艦これーさざんかのようにー (アテネガネ)
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1話

がんばれ叢雲


 

 海に浮かぶ君は、誰なのだろう。

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 叢雲はその日、嘘の報告をした。

 哨戒中、異常なし。

 報告を受けた一般事務哨戒班担当連絡係員の冴えない男性職員は、何の疑問も持たず、おざなりにその報告を了承し受け取った報告書に判を押した。

 

 そんな態度だから一般事務から抜け出せず、いつまでもぺーぺーの仕事しかさせてもらえないんじゃない。

 と叢雲はこの職員のいつもの態度にもやもやするも、こいつのおかげで虚偽が通ったのだと思い、やはりもやもやする。

 

 ここは横須賀鎮守府。

 世界に名だたる対深海棲艦の謂わば本拠地である。

 実際は横須賀よりも遥か内陸にある「国家防衛省等カラ成ル対外敵交戦対策委員会」、通称「委員会」がそうなのだが、やはりデスクワークの役人よりも国民は実際に戦闘に出ている鎮守府を支持している。

 まあ、批判する人間もその分多いのだが……。

 

 この2つの組織の違いは鉛筆を持つか武器を持つかとか、委員会が一方的な権力で鎮守府側を支配しているだとかと思われがちだが、実情は複雑だ。

 もちろんそういった面は持ち合わせている。

 序列は委員会が上だし、戦闘は我々鎮守府が全面を担っている。

 では何がかというと、そう、資金力である。

 有り体に言って鎮守府はお金持ちなのだ。

 

 委員会の持つ権力とは、政府から与えられたものだ。

 そのため逆らうと首が体とバイバイしてしまう。

 しかし、しかしだ、そんな悪代官もかくやの委員達に反目しても助かる方法がある。

 山吹色のお菓子のプレゼントだ。

 袖の下をヒラヒラさせることで委員は犬っころになるし、こちらの首は鋼鉄にコンバートされるのだ。

 横鎮では、その神聖な行為を、敬意を込めて餌付けと呼んでいる。

 

 つまり、状況によって力関係は逆転するため一方的なトップダウン方式ではない、ということだ。

 もちろん表立っての餌付けをしたり、頻繁に行うことはない。

 時々、本当に困った時に活用する。

 

 結構脱線してしまったが、叢雲が何を言いたいのかというと、そんな世間から注目され安泰の職場にいるのに、エリート街道まっしぐらな公務員なのに、何故この男は常に腐りきった目ん玉と態度を晒しているのか、ということである。

 

「そういえば叢雲さん」

 

 ぎょっとした。

 嘘と悪口がバレたのか、ということにではない。

 この男が「了解しました」と「はい」以外に言語を操れたことに驚いたのだ。

 

「何かしら?」

 

 叢雲は不自然なく応答した。

 内心などおくびにもださずに普段のクールビューティさを演出した。

 ちょっとドヤ顔もしてる。

 

「……最近、海上で艦娘の艤装を発見したとの報告がありました。何かご存知ありませんか?」

 

 唖然とした。

 この男が、会話などという人類が生み出した高度なコミュニケーション技術を活用している、ということにではない。

 とんでもないことを言い出したからだ。

 

 艦娘の艤装とは、いや、まず艦娘とは何者かと言うと、定義上は国防軍所属の軍人である。

 適性を持った少女から選出され、委員会の謎の装置にぶち込まれ、厳しい訓練を受けた後に任命される。

 この適性は志願制のテストを受けることで判明するのだが、現在の世論的には志願しないと非国民の様に扱われてしまうので実質強制だ。

 そして花も恥じらう乙女にあんなことやこんなことを敢行し、やっとのことで合否がわかる。

 ちなみにこのテストを作ったやつを発見したら、いかなる手段を使ってでも全艦娘に報告する義務が発生する。

 全員でそいつを囲んで何かしらをしばく予定だからだ。

 みんなわくわくしている。

 しばくのが茶なのかなんなのかは、まあ置くとして。

 

 次に謎の装置だが、本当に謎なので語ることはない。

 

 この行程を経て訓練学校に通い、訓練用艤装を背負う。

 そして訓練中、食べたものを綺麗に胃から返却するマジックを学んだ後に艦娘を名乗ることを許され、実機艤装を貸与される。

 

 そして艤装についてだが、これらは委員会と鎮守府の共同制作だ。

 噂によると委員会直属の艦娘が存在する様でその艦娘らが敵を鹵獲し、どうにかこうにかして艦娘が背負える艤装に作り変えているらしい。

 つまり艤装とは、人類の謎の力で開発した謎の人工物ということになる。

 だからか、沈んだ艦娘が出ても技術の拡散を防ぐために、即座に回収を始める。

 

 そのため気楽に海を泳いでいていいものではない。

 そんなことも忘れるほど惚けてしまったのかこいつは。

 

「艤装が海に浮いてるわけないじゃない。その報告してきたやつはきっと酷い船酔いでもしてて、自分のゲロと艤装を見間違えたんじゃないかしら?」

「……」

「……何よ」

「……了解しました」

「……何がよ」

 

 不気味だ、と叢雲はその場をいち早く逃げ出したくなった。

 嘘も突き通したし、もう用はない。

 はあ、さっさと昇格でも首にでもなって居なくならないかしらこの男、と切に願った。

 

 そして不気味なことに、叢雲のこの願いは彼女にとって良くない形で叶うことになる。

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■ 

 

 

さざんかのように

 

 

 ■ ■ ■ ■ 

 

 

 

 

「叢雲ちゃん!」

「あら、吹雪じゃない」

 

 駆逐艦寮の自室に戻ろうとしていたら声をかけられた。

 叢雲を呼び止めたのは吹雪型駆逐艦一番艦『吹雪』だ。

 大戦中世界を震撼させた特型とんでもデストロイヤーの名を冠する艦娘である。

 ちなみに叢雲はその五番艦だ。

 

「報告平気だった?!」

 

 強いて言うなら、今大声で話されていることが平気ではないのだが、とにかく元気いっぱいでカワイイから叢雲は全てを許した。

 

「平気よ。なんせ何も問題はなかったんだもの、普段通りよ」

 

 ね、と言い姉の不注意の尻拭いをしつつ、にこやかに微笑みかける。

 

「……そっか! あ、磯波ちゃんも今は落ち着いてきてるから様子を見に行ってあげてね? きっと喜ぶから!」

 

 うん、だからあまり嘘が露呈する話をして欲しくないのだが、まあここは天下の駆逐艦寮なので全員無条件でこちらの味方だ。

 ここで嘘がバレても駆逐艦以外に口外されることはまずない。

 駆逐艦の団結力は大和の装甲よりも硬いのだ。

 ちなみに駆逐艦全員にはもれなく連絡がいってしまう。

 どんなネットワークを駆使しているのか、内部にいる誰もが把握しきれてはいないだろう(怖い)。

 そして駆逐艦の噂話の制度は100%正しい(怖い)。

 

 とはいえ、この話は内々で済ませているので漏洩の心配は皆無だ。

 たとえ忍者が探りを入れてもバレることはない。

 

 了承した旨を吹雪に伝え、さあ磯波の元に赴こうかとしたところ。

 

「吹雪に叢雲!」

 

 また呼び止められた。

 さて、このハツラツ少女はおかんだ。

 通称暁型駆逐艦三番艦『雷』である。

 艤装よりも救急箱に触れている時間の方が長いとの噂だが、駆逐艦の噂なのできっと事実だろう。

 

「あら、おかんじゃない。遠征お疲れ様」

「む、叢雲ちゃん……」

 

 なぜか吹雪にあきれられた。

 ところで艦娘というものはたくさんいる。

 それは種類が、というわけではなく(種類も豊富だが)同名艦が複数いる、ということだ。

 叢雲自身も過去に3人の叢雲と出会っている。

 まあ、なんというか、流石同名艦というだけあって似ている。

 顔も性格も。

 いい気持ちはしなかったというのが叢雲の感想だ。

 おかんは珍しい艦種ではないのでどこの鎮守府でも、さらにはある程度の大きさを持つ泊地なんかにも存在する。

 つまりはどこでもおかんだ。

 

「んもう! おかんじゃなくて雷よ! 一文字も合ってないじゃないっ!」

 

 間違えないでよね!もう!とぷりぷり怒るおかんはカワイイのだが、うーん、可哀想に遠征の行き過ぎで自分の名前すらわからなくなってしまったのか。

 

「ちょっと? 可哀想なのは貴女の頭よ? 大丈夫? お薬飲む?」

「……ところで何の用かしら? 私これから用事があるんだけど」

 

 真顔で心配されるとクルものがある。

 胸が痛い、早く磯波で癒されなければ。

 

「む、なにか釈然としないけどまあいいわ! 磯波のこと、みんな心配してるから困ったら私たちに頼りなさいよ! それだけ!」

 

「……」

「……」

 

 じゃあね!と言い去っていく雷。

 どんなネットワークを駆使しているのだろうか。

 1人が知っているということは、つまり……。

 

 

 

 

 磯波の元にやってきた叢雲は何も言えなかった。

 自分が颯爽と現れ甲斐甲斐しくお世話をし、「叢雲ちゃん……。ありがとう」と頬を染める磯波を見ようと思っていたのに、すでに全ての工程が終了していたのだ。

 許せない蛮行である。

 下手人は自分以外の駆逐艦だ、敵は多い。

 怒りに震えつつも叢雲はなんとか声を絞り出した。

 

「磯波」

「あ、叢雲ちゃん」

 

 海上では顔色が真っ青で呼吸も浅かった磯波だったが、今は平気そうだ。ベッドで横になっている。

 安堵しつつも悔しさが込み上げてくる。

 誰がこんな完璧な処置を、メンタルケアもバッチリじゃない……!

 

「もう落ち着いたのかしら?」

「うん、もう平気だよ。……みんなのおかげで」

 

 ちょっとはにかんでいる。

 その「みんな」は「叢雲ちゃん」だったはずなのに。

 

「そう、なら良かったわ」

「心配かけて……ごめんね?」

「いいのよ、姉妹じゃないの」

 

 と言い、自然な動作でベッドに腰掛ける。

 我ながら完璧だ。

 姉妹、と言ったが本当の家族ではない。艦娘は同型艦を「姉妹艦」と呼び一種のコミュニティを形成する。

 別に本人はその気ではなくてもなぜか、いつの間にか姉妹艦どうしで「仲良し」になっているのだ。

 

 この「仲良し」というのが曲者で、姉妹艦や史実的に関連のある艦ならいいのだが、それ以外に対し排他的になる傾向がある。

 駆逐艦は除くが。

 ちなみにこの関係性が大きく出るのが戦艦と空母であるのだが、この辺はなんとなく察してほしい。

 

「あのね、叢雲ちゃん……さっき見た、その『ゆうれい』……なんだけど」

「ええ」

「……ううん、やっぱり……、なんでもない」

「そう、まあいいわ。今貴女に必要なのはゆっくり休むことよ。無理に話す必要なんてないわ」

 

 磯波はおとなしい子だ。

 気弱と言ってもいい。

 そのため今回の「ゆうれい」は相当堪えたのだろう。

 これが陽炎型なら、記念にツーショットでも、という気概を見せるのだろうが……まあ人には向き不向きがあるということだ。

 彼女はお化けと写真を撮れない側の人間なのだろう。

 いや、普通は無理だ。

 

「叢雲ちゃん」

「ん?」

「ありがとう」

 

 返事の代わりにニコっと微笑み返した。

 あー、鼻血でそう。

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■ 

 

 

 

 

 艦娘の言う「ゆうれい」とは、一般に知れ渡っているものとは別物である。

 ゆうれいが一般に知れ渡っているという物言いは十分に変だが、とにかく違うのだ。

 

 いわく、「ゆうれい」は艦娘の死期が近づくとその者の前に姿を現わす。

 いわく、「ゆうれい」は艦娘を地獄に引きずり込む。

 いわく、「ゆうれい」は艦娘を深海棲艦にするべく現れる。

 

 とまあ、なにかといわく付きの存在として語られる。

 ちなみにこの話の出所は重巡寮だ。

 つまり真偽のほどは不明、そのため戦艦ともなると笑い飛ばしている。

 笑われたからなのか、重巡はこの話をしないことが暗黙の了解となっている。

 しかし、駆逐艦は不明だからこそ用心する。

 それが事実だとして、死期が近づいたり地獄に落とすとかなら海にその艦娘を出さなければいい。

 艦娘の死因など戦死しかありえないからだ。

 長期的に見ればその対策も考えものだが、やりようはあるだろう。

 そして深海棲艦化についてだが、こちらは途端に話が変わってくる。

 もし事実で、そんな話が委員会の耳に入ってしまったら一大事となる。

 鎮守府が人類の矛ならば、委員会は人類の盾となる存在だ。

 そのため、その存在意義を貫き通すため必ず、その艦に対し処分命令を下すだろう。

 餌付けも突っぱねられそうだ。

 

 ということで磯波が見たという「ゆうれい」は闇に葬ったという運びだ。

 これが叢雲のついた嘘の正体である。

 この判断は旗艦を務めていた吹雪が下し、茫然自失としていた磯波を除いた哨戒隊全員が了承した。

 多分、というか絶対だが雷にもバレていたので駆逐艦娘全員もこの判断を知っていて、かつ肯定している。

 

 鎮守府や委員会、というよりも人類からしたら憤慨ものの判断だろうことは百も承知だ。

 誰が好き好んで人を虐殺する憎っくき敵を迎え入れることを許すだろうか。

 ここで深海棲艦について話そう。

 やつらについてわかっていることはたった2つ。

 「人類をとりあえず殺す」ことと、それが「目的不明」ということだ。

 猛獣よりもタチが悪い。

 獣は「生きる」「食う」「増やす」のシンプルな欲求に従っている。

 そのシンプルさも行方不明の、そんなやばいやつらを迎合するのは不可能だ。

 でも許されないことは二百も合点、「仲良し」とは無理を押し通すだけの関係性なのだ。

 

 ただ、そんな無責任を突き通すだけではない。

 磯波の出撃はこっそり他の人員と入れ替えるし、艤装は艤装検査点検及ビ修理担当係、通称艤検にオーバーホールしてもらい磯波から遠ざける。

 それで問題が発覚したら委員会を脅しつけて損害賠償の1つや2つ掻っ攫ってやる。

 仲間を危険に晒したのだ落とし前はきっちりつけてもらうぞワン公。

 

 とにかく我々もただ危険を野放しにする様な真似はしない。

 やはり防人なのでその辺はきっちりさせる必要がある。

 いまさら何を言っているんだという気がしないでもないが。

 

「んで? どうすんだ叢雲」

「艤検行って話つけて来るわ」

「……艤検も委員会とつながりがある」

「そうだぜ、下手は打てないんだぞ?」

「わかってるわよ。だから夕張に頼むの」

「「ああ」」

 

 艤装を委員会と共同開発している鎮守府だが、鎮守府は資金と技術力を提供している。

 資金は言うまでもなく金だが、技術力は艤検員を派遣することでまかなっている。

 つまり日々艤装を研究・開発している艤検員は当然彼らとつながりがある。

 中には将来の委員候補と呼ばれる者も今の艤検には在籍している。

 そのため、「はい、艤装見て悪いとこあったら言ってね」では問題が発生した場合危険だ。

 絶対チクられる。

 そこを心配しわざわざ私に会いに来た深雪と初雪は私のことが好きなのではないだろうか?ちなみに私は好きだ。

 

 とまあ、そんなこんなで私は叡智を結集させ、ある策に至ったのだ。

 

「来なさい! 五月雨!」

「お任せください!」

「うん、まあそうだろうな」

 

 艤検員の仕事場「工廠」に立ち入るには危険物取扱者であることやボイラー技士であることや、まあ様々な資格を持っていることが条件となる。

 またこれら一般に取得可能な資格以外にも委員会、鎮守府が発行する種々の証明書を厳しい試験の後に手にしていなければならない。

 これはやはり軍属であることと、艤装が技術・情報的にブラックボックス化しているために必要となる。

 

 しかし、これらを無条件でパスできる者がいる。

 艦娘「明石」と「夕張」だ。

 

 艦娘として建造された歴代の明石と夕張は、必ず機械いじりを得意としている。

 過去、この二艦が開発したものは多岐にわたる。

 一番の功績は艦娘の制服概念の構築だろう。

 いきなり機械から遠ざかった話で申し訳ないのだが、それでもこの事は明石・夕張を語る上では外せない。

 今でこそ、それぞれの制服を着用しているものの、対深海棲艦黎明期つまり艦娘運用初期には、艦娘は軍服を着用していた。

 統一制服である。

 現在の艦娘の制服には、それぞれの艦の特徴を最大限発揮できる性能が秘められている。

 中には製作者の趣味しか感じられない意匠も見受けられるが、眼福なので目を瞑る。

 で、性能が悪い、というよりも皆無だった軍服では死傷率が抜群に高かった。

 それも当然だ。艦娘の特異性とはその者が発揮しているわけではなく、身につける「艦」によりもたらされているからだ。

 ちなみに艤装と制服の二対一式により艦娘足り得るというのがこんにちの研究により判明している。

 つまり先人は半分の力でのみ戦っていたというのだ。

 はっきり言って自殺行為である。

 

 そしてそんな軍服着用に疑問を抱いたのが当時の夕張である。

 明石はというと、その頃の艦は特徴が未顕現だったため、特殊な艦種は存在していたものの能力を発揮できていなかった。

 適性試験で本来戦闘に参加しないような艦種と断じられるとハズレ扱いされるほどだ。

 また潜水艦なんかも潜水に耐えられる性能を発揮できなかったためお払い箱となっていた。

 つまり明石は存在していたが、腐っていた。

 

 夕張はある日戦闘を終え、敵に対しこちらが貧弱すぎると「気がついた」

 当初装甲値の明確な差は、人間と人外の種族差だと考えられていた。

 そのため攻撃力・防御力に大差が生じる事は当然との考えが信じられていた。

 しかし、夕張はある仮説を立てた。

 

「艦娘も人外に足を突っ込んでいる」

 

 ここでいう人外とは高異の存在であり、まさしく次元が違う者だ。

 下位次元の者は上位次元の者に干渉する事は不可能で、最低でも同じ領域の存在である事が条件となる。

 つまり逆説的に艦娘は深海棲艦と同等でなくてはいけないのだ。

 

 こちらの攻撃は微々たるもの。

 しかし敵の攻撃は一撃必殺の威力を持っている。

 この差は何かを考えた時、ふと深海棲艦の姿形に目がいった。

 この着眼点は夕張にとって容易に結びついた。

「あれ? なんか私たちアニメの雑兵みたいじゃない?」「みんな同じ格好して登場人物足り得てなくない?」「敵の方がぽくない?」

 夕張ならではの視点だ。

 

 そこからは早かった。

 自身の力だけでは達成するのは難しいと考えた夕張は明石に声をかけ、根性を入れ直し、発破をかけなんとか形にしたのだ。

 これ以外にも様々な功績を挙げ、「夕張」「明石」両艦種は工廠無条件通行証なるものを手にしたのだ。

 

 前置きが長くなってしまったが、ここからが大事な話だ。

 今回のナイスアイディアは、その通行証と夕張の性癖に目をつけたものなのだ。

 

 明石と夕張に駆逐艦がものを頼む時、隙が大きいのは夕張である。

 それは両艦とも三度の飯よりスパナが好きだが、スパナよりも好きなものがそれぞれあるためだ。

 明石は「大淀」、夕張は「五月雨」だ。

 

 そう、夕張は駆逐艦が好きなのだ!

 

 なんたる背徳的関係。

 モラル危機ここに体現である。

 つまりこのクソレズロリータコンプレックスウーマン夕張は駆逐艦(!)五月雨をエサにすればダービー一等賞もかくやの暴走っぷりを見せるのだ!!!

 

「暴走してるのはお前だぞ叢雲」

「失礼ね深雪、私はいつも通りのクールビューティよ」

「周りのやつらが本当にそう誤認してるのが、本当に悔しい」

 

 今日の駆逐艦たちは妙に私に厳しい、ツンデレ期だろうか?

 そのうちデレるのだろうか、楽しみだ。

 

「……五月雨をダシに使って、心が痛まないの?」

「え、初雪が私に厳しい」

「厳しくされるだけの行いを普段からしてんのが原因だと思うぞ」

「ところでどうやって私の心読んだのよ、ちょっとも声に出してなかったはずよ」

「お前の感情は、頭から漏れてる」

「なんですって……!」

「白々しいし……話をそらしてる」

「今日のあんたはやけに辛く当たるわね」

「あの!」

 

 おっと、仲睦まじく姉妹愛を育んでたらすっかり忘れてた。

 先ほどの話を要約すると、通行証とそれを悪用できる手段があるので夕張を手口に使うという事だ。

 そして五月雨にはその話をしていない。

 ……心が痛むから。

 彼女には磯波を救う一助となってもらう旨のみ告げている。

 

「五月雨、さっきも言ったけどこれから磯波のために夕張とお茶してもらうわ」

「……えーと、ところでなんですが、なんでそれが磯波ちゃんのためになるんですか?」

「この手紙を渡してもらうからよ」

「?」

 

 懐から一枚の手紙を取り出す。

 この手紙は、まあとどのつまり脅迫状である。

「駆逐と真っ昼間っからお茶とは、ふーん」という内容が法律用語の隙間を縫うようにダンスしている。

 

 ちなみに一般人、特に男性がこの手の疑惑をかけられると問答無用で御用である。

 艦娘とはそれだけ神格化され、貴重品として見做され、人とは違うということを世間に印象付けられている。

 また実際に手を出すと例え合意でも現世とサヨナラバイバイすることになる。

 艦娘同士なら特に適用されることはないのだが、多大なプレスを与える事はできるだろう。

 好きな相手から渡されたらたまらないと思う。キツい。

 そしてそこで颯爽と私が現れ、「今なら助かる方法があるよ」と囁くのだ。

 

 これが私の導き出したサクセスストーリー。

 

「あ、どうでもいいけどサクセスのイントネーションってセに付くらしいわね」

「ほんとどうでもいいな」

「……冷たいわね」

「よくわかりませんが、お茶して手紙を渡せばいいんですね!」

 

 お任せください! と再度了承の返事をすると五月雨は夕張のもとへと駆けて行った。

 夕張にばかり変態性を押し付けたが、五月雨も夕張の事が好きなのである。両想いだ、あやかりたい。

 

 その日、私が囁くよりも早く夕張は私のもとを訪ねてきた。

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■ 

 

 

 

 

「つまり磯波ちゃんの艤装を点検すればいいのね?」

「ええそうよ、よろしく頼むわね」

 

 ここは工廠、ではなく軽巡洋艦寮の一室、夕張の部屋だ。

 普通艦娘には一人部屋を与えられる事はないのだが夕張は特別だ。

 過去、そして現在の功績を認められ、牙城を築く事を許されている。

 というのが夕張の軽巡ジョークで実際は姉妹艦がいないための処置だ。

 ここで話をするのは、どうもこの夕張は後ろめたい出来事を隠蔽したいかららしい。

 まったく困った軽巡だ。

 

「……ところでなんで艤装点検するの?」

「五月雨と二度と会えなくなるわよ?」

「うっす」

 

 うっすって。

 世界の守護者たる存在がそんな返事をしたら、応援してくれる人達が悲しむじゃない。

 と叢雲は思うもなぜか夕張からの視線がジトっとしてきたので思考に蓋をした。

 

 叢雲は夕張になぜオーバーホールさせるのかを伝えていない、またその結果を叢雲以外に報告する事も禁じた。

 この約束事は守ってもらえないんじゃないかと駆逐たちに危惧されたが、叢雲の持ち札は多い。

 結構な頻度でロビー活動をしている叢雲には色々な情報が転がり込んでくる。

 

 戦艦は試し撃ちに合金を使うだとか、空母は弓の練習で藁人形に打ち込むだとか、重巡はおっぱいの大きさで格付けされるだとか様々だ。

 その中に「艤検員が横領を働いている」との内容のものがあった。

 真実をそのまま伝えるとその情報は正しかった。

 裏を取ったのだ。

 これはバレると首が身体から発艦される内容で、そして夕張は「艤装ノ機能向上ノ為ノ資料」という名目で五月雨のフィギュアを購入していた。

 有り体に言って馬鹿野郎。

 

 ということで、その事を猛プッシュして今回の約束を取り付けたのだ。

 実は手紙の内容もその事がほとんどであり、駆逐ティータイムはお茶目で入れたに過ぎない。

 ただ夕張がどちらを危険視して叢雲のもとに転がり込んできたかは誰にもわからない。

 というかどっちでもいい。

 五月雨に会えない、というのは、つまりそのどちらかが本人に露呈すると嫌われるからである(五月雨は多分テレるだけでイチャイチャゾーンが展開されるんだと思う)。

 

「クソが」

「私何かした?!」

 

 おっといけない、感情が頭部艤装から漏れ出てしまった。

 反省しなければ。

 

「キミの場合しっかり口にしてるからね?」

「毎度思うんだけど、それ空耳だと思うのよね」

「毎度指摘されてるんだ……」

「ふ、私の悪い癖ね」

「かっこよくはないからね?」

 

「この軽巡は自分が罪を背負っている事をもう忘れてしまっているらしい、まさか弱みを握られている相手に大きく出るとは」

 

「すごい、隠すつもりがなくなってる」

「最近清々しいクールキャラ目指してんのよ」

「みっともないだけじゃないかな」

「酷い女ね、ちょっとくらい私のお遊びに付き合ってくれてもいいじゃない」

「お遊びで艦首が取れちゃうのは怖いのよね……」

「それは自業自得よ」

 

 はっきり言うのね、と夕張。

 しかしいつまでも遊んでいるわけにはいかないのでさっさと作業についてもらおう。

 

「じゃあ悪いけど早速オーバーホールしてもらうわよ。しっかり隅々まで診なさいよね」

「まあその事に異論はないけど、何か規格外の兵装やオプションを付け足す目論みならやめた方がいいわよ? 艤装が嫌がっちゃって沈む原因になるから」

「そういう事じゃないから安心しなさいな、餅は餅屋って事くらい心得てるわ。ただ私は磯波の事が好き過ぎて不調がないか調べたいだけなのよ」

「……最近調子悪いの?」

「似た様なもんね」

 

 おっかしーなあ、と夕張はごちる。

 それもそうだろう、吹雪型はプロ中のプロが面倒を見てくれているのだ。

 予期せぬ事態は起こりづらい。

 

「だからあんたに診てもらうのよ。あの人らにこんな事頼んだら怒られちゃうじゃない」

「うーん、なるほど? まあ、そう言われるとそうね。プライド持ってお仕事してるはずだし、信頼してないって思われちゃ困るものね」

「そう言うことよ」

 

 口から出まかせがマシンガンだが、ああそうか、最初からそう言えば脅す必要もなかったのかもしれないなと気づく。

 まあ可愛い駆逐艦が変態の魔の手に染まるのを防いだのだから大目に見て欲しい。

 あ、もう手遅れだったんだ。

 

「変態には二種類いるわ」

「突然なに?!」

「ひとりでに変態なやつとパートナーと変態道を突き進むやつよ」

「なに言ってんの?!」

「私は前者よ」

「……」

「でもあんたは後者のタイプ。五月雨に変な性癖換装したら駆逐全員で挨拶に行くわ」

 

 決まった、渾身のシャウトだ。

 心を撃ち抜いたに違いない。

 

「今言うことなの?」

 

 ダメだった。

 

 

「……ところで点検はいいんだけど、出撃はどうするつもりなの? 替玉するつもりならオススメできないけど」

「あら? なんでかしら?」

「艤装には出撃ログを発信する端末が埋め込まれていて大淀さんが管理してるのよ?」

 

 知らなかった? と夕張。

 その直後、叢雲所属の吹雪率いる「吹雪哨戒隊」に出撃要請の放送が流れた。

 

 早く言えこのオカルティックロリコンサイエンティスト!

 

「え?! 酷くない?!」

 

 今度は心をぶち抜いた。

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■ 

 

 

 

 

 艦娘の出撃は絶対命令だ、背くと相応の罰が与えられる。

 ただし所属する鎮守府、部署によりまちまちだが、規模が大きければ大きいほど出撃による艦娘一艦の負担は軽減する。

 そのため最大規模の横鎮は、有給は取れないまでも未出撃日が度々もらえる。

 そのため疲労による出撃不能のため折檻、ということはまずない。

 しかも通常、出撃から帰還後、同日中に再出撃ということはあまりない。

 しかし叢雲たち駆逐艦は違う。

 駆逐艦は元気を売りにしているのだ。「出撃? はい! よろこんで!」を元気いっぱいに無感情で言えてから駆逐を名乗れ、と口伝されているほどだ。

 それを了承している作戦本部は駆逐には多少の無茶をさせることがある。

 「今日出撃してるし、いい感じに缶あったまってるでしょ」とジョークで言われた駆逐がぶちっときたのが発端らしい。

 そのため「行きたくない」は通じないのだ。

 

 

「叢雲ちゃん!」

「あら、吹雪じゃない」

 

 先ほどと同じだが、今は逼迫度が桁違いだ。

 

「夕張さんのとこ、間に合わなかったって本当?!」

「ええ、ごめんなさい話をつけたところで出撃要請がかかったわ」

「そんな、磯波ちゃんどうしよう……!」

「落ち着きなさい、今は出撃させるしかないわ」

「でも!」

 

 吹雪はうぅ、と呻き下を向いてしまった。

 吹雪は優しい。

 間に合わなかったのだから私を責め立てる言葉の二、三言えばいいのに。

 と叢雲は思うも、それをできないのが私たちの長女なんだなと場違いにも感心した。

 

「今回の出撃の内容はもう聞いた?」

「鎮守府の東部距離30000付近に敵影が見えたから哨戒しなさいって……」

「そう、それならちょうどいいわ」

「え?」

「隊を二つに分けましょう」

「どうして?! それじゃああぶないよ!」

「だから落ち着きなさい、吹雪」

 

 どうも混乱してしまっているらしい。

 まあしょうがない、と人ごとのようには言えないか、これは私の手落ちでもあるから。

 

「吹雪、いい? この案は良いものよ? 最大の利点として、死人がでないもの」

「え……?」

「一見、戦力が二分してて弱っちくなった様に感じるでしょうけど、そもそも哨戒任務に戦闘力は必要ないわ、見つけたら逃げればいいのよ」

「あ……うん」

「それから不安のある磯波は、敵影の薄そうな海域に放り込めば万事解決よ」

「そ、そっか! じゃあ二班にして磯波ちゃんのいる班を南側に回せば危険は少ない!」

「その通りよ」

 

 吹雪は叢雲の説明を自身も口にする事で納得できた様だ。

 多分具体的なプランを今、構築しているのだろう。

 ブツブツ言っている。

 

 叢雲は、正直これが適切な判断なのかはわからない。

 そもそも「ゆうれい」とやらが実的な行動で害をなすのか、それとも概念的なもので抗えない被害をもたらすのか一切が不明なのだ。

 今行える最善手を打っているつもりだが果たして……。

 

「叢雲ちゃん!」

 

 どうやら考えがまとまったみたいだ。

 頷き返事をする。

 

「これから作戦会議を開きます! 時間がないので素早くみんなをドックに集めてください!」

「わかったわ」

 

 答えはわからないが、やる事は決まったみたいだ。

 頑張ろう。

 

 

 

 

 

「みんな揃ったね? じゃあ作戦会議をはじめます!」

 

 出撃ドック、艦の発つ場であり、艦娘開発時からは艦娘の発つ場となった。

 ここを会議場として選んだのは時間の短縮が目的だろう。

 

「今回の作戦は鎮守府から東に30000程に見られた深海悽艦の艦種を割り出す事です! なお、定点カメラ、衛生からの撮影は深海棲艦の影響により断念されました。また、本作戦は『吹雪哨戒隊』を二班に分けてあたります。この判断は敵性艦が発見位置から移動してる可能性を考慮したものです。ここまでで質問のある方はお願いします!」

 

 吹雪はまくしたてる様に説明を始めた。

 自身の案も手が加えられ、哨員に見せても文句を言われない作戦になった。

 これなら一安心だ。

 

「はい! 深雪様だ! 編成はどうするんだ?」

 

 もっともな質問だ。

 まあでも、集まったメンバーを見ればすぐにわかる。

 これは確認のために聞いたのだろう。

 

「班編成は私吹雪を班長としたチームαと叢雲ちゃんを班長としたチームβに分けます。チームαは『吹雪』『深雪』『初雪』で東部哨戒を担当します。チームβは『叢雲』『磯波』そして……」

「僕だね」

 

 吹雪哨戒隊は書類上五人編成としている。

 一般の隊編成とは基本六人で組むものである。

 しかし、哨戒にそこまで人員を割く必要はない、という上の判断により、この仕事は五人編成となっている。

 哨戒こそ人の目の多さがいるのではないかと疑問視する者は多いのだが……。

 ただ、今回の様に人手を必要とする任務の際は、なんやかんや都合をつけ増員する事が黙認されている。

 ツケは任務終わりの報告書の量で支払うのが通例だ。

 

 そして今回の借金はというと、白露型駆逐艦二番艦『時雨』だ。

 俗に言う『幸運艦』でありゲンを担ぐにはうってつけである。

 でも「仲良し」の例にもれず、扶桑型戦艦に好かれている。

 幸運と不幸のまさかのコンビネーションであり、とにかく近づき難い。

 吹雪はよくぞ時雨にとりつけたなと感心する。

 

「はい、チームβには今回時雨ちゃんに参加してもらう事になりました! 南側を担当してもらいます。よろしくお願いします!」

「そう畏まらなくていいよ。同じ駆逐艦じゃないか」

 

 それに、と声を小さくし続ける。

 

「懸念事項があるみたいだしね。僕の力が役に立つなら、存分に使ってくれて構わないさ」

 

 ね、と言いウィンクをかました。

 うーん、このプレイボーイめ。

 そうやって不幸姉妹も落としたのだろうか、やはり時雨が攻めだという噂は真実なのか……。

 

「僕は男じゃないよ?」

「プレイガールじゃ語感が変じゃない」

「そもそもそんなつもりじゃないんだけどね」

「ストーーップ!!!」

 

 深雪が止めに入った。

 いけない、作戦の前だったのだ、サンキュー深雪様。

 

「ま、なんにせよよろしくね時雨、参加してくれて助かるわ」

「ふふ、構わないって言っただろ?」

 

 ニヤっと、しかしいやらしくなく笑った。

 いちいちかっこいいなこの娘。

 

「ではみなさん、他に質問はありませんか?」

 

 吹雪は会議を締めにかかった。

 そろそろ作戦発動までわずかなのでちょうどいい頃合だろう。

 ストレッチでもして身体をほぐすか、と思ったところで。

 

「あ……あの!」

 

 磯波がおずおずと挙手した。

 

「こ、今回の任務で、その、みんなに迷惑をかけてしまって……、ごめんなさい」

 

 消え入りそうな声で謝る磯波。

 

「本当なら、こんな面倒は起きなかったはずなのに……ってうわ?!」

 

 吹雪型は落ち込んだ姉妹がいると無言無表情で頭を撫でる習性がある。

 うっかりさんめ、これで貴様の御髪のセットは台無しだ!

 

「こ、怖い! みんな怖いよ!」

 

 新しい恐怖を植え付けてしまったみたいだが、それでいい。

 悪い事があった時は別の悪い事で忘れるのが一番だ。

 

「親近感が湧く考え方だね。お姉様方に聞かせてあげたいよ」

「あんたが『お姉様』っていうと、途端いやらしく聞こえるわね」

「君の口は脳みそと直通なのかな?」

「褒めてんのよ」

「文化の違いが如実に出てるね」

 

 どうも吹雪型の性質を見て感心したみたいだ。

 少し照れる。

 

「違う……時雨は吹雪型の話じゃなくて、貴女の変態性の話をした」

「今日の初雪は絶好調ね……」

「私はいつも通りのつもり」

「そういやそうね」

「へこまされるってわかってんだろうに、変な事言わなきゃいいのによ」

「口が勝手に動くのよ」

「……えーと」

「ちょっとみんな! 磯波ちゃんが困っちゃってるよ!」

 

 もう、と言う吹雪だが、無言で頭を撫でて慰めよう。との文化の提唱者は吹雪であり、困らせる要因を作った張本人である。

 ただ、素晴らしいカルチャーだ。

 

「ふふっ、みんな、ありがとね」

 

 効果は抜群。

 これをくらうとキラキラした気持ちになれるのだ。

 姉妹サイコー。

 

「ところで吹雪、そろそろ時間なんじゃないかい?」

「あ! 本当だ! えーと、みなさん、準備してください!」

 

 うん、そうそう、駆逐の出撃前なんてこんな具合で丁度いいのだ。

 変にピリついているのは似合わない。

 グダついててみんなにっこりしているのが一番だ。

 旗艦はたまったものではないだろうが。

 

 

「それではみなさん、海上を東に2000進んだ地点で二班にわかれます! 言い忘れていましたがチームαを本隊、βを別働隊として扱うため最終的な意思決定は私が行います。でも現場で処理できると判断した場合はその限りではありません! それではみなさん、よろしくお願いします!」

 

「「「「「了解!」」」」」

 

 と吹雪哨戒隊のメンバーと時雨が息をそろえて了承する。

 

「『吹雪哨戒隊』抜錨します!」

 

「戦場(いくさば)ね」

 

 叢雲は自分を奮起させる。

 

「悪くないわ!」

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■ 

 

 

 

 

『コール、チームβ聞こえますか?』

「こちらチームβ、聞こえてるわよ」

 

 鎮守府より南に12000付近、敵影はなく穏やかな海だ。

 しかし油断はならない、鎮守府の調査によりこの海域も敵の影響下にあるのだとわかっている。

 

『そろそろ無線使用制限区域に突入します。ですのでこの無線をもって通信を終了しますが、何か気になる点はありますか?』

 

 無線は敵に傍受される恐れがあるため「無線使用制限区域」が設けられている。

 基本的に深海棲艦は人語を解さないとされているが、念を入れての処置だ。

 これは作戦情報の守秘、というよりも位置情報の秘匿という面が強い。

 またこの区域は敵の規模を考慮し変動する。

 制限のタイミングは、その区域に侵入するか戦闘が始まることで強制的に通信が切断されることによってなされる。

 

「今は特にないけども、強いて言うならここまで何もない事が変ね」

「鎮守府近海だからじゃないかな」

 

 時雨が答えた。

 確かに鎮守府周囲の海は、日々我々が哨戒する事により安全を保っている。

 敵艦を発見した場合は即座に離脱し出撃待機組にバトンタッチするか、彼女らが出張るまで時間を稼ぐ事になっている。

 しかし、今は少し事情が違う。

 すでに敵がいる事は明確なのだ。

 しかも哨戒隊を哨戒として使うくらいには、それなりの敵艦隊がきていると考えられる。

 それなのにイ級のイの字も出てこないとは、あまりにも不自然だ。

 

「だとしても、変じゃないかしら? もし対象が木っ端艦隊なら『哨戒』じゃなくて『撃滅』を指示するはずよ。そうじゃないって事は、逆説的に敵は結構な大所帯で来ると踏んでたんだけど……」

『現時点では敵艦隊についての情報はすべて不明です。哨員の方からは哨戒のみを命令されましたし……。うーん、よくよく思えば不親切な作戦内容しか伝えられていませんね』

 

 困ったなあ。と、どこか牧歌的に呟く吹雪。

 

『それじゃあ、不親切には不親切で返しましょう。危険を感じたら、とにかく撤退する事を旗艦として許可します』

「あんたって結構不真面目な事さらっと言うわよね」

『あれ?! みんなを思っての発言だったのに?!』

「わかってるわよ」

 

 と、通信を終わろうかと考えたところで「そうだ磯波にも聞いてみよう」と思いたち後ろを向こうかとした時、チームαから『敵艦見ゆ!』との最後の無線が入った。

 

「どうする? 叢雲」

 

 と聞いてくる時雨だが、こちらもそれどころではない。

 手元の無線にロックがかかった。

 いつの間に近づいたのだろうか、通信中であっても、誰も気を抜いていなかったのだが……。

 

「敵艦見ゆ! 位置後方距離超至近! 全艦対水上戦構え!」

「「!!」」

 

 この班の最後尾は磯波だ。

 その背後に艦影が見える。

 「ゆうれい」の不安がよぎるが間に合うか?

 

 叢雲は自身の体勢を大きく右に傾け、本来のスペック以上の機動力を生み出し敵の土手っ腹に照準を合わせる。

 同時に時雨、磯波もフレンドリ・ファイヤを誘発しない位置取りをし、敵に砲を向けた。

 

 いける!

 その確信と共に号令をかける。

 

「全艦主砲斉射ぁ!」

 

 しかし、この艦どうやって接近したのか?

 それにこの面、見覚えがある気がしてならないのだが果たして。

 

 

 

 

 会敵数瞬前、チームαは無線の全てを班長吹雪に任せていた。

 東側は深海悽艦の発見場所であり、気をぬく事は許されない。

 本来ならば吹雪だって通信もそこそこに哨戒をするべきなのだが、いかんせんあちらには磯波がいる。

 旗艦とはいえ、やはり私情を挟んでしまうのだろう。駆逐艦故の公私混同だと言える。

 

「……深雪」

「なんだ初雪?」

「『ゆうれい』本当にいると思う?」

 

 難しい質問だなこれは、と深雪は内心唸る。

 そもそも噂の出どころが怪しいのだが、しかし我らの磯波が見たと言う。

 これは信じたものかどうか……。

 

「答えはわからん、お前はどう思うんだ?」

「……いないと思う」

 

 初雪が珍しく、自身の意見を言い切った。

 こんな事叢雲をいじり倒してる時以外なかなか見れない。

 

「へえ、でも火のないとこにはなんとやらって言うぜ? 実態は違っても、何らかは居ても不思議じゃないと思うんだが」

「……全ての海で、一番の出撃数を誇る駆逐が、噂してないのは変」

「まあ、確かにな」

 

 駆逐艦の噂話は一気に広まる。

 横鎮の島風より、呉の島風の方が速いとドイツから来たマックスが知ってた時は何事かと思った。

 その情報網は、この深雪様の「深雪スペシャル」をもってしても把握を断念したほどだ。

 もしかしてこれは、首を突っ込むと暗殺の恐れがあるほどの闇を抱えた何かなのかもしれない。

 そんな駆逐ネットワークをしても噂されないと言う事は、それは非存在の裏づけなのだと思わせるには十分すぎる。

 

「じゃあいねーのかもな『ゆうれい』なんて」

「いや、いると断定する」

「はあ?」

 

 何言ってんだこいつは、そんなに哨戒が退屈なのだろうか。

 突然意見を変えて、場を盛り立てようとしているのか?

 

「おいおい、何言って……」

「左40度、距離至近、敵艦見ゆ」

「!」

 

 おいおいおい、それならそうと早く言え!

 

「吹雪! いるぞ!!」

 

 即座に反応した吹雪はチームαに号令と、無線越しのチームβに最後の近況報告行う。

 

「敵艦見ゆ!」

 

 会敵した。

 

 

 

 

 それにしても変だ、と深雪は思う。

 いくら無駄話をしていたとしても、こちとら哨戒隊だ。

 ソナーも装備している、だというのにこんな至近まで近づかれるのは変だ。

 

「?!」

 

 全員が自分のミスか? と焦りを感じたが、そんな感情は目先の存在に一蹴された。

 

「……こいつ、非武装?」

 

 いや、というか、

 

「どころかすっぽんぽんじゃねーか!!」

 

 まさかの事態に身体が硬直する。

 しまった! まさかこいつは囮で、周りに……! と思うも周囲に新たな敵影は見られない。

 

「全艦退避! 煙幕展張! 明らかな異常事態です! 帰投します!」

 

 吹雪の命令で、ようやく全身の関節に油がささった。

 わからない事だらけだが、そもそも歴史上、深海棲艦と会敵して以来わかった事は数える程しかないのだ。

 構う必要もないな、と切り捨てる。

 

 煙幕を焚きながら、しかし有事の際を考えて主砲に弾込めをしておく。

 殿は初雪、相手は裸一貫だが、もしかしたら口腔内に砲を隠しているかもしれないので進行方向を微妙にずらし撤退する。

 

 しかし退避とは良い判断だと思う。装備はない(見えない)から断定は出来ないが、あのプロポーションは戦艦のそれだった。

 片乳でももいでればアマゾネス型空母の可能性も考慮したが、それはなさそうだ。

 

 ーーーしっかり両方、でけーのつけてやがる。と深雪は判別した。

 色々確認したい事は多いが、今は隊内(班内か?)無線ですら使うのを憚る距離感だ、とにかく三十六計逃げるに如かず。

 

「前方構え!」

「まじかよ……!」

 

 進行方向にやつがいる。

 音も影もなく移動したようだ。

 

「あたれっ」

 

 誰よりも、先頭の吹雪よりも早く初雪が発砲した。

 初雪は動作に無駄が少なく一番やりとなる事が多い、そのため功績もあげやすい艦だ。

 だが……。

 

「外した?!」

「違います! すり抜けました!」

 

 見間違えたと思ったが、そうじゃないのか、事象は正しく捉えていた。

 弾道が敵を捉えられなかったという事を。

 

「魚雷発射シークエンス! カウント省きます!」

 

 斉射! と叫ぶ吹雪、現在チームα、βの中で魚雷を有しているのは班長の2名だけだ。

 他は代わりにソナーをつけている。

 

「く、やっぱり……!」

「よぉしっ!」

 

 駆逐艦にとっての最大火力が、やはり不発に終わったのを見届け決起する。

 一番やりはくれてやったが、これはいただいていこう。

 

 よっしゃ! 超加速!

 

「……ん? え! み、深雪ちゃん?! それはダメーー!!!!」

 

 鉄砲玉は深雪様のものだ。

 

「喰らえぇ! 深雪!! スペシャル!!!」

 

 その都度、形も性質も変化させる必殺技『深雪スペシャル』

 今日のそれはプロレスラー顔負けのジャンピング・ニー・バットだ。

 

「!!!」

 

 お? なんだこいつ面食らってやがる。

 感情はあるらしいな、と委細を目に焼き付ける。

 叢雲にいい手土産ができた。

 報告書はあいつが書くんだから手伝いくらいはしておこう。

 

「きぃまったあ!」

「……」

「あ?!」

 

 接触までわずか数センチ、というところで全裸の敵艦は、まるで煙のように消え去ってしまった。

 

「馬鹿な! 『深雪スペシャル』をも躱すだと?!」

「馬鹿はお前だあああ!!!!」

「ぐえ!」

 

 躱された事に本気で驚愕したのも束の間、ブチ切れた吹雪のローリングソバットが、あごにクリーンヒットした。

 

「おぁ……! ちょ、ぐぅぅ」

「吹雪、待って」

「初雪ちゃん!!」

「私も、蹴る」

「おま、ぐえ!」

 

 異常事態だ。

 敵よりも味方から攻撃されるなんて、逃げねば……!

 

 

 

 

 少し、いや戦闘が終わったかもわからないのにかなり気がすっぽ抜けてしまったチームαだが、それ以上敵が現れる事はなかった。

 

『あー、あー、お? 通信生きてるわね。コール、チームα全員無事?』

「あ! おい吹雪! 無線、無線きてるぞ!」

 

 助かった! サンキュー叢雲さま!

 

「こちらチームα! 無事です!」

『あ、ああそうなの……? 大事なかった?』

「ありません! でも、深雪ちゃんは帰ったら罰走です!」

「げえ!」

『……スペシャルした?』

「した!!」

 

 ここまで感情的な吹雪は珍しい、以前「あれは味方ですねえ、あ、吹雪見てきてください!」と青葉に言われ戦艦に囲まれた時以来だ。

 

「ちょっとまってくれ! 何も無意味な行為だったわけじゃないんだぜ?!」

「ふんっ!」

 

 ふんって、昨今誰も言わないぞそれと思うも、次に失態を犯すとどんな罰をくらうかわからないので内に秘めよう。

 

『あ、今深雪が良からぬ事考えてるわよ!』

「なんでだよ!」

「さいてー!」

「違うぞ吹雪!」

 

 叢雲てめえ! 覚えてろよ!

 

「……叢雲、そっちは、会敵した?」

『うーん、こっちは一応……して、ない? うん、してないわね。そっちはもう海域出てるの?』

 

 何だ? 叢雲にしては歯切れの悪い言い方だ。

 

「こっちは未だ無線使用制限海域ですが、戦闘を終えたため無線が生きているみたいです」

『そうなのね、まあ全員無事で何よりだわ』

 

 で、と叢雲。

 

『深雪のスペシャルはどんな有意義なものだったのかしら?』

 

 こいつ、いちいち吹雪に着火するような言い方しやがって、でも挽回するにはちょうどいい。

 ふふ、おののけ!

 

『とうとう有史以来、初めてイ級のオスメスの区別をつけたのかしら?』

「ひよこか!」

「そんな事してたの?」

 

 吹雪がジトっとした目で見てくる。

 いや、お前はどこに目ん玉つけてたんだ。

 見てたろ! 全部!

 

「そんなわけないだろ!」

「……ほんとはウズラの」

「雌雄鑑別から離れろ!」

『最上が男の子と間違えられて困ってるみたいなんだよ』

「お前も乗るな!」

 

 大変だ、四面楚歌とはこの事か、早く軌道修正しなければ。

 

「『ゆうれい』と思わしきを発見した! しかもそいつは深海棲艦で特殊な艦だ、でも深雪様の予想では沈める事は可能。どうだ!」

『ほ、本当?!』

 

 返事をしたのは磯波だ。

 さすが満場一致で吹雪型天使の名を命名されただけの事はある。

 優しさが無線越しにも染み渡る。

 

「ああ、本当だ。喜べ磯波、『ゆうれい』なんて嘘だ!」

『何? 歌いたいの?』

「やかましい!」

『冷蔵庫に入れてカチコチって、それは冷凍庫だよね』

「ケチをつけるな!」

 

 駄目だこいつら、話がちっとも進まねえ。

 というかいつの間に仲良しになりやがって、めんどくせえ!

 

「そろそろ深雪ちゃんも反省したと思うので帰投したいと思います。チームβは最初の分岐地点でこちらに合流してください」

 

 さらっと言われたが、まだ根に持ってそうだ。

 すまなかった、もう危険な事はしないから許してくれ。

 

『だいたいそういうのは反省してないわよね』

「まじで黙っててくれ」

『口が勝手に動くのよ』

 

 さっきも聞いたよ。

 一度艤検にその口診てもらえ。

 

『動くついでにこっちも重要な報告があるのよ』

「なんですか?」

『幸運艦のおかげで会敵はしなかったわ』

 

 けど、代わりに味方を拾ったわ。とわけのわからない事をのたまう叢雲。

 まさか遺体でも引き揚げたのか?

 はいこれ、と誰かに無線を渡す声がかすかに聞こえる、そして

 

『初めまして、「吹雪哨戒隊本隊チームα」のみなさん、私は戦艦「大和」です』

 

 という衝撃の発言が無線に乗って聞こえてきた。

 



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2話

出だしから言い訳する見苦しさを見せてしまうのですが、薄っぺらな人生を歩んでいるので登場人物の心情とか、話の筋が矛盾しているとかあるかもしれません。変な点などありましたらお知らせくださると幸いです。


 

「了解しました」

 

 叢雲は恐怖した。

 なぜいる。

 

「待ちなさい、なんであんたがこんなところにいるのよ」

「はい」

 

 ブチ切れそうになる。ハイじゃねーんだよおいこら。

 

 ここは艤装検査点検及ビ修理担当係員こと艤検員の仕事場「工廠」である。

 一般事務哨戒班担当連絡係員(こちらは哨員、もしくは簡単に事務と呼んでいる)の腐った男が出入りしていい場所ではない。

 そもそも艤検員と哨員では職務内容が大きく異なるためわざわざ来るような場所ではない。

 

「遊びに来たのなら邪魔よ、さっさと帰りなさい」

 

 悔しいかな、そうではないことはこいつの格好を見ればわかる。

 作業着に、艤検員のみが佩帯(はいたい)を許される簡易艤装分解キットを身につけている。

 このキットは簡単な検査をする時や訓練中の不調など、あまり時間をかけたくない時に使用するキットだ。

 しかし艤装の構造が国家機密のため限られた人員にしか貸与されていない。

 そしてその限られた人員こそが艤検員なのだ。なのだが……。

 

「本日付で艤検に配属されました。事務ではお世話になりましたが、こちらでもよろしくお願いします」

 

 泣きたい。

 せっかく喪が服を着て判子を押してる様な男がいない場所に来たのに、ケの日が作業着を着てやってきてしまった。

 というか、「よろしくお願いします」?

 

「……なんであんたによろしくされなきゃなんないのよ」

「私が吹雪型の担当になったからです」

「!!!」

 

 驚愕した。

 思いっきり顔に出てしまうほどに。

 担当になってしまったことにではない。

 いや、それ自体は親の仇のように憎いがそうじゃない。

 

 吹雪型駆逐艦とは、特I型駆逐艦だ。

 世界にドヤ顔と共にお披露目したスーパー殺戮マシーンである。

 つまり格式高い艦だ、それは現代でも継承されておりぺーぺーが取り扱うことは禁とされている。

 実際は他の艦よりも扱いが簡単で素人向けなのだが、ゲンを担いでいるのかなんなのか、長年勤め、年季のいったおっさんが担当することが通例となっている。

 

 それをこの男が担当とは、上もとうとうとちったか?

 

「あんた、どんだけ餌付けしたのよ」

「……私は、もともと艤検員になりたくて鎮守府に入職しました。そのためスキルは備えています」

「実力だって言いたいの?」

「……はい」

「はいって……」

 

 なんだか言いたい事だらけだが、疲れるのでやめよう。

 今日は駆逐に与えられる数少ない休暇なのだ。

 目的を果たし、さっさと帰ろう。

 

「あー、もう一度聞くけど夕張はいるかしら?」

 

 無言で後ろに下がっていった。

 せめて何か言ってから席を立て、いや? だから「了解しました」なのか。

 

 それじゃあ何もわからないじゃない、とあきれるも、すでに慣れっこなので諦めた。

 

「こちらが艤検員の勤務表になります」

「あら! 気がきくじゃない」

 

 まさかの行動だ。

 こいつは言外にサイキックに目醒めろ、と言わんばかりの言動しかとる事をしなかった。

 そんな男が、そうか、望む環境に移れた事で心境に変化が訪れたのだな。

 感心感心、と突然母性に目覚めた気がしたが気のせいだった。

 

「これ先月のシフトじゃない」

「はい」

「はいじゃねーよウスノロ」

「……」

 

 自分でもびっくりするくらい強い言葉が出てしまったが、私は悪くない。

 腐っても数年来の付き合いである人間からこの仕打ちである。

 泣き出さなかっただけ偉いと思う。

 

「今月のシフトは、私が途中加入した為に作り直すと伝えられました。ですので代わりとして、そちらをお持ちください」

「代わるか! 過去の産物じゃない! んあー!!!」

「どうも調子がよろしくないみたいですね、検査致しましょうか?」

「あんたの脳みそを検査しなさいよ!」

 

 もしくは修理改修しろ、と強く望むがままならない。

 

「一体私に何の恨みがあるわけ?! そもそもハキハキとしないし、シャキッとしないし、なんか全体的に、見ててブルーなのよ!」

「生まれつきです」

「遺伝子のせいにするな!」

「……では、環境のせいです」

「原因を周りに押し付けるなー!」

 

 はあ、叫んだら何か落ち着いてきたみたいだ。

 しかしこれ以上ここにいると、全身の血管がぶち破れるだろう。

 

「はあ、もういいわ。夕張の居場所がわからないなら帰るわ。ああ、くれぐれも気をつけなさい? 艤装の点検怠ったら、弾薬にするわよ?」

 

 この辺の決定を変える事は実質不可能なので、現状できる最良の手を打ち退散するとしよう。つらい。

 

「夕張さんなら第三実験場にいます」

「……」

 

 殺すか? とぐちゃぐちゃの感情が沸き起こった。

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 第三実験場、ここは夕張と明石の個人的な実験場として扱われていることが多い。

 本当は鎮守府固有の財産なのだが、二艦の実績から専有を許している。

 

「夕張」

「あら、叢雲ちゃん……ってどうしたの?!」

 

 どうもこうもない、あいつと話していたらなぜ自分がこんな事をしているのか深く考えてしまい、ぎゃん泣きしてしまったのだ。

 落ち着いて考えてみるとまた怒りが込み上げ、今の顔はそれは酷い事になっているのだろう。

 

「……なんでもないわ」

「なんでもって、いや、とにかくここに座って? ね? そうだ! コーヒー淹れてくるね。あ、ビーカーしかないけど許してね?」

 

 コーヒーコーヒー、と言い小走りでシンクに向かって行った。

 なんだか優しくされてるみたいだ、今はちょっとの気持ちでもめちゃくちゃ染み渡る。

 夕張の事が好きになってしまいそうだ。

 

「はい、お待たせ。ちょっと良い豆使ってるから美味しいと思うわ」

 

 だからゆっくりしていってね、と夕張。

 優しい。

 

「あんたの事が、好き」

「ぶはあ!」

 

 噴き出してしまった。

 こんなテンプレートな反応をする人間がいる事に安心を覚えた。

 世界はまだまだ平気そうだ。

 

「ぇほっ! げぇっほ! な、なにぅえっほ!」

「ジョークよ」

「じ、ジョー、えほっ! ぐ、ううん、はー何事かと思ったわ」

「悪かったわね」

「い、いや、良いのよ? 貴女がジョークを言えるくらいの心持ちなら。深刻そうな顔をしてたから心配したのよ?」

 

 しまった、どうもほんとに気をかけさせてしまっていたのか少し反省した。

 しかし、この優しさがあるから五月雨の相手が務まるのだろう。ナイスカップルだ。

 

「あんた、やっぱりいい人ね。五月雨を頼むわ」

「あ、あれ? 認められてる? やっぱりまだ調子が悪いんじゃ……!」

「あっさり失礼ね」

 

 しかし、夕張の懸念とは裏腹にだいぶ調子が戻ってきた。

 そうだ、これからは工廠に来るたび夕張で癒されよう。

 五月雨に目をつけられない程度に。

 

「そんな間男みたいな考え、やめた方がいいと思うけど」

「第二夫人って扱いでもいいわよ?」

「よくない!」

 

 そろそろ夕張も疲れてきたろうから本題に移ろう。

 

「疲れたから本題にって、変な切り出しじゃない?」

「まともな思考してたら断られちゃうかもしれないじゃない」

「何を頼むの……」

「変な事じゃないわ。磯波の艤装、休みの日の内に診てもらおうと思ってね」

「あー……」

「?」

 

 何だその反応は、まさかあの人らにバレたのか、それともあの畜生にバレてチクられたか? やはり仕留めるか……。

 

「ああ! 違うのよ。艤装ならもう検査したの」

「あらそうなの? 助かるわ」

 

 では、その反応は一体何なのか。

 

 とはいえ、やはり夕張に頼んでおいてよかった。

 一応深雪の突貫により、「ゆうれい」が思ってた「ゆうれい」とは違う事が判明したため検査の必要はないのだが、不安は潰すべきだと吹雪に言われたのでこうして再度頼みに来たのだ。

 

「艤装の機能に問題はありませんでした。物理的構造、電気系統、神霊的配列すべてグリーンです。……むしろ調子が良すぎるくらいなのよね。最近何かあったりした?」

「ああ……、恐怖を与えたわ」

「え?!」

「間違えた、みんなで慰めたわ」

「間違えようなくない?!」

 

 そうか、無言摩擦術は吹雪型だけの儀式だったのだ。

 他の者には通用しない。

 

「なるほど、戦意高揚状態だったのね。調子悪いって聞いてたから思いつかなかったわ」

「ごめんなさい、あの娘情緒不安定なのよ」

「またそんな適当を……ところでここまで入ってこれたって事は、用事はそれだけじゃないんでしょう?」

「鋭いわね」

 

 そう、通行証を持たない一駆逐艦は工廠の内部に侵入する事は不可能だ。

 しかし偉い人のサイン入り書類を手に入れる事である程度までならお邪魔できる。

 そしてその書類を持っているという事は、それなりの理由があるわけで……。

 

「仮称『大和』の様子を見に来たの」

「うんうん、なるほど大和ちゃんね」

 

 ちょっと呼んでくるねー、といい再び小走りでかけていった。

 それにしても、仮とはいえ大和をちゃん付けとは、研究者という生き物は怖いもの知らずなんだなと思う。

 叢雲自身全ての艦を呼び捨てにしていることは棚に上げる。

 

 艦娘に艦種による序列はない、と訓練学校で教えられる。

 しかし、そんなものはただのマニュアルに過ぎない。

 実際は戦艦・空母が力を持っていて、次点が重巡、次は軽巡、あとは混戦といった様相を呈している。

 そのため駆逐艦は目上を敬う日本伝統に倣い、大体の艦を敬称で呼んでいる。

 叢雲はフリーダムを地で行く女の子なので、伝統には屈しない。

 

 

 

「お待たせいたしました、叢雲さん」

 

 りん、と空気が澄んだ気がした。

 登場だけでこれである。格が違う。

 

「元気そうね、安心したわ仮称『大和』」

「はい、お陰様ですっかり落ち着きました。……あら? 叢雲さんはあまり顔色が優れないようですね?」

 

 お陰様で、か。

 こんな大人な返事されたらこっちまで改まってしまいそうだ。

 それにしても、またも心配された。

 第三実験場はカウンセリング室に改装したのか、と普段通りの思考でやっぱり脳みそは改まらなかった。

 

「そんな事ないわ、快調よ」

「いえ、貴女には休息が必要です。こちらに来てください」

「何言ってんのよ、襲うわよ」

「来てください」

「……」

 

 子供扱いは不適当だ。

 駆逐艦は他の艦種に比べ、適正年齢が著しく低く設定されている。

 私としては二十歳の駆逐がいてもそれはそれでおいしいと思うのだが、世界が許さないらしい。

 で、周りと比べ低年齢、さらに体格・精神が幼い者が多い駆逐艦は、すべて一緒くたに扱われる事が多い。

 そのためか、この戦艦様は勘違いしている。

 私はそんなに、子供じゃない。

 

「あのねえ、あんまりお子様扱いされるのも嫌なものなのよ? ここは私の気持ちを……むぐ」

「そんなつもりはありませんよ。……あなたは疲れているのです。最近、いえ、皆さんから聞きましたよ? 貴女はずうっと、他の方の為に身を粉にして頑張ってきたと。少しくらいゆっくりしてもいいんですよ?」

 

 抱きしめられた。

 

「別にそんなんじゃないんだけど」

「ふふ、そうですか。じゃあこれは、私が貴女を可愛がっている。という事でどうでしょう?」

「……しっかり甘やかしなさいよね」

「はい」

 

 優しくされすぎた、ここに来るとダメにされそうだ。

 オカン顔負けのスーパースポイルゾーンだ。

 

「……それにしても、さすが、せんかんね。おおきさもやわらかさも……」

 

 最高ね、と言ったつもりだったが、どうも睡魔に襲われたようだ。

 ここ最近忙しかったからこれに抗うのは無理そうだな、と思い沈む様に寝入ってしまった。

 

「おやすみなさい、叢雲さん。それからありがとうございます。私をここまで連れて来てくれて……」

 

 叢雲の言うところの、仮称「大和」は叢雲が眠るのを見届け微笑んだ。

 

 その笑みは、どことなくぎこちないものだった。

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

「叢雲ちゃーん、ごめん! 大和ちゃんどっか行っちゃったみたいで……、あら?」

 

 叢雲に要請されて大和を呼びにいったが、どうやら行き違いがあったみたいだ。

 すでに大和は叢雲のもとに居り、叢雲を優しく抱きとめていた。

 ――抱きとめて?

 

「え、なにやってるの?」

「夕張さん? しー」

「あ、はい、ごめんなさい」

 

 思わず謝ってしまうほどの可憐な動作でこちらを諌めた。

 なるほど、これが魔性とか言うフェロモンか、と夕張は思う。

 

「えーと、叢雲ちゃんおねむですか?」

「ふふ、可愛がっているだけですよ」

「?」

 

 なんのこっちゃ、とはいえ叢雲はここずっと忙しなく根を詰めていたので良い機会だ。

 少しの時間でも休んでほしい。

 

「私が来てからというもの、叢雲さんは鎮守府や委員会の方から何度も詰問され、膨大な量の報告書や始末書を督促されたと聞きました。……申し訳なく思います」

「て言っても、大和ちゃんが悪いわけじゃないんだけどね」

 

 軽く言ってみたが大和は思いつめたような顔を崩さない。

 

「いえ、本来ならば私は、あの海で沈められていてもおかしくはなかったのです。それなのに叢雲さんは、私を『大和』だと理解してくれました。……自分でさえ、私が何者なのかわからなかったというのに」

 

 そんな私を助けてしまったばかりに、身を削っているのです。と大和はうつむきそう言った。

 

 吹雪哨戒隊の哨戒任務から数日が経った。

 本来はその必要はないけれども、磯波の件があったため報告書をちょっと拝借した夕張はそれらに目を通している。

 それ故にある程度の事態は把握済みだ(ちなみに報告書は何故か厳重に保管されていた)。

 

 なんでも、叢雲が班長を務めたチームβは「深海棲艦と同じ波長」をした大和と出くわしたという。

 そのため無線は強制的にロックがかかり、それを見た叢雲は深海棲艦が出現したと勘違い。

 チームβに対水上戦命令を出したそうだ。

 

 全弾命中。

 

 褒められるべきスコアだが、いかんせん相手が悪かった。

 いや、これは相手が良かったと言うべきか。

 着弾したものの装甲を抜く事が出来なかったのだ。

 「さすがは戦艦、駆逐の砲ではビクともしなかった」と報告書に記されていた。

 

 発砲後異変に気がついた時雨が意見具申、その後叢雲はその相手が大和だと判断したのだ。

 これらの要因が重なり大和は一命をとりとめたが、叢雲に恩だけでなく負い目も感じているらしい。

 

 この報告書、読んでいて不可思議な事が多過ぎると夕張は思った。

 これでは上の人間も根掘り葉掘り聞くだろう。

 まず第一に、チームαが遭遇した謎の「全裸艦」、次に出処不明の「大和」だ(ちなみにこちらも全裸で登場したらしい)。

 謎が謎を呼ぶ。

 また鎮守府・委員会的には、攻撃前に何故大和だと気づかなかったのか、攻撃後何故大和だと気づいたのかも気になるらしい。

 そんなもの戦場の勘とか、そんなものだろうと夕張はあきれたものだ。

 

 叢雲に聞いても、こんなものわかるはずがないのに、双方ご苦労な事ですね。と明石も笑っていた。

 

「うーんでもさ、艦娘って結構ハードワークだから、こんな事まあよくあるよ? そんなに大和ちゃんが思い悩む必要はないって」

「ですが……」

 

 重症だ、こうなったら言っても聞かない。

 ならば悩みの払拭ではなく、献身を提案しよう。

 

「わかった!」

「? なにがでしょう」

「こうしましょ! 貴女は定期的に叢雲ちゃんとお話ししてあげて? この娘あまり甘えられる相手がいないみたいだから、今度からそうやって優しくしてあげて、ね?」

 

 叢雲は大人な方だ。

 それは駆逐の域を出ないものだが、そのコミュニティの中では十分過ぎる役割を持つ。

 普段の言動がアレだが実際は頼られる事が多い。

 また駆逐艦以外からは、ちゃっかりクールビューティだと思われがちなので、お姉様方も甘やかす事はほぼ無い。

 夕張が知る限りでは、かろうじて古鷹が気にかけているくらいだろうか。

 しかしそれも駆逐艦と重巡洋艦の特性上、活動圏が異なるので会える事は少ない。

 

 精神的な疲労は、何かしらの形で取り除く必要がある。

 叢雲にはその機会が圧倒的に足りていないのだ。

 

「なるほど! それは良い案ですね!」

「うえ?! んなに?!」

 

 がばっと立ち上がる大和だが、それにつられる形で宙に浮く叢雲。

 大和に抱きかかえられているので問題はないが(ちなみに膝の上で横抱きにされていた)、危なっかしい。

 

「ち、ちょっとお! 危ないじゃない! 突然立たないでよ!」

「叢雲さん! とても良い提案がございます!」

「……聞いちゃいないじゃない」

「きっと気に入って頂けると思います!」

「その感じは良くない前触れね」

 

 と、叢雲は夕張に視線で助けを求めた。

 ただ事の発端は夕張自身なので苦笑いするしかない。

 

「叢雲さん! 好きです!」

「ぶはあ!」

 

 あ、噴き出した。さっきもどこかで見たなこれ。と他人事だと思い楽しむ夕張。

 

「と、突然何よ?!」

「これからドライブに行きましょう!」

「何言ってんの?!」

 

 懸念は多い。

 

 まあ、なるようになるだろう。

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

報告書

 

吹雪哨戒隊ニヨル鎮守府近海哨戒作戦ニツイテ

 

一部抜粋

 

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(3) 遭遇シタ二隻ノ不明艦ニツイテ

 本作戦海域で遭遇した二種類の人型を本報告書内において、それぞれ仮称「戦艦棲姫」と仮称「戦艦大和」と呼称する。

 これらーー

 

------

 

viii) 仮称「戦艦棲姫」ノ呼称ニツイテ

 本人型を仮称「戦艦棲姫」と呼称したのは、実際に戦闘を行なった者が感じる精神的ストレスから判断したものだ。過去、戦闘・非戦闘状態に関わらず、戦艦棲姫と対峙した者は誰であれ、「酷く喉が焼け付く」「寒気」「緊張感」「身体の硬直」を覚える。また、それが艦娘の場合、それらに加え「艤装の異音」「一時的な妖精の未顕現」が発生する。

 さらにーー

 

------

 

xi) 仮称「戦艦大和」ノ呼称ニツイテ

 本項目において、現存する艦娘「戦艦大和」についての説明は省略する為、『人型艦艇兵器-戦艦項第一頁』の参照を推奨する。

 本人型を仮称「戦艦大和」と呼称したのは、単に敵性艦との視覚的類似点が無く、相貌が過去に作戦を共にした艦娘戦艦大和と類似していたからである。

 

------

 

 

 

 

(18) 所見

 仮称「戦艦棲姫」と仮称「戦艦大和」の類似点は現在、戦艦である事と全裸だった事以外には見受けられない。

 両者の関係性は未だ不明である。

 

 

 

 

 

------

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 昼、横須賀鎮守府中庭の錆びれたベンチ

 

 叢雲は一人でいた。

 

 非常に疲れた。

 可愛い女の子は好きだが振り回されるのはいまいちなれない。

 

「あいつ結局、私にどうして欲しいのかしら……」

 

 あの後、お姫様抱っこで鎮守府中を連れまわされた。

 ヤロウ、感情表現が過激すぎる。恥ずかしくて死ぬところだった。

 

「まったく夕張にも参ったわね、変な提案しくさりやがって」

 

 今日は口が悪い。

 ああ、困ったものだ。こんな日は駆逐と戯れて過ごしたいが、いかんせん先ほどのことがある。

 バカにされて結局はストレスだろう。つらい。

 

 こんな日に限って非番であるからする事もない。

 思春期に突入する前から戦闘一筋なので暇の潰し方も知らない。

 そんな事するくらいなら敵を潰す練習をしていたのだ。

 嘆かわしいったらない。

 

「暇ねえ」

 

 どうしようもないな、と思い心傷を払ってでも駆逐のもとに行こうかとしたタイミングで、

 

「よう! お姫様!」

 

 絡まれた。

 

「……天龍、そう思うなら傅(かしず)きなさい」

「あいも変わらず、先輩に敬意ってもんがねえな」

「暇なのよ、精一杯もてなしなさい」

 

 はいよー、と返事をする天龍。

 彼女は天龍型軽巡洋艦一番艦「天龍」だ。

 主に遠征とお守りを得意とする旧式勇猛イケメン艦とはこの人である。

 

 どかっ、と叢雲の横に腰かけた。

 

「おめーも大変だったみたいじゃねーか、ええ? 何だっけか? 敵の本拠地壊滅させたんだっけか?」

「終戦しちゃったじゃない……」

 

 事実誤認にも程がある。

 とんでもない武勲だ、末代まで食っていけそう。

 

「そうじゃなくて、ちょっと大和を釣り上げてきたのよ」

「坊ノ岬まで行ってきたのか……」

「本物じゃない」

「でも今は木っ端微塵のはずだろ? 後釜は宇宙にいるんだから」

「レーザーは撃たない」

「まあなんにせよ流石叢雲だ。伊達に俺のお古装備してねーな!」

 

 と言い、頭をめちゃくちゃに撫でられる。

 お古、とはそのままの意味だ。「叢雲」と天龍型は親和性が高く、「叢雲」適正者は成長と共に天龍型に移行することが多々ある。

 現横鎮天龍は数年前まで「叢雲」だった。正直想像がつかない。

 そう思い以前写真を拝見したが、うん、現叢雲と似ていた。

 

 つまりは叢雲も、このまま戦死しなければ天龍やその同型艦の「龍田」になる可能性が高い。

 

「私も将来は天龍か、眼帯は新品がいいわね」

「はは! 違いねえ!」

 

 ものもらいとかあったら大変だしな、と変にリアルな心配をする。

 まあその通りなのだが、口にされるとなんか嫌だ。

 

「というかお前は、俺より龍田になると思うぞ、なんか似てるしな」

「そうかしら?」

「ちょっと語尾間延びさせてみろよ」

「ええ? ……天龍ちゃ〜ん、甘いものが食べたいわ〜」

「全然似てねーわ」

「あんたね」

「飴ちゃんやるから許せよ」

 

 甘味食べたいと言った手前、断るのもあれなので許す事にした。

 

「ちょっと、これハッカの飴じゃない」

「おう、嫌いか?」

「嫌いよ」

「俺もだ」

「あんたね」

 

 良い暇潰しと在庫処理ができたぜ、と言い立ち上がる天龍。

 

「え? もう行っちゃうの? まだお姫様っぽい事されてないんだけど」

「あ? 仕方ねーだろ、これから遠征なんだよ」

「そんな、天龍王子様にフラれるなんて」

「ヤマト王子にでも相手してもらえ」

「高速移動しそうねそいつ」

「暇だからって酒飲まされるなよ」

 

 お前どうせ飲めねーんだからな、と言ってとうとう去って行った。

 

 

 

 

 よくよく思うと天龍は私を心配して話しかけてきたのかな、と考える。

 本当に面倒見がいい。

 将来は保育士とかが向いてる。

 お試し入園とかあったらお世話になろう。私が。

 

「そんな事したらさすがの天龍も白目むきそうね」

 

 泡とか吹いちゃうかもしれない。

 

「あら〜叢雲ちゃ〜ん」

「あ、龍田じゃない。なによ、天龍型コンプリートしちゃったわ」

「何のことかしらぁ?」

 

 そうそう、このおっとり間延び感。

 私にはこれが足りていないんだ。

 

「あらぁ? 私の顔に、何かついてるかしら?」

「いや、そういう事じゃないのよ」

 

 じっくり観察してみよう。

 そうする事で龍田の真髄がわかるかもしれない。

 将来は龍田になるんだ、今決めた。

 

「……」

「……」

 

 本当は、まじまじと見れば顔の一つや二つ赤らめるかな、と思っての行動だがピクリとも反応しない。

 マグロかな?

 

「今日の天気は良くないわね〜。太陽にかかる雲、死滅しないかしらぁ」

「え」

 

 今日の天気は曇り。

 雲の性状は高積雲だ。

 俗に言うひつじ雲、またの名を叢雲と言う。

 

「……そんな考え、良くないと思うわ」

「気にくわないものはヤるべきよ?」

「そんなニコニコして言わないでちょうだい……。謝るわ」

「わかれば良いのよぉ」

 

 よいしょ、と可愛く座った。

 ええ……、距離が近すぎる。

 

「射程内って感じね」

「貴女はいつも反省しないわよね〜」

 

 天龍型の二人はいつも我々駆逐を気にかけてくれる存在だ。

 天龍が飴なら龍田はモーニングスター。

 

「私も傷つくのよ?」

「ごめんなさい」

 

 あら〜素直な娘は好きよ〜、といって頬をめちゃくちゃに撫でてきた。

 天龍と違い猫の手で揉む様に優しく、これが女子力とかいう謎フォースなのだろうか。

 

「フォースとパワーの違いってなに?」

「いっつも唐突ねぇ」

 

 今度調べてくるわね、と次回のデートの約束を取り付けた。

 

「そういえば私、龍田になる事にしたのよ」

「あら〜」

「便利な返事ね」

「大抵のことが何とかなるわぁ」

「あ、さっき飴貰ったのよ。あげるわ」

「あら! 嬉しいわ〜……ハッカの飴じゃない」

「あら〜」

「……」

 

 めっちゃ見てくる。

 何とかならなかった。

 

「……これから『軽巡は気に入らない駆逐を毎日24時間遠征に連れて行く』っていう噂を駆逐寮で流して欲しいわぁ」

「残念だけど駆逐は嘘の御触れは出さないわよ」

「いいのよ〜?」

 

 これから本当の事になるんだから、とまた怒らせてしまった。

 

「あー、冗談はさておき、本当に龍田になろうと考えてるのよね私」

「冗談ね、ふーん……。まあいいわ〜、それで龍田ねぇ」

「嫌なの?」

「嫌って言うかぁ……」

 

 なんだそのタメは、気持ちが急くじゃないか。

 散々龍田を怒らせておいてアレなのだが、ここで嫌と言われると悲しい。

 

「無理に艦娘を続ける必要はないのよ?」

「え?」

「そうねぇ、貴女にとって艦娘として生きていく事は当たり前になってるのかもしれないけれど、普通の女の子として生きてもいいのよ?」

「……今更そんなこと言われても困るわ。これしか知らないんだから」

「不器用ね〜」

 

 そうは言っても艦娘は多くがそんなものだろう。

 艦娘の適正試験が志願制で半強制的という話には続きがある。

 

 試験を受ける少女の三割はホームレスだ。

 深海棲艦により土地を、家を、家族を焼かれた者が食っていくために試験を受ける。

 この制度は、実際にはある種の救済処置として稼働している面を持ち合わせている。

 またもう一割は、家はあるが稼ぎがない生活をしていた者たちだ。

 つまり嫌々志願する者もいれば、藁をも掴む思いの者も一定数いる。

 

 現実は厳しい。

 

「そもそも帰る場所がないわよ」

「つくればいいのよ?」

「どうやって?」

「大工さんになるとか?」

「そこから始めるの?!」

 

 家づくりから考えるのか。

 というか大工になってるっていうか、手に職つけてるならすでに居場所があるって事なんじゃ……。

 

「あら〜? 冗談を真に受けるなんて、今日は本当に調子が悪いのねぇ」

「なによ、みんなそろって私をまるで病人扱いして、そんなに看病したいの?」

「みんな母性本能が大爆笑してるのかもね〜」

「……くすぐられるって言いなさいよ」

 

 どういう表現だ。そんな本能、狂気の沙汰だ。

 

「ふふ、まあ艦娘を続けるかどうかは、今後よく考えていくといいわぁ。何も生き急ぐ必要はないのよぉ?」

「ふーん……そう。そうね、大先輩が言うんだもの、焦らずいく事にするわ」

「良い子ね。あ、そうだ〜、そんな良い子にはお菓子をあげるわね〜」

「ハッカの飴ならいらないわよ」

「チョコレートだから安心して良いわよぉ」

 

 はいこれ、と言って渡されたチョコレート。

 さっそく食べてみた。

 

「にが! え?! 何これにがい!」

「カカオ90%以上って書いてあるわねぇ」

「それチョコじゃないじゃない!」

「あら〜? 嘘つき呼ばわりするのぉ?」

「だってそれ、ほとんどカカオでしょ?!」

「あら〜」

 

 良い暇潰しと在庫処理ができたわ〜、と言い龍田は席を立ち、いたずらが成功した子供のようにうきうきしながら去っていった。

 

 

 

 

 天龍型の二人が何をしたかったのかと言うと、普段弱みを見せない叢雲が珍しく参っているから様子を見にきたのだろう。

 その結果が甘くないお菓子詰合せとあっては、結局何がしたかったのか叢雲には不明だ。

 まあ面と向かって優しくされるのはこっぱずかしいので、これでよかったのかもしれない。

 

「何かこう、中途半端に優しくされるともっと優しくされたくなるわね」

 

 全然よくなかった。

 脳みそが優しさを求め始めてしまった。

 

「久しぶりに古鷹に会いたい」

 

 何に気兼ねする事なく甘えたい。

 考えれば思いは止まらず、どうしようもなくなってきた。

 

「よし! 古鷹、今行くわ!」

 

 重巡寮へ、いざ行かん。

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 ややあって重巡寮に到着した。

 思い立ってから2時間後のゴールインだ。

 

「……なんなのかしらあいつら」

 

 道行く艦娘が叢雲をナンパしてきたのだ。

 どいつもこいつも面白い話をしやがって、先に進めないったらない。

 

「みんな気を使いすぎよ」

 

 なるほどこれが大和の提案か。

 鎮守府を間抜けな顔で行脚した結果、みんなに心配され優しくされた。

 子供扱いは妥当じゃないが、気持ちは嬉しい。

 

「さてと、どうやって侵入しようかしら」

「寮監の目を盗むならここよ!」

「ひっ」

 

 突如としてお忍びをぶち壊したのは妙高型重巡洋艦三番艦「足柄」だ。

 

 彼女は一時期、カレー屋さんの広告塔になったことがある。

 そのため熱狂的足柄ファンの間ではカレーを食べるのがブームとなったのだが、まあ、平和な頃のカレーと比べると内容物が貧相なので飲み物感が凄いやつだ。

 

 それと「足柄」という艦娘は基本的に勝利への渇望が凄いので、それと併せて「カツカレーお姉さん」との印象が強くなった。

 ダジャレだ。

 

「驚かさないでよ、もう!」

「あら? ごめんなさい。うだうだしてる様に見えたからついね」

「別にそんな事ないけど……」

「そお? じゃあ抜け道も必要ないかしら」

「それは知りたい」

 

 基本的に駆逐と重巡は仲良くする機会がないので、足柄がどんな人なのか叢雲は知らない。

 ただ、教えてくれるというのなら誰であろうと聞いておくべきだ。

 親切を無下にする事はよろしくない。

 

「この道を真っ直ぐ行くのよ」

「なるほど、ここは盲点だったわ。こんな抜け穴があったなんて」

「ええ、寮監の部屋に直行よ」

「何でよ!」

 

 どうしたこいつ、乱心キャラだったのか?

 抜け道を聞き出そうと思ったら営倉への近道を示されてしまった。

 

「え? 直談判して勝った方が我を通すんじゃないの?」

「じゃないわよ……」

 

 目、盗んでないじゃないの……。

 

 これが重巡寮か、自分で言うのもあれだが叢雲自身アレな性格していると思っていたが……。

 格が違った。

 ここはやばい。

 

「そうなの? じゃああっちの道が……」

「いや、いやもう平気よ。今天啓が降りて来て私にしか見えない道ができたから」

「便利な道なのねぇ」

 

 とぼけた顔して言ってるが、まさか信じたわけではあるまいな。

 

「あ、そうそう、あそこの部屋なんだけどね?」

「……次は何かしら」

 

 またとんでもない奴の部屋なんだろうか。

 ちょっと面倒だ。

 

「あの一階の角部屋、最近古鷹の部屋になったわよ?」

「足柄だいすき!」

 

 変わり身が近年稀に見る速度だ。

 足柄には足を向けて眠れそうにないとまで思っている。

 

「ふふん! そう、それでいいのよ? ……貴女が古鷹に会いに来たっていう事は知ってるから、みんな協力してくれるはずよ。寮監の目も、時間も、道も気にする事はないから安心なさい」

「……ん? え? ……何で知れ渡ってるのよ?!」

「重巡には予知能力が有るのよ!」

「堂々と嘘ついて恥ずかしくないのかしら?」

「冷たいわね。感情の揺れ幅大きすぎない?」

「ごめんなさい、このチョコあげるから許してほしいわ」

「あら! 美味しそうね、有り難く頂戴するわね。……にがっ! 何これにがいわ?!」

「予知能力はどうしたの?」

「そんなものないわよ!」

 

 ないのか、少し残念だ。

 駆逐には駆逐にしかない謎の能力が多数存在するため、他の艦種にもあると思ったのだが。

 

「はーにが、まったくもう、酷い娘ねぇ」

「悪かったわよ、謝るわ。ごめんなさい」

 

 ちょっと悪い事したなと思うも在庫処理ができてラッキーだ。

 この調子で残りのブツもやっつけよう。

 

「あ、そうだそんな酷い娘にも私は施しを授けるわよ」

「え、何これカツカレー?」

「紙袋に入れる奴がいたら仰天しちゃうわ」

 

 クッキー焼いたの、と足柄。

 彼女は飢えた狼との名誉だか不名誉だかわからない評価を払拭すべく、日夜イメージ戦略を行なっている。

 これはその一環だろう。

 

「やっと良いもの手に入れた。感謝するわ」

「物言いが尊大ね……。駆逐艦なのに、恐れるものはないのかしら?」

「そんなもの砲に詰めて飛ばしたわ」

「しっかり持っておきなさいよ」

「今頃敵の手に渡っているはずよ。許せないわね」

「貴女が押し付けたんでしょ……」

 

 それは置いといて、クッキーは正直ありがたい。

 他人の部屋に遊びに行くのに手土産を忘れてきてしまったのだ。

 さすがに甘くないお菓子セットを古鷹に渡すのは忍びない。

 

「他の人なら良いわけじゃないのよ?」

「え、驚天動地ね」

「驚きに対する免疫機能が死んでるんじゃないかしら」

「今のは足柄がカレーよりシチュー好きって言うくらいの驚きよ」

「私はそれに何て言えばいいの……」

 

 そんな事は断じてない。くらいには否定してほしかったのだがまあいいか、そろそろ古鷹のところへ行こう。

 

「……あー、そろそろ向かおうと思うの。道というか部屋教えてくれて、それとクッキーもありがと。助かったわ」

「はあ、まあいいわよそんな事。一応貴女達駆逐艦よりもお姉さんなんだもの、妹分のかわいい悩みの一つや二つ叶えてあげるわよ」

「そう言われると照れるわね」

 

 貴女の照れる顔をお駄賃として貰っとくわね。と足柄が言ったところで、井戸端会議はお開きとなった。

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

「あ、来た来た。叢雲が来る事はわかってたからお茶いれて待ってたんだよ。ほら、ここに座って? ふふ、どうしたの? 借りてきた猫みたいにして、いつもみたく甘えてきてくれていいんだよ?」

 

 いや、どうもこうも……。

 

「あんたいつ改二になったの?!」

「似合うかな?」

 

 似合うかなって……。

 この娘は古鷹型重巡洋艦一番艦「古鷹」だ。かわいい。

 

 古鷹は新しい制服をまじまじと見られる事に羞恥を覚えているのか顔に朱がさしている。

 制服自体は以前と大きな差は無いように見受けられるが、一変して肌色比率が減っているとわかる。

 この程度の変化では、もしかしたら不信心な古鷹信者は改二になった事に気がつかないかもしれないが叢雲は違う。

 古鷹第一人者としての自覚と自負を背負い、艦娘として生きているのだ。日夜、微に入り細に入り古鷹チェックを欠かさない事を肝に命じているため、当たり前のように気づける。

 実際は会えない日が続いているので脳みそに刻み込んだ古鷹を想起する事で日々の活動としている。

 

 で、だ。健全な古鷹ファンの一人としては、これで風邪を引く心配が減った事に安堵するし、不健全な古鷹ファンの一人としても大興奮だ。

 

 なんだそのインナーは!

 右腕から腹部、脚部太腿中程にぴっちりインナーを着衣しているため最高の気分だ。

 

 また左右で長さの違うソックスを着用しているため生脚と、インナー・ソックスのコントラストによる絶対領域の二つのお味が楽しめる素敵仕様。

 もう全身が光り輝いて見える。

 でかした工廠自由通行組! でかした!

 

 それと照れてる古鷹自体がそれはもうかわいい。

 とにかくかわいいので全てがどうでもよくなった。

 

「古鷹かわいい!」

「きゃっ! ふふ」

 

 思いきり抱きついた。

 

 

 

「で、改二になってどうするつもりなの?」

 

 少し落ち着いた。

 悲しくも目と脳が古鷹の変化に慣れてしまったようだ。

 冷静に考えてみると疑問やそれに付く問題がポンポン出てくる。

 

「死ぬつもりなの?」

「そんな事ないよ」

 

 改二とは、正式名称を「改造二号」という。

 通常の改造では到達し得ない領域に足を突っ込む手段だ。

 

 艦娘は一種「神」の領分にお邪魔している存在だ。これは深海棲艦と渡り合える事からもわかるが、人から逸脱しているためそういう事になっている。

 本来なら逆説的に深海棲艦と同じバケモノという話になるのだが、しかしバケモノと定義付けすると人聞きが余りにも悪いし、良くない影響がでるため「神」に仕立て上げられたのだ。

 

 これは制服概念の構築にあたり考えられた、「人工神霊構築計画」なる怪しいものを基盤としている。

 「神」とは、それを崇め奉る「人間」がいて初めて「神」となる。つまりはどんなものであれ「神」とひとたび認識・誤認されてしまえば「神」になれる。という暴力と見紛う論からなっている。

 計画については端折って説明したが、概要としては満点だ。

 

 で、話を戻すが改二になるという事は「人工神霊構築計画」に、より深く取り込まれ、人からかけ離れてしまうという事を指す。

 こうなると肉体における命の比率が下がり精神によってしまう。

 

 膂力はあがる、頑強さも跳ね上がる。

 しかし、ふとした拍子に「死にやすく」なるのだ。

 魂の拠り所、民衆からの信仰、星廻り、風水、六曜など本来ならば身体に作用しない様々な要素が突き刺さる。

 全てが悪転した時、それは逃れられない死となり、その身に降りかかるだろう。

 

「みんなを護りたかったんだ。叢雲、ただそれだけなんだよ」

「酷い献身ね。そんなもの、そのみんなで分け合えばいいのよ」

「とんでもない脅威に襲われた時、そのみんなと協力しても打ち勝てなかったらどうするの? ……誰かが、誰かがとても強く先導する必要があるんだよ」

「……その誰かなんて戦艦でも当てはめとけばいいじゃない、重巡の仕事じゃないわ」

「見てるだけなんてイヤなんだよ」

「その誰かが先導してくれるんでしょ? 一緒に戦えばいいじゃない! 何も目立つ所にあんたがいる必要ないでしょ?!」

「最期にその誰かを守ってくれる人は誰?」

「殿するやつなんて強いに決まってるわ、自分で自分を勝手に守るわよ!」

「私がその強い人になろうと決めたんだよ」

「……」

「ふふ、キミと一緒にいたからかな、口喧嘩がね、強くなってきたんだよ?」

「……知らないわよ」

 

 別に負けたつもりはないし、諦めるわけにもいかなくなった。

 

 確かに古鷹は死ぬつもりはないのだろう、しかし土壇場での躊躇はしない。

 それが仲間の危機ならなおさらだ。

 

「叢雲、キミが心配してくれるのは、今日会う前からわかってたよ。でもね? 私にも譲れないものがあるんだ」

「私にも、あるわよ」

「知ってるよ」

「絶対に死なせないから覚悟しなさい」

「わかってるよ」

「勝手に死んだら後を追うから楽しみにしてなさい」

「うっかり死ねなくなっちゃったね」

「うっかり死ぬな」

「わかってるよ」

 

 仕方がない、このままでは埒があかないので、今日のところはひとまず許してやろう。

 とりあえず死ぬつもりがないと言質をとったのでしっかり有言実行してもらおう。何が何でも。

 

 ちゃんと釘も刺した、情にも訴えた、イチャついた、よし、大丈夫だな。

 

「だいじょばねーよ」

「! え! いたの加古?!」

 

 突如として湧いて出たこの女は古鷹型重巡洋艦二番艦「加古」だ。常に睡眠することを目的として活動している。

 最近では寝る事よりも寝る場所の確保に熱を上げており、手段が目的になっている。

 

「最初からいたっつーの」

「全然気がつかなかったわ……。あんた一体いつから川内に弟子入りしたのよ」

「別に忍んでねーよ」

 

 適当言わせたら右がすっからかんだな、と適当を言う加古。

 

「……おい、いつまであたしらの大天使古鷹様に抱きついてんだてめー。抱きつきながら言い合いしやがって、喧嘩すんのかイチャつくのかどっちかにしろ」

「嫉妬は見苦しいわよ」

「違うな、あたしは世界を統治しているに過ぎない」

「なんですって」

「諦めろ、わかってんだろ。貴様は古鷹成分を摂取し過ぎたんだ。さあ、早く返却しろ良い子だから」

「私は抱き枕じゃないんだよ?」

「あ! 天女の御言葉だ! 一言一句聞きもらすなよ?!」

「任せなさい、この日のために速記を学んできたわ」

「でかした!」

「あのね?」

 

 加古は、少し喧嘩気味だった古鷹との仲を取り持ってくれたのだろう。

 これは艦娘によくある傾向なのだが、加古みたいな飄々とした者ほど面倒見が実は良いのだ。

 北上とか実はすごい。

 

「ところで叢雲さんよぉ」

「何かしら?」

「あたしには何かないのか?」

「お菓子の詰め合わせをあげるわ」

「そうじゃなくてさ」

 

 まあ貰うけど、と棚にしまう加古。

 よし。

 薄荷の飴とかにがいチョコとか、そんなもの好きな人間はきっといない。

 加古には悪いが、人類のために負の遺産を抱え込んで貰う。

 

「あたしを見て何も思わないのか?」

「天使には程遠いわね」

「よりエロくなったと思わないのか?」

「? あ? お、いつ改二になったのよ」

「反応うっすいな!」

 

 古鷹同様制服自体に大きな変化はない、ただ謎の布を身体に巻きつけている。

 

「誰に束縛されてるのよ」

「古鷹だ」

「なんですって?!」

「違うよ?」

 

 加古も改二になるとは、重巡は早死にしなければいけない法則でもあるのだろうか。

 

「殺そうとするな、あたしはただ古鷹のお守りをすべく後追いで改造したんだよ」

「さすが古鷹ファンクラブ会員番号二番ね」

「古鷹型重巡洋艦の名前をファンクラブにしないで……」

「自分で番号一番持ってくあたり狡(こす)いな」

「私これいじめられてるの?」

 

 改造二号、というか改造するだけでもかなりの工程が必要になる。

 それなのにここまで秘匿に物事を進められるのは異常だ。

 

「まあそもそも、重巡強化すんのにお前へのお伺いなんて必要ねーからな」

「もともと戦力の増強を進めていく方針だったんだよ。それをここ最近になって委員会が突然強行で執り行ったんだ。あまり知れ渡っていないのはそのせいだね」

 

 そうだったのか、委員会主導でそんな事をしていたのか。

 教えてくれればいいのに。

 

「何よ、じゃあ加古の後追いって嘘なんじゃない。舌ちょん切るわよ」

「そこは嘘じゃねーぞ」

「は?」

「あのね、叢雲……。その……」

 

 なぜか古鷹が言い淀む、はて?

 

「あー、戦力増強案は元からあった。でも誰がなるかまでは決定されてなかった。が、こいつは勝手に立候補して勝手に判子貰って来やがったんだ」

「とめなさいよ!」

「だーかーら! 勝手に進めたって言ってんだろ?! 実際あたしらもかなり参ったんだ。でも決まっちまったもんは仕方ねえ、だからあたしが餌付けして書類建造して改二になって見守る事になったんだよ」

「ああ……、そんな明け透けにいわないで」

「古鷹? ねえ、古鷹……。こっち見なさい」

 

 超至近距離にいるのだがちっとも目が合わない。

 首を無理矢理捻じりこちらを向かせ、向か……。

 

「諦めて私に怒られなさい!」

「ぐう、……はいぃ」

 

 無理矢理捻じ曲げた。

 

 誰にも言わず相談もせず独断で敢行した。

 挙句仲間にまで危険を背負わせるとは、こうなる事が想定できなかったのだとしても、簡単に許してはいけない事だろう。

 みっちり叱らねば。

 

「おい、それより先にさっさと古鷹から離れろバカたれ。次はあたしの番だ」

 

 何て事だ、私が先に怒られてしまった。

 まあいいか、今日はまだまだ暇なのだ。

 

 足柄から貰ったクッキーもある事だし、この後は彼女達と一緒に女子会と洒落込もう。

 

 そう思い立った叢雲は内心うきうきするのを抑えながら、古鷹への説教をはじめた。




2話目です。
叢雲がいちゃいちゃしてるだけの話でしたね。
どうでもいい話なのですが2月は馬車馬のように働け状態でお話作れないです。ぐえー
3月終わるまでには投稿したいですね。


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3話

これまでの『さざんかのように』

一話
吹雪率いる「吹雪哨戒班」は、ある日の哨戒任務で悪い噂の絶えない「ゆうれい」と出くわす。
実際に目撃したのは磯波ただ一人だが、噂が噂だけに酷く困惑し精神的にダメージを受ける。
そんな中、再び哨戒任務を言い渡された吹雪哨戒班は、人員不足を補うため時雨をメンバーに加え出撃する。
そして「ゆうれい」と二度目の邂逅をする哨戒班だったが、同時に戦艦大和とも相見える。
「ゆうれい」とは、そしてこの戦艦大和は何者か、叢雲の苦悶は続く。

二話
事務の冴えない男が吹雪型担当の、艤装検査点検及ビ修理担当係員こと艤検員になっていた。
叢雲はぶち切れるが現実は非情である。
落ち込む叢雲を見て、夕張はなけなしの年上力を発揮し叢雲をたらしこむ。
そこに仮称大和が現れ彼女も叢雲を甘やかす。
さらに大和の計らいで鎮守府をお散歩し叢雲のイメージアップを目論む。
その後色々あって古鷹とお茶した。


 あなたのように、綺麗になれない。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

「なあ、叢雲。ここをロビーって呼ぶの、そろそろやめにしないか?」

「何よ、そんなの私じゃなくて偉い人に言いなさいよ」

「お前に口利きして欲しいって言ってんだよ」

「なんでよ」

 

 ここは深雪が言うところの横鎮駆逐艦寮の一階ロビー、広さは実に四畳半。狭苦しい。

 

「なあ」

「何よ」

「ここ、ロビーじゃなくて通路だよな?」

「違うわよ、ここはロビー。太古の昔からそう呼ばれてるのよ」

「昔の人は、横文字を知らなかったんじゃないのか?」

 

 駆逐艦寮のロビーは、玄関口と奥の食堂に続く廊下の狭間に位置する。

 まあ、つまり廊下と言われると廊下です。と答えるのが無難な場所だ。

 

 しかし、ここはロビーなのだ。

 誰に文句を言われようと、誰に邪険に扱われようと、我々はロビーを正しく使用しているだけなので、堂々としていていいのだ。

 

「ちょっと2人とも! こんなところでくつろがないでよ!」

「あー、じゃまじゃま! こんな所に居座りやがって! ちったあ働いたらどうだ?!」

 

「ほら! また怒られたじゃねーか!」

「いいのよ、私たちは間違ってないわ。優雅にくつろぎましょ」

 

「「じゃま!」」

 

 ただロビーでお茶してるだけなのに、かなりの娘達に怒られている。

 ちなみに今の二人は朝潮型駆逐艦十番艦「霞」と白露型駆逐艦十番艦「涼風」だ。

 

「馬鹿なこと言ってないで、さっさとどきなさいよ!」

「みんな迷惑してんだぜ? さあ、どいたどいた!」

「ちょっと待ちなさい二人とも。……うーん、そうねえ」

「なによ」

「?」

「あんた達、もっとツンデレっぽく言って?」

「「知るか!」」

 

 ツンデレ鑑定二級を持つ私から言わせてもらうと、霞は言わずもがなだが、涼風も良い線いくと思う。

 この素材、より光らないものか。

 

「そういや叢雲も、初めは結構ツンデレだったよな。霞と変わらない感じだったろ」

「ああ、遠い過去の話ね。そんな頃もあったわね」

「いや、そんな前か? 二年前くらいだったと思うけど」

「さすがに二人も同じキャラがいたら、みんな食傷気味になっちゃうでしょ? 断腸の思いでツンデレを辞したのよ」

「そんな思いを持っていたのか」

「つらい選択だったわ」

「いいから!」

「どけって!」

 

 ところで二年を最近ととるか昔ととるかで老け具合はかなり変わると思う。

 叢雲は俄然若者なので過去の事としている。うん、心はぴちぴちギャルだ。

 

「ぴちぴちギャルなんて、今日日(きょうび)誰も言わんぞ」

「マジ? チョベリバー」

「チョベリバなんて、今の二十歳がギリギリ知ってるかどうかの言葉だぞ」

「え? 嘘でしょ? ……あ、ちょっと霞、片付けないでよ」

 

 強烈なジェネレーションギャップに打ちひしがれていたらツンデレが強制発動していた。

 ティーセットが片付けられ始めた。

 

「ああ、すまんすまん。自分らでやるから、ほんと迷惑かけたな」

「そう思うなら最初からこんな場所でお茶しないでよ!」

「わりー、こいつが原因なんだ」

「え、売られた」

「はあ、また叢雲なのね……」

「ほんと困った奴だな」

 

 最近、私の猫が亡くなったらしい。

 少し前なら、こういう場面は深雪が嘘を言っていると思われていたのに。なぜだ。

 

「ああ、そりゃあ、この深雪様が懇切丁寧にみんなの勘違いを一つひとつ地道に解いていったからだな」

「あんたなんて事を」

「ロビー活動ってやつだな」

「草の根運動の間違いでしょ」

「似た様なもんだろ」

「もう……、ビンタ!」

「「痛い!」」

「片付けなさい!!」

 

 霞にぶたれた。

 というかビンタって。

 まさか技名を叫びながら攻撃するとは、ヒーローに憧れる年頃なのだろう、きっと。

 

「いやぁ、そりゃ霞なりの優しさじゃねーのか?」

「どういう事だ涼風」

「突然叩いたら驚いちまうだろ? ふふん、霞はおめーさん達に構える猶予を与えたってわけよ!」

「なんですって……!」

「これがツンデレ……!」

「もうそれでいいから早くどいて」

「……突然叩いたら舌を噛むかもしれないだろ? そんな事になったら大変だ。ふふん、霞はおめーさん達に構える猶予を与えたってわけよ!」

「なんですって……!」

「これがツンデレ……!」

「涼風、あんた寝返ったのね?」

 

 あたいもお茶したくなった! と言い出した涼風を引きずりながら私達のティーセットを片付ける霞。

 お母さん力が高い。

 

「変な力考えてないでほんとに撤退しなさい! 怒るわよ!?」

「まだ怒ってない判定だったのか」

「仕方ないわね、ほんとに行きましょ深雪」

「二度とくんなよー」

「涼風、立場をふらふらさせるのは危険だぞ」

 

 いい加減、霞がマジギレしそうなのでロビーを出て行く。

 それにしても荷物を持ち込みすぎた。

 テーブルとか運んで来なければよかった。

 深雪と二人掛かりでようやく運べる物量だ。

 

「あ、おい叢雲よお。なんか落ちたぞ」

「あら? サンキュー。拾ってテーブルの上、乗せてくれる?」

「まったくもう! 持ち込みすぎだし散らかしすぎよ!」

「あー、反論できねーな叢雲」

「そうね」

「えーと、なになに? 『部外秘 仮称「戦艦棲姫」について』と」

「こらこら、あんたは読まなくていいのよ」

 

 いけない、重要資料まで散らかしていたらしい。

 

「あんた達ねえ……、大切なものなら、ちゃんとしまっておきなさいよ!」

「いやいや、あのな? 霞。こいつが悪いんであってだな? この深雪様は、なんにも落ち度はないんだぞ?」

「あんたのロビー活動って、もしかしてただ嘘をついてるだけなのかしら?」

 

 仮称「戦艦棲姫」の資料を見せろと言ってきたのは深雪だ。

 私は悪くない。

 

「あのねえ、見せるにしても場所を選びなさいよ! なんでこんな、廊下のど真ん中で広げてるのよ?!」

「ほらみろ! 悪いのはお前だ、叢雲! やーい!」

「それは違うわ霞。ここはロビーよ」

「いやあ? あたいも廊下だと思うぜ?」

「そんな……、みんなして私を騙そうっての?!」

「話を逸らさない!」

「はい……」

 

 資料をテーブルに乗せてもらいロビーを後にする。

 ……霞に怒られながら。

 

 

 

「いやー、良いご褒美だったな」

「あんたのせいでね」

 

 場所を変え、ここは駆逐艦寮二階談話室。

 広い。

 何と言ってもソファがある素敵空間だ。最初からここに居れば良かったのでは? と思わなくもない。

 

「いや、ほんとに何であんな所で資料見てたんだろうな」

「何てことはないわ、罵られたかったのよ」

「お前のせいだったんじゃねーか」

 

 本当は別に理由がある。

 吹雪と磯波が、現在取調べを受けているのだ。

 今朝方突然通達があり、そのまま連行。二時間経ち、いい加減戻ってくる頃だと思ったのでロビーに赴いた。

 その途中深雪に資料を見せろと言われたので一緒に長居してしまったのだ。

 

 なので深雪は、私がなぜあそこに陣取ったのかは知らない。

 まあ、通達の事は知っているはずなので、気づいていない事もないだろうが。

 

「そういえば、何で仮称『戦艦棲姫』なんぞのデータ見る気になったのよ?」

「勉強熱心だからな」

「え? 聞き違い?」

「毎日の予習復習は欠かした事がないからな」

「罪深い嘘ね……」

「潜水艦は轟沈しない艦種だ」

「初心者凡ミスじゃない……」

 

 ほんとは深雪スペシャルが何で避けられたか、気になったんだよ。と深雪は言う。

 

 何でもクソもない気はする。

 顔の前にハエが飛んでたら誰でも嫌だろう。

 

「酷くねーか?」

「叩かれなかっただけマシだと思う事ね」

「そもそもハエじゃないんだけど?」

「それで何かわかったの?」

「いや、資料からは何もわからんかった。たぶん、これ書いた奴はやる気がなかったんだと思う」

「書いた本人を目の前にしながら、ずいぶんな物言いね……」

「なんせ深雪さまの活躍があまり書かれていない。まったくもって困った奴だ」

「あれをそのまま書けっての?」

 

 前回の哨戒任務報告書は、だいぶマイルドに記してある。

 というかいつもそうだ。

 報告書とは事実を記すものだが、誰が見ても疑問を覚えないものにしなくてはならない。

 そのため、やれ深雪スペシャルだの、やれローリング・ソバットだのは書けない。書いたら事務が卒倒する。

 深雪の地道な嫌がらせがあるものの、叢雲は依然優秀な駆逐として認識されているのだ。

 

「変なこと書いたら私のイメージが崩壊しちゃうわよ」

「気にするところはそこなのか?」

「報告書見る必要が、そもそもあるわけ? 実物と対峙してるんだから、それより優秀な情報はないと思うんだけど?」

「なーに、客観的な視点が欲しかっただけさ」

「主観さえあやふやなのに?」

「さては嫌われてる?」

「愛してるわよ」

「はは、気持ちわりー」

 

 つれない娘だ。

 

「ひどい女ね。私なら私に愛してるって言われたら二つ返事でオッケーするのに」

「さては自己評価高いな?」

「正当評価のつもりよ」

「無自覚か、これはイラつくな」

「そんな事はさておき」

 

 報告書は、わかりのいい言葉で書かなければならないので、深雪スペシャルは突貫くらいで記している。

 

「吹雪と磯波、帰ってこないわね」

「そうだなぁ」

「今頃ひどい拷問を受けてるんじゃないかしら……」

「不穏すぎんだろ」

「まさか鞭で打たれてるんじゃ……!」

「国防軍は自衛隊が走りなんだぞ、そんな事するか」

「ろうそくを垂らされてるんじゃ?」

「プレイを始めるな」

「交ざりたいわね」

「そういうのもイケるのか」

 

 遅い、さすがに遅すぎる。

 これでは私でなくとも、あの二人が偉い人にエラい事されてるんじゃと勘繰っても仕方がない。

 

「そんなぶっ飛んだ思考するのは、お前だけだ」

 

 いい加減に帰ってこないと迎えに行った方がいいのではと考えてしまう。

 

「そんな事したら、お前もついでに調書取られるぞ」

「それは嫌ね……」

「だったら大人しく待つべきだな」

 

 待つしかない事はわかっているのだが、それだけでは暇すぎる。

 何か気の紛れるイベントはないものか。

 

「暇ってお前……、うっかり本音が出てんじゃねーか」

「なによ、あんただってそうじゃないの?」

「そうだけどよ」

「はーあ、仕方ない。仮称大和にでも会いに行こうかしら」

「お前って、あの大和さんのこと好きだよな」

「はあ?」

 

 何を言っているのか、何でもかんでも好き嫌いに発展させるなんて、子供じゃないんだからやめてほしい。

 

「私が好きなのは駆逐艦よ。誤解されるからやめてちょうだい」

「そっちのが問題あると思うぞ?」

「駆逐が同じ駆逐を好きなら文句ないでしょ?」

「そうだな、お前以外の駆逐が言うなら問題はないぞ」

「何よそれ」

「素直になっちまえよ。大和さん好きだろ?」

「誤解よ。私は可愛い娘ならみんな好きなの」

「より悪いぞ」

「その中でも一番可愛いのは駆逐なの」

「真顔で言うな」

「戦艦は身体的に差がありすぎて、嫉妬しちゃうからあまり好きじゃないわ」

「コンプレックスを感じる心があったのか」

 

 とまあ、冗談はさて置き。

 仮称大和に会いに行くのは、保護者監督としての役割を持っているからだ。

 事務に、「お前が拾ってきたんだから責任持ってお世話して」と言われている。それを果たしているだけだ。

 

「嘘こけ。必要日数以上、足繁く通ってんじゃねーか」

「……」

「好きなんだろ?」

「……もうそれでいいわよ」

「あ! 拗ねたか? 拗ねたか?! はっはーん、お前が感情を露わにするなんて珍しい事もあるんだな!」

「そんな事ないわ、この前もブチ切れて泣き喚いたもの」

「またそんなわかりやすい嘘を」

「……」

「?」

 

 深雪に吹雪らの出迎えを任せ、叢雲は工廠へ向かう事にした。

 保護者として与えられた役割は、週のうちに決められた時間の監視だ。

 

 今からの監視は、その時間を超過したものとなるが、そう、ただ仕事熱心なだけだ。それだけなのだ。

 

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

「夕張ー、いるかしらー?」

「いますー」

 

 工廠第三実験場第三プール前、夕張は書類を片手に機械いじりをしながらお昼を食べていた。

 

「あんた、忙しそうね」

「いつもはプールに浮かびながらだから、今日は穏やかなのよ」

「ああ、うん」

「その憐れむ目やめて!」

 

 憐れむというか、自分より忙しい人を見ると落ち着く。まあこの頃暇なので誰を見てもこんな感じだが。

 

「今日は何してるのかしら?」

「あー……、貴女が言うところの仮称戦艦棲姫のレポートを見てるわよ」

「私の書類大人気ね」

「あら? 他の人も見てるんだ。まあでも、そりゃあ見るよね」

 

 新種の敵艦だから、みんな気にしてるの、と夕張。

 確かに、今回会敵したヤツに限らず、新たに見つかった深海棲艦というのは、いろんな人からマークされる。

 どう倒せばいいのかを研究するのだ。

 そういう視点で考えると、深雪の言いも真面目なそれだったのだと気づく。うーん、勉強熱心。

 

「それから、深雪ちゃんの壊れた艤装を直してるわよ」

「え、またやらかしたのあの娘は」

 

 まさかスペシャルした時にこっそり破損させていたのか、それともその後の吹雪らに折檻されてた時か?

 褒めた途端にこれとは。

 

「ううん、妖精が深雪ちゃんの真似をして砲身捻じ曲げちゃったのよ」

「そいつとっ捕まえたほうがよくないかしら?」

 

 と言っても、妖精は生態が未だ不明な点が多いので難しいだろう。

 そもそも普段あまり姿を見せない。

 そのため、実在している事を疑問視する声もあるほどだ。

 

 彼(?)らとのファーストコンタクトは、比較的最近の事である。

 妖精は深海棲艦や艦娘と同時期に現れたというわけではないのだ。

 人類が負け越しているのを見兼ねた神様が寄越した神物ではないか、と言われるくらいには遅い登場だった。

 年数で言うと十年前、これは艦娘誕生から十五年後の事で、深海棲艦との邂逅からは十七年経っている。

 

 まあ二十年近く戦争してたら、誰だって手助けの一つや二つしたくもなるだろう。

 サンキュー神様。

 

「あとご飯食べてるよ」

「そうみたいね」

 

 言いながらフォークでピーマンを刺す夕張。

 

「ところで、仮称大和はいるかしら?」

「ああー……、大和ちゃんなら」

 

 と言い夕張はプールを指差す。

 

「今そこに沈んでるわよ」

「何でよ?!」

 

 潜水艦においては、「潜っている」と言うのが正しい表現である。海軍人はその辺をかなり気にしている。

 なので「沈んでいる」としてしまうとそれは……。

 

「平気なの?」

「うーん、多分大丈夫だとは思うんだけどね?」

 

 曖昧な返事しかしない夕張は、フォークでニンジンを刺す。

 

「なんかね? 坊ノ岬を思い出したいって突然言い出してさ」

「ノスタルジーに命掛けね」

「私は止めたんだけどね。戦艦パワーには勝てなかったのよね」

 

 どこか清々しく言う夕張、諦めが垣間見える。

 

 坊ノ岬とは、言わずと知れた戦艦大和の墓場である。

 それを思い出すとは、なんと言うかマゾなのだろうか? 自分が死んだ事を想起して何になるのだろうか。

 

「まあ、今日は叢雲ちゃんが来てくれたから安心ね。大和ちゃんをしっかり教育してあげてね」

「……ええー?」

「よろしくね」

 

 プールに沈まないよう指導するには、なんて言えばいいのだろう。

 いや、律儀にそんな事する必要もないか?

 

「とにかく、教育だか説教だかわかんないけど、何をするにもまずは仮称大和を引っ張り上げて欲しいんだけど」

「あはは……、奇遇だね。私もずっと、そうしてくれる人を待ち望んでるの」

「ずっと? ちょっと待ちなさい。あの娘どれだけ潜ってるの?」

「かれこれ……一時間くらい?」

「死んじゃうわよ!」

 

 急いで飛び込む……、よりも手頃な潜水艦娘を連れて来た方が確実だろう。

 今日の非番は……。

 

「潜水艦の娘って、ほぼ休みないじゃない!」

「そうなのよ! だから本当に困ってるのよねぇ」

「我が意を得たりみたいな顔をしない!」

「はい……」

 

 お前も気づいた? っていう感じの表情を浮かべる夕張を叩く。

 

「どうすんのよ!」

「い、いや! 落ち着いて叢雲ちゃん! 十分おきくらいに発光信号でやり取りしてるから!」

「あ、ああ、そうなの?」

 

 だから安全だと言う。

 それなら……、良いのか? 

 

「……。いや、ダメでしょ!」

 

 仕方がないのでプールに飛び込む。

 夕張をたたき込もうかとも思ったが、今日のどこか気怠げな感じからして、使えなさそうなのでやめておく。

 

「えいやっ!」

「あ! 叢雲ちゃん待って!」

 

 頭から突っ込む。

 夕張が何か言った気がするが、それどころではない。

 

 普通に考えて一時間素潜りしてたら死ぬ。

 もう手遅れかもしれないという考えが頭をよぎるが、とにかく潜る。

 

(何考えてんのよあの娘は!)

 

 発光信号なんて、ライトを付けっ放しなだけかもしれない。

 それが波に揺られてシグナルに見えるだけかもしれないのだ。

 急がなければ危ない。

 

 このプールの水深は四〇mある。

 普段何の実験をしているのかは知らないが、かなり深い。

 それからこのプールは円柱型だ。直径は十mしかない。加えて実験場自体が薄暗い事もあり、光が届かず底が見えない。

 

(ああ、坊ノ岬を思い出すってことは、当然底まで潜ってるって事なのかしら? 迷惑なやつね……!)

 

 一応訓練学校時代に潜水を習得してはいるのでなんとか潜れてはいるが、それでもキツい。

 

 時間にすると一分も経っていないだろうが、体感的にはかなりの時間を潜っている気がする。

 

(なんでこんなに深いのよ! ……あとどのくらい?!)

 

 壁面に近づき表示を見ると二〇と書いてある。

 ようやく半分か、つらいし、水の抵抗のせいか、身体が上手く動かない。

 

 しかし、なんだか必要以上に仄暗い気がする。

 こんなに、光というものは差し込まないものなのか? というか実験場なら、光ぐらいこうこうと付けておけと思う。

 

 二五の表記が真横に見える。

 寒くて震える。

 水が冷たすぎる。温水にするよう申告しなければならない。

 ……いや、こんなプールには二度と入らないので必要ないか。

 

 三〇の表記を横目に見る。

 もう真っ暗だ。

 一寸先が闇って感じがする。

 怖い。

 ここまで長々と来たせいで脚とかつりそうになる。

 結構頑張ったのだが、仮称大和はなぜかまだ見えない。

 この恥ずかしがり屋め、さっさと出てこい。

 

 三五の表記、が見えない。

 いや、いやいや。なにここ闇じゃん。

 さすがに変だ、暗闇すぎる。

 暗黒と言った方が適切か。

 

 無理だ、一度上に戻ろう。

 夕張に言って、ダイビング用の装備一式を借りよう。多分ここならそういうのもあるはずだ。

 志半ばだが、自分はよく頑張った。

 うん、戻ろう。

 

 まだ潜る気がある事に、自身で驚きながらも体勢を一八〇度回転し頭を上にあげる。

 

 瞬間、後ろ髪を掴まれる。

 

「がぼぁっ?!!」

 

 不意を、意表を突かれ息を吐き出す。

 誰だ、と思うもこんな事をするのは、この場ではただ一人だ。

 こらこら、仮称大和。

 殺すぞ貴様。

 

 半ばブチ切れ、掴まれた髪の方を睨みつける。

 

 仮称大和は、ここ最近スキンシップが過剰になっている。

 その事に対し、私自身もなあなあに済ませているので、今のもついやり過ぎてしまったのだろう。

 ……やり過ぎたという意識があればいいのだが。

 

(は?)

 

 睨んだ先には仮称大和がいるが、どうにもおかしい。

 

 裸だ。

 とはいえ、ここがプールだという事を鑑みるに、服を着ている自分よりかは正しいコーデだ。まあ着てないのだが。

 

 髪が黒い。

 大和という艦娘は、髪が明るい茶色になるはずだ、黒くはない。

 しかしこれも、光が充分に届いていないこの場だからそう見えるだけか。

 

 それから目の色が赤い。

 充血か?

 さらに肌が異様に白い。

 寒いから?

 

 見間違いだろうが、一般的な艦娘大和の像から逸脱している点が目立つ。

 

 そして一番異なる点は。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎!」

 

 水中で喋る事だ。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

 深海棲艦については、わかっている事の方が少ない。

 突如として現れ、殺し、奪い、また殺す。

 とても迷惑な通り魔だという事は判然としている。

 

 それから犯行動機についても明らかにされていない事がわかっている。

「クソみたいな言葉遊びだ」

「わかっていない事がわかっているなど、オシャレな物言いをしているつもりか」

「こんな事を言い出した奴はある日突然、なぜか金玉が爆発四散すればいい」

 とは艦娘のお淑やかな意見だ。

 

 ただし、現場レベルではさらに進んだ理解がなされている。

 内地にいては、到達し得ない情報だ。

 

 各種深海棲艦の出現マップ。

 

 地道な労働の結果、我々鎮守府、泊地、基地等は、彼奴らの行きつけの海をある程度把握する事ができている。

 これにより、既知の海域に出撃する際は、ある程度敵情を予測し装備に方向性を持たせる事が可能となる。

 

 だからか、準備が不足しがちな未知の海域の見知らぬ敵にぶつかると後手に回りやすい。

 後手に、というかいっそ壊滅寸前にまで追い込まれると言った方が適切だ。

 そのため観測隊や哨戒班などの消耗率は、それなりに高い。

 

 吹雪哨戒班は、こういった現実に身を置くも、上手くやっている。

 結成二年、欠員なし。

 功績高く、信頼あり。

 

 世界的に見ても、かなり優秀な哨戒班である。

 

 だから叢雲は、こんなところで死ぬつもりはない。

 

 

 

「!!」

 

 掴まれた髪を強く引かれる。

 もはやこれが仮称大和でないことは明白だ。

 では何かと言われると、深海棲艦だろう。

 

(なんで鎮守府のプールにいんのよこいつは!)

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎!」

 

 また何か言葉を発する。

 叢雲にはそれを聞いている余裕はない。

 どうせ「殺す」と叫んでいるのだろうとあたりをつけ、叢雲はげんなりとする。

 

 ーーー付き合っていられない。

 

 いられないが、相手には関係がない。

 

 正体不明の深海棲艦は、髪を離し両手を広げ叢雲の腰に手を回す。

 水中で身動きが取れず、また空気も吐き出しているため行動に精彩を欠き、良いようにされてしまう。

 

(冗談じゃ、ないわよ!)

 

 ぱんっ、と軽い発砲音がなる。

 音の出所は叢雲の手の中だ。

 

 艦娘は出撃時以外での艤装着装を、法により固く禁じられている。

 そのため自己防衛手段として、国防軍一般隊員と同様に拳銃を貸与されている。

 それが唸った。

 

(当たらない!)

 

 射出された弾丸は明後日の方向に跳び、壁にぶつかる。水の抵抗が大きかったのか、勢いがなく跳弾にはならなかった。

 

 深海棲艦は発砲により距離を置いたものの、依然として叢雲を捕らえようとしている。

 

(息が……)

 

 限界が近い。

 叢雲は意識が遠のくのを感じ始める。

 

(……やまと)

 

 名前のない深海棲艦が、叢雲の顔を冷たい手で無造作に掴み、その顔を近づける。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎」

(……)

「◼︎◼︎◼︎◼︎」

(……なによ)

「タ、ス、ケ、テ」

「!」

 

 唐突に、どん、と大きな発砲音が鳴る。

 

 撃たれた。と叢雲は思い、死を予感する。

 しかし、待てども痛覚は刺激されない。

 

(木っ端微塵にでもされたのかしら……?)

 

 痛覚の限界を超えるだけの損傷をしたのかと冷や汗をかく叢雲。

 

「叢雲さん!」

 

 どこからか、誰かの声が反響する。

 

「今、お助け致します!」

 

 幻聴だろうか、と思いながら意識が沈んでいく叢雲は、何者かの腕に抱かれる。

 

 どん、と再び大きな音が鳴る。

 今度は叢雲の傍で。

 

 そして叢雲はその身体が急速に浮上していくのを感じていた。

 叢雲を抱きとめるその腕は、深海棲艦とは違い、あたたかいものだった。




お久しぶりです。
なんとか3月中に作れました。
本当はもっと長くなる予定だったんですけど半分の分量になりました。
文章作るのサボったからです。てへぺろ


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4話

 初めて見る景色に、懐かしさを感じるのは何故だろう。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

 穏やかな風が吹き抜け、髪を撫でる。

 生臭さが吐き気を覚えさせる。

 音も無い静けさに、身を委ねる。

 踏みつけた赤に鳥肌が立つ。

 

 生きている者は私だけ。

 多分みんな死んでいる。

 

「何でこんなところに……」

 

 一歩進むごとに何かを潰す感触があり、恐怖する。

 しかし、立ち止まる事もなぜかできない。

 

「夢かしら?」

 

 夢にしては鮮明な光景だ。

 目が焼けるかと思う程の夕焼け。

 風に揺れる木々。

 地を這う影。

 

 だが、現実と言うには何か物足りない。

 

「……この足はどこに向かってるのかしら」

 

 両足は、自我と分断されているかのように歩みを進める。

 

 風景に見覚えはない、荒廃としている。

 ここは現実には存在しない場所なのかもしれない。

 

「困ったわね、早く帰らなくちゃいけないのに」

 

 歩き、踏みつけ、避けて、やっぱり踏みつける。

 私の足跡は赤く色づいている。

 

 足がちくりと痛む、よく見ると裸足であった。

 それならばこの足跡が、踏みつけたものを押し付けているのか、私の皮膚が破れて漏れ出したために付いているのか判別がつかなくなってしまった。

 いや、つかなくていいのかもしれない。

 

 景色は流れる。

 しかしどこまで歩いても街に生気はない。

 湿気を含んだ空気は気持ちが悪く、静寂がそれを後押ししている。

 空は紅緋に染まり美しく見えるが、その色彩のため地面との境界を失っている。

 建造物は内外の仕切りを失い、文明の退廃を促している。

 ひどい場所だ。

 

 そうしていくらか歩いたところで、一つの建物の前で立ち止まった。

 

「……対■■■■作戦立案室?」

 

 文字は潰されていて、いくつか読めない箇所がある。

 その建物は、建物と言うよりかはただの部屋に見える。道路に面したこの場所よりも、廊下に位置していた方が不思議はない。

 そして不可思議なことに、この部屋だけはかつての(といってもそのかつてを私は知らないのだが)雰囲気を損なってはいなかった。

 

「入れって事なのかしら」

 

 両足は未だ動かず、私が扉を開けるのを待っているかのようだ。

 まるで急かしているかのように無言を貫くその足に、とても耐えきれなかった。

 

「……ただの部屋ね、安心したわ」

「ここは血を見た事のない人しかいなかった場所なの」

「!」

 

 取っ手を掴み、えいやと開ける。部屋は至ってシンプルでただの会議室のようだった。

 中は血塗れで凄惨な様相かと思ったが、心底安堵する。

 

 部屋の中央まで勝手に進む。そして安心も束の間、背後から何者かに声をかけられた。

 振り向こうとするも、足に阻まれる。

 

「あんた誰? なんでこんなとこにいんのよ?」

「ここは作戦立案室よ。度重なる侵略に頭を悩ませる者が詰め寄る場所なの」

「そんな事は聞いていないんだけど」

「そして、積み重ねた努力が花を咲かせた場所」

「え?」

 

 目の前には、いつの間にか白板が設置されていた。そしてそこには、扉同様掠れた文字でこう書かれている。

 

「『人型艦艇兵器の作製について』」

「そう、人類はついに安全な兵器を手にする段階に至ったの」

「こんなしみったれた場所で計画されてたのね」

「彼らはこれまでの兵器とは次元を画する存在に浮き足立ったわ」

「……」

「そして生まれたのが、艦娘と呼ばれる化け物よ」

「化け物ですって?」

 

 艦娘の誕生は、戦争に押し負けていた人類が捻り出した希望の産物だ。化け物と呼ばれるいわれはない。

 

「あんたが誰だか知らないけど、失礼じゃない?」

「神と悪魔の違いは何かしら? 希望を与えるのが神? 恐怖を与えるのが悪魔? では、希望と恐怖をそれ足らしめる条件は何かしら?」

「なによ……、話通じないわね」

「人は願ったの、仲間の敵討ちを、人類の復興を、過去の栄光を」

「……」

「艦娘はそれに応えたわ。過剰なくらいに」

「……」

「でもそれじゃあ足りなくなったの」

「足りない?」

「人は熱望したの、敵に報復を、侵略を、惨殺を」

「……何か文句あんの? 訳もなく殺されたのよ、そりゃやり返したいでしょ」

 

 何を言いたいのだろうか、わからない。

 

「願った結果、与えたわ。それが希望なのか恐怖なのか、私にはわからないけれども」

「そりゃあ気前が良いわね」

「全てのものに本質を与えるのは人間よ。私たちは、その存在に意味を見出したりはしないもの」

「あっそ、ところで私も願い事があるんだけど」

「でも、そんな私たちでも区別はするの。心のある者は、人間とそれ以外に。そしてそれ以外は全てこう呼ぶの」

「ここから出して欲しいんだけど」

「化け物」

 

 ばたん、と扉が閉まり鍵が掛かる。

 

「神も悪魔も同じ存在よ。それなのに人は二つに分けたの。おかしいわね、どちらも同じ事をしてるのに」

「全然違うじゃない。なんで自分を害する奴を崇めると思ったのよ、良い事する方を重宝するに決まってんじゃない」

「私たちは、ただ与えるだけ。それに本質を与えるのは人間よ」

「さっきも聞いたわよ」

「ナぜ? なぜ二分するの? なぜ悪魔ト呼ぶの?」

「……どうしたのよ」

「ワタシがナにをしたというノ?」

「ちょっと……」

「なゼ? もとハひとツのそンザイいナのに、ナゼ……!」

「あんた、もしかして」

 

 言っている事がめちゃくちゃだ。道理がない。そしてこの独特な話し方は。

 

「モトハヒトツナノニ!」

「やっぱり、くそっ動け……!」

 

 深海棲艦で間違いないのだろう。

 丸腰で勝てる相手ではない、逃げなくてはいけない。

 しかし足を動かそうとするもやはり無反応だ。

 

「タスケテ!」

「……!」

「ワタシヲ、アイシテ……」

 

 視界がぼやける。

 まるでブラウン管の砂嵐だ。

 

 最後にかろうじて見えたその部屋は、血塗れで凄惨な様相に変わっていた。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

「夕張、重いわよ」

「叢雲ちゃん?!」

 

 目が醒める。

 腹の上に夕張が陣取っていた。

 

「重いわよ」

「え、二回も言うの?」

「仮称大和は?」

「ここに居ます」

 

 ここは、そう工廠第三実験場第三プール前だろうか。ん? 私はなぜこんな場所に寝転がっているのだろう。

 

「私なんで寝てるの?」

「一時的な記憶の混乱ね。大丈夫、すぐに思い出すと思うわ」

「記憶の、混乱……」

「何を見ましたか?」

「ちょ、大和ちゃん。今記憶の混乱って言ったじゃない、無理させないで」

「このプールで、夢で、何と会いましたか?」

「なに、と……?」

 

 聞かれても困る、靄がかかったように思い出せないのだ。

 とても大事な話をしていたような気がしないでもない。

 

「さっぱり思い出せないわ。悪いわね、病み上がりだから身体が無理したくないって言ってるわ」

「とにかく! 医務室に行きましょう。さ、歩ける? というかまずはちゃんと服を着ないとね」

「あら? 私全裸じゃない。二人してナニしてたのよ」

 

 まさか大変な事をされていたのではなかろうか、むむ、困った。

 こんな所で襲われるとは思いもしなかった。

 

「違うわよ! ええっと、簡単に言うとプールに素潜りしたから脱がしたのよ」

「……ますます不明ね」

 

 私は何を思って素潜りを……。

 寝る前の私は海女さんでも目指してたのか。

 

「……叢雲さん」

「何よ、覚えてないわよ」

 

 しつこいな仮称大和は、何か気になるのだろうか?

 

「……いえ、風邪をひきますから私に包まれてください」

 

 違った。

 でかい寝言だったみたいだ。

 

「ちょうどよかったわ、ここ工廠だから頭診てもらいなさいな」

「なぜですか? 風邪をひいてしまいますよ?」

「何に疑問を感じてるのかわからなくて恐怖を覚えるわ。話が通じないって怖いわね……」

「怖いのなら添い寝も検討します」

「肌身離さず逃さないつもりね?」

「雪山で遭難した時は、裸で抱き合うと良いと聞きます」

「夕張、暖房つけて」

「文明に頼り切ると、いざという時に己の能力を存分に発揮できなくなりますよ?」

「助けて夕張!」

 

 こいつまじか、何が何でも接触を諦めないとは。頑張りすぎ。

 

「はあ、もうこれ着て。ほら行くわよ」

「釈然としないわね、私が呆れられてるわ」

「そんな夫婦漫才見せられたら鬱屈するわよ」

「あんたも愛人枠で参加していいのよ?」

「不名誉すぎない?」

「そんな、叢雲さん不潔です!」

「残念な報告になるけれど、別にあんたも元から正妻ってわけじゃないからね?」

「え……」

「ショックを受けるな」

「私とは遊びだったと言うのですか?」

「真顔で聞いてこないで」

「私の46cm砲では満足しなかったのですか?」

「私には規格外すぎるわね」

「あんなに火を吹いていたのに……!」

「大破しちゃうわよ」

「では模擬弾でお遊びしませんか?」

「発言が下品すぎるのよ!」

 

 おかしい、仮称大和はこんな奴だったろうか? こんなクリティカルに下ネタ食い込ませてくるとは、何か心境に変化でもあったのだろうか。

 

「……えー? 二人ともそんなに仲良しだったっけ?」

「よく覚えていないわね」

「記憶が混乱しているそうですよ叢雲さん」

「やかましいわ」

「まあいいか、じゃあさっさと医務室行きましょ」

 

 ついに連行される。

 どうでもいいが、以前深雪に「お前といると行動が阻害される」と言われた事がある。

 その時は結構な物言いだと憤慨したものだが、まあ確かに無駄な所作が多い気はする。

 

「もっとスマートになりたいわね」

「これ以上痩せると死ぬわよ叢雲ちゃん」

「いま以上にあばらとかが浮いてしまうと、目のやり場に困ります」

「痩せるとかじゃなくって、あとあばらとか見るな」

 

 好きで骨格を披露しているわけではない。

 勝手に主張してくるのだ、こいつらは。

 

「しかし私は良いと思います。一般に艦娘『叢雲』の良さは、そのあばらとストッキングにあると聞きます。つまり骨格の自己主張は正当な『叢雲』の証です」

「その二点に正当性なんてないと思うんだけどなぁ……」

「私の身体つきは置くとして、タイツは夕張の罪よ」

「ええー……、私なの? というか罪って何よ」

「夏場クソ暑いのよこれ」

「あ、私もそう思うよ」

「同調するな」

「でも、『私』がその制服をあつらえたわけではないしねー」

「知らないわよ、知ってるんだからね? 『叢雲』の制服は『夕張』が作ったってこと」

「知らないのか知っているのか、お忙しい方ですね叢雲さん」

「うるさい」

 

 ほらこれだ。

 すぐに話が逸れてしまう。

 

「そうじゃなくて、私が言ってるスマートっいうのは、そうね……。あ、大和撫子目指したいってことよ!」

「すぐ無理を言うんだから」

「あら?」

「スキルを習得するには、原石を有していなければならないのですよ叢雲さん」

「追い討ち?」

 

 そんなに向いていないのか大和撫子。

 ちょっとショックだ。

 仮とはいえ大和に言われるとなると、もう望みは絶たれたのと同然ではなかろうか。

 

「それに、そんなものを目指す必要はないのでは?」

「どういう意味よ?」

「今のままが素敵ですよ。叢雲さん」

「はあ、そう。ありがと」

「すぐイチャコラするんだから」

 

 またも夕張に呆れられ、医務室を目指す。

 目指すのだが仮称大和はやけに距離が近い。

 脚が絡まって転びそうなほどだ。

 

「叢雲さん」

 

 と、私にしか聞こえないほど小さな声で、仮称大和は呼びかける。

 

「何よ、エロいこと言いたいならあとにしてよね」

 

 私も小声で返す。

 我ながら律儀な奴だ。

 しかしこういう事を出来てこそ、大和撫子はなるのだと思う。ローマは一日にしてならずというやつだ。

 

「ふふ、それも素敵ですね」

 

 なに、違うのか。ではいったい?

 

「作戦立案室のあの娘は、元気にしていましたか?」

 

 記憶が戻ってくるのを感じた。

 

 

 

  ■ ■ ■

 

 

 

 艦娘とは何者かと尋ねれば、普通の人は軍神だと答えるだろう。

 もしくはアイドル的役割を投影する者もいるはずだ。その成り立ちゆえに偶像主義なところも、まああるから。

 

 鎮守府や委員会的には、そのどちらもが正解である。

 それは人工神霊構築計画の考えに則っているからだ。神やそれに近しい高潔な存在だと不特定多数に認められる事は、艦娘をより強くする。

 

 だから、あの夢の女の「艦娘という化け物」発言はタブーだ。

 まあ奴は深海棲艦なのでイメージ戦略としては正解なのだろう。ただそれを現職の艦娘に行なって何の意味があるのか、と思わなくもない。

 内部崩壊でも狙っているのか? もしそうならば幼くして入隊した私には効果は薄い。今更艦娘や鎮守府に不信感を抱くとか抱かないとか、そういう段階にはいない。

 

 怪しさ満点だけど、まあいっか。

 そんな心持ちで過ごしている。

 

 つまり奴のプロパガンダは大失敗だ。

 きっと吹雪や磯波みたいなピュアガールには突き刺さるだろうが、私には少し手遅れだ。

 

「あんたは艦娘って何者だと思う?」

「あら? 難しい事聞くのね?」

 

 話し相手は長門型戦艦二番艦「陸奥」だ。あらあら十八禁系おねーさんである。

 今日はなぜか医務室で白衣を着ている。エロい。

 

 なんでも出撃がなくて暇だからバイトをしているらしい。艦娘に副業が認められているとは知らなかった。

 

「そうねえ、私は役者だと思ってるわ」

「役者?」

 

 なかなか独特な答えが返ってきてしまった。

 そのこころはいったい?

 

「そうよ、みんな私たちににいろんな事を望んでいるでしょ? それに応えるために自分を変える必要があると思うの」

「変える、ねえ。私そんな事した事ないわよ?」

「貴女はまだ若いから、そのありよう自体が望まれているのよ」

「ふーん、駆逐はわちゃわちゃ頑張ってるのが目の保養って感じかしら?」

「ふふ、有り体に言えばそうかしら?」

 

 そうなのか、なんだか舐められている気がしないでもないが、普通にしていればいいなら楽な役回りだ。

 

「じゃあ戦艦は? 白衣着てコスプレするのが役割ってわけじゃないでしょ?」

「戦艦に求められているのは圧倒的な暴力よ」

「物騒な奴らね」

「どれだけ悪い流れでも、その砲の一撃で全てを好転させる。……一種のカタルシスね」

「なるほど、スカッとしたいって事ね」

「あとは大物感かしら?」

「突然ふわっとしたわね」

「どっしり構えてた方が、頼りになるでしょ?」

「まあ、確かにね」

 

 なんだかそれっぽい事を説明してもらったが、聞いている限り独特な意見というわけではなさそうだ。

 

「でもそれって、みんな自然とできてないかしら? 誰も演じてる様には見えないんだけど」

「今のはつまり、見た目の話ね」

「見た目」

「確かに、艦としての振る舞いは自然とできてる娘が多い印象ね。でもそれは当然なの、艦娘の適正審査あるでしょ? そこでどんな艦種に向いてる性格か、っていうのも見てるそうだから」

「なるほど」

「意識して変えなくちゃいけないのは、見た目でも性格でもなくて考え方よ」

「考え方? いきなり息苦しくなったわね」

 

 品位を保つために高尚な思考でいろ。という話なのだろうか?

 

「例えば戦艦『長門』は、その真っ直ぐな性格に即した考え方が必要よね」

「んー?」

「方向性の話よ。真っ直ぐ悪い話されちゃ困っちゃうでしょ?」

「そりゃまあ困るわね」

「横鎮の長門は元から素直な女の子だったけど、ちょっと不真面目だったわ」

「へー、意外ね。想像つかないわ」

「矯正したのよ、『長門』に相応しくなるために」

 

 どれだけ自分を我慢できるか、という事か、やはり息が詰まる。

 

「……面倒じゃないの?」

「その窮屈さが、『役者』って事よ。艦娘は人々からそうあるべきだと望まれたのなら、そうあるべきなのよ」

 

 こちらの意思は考慮してもらえないの、と陸奥は言う。

 

「もしかして艦娘が神たる由縁って、そういうところから来るのかしら?」

「そうね、全ての神は望まれて誕生してるわ。望み通りにならない神は神ではないし、誰も必要としないもの」

「どっちが神だかわかんないわね」

「全てのものには、観測するべき存在が必要なのよ」

 

 また難しい事を言う。

 

「ところで、どうして突然そんなセンシティブな話をするのかしら。悩み事でもあるの?」

「……悩み事、そうね。あるわ」

「あら、じゃあお姉さんに相談してもいいのよ?」

 

 そう言い顔をぐっと近づけてくる。

 あー、これは青少年なら一撃で死に絶えそうな一撃だ。なるほどこれが戦艦の役割か。

 

「事の発端は私のおっぱいが小さいところから始まるわ」

「出発点の割に随分と壮大なスケールになったわね」

「それは私のおっぱいが小さいって言ってるの?」

「あらあら」

「……便利な返事ね」

 

 私も習得しようかしら、と思いながら叢雲は雑談に興じ始めた。




何とか書けました。書いて消してとか繰り返してたらこんなに日が空いちゃいました。次がいつになるかわかりませんがまあ多分、八月くらいには、うん。頑張ります。


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5話

前回八月くらいにはとか言いましたが、その次の八月が来ようとしていて自分ちょっとやばいなって思っています。前回からおよそ一年が経とうとしている……。とはいえなんとか生み出せました、難産でしたが読んで頂ければ幸いです!


私は全てを伝えられなかった。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

 ヒトロクマルマル、つまり午後四時。いい加減寝ているのも飽きてきた。

 とはいえ結局寝てはいないのだが、二時間はここに留まっていたのでそろそろお暇する。

 陸奥と大人な話で盛り上がったので大満足だ。

 

 というかずっと活動的だったので、なぜここに押し込まれているのか不明な状況であった。

 気絶したから安静にしててね、と夕張から口酸っぱく言われていた様な気がする。

 まあいいか。

 

 バイト中の陸奥に別れを告げ医務室を出る。雑談しているだけでも時給が発生する素敵なバイトだ、今度自分にも紹介してほしい。

 

「はあ、また工廠に行かなきゃ」

 

 何度も同じ場所に向かうのは億劫だ。

 徒労感がすごい。

 しかし、聞かなければならない事がたくさんある。

 と思った矢先。

 

「……あんたからこっちに来たのね」

「ええ、何度も御足労いただくのは失礼かと思いまして」

「殊勝な心がけね、感心するわ」

 

 仮称大和、会いに行こうとしたら迎えに来た。

 しかしこちらが流れを作って話を聞き出そうと画策していた手前、そのプランをぶち壊す様な真似はよしてほしい。

 

「あの娘は深海棲艦ではありませんよ」

「……は?」

「あの娘はもともとは艦娘として建造された娘です」

「なによ、突然嘘つくんじゃないわよ」

 

 突然のカミングアウトに戸惑う。

 あの女が艦娘とは、冗談がきつい。

 

「あら、私とした事が……、叢雲さんにこんなところで立ち話をさせてしまうだなんて。どこか落ち着ける場所に移りましょうか」

 

 どこに行ったってこれからするであろう話じゃ落ち着けないとは思うが、場所を整えると言うのなら従ってやろう。

 

「大和撫子なら余裕の二、三見せつけてこそよね」

「気概を口にした時点でダメです」

「見逃しなさいよ」

「では、参りましょうか」

 

 本当に見逃された。

 突っかかっているのにこんな対応をされると悔しい。

 

 

 

 鎮守府には様々な施設がひしめいている。

 軍事施設はもちろんのこと、商業施設や娯楽施設など雑多だ。

 これは幼くして軍属になった艦娘が、世間からズレないよう俗世のあれやこれを知っていくための処置である。

 と言うのが建前で、本当はただ単に家から出ずにショッピングを楽しみたかったりする。

 ちなみにこれら施設は一般公開している区画にある。公開理由は市民に軍を身近に感じてもらい、安心できる組織だと認めてもらうため……であるがやっぱり建前だ。

 軍だけいい施設整えていると悪目立ちしてしまう。

 あとショッピング楽しい。

 

「……結構良い店入るのね」

 

 仮称大和に連れられて入ったのは、一応一般市民も使える店舗だが、一見さんお断りであり矛盾とガチンコしてる料亭だ。

 

「あんた何でこんな所入れるのよ?」

「大和の顔は便利ですね」

「虚偽を申告したのね」

 

 艦娘は同じ名前の艦なら、なぜか大体同じ顔をしているのだ。

 仮称大和はそれを悪用したらしい。

 顔パスも無断複製の時代か。

 

「段々と人間臭くなって来たわねあんた。ちょっと前はおどおどしてるのが似合ってたのに、今じゃ悪女ね」

「したたか、とおっしゃってください」

「短期間でよくもまあ、言うようになったのね」

 

 一体何の影響か、仮称大和は性格の変化が激しい。

 

 そして私達二人は和装のよく似合う美人の店員に連れられ、通された席に着き顔を付き合わす。

 

「では、本題に入りたいと思います」

「待ってたわ」

「あの娘は深海棲艦ではありません」

「待ってほしいわ」

「まだ出だしなのですが……」

「最大のポイントだと思うんだけど」

 

 出だしからこれでこの対応という事は、もっとすごい爆弾を持っているのかこいつは。

 

「追々そのお話も致します」

「……まあ、そう言うなら今はスルーしてやるわよ」

 

 本当はぶん殴ってでも聞き出したいが、駆逐と戦艦じゃ地力が違うので軽くあしらわれておしまいだろう。

 悔しいが、断腸の思いで我慢する。

 

「そして私はヒトではありません」

「それは……、そうね気が付いていたわよさすがに」

 

 これは私だけでなく、鎮守府の者全員が気付いている事だろう。驚きはない。

 ただ、なぜ今その話をするのか、一応仮称大和が人間かどうかは鎮守府・委員会では審議中との回答がマニュアルとなっている。

 

 上がわざわざ保留している話をなぜ混ぜっかえすのか。

 

「ヒトではないなら、一体私は何だと思いますか?」

「さあ、わからないわね。サルには見えないけど」

「私は深海棲艦です」

 

 とんでもないことを言い出す奴だ。

 さすがに鵜呑みにできない。

 あのやばい女が艦娘でこいつが深海棲艦? わけがわからない。

 そもそもこんな所で自分は敵ですと公言されても挨拶に困る。殺してほしいのだろうか?

 

「あんたわかってないかもしれないけど、私も一応軍人だから、敵が居たらそれなりの対処はするし、こう見えて真面目ちゃんだから刺し違える覚悟って言うのも持ち合わせてんのよ?」

「ええ、存じております」

「余裕そうね。腹立つわ」

 

 仮称大和はにこりと微笑み私を見つめる。

 やめてほしい、やりづらい。

 

「そう言っても、理性を失わずに私の話を聞いてくださる叢雲さんはお優しいですね」

「私を獣か何かと勘違いしてんのかしら?」

「過去の防衛軍は、私を殺そうとしました」

「防衛軍ですって?」

 

 防衛軍は、様々な制約の多い自衛隊に変わり深海棲艦と戦うべく設立された組織だ。ややあって自衛隊と併合され国防軍になった。

 して、そうなるとその過去とは大分と以前の話になる。

 

「ああー、何か全然わからないわね。私頭良くないのよ、小出しにせずにもっと簡潔に言ってくれる?」

「……私は防衛軍が捕らえた深海棲艦の表皮を剥ぎ落とし、人間の皮を被せられて造られた存在です。しかし期待した結果を出す事が出来なかったので処分される運びになりました」

「……えぇ?」

 

 スリムに言ったつもりなのだろうが結局わからない。

 

「ん? それってつまり、ヒトじゃないけど完全な深海棲艦でもないってことじゃない……? 随分中途半端な奴なのねあんた」

「いえ、私は深海棲艦です。……それと人間でないとお気づきなら、深海棲艦だと予測されていると思っていたのですが」

「ああ、なんて言うか……、妖精とかと同類かと思ってた」

「そうですか」

 

 お前察し悪いな、みたいな顔で見ないでほしい。知るかそんなこと。

 

「ねえ、それってつまり……、偉い人はあんたの正体を知ってるってことよね?」

「はい、存じているかと」

「ふざけんじゃないわよ。そしたらあんたと密会してる私の立場が危ういじゃない!」

「ここで保身に走るんですか……」

「当たり前でしょ。世界で一番可愛い私の身が危うくなるじゃない」

「私がお護りいたします」

「より悪化する」

 

 まあ冗談は置いておくとしても、ここで仮称大和と会っていることは上層部には筒抜けだろう。

 普通にまずいのではないか?

 

「とは言え御安心下さい。人は密会にしてしまうから後ろめたさを感じてしまうのです」

「まあ、そうかしら?」

「なので叢雲さんと密室で二人きりになることは、すでに報告済みです」

「手が早いわね」

 

 根回しまで覚えたのかこの娘。

 しかし、本当に人間臭くなったものだ、だが、だからこそ深海棲艦だと言う発言は信じ難い。

 

「『人間臭くなった』と、感じるならば、それは私が人ではないことの裏返しでしょう」

「あー言えばこー言うわね」

 

 むむ、悔しい。

 口が達者だ。

 

「まあいいわ、仮称大和撫子の私はそんなみみっちいこと機銃でなかったことにするから」

「残党は私にお任せください」

「焼け野原でも作るつもり?」

「過去に作りました」

「……?」

 

 突然言われたから、なんだかわからなかったが話を元に戻したらしい。

 急転直下に流れを変えるのはやめてほしい。

 

「私は過去、建造に失敗したと判断されました。そして先ほども申した通り、結果を残せず処分される運びとなりました。私はその事を知ってしまい逃げ出したのです」

「……その時に放火でもしたの?」

「全てが憎く思えたのです。なので焼き払いました」

 

 建造に失敗して大和が出て来るイージーな世界なんて存在するのか? いや、違うのか、建造をしたら誤って深海棲艦が誕生したのだろう。

 この大和の話を推測するにそういう事になる。

 

 しかし、建造で深海棲艦が? 聞いたこともない。

 

「その辺りもちゃんと話しなさいよ」

 

 ええ、もちろん。と大和は答えたが、この調子では真相に触れる前に日付が変わってしまいそうだ。話をまぜっかえすのは少し控えよう。

 

「当時は現在よりも世間の、いえ世界の空気が張り詰めていたように思います。敵のことは一切が分からず、人は死に、食べるにも困り、眠ることすら安息にはならない……、常に一寸前よりも悪くなる世界に生きていました。それに加え、現勢の防衛軍は結果を出せないときます。嫌われていたのです防衛軍は」

 

 防衛軍について、艦娘が特別に知っていることは少ない。と言うのも防衛軍が存在していた期間はそう長くはなく、単に秘密にするような成果や悪行がなかったためだ。

 たった今、それが勘違いになりそうな雰囲気だが。

 

「嫌われる、という状況は非常に気持ちの悪いものです。そうなってしまうと取れる行動も限られます。開き直って完全に対立するか、……迎合されるために身を売るかです」

「その感じだと後者なのね」

「重要なのは何に身を売ったかなのです」

 

 少しずつだがわかってきた。切羽詰まった防衛軍は、国家国民に認めてもらう方法を模索していったのだろう。そこで様々な研究を重ね、あの「部屋」で艦娘を構想するに至ったのだ。

 そしてその過程で、大和の言う失敗が起こったのだろう。

 では身売りとは? おそらく非人道的な犠牲を払ったことの比喩だろう、深海棲艦をどうにか捕らえ、人とつなぎ合わせた。悪魔に魂を、といったやつだ。

 

「防衛軍は深海棲艦と取引をしたのです」

「え?」

「人の世界に存在するものでは勝機がない。そう判断を下した防衛軍は深海棲艦にアポイントメントを取りました。人が無理ならば、人外に頼る。発想の転換です」

「なによそれ、無茶苦茶じゃない…」

「ええ、そうです。叢雲さん、あなた方艦娘という存在は無茶の上に成り立っています」

 

 そう告げる大和の顔には、怒りとも呆れともつかない影が差していた。その表情に面を喰らった私は、大和に嫌われたのではないかと、肌に付きまとうような居心地の悪さを感じた。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

 ヒトナナマルマル、午後五時。場所は変わらず。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

「では、休憩にしましょう」

「……」

 

 大和はそう言い呼び鈴を鳴らした。呼び鈴、と言ってもファミレスに有るようなものではなく、本当に鈴だ。鈴を鳴らした。

 こんな鈴を鳴らす人間は見たことがないし、大和に至っては人ですらない(らしい)ので、有り体に言ってしまえば化け物が鈴を鳴らしたことになる。

 

 おそらく人類史上初、化け物が鈴を鳴らした場面に遭遇したことになる。

 ちょっと嬉しい。

 

「もう少し、歯に衣を着せて喋っていただけると……」

「あら、漏れてた?」

 

 はい、と大和。漏れていたらしい。

 失禁あり、と言った感じだ。

 

「知ってるかしら? 尿失禁には、実は種類があるのよ」

「存じております」

 

 存じるな、手加減をしろ。

 

「私の好みは溢流性尿失禁です」

「……なんで私の上をいく」

「叢雲さんの前立腺が大変な事になられた際はお任せください」

「お任せさせるか」

 

 何の申し込みだ、そもそも前立腺肥大に私はならない。

 

「大病を克服なされているのですね」

「前立腺なんて付いてない」

 

 溢流性尿失禁とは、前立腺が大きくなってしまい尿道を塞ぐことで起こる失禁だ。尿道が塞がれるということは、尿が出て行けないということだが、しかし無残にも尿は新たに生成される。膀胱をパンパンに膨れ上がらせるに至った尿は、是が非でも外に出たい……。

 そんな想いを募らせた尿が、溢流性尿失禁である。

 

「間違っているようで、……いえ、ううん」

「何よ、ちゃんと正しいこと言ってんでしょ?」

 

 まあ失禁の話なんてどうでもいい。今重要な事は呼び鈴だ。手を振って鳴らすタイプの呼び鈴だ。

 

「ねえ、何でそれ私に振らせてくれなかったの?」

「え? 使いたかったのですか?」

「当然じゃないそんなおもしろグッズ、爆音鳴らせてやるわよ」

「ダメです」

 

 ダメなのか、しかし見れば見るほど鳴らしたい。魔性の、なんか、アレだ。良さがある。

 

「地の文が適当になっているじゃないですか……」

「魔性のせいよ」

「言いたいだけでは?」

 

 ところで店員が来ない。こういう所は呼べばすぐ来るイメージがあったのだが……、ここに来る途中で事故にでも遭ったのだろうか?

 

「ここに来る途中で事故に遭うとは、災難が過ぎませんか?」

「事故なんてみんなそんなもんよ」

 

 まあ私は事故の何たるかなんて知らないけど。

 

「事故と言えば、私とあんたの出会いも事故みたいなものだったわよね。衝突事故よね」

「……ええ、そう言われてしまえば、そうですが」

「ん? 不満がありそうな面ね」

「いえ……、いえ、確かにそうかもしれませんね。運命の出会いとは、事故のようなものかもしれませんね」

「は?」

「えっ、ここで威圧されてしまうのですか?」

「たった独りで惚気るとか怖」

「叢雲さんと常に二人でいる計算だったのですが」

「私を巻き込むな」

「事故ですね」

 

 やかましい。自損でも起こしておけ。

 なんて話しているところで店員が到着した。

 店員、というかここだと仲居さんと言うのが相応しい装いだ。撫子感ある。

 

「おや叢雲さん、まだ諦めていなかったのですか?」

「史上最悪に私を傷つける疑問をぶつけるな」

「すみません、頼んでいました料理をお願いします」

「シカト? シカトを決め込むの?」

 

 仲居さんは注文を聞くと、そそくさと部屋を出て行ってしまう。

 そりゃそうか、まさか世間話をしに来たのではないのだから。まあ実は私もそうなのだが。

 

「山茶花、と言う花をご存知ですか?」

「さざんか?」

 

 無視をしたと思ったら突然なんだ、色んな話をするな、情緒不安定か。

 

「ええ、山茶花です」

「あー、悪いわね。あんたは知らないだろうけど、今の大和撫子は『軍艦道』か『戦車道』を歩むのがハイカラなのよ」

「そうだったのですか」

 

 信じるなよこの超弩級、嘘がつきにくくなるでしょうが。

 そもそも軍艦道なんて言ったら駆逐は軒並み歩めていない。菊花紋章なんて、飾っていないのだから。

 

「で? さざんかがどうかしたの? 名前くらいなら風のうわさで聞いたことあるわよ」

「叢雲さん、貴女たちの生き様は山茶花に似ています」

 

 貴女たち、とはおそらく「吹雪哨戒隊」のことだろうと、何となく感じた。

 

「……ふーんそう。そのさざんかとやらは、さぞかし綺麗に咲くんでしょうね」

 

 さざんかがどんな花なのか、残念ながら本当に知らない私なのだが、花に例えられるのは素直に嬉しく思う。

 花を見たときに感じる思いは、きっと誰しもが同じだろう。

 花を綺麗と思うのは、なぜなのだろうか。

 

「バラバラに散ります」

「あ?」

「……威圧」

 

 感動を返せ、生き様って散り際の話か。面食らった。

 

「私が言うのもなんだけど、結構な物言いね」

「悪い意味じゃありませんよ」

「…飛躍したとらえ方ね。そんな思慮深い脳みそ、拵えてないわよ私」

「全てを出し尽くしているのです。貴女たちは、惜しむことをしない。仲間のために、見知らぬ誰かのために、そして愛する人のために。その手を大きく開き、差し伸べ、手を取った者に心をひらりひらりと遺していく……。そしてその心は曲がることなく、謙虚に、ひたむきに進む。……そんな姿は」

 

 さざんかのよう。

 

 仮称大和はそう言った。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

 突然告げられた話だが実感はわかない。そもそもこの女にそんな良いように評価されるほど、私という人間を教えてやったつもりはない。

 でも、こいつに褒められたのは何となく嬉しい。

 

「ですので叢雲さんは『撫子』を目指す必要なんてないのですよ」

「まあ、花を目指してんじゃなくて、あり方の話をしたんだけどね」

 

 あり方、というと陸奥の話が思い出される。そうか、こいつが求める「私」とは、そういうものなのか。

 

「人にはそれぞれ、相応しい生き方というものがあるのです。無理をして他人になろうとしないでください」

「なによ、勝手に人の向上心へし折ろうとすんじゃないわよ……」

「人は、その人にしかなれないのです。……あの娘の話をそろそろしたいと思います」

 

 ヒトであるあの娘の話です。と続ける大和。

 

「ですがあの娘の成り立ちと共に、しておくべき話があります」

「ふーん……」

「防衛軍の罪です」

「さっき話したじゃない」

「その全容を、と思いまして」

 

 全容を、とはまた気の遠くなりそうな感じだ。いったい何時間こいつに拘束されるのだろうか。

 

「防衛軍はその短命な経歴から忘れられがちですが、人類で初めて深海棲艦に勝利した組織です」

「一般には誤認されてるわね」

 

 防衛軍はすぐ自衛隊と併合されたため、その組織の存在を知らない者までいる。そのため人類で初めて深海棲艦を完全に撃破した者が、防衛軍所属と認知されていない事がある。

 まあ、一般人にはそんなことはどうでもいいのだと思うが。

 

「それがどのようになされたのか、お話しします」

 

 ぴんと、空気が張り詰めたような気がする。

 

「人類が深海棲艦と初めて接触した日は、誰にもわかりません。それは深海棲艦が進化を繰り返し成長する存在だからです」

「あー、何だったかしら? 段々とヒトガタになったって聞いたわね」

「そうです。初期の深海棲艦というものは、微生物の様な物でした。そしてその微生物型の深海棲艦は、未だに存在しています」

「あら、そうなの」

「深海棲艦は進化の過程を消滅させず、保存しているのです」

「まあ確かに、鬼や姫がいるのにその下位の敵もいるものね」

 

 じゃあそういう「原始の深海棲艦」がいてもおかしくはないか。

 

「防衛軍は、たまたまこの存在に気がつき、捉えたのです。そしてその一部を、ヒトに埋め込みました」

「……」

「その所業は、なるほど納得のいくものです。なにせ困窮していたのですからね、そこで未知の敵を捉えたのです、存分な成果となるでしょう。加えてそれを兵器として活用できる手段を見出したのです」

「……そうね、その通りね。私は当時の防衛軍を悪いとは言えないわね」

 

 そう、私たちはその行いを悪と断じることはできない。先ほどこいつが言った通り、私たち艦娘は防衛軍がその過去に何を抱えていようとも、防衛軍の上に成り立っている。

 悪であると突き放してはいけない。それはつまり私が審判を下せる立場になく、裁かれる方に位置しているからだ。

 

「私たち今の勢力が何と主張しようと、あんたにとっては糞くらえってことなのね」

 

 仮称大和はこの問いにうんともすんとも返さなかった。

 

「……この時に生み出された娘こそ、吹雪さんたちが遭遇したあの娘であり、叢雲さん、あなたがプールで、夢で見た女の子です」

 

 あの仮称戦艦棲姫は素体が完全にヒトだから、人間だと主張されるのか。言ってはなんだから言わないが、それはつまり深海棲艦と変わりないのではないか。

 とはいえアイデンティティの問題はデリケートだ、本人の言を聞かなければ判断は結局できそうもない。

 

「彼女は当時完成された存在でした。『制服』という概念がないにも関わらず、現在の艦娘にも遜色ない力を秘めていました。しかし彼女は、完成されていたにも関わらず訓練を経験する中で進化していったのです」

 

 ―――完成された存在から、人類の手中に留まらぬ高嶺の花へと。

 

「高嶺の花?」

「一体全体、そういうモノを何と呼称すればいいのか、当時はわからなかったのです。間違えたのです、防衛軍は」

「は?」

「あの時、防衛軍はあの娘のことを、『バケモノ』と呼んでしまったのです」

 

 人工神霊構築計画が頭をよぎる。ひとたび「神」と認識されたものは「神」になってしまう。つまり「バケモノ」と認識されるということは……。

 

「彼女はヒトです」

「……」

「ヒトなのです」

 

 仮称大和は、力強くそう告げる。私はそれにうんともすんとも返せなかった。

 

「防衛軍の犯した罪とは、とても単純で、とても道理にかなったものです。恐怖に中てられ、女の子を畏怖した。それだけです」

「それだけって……」

「そしてその状況で彼女を戦闘に出し、ロストしたのです」

「その時に魂の比率が深海棲艦に寄っちゃって脱柵したってことかしら?」

「ええ、そうなのでしょう」

 

 防衛軍のことは、まあわかった。

 仕方がないことだ、とは言えないが、今となっては仕方がないと思うほかない。

 

「今はどうなの?」

「どうとは?」

「あいつは助けてって、愛してっていったの」

「……」

「でもあいつは見た感じは敵そのものよ」

 

 仮称大和は私の断言に、不快を示した。しかし確認しなければならない。

 

「あんたの希望的観測じゃなくて、実際はどうなのかわかるなら教えて」

「……知ってどうするのですか」

 

 話を聞いていてわかったが、こいつは恐らくあの女が好きなのだ。始まりは違ったかもしれない、後悔や後ろめたさがその感情を占めていたのだろう、でも今は絶対好きだ。気にかけていたらいつの間にか恋心にでもなってしまったのだろう。こいつ本人が気づいてるのかは知らんが。

 そしてこいつは恐れているのだ、愛するゆえにあの女が敵とみなされてしまうのを、殺されてしまうことを。

 ならば私のしてやることはただ一つだ。

 

「どうもこうもないわよ、……さざんか」

「え?」

「さざんかのように、してみせんのよ」

「それは、つまり……」

 

 散々話をされたが、正直パンクしそうだ。

 よくわからん。

 だから出来ることをしようと思う。そして私が出来ることと言えば。

 

「どいつもこいつも、救ってやるって言ってんのよ!」

 

 駆逐は駆逐らしく、わちゃわちゃと元気いっぱいやってやる。




次は、とかもう信頼なんてないとは思いますが、こ、今年中にはと思っています、はい。


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6話

怖いと感じるのは、理解できないから。

死ぬのが怖い? 私は怖くないの。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

「ケツに爆弾を抱えちまった」

「天龍ちゃん?」

「怖いか?」

 

 横須賀鎮守府第二出撃ドックでは、現在「天龍輸送部隊」と「龍田輸送部隊」が整備点検を行なっている。

 だが艦娘の艤装は、艤検と呼ばれる艤装に性的興奮を覚える者達が、丹精を込めて検査点検及び修理を行うことが常だ。しかし艦娘の中には、その真心こもったおもてなしに不信感を抱く者も少なくない。そのため月に一、二回程は自身の手で艤装のチェックをする事がある。

 天龍型の部隊は、今日がその日であった。

 

「……うーん、艦尾に不調?」

 

 天龍輸送部隊は天龍を旗艦兼部隊長とし、以下三名の駆逐艦からなる中型部隊だ。艦娘における部隊の規模は、五から六名で艦隊、四名で中型部隊、三名以下で小隊である。

 ただ、正直言ってこれらは艦娘の持つ独自の規格であり、特に書類や軍法のようなお堅いもので定められているわけではないので、その時の気分により呼び方は変わる。

 ちなみに龍田の部隊も天龍同様の構成となっている。中型部隊だ。

 

「いや、今朝ケツ拭いたら紙が真っ赤でよ。参ったぜ」

「天龍ちゃん?」

「ふふふ」

「だから脳みそに血が巡ってない話をし始めたのね〜」

「龍田?」

「あらあら〜」

 

 中型部隊以下は、小回りが利くため使い潰される危険を多分に含んでいる。しかし利点も多い。

 まず、小回りが利く。

 これは別にふざけているわけではない。隊が常に最大定員の六名に満たないゆえにもたらされる恩恵である。デメリットも飼い慣らせば良いものだ。

 次点はその恩恵にあやかったものだが、中型部隊を基盤とし、様々な艦種を配置できる点だ。相手に空母が混ざって入れば対空特化艦や空母系の艦を配置するし、鬼や姫がいれば殺戮マシーンを配置し、威力偵察をする。柔軟性に富んだ編成が可能なのだ。

 他にも利点は探せばあるのだろうが、割愛する。

 

「でもよ、想像したことあるか? お前」

「うーん、脳外科の診療ってどこに依頼すれば良いのかしら〜?」

「人の脳みその心配すんな、おら!」

「きゃっ! んもぉ」

 

 艤装の整備には、簡易艤装分解キットのようなツールが必要だ。これは国家試験等の様々な資格を取得した艤検員にのみ佩帯(はいたい)が許可されているもので、いかに艦娘といえど一時的な所持や借受けることすら禁止されている。

 では、彼女達がどうやって整備をしているのかと言うと、妖精の力を借りているのである。

 

「ふぅ、それで? 何を想像するの?」

「いや、ケツ切れるって事は傷ができるって事だろ? その傷は常にクソに晒されてる訳じゃねーか、怖くね?」

「……やっぱり壊れちゃったのね」

「脳みそは無事だぞ」

 

 妖精は不明な存在で、何故そこにいるのか、何がしたいのか、そもそも何なのか全てがわからない。

 ただ、何故か人類の味方をしてくれるので、暫定的な協力関係を構築している。

 大分と高慢な考え方である。

 

「ところでよお」

「何かしら?」

「何もかんもねえよ、ガキ共はどうした?」

「そうねえ、どんな罰を与えようかしら?」

「いや、俺はどこにいんのかを聞いててな?」

「全裸でフルマラソンでもしてもらおうかしら〜?」

「何で?」

 

 本日は天龍型部隊の自主艤装点検日であったが、参加者は天龍型の二人だけだ。

 天龍は軽巡洋艦なので駆逐艦にはめっぽう厳しい。だがその性格ゆえか、最終的には甘やかすこともままある。一方で龍田はというと、甘やかすこともあるが、最終的には厳しい。ちなみに龍田は駆逐に冷汗をかかせる訓練が得意だ。

 であるため、艤装の点検をサボってしまった両部隊の駆逐艦は、命の危機に瀕している。

 

「山道を全裸で匍匐前進するコースも混ぜようかしらぁ?」

「まず混ぜない組合せを披露すんな」

「道のあちこちに、迷彩偽装を施した画鋲を撒くのも乙かもしれないわね〜」

「乙なわけあるか、あいつら泣いちゃうぞ」

 

 泣くだけじゃ済まないな、とは思う天龍であったが、これ以上話を膨らませるとより酷い行いが追加されそうであったので、天龍は口をつぐんだ。

 

「泣いちゃうと言えば叢雲の話なんだがな?」

「本当に好きねぇ叢雲ちゃんのこと」

「お前もだろ?」

「うふふ」

「うふふって」

 

 まあ駆逐嫌いな奴なんてそうはいないわな、と天龍は思う。

 駆逐艦という艦種は、幼くして戦い、また損耗率も格段に高いため多くの組織や団体から庇護を受けている。世界的にみても愛されているのだ。

 

「あいつんとこのガキが一匹、お偉いさんに呼び出されてたろ、それがまだ帰ってきてないらしいんだよ」

「……あらぁ? 確かそれって昨日の話だったと思うんだけど?」

「ああ、だから昨日からお泊りしてるみたいだな」

「お偉いさんにえらい事されてなければいいわねぇ……」

「んな発想すんのはお前ぐらいだ」

 

 取調べを受けている吹雪哨戒隊の人員は、日を跨いでも未だ帰ってきておらず、現在それなりに話題になっている。

 安否を気にするものから、そこまでのことをやらかしたのかと面白がるものまで様々だが、一番多い感想としては、「さすが駆逐艦」がダントツだ。

 

「もしかして、叢雲ちゃんのお友達が帰ってきていない件とあの娘達が来ない事に関連性があるのかしら?」

「まあ普通なら違うってなるけど、なんせ駆逐だからなあ」

「あら〜、信頼してるのねぇ」

「著しく勘違いをしてんなさては」

 

 龍田の予想は正しく、両部隊の駆逐艦は取調べを受けている駆逐の為に活動している。

 ただその行いは艤装の整備とを天秤に掛けた訳でなく、単に本日の予定を忘れているだけである。彼女達はのちにその事を思い出し冷汗で滝を作るが、それはまた別の話だ。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

「これより磯波奪還任務をはじめます!」

 

 おおー! と沸き立つ少女たち。

 ここは横須賀鎮守府駆逐艦寮、駆逐艦の駆逐艦による駆逐艦のための独立国家だ。

 そのため規律は、軍属にしては異常に緩い。というか無い。

 寮から一歩でも出ればしゃんとするのだが、「家でまで堅苦しいとかふざけんな」とお淑やかな意見が多数出たため、他の艦娘や偉い人らには内緒で規律を駆逐した。

 そんな家で、叢雲は暇をしている。

 

「なあ、止めた方がいいんじゃないか?」

「あんたこれ止めれるの?」

 

「妥当権力ー!!」

 

「無理だ。だからお前にぶん投げてる」

「私は便利屋じゃないのよ」

 

 規律の無い弊害が今まさに噴出している。

 のびのびとし過ぎた。

 反乱の温床になっていたとは考えもしていなかった。

 

 昼前、深雪とデートしていたら突然決起集会が始まったのだ。

 

「デートじゃねーよ」

「一緒に座ってるんだから、これはデートも同然よ」

 

「作戦内容は……、行って奪って逃げる!!!」

「おおーー!!!!」

 

「おおーじゃねーよ」

「本当にどうするのよこれ」

 

 陣頭指揮を執っているのは白露型駆逐艦四番艦「夕立」だ。

 なぜか知らないが、世間からは語尾に必ずポイポイ付けているイメージが定着してしまっている。

 実際はそこまで言わない。

 

 結構育ちがいい、というかお嬢様っぽさが出てたりする。

 

「隊長! 逃げた後はどうするんですか!」

「脱柵!!!」

 

 今は皆無だが。

 

「ひどい事言ってんなおい」

「完全に駆逐艦しちゃってるわね」

 

 彼女らが人攫いもかくやの計画を立ててしまったのにはもちろん理由がある。

 龍田や天龍が懸念していた事態が起こっているのだ。

 

「戦争! 戦争!」

「脱柵! 脱柵!」

 

「んー、言いたいだけみたいだなこいつら」

「そうみたいね」

 

 駆逐がわざわざ取調室に呼び出されるなんてそうそうない。加えてそれが二日に渡っているとなると尚更のこと。その不安が表出しているのだ。「ゆうれい」の件があったので、少しピリついている。

 ただ天龍型も自身らの駆逐だけでなく、横鎮で暇している全ての駆逐艦が関わっているとは予想していなかった。

 

「ま、これなら平気でしょ。そうそう悪い事は起きないはずね」

「何でフラグを立てた?」

「暇なのよ」

 

 暇なのは、本日も休暇だからだ。

 これで何日連続の休暇だろうか、さすがに体が鈍りそうだ。そしてそこに帰ってこない磯波……。

 何事も無いといいのだが。

 

「何でフラグを立てた?」

「追いフラグよ」

 

 フラグフラグ言うが、こう言うものは立ててしまえばあながちどうにもならないものだと叢雲は思う。

 

「はあ、例えば磯波は何事もなく帰ってくるし、夕立は途中で飽きるし、私の給料は気づけば増し増しになっている。そう言うものよ」

「ちゃっかり願望を混ぜるな」

「いいじゃない。記録物全部書いてるんだから、頑張った料としてちょっとくらい」

「お前の場合、沢山がめるだろ」

 

「磯波奪還! 出撃ー!!!」

「おおーーーーー!!!!」

 

「行っちまったぞ、どうする?」

「なるようになるでしょ。お茶でもしばきましょ」

「断る」

 

 深雪はこう見えて真面目である。

 スペシャルするが。

 

「心配だから様子を見てくる」

「見たって何も変わりゃしないわよ」

「とは言ってもなあ」

「はぁ、それもそうね」

 

 寮の扉を渾身の力でゆっくり開ける夕立。

 勢い勇んで寮を厳格に飛び出す。

 その後を叢雲と深雪は追いかける。

 

 しかし、一歩外に踏み出した途端軍人し始めるのが、なんとも間抜けだ。

 きびきび歩く姿は、滑稽ですらある。

 

「お? なんだ? 先頭の方が立ち止まったぞ?」

「飽きたのかしら」

「早すぎんだろ……」

 

 叢雲は何事かと外を覗き見ようと画策するも、駆逐が多すぎて前が見えない。

 

「何してるのかしら?」

「さあな、深海棲艦でも出たんじゃないか?」

「……大事件じゃない」

「しかし駆逐がわざわざ足を止める理由なんてそんくらいしか……おやつの時間か?」

「そんなものあった事ないじゃない」

「今日からできたぞ」

「三時のおやつ、ついにうちにも実装配備されたのね」

「税金で食う菓子はうまいな」

「背徳の甘味」

「なんかえろいな」

 

 もちろんおやつの時間ではない。先頭の夕立と、それを追い越さんとするスピード狂達は転ぶ様に緊急停止している(徒歩だがすごい速度だった)。

 それに倣い、後続も次々と足を止め様子を伺っている。

 

「はーい川内、参上でーす」

「……」

「駆逐のみんな、何してるのかなー?」

「……」

 

「鬼がやってきたぞ、おいおい!」

「ちょっと? これ私達も巻き添えじゃない?」

「あ゛!」

 

 駆逐の足を止めたのは、川内型軽巡洋艦一番艦「川内」だ。

 彼女の種族は忍者目夜戦科鬼族の化け物である。

 

 夜戦をしたいと、日が昇るまで叫び通し、夜戦の為にと、日が暮れるまで訓練をしている。

 艦娘になってから、一度も睡眠をとっていないとまことしやかに噂されている。

 

「何してるのかな?」

 

「うわぁ、二回も言ったぞあの人ぉ。こわぁ」

「やめなさい聞こえるわよ」

 

 軽巡という種類の艦は、理不尽な超人が揃い踏みなので、ヘタをこくととにかく危険だ。

 夕立が応答する。

 

「え、えーとぉ、川内さん。これはぁ……、散歩っぽい? アレ的な?」

「アレ的な?」

 

「頼むぞ夕立! お前にかかってるんだ、ポカすんなよ……!」

「……何でフラグを立てたのよ」

 

「アレ的なぁ、散歩……ぽい?」

「じゃーあー……、ついでに、訓練も? するっぽい?」

 

「あぁ! そんな、バカな!」

「あんたが下手なフラグ立てるから!」

「え! 責任を追及されんのか?!」

 

 川内の訓練とは、つまりは死ぬ一歩手前までのお散歩コースということで、つまり死ぬ。

 ちなみに同型艦の「神通」がゲロを吐かせる訓練を旨とするのに対して、川内は、お小水とこんにちはさせるのを得意としている。

 もう一つちなむと、艦隊の偶像主義「那珂」こと那珂ちゃんは吐血を強いる訓練だ。

 

「川内さん!」

「ん? 何かな? 今、おはようからおはようまでの訓練内容考えてるんだよね。忙しいから後にして」

「えーっと、そんなこと言わずに、お答えしてほしいなーって、思うの……」

「オムツなら一人五枚くらい用意しといてね」

「そうじゃないっぽいんですっぽい」

 

 ぽいぽい言って動揺を隠しきれない夕立であるが、正直もう何を言っても焼け石に何とやらな状況だ。

 軽巡は駆逐との訓練に命を懸けている。

 まさに懸命だ、勘弁してほしいとこの場の駆逐は内心愚痴る。

 おそらく今、川内の脳内ではどうやって尿失禁させるかのシミュレーションをしている。

 

「そのー、何で私たちに訓練をさせるのかなぁって思ったの」

「何で?」

「そう! 私たちまだ何も悪い事はしてないわ! なのに訓練だなんて、きっと川内さんは勘違いしてるっぽい!」

「ほう? 勘違いね」

 

 勢い勇み釈明(弁明?)する夕立だが、やはり望みは薄い。

 ただの茶番になっている。

 胃が痛いだけの時間が垂れ流される。

 

「私たちはただ、みんなで行進してただけでなんにも企ててないわ! 悪い事なんて考えてないわ!」

「……」

 

「嘘下手くそかよ!」

「あそこまでいくと芸術性感じちゃうわね……」

「こっそり逃げるか?」

「そんな事したら、首が身体から逃げ出す事になるわよ。やめときなさい」

 

 川内型は妥協しない。

 サボろうものなら、今後の人生をサボる羽目になる。

 

「まだ死にたくはないでしょ?」

「まだっつーか、いつまで経ってもそうは思わん」

 

 

 その後、夕立の嘘は軽々しく見抜かれた。

 そもそも川内は駆逐の動向を察知してやってきたのだと言う。

 結局その場にいた駆逐艦全員が、謀反と虚偽申告の罪で川内の訓練を受けた。

 つまりは磯波回収任務は失敗に終わった。

 

 叢雲と深雪は、訓練を回避しようとすればその場から逃げだせただろうが、冤罪と脱走の天秤は、故意に冤罪に傾かせた。

 

 暇なのだ。

 

 

 ■ ■ ■

 

 

「忘れられている気がする」

「どうしたの吹雪ちゃん」

 

 現在午前十時、取調室前にいる。

 呼び出された原因は、はっきりしている。

 仮称「大和」と仮称「戦艦棲姫」と遭遇したため、旗艦としての説明を求めているのだろう。

 いや磯波がいるという事は「ゆうれい」の件も含めて聞かれるはずだ。

 

 正直言って憂鬱な気分を隠せない。二日も何をそんなに聞きたいのか、もう全部伝えきっているというのに……、とは言え釈放を早めたいのならここから先は我慢の子で、偉い人を満足させるしかない。

 

 いや、そんな事より。

 

「何で私って心配されないんだろう」

「そんな……! まあ、うん……」

「うんって」

 

 磯波ですら否定しないほど、忘れられやすい自分とは一体全体何なのか。

 特型ネームシップなのだが、おかしいな。

 

「ふ、吹雪ちゃん! 私は吹雪ちゃんを忘れた事ないよ! ……潮干狩りした事とか、その、ちゃんと覚えてるよ!」

「別次元の話だ……」

 

 多分、今頃駆逐艦寮では、磯波を助け出そうという試みがなされているはずだ。

 そしてそこで吹雪の名は一度たりとも上がらないはずだ。

 

 はずだ、何て思っている事に気づき、自分でも心の中では諦めている事に愕然とした。

 

「で、でも吹雪ちゃんはいつも私たちのために頑張ってるって事、みんな知ってるよ? だから、そんなに、その……、その顔やめて」

「……」

 

 不当にも怒られてしまった。

 顔は生まれつきなのに。

 

「……吹雪ちゃん、ほんとは美味しいって思ってるんじゃないの?」

「そ、そんなこと、……まあ、うん」

「うんって」

「でも……」

「顔と言葉が噛み合ってないよ」

 

 にやけてるよ。と指摘され顔を揉む。どうやらにっこりしていたらしい。

 おかしいな、以前はちゃんと悲しんでいたはずなのに、今となってはアイデンティティとして評価している自分がいる。

 影の薄さをいつの間にか受け入れていた。

 

「いつまでそうしている」

「!」

「な、長門秘書艦! 失礼しました!」

 

 はじかれたように敬礼をする。

 ふざけていたら、とんでもない人が取調室から出てきてしまった。

 

 この人は、横須賀鎮守府秘書艦の長門型戦艦一番艦「長門」だ。

 かつて、国民から絶大な人気を誇り活躍した艦だ。

 現在も、特に子供からの評判が良い。

 

 駆逐艦からの人気も、あるにはあるが、戦艦娘はとにかく近寄り難い。

 加えて秘書艦ときている。

 話したことのない娘は、だいぶ多い。

 

「入れ、提督がお待ちだ」

「え! し、司令官が?!」

「ふ、吹雪ちゃん……、どうしよう」

「はあ、安心しろ。別に取って食う訳ではない。話を聞くだけだ」

 

 さあ、だから安心して入れ。と再び促された。

 

 ……だからも安心もない。

 とんでもない事になってきてしまった。

 

 

 

「待っていたよ、遅かったじゃないか。ああいや、別に責めている訳ではないんだよ。突然の呼び立てだ、思うところがあった事だろう。ん? ああ! 敬礼なんて今はしなくていい。今日の私はただの取調官としてここにいるんだ、普段通りにしていてくれ。なに? 長門、それは難しい? おいおい、そんな心構えじゃあいけないぞ。我々がきちんと場を作らなければ、偉い人が無茶苦茶言ってるだけだと捉えられてしまうじゃないか。……おい? 長門、聞いているのか?!」

 

(吹雪ちゃん! どどど、どうしよう! ほんとに司令官がいる!)

(どうしようって、……どうしよう)

 

 というか。

 

(この人すごい喋る……)

 

「提督、彼女達が怯えている。あまり威圧するな。ただでさえ貴殿は人相が悪いんだ。気をつけろ」

「貴様、組織のトップに何て口を聞くんだ。弁えたまえよ」

「何がトップだ、中間管理職のクセして」

「何だと? ダブルバインドの苦しみを味わった事がないクセに」

「知った事か。ところで貴殿は今、ただの取調官なんだろ? 秘書艦様にあまりでかい口は叩くな、弁えたまえよ」

「ほう……」

 

 喧嘩が始まってしまった。

 ツートップが暴力の応酬をしている。

 割り込めば首が飛びそうだ。

 

 横鎮の司令官とは、普通の人だ。

 別に何かに特別優れている訳ではないし、だからと言ってコネで入職した人でもない。

 委員会は、対深海棲艦の要所には、クセの少ない人を選ぶ向きがある。

 

「ぐあ! 待て! 関節を極めるな、腕が取れる!」

「よかったじゃないか、提督よ。最近よく、判子を押したくないと漏らしていただろう? 夢が叶ったな」

「叶えてたまるか! 私の腕はこれから沢山の芸術を生み出すのだ! 老後は絵を描いて暮らすんだよ!」

「聞いていない事を、突然話すな」

「よかったな。また私に詳しくなっ、痛い!」

 

 でもクセの有る無しは、面接からでは見抜き難いのだと思う。

 委員会も大変だなぁ。

 

「あ、ちょっと! 長門いい加減にしろ! そろそろ怒るぞ!」

「それは困るな、私は怒られるとしゅんとしてしまうのだ。仕事も手がつかなくなるほどにな」

「何?! それは困る! 普段から私の仕事の二割をこっそり押し付けているのに! 頼むから機嫌を直してくれ!」

「主砲をくらえ」

 

 司令官ともなると、遊びながらでも滞りなく業務をこなせるのだろう。

 そういう事だと思い込もう。

 

「それは違うぞ吹雪。こいつは一つのことを始めると他を全てやめてしまう。単細胞なだけだ」

「はい、侮辱罪。上官に対して非常に悪い物言いだぞ、悔い改めろ!」

「仕方ないな、そう言われては弱い。仕事は貴殿に引継いで営倉にこもろう」

「まあ待って」

 

 仲良いなぁ。

 

(吹雪ちゃん、現実逃避しないで……!)

 

 とは言われても、ちっともついていけない。

 

 そもそも拷問もかくやの取調べが行われると思っていたのだ。

 しかし蓋を開けてみれば秘書艦と、なんと司令官までいて、そのうえそれ以外の人間が誰もいない。

 これはどんなモラハラ・パワハラが行われてもなかったことにしてね。という事だ。

 つまり一足飛びで、処刑台にオンステージ。

 

(磯波ちゃん)

(な、なに?)

(今まで、ありがとうね)

(諦めないでー!)

 

 実際もう無理だと思う。

 何がここまでの事態に発展させた要因なのか、見当がつかない。

 思い当たる節が多過ぎるのだ。

 

 前回の哨戒任務をはじめ(これは私達に非は無いが、仕様がない)、銀蝿(ぎんばい)やイタズラ、書類の偽装と隠蔽、極め付けには寮の独立国家化と駆逐艦は悪事にいとまがない。

 これらの言い訳を、今からでっち上げる事は不可能だ。

 きっと叢雲なら簡単にやってのけるだろうが、いま彼女はここにいない。

 磯波はダメだ。嘘をつくと罪悪感でゲロとか吐きそうだ。

 では自分はどうか、これもダメだ。

 これまで嘘をつくより騙される側の女だったのだ。

 このあいだも「水曜日の朝食もカレーになった」と言われ信じてしまったばかりだ。

 

 つまり詰み、どうにか私の首で対処できないものか。

 

「……司令官!」

「え、どうした?」

 

 いくら駆逐が度し難い集団だとしても、全員を罰する事はないだろう。

 そうなると主犯格に罰を言い渡すはずだ、ならその主犯格に私がなろう。

 別に自己犠牲の精神という訳ではない。現状自分しかその役になれないから仕方なくだ。

 

「私のクビで許していただけないでしょうか!」

「吹雪ちゃん! ダメだよ、そんな……!」

「ほう、貴様のクビでか?」

「う……、は、はい!」

「ほおう」

「怖がらせるな!」

「痛ってえなクソ!!」

「ひえっ」

 

 すごい軌道で飛び出した長門秘書艦の拳は、吸い込まれるように司令官のみぞおちに食い込まれた。

 というかわざと喰らったのでは……?

 

「提督よ、何故避けなかった?」

「あー、ダメだこれは、死にそう。仕事できない程度に死にそう。もうお前に引き継ぐしかないな」

「では吹雪、磯波。これから取調べを行う」

「まって、ほんとに引き継がないで」

 

 本題を、ということなので居直す。いや、はじめから緊張していたので居直すも何もないはずなのだが。

 とにかく気を引き締め直す。

 ……どうも駆逐の素行うんぬんについて問いただすことはなさそうだ。

 

「んおっほん!」

「うるさい」

「話させて! まったく、ええっとじゃあまず吹雪、君に聞きたいことなのだが」

「は、はい」

「仮称大和の様子はどうだい?」

「……大和さんの様子、ですか?」

 

 ああ、そうだ。と、特に調子も変えずに促す司令官。

 どうと言われても。

 

「……これまでの報告と同様ですが、変わった様子なく経過しております」

「仮称大和は叢雲と仲良くしているようだが、叢雲に変わりはないか?」

「普段通り、変わりありません」

「ほお」

 

 叢雲については、普段から変わっているので虚偽の報告になるか? とも思ったが、叢雲は駆逐以外からは何故か常識人として見られているので関係ないか、といらない心配をしてしまった。

 いや? そういえば最近はあの大和にべったりな気がしないでもない。でもそれ自体は、やっぱりいつも通りなので言うまでもないことだと切り捨てた。

 

「では磯波、君にも質問をしよう」

「う……、はい」

「仮称大和が普段していることはなんだい?」

「? えーと……?」

 

 普段大和がしていること? なんだその質問は、いったいなんの意味があってそんなことを聞くのだろうか?

 いや、不明な存在である大和を暴こう、という質問なのだろう。しかし、それをあえて私達にするとは、他に適任がいるだろうに。

 

「大和さんはいつも、……叢雲ちゃんと……います」

「なるほど、仲がいいんだね二人は」

「……はい」

 

 そう、こんな話は叢雲に聞くべきだろう。我々以上に大和と一緒にいるのだ。いや、鎮守府の誰よりも一緒にいるだろう。私達は大和と接する機会はほぼ無く、何も知らないと言っても過言ではない。

 

「仮称大和は、普段どこで過ごしている?」

「えーと、叢雲ちゃんのいるところに……」

「ふむ、よくわかったよ。ありがとう」

「あ、あと夕張さんのいるプールにもよくいます」

「おや、そうなのかい?」

「はい、あ、本当はそこにいるはずなんですよね、大和さんは」

「ははは、そういえばそうだね。まあ自由な存在だからね」

 

 あれは、と笑顔を見せながら話す司令官は、単に雑談をしにきたように見える。

 

「仮称大和は、叢雲や夕張意外に誰と仲がいい?」

「えーと、別の人と一緒にいるところは見ません」

「おや、そうなのかい」

「私からも質問させてくれ」

 

 長門秘書艦が口を挟む。

 彼女は書記をするわけでもなく、ただ私たちの問答を聞いていたのだが良いのだろうか?

 

「吹雪、仮称大和は戦闘について意欲的か?」

「戦闘ですか? すみません聞いたこともないです」

「……まあ、そうか」

「お、では質問を変えよっかなー」

 

 指揮官はフランクにそう言う。軽すぎる気がしないでもないが、「それどうなんですか?」と言うことはさすがにできない。

 

「君たちは海に浮かぶ艤装を見たことはあるかい?」

「艤装が」 

「海に?」

 

 艤装が海に浮いているはずはない。長門秘書艦の攻撃で脳みそがやられてしまったのだろうか……。

 

「なんでそんなかわいそうな人を見る目をしてるの?」

「お前がかわいそうな奴だからだろう」

「酷くない?」

「……今の質問はどういった意味があるのでしょうか」

「気になるかい? では長門、説明頼むよ」

 

 司令官は長門秘書艦に説明を促すが、海に艤装が浮かんでいるとは考えにくい。

 艤装の特色から、一般に公開できない技術がふんだんに含まれているからだ。また最近は沈んだ娘の話も聞かない。つまり仮に艤装が海に浮かんでいるのだとしたら、それは過去に沈んだ娘の残骸を回収し損ねたか、秘密裏に誰かを処分したかのどちらかだ。

 怖い。

 

「今更なんだが、よいのか提督よ」

「知ったことか、今の私はただの取調官だ」

 

 ただの取調官、と先程から殊更に強調する司令官だが、そんなに重要なことなのだろうか? むしろ権威がなくなり不便なものだと思うのだけれど。

 

「……まあ貴殿がそう言うのなら、いいだろう。では二人とも、心して聞け」

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

「通常、海に艤装が浮かんでいることなどあり得ないと、君らも知ってのことだろう。艦娘が行方不明兵、あるいは戦死判定となれば直ちに捜索が開始される。委員会と合同でな。その捜索において、我々艦娘は肉体を発見することに重きを置くが、委員会はそうではない。奴らは艤装こそ重要だと言うんだ。そしてその噛み合わない意見こそが、海に艤装も仲間も放置されない要因となっているのだが……、ああ別に、委員会の指針に反対しているわけではない。少し気分が悪いだけだ。ともかく委員会のお陰で艤装の回収も相成っている」

 

 ここまではいいな?

 

「この方針は、当然委員会発足時に作られたものだ。つまり委員会が存在する以前は言うまでもないな。その昔は防衛軍一本体制だったからそんな食い違いなどなく、ロストしたものは取り敢えず全て集めなおす、と言った気概を持っていた。別に殊勝な心がけと言うわけではなく、単に『素材』を集めることが手間だったからだ。まあ体裁もあっただろうが。さて、そんな万全とも言える方針だが、万全だからこそ例外も生まれやすくてね。ある時、ロストした艦娘の捜索を断念したことがあったんだ。ん? 勘がいいな吹雪。そうだ、私達が言う『海に浮かぶ艤装』とは、そのロストした艦娘のものだよ」

 

 さて、ここからが問題なのだがな。

 

「そのロストした艦娘とは……、捜索が打ち切られてしまった艦娘とはな、最初期の艦娘なんだ。彼女はとても強く、並ぶ者はいなかった、敵でさえな。そんな彼女の扱いに困った防衛軍は彼女を見捨てた。いや? 見捨てられたと言った方が相応しいかもな。彼女は影もなく消えた、一片の情報もなく、足取りは掴めない。だから捜索は止まった。そしてそれは悪い結果をもたらした、彼女は『深海棲艦』に身を堕とした」

 

 それは人類に対する裏切り行為だ。

 

「防衛軍は心中穏やかではなかっただろうな。自らが生み出した奇跡を、自らの手で手放し、凶悪な敵としたのだから。防衛軍はこの事実が白日のもとに晒されるのを嫌った、笑えるな、この期に及んでまだ保身に走ったのだ。……まあ理性や感情を廃せば合理性はある。敵を倒すノウハウは彼らしか知り得ないのだ、そんな唯一無二の組織を解体するなど、な。だったらなんだ、だって? そういうな取調官よ。ただの確認作業だ。さて話を戻すが、隠したがりの防衛軍は悪魔の力を借りたんだ。そう深海棲艦のだ。不思議か? まあ、そうだろうな。とはいえこれは一定の権力を持つ人間には周知の事実だ。……と同時に消し去りたい過去だとも捉えているな、やつらは」

 

 話が逸れたな。

 

「深海棲艦の手を借りたと言ったが、実はこれは複数回に渡って行われている。ずぶずぶの関係だ。例えば対深海棲艦最初期、つまり『人間部隊』がまだ存在していたころは、敵の銃弾を加工し活用していたし、最初期の艦娘、まあ件の娘だが、この娘の艤装は現在の艤装とは比べものにならない程に深海棲艦近いものであった。……とはいえこれらは敵の一方的な『利用』に過ぎないとの見方ができる。この程度ならそこまで手を回し隠蔽しないだろうな。だからつまり、悪魔の力とは『取引』なんだ。深海棲艦の確固たる一個体との、厳密なやりとりだ」

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

「やりとり、ですか?」

「ああ、そうだ。互いの利益を勘案した上での、社会的な、打算的な、協力関係だ」

 

 どういうことなんだろう。敵を倒すために力をつけたのに、その力を失って、挙句敵と共謀する? 何をしているんだろう。

 

「取引とは、具体的に何をしたのでしょうか」

 

 磯波が問う。まあ確かに、取引とやらの内容を知らないことには何も言えない。

 いや、そもそも私の意見は求められているのか? 司令官(今は取調官か)は何を思い、そんな裏話を私たちに打ち明けているのか。ただの駆逐艦だという我々に。

 

「残念ながら、私でも詳しくは知らなくてな。……もたらされたのは艤装の凍結だと、聞き出したことがあるな」

「聞き出す……」

「聞き出す……」

「やっぱお前やばいわ」

「あの時、恫喝していたのは貴殿だろうが」

 

 あの時分の私に、そんな思い切りの良さはない。と、じゃあ今はあるんだということがわかる台詞を呟きながら、長門秘書艦は司令にガンを飛ばす。

 

「冗談ではない、私がそんな粗暴に見えるのか?」

「普段被っている猫が心底気に食わないんだ、私は」

 

 どこかで聞いたような話だ。叢雲は今、何をしているのかな。

 

「ああ、提督の隠蔽工作の話はどうでもよくてだな」

「酷くない?」

「『取引』について、私が知るのはここまでだ。あとは貴殿に任す」

「おう」

「司令官が、ですか?」

「なんだ不満か?」

「い、いえ! そのようなことではなく」

 

 そういうことではなく、ここまでの長門秘書艦の話でも、私達のような下っ端が知るにはぎりぎりの内容だったように思うし、それを伝える長門秘書艦の立場もかなり危ないのではないか?

 そしてここから話は佳境になろうとしているし(そんな気がするだけだけども)、そうなると余計身の危険を考えなくてはいけない。利益を勘案すべきは今じゃないかな。

 

「はは、そうか、まあ安心したまえ。今君達の前にいるのはただの取調官なのだ」

 

 機密情報を知っているな、とこの人は言う。

 なるほどな、殊更に「取調官」であることを強調すると思っていたが、機密を司令官として言うと問題になるが、そうでないなら平気だということか。

 乱暴では? とは思うが、こういう人なんだろうなぁ。

 

「そう気にするな。ここまで知ってしまったんだし、毒を食らわば皿までだ」

「勝手に拉致して勝手に秘密を叩き込んで、酷い話だな」

「私の武器は権力だからな」

「より酷い、非道い」

「非道いって……」

「どうでもいいが、皿に盛られた毒、というのはどうなんだろうな。律儀に丁寧に殺すという決意の表れなのだろうか」

「いや、料理に一服盛ってるだけじゃん?」

「この後の食事なのだが」

「今この流れで?」

「楽しみだな」

「今この流れで?」

 

 まあ長門秘書艦の仲良しジョークはこの際置くとして、確かに私たちは毒を飲むしかない。

 こんなことはもう慣れっこだけど、でもなんでこんな目に合ってるんだろうか。

 機密は機密として黙秘していてほしかった。

 

「おい、そんな顔するな吹雪。もっとにっこりしろ」

「お前のそのデリカシーのなさが、歴代の秘書艦に逃げられた原因なんじゃないか?」

「そういうの本人に直接言っちゃうお前も大概だぞ?」

「……」

 

 何も言い返せるわけなく、とりあえずにっこりしてみる。

 笑うのは得意だ。

 

「あ、やめとけ吹雪、ひどい顔だぞ」

「ひどい顔……?」

(吹雪ちゃん! “おいしい顔”なってるよ!)

 

 どうでもいいけど、私のおいしい顔とかいう素敵フェイスはそんなにヤバいの?

 

「司令官としていうが、その顔外でするなよ?」

「え? 司令官として否定されるほどの顔?」

「我が鎮守府のコンプライアンスがな」

「法令を害するほどの顔?」

 

 さっき司令官としての立場を放棄した人に、その立ち位置を返上する顔なのか。

 いっそ武器なのでは、と思わなくはない。

 

「おい、駆逐で遊ぶな。続きを話せよ」

「言葉強くない?」

「私は貴様以外の味方だ」

 

 悲しいなぁ、と呟きながらも話を元に戻す取調官。

 

「じゃあ続けるけど」

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

「まず取引がいつ行われたのかだが、正確にはわからなかった。まあそんなものは最初の娘が消えてから直ぐだろうし、重要でもなさそうだし聞かなかった。なに? 凄い剣幕で聞き出そうとしていた? それは内緒だって言ったろ! ……で、だ。気になる内容だが、これが難儀なものでな、ふざけているよ。人工神霊構築計画を知っているな? 艦娘が知らないと困るのだが……。吹雪? 目を合わせろ。そうだ、続けるぞ? あれは不特定多数の意識を利用している。りんごを見たら誰でもりんごだと認識するだろ、そういう『当たり前』という認知を現実とすり替えている。防衛軍はこれに目をつけた」

 

 多大な犠牲を払い戦艦系統の深海棲艦を捉えてこう言った。

 

「『ニンゲン』にしてやると、無防備な艦娘を海に流したからそれを使え、とな。深海棲艦はそれに乗った。内心どう思ったのかは流石に知らんが、それはもう一心不乱だったそうだ。まあ当然だ、その深海棲艦は防衛軍に表皮を剥ぎ取られていたんだからな。ともあれこれでようやく防衛軍のメンツは保たれる。対外的には最初の娘は『出撃中に戦死した』と言えるし、事実としては自身らの失敗を隠蔽し、味方だった者を殺しすことができたんだ。そして上手くいけばその深海棲艦を手駒にできると、奴らは浮き足だった」

 

 その深海棲艦を人工神霊構築計画に取り込めると目論んだんだ。

 

「方法としては、深海棲艦に最初の娘の皮を剥ぎ取らせ自らに被せさせる。そうすると内容物は敵だが、外見は艦娘である何かができる。そして防衛軍がソレを、ロストした最初の娘が見つかったと大々的に発表する。これだけで完成だ、お手軽にできあがる」

 

 そしてこれは実行されている。

 

「ふむ、深海棲艦を処分しなかったことが不思議か? なにせ自分たちが悪魔と呼んだものとの取引だからな、履行しない訳にはいかなかった。魂でも抜かれるとでも考えたんだろうな。とは言え防衛軍はこいつにも逃げられてしまう。ただ二の轍は踏まなかった、逃げられる前に艤装とのリンクを解除したんだ。『お前は失敗作だ』と告げることによってな」

 

 これが「艤装の凍結」のことだ。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

「それだけで凍結できちゃうんですか……?」

 

 色々と聞きたいことの多い話だったが、これを聞けば複数の回答も得られそうだ。

 なんか「気の持ちよう」みたいな話が多すぎる。

 

「ああ、そうだ。なんせ相手は深海棲艦だからな。肉体における比率が命より魂に寄っている。“言葉”に影響されやすいんだよ」

「……そうですか」

 

 本当に気の持ちようだったか。

 ん? そういえば「人工神霊構築計画」も魂の比率が高まる内容だったような。

 

「察しが良いな吹雪。そうだ、『人工神霊構築計画』とは深海棲艦と同一存在になると言うものだ」

「ちょっと待ってください……」

 

 司令官の話に割って入ったのは吹雪ではなく磯波だった。

 

「じゃあ私たちは、知らずのうちに、深海棲艦にされていたって、ことなんですか……?」

 

 磯波の眼は恐怖に染まっているが、それだけではない。

 仲間が危険に曝されている事実に怒りを抱いてもいる。

 

「誤解があるな」

「長門秘書艦? それはどういう?」

 

 今度は吹雪が答える。磯波は涙目で司令官を睨めつけていて話をできない。

 不器用な娘だなぁ。

 

「別に深海棲艦になる訳ではないんだよ。同じになると言うのは、そうだな、『神』になるとでも言うのかな」

「神に? いえ、しかし我々はすでに神とされているのでは……」

「それは認識上のだよ。私が言ったのは、本当に次元の高い存在になると言う意味だ」

「そうだな、誤解させて悪かったよ」

 

 種族が変わるんじゃなくてクラスが変わるってことなんだよ。とは司令官。

 

「艦娘登場前の兵器群が効かなかったのは、そこに原因がある。よくありがちな話だが、二次元上の存在は三次元の我々に物理的な干渉はできないな。それと同様のことが起こっていた」

「で、あるからその存在に合わせたんだ。歩み寄りと言うやつだな」

 

 なるほど、パワーアップが目的だったのではなく、同じ土俵に上がるための準備の意味合いが主だったとは、知らなかった。

 

「うん、話が遠回りせざるを得なかったが、簡単そうに凍結できたのはそのためだ」

 

 いいかな? 磯波。と確認をされる彼女は少しばつが悪そうだ。

 

「……はい」

「うん、ではいいね。で、そういうことがあった艤装だから必死こいて探してるんだ。海に艤装が浮かんでいるのを……本当に見てない?」

「ええ、残念ですが。お力になれず申し訳ないです」

「はは、構わないさ。難航するのはわかりきっていた。むしろその方が種々の雑務から逃れる口実になって好都合なのだがね!」

「今まで黙っていてやったが、その発言は軽々しくも国家反逆罪だからな?」

「内密に頼むよ」

「今の部分だけ書記をした」

「なんで?」

 

 ということで、取調べは以上だ。と二人は告げる。

 

 私たち二人は、やっと解放された喜びよりも、何とも言えない気持ちを抱き、その場を後にした。

 

 

 

 

 




話に矛盾が生じているかもしれないので、書き直したりするかもしれないです。
これからも頑張りますのでよろしくお願いします。


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7話

これまでの『さざんかのように』

一話
吹雪率いる「吹雪哨戒班」は、ある日の哨戒任務で悪い噂の絶えない「ゆうれい」と出くわす。
実際に目撃したのは磯波ただ一人だが、噂が噂だけに酷く困惑し精神的にダメージを受ける。
そんな中、再び哨戒任務を言い渡された吹雪哨戒班は、人員不足を補うため時雨をメンバーに加え出撃する。
そして「ゆうれい」と二度目の邂逅をする哨戒班だったが、同時に戦艦大和とも相見える。
「ゆうれい」とは、そしてこの戦艦大和は何者か、叢雲の苦悶は続く。

二話
事務の冴えない男が吹雪型担当の、艤装検査点検及ビ修理担当係員こと艤検員になっていた。
叢雲はぶち切れるが現実は非情である。
落ち込む叢雲を見て、夕張はなけなしの年上力を発揮し叢雲をたらしこむ。
そこに仮称大和が現れ彼女も叢雲を甘やかす。
さらに大和の計らいで鎮守府をお散歩し叢雲のイメージアップを目論む。
その後色々あって古鷹とお茶した。

三話
駆逐寮ロビーで吹雪、磯波を待つが霞にビンタされる。
ところを変えて工廠第三実験場第三プールへ移動する叢雲であったがプールの底で謎の存在に襲われ仮称大和に助けられる。

四話
助けられた叢雲であったが気絶。夢の中でまた謎の存在と邂逅、目覚めると仮称大和にセクハラされる。医務室で陸奥と雑談に花を咲かせつつ艦娘とは何か?を教えてもらう。

五話
仮称大和に、夢で会った存在が艦娘で自身こそ深海棲艦だと告げられる。でも、多分叢雲は仮称大和が好きなので許した。多分好き。いやきっと間違いない。

六話
叢雲は川内に尿失禁させられて吹雪と磯波は司令官に防衛軍の秘密を軽々しく話されてエライこっちゃ。



 私は壊れているの?

 

 

 ■ ■ ■ 

 

 

 

人型艦艇吹雪型駆逐艦五番艦叢雲ニ指示

 

人型艦艇保護令第〇〇〇號ニ基キ下記ノ通リ示ス

 

人型艦艇大和型一番艦大和ノ艤装ヲ海上ニテ捜索スベシ

 

一、当任務ハ単独デ遂行サレタシ

 

二、当任務ハ秘匿ヲ要スル

 

                 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

 おそらく見つからないだろう。

 叢雲の嘘偽りない感想である。

 

 これまで数多くの艦娘が出撃しその海を浚っている。敵艦の索敵や資源を確保するために、血の滲むような努力をしてきた。特に駆逐艦娘は性質上「もの探し」系の任務に就くことが多く、帰還時は目が充血するほどだ。

 

 だから、駆逐艦娘は海上事情にめっぽう強い。それだからこそ委員会が長年にわたり捜索している「遺失物」がそうやすやすと見つかるとは思えない。

 

「つって、やんないわけにもいかないのよねぇ……」

 

 駆逐の噂話は確度が高い、それは自らの目で見てきた生きる情報だからだ。

 そんな駆逐が噂していない物品が出てくるのか? 例え、現在捜索しているこの海域が、普段の哨戒ルートから外れているとしてもだ。

 

「なんか右舷の調子悪いわね」

 

 叢雲の右脚部艤装は、時折“ぶすん”と音を立てている。

 大丈夫か? と思うと同時に、あの元事務員殺してやろうか? と純粋な気持ちがもりもりと湧いてくる。

 最近こんなんばっかだな。叢雲は愚痴るが話相手もいないので虚しいばかりだ。

 

「……」

 

 「仮称大和」は今、叢雲の中で神出鬼没なやばい奴といった認識だ。なんで今出てくんの? といったタイミングでエンカウントする。というかどんな場面でも出てくるので多分ストーキングされている。

 

 とはいえここは太平洋のど真ん中、と言う程航海してはいないが、それでも洋上に変わりはない、のであの大和も気軽に湧いてこない。

 ただ「大和ならあるいは」といった感情も拭えない。

 こうして独り言を重ねていれば、そのうち大和、もしくは大和に類するなにがしか、そう例えば「艤装」とかが出てくるんじゃないか? と叢雲は思っている。

 

 つまり験担ぎだ。

 

「……敵艦見ゆ」

 

 叢雲は正面に、自身の進行方向に対して右へ垂直に航行する敵影を確認した。

 規模は軽巡二、駆逐が三。叢雲の手腕ならば損害軽微から中程度で済む相手だが、現在は索敵任務のため、敵艦は可能な限りやり過ごすつもりでいる。

 痛いのは嫌だ。

 

 姿勢を低くし左へ流れるように移動する。と、そこで敵影を一つ見落としていたことに気がつく。軽巡二隻を先頭とした輪陣形、その中央に護られている塊がある。輸送船だ。

 

 どうしよう。

 叢雲の嘘偽りない感想である。正直言って戦いたくない。

 こんな何もない場所での輸送船団、怪しすぎる。しかしだ、ここで臨検しようにも任務の性質上応援を呼べず、単艦で挑むほかない。負けない自信はあるが、それだけだ。絶対はない。職務に殉ずる覚悟はまああるが、流石にこんな意味不明な任務で死ぬのは困る。

 

 何より隠蔽される。おそらく私が死んでもその事実を公表せず、代わりを用意するだけだろう。駆逐の一隻や二隻、代償にすらならない。

 私の後釜は誰になるだろうか、それはわからない。わからないが、誰かにこんなクソみたいな仕事をさせるなんて、それはよろしくない。

 

(強く先導する誰か、か……)

 

 古鷹は己の在りようを示した。叢雲は少なからず、いや、おおいに心動かされていた。

 

 きっと駆逐はその器じゃない。でもなにもしないのは癪なのだ。

 

(戦闘はしない、ここで死ぬ事に意味はない。後をつける、あの積荷が何なのかその情報を得よう)

 

 遮蔽物のない海洋で後をつけるなど、結局無謀だが、叢雲は「在りよう」という酷く脆い生き方を知り、言い知れぬ興奮に身を包まれていた。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

 結論を言えば失敗した。

 

 おいおい、冗談だろう。確かにフラグを立てはしたがあれは故意に立てたのであって、そう、いわば保険だ。

 わざとらしくしちゃえば、地の文だって堅苦しくして……、あのさあ。

 

「何でよ」

「貴女の身柄は我々が預かります、文句は全て文書でどうぞ」

「何でよ」

「ここは譲れません」

「言いたいだけでしょあんた!」

「鎧袖一触よ」

 

 失敗した、とは戦闘して敗北した、とかではない。なんか知らんが横から艦娘の艦隊が現れてしまったのだ。

 戦艦二、空母二、重巡二、……燃費という概念は知らないらしい。とにかく物量と火力でモノを言うぞ、という意思表明を感じる。

 

「そもそも私、艦娘の固有のセリフ無理矢理ブッ込んでくるの嫌いなのよ」

「何か相談? いいけれど」

「良くねえっつってんだけど?」

「貴女、口が悪いのね」

「あんたは頭が悪そうね」

 

 やばい奴に捕まったな、と叢雲は思う。

 こいつは寡黙型殺戮空母、八八艦隊計画の加賀型正規空母一番艦『加賀』だ。叢雲の所見では、この艦隊の旗艦だろうと推理する。

 

(こんな奴が旗艦? やっぱやばい艦隊ね」

「途中から声に出てるけれど)

「途中から黙るな」

 

 私の手法を引き継ぐな、めんどくさい。

 

「面倒なのはお互い様だと思うのだけれど」

「やかましいわ」

 

 意味有りげにやれ右舷の調子がとか、つぶやいてれば大和が、とか言ってたのに全てご破算だ。なんなの?

 

「そもそもなぜ不調をつぶやく必要があったのかしら」

「自分の調子と引き換えに運を手繰り寄せられればなって思ったのよ」

「……あの……いえ、 なんでもないわ」

 

 すごい顔で見られている。

 そんな可哀想なものを見る目で……。

 

「やめなさいよ、興奮するじゃない」

「……興奮?」

「別に自分で艤装ぶっ壊して快楽を得ていたわけじゃないわよ」

「誰も自傷癖を疑っていません」

「痛いのは嫌だけど、締め付けられるのは好きよ」

「聞いてません」

「腕を入れると自動で測ってくれる血圧計とか狂おしいほど好き」

「そう」

「あれに全身を挟まれたい」

「ラバースーツですか?」

「途端に上級者じゃない……」

 

 さすがの私もラバースーツは詳しくない。てかあれ締め付けとかあるのか? あるのか?

 

「なによ、気になってきちゃったじゃない」

「貴女の処遇についてですが」

「え、話を戻すの?」

「所属する鎮守府には戻らず、行動制限管理部門に引き渡します」

「は?」

「ここは各鎮守府等の哨戒ルートから著しく逸れたポイントです。了承区域外での人型艦艇としての行動には厳しい処罰が下されます。よって貴女の身柄は先に述べた通り、我々が引き取り、然るべき審査の後、行動制限管理部門に引渡します」

 

 行動制限管理部門とは、有り体に言うと営倉の様なものであり、また軍属専門の精神科病棟も兼ねている。

 しかも委員会直轄だ。嘘でしょ?

 

「……困るのよ、いくら私の性癖がおおらかだとしても、それを責め立てるのは良くないわ」

「おおらかなのは結構です。しかし行動には責任が付いて回ります」

 

 うーん、困ったぞ。一応理由が有ってこの海域を探索していたのだが……、果たしてそれを言っていいものか。多分駄目だが鎮守府に話を通しちゃ駄目だろうか?

 

「あー……、鎮守府に確認取ってもらってもいいかしら? 行き違いがあったかもしれないのよね」

「貴女の身柄は所属する鎮守府を経由しません」

「いきなり精神科はないんじゃないかしら?」

「精神性に疑問を感じているのではありません。行動を制限したいだけです」

「それなら」

 

 うちの営巣でもいいんじゃ、と言おうとしたが。

 

「締め付けられるのが好みと聞きました」

 

 取りつく島もなかった。

 

 こうして私は、自らの性癖により自身を締め付ける極限プレイによって、身柄を拘束された。

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 逃げ出す術は、なかろうか。

 先程から同じ考えを巡らしている。

 錠を破壊するか鍵を盗むか、どちらが現実的か、実現困難な思考に支配されている。

 最終的に、脱走した後の処遇が焦点となり、諦めるところまでで一巡だ。

 

 まったく……。

 逃げ出す術は、なかろうか。

 

「はい、あーん」

「やかましい」

 

 しばきこきおろすぞクソ尼が。

 

「はあ? 人がせっかく食べさせようってのに、もう知らないっ!」

「ならその手を下ろしなさいよ」

「あーん!」

 

 私の目の前にいるのは存在ステルス型艦こと、陽炎型駆逐艦一番艦『陽炎』である。

 ぶちころがすぞ。

 

「存在感無いのはあんたんとこの長女の方でしょ!」

「吹雪の悪口はもっと言いなさい」

「なんでよ……」

 

 喜ぶからよ。

 

「というか私、存在感についてのキャラ付けしてるつもり無いんだけど?」

「ノベライズ版が無ければ姉妹に食われてたくせに?」

「ぶっ殺すぞ」

 

 まあやめといてやろう。実際ノベライズでは、私も相当世話になったのだ。

 

「あんたがいなかったら、私もここに居なかったわね」

「そうなの?」

「二人で一つの砲を撃ったのはエモかったわね」

「知らないなぁ」

 

 知らないのか。

 面白いのに。

 

「いいからさっさと食べてよ、腕が重いんだけど」

「なら下げればいいじゃない」

「あー、なるほどね! って服が汚れちゃうじゃん!」

「スプーンごと下ろすな」

 

 内緒だが、陽炎のことは結構好きだ。私がこれまでに出会った陽炎は、皆ノリが激しい。ノリノリだ。

 

「突然告白するのやめてよね!」

「気軽に心読むのやめなさいよ」

 

 これまで陽炎には厳しいキャラで通してきたのだ、こんな所で破綻させるわけにはいかない。

 

「ふん、ヘドが出るわね」

「『陽炎』狙い撃ちで嫌いなキャラとか不自然が過ぎない?」

「ふん、……ヘドが出るわね」

「ボキャブラリー」

 

 仕方ないだろう、好きなんだから。悪口も言えない。

 

「自分の知らないところで自分の好感度が上がってるのって……」

「なによ、嫌なの?」

「すっごい気持ちいいわねっ!」

 

 うーん、このキマってる感。凄くいい。

 一家に三人くらい欲しい。

 

「は? 家に三人もあんたがいたら気絶しそう」

「キマってるのはどっちよ!」

 

 やばいな、これは。また話が停滞する。進展させなければ。

 

「くっ……! 早く私を解放しなさい!」

「唐突が過ぎるわ……。あーん」

「……懲りないわね」

 

 懲りない……、懲りないのは、まあいいとして。良くないのは私の現状だ。

 

「なんで私は手足をふん縛られてんの?」

「えっ?」

 

 不思議な顔をされたが、この有様を見てのその表現は、頭腐ってるとしか思えない。

 

「あんたこの、え? この格好見て? 好きでやってる様に見えてたの?」

「……だってそういう申し送りだったし」

 

 加賀この野郎。

 

「『ラバースーツか拘束帯か、好きな方を貴女が選びなさい』って言われたんだけど」

 

 まさかの温情があったらしい。

 さすがにゴムを全身に巻きつけられたら堪らない。

 

「可哀想だけど、拘束帯にしたわ」

「おっとぉ、情けが常軌を逸してる」

「自由を縛るのに、好きなものじゃ意味無いものね」

「誤解が凄い」

「安心して、棺はラバーよ!」

「いっそ殺して!」

 

 締め付けは続く。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

「いいか、よく聞けボンクラ共! 今日は欠員多数な吹雪哨戒隊に代わって、この天龍様と愉快な鉄砲玉隊が出撃する。異論がある奴はいるか?!」

「はい、愉快な鉄砲玉という括りに著しい不快感を感じます」

「よし、却下する! 行くぞ鉛玉ぁ!」

「聞いちゃいない」

 

 普段の調子を崩さず号令を掛ける。

 

 天龍は今朝方、『大和が消えた、見つけてこい』と秘書艦様から直々にお言葉を賜っていた。

 消えたじゃねえぞクソボケが、と思ったものの失せちまったら仕方がないので探す事にした。まあ言い方はアレだが、正式な命令のため本当は拒否権など無い。それに他にもお使いを頼まれちまった。

 

「隊長、どの辺を捜索しますか?」

「そうだな、……海?」

「あてがない……!」

 

 仕様がねーだろどさんピンが。わかってたら捜索なんざしねえ。

 

「ああ興奮すんな。目星は付いてるからよ」

「それを教えてって聞いたんですよ?」

「あ? 口答えか?」

「権利の主張です!」

 

 ピーヒャラピーヒャラ喧しいんだよ、パッパラパーが。しばかれたくなかったら返事だけしてろ。

 

「諦めい、天津風。隊長に日本語は難しい」

「は? ことごとく潰すぞ」

 

 俺に逆らうコイツらは……。いや。

 

「死ぬ奴の自己紹介なんていらないか」

「殺す者の地の文こそ不要では?」

「てめえ言うじゃねーかよ」

「叢雲が隊長の扱いを教えてくれたからの」

「やっぱあのクソガキぶちのめすしかねえな」

 

 そういや今日はあいつを見てねーな。サボりか?

 俺に反抗するコイツは駆逐の初春でくそったれだ。

 

「ゴテゴテのロリータファッションとかさせるか?」

「ノリノリのロリータファッションを見る羽目になるのぉ……」

「なんで?」

 

 恥はないのか?

 

「仕方ねえ。……仕方ねえから出発すっぞ、ケツメド雷管野郎ども」

「応、と言うとでも……?」

「探すのは委員会直轄領だ。気合い入れろよ」

 

 え? と聞こえた気がするが、魚でも鳴いたか?

 

「魚が鳴くわけないでしょ!」

「正統派ツッコミ」

 

 もう少しパンチの効いた返しが欲しいな。叢雲を呼べ。

 

「呼んで来るような女だからやめて」

「なんだと? 仲間はずれか?」

「ハズレてるのは隊長の倫理道徳じゃ……?」

「あ? この前の山岳地帯で匍匐前進の旅を回避してやったのは、誰だと思ってんだ?」

「そんな恐ろしい拷問が……?」

「人情派艦娘とは俺のことだぞ」

「ちょっと待ってください? その拷問は一体?」

「全裸匍匐前進富士登山画鋲コース」

「呪文系の拷問……?」

「脳の処理が追いつかない!」

 

 安心しろ、俺もだ。

 

「いつまで遊んでるんだい?」

「どうした便利な女」

「便利な女……?」

 

 こいつは時雨だ。多分どっかで紹介されてると思うから省くぞ。

 

「すまねえ間違えた。どうした時雨」

「次期主人公の僕に、そんな扱いしてもいいのかな?」

「脅しか? そういうのに弱いんだよ俺は。おかし食うか?」

「頂こう」

 

 そうだよ、駆逐は餌付けに屈してればいいんだよ。

 

「不味い」

「薄荷の飴だ」

「この世で最たるまずいもの」

「そんな言う?」

 

 掴みはバッチリみたいだし、そろそろ行くか。

 

「天龍。キミは頭がおかしいのかい?」

「お前も言うじゃねーかよ。だが安心しろ」

「何がだい?」

「……」

「え?」

 

 安心要素なんて特に無かった。口を突いて出ただけの言葉だ、許せよ。

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 さて、委員会直轄領までは難なく来れた。途中深海棲艦が数隊出たが、まあ羽虫みたいなもんだったな。

 

「隊長が一番大怪我じゃないですか」

「それな。片乳まろびでちゃったぞこれ、どうすんだ?」

「知らんが」

 

 なあところで、こいつらがちゃんと自己紹介してないせいで誰が喋ってんのかわかんなくねーか?

 

「おい、俺が名前を言った奴以外二度と喋るなよ」

「自分で必要ないとか言っといてそれはやばいぞ」

「はい号令ぇ」

「それ名前読んでないから喋れないじゃない」

「喋ってんじゃねーか」

 

 つってこれは中隊だから一応全員名前は登場させた筈だ。まず俺。その他は初春、天津風、時雨。うん平気だな。まあこいつらの区別は微妙な口調の違いで感じ取って欲しい。

 

「天龍。そういえば今更聞くけど島風はどうしたんだい? 僕が呼ばれた時に聞くべきだったけど」

「知るかよ、早いやつは嫌いなんだよ俺」

「え、私情?」

 

 天龍中隊は確かに島風が席を置いているが今はいない、営巣にいる。なんか知らんがやらかしたらしい。

 

「あれほど悪いことする時は俺を呼べって言ったのにな。あいつ一人でやるんだもんよ」

「呼べ、とかじゃなくて止めるべきじゃないのかい?」

「本当にヤバいことは止める、そうじゃなきゃ後押しする、バレたら尻尾切りする。そうして生きてきたんだ俺」

「クズじゃないか?」

 

 だから呼ばれなかったのかもな。

 

「上手いこと俺の隊を紹介してくれてサンキューな。さすが便利女」

「怒るよ」

 

 すまんな。

 

「あ、おい無駄話してんなよ。敵いるぞ、ほれ狙え狙え撃ち殺せ」

 

 二時の方向に艦隊が見える。まあ敵だろうから撃っちまうか。

 

「……あ、やっぱお前ら撃つな。俺にやらせろ」

「は? なんでじゃ。撃ちたくてうずうずするんじゃが」

「お前そんなやつだっけ?」

「せっかく魚雷の先端を釘沢山のクラスターに換装してきたのに」

「過激な武装かますな」

 

 そんなヤベーのは没収だ。魚雷を俺のと交換する。……本当に釘塗れじゃねーかよ。

 駆逐はこんなんばっかだな。全く。

 

「まあ控えろよ。俺が撃つって言ってんだぞぶっ殺すぞ」

「片乳出てるのにか?」

「支障はねーよ」

「僕が支えよう」

「片乳を?」

「さわっ」

「その効果音で先端摘むなよ」

 

 びっくりしちゃったろ。変なことすんな。

 

「おらっ」

「うわっ! 僕が目の前にいるのにどうして撃ったんだい?!」

「勝手に射線に割り込んだのはテメーだろ」

「追撃するわ」

「まて天津風」

「おいおい隊長殿。あまりわらわを待たすでないぞ? 我慢が効かんくなるぞ?」

「効かなくなったら何なんだよ。爪先から裂くぞ」

「五等分になってしまうではないか」

 

 全爪先だから二十等分だ。

 

「お、あいつら気づいたみたいだな。よかったマグロでも撃ったのかと思ったよ」

「気づかれる前に攻撃を重ねるべきじゃなかったのかい?」

「まあ見てろって」

 

 艦隊が近づいてくるが、攻撃の意思は見られない。どころか艤装を構えることさえしない。

 まあそりゃそうだ。なんせあいつらは……。

 

「え? あれって……、艦娘じゃない?!」

「あちゃー。俺としたことが間違えちまった!」

「白々しさ凄まじいの」

「言い訳はどうするんだい?」

 

 距離は縮まり、恐らく旗艦であろう『翔鶴』はすでに手の届く位置にいる。

 さて、どうもこうも無い。謝るだけだ。

 

「おう! 済まねえな。ここいらへ出撃してんのは俺らだけのはずだったから撃っちまったよ」

「貴方たちは委員会直轄領を侵犯しています。即刻立ち去ってください」

 

 人の心配をよそに仕事の話か。参ったな。

 

「怪我はねえか?」

「これは正式な命令になります。立ち去ってください」

 

 今のでどうにかなってないか気になるんだが。

 

「例えば腕とか」

 

 もげてくれねえかな。

 

 

 

 

 

 

 




年内に投稿できてよかったです。本当は五話くらいで終わるでしょって思って作ってたんですけどお話を作るって難しいんですね。がんばります。

タイトルが間違ってました。「7話」に修正しました。


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8話

吾が忠誠に迷い無く、吾が同胞に狂いは無い。

 

 ■ ■ ■

 

 

 

「隊長殿! 乱心か?!」

「よく聞け! 目標は委員会所属第マルサン部隊だ。旗艦は翔鶴、気合入れてけ!」

「とんだ中隊に飛ばされちゃったな僕は……!」

「死にたくなければ無駄口叩くなよ!」

 

 本当は初撃で小破、欲を言えば中破くらいは狙ったが無傷とは恐れ入る。

 

「戦うつもりなら、最初から私達にも撃たせればよかったじゃない?!」

 

 天津風が敵砲を紙一重で捌きながら文句をたれる。ほお、重巡二隻を相手にやるじゃねえか。

 

「馬鹿野郎! 一発だけなら誤射かもしれねーだろ!」

「な訳ないでしょ?!」

 

 まあ本当に、「誤射でしたごめんなさい」して至近距離からぶち当てる算段だった。

 

 失敗したが。

 腕掴んでぶっ放したんだが躱された。あいつ体操選手かよ、バク転して避けたぞ。

 

「キミはそんなに考えなしだったのかい?!」

「は! 伊達に『叢雲』はやってなかったぜ!」

「ああキミは駆逐を経てたのか! 納得だよ!」

 

 どすん、と至近に戦艦の砲弾が突っ込み足元がぐらつく。おい、超近距離にお前らの旗艦もいるってのに危なっかしいな。同士討ちはしない自信があるってことか? 

 まあいい、いい波だ、乗らせてもらうぞ。

 

「ふっ」

 

 腹に力を込め体勢を整え、一気に至近弾の落ちた地点に駆け出しそのまま飛び跳ねる。戦艦の重い一撃があってこその芸当だ。まるでサーフィンだな。

 

「まあサーフィンしたことねーから知らんがな」

 

 サーフィンって飛んだり跳ねたりするっけか? とどうでもいいことを考え、そのまま刀を引き抜き、大上段に構え袈裟斬りに……。

 

「甘いですよ!」

「は? ……ぐえっ!」

 

 あと数瞬で獲った、というところで土手っ腹に一撃を貰う。この威力は重巡か。天津風を相手にしながらよくやるよ。

 砲撃の威力を殺せず海上に転がる。綺麗に決まったので全く立てない。

 気持ちワリぃ。

 

「さて、私たちも鬼ではありません。降参するなら考えもありますよ」

「……なんだその考えってのは。おぇっ、……パーティでも開いてくれんのか?」

「まずは名乗ってください。どこの所属のどの部隊ですか? 目的は?」

「はっ……、俺たちは迷子センターから来た。アナウンスが必要か?」

「……困った人達です」

 

 すっごい顔しかめられた。真面目ちゃんかこいつ?

 

「さて、と」

 

 困ったのはこちらだ。

 相手は翔鶴を旗艦に空母二、重巡二、戦艦二の重量級艦隊だ。燃料って概念はどうした?

 ガキどもは奮戦している。なら俺がいつまでも寝っ転がってる訳にもいくまい。

 どっこいしょっと立ち上がる。

 

「レギュレーション違反だと思ったんだが、どうにも仕方がねーな」

「……! 何かするつもりです。皆さん気をつけてください!」

 

 翔鶴の警戒は少し遅い。

 もう発射済みだ。

 

「けつ怪我すんなよ?!」

 

 俺が放ったそれは翔鶴の脚部艤装にドンピシャで突っ込んでいく。

 あとは起動するかだが……。

 

「甘い!」

 

 何度目だ。砂糖菓子かよ俺の攻撃は。

 今度も重巡の砲撃がぶち当たる。何でそんな精度高いんだよ。距離あんのに海中進むもんを撃ち抜くな。お前のツラ、覚えたからな。

 

「とは言えそんな至近じゃ、結局な」

 

 俺が放ったのは、さっき初春からがめた釘付き魚雷だ。それが翔鶴の直近で爆裂する。想像するだに恐ろしい。

 穴を増やしてやる。

 

「きゃ?!」

「おぉ……」

 よかったちゃんと作動したな。ん? 思ったより派手だなこれ。

 え、まじ? ちゃんと生きてる?

 

「ふははははっ! それは丹精込めたからの、威力は高いぞ?!」

「乱心してんのテメーじゃねえか」

 

 そもそも深海棲艦に釘とか効かないだろ。何を攻撃するのに作ったんだよ。殺すつもりはなかったんだ。

 

「かっ、はっ……」

「……」

 

 翔鶴を包んでいた爆煙は次第に晴れるがめっちゃ血塗れじゃん。

 深海棲艦には劣るが、一応艦娘も通常兵器は効かないはずなんだが……。艦娘の兵器として認識されてんのかこれ?

 

「さすが当代一のあらくれもの! 我らが天龍隊長じゃ!」

「やかましいぞクソ餓鬼」

「先程から……その口の悪さを極めんとする天龍は、横鎮ですか」

「酷い認識のされ方だなおい」

「嫌いです」

「あ?」

 

 普通に傷つくんだが?

 

「いきなり攻撃してるんだから、甘んじて受けるべきじゃ無いかしら」

「あまつテメー裏切ったな?」

「そも魚雷放っておいて殺すつもりもクソもなかろうに、嫌われて当然じゃな」

「まあ確かに」

「心情的に僕らはあっち側だよ?」

「お前もか」

 

 なんてね、とシニカルに時雨。

 こいつ、こいつ。

 

「お前、お前」

「語彙死んでるじゃないか」

 

 こいつ好き。

 

「お前には特別に特別なメニューを課そう」

「気が触れたのかな?」

 

 と、遊んでいると発砲される。

 出処は戦艦。あれは、武蔵? すげーのいるんだな委員会は。

 

「ちっ、お前らあんなの敵に回して正気か?!」

「好きで回してないが」

「冗談じゃねえ、死んじまうぞ!」

「お主のせいで、正にわらわは死にかけていたが」

「墓には何て彫って欲しい?!」

「大往生で頼む」

 

 武蔵の砲撃だけじゃなく、その他からも砲撃が飛んでくる。俺だけに向けて。

 

「ちょっと隊長! 引くべきじゃないの?!」

「ああ、ドン引きだ! 一対多とは恐れ入る!」

「隊長を曳航しながらじゃ巻けないわよ!」

「構うな! 全部避けっからよ! あ!」

 

 一撃貰う。めっちゃ痛え。

 

「くそ、今のは戦艦か。内臓飛び出るかと思った……!」

「ちょっと出てるぞ隊長殿!」

「ひえっ」

「両乳が!」

「ならいいよ」

 

 制服がダメージを肩代わりしてくれるのにも限度がある。

 ……早いとこ見つけねーと。

 

「それは困るよ!」

「何がだ時雨!」

「僕の手は二つしかない。そうなると手一杯になってしまうよ!」

「俺の先端を摘むな」

 

 餓鬼どもも攻撃してはいるが、いかんせん艦種の差がありすぎる。魚雷もいいが、さっきのを見るにぶち抜いてくんだろうな。

 

「もう一度問います。目的はなんですか?」

「言わなくてもわかってんじゃねーのか?!」

「知りません」

 

 本当にわからんならこいつはその程度の立ち位置ってことか? 

 

「はっ知らないってのは、所詮はマルイチ部隊加賀の出がらしってことか?!」

「……」

「いちいち地雷を踏み抜くなよ天龍」

「言ってるお前も中々だぞ摩耶!」

 

 そういや俺としたことが、自分の部隊に飽き足らず対敵してる部隊の紹介もまだだったな。

 まあ面倒だからしないが。

 

「ふん、狙いなんぞ分かり切っている。お前らが『ゆうれい』と呼ぶあの女を待っているのだろ?」

「おい武蔵、お喋りだな。俺がせっかく内緒にしてたのに、困るんだよ」

「うちの隊長を困らせた罰だ」

「……困っていません」

 

 そうだ。うちの秘書艦様からは大和の他に『ゆうれい』も捉えてこいと命令された。

 寝言か? と思ったが多分寝言だ。しかし妄言だとしても上官から命令されてはやるしかない。

 とはいえ半信半疑だった『ゆうれい』も、たった今武蔵が存在を証明したようなもんだ。ほんとお喋りだな。

 

「『ゆうれい』については我々委員会直轄部隊が責任をもって捕らえます。あなた方が手を出す問題ではありません。今すぐ拘束されてください」

「はっ、嫌われもんのお前らがか? 笑わせんなよ」

「過去の話です」

「いじめっ子ってのは出来事を勝手に昔のもんにしやがる」

「お? 身に覚えがあるのか隊長殿?」

「ちょっと黙ってろ」

 

 あとで遊んでやっから。

 

「天龍、お前も困った奴だな。なあ忘れたか? 私は昔お前を鍛えてやった『天龍』だよ。ここは私の顔を立てるつもりで引いたらどうだ?」

「あー……思い出したよクソ野郎が、忘れたわ! 何が鍛えるだ、体罰の勘違いだろ!」

「私の気持ちは通じてなかったか?」

「虫酸がダンスしてる」

「気が変わったぞ!」

「なんだよ突然」

 

 初春が叫び出す。情緒どうした、不安定過ぎんだろ。

 

「さっき隊長のことを嫌いで統一したわらわ達だが! 隊長を虐める輩は許さん! 助太刀致す!」

「最初からそうしろ」

 

 トータルで言えば、俺の方が割と酷いこと言い続けてるからな。あと別に虐められてねえ。

 

「理由も告げず艦娘を攻撃しろ、と言われた時は魚雷で転がそうと思ったが! それも気が変わった!」

 

 それは済まんと思うよ。てか、じゃああの釘は俺用だったの?

 

「我ら鉄砲玉! その噂に違わぬぶち込みっぷり、見せてくれるわ!」

「無茶すんなよ」

 

 何するつもりか知らんが、お前らの攻撃全部無効化されてんじゃん。結構練度高い奴らなんだけどな。

 

「吶喊!」

「やめろぉ!!」

 

 攻撃効かないって言ってんだよ!

 そういう場合は大抵相手の攻撃は問答無用で突き刺さるもんで……だから吶喊って自殺みたいなもんだぞ!

 

「ふはは! 心配めさるな隊長殿! 吶喊の術は深雪直伝、プロ仕込みじゃ!」

「……不安が高まる!」

 

 間に合うか? いかれ狂った初春と敵艦(悪い事に戦艦に向かっていきやがった!)の間に滑り込もうと俺も突っ込む。つーか他の奴らも止めろよ……。

 

「あ? お前らも突っ込んでんのかよ!」

 

 なんてこった。狂気は伝播するらしい。俺の中隊メンバーだけでなく時雨まで……。

 なんてやってる間にも敵の砲撃は降ってくる。

 

「何やってんだ俺は。明日は有給だな」

「はっ、明日を気にする余裕があるか?」

 

 武蔵お前の台詞、結構悪役だぞ?

 

 はー、こういうの他の奴らなら考えあって吶喊するんだろうけど、俺の中隊じゃ期待できねーな。

 

 俺とガキどもはあと一息で敵戦艦とインファイトする距離だ。さてこの距離に近づきようやっと気づいたが、こいつ「霧島」か冗談じゃねーぞ。ヤの字も真っ青の暴力装置じゃねーか。

 ああ、もう一つ気づいてしまった。俺もこいつらに中てられたのか、それとも俺の教育の影響がここに来てフィードバックしたのかは知らんが、俺まで考えなしに突っ込んでるのを今更自覚する。

 南無三。

 

「そこまでです」

 

 お淑やかな暴力がやって来た。

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

 さて、ついに駆逐がぶつかるといったまさにその時、待ったをかける者が現れる。

 

「クソが、待ちわびたぞ」

「……ここで現れますか」

 

 現れたのは、叢雲の言うところの仮称大和だ。鶴の一声、とはこのことか。マルサン部隊の攻撃はピタリと止んだ。

 助かった、と思ったがこいつが消えなきゃこんな事態にはならなかったと思い至り死ねと思う。

 

「死ね」

「助けたはずですが……」

 

 うるせえ死ね。

 

「そもそも隊長がもっと作戦を立てればこんな事にはならなかったんじゃないの?」

「やめろあまつ。俺に作戦を考えろってか? 俺の脳味噌はなあ、砲に詰めて敵にくれてやったんだよ」

「重大事案じゃない」

「やめるんじゃ天津風。隊長に言語はまだ早い」

「俺は新生児か何かか?」

「脳味噌がないんじゃ受精卵あたりかな?」

「時雨お前」

「ふふ、冗談だよ?」

「好き」

「なぜじゃ?」

 

 死にかけてたが何とか助かった。ノープランは今後控えよう。

 

「貴女が横鎮の言うところの仮称大和ですね?」

「ええ、そうです。ご挨拶が遅れてしまいすみません。私が、仮称大和です」

「ほう、お前が。妹の私に免じてここで捕まってはくれないか?」

「残念ですが遠慮させていただきます」

「即答か、つれないな」

「何をしにこんな所までいらしたんですか?」

「お答えできません」

「行きません、話せませんたあどういう了見だ?」

 

 摩耶がキレる。こいつ気ぃ短すぎだろ。

 

「隊長もじゃが」

 

 ちょっと黙ってろ。

 

「おいおい、横鎮じゃあ口聞かないのが礼儀なのか? あ?」

「私がここにいる事に理由はあります。ですがそれ以上を誰にも話すつもりはありません。礼を失した行いだと恥じております。しかし……」

「その態度気に食わねえな」

「おや……」

「礼儀正しくお断りすりゃいいと思ってんのか? それともあたしの気をざわつかせんのが目的か?」

「どちらも違います」

「はっ、良い子ちゃんすんのは大変だなぁ! 大変そうだから、……ここで終わらせてやるよ!」

 

 委員会ってとこは何なんだ? どいつもこいつも台詞が一々悪役寄りなんだよ。

 

「死に晒せ!」

 

 せっかく攻撃をやめたと思ったのに、摩耶の発砲を皮切りに攻撃が再開する。

 

「天龍さん」

「え、何?」

「助けてください」

「ん?」

 

 何言ってんだこいつ。俺が天下の大和の助力だと? 屁の突っ張りにもなりゃせんぞ。それとも俺の事をハエ叩きか何かかと思ってんのか?

 

「まあ、飛行機くらい潰すけどよ」

「そうではなくて」

 

 丸腰なんです、と大和。

 

「お前よく出てこれたな!」

 

 そういやこいつ出現した時もすっぴんかんって話だったな。服着てねえ事しか頭に入ってこなかったが、そりゃ服着てなきゃ艤装もないか。

 

「ピンチかと思いまして……」

「今も変わらずな!」

 

 むしろ介護者が増えてよりやばい。介護認定降りてくれ。

 

「皆さん! 目標は『仮称大和』です! 他は放置でも構いません、優先順位をお忘れなく!」

「放置してくれんのは有り難いが、こっちはかまって欲しいんだよ!」

 

 叢雲の話によりゃあ、この仮称大和とか言うやつは艤装や制服が無くても装甲自体は判定として存在してるらしい。駆逐の砲撃じゃビクともしなかったみたいだしな。

 だからほっぽっといても良いかっつーとそうでもない。相手には武蔵がいる。とにかくどうにかしねーと。

 

「おい大和! これ持ってろ!」

 

 俺は大和に向けて刀を放る。丸腰よりかは気も休まんだろ。

 

「ありがとうございます」

 

 受け取りそのまま砲撃を叩っ斬る。曲芸か?

 

「初春、時雨! 大和のてっぺん守ってろ!」

「「了解!」」

 

 対空はまあ二人いりゃどうにかなんだろ。弾は手前で勝手に処理出来るようだし。

 

「あまつは俺と暴力だ!」

「言い方!」

 

 対艦はちっと厳しいがやるっきゃねえ。まずは武蔵から潰す。

 

「ほう、私が最初か? 腕が鳴るな」

「あんたをやりゃあ、大和も安心するんでね」

「そうか、光栄だな」

「ああ、光栄に思いな。俺が伸してやるんだからよ!」

 

 最初、なんてこいつは言うがわざわざ一対一(本当は二対一だが)に持ち込む道理はなく、当然他の奴も俺たちを狙う。大和をやりつつ、片手間で俺たち。

 ……なんかシャクだな。

 

「少しはやるようになったみたいだが、まだまだだな」

「うっせえ! テメーも乳晒せや!」

 

 刀が無い分手持ち無沙汰でいけない。今更胸抑えんのも逆に恥ずかしいし……。殴るか?

 

「隊長! 胸は押さえた方がいいんじゃないかしら?!」

「は? ……お前まさか思春期か?!」

「そうじゃなくて!」

 

 邪魔じゃないの、と言われ確かにそうだなと思う。服が無い事がこんなに不便だとは思いもしなかった。

 

「くそ! こんな事なら時雨を付けときゃ良かった!」

「良くないわよ!」

「バルジの代わりにもなったのにな!」

「さらっと怖い事を!」

「おら!」

 

 組み付く。武蔵の砲はそれはもう強烈で、近くで発砲されるとそれだけで死にそうだ。だが死にそうなのを我慢すれば近づく事は容易い。

 

「そう簡単に接近されると教示が傷付くのだがな」

「はっ、後輩の成長を素直に喜べクソゴリラ」

「そうかじゃあ祝福してやろう」

 

 武蔵から右の拳が飛んで来る。

 肉弾戦。こうなりゃ艦種なんて関係ない。

 上体を後ろに反らしそのまま蹴り上げる。

 

「温いぞ!」

 

 嬉しそうに俺の攻撃をいなす。

 ……こいつのこういうとこが嫌いなんだよ俺は。

 

「相も変わらず、暴力好きだなテメーはよ!」

「切羽詰まってやる事が格闘技なお前が言えたことか?!」

「師匠の教えでな!」

「言いつけを守るとは良い弟子だ!」

 

 お互い殴る、蹴る、頭突く、引っ張る叩く抓る転がす……何でもござれだ。

 

 はー、本当やだ。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 膠着、と言った様相だ。数分は殴り合ってるが決定打が無い。

 俺は武蔵の影に隠れる事で他の奴らの弾を避けている。

 大和の方もガキどもが空母二隻の攻撃をいなせている。弾は大和が正確無比に切り落とす。俺の刀って斬鉄剣だったのか?

 

 ごす、ごすと暴力が音を立てている。俺の体は楽器じゃねーんだよクソが。

 

「だらぁ!」

 

 鳩尾よ死ね。貫く気持ちでぶち抜く。

 

「攻撃が真面目すぎる!」

「じゃかーしい!」

 

 真面目、良いだろ。真面目が馬鹿を見ちゃいけないんだよ。

 武蔵は俺のストレートをその身で受ける。余裕ってか? 本当イラつくな。だからもう一発。

 

「せぃ!」

 

 肝臓よ死ね。二度と飲酒できなくしてやる。

 

「ははは! 力も、速度も、何も届かないぞ!」

 

 うるさいじわじわと死ね。

 

「はー、くそったれが!」

「悪態を吐くだけでは変わらないと教えた筈だが?!」

「忘れたわ!」

 

 これリバーブロー効いてねーな。格が違うって事か。

 膠着なんて言ったが正直盛った。すでに遊ばれてる。

 

「困るんだよ。俺は今日ここまで良いとこが無いんだ」

「貴様の不出来を私になすりつけるなよ」

 

 そりゃそうだ、お前は悪くねえもんな。でも死ね。

 

「こんなに死ねと思いを募らせてんだ。弟子の気持ちに応えろよ!」

「お前も捻じ曲がったな」

「素直なだけだクソボケが!」

 

 顔を狙ったストレートをギリギリで躱しこっちも顔を狙う……、が避けられるからこれはブラフ。本命は膝。砕けろ膝蓋骨!

 

 俺たちは互いに近過ぎて、砲を撃つとその余波でただでは済まない距離にある。

 だから砲で打つ。

 

「っらあ!」

 

 俺は艤装を引っこ抜き、それで膝をぶっ叩く。ひしゃげろ半月板!

 

「ぐっ!」

「やった死ねぇ!」

 

 思わず喜ぶ。

 

「舐めるな!」

「ごほっ!」

 

 武蔵は砕いた膝で俺の腹を蹴る。いや砕けてねーなこれ。

 

「おい……、鉄で殴られたら再起不能になれよ」

「大和型がそんな事で沈むか」

「沈めよ」

 

 効かなかったが艤装を持った事で手元が寂しくなくなったから調子が良い。長物じゃないのは残念極まりないがいけそうだ。

 

「喧嘩に道具とは感心しないな!」

「天下の大和型が、みみっちい事言うんじゃねーよ!」

 

 艤装を持ったが、結局殴る、蹴る、頭突くと最初に戻る。やってられっか。

 終いにゃ顔を掴まれる。ふざけんなよ。

 

「喧嘩を始めたらそれしか見えねえ単細胞脳筋が」

「お前もだ、天龍」

「俺は違うぞ」

「何?」

 

 言いながら武蔵の顔を蹴り飛ばし、その勢いで後ろに転がる。

 良かった、顔千切れてないな。

 

「俺は戦いの最中に仲間を忘れた事はねえ」

 

 どん、と腹に響く音が鳴る。

 ずっと殴り合ってたせいで脳筋クソ野郎の武蔵は忘れてたみたいだが、俺には天津風がいる。駆逐の魚雷は強烈だ、お前らの旗艦もまだ血塗れだしな。お前もあとを辿れ。

 

「でかしたあまつ」

「本当は隊長も忘れてたんじゃないですか?」

「本当はな」

「ちょっと……」

 

 冗談だ。

 

「ちゃんと殺したか?」

「殺すわけないでしょ! 威力絞ったわよ!」

 

 ……冗談だ。

 

「おっと……!」

「きゃ!」

 

 砲撃が飛んでくる。武蔵は転がしたが、そういや敵はあと五人もいる。

 

「まだ良いとこ無いが、あと五回分も猶予がある」

「そんなのいいからもう帰りたいんですけど……」

「悪態吐くだけじゃ変わらないらしいぞ」

「もうやだ」

 

 どんどん行こうぜ。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

 切った張ったを繰り返し、初春が弾切れ、天津風は大破。俺と時雨も中破以上。大和は流石の無傷ときた。こいつ何なん?

 

「だがここまできたな」

 

 損害多数だが、戦果も多い。

 武蔵のあとには片割れの空母と重巡、霧島を張っ倒した(ここで紹介するがもう一人の空母は蒼龍、重巡は高雄だった)。

 翔鶴は旗艦を務めるだけあってしぶとい。あと摩耶は根性で耐えてる。凄い。

 

「摩耶さん、まだいけますか?」

「……いけるに決まってんだろ、死んでも食らいつくわ」

「いやそろそろ退けよ」

 

 俺が言えた義理じゃねーけどなんだこの執念は。こえーよ。

 

「貴女たちが退いてください」

「断る。お前ら大和拐うだろ」

「……その者の正体を知っての行動ですか?」

「知らねーよ大和だろ」

「深海棲艦です」

「……」

 

 瞳孔鋭く、返す言葉も出てこない。

 そして翔鶴は大和を睨め付ける。

 

「ここに来た目的は何ですか?」

「お答え出来ません」

「沈んだ艦娘から艤装を剥ぎ取るためです」

「何?」

「その、『仮称大和』と名付けられてしまった深海棲艦は、過去に沈んだ艦娘の艤装を奪い、完全に成ろうとしている。そして沈んだ艦娘とは初代艦娘、最も強き者です! そんな艤装を背負った深海棲艦を、貴女は止められますか?! 犠牲なくしては不可能です! ならば私たちは! それを未然に防がなくてはならない!」

「こいつがか?」

「必ず殺します」

 

 それは、どっちがだ。と言いたかったがやめた。どっちもだろう。

 

「武蔵、いつまでそうしているのですか? 貴女は志願してここにいる筈です」

 

 無駄だ。武蔵はもう……。

 

「……怒られるとは、思わなかったな」

「……寝てろよ」

 

 手加減したとはいえ、模擬弾でもねえ魚雷ぶち当たってんのに立ち上がるなよ。

 

「おい大和、逃げるぞ」

「私は残ります」

「ざっけんな、俺のガキどもが死にそうなんだよ。退くぞ」

 

 このまま続けると確実に死者が出る。

 くそ、もっと軽い任務の筈だったぞこれ。

 こいつらと会敵しても、適当にいなしつつ大和かゆうれいを捕らえて撤退。何でこんなに血を見てんだ?

 

「普段の行いのせいじゃの……」

「くたばれ」

「まさに死にそうじゃが」

 

 俺の言葉に突っかかる気力があるなら平気だな。

 

「私の行いは私が決めます」

「あーそうかいそりゃ殊勝な心がけだな。俺もあやかるよ。だから一緒に来い」

「駄目です。行けません」

 

 言ってると発砲される。武蔵の砲だが威力が低い。大分参ってはいるみたいだが厄介だ。

 

「テメーも強情だな、俺が来いって言ったら『はい』『行きます』の二つ返事がルールなんだよ」

「無茶苦茶ね……」

「天龍さん私は……」

「はー! お前が帰ってこねーと叢雲が悲しむって言ってんだよ! やりたい事が有るのは大いに結構、でもちったあ周りも見やがれよ!」

 

 俺の言いに大和は無表情を返した。気に食わねえからケツを蹴っ飛ばしたら、わかりました。と今度は苦笑いを返した。

 

「最初からそう言え。……おら鉄砲玉ども、煙幕展張、ずらかるぞ!」

 

 翔鶴らはもちろん承諾してくれない。顔が怖い。武蔵に至っては天津風が伸した時より目がギラついてやがる。

 どいつもこいつも大和を見ている。見ているが、その視野狭窄が運の尽き、突如翔鶴は横っ飛びに転がっていく。見事な回転で芸術点がとても高い。

 下手人は……。

 

「深雪スペシャル!!!」

 

 決めポーズが眩しいな。

 




摩耶さま……好き……


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9話

長門秘書艦から大和捜索を命じられた天龍。彼女は隊を引き連れ委員会直轄領へ赴く。そこで対峙するは翔鶴を筆頭とする委員会所属のマルサン部隊。切った張ったの大一番、手にするは釘、掴むは仲間の絆、取り零したるは敵の命(たま)。突っ込んで来た鉄砲玉は勝利の女神を呼び込むか?


 

 この世はクソをクソで固めてクソで煮込んだクソ。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

 ここだ。

 突然の出来事に数瞬の硬直もしなかった俺は褒められて然るべき。

 

「初春!」

「任された」

 

 初春に呼び掛けるとまさに阿吽。用件を聞かずとも大破した天津風を抱えて走り出した。

 

「時雨は全部ばら撒いてけ!」

「魚雷ってことでいいのかな?」

「撒けるんなら何でもいい!」

 

 目を眩ませろ、深雪の事は気にすんな。多分避ける。

 

 言うまでもなく時雨は遠慮無く攻撃する。と同時に深雪は射線を外れるため弾けるようにすっ飛んだ。駆逐同士通ずるものがあるのだろう。

 

「この程度でどうにかなると思っているのか?!」

 

 武蔵が吠え、魚雷を踏み抜く。

 

「酷いな、僕一生懸命やってるのに」

 

 羽虫でも叩くかの様に時雨の攻撃をいなす。手負いとはいえ栄えある大和型って訳だ。

 でもなあ、足元ばっか見て不用心が過ぎないか?

 

「よお、第二ラウンドと洒落込もうぜ!」

「……!」

 

 武蔵は魚雷の道筋を目で追っていたため海中に注意がいっていた。流石に今の状態じゃ、魚雷は致命傷か?

 ざまあねえ、脳天カチ割ってやる!

 

「お前の相手などしてられん!」

「あ?! つれねえなあ! せっかく会いに来てやったんだ、感涙に咽べや!」

 

 俺は武蔵の頭にかかと落としをくれてやった。顔には出さんが堪えたみたいだなぁ、ふらついてんぞ!

 

「はははははっ! ついに! 響いてきたなぁ!」

「くそが!」

「悪態ついても変わんねぇぞ?!」

 

 頭上からの衝撃に、姿勢を落とす事で耐える武蔵。半身(はんみ)だ。

 俺は武蔵の右の太腿を右の足で踏みつけ、体を回す。

 

「死ねおらぁ!」

 

 ふと、俺は何をしてるんだ? と正気に戻った。なぜ気軽に肉弾戦してんだろう。

 かんむす? なんですけど。

 

 ただ、ここまで来て体は止まらない。気持ちも。蹴り抜け。

 

「どっせい!」

 

 顔面に、回し蹴り!

 

「ぐぅ……!」

 

 俺の勝ちだ。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

 逃げ切った。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

 脱兎の如く駆け抜けた俺たちは、現在横鎮が掌握している海域まで戻る事が出来た。

 

「何で深雪様が怒られる?」

「ふんっ!」

 

 深雪が翔鶴を何らかのプロレス技で転がした後、脅威を排除して俺たちは一目散で逃げ出した。

 初春に、「お前はあんな事をしようとしてたのか?」と問うと目を逸らされた。

 できない事を土壇場でやろうとするな。

 

「おいところで結局俺の見せ場無かったぞ、どうしてくれんだ?」

「……武蔵倒したじゃないですか」

「あれはお前のスコアだろ」

 

 あまつが弱らせてたし、いいとこ取りだったな。

 いまいちパッとしねーんだよ今日の俺。

 

「なあ吹雪、深雪様は悪いことしてない筈なんだが? おかしいよなこれ」

「しばくぞ」

「ひょえー……」

 

 こいつらは吹雪哨戒班だが、深雪だけが先行して来てたらしい。そんでこれ。吹雪がブチ切れてる。

 深雪は深雪スペシャルするのが好き過ぎて冒険し過ぎる。吹雪の心労は凄そうだ。

 

「ところで皆んな無事で良かったよ。怪我はないかな?」

「どっからどう見ても満身創痍なんだが、目ん玉にカビでも生えてんのか?」

 

 俺の横からひょっこりと顔を出すこいつは古鷹。叢雲のタレだから多分紹介されてんだろ。省くぞ。

 

「あはは、え?」

「隊長殿、此奴からしばくか?」

「待て、目が腐ってるんだ。労ってやれ」

「見えてるよ?」

「見えててなおその暴挙」

「無謀な事する子達はお仕置きだよ」

「! そうじゃ、もっと言ってくれ!」

「テメー裏切ったな?」

 

 好きで暴れてた訳じゃねえんだよ。偉い奴から無茶振りされての今なんだ。

 俺は悪くねえ。

 

「隊長ー、怪我は無かった?」

「脳細胞死滅してんのか? ズタボロだっつってんだろーがよ」

 

 こいつは島風。営巣が住処になった筈だが出てきてしまったらしい。つーかそれならもっと早く出ろ。何一人安全圏にいやがる、一緒に苦しめよ。

 さて、島風の裏切り野郎は置くとして、俺たちは吹雪哨戒班に救助されたらしい。まあ古鷹と島風を足した混成メンバーではあるが。叢雲はどうした?

 

「おい吹雪、危ない女は居ないのか?」

「叢雲ちゃんのこと危ない女って言うのやめてください!」

「俺はあいつと会ったら飴玉くれてやるのが日課なんだが、いないとポケットから溢れちまうぞ」

「こらこら天龍、おやつは300円までだよ?」

「300円分の飴って相当だぞ?」

 

 時雨……。いや時雨と古鷹喋り方被ってんな。わかりにくいんだよダボ供。

 

「よし、お前ら今から殺し合え。勝った方だけが言葉を操れ」

「歴史漫画の織田信長みたいだね」

「歴史漫画の織田信長ヤバい奴だなそれ」

「だいたいそういうキャラ付けされるよね」

 

 おい、本当にどっちが喋ってんだよ。

 

「どっちでもいいですが、報告書をあげるので経緯の報告をお願いします」

 

 話をぶった斬られた。

 吹雪もたくましくなったな。昔はイ級が鳴くだけでビビってたってのに、今じゃ哨戒班の班長か。

 

「お前も偉くなったな」

「隊長、吹雪に隊長の絡みは刺激的過ぎます。控えてください」

「あまつ俺に厳しくない?」

 

 こいつのメンタルなら、俺の軽口くらい鼻ほじりながらでもいなせるだろ。

 

「大和が消えたから探してたんだよ俺たち。無謀だよな、なあ大和? あ! 痛たたたっ! 大和?! これ骨折れてるわー!」

「唐突に当たり屋」

「そういうところが嫌われる要素だよ天龍」

「今日当たり強いなお前ら」

「当たり屋だけに?! ねえ?!」

「島風……」

 

 IQの低いお前だけが俺の癒しだ。

 

「今日はミニ四駆してもいいぞ」

「本当?!」

「ああ、クラッシュギアもだ」

「あれは遅いからいい」

 

 天龍さん、と吹雪にせっつかされる。そう慌てるな。

 

「まずお前はどこまで聞かされてる? 長門には雑に言い渡されたが、多分機密とか含んでる筈なんだよなこの任務」

 

 は?! と声が上がる。魚でも……魚は鳴かないんだったな。

 

「そういう大事な事はちゃんと言ってください!」

「あまつ、聞こうが聞くまいが大差ないだろ」

「心持ちというものがあるじゃろうて」

「何だよ、機密ならやる気出てそうじゃないなら流そうって魂胆か? あ?」

「それは言ったほうがいいよ」

 

 古鷹に怒られる。

 くそ、俺より位の高い奴がいるとやり辛いな。適当に煙に巻かせろよ。

 

「……大和さんのことは、まあたくさん聞きました。他の事はわかりません」

「なら良いか、全部教えてやるよ」

「なあお前らんとこの隊長雑じゃね?」

「うむ」

「うむじゃねーよ聞こえてんだよ罰走」

「……変わった語尾じゃの」

 

 罰走は語尾じゃねえ。

 

「そもそもここに派遣されてるって事は、まあ事情に肩まで浸かってるってことだろ。良い湯加減だったか?」

「のぼせそうです」

「結構」

「吹雪? 深雪様は何も知らないんだが」

「深雪ちゃんは耳に魚雷でも詰めてて」

「冷たくない?」

「……深雪が悪い」

「初雪居たのか」

 

 文字でしか表現できないのだからさっさと発言してほしい。困るだろうが。

 

「おい初春、釘魚雷貸してやれ」

「あれは人に向けるものではない」

「俺を打つために装備してたんじゃないのか?」

「そんな訳あるか」

 

 なんだ、被害妄想だったか。

 

「翔鶴を狙った時は正直ちびった」

「ノリノリだったじゃねーか」

「滅相もない」

「つーかお前ら敬語はどうした? 礼儀作法は錆びついたのか?」

「え、今更?」

「できてんのはあまつと吹雪だけじゃねーか」

「……私は?」

「あ? 初雪、違うってんなら証明しろ」

「……天龍さん」

「おう」

「賄賂です」

「合格だ」

「天龍も敬語しないよね?」

「馬鹿言え、艦娘に序列なんぞありはしねえ」

「脳に支障があるみたいだね……」

 

 毎日龍田が整備してるから心配すんな。

 

「なあ、ところで何で天龍さんはトップレスなんだ? あと深雪様も敬語できるぞ」

「できるならしろ」

「あ!」

「どうした時雨」

「さわっ」

「摘むな」

「君たち自由だね」

 

 本当だよ、もう古鷹が仕切ってくれ。俺じゃ進まん。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

「じゃあ私が進めてくね? 吹雪ちゃん、いいかな?」

「あ、はい。お願いします!」

 

 吹雪ちゃんは礼儀正しいね。叢雲もこのくらい、……叢雲はあれだから可愛いのでまあいいよね。

 

「実は私も仮称大和については大体のことは教えてもらってるんだ、それで大和さんは何をしにここまで来たのかな?」

「……お教え出来ません」

 

 おうおうてめー、と天龍が威嚇する。こら、やめなさい。

 

「隊長が普通に怒られてる……!」

「しゅんとしたの……」

 

 大和さんは答えられないそうなので天龍にも同じ事を尋ねる。

 

「あ? ……まあマルサン部隊の奴らはゆうれいの艤装を剥ぎ取るためって言ってたな」

「そうなるとやっぱり困るよね」

 

 懸念すべきは仮称大和の離反だ。そもそも横鎮に、というより人類に与しているのか? という疑問もあるけど。

 

「大和さん、そういうことであってるのかな?」

「……」

「……おい大和、摩耶じゃねーけど、ここまできて話せませんはちっと困るぞ」

「私は……あの」

 

 言い淀む。

 はて? 仮称大和が艤装を探している事は、それなりの役職を持っている人には周知の事実(らしい、って事しか私も知らないけどね)。今更隠す事でもないんじゃないかな。

 

「……はっ! 大和さん? もしかして」

「深雪さん、違います」

 

 何かを察知したのか、大和さんは深雪ちゃんの発言を遮って否定する。

 

「叢雲探しに来たのか?!」

「違います」

「なにっ」

 

 ここに来て行方知れずの叢雲を探してた? 嘘でしょ?

 

「この表情、間違いない! 叢雲好き過ぎウーマン大和! 見破ったぞ!」

「まじ? 大和お前まじ?」

「違います」

「そりゃ言いづらい訳だわ、叢雲探しにこっそり出てきたら俺らが修羅場してんだもんな。それも一部お前を巡って。そりゃ言えないわ」

「違、やめてください」

「やだ、照れてる……」

 

 照れてる……。やだ、何これ。

 

「ふーむしかし流石じゃ」

「ん? 何がかな?」

「天龍隊長が何百文字かけても聞き出せなかった大和殿の目的をこうもあっさりと」

「気軽にディスってんじゃねーぞ」

 

 そんなことよりも、そんなことよりもだよこれは。本当に叢雲を探しに来ていたのだとしたら問題だ。いや、問題か?

 

「大和さん、正直に答えてください。叢雲を探していたんですね?」

 

 はいかいいえで答えさせるのが手っ取り早いだろう。クローズドクエスチョンと言うらしい。叢雲から教わった。

 

「いいえ……。あ、はい……」

 

 天龍が凄く睨んだら折れた。質問方法とか関係なかったね。

 ……叢雲を探していたのか。でも何で? いくら叢雲が可愛いからといって、会って間もない大和がここまでするのか? 

 

「他にも何か隠してんじゃねーのかああ?!」

「……叢雲さんを探しつつ艤装も探してました」

「どっちがおまけなのかなそれ……」

 

 ここまでさせる何かが叢雲には有るのだろうか? わからない。正直あの子の事は時々わからなくなる。

 私の知らない叢雲。悲しいけれど確実にそれはいる。会いたいなぁ。

 

「じゃあ天龍さんのところに出て来たのはどうしてかな?」

「偶然です」

「偶然で火花バチバチの鉄火場にひょっこりする奴があんのかああ?!」

「ヤの字じゃの」

「叢雲ちゃんがそこにいたんですか?」

「……いえ、あの」

 

 吹雪ちゃんが問う。この反応は良い線いってるのかな。天龍が追撃する。

 

「歯切れ悪いなぁ、そういう時はなんか隠してんだろ?!」

「ふふん! 深雪様は気づいちゃったぞ!」

「ほう、言ってみろ!」

 

 何だろ。

 

「天龍さんは昔叢雲だったから勘違いしちまったんだ!」

「んな訳あるか」

「……」

「うそ……」

 

 うつむいちゃった! そんな事ある?

 

「か、艦の魂はそれぞれ独自の色をしています。私はそれが見えて、遠くから、あの……」

「しどろもどろじゃねーか」

「可哀想になってきたね……」

 

 艦の色。知らない何かだ。天龍は数年前まで叢雲だったからそれで誤認した、ということか? 遠くからと言ったがレーダーの役割を果たすのだろうか? 

 

「それほど便利なものではありません。目視出来たものだけ見えるのです」

「なるほどな、俺の存在感がバリ目立ちしちまった訳か」

「悪目立ちじゃなくてかい?」

「ちげーよ」

「不覚でした」

「なんとなく失礼じゃねーかそれ?」

「艤装も叢雲も何処にいるのかわからないけど」

 

 とりあえず休もうか、と小さく見えてきた鎮守府を指差し、私は提案する。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

「では吹雪、報告頼むよ」

「は、はい!」

 

 私は、天龍さんが混ぜっ返して古鷹さんがまとめた内容を報告する。司令官に……。

 

(何で私が報告するの?)

 

 いや、報告すること自体に文句は無い。問題は何故司令官なのか? という点だ。

 トップがわざわざ報告を聞きたがるな、部下に一任しておいてくれ。と内心愚痴る。

 

「そう緊張するな」

 

 長門秘書艦は普段の調子で私をあやす。まあ、あやすと言っても判子を押しつつ司令官をど突きながらなので言葉だけだ。

 そして司令官の部下が報告を聞くとしてもそれは秘書艦ということになるのでどちらにせよ緊張は……。

 いや、そうではなくて、もっと下の、事務の人ではだめだったのだろうか?

 

「おい」

「ひえっ」

「怖がらせるな!」

「痛えなくそ! ……お前が私の太腿に打撃を加えるからそれに怒ってるの! お前が止めれば解決するの!」

「ならば仕事をしろ」

 

 秘書艦には秘書艦専用のデスクが与えられているが、そちらはもぬけの空だ。長門秘書艦は司令官の隣に座っている。

 隣、ゼロ距離だ。

 

「判子押すのに何でいちいち肘が入るんだ?! 凄く痛い!」

「秘書艦業務は身体が鈍るからな」

「なるほどな……、あ! では床に用紙を置いてスクワットしながら押したらどうだ?!」

「それでは貴殿を叩けない」

「叩かないで!」

「仕事をすればな」

 

 付き合ってるのかなこの人達。

 

「ああ、済まない吹雪。報告してくれ」

「はい……」

 

 言いたい事は多々あったが、ただの駆逐が言うのは憚(はばか)られたのでやめた。

 詳細を素早く伝えた。早く逃げたい。

 

「なるほどね、大和は艤装を探してたか」

「どちらかと言えば叢雲を探していた様に感じたが?」

「それについてはどちらでも構わないんだ。……それで見つかったのかい?」

「貴殿は人の話をよく聞け。無かったと言っているだろう」

 

 記憶喪失か? と辛辣な長門秘書艦。まあ確かに、せっかく報告したのに聞いてもらえなかったとなると悲しい。

 

「そんな訳あるか」

「ではパワハラか?」

「そんな訳あるか! そうではなくて、大和が探したのだから何か見つかるのが道理だろ。あそこまで個が保たれた艦だ、貴様ら艦娘の『姉妹』の様な関係性が大和と最初の艦にはあると踏んでいるのだ」

「貴殿……」

「お、関心か? 照れるなぁ私の鋭い洞察に仰天しちゃったか」

「無理して私達を貴様と呼ばなくていいぞ」

「やめてよ!」

「威厳が無いのは分かるがな……」

「憐れまないで!」

 

 何かコンビニで店員同士が仲良くしてる時の居心地の悪さを感じる。正直帰りたい。

 

「あの……本当に何も見つからなかったんです」

「やはり……」

「そのやはりは私を憐んでのやはりだな?! 許さんぞ!」

 

 帰っては駄目だろうか?

 

「吹雪、命令を出す」

「え、あ、はい!」

「あれ? それ私が言う台詞じゃない?」

 

 長門秘書艦は司令官に構わず続ける。

 

「おそらく大和は今後も脱柵を試みるだろう。その度に捜索して『ハプニング』が有っては堪らん」

 

 委員会との接触は『ハプニング』とするらしい。まあ確かにハプニングだが、それで済むとは思えない。何らかのペナルティが課せられるか、天龍さんは軍事裁判なのではないか?

 さっきの今なのでまだ事は動いてないが、天龍さんは無事なのだろうか……。

 

「そこで定期的に大和を連れて哨戒をしろ。燃料は嵩むが……、まあ仕方あるまい」

 

 質問は有るか? と聞かれたが質問だらけだ。どうしよう。そして拒否権は無さそうだ。

 

「はい。哨戒は正規のルートを外れて行うと言う事でしょうか? 大和さんがたまたま委員会直轄領に居たとは思えません。であるならば吹雪哨戒班は常に危機的状況に置かれることになります。私は班長として班員の安全を蔑ろにする事はできません」

「ほう……」

 

 司令官が睨(ね)め付ける。しまった、早まったか? まずはルートだけを聞けばよかった。しかし、妹達を思えば、そこは……。

 

「姉妹の義理か?」

 

 義理か、と聞かれればそうだと答えるのが妥当だが、馬鹿正直に答えるのは選択を誤っているとしか言えない。

 

「そうです!」

 

 誤っちゃった!

 

 

 

 ■ ■ ■ 

 

「そんでまた俺か」

「天龍ちゃん?」

 

 委員会直属の艦娘どもとドンパチして数日経ったが沙汰が来ねえ。流石の俺でもやきもきしてきた。

 殺すなら早くしてくれ、胃が痛え。

 

「そろそろお前ともお別れかもしれんな」

「ああ〜、やっと」

「やっと?」

 

 こいつうっかり辛辣なこと言うんだよな。

 

「でも天龍ちゃん長門秘書艦に命令されていたんでしょ? なら長門秘書艦に押し付けちゃえばいいじゃない〜」

「長門秘書艦に押し付けちゃえばいいかもしれんが、それが実現可能かは審議が必要だろ」

 

 多分しかとされんじゃねえのか。正式な通達だが、あれ多分書類に残してないから。

 じゃあ正式じゃねーじゃねーかって突っ込みは正しい。

 

「じゃあ正式じゃねーじゃねーか」

「無理すんな」

 

 お前がそんな口調なの初めて聞いたぞ、やめてくれ。

 

「ふぅーん、でも天龍ちゃんがいなくなるのは悲しいわぁ」

「何かあっさりしてねーかお前?」

「塩ラーメン食べたい気分なの」

 

 昼は決まりだな。

 

「塩ラーメンは確かにあっさりしてるけど、所詮はラーメンなのよねぇ」

「なぜ自分の発言を潰してく?」

 

 潰すってーと武蔵はちゃんと死んだんだろうか? あの頑丈クソ女思い出したらイライラしてきた。

 

「おいあまつ!」

「えっ! 何?! 何ですか?!」

 

 言い忘れてたが今は艤装の整備中だ。前回ガキどもがすっぽかしたからな、まじ許さん。

 

「ちょっと体触らせろ」

「嫌です……!」

「ちょっと体触らせろ!」

「ひえぇ」

 

 こいつ華奢だな。ちゃんと食ってんのか?

 

「駆逐は細っチョロすぎんだよ、もっと飯食え飯」

「食べても吐かせるじゃないですか……」

 

 訓練で吐くのは仕方ねえよ。吐いた後また食えばいいんだよ。

 

「吐いた後に食べるの辛いんですよ?」

「確かにな」

 

 俺も駆逐だった頃があるからそれはわかる。武蔵(俺が駆逐の頃は天龍だった)もわざと腹殴って嘔吐させにきたからな。

 

「緑のゲロ出した時は流石に死んだと思ったもんだよ」

「……緑のゲロ?」

 

 そんなことはどうでもいいんだ、今はお前の体が目当てだ。

 

「きゃあ?! 触らないでください!」

「は?」

「え、純粋な疑問を映す瞳……」

「同意の上の筈だが?」

「そんな訳ないじゃないですか!」

「じゃあ俺がセクハラしたって言いたいのか?」

「間違いなくハラスメントだと思うわよ〜」

 

 敵しかいないじゃねーかよ参ったな。

 

「俺はな、お前らの体型をこの手で感じる事で必要な訓練を導き出そうとしてるんだよ、それをお前セクハラだと? ブチ切れんぞ」

「もはや気分で物を言っていませんか……?」

 

 まあそうだな。常に気分だ。

 

「気持ちが溢れ出てるだけだ」

「抑えてください……」

「漏れ出る情動をどうしろと?」

「知りませんよ」

「わかった」

 

 天津風は目に見えてホッとする。こいつ顔に出やすいんだよな。

 

「お前に必要なのは打込み稽古だ」

「……そっち」

 

 艦娘の打込み稽古って何すんだ?

 

「魚雷?! 魚雷撃ち込めばいいの?!」

「お前に必要なのは」

 

 なんだろうな島風に必要なものは。

 特に思いつかんな。

 

「お前は全てを持ってる。免許皆伝だ」

「やったー!」

 

 まあ実際にこいつは持ってる。無いのは頭くらいなもんだ。

 

「……打ち込み? 何をするの?」

 

 あまつがぶつぶつと言いはじめた。こいつ根が真面目なんだよ。俺の気分に取り合うな。

 

「お前に真に必要なのは俺の話を聞き流す力だ。頑張れよ」

「じゃあ変な事言わないでくださいよ……」

 

 こいつと島風は姉妹みたいな扱いを受けているが全然似てないよな。まあ実際には違うから当たり前だが。

 本当の姉妹艦は結構似通る。見た目や性格じゃなく、なんて言うか、何だろな? 存在というか曖昧な箇所が同じだな、と感じる。以前に叢雲と吹雪を間違えたことがあるくらいだ。

 

「じゃあ今日から真面目になるわ。だから委員会も俺のこと許してくんねーかな」

「無理では?」

「無理かどうかはお前が決めることじゃねーんだよ」

「そうじゃな、委員会が決めることじゃな」

「はー、翔鶴がときめいた顔して俺のとこ来ねーかなー」

 

 あんなコケにしてほの字な顔して来たらいよいよヤバいよな。今頃はドックで歯噛みしてんだろうよ、俺の事嫌いって言ってたし強烈に恨んでそうだ。

 

「翔鶴というと、あの部隊とやり合って私達は平気なんでしょうか?」

「平気なもんかよ。俺はいつクビが飛んでもおかしくねえ。怯える子羊になった気分だよ」

「隊長が怯える子羊になる所は正直見てみたいの」

 

 委員会直属の艦娘の立ち位置は強い。鎮守府や泊地に属する艦娘より多くの権限が付与されている。

 しかし俺らに何の権限があるんだって言ったらまあ何一つ持って無いので力関係は天と地だ。

 

「くそっ、俺に力があれば……!」

「突然主人公すな」

「俺に暴力があれば」

「もうあると思いますよ」

 

 失礼極まる。

 正義の力と言い直せ。

 

「まあいいや、俺は整備終わったからよ。お前らもさっさと済ませろよな」

 

 そう言いその場を離れる俺に待ったをかける声が一つ。

 何だ、もう飽きたから帰りたいんだが。と面倒臭くて煙に巻こうと構えたが。

 

「あなたの艤装に凍結命令が出ました」

 

 と頬を赤らめたり、恥じらいを見せたりと。そんな素振りを一切しない能面の様な女がそこに立っていた。

 

「……翔鶴」

 

 せっかく整備したのにな。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

 夢を見ている。

 またここか。

 

「……今回は自由に歩けそうね」

 

 赤い世界にポツンと置き去りにされた。歩くのも億劫だが、ここにいても仕方がないので出口を、有るか分からないが目覚めの切っ掛けを探す事にした。

 

 暫く歩くと見覚えのある扉を発見する。『対深海棲艦対策室』その扉は依然としてそこに有るが施錠されていた。力任せに捻れば取手が壊れ、二度と開かない壁に変わったらしい。諸行無常。

 ではどこに向かうべきか、私は手掛かりもなくまた彷徨う羽目となった。

 

「……」

 

 特に思う事もなく退屈を苦痛に感じる。

 そうやって時間を無駄にしているとふと視線を感じた。

 

「何か用?」

 

 あの女が、大和が艦娘だと言った最初の艦がそこにいた。

 

「私は悪魔じゃない」

「らしいわね」

 

 それはもう聞いた。

 

「あんた人間らしいじゃない、それも艦娘」

 

 悪かったわね、と謝る。まあこんな見た目してる方が悪いと思わなくもないが、気にしてることをづけづけと踏み込んでしまったみたいなので、ごめんくらいは言っておこう。

 

「あの娘は私が倒した娘だった。あの娘は私を恨んでいた」

 

 一陣の風が吹き、景色が流れる。

 するとどうだろうか、いつの間にか踏みしめていた地面が赤から青に変色した。いや、どころかこれは海に変わった。

 

 艤装もなしに浮ける筈がなく、落水の衝撃をどうにかしようと両の手を広げるが……。

 

「……浮いてる」

 

 身を守る事を優先した私は中途半端な体勢を取る。何だこの格好は、ふつふつと恥ずかしさを覚えたが事態は私を慮ってくれそうにない。

 

 凪の海、影二つ。

 一つは大和、一つは……。

 

「……誰?」

「私は名も無い最初の艦。最強と謳われ並ぶ者は無かった」

 

 あんたに聞いてない、と思ったが事情通だろうから黙って聞くことにした。

 

「その存在は一隻の深海棲艦から象(かたど)られ、希薄にして唯一無二」

 

 この時までは。

 

「あ……」

 

 ふと、大和が死んだ。

 

「やま……! いや、現実じゃ」

 

 現実じゃないのだ、ここは。

 呼び掛けることに意味は無いし、焦る事もまた無意味だ。

 しかし、このまま大和が死ぬのを見ているのは気分が悪い。

 どうしたもんかともやもやする。

 

「あんた、私に何をさせたいわけ?」

「これは記憶。私が私じゃなくなり、あの娘が私に成る」

 

 最後の記憶。と。

 大和が海中に没し、波が立つ。

 もう一つの影はそれを見つめ、静かに、海に溶けるように身を落としていく。

 

 そして私たちもその後を追うように海中に没した。

 

 凪の海、影は無く静寂。

 



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