俺が大洗以外の学校に行くのはまちがっている? (@ぽちタマ@)
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黒森峰編
プロローグ 終わりの始まり


 タイミングがいいと思った。

 

 安易な偽物に手をだし、その結果傷つき、そして自分が信じるべき姿を見つけた。

 

 そいつは負けると決められている。なんどやっても勝てない。どうやったって勝てない。結果は0か1、勝つか負けるかではない、勝てないのだ。

 

 でも俺には、その姿がどうしようもなくカッコいいと思ってしまった。なんどやられても立ち上がるあの姿に憧れに近い感情を抱いた。

 

 あいつが立ち上がるのなら、俺も頑張れる気がした。

 

 俺も似たようなものだ。戦車に乗りたい、ただそれだけのために頑張ってきた。その努力が報われる補償なんてどこにもないし、誰にも理解されることないのかもしれない。

 

 でも、俺はもう立ち止まらない。迷わない。あいつのように頑張り続けた先に、俺が手を出した"偽物"じゃない、"本物"がそこにある気がしたから。

 

 だから俺は、中学を卒業後、大洗の学園艦から転校した。

 

 転校先は、黒森峰学園とかいう場所。

 

 別になにか引かれるものがあったというわけではなく、あいつ……ボコに因んで、熊がついた県、熊本県に行こうと思い、その県の学園艦が黒森峰だったというだけの話。

 

 けど、その選択が、まさかあんな事態を引き起こすなど、この時の俺は知るよしもなかった。

 

 まさに、俺の人生がいろんな意味で変わりだすターニングポイントだった。

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 環境が変わる。口に出すとなんだがそれっぽいが、転校してから、俺の日常にたいした変化は起こっていない。

 

 俺は特段、この学校でやりたいことがあったわけではないので、部活に勤しんだりとか、友達とか作ったりして一緒に遊んだりなどはしない。

 

 ………いや、決して友達が出来なかったわけじゃない。あれだから、俺が尊敬するどこぞの主人公も言っていたのだが、『友達を作ると人間強度が下がる』らしい。

 

 それに俺は激しく同意する。

 

 上辺だけの関係なんていらない。自分を押し殺してまで相手の意見にうんうん頷いたり、たいして興味もない話を聞かされても嫌な顔ひとつもできないような関係なら別に欲しくない。むしろお断りするまである。

 

 ……いや、別に友達が出来ないから僻んでいるわけではないのであしからず。ホントダヨ?ハチマン、ウソツカナイ。

 

 そんなこんなで、俺の黒森峰での学園生活も一週間が経とうとしていた。まだ一週間なのに、もう彼氏彼女とかいう関係に陥っている人間もいる。

 

 ちっ、気分が悪い。いちゃつくならせめて人気がないところでやってくれ。自分たちの仲がいいですよアピールをするな。

 

 なんでわざわざ寝ている俺の席の近くでいちゃつくのか。あれだよ?俺は机に突っ伏して寝たフリをしているが、お前らの話を聞かされる俺の身にもなれ。お前らが話終わらないと気まずくて起きられないだろうが!途中で起きたら絶対に変な空気になる。

 

 結局、そのカップルの話はかれこれそれから10分も続いた。おかげで、無駄に寝ちまったじゃねーか。長かった。体感時間的には1時間はあったな。俺の貴重な時間を返せと言いたい。

 

 さてと、俺は帰る支度を済ませ、目的の場所へと向かう。

 

 先程俺は、黒森峰にきてたいした変化は起こっていないと言ったが、あれは是正しよう。俺には日課といえるものが、この学園艦に来てからできた。

 

 目的の場所は屋上。俺はそこから双眼鏡を使って観察するのが日課になった。別に女子の尻など追いかけていない。俺が見ているのは戦車、厳密にいうと、戦車道の練習風景だ。

 

 この黒森峰学園は戦車道が盛んである。もっというと、戦車道の全国大会に名を馳せる強豪校だったりする。さらにもっというと、今度10連覇が懸かっているとかなんとか。

 

 10連覇ともなると、周りからのプレッシャーとか半端ない感じでやばそうである。勝って当たり前な空気、負ければどうなるか……。

 

 ここ、黒森峰には西住流という、戦車道といえばこの流派!ともいえる流派の次期後継者がいるらしい。

 

 まぁ、俺には関係のない雲の上の存在だな。あぁいうやつらは。

 

 

 

 

 

 ―――その、はずだったんだけどなぁ。

 

「今日から、我が黒森峰の戦車道のメンバーに加わることになった比企谷 八幡だ。みんな、いろいろ思うところがあると思うだろうが―――」

 

 俺をここに呼び出した人物――西住 まほの説明も上の空に、俺はただひとつのことを考える。

 

 いや、無理だって。なにをどうやったってこれは無理だろう。西住さんや、みんなの顔見てくれない?全員が全員俺を睨んできてるよ……。

 

 いや一人だけ、おどおどして顔で見てきているやつがいるが……。

 

 

 ―――これが俺の最初の始まり。黒森峰学園での俺の戦車道が始まる、最初の最初であった―――

 

 

 どうしてこうなったかと言えば、やはり、昨日の放課後に遡らないといけないだろう。

 

 西住 まほとのファーストコンタクト。そして、何故か西住流の本家に呼び出されたあの日に。

 

 



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当然といえば当然のこと、比企谷 八幡は受け入れられない

 今日の授業も全て終わり、残すは最後のホームルームだけとなった。

 

 ここ最近の日課である、戦車道の練習風景を観察しにいくことだけしか考えてなかったのがいけなかったのか、なにやら教室が騒がしくなっている。

 

 ふと気づけば、なにやら上級生らしき人が我がクラスに来ていた。控えめに言っても美人なそのひとに男子はざわつき、女子はそんな男子を冷ややかな目で見ている。

 

 あれだからな?女子も男子も結局変わらない。もし、来ていたのがイケメンな先輩なら反応が逆になる。つまりはお前らは同類だ。同族嫌悪している暇があったら自分でも磨いてろよと言いたいね。

 

 しかし、なにやら話が難航している。遠目から話を聞く限り、どうやら件の美人の上級生は人を探しに来ているらしいのだが、担任は名前を聞かされてもピンとこず、今、必死に座席名簿とにらめっこしている。

 

 おいおい、もう一週間経つんだぞ?いい加減にクラスの生徒の名前ぐらい覚えてやれよ。そいつが可哀想である。

 

 そして、ようやくお目当ての人物が見つかったのか、担任はメガネをクイっと中指で押しながら言う。

 

「え、えーと。比企谷(ひきたに) 八幡、いたら返事をしなさい」

 

 おい、ひきたにくん、呼ばれてるぞ返事しろよ。

 

 しかし、呼ばれても、ひきたにくんは返事をしない。

 

 ひきたに?ん?……あれ?もしかしてこれって、俺なのかしら?いやいや、まさかまさか、担任が一週間経って顔すら覚えておらず尚且つ名前を間違えるとかありえないだろ。はっはっはっ、そんな、ねぇ?

 

「……もしかして比企谷(ひきがや)ですか?」

 

 恐る恐る聞いてしまった。

 

「ん?お、そうだな」

 

「……それ、俺です」

 

 ……あれ?おかしいな。目から汗が流れてきやがる。

 

 一週間も経って、名前も顔も覚えられていない可哀想な人物は俺だった。

 

 とりあえずあれだ。この担任は絶対にゆるさないノートに記入確定である。

 

「君が、比企谷 八幡か」

 

「え、えぇ。そうでしゅけど……」

 

 噛んでしまった……。おい、そこ!笑うんじゃねぇ!くそっ!今日は厄日だ!

 

「お、俺になにか用ですか?」

 

 落ち着け。こういう時こそCOOLになるんだ!あれ?KOOLだっけ?

 

「私の家に来てもらう」

 

 一瞬、時が止まったような気がする。教室が静まり返る。俺が噛んでしまった故に笑っていたクラスメイトも担任も全員。もちろん、俺も例外ではない。

 

「あの?西住さん?それはどういう……?」

 

「お母様からの直々の要望です」

 

 西住さんなる人がそう言うと、担任はそれで押し黙ってしまう。

 

 え?なに?西住さんの母ちゃんはモンペかなにかなの?なんで担任は、これ以上は私の手に余りますね、みたいな悟った顔してんの? おい諦めんなよ!俺がどうかなるだろ!……いや、どうなるかは知らんが。

 

「あの……えっと……?どういう?」

 

「話があるそうだ」

 

 え?終わり?もっとこうなんかないの?昨今、簡略化がいろいろと進んでいるからといって、これはちょっと簡略化しすぎじゃない?

 

 というか、もっと説明すべきことがあるでしょ!

 

「では、行こうか」

 

「あ、あの、ホームルームがあるんですけど」

 

「先生」

 

「え?あぁ、行っていいぞ、比企谷(ひきたに)

 

 おいおい、嘘だろ。この際、俺の名前をまだ間違えてるのは百歩譲ってやるとして、そこは教師として止める所じゃないんですかねぇ……。というか止めろ。

 

 俺に拒否権?そんなものがあったら、俺はこんなところには来ていないだろう。

 

 ―――西住流の総本山とも言えるこの場所に。

 

 あぁ、なんでこんなことに……。

 

 俺は一体どこでなにを間違えたのだろうか?熊繋がりで適当にここを選んだのが間違いだったのか?いや、ボコは悪くない。

 

「この先にお母様が待っている」

 

「えっと……、西住さんは行かないんですか?」

 

「私は呼ばれてない」

 

 つまり、この先一人で行けと。まじで?

 

 もうここまで来てしまったが故に退くに退けない。できれば退きたかった。退きたにくんになりたかった……。

 

「し、失礼します」

 

 そこには、西住さんをいろんな意味でグレードアップさせた人物がいた。

 

「座りなさい」

 

 俺は言われるがまま腰かける。もちろん正座である。ほら、あれだよ?畳だからね。別に相手の威圧感にびびったとかそういうんじゃないんだよ?

 

「あの……、それで?俺に話というのは?」

 

「あなたには、我が黒森峰の戦車道に入ってもらいます」

 

 もらいますって、もう決定事項かなんかなの?いやそれより戦車道って……。

 

「俺、男ですよ?」

 

「それが?」

 

 うわーお。あって間もないのに、この人と西住さんが親子なんだと痛感させられた。

 

 なんていうかあれなんだよな。我が道を突き進むというかなんというか。突き進み過ぎてまわりがついてくのが難しいレベル。

 

 別にそれが悪いとは言わないが。

 

「……じゃあ、なんで俺なんですか?」

 

「彼女の言葉の真偽を確かめる為」

 

 彼女?一体誰のことを言ってるんだ?俺の知り合いのなかで西住流の知り合いなんて……。あっ。

 

「もしかして、千代さんからなんか聞いたんですか?」

 

「………」

 

 名前がわからないから、母住さんと仮称するが、母住さんは俺の質問に沈黙で答える。否定をしないということはそういうことなのだろうたぶん。

 

 千代さん……、一体なにをこの人に話したか知りませんけど、そのせいで俺の高校生活から安穏が絶賛夜逃げ中ですよ……。

 

「もしも、俺が戦車道に入らないと言ったらどうするんですか?」

 

「あなたの妹に頼まれたの」

 

 唐突になんだ?妹?小町のことか?

 

「兄を戦車道にいれてもらえませんか?と」

 

 ちょ、小町ちゃん?なにやってるの?あなたは俺に地獄に突き進めとでも?

 

「だから頑張りなさい。いつか共に戦車に乗るために」

 

「………」

 

 あぁ、まじかよ。あいつがどこまで話しているかは知らんが、やるしかないってことか。

 

 つまりこれは、小町がくれたチャンスなんだろうな。

 

「……わかりました」

 

 それで話は終わり、俺は部屋を退出した。

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 回想終わり。ということで、俺は黒森峰の戦車道に入ることになった。

 

「私は納得いきません!」

 

 一人の女子が、西住さんに食って掛かる。たぶん、他の女子生徒も同じことを思っているだろう。

 

「よりにもよってなんで男なんかをいれるんですか!」

 

 まあ、そうですよねー。不満がありますよねー。たぶん、俺が逆の立場だったら同じことを言っている。

 

「お母様からの指示だ」

 

「い、家元の……。い、いえ、それでも納得がいきません!」

 

 元気いいなあいつ。なに?なんかいいことでもあった?

 

「あれが西住流の、黒森峰の戦車道に必要とはどうしても思えません!」

 

 あれって……。気持ちはわからんくもないが。なぁ、もうちょっと言いかたがあるだろうよ……。

 

「ふむ。なら、必要だとわかれば納得するのか?」

 

「え?あ、はい」

 

「なら、今から練習試合をしよう」

 

 西住さんは唐突にそんなことを言い出す。

 

「模擬戦をやってもらう。それで彼の実力を確かめろ。彼はあの、比企谷 小町より強いとのことだ」

 

 その一言で全体がざわつき始める。え?なに?なんでみんな小町で反応してるの?あいつは確か中等部だよな?なんか関係あるの?

 

 というか、それはどこがソースなんですか?西住さん。

 

「それは誰が言ったんですか?まさか……」

 

 そういって、先程の元気のいい女子が俺を睨んでくるんだが、それは違うな。だって俺には話す相手がいないからな。必然的にありえない。

 

「小町本人が言っていた」

 

「た、ただのでまかせでしょ……」

 

「それを確かめる意味での模擬戦だ。チームは私が振り分ける」

 

 そんなこんなで俺は模擬戦をやることになったんだが、どうなるんだ?

 

 でも、ちょうどいいのかもしれないな。戦車に乗るために今まで頑張ってきた成果がわかるのかもしれない。

 

 別に俺は勝つ必要はない。ようは俺が戦車道をやるに十分な実力を持ってればいいってことだからな。なにも気負わなくていいはずだ。

 

 あれ?ちょっと待て。これって女子と一緒に戦車に乗るの?

 

 …………前言撤回。もう既に帰りたくなったきた……。

 

「チームを発表する―――」

 

 一人乗りの戦車とか置いてないかなぁ。いや、置いていても戦車動かしたことないから無理か。




次でいったん、黒森峰編は終わります。



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こうして、彼の戦車道は始まるのであった

 模擬戦の内容は5対5の殲滅戦。参加するものは一年生のみで、二年、三年はその試合内容を見極める。

 

 一年生だけで5対5の模擬戦を行う。1車両最低3人だと数えても30人はいる。

 

 が、それでも黒森峰の一年生は腐るほど……というのは些か聞こえが悪いかもしれないが、それほどにいるのだ。

 

 それだけで、黒森峰の選手層の厚さが窺える。逆に考えると、レギュラーをとるのが過酷ということでもある。

 

 西住流の後継者―――西住 まほは、二年ながらこの黒森峰の隊長を務めている。

 

 親の七光りと言う輩もいるかもしれないが、それだけでは二年はまだしも三年が黙っているわけがない。実力の無い者の下に人はつかない。

 

 黒森峰戦車道の暗黙のルールとして、戦車道で決めたことは絶対、とある。

 

 つまりまほは、現在在学している黒森峰の生徒を退け、自身の実力を示した結果、今の立ち位置に居るのだ。

 

 だから、今回の模擬戦も同じである。八幡が勝てば―――それで誰も文句は言わなくなる。逆に負ければ―――ここに彼の居場所などない。

 

 いや、そもそも。女子だらけのこの場所に彼の居場所なぞ端からないが―――自身のクラスでも、まほが来たことによって、女子に避けられ、男子に僻まれ、若干居場所がないけれども。

 

 戦車に乗り、実践経験が積める。このメリットがどれだけの価値があるかは、比企谷 八幡が一番わかっていた。

 

 わかってはいるが、黒森峰の暗黙のルールなど、つい最近この学校にきた八幡が知るよしもなく。彼は単純にこの試合を楽しみに(現時点で女子と一緒に乗ることには気づいていない)していた。

 

 だからこの一言も悪気があった訳ではない。

 

「模擬戦は一年だけですか?二年や三年の方々は?」

 

 聞きようにはよっては、一年生では役不足もいいとこだ、と言っているようにも聞こえる。いや、十中八九そう聞こえたのだろう。先程から、八幡に突っかかっていた女子―――逸見 エリカを含め、一年生の目の色が変わった。

 

 普段の八幡なら、こういうことを言わなかっただろう。変に目をつけられることはボッチにとってよろしくない。その上で、彼がこういう発言をしてしまったのは一重に……浮かれているのだ。見た目上わかりにくいが、オラ、ワクワクが止まんないぞ!みたいな感じである。おもちゃを与えられた子供といってもいい。

 

 今の彼はただただ、今まで自分がやってきたことが、どこまでのレベルに行っているか確かめたくてしょうがなかった。だから、できるなら上級生と試合をしてみたかった。

 

「試合は公平を持って行う。だから、すまない……我慢してくれると助かる」

 

「……そうですか」

 

 まぁ、それならしょうがないか。ちょっと残念ではあるが、試合ができるだけ儲けもんである。

 

 何度も言うが、実力を示さなければ、八幡はこの戦車道に居場所はない。……ないのだが、当の本人は呑気なもので。周りから見れば余裕のあらわれにとられるだろうが、本人はその真実を知らないだけである。

 

「チームを発表する」

 

 まほによる、チームの発表がされたのだが……

 

「……なんで私がこっちのチームに……」

 

 一番、八幡につっかかっていた逸見 エリカが、八幡と同じチームという謎の現象が起きている。いや、謎というか、配置したのはまほなのだが―――本人は、実力が知りたいなら、一番近くにいるのがいいのだろうと思って、このような配置にしたらしい。

 

 そもそも、エリカが八幡に誰よりもつっかかっているのは、まほが原因であるともいえる。昨日、まほが八幡のクラスに赴き、あまつさえそのまま家に八幡がお呼ばれされているのは、もはや黒森峰において周知の事実となっている。

 

 まほを尊敬しているエリカにとって、それでけで八幡を毛嫌いするには十分だった。

 

 私だって行ったことがないのに……

 

 もはや、八幡が男なのに戦車道にいるよりも、エリカにとってそっちのほうが重要だったりするのは言うまでもない。

 

 そんなエリカの気持ちはつゆ知らず、八幡と一緒のチームにしたのは、まほが人の気持ちに鈍感であるからだろう。別に、皮肉でも嫌がらせでもなく、勘違いゆえの親切心とでもいえよう。

 

 ―――王は人の気持ちがわからないのです。ではないが、西住流の教えに従っているせいか。正味、母親のしほの言葉以外で彼女の感情が揺さぶられることなどほぼほぼないといっていい。

 

 ただひたすらに、西住流としてあろうとしている彼女にその余裕がないだけなのかもしれないが……なんにせよ、不器用である、という評価はおかしくないだろう。

 

 傍目から見れば、エリカがまほを心酔しきってるのは丸わかりだが……まほ自身、ちょっと気に入られてる程度の認識でしかない。

 

 

 ====

 

 

 そんなこんなでチームが割り振られ、模擬戦が始まろうとしていた。

 

 正直な話。この試合で八幡に期待しているものなどほとんどいない。いくら戦車道で有名な妹の小町が言っていたとはいえ、所詮は男子である。女子にお近づきになりだけのままごとだと、本気ではないと誰もが思っている。

 

 誰も、彼が本気で戦車に乗ろうとしていることを知らない。ただ一人を除いて―――まほ以外は。

 

 

 まほは、昨日、しほに言われたことを思い出す。

 

 ―――彼は、理性の化物だと、母はそういった。

 

 幼少期から、誰にも相手にされず褒められもしない。時には馬鹿にされたり、もしかしたらいじめにあっていたかもしれない。

 

 それでも……それでも彼は、誰にもなにも言わず、ただ黙々と戦車に乗るための努力をやめなかったのだと言う。

 

 それは、どれほどにつらいのだろうか?頑張るには目標がいる。しかし、彼の目標は普通にやっていてはそもそも叶うものではない。

 

 戦車道とは乙女の嗜みであり、男性がやるものではない。

 

 いや、正確にいうのなら、男性がやってはいけないという正確なルールはない。ないが、世間一般でいえば普通ではないのだと思う。

 

 まほはそのことを聞いて、一つだけ疑問に思い、母に問う。どうしてそのようなことをしっているのか?と。

 

 その時の母はめずらしく、まるで苦虫を噛み潰したような、それでいて楽しそうな表情を一瞬だけみせこういった。

 

『知り合いの友人が、酔った時にしゃべったのよ』

 

 酔った……ということは、お酒を嗜む仲の相手だろう。しかし、いくら記憶をたどっても、母が我が家で飲んでいる姿を見たことはない。

 

 親族同士の集まりでも、最初の一杯ぐらいしか飲まない母が飲みに行くのだから、その相手はなかなかに親しいのだろう。

 

 話がだいぶ逸れてしまってる。

 

 つまるところ、私が何を言いたいかと言うと。母の言葉に尽きる。

 

『彼女の言葉の真意を確かめなさい』

 

 その言葉があったからこそ、比企谷 八幡を戦車道にいれ、模擬戦という形で彼の実力を見極める……それでもし、母の言う友人の言葉が真実であるのなら……

 

『彼をあなたの婿養子にします』

 

 そう言ったときの母は何故か、してやったりという顔をしていた理由を、私が知るのはまだ先のことである。

 

 

『―――試合、開始……!』

 

 試合開始のアナウンスが流れる。そうして模擬戦は始まった。

 

 

 

 

 ―――結果だけを言おう。

 

 比企谷 八幡は模擬戦に勝利した。

 

 

 そして、彼の存在が黒森峰戦車道にどのような影響を与えていくは……

 

 

 まだ誰も知らない。

 

 

 

 



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二年目の黒森峰

 きっかけは些細なものだった。

 なんとなく、本当になんとくなく、中学を卒業したときに思った。

 

 ――そうだ、転校しよう、と。

 

 それを妹の小町に話したら「別にいいんじゃない?」と軽く流されてしまった。その時の小町はファッション雑誌を読んでいた。兄の転校よりも今のトレンドの方が重要らしい。ちょっと切なかった。

 もっとこうあるんじゃないの普通はさ、と思いながら自分の部屋に戻ろうとしたら「どこにするの?」と聞かれ「適当に決めるわ」と答えたのを覚えてる。

 

 転校したあと電話で、「なんで転校先を教えてくれなかったの!」と、しこたま怒られた。

 知りたいなら知りたいと言え、お兄ちゃんはエスパーじゃないんだぞと抗議したかったが、横暴な妹はそれはもう自分の考えうる言葉で罵倒したあと「小町もその学園艦に行くから」とボソッと一言いって電話をきった。

 

 そのあと、こっちの学園艦に近づいてくる度に小町から電話がかかり、「私、メリーさん。いまどこどこにいるの」ばりに報告してきたのはなんかの嫌がらせかと思ったほど。

 

 俺の妹はヤンデレだったのかもしれない。

 

「――……ただのブラコンじゃないの?」

 

「そうか、小町はブラジャーコンプレックスだったのか。まあ、あの体型なら着けなくてもいいんだろうけども」

 

 着ける必要がなくても着けないといけないと聞いたことがある。なんだっけ?クッパ靭帯?だったっけ?それが切れるとヤバイらしい。確かに毎度ピンク姫をさらっているのだからキレたらやばそうだ。

 

 と、そんな変なことを考えていた八幡に、話を聞いていた少女――逸見 エリカはツッコミをいれる。

 

「あんた、それを小町に言ったら殺されるわよ……」

 

「あん?うちの小町がそんなヴァイオレンスなわけがないだろ。なに、ケンカ売ってるの?言い値で買うぞ?」

 

 妹のことになるとちょっとどころじゃなく性格が変わっている八幡。そこらへんにいる粋がっている不良より喧嘩っぱやくなっている。

 そんな八幡に、エリカは努めて冷静に言葉を放つ。もはやまともに相手するのも馬鹿らしい。

 

「売ってないわよ、シスコン」

 

 なんだ売ってないのか、ならいいや。と八幡は再び机に突っ伏して寝る。シスコンに対して八幡からの言及はなかった。本人も自覚しているのだろう。

 

「寝るな、この馬鹿!なんのために私がわざわざあんたのクラスまで来て聞かされた話が妹の話なのよ!」

 

「俺に妹以外のなにを語れと?」

 

 馬鹿なの死ぬの?と、エリカを見る八幡。俺から妹を取ったらなにも残んないぞとオーラがいっていた。冗談でいってるなら笑ってすませられるが目がマジだった。

 ……シスコンここに極まれり。

 

「戦車道のことを話しなさいよ!もともとその話をしていたんでしょうが!あんたが途中から話を変えるから……!」

 

「………、あれ?そうだったっけ?最初から小町の話じゃなかった?」

 

 数秒考えたあげくの言葉だった。おかしいな、戦車道の話なんてしてたか?といわんばかりに頭をはてな?と傾かせる。

 

「今度の全国大会に向けて、あんたの意見が聞きたいって言ったでしょ……」

 

「ああ、そんな話だったな。来年から小町が高校生になるなっていう話からズレたんだっけか」

 

 正確に言うと、八幡が聞いてもいない小町の話を始めたのであって別にエリカは話を振ったわけでもないのだが、そこを指摘していたら一向に話が進まないので却下。

 

「本当はあんたなんかに聞くのは癪だけど、隊長がどうしてもって言うから……」

 

 こいつ、まじでまほさんのこと好きすぎだろ。と、つっこみは入れない。

 

「だからってわざわざ昼休みに来る意味はないだろうが……」

 

 放課後でよかったんじゃない?

 

「隊長に言われたんだから速やかに実行しないといけないのよ」

 

「言われたって、いつ言われたんだよ」

 

「さっきよ」

 

 すごくタイムリーだった。こいつ、まじでまほさんのこと(ry

 有言実行ならぬ即日実行だった。恨むぜまほさん……俺の貴重な昼休みのお昼寝タイムが消えたんですが。

 

「とりあえず、だ。逸見」

 

「なによ」

 

「自分の教室に帰れ。俺の意見云々は放課後までには考えとくから」

 

「なんで――」

 

 八幡は周りを見ろとエリカに促す。八幡に言われエリカが周りを見ると、周りが何やらひそひそと話していた。エリカはヒートアップしすぎて気づいていなかったらしい。

 たぶん、あの二人できてるんじゃないとか、そんな類いの話をしているのだろう。自分たちに向けられる視線の類いがそういうものだった。まじでなんなのアレ?めんどくせー。男子と女子が話しているだけでできてるなら日本中カップルだらけだわ!俺にだって彼女がいないとおかしいわけである。

 八幡はうんざりしながら「だから、さっさと帰れ」とエリカに視線を送る。それで理解したのだろう、顔を真っ赤にしながら自分の教室へとエリカは帰っていった。

 

 まあ、どうせ直ぐにこのざわつきは収まる。一過性のものだし、ひそひそ言っていたやつらも新しい話題が見つかればすぐにそっちにシフトするだろう。

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

「コーチ、副隊長と付き合ってるって本当ですか!?」

 

 放課後、戦車道に来てみればそんなことを言われた。えらくタイムリーだな、おい。あとその副隊長がいなくてよかったな。いたらお前らは確実に今日の練習は地獄だったぞ。

 

「事実無根だ」

 

 八幡が答えると「やっぱりそうですね~」とか「ヘタレな副隊長が動くわけないか」とかいろいろ1年どもが言っている。

 

「まほさんは?」

 

 とりあえずきゃーきゃーと、なにが楽しいのかわからないやつらはほっとくして、自分のやるべきことをやろう。

 

「隊長ですか?いえ、まだ来てませんよ。ねえ?」

 

「うん。もう少ししたらいつも通りにくるんじゃないですか?」

 

「隊長になにかお話ですか、コーチ?」

 

「あ?まあ、大事な話っちゃあ大事な話だな」

 

 八幡がそう答えるとまた、きゃきゃー騒ぎだす三馬鹿トリオ。あきらかになにかと勘違いしている。

 

「元気が有り余ってるみたいだな。なら、今日は……」

 

「あ、私たち練習の準備をしないとなんで」

「では、コーチ」

「また、練習の時にお願いします!」

 

 自分たちの身の危険を感じたのか、打ち合わせもしていないだろうに、アイコンタクトでお互い確認しあったかと思うと一気に捲し立ててそそくさと去っていった。

 危機管理能力だけはいっちょまえだな、おい。

 わりかし、今日の練習はあいつらだけハードにしとくのが今後のためか?と考えていたら話しかけられる。

 

「八幡」

 

「あ、まほさん。逸見から聞きましたよ」

 

「……そうか。意見を聞かせてくれ」

 

「現段階ではなんともですね。とりあえず候補は絞ってます」

 

 そう言って八幡がまほにリストを渡す。そこには現段階の選手の八幡なりの考察が書かれているものだ。その内容は、どういう役割が適しているか、また伸び代はどんなものなのだとか、はたまた性格まで、多岐に渡り選手候補のデータがびっしりと書かれていた。

 

「――ありがとう。それと、いつもすまない」

 

 まほは、知ってるものがよく見ないとわからない程度に微笑み、そして八幡に謝る。

 

「別に好きでやってることなんで気にしないでください」

 

「……みほは、みほは元気にやっているだろうか?」

 

 まほは八幡に聞く。今はこの学園にはいない自身の妹のことを。

 なぜまほが八幡に聞くかというと、彼が唯一、今の黒森峰でみほと連絡を取り合っている仲だからだ。

 

「……ああ、それなんですけど、えっとですね……」

 

 まほの質問に八幡はなんだか歯切れの悪い答え方をする。そんな八幡の態度に、まさかみほになにか!?とシスコン魂のスイッチが入る一歩手前に八幡が気づき慌てて答える。

 

「い、いや!なんかあったとかそういんじゃないんですど……」

 

 いや、これいっていいのか?と八幡はぽしょりと呟く。しかし、妹を心配するまほの気持ちは痛いほどにわかる八幡にとって、言わないという選択肢はなかった。なかったが……。

 

「しほさんには、内緒にしてもらえますか?」

 

 だからと言ってむやみやたらに教えるわけにもいかない。いずれバレるのだろうが、それでもである。

 

「どういうことだ?」

 

「それに納得してもらえないと答えられないです」

 

 まほの、下手をすると大の大人でも怯みかねない鋭い目付きに睨まれても、尚もひるまずそう答える八幡。

 八幡のその態度で後ろめたいことはないのをまほは理解するが、しかし、しほに内緒というのがどうにも引っ掛かる。

 だが……。

 

「――わかった」

 

 西住流と妹で揺らいでいた天秤が妹に傾く。

 それでいいのか西住流、と八幡はツッコミを入れたかったが、これがシスコンだよな、と納得してしまう。

 

「あいつ、戦車道をまた始めたらしいです」

 

「――……そうか」

 

「それと、これは本当は言っちゃいけないんですけど、まほさん宛に伝言を貰ってます」

 

「……私に?」

 

「ええ。『今はまだ向き合える自信がないけど、ボコみたいに立ち上がって頑張って見せるから、自分なりの戦車道を見つけて絶対にお姉ちゃんに会いに行くから』ってそう言ってました」

 

「――――」

 

 これ、俺が言ったことは内緒で、という八幡。

 この言葉自体、絶対にお姉ちゃんに言わないでね……とみほから言われていたのだが、不安そうなまほの顔を見てしまったら隠すのは無理だった。

 

「全国大会、みほは出るのだろうか?」

 

「ああ、そこまでは聞いてなかったですね。でも、近々わかるんじゃないですか?全国大会の抽選会がありますし、出るならあいつの学校の名前もあるでしょうし」

 

「……大洗、か」

 

「とりあえず、全国大会に向けて頑張りましょう。下手すると当たる前に負けるとかシャレになりませんし」

 

「……そうだな」

 

 

 

 比企谷 八幡の黒森峰に来て二年目の春。彼は黒森峰の特別コーチとしてやっている。試合などには基本的にはでない。

 どうしてそうなったか?なぜまほの妹のみほが転校してしまったのか?

 それを語るには一年前に遡らないといけないだろう。一年前の戦車道全国大会があったあの日に。

 

 

 




描き直そうと思っていたのに気づけばアフターを書いていました。あと、続きそうな感じに終わってますが、次回からは継続編です。

ほ、本編が難航してます。ぐぬぬ。


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聖グロリアーナ編
プロローグ 執事道、始めます!


 聖グロリアーナ女学院。いわゆる1つのお嬢様学校。

 

 その学校には一人の男子生徒がいる。名前は、比企谷 八幡。年齢、16歳。職業―――執事。

 

 これは冗談でもなんでもなく、八幡はこの学校の一生徒であり、そして、執事でもあった。一応、ここの生徒ではあるが、ウェイト的には執事の方が割合が高い。ちゃんと給料もでている。学生にして社畜である。……いや、それは今は置いておこう。それより今はやることがある。

 

 八幡は思考を止めて、執事モードに切り替える。なぜ切り替えるかは……説明は不要だろう。どうせすぐにわかることだ。

 

 コンコン、と扉をノックするが反応がない。部屋の主はまだ寝ているようだ。まあ、八幡がここに来たのは目的があり、そのためには部屋に入らないといけない。

 

 だから、部屋の鍵を開け、中に入る。不法侵入ではない。事前にちゃんと鍵をもらっていただけだよ?若さゆえのリビドーの暴走とかそんなのではないのだ。

 

 そんなどうでもいいことを考えながら中に入り、部屋のカーテンを開け、この部屋の主の着替えを用意し終える。

 

「ダージリン様。朝ですよ?起きてください」

 

「ぅうん……」

 

 ダージリンの、妙に艶かしい声が聞こえるが、八幡はそんなものは気にせず、一向に起きようとしないダージリンの布団をひっぺがす。

 

「……少し、乱暴でなくって?」

 

 若干どころか過分に不服そうな顔でダージリンはそう言ってくる。

 

「起きているのに寝たフリをされている方にはちょうどいいんじゃないですか?」

 

 一応言っておくと、ダージリンと八幡は主従関係である。一時的なものとはいえ、彼はダージリンに仕えている。

 

 だから、部屋の鍵をもってもいるし、朝に起こしに来ているのだ。

 

「最初の頃のあなたは顔をよく真っ赤にしていたのに……」

 

 ダージリンの寝起きなど妹の顔ほど……は言い過ぎかもしれないが、それでもこの一年間、ほとんど見てきたと言ってもいいだろう。

 

 ダージリンが言うように、八幡も最初は不馴れというかどぎまぎしていたのだが、今は執事モードに切り替えることによって乗り越えている。

 

「ダージリン様のおかげでしょうね」

 

 皮肉たっぷりにそう言う。

 

「むぅ……」

 

 もとはと言えば、ダージリンが悪いと言えば悪いのだろう。八幡の初々しい反応がつい楽しくなり、過剰なスキンシップが多かったせいか、八幡はこれしきのことでは動揺しなくなったのだ。

 

 妹の下着姿を見てもなにも感じないのと一緒で、もはやそのレベルである。

 

 まぁ、それはあくまで執事モードの話であるが……

 

 そんなもの、ダージリンの知るよしもなく。八幡の鉄壁さにより磨きをかけてしまったのは、もはや今になっては後の祭である。

 

「とりあえず、着替えてください」

 

「そうね。じゃあ……」

 

 しゅるりと、ダージリンはそのまま寝間着を脱ぎ下着姿になるが、八幡はなに食わぬ顔で聖グロの制服をダージリンに渡す。

 

 やはり、少しやりすぎだったのかしら?特に反応がない八幡を見て、ダージリンはそんなことを思う。

 

 何度も言うが、執事モードだからこそ大丈夫なだけであって、八幡も健全な男子高校生である。別に女子に興味ないとかそっちの気があるとかそういうのではないのであしからず。

 

 そもそも、何故に八幡が聖グロで執事をやっているかを説明するには、一年以上前に遡らないといけない。

 

 

 

 きっかけは、小町の何気ない一言だった。

 

「お兄ちゃん。小町、お嬢様学校に行ってみたい!」

 

 そんなマイシスターのよくわからない戯言が始まりだった。

 

「ん?あぁ、聖グロにでも行ったらどうだ?あそこ、戦車道やってただろ?お前なら行けるんじゃね?」

 

「え?そう?照れるなぁ、えへへ」

 

 いや、照れる要素とかなかっただろ今の。

 

「あ、そうだ。お兄ちゃんも行けたら行く?」

 

 この妹は馬鹿なのだろうか?前から馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、まさかここまでとは……

 

 女子校に男がいけるわけないだろうに。

 

「そうなー。行けるんなら行くんじゃないかー」

 

 もはや、生返事を通り越して棒読み。

 

「ホント!?じゃあ、頼んでみるね!」

 

 そう、適当に返事をしたのがいけなかった。

 

 

 数週間後。

 

「お兄ちゃん!聖グロに入学して大丈夫だってよ!!」

 

 ホワイ?この妹は何をいってるんだ?

 

 小町も馬鹿だったが、どうやら、聖グロも相当なものであったと言えよう。

 

 小町は前々からいろいろな学校から入学の誘いが来ていたのは知っていた。聖グロもその一つだ。

 

 小町は自身の入学を条件に、俺を入学をさせることができないかと聖グロに頼んだそうな。

 

 それが受理されたと……

 

 いやいや馬鹿なのだろうか?どんだけ小町を入学させたいんだよ。正気の沙汰とは思えない所業である。

 

 しかもだ。

 

「お兄ちゃんはなんだっけ?ひつじ?だっけ?その見習い候補生として入ってもらうって」

 

 それを言うなら執事だろうが……と、心のなかで突っ込みを入れることさえ叶わない。

 

「いや、小町?」

 

 あれ冗談だから、今すぐに取り消してきてもらえ、と言おうとしたら……

 

「これで一緒に戦車乗れるね!」

 

 妹のそんな眩しい笑顔を見せられたらなにも言えなかった。

 

 このお馬鹿な妹は、つまり俺のために行動していくれていたらしい。

 

「あと、もう入学の判子押しちゃってるから。お兄ちゃんが入学しない場合、違約金?発生するって」

 

 もちろん、お兄ちゃんが行かないなら小町も入学しないからね、と小町は呑気に言っている。

 

 まじかよ……退路が完全になくなってしまった。

 

 

 そんなこんなで俺は、聖グロリアーナ女学院で執事をやることになったのだ。

 

 

 俺、執事道、始めます!

 




うーむ。まだ書き方になれませんね。びみょーなちぐはぐ感があるような?

というか、なれるのかな?わかりませんが、頑張っていきます。

黒森峰編は一旦終わっただけなので、ある程度他の学校も書き終えたら、更新しますよー。


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彼はそうやって執事になるのだった

 聖グロリアーナ女学院。

 この学校には侍従科というクラスが存在している。書いて字の如く、メイドを育成するためのクラスといってもいいだろう。

 お嬢様が多いこの学校では欠かせないクラスでもある。

 

 それは何故か?

 

 基本的にお嬢様と呼ばれるような人物が自分で家事全般が人並みに出来るだろうか?――いいや、出来ない。数少ない例外もいるだろうが、基本的に似たり寄ったりである。

 だから必然的に侍従科の需要は高く、相手に仕える際にも給料が出るようなシステムとなっている。

 その代わりに、半端なメイドでは仕えることそのものができず、学校から認可が下りるまでは研修に研修、さらに研修というまさにエンドレスな仕様となっている。メイドさんも大変なのである。

 そのせいで、需要のわりには供給が出来ないのは自明の理。だが、一流として認められたメイドさんのスペックは尋常じゃなく、もしお嬢様に気に入られればそのまま卒業後も専属のメイドとして働く、なんていうことも珍しい話ではないのだ。

 

 そんな、メイドさんがたくさんいるクラスの中に一人の異物、もとい男子がいる。いや、執事がいた。

 

 名前は、比企谷 八幡。

 ひょんなことからこの聖グロリアーナ女学院に通うことになり、そして執事をやらされることになった男である。

 

 女子ばかりのクラスに男子一人とか、どこぞのインフィニットなストラトスみたいだが。現実に男子がそんな状況になってしまえばストレスで禿げ上がるだろう。動物園のパンダを想像してもらえればいい。向けられる視線は好意的なものではなく、奇異の視線だが。

 

 しかし、彼はクラスのほとんどの生徒に認められていた。

 理由は2つある。1つ、彼が男である前に執事だからだ。もっといえばこの聖グロリアーナ女学院1の実力の持ち主。

 執事の実力ってなんだと聞かれそうだが、基本的にメイドと求められることは一緒である。

 家事全般ができ、仕えるべき相手に失礼のないよう奉仕することができるか、ということ。

 相手に奉仕する、という観点だけで見れば八幡の右に出るものはおらず、逆に八幡に教えを請うものも少なくはない。

 それほどに彼は優秀であり、執事であった。

 

 そして2つ目、彼がダージリンに仕えていること。聖グロリアーナ女学院の憧れの的に仕えている。このステータスは、彼女たちの中で否応にも八幡を認めざるをおえなかった。

 

 そんな八幡だが、最初から受け入れられていたわけではない。

 入学当初は奇異の目で見られていたし、入学してそうそう退学する寸前だったりした。

 八幡がこの聖グロリアーナ女学院に入学してそうそうに学園長から告げられる。

 

 ――二週間の研修の後、君を仮執事として採用する。その際に、誰ひとりとして君を指名しない場合は――やむをえないが、君は退学になる。そういう制度だからね。

 

 という内容。

 

 正直に言えば、入学してそうそうの八幡がここの生徒に指名されることなどほぼないだろう。つまりこれは体のいい厄介払いだ。

 制度と言っていたが、そもそも八幡が入学したのは例外中の例外なのだから、いくらでも制度を作りようがある。

 小町だけを残して、いらない八幡を捨てようとしているのが見え見えだった。だったが……。

 

「別にそれでいいですよ」

 

 それを八幡は受け入れる。別に誰かから指名される自信なんてのはないが。

 もともと小町が勝手に決めたことではあったし、違約金云々があったから入学しただけで、別に入りたかったわけでもない。なにもペナルティなしで辞めれるのなら、むしろありがたいとさえ思う。

 

 以上の結果、八幡は学校側の要求をのんだのだった。

 

 

 

 退学になることがほぼ確定しているなら、研修を頑張る必要はない。普通の人間ならそう思う。だが、八幡は違った。彼は普通ではなかった。

 彼はまわりが驚くぐらいに意欲的に、そして積極的に研修を受ける。

 なにがなんでも残ってやるとかそんな殊勝な心掛けではない。八幡がやる気を出している理由はただ1つ。

 

 ――どうせやめるのなら、とことん得られるものは得ていこう。

 

 という、後ろ向きな前向きさからであった。

 

 もともと専業主夫を目指していたので家事全般のスキルはもっていたし、よりそれを高めるにいたっては今後とも役に立つ。しかも、質の高い授業なら尚更頑張るしかなかった。

 

 すべては自堕落な生活のため。将来絶対に働きたくないでござる!という、おおよそ誉められるところがない感情が彼を今、突き動かしていた。

 

 さて、そんなこんなで二週間がたち八幡の運命の日、ジャッジメントデイズ。

 学園側は、聖グロリアーナ女学院の派閥に八幡を選ばせないようにと前々から根回しをしており、それに逆らうということは反逆の意があるとみなされる。本来ならこれで八幡は絶対に選ばれることはなかった。

 

 ただ、学園側に誤算があるとすればそれは……。

 

「――あら、誰も彼を選ばないの?なら、私たち二人がもらいましょうか。ねぇ、アッサム?」

 

「……そうね」

 

 お嬢様のなかにも物好き――ダージリンとアッサム、この二人がいたこと。

 もとより、保守的な考えの今の聖グロリアーナには辟易していた彼女たちにとっては、いくら上から圧力をかけられようが知ったこっちゃねーと言わんばかりである。

 

 つまりこれはダージリンたちの宣戦布告。

 

 そして八幡の運命が決まった日でもあった。

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

「へぇ、そんなことがあったんですね~。あ、ありがとうございます」

 

「そんなことがあったんだよ。誠に遺憾ながら」

 

 まるで不本意とでも言わんばかりに不満を見せながら、八幡の話し相手――ペコに紅茶を渡す。

 

 聖グロリアーナ女学院の幹部クラスが集うクラブハウス――通称、『紅茶の園』。この学園には紅茶の園が目当てで入学している生徒も多くはない。そんな生徒の憧れの場所で、八幡とペコは会話をしている。

 

 なんでこんな話をしているかというと、ペコが「ここに入学したときのことを教えて下さい」といってきたからだ。

 

「ダージリンさんとアッサムさん、この二人の仮執事になってからが地獄だった……」

 

 八幡は、自身の腐っている目を更に腐らせながら遠い目をする。

 

「そ、そんなにですか?」

 

 若干不安そうに、でも内心どんなことが聞けるかワクワクしているペコに「そうなんですよ」と八幡は答える。

 

「とにかくあの二人がスパルタだのなんのって。ダージリンさんは、私の執事になるのだからこれぐらい当然でしょ?と言わんばかりに無茶ぶりを押しつけてきてたし。アッサムさんはアッサムさんであのデータ主義だろ?パソコン関係の情報処理関係をみっちり仕込まれた……。あとあれな、紅茶の淹れかたを教える二人が超怖かった」

 

 まじ壮絶。いっそのこと退学になった方がよかったんじゃね?と思いもする。

 

「おかげで、いろいろできるようにはなったりはしたんだが……、この1年間は大変だった。もう働きたくない……誰か俺を養ってくれ。なんで執事として働いてんの?高校生にして既に社畜だよ……」

 

「ふふっ」

 

 いろいろ愚痴っていたらペコに笑われた。ペコが他人の不幸でご飯が三杯も食べられる悪魔になってしまったのか!?と不安になり「どうした?」と聞くと。ペコは「いえ……」と言葉を続ける。

 

「なんだか、不満を言ってらっしゃるわりには楽しそうだったので、つい」

 

「…………」

 

「八幡さん?」

 

「ペコ、結婚しない?」

 

「ふぇっ!?」

 

 ふと、そんな爆弾発言を投げ掛ける。心の中で呟いていたはずだがどうやら駄々漏れだったらしい。いかんいかん。

 いや、だってペコが天使過ぎるのがいけないのだ。俺が愚痴っても優しく微笑み返してくれるとかマジ天使だわー。結婚とかするならこういう優しい女の子がいいなぁーとか思っていたら口に出ていた。

 

 言った本人はただ誤爆しちゃったなー、てへぺろ☆みたいな感じで処理。言われたペコは「え!?あの……その……」としどろもどろになっている。が、八幡は顔を真っ赤にしているペコを見て、怒らせたか?ぐらいにしか捉えてない。

 

 下手をするとラブコメに発展しかねないのに発展しないのは、八幡が八幡たるからかもしれない。

 そんな二人に声がかかる。

 

「後輩をそうやってからかうのは趣味が悪いんじゃなくって?」

 

「ダージリン。言っていることは正しいのだけど、貴女も人のことを言えないのではなくって?」

 

 ここ、紅茶の園にダージリン、アッサムがやってきた。話しかけてきた二人が妙に不機嫌そうなのは、八幡が「結婚」などという単語を発したからだろう。

 

「……からかう?」

 

 ペコは八幡の方を、なにか期待を込めた目でみる。

 

「ん?ああ、すまん。さっきのは冗談だから気にしないでくれ、ペコ」

 

「そ、そうなんですか……」

 

 いっそのこと本当に結婚しますか?なんて言えたらどれだけよかったのか。そんな度胸があれば、昔の話を聞きたいなどと託つけて八幡とおしゃべりなどしないだろう。うん。

 

「それで?二人してなんの話をしていたか教えてくださるかしら?」

 

「え?ああ、俺が入学した頃の話が聞きたいって言われてたんでその時のことを話していたんですよ」

 

 その話がなにをどういう過程をたどれば「結婚」などというワードがでてくるのか聞きたい気持ちもあったが、聞いてしまうとそれはそれで薮蛇になりそうだったのでダージリンはグッと堪える。

 となりにいるアッサムも同じことを思っているだろう、視線があった。

 

 そんな二人に八幡は紅茶を淹れる。

 

「ありがとう」

 

「また腕をあげましたね?」

 

 紅茶を一口飲み、アッサムが八幡に話しかける。

 

「そうですか?」

 

「そうですよ。……そういえば、入学したときのことを話していたと言ってましたね。あの時から比べると雲泥の差よ」

 

「八幡さんがお二人がスパルタで大変だって言ってましたよ」

 

「へぇ……」

 

 意味ありげに瞳をすっと細目ながら、ダージリンは八幡を見る。

 

 ペコさん、それは言わない約束でしょ!?と八幡は抗議の目をペコに向けるが、ペコはつーんと顔を背ける。どうやらさっきのことでまだおこのようだ。

 

「あの頃の初々しいあなたはどこにいってしまったのかしら……?」

 

 溜め息混じりにそんなことをいってくる、ダージリン。

 

「ダージリンさんによって駆逐されたんですよ」

 

「確かに、ダージリンが原因といっても過言ではないわね……」

 

 ふむ、と顎に手をあてながら呟くアッサムに抗議の弁を言いたかったが、からかいすぎて下着姿では動揺しなくった(そう見えるだけ)八幡の姿を思い返すとなにも言えなかった。

 

「そ、そうだっかしら?」

 

 話を流れを変えよう。そう思い、なにかいい話題がないかと思考を巡らせる。そういえば……。

 

「そうそう。先ほど、練習試合の申し込みがあったのよ」

 

「練習試合、ですか?相手の学校は?」

 

「大洗学園、と確か言ってたわね」

 

「大洗……ですか?聞いたことありませんね。最近になって戦車道を始めたのでしょうか?」

 

「たぶん、そうじゃないかしら」

 

 練習試合、その話題でわいわいと会話を繰り広げるダージリンたちを見て思う。

 自分がもし転向していなかったら、もしかしたら運良くか悪くかは知らないが大洗で戦車道に入っていれば、ダージリンさんたちと戦っていたのだろうか?それはそれでちょっと面白そうだなと思う。

 まあ、こんな仮定に意味はない。俺はこの学園で執事をやってるんだから。

 



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薔薇尻様とは呼ばないで

 ダージリンが持ってきた練習試合の話をまとめるとこのような内容だった。

 相手は本当に戦車道を初めたばかりらしく、練習試合を出来る相手を探してたとのこと。

 最初は職員室に電話がかかってきており、職員が相手の話もよく聞きもせずに断ろうとしていたところにダージリンが偶々遭遇し勝負を受けたこと。

 そして、試合内容は5対5の殲滅戦であること。

 試合場所が大洗市街であること。

 以上が、ダージリンが持って来た練習試合のあらましだった。

 

「あの、このような言い方をしたら大洗の人たちに失礼なのですが。ダージリン様はなぜ練習試合を受けようと思ったのですか?」

 

 ペコの言う通り、聖グロリアーナが練習試合を受けるメリットというか、そのようなものが無いように思える。

 

「ペコ、なにも強豪校だけにいい選手がいるとは限らないわ。案外、こういうところに好敵手と呼べる選手がいるものよ」

 

「そうでしょうか?」

 

「こんな言葉を知っていて?『人生はチョコレートの箱のようなものだ。開けてみるまで中身はわからない。』」

 

「ロバート・ゼメギスの言葉ですね。意味は……、シュレディンガーの猫といっしょですね。開けてみるまでは中身がわからない。……でも、なんでチョコレートなんでしょうか?」

 

 ふと疑問に思い、ペコはダージリンに質問するが、本人もどうやらわかっていないらしい「え、えっと……」と言葉を濁している。ざっくりとしか意味を把握してなかったらしい。

 すると意外な人物から言葉が飛んでくる。

 

「海外のチョコレートは、日本のやつと違って個数表記がされていないのが多いらしい。だからだと思うぞ、ペコ」

 

「へえー、そうなんですね!」

 

「――――」

 

「ダージリン。顔に出ているわよ」

 

 自分のお株を八幡にとられたのが悔しかったのか、顔に出ていたダージリンにアッサムが紅茶を飲みながらツッコミを入れる。

 

「な、なんのことかしら?」

 

「格言云々はあなたが八幡に教えたのでしょう?なら、素直によろこぶべきところよ」

 

「……部下が優秀なのも困りものだと思わない?」

 

「優秀の部分には同意するけど、それ以外には賛同しかねるわよ?まあ、今じゃ手のひら返しのようにみんな八幡を受け入れて、是非とも私の執事にって言ってくるのを見てると、ね……」

 

 最初は派閥からの圧力があったとはいえ、やはり面白くないものは面白くはない。と、アッサムはつぶやく。

 

「そうね。認められること事態は喜ばしいことだけど、だからといって私たちが手塩をかけて育て来たのにそうやすやすと彼を貸し出すのもね。そのためのルールでしょ?」

 

 ダージリンがいうルールとは、八幡を執事として貸し出す場合のルールである。あまりにも要望が多すぎて困っていた八幡の為にダージリンが作ったものだ。

 内容を簡単に説明するとこうだ。

 

 一つ、八幡を執事として雇用できるものは戦車道に入っているものか紅茶の会のメンバーに限る。

 一つ、執事として仕えさせるための権利は戦車道で決める。

 一つ、権利を得たものは最低三日間の雇用権を得る。

 一つ、三日以降を過ぎた場合、所有者に5対5の模擬戦を行うことができ、勝利すれば権利を獲得することができる。獲得した場合は、また最低三日間の雇用権を得ることができる。

 

 と、いった内容だ。

 非常に私情にまみれているように思えるが、わりとこれは理にかなっている。八幡を執事として雇いたければ戦車道に入ることが必須となり、従い、聖グロリアーナ女学院の戦車道を活性化させることができる。さらには模擬戦を行うことによって技術の向上にもなる。八幡を雇用したければしたいほどに無策では挑むことはできず、結果、勝つためにはどういう風に攻めていくか?作戦はどうするか?仲間との連携は?など選手の育成にもってこいの内容だったりする。

 

 しかし、といってはなんだが、ルールがあるからには裏もある。雇用権が最低三日間となっているが、これは模擬戦に負けなければエンドレスな仕様となっている。つまり負けなければ半永久的に八幡を雇用することができる、ということだ。

 そして、現雇用権はダージリンが持っている。……些か私情にまみれている気もするが、ようするに、現状は八幡を雇用したければダージリンを倒せと言ってるようなものである。

 これに関しては現在、ダージリンが卒業するまで待つものと、是が非でも倒し雇用権を獲得しようとするもの、その二パターンに分かれている。

 

「いつまでも今の日常が続くとは思わない方がいいわよ、ダージリン?」

 

 もちろん、アッサムは後者である。

 

「……そうね。いい加減、敗北を知りたいわ」

 

 負ける気など更々ないくせに、あきらかに挑発をしているダージリン。実際ボクシングの防衛戦かっていうぐらいに勝ちに拘り、ダージリンは勝ち続けている。一重に、八幡を渡したくない一心であるが故に。

 もはやこれは代理戦争に近いのかもしれない。なんの?もちろん、恋のだ。

 当の本人はまったくなにも感じていないのはお察しである。みんな頑張ってるなーぐらいの感想しか抱いていないし、そんなに執事を雇いたいのかな?的外れな考察をしてしまっているしまつ。しかも、ダージリンが八幡をからかいすぎて耐性をつけさせてしまっているのも困りものである。普通にしているだけでは勘違いなど微塵も起きなくなってしまったのだから。ギルティ……。

 

「――それよりも、練習試合のメンバーをどうするかなのだけど……」

 

「そうですね。5対5となると足並みを揃えないといけないですし、ローズヒップのクルセイダーなどは今回は不向き……失礼、電話が」

 

 ダージリンの話にアッサムが自分なりの考察を話そうとしていたら不意に彼女の電話に着信が入る。

 

「ルクリリ?どうしたの?え?ローズヒップ?彼女が……ええ、報告してくれてありがとう」

 

「どうかしたんですか?ローズヒップさんがなにかまた(・・)……?」

 

「ええ……、なにやら『クルセイダーの走力は世界イチィィイイイーーー!!』といいながらクルセイダーを走らせていたらしく、たまたま目撃したルクリリが報告をしてくれたのよ」

 

「ぶふっ!!」

 

「だ、ダージリン様!?」

 

 あまりにも不意打ち過ぎる。紅茶を飲んでいたタイミングでアッサムが「クルセイダーの走力は世界イチィィイイイーーー!!」などと言われしまえば、思わず吹き出すのも仕方がないと言えよう。しかも、思いのほかに似ていたのも拍車をかけていた。

 笑いのツボに入ってしまったダージリンは、「く、苦しい……」といいながら必死に笑いを抑えようとしたが、あまりにもクリティカルヒットしてしまい、すぐには収まりそうにはなかった。紅茶が気管に入ったことも相まって、軽く地獄だったと、ダージリンはのちに語る。

 ペコはペコでダージリンのその姿に慌ててしまい、「ひぃひぃふぅですよ、ダージリン様!?」と間違った知識でダージリンを落ち着かせようとしている。

 ペコさんそれちゃう、ラマーズ法や。と、心の中でおもわず関西弁でツッコミをいれている八幡。そして、ことの下手人のアッサムは自分がなにをしてしまったか理解していないらしい、不思議そうな目でダージリンをみていた。

 

 

 ――クラブハウス、紅茶の会。ただいま現場がカオスなのでしばらくお待ちください。

 

 

 5分後――。

 

「ごめんなさい。少々取り乱してしまったわ」

 

 少々?盛大では?心の中でそう思ったが、八幡は思いとどまる。下手にツッコむのは野暮なのだろう。自分の主人がそういってるのだから、今はそっとしておいてあげよう。そうしよう。

 

「アッサム、ローズヒップをここに呼びなさい」

 

「……ダージリン、まさかアレを?」

 

「ええ、今回のはさすがに英国淑女としての行動から逸脱しているもの、しょうがないわ。わたくしも出来るならこういうことはしたくないのだけど……」

 

 しょうがないのよね。これ、戦争だから、と言わんばかりの口ぶりのダージリン。ある意味において二次災害を起こしたローズヒップにお仕置きをしようだなんてのは思ってはいない。思ってはいないとも。ええ。

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

「お呼びになってでございましょうか、ダージリン様!!」

 

「自分が、なぜ呼ばれたかわかるかしら?」

 

「わかりませんわ!」

 

 清々しいほどに心当たりがないらしい。

 頭が痛い……。ダージリンは頭を押さえる。

 このローズヒップ、お嬢様とは思えないぐらいに破天荒である。お嬢様とは似ても似つかない、もはや少年の心をもったお嬢様といったらしっくりする気がする。……しっくりきすぎた。

 

 彼女がやったきたことは数知れず、廊下を走っては怒られ、紅茶を早飲みして怒られ、出された料理も誰かに獲られまいと一口で済ませようとするし、クルセイダーで川を走って飛び越えようして大破……、本人曰く、「早さが、早さが足りなかったんですの!?」と悪びれる様子もなかった。ローズヒップは良くも悪くもまっすぐ――もとい、スピード狂である。

 

 そして、一番たちが悪いのが、本人にまったくもって悪気がないのである。あらゆる意味において純度百パーセント。だからといって野放しにしておくと、我が聖グロリアーナの品位を疑われてしまう。……これでもましになった方なのだ。昔はもっと酷かった。アッサムのおかげで大分ましになりはしたが、それでも今の現状である。

 

 だが、つい最近になって、対ローズヒップ用決戦兵器が発見でき、徐々にではあるがアッサムの心労が減っている。

 

「……ローズヒップ」

 

「はい!」

 

「クルセイダーに乗って、大声で走り回ったと聞きましたわ……。これに関して、なにか言い訳があるかしら?」

 

「ありませんわ!」

 

 なかった。微塵もこれっぽっちもなかった。もはや、潔すぎて清々しさすら感じられるほどに。

 

「……そう。なら、しょうがないわね。八幡さん?よろしくって?」

 

「八幡」ダージリンがそう言うと、ローズヒップは珍しくビクッとなり、様子がおかしくなる。自分がこれからなにをされるか理解したらしい。

 

「だ、ダージリン様、冗談ですのよね?」

 

「残念ね。現実よ、ローズヒップ」

 

 残念といいながら、ダージリンの顔はスゴく笑顔だった。

 その反対に、まるで死の宣告をされたかのような顔になるローズヒップ。いやいやと顔を横に振るが、後ろからガシッとペコに捕まる。

 

「ぺ、ペコ!?離してくださいませ!」

 

「ごめんなさい、ローズヒップさん。無理です」

 

 期は熟したと言わんばかりに八幡の方を見るダージリン。八幡も自分がなにをすべきかはわかっているのだろう。はぁ……っと深い溜め息をつき、ローズヒップの前に出る。

 しょうがない。これもローズヒップの為だ。

 

 そして、八幡は一言、いい放つ。

 

「薔薇尻様、もう少し慎みをもってください」

 

 八幡にそう言われ、途端にさっまでの元気な顔がどこへ行ったのか、打って変わって悲惨な顔へとローズヒップが変貌している。

 

「は、八幡?わたくしの名前はローズヒップですのよ……?」

 

 無駄だとわかっていても尚も抗うローズヒップ。

 

「薔薇尻様」

 

 しかし、八幡はもう一度いう、薔薇尻様と。

 

「クルセイダーで走り回るのは百歩譲って許すとしましょう。しかし大声で、『クルセイダーの走力は世界イチィィイイーーー!!』などと言うのは淑女としてどうかと思いますよ」

 

 普段はタメ口なのに、丁寧な言葉で話しかけられると普段以上に怒られている気がする。それだけならまだしも、薔薇尻など不名誉極まりない呼び方などされて嬉しい女子はいないだろう。

 どうしてこうなったかといえば、八幡がローズヒップって漢字読みしたら薔薇尻じゃね?とか言い出したのが始まりだった。その時のローズヒップの反応を見て、ダージリンが考え付いたのだ。

 ここにローズヒップ対決戦用兵器、HACHIMANが生まれた。いや、ただの説教である。

 

「……すごく落ち込んでいるわね」

 

「これもローズヒップの為よ、アッサム。心を鬼にして見守るのよ」

 

「そうなのでしょうけど……」

 

 八幡の名誉のために言っておくと、彼も別に好き好んでやっているわけではない。ローズヒップが本当の本当にやらかした時、さすがに見逃すことが出来ないときに行われるものである。

 

 そして説教が終わったのだろう。八幡の口調がもとに戻る。

 

「わかったか?ローズヒップ」

 

「……はい、ですの」

 

 まあしかし、説教だけで終わらないのが執事、もとい八幡である。

 

「わかればよろしい」

 

 まるで小さい子供をあやすように頭を撫でる八幡。ローズヒップはそれをなされるがまま。

 そして、ダージリンとアッサムからでは見えないが、八幡の顔は妹――小町と愛里寿に向けるような優しい顔をしている。わりとレア度でいえばものすごく高い八幡の笑顔をローズヒップだけではなく、立ち位置的にペコもみることになっている。

 

 そうして、その笑顔を見てペコは思う。いつか自分にも向けてもらえるように頑張ろう、と。もちろん怒られたからとかそういうのではなく、純粋にその笑顔を向けてもらえるような存在になろうと。

 

 ローズヒップはローズヒップで末っ子ということもあるせいか、八幡のお兄ちゃんスキルの前には成すがままだった。というか、ローズヒップ本人は気づいていないが恋しちゃってるのである。

 

「――じゃあ、今度の大洗との試合の編成でも考えましょうか」

 

 空気を変えるために八幡は提案する。それにダージリンも頷く。

 

「そうね。まぁ、ローズヒップは参加できないのだけども」

 

「わたくしがやらかしたからですの!?」

 

 横暴ですわ!と、声を高らかに抗議の声を上げるローズヒップ。

 

「あなたのクルセイダーでは足並みが揃えられないでしょ?わたくしたちの戦車のスピードに合わせられて?」

 

「………、無理ですわ!」

 

「無理なんですね、ローズヒップさん……」

 

 これが大洗との試合前の聖グロリアーナであった。



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継続編
New! プロローグ 雪上の鬼ごっこ


 中学生の春休み。

 俺はその期間を利用し、大洗の学園艦から転校すべく次の学園艦を決めるために各地を転々としていた。

 その際、偶然というべきか、昔の知り合いに遭遇した。

 そいつは、俺が小学生の頃に忽然と行方を眩ませた親戚だった。

 なぜこんなところに居るのかと問われて答えたのが運のつき、そいつの「なら、私たちの学校に来たらいい。たぶん、戦車にのれるだろうさ」と言う甘言に乗ってしまった俺をぶん殴りたい。

 そのせいでこんな目にあうと知っていたなら全力で拒否していだろう。

 だが、これはゲームではなくリアルだ。セーブ機能などないし、リセットもできない。なら、俺はこの現状をどうにかするかを考えるのが先決だ。

 

「くそっ! どこに行った!? まだ近くにいるはずだ、探しだして同志カチューシャの前に叩き出さないと、我々がシベリア送りだぞ!!」

 

「りょ、了解であります!」

 

「しかしあの男は、妙に影が薄いというか、存在感がないというか、ステルス機能に富んでおり、なかなかに見つかりません!」

 

「そんな言い訳が同志カチューシャに通用すると思うな! 草の根……いや、雪の根をかぎ分けてでも見つけるんだ!」

 

 そんな話し声が聴こえ、そのまま俺とはいる方向とは逆の方に集団は走っていく。

 なんで俺はこんな寒空で決死の鬼ごっこをやっているんだろうか?

 俺の現在地は北緯の高い場所を好んでるプラウダの学園艦にいる。

 ここにきた目的は戦車をもらい受けるという簡単な話だという。いや、だった。現在は過去形だ。

 あいつめ、もともとプラウダからまともにもらい受けるつもりなんてさらさらなかったに違いない。

 そして俺が追われている原因はわかっている。完全に俺は囮、もとい陽動として使われている。

 その間にあいつは首尾よく戦車をかっさらうつもりなのだろう。

 というか、試合前に俺をあの小さい暴君に会わせたのだって、俺が相手の地雷を踏み抜くだろうと確信していたからか。

 いやだってしょうがないだろ! あんな小さななりをしていたら思わず「小学生?」と言ってしまうのは不可抗力だろ!

 お陰で相手は俺を捕虜にして、シベリア送り25ルーブルなるものさせられると言われ、俺の危機感知能力が警報を鳴らしたのでその場を逃走、現在に至る。

 逃げてる際にちらっと聴こえたのだが、シベリア送り25ルーブルとは、25日間、木造の校舎で補習を受けるものらしい(もちろん、暖房はない模様)。

 ほかにも「永久凍土で穴堀10ルーブル」や「ツンドラで強制労働30ルーブル」など、嫌なバリエーションがあるらしい(だぶん、ルーブルは日数)。

 寒空のしたで補習を受けるのも嫌だが、働くのなんてもっと嫌だ。どうせ社会に出れば嫌でも働かないといけなくなるのに、こんな極寒の地でタダ働きとか俺のポリシーに反する。働いたら敗けだと思うを地でいく男、比企谷 八幡。

 そんなどうでもいいことを常に考えていないと現状、平常心を保てそうにない。

 相手の包囲網は刻一刻と狭まってきている。なんとか自前のステルスヒッキーのお陰でなんとか逃げ切れているがそれも時間の問題だろう。

 自分の影の薄さに感謝する日が来るとは思わなかったが。

 ふぅっと安心して一呼吸ついた瞬間肩を捕まれる。

 やばっ! 見つかったか?

 俺は恐る恐る振り向くと……

 

「―――八幡、私だよ」

 

 あいつがいた。俺を継続高校に引きずり込んだ張本人、今はミカと呼ばれている俺の元親戚。

 

「……一言いっていいか?」

 

「なんだい?」

 

「戦車はちゃんともらったんだろうな(・・・・・・・・・)?」

 

 俺がそういうと、あいつは一瞬驚いた顔をして、そしてにこり笑う。

 

「ああ、相手から快く譲り受けたよ(・・・・・・・・)

 

「ならいい。文句は帰ってから言わせてもらうからな」

 

「……それは恐い。お手柔らかに頼むよ」

 

「ミカ! なんでか知らないけどプラウダのひとたちが怒ってるから早く逃げるよ!」

 

「なんでだろうね? 虫の居所でも悪かったのかもしれないね」

 

 もう突っ込む気力もない。雪空の下で駆け回るとか小学生以来だぞ。俺が戦車のるために体力つけてなかったら途中でバテて、確実にシベリア送りにされていた。雪のなかで走るのまじで疲れた。

 



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