ハイスクールD×D 魔械留学のジャークサタン (トアルトーリスガリ)
しおりを挟む

プロローグ

かつて自分の学校が光るおじさんに改造されることを夢見た人々に捧ぐ。


 現世の人口に限界があるように、常世、すなわち死後の世界もまた許容量が存在する。死者の魂を受け入れるのが常世の役割であるが、その広さは無限ではないのだ。ましてや、現世では人が生まれては死ぬことで増減することで人口のバランスを保つことができるものの、常世は現世から死者が送られてくることでその総量が増えはしても減ることはない。地上に生命が誕生して以来、地球よりはるかに広大に創られた常世も、いい加減に魂を受け入れられる限界に達していようとしていた。

 

 この状況を重く見た神々は、解決案の一つとしてある方策を実行し始めた。それは、新たに異界を作り出し、その異界を常世の代わりとして死者の魂を送り出し、そこで新たな生を歩ませることだ。しかし、人の世から幻想と神秘の薄れた時代にあっては、神々もゼロから完全な異界を生み出すことは難しい。そのため、神々は人間たちが生み出した数多の物語を許に異界を形成することにした。物語という一種の幻想を基礎にすれば、かつて夢と現の境が曖昧だった時代には及ばずとも神々も力を行使しやすいためである。

 

 しかし、物語の世界、特に神々が創造主としての力を行使できるほどに幻想が現世と比べて濃いそれらは、往々にして平和とは程遠いものだ。そんな世界で新たな人生を歩めと言われ、受け入れられる者は多くない。そこで、神々は物語の世界へ行く者たちに対して、なんらかの恩恵を与えることにした。それは、ある時はほかの物語で使われる武具や能力であり、ある時は人外の域に達するほどの肉体や頭脳であり、ある時は誰もが心奪われる絶世の美貌であるなど、望む者によって様々だが、何らかの形で通常よりその世界で優位に立ち得るものだ。そして、その恩恵を受けた者たちは、喜び勇んで物語を模した異世界で新しい人生へと足を踏み出すのである。その先がどうなるかは、それこそ人それぞれではあるとしても。

 

 そして、今日もまた新たな死者が、神々の手で物語の世界へ転生する準備を進めていた。

 

「えーと、ではご希望をまとめます。行先は“ハイスクールD×D”の世界、恩恵はベース物語の主人公と同年代に生まれて“白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)”所持者になることと、登場人物というかベース物語の主人公“兵藤(ひょうどう)一誠(いっせい)”からその最大の武器である“赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)”を抜き取り、同じく登場人物でありベース物語において“白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)”本来の所持者である“ヴァーリ・ルシファー”に与える、ですね?」

 

「ああ、そうだ」

 

 死者を異界へ送る任を担当する白い巻き毛の女神が、死者の希望を復唱し確認を取った。高校生ほどの年齢らしき死者の少年は、それにいやらしい笑みを浮かべて答える。

 

「しかし、随分変わった恩恵を希望されますね? ベース物語と、まるで歴史の進み方が変わりそうですよ、これ」

 

「いいんだよ、変態主人公がハーレムつくる歴史なんかよりも、よっぽどまともな歴史を作ってやるさ」

 

「はあ……ちなみに、ベース物語のライバルの武器を本来と入れ替えたのは何でです?」

 

「決まってるだろ? ただ自分だけ強くなる“赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)”より、相手を弱くできてしかも自分が相手を弱らせた分強くなれる“白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)”の方が使い勝手はいいし、やっぱり強いライバルがいた方が物語が華々しくなるからな!」

 

「はあ……まあ、解りました。それでは少々お待ちください」

 

 言って、女神は背後に設置された棚へと向かい、「は行」と記された段から“ハイスクールD×D”と銘打ってある試験管立てを取り出す。そこに立てられている、コルク栓で閉じられた無数の細長い試験管、その一本一本が“ハイスクールD×D”という物語を模倣して創造された異界なのである。女神はその内の1本を抜き取ると、人の耳には聞き取れない言語で呪文を唱えた。途端、試験管が仄かに発光し、死者の希望の通りに世界の様相が書き換わったことを告げる。

 

「これで、この世界に貴方の魂が入り込めば、貴方の希望通りの状態で貴方の新しい人生が始まります」

 

「やっとか、待ちくたびれたぜ!」

 

 にやける死者の少年の方へ戻ってくると、女神は手にした試験管の栓を抜いてその口を少年へと向けた。

 

「それでは、貴方の新たな門出に幸多からんことを」

 

「おう、行ってくるぜ!」

 

 言い終わるが早いか、死者は試験管の中へと吸い込まれていき、やがてその身は完全に異界へと消える。それを確認すると、女神は試験管の栓を締め直し、軽く伸びをした。

 

「んー、今回の死者さんは本来の歴史を相当引っ掻き回しそうですね。これは不幸になる人がかなり出ちゃいそうだなー、可哀想に」

 

 他人事のように言いながら女神は試験管を戻すため再び棚の方へと歩み寄る。

 

「あ。もう、誰? は行の段にな行の世界置いたのは」

 

 そして、試験管を挿しこんでいる途中で、“ハイスクールD×D”の試験管立ての隣に“熱血最強ゴウザウラー”の試験管立てが置いてあることに気づいた。

 

「まったく。上の神様にもし今見つかったら、怒られるの今日担当の私になっちゃうじゃないの」

 

 ぼやきながら、女神はその試験管立てをな行の棚に戻そうとした。うっかり、先程の試験管を手に持ったままで。

 

「あ」

 

 そして、さらにうっかり、その“ハイスクールD×D”の世界の試験管を、“熱血最強ゴウザウラー”の世界の試験管の1本とぶつけてしまった。すると、ぶつけられた“ゴウザウラー”の試験管が仄かに光り、その光が“D×D”の試験管に移り込んでいく。

 

「こ、これ!? もしかしてこの世界の要素が何かこっちに移っちゃった!?」

 

 口に出してから、女神は“熱血最強ゴウザウラー”はシリーズ系の物語であることを思い出す。弾かれたようにか行、さ行の段へと目を向けると、同じ“エルドランシリーズ”に属する“絶対無敵ライジンオー”、“元気爆発ガンバルガー”の世界の試験管立てから、1本ずつ光が漏れているのが見て取れた。やはり同じシリーズである“完全勝利ダイテイオー”には変化がないためこの世界からは何も移っていないようだが、3つもの世界から何らかの要素が移ってしまっている時点で大問題である。女神は急ぎ何が移ってしまったのかを確認し、絶句した。

 

 移った要素は、“絶対無敵ライジンオー”からは“破壊帝王ジャークサタン”のクリスタル、“元気爆発ガンバルガー”からは“暗黒魔王ゴクアーク”(最終決戦時)の魔力、“熱血最強ゴウザウラー”からは“機械王エンジン王”の魂の3つだったのである。

 

 それを知った女神は顔面蒼白になる。ジャークサタンとエンジン王はまだいい、こちらも色々危ないかもしれないがゴクアークと比べればまだいい、というよりもゴクアークがまずすぎる。なにせ、ゴクアークは地球をあっさりと粉々にし、水星と金星をガンバルガーへの攻撃のついでで破壊するほどのパワーの持ち主だ。『ハイスクールD×D』もとんでもない能力の持ち主が揃っているが、それでも惑星破壊を片手間でできるゴクアークは規格外の部類だろう。そんな存在の魔力が入り込んでしまうなんて事態、どうなることか想像もつかない。

 

「“ハイスクールD×D”の世界って魔王がいましたよねー、ゴクアークは大魔王だから大のついてるゴクアークの方がやっぱり偉いんですかねー、って違う! 違うでしょ私!」

 

 思わず現実逃避していると、我に返った女神はこの後すべきことを考えた。ヒヤリハット、という言葉がある。重大な事故や災害に発展しかねないミスやハプニングの発見に関する用語であり、今がまさしくそれに該当するだろう。これは、間違いなく上司である神に報告し、指示を仰いでしかるべき状況だ。

 

「よし!」

 

 覚悟を決めた女神は気合を入れなおし、その場を後にする。そして、本日の報告書に「“ハイスクールD×D”に送った死者某氏は有望そうであったため、サービスとして“エルドランシリーズ”の要素を何点か“ハイスクールD×D”に追加するという要望も追加で叶えた」と記述するのだった。

 

 

 

 本来の歴史であれば、その胎児には赤い龍が宿るはずだった。しかし、それは本来の流れを望まぬ者の手で阻まれてしまった。そのため、その子には赤い龍を受け入れるはずだった空白ができてしまう。そこへ、本来別の世界のものだったはずの要素がこの世界へ流れ込んできた時、その空白へと収まってしまった。

 

 5次元の技術で作り出された戦闘ロボット、大魔界の支配者である大魔王、幾多の星々を機械化してきた機械王、三者の力をその身に宿した時、その運命はどのような流れをたどるのか、それを背負うことになった胎児は未だ産まれてすらいない。




~ガンバルガー最終回視聴中~
ゴクアーク「もう容赦はせん! 今すぐに地球を、バラバラにしてくれるわぁっ!」
視聴者「あ、これ途中で阻止されるな」
~約15秒後~
鷹介「ち、地球がバラバラになっちゃったー!」
視聴者「」

2017年02月08日 前書きと後書きの追加、「破壊帝王ジャークサタンの機体」を「“破壊帝王ジャークサタン”のクリスタル」に修正、他微細な修正

2017年02月27日 後書き冒頭に「~ガンバルガー最終回視聴中~」の一文追加、他微細な修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1話 時空を超えた機械王です!

今回はほぼゴウザウラーのエンジン王編のダイジェストです。


――何故、こうなってしまったのだろうか……

 

 既に全機能を停止した己が愛機、ギルターボの目元から流れるオイルをぬぐってやりながら、エンジン王は自問自答を繰り返していた。その答えを探すために、思考回路が記憶データベースから様々な情報を引き出し続けていた。

 

 元々、自分は機械化帝国で生まれた機械人の一人である。機械化帝国は、かつて宇宙に存在した知的生命体による文明の遺産だ。その文明は地球とは比較にならないほど高度なものでありながら、それを創り上げた生命体、“心”などという不完全なものに支配された存在自身の愚かさ故に自ら滅びてしまった。そして、残された機械たちは一つの結論に達した。心を持ち得るあらゆる生命体を全宇宙から抹殺し、万物を機械化することで、宇宙をより完全な形にするべきである、と。

 

 そうして、機械化帝国は誕生した。

 

 全宇宙に鋼鉄の秩序を。それを最優先目的とし、機械化帝国はいくつもの星系へ機械人を派遣し、宇宙の機械化を進めていった。

 エンジン王もまた、それを担う機械人の戦士であり、その中でも幹部である機械王の一角だ。己が開発し、己をエネルギー源とする自立制御型戦闘ロボットであるギルターボと共に、帝国の頂点である機械神の命令のまま無数の惑星を鋼鉄の世界へ変え続けていた。

 

 その行動自体に、疑問を持ったことはない。上から命令を下し続ける機械神の存在を煩わしいものと判断し、いずれは自分こそが機械化帝国の支配者となることを目論んではいたが、宇宙の全てを機械に変えていく方針自体に反対の意はなかった。感情などという不確定なものに行動を左右される不完全な有機生命体は、滅ぼすべき不必要な存在だと信じて疑わなかった。

 

 それ故に、地球を初めて見た時は醜くつまらない星にしか見えなかった。汚らしい水や土、不潔な植物や野蛮な獣で溢れた、小さく穢れた惑星。いつもと同様、自分のことを“ファーザー”と呼び慕うギルターボと共に手早く機械化し、早急に関わり合いを断とうと考えていた。

 

 しかし、地球の機械化は思いのほか難航した。理由は唯一つ。地球の戦闘ロボット、“ゴウザウラー”に阻まれ続けたためだ。人間と呼ばれる原住の知的生命体、その中でも年少者のみで構成された――その構成の必然性は未だに理解不能だが――チーム、“ザウラーズ”と名乗る者たちが操るそのロボットに、自分とギルターボは幾度も不覚を取ることになった。

 

 やがて、エンジン王は自分たちを退け続けるゴウザウラーの強さの秘密が、人間たちの“心”にあると結論づける。人間にとって最大の弱点でありながら、機械人の計算を上回る最大の力を呼び起こす力、自分がいずれ機械神を打倒するために求め続けた宇宙最強の力は、人間の心が生み出すエネルギーなのだと。

 

 心、それは機械化帝国において禁断の存在だ。普通に考えれば、心や感情というものは曖昧(あいまい)で不確定な代物であり、機械がそれを持ったところで計算という普遍の秩序に悪影響をもたらすだけだと思える。心を持つことを機械神が禁じたのは、当然といえば当然だろう。現実に、己を生み出した文明を滅ぼしたのは心を持つ生命体なのだから。

 

 しかし、本当にそうなのだろうか。ただ悪影響をもたらすだけならば、何故ゴウザウラーはいつも窮地に陥った時に計算外の強さを発揮できる? 計算よりも心という不完全なものを優先する人間が、何故機械人に勝つような真似ができる? 機械神が心を禁じたのは、本当は心が持つ強さを恐れたからではないだろうか。己が理解できない力を持つ心を自分以外の機械が理解し、自分を超えることを危険視したためではないだろうか。

 

 そして、エンジン王は行動を開始した。ゴウザウラーとの、ザウラーズとの決戦のつもりで赴いた戦場で、自分たちに敗北寸前だったザウラーズに声援を送り続けていた一人の人間を人質としてさらったのだ。言葉などで戦いに勝てるはずがない。愚かな行動だと思いながらも目障りなその人間を始末しようとした途端、再びゴウザウラーは計算外の力、自分が“戦闘パターン101”と名付けたそれを発揮し、逆転をして見せたのだ。

 

 そこで、エンジン王はこの人間を利用すべきだと判断した。恐らくこの人間はザウラーズにとって必要な人間。この人間を囮に使えば、ゴウザウラーは救い出さんとしてのこのこと自分たちの元へ舞い込んでくるだろう。その時、この人間を助けるために発揮される心の力を吸収すれば、自分は機械神を超える存在となり、宇宙をこの手中に収めることが出来る。ほくそ笑みながら、その人間を地球唯一の衛星である月に設立した地球機械化前線基地、“機械化城”へ連れ帰った。

 

 ザウラーズの担任教師、中島(なかじま)辰男(たつお)と名乗ったその人間に、ギルターボは心とは何かを繰り替えし尋ね続けていたが、エンジン王はそれが無駄なことだと断じていた。重要なのは心が生み出している計算外のエネルギーであり、心それ自体ではない。しかし、ギルターボは、心は機械化帝国では禁断の力であり解析が必要だと危惧していた。それは、機械神に対して明確に反逆を宣言してもなお続き、ギルターボは心の力がマイナスのパワーとなる可能性もあると訴えてきた。それだけではなく、連れてきた中島すらも警告するのだ。人間の心は自分の思うようなものではない、自分には使えない、と。

 

 それを自分は戯言だと一蹴し、中島を救出するために乗り込んできたザウラーズが操るロボット、ゴウザウラー、“マグナザウラー”、“グランザウラー”の3機が合体した“キングゴウザウラー”との戦いに臨んだ。

 

 想定通り、否、想定以上の力を発揮し、キングゴウザウラーはこちらに応戦してきたが、首尾は上々だった。キングゴウザウラーの生み出す莫大な心のエネルギーを吸収することが出来たのだから。そして、エンジン王はギルターボにより“機械化獣”として生まれ変わった機械化城、“メガキャッスル”と自身を結合し、心の力の試運転としてキングゴウザウラーを始末しようとした。

 

 ところが、そこで全くの想定外の事態が発生してしまう。機械化獣に充填した心のエネルギーが、みるみる内に消えていったのだ。

『エンジン王、それが心さ』

『!? ナカジマ!』

 不可解な状況のため行動不能に陥っていると、通信を通じて中島が語り掛けてきた。

『ある時は熱く燃え、ある時は優しく穏やかに。だが、何故燃える? 何故穏やかになる? 機械のお前にそれが解るのか!? 心の力を吸収することなどできないんだ!』

『な、なんだと!? ふざけるな! 吸収できぬエネルギーなどない!』

 中島の言葉を認めることが出来ず反論するが、事態は変わらなかった。自分は現実に心の力を使うことが出来ず、心の力を吸収されたはずのキングゴウザウラーは凄まじい力で自分に立ち向かってくる。

 

 それでも、自分は再びゴウザウラーから心の力を得ようとゴウザウラーに攻撃を続けた。既に機械神へ明確な叛意を示してしまっている。もはや後にはひけないのだから。そこへ、機械神がとうとう自分を粛正せんと乗り出してきた。途轍もないエネルギーの放射が自分を目掛けて突き進んでくる。あんなものをまともに浴びれば、確実に自分は破壊されてしまう。急ぎメガキャッスルとの結合を解き脱出を図るが、到底間に合わない。

 

 最早これまでか、と諦念が思考回路を埋める、その時だった。

 

『ファーザーッ!』

 

『!? ギルターボ!』

 

 ギルターボが、自分を庇い、身代わりとなったのだ。それは、本来あり得ないことだ。ギルターボの主動力源はエンジン王。自分と結合していない限りは単独で歩くことさえできない。それが、機械神の攻撃に先んじて自分を助けるなど、本当ならできるはずがなかった。

 

『ギルターボ! 今の力は、まさかっ!?』

 

 それがあり得るとすれば、それはザウラーズが発揮するものと同じ、心の力をエネルギーにする以外にない。

 

『ファーザー……今、心が解析できたよ……心とは、こころとはっ』

 

 その言葉の続きを聞くことはできなかった。甚大な損傷がギルターボの体内回路を暴走させ、その身を爆発させていったが故に。凄まじい爆炎が巻き起こるが、そんなものを気にする余裕はなかった。それを聞けば宇宙最強の力をより効率よく使えるだろう、心の解析結果さえもどうでもよかった。ギルターボの身体が見る間に壊れていく、それ以上に関心を向けるべきことなどあるはずがない。そしてギルターボは、最期に自分が愛用してきた剣を胸部から射出すると、その機能を完全に停止させた。

 

 そう。ギルターボは、常に自分と共に戦い続けてきた愛機は、この世から永遠に消えたのだ。

 

『ギルターボ……ぬおおぉぉ……ぬああああぁぁぁぁ!』

 

 ギルターボを失ったエンジン王は、その仇である機械神を完全に殲滅対象として認識し、刃を向けた。機械化城の部品を吸収することで自身を巨大化させ、機械神に向かっていった。もはや機械化帝国支配者の座などどうでもいい。ただ、ギルターボを殺した機械神を生かしておくことはできない。その思考だけがエンジン王を突き動かしていた。しかし、それも虚しくその場に現れた機械神は、本体の分身、全体エネルギーの一部に過ぎないものだった。

 

 それ故に、エンジン王は愛剣の切っ先を宿敵(キングゴウザウラー)に向けた。直接の仇である機械神を討ち取ることが出来ず、このまま己の力を何も示すことができないまま終わっては、自分が力ばかりを追い求めたがために死なせてしまったギルターボに合わせる顔がない。機械神をこの手で討つことが出来ないのならば、せめて幾度も自分たちに土をつけてきたザウラーズだけでも倒さなければ終われない。キングゴウザウラーの首をギルターボへの手向けへとするために、エンジン王は因縁の敵へと襲い掛かった。

 

 ギルターボの形見の剣と敵の“キングブレード”が幾度もぶつかり合う中で、機械化獣となった機械化城が移動を始めた。そして、センサーが機械化城の中心部が異常に強力なエネルギーを発し始めていることを認識する。恐らく、機械神がメガキャッスルを操っているのだろう。大方、自分とキングゴウザウラーを機械化城の爆発に巻き込ませ、同時に始末するというところか。否、このエネルギーの高まりは自分たちのみならず、爆発位置次第ではその余波により発生するプラズマエネルギーで地球の全生命を一掃し得るだろう。つまり、機械神にとっては邪魔者を一度に排除できる好機というわけだ。機械神らしい、合理的な計算といえる。

 

 今更どうでもいいことだった。地球の生命がどうなろうと知ったことではないし、最早己の命を生き永らえたいとも思っていない。例え死すことになろうとも、自分とギルターボに煮え湯を飲ませ続けてきたキングゴウザウラーさえ仕留められれば、自分たちは決してこのロボットに劣る存在ではないということさえ証明できればそれでよかった。それ以外に、自分がギルターボのためにできることはないのだから。

 

 すると、そこへ宇宙服を着た中島が立ちはだかった。地球を滅亡から救うため、機械化城を破壊しようとするザウラーズの邪魔をしないでほしいと懇願してきた。

 

『地球が滅亡しようとどうしようと、私の知ったことか!』

 

『お前も死んでしまうんだぞ!?』

 

『構うものか! 貴様らが道連れなら本望だ!』

 

――そうだ。何故今更死ぬことに頓着する必要がある? それはこの者たちに、ザウラーズに一矢報いることを諦める程の価値があるとでもいうのか? 最早、死んで失うものがあるわけでもないというのに

 

『莫迦なことを言うな! ギルターボが自分の命と引き換えに守った命を粗末にするな!』

 

 しかし、中島のその言葉が思考回路を揺さぶった。

 

『ギルターボが悲しむぞ!』

 

――ギルターボが悲しむ? 私の行動が、ギルターボへの裏切りだというのか?

 

『黙れっ!』

 

 一瞬浮かんだ疑念を振り払うように、中島の身体を掴み取る。ギルターボを生み出したのはエンジン王だ。それ故に、自分はギルターボの性能も構造も何もかもを把握している。そんな自分が、ギルターボの遺志を見誤るはずがない。ましてや、ギルターボとほんの僅かな時間言葉を交わしただけの中島が、自分以上にギルターボのことを理解するなど、あるはずがないではないか。

 

『小うるさい虫けらめ。お前から握り潰してやる!』

 

 勝手なことを言い続ける愚か者に制裁を加えんと、中島を握る左手に力を籠める。巨大化した今の自分にとって、2メートルにも満たない人間の体など正しく虫同然だ。エネルギーの僅か0.01%を左腕へ注ぐだけでも、容易に握り潰せる。

 

『それでお前の気が晴れるならばそうするがいい。その代り、子どもたちにはもう手出ししないでくれ!』

 

『なんだと!?』

 

『あの子たちのためなら、私は喜んでこの命を投げ出そう……ギルターボのように!』

 

 それを聞いた途端、思考回路が焼けつくように熱を持った。

 

『ふざけたことを、人間如きが私のギルターボと同じだと!? 身の程を知れぇっ!』

 

 通信でザウラーズがやめろ、やるなら自分たちをやれと訴えてくるが、それを無視してエンジン王は中島に叫んだ。

 

『さあナカジマ、泣いて許しを請え! 貴様にギルターボの真似などできん!』

 

 しかし、握る手に力を込めても、中島は己の言を翻しはしなかった。

 

『どうした、このままでは死ぬぞ!』

 

 警告して尚も、中島に命乞いをする気配を見せない。痛みに言葉を理解する余裕がなくなっている、という風ではなかった。苦痛に(あえ)ぎながら、それでも中島は耐えているのだ。自身で言った通り、ザウラーズのために。

 

『何故だ……何故他人のためにそこまでする!? お前は死ぬのが恐くないのか!?』

 

『恐いさ……』

 

 痛みのためか弱々しい、それなのに何故か力強いという相反した印象を受ける声で中島は言った。

 

『しかし、それを乗り越えて大切な人を護ろうとする時……人の心は限りなく強くなれるんだ!』

 

『そ、それが、心の力か……』

 

 その瞬間、何故か自分は己の敗北を悟った。何か攻撃を受けたわけではない。むしろ相手はあとほんの少し握る手の圧力を増すだけで死ぬという、自身にとって圧倒的に有利な状況。それにも関わらず、自分はこの小さく脆弱な存在に負けたのだと、理屈でなく感じてしまった。

 

 我知らず、中島を握る手を放す。すると、中島が更に言葉を続けた。

 

『解ってくれ! ギルターボは復讐など望んではいない! お前に生きていてほしいんだ!』

 

 それを聞き、思わずギルターボの亡骸へと目を向ける。

 

『ギルターボ……そうなのか? ギルターボ……』

 

 ギルターボのことは開発者であり、ずっと共に戦ってきた自分が一番解っているはずだった。しかし、ギルターボの望んでいたことを、本当に中島の方が理解しているというのだろうか。

 

『ファーザー……今、心が解析できたよ……心とは、こころとはっ』

 

 ギルターボの最後の言葉が思い出された。ギルターボは、何を望んで自分に心の解析結果を告げようとしていたのだろう。何を望んで自分を助けたのだろう。

 

 自分に仇をとってほしいため? 復讐を願うほど己の死が無念ならば、最初から自分を犠牲にするような真似はしていないだろう。

 

 機械神を倒すという自分の目的の助けとなるため? 緊急事態だったとはいえ重要な戦力であるギルターボを失うことはあまりに大きな損失であり、助けになるどころかむしろマイナスだ。

 

 解らなかった。ギルターボの行動に、論理的な理由を見いだせなかった。だというのに、中島は理解したのだ。ギルターボの望みを。

 

 ギルターボの首が頷くように落ち、目元からオイルが涙のように流れた。その姿に、いい得ない程の衝撃を受けた。

 

 現象だけで言うのであれば、大破したギルターボの機体が崩れて首が傾き、内部燃料が漏れただけだ。それでも、エンジン王にはそれがギルターボの遺志のように見えてならなかった。もう戦わなくていい、命を無為にしないでほしいと、泣いているようにしか見えなかった。

 

『うおおおおぉぉぉぉっ!』

 

――完敗だ

 

 叫びながら、拳を地に叩きつける。今度こそはっきりと理解した。自分は中島に負けたのだ。最も理解しなければならない、ギルターボの想いを理解できなかった時点で。

 

 そう、結局自分は敗れた。機械神にも、キングゴウザウラーにも、中島にも。ギルターボの命を、敗北の代償にして。

 

――何故、こうなってしまったのだろうか……

 

 機械神に逆らったことが間違いだったのか? 心に触れようとしたせいか? ギルターボと中島の忠告を無視したのがいけなかったのか? 

 

 幾つもの疑問が、思考を空転させ続ける。ギルターボの目を拭いながらも答えの出ない問いを自身に投げ掛け続ける。

 

――ギルターボ、私はこれからどうすればいい?

 

 中島は言った。ギルターボの望みはエンジン王が生き延びることだと。しかし、生き永らえたとしてどうなるというのだろう? 自分は機械化帝国の機械王として多くの惑星から生命を滅ぼし、機械化してきた存在。宇宙の生命体にとっては敵そのものだ。最早機械化帝国には戻れない以上、自分の居場所はない。一体、この先どう生きる道があるというのか。

 

 自問自答を繰り返す中で、不意に違和感を覚えた。

 

「なんだ? 機械化城のスピードが落ちている?」

 

 最早それは自身にとってどうでもいいことのはずだ。しかし、何故かそれが酷く気がかりになった。

 

「キングゴウザウラーは何処だ!?」

 

 立ち上がり、踵を返すと、遠方に断続して爆発の炎が立ち上っているのが見える。

 

「あれは、ま、まさか!?」

 

 それを見た瞬間、思わず身体が動いていた。爆発の方角へと、エンジンを吹かして飛翔を開始する。そして、機械化城の縁まで辿り着けば、機械化城を押し戻そうとするキングゴウザウラーの姿があった。

 

――そんなことで機械化城の移動を阻止しようというのか!?

 

 キングゴウザウラーの最大出力は、エンジン王の分析では精々180万馬力。いかに心の力を加味したとしても、単純な力比べで機械化城という要塞を基にしたメガキャッスルのパワーを覆せるはずがない。それなのに、キングゴウザウラーはメガキャッスルの攻撃に応戦しながら機械化城を押し戻そうとし続けている。このままでは自分たちも機械化城の爆発に巻き込まれるというのに、地球が爆発の影響を受ける地点まで機械化城を進ませまいとあがき続けているのだ。

 

「キングゴウザウラーだけで、機械化城が止められるものかっ」

 

 無駄な努力としか言えないような姿。それに対し、エンジン王は吐き捨てるように言い放った。

 

「何故だ!? 何故奴らは、できもしないことに命を懸けるのだ!?」

 

 それなのに、何故だろうか。何故その無駄な努力が、総身が震えるほどに尊く見えるのだろうか。

 

『大切な人を護ろうとする時……人の心は限りなく強くなれるんだ!』

 

『ファーザー……心とは、こころとはっ』

 

 己の問いに答えるように、中島とギルターボの言葉が思考回路に浮かぶ。それこそが答えだとでもいうように。

 

 右目のメーターの針が振り切れた。このままならば、ザウラーズも、地球も、全てが滅ぶ。あの心というものを持つ者たちが、全てこの世からいなくなるのだ。

 

――それを認めていいのか? それを傍観するのが、今私がすべきことなのか!?

 

 その問いの答えは、既に出ていた。自分たちの星を護るため、命を懸けて不可能に挑み続けるザウラーズの姿。

 

――それを、尊いと感じてしまったのであれば……!

 

 龍を象ったメガキャッスルの触手型砲塔がキングゴウザウラーに迫る。それを、エンジン王の指の砲口から放ったビームが貫いた。

 

<エンジン王!?>

 

<助けてくれたの!?>

 

 通信越しに、ザウラーズの驚いた声が聞こえてきた。そこへ、背後から別の触手型砲塔が迫ってくる。

 

「エンジン王、貴様まだ余に逆らうつもりか!」

 

 怒声を投げつけてくる機械神に、エンジン王も叫び返した。

 

「忘れたか、機械神! 貴様への反逆が私の選んだ道だぁっ!」

 

「おのれぇっ!」

 

 怒りの声とともに放たれる稲妻状の砲撃をかわし、ビームでその砲塔の首を切り裂く。そして再度放たれる砲撃をかわすが、一瞬の隙を衝かれて別の砲塔の牙に捕まってしまった。

 

「ぐああぁぁっ!」

 

「フフフフフ、いい様だなエンジン王! 楽に死ねると思うなよ!」

 

 言葉通りか、じわじわと苦しめるように砲塔の噛みつく力が増していく。装甲が潰されていく苦痛に、たまらず悲鳴を上げた。

 

 そこへ、キングゴウザウラーの砲撃が自分を捕らえる砲塔に降り注いだ。

 

――ザウラーズ、私を助けようというのか!?

 

 驚き、そちらへ目をやる。一度手助けしたとはいえ、敵であるはずの自分を助けようとするとは思わなかった。

 

――中島を助けるために敵の手中へ飛び込んできたことといい、やはり人間は浅はかですね……

 

 そう思いながらも、不思議と胸のエンジンを温かい何かが満たすのを感じる。さらに不思議なことは、その何かが理解不能であるにも関わらず、不快感の欠片も覚えないことだ。

 

「この虫けらめぇっ!」

 

 一方、攻撃を受けた機械神は、キングゴウザウラーへと猛然と反撃を開始した。無数に襲い来る砲撃を捌ききれず、とうとうキングゴウザウラーは被弾してしまう。

 

「うう、キングゴウザウラーが……おのれ、機械神!」

 

 このままでは、自分にもザウラーズにも勝機はないだろう。キングゴウザウラー単体ではメガキャッスルを押し戻すことも破壊することもできない。エンジン王とて同じことだ。

 

――そう、このまま(・・・・)では到底勝ち目はない、ならば!

 

 それ故に、エンジン王は決断した。このままでは無理なのであれば、この状態を脱するほどの力を発揮するしかない。

 

――見せてやろう、私のエンジンの全てを、命の全てを燃やす力を!

 

 決意の許、エンジン王は己がエンジンを自ら暴走させた。自分の最大出力を遥かに超えたエネルギーが形成され、全身を砕かんばかりの力の奔流が体内を駆け巡る。瞬間、エンジン王の身体が黄金に輝いた。有り余るエネルギーがボディに収まりきらず、溢れ出た力がエネルギー体の身体を形成する。

 

「なにぃっ!?」

 

 機械神の驚愕の声を聴きながら、メガキャッスルと同程度の大きさにまで巨大化したエンジン王は、機械化城を押し戻し始めた。激痛を伴いながら全身を駆け巡るエネルギーを駆使し、全力で機械化城を地球への影響圏から押し返す。

 

「エンジン王、貴様ぁっ! やめろ、やめぬかエンジン王!」

 

 機械神の怒声と攻撃を無視し、機械化城を押し戻し続けた。耐久性の限界値を大幅に超えたエネルギーの生成にエンジンが悲鳴を上げている。身体に力がみなぎる一方で、その力が掛けてくる負荷に今にも倒れそうだ。

 

 しかし、今はまだ倒れるわけにはいかなかった。機械化城の爆発に、地球を巻き込ませはしない。大切な存在を護るために命を賭しているザウラーズの闘いを、無駄なものになどさせはしない。

 

<地球がプラズマの影響圏から出ました! 破壊するなら今です! あと1分しかありません!>

 

 激痛のあまり状況の認識すら困難な中、傍受したザウラーズの通信が地球に被害をもたらさない地点まで機械化城を移動できたこと、そして機械化城の爆発まで最早猶予がないことを教えてくれた。

 

<エンジン王、もう十分だ! 機械化城から離れてくれ!>

 

 こちらを気遣うザウラーズの通信が届く。それに対し、エンジン王は力の限り叫んだ。

 

「私に構うな!」

 

<なに!?>

 

「私ごと機械化城を貫けぇっ!」

 

<なっ、莫迦なこと言うなっ!>

 

<できないわよ、そんなこと!>

 

 戸惑ったような声に対し、エンジン王は叱咤するように言ってのける。

 

「やるのだ! キングブレードのフルパワーを以ってしても、機械化城を一撃で破壊することはできん! しかし、私のエンジンのエネルギーを併せれば、必ず破壊できる!」

 

<でもっ、でもぉ……!>

 

 苦痛がにじんだ声だった。先程まで命を狙っていた相手を攻撃することに、何故痛みを感じる必要があるのか。そして、何故自分の思考回路はそのことにエンジンの暴走による激痛が和らぐほどの温かなものを感じているのか。全く理解不能だが、今はそれに構っている時ではなかった。

 

「もう迷っている時間はない!」

 

 そう言い放てば、静かな声が通信で届く。

 

<……やるぞ>

 

拳一(けんいち)!?>

 

<やるぞっ!>

 

<駄目よっ、エンジン王を助けなきゃ!>

 

<やるんだっ、エンジン王は、俺たちのために命を懸ける覚悟をしたんだっ!>

 

<その気持ちを、無駄にするわけにはいかないっ……!>

 

 キングゴウザウラーのメインパイロットたちだろう、何人かの少年たちの声が届く。そのどれもが、痛みをこらえるようなものだった。

 

――本当に、心とは不思議なものだ……

 

 感情というものがあるせいで、時として敵の死に対してさえも痛みを感じてしまう。それが合理的でないと理解はしていても、優先すべきことにためらいを覚えてしまう。それはかつてエンジン王が考えていた通り、最大の弱点になり得るものだ。

 

「急げぇ……! 私のエンジンが停まってしまう前に……!」

 

 限界以上のパワーを無理やり引き出している以上、エンジンの残り稼働可能時間は長くない。これ以上少年たちが葛藤していれば、機械化城を破壊し得るエネルギーを維持できなくなってしまう。

 

――しかし、ナカジマは言った……

 

<やるぞぉっ! キングブレード、フルパワー!>

 

――最大の弱点(それ)を乗り越えた時、心は限りなく強くなれるのだ、と……

 

 力強い叫びと共に、キングゴウザウラーは剣を高々と振り上げた。そして、その不退転の意志を示すかのように、キングブレードが太陽と見紛うほどに煌々と輝く。

 

 美しい、と思った。初めは地球を醜い惑星としか思えなかったのに、その星を護ろうというゴウザウラーの刃の輝きに、一瞬忘我するほど見入ってしまった。

 

――心とは、我ら機械人にはない素晴らしい力……人間しか持てぬ素晴らしい力……解ったよ、ギルターボ……

 

 キングブレードが放つ極大の閃光が機械化城へ、そしてエンジン王のボディの中心へ向けて放たれる。地球を護らんとするザウラーズの想いの全てが籠められた一撃は自分のエンジンを貫き、そのエネルギーをも巻き込んで機械化城の心臓部へと突き進んだ。

 

 数瞬の後、機械化城の中心が爆発を起こす。爆発はそのまま各部から生じ始め、やがて機械化城は機械化した月の大地に墜落した。キングゴウザウラーは、機械化城を破壊してみせたのだ

 

 それを認めるが早いか、エンジン王の身体が崩れていった。機械化城のパーツを組み合わせて作りだした巨体がエンジンの大破により維持できなくなり、本体部分が機械化城の上に落下する。左腕、右足を失い、ごく僅かに残ったエネルギーの残滓で辛うじて稼働している中、前方へと目を向ける。

 

「ぎ、ギルターボ……」

 

 いかなる偶然か、落下地点はギルターボから比較的近い位置だった。この残り僅かなエネルギーでも、なんとか這い寄ることが出来る程度には。

 

「ギルターボ……私を許してくれますか?」

 

 既にほとんど自由の利かない身体で這って行きながら、エンジン王は物言わぬギルターボに問い掛ける。結局、エンジン王は生き延びることできなかった。ギルターボが己を犠牲にして救ってくれた命を、僅か30分未満の時間しか永らえさせることができなかった。ザウラーズに協力したことに後悔はない。それでも、ギルターボの最期の願いを果たせなかったことが堪らなく悔しく、何よりも申し訳なかった。エンジンが稼働を始めてから幾星霜、かつてこれ程自分を不甲斐なく思った覚えはない。

 

「ギルターボ……」

 

 その思考が、エンジン王に問いを投げさせた。最早ギルターボの全機能は完全に沈黙している。問い掛けたところで答えが返ってくることはない。それは理解しているはずなのに、エンジン王は問い掛けずにはいられなかった。

 

 すると、地響きと共にギルターボの左腕が掌をこちらに差し出す形で崩れ落ちてくる。まるで、エンジン王に手を差し伸べるように。それを見た途端、言い知れない何かが今にも停止しそうなエンジンを満たした。

 

「ああ、ギルターボ……ギルターボ……!」

 

 その掌の上に登り、ギルターボの名を呼び続ける。それは、ただ単に機械化城の爆発による振動で腕が落ちてきただけに過ぎない。実際に、ギルターボが手を差し伸べてくれたわけではない。思考回路はそう状況を認識している。それなのに、何故胸の内を温かな何かが満たすのだろう。停止し始めたエンジンの駆動が、何故こうも穏やかなのだろう。

 

『ファーザー』

 

 機械化城の最期の大爆発に飲み込まれる中で、ギルターボ(むすこ)の声が聞こえた気がした。

 

 

 

 そして、エンジン王もまた、この世界を去ったのだった。

 

 

 

――……?

 

 エンジン王が目覚めた時、奇妙な空間にいることを認識した。次いで、自分が「認識する」という行動ができることに驚愕する。

 

「なんだ? 私は死んだはずでは……」

 

 言いながら自分の身体を確認しようとして、またも驚愕する。

 

 身体がないのだ。ボディがないにもかかわらず、思考だけがその場に存在しているのである。

 

「これは、私の思考の残骸だけがこの場に存在している、ということか?」

 

 地球の言葉で言うところの、“幽霊”というものに該当するのかもしれない。信じがたい話ではあるが、実際に起きている以上は否定しても仕方がないだろう。

 

「しかし、それならばそれで、ここは何処なのだ?」

 

 理解の範疇を超えた自身の状態はさておくにしても、現在位置が全く不明というのも妙だ。少なくとも、月やその周辺の宇宙空間ではないらしい。視認する限りにおいては、星の海も機械化した大地も、そして地球も見えないためだ。もし本当に自分が死んで幽霊になったとしたら、普通に考えると死んだ場所である月近辺にいるものだと思うのだが、どうにも違うらしい。辺り一面は真っ暗で、何かが動いているような気配だけがする、不気味な場所だ。

 

 そこで、視覚センサー()収音装置(みみ)がないにもかかわらず周囲の状況を見て、自身の放った言葉を聞き取っていることに気が付く。それならば、身体が無くなくとも解析機能の類とて使用することができるのではないだろうか。試しに普段そうするのと同じ感覚で解析機能を立ち上げようとすると、システムが起動した感触が伝わってくる。

 

「これで、とりあえず周囲の状況を確認できそうですね」

 

 早速とばかりに周辺に対して解析を開始した。自身のスキャニング能力を駆使し、情報を集められるだけ集めようとする。

 

「なっ!?」

 

 そして得られた結果に、三度驚愕した。

 

「人間の体内だと!?」

 

 そう、自分の現在地は、人間の体の中だったのである。先程からうごめいていた何かは、脈動の類だったらしい。しかも、その人間はどうやら産まれてすらいない胎児のようだ。

 

「ザウラーズの中に妊娠しているようなものはいなかったはず。私は一体どこに飛ばされたのだ?」

 

 人間の体内に入っているにしても、その相手があの場にいたザウラーズや中島ならばまだ理解できる。しかし、それがあの場所とは無関係な胎児とはどういうことなのか。

 

「機械化城の爆発のショックで、思考だけが朽ちかけたボディを離れ地球に飛ばされたとでもいうのでしょうか」

 

 荒唐無稽(こうとうむけい)な推測だが、他に筋道だった説明ができそうにない。今後も解析の必要はあるものの、今はそれで納得するほかなさそうだった。

 

「しかし、どうやらこの場にいるのは私だけではないようですね」

 

 言いながら、エンジン王は周囲を見回す。その視線の先には、逆四角錘のクリスタルのようなものと、不気味に輝く雲のようなエネルギー体があった。

 

「この水晶のようなもの、正体はロボットのようですね。それもゴウザウラーと同じ、操縦タイプの」

 

 しかし、そのクリスタルの実体は酷く虚ろに見え、存在しているともいないとも言い切れない曖昧な状態だった。

 

「この空間に対する奇妙な不安定さ、もしや3次元の物質ではないのでしょうか?」

 

 機械化帝国の高度な文明は3次元よりも高位の次元さえ観測している。クリスタル型ロボットをより詳しく解析してみると、やはり3次元でなく5次元由来の物質で形成されていることが解った。

 

「機体名称はジャークサタン、次元移動能力と特定の生命体との融合能力を持つ戦闘ロボット。ほう、このパワーは合体前のゴウザウラーに引けを取らないかもしれませんね」

 

 ある程度そのロボット、ジャークサタンの解析を済ませると、謎のエネルギーの解析に移る。

 

「途轍もないですね。純粋な威力に換算すれば、地球程度の小さな惑星であれば1ダース破壊しても尚余るでしょう」

 

 しかし、その量もさることながら真に注視すべきはその特性だ。このエネルギー、あまりにも柔軟すぎるのである。熱として使おうとすれば炎のような形にでき、電気エネルギーとして使おうとすれば電子に変化でき、引力や斥力として使おうとすれば重力変化を起こせるだろう。ここまで臨機応変に様々な現象を引き起こし得るとなると、いっそ非現実的でさえある。使い方次第では、雲のような形ないものを石に変える、任意の物体のみを吸い込む強風を起こすといった、物理的に理不尽な事象さえ可能になるかもしれない。

 

「5次元のロボットに正体不明の強力なエネルギー、そして私ですか……この人間の子ども、いったいどういう経緯で体内がこんなことになっているのでしょうか」

 

 他人事――とも言い切れないかもしれないが――ながら呆れとも同情ともつかない感慨が浮かぶ。自分たちを体内に取り込んでいるこの胎児がどのような人生を歩んでいくことになるのか、全く想像がつかない。

 

 そこで、ふと思う。あの時、ギルターボに救ってもらった命を失ったと思ったが、今自分はこうしてここにいる。幽霊かもしれないし、この子どもの身体からは出られないかもしれないが、こうして自我を持っている以上は生きていると言って差支えはあるまい。

 

 それならば、この少年の行く先を見守って生きてみるのも悪くないのではないか。人間の心を、人間の中で学んでいけるというのであれば、それは好機なのかもしれない。

 

「そうですね。私は、もう一度生きてみますよ、ギルターボ」

 

 ここにはいない息子にそう告げ、エンジン王はこの宿主が誕生する日を待つのだった。




 そして宿主は未来のおっぱい大帝である。

 思いの強さが神器の強さになるハイスクールD×Dの世界では、割とエンジン王は似合うと思っています。

2017年2月27日 拳一のふりがな追加、誤字修正
2017年3月12日 「――それを乗り越えた時、心は限りなく強くなれるのだ、と……」の一文の「それ」を「最大の弱点(それ)」に変更、及び三次元となっていた箇所を3次元に誤字修正
2017年3月19日 話数追加


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 美少女、出会いました!

胎児から一転、いきなり小3になります。


 伏見(ふしみ)洋兵(ようへい)は、元々はこの世界の外で誕生した魂を持つ人間である。この世界の基礎となる物語を生み出した世界からやってきた洋兵は、その物語の流れにおいて自分が主人公になることを目論んでいた。

 

 そのために、この世界へ転生してくる前に本来の主人公である兵藤一誠に宿るはずだった力、“赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)”を抜き取ってそのライバルであるヴァーリ・ルシファーに移し、そのヴァーリに宿るはずだった力、“白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)”を自分に移したのである。主人公から力を奪い、そのライバルの力を手にいられれば、自分こそが主人公になれるはずだと考えたのだ。

 

 敵を弱めて自分の強さにできる“白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)”は、格上の敵と戦う機会の多いこの世界ではただ強くなるだけの“赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)”よりも使い勝手がいいというのが洋兵の判断だった。

 

 ヴァーリを白龍皇でなくした代わりに同じ二天龍である赤龍帝にしたのは、あまり極端に配役を変えすぎると本来の歴史を損なう可能性があったためである。赤龍帝でもヴァーリが規格外なことはまず間違いなく、いざ戦う時には恐ろしく厄介だろうが、仲間になった時には心強いだろう。それに、強力なライバルがいた方が自分という主人公の活躍が栄えるというのが洋兵の考えだった。

 

 そして、そのために邪魔なものは本来の主人公、兵藤一誠の存在である。一誠はその熱血ぶりとスケベに対する情熱で様々な危機を乗り越えてきた、一昔前のイタズラ少年系主人公のスケベ方面特化型のような人物だ。赤龍帝でなくなったとはいえ、万が一別の“神器(セイクリッド・ギア)”を宿すことにでもなれば何らかの形で物語に介入してくるかもしれない。そうなれば、白龍皇である自分を押し退けて主人公の座が奪い取られてしまう恐れがあった。

 

 そこで、洋兵は考えた。兵藤一誠が、物語と性格が違っていればいいのではないか、と。あの少年が本来よりも臆病で他人を信じられない性格になっていれば、自分が物語の主人公の座を奪われる危険はなくなるだろう。

 

 その考えを実行するために、洋兵は周囲の子どもたちを利用することにした。幸いと言うべきか、同い年に生まれた自分と兵藤一誠は近所に住んでおり、幼稚園も小学校も一緒だった。そこで、洋兵は一誠が周囲から孤立するように仕向けたのである。「イッセーと遊んでもつまらない」、「イッセーはすぐ人の悪口を言う」など、出鱈目(でたらめ)ばかりの悪評を流すことで一誠を子どもたちの輪からはぐれるようにしたのだ。

 

 ヒロインの一人である紫藤(しどう)イリナが孤立しているイッセーを気に掛け、ことによると原作以上に親密になってしまったこと、そして一誠に対する自分の仕打ちがばれてしまったのか嫌われてしまったらしいことは誤算だったが、彼女は幼稚園を上がる頃には海外へ引っ越したため大した問題はなかった。むしろ、唯一といっていい友人がいなくなった一誠は、それまで以上に孤独を味わうことになっただろう。それは自分たちが小学3年生に上がった現在でも続き、この調子でいけば一誠は熱血とは程遠い性格になっているはずだ。そうなれば、原作の開始時期に自分の主人公の座を脅かす要因はなくなっているだろう。イリナとの関係修復も、子どもの頃のことなのだから十分に可能なはずだ。自分の計画が順調であると感じ、洋兵はほくそ笑む。

 

 自分のやっていることがどれだけ理不尽で身勝手なことか、それを理解せぬまま、物語の主人公という虚像に取り憑かれた愚か者は一人の少年の迫害を続けていた。

 

 

 

 エンジン王の落胆は、いささか以上のものと言っていい。

 

 かつて胎児だったこの少年が母胎から産まれ出て以降の9年間、エンジン王は少年を見守り続けていた。誕生した瞬間、少年の両親は涙を流して喜んでいたことを覚えている。父母共に親としては高齢の域に入っており、特に母親は子宮の解析の結果少なくとも2回は出産に失敗している形跡が見られた。あの喜びようは、その反動もあるのだろう。その姿に、自分がギルターボを完成させた時はあれ程喜んであげられただろうかと、少し自己嫌悪に陥った。

 

 そして、兵藤一誠と名付けられた少年は成長していき、やがて周囲の同年代の子どもたちと関わりを持っていくようになる。しかし、そこからが問題だった。初めの内は一誠も周囲の子どもたちと友好的な交流が出来ていたのだが、段々と一誠は他の子どもたちから疎外されていったのである。エンジン王が周囲の状況を分析したところ、どうやら一誠に関する根も葉もない悪評が噂として流布されているようだった。そのせいで、一誠は自身にとって身に覚えのない理不尽な逆境に立たされることになったのである。

 

 そして、それは一誠だけが特別というわけでもないようだった。一誠の中からでは集められる情報にも限界はあるが、それでも人間社会のことを調べる内にそのような周囲から特別な理由もなく迫害される人間が少なからず存在することを知ったのだ。

 

 “虐め”と呼ばれる、人類が持つその習性に、エンジン王は失望を隠せなかった。この虐めという行動は、理論的に考えて不合理だ。競争相手を打倒する、あるいは役に立たない個体を職務や活動の場から排除するということであれば理解できる。しかし、能力的に大差のない相手を苦しめ、排斥しようとする行動にどんな意義があるというのだろうか。それは明らかに非効率的なことだし、ましてや能力が発展途上な存在に対してその成長を阻害し得るような行動をとることは、将来的に考えた場合損失といっていい。同じ社会や組織に属する存在でありながら、無暗にその構成要素である人材の労働能力を低下させるような真似をする明確な理由が、エンジン王には計算できなかった。

 

――これも、心の在り方の一つだというのか?

 

 自身よりも弱い立場の存在を作り出し、一方的に迫害を続ける。そうして自分を優位に立ったと錯覚し、仮初の優越感に酔う。かつての宿敵である、自分以外の誰かのために命を賭したザウラーズたちとは、全く逆の姿。

 

――なんと矮小な……

 

 醜かった。自分のことしか考えず、自分の利益と安寧のみを追求して他者を苦しめる。その姿は、穢れて見えて仕方なかった。

 

――そして、この少年も少年だ

 

 迫害されている身でありながら、ろくに抵抗らしい抵抗をしない。理不尽な扱いを受けているにもかかわらず、精神状態と裏腹の笑顔を浮かべて状況を受け流している。逆境に立ち向かう笑みではなく、逆境をごまかすための卑屈な笑み。そんなものを顔に張り付けて、一誠は唯一親しかった友人と別れてから今までを過ごしてきた。

 

――醜く、脆い。迫害する者たちも、この少年も……

 

 中島やザウラーズ、自分が見てきた強い人間たちとは全く違う、見苦しい生き物。それが一誠の中から体感した、人間たちの姿だった。その事実に、エンジン王は失望を抱かずにはいられないでいる。

 

 その一方で、この地球が自分の知る地球とは違うことにも気づいていた。

 

 人間の体内ながらテレビやラジオの放送電波を可能な限り受信してみても、ゴウザウラーや機械化帝国に関するニュースが全く流れないのである。人間たちが平和を謳歌している現状からして、機械化帝国の侵略が少なくとも現時点で起きていないことは確かだ。しかし、だからといって太陽系の惑星のほとんどを機械化した侵略者の名前とそれを阻む英雄の名前、そのどちらもがこの9年間全く話題に上がらないということはどう考えてもおかしかった。仮に機械化城の爆発から自分が目覚めるまでに多少の時差があったとしても、人間たちの生活に使われている機械の性能の進歩具合からして大した年月が経っているとは思えない。更には、機械化帝国の侵略攻撃の痕跡やそれに対する復興活動の形跡も残っている様子がなかった。

 

 以上のことを踏まえると、この地球は機械化帝国の攻撃をそもそも受けていないのではないかと推察できる。5億年の歴史と広大な宇宙各地での活動記録を持つ機械化帝国は、極稀に空間が歪んで起きる“時空の穴”の存在を確認している。それは正常な時流を歪曲させ、タイムスリップや“異なる歴史を持つ世界(パラレルワールド)”への移動といった現象を引き起こすものだ。ザウラーズの操るロボットの内の一体、“マグナティラノ”ことマグナザウラーもまた、時空の穴から6400万年の時を超えて現代に持ち込まれたロボットなのである。恐らく、機械化城の爆発が引き起こしたプラズマエネルギーが時空の穴を発生させ、それに巻き込まれたエンジン王の思考の残骸はこの“機械化帝国の侵略を受けなかった場合の地球”へ送り込まれてしまったのだろう、とエンジン王は考察していた。

 

 実際は女神のドジによる事故で発生した状況なのだが、機械人の頭脳でも流石にそんなことを推察できるはずはない。

 

 それ故に、厳密にいえばザウラーズが属する地球人とこの世界の地球人は別の存在であるといえる。それを理解しながらも、エンジン王は遺憾にたえなかった。歩んだ歴史が違うとしても、人間の本質が変わっているとは思えなかったためだ。

 

――私が、ザウラーズが守ろうとしたものは、こんな世界だったのか?

 

 こんな下卑た行いを平然と行える者たち。これが自分の尊いと感じた存在と同じ生命体なのか。何故、あの少年たちはこんな者たちを己の危険を顧みず護ろうとしたのだろうか。何故、この生物と同じ存在でありながら彼らはあそこまで気高くあれたのだろうか。

 

――わからない、人間とは、心とは、なんなのだ……?

 

 心の意味を、月の戦いで理解できたと思っていた。しかし、いざ人間たちの社会を間近で見てきたことで、再び解らなくなった。どれだけ問いを重ねても、その答えを出すことができない。

 

 今エンジン王にできることは、自分と同じく一誠の体内に存在する、ジャークサタンと奇妙なエネルギーの解析を進めることだけだった。

 

 

 

 兵藤一誠は色々なことに疲れていた。いつからだろうか、一誠は周囲の子どもたちから孤立していた。何故か自分から離れていく友人たち。少し話して仲良くなれたと思っても、次の日には距離を取られてしまう。そんなことが、何度も何度も続いた。幼稚園の頃、いつも一人でいる自分を心配し、励ましてくれていた親友、イリナと離れ離れになってからは、ずっと一誠は一人だった。自分におっぱいの素晴らしさを教えてくれた尊敬する紙芝居屋のおっちゃんも、何故か一昨年警察に連れていかれてしまった。

 

 両親の前では心配をかけないように笑顔で振るまっているが、それさえ最近では限界に感じつつあった。

 

「おっちゃん、俺にはやっぱり無理だよ……」

 

 おっちゃんが連れていかれる前の最後の言葉を思い出す。「いつか、おっぱいを吸え」と、おっちゃんは一誠に言った。そうすれば何かが変わるのだ、と。

 

 しかし、自分にはやはり無理だ。おっぱいを吸うには、女の子と仲良くなることが必要だろう。しかし、自分は女の子どころか同じ男の子とも仲良くなることができていない。唯一親しくしてくれたのは、男のイリナだけだ。そんな自分が、女の子のおっぱいを吸えるはずがない。

 

 一誠は、そんな自分が情けなかった。尊敬していた人の言葉を、憧れた人が与えてくれた夢を実現できそうにないことが。学校には大勢の子どもたちがいるというのに、友達をろくに作れないことが。そして何より、あれから2年しか経っていないにも拘わらず、夢を諦めてしまいそうになっていることが。

 

 涙が浮かんできた。それとともに、胸の中でわだかまりが叫び始める。

 

「俺なんて……」

 

 悔しさが、自分に対する怒りに変わっていた。こんな自分が、今この場に存在することさえ許せなくなってくる。

 

「俺なんて、どっかに行っちゃえばいいのに!」

 

 己自身に対する憤怒のままに叫んだ、その瞬間だった。

 

「え?」

 

 周囲が突然光りだす。緑色をした不気味な輝きが、何かの模様を描き出した。

 

「な、なんだこれっ!?」

 

 困惑の声を上げる間にも、謎の光は奇妙な図形を形作っていく。それぞれの角に虫、魚、獣らしきシンボルが描かれた三角形の中に円が納まり、更にその中で三日月形をした2つの目がS字を描く図形。それは、ゲームや漫画で見る魔法陣を連想させた。

 

「うわっ!?」

 

 そしてその魔法陣が一際大きく発光したその直後だった。その場から魔法陣とともに、一誠の姿はなくなっていたのは。

 

 

 

朱璃(しゅり)殿、その忌み子をこちらにお渡し願おう」

 

「お断りします! この()には、何の罪もありません!」

 

 姫島(ひめじま)朱乃(あけの)は絶望の淵に立たされていた。母である姫島朱璃の腕に抱かれながら、自分に向けられる無数の嫌悪の視線に怯える。

 

 視線を向けてくるのは、刀や錫杖(しゃくじょう)、棍で武装した男たち。姫島の本家が差し向けてきた刺客たちだ。刺客の1人が、侮蔑に満ちた声で叫ぶ。

 

「姫島の家に生まれながら黒い天使の血を引く、それ自体が罪だ!」

 

「――!」

 

 その言葉に、朱乃は体を震わせた。

 

 朱乃は純粋な人間ではない。この世界には、多くの人々に知られていないだけで人間以外の知恵ある存在が、人間以上の存在が数多く生きている。神、天使、悪魔、妖怪、そんな神話や伝説に語られる種族が、現実に存在しているのだ。その中には、欲望に身を任せ、本来純白だった翼が黒く染まるほど堕落した天使、堕天使と呼ばれる種族がいる。朱乃は、その堕天使の血を引いていた。人間である母と、堕天使である父の間に生まれた混血児。それが姫島朱乃という少女だった。

 

 そして、それは“姫島”という家にあっては許されないことだった。姫島家は、古の時代から日本を魑魅魍魎(ちみもうりょう)から守護してきた“五大宗家”の一角だ。それ故に、異形の者、特に欲に溺れた者たちとされる堕天使のような種族は敵であり、相容れることはない存在である。そのため、姫島の本家は朱璃が堕天使にたぶらかされたとして父を、そして姫島の一族でありながら異形の血を引く朱乃を狙い続けていた。

 

 そして今、強行手段に出た本家により、朱乃と朱璃は窮地に立たされているのだ。

 

「さあ、そこをどいていただく! その忌み子さえ始末できれば、朱凰(すおう)様も貴女を悪いようにはしますまい。姫島の家に戻れるようにして下さるかもしれませぬぞ?」

 

「構いません! この娘の命に比べれば、姫島の家など惜しくはありません!」

 

 力強く叫び返す母に、刺客たちの眼は侮蔑の色を強める。

 

「宗主様の温情に対し、なんと恩知らずな」

 

「恥晒しめ」

 

「所詮は異形の者に魅入られた売女(ばいた)か」

 

 口々に出される、母への罵りの言葉。それを聞き、朱乃の心に恐怖以外の感情が灯る。

 

「母様を」

 

 自分が莫迦にされるのはまだいい。しかし、大好きな母が侮辱されることは許せない。

 

「母様を、悪く言うなっ!」

 

 叫ぶが早いか、刺客たちへと突き出した手から稲妻が放たれた。堕天使である父から受け継いだ、異能の力。母を護るためにそれを解き放った。

 

(おん)っ!」

 

 しかし、それは錫杖を持った男、刺客たちの中では首領格らしき術者により防がれてしまう。男が一度錫杖の遊環(ゆかん)を鳴らすと、それだけで朱乃の放った雷は霧散してしまった。

 

 再び恐怖が心を埋め尽くす。自分では母を護れない。頼りになる父も、今はいない。

 

「その年にして、この威力……やはりその娘は危険だ。早急に始末させていただこう」

 

 言いながら、錫杖の男が手で他の男たちに合図した。首領を除き、8人もの男たちが得物を手に近づいてくる。

 

「くっ!」

 

 朱乃を抱きかかえた母が、厳しい表情で後ずさった。それに対し、錫杖の男はため息を吐きながら言う。

 

「これ以上、抵抗するのであれば、致し方なし。貴女にもお覚悟願おう」

 

 男の言葉と共に、刺客たちの武器が母にも向けられた。その事実に、先程とは違う恐怖が湧いてくる。

 

――私のせいで、母様まで殺されちゃう……!

 

 それは耐えられない事実だ。朱乃にとっては、母と父だけが世界の全てなのだから。

 

 普通の子どもとは違う朱乃は、学校に行ったことがない。ろくに外へ遊びに行ったこともない。ずっと父と母の親子3人だけの暮らし。その狭くて、けれど温かな生活が、朱乃の全てだった。

 

 今、その世界になくてはならない存在が、奪われようとしている。他ならない、自分のために。

 

――嫌、そんなの、絶対に嫌!

 

 絶望的な状況に、涙が浮かぶ。滲んだ視界の中には、恐ろしい敵の姿。

 

――誰か、誰か助けて!

 

 最早朱乃にできることは、ただ心の中で救いを求める声を叫ぶことだけだった。

 

 この世界の基礎となった物語、その本来の歴史において、その願いは叶うことのないものだ。姫島朱璃は己の命を懸けて我が子を逃がし、そして姫島朱乃は自分たちを救ってくれなかった父を、そして堕天使を恨むようになる、そのはずだった。

 

 しかし、その物語にはない異分子が存在するこの世界では、違う結果が生まれようとしていた。

 

「むっ!?」

 

 初めに異変に気が付いたのは、錫杖の男だ。朱乃達と刺客たちの間の地面に、不気味な光と共に奇妙な図形が描かれる。

 

「これは……悪魔どもの魔法陣かっ!?」

 

「いえ、しかし……こんな模様は見たことが……?」

 

 刺客たちが警戒する中、朱乃と朱里は突然の事態に呆気にとられていた。三角形と円、三日月型の目等で構成された魔法陣は、輝きを増しながら何かの影を浮かび上がらせていく。

 

 そして、魔法陣が眩い閃光を発し、そして消え去った後には――

 

「……あれ?」

 

 朱乃と同い年くらいだろう、栗色のツンツンした髪の、1人の少年の姿があった。

 

 

 

 それは、一誠の感情の爆発がゴクアークの魔力を暴走させたためなのか、それとも朱乃の強い願いが本来の物語で縁深い存在である一誠をゴクアークの魔力を媒介にして呼び寄せたのか、あるいはその両方か、それとも他の理由なのか、確かなことはこの場にいる誰にも判らない。

 

 ただ1つ間違いのないことは、本来この世界には存在しない大魔界の魔法陣が引き起こしたこの現象が、少年と少女を今この時出会わせた、ということだった。




というわけで、かなり強引ですが主人公とメインヒロインが出会いました。

エンジン王がシリアスやってた直後におっぱいの単語が連続してますが、そこはまあイッセーですので。仮にドライグが逆行とかしたら、絶対一誠をあの紙芝居屋から遠ざけようとするだろうなあ。

朱璃が殺されたのが朱乃が10歳の時みたいなので、このころ一誠は9歳小3です。エルドランシリーズ的には歴代最年少の小4ガンバーチームよりさらに1個下ですね。

2017年3月12日 「しかし、その物語とは違う異分子が存在するこの世界では、違う結果が生まれようとしていた。」の一文の「その物語とは違う」の部分を「その物語にはない」に変更、「ただ1つ確かなことは、本来この世界には存在しない大魔界の魔法陣が引き起こしたこの現象が、少年と少女を今この時出合わせた、ということだった。」の一文の「ただ1つ確かなことは」の部分を「ただ1つ間違いのないことは」に、及び「出合わせた」の部分を「出会わせた」に変更、他微細な修正
2017年3月19日 話数追加


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 ファーストコンタクトです!

ジャークサタンのメインパイロットのベルゼブは、ギルターボの亡骸を利用してダークゴウザウラーを作った原子王と中の人が同じ。


 一誠は驚きに固まっていた。

 

 漫画やアニメ、ゲームなどでしか見たことがないような魔法陣が突然現れ、それが光ったかと思えば、目に映る光景が一変していたのだ。場所そのものは、何処かの家の庭らしい。子どもの目にもそれ程大きく見えない平建ての家の、小さな庭だ。どうやら森の中に建っているらしく、塀の代わりに無数の木立が周囲を覆っている。まるで、人の目から隠れているような家だった。一瞬でそんな見たことのない場所へと移動するという、俗にワープやテレポートと呼ばれる現象を、現実に体感したのである。

 

 しかし、一誠が驚いている理由はそんなことではない。それは、すぐ傍に驚くしかない程の可愛い女の子がいるからだった。艶々(つやつや)とした長い黒髪、長いまつ毛で縁取られた菫色(すみれいろ)の大きな瞳、あどけなくも形よく通った鼻筋にやわらかで美しいラインを描く輪郭(りんかく)、肌の色は雪のように眩い白さで、着ている綺麗な朱色の着物がよく似合っていた。要するに、見たこともないような美少女。そんな女の子が、恐らく姉だろう女性に抱きかかえられ、こちらを見返している。少女を抱きかかえている女性の方もはっとするほどの美人だが、自分と同い年くらいの女の子にこんな愛らしい美少女が存在することは、一誠にとって途轍(とてつ)もない衝撃だった。

 

「あ、貴方……誰?」

 

 突然現れた自分に怯えているのか、戸惑った様子で少女が問い掛けてくる。そのことに、またしても少し驚いてしまった。我ながら馬鹿げた話だが、少女の美しさに相手が自分と同じ現実の存在だと認識できていなかったらしい。

 

「あ、えと、俺はイッセー、一誠っていうんだ」

 

 唐突に絶世の美少女と遭遇したこと、そしてその少女を怖がらせてしまったことに混乱しながら、一誠はどもった声で名を名乗る。混乱のためか、苗字を言い忘れてしまったが。

 

 一方で、少女の方は相変わらず恐怖が混じった風に一誠のことを見てくる。突然目の前に知らない相手がワープしてきたら、当たり前の反応なのだろう。しかし、一誠としては女の子、それも最高クラスの美少女を怖がらせてしまっている状況は不本意も甚だしい。一誠は焦ってなんとか少女に安心してもらうために何か言おうとする。

 

「小僧、貴様何者だ?」

 

 しかし、開きかけた口は、剣呑な男の声に阻まれた。今更ながら、一誠はその場にいるのが自分と目の前の2人だけではないことに気が付く。ぎょっとして声の方に目を向けると、一誠は息をのんだ。見るからに危険な男たちがいたのだ。刀に棍棒、正式名称を一誠は知らないが地蔵の持っているような杖等で武装した、着物姿の男が合計9人、こちらを睨みつけている。

 

 大して大きくない、むしろ手狭と言っていい庭に子どもを含めて12人もいる状況は、いざ気付けば凄まじい圧迫感を覚える。否、それは人数だけの問題ではないだろう。男たちが放っている、明らかに暴力的な気配が、圧し潰されそうな程の緊張感を生み出しているのだ。

 

「! えと、イッセー君、でいいんだよねっ!?」

 

「え? あ、うん!」

 

 我知らず1歩後ずさると、そこで焦りのこもった少女の声が届く。

 

「なら、早く逃げて! 今すぐ、ここから!」

 

 恐怖と焦り、そして自分への心配の色が見えるかのように浮かんだ、少女の言葉。それを聞き、一誠は理解する。彼女が怯えていた理由は、突然現れた自分ではなくあの男たちなのだ。

 

「なんだよ、お前ら!」

 

 それが解ると、一誠は下がった足を逆に踏み出し、少女たちを庇うように2人の前で両腕を広げる。何故自分はここに来てしまったのか、少女は誰なのか、この男たちは何者なのか、全く状況は解らないが、大の男がよってたかってこんな可愛い女の子と綺麗な女の人に武器を向けている状況なんて見過ごせない。ましてや、こんな状況で自分のことよりも一誠のことを心配してくれるようないい子を、怯えさせたままにはできない。

 

「魔法陣を使って現れたが、悪魔ではないな? 魔法使いでもないようだが」

 

「もしや、魔法や魔術に関わる神器(セイクリド・ギア)を持っているのでは?」

 

「それが暴発を起こした、といったところか」

 

 一方、男たちの方は一誠に警戒の視線を向けながら何事か話している。どうやら自分が突然現れた理由を考察しているらしいが、言っている言葉の意味は理解できなかった。

 

「まあいい。そこをどけ、小僧」

 

「!? 君、逃げなさい! 早く!」

 

 男たちの1人が高圧的な態度で一誠に命令し、少女を抱く女性が危機感に満ちた声で叫ぶ。男の持つ日本刀に思わず顔が強張るが、一誠は腹に力を込めて下がりそうになる足を、逃げだしそうになる足を踏み留めた。

 

「いやだ!」

 

 震える身体を叱咤して、2人の言葉に言い返す。恐くなんかない、と自分に言い聞かせながら、男の方を見返した。

 

「ふんっ!」

 

「がっ!?」

 

 しかし、勇気を奮ったその行為に対する返答は、頬に走った激痛だった。刀の柄頭で横面を殴られ、庭周りの木立に叩きつけられる。背中から硬い木の幹にぶつかり、肺から空気が弾き出された。身体がバラバラになるような痛みが脳天を貫き、視界が激しく明滅する。

 

「イッセー君!?」

 

 周りのことに気にする余裕もないままうずくまっていると、少女の悲痛な声が耳に届いた。痛む体に鞭打って顔を上げると、女の子が涙を浮かべた瞳で自分を見つめていた。

 

――俺のこと、心配してくれてるんだ……

 

 こんな時だというのに、口許が緩む。自分が傷つけられたことに、少女が悲しんでくれたことが嬉しかった。考えてみれば、同年代の子どもの中で自分を気遣ってくれるくれる相手なんて、イリナくらいしかいなかった。それなのに、今会ったばかりの美少女が自分の傷を気に掛けてくれている。男として、喜ばずにはいられなかった。

 

――でも……心配させてばかりは、いられないよな!

 

 あんな可愛さだけでなく優しさも持ってる女の子を不安にさせたままでは、男が廃る。大丈夫だ、と言ってあげようとした、その瞬間だった。

 

「ぶぁっ!?」

 

 男の爪先が、一誠の(あご)を蹴り上げたのは。

 

 

 

「いやぁっ!」

 

 魔法陣と共に突然現れ、自分たちを庇ってくれた男の子が傷つけられることに、朱乃は悲鳴を上げた。一誠と名乗ったその少年を、刺客の1人が弄ぶように痛めつけ始める。

 

「な、何をするのです! その子は関係ないでしょう!」

 

「この小僧は明らかに異能の力で現れた。それがどういうものか定かでない以上、不確定要素は極力排除するべきだろう?」

 

 糾弾するような母の叫びに、錫杖(しゃくじょう)の男が傲慢な声で言い返してきた。その声には、先程までは辛うじて残っていた母に対する敬意の欠片も残っていない。

 

朱璃(・・)よ、もう一度言おう。その忌み子を渡せ。忌々しき邪悪な黒き天使の血を引く者など、姫島の血筋には汚点に他ならぬのだ」

 

 最早母を呼び捨てにして居丈高に命じてくる男に、母は叫び返した。

 

「何度言われようと、お断りします! この()は私の大切な娘! そして、あの人の大切な娘です! 絶対に、絶対に渡しません!」

 

 言葉と共に、母が自分を強く抱きしめてくれる。痛い程に力のこめられたその腕から、そして大切だと言ってくれたその言葉から母の想いが伝わり、朱乃は目頭を熱くさせた。

 

「どうやら、完全に心を穢されてしまったらしいな。致し方あるまい」

 

 しかし、呆れた風な溜息とともに強まる刺客たちの殺意の視線に、朱乃は怖気立つ。

 

「ダメ、ダメよ母様! それじゃ、母様まで殺されちゃう!」

 

 自分を庇い、母が死ぬ。そんな恐ろしい未来はとても耐えられない。必死の想いで母に叫ぶが、その母は笑みを浮かべながら首を横に振った。

 

「大丈夫よ、朱乃。貴女だけは、絶対助けて見せるから」

 

 その表情と言葉に、子どもながら朱乃は理解する。母は死を覚悟しているのだ。己の命を賭して、朱乃を逃がそうとしているのだと。

 

「嫌! 助かるなら、母様も一緒じゃなきゃ嫌!」

 

「朱乃! わがままを言っている時じゃないわ!」

 

「言うわ! 言うわよ! だって、今言わなかったら、何時言える時があるの!?」

 

「朱乃! お願い、母様を困らせないで!」

 

 言い合う朱乃達に、錫杖の男は冷徹に言った。

 

「親子喧嘩なら、黄泉路ですることだな」

 

 言葉と共に振り上げられた錫杖が――

 

「ふんっ!」

 

 男の方へ飛んできた何かに対し振るわれた。その一撃でその何かは真っ二つに断たれ、地面に叩き落される。それは、子供用の靴だった。思わず飛んできた方に目を向ければ、ボロボロになった一誠が地に倒れながらも何かを投げたような体勢で荒い息を吐いている。それを見た錫杖の男の眼が、冷たさを増した。

 

「……油断のし過ぎだな」

 

「も、申し訳ございません! このクソガキがっ!」

 

 一誠を痛めつけていた男が、一誠の頭を踏みつけた。それから一誠の胸ぐらを掴んで持ち上げると、顔面を思い切り殴りつけた。

 

 その痛みはどれほどのものだったのか、数メートル殴り飛ばされた一誠は鼻を抑えて体を丸める。

 

「や、やめて! もう逃げて!」

 

 自分のために、関係のない一誠まで傷つく必要はない。そう思っての叫びに、一誠の方からも(いら)えが返ってきた。

 

「き、君、こそ……早く、逃げろ!」

 

 思いもよらぬ言葉だった。一瞬呆気に取られるが、すぐに言い返す。

 

「何言ってるの!? イッセー君は関係ないでしょ、早く逃げてよ!」

 

「関係、なくても、俺は、男だっ!」

 

 叫び返しながら、一誠は起き上がろうとしていた。その姿は、完全に満身創痍(まんしんそうい)だ。身体のそこかしこに男が踏んだ足跡がつき、地面を転げまわされたせいで泥まみれになっている。鼻からは血を流し、口許にも血がにじんでいる上に、肌のあちこちに青痣(あおあざ)ができていた。

 

 ぼろぼろという表現でさえ足りなく思える程、痛々しい姿。体を起こしていくその様子も、見るからに弱々しい。それにも関わらず、一誠は立ち上がった。膝は震え、息も絶え絶えで眼には涙を浮かべているのに、泣き言を口にすることもなく再び叫ぶ。

 

「男が、君みたいな、可愛い子を……」

 

 言葉を発することさえ辛いのだろう、途切れ途切れに、けれど何故か力強さを感じる声で、一誠はつづけた。

 

「それも、自分だって、危ない目に、合ってるのに……名前しか、知らない、俺のこと、心配、してくれるような、優しい、女の子を、放って、逃げられるわけ、ないだろ!」

 

 一誠の言葉は、朱乃の胸に大きく響く。あんな傷だらけ、泥だらけの姿になったというのに、一誠はまだ自分を守ろうとしてくれているのだ。黒い天使の血を引く者として、両親以外の親族からは忌み嫌われてきた自分のことを。

 

 その事実に、朱乃は母が自分を大切な娘だと言ってくれた時と同じくらいに胸が温かくなるのを感じた。父と母以外に、自分のことを本気で守ろうとしてくれる人がいる。そのことに喜びを抑えられなかった。

 

「莫迦なガキだ。ならば、逃げずに死ぬことだ」

 

 しかし、刺客の言葉に歓喜は戦慄へと変わる。

 

「いつまでも遊んでいるなよ。邪魔者が入らぬように結界を張ったこの場へ転移してきたのだ。正体は知らんが、潜在している異能の力はかなりのものと見ていい。暴発や覚醒などされても面倒だ」

 

「はっ、それでは、そろそろ始末します」

 

 錫杖の男と刀を持った男の会話に、朱乃は絶望する。初めて両親以外に心を許せそうな相手と会えたのに、その相手が自分を守ったばかりに殺されようとしているのだから。

 

――私の、私のせいなの……?

 

 冷たい涙が頬を濡らした。絶望が滴となって、止め処なく流れ始める。

 

――私のせいで、色んな人が不幸になるの……?

 

 自分のせいで、母だけでなく無関係のはずの一誠さえも命を落とそうとしているのだ。否、その2人だけではない。刺客たちは言った。自分は姫島の汚点だと。つまり、自分という存在はそれだけで姫島家の親族に多大な不利益を与える害悪なのだ。

 

――私がいなければ、誰も傷つかないで済むの……?

 

 胸の中で、何かが暗い淵に落ちていくのを感じる。心が、酷く空虚になっていくのを感じる。

 

――そうだ……私なんて、いない方がいいんだ……

 

 虚ろになった思考は、そんな結論を導き出した。考えれば、すぐ解ることだったのだ。自分を守ろうとして母やイッセーが傷つけられるのなら、自分がいることで姫島家に迷惑が掛かるのなら、自分がいなければいい。そんなことにも今まで気が付かなかった愚かな自分は、やはり存在する必要のないものなのだ。悲嘆で暗く染め上げられた胸の内では、そうとしか思うことができなかった。

 

 もしも、危険に遭っているのが朱乃と朱璃だけであれば、あるいはそれを父のせいにできたかもしれない。そう思うことで、朱乃は自分の心を守れたかもしれない。この世界の元となった物語の歴史でそうだったように。

 

 しかし、この場には一誠もいた。堕天使とは全く関係がない一誠は、ただ朱乃のことを死なせたくないからと、完全に朱乃のために頑張っている。それは言い換えれば、一誠が酷い目に遭っているのは朱乃のせいだ、ということだった。そして、そのことに思い至らずにいられるには、朱乃は幼いながらに聡明すぎた。皮肉にも、朱乃の存在を肯定してくれる人物が両親以外にもいるという希望が、その者が傷つけられることで逆に絶望へと繋がったのだ。

 

 暗澹(あんたん)たる思いを募らせていると、刺客が一誠に刀を振り被っているのが見えた。瞬間、失意に沈んでいた思考が覚醒する。

 

「やめてっ! 私が、私が死ねばいいんでしょうっ!」

 

「朱乃っ!?」

 

 母が驚いたような、あるいは責めるような声で叫ぶが、朱乃は構わず言葉を続けた。

 

「なら、私を殺していいから! もう母様とイッセー君には手を出さないでぇっ!」

 

 正しく必死の思いで叫び、母の腕から乱暴に抜け出る。そして母を庇うように前に立ち、錫杖の男を睨みつけた。

 

「私の命が欲しいならあげます! だから、もう2人には手を出さないでください!」

 

 朱乃がそう言い放てば、一誠に刀を向けていた男が刃をゆっくり下げる。一方、一誠は驚きに目を見開いてこちらを見てきた。

 

「なに、莫迦なこと、言ってるんだよ……! 殺されて、いいなんて……そんなこと、あるわけないだろ!」

 

「そうよ! 早く逃げなさい!」

 

「其方は黙っていてもらおうか、朱璃よ」

 

 一誠に続いて母の叫びが背後から届くが、その次の瞬間錫杖の男が玉のようなものを投げる。すると、それは空中で細長い形に解け、瞬きもできない程の速さで朱乃の背後へと伸びた。

 

「ぅぐっ!?」

 

「母様!?」

 

 苦し気な母の声に、急ぎ振り替える。そうすると、無数の紙垂(しで)を付けた注連縄(しめなわ)に縛られた母の姿が目に映った。特殊な術の施された、相手の動きを封じるための注連縄だ。(すね)から首の下までを巻きつくように縛られた母はバランスを崩し、受け身も取れず倒れこむ。

 

「せっかく忌み子の方が覚悟を決めてくれたのだ。母として、娘の覚悟を黙って見届けてやってはどうかな?」

 

 倒れた母を見下ろしながら、錫杖の男が嫌見たらしい口調で言う。そんな男を母は見たことがないほど鋭い目で睨み返した。

 

「ふざけないで! この子には絶対に手出しは」

 

「黙っていてもらう、と言ったろう? (おん)!」

 

 男が短く祝詞(のりと)を唱えると、注連縄が猿轡(さるぐつわ)のように母の口を塞ぐ。それを見た朱乃は、激昂して叫んだ。

 

「やめて! 母様に酷いことしないで!」

 

「解っているとも。お前さえ素直に消えてくれるならば、異形の者にたぶらかされたあばずれなどいつまでも相手はせん」

 

 母を侮辱する言葉に、唇を噛む。幾ら朱乃が言い返したところで、この男たちは言を翻しはしないだろう。それが堪らなく悔しい。母の名誉を守れず、母のことも一誠のことも、この男たちの言いなりになることでしか守れないことが、口惜しくてならない。

 

「ふん。邪悪な血を引く割には、賢明な判断だ。どの道、貴様が生きている限り貴様の首は狙われ続ける。ならば、いっそ早い内に楽になる方が利口というものよ」

 

 言いながら、男の錫杖が高々と振り上げられた。その先端に、強力な異能の力が集中していくのが解る。自らもまた異能の力を行使するが故に、その威力の高さを嫌でも思い知らされた。同時に、自分では到底太刀打ちできる相手ではないということも。

 

 その事実に、今更ながら顔から血の気が引いていった。自分がこれから死ぬという事実が、それまで以上の現実感とともに押し寄せてくる。

 

「うおおおおぉぉぉぉっ」

 

 歯の根が噛み合わなくなる程の恐怖が胸の内で暴れる中、獣のような雄叫びが轟いた。一誠だ。傍目には立っているのがやっとのような状態だというのに、凄まじい勢いで錫杖の男へと突進してくる。

 

「ふんっ!」

 

「ぐぁっ!」

 

 しかし、それも無駄に終わった。すぐに刺客の1人が一誠を蹴りつけ、それだけで一誠の小さな体は地に沈む。

 

「イッセー君!」

 

「ぐっ、くそっ」

 

 蹴りもさることながら、それまで受けた傷が痛くてたまらないのだろう。顔をしかめながら、それでも一誠は立ち上がろうとしていた。その背中を、刀を持つ男が踏みつける。

 

「いい加減にしろ、クソガキが。関係もないくせに、余計な邪魔しやがって」

 

 苛立たし気に言いながら圧力を強める男を、一誠は首を巡らして睨みつけた。その瞳には、未だ抵抗の気概が見て取れる。これだけ痛めつけられていて尚も、一誠はまだ諦めていないのだ。

 

 それを、朱乃は素直にすごいと思った。見た目は、とても格好いいとは言えないだろう。全身傷だらけで泥にまみれ、地面に這いつくばって踏みつけられている。正直に言って、無様としか評せない姿だ。

 

 しかし、それなのに朱乃にはその一誠の姿が輝いて見えた。無力な抵抗を続けるみっともない有様だというのに、心が揺さぶられて仕方なかった。絶望的な状況下だというのに、体中無事な個所を見つける方が難しい程傷ついているというのに、諦めることなく逆境へと立ち向かい続ける。その在り方が、朱乃にはとても尊く思えたのだ。

 

 同時に、思う。一誠を、こんなところで死なせるわけにはいかないと。

 

「もういい……もういいよ、イッセー君」

 

「え……?」

 

 一誠は、こんなところで死んでいい人間ではない。こんなにも誰かのために一所懸命頑張ることができる優しい少年を、死なせていいはずがない。その想いが、朱乃に最後の覚悟を決めさせた。

 

「私が死ねば、もう誰も傷つかないで済むの。だから、もういいよ」

 

「な、なに、言ってるんだよっ!」

 

 怒ったような声で、一誠が朱乃に叫んでくる。

 

「君が死ねば、誰も傷つかないなんて、そんなことあるわけないだろ!」

 

「ううん、そんなことあるの。私は、いちゃいけない子なの」

 

 一誠の言葉に、首を振って答える。

 

「私がいるせいで、母様は家に帰れなくなっちゃったの。それどころか、今もこうやって危険な目にあっている。母様の家の人たちも、私のせいですごく迷惑している」

 

 自分の言葉が胸に痛い。自分という存在がどれだけ多くの人々の害となっているか、改めて思い知らされる。

 

「だから、私がいなくなれば、色んな事が解決するの」

 

 そう。自分さえ命を差し出せば、大勢の人が救われるはずだ。母はもう危険に晒されることはないし、一誠も無事に帰れる。それなら、ためらう必要なんてない。

 

「ふざけんなっ!」

 

 しかし、一誠はそれを真っ向から否定してきた。ともすると、刺客たちに向ける以上の怒りを以って朱乃を見据えてくる。

 

「死ねば、誰も傷つかない? 解決する? それじゃあ、その女の人はどうなるんだよ!」

 

「だから、私が死ねば母様は無事」

 

「君が死んだら、君を守りたかったその人は心がすごく傷つくぞ!」

 

 反論の言葉は、一誠の力強い叫びに掻き消された。それに留まらず、一誠の言葉は続く。

 

「それに、俺だって! 君みたいないい子が死ぬのなんて、すごく悲しい! だから、君が死んだら、傷つく人はいるんだ!」

 

 これで何度目だろうか、またも朱乃は一誠に胸を打たれた。

 

――怒られて嬉しいなんて、初めて……

 

 一誠は、間違いなく本気の怒りを朱乃にぶつけている。それなのに、朱乃は胸が高鳴るのを感じた。自分が死を選んだことを怒ってくれたことが、自分が死んだら悲しいと言ってくれていることが、堪らなく嬉しかったから。

 

――だけど……

 

 朱乃は錫杖の男に目を戻す。情けのつもりなのか、一誠と話している間に男は動かなかったが、その眼は油断なく朱乃を見据えていた。今更朱乃が逃げようとしても、逃がしてはくれまい。

 

――だけど、やっぱり駄目だよ……

 

 両目に涙が浮かぶ。母と一誠があれ程自分を守ろうとしてくれたのに、朱乃は刺客の手から逃れられそうにない。それが2人への裏切りに思え、胸が締めつけられるように痛んだ。

 

「ごめんなさい……」

 

 知らず知らずのうちに、口が開いていた。

 

「ごめんなさい、母様……」

 

 いつの間にか零れていた涙と共に溢れ出てくるのは、謝罪の言葉。

 

「ごめんなさい、父様……」

 

 申し訳なくてならない、その想いが自ずと口をついて出続ける。自分を大切な娘だと言ってくれた母へ。自分がいなくなれば、きっと寂しく思ってくれる父へ。

 

「ごめんなさい、イッセー君……」

 

 そして、名前すら知らない自分のことを命懸けで守ろうとしてくれた、一誠へ。

 

「謝らなくていい! だから、早く逃げろ!」

 

 その一誠は、背中を踏む男の足から抜け出そうともがいている。しかし、やはり体力の限界なのだろう。その動きはいかにも弱々しい。

 

 それでも諦めない一誠の姿に、朱乃はまた涙を零した。

 

「もっと早く、イッセー君と会っていたかったな……」

 

――そうすればきっと、お友達になれたかな……

 

 

 

 諦めたような少女の呟きに、一誠もまた涙を零した。何故あんな可愛い女の子が、それも見ず知らずの自分のためにも泣いてくれたような優しい女の子が泣かないといけないのか。

 

 無性に苛立たしく、そして悔しかった。あんな少女が自分の命を諦めなければいけないことが。そして、それを助けることができない自分自身が。

 

「くそぉぉ!」

 

 必死の想いでもがくが、特別に鍛えているわけでもない9歳の子どもの力では大の男の体重から逃れることはできない。一誠の抵抗も虚しく、背中にかかる圧力がさらに増してきた。

 

「いい加減に諦めろ。力のないものが何をやったところで無駄なことくらい、いくらガキでも解るだろう?」

 

「ぅぅ……うるさいっ俺は、俺は……!」

 

「ちっ、なら教えてやる。弱い奴があがいたって、見苦しいだけだってな!」

 

 言葉と共に、男は思い切り踏みつけてきた。その衝撃に、肺から空気が蹴りだされる。

 

――そうだ、俺は弱い……

 

 しかし、頭を占めるのは痛みよりも悔しさだ。

 

――俺が強ければ、あの子が泣くことなんてなかったのに……!

 

 あの子を泣かせるこの男たちが許せない。そして、その許せない男たちのいいようにさせている自分はそれ以上に許せない。

 

――力が欲しい……!

 

 拳に爪が食い込む。最早身体は限界だというのに、怒りのまま握られた手は血を流す程の力が籠められた。

 

――こいつらを追い払える力が……

 

 しかし、どれだけ怒ろうと、動けない一誠にできることはない。

 

――あの子を守れる力が……

 

 できることは唯一つ。己の願いを、心で叫ぶことのみ。

 

――あの子を笑顔にできる力が、欲しい!

 

<それほど力が欲しいのですか?>

 

「!?」

 

 その時、その叫びに応える者がいた。

 

 驚きに目を開く。そして目に映ったものに、一誠は困惑した。何もないのだ。黒い空間が、目の前に広がっている。

 

「な、なんだこれ!? どこだよ、ここ!?」

 

 気がつけば、自分は既に立ち上がっていた。訳が分からず、周囲を見回す。

 

「あの女の子は!? あいつらは何処行ったんだ!?」

 

「落ち着きなさい」

 

 混乱がピークに達しようという中で、先程と同じ声が聞こえてきた。

 

「だ、誰だ!?」

 

 誰何(すいか)するのが早いか、何かが上から降りてきた。宙に浮かびながらゆっくりと着地したその姿に、一誠はまたしても驚愕する。

 

「ろ、ロボット?」

 

 現れた姿は、明らかに人間ではなかった。金属的な光沢を放つ青を基調とした体、パイプの伸びる自動車か何かのエンジンに似た胸部に、やはりパイプ付きでコードも生えているだけでなく右目がメーターになった顔面、腰辺りに黄色いボルトで留められた金属製の赤いマント。正にロボットとしか言いようのない機械でできた人型の存在がそこにあった。

 

 眼を瞬かせている一誠を他所に、謎のロボットは言葉を発する。

 

「私の名はエンジン王。この地球から数千億光年離れた宇宙の、機械化帝国で生まれた機械人」

 

「う、宇宙人、てことか? それじゃあ、ここは?」

 

「お前が見ているものは、現実の光景ではありません。お前の脳へ直接対話している結果、こういう状況にいるものとして認識しているのです」

 

「の、脳に直接って……一体なんで」

 

「それは、私がお前の中に宿っているからです」

 

「はあっ!?」

 

 思わず抗議のような叫びをあげた。ただでさえ理解が追い付いていないところに寝耳に水なことを言われ、叫ばずにはいられない。

 

「今は私のことはいいでしょう。それよりも、あの少女の件の方が急を要するのではないですか?」

 

「っ! そうだ、あの子を助けないと」

 

「何故です?」

 

 焦る一誠に、エンジン王と名乗ったロボットの宇宙人は問い掛けてくる。

 

「お前にとって、あの少女はなんの関わりもない人間でしょう。何故助けようとするのです」

 

「それは……確かに関係ないけど! あの子は、見ず知らずの俺のこと心配してくれたんだ!」

 

「それはお互い様でしょう。お前は縁もゆかりもないあの少女を助けるため、手酷く傷つけられた。それ以上、無関係の人間のために尽力する必要があるのですか? ましてや、お前の力では到底解決には及ばないことも理解しているでしょう」

 

 エンジン王の言うことは正論だった。自分とあの少女は赤の他人。ぼろぼろになってまで助ける義理はない。まして、一誠にはどう頑張っても彼女を助けることはできない。

 

「そんなこと解ってるよ!」

 

 そして、それは言われるまでもなく一誠自身が承知していることだ。自分が弱いことも、自分にはあの女の子を助ける必要はないことも。

 

「だけど」

 

 そう、確かに助ける必要はない。

 

「だけど俺はまだ、あの子の名前も知らないんだ!」

 

 しかし、それは助ける理由がないということではない。

 

「今関係がなくたって、俺はあの子が誰なのかを知りたい! できるなら、仲良くなって、友達になりたい!」

 

 あんな女の子には初めて会った。何の関わりもない自分が傷つけられて、泣いてくれた子は。自分ともっと早く会っていたかったなんて言ってくれた子は。

 

 幼稚園の頃の親友だった男友達のイリナ以外に、自分のことを心配してくれる相手は同世代にいなかった。それが異性となれば尚更だ。それが、一誠には新鮮な喜びだった。そして、その喜びはあの少女のことをもっと知りたいという思いに繋がった。彼女ともっと親しくなりたいという願いに繋がった。

 

 あれ程可憐で、優しい女の子と仲良くなれたら、どれだけ幸せなことだろう。あの子の名前を呼ぶことができたら、どれだけ心が満たされるだろう。想像するだけで、胸が躍りそうだ。

 

「それに、何より……」

 

 一誠は思い出す。つい先ほどの出会い、そこから見てきた、あの女の子の表情を。

 

「俺は、あの女の子の笑ったところが見たい!」

 

 男たちに怯えた顔を見た。一誠が傷つけられて泣いた顔を見た。母親――姉だと思ったが、母様と呼んでいたので母だったらしい――を悪く言われ怒った顔を見た。自分がもう助からないと、諦めた顔を見た。

 

 そのどれもが哀しい表情ばかりで、明るい顔は1度も見ていない。

 

「あんな可愛い女の子が、楽しそうに笑ったりできないなんて、絶対納得できねえ。殺されそうだなんて、もっと納得できねえ! だから、あの子を悲しませるあいつらが、殺そうとするあいつらが、絶対に許せないんだ!」

 

「だから、戦おうというのですか? あの少女の笑顔のために」

 

「そうだ。俺は、あの子と友達になって、あの子に笑ってほしいんだ!」

 

 あの優しい美少女と仲良くなれたらと、そんな未来を空想するだけで傷だらけの身体でも立ち上がろうという気力が湧いてくる。どれだけ苦しくても負けられないと頑張ることができる。男とは、少なくとも一誠はそういう生き物だった。

 

「ですが、さっきも言った通りお前の力ではあの連中に敵いません。これ以上無理をすれば、あの少女より先にお前が命を落とすことにもなるでしょう」

 

 気持ちだけが強まる中、エンジン王の言葉が重く圧し掛かる。散々容赦のない暴力に晒されてきたのだ。その言葉は決して脅しでないことは、十二分に理解している。自分の死、という可能性が、現実的な危機感として背筋を這いあがってきた。

 

「それも解ってる……だけど! 俺は、あの子を見捨てられないんだ!」

 

 それでも、一誠の中に諦めるという選択肢はない。自分が死ぬかもしれない恐れよりも、あの女の子の笑顔が見られないまま終わることの恐れの方が、今は強かった。

 

「何故です?」

 

 そこで、何故かエンジン王はやや固くなった声でまた問い掛けてくる。

 

「何故他人のためにそこまでするのです? お前は、死ぬのが恐くないのですか!?」

 

 今までの文字通り機械的なものとは違う、感情的な問い。それを前に、一誠は自分の気持ちを正直に答える。

 

「恐いよ。死ぬのだって恐いし、これ以上痛い思いをするのだって嫌だ」

 

 思い返すのは、男たちに受けた暴力の数々。このままあの少女を助けようとすれば、更に苛烈な暴行を受けるだろう。その痛みは、これまでに増して一誠を苦しめるはずだ。それが恐くないはずがない。

 

「けど……虐められるのって、ただ体が痛いよりも痛いんだ」

 

 一誠はそれをよく知っている。自分もまた、虐めに近い状況にあるから。周りの子どもたちから無視され、一人ぼっちにされているから。その辛さは、ただ体が傷つくものとは違う苦しみとして心を苛む。

 

「あの子は、あいつらに虐められている……あんないい子が、あの痛みを味わっているだなんて、そっちの方が、もっと嫌なんだ!」

 

 

 

――この少年が、ナカジマと同じことを……

 

 エンジン王は衝撃を受けていた。ずっと弱く小さい存在だと思っていた一誠が、自分が認めた人間と同じことをしていることに。自分が敗北した人間と同じようなことを口にしたことに。

 

 エンジン王にとって、一誠は臆病な少年だった。自分を疎外する周囲に対し抗うこともなく、ただ流されるままその状態を甘受する弱者。これまでの行動を見る限り、間違いなく一誠はそれに該当した。

 

――だというのに、何故……

 

 しかし、何故なのだろうか。何故その取るに足らない存在はずだった一誠の姿が、ザウラーズのため命を懸けた中島に、我が身を引き換えにエンジン王を救ったギルターボに、母星のために強大な敵へ挑み続けたザウラーズに重なって見えるのだろうか。

 

――これが、地球人なのか……!

 

 一誠が弱い、という印象が間違いだったとは思わない。しかし、そんな弱い一誠でも、自分の知る強者たちと同じことができた。

 

――これが、心の力なのか……!

 

 改めて、解った気がする。人間は、確かに醜い部分を持っている。一誠を疎外する周囲の子どもたちのように。かつて機械化帝国の前身となった文明を司る者たちが、自身のことを滅ぼしたように。しかし、そんな醜い側面を有しながらも、人間は自分の想いを叶えるために、不可能なことであろうと挑み続けることができる。自分以外の大切なもののために、己の全てを懸けて戦うことができる。

 

――だからこそ、お前たちは守ろうとしたのだな、ザウラーズよ

 

 どこまでも醜悪になる可能性を持ちながら、同時にどこまでも尊くなれる可能性も持つ存在。それが人間、心というものの素晴らしさなのだ。

 

――ならば、今私がすべきことは、ただ傍観していることではない!

 

「少年よ。名前はヒョードー・イッセーでしたね」

 

 唐突に名を呼ばれ、一誠はきょとんとするがそれも一瞬。すぐに強い表情で頷き返してきた。

 

「ああ、俺は兵藤一誠だ!」

 

「イッセーよ。今一度お前に問います。あの少女を救うために、力が欲しいですか? それでお前自身が傷ついたとしても」

 

「……欲しいって言ったら、力を貸してくれるのか?」

 

 エンジン王の問いに、一誠は逆に聞き返してきた。エンジン王は、それに答える代わりに右掌を差し出す。すると、そこに暗い紫に輝くクリスタルが現れた。

 

「? なんだこれ、宝石?」

 

「これは私と同じくお前の身体に宿っていたもの。ジャークサタンというロボットです」

 

「ロボット? これが?」

 

「そうです。今はただの水晶か何かにしか見えませんが、変形することで強力な戦闘ロボットとなります。あの程度の連中であれば、容易く蹴散らすことのできるロボットに」

 

「本当か!?」

 

 エンジン王の言葉に一誠の眼に希望が灯る。しかし、エンジン王の説明はそこで終わりではない。

 

「しかし、このロボットは今のままでは使うことはできません」

 

「な、なんでだよ!?」

 

「どういう理屈なのかは私にも解析しきれていませんが、どうやらこのロボットは完全にお前自身と癒着した状態にあるようです。下手に体外に排出すれば、お前の生命活動は停止する恐れがあります」

 

 そう、何故かこのジャークサタン、そしてエンジン王と正体不明のエネルギー体の三者は、一誠と不可分の状態にあった。存在そのものと繋がってしまっているとでもいうのだろうか、もはや一誠は自分たちを併せて1つの個体を為していると言っても過言ではないのである。その理由は全く以って不明なのだが、少なくとも一誠に宿った段階では既に完成した存在であった自分やジャークサタンとは違い、一誠は誕生以前から自分たちを体内に宿していた。つまり自分たちがいることが一誠にとっては通常の状態なのだ。その宿していて当然のものが体内からなくなれば、最悪死ぬかもしれないことは十分考えられた。

 

「それじゃあ、意味ないじゃんか! なんのためにそれ見せたんだよ!?」

 

 体外に出せないのであれば、それはそれを使って直接戦うことができないということになる。エンジン王の説明に当然ながら一誠は怒りを見せるが、それを制して話を続けた。

 

「落ち着きなさい。体外に出せぬ以上、このままでは本来の仕様として使うことはできないとは言いました。ですから、本来とは違う方法で使うのです」

 

「違う方法?」

 

 聞き返す一誠にエンジン王は頷く。

 

「私が制御することで、お前とこのロボットの武装を結合させます。つまり、お前自身がこのロボットと同質の存在となって戦うのです」

 

 かつてエンジン王は、機械化獣とギルターボを巨大結合させ、合体機械化獣にすることで両者の力を飛躍的に高めていた。その応用で、このジャークサタンというロボットの武装を一誠と結合させる、つまり体外にロボットとして排出するのではなく、一誠の体の一部として武器の形で使うわけである。

 

 無論、普通に考えれば機械であるジャークサタンと有機生命体である一誠を結合させるというのは無茶な話だ。しかし、幸いなことにこのジャークサタンというロボットには種類が限定されているらしいものの生命体と融合する機能が備わっていた。その上、一誠には謎の強力なエネルギーも宿っている。相変わらず理解しきれていない点は多いが、このエネルギーは異常に応用性が高く、物理的にあり得ない現象を容易に引き起こせるだろうことだけならば確信を得ていた。このエネルギーとジャークサタンの融合能力を併用すれば、本来想定されている生物以外との融合も可能かもしれない。

 

「ロボットと同質って、そんなことできるのか?」

 

「可能性は未知数です。失敗する可能性は、概算で約68.27%。成功する確率の方が低い上に、失敗した時のお前の無事も保証できません」

 

 一誠の問いに、エンジン王は隠すことなく答える。エンジン王の考えは、全て机上の空論だ。エネルギーの正体を始め解析しきれていない情報が多い上に、ジャークサタンの動作試験といったテストらしいテストは全くしていないという不確定要素だらけの状況。むしろ成功する方がおかしいとさえ言え、おまけに脆弱な人間の肉体でいざ失敗すれば、最悪一誠の身体は粉々に吹き飛ぶ可能性もある。

 

 しかし、他に一誠に与えられる力がないのも事実だった。思考の残骸に過ぎないエンジン王は戦力にはならないし、ジャークサタンを体外に出せないまま戦闘ロボット形態にしたところで一誠の身体が内側から破裂するだけ、謎のエネルギーは強力すぎるために攻撃手段として使うと暴発で日本列島どころか地球が丸ごと吹き飛ぶことになりかねない。

 

 だからこそ、エンジン王は再度一誠に問い掛ける。

 

「イッセーよ。その危険を冒してでも、あの少女を救うための力が欲しいですか?」

 

 それを聞き、一誠は考えるように顔を俯かせた。少しの間が空き、逆に問い返される。

 

「もし成功したら、あの子を助けられるんだよな?」

 

「あの程度の人間たちなど、敵ではありません」

 

 エンジン王の返答を聞き、一誠は顔を上げる。その顔にはあの少年たちと、ゴウザウラーを操っていた小さな英雄たちと同じ色が見て取れた。

 

「だったら、頼むエンジン王! 俺に、俺にその力を貸してくれ!」

 

 一誠の言葉に、言い知れない温かさが失ったはずのエンジンを満たす。ザウラーズは一誠よりもやや年長だったものの、何故ゴウザウラーを操っていたのが一誠のような子どもたちばかりだったのか、その理由が少し解った気がした。

 

「それ程の覚悟があるというのならば……!」

 

 しかし、3次元の物質とは異なり、5次元の物質は3次元においてその大きさや形状の変更にかなり融通が利くらしい。一誠と結合した場合、ジャークサタンの武装のサイズは一誠の体格に合わせたものとなるだろう。子どもの小さな体に適合した結合ならば、“巨大結合”というのはそぐわない。

 

 故に、エンジン王は別の言葉を使う。ザウラーズと同じように、誰かのために己が身を賭して戦うこの少年に相応しき、あの英雄たちの代名詞を。

 

「叫びなさい、イッセー! ジャークサタン、“熱血結合”と!」

 

 一誠は軽く頷くと、身体に残った体力、元気と呼ばれるものを爆発させるように叫んだ。

 

「ジャークサタン、熱血結合!」

 

 

 

 朱乃の心は、暗い思いに満ちていた。恐怖、悲しみ、悔しさ、諦念、そんな感情ばかりが後から後から湧いてきて、瞳から涙を押し出してくる。

 

 背後から聞こえるのは、縛られて(くつわ)をされた母の声。声ならぬ声でも朱乃に逃げろと言ってくれているのが解り、それがまた涙を流させた。

 

「最後に言い残すことはないか?」

 

 情けのつもりか、錫杖の男が問い掛けてくる。その錫杖の先端には、朱乃を確実に屠るためだろう、大げさな程に強力な異能の力が宿っていた。

 

 余りの強さに、怯えるのを通り越して少し呆れさえ浮かぶが、それも仕方ないのかもしれない。なにせ、朱乃の父は唯の堕天使ではなく、その幹部であり武闘派として知られる存在なのだという。だからこそ、余計に姫島の本家はその血を引く朱乃を嫌悪し、警戒しているのだ。

 

――凄いのは、私じゃなくて父様なのに……

 

 そう父のことを思い出すと、思わず言葉が口をついて出る。

 

「最後に、父様に会いたかった……」

 

 ――父様ともっと会いたかった、父様にもっと頭を撫でてもらいたかった、父様ともっと遊びたかった、父様と母様と3人で、もっと暮らしていたかった!

 

 一言口にすると、思いが止め処なく溢れてきた。届かない願いが、胸の内で荒れ狂う。

 

――それに……

 

 朱乃は一誠へ視線を移した。気を失ってしまったのか、刀を持った男に踏まれた一誠はもはや身じろぎ一つしていない。失神するほど傷つきながらも、朱乃のために戦ってくれたのだ。朱乃と同い年くらいの、小さな体で。

 

――イッセー君と、お友達になりたかった!

 

 あの優しい男の子と仲良くなれたら、どれだけ素敵なことだっただろうか。一誠とお互いに名前を呼び合えたら、どれだけ楽しかっただろうか。空想するだけで胸が温かくなることが、余計に辛かった。それは、最早決して叶うことのない未来なのだから。

 

「せめてもの情け。この一撃で終わらせてやる」

 

 言いながら、男は錫杖を朱乃の胸に向けてくる。それに込められた力が解き放たれれば、朱乃の小さな心臓なんて一瞬で吹き飛ばされるだろう。

 

 背後から聞こえる母の声が、激しさを増した。一誠の言った通り、自分が死ねば母は悲しむのだということが、その声を聴く毎に思い知らされる。

 

「ごめんなさい、それにさようなら母様……」

 

 振り向き、謝罪と別れの言葉を告げた。その瞬間、何時も優しく笑っていた母の眼から大粒の滴が零れる。

 

「ごめんなさい父様、さようなら……」

 

 その涙に胸が締めつけられるように苦しくなる中で、この場にいない父にも別れを告げる。きっと父も母のように泣いてくれる。それは嬉しく、同時に辛かった。

 

「ごめんなさい、それからありがとう、イッセー君」

 

 最後に、朱乃は一誠に謝罪と感謝を告げる。何の関係もない自分のために傷つけてしまった詫びと、自分のために頑張ってくれた礼の気持ちを込めて。

 

「さようなら、イッセー君……」

 

 もしかしたら、初めての友達になれたかもしれない男の子。しかし、一誠はまだ自分の名前も知らないだろう。だから、名前も知らない自分が死んだことなんて、早く忘れてほしい。

 

――ううん、違う……

 

 それは嘘だ。朱乃は、一誠に自分のことを覚えていてほしいと思う自分がいるのを感じた。一誠に自分のことで悲しんでほしくないとも思ってはいるが、この優しくて自分の想いに真っ直ぐな少年の思い出に、自分がいてほしいとも思っていた。

 

――わがままだなあ、私

 

「それでは、覚悟」

 

 自分に呆れている中、錫杖の男の声で現実に引き戻された。とうとう死ぬ時が来たのだと、思わず目をつむる。

 

――さようなら……父様、母様、イッセー君……

 

 怯えに満ちた心の中で浮かぶのは、大事な人々への別れの言葉。それだけを感じながら、死の瞬間を待つ、その時だった。

 

 

 

「ジャークサタン、熱血結合!」

 

 

 

 力強い一誠の叫びが、周囲に響き渡ったのは。それと共に、途方もなく強大な力が膨れ上がるのを感じた。

 

「ぐわっ!?」

 

 短く男の悲鳴が聞こえた。思わずそちらを見れば、一誠を踏みつけていた男が吹き飛ばされている。そして次に目にするのは、先程と同じ魔法陣の中心で身を起こそうとする一誠の姿だ。

 

「な、なんだこの魔力は!? 上級の悪魔……否、そんなものを遥かに超えているではないか!?」

 

 声がした方を一瞥すると、錫杖の男が驚愕の表情で一誠を見据えていた。まるで朱乃のことを忘れてしまったかのように、錫杖の先を一誠の方へと向けている。

 

 しかし、それも無理のないことだろう。男が錫杖に宿していた力は間違いなく強力なものだが、今の一誠が放っている異能の力はそれと比較にならない程上回っている。

 

 突然の事態に男たちが騒然となる中で、魔法陣に変化が現れた。身を起こしていた一誠が立ち上がりきると、魔法陣から黒煙が立ち上ったのである。機関車の煙突のように濛々(もうもう)と立ち上る黒煙は一誠を包み込むと、そのまま黒いピラミッドの形を作り上げた。その一瞬の後、ピラミッドから暗い色の閃光が爆ぜる。

 

 激しい光に視界が奪われ、それが晴れた時、一誠の姿は一変していた。

 

 首から下は、水晶のような意匠の鎧だった。色は灰色に近い紫と青、白の三色で、両腕は角錐型の槍になっている。背に羽織っているのは2つに裂けるような形をしたマントで、両肩が龍の頭の飾りになっていることと禍々しさを覚える程に赤黒い色合いが特徴的だった。露出した頭の額には機械的な印象を受ける青い鉢金(はちがね)をつけ、右目にはガスボンベか何かのメーターのような片眼鏡(モノクル)が掛けられている。

 

 

 

 それは、本来ならばこの世界にはあり得ないイレギュラー。5次元の破壊帝王ジャークサタンの武装、大魔界の暗黒魔王ゴクアークの魔法、機械化帝国の機械王エンジン王の頭脳、そして地球の子ども兵藤一誠の勇気が呼んだ奇跡。

 

 エンジン王の制御の許、ゴクアークの魔力をエネルギー源に、ジャークサタンと結合した一誠の姿が、そこにあった。




 ようやく一誠とエンジン王が会話しました。そして、ようやくジャークサタンの出番が来ました。解る方にはお解りでしょうが、色々混ざってます。

 原作一誠はレイナーレの時といい、黒歌戦といい、力の不足から敵に散々嘲笑われて、それでも仲間や泣いている女の子のために一生懸命になるから格好いいんですよね。変態なのも間違いないですが(笑)。

 そういった一誠の魅力を少しでも再現できていたら幸いです。

 次回はジャークサタン無双回、もとい「絶対無敵(元気爆発、熱血最強でも可)、ジャークサタン!」回です。

2017年3月12日 各部誤字脱字等微細な修正
2017年3月19日 話数追加
2017年8月6日 ルビの誤記修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 秘密のロボットに大変身!

設定上ライジンオー以上のスペックを持つジャークサタンは、正義側で戦うとゴッドライジンオーの横に並んで戦えるくらい強いです。


 エンジン王が分析した通り、ジャークサタンには邪悪獣と融合しスーパー邪悪獣となる超次元融合能力が備わっている。しかし、それはあくまで邪悪獣を対象にしたものであり、一誠のような人間との融合を想定したものではない。その問題を、エンジン王はゴクアークの魔力を利用することで解消した。かつて一誠同様にゴクアークの魔力を宿したヤミノリウスⅢ世が地球の物質に魔法をかけて超魔界獣に変化させたように、ジャークサタンと一誠の両者をゴクアークの魔力によって一時的に同じ性質を持つ存在へと変質させたのだ。それにより、エンジン王はジャークサタンの融合能力を変則的に使用し、ギルターボと機械化獣を合体機械化獣にしていた要領で一誠と結合させたのである。

 

 つまり、現在の一誠は亜種のスーパー邪悪獣に該当し、間に合わせの超魔界獣と呼べ、暫定的な合体機械化獣に相当することになる。

 

 その当の一誠は、今の自分の力に驚いていた。信じられない程の力が全身にみなぎり、血液が沸騰しそうな程に昂っている。更に、結合という一種の一体化を果たしたことにより、ジャークサタンのコンピュータに登録されている機体情報が一誠の脳内に流れ込んできた。一誠には細かなスペックの意味は理解しきれないものの、それが並外れた強さであることは理解できる。同時に一誠の、というよりも人間のひ弱な肉体と結合した状態では、到底この機体の真価は発揮できないということもだ。

 

 しかし、そうだとしても問題はない。エンジン王の言葉は正しかった。この程度の連中ならば、ジャークサタンの敵には決してなり得ない。それは即ち、このロボット本来のパワーの1%でも発揮できれば十分に勝機があるということだ。そして1%の出力ならば、今の満身創痍な一誠にも3分程度は出すことができる。

 

「ちぃっ、本当に覚醒するとは……おい! 早く始末しろ!」

 

「は、はっ!」

 

 地蔵が持つような杖の男が先程まで一誠を痛めつけていた男に命令し、男は刀を一誠に向けてきた。しかし、最早そんなものにはなんの脅威も覚えない。自分でも不思議な程に落ち着きながら、敵の動きに合わせ構えを取る。

 

「イッセー君、逃げてっ!」

 

 あの女の子が、青ざめた表情で一誠に叫んだ。その顔は幾筋もの涙の痕で濡れ、目許は赤く腫れ上がっている。あの可憐な少女がそこまで泣く程に苦しめられたということで再び怒りが湧くが、今はそれを抑えて少女に笑みを返した。

 

「大丈夫、もう心配ないからな!」

 

 一誠の言葉に、少女は呆気に取られたような顔を見せる。彼女はそんな表情でさえも可愛い、と不謹慎にも思いながら、一誠は再び自分に刀を向ける男を見据える。

 

 つい先程までは手も足も出ず、一方的に痛めつけられていた相手。しかし、今は微塵も負ける気がしない。

 

「こんな奴ら、今すぐやっつけてやるから!」

 

「このっ、クソガキが!」

 

 一誠の言葉に憤慨した男が、刀を振り下ろしてきた。瞬間、女の子の悲鳴が響き渡るが、一誠には相手の動作が酷く緩慢に感じられた。ジャークサタンとの結合により動体視力のような感覚器官が強化され、更に人間の脳よりも遥かに速い情報処理速度を持つコンピュータをもう1つの脳として使えるようになったために、1秒間における体感時間が通常時よりも大幅に延長されたのである。そのため、一誠は臆することなく冷静に相手の攻撃を見て取ることができた。そして、一誠の視界が認識した情報を読み取り、ジャークサタンのコンピュータとエンジン王の頭脳が瞬時にその攻撃の情報を分析する。

 

――太刀筋の平均速度の測定値は122.35メートル毎秒。相手の体重を78kg及び武器の重さを1.5kgと仮定し、武器に上乗せされる相手の体重が5分の4程度である場合の運動エネルギーを約47万8276.24J(ジュール)と推定。一方で刀身に未確認のエネルギーを感知。その効果により通常の運動力学以上の威力を持つと推測。正体不明ながらエネルギーの測定量から破壊力の推定上昇値を算出

 

 現在の地球のあらゆるスーパーコンピュータが遠く及ばない演算処理能力を持つ両者は刹那の間もおかずに分析結果を出し、そのまま一誠の脳へと送ってきた。結合前の自分であれば、何もわからないまま斬られていたのだろうなと思いつつ、すぐさまその情報を基に対処へ移る。

 

――この攻撃に対する、最適解は……

 

 戦闘において一誠は全くの素人だが、得られた情報からコンピュータが対応手段さえも算出してくれた。ならば、一誠がするべきことはそれを実行することのみ。

 

――右の拳による迎撃、要するに

 

「ぶん殴ればいいってことだな!」

 

 叫びと共に、一誠は槍になっている右腕を相手の刀の刀身に叩きつけた。瞬間、男の振るった刀は木っ端微塵に打ち砕かれ、その破片がきらきらと輝きながら虚空に舞い散る。

 

「なっ!?」

 

 男が驚愕の声を上げるが、一誠とエンジン王からすれば当然の結果だった。

 

 一誠もエンジン王も知らないことではあるが、ジャークサタンは防衛隊――こちらはエンジン王も交戦経験があるのだが――の戦車やロケット砲による攻撃がまるで通じない邪悪獣に対してパンチやキックといった単純な打撃でも有効打を与えられる力を持つライジンオーを、更に上回る性能を有する。つまり、単純計算でジャークサタンは格闘戦だけでも戦車砲やロケット弾の破壊力を遥かに超えるパワーを出せるということだ。残念ながら脆弱な一誠の肉体と結合している以上そこまでの力は出せないものの、それでもそれらの兵器を比較対象にできる程度の威力は十分にある。純粋な真正面からのぶつかり合いで、剣戟が砲撃に敵う道理はない。

 

「よくもさんざんやってくれたな」

 

 得物を失って忘我する男に、一誠は低い声で言い放つ。

 

「百倍にして返してやるぜ!」

 

 言うが早いか、一誠の回し蹴りが男の脇腹に直撃した。骨が砕けたような音とともに男の身体は軽々と吹き飛び、横手の森の木に突っ込む。すると、青々とした立ち木はマッチ棒のようにあっさりとへし折れ、男の方は泡を吹きながら白目を剥いていた。サイズが小さくなっている分だけ重量が減少し、それに比例して破壊力も落ちているとはいえ、軍用兵器級のパワーの1%を直撃されればさもありなん、である。

 

「か、返しすぎたかな……?」

 

 百倍どころではなさそうな気がするその結果に、まさか死んでいないだろうかと一誠は口許を引きつらせた。一方、仲間をやられた男たちはそれどころではない。圧倒的な強さを発揮しだした一誠に警戒の眼差しを向けてくると、棍棒を持った男が2人、同時に向かってきた。2人掛かりの攻撃で一誠を抑えようと考えたのだろう、片や腹部への突き、片や脳天への振り下ろしが、ほとんど時差なく繰り出される。それに対し、一誠は振り下ろしには左腕を盾にし、突きには防ぐことさえしないまま待ち構えた。次の瞬間、先程の刀と同じく正体不明のエネルギーで覆われた棍棒が鳩尾(みぞおち)と構えた腕に叩きつけられる。

 

 一撃を受けた左腕と腹から振動が伝わってくるが、それだけだった。いかに超常の力で威力を底上げしていようとも、同じく超常の存在である5次元世界ジャーク帝国の技術で作られた装甲は自動車を粉砕するのが精々の破壊力などものともしない。

 

 被害らしい被害もなく敵の攻撃を受け止めた一誠は、右腕を振るって男たちを殴りつけた。今度は先程よりも手加減はしたものの、人間2人をノックアウトするには十分すぎたらしい。やはり簡単に2人を弾き飛ばし、家の壁に激突した男たちはそのまま崩れ落ちる。

 

 その様子を見ていた男たちに、今度こそ動揺が走った。最早男たちに一誠が人間の子どもだという認識はないのだろう、中には怪物を見るような目で見てくる者さえいる。

 

 その一誠の方は僅か1%の出力でさえパワーを持て余しているために少々困惑気味なのだが、同時に自信もつけていた。大の男を、それも武器を持った男を容易く3人倒したことで、結合時に感じた確信は間違いなかったと確認できたからだ。今ならあの少女を守れる力が確かにある、それならば恐れるものは何もない。あとは残りの男たちを倒すだけだ。

 

「さあ! 次はどいつだ!」

 

 

 

 不敵に言い放つ一誠の姿を、朱乃は呆然としながら見ていた。水晶のような鎧で武装したかと思えば、凄まじい力を発揮してすでに3人もの刺客を打ち倒している。先程までは一方的にやられていた無力な少年が、逆に男たちを圧倒しているのだ。その様子に、朱乃は瞠目するよりなかった。あまりに唐突な逆転劇は現実感に欠け、理解が追い付かないのである。

 

 そして、呆然としているということは、自分に迫る危機に向ける注意さえ失っているということだった。

 

「ちぃっ、強力だろうと予想はしたが、まさかこれ程の力を秘めていたとは……こうなれば!」

 

 錫杖の男の叫びに、はっとする。見れば、錫杖の先端が再び朱乃に向けられていた。その上、そこに籠められている異能の力は、明らかに放出寸前の輝きを放っている。

 

「忌み子よ、覚悟!」

 

 元々無関係である一誠と戦う危険を冒す必要はないと判断したのだろう、本来の目的である朱乃を始末することを優先したのだ。ただでさえ一誠の急激なパワーアップに戸惑っているところへ再び命の危険に瀕し、朱乃はパニックを起こす。

 

「いやああぁぁっ!」

 

 混乱と恐怖のあまり、思わず悲鳴が喉から迸った。錫杖の男はそれに構わず、冷酷な瞳で武器を構える。

 

「死ねっ!」

 

「させるかあっ! “ジャークナックルピック”!」

 

 男が朱乃の胸を貫こうとしたその瞬間、一誠の叫びが轟いた。それに錫杖の男と、そして朱乃が目を向けると、一誠の肘から先を鎧っていた角錐型の槍が向かってきていた。一誠の右上腕とワイヤーで繋がれた槍が、男に向けて矢のように飛んでくる。

 

「おのれっ!」

 

 短く毒づくと、男は朱乃を殺すはずだった異能の力を防御に回した。一誠の放った槍を、錫杖を振るうことで迎撃する。

 

「うおりゃああぁぁっ!」

 

 その間にも、一誠は行動を起こしていた。槍を防いだ男の隙をつき、自ら飛び蹴りを仕掛けてきたのである。翼があるわけでもないのに飛行しているとしか思えない飛距離の飛び蹴りに、男は後ろへ跳躍することで逃れた。一誠はそれを追おうとはせず、朱乃を庇うように前に立つ。

 

「大丈夫か!?」

 

 ワイヤーを巻き戻して槍を右腕に装着し直しながら、一誠が首を巡らして問い掛けてきた。それに対し朱乃は目まぐるしく変わる状況に声も出せず、ただ頷くことでしか返答できない。

 

 しかし、一誠にはそれで十分伝わったようだ。安堵したような息を吐くと、一誠は優しい笑みを浮かべて声を掛けてくる。

 

「さっきも言ったけど、もう大丈夫だからな」

 

 温かく、それでいて自信に満ちた力強い声。それを聞くだけで、朱乃は心が落ち着いていくのを感じた。同時に、何故か頬が段々と熱くなってくる。

 

「もう絶対に、こいつらに君を傷つけさせたりしない!」

 

 そして、堂々とした態度で、一誠は高らかに宣言した。その姿は、どんな暴力にも屈せずに大切なものを護り通す盾を思わせる。

 

――かっこいい……

 

 そう言う一誠の横顔が、朱乃には眩しかった。先程までの暴行により、青痣(あおあざ)だらけで鼻血に濡れたぼろぼろの横顔。しかし、朱乃はその傷だらけの笑顔に見入っていた。朱乃を守るために傷つき、そして朱乃の窮地を救うために不思議な強さを発揮するその姿に、感じたことのない疼きを胸に覚える。

 

『お婿さんは、父様みたいに強くて優しい人がいいな』

 

 不思議に高鳴る鼓動に戸惑う中で、何故か以前母に話した言葉が思い出された。

 

 

 

 エンジン王の予想通り、あの男たちはジャークサタンと結合した一誠の相手にならなかった。少女と縛られた女性を背に庇いながら、一誠はそのまま男たちを圧倒し続ける。刀を振るってくる男は刀を砕いて地に叩き伏せ、槍で突いてくる男は槍を圧し折ってから顎を蹴り上げるといった具合に、次々と敵を打ち負かしていった。瞬く間に大した広さのない庭は気絶した人間で溢れ、9人いた男たちは最早錫杖を持つ男のみとなる。

 

「さあて、残りはおっさんだけだな!」

 

 勝利を目前とした一誠が、右腕を突き付けながら錫杖の男に言い放った。その一誠の様子に対し、エンジン王は警戒を覚える。今の一誠のパワーはあの男より遥かに上だ。それは間違いない。しかし、その事実が一誠を増長させているように思えた。

 

 それまでの自分を遥かに超えた力を突然得たことで、舞い上がっているのだろう。これまでの男たちを軽々とねじ伏せられたことと相俟(あいま)って、今の一誠は明らかに警戒心を欠いていた。それをエンジン王が危惧していると、一誠の目を通じる視界の中で男の表情が微かに笑みを浮かべているのが見える。

 

<イッセー!>

 

「油断したな、小僧! (おん)!」

 

 エンジン王が一誠に警告するより早く、男が短く何事かを叫んだ。すると、倒れた男たちの影から細長い何かが一誠へと飛び込んでくる。それは、縄だ。倒れた女性を縛るのと同じような縄が、一誠の身体を縛り付ける。

 

「な、なんだこれ!? 動けないっ!」

 

「ふん、力を得ても所詮は戦いを知らんガキか。少し搦手(からめて)を使えばこの様とは」

 

 困惑する一誠に、男は侮蔑するように言った。一誠は必死に縄を引き千切ろうともがくが、千切れるどころか解ける気配さえ見せない。それはエンジン王にも不可解な現象だった。この縄もこれまでの男たちの武器と同様に、正体不明のエネルギーが確認できる。そのため通常よりも強度を増しているのだろうことは考えられるが、今までの武器よりも格段に強いエネルギーを帯びているわけではない。ジャークサタンのパワーならば十分に破壊できるはずだ。しかし、現実にこの縄は引き千切られることなく、一誠の動きを封じている。

 

 より深く分析してみることで、エンジン王はその奇妙な状態の原因を知った。どうやらこのエネルギーは、一誠に宿る同じく謎の、それでいて縄に籠められたものとは別種であるエネルギーの働きを抑制する効果を働かせているらしい。そのために、このエネルギーを用いて一誠と結合させているジャークサタンの力が、正常に発揮できていないのだ。

 

「調子に乗りおって、この小僧!」

 

「ぃてっ!」

 

 動けない一誠の横顔を、男が錫杖で殴りつける。それに一誠が短く声を漏らすと、背後の少女が悲鳴を上げた。

 

「イッセー君!」

 

「あ! ごめん今の嘘、痛くない!」

 

 少女の声に、慌てて一誠は安心させるように言う。実際、反射で言っただけで一誠にダメージらしいダメージはなかっただろう。一見は露出しているように見えても、一誠の頭部もまたジャークサタンと一体化している。外見上は素肌に見える部分でも、ジャークサタンの装甲並みの防御力を持っているのだ。しかし、少女は強がりと思ったのか再び泣き出しそうな顔になり、一誠を更に慌てさせた。

 

「な、泣かないで! ホント、ホント大丈夫だから!」

 

「ふん、縛られておいてまだ忌み子を気にする余裕があるか」

 

 焦る一誠に、男がつまらなそうな声で言う。それに、一誠が低くなった声で聞き返した。

 

「忌み子?」

 

「そうだ。教えてやろうか? その娘が何者なのかを」

 

 この少女が何者か。それはエンジン王としても知っておきたい情報だ。何しろ、成り行きでこの少女を守る立場になったがエンジン王も一誠も全く状況を把握していないのである。一誠も何故この少女たちが襲われているのか知りたいのだろう、言葉を挟まずに男の言葉を待った。

 

「その娘は、人間ではない。異形の血を引くおぞましい存在だ」

 

 人間ではない。予想外の言葉に驚いた一誠が、弾かれたように少女の方へ目を向ける。すると、少女は怯えたように顔を背けた。それは、男の言葉の正しさを裏付ける行動だ。試しに少女の肉体を簡易的ながら解析してみると、生物学的に人間とは異なる情報が確かに検出された。信じがたいが、本当にあの少女は純粋な人間とは異なるらしい。

 

「穢れた異形の者の血を引く忌み子、我が一族の汚点だ」

 

 言葉をなくしている一誠に、男は言葉を続けた。その間にも、例の正体不明のエネルギーを錫杖に集中させている。

 

「穢れた血……汚点……だから殺すってのか?」

 

「そうだ。穢れた血を持つ存在に生まれた以上は、正しき血を持つ一族の者が始末する。その娘も、穢れた身で生きるよりは、正しき者の手で存在を終わらせられる方が慈悲というものよ」

 

 男の言葉の後に一誠が再度少女の方へと目をやれば、少女は微かに震えながら一誠を見返してきた。恐らく、少女自身に男が言う“穢れた忌み子”という自覚があるのだろう。その是非はともかくとして、一誠に己が忌み子であることを知られ、少女は恐れているようだった。自分が人間ではないことを知った一誠は、自分を拒絶するのではないか、と。

 

――それは、私も興味があるな

 

 人間の心は移ろい易い。それは人間社会を見ていく中で学んだことだ。僅かな疑念でも、その小さな芽から心変わりへ繋がり、掌を返したように態度を変える。そういった事態は決して珍しいものではない。何しろ、エンジン王も一誠も、この少女が持つ事情を全く知らないのだ。

 

 もしこの少女の側に問題があるのであれば、正当性が男たちの側にあるのであれば、一誠は自分の言葉を取り下げるかもしれない。生物学レベルで人間とは異なるこの少女を、嫌悪の目で見るかもしれない。

 

 果たして、これまで周囲に迫害されるまま流されてきた一誠は、どういう選択を採るのだろうか。

 

――もっとも、恐らくザウラーズなら、人間でなくとも助けようとしたでしょうがね

 

 人間ではないどころか、敵である機械人の自分のことさえ助けようとしたあの少年たちならば、きっとこの少女を見捨てはしなかっただろう。そう思考の片隅で考えながら、一誠の言葉を待った。

 

「ふざけんな……」

 

 低い声で、一誠が呟く。エンジン王が解析すると、心拍数が上がり、脳内にノルアドレナリンが分泌されて興奮状態に、怒りと呼ばれるものに精神状態が移行していることが解った。

 

「ふざけんなよ、おっさん!」

 

 叫びと共に、また奇妙な図形が一誠の足元で輝く。それと共に、一誠に宿るエネルギーが凄まじい勢いで荒れ狂った。

 

「な、魔封じの術式で縛られてこの魔力だと! なんなのだこれは、魔王並みの魔力だとでもいうのか!?」

 

 男が意味不明なことを言う間にもエネルギーは激しさを増し、それを感知するセンサーがノイズに満ちる。

 

<|         《フハハ、魔王並み? 今頃ワシの強さを理解したか》>

 

――……?

 

 そのノイズに雑じり、音声のようなものを感知できた気がしたが、エンジン王はそれを捨て置いて一誠の言葉に耳を傾けた。

 

「この子は、自分が死ねば誰も傷つかなくて済むなんて言ってたんだぞ? 自分のことよりも、他の人のために死のうとしてたんだぞ?」

 

 怒りに声を震わせながら、一誠は右腕を動かそうとする。先程はびくともしなかった緊縛は、それだけで嫌な音を立てて(きし)んだ。

 

「そんな優しい女の子が、穢れてる? ふざけんじゃねええぇぇっ!」

 

 怒りの咆哮が轟く。そして僅かに動いた右腕に目をやり、一誠が再び叫んだ。

 

「“ジャークサーベル”!」

 

 瞬間、右腕の装甲の先端から水晶を長く平たくしたような刃がつき出される。その刃で、一誠は己を縛る縄を切り裂いた。

 

 その姿を、そして一誠の叫びを、エンジン王は好ましく思う。

 

――やはり、ザウラーズと同じように、できもしないことに命を懸けられるこの少年が、奴らと同じようにできないはずはない、か

 

 いつもそうだ。人間は合理的でなくとも、守りたいと思ったもののために怒り、そして理屈以上の力を出すことができる。かつて中島を傷つけられたザウラーズが、最強の合体機械化獣ビーストカイザーを討ち破った時のように。

 

 一方で、一誠が自由の身になったことで錫杖の男は焦りを露にした。

 

「私の呪縛を!? くっ、何故だ!? 何故人間でもないと解っておいてその娘を救おうとする!?」

 

「うるせえっ!」

 

 苛立ちに怯えの混じった声で叫ぶ男に、一誠は剣の切っ先を向けながら叫び返した。

 

「人間じゃないとか、異形の血とか、そんなのは俺にはよく解らねえ。だけどな! この子が可愛くて優しい、最高の女の子だってことは解る!」

 

 その叫びの間、ジャークサタンの胸が輝き始めた。一誠が胸部のクリスタルにエネルギーを蓄積させているのだ。

 

「そんな最高の女の子を護りたいって思いは……」

 

 一誠のやりたいことを理解したエンジン王はその補助に回った。余分な被害を出さないように適当なエネルギー量を調整し、反動に対する防御態勢を整えさせる。

 

「いつだって、絶対無敵なんだっ!」

 

 そして、一誠はその怒りを形に変える言葉を言い放った。

 

「“ジャーククリスタルビーム”!」

 

 刹那、凄まじい閃光が一誠の、ジャークサタンの胸から迸る。青白い稲妻状の破壊光線が解き放たれ、錫杖の男へ襲い掛かった。対して、男は咄嗟に錫杖に籠められた力を防御に回してそれに抗う。

 

「ぐっ、ぬうううう!」

 

 必死の形相で防ぐ男だが、この光線の威力はジャークナックルピックの比ではない。ほんの一瞬の拮抗の後、あっさりと男の防御は打ち砕かれた。

 

「ぐぎゃああぁぁっ!」

 

 悲鳴を上げながら吹き飛ばされ、男は背中から立ち木に叩きつけられる。強かに背を打ち付けられた男はそのまま気を失い、他の男たちと同様に地に伏した。それで、この場に立つ男は、一誠のみとなった。

 

 

 

「ぐえぇ、最低出力だっていうのにすげえ威力……胸が潰れるかと思ったぜ」

 

 某08小隊長のようなことを言いながら、一誠は痛む胸を抑える。ジャークサタンの武装は強力だが、一体化している一誠の肉体では到底本来のパワーに耐えられない。男を殺さない程度に相当威力を絞ったというのに、ジャーククリスタルビームの反動だけで肋骨が軋んでしまった。もう少し威力を上げていたら、冗談でなく肺が潰れていたかもしれない。

 

<わざわざ不必要に高威力の武器を使うからですよ。剣と拳だけで十分勝てたでしょうに>

 

「う……でもあいつ本気でむかついたし……下手に近づいたらまた縛られたりしたかもしれないし……」

 

<それも自業自得です。調子に乗って油断しなければ、そもそも縛られることもなかったではないですか>

 

「はい、すいません……」

 

 エンジン王の指摘に、一誠はぐうの音も出なかった。確かに、一誠はあの時油断しきっていたからだ。今まで自分を痛めつけていた相手を軽々と倒せることに、気が大きくなっていた。そのことに、自分が負けるはずないと慢心してしまった。もし負けてしまえば、あの女の子が再び危機にさらされるにも係わらず。そして、その力はあくまで自分のものではなくジャークサタンのものであるにも係わらず、だ。

 

「情けないなあ、俺。強いのは俺じゃなくて、ジャークサタンなのに」

 

<そうですね。お前自身はただの弱者にすぎません>

 

 エンジン王の言葉が音を立てて胸に突き刺さった。自分で言ったことだというのに、他人から肯定されると更にダメージを受けるのは何故だろう。

 

<ですが、後ろを見なさい>

 

 一人沈みそうになる中で、エンジン王が言う。それに従い振り向いてみると、女の子が不安そうな顔でこちらを見つめていた。

 

 もう彼女を傷つけようとする男たちは全員倒れている。それなのに、まだ女の子の瞳から恐怖は拭えていない。

 

 それが何故なのか、その理由を考えて、一誠はある可能性に思い至る。

 

――もしかして、俺が自分のことどう思ってるか気にしてる?

 

 一誠は男の言葉とエンジン王の分析により、女の子が人間ではないことを知った。そのことを彼女は気にしているのではないだろうか。

 

 恐らく、あの男や男の言う一族の人間たちは、何度もこの少女に穢れた存在だと言い続けてきたのだろう。それを、少女自身が認めてしまう程に。だからこそ、少女は一誠が自分をそう呼ぶことを恐れているのではないだろうか。自分を守ろうとした相手が自分を穢れた存在と呼んだらという恐怖が、少女の胸を苛んでいるのかもしれない。一誠自身は彼女が穢れているとは全く思っていないと声に出したが、怯えた少女の心にはそれだけではきっと足りないのだ。

 

「あのさ」

 

 一誠が口を開くと、少女がびくりと体を震わせて俯く。まるで自分がこれから言うことを恐れているかのように。

 

「さっき言ったこと、嘘じゃないから」

 

 それなら、一誠が今すべきことは、その不安を取り除くことだ。一誠がこの少女を怖がらせてしまっているのならば、一誠は彼女を安心させる義務がある。

 

 一誠の言葉におずおずと顔を上げる少女へ、できる限り優しい声でゆっくりと話していく。

 

「俺は、君のこと穢れてるだなんて、これっぽっちも思ってない。人間じゃないとかはよく解らないけれど、そんなの関係ないよ」

 

「だけど」

 

 そこまで言うと、少女の方も口を開いた。

 

「だけど、私は人間じゃないせいで、母様の家の人たちは迷惑してるのよ」

 

「なら、迷惑してる方がおかしいんだ!」

 

 少し瞳を潤ませた女の子に、一誠は言ってのける。

 

「事情は何にも知らないけどさ、それでも君は自分のこと虐めてる家の人たちのことを気にしてるじゃないか! 名前しか知らない俺のこと、助けてくれようとしてくれたじゃないか! そんな優しい子が、穢れてるわけない! そんな風に決めつけて、勝手に迷惑してる方が変なんだ!」

 

 腹が立った。こんなにも素敵な女の子を穢れていると決めつけている一族とやらが、そしてその素敵な少女自身さえもが自分のことを穢れていると思ってしまっていることが。それを許せず、一誠は感情のままに叫んだ。

 

 すると、少女の目から涙が零れる。涙は後から後から湧いてきて、少女は本格的に泣き出してしまった。

 

「うえぇっ!? ご、ごめん、なんか俺、いけないこと言った!?」

 

 瞬間、一誠は怒りを忘れて代わりに焦燥感に支配される。目の前で女の子を泣かせてしまうという事態は、一誠にとっては初体験であった。それ故に対処方法が全く思いつかず、これ以上ない程に慌てふためく。

 

 大パニックに陥る一誠だが、その少女の方は首を横に振ってみせた。

 

「ううん、違う、の……」

 

 口にされるのは、否定の言葉。それに続き、少女は嗚咽(おえつ)混じりの言葉を続ける。

 

「私が、穢れてるって、言われて、怒って、くれたの……父様と、母様、だけ、だったから……私が、穢れて、ないって……私、嬉し、くて……」

 

 溢れ出る涙を拭いながらそこまで言うと、少女は一誠に問い掛けてきた。

 

「私の、こと、おかしいって、穢れてるって、本当に思わない?」

 

「ああ、全然! むしろ、こんな可愛くて綺麗な女の子見たことないよ!」

 

「普通の女の子じゃ……人間じゃ、ないんだよ?」

 

「それ言ったら、俺だってこんなヘンテコな格好になったりできるんだぜ? 俺だって普通じゃないよ」

 

 冗談めかして言う一誠に、少女は勢いよく頭を振った。

 

「そんなこと、ない! ヘンテコ、なんかじゃ、ない! イッセー君、すごく、かっこよかった!」

 

「あ、ありがとう」

 

 言われ、一誠は顔が熱くなる。女の子、それも絶世の美少女から格好いいと言われ、凄まじい面映ゆさが胸に満ちた。

 

 照れ臭がる一誠を他所に、少女はまた首を横に振る。

 

「それは、私の、ほうこそ」

 

 そして、少女は初めて見せる表情で言った。

 

「ありがとう、イッセー君」

 

 満面の笑顔で、礼の言葉を。

 

 正しく、花が咲いたようだった。否、例え桜が満開になったとしても、他のどんな花が開いたとしても、この美しさに敵うとは思えない。見ているだけで鼓動が高鳴る程に美しく、可憐な笑み。それを見ただけで、自分の戦いが報われた気がした。

 

<たとえ勝利を掴み取ったのがジャークサタンの力でも、その少女を護るために戦ったのは間違いなくお前自身。そして、今その少女が笑顔を浮かべていられるのも、お前自身の力です。それだけは、覚えておいてもいいでしょう>

 

 少女の笑顔に見惚れる中で、エンジン王がそう告げてくる。自分だけの力でなくとも、一誠は彼女を護り、そして笑顔にさせることができた。

 

――俺でも、女の子の力になれるんだな

 

 ジャークサタンの武装で鎧われた腕を見る。自分なんていなくなってしまえばいいとさえ思っていたのに、自分でもできることはあったのだ。

 

 そこでようやく実感が湧いてくる。自分は、勝ったのだということの。




というわけで、一誠はジャークサタンを完全に使いこなせていない感じです。強大な力を持っていても使う本人が弱点になるという点は原作と同じ感じですね。目覚めたのが早い分、原作開始時点で原作よりは強くなりますが。

2017年8月6日 「1秒間における体感時間が通常時よりも大幅に長く感じられるようになったのである。」の文を「1秒間における体感時間が通常時よりも大幅に延長されたのである。」に変更、「あまりに唐突な逆手劇は現実感に欠け、理解が追い付かないのである。」の「逆手劇」を「逆転劇」に修正、「本来無関係である一誠と戦う危険を冒す必要はないと判断したのだろう」の文を「元々無関係である一誠と戦う危険を冒す必要はないと判断したのだろう」に変更、「青痣」のルビを「あざ」から「あおあざ」に修正、他微細な修正

 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 名前、伝えそびれました!

前回から大分間を空けてしまって申し訳ないです。申し訳ないついでに、タイトルロゴを恨まないでやってください。


「大丈夫ですか?」

 

 ジャークサーベルで女性を縛る縄を切る。刃渡り1メートル近い刃で女性を傷つけずにロープ1本切るのはなかなか神経を使ったが、どうにか上手くいった。武装はロボット、最適な動作を計算するのはコンピュータでも、実際に動かしているのは一誠の肉体だ。そのため、精密機械らしい動作とはいかないのである。

 

「ええ、どうもありがとう」

 

 拘束を解かれた女性は身を起こすと、一誠に礼を言った。見たところ外傷はないようで、一誠は安堵の息を吐く。

 

「母様!」

 

 そこで、解放された母親の胸に少女が飛び込んでいった。

 

「あらあら」

 

 それに女性は一瞬驚いた顔をするも、すぐに柔らかく微笑んで少女の頭を撫でてあげる。微笑ましい光景、というよりも美人母娘の華のある光景に一誠が頬を緩ませていると、やがて女性は自身と少女についた土を払い落として立ち上がった。

 

「イッセー君、でいいのよね?」

 

「あ、はい」

 

「改めて、本当にありがとうイッセー君。君がいなかったら、大変なことになっていたわ」

 

 頭を下げて礼を言う女性の姿に、一誠は少しきまり悪い気分になる。結局はどうにかできたものの、一誠は慢心により地蔵の杖を持った男に縛られて危機に陥ったのだ。それは、彼女たち2人まで危機に晒したことと同じである。

 

「でも俺、油断して負けそうになりましたし、2人のこと助けられたのは俺じゃなくてジャークサタンの、こいつの力です……」

 

 胸辺りの装甲を撫でながら、一誠は言う。エンジン王には勝利できた理由はジャークサタンでも実際に戦ったのは一誠自身であると言われたものの、やはり劣等感は拭いきれない。ジャークサタンとエンジン王の助力がなければ、一誠には何一つできたはずがないのだから。

 

 そうして1人沈んでいると、一誠の頭に柔らかい感触が乗る。見れば、女性が優しい表情で一誠の頭を撫でてくれていた。

 

「それは違うと思うわ」

 

 小学三年生にもなって大人に、それもとびきりの美女に頭を撫でられることに顔を熱くしていると、女性の声が耳に届く。

 

「確かにその鎧の力はすごかったけれど、貴方はついさっきまでその鎧を使うことができなかったのではなくて?」

 

 女性の問いに、一世は頷いた。使える使えない以前に、存在そのものが知りたてのほやほやだ。

 

「貴方は、その鎧を使えなくても、この()を護ろうとしてくれた。あんなに酷い暴力を受けてもね。それだけでも、私は貴方にお礼を言いたいわ」

 

 言って、女性は柔らかに微笑んで見せた。

 

「ありがとう。私の娘のために、一生懸命になってくれて」

 

 そして、再度の感謝の言葉が告げられる。少女の笑顔の面影を感じる、それでいて彼女のそれとはまた違う大人の微笑に、一誠は更に顔が熱くなった。母娘揃って、本当に美人だ。

 

「……」

 

 一誠が女性の笑顔に見惚れていると、何故か少女はむっとした表情になっている。

 

「ど、どうしたの?」

 

「なんでもない」

 

 突然機嫌の悪くなった少女に驚いて思わず尋ねるが、少女の方はなんともそっけない様子だった。女の子にこのような態度を取られた経験など皆無な一誠としては、どうすべきかがまるで判らずにうろたえるしかない。

 

「あらあら」

 

 そんな2人の様子から女性は楽しそうに眼を細め、何かを思いついた顔をする。

 

「そうだわ、イッセー君」

 

「あ、はい」

 

「よかったら、この()と友達になってくれないかしら?」

 

 女性の言葉で、むっつりとしていた少女はびっくりした風に母へと目を向けた後、恥じらうように俯いた。

 

――可愛い……

 

 その様子は一誠の琴線を大いに刺激し、思わず顔が微笑むのを通り越してにやけてしまいそうになる。

 

「あ、あのさ」

 

 顔を真面目に保つのにやたら神経を使いつつ、一誠は少女に声を掛けた。

 

「俺って、友達があんまりいなくてさ……特に女の子の友達なんて1人もいないんだ」

 

 唐突な一誠の言葉に、少女は不思議そうな顔をする。それになんとなく気後れしつつも、一誠は言葉を続けた。

 

「だから、俺と一緒にいたって、楽しいかどうか解らない」

 

 それは、多分伝えておかないといけないことだった。

 

 一誠は友達と呼べる相手が殆どいない。仲良くなったと思った子も、何故かいつの間にか離れていってしまう。そんなことが、何度も続いてきた。そんな中で変わらずに仲良くしてくれたのは、外国へ引っ越してしまったイリナだけだ。更に言うなら、イリナは男子であるために女子と仲良くなる上での参考にはならない。

 

 そのため、一誠は自信を持つことができなかった。他の子どもたちにとって、自分は遊んでいても面白い相手ではないのではないかと、そう思っていた。

 

 そうであるからこそ、一誠はあらかじめそのことを言わなければいけないと思っている。自分と友達になって、この女の子をがっかりさせるかもしれないから。

 

「けど、そんな俺でもいいなら」

 

 言いながら、右腕の装甲の結合を部分的に解除し――細かな制御担当は無論エンジン王である――、素の右手を少女へと差し出す。

 

「俺と、友達になってほしい……俺も、君と友達になりたいんだ」

 

 そこで一誠は言葉を終えるが、途端に不安が胸を噛みついてきた。自分なんかと、こんな素敵な女の子が友達になってくれるのかという怯えに、足が震えそうになる。

 

 本当ならば、あんな前置きはしなければよかったのだろう。わざわざ、自分から不安要素を増やす必要はないのだから。

 

 しかし、一誠はそうしたくなかった。友達になるのなら、自分がどういう奴なのかを知っていてもらいたかった。この優しい女の子を、騙すような真似はしたくなかったから。

 

 身体中を這いずり回る怯えに、腹に力を込めて耐えていると、(おもむろ)に少女が口を開く。

 

「私も、お友達はいないの」

 

 そう呟けば、母に抱き着いていた少女は一誠に歩み寄ってきた。

 

「だから、私の方こそ、一緒にいて楽しいかどうかなんて、解らないわ」

 

 紡がれる声は不安気に揺れている。それで、怖がっているのは自分だけではないと解った。

 

「それでも、イッセー君がいいのなら」

 

 そこで、少女が一誠の右手を両手で包み込むように握ってくる。その柔らかい感触に、一誠の心臓は一瞬飛び上がりそうになった。

 

「私と、お友達になりましょう。私も、イッセー君がお友達になってくれれば、凄く嬉しいから」

 

 はにかんだ笑顔でのお願い。その可憐な表情に、一誠はまたしてもどぎまぎとしてしまう。しかし、戸惑ったままでもいられない。こんな美少女にここまで言ってもらえた以上、一誠が返すべき言葉は一つだ。

 

「もちろん、喜んで!」

 

 そう叫んだ時、自分でも顔が綻んでいるのが解った。優しさと愛らしさを兼ね備えた、そんな素敵な女の子が友達になってくれる。そう思っただけで胸が高鳴って仕方がなかった。

 

 そこで、ふと気が付く。一誠は、まだ大事なことを知らないことに思い至ったのだ。

 

「あ、あのさ、それでなんだけど……」

 

「? なあに?」

 

「いやあ、今頃になって言うのはすごいあれだとは思うんだけどさ……」

 

「?」

 

 言い淀む一誠に、少女は可愛らしく首を傾げた。和む光景であるが、ほんわかともしていられない。ままよ、とばかりに、一誠は質問を切り出す。

 

「君の名前、教えてくれない、かな?」

 

 そう、一誠はまだ少女の名前を知らずにいた。何度か少女の母が言っていたような気はするが、その時の一誠は男たちに暴力の嵐を受けていた最中だったために聞き逃していたのである。

 

 友達になろうと言い合った直後の質問がこれというのは途轍もなく間抜けに思え、呆れられていないかと不安になった。

 

「……ぷっ」

 

 そして案の定、少女は小さく噴き出すと、そのままくすくすと笑い始める。

 

――ぐぁーっ、やっぱし呆れられちまったーっ!

 

 友達になって早々大失態を仕出かしてしまい、一誠は心の中で絶叫した。美少女からの印象がいきなり下がっただろう現実に、膝から崩れそうになる。

 

「ふふっ、ご、ごめんね、イッセー君、ふふふっ」

 

 つぼにはまってしまったのか、笑いが止まらない様子で少女は謝ってきた。可笑しそうに笑うその顔も可愛らしく眼福なのだが、一誠としては複雑である。

 

「そんな、強そうな、ふふっ、格好で、何を言うのかって、思ったら、ふふふっ、そんなことで、悩んでたなんて、うふふっ、なんだか、可笑しくって」

 

「あ」

 

 言われてみれば、ジャークサタンの武装を展開したままだった。こんないかにも戦士という姿であんなびくびくと質問をすれば、それは確かに可笑しかっただろう。考えてみると、もう敵は倒したのだから、握手の時に結合を完全に解除してよかったのだった。

 

「あ、あはははは……」

 

 自分の間抜け振りにいらない拍車を掛けていたことに気が付き、一誠は自己嫌悪を通り越して笑えてきてしまう。そのまま乾いた笑い声を漏らすが、曇りのない少女の笑顔を見ていると、段々どうでもよくなってきた。

 

――いらねー恥かいたけど、この子が楽しそうなんだし、まあいっか

 

 開き直ることに決めてみれば、段々一誠自身も自然と愉快な気持ちになってくる。そのまま何とはなしに2人で笑い合っていると、やがて落ち着いた少女は小さく咳払いをする。

 

「私は、朱乃。姫島朱乃っていうの」

 

「朱乃ちゃん、か。よろしくな、朱乃ちゃん!」

 

「うん!」

 

 眩い笑顔で返事をすれば、少女、朱乃は再び一誠の手を両手で握ってくる。

 

「イッセー君。私も、イッセー君に聞きたいことがあるの」

 

「ん、なに?」

 

「イッセー君の、苗字を教えて?」

 

 朱乃の問い掛けもまた、名を問うものだった。そう言われてみると、下の名は言っても苗字は言っていなかったかもしれない。

 

 少し安心した。相手の名前を気にしていたのは自分だけではなかったらしい。考えてみれば、友達になるのだから相手のことを知ろうとするのは不自然な話ではなかった。

 

――俺が考えすぎだっただけか……

 

 友達を作るのが久しぶりすぎて、神経質になりすぎていたようである。なんとなく気恥ずかしい気分になりながら、一誠は口を開く。

 

「ああ、俺は……」

 

 その時だった。

 

「っ、あ……れ……?」

 

 身体から、俄かに力が抜ける。膝が崩れ、視界が暗転していく。

 

<どうやら、限界が来たようですね>

 

 遠のいていく意識の中、エンジン王の声が響く。元々満身創痍だった上に、本来の仕様とは違う形で無理矢理ジャークサタンと結合したこと、そしてジャークサタンの強力なパワーを振るったことによる反動、更に地球の基準からみて超高性能のコンピュータから送られてくる情報を脳が受け止め続けたことによる知恵熱。それらが重なり、とうとう身体が音を上げたのだ。

 

――ちょ、せめて、苗字、を……

 

 どんどん沈んでいく意識の中で見えるのは、朱乃の驚き、焦った顔。彼女にフルネームを伝えなければという思いだけが逸る中、一誠は意識を失った。

 

【挿絵表示】

 

~CM~

 やあ! みんな元気か! 俺は日向(ひゅうが)(じん)! 陽昇小5年3組、地球防衛組のメインパイロットだ!

 今日はみんなにお知らせ。なんと、俺たち地球防衛組の新しい活躍が、矢立文庫の公式HPで読めちゃうんだぜ!

 よおし、行くぜ飛鳥(あすか)! 吼児(こうじ)! ライジンオー、出動だ!

 ってありゃ? どうしたんだよ、飛鳥?

 なにい? 自分は小学5年生じゃなくて、高校1年生ぃ? おまけに、ライジンオーも、俺のことも知らないだってぇ!?

 飛鳥、一体どうしちまったんだよぉ!?

 

 “絶対無敵ライジンオー 五次元帝国の逆襲”

 矢立文庫公式HPより、好評連載中!(2017年8月6日現在)

 

 WEB小説でも、出動OK!?

~CM OUT~

 

【挿絵表示】

 

「イッセー君!?」

 

 倒れこんだ一誠を見て、朱乃は悲鳴を上げる。

 

 倒れるのも無理はない。鎧を(まと)ってからは圧倒していたとはいえ、それまでは散々に痛めつけられていたのだ。むしろ、今まで立っていられただけ凄いと言える。

 

「イッセー君! しっかりして、イッセー君!」

 

 頭の冷静な部分がそう考えるが、感情の方は別だ。自分のために戦ってくれた男の子、初めてできた同年代の友達が傷つき、倒れ伏したことに、胸が張り裂けそうなほど傷む。

 

 涙目になりながら倒れた一誠を揺り起こそうとしていれば、母の手が肩を掴んできた。

 

「落ち着きなさい、朱乃!」

 

「母様、でもっ」

 

「イッセー君は大丈夫、息遣いをよく聞いてごらんなさい?」

 

 言われ、一誠の口許に耳を近づけてみる。すると、規則正しい寝息が聞こえてきた。そこに苦し気な気配はなく、朱乃は安堵の息を吐く。

 

 そこで、一誠の唇が自身の顔のすぐ傍にあることを改めて意識し、一誠の呼吸より自分の心臓の鼓動の方が大きく聞こえてきた。

 

「とりあえず、イッセー君を家の中に運んであげましょう。手当をしないと」

 

「はい。それに、もっとちゃんとお礼もしなきゃ!」

 

 一誠にはどれだけ感謝しても足りない程の恩がある。介抱した程度でそれを返せるとは思っていないが、少しでもその気持ちを形にしたかった。

 

 握り拳を作って気合を入れる朱乃の姿に柔らかな目を向けながら、朱璃が一誠を抱き上げようとする。

 

<そういうわけにはいきませんね>

 

 そこで、聞き覚えのない声が一誠の方から発せられた。朱乃がそれに驚くより早く、一誠の身体が浮かび上がる。

 

<成り行きでお前たちに助力する形になりましたが、私はイッセー程お前たちを信用してはいません>

 

 一誠のものとは全く違う、機械的な音声。それは、どうやら一誠が右目につけているメーター型の片眼鏡(モノクル)から発せられているらしい。言葉が発せられるごとに、レンズが赤い光を明滅させている。

 

「貴方は、何方(どなた)かしら?」

 

<そうですね……イッセーの居候(いそうろう)といいますか、まあ協力者ですよ>

 

 警戒した様子で母が問うと、機械的な声は無感動な調子で答えた。

 

<私のことなどよりも、問題はお前たちです。事情の仔細は知りませんが、非の有無はさておきお前たちは身命を狙われる危険な立場にあるようだ。ならば、私としてはイッセーの身をお前たちに委ねるわけにはいきませんね>

 

 そこまで言うと、一誠の羽織っている龍のマントがひとりでに翻る。すると、マントは一誠の全身を包み隠し、実体を感じさせない黒い球体へ変じた。

 

<イッセーには悪いですが、我々はこれで退散するとしましょう>

 

 その言葉を最後に、黒い球体は凄まじい速度で上昇し、朱乃の視界から消える。慌てて顔を天へと向けるが、そこにはもうあの球体は影も形もなかった。

 

「イッセー君!」

 

 叫ぶ呼び掛けに、(いら)えはない。手を伸ばしても、届くことはない。その事実が、酷く悲しかった。

 

――まだ、イッセー君の名前も、全部は聞いていなかったのに……

 

 初めてできた友達なのだ。もっと多くの話がしたかった。名前以外にも多くのことを知りたかったし、朱乃も自分のことを知ってほしかった。他にも、一緒に遊んだり、食事してみたりしたいとも思っていたのに、できなくなってしまったのだ。

 

 言い知れない喪失感が胸に満ちる。寂しさが目に沁み、視界が滲んできた。涙目になっていると、母が優しく抱き寄せてくれる。

 

「大丈夫よ、朱乃」

 

 優しく、諭すような声。それが悲しみに沈んだ心によく染み渡った。

 

「イッセー君とは、きっとまた会えるわ」

 

「え?」

 

「イッセー君の力は見たでしょう? あんな凄い力を持っているのですもの。きっと、また朱乃に会いに来てくれるわ」

 

 最初に現れた時みたいにね、と付け加え、母は悪戯っぽく笑う。朱乃はそれを聞き、希望が湧いてきた。

 

「うん! イッセー君はお友達になってくれるって、私とお友達になりたいって言ってくれたもの。きっと、また会いに来てくれる!」

 

 朱乃は不安を振り切るように言葉を発する。自分が人間でないと知っても素敵な女の子だと言ってくれた一誠と、自分のことを大事な娘だと言い一族に逆らってまで守ろうとしてくれた母。その2人の言葉なら、素直に信じることができた。

 

 気を取り直した朱乃の頭を母が撫でてくれる。その感触をしばらく堪能していると、やがて母の笑顔の質が変わった。

 

「さて、それじゃあ」

 

 言いながら、母は周囲に倒れた刺客たちを見回す。

 

「この人たちが、目を覚ましたら大変でしょうし、とりあえず縛って大人しくいていてもらいましょうか♪」

 

 その母の声からは、何処かうっとりしているようなものが感じられた。

 

 それから、宣言通りに母は刺客たちをロープで拘束していき、朱乃もそれを手伝う。何故かは解らないが、我が家には人を縛るのにちょうどいいロープがたくさんあったのだ。しかも、どういうわけかどれも使い込まれた形跡がある。

 

 そのことに首を傾げつつも、朱乃は母から教わった通り“亀甲縛り”という縛り方で刺客たちを緊縛していった。そうしていると不思議と胸が高鳴っていき、痛みがありそうなほどに強く縛った瞬間聞こえてくる微かなうめきが、しびれにも似た興奮をもたらす。

 

――なんだか癖になりそう

 

 少々恍惚としながらも作業を続けていき、9人の刺客は全員拘束し終えた。母がロープのゆるみがないかどうかをチェックしていると、頭上に圧倒的な存在感を覚える。途轍もなく力強く、それでいて何処か優しく、何よりも朱乃にとっては親しみ深い存在感。

 

 朱乃は歓喜を以って顔を頭上へと向ける。そこには、予想通りの人物がいた。

 

 朱乃の髪のような、黒い大きな翼。服の上からでも解る、鍛え込まれた身体。顎髭(あごひげ)を蓄えた、厳格な顔つき。しかし、今その顔は焦りか不安のようなもので彩られている。

 

 自身の父親にして堕天使の幹部の1人、バラキエルの姿がそこにあった。

 

「朱璃! 朱乃! 2人とも無事か⁉ 怪我はないか⁉」

 

 地上に降り立つのが早いか、常になく心配の籠った声で父が聞いてくる。額に大量の汗を浮かべながら、食い入るように自分と母に異常がないかと見定めてきた。

 

 母はそんな父の様子に苦笑しながら、頷く。

 

「ええ。この通り、私も朱乃も無事ですよ」

 

「うん。どこも怪我してないわ、父様」

 

 自分たちの言葉に、父は深い溜息を吐いた。どれほど気を張り詰めていたのか、息と一緒に力まで抜けたようにそのまま膝を着きそうになる。

 

 そうかと思えば、急に朱乃と母は父に抱き寄せられた。その抱擁は覚えのある限りで最も力強く、痛い程だ。

 

「と、父様?」

 

「よかった……」

 

 苦しさよりも困惑を強く感じながら朱乃が呼び掛けると、父の呟きが耳に届く。その声音に、朱乃は驚いた。

 

――父様、泣いてる……?

 

「よかった……本当に、よかった……! お前たちにもしものことがあれば、私はっ……」

 

 父の顔を見上げれば、その瞳から止め処なく涙が溢れていた。頬を伝う涙が零れ落ち、朱乃の顔を濡らした。

 

 こんなに弱々しい父の姿は、初めてだった。朱乃にとって、父はいつでも大きく、頼りになる存在だったからだ。父が、ひたすら泣き続ける場面なんて、想像したこともなかった。

 

 その姿に触発されたのか、朱乃の心の底で(くすぶ)っていた感情が、火の手を上げ始めた。一度勢いがついたそれは瞬く間に膨れ上がり、一気に爆発する。

 

「父様の莫迦っ! 私たちと一緒にいてくれればよかったのにっ! お仕事が忙しいからって、全然家にいなくてっ!」

 

 衝動のまま、父の胸を叩き、言葉をぶつけた。これは、朱乃が心の中でずっと抱えていた不満だ。

 

 堕天使の中枢組織、“神の子を見張る者(グリゴリ)”の幹部である父の仕事は多い。そのため、数日家に帰らないことは珍しくない。朱乃は、それを内心で快く思っていなかった。仕事が忙しいにしても、せめて夜には帰ってきて「ただいま」を言ってほしいと思っていた。しかし、父を困らせたくないがために、黙っていたのだ。

 

 しかし、父の留守中に今回のようなことが起き、とうとうそれを我慢できなくなってしまった。

 

「私、すごく怖かったんだから! 私だけじゃなくて、母様まで殺されちゃうって思って、私、わたし……」

 

 いつの間にか自身も涙を流しながら、父を叩き続ける。朱乃の拳なんて父にとっては蚊が刺した程にも感じないだろうに、叩く程に父は悲痛そうに顔を歪めた。

 

「すまなかった……」

 

 詫びの言葉と共に、また少し強く抱き締められる。痛みも増すが、それ以上に感じるのは自分を手放したくないという父の思いだ。

 

「これからは、私たちと一緒にいて! もう、私たちを放っておかないでっ!」

 

「ああ、約束する。これからは、できる限りお前たちの傍を離れない。もう、絶対にこんな目に遭わせはしないっ」

 

 その父の言葉が嬉しく、また朱乃は泣けてきてしまう。気付けば、母も泣いているようで、そのまま家族3人泣きながらしばらく抱き合っていた。

 

「それにしても、この人数を相手によく無事だったな」

 

 少しの後、落ち着いた父は拘束された刺客たちを見て言う。

 

「見たところそこの男は手練れの術者のようだが、朱璃が倒したのか?」

 

 刺客たちを指揮していた錫杖の男を指しながら、父は母に訊いた。父の目には、気絶していても技量の程度が解るらしい。父の問いに、母は首を横に振る。

 

「いいえ、私ではありませんよ」

 

「なに? では、まさか朱乃が?」

 

 朱乃にそれだけの力があるのか、とばかりに怪訝な顔を父はする。もちろん、朱乃にそんな力はない。悪戯な気分になりながら、朱乃は答えた。

 

「私でもないわ、父様」

 

「? では、一体誰が?」

 

 朱乃はくすりと笑い、父に教える。

 

「イッセー君が、助けてくれたの」

 

「イッセー君?」

 

 聞き返す父に、朱乃は頷いた。

 

「私の、初めてのお友達」

 

 はにかみながら、朱乃は答える。友達ができたこと、それを父に教えることができたことに、ささやかな幸せを感じながら。

 

 

 

 その頃、その初めてのお友達はというと――

 

 

 

「なあ、エンジン王」

 

 目を覚ました一誠は、エンジン王に問い掛ける。

 

<なんですか?>

 

「なんでこんなに空が青いんだ?」

 

<元々、惑星の空の色は主恒星の光が大気を構成する分子、あるいは大気中の粒子によってどのように散乱され、可視光線として地表に届くかで決まります>

 

 一誠の質問に、エンジン王は答え始める。

 

<大気の層が厚い場合、地表から見て大気圏外から真っ直ぐに入り込む光は、通常は大気の分子とぶつかり合って散乱します。そして、光の中でも波長の短い青系統の色の光は、大気の分子とぶつかりやすく散乱し易いのです。そのため、地表から見て恒星の周辺、つまり空は青系統の光が散乱し、結果として青系統の色として可視化されるわけです。また、地表から見て斜めから入り込む光の場合は、真っ直ぐの場合よりも更に厚い大気を通過する必要があるため、波長の短い青系統の光が極端に散乱しすぎてしまいます。それにより、青系統の色は真っ直ぐの時と比べて更に広範囲へと広がり、相対的に地表に届く青系統の可視光線が薄くなるのです。そして、代わりに波長の長くて散乱しにくい赤系統の光の方が恒星周辺の空の色として地表に届くわけです>

 

 そこで、間を取るように1度言葉を切ってから、エンジン王は続けた。

 

<しかし、大気が薄い場合には大気の分子よりも粒子、つまり空気中の細かな塵と大気圏外からの光のぶつかり合いが空の色を決める主要因となります。この場合、その塵がどのような波長の光を散乱させやすいかが大きなポイントとなるのです。ここの大気は非常に薄く、代わりに大気中の粒子に酸化鉄や磁鉄鉱といった赤系統の光を散乱させやすい粒子が多いですから、地表から見て斜めから光が流入した時には赤系統の光が極端に散乱されやすく、比較的散乱しにくい青系統の光が地表に届き易いので、青く見えるわけです>

 

「ふうん」

 

 エンジン王の説明に、一誠は頷く。解ったような解らないような感じではあるが、勉強になった。

 

 しかし、そんな理屈を抜きにしても、今一誠が目にしているものは神秘的に思える。形だけで見れば殺風景と言ってもいい光景、しかし、そこに青という色が加わることで、不思議な美しさが与えられていた。これまでの常識と逆転するようなその情景に、一誠は見入ってしまう。

 

「って、こんな状況で景色眺めてる俺って、暢気なのかな?」

 

<まあ、そうでしょうね>

 

「……ここ、何処って言ったっけ?」

 

<火星の赤道付近、地球人にはメリディアニ平原と名付けられている場所です>

 

 エンジン王の返答に、我知らず溜息が漏れた。

 

 正体不明のエネルギーを利用した移動手段により、勢い余って到達――もとい墜落――してしまった太陽系第4惑星の、地球とは逆に赤から青へと変わっていく黄昏を眺めながら、一誠は呟く。

 

「帰ろっか」

 

<そうしましょう>

 

 

 

「そうか。大したものだな、そのイッセーという子は」

 

 夕食の席で、何があったのかを朱乃が詳しく説明し終えると、父は感嘆したように言った。

 

「うん、イッセー君は凄く強かったの! 襲ってきた人たちを、あっという間にやっつけちゃって!」

 

 興奮気味に朱乃が言えば、父と母は苦笑してみせた。その両親の様子を少し不満に思いながら、朱乃は食事に箸を伸ばす。あの時の一誠は、本当に凄かったのだから。

 

 今日の夕飯は、町の弁当屋で買ってきたものだ。流石に母もあんなことがあった後に夕食を作る気力はなかったためそうなったのだが、朱乃としてはどうにも味気なく思える。母の料理でないこともそうだが、できれば一誠もこの場にいてほしかった。

 

「イッセー君のあの鎧の力、やはり神器(セイクリッド・ギア)なんでしょうか?」

 

 母が父に問い掛ける。神器(セイクリッド・ギア)とは、キリスト教で信仰される“聖書の神”が生み出した、特定の人間に宿る規格外の力のことだ。その力は多種多様で、歴史に名を残した偉人の中には神器(セイクリッド・ギア)の所持者も数多くいたらしい。

 

 父は考えるように間を置いた後、ゆっくりと首を横に振った。

 

「恐らく、違うだろうな。そのイッセー君の鎧はジャークサタンというらしいが、神器(セイクリッド・ギア)は元々聖書の神の作り上げたものだ。神が“サタン”などと明らかに悪魔を思わせる名前を付けるとは考えにくいし、日本語と欧州語が混じっている名前というのもちぐはぐで神器(セイクリッド・ギア)らしくない。まあ、その子が勝手に名付けた可能性もあるから確かには言えんが」

 

 そこまで言うと、父はビールを一口飲んで言葉を続ける。

 

「しかし、調べれば過去に前例があるかもしれん。堕天使総督(アザゼル)の奴が興味を持ちそうな話題だし、少し話を聞いてみよう。上手くすれば、そのイッセー君が何処の誰なのかも解るかもしれないからな」

 

「本当!?」

 

 父の言葉に、朱乃は身を乗り出した。行儀が悪いと母に叱られて姿勢を正すが、期待を込めた眼で父を見つめる。

 

「ああ、話を聞く限りではかなり強力な上に、見た目も特徴的なようだからな。その鎧の詳しい記録さえ見つかれば、現在の所持者を探すことはできなくもないだろう。私としても、その子にはお前たちを助けてくれた礼がしたいしな」

 

「お願いね、父様!」

 

「ああ、任せておきなさい」

 

 父の了解の言葉で、朱乃の心は喜びに沸き立った。父が調べてくれれば、また一誠に会える。その時を想像するだけで、朱乃は顔が綻ぶのを抑えられなかった。

 

「あらあら、朱乃はすっかりイッセー君に夢中ね?」

 

「うん! あの時のイッセー君、凄くかっこよかったもの!」

 

 母の言葉にそう朱乃が返すと、何かが割れるような音がした。見ると、父が手に持つビールのグラスに、ひびが入っている。

 

「そのイッセー君とは、よおく話し合う必要があるらしいな、うん」

 

「あらあら、貴方ったら」

 

 何故か声を震わせる父と、楽しそうに笑う母の姿を、朱乃は不思議に思った。しかし、それよりも一誠と再会できるかもしれない話が現実味を帯びたことの方が重要だ。

 

 思い浮かぶのは、自分を守ろうと傷つき、それでも戦い続けてくれた一誠の勇姿。そして人間であるなしを超えて友達になろうと言ってくれた一誠の笑顔だ。それを思い返す度に、朱乃は胸が甘く疼くのを感じる。

 

――また会えるよね、イッセー君……

 

 窓から見える星空、一誠が去っていった空の彼方を見つめながら、朱乃は再会の未来へと思いを馳せるのだった。

 

 

 

 そして、その再会を望まれている本人はどうなっているのかというと――

 

 

 

<この減速ペースでは間に合いませんよ!>

 

「これで精一杯だよ! コース自体、何とか変えられないのか!?」

 

<この勢いでは慣性が強すぎて、進路転換は難しいですね。せめて亜光速の域を下回らなければ!>

 

「くそっ、今どの辺だ!?」

 

<既に水星の軌道を突破しています! もう時間がありません!>

 

「こんちくしょおおおおぉぉぉぉっ!」

 

 再び謎のエネルギーを用いた移動手段で地球に帰ろうとした結果、地球を通り過ぎて太陽へと突っ込むコースをひた進むことになってしまっていた。現在、一誠とエンジン王の2人掛かりで必死のブレーキを掛けている真っ最中である。

 

 一誠の現在速度、秒速約24.6万km。太陽の引力からの脱出可能限界域まで、あと約5100万km。

 




 途中のCMはちょっとしたお遊びですが、ライジンオーの新作WEB小説が連載中なのは本当です。宣伝文の方は、オフィシャルではございませぬぞ。

 今回の魔力を利用した一誠たちの移動は、解る方にはお解りかもしれませんがヤミノリウスが使っていた黒い球になって飛ぶあれです。ガンバルガー最終回では光でも8分は掛かる地球から太陽までの距離をあっという間に踏破していますので、エルドランシリーズもD×Dの強キャラ達同様に光速レベルでの行動が可能だと思っています。

 ガンバルガーはギャグ主体な分、真面目に考えたらとんでもないことやってるから恐ろしい(笑)。

活動報告で上のアイキャッチと下の画像、どちらが良いかのアンケートを実施しますので、よろしければご参加ください。

【挿絵表示】


2017年8月6日 各ルビの誤記修正、誤字修正、「「私の、初めてのお友達」」の文の後に「はにかみながら、朱乃は答える。友達ができたこと、それを父に教えることができたことに、ささやかな幸せを感じながら。」の文を追加、「正体不明のエネルギーを利用した移動手段により、勢い余って到達――もとい墜落――してしまった太陽系第4惑星の黄昏を眺めながら、一誠は呟く。」の文を「正体不明のエネルギーを利用した移動手段により、勢い余って到達――もとい墜落――してしまった太陽系第4惑星の、地球とは逆に赤から青へと変わっていく黄昏を眺めながら、一誠は呟く。」に修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 10~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。