女子だけあべこべ幻想郷 (アシスト)
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第1章 紅魔館騒動
気が付けば空


 

 

 

何が起こったのか、俺には全く理解できていなかった。ので、とりあえず状況確認をしてみようと思う。

 

 

身体は動くし痛みはない。おそらくは五体満足。だが、この違和感はなんだろう。まるでジェットコースターにでも乗っているかの様な浮遊感を身体に感じる。

 

次に周りを観察する。上を向くと、なんの変哲もない青い空と白い雲が見える。太陽も昇ってるから、今は朝か昼の時間帯だろう。逆に下を向けば、緑の木々が所狭しと立ち並んでるのがわかる。一般的に言う森というやつに違いない。

 

 

 

……おかしい。オレはさっきまで、ホントについさっきまで、自分の部屋でひたすらゲームをしていたはず。もっと言えばポケ〇ンをプレイしていた。6Vが出るまでひたすら孵化厳選に勤しんでいたはずだ。

 

その日は日曜日で大学の講義がなかったことを良い事に、朝から晩まで3DSと向き合っていた。長きに渡る苦労の末、オレはついに念願の6Vの孵化に成功したのだ。

 

 

 

そう、成功したはずなのだ。

 

なのに、どういうことだコレは。さっきまで味わっていた気持ちの良い達成感は、気持ちの悪い浮遊感に早変わり。

 

もしかして夢か? ほぼ一日中ゲームをしていた疲れと、6V孵化成功の達成感が相まって寝落ちてしまったのか?

 

 

その可能性は十分ある。というかそれしかないだろう。今は深夜の筈なのに太陽が出てるし、何より、さっきまで現在進行形でゲームをしていた俺は今、空から地面に向かって真っ逆さまに落ちているのだ。

 

夢以外あり得ない。夢じゃなかったら死ぬ。

 

落ちる前にほっぺをつねって起きようか。……いや、どうせ地面に落ちた衝撃で目が覚めるか。ならこのままでもいいだろ。

 

 

 

…………ホントに夢だよな? 妙に浮遊感が妙にリアルなんだけど。

 

 

 

段々と不安が募っていくオレこと牧野真一(まきのしんいち)は、地面に墜落するまでこの状況が夢であることをただただ神に祈り続けるのであった―――――――――――。

 

 

 

 

*――――――――――――――――――――*

 

 

 

緑のチャイナ服、龍の文字が書かれた帽子、綺麗な赤の長髪。大きな鼻ちょうちん。

 

 

「…………クカー………スピー…………」

 

 

春の程よいポカポカとした暖かさに手も足も出ず、立ったまま寝るといった器用な行為をしている彼女”紅美鈴”は、吸血鬼の住む真っ赤な館、紅魔館の門番である。

 

基本的、紅魔館への来客は少ない。白黒の魔法使いは図書館目当てでよく来るが、彼女の場合は門からではなく空から突撃してくることがほとんど。館の主である吸血鬼が客を呼び込まない限り、美鈴の仕事は紅魔館門前の見張りぐらいしかない。ぶっちゃけ暇なのだ。

 

だからと言って、仕事中に寝ていいわけでもない。万が一、メイド長に寝ているところを見つかったら、大量のナイフが身体から生えることになるだろう。

 

 

ドカァァァ―――――――ン!

 

 

「ぅえやああ!?わわわ私寝てませんよ咲夜さん!?だからナイフはやめ…………って、あれ?」

 

 

突然の爆発音と地響き。身の危険を感じた彼女は飛び起き、誰もいないのに土下座をする。

 

 

「なんだろうあれ……」

 

 

メイド長がいないことにホッとする最中、彼女は気になるものを見つけた。ここからそう遠くない森の中から、煙が上がっているのだ。

 

何かが燃えているのか?はたまた弾幕ごっこでもやっているのか?彼女はそう考えた。

 

 

「(でもこの近辺で炎を操る妖精や妖怪はいませんし……かといって、ただの弾幕ごっこであそこまで煙が上がるとは思えませんし……)」

 

 

この近くに住む妖精や妖怪で一番強いのは、おそらくあの氷精だろう。しかし彼女は文字通り氷を操る妖精。彼女の弾幕で爆発が起こるとは思えない。

 

相手が紅白の巫女のような圧倒的強者ならば話は別だろうが、“気を使う程度の能力”を持つ美鈴でも、彼女たちの持つ強い“気”を近くに感じることはできなかった。

 

代わりに感じ取れたのは、非常に弱弱しく、今にも消えてしまいそうなほど小さい“気”だった。

 

 

「(……確認しに行くぐらいいいですよね)」

 

 

もし“気”の正体が、紅魔館に仇なすものだったなら、その場で()してすぐに戻ってこればいい。それぐらいなら咲夜さんも許してくれるだろう……たぶん。

 

そう判断した美鈴は、ダッシュで“気”の感じる方向へ向かった。

 

 

「(それにしてもこの“気”……違和感を感じますね……)」

 

 

彼女曰く、生きている者は絶対に、その者特有の“気”を纏っている。しかし、人なら人の“気”、妖怪なら妖怪の“気”と、種族で“気”の感覚は似通っているため、“気”だけでそのものが人か妖怪かを判断することはできる。

 

違和感こそ感じるものの、今回の“気”の感覚からして、相手は人間であることが美鈴にはわかった。

 

 

結局、違和感の正体は分からないまま、彼女は煙が上がっている場所へと到着した。その場所は“ある一点”を除いては、何の変哲もない、ただの森の1エリアだった。

 

「クレーター?」

 

その場所には、何か重いものが空から墜落した時に生成されたような小型のクレーターがあった。煙の正体はクレーターの中心から発生していた砂埃だったのだ。

 

だんだんと砂埃が晴れていき、クレーターの中心が見えてくる。

 

 

「……?…………え!??」

 

 

彼女は目を疑った。何度も目をこすって、クレーター中心を確認する。そこにいたのは彼女の予想通り、倒れて気を失っている人間だった。

 

ただの人間であれば、彼女も驚くことはなかっただろう。しかし、その人間はただの人間ではなかった。

 

 

「お、おおおっ、おおおおおおお、男の人ぉおおおおおおおおおおおお!?」

 

 

叫び声が広い範囲に轟く。その叫びは紅魔館にも届いていた。

 

彼女が見つけたのは、この幻想郷では非常に希少種な存在。

 

“男”の人間だった。

 

 

 

*――――――――――――――――――――*

 

 

 

「さささ咲夜さん!どうしましょうこの人!?どうしましょうこの人!!?」

 

「落ち着きなさい美鈴。お嬢様とこの殿方が起きてしまうわ」

 

 

そう口にする紅魔館の完全で瀟洒なメイド長“十六夜咲夜”だが、彼女も内心はかなりひどい事になっていた。

 

美鈴が門番中、犬やらネコやらを拾ってきたことは何度かある。途方に暮れる女の外来人を紅魔館に招き入れたことも多くはないがある。が、男を拾ってきたことは初めてのことであり、先にも後にも今回だけだろうと咲夜は思った。

 

気絶こそしているものの、男に目立った外傷はなかったため、そのまま客室のベッドに寝かせた。彼女たちは今、その目の前にいる。

 

 

「とりあえず……そうね。ほ、ほっぺを、ツンツンしちゃおうかしら?」

 

「咲夜さん奥手!気絶している今なら何でもできるんですよ!チューだってできちゃいますよ!」

 

「ち、ちゅー!?で、できるわけないじゃない!」

 

 

咲夜は林檎みたいに顔を真っ赤にさせる。

 

紅魔館のメイドをしている彼女は、人里に買い物に行く機会が少なくない。少ないとはいえ、人里にも男はいる。話した経験こそないけれど、彼女は紅魔館の中ではそれなりに男への耐性がある方である。

 

彼女も女だ。男を見かければ自然と目で追ってしまうこともある。イケメンなら尚更だ。だからと言って美鈴のように、気絶している男にキスやそれ以上の行為をしたいと思うほど、彼女の性欲は強くない。あわよくば、健全なお付き合いをしたいと思うぐらいだ。

 

もちろんそれは彼女が人間だから、と言うこともある。妖怪であり、咲夜の何倍もの年月を生きている美鈴は、男に飢えて飢えて飢えまくっているのだ。

 

 

「そ、それに……私たちのような女にキスされたのがわかったら……」

 

 

真っ赤な顔から一変して、咲夜の表情はシュンと暗くなる。

 

一片のシミもない、白く汚い肌。神様が敢えて酷く創ったかのように整ったブサイクな顔。とてもではないがグラマーとは言い難いスラッとした酷いスタイル。

 

それが彼女たちの外見。彼のいた世界であれば全国に通用するような美少女だが、貞操概念と“女性に対しての美醜感覚”が逆転した幻想郷で言えば、彼女たちはドが10個ぐらいつくほどのブスなのだ。

 

 

「だからこそです!顔を見られるだけで絶望的な表情をされる私たちだからこそ、チューするチャンスは今しかないんですよ!いいんですか!?これの逃したら死ぬまで異性とチューなんてできませんよ!」

 

「か、顔の事に関しては諦めているけれど、性格までブサイクになったつもりはないわ!チャンスかもしれないけれど、殿方のことを考えるならほっぺをスリスリするぐらいまでが限界よ!」

 

「限界は超えるためにあるんです咲夜さん!言っておきますが私、彼をここまで背負ってきただけで興奮しちゃって、もう下半身がびっちゃびt」

 

 

 

「……ぅうん……やっぱ夢だったか………?」

 

 

 

 

美鈴がいろんな意味で品のない事を口走ったそのとき、彼、牧野真一は夢ではない夢からようやく目を覚ました。

 

 

 

 

 




別に美醜逆転させるの女子だけでもよくね?と思って書いた。後悔はしてない。


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ゲームの様な世界

咲夜さんにほっぺをすりすりされたいだけの人生だった……

ほとんど説明回なので美鈴が空気です。ごめんねめーりん。


 

 

真一は欠伸をしながらムクリと身体を起こし、ここかどこかを確認するように周りを見渡す。

 

彼の目に最初に映ったのは、真っ赤な壁だった。紅魔館なのだから内装もそれなりに紅いのは当然なのだが、そんなこと彼が知っているわけもなく“なんだこの寝起きの目に悪い赤色は”と言わんばかりに目を細める。

 

彼女たちと真一の目があったのは、その後であった。

 

 

彼の顔は決してブサイクではなかった。ブサイクかイケメンかの2択ならば、イケメンだろう。が彼をイケメンとして紹介するならば、おそらく首を傾げる人も多いに違いない。つまり、良くも悪くも普通の顔なのだ。

 

が、男の少ない幻想郷に住む彼女たちにとって、男がイケメンかブサイクなんて些細な問題だった。何故なら、自分たちがブサイクだからだ。「イケメンとならつきあいたい(2つの意味で)」とか「ブサイクとはつきあいたくない(2つのい(ry))」などと言える立場ではないことは、彼女たちも重々承知している。

 

つまり何が言いたいかというと、幻想郷ではイケメンのハードルが非常に低いということ。ブサイクでも彼女たちには普通の顔に見え、普通の顔であれば十分にイケメンに見えてしまう。マジのイケメンと会えたなら、彼女たちは涙を流して神に感謝するだろう。

 

 

そんな彼と目があった咲夜と美鈴。彼女たちには彼がかなりのイケメンに見えるため、目が合っただけで、彼女たちは赤面した。美鈴に至ってはもっと濡れた。

 

それと同時に、彼女たちは悲鳴を上げられることを覚悟した。彼からすれば、顔で空気を汚せるような絶世のブスが目の前に2人もいることになるからだ。いや、悲鳴だけで済めば良い方。悪ければ再び気絶してもなんらおかしくない。寧ろ気絶してくれた方が私たちにとっては都合がいいんじゃないかと考えてしまう。

 

 

彼が気絶する様子はない。それがわかったと同時に彼女たちは思った。“短い青春だった”と。

 

 

 

 

しかし、彼が悲鳴をあげることは一向になかった。

 

きょとんと目をパチクリさせ、彼女たちに向かって口を開く。

 

 

 

「………不法侵入者?」

 

 

 

*―――――――――――――――*

 

 

 

何が何だかさっぱりわからん。略してさぱらん。クソゲーでも楽しめるのがオレ。アニメは普通に面白いし。いや今はそんなことどうでもいい。

 

ゲームをしてたら突然空。空から落ちて目が覚めたと思ったら今度は目に悪い赤色をした部屋の中。横を向いたら頬を赤く染めたメイド服とチャイナ服を着た2人の美人と目があった。

 

初っ端からおかしいことしか起きてないが、この状況も大概おかしい。オレには恥ずかしそうにしながらコスプレ姿で朝起こしに来るような幼馴染はいない。不法侵入者という単語が口走ってしまったがよく見たら、いや、よく見なくてもここオレんちじゃねぇな。

 

そこから導かれる答えは一つ。

 

 

「…………夢か」

 

 

夢の中で夢でも見ていたに違いない。ならばオレがする事は一つ。2度寝だ。夢の中で2度寝ってどういうことだよって思うが、考えても無駄だ。だって夢だもん。

 

今何時かわからんけど、多少寝過ごしたっていいだろ。明日の講義は午後だけだし。

 

そう思って再び毛布にくるまる。

おやすみなさーい。

 

 

「いや寝ようとしないでください!」

 

 

はい、おはようございます。何故か無理やり起こされ、メイドさんにモフモフの毛布を剥ぎ取られた。夢なのに妙にリアルなモフモフ感だったなぁ。

 

と言うか何なんだこの人たちは。夢の中の住民なのにオレを起こそうってか。可愛いからって調子に乗りやがって。

 

 

「……なんなんですアンタたち。オレは眠いんです。寝かせろ」

 

「え、ええぇ……?この状況で……?」

 

 

メイドさん困惑。いちいち人の反応もリアルだなぁ。夢の中なんだから『お休みなさいませご主人様』って言ってくれてもいいだろうに。

 

 

 

 

………ん?ホントに夢かコレ?

 

 

「…………もしかして………夢じゃない?」

 

「……咲夜さん。この反応はおそらく」

 

「ええ。間違いなく外来人ね」

 

 

いやアンタたちの方がよっぽど外来人に見えるぞ。

 

メイドさんもチャイナさんも外国人っぽく見えるけど日本語上手いなぁ、とか思ってみる。やっぱり夢なんじゃねコレ。

 

だって考えてもみろ。これが夢じゃないとしたら、どういう状況だよ。誘拐? 身代金とか期待しても無駄だぞ。うちの両親はそこらへんのゲームのラスボスより鬼畜だからな。冒険に出始めたレベル1の勇者に直接勝負を仕掛けに行くような連中だから。

 

 

悩ましそうに頭をひねっていると、オレの姿を見かねたのかメイドさんが口を開いた。

 

 

「……これは夢ではありません。信じられないと思うのですが、私が今から説明することは全て、夢ではない現実です」

 

 

 

 

*―――――――――――――――*

 

 

 

十六夜咲夜は彼に全てを説明した。森で倒れていたところを美鈴が助けたこと。外来人の意味。幻想郷の事。この世界が真一のいた外の世界と隔てられた、忘れ去られた者たちが集う場所であること。真一が途中で質問してきたことも、丁寧にすべて説明した。

 

説明をしている間、彼女は不思議な感覚に陥っていた。

 

 

 

『彼は彼女の説明を、彼女の目を見て聞いていた』

 

 

 

人と会話するとき、相手の顔を見るのは至極当然のこと。それはこの幻想郷においても言えることだった。

 

しかし、咲夜の顔は幻想郷基準で言えば下の下の下の下の下のさらに下。最下層でこそないが、男女問わず見るのもをすべてを不快にさせる絶望的なブサイク加減なのだ。

 

 

―――男性とお話すると、こんなにも心があたたかくなるのね。

 

 

自分と目を合わせて話を聞いてくれる彼に、彼女はそんな気持ちを覚えたのだった。

 

 

「…………………」

 

 

咲夜の説明を聞き終え、黙り込む真一。それも無理はない。彼女が言ったことは、常人なら絶対に信じられないような、まさに幻想のような話だからだ。

 

幻想の中で生きる彼女たちと、現実で生きる彼とでは常識が違う。彼の持つ常識は幻想郷では通じないのだ。故に、理解に苦しむのも当然と言えば当然の事だった。

 

ちなみに、幻想郷の事を話したとはいえ“女子に関しての美醜感覚が逆転している”ことを咲夜は教えなかった。厳密には、教えることができなかった。何故なら彼女たちもまた、彼の世界の常識を知らないからだ。

 

 

「…………よし。大体わかった」

 

 

頭の整理がついたのか、5分ほど黙り込んていた真一がようやく口を開く。

 

 

「し、信じていただけましたか?」

 

「ああ。つまり“幻想郷”っていうゲームの世界に入ったと思えばいいんだろ。それならわかりやすい」

 

 

あながち間違ってはいない彼の考え。彼はベッドから立ち上がり続けて口を開く。

 

 

 

「元の世界に戻るために、この幻想郷を冒険する。それがこのゲームのクリア条件だ」

 

 



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何でも言ってくれ

思いの外、読者さんからの評価が高くて嬉しいです。

期待に応えられるよう頑張ります。本編どうぞ。


 

 

牧野真一は、大のゲーム好きである。

 

子供のころからゲームが好きで、一人でも遊ぶ時はもちろん、友達と遊ぶ時ときもいつもゲームをして遊んだ。親からは目が悪くなるからやめなさいと注意されてきたが、生まれてこのかた彼の視力が1.5を下回ったことはない。

 

中学、高校、大学と歳を重ねるにつれて、友達の多くはゲームを卒業していった。しかし、彼のゲーム好きは留まることを知らなった。周りから友達がいなくなろうとも、たとえボッチになろうとも、オタクと言われようとも、彼はゲームをし続ける。

 

 

Q.それはなぜか?

 

A.ゲームが好きだから。

 

 

それ以上の理由もそれ以下も理由も、真一は持ち合わせていない。好きなものは好きなのだ。

 

そんな彼の悪い癖は、あらゆることをゲームに置き換えて考えることであった。

 

幻想郷において“ゲーム”という単語はあまり広まっていない。幻想入りした古いゲーム機こそあっても、それが人の手に渡ることは滅多にないし、大半が壊れていて起動することはない。

 

咲夜と美鈴は、真一の言うゲームという単語にクエスチョンマークを浮かべるが、真一の笑顔を見た2人にはそんな疑問はどうでもよくなっていた。

 

 

「あの、すみません。お名前を教えてもらってもいいですか?」

 

 

咲夜の隣にいた美鈴が手を上げて質問する。そう言えばまだ名乗っていなかったと思い、彼は答える。

 

 

「オレは牧野真一。真一でいいぞ」

 

「十六夜咲夜と申します」

 

「紅美鈴。紅魔館の門番をやっています」

 

 

咲夜はスカートと端をつまみながら、美鈴は敬礼をするように右手をビシッとさせて自己紹介をする。

 

 

「それでなんですが、真一さんが倒れていた場所にこんなものが落ちてたんですが、真一さんの私物でしょうか?」

 

「!?」

 

 

美鈴は“それ”を持ちだす。咲夜も美鈴も“それ”には見覚えはなかった。見覚えがないからこそ、外来人である彼のものではないかと考えた美鈴は、真一の傍にバラバラになって落ちていた“それ”を念のため持ち帰ったのだ。

 

 

そして“それ”を見た瞬間、彼の目が変わった。

 

 

 

 

 

*――――――――――――――*

 

 

 

 

 

 

おい。

 

 

 

 

おいおい。

 

 

 

 

おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい。

 

 

 

 

 

 

………嘘だろおい。

 

 

 

「オレの3DSゥゥウウウウ!!?」

 

 

見た瞬間、涙が止まらなかった。

 

メーリンさん(漢字わからん)が差し出したのは、見るも無残にバラバラになった3DSと、真っ二つに割れたポケ〇ンのカートリッチ。

 

壊れた原因は間違いなく、オレと一緒に空から落ちた衝撃だろう。クレーターができるほど高いところから落ちたんだ、壊れないわけがない。そう考えると、オレよく生きてたな、奇跡か。

 

3DSはまだいい。金はかかるが買い直せる。だがカートリッジ。お前はダメだ。お前だけは壊れちゃいかん。いかんのや。

 

 

「ど、どうしてこんなことに……オレのポケ〇ンたち……オレの495時間……」

 

「そ、そんなにも大切なものだったんですか!?」

 

 

突然涙を流すオレに2人は慌てだす。

 

本当に、本ッ当に申し訳ない。咲夜さんもメーリンさんも全く悪くないのに。でもごめん。この怒りと悲しみ、ぶちまけさせてください。

 

 

「当たり前だろう!! この中にはなぁ、オレの愛情を懸けて育てた仲間たちがいたんだ!! それをおま……こんな見るも無残な姿に……うわああぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

余りの悲しみに泣き崩れるオレ。わかる人にはわかるはずだ、言葉では決していい表せない、この深い悲しみを。

 

返せぇ………! オレの495時間返せぇ…………!!

 

 

「うわああああぁぁぁぁぁぁぁ………」

 

 

 

 

「(さ、咲夜さん! どうするんですかコレ! 真一さん泣いちゃいましたよ! 私たちどうすればいいんですかコレ!)」

 

「(おおおおおちつきなさい。こういう時こそ冷静に物事を判断し、対応するのが瀟洒よ。何とかして励まさないと……)」

 

「(はッ、思い出しました! この前パチュリー様に貸してもらった本に書いてありましたよ! 悲しみに打ちひしがれている男の人に優しい言葉をかけながら抱擁するとイチコロだって!)」

 

「(確殺(イチコロ)!? 殺してどうするのよバカ中国! 泣き止ませるってそう言う意味じゃないのよ!)」

 

「(そう言う意味のイチコロじゃないですよ!? さ、咲夜さんがやらないのなら私がやります! 早い者勝ちですからね!)」

 

「(ちょ、待ちなさい美鈴!?)」

 

「(女、紅美鈴……! 行かせてもらいます!)」

 

 

 

「はぁーすっきりした」

 

「ひゃああああああ!?」

 

 

ん、どうしたんだメーリンさん、急にしりもちついて。どうでもいいけどメーリンさん、スカートからチラッと見える生足めっちゃ綺麗ですね。口に出したらセクハラで蹴られそうだから言わないけど。

 

しかしスッキリしたぜ。オレはどこかのマンガで出てくる悪役のように、悲しいときには全力で泣き叫ぶ質なのだ。本当に頭がスッキリする。さらばだ、オレのポケ〇んたち。お前たちとの思い出は死ぬまで忘れん。

 

 

「大丈夫ッスかメーリンさん?」

 

「えっ…………あ、はい」

 

 

しりもちをついていたメーリンさんに、手を差し出す。メーリンさんはほんの少し躊躇した後、オレの手を握り立ち上がる。………けっこうデカいな。あ、身長の話だよ。

 

しかしメーリンさんには悪い事してばかりだな。聞けばこの幻想郷、妖怪とか言うバイオレンスな存在が多々生息するらしいじゃないか。もしメーリンさんに保護してもらえなかったら、オレは気絶しているところを妖怪に喰われていたかもしれない。そう考えると、メーリンさんはオレの命の恩人だ。

 

冒険の前に、恩返しが先だな。これは。

 

 

未だにオレの手を離さないメーリンさんにオレは言った。

 

 

「メーリンさん。貴女に恩返しがしたい。オレができることがあれば、何でも言ってくれ」

 

 

 

 

*――――――――――――――*

 

 

 

 

 

 

『何でも言ってくれ』

 

 

 

 

 

『何でも言ってくれ』

 

 

 

 

『何でも言ってくれ』『何でも言ってくれ』『何でも言ってくれ』『何でも言ってくれ』『何でも言ってくれ』『何でも言ってくれ』『何でも言ってくれ』『何でも言ってくれ』『何でも言ってくれ』

 

 

美鈴は自分の耳を疑った。隣にいた咲夜も耳を疑った。しかし、彼は間違いなくそう言ったのだ。

 

 

『何でも言ってくれ』

 

 

それは、“彼女たちみたいなドブスが男から絶対に言われないだろう言葉ランキングトップ10”に入る言葉。

 

それは、モテない彼女たちが心の奥底に封じていた『異性と混じりたい(いろんな意味で)』という気持ちをいともたやすく開放する、魔法の呪文。

 

この言葉が咲夜と美鈴の頭の中に延々とこだまする。

 

 

先に正気に戻ったのは美鈴。そして彼女は思った。

 

このチャンスを逃せば、私は死ぬまで甘酸っぱい青春の1ページを刻むことはできない、と。

 

このチャンスを逃せば、私は死ぬまで処女を卒業できないだろう、と。

 

 

「ほ、本当に、何でもいいんですか?」

 

「おう。オレに出来ることならだけど……どうしたんだメーリンさん、身体が震えてるぞ」

 

 

それもそのはず。美鈴は真一に名前を呼ばれるたびに身体が火照り、自分の中の妖怪の本能が解き放たれそうになるのを必死で我慢しているのだ。

 

我慢が解かれたら真一はここで喰われてしまうだろう。もちろん性的な意味でだ。

 

覚悟を決めた美鈴は、今なお握っていた真一の右手を両手でつかみ、お願いを口にした。

 

 

「で、でしたら! その、………わ、私と、セッ」

 

 

グザァ!

 

 

「あら大変。美鈴ったらいきなり倒れてしまったわ」

 

「……え? ……え?? いやあの、メーリンさんの頭にナイフが刺さってるんだけど……」

 

「大丈夫ですよ真一様。彼女は妖怪、この程度では死にませんわ」

 

「いや……けっこう深々とナイフが突き刺さってるように見えるんだけど………」

 

「大丈夫ですよ真一様。彼女は妖怪、この程度では死にませんわ」

 

 

笑顔で同じことを繰り返していう咲夜に、真一は思った。これは“はい”を選択しないと次に進まないやつだと。

 

真一には、突然メーリンの頭からナイフが生えたのように見えた。実際には、美鈴が薄い本的な展開になりかねない危険なワードを言いかけた瞬間、咲夜が時を止めてナイフを思いっきり突き刺しただけである。

 

彼女の能力を知らない真一は不思議に思ったが、深くは聞かないようにすることにした。

 

 

「真一様も突然の幻想入りでお疲れでしょう。今日はごゆっくりとお休みください」

 

「え? いいのか? 邪魔ならもう出ていくけど」

 

「とんでもございません! 外は真一様がご想像している以上に危険が沢山ございます。このまま真一様を見殺しにするようなマネ、私にはできません」

 

「お、おう……確かに何の装備も整えずに出てくのは危険か……わかった。お言葉に甘えさせてもらうよ。ありがとう咲夜さん」

 

「メイド長として当然の事です(ありがとうっていわれた……ありがとうっていわれた………!)」

 

 

咲夜の決死の引き留めで、真一は紅魔館に残ることに決めた。

 

しかし、先ほどの咲夜の言葉に嘘はない。真一は幻想郷を少し甘く見ている。力を持たない外来人に取って、それは大きな命取りとなる。

 

下準備は大事。真一はそのことを改めて確認し、咲夜に紅魔館を案内されるのだった。

 

 

「(……そういやメーリンさんどこ行ったんだ? さっきまで倒れてたのに、いつの間にか消えてっぞ)」

 

「どうかされましたか?」

 

「いや、メーリンさんってどこに」

 

「大丈夫ですよ真一様。彼女は妖怪、あの程度では死にませんわ」

 

「アッハイ」

 

 

 

 

 

 

 

*―――――――そのころ紅魔館前――――――*

 

 

 

「」←メーリン

 

 

「よっと。今日は占いで良い結果だったから気分が良い。門から入ってやろう……って寝てるし。相変わらず仕事のしない門番だな」

 

 

「」←メーリン

 

 

「ナイフが刺さってるってことは、咲夜に寝てるのがバレたのか?まぁいいや。お邪魔するぜ」

 

 

「」←メーr(ry

 

 

「しっかし運命の出会いかぁ………期待しないで期待しておくぜ」

 

 



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純愛


咲夜さんがヒロインでいいんじゃないの?と思い始めてきた今日この頃。

真面目に書いたのでコメディ要素少なめです。


 

 

 

「ここが真一様のお部屋となります。ご自由にお使いください」

 

真一が案内されたのは、先ほど寝かされていた客室よりも一回り大きい客室だった。

 

紅魔館の館内は咲夜が空間を操っていることもあり、外見以上の広さを誇る。広ければ当然、客室もかなりの数存在することになるし、客室ごとにグレードも違ってくる。

 

咲夜が案内した客室はその最上級に当たる場所。1人では絶対に持て余してしまうであろう程の広さがある。

 

そんな客室を見た真一は目を丸くして“すげぇ”と一言。彼の住んでいたアパートの一室の数倍の広さを誇るのだから、小学生並みの感想しか出てこなかった。

 

最初に彼の目を引いたのは、枕が2つ用意してあるベッドだった。

 

 

「……なんでダブルベッド?」

 

「真一様は大切なお客様です。より快適にご就寝頂くために、大きめの物をご用意させていただきました」

 

「(俺、布団派なんだけどなぁ……)」

 

 

そう思った真一だったが、わざわざ用意してもらって文句を言うのは筋違いだと考えを改め、口には出さず心に留めた。

 

真っ赤な内装とダブルベッドの存在感が相まり、真一にはこの客室が大人のホテルの一室に見え始めてきた。それもそのはずであり、この客室は“そういった行為”を想定して紅魔館の主が自らセッティングした部屋である。

 

妖怪の寿命は長い。何百年も生きていればいつかきっと、自分にも伴侶ができる。そう信じてこの部屋を作ったのが何百年も昔の話。長い時が流れた今、宝の持ち腐れ状態になっていたこの部屋を、咲夜は客室として利用しているのだ。理由はともあれ、快適には違いない。

 

 

「……あ、あの。もし、よろしければ……少しお話しを聞かせてもらえませんか……?」

 

 

部屋の中に入り、タンスの中などをいろいろ物色する真一に、咲夜は口を開く。

 

 

「おはなし?」

 

「えーっと……そ、そうです! 私、真一様がとても大切にしてらっしゃる“げえむ”について少し気になっていまして……」

 

「ゲームを知らないのか? まぁ、忘れ去られたゲームってそうないか……」

 

「守矢の巫女から“ろくよん”というげえむのお話を聞いたことがあるのですが、詳しい事は知らないもので……」

 

「64幻想入りしてるのか!? めっちゃやりたい!」

 

 

世代的に言えば、64は彼が小学生低学年のころよく遊んでいたゲーム機。蘇る記憶と共に真一のテンションは上がる。

 

 

 

そこから彼は、自分の持つ全てのゲーム知識を咲夜にぶつけた。

 

大学生とは思えない、まるで子供のような無邪気な顔で真一は語る。それだけで、咲夜は彼がどれだけゲームが好きなのかが理解できた。思い付きでゲームの話を振った彼女であったが、それが見事に功を奏した。瀟洒は伊達ではないのだ。

 

本来、咲夜は真一と話している時間などない。彼女は紅魔館のメイド長。サボり癖のある妖精メイドの事も考えると、彼女の一日の仕事量は計り知れないものだった。

 

しかし、今日は少し事情が違う。妖精メイドたちの間で“紅魔館に男、しかもイケメンが来た”という噂が広がったのだ。そんなイケメンに少しでも良いところを見せようと、彼女たちは今懸命に仕事をしている。その結果、少しではあるものの、咲夜は真一と話す時間を取ることができたのだ。

 

 

咲夜は真一と話しているとき、鼓動が激しくなる。しかし、それは決して痛く苦しいものではない。それはとても心地の良い感覚であり、ずっと彼と話していたいと思えるほどのものだった。

 

 

早い話、咲夜は真一に恋心を抱いているのだ。

 

 

咲夜はふと、パチュリーから借りた恋愛小説の内容を思い出す。放課後の教室、とある男子生徒が片思いの女子生徒と話をしており、男子生徒が『このまま時間が止まってしまえばいいのに……』と思う場面だ。

 

好きな人とずっと一緒にいたいと思う気持ちは、今の咲夜には痛いほどわかる。だが、実際に時間を止められる彼女は『時を止めたい』とは思わなかった。

 

 

「(時を止めたら彼とお話をすることはできない。彼と心を通わることができない。そこにいるだけじゃ、意味がないの)」

 

 

『時間を操る程度の能力』を持っているからこそ、彼女は時間の大切さを誰よりもよく知っている。

 

彼女は死ぬ人間だ。だからこそ少しでも長く、好きな人と同じ時間を過ごしていたいのだ。

 

咲夜は今ある幸せを噛みしめながら、真一の話に耳を傾けるのであった。

 

 

 

・   ・    ・

 

 

 

時間は有限である。咲夜にとって幸せなひと時も終わりを迎えようとしていた。

 

今日以上に、彼女は仕事を投げ出したいと思った日はないだろう。しかし、メイド長としてそれは許されないのだ。

 

名残惜しいが、楽しげのゲームのついて話す真一に彼女は口を開く。

 

 

「お話、ありがとうございます。とても有意義な時間を過ごすことができました」

 

「え、もういいのか? あと3日は余裕で語れるけど」

 

「是非ともお聞きしたいのですが……メイド長としての仕事があるので」

 

「あー……そっか。そりゃ仕方ないな」

 

 

 

*―――――――――――――――*

 

 

 

ついつい熱弁してしまった。こういう話を真剣に聞いてくれる人ってあんまりいないから、つい嬉しくて話し過ぎてしまった。

 

しかし、仕事があるのなら仕方ない。もっと話したいのは山々だが、咲夜さんに迷惑をかけるわけにもいかん。メイド長ってやっぱ忙しいんだな。

 

 

「本当に申し訳ございません……」

 

「そんなに謝らなくていいって。俺も久しぶりにゲーム以外でも楽しめたし。ありがとう咲夜さん」

 

「メイド長として、当然のことをしたまでです(うわあああああああまたお礼言われちゃったああああああ)」

 

 

咲夜さんってスゲークールビューティーだよな。キリッとしてる。流石はメイド長だ。見た目はギリギリ高校生ぐらいだけど、中身は俺以上に大人びてるんじゃないか?

 

しかしあれだ。咲夜さんがいなくなると、ヒマになるな。部屋にかかってる時計が正しいなら、今は午後3時、おやつの時間だ。

 

ここの主である吸血鬼さんは、日光に弱いという弱点ゆえ昼夜逆転の生活を送っているらしいから、挨拶にはまだいけないし……かといって咲夜さんの仕事の邪魔をするわけにもいかんし……。

 

 

「咲夜さん。紅魔館にヒマをつぶせるような場所ってないかな?」

 

 

ダメもとで聞いてみることにする。これだけ大きい屋敷ならゲーム場の一つや二つ……あ、ゲームはないって言ってたっけ。とにかく、この館、結構広そうだし何か面白そうな場所があってもおかしくないハズだ。

 

 

「それでしたら、大図書館なんてどうでしょう? 真一様に合う御本があるかもしれません。よろしければご案内させてください。それぐらいの時間ならありますので」

 

 

咲夜さんの口から出てきたのは、予想だにしていなかった図書館というワード。図書館があるって……いや広そうとは言ったけど図書館って。どれだけ広いんだこの館。

 

普段本なんて読まない俺にあう本なんて攻略本ぐらいしかないと思うが、ここは幻想郷。俺の住む世界じゃない。どんな本が置いてあるのか普通に気になる。

 

 

「それじゃあ、お願いしてもいいかな?」

 

「もちろんです。こちらへどうぞ」

 

 

そうして俺は再び咲夜さんに案内され、大図書館へ向かうために地下へと潜っていくのであった。

 

 

 

 

 

 

「(よかった……真一様ともっと一緒にいられて………)」

 

「(やっぱキリッとしてるよなー咲夜さん。ポーカーフェイスってやつか。かっけぇ)」

 



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図書館にて

お気に入りが200を超えていてビックリ。

感謝の極みです。




 

 

薄暗い空間に吊るされたシャンデリアが、無数に広がる本棚をカーテンを淡く照らす。

 

ここは紅魔館の地下に位置する大図書館。無限という比喩が嘘に聞こえないほど、大量の本が立ち並ぶ知識の宝庫。これを目当てに、わざわざ吸血鬼の住まう紅魔館に足を運ぶ者も珍しくない。

 

管理人は紫色の服を身にまとった魔法使い『パチュリー・ノーレッジ』。普通の人間とは違い、ほぼ無限の時間を有する彼女は今日もいつも通り、本を読んで一日を過ごしていた。

 

 

「はぁ………」

 

「どうしたんですかパチュリー様?」

 

 

いきなりの溜め息。かすかな音量であったが、それは彼女の部下である小悪魔の耳に届いていた。

 

本の整理をしていた彼女は羽をパタつかせながら、パチュリーの下へ近寄る。

 

 

「ため息なんてついていたら幸せが逃げてしますよ。ただでさえ幸せが寄り付かないお顔をしてるんですから」

 

「そのセリフ、そっくりそのまま返ししてあげるわ」

 

 

彼女たちもまた、この世界において『ブサイク』と呼ばれる類の顔立ちをしていた。

 

特殊な力を持つのは、それに伴った身体や顔つきになる。この幻想郷では、肌が荒れ、スタイルはキュッボンッキュッ、福笑いで作ったような顔立ちの女性を俗に“美人”と呼ぶ。言ってしまえば、彼女たちとは真反対の存在だ。

 

『美人薄命』という四字熟語があるが、幻想郷の美人はまさに、その文字通りの存在である。福笑いで作ったような顔立ちはともかく、肌が荒れることやスタイルが逆ボンッキュッボンは、不健康の証拠でもあるのだ。

 

魔力や妖力、霊力と言った力を持つ者はそれが“生きるための力”として身体に現れる。つまり、どうあがいても健康的で健全な身体になってしまうのだ。より強い力を持つほど、それは如実に現れる。

 

 

「で、本当にどうしたんですか?」

 

「………これを見て頂戴」

 

 

パチュリーは自分が読んでいた本を小悪魔に手渡す。

 

 

「また恋愛小説ですか……タイトルは……『forever Love』?」

 

「身分の違う2人の男女が永遠の愛を誓って駆け落ちする話よ……とっても素敵だった……私もいつかこんな恋愛してみたいものだわ」

 

「鏡をご用意しましたので、ご自分のお顔と現実をご覧になってください。永遠にそんな事言えなくなりますよ」

 

「……いいじゃない。夢を見るぐらい」

 

「だいたいパチュリー様に恋愛なんてできるんですか?」

 

「どういう意味よ」

 

「だって人見知りじゃないですか。私がひくほどに」

 

「うっ」

 

 

動かない大図書館の異名を持つパチュリーは、その名に恥じないほど紅魔館外に出ることは少ない。あっても年に1、2度ぐらいである。

 

そうなれば必然的に、誰かと話す機会も少なくなる。最近では白黒の魔法使いや人形遣いが時たま訪れて、魔法に関しての会話をしたりするが、それだけだ。その2人でさえ、知り合って間もないころは碌に会話が続かなかった。

 

そんな彼女を一番近くで見てきた小悪魔の言葉には、凄まじき説得力があった。パチュリー自身、自分のコンプレックスを気にしており、何とかして直したいとは考えていた。

 

 

「だ、大丈夫よ。コミュ症だって恋愛ぐらいできるわ。現にこの本の主人公だって極度の人見知りだったのも」

 

「それは恋愛小説だからでしょう? 所詮フィクションですよフィクション。リアルでそんなことあるわけないじゃないですか。本当に恋愛をしたいのなら人里にでも出かけていたらいかがですか?」

 

「ううっ」

 

 

小悪魔の正論がパチュリーに突き刺さる。

 

幻想郷において一番人口密度の高い場所は人里である。人混みを見るだけで緊張してしまうほど極度のコミュ障であるパチュリーには地獄のような場所である。

 

それに加えて、自分の薄汚い容姿のこともある。万が一陰口を叩かれようものなら、その場で喘息をこじらせて死んでしまう自信がパチュリーにはあった。

 

 

「……はぁ。出会いが欲しい」

 

「男の人ぐらい魔法で召喚したらいいじゃないですか。それぐらい訳ないでしょう」

 

「それは魔法使いの間では禁忌なのよ。なにより、ドラマチックじゃないわ」

 

「その顔でドラマチックとか言わないでください。相乗効果でより気持ち悪いです」

 

「うるさい顔面ロイヤルフレア」

 

「あははっ、ブーメラン刺さってますよ?」

 

 

二人の間に火花が散る。そして同時にため息をつく。こんな言い争いしても無駄なことは、彼女たちもわかっているのだ。

 

 

「おはよーパチュリー。こあもおはよー」

 

「あ、おはようございます妹様」

 

 

図書館の奥からふよふよと飛んで現れた影が、2人に午後の挨拶をする。

 

色とりどりの宝石のような物で構成された羽を持ち、金色の髪をサイドテールにした彼女は吸血鬼『フランドール・スカーレット』。紅魔館の主様の実の妹であり、強さだけなら紅魔館一の実力を持っている。

 

 

「おはようフラン。随分お早い起床ね」

 

「昨日読んだ本に書いてあったの! 早起きは三文の徳! って」

 

 

そう言ってフランドールはニッコリ微笑む。それは495年も生きてきた者とは思えないほど幼いものだったが、それには原因がある。

 

彼女は『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』という危険な力を持つ故に、495年もの間、幽閉されているかのように地下で過ごしていた。しかしとある一件(東方紅魔郷)により彼女は解放され、今では紅魔館内なら自由に、紅魔館外でも咲夜の付き添いがあれば許されるほど、彼女の行動範囲は広がっていた。

 

495年という長い時間、一歩も部屋の外へ出なかった彼女には常識が欠けていた。つまり、彼女は幻想郷の貞操概念と美醜感覚を詳しく知らない。

 

故に純粋。彼女たちの様な闇をフランドールは一切抱えていないのだ。

 

今の彼女は知識と常識を補うために時間の多くを図書館での勉強に費やしており、今日も勉強のために図書館を訪れたのだ。

 

 

「じゃあ私、勉強してくるね。読めない文字があったら聞きに来てもいい?」

 

「もちろんよ。私はずっとここに座ってるから、いつでも聞きにきなさい」

 

「少しは動いてください……」

 

「ありがとうパチュリー!」

 

 

そうお礼を言うとフランドールは再び図書館の奥へと駆け足で向かう。彼女は意外にも知識に飢えていた。勉強が楽しくて仕方なく感じる彼女の精神年齢は、見た目相応のものだった。

 

 

「……あの子の純粋さが羨ましいわ」

 

「ですねー」

 

 

コンコン

 

 

2人がフランドールを見送って間もなく、図書館入り口の扉がノックされた。

 

それを不思議に思う2人。この紅魔館において、ノックをちゃんとして入ってくるものはいない。紅魔館の主は言うまでもなく、咲夜に関しては能力を使って音沙汰もなく近くに現れる。

 

もしかして客人?そう思ったパチュリーは扉に向かって「どうぞ」と声をかける。

 

 

「失礼しまーす……」

 

 

ノックの主はその性別特有の低い声でそう言いながら、図書館の扉を開けたのだった。

 

 

 

*―――――――――*

 

 

 

「「………?………!?………!!?」」

 

 

 

図書館に入るなり3度見された件。なんでや。

 

 

咲夜さんはオレを図書館の入口へ案内した後仕事へ戻っていった。一瞬にして消えたように見えたけどきっと気のせいだろう。

 

で、おそらくオレの方を目を見開きながら見ている紫色の人が、案内中に咲夜さんが言っていた図書館の管理人パチュリーさんかな? これまた美人。文学美少女ってあだ名が似合いそうな人だ。

 

名前も外見も外国人のそれだが、幻想郷の住人は全員日本語で喋ってくれるらしい。とりあえず挨拶しよう。

 

 

「あ、急にすみません。オレ、外来人の牧野真一って言います。訳あって紅魔館にお邪魔させてもらってます」

 

 

こんなところか。訳の部分は話すと長くなるし。

 

 

「………ぁ……………ぇと………………ぅぁ………」

 

「?」

 

「(……え、男? 何で男? 紅魔館に男? 平均顔面偏差値20以下の紅魔館に何で男!? 生男初めて見たわ!)」

 

 

パチュリーさんと思われる人は顔を真っ赤にして、口をパクパクさせながらオレに何かを言おうとしている。

 

 

「(しかもイケメンだし! 声かけられたし何か言い返さないと! 知識は武器よ、こういう時のためにいつも脳内でシミュレーションしてきたじゃない私!)」

 

「………ぇ……………ぁと………………その………」

 

「…………??」

 

 

声が小さすぎて何を言っているのか聞こえないので、オレは図書館の入り口の扉を閉めて、彼女たちに近づく。

 

 

「(イケメンが近づいてきたああああああああ………あっ(キャパオーバー))」

 

 

「……………ムキュウ」

 

 

 

バタッと、顔を真っ青にしてパチュリーさん(仮)は椅子から転げ落ちて倒れた。うええ!?

 

 

「おい! 大丈夫かアンタ!」

 

「ちょっと待ってください!」

 

 

床にへばりつくパチュリーさんの元へ駆けつけようするオレだが、それはサキュバスのコスプレをした女性に遮られる。

 

彼女はパチュリーさんを庇うように、両手を広げて間に割って入ってきた。

 

 

「そ、それ以上は危険です……」

 

「危険って………放っておいたらもっと危険なんじゃ」

 

「ダメです! あなたに触られたらパチュリー様は死んでしまいます! この方はお体が弱いんです!」

 

 

触れただけで死ぬって、どこの赤い帽子をかぶった配管工だ。しかし、この人の必死さを見るに冗談ではなさそうだ。

 

とにかく、早く何とかしてやってあげてくれ。過呼吸? みたいな状態になってるし。せっかくの美人がいろいろと台無しな表情になっている。

 

 

「パチュリー様は私が介抱しますので大丈夫です! それよりも、真一様でしたね。ご用件はなんでしょうか?」

 

「この図書館を見学したいんだけど、いいか?」

 

「全然大丈夫です! お気の済むまでご見学していってください!」

 

「お、おお……それじゃあ遠慮なく……」

 

 

サキュバスさんから感じる『早くパチュリーさんから離れろ!』的なオーラを感じ取ったオレは、一応許可が得られたので図書館の奥へと進んでいく。

 

と言うか何故倒れたのだろうか。オレが原因なのか……? さぱらん。とりあえず起きたら謝っておかなければ。

 

 

 

*―――――――――*

 

 

 

 

「コヒュー…………コヒュー…………」

 

「落ち着きましたか?」

 

 

パチュリーは小悪魔に背中を撫でられながら必死に呼吸を整える。そして、落ち着きを取り戻した脳をフル活用し、いったい何が起きたのかを再確認する。

 

 

 

『イケメン(3次元)に声をかけられ、近寄られた』

 

 

 

「……ッッ!? ……ガはッッ!??」

 

「パチュリー様!? お気を確かに!」

 

 

2次元の男に夢を抱いていた彼女にとって、3次元のイケメンは少し刺激が強すぎた。

 

本では味わえないような胸がキュンとする感情。咲夜にとっては心地よい感情であったが、男性に耐性の無いパチュリーの身体には到底耐えきれるものではなかった。

 

 

「なんだなんだ? 今日の紅魔館は満身創痍な奴らばかりだな。今なら簡単に乗っ取れそうだぜ」

 

「……げホッ。貴女が歩いて入ってくるなんて……今日は一体どうなっているの……!?」

 

 

箒を背負い金色の長髪をなびかせ、ノックもなしに図書館に入ってきたのは、絵にかいた魔女のような格好をした白黒の魔法使い『霧雨魔理沙』。パチュリーが話すことのできる数少ない友人である。

 

彼女は頭にかぶっていた帽子を外し、その中を手でまさぐる。帽子の中には、一冊の本が入っていた。

 

 

「私にだって歩きたくなる時ぐらいあるさ。今日来たのは他でもない、この前借りた本に面白い事が書いてあったんだ。星でその日の運勢を占うって内容だったけど、今日の私は吉日なんだぜ」

 

 

特殊な文字で書かれている本の題名は『星占い』。魔法とは全く関係ない内容が書かれた文書であったが、その内容は魔理沙の心を掴んだ。

 

その本によると、今日魔理沙の運勢は最高だった。やること為すこと上手くいく吉日、ラッキーカラーは赤、運命の出会いがあるかも!? という、年頃の女の子なら興奮するような内容であったのだ。

 

所詮占い。されど占い。魔理沙はこの本に期待して、真っ赤な館の紅魔館にやってきたのであった。

 

 

「お前は……占うまでもないな。見た目からして厄日だ。泥水で化粧したみたいな表情になってるぜ。いやそれは元からか」

 

「貴女にだけは絶対に言われたくない…げホッ………」

 

 

いつものパチュリーなら、この泥棒常習犯の彼女を意地でも追い払おうとするだろう。しかし、今の彼女にそれをする気力はなかった。

 

 

「じゃあ今日もいつも通り、何冊か借りてくぜ。身体には気をつけろよー」

 

 

魔理沙はそういうと箒にまたがり宙に浮く。そのまま本棚の高い位置にある本を散策し始める。

 

 

「どうしましょうパチュリー様? 私、魔理沙さんを止めたほうがいいですか?」

 

「げほっ……いえ、いいわ。今日は素直に諦めましょう」

 

 

本の中でしか見たことも聞いたこともない男が現れたり、普段はブレイジングスターをブッ放しながら突撃してくる魔理沙が歩いて現れたり。今日ほどパチュリーが驚いた日はないだろう。

 

今日に関しては本は諦める。それよりも、真一と話してみたいのだが、自分の身体を考えると今は絶対に無理。口ぶりからして彼はしばらくここにいるようだし、チャンスはあるわ。そう考えたパチュリーは小悪魔の介護を受けながら、様子を見ようと考えた。

 

しかし、彼女の厄日はまだ終わっていない。

 

 

 

「……ぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!?」

 

 

 

 

「ん? なんだzぐあッ!?」

 

 

 

 

 

それは本当に突然に起こった。

 

 

図書館の奥を探索していたはずの真一が、流星の如きスピードで吹っ飛んできて、上空にいた魔理沙に激突したのだ。

 

パチュリーも小悪魔も魔理沙も、吹っ飛んできた真一自身も。この場にいる全ての者が、何が起こったのか理解できなかった。

 

いきなりのことで魔理沙も真一を受けきれることができず、高さ8mぐらいの位置から彼と共に墜落した。

 

 

 

 

 

 

お約束通り、真一を押し倒すように魔理沙が上にかぶさる形で、である。

 

 

 



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一方通行の運命

 

 

真一が吹っ飛んでくる少し前の出来事。

 

 

 

 

 

 

 

右を向いても本。左を向いても本。どこまでも本。気持ち悪くなるほど本。

 

パチュリーたちと別れた真一は、本棚で構成されたレーンの一つを歩きながら、自分の読めそうな本を探していた。“大”図書館と名乗るだけはあり、ここは彼の近所にあった図書館とは比較にならないぐらい広い。これだけ多くの本があるんだから、オレが読める本があったっておかしくないだろう。真一はそう考えていた。

 

 

探し始めること数分。

自分の考えが甘い事を彼は思い知った。

 

 

「…………読めねぇ」

 

 

文字が読めない。タイトルすら読めない。

 

自分の周りにあるものは本当にこの世の本なのかと疑い始める始末。今回は彼の運が悪かった。

 

彼のような外来人でも読める本は大図書館に存在する。しかし、彼が今いる場所は、パチュリーが主に魔法の研究で使う魔導書がまとめられているエリアであった。

 

いわゆる古代語。遥か昔の大魔法使い達が書き上げた魔導書を、ただの人間である真一に読めるはずもなく、仮に読めたとしても、その内容はちんぷんかんぷんだろう。英語で書かれている魔導書もほんの少し存在するが、英語が大の苦手である彼にとって、古代語と英語はほぼ一緒に見えた。

 

 

「あれ。お兄さんだあれ?」

 

 

それでも諦めずに本を探す彼に、声をかける吸血鬼が一人。

 

今日は魔法の勉強をしようと本を探していたフランドールである。

 

 

 

 

*―――――――――――――――*

 

 

 

ド低能なオレでも読める本を探していたら、きゃわいい幼女に声をかけられた。立場が逆だったら間違いなく事案。命拾いした気分だ。

 

宝石の様な物をつけた羽みたいなものを背中に付けた金髪幼女に身長を合わせるようにしゃがみ、彼女に対応する。

 

 

「オレは真一って言うんだ。君は? ここで何をしているんだ?」

 

「わたしフラン! お勉強中なの!」

 

 

天真爛漫の笑みを浮かべてフランと名乗る幼女は、持っていた本をオレに見せつけてくる。

 

………ダメだ、やっぱり読めねぇ。幻想郷の幼女でも読めるのにオレが読めないってすごく恥ずかしいことじゃないのか? 勉強中って言うことは、この本に書いてあることはこの幼女が学ぶような内容が書いてあるハズ。

 

ここは嘘でも知っているふりをして、知的に大人らしく振舞わせてもらおう。

 

 

「おっ、その本懐かしいなぁ。オレも子供の頃はその本で勉強してたもんだ。フランちゃんと言ったね。君、歳はいくつ?」

 

「えーっと……500歳ぐらいかな?」

 

 

なるほど。大人ぶりたいお年頃か。

 

 

「そうかそうか。君ぐらいの歳の子が図書館で勉強とは偉いね」

 

「ほんとう? わたしえらい?」

 

「おう。偉い偉い」

 

 

オレはそう言って帽子の上から彼女の頭をなでる。外の世界なら間違いなく事案。幻想郷でよかった。

 

フランちゃんは嬉しそうにえへへーと笑う。やばい、ロリコンじゃないのに胸がときめく。この子は将来有望だ、確実に美人に育つだろう…………あれ、紅魔館美人しかいなくね? もしかしてオレ、凄いところにいたりする?

 

アイドル級の容姿を持つ美女たちと一つ屋根の下と思うと、なんかテンションが上がるな。そう言えば男の人はまだ見掛けていないな。図書館にくる途中で見かけたホフゴブリンなる生物はオスらしいが、人じゃないし。

 

 

「ねぇねぇお兄さん! 私ね、この本でわからないところがあるの! 教えて!」

 

 

オレ、突然の危機。変な見栄張るんじゃなねえなオイ。

 

しかし、まだ焦る必要はない。たとえ文字が読めなくても、フランちゃんの言葉は分かるのだ。わからないことを直接口に言ってくれれば、オレでも答えられる。

 

 

「どこがわからないんだ? お兄さんが何でも答えてあげよう」

 

「えっとね、ここ!」

 

「ここ! じゃあどこかわからないなぁ。わからない内容をちゃんと口で言わないと。わからないことをちゃんと相手に伝えることも、立派な勉強なんだよ」

 

「ほへぇー……そうなんだー………」

 

 

流石は子ども。純粋だ。胸が苦しい。

 

案の定、彼女が指さした本の一ページは内容どころが何語かもわからない文字で書いてあった。何か魔法陣みたいなものも描いているし、いったい何の文学書なんだコレは。

 

 

「えっと、この魔法陣なんだけどね。ここには魔力の構成要素と魔力経路の組織図を文章化したものが書いてあるのはわかったの。けど、その隣に書いてあるところが何を表しているのかよくわからなくて……」

 

「……ふむふむ、なるほどね」

 

 

何がなるほどねだオレのバカ野郎。

 

魔法陣みたいなものかと思ったらマジで魔法陣だったよ。よく考えたらここの管理人のパチュリーさんも魔法使いなんだから、この幼女もその可能性があったって全くおかしくないじゃないか。

 

ってことは500歳ぐらいってのもマジなの? 合法ロリなんてレベルじゃないぞおい。

 

やっべーよどうすんだよ。“オレ、完璧に意味を理解してますけど何か?”的な態度取っちゃったよ。フランちゃん、いや、フランさんめっちゃキラキラした顔でオレの方見てくるよ。嘘ですなんて口が裂けても言えねぇよ。

 

とにかくそれっぽいこと言ってやんわりごまかしつつ、パチュリーさんの元へフランさんを誘導させよう。それしか方法はない。

 

 

「フランちゃん。本当に……この部分のことを教えてほしいか?」

 

「……?? どういうこと?」

 

「ここに書いていることはね、おそらく今のフランちゃんじゃあ到底太刀打ちできないほど複雑で綿密な内容だ。オレが説明したところで、君には内容の2割もわからないだろう」

 

「ええ!? おかしいなぁ……これ初心者用って書いてあったのに……」

 

「魔法にイージーもルナティックもないのさ!」

 

 

オレがそう言うとフランさんは『っ!』と、電流の走ったようなハッとした表情でオレを見る。罪悪感で心が押しつぶされそうだ。

 

 

「だけどパチュリーさんの説明なら、フランちゃんにも理解できるかもしれない」

 

「パチュリーなら?」

 

「彼女の知識量はオレの何倍もある。内容の要約も彼女の方が圧倒的に上手い。だから、この部分はオレにではなく彼女に聴くといい」

 

 

自分で言っててなかなか良い言い訳だ。オレの尊厳を失わせることなく、フランさんの中のパチュリーさんの株を上げる。誰も傷つかないラブ&ピースな言い訳……の筈だ。

 

まぁ、言い訳の時点で良いも悪いもないんだけどな。フランさんには悪いが、また別の質問を聞かれる前に、全く別の話題にすり替えさせてもらおう。

 

 

「ところでフランちゃん。君の背中のそれは何なんだい?」

 

「これ? これは私の翼なの。きれいでしょ!」

 

 

その場でクルリと横に一回転して、翼のアピールをするフランさん。

 

確かに綺麗ではあるが、翼には見えない。もしかして彼女も何かの妖怪なのだろうか。メーリンさんもあの見た目で妖怪らしいし、可能性はなくもない。

 

妖怪で魔法使いか……。本当にゲームみたいな世界観だ。改めて、異世界にいること実感するな。

 

 

「あ、お兄さん。おでこに虫がついてる」

 

「え、虫?」

 

「動かないで! わたしが追い払ってあげる!」

 

 

でこに違和感はないが、フランさんが言うのだから何かついているんだろう。

 

フランさんはそーっとオレに近づき、右手の中指を親指で抑えて、オレのでこに近づける。いわゆるでこピンだ。

 

いやいやフランさん。そんなことしたら虫の粘液がオレにも君にもついちゃうよ? 普通に手で払うぐらいでいいんじゃないかな?

 

 

「ていっ」

 

 

 

 

ばちこぉぉぉぉおおおおおおおん!!

 

 

 

突然の衝撃。次にオレが感じたのは、ジェットコースターに乗っているかの様な浮遊感だった。

 

 

 

………………なにこのデジャヴ。

 

 

 

 

*――――――――――――――――――*

 

 

 

 

 

吸血鬼のでこピン。その破壊力はロードローラーをも吹き飛ばす。

 

気が付けば、真一は流れ星のように空を駆けていた。きっと彼女に嘘をついた罰が当たったのだろう。

 

 

「痛ててて……何が起こったんだぜ?」

 

 

彼の吹っ飛んだ先には運悪く、死ぬまで借りようと本を探していた魔理沙がいた。

 

2人仲良く地面に真っ逆さま。真一の上に魔理沙が覆いかぶさるような形で地面に落ちた。普通なら気絶してもおかしくない高さだったが、2人は頑丈だった。

 

起き上がろうとした魔理沙は、身体に違和感を感じる。それもそのはず、下には真一がいるのだ。

 

 

「――――――えっ?」

 

 

彼の存在に気づいた魔理沙。今の彼らは、魔理沙が両腕を床につけ、真一を押し倒しているような体勢をしていた。

 

壁ドン体勢ならぬ床ドン体勢。貞操概念が逆転した幻想郷において、彼らの位置は決して逆ではない。男なら誰しも憧れる体勢であるが、それは相手が美人に限る。傍から見ればブサイクがイケメンを押し倒すと言う、現行犯逮捕されてもおかしくないような状況だった。

 

魔理沙はすぐ目の前にある真一を顔をじっと見る。

 

 

「うごご………何が起こったし………ん?」

 

 

時間さで真一が気が付く。彼の目に最初に映ったのは魔理沙の顔のドアップ。

 

瑞々しいきめ細やかな肌。ぱっちりとした黄色い瞳。髪の毛の色と同じ金色のまつ毛。

 

それら全てが鮮明に見えるほど、真一と魔理沙の距離は近かった。

 

 

「…………」

 

 

「……えーっと」

 

 

魔理沙は何もしゃべらない。ただ、真一の顔をじっと、視線で穴をあけるぐらいじっと見つめる。

 

真一にとって、魔理沙は美少女だ。故に初対面とはいえ、今の体勢はまんざらでもなかったが、すぐ近くでパチュリーさんたちも見てることに気づき恥ずかしくなったのか、少し頬を染めて口を開く。

 

 

 

「ど、退いてもらえないと起き上がれないんですが…」

 

「――――――――!」

 

 

 

 

魔理沙の頭の中には大量の疑問が浮かんでいた。

 

 

何故、顔だけで人を殺せるよな連中が集う紅魔館に男がいるのか。何故、この男は吹っ飛んできたのか。一体どこから男は吹っ飛んできたのか。この男は誰なのか。何故、イケメンなのか。何故、この至近距離で私の顔を見て悲鳴を上げないのか。何故、見る者の顔色を悪くさせる私の顔を見て、頬を赤く染めたのか。

 

 

 

――私のこのドキドキは、いったい何なのか。

 

 

 

 

そしてよぎる、星占いの結果。

 

 

彼女は確信した。ブサイクである私を拒まないこの人こそが、私の運命の相手なのだと。

 

 

 

 

「………いやあの、聞こえてま」

 

 

 

美鈴の時と違い、呆然状態のパチュリーも小悪魔も。魔理沙を止められるものは、誰もいなかった。

 

 

 

魔理沙は人間で魔法使いである。魔法使いになると言うことは、体内に魔力を宿すということ。つまり、ブサイクになることと同じだった。

 

それでも魔法使いになった理由は、彼女の師匠が使う“星の魔法”に憧れたから。私もいつかあんな魔法を使ってみたいと言う、子供の様な夢を持っていたからだ。

 

魔法使いにならなければ彼女にも未来はあっただろうが、ブサイクになってでも、恋愛を諦めてでも、師匠のような大魔法使いになりたいと魔理沙は考えた。他の人の目にはブサイクに映っても、大魔法使いは魔理沙の目にはカッコ良く映ったからだ。この話をパチュリーや人形遣いに話したとき『バカねアンタ。湖の氷精よりもバカ』と言われたのを魔理沙は覚えている。

 

しかし、心のどこかで、魔理沙は恋愛を諦め切れていなかった。でなければ、あのような占いに心を踊らされるはずないのだ。それは魔理沙が“女”である以上、仕方のないことだった。

 

魔理沙は幻想郷において、人一倍女らしい性格である。チャンスとあれば積極的に動こうとする行動力が、彼女の持ち味であった。

 

 

 

そんな彼女だからこそ、それはできることだった。

 

魔理沙は何かを言おうとした真一の口を閉じた。自身の唇を使って。

 

 

 

「…………ぇ?」

 

「いきなりで悪い。けど、頼みがある」

 

 

 

唇を離した魔理沙の顔も、キスをされた真一の顔も真っ赤だった。

 

そして彼女は、自分の人生において最初で最後の告白を彼にしたのだった。

 

 

 

「―――お前の一生を、私に死ぬまで貸してくれ!」



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図書館大戦争

『運命を操る程度の能力』を自己解釈した結果、凄い事になった。

2次創作ですし別にいいですよね・・・?


 

 

「…………何よこれ」

 

 

紅魔館の主にして永遠に紅き幼き月、『レミリア・スカーレット』の寝起き一発目のセリフである。

 

彼女の従者であるはずの十六夜咲夜に叩き起こされ、有無を言う暇も着替える暇も与えられることなく、地下の大図書館に連れてこられた彼女。つまり、今の彼女は可愛らしいピンク色のパジャマ姿で、薄水色の髪には寝癖がぴょこんと立っていた。

 

とてもではないが、カリスマを自負する吸血鬼が人前に現れる姿ではない。

 

 

「…………何よこれ」

 

 

全く同じセリフを口にするレミリア。大事なことだから2回言った訳ではない。目の前に広がる状況を、彼女は全く理解できないのだ。

 

 

見るも無残に倒れた本棚と本の山。ところどころ焦げたような跡がついている床や壁。その一部に所狭しと突き刺さっているナイフ。ぐるぐる巻きにされて身を拘束されている白黒の魔法使い。

 

どれもこれも、寝起きの脳では理解できなかった。何より一番理解できないのは、レミリアを連れてきてすぐに咲夜が近づいた、男の存在であった。

 

 

「犯行現場よ。レミィ」

 

 

この場にいる者たちの代表として、パチュリーが口を開く。

 

 

「…………なんの?」

 

「強漢」

 

 

 

意味が、分からなかった。

 

 

 

 

 

 

*―――――――――――――――――*

 

 

 

 

 

 

オレはゲームが趣味だ。だから、大学ではオタクとかそう言う連中とつるむことが多い。その中に矢島くんというやばい奴がいる。

 

 

矢島くんは言った。

 

「拙者の嫁である”マジカル☆ラブハートDX”の主人公、ラブピーちゃんはギザかわゆい魔法使いなんだお。いつかそのラブリーチャーミーな魔法を使ってマンガの中から飛び出し、拙者のファーストキスを颯爽と奪っていくんだお」

 

オレは言った。

 

「もしもし? 脳外科ですか?」

 

 

 

 

矢島くん。君の妄想は幻想郷でなら叶うかもしれないぞ。

 

 

 

 

奪われちゃったよ……。ザ・魔法使いって感じの格好をしたギザかわゆい女の子に奪われちゃいましたよ……。ファーストキスは未知の味だったよ………。心臓ばっくばく、しかもすげぇ大胆なプロポーズまでされちゃったよ……。

 

一瞬、何をされたのかわからなかったが、全てを把握しきったときには、もういろいろと凄かった。

 

オレの上に乗っかっていた魔法使い、名前を魔理沙さんと言うらしいが、告白まがいなことを言い終えたと同時に、いつからいたのかわからない咲夜さんにドロップキックされた。

 

 

そこからはもう何が何だか。魔理沙さんに向かって大量のナイフを投げる真顔の咲夜さんがいて、それに便乗するようにパチュリーさんも魔法みたいなものをブッパして、負けじと魔理沙さんも魔法の様なものをブッパ。

 

戦争だった。オレみたいな一般人が入ったら命はないぐらいの、過激な戦いだった。

 

そんな中オレに近づいてきたのは、オレをぶっ飛ばした張本人のフランさん。後から聞いた話だと、彼女はかの有名な吸血鬼様らしい。力の制御が未熟の様で、オレをぶっ飛ばしたのも故意ではなかったとのこと。

 

戦争の軍配は咲夜さんたちに上がった。魔理沙さんはパチュリーさんが魔法陣から取り出した縄で縛り付けられ、身柄を拘束された。戦場となった大図書館は、彼女たちの余波によって半壊状態。

 

 

幻想郷の女の子レベル高くない?

帰れるか不安になってきた。

 

 

「真一様! 大丈夫ですか!? ご精神に異常をきたしておられませんか!?」

 

 

次に声をかけてきたのは咲夜さん。今の彼女にはキリッとした表情はなく、心の底からオレを心配しているような表情をしていた。

 

彼女の奥に水色の髪をしたフランぐらいの幼女が眠そうに立っているのが見えるが、今は咲夜さんに対応する。

 

 

「あ、ああ………ビックリしたけど大丈夫。……初めてだったけど」

 

「は、初めて!? ……くっ、時間を戻せない自分がくやしい! 何が『時間を操る程度の能力』よ! 全然操れてないじゃない!」

 

 

ダンッっと、両手を床に悔しそうにたたきつけ、涙を流しながら咲夜さんはそう語る。時間を操る能力て、もしかして咲夜さんも吸血鬼もしくは魔法使いなの?

 

 

「パチュリー様、真一様のあの落ち着きよう……」

 

「ええわかってる。間違いなく、魔理沙は彼に呪いをかけたわね」

 

 

魔理沙さんを拘束し終えたパチュリーさんとサキュバスさんは、オレを見るなり妙な事を言いだす。

 

 

「答えなさい魔理沙。彼にどんな魔法をかけたの?」

 

「……魔法をかけられたのは私のほうだぜパチュリー。この魔法は間違いなく、恋だ!」

 

「汚物は消毒しなければいけないわね」

 

「お前に汚物呼ばわりされる筋合いはないぜ」

 

 

なんともギスギスとした雰囲気だ。いや、あんな戦闘するぐらいだから当然か。パチュリーさんが魔理沙さんにかざしている紙みたいなお札みたいなものは一体何なのか。何となく、物騒なものってことだけは感じ取れる。

 

聴く限り、魔理沙さんはオレとのキスに魔法をかけたらしいが、これと言って違和感はない。いや、顔は今までにないぐらい熱くなったけど、それはただ恥ずかしかっただけだと思うし。

 

 

「あの、オレはなんともないですよ? いやホントに」

 

「嘘おっしゃ……あ、いえ、その嘘を言わな……あ……うう…………」

 

「?」

 

 

急に口どもるパチュリーさん。あいさつした時も似たような反応だったような。

 

その様子を見たサキュバスさんが、代理としてオレに聞いてくる。

 

 

「真一様。本当になんともありませんか?」

 

「うん」

 

「うんって………何をされたかわかっているのですか!?あんな肥溜めから生まれてきたようなブサイクにファーストキスを奪われたんですよ!?」

 

 

どんな比喩表現ですか。

いくら嫌いな相手だからって流石に酷すぎないか。

 

 

「いや、言い過ぎですよサキュバスさん。魔理沙さん、普通に可愛いじゃないですか」

 

 

 

 

 

*―――――――――――――*

 

 

 

 

真一のそのあり得ない一言で、スカーレット姉妹を除く全員は確信する。

 

 

「魔理沙……貴女、とうとう禁忌を犯したのね……!?」

 

 

パチュリーは信じられない表情で魔理沙を睨む。

 

魔法使いの禁忌の一つに、女魔法使いによる男への洗脳魔法と言うものがある。幻想郷にもモラルというものは存在する。それ故、魔法使いにもこのような禁忌が創られたのだ。

 

 

「可愛い……ふへへ……」

 

 

よほど嬉しいのか、縛られているにも関わらず、蛇のように身体をくねらせながら微笑む魔理沙。幻想郷に住む彼女たちにとって魔理沙がブサイクなのは周知の事実であったが、これほど気持ち悪い彼女の姿を見たのは初めてだった。

 

 

「今すぐ彼にかけた魔法を解きなさい。私が貴女を焼く尽くす前に」

 

「はッ! ちょ、ちょっとまてパチュリー!? 私はマジで何もしてないぜ!」

 

「嘘おっしゃい! じゃあ彼のあの反応は何!?」

 

 

彼女たちにとって彼の反応は、例えるなら、氷精が東大に受かるぐらいありえないことだった。ありえないことが起こるのなら、それには必ず原因がある。

 

何処かの魔法使いは言った。ありえないことをするのが魔法使いだ、と。

 

パチュリーが魔理沙を疑うのは当然の事だった。

 

 

「知らん! 強いて言うなら、アイツは私の運命の相手ってことだ。悪いなパチュリー、幸せになるぜ!」

 

「偽りの幸せにすがるほど、貴女は落ちぶれてしまったのね……同じ魔法使いとしてのよしみよ。私がこの手で処刑してあげる」

 

「待て待て待て!? ホントとのホントに何もしてないんだって! やめろ! 本の角は洒落にならん!」

 

 

「やめなさいパチェ」

 

 

分厚い魔導書の角で魔理沙を撲殺しようとしたパチュリーを止めたのは、今までの一部始終を黙って見ていたレミリアだった。眠そうだった顔から一変して真剣な表情をする彼女。格好(パジャマ)と相まって非常にシュールな光景だった。

 

『運命を操る程度の能力』を持つ彼女は、今まで彼らに起こった運命を読み取ることで、ここで何が起こっていたのかをすべて把握したのだ。それどころか、真一がどのような世界で生まれ育ったかも、彼女は見破った。

 

にわかに信じられないが、自分が運命を読み間違えるはずはない。そう思ったレミリアは、この運命を信じることにしたのだ。

 

 

 

「魔理沙は何もしていないわ。ソイツが異常なのは元からよ」

 

「誰が異常じゃ! というか、誰?」

 

 

 

 

―――――男を見るのはいつぶりだろうか。だが、コイツの運命は実に“おもしろい”。今夜は楽しい夜になりそうだ。

 

 

 

レミリアは両手の甲を見せつけるような変わったポーズを取り、真一に言った。

 

 

 

「私の名はレミリア・スカーレット。この紅魔館の主であり気高き吸血鬼。紅魔館へようこそ牧野真一。私が歓迎してあげるわ」

 

 



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衝撃の事実

 

 

おもちゃ箱をひっくり返したように散らかった大図書館で話を続けるのもどうかと思ったレミリアの提案により、魔理沙を除く全員が、地下から上がり、一階にある大広間へ移動した。

 

そのついでに、レミリアは身だしなみを整えた。パジャマと寝癖があってはカリスマもクソもないからである。

 

咲夜の手も借りて、いつもの服装と寝癖一つないセットされた髪型で登場したレミリアを見た真一は、どこか彼女に気品のある風格を感じた。カリスマを自負する彼女が放つオーラは、まさに本物だった。

 

ちなみに魔理沙は図書館にぶらぶらと吊るされていた。彼女への処置は、この会話が終わった後に改めてするようだ。一体どのような処置が施されるのか、真一には想像もつかなかったし、そもそも、これから何が起こるかすら想像できていなかった。

 

 

「全員揃っているわね」

 

「お姉さまおそーい」

 

 

フランドールに文句を言われつつも、レミリアは見た目からして一番高価な椅子に腰を掛け、この場に集うメンバーを見渡す。

 

 

「(咲夜、パチェ、小悪魔、フラン、ナイフが頭に刺さった中国。みんな腐敗したリンゴを擬人化したような顔つきをしているけれど、腐っても紅魔館の主戦力。こうしてみると圧巻ね。いろんな意味で)」

 

 

まぁ、顔に関しては私も人の事言えないけど。レミリアは心の中で苦笑いをしながらそう思った。

 

そして忘れてはいけないのが、今回の主役であり唯一の男、牧野真一。

 

レミリアは少し楽しみだった。真一の秘密を知ったとき、彼女たちがどのような反応をするのか。

 

 

「あのー……咲夜さん。私、真一さんを運んできた辺りから記憶が曖昧なんですが……」

 

「そこから先は許されざる記憶よ。今は黙ってお嬢様のお話を聞きなさい」

 

 

咲夜はそう答えながら、美鈴の頭に刺さっていたナイフをスポッと抜き取り回収する。ナイフだってタダじゃない。消耗はなるべく避けたいのだ。

 

 

「改めて、紅魔館へようこそ牧野真一。いきなりで悪いけど、お前がどういう人間か一発でわかる質問をしてやろう。嘘は許さないわよ」

 

「…………?」

 

「私を見て、どう思う?」

 

 

レミリアは自分の顔を指さし、真一に問う。

 

彼女の質問に、思わず真一は首を傾げた。決して質問内容の意味がわからないからではない。わからないのは質問の意図であった。

 

どう答えれば正解なのか、真一は考える。が、嘘をつくなと言われた以上、自分の気持ちを正直に答えるのが一番良いのかもしれないという結論に至った真一は、碌に考えることなく口を開いた。

 

 

「小さくて可愛らしいと思います」

 

『!?』

 

「?」

 

 

な、なんだってー!? と心の中で叫ぶ4人と、真一の答えに特にピンと来ないフランドール。

 

 

「ふ、ふふふ…………皆、今のコイツの言葉を聞いたでしょ。つまり、そういうことよ」

 

 

少し動揺した様子でレミリアは言う。彼がああ答えるのはレミリアにとって運命的に明らかであったことだが、実際に本人の口から褒められると、嬉しくも恥ずかしい気持ちに彼女は支配された。何せ、彼女が外見を褒められたのは生まれて始めての経験だったからだ。

 

 

「そ、そういうことってお嬢様…………」

 

「どういうことよレミィ。魔法じゃなければ、彼は何だと言うの?」

 

「まだわからない? それならもう回りくどいマネはせず、直接答えてあげるわ」

 

 

 

 

「この人間が住んでいた世界では、ブサイクと美女の概念が逆転しているのよ。それはもう天邪鬼もビックリするぐらい真っ逆さまにね」

 

 

 

 

 

*―――――――――――――――――*

 

 

 

 

 

オレには堀内さんと言う、矢島くん並みにヤバい友達がいる。

 

 

堀内さんはメタボリックで、眼鏡で、ぱっつんの前髪がその眼鏡に半分かかっていて、一人称は『吾輩』語尾は『ナリ』口癖は『デュフフ』。オレは悪口は嫌いだが、俗に言うブサイクと称される外見だった。ヤバいだろ?

 

 

堀内さんは言った。

 

「この世にはありとあらゆる世界線が無限に存在するナリよ牧野師。吾輩の外見は一部の世界線においてはモテモテのモテで、この世界で例えるなら新垣〇衣みたいな外見ナリよ。デュフフ、モテモテはつらいのぅ」

 

オレは言った。

 

「もしもし、心療内科?」

 

 

 

 

 

堀内さん。君は幻想郷でなら新垣〇衣になれるかもしれないぞ。

 

 

咲夜さんを始めとする紅魔館の住人全員が驚いているが、オレ自身も驚きを隠せない。

 

もし今の言葉が本当ならば、今オレの目に映る絶世の美女たちは、絶世のブサイクと言うことになる。大変失礼であるが、小悪魔さんが言っていた肥溜めの比喩表現もそれなら納得がいくし、魔理沙さんにキスされたとき咲夜さんたちがあれほど俺を心配してきたのもなんとなくわかる。

 

相手にその気がなくても、ブサイクは褒められるとすぐに恋に落ちる、と堀内さんは良く言っていた。それがホントかどうかは分からんが、堀内さんはそうなんだろう。

 

 

では、この紅魔館の女性陣はどうなのか?

 

 

「真一様……私たちも、その。か、可愛くみえるのですか……?」

 

 

恐る恐る、頬を染めて恥ずかしそうしながら俺に質問してきたのは咲夜さん。果たして俺はここも正直に答えていいのもなのだろうか?

 

正直に言えば、すごく可愛い。特に咲夜さんの恥ずかしそうに三つ編みをいじる仕草は男心を刺激しまくっている。

 

可愛いと言われて嬉しくない女性はいないだろうが、堀内さんの言うことがマジなら、あんまりほめ過ぎないのがいいのではないかと考えてしまう。

 

下手に褒めて、もしも万が一、彼女たちの誰かが俺に好意をもってアプローチしてきたとしたら、オレがその彼女を好きにならない自信はない。そうなった場合、元の世界に戻るとき辛くなる。今のオレに『幻想郷に残る』という選択肢は残念ながらないのだ。

 

 

ものすごく己惚れた考えだが、可能性の一つとしてこれは捨てきれない。

 

 

「………少なくとも、オレの目にはみんな可愛く見える」

 

 

ここは敢えて正直に答える。可愛いのは事実だし、可能性が捨てきれないとはいえ、あのヤバい堀内さんが言ったことだ。信憑性はない。

 

『可愛い』ぐらいなら言ってもいいだろう。本音を言えば『ギャルゲーにいたら真っ先に攻略するぐらいみんな美人です』だし、それに比べればまだマシだろう。

 

 

 

 

ま、すぐに後悔することになったけどね。オレってホント、バカ。

 

 

 

 

*―――――――――――――――――――*

 

 

 

 

 

 

「(我が人生に一片の悔いなし)」

 

 

 

紅色の床に赤色の液体が飛び散る。

 

幸せそうな顔をしながら口から血を流し、倒れる女性の姿が一人。

 

コミュ障の魔法使い、パチュリー・ノーレッジだった。

 

 

「ぱ、パチュリー様!?」

 

 

男への耐性がほとんどない彼女にとって、彼の一言は衝撃的過ぎた。もはや喘息とは呼べない症状が彼女を襲ったのであった。

 

しかし、あまりにも耐性がないが故に、パチュリーが彼に惚れることはなかった。彼女の場合、真一にではなく“男”に褒められたことが衝撃的であったからだ。

 

 

「しっかりしてくださいパチュリー様! 小説の様な恋をしたいんじゃなかったんですか!?」

 

「……生まれて初めて可愛いって言われた……こあ……私は今初めて、魔法使いの寿命が長い事に感謝をしているわ……ガクッ」

 

「パチュリー様ぁ――――――――――!?」

 

 

小悪魔はパチュリーをお姫様抱っこして、すぐさま医務室へ向かう。

 

その一部始終を見た真一は、いかに彼女たちがブサイクとして扱われてきたのか、その一片が味わった気がした。

 

同時に後悔した。可愛いと言う単語は、彼女たちには刺激が強すぎるのだ。

 

 

「……ッ――――――」

 

 

現に咲夜は、先ほどとは比べ物にならないほど赤く染まった顔を両手で隠しながら照れていた。その仕草はまさに乙女のそれであり、彼女の性格を表しているのが良くわかる。

 

美鈴に関しては彼の一言で全てを思い出し、後で彼を襲う事を無意識のうちに計画していた。

 

 

 

「ねぇねぇお姉さま。咲夜たちどうしたの? もしかして……病気なのかな?」

 

「その通りよフラン。咲夜たちは今まさに病気にかかったのよ。………恋と言う名の、病気にね!」

 

「(何も上手くねぇよ………)」

 

 

生まれて初めて、真一はドヤ顔を殴りたい衝動に駆られるのであった。





紅魔館が舞台のギャルゲー欲しい………欲しくない?




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明かされない彼の秘密

 

 

 

「真一。紅魔館の執事になるつもりはない?」

 

 

美醜感覚の逆転という彼女たちにとって夢幻に近い事実が判明した余韻が残る中、レミリアは真一に一つ提案した。

 

 

「お前の運命は見てて飽きない。感謝するのね、私はお前を気にいったわ。うちのメンバーのほとんど(・・・・)も気に入ってるみたいだし、お前にとっても悪くない提案じゃない?」

 

「さんせーい!私お兄さんにいろんな魔法教わりたい!」

 

「(ごめんよフランさん………オレはただの一般ピーポーなんですよ………)」

 

 

純粋無垢なフランは未だ真一を魔法使いだと勘違いしている。後で土下座して謝ろうと真一は決めた。

 

普通の男にとって、今のレミリアの言葉は勧誘の誘いではなく拷問の誘いだった。しかし、美醜感覚が逆転している真一の様な男には夢の様な誘いに聞こえるであろう。彼のヤバい親友たちであれば、レミリアの誘いにルパンダイブで飛びついたに違いない。

 

 

「魅力的な誘いだけど、断る」

 

 

しかし、彼の意志は揺らがない。

 

 

「一度電源を付けたゲームは、どんなことがあっても最後までプレイするのがゲーマーだ。オレは幻想郷を巡って、自分の世界に帰る」

 

 

エンディングが複数あるゲームにおいて、大半の者は最初のプレイでハッピーエンドを目標とする。それは真一も同じだった。他エンドの回収はクリアしてからじっくりと探すのが、ゲームの楽しいところである。

 

もちろん、初見でハッピーエンドを見れない時もある。しかしその過程において、真一がハッピーエンドを諦めることはない。

 

真一にとって、元の世界に帰ることがクリア条件でありハッピーエンドである。そこだけは譲れなかった。

 

 

「そう………そういうことらしいわ。残念だったわねぇー咲夜」

 

「!? た、確かに残念ではありますが、その………真一様がそう仰られるのなら、私に止める権利などありません」

 

「あれーそうなの?私はてっきり咲夜があの男を好「おじょうさま!?」むぐぐ」

 

 

時を止めてレミリアに近づき、咲夜は彼女の口を両手でふさぐ。真一には咲夜がワープしたように見えたが、図書館で彼女が『時を操る程度の能力』と言う単語を口にしていたのを覚えていたため、あまり驚きはしなかった。

 

元々真一は慌てふためくタイプではなかったが、幻想入りしてからというものの驚くことしか起こっていないためか、彼も幻想郷への耐性が付いてき始めていた。

 

そして彼は苦笑う。彼も鈍感ではない。幻想郷での美醜感覚がわかってしまった以上、レミリアが何を言おうとしたのかも、何故咲夜がそれを止めようとしたのかも、それを察するのは容易なことだった。

 

 

「ぷはぁ……そこまで焦らなくてもいいじゃん……まぁいいわ。真一、今晩は紅魔館に泊まっていきなさい。既にそう言う話にはなっているでしょう? 美鈴、門番に戻るついでに真一を一番広い客室に連れていきなさい」

 

「えッ、私が!? いいんですか!」

 

 

脳内でアハハでウフフな妄想をしていた美鈴は、まさか自分が指名されるとは思ってなかったので声を上げで驚く。本来、客人の案内は咲夜の仕事であるからだ。

 

 

「ええ。咲夜とは少し話があるわ。真一、悪いけれど夕食の時間まで部屋で時間をつぶしていてちょうだい。それじゃあ、頼んだわよ」

 

「わっかりました!ささっ、こっちですよ真一さん!」

 

「あ、ちょっと、引っ張らないでー……」

 

 

美鈴は真一の手を取り、引っ張るような形で大広間を後にする。

 

その姿を見た咲夜は、正体不明の怒りを美鈴に覚えた。今まで人を好きになったことのない彼女は今初めて、嫉妬の感情が心に生まれたのだ。

 

今すぐにでも引き剥がしたいと思った咲夜であったが、主人であるレミリアに話があると言われた以上、それに逆らうわけにはいかない。彼女は黙ってレミリアの話に耳を傾けた。

 

 

「ライバルは多いわよ。せいぜい頑張りなさい」

 

「………お嬢様は既に、真一様が誰と結ばれるかお分かりになられているのでは?」

 

「そんなわけないじゃない。運命なんてものは、雲の形みたいに簡単に変わるものなんだから。貴女の恋路を邪魔するつもりはないけれど、一つだけ忠告しておくわ。あの男には気をつけなさい」

 

「気をつける、とは?」

 

「真一が幻想入りした原因は間違いなく八雲紫のスキマよ。……あのイケメン大好き妖怪が、彼の存在に気づいていないはずがない」

 

「!」

 

 

特別な力を持たない人間が幻想入りする起因は主に2つ。一つは全てのものたちに忘れ去られ、存在そのものが幻想になること。もう一つは幻想郷の生みの親であり妖怪の賢者、八雲紫のスキマを通ること。ほとんどの外来人は後者によって幻想入りをする。

 

イケメンを愛し、イケメンに愛されない女である彼女もまた、男に飢えている。全てのスキマを管理している彼女が、真一の事を知らない理由はないのだ。

 

 

「アレの性格からしても、男が幻想入りしたらすぐに会いに来るはず。けど、真一が幻想入りしてかなりの時間が経過しているはずなのに、その素振りすら見せないのは不自然だわ」

 

「確かに………」

 

 

仮にスキマで覗き見していたとしても、特別な力を持つ彼女たちなら、その妖力に気が付けないはずがない。そもそも、男が幻想入りしたとわかれば、八雲紫が覗き見程度で我慢できるはずがない。

 

 

「それに、真一自身も大概おかしいわ。フランにでこピンされて無傷で済むなんて私でも無理よ」

 

 

もしも普通の人間がフランドールにでこピンされたら、真一のようにぶっ飛ばされるだけでは済まない。100%、頭と身体がサヨナラバイバイしてしまうだろう。たとえレミリアであろうと流血は避けられないほど、彼女の力は絶大なのだ。

 

咲夜もそれは不審に思っていた。思い返せば、クレーターが出来るほどの高度から落ちてきたはずの彼が、気絶だけで済むわけがない。

 

 

「真一は"何か"を隠してる。おそらく、彼自身も自覚していない"何か"をね。それだけには気をつけなさい。話はおしまいよ」

 

「………ご忠告、感謝しますお嬢様」

 

「じゃ、さっさと貴女も真一の元へ向かいなさい。でないとアイツ、中国に襲われるわよ」

 

「…………………ええ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*―――――――――――――――*

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとメーリンさん!? マズいって! 冗談にならないから!」

 

「ハァハァ……いいじゃないですかぁ………"なんても言ってくれ”って言ったのは真一さんですよぉ……?」

 

「確かに言ったけど!確かに言ったけどぉ!ああやめて!?服を脱がさないで!?」

 

「先っちょだけで良いですので………ねっ?」

 

「ねっ? じゃねーよ! 全然良くねーよ!」

 

让我们吃(いただきます)

 

「今中国語で何て言った!?ちょ、待って、タスケテ!?あああああああァァァ…………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後無事(?)咲夜さんが助けてくれました。咲夜さんマジ女神。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*―――おまけ――――*

 

 

不思議に思った方もいるのではないだろうか。

 

真一の『可愛い』発言に唯一、何の反応も見せなかった者がいることを。

 

 

 

「パチュリー様、医務室に着きましたよ………ダメですね、完全にのびちゃってます」

 

 

 

パチュリーの使い魔、小悪魔である。

 

彼女も女である以上、男に褒められたなら何かしらの感情を抱いてもいいはずだが、彼女は全くと言っていいほどノーリアクションであった。

 

 

その理由はとても単純なものだった。

 

 

 

「……………ああ、たまりません………!パチュリー様の寝顔…………とってもとっても、お可愛い顔ですよぉ…………!」

 

 

 

 

同 性 愛(レズビアン)

 

 

 

男に愛されない女は、時にその愛を拗らせて、その矛先を同性に向けることがある。

 

 

 

 

「男が現れたのは正直驚きましたが……この様子ならパチュリー様があの男に惚れる心配はないですね。…………私たちはずっとずっと一緒ですよ………パチュリー様ぁ…………!」

 

 

 

 

 

 

その後、医務室で何が行われたのか。彼女以外誰も知る者はいない。

 

愛の形は、さまざまなのであった。

 



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始まる旅

 

 

毛布の暖かなぬくもりを感じながら目が覚める、幻想入り2日目の朝。

 

昨日は本当に濃い一日だったと思う。美醜感覚が逆転した異世界に妖怪に魔法使いに、おまけにファーストキスまで奪われて。何だよこの世界、なんでもありかよ。

 

昼間までは驚くことばかり起こったり、メーリンさんに襲われかけたりもしたが、それ以降は平和だった。夕食も美味しかったし。レミリアさんが納豆食べてたのは驚いたけど。

 

吸血鬼が豆……?とは思ったが、炒った豆じゃなければ問題ないらしい。基準がよく分からん。

 

後は、フランさん(ちゃんと土下座した)にアーンされたり、照れてる咲夜さんにアーンされたり、ニッコリ笑顔の咲夜さんがオレにアーンしようとしたメーリンさんにナイフをアーンしたりと。みんなで食べるご飯はやっぱり楽しいなぁと、一人暮らしのオレはシミジミそう思ったね。

 

 

 

 

あ、食事中に聞いたことなんだけど、オレが幻想入りした原因は、この幻想郷を造ったと言われるスゴイ人、八雲紫さんという方が原因らしい。つまり、オレの3DSとポケ〇ンがお陀仏したのもその妖怪が原因となる。許すまじ八雲紫、お前がラスボスだ。

 

 

 

 

レミリアさんとフランさんは吸血鬼と言うこともあり、夜こそが彼女たちの活動時間らしいが、オレは夜に眠る人間。疲れていたこともあり、早めに就寝させてもらった。

 

いやー今日もいい天気だ。窓から差し込む日の光が直接ベッドに当たって気持ちいい。紅魔館には窓が少ないらしいから、起きる前にもう少しだけゴロゴロしてしまおう。5分ぐらいいいよね?

 

 

そう思って寝返りをうつオレ。

 

 

「おはようだぜ、ダーリン」

 

 

うわビックリ。どこかで見たことある顔がドアップでオレの目に映った。

 

オレのファーストキス窃盗罪で図書館に収容されていたはずの魔法使いさんやんけ。

 

 

「……どうしてここに? 図書館で縛られていたはすでは?」

 

「愛の力を以てすればあんなのすぐに解けたぜ。それに、夫と一緒に寝るのは普通だろ?」

 

 

さも当たり前のように答える魔理沙さん。もちろんオレは結婚した覚えなどない。

 

………ん? ちょっと待て。今魔理沙さん、一緒に寝たって言ったか?

 

 

 

「オレが寝てる間に……何かしたか?」

 

「キスしたぜ、沢山。真一の寝顔はカッコいいから卑怯だ」

 

「………それ以上の事はしてないよな?」

 

「? それ以上の事ってなんだ?」

 

 

あっ、この娘意外に子供だ。

どうやらオレの貞操は無事みたいだ。

 

歳を聞くのは失礼だから推測させてもらうが、魔理沙さんの年齢はおそらく咲夜さんより少し下ぐらいだろう。つまり中学生ぐらい。中学生女子の性知識など知らんが、別にそう言うことを知らなくてもおかしくはない歳ごろの筈だ。知らんけど!

 

 

「知らないならいい。咲夜さんにバレる前に、早く出て行ったほうがいいぞ」

 

「気になるなぁ……まぁいい。出て行く前に話があるんだ」

 

「結婚は無理だぞ」

 

「そこは良いぜ。私もまだ結婚できる歳じゃないしな。結婚を前提にしたお付き合いで我慢する」

 

 

それは我慢していることにはならないと思うんですよオレは。

 

 

「それよりも頼みがあるんだ」

 

「……頼み?」

 

 

 

 

 

 

*――――――――*

 

 

 

 

「………もう、行ってしまわれるのですね」

 

「長居しても悪いしな」

 

 

朝8時。起床して、朝ご飯までご馳走になった真一は今、紅魔館の門前にいた。そこには彼と咲夜の姿だけではなく、傘を差したレミリアとフランドールも居合わせていた。

 

 

「お前ならいつ来ても歓迎してあげるわ。せいぜい生き延びることね」

 

「バイバイお兄さん! また一緒に遊ぼうね!」

 

 

本来であれば今の時間帯、吸血鬼のスカーレット姉妹にとっては就寝中の時間であるが『客人に別れの挨拶一つもしないのは紅魔館当主としてあり得ないことよ!』とのことで、普段はあまり飲まないコーヒーまで飲んで眠気を我慢し、わざわざ真一を見送りに来たのだ。

 

フランドールはピンピンしているが、レミリアは朝更かしが辛いのか、目元に若干の隈が出来ている。

 

門番であるハズの美鈴がこの場にいないのは、昨日本能の慄くまま暴走しすぎたせいでレミリア直々に出禁をくらったからである。真一が旅立てば、再び門番へ復帰するらしい。

 

 

「ああ、また来る。皆には世話になったからな。元の世界に戻ったら、また幻想郷に来れるように努力する」

 

「良い心がけね。その言葉、確かに聞いたわよ」

 

 

真一にはある考えがあった。ラスボス八雲紫を倒し脅せば幻想郷と外の世界を行き来できるのでは?と言う考えだ。

 

答えだけを言うならそれはイエスだろう。真一ぐらいの顔面偏差値なら、紫は二つ返事でOKを出す。もちろん彼女に会えればの話だが。

 

 

「外の世界にお戻りになると言うことは、真一様の目的地はやはり……」

 

「ああ、博麗神社だっけか。そこへ向かってみることにする」

 

 

咲夜の問いにそう答える真一。

 

これも昨日の夕食時に、真一が聞いたことだった。外来人が元の世界に戻るには、博麗神社に住む『奈落の醜い巫女』こと『博麗霊夢』の力を借りるのが一般的であることを。

 

奈落の醜い巫女って何ぞい。と思う彼であったが、きっとそれも美醜感覚の問題でそう呼ばれているのだろうと思い、オレの感覚で言い換えれば『楽園の素敵な巫女』かなぁ、と勝手に解釈していた。

 

 

「真一様。よろしければ、こちらをどうぞ」

 

「? これは?」

 

 

咲夜は花柄の風呂敷で包まれた小さな箱を、真一に手渡す。

 

 

「博麗神社まではかなりのお時間を有しますので、お弁当をご用意させて頂きました。………ご迷惑だったでしょうか……?」

 

「いやいや全然そんなことないから!寧ろすごく助かる。ありがとう咲夜さん」

 

「………」

 

 

一瞬見せた咲夜の寂しそうな表情に、真一は少し焦る。

 

真一自身は、外の世界でモテたことはない。故に、自分に好意を持っていることが分かっている相手に接されると、どう対応すればいいのかわからなくなることがあるのだ。

 

彼の感謝の言葉を聞いて、咲夜の顔は少しだけ明るくなった。しかし、その表情には少しだけ不安の色があることを彼は悟った。

 

好きな人と離れ離れになる辛さ。今の咲夜の心はそれに支配されつつあったのだ。

 

彼女は弁当を手渡した彼に近づく。

 

 

「さ、咲夜さん?」

 

「…………」

 

 

意を決した表情をした咲夜。真一がそれに気づいた時には、その行為は終わっていた。

 

 

「……?? お姉さま。どうして私の目を隠すの?」

 

「貴女にはまだ早いからよフラン」

 

 

傘を持っているため左手を使えないレミリアは、フランドールを抱きしめるように、右腕を使って彼女の目を覆い隠す。

 

咲夜は頬に軽く触れる程度のキスを、真一にしたのだ。

 

 

「……ずっと、ずっと待っています」

 

 

咲夜は真一の耳元でそう囁くと、逃げるように紅魔館へ戻っていった。あまりの恥ずかしさのあまり火照った顔を、真一に見られたくなったからだ。

 

対する真一の顔も真っ赤である。下手をすれば、ファーストキスを奪われた時以上に真っ赤かもしれない。

 

 

「あれ? 咲夜はどうしちゃったのお姉さま?」

 

「恋の病が悪化したのよ。そっとしておきなさい」

 

「おいおいダーリン。嫁が傍にいるのに浮気とはどういうことだぜ」ツンツン

 

「……それで、何でアンタがここにいるのよ。魔理沙」

 

「嫁だからな」

 

 

恥ずかしさのあまり意識がトリップしていた真一であったが、実は始めからずっと彼の傍にいた魔理沙に箒で腰を突かれて戻ってきた。

 

 

「夫を護るのが妻の務めだ。私が責任を持って、ダーリンを霊夢の元まで連れてくぜ」

 

「………ボディーガード的な奴だ。オレ1人だと危ないのは事実だし」

 

 

魔理沙の言葉を無視して、レミリアに説明する真一。

 

彼女のお願いとは『博麗神社への道案内をさせてくれ』というものだった。魔理沙の強引な性格からして、彼は彼女からは絶対に幻想郷へ引き留められると思っていたので、彼女のお願い内容には驚いた。

 

曰く『夫のわがままを聞くのも妻の務めだ』とのこと。自分を一番に見てくれるなら、真一を束縛するつもりは魔理沙にないらしい。

 

真一は彼女のお願いを引き受けた。なんの力も持たないと思っている(・・・・・)彼に取っては願った叶ったりであったからだ。

 

 

「まぁ、真一がいいならそれでいいわよ」

 

「よっしゃ。それじゃあ行こうぜダーリン!」

 

「ダーリン言うな。……レミリアさん、フランさん。改めて礼を言わせてくれ、ありがとう。咲夜さんたちにも礼を言っておいてくれ。んじゃ、またな」

 

「ええ、次会う日を楽しみにしているわ」

 

「またねーお兄ちゃん!」

 

 

 

出会いがあれば別れもある。

 

紅魔館を後にした彼は、白黒の魔法使いをパーティに引き入れ、外の世界に戻るために、博麗神社へと歩き始める。

 

真一の旅は、まだまだこれからだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉さまお姉さま」

 

「どうしたのフラン?」

 

「どうして魔理沙は箒で飛ばないのかしら? お兄さんを乗せて飛んでいった方が早いよね?」

 

「………やっぱりお子様ねフランは」

 

「???」

 

 

 

歩いたほうが真一と長くいられる。

 

魔理沙の考えは、フランにはまだわからなかった。

 

 





ここまでで第1章終了です。
閑話を挟んで第2章へ続きます!


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閑話 親バカ


魔理沙が図書館を抜け出した直後ぐらいのお話。


※キャラ崩壊注意


 

 

 

魔法の森の入り口付近に位置する、和風造りの一軒家『香霖堂』。

 

幻想郷では滅多に見ない男の半妖『森近霖之助』が営むこの店は、幻想郷で唯一、外の世界を含むあらゆる道具を販売する道具屋である。

 

お店と言っても、訪れる客は非常に少ない。場所自体は人里に近いところにあるが、人里外へ出る人間はほとんどいない上、売っている物も骨董品のような希少価値はあるものの、実用性にかけるものが多い。

 

故に、彼はいつも暇をしているが、今日は珍しく来客が来ていた。

 

 

「相変わらず暇してるねぇ、お前は」

 

「……今、丁度暇じゃなくなったよ」

 

 

霖之助がカウンターで本を読んでいると、足を持たない一人の女性がふわふわと入ってくる。

 

長い緑色の髪をした彼女は、悪霊にして大魔法使い。魔理沙の師匠でもある『魅魔』であった。

 

 

「おや? 何か用事でもあるのかい?」

 

「悪霊退治さ。霊夢からもらったお札を試すときが来たようだ」

 

「やめてくれ。あの札は私に効く。というか霖の字、私は客だよ? お茶の一杯ぐらい出してもいいじゃないか」

 

「あいにく、お金を払わない者を僕は客とは呼ばないんだ。……と、言いたいところだが、君にならいいだろう。少し待ちたまえ」

 

 

霖之助は本を閉じ、店の奥にあるキッチンへと茶を入れに向かう。

 

彼は成年男性以上の高身長に、無駄に蓄えられている知識。顔立ちもいわゆるイケメンの部類であるため、女性にまとわりつかれることは今まで多くあった。

 

しかし、彼は"幻想郷の男"である。恋愛に興味のない性格と相まって、彼は女性に容赦しない。ブサイクならなおさらだ。養豚場の豚を見る目なんて比喩では生温いほどの目で、彼はブサイクを見下す。

 

 

 

しかし、それにも例外はある。

 

 

 

1つは客だ。『お客様は神様』という言葉があるように、お金を払う客であれば、彼もそれなりの態度をとる。

 

博麗の巫女服は彼が仕立てているものだ。彼女はツケておいてと言うが、その後で妖怪の賢者がちゃんとお金を払いに来るため、彼は渋々作っている。いや、仮にお金を払わなくとも、彼は作るだろう。

 

 

それはもう一つの例外である、彼に取って娘の様な存在である魔理沙が関わっている。

 

 

霧雨魔法店で修業をしていた彼は、魔理沙が幼少の頃から知っている。小さな子供に美人もブサイクも関係ない、霖之助は彼女を妹のようにかわいがった。

 

 

「どうぞ」

 

「ありがとさん………緑茶か、悪くないねぇ」

 

「お買い上げになるかい?」

 

「考えておくよ。ところで今日は魔理沙はいないのかい?」

 

「そのうち来るだろう。また男に関しての愚痴をこぼしにね」

 

 

魔理沙は霖之助をもう一人の父のように慕っている。幼い頃からの仲である2人の間に恋愛感情はなく、言うなれば親子みたいな関係だった。

 

彼女は良く彼に愚痴を言いに来る。"人里歩いてただけなのに舌打ちされた"など"男が私の顔を見て悲鳴を上げた"など。大体が男に関する愚痴であった。

 

 

 

魔理沙は知らない。霖之助が彼女の愚痴を聞いているとき、心の中で怒りに燃えていることを。 

 

 

「まったく……何故魔理沙はモテないんだろうね? あんなにも可愛いのに」

 

「泥の上に汚水を塗ったような顔立ちだからじゃないかい?」

 

「それは君のことだろう。魔理沙は天使だ、君と違って」

 

「命が欲しくないようだねぇ霖の字」

 

 

 

どんな子供でも親には可愛く見えるもの。

 

霖之助は親バカであった。実際の親ではないが、親バカに近いバカであった。

 

魔理沙の友人である霊夢の依頼なら、彼は進んで手を貸すのだ。

 

 

 

「まぁ仮に、魔理沙に好意と持つ男が現れたとしても、僕が許さないけどね」

 

「何様だいお前?」

 

「お父様だ」

 

 

もはや病気だった。

 

 

「……お前がお父様なら私はお母様かな」

 

「冗談は死んでから言ってくれ」

 

「悪霊だから死んでるようなもんさ私は。魔理沙の親代わりと言う意味なら、私たちは夫婦だろう」

 

「ふぅ……それ以上、僕の気持ちを害することを言わないでほしいね。吐き気止めはどこにしまったかな………」

 

「お前も悪霊にしてやろうか? あ゛あ゛?」

 

 

魅魔の杖に魔力が集中する。ブサイク故にいろいろ言われることには慣れている彼女だが、我慢の限界はあるのだ。

 

今にも香霖堂が消滅しようしたその時、バァン!と入り口の扉が勢いよく開かれた。

 

 

「おや、いらっしゃい魔理沙」

 

「おお魔理沙じゃないか。どうしたんだいそんなに慌てて」

 

 

噂をすればなんとやら。扉を開けたのは白黒の魔法使いの魔理沙であった。

 

 

 

彼女は香霖堂に入るなり、満面の笑みで言葉のダイナマイトを投下した。

 

 

 

 

 

 

「聞いてくれ!香霖!魅魔様!私、彼氏ができたぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

パリン!(湯呑が割れる音)

 

 

 

 

パリン!(眼鏡が割れる音)

 

 

 

 

 

 

 

「…………草薙の剣はどこにしまったっけか」

 

 

「落ち着け霖の字。変なキノコを食べただけかもしれない」

 

 

「違うぜ魅魔様。マジのマジだ。キスも済ませた」

 

 

「」

 

 

 

 

その後、暴走する霖之助を止めるのにかなりの時間を費やした魅魔と魔理沙であった。

 

 

今日も香霖堂は平和である。

 

 

 






香霖と魅魔様の出番はおそらくもうありません。2人のファンの方はゴメンよ……。



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第2章 竹取らぬ物語
レジスタンス



第2章、始まります。


 

 

「あぁー……幸せなぁー………」

 

「…………」

 

 

 

深緑が生い茂る森の中で、2つの足音と1つの声が木霊する。

 

外の世界へ帰るため博麗神社を目指し、道なき道を歩く2つの影。生粋の外来人である牧野真一と、普通の魔法使いである霧雨魔理沙の姿であった。

 

 

森の道は碌に整備されておらず、何百年もの時間をかけて育った木々の根があちらこちらに伸びており、普通に歩くにはなかなか骨が折れる道となっていた。力を持つ者の移動手段は大体飛行であるし、妖怪や妖精がたむろするこの森の道が整備されていないのは当然と言えば当然の事だった。

 

 

「…………いい加減離してくれ。ただでさえ歩きにくい道なのに」

 

「無理だ。腕がくっついちゃったからな」

 

 

小学生でもつかないような嘘を言う彼女に、真一は思わずため息がこぼれる。

 

ここまで歩いてくる中で、一方的に真一の腕に抱き付く魔理沙は、彼にこれでもかと言うほど質問を投げかけていた。

 

"好きな食べ物は何か"、"誕生日は何時なのか"、"どんな女性がタイプか"、エトセトラ。好きな人のことは何でも知りたい彼女の心情ゆえの行為でだった。真一も、彼女からのお願いとはいえボディーガードをしてもらっている身であるため無視するわけにもいかず、渋々と彼女の質問に答えていった。

 

 

「パーティキャラなら後ろについて歩いてくれ……って、流石に無理があるか。でも、できれば前を歩いてくれないか魔理沙さん」

 

「私は真一の隣を歩いていたいんだ。安心しろ。何か出たらマスパで何とかする」

 

 

そう言うと彼女は帽子からミニ八卦炉を取り出す。魔理沙が図書館でそれを使って魔法らしきものを撃っていたのを見ていた彼は、それだけでマスパという言葉の意味が何なのかがなんとなくわかった。

 

今までダーリンと呼んでいた魔理沙だが、真一の強い志望により名前呼びにしてもらった。いろいろと誤解を招きかねないからである。

 

 

「(……ほぉ、こいつはスゴイもんを見たもんだ)」

 

 

そんな2人の姿を遠くから目撃する、一人の妖怪がいた。

 

白と赤を基調とした服。鬼ほど長くはないが生えている角。黒髪に白と赤のメッシュが混在した彼女は幻想郷のお尋ね者。反逆のあまのじゃく『鬼人正邪』であった。

 

今日も今日とて追っ手を撒く日々を過ごしていた彼女は、反則アイテムを用いて身を隠していたところ、偶然にも魔理沙と真一を姿を目撃したのだ。

 

 

「(あんなブスに抱き付かれてるのに振りほどく素振りを見せないなんて、どういう精神してるんだあの男? もしや私の同類か?)」

 

 

そう考えた正邪は、頭に電球を浮かべてニヤリと笑う。

 

彼女は今、同士を探していた。強者(美人)を蹴落とし、弱者(ブサイク)が見捨てられない、まさに幻想郷をひっくり返すために共に戦う同士をだ。

 

幻想郷屈指の実力者に追われ、命からがら逃げ続けている彼女であったが、その程度で反省するような彼女ではない。

 

 

"あの男は使える"。そう直感した彼女は行動に出た。

 

 

 

「うおッ!?」

 

 

「ん? どうしたんだ魔理沙さ………あれ?」

 

「残念正邪ちゃんでしたー。ちょっと隠させてもらうよ兄ちゃん」

 

 

そう言って紫色のチェック柄模様をした布を自分と真一にかぶせた正邪は、お姫様抱っこするように真一を持ち上げ、全速力で飛んでいく。

 

 

『あらゆるものをひっくり返す程度の能力』

 

 

天邪鬼である彼女らしい能力である。彼女はこれを使って、真一に抱き付いていた魔理沙の位置と、茂みの中で隠れていた自分の位置をひっくり返したのだ。

 

 

魔理沙の姿が全くの別人に入れ替わったことにあっけにとられた真一は、為す術なく彼女に連れ去られるのであった。

 

 

 

 

*―――――――――――――――――*

 

 

 

 

 

「驚いて何も言えないか兄ちゃん? まぁ無理もないか。そしてどうだ? 私みたいな女に王子様抱っこされる気分は。実に屈辱的だろう!」

 

「魔理沙さん、なんか雰囲気変わった?」

 

「………は?」

 

 

はいはい冗談、別人ですよね。可愛い女の子にファーストキスを盗まれる経験をした今のオレは、可愛い女の子に誘拐されるぐらいじゃ動じんぞ。ダリナンダアンタイッタイ。

 

 

 

「……顔色一つ変えないとは、なかなか肝が据わった男だな」

 

「幻想郷では常識に囚われてはいけないってことが分かったからな。早く降ろしてくれ」

 

「そう言われて降ろす奴なんていないな。私の顔を間近で見て、せいぜい吐き気でも催すがいいさ!フハハハハ!」

 

 

今の絶対笑うところじゃない。

自分で言ってて悲しくないのだろうか。

 

ここまで開き直っていると逆にすがすがしい。しかし、オレには彼女の顔は吐き気を催す邪悪(ブサイク)には見えないのだ。やだ……幻想郷の女の子、美人多すぎ………?

 

あまりの高笑いっぷりにちょっと可哀想に見えてきたので、少し褒めてあげよう。何様だろうオレは。

 

 

「吐き気だなんて、そんなことないありませんよ。とっても可愛らしあ痛ッ!?」

 

 

言い切る前に地面に落とされた。解せぬ。

 

 

「ふふふ………私の目に狂いはなかったみたいだな………ここ、この私にkkかか可愛いとかいう奴は、同類に決まってる………そうに決まってる………」

 

 

何やら顔を赤くし震えて何かを呟く見知らぬ少女。赤と白のメッシュが入った髪に注意が言っていたが、よく見ると角みたいなのが頭から生えている。おそらくこの娘も妖怪なのだろう。角が生えているとなる鬼か何かか?

 

 

あれ、もしかして、オレ今妖怪に襲われてる?

もしかしなくても大ピンチ?

 

 

「お前!さては天邪鬼だな!?」

 

 

命の危機を察したオレにビシィッ!っと青色スーツを身に纏ったとんがり弁護士の様なポーズでオレを指さす彼女。

 

 

あまのじゃく……? 妖怪の種族のことだろうか。どこかで聞いたことあるような言葉だが、意味までは知らないなあまのじゃく。いかん、オレの語彙力の低さがバレてしまう。

 

「あまのじゃくが何なのか知らんが、オレは人間だ」

 

「ほほう……なかなかの天邪鬼っぷりだな。自分を天邪鬼と認めない天邪鬼っぷり、生まれ持っての天邪鬼である私も認めざるをえないなかなかの天邪鬼っぷりだ。同じ天邪鬼として誇らしいぞ私は」

 

 

ちょっと何言ってるかわかんなかった。

 

 

あまのじゃくって何?哲学?

 

 

 

 

 

*――――――――――――――――*

 

 

 

 

 

 

 

「いい反骨精神っぷりだ。やはりお前とは気が合いそうだな。名はなんだ天邪鬼」

 

「だからあまのじゃくじゃねえって。真一だ」

 

「我が名は鬼人正邪。どうだ真一!私と一緒にこの幻想郷をひっくり返さないか!?」

 

「こ と わ る」

 

 

即答だった。

 

彼の目的はあくまで幻想郷から外の世界へ帰ること。あわよくば、ラスボス八雲紫を倒し、散っていった友(3DS)の無念を晴らすことの2つだけ。

 

『仲間になれば世界の半分をくれてやる!』と言い出しかねない彼女の考えに、主人公の彼が乗るはずないのだ。

 

 

「ふっふっふ……否定は肯定と捉えても構わんな?」

 

「構うわ。そのまま捉えろ」

 

「……天邪鬼なのは良い事だが流石に天邪鬼すぎやしないか? 天邪鬼であることは天邪鬼的思想を抜きにして誇りに思っていいんだぞ真一」

 

「だからあまのじゃくじゃねえって言ってるだろ!」

 

 

天邪鬼ゲシュタルト崩壊。柄にもなく真一はキレた。

 

ほぼ初対面の相手にここまで自分の話を聞き入れてもらえない経験は生まれて初めてだった。彼のヤバい友人達でさえ、初対面でも会話は成立したのだ。

 

 

「まぁまぁそう怒るなって。お前が天邪鬼であろうとなかろうと、お前にブサイク耐性が携わっている確かだ。私が望むひっくり返った新世界の住人にふさわしい」

 

「魔王みたいなセリフ言うなコイツ………。どちらにせよ、お前の考えに乗るつもりはないぞ」

 

魔法使い(ブサイク)に抱き付かれても嫌な顔一つせず、(ブサイク)と話しているのに目を逸らすこともしない。私をも凌駕するその天邪鬼っぷり、お前なら新世界の神も夢じゃない!だから、な?一緒にこの腐った世界をひっくりかえそ?」

 

「だから断るって言ってんだろ!とことん人の話を聞かないなお前!」

 

 

真一はそう言って再び正邪にキレるが、彼女はわざと彼の話を聞いていないふりをしていた。

 

正邪は本気で真一のことを天邪鬼と思っているわけではない。このような強気な態度を取る理由は一つ、真一が自分より弱いと思っているからである。

 

天邪鬼でも相手は選ぶ。真一が正邪より強かったならば、彼女は彼を連れ去りはしなかっただろう。と言うよりも、連れ去ること自体できなかっただろう。しかし、真一が正邪より弱いなら話は変わる。

 

 

小物と呼ばれても彼女は妖怪である。妖怪なら妖怪らしく、力で脅せばいいだけなのだ。

 

 

そう考えていた彼女であったが、彼が外来人であるとは夢にも思っていなかっただろう。

 

 

 

「オレは人間で、外来人だ!お前みたいな整った顔を可愛いと思う外来人なんだよ!」

 

「な―――ッ!?」

 

 

ビシィッ!っと赤色のナルシスト検事の様なポーズでを指さす真一。それに少し驚いたのか、正邪は目を見開いてたじろく。

 

彼女は外見は元より、その素行故、褒められたことは今までなかった。しかし、彼女はそれでよかったのだ。何故なら自分は天邪鬼。悪口こそが彼女にとっての最高の褒め言葉であり、褒め言葉こそが彼女にとって悪口になる。

 

真っ正面から褒め言葉(悪口)を言われることは多くあったが、待っ正面から悪口(褒め言葉)を言われる経験が皆無な正邪は、自身の外見を貶された(褒められた)ことに酷く動揺した。

 

 

「……やはりお前は天邪鬼のようだ。私が可愛い?本気でそう思ってるのか?」

 

「そうだよ。お前は可愛い。オレが自信をもって断言してやる」

 

「そうかそうか………私が可愛いか…………ふっふっふっ………」

 

 

天邪鬼であることを忘れ、ちょっぴり頬を染めてにやにやとする正邪であったが、すぐに我を取り戻す。その直後、彼女は激しい自己嫌悪に襲われた。

 

 

「(褒められて何笑ってんだ私!?そこは『図に乗るな人間!』とか言って激怒するところだろ私!……あれ、褒められて笑うのは普通じゃね?いやでも私天邪鬼だし。貶された方が嬉しいし。でもコイツに褒められたの悪い気はしなかったし……あれ?)」

 

 

正邪は混乱した。考えれば考えるほど、自分の考えが逆転した。

 

突然、頭を抱えて悩む正邪を不審に思う真一。正邪が妖怪であろうとも、真一の目に彼女は年下の女の子にしか見えないのだ。目の前で頭を抱えていれば、怒りを覚えていた相手とはいえ心配ぐらいする。

 

 

「お、おい。どうかしたのか?」

 

「えっ」

 

 

そう言って正邪の顔を覗き込む。彼女とはすぐに目があった。

 

数秒の沈黙。その数秒で、天邪鬼はただの女の子と化した。

 

 

「……ち、ちくしょ――ッ!何なんだよお前はよぉ―――――!!」

 

 

急に恥ずかしさが込み上げてきた彼女のとった行動は"逃走"だった。幻想郷の強者から逃げ回っているだけあり、その逃げ足は脱兎のごとし。捨て台詞は小物のそれだった。

 

涙目で、顔も耳も真っ赤にして、一度も振り返ることなく森の奥へ逃げる。

 

 

「……え!?おい!ちょっと待て!」

 

 

 

逃げると思っていなかった真一は慌てて正邪を呼び止める。が、時既に遅く、彼女の背中が豆粒ほど小さく見えるの距離まで逃げられてしまい、終いには姿は見えなくなった。

 

 

一人、森の中で立ち尽くす。

 

 

「……………ここどこだよ」

 

 

 

口に出しても、答えてくれる人は誰もいない。

 

 

 

牧野真一。人生初、森で迷子になった。



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シャンハーイ







 

 

*―――――――――――*

 

 

 

こちら、絶賛迷子中の牧野です。パーティメンバーの魔法使いさんと逸れて一人森の中を突き進んでおります。魑魅魍魎がはびこる森の中でボッチという結構洒落にならない状況ですが、オレはまだ生きています。

 

しかしそれも時間の問題だ。

 

 

 

攻撃力防御力共に最低値。全力で100m走り切れない程度のHP。素早さは人並み。装備品はジャージのみ。

 

これがオレのステータス。正直スぺランカーさんをバカにできない。スライムにだって負ける自信がある。

 

残機0且つオワタ式の状況で一人だけって、ちょっと笑えないレベルでの危機的状況だ。

 

 

「おーい、誰かいませんかー。魔理沙さーん」

 

 

今のオレの作戦は、森を歩きつつ、魔理沙さんとの合流を図ること。じっとしていてもイベントは起きないのだ。

 

妖怪や妖精が住まう森と聞いていたから慎重に行動していたが、何分か歩いていても誰もいないため、声を出して魔理沙さんを探す。

 

この際、魔理沙さんじゃなくてもいい。言葉の通じるものを見つけたい。最悪さっきの妖怪さんでもいいから、パーティを増やさなければ。じゃなきゃ死ぬ。

 

 

「誰かいたら返事してくださーい」

 

「シャンハーイ」

 

「………おお?」

 

 

意外にも、返事は足元から聞こえた。

 

 

下を向くと、そこにいたのはフェルトでできた人形。魔理沙さんを思わせるような金髪に大きめのリボン、シンプルな黒点の目を持った、女の子に受けがよさそうな人形だった。

 

人形はオレのズボンの裾を引っ張っている。伸びるからやめなさい。

 

 

「よっこいしょ」

 

「シャンハーイ」

 

 

試しに持ち上げて間近で確認してみるが、動いて喋ること以外はただの人形の様だ。妖怪とか妖精よりは、動くヌイグルミの方が幾分現実味があるから、あまり驚くことはなかった。だってもう吸血鬼とか見ちゃったしね。アハハ。

 

この人形さん言葉を発してるし、もしかしらた意思疎通ができるかもしれない。ダメもとでやってみよう。

 

 

「可愛いお人形さん。君のお名前は?」

 

「シャンハーイ」

 

「どこからやって来たんだい?」

 

「シャンハーイ……」

 

「………もしかして、迷子?」

 

「シャンハーイ!」

 

 

意志疎通成功。やってみるもんだね。このお人形さんも迷子のようだ。

 

しかし何故シャンハイなんだ……? オレの知らない間に上海も幻想入りしたのだろうか。メーリンさんも妖怪とはいえ中国語喋ってたし、オレのいた世界の文化は、幻想郷にも存在するのかもしれないな。

 

 

「シャンハイ! シャンハーイ!」

 

 

人形はいつの間にかオレの手をすり抜け、頭の上に乗っかっていた。重くはないから別にいいけども。

 

そっちに行けと言わんばかりに、森の一方を指(腕)指して人形は叫ぶ。もしかすると、向こうにこの人形の持ち主がいるのかもしれない。

 

そうとなればこの人形さんに従おう。置いていくのも可哀想だし、こんな人形を持っている人が悪い人とは考えにくいしな。

 

 

「シャンハーイ!」グイグイ

 

「髪を引っ張るな、髪を」

 

 

 

人形がパーティに加入しました。やったね牧野!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お人形さんは有能でした。

 

 

「スゴイなお前。本当についたぞ」

 

「シャンハーイ…!」

 

 

きっとドヤ顔をしているに違いない。声のトーンでわかる。

 

森を抜けた先にあったのは、小学生の頃に社会の教科書で見たような、昔の日本を思い出させるような小さい町だった。町と言うよりは村と言った方が正しいかもしれない。

 

洋風だった紅魔館とは真反対。古き良き和ってのが伝わってくる、そんな場所だった。

 

 

「………タイムスリップした気分だなぁ」

 

「シャンハーイ?」

 

「ん、こっちの話」

 

 

道行く人たちは全員着物みたいなのを着ているし、お店の看板も右読み。日本の時代でいえば昭和ぐらいだろう。一度だけ、外の世界にある映画村に行ったことはあるが、それに近い感じだ。すれ違う人たちにチラチラ見られている気がするのはこんな格好(ジャージ姿)だからだろう。

 

すれ違う限り、人里の男女比は3:7ぐらいか。美醜感覚の逆転が影響しているのか、単純に幻想郷には女性が多いだけなのか。答えは神のみぞ知る。

 

 

「で、お前の持ち主はどこにいるんだ?」

 

「シャンハーイ」

 

「え? 飛べたのかお前」

 

 

人形はオレの頭から飛び降りたと思ったら、そのまま宙に浮いて、ふよふよとどこかへ行ってしまった。

 

きっと持ち主の元へ帰るのだろう。ならばオレは引き留めない。物は持ち主の元へ帰るのが一番だ。

 

でも飛べたなら最初から飛んでほしかった。軽かったとはいえ、20分間頭に乗られるのは首にきたぞチクショウ。

 

 

まぁでも、道案内ありがとなー。人形さん。

 

 

 

*――――――――――――*

 

 

 

人里では不定期ながら、人形劇が開かれる。

 

七色の人形遣い『アリス・マーガトロイド』。魔法使いでもある彼女は、魔法の糸を使って人形を操ることで、あたかも人形自身が意志を持って動いてるかのように見せることが出来る。

 

その一挙手一投足は見るものを魅了する。特に里の小さな子供たちには非常に人気が高かった。

 

 

「たのしかったよー!」

 

「またやってねおねーちゃん!」

 

「はいはい。またね」

 

 

別れの言葉を残して去っていく子供たちに、アリスは軽く手を振る。彼女の容姿は決して褒められるものではなかったが、人形劇のおかげで子供たちからの人気は高い。寺子屋に入るにはまだ早いぐらいの歳の子供たちは、まだ美醜観念をよく理解していないのだ。

 

彼女は魔法と用いてパパッと後片付けを済ませる。その様子には若干の焦りが見えた。

 

 

「(早くシャンハイを探しに行かないと……!)」

 

 

彼女は人里へ飛んで向かっている途中、人形を一つ落としていた。

 

本当なら人形劇を中止にしても探しに行きたかった彼女だが、純粋な子供の眼差しには勝てなかった。急遽変更で、シナリオの短い人形劇を行い、今に至る。

 

彼女の落とした”上海人形”は、製作者の彼女にとっては家族の様なもの。1人でも欠けてほしくはないのだ。

 

 

「よし、片付け終了!待っててね上海!今迎えに行くから!」

 

「シャンハーイ」

 

「……………あれ? 上海!?」

 

 

探し物は既に、彼女の足元にいた。

 

上海人形は基本的にアリスの魔力を動力源として動く。人形内に魔力が残っていれば、アリスが操らなくとも、人形の意志で動いたり飛んだりすることができる。動くには魔力を消費するため、上海は真一の頭に乗ることで魔力を節約していたのだ。

 

人里に入って上海が真一の頭から飛び立ったのも、今の魔力の量ならアリスの元へ帰れると判断したからである。

 

 

「森に落としちゃったと思ったのに……いったいどうやって? でも、戻って来てくれて本当によかったわ。ゴメンね上海」

 

「シャンハーイ」

 

 

アリスは自分の子供のように上海を抱きかかえる。その様子だけで、どれだけ彼女が上海を心配していたかがうかがえた。

 

上海もまたアリスが自作した人形である。が、制作者である彼女も、上海の言葉はわからない。故に上海に問いかけても答えが戻ってくることはない。

 

しかし、アリスの疑問を解く手段はある。

 

 

「上海、ちょっと同期するね」

 

 

上海が見て、聞いて、経験した記憶は魔力として体内に蓄積される。彼女は魔法を使って上海と同期することで、上海がどこで何をしていたのかが分かるのだ。

 

 

「シャンハーイ?」

 

「大丈夫よ。痛くないから」

 

 

アリスは上海の額に自分の額を当て、神経と魔力を集中させる。人間と同じく、上海の記憶も頭に蓄積されているのだ。

 

もし誰かに拾われてここまで戻ってきたとしたならば、その人にお礼をしなくちゃね。そんな考えの元、彼女は上海とリンクする。

 

 

『可愛いお人形さん。君のお名前は?』

 

「…………ええ!?」

 

 

上海との同期が完了した瞬間、彼女の目に映ったのは(真一)の顔だった。

 

 

「あなた……男の人に助けられたの!? しかも可愛いだなんて言われて……」

 

「シャンハーイ?」

 

 

上海は頭にクエスチョンマークを浮かべる。何がおかしいのか理解できていない様子だった。

 

上海人形はあまり可愛いと呼べる人形ではなく、ブサイクをデフォルメにしたような人形であった。しかし、アリスにとっては生まれて初めて作った人形であり、彼女の親代わりである人物に『とっても可愛い人形さんね!』と言われた過去があることから、この姿かたちを変えることは今まで一度もなかった。

 

そんな上海が男の人に助けられ、可愛いと言われたのだ。

 

 

「なんて羨ましいッ……!私なんて一度も可愛いなんて言われたことないのにッ……!」

 

 

キィー!っとアリスは白いハンカチを噛んで悔しがる。アリスがパルパルするのも当然であった。

 

 

「……でもこれはチャンスよ。上海を助けてもらったお礼としてこのイケメンとお近づきになるチャンスと、私は受け取ったわ! よくやったわね上海!」

 

「シャンハーイ!」

 

「そうと決まれば家に帰ってお礼のクッキーを焼かなくちゃね! 見てなさい魔理沙、パチュリー。私は貴女たちより10歩先へ行かせてももらうわ!」

 

 

確固たる決心を胸に、人形劇セットの入った箱に上海を入れて、彼女は人里を飛び立つ。

 

魔理沙がその男とファーストキスをしたのをアリスが知るのは、まだ先であった。

 

 



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真一、マミる。

 

 

ロールプレイングゲームをプレイする際中、新しい街に到着した時、みんなは最初に何をするだろうか。

 

 

手あたり次第に街の住人に話しかけて情報収集をするか、宿屋を探してHPを回復を優先するか、道具屋にいって武器の補充をするか、とりあえずセーブするか……それは人さまざまだろう。

 

 

オレは情報収集派だが、あくまでそれはゲームの中の話。リアルはそんなに甘くない。近づいてAボタンを押せば相手が勝手に話してくれる都合のいい世界ではないのだ。

 

リアルで道行く人に話しかけるのは勇気がいる。オレのいた世界じゃ、異性に話しかけるだけで事案扱いされるパターンも珍しくなかった。見ず知らずの相手に話しかけるのは、正直気が引けるのだ。……け、決してコミュ障ではない。

 

 

 

 

と言うわけで、今回はHP回復に勤しむことにした。

 

偶然見つけた茶屋の前にある木製の長椅子に座り、咲夜さんから受け取ったお弁当を食べている。もちろん、お店の人にはちゃんと許可をもらった。時計を持っていない以上、自分の体内時計を信じるしかないが、おそらく今はお昼ごはんには少し早い時間帯だろう。しかしオレは腹ペコ。森を中を歩くのはなかなかにエネルギーを消費するのだ。

 

お金を持っていればお団子でも注文していたが、無一文である以上仕方ない。たとえ持っていたとしても、日本銀行券が幻想郷で使えるのか定かじゃないしな。

 

お弁当の中身はおにぎりやウインナー、卵焼きなど、意外にも馴染み深い料理が多かった。どの料理もとても美味しい。ありがとう咲夜さん。

 

 

 

 

 

*―――――――――――――――*

 

 

 

 

「はうっ!今、真一様に褒められた気がっ!十六夜、至福の極みっ!」

 

「お姉さまー、あれも恋の病気?」

 

「あれは頭の病気よ。それよりフラン、朝更かしはお肌に悪いから早く寝なさい」

 

「はーい」

 

 

 

 

*―――――――――――――――*

 

 

 

 

 

 

カランカランと、下駄が地面を蹴る音が響く。

 

 

「こんな時間から、若い男が茶屋におるとは珍しい。隣をいいかの?」

 

 

真一が2つ目のおにぎりを頬張ろうとした時、緑色の着物に葉っぱの髪飾りを付け、右手に煙管を持った女性が声をかけてきた。

 

外見は真一と同じぐらいか少しだけ若いぐらいであったが、老人口調と煙管のせいか、真一にはその女性が非常に大人びて見えた。

 

真一は座っていた位置から少し左により、右側にスペースを作る。

 

 

「構いませんよ。どうぞ」

 

「ほう、こりゃまた珍しい。大抵の男は嫌な顔をして断るか、嫌な顔をして逃げるかのどちらかなんじゃが……まぁいいわい。よっこいしょ」

 

 

爺臭い掛け声と共に、彼女は真一の隣に腰を下ろす。

 

 

「儂はマミゾウという者じゃ。お主、外来人じゃろう?」

 

「! わかるんですか!?」

 

「ふぉっふぉっふぉっ、そんな格好をしておれば誰でもわかるぞい」

 

 

マミゾウと名乗る女性は笑いながら、人里ではかなり浮いている真一のジャージを指さす。外の世界からやってきた者たちの中にはジャージを持っている者もいるが、幻想郷自体にジャージという文化は存在しない。

 

 

「見たところ、幻想入りしてまだ間もないようじゃな」

 

「はい。実は―――――」

 

 

 

<男子説明中...>

 

 

 

「なかなか波瀾万丈な生活を送っとるの。顔については酷く言える立場ではないが、あのブサイク百鬼夜行が集う館に泊まったとは、大したメンタルじゃなお主」

 

「まぁ……いろいろ事情がありまして」

 

 

やんわりと彼ははぐらかす。美醜感覚が逆転していることを話すと話がややこしくなりそうだと判断したからである。

 

彼が説明したのは昨日幻想入りしたこと、紅魔館で一晩過ごしたこと、魔理沙の一緒に博麗神社を目指していたが逸れて、人里にたどり着いたことの3つである。

 

マミゾウは真一のはぐらかした部分に関して特に気にする様子は見せず、話を続ける。

 

 

「ふむ……あの妖怪神社に向かうだけなら問題ないじゃろう。だが一つだけ忠告しておくぞい」

 

「今聞き捨てならない単語が聞こえた気が」

 

「向こうに竹林が見えるじゃろう」

 

 

真一を無視して、マミゾウはある方向を煙管と使って指す。その先には確かに、遠くから見てもわかるほど、長い竹が無数に生えている場所があった。

 

 

「迷いの竹林と言っての、あそこだけには絶対に近づいてはいけんぞ。絶対じゃ」

 

「そんなに危険なところなんですか?」

 

「竹林も危険じゃが、それ以上に危険なのは竹林を抜けた先にある"永遠亭"という医療施設じゃ」

 

「医療施設?」

 

 

人間が住んでいる以上、医療施設の1つや2つあってもおかしくないと思う真一であったが、危険の意味は分からなかった。

 

真っ先に思いついたのは、人間を解剖し、小腸を素手でまさぐりながら高らかに笑うマッドサイエンティストの姿。それならば確かに危険だと彼は思ったが、真実は違う。

 

 

「幻想郷では今まで様々な異変……まぁ事件が起こっておる。その多くが博麗の巫女によって解決されてきた。鬼のように強い女じゃが、その巫女が唯一、満身創痍寸前まで追い詰められた異変があっての。その首謀者がそこにおるのじゃ」

 

 

博麗の巫女。異変。その単語には真一も聞き覚えがあった。

 

紅魔館にいた時に教えてもらったことだ。春が訪れなかったり、夜が明けなかったり、空飛ぶ宝船が噂になったりと、幻想郷ではさまざまな異変が起こっていることを。

 

それを解決しているのが博麗の巫女と愉快な仲間たち。魔理沙は常に、咲夜は時折、異変解決の手伝いをしていると言うのも彼は聞いていた。

 

彼女たちがどれだけ強いのかは、図書館大戦争において彼は直接目にしている。あれほど凄まじい戦いを繰り広げる彼女たちが追い詰められるほどの強さを持つ者がいるとは、真一には信じ難かった。

 

 

やはり血塗られたマッドサイエンティスト……そう思う真一であったが、真実は違う。

 

 

「まぁ、儂もその異変が起こった時期には幻想郷におらんかったからのぉー。実際のところはわからん。儂は首謀者の顔も見たことないし、見たいとも思わんしの。命は惜しい」

 

「そんなに危険なのか…………ん? ってことはマミゾウさんも外来人なんですか?」

 

「うむ……まぁ、半分は間違ってはおらんぞい」

 

 

正確には外来妖怪じゃがの、と思うマミゾウであったが、妖怪であることは隠しているため口に出すことはない。

 

彼女は人里に入る時、人間に化ける。『化けさせる程度の能力』を持つ彼女であれば、ブサイク……幻想郷でいう美人の姿に自分を『化けさせる』ことも可能であったが、彼女は敢えてそれをしない。

 

まず、マミゾウはもともと男にモテようと考える性格ではなかった。その上、人里に関わらず、幻想郷に在する有力者たちのほとんどが女性でありブサイク。そんな彼女たちに近づくには、同じブサイク姿の方がいろいろと都合が良かったのだ。

 

下手にいろんな姿に化けてもボロがでる。そう考えたマミゾウは、人里に入る時には今の姿へ化けることに決めているのであった。

 

 

「教えていただきありがとうごさいます。マミゾウさん」

 

「なあに。儂も久しぶりに男と話せて楽しかったぞい。お主の探している魔法使いも、人里にいればそのうち会えるじゃろう。じゃあ儂も用事があるからの。無事に戻れることを祈っておるぞ、牧野」

 

マミゾウは煙管を懐にしまいながら立ち上がり、履いている下駄をカランカランと鳴らしながら茶屋を後にする。

 

『不思議な風格があるなぁ』と真一はマミゾウの後ろ姿を見送りながらそう思った。

 

 

「……あれ、そういえばオレ、名前言ったっけ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、こりゃなかなか美味じゃな。……………しかし、アヤツをこちら側に呼び出すとは、ついに落ちぶれたか? あのスキマめ」

 

 

真一の弁当からコッソリ盗んだ唐揚げを頬張りながら、空を一瞬睨む。すぐさま視線を前に戻し、彼女は人里にある貸本屋『鈴奈庵』へと足を運んでいった。

 

 

 

 

 

*―――――――――――――――――*

 

 

 

 

 

 

目的地変更のお知らせ。ちょっと寄り道して、あの竹林を探索しようと思う。

 

 

流石のオレでも「行くなよ?絶対行くないよ!?」なんて言われたら行くっきゃない。危険なところには近づきたくなるのが人間の性ってものだし、ダチョ〇倶楽部的なノリには逆らえるだろうか。いや逆らえない。

 

決してマミゾウさんが嘘をついているとは思ってない。良い人そうだったし(単純)。博麗神社を妖怪神社と言った点に関しては気になったが。

 

 

まぁ、近づいたらいきなりトゲが生えてきてティウンティウン。なんて理不尽極まりないトラップがあるわけじゃないだろう。迷いの竹林って言われてるぐらいだから迷子になりやすいだけに違いない。

 

オレだって2度も迷子になるつもりなんてないし、マッドサイエンティストに身体をいじられるのはゴメンだ。入口周辺をちょこーっと散策したら、すぐに引き返そう。

 

 

 

フラグとかじゃないからねコレ。決して。断じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*――――――――30分後―――――――*

 

 

 

 

 

 

 

………ここはどこ。オレは真一。

 

 




真一、マミ(ゾウさんと出会い、なんやかんやあってフラグを回収す)るお話でした。




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殺意の百合と幸福ウサギと

 

 

 

 

 

 

「いやー………最近はよくこちらに来ますねー………」

 

「悪いかしら?」

 

「いえいえいえいえ滅相もないッ! 歓迎体勢はいつでも整っておりますので!」

 

 

迷いの竹林を歩くピンク色の小さなシルエットと、金色の大きなシルエット。

 

 

「(うう……何だって私がこんな役目を………)」

 

 

涙目になっている小さいシルエットは、醜い容姿にも関わらず『人間を幸運にする程度の能力』を持つ故、人間から人気が高い地上のウサギ『因幡てゐ』。普段なら仕事をサボって悪戯に精を出している彼女であったが、今日はそうもいかなかった。

 

彼女が逆らえない存在、永遠亭の医師である『八意永琳』から直々に託された仕事。「断るのは自由だけど、あとで新薬のモルモット(被験体)になってもらうわよ」と、怪しい薬品が入った注射器を手に持った永琳に脅されてしまえば、彼女もサボるわけにはいかなかった。

 

 

「きょ、今日は一体、どのようなご用件で?」

 

 

相手の顔色を窺うように、てゐは彼女に尋ねる。

 

永琳からの仕事は単純なもので、客人が永遠亭に来たがっているから迎えに行って来い、と言うもの。本当ならばこの仕事は、もう一人のウサギに任させるものであった。しかしその彼女は今、永琳の実験に付き合っている真っ最中である。

 

 

「答えるまでもない事を聞かないでちょうだい」

 

「ひいッ!?すみませんすみません!」

 

「この穢れた地上に降りてくる理由なんて、一つしかないでしょう」

 

 

金色のシルエットは両手を赤く染めた頬に当て、語る。

 

 

「ああ……早く会いたいわ……私の可愛いうどんちゃん」

 

 

身体をくねらせてそう語る彼女。その正体は復讐に燃える月の神霊『純狐』。といっても、最近は復讐にではなく、永遠亭に住むもう一人のウサギ『鈴仙・優曇華院・イナバ』に萌えていた。

 

 

「(………こればっかりは鈴仙に同情するよ)」

 

 

瞳孔を開きながら顔を赤くする純狐に、てゐは恐怖を覚えた。

 

勘違いしてはいけないのは、純狐の鈴仙に対する感情がLoveではなくLikeであるということ。ブサイクのお手本の様な顔立ちをしているものの、純狐は既婚者である。彼女は亡き自分の息子を、鈴仙に投影しているのだった。

 

それだけならいいのだが、問題はその感情が重いこと。最近では週一で地上に降り、鈴仙に拷問に近いスキンシップを図りに永遠亭を訪問している。そのストレスのせいか、鈴仙の耳は干からびたようにしわしわになっていた。

 

 

「私のうどんちゃんに悪いハエは近づいていないかしら?」

 

「だ、大丈夫ですよー! あの顔ですから全然モテませんし、寧ろ嫌われてるっていいますか」

 

「私 の う ど ん ち ゃ ん が 嫌 わ れ て い る・・・?」

 

「(あああああ!めんどくさい!)」

 

 

やっぱり断ればよかった。こんなことならモルモットになってた方がマシだったかもしれない。マジ何なんなのさこの人。何で常時瞳孔が開いてるのさ。

 

今にもこの仕事を投げ出したい気持ちでいっぱいのてゐであったが、本当にそんな事をしたらどうなるか、わからないほど彼女は馬鹿ではない。喉から出かかった真の気持ちをグッとこらえ、彼女の機嫌を鎮めるために笑顔でフォローを入れる。

 

 

「鈴仙は嫌われていることを気にしてる様子はないウサ! それにこの前『私には純狐さんがいるから……』って呟いてたのを聞いたウサ」

 

「………もう、うどんちゃんったら。今日もたくさん可愛がってあげないとね……うふふ……」

 

「(鈴仙ゴメン。マジゴメン)」

 

 

心の中で、てゐは土下座と合掌をする。嘘をついてでも純狐の機嫌を取らないと、危ないのはてゐ自身なのだ。

 

もし鈴仙が明日まで生きていたら、人参でも奢ってやろうと考えるてゐであった。

 

 

「……………あら」

 

「? どうかされましたか?」

 

「今、何か声が聞こえた気がしたのだけれど」

 

「きっと鈴仙が純狐様への愛を叫んでる声ウサ」

 

「まぁうどんちゃん……!そんなに私の事を………!!」

 

「(…………まぁ、叫んでるのに違いはないだろうけど)」

 

 

 

 

 

 

*―――――――――――――――――*

 

 

 

「これ以上はやめてください師匠! 私このあと純狐さんの相手をしなくしゃいけないんですよ!? 体力が持ちません! 本当に死んでしまいますから!」

 

「優曇華。この前教えたばかりでしょ? 医学の発展に犠牲は付き物なのよ」

 

「うえぇ!? 殺す気満々!? じゃあ師匠自身が被験者になればいいじゃないですか! 犠牲なく医学を発展できますよ!」

 

「嫌よ。苦しいじゃない」

 

「理不尽――――――――――ッ!」

 

 

 

*―――――――――――――――――*

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*あなのなかにいる*

 

 

 

 

どういうことかって?詰んだってことさ。

 

 

竹林に入る前、オレはいきなりトゲが生えてくる系のトラップがあると予想していたが、答えはいきなり足場がなくなる系トラップだった。どちらにせよ岩男さんだったらティウンティウンでしたね、あーあ、やっちまったぜ。

 

 

 

オレは青いハリネズミにも勝るスピードでフラグを回収していた。途方もなく彷徨っていたらいきなり足場が崩れ、そのまま真っ逆さま。身体を思い切り打ち付けたハズだが、うまく受け身が取れたおかげか、そんなに痛くなかった。

 

しかし、何故竹林に落とし穴があるのか。悪戯にしては深すぎる。壁もほぼ垂直だし、自力で登ることもできやしない。

 

 

迷子になったのはオレの自業自得だから受け入れるけど、この状況は受け入れ難い。地上までの距離はかなりある。助けを叫んでも、この穴にかなり近づいた相手じゃないと、こちらの声は届かないだろう。

 

 

 

「誰かァアアアアアア! 助けてぇえええええ!!」

 

 

 

だが、叫ばないと助けが来ないのも事実。

 

 

森で助けを求めていた時の声量の10倍もの声量で叫ぶ。冗談抜きで命が懸かった状況なのだ。今以上に危機感を感じたことはない。喉を絞り上げて、声を枯らすまで、何度も助けを叫んだ。

 

 

 

が、現実は非情である。

 

 

「……ッ…………~ッ…」

 

 

何時間叫び続けただろう。空が暗くなっているところを見るに6時間ぐらい叫んでいたのだろうか。

 

結果として、助けは来なかった。先に来たのは喉の限界だった。カラオケに行ってもこんなに叫ばねぇよってぐらいの音量で叫び続けたからな。喉も体力も既に限界に達していた。

 

 

穴の中で寝転がり、空を眺める。

 

 

あー……このまま誰も来なかったらどうなるんだろオレ。餓死かな? 水さえあれば食べなくても1週間ぐらい生きてられたぜって友達から聞いたことあるけど、水なしだとどれぐらい持つのだろうか。

 

というか、この状況で地震とか来たら生き埋めになるんじゃないかオレ。そしたらホントに死ぬな。餓死と生き埋めどっちが苦しいんだろ。

 

 

 

 

……ダメだオレ。ネガティブになってはだめだ。そんなこと考えても穴から抜けられるわけじゃない。今は身体、主に喉を休ませよう。ひと眠りすれば今よりはマシになっているはずだ。

 

 

 

…………あー、ちくちょう。

不安でなかなか寝付けねぇや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい! おい!!しっかりしろ! 大丈夫かお前!?」

 

 

 

 



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頭がおかしい人

 

 

 

夕方より少し前、永琳が優曇華院を使った実験を丁度終えた頃、蓬莱の人の形『藤原妹紅』が1人の患者を連れて永遠亭にやってきた。

 

患者は人里に住む小太りの男性、推定50歳前後。何でも畑仕事中にぎっくり腰になり、そのまま気を失って倒れたとの事。妹紅は友人に頼まれ、この男を永遠亭まで運んできたのだった。

 

月の頭脳と呼ばれる永琳にとって、ぎっくり腰を直すことなど赤子を泣かせることより簡単である。ちゃちゃっと薬を調合し、男の腰に塗りたくることで治療は終了した。

 

 

「こんばんわ。御邪魔しているわ八意永琳」

 

「あらこんばんわ。優曇華なら自室で死んだように寝てるわよ」

 

「うどんちゃん!うどんちゃーん!」

 

 

永遠亭にやってきた純狐と軽く挨拶を交わした永琳は、廊下を駆けていく純狐を見送りながら、一息入れるためにお茶を啜る。

 

 

「……大丈夫なのか鈴仙ちゃんは。その内ストレスでホントに死んじゃわない?」

 

 

そんな2人のやり取りを見ていた妹紅。永遠亭に住む姫様とは犬猿の仲の彼女だが、それ以外の住人とは比較的仲がいい。鈴仙とは以前の異変(東方深秘録)で関わったこともあり、少し心配した様子を見せる。

 

 

「平気よ、優曇華は私の弟子よ? そう簡単にくたばるほど軟な育て方はしてないわ」

 

「育て方って……薬付けの間違いだろう。(すこぶ)る健康に悪そうだ」

 

「既に健康に悪そうな顔立ちしてるじゃない」

 

「そりゃ全員だろ」

 

 

紅魔館同様、永遠亭もまたブサイクの巣窟である。しかし、顔面偏差値だけ見れば、永遠亭は紅魔館よりも圧倒的に下であろう。

 

その原因は、永遠亭に住む汚姫様が関係している。

 

 

「それで、貴女はこれからどうするの? うちの姫とじゃれあう気?」

 

「いや、このまま帰るわ。今日は輝夜と戦う覚悟はできてない」

 

 

 

『蓬莱山輝夜』

 

 

幻想郷でこの名前を知らない者はいない。

 

 

『永遠の汚姫様』

 

『ブサイクの権化』

 

『絶対に見てはいけないあの人』

 

『見たら死ぬ顔』

 

 

このように、さまざまな異名を持つ彼女。この異名からわかる通り、彼女は幻想郷に数多く存在する絶望的ブサイクの頂点に立つ存在である。

 

妹紅は幻想郷で初めて輝夜と対面した時、一度死んでいる。死因は窒息死。あまりの気持ち悪さに嘔吐が止まらず、そのままポックリ。妹紅にとってあれほど汚く屈辱的な死に方は今までなかっただろう。

 

生半可な覚悟で輝夜の前に立つことは自殺行為である。輝夜と喧嘩する前日は、一日中精神統一をしてから挑むのが彼女のやりかたであった。

 

 

「じゃあ私は帰る。近いうちに殺しに行くって輝夜に伝えておいて」

 

「はいはい」

 

 

そう言って妹紅は治療室から退出し、永遠亭を後にする。

 

もう夕方だし、今日の仕事はもう終わりかしらね。永琳はそう思った。

 

 

 

「おい!急患だ!診てやってくれ!」

 

「あら良い男。ブサイクが背負うとイケメンが際立つわね」

 

「ぶっ殺されたいか! 早く診ろ!」

 

 

 

夜。額に汗を流した状態で、妹紅が再び永遠亭にやってきた。今度は変わった服装をした若い男を背負って。

 

妹紅曰く、落とし穴の中で倒れていたらしい。呼びかけても返事一つしないため、永遠亭に連れてきたとのこと。

 

永琳が医者である以上、患者が来たのなら診なければならない。しかも患者は若い男。50歳のおじさんではなく、ピチピチの若い男。診察しないなんてもったいない事は絶対にしないのだ。

 

 

「ふむ、至って健康ね」

 

「本当か!?」

 

「嘘をついてどうするのよ」

 

 

しかし、彼の容体は至って健康だった。荒ぶる理性を抑えながら、身体の隅々まで診察した永琳であったが、彼の身体からはどこにも異常が見られなかった。

 

 

「うう………私は一体何を……」

 

 

彼の診察が終わると同時に、ぎっくり腰患者が目を覚ました。それに気づいた永琳は男に聞く。

 

 

 

「おはよう。いえ、こんばんはかしら。腰の調子はどう?」

 

「え?ってぎゃあああああああああああ!? 化け物ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

「問題なさそうね」

 

 

白目をむき、泡を吹きながら再びベッドに倒れこむ患者を見て、永琳は問題なしとカルテに書き込む。何故なら、これがいつも通りだからだ。

 

汚姫様の影に隠れがちであるが、八意永琳の容姿の酷さもまた、幻想郷ではトップクラス。今の患者の反応は至って正常な反応であり、彼女も飽きるほど見てきた反応であった。

 

逆に悲鳴を上げず、平気な顔をして「はい。大丈夫です」なんて答える者がいたとしたら、それこそ病気だと永琳は思っている。

 

 

「…………ぅん…………何だ今の声……?」

 

 

そうこうしている内に、彼も目を覚ました。

 

 

「貴方も起きたのね。身体の具合はどうかしら?」

 

「え? あ、はい。特に悪いところはないかと……どこだここ。病院か?」

 

「頭がおかしいようね。お薬出しておくわ」

 

「オイ」

 

 

 

 

 

 

*―――――――――――――――――――――――――*

 

 

 

 

オレのヤバい友達、略してヤバ友に阪村という奴がいる。

 

彼は今まで紹介してきたヤバ友と違って、頭脳明晰、品行方正、容姿端麗の3拍子そろったイケメンである。天は二物を与えずなんて言葉は彼と出会ってから信じなくなったよオレは。

 

当然、阪村くんはモテモテである。バレンタインデーにトラック単位でチョコが彼の家に運ばれるほどにだ。

 

しかし、彼は何百人と言う女の子に告白されても、OKを出すことはなかった。その理由は一つ。阪村くんには好きな人がいたからだ。

 

 

ある日、阪村くんはオレにお願いをしてきた。

 

 

『真一。今からボク、好きな人に告白しようと思うんだ。でも、一人じゃ心細いからさ……近くまで一緒に来てくれないかな?』

 

 

オレはその願いを了承した。この時のオレは阪村くんがヤバい奴であることを知らなかったし、友人の告白となれば力を貸さずにはいられなかった。

 

そして阪村くんは告白した。

 

 

『ずっと前から好きでした!僕と付き合ってください!』

 

 

何のひねりもないシンプルな告白。しかし、この言葉を好きな人相手に言える男が世界に何人いるのだろうか。

 

阪村くんほどのイケメンから告白されて断らない女の子はいない。しかし、相手の女の子はこう言った。

 

 

『つきあうってなあに?おにいちゃん』

 

 

告白相手を見た瞬間、オレはケータイを取り出し、1を二回と0を一回押した。

 

阪村くんが好きな女の子とは、15歳以上も年の離れた阪村くん自身の妹だったのだ。

 

 

 

長々と語ってきたが、何が言いたいのかと言うのだ。

 

 

「頭のおかしい人って言うのは、阪村くんみたいに幼稚園児の妹に欲情するようなシスロリコン野郎のことを言うのであって、オレの頭は正常です」 

 

「お薬、2人分出しておくわね」

 

 

オレの分はいらない。



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非情なお願い

 

 

 

*―――――――――――*

 

 

 

「なるほど。つまり貴方のいた世界の人間には、私は美しくて優しくてナイスバディで見る者すべてを魅了する完璧な天才女医に映るのね」

 

「なんか盛ってるような気がしますが……まぁ美人には違いないかと」

 

 

真一は自分の頭がおかしくないことを主張するため、美醜概念が逆転していることも含め、これまでの経緯をすべて話した。

 

その話は彼女にとって夢幻の様な世界の話。しかし永琳は彼の話を信じることにした。

 

永琳にとって彼の話が嘘か真かなんて些細な問題だった。嘘ならばそれだけのことだが、もし本当なら永琳にとって彼ほど魅力的なサンプルはいない。

 

 

「牧野さん。一応聞くけれど、解剖される気とかない? 貴方の思考回路、実に興味深いわ」

 

「あるわけねぇだろ! 一応で聞くような内容でもないし。 貴女が血塗られたマッドサイエンティストか」

 

「失礼ね。私は探究心に忠実なだけよ」

 

「(否定しないだと……!?)」

 

 

真一戦慄。そして直感した。もしかしてこの人はオレのヤバ友ベスト10に食い込むほどのヤバい人なんじゃないか、と。

 

 

「おい。真一って言ったな」

 

「あ、ええと……藤原さんでしたよね。この度はありがとうございます」

 

 

真一と永琳がいる場所から少し離れた位置、壁にもたれながら真一の話を聞いていた妹紅が、彼に口を開く。

 

 

「別にいい。あと……妹紅でいい。それより。今の話が本当なら、お前の世界では私も可愛く見えたりするのか?」

 

 

ポケットに手を入れ、鋭い目つきで睨みながら妹紅は真一にそう聞いてきた。その様子に一瞬ひるんだ真一であったが、相手は美少女且つ恩人。怖がることはないと判断した真一は、自分の素直な気持ちを妹紅に伝えることにした。

 

すらっとした体型にサラサラな白髪。10代前半のようなツヤのある肌。整った顔。変わった格好をしているように見えるが、寧ろそれが様になっているようにも見える。

 

ここから導かれる答えは一つ。

 

 

「はい。少なくとも、オレの(まともな)女友達と比べれば頭3つ抜けてかわいいかと」

 

「………そうか。邪魔したな」

 

「あら、もう帰るの?」

 

「ああ」

 

 

妹紅はそう一言返事をして、荒々しく扉を開けて診察室から出て行った。

 

 

「……オレ、妹紅さんの気に障るようなこと言いましたかね?」

 

「さぁ?」

 

 

思わず永琳にそう聞いてしまう真一。それも無理はなく、妹紅の様子は誰が見ても明らかに不機嫌そうだったのだ。

 

永琳もよくわかってないような素振りを見せたが、何となく予想はついていた。しかしそれはあくまで予想。妹紅の気持ちを多少考えてあげるならば、不確定なことを彼に言う必要はないと彼女は判断した。

 

 

「それよりダメかしら、解剖。安心しなさい。バラした後はちゃんと元に戻すから」

 

「嫌ですし。何一つ安心できませんし。というかそう言う問題でもないし」

 

「頭だけでも、ダメ?」

 

「一番ダメなところだよ!」

 

「それは残念。それはそれとして、もう一つお願いがあるのだけれど」

 

「(嫌な予感しかしない……)」

 

 

ただ切り替えが早いだけなのか、どう見ても残念そうには見えない永琳の笑顔を見て、真一は妙な恐怖を覚える。

 

 

「姫の話し相手をしてくれない?」

 

「姫?」

 

「ええ。うちの姫、引きこもりなのよ」

 

「………若年無業者(ニート)?」

 

「違うわ、説明不足でごめんなさい。好きで引きこもっているわけじゃなくて、引きこもらざるを得ないのよ」

 

 

 

 

 

*―――――――――*

 

 

 

 

 

「うちの姫はね『顔で人を殺す程度の能力』を持っているのよ」

 

「……ちょっと意味がわからないのですが」

 

「文字通りの意味よ」

 

 

つまりオートザラキってこと? それとも永遠なる力の猛吹雪でもまき散らしてるの? つまり永琳さんはオレに死ねとお願いしてるの? どこまで非情なお願いしてくるのこの人。

 

 

「いやぁ………流石に命を持っていかれるのはちょっと……」

 

「いいえ。貴方に姫様の力は通用しない。今までの話が本当なら、ね?」

 

 

そう言って微笑む永琳さん。なぜだろう。すごく美人なのに怖い。例えるなら蛇に睨まれた蛙の気分。背筋が凍りそうだ。

 

 

「姫はね、人を殺せるほどのブサイクなのよ」

 

「殺せるって……それは比喩表現ですよね?」

 

「あら、そう聞こえる?」

 

 

ははっやっべぇ。目が笑ってない。

 

人を殺せるほどのブサイクってどんなブサイクなんだよ。オレの世界の基準で考えたとしても想像できない。顔面にスズメバチの巣でもくっ付いてるのか?

 

 

「並の人間なら命を落とすほどの醜い姫だけれど、貴方には命を落とすほど美しい姫に見えるはずよ」

 

「どちらにせよ死にませんオレ?」

 

「心配ならこれ飲む? 不老不死になる薬」

 

 

絶対に嘘だ。その薬、オレの語彙力じゃ言い表せない色してるもん。薬の色じゃないよ毒の色だよ。

 

薬はさておき、美しかろうが醜かろうが、その姫様とやらの顔は見てみたい気もする。死ぬほど綺麗な人なら尚更だ。

 

それにしても、竹林に住む美しい姫様か………。

 

 

「なんか、竹取物語みたいですね」

 

「? なあにそれ?」

 

「オレの世界の有名なお話です。竹から生まれたかぐや姫というお姫様のお話でして、そのかぐや姫はこの世のものとは思えない程の美しさだったとか」

 

「うちの汚姫様がこっそり書いてた自作小説(くろれきし)のような夢物語ね。鳥肌が立つわ」

 

 

永琳さん。それ以上は言わないであげてください。

 

 

 

「とにかく、こんなオレでよければ姫様のお話し相手、お受けしますよ」

 

「ありがとう。じゃあいってらっしゃい。姫によろしく」

 

「…………え?今から?」

 

「寝ていたら叩き起こしていいわ。なんなら襲っても構わなくてよ。姫にとっては2度とないチャンスだもの。はいこれ精力剤」

 

「………」

 

「ゴムは付けなくていいわよー」

 

 

やっぱ永琳さん。オレのヤバ友トップ5に入るぐらいヤバい人だよ。

 

 

 

 

 

*――――――――――――――*

 

 

 

<アアッ!?ジュンコサン!?ソコハダメデス!ソコハヨワインデスワタシッ!

 

 

 

「お盛んねー………それにしても退屈ねー…………」

 

 

 

一泊数十万ぐらいしそうな豪華な和室に、布団が一組敷かれている。

 

その布団の上でコロコロと転がるピンク色の着物を着た人間核兵器が一人。彼女こそが『蓬莱山輝夜』本人である。

 

永遠の時を生きる彼女に朝も夜も関係ない。吸血鬼のように昼夜逆転した生活をすることも珍しい事ではない。

 

世界を滅ぼす程度の顔面戦闘力を持つ彼女は現在、暇を持て余していた。

 

 

「ヒマー………イナバに持ってきてもらった本も読んじゃったしー………お昼寝しちゃって眠れないしー……………話し相手は……元からいなかったわねー」

 

 

 

『見たら死ぬ顔』

 

この異名は伊達ではない。男は言わずもがな、女性であっても命の保証はない。ブサイクの頂点に君臨する彼女には、友達どころか話し相手すら碌にいなかった。

 

強いてあげるとすれば、同じ不老不死である『藤原妹紅』。犬猿の仲とはいえ話すときは話す。しかし、一週間に一度来るか来ないかのペースでしか彼女は来ない。幻想郷にケータイが普及しているわけもなく、いつでも話せる相手は輝夜にはいないのだ。

 

不老不死であるものにとって、暇は最大の敵。そのブサイクさ故に外に出ることを許されない輝夜にとって、(ヒマ)と対抗する手段は多くなかった。

 

 

しかし、今目の前にいる彼女の(ヒマ)は、倒されることとなる。

 

 

「…………」

 

「あ、妹紅じゃない。殺し合いでもしにきたの?」

 

「…………」

 

 

戸を開けていきなり彼女の部屋に入ってきたのは、先ほどまで診察室にいたハズの妹紅だった。彼女は黙ったまま、彼女に近づいていく。

 

 

「な、なによ。どしたのもこたん。嫌なことでもあった?」

 

「………輝夜。お前は今まで………『かわいい』と言われたことがあるか?」

 

「………え?」

 

「わたしは………あるぞ」

 

 

何を言っているのか意味がわからない。輝夜は布団から起き上がって妹紅を見る。

 

妹紅の顔は、今にも燃え上がりそうなほど真っ赤に染まっており、気を抜けばにやけてしまいそうな口元を必死でこらえていたのだ。

 

 

「へ、へぇー。物好きな男もいるものね。妹紅のことを可愛いだなんて、なんの罰ゲームかしらねー?」

 

「………じゃあ、わたしは帰る」

 

「え!? ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 結局何しに来たのよアンt熱ッ!?」

 

 

いきなり帰ろうとする妹紅の腕を掴んだ輝夜であったが、あまりの熱さに手を離した。よく見れば藤原妹紅、顔だけでなく、身体中が赤く染まっていた。

 

妹紅は輝夜の呼び止めもお構いなく、そのまま無言で輝夜の部屋もとい、永遠亭を後にした。

 

 

「………何だったのよアイツ」

 

「失礼するウサー、姫様」

 

「今度はてゐ?……貴女は正常の様ね」

 

「?」

 

 

入れ替わりで入ってきたのはてゐ。再び永琳から雑用を任された彼女は、輝夜の部屋にやってきた。

 

 

「なんでもないわ。それで、どうしたの?」

 

「はい。『姫様と是非お見合いしたい!』と言う男が来ていまして、今からお連れするウサ」

 

「へぇー。物好きな男もいるものね。私とお見合いしたいなんて…………お見合い!?」

 

 

 

慌てふためく輝夜とは対照的に、てゐの笑顔は終始真っ黒に輝いていたのだった――――――――。

 









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初めてのお見合い(前編)

 

 

 

 

「うどんちゃん……私たちズッ友だよぉ……!」

 

「もうお嫁さんに行けない……誰か助けてぇぇぇ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あの、てゐちゃん。向こうの部屋から百合の花の香りがするんだけど。SOSが聞こえるんだけど」

 

永遠亭(うち)じゃ珍しい事じゃないから気にしなくていいよ」

 

 

ここ本当に病院? 大人のホテルとか言われても全然驚かないよオレ。

 

 

早く姫のところに行ってきなさいと言われ、永琳さんに半強制的に診察室を追い出された。それは別にいいのだが、姫様の部屋を聞かずに追い出されたのはよくない。精力剤を返品できなかったのも非常によくない。

 

とりあえず廊下を道なりに進んでいたら、ピンク色の服に人参のネックレスを付けた少女と遭遇し、訳を話したところ、親切にも案内してくれることになった。

 

名前はてゐちゃんと言うようだ。変わった名前だけど、そんな事言ったら永琳さんも大概だしツッコむのはやめた。

 

ウサギの様な耳も生えてるし、この子は妖怪なんだろう。そろそろオレの中にある妖怪のイメージ像が壊れそうだ。

 

 

「なぁてゐちゃん。姫様って、一体どんな人なんだ?」

 

 

そう言えばオレ、顔がスゴイ事以外何も知らないや。部屋につく前にもう少し情報が欲しい。

 

 

「姫様は草食系ウサ。話すときはお兄さんの方からガツガツ言った方ほうが良いウサよ」

 

「ほうほう」

 

「それからあとは―――――」

 

 

 

 

*―――――――――――――――――*

 

 

 

 

 

「ど、どうしよう………!?」

 

 

蓬莱山輝夜は今まで億単位の年月を生きてきたが、今ほど心が踊る日はないだろう。

 

てゐから告げられた『お見合い』のワード。当然のことながら、輝夜は一度もそんなことを経験したことはない。

 

そもそもお見合いなどできるわけがなかった。遠目で見られても男に失神されるほどブサイクな彼女である。机一つ挟み、目を合わせて2人きりでお話しするなど、夢もまた夢の話であった。

 

 

「殿方とお話はしたい……でもそれは……」

 

 

相手を殺すこと他ならない。しかもお見合いを持ちかけてきたのは相手の方。自殺願望者である可能性を考えたが、それならばもっとマシな方法を取るだろう。

 

男と話すのも何億年ぶりの彼女。こんな自分にわざわざ会いに来てくれた人を無下に殺すわけにはいかない。

 

 

「とにかくこの顔をどうにかしなくちゃ………何か方法は……」

 

 

(ブサイク)を隠せばお話しぐらいできるかもしれない。そう考えた輝夜は、押し入れから使えそうなものを探し出す。

 

 

 

「化粧でブサイクを緩和できるくらいなら今まで苦労してないわ。物理的に隠さないと………!! こ、これは!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宇宙人!?」

 

「正確には月の民だよ。私は違うけど」

 

「ってことはもしかして……今から会うのって本物のかぐや姫なのか!?」

 

 

輝夜が月の民であることを知らされたタイミングで、真一はついに輝夜の部屋の前まで辿りついた。

 

ここまでは全て、てゐの計画通りだった。

 

 

「(いやぁー面白い事になってきたね!)」

 

 

てゐは診察室の外で、真一の話しをこっそり聞いていたのだ。だからこそ、輝夜の部屋に先回りして『お見合い』という嘘をついた。その方が面白そうだからと考えたのだ。

 

 

 

「姫様ー。例の客人を連れてきましたー」

 

『!! ご、ご苦労様てゐ。貴女はもう下がっていいわよ』

 

「はーい。……あ、そうだった。お兄さんの事情は姫様に伝わってるウサ(・・)。それじゃ、がんばってね」

 

「おう。ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

*――――――――――――*

 

 

 

 

竹取物語を題材にしたゲームをオレはいくつかプレイしたことある。それに出てくるかぐや姫はどれも一級品の美少女だった。

 

だけど断言できる。今オレの目の前にいるこの人は、ゲームに出てきたどのかぐや姫よりも、段違いで美しいと。

 

 

部屋に入った瞬間から、オレは輝夜姫様に見惚れてしまった。姫様は外に昇る月を眺めており、オレには背を向けて座っていた。

 

にも関わらず、オレは見惚れた。後ろ姿だけでこんなにも美しく、絵になるような人は生まれて初めて見た。

 

 

 

『初めまして。永遠亭の当主、蓬莱山輝夜と申します。以後、お見知りおきを』

 

 

デーンデーンデーン デーデデーンデーデデーン

 

 

姫様はゆっくりとこちらを振り返り、丁寧に頭を下げて自己紹介をしてくる。

 

その一挙手一投足から、彼女の育ちの良さが窺える。レミリアさんとはまた違う、高貴なカリスマをオレは姫様から感じた。

 

 

 

「………」

 

『どうかされましたか?』

 

「あ、いいえ。えと……牧野真一です。本日はよろしくお願いします」

 

 

デーンデーンデーン デーデデーンデーデデーン

 

 

でも何故だろう。頭の中であのBGMが流れて止まらない。

 

 

『緊張されているのですか?』

 

「え!? まぁその……していないと言えば嘘になりますね。お姫様とお話しするのは初めてなので」

 

『うふふ……そう緊張なさらないでください。私まで緊張してしまいます』

 

 

そう輝夜姫は言うが、どう見ても緊張しているようには見えない。と言うよりも顔がまったく見えない。

 

オレと姫様の間には、一枚の薄い壁があった。それが、オレの頭にあのBGMを奏でている。

 

 

「(一体全体……どうしてダース・〇イダーの仮面を付けてるんだ……?)」

 

 

素人のオレから見ても高級そうなピンク色の着物に、綺麗な黒髪。それらをすべて帳消しにするようなダース・〇イダーの仮面を姫様は身につけていた。

 

宇宙人ってもしかしてそういう意味? そもそも何でダース・〇イダーが幻想入りしてるんだよ!

 

 

 

『(………やばい……超緊張してきた……しかしイナバからもらった仮面がこんな形で役に立つなんて……これならお見合いもできそうね)』

 

 

「(これはツッコんだ方がいいのか……?いや、姫様相手に無礼な真似はできないし………もしかして顔を見られたくない? でもオレの事情(美醜概念逆転)は伝わってるっててゐちゃん言ってたし……)」

 

 

『(……やっぱり向こうも緊張してるようね、なかなか話しかけてこないわ。こういう時こそ女である私がリードしなくっちゃ!……あれ、でも待って。お見合いって……)』

 

 

「(いや、あえて仮面にはツッコまないでおこう。きっとあれだ。ニキビが酷いとか思春期的な理由だろう。………しかし、話し相手になるとは言ったものの、お姫様相手に……)」

 

 

 

 

『「(一体何を話したらいいんだ……?)」』

 

 

 



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初めてのお見合い(後編)






 

 

「(ゲームの話……オレは楽しいけど姫様相手にはちょっと気が引けるな。……でもオレ、それ以外の話題ほとんどもってないぞ……)」

 

『(結構なイケメン………お見合いしたいってことは少なくとも私に気があるってことよね。正直、私のどこに魅力を感じたのかわからない……ブサイクが好きなのかしら……? でもお見合いって、何から話せばいいの………?)』

 

 

永遠亭の一室は沈黙に包まれていた。

 

真一は決してコミュニケーション能力が高い方ではない。そもそも、相手が自分よりはるかに身分の高いかぐや姫様である以上、何を話せばいいかわからなくなることや、緊張することは仕方のない事だった。

 

一方の輝夜は、これがお見合いの場であると勘違いしている。お見合い経験どころか男との会話経験が皆無の彼女もまた、何を話せばいいのかわからなくなることは仕方のない事だった。

 

故に沈黙。なかなか会話が始まらない。

 

 

「(……ダメもとで話してみるか、ゲームの話。興味を持ってくれるようならそのまま話せばいいし、そうじゃなければ話題を切り替えればいいし……)」

 

『(……ええい! 女が黙っててどうするのよ私! 何でもいいから話題を……そうだ!)』

 

 

真一をじっと見ながら考えていた輝夜は、一つの話題を思いつく。

 

 

『牧野は随分変わった格好をしてますね。それは何というお召し物なんですか?』

 

「ふ、服ですか?」 

 

 

輝夜は真一が部屋に入って来た時から疑問に思っていたことを口にした。彼女はてゐから彼の事を『お見合い相手』としか聞いておらず、外来人であることを知らないのだ。

 

それどころか、普段から外出を許されない彼女は、外の常識に少し疎い部分があるのだ。

 

 

そう言えば幻想郷にジャージはないんだっけ。そう思った真一は、丁寧にジャージの説明を始める。

 

 

「これはジャージと言いまして、寝間着にも運動着にもなる優れものです。非常に着やすいのも特徴でして、こうやってファスナーをあければすぐに脱ぐことも」

 

『!?』

 

 

そう言って真一は上のジャージのファスナーを開く。そうすれば当然、下のシャツが見える。真一が下に着ていたのは極普通の白いランニングシャツ一枚。

 

それは輝夜にとって、いや、幻想郷の女性にとって刺激の強い光景であった

 

 

『(し、下着! 下着見えちゃってる! なんて大胆なのこの人!? 誘ってるの!? 女は何時如何なる時も発情期の狼であることを知らないの!?)』

 

 

忘れがちであるが、この幻想郷は美醜概念だけでなく貞操概念も逆転している。つまり、女は男の下着姿や裸を見ると興奮するのだ。

 

下着(シャツ)の露出であればR15程度。高校なら風紀を乱すなと注意され、周りからは『アイツ、もしかして痴漢なのか……?』とヒソヒソ言われる程度の卑猥さである。

 

仮に上半身裸になろうものなら、それはもはや事件である。逆転前で言えば、女子が上半身裸になっていることと同じなのだから。

 

輝夜の表情がダース・〇イダーの下で大変な事になっていることに気が付くはずもなく、真一は説明を続ける。

 

 

「オレのジャージはプゥマっていうメーカーが作っているものでして、この背中のネコマークがその証です」

 

『!!?』

 

 

追い打ちをかけるように、真一は上のジャージを脱ぎ、輝夜に見せる。もちろん輝夜の目に映っているのはプゥマのネコマークではなく、ランニングシャツ姿の真一であった。

 

 

『(ま、間違いない……この男、誘ってるわ! だってそうでしょこの状況!? お見合い中の男女が一つ屋根の下で男から下着を見せつけてくるのよ!? 襲われたって文句言えないもの!)』

 

 

もちろん真一にそのつもりはないし、見せつけているのはジャージの方である。

 

現段階において真一は、幻想郷では貞操概念が逆転していることをまだ知らないのだった。

 

 

 

 

*――――――――――――――*

 

 

 

 

『ふぅー……ふぅー………!』

 

 

ジャージの説明を終えたはいいが、姫様の息が妙に荒い。もしかして仮面のせいで息苦しいのだろうか?

 

 

「あの……姫様。苦しいなら仮面を外しても……」

 

『……いいいいいいえ。これは仮面のせいではありません。それより牧野、それを早く着てください。春とはいえ夜は肌寒いでしょう?』

 

「あ、お気遣いありがとうございます。姫様もお寒いのですか? 声が震えていますが……」

 

『そんなことないわ。寧ろ暑いぐらいよ(興奮しちゃってねぇ!)』

 

 

確かに、シャツ一枚でもそんなに寒く感じないのだから、何枚もの着物を重ねて着ていそうな姫様には、暑く感じるかもしれないな。

 

姫様に言われてジャージを着直す。両腕を通し、ファスナーはあけたまま。ファスナーを閉めるか閉めないかはオレの気分である。

 

妙に鎖骨辺りに熱い視線を感じる気がするなぁと思っていたその時、ゴトッ、とジャージのポケットから何かが落ちる音がした。

 

 

『あら、何か落としましたよ………ッ!?』

 

「あっ、どうもすみませ………ッ!?」

 

 

落としたものを見て、オレと姫様は言葉を失う。

 

オレたちの瞳に映ったものは『精☆力☆剤』とデカデカと書かれた瓶。

 

 

や、やばい……永琳さんに返品しそびれた精力剤、ジャージのポケットに入れてたこと忘れてた……!?

 

 

「いや違うんですよ姫様!これは永琳さんがオレに無理やり……」

 

 

『やっぱり……そうだったのね!』

 

「え?ちょッ何を!?」

 

 

姫様はそう叫んだ直後、まるでルパンダイブをするかのようにオレへと飛びかかってきた。ダース・〇イダーの仮面を付けた人が飛びかかってくるその光景は、なかなか怖いものを感じる。

 

今まで高級そうな座布団の上で正座をしながら対面していたオレと姫様。当然オレはいきなりの事で対応することができず、そのまま姫様に押し倒されてしまった。

 

姫様の綺麗な長い黒髪が、オレの身体にも軽くかかる。

 

 

「姫様!?いきなり何するんですか!」

 

『そっちから誘っておいてよくそんなこと言えるわね! 下着姿で誘惑して、精力剤まで持って! ヤル気満々じゃないアンタ!』

 

「何が!?」

 

 

 

 

*――――――――――――――――*

 

 

 

 

 

真一が落とした精力剤を見た瞬間。輝夜は確信した。

 

今夜、私は卒業できると。

 

 

 

そこからの行動は早かった。取り繕っていた姫としての仮面を外し、素に戻った彼女は真一に飛びつい、押し倒した。

 

この男は幻想郷1ブサイクな私のどこに魅力を感じたのか。そんな疑問は、金閣寺に押しつぶされて消えた。

 

 

『牧野……いえ、真一。アンタが悪いのよ! 私の身体をここまで火照らせたアンタの罪は重いわ!』

 

「いや一体何の話ムグァ!?」

 

 

いろんな理性が外れた輝夜に、真一の声は届かない。彼に有無を言わせることなく、彼女は自分の唇で彼の唇を塞ごうとした。

 

 

『(ああ……私、今キスしているのね……!なんて幸せ気持……ん?)』

 

 

唇を重ね合わせているにしては妙に硬い感触ね。そんな違和感を感じた彼女は顔を上げる。

 

目の前には確かに真一がいる。彼の瞳をジッとみる輝夜であったが、その瞳に映っているのはブサイクな自分の顔ではなかった。

 

 

「ダース・〇イダーとキッス………ダース・〇イダーとキッス…………おえぇ………」

 

『(しまった!? 仮面取ってない!)』

 

 

輝夜はすぐに仮面を外そうとする。しかし、その手はすぐに止まる。

 

 

『(どうしよう!?仮面を取ったら真一は死んじゃうわ! でも付けたままヤルのも………あれ、それはそれで襲ってる感があって興奮するかも……)』

 

「ダース・〇イダーとキッ………はッ! いきなり何するんですか姫様! 降りてください!」

 

『きゃ!?』

 

 

特に力を入れていたわけではなかった輝夜。億単位で生きている彼女であっても、身体は10代の女性のそれと同じ。真一を押さえつけるには軽すぎる重さであった。

 

真一は唇とゴシゴシを拭き、輝夜と距離を取る。

 

 

「姫様とは言え、やって良い事と悪い事があるとオレは思います! いきなり押し倒してダース・〇イダーの仮面とキスさせる嫌がらせ! 流石に酷いですよ!」

 

『ち、違うわよ!? 仮面は外すのを忘れてただけよ!』

 

「忘れてたって……ッ!? ま、まさか姫様のあの時のメーリンさんのように……!?」

 

 

真一の脳裏によぎるトラウマ。野獣と化した美鈴に襲われかけたあの夜の出来事である。

 

あの時は咲夜のおかげで助かったが、この永遠亭に真一を助ける者はいない。

 

 

(あー!おしいね!もう少しで良い絵が取れたのに!)

 

(姫ったらがっつき過ぎよ。あれじゃ仮に顔が良くたって男に引かれるわ)

 

 

襖のスキマからコッソリ除く2つの影、河童に作らせたカメラを持ったてゐと永琳である。この2人が輝夜を裏切ることはないのだ。

 

 

「すみません! オレ帰らせてもらいます! 身の危険を感じるので!」

 

 

「てゐ。襖から離れなさい」

 

「はいはーい」

 

 

すぐさまこの部屋から逃げようとする真一だがそう簡単に逃がすほど月の頭脳は優しくない。

 

輝夜の部屋を封印することで、一時的に彼女の部屋を密室状態にしたのだ。覗き見こそできなくなるが、力を持たない真一に、これを解く術はない。

 

 

「んなろッ……!ちくしょう、開かねぇ!」

 

『ち、ちょっと待ちなさいよ! 何で逃げるのよ!? アンタから誘ってきたんじゃない!』

 

「そんな覚えねぇよ!」

 

 

ついには輝夜も敬語を使わなくなった真一。それだけ彼にとって、あの出来事はトラウマなのだ。

 

しかも今回の相手はダース・〇イダーの仮面を付けたお姫様。その恐ろしさはあの時の非ではない。

 

 

「そういうことだけはゲームみたいに軽い気持ちでやっちゃダメだ! オレは好きな人としかそういうことしたくない! どんな相手であっても、好きでもない相手とだなんてゴメンだ! 無理矢理だなんて尚更だっての!」

 

『………えっ。でもアンタから…お見合いしたいって………』

 

「お見合い!? オレは姫様の話し相手をしてくれないかって頼まれて来ただけだ! お見合いのおの字も知らないぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

物心ついた時から、わかっていたことだった。

 

 

お見合いなんて言葉に、私は一体何を期待していたのだろう。

 

 

 

私は永く生きてきた中で、多くの人を殺めてしまった。

 

決して故意じゃない。けれど、私が原因なのは事実。

 

本来なら私は、今すぐにでも死ぬべき存在なのだ。けれど、地上に行きたいだなんて軽い理由で飲んだ蓬莱の薬が、私が死ぬことを許さない。

 

 

 

私は永い間、ずっと1人だった。いえ、今も私は独りぼっちだ。

 

永琳、イナバ、てゐ。他にも永遠亭にはウサギが何人もいるけれど。

 

 

誰も私を顔を合わせてくれる人はいない。

 

 

永遠の孤独。それが私に与えられた罰であることを、何故忘れていたのだろう。

 

 

お見合いなんて言葉に、私は一体何を期待していたのだろう。

 

 

 

『私……バカみたいじゃない……』

 

 

私の仮面の内側で、何かが流れた。

 

 

 




突然のシリアス。描写が下手くそでゴメンよ……でも美醜概念逆転させた上で輝夜の設定を考えると避けて通れない道なので仕方ないね。

しかし私はシリアス展開書くの好きじゃないんでサッサと終わらせます。もちろんハッピーエンドで終わらせます。


次回、第2章最終回。


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貴方の瞳に映る

 

 

「ひ、ひめさま………?」

 

『……(これ)はアンタのせいじゃない。私の自業自得。罪を忘れて期待した私への……罰』

 

 

輝夜の事情を全く知らない真一は、彼女の涙に動揺した。確かに姫様相手に強く言い過ぎたかもしれないと感じていた彼であったが、彼女が涙を見せるとは思っていなかった。

 

そんな彼にも、仮面で隠れた輝夜の顔が、どれほど悲しみに呑まれた顔をしているかは感じ取れた。

 

 

『私の顔のこと、知らないわけじゃないでしょ? この顔で、私は多くの命を奪ってしまった。きっとこれからも、私の意思に関係なく、多くの命をこの顔は奪っていく。それが、私の罪。私は生まれた時から罪を背負ってるの。そして……この涙もまた、永遠に背負わなきゃいけない私の罰』

 

「い、いきなりどうしたんだよ……。罪とか罰とか、訳がわからない」

 

『私だって訳わかんないわよ! 何かをしたわけでもない、何かをされたわけでもない! なのにどうして、私は罪を背負わなきゃいけないの!?』

 

 

輝夜の億年溜まっていた気持ちが溢れだす。

 

彼女の顔は確かに、命あるの者の生を奪い、死を与えるものであった。しかし、それは絶対ではない。強い力を持つ者や、遠目で見た者たちならば、死にかけることはあっても死ぬことはなかった。

 

だからこそ、彼女は『ブサイクの権化』と呼ばれるようになり『絶対に見てはいけない』と言い伝えられてきたのだ。本当に見た者全てが死ぬのなら、そんな呼び名が付く前に人類は滅んでいる。

 

 

『私が本当に辛いのは、誰からも恐れられることじゃない。誰の瞳にも私が映らなくなること、誰も私を見てくれないこと。私と言う存在を……誰も認識してくれなくなること』

 

「………」

 

『……ごめんなさい真一、アンタはもう出て行って。ほんの数分だけど(アンタ)と話せて楽しかった。だから………これ以上、私を期待させるようなことをしないで」

 

 

 

*――――――――――――――――*

 

 

 

 

顔がヤバい。草食系。月の民。

 

 

オレが姫様に関して知っていることはこれぐらいだ。だから、姫様の言ってる罪とか罰とか、正直よく理解できなかった。いや、姫様の事情を知っていたところで、きっと理解はできてはいないだろう。

 

月の民はオレたち地上の人間と比べて、圧倒的に寿命が長いらしい。顔が見えないとはいえ、姫様も見た目相応の年齢ではないってことだ。

 

何十年、何百年、もしかしたらそれ以上かもしれない。自分の顔を見た者が死に、多くの人が自分を避け、自分を見てくれなくなっていく寂しさや辛さ。20年程度しか生きていないオレに理解できるわけがない。

 

 

だけど、そんなオレにも1つだけ理解できたことがある。目の前で泣いてる女の子を見て見ぬふりする奴は、ヤバいを突き抜けたクズ以下のゴミってことだ。

 

 

「……誰の瞳にも映らない、か。確かにオレの瞳にも姫様は映ってない。大体、そんな仮面つけてたら映るものも映らん」

 

『…………っ………? なにを………?』

 

 

さっきとは逆に、今度はオレから姫様に迫る。 顔は見えないが、きっと困惑した表情をしているのであろう。

 

 

いい加減、見えないのは不便だ。

 

 

へたり込んでいた姫様のすぐ傍まで近づき、オレは覚悟を決める。

 

 

「ゲームオーバーを怖がってたらハッピーエンドなんて見れない。殺せるものなら殺してみろ」

 

 

そう言い放って、彼女の仮面を勢いよく外す。

 

 

オレの瞳に映ったのは、涙を流した一人の女の子だった。

 

 

 

*――――――――――――――――――*

 

 

 

カラン、とダース・〇イダーの仮面が畳の床に落ちる。

 

本当の意味でようやく対面した真一と輝夜。2人は何も言わず、ただただ互いを見つめ合った。

 

 

 

輝夜は自分の顔を何度も呪ってきた。

 

たとえ自分であっても、鏡を見るたび吐き気が止まらなかった。流石に数億年毎日見てきた今となってはそれはないが、自分の顔を見るたび、彼女の心には哀しみが募った。

 

初めてだった。自分の顔を見て嬉しく思うのは。

 

 

 

15分ほど静寂が続いたところで、真一が口を開く。

 

 

 

「………姫様。オレ、生きてるか?」

 

「………うん」

 

「………オレの瞳には、姫様が映ってるか?」

 

「……………うん!」

 

 

真一の瞳に映った自分の顔を見て、彼女はまた涙を流す。そして嬉しさのあまり、彼に抱き付いた。

 

彼も今度は拒まなかった。今の輝夜からは先ほどの様な欲に塗れた邪念を感じないからというのもあるが、本当の理由はそれではない。

 

下手をすれば、欲の塗れた邪念を感じていたとしても、彼は拒まなかったかもしれない。

 

 

「(っややっやややややあっやややっべぇ! 綺麗とか可愛いとか美人とかそんなちゃちなもんじゃねぇ! なんだこの人!? 女神かよ!)」

 

 

顔は平静を装っていたが、内心はとんでもないことになっていた。

 

牧野真一は日本人である。もはや幻想入りしてもおかしくない日本人系美人の最上級種『大和撫子』。そのお手本となったと言っても過言ではない彼女の外見に、真一の心は撃ち抜かれかけていた。簡単に言えば、一目惚れの一歩手前である。

 

そんな人に抱き付かれているのであるから、彼の心臓はマッハであった。

 

 

「(………男の心音って、こんなにも大きくて早いのね。でも………心地良い………)」ギュッ

 

「(ああああああああああ! 抱きしめられたドキドキするあああああああ!)」

 

 

2人の心境の差は歴然であった。

 

 

「………ありがとう、真一。私を見てくれて」

 

「ずっと見ていたい(お礼を言われることじゃないさ)」

 

「え?」

 

「なんでもないです!」

 

 

輝夜が真一から離れる。彼女の目にはもう涙は残っていなかった。

 

本音と建前がリバースしてしまうほど動揺していた真一も何とか正気を取り戻し、再び輝夜と向かい合う。

 

 

「でも、本当に大丈夫なの?その……私の顔、死ぬほど醜いものよね……?」

 

「そんなことない! というかオレ、外来人だから! 寧ろスゴく可愛いっていうか、こんなに綺麗な人今まで見たことな」

 

 

 

「………えっ!?」

 

 

今度は輝夜が動揺する。しかし、これは可愛いと言われたからではない。

 

目の前にいたハズの真一の姿が、突然消えたからである。

 

 

「!? 何かあったの姫!」

 

 

いち早くその異変に気付いたのは、外にいた永琳だった。

 

部屋の外で輝夜の部屋を封印していた彼女。その封印に外部から穴が開けられたことに気づいたのだ。

 

永琳が部屋に入ったとき、中にあったのは輝夜の姿だけ。真一の姿は消えており、その代わりに真一がいたであろう床にポッカリと穴が空いていた。

 

 

「夜分遅くに御免下さいねぇ。芳香ちゃんの具合が悪いみたいなのよ。診てもらえない?」

 

「オナカガイタイゾー」

 

 

その穴から出てきたのは、幻想郷では非常に数少ないブサイクの未亡人、壁抜邪仙『霍青娥』。彼女は背中には死人の部下『宮古芳香』が背負われていた。

 

 

「貴女一体どこから………?お生憎様だけど、病院は生きてるものしか治せないの。他を当たって頂戴」

 

「まぁ酷いわ!ウチの娘がこんなにも苦しそうなのに!」

 

「クルシイゾー。シニソウダゾー」

 

「死んでるじゃない」

 

「シンデタゾー」

 

 

わざとらしい演技をしながら話す青娥と、至って素の芳香。そうこう話している間に、いつの間にか彼女たちが通ってきた穴は綺麗さっぱり消えていた。

 

 

「ち……ちょっとアンタ! 真一を、真一をどこにやったのよ!」

 

「しんいち? どこの高校生探偵かしら?」

 

「違うわ! 今アンタが出てきた穴に落ちていった人間の男よ!」

 

「男ぉ……?」

 

 

男という単語に一瞬、眉を顰める青娥。

 

狙ったようなタイミング、狙ったような位置に穴をあけて現れた彼女であったが、全ては偶然が重なった結果であり、彼女も何のことかわからなかった。

 

しかし相手は男と関わることなど120%あり得ない汚姫様。他に考えられる可能性を瞬時に思いついた青娥は"ああ、なるほど"と思って口を開く。

 

 

「御宅の姫様、面白い事を言うのねぇ。永遠亭(ここ)に男だなんて、幸せな夢を見る薬でも飲んだのかしら? 是非おひとつ頂きたいわぁ」

 

「”夢”、ね……確かにそうかもしれないわ。ところで貴女、どこからやってきたの?」

 

 

 

 

「お寺の墓地。芳香ちゃん用の良いパーツが手に入るかなーって忍び込んだけど、追い出されちゃったわぁ」

 

 

 

 




急展開の末、第2章終了。


次回は閑話。あのキャラのその後を書きます。


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閑話 霧の湖半壊事件

「やいおまえ! こんなところでなにしてる! ここはあたいのなわばりだぞ!」

 

「………」

 

「ふっふーん! あたいが恐ろしくてなにも言えないか!」

 

「ち、チルノちゃん……今はそっとしておいた方が……」

 

「………はぁ」

 

 

妖怪の山の麓に位置する、深い霧に包まれた湖畔。そこにいるのは2人の妖精と1人の蓬莱人だった。

 

何も言わず、時折ため息を吐き、体育座りをしながら湖を眺める蓬莱人は藤原妹紅。昨日永遠亭から出た彼女は一日なにも食べることなく、眠ることなく、ただただボーっと湖を眺めていた。

 

彼女を不審に思って近づいたのは氷の妖精チルノとその友人の大妖精。置物のように微動だにしない妹紅にチルノは突っかかるが、それでも喋らない。そんな妹紅にただならぬ雰囲気を感じた大妖精は、チルノを止めようとしていた。

 

 

「昨日の夜からずっとあの様子なんだ。どうにも声をかけづらくてな」

 

「確かに……あれは変ね」

 

 

少し離れた茂みから、紅妹たちを覗いている者たちがいた。知識と歴史の半獣『上白沢慧音』と秘封倶楽部初代会長『宇佐見菫子』。

 

たまたま幻想郷に遊びに来ていた菫子だったが、偶然会った慧音に妹紅の様子が変だと相談され、今の状況に至る。

 

 

「変だろう?顔も赤いし、何かの病気なのだろうか……?」

 

「……いや、違うわ。あれは変じゃない。最強無敵の女子高生の目は誤魔化すことはできないわ」

 

「どういう意味だ?何かわかったのか?」

 

「何も食べず、一睡もせず、顔を赤くして思い悩む。こんなの一つしかないじゃない」

 

 

心配そうな表情をしている慧音とは逆に、菫子はニヤニヤしながら語る。この手の話題に心踊らない女子高生などいないのだ。

 

 

「これは変じゃない……恋よ!」

 

「こ、恋だと!?」

 

「そうよ恋よ!初恋よ!しかも妹紅さん、自分が恋していることに気づいていないと見たわ!」

 

 

菫子の世界は幻想郷と同じく、女子だけあべこべである。しかし、幻想郷と異なり彼女の世界の男女比はほぼ半々。人口も外の世界の方が圧倒的に違う。つまり、幻想郷とは比べ物にならないほど恋愛話が豊富なのだ。

 

女子高生ほど、他人の恋愛話で飯が食える生物はいない。それは非モテ非リア充エスパー女子高生の菫子も例外ではない。

 

 

「ふ、ふむ……妹紅が恋か……。俄かには信じ難いな……」

 

 

慧音の知っている妹紅は、自分から好き好んで相手と関わるタイプの性格ではなかった。最近でこそ、流行に乗るためとある異変(東方深秘録)に参加したり、その首謀者である菫子ともなんだかんだ仲良くしていることは知っている。

 

しかしそれだけだ。不老不死である彼女は人との繋がりを自分から作りたがるようなことはしない。ましては恋愛などもってのほかだ。

 

 

「恋なんていう超能力以上に非科学的な現象は唐突に始まるものよ。今はそっとしておくのが一番だと思うわ」

 

「そ、そういうものなのか?私はそういうことに関してはあまり詳しくないのでな……。菫子はそういうことに詳しいのか?」

 

「現実での恋愛はしたことないから詳しくないけど、乙女ゲーはたくさんやりこんでるからね。それなりに詳しいわ」

 

「お、おとめげぇ?」

 

 

聞き覚えのない言葉に首をかしげる慧音。ゲームという文化がない幻想郷には、もちろん乙女ゲーなんて言葉は存在しない。あれば大ブームになるに違いない。

 

 

ゲームでの知識ではあるものの、菫子の言っていることはほぼ当たっている。妹紅はまるで思春期の女子中学生のように、ある男に特別な気持ちを抱いていた。

 

男の名前は牧野真一。女子に関する美醜感覚が逆転しているという夢の世界から来た人物であり、初めて彼女の顔をかわいいと言った人物。

 

 

「(………もやもやが治まらない……なにもやる気が起こらない……)」

 

「おまえなかなか強そうだな!あたいのけらいにしてやってもいいぞ!よろこべ!」

 

「チルノちゃん…あんまり叩かないほうが……」

 

 

バンバンと頭を叩かれている妹紅に、チルノの言葉は入ってこない。妹紅の頭の中は、真一の顔とかわいいの単語で埋め尽くされているからだ。

 

 

「時間がたてばきっと元に戻るわよ。それじゃ先生、私行くところがあるから行っていい?」

 

「あ、ああ。済まない、時間をとらせて……いや待て」

 

「何? まだ何かあるの?」

 

「違う……何者かが近づいている」

 

 

立ち上がってこの場を去ろうとした菫子だったが、再び茂みに隠れる。

 

彼女も腕に覚えはあるが、妖怪との戦いは避けたい。エスパーであることを除けば、彼女は年相応の女子高生。痛いのは嫌なのだ。

 

 

 

「お前の仕業だってことはわかってる。いい加減吐いたらどうだ天邪鬼。ダーリンをどこへやった?」

 

「へっ、知ーらね。知ってても教えるもんか」

 

「じゃあこれは知ってるか? 外の世界には人を簀巻きにして水の中に沈める楽しい儀式があるらしいぜ」

 

「それは楽しそうだ。是非やめてくれ」

 

 

しかし湖にやってきたのは、人には無害の普通の魔法使い魔理沙と、縄でぐるぐる巻きにされた反逆のあまのじゃく、正邪だった。

 

正邪は真一から逃げた後、あっという間に魔理沙に捕まった。その後、尋問に尋問を重ねてもなかなか口を割らない正邪に痺れを切らした魔理沙は、最終手段として彼女を霧の湖に連れてきた。

 

 

「きっと妖怪に食べられちまったんだよ。ヒョロそうな人間だったし。ざまーみろってんだ、私の誘いを断った天罰だ」

 

「もしそうならお前を生贄にして蘇らせる。最近、そんな魔法がかかれた魔道書を紅魔館で借りたからな。ちょうど良かったぜ。いや、お前みたいな小物の悪党を生贄に使うなんて真一に悪いな。もっと善良な奴を生贄にするべきか。それに、お前はダーリンを誘拐した時点で死罪が確定してる。というわけで安心して沈め」

 

「(やべぇ……この魔法使い、真顔でこんな物騒なこと言うキャラだったっけ……)」

 

 

 

魔理沙は精神状態は今、病んでデレるの方のヤンデレに近い状態であった。

 

誰かを好きになる暖かい気持ち、好きな人と一緒にいる幸せな気持ち、好きな人と離れ離れになる寂しい気持ち、エトセトラ。魔理沙はこの短期間で、多くの気持ちを知った。

 

その中でも、今の彼女の心を強く蝕んでいるのは、好きな人が死んでしまったかもしれないという絶望の気持ちだった。

 

真一(ダーリン)に会いたい。誰にも真一(ダーリン)を盗られたくない。真一(ダーリン)に会うためなら手段は問わない。

 

 

『彼を殺して私も死ぬ!』とまでは考えていないが、それも時間の問題であった。

 

 

「……ん?チルノたちに妹紅じゃないか。珍しい組み合わせだな。何してるんだ?」

 

「あ、こんにちは魔理沙さん。何だか妹紅さんの様子が変で」

 

「妖精に不老不死か……生贄とシテハアリカ……」

 

「ふえぇっ!?」

 

 

末期である。

 

 

「あっ、まりさじゃない!アンタもあたいのけらいにしてあげてもいいわよ!」

 

「悪いな。私が尽くすのはダーリンだけって決めてるんだ」

 

「だーりん? だーりんってなんだ?」

 

「私の夫だぜ」

 

「ご結婚したんですか! おめでとうございます!」

 

「おお?めでたいことなのか?よかったなまりさ!」

 

 

妖精は純粋な生き物である。見た目相応の精神年齢である彼女たちは、基本的に疑うことを知らなかった。

 

 

「お相手はどんな人なんですか?」

 

「牧野真一って名前でな。私の魅力に気づいてくれた、何もかもが最高の男だぜ。これから私のことは牧野魔理沙と呼んでくれ」

 

「……なんだと?お前が…牧野真一と……結婚……?」

 

「どうした妹紅?もしかして、ダーリンの居場所知ってるのか!?」

 

 

真一の名前に妹紅が反応する。

 

妹紅の胸にあった謎のもやもやが消えていく。代わりに謎の炎が彼女の胸を焦がす。

 

妹紅はまだ、真一のことが好きではない。好きかもしれないが、その気持ちがいったいなんなのかに気づいていない。しかし彼女は本能的に思ったのだった。真一を盗られたくないと。

 

 

「……知ってる。けど、教えない」

 

「なんだと!?」

 

「教えてほしければ、私を殺してみるんだな」

 

 

彼女の胸を焦がした炎が具現化する。

 

妹紅は妖力を炎に変換し、その身に纏う。炎の翼を背負ったその姿は、不死鳥を思わせるものだった。

 

 

「(理由はわからない。でも例え魔理沙でも、慧音でも、菫子ちゃんでも、誰が相手でも。アイツと結婚させるのは……なんか嫌だ)」

 

「……本気みたいだな。まぁ恋愛に障害は付き物っていうし、いいぜ。楽に死ねると思うなよ不老不死」

 

 

魔理沙も帽子から八卦炉を取り出し戦闘態勢をとる。

 

2人ともEXボスを経験したことのあるほどの実力者。弾幕ごっこではない本気の戦いとして2人がぶつかれば、霧の湖もその周りにいる者たちも、無事では済まない。

 

 

「お、弾幕ごっこか? 私もまぜろー!」

 

「絶対に違うよ!?チルノちゃん逃げよう!」

 

「おい妖精!逃げる前に私の縄をほどけ!礼は弾むぞ!お前たちをひっくり返す者(レジスタンス)に入れてやろう!だからお願いします解いて下さい!」

 

 

「マズいな、止めに入るぞ菫子!霧の湖がなくなってしまう!」

 

「(全力で逃げたい……それにしても牧野真一って……まぁ珍しい名前じゃないし偶然か……)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同日の朝、文々。新聞にて霧の湖の半分が消えてなくなったことが報道されていた。

 

もちろんそれは発行者である『射命丸文』が予知をしたわけではない。あまりにもネタがないばかりに書いた大嘘であったが、その日の昼、本当に霧の湖の半分が消え去った。

 

しばらくの間、文々。新聞は未来新聞と呼ばれるようになり、人里の購読者が倍に膨れ上がったらしい。

 

 

 

 

閑話・完

 




ヤンデレ魔理沙って興奮するよね。するよね。



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第3章 おいでませ命蓮寺
お酒はほどほどに


お ま た せ



 

 

オレは今まであらゆるジャンルのゲームをプレイしてきた。それはもう、ゲーマーと名乗るのに恥ずかしくないぐらい沢山。

 

そんなオレにも苦手なジャンルはある。それはホラーだ。情けない話だが、オレはゾンビのような見た目がグロテスクな存在や、幽霊が出そうな不気味な場所が苦手なのだ。

 

全ては甲斐田くんという幽霊に呪われることに快感を覚える性癖を持つフレンズが原因なのだが、今回は詳しい説明を省かせてもらおう。

 

とにかく、オレは遊園地に行ってもおばけ屋敷には絶対に入らないし、肝試しや心霊スポットに行こうと誘われても『行けたら行くね!』と答えて絶対に行かない。

 

これまでもこれからも、そういう場所には近づかないと心に誓っていた。

 

 

 

 

にもかかわらずこの状況よ。

 

 

「何でいきなり墓地にいるんだよオレぇぇぇ……」

 

 

幻想郷に来てからというものの『気がついたら場面が変わってた』って状況多すぎやしないだろうか、流石に。

 

しかも今回はよりによって夜の墓地。元いた世界の墓地ならばまだしも、ここは幻想郷の墓地。ゾンビの一人や二人がスリラーを踊っていても何ら不思議ではない。

 

今まで遭遇していないだけで、オレが想像しているようなリアルな妖怪とかゾンビも幻想郷にはいるだろう。こんなところでそれらを目の前にしたら、間違いなくオレは失神する。

 

さっきまで姫様と話していたオレが何故いきなり墓地(こんなところ)にいるのか。その答えを考えるよりまず、その時のオレはここから立ち去りたい気持ちでいっぱいだった。

 

 

「い、いきなり地面から出てこないよな……ん? なんか落ちて……」

 

 

ゾンビは地面から出てくる。そんな固定概念に囚われていたオレは足元ばかり気にしていた。だから、お墓の影に身を潜めていた者の存在に気づくことができなかった。

 

 

「驚けぇーーーーーーーーっ!」

 

 

普段ならば驚かなかっただろう。しかし、この状況においてのドッキリ系ホラーはオレに耐えられるものではなかった。

 

 

言葉ならない悲鳴が喉を突き破る。心臓が破裂したような衝撃を身体に感じながら、オレは意識を手放したのだった。

 

 

 

 

*--------*

 

 

 

 

「連れて帰ってきちゃったけど、どうしたらいいかなぁ?」

 

「「………………」」

 

 

愉快な忘れ傘『多々良小傘』。幻想郷でも珍しい赤の青のオッドアイを持つ彼女がそう言って現れたとき、2人が持っていた杯からお酒がこぼれた。

 

一人はセーラー服を着た星蓮船のキャプテン『村紗水蜜』。もう一人は尼さんのような格好をした入道使い『雲居一輪』。2人の視線の先には、小傘が傘に背負って持ってきた、それなりに整った顔をした男の人間。

 

聖に隠れて深夜こっそり飲んでいた2人にとって、小傘の一言は酒の肴にしては辛すぎた。

 

 

「……えーっと、つまり何? 理由はどうあれ、男をお持ち帰りしてきたってことでオーケー?」

 

 

アルコールで回らない脳を必死にフル回転させて、何とか理解しようとしながら村紗は小傘に尋ねる。

 

 

「お持ち帰りじゃないよ! あちきはただ、あんなところに置いてったら風邪引いちゃうと思って……」

 

 

小傘の狙いは、あくまで人間を驚かせることだけである。相手を大きく驚かせるほど彼女の腹も満たされるが、相手が気絶するほど驚かせるつもりなど彼女にはなかった。

 

確かに、彼女の顔はお世辞でも可愛いと呼べるものではない。大抵の人間は、小傘が意図することもなくその顔を見て驚き逃げる。しかし、気絶されたのは今回が初めての経験だった。

 

 

「………よし、大体わかったわ。念願の赤ちゃんをつくるチャンスってことね。一発ヤっちゃいますか一輪さん」

 

「一発と言わず何発でもヤっちゃいましょ水蜜さん」

 

「いやダメだよ!? 何言ってるの2人とも!」

 

「いやいやアンタが何言ってんのよ小傘。こんな時間に男が一人で墓地って、襲ってくださいって言ってるようなもんよ」

 

 

酔っぱらった思考回路でまともなことなど考えられるはずもなく、妖怪らしく本能に忠実な考えをする村紗。いつもならツッコミのポジションであるはずの一輪までもが村紗の提案に乗るところを見ると、2人は相当飲んでいるようだ。

 

彼女たちもまた、不細工。目の前にイケてる男が転がってる千載一遇のこの状況で、襲わないという選択肢はないのだった。

 

 

「長らく忘れてたけど、妖怪は人間を襲うもの。何にも問題じゃないわ」

 

「大有りだよ! そんな本人の意思を聞かずにそんなこと…」

 

「私達の容姿で聞いたら120%逃げられるに決まってるじゃん。じゃあもう聞く前に既成事実作るっきゃないっしょ」

 

「水蜜の言う通りよ小傘。それに『男は一度でいいから女に無理やり襲われてみたい願望がある生き物だ。だからYouやっちゃいなYO』……って雲山も言ってるわ」

 

「絶対噓でしょ! 雲山そっちで酔いつぶれてるじゃん!」

 

 

2人に付き合わされて飲んでいた一輪の相棒『雲山』。雲の妖怪である彼の身体のほとんどは水分できている。つまり、水分だけでなく、水に混じったアルコールも吸収しやすい体質であるため、お酒にはめっぽう弱かった。

 

少しピンクがかった身体を真っ赤にして、部屋の隅で潰れている雲山。とてもではないが、何かを話せるような状態ではなかった。

 

 

「とにかくダメ! 絶対にダメ!ダメったらダメー!」

 

「何よぉー小傘、あんたはしたくないの? あ、もしかして一人じゃ恥ずかしい? よかったら混ざっちゃう?」

 

「わちき、そんな軽々しい女にはなりたくないよ!」

 

「はっ、唐笠お化けが何言ってるんだか」

 

「へいへーい、処女捨てるチャンスよー。まーざーれーよー」

 

「(うぅ……だめだこの2人……わちきじゃ止められない……)」

 

 

思わず涙目になる小傘。その顔は幻想郷民にとっては見るに堪えないほど醜く、真一(外来人)にとっては庇護欲を駆り立たせられるほど愛くるしい表情であった。

 

 

お酒は、人も妖怪も大きく狂わせる。酔っぱらってしまえばあることないこと何でも言ってしまう。それを何とも思わないのが酔っぱらうということである。

 

かなりの量のアルコールを摂取している酔っ払い妖怪2人を止める力は、小傘にはなかった。

 

 

今の2人を止められる人物は、ここ命蓮寺には唯一人。

 

 

「あっはっは! 血の池もいいけど、やっぱり溺れるならお酒が一番よねー!」

 

「ねー!」

 

 

 

「誠に情けなく、薄志弱行である」

 

 

 

「「………えっ?」」

 

 

後方からの声に、2人の声がハモる。

 

2人が振り向いたその先にいたのは、命蓮寺の住職にして彼女たちの大恩人。元・封印された大魔法使い『聖白蓮』本人である。

 

普段は温厚で怒ることの少ない彼女だが、戒律を破るものには慈悲はない。

 

 

「あ、姐さん……これはその………」

 

「村紗、一輪。一言だけ言い訳を聞きましょう」

 

 

聖のその言葉に、滝のような汗を流している2人は向き合う。そして、何を言っても遺言になるであろう最後の言葉を、代表して村紗が発言した。

 

 

 

「…………ひ、聖も混ざる?」

 

 

 

その夜、南無三という掛け声と共に、ピチューンと何かが弾けた音が2つ、命蓮寺にこだましたのだった。



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大事なのは心

 

 

 

「やぁ。ようやくお目覚めかい、ねぼすけ君」

 

「……………」

 

「まったく、お昼過ぎまで熟睡とは、私の膝はそろそろ限界だ。だがまぁ、君の寝顔は見ていて飽きるものじゃないし、今回は許してあげるよ」

 

「……………」

 

「できればもっと見ていたかったが……起きている顔もなかなかそそるものがある。私の探し物は君なのかもしれないな」

 

「……………」

 

「…どうしたんだい寝ぼけた顔をして。もしかして寝たりないのかい? しょうがないなぁ、あと小一時間我慢してあげよう。ゆっくりとおやすみ」

 

 

膝枕をしてくれている少女にそう耳元で囁かれ、真一は優しく頭を撫でられる。心地良い眠気に誘われて寝てしまいそうになるのをグッとこらえて、彼は心の中でつぶやく。

 

ああ、いつも通り、訳が分からない。と。

 

 

 

*----------*

 

 

 

「うむ、やはり似合う。まぁ君に似合わない着物なんてないと思うけどね、真一」

 

「は、ははは………どうも」

 

 

褒められて悪い気はしないのだが、なんだろう。この娘に言われると口説かれてるような気がしてならない。

 

この娘の名前はナズーリンさん。小柄な体形に大きな耳が特徴的な、見た目通りネズミの妖怪らしい。

 

お互いに簡単な自己紹介と状況把握をした後に、ナズーリンさんから着物に着替えるよう勧められた。一日以上同じ服装じゃ衛生的に悪いだろうって。

 

本当はオレが気絶している間に着替えさせようと試みたらしいが、ここ……命蓮寺の住職さんに止められたらしい。

 

 

と言うわけで着物を着てみました。似合う似合うといってはくれているが、そんなに似合ってないと思う。

 

 

「君の服……ジャージと言ったかな。あれはウチで洗濯しておこう。これからいろいろ汚れるだろうからね」

 

「ありがとうナズーリンさん……え? これから?」

 

「どうかしたかい?」

 

 

今、微妙に日本語がおかしかった気がしたけど……気のせいか。ナズーリンさんも純粋な顔で頭にクエスチョンマーク浮かべてるし。

 

 

「さて真一。確認だが……君は外来人で、外の世界に帰るために博麗神社に向かいたい。ということであっているかい?」

 

「はい、間違いないです」

 

「堅苦しいから敬語はいらないよ。君を神社に送り届けることは残念ながら容易い……が、生憎私は留守番を頼まれている身でね。聖が帰ってくるまでは命蓮寺(ここ)に居てもらいたい。送迎はそのあとでいいかい?」

 

「(……残念ながら?)」

 

 

やはりナズーリンさん……いや、ナズーリンは時々日本語がおかしいような気がする。しかしこういう独特な話し方をするような人なのかもしれないし、下手に突っ込むのはよそう。

 

さて、目の前には「わかったよ、ナズーリン」と「妖怪と一緒の場所なんか居られるか!オレは外に出るぞ!」という2つの選択肢が見える。が、後者のような死亡フラグが見え見えの選択肢を一周目で選ぶほど、オレはチャレンジャーではない。

 

 

「かまわないよ。急いでるわけでもないしな。ありがとうナズーリン」

 

「お礼はいらないよ。寧ろ、お礼を言いたいのは私のほうさ」

 

「?」

 

「こんなに男と話したのは何時ぶりだろうね。私の話し方はなかなか独特だろう? 外見も相まって嫌がる人も多いんだが、君は嫌な顔一つしない。流石は逆転した世界の住人、と言ったところかな」

 

 

ナズーリンはほんの少しだけ、表情を曇らせる。

 

自覚があったのは意外だ。ナズーリン自身も気にしていたんだな。まぁ、美醜逆転(こんな世界)ならば仕方ないのかもしれないが。

 

しかし、オレには関係ない。

 

 

「仮に逆転していなかったとしても、オレは嫌な顔なんてしないよ」

 

「ほう、言い切るね」

 

「人は心って言うだろ? 妖怪だってそれは同じだ。 話し方とか外見とかで判断するのは嫌いなんだ」

 

 

でなければ、オレは矢島くんとか堀内さんと言った外見も話し方もヤバいような人たちと友達になんかなっていない。

 

あいつ等も根はいい奴らなんだ。ちょっとアレなだけで。

 

そもそも、オレから見たらナズーリンさんはかわいいのだ。ちょっとカッコつけたような喋り方の可愛い女の子が嫌いな男など、オレの世界にはいない。

 

 

「………やはり、君はなかなか見どころがある人間だね。ますます好きになったよ。君ならご主人でも大丈夫かもしれないな」

 

「な、なずーりーん…」

 

「おや、噂をすれば。ご主人、宝塔は見つかったかい?」

 

 

一人の女性がふすまを少しだけ開け、顔を半分だけ覗かせてナズーリンの名前を呼んだ。ナズーリンがご主人って呼んでいるってことは、お偉いさんなのだろうか。その割にはご主人のほうはビクビクしているが。

 

金髪に黒のメッシュがかかった髪をしたその女性は、身体をプルプル震わせながら口を開く。

 

 

 

「いやー……それがですね。その……非常に言い難いのですが……全く見つからなくてですねー……手伝ってほしいなと……」

 

「ダメだ。いつまでも私に頼っているようでは立派な毘沙門天にはなれないぞご主人。少しは自分で見つけないと。……その前に無くさない努力をしてほしいけどね」

 

「あうぅ……返す言葉もありません………」

 

「あ、あのー。何か探してるんでs」

 

「ひっ」

 

 

サッ

 

 

深くは理解できないが、ご主人って人が困っているのはわかったので、何か力になれないかと声をかけたら、その女性は半分覗かせていた顔をサッと戻し、小さく悲鳴を上げながら襖の後ろに隠れた。

 

え、今のオレ怖かった? やべぇ心が震える。

 

 

「コラご主人、失礼だろう。すまない真一。ご主人は男が苦手なんだ。昔いろいろあってね」

 

「も、申しわけありません……」

 

「い、いえ……そうと知らずに声をかけたオレが悪いので……」

 

 

再び顔を覗かせ、涙目でこちらを見てくるご主人さんに罪悪感を覚える。

 

ご主人さんの外見もまた美人。イコールこの幻想郷では不細工ということだ。過去にいろいろ苦労したのかもしれない。でもオレ、幻想郷に来てから美人(オレ視点)にしか会っていない気がする。どうなってるんだ幻想郷。

 

それはさておき、話を戻そう。

 

 

「それで、何か探しているんですか?」

 

「ご主人、彼は信頼できる人間だ。練習だと思って、少し話してみたらどうだい?」

 

「は、はい……。実は、宝塔を無くしてしまいまして……」ススッ

 

「宝塔……塔?」

 

「はい……あ、塔って言っても大きいものではなくてですね…………掌に乗るぐらいの……大きさ物で、水晶玉が特長の………」スススッ

 

「……ご主人。話しながらどんどん顔を隠していくのはどうかと思うよ」

 

「うぅ……すみません………」

 

 

治せと言われて治せるものじゃないのはわかるが、ご主人さんの男嫌いはかなりのもののようだ。襖の裏側に居る彼女の顔は先ほど以上に涙目になっているに違いない。

 

探し物の宝塔はなかなか特徴的な形をしているみたいだな。水晶玉が目印の、小さい塔……一度見たら忘れなさそうな形だ。まだしばらく命蓮寺に居させてもらう身だし、ここは少しお手伝いを………って、んん?

 

 

 

「オレ……そんなような形の物、どこかで見た気が……?」

 

 



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『私はもう人間を見捨てない』

 

 

*――――――*

 

 

 

 

「お、やっぱりあった! 宝塔ってこれのことですよね! 寅丸さーん!」

 

「そ、それです!間違いありません!ありがとうございまーす!」

 

 

 

いくらホラーが苦手なオレでも、昼の明るい時間帯なら怖く感じることはない。

 

 

水晶玉が特徴の小さな塔。オレはそれを、この墓地で見ていたのだ。その直後、気絶してしまって記憶が曖昧になってる部分もあったが、あの特徴的なオブジェクトは頭に残っていた。

 

これが宝塔……。実際に手に持ってみると、なんというかこう、神聖なオーラを放ってるように感じる。流石、毘沙門天様が所持する道具だ。本来なら、オレのような一般市民は手にしてはいけない代物なんだろう。

 

 

 

にしてもだね。

 

 

 

「寅丸さーん!遠いッ!」

 

「ごめんなさーい!これ以上は無理なんですぅ!!」

 

 

 

寅丸さんの男性恐怖症は、オレが思っている以上に深刻のようだ。

 

今、オレがいる位置は、墓地に入って数10メートル先にあるお墓の傍。対して寅丸さんがいるのは墓地の入り口付近にあるお墓の影。

 

確かに寅丸さんから見たら、オレは突然ぽっと現れた怪しい男の外来人。男が苦手な寅丸さんが、そんなオレに近づきたくないのも無理ないが、ちょっと過剰すぎやしないだろうか。

 

 

過去に何があったか気になるところだが……。

 

 

 

『ご主人。真一と一緒に墓地に行って、宝塔を探してくるんだ。男に慣れる良い機会だよ。真一も、よろしく頼めるかい?』

 

『………真一。ご主人の男性恐怖症は、過去のトラウマからなるものなんだ。できればあまり触れてあげないでほしい』

 

『我儘ばかり言って済まない。代わりといっては何だが、戻ってきたら何でも一つ要望を聞いてあげよう。(ナニ)でもいいぞ。(ナニ)でもね。ふふふふふふ……』

 

 

 

墓地に来る前、妙な笑みを浮かべたナズーリンに釘を刺されてるため、深くは聞けない。

 

 

まぁ、寅丸さんはあんな状態だが、男性恐怖症を直したい気持ちは確かなのだろう。でなければ、これだけ離れているとはいえ、オレと一緒に墓地には来ない。これだけ離れているとはいえ、ちゃんと会話はできるのだ。きっとすぐに克服できるだろう。

 

 

とりあえず、宝塔を見つけるというミッションは達成したし。寅丸さんに渡しに行こう。…………手渡しは難しそうだけど。

 

 

 

 

そう考えながら、オレは宝塔を左手に持って寅丸さんのいる墓地の入り口に一歩踏み出す。

 

 

 

 

踏み出す。

 

 

 

踏み出す?

 

 

 

 

あれ。足場がねぇ。

 

 

 

 

「うぉおいッ!?」

 

「ま、牧野さん!?」

 

 

 

一歩踏み出したその先にさっきまであった地面はなく、穴が開いていた。落とし穴とかそういうものではなく、本当に穴がぽっかりと開いていた。

 

オレの不注意もありそのまま穴に落ちるところだったが、そう何度も落ちていたら身が持たない。何とか穴の淵につかまり、落ちずにぶら下がる。

 

 

何故こんなところにいきなり穴が現れたのか。この状況で疑問に思わないわけがないのだが、今はこの穴から這い上がることが先決だ。

 

宝塔を左手に抱えているため、右手のみで全体重を支えているこの状況。そう長くは腕力が持たない。

 

何とかして穴から這い上がろうと試みたが、それは叶わなかった。

 

 

「な、なんだお前ら!?」

 

 

穴の中で、オレの左足をつかんで引っ張ってくる存在がいたからだ。

 

 

 

「ツカマエタゾ―!」

 

「あらあらあらあら! 汚姫様の妄言だと思ったら本当にいるじゃない!し か も 良 い 男!」

 

 

 

 

*―――――――――*

 

 

 

 

 

青娥は興奮していた。何故なら、本当に男がいるとは思っていなかったからである。

 

 

最初こそ薬による幻覚を見ていたのだと思っていた青娥であったが、彼女は無駄に勘が鋭い。妄想にしては輝夜の焦り方がリアルだと感じた彼女は、一応墓地に戻ってきたのだ。

 

もちろん、それを輝夜たちが黙って見ているはずもない。輝夜たちは青娥を捉えようと試みたが『壁をすり抜けられる程度の能力』を持つ彼女にとって、逃走は十八番。

 

結果として逃げ切った青娥は性懲りもなく、再び命蓮寺の墓地に戻ってきたのだった。

 

 

「あっぶな!?ちょ、引っ張んな!何なんだアンタたち!?」

 

「貴方の新しいご主人様よ! たっぷりかわいがってあ・げ・る! さぁ芳香ちゃん、その男をお持ち帰りするのよ!」

 

「オモチカエリスルゾー。サッサトハナセヨー」

 

「お前が放せぇぇ!」

 

 

 

ゲームならAボタン連打で危機を回避する場面だが、リアルで試されるのは純粋な筋力。

 

真一の右腕はすでに限界を超えていた。しかし、純粋な命の危機を感じているせいか、限界を超えてなお、彼は必死に落ちまいと懸命に穴の淵にしがみつく。

 

彼の第六感が叫んでいるのだ。『あの青髪に捕まったら死より辛いことが待っている』と。

 

 

貞操の危機は何度も経験した真一だが、命の危機を感じるのは迷いの竹林で落とし穴にはまった時以来の2度目。しかも今回は命の危機(青娥)が目に見えている分、余計に必死になっていた。

 

 

「(やばいやばいやばいやばい!このままじゃマジで落ちる!)」

 

「ねぇねぇ、貴方の保存方法なんだけど、ホルマリン漬けと冷凍保存。どちらがいい?」

 

「何その物騒な二択!? どっちも願い下げだよ! クソッ……ぜってぇ放さねぇ………ッらァ!」

 

 

口では強気でいる真一だが、彼は悟ってしまった。この状況で、自分が助かる道はないと。

 

ならばせめて宝塔だけでも寅丸さんの許に返そうと思った真一は、最後の力を振り絞って宝塔を穴の外へ投げ出す。

 

投げられた宝塔は宙に弧を描きながら、無事に穴より少し離れた場所へ落ちる。

 

 

これで本当にミッションは達成。そして遂に、真一の体力は限界を迎える。

 

 

 

「あっ」

 

 

真一の右手が、穴の淵から離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『前々から怪しいと思ってたけどよぉ! あの僧侶、やっぱり妖怪に手ぇ貸してやがった!』

 

『外見通りの僧侶だったってわけか。僧侶の皮を被った悪魔ってところか。まぁ被り切れてなかったわけだが』

 

『毘沙門天様、連中を捕らえましたぜ! 周りの妖怪達も陰陽師たちが抑えてありやす!さっさとやっちまってくだせぇ!』

 

 

 

男の人を見ると、あの日のことを思い出してしまう。

 

 

村紗が、一輪が、聖が。

封印されたあの日のこと。

 

 

大切な仲間と、大好きな恩人と離れ離れになってしまったあの日のことを。

 

 

 

 

―――また見捨てるのか?

 

 

「————ッ」

 

 

―――あの時と同じ過ちを、また犯すのか?

 

 

「違うッ!」

 

 

 

あの時の私には、みんなを助ける力も勇気もなかった。

 

自分だけが助かる道しか選ぶことができなかった。

 

 

 

『星。貴女のせいではありません。自分自身を責めないでください』

 

 

 

封印される直前、優しい声色で聖は私はそう言った。

 

しかし、私にはそれができなかった。あのとき私に力があれば、みんなを救えた可能性があるのは間違いないのだから。

 

何度も後悔した。聖の封印が解かれた今でも。

 

 

 

 

でも、私はもう、あの時の私じゃない。

 

今の私には、人間を。大切な人たちを護れる力がある。

 

 

 

―――あれはお前の大切な者たち封印した者と同じ男だぞ?

 

 

確かに怖かった。聖を捕らえた男たちのことも。村紗と一輪を、妖怪をまるで虫けらを見るような目で封印した陰陽師たちのことも。

 

あれが『男』という生き物なのだと、私は勝手に思い込んでしまったのだ。

 

けど、それは違う。今までも、頭の中ではわかっていたことだ。けれど身体が、心が怯えて、男性と関わることが今までできなかった。

 

 

 

 

私は、今。変わらなくてはいけない。

 

 

『男』だから。それは、彼を見捨てていい理由にはならない。

 

 

彼は自分が絶体絶命の危機なのに、宝塔をこちらに投げてくれた。

 

あの時の聖のように、危機的状況にある自分ではなく、私のことを思って行動してくれた。

 

 

男性恐怖症だから救えなかったなんて言い訳、聖にしたくない。

 

例えどれだけ貶されても、毘沙門天として未熟と言われようと、聖に顔向けできないようなことだけはしたくない。

 

 

 

 

『私はもう人間を見捨てない』

 

 

 

 

その答えに辿りついた時には、私は彼の右手を掴んでいた。

 

 

「と、寅丸さん……?」

 

 

普段なら、男の人に近づくだけで蕁麻疹(ジンマシン)や痙攣を起こす私の身体。触れようものならどうなるか予想はできない。

 

 

けれど、触れることができた。

震えも畏れもない。呼吸の乱れもない。

 

 

 

寧ろ胸が、心があたたかい。

 

 

 

これなら、戦える。

 

 

これなら、救える!

 

 

 

 

「貴女たちに………彼は渡さないッ!」

 

 

 

 

*―――――――*

 

 

 

 

 

「あららぁ!? 毘沙門天様じゃない! 貴方、男が苦手なはずじゃ——」

 

 

 

 

真一(人間)を助ける。そのことしか考えていない星の耳に、青娥の声が届くことはなかった。

 

星の掌の中には、真一が決死の力で投げた宝塔がある。

 

力強く握られた宝塔に、星の法力と正義の光が宿り、瞬く。

 

 

 

「宝塔『レディアントトレジャーガン』ッ!」

 

 

 

弾幕ごっこではない、本気の戦いで使うスペルカード。

 

完全に不意を突かれた青娥たちに防ぐ術もなく、巨大な光線が彼女たちを襲うのだった。

 

 

 

 

―――――――――

 

―――――

 

―――

 

 



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数百年ぶりの想い

 

 

 

*———*

 

 

 

 

 

結果として、オレは寅丸さんに救われた。

 

 

 

今回ばかりは本気で死を覚悟した。寅丸さんがいなければ、オレは今頃あの青髪女に生きた屍(キョンシー)にされてゲームオーバーになっていただろう。

 

寅丸さん命の恩人だ。本当に感謝している。

 

 

本当に感謝してるよ。

 

 

本当に感謝しているけども。

 

 

 

「ご主人…これは一体どう言うことかな……?」

 

「いや、あの、違うんですよナズーリン! これはその、青娥殿のせいといいますか……私のせいといいますか…… 」

 

 

寅丸さんの声がどんどん小さくなっていく。それも無理はない。だって今のナズーリン、超怖いもん。

 

言葉に生気はなく、目には光もなく、挙げ句の果てには右手に鋭く尖った金属の何かを持っている。

 

そんな状態の女の子に声をかけられ怖がらないのは、オレのヤバ友にもそう多くない。

 

 

「私はね、ご主人。貴女の男嫌いが少しでも緩和されればいいと思って、実に不本意ではあったけども、真一と2人で行かせたんだ……」

 

 

そう言いながら、ゆっくりとゆっくりと、こちらに近づいてくるナズーリン。

 

 

「なのにどうして……いや! ナニをどうしたら王子様抱っこで帰ってくるほどの仲に発展するんだ!」

 

「誤解ですナズーリン! だからその包丁をしまってくださひゃぁああ!?」

 

 

ナズーリンの包丁が、寅丸さんの頬を掠めた。

 

本来ならオレが間に入ってでも止めるべき場面なのだろうが、ナズーリンの言う通り、今のオレは寅丸さんに王子様抱っこされている状態。

 

 

何故、こんな状況になっしまったのか。何故オレは寅丸さんに抱っこされているのか。

 

その原因は、オレを襲ってきた青髪女たち……ではなく、寅丸さんにあるのだ。

 

 

確かに。オレはあの時、寅丸さんに助けられた。彼女の放った光のレーザーは青髪女たちを飲み込み、穴の奥底へと追いやった。

 

だけどね。寅丸さんが放ったレーザーの一部がね、なんかこう、へにょったんですよ。余波とはいえね、オレの身体も飲み込んだんですよ。

 

つまり、今のオレは満身創痍。気を抜いたら気絶しそうな程度にオレの身体はボドボドなのだ。

 

 

「嫌な予感はしていたんだ! けどまさか本当にそうなるなんてね! 墓地で一体ナニをしていたご主人!」

 

「落ち着いてくださいナズーリン! 真一さん怪我をしてるんです! 早く手当てしないと」

 

「怪我をするほど激しくヤったってのかい!? 男嫌いの貴女がとんでもない女豹に成り下がったものだな!」

 

「だから誤解ですって!」

 

「待っていろ真一!その女を殺して、今すぐ私が消毒してやる! いっぱい消毒して、いっぱい気持ちよくさせてやるからなぁ……!」

 

 

寅丸さんが何を言っても、ナズーリンさんは聞こうともしない。右手に持った包丁を躊躇なく寅丸さんに振るうその姿は、まさにヤンデレのそれだった。

 

 

意識が飛びそうになりながらも考える。なぜナズーリンはあそこまでオレに好意をもっているのか。

 

一目惚れだとしても、これは流石に度を過ぎている。幻想郷の事情を加味しても、ナズーリンの言動は、異常だ。

 

答えは考えても、わからない、だろう。でも、何か考えて、ないと、今にも、意識が…飛びそ…なのだ……。

 

と、言うか、もう、限界……。

 

 

 

「南無三!」

 

 

 

最後に聞こえたのは、ナズーリンでも寅丸さんでもない女性の声と、カランと何かが地面に落ちた音だった。

 

 

 

 

 

 

*ーーーーーーーーー*

 

 

 

ナズーリンの手から包丁が落ちる。

 

それと同時にナズーリンはその場で崩れ落ちた。

 

 

超人が繰り出す後頭部裏への当て身。妖怪一匹の意識を刈り取るには充分すぎるほどの威力であった。

 

 

「只今帰りました。星、これはどういう状況でしょうか?」

 

「聖! 良いタイミングで帰ってきてくれました!」

 

 

 

聖白蓮。命蓮寺の住職であり、大がつくほどの魔法使い。星たちの恩人にあたる人物である。

 

 

聖は驚いていた。男を見るのも嫌がっていた星が、大切そうに男性を抱えている姿に。

 

間接的とは言え、自分のせいで男嫌いになってしまった星が、男性に触れている。その事実に、ついに男嫌いが治ったのか、それとも彼だから平気なのか、そんなことを一瞬考えた。

 

しかし、そうのんびり考えてもいられない。

 

ボロボロになっている真一を見た聖は、気絶したナズーリンをおぶりつつ、星に指示を出す。

 

 

「事情は後で伺いましょう。星、その御方を部屋に。ナズーリンを運び終えたら、直ぐに治療を始めます」

 

「はい!」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「そんなことがあったなんて……。河童さんに頼んで墓地のセキュリティを強化して貰おうかしら?」

 

 

聖は本気でそう思った。あの墓地には少し、盗人が入りすぎる。

 

 

真一の治療を行いながら、聖はここに至るまでの事情を全て聞いた。それによって、聖の頭に浮かんでいた疑問は九割(・・)方解消された。

 

「あ、あの、聖。ナズーリンは…」

 

「奥で寝かせています。おそらく、暴走の原因は発情期でしょう。この時期に来るのをすっかり忘れてました」

 

 

生物には、三大欲求の1つである性欲が頗る強くなる時期がある。それが発情期だ。

 

ナズーリンは普通に真一に好意を持っていた。その気持ちが発情期によってブーストがかかり、小さな賢将を暴走させた。その結果がヤンデレであり、あの言動である。

 

普通ならあり得ない。しかし、そのあり得ないことが起こりえてしまうのが、この幻想郷である。

 

 

「症状を押さえる薬を飲ませたので、暫くは大丈夫でしょう」

 

「そうですか。良かったぁ…」

 

「ところで星。貴女は大丈夫ですよね?」

 

「わ、私のはまだまだ先です!それに、来たところでそれほどそういった事はしませんし……」

 

「……ふふふ。それにしては貴女、この方の手をずっと握ってますよ」

 

 

聖が真一の治療をしている際も、星は無意識の内にずっと彼の手を握っていた。以前までの星からはあり得ないことだ。

 

 

「え? あっ! えっと、これはその!」

 

「構いませんよ。貴女が再び殿方と接することができて、私はとても嬉しいんです。………改めて、この人間(ヒト)を護ってくれて、ありがとう」

 

「聖……」

 

 

聖は嬉しいのだ。星が自分の意思を想って真一を護ったことが。それ以上に、星が再び、男と接することができるようになったことが。

 

星は照れ臭そうに、ほんのり赤く染まった頬を指でかく。

 

 

「……理由はわからないです。でも、彼の…真一さんに触れていると、心が暖かくなるんです」

 

 

星は優しく、真一の手を握り直す。

 

どんな者でも恋をする。それが実る実らないかは関係なくだ。

 

何百年もの間男を嫌い、自ら男と距離を取っていた星は、恋愛感情を忘れていた。故に、星はその気持ちに気がつけないのだった。

 

聖はそれを見守っていこうと思った。自分が教えては意味がないと、自らわかってこその恋心だと思ったからだ。

 

 

 

とは言え、昨日の村紗と一輪、今日のナズーリンを見てしまっている以上、警告はしなければいけない。

 

 

 

「星」

 

「はい?」

 

「くれぐれも襲ってはいけませんよ?」

 

「襲いませんからぁ!」

 

 

そう言いつつも、真一の手をギュッと握りしめる星なのであった。

 







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覗きもほどほどに

 

 

*ーーーーーーーーー*

 

 

 

「……ねぇ一輪さんや」

 

「何よ?」

 

「私たち、何でこんなことしてるんだっけ?」

 

 

陽が沈み、烏の鳴く時間帯を少し過ぎた頃。命蓮寺の縁側で座禅を組む二つの影がそこにあった。

 

昨日はっちゃけすぎた罰として、一日座禅の刑に処されていた村紗と一輪である。

 

 

「酔った勢いであの人間を襲おうとしたからでしょ」

 

「いやー……しょうがないでしょ、あれは。だってあんな状況だよ? あの場に男を連れてきた小傘が悪い。私悪くない」

 

「うるさい! ああもう、あの時の私のばかー…。どんな顔して謝ればいいのよぉ……」

 

 

アルコールさえ入っていなければ、命蓮寺の中では比較的まともな部類である一輪。『あの時の私はどうかしていた』と言わんばかりに彼女は頭を抱える。

 

そんな入道使いとは正反対の性格である舟幽霊は、座禅の状態を崩すことなく口を開く。

 

「普通に謝れば良いじゃん。『あのときはごめんなさい。御詫びに私の処女あげます』とか」

 

「どこが普通?相手にとっては泣きっ面にタンスの角をぶつけられるようなものよ。と言うか反省してないでしょアンタ」

 

「うん! 自分の想いには正直でいたい!」

 

 

ダメな方向に吹っ切れているキャプテンであった。

 

 

「よーし、そうと決まれば会いに行こう。こっそりと!」

 

「ダメに決まってるでしょ。雲山押さえて」

 

「うっ?!」

 

 

足を崩してその場に立ち上がる村紗を、空から見張っていた雲山が押さえ込む。

 

雲山もまた、飲酒を行った罰として二人を一日中見張っていた。「見張りが罰?」と思うかもしれないが、2人が何かしでかそうものなら、雲山にも聖の厳しいお灸を据えられるのだ。

 

村紗と雲山、妖怪としての力の差はともかく、体格の差は歴然。為す術もなく、村紗は雲山に押し潰される。

 

 

「ちょっと邪魔しないでよ雲山! 私は私の意思に従ってるだけよ! だから降りてよ! 降りないならアンタを犯」

 

「雲山、アームロック」

 

「があああ!?」

 

 

誰が見てもわかる通り、雲山の身体は雲でできている。

 

雲に決まった形はない。つまり、雲山は身体を自由自在に変えることができるのだ。

 

どこかで見たことあるような男の形となった雲山は、村紗に華麗なアームロックを決めた。

 

 

「村紗、一輪。この時間まで修行中ですか?」

 

 

そんな場面に現れたのはお盆を両手に持った毘沙門天、星だった。お盆の上には湯気の立ったお粥と、お茶の入った湯飲みが乗っている。

 

 

「ああ星、まぁそんなところよ。バカがアホをやろうとしてるけど」

 

「それ以上いけない!それ以上いけないぃ!」

 

「あ、あはは……お疲れ様です」

 

「ところで、その食事は?」

 

「はい、真一さんの分です。目が覚めたようなので、これから持っていくところなんです。ではこれで」

 

「ええ、いってらっしゃい。………………ん?」

 

 

星の背中を見送る一輪であったが、ふと疑問に思う。

 

 

「(…星が男に食事を持っていく?あの男の苦手な星が?)」

 

 

本来なら姐さんかナズーリンの仕事のはず。聖の命令だろうかと考えたが、それにしては星の様子は落ち着いているように一輪には見えた。

 

それもそのはず。一日中座禅を行っていた二人の耳には、まだ墓地の一件が入っていないのだ。

 

 

「妙だね。怪しいね。よし覗き見よう一輪」

 

「だからアンタは……。ってあれ、雲山は?」

 

「勝った」

 

「うんざーん!?」

 

 

巨大なアンカーを肩に担ぐ村紗。彼女の足元には、頭に大きなたんこぶを付けて床に伏してる雲山がいた。

 

雲なのに何故たんこぶが出来るのか。それは村紗の強い意志が生んだ奇跡である。

 

 

「それじゃ、私行ってくるから!幽霊『シンカーゴースト』!」ブゥン

 

「スペカ使ってまで!? コラちょっと村紗! くっ……ごめん雲山!後ですぐ看病してあげるから!」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ーーーーーーーーーーーー

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

「本当に覗くの?」

 

「ったりまえじゃん。ここまで来て何言ってるのさ」

 

 

星の後ろを音を立てないよう、こっそり着いてきた二人。真一がいるであろう部屋に星が入ったのを確認し、その部屋の前で立ちすくむ。

 

 

「ほらほら。星って基本、男を見るのもアウトじゃん。それこそ、私以上に何をしでかすかわからないでしょ?」

 

「それ自分で言う? でも否定できないのよね…」

 

「でしょでしょ! というわけで、こっそりご開帳~……!」

 

 

バレないようにゆっくりと、ほんの少しだけ戸を開ける村紗。

 

少しだけできた隙間から片目を覗かし、二人は部屋の中を盗み見る。

 

 

「気分はどうですか?」

 

「かなり良くなったよ。まだ少し痛むけど」

 

「(うっそー!ホントに話してるよ!)」

 

「(信じられない光景だわ……)」

 

 

二人の目に写ったのは、布団に横たわる真一と、その側にお盆を置いて腰を下ろす星の姿。

 

なんの変哲もなく会話しているように見えるが、何も知らない2人にとって、この状況は普通でなかった。

 

星は代理がついても毘沙門天である。例えその外見が醜くても、老若男女問わず多くの人間から信仰を得ている。不細工なのに男に嫌われていないと言う点では、星はいろんな幻想少女から羨ましく思われている。

 

しかし、彼女自身は幻想郷では数少ない男嫌いな妖怪である。どんなに男から、イケメンから信仰を得ようとも、彼女が喜ぶことは今までなかった。

 

『男は身勝手で、外見だけで存在の優劣を決めつけて、聖たちを封印した恐ろしい生き物。そんな者たちに慕われても嬉しくない』

 

心のどこかでそんな想いをもっていたのも嘘ではなかった。

 

 

それが、村紗と一輪が知っている星である。故に、星が男と親しげに話している光景は異様であり異常だった。

 

 

「朝から何も食べてないとお聞きしたので、胃に優しいお粥を作ってきました。食べられそうでしょうか?」

 

「うん、ありがたくいただくよ。っと、いてて…」

 

「無理をしてはダメですよ真一さん!背中を支えますから…」

 

「あ、ありがとう寅丸さん」

 

「「!?」」

 

 

病人を扱うように、大切な人を扱いように、丁寧に真一の身体を起こすのを手伝う星。

 

 

「(ちょっとちょっと一輪! 今の見た!?)」

 

「(星が男と話してるだけも驚きなのに、いつの間に克服したのかしら……)」

 

「(ボディタッチ! ボディタッチしてたよ今! 私したぁぁい!)」

 

「(落ち着きなさい村紗)」

 

「(しかもあの男! ボディタッチされてるのに全然嫌な顔してない! 絶滅危惧種だよあんな男! あれは! 頼めば!! ヤれる!!!)」

 

「(落ち着け水死体)」

 

 

もしかして昨日のアルコールが残っているのではないかと勘違いされそうなほどハイテンションの村紗。もちろんそんなわけはなく、彼女は素からこんな感じなのだ。

 

お手本のような不細工な面に、健康的で魅力のない身体付き。村紗はそれを自覚してなお、欲望に忠実なのだ。

 

 

「いてて……何か、寅丸さんにはお世話になりっぱなしで申し訳ないな」

 

「いいんです。怪我の原因は私なんですから、何でも言ってください」

 

「(今なんでもするって言った!夜のスペルカード宣言したよ星の奴!こりゃ私たちも混ざるっきゃないね!」

 

 

ゴッ

 

 

「おぐっ!?」

 

 

一輪は元人間であるが、今は歴とした妖怪である。身体能力も人間のそれより遥かに高い。

 

例え雲山がいなくても、油断している舟幽霊一人、げんこつで気絶させるのは簡単だった。

 

 

「……星のあんな幸せそうな顔見ちゃったら、邪魔するわけにはいかないじゃない」

 

 

そう呟いて、一輪は村紗を担ぐ。

 

戻る途中で雲山の様子も見に行こう。そう考えながら、一輪は縁側に戻るため一歩踏み出す。

 

 

「(ニッコリ)」

 

「…………」

 

 

二歩目を踏み出せない一輪。

 

 

夜の冷えてきた時間帯なのに汗が止まらない一輪。

 

 

ニコニコの聖。

 

 

 

「一輪、何か言うことはありますか?」

 

「……ご、ごめんなさい」

 

 

 

素直に謝ったお陰で、今回は凸ピンで済んだ一輪だったが、村紗はもう一日座禅の刑に処されるのであった。





私は原作の真面目なキャプテンも好きですが、ボケ要員がいないと書きづらいので犠牲になってもらいました。


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不穏

―――――――――

―――――

―――

 

 

 

「私も午前中用があって訪れたのですが、博麗神社に霊夢さんはいませんでした」

 

「いない? 外出中だったってことですか?」

 

「それがただの外出ではないようでして……」

 

 

真一が寝付く前、星と交わした会話である。

 

星の話はこうだった。博麗神社に現在巫女はおらず、神社に住み着いている鬼と小人曰く、巫女は異変解決に向かっている真っ最中で、ここ数日帰ってきていない。

 

博麗の巫女を頼れないとなると、外の世界に戻る方法は一つだけである。

 

 

「霊夢さんの力を借りられないとすると、あとは八雲紫に……」

 

「八雲紫を倒せばいいんですね」

 

「え?」

 

 

ゲームの恨みは恐ろしい。間接的とはいえ、真一は彼女に、長年の相棒(3DS)とポケ○ンを奪われたのだ。

 

八雲を倒して仇を打ち、外の世界に返してもらう。彼が最初に想い描いていたエンディングそのものである。

 

 

「そうと決まれば、早速攻略法を考えないとな! 寅丸さん、敵の弱点とかわかりますか?」

 

「……真一、今は身体を治すことを考えてください」

 

「…………はい」

 

 

言い返す言葉が見つからなかった真一は、大人しくそのまま眠りについたのだった。

 

 

 

 

 

*―――――――――*

 

 

 

 

 

 

「おはよーございます!!」

 

 

 

はい、おはようございます。幻想郷に来て4日目にして初めて、何の変哲もない朝を迎えた気がするね。

 

 

メイドさんとチャイナ服の人がいるわけでもなく、魔法使いが隣で寝ているわけでもなく、妖怪少女に膝枕されているわけでもなく。外から聞こえる挨拶の声で目を覚ました爽やかな朝。朝というには少しまだ薄暗い気がするが、まぁお寺だからね、命蓮寺(ココ)。朝も早いのだろう。

 

 

昨日の怪我などなかったように、身体を起こして背筋を伸ばす。痛みが全くない。きっと寅丸さんの看病と聖さんがかけてくれた回復魔法のおかげだろう。魔法の力ってスゴイ。

 

正確には回復魔法ではなく、自己治癒力の強化魔法って言ってたけど、あれだ。リジェネをかけられたと思っておけば間違いないはず。

 

とにかく、身体は自由に動くのだ。目も完全に覚めてしまったし、ちょっと外に出てみよう。挨拶の声がするってことは、少なくとも起きている人が数人いるってことだし。

 

 

そもそもオレ、命蓮寺にどんな人たちがいるのか、まだ知らないのだ。彼此2日ぐらい命蓮寺に居させてもらってる身だし、朝の挨拶と初めましての挨拶はちゃんとしないとね。

 

 

布団を丁寧に畳んでから、ふすまを開けて部屋から出る。しばらく縁側に沿って歩いていると、先ほどの声の主であろう女の子と遭遇した。

 

 

「おはよーございます!」

 

「ああ、おはようございます」

 

「 ! おはよーございます!」

 

「…? おはようございます」

 

「 !! おはよーございます!!」

 

「………お、おはよーございます!!」

 

「 !!!! おはよーございますっ!!」

 

 

挨拶が終わらない、だと……。

 

何故だかわからないが、この女の子。オレが挨拶を返すと、すごく嬉しそうな顔して挨拶を再び投げかけてくる。あまりにも幸せそうな顔だから、挨拶を返す以外の選択肢が見つからない。

 

興奮しているのか、耳と尻尾が激しく動いている。ミニチュアダックスフンドの妖怪だろうか。

 

 

「これ響子、朝からうるさいぞ」

 

「あっ、おはよう親分! だってだって! 聖さんたち以外に挨拶返してくれた人初めてだったから! うれしくて!」

 

「そうかそうか。それはよかったのぅ」

 

「あれっ? マミゾウさん?」

 

「一昨日ぶりじゃの、真一」

 

 

 

 

*――――――――*

 

 

 

 

「へぇー。山彦って妖怪だったんだな」

 

「えへへ」

 

 

真一が頭を撫でると、山彦は嬉し恥ずかしそうな表情を見せる。

 

 

「話は聞いておるぞ真一。儂の警告を無視したのは水に流そう。よくあの『病院が病原菌』と名高い永遠亭から生きて戻ってきたものじゃ。流石、と言うべきかのぅ」

 

「ええ!? すごいです真一さん! 紅白巫女が『二度目は生きて戻って来られる自信がない』って言うほどの、地獄よりも地獄と名高いあの永遠亭から戻ってきたなんて!」

 

「酷い言われようだな永遠亭……」

 

 

縁側に座って会話に花を咲かせる三人。外来人の真一、人間に変化中のマミゾウ、門前の山彦『幽谷響子』である。

 

響子を挟んで座る形を取っているので、端か見ると家族に見えなくもないが、『男の趣味がどうかしてる』と思われることは間違いないだろう。

 

 

「やはりお主にとっては幻想郷は楽園なのかのぅ?」

 

「楽園かぁ……。確かに、今まで出会った女の子たちは皆、レベルが高いとは思いますよ。外見的にも強さ的にも」

 

 

それは間違いなく真一の本音だった。

 

今まで出会ってきた全て女子たちに対して、真一は「可愛い」、「美しい」と言った感情を抱いていた。輝夜相手に至っては本気で恋に墜ちかけるほどだ。

 

しかしである。真一がそう思うことはつまり、幻想郷では逆の意味を持つことになる。

 

この場においてイレギュラーなのは真一の方である。つまり、彼が相手の外見を褒める行為は、相手を貶す行為と同義なのだ。

 

真一もそのことが漸くわかってきたのか、心の中ではそう思っても、「可愛い」などと無闇に口には出さないよう心掛けていた。

 

 

「うむ……お主みたいな男が増えれば、幻想郷の未来も安泰なんじゃがの。どうじゃ真一、響子を嫁には」

 

「えぇっ!? 何いってるの親分!」

 

「ごめん。オレ、ロリコンじゃないから…」

 

「告白すらしてないのにふられたー!? 理由もひどいっ!?」

 

「じゃあここの僧侶はどうじゃ? 身を固めるにはチョイと歳は過ぎておるがの」

 

「誠に失礼千万です」

 

 

三人の会話に入ってきたのは、白いエプロンを身に纏った聖だった。

 

命蓮寺の誰よりも早く起き、朝の準備をしていた彼女。朝食を作り終え、みんなを呼びに行く真っ最中である。

 

 

「おはようございます皆さん、朝ごはんの用意ができましたよ。真一さん、御体の方は?」

 

「見ての通りHP満タンです。本当にありがとうございます」

 

「それは何よりです。でも無茶はダメですよ? 響子、真一さんを案内してあげてください」

 

「はい!」

 

 

真一と響子が先に、命蓮寺の食事処へ向かう。

 

 

それを見送る聖とマミゾウの間に、先程の和んだ雰囲気はなかった。

 

 

「それじゃ、儂はこれで失礼するかの」

 

「あら、もうお帰りに?」

 

「今日は様子を視にきただけじゃ。……しばらく匿うなら、それなりの覚悟はしておくのじゃぞ」

 

「……ええ、わかっています」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、儂はもう一眠りするかのぅ。…ぬ?」

 

命蓮寺の門をくぐり抜けたと同時に、マミゾウは元の姿に戻った。人に化けるのは苦ではないが、自然体が一番楽なのだ。

 

そんな中、予想外の人物がマミゾウの目の前に現れた。

 

 

「……」

 

「白黒の魔法使いじゃないか。こんなところで何をしておる」

 

「ダーリンの匂いがする」

 

「……うむ?」

 

「ここからダーリンの匂いがする。ダーリンがいる。ダーリンが私を待ってる」

 

 

箒に乗って現れたのは普通の魔法使い魔理沙だった。しかし、その様子はとてもではないが、普通と呼べるものではなかった。

 

連日休む暇もなく戦い続けていたかのようにボロボロな衣服。目の下の大きな隈。底無し沼のように深く、黒く濁った瞳。

 

 

マミゾウは直ぐに察した。そして、この場で最善であろう言葉を魔理沙に告げる。

 

 

「お主の言うダーリンは、さっき怪我で永遠亭に運ばれたぞぃ」

 

「ダーリンが怪我!? 妻の私が腑甲斐無いせいで……。やっぱり離れ離れになるからこうなるんだぜ。ダーリンを助けたら一緒に暮らそう。ずっと一緒に居よう。何処かへ行かないように脚を切って、離れないように身体を縫い合わせてずっとくっついてよう。そうすればずっと一緒だ。それが良い、うん、それが幸せだ! うふふふふふ……」

 

 

途中から人間の笑みとは思えない表情でそう語った魔理沙は、箒に跨がり一直線に竹林へ飛んでいく

 

 

「……それなりの覚悟で相手に出来るような顔じゃなかったのぅ。どーするんじゃ、あれ」

 

 

生まれて初めて、人間の顔に恐怖を覚えたマミゾウであった。



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話の分かるエゴイスト

 

 

*----*

 

 

オレの大学の先輩に内海っていう人がいる。

 

内海先輩は金に貪欲である。お金の為ならたとえ火の中水の中。虎穴に入らずんば虎子を得ずと言わんばかりに、どんな危険にも首を突っ込むし、一片の遠慮もなく周りを巻き込もうとする。

 

『一円を笑う者は一円に呪われて死ね』が口癖の、それなりにヤバイ先輩である。

 

 

内海先輩は言った。

 

「真一、お前の変態受けのいい顔を見込んで良い儲け話がある。安心しろ、お前の仕事は天井のシミだけ数えるだけだ。なっ?」

 

 

オレは言った。

 

「ふざけんな死ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

内海先輩。

やっぱ死ね。

 

 

「というわけで、暫くお世話になります。よろしくッス」

 

「男と一つ屋根の下とか夜這いし放題じゃないですかエクスタシィィィイイイ!(よろしく! 股が濡れるほど嬉しいよ!)」

 

「建前も本音もどうしようもないわねアンタ」

 

 

一輪さんは心底軽蔑するような目でキャプテンさんを眺める。

 

襲われるのは御免だし、どうしようもないのも事実だが、ここまで清々しいと逆に好感が持てる。不思議だ。

 

 

 

『真一さんさえよければ、暫くの間命蓮寺(ここ)に泊まってはいかがでしょう? 殿方との共同生活は、皆にも良い刺激になると思うのです』

 

 

 

命蓮寺の方々に一通り自己紹介をしてから朝食を済ませ、お茶を飲んで一息ついた頃、今後のことについて話し合っていた中、聖さんはそう発言した。

 

博麗の巫女さんがいない、八雲もどこにいるかわからないとなると、オレが外の世界に戻る手段はない。ひとまずは命蓮寺を拠点として、幻想郷を探索しようという結論に落ち着いたのだ。オレとしては願ったりかなったりだ。

 

幻想郷は広い。まだ行ったことのない場所へ足を伸ばすのもいいし、もう一度紅魔館や永遠亭を訪れるのもいいかもしれない。特に永遠亭、姫様には別れの挨拶もできなかったからな。……あ、魔理沙さんに生存報告もしないといけないな。心配してるかもしれないし。

 

今考えるだけでもかなりの選択肢がある。どこから行こうかねぇ。

 

 

「とりあえず、私の布団の中に来なよ! 快楽の海に溺れさせてあげるから!」

 

「しばくぞ」

 

「真一、人里はどうでしょう。活動の一環で午前中向かいますので、一緒にいかがですか?」

 

「人里かー……。そういえば、前行ったときはあんまり探索しなかったな。ぜひお願いするよ、寅丸さん」

 

「ちょちょちょちょーい! 扱いの差!」

 

 

うーむ。キャプテン相手だと敬語を使うのも馬鹿らしく感じる。不思議だ。

 

キャプテンはオレの友人の一人にいろいろ似ている。顔はいいのに馬鹿で変態なところとか。だからだろうか、適当にあしらっても罪悪感が微塵も感じないのは。

 

 

「村紗の扱いそれぐらい適当でいいわよ牧野さん。割といつもこんな調子だから、真面目に相手をするだけ疲れるだけよ」

 

「とか言っちゃっていちり~ん。アンタだって内心すっごく喜んでるでしょ、このむっつり!」

 

「だ、誰がむっつりよ! ただでさえアンタは死人より腐った顔つきしてるんだから、少しは自重しなさい!」

 

蟯虫(ぎょうちゅう)検査に引っ掛かりそうな顔つきの妖怪に顔のこと悪く言われる筋合いはない!」

 

「何をぉ!?」

 

「あぁん!?」

 

 

 

 

 

*――――――――――――――*

 

 

 

 

 

ガゴォンッ! ドゴォンッ!

 

 

 

「ごめんなさい真一さん。うちの者たちがお見苦しいところを…」

 

「い、いやぁ……まぁ、刺激になってる証拠かと……」

 

 

身内に対して容赦の念などない。聖は肉体強化を行った状態で、村紗と一輪を文字通り沈めた。

 

拳で殴ったとは思えない音と共に床にめり込んだ村紗と一輪を見て、真一は誓った。聖さんは怒らせないようにしようと。幻想郷でも外の世界でも、いつもニコニコしている人ほど、怒らせたときに怖いのは同じなのだ。

 

 

「優しいのですね真一さんは。星が心を許したのもわかります。ですが、怒るときはちゃんと怒ってくださいね? この子たち、一度調子に乗ると降ろすのが大変なんです」

 

「もちろんです。オレにも限度ってものはありますし、襲われるのもご免なので」

 

「安心してください。命蓮寺(ここ)に居る限り、真一は私が護ります!」

 

 

朝食時からずっと真一の隣に座っていた星は、そう言いながら両手を握りしめる。その様子からは、以前の星からは想像できないほど、強い決意が見て取れた。

 

 

「やっほー!あっそびに来たわよー!」

 

 

その直後、真一たちのいる部屋のふすまが勢いよく開かれた。

 

茶髪の縦ロールと、キラッキラの無数の装飾品をぶら下げて入ってきたのは、最凶最悪の双子の妹『依神女苑』である。

 

 

「あら女苑じゃないですか。再び修行をしに戻ってきたのですか?」

 

「あの修行生活も悪くなかったけど、今日は遊びに来ただけよ。ちょっと前に一輪から良い酒が手に入ったって聞いてねー。あ、これ言っちゃだめな奴だっけ?」

 

「………村紗だけでなく、一輪にも座禅をさせましょう」

 

「あちゃー、ごめーん一輪。って、ん?」

 

「あ、どうも」

 

 

目と目が合う真一と女苑。目が合ったというより、真一からの視線に女苑が気付いたというほうが正しいだろう。寺とは無縁そうな格好の少女がいきなり入ってきたのだから、真一は少し戸惑った。

 

女苑の格好は、幻想郷の住人としては珍しく現代的なものである。自分と同じく、外の世界からきた人間なのだろうかと思いながらジロジロ観察していた真一であったが、ついに2人の視線が交差した。

 

「男がいるじゃん!私疫病神なんだけど、取り憑いていい?」

 

「軽いノリでとんでもないお願いしてくるな。疫病神と言われてYESと答える奴はいないと思うぞ」

 

「そうでもないわよ。疫病神って病気とかの疫を『操る』神だからさ、精神的に擦り減ってる病人なんかは首を縦に振ってくれるのがたまにいるわ。ホントにたまーにね」

 

 

女苑の話は本当である。厄介な存在に変わりはないが、疫病神は疫を振りまくだけの存在ではなく、疫を操ることのできる存在である。疫病神(彼女)を信仰すれば、さまざまな疫から逃れられると考えるものも少なからず存在する。

 

しかし、疫病神のイメージが悪いのも事実。現にこの幻想郷において、女怨はイメージが悪いほうの疫病神にピッタリの酷い容姿をしている。正常な人間が彼女を信仰することはまずない。最凶最悪の2つ名は伊達ではないのだ。

 

 

「しかし変わってるわねー。アンタ、ノーマルの人間でしょ?私とここまで普通に対話する男なんて初めてだわ。これは脈ありと受け取っていいわけ?」

 

「ないです。疫病神って貧乏神みたいなものだろ?いくら別嬪(べっぴん)さんでも、物件売られるのはごめんだ」

 

「あー振られちゃった。間接的にお姉ちゃんまで振られてるし。流石お姉ちゃん、絶望的なまでに運がないわー………え? 別嬪? 私が?」

 

 

 

 

 

 

 

*――――――――――*

 

 

 

 

 

 

 

 

せっかく遊びに来てくれたのだからといって、聖さんは女苑さんにもお茶を出した。

 

その後、聖さんはお掃除と言って一輪さんとキャプテンを担ぎ、命蓮寺の奥底へ消えていった。そのときの聖さんの後ろ姿に、『彼女たちの行方を知る者は誰もいなかった』のテロップが見えた気がしたのは気のせいじゃないと思う。

 

 

「美醜逆転って、すごいわねーアンタの世界。私みたいな外見がキャーキャー言われるんでしょ?想像できないわ」

 

 

疫病神と聞くと良いイメージが沸きにくいが、女苑さんは話の通じる疫病神さんだ。何より接しやすい理由は、外見を褒めても照れることなく笑い飛ばしてしまうところだろう。

 

曰く『最恐最悪の疫病神が可愛かったら可笑しいでしょ!』とのこと。本人がそれでいいなら何も言うまい。

 

 

「というか星、アンタいつの間に男嫌いを克服したのよー!あ、もしかして真一って、アンタの(コレ)?私お邪魔?」

 

「え!?ち、違います違いまふ!真一とは決して断じてそのような関係では!」

 

「噛んでるじゃん!怪しいわー!真一はどうなの?アンタからすれば星だってなかなかの別嬪でしょ!身体つきだってほら!意外とボインボインなんだから!」

 

「きゃあ!?っどどっどこ触ってるんですか女怨さん!」

 

「(……寅丸さん、着やせするタイプだったのか)」

 

「真一も真顔で見ないでください!恥ずかしいです!」

 

 

寅丸さんは顔を真っ赤に涙目の状態でオレに言う。

 

しかしね、寅丸さん。ゲーム好きでもロリコンでも、どんなにヤバイ奴であろうと、目の前で可愛い女の子同士のちょっとエッチなスキンシップが繰り広げられていたら、黙って鑑賞してしまうものなんですよ。女の子には理解が難しい男の性なんですよ。

 

……でもあれか。オレの目にはそう映るだけで、幻想郷民には見るに堪えない光景なのだろう。オレの世界基準で言えば、ハリ〇ンボンの2人が戯れているようなものだもんな。そう思うと、なんか複雑な気持ちになるなぁ。

 

 

「っと。そろそろ時間かな」

 

「はぁ……はぁ……やっと解放されました……。女苑さん、これからご予定が?」

 

「ちょっとね。人里でお姉ちゃんと待ち合わせしてるのよ」

 

「待ち合わせって……お姉さん貧乏神って言ってたよな。人里は大丈夫なのか?」

 

「大丈夫大丈夫。本気さえ出さなければ周りに危害を与えることはないし。良い取り憑き先が見つかったとか言ってたしねー」

 

 

良い取り憑き先ってなんぞ。ドМか?ドМなのか?

 

 

「オレと寅丸さんもこれから人里に行くんだ。一緒にいこうぜ」

 

「モチのロンよー。外の世界の話、もっと聞きたいし」

 

「……むぅ……二人きりがよかったです……」

 

「え?」

 

「な、何でもありません!さぁ行きましょう!」

 

 

 

 




中途半端なタイミングですが、ここで3章は終了です。

閑話を挟んでから4章に入ります。


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閑話 月の科学は世界一

これぐらいの科学力はある。はず。


 

「幻想郷の命運は貴女にかかっているの。後は任せるわ」

 

「…………」

 

「……あの、八意様。私もサグメ様も、内容を全く掴めてないのですが」

 

「連絡した通りよ」

 

 

 

事の始まりは、サグメ様に入った一通の連絡だった。

 

連絡相手は我らが師匠であり、元月の使者のリーダーである八意永琳様。様々な事情のもと、現在は地上で暮らしている八意様ですが、それでも尚、月での知名度と権力は絶大です。八意様の鶴の一声で、我々月の民が動かされることも少なくありません。

 

サグメ様に入った八意様の連絡はこうだと言う。

 

 

『幻想郷がヤバイから、稀神サグメ殿に応援求めます。早く来て』

 

 

たったそれだけを一方的に言われ、連絡は切れたという。

 

サグメ様は八意様を尊敬している。故に応援を求められて首を横に振ることはなかった。5分もかけずに身支度を行い、幻想郷へ向かった。

 

が、サグメ様は意外に大胆であり、お茶目である。サグメ様の能力のことを考えると見張り兼護衛が必要だと判断した私の姉『綿月豊姫』は私にその役目を押し付けた。

 

 

『だって暇でしょ依姫。私は暇をつぶすのに忙しいから、八意様によろしく伝えておいてね』

 

 

適当な姉さまである。

 

 

事情が事情とはいえ、八意様に会える貴重な機会。私は二つ返事で護衛を了承し、サグメ様と共に八意様の住む永遠亭に足を運んだ。

 

八意様がヤバいと言うぐらいだから、何時何処で戦いになってもいいように、私もサグメ様も戦闘準備は万全だった。

 

 

しかしである。

 

 

「八意様。お言葉ですが、永遠亭(ここ)に至るまで幻想郷を見て回りましたが、脅威が迫っているような兆しは発見できませんでした。一体、どのような脅威が迫っているのですか?」

 

何事もないように賑わう人里に、森で戯れている妖精たち。

 

ヤバイという割には平和すぎる。混乱を防ぐために情報を遮断しているのだろうかとも考えたが、幻想郷の有力者たちが動いている気配すらないのはおかしい。

 

いったいこの幻想郷に何が起こっているのか、私もサグメ様も全くわからなかった。

 

 

【八意様。原因がわからないと対処もできません。詳しくお話をお聞かせください】

 

 

サグメ様は『口に出すと事態を逆転させる程度の能力』を持っている。その能力故にサグメ様は喋ってコミュニケーションが難しいので、私用のスケッチブックに文字を書いて会話をする。

 

 

「……そうね。少し説明不足だったかもしれないわ。百聞は一見に如かず、向こうの部屋を覗いてくれる?」

 

 

八意様がそう言って指差す方向には、何の変哲もない永遠亭の一室……ではなかった。

 

結界が張られているにも関わらず、襖の隙間から途轍もない力が溢れ出ており、並みの妖怪なら近づくだけで灰燼と帰す、それぐらい高濃度の力が感じられた。

 

まさか八意様は、幻想郷の脅威そのものをこの屋敷に封じ込めているのだろうか?確かにこの人が本気になれば不可能ではないでしょうが……ううむ、わかりません。

 

八意様の言われるがままに、私とサグメ様は少しだけ襖を開き、全ての元凶がいるであろう部屋の中を確認する。

 

 

 

 

「放しなさい優曇華!私は真一を探しに行くの!彼は人間よ!?もし何があったらどうするの!?」

 

「心配なのはわかります!わかりますから落ち着いてください!私がその人間を探しに行きますから、姫はここで待機してください!幻想郷を滅ぼすつもりですか!?」

 

「滅んだっていい!初めて(わたし)を映してくれた人が死んでしまう世界なんて、いらない!」

 

「噂をはるかに上回る醜い顔ね。この吐き気、気分を純化しなければ耐えられるものじゃないわ。死なないのなら、足ぐらいもいでも平気よね?」

 

「ゲームオーバーを怖がってたらハッピーエンドなんて見れないのよ!やれるものならやってみなさい女狐風情がァ!」

 

 

 

 

 

そっと閉じる。

 

 

 

何だろう。思っていたのと違う。

 

 

 

 

 

「……一体何がどうなったらこうなるのですか八意様!しかも中にいた狐、以前月を侵略してきた犯罪者ですよ!なぜ八意様の味方を!?」

 

「交渉したの。3日間契約よ」

 

「貴女を止め切ればうどんちゃんは私だけのモノ……そうでなくてもうどんちゃんは私だけのモノぉ……!」

 

「私のゲームオーバーは確定なんですか!?」

 

【不憫ね】

 

 

サグメ様の言葉はごもっともである。レイセン、強く生きなさい。

 

とにかく、八意様が言う『幻想郷の危機』が何なのかはよくわかりました。そしてサグメ様に応援を求めた意味も。

 

ほんの一瞬、チラッと輝夜様の顔が見えましたが、正直、喉元まで来ました。遙か昔、月の都を滅ぼしかけたと言われているあのお方の顔は今でも変わらぬようです。あのお方がそのまま外に出てしまったら、幻想郷に未来はないでしょう。

 

 

「『どうなったらこうなるのか』ね……。依姫、貴女は今まで生きてきて、殿方に顔を褒められたことはある?」

 

 

口元を抑えながら深呼吸していると、八意様はそう私に聞いてきた。

 

私は黙って首を振る。自分が不細工であることは自覚していますが、そのことに関して気にしたことはありません。人は見た目が全てじゃありませんから。

 

 

「褒められると、ああなるのよ」

 

「……嘘でしょう?」

 

「嘘で姫の顔を褒められる男がいる?」

 

「……嘘でしょ」

 

「このままじゃ姫が暴走して幻想郷が黄泉の国になってしまうから、運命を逆転させてどうにかしてってこと。お願いできる?」

 

【わかりました】

 

 

サグメ様はスケッチブックを閉じると、臆することなく結界をすり抜け、輝夜様のいる部屋の中に入っていきました。もちろん目をつぶって。

 

目をつぶっていても感じ取れるのほどの顔。サグメ様は一直線に輝夜様の元へ向かった。

 

 

 

 

*――――――――――――――*

 

 

 

 

輝夜の行動は、純粋な心配からくるものだった。

 

ようやく自分を映してくれた人間が目の前で姿を消した。それだけでも充分な理由なのに、途轍もなく胡散臭そうな青髪邪仙が彼を狙っているとわかれば、動かずにはいられない。

 

それは当然の行動。本来なら止める方がおかしい話だが、捜しに行くのが見たら死ぬ顔(輝夜)と言うのなら話は逆転し、止める方が当然になるのだ。

 

顔面の戦闘力に隠れがちではあるが、輝夜の身体的な戦闘力は幻想郷でも上位に入る。輝夜が拘束を抜けて真一を探しに行くのも時間の問題であると判断した永琳は、この先に起こる『輝夜が真一を探しに行く』事象を逆転させることにした。

 

それができる唯一の人物が、舌禍をもたらす女神『稀神サグメ』である。

 

 

サグメの能力の発動条件は、彼女本人が事象の当事者に対して、その事象について語ること。

 

 

「姫」

 

「真一に何かあったら私は……ん?貴女は確か月の……」

 

 

「貴女がその殿方を探しに行ったら、幻想郷は大変なことになるでしょう。ですから、別の方法を考えましょう」

 

 

その瞬間、運命は逆転する。

 

その影響からか、さっきまで聞く耳を持たなった輝夜は、サグメの言葉に反応した。

 

 

「べ、別の方法…?」

 

「そう。例えば―――――」

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

――――――――――――

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こちらカメラA班。牧野真一様と思われる人物を発見しました』

 

『B,C,D,E班でもそれらしき人物を発見。特徴適合率99.8%。全カメラの映像を回します』

 

「! このなかなかのイケメン、間違いなく真一よ!場所は!?」

 

『位置情報確認……3732-10地点。命蓮寺と呼ばれる施設がある場所です』 

 

 

 

職権乱用とは、まさにこのことである。

 

月の科学は世界一。特徴さえわかれば月の衛星カメラから特定の人物を探すことなど訳はない。

 

サグメと永琳は自分たちの権限を持って月の技術班を総動員させた。明らかに過剰戦力であるし、そもそも人探しのために使用するようなシステムではないのだが、永琳たちにやれと言われれば、月のウサギたちはやるしかないのだ。

 

現在、永遠亭にある無数のモニターには、月の衛星カメラに捉えられた真一の映像が映しだされていた。

 

時間が深夜と言うこともあり、真一は命蓮寺の一室で眠っていた。彼が無事であることがわかり、輝夜はホッと胸を撫で下ろした。

 

 

「優曇華、次に命蓮寺へ薬を売りに行く予定は?」

 

「2日後のお昼です。その時に連れて戻ってきますね!」

 

「と、言うわけだから、その時だけは優曇華を開放して頂戴」

 

「……わかったわ。でもそれまでは私のうどんちゃんよ!さぁ向こうのお部屋であの続きをシマショウ……!」

 

「\(^o^)/」

 

 

純狐に摘ままれて優曇華は闇の中に消えていく。ハッピーエンドとゲームオーバーは紙一重である。

 

 

「(この男が輝夜様のことを………。確かに、こんな殿方に褒められたら暴走してしまうかもしれないわね)」

 

 

真一の寝顔を見て、依姫はそう思った。月の美醜概念も幻想郷と変わらない。少しだけ、依姫は輝夜のことを羨ましく思った。

 

 

「ともあれ。正直やりすぎな部分もありますが、これで問題は解決しましたね。サグメ様、月に戻りましょう」

 

「…………」

 

「……サグメ様?どうかされましたか?」

 

 

 

依姫は何度もサグメを呼ぶが、本人は全く反応しない。

 

真一が映っている映像を、目を見開いてただただ眺めていた。

 

一分ほど経ったあと、サグメは震える手でスケッチブックにセリフを書き、顔を隠しながら依姫に見せた。

 

 

 

 

【わたし、ひとめぼれしたかも】

 

 

「………はいィ?!」

 

 

 

 

 閑話・完




アンケートやリア友からの要望が多かったサグメさんをようやく登場させることができました。本編でも登場させるよ!





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第4章 神聖なる宗教戦争
2度目の人里


 

 

※※

 

 

『人間はその身体の構造上、自力では空を飛ぶことのできない生物なんだ。確かに、肉体を文字通り改造すれば、空を飛ぶことは理論上可能だよ。でも、それは人体実験という禁忌にほかならない』

 

『だから昔の人々は、別の方向で空を飛ぶ方法を模索し、技術を開拓したんだ。その成果が、現代の飛行機やパラグライダー等の機具になる』

 

『翼をもたない人間が、モノを頼らず空を自由に飛ぶ方法は、超能力や気と言った力が科学的に解明されない限り存在しないのさ。まぁ、そんな力が本当に実在するかすら、定かではないんだけどね』

 

『……でも、小さい女の子が空を舞ったら、天使や妖精の如く妖艶で美しいんだろうなぁ。何時の日か解明してみたいよ』

 

 

 

※※

 

 

 

 

「飛べる人間? いるわよ。巫女とかメイドとか女子高生とか」

 

「そのラインナップはおかしい」

 

 

 

バイクはあるのに車や電車が存在しない幻想郷。道がなければ飛べばいいじゃないと言わんばかりに、彼女たちは当たり前のように空を飛ぶ。寅丸さんと女苑さんも例外ではなかった。

 

彼女たちが空を飛べることは別に良い。問題はオレが飛べないことだ。

 

 

「え、幻想郷には飛べる人間がいるの?」と言った矢先に冒頭の台詞よ。幻想郷の女の子はみんな魔法使いなの?幻想郷では曲がり角じゃなくて空中で食パン咥えた女子高生とぶつかるのが王道なの?

 

 

「ごめんな寅丸さん。重くないかオレ?」

 

「いっいいいえ!とても軽いですよ!」

 

 

そんなわけで、寅丸さんにおぶってもらってます。人里までの道のりはそれなりに距離があるらしく、歩きでも行けないことはないが時間がかかるようだ。

 

……まぁ、しかし。最初は抵抗を感じたものの、女の人におんぶしてもらうのは恥ずかしくも少し安心する。母性というやつだろうか。

 

 

「美醜概念が逆転してる以外、本当にノーマルの人間なのねーアンタ。今時空を飛べないやつなんてそういないわよ。亀だって飛べるわ」

 

「亀て。幻想郷の生態系どうなってるんだ……オレも飛べるようにならないかな?何か方法ない?」

 

「手っ取り早いのは死ぬことね。霊体ならどこへでも飛んで行けるわ」

 

「……別の方法を求む」

 

「じゃあ妖怪化ね。あ、でも巫女にバレたら真っ二つに引き裂かれるんだったっけ」

 

 

……人間、そう簡単には空を飛べないらしい。

 

 

 

 

*―――*

 

 

 

 

真一の目の前に広がるのは、数日ぶりに見る和服の人たちで賑わう光景。茶屋、八百屋、寺子屋など、昔ながらの木造平屋が立ち並んでいる。

 

「何時来ても貧相ねー。お姉ちゃんにぴったりの場所だわー」

 

「はぁ……はぁ……ふぅ……」

 

「寅丸さん。やっぱオレ、重かった?息切れすごいけど……」

 

「こ、これは疲れたからとかじゃなくて!すごく緊張していたと言うか、その……うう……何で真一は何ともないんですかぁ……」

 

 

顔を赤らめながら呟く星に、思わずドキッとした真一だった。

 

3人がいるのは人里の入り口付近。ここから3人は別行動を取ることになる。

 

星は毘沙門天として、そして命蓮寺の一員としての信仰集め。真一は居候の身として信仰集めの手伝い。女苑は姉である貧乏神との待合せ。

 

 

「私の待合せ場所ここだから。アンタたちは早くどっか行っちゃいなさいな」

 

「女苑さん、なんか冷たい」

 

「いやいや、疫病神()貧乏神(お姉ちゃん)が一緒にいたら信仰なんて集まらないでしょ」

 

「確かにそうかもしれないけど……」

 

 

そう言った真一を余所に、女苑はニヤニヤしながら星に小声で囁く。

 

 

「星も早く二人きりになりたいでしょ?ん?ん??」

 

「ちょ、何を言ってるんですか女苑さん!?」

 

「いや、アンタがそう言ってたじゃない」

 

「聴こえてたんですかあれ!?は、恥ずかしい……!」

 

「ほら!お姉ちゃんが来るとどんな不幸が待ってるかわからないわよ!真一、盗られちゃうかもよー」

 

「ううう……!」

 

 

星は気づき始めていた。自身の、真一への想いに。

 

彼の傍に居るときの安心感。彼と密着しているときの緊張感。彼と話しているときの安心感。

 

少し前まで男嫌いだった自分が、急に男に好意を持つとは思えない。星は最初そう考えた。

 

では、この気持ちの正体は何か?その答えが見つかることはない。何故なら、その気持ちは好意以外の何物でもなかったからである。

 

彼女は漸く、それに気づいた。だからこそ、女苑の言葉は星に強く響いた。

 

星は、真一と一緒に居たいのだ。二人だけの時間を、他の誰かに奪われたくないのだ。

 

そして彼女は決心し、勇気を振り絞り、真一の手を握る。

 

 

「……女苑さん、ありがとうございます! 真一! 行きましょう!」

 

「え、ちょ、寅丸さん」

 

 

ペコリと女苑に一礼し、星は真一を引っ張る。

 

いきなり引っ張られた真一は困惑しながらも、躓かないように星に着いていく。

 

 

その瞬間である。

 

 

「……っ?!」

 

 

星に手を引っ張られる真一の脳裏に、ある言葉が浮かんだ。

 

それは、彼が幻想郷に来て以来、幾度となく経験したが故の直感。突然の展開の予感であった。

 

 

 

―――上から来るぞ!気を付けろぉ!

 

 

 

「寅丸さん危ない!」

 

 

 

真一は引っ張られた手を逆に思いっきり引っ張る。

 

彼の思いがけない行動に流されるように、星は引っ張られる。勢い余って真一に抱き付くような体勢になってしまったが、恥ずかしがってる暇はなかった。

 

 

ドスゥーーーン!

 

 

 

突然の轟音。その正体は、空から巨大な要石が墜落してきた音。その落下地点は、真一が引き止めなければ星が進もうとした位置であった。

 

 

「ふっふっふ。どーよこの豪快奔放な到着! 下界の者には出来ない芸当でしょ!」

 

「すごい……! ほんとに着いたわ、私も一緒にいるのに!」

 

「天人にできないことなんてないのよ!」

 

 

要石の上に乗る2つの蒼色の影。

 

非想非非想天の天人と、最凶最悪の貧乏神の姿が、そこにあった。

 

 



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貧乏神のご利益

久しぶりの更新なのにこんな変態回で申し訳ない気持ちがいっぱいです。




 

「あ、女苑久しぶりー。先に来ていたのね、調子はどう? 不幸?」

 

 

先に真一たちに気づいたのは、女苑の姉であり最凶最悪の貧乏神『依神紫苑』だった。

 

姉妹ではあるが、彼女たちはほとんど似たところがない。不細工という共通点を除けば、ほとんど真反対の姿をしている。

 

いかにも貧乏そうな服装、細々とした肉付きの悪い体つき。美人薄命、不健康的なスタイルが美しい幻想郷において、紫苑のスタイルは真一が出会ってきた中では珍しく『美人』に分類されるものである。

 

が、顔付き(ブサイク)でその全てを台無しとしている。最恐最悪の貧乏神は伊達じゃないのだ。

 

彼女は長い青色の髪をなびかせ、にへら~と笑いながら女苑に近づく。

 

 

「私の方はそこそこよ。そっちはどうなの、新しい取憑先は」

 

「それがね聞いてよ女苑! すごいのよ! 天人様と一緒だと全然不幸じゃ無くなるの! 毎日屋根のある所で眠れるし、ごはんも三食食べられる! こんなにもひもじくないの、わたし初めて! 生きててよかったわ!」

 

「あー、そりゃ何よりだわ」

 

 

聞く人が聞けば当たり前だと思うことだが、貧乏神の紫苑は不幸がデフォルトである。不幸でなければ彼女は幸福なのだ。

 

何気ない当たり前のことを幸せに思えると言う意味では、彼女は貧乏神と言えど立派な神様である。

 

 

「寅丸さん、怪我ないか?」

 

「わ、私は大丈夫ですが、真一が…!」

 

「このぐらい平気だって。それよりも、何なんだコレ?」

 

 

一方、地面に倒れ混んでいた真一と星は、互いに手を取り合いながら立ち上がり、天から落ちてきた巨大な要石を見上げる。自分の身長よりも遥かに大きい要石を、真一は怪訝な顔で見つめる。

 

そんな視線に気がついたのか、有頂天の不良天人『比那名居天子』は要石から飛び降り、2人の前に立つ。

 

 

「……何よアンタ。そんなに私をジロジロ見て。逆ナンのつもり?」

 

「いや、今の登場で注目するなって方が無理があると思うんだが……それとナンパでもな「まぁ私が美しいのは周知の事実だし、逆ナンするなって言う方が難しいし、襲いたい衝動に駆られるのも無理ないけど、いきなり視姦はどうなのよ興奮するじゃない。でも、逆ナンなら逆ナンなりの順序ってものがあるでしょ、この変態男」………い?」

 

 

天子のツッコミどころしかないセリフに遮られ、一瞬フリーズする真一。すぐさま脳を再起動し、彼は幻想郷で学んだ常識を振り返る。

 

幻想郷での”美”とは、彼の世界で言う”醜”。

この数日間で嫌と言うほど学んだ常識である。

 

 

「(……いや確かに、オレとしては可愛い外見だと思うぞ。胸は可哀そうだけど。ってことは幻想郷の基準だと可哀そうな外見ってことだろ? 胸は可愛いけど。でも今この人、自分で自分の外見を褒めたよな………んん?)」

 

 

真一は心の中で自問自答を繰り返すが、彼の考えは間違っていない。

 

自分自身を美しいと言い切る天子だが、そんなことはない。天界も幻想郷の一部分、美醜概念は一緒である。天子は胸以外残念であるにも関わらず、自分のことを可愛いと勘違いしているのだ。

 

それにはもちろん理由がある。

 

それは、彼女が天人であること。彼女の中では『天人=高貴で美しく完璧な存在』という方程式が成り立っているのだ。いくら人から否定されても、その傲慢かつ高飛車な性格もあり、

 

『はぁ? 淑女の代名詞たる私がブサイクとか何言ってんのアンタ。あ、もしかして嫉妬? はぁー、かわいいって罪だわー』

 

自意識の高さは有頂天に達していた。

 

 

 

 

*――――――*

 

 

 

 

落ち着け、オレ。素数を数えろ、オレ。

 

そして思い出せ。

幻想郷では常識に囚われちゃいけないことを。

 

 

「……寅丸さん、ちょっと確認させてくれ。この人って、オレと同じ外来人だったりする?」

 

「………」ブンブン

 

 

寅丸さんは黙って首を横に振る。ってことはなんだ。つまりこの人は『自分の事を可愛いと思い込んでる系女子』ってことか。

 

いやさ、オレのヤバ友にもそんな連中はいたさ。別にそれぐらいなら驚きもしないし引きもしない。

 

けど、それを踏まえてもだ。さっきのこの人のセリフには、いろいろと聞き捨てならない部分が多すぎる。

 

 

「……落ち着いて聞いてください真一。 この天人様は少しだけ変わっていると言いますか………独自の思想をお持ちと言いますか……独特な感性を持っていると言いますか……」

 

「つまり?」

 

「…………ぞ、俗に言う『どえむ』なんです」

 

 

やっぱりかぁー……。そんな気はしていたが、まさが寅丸さんの口からドMなんて単語が出てくるとは。もしかしてこの天人、かなり高度な変態では?

 

 

「なーにコソコソと喋ってるの。用がないなら行っちゃうわよ? ナンパするなら今のうちよ? いいの?」

 

「いや、別にナンパするつもりなんてないので。俺たちも用があるから、これで失礼し「はぁ!? なんでナンパしないの!? お茶に誘いなさいよ! せっかくこの前良いお店調べたのに!」

 

 

頼むから最後までセリフを言わせてくれ。

どんだけ逆ナンに用意周到なんだこの人。

 

 

「たぶん、構ってほしいんだと思います。この性格ゆえ、天人様は男性に相手にされたことがほとんどないらしいので……」

 

 

寅丸さんがこっそりと教えてくれる。

 

性格ももちろんそうなんだろうが、そもそも幻想郷には男性が少ないのも原因の一つなんだろうな。昨日聖さんから聞いたことだ。確かに以前人里に来たときも、男女比は女性側に片寄っていた記憶がある。

 

 

「真一、ここは私に任せてください。いくら天人様とはいえ、真一に迷惑をかけさせるわけにはいきません!」

 

 

そう言ってズイッと俺の前に出る寅丸さん。おおっ、これが毘沙門天の威光。なんと頼りになる背中だろう。

 

ここはお言葉に甘え、頼らせてもらおう。

ファイトだ寅丸さん!

 

 

「すみません天人様。私たち、これから信仰集めに行かなければならないんです」

 

「ん? あんた毘沙門天だっけ。なんで男嫌いのアンタが男と一緒にいるのよ。拷問プレイ? ちょっと混ぜなさいよ」

 

「ぷッ!? プレイなんて破廉恥な!? 貴女と一緒にしないでくださいっ!!」

 

「うるわいわねー。女の叱咤じゃ興奮しないのよ。私をその気にさせたいならマイ蝋燭(ろうそく)ぐらい持参してきなさい」

 

「…………し、しんいちぃ………」

 

 

ああっ、寅丸さんのHPバーが赤ラインに。

 

 

助けを求めるように涙目でこっちを見てくるその姿には、さっきまでの威光はかけらも残っていなかった。いや、これはしょうがない、相手のレベルが高すぎる。

 

よし、任せてくれ寅丸さん。幾多のヤバ友(変態)たちを相手にすることで得てしまったデータを総動員して、貴女を助けるぜ。

 

 

まず、この手の変態は相手をすればするほど暴走して手が付けれなくなる。経験者のオレが言うんだから間違いない。言ってて悲しくなってきた。

 

かと言って相手にしないと『放置プレイ?! 君はことごとく私のツボをマシンガンで打ち抜いてくれるね! 濡れるっ! 』って展開になって面倒になる。経験者のオレが言うんだから間違いない。言ってて泣きたくなってきた。

 

 

ならどうするか。

経験則から求められる答えは『相手の期待一歩手前の対応』だ。

 

相手の期待を超えない範囲で、この変態を満足させればいい。え、言ってる意味が分からない? 百聞は一見に如かずだ、まぁ見てろい。

 

 

「なぁアンタ、あんまり寅丸さんを困らせないでくれ」

 

「『アンタ』じゃない、比那名居天子よ。そっちは真一って言うの? (まこと)(はじめ)なんてなかなか良い名前ね。お茶でもどう? 実は良いお店を知ってるのよ」

 

 

知ってるよ。さっき聞いたよ。

 

 

「お茶はしない。と言うかナンパから一回離れろ」

 

「何でよ真一、そっちから仕掛けてきたんじゃない。それに、こんな可憐な美少女にナンパされる機会なんてそうそうないわよ? まさか、断るなんて言わないよね」

 

 

この変態特有の並々ならぬ自信はどこから湧いてくるのか。

 

 

さて。もしここで「行かない」と一点張りしても、向こうは引き下がらないだろう。だからここは、相手がM系の変態であることを利用する。

 

幸い、向こうは俺が外来人であることを知らない。騙すようで悪いが、ここは幻想郷に住んでる男を装っての対応をさせてもらう。

 

 

「天人様は面白い冗談を言うんだな。俺の目の前に可憐な美少女なんていないぞ? 3日は洗ってないまな板を擬人化したような奴ならいるけどな。はっ!」

 

 

冷たい目を向けながら鼻で嘲笑う。

 

オレのデータが正しければ、この手のMにとって、暴言は鞭であり飴。敢えてこちらから飴を差し出せば、有無を言わず食らい付くだろう。

 

飴と言っても、相手を満足させるほど甘いものではなく、相手の期待値をギリギリ超えない程度の甘さなのが重要なところだ。ちょっと物足りない、そう思わせれば、

 

『んっ! なかなかの刺激だ! でも、私を湿らすに至らせるには、ほんの少し足りないな。 語彙力を洗って出直して来るがいい、何時でも歓迎してやろう! 』

 

って感じのセリフを言ってくれるはず。経験者のオレが言うんだから以下略。言ってて以下略。ちなみに、その時の変態(やばとも)は北川くんと言う名のイケメンだ。……オレの周りにいるイケメンって、どうして性格が残念なのばっかなんだろう。

 

 

それはさておき、あの時の変態と同じようなセリフを期待しながら、比那名居の反応を確認する。

 

 

 

「…………ずぶ濡れだわ」

 

 

 

そこには、子供には見せられないような笑顔をしながら、身体をビクンビクンと震わせる変態の姿があった。

 

寅丸さんの方に目をやると、両手で頭を抱えながらうなだれている。

 

 

 

……オレ、やっちゃいました?

 

 

「こ、これが男に罵られる感覚………!? ハチャメチャが下半身に押し寄せてくるわ! もっと言って良くてよ真一! あと靴舐めてもいい?」

 

 

変態天人が変態を超えた何かにレベルアップてしまった件。

 

ま、マズい。コイツのヤバさを完全に見誤った。俺の親友(ヤバとも)たちの中でもここまでヤバい奴はそうはいない。ナンパより遥かにレベルの高いこと要求してきやがるし!

 

 

「と、寅丸さん! 幻想郷の天人ってこんなのばっかりなのか!?」

 

「それは他の天人様への風評被害かと………しかし、聖と一輪に聞いたことがあります。この天人様は一度スイッチが入ってしまうと、相手の靴をピカピカにするまで満足しないとか」

 

 

何そのピンポイントに変態なスイッチ。

 

 

「でも2人に聞いていた話よりも、明らかに天人様の反応は過剰です。一体どうして……」

 

「ご説明しましょう」

 

「「うわっ!?」」

 

 

突然の声に驚くオレと寅丸さん。

 

声のした方を振り向く。そこには、長い触角のようなリボンのついた帽子をかぶり、ふわふわとした羽衣を纏う一人の女性がいた。

 

 

「総領娘様は、それはもういじめられるのが大好きなお方。しかも質の悪いことに、媚び(へつら)うように人様の靴を舐めてるときに一番の快楽を覚える上級者なのです」

 

「上級者過ぎるだろ!」

 

どういう人生を歩んできたらそんな性癖が身に付くんだ!

 

「しかし、その薄っぺらい外見から、殿方には相手にすらされたこともありません。つまり、総領娘様は男性からの調教耐性が皆無なのです。そこに、微イケメンである真一様の甘美なドS発言。その甘さに総領娘様は糖尿病寸前、舐めずにはいられないようです。いやはや、真一様は相当な女たらしとお見受けします」

 

とてつもなく心外である。

何故今のやり取りで女たらしとお見受けされきゃならんのだ。

 

 

というか、この人の言っていることが全て本当なら、これは本当に不味い状況じゃないか?

 

オレが今からどう説得しても、ドMモンスターと化した今の比那名居の耳には届かないだろう。相手をしても相手をしなくても、おそらく暴走は止まらない。冗談抜きで、オレの靴のしゃぶりつくすまで纏わりついてくるだろう。そうなれば信仰集めどころの話ではない。

 

いっそのこと逃げるか? アイツの目にはオレしか映ってないし、そうすれば少なくとも、寅丸さんには危害は及ばない。いやしかし、あれと2人きりなんてオレの精神がもたない。病む自信しかねぇ。

 

「どうしたのよ急に黙り込んで! もしかして放置プレイ!? あぁぁーたまんないッ! ことごとく私のツボをドリルで貫いてくれるわね! もう洪水よ洪水!」

 

ほら見ろ! ほぼオレの経験通りのこと言ってるし!

どう収集つけりゃいいんだコレ!

 

 

 

「ねぇねぇ、あれって女苑の取憑先? カッコよくていいなぁ」

 

「あーあ、お姉ちゃんのせいで真一が不幸になっちゃった。見てよ、真一のあの絶望に染まった顔を」

 

「おもしろい顔だね」

 

「うるせぇよ! というか貧乏神さんのせいなのかコレ! ならなんとかしてくださいお願いします! もうコイツ、ヤダ!」

 

 

俺たちのやり取りを外野で見守っていた依神姉妹に助けを求める。人間って窮地に立たされると貧乏神にもすがりたくなるものなんだなぁチクショウ。

 

 

「そういえば、そっちの貧乏神は期待ハズレだったわね。どんな不幸が降り注ぐか期待してたのに、なーんにも起きないもの。寧ろ私は今、幸せで絶頂よ」

 

「言われてるよお姉ちゃん」

 

「わ、わたしだってがんばってるもん!最近はフルパワーも短時間なら制御できるようになってきたもの!」

 

「言うじゃない。だったら私に全ての不幸をぶつけてみなさいよ! 真一との初体験(男から罵られる的な意味で)を超える、感じたことのない刺激を!」

 

「おい言い方ぁ!」

 

「わかった! やってみる!うおおお! 貧しさに怯えてしねぇ!!」

 

 

 

 

 

*――――――*

 

 

 

瞬間、人里に風が靡く。

 

白色の日傘をさしたその女性は、要石にゆっくり近づくと、その近くにいた星に尋ねた。

 

 

「ねぇ毘沙門天さん。この大きな石ころ、誰のもの?」

 

「え? これはあちらの天人様の……って貴女は!?」

 

 

驚く星を気に止めることなく、その女性は天子に向かって歩み寄る。

 

 

「……何にも起きないじゃない」

 

「そ、そんなはずないわ!これから 貧乏神(わたし)にも想像できないほどの不幸が天人様を襲うはずだもん!」

 

「前もそう言って何も起きなかったわ。まぁ、所詮貧乏神の力なんか天人である私には効かないってことね。それじゃあ真一! さっそく靴の味見を」

 

「ねぇ、天人様」

 

「え?」

 

 

 

「少し、顔を貸してくれないかしら?」

 

 

 

女性はそう言うと、右手で天子の顔面をアイアンクローするように鷲掴み、野球ボールを投げるかのように軽々と、要石に向かって天子をぶん投げた。

 

砕け散る要石。絶句する真一たち。

一人不気味に微笑む緑髪の女性。

 

 

「あがッ……痛ッ……ひぃっ!?」

 

「貴女が散らした1輪の(いのち)。どれだけ重いか教えてあげる」

 

 

 

 

 

 

 

その後、天子を見たものは誰もいなかった。

 

 

日傘を閉じた緑髪の女性は、要石の下敷きとなって潰れていたタンポポの花に両手を合わせた後、何事もなかったかのように人里から立ち去った。

 

 

「……いやー、やるわねーお姉ちゃん」

 

「えへへ」

 

 

いろんな意味で戦慄した真一であった。

 

 

 



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再会メイド長

 

 

 

騒がしい変態がいなくなり、ようやく静けさを取り戻した人里の出入り口。

 

何かいろいろあった気がするが、もう忘れることにしよう。データ削除だ。あの変態天人が極太レーザーの前に為す術なく灰塵と為した場面なんて記憶にございませんとも、ええ。

 

 

人里に到着してまだ10分も経ってない筈なのに疲労感が途轍もないが、ここからが今日の本番だ。

 

依神姉妹とも別れ、ようやく落ち着いて人里を散策もとい、信仰集めをすることができる。

 

 

「………って、信仰集めって具体的に何をするんだ?」

 

「基本的には、いろんなところに挨拶へ回ります。信用と信頼を得ることが信仰を得ることにつながるんです」

 

 

なるほど。それは確かにあるかも。いくら毘沙門天の肩書があっても、何にも知らない相手を信仰しようと思うのは難しい。友好関係を築くこと自体が信仰集めになるわけだ。ゲームのように信仰を数値として確認できない分、地道な努力が必要なんだろう。

 

 

「そうなると、オレが手助けできることってあんまりないかもしれないな」

 

「そんなことありません! 傍にいてくれるだけでとても助かります! なんか、こう、勇気が湧いてくるんです。真一はもう大丈夫ですが………他の男性を相手にしようと思うと、まだ少し怖いので……」

 

 

……そっか。オレ相手には慣れてくれただけで、寅丸さんの男性恐怖症は克服されたわけじゃないんだ。

 

それならオレがするべきことは、男性恐怖症が少しでも和らぐように、寅丸さんの背中を押してフォローすることだな。よっしゃ、頑張るぞ。

 

そう活き込んだ瞬間、オレの視界の隅に、見覚えのある人物のシルエットが映った。

 

 

「あれって、もしかして………」

 

「どうしましたか真一?」

 

「ああ、ごめん寅丸さん、少しだけ寄り道してもいいか? 知ってる人を見かけたので、ちょっと挨拶を」

 

「知ってる人、ですか?」

 

 

そう、知ってる人。オレが幻想入りして初めて出会った恩人。

 

無駄な肉付きが一切ないスラっとしたスタイルに、人里の世界観に馴染めていない洋風な服装。特徴的な銀髪の三つ編み。

 

 

大きなバスケットバッグを持った紅魔館の瀟洒なメイド長、咲夜さんがそこにはいた。

 

 

 

 

*————*

 

 

 

 

 

「ふんふんふぅーん♪」

 

 

十六夜咲夜の口からハミングがこぼれる。

 

現在、彼女は買い物中。住居者の多い紅魔館の食を管理する彼女は2日に一度、人里に赴いて買い出しを行う。これもメイド長の仕事の一つだ。

 

彼女は用意していた買い物メモに目を通す。

 

 

「(………これで、必要なものは全て買い終えたわね。さぁ、紅魔館に帰りましょう。 ふふんふふぅーん♪)」

 

 

心の中でもハミングを口ずさむ咲夜。

彼女がこうなってしまったのは、真一を見送ったその日からである。

 

 

真一と出会って、咲夜は変わった。

 

 

今までの彼女は『十六夜咲夜』として、紅魔館のメイド長を務め、日々を過ごしていた。

 

ある時はレミリアの我儘を聞き、ある時はパチュリーから借りた恋愛小説に甘いため息をつき、またある時は門番をサボった美鈴とキャッキャウフフな鬼ごっこ(R-18G)を繰り広げたり、等々。道行く者に致命的な顔面をバカにこそされながらも、彼女はそれなりに充実した人生を送っていた。

 

だが、今の彼女は違う。

今の彼女には、まったく新しい『生きる楽しみ』がある。

 

 

「(真一様は約束してくださいました、『また来る』と。貴方と再び会える日が来ると思うだけでこの十六夜、毎日が楽しくて仕方ありません)」

 

 

「ちょっと奥さん。あれ、例の妖怪館の妖怪メイドよ。最近は一段と酷い顔ねー」

「あらやだホント。台所にこびりついたカビの方がまだ愛嬌があるわー」

 

 

「(ふふん、どうとでも言いなさい。あの方以外からの評価なんて毛ほどの価値もありませんわ)」

 

 

二人の主婦が言うように、今日の咲夜の顔は何時にも増して、そのブサイク度が上がっている。その理由は、咲夜が化粧を始めたからだ。

 

もちろん、普通の化粧ではない。咲夜がしているのは『真一の世界(あべこべせかい)』での化粧だ。

 

全ては、再び彼と出会えるその日のため。今の咲夜にとって陰口は誉め言葉。あまのじゃくも思わず二度見するレベルである。

 

 

「あ、おはようございます咲夜さん。お買い物ですか?」

 

「あら阿求。貴女が外を出歩いているなんて珍しいわね」

 

 

そんな上機嫌な彼女を見かけ、声をかけたのは『稗田阿求』。人里の名門『稗田家』の当主であり、幻想郷の全妖怪についてまとめられた『幻想郷縁起』の著者である。

 

 

「今日は身体の調子の良いんです。せっかくのお散歩日和ですし、動けるときに動いておかないと」

 

「良い心がけね。パチュリー様に聞かせたいわ」

 

「あはは……相変わらずのようですね」

 

 

動かない大図書館の二つ名は飾りではありませんね、と思わず苦笑いする阿求。

 

『稗田』の家系は『幻想郷縁起』を編纂するため、千年以上も前から転生を繰り返す一族である。転生の代償としてなのか、彼女は身体がとても弱く、寿命も30歳前後と非常に短い。阿求はまだ10代と若いが、体調を崩すことも珍しくない。

 

 

「そうだ。この前お借りした小説、ちょうど持っていたのでお返しします。どうぞ」

 

 

そう言って、阿求は懐にしまっていた小説を咲夜に手渡す。

 

阿求は咲夜を経由して、大図書館から小説を借りている。本当なら自分の足で借りに行きたい阿求であったが、彼女の身体がそれを許さない。そのため、買い物へよく人里にやってくる咲夜にお願いしているのだ。

 

元々本が好きな彼女だが、特に好きなのは恋愛小説である。阿求のまた、ブサイクにカテゴライズされる人間。リアルで恋愛できない欲求不満を、フィクションで満たしているのだ。

 

咲夜もパチュリーからそういう本を借りることが多いため、阿求と恋愛小説の話に花を咲かすことは珍しくない。そもそも2人は同じ人間であり、『程度の能力』を持っており、ブサイクだったりと、共通点が非常に多い。性格の相性が良いのもあって、2人はお気に入りの小説を貸し借りするほど友好度が高かったりする。

 

 

「あら、もう読み終わったのね。私のオススメだったのだけれど、お気に召してもらえたかしら?」

 

「それはもう! 特に告白のシーンなんて胸のキュンキュンが止まりませんでしたよ! あまりの面白さに徹夜で読んでしまいました!」

 

 

『まぁ阿求ったら、身体が弱いのに徹夜はダメよ。身体壊すわよ?』

 

 

普通ならそう言われそうな場面だが、そのセリフが咲夜の口から出ることは決してない。

 

阿求に限らず、夜更かしは不健康につながる行為である。しかし、不健康な身体つきが美人である幻想郷の常識において、夜更かしは特に注意されるようなことではない。寧ろ、早寝こそが美容の大敵なのだ。

 

たとえ身体を壊しても美しくなりたいと思うのが、幻想郷の女性である。もちろん限度はあるが、多少の夜更かしぐらいならどんな女性も当たり前にしていることなのだ。

 

 

「ふふっ、それならよかったわ。今度のおすすめも期待していて頂戴♪」

 

「……なんだか咲夜さん、今日は一段と上機嫌ですね。良いことでもありましたか? なんだか気持ち悪いです」

 

「気持ち悪いは余計だけれど……ええ。とある殿方と『また会う』お約束しましたの。その御方は私のようなブサイクにも聖人のような対応をしてくれて」

 

「あ、妄想のお話なら結構です」

 

「も、妄想じゃないわ! 真一様は実在する歴とした人間の殿方、私の唇にはあの方の頬の体温が残ってますもの! あの日から私、唇だけは洗ってなくてよ!」

 

「あはは。まったく、咲夜さんは寝坊助さんですねぇ。ここはもう夢の中じゃありませんよ?」

 

「夢じゃない! 夢のような現実よ!」

 

 

意地でも咲夜の話を信じようとしない阿求だが、当然の反応である。もし本当にそんな男性がいるのなら、稗田家で扱えるあらゆる権力を総動員して、その男を稗田家に婿入りさせている。

 

今の阿求には、咲夜が起きながら夢を見ているようにしか見えなかった。

 

 

「おーい! 咲夜さーん!」

 

 

が、その夢が現実であることに気づくのは、もう間もない話である。

 

 

 

 

 

 

*———*

 

 

 

 

 

 

あの後ろ姿はオレの見間違いではなく、やはり咲夜さんだった。流石にメイド服を見間違えることはなかったようだ。

 

 

「えっ、し、真一様!? なぜ人里(ここ)に!? 元の世界にお帰りになられたのでは」

 

「いやー、いろいろあってまだ帰れてなくてさ」

 

 

咲夜さんに駆け寄って話をする。数日ぶりの再会のはずなのに、すごく久しぶりに感じる。それだけこの数日の密度が濃かったんだろう。

 

 

「……っと、もしかしてお話し中でしたか? えっと、そちらの方は……」

 

 

隣の人は友達だろうか、花の髪飾りの良く似合う、日本人形のような人だな。

 

その人はオレを見て驚いたような顔をしていたが、ハッと、何かに気がついたのか口を開く。

 

 

「……私、寝不足が酷いみたいです。こっちに手を振って走ってくるイケメンさんが見えましたもん。寝不足でよかったぁー」

 

 

笑顔でなんかすごいこと言ってらっしゃる。

 

 

「真一ー、ちょっと待ってください。知ってる人とは一体———」

 

 

あ、すみません寅丸さん。先走っちゃって。

 

ちゃんと説明しないとな。

そう思って、後ろから追いかけてきた寅丸さんの方を振り向く。

 

 

「————っ!」クンクン

 

 

すると、まだ何も説明していないにも関わらず、寅丸さんは何かに驚くように目を見開いていた。

 

 

………ん?

 

 

 

「————っ!」クンクン

 

 

再び後ろを振り向くと、そこには寅丸さんと同じように目を見開いた咲夜さんの顔が。

 

 

 

………んん?

 

 

 

「(……何故でしょう、このメイドさんの唇から真一の濃い香りがします)」

 

「(……何故かしら、男嫌いのはずの毘沙門天から真一様の濃い香りがするわ)」

 

 

「(………何でしょう、この胸のモヤモヤは)」

「(………何かしら、この胸のイライラは)」

 

 

…………んんん??

 

 

 



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私情溢れる幻想郷縁起

 

 

 

————————————

 

————————

 

————

 

 

 

 

『ここで立ち話でも何ですし、もしよろしければ皆さん稗田亭(うち)に来ませんか? 夢幻でも構いません、最大限のおもてなしをさせていただきます!』

 

 

何が何でもオレの存在を受け入れられない阿求さんの提案から数分後、やってきました稗田亭。吸血鬼の屋敷である紅魔館やかぐや姫の住む永遠亭とはまた違う趣と言うべきか、歴史を感じさせる外観のお屋敷である。

 

稗田亭に到着するまでに聞いた話なのだが、阿求さんの家系は人里でも歴史ある名門であり『幻想郷縁起』と呼ばれる書物を代々受け継ぎながら執筆しているらしい。話を聞いていくうちにオレはどうしてもその書物を読みたくなり、信仰集めの仕事があることはわかりつつも、阿求さんの提案に乗りたいと寅丸さんにお願いした。

 

寅丸さんも稗田亭には挨拶に行くつもりだったようで『予定が少し早まるだけですし、何より真一のお願いです! 断る理由はありません!』って快くお願いを聞いてくれた。我儘ばかり言ってごめんなさい。

 

 

 

稗田亭の門をくぐり、オレと寅丸さんと咲夜さんは客室へと案内される。外観から予想はできていたが、屋敷の中もなかなか広い。阿求さんもこの広さの屋敷に一人で住んでいるわけではないようで、何人もの使用人を雇っているそうだ。

 

生まれつき身体が弱い事情から使用人たちに頼ることも多いみたいだが、その使用人たち。何やら聞き捨てならない会話をコソコソとしている。

 

 

「稗田様が男を連れてきたって!? しかもイケメンの!」

 

「まさか彼氏!? 今まで女性に転生した稗田様にお付き合いされていたお方はいないはずよ! お顔が控えめに言ってブサイクゆえ!」

 

「歴代最ブスと名高い阿求様が、ついにそのジンクスを破られる!?」

 

「いや。まだわからないけれど、我が主のチャンスに変わりはないわ。緑茶に見せかけてお出しした睡眠薬と媚薬のブレンドティー……阿求様の手助けになればいいけれど……」

 

 

道理で禍々しい色をしているわけだ。難聴系主人公じゃなくて助かったね。危うく飲みかけたぜチクショウ。

 

 

「改めて、稗田亭にお越しくださりありがとうございます真一ちゃま。あっ、ごめんなさい噛んでしまいした。お恥ずかしながら、この屋敷に殿方をお迎えるするのは初めてでして……私、少し緊張しています。あぁー、緊張のせいか喉が渇きましたねぇー……」

 

 

「何だか今日は暑いですねぇ」と、手で顔を仰ぎながら着物を少し着崩して、胸元をパタパタとする阿求さん。その視線はオレとお茶を交互に見てくる。ちょっとあからさますぎません? こんな見え見えの死亡フラグに初見プレイで飛びつくほど、オレはチャレンジャーではない。バッドエンド回収はゲームの中だけで充分だっての。

 

何と言うか阿求さん。オレが幻でないとわかってから、妙にお色気方面のアピールをしてくる。屋敷に入る直前にも「ああー、持病による貧血で足元がふらついてしまい支えがないと立てそうにありませんー」と早口で言いながらオレの胸目掛けて倒れ込み、小さな身体の擦り付けるように抱き着いてきたし。

 

オレはどこかのロリコンじゃないからね。小学生ぐらいの女の子に抱き着かれたぐらいで動じるような下心など持ち合わせていないが、真顔かつ無言でナイフと槍を振りかぶろうとする咲夜さんと寅丸さんには生存本能が悲鳴を上げた。2人の殺気がオレに向けられていたものじゃないとわかっていても、マナーモードたけし並みに震えたぜ。

 

 

……いや、まぁ、その。

オレの生存本能は屋敷に入った今でも警笛を鳴らしているのだが。

 

 

「阿求ゥ……ナイフの錆になりたくなければ今すぐそのお茶を下げなさい。さぁ、真一様には私が紅茶を淹れて」

 

「真一、これをどうぞ! こんなこともあろうかと、聖から水筒を持たされていたんです! 安心して飲んでください!」

 

「………その辺の井戸水なんかよりも、私の淹れる紅茶の方が美味しくてよ毘沙門天代理様? 」ゴゴゴゴ

 

「………自然の恵みに勝るものはありません。紅茶を淹れるのは構いませんが、私が先に毒見させてもらいますよ。何が入っているかわかったものではありませんからねェ………」ゴゴゴゴ

 

「あらァ……? その水筒にも同じことが言えるのではなくってェ……?」ゴゴゴゴ

 

 

 

こわいよー………幻想郷女子の口喧嘩こわいよー……。

 

文字だけじゃ伝わらないかもしれないけど、咲夜さんも寅丸さんも、普段より3オクターブぐらい低い声で言い合っているのだ。『誓って殺しはやってません』と言われても到底信じられないほどドスの効いた声。オレのHPとSAN値がゴリゴリ削られていくのがわかる。うごご……。

 

できることなら2人には仲良くしてほしい。オレにとっては2人とも大切な命の恩人だからな。だが、この一触即発の雰囲気。とてもじゃないか今すぐどうにかできるような問題ではない。ここは俺が仲介人となって場を納めなければ。

 

 

「咲夜さん、お言葉に甘えて紅茶を貰えますか? できれば全員分お願いしたいんだけど」

 

「秒で入れてまいりますわ! 厨房借りるわよ阿求!」

 

「寅丸さんも落ち着いて。大丈夫、咲夜さんの紅茶は安心して飲めるものだから」

 

「むぅ……真一がそう言うなら……」

 

 

ウキウキと台所へ向かう咲夜さんと、シュンとした顔をしながらも納得してくれる寅丸さん。とりあえず2人とも瞳に光が帰ってきてくれて良かった。

 

オレの生存本能もようやく静かになったし、これでやっと本題に入れる。

 

 

「……あ、あれー? お茶は飲まないのですかー?」

 

「ぜってぇ飲まねぇから!!」

 

 

 

 

 

*——————*

 

 

 

 

真一に出されたお茶(隠語)は部屋の隅に追いやられ、代わりに彼の目の前に置かれたのは咲夜の紅茶と、年季の入った一冊の書物。

 

 

「これが幻想郷縁起……」

 

「そうです。これこそが、我が稗田家が代々書き連ねれ来た幻想郷の記録書『幻想郷縁起』になります」

 

「何だか……想像以上に重そうな本なんだな」

 

 

素人目でもわかるほどの歴史の重みを感じさせるその書物こそ、真一が読みたがっていた幻想郷縁起、その原本である。

 

マジマジと幻想郷縁起を眺める真一。恐る恐る書物に手を伸ばすが、指が触れる直前で彼の手がピタリと止まる。

 

 

「えーっと、こっちから頼んでおいてあれなんだけど、オレみたいな一般人が読んでも大丈夫なものなのか? 貴重なものみたいだし、軍手とかつけて読んだ方がよかったりする?」

 

「心配いりませんよ。幻想郷縁起が描かれた目的の一つは、人間たちに幻想郷全域に潜む妖怪の能力や恐ろしさを正しく理解してもらうこと。それは外来人である真一様も例外ではありません。もちろん許可なく読むことは禁じていますが、真一様にはフリーパスを差し上げます! いつでも読みにいらしてください!」

 

 

満面の笑みでそう答える阿求。対して真一は部屋の隅に追いやったお茶(隠語)が視界の隅に入り、ここに来るのは最初で最後にしておこうと心に決めた。

 

阿求からの許可を貰い、ようやく真一は幻想郷縁起に手をかける。『素敵な貴方に安全な幻想郷ライフを。』と書かれた序章に軽く目を通し、目当てのページを探し出す。

 

 

「真一はやけに幻想郷縁起にこだわっていましたね。気になることがあるのですか?」

 

「情報を制す者は戦いを制す、って奴っスよ。この本になら八雲紫の弱点が描かれているかもしれないと思って」

 

「まだ根に持っておられたのですね真一様……」

 

「当然ですよ! 元の世界に帰る前に、オレのポケ〇ン(なかま)と495時間を奪った恨みは必ず晴らす!えっと、五十音順……ってわけじゃないのか。どこに載ってるんだろ……あっ、これ寅丸さんじゃないか?」

 

「えっ、私?」

 

 

これと指さすページには、筆で描かれた星のイラストと、簡素な説明文が(つづ)られてた。

 

 

――――――――――――——――――――

 

 

 

 寅丸(とらまる) (しょう)

 種族…妖怪

 能力…財宝が集まる程度の能力

 危険度…低

 人間友好度…中(ただし女性に限る。男には極低)

 

 

 命蓮寺を拠点として活動を行う毘沙門天の代理。非常に優秀な妖怪であるが、物を無くす癖があるのが玉に瑕。容姿も褒められたものではないが、毘沙門天代理の肩書きと実力は本物であり、老若男女から信仰を集めている。男から良い目で見られている、という点で多くの女性たちから羨ましがられているが、当の本人は男性恐怖症のため、あまり嬉しくない。

 

 

 顔面偏差値25.4。鼻をかんだティッシュの方が可愛く見える程度の低さ。私の方がかわいい。

 

 

――――――――――――——――――――

 

 

 

「……阿求殿? 最後の一文、私が読んだ時にはなかったと思うのですが?」

 

「きっと妖精さんのイタズラですねー。宝塔はお仕舞ください」

 

「ティッシュ以下の女……ふふっ」

 

「今笑いましたかメイドさん?」

 

 

ギラリと睨む星に、目を合わせようとしない阿求と咲夜。

 

 

幻想郷縁起に新しい妖怪の情報を執筆する前にはもちろん、その本人と対話を行うのだが、最終的にどんな内容を書くかは阿求の独断で決まる。

 

阿求も使用人から陰口を言われる程度のブサイク。貴女達だって大概でしょう!と叫ぶのは簡単だが、それでは淑女の名が廃る。幻想郷縁起にちょこっと悪口を交えた私情を書き足して満足することが、阿求のストレス発散方法だったりする。

 

 

「ふーむ………思ってたより短い説明文なんだな。もっと詳細に書かれてるものを期待してたんだけど……」

 

「星さんは幻想郷でもかなり危険度の低い方なので、簡潔にまとめさせていただきました。危険度の高い方はより詳細に書いていますよ。幽香さんのページと比べるとわかりやすいかと」

 

「い、いやいいっス。この目で見たので……」

 

「??」

 

 

幽香の名を聞いて、すぐさま遠慮する真一。彼女の恐ろしさは天子が身を挺して教えくれたばかり。蚊に殺虫剤を噴射する感覚で天子をレーザーで焼き払う幽香の姿は、真一のトラウマになっていた。故にもう思い出したくなかったのだ。

 

 

1ページずつペラペラと幻想郷縁起をめくり続けていく真一だが、八雲紫のページはなかなか見つからない。幻想郷創始者の一人である紫の情報はもちろん載っているが、幻想郷縁起はなかなか厚い。目次も細かく書かれているわけではないため、探し出すのにはそれなりの時間がかかるのだ。

 

 

真一が苦戦している中、不意に客間の襖がガラリと開く。

 

入っていたのは真一にお茶(隠語)を用意した使用人。彼女はペコリと頭を下げた後、主人である阿求に向かって口を開く。

 

 

「失礼します阿求様。客人がお見えになっております」

 

「客人?……あっ、そういえば今日はあの方とは会う予定でしたね。でも早くありませんか? 来るのは正午以降だと聞いていたのですが」

 

「はい……それなのですが……」

 

 

 

「レディとの待ち合わせには1時間前に集まるのが紳士の(たしな)みだからね。何より、君に早く会いたかったんだ」

 

 

凛とした声が真一たちの耳にも届く。

 

そう言って襖を開けて入ってきたのは、『和』と書かれたヘッドホンと紫色のマントを身に纏った女性。その後ろには彼女の付き人と思われる、緑色の衣服を着た足のない女性もいた。

 

 

「ご機嫌麗しゅう、阿求殿。久しぶりに見る貴女の美しきご尊顔は、より磨きがかかっているね。思わず見惚れてしまいそうだよ」

 

 

その女性はホストの口説き文句のようなことを言いながら阿求に近づき、彼女の顎をくいっと上げる。その様子は少女漫画に出てきそうな一場面。ヤンキー系のイケメンがヒロインに向かって「へぇ。お前、よく見るとかわいいじゃねぇか」と言いながらキスの一つでもしそうなワンシーンであった。

 

しかし彼女たちは女同士。一瞬『おっ? 百合かな?』と思う真一であったが、すぐにそうではないことを思い知らされる。

 

 

「さわらないでください」

 

「へぷッ!?」

 

 

阿求は嫌がる様子も恥ずかしがる素振りも見せることなく、一切の躊躇なくパァン!と、その女性の頬を思いっきりビンタしたからである。

 

 

 

彼女の名前は『豊聡耳神子』。

 

幻想郷で唯一、”元男”と言う経歴を持つ異例の”女”である。

 



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