件がそうだった。天才篠ノ之束が開発したマルチフォームスーツ。宇宙開発を主として製作され、しかし今は合法的に扱うためにスポーツ競技用機という名目を持つ実質的軍事兵器。これには面白い特性があった。

 

「女性しか乗れず、扱えない」という奇異な特性が。

 

 最初、世界はそれを認めなかった。しかし彼女はそれを大々的なマッチポンプによるパフォーマンスで認めさせた。それが白騎士事件。全世界のミサイルがハッキングされ、それら全てが日本に降り注いだ前代未聞の大事件。そしてそれを、たった一人のISを着た者通称名「白騎士」が全て斬り落とし、撃ち落としたという大事件。

 付け加えるなれば、その特異点を倒すために出撃したあらゆる軍事兵器が、ISの下位兵器である事を思い知らされた事件でもある。

 

 結果的にこの事件が世界がISを認め、急速に世界を変え、今や社会はISに乗れる女性を至上とした女尊男卑の世界となっている。それが篠ノ之束の目論見だとすれば、彼女は大いに笑っただろう。

 

 だが、彼女は笑わなかった。むしろ歯噛みした。

 

 彼女が真の目的である仮想敵は、白騎士を歯牙にもかけず無視した。あまつさえそれを利用し、世論を操作し、世界を歪な女尊男卑社会としたのだ。

 

 

 世の女性は知らない。今の女尊男卑社会が、悪意を以って作られたという事実に。更なる暗黒へと突き落とすための、前触れであるという真実に。

 

 

 彼女には別に、世界を守るとか救うとか、そういう考えはなかった。しかし、自らの好ましい人と面白おかしい日常を妨害する者と戦うやる気と、力があった。

 

 

 幸運なことに、同時期ISという物の本質を見抜き、世界の背後にある闇に気づいた者達がいた。その者達はそれぞれの考えの元に組織を設立。そして彼らは表の名目上、「IS同盟」を設立した。

 

 ある組織は、男でもISが乗れるように。ある組織は、本来の目的である宇宙開発用マルチフォームスーツを目指して。ある組織は、ISを超える代替兵器を作るために。

 

 ISに頼らない世界を作る。そのために彼らは結束し、そして篠ノ之束はそんな彼らと消極的友好関係を築いた。仲間でもない、味方でもない。しかし、敵ではない。

 

 

 これは世界の裏に潜む闇「亡国機業」と、それに抗い戦う事を選んだ人間たちの物語である。



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一話「IS技研から行く男」

 3月も末、春の陽気もそれなりに顔を出し始めた頃、織斑一夏は十人ほどの女性を一緒に隣り合って座り、雑談をしていた。といっても、一夏はほとんど発言していない。香水の話題なんて分かるワケがない。確かに生まれて十五年。余り小洒落た趣味も持たずに生きてきた彼であったが、別に硬派を気取って生きていた訳でもない。だからといって、分からない話はわからなかった。

「織斑君! 訳知り顔で頷いてないで話に入りなさい!」

 そうこうする内に、普段は通信オペレーターを担当する静さん(23歳独身)から注意の声が上がる。それに他の女性陣も頷く。皆、十代後半から二十代前半ほどの若い女性ばかりだ。

「いやだって、香水の話題とか全然わからねえし……」

「現場でそれは通用しないわよ! 貴方来月から生活する場所を想定して言ってるの?」

「……はい」

「せっかくデモンストレーションしてるんだから今のうちに慣れた方がいいわよ?」

 ため息をつきながら、しかし心配そうな表情で静が言う。

「いや、俺別に女性が苦手とかそういうのでもないし、普通に会話できますよ」

「それサバンナでも……IS学園でも同じ事言えるの?」

 仰るとおりです。

 

 IS技術研究所。通称IS技研は日本政府が設立したIS研究機関だ。政治も女性がメインとなることの多くなった昨今。既得権益と権謀術数で衆議院の席を守る賢しくも己の保身と同時に国の未来を考える彼らによって、この組織は作られた。表面はISの多様な利用のための研究。であるが、その実態は「男でもISが乗れるようにする」ための研究を日夜行なっている。

 

 構成員はISのブラックボックス部分であるコアの研究に熱心な科学者と、ISの登場によって落ち目となった旧軍事系産業の技術者。そして、挫折を知ることで視野を広げた元IS操縦者の女性達が多くを占めている。

 

 その中で、若干15歳。中学三年時に組織入りし、この一年間通いながらもこの組織に属している織斑一夏のポジションは、技研専属のテストパイロットである。本来男では動かせないISを、動かすために呼ばれた男。一見どこにでもいそうな彼が、技研よりテストパイロットとしてスカウトされたのには理由がある。それは姉の織斑千冬の事だ。

 彼の姉、織斑千冬を今この世界で知らない者もいないだろう。最初のIS操縦者にして、最強のIS操縦者。「オールドワン・オールワン」「ブリュンヒルデ」の異名をとる天才。IS世界大会(モンド・グロッソ)の第一回総合優勝および格闘部門優勝者。この世界では開発者である篠ノ之束と同じく、生ける伝説とでも呼ぶべき存在だろう。故にその弟である一夏に声がかかった。まあ、それは一夏にとっても千載一遇の好機であった訳だが。

 

 

「愉快なハーレムオリエンテーションはどうだ? サマーズワン」

 声がかかる。振り返ると、IS技研の最高責任者。八張総司長官であった。一夏をIS技研にスカウトした人物であり、知りたかった真実を教えてくれた一夏にとっては恩師の一人で数えれる男だ。ちなみにサマーズワンとは一夏の組織上コードネームの事だ。読んで字の如しの名義的なものだが、八張はコードネームで呼ぶことに徹してる。

「順調……だと思います」

「そりゃ良かった。断言されたら逆に不安になるところだった」

 八張長官はそう言って笑う。

「学園の入学手続きは既に済ませてる。送る荷物は事前提出させた分で全部か?」

「はい。残りは手持ちの荷物なんで。ありがとうございます。長官」

「何礼はいらん。サマーズワン。お前がわが組織に貢献した功績に比べればな。『銀鋼』が完成したのはお前のおかげだ」

「全員の成果です」

「無論そうでもあるがな」 

 

 銀鋼(シロガネ)それは、世界初の「男でも乗れるIS」その試作壱号機の事である。日本製第二世代量産型IS「打鉄」の次期後継機用テストフレームを基礎とし、旧軍事企業と男系技術者がその技術の粋を集めて製作。そこに篠ノ之束から特別に提供コアを解析、独自にチューンを施す事で一夏が搭乗、操縦に成功した機体である。現状はまだ、一夏しか乗れない機体ではあるが、それでも男が乗れるISという人類未踏の領域に踏み込んだ機体なのだ。

 このコア特別提供は、篠ノ之束と一夏の姉である千冬が特別友好的な関係を築いている事に起因している。つまりこれもまた、一夏が技研にスカウトされた理由なのだ。あの奔放な天才。篠ノ之束から専用の研究用コアをもらうための口実。それが一夏であった。

 

 いいように利用されていると。時々一夏は感じる。しかしそれ以上のリターンを一夏は得ていた。持ちつ持たれつの利害の一致。それは、心地いい関係だった。

 

 

「銀鋼はまだ調整中ですか?」

「ああ、最終調整中だ。なにせ、確実な稼働において怪しい点が山ほど残っているくらいだからな。その上実質スペックは第二世代初期機相当だ」

「ハイパーセンサーもまともに稼働しなかったあの頃に比べれば贅沢なくらいです」

 銀鋼の建造は困難を極めた。それは一夏が操縦に成功してからも同様だったのだ。本来ISで使えるはずの機能すら動かない。武装を呼び出そうとしたら、全く別の武器が出た。そのたびに調整を行い、さらに昨今投入され始めている第三世代相当機に対抗するための兵装も同時に開発していたのだ。これに関しては、篠ノ之束から「気まぐれ」という名のアドバイスやパーツが送られてきてそれを以ってようやく実装に成功したくらいだ。

「まあ安心しろ。一週間後の任務出撃時には完璧な状態にしてお前に渡す。お前はそれまで、レディーの扱い方でも勉強してろ」

「うげえ、これ以上は勘弁ですよ……」

 音を上げそうになる一夏の腕を女性陣がつかむ。

 

「そういう事言わない! 次は女性のお風呂を偶然覗いた場合の対処法よ!」

「それ必要なのか!?」

「なんとなく貴方には必要そうと思って」

「なにげにすごく酷い言われ方!」

 

 うんざりながらも楽しそうにはしゃぐ女性陣と一夏を見ながら八張はニヤリとし、しかし口を引き締めた。

 

 

 

 そして4月の初め、出発当日。彼のためにだけに作られた白い男用のIS学園制服を着た一夏は、必要な手荷物を入れたカバンを背負い、技術研究所の上昇エレベーター前に立っていた。IS技術研究所は地下施設なのだ。前には、IS技研の職員全員が一列に並び、それだけではない。IS技研を設立した衆議院議員神正治も同席していた。これ以上ない見送りだ。その中で八張長官が一人前に出ると、一夏に歩み寄り大きなベルトのバックルのようなものを渡す。これが銀鋼の待機状態用ドライバーなのだ。

「可能な限りベストな状態に仕上げたが、当てにならない仕様がざっと50はある」

「言えば切がありません。ベストを尽くします」

 一夏がドライバーを受け取ると、八張長官は敬礼する。

「IS技研のテストパイロット。サマーズワン・織斑一夏に敬礼!」

 ザッとそれに合わせて職員、官僚一同が敬礼。一夏もそれに敬礼で返すと、彼らに背を向けると、一夏は上昇エレベーターに乗る。その間、彼は決して振り返らず、ただ前を見続けるのだった。




第一話は本編でいうIS学園入学試験の辺りになります。大きな違いとしては、この作品の一夏は入学試験を受けておらず、技研から推された特別枠の推薦という形での入学になっている事です。
また、一夏がISに乗れるのは「一夏だから」である以上に「男でも乗れるIS」だから。という事で理由付けされています。


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二話「IS技研から来た男」

 

 

 

 とまあ、勇み足なのは入学式までで、今織斑一夏は精神的プレッシャーで朝食を机にコーディネートしそうになった。

(こ、これは……想像以上にきついぞ!)

 思わず口に出てしまいそうな力強い口調で思う。まず位置が悪い。なぜど真ん中最前列なのだろう。こういう時は窓側の後ろから二番目辺りを希望したい一夏であったが、最初から決まっている席に文句は言えない。現在彼の周りにいる女の数は三十名。内二九名は生徒。もう一名は今自分の前で自己紹介をしている副担任の教師だ。背の低い童顔な外見で、名前は山田真耶。回文になっているのは親の趣味であろうか。と、冷静に考える。

 なにせオリエンテーションの三倍だ。しかも、周りにそれを冷やかす男もいない。正真正銘、ここに男は自分一人しかいないのだ。分かりきっていた事実に今更一夏は心が折れそうになる。

「それでは皆さん、よろしくお願いしますね」

 返事をしたいが心理的にできる状況ではない。ならば周りの女子がとも考えたが、彼女らは全員自分の方を向いている。そんなに自分が物珍しいか! ……そりゃ物珍しいだろう。このIS学園は女性しか乗れないISを教える以上女学園だし、それに入りたいと願う少女が通う中学も割りと女学園が多い。故に男を余り知らない者が多いはずだ。それが一人放り込まれたとなれば、動物園の珍獣を見るような扱いにもなるだろう。

 

「……えーと。お、織斑君?」

「え? あ、はい!」

 心配そうに言われて、一夏は思考状態から戻り返事する。前を見ると、山田副担任が申し訳なさそうな顔で見てた。そんな捨て犬のような眼で見られても困る。そういえば彼女は副担任らしいが、担任はどこに行っているのだろう。正直誰でも構わないだが。

「えっと、自己紹介で、できるかな?」

「あっと。すいません。今すぐ」

 一夏は冷静を保ちながら立ち上がる。実は自己紹介時に何を言うかは、事前に八張長官と議論して決めていたのだ。

 

「日本政府防衛省IS技術研究所専属テストパイロット織斑一夏です。えーと、堅苦しい肩書きがついてますが、一応日本の国家代表候補相当扱いになります……」

 日本男児の心意気、このIS学園にしかと刻みつけやるのでそのつもりでお願いする! ……と、八張はメモに書いてたのだが、さすがにそれを言うのは恥ずかしかったので。

「……よろしくお願いします」

 なんとも無難な感じに紹介を終わらせた。これだと所属を自慢しているようにしか聞こえない。失敗じゃないのかこの説明は。それに国家代表候補相当扱いってなんだ。いや、確かに法律上での地位と扱いを示しているんだが。それをここで言ってどうなるのだろう。という感じだ。

 

 周りからはもう少し喋ることを求めてそうな視線を感じるが、これ以上言うことも無い(男の趣味を女性の前で暴露するような悪癖もない)ので黙って席に座ろうとするが、目線が物理的なプレッシャーでそれを阻止された。怖い。女尊男卑社会とか関係無く女子って怖い。今更ながらにもっとちゃんとオリエンテーションを受けていたほうが良かったと一夏は考える。

 

 前では山田副担任が打開策を持たずに半泣きの状態でいる。正直彼女が「ありがとうございます。着席していいですよ」の一言で全てが済むのだが、そうはうまくいかないようだ。

 

 その時ちょうど。ガラっと、教室の扉が開く音が開く。好機だ。おそらく担任の教師が来たのだろう。彼女がこの場を丸く納めてくれるはず……

「……」

「……」

 なんていうのは甘い考えだった。むしろ状況が悪化した。何故なら眼の前にいる担任とおぼしき女性は、

「……何をしている」

「……自己紹介をと」

 実姉、織斑千冬だったからだ。考えてみればIS技研への所属を決めてから顔を合わせていなかったので一年ぶりとなる。何せ千冬姉がIS技研への所属を許してくれるとは考えなかったので、技研に匿名の確保を依頼して半ば隠れ住んでたようなものだったからだ。

「何をしていた」

「……真実を知りに」

 意外なほどに冷静に、一夏は対応できた。千冬姉はジっとこちらをみてくるので、更に言葉を紡ぐ。

「知りたい事を知るためにIS技研に行って、知りたい事を勉強するために、この学園に来た……それだけです。千冬姉さん」

 真っ直ぐ一夏は千冬を見返す。彼女にはこれが一番効く。一切の小細工が効かない故に、鋭く実直な行為に眼を逸らせないのだ。

「……ここでは織斑先生だ。徹底しろ」

 彼女が無表情に言う。だがそれは、一夏がここにいることを暫定的にとはいえ許した証だった。

「はい。織斑教諭」

 この機を逃さず、一夏は音速で着席する。ちょうど目線が一夏から千冬に変わったからだ。今の会話で姉弟とバレただろうが、変わった苗字だ。今更ごまかすのも馬鹿らしいし、分かりきっていた事だろう。

 そうしてる間に、千冬が手に持つクラス名簿用の端末をパンっと、手で叩く。

 

「一組諸君、私が織斑千冬だ。お前たちをまず一端の乗り手にするのが私の仕事だ。一年で私の教えた事を習得しろ。無理は何一つ言わん。出来る事を言うので、出来るようにしろ。以上だ」

『キャーッ!』

 女子たちの黄色い歓声が次々に上がる。罵ってくれだの、お姉さまと呼ばせてだの。時代が変わってもそこらへんは普通に女子なのだな。

「相変わらずの馬鹿ばかりだな……」

 千冬姉は呆れるが、まあそれも当然といったところだろう。しかしそんな彼女にも女子たちは黄色い声は止まない。それを止めるように、バシっと彼女は強めに端末を叩く。

「黙る時は黙れ。今はその時だ」

 ピタリと声が止む。生徒たちの素直さもさることながら、千冬姉の気迫が侍のそれだ。さすがは公式戦無敗の日本代表IS操者。

「ではSHRを終わらせ、さっそく授業に入る。基礎知識故に、すぐ分かるはずだ。分かったら返事をしろ」

『はいっ!』

 何とも、威勢の良い事だ。

 

 

「……ふう」

 一時間目終わりの休憩時間。一夏は椅子に座ってのんびりとしていた。入学式当日から授業なんて普通に考えれば鬱憤ものだが、このIS学園の性質を考えれば当然だろうし、生徒に文句の一つもでない。一夏も知りたい事は山ほどあるのだ。足踏みしてる時間は必要なかった。

(しかしこれ、どうにかならんか)

 彼の周りには今、クラス学年を超えて、上級生すらも見物人が出る人だかりができていた。有名人なのは自覚している。かの織斑千冬の弟で、なおかつ史上初のIS男操者なのだ。興味惹かれるのはわかるし、最近の世俗上男を知らない箱入り娘な女子も多い以上、珍しがるのも分かるが……モノには限度があるとはこのことだ。

 IS登場以後、急速に作られた女尊男卑社会……最もこれには何らかの「悪意」と「作為」があるというのがIS同盟での通説だが、それでもそんな世界で住んできた彼女たちにとって、対等な男である一夏はやはり、モラルやマナーを超えて気になるということだろうか。

(五反田は元気だろうか……)

 よくツルんでいた中学時代の同級生を思い出す。羨ましいと言っていた彼もまた。彼なりの道を突き進んだがゆえの苦労を今頃していることだろう。自分だけが弱音を吐くわけにもいかないのだ。

 

(だったらそろそろ声くらいかけるべきだろうか)

 一夏が決心してその方を向くと、既にそこには、目的の人物がいた。その少女は突如自分の方を向かれて驚くが、それでも気丈に声をかける。

「……久しぶりだな」

「……そうだな……六年ぶりくらいか? 箒」

「それくらいになるな」

 目の前にいるのは六年ぶりの再開となる幼馴染。篠ノ之箒だった。昔、剣道場にかよっていた頃に知り合ったその道場の子だ。あの頃と変わらないポニーテルの髪。千冬姉ほどではないが、どこか鋭さを思わせる目線や風格も変わってない。彼女がここに来て直接話しかけてきたのは、このままで埒が開かず、またどこかに移動したところで会話が丸聞こえなのは分かりきっての事なのだろう。

「……何かないのか」

「何かって言われても……ああ、剣道の全国大会で優勝したらしいな。記事で見た」

「……!」

 そう言われて、彼女は口をヘの字にして顔を赤らめる。分かりやすい表情変化だ。昔からそうだったし、それが彼女の可愛さだと思う。

「髪型も昔のままだな。見てすぐ分かったよ」

「よく覚えているもんだな……」

 呆れてるようで、少し嬉しそうに箒は言う。そりゃあ覚えているだろう。

「いろいろとあるからな」

 

 そこで休憩時間が終わるチャイムが鳴る。ちょうどいいくらいのタイミングだ。

「じゃ、また後でな」

「あ、ああ」

 フイっと顔を逸らして、箒は自分の席に戻っていく。それと前後して、他の生徒達もガヤガヤと戻っていく。

 

 箒は昔から変わらない。それが確認できただけでも、有意義な休憩時間だったのかもしれない。変わってほしくない事が変わるという辛さを知ってしまった一夏には、尚更そう感じさせた。




ほとんど原作をなぞってるだけみたいになってしまいすんませんという感じでした。とはいえこれを全部抜くのも変な感じなので。一応。というわけで。最初の内は物語を進めるために毎日更新を目指していきますのでよろしくお願いします。


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三話「代表候補」

「ちょっと、よろしいかしら?」

「ん?」

 

 二限目が終わった休憩時間。相変わらずの珍獣状態に、次の来訪者が来た。話しかけてきたのは金髪が美しい、碧眼の少女だった。IS学園は美人が多いが、彼女もその例に漏れず、なかなか整った顔をしている。雰囲気はいかにも最近の「女性」らしい女性の優位性をそのまま雰囲気にだしたような少女だった。それとなぜか、肩には細長い布袋を担いでいる。何だろうか。

 しかし、それが不思議と下品には見えなかった。彼女には高貴さがある。相応な家柄と見た。最も、一夏は彼女とは初対面だが、彼女の事を知っている。というより、さっき知った。

 

「セシリア・オルコット嬢だな?」

「私の名前を覚えるくらいには常識ある方のようね」

「同じクラスの代表候補くらいは、さすがにな」

  

 イギリスの代表候補生。セシリア・オルコット。この情報を一夏は授業中に情報を必要時のみかける眼鏡型端末から取得していた。イギリスの第三世代型試験兵装を導入したカスタム機に乗っているらしい。あくまでカスタム機だ。ワンオフ機ではない。これは一夏に関しても同様であるが。

 実は、専用機体を持っている人間は厳密には相当少ない。ISのコアは正式計上数的には645個。そこに同盟に特別提供されたり、諸々の非公開コアを足してもおそらく700いかないくらいだろう。圧倒的に数の少ない兵器なのだ。その内、実験用や量産機で半数以上がとられる。そして残りが個人用の専用機となるわけだが、その内本当の意味での専用機体。その者のためだけに一から製作されたISは本当にわずかだ。それこそ、その国の代表。国家代表くらいであろう。

 

 では眼の前のセシリアのような候補生には何が与えられるのか。それがカスタム機だ。自国量産機に専用の武装(多くは実験兵装)と本人に合わせたカスタマイズとリカラーを施す準専用機とも言える機体である。一夏の銀鋼もこれに相当する。かなりのカスタマイズが施されているものの、銀鋼も打鉄のカスタム機であるからだ。厳密には、打鉄の次期後継機のテストフレームが元なのだが、どちらにせよワンオフ機ではない。

 

 そしてこのセシリアだ。準専用機でもそれを持てるのはごく一部の限られた人間には違いないのだ。ある程度上からの目線になるのは仕方ないところもある。

「仮にも代表候補相当。と自称されていたので、私自ら挨拶をしてあげた次第ですわ」

「それはありがたい。改めて名乗ろう。織斑一夏だ」

 一夏は手を差し出して、思い直すように手を見る。この手の女性は、偏見で男の手を汚らしいと感じ触るのを嫌う傾向にあるからだ。一夏は彼女に問う。

「無礼でなければ、応じて頂きたい」

「ご心配なく。礼に非礼で答えるよう教育を受けた覚えはありません。それが例え男性であってもね」

 セシリアは高慢そうな言い方だが、しかし素直に握手に応じた。一夏は驚く。思ってたより聡明な女性なのかもしれない。

 

「貴方とは是非とも、一戦交えておきたいものですわ。出来れば早くに」

「そうだな。俺も同じ意見だ」

 握手を解いて、二人は視線を交差させる。軽く散る火花。しかし一夏は、最初に声をかけられた時ほどの嫌悪感はなかった。

(想像以上に柔軟な娘だ。だとすれば強敵だ)

 エリート意識の高いだけにしても、代表候補である以上相応の強さを持っているのは当たり前だというのにあの柔軟な姿勢と高貴さ。戦えば苦戦は必至だろう。

 

 三時間のチャイムが鳴る。この時間はどうやら山田先生ではなく、千冬姉自らが教鞭をとるようだ。

「この時間では実戦用に使う各種装備の説明を行うが……その前に、クラス代表の選出を行いたいと思う」

 クラス代表。その言葉に皆がざわつく。

「クラス代表者の役割は皆知ってるな? 通常学級におけるクラス長的なものだ。実戦的な意味ではそれに加え、再来週のクラス対抗戦の代表選手になることも意味する。クラス代表戦は初期の実力を測るものなのでデータ的な意味は無いが、向上心を生む。一年固定なので、代表者は責任を以って遂行するように。誰か立候補者はいるか?」

 

 そう言われたので、一夏は手を挙げる。

「自薦は可能ですか?」

「もちろんだ」

「では立候補します」

 おおっ、と、クラスがどよめく。まさかいきなりこのような大胆な事する人間とは思われなかったのだろうか。しかし一夏からすればクラス代表戦に出れるというだけでも立候補の価値がある。貴重な実戦データの収集機会であるし、IS技研からは学園生活を通して人脈を築くことも任務の内に入っている。どうせやるなら代表だ。

 それに、運が良ければあの約束も果たせるだろう。

「私も一夏君がいいと思います!」「私も一夏君を推薦します!」

 ちょうどよく、自分に賛同意見を持つものも出てくれた。まあ、他の者からすれば話題のある人間を選出するに越した事はないのだから当然そうなるのだろう。だが、現状ではまだ一夏にとってベストな状況ではない。

 

 そこで、一人の少女が同じように立ち上がる。

「ちょっと待ってください。私も立候補しますわ」

 一夏が立ち上がってみると、それは当然、かのセシリア・オルコットだった。ベストの条件が揃った。

「立候補は二人か? なら適当に話し合って決めろ」

 千冬姉が言う。しかしそれはだめだ。話し合いでは駄目なのだ。

 

 何せ、実戦をしたいのだから。

 

 しかし話し合いで決めろと言われたのに今更実戦での選出を提案するのは却下される可能性がある。ならば必要なのは火種だ。一夏はチラリとセシリアに目配せする。彼女はすぐに気づくと、少し大仰に言った。

「納得いきませんわ。そもそも男がクラス代表などとおかしな話とは思いませんか? 実力から言っても私がなるのは当然の話ですわ!」

 なかなか良い感じだ。だがもう少し欲しい。

「大体、このような貴賎の足らぬ庶民の男に物珍しいからという情けない理由で代表を選ばれるなんて侮辱の極みですわ!」

 頃合いだ。反撃しよう。

「さすがに、それ以上は怒るぞ」

「あら、言われるだけ言われてすごすご引き下がると思いましたわ」

「こうまで言われて黙ってられるか。マズい飯を食うと口まで悪くなるのか?」

 ハッ! とセシリアは笑ってしまいそうになるのをこらえて、怒り心頭な顔を作り一夏を指差す。

 

「よくもまあ私の国を侮辱しましたね! 貴方と話し合いの余地なぞ欠片もありません!」

 この娘。演劇の才能あるな。

「決闘ですわ!」

 バンと彼女が机を叩く。見事。御見事。

「そこまで言われたら引き下がらんぞ。受けて立つ!」

「言っておきますが、手加減なんて認めませんわよ」

「当たり前だ。そっちこそしたら張っ倒すぞ」

 売り言葉に買い言葉だ。それを見ていた隣の女子が小さい声で言う。

「一夏君、ハンデとかつけてもらったほうがいいんじゃ……」

「このような男に、そんなヌルいモノは必要一切無し!」

 地獄耳のように聞いたセシリアが返す。そりゃハンデは、彼女にとっても不必要なものだろう。

「当然だ。最初からハンデなんて必要ない。俺だって仮にも代表候補相当だ」

 

 それを聞いた千冬姉がやれやれと首をふる。どうやら三文芝居は通用したらしい。

「……どうやら、お互いに方針は決まったようだな。それでは、勝負は一週間後の月曜だ。時刻は放課後。場所は第三アリーナ。お互い、肝に銘じておくように」

 目論見通り、一夏とセシリアの実戦は実施されることとなった。




セシリア登場回です。早く書けてきてるので早めの更新。主にキャラの性格の変わりようがメイン変更点になるでしょうか。セシリアには全体的にお嬢様であることを強調した高潔な、しかし少し世間とはズレた人間。を目指した性格付けを行なっています。

またISの根幹設定にも変更があります。具体的にはコアが増えてたり、逆に専用機というのが減っています。この作品ではカスタムによる準専用機が原作での専用機に相当し、専用機は更なる上位機体という位置づけです。

次回は執筆状況には倍ほどの量となる予定です。


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四話「同室者」

 

 

 気がつけば、あっという間に放課後となってしまっていた。授業のほうはそれなりについていけそうである。まあ、仮にも一年の予習勉強があったのだからついていけないのがおかしい話なのだが。

 どうにもISの理論はポっと出の横文字と、漢字を並べれば難しく見えるだろうと言いたげな固有単語の羅列ばかりでよくもまあしっかり予習して良かったものだとつくづく思う。これを初見でやらされたらテストで一桁をとる自信が一夏にはあった。

 放課後というのに、まだ周りでは女子たちの野次馬ができている。ご熱心な事である。お陰で昼食にまで気を使うハメになってしまった。とはいえ、ここの食堂の食事は絶品至極に尽きたるものでそれだけはこのIS学園に来た事を幸せに思えたので余り深くは考えないでおこう。そうしていると、副担任の山田先生がこちらに話しかけてきた。

「あら、織斑君。まだいたんですか。ちょうど良かったです」

「? 山田副教諭。何か?」

 

 一夏が顔を上げると、山田先生はビクリと怯える。何も怯えなくても。

「え、えっと。織斑君。私、何か駄目なとこありましたか?」

「? いえ、何もないですよ。何でまた」

「副教諭ってよそよそしい言われ方をされて、もしかして嫌われたのかと……」

「ああ、それは失礼。山田先生。どうもこの環境では緊張してしまって」

「分からない事があったら、なんでも言ってくださいね」

「ええ。是非にいろいろ頼みたいと思います」

「い、いろいろ……!」

 何か妄想しているのか、山田先生の顔が真っ赤になる。この人。いくらなんでも純粋すぎるだろ。いくら女尊男卑社会とはいえ大丈夫なんだろうか。いつか悪い男に騙されそうな気がする。それとも庇護欲をかきたてて男を堕とす策略家か……それはないか。

 

「それで山田先生。要件の方は?」

「あ、はい。そうでした。寮の鍵を渡しに来たんです。どうぞ」

「ああ、どうも」

 このIS学園は全寮制だ。教えてるモノの重大さと、生徒たちの保護を考えればそれが一番効率的なのだろう。

「ところで部屋なんですが……相部屋なんです」

 山田先生がさすがに公衆に言うわけにはいかなかろうと耳打ちする。

「マジですか? 個室って聞いてたんですけど」

「本当はそうしたかったのですが、どうにも急な話でして、かといって通ってもらう訳でもいかないので、一時的処置としての相部屋らしいんです。我慢してくださいね」

「いや、俺は全然構わないんですけど」

 むしろ相手の事のほうが心配だ。

「IS技研から送られて来た荷物は既に部屋の方に届けておりますので、確認してくださいね」

「はい、わかりました」

「えーと、後は……そうでした。夕食は六時から七時です。場所は同じく食堂ですので。それと、部屋にはシャワーとは別に大浴場があるのですが……その、覗いちゃ駄目ですよ?」

「……覗きませんよ。あ、ってことはもしかして大浴場の方は入れないとかそういう感じですか?」

 

「当たり前だろ。お前は女子と一緒に風呂に入りたいのか?」

 そこで言葉を挟んで来たのは千冬姉である。一夏は少しだけ考えて答える。

「合法なら」

「アホか」

 ベシっと端末で殴られる。といってもそれはツッコミ程度の軽いものであったが。

「お、織斑君。女子とお風呂に入りたいんですか!?」

「ほらみろ。余計な誤解が生まれる」

「冗談です冗談」

「とりあえず、お前も将来的には大浴場を使えるようには調整されるはずだ。それまではシャワーで我慢しろ」

「了解しました。千冬姉……織斑教諭」

 一夏が頷くと、二人は会議があるというので教室を出て行った。一夏はそれを見送ると立ち上がる。

「とりあえず、さっさと行くか」

 例え同居人がいるとしてもここよりは幾分マシであろう。

 

 

「えーと。1025号室。ここだな……ん? もう開いてる」

 既に同居人は中か。こういうのはファーストコンタクトが大事だ。好印象を与えておかないと生活に支障が出るというレベルではない。一夏はまずドアを二度強めにノックすると、ゆっくりとドアを開けて視界をクリア。そして周囲に誰もいない事を確認してサっと部屋に入った。

 部屋の内装は、高級ホテルもかくや。というような落ち着いたシンプルな。しかし上質感溢れる部屋だった。ベッドなんか、いかにも安眠を約束してくれそうだ。一夏はまず自分が送った荷物のカバン二つの存在を確認。中身を大雑把に見ると、とりあえず隅においてベッドに腰掛ける……

 

 状況を整理しよう。同室者は既に部屋にいる。鍵が既にかかってない事からもそれは明らか。そしてここにはいない。いくら高級感溢れる部屋といっても、所詮は寮の部屋だ。そういくつも部屋があるものではない。つまり。

「つまり……」

 一夏の視線はシャワー室の方へと注がれる。耳を澄ます。水音は、聞こえない。シャワーを浴びてない。だがシャワー室への扉は閉まっている。問題です。これの状況から分かる結論は?

「誰かいるのか?」

 向こう側から声が聞こえてくる。曇っているが、聞き覚えのある声なので誰かが分かる。分かってしまう。考えてみれば仮にも異性同士を同じ部屋に入れるのだ。顔見知りと思わしき者同士にするのは十分予想できたはず。

「ああ、同室者か。一年間よろしく頼む。私は篠ノ之……」

 

 

「十五分後に出直すから、その間に準備をしていてくれ!」

 

 

 彼女がドアを開けようとするコンマ一秒前に、一夏は駆け出す。ドア? それは駄目だ。見られたら余計な噂をたてられかねない。ならば出るべきは窓! 一夏は窓をすぐさま開ける。ここ何階だっけ? だが、海に面してるので見られる可能性は低いはず。一夏はベランダの敷居を走った勢いのまま飛び跳ねるようにまたぐと、そのまま空へとダイブした。

 

 まるでアニメのOPの最後みたいだ! 本来ならこのままISを展開して飛ぶのが理想だが、国家絡みの面倒は御免である。そもそも、覗きの冤罪を阻止するためにISを起動しましたなんてアホ事件は絶対に起こしたくない。

 高さはおおよそ五十メートル前後だろうか? そこで自分の部屋が十階である事を今更思い出す。体術にはそれなりの自信があるので、死なないで着地する事は出来るだろうが、少なくともセシリアとの模擬戦は不可能になるだろう。それも避けたいとなるならば、不本意だがやはり解決方法はISだ。

 一夏は空中を飛びながら、制服を改造してつけたズボンの隠しポケットから待機状態のISドライバーを取り出し、それを腰に装着する。そして地面につく直前に一瞬。ほんの一瞬だけ、足元靴部分のみをIS具現化。ISに備えられているPIC(パッシブイナーシャルキャンセラー)によってわずかに地面から浮いて安全を確保。そして次の瞬間にはISを解いた。

 着地してすぐ。一夏は周りを見渡し、騒ぎになってないかを聞き取ろうとする……叫び声、悲鳴の類。無し。

 

 物理的にも社会的にも死ぬかと思った。と一夏はため息をつく。こんなことなら「突然風呂場でばったり」の状況解決方法をちゃんと技研の女性陣から教わっておくべきだったのかもしれない。あの時彼女たちはなんと言っていただろうか。どさくさに紛れて胸を触るとかたわけたことを言っていた気がする。それは対処法じゃなくて、有効活用だ。

「早めに移動するか」

 一夏はこっそりと、再び寮へと入るために歩き出した。

 

 

 そして、部屋から飛び出して20分後。一夏は1025室の扉を強く二階ノックする。すると、扉がスっと開いて隙間から同室者。幼馴染の篠ノ之箒の顔が見えた。見るからに機嫌が悪そうだ。

「事情を話すのでとりあえず入れてください。お願いします篠ノ之さん」

「……」

 箒はサっと入るように促す。一夏はそのまま部屋に入った。箒は既にルームウェアを着ている。まあ、普通のパジャマっぽい服である。

「……」「……」

 お互い黙ったままの状態が続く。この状況ではとてもではないが一夏から何かを言い出せそうな状況ではなかった。すると、箒の方が口を開く。

「百万歩譲って……」

 IS学園の範囲から出ちゃったよこの人。

「百万歩譲って、お前が同室者なのは、まあ。よしとしよう」

 そこはよしとしてもらえるのか。良かった。と思ったら、箒は怒り心頭な顔で一夏を怒鳴りつける。

「なぜ窓から飛び出した! ドアから出るなりいろいろあっただろうが!」

「つ、つい……」

「ついで窓から飛び出すバカがどこにいる!」

「謝罪の意を表明……」

「心配したんだぞ!」

「……悪かった」

 この心配は、ツンデレのデレというよりは直接的でそのままの意味での心配だったのだろう。箒は臆面もなく泣きそうな顔で言う。こんな顔をされれば一夏も謝る他なかった。しかし後悔はしていない。あの場に居続ければ頭をかち割られたかもしれないし、ドアから逃げれば確実に衆目に晒されてまた面倒になった。今こうやって箒に怒鳴られるのが一番良い結末だ。

 

「……まあそれはそれとして、本当にお前が同室者なのか?」

「ああ。ほれ。鍵」

「……確かにこの部屋だな。何を考えてるんだ一体」

「それに関しては俺も同意する。まあ、一時的な処置らしいから、当分頼むよ」

「……一時的、なのか?」

「らしいぞ」

「……そう、か」

 そこはそこで引くのか。全く箒らしいと言えばそれまでだが。

 

「とりあえずだな。この状況でお互いに損なのは、ここら一帯の女子にこの状況がバレバレになる事だ。違うか?」

「それは……確かに」

「だったら、ここは穏便にいこう。何、勝手知ったる仲じゃねえか。昔のように……とはいかないかもしれんが、な?」

「そ、そうだな」

 箒は顔を赤らめ何度も頷く。何かうまい具合に利用して誘導したような気分だ。ろくな死に方はしないだろうな俺。と一夏は思う。

 

「じゃ、じゃあとりあえずはシャワーの時間だ。私が先。お前が後だ」

「ナチャラルに先を取られたが、まあいい。あ、ところでトイレってどこか分かるか?」

「部屋にはない。階の端に二つある」

「男用は……」

「あったらおかしいだろ」

「どうするんだ。俺はアイドルじゃないんだぞ」

「し、知るか!」

「……女子トイレを使わなければいけないという可能性が微粒子レベルで存在する?」

 それは正直一夏からすれば冗談抜きで有り得る選択肢だったのだが、箒の地雷を踏んでしまったらしい。彼女は一瞬で側にあった木刀(竹刀ならともかく木刀かよ)を持つとそれを一夏に振り下ろす。

 

 一夏はすぐさまベルトにつけてあった腰後ろのホルスターに手をかけると、そこに備え付けていた「可変近接格闘武器」チェーンスタッフを引きぬいて打ち合った。これは一夏の一五年間に研鑽した武道全般から、特に得意とする戦闘スタイルに合わせて使える武器としてIS技研が開発したもので、IS装甲にも使われる素材で作られた武器だ。四十センチほどの棒が二本を、ヌンチャクのようにチェーンで繋いでいる。

 このチェーンは状況によって自在に長さを変える事ができ、チェーンを完全に閉じれば長さ八十センチの棍に。適度に伸ばせばヌンチャク。もしくは二刀流の短棒に。限界まで伸ばせば鎖鎌に近い用途に使える武器なのだ。当然日本の法律的にはアウトな武器なのだが、治外法権によって特殊な事情のあるIS学園では普段は後ろのホルスターに二つ折りで納めてる事もあって問題にはならない。

 

 棍状態で木刀をギリギリと受け止めながら、一夏は箒を説得しようとする。

「ま、待て箒。さっきのは当然の疑問だろ! 別に好きでそういうことをしたいという訳じゃない!」

「その発想に至って口に出すのが変態的なのだ!」

「待て、騒ぐな! せめて静かにしろ!」

「問答無用!」

 

 一寸引いた木刀で今度は突きを繰り出してくる。斬るならともかく、突きは死ぬ! 一夏はチェーンを伸ばしてヌンチャク状態にすると突きをかわして木刀を絡めとろうとする。が、箒は匠な剣捌きでそれをいなす。最後に剣を交えたのが六年前ということもあるだろうが、恐ろしく強くなっている。一夏は後ろに引いてドアを背にする。

「逃げ場が無いな! 覚悟!」

「優れた剣士は壁を背に戦うという事を忘れたか箒!」

 といっても、今回は別にそういう戦いをするわけではない。箒が打突の構えで走ってくるのを見た一夏はドアノブをねじってしゃがみながらドアを開ける。そして箒が来た瞬間をねらって彼女を可能な限り優しく、巴投げの要領で放り投げた。とはいえそのまま廊下の壁にぶち当たる事は免れないだろう。果たして大丈夫だろうか。

 

 そう考えた一夏が甘かった。なんと箒は投げられた状況から、空中で体を捻り、回転させるようにして勢いを殺し廊下に着地したのである。通称「猫の三寸返り」猫が、三寸の位置から落ちても反転して足から着地するというのを人の身で行う柔術の一種だ。彼女が剣道だけでなく古武道にも通じている事は一夏も知らないではなかったが、これほどまでに熟成しているとあれば話は別だ。お前は西郷四郎か。

「カカッ」

 箒が笑ってる。うわ。これは完全に強敵を見つけた時の眼ですわ。とはいえ、ちょっと一夏も愉快げな気分にはなっているのは確かであった。お互い、かつてはライバルとして切磋琢磨した仲だ。六年間の研鑽を見せ合うのは非常に楽しい。

 このまま第二ラウンドを開始するか。と、お互いが得物を構えようとするが、そこで二人はハっとする。気づけば、周りは部屋から顔を出す外野が大勢いた。

「なになに、初日から痴話喧嘩?」

「へえ、織斑君って部屋あそこなんだ。さっそく連絡網回さないと」

「さっきの篠ノ之さんの受け身すごかったよ! 猫みたい!」

「エフッエフッ」

 

 おい約一名おかしいのがいるぞ。だが、それどころではない。結局というべきかこういう事態になってしまった。大胆不敵な笑みを浮かべていた箒もこれには顔を真赤にしてタックルするように一夏毎部屋に入ると、すぐさま鍵をかけた。

「はぁ、はぁ、はぁ」

「言わんこっちゃなかったな」

「お前が変な事を言うのが悪い! それにドアを開けたのも結果的にお前だ!」

「……確かに責任の三割は俺にある」

「七割お前だ!」

 三割自分の非を認めた分、負けず嫌いの彼女が成長したのが分かる。

 

「……まあいい! 今日はもうさっさと寝るぞ!」

 怒り調子で寝ようとする彼女に一夏は尋ねる。

「待ってくれ箒。まだ大事なことが残ってる」

「……なんだ?」

「トイレに行きたい」

「知るかッ!」

 箒が教科書を投げてくるので一夏はふいっと避ける。そして怒り眼な彼女はそのままふて寝するように横になってしまった。

 

 余談だが、男子トイレは左端の方のトイレに新しく既に増設されていたのでそれで事なきを得た。




アニメのオープニング再現と実質的箒回。彼女には剣道と古武道という部分に重点を追いた強化解釈が行われており、特に古武道。柔の術を心得ているという事になっています。

この量だとさすがに一話の分量としては多すぎるでしょうか? 分割すべきか、キリのいいところということでまとめても大丈夫なのか、少し不安な次第です。


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五話「食堂にて」

 翌日の朝。一夏と箒は一年生寮の食堂で朝食をとっていた。お互い揃ったように和食である。実際、IS技研で出ていた食事より一段上の味だ。

「ハフハフッ」「……」

 ガツガツガツ「……」

 ボリボリ「……」

 ゴキュゴキュ「……」

「ップフー。上手いな。これ」「もうちょい静かに食えんのか貴様は!」

 ヒュンっと風を切る手刀を一夏は最低限の動きでかわす。

「いや、これすごい美味しくて」「味の良さは認めるがもうすこし食い方があるだろう!」

 確かに夢中で食べていたこともあって、かなりうるさかったかもしれない。なにせ昨日はまともに食事できなかったから特に美味しく感じるのだ。

「さて、おかわりするか」

「まだ食うのか……」

「二杯目で納豆を食う」

「さいですか……」

 これには箒も呆れてモノを言えない。茶碗にご飯を入れて席に戻ると、箒がふと尋ねてくる。

 

「そういえば、来週あの女と戦うんだったな」

「ああ。そうだな」

「……勝てるのか?」

「負けるわけにもいかんだろ。何、ISの操舵に関しては俺も負けてない。起動時間は三百時間を超えてる」

 内二百五十時間はまともに機能した状態でないという事実は伏せておく。

「まあ……腕の方もなまってるかと思ったが、そうでもないみたいだしな」

「それは俺が言いたいよ。お前、本当強くなったよな。これでも割りと鍛錬はしてる方だったんだが」

 これは本当に予想外だった。箒もこれには上機嫌そうに笑う。

「軟弱なお前とは鍛え方が違う」

「最近の女は物理的に強くて怖いぜ」

 やれやれと一夏は首を振る。しかし箒は少しだけ残念そうにつぶやく。

「本当は、私がお前にそういうのを教えるつもりだったんだがな」

「ん? なんだ。だったら逆に、俺がお前にISの操縦って奴を教えてやろうか?」

 

「へ?」

 独り言として喋った箒は、まるで予想していなかったであろう一夏の言葉に変な声をだす。

「これでも一年ISに乗ってる。それも赤ん坊みたいなテスト機をな。教える事もいくらかあると思うぞ」

「ひ、必要ない!」

「強情張るのは勝手だけどな。幼馴染のよしみで言ってるんだから、これくらいの世話は焼かせろ」

「~~ッ!」

 彼女は何か言いたげそうな顔をして立ち上がると、一夏はそれを見上げる。

「どうするんだ。教えたほうがいいのか? それとも教える必要ないのか?」

「そ、それは……」

 

 その返事をする前に、ひょっこりといつの間にか現れた女子……おそらくクラスメイトの誰かが喜色満面に言う。

「え、織斑君がIS教えてくれるの!?」

「なっ!?」

 その声に他の女子たちも一斉に反応する。

「織斑君がISを教えてくれる!?」「ワンツーマンで!?」「手取り足取り!?」

 

 話のネタを二段ほどぶち抜きやがった! やいのやいのと集まる外野を見て、箒は怒ったように歩いて行く。

「先に行く!」

「待て! せめて誤解を解け! ……ああもう、嫌そういうわけじゃなくてですね。はい」

 遅刻ギリギリの時間まで、説明に追われる一夏であった。

 

 

 

(そういや、IS教えるとかさっきは大見得切っちゃったけど、考えてみれば俺対ISの実戦経験ゼロだわ)

 四時間目の授業を聞きながら、ボンヤリと一夏は重大な事を忘れていた。なにせ開発目的が目的だ。模擬戦を行うのも困難だったし、IS技研は政府公認とはいえ小さな地下組織だ。ISを二つもポンと用意できるはずがない。

 IS技研には今二つのコアがあるのだが、一つは一夏の銀鋼に、もう一つは現在研究が進んでる弐号機に使われていて、現状まともに戦闘できる状態ではない。何より、銀鋼がISという名の優れた機動兵器してまともに形になったのはつい最近の話だ。一夏がこれまで一度も使ってない機能もいくつかある。

(そういう意味でも、クラス代表決定戦前に実戦を経験できるのはいい事だ)

 

 チラリと、一夏はセシリアの方に目線だけ向ける。彼女は至って真面目に授業を聞いていた。ただ、初対面の時もそうだったが彼女の机には大事そうに細い布袋が立てかけられていた。アレは何なのだろう。まさか箒と同種で木刀だったりするのだろうか。

(口裏をあわせてくれたこともあるし、改めて試合前に礼の一つくらいは言ったほうがいいかもしれない)

 ISのフィッティングをブラジャーに例える女子校特有のネタに苦い顔をしながら一夏はそんなことを考えていた。

 

「分かりやすいのは、昼食に誘う事か」

 授業後、周りの誘いを断りながら一夏はセシリアを探す。寮食堂とは別に学食もあるとは、本当に食には最高に至れり尽くせりだ。これだけでIS学園に来た甲斐がある。

「金髪碧眼で目立つかと思ったが、そうでもないな……」

 このIS学園は世界で唯一のISを教える教育機関だ。それ故に世界中から生徒が集まる。クラスの半分が外人なんてよくある事だし、実際少し外人のほうが多いだろう。故に金髪碧眼の少女なんていうのはどこにでもいる。人に聞いても良かったが、そんなことをただでさえ集まる人が更に人だかり、その上に余計な噂まで立てられそうなのは目に見える事だったからだ。

 

 

「前言撤回を要求します」

 

 ふと、芯の通った。しかし気品の強い声が聞こえる。覚えが確かなら、これはセシリアの声だ。どこに? と一夏が見渡すとすぐにそれは見つかった。そこには少し野次馬ができている。見れば、セシリアと上級生の女性二人が口論になっているようだった。リボンの色が赤であることから、相手が三年生である事が分かる。床には、彼女が持ち歩くときは肩にかけている布袋が見える。

「いやさ、そっちが勝手にマジになってるんじゃん」「そーそー。何本気で怒っちゃってるのよ」

 三年の女子の方はどうして事になってるか理解出来ないという顔だった。対してセシリアの方は凛としていながらもその目に怒りの炎を燃やしている。

「人の大切なモノを小馬鹿されて怒らない人間もいませんわ。前言撤回と謝罪を要求します」

「そんな大事なものなら博物館にでも飾っとけばいいんじゃないの?」「そういう時代じゃないのくらい、貴方が一番わかってるでしょ?」

 

 一体何の事を言ってるのだ? 原因となってる何かがが分からない。

「……これだから目先のモノしか見えてない奴は……」

 ボソリとセシリアが呟く。完全に喧嘩を売ってる。二人の女子がセシリアを睨みつける。

「なんですって!」「貴方、私達を馬鹿にしてるの!?」

「されたから仕返しただけですわ。貴方達が謝れば私も非礼を侘びますのでそのつもりで」

「貴方ねえっ!」

 一人の女子がセシリアの胸ぐらを掴む。よくわからんが、とりあえずこれ以上はマズい。

 

「ちょい待ち! その喧嘩、待っただ!」

 一夏が叫ぶと、その声に野次馬たちがまるで海を割くように一夏の前を開ける。モーゼも今なら役に立つ。一夏は三人に近づくと、とりあえず掴みかかってる手を優しく握る。

「女の子同士がそういう喧嘩、あんまり良くないと思うぜ。織斑教諭がこの騒ぎ聞きつけたら、どういう事になるかね」

「……うっ」

 千冬姉の怖さを知ってるのか、掴みかかった方の女子生徒が苦い顔をする。一夏はもう一方の女子生徒にも目を向ける。

「こんな公衆の場で騒ぎを起こすのは、どっちにせよ良い事じゃない。ここは両方場を納めて謝る。って風にはならないかな?」

「ううっ」

「当然、セシリア嬢もな」

 一夏はセシリアの方を見ると、彼女は冷めた表情で言う。

「私はただ前言撤回と謝罪がいただければそれで構わないのですが」

「先輩方、ここは年上の余裕を見せてほしい」

「な、なんで私達が……」

「お願いします」

 一夏は頭を下げる。今話題の男IS操者に頭を下げられては彼女達も反論出来ないだろう。地位を利用した行動だが、それで場が収まるなら利用するべきだ。

 

「わ、分かったわよ。さっき言った事は言いすぎたわ。ごめんなさい」「わ、私もごめん」

「はい。私の方もついカっとなって申し訳ありませんでしたわ。先輩方」

 

「はい。これで終い。喧嘩両成敗。散った散った」

 とりあえず場を収めて、一夏は両手でパッパッと外野を散らす。キャイキャイと女子が黄色い声を自分に送るが、知ったことではない。どうせ今でも珍獣だ。だったら名奉行だろうが正義のヒーローだろうが王子様だろうがドンと来いだ。

 女性陣が散ったのを見てから、一夏はセシリアをもう一度探そうとして、

「ちょっと」

 彼女に肩を叩かれる。

「ん」

 手間が省けた。昼飯でもどうだ? と言おうとしたが、さっきの今だ。状況が悪い。そう考えてるとセシリアの方から切り出す。

「貴方も今日は今更ここで昼食は取りにくいでしょう。場所を移しませんか?」

 何と、逆に誘われるという珍事が発生した。

 




実験的に二話分割。本来は次回の話とで一話だったものを、分割しての投稿となります。セシリアの設定を掘り下げるためのちょっとしたオリジナル展開です。


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六話「笑わざる者」

 そうということで、二人は今屋上に来ていた。IS学園はどうやら屋上を解放しているらしく、花壇や石畳が綺麗に整備されて、テーブルと椅子も見える。人もそこそこにはいるが、こちらに来る方は安らぎを求めていることもあり、食堂の喧騒に比べれば百倍静かだろう。セシリアはホっと一息つく。

「ここのほうが性に合いますわ」

「かもな。で、聞きそびれたが昼飯は?」

「これを買ってます。最近お気に入りの味ですわ」

 

 そう言って彼女がテーブルにおいたのは、何とカツサンドと抹茶オレの紙パックだった。なんだこれは。謎すぎる組み合わせだ。いや、カツサンドはあれか。仮にも英国を代表する料理サンドイッチの一種だからか。

「いや、でもこれ一人分じゃ」

「貴方に差し上げますよ。先ほどのお礼です」

 セシリアは微笑む。初対面から思ったが、彼女はどうやら徹底的に礼には礼を尽くし、非礼には非礼で応ずる性格らしい。

「いいのか?」

「貴族の食事は、食欲を満たすために食するのではなく、味を楽しむために食すのです」

「なんのこっちゃ」

「気遣う必要はない。ということです」

「なるほど。だが、一つくらいは分けるよ。俺だけ全部食うのは気が引ける。後飲み物は、俺がそこの自販機で一つ奢ろう。何、元は俺があんたに礼を言いたくて飯をおごろうと考えてたくらいなんだ。このくらいはさせてくれ」

「……ではミルクティーを。ロイヤルな方で」

「仰せのままに。お嬢様っと」

 

 結局、四切れあるカツサンドの内の一つと、ロイヤルミルクティーをセシリアが。そして残りのカツサンドと抹茶オレを一夏は向かい合って食べる事となった。彼女が気に入ってるというだけあって非常に美味しいカツサンドだ。脂肪分の少ないヒレ肉である辺りが、彼女の少女らしさか。抹茶オレは初めて飲んだのだが、意外とイケる味だった。

「はあ。それではわざわざ先日のお礼に?」

「ああ。俺からすれば願ったり叶ったりだったしな」

「お互いがもともと望んでいた事です。それに、男性初のIS乗りと一戦交えるというのは知的好奇心をくすぐりますわ」

「実はあんたが栄えある俺の実戦最初の相手だ。俺はIS学園の試験……確か試験官との戦闘だったか? あれをやってないからな」

「自慢じゃありませんが私、試験で唯一試験官を倒しましたわ」

「そりゃすごい。自慢していい」

「といっても、私が動いたら結果的に突撃をかわした事になって向こうが壁にぶつかって自滅したのですが……」

「へ?」

「笑い話にしかならないので、誰にも言ってないのです」

 

「なるほどね……ところで、一つ聞いていいか?」

「先ほどの事ですか?」

 セシリアがミルクティーを飲みながら尋ねる。

「まあ、事情も知らずに両成敗しちまったからな。途中から聞いたとこ、あの先輩二人があんたの何かを侮辱したみたいだったが……その布袋か?」

 一夏は推測をぶつける。彼女が片時も離さず持ち歩いている布袋。大事なモノを侮辱されたというなら、それが一番可能性としてはありえるだろうと思ったからだ。

「見せるのは結構ですが一つ。笑う事だけは許されません。これは私の誇りそのものなのです」

「何かは知らんが、笑いはせんさ。大事な物なんだろうし」

「では」

 そう言うと、彼女が布袋からその中身をスルスルと取り出す。そうして目に映ったのは、

 

「……ライフル銃?」

 彼女が誇らしげに掲げたのは、一丁のライフルであった。木製のストックは古くながらも彼女の手に馴染んでおり、歴戦を戦い抜いてきた鉄の匂いがする。これをどこにでも持ち歩けるのも、IS学園ならではといったところか。

「そうですわ。正式には先込め式のものであるエンフィールド銃を後装式にしたものです。スナイドル銃ともいいますわね」

「相当古そうな」

「ざっと百五十年以上は昔から私の家にあるものです。それを私が引き継ぎました」

「は~っ」

 なるほど。確かにこれなら先輩方が時代遅れや博物館云々の発言も納得出来る。このIS全盛の時代に人が使うタイプの、しかも一発ずつしか撃てないようなものは例えこれでなくとも時代遅れ扱いだろう。

 

「この銃が、それこそ博物館に置かれるようなものである事は私も理解しています。それが時代遅れであることも。ですが、この銃は確かに世界の一時代を築き、戦いのあり方を一変させたISと同じ類のものだと私は考えています。そして今も銃はISの兵装に多く装備されています。それを彼女達は馬鹿にし、あまつさえ踏みにじったのです。ISという武器に頼って地位を得た私達女ならば、決してそれがどんなものでも銃を馬鹿には出来ないはずです」

 彼女は感慨深く呟いて、ライフルを布袋にしまう。見た目以上に癖のある少女だ。柔軟な思想を最初に見た一夏だったが、今の彼女は頑なそのものだ。それが彼女に同居して、セシリア・オルコットという人間を形成してる。おそらくその根幹の教えは親の教育の賜物だろう。

 

 少し、羨ましくもある。

 

「ふむ……まあ、理解できなくはないな。男は、人の銃を馬鹿にしたりはしない。少なくとも俺は絶対にしない。確信を持って言える」

 なぜかと言えばシモネタなのでそれ以上は言わない。だがセシリアは確かめるように言う。

「それってもしかして、男は誰でも銃を持っているから。ですか?」

「!? なんで知ってるんだ?」

「パパ……お父様がいつも言っていました。男は誰でも銃を持っている。それを馬鹿にすることだけは絶対にしてはいけない。と」

「……」

 それ、娘が意味を知ったらどうするつもりなんだ親父さん。しかもこの時代に。

「少なくとも、見て威力を知ってから言え。とも言ってました」

 

 ガシャン!

 

「い、いきなりどうされたんですか?」

「嫌……いや、なんでもない」

 思わずおもいっきりずっこけてしまった。娘にシモネタ仕込んでるんじゃねえぞ父親! 女尊男卑社会じゃなくてもアウトだその発言は! 見たところセシリアは文字通りの意味でとってるつもりだが、真意を知ったら嫌われるで済まないぞこれは! この時代に珍しく父親を尊敬してそうな娘に何をやってるんだ何を。

「ゆ、ユニークな父親なんだな」

「? え、ええとても、いろいろな事を私に教えてくれた人でしたわ……そして今も、私の体にはお父様の血と意思が、流れています」

「……そうか」

 いらん事は、言わないほうがいいのだろう。知る事を求めつづけている一夏だが、世の中には知らない方がいいこともあるくらいは知っている。一夏はそれでも知る道を選んだ。それで強くなれるから。

 でも、彼女にはもう少し、父親のブラックジョークを知らないでいる時間があってもいいだろう。この時代に、ここまで父を心から尊敬している娘はそうはいないのだ。その貴重さ。大事にしてもいい。

 

 もうすぐ昼休みも終わる。セシリアが立ち上がった。

「借りができてしまいましたが、戦いの際は一切容赦しませんよ」

「当たり前だ。次お互いを語るのは、アリーナの上でしよう」

「そうね。じゃあ、それまで御機嫌よう」

「ああ、それじゃあな」

 そして二人は、顔も合わせずに教室へと帰っていく。

 

 

 そして、翌週。月曜日。

 

 対決の時。来たれり。




分割後編。引き続きセシリアのオリ展開

この話で一番原作と違うのは「セシリアは誰よりも父親を尊敬している」という原作と真逆の設定になります。後に説明がなされますが、筆者の独自解釈でキャラの家族関係周りはいろいろ変わる事になると思います。

次回より代表決定戦篇。本小説はバトルに重点を置いているため、これの要素においては原作よりも何倍も比重をおいて頑張ろうと想います。


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七話「クラス代表決定戦!」

 早朝、剣道場。剣道部に所属しているという箒のツテを使って、頼みこむ事でこの時間を貸してもらい、一夏はセシリア戦の前のウォーミングアップを行なっていた。練習相手は箒だ。

「はぁっ!」

 箒が木刀を以って一夏に連続で打突を行う。今は剣道部の防具を一部借りてるので、死にはしないだろうがそれでも当たればどれもが致命となりえる痛みとなるだろう。

「シャッ!」

 一夏はそれらを2尺6寸。約八十センチの棍でいなしていく。そして脇腹に一際深く突かれた一撃を薙いで躱すと、棍を箒に振り突く。箒はそれをまるで軽く浮いてるかのように後ろに摺り足。紙一重で射程外へと退くが瞬間、一夏の棍が突如伸びて彼女の眉間を襲う。チェーンが伸びてその勢いで射出したのだ。

 だが、箒はそれを最小限の動きで避け、更に両手で握っていた木刀を手放すと、素早く一夏の右腕を掴み、捻るように投げ飛ばす。柔よく剛を制す。その体現のような柔の技だ。

 

 一夏は投げ飛ばされながら、しかし逆に投げ飛ばされる方向にむしろ体を向け無闇に体を痛める事を回避。それを逆に利用して空中から身を翻し上空からのかかと落としを箒に繰り出す。箒はそれを、投げた時の軽い違和感で察知していたため、即座に投げを諦めると、足元の木刀を器用に足ですくい取ると上に弾き飛ばす。上空へと舞い上がった木刀を箒は両手で掴むと、一夏のかかと落としをそれで受ける。

 かかとの最も硬い部分で攻撃した一夏だったので逆にダメージを受ける事はなかったが、当然体勢は崩れる。箒の追撃が来る前に、一夏は飛ぶように空中で回転して後ろに退いた。箒が木刀を構え直すが一夏がそれを止める。

「これくらいにしとこう。実戦前に倒れそうだ」

「……そうだな。準備運動としては十分だろう」

 二人は武器を下ろすと軽く礼。防具を外して元あった場所に置いておく。道着だった箒は更衣室へと着替えに行ったので、一夏は上の制服を小脇に抱えたままシャツ一枚で外に出る。まだ4月の初め。少々肌寒いが、それが彼のかいた汗を乾かす。

 

(愉快なくらい強くなりやがって……)

 この一週間、箒とは何気ない世間話程度しかしていない。いろいろ積もる話がないわけでもなかったが、彼女の家庭環境は一夏と同じくらい複雑だ。プライベートな話をすれば、必ずそれに突き当たる。それが一夏に思い出話を躊躇わせた。

 だが、剣を、拳を交えれば語らずとも少しは分かる。彼女がどのような六年間を過ごしてきたのか。どのような思いで過ごしてきたのか。想いの断片が、刃に、拳に混ざって飛ぶ。一夏はそれを拳で返す。さっきもそうだったが、そうしている時が、一番二人の時間を感じる事が出来た。

「因果な関係だな。俺も、お前も」

 誰に言うでもなく、一夏は一人つぶやいた。

 

 

 一方、箒は更衣室で着替えながら未だに胸の高なりを抑えられないでいた。何せ六年前、強く格好良かった一夏が六年経ってもそのままにそれ以上に強く……そして格好良くなっていたから。

(キュン死にしそうになった……)

 心中で恥ずかしい事を呟いてブンブンと首を振る。だが無理もなかった。実際、彼女はこの六年間で織斑一夏という男を美化しすぎているのではないかと考えていた時があった。幼馴染にはいかんせん高すぎる理想を持ってしまってるきらいが少し、箒にはあった。その高いハードルを全てとは言えずとも超えられてしまうと、やはりこう、グっとくるものがあるというものだ。

(私のために。なのだろうか……)

 彼がここまで強くなったのは。それとも他の誰かがいたからか……悲しいし、認めたくないが後者だろう。一人であそこまで強くなれない。人は、一人で戦う事は出来る。一人でも力は振るえる。だが、そうなるためには、一人ではなれない。箒が転校してから、誰かがいたのだ。強さを更に研鑽しようと思える誰かが。共に刃と拳を交え、強敵と言うに相応しい者が。

(羨ましい……)

 一夏と一緒に強くなれたその誰かが。そして、そんな強者と巡り会えた一夏が、羨ましい。箒にだって、いないでもなかった。だがそれはあくまで強敵以上にはならなかった。

「……贅沢、だな」

 またこうして、かつての幼馴染に会えたのだから。そしてきっと、ここにいれば出会えるはずだ。ある意味、箒にとって一夏という存在以上に、恋焦がれたものが。

 

 心から許しあえ、心から理解しあえ……心から共に強さを認められる親友が。

 

 

 そして放課後。第三アリーナAピット。つまるところ、一夏側の控え室なのだが。

「何も先生まで俺の方に来なくても」

 男専用のISインナーに着替えた一夏の前にいたのは、箒、千冬姉、そして山田先生だった。他の女子生徒はおそらく、アリーナの観覧席だろう。

「応援ではない。貴様のISが秘匿情報扱いされているのでな。教師として間近でみておく必要がある」

 千冬姉がクールに言うと、山田先生が補足する。

「本当は結構心配していたんですよ」

「……山田先生?」

「は、はひい。なんでもないです」

 言葉が物理的圧力でのしかかるので山田先生が消え入りそうな悲鳴をあげる。

 

「それじゃあ、ISを展開します。離れて」

 三人がある程度距離をおいたのを確認して、一夏は待機状態ドライバーを腰に装着すると、心中で暗示のように変身と叫ぶ。すぐさま、光の粒子が一夏の周りを纏い、粒子は鋼色をしたパーツとなり、一夏の各部位に展開装着されていく。強固かつ大型な脚部装甲、ガントレットタイプ腕部装甲。そして銀鋼は男系技術者による製作の影響か、本来のISには無い場所にも装甲がつけられていく。

 シールドエネルギーの防御性能を任せているISに物理的装甲は必要ないのだが、銀鋼には緊急時用の防御手段。また、本来のパーツ構成でまかないきれてないセンサー類をそれらの装甲に搭載されいるため、一夏の胴体部分は簡素な強化アーマーを装着しような形になる。あくまで動きを阻害しない程度であるが、一応これでも見た目相応の防御力はあるらしい。

 

 頭部には補助アンテナブレードと黒いハイパーセンサー用バイザーがつく。バイザー型は旧式なのだが、男がつけるならこちらの方が格好が立つというのと、機動安定性を重視してこちらが採用された。

 最後に、銀鋼の外見上最大の特徴といえる、アーム保持式四連大型武装コンテナ「戦の棺」が背部アーマーのアームから4つ、リボルビング回転をしながら現れた。これも確実な稼働を求めての物理的なアーム保持式ではあるが、これら自体が浮いているのでアームが破壊されても運用は可能であり、また後ろにアンバランスな武装コンテナを装備してるからと言ってバランスが崩れる訳でもない。更にこれらの武装コンテナは加速用可変ブースターも兼ねているため、後部にはノズルが見える。

 元々ISは宇宙運用を主として作られている事もあるので、装備やスラスター、ウィングは皆基本浮いているのだ。

 これらを以って、男性用インフィニットスーツ試作壱号機「銀鋼」は展開を完了する。完全展開に必要な時間は約一秒。本当はもう少し早くする必要があるのだが、これが限度だったらしい。

 

「これが初の男用ISか。なるほど旧式兵器の名残が多く見えるな」

「コンテナやスラスターが完全に独立浮遊じゃなくてアーム接続なのが特徴的ですね」

「スーツというより、まるで鎧だ」

 千冬姉、山田先生、箒が各々言う。確かにそうかもしれない。この銀鋼のデザインコンセプトの一つに鎧はあったはずだ。お披露目的な意味も含めて、この銀鋼は見た目を重視して作られている。

 

 一夏がハイパーセンサーのバイザーを降ろすと、視界の解像度が一気にあがり、感覚の全てが鋭敏化される。目線で示されている数値を追うと、今回の敵データが表示された。

 戦闘待機状態のIS一機を確認中。操縦登録者名セシリア・オルコット。搭乗ISの種別・カスタム機。ISネーム「ブルー・ティアーズ」。正式登録機体である事をデータベースより問い合わせて確認済み。戦闘タイプ・中遠距離射撃型。特殊兵装は不明ながら、レーザー兵装を多く武装している事を事前検索済み。

 

「一夏、ハイパーセンサーは正常に稼働しているな?」

「大丈夫だ。いける」

「そうか」

 ほんのわずか、ホっと安心したような声に聞こえる。あのクールな千冬姉の表情の機敏を読み取れるのだからさすがである。

「一夏」

 後ろから箒の声がかかったので、一夏は後ろに意識を向ける。目を向ける必要はない。何せ今の一夏は全方位に目がついてるようなものだ。

「何だ」

「情けない戦いはするなよ」

 勝て。とは言われなかった。それは不確定なもので、戦いに赴く者には荷物になると考えたからだろう。反面、情けない戦いをするな。というのは心構えのようなものだ。それは、どんな状況でも約束できる。

「おう」

   

 一夏がピットゲートに進むと、銀鋼はふわりと浮いて動く。大丈夫だ。基礎動作は何度もやっている。戦いの勘も箒との戦いで研ぎ澄まされた。後必要なのは、勝利するのに必要な力というリソースだけ。

 ゲートが開いていく。出撃だ、目の前には、「敵」がいる。

 




本作品主人公機体「銀鋼」お披露目回です。原作主人公機とは真逆の汎用機体でありますが、特性や元との関係性も後々という感じで扱って行きたいと思います。

また箒の性格の方向性も少しずつ原作とはシフトしていく感じで進めて行きたいです。次回よりバトル回ですが、何と足掛け三話に渡って戦います。ご容赦を。


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八話「青い雫」

「来ましたか」

 そこにいたのは青い騎士。否、青い貴族か。セシリア・オルコットは余裕のある笑みで一夏と銀鋼を迎える。彼女は地面に立ち、浮いていなかった。

「待たせたな」

「いえ。待つ事は得意ですので」

 彼女は言うと、手にもつ巨大な銃器で愛嬌を示すように振る。検索すると、あれが彼女の通常主兵装。六七口径大型レーザーライフル「スターライトⅢ」らしい。英国製量産機の機体に青いリカラー。そして背にはマント。もしくは羽を思わせる四つのフィン状兵器が見える……いや、六つだ。わかりにくいが、腰についてる二つも同等兵器と見ていいだろう。おそらくはあれが英国の第三世代特殊兵装「ブルー・ティアーズ」なのだろう。実験兵装の名をそのまま機体の名前にしているのだ。しかしどんな兵器かは、さすがに検索には引っかからない。これは実際に戦って見るしかない。

 そして何と、一番驚くべきは彼女の腰にあの例の古式ライフルが付けられている事だ。さすがにIS戦にまで持ち込んでくるとは予想外だった。せっかくの統一された青の兵装の中、あれだけが一人、古の匂いを出している。

 

 アリーナステージは直径三百メートル。IS同士で戦うにはこれでも狭いくらいだ。既に試合開始の鐘はなっているので、いつ攻撃をしてもおかしくはない。しかし彼女は攻撃はおろか、レーザーライフルを構えようともしていない。

「一つ、謝っておきたい事があるのです」

「? 何だ?」

「私の戦い方は、少し独特なものです。貴方が実戦に求めていたIS戦闘とは異なるものになるかもしれません。ですが、それが私の戦い方なのです。事前にこの事を了承してくださいますでしょうか?」

 わざわざ自分の戦法に断りを入れるとは、一体いかなる戦いをしてくるのだろうか。不満よりもむしろ俄然興味が湧いた。

「構わんさ。オーソドックスだけがISならば、そんな凡百なモノは世界を変えられない」

「ありがとうございます。それでは……」

 彼女が射撃状態に移行。兵器のセーフティロックをセンサーで確認する……来るか。

「狩りを始めましょう」

 そう言った瞬間、彼女はスラスターをフルスロット。全開で

 

 バックした。

 

「!!!????」

 バック? 後ろに? 全力で? 引き撃ち等ではなく、攻撃もなく全力でバック? 一夏の頭を疑問符で埋め尽くすが、即座に頭を切り替える。事前に言われたではないか。独特だと。ならばここで動揺するのは愚策。かといって、彼女にとっておそらくもっとも辛いだろう近接を狙って全力で追うのは危険だ。ここは牽制を兼ねて射撃兵装だ。

 すぐさま、一夏は武装コンテナを展開コール。すると四つの内上部二つのコンテナの上面ハッチが展開。八連追尾ミサイルポッドがそれぞれ顔を表す。一夏はこれを、後退するセシリアに目視ロックで全弾十六発を射出した。

「行きなさい。我が子達」

 それに対してセシリアは背部の四つのフィン型スラスター兵器を展開し飛ばす。フィン型スラスター兵器達はまるで意思があるかのように多角的直線軌道で舞うと、各々がレーザーを射出。なるほど。ブルー・ティアーズ。その正体は自在に動かせる全距離対応兵装。いわゆるビット兵器という奴か。ビット達は一夏の放ったミサイルを的確に撃ちぬいては爆破していくが、ビットが四つに対してミサイルは十六発。ビットの防御網を抜けて二発のミサイルがセシリアを襲う。しかしセシリアはあらかじめ、それを残していたのだろう。レーザーライフルを構えると、威力を絞って二発。無駄の無い射撃を行う。それだけでミサイル二発は爆散した。

 

 そうこうしてる間に、セシリアのISはアリーナの後端までたどり着いてしまう。後ろに引くという有用な近接攻撃への回避手段を早々に捨ててしまったのだ。一夏は近づきたいのは山々だったが、ミサイルを撃破したビット達は今度は一夏へと攻撃を仕掛けていた。しかしこれがおかしい。どうも、当てる気がない。わずかに後退すれば見きれる程度の射撃。何らかの意図がある。

 そう思ってると、ビット達は突如攻撃をやめて一夏から離れる。そしてセシリアの前方五十メートル辺りの位置で、彼女を守る騎士のように空中に浮かぶ。

「な、何がしたいんだ?」

 意味がわからずに一夏が呟くが、その後のセシリアの行動で、一夏は彼女のいう「少し独特な戦法」の正体が分かった。

 

 おそらく布陣をしいていたのであろう彼女は、それが完成すると同時に、うつ伏せになったのだ。同時に、彼女についていた残り二つのビットが浮き上がって彼女に覆いかぶさるように展開する。あの二つは防御用ビットなのだろう。そして彼女は、レーザーライフルを真っ直ぐこちらに向け、あまつさえ後付したのであろうバイポッドを展開し地面に根ざした。

 ここで、一夏は理解する。なんという少女だ。空中機動を主とするISの戦闘倫理からは到底思いつかない。彼女は、狙撃戦をしようとしているのだ。最後列まで下がったのは、狙撃手にとって一番の盲点となる後ろを潰すと同時に、ハイパーセンサーの範囲を前面に集中させたいから。ビット兵器が一夏を直接襲わなかったのは……おそらくだが、彼女は一撃で仕留めたいのだ。

 

 一夏の頭を、レーザーライフルによってヘッドショットで撃ちぬく一撃で。

 

 ISには絶対防御という機能がある。操縦者の命を守るために、ありとあらゆる攻撃を防ぎきる。故に、例え大口径レーザーライフルの頭部へ直撃と言っても、一夏は死なないだろう。だが同時に、絶対防御はシールドエネルギーを致命的に消費するという欠点がある。基本的にIS戦闘はシールドエネルギーの削り合いだ。これを0にしたほうが勝利する。シールドエネルギーはISそのものの稼働にも使っているからだ。

 現在の銀鋼のシールドエネルギーは600。まあ全開状態である。消費していたとしても数値に出ないほどの稼働自然減少量くらいだろう。これら全てを、彼女は狙撃の一撃で仕留めるつもりなのだ。

 異端も異端。ISでこのような戦い方をする人間がいるとは思わなかった。考えてみればそもそも彼女は先程からまるで「飛んでない」。自在飛行が長所のISを飛ばしてないのだ。長所を潰してまで、自分が最も得意とする戦法を使っているのである。

 だがそれは同時に、もしも一夏が彼女に近づき一撃を見舞いできれば、そのまま追撃で勝利するということだ。現在位置からセシリアまでの距離……二百十メートル。この死のロードをくぐり抜ける事が、一夏の勝利条件。

 

 意図を察せたであろう一夏の表情をハイパーセンサーで見て、セシリアは嗤う。

「獲物が賢ければ賢いほど、狩りは楽しくなる。さあ、踊ってください。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる銃歌で!」




ブルー・ティアーズ戦。その1 ブルー・ティアーズの見た目は、装飾がじゃっかんシンプルになっているくらいでそこまで原作と差異はないです。

一番の変更点は彼女の戦闘スタイルになります。ISでする必要があるのかというツッコミが来そうですが、ハイパーセンサーとビット・レーザー兵器の有効活用を考えた結果の戦法。という事になっています。


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九話「銀の鋼」

九話「銀の鋼」

 

   

 

 一夏は息を呑む。全身の神経を集中させ、一方で思考を回転させる。セシリアは動かない。ビットも同様だ。先ほど待つことが得意と言っていたのはジョーク等ではない。狙撃戦は待てるかが勝負。本当に彼女は、それこそ一夏がシビレを切らすまで待ち続けるつもりだ。アリーナを借りれる時間? おそらく彼女にとってはくだらない事象なのだろう。しかし、一夏が動けば、そこからは継ぎ目無く攻防が始まる。待ち続け神経を削れば削るほど一夏が不利なのだ。故に勝負は、長いようで一瞬。決着はすぐに付く。

 一夏が微動だにしないのに彼女が撃たないのは、一夏の姿勢にある。臨界までブースターを上げておき、撃たれれば、否。レーザー兵装の速さならば、撃った時点で射線上にいれば当たる。故に見切られるのはトリガーを引く動作。ハイパーセンサーによるコンマ零零秒の超反応で加速回避。次弾発射前に勝負は決するからだ。ビットの一撃は痛いが、正直削り切るには至らない。セシリアもわかっているのだ。ビットが牽制以上の兵器になり得ない事は。彼女にとってビットは攻撃主体ではなく、迎撃・防御・牽制を兼ねたまさしくセシリアという親機に対する子機の役割なのだろう。

(まるで一人軍隊だ)

 一夏は唸りながら、作戦を構築。理想目標は彼女を一回のアプローチで削り切る事。最低目標は、彼女の今の体勢を崩しきる事。どちらにせよ、肉を切らせて骨を断つ作戦になる。二人が全く動かなくなって、今で五分たつ。たった五分。しかし二人にとってはその数十倍にも濃縮された時間。

 

 突如、一夏は武装をコール。上部コンテナがミサイルと同じ時のようにハッチが展開。先ほどより小さめのミサイルが左右一六発が発射され、一夏はそれにワンテンポ遅れて加速直進する。ミサイルは直上に撃たれると、上空で破裂、粒子のようなものを散布していく。

「!」

 セシリアはすぐにそれがレーザー兵装妨害用の重金属粒子群である事を知る。ただでさえ距離減衰・拡散が難点のレーザー兵装の使い勝手を悪くするセシリアの武装に対する最も有効なメタ兵器とも呼べるものだ。レーザー兵装はいまだ開発途上の兵器。見る限り汎用型であろう銀鋼がそんな兵器にピンポイントメタを張って常備しているとは思えない。おそらく、公開情報の収集でセシリアの機体がレーザー兵装実験機体である事を見ぬき、イコライザ(後付武装)したのだろう。ブルー・ティアーズの最重要機密はビット兵装。BT兵器であり、レーザー兵装は調べればバレる範囲だ。

 これは卑怯ではない。セシリアは感心すると同時に感謝する。レーザー兵装がこれらの妨害に弱いこと等、開発部も含め熟知の上だ。つまり、この程度の妨害を対応できないようではセシリアもブルー・ティアーズも、所詮はそれまでということ。実戦ならばこの程度の障害は無いほうが不自然。

 

 セシリアは素早くそれに対応。ビット子機三機を重金属粒子群が散布されきる前に一夏への射撃を繰り返しながら素早く呼び戻し、ブルー・ティアーズ機体本体の近くまで引き寄せる。一夏はビット射撃をバレルロールで超低空横転回避。そのまま高度を上げていき、重金属粒子群の適用範囲内に紛れる。

 一夏は武装をコール。下部コンテナ二つから引き出されてきたのは、大型の二〇ミリ六連ガトリングキャノンである。一夏はコンテナから小型補助アームで展開されたそれを握ると、それをセシリア目掛けて発射しながら再び加速。弾幕と散布された重金属粒子群の盾で突撃し、そのまま削り切る構え。

 

 セシリアは攻撃用ビット三機で迎撃。防御用ビット二機で物理的に攻撃を弾くが、それをくぐり抜ける特殊徹甲弾の弾幕が一発また一発とブルー・ティアーズの装甲・シールドエネルギーを削り取っていく。しかしそれでもセシリアはライフルを微調整。迫り来る一夏の射線へとレーザーライフル「スターライトⅢ」を構える。銀鋼ゼロ距離までの到達時間はコンマ一秒代だ。

 セシリアはその一寸に、レーザーの減衰を防ぐためにギリギリまでレーザー密度を絞り切る。針の穴を通すような射撃。このブルー・ティアーズならば、容易い事だ。ハイパーセンサーが鋭敏化されていき、時間が何十倍にも引き伸ばされたような感覚になる。チャンスは一瞬。さもなくば削りきられて負けるだけ。

 その時、距離残り十メートルを切ったところで、一夏がガトリングをクローズ。収納すると、ガントレット装甲の拳を構えた。まさか、銀鋼の近接格闘は徒手空拳だとでも言うのだろうか。そんなことも言ってられまい。まだだ。まだ撃たない。

 

 一方一夏はギリギリのチキンレースを味わっていた。この距離まで近づけばもはや重金属粒子群の減衰効果なんてあったものではない。減衰範囲内で撃ち続ければより有利かもしれないが、それは彼女が絶対に飛ばない。という事を前提にした作戦になる。もしも彼女が己の戦法を切り替え急上昇されれば、一夏は対応する間もなくゼロ距離からのレーザー兵装で負けに追い込まれる可能性があった。

 戦いとは常に、相手の行動を読み取り、なおかつ相手の行動に依存しない勝ち筋を見つけるべきだ。多少のリスクを背負っても、近接戦闘を行うのが良策と一夏は考えた。一夏のガトリングキャノンがセシリアのシールドエネルギーを削ると同様、セシリアの迎撃ビットが一夏のシールドエネルギーを削る。取るに足らないダメージだが、おそらく狙撃の一撃で倒しきれる余裕を稼いでいるのだ。ならばカスって当たる一発も致命につながっていく。

 

 もはや一夏とセシリアの距離は眼と鼻の先。あともう一瞬で、一夏の拳はセシリアのレーザーライフルの先端に触れるほどだ。まだ撃たないというのか。これ以上はもはや接射ですらない。

 だがその一瞬が来る前に、彼女はトリガーを引く。ISの銃器のトリガーは、直接引く必要はなくただトリガーにかけた指でISを通して「命令」するだけでいい倫理トリガーとなっている。直接引くよりずっとラグもないが、それでもわずかな前動作はハイパーセンサーで感知できる範囲だ。そして一夏は、この真っ当な状況ならば例え彼女が文字通りの零距離。それこそ押し付けられて撃たれても躱す自信があった。

 

 レーザーが射出される。その時には、一夏は残像を残す速度でわずか、本当に最小限の動きで彼女のレーザーを躱す。減衰を恐れての引き絞りすぎだ。より拡散方向にすれば、一撃とは言えずとも一夏にダメージを与えられただろう。プライドに押し負けたのだ。彼女は。

 そしてそれと同時に、一夏は右手を構える。掌打だ。だが、IS相手にただの掌打では意味がない。

 

 ISを殺す掌打。対機格闘術「重連掌打」シールドエネルギーに対して多段衝撃を与える掌打を打つ事で、その実際威力以上にシールドエネルギーを削り取る。言わばISのための格闘打撃。セシリアにはもはや後退する道もない。すなわち直撃。そのまま一夏はセシリアを、ブルー・ティアーズを蹴り上げる。脚部ブースターも利用した加速蹴りにセシリアのISは反応する間もなくゴムボールのように打ち上がる。

 

 勝ちだ。もはや彼女のシールドエネルギーは残り僅かのはず。一夏は振り返りながら空を見上げ、セシリアを見る。セシリアは虚ろに空中に浮遊しながら、消え入るような声でボソリと呟いた。

「頭、取りました」

 瞬間、一夏の頭部を高密度レーザーを撃ちぬく。絶対防御発動。だが、それで衝撃が全部吸収されるわけもない。一夏は首がねじ曲がるような感覚を覚えながら吹っ飛んだ。シールドエネルギー減少420ダメージ。残量67。だが、一夏の脳内は既にダメージではなく現状把握へと意識を向かわせていた。

 一体どこから撃ったのだ。あの威力からしてビット射撃でないのは確か。そもそも、ビット射撃は精密な挙動故に集中力がいる。あの打撃をくらってからのタイミングでは不可能なはずだ。つまりセシリアは打撃を受ける前に照準を終わらせている必要がある。レーザーライフルは確かに躱した。ならば、一夏に当たったのは何だ。完全な死角からの射撃とこの威力。ビットとレーザーライフル両方の性質が無ければ不可能……両方? まさか……

 

「な、なんなのだあれは!」

 ピットルームのリアルタイムモニターで箒は驚く。モニターで見ていた彼女は分かる。一夏の頭を撃ちぬいたのはビット兵器の一つだ。彼女は最初から、ビット兵器を一つ一夏の死角に待機させていたのだ。だが、驚くべきはそこではない。セシリアが撃ったレーザーライフルの一撃を確かに一夏は躱した。だが、そのレーザーの射線の先には件のビットがあった。そしてビットはレーザーの直撃を受けたのだが、何とそのビットはレーザーを受け止め、停滞させ、一夏が完全にセシリアの方へと意識を向けたと同時に反射したのだ。

「お、織斑先生……あれは」

 山田摩耶が千冬の方を見る。彼女は頷いた。

「あのビットにはレーザーを反射させるプリズム装甲が使われているのだろうな。撃ったレーザーをプリズム内に反射させ、短時間ならば待機も可能。その上で反射による偏光射撃を行えるようになっているのだ。本来なら一撃で仕留められるはずだが、反射待機中に威力が若干減衰したのだろう」

 それでもあの状況から的確に偏光射撃によるヘッドショットを当てれるのはタダ事ではない。まさしく耐え続け、待ち続けたセシリアが掴んだ好機の一撃だ。ブルー・ティアーズは試験兵装の性能を見るための実験機である以上、装備に偏りが出て実用性に欠ける。しかし彼女はその性能を吟味した上で、自らに最も有用な戦い方を見つけ出し、自らの力と兵装を引き出すためにISの力の使いドコロを変える事で有効な運用を行なっているのだ。さすがにあの一撃は、一夏でなくても。それこそ千冬自身でも避けるのは不可能だろう。つまり一夏は、あのワンアプローチでセシリアを削り切る必要があった。それが出来なかった一夏の過失だ。

 

 だがそれは同様にセシリアにも言える。彼女のシールドエネルギーも残りわずか。先ほどのヘッドショットで倒しきらなければいけなかったのだ。何より彼女が自ら敷いた鉄壁の布陣は崩れた。ここから先は全く両者の勝敗がわからない状態。

(真実を知った。か。なら、ここでその力を見せてみろ……一夏!)

 

 




ブルー・ティアーズ戦その2 戦闘がこの作品の華ですし、初戦闘でもあるので途中省略は無く全戦闘描写です。

二人の戦闘力としては、現時点ではほぼ互角です。なのでどちらが勝ってもおかしくはない。という描写に努めました。どちらが勝つかは次回。ということで。


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十話「勝負決着」

 セシリアは空中で朦朧とする意識と受けたダメージを確認しながら、一度ビットを全て呼び戻し状態を戻す。レーザーライフルは損傷無し。物理的損害は装甲のみだ。腰のライフルは当然のように無傷。しかしシールドエネルギーは残り41。相手を笑えない数値だ。レーザー兵器で使うエネルギーも考えれば、被弾は一発も許されない。

「褒めて差し上げましょう……」

 セシリアが見下す。その先には、頭をさすりながら立ち上がる一夏。ハイパーセンサーバイザーが少し欠けているが、その姿に戦闘能力の低下はまるで見られない。むしろ覇気は上昇していると見るべきか。

「このブルー・ティアーズを前にして、初見で空中にまで追い込んだのは。更に言えば、私が狙撃の一撃で相手を仕留められなかったのは、貴方が初めてですわ」

「そりゃ光栄だ。勲章もらえるかな」

「私が女王ならば、騎士の称号を与えたでしょうね」

「ありがとよ」

 一夏は答えながら、ダメージ状況を走査する。頭部ハイパーセンサーに若干の支障あり。射撃兵装に影響。絶対防御の発動により身体に異常は無し。機体の戦闘続行は条件限定で可能。重金属粒子群は有効率現在五十二%。威力減衰は有効ながら、無効化は不可。現在の残シールドエネルギーを考えれば、ビットレーザーも十分な脅威。追記すれば、重金属粒子群散布ミサイルは一回分のみ搭載のため、次弾無し。

 

 シールドエネルギーの残量はおそらく互角。武装面ではハイパーセンサーの支障の分こちらが不利。環境は重金属粒子群によりこちらが有利。装甲面ではこちらが頭部ダメージ中に対して、向こうは全体ダメージ中。装甲部分重要度の違いにより甲乙は付けがたし。

 

「私は貴方に敬意を表します。故に」

 セシリアはそこで、レーザーライフル「スターライトⅢ」をクローズ。代わりに右手を前に掲げると光の粒子が舞い新たな武器をコール。その手に握られたのは、近接戦闘用と思わしきショートブレードだった。後付武装なのだろうか。彼女らしくない武器だ。もしくは、狙撃で仕留めた獲物を切り取る刃物。という意味では彼女らしい武器というべきか。セシリアはそのショートブレード「インターセプター」をクルクルと回して構える。同時に、ビット六機全てが再び宙を舞う。

「空中戦闘で、止めを刺しましょう」

 それは狙撃戦に固執していた彼女自身のプライドを捨てる。という意味か。ビットを全機使用する辺り、プライドで実力が抑制されている。という訳でもなさそうだ。ならばと一夏はフワリと浮き上がり、セシリアと同じ目線まで上昇する。そして武器をコール。下部コンテナ左右から柄が突き出され、一夏はそれを抜く。「多機能戦闘用ブレード」刃渡り三尺四寸のそれを一夏は二刀で構える。

 突如訪れる静寂。両者。構えた時点で少しも動こうとはしない。しかし、一夏がここで左手のブレードを滑り落とす。セシリアはそれに無反応。が、次の瞬間一夏はその滑り落ちたブレードをセシリア目掛けて蹴り付け投擲!

 

 セシリアもそれに合わせて一気に動く。蹴り投げられたブレードをビットで落とすと、そのまま攻撃ビット四機を多角機動で一夏に向ける。一夏はセシリアに向かい加速。ビットレーザーを潜り込むように避けながらコンテナのハッチを展開。そこからい出るは無数の刃の柄! 一夏は笑うと、その刃。多機能戦闘用ブレードを回転射出。そして空中を舞うブレードを手で掬うように取って投擲射撃! その投擲はビット、そして当然セシリアも襲う。

 だがセシリアは慌てず動かず自らへの投擲ブレードは防御用ビットで防ぎ、機動回避の神経集中を攻撃ビットに回す。一夏は両手両足を使ったブレード投擲でビットを狙うが、さすがに直線にしか飛ばなければ特別高速という訳でもないブレード投擲がビットに当たるはずもない。

 はずが、一つのブレードがビットに命中。そのまま連続投擲で攻撃ビットの一つが火花を散らして墜落する。この遮二無二見えた投擲は、セシリアのビット行動パターンを読むための捨石だったのだ。一夏は更にもう一つの攻撃ビットもブレード投擲で破壊する。

 

「お見事」

 しかしセシリアに焦りは見えない。むしろ戦いを楽しんでるようにも見えた。それは一夏も一緒だ。無言ではあるが、その表情は笑顔だ。

「ハッ!」

 息を継ぐように、笑うように、気合を入れるように、一夏は叫ぶと、ブレード二本を両手に構えセシリアへと突撃。セシリアはまず右手の一撃を防御ビット二つがかりで防ぎ、左手の一撃を自らのショートブレードで受ける。と同時に、彼女は自らの足で一夏の足を抑える。蹴りを防ぐためだ。

 

 攻撃手段を抑えた。後はビットでとどめを刺す。セシリアが勝利を確信したその時を、一夏は逃さない。コンテナ三番、四番をアームよりパージ。慣性制御より解除。指向性を以って射出。及び一番、二番コンテナアームを限定武装に変更。マニュアル操作を施行。

 

 突如、一夏の背部コンテナの下二つが後ろへと吹き飛ぶ。巨大な質量の塊はそのままビット二つにぶち当たる。破壊とは言わないが、機動バランスを失うビット。だがセシリアがもっとも驚いたのは、残り二つ。上側コンテナの接続アームが伸びると、コンテナ二つが連結。まるで巨大なハンマーのように振りかぶり……

「!」

 それを後退でかわそうとしたセシリアの手を、一夏の左手がしっかりと握る。セシリアがここで、初めて焦りの表情を出す。

 

 コンテナハンマーの一撃はそのままセシリアを防御ビット毎真上から叩き潰す。シールドエネルギー最後の力が発動し、彼女自身にはノーダメージとなったが、それによって役目を終えたブルー・ティアーズは光の粒子となって消える。ISを失い落ちそうになる彼女を、一夏は握った左手で引き上げる。二重の意味で、一夏は彼女の手を握ったのだ。

 ブザーが鳴り響く。閉幕(フィナーレ)である。

 

「試合終了。勝者『織斑一夏』」 

 

「俺の勝ちだ。セシリア嬢」

「……ふふっ」

 セシリアは言葉を返さなかったが、代わりにこちらが思わずドギマギしてしまうくらいの笑顔で返してくれた。

 

 ある種、最高の返事であった。

 

 

 

「二人共、よくやった」

 ISを解除し、ピットに戻った一夏とセシリアを迎えた千冬姉の第一声がこれだった。時代が時代なら「大義であった」とか言いそうな感じだ。つまりこの言葉は、千冬姉が言う褒め言葉の中では上位三つに数えていいレベルの絶賛である。これには一夏も少したじろぐ。

「あ、ありがとうございます」

「セシリアは状態はどうだ?」

 それ若干スルーするように、千冬姉はセシリアの方を向く。無視っすか。

「問題ありませんわ」

 セシリアは至って普通そうに言う。こう見ると本当にダメージはなさそうだ。

「なら良し。今日は早めに休め」

 そう言って、千冬姉は先にセシリアを返す。彼女は一礼すると、自分側へのピットへと戻っていった。そして千冬姉は再び一夏の方を見る。ちょっと怖い。

「……」

「な、なんでしょうか」

「頭は、頭の怪我は、いけるのか?」

「? ああ、大丈夫。問題ないです」

「そうか……」

 そしてまた黙る。千冬姉もちょっとどう言えばいいのか距離感を掴みかねてる感じだな。実際一夏自身もそうなので無理はないと思うのだが。そうしてると、山田先生と箒がこちらに向かってきた。山田先生は興奮冷めやらぬ。といった感じの表情だ。

 

「織斑君! すごかったですよ! さっきの戦い!」

「あ、ど、どうも」

「いやあ、織斑君の副担任として私、とっても鼻が高いです……あ、でもオルコットさんも素晴らしかったですよね! 偏光射撃の狙撃には感動しちゃいましたよ!」

 やはりビットに偏光機能がついていたのか。思わぬ答え合わせが出来て良かった。

「い、一夏!」

 今度は箒だ。彼女はやや心配気な表情をしていたたが、一夏の顔を見るとキっと表情を引き締める。

「……」

 と思ったが、それはそれで言葉が見つからなかったらしい。なので一夏が言葉を継ぐ。

「情けなくは、なかっただろ?」

「……あ、ああ。そうだな。まあ、合格点でいいだろう」

 箒がふんぞり返るのに、一夏は微笑む。

 

「勝利したとはいえ、これからも気を抜かないことだな。とりあえず、今日は帰って寝ろ」

 千冬姉が言う。確かにその通りだ。実際、頭部の傷は大丈夫であっても無傷ではない。

「帰るぞ」

「あいよ」

 箒に言われて、一夏は寮への道を歩き出す。そこでふと、一夏はこの前自分が言っていた事を思い出す。

 

「そういや話が途切れちまっていたが、お前にISを教える話ってどうなってたっけ」

「ひえ!?」

「また変な声を出す」

「い、いきなり言うからだ!」

「負けたら言いにくい話だったが、一応勝ったしな。前回結局答えを聞けてなかった」

「……一夏は、私にISを教えたいのか? ……わ、私だから?」

「まあ少なくとも、お前以外には二度もわざわざ確認はとらんだろうよ。それに」

「それに?」

「ISに乗ったお前の強さが見たい。ISに乗ったお前の剣が見たい……ISに乗ったお前が見たい。おかしいか?」

 

 純粋な笑顔で、一夏は箒に問う。子供のように無邪気で、修羅のように熱い。箒は、思わず笑ってしまう。

「そんな風に言うと、まるで練習相手が欲しいだけに見えるな」

「だけではないが、そうでもある……怒るか?」

「いや……私も同じだ。今日見て思った。ISに乗った一夏と……銀鋼と戦いたい」

 あの頃のように、世界を知らず、己の強さを研鑽し合った頃のように。

「じゃあ決まりだな」

「い、いやちょっと待て! これではまるで私が教えてもらわなければ相手にならないような言い方ではないか! ……特別、そう。特別だ! 特別に私も初心に帰ってお前と一緒に鍛錬してやる! そういう事だ!」

「はいはい。特別にな」

 特別。を殊更強調された気もする。それは彼女の負けず嫌いな精神が言わせたのか。それとも。

 

(いい夕日だ。身に染みる)

 

 得も言えぬ充実感を感じながら、一夏は寮へと帰っていった。




決着つきました。実際ここはどちらを勝利とするか非常に迷ったのですが、設定上こちらの一夏は自分のISに乗るのも初めてな素人ではないですし、実力伯仲の末紙一重で。という形での勝利となりました。

次回はセシリアの過去回想回となります。


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十一話「ノブリス・オブリージュ」

 セシリア・オルコットは、心より両親を愛していた子供だった。没落していたものの教養に溢れ貴族としての誇りと確かな人徳を備えた父と、富豪の名家に産まれ類まれな行動力と商才を持つ母。父は婿養子として母の家に入ったが、それでもいつも落ち着きと温かみのある笑顔でセシリアを迎えてくれた。母は厳しい人だったが、セシリアにとっての憧れだった。ただ、仕事に忙しい母だったので、幼少時の思い出は父との思い出だ。

 

 父はいろいろな事をセシリアに教えてくれた。基本的にはセシリアの好奇心に応じたモノに父が乗る形だったが、唯一つ、射撃の心得は父が自ら教えてくれたものだった。といっても、父は特別セシリアに撃ち方を教えた訳ではない。

 あの頃のセシリアがまだ幼かったこともあったが、何よりも父がセシリアに教え込んだのは、精神面のものだった。銃を扱うという事。人を撃つという事。兵器を持つという事。そして持つ者が負うべき義務の事。それらを時にお伽話を聴かせるように、時に子守唄を聴かせるように教えてくれた。技術的なものは全て、見て覚えた。

 休みの昼時、父と一緒に森に狩りに出かけるのが子供時代のセシリアの一番の楽しみであった。

 

 だが、その幸せにヒビが入った。それはISという存在の誕生だ。父は最初、ISという存在を心配気に見ていた。「選ばれし者しか使えない兵器が支配する世界は、必ず差別を生み、争いを生む」そうセシリアに言っていた事を覚えている。そして実際、その通りになった。世の中はISを扱える女性にどんどん有利な社会となっていった。それはセシリアにとっては良い事なのか悪い事なのか分からなかったが、父はその時からより真剣な言葉でセシリアに「力を持つ者の義務と心得」を説くようになった気がする。

 

 そしていつからだろう。母の心は次第に荒み、父を侮蔑するようになった。しかし父は何故かそれを咎めようとはしなかった。今思えば、父は母が荒んだ原因をわかっていたのかもしれない。そんな父の態度が母にとっては余計に苛立たしいモノに映ったのか、母は父をより嫌い、鬱陶しがるようになった。

 そしてその影響はセシリアにも出始めた。父と一緒にいる事を禁止され、最低限の会話しか許してもらえなくなった。そのうち、別々に住む事を強制された。

 

 セシリアは母を恨んだ。しかし、父はそれを諌めた。母の気持ちをわかって欲しい。といい、そして必ずまた親子で仲良く過ごせる日々を取り戻すから。と約束してくれた。

 そこで父と母にどのような話し合いがあったかはわからない。だが、父と母は久しぶりに、本当に久しぶりに二人で一緒に出かけ……事故で帰らぬ人となった。越境鉄道の転倒事故。死傷者は百人を超える大規模なものだった。

 

 あまりにもあっけなく、セシリアは一人になってしまった。しかし彼女は泣きこそすれ、悲しみこそすれ、誇りを失いはしなかった。どんな時でも、貴族はその魂の高潔さを失ってはならない。それは、セシリアが最も敬愛した父の教えであったからだ。

 それからはあっという間に時間が過ぎた。手元に残った莫大な遺産を守るため、セシリアはあらゆる勉強を行った。それと同時に、父が心から信頼していた一部の人間を頼り、遺品を整理していく事となった。

 

 そして、セシリアは見つけた。母が最後に住居としていた部屋から、母が荒んだ原因となるべきモノを。それは一枚の紙だった。そこには、母の苦しみをセシリアが察するに十二分の事が書かれていた。

 

 セシリアの母には、IS操縦の適正が一切。虚しいくらいに無かった。

 

 IS簡易適正調査と書かれた紙には、その事実を知らせる事だけが書かれていた。そしてセシリアは察した。どうして母が荒んだか。母があんなにも憤っていたのは、父親にじゃない。自分自身。そしておそらく、ISによって、ISに乗らずとも地位が上がった女性と社会そのものに対してなのだ。

 

 母はISが普及する以前から、己の努力と実力で地位を積み上げて来た人だった。会社をいくつも経営し、成功を収めていた。そんな彼女にとって、ISという存在で、ISに乗らないでも地位が上昇した女は、何の努力もせずに、ただ環境が変わって相対的に上昇した地位で威張り散らしてるだけの母が最も唾棄すべきような存在だった。

 しかし、母にはISの才能がまるで無かった。それが別に、母の格を貶めるようなものでは当然無い。だがプライド高い母だ。許せなかったのだろう。辛かったのだろう。才の無い己と、ただ流れに身を任せて威張る女が、同等の存在に見えてしまったのだ。

 セシリアは後悔した。母が死ぬ寸前、セシリアはあまり母と口を聞いていなかった。母がどれだけ悩んでるかを、セシリアは察せなかった。分かっていれば、もっと母のために何かが出来たはずなのに。

 

 その後すぐに、セシリアのIS適正がA+である事が受けた検査で分かった。IS適正は血で遺伝するとは限らないものらしい。何でも特殊装備に対する適正があるという事で、政府から国籍維持のために様々な好条件が提示された。セシリアの心は決まった。

 父の誇りと、母の誇り。その血を受け継いだ己の誇りを守るために、ISに乗る事を。

 そこで、彼女は政府に一つの注文をつけた。女尊男卑という時代の流れもあってか、それはすぐに承認された。セシリアのために授爵状が新たに書かれ、女王陛下より直々にセシリアは賜った。

 貴族である父の爵位。伯爵位を自分でも、女でも相続できるようにした。

 

 セシリア・オルコット伯爵。母の家であるオルコットと、父の位である伯爵。セシリアは両方を己に課し、その誇りを守る者となった。その身分も、精神も、貴族となった。

 

 かの古式のエンフィールドライフル銃をセシリアが相続したのは、その後の事だった。父が懇意にしていた弁護士が、セシリアが父の意思を継ぐ事を明確にした場合に、この銃を渡すよう頼まれだと言う。そしてそれには、父からの手紙……実質の遺言状も添付されていた。それを読んで……

 

 以後、セシリアは一度も泣いていない。

 

 

 サァァァァァと、シャワーノズルから熱めお湯がセシリアの裸体を濡らす。その美しく白い肢体はセシリアの生まれながらの天恵と努力によって得られた自慢だ。胸はその年の白人女性で比較すれば若干控えめであるが、それでも艶美を主張するには十分な膨らみがある。その胸にシャワーを浴びながら、セシリアは物思いに耽っていた。

(……随分と、昔のことを思い出してしまいましたわ)

 感傷に浸るのはあまり趣味ではないのだが。そう思いながらもセシリアは理由はわかっていた。

「織斑一夏……」

 口に出してその名を呟く。実は、セシリアは彼の事を事前に知っていた。顔も、プロフィールも。それは入学する少し前の事になる。彼女の元に英国先進技術研究会という組織が接触してきた。彼らは表向きにはIS用装備の開発組織であったが、その真実は「ISコアがなくとも動くIS」の開発を行なっているチームなのだという。

 

 彼らはセシリアにいろいろな事を教えてくれた。というよりは勝手に話した。この世界の事。ISの存在意義。その開発者篠ノ之束の目的。そしてこの世を歪ませようとする闇。どうしてこのような事を教えてくれるのかと尋ねるセシリアに、彼らは言った。あの人の意思を継ぐ娘ならば、味方にならなくとも、必ず世界を裏切ったりはしないだろうからと。あの人とは、父の名だった。彼らの一部はかつて、父に恩を受けた者らしい。

 そして彼らは世界中に同志が存在する事を明かし、可能ならば自分たちと協力関係を結んでほしいと言ってきた。

 セシリアはそれを保留したが、彼らは何も言わなかった。代わりに、ある一人の男を紹介した。織斑一夏。日本のIS技術研究所のテストパイロット。伝説のIS操縦者織斑千冬の弟。そして、「男が乗れるIS」を駆る「ISに乗れる男」

 彼らは言った。もしもその気が起きたなら、緊急時に彼に協力してほしいと。

 

 セシリアはその写真を見て、一言だけ答えた「彼が、相応する人間であるならば」と。

 

 そしてセシリアは一夏と戦い、負けた。久しぶりの敗北だ。しかし、これほど清々しい負けであった。あの男には底知れない可能性がある。それはまるで、青く広い空のようだ。限界を知らない可能性の獣。その広さを推し量るように戦ったセシリアは、彼の力を気に入った。

(いくらでも伸びそうで、いくらでも心を開いていきそう)

 彼の戦っている姿は、まるで好奇心と欲望の赴くままに走り続ける子供のようだ。それは反面、頼る力を失えば簡単に壊れてしまいそうなほど脆いものにも見えた。セシリアは、彼の行き着く先を見てみたいと思った。その道を指し示す力があると自分には考えた……まるで子を見守る親だとセシリアは笑う。

「わざわざ、この極東に来た甲斐がありましたわ。ねえ、スピネル」

 誰にともなく言うセシリアに、光の粒子のようなものが三つ舞う。

 

 翌日、織斑一夏が正式に一組のクラス代表となる事が決定された。

 




セシリアの過去回想回。ISというラブコメアクションにしては重めの内容ではありますが、今回の話がこの二次創作の要となるテーマを表しています。

「ISのせいで何かを失い、ISに乗る事でそれを取り戻す」

セシリアの場合はそれが両親の誇りであり、絆となります。本編での設定から拡大解釈した考えになりますが、受け入れてもらえれば幸いです。


次回はあの娘。来ます


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十二話「武神、来る」

 4月の中頃も過ぎた頃、放課後のIS学園の入り口に立つ少女があった。

「はあ~、ここがそうか」

 小柄の体に大きなボストンバッグを背負う少女は、間の伸びた声で言う。髪は左右を高い位置で結び髪は黒、その顔立ちは日本人……否、中国人のそれだった。そして何より他者の目を引くのはその小柄ながらもすらりと伸びた足であろう。御御足を呼ぶに相応しいその脚線美は、彼女の最大の自慢で、武器であった。

「そんで受付はっと……」

 彼女はスカートのポケットから紙を取り出す「本校舎一階総合事務所」……だからそれがどこにあるのかを知りたいのだが。少女は再び紙をポケットに突っ込む。まあいい。誰かに聞けばいいだろう。彼女は行き当たりばったりな性格であった。だが、それで失敗した事は少ないのでこれで良いとも思っている。

 

 彼女は生粋の中国人だが、日本は第二の故郷であり、思い出の地であり、因縁の場所だ。『人に歴史あり』と言ったのは一体誰であったか。

「案内できそうな人は……」

 彼女は歩き出して人を探す。生徒の影はまばらに見えるが、時間帯からか部活動の準備で忙しそうで声をかけるにはやや躊躇う。いかにも手すきな人間がいると助かるのだが。

「お困りかな? お嬢さん」

 ふと男の声。鈴が振り返ると、そこには男がいた。やや肥満気味な年五十代と言ったところか。言ってはなんだが、なんだか女尊男卑な今の世の中を生きづらそうな人だ。が、人の見た目は注意深く見て判断しろと少女はよく師である祖父に言われていた。そしてこの男には得も言えぬ鋭さがあるのを既に少女は見抜いていた。

「おっちゃん、ここの人?」

「そうではないが、詳しくはある。ここにはよく来るのでね」

「じゃあちょっと聞きたいんだけど、本校舎一階総合事務所ってどこ?」

 少女は素直に尋ねる。矛盾する事を考えてるが、この男は警戒する必要はあるが怪しくはない。

「本校舎の総合事務所? すると第三アリーナの向こう側だな。道はわかりやすいが、少し距離がある。案内しようか?」

「あ、じゃあお願い」

 

 男と隣り合って、少女は歩き出す。

「ここの制服ではないようだが、もしや転校生か?」

「ま、その通り。ちょっと本国でいろいろ手間取ってね。おっちゃんは企業とかの人?」

「当たらずとも遠からずだな。この学園の支援をしている」

 男の声は、ふんぞり返るでも媚びるでもなく明朗だ。少女は短い人生ながらにモノをいろいろと知っている。故に男も女もピンキリだという事はよく理解しているが、この男は見た目によらず強かだ。

 

「ちょっと、そこのあなた」

 その二人に、強い口調で呼び止めるような声がかかった。自分か? と少女がその方を見ると、この学園の制服を着た少女がいた。ブロンドの髪から西洋系だろうか。生徒はこちらに近づくと、侮蔑の目で男を見る。ああ、そっちか。と少女が思っていると、生徒はいきなり男を罵り始めた。

「ここはあなたのような男が来るような場所じゃないわ。さっさと出て行ってもらえらない? 警備員を呼ぶわよ」

「いや、私は……」

 男が反論しようとして、口をつぐむ。この手の女は反論してもヒステリックにキレるだけだ。警備員を呼ばれようが犯罪者だと叫ばれようが、処理に困るのは警備員と警察のほうだろう。余計な仕事を増やすために男はここに来た訳ではない。どうせ毎度の事だと男は心中でため息をついて謝罪し道を戻ろうとするが、それを少女が止めた。

「このおっちゃん。知らないけどここの関係者みたいよ。それに私、今おっちゃんに道案内してもらってるの。いきなりその言い方。良くないんじゃない?」

「なに? あんた。こんなおっさんを庇うの?」

「庇うも何も……変な奴ね。善意の人間を警備員に突き出す学則でもここあるの? だったらちょっと引くんだけど」

 少女は何言ってんだこいつ。みたいな顔をして不思議そうに生徒を見る。その顔と言葉が、生徒の逆鱗に触れたらしい。彼女は二人を見下す。

「あんたも見れば制服着てないし、二人揃って不法侵入者ね。人を呼ぶわ」

「はあ?」

 

 少女は理解できないが、生徒はそのまま携帯端末を取り出す。何か面倒になってきた……よし。ちょっとアレだが、殴って気絶させよう。何。少女の拳は常人に見切れるようなものではないし、加減も心得ている。

 少女は生徒に瞬速で当身を首筋に打とうとするが、その手を止められた……止められた? 自分の拳が? 見ると、自らの腕を握ったのは男だった。そして男は生徒を諭す。

「待ちなさい。彼女は代表候補生だ。こんな事は君のためにもならない」

「!」「!?」

 これには生徒も、そして少女も別の意味で驚く。生徒が少女の方を見る。

「あんたが……?」

「……まあそうだけど。本国から確認。取ろうか?」

 少女は動揺するが、まずは生徒の方を解決しようと考えた。そう言われれば、生徒も黙るしかなかった。代表候補生を冤罪で突き出そうとすれば、事なのは確実だ。

「……それなら早く言ってよ」

 生徒は言い捨てて離れていく。男はホッと一息をついてまた歩き出した。少女は慌ててついていく。

「ありがとう。助けられたな。ああ、道ならもう少しだよ」

「いや、てかおっちゃん。何で私が代表候補生って」

「見て分かった。君からは強者の雰囲気がする。君ほどの逸材を放っておく国もないだろう。だがさっきの拳はいけない。暴力での解決は最終手段だ。暴力は便利がいいからといって、乱用してはいけない」

「……は、はあ。すんません」

 

 少女からすれば、この男のほうがよほど只者じゃない雰囲気になってきたのだが、確かに彼女の拳の実力は足に比べれば数段以上劣るものだ。とはいえ、並大抵の腕で止められないはずだが、彼は簡単に止めてしまった。なんだ、ニンジャなのか? そう少女が考えている内に、男の足は止まる。目の前には大きな建物が見える。

「ああ、ここだよ。後は事務員の人に聞くといい」

「あ、ありがとおっちゃん」

「何。感謝なら私がしたいくらいだ。何か礼が出来ればいいのだが……ああ」

 男はズポンのポケットからケースを取り出すと、そこから一枚紙を取り出し少女に渡す。少女が受け取るとそれは名刺のようだった。日進党衆議院議員・ 神正治(ジン・マサハル)……衆議院議員!? 政治家!? このおっちゃんが!?

「君ほどの子が助けを必要とするかは分からないが、トラブルが起きたら電話してくれたまえ。この国のIS関連では顔が広い。力になろう」

「いやっ、ええ……はあ、どうも……じゃなくて、私、そこまですごいことやってないっていうか、むしろ私が感謝する側なんですけど……」

 彼女らしくもなく、変な敬語が出てしまう。すると、男。神正治は笑う。

「その精神そのものに、私は感謝したのだよ」

「へ?」

「この時代に君のような男女を性別ではなく見れる人間。そんな娘が国家代表候補としてこの学園に来てくれる。それに対しても私は感謝したのだ。まだ、世の中も捨てたもんではないのは分かっているんだがね。どうも歳のせいか、じじ臭い考えになってしまう」

 神妙な顔になる男に、少女は微笑む。

 

「おっちゃん。ありがと」

「? 礼はもういいよ」

「いや、おっちゃんの精神そのものに、私は礼を言ったのよ」

 少女は、「歳だけ取って偉そうにしてる大人」は嫌いだが、「歳と力を兼ね備えた大人」は、無条件で尊敬していた。この男には少しだけ同じ雰囲気を感じる。自分を育ててくれた師と、自分がこの国に戻ってきた最大の理由である思い出の男子に……見た目は全く似てないが。

「……ならば、礼ついでに一つ教えてほしい。君の名を聞きたい」

「名前? ああ、そういや名乗っていなかったはね。私は……」

 彼女は笑顔で答える。

 

凰鈴音(ファン・リンイン)。鈴でいいわ」




酢豚こと凰鈴音登場回。彼女の役回しは箒と被るところもあるので、これからの展開には気をつけないといけないと思っています。


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十三話「宴の華」

 

「それじゃあ、改めて……織斑君、クラス代表おめでとー!」『おめでとー!』

 パンパンとクラッカーが鳴る中で、一夏は上機嫌でクラスの女子達にサムズアップを決める。

「ありがとイェイ!」『イェーイ!』

 ノリノリに女子達も返す。一夏は渡されたコーラを一気飲みするとゲップとおくびを出す。普段なら下品と引かれる行為も今は無礼講だ。

「お替り!」

「いい飲みっぷりだねえおりむー。ほらじゃんじゃん飲め~。飲み潰れろ~」

「おお。じゃんじゃか呑むぜ、のほほんさん~」

 一夏がのほほんさんと呼ぶ彼女は正式名……なんだっけ。分からないのでのほほんさんと呼んでいる。制服にしろ私服にしろ袖の大幅に余った服を着てて男の萌えポイントを抑えた少女で、よく着ぐるみを着ている。今は狐と思わしき着ぐるみだ。そののほほんさんが一夏のコップに器用な手つきでコーラをぐびぐびと注ぐ。今は夕食後の自由時間。場所は寮の食堂。クラスのメンバーは景気良く全員出席で各自やいのやいのと飲み物片手に騒いでいる。壁には横断幕がかかっており、「織斑一夏クラス代表就任パーティー」と書かれていた。

 

 一夏は大人数で何かを祝うのが非常に好きだった。一番最近だと確か、IS技研で初めてISの起動に成功した時、技研のみんなで祝ったパーティーであったか。技研テストパイロットという立場のある一夏だが、こういう時に騒がないのは人間として楽しめないと考えていた。

「クラス対抗戦もこれで盛り上がるよねえ」

「そうだよねえ」

 そう言ってる彼女達は確か二組。というか他の組の女子がチラチラと見えて明らかに四、五十人はいる……まあ、今はいいじゃないか。何せ祝い事だ。祝い事は、多くで祝ったほうがいい。祭りと喧嘩は派手に限る。

「楽しそうだな、一夏」

 箒が呆れた顔で言う。

「おお、超楽しい」

 おそらく嫌味を超ご機嫌に返されれば、箒も怒りようがない。

「ふん」

 さすがにそこまで騒ぎに乗りきれない。と言った風だったが、それでも参加してる辺り彼女の協調性を見れる。

 

「はいはーい。新聞部でーす! 話題の一年生織斑一夏君に特別インタビューを行いたいんですが!」

「よっしゃドンと来い」

 おー。と一同盛り上がる。一夏はコーラで酔っているかの如く上機嫌だ。

「あ、私は二年の黛薫子。新聞部副部長なんで、そこんとこよろしく」

 そう言って彼女は名刺を渡してくる。新聞部か。何かいいコネをゲットできた気がする。

「では一夏君。代表になった意気込みをどうぞ!」

 ボイスレコーダーを一夏に向けて、瞳を輝かせる薫子に、一夏はボイスレコーダーを右手で奪い取って立ち上がると左手で天井を指さす。

「当然狙うは優勝だ! あ、ちょっと聞きたいんだけどクラス代表戦に優勝賞品ってあるの?」 

 一夏が尋ねると女子達がテンション高めに答える。

「あるよ! 一位には食堂の半年間デザートフリーパス!」

 すごいな。それ。というか一学年のクラスって確か4組までだろうに。実質二回勝つだけでそんな豪華賞品がもらえるのか。

「それってクラス全員か? 俺ももらえるかな?」

「当然っしょー!」

「よし、じゃあ優勝したらそのフリーパス使ってもう一回パーティーするぞ! 更にクラス以外のパーティー参加者のデザートは俺が奢る!」 

「キャー!」「太っ腹ー!」「大盤振る舞いー!」「傾奇者ー!」

 

 ひたすらにテンションボルテージを上げていく一夏と一同。一夏はスッキリした感じで薫子にボイスレコーダーを返す。

「こんな感じで」

「うん、ありがと! いや~君みたいにノリのいい人だと私達も記事書きやすくて助かる!」

 薫子は満足気に頷くと、次はセシリアの方を向く。

「あ、セシリアちゃんもコメントちょうだい!」

「はむ?」

 当のセシリアは、一夏の隣で焼肉サンドを口にくわえていた。他の女子がお菓子を食べてる中で、彼女だけ焼肉サンド……ホント君見た目に反して肉食ですね! セシリアはサンドイッチを優雅に咀嚼。食べ終わってから喋りだす。その辺りはかろうじて上品だ。口元についたタレを舌でチロリと舐める仕草が艶かしい。

「ふむ。私もコメントですか。どのような事を言えばいいのでしょう?」

「そうね。代表となった織斑君へのエールの言葉とか」

「なるほど……コホン。今回は負けたのもありますが、彼の後学のためにもということで、一夏さんに代表をお任せする事にしました。頑張ってくださいね」

 彼女はそう言って、一夏の頭をあやすように撫でる。ハイテンションの一夏も思わずこれには頭を隠す。

「セ、セシリア嬢。そのなんてゆーか、子供扱いみたいなのはやめてくれないか」

「ふふ、恥ずかしがっちゃって。それに私の事はセシリアでいいと言ったでしょう?」

「……やめてくれセシリア」

「はいはい」

 

 彼女は余裕の笑みで手をのける。模擬戦で勝ってから、彼女はこの調子だ。戦う前までは「対等の敵」もしくは「誇りをぶつけるに相応しい相手」と言った風な扱いだったのに、最近はどちらかというと「手のかかる弟」「やんちゃな教え子を見守る教師」みたいな感じになっている……あれ。おかしい。勝ったのに扱いが下がってる。

 といっても彼女も別に常にこのようなという訳でもなく、ISでの訓練授業中や、模擬戦をする時等は至って真面目で、一夏に対する態度も高潔なものなのだが、時々機嫌が良いのであろう時は急に甘やかしてくる。

 

 それが一夏は、なぜだか嫌いになれなかった。なぜだろう。すごいむず痒い感じなのにそれをされるのがとても嬉しい……いや、嬉しいはさすがに駄目だ。人として堕落してしまう気がする。だけど、悪い気はしなかった。懐かしい気持ちになれるからだろうか。

 こんなのを箒が見れば、ニヤニヤするな等と怒鳴り散らすだろうと思えば、存外このセシリアの行動には全く反応しない。というよりもちょっと一夏を哀れんでるような目をする時がある……逆に辛いのでむしろ怒鳴ってほしいくらいだ。

 

「うんうん。ありがとう。後、さっきの頭撫でられて恥ずかしそうな顔した織斑君の写真もバッチリとっといたんで、後は全員集合の写真。一枚もらえるかな!」

「なんか今すごく後々面倒な事になりそうな事を言ってたが、ええいままよまま! せめて集合写真の方はバッチリしたのを撮ってくれ!」

「お任せお任せ! よし、じゃあみんな寄って寄ってー!」

 薫子の言葉に誰もが押しくら饅頭をするように一夏の側へと寄せ合う。セシリアは落ち着いた様子で一夏の右隣の席で座ったまますまし顔をし、箒はむすりとした顔で左隣に立つ。一夏はとりあえず腕を組んで、キリリと目を鋭く光らせ「底の知れない戦闘者」を演出した。さっきの言動の後、周りが全員女子では説得力の欠片もないが。

「それじゃあ撮るよー! 1.41421356237は~?」

「……ルート2?」

「正解ー!」

 パシャリ。無闇に人を考えさせる写真の撮り方だ。それでもみんな笑顔だ。もはやここのメンツは箒を除いて、箸が転がっても笑ってしまうだろう。

 

「その写真、もらえるのか?」

「当然。希望者みんなに配るから」

「そりゃ楽しみだ……よし、続きだ続き! のほほんさん! コーラを何かとカクテルで頂戴!」

「ではこの抹茶オレとで……」

「センスいいねえセッシー」

「うおー! やめろー! どうなってもしらんぞー!」

「一夏。イッキだイッキ。男を見せろ」

「そういうところでいきなり悪ノリするの勘弁してもらえませんかね箒さん!?」

 

 結局、織斑一夏クラス代表就任パーティーは夜十時まで続き、最終的に参加者は六十人近くになっていた。

 

 

 

 翌日

「うげー」

 登校早々、一夏は机に突っ伏し声にならないうめき声を上げていた。パーティーに疲れてではない。精神と、主に舌と胃的なものでだ。

「全く、軟弱な奴だな」

 一夏を見て箒が言う。抹茶オレコーラを一口飲んで一夏の顔に吹いた人間が言ってはいけない言葉の堂々第一位を早々に言う強者ぶりだ。

「そうですわね。もう少しシャンとしたほうがいいですわ」

 セシリアがそれに続く。抹茶オレコーラという悪魔の飲料を発明したイギリス人特有のメシマズブラックジョークはやめて頂きたい。

 

「おはよう織斑君! 昨日はすごかったね!」

「おはよう谷本さん……」

 一夏は顔だけ上げてクラスメイトに挨拶する。

「あらら、さすがにグロッキー? じゃあさ、今朝仕入れた新情報を教えてあげる。二組に転校生が来たんだって」

「転校生? この時期に?」

 このIS学園に転入してくるのは通常の条件では不可能だったはずだ。確か、国の推薦が必要なはず。つまり

「そう、その娘中国の代表候補なんだって」

「……中国?」

 一夏は耳をピクリとさせて体を起こす。

「二組で、中国で、代表候補?」

「なんだ。気になるのか?」

 箒の問いに、一夏は急に腕を伸ばし始めて準備運動をするかのように答える。

「ああ、ちょっとな」

 もしやという期待に、一夏は気を張り詰め直す。

 

「私の存在を危ぶんで、でしょうか? まあどちらにせよクラス代表は一夏さんな訳ですが」

 英国代表候補のセシリアが顎に手を当て考察するように言う。

「代表戦は来月だ。誰が来るにしろ、特訓だな。私も特訓には参加するぞ……教えてもらうためにもな」

「? まあ、近距離の箒さんと遠距離の私。特訓にはちょうどいいのかもしれませんね」

 言ってる間にやいのやいのとまた人が集まってくる。特に昨日の今日ではそれも仕方ないというべきか。

「織斑君頑張ってね!」

「今専用機って一組と四組にしかないらしいから、きっと楽勝だよ!」

 四組にも専用機持ちがいるのか。そりゃ手合わせしたいな。そう一夏が思ってると、

 

「その情報、古いよ」

 教室の入り口から否定の声が聞こえる。とても、聞き覚えのある声だ。声に合わせて、一夏の脳内が「通常運行」「回送」「合体」から「戦闘状態」へと切り替わる。

「二組も専用機持ちが代表になったの。そう簡単には優勝させないわ」

 腕を組み、片膝を上げてドアの前に立っていたのは、

 

「鈴……お前鈴か!」

「にひっ、だったらどうするのよ。一夏」

「決まった事よ!」

 一夏は席から直上に跳躍。空中でクラスメイト達の包囲網を抜けると、彼女に飛び蹴りをかます。

「シャリャアッ!」

 空中からかかる一夏を、彼女は鈴音は予め上げていた片膝で、素早く蹴る。

 

 瞬間、一夏が真反対に吹っ飛んだ。

 

『!』

 クラスの誰も驚く。飛び蹴りを行った一夏が次の瞬間に吹っ飛んでいた。しかも箒とセシリアは見ていた。いや、見えなかった。彼女の蹴りがまるで見えなかったのだ。ただスパァン! という小気味よい音だけが聞こえただけだ。彼女の蹴った脚は、膝から先が消えるほどの速度だったのだ。一夏はふっ飛ばされながらも空中一回転で窓ガラスを叩き割る前に着地する。

「鈴!」

 一夏は突貫。鈴との距離を一気に詰めると、拳の連打で彼女を撃ちぬこうとするが、彼女はそれを片足のみで捌ききる。

「一夏! 久しぶりねっ!」

 鈴の回し蹴り。それを一夏は飛びよけ、腰のチェーンスタッフをヌンチャクで構え鈴の頭上を叩く。廊下側に引く鈴。

「お前が二組の代表候補だって? 前任者は!」

「替わってもらったのよッ!」

 棍にした一夏の薙ぐ一撃を鈴は指一本のみで止める。一夏は持ち替えて短棒二刀流にすると逆手に構え鈴を襲う。鈴はそれを素手で受けきると弾き飛ばした。

 

「本当に代表候補になるとはな!」

「あんたこそ! 本当に男でIS乗っちゃうなんてねえ!」 

 ラッシュの速さ比べを行うがごとく、一夏の両拳と鈴の右足が舞う。お互いがその隙をついて一撃を放つが、両者の力は互角にぶつかり合い、衝撃波が飛んで教室の窓ガラスを響かす。

(少しは出来るようになったわね……)

(いつまでも昔のオレではないぞ……)

 心中の想いを拳と脚で伝え、両者は退く。そこにちょうど、千冬姉が現れる。よいタイミングだ。

「あ、千冬ちゃんだ。お久しぶりでーす」

 鈴は先ほどとは打って変わって気の抜けるような声で言う。彼女は初対面だろうが異性だろうが目上だろうが、誰にでもちゃん付けをする。しないのは家族と師匠くらいだろう。千冬は彼女を見ると、無愛想に言う。

「……織斑先生だ。それとSHRの時間だ。さっさと教室に戻れ」

「はいさーい織斑先生。んじゃ一夏、お昼、食堂でいるから来なさいよー」

 そう言って鈴は二組へと帰っていく。古今東西。千冬姉にあのような態度をとれるのは世界に二人しかいない。すなわち、篠ノ之束と凰鈴音だ。前者が前者である事を考えれば、鈴音の凄まじさが分かる。

 

 凰鈴音。彼女は一夏の二人目の幼馴染で姉弟子に当たる。中国四千年の至宝「凰元帥」の孫娘にしてその後継者と認めた徒手空拳ならぬ徒足空脚最強の少女なのだ。




パーティーを兼ねたギャグ回。それぞれのキャラの明るい面での性格を出して行きたいと思ったのと、のほほんさんや薫子のような準サブキャラの顔見せも含めて。

後半の一夏の鈴との戦闘はただの挨拶です。喧嘩どころか小手調べでもありません。単純に久しぶりに会えた相手に挨拶をしてるだけです。一見バトルマニアだらけにも見えるかもしれませんが、いわゆる作中での暴力描写の代わりみたいなものと思って見ていただければと思います。


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十四話「二人の幼馴染」

 

 

「あの女は誰なのだ!」

「あの方、一体どなたですの?」

 昼休みの開口一番に言われたのは、そんな言葉だった。まあ、無理もないか。初対面から挨拶代わりに戦い始めたら、誰だって困惑する。特に箒の形相はかなり険悪だ。

「ああ、説明するする。とりあえず飯食いに食堂に行こう。本人もきっとそっちだろうし」

 一夏の提案を二人共承諾して、その他数人のクラスメイトも連れて食堂へと行く。まるで大名行列だ。王様気分は楽しいが、かといって調子乗り続けるのも如何なものだ。引き締める時は引き締めなければ。

「だから今日の昼飯はカツ丼だ。おばちゃん、カツ丼一つ!」

「あいよ!」

 食堂のおばちゃんは今日も忙しそうだ。ちなみに箒はきつねうどん。セシリアはチキンステーキとハンバーグのミックスグリル定食……ってちょっと待て!

「IS学園は女子校だろ! なんでそんないかにも男御用達みたいなメニューがあるんだ!」

「? いきなりどうしましたの?」

 セシリアがジュージューとおいしそうに音をたてるミックスグリル定食のお盆を持ちながら不思議そうに言う。この娘はカロリーとか脂肪とかそういうの怖く無いのか!? 

「お前、いや。これは失礼な言い方かもしれんが……太らないのか?」

「その分消費すればいいことなのでは?」

「いや、もういいわ。突っ込んでも無理そうなんで」

 

「ちょいちょい一夏。メニュー来てるわよ。何コントかましてるの」

 そう言ってきたのは、件の凰鈴音だった。その手にはラーメンを持っている。本場中国人のくせに、彼女が好きなのは超日本ラーメンなとんこつだ。一夏はおっとと、カツ丼を受け取ると、空いてるテーブルを探す。

「ああ、あそこがいいな。行こうぜ」

 一緒に来た十人程度に促して、テーブルに座ると鈴がいきなり話しかけてくる。

「本当久しぶりね。お互い連絡も取らないって決めてたのもあるけど」

「まあな。てかオレは入学してちょっと心配になったんだぞ。お前いないから」

「いやあごめんごめん。ちょっといろいろ手間取っちゃってねえ。まああれ? 万全のための致し方ない遅れね」

「何いいさ。景気良くすぐ戦えそうだしな」

「そうねえ。いやクラス代表替わってくれた子……相部屋になった子なんだけど、本当その娘様様。太感謝了」

 鈴音は目を閉じ手を合わせてその娘に感謝する。お互い会ってなかったのもあってか会話が弾む。

 

「一夏、そろそろどういう関係か説明してほしいのだが」

 箒がかなり刺のある言葉で聞いてくる。他のクラスメイトも興味津々だ。一方セシリアは、上品にハンバーグを食べていた。

「……」

 いや、もう何も言うまい。

「凰鈴音。幼馴染で、同じ師、といってもこいつの爺さんなんだが、そこで武術を教えてもらった姉弟子だよ」

「幼馴染……?」

 箒が怪訝そうに聞き返す。

「ああ、ちょっとややこしい話になるんだが、入れ替わりなんだよ。お前が転校したのが確か小四の終わりだったらだろ? で鈴が来たのは小五の頭」

「ん? じゃあこの娘が篠ノ之箒?」

 鈴が箒を見て確認するように言う。

「ああ」

「へえ。この娘が」

 鈴は興味深げに箒を見る。箒は鋭く視線を返した。鈴がそれを見て微笑み手を差し出す。

「よろしく、箒ちゃん。話は聞いてるよ。実はちょっと会いたかったんだよね」

「会いたかった?」

 箒は尋ねる。ちゃん付けに関してなにも言わなかったのは、千冬姉をちゃん付けしてる時点で撤回は無駄だと悟ったのだろうか。

「うん……まあ、ね?」

 鈴が意味深な目で視線を送る。箒は表情を崩さないまま鈴の手を握る。

「こちらこそよろしく」

 挨拶しながらその目線で箒と鈴音は火花を散らす。

 

「あ、それとさ。その隣でガッツリお肉食べてる女の子は誰? 仲良さそうだけど」

 鈴の目線は一転、セシリアの方へと向く。他の誰もが鈴に興味を向ける中でセシリアは一人優雅な昼食を楽しんでいた。セシリアはその言葉に気づくと、まずグラスに水を注ぎ、一口呑む。そしてグラスをコトリと置いて、先程までミックスグリル定食にガッツいていた少女と思えぬお淑やかな表情を鈴に向ける。若干垂れ目だがその高貴な目に思わず鈴音は息を呑む。

「紹介遅れましたわ。私、イギリスの代表候補生。セシリア・オルコットですわ。以後お見知りおきを」

「あ……どうも。セシリアちゃん」

 ギャップにちょっと気圧される鈴音。まあ無理も無いか。このセシリア・オルコット。高貴なのはいいがどうも世間体一般とズレてるところがある。その両面で彼女の魅力たらしめている。

 

「そうだ一夏。放課後さ。久しぶりに一緒に特訓しようよ。私が素手を見たげるから、IS教えてほしいんだけど」

「教えてほしいってお前本当に代表候補生かよ……まあ、特訓なら一緒に……」

「放課後は私が一夏と特訓する事になっている。敵の施しは不要だ」

 そういえばそうであった。地味に二人で特訓するという事が確定になってる辺りが彼女らしい。

「私も一夏さんの指導者として特訓は必要だと考えています。専用機持ちとしても、クラスメイトとしても私の方がやりやすいでしょうし」

 セシリアもそれの乗っかかる。確かにそうかもしれないが、彼女はいつのまに指導者の地位になったのだろうか。

「ふうん。じゃあ私もそれに更に乗っかるわ。放課後よね。そっち行くから待っといてね。じゃあね、一夏!」

 鈴音は言うとラーメンのスープを飲み干して出て行ってしまう。二人で特訓する事を前提としていた箒。当然のように指導者側になってるセシリア。じゃあ全部まとめてとりあえず一緒にやろうという鈴音。随分と各々の性格が見える言葉だった。

「……」

 その鈴を、箒はジっと見つめて拳を握るのに、一夏は気づく事がなかった。

 

 

「あれ? セシリアだけか?」

 放課後、第三アリーナで練習をしようとしていた一夏は不思議そうに言う。そこにいたのは、ブルー・ティアーズを装着し、ハイパーセンサーを使って例のライフル銃を弄っているセシリアの姿だけだった。

「ええ、箒さんも鈴さん? も来てませんわよ」

「てっきり三人で待っているものかと」

「そういえば、箒さんを教室を出てから見てませんね。てっきり訓練機を貸りに向かったのかと思ってましたが」

「俺もそう思ってた。それに鈴もいないってのもおかしい話だ。あいつ、いろんな意味で足が速いんだが……あ」

「どうされました?」

「そういやあ、特訓するとは言ったが、どこで特訓するかなんて鈴には一言も言ってねえや」

「そういえば、ということは、第一か第二アリーナの方に間違って?」

「その可能性は大いにあるな。俺たちの校舎から一番近いのはそりゃここだが、あいつはそこらへんまだ分かってない」

「だとすれば面倒ですね。携帯端末で連絡しようにも着替えちゃいましたし」

「……しょうがない。箒がいないのも気になるし、俺たちで探そう。着替え直しは面倒だが、あの二人で鉢合うと何か嫌な予感がする」

「確かにそんな気、しますわね。急ぎましょうか」 

 二人は意見を一致させると、ピットへと戻っていった。

 

 

 そして、ほぼ同時刻。二人の想像通り、どこで特訓するかのを聞き忘れたのでとりあえずウェアに着替えず第一アリーナまで来た鈴を待っていたのは、箒だった。彼女もまた制服のままで、その肩には細い布袋がかかっているのが見える。

「あれ、箒ちゃん? わざわざ出迎え? 一夏は?」

「……特訓なら、第三アリーナだ」

「マジで? やっぱちゃんと場所を聞いときゃ良かったなあ。ってあれ? じゃあなんで箒ちゃんここにいるの?」

「……お前がここに来ると思ったからだ」

「そりゃご明察」

 鈴音が箒を見る。実はもうこの時点で鈴音は箒の意図が半分以上読めていた。箒は肩の布袋を手に持つと、スルリと中のものを抜き取る。それは彼女がいつも使っている木刀だった。彼女は布袋を後ろに放り捨てる。同時に、鈴音もカバンを後ろへと投げ捨てた。二人がその目を交錯する。箒は木刀を構えぬまま、鈴音に堂々言い放ち、鈴は答える。

 

 

       「立ち会いが所望」「願っても無いこと」

 




つなぎ回。どうもメインの話と話の繋ぎが不得手なところが見えてしまい力不足を通関します。
次回より箒VS鈴戦が三話に渡って展開……とはなりませんのであしからず


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十五話「剛脚柔剣」

「一夏さん。これは確認として聞いておきたいんですが」

「何だ?」

 一夏とセシリアの二人は制服に着替えなおして第一アリーナへと向かっている。セシリアはゆったりとした歩調で一夏がそれに合わせているが、内心一夏は焦れていた。

「あのお二方……今決闘をなされてると考えてよろしいんでしょうか」

「!」

 だが、セシリアの核心。一夏の最も心配している事を突かれて彼は立ち止まる。

「何故……」

「今朝の出来事を見れば、まず鈴さんの方の大体の調子はわかります。それに箒さんも私は実際見てないのですが、古武術に長けているのですよね? そして昼食の時ですが、あの二人露骨に火花を散らしておりました。どういう意味でかは私にも推察が二つあって断言は出来てませんが、あの二人はほぼ確実に今戦っているとみるべきでしょう。それもISではなく、生身で」

 ただ昼飯を楽しんでいるだけかと思いきや、しっかり観察していたのか。淡々と言うセシリアに一夏は黙るが、軽く頷く。

「まずそうだろうな。鈴の奴も箒に喧嘩をけしかけていたし、二人揃って強者との戦いは拒まないタイプだ。分かってはいたんだが、まさか昼の今でいきなりやり始めるとは俺の予想外だ。まあ、勘違いである可能性もあるし、そうであってほしいんけどな」

 

「あの二人の実力差は?」

「純粋な実力ならば圧倒的に鈴だ。というより、あいつは『強すぎる』一対一のあいつが負ける姿が正直想像できん。俺でも鈴に決闘で勝ったのは一度も無い。あいつは生身でISを潰せると本気思ってるような人間だからな。実際シールドエネルギーを破れるであろう技をいくつか習得してる。俺がお前に使った掌打とかな」

「では」

「だが、箒とは相性が悪い」

 一夏は早歩きで歩き出す。セシリアもそれに黙って歩調を合わせた。

「鈴はそれこそ、前に鋼の壁があればそれを蹴りで粉砕するような『剛』の戦い方だ。対して箒は徹底的に『柔』に特化している。あいつの家の、篠ノ之流自体がそうなんだが、箒は更に発展させて柔軟なスタイルになっている。例え鋼を砕く一撃も、水や砂を捉える事は出来ない。そういう意味で相性は鈴が不利だ。実際、かなりいい勝負をするだろう。だがそれが問題だ。あの二人の実力ならエスカレートして片方病院送りになりかねん」

「二人共お綺麗ですのに、どうも血の気が多いですね」

 美人なのに一癖も二癖もあるお前には二人も言われたくないだろうが。と一夏は思うが、彼女の言うとおりである。

「全くだ。そう悪い性格でもないんだし、人並みに淑やかさがあれば文句ない可愛さなのにな。もったいない幼馴染共だ。だから彼氏いないんだよ」

 呆れてものも言えないなと首を振る一夏に、セシリアはクスリと笑って呟く。

 

「でも、そんなお二人だから好きなんでしょ?」

 

 一夏は焦るように振り向き、形容しがたい表情をセシリアに見せる。セシリアはわざらしく顔に疑問符をつける。

「あら、独り言が聞こえてしまいましたか?」

「……今の。聞こえなかったという事にしていいですかねセシリアさん?」

「では特別に。今回は私の戯言という事で。この胸の内に」

 セシリアはその右手を心臓に当てる。怖い。この娘怖い。箒や鈴音とは別の意味で、一夏は彼女の底知れない実力を知ってしまうのだった。 

 

 

 鈴音の放った蹴りの一撃。それは掠るだけでも裂傷を付けそうなほどの勢いと切れ味を持つ事を直感で悟る。箒はそれを木刀で受け、しかしそのままでは木刀毎へし折って来るのを予知し、そのまま手を離し受け流す。回転する木刀。そして箒は彼女の蹴りきった脚に手を添える。勢いに力を貸すのだ。それによって鈴音のバランスは崩れる。

「シッ!」

 しかし鈴音は力を加えられバランスを崩した状態から、後方宙返り。一旦箒との距離を取る。箒が空中の木刀を手に取り彼女に振り下ろしたのはその一寸後だった。

 

 強い。鈴音は表情にも口にも出さず思う。まるで柳か何かを相手にしてるかのようだ。攻撃しても手応えがまるでない。なのに、彼女の攻撃には鈴音に回避を選択させるだけの威力がある。箒は手足全てを使って、木刀という武器を自由自在に操る。そして木刀は彼女の手足のように攻めと受けを行う。まるで彼女の五本目の手足。

 鈴音の蹴りの一撃が一つでもクリーンヒットすれば、箒は負ける。というより、重傷を負うだろう。いくら決闘とはいえ、それはさすがに彼女に悪いし、何より学園にいれなくなってしまうので最初から除外していた。故に木刀を叩き折る事を主眼に彼女は戦っていた。それがこうだ。むしろ自分は翻弄されるばかりである。

 

 もう一つ恐ろしいのは、彼女は鈴音が常軌を逸した実力を持つ者である事。避ける事を前提にして攻撃してる事だ。あの木刀の一撃をくらえば、痛いで済まない。しかも攻撃箇所が先程から頭、首筋、鳩尾。急所ばかりだ。受けから転じた斬りと、ここぞと放つ突き。そして剣術と同等の実力を持っていると思わしき柔術。

「さすがは、一夏の幼馴染」

 鈴音は声に出して言う。箒もそれを聞いて、フっと一息つく。

「それはお前もだろう。一夏の幼馴染として不足無し」

 

 箒が木刀を構える。小気味よい子だ。彼女が一夏の最初の幼馴染。一夏の最初のライバル。一夏の最初の……否、甘い考えはこの場では捨てよ。嫉妬、羨望、今は斬り捨てよ。鈴音は自らに命じ、脚で地面を叩きテンポを取る。

 

 これで決める。そう考えていた二人の考えを中断させたのは、一発の銃声だった。重く、鋭い火薬が炸裂する音。突然の音に二人がハっと音の鳴る方を見ると、そこにいたのは一夏と、ライフル銃を高く掲げるセシリアだった。その銃口から煙が見える。

「そこまでだ二人共。後、まるで幼馴染っていうのを強者の称号みたいな怖い言い方するのやめろ」

 一夏が二人を見る。時間切れ。というべきか。箒は木刀を、鈴音は脚を降ろす。一夏はそれを確認してから、隣のセシリアに怒鳴る。

 

「いきなり撃つなよ! めちゃくちゃビビったわ!」

「空砲ですわ。弾は込めてません」

 セシリアは銃をクルリと手元で回転させると布袋に入れる。

「そういう問題じゃねえ! 日本だぞここ!」

「IS学園はどの国でもなく、どの法にも縛られないんですよ? 一夏さん。ちゃんと校則の本読みました?」

「それは決闘や発砲を容認するための措置じゃない!」

「まあまあ、そう怒らない」

 セシリアがよしよしと一夏をなだめる。一夏はセシリアにこれをされると反論できなくなる。もう何言っても看破されそうな気持ちになるのだ。

 

『……』

 鈴と箒はそれをジト目で見る。一夏はその視線に気づくとコホンと咳払いした。

「とにかく、いきなり決闘を始めるな……心配するこっちの身にもなれ」

 一夏は心底からの本音で言う。それは実際、二人としても言われると後ろめたさがあった。二人の実力が拮抗したからいいものの、一つ間違えば大惨事は間違い無かったのだ。

「ま、どちらにせよ今日の特訓は中止ですわね」

「そうだな……なんか疲れた」

 一夏は首を振る。当然これは箒と鈴音の事と同じくらい、セシリアの事についてもなのだが、彼女はそれを知ってか知らずか微笑んだままだ。

「では私は先に部屋に帰りますので、御三人方。また明日」

 そう言ってセシリアはスタスタと帰ってく……やっぱり知っててやってるんだろうか。

 

「い、一夏」「あー、一夏?」

 そこにオズオズと、箒と鈴音がやってくる。申し訳なさそうな顔をしてるが、それなら何故決闘をしたのだろうか……強者の性と言われたらそれまでだし、一夏も納得できてしまうのがちょっと悲しい。

「別にそんな顔しなくてもいいぜ。ただ、お前ら二人が些細な事で喧嘩して病院送りはさすがに俺も見たくないんだよ。それだけだ」

「すまない……」「ごめん」

「あ、謝るなよ……」

 いつも強気な二人にこうもシュンとされると、なんというか、モニョる。どうやってか二人の調子を普段に戻す方法はないものか。

 

「とりあえず二人共、別に怒ってるとかそういうのじゃないからさ。な?」

「うん……あ、そうだ一夏。せっかくだしさ。晩御飯の後、寝る前に一夏の部屋見せてよ。遊びに行く」

「ん。ああ、いいぜ」

 鈴が己の気持ちを切り替えようとして言った言葉だ。肯定してやろうと思って頭を縦に振ってから、一夏はミスに気づいた。当然、鈴音の隣で箒が、げ、という顔をする。鈴音は二人の顔を見比べて不思議そうな顔をする。

「ん? あれ? 私、そこまで駄目な事言った?」

 




乱れる恋模様は次回も続きます。


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十六話「三角関係」

「な、なな……」

 先程から場所は変わって一年寮。夕食を食べて一夏と箒は部屋に戻り……鈴はそれについてきていた。いたのだが。

「ど、同居人ですってー!?」

 鈴音の驚き最もだ。普通、学生が男女で相部屋だとは思わないだろう。いや、確かアメリカの大学ではそういうのもあるという話を聞いた事がある。腐っても自由の国は違うな。

「えっ。なに。っていうか、ここで二人で生活してんの?」

「まあ、そうなる。一応、一時的な措置なんだけどな。個室が用意されるまでの。俺としても見ず知らずの相手よりは勝手知ったる仲の方が……」

「だったら……」

 鈴音がうつむいて何かを決心するような顔をする。ああ、やはり回避は無理か。IS操縦には若干の自信がある一夏もこの逃げ場の無い状態では無理だ。

「だったら、私が同居人でもいいわよね! 箒ちゃん! 私と部屋代わって!」

「な! ふ、ふざけるな! 何故私がそんなことをしなければならん!」

 当然箒もこの調子だ。二人共退く気はなさそうな感じだ。さらに言えば、今回は一夏の手で止めるに難い。

 

「いや、箒ちゃんって男女七歳にして同衾せず。とかそういう事言いそうなタイプじゃん? それなら私が代わった方がいろいろいいと思ってさ。私そういうの気にしない方だし。いや、大丈夫。私の部屋の同居人の子、超いい子だから仲良く出来ると思うよ」

「そういう問題じゃない! これは私と一夏の問題だ! 部外者は関係無い!」

「……ふ~ん」 

 鈴音は興味と、少しだけの嫉妬を乗せた目を一夏に向ける。

「愛されてるわねえ、あんた」

 皮肉いっぱいの言葉だったが、箒はそれを額面通りに受け取ったのか顔を真赤にする。

「そ、そういうのではない! とにかく、部屋を出て行くのはそっちだ! 自分の部屋に戻れ!」

 

「じゃあ、当の一夏に聞くわ。どっちがいい?」

「えっ!?」

 まさかこの状況で話を振られるとは思わなかった一夏は面食らう。鈴音の表情は真剣だ。そして箒もその言葉に一夏を睨む。

「実際、あんたのための特別措置なんでしょ? あんたの判断で決めれるんじゃないの?」

「いや、それは実際無理だろっていうか……鈴、ここはお前が退いてくれないか? 代われって言って代われるもんじゃねえよ。部屋割りは」

 一夏は迷った末、鈴の方を説得する事にした。困難ではあるが、やはりいきなり部屋を代われというのは無茶というものだ。しかし鈴音は納得できないのか、一夏を訝しげな目で見る。

「……」

「な、なんだよ」

「いえ……いいわ。ここは私が出てくわ。いきなりで悪かったわね」

 

 絶対に悪いとは思ってないだろうが、これ以上押しても無理だと悟ったのか鈴音は頭を下げる。その素直さが逆に不気味だが、鈴音は小さく呟く。

「でも、約束は忘れないでよね……」

 約束。その言葉に一夏はズキリと心を痛ませる。彼女とは二つの約束をした。その内これは、重い方だ。

 

 重い、想いだ。

 

「俺は……」

「いいのよ。でも私、諦めるつもりないから」

 鈴は言うと部屋を出る。そして一度だけ振り返って一夏に叫ぶ。

「クラス対抗戦! 負けないわよ! ていうか絶対勝つ!」

 それは彼女なりの景気付けか、落ち込んではないという強がりか。どちらにせよその転換の速さが鈴音の強さである。一夏もそれには答える。

「ああ、もちろんよ」

「私が勝ったら、一つ何でも言うこと聞いてもらうわよ!」

「おう……って、え?」

 なんだか、また勢いに乗せられて肯定してはいけないことを肯定してしまった気がする。

「ま、あんたが勝ったら勝ったでご褒美あげるから、頑張りなさい!」

 鈴音はそれだけ言って、自分の部屋に戻っていった。地味に、負けても彼女がなんでも言うこと聞く訳ではない辺り不利な条件をつけられた気がする。

 

「どうしよっかな。全く」

 鈴は普段こそお気楽な感じで、時には弱音もほどほどに吐く娘なのだが、いざ戦闘となれば阿修羅すら凌駕する戦闘力と精神を発揮する。それに何かが懸かれば尚更だ。彼女は追い詰められるほど燃える性質なのだ。

「まあ素手ならともかく、ISなら勝ち目もあるか。頑張ろう」

 一夏は一人気合を入れて振り返ると、箒と目があった。

 

 彼女は、何だか機嫌が悪そうに見えた。

「あ、あー。箒さん?」

「……私はもう寝る」

「あっはい。おやすみなさい」

 やはり安請け合いにああいうのを聞いてしまうのは箒にとってはあまり気のいいものではなかっただろうか。まあ、箒にまで似たような条件を課せられなかっただけマシと考えるべきなのかもしれない。

「はあ……」

 とりあえず、今日は自分も寝よう。まだ九時だが、想像以上に今日は疲れてしまった。一夏は首を二三度傾げてから、ベッドへと潜り込んだ。

 

 

「それで、箒さんとも鈴音さんとも顔を合わせづらくて私の所にと」

「まあ、そんな感じだ」

 翌日、昼休み。一夏はセシリアと共に屋上で食事をしていた。一夏はコロッケパンとカレーパン。セシリアは今日は珍しくチョコ系の菓子パンを食べていた。飲み物は互いに抹茶オレである。

 どうにも昨日の今日で箒と鈴音と一緒に昼食を取るのは気が引けていた。実際箒はまだ不機嫌だし、鈴音は一組に近寄りもしない。一夏が悪いのだから自業自得と言ってしまえばそれまでなのだが、一夏もそこは十五歳の男子高校生。いろいろと、ナイーブなところだってある。

「頼っていただけるのは嬉しいことですわ。ですが、私からアドバイスできるような事はありませんよ?」

「何か助言が欲しいわけじゃない。ただ、事情を詳しく言わずとも察してくれたらそれでいい」

 その点においてセシリアは優秀を通り越して畏怖の領域だ。今日も一夏が昼休みにそれとなくセシリアの方を見たら、彼女の方から昼食に誘ってくれた。たまにその察し方が怖いと思う事もあるが、今回は有難かった。

 

「私実は、恋というのはしたことが無いのですが……貴方達を見てるととても楽しそうに見えますね」

 悪戯っぽく微笑むセシリアに一夏はよしてくれと首を振る。

「言っとくが、泥沼だぞ?」

「貴方がパっと決めてしまえばそれで解決とはいかないのですか?」

「それで済むなら苦労はしない。それに場所も考えろ。万が一付き合って、丸く収まったとしよう。それが学園にバレたらどうする?」

「いやあ、楽しいお祭になると思いますよ?」

「シャレになんねーよ!」

 これ以上ないくらい楽しそうな顔でセシリアが言うので一夏は全力で否定する。

 

「それで、昨日も言ってましたしのでそれとなく明言はしませんでしたが……一夏さんは好きなんですよね? お二人のこと」

「ぐっ」

 そしていきなり核心を突いてくる。そう、一夏は……

「笑えよ。どっちかも選べずに優柔不断なこのヘタレを」

 一夏は自虐的に毒づく。幼馴染二人を好きになり、そのどちらかを選ぶことも出来ず、かといって両方を切り捨てる事もできないなんて、男の風上にも置けない。だがセシリアは笑う。

「私も昼食をカツサンドにするか焼肉サンドにするか迷う時くらいありますわ。そして今日のようにチョコパンを食べる時だってあります」

「おい待てそこまで軽く見られてもいやだぞ。てかそれは何の比喩だ」

「別に私がチョコパンだとは言ってませんよ」

「聞きたくも無かったよ!」

 というかお前はチョコパンみたいな甘い性格してない! パンで例えるなら肉増々サンドだ! それもすごく濃い味付けの!

「安心してください。私貴方の事は好きですけど、恋愛感情とかじゃないですので」

 地味にすごい告白をされた。

「そう言われるのは嬉しいけど……どういう感情なのかがちょっと怖い」

「ふふ、今は秘密にしておきます」

 セシリアは人差し指を口に当てて微笑む。一々仕草が艶っぽくてドキドキしてしまう。誘われてるというよりはからかわれてる感じだ。

 

「どちらにせよ、私から言えるのは、まずは月末のクラス対抗戦で鈴さんに勝つ事でしょうね。鈴さんは勝敗でスッパリ禍根を洗ってくれそうなタイプですし。箒さんも勝てば一夏さんを悪くは思わないでしょう」

「そうだな……」

 それが今一夏に出来る最善の事なのだろう。抹茶オレを一気飲みして、一夏は黙った。

 

 放課後、生徒玄関前廊下に張り出された広告があった。表題は『クラス対抗戦リーグ表』

 

 第一試合は、一組・織斑一夏と二組・凰鈴音の試合だった。

 




三話に渡って何をやってたかと言えば、このオリジナル設定の説明付となります。

「箒・鈴音は一夏に惚れている」は原作通りなんですが
「一夏も箒・鈴音の両方に惚れている」
「セシリアは別に一夏に恋愛感情はない(好きではある)」という二点が加わります。

なにも全員が全員惚れてる事がハーレムとは限らない訳で、この作品ではそれぞれのヒロインが一夏に抱く好意の形が違う。という設定になっています。
 

次回よりクラス対抗戦です。激戦執筆にご期待ください


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十七話「決戦! クラス対抗戦」

 クラス対抗戦、試合当日。第二アリーナ第一試合。組み合わせは一夏と鈴音。男性IS操縦者というだけでなく、イギリスの代表候補生を負かして代表となった期待のホープである一夏と、入学を遅らせてギリギリまで調整を行った中国の若きエース(どうやら、一夏の想像以上に鈴音は優秀らしい)鈴音の試合というだけあり、アリーナは全席満員。それどころか通路まで見ている生徒で埋め尽くされている。更にまだいるという観戦者は、リアルタイムモニターで観戦するらしい。

「結局、鈴のISは本番まで見ず仕舞いだったな」

 銀鋼の展開を確認して、一夏はハイパーセンサーのバイザーを下ろす。その後、特訓に鈴音は現れず箒、セシリアと共に実戦での特訓を積んだ一夏であるが、彼のバイザーには収集した鈴音の情報が出ている。

 

 戦闘待機状態のIS一機を確認中。操縦登録者名凰鈴音。搭乗ISの種別・カスタム機。ISネーム「甲龍」。正式登録機体である事をデータベースより問い合わせて確認済み。戦闘タイプ・近接格闘型。特殊兵装は不明。されど装甲を排し、小型化に成功した特殊兵装を搭載することで機動性と攻撃力を有してる模様。

 

 この情報はいつも一夏が事前に調べあげている。そしてその情報から考えられる最も有効な武装をIS技研に打診し、追加武装として送ってもらうのだ。技研は実際国内でIS学園ともそう離れてはいないので、すぐに届けられる。この追加武装の柔軟性が銀鋼の長所の一つとも言える。初期装備の多さから、後付武装のための拡張領域が銀鋼には一つしかない。だが、その一つにIS技研が開発した特化仕様兵装を相手に合わせて搭載することで、より有利な戦況で戦う事が出来るのだ。もちろん、今回も一つ搭載した。推測の範囲ではあるが、鈴音の戦闘スタイルを考えれば必ず力となるはずだ。

 一夏はあらかじめコンテナから武器をコール。上部コンテナ二つを八連装ミサイルポッド。下部コンテナ二つから六連二十ミリガトリングキャノンを展開し、ピットゲートから出撃する。

 

 視線の先には鈴音とそのIS、甲龍(シェンロンと読むらしい。願いとか叶えてくれたり、腕が伸びたりしそうだ)が待っている。一夏はその見た目にまず驚いた。おそらくフレームは中国製量産機。二色の紫でリカラーされているのだが、スラスター、特殊武装の類である非固定浮遊ユニットが一切無い。腕は一夏の銀鋼と同じくガントレットタイプで格闘打撃を邪魔しない。転じて脚部装甲は鋭く、かつ大型だ。まるで爪先立ちをしているかのような脚部装甲が、地面から既に少し浮いている。腰には超大型の青龍刀が折りたたまれて懸架されている。柄の両方に刃がついたそれは大型のブーメランのようにも見えた。

 鈴音は拳の腕もそれなりだが、所詮一夏にも劣る程度である。故の武装であろう。彼女はあまり武器を使わない主義であったが、だからといってISに乗る以上、武装の扱いも鍛錬したのだろう。

 最大の注意点は脚だ。的が第二世代量産機。そして上空に位置していないという限定条件がつくが、彼女は素足の一撃で絶対防御発動領域の斬脚を振るえる。その一撃はもはや兵器の類だ。もしも中国開発局にその気があるなら、彼女の脚部装甲にはその威力と有用性を更に高める何かが搭載されているはず。非固定浮遊ユニットが無い事からも、脚部に甲龍の技術が詰まっているのは目に見えた。

 

「それでは、両者規定の位置まで移動してください」

 促されて両者前へ。距離は二十メートルと言ったところか。ハイパーセンサーの通常回線で一夏と鈴音は言葉を交わす。

「……一夏。本当に容赦ないよね」

 鈴音の声はちょっと震えていた。一夏のミサイルポッドとガトリングキャノンを見ての事だろう。そう、鈴音には分かり易すぎて逆に怖い弱点がある。彼女は遠距離から弾幕で押し切られると、弱い。当たり前だが、深刻な弱点だ。

「手加減して欲しかったのか?」

「いやー、そういう訳じゃないけど。さすがにその重装っぷり見ちゃうとね。ほら、私のISは私に似て華奢で可憐だからさ」

 鈴はぴょんと飛び跳ねた。確かに、背にも腰にも非固定浮遊ユニットのない鈴音のISはある意味量産機よりも貧弱に見える。

「寝言は寝ていえ。こんな距離なんてお前にとっちゃ無いも同然だろ」

 実際、試合開始直後にもしも彼女がゼロ距離を詰めて一夏を蹴れば、それだけで決着がつきかねない。そういう所は、前回のセシリア戦に似ていた。今回は立場が逆だが。

「どっちせよ。悔いのない戦いにしたいね。久しぶりの決闘で、約束した初めてのIS戦なんだからさ」

「ああ。そうだな。全力でいくぜ」

 

『試合開始!』

 

 鳴り響くブザー。同時に一夏はガトリングガンの倫理トリガーを引いて弾幕を張りながら、上昇しながらのバックブーストをかける。鈴音の攻撃は超速だが直線。そしてこのガトリングガンの弾幕は、無視して突っ切るには余りにダメージが大きすぎる。

 対して鈴音は真上へと加速。弾幕を飛び避ける。最大の接近チャンスである初動を回避に使った。その時点でもう、彼女に次の接近の機会は与えない! 一夏は距離を取りつづけながらミサイルポッド一六発を射出し、鈴音の方へとガトリングキャノンの弾幕を向ける。鈴音は一夏へと接近加速。自殺行為だ。射撃で削り切る。

「!」

 

 しかし、鈴音の加速スピードは一夏の想像レベルを遥かに超えていた。ミサイルを抜け、ガトリングキャノンを向けようとするわずか数瞬。時間としては零コンマニ秒で彼女は約百メートルの距離を詰める。短距離とはいえ、否、短距離だからこそこの加速スピードは通常のものではない。一夏が素早く対応しようとする所を、彼女の蹴りが襲う。スラスターを利用した加速回転蹴り。その瞬間に一夏は、彼女の脚部に鋭いブレードが輝くのを見る。下部コンテナ武装指向性強制排出。

 一夏は勝つために、否。負けないために彼女の攻撃に対して臆面もなく武装を犠牲にする。両手に持っていたガトリングキャノン二丁を前方へと飛ばして後退。鈴音の蹴りの一撃は、そのガトリングガン二丁をまるで木でも斬るように両断した。一瞬でも反応が遅れれば、今頃一夏のシールドエネルギーは消し飛んでいただろう。予想外だったのはあの加速。一夏はその正体を知っている。

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)ISの格闘特化技術の一つだ。まずスラスターからあらかじめ、膨大な量。それこそ内部で貯めこむには不可能な量のエネルギーを放出する。そのエネルギーを空間圧縮によって極限まで圧縮。そして圧縮されたエネルギーをスラスターに取り込み、その内部でエネルギーを爆発させる事で常識を超えた加速を行う技。非常に強力な技ではあるが、難点も多い。まずはエネルギーの高速かつ強力な圧縮技術。これがなければ発動に時間がかかり、加速の意味が薄れてしまう。そしてもう一つは圧縮エネルギーの爆発にスラスターが耐えられるかどうかであり、堅牢かつ専用のスラスター機構を必要とする点だ。なので瞬時加速は通常ISでも使えるが、使いドコロが難しく、使えても一回が限度という難儀な技なのだ。

 だが、おそらく甲龍は恒常的な瞬時加速の使用を可能とした構造をしていると考えていい。先ほどのタメの無い高速発動からして、彼女に搭載された第三世代兵装は、空間圧縮兵器の類であろう、本来はそれを衝撃波として飛ばす見えない砲弾。いわゆる「衝撃砲」として使うための技術なのであるが、彼女のISはそれを瞬時加速の高速圧縮、衝撃ブーストに使用しているのだ。そしてスラスターの堅牢性は、見るまでもない。彼女の脚技の威力を殺すどころかむしろ飛躍的に上げているあの脚部装甲は、それ専用の構造がなされてると考えられ、結果的に瞬時加速の爆発にも容易に耐えれるようになっているのだ。

 

 瞬時加速を利用して目標に音速で接敵。そのまま彼女自身の持ち味を活かした蹴りで一撃必殺。再び次目標への加速を繰り返すヒットアンドアウェイ機体。それが鈴音のIS。「甲龍」のコンセプトとおもわしかった。非固定浮遊ユニットがないのは、おそらくエネルギーを脚部に集中させる意味合いと、エネルギーシールドの範囲を狭め、より凝縮して使用する事にあるのだろう。

 

 音速を超える加速を叩きだす瞬時加速を使うのであれば、このアリーナのような限られた戦場ではどこであろうとも彼女の射程範囲だ。IS用に開発された小型ミサイルでは初速が足りず彼女を追い切れない。更に言えば肉弾戦等論外だ。彼女が極限まで近接型に尖ってる以上、汎用型の銀鋼では秒殺がオチだ。そもそも銀鋼の格闘能力は、一夏自身の技量に頼っている。技量そのものが上回ってる鈴音にどうこうというレベルではない。

 

 一考の末一夏が下部コンテナより新たな武装をコールしたのと、鈴音の再加速による接近は、同時であった。




最初の見せ場。クラス代表戦突入です。主に違うのは甲龍の武装。というより彼女のはほとんど別物になってます。瞬時加速を利用した一撃必殺機体という原作の百式に近い機体です。

またこれに伴い瞬時加速の設定もいろいろ弄ってます。原作の矛盾を直すってわけではないのですが、どうも瞬時加速の原理が難しかった感があるので分かりやすい感じに変更しています

次回は原作定番イベントです


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十八話「空白を埋めるモノ」

 

 迫り来る鈴の接近は瞬時加速ではなかった。距離は約三十メートル。おそらく彼女の限界反応距離があるのだろう。なにせ瞬時に音速を超える加速だ。ハイパーセンサーがあろうとも、その判断を下すのは人間だ。余りにも近い距離での瞬時加速は、彼女の自滅を生むのだろう。

 だが、それは些細な問題点だ。なにせ瞬時加速を必要としない距離ならば通常加速でも存分間に合うからだ。鈴音のスラスター加速回転蹴りを一夏は潜ってかわすが、彼女はパッシヴ・イナーシャルキャンセラーを操作。瞬時に横から縦への回転へと身を翻し、加速スラスターかかと落としを行う。一夏はこれをバックで躱す。そこを鈴音の両手に持った両刃の青龍刀が襲う。跳躍からの攻撃を受けられた際、空中で身を翻し踵落としへと転ずる。当然敵は後ろに行くので、そこにすかさず追撃を叩きこむ。凰式戦闘術の基本メソッドの一つだ。一夏はコールした多機能戦闘用ブレードでその刃を受け、拮抗せずに刃と刃の接点を起点にして翻る。

 近距離は不利。されど遠距離は必殺の瞬時加速を使われる。適正距離はつかず離れずだ。一夏はハイパーセンサーバイザーから目視操作でコンソールパネルを開く。敵距離に応じて自動ブースト。角度真正面。距離設定二十五メートル。

 

 銀鋼はブーストをかけると、鈴音とのちょうど二十五メートル時点で静止する。コア制御により誤差一ミリ範囲内で、彼女の行動に合わせ、位置距離を維持する移動を行う。普通は移動時の編隊維持のためにある機能だ。通常戦闘では相手が撹乱するように動けばそれに律儀に反応してしまい、戦闘どころではなくなるからだ。ハイパーバイザーでただでさえ鋭敏化されてる感覚は、不意に揺さぶられる視界の変化に脳がついていけなくなる。言ってしまえば物凄い乗り物酔い。IS酔いを起こすのだ。IS適正には、少なくとも自身の空中機動でIS酔いをしないという項目が含まれてるくらいだ。

 

 一夏は定位置についた瞬間、固定移動機能を解除。上部コンテナより武装をコール。上部コンテナハッチに既に展開されていたミサイルポッドから追加武装「センサージャマー」が量子変換される。代わりに前方へと、無数の小型珠状物体が飛来し空中展開する。ハイパーセンサーの目標認識補助機能をマニュアルに変更。

 一方鈴はハイパーセンサーからは表示される「目標認識」の文字にすぐさま反応しようとして、ハイパーセンサーが示す情報に度肝を抜く。位置全方位数二百!? それほどまでに大量の武装を同時に、有効に展開する機能が銀鋼にあるのか!?

「っ!」

 鈴は脚部装甲から迎撃用の散弾を射出。散弾は球状物体に当たると、パン! と弾けた……パン……?

「風船!?」

 鈴音は声に出して驚く。攻撃も一向に来ない。これは武装でもなんでもない。ただの風船だ。ならばこれは撹乱。一夏は……と鈴音は探すが、目の前を覆うほどの「目標認識」の文字が鈴音を邪魔する。ハイパーセンサーの目標認識補助機能が自動ロックであるせいで、無数の風船全てに認識反応してしまうのだ。

 

 これが一夏の本日のビックリドッキリ武装。「センサージャマー」である。ハイパーセンサーに誤作動を起こさせる事を目的とした兵器で、射出される風船には特殊な波長が出ており、ISのハイパーセンサーに必ず引っかかるようになっている。なんでもただの無害な風船である事がミソらしく、ブラックボックス的な部分が多いが、精神や心めいたモノを持つISコアに対して何らかの友好反応を出してるらしい。ISの特徴であるハイパーセンサーだけを潰し、通常のレーダーやセンサーを邪魔しない有効な兵器なのだが、IS対IS戦には使いにくい。何せ自分のハイパーセンサーが己の射出したセンサージャマーに対しても反応してしまうからだ。

 

 そのために、一夏は目標認識補助機能をマニュアルにした。簡単な対策なのだが、わざわざ目標認識補助機能をマニュアルにするという行為等誰もしないので、存外操作方法を教本で見ただけ。という人間が多いのだ。やり方が分かってても実戦でやったことがない変更を戦闘中瞬時には出来ない。

 しかし一夏は違う。彼はハイパーセンサーだけでなく、本来自動で発動するISの機能ほとんどのマニュアル操作を熟知している。何故なら、彼のISである銀鋼がそうでなければ動かなかったからだ。男である一夏を無理やり乗せるための手探りの調整が行われたコア。それ故にコアが機能を作動しない不具合も多く、そのたびにマニュアル操作での機能確認を行い、調整をして自動発動を行えるようにする。という行いを繰り返してきた。銀鋼は戦闘中でもコンソールパネルから多数の設定を変更出来るようになっている。これも、途中で不具合が起きればすぐさま応急操縦が行えるようにするための措置なのである。

 

 欠点を嘆くではなく、持ち味を活かす。それこそIS乗りの基本であり、素質。一夏はISの特殊技術はほとんど使えない。普通に動かせるようになるので、一年が過ぎたからだ。しかし一夏は、基礎の基礎。その更に下地においては自信がある。それが戦闘技術に差のある一夏と鈴音を埋める物!

 

 一夏は目視により鈴音の甲龍をロック。突入位置は……真上! そしてそれに気づかない鈴音に対して、直上からの高速加速。

「!」

 直前で鈴が直感によって察知するが、それは生身ならばともかく、IS戦では遅すぎる反応だ。一夏は回転踵落としをぶち当てる。対機格闘ではない凰式戦闘術の基本ムーブからなる綺麗な直撃。それは鈴音のシールドエネルギー大幅に削って地面へと叩き落とす。絶対防御発動領域には足りなかったのはやはり鈴音と一夏の能力差だ。もしもこの踵落としが鈴音ならば、確実に絶対防御が発動していただろう。

 

 同時に、自然減衰でエネルギー反応を示せなくなった風船が自動で一斉に割れる。これも、セシリア戦の重金属粒子散布ミサイル同様、一回分のみしか搭載していない。この優勢状況のまま、鈴音を倒す。一夏は目標認識補助機能をオートに戻す。

「ハッ!」

 気合を入れるように一喝し、一夏は多機能戦闘用ブレードを構え。鈴音への直下加速を行う。鈴音が立ち上がり迎撃の構えを見せるが、上等である。上を取っている以上、地の利はある。真っ向から押し勝つ!

 

 

 衝撃があった。

 

 

「え?」

 鈴音が理解できない顔をする。アリーナを伝わるほどの衝撃。その衝撃波は……一夏を真横から襲い、彼をまるでボロクズのように壁まで吹き飛ばした。当然絶対防御が発動するが、その一撃は明らかにそれを貫通してダメージを与える。

「え?」

 二度目の衝撃。これは先程よりも小さい。それは、一夏がアリーナの壁にぶつかった衝撃だった。アリーナの壁は深くめりこみ、銀鋼のコンテナはひしゃげ、脚部装甲にヒビ入り、頭から血を流す一夏が見える。ハイパーセンサーで見えてしまう。

「嘘……」

 鈴音の口から、言葉が漏れ出る。そして一夏と反対側から熱源反応をハイパーセンサーが感知する。種別はISに極めて類似の反応。所属は不明。鈴音は放心したような顔でその方を向く。

 

 そこにいたのは、異形だった。

 

 身長三メートルを超える、濃灰の異形。手が異常に長く、まるでゴリラのようだ。右手が突き出され、その先には砲塔があり煙が出ている。それが一夏を襲ったのは明らかだった。

 特徴的なのはその全身が装甲で覆われていたという事だ。全身装甲(フルスキン)のISなんて、鈴音は見たことも聞いたこともない。首や顔もなく、かろうじて上の辺りに並んだ不気味なセンサーレンズが顔と呼べるようなものを形成していた。

 異形のセンサーレンズは、鈴をまるで認識出来ていないかのように見ていなかった。そのレンズの先は、一夏をひたすら見つめている。まるで、死んでいるかどうかを判断しているかのように。

 

『織斑君! 凰さん! 聞こえますか! 応答をお願いします!』

 一組の副担任、山田真耶の声が聞こえる。緊急の個人通信だ。

『緊急事態です! 今すぐ逃げて! すぐに先生達がISで制圧に行きます!』

 何か言っている。必死で。そうだ。今、自分がすべきなのは……

 

 加速。鈴音の姿は消え、次の瞬間には異形を一夏とは真反対へと蹴り吹っ飛ばした。もはやそれは、加速という域を超え、瞬間移動に近い。一夏がアリーナにぶつかったのと同程度の衝撃。しかし、異形に目に見える損傷無し。やはり、シールドエネルギーがあるのか。鈴音は判断する。

 

『凰さん!?』

「いえ、先生たちが来るまで私が食い止めます。一夏が今、動けない状態で放っておくのは危険ですし、あの威力です。おそらくアリーナの遮断シールドも容易に貫くと思います。観客の誘導を早く。私は大丈夫です」

 恐ろしく冷静で冷淡な口調で、鈴音は喋る。まるで他人が代わりに読み上げてくれているようだ。何か耳がうるさいので、緊急で開いていた個人通信を切る。

 異形が起き上がり、鈴音を見る。どうやら、ようやく敵として認識したらしい。鈴音は異形を見る。

 

 その目は、修羅が如し。その表情は、羅刹が如し。

「許さないわ」

 断定的に、鈴音は呟く。シールドエネルギー残量420。先ほどの一夏の攻撃がやや効いた。が、それの何が問題なのか鈴音には分からないので今はどうでも良かった。今、重要なのは目の前の異形をどう消し去るかだ。

 

「私の、家族を」

 もう、一人しかいない。そして、これからなってくれるかもしれないたった一人の、最後の家族を。どこから現れたか。何者か。それはもう、鈴音にとって無用な事なので思考から排除。

「でも、二度目は無いわ」

 鈴音は構える。異形は動かない。余裕の現れなのだろうか。知ったことではない。

 

「一夏だけは……好きな人だけは、絶対に守ってみせる!」

 

 凰式戦闘術皆伝、凰鈴音。参る。




激闘から乱入。そして王道展開まで。基本的に各キャラの戦闘力は上がってるのですが、この乱入者は今回特に強化要素としてあげられる一体です。ちょうつよい。

ストックがなくなってきてるので、今回もしくは次回更新から更新に間があくと思います。


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十九話「そして、白く輝けり」

 

 

「凰さん、通信を拒否しちゃってます……織斑君の方は依然反応ありません……」

「……そうか」

 ピット内。リアルタイムモニターで見守る中。真耶の言葉に、千冬は重く反応をする。

「生徒一人にあの場を任せる等非常識にも程があるが、実際にこの状況だ。突入まで凰に時間を稼がせるしかあるまい、それに……」

 千冬は謎の侵入者である異形に猛攻をかける鈴音を見る。

 

 彼女は異形を圧倒していた。それこそ、異形に反撃の隙を一分も与える事なく。

 だが異形の方もダメージを受けている様子はない。いずれ鈴音の集中力とエネルギーが切れる。それまでに打開策が無ければ、鈴音も一夏の二の舞になるのは目に見えた。千冬は落ち着かせるようにコーヒーを飲む。あの異形、明らかに「最初から内側にいた」外部に保護用に展開された遮断シールドに反応がない事からも確か。しかし、ならばあの巨体でどうやって侵入してきたのかというのか……これは今考えても堂々巡りだ。千冬は手前の容器から塩を一匙、コーヒーに入れて飲み干す。その味が、彼女を冷静に戻した。

 

「先生、IS使用許可を。それと、アリーナの電源も少しお借りしたいのですが」

 セシリアは無表情に、しかし早口で言う。

「扉はロック、遮断シールドはレベル4……緊急事態宣言レベルに設定されている。アレの操作だろう。それをどうやって……電源?」

「外部電源を借りて、レーザーライフルの威力を無理やり底上げします。引き絞れば、二十センチ程度の穴は開けれます」

「そんな小さい穴を空けて何をする気だ。小人でも援軍に送るのか?」

「大体、そんな感じです」

 

 皮肉を真顔で返されて、千冬はセシリアを見る。彼女が冗談を言ってるようには見えなかった。現状では援軍、救援は一切送れない状況。教師陣と三年の精鋭がシステムクラックを行ってるが、多少ならすぐさま解除できるはず。今も手間取っているところを見れば、向こうも相当なロックをかけている。セシリアは二十センチの穴に何を送るつもりのか。

「もし、突入部隊に私が数えられているならば、この提案を却下してくださって構いません。レーザーライフルは確実に一時的使用不可になりますので」

「いや、お前のISは多対一には向いてない。そもそも数に入れてない……何か自力で出来るというのなら、やってみろ。IS展開と電源の使用許可はここで臨時に私が出す」

「感謝します!」

 言うが早いが、セシリアは真っ直ぐに部屋を出て行く。冷静な顔はしていたが、やはり状況が状況だ。駆け出しくて仕方なかったのだろう。

「一夏……」

 そんな中、箒は一人険しく鋭い視線を映る画面に向けて、ギュっと両手を握りしめていた。

 

 

 十二度目の瞬時加速。二十八回目の斬脚が異形を蹴りつけ、アリーナの壁へと再び激突させる。右脚部ユニット損傷率三十二%。左脚分ユニット損傷率十八%。連続の瞬時加速と鈴音の蹴りにも容易に耐える甲龍の脚部装甲も、徐々に悲鳴を上げ始めていた。圧倒はしているが、異形は未だ無傷。もしもあれにシールドエネルギーがあるなら、十度は零にしているはずだ。

 しかし、そんな様子はまるでない。実はシールドエネルギーは存在せず、異様に硬い装甲だけなのかとも思ったが、それにしても甲龍の特殊ブレードを以てする鈴音の蹴りをこうも受けてかすり傷一つ無いのはおかしい。脚部ブレードはダメージを受けているが、別段刃こぼれしたという訳でもない。つまりアレには通常のISの十倍を超えるシールドエネルギーがあるのだ。そんなエネルギーをどこに。とも思ったが、鈴音はこれまでの戦いで一つの推論を立てていた。

 

 あのISには人が入っていない。おそらく無人。無尽蔵なエネルギータングがその人がいるべき部位に搭載されているのではないか。無人のIS等聞いたこともないが、ならば全身装甲も然りだし、常識では考えられないシールドエネルギー量もそうだ。あれはそもそも、ISに似て非なるもの。そう考えた方が早かった。

 異形はめり込む壁から起き上がると、姿を消す。ハイパーセンサーからも消える。直感による気配も感じない。音も無い。完全なステルスだ。おそらくこれがあのISがこの学園に侵入し、一夏に一撃を与える事が出来た要因。完璧に己を消し去るステルス機能。これも、常識を超える兵器たりうるISという観点から見ても常軌を逸する機能である。こうも完全に消えられての不意打ちでは、どれほどの達人であっても見切る事は不可能。

 

 だが、不意打ちでも来ると分かっているなら話は別だ。

 鈴音は一呼吸置いて目を閉じる。感じるのは空気の流れ。しかし信じられない話だが、あの異形は空気の乱れすら感じさせない。ステルスというよりは、本当に消えている可能性があると思うほどに。そして実際そうではないと鈴音は考えていた。あの異形の武装は両手による打撃と、砲塔から出す見えない衝撃波。鈴音の甲龍に本来搭載されるはずだった第三世代兵装「衝撃砲」に似ている気がするが、まだ今の技術では一撃でISを粉砕する威力は出せない。あくまで見えない砲弾を活かした牽制射撃の類なのだ。故に甲龍には採用を見送られ、空間圧縮技術の洗練と装置の小型化を優先し、衝撃砲そのものではなく、脚部加速ユニットに同系統技術が使われたのである。

 もはや消えている間はアレはここに存在していない。そう鈴音は割り切っていた。ありえないと切り捨てるのではなく、そうであると受け入れる。つまり見るべきは再び現れる瞬間。ついに、異形が姿を再び現す。場所は、未だ倒れる一夏の目の前! 鈴にとっては……予想通り。

 

 瞬時加速(イグニッションブースト)、既に出現位置がわかっていた鈴は超加速する。通常瞬時加速の三倍。限界まで溜め込んでいたエネルギーを爆発加速。そのスピードたるや、間合い百五十メートルを零コンマ一秒。音速変換マッハ4.4。超音速の域に達した鈴音の加速は、通常ならば衝撃波で辺りを破壊するレベルであるが、エネルギーシールドがそれを防ぐ。そして鈴音は異形目の前に飛んでパッシヴ・イナーシャルキャンセラーを用い急停止。異形からすれば、鈴音が瞬間移動してきたようにしか見えない。そこで鈴音は再び瞬時加速(イグニッションブースト)! ゼロ距離から放たれる音速蹴りの一撃が、異形の胸部装甲……鈴音が蹴りのたびに精確に当ててきた胸部装甲へと直撃。その一撃は、エネルギーシールドを超え、確かに異形の装甲に小さな亀裂を入れる。まさしく、涓滴岩を穿つの故事に倣う必殺。

 

 だがそれは同時に甲龍脚部ユニットの限界でもあった。鈴は脚の痛みに膝をつく。右脚部ユニットの損傷率は八割を超えている。瞬時加速はもはや使用不可。それでも、鈴自体の右足に痛み以上の異常がないのであるから、中国IS開発部がその威信をかけて開発した脚部装甲の堅牢性が分かる。

「はあ、はあ、はあ、はあ……っ!」

 そしてそれは、鈴自身の限界も示していた。これ以上の全力戦闘は困難。実質片足での戦闘となる。対して異形は……

「そう……まあ、そうよね」

 さも当然と、起き上がっていた。確かに胸部装甲には亀裂が入りそこから火花が散っている。しかし戦闘行動には支障がなさそうだ。鈴は左脚部から迎撃散弾を撃つ。しかしそれは防がれる。信じられない話だが、シールドエネルギーが復活しているのだ。無限だとでもいうのか。アレは。

「もう少し、後。もう少しだけ」

 

 それでも鈴は立ち上がる。この身、この一念、己の愛した人を守らんがため、どこに倒れる道理があろうか。少なくとも、鈴には無い。無いのだ。鈴は壊れた右脚を軸とし、損傷の薄い左脚を構えた。

 

 ……

 

 昔の事を、思い出していた。

 

 目を閉じ、耳を塞ぐのは簡単な事だよ。それが楽チンな生き方。でも、私は生憎それが出来なかった。天才っていうのはね、世界がそれを許してくれないんだ……立ち止まる事を許してはくれない。 

 

 思い出すのは、自分が変わる契機となった会話。

 

 私は世界の深淵を、覗き続けてきた。そしたら、戻れなくなっちゃったんだよ。好きで狂人になる人間はいないよ? それともいっくんは、私が生まれた時からこんな人間だと思ってたのかい?

 

 彼女は常識を壊していった人間。人々が目を背ける真実に真っ向から向かい続け、壊れた人間。

 

 ま、それはそれで楽しいからいいんだけどね~。でも、ちーくんや箒くんにはそうなってほしくなかった。だから私は今、こうやって一人好き勝手生きてるんだけどね~。で、いっくんはどうなのかな?

  

 彼女は問いかける。

 

 いっくんは目を閉じ、耳を塞いで生きる事ができる。普通の人のように。私は、いっくんには楽しい人生を過ごして欲しいと思う。ちーくんや箒くんのように。でも、いっくんには素質がある。ちーくんの弟だから、素質があってしまう。まだ目覚めていない素質に、見ないふりをする事も出来る。

 

 彼女は笑っている。だが、今はその言葉に鋭さがある。

 

 でも、真実を知ろうとするならば。ちーくんが目を背けた真実に、向きあおうとするならば。いっくんはもう「普通」に戻れなくなる代わりに、「真実」を得れる。

 

 彼女は両手を差し伸べた。右手は、自分を助けてくれる手。「普通」への道。左手は、協力者を求める手。「真実」への道。

 

 好きな方を選びなよ。どちらを選んでも、私は嬉しい。でも、「選ばない」事は許されない。悪いけど、ここがいっくんの人生の分岐点だよ。人生の分岐点は突然現れる。子供でもそれだけは逃げてはいけないんだ。だから、ここで選ばなければならない。さあ、どうする?

 

 彼女が笑みで問いかける。俺は……織斑一夏は、その左手をしっかりと握った。彼女は……篠ノ之束はニヤリと笑う。

 

 ようこそ、深淵へ。歓迎するよ、盛大にね。

 

 

『駄目だなあ、いっくん。目を閉ざしてちゃ』

 声が聞こえる。そこで、一夏は意識が覚醒する。体中が痛い。シールドエネルギー残存30。知らない間に随分と削れている。何があったのか、よく覚えていない。

『お、目を開けたね。そうそう。そうこなくっちゃ。君は双眸見開き、世界を見る事を決めた人間だ。今ここで目を閉じるのは世界に対する冒涜だよ?』

『……すんません……束さん』

 一夏はその個人通信に応える。篠ノ之束、世界の愉悦と真実を求め続ける探求者。彼女がいきなり通信をしてきたことに、一夏は驚かなかった。全てのISのコアは彼女が製作者だ。それはつまり、全てのISコアが彼女の眼にも等しい。

『時間が惜しいのでパッパいくよ。ビンゴだ、やっぱりいっくんで正解だった。私達の「仮想敵」が出てきた』

『!』

 一夏は前を見る。そこにあったのは、濃灰の異形と、それに立ち向かう鈴音。では、あの異形が……篠ノ之束の、IS同盟の仮想敵?

『言っても、下位クラスだけどね。だけど間違い無い。あれは超越兵器(EXceedArMs)だ』

『あれが……』

『にしてもあの娘、すごいねえ。超越兵器に拮抗しちゃってるよ。すごいすごい……でも、さすがに限界っぽいね』

 束が面白そうに見る。鈴音は確かに防戦一方だった。その脚部はぼろぼろだ。しかし異形の胸に亀裂が入ってる事から、一撃を入れたのだろう。それがどれほどの困難な事なのか、一夏は知っていた。

『さあ、それじゃあ。行こうか。いっくん。ここまで耐えた彼女には感謝しつつ退場してもらおう。ここからは「私達」の戦いだ』

『了解です。束さん』

 銀鋼、再起動。一夏は加速と共に、鈴音に一撃を与えようとしていた異形に重連掌打を叩きこむ。シールドエネルギーにダメージは防がれるが、異形は吹っ飛び距離は稼ぐ。

 

「い、一夏っ!」

「悪い。迷惑をかけた」

 驚きと嬉しさが綯い交ぜになった表情の鈴音に、一夏は応える。

「遅すぎるわよ。寝坊しすぎ」

 鈴音は何か言葉を探して、軽口を叩く。だがその言葉の重みを一夏は分かっていた。

「ここからは俺がやる。お前は後ろに」

「でも、そのISじゃあ」

「いや……手はある。任せろ」

「……じゃあ、任せたわ。バトンタッチ」

 その眼に何かを察した鈴音は反論せず、後ろに下がる。その際に一夏は彼女と選手交代のタッチを交わし、真正面に異形を見据える。束の通信が飛ぶ。

 

『モノがモノだからね、五分が限度だよ。後勝手もいろいろ変わる。でもま、大船に乗った気でいなよ。天才束ちゃんの自信作だからさ。それに、きっと言わずとも分かるはずだよ。君のためにあるシステムなんだから』

『わかりました』

 一夏は頷くと、コンソールパネルからシステムロックを解除。システムから口頭入力による承認を求められる。一夏は応える。

 

限定形態移行(リミテッドフェイズシフト)コード『白式』!」

 

 そこに、『白』が化現した。

 

 




オリ要素全開からの覚醒展開まで。ここまで毎日更新を心がけてきましたが、ここにて一度更新が滞る事になるかと思います。原作一巻完結分までを書けた時点で、また更新を再会する予定です。

一巻分は全25話を予定しています。


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ニ十話「焔十字」

 

「さてと」

 ブルーティアーズを展開し、くすぶった煙をあげるレーザーライフルをセシリアはクローズする。目の前には苦労して開けた隔壁の穴が空いてる開いてる。直径二十センチ弱の穴。だが、セシリアにはそれで十分だ。

「秘密にしておきたかったのですが、そうも言ってられませんわ」

 セシリアは古式ライフルを構えると、その穴にライフルの先端を突っ込み、三発発砲する。

「あの子達を助けてあげて。私の子供達」

 セシリアの言葉と共に、三つの光がアリーナへと向かう。

 

 その向かう先には、白の機士が立っていた。

 

 限定形態移行した銀鋼。正式名称「特化試作第四世代IS白式」はその名の通り汚れ一つ無い白いISだ。それらは全て銀鋼のパーツが展開される事により化現した装甲により構成される。束曰く、「展開装甲」と呼ばれる試作技術との事だ。それによって一夏のガントレット装甲、脚部装甲、アーマー部分は純白となり、装甲の溝に鋼部分がラインのように走っている。背部は、アーム接続されたコンテナブースター戦の棺がそれぞれ四つの浮遊式スラスターユニットの形をなしまるで翼のようになっていた。

 そして、最も特徴的なのは頭部であった。黒のバイザー型ハイパーセンサーは折りたたまれ、まるで一角獣の角にも似た白のブレードアンテナが一夏の頭に雄々しく伸びている。ブレードアンテナには小さく束自らが独自の造語で刻んだ『双眸見開き、世界を見よ』の言葉がある。一夏自身の信念であると同時に、束の、ひいてはIS同盟そのものの行動理念。

 

『やっちゃいなさい』

 一夏はハイパーバイザーを確認し個人通信に視線で返すと、武装欄を呼び出す。この白式の武装は唯一つ。一夏は迷わずそれをコール。呼び出されたそれを、一夏は右手で握る。

 近接特化ブレード「雪片参式」それはかつて、「オールドワン・オールワン」織斑千冬が振るった専用特化装備「雪片」の後を継ぐ装備である事が魂で感じれた。刀身五尺のそれを両手に構えると、一夏は異形を見据える。異形は動かなかった。まるで、一夏を興味深く観察するように。その距離は五十メートル。

 

 一夏は迷わず突進する。この白式に許された時間は五分しかないのだ。短期決戦より他はない。その思いに応えるように雪片参式の刃が鋭く光る。ウィンドウに映るのは単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)零落白夜の文字。それがどのような能力なのか、一夏は知っている。知らされていないのに、心で分かる。

 バリアー無効化攻撃。一夏の斬撃は異形のエネルギーシールドを無効と化し、そのまま装甲部への直撃を与える。絶対防御は発動せず。この機体、やはり無人か。一夏は心中思いながら、後ろに引く。直後に異形の反撃の巨碗が掠る。遅いが、鈍いわけじゃない。それより重大なのは、シールドエネルギーを無効化して放った斬撃が牽制とはいえ、異形の装甲にせいぜいかすり傷程度にしかならなかった事だ。

 

『束ちゃんからの戦術アドバイス~。アレは徹底的に防御と持続力に特化している自立稼働型。エネルギーシールド量自体は普通なんだけど、零になるたびに全回復している。回復量ほぼ無尽蔵と考えた方がいい。何故無尽蔵かって? 「魔法」とでも説明しておこうかな? 冗談抜きでね。で、あの装甲も凄まじい堅牢性だよ。面の攻撃じゃあ、ミサイルの一発や二発直撃を受けてもどうこうないレベル。言っとくけど今回のいっくんには撃退なんて求めてないよ。それじゃあ宣戦布告にならない。破壊して、できれば欠片の一つもお土産に欲しいんだから』

『承知』

 異形が両手を構え衝撃波を放つ。一夏はそれを空中に飛び上がって回避する。状況判断のためシールドエネルギーを確認して、少し驚く。形態変化前まで三十だったはずのエネルギー残量は千を超えている。五分限定の代わりに得れる力が、これだとでも言うのか。この状態に関する理屈は、深く考えない方が得策だろう。あの異形を破壊するのに必要なのは、一点に集中した最大威力の攻撃。ならば攻撃箇所は一箇所。鈴音がつけてくれた亀裂のみだ。一夏が雪片参式に念ずると、その刀身が割れ、鋭いエネルギー刃が姿を現す。一夏はまずこれを限界まで引き絞った。出来る刃は日本刀より鋭く、もはやレイピア。極端に言えば針に近い。この一点を異形の亀裂に突き刺す。 

 

 だが異形の一夏への猛攻は止まない。最初に不意打ちでくらった一撃からも、この異形は一夏を確実に殺す気でいる。飛び込むチャンスは一度だけ。重要なのは速度と、踏み込みと、間合いと……

「気合だぁっ!」

 叩きつけるような叫び声。様子見からもわかった。あの異形の目的は一夏の抹殺と同時に、その情報収集である事が。故に、例え無意味な音でも確実に奴は拾うと一夏は考えた。その隙は一瞬にも満たないだろう。攻撃は絶え間なく続くだろう。だとしても……威勢くらいにはなる!

 百式、全力加速。一夏は撹乱する直線的多角起動で稲妻のように異形に突進する。衝撃波が乱れ飛び、その内の一、二発が白式に当たるが、一夏はそれを白式化する事で回復したシールドエネルギーと急所を外す事で致命を防ぐ。

 

 そのまま一夏が斬突を行おうとした瞬間、異形の姿が消える。一夏は構わず雪片参式を突き入れるが、手応え無し……ステルスではなく……本当に消えた?

『いっくん。構えて、事実だけ受け入れて。今奴は……ここには存在しない』

 束の言葉に冷静さを取り戻し、一夏は雪片参式を上に振り上げ弧を描く。長刀を以って見えざる敵に反応する際の構えだ。当然、敵に反応出来る事を前提としている。束の言葉が続く。

『奴は今、次元跳躍してる。簡単に言えば、別次元に逃げてるんだよ。理屈は考えないで。また魔法になるから。今理解しなきゃならないのは三つ。一つは、奴は今、この世にすらいないってこと。二つは、奴が消えてられる時間は短くも長くも出来ず、常に一定だということ。そして最後』

 束の最後の言葉と、一夏が反応するのは同時だった。

『出てきたその瞬間に、少しの隙が出来るって事!』

「そこだあッ!」

 一夏はその構えのまま、高速百八十度旋回。目の前には拳を振り掲げる異形。だが、一夏の方が数瞬速い! 一夏は異形の右腕を鋭く縦一文字に斬りつけ、切り落とす。そして、そのまま雪片参式を亀裂へと突き刺す。だが、まだ浅い。しかもこのまま突き入れ続ければ、異形の反撃をくらう。食らい続けながらの捨て身の攻撃も無くはないが、一夏はそれを選ばない。反撃の前に行動不能にさせる。

 

 零落白夜出力全開。エネルギー変換率九十%オーバー。

 

 もはやエネルギーの刃を通り越し、キャノンとも呼べるエネルギーの奔流が雪片参式から放出。異形の内側を徹底的に焼きつくす。一夏はそれを確認して、雪片参式から手を放し後退。異形は振り上げていた両腕を糸の切れた人形のように落とした。一夏達の勝ちである。

『状況終了~! いっくんおつかれちん。破片だけお願いね』

 束はそう言って、個人通信を切る。一夏は安堵のため息をつく。

「……はぁああ」

 勝てた。自分一人の勝利ではない。それでも、被害を最小限に抑える事が出来た。それだけで十分だった。

「一夏!」

 鈴音が駆け寄ってくる。脚部装甲がもう崩壊寸前だというのに元気な事である。

「大丈夫なの?」

「まあな。機体に助けられたようなもんだ」

「それは……まあ、私も同じかな」

 鈴音が少し気恥ずかしげに脚で地面を叩く。確かに捨て身だったと予測できるがあの装甲に亀裂を入れるのだから、とんでもない脚部だ。鈴音の実力を加味しても凄まじいモノがある。

「ま、俺たちはやりすぎたくらいだ。後の処理は先生たちに任せて撤退しよう……」

 その前に、欠片の一つも適当に回収しておかなければ。一夏が考えたその時。ハイパーセンサーが高熱源反応を感じ取る。位置は……異形の残骸から!

 

「なっ……!」

「嘘でしょ……!?」

 一夏と鈴音が驚愕の声を上げる。異形が再起動したのだ。胸部には雪片参式が深々と突き刺され、そこからエネルギーが漏れだすように緑色の光が漏れている。そこからは火花も盛大に舞っている。だが、奴はまだ動いているのだ。そして、残った左腕が今まさに一夏と鈴音の方に向けられている。衝撃波……否。砲塔が切り替えられて、そこからは粒子が舞う。荷電粒子砲だ! この距離、この状態……避けられない!

「くっ!」

 一夏が行動するより早く、荷電粒子砲は発射される。果たして白式のシールドエネルギーはこの直撃を耐えれるか。一夏がそう考えたが……一夏に荷電粒子砲は直撃しなかった。

「え……?」 

 一夏と鈴音が守ったもの。それは三つの光輝く球状の何かだった……何を言ってるかは分からないが、それが事実だ。異形の荷電粒子砲を、三つの輝く球体が三角形にフォーメーションを組むとそこにエネルギーシールドが発生し、二人を守ったのだ。

「どういう……」

 一夏は呆然とするが、その後ろを鈴音が走り異形へと向かう。

「一夏! 焔十字!」

 彼女は二言だけ叫ぶ。だが、それは一夏の考えを切り替えさせ行動に移すには十分だった。このチャンスを逃すわけにはいかないのだ。次攻撃へのチャージに移ろうとする異形に、鈴音と一夏は最後の突貫を仕掛ける。

 

「ラァッ!」

 鈴音の左斬脚が、異形に突き入れられた雪片参式を蹴り突く!

「シャッ!」

 一夏の右拳が、異形に突き入れられた雪片参式を殴り突く!

「ハヤッ! 

 鈴音のサマーソルトキックが、異形に突き入れられた雪片参式を蹴り上げ、後転!

「ハッ!」

 一夏の重連掌打が、異形に突き入れられた雪片参式を殴り抜き、跳躍! 

「ァアアアッ!」

 そこに鈴音が左足のみの瞬時加速! そのまま異形に突き入れられた雪片参式を蹴り抜く! その度重なる異常な負荷に、雪片参式は真っ二つにへし折れながら、異形を貫通! 鈴音は後退し、一夏と並び立ち掌に拳を合わせる。

 

『焔十字ッ!』

 

 二人の叫びと共に、異形は爆発四散! 南無阿弥陀仏!

 

「今度こそ……終わりだ」

 白式の展開を終了。破損した銀鋼に戻っていきながら、一夏は爆散した時に飛び散った異形の破片をソっとコンテナに紛れ込ませ、呟く。

「そう……ね」

 鈴音が応える。しかし、それが正真正銘の限界であり、二人はその場に倒れ伏すのであった。




一巻分作成終了につき、更新再開。VS乱入者戦終了です。


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二十一話「貴方の隣にいる誰か」

 

 

 

 

 一夏が目を覚ましたのは、ベッドの上だった。

「……あれ、俺……」 

 確かに異形を倒したのは覚えている。が、それ以降が定かではない。元々かなり無理を押して戦ったので体に限界が来たのであろう事は検討がつく。一夏が頭を撫でると、そこには包帯が巻かれていた。周りはカーテンで仕切られているが、おそらく保健室であろう。

「気がついたか」

 言葉より早く、カーテンが開いて千冬が姿を現す。口が動くより早く行動する。千冬姉らしい。

「頭部の負傷は見た目ほど酷いものでもなかった。負傷も最低限だが、数日は痛みを覚悟しろよ」

「はあ……」

 開かれたカーテンの先には夕日が見える。どうやらもう放課後らしい。

 

「一夏、一つだけ答えろ」

 ボンヤリと考えていた一夏に、千冬は鋭い目で問う。

「あのIS……あの白いISは……束の手によるモノだな?」

 彼女には既に確信的なものがあった。それでもあえて一夏に聞くのは、一夏を試す行為なのだろうか。一夏は少し考え、頷く

「……ああ、そうだよ」

「そうか……」

 千冬は難しい顔で押し黙る。それを是と取るか、否と取るか。否と取られて退く一夏ではないが、それでも少しだけ緊張する。それを見て、千冬はフっと笑う。時折見せる柔らかい家族への顔だった。

「まあ、なんにせよ無事で良かった。さすがに肝を冷やしたぞ」

「姉さん……心配かけて、ごめん」

「ふん、そう思うならもっと鍛錬しろ。それに、心配はしていなかったさ。なにせお前は私の弟だ」

 千冬は一夏の頭を撫でる。気恥ずかしいが、それでも一夏は黙って受けた。

「では、後片付けがあるので私は行く。お前も、今日はゆっくり休め」

 千冬姉はそう言って部屋から出て行く。そしてそれと入れ替わりに、一人の少女が入ってくる……箒であった。

 

「あ~、ごほん」

 わざとらしく一つ咳払いして箒は一夏の側に寄る。

「だ、大丈夫か。一夏」

「ああ。問題ねえよ」

「うむ。なら、いい」

 箒が腕組みをしてふんと鼻息を鳴らす。そして少しだけの沈黙。一夏は少し思案して、言葉を紡ぐ。

「悪いな。箒」

「な、なんで謝るのだ!」

「カッコ悪いとこ見せちまってさ。バッチリ勝って、お前の機嫌もパリっと治してもらおうと思ったのに、このザマだ。正直情けない」

 それは半分冗談で、実際半分は本気でそう思っていた。しかし箒は怒ったように、もしくは恥ずかしがるようにブンブンと首を振る。

「そんなことはない! ……か、かっこよかったと……思う。ぞ」

「……」

 一夏は目を丸くして箒を見る。箒らしくない飾らない言葉でそう言われて、本当に驚いた。箒が心外なように怒る。

「そ、そんな目をしなくてもいいだろ!」

「いや……ありがとう。嬉しい」 

 故に一夏も、飾らない素直な本音で感謝した。箒はサっと振り返った。そういうところは、本当に分かりやすいな。

「先に部屋に戻る……ではな」

 そのまま、箒は出て行く。一夏はそれを見送ってから、箒の顔を思い出して少しニヤつく。

 

「モテる殿方というのは大変ですわね」

「ひょ!?」

 気づくと、目の前にはセシリア。一夏は変な声を出してしまう。

「保健室ではお静かに」

「あっはい」

「よろしい……お元気そうで何よりですわ。一夏さん」

「元気通り越して魂が口から飛び出そうになったわ。てか、セシリアいつのまにいたんだ」

「そうですわね。一夏さんがベッドから起き上がった時からでしょうか?」

「最初っから!?」

 どこにいたの!? どうやっていたの!?

「保健室ではお静かに」

「あっはい」

「よろしい」

 

 セシリアはクスクスと笑う。本当にこの娘恐ろしい。今更、何故自分はセシリアに勝てたのか。という疑問が湧いてくる。もしかしていいように遊ばれてただけなのではないのだろうか。今も絶賛遊ばれているが。

「でも本当に、無事で良かったですわ。私も力添えした甲斐がありました」

「力添え? ああ、そうか。こっちに突入する部隊だったのか」

「いえ、違いますよ」

「? じゃあ何を……」

 そう考えて、一夏は一つ思い出す。あの絶体絶命の時、一夏と鈴音を助けた光る三つの球体を……あれが、セシリアの力添えだというのか?

「なあ、セシリア。もしかして」

「なんです?」

「……いや。何でもない。きっと、勘違いだ」

 それは少し都合の良すぎる考えというものだろう。アレは確かに一夏を助けるために存在した……奇跡とでも、思っておこう。

「そうですか」

 セシリアもそれに納得して微笑んだ。だから、それで良いと一夏は考える。

「では私もそろそろ行きます。ああ、一つ忘れてました」

 セシリアはポンと手を叩く。

 

「何だ?」

「ご褒美です」

 そう言って、セシリアは一夏の顔に近づき、ソっとその額にキスをする。あまりに突然の事で一夏は反応出来なかった。

「!?!?!?」

「それでは、ゆっくりおやすみなさい」

 セシリアは錯乱する一夏を放って、そのまま保健室から出て行く……本当に、彼女には底知れないモノを感じる一夏だった。

「しかしまあ、姉さんに箒にセシリア。見舞いはこれで終いかな」

 山田先生が来るならば、千冬姉と一緒にだろう。一夏はそう考えて、カーテンの閉まった隣を見る。そこにはきっと一夏と同時に倒れてしまったはずだった、鈴音がいる。一夏はそれを見ながら、立ち上がろうとして、

 

「オリムライチカってのはイルカ!」

「お邪魔……します……」

 対照的な二人の少女の声が聞こえたので、即座にベッドに戻る。しかしはて。と一夏は訝しげる。声に見当が全くつかない。顔を見れば分かるだろうと一夏はその二人の方を向く。

「オー、オマエがイチカかー」

「マカちゃん……静かに……」

 口調も対照的な二人は、見た目もかなり対照的であった。一人は口調が大人しげで、ハネっけの強いセミロングの髪でメガネをかけた少女。そしてもう一人は、小学生と見間違うほどかに小柄で、褐色の肌をしたショートヘアの少女。よくみたら、この子裸足である。

 どちらにせよ。一夏にとっては初対面の二人だ。

「えーと……すまん。誰さん?」

「オ、ソウカ。ショタイメンだったナ! 私はマカ・ジャだ!」

「摩訶邪?」

「マカ・ジャ! サンクミのクラスダイヒョウで、ストラスビアのコッカダイヒョウコウホだ!」

 三組のクラス代表……国家代表候補……ということはこっちは、

「更識簪……四組の、クラス代表……後、国家代表候補……」

「あー。そうか。そういうことか」

 なるほど。確かに彼女達にはここに来る意味が、ある。なにせ、本来一夏と鈴音の対戦の後に戦うはずだった残りのクラス代表なのだから。

「オマエラのトキにアンナドンパチシタから、トーナメントはチュウシだ! マカのハツジアイだったンダゾ!」

「マカちゃん……静かに……それに、彼が悪い訳じゃ、ない」

 簪と名乗った眼鏡の少女がなだめるが、一夏はそれを制して頭を下げる。

 

「いや、事情はどうあれ俺達の試合でおジャンになったのは事実だ。二組のクラス代表の方も兼ねて、俺が謝ろう。すまなかった」

「オー。ナライイ。マカ、スナオなヤツにはオコラナイ。サイナンだったナ。オマエも」

 マカと名乗る少女がご機嫌にベシベシと頭を叩きそのまま保健室を出て行く。簪の方はといえば、特に言うことも終わったのか、それとも単にマカの付きそいで来たのか黙ったまま保健室を出て行った。一夏は笑いながら、その心中は深く思考する。

 ストラスビアの代表候補に、更識の人間。なんという事だ。二組に鈴音、一組にもセシリアがいると考えれば、一夏というとびきりのイレギュラーを抜きにしても豪勢に過ぎる学年だ。しかも今回は加えて篠ノ之束の妹である箒までいる。なんだ。曰くつきの人間オールスターバトルでもする気か。偶然にしては出来たメンツだ。

 

 更識。暗部に対する対暗部用暗部の一族。その当主は代々楯無を名乗るといい、そして現在の更識楯無はこのIS学園の生徒会長にして自由国籍特権によるロシア代表という凄まじい地位であったはずだ。いずれ一夏も相まみえるだろうとは思っていたが、先にその血縁者に会う事になるとは思っていなかった。おそらく妹だろう。

 そしてストラスビア。ストラスビアとは、現在世界で最も新しい国連に国として認められた国家であり、IS誕生後に生まれた国家だ。その誕生の経緯はISとも深く関わっていると同時に、人々に、主に女性に不都合な真実を突きつけるものとなったのだ。

 

 ストラスビアはISの発表直後に起こった事件。所謂白騎士事件を契機として、とある南半球の島で起こった独立運動とそれに伴う紛争の末に成立した国だったのだが、この紛争が問題だった。アラスカ条約締結により、研究を公でも行えるようスポーツ競技用として設定されたISだが、実質的には兵器なのだ。その装備、性能からも、戦場でこそ発揮されるモノである。軍にあるIS部隊は全て「軍所属のアクロバットチーム」という名目であるが、実際には各国の虎の子の兵器だ。 

 だが、この紛争では。後に「解体紛争」と呼ばれるこの紛争にはISは一切用いられず旧来の兵器のみで戦われ、そしてISという絶対的兵器の存在がありながら、それ無くして紛争が決着したのだ。独立体制側にはアメリカ等の比較的とはいえISをそれなりに保有する国がいながらである。

 

 この紛争は暗に「実はISは兵器としては非常に使いにくいのではないか」「ISが存在しても世界は変わらず、またISが存在せずとも世界は変われるのではないか」という誰も思っていながら、白騎士事件のショックで誰もが口に出さなかった事を事実として再確認させた紛争なのである。

 結局それらの議論は、さる人権保護団体「ISによる平和と女性権利保全連合」の過剰な封殺によって半ばタブー化されてしまったものがある。付け加えるならば、「ISによる平和と女性権利保全連合」の最トップ陣の過半数が男性で有ることは余り知られていない事実だ。言うまでもなく、IS連合にとっては目に見える最大の仮想敵。束は取るに足らぬとしているが、決して無視出来ない存在である。

 そのストラスビアに、篠ノ之束が直々にコアを一つ提供したのは有名な話だ。それに伴って日本も量産機である打鉄のフレームを、多種ある追加武装パッケージ毎提供したのもある。これは当時第二世代機としてようやく完成したばかりの打鉄の宣伝も兼ねた作戦であり、実際それは堅実なフレームである打鉄の良いアピールになった。

 

(こりゃ、まだまだ波乱の予感だな……)

 一筋縄で行くなどとは思ってなかったが、ここまで波乱と混沌の申し子になろうとは思わなかった。しかし、決めたのだ。世界をその双眸で見続けると、どのような真実でも、決してその目を逸らしたりはしないと。それが一夏の力だと。

「だから戦う。俺との過去とも、決着をつける」

 一夏は声に出して言う。言霊にして、その決意を再び刻み付けるつもりで。

「……そういうのは、口に出すの良くないと思うわよ。一夏」

 ドキリ。と心臓の音が直に聞こえた。後ろを振り向くと、そこには鈴音がいる。鈴音は……イタズラっぽい笑みでこちらを見ていた。

「よくもまあ何人もお見舞いされちゃって。モテモテね。一夏」

「嫌味か」

「当たり前でしょ」

 鈴音は笑って、一夏のベッドにあった椅子に座る。

「二人っきり。久しぶりだね」

「そうだな、一年ぶりか……約束は両方しっかり守ったぞ」

「うん。ありがと……あんたの言うとおり、一年でいろいろ勉強できたわ」

 お互いがお互いを確認するように、一夏と鈴音は言葉を交わす。

「そうか。で、変わったか?」

「いろいろ変わったけど、でも結局、結論は変わらなかったわ」

 鈴音は一夏を見て、恥ずかしそうに微笑む。

 

「私、やっぱりあんたのことが好きみたい」

 

 




露骨なヒロインアピール。そして簪の先行登場とオリキャラのチラ見せです。簪とオリキャラ「マカ」にはそれなりに出番がある予定


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二十ニ話「未来への別れ・夢の約束」

 

 

 その日は、黒い曇天の空に雨が降っていた。まるで天も死を惜しんでいるようだと、学ランを着た一夏は傘を差しながら思った。当然のように思っていた日常は、あっけなく終わる。分かっていたはずなのに、一夏にはそれが辛かった。師である人物の死。凰元帥、享年六十ニ歳。死因は転落による事故死。まだまだ人生これからと呆れるくらいに元気だった人で、未だに一夏はその死を実感できないでいた。だが、それも彼女を思えば小さな事なのかもしれない。

 両親が離婚して以降、ずっとただ一人の家族として一緒に暮らし、その武の才の全てを受け継いできた鈴音に比べたら。

「……まあ、なんだ。必要になったらいつでも家を頼ってくれよ。じいちゃんも歓迎してるからさ」

「鈴姉。あんまり一人で抱え込まないでね」

 目の前では、中学時代からツルんでいる五反田兄妹が鈴音に声をかけていた。その後ろには五反田家が総出でいる。元々、中国から祖父とその孫娘二人で越して来たのを、五反田家は近所付き合いとしてよく交流していたからだろう。鈴音はいつもの明るさからは想像もつかない儚げな表情で笑う。

「うん。大丈夫よ。ありがとね。厳さんもありがとうございました」

「何、元帥さんには俺も感謝してるんだ。気にするな」

 五反田家の長にして齢八十過ぎてもいまだ現役。五反田厳がいつもは見せない優しい表情で鈴音に笑う。

 

 一夏は、何も言えないでいた。今の自分に、鈴音の悲しみを受け止める資格はないと考えていたし、むしろ一夏が誰かに泣きつきたいくらいだった。だが、それは余りにも身勝手だ。だから、一人無表情に立っていた。まずは、己の悲しみをその糧とするために。事実を受け止め、それを力とするために。

「この雨だ、後の事は俺らがやっとくから、鈴ちゃんは中でゆっくりしときな」

「ありがとうございます……でも、もう少しだけ、ここで落ち着かせてください」

「そうかい……分かったよ」 

 厳は頷くと、五反田家の面々は屋内へと入っていく。鈴はそのまま立ち止まる。一夏も立ち止まったまま。二人だけの空間だが、一夏と鈴音の間には見えない溝ができていた。何か、声をかけるべきなのだ。しかしかけるべき声が思いつかない。すると、突如鈴音は自分が差していた傘を空へと放り投げてしまう。転がる傘。セーラー服のまま、雨に濡れて上を向く鈴音。さすがにこれを無視は出来ない。一夏は駆け寄って鈴音を自分の傘の内に入れる。

 

「……濡れるぞ」

「濡れたい気分だったのよ」

 鈴音の言葉はそっけない。

「風邪ひくぞ」

「大丈夫よ」

 

 それで、会話が途切れてしまう。完全にダメダメだった。凰元帥には、師匠にはもしもの時はと鈴音の後を頼まれたが、それがこんなすぐに来るなんて思ってもいなかったのだ。半端に戦闘力だけ高くなって、精神面はグダグダそのものだった。出来るようになったのは、ただその双眸で世界から目を背けないことだけ。戦闘力も結局鈴音を抜けないままだというのだから一夏は才能の無さを痛感する。最も、これは鈴音が凰元帥をして天才と評した超絶技巧者という面もある。百年に一度の天才の前には、百人に一人の筋のいい人間なんて比べようもないだろう。

「ねえ、一夏」

 突然鈴音の方から声をかけられて一夏は戸惑う

「あ、な、なんだ?」

「これから、どうするの?」

「……予定を変えるつもりはない。中学に通いながらIS技研に行く。男が乗れるISって奴を、俺がその手で試させてもらえるなら、そんなチャンスを逃す事は出来ない」

 IS技術研究所を名乗る組織からスカウトを受けたのはつい先月だった。篠ノ之束の推薦と、かの織斑千冬の弟というだけで選ばれたようなものだが、一夏はそれさえ利用し、のし上がるつもりでいた。

「まあ、中学に通いながらだしな。会えなくなる訳じゃない」

「その後は?」

「一年で上手くいけば、IS学園に入るつもりだ。いろいろと生きにくい世界だろうが、虎穴に入らずんば虎児を得ずって言うしな」

「そう」

「お前は……」

 どうするんだ? と聞く前に、鈴音は何かを決めたような面持ちで一夏を見据える。

 

「私、本国に戻るわ」

「そうか。って、え? お前何言って」

「一年で代表候補になって、私もIS学園に入る」

「は!?」

 唐突な言葉に一夏は困惑するが、鈴音の言葉は決意に溢れている。

「ちょ、ちょっと待て。いきなり言ってそんなの……まず本国に戻るって手続きは?」

「してる。スカウト受けてたのは、あんただけじゃないのよ」

 鈴音はスカートのポケットから封筒を出す。IS簡易適性試験の結果用紙と、中国の代表候補生育成機関への招待状。嘘として用意したにしては、出来過ぎだ。

「師匠はそれ、知ってたのか」

「ええ」

「何て言われたんだ」

「『順從自己的心』」

「……」

 己が心に従え。か。唐突の事故死を予見していたとでも言うのだろうか。

「なら、俺たちは一旦別々だな。お互いうまく行けば、高校は一緒だ……楽しみにしてる」

「うん」

 鈴音はやっぱりそっけなかった。そしてまた沈黙……さすがにキツい。逃げても、いいのだろうか。正直一夏は逃げたかった。この暗く重い場から。しかしこの場から逃げるというのは、目を背けるのと同義だ。それはどんな状況でも逃げてはいけないという意味ではない。だが、この場からは逃げてはいけない。その信念が、一夏をここに留まらせた。一夏は鈴音に背を向ける。今出来る最大の逃げであると同時に、目から流れる涙を鈴音に見せないためでもあった。

 

 その背中に、冷たく濡れた。しかし柔らかい感触が伝わる。変な声を出しそうになる一夏だが、それを黙って受け止める。その程度も出来なくて、何が男か。

「一夏……私、一人になっちゃったよ……師匠、おじいちゃんが、最後の家族が」

「一人でも最後でもないだろ。五反田家の人たちはみんないい人たちだし、目の前にはいずとも、お前の親は死んじゃいない。それに、俺もいる。俺がいるからお前は一人じゃないし、お前の家族もいなくなりやしない」

 その言葉を紡ぐのを、一夏は少し迷った。しかし、それでも。と一夏は言う。

「お前は、俺の家族も同然だ」

「じゃあ、結婚して」

「……は?」

 ある程度の予想はしていた。しかしその言葉は、予想の三段は上だった。一夏の時間が止まる。 

「結婚して。一緒にIS学園に入って、恋人になって、卒業したら私と結婚して。正真正銘家族になって」

「……鈴、落ち着け」

「落ち着いてる」

「いや、落ち着け。お前の言葉を否定するつもりはない。だけど、一時の心の弱さでそういう事言うのは……」

 

「弱さとか気の迷いで、こんなこと言う奴いないわよ! 馬鹿!」

 一夏の背に顔をうずめたまま鈴音が叫ぶ。悲痛の叫びだった。

「鈴……」

「どこまで鈍感なのよ! 私はそんな慰めいらないのよ! 私が欲しいのは、欲しいのは……あんたなのよ……」

「俺は……」

「分かってるわよ。まだ好きなんでしょ。幼馴染の娘。引越しちゃったっていう、箒って娘が」

「……」

 鈴音には、分かられていた。四年間の付き合いは伊達ではない。

「思い出に勝てないのは、分かってるのよ。それでも私は、あんたが」

「……俺は最低な男だぞ。何せお前が好きなんだからな」

「それが何よ……え?」

 

 ここまで来たら一夏ももはや嘘をつくつもりはなかった。

「お前のことは好きだよ。家族としても、友達としても……女としても。だけど、箒を忘れる事も出来ない。どちらかを選べないし、どちらも切れない。最低な男だぞ。俺は……だから、その言葉は、答えられない。答えれば、そのどれもが嘘になる」

 好きだと言っても。好きじゃないと言っても。沈黙すらも、嘘になる。

「でも」

「それ以上言わないでくれ。それ以上は、お前自身の名誉を傷つける」

「じゃあ、どうしろっていうのよ」

「簡単だ。一年間、中国で勉強すればいい。お前は男を知らなすぎると思う。お前が知ってる男は何人だ? 師匠? 弾? 俺? それ以外に男友達が何人いる? お前あんま雑誌とかテレビ見ないだろ? こんな世の中でも同じ人間かと疑うくらいイカした男はいくらでもいるぞ。少ない男の中から選ぶな。お前の可愛さなら選択肢は無限だ。選ぶ権利が、お前にはあるんだよ。お前を心から愛してくれる人間が、お前が心から愛したいと思える人間が、この世界にいるかもしれないのに、それをここで捨て去るのはあんまりにも、もったいないんじゃあないか」

「じゃあ。じゃあそれでも、一年間勉強して、いろんな事を知って、あんたともう一度会って、それでも好きならどうするの?」

 食い下がる鈴音に一夏は笑う。

「修羅場だな」

「上等よ。修羅場ならくぐってきたわ」

 

 背から感触が離れる。一夏は鈴音の方に向き直った。

「やっといつものお前に戻ってきたな」

「悪いわね。感傷に付きあわせちゃって」

 もう、彼女は泣いていなかった。

「何、お互い様だ」

「ねえ一夏。さっきの言葉は、一旦心に閉まっておくから、二つだけ約束して」

「何だ?」

「一つは最低でも構わないから、私を好きでいて。少しの間だけでいいから。ずっとなんて言わないから」

「……もう一つは?」

「こっちは簡単っていうか、当たり前の事よ」

 鈴音は、泣きはらした顔だが、とびっきりの笑顔で言う。

 

「絶対IS乗りこなして、IS学園に一緒に入学して、私に勝てるくらい強くなって、私と戦いなさい!」

「……オッケー。その約束。しかと守ろう」

 一夏と鈴音は雨振る中でその拳を付きあわせた。




鈴の過去回でシリアス回。ISらしくない展開であるとは思いますが、「人の好意に正面から向かい合う」という事をやってみた感じです。否定意見もあるかと思いますがご容赦を


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二十三話「だからこそ、言える事」

 

 

 

「そりゃ修羅場になるな」

 鈴音の告白を聞いても、一夏はもう否定しなかった。一夏は人の好意に鈍感な所がある。それでも、何も感じない訳ではなかったし、何より知り続ける事を選んだのだ。それが、知れば辛い事でも。

「上等よ。それにおあつらえ向きに箒ちゃんもいるしね。正々堂々、勝負して勝つ」

 鈴音は拳を作る。それはどう見ても恋する乙女のそれではない。好敵手を見つけた顔だ。

「リアルバトルは勘弁してくれよ……せめてISバトルにしてくれ」

 ISバトルをするよりストリートファイトした方が危険性が増す人間もこの二人くらいのものだ。

「え、だめ?」

「……」

 さっきまでの恋色の甘い雰囲気は果たして何だったのか。しかし一夏が鈴音に好意を抱いたのはこういうサッパリした面に惹かれての事でもあるのだが。

 

「あんたの言うとおり、一年間いろいろと本国で勉強してきたからね。そうそう、実は私ね……告白もされたのよ。年上の男の人から」

 自信満々な笑顔で言う鈴音に、一夏はほお。と感心すると同時に、推測する。

「ああ、甲龍のフレームデザイナーか整備士にか?」

「え、何で分かったの?」

「見て分かった。あのISはお前という個性を活かすための最高の仕上がりだ。半ば専用機だったしな。製作者の想いがひしひしと伝わる」

 フレームデザイナーとは、言わばIS専門の設計士だ。コアへの依存を最小限にし、汎用性を重視して万人が最大の性能を引き出せるようにする量産機。量産フレームから搭乗者への個性付けを行うカスタム機。そして、フレーム設計そのものから個人のために行う専用機。これらの設計、調整を担うのがフレームデザイナーだ。その重要性はIS操縦者に並ぶとされ、男がISに携わる場合、このフレームデザイナーになるのが最もその根幹に近づける。実際フレームデザイナーには男性が多いという事実もある。

 余談だが、フレームデザイナー。そのトップは篠ノ之束と言われている。彼女がデザインしたISは少ないが、かの伝説たる「白騎士」や織斑千冬をモンド・グロッソ優勝へと導いた「暮桜」等、製作したIS全てが多大なる結果を残してる。一夏の銀鋼はフレームそのものは倉持技研。そこからの改良はIS技研のフレームデザイナーによるものだが、あの「白式」の部分は束によるものだ。

 

 閑話休題。

「ん。まあ、実際甲龍のフレームデザイナーの人なんだけどね。私より六つしか歳違わないのに、もう国家代表ISのフレームデザインしてる人なの。甲龍から浮遊非固定ユニットを取り外したのも、第三世代技術である空間圧縮を攻撃じゃなくて、瞬時加速の補助にしたのもその人の提案なの。実は甲龍の名前も、その人の、甲天って名前から一文字取ってる」

「もうガチガチじゃねえか」

 男尊女卑だろうが女尊男卑だろうが、真の天才というのは時代の流れには埋もれないのだと痛感する。

「言っちゃなんだけど見た目だけなら一夏の三倍くらいカッコいい人でさ、向こうでもその人気って言ったら、ここでのあんたレベルだったわよ……一年間お世話になったし、いろいろな事を教えてもらった。だから、告白された時、すごく嬉しかった。あの人の事を好きな女性なんてそれこそ何百何千っていて、その中から私を選んでくれた事が、何よりも誇らしく思えた。きっと、一年前に一夏にああ言われなかったら、分からなかった嬉しさだった」

「だろ?」

「でも、それで好きなのがあんただって分かった」

 鈴音は目を閉じる。

「天さんの事。好きって言えるかもしれなかった。でもそれは、なんていうかな。頼りになるお兄さんって感じで、恋じゃないんだと思う。だから、素直にそう言ったの。天さんは、分かってくれた。その気持を大切にしたほうがいいって言ってくれた。いつでも兄のように思って相談してくれって言ってくれた……それは、恋人同士になるよりも嬉しかった」

「……」

 一夏は黙っていた。何がって、勝てる気がしない! なんて出来た人だ! すごすぎる! 実は人間じゃないのではないかその人は! 世の中にはそんな素晴らしい男がいるのか。鈴音はとんでもない選択ミスをしたのではないかと思ってしまう。

 

「ま、天さん実は代表候補生の女の子みんなにそう言って、五股くらいしてて、それがバレてエラい事になったんだけどね。私がIS学園の入学に遅れたのも、そのドタバタに巻き込まれてだし」

 

「おぃいいい! 天さんんん!」

 なんだそのオチは! 聞きたくなかったわ! でも、ちょっと安心してしまう一夏だった。彼もまた、一人の男だったのだ。一夏は心の中で彼に敬礼した。

「結局、今はあんたが私にとっての一番なのよ。光栄でしょ」

 はにかみながら言う鈴音は魅力的で、一瞬一夏は我を失いかけたがそれを理性で引き戻す。

「光栄すぎて荷が重い」

「半分持ってあげるわよ」

「持たせちまったら、そこがゴールになっちまう」

「もうゴールしても、いいんじゃない?」

「まだできねえよ」

 軽口を叩いて、一夏と鈴音は笑い合う。だがふと、鈴音が何かを察して笑うのを止める。

「……ねえ、一夏」

「なんだ?」

「今更だけど……この会話。聞かれてないよね」

 

 沈黙。その一寸後、一夏は布団から飛び降りて保健室の外を伺う。ドア開けっ放し。しかも割りとデカい声でかなり恥ずかしい会話をしていた。聞かれてたらスキャンダルどころの騒ぎではない。しかし幸いというべきか、見たところ人影はなかった。そもそもあれば、今頃こんな悠長な事態にはなってないだろう。

「見たところ大丈夫そうね」

 どうやら窓の方を確認してたらしい鈴音も、安心そうな顔をしていた。

「そりゃ良かった。バレたら大変な所だった」

 一夏はホっと一息ついてベッドに戻る。

「全く、お二人ともお気をつけくださいよ? 誰が聞いてるともしれないんですから。それでは私はこれで」

 セシリアがため息をついて保健室から出て行く。

「全くだな。不用心なもんだぜ」

「ほんと。私もさすがに迂闊だったわ」

 二人は笑う。

 

『ハハハハハハハっはあああああ~~!?』

 

 笑って、一夏と鈴音が形容しようがない顔で保健室のドアを見る。もう、セシリアはいない。

「……一夏。私としても、あんまり初対面に近い人にこういう事言うのはいけないと思ってるんだけど……セシリアちゃんってかなりアレだよね」

「言うな」

 二人は一度深くため息をついて、それぞれ寮の部屋へと帰っていった。

 

 

「引越し、ですか?」

「はい。引越しです」

 寮の部屋についた一夏を待っていたのは山田先生と、何故か荷物をまとめている箒だった。

「引越しと言っても、箒さんの方ですよ。部屋の調整が出来たので、急ではありますがお引越しなのです」

「本当に急ですね」

 あんな事故があった当日に引越しとは。

「確かに今日あんな事があっての引越しなんで、最もなんですが。やっぱり男女同室というのはよろしくないモノでして。その辺りの都合で……」

「あー」

 なら最初からちゃんと調整しとけばいいのに。という反論は、山田先生にするのは酷な話だろう。急ではあるが、至極最も。

 

「先生。準備出来ました」

 そこに箒が荷物を持ってやってくる。ボストンバッグ一つで荷物が収まる鈴音は極端だが、箒の私物もかなり少なそうに見えた。

「あ、箒さん本当ごめんなさい。これ鍵です。じゃあ、私は今日の後処理がありますので」

 山田先生はあせくせと小走りに行く。本当に忙しそうである。

「一夏」

 箒が気まずそうな顔をして一夏を見る。一夏としても、突然の事で何と言えばいいか分からない。

「ああ、なんか急だが。まあ、短い間だけどありがとうな」

「な、なんでそんな別れみたいな言い方をするのだ」

「いや、まあ、そうなんだが」

「……世話になったのは私も同じだ。そ、そうだ。一夏。夕飯は食べたのか?」

「いや、帰ってからお前と寮食堂に行こうかと」

「感謝とか、そういう訳では無くて、単純に、たまたま、偶然だが、チャーハンを作っておいた。テーブルの上に置いてるから、冷めない内に食べろ」

「お、マジか」

 一夏はパっと顔を明るくする。幼い頃からの食生活か、チャーハン好きな一夏である。単純でありながら奥深い、料理した人間の技量に左右されるメニューだ。

 

「今すぐ食べよう。そうしよう」

 一夏は部屋に入る。箒が叫ぶ。

「手洗いうがいは忘れるな!」

「分かってるって」

 一夏は律儀にしっかりとうがい手洗いをすると、テーブルに座る。そこには確かに、ラップがかかったチャーハンがあった。それを取ると、まだホカホカの湯気と、美味しそうな匂いが漂う。見ると、荷物を持ったまま箒も前に座っていた。出て行く前に感想を聞きたいと見える。

「ほう、かなりの腕と見える」 

「見て分かるのか?」

「剣道の『見』と一緒さ」

 箒の料理は初めてだが、これは期待できると見た。

「いただきます」

 側に置いてたレンゲを使って、パクリと一口。ゆっくり咀嚼し、飲み込んで、一夏は一人その味の感想を言う。

 

「……味がしねえ」

「へ?」

「味がしないぞこれ……いや、逆にすごいな。なんだこれ」

「ちょ、ちょっと待て! いくらなんでも無いというのはおかしいだろ!」

 箒が怒ってレンゲをひったくって食べる。そして一言。

「味がない……」

「だろ。調味料入れ忘れたんじゃないのか?」

「確かに調味料は入れなかったが、ごま油とネギと卵とチャーシューが入ってるのだぞ。素材の味で十分活きるはずだ」  

「それじゃあ薄味だが、それでも味がないのはおかしいな。すごいぞこれ。なんか科学反応が起こってるんじゃないのか」

「事故だ! いや、これは誰かの陰謀だ!」

「しょぼすぎる陰謀だなおい」

 一夏は言いながら、塩を取り出してそれをパッパとかけて食べる。

「ああ、これで十分食える」

 実際塩ライスであったが、無いよりは百倍マシだった。そのまま一夏は食べ終えて、手を合わせる。

「ごちそうさま」

「……次は大丈夫だ。こんな失敗はしない」

「ああ、わかってるよ」

 確かに彼女の料理下手というより何かの事故みたいなものだろう。一夏は箒を見る。箒はそれに耐えられなかったのか、立ち上がる。

 

「じゃあ、出て行く」

「ああ。そうだったな。チャーハンありがとうな」

「礼を言われるのことじゃない!」

 箒は恥ずかしそうに言ってドア前に立つ。一夏も立ち上がる。

「……」

「……ん。何か、他にあるのか?」

「一つ、言いたい事があった」

 

 箒は今度は、一夏を真っ直ぐ見据える。

「六月の学年個人別トーナメントだが……私が勝ったら!」

「勝ったら……?」

「……」

「……」

 一夏を言葉を継ぐ事も出来たが、敢えてしなかった。彼女の口から直接言われるのが大事だと思ったからだ。

 

「や、やっぱり何でもない! さらばだ!」

 

 結局、箒は顔を真赤にして走り去っていってしまった。一夏はそれを見て、少しだけ後悔したような顔をして。

「お前が優勝したら、俺はお前と付き合う決心だろうが何だろうが、つけた方がいいんだろうな」

 そう、一人呟いた。

 

 




原作一巻分終了。一章分としては後エピローグとおまけ的な設定集とかを乗せる予定です。来週には原作二巻編へと突入予定。


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エピローグ「真実の先にいる者」

 

 

 

 学園の地下五十メートル。そこは学園でもレベル4権限。つまり最高機密保持者とそれに準ずる者しか入れない隠された区画である。

 件の異形はすぐさまこの区画へと運び込まれ、解析されていた。織斑千冬はアリーナでの戦闘映像を見ながら、その解析結果を待っていた。

「……」

 それを見る千冬の目は、険しい物があった。すると、ウィンドウが開く。彼女は声紋認証を行う。

「どうぞ」

「失礼します」

 入ってきたのは、端末を持った真耶が入ってくる。その表情はいつもの柔らかい彼女とは違い、冷静かつ落ち着いていた。

「あれの解析結果が出ました……やはり、ISとは似て非なるものという事です」

 案の定。とも言うべきだった。ISは人無しでは動かない。もしもそのような技術があるとすれば、その技術の本丸たる篠ノ之束くらいだろう。だが、ISではないISに匹敵する何か。それは存在そのものが許されるものではない。その事実は、すぐさま学園関係者に箝口令が敷かれた。

「ISと同じくコアが存在して、その類似率は92%。ですが、残りの8%はISコアにすらない何かで構成されていると思われています」

「そうか」

 

「それと、あれの侵入経路ですが……やはり『最初からそこにいた』と考えられます」

 やはりか。と千冬は思う。目を背けようとも、運命はやってくる。そして一夏は、それを見続けている。弟にだけ重荷を背負わせるのは、千冬には出来ない事だった。

「何か、心当たりはありますか?」

「いや、無い。今はまだな」

 千冬はディスプレイに視線を戻す。化現する白いIS。それは、彼女なりの回答なのだろう。千冬は戦士の顔となる。

 いつまでも、逃げ続ける訳にはいかないな。

 かつて世界最高位の存在であった伝説の操縦者は、その拳を強く握り直した。

 

 

「……うーん」

 薄暗い部屋だった。樹海のように広がるケーブルの床。あちこちに機械の備品が転がっており、その人間の脳内を現すように乱雑だ。そこは、篠ノ之束の秘密ラボ。その一つだった。彼女は今、彼女自身を包むような椅子に座り、量子変換移動で送られてきた異形の破片を見つめる。前のモニターには奇しくも千冬が見ていたのと同じ映像が流れていた。

「まさか、初戦で雪片折れちゃうなんてねえ」 

 やはり劣化模造品では、駄目か。まあ、その分いくらでも量産はきく。後で白式には雪片四式を突っ込んでおこう。

「で、これかあ。やっぱりそういうことなのかねえ」

 

 コトン、と破片を置いて、束は映像を見る。映るのはISとその祖を同じくすると思われる兵器。超越兵器、EXAM。

「『スピネルの鎧』の技術なのは間違い無いんだけど、それにしたってこれはおかしいよねえ」

 明らかに、使われてる技術にこの世界の理を超越する何かが使われている。故に束は超越兵器と名付けたのだ。そしてもう一つ、彼女には疑問点があった。

「なんで私の『ゴーレムⅠ』と似てるんだろうねえ」

 その部屋の隅には、一つの異形があった。極端に腕の長い、全身装甲の怪物。束が開発していた「無人ISゴーレムⅠ」は、主に起動されるその時を待っていた。

 そしてその見た目は、目の前の映像の異形とほぼ同じだった。

 

 彼女がこの疑念をわくのは、今が初めてではない。どうにも束の仮想敵は束の行動と思惑を全て読んで行動しているようにしか見えなかった。白騎士事件にしても、第二回モンド・グロッソ時のあの事件にしても。そして今回。向こうは確実に、こちらが何をするのか、わかっている。

「亡国機業に、誰かがいる。未来を読めて、魔法と科学と融合し、魔法と科学を超越した何かが使える、超常的な誰かが」

 亡国機業。束の仮想敵。だが件の組織は確かに第二次大戦期より続くテロ組織であるが、文字通り次元を超常するような力を持つような組織ではなかった。この、篠ノ之束を手玉に取るには不足に過ぎる相手であるはずだった。しかし違う。今あの組織には束に匹敵する。もしくはそれを遥かに超える何かがいる。

 この摩訶不思議な現象。束はそれに対して、一つの仮説を立てていた。しかしそれは、異端の天才である彼女でさえも馬鹿なと笑いたくなるような仮説であった。だから彼女はこの仮説をまだ己の心中に留めている。今この話を信じるのは、束の思考がわかる賢者ではない。ただの馬鹿だ。束自身ですら懐疑的な。

 

 この世界の行く末を知る異世界。おそらくこの世界より上位の世界から、何らかの超常的力を神と形容できるような何かより力を授かり、この世界に生まれ落ちた、超人が存在すると思われる仮説。束はこの仮説により存在すると思われる超人を、こう呼んでいる。

 

 「転生者……」




エピローグ。この作品のオリ設定の根幹に迫るものです。どこまでこの設定に踏み込むか、未だその踏み込み具合を測りかねていますが、娯楽性溢れる作品にしていきたいと思います。

後更新二回はオリジナル設定のメモ。そして一回は二巻分の内容のダイジェスト予告というオマケ的内容となっています。この間は更新頻度早めに。また、読まなくても本編を問題なく読めるようにしていますので、オマケの読み物としてお楽しみください。


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オマケ・オリ要素設定メモ

 

 

 

1 織斑一夏  IS適正・B

 

 ISの主人公。くだらないギャグや感想を脳内で並べたりするのは原作変わらずだが、とある事件によって「双眸見開き世界を見る」事を決意。原作とは違い好奇心旺盛でそれがどのような物でも知る事を恐れず、突き進む性格。また知るために必要な事として、初対面の人に対して礼儀を欠くような行いをしないという信条を持っている。IS技研所属のテストパイロットであり、日本の国家代表候補生相当という地位がある。割りと高給。一応は「世界初のISに乗れる男性」であるが、一夏自身は「男でも乗れるISに乗ってるのが自分なだけ」というスタンスを取っている。

 戦闘能力は高く、実際原作の一夏以上の生身戦闘力を持つがそれ以上にヒロインが強くなってるので立場はそう変わっていない。篠ノ之流の剣術と凰式戦闘術の両方を、箒や鈴音ほどではないものの使いこなしている。可変武器チェーンスタッフが得物。

 知り続ける事を選んだがために、辛い真実や変わってしまう現実に落ち込む事もあるが基本は明るく、前向き。箒と鈴音の両方を好いてるが、これは「強くてサッパリとした性格の女性」つまり姉である織斑千冬基準からである。最近の悩みは好きな女性が自分よりも強い事。

 家族構成上、家事はもちろん中学時代は小遣い稼ぎという名目で五反田食堂でバイトをしていたこともあり、料理は特に得意。

 

使用IS 銀鋼

 

フレーム 日本製次世代量産ISテストフレーム

初期装備 アーム保持式四連大型武装コンテナ「戦の棺」 内訳・IS用八連ミサイルポッド×2 二〇ミリ六連ガトリングキャノン×2 多目的戦闘ブレード×100

追加装備 無し。状況によって、特殊装備を選択。選択枠は一つ

 

 第二世代IS相当のスペックを持つ、人類初の「男でも乗れるIS」実質的に一夏の専用機だが、一夏以外の男でも操縦が完全に不可能という訳ではない。確実な稼働とそれなりに万能な性能が目標になっており、扱いやすい。弱点は何か特化した武装を持たないため、第三世代IS相手には追加特殊装備に依存しかねないという事。また近接格闘を一夏本人の技量に依存しているため、一夏以上の戦闘術の持ち主には近接での勝ち目がまず無いという事。

 機密機能として仮想敵「亡国機業」の超越兵器EXAMとの対戦を想定した展開装甲によるIS自体の限定任意形態移行コード「白式」を持つ。

 

    白式

 

フレーム 篠ノ之束謹製展開装甲フレーム

初期装備 雪片参式(初戦闘時にして破損。雪片四式を採用)

追加装備 無し

 

 銀鋼が限定任意形態移行する事によって現れる白いIS。その正体はIS技研が考案した「経験や才能に左右されない形態移行機能」と篠ノ之束が発案した「第四世代ISへの変身機能」が融合することで誕生した機体。厳密には形態移行ではなく、いわば一つのコアに「銀鋼」と「白式」が同時に存在し、使い分けている。

 束が提唱する第四世代の条件「展開装甲」「無段階形態移行」「限定適正」の三つを試験的に兼ね備えた機体。武装は雪片のみであるが、単一仕様「零落白夜」を発動することでシールド無効攻撃を行える。ビームともレーザーとも粒子とも違うこれはシールドエネルギーそのものの奔流であり、爆発的な威力を持つ。欠点は発動時間が五分に限定されていること。束曰く白式状態の維持は相当な無茶をしているらしい。

 

 

2 篠ノ之箒  IS適正C

 

 ISのヒロイン。ヒロインの出番をより均等に増やす事が目的なこの作品でのっけから出番が減っててメインヒロインの危機となっている。

 篠ノ之流柔術と剣術を修め、独自の「柔」の戦いを見出した少女。原作から暴力を減らした分武力が上がった。それにより理不尽な暴力が減ったが、その分出番が減ったのは由々しき事である。姉の事が苦手なのは相変わらずではあるが、自分の「力」を否定せず振るい続ける事を選んだため物怖じはしない。一夏に惚れており、彼に近づく女性には敏感になりがちだが、セシリアの好意が恋愛感情で無い事を察して何も言わない等鋭い感性は鈍ってはいない。

 果たして彼女にメインヒロインの出番はあるのか。待て二巻篇。

 

 

3 セシリア・オルコット IS適正A(内BT適正A+)

 

 ISのヒロイン。本作においてはダークホース及びコメディリリーフも兼ねたお嬢様である。シリアスもギャグも出来る割りと完璧なお方。原作と違い、父親の信念を受け継いだのが最大の特徴。彼女の父親は高潔であると同時に、割りとお茶目な人物であったらしく、セシリアのユーモアはそこから来ている。一夏に好意を抱いているが、それは恋愛感情ではない。

 戦闘スタイルはビット兵器を活かした狙撃戦。プリズム装甲を利用した偏光射撃も行える等技量はかなり高い。が、極端な戦闘スタイルが災いしてか弱点は多い。

 父親から受け継いだ古式のライフルと、それに伴う「スピネルの羽」の所持者。

 

使用IS ブルー・ティアーズ

 

フレーム 英国製第二世代量産ISフレーム

初期装備 第三世代兵装。ブルー・ティアーズ(攻撃ビット4・防御ビット2)

追加装備 レーザーライフル「スターライトⅢ」 近接ショートブレード「インターセプター」

 

 英国の試験兵装「ブルー・ティアーズ」を搭載した第三世代IS試作壱号機。レーザー兵器。及びビット兵器ブルー・ティアーズの試験機の意味合いが強く、そのポテンシャルは低い。セシリアはそれを自らの技量で補い、活かしてる形であり、それが彼女に最新試験兵装を積んだカスタムISが任されている要因である。

 オリジナル要素及び最大の特徴はビット達にプリズム装甲を採用し、レーザーライフルの攻撃を偏向で曲げれるという事。これによりブルー・ティアーズは、ビットでの多角攻撃を行いながら、レーザーライフルの一撃も死角から放てるというテクニカルなISとなっている。

 

 

4 凰鈴音 

 

 ISのヒロイン。まさかの大勝利恋愛枠。果たしてそれは次も続くのか。一夏に惚れており、またその想いを伝えてはいるが、報われるかと言われると微妙なラインに立っているのが三角関係の難しさである。

 オリジナル要素として祖父の存在が足されており、脚技の天才となっている。その威力は所謂「素手でISを破壊出来る」レベルで織斑千冬と生身戦闘では互角と思われる。また五反田家との仲は原作以上に良く、彼女にとっては第二の家族である。

 両親の離婚、祖父の死という悲しみを超えて、一年の中国滞在で代表候補のホープとして帰ってきた天才肌。IS技術の向上には、現地でのサポートも大きいが、悲しみを乗り越えて前に進む。芯のある強さがあってのこと。しかし付け込まれると脆い。

 

使用IS 甲龍

 

フレーム 中国製第二世代量産フレーム

初期装備 無し。あえて言うなれば、脚部ユニットそのもの。脚部ユニットにはブレードと迎撃散弾が内蔵されている。

追加装備 青龍刀「双天牙月」

 

 中国の第三世代試作技術である「空間圧縮ユニット」を攻撃ではなく瞬時加速の使用に特化させ、また新合金である「龍光合金」を装甲と脚部ブレードに使用した。凰鈴音のカスタムIS。かなり手が加わっており、ほぼ専用機と遜色ないものとなっている。原作との違いもかなり多く、ほぼ別物。

 連続の瞬時加速を活かしたヒット・アンド・アウェイの近接機体。鈴音の格闘センスも相まって、その戦闘力は恐るべきものとなっている。ただし、装備の都合上弾幕を張られると非常に辛い。中国新進気鋭のフレームデザイナー甲天の力作。

 

 

5 マカ・ジャ 

 本作での明確に話に関わるかもしれないオリキャラ。IS誕生以後に生まれた国「ストラスビア」の代表候補にして、三組のクラス代表。ストラスビアには代表候補生がまず彼女しかいないため、将来の国家代表とも言える。

 

6 更識簪

 先行チラ見せのヒロイン。四組のクラス代表。この作品では銀鋼及び白式はIS技研側で作られたため、彼女の専用機は完成している。彼女の専用機と銀鋼とは使用フレームが同じであり、異母兄弟機である。

 

 

IS

 

 正式名称インフィニットスーツ。無限の拡張性を持つ強化服である。製作者は篠ノ之束。宇宙活動用マルチフォームスーツという名で発表されたが、その発表時点で既に兵装を自由に追加できるようシステム(拡張領域)が存在しており、これを見た者には「宇宙服という名目の兵器」という事は自明の理だった。その後、彼女の示す余りにも超的なカタログスペックを信じられないと同時に、検証を必要とした世界は大々的な「模擬戦」を行った。これが後に「白騎士事件」と呼ばれるものである。白騎士事件の死傷者が零なのは、当然白騎士自身の驚異的スペックもあるのだが、そもそも失敗しても死傷者は零となるように仕組まれていたのである。その上、当時情勢が不安定だった世界が「核に匹敵し、なおかつ民衆に核のような嫌悪感を思わせない絶対的存在足りえる兵器『IS』」という偶像を必要としていたこともある。実際白騎士事件以後、戦争・紛争は激減しいる。

 ISが後にスポーツ競技用機体となったのも、世界の最終的な目論見としては、戦争の新たなモデルの提示。つまり「国家を代表する人間同士がISで戦い、その勝敗により決する」という代理戦争システムの構築を目指しているからである。ISの絶対防御機能によって死者も出ず、また単騎にて国家を滅ぼす力を持つISであるからこそ、代理戦争の競技たりえる。という理論の元に進められている。このISによる代理戦争システムの先行試験モデルが世界大会「モンド・グロッソ」に当たる。

 万能兵器たるISであるが、予想を超える女尊男卑社会の形成。またストラスビア独立紛争。通称「解体紛争」等により、世界の思惑とは少しずつズレ始めている。

  

 

ISコア

 

 篠ノ之束が篠ノ之家に代々伝わっていた遺失物質「主非錬瑠の心臓」と呼ばれる存在の解析結果により作成に成功する事が出来たものであり、ISの中核をなしている。このISコアには「IS以外での兵器では突破困難なエネルギーシールド」「他コアとの独自の交信ネットワーク」「接続された物の量子変換と展開」「自己再生・自己進化」「定量とはいえ無限のエネルギー出力」等この世の理を超える機能を多数兼ね備えている。潜在的な意識を持ち、搭乗者に対してコミュニケーションを行うそれは一種の生き物であるとも言えるのかもしれない。

 ただ、欠点が皆無という訳でもなく、「IS以外の兵器のコアとしては使えない」「女性にしか扱う事が出来ない」「コアの量産が出来ない」という弱点が存在する。これらに関して、特に前二者はかの篠ノ之束ですら解析しきれてない部分であり、いわばISが未だ発展途上である事を示している。

 コアの量産については、篠ノ之束が白騎士事件後、世界でも選りすぐりの科学者数名にその生産方法の開示が行われた。という記録が国家機密の資料にある。しかしその科学者達は「あの領域に触れる者は、一人だけの方がいい」という言葉だけを残しISコアの生産を篠ノ之束に一任した。

 以後、ISコアは篠ノ之束によってのみ生産が行われており、世界には国家管理による正式コアが645個。また篠ノ之束の個人的提供コア約50の含めて700近くが存在している。篠ノ之束はコアの生産を基本的には行なっていないが、アラスカ条約の機密事項により、特定条件下で少数製造されている。

 このコアの代金は篠ノ之束のIS製作や研究費用の資金源となっている。

 

 

白騎士

 

 「最初のIS」にして「最強のIS」ISの戦闘力は基本として「単騎で中規模国家の総戦力に対抗しうる」というレベルあるが、この白騎士は「単騎で世界の兵器全てを相手に出来る」というISのレベルから考えても驚愕のスペックであり、また公然の秘密であるが、搭乗者織斑千冬の力も手伝って、白騎士ショックという現象を引き起こした。

 その圧倒的スペックの要因の一つに、白騎士の武装である剣が織斑千冬が所持していたという遺失物質「スピネルの剣」がその原因であると考えられている。このスピネルの剣を分析して製作された武器が「雪片」である。

 

 

スピネル

 

 遺失物質と呼ばれる謎の存在。宝石スピネルの名を冠してる。もしくは、宝石スピネルの由来となった物質。なのかもしれない。

 

 

超越兵器

 

 正式名称EXceedArMs。ISとはその祖を同じくすると言われているが、次元跳躍のような、それを超える「魔法」と形容できるような技術が採用されている。

 

 

 

 

 

 



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予告

 

 

 インフィニット・ストラトス Re:IMAGINE予告!

 

 

 物語は学年別トーナメント篇へ突入!

「一年の学年優勝者の言う事を、俺は何でも一つ聞きます。何でもです」

「な、なんだってー!?」

 

 そして来る転校生。ドイツとフランスからの来訪者!

「シャルル・デュノアです」

「ラウラ・ヴォーデヴィッヒだ」

 

 フランスの代表候補生。シャルル・デュノアは何と男!?

「落ち着いて聞け。サマーズワン。これは確実な情報だ。シャルル・デュノアの出生時の写真を入手し、確認した……その子は間違いなく、男だ」

「……なら、あいつは正真正銘、世界初のISに乗れる男だっていうのか」

 

 一夏から見ればどう見ても女の子な男の子。シャルル・デュノアは果たして男か、女か!

「ねえ、一夏……私の裸、見たい?」

 

 ドイツの軍人ラウラ・ヴォーデヴィッヒ! 彼女の目的は、一夏への私怨と……感謝?

「私は、お前を許さない。だが同時に、お前には感謝しなければならない。腹立たしい話だ」

「少なくとも、俺にとってそれは正当な恨まれ方なんだよ」

 

 二人一組となる学年トーナメント。彼女達が選んだパートナーとは?

「だから、お前が必要だ。私と組んでくれ。ヴォーデヴィッヒ」

「優勝して一夏さんを養子にします。そのために、私と組みましょう! 鈴音さん!」

 

 またも暗躍しようとする乱入者! 学園を守るため立ち上がるは、対暗部用暗部。不完全でも、無欠のヒーロー!

「ほお。優れた能力だな。貴様の目的と名は」

「……正義……打鉄弐號」

 

 かくして、アリーナに一角獣と獅子が踊る。

「私は暴力の嵐だ! 戦場に降る黒き雨だ! 威力が力だ! 私の強さだ! ラウラ・ヴォーデヴィッヒだ! 来い! 織斑一夏!」

「眩しいくらいに強く、美しい。俺は、俺はあの娘と戦いたい……戦う事で、その先を見る事が出来る! だから白式! 俺に力を貸せ!」

 

 そしてオリジナルエピソード! 「学年トーナメント中止撤回要求篇」へ!

「このトーナメントに、自分の将来を賭けていた娘がいる。自分の実力を試したかった娘がいる。雌雄を決したかった娘がいる。だから俺は、その娘達の夢を……守りたい」

「やってやろうじゃん! 横槍で何度もトーナメント潰されてたまるもんですか! 学年トーナメントの中止をぶっつぶすわよ!」

 

 万事を尽くす一夏と仲間達。そしてそのために、生徒会の、更識の領域へと踏み出す。

「代金としてはそうね……生徒会に入ってもらおうかな」

「……買った」

 

 果たして、学年別トーナメントは無事再開されるのか!

「いっくん。その自己満足を、誇っていい。君は、例え少しであっても因果律を破ったのだよ」

 

 

「俺は、いつだって夢を見ているさ。幻想郷でも、ハルケギニアでも、海鳴市でも、ずっと夢を見ている……見続けている」

 

 

 インフィニット・ストラトス Re:IMAGINE。適度な速度で更新予定!



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二章「夢の守り人」
二十四話「五反田家」


 

 

 

 ゴールデンウィーク。長期休暇を利用して久しぶりにIS学園の外へと出た一夏は今、五反田家にいた。

「で?」

「ああ、鈴は元気だったよ」

 ゲームのコントローラーを握って波動コマンドを押しながら、一夏は隣の対戦相手……五反田蘭に応える。彼女はツレである五反田弾の妹であり、歳は一つ下。確か今はお嬢様中学に通って生徒会長をしていると大層立派で他人なのに一夏も家族のように鼻が高い。そんな彼女は自宅とあってかシャツとショートパンツとラフな格好だ。今更彼女にドギマギする一夏でもないし、この位の格好はもはやIS学園では日常茶飯事だ。気にせず一夏は画面を睨む。蘭は強敵だった。

「もう、一兄は鈍いなあ」

「何が」

「この状況で『で?』っていうのは元気かどうかじゃなくて関係が進んだかどうかに決まってるじゃん」

「進むと思ったのか?」

 一夏が聞くと蘭は専用のアーケードコントローラーで、一夏の数倍は滑らかな指の動きでスティックを三回転させながら呆れる。

「まあ、無理だよねえ」

「無理なんだよなあ」

 一夏のキャラが蘭の操るキャラに宇宙まで放り投げられてKOされる。前会った時はまだ一夏がやや強いくらいだったのだが、この三ヶ月ほどで抜かれてしまった。

 

「蘭、強くなったなあ」

「一兄や鈴姉に喧嘩じゃ勝てないもん。ゲームくらい勝たせてよ」

 蘭がニヒヒと笑う。その笑い方は鈴音譲りのものだ。一夏や鈴音にとって蘭は妹のような存在だった。実際蘭も、一夏の事は兄のように思ってるし、鈴音の事を姉のように思ってる。家族ぐるみの付き合い、というやつであった。

「一兄。お昼食べてくでしょ?」

「ああ。てか弾は結局駄目か。ゴールデンウィーク中なら会えると思ったんだけどなあ」

「あー、そうよねえ。あの馬鹿兄も、一兄が来てるんだから帰ってくりゃいいのにね」

 今頃イタリアにいるであろう彼の顔を、二人は思い返すように浮かべる。蘭も馬鹿兄とは言ってるが、これで兄思いな子だ。少し寂しい所もあるのかもしれない。実際さっきの口調も最後が少しだけ寂しげだった。

 

「蘭。飯食ったら買い物にでも出ようぜ。受験生の労いに何か奢るぞ」

「え、いいの? やった! 一兄とデートだ。後で写メして鈴姉に送る」

「やめろそれはシャレにならない」

「分かってるって! ほら、一兄早くお昼食べましょ」

 蘭はそう言って部屋を出て階段を降りて裏口を出る。この五反田家は食堂を営んでいるのだが、商売と生活が混ざらないように、出入口が完全に分離しているのだ。一夏も追いかけて食堂側に入る。昼時とあってそれなりに混雑だ。一夏は蘭と向かい合わせに座り、用意されていたカボチャ煮定食を食べる。この定食。ややメインのカボチャが甘すぎるが玉に瑕だがそう悪いもんでもない。一夏は店長であり料理の師である厳にペコリと頭を下げる。厳はニカリと歯を見せて軽くおたまを振り、ここの定番メニューである「業火野菜炒め」を作り始めた。

 

「そういやさ、一兄。会ったら話そうと思ってたんだけど」

 行儀よく揚げだし豆腐を食べてキッチリ咀嚼し終わってから、蘭は話し始める。その辺りのマナーは厳がしっかりしてるのでその賜物である。

「何だ?」

「私、来年IS学園受けるの」

 一瞬、思考が止まった。

「は?」

「よろしく先輩」

「……いやいやいや。おかしいだろ。蘭確かエスカレータ式のいいとこ通ってるんだろ?」

「IS学園も十分にいいとこだと思うけど」

「ISは筆記だけでは受からんぞ。適正とか調べたか?」

「調べたよ。Aって高いんでしょ?」

「……マジかよ。ってか、家族の許可は得てるのか? 蓮さーん。この子すごい事言ってますよー」

 ちょうど前を通りかかった蘭の母である蓮に一夏は聞く。歳よりも(実年齢不明だが)若く見える秘訣はその笑顔だという彼女は、その笑顔のまま頷く。

「ええ。蘭の好きなようにさせようって思って。一夏君、蘭の事よろしくね?」

「はあ~~~。いつも思うけど、五反田家って自由度高いよなあ」

 アメリカも真っ青な自由の家だ。

「いいじゃない自由。私好きだよ。馬鹿兄だって、反対はしないと思ってるし」

「ま、弾からすれば悪くない進路なのかもな……」

 なんだかんだで兄思いの妹に微笑ましくなりながらも、まだ五月だというのにもう来年への課題が出来たような気分になる一夏だった。

 

 

 結局夕方まで蘭と買い物をした後、一夏はそのまま寮の部屋に帰ってきた。今は既に一人部屋。気兼ねなくくつろげる場所だ。

「学年末個人トーナメント。か」

 カレンダーを見ながら、一夏は考える。まだ一ヶ月と半分ほど先だが、そろそろ考える必要がある程度には重大な行事だ。一週間かけて行われる全生徒参加の学年別トーナメント大会。一学年で約百二十名。それを三つの学年全てでトーナメントするのだから、相当大規模なイベントだ。一年は基礎を知った者達による先天的才能評価。二年はそこから訓練した成長能力評価。そして三年はほぼ今後の将来がかかった実力評価。その試合には国家の重鎮や企業スカウトマンも来るというのだから大規模だ。実はIS技研からも八張長官が来てくれる。技研の女性職員を見極めるために毎年参加してるという。一夏にとっても重要な実力を見せるチャンスだ。

(何にしても頑張らないとな)

 クラス代表決定戦は例の襲撃で中止。どころかやはりというべきか重大機密事項としてその関係者には箝口令が敷かれ、誓約書も書かされた。密かにデータやサンプルをIS技研や束に送ってる事がバレれば、一夏もタダではすまないだろう。最も、この二つは既にこの事実を知る者達なので情報が漏れる心配というのもないのだが。

 

「ま、まずは晩飯かな」

 一夏は部屋を出て寮食堂へと向かう。その途中、見知った顔に会う。彼女は一夏を見るとパっと顔を明るくする。

「お、織斑君じゃん」

「あれ、黛先輩じゃないですか。ここ一年寮ですよ」

「後輩に用があってねー。後、薫子でいいよ」

 新聞部副部長の薫子は楽しげに話しかける。

「織斑君には今度また学年トーナメントに向けてのインタビュー欲しいからさ。よろしく頼むよ。この前のクラス代表戦のインタビュー記事。滅茶苦茶好評だったし」

「ああ、あれに関してデカい事言っといてあんな事になんだか申し訳ないです」

「いいのいいの! 織斑君が悪い訳じゃないんだからさ。事故はしゃあないよ。それに規模としては学年トーナメントの方が何倍もデカいしね。一年はまだ経験が浅いから番狂わせが少なくてね。やっぱ二年三年に比べて盛り上がり欠けるのよ。織斑君がトーナメントの台風の目になれば話題沸騰間違いなし!」

 グっとサムズアップして薫子が笑いかける。確かに、代表決定戦があんな事になった分、一年にはもっと派手さと士気の向上が必要なのかもしれない。そのために一夏が貢献出来るのならば、それに越した事はないのだろう。

 

 ……そうか。それだ。一夏の脳内に、名案が思いつく。己の体を張る行動だが、それ以上の盛り上がりを期待できる。

「……薫子先輩。記事に一切誇張表現を加えない事を条件に、トーナメントが盛り上がる超特ダネを提供してもいいですよ」

「え!? 何々!?」

 薫子が興奮気味に一夏に近づく。一夏は周りに人がいないことを確認して、薫子に囁く。

 

「一年の学年優勝者の言う事を、俺は何でも一つ聞きます。何でもです」

「な、なんだってー!?」

 薫子が「な」を大声で言い、すぐに制して「なんだってー!?」を小声で言う。

「え、つまり織斑君。自分を賞品にしちゃうの!?」

「それくらいした方が盛り上がると思うんですよ。でも、賞品が俺じゃ役者不足ですかね」

「いや、そんなことない! むしろそれ、二年と三年にも拡大してほしいんだけど!」

「それはさすがに無理っす。一年に限定するのは、俺が優勝すれば無しっていう風にも出来るからなんで」

 一夏の発言意図に気づいて薫子はポンと手を叩く。

「おお、なるほど。自分を賞品にするのは、絶対優勝するという決意表明に繋がってる訳ね。優勝できるもんならしてみろっていう一年生徒への挑戦にもなるわけだ」

「そゆことです」

「確かにこれを一面出せば盛り上がり間違いなし……一年にしか関係しないとはいえ、二年三年も確実に食いつく……でも織斑君。いいの? 私が言うのも何だけど相当リスキーだよ」

「リスクを支払わずに得れる刺激なんて、つまらないと思いませんか?」

 一夏がニヤリと笑うと、薫子は満面の笑みで黙って手を差し出す。一夏はその手を握る。

 

「言ってくれるね傾奇者! よしきた先輩に任せんしゃい! 一面独占! 織斑一夏衝撃インタビュー! 事実誇張一切無し! 書こうじゃないの! 今すぐ! はどうせ無理だし、万全の記事を書いて最高のタイミングで発表するわ。それでいい?」

「お願いします」

 

 

 




いろいろ遅れましたが本日より二巻分内容の更新。始まります


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二十五話「ボーイ・ミーツ・ボーイ?」

 

 

 5月も末の朝、一夏が登校するとクラス中の女子が冊子片手に談笑していた。チラリと見ると、それはISスーツのカタログらしかった。ISスーツは現代技術の粋が集結したもので、ある意味世界でもっとも高性能な服と言えるのかもしれない。ちなみにこのISスーツがピッタリと肌に密着してるのはいいとして、やけに露出度が高いのはこの女尊男卑社会を支配しているのが、実は男であるという事を証明する一つとなっている。

 最も、そんなことをIS学園の生徒が知る由もないし、知って気持ちのいいものでもないだろう。だから一夏は黙る。

「ねえねえ、織斑君のISスーツはどこのタイプなの?」

「うちの研究機関の特注だそうだ。モチーフはストレートアームモデルらしいけど」

 ちなみに、このISスーツが無くてもISの操縦は可能なのだそうだ。某人造決戦兵器も似たような感じだった気がするが、理由は何だっただろうか。

 

「ISの表面には微細な電位差を検知するセンサーがつけられており、操縦者の動きとISの機動をシンクロさせているのです。なのでデザイン値段よりも、自分の体に合うかどうかを第一に選ぶべきなんですよ」

 そう答えながら現れるのは山田先生だった。おお、と生徒が感心するが、何だか友達感覚な感心のされ方である。山ピー、やまや等既に八つもアダ名をつけられているのだから、慕われているのやら低く見られているのやら。

 

「諸君、おはよう」

「おはようございます!」

 続いて千冬姉が教室に登場。また山田先生とはえらい態度の違いである。方向性の違いこそあれ、慕われてるのは同じであろうがこうも態度が違うと、山田先生も少し可哀想だ。千冬姉は教壇に立つとクラス全員を見据えテキパキと喋る。

「今日から本格的な実践訓練。ISに搭乗しての授業を開始する。ISスーツは各人のが届くまでは学校指定のものを使用するように。それを忘れたものは学校指定の水着を着てもらうのでそのつもりで」

 この学校指定の水着は何とスクール水着。それも紺色のアレである。そして体操服はブルマ。言うまでもなく、女尊男卑社会の支配者が実は男である事を証明……いや、それ以前の問題だ。正直一夏はこの事実を知って変な声が出そうになった。無駄な知識だが、ブルマは確か十年以上前に完全廃止された存在である。しかも皮肉なことに、その廃止を推進したのは、IS普及以前の女性運動家達や女子学生達である。つまり女尊男卑の世の中にあってこのIS学園の規定は過去の女性の活動を否定しているのだ。嫌な事実である。

 IS学園に自分の性癖を余すところ無くぶつける奴も奴だが、受け入れた学園も学園だ。確かに旧式スクール水着やブルマは今の時代には逆に新しいモノとして写るのかもしれないが、それにしたってこれはない。あんまりだ。決めた大人はきっと、着る立場にない他人事で決めたのだろう。それを女子生徒が受け入れてしまってる辺り、モノを知らないというのは恐ろしい。最も、一夏のスクール水着やブルマの知識はこう……ゴニョゴニョな出所からなので実際目にしたことはないのだが。

 

 閑話休題

 何故ISスーツに学園規定のモノがあるのに専用のを購入するかと言えば、ISの搭乗者に適応し変化するという仕様に合わせて、己のスタイルを確立するためにである。IS自体の専用機は無理でも、ISスーツだけでも専用とすることで、オリジナルを見出すのだそうだ。実際これは気休めとはいえ効果も実証されている。

 これに関して専用機持ちには「パーソナライズ」という特権がある。ISスーツは本来一々着替えないといけないのだが、スーツとISを同時展開する事が出来るのだ。非常に便利だが、これをするといざ普通にISスーツを着る時に手間取るので授業でのパーソナライズは禁止されている。

「さて、報告事項はもう一つある……何とも珍しい事であるが、転校生が当クラスに来る事になった。二名だ」

『えええっ!?』

 千冬姉の言葉にクラスの女子達が驚く。一夏も驚いた。この時期に転校生とは。それも二人? まず国家代表候補と考えていいだろう。一組に集中したのは、偶然ではなく必然と考えるべきである。一夏自身はあまり自覚がないし、そもそも一夏自身の特別性は薄いのだが世界的に見れば一夏は現在たった一人の例外なのだ。多少無理をしてもその環境にスパイ。とは言わずとも候補生を放り込んでおきたいと思うはずだ。

「では、入って来い」

 千冬姉が促すと教室の部屋が開いた。

「失礼します」

「……」

 入ってきたのは、女子が二人。髪と目からして二人共ヨーロッパ系。二人共ズボンタイプの制服だが、内一人は黒眼帯に冷徹な視線。軍関連と見て間違いない。

 と、ここでクラスの女子が静まり返ったことに一夏は気づいた。何故急に黙るのだろうか。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから代表候補生として転校してきました。不慣れな事もあるかとありますがお願い致します」

 幼い少年のような声で、シャルルが自己紹介する。礼儀正しい振る舞いに、中性的に整った顔立ち。髪は金髪で、後ろの髪を首の後ろでまとめている。背はそう高くない。それにしてもシャルル? 確か男名でなかったか。親は男として産みたかったのかもしれない。一夏がそう考えていると、

「お、男?」

 一人の女子生徒が呟く。おいおい、いくら男名で中性的な顔立ちだからってそれは失礼だろう。男の一夏には分かる。この子、雰囲気が女子だもん。

 しかしこのシャルルは何とその言葉に頷いた。

「はい。こちらに僕と同じ境遇の人がいるとの事で是非このクラスにと転入を……」

 なにを言ってるんだこいつは。そんな見え透いた嘘が通るとでも思ってるのだろうか。クラスの女子には分かるだろ。そう思った一夏の周りで歓喜の声が上がる。

『きゃああああああ!』

「二人目の男子!」

「しかもうちのクラス!」

 

 ……え。誰も気づかない系ですか? 一夏が辺りを見回すと、セシリアと箒に目が合う。セシリアは「どうしたものか」という顔をしていた。箒は無表情。とりあえず後で協議しよう。それにしても、女子生徒だけならばともかく教員を、何より政府や学園の審査をどうやってパスしたのかがかなり疑問だ。これは、正式に調べた方がいいのかもしれない。

「騒ぐな。転校生の紹介はまだ終わってない」

 別にそちらも忘れていた訳ではない。こちらも無視するには困難を極める強烈な個性の少女だ。長い銀髪、眼帯ではない方の目は何と紅。肌の白さからもアルビノか。その背はかなり小さく、軍服を改造したような制服と眼帯が無ければ、妖精と形容してもいいだろう。

「……」

 当の本人は目を閉じて黙ったままだ。何か思う所があるのか。それとも単純にクラスに興味がないだけか。

「挨拶をしろ、ラウラ」

 千冬姉の言葉に、ラウラは目を開けて素直に返事をする。

「はい、織斑教官」

「今は教官ではない。ここでは先生だ」

「……Jawohl」

 

 ラウラと呼ばれた少女は少しだけ不満気味に頷くと、クラスを見回し一言。

「ラウラ・ヴォーデヴィッヒだ」

『……』

「以上だ」

 終わりかよ。まあ、一夏もそこまで洒落た自己紹介をしたわけではないので文句を言う筋合いはない。それにしても千冬姉を教官と呼び、さっきの言葉……ドイツ人か。千冬姉がとある事情でドイツ軍のISチームの教官を一年していた事は、一夏にとっては少しだけ辛い事実だ。そこでふと、一夏の目線がラウラと交錯する。

「! 貴様……」

 彼女は教壇を降りると、一夏の目の前に立つ。一夏はそれを真っ直ぐ見据える。

「確認を取る。織斑一夏か」

「そうだ」

「そうか」

 するとラウラが右手を差し出した。握手だろうか。応じない訳にもいかないので、その手を握る。華奢で柔らかい手だ。彼女が軍人である事を忘れそうになる。そう思った瞬間、一夏はまるで万力で掌を潰されるかのように握りしめられた。

「ッ!」

「私は、お前を許さない。だが同時に、お前には感謝しなければならない。腹立たしい話だ」

「……そうかい」

 ラウラが手を離し、一夏は痛みを表に出さないようにしながら手を戻す。手が砕けるかと思った。一夏もお返しにと強く握ったが、彼女はまるでそれを痛む素振りも見せない。キツい挨拶だ。

 

 それを何とも言い難い目で見ていた千冬姉が、やれやれと首を振る。

「それでは、HRを終了。これより二組との合同訓練を行うので、各人は着替えた上、すぐに第二グラウンドに集合すること。以上」

 その言葉を聞いて、一夏はすぐさま立ち上がる。この場はもうすぐ、禁断の花園と化す。それまでに脱出しなければ男尊女卑でも捕まる状況だ。更衣室は第二アリーナの場所が空いているはずだ。

「織斑。デュノアの面倒を見ろ。同じ男だろう」

 千冬姉が言う。男? 未だに一夏はそれに対して疑念を持っているが、まあ男だと言うならそうということにしておこう。どうせ女なら、すぐに。それこそ今にでもボロが出るはずだ。 

「君が織斑君? 初めまして、これからよろし……」

「挨拶は後だ。まずここを出るぞ」

 一夏はシャルの手をさりげなく握って教室から連れ出す。きめ細かく柔らかい肌。やはり女だ。軽くカマして露呈させ、真意を聞き出そう。 

「とりあえず男子は空いてるアリーナで着替えだ。言っとくが俺たちだけ時間制限に猶予はないぞ。スピードが命だ。慣れろ」

「ああ、なるほど。分かったよ」

「便所は済ませたか? 着替えたら面倒だぞ?」

「とっくに」

 シャルルは軽い調子で答える。なるほど。この程度では動じないか。

 

「何よりだ」

 一夏はシャルルを連れて足早に行く。何故なら、障害は距離だけではない。

「あ、転校生の子よ!」

「それも織斑君も一緒! ヒャアー! 我慢できねえ! カモがネギしょって歩いてるようなもんだわ!」

「HQ! 二階にて目標を発見! 援軍ありったけ!」

 HRを終えたのであろう他の組の女子達がわらわらと出てくる。もしもアレに捕まれば、質問攻めで遅刻。その後には理不尽な反省学習だ。シャルルが横でヒューと笑う。

「華々しい歓迎だね。サインの練習してないや」

「随分と余裕だな。多数の女子に追い回された経験は?」

「コレージュ時代に少し」

 自然な対応だ。しかし、女子であってもシャルルの中性的な顔立ちならばモテておかしくはない。とりあえず今は、突破を優先しよう。

「突破するぞ。言っとくが、ここの波状攻撃がフランスのお淑やかなお嬢様と同じだと思ってると痛い目にあうぞ」

「お転婆なマダムは好みだよ」

「そいつぁ良かった!」

 

 一夏とシャルルは同時に走りだし、女子達からの逃走を開始した。



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二十六話「幻の再戦」

 

 

 一夏とシャルルは駆け足で学園の外を目指す。

「失礼。マダム」

 シャルルは前から突撃してくるかのように来た少女をソっと添えるように避けると、右腕を斜め上に向ける。すると袖からワイヤーが射出。ワイヤーは天井に吸盤のようにくっつくと、シャルルはワイヤーを巻き上げて跳躍。女子の群れを飛び越える。何あれかっこいい。

「悪いな。質問ならまた今度で!」

 一夏も勢いをつけると、壁を蹴って側面壁走りし女子の群れを突破した。廊下を走ってはならない校則はあるが、壁を走るなという法はない。そしてそのまま二人は学園を出る。ここまで来ればもうこちらのもので、そのまま更衣室へと逃れた。

 

「やるな。シャルル」

「シャルでいいよ。友達はみんなそう呼ぶ。織斑君もすごいね」

「そうでもないさ。後、俺も一夏で構わん」

 まだ言葉を交わしたのは二度目というのに、自然に一夏とシャルルは拳を突き合わせる。なるほど。少なくとも外見上や性格は、男と判断しても良い感じである。では中身はどうか。と言いたいが、さすがに着替え中の裸を覗くのは同性であっても趣味の悪い行為だ。それに一夏はゲイではない。強硬手段は後回しにし、自然な会話で見極めていけばいいだろう。

 そう思ってるといきなりシャルルは一夏の隣で服を脱ぎだす。何と大胆な行動! しかし、彼? が脱いだ後にあったのは黒い上下のインナーであった。上はTシャツ、下はハーフパンツのようになっている。シャルルはそのまま、その上にISスーツを着だす。

「え、そういうの中に着ていけるのか?」

「ああ、これはデュノア社で試験開発しているISスーツ用のインナーだよ。一々着替えるのに全部脱ぐのって面倒でしょ? このインナーはISスーツの機能を阻害しないで、むしろ補助の役割を果たしているんだ。下着の代わりにもなるし、ISスーツの着やすさも上がってる」

「すげえ。超便利じゃん」

 実際、一夏もISスーツを着替えるのに一度全裸になってしかもあの着にくい競泳スーツめいたアレを着るのは面倒この上なかった。この開発はかなりの名案ではないか。少なくとも男には非常に便利に見える。

 

「そうか。デュノアって何か聞き覚えがあったが、フランスのデュノア社か」

 フランスのIS企業で、世界的にも結構大規模だ。同盟側の企業でないので失念していた。

「ってことは、お前、デュノア社の御曹司ってやつか」

「ま、そんなところかな。そういえば、一夏はあの織斑千冬さんの弟なんでしょ」

「ああ、お陰でいろいろと楽もさせてもらってるし、苦労もしてる」

「はは。その辺りは同じだね」

 談笑しながら、一夏はISスーツへと着替える。全身を覆うこのスーツはやはり着るのが面倒だ。その間シャルルは一夏をジっと見るという訳でもなかったが、目をそらす訳でもなく自然と隣にいる。全裸のままシャルルの方を向けば、揺さぶりにはなるだろうがその場合変態なのは一夏だ。ただの疑念で犯罪者になるつもりはない。一夏は着替え終わると、二人揃って授業へと出向いた。

 

 無事授業に間に合った一夏とシャルはグラウンドで千冬の講義を受ける。彼女は端末を見ながらセシリアの方を向く。

「それでは今日からISに搭乗した上での実戦訓練を始める。のだが、その前に戦闘の実演をしてもらいたいと思う。オルコット、いけるか?」

「いつでも。ですが、何故私に? 正直な所、私の戦い方は皆さんの参考にならないと思いますが」

 千冬姉の言葉にセシリアは立ち上がるが、疑問を述べる。確かに、セシリアのあの空中に飛ばず狙撃戦で相手を狙い撃つスタイルは参考になるとは言い難い。そうはしなくても、ビット兵器のような特殊兵装をメインとした戦いからは見本に程遠いだろう。

「安心しろ。見本を見せるのはお前ではない。相手は……」

 千冬姉の言葉と同時に、一台のISが地面を滑るように滑空してこちらに向かってくる。そのISは生徒たちの目の前でスピンターンしてピタリと止まる。それに乗っているのは、何と山田先生だった。

「準備出来ました!」

「見ての通りだ」

「なるほど……納得です」

 セシリアはニヤリと笑って、ブルーティアーズを展開する。何が納得なのだろうか。

 

「山田先生。基本戦術に忠実に、生徒達も出来る範囲でお願いします。オルコット。お前は勉強だ。狙撃スタイルはせずに戦え。後ちゃんと飛べ」

「はい」「分かりました」

 二人は頷くと、空中に浮いてグラウンドのフィールド内へ。安全用のシールドが展開されると同時に、戦闘を始める。セシリアは空中に位置し、ブルーティアーズを展開。山田先生への牽制としながら、レーザーライフル「スターライトⅢ」で狙う。対して山田先生は地上で滑空しながらアサルトライフルを構える。多角的に動くビットの動きを先読みして避けながら、連続射撃でセシリアに攻撃の機会を奪う。だがその命中精度が凄い。山田先生の射撃は寸分違わずセシリアをロックし、シールドエネルギーを削っていく。地味ながらも見事な腕前にいつもは山田先生を茶化す生徒も感心顔だ。実際一夏もそうである。

「山田先生は元代表候補だ。その基本に忠実なスタイルと確かな腕から、今もIS学園として講師をしている。以後、より敬意を払うように」

『は、はい!』

 やはり普段の山田先生の扱われ方は信頼され慕われているとはいえ、少し下に見られている所があった。千冬姉はそれを思って、彼女の確かな技術を生徒に見せたかったのだろう。

「さて、同時に座学も行なっておこう。デュノア、今山田先生が使っているISについて説明してみろ」

「はい」

 シャルルは空中の戦闘を見ながら、ハッキリとした口調で喋る。

「山田先生のISはデュノア社製の『ラファールリヴァイヴ』です。フランスでは試験機ラファールからの第二世代機の開発が遅れていたのですが、逆にそのことが後発のメリットを産む事となり、文字通り再誕。ラファール・リヴァイヴとして正式採用となりました。簡易操縦性と汎用性が長所で、世界でも幅広くフレームとして採用されています。最大の特徴は拡張領域による選択可能装備の幅広さで、独自のマルチパスシステムから、第三世代武装であっても装備可能となっています。その事から試験兵装の実験搭載機体として使われる事も多く、そのシェアの広さは研究機関に重宝される事も要因の一つです」

「うむ。そのくらいでいい。学年トーナメントでは、個人機を持たない生徒は打鉄、もしくはラファール・リヴァイヴでの参加となるが、拡張領域の自由使用が認められている。その選択次第では個人機と渡り合う事も不可能ではない。どの装備が使用出来るか、各人しっかりと把握し、自らの長所に合ったモノを選ぶこと」

「はい!」

 

 説明が終わって、皆の目線はセシリアと山田先生の方に戻る。セシリアは防戦一方。躱すのをやめると、空中に停滞し、防御ビットを用いて射撃を防ぐ。しかし停滞は余り良い選択ではない。山田先生は射撃をしながら、左手で腕部グレネードランチャーをコール。そのままセシリアに発射する。グレネードの射出スピードは遅いが、止まっているセシリアに当てるのは簡単だし、その広範囲爆発はピンポイントで攻撃を受け止める防御ビットでは対応不可能だ。空中で爆発するセシリアとブルーティアーズ……

「はっ!」

 

 ……が、爆風から突如現れるセシリア! しかもその加速スピードは瞬時加速のそれである。まさかセシリアが空中停滞していたのは瞬時加速の準備行動? 彼女は待っていたのだ。自らが演出した隙をつく攻撃を。セシリアは山田先生へと加速しながら手持ちの武器をレーザーライフルからショートブレード「インターセプター」に切り替え。アサルトライフルとグレネードランチャーを構えていた山田先生に切り込む。

「ひゃあ!」

 山田先生は突然の事態に驚くも、冷静に対応。アサルトライフルをクローズして近接ブレードをコール。セシリアのインターセプターを受け止めるが、セシリアは笑顔のままだ。攻撃ビット四つが立ち止まった山田先生に一斉射撃。

「あわ!」

 声は慌てているが、その対応は素早く大胆だった。致命に至らないビットレーザーの射撃を無視し、ダメージ覚悟のゼロ距離グレネードを放とうとする。が、セシリアはそれを何と回転後ろ回し蹴りで山田先生の左腕を蹴る事でその軌道をズラし、そのまま回転して左手にスターライトⅢをコール。山田先生の腹部にレーザーライフルの砲塔が押し付けられる。

「チェック……」

 しかし、セシリアがレーザーライフルを倫理トリガーを引くより早く、彼女の頭部が爆発した。山田先生の右腕にはいつのまにか左腕と同じ腕部グレネードランチャーがあったのだ。先ほどので瞬間的に切り替えたのだろう。素早い状況判断は彼女が一手上手だったようだ。山田先生の勝ちである。

「だ、大丈夫ですかオルコットさん!?」

 勝利が確定してから、山田先生は気づいたようにセシリアの安否を気遣う。しかし彼女はヒョイっと顔を上げる。

「大丈夫です。入学試験の戦いをこのような形でやり直せて良かったですわ」

 セシリアは山田先生の手を取り立ち上がる。頭をブルブルと振るが、異常はなさそうだ。

 

 それを見て、千冬姉がパンと手を叩いて気を引き締め直す。

「山田先生、ありがとうございます。オルコット、お前も未熟だがなかなか面白い戦い方だった。さて、手本としては先程ので十分だろう。これより訓練に入る。個人機体を持っているのは織斑、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰だな。織斑、ボーデヴィッヒ、凰は格闘を。オルコット、デュノアは射撃のグループリーダーとなり相手をしろ。他の生徒は格闘と射撃訓練のどちらを行うかで分かれて、その中で出席番号順に並ぶこと。いいな?」

「機体は格闘訓練の人は打鉄。射撃訓練の人はラファール・リヴァイヴです。それぞれ分かれて使用してくださーい」

「はい!」

 生徒たちは素早くチーム毎に分かれると、訓練を開始した。

 



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二十七話「模擬戦」

 

 

 一夏は銀鋼を展開すると、授業に重宝するだろうと追加装備枠に入れていた武装。「可変式銃剣」をコールする。展開されたのは文字通り銃と剣の両方の性質を持つ武器であった。簡易変形機構を備えており、銃モードでは単発ライフル。剣モードでは近接ブレードとしての機能を兼ね備えている。使い分けで便利がいいのだが、器用貧乏な武器で実戦に向いてるとは言い難く今のような授業での模擬戦に重宝する武装だ。一夏はそれを剣モードにしてその刀身四尺のブレードを右手に持つ。

「授業は残り一時間半で、俺たちの班は十人か。一人頭七分で進めてく。遅れれば織斑先生のきっつい補習だ。気合入れてくぞ!」

『おーう!』

 一夏の言葉に十人の生徒が手を上げて同意。士気十分で結構な事だ。

「結構! じゃあ一人目は誰だ?」

「はいはーい! 出席番号一番! 相川清香! ハンドボール部所属! 趣味はスポーツです!」

 元気よく名乗った彼女はそのまま待機状態の打鉄に搭乗。コンソールでステータスを確認すると起動する。まだ実際に動かしたのは数度のはずだが、そこは適正試験や実技試験をパスしてこのIS学園に入学してきた才ある少女。スンナリと起動させ、装備である近接ブレードを展開する。

「織斑君! 一本取ったら何か賞品ある?」

「訓練に賞品を求めるのかよ……よし。じゃあ訓練で俺から一本とった子は昼飯奢りだ!」

 おお! とグループの生徒十名が笑顔を見せる。餌で釣ってるみたいだが、それで士気が上がるなら結構。

 

「言っとくが、そう簡単には取らせんぞ。本気でいくからな」

「十分! じゃ、行くよ!」

 清香と名乗った少女がダッシュでこちらに向かいブレードを振るう。それを一夏は可変銃剣で軽く受けると、右足で彼女を思いっきり足払いして転ばせる。実は余り知られていないが、ISのシールドエネルギーはあらゆる場合に発生する訳ではない。その状況でコアが判断してシールドエネルギーや絶対防御を使い分けている。故に直接の殺傷力が皆無なただの足払いでは発動しないのだ。最も、ISには慣性制御があるので、多少の物理衝撃は中和されてしまうので全力で蹴る必要がある。

「ひゃあ! ……なんてね!」

 彼女は蹴られて転がりながらもブレードを真上に投擲。一夏はそれをかわして清香の頭を軽く叩き、寸部狂いなく落ちてきたブレードを左手でキャッチする。

「あ」

「さすがにこんな引掛けでは負けるつもりはない……次!」

 

 その後一夏は順調にグループの女子達と訓練を続けていく。優秀な班で一夏は大変結構なのだが、一夏に一矢報いようと搦め手ばかり使おうとするのでそれは失敗だったと心中で反省する。

 その傍ら、隣を見る。鈴音は蹴りを封印して武装である双天牙月を用いての近接訓練。セシリアは空中機動するISへの射撃訓練。シャルルはラファール・リヴァイヴの特性を活かした武装切り替えを教えながらの訓練と、それぞれ己の味を活かした訓練を行なっていた。そして最後の一人、ラウラだけは無言で、怖じけながら来る生徒達をまるで野良犬でもあしらうかのようにいなしているのが気にかかっていたが……少しだけ空気が変わる。ラウラ班の最後の一人。それは箒だった。箒は打鉄に乗り込んでブレードを展開すると、ラウラを見据え喋る。

「篠ノ之箒だ」

「……篠ノ之束の妹か」

 ラウラは少しだけ目を細め、自らのISに搭載された腕部プラズマブレードを構える。しかしラウラの態度が変わったのは、決して箒が篠ノ之束の妹だから。だけではない。箒自身の鋭い覇気が、彼女に戦闘態勢を取らせたのだ。

 

「手合わせを願いたい」

「御託を並べず来い」

 言い捨てるラウラに、箒はブレードを両手で構えるとラウラに突撃する。箒の今の戦い方は、受けと流しに特化した剣術よりも棒術に近いモノだ。木刀はその両方に用いる事が出来る箒にとってちょうどいい得物だったのだ。それをIS用の近接ブレードでどうするのか。一夏は疑問に思ったが、箒は真っ当愚直にブレードによる袈裟斬りを行う。当然それはラウラの右手プラズマブレードに防がれる。そのまま流れるような動きで突き出される左手のプラズマブレード。これは生身の戦闘とは違う。プラズマブレードの刀身をいつものように手で受けるのは危険な行為だ。だが箒は、まるで自らプラズマブレードの餌食になりに行くかのように前進。しかしその一撃はまるで流水を斬りつけたが如く躱され、箒の手がラウラの腕を掴む。次の瞬間。PICによって慣性制御されているはずのISが箒の手首一捻りでひっくり返った。そのまま仰向けに倒れるISとラウラ。

 

「!?」

 驚くラウラ。当然だ。攻撃を行ったら、何故か自分が組みふされているのだから。そして驚いたのは一夏も同じだ。箒とはISの操縦を教えるという名目で何度か練習していたが、それはあくまで基本的な操縦の話だ。箒は強い。しかしそれはISに関してはまだまだ素人。の、はずだった。箒は手を離すと、ラウラを見下ろす。

「ありがとうございました」

 ペコリとお辞儀をして背を向く箒。それはラウラにとって最大の恥辱だろう。彼女はすぐさま起き上がり叫ぶ。

「待て! ……もう一度だ!」

「……」

 箒は黙ってラウラの方を向くが、その顔は僅かに微笑んでいる。わざと挑発したのだ。箒は近接ブレードを構える。

「なら、お前から来い」

「ッ!」

 いつのまにか立場が逆転していた。しかしラウラは一度箒に訓練とはいえ倒されたのだ。文句を言う道理はない。気づけば、周りの人間の目線が全てラウラと箒に集中していた。その中には当然、教師の、千冬の視線もある。これでまた先ほどと同じように倒れてはラウラの、ドイツ国家代表候補の尊厳は地に落ちるだろう。先ほどに油断がない訳では無かった。純粋にこの篠ノ之箒は強いのだ。格闘の受けに限定すれば代表候補を軽く凌ぐ程に。

 ラウラは一瞬目を閉じて……見開いた。迷いは残ったが、躊躇いは消えた。両腕のプラズマブレードを静かに構える。箒の表情からも僅かな微笑みが消え、戦闘者のそれとなる。それを見ていた周りは、何も喋れなかった。それほどまでに二人から放たれる「気」とでも呼べる何かが、鋭い刃のように空気を裂いていたからだ。

 

 影が走るように、音も無くラウラは箒へと加速した。そして刺突。当たれば絶対防御の発動は免れないであろう致命への攻撃。しかしそれを箒は近接ブレードを蹴り弾いての回転で左腕の刺突を絡め受け、そこを支点として刃をラウラの右腕に向ける。ラウラはそれを弾く。まるでバトンのように再び近接ブレードは回転。通常ならば回転するブレードをアーマー越しとはいえ素手で操る等狂気の沙汰ではないが、箒はその回転に平然と手を突っ込み回転を制御し、軽い蹴りで勢いをつけて回転を持続させる。さすれば近接ブレードはまるで箒を守る刃の盾だ。

 しかしラウラは退かない。退けば楽だろう。何より箒の戦い方は射撃武器を範疇に入れていない。格闘限定の訓練だからこそ強さを発揮する戦闘方法。生身の格闘戦術をそのままISに組み込んでいるだけに過ぎない。そもそもレーゲンタイプの豊富な武装を一つに限定するというこの訓練は手加減もいいところではないか。そんなくだらない言い訳が頭に浮かんでは、ラウラの冷徹な思考がそれを潰す。だからなんだ。それが箒の強さを貶める理由にはならないし、ここで退いていい、負けていい理由になるはずもないのだ。

 ラウラは絶え間なくプラズマブレードを操り箒の回転する近接ブレードに拮抗する。それだけなら、ラウラが一つ防御を切り捨て攻撃するだけで勝てるが、もしも箒に腕を掴まれたらそれだけで負けるのは先程の事からも分かり済みだ。剣身一体とはまさにこの事。戦いながら、ラウラは自分の心に可笑しくなる。

 

 ただ、織斑教官を連れ戻したかった。その弟を排除したかった。それしか頭に無かったはずなのに、こんな極東の学園に、ここまで凄まじい現代の「侍」がいるとは。何と、人生の面白いことか!

 

 ラウラは一歩間合いに踏み込み、回転する刃を制して右のプラズマブレードを突き入れる。箒もまたそれに合わせて踏み込む。プラズマブレードの刺突は確かに箒を捉えていたはずなのに、その攻撃は躱され、ラウラの右手首が掴まれる。しかし、同じ手を二度も受けるために攻撃したラウラではない。

 瞬間回転するラウラ。しかしそれは前回と違う所がある。それは二度目であるという事だ。ラウラは自らが回転すると同時に肩の関節を外す。激痛が走るが、この痛さをラウラは知っている。知っているならば、それは障害とはならない。ラウラは掴まれた右腕を無視して身体を回転。予測不可能な左プラズマブレードの刺突を繰り出す。だが箒は違和感を察知。即座に掴んでいた右手を放すと、近接ブレードでプラズマブレードを受け流す。

 そこに軍隊仕込みのラウラの蹴りが箒を直撃する! その威力にシールドエネルギーが発生。直撃を守るが、衝撃を受けて吹っ飛ぶ箒。そのまま回転して空中で停滞しようとするが、どうやら空中停滞と慣性制御が不慣れで維持できずに落ちてしまう。

「ひゃっ」

「おっと!」

 それに一早く反応したのが一夏だ。素早く箒の落下点を予測して、彼女を受け止める。あれだけの技量を持ちながら、攻撃を受けてからの空中停滞の一つも出来ないとは。ラウラは若干呆れながら、肩の関節をゴキリという音と共に戻した。 

 

 それらの一部始終を見た千冬が、タイミングを見計らって喋り始める。

「……血気盛んなのはいいが、授業中での訓練で余り全力を出し過ぎないように。それでは、午前の授業はここまで。午後からは今日使った訓練機の整備を行う。各人格納庫まで使用ISを運んでおく事。以上」

 それだけ言って教師二人は去り、生徒達は片付け作業に入る。一段落ついて一息ついた一夏の腕で、箒が暴れる。よく考えれば今箒は一夏に所謂「お姫様抱っこ」をされてる形だった。

「そ、そろそろ降ろせ!」

「ああ。はいはいお嬢様」

 一夏が箒を降ろすと、彼女は何か文句を言いたげな顔であったが、一先ずISを牽引用の荷台に載せて降着状態にさせて降りる。そして無言で一夏の方を見る。一緒に押せというのだろう。一夏はやれやれと首を振って箒と一緒にISを押す。

「……お前が悪いのだぞ」

「ん?」

「お前がふっ飛ばされてからの空中転換を教えなかったからこうなったのだ」

「あ~、確かにそうかもな。すまん」

 理不尽な言われ方が一理ある。実際一夏が教えていればもう少し箒も格好がついただろう。

「こんな急に必要になるとは思わなくてな……部屋が別々になってから、教える機会も減ったし」

「……ま、まあ。それはそうだな」

 

 どことなくギクシャクした会話になってしまう。あの日部屋が別れてから一夏と箒が交わす言葉の数も減っていた。同室していた時も最低限しか喋っていなかったが、いざこうなってみると同室者である事の重みを感じる。箒を意を決して喋る。

「そ、そうだ。一夏。今日昼休みの予定はあるか?」

「ん? ああ、お前とセシリア、後鈴も誘って昼食を食べたいと思ってる。もう一人の転校生の事で意見を聞きたい」

「もう一人……デュノアという子か」

「いろいろ引っかかる所がある。昼飯ついでに意見が欲しい」

 二人ではないし、本筋も他の人間の話……だが、箒もシャルルには若干気がかりな点があったし、セシリアや鈴は多少とはいえ勝手知ったる仲だ。断る道理もないだろう。

「分かった」

「ああ、それじゃあ昼休みに屋上に来てくれ」

 

 二人は格納庫にISを入れると言葉を交わして、それぞれの方向へと去っていった。



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二十八話「昼食会議」

 

 

 

 シャルルが他の女子達と一緒に食堂に行くのを確認してから、一夏は二組に向かう。そして鈴に目線で合図。鈴音はそれに気づくと、いつも一緒に食べているのであろうクラスメイトに断りを入れてこちらに向かってくる。一夏と鈴音は二人屋上へと向かう。

「悪いな。邪魔して」

「別に。たまにはこういうのも悪く無いわ。メンツは?」

「予想つくだろ」

「まあね」

 つまるところ、一夏、箒、セシリア、鈴音。

「察しの通りだ。転校生で意見が欲しい」

「なる。私も情報欲しいし、どこで話すの?」

「屋上だ。シャルが食堂に行ったのは確認している。屋上は必然的に人が減る」

「読み読みって訳ね。あ、でもお昼どうしよ」

「セシリアに人数分頼んでいる。あいつは食事選択のセンスが良い」

「あ、ちょっと分かるかも」

 

 二人が屋上に向かうと、既にそこにはセシリアと箒がテーブルに座っていた。テーブルの上には幾つかの菓子パンと飲み物。そしておにぎり。

「遅れた」

「いえいえ」

 二人は席に座ると、とりあえず一夏はカツサンドと抹茶オレを手に取る。セシリアにおすすめされてからのお気に入りである。鈴音は手元の焼きそばパンを掴んだ。

「そういえばこの四人で食事をするのは鈴音さんと初めて会った時以来ですわね」

「そういやそうね。いつものメンツみたいな気がしてたけど、案外一緒に食べないわね。そういやセシリアちゃん。今日の山田ちゃんとの模擬戦。ビックリしたよ」

「山田先生とは入学試験時にも一度手合わせしたのですが、その時は間が悪く私の不戦勝のような形になってましたの。授業という形でキチンと雌雄を決せれて良かったですわ」

 談笑するセシリアと鈴音だが、箒は黙って一人おにぎりを食べる。もうちょっとコミュニケーション能力を発揮すればいいのに。

 

「で、今日集まった理由だけど、転校生に男の子いたんだって? 私はチラ見しただけだから何とも言えないんだよね。それより箒ちゃんとマジ喧嘩してたラウラちゃんのが気になったし。箒ちゃん的にはどうよ。ラウラちゃんは」

 寡黙な口を開いて、鋭く冷静に箒は評価する。

「……強いぞ。いくら剣術柔術を極めようと、私は所詮アマチュアに過ぎない。しかし彼女はプロの戦闘者だ。心構えから違う」

 実際箒は、もしもあの訓練が射撃も含めた実戦的な訓練であれば手も足も出ないだろうと考えていた。あくまで拮抗したのは白兵戦のみの腕に過ぎない事である。だがそれが、余計に箒の関心をラウラに向かわせたのだが。 

「そうかあ。強いのかあ。そりゃあ是非とも手合わせしたいわねえ。見たとこ箒ちゃん似の負けず嫌いっぽいし今度鉢合わせたらお誘いしてみようかなあ」

 鈴音がニヒヒと笑って楽しそうに指をポキリと鳴らす。

「そういえば一夏さん。そのラウラさんと握手してましたが、お知り合いなのですか?」

「いや、初対面だよ。だが姉さん絡みで関係はちょっとある……あの態度。少なくとも、俺にとってそれは正当な恨まれ方なんだよ。それより俺は、シャルの方がやはり気になる。男でISに乗れるなんてあり得んはずだ」

「それ、あんたが言っちゃうの」

 ある意味当然な鈴音の突っ込み。

 

「俺の場合は俺自身の適正よりも、ISの……銀鋼の仕様に依るものが大きい。アレは男でも乗れるようにコアに専用の改造を施してるからな。デュノア社が独自に成功させたとも言えなくはないが……」

「まあ、IS云々は置いておくとしても実際シャルルさんはちょっと男性というには無理がある容姿ですわよね。中性的ではありますが……」

「私も確かに最初見た時は女かと思ったが……周りは男と疑っていなかったし、なにより先生方が男として認識していたからな」

「そう、そこなんだよ。実は授業中に技研の方にちょっと調べてもらっていたんだが、シャルの存在は一般にはまだ秘匿状態みたいなんだが、学園とフランス政府の公式承認を得ているんだよ。この二つの審査をフリをするだけで乗り越えるのは不可能だ。本来男のIS適正者なんて出れば世界がひっくり返る。男でも乗れるISが出来るのと、ISに乗れる男が現れるのじゃ話が違う。後者の方がよほどあり得ない」

 これは一夏自身がIS技研や束から聞いた話だ。ISとは女性しか乗れない。これはかの篠ノ之束でさえ覆せなかった絶対律なのだ。ISのコアを解析改造する事で男でも無理やり乗れるようにしてる銀鋼は、ある意味ISではなく、違うカテゴリとして数え上げられるようなものである。つまりシャルル・デュノアがもしも本当に男で、コア改造のされてないISに乗れるのならば、それは常識そのものの破壊者に等しい。

 

「こりゃもう、実際に見て確かめるしかないでしょ。どうせシャルルって子は一夏と相部屋になるだろうし。お風呂の時にでもチラっとナニを確認しちゃえばいいのよ」

「ナニって言うな。ナニって」

「まあ、一夏さんにはやりにくい話でしょうがそれが一番確実でしょうね。しかしアレですわね。男性か女性か分からない方のお風呂を覗くというのは……下品な話ですけど……ウフフ、興奮しそうでわね」

「ナニ言ってるんですかセシリアさん」

「羨ましいと言ってるんですよ」

「言わなくていい!」

「ホントセシリアちゃんのマイペースには恐れ入るわ……」

 笑うセシリアにツッコむ一夏と呆れる鈴音。

「ナニって何だ? ……あっ」

 そして、今更分かって一人顔を赤らめる箒の四人の昼食は、和やかに続いた。

 

 

「一夏。改めてよろしく」

「ああ。こちらこそだ。同室者がいないとやはり暇でな」

 夕食後、自室で一夏とシャルルは落ち着く。予想通りというべきかやはりというべきかシャルルは同室者となった。確認は格段に容易になった訳だが、その選択を一夏は常に迫られるようになったとも言える。夕食はシャルル等と一緒にとったのだが案の定女子達の質問攻めだった。しかしその時一夏が思ったのは、シャルルの対応である。シャルルは女子生徒たちにいっそセクハラとも取れるくらいの強烈なアピールを受けたのだが、その返しがこうである。

「花のように可憐なマダムが、そんな事を軽はずみに言ってはいけません。僕が本気になったら、貴女も火傷ではすみませんよ?」

 である。

 ……隣で聞いてた一夏は胸焼けしそうになった。それを真顔で言うか! 生まれついての貴公子。という風なシャルルに言われると、それがイヤミに聞こえないのだから恐ろしい。それでいて、彼の目には半分本気の。狼のように獲物を狙う視線が女性陣を虜にさせてしまったようだ。どうやら昼間も似たようなものだったというのだから感服する。

 

「ここは楽園だね。王様にでもなったような気分だ」

 下はスェットのパンツ。上は例のインナースーツというラフな格好でベッドに腰掛けるシャルが夢心地に呟く。

「この環境でそれを言えるなら、お前はIS学園に向いてるよ」

「一夏はその風だと、まだ慣れないのかい?」

「どうにもな。どんなにここが秘密の花園であろうとも、結局手は出せない訳だし」

「確かに。ここでそれは生殺しだ」

 一夏の冗談にシャルが同意する。初対面こそ女子の雰囲気と断言した一夏だったが、その判断に迷いが出る。シャルルの思考感覚は完全に男だ。この感覚は、付け焼刃でどうにかなるものではない。

「そういえば一夏は、放課後にISの特訓をしてるって聞いたけど、そうなのかい?」

「ん? ああ。データ取りがあるしな」

 今日はシャルルの引越しを手伝うために休んだが、明日からはまた再開しなければならない。さらに言えば来月末には学年トーナメントがある。薫子に大口を叩いた以上、一夏は優勝前提の特訓を積む必要があった。何せ強敵はいくらでもいる。シャルルだって、その一人となるだろう。

「僕も参加していいかな。データ取りもそうだし、いろいろと手伝える事もあると思うよ」

「おお、それは歓迎だ。俺も実はシャルのISをしっかり見てみたかったんだ」

 特殊な改造点がないかの確認も含めて。である。

 

「じゃあ明日も大変そうだし、僕はもう寝るよ。おやすみ一夏」

 言って、シャルはうつ伏せにベッドに倒れ伏す。自然な流れだったので一瞬反応できなかった一夏だったが、すぐに違和感に気づく。

「ああ、おやすみ……って、え? シャル。シャワー浴びないのか?」

「シャワー? 昨日浴びたよ」

「昨日浴びたって……毎日浴びないのか?」

「毎日浴びる方がおかしくない? ……あ、もしかして臭う?」

「いや、そんなことはないが……」

「じゃあ大丈夫だよ。でも日本人は確か清潔好きなんだよね。明日は浴びるよ。でも今日は眠いから寝る。シャワーの順番とかは基本的に一夏優先でいいよ。おやすみ」

「お、おやすみ」

 そのままうつ伏せに黙るシャルル。自分の前で風呂に入るのは覗かれる心配があるから用心をしているのか? と考えたが、すぐにその疑念は振り払われる。用心するなら、そもそも今目の前で寝るのが余程不用心な話である。欧州の人間は個人差もあるが風呂の習慣が薄いと聞くが、一夏としてはちょっとカルチャーギャップである。

 

(本当に、どっちなんだ?)

 

 疑念は尽きない。今無理矢理に確認もできるが、それはさすがに一夏の良心が許さなかった。機会を待つしか無い。考えても仕方ないだろうと、一夏は一人シャワーを浴びに行くのだった。 

 




PSO2とドラゴンクラウンで更新が遅れました。執筆速度はかつてほどでないにしろ、改善していこうと思います。


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二十九話「一触即発」

 

 

 

「ねえ、一夏」

「なんだ。シャル」

 シャルルが転校して来てから既に五日が経過した。シャルルの言動はラテン系男子の雰囲気を崩さない。女性には優しく、時に大胆。男を知らないIS学園女子には劇薬みたいな存在だ。だがシャルルもその引き際を心得ているのか大したトラブルを起こす事もなくいる。一夏との生活でも同様だ。もはや一夏の中では決定的証拠が無い限りシャルルが男である事を疑う余地は無くなっていた。一応技研の方にフランス政府やデュノア社の資料を漁ってもらっているが、徒労に終わるかもしれない。

 そして今、一夏とシャルル。加えてセシリア、鈴音の四名はアリーナの一角で自主練習を行なっていた。今日は土曜日であり、授業は午前までなのだ。アリーナの全てが練習のために解放とあって、一夏達以外にも様々な生徒が自主練習や調整を行なっている。一方で、今日は箒はこちらを休んで剣道部の方に顔を出している。箒も剣道部とISの特訓を同時に行いながら、自主的な篠ノ之流の鍛錬と自己開拓も妥協しないというハードなスケジュールだ。最も、鈴音も同タイプなのだが、箒の凄いのはそれを苦と思わない事だ。日々の日常の中に鍛錬が組み込まれているので、それをしない方が辛いらしい。

 篠ノ之流から極限まで我流化してる箒が何故剣道に拘るのか。それは箒曰く、「精神と協調」を養うためであるらしい。人は一人で戦えても、一人では強くなれない。故に共に鍛錬し切磋琢磨する。箒はそれを非常に高く見ている。そのための剣道であるのだそうだ。最も、箒としては幼少より長く続けてきた剣道を競技としても愛しているという事は一夏も見て取れる。武術は浅く広くしか持たない一夏にとっては耳が痛い話だ。日々鍛錬が座右の銘なだけある。

 

 閑話休題。

「僕さ、出自の都合上、他の代表候補生を見るのはここに来てからが初めてなんだけど」

「俺もそうだったぜ」

 一夏とシャルルは簡単な模擬戦を行なった後で休憩しながら、セシリアと鈴の練習を眺めている。

「代表候補生のカスタムISってこんなにも個性尖ってるものなの?」

「……いや、この二人が極端過ぎる例外だと、俺も思いたいなあ」

 一夏はそう願いを込めながら二人を見る。彼女達の自主訓練を見るのは一夏も初めてではないが、やはり普通ISでする特訓ではない。

 

「……」

 まずセシリアは、瞑想していた。ISを展開した状態で坐禅を組み……まずここがおかしい。どうやってISアーマーのついた足で坐禅を組めるのか理解できない。とにかく坐禅を組みながら、目は閉じ、若干その身を浮かせて、彼女は瞑想していた。まるで悟りを開いた修行僧のような状態だ。そしてその周囲では第三世代兵装。ビット兵器「ブルーティアーズ」がセシリアとは対照的にアリーナを飛び回っている。時折ビットによる射撃を行なっては、ダミーの的を寸分狂いなく撃ちぬいていく。目を閉じているにも関わらずである。彼女曰く、ハイパーセンサーによる音波感知で目標を把握し、それを感応操作によるビットで撃ちぬいているらしい。その並外れた集中力と空間把握能力には感嘆せざるを得ない。さすがはBT兵器搭載試作壱号機を学生の身で任された人間だ。

 

 次に鈴音であるが、これに関して一夏は一つ訂正を行う箇所がある。今の一夏には鈴音がほとんど見えていない。ハイパーセンサーを以って集中しなければ、今の鈴音を視認するのは不可能である。鈴音の行なっている練習は簡単に言えばシャトルランである。アリーナの端と端を行ったり来たりしてるのだ。

 

 瞬時音速を絶え間なく用いながら。である。

 

 ISの他の兵器にはない利点として、その圧倒的小回りの良さがある。通常ISの運用速度は大体音速に少し足らない程度と言われている。最高速度は音速を少し超える程度。瞬時加速は瞬間的にそれを超え。専用の高速戦闘装備を用いてマッハ三~五と言った所であろうか。その小ささを考えれば凄まじい速度であるが、史上最速の兵器と呼ぶには程遠い。

 だが、ISの利点はPICを用いて一瞬で最高速度に到達し、また減速も一瞬で停止させる事が可能だという事だ。他の兵器で最高速度がマッハ十を超えるものがあっても、その軌道は直線もしくは曲線を描くしか無い。追尾ミサイルでも直角に曲がる事はできない。だがISならば、音速を維持したまま連続で直角に曲がる事も可能なのだ。更に言えば、速度を落とさず反対方向に切り返す事も出来る。この小回りはISが兵器としての優位性を保つのに重要な要素だ。

 なにせ単純なスピード。威力ならばいくらでもそれを凌駕するものはある。エネルギーシールドは極めて強固であるが、機銃程度ならともかく、ミサイルクラスの直撃を何十発と耐えれるものではない。小ささと圧倒的小回りの良さで撹乱し、その小ささからでは想像出来ない大規模火力を展開する事で迎撃、殲滅する。これがISが現代兵器を相手取るのに必要な要素だ。ISは単騎で中規模国家の総戦力に匹敵すると言われるが、それは危ういバランスの上に成り立つものだ。

 鈴音のIS甲龍はまともな射撃兵装を持たない。故に甲龍自身が「自在な軌道を描く弾丸」そのものである必要があるのだ。鈴音は今約マッハ二でアリーナ間三百メートルを往復してる。凄まじい反射神経が無ければ、一瞬で壁に激突して大事故となるであろう特訓だ。

 

 どちらにせよ、他人に真似出来る。否、他人が真似しようとも思わない訓練を二人は大真面目に取り組んでいた。そしてその特訓風景から二人が学生の身でありながら十分な力を持っている事が理解できた。ISに年齢は関係無い。むしろ若い方がいいくらいであるというのを如実に表す好例だ。

 

「まあ、箒もそうなんだがあいつらは天才で、努力も苦に思わないタイプだ。真似してどうこうな代物じゃない」

「一夏がオーソドックスなタイプで良かったよ」

「そりゃ俺も同意見だ。シャルのISを見てちょっと安心したぜ。ラファール・リヴァイヴのカスタム機みたいだが」

「もうそのまんまラファール・リヴァイヴカスタムⅡって名前なんだけどね。武装関連にかなり手を加えて、追加装備枠を限界まで増やしてる」

 鮮やかなオランジュの機体カラーを持つシャルルのISは、基礎フレームこそラファール・リヴァイヴであるものの、その機体コンセプトは多様な武装を同時かつ高速に切り替えて戦うという独自の戦術運用を行う機体であるようだった。各所に武装展開用のウェポンラックがあり、更に左腕装甲部にはラファール・リヴァイヴにはなかったシールド装甲が装着されていた。背中部のスラスターも小型化、細分化されており、武装展開時に干渉しにくいようになっている。

「ところでさっきの模擬戦だが、やっぱりこの学園内アリーナの戦闘じゃあ、追尾ミサイルを有効活用しにくいな。技研に頼んで何か別の武装に換装してもらった方がいいかと思うんだがどう思う?」

「そうだね。僕のにも追尾ミサイルは搭載されてるけど、距離の関係上さっき使わなかったし、何か……別種の中距離武装のがいいかもね。あ、これなんてどうかな。展開式散弾バズーカ」

 シャルルが自分にインストールされている装備を出して、コンソールを一夏に見せる。確かに学園での戦闘では散弾兵器の有用性は高いかもしれない。しかし銀鋼は将来的には来るべき決戦のために、対IS戦闘に限らず対通常兵器の面も考えなければならない。開けた場所での追尾ミサイルは実際無敵の兵器だ。安易に換装するのは緊急時に危険かもしれない。

 

 

「ねえ、アレ見て……」

「え、まさかドイツの第三世代機体?」

「本国でもまだトライアル中だって話じゃ……」

 突然場がざわめく。セシリアはそのまま瞑想を続け、鈴は停止し立ち止まる。一夏がその方を見ると、そこには黒いISと共にラウラがいた。ラウラ・ヴォーデヴィッヒ。転校初日から箒と超絶技巧の戦闘を行いってからというものの、彼女は特に誰かとつるむでもなく一人いる。そのプライドが傷ついたのだろうかとも思ったが、彼女はまるで平静同然で口から言葉を発するのも必要最低限だ。一夏も初対面以降話したことはない。まず話す事が出来なかったと言ったほうが良いかもしれない。

「聞こえるか。織斑一夏」

「……聞こえている」

 ISの開放回線でラウラの言葉が飛んでくるので、一夏はそれに応える。ラウラのISが浮かび上がりこちらに来た。

「決闘を申し込む。模擬戦ではなく、正統な決闘をだ」

「……理由は?」

「私はお前が憎いが、それが関心である事も認める。わざわざ理由を言う必要があるほど愚鈍な相手を恨んだ覚えはない」

 冷静な口調だ。それは無感情である事を示している訳ではない。炎のような感情を、氷の心に納める事が出来る。優秀な軍人の証明だ。

 

 確かに一夏にはラウラが恨む理由がよく分かる。ドイツで、千冬姉と来れば理由は一つ。一夏が中学二年生の時。第二回モンド・グロッソ決勝戦当日での……一夏が誘拐された事件が原因だろう。

 当時、一夏は自分の強さに自信を持ち始めていた。鈴音と知り合い、凰元帥の元で武道を学び、それをそれまで自分が基盤にしていた篠ノ之流の技との融合を目指していた。既に一夏の戦闘能力は中学二年という身では十分な力を見せ始めており、最強からは程遠くとも、タダでは転ばぬ実力を身に着けてきはじめていた。

 

 ……と、思ってた。そんなのは、ただの妄想で、一夏はやっぱりどこまでも無力な、一人の少年でしかなかった。何の抵抗も出来ず、許されず、あっけなく誘拐されてしまったのだ。余りにも見事で、鮮やかな手並みで、一夏にはどうしようもなかった。

 

 そして、そこで一夏は選択し、双眸見開き世界を見続ける事を決めたのだ。結局一夏を救ったのは、一夏がさらわれる原因であるとも言える篠ノ之束と織斑千冬だった。束が探し出し、千冬が突破口を開いて一夏は救出された。

 そこで何故ドイツ軍が絡むのか。実はその事件後、決勝戦当日に行方をくらませた千冬姉は世界中から非難を浴びる事となった。一夏の誘拐事件はその主犯の都合上、表に出す事が出来ない。かねてから千冬姉には白騎士事件の実行犯であるという嫌疑が濃厚であった事もあり、かなり際どい立場になっていた。その時、窮地を救ったのがドイツ軍。ひいてはドイツ政府による擁護だった。今考えれば千冬姉に恩を売りたかったのだろうが、結果としてそれが千冬姉の立場を守った。ドイツ軍特殊部隊の情報工作によって千冬姉は最悪の事態を免れ、その恩返しという形でドイツ軍IS部隊に一年間教官として赴く事となったのだ。彼女はおそらく、そのIS部隊の一員。

 彼女からしてみれば、千冬の立場は一夏のせいで悪くなったようなものだ。自分の敬愛する教官の地位を貶めた一夏の罪は重い。だが、逆に言えば一夏の失態が無ければ、千冬がドイツ軍で教官となる等絶対あり得なかっただろう。ラウラは千冬姉と知り合う機会すら無かったはずである。その意味で、一夏はラウラと千冬姉を引きあわせた恩人だとも言える。ラウラからすれば複雑な心境であろう。だからこその、この一夏への態度なのだ。

 

「決闘は、今は受けない。相応しき場は他にある」

 ラウラは睨む。学年トーナメントの存在は当然彼女も知っている。早期の決着を臨みたいが故、彼女は今申し込んだが、確かに今より多くの人間の前でこの男を屈服させたほうが彼女の気分が晴れるのは確かだった。

「それに今は言えんが、お前にとっても俺の提案は利になるはずだ」

「……いいだろう。その言葉。今は信じてやる。だが、一つ覚えておけ」

 ラウラの手が、一夏を指さす。眼帯をしていない隻眼が、一夏を貫く。

「この怒りが、例え誰にも理解されず、許されないものであろうとも、私はお前を許さない」

 そう言って、ラウラは静かにその場を離れていく。一夏はそれを見ながら一人思う。

 

 その怒りは、間違ってなんかいない。



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三十話「彼か、彼女か。女か、男か」

 

 

 

 ラウラが去り、何となく間が悪くなった一夏とシャルルはセシリアや鈴音に先駆けて練習を切り上げ、更衣室に戻る。相変わらずISスーツ用インナーを着こみ、肌を見せないシャルルであるが、一夏の隣で着替える事には何の異論も嫌悪感も持たない。怪しまれないようにするための対策としては大胆すぎる気もする。シャルはタオルで顔を吹きながらスポーツドリンクを手に取る。

「今日はさすがに汗かいたし、シャワー入らないと。正直めんどくさいんだけどね」

「そう言うな。俺はそろそろ湯船が恋しくなってきた所なんだから」

「ああ、日本人は毎日バスタブにお湯を張って浸かるんだって? すごい贅沢な湯浴みだよね」

「あんまり実感はないが、贅沢なんだよなあ。だがたまには肩まで湯船に浸かるというのも、いいもんだぞ。山田先生の話じゃ、寮の大浴場が俺達向けにも開放されるかもしれないらしい」

「え! 女子生徒と一緒に入れるのかい!? それは大歓迎だよ!」

「んなわけねーだろ! 俺とお前だけだよ!」

 ベシッと一夏はシャルルの頭を叩く。数日間一緒にいてわかってきたが、このシャルル。かなりの女好きのキライがある。つい昨日もここで一番怖いのは何よりハニートラップだと笑っていた。とてもではないが、女が出来る発言ではない。それに、シャルルといえどもシャワーと同じく風呂となれば全裸となるはずだ。他人と一緒に入ることを拒絶しないというのはつまり、やはり本当に男なのだろうか。

 

「織斑君とデュノア君、いますかー?」

 噂をすればなんとやら、ドアの向こうから聞こえてきたのは山田先生の声だった。

「はい。両方います」

「着替えも済んでますのでどうぞ」

「あ、では入りますー」

 そう言って山田先生は入ると、すぐに顔を真赤にして目を覆う。

「なっ! せ、先生をからかわないでください! 着替えてないじゃないですか!」

「?」「?」

 一夏とシャルルははて、とお互いを見る。そして気づく。着替えたのはズボンだけで、シャルは黒のインナーのみ。一夏に至っては上半身裸だった。男同士ならこれで全く問題ないが、女性相手では話は別だ。一夏とシャルルはすぐにシャツと上の制服を着る。

「すいません山田教諭。もう大丈夫です」

「お、驚かせないでくださいよぉ……」

 山田先生が若干涙目になりながらこちらを見る。そこまでダメだったか。同じ女性でも、鈴音なんかは余り気にしない性質の人間なので一夏もつい無防備になってしまった。

「すみません。それで、ご用件は? マダム」

 シャルルが山田先生の手を取って丁寧に尋ねる。シャルルは山田先生をよく口説く。千冬姉は口説かない辺りに、誰に甘い言葉をかければ効果的かがよく分かっている。

 

「……あ、そうでした。ええっとですね。今月末、ちょうど学年末トーナメントが終わる頃から、男子にも大浴場が解禁される事になりました。時間帯を分けるとかいろいろと話があったのですが、結局日で分ける事になったそうです」

「へえ。ちょうどさっきその話をしていた所ですよ。久しぶりの風呂はもう少し我慢か。とはいえ助かります」

「いえいえ。仕事ですから」

「それでは仕事の労いとして、是非とも大浴場の解禁にはマダムと湯浴みを共に……」

「はいはい。シャルは部屋に帰ってさっさシャワー入ろうな。山田先生。わざわざありがとうございました」

 山田先生に言い寄るシャルルの首根っこを掴んで一夏は引きずって寮へと戻っていく。シャルルは一夏の手を掴んで隣に並ぶ。

「酷いなあ、一夏は。健全な労いの言葉を中断させるなんて」

「あのセリフのどこに健全要素があったのか逆に聞きたい。ていうか教師を口説くな」

「僕だって節操なく口説いてる訳じゃないよ。彼女のような包容力のある女性が好みなだけだ」

「包容力……」

 まあ、あの胸の事を言ってるのだろう。山田先生の胸は男には抗いがたい魅力があるのは一夏も大いに認める。

「実際、一夏だって魅力を感じないわけでは無いだろう?」

「無いと言えばそりゃ嘘になるが……って、俺にそういうことを言わせるな」

 

 シャルルを小突くが、シャルルは気にせず部屋の鍵を開けてシャワー室へと向かう。

「悪いけど、今日は先に失礼するよ」

「おいおい。こういう時だけ先かよ」

「たまにはいいでしょ。たまには」

 そのままシャワー室へと入るシャルル。一夏はやれやれと首を振って、自分のベッドに腰掛ける。悪友が一人増えたような気分だ。しかしそれは不愉快ではない。むしろ心地よい感じであった。少なくとも、精神的な面においてシャルルが男であるのは、疑いようのない事実だ。未だに身体の肉付きや手の肌触り、ほのかに香る香水の選び方に女性らしさは感じるが、それを補って余りある男ぶりである。

「後は裏付けか……こればっかりは専門家待ちだな」

 IS技研の方には転校初日に既に情報の裏付けと真相の調査を頼んでいる。少なくとも、フランス政府はシャルル・デュノアの存在を認めている以上、もしもシャルルが女であるならばその根は深い。とはいえ、今日中に一次報告があるはずだ。一夏が携帯端末を操作していると、秘匿回線からの通話が鳴る。すぐに一夏は出た。

 

「……こちらサマーズワン」

「八張だ。通話は大丈夫か?」

 電話の相手は八張長官であった。一夏はシャワー室の方を見る。今はシャワーの音が流れている。が、一夏はベランダに出た。

「現状でも大丈夫だけど、念のためベランダに出ます。それで、調査の結果は?」

 

「ああ。単刀直入に言おう。落ち着いて聞け。サマーズワン。これは確実な情報だ。シャルル・デュノアの出生時の写真を入手し、確認した……その子は間違いなく、男だ」

 

「……」 

 一夏はその言葉を、ゆっくりとまず頭に受け入れ、驚きの声を噛み締めて飲み込む。今までの事から、予想できる事態だ。

「……なら、あいつは正真正銘、世界初のISに乗れる男だっていうのか」

「そういう事になる。シャルル・デュノア。デュノア社社長の息子として確かに存在している。また、その時の出生写真からも男と判断するに難くない証拠がある。一応、写真も添付して送ろうか?」

「いや、そっちで確認してるなら構わない……で、それってどうなんだ? ありえるのか?」

「それが問題だ。まるで理由がわからん。データを調べたが、彼のISにはコアに手は入ってない。つまりノーマルのISだ。一応、篠ノ之束にもこの件は報告したが、おそらく彼女にもまだ未見の領分だ。フランス政府とデュノア社はとんでもない秘蔵の切り札をきって来た……ただ、一つだけ。この件に引っかかる事がある」

「引っかかる事?」

「実は、デュノア社社長には、愛人の子がいる。こっちは娘なのだ。名前はシャルロット・デュノアとある。一応認知はしていたらしい」

「……替え玉の可能性がある?」

「彼女の現在を追ってみたんだが既に死んでいる。二年前、自動車事故による事故死だそうだ」

「なら、特に問題でもなさそうだが……」

 

「いや。ここからが難しい問題だ。件のシャルル・デュノアも、その同じ日。同じ場所で自動車事故に遭遇しているのだ。こちらの詳しい記述が見つからないが、事故三日後に退院している」

 

「……!? 偶然。ではなさそうだな」

「そうだ。もしも替え玉だとするならば、この時点でとなる。少なくとも、書類上では間違いなくシャルル・デュノアだ。だが、シャルロット・デュノアが入れ替わり、名乗っている可能性も零ではない。サマーズワン。実際にシャルル・デュノアを見ての判断は?」

「見た目に女らしさがあるが、性格や中身は完全に男だ。少なくとも付け焼刃ではない。だが、実際にシャルル・デュノアが男である確証はない。それはさすがに気が引ける」

「とはいえ、こちらが出せる情報はここまでだ……まさか、ここまで男か女かが判断できないものとは思いもしかなかった。こうなれば、多少の無礼は承知でも実際に確かめるしかあるまい」

「それしかない、か……ありがとうございます。後はこちらで最後の裏付けを」

「うむ……ところで、学年末トーナメントには予定通り私も出席する予定だ。IS技研代表として、恥のない功績を期待しているぞ」

「それに関しても重々承知です。それじゃあ通信切ります」

「ああ。健闘を祈る」

 それで通話が切れる。デュノア社社長と愛人との娘。シャルロット・デュノア。彼女が今回の件を見極める重要案件となりそうだ。直接聞いてみるか? いや、それはさすがに怪しまれるだろう。それならばいっそ、直接男かどうかを確かめたほうが……

 

 すると、再び携帯端末が震える。果てと画面を見ると秘匿通信であった。何か言い忘れか? 一夏が通話ボタンを押す。

「こちらサマーズ……」

「いっくん! 今通話出来るかい!」

「た、束さん?」

 聞こえてきたのは、篠ノ之束その人であった。彼女に携帯端末の番号は伝えてなかったはずだが、どこからか入手してきたらしい。

「今通話出来る? 一人? 例のシャルルって人間はその場にいない?」

「い、今はいません。何か?」

 通話の先には雑多な音がごった返している。何か書類を探しているのだろうか。ガサガサという音と共に、束の声が聞こえる。

「例のISに乗れる男。シャルル・デュノアだっけ? 技研から回ってきたから、暇つぶしついでに調べたんだけど……ちょっと洒落にならない事が分かったから火球のように電話したんだよ。いっくんはどこまで知ってる?」

「どこまで……シャルル・デュノアは間違いなく男であること、愛人の娘にシャルロット・デュノアってのがいたこと。二年前にその二人が同じ日。同じ場所で自動車追突事故に合った事。までです。で、ここで替え玉になったかどうかが分岐点で……」

「その前提がまず間違っていたんだよ! さすがの私もこれはビックリちょんまげだよ!」

「? どういうことです」

 訝しがる一夏に、束は衝撃的な言葉を発す。

 

 

「デュノア社のデータをクラックして見つけたんだ! 二人共その事故で死んでる! 今君の前にいるのは、シャルルでもシャルロットでもない!」

 

 

 

 



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三十一話「ルームメイトはブロンド……」

 

 どちらでもない。その束の言葉は、一夏の今までの考え全てを否定するに難くない事実だった。

「い、一体どういう……」

「事故の内容は車の正面衝突。事故の犠牲者は四名。運転手二人と、その同乗者。それぞれにシャルル・デュノアとシャルロット・デュノアが乗っていた。病院での死亡記録も見つけて確認してる。でも公表されている方には、シャルル・デュノアのみが退院した事になってる。カルテが二枚あるんだ。ご丁寧な事に、これを担当した医師と看護師は全員、デュノア社の関係者だ。真相を知るのはおそらく、デュノア社だけだ」

「じゃあ、今いるシャルル・デュノアは?」

「見当もつかないね。そもそもデュノア社の意図が読めないよ。同盟に入ってないから私も無視していたし……実はこれが分かってから、デュノア社から直接引き出したほうが早そうだから、ちょっと私の駒を送ったんだけど、スクラップにされて着払いで届けられたよ。国連どころか、同盟の人間にも伝えてない私の百八ある隠れ家にだよ? 相手はおそらく特異点。所謂私と同種の人間だ」

  

 特異点。束はある人間を指してそういう時がある。束にとって一個人に継続的な関心を持たせるのは極めて限られれる。例えば千冬、一夏、箒がそうである。束の両親もギリギリそれなのだろう。それ以外の人間には束はほとんど関心を持たない。同盟や技研に対しても、組織の単位で認識しているだけで、その中の一個人を認識する事等ほとんどない。

 その束が同種の人間と呼び、個人として意識する。それはつまり、自分と同じ深淵を覗き得る精神と、個人で世界を替える力を持つ超人、特異点のみ。一夏の知る限り、束がかつてそう発言したのはかの米国が生んだ「クィーンオブイモータル」「人類の天敵」「堕眼の魔女」の異名を取るナターシャ・ファイルスと、イタリアの国家代表で神罰代行者。核を超えた抑止力とも呼ばれるシスター・セレナの二人のみだ。IS操縦者として千冬に比肩する実力を持ち、文字通り「IS単騎によって一国家を殲滅」しうる彼女達を、デュノア社社長は同格とするのだ。その異常性が分かる。

 

「とにかく、情報は伝えたよ。私はこれから今の隠れ家を全て放棄して、新しい隠れ家に引越しする作業が残ってるからそっちに戻るね。いっくんならこの程度の難関はちゃちゃっと解決すると思ってるからコレ以上何もしないんで。そんじゃね」

 ブツリと、それで電話が切れる。一夏は立ち尽くす。どうしろと言うのだろう。いや、どうするかは既に決まったはずだ。文字通り、雌雄を決するのだ。直接その眼を見開き確かめるしかない。一夏がそう考えて携帯端末をポケットにしまい、振り返ってベランダを出ようとする。

 

 その目の前に、シャルル・デュノアが立っていた。その格好はバスタオルを全身に纏っているだけ。

「シャル? いつのまに出たんだ?」

 一夏は爆発しそうになった心臓を抑え、極めて平静に努めた声を出す。

「ついさっきだよ。一夏こそ、さっきまで電話? 誰と?」

「技研の人だよ。今度ある学年末トーナメントに来てくれるからさ。その話を」

「ふうん。そうなんだ」

 嘘はついてない。しかし、いつのまに? 一夏は確かに動揺していたが、意識はシャワールームの方に向けていた。知らない間に後ろに立たれるのは正直良い気分ではない。もしも話を聞かれていたら、まずいことになる……否。もはやそれでも関係の話だ。もはや、直接聞く以外に確かめる策はない。今一夏がシャルルのバスタオル一枚の身体を見る限り、女に近いが断定するには情報不足。そう判断した。一夏を意を決して話しかけようとする。

 

「なあ、シャル」

「ねえ、一夏……私の裸、見たい?」

「!?」

 

 あまりの爆弾発言に一夏は言いかけた言葉を飲み込む。大胆にも程がある! というより、

「……私?」

 シャルの一人称は僕のはずだ。何故、ここで私? まさか

「さっきからジロジロ見て、恥ずかしいよ。でもそんなに見たいなら、見せてあげる」 

 シャルルは少しずつバスタオルをはだけさせる。ここまで来れば、一夏は元より目を背けるつもりはなかった。シャルがバスタオルをスルリと滑らせて、バサリと落ちる。そこに見えたのは……いつものインナー姿だった。真剣そのもので見てた一夏の目が点になる。シャルは笑う。

 

「はははっ! 一夏、そんなに真剣に見なくてもいいじゃない? そこまで見られるとは思わなかったよ」

「なっ、あ……いや。すまんかった」

「僕もちょっと意地悪が過ぎたかな。ま、気にしないでシャワー浴びてきたら?」

 シャルが背を向ける。が、一夏はそれを止めるかのように腕を掴む。

「何? 一夏? まだ何かある?」

「……シャル。お前は、どっちなんだ」

 あえて、どちらかと一夏は尋ねた。シャルルは一夏を笑って見て、その真剣な表情に笑みを消す。

 

「一夏。実は世の中は、知らない方が得な事が多いって知ってる?」

「ああ。知ってるよ。よく知ってる。だが俺は、『双眸見開き世界を見る』っていう座右の銘があってな」

「深淵を覗き続ければ、戻ってこれなくなるよ」

「もう戻れない」

 一夏の言葉に、シャルルは首を振り、応える。

 

「僕はどちらでもない」

「なら、誰だ。シャルル・デュノアでも、シャルコット・デュノアでもないお前は、何者だ」

「そして、そのどちらでもある」

「……え?」

 

 どちらでもある? どちらでもない事は分かっていたが、どちらでもあるというのはどういう意味だ?

「ねえ。一夏。これはすごく曖昧な話になるけどさ。ISが決める『女』の基準ってどこにあるんだろうね?」

「は?」

「染色体? 遺伝子? でもそれなら、心が男でも女の身体を持ってる人間はいるよね? その人がISに乗ってるなんて話は聞かないよね? 普通なら試されて、実証されるべき問題のはずだよ。それとも、心が基準なのかな? 一夏は、身体が男性で、心が女性のIS搭乗者の話を聞いたことがある? ないよね。ないはずだよ。この問題は、ISにおいてタブー視されてる問題なんだ。男と女の基準なんて、そこまで確実なものじゃないのに、人は安易な判断でISに乗れるから女と決めてるんだよ」

「な、何を言いたいんだ」

 今日の一夏は明らかになる真相に怯えっぱなしだ。言わんとする事は既に見えている。だが、脳がその事実に追いつかない。

「僕の事を知るにおいて前提条件だよ。じゃあ本題に入ろうか。一夏はさ、あしゅら男爵っていうキャラクターを知っているかい? この国の古いアニメのキャラクターなんだけど、男女が左右で合体しているんだ。もしもそれが実在したら、果たしてISに乗れるのかな? まあ左右じゃちょっと無理があるよね。じゃあ、男と女の死体があって、その死体から一つの肉体を生み出して、その肉体に精神が生まれたら、その人間はISに乗れるのかな? そもそも、その人間は、男なのかな? 女なのかな?」

 

 シャルは言って、一夏の眼を覗きこむ。その眼の底が、一夏には深淵に見えた。これ以上踏み込めば、引きずり込まれる。今、目の前にいるのは果たして男か女か。そのような問題が軽く見えるほどの、倫理を超えた何かが、そこにある。

「一夏。ここまで聞いて、君は僕が誰か知りたいかい? 私が誰か知りたいの? このインナーの中を見たいと思える?」

 怖かった。背を向けて、曖昧にして、蓋をしてしまいたいと思った。今からなら、それが間に合うはずだ。シャルもそれを是とするだろう。しかし、一夏は

「ああ、見たい」

 真っ直ぐと、シャルを見返した。

「それは公式世界唯一の男IS操縦者としてかい? 組織に属する人間としてかい? 真実を知る探求者としてかい? 男としてかい? 人間としてかい?」

「その全てで、もう一つある」

「それは?」

「友人として。じゃ、ダメか?」

「!」

 

 そこで初めて、シャルが驚いた顔を作る。そしてすぐ微笑む。その顔は、紛れもなく少女の笑顔だった。

「さすがにちょっと、臭いかな」

「自覚はあるが、嘘じゃないぞ」

「ううん。その言葉、ちょっと嬉しかったよ。一夏が女の子だったら、多分押し倒してた」

 そこらへんの思考は、やはり男だった。この状況でそれが冗談だとも思えない。まさか、実は本当に男でも女でもない性別「シャル」というものなのだろうか?

「僕にここまで踏み込んできたのは一夏が初めてだよ。ある意味デリカシーが無いと言えるけど……それが君のポリシーなら、僕はそれを否定しない。だから、僕は君に本当の事を喋ろうと思う。僕をどうするかは、それを全て聞いてから判断してほしいな」

 シャルは掴まれた腕をほどき、インナー姿のまま自分のベッドに腰掛ける。一夏もまた、己のベッドに腰掛けて向かい合った。それから少しの沈黙があって、シャルは話しだす。

 

 

「僕はシャルロット・デュノアだよ」




ストックがまだ溜まりきっていませんが、前回の引きで更新が遅くなる由々しき事態ですので更新。次でシャル関連の話は一応一区切りです。

そして更新遅れの理由もとい、宣伝ですが読者の皆様は「パシフィック・リム」ご覧になりましたでしょうか。ロボット好き怪獣好きなら一度は見るべき娯楽大作となっております。自分は見ました。大満足でした。おすすめの一作でございます。

次回はパシフィック・リム×ISオーバークロス二次創作番外編です(大嘘



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三十二話「シャル・シャルル・シャルロット・デュノア」

 

 シャルロット・デュノア。つまり、

「じゃあ、お前はやはり女なのか」

「少なくとも、心の性別は女さ。生まれた時からね」

「肉体は……」

「大丈夫。つぎはぎじゃないよ。さっきの話は単なる脅しさ。でも、無関係じゃあない。いろいろと事情はある。ちょっと長い話になるけどね。さて、一夏はどこまで僕を調べたの?」

 一夏は自分の知っている情報全てを喋る。それを聞いてシャルは感嘆した。

「どっちかって聞く時点でもしやとは思ってたけど、かなり深い所まで突いてきてるね。デュノア社のスキャンダルを狙う人間は少なくないけど、シャルル・デュノアの二枚のカルテまで辿りつけた人間はそういない。でも逆に、説明がしやすい。僕がこれから喋る事は、僕とデュノア社長……父しか知らない領域のみでいいんだから」

 

 どことなくアンニュイな笑顔を作って、シャルルは話し始める。

「……僕とシャルル・デュノアは、本来決して重なる事のない二人だった。当たり前だよね。一人はデュノア家の正統な血統を継ぐ息子。対して僕は愛人の子。僕は決して、日の舞台に出る事はないはずだった。でもISがそれを変えた。僕が女である事と、デュノア社がISの開発をする事になったから。二年前、母が死んでから機を見計らったかのようにデュノア社の人間が来てね。僕にテストパイロットをやらないかって話になった。僕は喜んで行く事を決めた。」

「喜んで……?」

 そこは、嫌々ではないのか。シャルは暗い顔になる。

「母は、僕にとって大切で掛け替えの無い人だ。それは間違いない。母としても、優しい人だった。でもそれが、人としての、女としての良さを証左する事にはならない……母は束縛家で、野心家だった。僕という手札で、デュノア社から金をせびとり、それで豪華な暮らしをしていた。父と愛人になったのも、自分が成り上がるための策略だった。母は僕が逃げないよう首輪を付けて飼い慣らしていた」

「!」

「その生活が終わるなら、デュノア社という魔窟も悪くないものだと思えてね。運良く僕にはIS適正という才能があったし、母違いの兄にも興味があった……そして、例の事故が起きた。僕がデュノア社に向かう途中の自動車事故。追突した相手は、シャルル・デュノアの乗った車だった」

「それなんだが、偶然にしては出来過ぎだ。陰謀じゃないのか」

 一夏の疑問にシャルは当然のように頷く。

 

「うん。多分陰謀だよ。だって、事故の原因は両者の車が同時に、突然、制御不可能になったんだから。でも誰の仕業かは分からなかったし、そもそもその時シャルル・デュノアがどういう理由で出かけたのかも実は不明なんだ。誰にも伝えずに黙って出かけて、僕の乗る車と事故を起こした。父も随分と調べたらしいけど、結局原因は分からず仕舞いだった。そしてその事故で、追突した車二台の搭乗者全員が死んだ。死んだんだ。シャルル・デュノアも。シャルロット・デュノアも」

「待て。じゃあやっぱり、お前は誰なんだ」

「まあそう焦らない焦らない。ここでさっきの喩え話が来るのさ。一夏。デュノア社はね。ISとは別に、ある研究をしていたんだ。一夏なら知ってるんじゃないかな『IS用義体』の存在は」

「IS用義体……? 話は聞いたことがあるな。確か身体の大部分を機械化する事で、ISの認証を通して誰でもISに乗れるようにする技術。男がISに乗るよりは、無人機を作るほうがまだ可能だっていう結論から発展して考えられたサイボーグの一種だな。とはいえそもそも技術や人道的問題。なにより義体化に成功してもISに乗れるかどうかは結局適正次第なんていう前提から不安定なものだから大々的に研究されてるようなものじゃない。だけど、義肢技術の発展にも繋がるから、一部の企業が研究しているとは聞いている」

 

 

「すごいじゃん一夏。模範的回答だよ。で、そのデュノア社が完成させた義体の試験体一号が僕だよ」

 

「……へ?」

 

 

「僕は事故で死を免れない大怪我を負った。でも、シャルル・デュノアは即死だったけど、僕は病院に運ばれた時まだかろうじて脳は生きてたんだ。そこで義体化手術を受けて、成功した。その結果いるのが僕だよ。シャルロット・デュノアは一度死に、義体を得て蘇ったのさ。そして、シャルル・デュノアを名乗る事になった。理由は分かるよね。父からすれば、自分の後継者は本妻の子か愛人の子かなんてどっちでも良かったんだよ。当然、息子のシャルル・デュノアの事を悼んでいたし、目の前で結果が逆だったらなんて言われたこともあった。本妻の人にも一度殴られたけど……それでも、父は僕に息子に成り代われと言ったんだ。周りにもそれを認めさせた。そして僕はそれから二年間。男になるための、シャルルになるための特訓を受けた。この義体は一応女型だけど、それでも女としての明確な特徴は何も無いからね。僕のこの男としての性格は、君を意識した付け焼刃じゃないってことさ。それから、君の話を聞いた父が、僕に社会勉強ついでにデータを取ってこいってことでね。同じ男同士なら接触機会も多いだろうからって事で送り込まれたんだよ」

 

 シャルの話は、一夏の疑問を解決した。つまり、改造されていたのはISではなく、乗り手の方だったという事。義体の技術はまだ発展途上のはずだが、デュノア社が極秘に開発に成功したというのはそこまで不思議な話ではない。ISの開発成功以降、世界の技術は日進月歩だ。ビット兵器やレーザー兵器等の純粋な兵器もさる事ながら、中国でIS用に開発された新素材。龍光合金や義体開発に伴う義肢の発展など、民間でもその技術の進歩は留まることを知らない。生体皮膚を利用し、人間と大差ない義体ができていても不思議ではないのだ。

 同時に、何故シャルが男ではないとバレないのかも分かった。世間にとっては「男のIS操縦者」以上に「ISを操れる義体技術の完成」の方が遥かに問題が大きいのだ。ISのコアはまだ未解析部分も多いので、男の搭乗者が出ても「極めて一部の男だけが原因不明の理由で特例的に乗れる」といえるが、義体技術は「その技術を用い、適正があれば男でもISに乗れる」のだ。一般に公表されれば、少なくとも軍事面での男女格差はひっくり返りかねない。仮にも根源的には女であるシャルをデュノア社が強気に男して繰り出せたのはこの強みがあるからだ。もしもシャルが男でないという事が分かっても、義体というより危険な真実が発覚する事は少なくとも現時点では誰も得をしない。だから男で黙認される。

 

「最も、まだ僕の義体技術が『男でもISに乗れるようになる義体』という確証はないよ。僕自身が女だからね。男が義体を使用してISを起動させた例は現状無い。本来は、シャルル・デュノアがその第一実験者になる予定だったみたいけどね」

 シャルは言いながら、右手首辺りをひねってみせる。すると、そこから小さな銃口が展開され、ワイヤーが射出された。転校初日に使ったアレだろう。袖に仕込んでいたものと思っていたが、まさか内蔵式だったとは。

「これはこれで便利な身体だよ。僕は気に入ってる。義体といっても、僕は生身部分もまだそこそこあるからね。食事をして、美味しいと感じる事も出来る。幸せな話だよ」

「……俺には、それが理解できない。それで納得できるものなのか……?」

 愛人の子として産まれ。母に束縛された日々。母違いの兄との事故。そして、機械の身体。男としての生活。彼女の人生は悲惨そのものだ。しかしシャルは微笑むと、その右手で一夏の頬を撫でる。

「一夏。この手が冷たく感じるかい? 何の感情もない、機械の手に感じるかい?」

「……いや。まるで生身だ。暖かさも、柔らかさも」

「うん。僕も、一夏の肌の暖かさが分かる。その感触も分かる……一夏。僕はね、昔からいろんな人に可哀想だと嘆かれてきたよ。それこそ、子供の頃から。確かに僕もそう思った事が無かった訳じゃないし、もしも他人で僕と同じ身の上の人がいたら、僕は間違いなくその人の事を不幸だと思える。でもね、それと僕自身が今不幸である事を結びつける根拠にはならないんだ。僕は、今こうしてここにいる事をとても楽しく思っている。僕の不幸な身の上は、この幸せを打ち消しはしない」

 シャルは眼を閉じ、過去を思い返すように喋る。

「打算と野心のために僕を産んだ母さんも、僕の事を息子の代替品。戦略上のコマとして見てない父も、どんな形であれ僕の両親だ。僕をこの世に産み落としてくれた人たちだ。それを否定する事は絶対に出来ない……僕は、不幸や悲惨な過去という十字架を一生背負って生きるなんて嫌なんだ。一夏は確か、両親がいないんだよね。資料で見たよ。一夏は両親の事をどう思ってる? 捨てられたって恨んでる? それとも……」

 

 それは一夏の始まりにもなる事柄だった。記憶にない両親。それは、双眸見開き世界を見るという決意のきっかけだった。自分の両親が、どんな人なのか知りたいという、子として当たり前の好奇心。それが、一夏に戦いの道を選ばせた。一夏は重く言葉を紡ぐ。

「お前と一緒かもしれない。恨んでいた時期も、無い訳じゃなかった。なんで自分と千冬姉を見捨てたんだっていう怒りが、確かにあった。でも、それ以上に俺は何でそうなったのかを知りたかった。何で両親がいないのかを知りたかった。その知りたいという気持ちが、俺を前に進ませてくれた。シャルの言うとおりだ。例え親がどんな人であろうとも、今自分がここで立って、こうやって生きているのは親のおかげなんだ。嫌えても、恨めても、否定だけは出来ない」

 否定してしまえば、それは自分自身を否定するのと同じだ。親が子供に何をしていい訳じゃない。子供にだって、生き方を選ぶ権利はある。当然だ。でも……

 

 子供だけでは、明日を生きる事すら出来ない。子供だけでは、生き方を選ぶ事すら出来ない。そのための道を作ってくれるのは間違い無く親なのだ。

 

 シャルは笑顔で、頬に当てた手を目の前に向ける。一夏はその手を迷いなく握る。

「分かってくれてありがとう。一夏」

「当たり前だ……友達だろ? シャル」

「そうだね。僕達は、友達だ。異性の友であり、同性の友だ」

 一夏のシャルに対する疑惑は、完全に晴れた。一夏はシャルを心から信頼出来るだろう。シャルは、シャルルではないし、シャルロットでもないのかもしれない。だが、シャルルを名乗り、シャルロットでも確かにある。だからこそ、シャルは両者であり、両者でない事を示すために「シャル」を名乗るのだろう。

 

「ところで一夏。僕が女性好きなのは、フリとか演技とかじゃなくて本当に女性もイケる口だから、誤解しないでね」

「……ここまで来て、それはちょっと聞きたくなかったなあ」

 このシャル。例え機械の身体じゃなくても、相当なくせ者である。

 




シャルの謎編終わりです。目に見えてバレそうな男のフリをどうやって続けるか。という事に対しての自分の解釈が「それ以上の機密を抱え込んでいる」という解決の仕方となりました。

ただ、この一連の話での原作との一番違う点。そして自分が個人的にやりたかったのは、シャル自身が前向きに自分の生き方を楽しんでる。という点です。原作でのシャルの設定は他のキャラもまあそうなんですが、かなり重い設定です。ですが、こっちでは、設定は重くても本人には身軽であってほしい。という考えでこういう話になりました。ある意味で、シャルロットじゃない「シャル」というオリキャラで見てもらっても構わないと思います。


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