Fate/Last future of embryo (ビーストⅧ)
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救世主

 燃える、燃える、燃えている。

 街は燃え尽き、人は死ぬ。

 地獄のちまたで彼らは脱兎の如く逃げ惑う。

 

「はぁ、はぁ……! なんでサーヴァントがいるのよ!?」

 

 

 冬木、聖杯戦争の行われている土地。

 走る彼らを影の従者は追い続ける。

 サーヴァントの敵はサーヴァント。

 ならば狙うは盾の英霊とそのマスター。

 他など知らぬ、見えぬ、聞こえない。

 

 

『サーヴァント反応、確認! 其奴はアサシンのサーヴァントだ!』

 

 

「……! 応戦します! 先輩、わたしを使ってください……!」

 

 

 盾の英霊のデミサーヴァント、マシュ=キリエライトはマスターである藤丸に指示を仰ぐ。

 

 

「マシュ……! すまない、なんとかしのいでくれ!」

 

 

 しかし、マスターである藤丸立香は言うなれば一般人だ。

 カルデアに所属しているものの、今まで魔術師としての経験はなく、普通の一般人だった。そこに天性の才はなく、月並みな指示しか出せない。

 

 

「ハイ! あなたに勝利を、マスター!」

 

 だが、粗雑な指示だとしてもマシュは猛り応えてみせる。

 二人はマスターとサーヴァント。

 マスターを守るためにマシュは盾を振るう。

 

 

「聖杯ヲコノ手二────!」

 

 

 アサシンのサーヴァントが放つ、暗剣は三つ。それはマシュの太腿、眉間、右腕目掛けて的確に飛来する。

 

 

「ヤァァァァァっ───!」

 

 

 マシュは盾を手首を軸に回し、飛来する暗剣を全て叩きおとす。

 そして、四肢に力を込め、大地を蹴る。

 その速度たるや常人のそれを遥かに上回る。

 何故なら彼女は英霊の力を持つモノ。

 かつて英雄と謳われた者達、人間を超えた超越者。

 英霊足らしめる膂力で瞬く間に、アサシンまで接近したマシュは盾を構え、勢いを殺さず盾を振り下ろす。

 

 

「───甘イ!!!!」

 

 

 だが、敵も影、亡者なれどサーヴァント。

 暗殺者たる彼の本領は正しく暗殺だ。

 更に言うなら、彼の敏捷力はマシュを上回る。

 アサシンはバックステップで自ら背後に跳び、ダメージを軽減、そして目にも留まらぬ速さで物陰へと消えた。

 

 

 気配は完全に消され、辺りには静寂が戻る。

 だが、アサシンはまだいる。

 アレは確実に我らの首を狙っている。

 パチパチと炎の音が鼓膜を打つ。その音がまるで死神の足音の様に聞こえて────

 

 

「オオオォォォォォオオオオ!!!!」

 

 その静寂を打ち破る破壊者が新たに到来する。

 突如、瓦礫を吹き飛ばして現れる敵影。

 アサシンではない。それが意味するのは新手の到来だが、現状において想定されるモノでも最悪の展開。

 

 

『マシュ、藤丸君、新手だ! ランサーのサーヴァントだ!』

 

 

 その名の示す通り、槍を構えて突貫してくるランサー。

 熾烈なまでの刺突の連撃が散弾の如くマシュを襲う。

 

 

「ああ、ああああああ────!!!」

 

 

 マシュは必死に盾で防ぎ続ける。

 此処で負ければ、彼らが死んでしまう。

 それはいけない。それは許さない。

 その様な結末は認めない。

 

 

「ハハハハハハハハハハハハハハ!」

 

 

 笑う、嗤う。ランサーは嗤う。

 この身は亡者なれど、コレは心が踊る。

 少女の身は英霊との混ざり者。だが、その武技、智恵に英雄のそれは無い。

 あまりに未熟だ。

 しかし目の前の少女は勇気を振り絞って、立ち向かってくる。

 

 

 僥倖、僥倖、素晴らしいぞ。

 だが、未熟だ。

 だからこうして()()()()()()()のだ。

 

 

「苦悶を零せ────」

 

 

 背後より聞こえる声、鳴動する魔力。

 それを意味しているのはただ一つ。

 宝具、即ち貴い幻想(ノウブル・ファンタズム)

 人間の幻想を骨子に作り上げられた、英霊達が生前に築きあげられた伝説の象徴。

 伝説を形にした『物質化した奇跡』。

 そして奇跡が放たれようとしている。

 アサシンの布に覆われた、赤い右腕が露わになる。

 

「───『妄想心音(ザバーニーヤ)』!!!!」

 

 赤い右腕が、悪性の精霊・シャイターンの腕がマシュ目掛けて伸びる。

 この腕に触れれば最後、抵抗虚しく呪殺される。

 

「────マシュッ!?」

 

 藤丸の声が響く。

 マシュはそれに反応し、迫り来る驚異から避けようと右に退避しようとした時、頭上より矢の嵐が吹き荒れる。

 

『■■■■■ッ───!!!!』

 

 周囲を見渡せば、骸の兵団が弓を構えてそこにいる。

  回避を封じられ、目の前にはランサー、迫るはアサシンの宝具。

 

 藤丸立香は諦めない。

 自分のサーヴァントが頑張っているのだ。俺も頑張らなければ、守らなければならない。

 マシュ=キリエライトは諦めない。

 先輩が頑張っているのだ。私も頑張らなければ、まだ戦うのだ。

 オルガマリーは絶望した。

 二人が頑張っても戦況が悪すぎる。

 これで私達も終わり、何も成し得ず、無価値に終わる。

 

 

 

 

 

 近くで、奇妙な笑い声が聴こえる。

 まるで心の底から楽しむ様な、そんな子供の様な声が。

 

 

 ……

 

 ………

 

 …………

 

 

 人理は滅却される。

 何処かで、獣の嗤い声が響く。

 

 人類最後のマスターは此処に潰える。

 世界は、人類は消え失せる。終末が訪れる。

 

 

 だが、それを世界は、抑止力は許容するだろうか?

『アラヤ』は、『ガイア』は、許容しない。

 人理の再構築を認めない。

 星の新生を認めない。

 されど、一瞬の内に人理を滅却された抑止力にかつての様な原因を前もって排除する事は叶わない。

 ならば、ならばどうするか。

 最後の力を振り絞り、人類史を復元させる。

 そのために、抑止力は救世の英雄を呼び寄せた。

 

 人類史に刻まれた、最新の英傑。

 

 クラス・救世主(セイヴァー)

 

 名を───────

 

 

 

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 地響きがなり、徐々に、いや常識外れの速度で近づいてくる。

 それはアサシンの宝具がマシュに触れる前に確実に此方へ到達する、皆がそう悟った時、

 

 

「ヤハハハハハハッ!!!!」

 

 突如、スケルトンの大軍を粉砕する突風が吹き荒れた。

 更に、アサシンの赤い腕がマシュから軌道がズレ、アサシンごとビル群まで吹き飛ばさせた。

 

「なっ!?」

 

 藤丸立香は呆然とした。この絶望的な状況で、一体何が起きたのか分からないからだ。

 そして、一つの人影が、現れる。

 皆が、確信する。

 この現象はアレが起こした、否、起こしたというのは些か語弊がある。

 コレはアレが駆け抜けただけである。

 ただ、純粋に、まごう事なく。

 

 

 

「生存者、なの………?」

 

 信じられない。

 黒い、日本の学ラン。

 炎のマークが刻印されたヘッドホン。

 そして金色の髪。

 

 見たところ普通の人間だ。

 だけど、それが、この地獄のちまたで生きていた?

 悪い冗談だ。

 人間がこの地で生きている筈が無い。

 ならば、答えは────

 

 

『みんな大丈夫か!? それにしてもこの魔力……!

 近くに新たなサーヴァントだ! それに、凄い!!

 低く見積もっても大英雄クラスの英霊がいるじゃないか!!』

 

 つまり、サーヴァント。

 しかし、妙だ。

 あの格好からして近代の英雄と見て間違いないだろう。だが近代の英雄にそこまでの魔力を保有する英雄は居ない筈。

 

 

『クラスは……判別不能だって!?

 既存の七つのクラス、どれにも当て嵌らない!?』

 

 

「いえ、今一番優先なのは、アレが味方か……敵かよ……!」

 

 

 大英雄クラスの英霊が味方なら心強い限りだが、敵ならば最悪だ。

 学ランの少年は、周囲を見渡し、

 

 

「ヤハハ、大体状況は察したんだが、とりあえず────

 

 

 

 

 

 

 俺も混ぜろやゴラァァァァッ!!!!」

 

 少年は適当な石を手にし、ランサーへと投擲した。

 此処までは良い。だが、異常だ。

 それは第三宇宙速度で飛来してきたのだ。

 

 

「───────ッ!!??」

 

 

 あまりにも出鱈目だ。だが、亡者と言えど彼らもまた英雄。

 卓越した武技で捌こうと槍を片手に持つが、それは大きな隙となる。

 

 

「これで、倒れて!」

 

 

 横薙ぎに振るわれた盾が、ランサーの脇腹に減り込み、吐き出された苦悶の声は飛来する投石の破砕音が搔き消した。

 近くにいたマシュは盾で衝撃を防ぎ、藤丸とオルガマリーの近くへ後退した。

 

 

「さて、そろそろ出てきたらどうだ?

 骸骨野郎。生憎、俺は隠れんぼは負けなしなんだ」

 

 

 少年が虚空に向かって呟いた言の葉の返答は、五つの暗剣。

 彼はアサシン。態々同じ土俵で戦う訳もない。

 それに対して、彼は溜息を吐く。

 まるで残念だと言わんばかりに。

 

 

「じゃ、この辺り一帯吹き飛ばすか」

 

『はぁ?』

 

 三人が素っ頓狂な声を上げる。

 今、何と言った?

 

「マシュ、聞き違いかな? 聞き間違いだと言ってくれないかな」

 

「すいません、先輩。聞き間違いだと言ってくれませんか?」

 

「ちょっ、貴方達!

 惚けてないで、退避か防御を!!!!」

 

 そう言っている間にも、彼は拳を構える。

 マシュは藤丸とオルガマリーを背後に庇い、盾を構える。

 そして────

 

 

「オラァァァァァアッ!!!!」

 

 

 秒間数百発は優に超えるだろう、拳打が放たれる。その威力たるや地殻変動に比する。

 徐々に大地は窪み、沈下していく中、少年は隠れていた暗殺者を炙り出す。

 

 

「そこだッ!」

 

 少年は四肢に力を込め、第三宇宙速度でアサシン目掛けて跳躍する。

 アサシンは、迎え撃とうと再度、宝具が開帳される。

 

「『妄想心音』!!」

 

 再び伸びる呪殺の右腕。

 触れれば、触れさえすれば、呪殺の準備が整うのだ。

 負けぬ、負けぬ、負けられぬのだ。

 

 チッ、と何かが掠れる音がした。

 

「私ノ勝チダ───ッ!」

 

 作成される二重存在。

 この心臓を潰せば殺せる。

 早く、速く、疾く───

 

 グチャリ、と音がする。

 鏡面の心臓を潰した。やった、勝ったぞ。

 アサシンは勝利を確信する。

 

「余所見してんな!!!!」

 

「なっ!?」

 

 それが虚構だと、一秒経たずに理解させられる。眼前に少年の拳が迫る。

 馬鹿な。心臓は潰した、呪殺は成立した筈なのに。

 

「まあ、見所あったぜ。お前」

 

 拳がアサシンの顔面に突き刺さった。

 この絶望的な状況を、アサシンとランサー、スケルトンの軍団を正体不明の少年が、数分の内に砕いてしまった。

 

 

 

「さて、お前か? 人類最後のマスターは」

 

 そして少年の視線が、好奇心の宿った視線が藤丸へと向けられる。

 彼が敵なのか味方なのかで対応は大いに変わる。

 藤丸は意を決して口を開く。

 

 

「人類継続保障機関カルデア所属の魔術師、藤丸立香………多分、人類最後のマスターだと思う」

 

「私は同じくカルデア所属、マシュ・キリエライトです。えっと、貴方は一体………」

 

 

「ああ、俺がまだ名乗ってなかったな」

 

 

 少年は凶悪な笑みを浮かべて、自らの名を明かす。

 

 

「クラス救世主(セイヴァー)。見たまんま野蛮で凶暴な|逆廻十六夜だ。

 粗野で凶悪で快楽主義と三拍子揃った駄目人間なので用法と用量を守った上で適切な態度で接してくれよ。人類最後のマスター様」

 

 

 これこそ運命だろう。

 彼の参戦により、物語は大きく動き出す。

 

 さあ、聖杯探索(グランドオーダー)を始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 救世主の到来を、蒼穹の空の元でソレは感じ取った。

 救世主、確かにこのタイミングで召喚されるのも道理だろう。今や世界は終わる。

 獣の大偉業の前に、旧世界は灰燼に帰す。

 故に、救世主の到来を些事だと切り捨てる。

 魔術王の亡骸に住まうソレは、己の偉業成就を待ち望む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その姿を、戦火を待ち望む、紅く煌めく三つの双眸が見つめていた。

 

 




感想、アドバイスなど待ってます!


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顛末

大変、遅くなりましたァァァァッ!!!!

やはり、クロスオーバーは難しい事をしみじみ感じる私であります。
数々の不安や心配がありますが、もし宜しければ今後ともよろしくお願いします。


 

 

「改めて、私はオルガマリー・アニムスフィア。カルデアの所長をしているわ」

 

 

 オルガマリーは三人の自己紹介を聞いた後、自身も名乗り出る。

 

 

「さっきも聞いたがカルデアって事は星見に関係してるのか?」

 

『へぇ、鋭いな。確かにカルデアは星見を起源にしているよ』

 

 

 此処でロマンが通信を繋ぐ。

 

 

「軟弱男っぽい声だな」

 

『うわ、辛辣だね!?

 まあそれは置いといて、カルデアは星見を起源にしているけど、こっちのカルデアは少し違うんだ。簡単に言うと人類の未来を語る資料館という認識かな』

 

 

 ロマンは十六夜の辛辣な物言いを軽くスルーしてカルデアについて簡単に補足する。

 そもカルデアとは星見を指す言葉であり、その起源はカルデアの羊飼いの逸話などが存在する。

 しかし、人理継続保障機関フィニス・カルデアは時計塔の天体科を牛耳るアニムスフィア家が管理する国連承認機関である。

 

 

「で、さっきいた骸骨面と槍の奴は英霊、サーヴァントってやつか」

 

「ええ、そうよ……って、貴方、サーヴァントなのにその手の情報全くないのね」

 

 

 オルガマリーは素朴な疑問を口にした。

 先程の反応、宝具への関心、どれを差し引いても一般的なサーヴァントとは違うのだ。

 サーヴァントならば英霊の座にて、その手の情報を得られる筈なのだが、目の前の十六夜には、その類の知識を持っていない様に見受けられた。

 

 

「ああ、俺はお前らとは()()()の協力の元、召喚されただけだからな」

 

 

 だから、正規のサーヴァントという訳ではないと十六夜は告げる。

 だが、その答えだけでは納得出来ない点が幾つか存在している。

 

 

「なら、貴方は抑止力に召喚されたという訳かしら」

 

「まあ、その認識で大体あってる」

 

 

 この答えにオルガマリーは驚愕しながらも納得した。現状を正しく認識しきれていない彼女でも、此処が異常だという事くらいはわかる。人が死に、星が死にかけている現状ならば抑止力が動いていても不可思議には思わない。

 だが、彼女の考えは的を射ているが、同時に満点という訳ではない。

 大事な欠片(ピース)が足りていない事を伝えずに十六夜は続ける。

 

 

「もう一つ聞きたいのは、骸骨面の右腕なんだが────」

 

「アレは宝具。英霊の残した功績、生前の逸話、物質化した奇跡。サーヴァントならば一つは所持している代物よ」

 

「つまり、ペルセウスでいうハデスの兜やカルナの神槍なんかもその一つか?」

 

「ええ、充分宝具足り得るでしょうね」

 

 

 十六夜の脳内に二人の弄られ役が浮かぶ。

 つまり、彼らも呼ばれる可能性もあるのだろうかと思考してしまう。そんな可能性は極小だと彼は切って捨てる。実際、自身の召喚は極めて()()なのだろう。呼ばれる可能性があるとしたら───

 今はそんな場合ではないと気持ちを切り替え、彼女たちが切り出したいであろう本題へ踏み込んだ。

 

 

「で、お前らはこの特異点の人理を修復して、事態の収拾を図りたいって訳か」

 

 

 オルガマリーは首を縦に振り、肯定する。

 

 

「ええ、その通り。で、此処からが私達の本題よ」

 

 

 彼女は十六夜が敵になる可能性を視野に入れ、一言告げる。

 

 

「───出来ることなら、貴方に協力してもらいたいのよ」

 

 

 そう、十六夜の協力を得る事が出来るなら特異点Fを修復できる可能性が高まる。何せ彼は英霊二体を相手取り、無傷で勝利しただけでなく、アサシンの宝具を無効化した奇蹟。並大抵の代物ではないだろう。

 しかし、これは賭けだ。

 交渉材料は無く、ただ一方的なお願い。

 

 

 

「───いいな、それ」

 

「───………は?」

 

 

 だから、オルガマリーには十六夜の返答に驚愕した。

 

「HA? じゃねえよ。協力するって言ったんだよ。もっと喜べ所長様。ボサッとしてると胸揉んだりスカートの中に頭突っ込むぞ?」

 

「ちょっ、何考えてんのよ! 貴方馬鹿なの?!」

 

 そう言って十六夜は既にスカートの裾を摘んでスカートの中を覗こうとしている。

 それを慌てて振り払い、後ろに退くオルガマリー。

 十六夜の言葉で先程までの緊張感や恐怖は払拭されてしまった。

 彼はヤハハ、と愉快に笑う。

 赤面しているオルガマリーにウサ耳の少女の姿が重なって見える。

 

 

「………本当なの?」

 

 

「ああ、本当でございますよ。それに最高じゃねえかよ。人類史を取り戻す戦いに過去の英傑に出会えるなんてイベント、()()以外で出来るとは思わなかったしな」

 

 

 十六夜の言葉に若干の引っかかりを覚える一同。

 しかし、────

 

 

「なあ、()()()()()()()()()?」

 

 

 それは誰に向けた言葉なのか。

 虚空へと消えゆく言霊、彼が発した言葉の真意を、藤丸は即座に察した。特異点Fに於いて、言葉の通じる存在など一つしかない。

 緊張が高まる中、十六夜は飄々とした態度を崩さず続ける。

 

 

「俺達はお前の御眼鏡に叶ったか?

 アサシン、ランサーは倒したんだ。そろそろ出て来ても良いじゃねえかよ」

 

 

 十六夜の言葉に反応して、彼は現れた。

 倒壊したビル群の陰からルーン文字が浮き上がり、空間に炎が灯る。

 炎の中より現れたのは杖を手にし、青いローブを羽織った長身の男。

 見たまんま魔術師という風貌の男だった。

 

 

「ああ、悪いな。お前さん達の試金石にと観察していたんだがな……奴らじゃ当て馬にすらならなかったもんでな。流石の俺も度肝を抜かれたぜ」

 

 

 青髪の魔術師はカラカラと快活に笑う。まるで心底痛快だったと言わんばかりに。

 

 

「で、値踏みは済んだか?」

 

「応とも。規格外も規格外。俺もランサーで召喚されていたのなら、存分に殺し合えたってのによ」

 

「ああ、そりゃあ惜しいな。あんたを魔術師(キャスター)で召喚したマスターは見る目がなかったみたいだな」

 

 

 全くだ、と魔術師と十六夜は笑い合う。

 初見とは思えない程、彼らは意気投合しているのをマシュと藤丸は感じていた。

 

 

「それはそうと聞きたい事があるんだが────」

 

「そうか。俺に聞きたい事があるならじゃんじゃん訊けよ」

 

 

 尚も快活に笑う魔術師を前に、先程とは打って変わって十六夜は紫水晶の瞳はスッと薄め、真剣な面持ちで言葉を紡ぐ。

 

 

「──この現状について、あんたなら多少知ってんだろ?」

 

 

 十六夜は単刀直入に、核心へと切り込んでいく。カルデアに協力すると決めたのだ、やるのなら徹底的に完膚なきまで完遂するのが彼のやり方だ。それに悠長なゲームメイクを彼は好まないのも一つの要因だ。

 

 

 そして魔術師は、やはりそう来たかと笑う。

 こういう流れを彼は待っていたのだ。この戦いを終わらせる為に彼は自身が知り得る全てを語る。

 

 

「ああ、語るとも。魔術師(キャスター)……クー・フーリンの見た、第五次聖杯戦争の顛末をな」

 

 




今回の不安。
十六夜、オルガマリー、兄貴のキャラがぶれてないか、しっかり書けているのか。
それだけが本当に不安で仕方ないっすね……

次回の投稿はなるべく早くやっていきたいと思います


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小さな勝利

「つまり、この現状は本来の聖杯戦争が狂ってしまった結果。そういう認識でよろしいかしら?」

 

「おう、その認識で問題ねえよ」

 

 魔術師(キャスター)の口から語られた聖杯戦争の顛末。

 街は一夜で炎に覆われ、人は居なくなり、残ったのはサーヴァントのみ。

 さらに魔術師(キャスター)以外のサーヴァントの黒化。

 そして剣士(セイバー)による大聖杯独占。

 

 オルガマリーは被害の大きさに卒倒しかけるが、十六夜という至高のサーヴァントの存在が気絶一歩手前で押し留める。

 それに幸いな事に七騎のサーヴァントの中で最も強いであろう狂戦士(バーサーカー)は無視しても問題ないと聞いた時、彼女は安堵した。

 

 だが、彼らが直面している問題は身近な所に存在した。

 

 

「なんだ嬢ちゃん、自身の宝具がなんなのか分からねえのか?」

 

「はい……それどころか、私の身に宿る英霊の力が誰のモノなのか分からなくて」

 

 それはマシュの宝具だ。

 いくら十六夜がいるからと言っても相手は英霊。油断や慢心などしては命を落とすことになる。

 故にマスター──藤丸を、オルガマリーを守る為に彼女が宝具を使うタイミングは必ず出てくる。

 だが、彼女には宝具、そして自身を助けてくれた英霊の真名を知らない。

 そんな自分を欠陥サーヴァントと呼ぶマシュ。

 

 

「マシュは欠陥なんかじゃない。無力な俺を守ってくれた自慢のサーヴァントだ」

 

 

 藤丸は励ます事しか出来ない己に腹がたつ。

 さっきだってそうだった。

 自分はマシュのマスターだ。しかし、それは名ばかりとはなっていないだろうか。

 的確な指示、活路を見出す慧眼。

 今まで一般人だった藤丸には足りない才能。

 これではマシュの負担が増えるばかり、己が力不足に歯噛みする事しか出来ない。

 

 

『ま、まあ、宝具と言えばサーヴァントの秘密兵器みたいなもんだし、一朝一夕で使われたら面目丸潰れ───』

 

 

「あ? そんな事あるかよ。サーヴァントと宝具ってのは同じもんだからな」

 

 

 ロマンのフォローを容赦なく打ち砕く魔術師(キャスター)

 そんな彼をジト目で睨む藤丸だが、彼に他意がない事は表情を見てなんとなく分かったので心の奥底に押しとどめる。

 

 

 魔術師は腕を組んで瞑目し、暫く何かを考え込み、そして何かを閃いた様に口を開く。

 

「そうだ。気合いが足りねえんじゃねえか? いや、やる気? それとも弾け具合? 兎に角、大声を上げる練習をしてねえだけだと思うぞ?」

 

「それだ!」

 

「そうなんですか!? そーなーんーでーすーかー!?」

 

「いや、マシュ、絶対違うと思うんだけど!?」

 

「いやいや気合いは大事だぞマシュマロ娘、ぐだ男」

 

「なんか渾名付けられてるし!?」

 

 魔術師の気合いが足りない発言に悪ノリする十六夜とそれに突っ込む藤丸。

 しかし、真面目で責任感が強いマシュは本気で気合いが足りないと思ったらしく。二人の言葉を間に受けていた。

 

「マシュ。少し冷静になろう。俺も冷静になるから、ね? 十六夜もキャスターもからかわないでくれよ! マシュは純真なんだ、純真なんだよ!?」

 

 必死でマシュが問題児達に毒されない様に抱き寄せる過保護なマスターを二人は快活に笑う。

 そんな漫才じみた一幕が続く中、ロマンの通信が響き渡る。

 

 

 

 

『みんな、お喋りの中悪いけどサーヴァント反応だ。この反応だと……クラス騎兵(ライダー)、もう近くまで来て───』

 

 ロマンが声は彼らに届かない。いや聞こえない。辺りに木霊するは鎖の擦れる金属音。

 風を切り、疾駆する一つの影が手に持つ短剣が空に二つの剣閃を描く──藤丸に向かって。的確に、迅速に、首を刈る、喉を抉るために。

 

 

「はあああああッ────!!」

 

 

 だが、そんな事を彼女は許さない

 二つの剣閃を藤丸との間に割り込み、盾を構え防ぎきる。

 さらに、そのまま盾でライダーの顔面を狙って迎撃するマシュだが、ライダーは持ち前の機動力でスルリとマシュの間合いから抜け出てしまう。

 

 

「……苦しまない様に一瞬で楽にしてあげようとしたのですが、防がれてしまいました。勇敢なのですね」

 

「先輩はやらせません……!」

 

 

 向かい合う、ライダーとマシュ。

 何故、彼女が藤丸を狙うのかは分からない。

 しかし、それでも────自分は彼のサーヴァント。守るのだ、彼の為に。

 されど、自身は宝具を使えぬ欠陥サーヴァント。此処は十六夜とクー・フーリン、あの二人を加えて万全を期して迎え撃つべきだ。

 

「十六夜さん────」

 

「俺は手を出さねえぞ?」

 

「え……?」

 

 十六夜の言葉にマシュは耳を疑った。

 先程、協力すると言っていた筈なのに、何故。彼女の頭の中では疑問符が乱立していた。

 

「ちょ、貴方自分が何を言ってるか分かって───」

 

「これは、彼奴(ライダー)が売って、マシュマロ娘が買った喧嘩だ。俺が手を出すのは無粋だろ」

 

「な……! 巫山戯ないで! キリエライトや彼が死んだら、どうするつもり───」

 

 オルガマリーの主張は悲痛だった。

 現状、藤丸とマシュを失うのは何としてでも避けたい。

 何より人の命は重い、重いのだ。たった一人が背負えるものでは断じてない。

 故に、十六夜にオルガマリーは吠える。しかし、───

 

「やめとけよ。良いじゃねえか、やらせてやれよ。それに宝具ってのは英霊の本能だ。なまじ理性があると出にくいんだよ」

 

 故に、ライダーの相手はマシュと藤丸に任せる。

 二人の真剣な声音が響く。

 それに応える様に彼女は────

 

 

 

「────マスター……下がっていてください。目標シャドウサーヴァント・ライダー、戦闘を開始します……!」

 

 

 刹那、短剣と盾が火花を散らした。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 美しく、妖艶な(ライダー)は駆ける。

 その姿はまさに疾風。その速度で放たれた閃く軌跡は盾の防御をスルリと、蛇の如く掻い潜る。

 しかし、何故か当たらない。

 ライダーにとって、目の前の少女(マシュ)は酷く汎用な英霊なのだ。

 かつて自身を討った英雄には決して届かず、譽れも高き騎士の王の武功に迫るものもない。

 

「ああ、ああぁぁぁ───!!」

 

 吐き出された気合と共に、正面に迫る騎兵を迎え打つべくマシュは盾を横薙ぎに振るう。

 

(やはり、未熟ですね)

 

 横薙ぎの一撃を、騎兵はマシュの頭上を飛び越えて躱してみせる。

 騎兵の強みは機動力、そして───

 

 

「くっ───!?」

 

 

 背後から感じる悪寒。即座に盾を構え直した時、マシュは己の目を疑った。

 なんと騎兵は鎖を足場に三角飛びの要領でマシュの懐まで飛び込んでいたのだ。

 

 

 騎兵のもう一つの強みは、その機動力を活かしたトリッキーな戦い方だ。

 それは、この特異点の様なビル街ならではの強みと言えるだろう。

 三次元的に動く騎兵を捉える術をマシュは持っていない。

 カウンターを狙ったとしても、彼女の健脚の前では先程の様に躱されてしまう。

 

 

 だが、現状は動かない。

 騎兵の短剣は寸前に盾で防がれ、マシュの攻撃は躱される。

 お互いの実力が拮抗している状態。

 

 しかし、それは────

 

 

「舐められたものですね」

 

「なッ……!?」

 

 

 ───騎兵がマシュの攻撃を躱すことのみを視野に入れた場合だ。

 

 打ち上げる様に放たれた一撃を、事もあろうに騎兵は片手で止めたのだ。

 それは単なるステータスの差、そして騎兵の持つスキルによるものだ。

 騎兵のサーヴァントは本来、反英雄かつ英霊に敵対する魔物に近い存在なのだ。

 英雄譚に描かれる怪物────彼女の正体は正にそれ。その怪物足らしめる剛腕をもって、盾の少女を振り回し、投げ飛ばす。

 

 そのまま廃ビルに吹き飛ばされたマシュは瓦礫の上からは瓦礫が降り注ぐ。

 英霊の身体ならば耐えられる。しかし、────

 

「マシュッ!?」

 

 大切な少女の為に彼は駆ける。

 自分は無力、この場において最弱だろう。

 だから、どうした?

 みんなで生きて帰る、帰るのだ。

 

「心優しいのですね、貴方は」

 

「ガッ───!?」

 

 生きた蛇蝎の如く蠢めく鎖が首に絡まる。

 気道が締まる、息が出来ない、目の前が暗くなる。

 脳が上手く機能しない────首の鎖は徐々に力を強め、藤丸の意識は暗闇へと落ちようとしていた。

 

 

(マシュ……!)

 

 

 自身のサーヴァントの身を案じながら、意識が遠のいて……

 

 

 

 

 

 

 

 ──いつまで経っても意識がある。

 心なしか首の鎖が緩んでいた。

 

 

「ぐっ───!?」

 

 見ればライダーの身体がくの字に折れ、たたらを踏んでいた。

 それは刹那の内に放たれた一撃、マシュの盾がライダーの横腹に突き刺さっていた。

 

「やあぁぁぁッ!」

 

 そのまま、マシュは横薙ぎの勢いを殺さず、踏み込んだ右脚を軸に回転。さらに勢い加算させ、再び放たれた横薙ぎ。

 堪らずライダーは鎖を手繰り、盾の一撃を防御する。

 

 

「マシュ、ぶちかませぇぇッ!」

 

 藤丸の身体を魔力が駆け巡る。

 魔術礼装が起動する。

 彼の経験は浅い。やった事と言えば、カルデアで受けた模擬戦闘と此処での戦闘だけだ。

 そして現在、起動したのはカルデアから支給された魔術礼装・カルデア。

 礼装が持つ効力は三つ。その内の一つである瞬間強化に魔力を廻し、マシュを強化する。

 

 一時的に強化された盾の一撃は、鎖の防御を吹き飛ばし、ライダーの肋骨を粉砕する。

 

「ガッ───!?」

 

 ライダーの口から苦悶が漏れる。

 口の端から血が滴る。

 マシュが漸く与えた有効打。ライダーが次手へと繋げる前に畳み掛けるようと、大地を蹴ったその時───

 

「────え?」

 

 足が思うように動かない。

 突如として襲いかかる倦怠感。

 重くのしかかる圧を感じながら、マシュはこの現象を引き起こしただろう騎兵に視線を向ける。

 

 ハラリ、と地面に落ちる騎兵が身につけていたバイザー。

 そして露わになる騎兵の素顔。

 美しい───その一言さえ無粋な美貌だった。淡い赤色の光を灯した眼が此方に向けられていた。

 

 

「……なるほど、運が良いですね。運が悪ければ貴女は石化していた」

 

「……石化の魔眼、ですか」

 

 

 マシュはこの現象の解答を得た。

 石化させる能力を持つサーヴァントなど限られている。各神話に綴られた石化に関する伝承の中で、石化させる魔眼を持つ存在など一柱しか存在しない。

 

「なるほど、あのライダー……メドゥーサか」

 

 十六夜の呟きを否定する者は一人もいなかった。

 ギリシャ神話の英雄、ペルセウスに討伐された怪物。メドゥーサという名には“支配する女”、“守護する女”という意味が存在している。そして、彼女は怪物と語られる一方で、地母神としての側面を持つ神霊だ。

 ふと、■■で仲間と共に挑んだ■■■■■■の相手が脳裏に浮かぶ。彼らは共に、あのライダーと関係のある逸話を持っていたなと思い出す。

 だが、あの元■■の彼女は星霊にして悪魔。目の前のライダーは神霊と怪物としての己を英霊に押し込められ劣化している。それに伴い“ライダー”としての逸話が存在している筈だ。ならば彼女の宝具は────

 

 

 

 そして────ライダーはマシュから数十mほど距離を取った。

 単に危険を感じたからではない。

 目の前の少女を傑物と認めた上で、一息で命を刈り取る為。その為の助走距離は十分取った。

 

「────宝具!!」

 

 マシュの声が響く。

 来る。ライダーの誇る最大の攻撃が、自身とマスターを殺すために放たれる。

 ────ライダーの姿勢が落ちる。

 赤い血で結ばれた眼が騎兵の眼前に現れる。

 

「────“騎英の手綱(ベルレフォーン)”!!!!」

 

 真名が(めい)じられる。

 ライダーの姿は一瞬で白色に包まれ、一条の彗星の如く放たれる破壊の光。

 

 あの一撃は、確実にマシュと藤丸を砕くだろう。迫る致命の一撃を前にマシュは思う。

 

(守らないと、使わないと……先輩が死んでしまう……!)

 

 自分の後ろにいる、守りたいと心の底から思える人が後ろに居るから────

 

(偽物でもいい)

 

 ────魔力が体内を駆け巡る。

 

(今だけでもいい、だから───)

 

 ────守りたい人の為に振るう力を私に下さい。

 その願いと覚悟が、()の魂に響いたのか、此処に奇跡が具象する。

 

「あああぁぁぁぁ────!!!!」

 

 正面で構えられた盾は、まるで城壁だった。

 顕現するは盾を模した光の結界。

 宝具の、英霊の真名を知り得ないマシュが顕現させられたのは、あくまで擬似的なモノ。

 されど、守りたいという一心で顕現した宝具に隙はなく────

 

 

 光と光が鬩ぎ合い、自身以外の光は要らぬと喰らい合う。

 片や極光の彗星。片や光の結界。

 されど、そこに込められた彼女の思いに敵は無い。

 勇気と覚悟に呼応するように展開された守護防壁は、あろうことかライダーの宝具を()()()()()()()

 

「ガッ────!?」

 

 砕ける極光の彗星。

 弾かれるように宙を舞う、女の肢体。

 

「まだ、まだ……!」

 

 大地を蹴り、疾走するマシュ。

 振りかぶる盾は覚悟の一撃。この一撃はただの一撃にあらず。

 これは、始まりだ。自身と、そして(マスター)との旅の始まり───マスターとサーヴァントとしての最初の誓い。

 

(先輩───私、未熟なサーヴァントですが必ず貴方を────)

 

(マシュ、俺は至らないマスターだけど……俺は必ず君を────)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(────守ってみせますから!)

(────守ってみせるから!)

 

 

 

 覚悟の一撃は、騎兵の身体を横一文字に振るわれた。この一撃を以って、騎兵の身体が崩れだす。

 

 

「マシュ……」

 

 

「先輩、やりました……!」

 

 

 紛れもなく、彼らは勝利したのだ。

 大局的に見れば、ほんの小さな一歩。

 だが、これは彼ら二人にとって大きな一歩なのだ。

 二人の勝利を──十六夜は、笑みを浮かべて見つめいた。

 

 







やはり、クロスオーバーは難しい……
そして、今回も難産であった──さらに言うと、中途半端に終わった感じが否めねぇ……


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