こんな素晴らしい異世界生活に祝福を! (橘葵)
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第一章 召喚の一日目
プロローグ 始まりの茶番


 アクセルの屋敷にて。

 

「アイリスに会いに行きたいと思う」

 

 カズマは唐突に言った。

 

「いや待て。お前がそう言うという事はまたろくでもない事を考えているのだろう。前は何とかお咎めなしで済んだが、今回もまたそうとは限らない。首を刎ねられたくないのならおとなしくしておいた方がいい」

 

 優雅に紅茶を飲んでいたダクネスがきっぱりと返してきた。

 

「いや待て。俺は俺の妹に会いに行こうとするのはそんなに悪いことか?誰にも迷惑かけないんだぞ?」

 

「まず第一王女に簡単に会いに行こうとするという事が間違っている!」

「でもアイリスは明らかに俺に好意を持っているぞ?」

「……」

 

 そう言い切ったカズマに返す言葉もなく、ダクネスは閉口する。

 

「悔しいんだったらもっと恥ずかしさを捨てろよ。お前は肝心なところで恥じらいを持ちすぎだよ……ララティーナ」

 

 少し顔を俯けたダクネスに、カズマはニヤニヤと言葉を被せる。

 

「その名前で呼ぶな!ぅぅぅ……」

 

 と、顔を真っ赤に染めたダクネスを見て、

 

「じゃあ、そういうことで。俺はあいつらにも話をしてくるから、準備しとけよ」

「おい! まさか私たちも巻き込む気か!」

「当然じゃん。特にお前の権力にはお世話になると思うぞ」

 

「だから権力をそんな事に使うなと言っただろう!」

 

 ダクネスが慌てて言ったが、カズマは聞こえないふりをして部屋を出た。

 

* * *

 

「俺達は明日王都に行きたいと思う」

 

 日課である爆裂散歩の途中、カズマは不意に言った。

 それを聞いためぐみんは、

 

「私は別に構いませんが、また王都で何かあったのですか?」

 

 と、動揺することなく返す。

 

「アイリスに会いに行きたいんだよ」

 

「ちょっと待ってください。別に私は止めませんよ! というか、ダクネスが許さないでしょうそんな事!」

「顔が真っ赤だぞ」

「……」

 

 めぐみんは顔を赤らめながらアイリスに嫉妬の感情を露わにする。

 最近、カズマがアイリスの話を持ち出すとすぐにこうなる。

 

「俺は、俺をお兄ちゃんと呼んで慕ってくれるアイリスを放っておけないんだよ」

 

「同じ年下なら私が居るじゃないですか! 私を差し置いてまだ別の女に手を出すのですか! 許しませんよそんなこと」

 

「アイリスは妹枠、お前はロリ枠だ」

「私だってもう立派な大人と言われる年齢です!言いたい事があるならかかってくるといいじゃないですか!カズマのその貧弱なステータスだと私でも瞬殺されるでしょうね!」

 

 と、触れてはいけない所に踏みこまれ、目を紅く光らせためぐみんを見て、カズマは思わず

 

「悪かった! 俺が悪かったから目を紅く光らせるのはやめてくれ!」

 

 と、いつものように後ずさって情けない事を言った。

 

「でも王都ですか……カズマは大丈夫なんですか? 確かまだ指名手配をされていたような……」

「あれをしなければ捕まる心配はないぞ……多分」

 

 あれ、とは仮面盗賊団の事だ。とある事をきっかけに、これはめぐみんとの秘密となっている。

 確かに捕まる心配はあるが、例の仮面を持っていかなければ大丈夫だろう。

 しばらく歩いていくと、目標である巨大な岩が見えてきた。

 カズマ達は足を止め、周りに誰もいない事を確認する。

 

「エクスプロージョン!」

 

 アクセルの街の風物詩、一日一爆裂は今日も健在だった。

 

「はあっ、カズマ、今日の爆裂魔法は何点でしたか?」

 

 と、その場で倒れ込んだめぐみんが期待の眼差しを込めて問いかける。

 

「七十五点、と言ったところか。爆裂の振動が足りん」

 カズマはめぐみんをおんぶしながら言う。

 

「やはりカズマは厳しいですね。伊達に爆裂ソムリエを名乗っていないだけの事はあります」

 と、めぐみんが少し悔しそうに一言。

 

「じゃあ帰るぞー。明日には出発したいと考えているからな。早く寝ろよ?」

「明日、ですか。それはまた決断が早いですね。何を使って行くんですか?」

 

 魔力を使い果たし、ぐったりとした表情で問いかける。

 それを聞いたカズマは、

 

「確かウィズがテレポートの魔法が使えると言っていたから、それをあてにしようと思っている」

 

 どこまでも他力本願な事をめぐみんに言った。

 少し格好悪いと思ったが、まあ仕方がない。必要以上の面倒事に巻き込まれるのはまっぴら御免だ。

 

「それなら安心ですね。テレポートならそうそう事故が起こるものでもなさそうですし」

「ちょっとお前、フラグになるような事を言うな!」

 

 

* * *

 

 屋敷にて。

 

「という事で、俺たちはあした、ウィズの店に行ってテレポートの魔法で王都に行こうと思う」

 

 自分の料理スキルによってプロのレストランにも劣らないであろう夕食を食べながらカズマは一言。

 

「ちょっと待ってよ! 聞いてないわ! 何で私がアンデッドであるウィズの魔法を受けないといけないのよ! 皆がいいって言っても私は願い下げよ!」

 

「とはいっても他の足はあるのか? 大体お前らなら道中で何か事件を起こしかねない!だから安全策をとろうってんだ」

 

 

「その案はいいな!カズマ。……しかし道中でモンスターに襲われたいという願望は捨てられない、捨てられないがっ……!」

 

 と、ダクネスは最後の部分を妙に小さくして言った。

 

「ダクネス、その意気だ、あれ……? お前最後なんて言った?」

「言ってないそ。私は高潔な騎士である。モンスターに辱めを受けたいだとか願う事は論外だ」

「お前それを今更言うか……」

 

 もう今更だ。ダクネスの変態さは今やアクセルの街で貴族の威厳を地に落とすほどに知れ渡っている。

 当の本人はそんな事をどうとも思っていないようだが。

 

「んく、んく。今日の料理はおいしいですね。また料理の腕を上げましたね?」

 

 と、ひたすらに料理にかぶりついていためぐみんが会話の流れを読まずに一言。

 それを聞いたカズマは、

 

「どうだ、今日の料理は俺が腕によりをかけて作ったカエル肉とカモネギとキャベツの炒め物だ。どれも最高級のものを使っているからプロにも劣らないと思うぞ」

 

「確かに言われてみればそうね。少し普通と違った味付けのような気がするわ」

 

 最近料理に厳しいアクアも満足そうにカエル肉を頬張っている。

 カズマは自分の自信作を褒められて嬉しいのか、

 

「まあ、いいか。という事で明日は朝早くに出るから用意しとけよ」

 

 そう言って一足先に自室へと戻ったのだった。

 

 

* * *

 

 次の日、カズマ達一行は最低限の荷物を持ってウィズの店に来ていた。

 

「――まあ、そんなこんなで俺たちを王都へとテレポートしてほしいんだよ。お代はちゃんと支払うから」

 

 カズマが、金貨の入った袋をウィズに差しだす。

 ウィズはそれを嬉しそうに抱きかかえ、

 

「ありがとうございます! これで今日はちゃんとした御飯が食べられそうです」

 と、これまでの生活の困窮ぶり(無自覚の自業自得)を窺わせる発言。

 

「ちょっと待ってよ!何で私の知らない所で話が進んでるわけ?」

「お前に言うと必ず厄介な事が起こるから嫌なんだよ!大体昨日もこの事を話したら心底嫌そうにしていただろ!」

「何でこの清らかな存在である女神の私が穢れた存在であるリッチーの魔法を受けないといけないのよ! 気遣ってよ! もっと私を気遣って!」

 

 と、いつものように痴話喧嘩を始めるカズマとアクアをよそに、めぐみんが、

 

「そういえば、今日はあの仮面の人が居ませんね。せっかく仮面をもらおうと思ったのに……」

 

「バニルさんは生憎、今日は用事があると言って出かけていったんですよ。帰ってきたら交渉しておきますので……」

 

 ウィズが申し訳なさそうに言うと、めぐみんはなぜか嬉しそうに、

 

「じゃあ、帰ってきた時のお楽しみにしておきます。……ふふふん」

 

 と、うわ言のように呟いたのだった。

 

 

* * *

 

「それでは、準備が整いましたのでこの魔法陣に入ってください。……ああっ、アクア様! 転送事故の原因になりますので魔法陣の上で暴れないでください!」

 

 カズマは抵抗するアクアを抑え込む。

 めぐみんとダクネスは、落ち着き払った様子で、

 

「今回の旅は楽ですね」

「確かにそうだな。……私はああいうのも悪くはないのだが」

 

 と、転送されるのをじっと待っているだけだった。

 

 

 

 

「それでは、良い旅を。『テレポート』!」

 

 

 

 カズマ達は光に吸い込まれ、アクセルの街から姿を消した。

 

 

 

 

* * *

 

 転移が終わり、カズマ達は目を開く。

そこには今迄の思い出を思い起こさせるような王都の姿はなく――

 

「おいお前ら、とりあえず現状の確認だ」

 

 

 ――どう考えても、これは転送事故というものとしか考えられない。

 

 

 カズマ達はウィズのテレポートの魔法を受けた。

そうすると、目的地に設定された『ベルゼルグの』王都へと飛ばされるはずだった。

 しかし、目の前には見た事のない光景が広がっている。

 

 再び門の上をみると、そこには判別し辛い字で何かが書いてある。

 

 どうやらこの状況から察するに、別の国の王都に飛ばされたのであろう。

 

 『王都ルグニカ』

 

 そこが、これからカズマ達一行がこれからお世話になる王都の名前だった。

 

「また面倒事かー……はあ」

 

 カズマはため息をつくことしかできなかった。

 

 



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第一章1 始まりは突然に

 取り敢えず、現状を確認するためにカズマ達は門をくぐっていった。

 

「えーっとカズマー、これって結構やばいやつじゃないの? やっぱりリッチーのスキルなんて受けるべきじゃなかったんだわ!」

 

「だいたいお前、魔法陣の上で暴れてただろ! 魔法陣の上で暴れると転送事故の可能性が格段に上がるって聞いたぞ!」

 

「だって……だって……! 私は仮にも女神なのよ? 何で穢れた存在であるリッチーのスキルを受けないといけないのよ!」

「はいはいそうですねー」

 

 うわ、めんどくせーと顔をしかめながらカズマはアクアの話に乗っかったふりをする。

 

 周りでは、カズマ達一行を奇妙な目で見ている。それは街中で大声で痴話げんかをしているからというものもあるが、そこにいる人たちが気になっている事は、会話の内容だった。

 

 そんな風に見られているとは露知らず、カズマ達は情報収集のため、街を散策するのだった。

 

 

* * *

 

「と、まあ街の半分くらいは回れたか。この噴水の辺りで一回休憩するかー?」

 

 おおよそ一時間程街を歩いた後、カズマは突然言った。

 

「私たちはまだまだ大丈夫ですが、もしかしてもう疲れたんですか?」

 と、めぐみんの心配そうな声に対し、アクアは、

 

「もしかしてカズマさんって、めぐみんよりも体力ないのーー? 女の子の魔法使い職に体力が劣るなんてさすがは元引きニートね、プークスクス」

「疲れただなんて言ってない! あと俺はニートじゃないから!」

 

 と、全力で煽るので思わずカズマは大声で返してしまった。

 

「まあ、カズマがそう言うなら一回ここで休まないか?」

「さすがはダクネス! 話が分かる!」

 

 カズマが、渡りに船と言った様子で手を叩く。少し不満そうだったがアクアとめぐみんも噴水の縁に腰を下ろした。

 

「んじゃ、持ち物確認でもするか?」

 カズマは他の三人に向かってそう言った。

 知らない場所に来た時、真っ先にすべきことは持ち物の確認だ。

 こういう時は売れそうなものを売っぱらい、金に替える事ができる。とはいえ、あまり使いたくない手だが。

 

「いいけど、正直言ってそんなに大したもの持ってないわよ?」

「確かに突然知らない場所に来た時は持ち物確認をするものですが……あいにく少しの食料とこの杖しか持っていませんね」

「お前らならそうだろうと思ったよ」

 

 アクアとめぐみんは当然のように言い切る。

 それを聞いて、予想通りといった表情でカズマはがっくりと肩を落とす。

 

「俺は一応四人が三日位泊まれる分のお金と二食分の食料は持ってきているが……帰れるあてがないとどうにも安心できないな。……あ、でもそうなればアクアの羽衣を金に換えて――」

「嫌よ。これは私が女神としてのアイデンティティーなのよ? そう簡単に売っていいものじゃないわ!」

「でも金がなくなればこんな異国の地で四人そろって野垂れ死にだぞー」

「まあ、それはカズマさんが何とかしてくれる……って痛い!」

 

 どこまでも他力本願なアクアをカズマははたく。いつもの屋敷――否、カズマとアクアが居ればどこででも見られる光景。

 めぐみんとダクネスはそれを微笑ましく見守っていた。

 

「そういえばまだダクネスには何も聞いていなかったな。取り敢えず何を持っている」

「私もこの鎧と剣一本だ。それ以外には何も持っていない」

「じゃああれか、ダスティネス家のペンダントも持っていないと解釈していいんだな。あれがあるとここでの生活が楽になると思ったんだが」

 

 カズマは再びがくりと肩を落とす。

 ダスティネス家の者だと示せば、ここでの生活も楽になるかもしれないと考えているようだ。

 

 ――実際には、世界が違うのでただ綺麗なペンダントと言う事で取引されるだけのもので、地位を示すものではないのだが。

 

「あれは……一応持っているが、持っているが……」

「よし、取り敢えず出せ。この目で確認してやる」

「何故そう食ってかかる。これだ。しかし、あまり簡単に使われると困るぞ」

 

 ダクネスは、胸元にペンダントを持ってくる。

 カズマはそれを確認し、納得した――

 

 

 

 その時だった。

 

 年はめぐみんと同じ位か、もしくはそれより低いか。金髪の少女が風のように走ってくるのを、カズマは視界の端でしっかりと捉える。

 当のダクネスや、他の二人はまったく気づいていないらしく、三人で笑い合っている。

 

 しかし、少女は走る方向を変えず、ぐんぐんと距離を詰めてきて――

 そのままカズマ達四人にぶつかる、そう思った時、ダクネスの右手からペンダントが消えている事に気付いた。

 

「ちょっと、その女の子、止まれぇぇ!」

 

 盗まれた。そう認識したカズマは思わず声を張り上げる。

 街の人はふっと声の主を見るが、どこか納得した様子で目線を戻す。

 もちろん、駆け抜ける少女は止まる事を知らない。

 

「カズマさん、ねえカズマさんってば!」

 茫然としているカズマに、アクアが心配そうに声をかける。

「……はっ!」

カズマは我を取り戻したかのようにアクアの方を振り向く。

「ダクネスのペンダントが盗まれた」

 カズマは頭を抱える。

「そんなの見ていれば分かるわよ。それよりどうするの? このままだといろいろと困ると思うの」

「そんなの俺も分かっている! でも盗んだ人についてが分からないとどうする事も出来ないだろ!」

「確かにそうね」

 

 取り敢えず取り返したいという思いは共通のもののようだ。

 

 

「あわわわわわ……ダクネスのペンダントが盗られてしまいました」

「確かに事態は急を要するな。このままだと社会問題になりかねない。私ももうこれ以上父に迷惑をかけるわけにはいかないからな」

「ですが、相手の顔も名前も分からないとなると探し出す事は難しいですね……」

「異国の地でこうも無防備にペンダントを出した事が迂闊だったな……」

 

 めぐみんとダクネスのほうを見ると、二人も取り戻したいと考えているようだが、顔も名前も知らない相手となると手も足も出ないようだ。

 

「でもどうするのかー? このままだと俺たち四人はひどい目に遭ってしまうだろ」

「私はそれが本望だ」

「ちょっとお前は黙ってろ。話がややこしくなる」

「っ……」

 少し興奮気味のダクネスをぴしゃりと切り捨てる。

 カズマは真剣な目で三人に言った。

 

「だから……これから俺たちはあの少女の元へ行って、これで交換してもらえるように交渉する。そのために情報収集するぞ。いいな」

「それはいいけど、私たちってあの少女の事何も知らないわよ?それなのに分かるものなのかしら」

「俺の見立てによると、あの少女は相当の技量を持っている。それならば大なり小なり知っている人は居るはずだ」 

 盗賊スキルの使えるカズマには、あの少女の技量が相当のものだと踏んでいる

 

「確かに私たちは初めはまったく気付かなかったな」

「そうですね。あの人はすばしっこかったですし、ここでも相当有名だと思います」

「そうね。カズマが見ていなかったら四人とも気づいていないままだったわよ」

 カズマの意見に同調する三人。

 

「という事で俺たちはあの少女について聞き込みを開始する」

「さすがはカズマさんね、頼りになるわ!」

 

* * *

 

 腰かけていた噴水を退いたものの、四人は茫然とすることしかできなかった。

 初めこの街に入った時は混乱のあまり、あまり周りが見れていなかったのもあるが――

 

「ねえねえカズマさん、この前アイリスたちと乗った竜車が一杯走ってるんだけど、これって何なの?」

「俺も知らん。というかここってもしかしたら王家の人たちが住んでいるような場所なのか? でもそれにしては積み荷とかを運んでいるのも全部竜車だな……」

「もしかしたらこの場所は移動に竜車を使うようなところなのでしょうか……普通に考えてここまで王家の人が大移動しているとは思えません」

 カズマ達三人が口々に言う。

 確かにこの光景は異様だ。というのもカズマ達が乗った時は王家から貸し出されていたものなので、とても貴重なものだったのだから。

 

「でも待てよ……この異世界は大体何でもありだ。こんな国があってもおかしくはない」

「いや、その言い方だといかにも私たちの国はおかしいといった言い草に聞こえるのだが……」

 

「取り敢えず俺から見るお前らの世界はいろいろとおかしい!」

「いや、待ってくれ。流石に私たちもおかしいと思うのだが」

 ダクネスが訝しげに聞いてくる。

 

「キャベツが空を飛ぶような世界だ!俺はもう信じられないぞ」

 カズマはきっぱりと言い切る。

 それを聞いた周囲の人はカズマのほうを向き、ひそひそと話し始める。

 

『キャベツが空を飛ぶ……?』

『さっきの痴話げんかといい、あの人たちは何がしたいのか?』

『まったく、王都で変な噂を振りまくのはやめてほしいよね……』

 

 カズマ達には聞こえないような声で話していると向こうは思い込んでいるようだが、カズマには『読唇術』というスキルがある。

 それは、唇の動きだけで会話の内容をおおよそ読み取れるというものであり、冒険者ギルドにいる時など、大いに役立っているスキルだ。

 

 しかし、そんなことは知らずにダクネスが言う。

「キャベツが空を飛ぶのは常識だろ?」

「俺から見ると常識じゃないんだよ!キャベツはまず畑から採れるものだ!」

「「……」」

 

 再び周囲の人々に焦点を合わせると、こちらも茫然としている。

 それは、世界が違うが故の常識の齟齬。

 その事に気づいている人は今のところ、ここにはいない。

 

「まあいいか。取り敢えずあの果物屋さんの人にでも聞こう」

 

 カズマはそういって懐からお金の入った袋を取り出し、果物屋さんの前に立った。

 

 

「あのー……」

 カズマは店主と思しき人におずおずと話しかける。

 

「おい、何だ?」

 強面の男だった。それも、商売にはきわめて向かなさそうな。

 カズマは、額に汗を浮かべる。

「あの……このリンゴってこれで何個変えますか?」

 と、リンゴ……のようなものを指さしながらカズマは銅貨を取り出して言った。

 

「リンゴ……?」

 店主は不思議そうな目でカズマを見る。

ちなみに、その先ではアクアが呑気に手品――宴会芸をして周りの人を湧かせていた。

 

「これはリンゴじゃねぇ、リンガだ。まあいい。それ二枚で一個だ」

 国が違えば言語体系や細かい発音が違ったりするのか、とカズマは納得する。

「じゃあ、取り敢えずこれで四個を頼む」

 と、エリス銀貨を一枚取り出して言った。

「おつりは要らない。取り敢えず、少し聞きたい事がある」

 

 カズマは、これまでの経験上、情報料というものは必要だと考える。

お金を少し盛る事によって情報への信頼性がぐっと上がる。それに付け込んで嘘の情報を言われたりする可能性もあるが、その可能性は低いだろう。

 

 

「盗みで有名な金髪の、背の低い少女――どこにいるか、教えてほしい」

 

 

 

 



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第一章2 探索

 

 しまった、あまりにも格好つけすぎた。

 カズマは内心で冷や汗を掻いていた。変な人だと思われてしまわないだろうか。

 

「兄ちゃん、ひょっとして何か盗まれたんだろ? 貧民街に行ってみるといい。道はここを真っ直ぐに行って、橋を渡って――」

 人は見掛けに依らないとはよく言ったものだ。店主はその強面に似合わず、懇切丁寧に貧民街への行き方をカズマに説明してくれた。

 ちなみに、アクアたち三人は道を教えてもらっているカズマの後ろからちゃっかりと顔を覗かせていた。

 

「――後は貧民街の奴らに聞くといい。俺が言えるのはそこまでだ」

「ああ、ありがとうございます。助かりました」

 

 そう言ってカズマはエリス銀貨一枚手渡す。

 店主はその枚数と、色を確かめると、リンガを四つ手渡した。

 

「毎度あり。貧民街は治安が悪いから気を付けな」

 店主はぶっきらぼうに言ってカズマ達を見送った。

 

 

「……おいおい、こんな銀貨見た事がないぞ」

 店主は、カズマの払ったエリス銀貨を不思議そうに眺めていた。

 

 

* * *

 

 

 店主に教わった通りの道を辿り、カズマ達は貧民街に向かって順調に歩を進めていた。

 

「ねえねえカズマさん、何で腕一杯にリンゴなんて抱えちゃってるの? 馬鹿なの?」

「うっせえアクア、これは情報料だ。お前、まさか場所をただで教えてくれるもんだと思ってたのか? 迷い人である俺たちに教えてくれるほど平和な世界じゃないかもしれないだろ?」

 

 まくし立てるようにカズマは話す。面倒なので名前は訂正しない。

 それを聞いためぐみんはうんうんと頷き、

「確かにそうですね。ここでは私たちの名が通っているとも限りませんし」

 と、鋭い返しを見せる。

 

「もし通っていたとしても俺たちのパーティだと悪い意味でしかないからな」

「……そういえばカズマ、私は今日、まだ一日一爆裂をしていません。この地にも最強の魔法使いの名を轟かせてあげましょう!」

 

 めぐみんは大きく振りかぶっていつものポーズを決める。

 カズマはそれを聞いて焦る。

 

「お前の筋金入りの爆裂魔法好きは知っている。だからやめろ頼むから」

「私は一日に一回爆裂魔法を打たないと死んじゃうんですよ?」

「今更それを言うか……」

 

 めぐみんはわざとらしい上目遣いでカズマに詰め寄る。

 ちなみに、旅に出た時に爆裂魔法が打てないような時も存在したが、そんな時、めぐみんはだだをこねるものの死にそうになっているところを見た事がないので、嘘はお見通しだ。

 

「取り敢えずお前ら。ここがどういうところか分からない以上、おかしな行動は控えろ。下手したら首が飛びかねないぞ? 特にアクアとめぐみん」

「分かったわカズマ。本当はアクシズ教を広めようと思っていたけど、今はやめておく事にするわ」

「お前それは本当にやめろ。社会問題になりかねん」

 

 カズマはアクアの発言もバッサリと切り捨てた。

 さすがに異国の地でまで警察に追われるのは勘弁したい。

「でも私の信者が増えるっていいことじゃない!」

「全く良くない! アクシズ教はいつもどこか危ないんだよ!」

 

 いくら自分の国で疎まれているからといって、まだ文化も碌に分かっていない国で布教することは勘弁してほしいからか、はたまた別の理由か。

 カズマは全力で布教を阻止する。

 

「という事でお前ら。絶対に俺から離れるなよ?目の届くところにいろ」

「おい。私の存在を忘れてもらっては困るのだが」

 

 ダクネスが不安を見せる。

 ここまでの話であまり自分の名前が挙がっておらず、忘れられていると思ったのだろうか。

「お前はこの中では変な性癖を除いて普通だからな。流石にこんなところにモンスターなんて出るわけないだろ」

 

「変な性癖……っ! お前はこんな公衆の面前で私に何を求めているっ……!」

「何も求めてねえよ! 取り敢えずその思考回路が危険だってんだ!」

 

 ダクネスが頬を赤らめて興奮しているので、カズマは思わず突っ込みを入れる。

 異国に来たというのに、この三人は平常運転だ。

 それとは裏腹に、平常を取り繕っているとはいえ、心の底では凄く不安を感じているのがカズマだ。

 場所を突き止めたからとは言え、交渉が成立するか分からない。

 交渉の場では運の良さなど役に立たない。完全なるハッタリと知能の勝負である。カズマはここが見知らぬ地である事も合わさって凄く緊張していた。

 

 

 

* * *

 

 

「このあたりから少し治安が悪くなっていそうですね」

 

 めぐみんが辺りを見回して言った。

 カズマもその言葉を聞いて、思わず辺りを見回す。

 先程通った橋を越えたあたりから、確かに殺風景になっていると感じる。

「確かにそうだな。目的地は近そうだ」

 

 しかし、いくら治安が悪そうな貧民街とは言え、今はまだ日が傾き始めた位の時間。犯罪を働くのは主に夜なので、少し警戒しながら進むだけでいいだろう。

 しかも、ダクネスは武装しているし、一応カズマも剣を持っている。襲われる事はそうそうないだろう。

 

「とはいえ実際にあの女の子がどこを拠点にしているか俺は知らないぞ……?」

「私たちももちろん知らないわ? そのあたりはカズマさんが何とかしてくれるものでしょ?」

「お前ちょっと黙れ。これは俺のためっていうのもあるが、一番はダクネスのためなんだぞ!」

 カズマはそう言って本来の目的をアクアに告げる。

 実際に言えば、カズマはダクネスを余計に刺激したくはなかったのだが、誤解を解くためには仕方がないと言い聞かせる。

「別に、もしお金がなくなったら私がこの身を……」

「お前はちょっと黙れ。せっかくいいシーンだったのに」

 

 カズマのやる気が削げた音がした。

 

 がさ。

 後ろから物音がしたのでカズマは思わず後ろを振り向く。

「――あれ? もしかしてあれはダクネスのペンダントを盗んだ女の子じゃないか!」

 逃げられてしまう可能性がある事も忘れて、カズマは大声で言った。

 

「ちょっとカズマ。お得意のスティールしてきなさいよ」

 アクアが小声でカズマを煽る。

 

「おいこれ以上事態をややこしいほうに持っていこうとすんな。俺が女の子にスティールを使うと高確率でパンツを盗むのは知っているだろ」

「まあ、ギルドで伊達にクズマさんだのカスマだのと呼ばれてませんし」

「お前も乗っかんな!」

 

 アクアやめぐみんは、カズマはいつもの勢いがないように感じていた。

 それもそのはず。今日のカズマはいつもと比べてどこかぎこちなく、緊張している。

 めぐみんは薄々感じているようだが、アクアはまったく感じ取れていないようだった。

 これが知力の違いという事か。

 

「おいお前ら。向こうは俺たちに気づいている。取り敢えず手を繋げ」

「何で手を繋がないといけないのよ。普通に草むらにかくれたらいいじゃない」

「じゃあお前だけ気づかれて終わりだぞ―」

「あ、潜伏スキルを使うつもりなのね。そういえばカズマさんってそれ使えるんだったわよね」

「す、すり寄ってくんな気持ち悪い!」

 

 アクアがカズマに向かってすり寄る。

 そんな事をしている間に、少女はぐんぐんとこちらとの距離を詰めてくる。

 

「おい、これはちょっとヤバい。お前ら早く手を繋げ」

 

 カズマは無理やり手を繋がせて、少女が通り過ぎるのを待つ。

 

 少女は、カズマ達に気づくことなく過ぎていった。

 それを見たカズマは、即座に潜伏スキルを解除し、陰から少女の後を追っていった。

 

「ねえねえカズマー、何で女の子の後ろを付けてるのー? もしかしてストーカー?」

「違うわ! あの女の子の後ろを付けて言ったら絶対に目的地に着けるだろ! 見失ったら終わりだ、ちょっと静かにしてろ」

「……」

 

 珍しくすぐにアクアが静かになる。

 カズマ達は潜伏スキルを使いながら少女の後を付けていった。

 

 

* * *

 

 

 少女は、いつもの拠点としている蔵にたどり着く。

 入る時、ふと懐に手を入れ、徽章とペンダントの感触を得てから蔵の中に入っていった。

 

 それを確認したカズマは、潜伏スキルを解除し、

 

「よしいいか。今から俺とダクネスが交渉しに行く。アクアとめぐみんはちょっと待ってろ。くれぐれも余計なことするなよ」

 カズマは、アクアやめぐみん――いつも余計な事をしでかす二人に念を押す。

「カズマが言うなら仕方がないですね。私としてはこの蔵を吹っ飛ばすことも視野に入れていたのですが」

「よーし落ち着け。お前なら本当にやりかねない」

 案の定。念を押しておいて正解だったようだ。

 

「わ、私は別にいいのだが」

「お前が良くてもそのほかが全然良くない!」

 どう考えてもペンダントが無事では済まないだろう。

 

 珍しくアクアが静かだなと疑問に思い、カズマがアクアの方を見ると、傍ですでに拗ねて地面に絵を描いていた。

 

「お前珍しく分かってくれるじゃん。……ていうか相変わらずお前は絵がうまいな」

「ねえねえカズマさん、もーっと褒めて称えてくれたってもいいのよ」

「前言撤回。やっぱりお前も相変わらずだな」

「何でよー!」

 

 一応アクアにも念を押しておいてから、カズマとダクネスは蔵の扉を叩いた。

 なんだかアクセルの冒険者ギルドの扉に似ている気がした。

 

 

「暗号は?」

 

 突然求められた暗号。もちろんカズマは知らない。

 カズマ達はいきなり固まってしまう。

 

「いや、もしかして取り引きした人か? まあいいか。開けてやるよ!」

 言葉づかいは粗暴だが、確かに少女の声だ。

 

 暗号の意味がないのではないか……と、カズマは疑問に思う。

 しかし、自分が運が良く、アクアがいなければすいすいと物事が進む事を思い出し、自己解決。

 

 きいっという音を立て、扉が開く。

 

「あれ? 思ってた人と違う……」

 

 出てきたのはさっきダクネスのペンダントを盗んだ少女と同じだった。

 

 

 



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第一章3 交渉

 「……え?」

 カズマとダクネスは思わず顔を見合わせた。

 思っていたよりも敵意がなさそうだったからか、はたまた別の理由か。

 

「まさか、おめーら、盗まれたものを取り返しに来たんじゃ――」

「スティーール!」

 カズマは不意打ちで賭けに出る。あれほどに拒否していたスティールを使って。

 しかし、掌の中には堅い金属の感触はなく――

 

「お……お前何すんだ! それ返せよ! この変態……」

 少女の下着を盗んでしまっていた。

 

「あれっ……おっかしいなー。何で俺はスティールを使うと高確率でぱんつを盗んでしまうんだ……?」

 カズマは、掌に収まる白いものを見てそう呟く。照れ笑いを浮かべて凄く気持ち悪い絵面になっている事は言うまでもない。

 最近、スティールは役に立っていたので油断していたが、初めの頃から本質は変わらないらしい。

「こんな年端もいかない少女にでもこの仕打ち……ああ、私にならどんな凄いものを……っっ」

「どうもしねえよ! というか時と場合くらい考えろ! ここは見知らぬ国で、さらに今から交渉する大事な場面なんだぞ! お前の変な性癖にかまけてる場合か!」

「んなっっっ……! こんな時にも罵倒攻め……カズマは相変わらずぶれないなっ!」

「ちょっと待ってくれ! あの女の子が引いてるだろうが。別に俺はそんなこと考えてない!」

 

 相変わらず変なところで発動するダクネスの性癖をカズマは抑えながら、少女のほうを向く。

「あ、すまんすまん。これは返す、返すから腹にドロップキックを喰らわそうとしないでく……ごはっ!」

 少女は冷や汗を額に浮かべながら、カズマに向かって足を突き出す。

「おめー、人の下着奪っておいてその態度か? 礼儀ってモンをわきまえてこいよ!」

 カズマはその場に倒れ伏す。

 少女は汚物を見るような目でカズマを眺めながら、仁王立ちになってそう言った。

 

「悪かった、悪かったのは謝るから事情を説明させてくれ! 俺はスティールっていうスキルを持っていて、ランダムで物を盗むっていうスキルなんだけど、俺の場合何でだか女の人相手に使うとパンツを盗んでしまうってだけなんだ! だから悪意はない、悪意はないから……!」

 カズマはパンツを少女に返そうとしながら必死で弁解する。

「ところでおめー、今必死で説明してたスティール……スキルって何だ?」

「「は?」」

 

 思わぬ返答が来て、カズマとダクネスは顔を見合わせる。

 スキルを知らないのは絶対にあり得ないことだ。あんな活動的な格好をしておいて盗賊――冒険者でないというなれば何であるというのか。

 少女はさらに言葉を続ける。

「だから、スキルってモンは何なんだよ。アタシはそんなモンしらねー。そんな人の言葉を信用できっかって話だ」

「……はあ」

 これはまずい事になった、とカズマは本当に気付いた。

 

 しかし、交渉をするのに信頼がなければどうにもならない。

 「じー……」

 カズマはダクネスに目線を送る。

「ななな……まさかカズマ、そのいやらしい目線、まさか私に体を売れと言っているのか? 言っているのだなっ! ああ、私はどうしたら……」

「いやお前文脈から考えろ。俺はそんな事は一言も言ってない。あの女の子が俺を見てドン引きしてんだ。少しは状況を考えろ」

 頬を赤らめてくねくねしているダクネス。

 それをカズマは切り捨て、

「俺が説明してほしいのはスキルだ。俺はそんな説明できるほど知識は持っていない。だから冒険者歴の長いお前に、説明してほしいんだ」

「……あ、ああ。分かったぞ」

「くれぐれもその変な性癖を暴走させるなよ?」

「私はいたって常識人だ。変な事はしない。というかカズマ、私が国を治める大貴族の娘である事を忘れてないか?」

 

 覚えてはいるけどその性癖のせいでいろいろ台無しなんだよ!

 とカズマは心の中で突っ込む。

 しかし、今に始まった事ではないのでまあ何とかなるだろう。

 

 カズマとダクネスが言いあっている間に少女は巨人族の老人の元へ戻っていた。

 少女はその老人と席についている。

「なんか、今来た人がいろいろ変なんだよ。スキルがどーたらこーたらって言ってる。そのくせ交渉しようとか言い出すし」

「儂から言える事は、交渉の手札を見て慎重に決める事だな」

 ガハハ、と下品に笑う老人。

 少女はそれを見て安心し、カズマ達を手招きする。

 

「ま、まあ俺はどうにかなるし? 大体お前のペンダントだろ? 自分の物は自分で取り返しに行け!」

「そ、そんな事言われても。私は別に構わないと言ったはずだ! こんなところで権力に任せて楽をしようだなんて……!」

「困るのはお前の父さんだろうが! いつもお前の事心配してくれてるんだぞ? これ以上心配ごとの種を増やすな!」

 

 人の目を考えずに大声で言い合いながらカズマとダクネスは席に着く。

 それを少女と老人は変なものを見るような目で眺めていた。

 

 

 そして交渉が始まる――

 

「では、まずはその小僧らのカードを見せてもらおうかの」

 

 カズマはこれまでに何度か交渉を取り仕切ったりした事はあるが、ここまで自分に不利な状況を重ねられた事は一度もなかった。

 いつも交渉する時は悪ふざけが過ぎる、と笑いながら怒られていたものだ。

 

「これで足りるものなのか……?」

 カズマは自分の懐を探り、今持っているお金の中から最低限の食費を除いて抜き取った。

 ざっと十万エリス。それを交渉で使ってしまうとすっからかんだ。

 しかし、いざとなったらいつぞやの時のようにギャンブルでもして増やせばいいか、とカズマは気楽に考えていた。

 

 老人はカズマの出したエリス金貨をじっくりと見つめ、言った。

「確かにこれは金貨じゃが……儂らの知っとる金貨と違うわい。まさかレア物の金貨なのか?」

 そういえば国ごとに貨幣って違ったんだ! と当たり前のことを忘れていたカズマ。

 二人は思わず冷や汗をかく。

「あ、そそそ、そうです。ちょっといろいろありまして」

 まさかエリス金貨を見てそんな感想がもらえるとは思っていなかったカズマは胸を撫で下ろす。

 ダクネスのほうを見ると、こちらも真剣な面持ちでこの交渉に臨んでいる事が見てとれる。

 

「ま、こっちの聖金貨二十枚、といった位の価値じゃろうか。では小僧。こちらが出してほしい物を言うといい」

 少し勿体なかったが、ダクネス――ダスティネス家の名誉を守るためだ。仕方がない。

 カズマは少し格好をつけて言った。

「俺たちの望むものは、ダスティネス家の紋章――ペンダントだ。今日盗られた物だが」

「となるとこれか?」

 と、少女がポケットの中を探り、確かに目的のペンダントをテーブルの上に置く。

 (あ、案外簡単に交渉成立しそうじゃないか!)

 

 そう思ったその時。

 

 きいっと扉が音を立てる。

 立っていたのは何故か体の薄い、豊満な肢体を持つ女性だった。

 

 

* * *

 

 

 蔵の外。カズマに命じられて外で待機していたアクアとめぐみんはリンゴを齧っていた。

 完全に暇を持て余した子供の姿だ。

 

「ねえめぐみん、私ちょっとカズマの事が心配だから見に行ってあげようと思うの」

アクアが猫なで声で言った。

「だめですよアクア。カズマ達は今大事な交渉をしているんです。まだ邪魔をするべき時ではありません」

「えっ、何で……?」

「こういう時は交渉終了まで待つのです。カズマ達が取り返して戻ってきた後、私たちがあの蔵の中に顔を出し、名乗りを上げるのです」

「そこで凄い凄いって称えてもらうのね! 流石めぐみんは一味違うわ!」

 感性が少しずれているように感じるが、今のカズマ達にしては願ったり叶ったりだ。

 二人はカズマとダクネスの帰りを待ちつつ、殺風景な町をぼうっと眺めていた。

 

 日もだいぶ傾き、そろそろ夜に差しかかる頃。

 

「そろそろ治安が心配になりますね。アクア、明りは持っていますか?」

「そんなもの持っているわけないわよ。まあ私の曇りなきまなこのおかげで、私は暗闇の中で明りがなくてもくっきりはっきり見えるんだけどね」

 

 そう話している時だった。

「なんだかこのあたりから強いアンデッド臭がするわね……退治してくるわ!」

「あ、アクア! 待ってください!」

 

 不意にアクアが走り出した。めぐみんは急いでアクアを追いかける。

 

「セイクリッド・ターンアンデッド!」

 

 黒い装束の女に光がぶち当たる。

 しかし、その女は退避行動をとったのか、少しかすった位だったのか。アクアの全力の浄化魔法で昇天していない。

 

「おっかしいわねー。何で効かないのかしら。何かものすごく鼻が曲がりそうなほど臭いんですけど」

「あら……この感触、凄く忌々しいものだったわ――」

「セイクリッド・ターンアンデッド!」

 

 女が言葉を続ける前にアクアは再び浄化魔法を放つ。

 それを蜘蛛のごとくひらりと回避し、女はアクアたちのほうを振り返る。

 全力の浄化魔法の影響を少なからず受けているのか、女の体は少し薄くなっている。

 しかし、二人を見る目は殺意に濡れており、アクアやめぐみんの背筋を凍りつかせるには十分すぎるものだった。

 

「ちょ……ちょっとあの女の人怖いんですけど。刃物をちらつかせてるし本当に怖いんですけど」

「……」

 アクアは現実を認識していないのかわざとらしい明るい声。アクアがその気になればあれくらい一発なのだが、どうにもうまくいかない。

 めぐみんはただただ小刻みに震えることしかできなかった。

 

 女は見逃してくれたのか、着ていたコートをその場に脱ぎ捨て、アクアたちを置いて蔵の中に入っていく。

「ちょっとちょっと、このままだとカズマ達がやばいんですけど! 殺されちゃうかもしれないんですけど――!」

「あわわわわわわ……どうしようどうしよう……」

「カズマには余計なことするなって言われてるけどあの邪悪なアンデッドを倒すためだもんね! 突撃してくるわ!」

「わ、私も行きます! 爆裂魔法は使えそうにありませんが……」

 

 アクアが勢いよく走りだす。

 女に続いて二人も入っていった――

 

 

 

 



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第一章4 戦闘の展開

 

蔵の入り口付近が暗いからか、今入ってきた女性の詳しい情報は分からない。

 

「「え……?」」

 カズマとダクネスは、思わず呆けた声を出す。

 それは、予想外の交渉敵の乱入を察してか。

 しかし、それに続いて入ってきためぐみん達の一言によって、場の空気が凍りつく。

 

「カズマ、ダクネス、今の女の人アンデッドのような気がするんだけど私の全力の浄化魔法を打っても消し去れないの! 退治して頂戴!」

「女の人は手にはナイフを持っています。もしかしたらこの場にいる全員を皆殺しにするつもりかもしれません……!」

 めぐみん達は焦りが抑えられていないからか、声が上擦っている。

「ちょっとおめーら何言ってんだ! これはアタシの取り引き相手だぞ! 退治されたらアタシらが困るだろ!」

 少女は、めぐみん達の発言を聞いて思うところがあったからか、即座に修正する。

「待て待て。やっぱりこの女の人はペンダントを取引しに来たのか? それだったら困るぞ。俺たちはこのペンダントを取り返せないと明日の御飯も危ういからな」

「何ぶつぶつ言ってんだか知らねーが、おめーらの求めてるものと違うからな。何でこんなもんを求めてんのか知らねーが、あの女の人が求めてんのはこっちだろ」

 

 少女はそう言って手の中から赤色に光る徽章を取り出す。

 それは、どうも少女に反応して赤く光っているようにも見えた。

 何かあるのだろうか、とカズマは首をかしげるが、他人の個人的な事にまで首を突っ込む余裕はないし、そんな義理もない。すぐに疑念を振り払う。

 これは交渉の一幕。カズマ達にとっての舞台装置。そのような考えを持つものも少なくはないだろう。

 

 

 しかし、女の一言によって、場の雰囲気が一転する――――――

 

 

「あら……? 依頼主から聞いていた状況と違うようね…………でもいいわ、この状況。凄く心に響くものがあるの。ここにいる全員の腸の中身を暴けたら、さぞかし素晴らしいものでしょうね……」

 常識では考えられない戮殺者の宣言。発される殺意の気が膨れ上がる――!

 それを聞いたアクアはアンデッドを一刻も早く退治したいためか浄化魔法を放つ。

「アンタ何言ってんの。退治されるのはアンタの方よ!『ターンアンデッド』!」

「やっぱりこの人、この場にいる人を皆殺しにするつもりです。広い所に誘導さえできれば日課のついでに退治することができると思うのですが」

 しかし、アクアの本から放たれた光よりも早く、女は逃げるように身をかわす。

 尋常でない反射神経。それに、よく見ると、もう体は薄くない。治癒魔法を使う様子が見られなかったので、回復能力も群を抜いているのだろうか。

「ああもう、何で逃げるのよ!『ターンアンデッド』、『ターンアンデッド』!」

 アクアが怒りで顔を赤くしながら必死で浄化魔法を唱える。

 しかし、黒髪の女は、余裕綽々といった表情で浄化魔法をかいくぐる。まるで蜘蛛のように。

 

「ちょっと待て――ダクネス、こういう時お前の出番だ! お前が足止めをしてアクアの浄化魔法を喰らわせろ! 多分あの女はアクアの言っている通りアンデッドだろう! お前は敬虔なエリス教徒、悪魔とアンデッドは滅びろというのが教義だろ! エリス様に背きたくなかったら行って来い! お前の堅さなら大丈夫だ!」

「切羽詰まった状況でもこの仕打ち……ちょっと行ってくる!」

 ダクネスが女の持つナイフを見て目の色を変え、戦闘の場へ飛び込む。

 普通の人なら考えられない行動だが、何せダクネスの事だ。普段の彼女を知る物ならば納得がいくだろう。そう、普段の彼女を知るものならば――――

 

「おめー、あんな綺麗な女――騎士? に何やらせてんだ! おめーもちょっとは戦おうとか言う意思はないのか?」

「小僧、女三人にあれほどまで戦わせておいて何でお前は戦わないのか、儂には不思議に思えて仕方ないのじゃが。情けないわい」

 カズマ達と初対面の取引相手二人が、自分は戦わずにかろうじて安全を保っている場所に居るカズマの事を責めたてる。

「俺はパーティーの司令塔なんだよ。俺が死んだら誰があの三人を指揮するって話になるからな」

「兄ちゃん、ちょっと質問いいか? そのお前の言っているパーティーって何のことか?」

 どうも何を言っているのか分からないようで、少女はカズマに質問を投げかける。

 確かに、今カズマ達の召喚された世界ではパーティー、いわば冒険者のような、複数人とチームを組んで魔物と戦う制度というものはない。

 せいぜい魔法適性のあるものが自然の力――マナを使って具現化する魔法を使って敵と戦う位だ。

「ちょっと待ってくれ。この世界って魔王軍に侵攻されかけててピンチな状況、冒険者が集まってパーティーを組んで魔物たちを倒す、そんなゲーム的な世界じゃなかったのか?」

 その返答を聞いて、今度はカズマが面くらった表情になる。

 この世界とカズマ達一行が元いた世界――常識に大きな齟齬があるようだった。

 

 向こうではダクネスが女と息もつかさぬ攻防を繰り広げているように見える。――しかし、よく見ると女の攻撃はダクネスに当たるものの、ダクネスの大振りの攻撃は避けられ、かわされ……こんな時にまで攻撃は全く当たらない。

 たまに場が光に包まれるのだが、何故か女は消えない。ダクネスと戦いながらアクアの浄化魔法を避けているのだ。 

 時折攻撃を受けたからかダクネスの艶っぽい声が聞こえてくるが、今のところは大丈夫だろうというのがカズマの結論だった。

 

 しかし――

「あわわわわ……ダクネスとアクアは戦う手段がありますが、私は爆裂魔法一筋。こんな狭いところで打てる魔法などありません。狙われたら一瞬で終わります。誰か、私をカズマのところへ連れて行ってくれませんか……?」

 ぼそっとめぐみんが呟く。それも、この場では誰も聞こえないような、そんなか弱い声。

 しかし、カズマはめぐみんの言葉を読唇術で読み取っていた。

(でもこのまま俺がこの場を突っ切ったら絶対に一撃で殺される……! 誰か、足止めをしてくれる人を――!)

 

 そう。同じ盗品蔵の中とはいえ、めぐみんが居るところとカズマ達が居る所は丁度戦闘によって分断されているのだ。

 一応足止め役としてダクネスが居るし、近くにはアクアが居る。普通ならば女は身動きの取れない状況に居るはずなのだが、ほぼ無傷かつ、直接浄化魔法を喰らっていない時点でお察しだろう。

「そろそろこの忌々しい風の吹く戦闘にも飽きてきたわ。何かこの場に新しい風を吹かせてくれないかしら……?」

 女が余裕そうに言う。――それも、カズマ達のいる方をじっと見て。

 そこにいた三人は、女の発する殺気を受けて背筋が凍る感触を味わう。

 

 それを受けて動き出したのは、この場で一番年が低そうに見える少女だった。

「あの女を足止めしておけばいいんだろ? なんか、あの青髪の人すげー強そうだから安心していいんだな?」

「ちょっとお前、本当に行くのか? ああ、多分アクアなら足止めさえすれば一発で浄化してくれるが、ああ見えて頭が弱いから注意しろよ?」

 危険な戦闘に参加しようとする少女をカズマは引き留めるが、少女が身に纏う空気を感じ取り、助言する事に変えた。

「おいフェルト、お前は助けを呼びに行け。このまま戦闘に持ち込んだところで何も変わらんぞ」

 しかし、フェルトと呼ばれた少女の保護者なのだろうか――――老人が、カズマの考えとは真逆の事を言う。

 

 人の事を言えないのだが、ひたすらに他力本願な考えだなとカズマは心の中で呟く。

 でも、それでいいのかもしれない。

 この少女――フェルトは強い。盗みの腕も相当だと見える。実際盗賊のような事を何度も繰り返しているカズマが言うのだから、間違いはない。

 しかし、耐久力や筋力に優れたダクネス、プリーストの腕にかけたらダントツといっても過言ではないアクアを一人で相手しているあの女に、この少女が加わったところで犠牲が出るだけだろう。

 ――最悪の場合、アクアのリザレクションがあるので、アクアさえ無事なら何とかなるのだが。

 

 この世界の話だ。カズマ達の住んでいる世界の話ではない。そういう時はこの国の者の言う事に従っておいた方がいい。

 だから――

「俺の言った事は忘れろ! フェルトと言ったか。助けを呼んで戻って来い!」

 迷わずカズマは自身の考えを破棄し、老人の言った事を尊重する。

 それを聞いた少女は、カズマも惚れ惚れするような体さばきで戦闘の場を潜り抜け、盗品蔵の出口にたどり着く。

 近くにめぐみんが居たのだが、少女はそれには目もくれずに出て行った。

 めぐみんは助けに来てくれたのかと思い、顔が明るくなったのだが、少女の目論見がそうでない事を知り、再び顔を落とす。

 

「ダクネス、ちょっとそこ足止めして!」

「攻撃なら望むところだ! ここは絶対に通さん! さあ、かかって来い!」

「どうしてかしら……あなた達からは怖がっている感情が全く見えないのだけど」

 

 幸いにもアクアとダクネスが女をずっと足止めをしているようで、周囲には被害が渡っていない。強いて言えばダクネスの大振りの剣が壺を切り裂き、陶器の破片が周囲に散らばっている位。

 ――そう言うと聞こえはいいが、上級職二人の二対一で膠着状態となっている。と言った方が正しいだろう。このままだと、尋常でない体力を持つダクネスも疲弊し、戦えなくなってしまう。そうなった時はここにいる全員、終わりだ。

 あの女をアクアだけでは止める事ができないと、アクア以外は分かっていた。

 

 

* * *

 

 

 

 コンビニ帰りに異世界召喚され、途方に暮れていたものの、何の因果か今に至る――

 

 引きこもり生活も早三ヶ月、そろそろ留年が決定しそうな頃合に召喚された菜月・昴

 召喚された直後は右も左も分からないままに通りすがりのチンピラに襲われ、危く殺されそうになったのだが――

「私、スバルに任せていい?」

 銀髪の美少女、サテラと共に、盗まれた徽章を探して貧民街を彷徨っていた。

「思ったよりもあっさり了承されて拍子抜け! まあいいけども!」

 そろそろ盗品蔵に着くのだろうか。今はどちらが蔵の中で交渉するかを話し合っていたようだ。……とはいっても、スバルの提案一つでどちらが入るかは決まったようだが。

 

 盗品蔵の中からはどんどんと誰かが暴れている音がする。

「ねえ……これ何か嫌な予感しかしないんだけど、このまま入っちゃった方がいいよね」

「別に、嫌だったらいいのよ。これは私が自分で何とかしないといけなかった事なんだし」

 この美少女――サテラはお人よしだ。それは、路地裏でスバルを救った時もそうだが、ここに来るまでの道中でも、何人もの人を助けていたりする。

 何故か彼女自身は自分がわがままでやっている事だから、と譲らないが、どう考えてもそれはお人よしすぎる部分を悪く見すぎだろう。

 だから、

「俺についてはノープロブレム、それよりサテラも気をつけろよ! 俺が居ない間に変な人に襲われたりしないようにな!」

 自分も、自分のわがままで行動しているだけなんだ、と言い聞かせる事にした。

「私は別に大丈夫よ。いざとなればパックを起こしたらいいんだから」

 少し心を落ち着かせてから、スバルは盗品蔵の取っ手を掴み、恐る恐る開けた。

 中の様子を探るために。

 

「まさか助けを呼んできてくれたのか!」

 スバルと同い年くらいと思われる少年の期待に満ちた声。

「あの……申し訳ないですが私を向こうのカズマのところに連れて行ってくれませんか……?」

 後ろに立っているサテラよりも年が低そうな少女の声。

「ああもう、ダクネスでも足止めできないってこの人絶対おかしいんですけど!反則なんですけどーー!」

「いいぞ、いいぞ……私をそのナイフで裂いてみるがいい! やれるもんならやってみろ!」

 その二つの声の後に、怒声が響いてくる。

 どうやら、この中で戦闘が起こっているらしい。

(まさかこんな所でイベント発生か? でもそれにしては……?)

 今起こっている事が整理できない。一体どうなっているのか。

 しかし、ここで戦闘が起こっている事は確かなので、自分では何の役にも立たないだろう。

 だから、スバルはこうすることにした。

 

「あ、サテラ、ちょっと来てくれ! 多分君の力が必要だから!」

「いいけど、何かあったの?」

「ちょっと中で戦闘が起こってる。俺は全く戦えないから、魔法で何とかしてくれないか?」

 

 サテラが、怖がられなかったらいいな、と呟き、盗品蔵の中へ。

 

 

 * * *

 

 

 事態は悪化している。カズマも横にいる老人もそう勘づいている。

 戦闘をしている二人はある意味楽しそうにも見えるが、見ている方は心臓が破裂しそうだ。

 

 時折、ダクネスが声を上げる。女のナイフがダクネスの腹へ向けられる。

 今のところは鎧のおかげで助かっているが、執拗に同じ場所へ傷を付けられた結果、今にも鎧に穴があきそうだ。

 アクアは必死で浄化魔法を唱えているが、それを唱えている隙に標的が逸れ、当たらない。

 勝てる見込みがあるのならばカズマは迷わず参戦するのだが、どう考えてもこの中に突っ込んでいくと一瞬でエリス様送りだ。めぐみんも同様に。

 

 フェルトがとてつもなく強い人を引き連れて帰ってくるのを待つことしかできないもどかしさ。非戦闘組は、今身動き一つ取れない状況――――

 

 その時だった。

 一筋の光が扉から漏れ出る。

「まさか、助けを呼んできてくれたのか!」

 カズマは思わず叫んだ。

 しかし、他の人はそれに気づいていない様子。

 扉を開けた主は状況を理解したのか、何故か扉を閉めた。

(ちょっと待ってくれ……助けはまだなのか? このままだと本当に……)

「『ターンアンデッド』! ほんとにしぶといやつね! さっさと消えなさい!」

「残念ながら、生き汚い事には自信があるから」

 浄化魔法の光が再び場を支配。しかし、結果は予想通り。

「まずは、そこの黄色い人を倒しましょうか……? ふふふ、あなたのような綺麗な心を持っている人はきっととても綺麗なモノが見られると思うの……」

「望むところだ! さあ、かかって来い!」

 

 ダクネスの声が心なしか嬉しそうに聞こえるのは気のせいではないだろう。

 尋常でないスピードで逃げ回る女に焦点を合わせてみると、所々に深い切り傷を負っている。先程は気が付かなかったが、もしかしてダクネスの辛うじて当たった剣の傷が癒えていないのかもしれない。

 

 

 と、その時。

 

 

「――――そこまでよ」

 

 思わず聞き惚れてしまうほどの麗しい声とともに巨大な氷柱が女の元へ向かう。

 声の主は、美しい銀髪を揺らしながら蔵の中へ足を進めたのだった。

 

 

 




 カズマさんのキャラ崩壊が凄まじい事になっていますが、まあピンチになっても案外冷静な判断ができるってことで。
 ロム爺は戦闘に参加しなかったのですが、それはダクネスの邪魔をしないようにという配慮です。


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第一章5 三対一

「私の徽章を、返してもらうわ」

 

 銀髪の女は尚更にはっきりと言った。

 アクアとダクネス、傍にいるめぐみんもが堂々と歩みを進める女に釘付けになる。

 その姿はまるでで一枚の絵画を見ているようで――ただただ美しい、といった感想しか浮かんでこなかった。

 だからだろうか。

 今迄対峙していた黒い女が大きく振りかぶり、ダクネスの腹にナイフを向けている事に、誰もが気付かない。

 

「あ、あの子が危ない――」

 薄くなっていてあまりよく見えなかったが、銀髪の女の肩に乗っている猫がそう呟く。

 巨大な氷柱が女の手から繰り出され、音を立てて放たれた。

 それは、上手い事にダクネスに当たらないようにコントロールされており、ただ黒い女だけを狙っている。

 女は、それをひょいとかわそうとしたが、反応が遅れたのかどうやら足を吹き飛ばされている。文字通り片方、足が欠損する。

 しかし、それでいても声一つ上げない黒髪の女は、やはり異常者という事か。

 

「エルザ――やっぱり、君は異常だね。足を失っても、全く鈍る事を知らない」

「そうね。だって、血を流した時の痛みこそが、『自分が生きている』って実感できる、それだけでしょう」

「うわー……この人ちょっと引くぐらい性癖が危ないんですけど。アクシズ教の女神としても見過ごせない位やばいんですけど」

「……」

 どん引きしたアクアがすうっと女から離れる。

 ダクネスはどこか自分に思い当たる節があるのか黙りこくっている。

 

 ――――ああ、この人、ダクネスよりもやばい感じのどMだ。

 カズマは死んだ魚の目をしてそう呟いた。

 

「あの……! 私を、あの黒髪の男の人、カズマの元へ連れて行ってくれませんか? 私はここでは魔法を打てないので、何もできないのです」

 めぐみんが勇気を出して銀髪の女に助けを求める。

「えっ……? 本当に、いいの?」

 声をかけられた女は心外そうにめぐみんの方を凝視する。

 何故かめぐみんを心配そうに見つめている。

 

 

 触り心地はまるで絹のような長い銀髪、そして形の整った長い耳に、何もかも映してしまいそうな紫紺の澄んだ瞳。

 その特徴は世間では『嫉妬の魔女』と同じ外見をしているから、といった理由だけで迫害を受けてきた種族、ハーフエルフのものだ。

 出会う人出会う人から忌々しい目を向けられるのが当然なのに、今ここにいる人たちはみんなハーフエルフであると知っていても動じない変わった人ばかりだ。

 特にスバル――今日一日行動を共にしてきた少年は、自分が『嫉妬の魔女』と同じ名前、サテラを騙っても、何も知らなさそうに、気にせずに行動を共にしてきたのだ。普段ならば絶対にあり得ないこと。

 今日くらいこんな幸せな思いをしたっていいよね、と心の中で呟き、女はめぐみんを抱きかかえる。

 

「この子を向こうまで運ぶから、パックは援護をお願い。もう時間を過ぎているから大変だと思うけど、ごめんなさい。今は仕方のない事だから。――これは、私がしたくてやっている事。皆には、迷惑になってしまう事――」

 最後の言葉は、胸の中にいるめぐみんにしか聞こえないほど小さかった。

 めぐみんはそれを聞いて、問う勇気もなく疑問を持つことしかできなかった。

 

 エルザと呼ばれた女が、今はほぼ何をすることもできない女に向かって刃を向ける。

 それを咄嗟に肩の上の猫が氷の盾を作って防御。女は苦い顔で舌打ちする。

 その隙をついて銀髪の女は端まで走り切り、めぐみんを下ろす。

「あ、ありがとうございます。ところで、今は状況が悪いですが名前を教えてくれませんか?」

「うん――サテラ、そう覚えておくといいわ」

 

 名前を言う事に少し躊躇いがあったのか、不自然な間が出来る。サテラと名乗った女は再び戦場へと戻っていった。言葉にはどこか含みがあり、めぐみんには何かを隠しているような気がした。しかし、今はそんな状況ではない事はめぐみんにも分かり切っていた。

 めぐみんは思わず首をぶんぶんと振って、カズマの元へ駆け寄る。

「めぐみん、おまえ大丈夫だったのか?」

「カズマーー! 私はずっと心細かったのですよ! 何でそんなに心配してくれないんですか!」

 棒読みで言ったカズマにめぐみんは飛び付く。それをふりほどいてカズマは、

「今はそんな状況じゃないだろうが! あの女どうなってんだ! アクアとかダクネスでも倒せないって相当だぞ!」

 今自分たちが倒さねばならない敵を評した。カズマの中でも表面上の焦りがあるのだろう。

 しかし、心の内部は冷静を保っている。戦いによる謎の高揚感も全く感じない。

「確かにあの女の人は凄腕です。でも、サテラ? が戦えるようなので、多分私の出る幕はなさそうですね。あの女に私の爆裂魔法を一発喰らわせてやりたいのですが」

「やっぱりお前、泣きそうな顔してるくせにそこまで不安じゃなかっただろ」

 

 こんな時も紅魔族一の頭脳から来る冷静さを発揮するめぐみん。とはいえ、こんな人の密集した屋内で爆裂魔法を放つのは流石に勘弁してもらいたいところなのだが。

 しかし、カズマ達の平穏なひと時も、女の一言によって壊されることになる。

 

「あら――そろそろ茶番も終わりにしない? 私もこの戦いには飽きてきたのよ」

 余裕綽々と言い放った女が、今度はアクアにその刃を向ける。

「させるか! 攻撃するなら私を攻撃するがいい! その曲がったナイフで拷問されると思うと……! さあ来い! むしろ私を攻撃しろ!」

「ダクネスが痴女なのはいつも通りだけど、まさかここまで重症とは思わなかったわ。今のダクネスならあの忌々しいアンデッドにも負けないわよ?」

 アクアが、自分の仲間であるとは思えない発言をし、そそくさと二人から距離を取る。

「『ターンアンデッド』!」

 アクアの魔法が炸裂。不意を突いたので今度はまともに当たったと思えたが――

「本当に忌々しい風だこと。でも当てられないなら意味はないわよ」

 女は足の痛みに耐えながらとてつもない集中力を発揮する。

 足を片方欠損しているからか、四つん這いで逃げているので全く不格好だが。

「何でそんなに逃げ足が速いのよーー! 今度こそ浄化しちゃえると思ったのにーー!」

 

 両方、攻撃が通らない消耗戦に突入する――――と思われたが、今度はそうはいかない。

 

「パック、お願い!」

 再び生みだされる氷柱。またしてもそれは女をめがけて飛んでいく。

 しかし、女は余裕でかわしたので、氷柱はそのまま軌道に乗って飛んでいく。

「ちょ、こっち来るなーー!」

「危ねえっつの。おらよーー!」

 氷柱は見事にカズマ達非戦闘組の居る方向へ。

 しかし、それは隣にいた老人の渾身の一投げ――棍棒によって軌道が逸れ、辛うじて人のいない場所へと着弾する。

「しかし、このままだと厳しいな……。ってかあいつほんと何者なんだ? 魔王軍の幹部以上に強いぞ?」

「確かにあの女の人は頭がおかしいほど強いです。何故かアクアの浄化をかすってもすぐ元に戻ってしまいますし。やはり、金髪の女の子の帰りを待った方がいいような気がします」

「逃げてなかったらいいんだけどな。呼びに行ったのが俺だったら絶対逃げるぞ」

「そんな不穏な事言わないでくださいよーー!」

 

 戦闘の傍ら、そんな会話をしているカズマとめぐみん。

「ちょっとあんたたちも応戦しなさいよ! 第一、さっきからずっと私たちだけで戦ってるのに会話するってどういう事? 労って! もっと私を労って!」

「いや……私としてはこのままの状況で大歓迎なのだが……というよりももっと強く襲いかかってきてほしいものなのだが……」

「「「お前今なんて言った」」」

「い……言ってない……もっと襲ってきてほしいなど、騎士として言えたものか……」

「言ったろ」

 

 こんな状況なのに相変わらずダクネスは楽しそうだ。

 それを聞いていた女はぴくりと眉を動かしたが、こんなことも仕事のうちなのだろう。すぐに仕事人モード、もとい暗殺者モードへと戻る。

 それを遠目で見つめていたサテラは羞恥で顔を赤らめながら精霊――パックの存在していた方の肩に触れる。それも、どこか不安げに。

 どうやらダクネスの、ここまで来ると異常なまでの性癖にどう反応していいのか分からない様子。

「パック、ごめんね。ここまで長く実体化させちゃって」

「――のためなら何てことないよ。多分――はもう魔法を使わなくても大丈夫なんじゃないかな。あの青髪の女の人、とてつもなく神聖なマナの流れを感じるから、何があっても大丈夫なんじゃないかな」

 穏やかなその声は、実際に喋っているのではなく、念話によって脳内に響いているものだ。

 実体化の限界――時間は、容赦なく戦力を削いでいたのだった。

 

 

* * *

 

 「どう考えても流石に遅すぎるだろ……本当に大丈夫なのか? まさか中で皆殺し……ってのは流石にないか。いやでも――」

 中から戦闘をしていると思われる音が蔵を揺るがすが、それでいても流石に戦闘が長すぎる。犠牲が出ていてもおかしくないと不安に思ったスバルは、扉を開けて中に入った。

 

 蔵の中へ足を踏み出した、その時。

 ふと黒い影が横切ったと思えば、自分が血を流して倒れている事に気づく。

 

「――ちょっと何やってんのよ―――! 死んじゃったら私達何もできないじゃない!」

「いや待ってくれ! 何で――が勝手に殺されなきゃいけないんだよ! お前、今の俺のレベル―――だぞ?そう簡単には―――ねーだろ!」

 さっき扉を恐る恐る開いたときに聞いた声。

 その声の切迫さだけで、自分がどのような状況にいるか、知りたくもなかった状況を、はっきりと自覚する。

「あ――――」

 サテラらしき人の声も聞こえる。心配しているのだろうか。混乱しているのだろうか。

 

 最後まで聞き届けることなく、今迄も朦朧としていた意識は、ぷっつりと――完全に途切れた。

 

 

* * *

 

 ふとした隙を突かれ、女を自由に動き回らせてしまったのがいけなかった。

 

 

「ちょっとカズマー。この人後で復活魔法掛けるから安全なところに避難させといてくれない? 粉砕されちゃうと流石の私でも蘇生出来ないわよーー?」

「おい待てアクア。何で俺に言う。あんな化け物の間を掻い潜るとか流石の俺でも死ぬぞ」

「あっれーー? カズマさん、さっきなんて言ったっけ? 今の俺のレベルもう三十に迫るぞ? そう簡単に殺されるわけねーだろ! だって! ウケるんですけどー! 肝心な時にビビってて超ウケるんですけどーー!プークスクス」

「お前だって自分の得意技の浄化魔法、全っ然当たってない癖によく言うよな! ほんとにお前、女神なのか? 邪悪な存在を一瞬で浄化する女神なのか?」

 

 一人の犠牲によってカズマとアクアの煽り合いが始まる。

 それを傍で聞いているダクネスは、騎士としての誇りか、はたまた自分のどうしようもない性癖のためか一人で女と戦っている。

 ――とはいえ、ダクネスの剣は全く当たらないので、傍から見れば一方的にやられている図にしか見えない。

 しかも、さっきから攻撃を浴びせられ続けていたからか、時折赤いものがダクネスから飛んでくる。当の本人は、恍惚の表情でそれを受け続けているので、もう放置しておいても罰は当たらないのではないかと思ってしまうのだが――

 ダクネスが最後の砦、壁役としての役割が終わりに近付いている事を意味しており――

 

「おいアクア! ダクネスにさっさと回復魔法をかけろ! おまえ、浄化魔法がさっぱり当たらないんだからこういう時の時間稼ぎくらい役に立て!」

「ちょっとカズマ、誤解してるようだけ強いのは向こうだからね! だからお願いカズマ、さっと離れようとしないで! あの人はアンデッドだけど意思があるから近づいてこないから!」

 もしかしてアンデッドが近寄ってくる恐れがあるのでは、と気づいたカズマは、とっさの判断でアクアから離れようとする。

 これ以上あの部屋でエリス様に会う事は御免被りたい。

 しかし、アクアはカズマの腕をつかみなおし、引きとめる。気持ち涙声になっているのは、言わないでおくのが賢明だろう。

 

「ダクネス、頑張って!『ヒール』!」

「ああ、ありがとう。これでまだ何とか持ちそうだ……!」

「――――」

 ダクネスがアクアに礼を言った瞬間、女の刃がダクネスに向けられる。

 それを、ダクネスはただがむしゃらに振り回した剣でガード。

 流石に女も疲れてきたのか、息が荒い。ここまで長丁場になるとはだれも予想していなかったのだろう。

 めぐみんは、さっきから姿の見えないサテラを探す。

 しかし、空間にどこか違和感があるだけで、全くどこにいるか分からない。白い何か――人のようなものが入口の付近にいるだけだ。

 さっきの瞬間までは確かにいたと思うのだが――。

 

 

「パック……、パック! どうしよう、スバルが……!」

 認識阻害のローブを再び頭まで被りなおしたサテラは、その場に倒れているスバルにひたすら回復魔法をかけていた。

「そんな事を僕に言われても。あの少年はタイミングが悪かった。というしかないよ。いや、でももしかしたらあの青髪の子がなんたら、っていう復活魔法が使えるようだから、諦めるのはまだ早いよ。でもにわかには信じがたい話だけどね。復活魔法なんて、オド・ラグナが許さない」

 パックが、やれやれといった調子で声を響かせる。

 サテラもパックも、今戦っている人たちはどこかおかしい、という事を感じ取っている。

 

 カズマ……と呼ばれている黒髪黒目の少年や、アクアという青髪の女が大声で叫ぶ言葉は女神だのスキルだのレベルだの、聞いたことも見たこともない言葉ばかりだ。

 しかも、女性なのに自分の事を騎士と言い張る、変な人もいる。

 それに、さっき運んだめぐみん――と呼ばれている少女は、愛称だからだろうか。名前からしておかしい。――その考えを本人に言うと真正面から吹き飛ばされかねないが。

 黒髪なのでカズマとの関係を窺わせるが、こちらは燃えるような紅目を持っているため、あまり深読みしないほうが良いだろう。

 

 

 

 

* * *

 

 

 時間は少し遡る。

 

 フェルトは、誰か強そうな人を求めて貧民街を彷徨い歩いていた。

 さっきの人は本当に強い。自分が『風の加護』をフルに活用して戦ったとしても、十分とて持たないだろう。

 今蔵の中で戦っている二人は間違いなく強いが、相性の問題か、完全に倒しきることは難しそうだ。

 逃げてしまいたい。今ここで逃げてしまえば、きっと楽とは言わないものの、生きながらえるが出来るだろう。しかし、それは今迄家族のように付き合っていた老人を見捨てる事になる。

 年もまだ幼いフェルトの事。そんな残酷な選択肢を選ぶことなど、出来るはずもなかった。

 

「早く、ロム爺を助けてやらないと――」

 フェルトの思いは、ただそれだけだった。

 ただその使命感から、強そうな人を探し、彷徨い歩き、そして走る。

 金目当てに盗んだペンダント、そして理由も知らされずに依頼された徽章――その二つが、ここまで大事になるとは思ってもいなかった。

 

 一人の、騎士服を着た赤毛の青年が、橋の上に立っていた。

 何かを探しているのだろうか。それとも、こんな辺鄙なとで誰かを待っているのだろうか。

 騎士様というのならば、もっとマシな場所が山ほどあるというのに。

 しかし、これはフェルトにとって好都合だ。

 気が逸ったのか、思わず足が速まり、青年の元へ。

「――お願い、助けて」

 

「分かった。助けるよ」

 

 金髪紅目の少女と、赤髪碧眼の青年の運命の出会いが、今ここに。

 

 

* * *

 

 このままでは双方とも長くは持たない。アクアがもう少し精度の高い浄化魔法を打てるならば勝算は十分にあるが、本人が最大限の力を使って打っているらしい。

 そうなれば何もできないカズマやめぐみんがこれ以上を要求するのは野暮だろう。

 

 そうこうしている間に、時間は過ぎて――

「こんな味気のない戦い、そろそろ飽きてきたのだけど。さっさと終わりにしましょう」

 女は、今度は丸腰のカズマとめぐみんに狙いを定める。

「ちょっとおい! やめろ! ダクネス、こんな時こそお前の出番だ! 壁になるのは大得意なんだろ!」

「あわわわわわわ……もう爆裂魔法を打ってしまっていいですか? いいですか?」

「おいやめろ。この場にいる全員死ぬ」

 恐怖のあまり物騒な事を呟くめぐみん。

 冷や汗を浮かべながら、カズマはダクネスに助けを呼ぶ。

 

「さあ来い! お前の攻撃を受けるのはこの私だ!」

 

「ねえダクネス、私としてもこのやり取り、さっきから何回も聞いてるから飽きてきたんですけど。というかその汚らわしいアンデッドはさっさと成仏なさい!」

 アクアの怒鳴り声と共に、浄化魔法が放たれる。

 

 

 その時。

 

 

「――――そこまでだ」

 

 金髪の少女に連れられて、燃えるような赤毛の青年が扉を開け放つ。

 その姿はさっき入ってきた銀髪の女を彷彿とさせる光景だった。

 



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第一章6 戦いの終結

「君たちを、助けに来たよ」

 

 燃えるような赤髪、純粋な『正義』を映す空色の瞳。

 余計な言葉を取っ払うと、それはまさに――

 

 イケメンだった。それも、かなりの。

 

 その類稀なる容姿や、そこから発される威圧感に場にいる全員の時が止まる。

 しかし、赤髪の青年はそれには気も留めず、ただ黒髪の女だけを見つめる。

 忌々しい物を見るような目線。それだけがこの場を支配する。

 

「今、その金髪の女性に突き立てようとしているのは、北国特有の刀剣だね。そうして、黒髪黒目だ。そこまで特徴があれば見間違えたりなどしない。――君は、『腸狩り』だ」

 

「「「「は?」」」」

 

 聞いたこともない名前に、カズマ達はぎょっとする。

 名前の物騒さは勿論だが、女のこれまでの行動をフラッシュバックすると、そう呼ばれるのは間違いないだろうと思わせる行動がたくさん、出てくる。

 そんなカズマ達の様子を見て、青年はさらに続ける。

「女の特異な殺し方から付いた異名だよ。ただの傭兵だ、という話もあるが、王都でも危険視されている――超一級の危険人物だ」

 見ず知らずであるカズマ達の様子にも気を配っているのか、青年は説明口調で話す。

 

「――――」

 

 今更ながらに知った女の情報を聞いてどうする事も出来ずにいる四人に代わって、沈黙を破ったのは黒髪の女だった。

 空色の双貌をしっかりと見据え、挑発口調で煽る。

「あら。『剣聖』ラインハルト。騎士の中の騎士と呼ばれるお方とこうして手合わせ出来るだなんて―――雇い主には、感謝しなくてはいけないわね」

「聞きたい事はたくさんあるが、まず投降する事をお勧めするが?」

「ここまでの最高のシチュエーションに加え、現れたのは最高のステーキ。血に飢えた肉食獣が我慢するとでも?」

「まあ、そうですよね」

 

「じゃあ――――遠慮なく行かせてもらう」

 

 

* * *

 

 ここまでの会話をただ黙って傍観していた四人――正確には銀髪の少女含め五人だが。

 目まぐるしく変貌する状況、そして聞いた事のない言葉の数々。四人は、混乱していた。

「ねえねえカズマさん。あの男の人とても強そうだから、私達もう退散しましょうよ。こんな危ない所にいても何も変わらないと思うの」

「ちょっと待てアクア。ここまで引っ張ってきてダクネスのペンダントが取り返せないなんて絶対に嫌だぞ。後お前、ずっとあのアンデッドが忌々しいだの何だの騒いでただろ。あの人と一緒に行って浄化して来いよ」

「あ、そういえばそうだったわね! ダクネスがずっと顔を真っ赤にして女に突っ込んで行ってたからすっかり忘れてたわ!」

 

「それについては否定できない…………っておいダクネス! お前邪魔になるから戻って来い! 何で突っ込みに行く!」

「あの男は尋常ではないほどの質量を切り刻む! それを受けた私は、はあ……どうなってしまうのか……そう考えると勝手に体が……!」

「おい待て! そのままだとお前も一緒に死ぬぞ! 頼むダクネス、戻ってこい――!」

 

 お馴染みの性癖も、女を倒すのに邪魔で仕方がない。

 アクアを戦場へ連れ出したカズマは、思わず叫んでダクネスを止めに行く。

 しかし、ダクネスは体をくねらせてその場を動かないままだ。

「ああもう、何でお前はいつもいつもその妙な性癖を暴走させるんだーー! もう言い、力づくで引っ張っていく!」

「カズマ……カズマなのか……! 私には構うな! このままだとお前が死んでしまう! さあ逃げろ!」

「このままだと死ぬのはそっちの方だ! もういい『ドレインタッチ』――!」

「ひゃぁぁぁっ!」

 不意に体力を吸われ始めたダクネスが声を上げる。しかし、カズマはそれに構わず、

「アクア!俺に支援魔法をかけろ!こいつ筋肉と鎧のせいで全っ然動かねーんだよ!」

「わかったわ! 『パワード』――!」

 支援魔法を打った後、青年の元へ駆け寄っていくアクア。

 まだ攻撃をしていないにも関わらず、青年が発する恐ろしいまでの剣気によってか、蔵の床が圧力によって抜け落ちる。

「おいカズマ、何度も言うが私はか弱い乙女の端くれ。筋肉が重いのではないのだ。そう、これはきっと鎧のせい、鎧のせいなのだから筋肉が重いなどとは言わないでくれ!」

「ぶつくさうるせーよ! いいから立ってこっちに黙って来い! 今あそこに言ったらお前まで一緒に死ぬぞ!」

「一向に構わん! もう我慢ならない! お前の拘束をふりほどいてでも行ってやる!」

 

 危険なことをさらっと言い放つダクネスを、強化されたステータスによって何とか拘束するカズマ。しかし、もう辛抱ならないのか、懐から、お金の袋を縛っていたひもを取り出し、ダクネスの手首に向かって投げつける。

「そうはさせるか!『バインド』!」

「う、ううう……」

 手首を絞められ、振りほどこうにも振りほどけない状態となったダクネスは、諦めたのかとたんにおとなしくなる。

 

 カズマは、ダクネスを引き摺って戻る。めぐみんと老人は、その場でただ突っ立っているだけだった。

 

* * *

 

「さあ――舞台の幕を引くとしようか」

 

 青年ははっきりと言った。その言葉と共に、壊れていた床の範囲がさらに広がる。

「ちょ、ちょっとま! 落ちちゃう!落ちちゃうんですけどー!」

 崩落する床に巻き込まれたのか、アクアは叫ぶ。

「ここで戦うのは、僕一人だけでいい。――あなたは向こうに戻っておいてもらわないと、僕が本気を出せないからね」

「でも、カズマが戦えって言うんだからしょうがないじゃない! そして、あの忌々しいアンデッドにさっさと女神アクア様の超凄い浄化魔法を喰らわせてやるわ!」

「――女神……? 変わった魔法が使えるようだがそれと何か関係があるのか……?」

 

 青年はアクアの言葉に疑問を持つ。しかし、今はそれを後回しにして目の前に向き直る。

 集中力を極限にまで高め――――辺りに風が吹き荒れる。

 アクアは必死で飛ばされないように踏ん張る。

 女は何とか特徴的な刀剣を振り回し、青年に当てようとする。しかし、それでは届かないと知ったのか、今度は投擲行為へ――

 

 しかし、それは牽制の役目も果たされることはなかった。

 刀剣は物理法則を無視して横に逸れ、床に落ちた。魔法の概念がある世界でも、ここまで理不尽な光景は見た事がなかった。

「生憎だが、飛び道具は僕には通用しない」

「『矢避けの加護』――! あなた、本当に愛されているのね」

「生まれながらに与えられたものなのでね。不公平だと思わないでほしい」

 

「では、失礼いたします――!」

 青年が一歩踏み出す。大ぶりの剣を持って。

 怯む女には隙が生まれる。

 それを好機ととらえたカズマは、アクアに指示を出す。

「アクア、最上級の浄化魔法を唱えろ!」

 『剣聖』の本気の一閃、そしてアクアの浄化魔法の詠唱によって、辺りが光に支配される――

 

 女も、荒れ狂う光には身動き一つ取れないようだった。

 

「アストレア家の一閃を――!」

「『セイクリッド・ターンアンデッド』――! 今度こそ天に召されなさい!」

 

 青年の一閃、アクアの最上級の浄化魔法によって、女は声を上げることもなく天に召されたのだった。

 アクアはやりきった達成感からか一息ついて、言った。

「やっと終わったわね。ああー、本当にすっきりしたわ!」

 

 この戦いが終わった事を感じ取った銀髪の女は、今迄深くかぶっていたフードを外し、アクアの方を見てちょいちょいと手招きする。

「ん? なに? 私に何か用があるの?」

「――」

 女は無言で目的の物に指を差す。

 それで気付いたのか、アクアは、

「あー、そういえばさっき勝手に入ってきて勝手に殺されちゃってた人もいたわね。まあいいわ、『リザレクション』!」

 

* * *

 

 時は少し前に遡る。

 

「菜月昴さん。ようこそ、死後の世界へ」

 

 白銀の少女が、無様に死んだスバルを迎える。

 何が起こっているのか分からない。確かにさっき自分は死んだはずだ。

 なのに――

「どうして意識どころか肉体もあるってんだよ。まさか異世界召喚した張本人だったりする展開?」

 暗い神殿のような場所、その中でも光が当たっている所に自分は座っており、白銀の少女――? と対峙していた。

「何を言っているかわかりませんが、私は幸運をつかさどる女神、エリス。あなたの人生はつい先ほど――終わったのです」

 

 確かに人生はもう終わっている。さっき謎の黒い女に腹を切りつけられた。

 しかし、それならばここに意識が存在しているのは、絶対にあり得ないことだ。

「ちょっと質問していいか?」

「はい」

 一息置いて、スバルは女神エリスに質問する。

「俺はこの後、どうなるんだ?」

「復活魔法をかけてもらえたならば一度限り復活できるのですが。――しかし、おかしいですね。あなたが死んだ場所は、私の管轄外の地域なんですが……」

「は……はあ」

 

 どうやら、復活魔法というものをかけてもらう事が出来たのならば、自分は復活できるらしい。

 しかし、とはいっても自分の周りにいた人たちは果たして復活魔法を使えるのだろうか。

 そして、エリスの言った、管轄外の地域という言葉も気になる。

 とはいえ、もし自分が復活出来たとした時の事を考えておいた方がいいだろう。

 そして、

 

「今、サテラ――銀髪のかわいい子だ。は、今どうしているか?」

 自分を救ってくれた少女は無事なのか――それが気がかりだった。

「生きてますよ。あなたは今、膝枕の状態で寝かされています」

 

 生きていればさぞかし天国のような状態だっただろう。

 とはいえ、自分のせいで徽章が取り戻せなかったのなら、それはそれは申し訳ない。

 ごめん、と心の中で謝っても、何を今更。遅すぎる事なのだが。

 

 もし復活できるのならば、自分は真っ先にサテラの手助けをしたい。復活できる可能性に、賭けたい。

 しかし、そうなった時、再び死なないように、目の前にいる女神にこの異世界の事をいろいろ聞いておいた方がいいだろう。

 

「あのー、エリス様、俺この世界に召喚されたばっかりなんだから、もし生き返ってったとしてもまた死にそうだから、この世界の事いろいろ教えてくんない?」

「分かりました。でも今、あなたは私の管轄外の地域にいるので、情報は確かではないですよ」

 この世界では地球からの召喚者が多いのか、エリスは自分が召喚された、と聞いても動じることはない。

 聞き取れる事は聞き取れるだけ。今は余計な雑念を振り払ってエリスの言う事にだけ耳を傾けた。

 

 ――――今、この女神の話を聞いても後々混乱するだけという事は、スバルには分かっていなかった。

 

「――それにしても不思議ですね。あなたは現世で一回も死んでいないのにこの世界に招かれた訳ですか。普通なら、この世界にやってくる前に女神の説明があると思うのですが。

 まあ、それは置いておいて。この世界では、今魔王軍が侵攻を続けており、今世界全体が侵略される可能性があります。

 それを止めるために、今、日本で若くして死んだ人を特殊な装備や力などを与え、それを止めようと頑張ってもらっております」

「――――」

「そして、魔王軍以外にも、この世界にはモンスターというものが生息しており、普段の冒険者はそれらを狩って生計を立てています」

 

 沈黙。

 スバルは、自分の身の回りで起こっていた事を整理する。

 というよりも、どこか引っかかっている事が多い。

 

 まず、自分の周りにモンスターと呼ばれる物はいたか。

 ――否。いたものと言えば獣人かと思われる人や、荷物を運ぶ竜、それに精霊。

 人に害を与える生物など、どこにもいなかったはずだ。

 

 そして、冒険者、と言われるような人物は居たか。

 ――不明。確かに護身用と思われる剣や、ナイフを携帯している人は居た。

 実際自分もナイフを携帯している人に殺されそうになったものだ。

 しかし、冒険者と呼べるかどうかはまた別の話だ。自分が見てきた中では、冒険者が生活していそうなところ、というのは王都中を探し回ってもどこにもなかった。

 

 スバルが自問自答しているからか、エリスは言葉を続けない。

 それを終了し、前を向き直るとエリスはにこっと笑って

 

「まあ、それほど心配する必要はありませんよ。強い敵と戦う事がなかったら、普通は死ぬことなんてありません。あ、でも……ふふ、カズマさんの時はおかしかった」

「なら安心した。――――ところで、今出てきたカズマって誰だ?」

 

 すぐ人を質問攻めしてしまうスバルの癖がここでも出てしまう。

 エリスは笑って、

「木から落ちて首の骨が折れて死んだり、『上から来るぞ、気をつけろ!』なんて日本で有名なセリフを言ったのにもかかわらず下に落ちて死んだり……天界の規約を曲げて何回も蘇生しているんだから、もうちょっと身辺には気を使って生きてほしいものですよ」

「……」

 

 あまりの死に様の情けなさに心の中でせせら笑うが、自分も大概なので口には出せない。

 

「まあでも、その人たちの生活は本当に楽しそうですよ。余計なごたごたに巻き込まれたりはしますが――って、あなたに言っても意味ないですよね。話しているとついつい楽しくなっちゃって」

 

 エリスはそう言って笑った。その笑顔は、心から楽しんでいる風に見えた。

 とはいえ、この女神の発言から簡単に人が死ぬ世界であるが事が分かる。

 しかも、天界の規約を曲げて蘇生している、という事はその人物、只者ではないのかもしれない。

 少し興味が湧く。一度でも話してみたい。

 

「……あれ? まさかアクア先輩? 何で管轄外の地域に居るんですか?」

「ちょ、ちょっと何だ?」

 エリスが驚きの声を上げる。

「何が起こっているか、私にも分かりかねます。――でも、あなたは復活出来るようです」

「――――」

 スバルの体を、青い青い魔法陣が、光が包み込む。

 どうやら、アクアと呼ばれる人物がこの体に復活魔法を掛けてくれたらしい。

 ――先輩呼びが気になるが。

 しかし、これは諸手を挙げて歓迎するような状況。すべてが片付いた時、復活魔法をかけてくれた人に礼を言う必要があるだろう。

 

「それでは――――行ってらっしゃい!」

 

 天界の門が開かれ、ナツキ・スバルは再び意識を取り戻した。

 

 

* * *

 

 すべてが片付いた。カズマは、アクア以外の三人を引き連れて蔵の入り口付近――アクアがたった今、復活魔法をかけた場所へ歩いて行った。

 途中、床が抜け落ちていた所があったので、そこにはまらないように慎重に歩く。

 そうして、アクアの元へとたどり着き――たった今アクアが復活魔法をかけた、腹を切られた少年の死体を見て驚いた。

 

 その少年が着ているものが、地球特有の衣装であるジャージだったからだ。

(まさか、こいつも異世界転生してきたチート持ちか? でも待てよ、それなら絶対こんな簡単に死ぬわけがないし……)

 

 カズマが疑問に思っていると、どうやらこの少年の意識が戻ってきたらしい。

「――んー、ん?!」

 目を開いた少年は、今自分の置かれている状況に驚く。

 思わず跳ね起きて言った。

 

「俺の名前はナツキ・スバル。天下一の無一文にしてたった今世に蘇ったもの!」

 

 ……はい? 

 復活したばかりなのにやたらハイテンションな少年だ。名前からして日本人なのは間違いないが。

 カズマの背後に縮こまって隠れていためぐみんが、つかつかと少年の前へ歩み寄り、言った。

 (あ、これ、だめなやつだーー。絶対触発されてる)

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の魔法の使い手にして、最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操る者!」

 

 

 その場にいる全員が固まった。

 




 次話で第一章が終わります。第二章の方針がまだ決まっていないので、活動報告のアンケートに御協力お願いします。


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第一章7 この住処のない俺たちに救いの手を!

 めぐみんの名乗りを聞いて、何も知らない四人――異世界非召喚組は一瞬硬直し、噴出した。

 

「おい、私の名前に何かあるのなら聞こうじゃないか!」

 めぐみんが、近くで腹を抱えて大笑いしていたサテラの胸倉をつかんで言った。

 サテラは返答に詰まり、思わずめぐみんから目を逸らして言った。

 ――普通の人ならばこれが当たり前の反応なのではないか。というか、めぐみんはあれほど自分の名前で散々言われてきたんだ。自分のセンスの方がおかしいとは気づかないのか。

「えーっと。すごーく、かっこいい名前だと思ったわ」

 それとなく名前ををほめたふりをするサテラ。

 しかし、さすがは知力が高いと言われている紅魔族。わざとらしい演技など即座に見抜いてしまう。

「何でそうわざとらしくいうんですか! 大体、私からするとみんなのセンスがおかしいと思うんです!」

「それは絶対にないから安心しろ」

 

 大体、名刀ちゅんちゅん丸などというふざけた名前を刻んだ奴に名付けのセンスがあるなど、死んでも認めたくない。しかも自分たちは紅魔の里の名づけセンスのおかしさは身をもって体感している。

 ――もしかしたら、自分たちまでおかしな人だと思われたりしないだろうか。

 

「えっと、こいつは俺の刀にちゅんちゅん丸だなんてふざけた名前を刻んだ奴だから、あんまり気にしなくてもいいぞー。あ、そうだ。俺の名前はサトウカズマ。アクセルの町で冒険者をしています」

「カズマまでなんでそんなことを言うんですか! もう起こりましたよ! これから毎日爆裂散歩に引っ張り出していきますから!」

「おい、俺は毎日連れて行っているつもりなのだが」

「といっても最近は屋敷に引きこもってゴロゴロしているだけじゃないですか! なんかいつもにやにやしていて気持ち悪いんですよ!」

 

 めぐみんの言葉を聞いて、カズマに対して疑惑の目が向けられる。

「ち、違うから! おいめぐみん、ちょっとこっち来い。お仕置きしてやる」

 と、わいわいがやがやとする盗品蔵の中。

 しかし、本来の目的はダクネスのペンダントの奪還だ。

 ただ、この弛緩した空気、もう少し楽しんでもいいかもしれない。

 

 カズマがめぐみんを別の場所へ引っ張っていった後、アクアが声を張り上げて自己紹介する。

 「私の名前はアクア。そう、アクシズ教のご神体である女神アクア本人なのよ! さあ私を

崇めなさい! あと、さっき復活魔法をかけたお馬鹿さんはもっと私に感謝してくれていいのよ?」

「俺は別に馬鹿ではない……と思いたいんだが、まあ感謝する。ありがとな」

 スバルが正直に感謝の意を示す。

 その流れに乗ってか、皆が自己紹介をする空気になる。

 次に名乗りあげたのはサテラーー?だった。

 

「私の名前はエミリア。家名のない、ただのエミリアよ。スバルと、めぐみん――? はごめんね。嘘ついちゃって」

「え?! まさかサテラって偽名だったのか……?」

「おめー、まさか『嫉妬の魔女』の名前を騙ってたのか? ハーフエルフだし、お前まさか本人だったりしねーだろうな」

「この見た目は、私だって、迷惑してる。だけど、みんな私の見た目を見たり、名前を聞いても何も言わなかったから私の方がすごーく、びっくりしちゃった」

 

 フェルトはいつもこの世界では常識、といった風に語っているが、メンバーがメンバーだ。納得しているのはフェルト本人と、場にいる老人だけだ。

「あ、そうだ。アタシの名前はフェルトだ。家名はない。年は――十五くらいだったか。おめーらのおかげで命拾いしたよ。目的のものは返す」

 

 そういってダクネスのもとにはペンダント、エミリアのもとには徽章が無事帰ってきた。

 相変わらずこの徽章、フェルトに反応して光っている。

 それを見た『剣聖』は、どこか驚愕の色が隠し切れない様子でフェルトの腕を掴み上げた。

「き……君の名前は?」

「さ、さっき言っただろ! 名はフェルト、家名はない」

 急に腕をつかまれたので、ひっぺ剝がそうとじたばたするフェルト。それを絶妙な力加減で抑え込み、『剣聖』は、

「ついてきてもらいたい。すまないが、拒否権は与えられない。君の身柄は、このアストレア家で預からせてもらう」

「ちょ、ちょっと待て! 急に何なんだ! っていうか、ロム爺はどうすんだよ!」

「ついてきてもらっても構わない。これは王国にかかわる一大事だからね」

 と、『剣聖』が静かに言い、フェルトの首元に手刀をとんっとあてる。

「な、何してくれてん……だ……」

 不意に意識を失い、『剣聖』に抱きかかえられた状態となる。

 

「えっと、これは盗みをした、罰……?」

 エミリアが頭に疑問符を浮かべる。

 しかし、男はそれにはっきりと答えず、

「落ち着いていられるのも今日までかもしれないな……」

 と、上を見上げて言っただけだった。

 

* * *

 

 自分たちまで変人扱いされそうになったのに加え、自分の名誉を傷つけられるのではないか、と危機感を抱いたので、ちょっとめぐみんをお仕置きしていた。とはいってもただこちょこちょの刑をお見舞いしてやっただけなのだが。

 めぐみんは、顔を赤らめて、

「事実を言っただけじゃないですか! っていうか、どうして気づいてくれないどころか私が罰を受けないといけないんですか!」

 と、若干わけのわからない事を言う。

「まあいいか。よしめぐみん、さっきの場所に戻るぞ」

「連れてきた本人が言うなんてどうかしてますよ!」

 

 カズマたちが場に戻ると、そこには気を失って赤髪の少年に抱きかかえられているフェルト、そして微妙に間隔をあけてたたずんでいる美少女三人、そしてパッとしない少年がいた。

 

「あ、そうだダクネス、お前、ペンダントは返してもらえたのか?」

「もちろんここにある。本当ならばもっと抵抗されるのかと思っていたのだが、やけにあっさり返してくれたのでな。期待外れだった」

「その期待とやらはここでは絶対言うなよ?」

「べ、別に言おうとなんてしてないから!」

 

 これ以上自分たちを見る目が奇特なものになってしまわないようにカズマは気を配る。

 そんな日常的な風景。

 

 カズマやアクア、めぐみんの名乗りを聞いて、エミリアは、さっきからずっと質問を我慢していたことを言った。

「めぐみんちゃんには謝らないといけないんだけど……私の名前はエミリア。さっきは嘘をついてごめんね。

 ……なんだけど、あのー……まず、アクシズ教の女神様って言ってた、アクアさん? だっけ。まずアクシズ教って何のこと?」

 エミリアが、何も知らない純真無垢な瞳でアクアに問いかける。

 

「まさかアクシズ教のことを知らないなんて……まさかあなた、エリス教徒ね! とっておきの呪文を教えてやるわ!『エリスの胸はパッド入り』これを三回唱えたら、あなたも立派なアクシズ教徒よ!」

「えりす教っていうのが全然わからないんだけど、これを唱えたらいいの?『エリスの胸はーー

「エミリアさん!ちょーっと待ってね!」

 カズマが慌てて言葉を遮った。

 

「おいアクア!お前、初対面の奴に何も言わずに勧誘するな! で、エミリアさん、こいつのいうことは話半分で聞いてくれていいから。間違えてもこいつの宗教勧誘には乗るなよ?」

 アクシズ教の悪い意味での有名さを知らないことに疑問を覚えながら、カズマは慌ててエミリアの言葉を遮る。

「――わかった。でも、どうして?」

 やはり、この少女は世間のことを何も知らない。ここの『世界』は違うので、常識を語っても間違った常識ばかりついてしまうことになるのだが――それはまた、別の話。

 

「ちょっと待ってくれ、お前の名前はカズマ、だっけか? まさか、エリスの言ってたふざけた死に方をして困らせるっていう――」

 しばらく黙っていたスバルが、期待のまなざしを込めてカズマに詰め寄る。

 カズマは、それに少し引きながら、

「まあ、そうだけどさ。ってかなんでお前、俺の死に方を知ってるんだよ! 大体、俺はいつも真面目に生きているはずだ! なんでエリス様にまで笑われなきゃいけないんだ!」

 自分は真面目に生きている。そう思っていてやまない。

 しかし、客観的にみると、カズマは真面目に生活をしていないと言わざるを得ないだろう。

 

「ってかさ、カズマって日本人なのか? エリスはなんかそういうことを言っていたような気もするけど……」

「まあ、そうだな。俺は現世――日本で、女の子を救うために果敢に死んだんだよ」

「ねえねえ、実際にはトラックに轢かれたと勘違いしてショック死した情けない男なんですけどって大声でいっちゃっていい?」

「おいお前! 聞こえてる! 聞こえてる! せっかく人がかっこつけたのに台無しにすんな!」

 

 アクアがカズマの人に知られたくないことを暴露したため、周りにいた人間が思わず吹き出す。それは語り口も合わさってか、とてつもなく滑稽だった。

 カズマの、嘲笑われることのない平凡な異世界生活、というものは、すでに終わっている事と等しいだろう。

 まあ、ほとんど日頃の行いと自業自得の結果なのだが。

 

「話の流れが全然わからないんだけど……カズマとスバルって、もしかして出身が同じなの?」

「確かに気になりますね。なんだか二人は初めて会った風な感じがしません。後、カズマが屋敷で来ている変な服と同じようなものを着ています」

「「これはジャージというもんでな」」

 

 同郷、とはいっても、顔見知りというわけではないのだが、なぜか二人は息が合う。

 確かに傍から見れば変な服かもしれない。だが、これは自分たちにとってのアイデンティティーだ。だから変な服などとは言われたくない。

 というのが、まだ明かしてはいないものの、日本では引きこもりだった二人の結論だった。

 

「あ、申し遅れたが、私の名前はダスティネス・フォード・ララ、ティー……」

 どうでもいいタイミングで自己紹介を挟み、あまつさえ自分の名前を言うこ とをはずかしがっているダクネス。

 カズマは、それをフォローしようとするのだが――

「こいつの名前はララティーナだ。遠慮なくその名前で呼んでやるといい」

「くうう……っ! その、その名前で呼ぶな! 私のことはダクネスと呼べ! 絶対にだ!」

 自分で自分の名前を言おうとしたのに自滅したので、少しフォローしてやっただけなのだが、どうもダクネスは羞恥心が隠せないようだった。

 ――そんなことになるなら言わなかったらよかったのに。

 

「で、こいつは自分はあまり表に出したくないようだが、王国の懐刀とまで言われるダスティネス家のご令嬢だ」

「……失礼するが、そのような名前の貴族など聞いたことはない」

「はぁ?!」

 赤髪の青年が、予想の斜め上を行く返事をしたので、カズマは思わず大声で聞き返してしまった。

 

「私は、――名を、『剣聖』ラインハルト・ヴァン・アストレアという。少なくとも、この国での最高戦力だ。故に、この王国内での情報――そして、他国の情報も私の耳には届くのだが――ダスティネス、といった貴族の名前は聞いたこともない。それも、王国の懐刀、とまで言われるような者は」

 

 意味が分からない。実際にカズマたちはダクネスの権力のおかげで命拾いした場面も何度もあった。

 その事実がカズマたちの不安を高める。

 

「ちょ、ちょっと待て。このペンダントに見覚えはないのか?」

「そんなもの、見たこともないわ。 すごーくきれいなペンダントだけど」

「あー……」

 

 カズマが、ここにきてから感じていたかすかな違和感。

 それが、この事実にってはっきりと疑念が確信へと変わる。

「また俺たちは異世界に召喚されたのかよぉぉぉぉ! ちっくしょー! もう面倒ごとは、ごめんだぁぁぁぁぁ!」

「ちょっとカズマ、何いきなり奇声を発してるの? 馬鹿なの?」

「お前は空気も読めない馬鹿なのかよ! この状況を見ろ! ダクネスの権力が通じない、しかもアクシズ教の悪評が浸透していない! これは、どう考えても、異世界召喚ってやつだろ!」

 

 カズマが、怒りからか興奮してアクアに怒鳴る。

 アクアが、少し頭を押さえた後、

「まあ、この私がついてるじゃない!きっと元の世界に帰れるわよ!」

「お前がいると心配事が増えるだけなんだが……」

 カズマが疲れた様子で言った。

「何言ってんの。私は女神なのよ?」

 意図も当然のように言い放つアクア。

 それを聞いて、エミリアとスバルの顔が輝くが、そばにいるめぐみんとダクネスの顔は、哀れなものを見るような目だ。

 

「宴会芸と借金をこさえてくることしか出来ない女神だけどな」

「水よ! 名前通り水の女神よ! もう一緒にいて二年くらいたつんだから、そのあたりももうちょっと考えてよ!」

「「ということを自称しているかわいそうな人です(だ)」」

「信じてよーーーー!」

 

 めぐみんやダクネスにまで見放され、アクアが涙目になる。このやり取りはさんざん繰り返しているはずなので、さすがのアクアももう学習してもいいと思うのだが……

 

「ふふっ……やっぱり、あなたたちって変だけど、すごーく面白いのね」

 そんなにぎやかなやり取りを聞いているエミリアが思わず吹き出す。

 

「エルザを倒した功績もあるし、この五人は私の住んでいるお屋敷に連れて帰っていいかしら」

「「それは助かる!」」

 日本出身の二人が声を揃えて言った。

 カズマとしては、ダクネスの権力が使えないと確定した以上、ここで宿を探して止まる、というのは非現実的な話だ。一応エリスも使えるのだが、偽物だ、と騒ぎ立てられたらそこでおしまい。そんな危険を冒してまで止まるなんて、安定志向のカズマにはありえない。

 ――そして、あの物騒な女を倒した功績もある。もしかしたら形は違うとはいえ、こんな形で理想の異世界生活を送れるかもしれない。

 

 スバルとしては、まだ右も左もわからない状態で助けてくれたエミリアに貸しを作ってばかりなので、少し気おくれする面もあるが、このまま異世界で野垂れ死にする、などということは勘弁願いたい。

 ――この提案は、二人ににとって渡りに船となる提案だった。

 

「ということで、ラインハルト、この子たちは私のお屋敷で預かるわ。あの変態が何をするかわからないけど、お屋敷がにぎやかになりそう」

「分かりました。――エミリア様、どうかご無事で。私たちは先に失礼します」

 なぜか剣聖がエミリアに対して敬語で話しているが、皆にはそれに疑問を覚えない。

 ラインハルトはいまだ目覚めないフェルト、そして老人を連れて竜車のもとへ行った。

 

そうしてエミリアが、あたりを見回し、人数を確認する。

 少し人数が多すぎるから、ぎゅうぎゅうになっちゃうけど、我慢してね、と前置きしてから、

 

「この中には私を嫌うなんて人がいないから、きっとあの変態も喜ぶと思うわ」

 

「「「「「……」」」」」

 

 この先出会うであろう人に少し不安を覚えながら、皆は竜車に乗り込む。

 その中には、めぐみんと同じくらいの背丈の少女――可愛らしいメイド服を着た桃髪の少女が座っていた。

 

 

 ――不安と期待の入り交ざる屋敷での生活が、幕を開ける。

 

 

 

 




 よし、これで一章完結した……はずです。
 第二章は方針が決まり次第投稿開始します。

 活動報告で実施中の方針決めのアンケートにご協力よろしくお願いします。


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第二章 豪奢な屋敷での一か月
第二章1 禁書庫の番人と(自称)女神


 ちょっと書き方を変えてみました。
 二章はこっちの方がいい気もするので。
 視点が変わるときはタイトルで分かるようにします。



 王都から竜車およそ四時間ほどの距離を、月光に照らされながら竜車は走る。

 それはがたごとと揺れて、屋敷に到着した――というわけでもなかった。

 

 ――否。外見では確かに揺れているのだ。しかし、中では全く揺れを感じない。『地竜の加護』というものだ。

 カズマたちは、はじめのころは違和感を感じ、落ち着かない様子でいたが、次第に慣れて談笑していたものの今では皆仲良く身を寄せ合って眠っている。

 

 ちなみに、話の内容はそれぞれの自己紹介や、出身地の紹介、趣味の紹介など雑多的かつまとまりのないものだったが、男二人が出身地――日本での生活についてに関しては全く触れなかったことをここに追記しておく。

 

 そして、常識人そうに見えたエミリアがアクアと話していると突っ込み不在の空間を作り上げていて、他の五人がある意味恐怖を覚えていた。

 

 まだ深夜というには早い時間なのだが、今日一日であった出来事で体力的にも精神的にも疲れ切っているようだった。

 普段なら男二人は夜に強いという習性をもっているのだが、今日はそういうわけでもなかったようだ。

 

 

「屋敷についたから、さっさと起きてちょうだい」

 

 屋敷に到着したことを確かめ、地竜を止めると桃髪のメイドが全員の体を揺さぶった。

 

 ――このメイド、礼儀ってものを弁えてないだろ。

 

 

「はっ! まさか寝ていたのか」

 

 カズマは一番最初に揺さぶられて目を覚ます。

 自分は絶対寝ないと思っていたが、あまりの乗り心地の良さに思わず瞼が落ちてきていたらしい。自分の疲れもあるからか。

 ラムが向かいに座っているエミリアを起こしていたので、自分は横にいるめぐみんを起こす。

 

「おいめぐみん、起きろー。どうやら屋敷についたらしい」

 

 初めから強く起こすのは少しかわいそうだと思ったので、少し柔らかめに声をかける。

 普段は容赦がないだの人間の屑だのなんだの言われるが、こういう時はちゃんと時間や状況を弁えているのだ。

 そこまで無節操になんでもするわけがない。

 

 しかし、めぐみんはいまだに目を覚まさない。

 自分はもう立派な女性だと言い張っているのに、こうも豪快に寝るのは女性として如何なるものか。

 ――その隣にいるアクアは、もっと豪快に腹を搔いているのだが。

 今すぐ引っ叩いてやりたい衝動に駆られる。

 

「おいめぐみん! 起きろ! 今起きないとお前でも泣いて嫌がるすごいことをしてやる」

 

 目を覚ましたエミリアと、ラムの視線が、痛い。

 

 しかし、めぐみんは一向に目を覚ます様子がない。

 さてどうしようか。

 

 こうなったらもう強硬手段だ。めぐみんを強引に揺さぶり、無理やり目を覚まさせる。

 

「ああ……カズマ? えっと……おはようございます」

 

「今はまだ夜だよ。それよりめぐみん、今お前の横で寝ている腹を掻いている奴を起こすのを協力してくれ」

 

「ああ、そうでしたか。あまりの乗り心地の良さに思わず眠ってしまっていたようですね」

 

 めぐみんと一緒に、隣で寝ているアクアを起こそうと強めに揺さぶる。

 アクアのことだ。遠慮はいらない。

 

「おいアクア。さっさと起きろ。お前が寝ていると周りが迷惑するんだよ。俺たちが竜車から降りれないだろ

――あ、悪い。めぐみんはダクネスを起こしてくれ」

 

「あ、分かりました。ダクネスが起きたら三人でアクアを起こしましょう」

 

 めぐみんはゆさゆさと揺すぶってダクネスを起こす。

 この中でも性癖以外は立派な淑女として完成している――と思いたいダクネス。

 寝相もよく、すぐに目を覚ました。

 

「もう屋敷についたのか。意外と早かったな」

 

「あ、ダクネス、昨日の今日で知り合った人たちにに頼むのは悪いから、一緒にアクアを起こしてくれ。こいつ、いつもいくら強引に起こそうとも全く起きないんだよ」

 

「カズマが言うならそうするが……」

 

 ダクネスは心配そうにアクアを見る。

 

「なに。別に気にすることはないぞ。ってかほかの三人に迷惑をかけてるからさっさと起きろアクア」

 

 ぐーすかと、女としてはあり得ないいびきをかいて眠りこけているアクア。それを三人がかりで揺さぶる。

 ――それでも起きる様子が見られなかったので、カズマはアクアの頬を引っ叩いた。

 全員の視線がとげのように刺さる。痛い。

 

「おい、まさかカズマは平気で女を叩けるのか?いくら俺でもそんなことはしないぜ」

 

 この中で言動を含め痛い度ぶっちぎりなスバルまで自分を軽蔑するような目を向けてきたので、一応理由を伝えておく。

 

「お前と一緒にされたくはないけど、こいつは別だ。二年くらい一緒に住んでるけど、こいつを女としてみるのは無理。いっそのこと一緒に住んでみるか?」

 

「いや、遠慮しとく」

 

 ――この駄女神に温情など、かけるだけ無駄。

 屋敷での生活でこれから嫌というほどわかってもらえるとは思うが、自分が無意味に女を虐めるドSなどと思われるのは癪だ。

 しかし、このままでは朝になるまで起きることはないだろう。

 もう一度カズマはアクアの頬を強めに引っ叩く。

 

「っ……痛い! ちょっとカズマ、アクシズ教のご神体であるこのアクア様の美貌に傷がついたら大変じゃない! 謝って! 女神を叩いてしまってごめんなさいってこの私にちゃんと謝って!」

 

「はいはい」

 

 異世界の地に来てもやはりアクアはアクアだった。

 このまま竜車の中にいても何も始まらないので、一行は降り、屋敷へと歩き始める。

 

 ――エミリアが、女神という言葉を聞いてアクアのことを興味津々そうに見つめていた。

 

「あの、エミリア――さん? 何でアクアのことをそんな熱い目線で見てるんだ? アクアはちょっと甘やかすとすぐ調子に乗るからあんまり甘やかすなよ? すぐにろくでもないことをしでかしてくるから」

 

「ちょっと待ってよ! 私は別に悪くないわ! 確かにちょっと国中を巻き込むようなことをしでかしたりしてくるかもしれないけど、甘やかされて調子に乗るなんてことはしないわ! だからエミリア、私のことをもっと褒めて称えて崇めてくれていいのよ?」

 

「アクア様ってすごーく偉いのね。アクシズ教のごしんたい? って、すごーく高い位の役職なんでしょ?」

 

 男二人で話している間にアクアはとんでもないことをしでかしてくれていたらしい。

 カズマは短い付き合いではあるが、エミリアのことを世間知らずで、純真無垢な女だと思っている。

 そんな精神的にまだ幼いエミリアだからこそ、アクアの――アクシズ教の布教方法は引っかかりやすいと危機感を覚えていたのだ。

 

 極力、アクアはエミリアと接触させてはいけない。これ以上アクシズ教の被害者を出してはならない。

 カズマの危機感センサーは鳴りっぱなしだった。

 

「あ、エミリア、アクアのことは信じなくてもいいですよ」

「ああ、そうだ。アクシズ教など、関わりにならない方が絶対いいぞ」

 

「んーー……だけど私、まだまだ学ばないといけないことが多いから、とりあえずやってみようかなって」

 

 エミリアは頬に手を当てて恐ろしいことをサラッと言ってのけた。

 

「やめとけ。こいつと関わると碌なことにならないからな。もうアクシズ教はこりごりだ……一生関わりたくない」

 

 アクシズ教には、今までさんざんな目に何度も遭わされている。

 いつぞやのアルカンレティアに旅行に行ったときなど、勧誘を退けるのに必死でろくに観光を楽しめるような状況ではなかった。

 

「ちょっとどうしてうちの子たちまで悪く言うの――! あの子たちはちょっと変わってるけど信仰心は人一倍強いのよ! だから待って! エミリアまでカズマたちの方に行かないで――!」

 

 アクアが涙目で叫ぶ。

 もう夜だというのにそれはそれは賑やかだった。

 竜車の中で寝ていたからだろうか。

 

「ちょっと待てカズマ。お前まさかアクアと長い間の付き合いだったりするのか? 幼馴染ヒロイン的な感じで」

 

「比較的長い間の付き合いだと思ってるし、実際そうだけど何度も言うがあいつはヒロインじゃない。気が付けば借金こさえてきて、酒ばっか飲んで、宴会芸だけが取り柄の奴をどうやったらヒロインとしてみることができるって話だよ」

 

「お、おう……お前、結構苦労してんだな。ヒロイン三人も引き連れてハーレム気取ってるようにしか見えなかったんだけど」

 

「確かにそれは思ったこともあるけど、俺の周りには総じて残念な奴しかいない。あ、でもアイリスだけは別だ。何せ俺のことをお兄様って呼んで慕ってくれるからな。本当なら今頃はアイリスと仲良くやっていたんだろうな――」

 

 

 そういえば、自分たちはアイリスのもとを訪ねようとしていたんだ、ということを思い出し、思わずカズマは上を見上げる。

 月がとても綺麗だった。

 

 庭園の景色を眺めつつ、ゆったりと賑やかに屋敷の入口へと進んでいく。

 貴族の屋敷とはいえ、ここまで門から入口までが遠いとは予想外だった。

 

「ここがロズワール様の屋敷。ちゃんと礼儀くらいは弁えなさい。特にその愚物二人は」

 

 と、カズマとスバルの方を指さしてハッと鼻を鳴らすラム。

 やはりこのメイド、自分たちが客人であるという事を忘れているのだろうか。

 確かに竜車の中で会話を楽しみ、メイドというよりも親しみやすい友人といった印象を持つ。

 しかし、仕事の場でもその態度を崩さないというのは如何なるものなのか。

 

 一行は、入るなり豪奢な屋敷だな……と呟いた。

 外見からでも推測はできていたが、本当に貴族の屋敷なんだな、と否応なしに思わせられる。

 それは、あしらわれている調度品の数々、扉の豪奢さ。床の綺麗さ。どこをとってもだ。

 

「ん――……なんか、ここから結界の感じがするんだけど、解除しちゃっていいかしら『ブレイクスペル』!」

 

 今日はもう遅いので、部屋に案内すると言われたのでラムに続いて歩いていると、不意にアクアが扉に向かって魔法を放った。

 

「ちょっとお前、余計なことはするなって――ってはあ? 何お前返事を聞かずに魔法を放つんだ! 面倒ごとは御免だっていってるだろ!」

 

 カズマの静止もままならぬまま、アクアは結界破りを決行した。

 

 

 

 ――結界が解除され、視界が歪む。

 暗転、反転、見えるものすべてがぐるぐると渦を巻き、自らも巻き込まれそうな錯覚を伴う。

 

その感覚が晴れたとき、一行は書庫の中で、金髪のドリルロールの幼女と顔を目を合わせていた。

 

「お前たち、この屋敷について最初に入った部屋が禁書庫だなんて本当に腹立たしい奴らなのよ。さっさと出ていくといいかしら」

 

「んー……何この子すっごくかわいいんですけど。ちょっと部屋に連れ込んでマスコットとしておいておきたいんですけどって痛い! カズマいきなり何するの! というか、ここにきてからもう何回も叩かれてる気がするんだけど謝って! 女神を叩いて御免なさいって謝って!」

 

「お前がこの結界破りの被害者を連れ込もうとするのが間違っている! お前こそ謝れよ!」

 

 アクアがそんなバカみたいなことを言うので頭を叩く。これくらいのことをしておかないと同じことをまたやらかしかねない。

 辺りを見回すと、禁書庫というのに相応しいおびただしい量の本が詰め込まれていた。

 ただ、自分たちに読めそうな本は一つもなさそうだったが。会話は通じるのに、文字は通じないなど本当に厄介な世界だ。

 

「今聞き覚えのない単語が聞こえたのよ。結界破り――ベティ―の扉渡りをどんな方法で破ったのかしら」

 

「アクアは結界を破れますよ。私がカズマたちと仲間になって一番最初の大型迎撃作戦、デストロイヤーの時でも結界を破ってくれました」

 

 めぐみんが感慨深そうに語る。

 ベティーと自らを呼ぶ少女は、それを聞いて頭に疑問符を浮かべる。

 聞き覚えのない単語だったからからだろうか。

 

「今めぐみんが言ったように、私の名前はアクア。そう、アクシズ教が崇めるご神体女神アクアなのよ! 女神なんだからこれ位薄っぺらい結界ならそれはもう、ちょちょいのちょいよ!」

 

「「と、女神ということを自称しているかわいそうな人です」」

 

「待ってよ――! めぐみんとダクネスはもう長い付き合いなのにどうして信じてくれないのよー!」

 

「お前たちの声は耳障りかしら。いい加減黙るといいのよ!」

 

 そう言ってベティーはアクアの体に手を当て、何かを吸収しようとする。

 しかし――

 

「女神であるこの私にアンデッドのスキルを使うだなんていい度胸ね! でも私にはそんな技効かないわ!」

 

「何言っているのかわからないのよ。本当に腹立たしい奴かしら」

 

 ベティーはそういってアクアから手を放し、悔し気にそう吐き捨てた

 いい加減かわいそうだからやめてやってほしい。ここにいる幼女は保護すべきものだ。あまりにも人間離れしすぎている。

 自分がロリコンだとは言わないが、この少女もアイリスに負けず劣らず魅力に満ち溢れていると思う。

 カズマがそんなことを考えていたら、後方からエミリアがベティーの前に歩み寄った。

 

 ――頼むからアクアを甘やかさないでくれ。

 

 カズマたちアクアを知るものは切に願った。

 

「ベアトリス、この子はいい子だから許してあげて。多分、今回もちょっとした気のゆるみからなんだろうし。ね、アクア様?」

 

 ――危惧していたことは本当に起こってしまった。この少女は人間を知らなさすぎる。いい意味でも悪い意味でも純粋すぎる。そしてお人よし過ぎる。

「え、ええ、そうよ。ここにちょっと結界があったから、変なものが住んでいないか気になって」

 

 エミリアの言葉を聞いて、アクア本人が狼狽える。

 ここでうまくやり過ごし、自分の印象を上げておきたいようだった。

 

 

「な、なあ、アクアって自称じゃなくて本当に女神なんだよな。それなら何でお前なんかと一緒にいるんだ?」

 

 ちょいちょいとスバルがカズマを呼び、アクアが女神か否かを聞いてくる。

 正直、アクアが女神であるというのはイエスでありノーなのだが……

 

「あいつは一応女神だよ。でも何度も言うが行動がアレなせいでめぐみんたちには信じてもらえていない。んで、アクアが俺と一緒にいるのは俺が異世界転生したときの特典だよ」

 

 ぶっちゃけ、自分がアクセルに転生する理由となった死因は思い出したくもない。悪い記憶だ。

 

「異世界転生? 俺とはこの世界に来た経緯が違う――」

 

「お前がどうかは知らないけど、俺が言っているのは昨日まで住んでいた方の世界の話な。この世界に来たのはウィズ――知り合いに王都までテレポートしてもらったらこの世界にいたんだよ」

 

「お前もなかなか大変だな」

 

 と、早々に会話を切り上げ、ベティー――本名はベアトリスなのだろうか。幼女の動向を見守る。

 なぜかベアトリスは横にいるスバルを気になっているような素振りを何度も見せていた。

 

「ベアトリス様。客人が節操もなく騒いだ事をラムからも謝罪します」

 

「いいから、さっさとこいつらを外に出すのよ。今回だけは許してやるかしら」

 

 ラムに連れられ、カズマたちは外に出た。アクアがまだやり足りないだのなんだの騒いでいたが、よく追い出されなかったな、と心の中で思った。

 ここには善人が多すぎる。カズマは今のやり取りからそう感じ取った。

 エミリアはもちろん、ベアトリスも渋々ながらアクアたちのことを実力行使でもなんでもなく、禁書庫――人に見られてはいけないであろうその場所に滞在させてやっていた。

 だから――

 

 ――この世界には期待しちゃっていいのだろうか。美少女に囲まれ、ちやほやされる異世界生活を。

 

 カズマたちには一応、あの黒い女を倒したという功績もある。それをどう活かしたら自分の望む異世界生活につなげられるかを頭の中で考えていた。

 

「エミリア様は自室へ。女三人には個室を与えるけど、男は相部屋でいいわね」

 

「「何でそうなるんだよ!」」

 

 二人の声がハモった。

 

 



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第二章2 食堂にて

 抵抗しようにもできなかったし、アクアたちが大喜びでそれぞれの部屋に入っていっていたので、カズマたちは渋々同じ部屋で寝ることになった。今更三人で寝ろ、などいえそうにない雰囲気だった。

 ちなみに部屋はカズマたちの隣からアクア、ダクネス、めぐみんの順でとられている。

 あたりを見回すと、客室はまだまだあるようで、なんで自分たちを相部屋にしたのかがわからない。

 

 もしかしたら掃除が面倒だとか、そんなろくでもない理由かもしれないが。

 メイドとしてそれはどうかと思ったが、あのラムならばやりかねない。

 カズマたちも渋々扉を開く。溢れ出る気品に圧倒された。

 

 ――客室だからか、すべてにおいて貴族サイズだ……

 

 いくら大金持ちになっても小市民的な考え方がいつまでたっても抜けないカズマや、何を隠そう今日まで一般的な中流家庭に住んでいたスバルは、この部屋の豪華さに狼狽えることしか出来なかった。

 

 カズマはもうアクセルの町で屋敷を手に入れてからほぼ二年が経ち、それなりに大きな部屋での生活は慣れている。しかし、最近はゲーム三昧で地球にいたころと同じような引きこもり生活を送っていたからか、それとも例のサキュバスサービスに毎日のように通い詰めているからか――。

 

 どんな理由であっても納得は行くだろう。

 この部屋は全く持って落ち着かない。そして、この落ち着かない部屋で寝ろ、と言われても些か実感が湧かない。

 

「おいおい……これ絶対二人でも余裕で隙間が余るんじゃね? 俺、こんな部屋で寝られるの嬉しいけど全く落ち着かねえよ!」

 

「なんでお前と同じベッドで寝なきゃいけないんだよ。お前がそのベッドで寝たいんだったら俺は下で寝るぞ。布団一枚貸せ。床で寝る」

 

「つれない奴だな。いやまあ、俺としてもそんな頭おかしいシチュエーションにはしたくねえけどさあ」

 

 何をどうすれば今日初対面の野郎二人が同じベッドで寝るような事をするのかが全く分からなかった。

 多少寒いかもしれないが、これくらいの気温ならば大丈夫だろう。――万が一風邪をひいて、こじらせた場合などは厄介だが。

 

 ベッドから二枚重ねになっている布団のうち、一枚をはぎ取って自分の足元に敷く。

 一枚とはいえ、一人なら十分くるまって寝ることができるサイズだ。大きい。

 とはいえ、カズマとしてはまだ夜の早い時間。さっき竜車の中で眠っていたこともあって眠気など微塵も感じない。

 何か暇つぶしをする手段はないだろうか。

 しかし、部屋はメイドの手によって綺麗に清掃されており、何か暇つぶしに使えそうなものなど一つも落ちていない。

 

 鍛冶スキルを使って調度品を改造して遊ぶというのも手だが、さすがにここでそれをするのは気が引ける。

 それならば――

 

「なあスバル、お前って地球で何してたんだ?」

 

 ここでしかできない過去の話をしてやろうじゃないか。

 

 なんとなく予想はついているが。

 多分、自分と同じような人だったのだろう。話が合う――とまではわからないが、過去は知っておいて損はないだろう。暇つぶしとしては最適だ。ゲームも持ってきていないし。

 

「――俺は、ちょっと人間関係でやらかして、その、……」

「早く言えよお前。言いづらいのはわかってるんだから」

「知ってるんだったらそれでいいだろ?!言うの恥ずかしいんだよこれさあ!」

 

 ちょっとスバルのことをおちょくってみた。

 予想通りの反応が返ってきて、カズマはほっと胸を撫でおろした。――これで普通の人でした、なんて言われたら自分の立場がなくなる。

 

「お前、まさかあれだろ。俺と同じでなんとなく学校を休んだらずるずる引きずって不登校になったってやつだろ。恥ずかしがらなくても大丈夫だ。だって俺も同じような感じだったし」

 

「はあ? 何お前、そんなにコミュ力高いのに引きこもりだったのか?! 全国のコミュ障に謝れよ」

「俺はネトゲのしすぎだ! 別に後悔はしていないし異世界でもそんな感じだけど。あの頃は楽しかったな……親には申し訳ないような気もするけど」

 

 カズマは思わず上を見上げてそう呟いた。平和だった過去を懐かしむような様子だ。

 今の生活も悪いものではないが、たまにネットの世界に引きこもっていたいという欲が再発してしまうことがある。ギルドマスターをしていたので、ぶっちゃけ今の三人にも負けず劣らずの頭のおかしい人を相手にしないといけないが。

 

「やっぱ親に迷惑をかけて申し訳ないって思うのは全引きこもりにとっての共通事項なのか……ってか異世界でもそんな感じってどういう意味?」

「そのまんまの意味だよ。魔王軍の幹部と戦った時にゲーム機を発見したんだよ。それで、ソフトとかもあったから結構やりこんでるんだ」

 

「お前の異世界ライフって現代とさほど変わらなかったんだな……あの三人を引き連れて普通に暮らせてるだけでもすごいのに何をしてるんだよ」

「でも食べ物は飛ぶわ跳ねるわだし、頭のおかしい宗教にばっかり絡まれるし、幹部が大抵残念な所あるしで結構ろくでもない世界だぞ。後よく死ぬ」

 

 最後に関しては完全に自分の不注意なのだがそのあたりには触れない。

 スバルはカズマの住んでいた異世界について聞くと吹き出した。余程自分の思い描いていた異世界像とかい離していたらしい。

 

 普通の人ならば仕方がない。異世界生活と聞いてアクセル近辺の町のような感じの異世界生活を思い浮かべるような人など欠片もいないだろう。実際カズマもそうだった。

 

「お前がいた世界って割とギャグ色強めなところだったんだな。でもよく考えてみるとよく死ぬって結構理不尽な世界なんだな……でも不注意で死ぬのは幸運の女神様――エリスが迷惑がってたからやめてやってくれ」

 

「一度しかエリス様に会ってないお前に言われたくないよ。後俺が死ぬのはいたって真面目にしている時だ! ちょっと……ちょっとだけ不注意が過ぎたときもあったけど」

「……」

 

 おそらく一度しかエリス様に会っていない、という言葉に反応したのだろう。

 正直、カズマの負けず劣らずの不注意っぷりを発揮したスバルも人のことをとやかく言う資格はないのだが、そのあたりは似た者同士なのだろう。自分のことを棚に上げて話す。

 

 内側のテンションがベクトルレベルで違う二人だが、同じ地球出身だということで気が合う。

 

 カズマは日本出身の魔剣の勇者――ミツルギと会ったことがあり、実際会話もしたことがあるのだが――何か性に合わない。価値観が違う。

 

 その点、スバルとは過去が似ているのもあり、話が合う。昼間はやたら高いテンションに辟易したことが幾度となくあったが、召喚されていっぱいいっぱいだったのだろう。――流石に生活が落ち着いてからでもこのテンションだと距離を置かざるを得ないが。

 

 その後も、ここでしかできない、というか女性陣には決して聞かれたくないような他愛のない会話をしながら夜が更けていく。

 しかし、一晩中語り合うなど修学旅行時の女子みたいなことをするわけでもなく。

 ――そのうち二人は眠りにつく。

 

 

* * *

 

 

 次の日の朝。とても大きな窓からカーテン越しにさんさんと陽が降り注いでいる。

 眠りから覚めるときはいつも憂鬱だ。まだ眠っていたいという誘惑に負けそうになる。

 

「ん……めぐみん、何だ? 俺はまだ寝ていたいんだよ。ゆっくりさせておいてくれ」

 

「昨日何もしなかった人が何言ってるんですか。もう陽も高くなっていますよ。時計が読めないので詳しくは分からないですが、九時くらいですよ。いくら客人とはいえ今日は領主の人と対面するんですよ? 早く起きないともうみんな食堂に集まっていますよ」

 

「は……? ってかなんでお前が起こしに来るんだよ。普通メイドが居るんだったら客人でも起こしに来るもんだろ」

 

 

「双子の可愛らしいメイドさんが嘆いていましたよ。一人はすぐに起きたのにもう一人は起きる様子がないわ、と」

 

 赤面する。まさか自分の知らない間に誰かが起こしに来ていたと。

 さすがにメイドの前で起こしても眠りこけ続けているなど、恰好が悪いにもほどがある。自分は初対面の女の子くらいには恰好よくいたかったのだが。

 

「まあいいか。これ以上俺に関する悪いうわさが増えるのは嫌だし。じゃあめぐみん、先に行っておいてくれ。俺はあとで行く」

「何言ってるんですか。私も一緒に行きますよ。カズマは放っておくと二度寝三度寝しかねないですからね」

 

 めぐみんがカズマの着ているジャージの襟をぐいぐいと引っ張り、早く立ち上がるように促す。

 しょうがないな……と不機嫌さを伺わせるような顔で渋々立ち上がり、廊下に出た。

 

「ああー、やっぱり早起きすると気持ちいいなー」

「さっきまであれほど抵抗していたくせに何言ってるんですか。食堂は一階です。さっさと行きますよ」

 

 長い廊下をゆったりとした足取りで歩く。

 カズマたちが寝ていた部屋は三階だったので、螺旋階段を下って一階へ降りる。

 この屋敷は広すぎて何も考えずに歩いていたら迷いそうだ。

 

 カズマは屋敷の部屋の配置を何一つ知らなかったのでめぐみんの後ろを付いて行った。

 

「確か食堂はここでしたね。珍しいことにアクアももう起きて座っているはずですよ」

「アクアにしては珍しいな。あいつのことだから何も考えずに宴会芸でも披露して調度品の一つくらい壊してそうなのに」

「まあ、さすがにアクアでもそんなことはしないでしょう。今日はやけに静かでしたし」

 

 めぐみんがそういいながら扉をノックし、ノブをひねってドアを開けた。

 開けた視界の先には嬉々としてエミリアたちに向けて宴会芸を披露しているアクアと、疲れた顔でどうすることもできないような状態のダクネスがいた。

 

「アクアお前、朝っぱらから人のもの使って何してんだ――!」

 

 

 食堂にカズマの絶叫が響き渡った。

 皆の視線が痛かった。

 

 

* * *

 

「この馬鹿が、本当にすいません!」

「まあまあ、そんなに謝まらなくてもいいんだーぁよ」

 

 相変わらずのトラブルメーカーっぷりを披露したアクアには、調度品を勝手に使ったことでぺこぺこと謝らせていた。謝って住むような問題でもないような気もするが、領主はその見た目に反してアクアの成すことに寛容だった。

 

「……ん?」

 

 カズマの中でかすかな違和感がふっと浮かんで、消えた。

 この領主、自分をどこか値踏みするような目で見ているような――

 

「カズマも早く座りなさいよ。そうじゃないとこんなにおいしそうな朝ご飯が冷めちゃうじゃない!」

「はいはい。――失礼します」

 

 恐る恐る椅子を引き、腰を下ろした。

 確かにおいしそうな食事が目の前に並んでいる。これ位なら料理スキルのある自分でも作れそうなものなのだが――

 

「そんなにかしこまらなくてもいいんだーぁよ。何せあなた達とそこにいる少年はエミリア様の命の恩人なんだからねーぇ」

 

 この領主、どこか馴れ馴れしい。珍奇な服装や特徴的な口調と相まってどこか胡散臭さを覚える。

 領主が朝食に口をつけ始めたのを確認してからカズマも朝ご飯を食べ始めた。

 

 ――悔しいが、とてもおいしかった。

 

 ちなみに、ダクネスとカズマは同じくらいに料理に手を付け始めたが、それ以外の人はみな領主よりも先に料理に手を付けていたことを追記しておく。

 あまりにもカズマの起床が遅かったのか、はたまた何も考えていなかったのか――

 領主はどうやら、カズマが席に着くのを待っていたようだった。それだからかもしれない。

 

「ところで、今ロズワールの言っていたエミリアの命の恩人――っていうのはどういう意味だ?」

 

 このピエロじみた領主の名はロズワールというらしい。

 まあ、わざわざ名前で呼ぶ必要もないのだが。

 

 相変わらずスバルは立場の上のものに対しても馴れ馴れしかった。

 少し苛立ちを覚えつつも、カズマ自身、少し気になっていたことであったので注意して聞くことにした。

 

「そのままの意味だーぁよ。エミリア様は徽章を紛失し、何者かに襲われ、それを救出した人たちがあなたたち、という事だーぁね」

 

「……その徽章、そんなに大事なのか?」

 

 ――お前はただ単にその場に居合わせてただけだろ。

 言いたいことは沢山あるのだががそれをぐっとこらえて話を聞くことに集中する。

 話に参加してもよかったのだが、スバル以上に何もしなかったカズマには少し躊躇いがある。

 

「まあ、『なくしましたー』で済むような問題じゃないよねーぇ?」

 

 その会話を聞いていたエミリアがきゅっと恥ずかしそうに縮こまった。

 彼女にも思うところがあったのだろう。追及はやめておくが。泣かせたらアクアが怒るに違いない。

 

「じ、じゃあ俺たちは本当にエミリアの命の恩人ってことか?」

 

「そういうことになるねーぇ? だから、君たちも願いがあるならば何でも言うといーいよ」

 

 そう言ってカズマたちのほうをちらっと向いた。

 めぐみんがロズワールの顔を見て目を輝かせていた。紅魔族の琴線にでも触れたのだろうか。

 

「マジか!それならいろいろと期待しちゃうなー」

 

 相変わらずのなれなれしさだが、自分たちも願いを叶えてくれるらしい。

 正直、ここは理由を話して丁重にお断りしておきたいところなのだがーー

 

「私は爆裂魔法をぶっ放せる平原を準備してくれるだけでいいですね」

「私はごろごろできる空間と高級なシュワシュワさえあればそれでいいわよ?」

「私は……ちょっと強めに罵ってくれる人をーー」

 

 カズマは食べていた朝食を吹き出しそうになった。

 ーー最後何だ最後。少しは時と場合を考えろ。

 あの三人が乗り気になっている以上、カズマが何もいりませんなどといっても聞き入れてはくれないだろう。

 しかし、自分はこの屋敷に住ませてもらえればそれでいいので、一番最後に言おうと思う。

 

「シュワシュワ……? それって何のこと?」

 

 エミリアがアクアにおずおずと質問を投げかけた。

 アクアはぴんと背筋を伸ばして、

 

「シュワシュワってのはね、飲むとシュワシュワする飲み物よ!」

 

 ーーその説明で何を指示しているかわかれば苦労しない。しかも、ここは自分たちの常識が通用するかもわからない異世界だ。わかりやすく、かみ砕いて言うのが常識だろう。

 アクアなりにかみ砕いて言ったのかもしれないが、これではカズマが初めてシュワシュワを知った時の説明とさほど変わらない。

 

 カズマはここが異世界だと認識していたため理解が早かったが、今ここにいるメンバーはここで生きてきて、ここで暮らしている。

 スバルだけは例外なのだが、ここでは自分たちの住んでいた世界の常識を知っても全く役には立たないし、混乱を招きかねない。

 

「シュワシュワっていうのはお酒のことだよ。俺たちの世界ではお酒のことをこう言ったんだ」

 

 言葉足らずも甚だしかったので、補足説明をしておいた。

 一応ここにいる人たちにも自分たちが何かの弾みでこの世界に飛んでしまったということを知っておいてもらわないといけないので、ちらっと匂わせておくことにした。

 

 まあ、勘のいい人ならば気づくだろう。聞かれたら説明すればいいだけの話だ。

 ーーとはいってもカズマ自身何も知らないのだが。

 

「でもな、まずお前らの願いはいろいろとひどすぎるだろ!」

 

 シュワシュワの説明を挟んだので忘れかけていたが、ほかの二人の願いも相当だ。

 というか、アクアの願いがまだマシに見えるくらいひどい。

 

「めぐみん、お前、アクセルの町でもないんだから一日一爆裂は我慢しろ……って言っても無駄か」

「私は爆裂魔法のためにアークウィザードの道を選んだ魔法使い。生きがいともいえる爆裂魔法を長期間我慢しろなんて言われて守るとでも思いますか?」

 

「お前の魔法は地形どころか生態系まで変えるから困るんだよ!」

「まあ、その辺りはこの強大な魔法の代償……」

 

「この世界でもそうやってみんなに迷惑かけようとするなーー!」

 

 めぐみんはやはりどこへ行ってもめぐみんだった。

 しかし、爆裂魔法がらみでこの世界でも逮捕されるのは困る。

 カズマは必死で説得しようとするのだがーー

 

「いいじゃなーぁいの。めぐみさん……? その願いを聞き入れようじゃなーぁいか。そんなに強大な魔法なら、近くにある村から離れた所、場所を決めてうんと練習するといーいよ」

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の魔法の使い手にして爆裂魔法を操るもの!」

 

 場の空気が凍り付いた。

 いつの間にかロズワールの後ろに立っていたラムとーーラムによく似た青髪のメイドも、めぐみんをジト目で見つめていた。

 

「めぐみんというのがあなたの本名なのかなーぁ?」

「お、おい!私の名前に文句があるなら聞こうじゃないか!」

 

 

 もう後戻りはできないとカズマは思った。

 

 ーーもう面倒ごとは御免だ。でも、まだ問題児がもう一人いる。

 




前後編。キリの悪いところで止めてしまって申し訳ないです。
そして最近更新が滞ってて申し訳ないです。

ロズワールの口調が難しいです。おかしなところがあったらご一報
くださると大変助かります。




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第二章3 賑やかな食堂と食後の散歩

 止めてやりたかったが、何も知らない領主が賛成してしまったため、なし崩し的に一日一爆裂はこの世界でも続行することになってしまった。

 付き合う方の気持ちも考えてほしい。カズマとしてはせっかく名誉もあり、衣食住も保証されているこの世界でのんびり、ごろごろとして、自堕落な生活を送っていたい。

 

「……えっと、ありがとうございます。ということはこれでめぐみんの願い事はいいんですよね?」

 

「私としては本当にこんなことでいいのかと思うんだぁーけど、本人が望むならこれでいいんだーぁよね?」

 

「そんなことを言っていられるのも今のうちだと思うんですけどね……あの、苦情が来たりしたらすぐに言ってください。すぐに辞めさせますので」

 

「私としては、この陣営の戦力が増えるので、願ってもいないことなぁーんだよ。手厚く保護させてもらっていーぃかな?」

 

「こいつ、一日一発しか魔法が打てないんですけど、本当に戦力になるんですか?」

 

 カズマとしては、爆裂魔法というものを生で見たことがないであろう領主を純粋に心配する気持ちでいっぱいだ。

 カズマたちが来たことによって余計な迷惑をかけてしまうことなど本当に避けたい。

 ただでさえとんでもない幸運が舞い降りているーーというよりも、正直自分たちの尻拭いをしただけでこんな状況だ。強気でいられるわけもない。

 

「この陣営は、私以外は領を守る者はいなーぁいからね」

 

 びっくりした。領主が一人で領を管理しているなど、聞いたこともなかったからだ。

 たぶん、とんでもなく強いのだろう。

 

「ロズワール様は、一人でそこらの兵隊分の力をお持ちです。よって、私兵を持つことをしていないのです」

 

 青髪のメイドが補足してくれた。

 その顔には感情が乏しく、ただじっと立っているだけだったので、こうやって口を開くのが予想外だった。

 

「まあそれはそれでおいておいて。おいダクネス、お前自分の願望を丸出しにした願望をするな。俺まで変な目で見られるだろうが」

 

「わ、私としてはちょっとだけ願望を取り入れて願い事をしただけなのだが……」

 

「とりあえずせっかくこの世界で上がっている俺たちの評判をその特殊な性癖で下げないために撤回しろ、この年間発情女め」

 

「べ、別に発情なんてしてないから! やっぱりカズマは一味違うな!」

 

「何が違うんだよ何が。これ以上余計なことを言うなら縛って転がしてやる。幸いこの世界でも俺たちのいた世界のスキルが使えるみたいだからな。その辺にある麻縄あたりでバインドをかけてやる。」

 

 そう言いきったとき、カズマは周囲の目線を受けて硬直する。特にメイド二人の目線が冷たかった。

 ダクネスは顔を赤らめていて、今にも泣きだしそうだ。相変わらず、こういうシチュエーションには弱いようだ。本当によくわからない性癖だな、とカズマはつくづく思う。

 

「ねえ、ちょっと引くんですけど。仲間であるこの私まで引いちゃうんだから相当なんですけど」

「カズマは名誉を手に入れてもやっぱり変わりませんね。こんな大勢が集まる食堂でそんなことを言い放つなんて」

 

 ひそひそとパーティーメンバーが話している。

 それに反してエミリアは、何のことを言っているのかわからないのか困り顔だ。まことに可愛らしいのだが、外見から見るに、年の割に明らかに教育や一般常識が足りていない。

 

「ねえアクア、何でカズマにそんなひどいことを言うの? あなたたち仲間じゃなかったの?」

「「カズマにはあれぐらい言わないと意味がないの(ですよ)」」

 

「お前ら聞こえてるぞ、そういうのは俺のいないところで言え」

 

 いつものやり取りのような気がする。だから、何も知らないエミリアが愛おしく思える。

 カズマはこういうヒロインを異世界で望んでいた。こういったことにきつい反応を見せない、性格の良いヒロインを。

 

「あの、領主さん、こいつは俺たちの世界で大貴族の娘なので、事務作業とかは慣れてると思います。変な性癖を暴走させないためにも事務作業などを押し付けてやってください」

 

 唐突に、ダクネスのことを考えずにカズマは言った。

 さすがにあの願いではカズマが許せない。ダクネスがほかの男にもらわれて行ってくれることは歓迎できるが、ダクネスの望むダメ男に引っかかってほしくないという願いはある。

 

 カズマとしては、ダクネスの男の好みを聞いた時から危惧している。だから、自分を強めに罵ってほしい、という頭のおかしい願いは当然、却下しなくてはならない。

 ダクネスならちょっと言われただけでホイホイとついていきかねない。堅物そうに見えてちょろく、しかし一線だけはどうしても越えられない、そんな純粋な乙女だ。

 

 ーーこんなことを口に出していったらダクネスに思いっきり殴られそうなので、心の中にしまっておく。

 

「せっかくエミリア様を救ってもらった功績があるのに、望むものが雑用とは、本当にあなたたちは欲がないねーぇ?」

 

 カズマの内心などつゆ知らず、領主はカズマたちをそう評した。

 ダクネスは反論してくると思ったが、何もしてこなかった。

 カズマたちのいた世界でも父の代わりに領主の仕事を代行していたというので安心はしているが、本当に大丈夫なのか。

 

 

 反論してこなかったので、ダクネスは今日から働いてもらうことになった。

 ということはーー

 

「お二方。あなたたちは何を望むのかーぁな?」

 

 カズマとスバルは思わず顔を見合わせた。

 カズマは特に何も望まない。というか、これ以上望んでも何も残らない。

 アクアの願いであることをそのまま踏襲すればいいだけの話だ。

 

 しかし、この世界の食材を使って料理をしてみたさはある。

 頼み込んだら何かを作らせてもらえるだろうか。ーーしかし、毎食作るなど、面倒なことはしたくない。

 実際に、あのメイドが二人で作ったであろう朝食は申し分のないほどおいしい。

 カズマが介入できる余地がない。

 

「んじゃ、俺は使用人でいいかな」

 

 領主のほうをまっすぐに向きスバルははっきりとそういった。

 何も後ろめたいことがなさそうな、純粋そうな目で。

 

「…………」

 

 その場にいる全員が何でその選択にしたか意味が分からないようで、スバルのほうを向いていた。

 カズマは、予想外の選択を踏まれたので、自分が後に何を続けようか困ってしまった。

 人の選択に首を突っ込むようなことはしたくないのだが、こうも優等生のような選択をされてしまうと、自分が情けなく見えてしまう。

 

「おい、何で俺のほうを向く! いや、だって俺何もしてないし! ただ単にその場に居合わせただけだから申し訳ないったらありゃしない!」

 

 スバルとしては、これまでは自堕落に生きてきた分、この地で気分一新、人生をやり直したい。

 これまでは親に迷惑をかけ続けてきたことをとても気にしているのだ。

 

「でも、カズマとかめぐみんもほとんど何もしてないわよ? まあ、この私はあの忌々しい吸血鬼を浄化したっていう華々しい功績があるんだけどね!」

 

 スバルがじっとカズマのほうを向き、何かを察してほしい様子だった。たぶん、何もしていない、無力な男同士で一緒に使用人生活を始めたいのだろう。

 しかし、カズマはそれに乗ることはない。

 

「あー、俺は、たまに料理を作りたいなーって思ったりするけど、基本的にはアクアと同じでいいよ。だって働くとか絶対嫌だし。せっかく安定した住処も名誉もあるのに」

 

 少しだけ願望を取り混ぜて願いを言う。

 これ以上は望まない。調子に乗ったらいつもろくなことに遭わないのはわかっている。

 カズマは、この世界では出来るだけ平和に過ごしていたい。

 

「本当に二人もそんな願いでいーぃのかな? 私としてはもっと大きい願いを期待していたから、期待を外された気分だーぁね」

 

 この領主、男二人をじっと値踏みするような目線で見てくる。

 

「ここに泊めてくれるだけで本当にいいんですよ。大体俺たち、調子に乗ったら絶対ろくなことに遭わないので」

「まあ、俺は本当に何もしてないからな。エミリアを盗品蔵に連れて行っただけで。四人は割かし敵の攻略に役立ってたけど」

 

 

 そんなこんなで話は進み、ダクネスは事務的作業の概要、スバルはメイド二人に使用人の概要を教えてもらうことになった。

 ちなみに、話を聞いていると、青髪のメイドの名前はレムとのこと。

 とても姉想いーーどころか、もしかしたら本来仕えるべきである領主よりも大切に想っているように見えた。

 

 

 領主が「想定外の事態だね」と舌打ち気味に言ったが、その声は皆の喧騒に掻き消えて、消えた。

 

* * *

 

 

 和気あいあいとした朝食タイムも終わり、それぞれの場所に就いていった。

 しかしーー

 

「カズマ、今から一日一爆裂に行きますよ。この世界でも私の実力が通用するか試してみようじゃありませんか」

 

「えー……俺は眠いから寝る。一人で行ってこい」

 

「そんなことしたら誰が私をおぶって帰るのですか? 私は一回魔法を撃ったら動けなくなるんですよ? ここはまだ見知らぬ世界、何をされるかわかりません。さあ、行きましょう。」

 

 めぐみんがぐいぐいとカズマの袖を引っ張る。それに対抗するようにカズマは手元にあった布団を頭まで被る。

 もうこのやり取りも当たり前となってしまった。

 いつもなら、めぐみんのほうが先に折れて、暇を持て余しているアクアと一緒に爆裂魔法を撃ちに行ったりしているのだがーー

 

「今日はもう折れませんよ? 昨日爆裂魔法を撃てなかった分、いろいろたまってるんですから」

 

「俺は行かん。もし行くならこんな早い時間じゃなくてもっと遅い時間にしてくれ」

 

「早いってもう昼じゃないですか。行きますよ。ダクネスも頑張ってくれていることですし」

 

「そういえば俺、何も言わずにダクネスに雑用を押し付けちゃったんだよな。ちょっと申し訳ない気分だ。だけど、俺は行かないぞ?」

 

「いいから行きますよ!」

 

 今日のめぐみんは強気だ。カズマの布団をはがそうと強く引っ張る。

 カズマはそれに対抗するようにぐっとさらに深くかぶったのだがーー

 

「えい」

 

「おい!おまえ、腕力にものを言わせてはぎとるとか卑怯だぞ!」

「今更何を言ってるんですか」

 

 数々の魔王軍幹部を葬り去ってきためぐみんはもうかなりのレベルになっている。

 男で、さらに冒険者であるカズマよりも力が強いのだ。

 カズマは、魔法使い職であるめぐみんよりも力が弱いことを気にしている。しかし、どうにもならないので尚更ばつが悪い。

 

 あきらめたカズマが渋々立ち上がり、一日一爆裂に付き合うそぶりを見せる。

 

「俺は着替えるから、ちょっと待ってろ」

 

「でもカズマ、たぶん服は替えがないですよ。冒険するときの服はアクセルの屋敷に置いてきたまんまじゃなかったんですか?」

 

「ーーあ、そういえばそうだった。じゃあ帰れるまでずっとこのジャージか……さすがに人前に出るとなったらちょっと恥ずかしいんだけど」

 

 そう言いながらカズマたちは扉を開けた。

 ジャージしかないならもうこれでずっと過ごすしか方法がない。

 正直、思い出深いジャージなのであまり汚したくはないのだが。

 

 廊下を歩いているとレムにすれ違った。

 ぎこちなく会釈をしたら、向こうも返してくれた。

 もうちょっと笑えばかわいいと思うので、少しその無表情さがもったいないような気がする。

 

「そういえばさ、めぐみんってレムと話したことあるか?」

「ないですね。いつもお姉さんーーラムの後ろについていますし、正直話しかけにくいです」

 

 屋敷の入り口の扉を開けて庭に出る。

 とても広い庭だ。昨日は暗かったのでよく見えなかったが、木々がすべて整っており、花は彩色が美しい。

 ここまで完璧に管理できる使用人は本当にすごいと二人は息を呑んだ。

 

 整えられた道を通り、門を出た。

 屋敷を出ると、一気に森の中だという印象がわく。

 領主に言われた道を黙々と進んでいく。

 

 近くには村があるらしいので、できるだけそこから離れようと歩く。

 めぐみんのお眼鏡に叶う目標物が何個かあり、ここで撃ちたい、とせがむことがあったが、撃ったら金輪際爆裂魔法は禁止なと言ったので今はおとなしくカズマの横についている。

 

「えーと、確かこの辺りだったと思うんだけどな」

 

 三十分ほど歩いた。領主から来ていた場所はここだったので、めぐみんに目標物を探させる。

 辺りには先のとがった岩が多く、撃ちごたえがありそうだ。

 

「ここはまさに天国のような場所ですね。廃城のように大きな建造物がないのが少し残念でしたが、いつもより格段に良いです。ああ、興奮する……」

 

 めぐみんが杖をぐっと握り、恍惚の表情を浮かべていた。

 

「でも、これからはこの時間帯に、ここで打ってもらうからな。約束だぞ?」

 

「カズマがいつも付いてきてくれるならいいですよ?」

 

 上目遣いでカズマの顔を覗き込むめぐみん。

 思わぬ反応でカズマが少したじろいだ。

 

「いや、え? マジで?」

 

 こんな甘酸っぱいことを言い出した時は、絶対に何か落とし穴があるはずだ。

 しかし、この世界にきてそうそう、そんな落とし穴があるとも思えず、カズマは顔をとろけさせてしまう。

 

「そんな顔をしないでください! 気持ち悪いです!」

「いや、だってさ、ちょっと……好きな子にいきなりそんなことを言われるなんて恥ずかしいじゃん。照れるじゃん」

「別に私は何も考えていませんよ。アクアを連れて行ったら絶対愚痴を言いますし。ダクネスはたぶん事務作業で忙しいでしょうし」

「……まあ、そういうことならいいけどさぁ……」

 

 期待したのが間違いであったかのようにカズマはがっくりと肩を落とす。

 確かに、めぐみんの言っていることは正論だ。アクアは何度かカズマが外泊しているときに一日一爆裂に付き合わせたのだが、決まって帰り道にめぐみんを置いていこうとする。

 女神なのでステータスはかなり高く、体力が底をつくこともそうそうないはずなのだが、疲れるのが嫌なようだ。

 

 その点、カズマは行く時こそ抵抗するものの、帰り道はおぶって帰るか、ちゃんとドレインタッチで体力を補給して歩いて帰らせる。

 めぐみんからしたらこれ以上の爆裂散歩相手などいない。

 しかも、カズマと歩く道は楽しいと最近思いつつある。もっぱら、話すことは仲間についてや、爆裂魔法をいかにして極めるか、といった他愛のない話なのだが。

 

「それじゃあ、撃ちますね。もしかしたら岩の破片が飛んでくるかもしれないので、少し離れててください」

 

「めぐみんにしては珍しいな。いつもは後先考えずにバンバン撃って、周りの被害とか死ななきゃいいって考えるくらいどうにも思ってないし」

 

 こくりと頷いためぐみんが詠唱を始める。魔力が高まり、空気がピリピリと振動する。

 ーーいつもよりも振動が大きい。辺りを見てみれば数少ない植物がしなびている。

 普通の魔力だけで撃つのならばそんなことはないはずなのだが。

 

 

「『エクスプロージョン』!」

 

 めぐみんが全魔力を込めた大魔法を無意味にぶっ放し、その場に倒れた。

 いつもより威力が強かったような気がする。 

 

「八十点、といったところか。お前、撃つ前に魔力が結構漏れていたような気がするんだがーー」

 

「なんだかここで魔力を練り上げると周りの魔力まで取り入れてしまってうまく扱えないんです。やっぱりカズマの言っていた異世界、だからでしょうか」

 

 魔力の種類が違う、というのはあるかもしれない。

 めぐみんは素質が高いので、この世界の魔力まで取り込んでしまったのだろう。

 カズマがバインドを使った時はそんなことを思わなかったので、大魔法クラスとなると世界の影響を受けるのかもしれない。

 もしかして、アクアの魔法の精度が少し落ちていたのは、うまく魔力をコントロールできなかったからなのだろうか。

 

「んじゃ、今日は途中までおぶってやるからあとは歩いて帰れ」

「あ、お願いしまーす」

 

 カズマがめぐみんをおんぶする。

 いつものように会話を交わしながら、屋敷へと足を進めていった。

 

 



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第二章4 使用人と客の近くて遠い関係

 

 アクアは暇を持て余していた。

 部屋に置いてあるベッドの上で、もらった高級なお酒を抱えながらひたすらごろごろ転がっている。

 

 いつもなら主にゲームをしたり、カズマたちと言い合いをしたり、物の取り合いをしたりして騒がしく楽しい生活ができるのだがーー

 

「この世界にもゲームがほしいわね……カズマなら作れるかしら」

 

「何だか今日はごろごろする気分じゃないのよねー。やっぱり早起きしちゃったから?」

 

 この部屋にいるのは一人だった。

 しかも、カズマたちはめぐみんの散歩に行っているし、ダクネスは今日からは事務作業だ。忙しい。

 邪魔をしに行きたいと何度も思ったのだが、ダクネスはこういう時に邪魔をしに行くと本気で怒るのでちょっと怖い。

 タイミングを見計らって邪魔をしにいこう。

 

 そう思った時。

 

「入っていいかー?」

 

 ノックの音がした。

 この声はスバルのものだろう。

 こんな時間に何をしに来たのだろうか。

 

「別にいいわよー」

 

 後ろに監督役なのであろうラムを引き連れて入ってきた。

 何もアクアの泊まっている部屋を選ぶ必要は無かったと思うのだが……

 

「でも何で私の部屋を選んだの? ほかにも空いている部屋はいくらでもあるのに」

「いや、まあそれは……エミリアが王選の勉強でずっと部屋を出ないから第一希望が叶えられず、第二希望であるアクアの部屋にお邪魔したっつー訳ですよ」

 

 割とひどいことを言われているような気もするのだが、アクアはそんなことには気づかない。

 

「この尊き女神様に惚れたの? 惚れたのならもうちょっと女神に仕える使徒のような素振りを見せなさいよ」

「とんでもない女好きね。気持ち悪いわ、バルス」

 

「ちょっとその呼び方に一言申し上げたいんですけど姉様。俺の名前が目つぶしの呪文になってるぞ」

「今思いついたのよ。愚鈍なバルスにはピッタリよ」

 

 そう言ってハッと鼻を鳴らすラム。

 ネーミングセンスに自信満々の様子だ。

 

「ちょっとウケるんですけど! スバルが目つぶしの呪文になっちゃうなんて超ウケるんですけど!」

 

 元ネタを何故か知っているアクアはスバルに便乗し、腹を抱えて笑う。

 

「これがラムのセンスよ」

「「褒めてない褒めてない」」

 

 二人して突っ込みを入れた。

 普段のアクアはカズマに突っ込まれっぱなしだが、こういう時にはちゃんと突っ込みを入れる常識があるのだ。

 ーーなんの常識かはおいておいて。

 

「ということで、そのちょっと汚れたベッドをきれいにするからそこから降りて」

「私は女神なのよ? ちょっとシーツにしわが寄っちゃったりするけど、垢なんて一切落とさないわ! 女神の体に垢が一つでも付いていたりなんてしたら信仰してくれている人ががっかりするじゃない!」

 

 スバルがアクアにベッドから降りるように促すと、謎理論で反抗するアクア。

 

「じゃあアクアはお風呂に入らなくても平気なんだな? 日本人としては風呂に入る楽しみを知らないなんて人生の半分を損してる気分になるぜ?」

 

「えーっと、でも、それは、ちょっと違う、わよね……?」

 

 目を泳がせてアクアはラムに救いを求める。

 アクアはアクシズ教ーー水の女神なだけあって温泉にはうるさい。

 お風呂が嫌いだなんて絶対に言わないほどお湯に浸かってきている女神だ。

 

「ラムにそんな目線を向けられても困るわよアクア様。必要じゃないことはしない、常識だと思うのだけど」

「でもカズマといた時は土木作業で流した汗をきれいさっぱり流してからギルドのみんなと宴会を楽しむのが一番の楽しみだったのよ? あとは水の女神だからお湯の純度を測ることには自信があるの。だからそんな目で見ないで! 二人とも私からお風呂を取り上げようとしないで!」

 

 なお、アクアが入ったお風呂はもれなく浄化されるので、いくら入浴剤を入れようとも一瞬で浄化されてしまう。一番最後に湯船に入れてやりたい人選手権をすればトップを争えるだろう。

 

「まったくもって意味が分からないわ。アクア様は本当に女神なのか、まずはそこからなのだけど、土木作業をしている時点で女神じゃないと断定できるわ」

 

 常識的に考えて当たり前のことを言うラム。普通の人ならばそこで納得してくれると思うのだがーー

 

「エリスはアクアのことを先輩って言ってたし何かしら関係はあると思うけどな」

「皆私のこと女神じゃない女神じゃないっていうけど、スバルは認めてくれるのね!」

 

 一度エリスにアクアの話をちらっと聞いているスバルと、本人であるアクアにはそんな理屈は通らない。

 ラムの言っていることは真っ当だと思うのだが、それは周りにいるめぐみんやダクネスに言ってやったほうが信頼してもらえるだろう。

 

「じゃ、今度こそ俺の本気のベッドメイキングを見せてやる。のいたのいた!」

 

 ぐっとシーツを持ち上げられ、座った態勢のまま床に落とされるアクア。

 泣きそうになっているが、スバルとラムは素知らぬ顔だ。

 

「ちょっとスバル謝って! 女神を落として御免なさいって謝って! せっかく私が見込みがあるって認めてあげたのに酷いわよ!」

 

「あーはいはい、ごめんなさいごめんなさい。あと、俺ん家無宗教だから。変な宗教に勧誘されたらそりゃお断りだぜ」

 

「私が回復魔法をかけてあげた恩を忘れてるとおもうの。普通ならさすがですアクア様って褒めて褒めて甘やかしてくれると思うのに。もしかしてスバルもカズマと同類なのかしら」

 

「それとこれはまた話が別だ! 別に俺はカズマと一緒にされてもいいけど」

 

「女の子にスティールを使ったらほぼ確実にぱんつを盗み、こすっからい手で強敵と渡り合うことだけには定評のあるカズマよ?」

 

「うげ、それは願い下げだ」

 

 カズマの力の片鱗を見せた途端、同類扱いされたくないと言葉を訂正するスバル。

 傍から見ていて仲が良さそうなので、否定したとはいえ同類のように見えてしまうが、さすがにそんなことはないと信じたい。

 

「アクア様の言っているスティールって言うのが分からないけど、ラムはカズマ様について理解に苦しむわ。あのド変態」

 

「そういえば、ラムってスバルのことはバルスって呼んでるけど、私たちには何で様をつけるの? 女神である私には様をつけてほしいんだけど、カズマとかダクネス、めぐみんにまで様をつけるのは何か変よ?」

 

 アクアが気になっていたことを質問した。

 普通のメイドならば様をつけ、どこか距離を置いて接するものなのだが、ラムはそこから外れている。

 口調は砕けているのに、人を呼ぶときだけ様をつけることに違和感を覚えたのだ。

 

「お客様には様をつける。これってメイドの常識だと思うのだけど」

「それにしては俺に対してはやたら馴れ馴れしいんだけどな、姉様。少しはレムを見習ってはどうだ?」

 

「……レムと比べるのはやめて頂戴。ラムはいつも自分が最善だと思ったことをしているの」

 

「姉様目つき怖い怖い」

 

 ラムの目つきがとても鋭くなった。

 その姿を見て二人はひるむ。

 もしかしたら姉妹には複雑な過去があるのかもしれない。

 

 

「ほいほいほいっと。よしこれで完了! どう?俺のベッドメイキング、完璧だろ?」

「一点特化すぎて何も言えないわ」

「……悔しいけどホテルみたいで文句ひとつ言えないわね! 尊敬するわ!」

 

 手慣れているからかスバルはすごい速さでベッドメイキングを終わらせた。

 厳しいラムもこの仕事には合格点をあげるようだ。

 アクアはさっそくベッドの上に寝転がり、感触を確かめる。

 

「じゃあ次はどこに行きますか姉様? 俺の完璧な仕事っぷりを見せてやりますよー」

「次はお風呂場ね。たぶん、一番キツイ仕事になると思うわ。覚悟なさい」

 

「ねえねえ、お風呂掃除し終わったら私が一番最初に入っていいかしら」

「別にいいけど、どうしたの?」

「特に何もないわよ?」

「……」

 

 即答したアクアに返す言葉をなくしたラム。

 しばしの間無言の空気が流れる。

 

 

「じゃ、たぶん後でまた会うことになりそうだけどな」

「そんな暇は作らせないわよ」

 

 二人は扉を開け、風呂場の掃除に向かう。

 一人になったアクアは、作務衣のような寝間着を箪笥から取り出し、お風呂に入る準備をした。

 

 ーーカズマが帰ってくる前にお風呂に入ろう。

 覗きなどはされないだろうが、カズマには前科がある。

 警戒しておくことに越したことはないだろう。アクアはあまり気にするほうではないが。

 

 

* * *

 

 

「「ただいま帰りましたーー」」

 

 カズマとめぐみんが扉を勢いよく開けた。

 めぐみんは少しぐったりしているが、爆裂魔法で体力を持っていかれただけだろう。

 

 何気に空を見ると、もう夕方に近い時間だ。

 カズマたちはあの後、少し観光しているーーという建前で、迷い人になっていたので帰るのに時間がかかったようだ。

 カズマは普段なら道に迷うことなどそうそうないが、めぐみんとちょっといい雰囲気になっているのを壊すのが嫌で、見知らぬ場所で渡された地図も見なかった。

 

 結局、疲れてきたのでめぐみんを途中で降ろした時に地図を見て、何とか帰り着くことができたのだがーー

 

「まさか地図、図はわかっても文字が読めないなんてシステムバグってんじゃねーか? めぐみんも読めなかったし。ったく、この世界に呼んだ奴はどうかしてるぞ」

 

 誰が呼んだのかわからないが、自分たちを召喚した相手に文句を言うカズマ。

 確かに、自分たちが住んでいた世界では女神の親切サポート、というやらでついた時からすべての言語が翻訳されていたのだが。

 

「確かにあの地図は謎の文字? みたいなのが書かれていてわからなかったですね。勉強したら読めるようになると思うのですが……」

「んー……でも語学の勉強か……言葉が通じるから面倒だな」

 

 カズマは面倒くさがって勉強を怠る。

 言葉が通じるのである程度は過ごせるが、いつかは限界が来るかもしれないのに。

 

「私は勉強しましょうかね。エミリアにもこの素晴らしいセンスをわかってもらいたいですし」

「お前のセンスは俺でもわからんよ。エミリアに通じるとは到底思えん。ーーさすがに爆裂魔法の詠唱とか教えないよな?」

「ぐっ……カズマは相変わらず鋭いですね」

 

 ふと目を離したすきにめぐみんがとんでもないことを言いだしたので、カズマが慌てて止める。

 アクアだけでなくめぐみんも要注意人物に指定された瞬間だ。

 

「さすがにエミリアが撃てるとは到底思えないが、未来の女王様候補にあんまり変なことを教え込むなよ?」

「私もそんなことはしませんよ。ちょっとかっこいい名乗り方を教えるだけです」

「教えてんじゃねーか!」

 

 あの純真なエミリアがめぐみんたちに名乗りを強要されて拒否するとは到底思えない。

 アクシズ教徒に片足突っ込んでいる状態だ。本当に注意しておかないとこの国までおかしくなってしまう。

 

「そういやめぐみん、お前お風呂どうするか? 昨日は入れなかったから俺は今日入るぞ。ーー一緒に入りたいと言ったら拒否しないけど」

 

 カズマが欲望を隠し切れずにそういった。

 

「一緒に入るとしてもアクアと一緒に入りますよ。なんだかしょっちゅうカズマとも一緒に入っているような気もしますが、私ももう立派な女性です」

「その体型でそれを言うか?」

「なにおう! 紅魔族は売られた喧嘩は買う種族です。さあ表に出てくださいよ」

 

 好戦的なめぐみんがカズマを外に出るように促す。

 ーーしかし、めぐみんは今日はやたら元気だな。いつもこうだったらおぶって帰る手間も省けるのに。

「お前爆裂魔法撃った後でもぴんぴんしてんな」

「お、おい! 確かに今日は体力の回復が早いような気もしますがーー」

 

 めぐみんも困惑している様子だ。

 

「おい、お前ちょっと冒険者カード見せてみろ。もしかしたらレベルアップしてるかもしれんな」

「さすがにそれはないですよ。周りのモンスターを巻き込んだ覚えはありませんし」

 

 と言って冒険者カードを差し出すめぐみん。

 カズマもレベルアップをしたら自分で気づくので、一応、念のためにの確認なのだがーー

 

「お前、またレベルが上がってるな。でもスキルポイントは全部爆裂魔法に突っ込んでるだろ。すっからかんだぞ」

「まあ、私は爆裂魔法を極めると決めましたし」

「確かにそうだな。」

 

 数々の戦いからいつもの爆裂散歩であれからレベルは2、3ほど上昇していた。

 

 めぐみんのレベルでそこまで伸びるとは、一日一爆裂も案外侮れない。

 ーーほぼ毎日付き合っていた気もするのだが、知らぬ間にここまで伸びていると少し嫉妬してしまう

 どんどんレベル差が開いていくので、焦りを覚える。

 

 そんな話をしながら、自室の前まできて、めぐみんと別れた。

 

「……えっと、入っていいかな?」

「構いませんよ、お客様。ついさっき掃除をし終わったところですのでーー」

 

 今まで掃除をしていたであろうレムが、そそくさと掃除道具を抱えて部屋を出て行った。

 ーーどうしてこんなによそよそしいのだろう。ラムと比べるのは本人も嫌がっているのでちょっとあれだが、どうしても拍子抜けしてしまう。

 

「あの、レムさんーー? でいいのかな? 今風呂に誰か入ってる?」

 

 気になったことがあったので、カズマは部屋を出たばかりのレムを引き留めた。

 

「レムのことはレムでいいですよ。いまはアクア様がお風呂に入られている頃合いです。入るならもう少し後のほうがいいでしょう」

「あ、ありがとう、レム。そのあとに入らせてもらうことにするよ」

 

 レムは、今度こそ仕事に戻っていった。

 

 

* * *

 

「あー、広くて気持ちよかったーー! たぶん私が入ったからピッカピカになってるわよ! カズマ、早く入って入って!」

 

 首にタオルをかけ、カズマが今手に持っている衣類と同じものーーボディラインが割とはっきりしているローブを着ているアクアが浴場から出てきた。

 ーーもう少し早く入っていればよかった。

 

「何でお前が先に入るんだよ。もし温泉だったら浄化しちゃうだろ」

「何を隠そうあれは普通のお湯だったから大丈夫よ。女神の浄化パワーでそれはもう、輝いているはずだわ!」

「そうか。期待していいんだな?」

「もちろんよ!」

 

 アクア自身が普通のお湯と言っているので安堵するが、正直安堵するには少し早い。

 アクアの浄化能力は高い。それ故に問題を起こすのだ。

 ーーまあ、聖水であれ何であれ自分は大丈夫だから、純粋に楽しめればそれでいいか。

 

 アクアと別れ、一人風呂を楽しむことに。

 服を脱ぎ、浴場のドアを開けると、そこにはきらびやかな光景が広がっていた。

 

「おおーー、さすが豪邸のお風呂。俺たちの屋敷とは比にならないほどでかいな!」

 

 大きな浴槽が一つ。カズマたちの住んでいた屋敷の浴槽も相当大きなものだったと思うのだが、ここと比べると見劣りする。

 そして、アクアが入った後なのでやたら水がキラキラしていた。腐っても水の女神といったものだろう。

 

 ゆったりと湯に浸かり、昨日の分も合わせて疲れを癒す。

 あまりカズマは何もしていないような気もするのだが、それには目を瞑ろう。

 

 

「む……カズマ、入っているのですか?」

 

 のんびりとしていたら、外からめぐみんの声が聞こえてきた。

 

「入ってるよ。めぐみん、まさか俺と一緒に入りたいのか? さっきは否定したくせに、素直じゃないなほんと」

「ち、違いますよ! ちょっと土で汚れていたので洗い流したいと思っただけです!」

「でもちょっとは入りたかったんだろ?」

 

 外から見えないのをいいことにカズマはにやにやする。

 こんなことをしているから周囲からの悪評が絶えないというのに。

 

 

「もう脱いでしまったので仕方ないですね。一緒に入ってあげますよ」

 

 

 ガラッと扉が開き、めぐみんが入ってきた。

 もう少し恥ずかしがってもいいと思うのだが、めぐみんは大胆につかつかと歩いてきたのだった。

 

 

 

 



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第二章5 二日目の午後

 めぐみんは体をさっと洗い流し、湯船にドボンと浸かった。

 カズマからは目を離し、じっと前を向いている。

 

 この浴槽はとても広い。

 いつぞやのように対角線上のところにめぐみんが座るとカズマが湯気で見えなくなる。

 服を着ているときは一緒に入りたくないだのなんだの言うめぐみんだが、一緒に入っていてカズマの顔が見えなくなるのは嫌らしい。

 

「それにしても広いお風呂ですね。こんなお風呂にはいれる事、私が紅魔の里にいた時では考えられませんでした」

「確かにそうだなーー俺たちも屋敷を手に入れるまでは銭湯に通っていたし、一般人はこんな広い浴槽を持てるわけもないもんな」

「まあ、紅魔の里には混浴温泉がありましたけど」

「あれは温泉じゃない。水の中に魔法突っ込んで温めただけだろ」

 

 以前紅魔の里に行った時、温泉だと期待していったらただのお湯だったことを思い出し、二人は笑う。

 

「ふう。今日はなんだか疲れましたね。誰かさんのせいで道にも迷いましたし」

「おい。紅魔族随一の天才よ、お前も道に迷う一因だったんだぞ」

「うぐぐ……それに触れられると返す言葉もありませんが、大体、ちょっといい雰囲気になってるからって違和感を感じた時に地図を見なかったカズマが悪いんです」

 

「そりゃめぐみんと甘酸っぱい会話をしながら歩いてるときに道に迷ったからと言って地図を出せるか!」

「普通は早く帰れることを優先しますよ」

「え……普通友達と一緒に帰る時、永遠に家にたどり着かなかったらいいのになとか考えたりしないか?」

「しないですね」

 

 めぐみんがきっぱりと言い切る。

 クールでドライ、その性格はいまだ変わっていない。

 だから、紅魔の里でもゆんゆん以外、気軽に付き合える同年代の友達があまりいなかったのではないか。

 

「そういえばダクネスは何してるんだ? とはいっても一日俺といためぐみんはわからないか」

「そうですね。スバル辺りに聞いたらまた話は別でしょうが」

「……あいつも使用人として頑張ってるもんな。何で好き好んで労働するのか分からないけど」

「そうですかね。なんだか浮足立っていたのでその場のノリで格好つけて言ったような気もするのですが」

 

 内心をはっきり見抜いた気になって得意げになっているめぐみん。

 半分正解で半分不正解だ。

 

「あいつに限ってそれは……ありえるな。あいつ自己肯定感高いんだか低いんだかわからないんだよ。女の前で格好つけたいのかつけたくないのかはっきりしろよって話」

「カズマがそれを言いますか? 普段は格好つけようとして失敗し、肝心な時にはヘタれるくせに」

「お前だってそうだろうが」

「私は格好良さを追及し続けているので一緒にされると困りますよ」

 

 めぐみんは紅魔族節を流暢に、得意げに説明する。

 カズマはそれを聞いて辟易しながらも、いつものめぐみんを再確認する。

 

「んじゃ、俺は先に体を洗わせてもらうよ」

「どうぞ。あ、ちょっと思ったんですけど、このお湯はとても綺麗ですね。ここは使用人たちがお風呂場掃除に力を入れているのでしょうか」

「いや、さっきアクアが入ったと言っていたからそれだと思うぞ」

「あー、アクアが入っていたんですか。それなら納得ですね。アクアはあれでも浄化の腕は一級品ですから」

「浄化だけは、だな。あいつ、俺が見ていない時にエミリアをアクシズ教に入信させてそうで冷や冷やするんだよ」

 

 アクアを心から信頼しているからこそ出る心配を、めぐみんに語る。

 いい意味でも、悪い意味でもカズマとアクアは互いの本心を知りすぎているようだ。

 まあ、それはお互い本心を隠そうとしないうえに、痴話げんかにしか見えないガチ喧嘩を日々繰り広げているからであって。

 

「……さすがにそんなことは……アクアならやりかねませんね。でも、アクシズ教の勧誘方法に比べると温いものですよ。エミリアみたいな純粋な子だったらすぐに入信書にサインさせられてそうですね」

「まあお前がそれを言う資格はないけどな」

「おい! アクシズ教の勧誘と格好いい名乗り方を教えるのを一緒にしないでほしい!」

 

 めぐみんはアクシズ教への入信と紅魔族風の格好いい名乗り方を一緒にしてほしくないようだ。

 紅魔族としてのプライドが許さないらしい。

 カズマとしてはどっちもどっちなのだが。どっちもエミリアに対して悪い影響を与えてしまう。

 

「カズマー、お前、めぐみんと入ってるのかー?」

 

 シャワーを浴びる音が場に響いた時、ぐぐもった声が浴室内を反響した。

 

「その声はダクネスか? 入ってるよ。とはいってももうちょっとで上がるところだけど」

「ならばもう少し待とう。ちょうど、めぐみんと二人で話したいことがあってな」

「いやいやいや、遠慮する必要は無いんだ。入って来いよ。仲間同士での隠し事は禁物だろ?」

 

 ダクネスも風呂に連れ込んで裸を拝みたいという思惑が見え見えである。

 それをしっかりと理解しているダクネスだが、仲間のことになると弱いーーというか、全体を通して押しに弱すぎる。

 

「いや……でも……それは……!」

「何照れてるんだよ。まったくわかりやすい女め」

「何が分かりやすい女だ! そんなだからカズマは女たらしだといわれるんだぞ!」

「俺はそんな自覚ないから大丈夫だ」

 

 きっぱりと言い切って、ダクネスには見えないのにサムズアップ。

 

「カズマ、そんなことを言うからカスマだのクズマだのという不名誉な通り名が定着するんですよ?」

「お前だって頭のおかしい爆裂娘っていう超不名誉な通り名が定着しているだろうに」

「な、なにおう!」

 

 軽口の応酬をひとしきり終え、カズマは持っていたタオルで体をふき始めた。

 

「まあいいよ。これ以上入っていたらのぼせそうだし、今日のところは勘弁しといてやる」

「わ、私は何もされた覚えがないのだが……!」

 

 そう言ってカズマは浴室のドアを開けた。

 裸のダクネスが恥ずかしそうに体を押さえていた。

 

「お前、やっぱり一緒に入りたかったんだろ」

 

 

* * *

 

 想像以上のハプニングもあったが、カズマは着ていたジャージを着て脱衣場の外に出た。

 

 しばらく廊下を歩いていると間の伸びた声が背後から降りかかった。

 

「カズマ君、であってるのかーぁな? ちょっとついてきてもらいたい所があるんだーぁけど」

「あ……は、は、はい、何でしょう」

 

 驚いて振り向くと、領主がそこには立っていた。

 道化のメイクも合わさってちょっと怖い。

 

 何も言わずに歩きだしたので、焦ってついていくカズマ。

 突っ込みたい点はたくさんあったが、あえて何も言わなかった。

 出来るだけ目上の人には逆らわないようにし、波風を立てずにいたい。

 

 階段を上がり、二階を通過する。

 ーーと思った時だった。

 

「ーーさっさと出ていくといいのよ!」

「は?……え、ちょっ、おまーー」

 

 扉が突如開き、何が起こったかわからずに目を回しているスバルが飛び出してきた。そして、屋敷に来た時、初めて出会ったベアトリスの怒声が響く。

 壁にぶつかっている。痛そうだ。

 幸い、加減がされていたのか調度品には何処にも傷がついていない様子。

 

「……はい?」

 

 目を丸くした。

 慌ててその場所へと駆け寄る。

 

「いやー、あはは、それはカズマか? お恥ずかしいところを見せて申し訳ありません、っと」

「……お前、一体何をやらかしたんだ?」

「いやー、扉から何か手ごたえ? みたいなのを感じて入ったらドリルロリがまた中にいたのよ。んで、それで俺がまたスキンシップを試みようといろいろ試してたところ、魔法で外に放りだされていたーーっていうオチですよ」

「ドリルロリ……? ベアトリス……? アクアの結界破りがないと会えないんじゃないのか?」

「どうも俺はそうじゃないみたいなんだよな。なんか今日一日で三回くらい会ってる気がする」

 

 カズマはベアトリスは初日の夜に出会って、それっきりだ。

 対してスバルはどうも複数回顔を合わしているらしい。

 扉から手ごたえを感じる、というが、カズマにはわからない感覚だ。

 

「こんなところから、ちょうどいいタイミングでのお出ましだーぁね。スバル君もちょっと一緒に来てほしいところがあるんだーぁよ」

「お、まさか俺の実力が認められてーー、ってそれはないか。カズマもいるし」

 

 こんなタイミングでスバルも合流し、黙ってついていく。

 三階を抜け、四階へ。

 二人は一際豪奢な扉の中へ案内された。

 

「ここが私の部屋だーぁよ。なに、緊張することはない。リラックスして望んでもらえればいーぃかな」

 

 本棚にはぎっしりと本が詰まっており、領主の豊富そうな知識を感じさせる。

 机から、その他調度品からあふれ出る気品。

 二人は領主にそう言われていても緊張してしまうのは仕方のないことだろう。

 

「単刀直入に言わせてもらうと、君たちの魔法の属性、それを調べたいんだーぁよ」

 

「魔法? ちょっとわくわくしちゃうなー!」

「魔法か……俺は別に冒険者としてとっているスキルがあるからな……こっちの世界の攻撃魔法が使えるっていうのならいいことなんだけど……ちょっと爆裂魔法っぽい感じだとめぐみんに怒られそうだ」

 

「カズマ君はちょっと何の話をしているのか分からないんだーぁけど、この世界での魔法の属性をちょっと説明するねーぇ」

 

 こく、とうなずく二人。

 領主はそれを見届け、

 

「この世界には、火、水、風、土の四つの属性がある。それぞれのマナに働きかけ、魔法を行使する。

 普通なら一つの属性に適性があるんだーぁよ。まあ、才能なし、と判定されることもあるねーぇ」

 

「ちなみにロズワールは何の属性なんだ?」

「私はすべての属性に適性があるかーぁな」

「何だそれ」

 

 なるほど、だから私兵を持たないのか。

 カズマは一人で納得していた。

 この世界では何の属性に適性があるのだろうか。期待が高まるも、もしかしたら才能なし、と判定される可能性があることで少し緊張する。

 

 カズマは冒険者ギルドで才能を判定してもらった時、ステータスが幸運を除いて軒並み低く、冒険者になることを余儀なくされた男。

 この世界くらいでは何か異世界的な才能を発見してみたさもある。

 

「じゃ、スバル君から失礼するねーぇ」

 

 領主はおでこに手を当て、属性を調べ始める。

 カズマは吹き出すのを堪えるのに必死だった。

 何せ効果音がーー

 

「みょんみょんみょんみょん……」

 

 どんな効果音だ。

 しかも領主自身が発しているというからさらにおかしい。

 

「えっと……陰属性だーぁね。他の属性とのつながりはとても薄いよ。

 しかも、魔力量も少ない。私を十とすると、君は生涯をかけて特訓してもせいぜい三、といったところかーぁな」

 

 領主の顔が一瞬綻び、すぐもとに戻る。

 ーーまず陰って何なんだ。さっき言っていたことと違うではないか。

 

「ちょっと言いたいことはたくさんあるけど、まず俺の属性、カテゴリーエラーしてるぜ?」

「陰属性と陽属性は適合者が少ないから説明をはぶいたんだーぁけど、まさかスバル君がその適合者だったとは思わなかったーぁよ」

 

「それって特別ってことか?」

「極めればほかの属性の追随を許さないほどすごいものなんだーぁけど、スバル君の場合魔力量が少ないからねーぇ、相手の視界をふさいだり、足を遅くしたりすることくらいしかできないかーぁな?」

「敵弱体化特化? なんか地味だな……」

 

異世界に召喚された人、というのは何かしらのチート能力を持っているというのがデフォルトらしいが、どうもそうではないらしい。

 その「お約束」を十分に理解していたであろうスバルはがくりと肩を落とした。

 

 アクアとともに異世界転生したばかりだったカズマも、最弱職にしか就けないとルナに言われた時は内心落ち込んだものだ。

 

「じゃあ、カズマ君も調べさせてもらうよーぉ?」

「あ、はい、お願いします」

 

 

「えーっと、本当に言いにくいんだけど」

 嫌な予感しかしない。妙に間を取るのが、その証拠だ。

 

「カズマ君は、残念ながら魔法の適性がないようだーぁね」

 

 ーーそうですねああもうチックショーー!

 カズマは心の中で叫んだ。

 この世界くらいではちょっと位はちやほやされたかった。

 

 

 その後、色々と雑談を交えながら領主との交友を深めた。

 別に深める必要性も見られなかったが。

 

 そうして、日が完全に落ちるころ、二人は部屋を出た。

 扉が閉まるとき、領主が顔を歪めたが、仲睦ましげに笑う二人には届くこともなく。

 

 藍色の空が物憂げな領主を照らしているだけだった。

 

 

* * *

 

 

 その後、夕食の時間になった。

 妙に機嫌の良いアクアが宴会芸をふるまい、場の空気を盛り上げる。

 ちなみに、この場では酒を出されていない。

 

「アクア、今の芸は一体どうなってるんだ?」

「こんな小さな布にどうやったらそんな大きなものが消えるんですか?」

「アクア様、今の芸はどうやってしているの?」

 

 女性三人は口々にアクアを褒めたたえる。

 そうして、もっとしてほしいといった時、アクアは決まって

 

「芸は請われてするものじゃないの」

 

 と言って断る。

 しかし、放っておいたら勝手に場を盛り上げてくれるので、種はわからずとも楽しいひと時を過ごすことができる。

 

「……アクア、まさかそれ、この屋敷の調度品を使っているわけじゃないよな?」

 

 カズマがちょいちょいとアクアをつつく。

 芸に夢中になっていたアクアは、

 

「もちろん、初日の反省を生かしてちゃんと庭からとってきたものを使っているわ!」

「それがダメだって言ってるんだろうがーー! 今度は二人に謝れ! 庭を荒らして御免なさいってな!」

 

 食事中というのに、カズマはアクアの首根っこを掴み、ラムとレムのほうに引きずっていく。

 ーー案外抵抗力強いな、こいつ。

 

「わ、私が良かれと思ってやったことなのにぃぃぃ!」

「おい、ちょっと泣くなって!」

 

 ポカポカとカズマをたたくアクア。涙目だ。というか思い切り大泣きしている。

 事情を知らないものからすると、どう考えてもカズマがアクアを泣かせている図にしか見えない。

 ーーここにはめぐみんやダクネスというカズマたちの日常をよく知るものがいるので何とかなりそうだが、人前で大泣きするのは勘弁してほしいものだ。

 

 アクセルの町では一日一爆裂と並んでもう日常茶飯事となっていることだが、この世界でそんなことがあったらおかしいだろう。

 もうちょっと自分たちの置かれている状況を考えてほしいーーといってもどうせ無駄だろう。

 

「アクアって妙なポリシーを持ってるんだな……尊敬できるわ」

 

 スバルが後ろから近寄り、椅子の後ろから言葉を投げかけた。

 

「ホントあいつ、芸だけで食っていけるというのに頑なにしようとしないからな。俺にはよくわからないけど」

 

 アクアが芸をふるまうと、その周りには必ず人が集まり、おひねりを投げかける。

 しかし、アクアはそれを頑なに受け取ろうとしない。

 まさに宴会芸の神様である。

 

 その後も和やかな夕食時間は過ぎ、それぞれの部屋に帰っていった。

 ダクネスは事務作業、エミリアは王選の勉強がまだ残っているようだった。

 夜になっても気の休まらぬ人のほうが多い事実。

 

 カズマとめぐみんはそれぞれの部屋に帰った。

 

「明日、料理やってみるか!」

 

 二人(+一人)で広大な屋敷を管理しているらしい使用人たちのことを気にかけ、カズマはのんびりと夜が更けるのを待つだけだった。

 

 

 

 

 

 




 カズマさんに風属性の適性がある案もありましたが、どうにもしっくりこないので適性なし。この世界の魔法は使えません。

 作中で語られることはないですが、アクア様は水、めぐみんは火、ダクネスは何だろう……土属性ですかね……

 後、叡智の書には本編四章の記述に重きを置いていると思っているので、ロズワールはそこから逆算して行動しているのかなーと。


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第二章6 料理

 次の日、カズマは毎度の如く昼を回ったころに目を覚ました。

 何度かめぐみんやアクアはカズマをたたき起こしに来たのだが、決まって布団を深くかぶり、それに対抗。

 自堕落な生活を送ることに抵抗のないカズマ。異世界の異世界でも立派な引きこもり生活です。

 

 寝たことによってできたしわを払う。

 伸びをして、扉を開き、下に続く階段を下りる。

 すると、のんびりと廊下を歩いているアクアとめぐみんに出会った。

 

「ふああ……おはようアクア、めぐみん。俺は今日、めぐみんの爆裂散歩に付き合ってからちょっと料理を手伝ってみようと思うのだが……」

 

「何?カズマ、まさかこの世界でギャルゲーみたいにフラグ立てまくってハーレム生活満喫しようとでもしてるの?」

「……カズマのご飯はおいしいですからね。楽しみに待っていますよ。どうせなら私も付き合ってあげてもいいのですが」

 

「お、おいアクア、そこまで俺はクズじゃない。俺には最愛の妹とかいろいろいる……だろ?」

 

 カズマは無意識にアクアから目を逸らす。

 内心、ちょっとこの世界ではギャルゲーのようなハーレム生活ができるかと夢見ていたよう。

 カズマの言葉を受けて、めぐみんは拗ねたように頬を膨らませている。

 

 どうにもカズマは素直になるのが恥ずかしいらしい。

 あれだけのアプローチを受けておいて返さないのはどうかと思うが、という思いがめぐみんの中にはあるのだろう。

 

「カズマ、さすがの私でも妬くときだってあるんですよ? もうちょっと気づいてくれてもいいのですが」

 

「どう考えても恥ずかしいだろ!せめてちょっといい雰囲気になってそのままもつれ込むまで行ってからにしてくれ!」

 

「はあ……? カズマ、もしかしてめぐみんといかがわしいことをしようとでも考えているの?」

「ち、違うわ! そうじゃなくて!」

 

 カズマは必死で否定する。

 というのも、めぐみんと二人きりになるまででもいろいろな邪魔が入って大変なのに、二人になったとき、大抵しょうもないことで呼ばれただけだという落ちだ。カズマがそういうのも仕方がないだろう。

 ーーほんの少し、本当に少しだけ、そういう思いがないわけでもないが。

 

 

「んじゃ、俺たちはちょっと行ってくるから」

「さっき起きた人が何ノリノリで言ってるんですか。いつもならあれだけ嫌そうにしているのに」

「俺だって乗り気になるときぐらいはあるわ!」

 

「ははーん? まさかカズマ、これ以上追及されると返事できないからって逃げるつもりなのね? 今日のところは許しておいてあげるけど、次はもうないわよ?」

「や、やましいことなんてないし!」

 

 こんな時にだけ無駄に勘の良さを発揮するアクア。

 カズマはそそくさとめぐみんを引いて爆裂散歩に行ったのだった。

 

 

* * *

 

 

 約一時間後。

 めぐみんの日課を無事終えた後、カズマはめぐみんと別れ、調理室に立った。

 ちなみに、メイド二人と使用人付きで。

 

 ラムに料理を手伝ってもいいかと聞いた時、初めこそ警戒されていたものの、カズマの料理スキルーー王女の料理も作ったことがある、ということを聞いて、渋々ながら了承してくれた。

 

 しかし……

 

「料理をさせてくれ、とは言ったけど、ここまで材料が少ないとは思わなかったよ」

 

「仕方ないわ。本来予定していなかったお客様が三人、そして新しくここで働くことになった二人の分も追加で作らなくちゃいけなくなったのだもの」

 

「ということは明日にでも買い出しに行かなきゃいけないのか? もし行くなら手伝うぞ?」

 

 カズマはキラキラしたエフェクトが舞ってそうな完璧スマイルでラムを誘う。

 

「カズマ様、さすがにそんな気持ち悪い笑顔で誘われたら断るしか選択肢がなくなるわ。下心が見え見えよ」

 

 心底嫌そうな目で睨まれる。

 カズマは、もう少し自分に優しい人はいないのかと心の中で涙した。

 

「とはいってもなぁ、これだと人数ギリギリだぞ?」

「その中でもきちんとやりくりして使うのも、使用人としての役目なのよ」

 

 そう言って何故か大量にあった鶏肉ーーだと思われるものを取り出し、調理台の上に置いた。

 

「この肉は何だ?」

「見たらわかるじゃない。鶏肉よ」

 

 元の世界ではカエル肉なんてものが主流だった。なので異世界で見る食材には細心の注意を払っておかねばならないと念を押して聞いたのだが、この世界は普通の鶏肉のようだ。

 

「あ、そういえばご飯ってあるか? これだったらチキンライスとかできそうなんだけど」

 

「カズマ様ってそこまでして好かれたいの? まあいいわ。そこのバルスよりも役には立ちそうだし」

「おい、俺一言も発してないのにディスられたような気がしたんだが……」

 

「って、ごはん……って何のこと?」

「「米だよ米。ライス」」

 

 なぜかハモった。

 二人には日本人として譲れない何かがあるのだ。

 

 ラムががさごそと食糧庫をあさる。

 米を取り出すのだというからそんなに迷うことはないと思うのだがーー

 

「あったわ。これのことでしょう?」

 

「それはライスじゃない。ライムだ」

 

 得意げにしているラムの手に乗っているのは紛れもなく小さい緑色の果実。ライムだった。

 

「ライスで通じないんだったらあれだな、この世界では米がないのか。前だったらツナマヨご飯とか作れたのに」

「ツナマヨ……? おい、もしかしてカズマのいた世界って米が楽しめたのか? ってか、お前、どんな世界に住んでたんだよ。ファンタジー世界の『お約束』が適用されないじゃないか」

 

「その『お約束』が適応されてたら俺は苦労してないよ。まあ、ソースを自作して焼きそば作ったら大繁盛したけど」

「……はあ。……ってやっぱ適応されてんじゃねぇか!」

 

 普通ならばファンタジー異世界に行くと、マヨネーズだのなんだのを作って儲ける、ということがある。

 しかし、カズマが転生した世界ーーややこしいのでベルゼルグ、とするが、そこにはすでにたくさんの転生者が生活しており、知識があるものが和食を開発していたりする。

 

 よって、カズマはそんな『お約束』を体験することができないーーと思っていたが、どうにも料理スキルをとれる転生者というものがほとんどいない。

 それなので、必然的に難易度の高い料理は作れなくなるわけで。

 

「いや、それなら俺たちの元いた世界での生活を見せてやりたいくらいだわ。お約束だのなんだのはぶち壊されて当たり前の理不尽な世界だから」

 

「早く始めないと日が暮れるわよ? 自分から言い出したのに随分余裕そうね」

 

 話題がヒートアップしそうになったところでラムがきっぱりと喝を入れる。

 窓の外を見ると、青い空に僅かな赤色が混ざり始める頃合いだった。

 

 チキンライスを作ろうと思ったが、肝心の米がないため、適当に炒め物を作ろうかと、料理を手際よくそろえていくカズマ。

 しかし、手際が良いといっても野菜が生きていないかを逐一確認しているため、周りの人から見ると効率が悪いように見えてしまう。

 

「食材を調理台に出すだけなのに、どうしてそんなに時間がかかるのかしら。まさか、野菜の種類を見た目で判断できないド素人……?」

「だから俺は王女の食事を作ったことがあるって言ったじゃん。これでも早いほうなんだよ。だって、野菜が逃げ出したらもったいないじゃないか」

 

「野菜が逃げ出すってどんな……?」

「やっぱり頭がおかしくなっているのかしら。これは要注意事項ね」

 

「え……?日本と違って野菜って飛んだり、跳ねたりするのが普通なんだろ? 俺はもう同じ轍は踏まないぞ?」

 

 何を隠そう、カズマの最初の大金を手に入れた時は、緊急クエストのキャベツ狩りである。

 

「野菜が飛び跳ねる……? 何その意味わからない常識」

「野菜が跳び跳ねるなんてありえない話わ。やっぱり頭がおかしくなっているんじゃないの?」

 

「俺は頭がおかしくなんてない! それなら俺の仲間にでも聞いてみろ! ……いや、もしかして」

「もしかして、何だよ?」

 

「この世界は野菜が跳び跳ねない、普通の世界なのか! 俺たちのいた世界がおかしかっただけか!」

「いやカズマさんそれ一番最初に考える可能性じゃ……」

 

 普段は鋭い突っ込みばかりかましているカズマだが、どうにもベルゼルグでの普通に慣れすぎていて、転生直後には備わっていた異世界への順応性が薄れているらしい。ーーそんなもの、無くて当然の力だが。

 

 

 そして、ひと悶着あったものの無事に食材を人数分出し終えたカズマ。

 今から手際よく料理する姿を見せ、気にかけてもらおうとするのだがーー

 

 

 手元にあった野菜の皮が剥かれていることに気が付いた。

 

 ふと横を向くと、青髪のメイドーーレムが、無表情で淡々と野菜の皮を剥き続けていた。

 料理スキル持ちのカズマと変わらぬ速さで向いているのだから、相当の修練を積んだのだろう。

 ーーというか、あのひと悶着あった際に一言も発さなかったのは正直凄いと思う。

 

「あの……レムさん? 野菜の皮を剥いてくれるのはすごく嬉しいんですけど、ちょっと怖い……」

「レムはレムの仕事をこなしているだけです。一昨日から人が増えて料理が大変になったので」

「はぁ……そうですか」

 

 氷のような目つきで鋭く言われたので、気でも悪くしたのではないか、と勘繰ってしまうカズマ。

 触らぬ神に祟りなし、と言ったものだが、さてどうしたものか。

 直感では何か暗い感情を背負っているが故の無表情さのような気もするがーー。

 

「ま、皮むきの手間が省けて助かったよ。ありがとな」

 

 礼を言うと、こくりと頷いてくれた。

 

 ちなみに、もう片側ではスバルが皮むきに悪戦苦闘してラムの罵倒を受けていたが、その辺りは割愛する。

 

 

* * *

 

 

「よし、これで準備完了。フライパン使わせてもらってもいいか?」

 

「この部屋の道具を使わせてくれって言ったのはカズマ様のほうじゃない。まさか記憶喪失……?」

「そう何でもかんでも悪い方向にもっていくのをやめてくれ! 普段は隙のない男だのと言われているこの俺が、今日はどうにも忘れっぽくなってるんだよ」

 

「それって老化の兆候らしいぞ。カズマ、俺より若いのに大丈夫か?」

「誰が老化するんだよ誰が。そのセリフはうちの駄女神にでも言ってやってくれ。たぶん聖なるグーを食らうことになるから」

「いや、それはちょっと勘弁願いたいわ」

 

 軽口を叩き合えるようになるまで進展した二人の仲。

 本人たちに言わせると絶対否定すると思うが。

 

 ーー二人とも、まだ自分の本質を表す機会が訪れていないのだが、それでここまで仲が良くなるのはやはり何かの奇跡なのだろうか。

 

「というか、これってどうやって火を付けるんだ?」

「そんなことも知らないの? マナに働きかけたら付くわよ」

 

「そうか。『ティンダー』」

 

 カズマはお手軽着火魔法を使ったーー!

 

 この世界の魔法を使えない腹いせだ。

 コンロの仕組みはよく理解していないが、火力がすごく強いコンロの完成だ。

 野菜炒めには丁度いい。

 

「って、その魔法何よ。カズマって魔法使えないんじゃなかったのか?」

「これは俺が習得したスキルだ! ……初級魔法だけど」

 

「火力が強すぎるわよ。もしお屋敷に燃え移ったら最後よ。もうちょっと火力を落としなさい」

「いやそんなこと言われても。俺は魔法使えないらしいからさ。元の世界の魔法を使ったほうが楽なんだよ」

 

 屋敷がなくなったときに何が起こるか何も考えていないカズマ。

 普段は慎重で臆病なヘタレだが、どうにも今日はその限りではないらしい。

 ーー比較的普通な女性が増えたからか、心の中で鼻の下でも伸ばしているのだろう。

 どうも油断しっぱなしだ。

 

「だからといって危険を冒す必要は無いわ。さっさと止めて頂戴。火はラムが付けるから」

「……はい」

 

 強めの口調で押され、カズマは思わず火をーー

 

「あの、ラムさん……これ、どうやって消すんですか?」

 

 消せなかった。

 

「そんなの知らないわよ。只でさえ私たちの予想していない使い方をしているというのに」

 

「でもこれってガスコンロじゃないよな……なあカズマ、これ水かけたら止まるんじゃね?」

「確かにそうかもしれないな。よし。『クリエイト・ウォーター』!」

 

 調理台に水が飛び散ったーー!

 

「何やってるのよ。馬鹿の考えね」

「これしか方法がなかったんだ!」

 

 

 

* * *

 

 

 カズマが常識に疎かったり、マナの扱い方が分からず元の世界の魔法で調理しようとするハプニングはあったものの、何とか料理は完成した。

 

 貴族の屋敷で出るものが野菜炒め、というのもどうかと思うが、カズマは王女にツナマヨご飯を食べさせたくらいだ。それに比べれば幾分マシというものだ。

 

 試しに味見をさせてみると、メイド二人に太鼓判を押してもらったので、味付けのほうも大丈夫だろう。

 

 そして、汁物や主食を準備し、食堂に運ぶ。

 

 ちょうど日が暮れ、橙が空から完全に消え去った頃合いだ。

 なんだかんだあったものの、夕食にちょうどの頃合いに完成した。

 

 

 そして。全員がそろったうえでの夕食。

 皆が、作った料理に舌鼓をうっている。

 

「今日の料理はカズマ君がメインで作ってくれたんだーぁね。うちの使用人と遜色のない味だーぁよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 料理スキル持ちとはいえ、やはり自分の作った料理を褒めてもらえるのは気分がいいものだ。

 

「というかだ。いくら料理がうまいとはいえ貴族の屋敷と呼ばれる場所でこんな小庶民的な料理を出すとか、やはりカズマは度胸があるな」

「それ褒めてるのか?」

「褒めてない! カズマは例のロブスター料理とか、貴族受けしそうなレパートリーもいろいろ持ってただろう? どうしてそれらを作らなかったんだ?」

 

 ロブスター料理とは。めぐみん考案のザリガニ料理のことである。

ダクネスはやけに気に入っているみたいなので、今更言えまいが。

 

「いや、今日は材料がなかったんだよ。明日村に買い出しに行かないといけないくらいに」

「そうか。それなら仕方がない。そうだ、明日買い出しに行かなければならないと言ったな。どこへ行くんだ?」

 

 ダクネスがカズマへ目線を送った。

 しかし、どこへ行くのか知り得ていないカズマ。困ってメイド二人に目線を送る。

 

「ダクネス様。明日はアーラムという村へ買い出しに行く予定をしております。ですが、どうしてそんなことを?」

 

 意外にも、返答してきたのはレムのほうだった。

 

「いや、少し気になってな。資料を整理しているとどうにも、ハーフエルフが迫害されている、という資料が数多くみられてな。村の者たちはどうも思っていないかが」

 

 そうダクネスが返答した時、エミリアの頬が少し硬くなったのを感じた。

 この屋敷にいれば、そんなことを何一つ感じずに過ごすことができるが、外の世界はそうでもない。

 悪夢だとは思うが、アクシズ教が国教にでもならない限り、人種差別というものは永遠に残り続けるだろう。

 

 ーー四百年前。嫉妬の魔女。

 

 禁忌と呼ばれる存在は、今でも多くの人を恐怖に陥れている。

 それの余波が、ほかの罪なき亜人種にまで広がっているのだ。

 

「ま、まあまあ! そんな難しい話はおいておいて、今は食べることを楽しみましょう? さあ、どんどん持ってこーい!」

 

 宴好きのアクアは、シリアスな空気を好まない。

 

「まあ、ダクネスも気になるんだったら明日付いてきたらいいじゃん。あ、ちなみにめぐみんの一日一爆裂のついでに買い出しに行くつもりだから。何かあったら怖いから念のためにアクアも付いてきてくれ」

 

「何で私も行くのよーー! 私はずっとこの屋敷でごろごろしていたいの! もう面倒ごとは嫌なの!」

「ついでって言っても、私は爆裂魔法を撃ったら動けなくなるんですよ? どうするんですか?」

 

「なんだか嫌な予感がするから、だ。めぐみんは買い出しが終わるまでは爆裂魔法はお預けだ」

 

 カズマが皆の都合も考えずにポンポンと明日の予定を考えていくので、皆がブーイングの声をあげる。

 ーーこうしておかないとひどい目に遭いそう。

 その直感が、ほかの人の都合を無視して話を進める羽目になる。

 

 というか、この会話を聞いていて領主が口を挟まないことに気になる。

 仮にもダクネスは雑務をこなさねばならないのではなかったのか。

 

 昨日の値踏みするような目線もあって、カズマは少し不信感を抱く。

 

「いやちょっと待て。何で全部お前中心に考えてんの。俺達の都合はーー?!」

「カズマ様たちが出て行かれるのは午後からよ。バルスは午前中に使用人の仕事、それからカズマ様達との買い出し。荷物持ちも増えたことだし、ちょうどいいわね」

 

「いや俺は荷物持ち要員じゃないからーー!」

 

 スバルの声が、食堂一帯にこだました。

 そして、明日。

 

 皆が村へ買い出しに行くことが決定した。




 わちゃわちゃこねくり回していたのでかなり遅くなりました。すみません。
 どうしても自分で納得いかなくって、やりたいことを詰め込んでしまいました。

 次回は村へ行きます。

 ちょっと今回は書いていてキャラ崩壊が……
 


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