この素晴らしいダンジョンに祝福を! (ルコ)
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とある神々の英雄譚
この素晴らしいダンジョンに転生を



よろしくお願いします。

ちゃちゃっと掲載していきます。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー数分前

 

 

 

冬空の国道で、スリップした車が歩道に乗り上げてくる。

 

ちょ、こっちに来てね?

 

と思った矢先に身体を巡った鈍痛。

 

気付けば冷たいコンクリートに寝そべり、真っ赤な空を見上げていたわけで…。

…空が真っ赤?

変だな。

視界が次第に暗くなっていく。

眠い。

すごく眠い。

 

 

あぁ、俺。

 

ーー死んだんだ。

 

 

 

  .

    .

     .

    .

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     .

      ☆

 

 

 

……なさいーー!!

 

甲高い声が遠くから聞こえる。

どこか高圧的でうざったいその声。

 

…きなさいーー!!

 

あー、なんだろ、この声。

…ウザい。

 

 

「起きなさいって言ってんでしょ!!」

 

「……?」

 

目の前に現れた女神のような美貌を持つ女性は少しばかり浮世離れした格好をしてた。

ココはどこだと周囲を見渡すも、彼女を中心にした円状の範囲を除いて黒い闇に覆われている。

 

疑問に思う事なら沢山ある。

それでもまぁ、俺はまだ死んでいないようだ。

 

「は?あんた死んでるわよ?」

 

…なんだコイツ。無性に腹立つ。

 

「あんたは車に跳ねられて死んだの!なんなら身体を再生する前の姿に戻してあげよっか?」

 

青い髪に青い瞳を持つ目の前の女は、呆れ顔で俺を見下す。

 

車に跳ねられて…。

その言葉を聞いた時、靄の掛かっていた頭にハッキリとした映像が浮かんだ。

それは、凍結した路面でスリップした乗用車が歩道に乗り上げてくる映像。

嫌になるほど鮮明に、正面から向かってくる車のエンブレムまでハッキリと覚えている。

 

「い、いや待て、確かに覚えてる。俺はスリップした車に跳ねられた。…身体に伝わる衝撃も、骨が砕ける粉砕音も…」

 

「…スリップした車?あんた何言ってんの?」

 

「は?」

 

「スリップしたのはあんたよ。赤信号の横断歩道を走って渡ろうとして、滑って転んで右折車にぐにゃよ」

 

……ほう。

見解の相違と言うやつか。

コレについては今後ディスカッションが必要と言うことで。

 

「おい青髪クソ女」

 

「それ私の事!?わ、私はアクアよ!女神アクア!!あんたの小さい脳でも覚えられるように2回言ってあげたわよ!!」

 

「俺の死因なんてどうでもいいんだよ!とりあえず、ココがどこで、これからどうなるのか教えろ!」

 

「崇めなさいよ!もっと女神を崇めなさいよ!!」

 

女神は目尻に涙を浮かべながら俺の胸倉を掴む。掴むと言うか首を絞めてやがる。

 

「んぉ、ご、ごほっ、は、離せ…」

 

「私を崇める?ちゃんとアクア様って呼ぶ?」

 

「あ、崇めるっ…、呼ぶ…」

 

「そうよね。私ってキングオブ女神だものね。分かったわ。離してあげる」

 

「っ、う、はぁはぁはぁ……。っ!てめぇ何しやがるクソがーー!!」

 

「ぎゃぁーーーー!?」

 

 

………

……

.

 

 

 

「「はぁはぁはぁ」」

 

2人揃って息を荒げながら、不毛な戦いに終止符を打つべく握手を交わす。

俺の顔にもアクアの顔にも大きな青アザが多く残るが気にしない。

 

「で、アクアよ。俺は結局どうなるんだ?」

 

「ごほん!…私は若くして死んだ人間を導く女神です。ねぇ、カズマ。あんた異世界とかに興味ない?」

 

咳払いを一つ、それを区切りとばかりに、アクアは一端の女神のように済ました顔で説明を始めた。

 

()()()()()

 

響きだけなら厨二心を擽る言葉だ。

 

アクア曰く、死後の命をリユースするべく、若くて粋が良い命を異世界へ転移させるのだとか。

「それに!」と、意気込むアクアは踏んぞり反らんばかりに胸を張る。

 

「今なら特典をつけてあげる!」

 

「特典?」

 

バサッと音を立て、俺が座る目前に数枚の紙がばら撒かれた。

その紙には絶剣だとか、狂人化だとか、RPGの強キャラが使えるようなスキルの数々が記されていた。

 

「それの内で一つ、カズマの好きな物を持たせてあげる」

 

「ほぅ。つまりはチートってことか…って待て、その異世界ってのは、チート級な能力が無いと生きていけないような世界なのか?」

 

「…ぴゅーぴゅるー♪」

 

おいクソ女神。

めちゃくちゃ重要な事を下手な口笛で聞き流そうとするな。

能力だとか何だと言っても、俺は平和大国日本で生まれ育った温室ゆとり世代だぞ?

 

「まぁ、天国に行って退屈するよかマシか…」

 

「そうよ!さすがカズマね!部屋に引きこもってネトゲばかりに興じたボトラーとは思えない言葉だわ!」

 

「disってんの?あとボトラーじゃねえ!!」

 

アクアの言葉に気を取られてはいけない。

RPGってのはステ振りと装備がモノを言う世界だ。

 

ざわざわーーー

 

っ!

 

ネット社会の異端児として名を馳せた俺だからこその気づき。

圧倒的なまでの光明。

 

「…くっくっくっ、見えた…、天運…っ!」

 

「…な、なんですって?」

 

「チート能力は要らん…」

 

「!?」

 

「金だ…。転生先の異世界で流通する金貨を寄越せ!!」

 

「………は?」

 

チッチッチ、と。俺は指を顔の前で左右に振る。

考えてみたまえアクアくん。

これから向かう異世界で、床に散らばるチート能力はさぞ役に立つだろうな。

だがしかし、チート能力でモンスターを倒す事に何の意味がある?

名誉?賞賛?

そんなもん要らん!!

俺が欲しいのは…。

 

「安定した生活を送れる莫大な財産だ!あえて危険に飛び込む事もあるまい!俺は異世界で自堕落な生活を送るんだ!!」

 

「……」

 

俺は椅子から立ち上がり、絶句するアクアの前で腰を折る。

 

「女神アクア様。よろしくお願いします」

 

「……。ま、まぁ、カズマがそう言うならソレでも良いけど」

 

ふと、アクアは天に向けて手を仰いだ。

途端に、眩しい光が太陽のような暖かさを持って俺を包み込む。

 

「その願い、聞き入れました」

 

ふわりと、俺の身体は重力を失ったように地面から離れると、光の刺す方へと向かって徐々に高度を上げていく。

 

「うおっ!?」

 

「光の道標よ。カズマに良い旅を」

 

少し高いところから見るアクアは、両手を固く結んで祈りを告げていた。

 

本当に女神だったんだな…。

今度会う機会があったらすこしだけ崇めてやろう。

 

と、ほんの少しだけ反省していた矢先ーーーー

 

 

「……ん?あれ?カズマが行くのってアクセルじゃないの?え!?オラリオ!?わ、私、カズマさんにエリス通貨持たせちゃったけど…。ま、まぁ、お金はお金だもんね。大丈夫よね?」

 

 

ーーーおいちょっと待て駄女神。

 

 

おまえ今なんつった?

 

 

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

 

で。

 

薄暗い洞窟?のような所で意識が目覚めたわけだが…。

もう少しさ、街中に飛ばしてもらえません?

だってココ、どう考えてもダンジョン的な所でしょ。

俺の周りに置かれた大量の金貨に至ってはどうやって持ち帰れば良いの?って感じ。

あと、金貨に刻まれた『エリス』って文字が不安を煽るんだが…。

 

すると、洞窟の暗闇からーーー

 

ゔぉぉぉぉぉーーーー!!!

 

轟音過ぎる号砲が地響きと共に辺りを揺らした。

 

「……」

 

はは。

気のせい気のせい。

 

『ゔぉぉぉぉぉぉ!!!』

 

近くなってるような…。

俺は首だけをその号砲が聞こえてきた方向へと向ける。

 

「ゔぉぉぉぉぉーー!!」

 

「うおぉぉぉぉぉ!!!」

 

脅威は突然やってきた。

あり得ない程に膨らんだ筋肉と、人間の倍はあろう肩幅。

挙句、顔は人間のソレと違い、俺の知る限りでそいつの名前はーー

 

ミノタウロスーーー。

 

「ちょ!ちょっ!!えぇ〜!?」

 

「ゔぉ!ふーっ!!」

 

全力で走る俺の背後には、鼻息荒く獰猛で猪突に突っ走る化け物が。

 

ま、まだチュートリアルの途中でしょうが!

なんだってあんな凶暴そうなモンスターに追いかけられなきゃいかん!!

 

数多くの分岐点をクネクネと曲がるも、背後の化け物は俺を追うことを止めない。

 

「ふぇぇ〜!!だ、誰か助けてくれよぉぉぉ!!」

 

「ふもぉぉぉ!!」

 

走れども走れども変わらぬ洞窟の風景。

例えば、コレが本当にゲームのようなRPGなら、そろそろ美人な助太刀参上で俺を救ってくれるはずだ…。

 

っ、そ、そうだよ!こんなハードモードな異世界があるわけねぇよ!

 

きっとさ、次の角を曲がったらパンの代わりに剣を咥えた女の子とぶつかって

 

『もう、アンタのせいで私の剣が刃こぼれしちゃったじゃない!』

 

と、トキメキな出会いが…。

 

俺は淡くて現実逃避な期待を寄せつつ次の角を曲がったーー。

曲がったが其処は…。

 

「なにぃぃ!?い、行き止まりだとーーー!?」

 

走る。

走るが前は石の壁。

終わった…。

さ、最期はせめて、成熟したムレムレの美人な人妻の膝で迎えたかったな……。

 

「…ぬぉおっ!?」

 

突然、俺の身体は宙に舞う。

それは俺の命運を握る小さな地面のくぼみ。

そのくぼみに走り続けて疲労困憊な足が取られ、俺は惨めにも地面に向かってダイヴしていた。

 

「あぅ、お、おワタ…」

 

「ゔぼぉぉぉ!?ぉぉぉ」

 

「へ?」

 

駆け巡ったのは走馬灯。

転んだ俺を飛び越えて走り抜けたミノタウロス。

全力で走るミノタウロスは途端に止まることが出来ないらしく、奇しくも俺を踏み付けることもせずにそのまま石の壁へと突っ込んだ。

 

「ぅ、うぼぉ……」

 

爆音と共に、ミノタウロスの頭は半分程が壁を貫き、その拍子に崩れた周囲の石壁がミノタウロスへと襲いかかる。

 

し、しめた!!

今なら弱って身動きの取れないミノタウロスを殺れる!!

 

俺は近くにあった手頃な岩を両腕で持ち上げ、怒りを込めてミノタウロスの頭へ投擲する。

脳のある生き物なら弱点は頭だ。

 

「死ねや!クソ畜生がーーーっ!!」

 

ガコンっと、岩は見事にミノタウロスの頭へとクリーンヒットした。

当たった岩が割れて一瞬驚いたが、ミノタウロスは力無く身体を揺らした後に、重厚で凶悪なその瞳から光を失う。

 

「し、死んだのか?」

 

横たわる脅威に怯えつつ、俺は石コロをポイポイと投げ当て確認する。

 

「……ぷはぁーーーー」

 

溜め込んだ息を一気に吐き出し、俺は死んだミノタウロスの身体に腰を降ろした。

その石の様に固い座り心地が、この締め固まった筋肉の分厚さを物語る。

 

ざっ、ざっ…と。

 

気を抜いた俺の耳に届く2つの足音。

 

「ふうおぉぉぉ!こ、コイツの仲間か!?」

 

「……?」

 

「んぁ?おい、アイズ。そっちに何か居たのか?」

 

そこに顔を見せたのは、見惚れる程に美しく整った顔を持つ女騎士と、恐ろしく切れた目元を持つ犬耳の男。

2人は現れるや否や、俺と死んだミノタウロスを交互に見つめ、どこか幽霊でも見るような目で俺を睨んだ。

最初に口を開いたのは犬っころの方。

 

「おい。てめぇが殺ったのか?」

 

「はい?」

 

「ソイツをてめぇが殺ったのかって聞いてんだよ!!」

 

先の号砲に負けない雄叫びがそこに響いた。

え、ま、まさかこのミノタウロス、この人達のペットだったとか?

 

「…ソレは、私たちが取り逃がした」

 

小さく、女性が呟いた。

なんだこの子、コミュ障かな?

えらく美人なのに勿体無い。

 

「…キミは、冒険者じゃないよね?」

 

冒険者…。

()()()ってことはこいつらは冒険者なわけか…。

 

「…その格好…。…武器は?」

 

「格好?…あ、そうか、装備品な。なぁ、俺も冒険者になりたいんだけどどうすりゃいいの?」

 

「……キミ、おかしい人?」

 

「お?失礼なコミュ障だな。世間一般ではおまえも十分おかしい人だぞ?」

 

「!?…わ、私も、おかしい…?」

 

「うん。もう少しハキハキ喋ろうね?」

 

「……ぅぅ」

 

薄暗い洞窟で、彼女は喋りでは不十分な伝達能力を、顔と身体で余るほどに補う。

すると、ショゲてしまった彼女を庇うように、怒り狂った形相を見せる狼のように鋭い視線を持った男性が俺の前に立った。

 

「おいてめぇ。捻り潰されてえのか?」

 

「む。なんだおまえ。ベクトルを操りそうな声をしやがって」

 

「あ!!?」

 

似過ぎだろ…っ。

雰囲気とか…。

どことなく……!!

 

そもそも、先ほどそっちの女が言っていたように、このミノタウロスを取り逃がしたのがこいつらであるなら、それに巻き添えを食らう形で死にかけた俺を責める道理がどこにある。

 

「死に掛けたんだぞ!一市民がおまえら冒険者の怠慢で!!謝って!誠意を込めて謝って!!」

 

「ぐっ、く、クソがっ!」

 

犬っころは苦虫を噛み潰したかのように顔をしかめて目を逸らす。

煽られ耐性低過ぎだろ。

コミュ障にDQNって、このパーティ大丈夫か?

すると、ぬるりと俺の前に歩み寄ってきた女騎士は、美しく長い金糸を左右に揺らしながら、その端正な顔を不思議そうに傾けて

 

「……やっぱり、キミは変…」

 

と、呟いた。

俺から言わせりゃ女が剣を持ち歩いている方が変なのだが。

まぁ、()()()()()()なんだろうな…。

 

「あー、うん。実はさ、俺ってすげえ田舎出身でさ、あんまりこの辺の常識に自信が無いんだよ」

 

「……遠く?…遠くから、来たの…?」

 

「そ。ずっと遠く」

 

「…遠くの人は、頭がおかしい人ばかり?」

 

「おい。喧嘩を売ってんなら買うぞ?高そうな剣を持ってるからって調子に乗んなよ?」

 

「ぁぅ…」

 

こいつじゃ話が進まない。

……でも、とか。……変、とか。全然聞きたい内容までたどり着かないんだよ。

つーかよ、持たせておけよなぁ、取説的な物をよ。

初見でRPGに挑むなんて愚の骨頂だろうが。

男は黙って攻略wikiだっつの。

 

「はぁ。ここはダンジョンなんだろ?そんで、街はどこにあるんだ?」

 

「…上」

 

「は?」

 

「…迷宮都市オラリオは、世界で、唯一の、ダンジョンの上に建造された、街?」

 

なんで疑問系なんだよ。

それにしても地下ダンジョンか…。

なかなかの神ゲー臭がする。

 

「それじゃ、そのオラリオとやらに連れてってくれ」

 

「……?キミ…、どうやって、ここまで来たの?」

 

異世界から飛ばされてきました。

普通飛ばすなら街中だろ。あのクソ女神め、今度会ったら絶対泣かす。

 

「ふむ…」

 

「?」

 

ただ、この異世界設定ってのは公言するべきなのか?

異世界から来ました、って言った瞬間に変人扱いされるんじゃないか?この変人共に。

 

「あー、ちょっと迷ってな」

 

「迷って…、5層まで?」

 

「うん」

 

「…武器も持たないで?」

 

「…うん」

 

「恩恵も無い、ただのヒューマンが?」

 

「…。しつこいぞ!!その辺の事情は後で話すから早く街に案内しろよ!!俺はもう脚が棒なんだよ!!ニート舐めんな!!」

 

と、さすがに耐え兼ねた俺が声を荒げると、それに驚いた目の前の女はビクっと肩を震わせた。

先ほどから我関せずに、壁にもたれて腕を組む犬っころはこちらを見ようともしない。

 

「あ、あの…。ごめん。それじゃあ、付いて来て…」

 

そう言うと、彼女はゆっくりと歩き出した。

さっきみたいにミノタウルスから襲われても堪らんからな、今は彼女の背中にぴったりとくっ付いておこう。

 

「…モンスターか」

 

ダンジョンだとか、恩恵だとか、未だ分からぬ事が多過ぎる。

目下のやるべき事は情報収集。

 

できれば、この金貨に価値があればいいんだが…。

 

 

 

……

.

 

 

 

「なんやねんコレ。けったいな金貨やなぁ。赤子の駄賃にもならへんで」

 

糸目で細身なエセ関西弁を話す女性が俺を睨む。

ダンジョンとやらから出て、砂埃の舞う雑踏を歩き、ギルドへ案内されるのかと思いきや、辿り着いた先はココ。

道中に街中を観察して分かったことと言えば、この世界の文化レベルは中世以前程と言うことだけ。

今時アスファルト舗装もされていないとは…、なんて思うも、それはそれで異世界っぽいので許すとしよう。

ただ、歩き話とばかりに彼女から……、アイズ・ヴァレンシュタインから聞くところによると、この世界では神が下界を彷徨いているらしい。

その神により恩恵(ファルナ)たる儀式を受けた者達が、【ファミリア】をうんぬん……。

 

なに?俺たち仲間。全員家族っしょ!的なノリ?

乗れねえなぁ。そういうリア充なノリには。

 

「で?ここがおまえの所属するロキ・ファミリアのホームで、俺の希望がただのガラクタなのは分かったけどよ。なんで、俺はこんな所に連れて来られたんだ?」

 

「んぁ?アイズたん、コイツになんも説明せんと連れてきたんか?」

 

「…うん。…だって、この人、おかしいから」

 

おい。

なんだっておまえは俺をおかしい人呼ばわりするんだ?

 

「おかしい…。ふむ、確かに変やな…。ん、ちょいとコイツと2人で話したいから、アイズは席外してくれるか?」

 

「…はい」

 

そう言うと、アイズは何か言いたそうな表情を隠す事なく、神ロキの部屋、神室から出て行った。

 

「…で?あんさんどこから来たんや?」

 

「あ、あぁ、俺は少し遠い所から…」

 

「ふん。神に嘘は通じへんで?」

 

「…。日本だよ。あんたも神なんだろ?アクアって知らないか?そいつが死んだ俺を異世界に…、この世界に飛ばしたんだ」

 

「あ、アクア…。そ、それはあんさんも災難やったなぁ。アクシズ教はやっぱり頭がイカれてるで」

 

「?」

 

ロキ曰く。

この世界に伝わる神々と、俺を転生させた女神アクアは神話違いのために関わる事はあまり無いらしい…

 

無いらしいのだが、アクシズ教団たる頭のネジが吹っ飛ぶどころか、奇怪な頭の構造をした奴らを束ねるアクアの噂は神界でも有名らしく

 

やれ、惰性で働く駄女神だとか

 

やれ、後輩に責任を押し付けるブラック女神だとか

 

やれ、アホな子だとか

 

その変哲冥利な悪評を聞かない日はないらしい。

 

「クソがっ!俺のRe.ゼロから始まる異世界堕落生活を返しやがれ!!」

 

「あ、あんさんも大概やな…。まぁ、そんな事よりも…」

 

「…?」

 

「その身一つで、ミノタウロスを殺ったらしいな?」

 

すっと、ロキの視線が鋭くなる。

 

「な、なんだよ…?」

 

「あんさんは知らんだろうけど、()も無いただのヒューマンが、レベル2相当のミノタウロスを倒すことはとんでもない事なんや」

 

力が無いのは認めよう。

学校にも行かずに部屋に引きこもっていたのだから。

 

でもおまえ、レベル2って…。

 

御三家ですら最初はレベル5だぞ?

 

あのミノタウロス、まさかのコラッタレベル?

 

「レベル2ね。うん、そうだね。俺ってその程度の人間だからね」

 

「?まぁ、あんさんが何を考えてんのか知らんけど、神の失態は神の責任や。どや?うちのファミリアに入らんか?」

 

「…ふむ」

 

俺はロキの進言に耳を傾けながら少し考える。

当初の思惑が外れてしまい、今や無一文に知らぬ土地へ置いてきぼりにされた迷子のような存在。

そう考えるなら、ロキの言う通りに身をこのロキ・ファミリアに置くのも悪くないだろう。

 

「うん。頼めるか?なにより情報が何も無いからな。今は藁にでもすがる方が良さそうだし」

 

「藁ってウチの胸がぺったんこな事を揶揄してんのか!!?」

 

「ひ、被害妄想だ!!」

 

確かに思ってたよ?

胸が小さい…、っていうか、胸が無いなぁって。

 

「ほんま失礼な奴やで!ほれ!はよ上着脱げや!そっこうでファルナ刻んで部屋から追い出したる!」

 

「おまっ、ちょ、急に脱げって…」

 

「照れんなや童貞!」

 

「ど、ど、ど、童貞と違うわ!!」

 

あれやこれや上裸になってベッドへ横たわる。

な、なんかアレだな。

初めてって、緊張するな…。

 

「そういや名前聞いとらんかったな?」

 

「それ、半裸の男に跨って聞くことか?…カズマ、佐藤カズマだよ」

 

「ぷっ、変な名前」

 

「おまえマジで後で泣かす」

 

「暴れんな暴れんな。ほれ、儀式やるでー」

 

そう言うと、ロキは俺の背中に手を乗せる。

人の温もりに似たような暖かさが背中へ伝わると、途端に部屋中を光が照らした。

同時に、体内から感じる異変。

神経が、脈が、筋肉が、薄っすらと生まれ変わるような感覚を覚える。

 

「へぇ。なんか本物の神っぽいな」

 

「ウチはまじもんの神や!」

 

「その光、すごく暖かい。…さっきまでエセ関西弁をくっちゃべる細目女だとか思っててごめん」

 

「殺す…。つか、この光はただの演出で、儀式には関係あらへんけどな」

 

「演出かよ!!」

 

と、言葉を交わしながらの雑な儀式を終え、ロキはなにやら紙に文字を書いていく。

俺はベッドから起き上がり、その手元を覗き込むも、なにやらヒエログリフのように並ぶソレを読み解く事は出来なかった。

 

「ふおっ!?か、カズマ、おまえ…、なんやねんこのスキル…」

 

「これぞ異世界系主人公、って感じのスキルでも発現したか?」

 

これだよ!

これこれ!

やっぱり異世界って言ったら序盤のチートスキルだ!

あのクソ駄女神のせいで前途多難な冒険になると思ったが、やっぱり俺ってばモッてるわ!!

 

「…聞いたことの無いスキルやで」

 

「どれ?」

 

俺はロキから紙を受け取る。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

佐藤 カズマ

 

レベル1

 

力 【I】 0

耐久 【I】 0

器用 【I】 0

敏捷 【I】 0

魔力 【I】 0

 

スキル

器用貧乏(ユーザビリティ)

悪運(ラック・オンリー)

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

……なんか違う。

もっとこう、カッコ良いスキルが良い…。

 

ロキの言うところ、ユーザビリティの能力は、その名の通りに何でも器用に熟すが大成はしない。

それと、ラック・オンリーも、ただ悪運が強く、なおかつ大成はしない。らしい。

 

なんなの?

なんでどっちも後から付けたように大成しないんだよ!!

 

ふと、紙を凝視する俺の肩をロキが優しく叩いた。

 

な、慰めてくれるの…?

 

 

 

「ぷっーくすくす!!か、カズマにお似合いなスキルやん!!!」

 

 

「ぶ、ぶっ殺すぞてめぇ!!」

 

 

 

 



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下衆な貴方に鍛錬を


リヴェリアは良い妻になる。

これは確信。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロキ・ファミリアホーム。

 

俺は相変わらず転生された時の、つまりはジャージ姿で背を丸めて廊下を歩く。

恩恵を受けてからと言うものの、他の団員達へろくな紹介もなくただただ部屋だけを割り当てられた俺は、ダンジョンに向かうわけでもなく、こうしてホーム内を暇潰しに歩き回る毎日を過ごしていた。

 

「ふわぁぁ…。腹減った…」

 

大あくびをする俺の背後から聞こえる、透き通った声。

 

「…カズマよ。もう少し新人らしい態度を取れないのか?」

 

そうやって呆れ顔に俺を見つめるのはハイ・エルフでファミリア幹部のリヴェリア・リヨス・アールヴだ。

レベル6だとかで、このオラリオでも指折りの実力者らしい。

 

「母さんみたいなことを言うなよ。ここはオラリオ、冒険者の街だろ?冒険者は自由が生き甲斐だって、フィンも言ってたぞ」

 

「それは本物の冒険者が発して良い言葉だな」

 

「バカかおまえ!俺は大器晩成型なんだよ!」

 

「む。馬鹿とは言ってくれる。どれ、私が少し稽古をしてやろう。表に出ろクズマさん」

 

「ちょ、え?そのクズマさんって俺のこと?」

 

ロキ・ファミリアに入団して数日、どうやら俺の二つ名は既に決まっているようだ。

 

「アイズから聞いたぞ?カズマよ、おまえは恩恵を受ける前に、ミノタウロスを倒したそうだな?」

 

「はぁ。あんまりアイツの言葉を鵜呑みにするなよ。あれは偶然で…」

 

「ダンジョンに偶然なんて不確かな物は無いよ。おまえが言い張る偶然こそ、自身が引き起こした必然だ」

 

綺麗な顔をほんの少しだけ綻ばせながら、リヴェリアは俺の頭をポンポンと撫でる。

 

「それに、部屋でコソコソ何かを作っているらしいじゃないか。フィンに聞いたぞ?」

 

「あいつ、口の硬さには定評があるんじゃなかったのか」

 

「自前の武器を作れるとは、良いスキルが発現したものだ」

 

自前の武器、とは名ばかりだ。

一度ダンジョンで死に掛けた記憶を思い起こし、俺は発現したユーザビリティのスキルを駆使して、自己防衛に最低限必要になるであろう凶器を作っているだけ。

 

これはユーザビリティのスキルの利便性にもよる所だが、なんとなく頭で思い描いた物を、簡易的にだが作成することが出来る。

 

その過程で必要となる材料をフィンに強請ったのだが、それと引き換えにと部屋に居座られてしまった。

 

フィン曰く

 

『まるで、僕らとは違う文明の物だね』

 

まぁ、実際に違う文明で生きてきたしね。

 

「ロキの推薦と言う鳴り物入りで入団したおまえだからこそ、皆は少なからず期待しているのさ」

 

真昼間まで惰眠を貪っていた俺に?

昨夜も明け方までアマゾネスの生態について調べていた俺に?

 

「…あ、あのさ、期待とか…」

 

「期待してるぞ!!」

 

「お、おい、リヴェリア…」

 

「むしろ期待しかしていないさ!!」

 

「そうやって俺を追い込む気だな!?い、嫌だからな!俺は危ない事だけはしないと決めてるんだ!」

 

「ちっ…」

 

「エルフが舌打ちしちゃったよ」

 

こんな風に過ぎていく毎日。

惰性だけで生きていけるほど甘くない世界だとは理解してるさ。

それでも、冒険だとか言ってあんな暗い洞穴に潜るなんてごめんだ。

 

俺はそう思いながら、リヴェリアの横を通り抜けて部屋へ……

 

「……」

 

「む?なんだよ。通せんぼすんな」

 

戻ろうとしたのだが、リヴェリアは俺の前をわざと立ち塞ぐ。

 

「これよりダンジョンへ向かう」

 

「…は?」

 

「なに、心配するな。私も付いて行くし、向かうのは浅層だ」

 

「う、うそつくな!どうせ俺をダンジョンへ置いてきぼりにするつもりだろ!」

 

「そ、そんなことはしない!…さすがに信用が無さすぎないか?」

 

そうは言えど、レベル6のリヴェリアが居るって事は、少なくとも浅層での安全性は保たれるわけだ。

悪くない誘いではある…。

 

「…ちゃんと守れよな」

 

「む?」

 

「ちゃんと俺を守ってよな!!」

 

「……おまえにはプライドが無いのか?」

 

 

 

.

……

 

 

 

で、向かった先はダンジョンの3層。

初心者には打って付けだと言うコボルトやゴブリンが生息する、いわばこの世界のチュートリアル的な層だ。

 

ただ、コボルトだとかゴブリンだとかとは言っても、異形な顔をしたモンスターであるわけで。

 

目の前に接近してくれば怖いものは怖い。

 

「おいリヴェリア。最大火力の魔法でアイツらを殲滅しろ」

 

「作戦もヘッタクレも無い事を言うな。いいか、カズマ。相手はあのコボルトだ。心配せずともミノタウロスほどの力も速さも硬さも無い」

 

だが怖い。

例えばモニター越しに見るゾンビなら迷わず撃てるが、路地裏で遭遇してしまったヤンキーには脚を震わせてしまう。そういう事だ。

 

「最初は短剣から使ってみろ」

 

そう言ってリヴェリアがどこからか取り出した短剣を俺は素直に受け取る。

 

「じゅ、銃刀法違反とかで捕まんないよな?」

 

「じゅ、じゅーとーほー?なんだそれは…」

 

「いや、なんでもない…」

 

きょとんと首を傾げるリヴェリアを放っておき、俺は受け取った短剣をそれっぽく構えた。

とは言え、平和大国日本で育った俺に短剣を振るう技術などない。

 

「どうした?やはり怖いか?」

 

「…舐めるなよリヴェリア?俺は幾千もの武道書(漫画)に精通している。飛天御剣流の一つや二つ使ってやらぁぁぁーーーー!!」

 

短剣を構え、颯爽と駆け出す。

周りの風景がまるでアニメーションのように流れ行く中で、俺の右手は確かに短剣を握っていた。

 

「死ねやぁぁ畜生がぁぁぁっ!!」

 

ザンっ!!

と、振り下ろした短剣は、コボルトの頬に紙で切った程度の擦り傷を付けて空を彷徨う。

 

あらら、そう上手くはいかないわな…。

 

「……。あ、あはは〜。ごめんごめん。冗談っすよコボルトさん。あは、あははは……ぶっ!?」

 

強襲するコボルトの右ストレート。

左ジャブ右アッパー。嵐のような連打が俺の身体中を殴り飛ばした。

 

「うっ、あ、うっ、ちょ、タイム、タイムっ!お、おい!タイムだって言ってんだろうが!!」

 

それでも止まらないコボルトの連打に、俺は隙を見つけて無様にも逃げ帰る。

呆れた表情でそれを見ていたリヴェリアの後ろに隠れ、俺はようやく一息をつく事が出来た。

 

「はぁはぁ…、あ、危ねぇ…。あのコボルト、この層の親玉じゃないか?」

 

「そんなわけないだろう」

 

「もう帰ろう!ここはもう危ないから!」

 

リヴェリアの背中にがっしりと掴まりながら、俺はお家に帰りたがる幼子の如く喚き散らす。

 

「見て!ここ見て!殴られて腫れてるの!ちゃんと見て!!」

 

「わ、わかった。わかったから…。はぁ、男なら淑女の1人や2人、守ってみせろ…」

 

「うるせぇ年増エルフ!!」

 

「おまえなんつった?ここで私の最大火力が火を吹いても良いのだぞ?」

 

額に青筋を浮かべたリヴェリアに高速で頭を下げながら、俺はその場から逃げるようにダンジョンを後にした。

ただ、ダンジョンでモンスターと戦った。この事実は揺るがない。

一方的に蹂躙されたとは言え、果敢に剣を握ったことだけは褒めてもらうべきだろう。

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

「ほぅ、それで逃げ帰ってきたわけや」

 

「ち、違げえよ!戦略的撤退だ!!」

 

ダンジョンから戻るや否や、モンスターがダメなら中庭で鍛錬をするぞ!と張り切るリヴェリアから逃げ出し、俺はステイタスの更新をしてもらうべくロキの部屋へと訪れた。

 

あれだけの死線を潜り抜けたのだ、もはやレベル5くらいまで上がっていなくては割に合わない。

 

「ん。終わたで。ほい、これでも見て現実に目を向けや」

 

「あ?」

 

 

ーーーーーーーーーーー

佐藤 カズマ

 

レベル1

 

力 【I】 0

耐久 【I】 2

器用 【I】 0

敏捷 【I】 0

魔力 【I】 0

 

スキル

器用貧乏(ユーザビリティ)

悪運(ラック・オンリー)

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

上昇したのがまさかの耐久だけ!?

それも2!?

2って!!

 

「レベル1の子は荷物持ちするだけでも上がるもんなんやけどなぁ…、自分、やっぱり才能無いなぁ…」

 

「やっぱりってなんだよ…。それにしても、あんなに殴られたってのに2か…」

 

「そうガッカリすんなや。誰にでも成長速度ってのはあるもんや。カズマは冒険者史上、最も成長が遅いってだけや」

 

「おい、慰めになってねえからな?」

 

とは言え、これは確かに冒険者としての才能が皆無だ。

聞けば、コボルト程度なら恩恵の無い者にでも倒せるらしい。

耳を疑うレベルだよ、まったく。

 

「せや、今夜はアマゾネスの写真集でゴソゴソせんといて、時間空けといてな?」

 

「ご、ゴソゴソとかしてねえし…」

 

「遅なったけど、今夜はカズマの歓迎会や」

 

ゴソゴソとかまじでしてねえからな?

それだけは目で訴えつつ、俺はロキの言葉に小さく頷いた。

 

歓迎会とか、幼稚園の頃にやってもらって以来だな。

 

……あ、やばい、少し泣きそう。

 

「ちなみに参加者はあんまりおらへん。カズマに近寄ると妊娠させられるって噂のせいでな。…ぷーくすすす」

 

「感動を返せ貧乳!!」

 

「ひ、貧乳とちゃう!スレンダーなだけや!!」

 

 

 

で。

 

 

俺は参加者が少ないと宣言された歓迎会場へと向かった。

 

豊饒の女主人たる居酒屋に入ると、ロキの言う通り、その場に居た団員はロキを含めて8人。

 

え?ロキ・ファミリアって大所帯なファミリアだったよね?

 

さすがに少なすぎない?

 

ちなみに、知ってる顔はロキ、フィン、リヴェリア、ガレス、それと一応アイズに犬っころか…。

 

「おうカズマ!カズマのためにたった8人だけど集まってくれたで!たった8人やけど!!」

 

「2度も言うな!」

 

「むふふ。ちなみにカズマのご要望、女戦士(アマゾネス)のヒリュテ姉妹もご来店や!」

 

そう言いながら、ロキはヒリュテ姉妹と呼んだ2人のアマゾネスを抱き寄せる。

片方は人当たりの良さそうな笑顔でこちらに手を振り、もう1人は明らかな嫌悪感を含む視線でこちらを睨んでいた。

 

貧乳だが笑顔。

 

巨乳だが嫌悪。

 

「……チェンジ」

 

「「なんでよ!?」」

 

さすが姉妹。

息ぴったりだなぁ、と布の薄い腹周りを眺めつつ、俺はアイズとフィンの間に空けられた席へと座る。

 

「あはは。カズマ、本当に君は変わっているね。うちのレベル5達に向かってそんな態度が取れるなんて」

 

「フィン。団長なら下の教育はしっかりしておけよ?今日なんてリヴェリアにダンジョンで殺されかけたんだからな?」

 

「聞いてるよ。コボルト相手に手も足も出なかったんだって?」

 

「いやいや、手は出た。1発くらいは殴り返したはず」

 

むしろカウンターを合わせたし。と、俺の言い訳を聞くこともなく、フィンは酒をゆっくりと傾けながら喋り続ける。

 

「コボルトやゴブリンは浅層にしか現れないから軽視されがちだけどね、弱いからこその狡猾さも持ってる」

 

狡猾さ?

と、聞き返す俺に、フィンはニコリと微笑んだ。

 

「自分よりも弱い者にはトコトン愚直に攻撃を加えるのさ。それこそ、モンスターだって生きるために必死だからね」

 

「ほう」

 

「だが、君は生き延びた。…むしろピンピンしているようにも見える」

 

「それは、リヴェリアも居たし…」

 

「どうかな。リヴェリアが居なくとも、君はきっと()()()()()()()と思うよ?」

 

ふむ。

つまりはあれか?

俺の隠された力が解放される、みたいな?

 

「カズマの命運は死から最も遠い所にある。…いや、コレは僕の直感に過ぎないんだけどね」

 

「直感…」

 

そういえば聞いた事がある。

フィンの親指の噂を。

確か、鋭く何かを察知すると親指が疼くのだとか。

 

フィンは言いたい事だけを言うと、その小さな身体からは想像できない程の早さで酒を飲み続ける。

 

まぁ、悪い話じゃないよな。

 

1度死んでるんだ、出来ることならもう死にたくないし。

俺は自らにそう納得させ、目の前に出されていた酒に手をつけるーー、つけようとする。

 

ガシッと、リヴェリアの手がアイズを飛び越え伸びてきたと思うと、俺の手を抑えた。

 

「…なんだよ」

 

「カズマよ。酒は大人になってからだ」

 

「心は大人だよ」

 

「身体は16だろう」

 

やだこの人怖い。

なんで俺の年齢を知っているの?

 

「アイズを見習え。アイズも酒ではなくジュースで我慢してるんだ」

 

そう言われてアイズに視線を移すと、アイズはなぜかドヤ顔を浮かべながら、ジュースをこれ見よがしに飲んでいた。

お母さんの言う事も聞けないのぉ?

これだからお兄ちゃんは愚図なんだよ。って言いたそうな顔だなおい。

 

「ぐぬぬ」

 

「だが、私も鬼ではない。明日もダンジョンで鍛錬を行うと言うのなら一滴だけ飲ませてやるぞ?」

 

はい、リヴェリアもドヤ顔。

なにこのドヤ顔親子。

まじでぶん殴りたい。

 

「…リヴェリア、おまえ婚期を逃したろ?」

 

「な、何を突然!?」

 

ガタンと。

俺の言葉に反応したのはリヴェリアだけではなく、その場に居た全員が身体を揺らした。

 

「その融通の利かなさ、さらには餌を吊って物事を効率化させるやり口…、おまえは行き遅れのキャリアウーマンと同じ匂いがする!!」

 

「っ!!!き、貴様…、そのふざけた口を直ぐに閉じろ…」

 

「閉じてやろうか?それなら酒を飲ませろ!!」

 

「くっ!」

 

ふん!

所詮、力でモンスターを狩る冒険者。

口で俺に勝てると思うなよ!

 

「わ、私は副団長だ…」

 

「へ?」

 

わなわなと、震える身体をなんとか理性で抑えつけるリヴェリアは、怒り狂った瞳で俺を睨みつつ、静かに口を開く。

 

「…副団長の権限を、こ、行使する!!カズマ!おまえは明日からアイズ達のパーティーに入りダンジョンに強制出向とする!!」

 

「な、なんだと…っ!ふ、ふざけんな!そんな理不尽が…」

 

「理不尽ではない!!命令だ!」

 

俺はフィンに助けを求めるも、禁句を発したキミが悪い、とだけ言い残し、俺から目をそらされる。

ロキも、ガレスも、犬っころも、姉妹も、誰もが俺と目を合わせない。

 

「な、なんだってんだよこのファミリアは!ふざけた奴らばっかりだ!」

 

「「「「おまえが言うな」」」」

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

そんなこんなで次の日。

本日も昼過ぎまで惰眠を貪ろうと毛布に包まっていた時だった。

 

バンっ!と、扉を強く開ける音が部屋に鳴り響く。

 

「…起きて」

 

「……」

 

「…起きて」

 

「……」

 

「…死んでる?」

 

「なんでだよ!?」

 

やはりと言うか、そこに居たのはコミュ障アイズ。

アイズは俺の毛布をぐいぐいと引っ張りながら、つぶらな瞳で何かを訴え続ける。

 

「…ダンジョン、行くよ」

 

「行かない。怖いし。死にたくないし」

 

「…私達が守るから」

 

「リヴェリアもそう言ってた!だけどコボルトにぼこぼこにされた!!」

 

「ぁぅ…。…っ、行くの…!」

 

俺を口で屈服させることが出来ないと判断したのか、アイズはほんの少しだけムキになった表情を浮かべ、俺の毛布をさらに激しく引っ張った。

な、なんなんだよコイツ!

 

「わ、分かったよ!分かったから引っ張るな!男の子の寝起きは神秘が多いんだから丁寧に扱え!!」

 

「…それじゃあ、正午に門の前」

 

「あいよ」

 

「……」

 

「…なんだよ。出てけよ」

 

「…カズマは、たぶんこのまま二度寝する」

 

み、見掛けによらず鋭い娘っ!!

俺は仕方なくベッドから起き上がり、アイズに出て行けと手を振る。

流石に、ジャージに着替え始めた俺を確認するやアイズは部屋から出て行ったが、なんとも信用の無いこと…。

 

はぁ、と溜息を一つ。

 

なんだってんだよ。

溢れる財産で堕落生活を送るなんて夢のまた夢じゃねえか。

 

それもこれもあのクソ女神のせいだ…。

 

「ぐぬぬぬ」

 

いや、もうやめよう。

これ以上、無駄な事で頭を使うのはただただしんどいだけだ。

 

さてと。

 

一応、護身用に()()()をいくつか持っていくか。

 

そもそもジャージでダンジョンに行くってどうなの?

アイズのヤツは強そうな装備を身に付けてたし。

 

「…今度、買ってもらおう。フィンあたりに…」

 

 

 

 



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魔法使いにも信頼を


レフィーヤは小憎たらしい後輩系キャラ。

大きなマントがすごく可愛い。


 

 

 

 

アイズに言われた通り、俺は正午の頃合いに指定された門前へと向かう。

トボトボとポケットに手を入れて歩いていると、既に集まっていたであろうアイズと姉妹の片割れ(胸が無い方)、そして知らない小っこい娘がこちらを睨んでいた。

 

「よう」

 

「よう、じゃないですよ!なんで貴方みたいな新人に待たされなくちゃいけないんですか!!」

 

「あ?なんだこのチビっ子は」

 

「うがぁぁー!チビっ子じゃない!!私はレフィーヤ・ウィリディスです!!」

 

「あぁ、そう。そんで?今日は何層行くの?言っておくが、俺は3層より下には行かんぞ」

 

チビっ子レフィーヤが噛み付かんばかりに牙を向けるが、それを気にすることなく、俺はアイズに問いただす。

 

「…今日は、18層まで行くつもり」

 

「大丈夫大丈夫!私達が付いてるし!」

 

アイズの言葉を擁護するように、貧乳のティオナも笑いながら腕を頭に回した。

 

本当に大丈夫なのか…?

 

「はぁ、まぁいいけど。少なくとも俺はお前らの後ろに隠れてるだけだし」

 

「…カズマ」

 

「おい、アイズ。そんな目で見んなよ」

 

ギャルゲーにのめり込んだ俺を見たときの母ちゃんと同じ目だ。

なんだろう、この底知れない苛立ち。

 

「ぐぬぬ。なんでこんな人とパーティーを組まないといけないんですか!」

 

「まぁまぁレフィーヤ。リヴェリアの命令だし無視はできないって」

 

「…そ、そうですけど…」

 

なんだ、このチビっ子はリヴェリアに頭が上がらんのか。

姿格好からしても、おそらくリヴェリアに師事しているとかだろう。

何かあったらリヴェリアの名前を出そう。うん、そうしよう。

 

「ほら、そろそろダンジョンに行くぞー?」

 

「む!なんで貴方が指揮を取ってんですか!!リーダーはアイズさんですよ!!」

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

天へと貫くバベルの塔は、ダンジョンの穴を塞ぐ蓋の役割を果たしているらしく、塔の中には簡易的な公共施設なんかもあるのだとか。

 

とりあえずシャワーを浴びて飯でも食わね?なんて冗談を言おうにも、チビっ子には通じそうにないからやめておこう。

 

「はぁ。それじゃぁとっとこ行きますか」

 

「……え?あの、貴方…っ、その格好で潜るんですか?」

 

「そうだよ?だってこれしか無いもん」

 

ジャージにリュックを背負った俺は胸を張る。

 

「遠足かっ!!ダンジョンを舐めないでください!!」

 

「し、仕方ないだろ!無いもんは無いんだから!!」

 

「それにしたってもう少し考えて…」

 

「なら買ってくれよ!!俺に最低限身を守る程度の防具を買ってくれよ!!」

 

言っておくがな、俺だって好き好んでこんな格好をしてるんじゃないぞ!?

ミノタウロスに追い回されて転んだ拍子に、膝小僧に穴が空いたんだ!

しかも、リヴェリアが何をトチ狂ったかリンゴのワッペンで補修しやがった!!

とんだ恥晒しだ!!

 

「うぐっ、わ、私は持ち合わせがあまり無いので…。っていうか!防具なんて自分で買い揃えるのが普通です!」

 

そう言うと、チビっ子はぷいっとそっぽを向いてしまった。

そんな俺たちを宥めるように、ティオナはまぁまぁと苦笑いで俺たちの間を取り持つ。

 

「…カズマ、レフィーヤ、もう行くから集中して」

 

「は、はい!すみませんアイズさん!」

 

「ん。そいじゃ、足手まといになると思うがよろしく頼むな」

 

 

……

.

 

 

ダンジョンに入ってからは圧巻の光景だった。

いつものおっとりとしたアイズとは思えない俊敏で軽快な剣さばきは、正にモンスターを虐殺するに値する強さ。

ティオナに至っては笑いながら返り血を浴びてるし。

レフィーヤはまぁ、魔法を撃つタイミングが無いためか、俺の護衛に回ってる。

 

「……すげえ」

 

「ふふん。あのお二人はロキ・ファミリアの幹部ですからね」

 

チビっ子が自慢気になるのも頷ける。

準幹部だと言うコイツも、それなりの強さなのだろう。

 

そうやって、ただただモンスターから溢れる血を眺めつつダンジョンを歩く事数時間。

気付けば17層に到着し、もはやモンスターの残骸にも見慣れてきた頃だった。

 

「…どう?ダンジョンには、慣れた?」

 

アイズは首を傾げながら、洞窟でも見劣りのしない金糸の髪をなびかせ、そう聞いてきた。

 

防具も武器も持たずに俺を付いて来させたのには、こいつなりの考えがあったのだろう。

 

「まぁ、慣れたくはないがな。ダンジョン内の特性やら道順やらは粗方覚えたよ」

 

「…そう」

 

それだけ言うと、アイズの顔は心なしか綻んだような気がする。

 

「18層ってのはもう直ぐなんだろ?早く行こうぜ」

 

聞けば、18層はダンジョンには珍しいセーフティーゾーンらしい。

それならば早くそこで腰を降ろしたい。

 

「カズマ、ここからは少しだけ慎重にね」

 

と、ティオナが先を行こうとする俺を手で制す。

 

「この先の大きな空間、そこには運が悪ければ階層主がいるから」

 

「か、か、階層主!?」

 

「ぷーくすくす。そんなに慌てなくても大丈夫だよ。階層主は一定のスパンでしか生まれないから。でも、念には念をね」

 

ティオナは笑いながらも慎重な足取りで俺の先を歩く。

一定のスパンで生まれると言う階層主を最後に倒したのは、何を隠そうロキ・ファミリアで、それも1週間前程度らしい。

だから、前を歩くアイズもティオナも、俺の後ろを歩くレフィーヤも、必要以上には警戒をしていなかった。

 

 

その余裕とも取れない、小さな隙を縫うように

 

狡猾で悪魔的なダンジョンは

 

俺の悪運に笑って手を振るのだ。

 

 

それは大空間の先に見える、18層へと続く階段に、アイズ、ティオナ、そして俺が続こうとした時だった。

 

ぐわんぐわんと下から円を描くように揺れる地震に、その場の誰もが動きを奪われる。

 

その揺れは確実に大きくなり、やがては大空間の壁を崩すほどに。

 

 

そして。

 

 

「…っ!?か、カズマ!レフィーヤ!!」

 

がんっ!ごんっ!と、砂埃を上げながら落ちてきた岩が、俺の数センチ前を塞ぐ。

 

遮断された…っ!

 

「アイズ!ティオナ!…っ、こ、この揺れって…」

 

「くっ!う、上に戻りますよ!その岩では18層には行けません!それに…っ!」

 

行く手を塞がれ、隊を分断された一方で、地面から伝わる揺れに、慌てたレフィーヤも足を取られる。

そのレフィーヤの上を見るや、運悪く、揺れによって崩れた天井の岩が大量に落ちてきていた。

 

あれ?やばくね?

 

「っ!お、おい!ちびっ子!!」

 

気が付けば、俺はそこから走り出していた。

なだれ落ちる岩の数々がレフィーヤの元へと走り寄る俺の身体を掠める。

それでも、なんとか走り抜け、俺は飛び込まんばかりにレフィーヤに覆いかぶさると。

 

 

がんっっ!がっ!ごんっ!!!

 

 

「……っ」

 

「っ、あ、あの…」

 

舞い上がる砂埃を吸い込まぬように、俺は胸元の襟を口に運ぶ。

 

当たらなかった。

 

()()の岩が、俺たちに当たることなくその場に転がっているのだ。

 

「はぁ…、どうやら俺の悪運(ラック・オンリー)も使い方次第で役に立つみたいだ」

 

「っ…」

 

互いに無傷でその場にいる事が、レフィーヤには信じられないのだろう。

ただ、これが俺のスキルなのだ…、と、格好付けようにも、確信があったわけではなかったから正直めっちゃビビってます…。

 

だが、問題はここからなんだろうな…。

 

「今の揺れ、ただの地震じゃないんだろ?」

 

「…っ、はい。生まれる予兆です。…つまり、今この場に…」

 

 

メキメキメキと岩の壁を崩しながら、そいつはゆっくりと姿を現した。

 

灰褐色の硬皮を持ち、7mは越えようかと言う悍ましい巨人。

 

こ、こいつが…。

 

「生まれてしまったんです。17層の階層主…っ、ゴライアスが!」

 

 

その巨体が俺とレフィーヤを見つけるや、その長い手をこちらへと伸ばす。

 

「ぬぉぉぉ!!ば、化物だぁぁ!!」

 

「お、落ち着いてくださいっ!」

 

「お、おおう!そうか、チビっ子が居るもんな!殺れ!殺っちまえチビっ子!!」

 

「ちょ、ぐいぐい押さないでください!…っ、わ、私は魔道士です!詠唱を唱える時間が必要なんです!」

 

「おっけーおっけー分かった!はい!早く詠唱して!走りながらでも出来るだろ!?おまえは出来る子だ!」

 

「で、出来ませんよ!それが出来るのは上級の魔道士だけです!!」

 

逃げるは恥だが役に立つ。

ただ、このチビっ子は全然役に立たねえ!!

 

俺とレフィーヤは共に逃げ回るも、ゴライアスの一歩が小さな俺たちをあざ笑う。

 

「「ひぃやぁぁぁ!!」」

 

「ゴォアアアアアア!!!」

 

なんなんだよこのハードモードは!!

18層へと続く階段は岩で塞がってるし、17層を戻る出口もゴライアスが先回りしやがる!

 

「ちっ!こ、このまま逃げ回っててもジリ貧だ。おいチビっ子!おまえの魔法ならあのデカブツをぶっ殺せるのか!?」

 

「な、なんですかぁ!?」

 

「おまえの最大火力の魔法ならゴライアスを一撃で倒せるかって聞いてんだよ!!」

 

「は、はいっ!で、でも、さっきも言いましたが詠唱には時間が…」

 

「よ、よっしゃぁ!俺の命、お前に預けるからな!!」

 

「な、何をっ!!ちょ、無謀です!!」

 

俺は走る事を止めて、凄まじい形相のゴライアスへと向き直す。

 

「に、逃げとけチビっ子!」

 

「っ!」

 

「俺があのデカブツを引き付けとく!おまえはどっかで早口詠唱をしてくれぇ!!」

 

「くっ、わ、分かりました…っ!」

 

巨体が近づく。

だから、俺もゴライアスへと突進していく。

あれだけの大股なら踏まれる事もないだろう!って願いたい!!

 

俺の突進に驚いたのか、ゴライアスも慌てたように走る速度を落とす。

 

そして、なんとかその足元をすり抜けるや、狙い通りにゴライアスは俺へと標的を定めた。

 

ふと、遠くから聞こえる透き通る声ーーー

 

「誇り高き戦士よ、森の射手隊よ」

 

それが詠唱だと、聞かなくとも分かる。

ただ、それって長いのかな?あとどれくらいなのかな?

俺の体力と悪運は保ってくれるかなぁ?

 

「ゴォアアアアアア!!」

 

「ぬぉぉぉっ!!」

 

「押し寄せる略奪者を前に弓を取れ」

 

ゴライアスの腕がしゃがんだ俺の真上を横へ薙ぎ払った。

その風圧だけでも身体が吹き飛びそうだ。

 

「同胞の声に応え矢を番えよ」

 

どしんっ!と、俺を踏みつけようと上げた足が地面を揺らした。

俺はその足にしがみつき、よじよじとゴライアスの太い後ろ首へと登る。

叩いてやる!

つねってやる!

 

あぁ!や、やめて!首を振らないで!!

 

チビっ子ぉぉ!!

魔法早よぉぉぉぉ!!

 

「帯よ炎、森の灯火。打ち放て、妖精の火矢。雨の如く降りそそぎ」

 

「うわぁぁ!チビっ子ぉぉ!死んじゃう!俺死んじゃう!!」

 

「っ!…蛮族どもを焼き払え!!…は、離れてください!!」

 

強く、レフィーヤの持った杖が光り輝く。

赤い炎が渦巻く光景に、俺は慌ててゴライアスの肩から飛び降りた。

 

その炎は、極上のうねりを持って。

 

レフィーヤの掛け声と共にゴライアスへと襲いかかる。

 

 

「ヒュゼレイド・ファラーリカ!!!」

 

「ウゴォォォォォゴォォォォォ!!!」

 

 

詠唱を完成させる時間は見事に丁度3分。

良くやった!良くやったぞチビっ子!

 

ゴライアスを焼き払う炎を横目に、俺はレフィーヤの元へと駆け寄る。

 

今ならその小憎たらしい姿すらも可愛いと思えるぜ!!

 

 

「良くやった()()()()()!!」

 

「は、はいっ!あの、()()()()()も…」

 

 

勝利を確信した。

 

焼き払われたゴライアスは既に下半身を無くし、腕だけで身体を支えている状態だった。

 

だからレフィーヤも、もちろん俺も、ゴライアスから目を離してしまったんだ。

 

 

 

「……っ、ぐうおおおおおおおお!!!!」

 

 

 

それは死に際に見せる最期の号砲か。

 

少なくとも、その号砲により、俺たちが身体を硬直させてしまったのは確かだ。

 

それは瞬く間に、全てを薙ぎ払うゴライアスの大きい腕がこちらへと

 

「っ!れ、レフィーヤ!」

 

「っ!?」

 

襲いかかる前に、硬直から数秒早く解けた俺はレフィーヤを押し倒す。

 

あ、あ、あ、……危ねぇぇぇ!!

 

いま髪をサラッて!

何本か掠めていったよね!?

 

「こ、この野郎ぉぉぉ!!良い加減くたばりやがれお願いしまぁぁす!!」

 

リュックサックから、念の為に持ち込んだ例のブツを取り出し、俺はそれを力強く握りしめた。

 

それはニトログリセリンに似た有機化合物を染み込ませたおがくずを羊皮紙で包んだだけの簡易的な物。

 

ぽいっと。

 

俺は死にかけの火だるまゴライアスへと投げつける。

 

「レフィーヤ!耳ふさげ!!」

 

「っ!」

 

それが、ゴライアスにこつんと当たり。

 

その瞬間ーーーー

 

 

ゴワーーーーーーン!!!

 

 

と、先ほどの地響きすら可愛く思える轟音が、この大空間に、いや、17層中に、もしかするとダンジョン中に鳴り響いた。

 

「「!?」」

 

……いや、後ほんの少しでも威力が強かったら巻き込まれてたじゃん…。

コボルトくらいなら倒せるかなって思って作ったんだけど…。

だ、ダイナマイトは用途と場所を考えて作らなくちゃね。

 

「な、な、な、何ですか…、今の…っ!か、カズマさん!魔法が使えるんですか!?」

 

そう言って俺の胸元を掴まんばかりに顔を寄せるレフィーヤを落ち着かせ、俺は今度こそゴライアスが跡形も無く消えた事を確認する。

 

お、終わった…。

 

「…はぁぁぁ〜」

 

長いため息が腹の底から溢れ出る。

いやしかし、これも今日ばかりは仕方ないだろう。

 

どろどろになったジャージと、所々に付いた傷跡が、ほんの少しだけ冒険者っぽいなぁ、なんて思ってみたり。

 

ふと、俺の簡易ダイナマイトに驚いていたレフィーヤもようやく落ち着きを取り戻したのか、その小さな身体を少しだけ緊張させながら、突然、俺に向かって頭を下げた。

 

「…ごめんなさい」

 

「ぅえ?な、なんだよ突然…」

 

「私はレベル3で、ロキ・ファミリアの準幹部です。本来ならカズマさんを守らなくてはいけない立場なのに…」

 

「あぁ、良く守ってくれたよ。だから頭を下げるのはやめてくれ」

 

「守ってくれたのはカズマさんです!!岩が落ちてきた時も、詠唱してる時も、油断して身体を硬直させてしまったときも…っ、わ、私は…、冒険者失格です…」

 

尚も頭を下げ続けるレフィーヤは、とうとう肩を震わせて涙を流してしまう。

 

「……」

 

こういう時に、カッコ良い言葉が思いつかないのは俺の短所だな。

えっと、エロゲーやギャルゲーではこういうときってどうするんだっけ…。

 

と、俺は何の考えも無しに、小さく震えるレフィーヤの頭を撫でてみる。

 

「男が女の子を守るのは当然らしいぞ。リヴェリアもそう言ってた」

 

「…っ、あ、あの…。っ!信じてくれて、ありがとうございます。助けてくれて、ありがとうございます。…ぁぅ、ふ、ふふ、…なんか、恥ずかしいですね……」

 

笑うと結構可愛い魔女っ子レフィーヤ。

なんだよ、あんまりドギマギさせんなよ。

これはアレだ。

吊り橋効果って奴。

俺の動悸が激しいのも絶対その効果だ。

 

なんとなく、照れながらもレフィーヤの頭を撫で続けていると、先ほどのダイナマイトで道を塞いでいた岩がズレたのか、アイズとティオナが遮断されていた18層へと続く階段から、慌てた様子でこちらへと走り寄ってきた。

 

「レフィーヤ!カズマ!だ、大丈夫なの!?」

 

「ティオナさん…。はい、なんとか大丈夫です」

 

「良かったぁぁ〜っ!」

 

安心したのか、ティオナは涙目で俺とレフィーヤの肩を同時に抱く。

あ、良いにおい。

こんなぺったんこでもやっぱり女なんだな。

 

「…ゴライアス、2人で倒したの?」

 

と、訝しげな視線で何か聞きたそうに訴えかけるアイズ。

 

でもまぁ、今はあんまり追求しないでくれると助かるよ。

さすがにあれだけの恐怖と緊張に晒されれば、体力だって底が見えてくるっての…。

 

そうやって、気を抜いた瞬間に足がガクっと折れるように支えを失った。

目も、開けていることが億劫になる。

あぁ、思っていた以上に疲れてたんだな、俺。

 

そして、俺の意識は暗転するように落ちていった。

 

 

  .

    .

     .

    .

    .

  .

 .

  .

   .

     .

      ☆

 

 

 

「で、俺は結局また死んだのか?」

 

意識が戻るや、そこはつい数日前に女神と会合した暗い空間。

やはりそこには女神も居て、偉そうにふんぞり返ってるわけで。

 

「死んでないわよ。ちょっと気を失ってるだけみたい」

 

「は?なら俺はなんでココに…、って、そうだクソ女神!!」

 

「ひぃ!」

 

「あの金貨はなんだよ!エリス金貨だかなんだか知らんが、オラリオじゃコボルトの魔石分にすらならねぇヘボ金貨だって言われたぞ!」

 

「し、仕方がない事なの!あれは…、そ、そう、エリスって女神がポカして」

 

額に汗を溜めるアクアを睨みつけながら、俺は尚もまくし立てる。

 

「誠意を見せて!俺を窮地に追い込んだ謝礼を寄越せ!!」

 

「うっ、で、でも、もうカズマさんには1度願いを叶えてあげちゃったから…」

 

「叶えられてねえだろぉぉ!!」

 

「わ、わかったわよ!怒鳴らないで!!…で、でも、もうカズマはオラリオの人達に存在が知られちゃってるでしょ?」

 

「まぁ…、それが何だよ?」

 

「今は気を失ってるだけだから、目を覚ましたら直ぐにあっちの世界に戻るわ。その時、急にカズマがお金持ちになってたら辻褄が合わなくなっちゃう…」

 

「た、確かに…」

 

ぐぬぬぬ、と。

2人揃って頭を悩ませる。

銀行なんかがあれば適当に定額ずつ振り込んでもらえるのに、あっちの世界でそんな気の利いたシステムは無いし。

 

「ねえねえ、カズマさん」

 

「あ?」

 

「お金は無理だけど、()なら渡せると思うの」

 

「つまりはスキルなり魔法なりって事か…」

 

オラリオでは金を稼ぐためには一定以上の力が必要になってくる。

ダンジョンなどという危ない橋を渡るには、ステイタスの高さやスキルの有能さに頼る所が大きいと言うのも確かだ。

 

「ふふん。実は私、もうカズマさんに打って付けなスキルを考えておいたの!」

 

「おおう!なんだよアクア、偶には役に立つじゃないか!それで?どんなスキルなんだよ?」

 

「えへへ、カズマさんの前世はナメクジでしょ?だから、敵にくっ付いて、不快な思いをさせるようなスキル…」

 

「ちょっと待て。俺の前世ってナメクジなの?まずはそこから詳しく教えて?」

 

と、アクアの話を遮った時。

途端に俺の身体を強い光が包み込んだ。

 

コレには覚えがある。

 

あの時、俺がオラリオに転生させられた時の光だ。

 

 

「ちょ!このタイミング!?」

 

「あぁー!?か、カズマ!それじゃあ例のスキルは渡しておくわよ!?」

 

「え!な、ナメクジから連想されたスキルを!?」

 

「スキルの名前はーーーーー」

 

 

………

……

.

.

 

 

アクアの声が寸前で途切れる。

 

そして、意識を取り戻すと同時に重たい瞼を開けると、そこには陽の光に照らされた部屋の天井が。

 

…そうか、気を失ってたんだっけ。

 

「…んぅ。か、身体が固まってる。誰かバンテリン…」

 

「ん。目覚めたようだね」

 

「…フィン」

 

おい。

普通ならそこに居るのは可愛い系ヒロインだろ。

可愛い系勇者様はお呼びじゃねえぞ。

 

「…そ、その目はなんだい?」

 

「いや。フィンか…って思ってな」

 

「ちょ、僕は団長だよ?もっと敬ってくれてもいいと思うんだけど」

 

「はいはい。それで?俺はどれくらい気を失ってたんだ?2日?3日?」

 

「いや、3時間くらいかな」

 

「それだけかよ!!」

 

「初めての長い冒険で疲れてしまったんだろうね」

 

「子供じゃねえか。…はぁ、それよか、ステイタスの更新がしたい。ロキに頼んでおいてくれないか?」

 

と、俺の言葉を聞き、フィンはその大きくて丸っとした目を細めながら、うんうんと頷いた。

 

「わかった。あぁ、レフィーヤから聞いたよ。2人でゴライアスを倒したんだってね?」

 

「おう。あの勇姿を見せてやりたかったぜ。レフィーヤを庇いつつ戦う俺の勇姿を」

 

「…ヒューマンは謙虚さを美徳とするって聞くけど、どうやらカズマには当てはまらないようだ」

 

本当の事を言ったまでである。

レフィーヤのやつ、あれだけ守ってやったんだからお見舞いくらい来い。

それで胸の一つでも揉ませろ。

 

ふと、呆れた様子のフィンは、どこか愚痴を零すように小さな声で喋り出す。

 

「でも、本当に生きていてくれて良かった」

 

「悪運に感謝だな」

 

「どちらかと言うと、ゴライアスを呼び寄せた原因にも思えるけどね」

 

「む!?」

 

「おっと。あんまり病み上がりの者に話すような事でも無かったね。それじゃあカズマ、僕はそろそろ行くよ」

 

「あいよ」

 

フィンは腰掛けていた丸椅子からピョイっと飛び降り、室内を軽く見渡しながら出ていこうとする。

一瞬、俺の愛読本を隠した本棚の隠しギミックに目を向けた時は焦ったが、特に何を言うわけでもなく部屋の扉を閉めた。

 

それとすれ違うように、遠慮気味に扉を開ける訪問者が1人。

 

エルフの少女はチラリと顔だけを出し、部屋の中の様子をキョロキョロと確認する。

 

「レフィーヤ!!おまえコラ!!」

 

「っ!?」

 

俺の声に、レフィーヤはびくんと身体を跳ねさせた。

観念したように、とてとてと部屋に入るや、先程までフィンが座っていた椅子にチョコンと座る。

 

「なんでおまえじゃなくてフィンなんだよ!!普通は俺に助けられた恩義でおまえがベッド横の椅子に座ってるはずだろうが!油断すんな!!」

 

「は、はい!!ご、ごめんなさい…、あの、でも本当に、さっきまでは看病してたんですよ?」

 

「まったく…。これだからロリっ娘は…」

 

「な、なんでそんなに怒られなきゃいけないんですか!?そもそも大した怪我もしてないじゃないですか!!」

 

ぱたぱたと小さな手で優しく俺の肩を叩く。

 

「…ぅぅ、一応、ほんのちょっぴり心配してたんですから」

 

なんて、顔を赤くして言うから、なんとなく俺も目をそらしつつ

 

「お、おう。レフィーヤは…、怪我とか無いのか?」

 

「はい。おかげさまで…。はい…」

 

「そっか……」

 

「はい……」

 

……甘酸っぱい。

なにこの空気。

 

ふと、なぜだかお互いに目を合わせられない状況だが、俺は歳上として口を開く。

 

「あ、あー、じゃ、ジャージ!ジャージがまたボロボロになっちゃったな…」

 

「…そう、ですね。もう、カズマさんも冒険者なんですから、やっぱり装備は必要ですね」

 

「装備な、装備。そうだ、明日買いに行こうかな。レフィーヤ、付き合ってくれよ」

 

「え、い、良いですけど…。でも、カズマさんお金…」

 

「ふふ…。金ならある」

 

俺はニヤリと笑いながら、ダイナマイトを入れていたリュックを開ける。

 

「…っ!!ま、魔石がこんなに!いつのまに拾ってたんですか!?」

 

「歩きながらチョチョイとな。あの戦闘狂共は魔石に見向きもしなかったし」

 

「うわぁ、せこいですね」

 

「何とでも言え!これを換金すれば初心者用の装備くらい買えるだろ?」

 

「……初心者用なら買えます。でも…」

 

ちょんと、レフィーヤはそっと俺の手に触れたと思うと、何か決心したかのように、両手で俺の手を握り直した。

 

お、女の子に手を握られるの初めてだ…。

は、初体験だっ!

 

「でも、カズマさんはきっと直ぐに強くなります。間違いなく、初心者用の装備なんかじゃ身の丈に合わなくなるでしょう」

 

「お、おう…、そうか?」

 

「そうです!だから、中層でも通用する装備を買うべきです!」

 

「中層かぁ…、でも、それだとやっぱり値が張るだろ?さすがにこの魔石分じゃ…」

 

「これもあります!」

 

トン、と、レフィーヤがポケットから灰褐色の大きな魔石を取り出した。

 

「ゴライアスの魔石です」

 

「こ、これは…、2人の共同作業で得た宝じゃないか…」

 

「そ、その言い方はやめてください」

 

俺はその灰褐色の魔石を手に持ち、なんとなく透明に輝くソレを覗く。

淡く渦巻く光を持った魔石は、覗いた俺を反射させ、逆さまになって鏡と化した。

 

「でも、本当に貰っちゃって良いのか?」

 

「はい。私1人じゃ間違いなく死んでましたし。…それに、カズマさんにはこれからも……、守っ……っ、が、頑張ってもらわなくちゃですし!!」

 

レフィーヤはちっちゃい身体で精一杯に胸を張る。

握られた手から伝わる体温が少し上がったような。

 

「ん。わかった。それなら頂くよ。ありがとな、レフィーヤ」

 

「はい!」

 

レフィーヤの嬉しそうな微笑みが、甘い風と共に俺の心を擽った。

小憎たらしいとさえ思ったその顔は、どこか可愛らしく、大人っぽく。

失われたものとばかり思っていた俺の青春を蘇らせる。

冒険と青春。

その二つを掛け合わせた時に、一つの答えが俺の頭に浮かんだ。

 

 

「ロリっ娘もエルフなら合法…か…」

 

 

 






エピローグ編

ーー完ーー


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冒険者新米録 カズマ
ツンデレ娘にチンチロを



ダクネス可愛い。
イリヤとクロくらい可愛い。


 

 

 

 

 

夜空に浮かぶ星が凛々とざわめきだす。

まさに星空凛。

ロキ・ファミリアホームの中央広場において、その光を一身に受ける1人の少女。

その金糸をなびかせながらに、羽のように軽い身体から繰り出される剣戟は、ただの訓練とは思えない程の迫真さで空気を切り裂いた。

 

型を身体に染み込ませる。

 

日々の訓練からアイズの剣筋には迷いが無く、まるで目の前にモンスターが居るのではないのかと疑ってしまう程。

 

時刻は深夜。

 

もう、ホーム内に起きている者は居ないであろう。

 

アイズと。

 

俺を除いては。

 

「…ふっ…、はっ…。…?カズマ…」

 

「よ。こんな遅くまで鍛錬か?」

 

「…うん。いつも、やってるから。カズマも、鍛錬?」

 

「へ?お、おう、そんなところだ」

 

賢者モードでセンチメンタルになったから、なんとなく外に出てきました。とは言えない。

 

「…それじゃあ、私が、見てあげる」

 

「は?」

 

突然の申し出に俺はアイズから目を逸らせなかった。

曇りなき眼で見つめ続けられ、邪な理由で遅くまで起きていた自分が非常に情けない。

 

「…カズマは、レベルの割に…、なんか弱いから…」

 

「おう言ってくれるなコミュ障剣姫。その済ました顔を歪ませてやる」

 

「……ふ。カスマさんじゃ、私に、勝てないのに…。ぷぷ」

 

え?カスマさん?

クズマさんじゃなかったの?

最近じゃリヴェリアにグズマさんとも呼ばれるし…。

なんで俺の二つ名だけは二つだけじゃないんだろ…。

 

「ほうほう、良い度胸じゃないか。それじゃあ何か賭けるか?」

 

「賭け…?」

 

「おう。俺が勝ったら深層に行くのを付き合ってくれ。もちろんフィン達には内緒でな」

 

俺がそう言うと、アイズは意外そうに顔を傾けた。

と言うのも、深層で取れる最上質のアダマンタイトが欲しいのだが、流石に俺一人で入手することが出来ず。

何度か37層へ行ってみたものの、その度にリザードマン・エリートなどの人型モンスターに追い払われてしまうのだ。

 

「…深層は、フィンか、リヴェリアに、許可を貰わないと…」

 

「あの頭でっかち供に言ったら行かせてくれないだろ?」

 

当の件をフィンとリヴェリアに相談した所、死にたがりなのか?と頭にゲンコツを貰ってしまった。

だからこの極秘ミッションは秘密に遂行しなければ…。

 

と、俺が下衆な笑みを浮かべていると、アイズは何かを思い出したかのように口を開いた。

 

「…確かに。それじゃぁ、私が、勝ったら…」

 

「ん?」

 

「…カズマの事を、教えて」

 

は?

俺の事?

佐藤カズマ、16歳、元高校生(ニート)。

趣味はネトゲで、基本的には太陽の光に弱いです。はい。

 

「む。まぁ、別にこんな事をしなくても教えてやるが…、そんなんで良いのか?」

 

「良いよ。じゃあ、始めよ?」

 

アイズは意気揚々と剣先を俺に向ける。

相変わらず、剣を構えたときだけは立派に剣士の顔をしやがって。

 

「まぁ、待てよ」

 

「…?」

 

「ほれ」

 

「…なに?」

 

俺は素知らぬ顔をして手を差し出す。

手のひらにはアメちゃんが。

 

「これやるよ。甘いお菓子だから害は無い。おまえ痩せ細ってるし、糖分くらいは適度に摂取した方がいい」

 

「…うん。ありがと」

 

アイズは少しだけ頬を赤めてアメちゃんに手を伸ばす。

 

ガシっ!

 

「…ん?」

 

「ドレインターーーッチ!!」

 

「!?」

 

「くーっはっはっはー!!おまえも俺の魔法の餌食にしてやるぜ!」

 

「ぅぅ、な、なに…、これ…っ、は、離して…」

 

おぉ、力がみなぎってくる。

モンスターばかりに試していたが、やっぱり同種の力は身体に馴染むな。

 

「…ぁぅ、う、…っ、ふん!」

 

「痛っ!お、おま、頭突きって…、痛い、痛い!やめ、お、女の子が頭突きなんてしちゃいけません!」

 

「ふん。…ふん!」

 

「くっ、くそ…、お、おらー!フェミニスト舐めんなよクソアマ!」

 

「うっ、痛いっ…、スネを…、蹴るなんて…。さすがカスマさん」

 

魔力の吸引とスネへの打撃…、さ、最強のコンボじゃないか。

 

「おらおらおら!そろそろ泣いて詫びるか全裸で土下座するか選べ!」

 

「ぅぅ…、ま、負けな…、い…」

 

一方的な戦況にも挫けないアイズは、必死の形相で俺の手から逃れようと力を振り絞る。

ただ、俺のドレインタッチの方が一枚上手らしく、アイズの身体からは次第に力が抜けていった。

 

魔力の枯渇、それはすなわち精神疲弊なわけだが…、アイズめ、なかなか倒れん…。

 

「そろそろ負けを認めろ!」

 

「い…や…」

 

「な、なんて頑固なヤツ!」

 

だが、アイズの膝は既に震えており、立っているのが精一杯と言わんばかりだ。

俺も気力を振り絞り、魔力を吸う手に力を込める。

 

 

「俺に勝とうなんて笑止っ!!ドレインターーーッチ!!!」

 

「っ、ぅ、あ…」

 

 

パタリ。

と、アイズはまるで紐の切れたマリオネットのように倒れた。

は、ははははっーー!!

俺に逆らうから悪いんだ…っ!

このバカ女めっ!

 

 

「ふわぁーっはっはっはー!!ひれ伏させてやったわ!この思い上がった雌ガキを!!!」

 

「……カズマ、おまえこんな遅くになにやっとんねん?…ん?あ、アイズ!?…ぐ、ぐぉらってめぇボケっゴラぁぁ!アイズたんに何してくれとんねんこらぁーーー!!」

 

 

夜空の下にある光景は喧騒を起こしつつも眩しく揺れる。

 

白目を向いて倒れるアイズと。

 

下衆な高笑いでそれを見下ろす俺に。

 

怒り狂った顔で俺に殺意を向けるロキ。

 

 

 

これぞファミリアって感じだな!

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

佐藤 カズマ

下衆男(カスマさん)

 

()()()3()

 

力 【I】 0

耐久 【I】 8

器用 【C 】 712

敏捷 【I】 0

魔力 【I】 0

 

スキル

器用貧乏(ユーザビリティ)

悪運(ラック・オンリー)

 

魔法

ドレインタッチ

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

……

.

 

 

 

 

「は?深層のアダマンタイトぉ?カズマ、おまえそんなん使うて何を作る気やねん?」

 

夜更けに近い時間。

相変わらず白目を剥く剣姫を膝に乗せ、ロキは怪訝な視線を俺に向けた。

 

「遠距離系の武器だよ。まぁ、何を作るにしてもアダマンタイトは利用できるし」

 

「ほぉ。それでここ最近、深層でうろちょろしとったんか」

 

「おう」

 

「…はぁ。フィンやリヴェリアにも言われたと思うが、あんま無茶したらあかん。特例で飛び級したといえ、カズマは冒険者歴1ヶ月の新米なんやから」

 

「ゲンコツ付きで言われたよ。だからアイズにも付いてきてもらうことにしたんだ」

 

「それがこの馬鹿騒ぎの原因かい。…ほんま、アイズを気絶させたなんて他の団員に知れたら…」

 

呆れたように深い溜息を吐きながら、悪戯好きな神には似合わぬ神妙な面持ちで額に手を置く。

 

確かにロキの言う通り、アイズを気絶させたなんて言ったらリヴェリアあたりが騒ぎ散らすかもしれないな…。

 

うちの娘に何をやってくれたんだ貴様っ!

 

みたいな…。

 

「…ほんまに苦労かけさすなや。カスマさんみたいなもんでも、ウチは子供に死なれたら悲しくなるんやから」

 

「俺みたいなもんで悪かったな…」

 

そもそもの話、第二級冒険者と呼ばれるレベル3の俺が、1人で深層に行く事自体が自殺行為らしい。

その事は鬼の形相で叱ってきたリヴェリアに重々教わった。

その一方で、フィンは不思議そうな顔と面白そうな顔を2で割った顔をしながら「よくも無事で帰ってきたものだね」と呟いていた。

 

「なぁ、カズマ」

 

「あ?」

 

ロキは優しくアイズの頭を撫でながら、偶にしか聞くことのない真剣な口調で喋り出す。

 

「深層に行くならウチが許可出したろか?」

 

「え?いいの?まじで?」

 

 

 

「ん。その代わりーーーーー」

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

「ロキ、カズマ達に深層への探検許可を出したらしいね」

 

昼下がりの神室にノックもせず現れた勇者は、含みのある笑みを浮かべながらにウチの瞳を覗き見る。

どうやら、昨夜の出来事にも関わらず、この勇者様には全て筒抜けだったらしい。

 

「すまんな勝手に。それにしても情報が早すぎひん?」

 

「ははは。2人がこれ見よがしにスキップしてダンジョンへ向かって行ったからね」

 

「…アホなんか?アイツら…」

 

スキップって…。

いまどきガキでもせえへんやろ。

 

「まぁ、あの子達なら大丈夫だろう」

 

「あの子()…。なんや、フィン。やけにカズマの事を買ってるなぁ」

 

「そうかい?前例のないレベル3への飛び級と、ハイキング感覚で深層へ向かう行動力。それに滅多なことじゃ死なないであろう悪運まで持ち合わせているんだ。僕じゃなくたって彼の事は買うさ」

 

…そらそうか。

さすがにウチやって、カズマがレベル3へ飛び級した時は驚いたし。

ましてや見た事の無いスキルや魔法の発現…。

 

「でも、ステータスは器用を除いて0のまま。ほんまおかしな奴やで」

 

「部屋ではこそこそとカラクリの類いを自作してる。レフィーヤの話だと、詠唱無しで階層主を葬る程の火力を持った疑似魔法も使ったらしい」

 

「…疑似魔法」

 

フィンの問い掛けにウチは眉を寄せる。

正直、神だからと言って何でも分かるわけではないのだが、カズマに関しては分からないことが大半なのだ。

 

アクシズ教団とは関わりたくないが、少し探りを入れるべきか?

 

「まぁ何にせよ、僕は彼らの帰りを待ちながら、リヴェリア母さんの心労でも労ってくるよ」

 

「ぷはっ!リヴェリアも手の掛かる子供が増えて大変やな」

 

「本当にね。それじゃ」

 

そう言うと、フィンは神室を後にした。

おそらく、フィンはフィンなりにカズマの事を気に掛け、探っている。

探ると言うと聞こえが悪いかもしれないが、それだけカズマは特殊な存在なのだ。

レフィーヤの言う疑似魔法に、これからアダマンタイトで作ろうとしている何か、アイズを無力化したドレインタッチもそうだ。

カズマは厄介過ぎる。

敵に回したくないと、第一級冒険者のフィンが思う程に。

 

 

「…ウチらにこれだけ考えさせといて、当の本人はスキップしながらダンジョン探索か…。…帰ってきたらぶん殴ったろ」

 

 

 

 

………

……

.

 

 

 

「ぶえっくしっ!」

 

「…カズマ、風邪?」

 

突然の悪寒。

俺は鼻水を啜りつつ、アイズの問い掛けに首を振る。

 

「誰かが噂してるなぁ?…ギルドの娘達か?」

 

「…絶対に、違う。間違いなく、違う」

 

「おまえ、よくもそんなつぶらな瞳で俺の事を傷つけられるね」

 

ダンジョン内だと言うのに気の抜けた会話。

この場にリヴェリアでも居たら、油断をするな、と怒られていた所だ。

 

「それにしても、やっぱ本職の冒険者が前衛に居ると進みが早いな」

 

アイズが倒し、俺が魔法石をさり気なく拾う。

これを繰り返して居るうちに、気付けば俺たちは18層を目前としていた。

 

普段ならモンスターの居ない道を歩くために遠回りをするのだが、剣をアホみたいに振り回すヤツが1人居るだけで最短のルートを進むことが出来る…。

 

「…カズマは、全然戦わないね」

 

「戦ってるよ。眠気と疲れと」

 

「……」

 

「おい!俺を置いて行こうとするなよ!」

 

俺は歩みを早めるアイズの背中にピタリとくっ付く。

別に男が女を守る筋合いもない。

強い方が弱い方を守る。これ鉄則。

 

「…ルーム。カズマ、この前みたいな事が起きないように、私から離れないで」

 

「そう言う割に早足じゃないですかね?俺をココに置いていこうとしてませんかね?」

 

流石にどれだけ俺の悪運が強かろうが、この大空間にゴライアスが再び出現することはないだろう。

とは、思いつつも、しっかりとアイズの背中に抱きついておく…。

 

「…歩きにくい」

 

「そんなことないだろ。ほら、早く18層へ行くぞ」

 

「……」

 

間の主人が居ない空間を縦断し、次層へと繋がる階段を下る。

下った先で、頭上から降り注ぐ暖かな光を感じるまで、俺はアイズの背中から離れることはなかった。

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

「ふぅ…、気持ち良い」

 

ダンジョンに存在する安全地帯の18層で、(リヴィア)には向かわず木々の隙間を縫って歩くと、木陰に隠れた大きな川のほとりが現れる。

そこは水浴びに打って付けの場所だが、そのためだけにわざわざダンジョンを下ってくる冒険者はほとんど居ないだろう。

 

だが、私は違う。

 

普段から露出の多い私たちの種族だが、その分、身体のケアには念を入れているのだ。

 

「…ちょっと冷たいけど、団長に不潔な女だと思われるよりはマシよね」

 

小柄ながらも精悍な面持ちでモンスターを狩る姿を思い浮かべながら、私は熱くなった顔に水をかける。

やっぱり女は強い男に惹かれるモノなのだ。

 

それにも関わらず、最近のティオナったら、あの貧弱なヒューマンに興味を示している。

 

「変なの。あんなヤツのどこが良いんだろ」

 

弱いし、変態だし、引きこもりだし。

特例でレベル3に飛び級したのも絶対に裏がある。

ズルをしたに違いない。

 

アイズも、レフィーヤも、ティオナも、あいつに騙されてるだけだ。

 

「…むかつく。団長も、なんだか最近構ってくれないし…」

 

下を向けば、水面に写る寂しげな顔。

 

モンスターでも狩って気を紛らわせようか、と思った矢先に、ほとりを囲む木々からガサっ、と物音が鳴る。

 

ちょうど良い。

ストレス発散に……

 

「…出て来い…、すり潰してやる」

 

ガサガサ。

と、音は鳴り止むことなくこちらへと近づいた。

私は近場に置いておいた湾短刀を持つ。

 

「…」

 

息を吐き、敵の接近にのみ神経を向ける。

一歩、また一歩…、あと五歩もこちらへ近づけば私の攻撃範囲内だ。

 

一、二……。

 

「死ね…」

 

すっと、湾短刀を横に振るう。

それと同時に、周囲の木々がうねりを上げて真っ二つに折れた。

 

ガサっ!

 

「…っ!?」

 

私の斬撃は足音の主諸共、真っ二つにしてやったはずなのに。

なぜだかソイツの身体は正常に、いくばくかの驚きだけを残して私の前に現れた。

 

「危なっ!急に木が倒れやがった!」

 

「へ?…か、カズマ」

 

佐藤カズマ。

私の団長に生意気な態度を取るクソヒューマン。

軟弱で下品な男のレッテルをこれでもかと貼り付けるこの男が、突然に私の前へ現れたのだ。

 

「あれ、ティオナ?おまえ、いつのまにおっぱい大きくなったんだよ。そうならそうと早く言えよなぁ?」

 

「私はティオネよ!ちょ、あ、あんた!なんで服を脱ごうとしているの!?」

 

「なんだ、ティオネかよ。紛らわしい姉妹だな。それよりアイズ見なかったか?」

 

私で悪かったな。

そう腐しながら、私は胸元を左手で隠し、右手で持った湾短刀の剣先をカズマに向ける。

 

「見てない。あと、それ以上近づいたら殺すから」

 

「まぁ落ち着けよ。淑女なら、剣よりも先に恥じらいを見せるべきだろ?」

 

「ち、近づくなって言ってんでしょ!ちょ、あんた!なんで少しづつこっちに来てんのよ!こ、殺す!!」

 

「断言するわ。おまえの身体、童貞には堪らん」

 

「ち、ち、近づくなって言ってんだろうがクソ短チン野郎がぁぁぁ!!」

 

 

 

……

.

 

 

 

「で?本当にアイズのこと見てない?」

 

「…しつこいわね。見てないって言ってんでしょ」

 

水浴びを止め、服に着替えた私は、髪をタオルで乾かしながらリヴィアを練り歩く。

カズマの視線は恥辱を感じにくいアマゾネスの私でさえも見られたくないと思ってしまうほどに下世話で下品でいやらしい。

 

ふと、私は侮蔑を込めた視線をカズマにむけて

 

「アイズも、アンタみたいな男と一緒に居るのが耐えられなかったんじゃない?」

 

「そんなことよりも、アマゾネスって皆んなお前らみたいにエロイ格好してるのか?」

 

「そんなことって…」

 

「イシュタル・ファミリアってのが歓楽街を牛耳ってると聞いてな…。おまえの知り合いとかそこで働いてないの?知り合い割引で安く行きたいんだけど」

 

「あんたには遠慮や羞恥ってのがないわけ?」

 

「懐に余裕ができたら行ってみるわ」

 

「さっきから話が噛み合ってないのよ!あんた!恥を晒すか、私の前から消えるか、私にすり潰されるか選びなさい!!」

 

と、冒険者なら誰もが慄く私の怒りすらどこ吹く風で、コイツは街中をキョロキョロと見渡しながら歩く。

うちのファミリアじゃなかったら速攻でアソコを斬り落としてやってるところだ。

 

「む?人集り?」

 

「…ほら、あそこに居るのアイズでしょ?それじゃ、私は帰るから…」

 

「おうこら愚民ども!バーサク女戦士のお通りだぞ!!殺されたくなけりゃ道を開けろ!!」

 

「…ちょ」

 

ぐいぐいと、カズマによって背中を押され前に出されると、アイズを中心に輪となっていた人集りは、私に道を譲るよう左右に割れた。

 

「…カズマ。ティオネ?」

 

人集りの中心で、サイコロ片手に首を傾げるアイズ。

アイズとその対面に座る中年のヒューマンは、木で作られた簡易的な机を挟み座っている。

 

すると、中年のヒューマンは私に恐れる事なく

 

「お嬢ちゃん。勝負事に顔を突っ込むような無粋な真似はしちゃだめだよ。ほら、アイズちゃんが親だ、サイコロを振りな」

 

「…わかってる。…カズマ、見てて。この一振りで、全部、ひっくり返す。…っ、チンチロリーン…」

 

カランコロンカランと、アイズは机に置かれた木製のボールに3つのサイコロを投げた。

 

ざわざわ…

 

1…、1…。

 

2つのサイコロが1の面を空へ向けた。

 

「…くる。ぬるりと…」

 

最後のサイコロ。

 

その出目は1。

 

圧倒的なまでに…1…っ!!

 

「っ!通るか…っ!こんな無法がっ!!」

 

「…通る」

 

「ぐっ、ぬっ、うっ…」

 

「ふふ、狂気の、沙汰ほど…、面白い…」

 

 

……え、何これ。

サイコロを振っただけなのに、なんでこんなに盛り上がってるの?

アイズもなんかキャラ違うし…。

 

と、私が訳もわからずその光景を眺めて居ると、何やら満足気な顔をしていたカズマに街を収める強面の男、ボールスが話しかけていることに気がつく。

 

「カズマの考案したチンチロリン。とんでもなく大盛況だ。ありがとな」

 

「賭け事に狂った冒険者は騙しやすい。ボールス、細工はバレない程度にしろよ?」

 

「おう」

 

「ふふ」

 

ぐっ、と。親指を立てる2人。

なんなの?こいつら。

 

「おいティオネ。アイズはあの調子じゃもうチンチロから離れないだろう。代わりにおまえが付き合ってくれ」

 

「はぁ!?」

 

「37層行くから。ほら、準備しろって。早く!早く!!」

 

「ふ、ふざけんじゃないわよ!それにあんた、37層って…」

 

ぐいぐいと、またもや背中を強く押されながら、私達はチンチロリンとやらに集まる群衆の輪から出る。

 

「深層に行くなんてだめに決まってるでしょ。私はともかくあんたじゃ直ぐに死ぬわよ」

 

「バカかよおまえ!そのためにおまえら戦闘狂を連れてくんだろ!察しろよな!?」

 

「っ、ご、ごめん…?」

 

「目的は深層で取れる超上質なアダマンタイトだ。行くぞ」

 

「……なんだって私が」

 

 



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不思議な力に慄きを

エクスプローーーージョン!!


 

 

 

薄暗く続く迷宮を歩き、時折遭遇するモンスターはティオネが退治する。

そして魔石は俺がこっそり回収…。

この黄金タッグこそロキ・ファミリアの強みだな。

 

「せいっ!」

 

「おー。さっすがティオネさん。魔石の回収は任せてください!」

 

「…あんたも戦いなさいよ」

 

「俺のステータス知らないの?ギルドのハーフエルフ嬢にすら力で負けてるんだぞ?」

 

「よくも恥ずかし気もなく言えるわね」

 

これは仕方がない事なの。

いくらモンスターと戦っても、器用だけしか上がらないんだもん。

あと、耐久も雀の涙程度には上がってるけど…。

 

そうこう言い合いながらも、俺とティオネは中層特有の大樹の迷宮を歩き続ける。

 

「ティオネ、そこは左な」

 

「…あのさ」

 

「ん?」

 

「なんであんたは迷宮内の道が分かるの?」

 

「は?ダンジョンのマッピングとルート確認は基本中の基本だろ」

 

「そ、そうだけど…。普通はあんまり細かく覚えてないし…、そういうのは団長とか、リヴェリアみたいに長く冒険者稼業を続けてないと分からないはずなんだけど…」

 

はぁ、と。俺はため息をわざと大きく吐いた。

これはアイズ達にも言えたことだが、こいつらはダンジョン内のマップを大まかにしか把握していない。

特に中層のように大きなエリアだと、普段から使っている道だから、と、アホ理論で先を行こうとするのだ。

 

「…な、なによ!」

 

じーっと見つめていると、ティオネは耐え切れずに声を上げた。

 

「おまえら冒険者のおつむが弱いのは知ってる」

 

「なんですって!?」

 

「だが、それが安全の確保を怠って良い理由にはならないだろ?」

 

「ぐぬぬぬ」

 

「はぁ、これだから脳筋は…」

 

「い、言わせておけば…」

 

歯を食いしばり、怒りを堪えるティオネ。

無駄な体力ばかりを使う娘だこと。

 

「やめとけやめとけ。ほら、そろそろ魔力が切れてきたんじゃないのか?」

 

「ぐぬ。…ちっ、とっとと済ませなさいよね」

 

ちなみに、ここまで来るのに何度かドレインタッチによる魔力と体力の供給を行なっているのだが、どうやらティオネは燃費が悪いらしく、その回数はアイズに比べて倍近く多い。

 

「それじゃ、ほれ。頭だせ」

 

「くっ…、な、何なのこの屈辱は」

 

ガシっと、ティオネの頭を掴み

 

「ドレインターーッチ!!…って、いちいち言わなくても良いんだけどな」

 

俺の魔力をティオネに移動させる。

 

「ねぇ、魔力をくれるのはありがたいんだけどさ、あんたの魔力は無くならないの?」

 

「あぁ、俺は魔石から魔力を貰ってるから」

 

最近気づいたのだが、人やモンスターのみならず、俺のドレインタッチは魔石からでも魔力を吸い取れるのだ。

 

「触るだけで魔力が移動できるなんて便利な魔法ね。…もう1つ聞いていい?」

 

「ん?」

 

「…本当に頭じゃなきゃだめなの?」

 

「おまえが手を触られたくないって言ったんだろ。言っておくがな、その言葉には少なからず傷ついたんだからな!」

 

「頭の方が触られたくないんだけど…」

 

「我儘すぎるぞ!だったら胸が良いのか!?それとも尻か!?」

 

「手よ!謝るから!手から魔力を移動してちょうだい!!」

 

魔力を分け与えてもらっている分際で我儘な女だ。

そう思いながら、俺は頭を握る手に少しだけ力を込めて魔力を注ぐ。

 

「あっ!な、なんか急に…っ、ちょ、熱い!なんか凄く熱い!これ過供給なんじゃないの!?ご、ごめんなさい!謝るから!謝るから離して!!」

 

 

……

.

 

 

とてとてと、俺はぼーっと歩きながらティオネの戦闘を眺める。

汗が滴り落ちる身体は妙にエロい。

そして、剣を振る度に見え隠れする太もももエロい。

おへそもエロい…。

 

「…おまえ、もう少し恥じらいを持った方が良いぞ?」

 

「あんたにだけは言われたくないわよ!」

 

「それよか、そこの穴から落ちれば37層までショートカットできるぞ」

 

「む。…一応言っておくけど、深層では何が起きるか分からないからね。あんたも覚悟は……って、聞いてるの?」

 

聞いてるさ。

その言葉はリヴェリアにもしつこく言われたくからな。

 

「とりあえず欲しいのは上質なアダマンタイトとオブシディアン・ソルジャーの皮膚から取れる黒曜石だ」

 

「アダマンタイトは分かるけど、黒曜石なんて何に使うのよ?」

 

黒曜石はその名の通り黒いガラスのようや火山岩だ。

鋭い破断面を利用すれば武器になる。

 

ただ、俺が黒曜石で作りたいのは武器なんかではないのだが…。

 

「出来たら見せてやるよ。…それじゃあティオネ、頼む」

 

俺はそう言い、ティオネの背中に乗っかる。

 

「……あんた、何やってんの?」

 

「考えてもみろよ。俺みたいな耐久8の男がこの高さから飛び降りたら足をグネるだろ」

 

「いやいや、そんな当たり前な事を言わせんな、みたいな顔されても…」

 

「早よ。とっとこ行こうぜ」

 

「私はハム太郎じゃないのよ!…ちっ、しっかり掴まってなさいよ…」

 

 

ぴょーーーーん。

 

すたっ!

 

おぉ、さすが第一級冒険者。

衝撃を殺して、なおかつ乗り心地の良さまで安定しているとは。

いつもみたいにロープでトロトロ降りる必要が無くて助かったぜ。

 

「…ちょっと怖かった。ちびりかけた」

 

「あんた、私の背中でちびったら末代まで尿道をぶった切ってやるからね」

 

こ、怖い事を言うなよ…。と肩を震わせつつ、俺はティオネの背中から降りて周りを見渡す。

 

アダマンタイトの入手は片っ端から迷宮の壁面を破壊(ティオネが)すれば良いとして、黒曜石の入手は骨が折れそうだな。

 

「ってなわけで、じゃーん」

 

「?」

 

「堅琴!…こいつでオブシディアン・ソルジャーを大量に誘き寄せて一網打尽にしてやるぜ」

 

堅琴とは、奏でる音によって特定のモンスターを集めるアイテムらしい。

 

「あんたバカなの?そんなの使って20や30のオブシディアン・ソルジャーに囲まれたら…」

 

と、ティオネが言い終える前に。

 

「♪〜」

 

「え!?」

 

俺は音を奏でた。

 

「ほれ、ティオネ、ぼーっとしてないで行くぞ」

 

「え?え?」

 

狼狽えるティオネの手を引き、岩の陰に身を隠す。

次第に、奏でられたその音によってオブシディアン・ソルジャーが集まってきた。

 

その数は予想よりも多い50。

 

「あ、あんた正気?」

 

青ざめるティオネを他所に、俺はダイナマイトの動線に火を付け、それをオブシディアン・ソルジャーの群れの中心に投げる。

 

ぽいっと……。

 

 

「エクスプローーージョン!!」

 

「!?」

 

 

どがぁぁぁぁーーーん!!!!

 

 

「「「「ウガァぁぁぁっ…」」」」

 

 

「ふむ。壮観な眺めだな。見ろよティオネ、モンスターが蟻のように燃えてるぞ」

 

「な、何よ…、今の…」

 

50匹のオブシディアン・ソルジャーを一掃し、その場には大量の黒曜石がドロップしていた。

当初の予定数量は大幅に超えている。

これだけあれば問題無いだろう。

 

「さて、あとはアダマンタイトだな。ティオネ、そこら辺の壁から掘り起こしてくれよ」

 

「……せ、説明…。まずは説明をしなさい…」

 

「あ?説明はしたろ?アダマンタイトが欲しいんだっての」

 

「違うわよ!あれだけの火力を持った魔法の説明!!あれは何!?リヴェリアの魔法くらい凄かったじゃない!!」

 

「あはは。レフィーヤと同じ反応だな」

 

「呑気かよっ!」

 

「まぁまぁ。説明は後にするよ。取り敢えずアダマンタイトと黒曜石を回収して18層へ戻ろうぜ」

 

「ぐぬぬぬぬ…」

 

ティオネはまったく納得した様子を見せないものの、先ほどのダイナマイト…、ご、ごほん、エクスプロージョンにビビったのか、いそいそと俺の手伝いを始めた。

 

「…エクスプロージョン」

 

「ひっ!」

 

「ぷーくすくす」

 

「ぅぅーーー、バカっ!」

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

「むぅ…。まだか?あの2人はまだ帰ってこないのか?」

 

「り、リヴェリア様、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」

 

黄昏の館の中広場にて、リヴェリア様が落ち着きなく辺りをうろちょろと歩き回る。

お2人がダンジョンへ行ってからと言うものの、リヴェリア様は不安気な顔で帰りを待ち続けていた。

 

「むむむ」

 

「アイズさんも居ますし、カズマさんも…、その、結構しっかりとしていますので」

 

「そ、そうは言うがな。2人はまだ子供だし…」

 

そんな事を言い出したら私だって、ティオネさんやティオナさんも子供だけど…。

え、もしかして、リヴェリア様って私達がダンジョンに行ってる間はいつもこうなの…?

 

「遅い!遅い!…もうダンジョンに行って1週間くらい経っていないか?」

 

「…まだ3日ですよ」

 

あぁ遅い。もしかして風邪でも引いたのか!?と、呟きつつ、その高貴な姿を忙しなく揺らし続けた。

 

「〜〜。レフィーヤ!バベルへ行くぞ!」

 

「え!?ちょ、だ、ダメですよ!今日はフィンさんもガレスさんも館に居ないんですから!」

 

「ちょっとだけだ!ちょっとだけだから!」

 

「だ、だめですぅ〜」

 

どうしてもバベルへ行こうとするリヴェリア様を阻止するべく、私はリヴェリア様の腰に必死に捕まる。

 

それでもズルズルと…、あぁ、これが、レベルの差なんですね…。と諦めかけた時に、玄関口の方から小さな喧騒が聞こえてきた。

 

「む!帰ってきたか!?レフィーヤ行くぞ!」

 

「ちょ、ホントになんなんですかこの人…」

 

どてどてと玄関へ急ぐリヴェリア様の後を追う。

 

「ご、ごほん…。か、帰ってきたのか?」

 

「うん、ただいま。リヴェリア、レフィーヤ」

 

「アイズさん、おかえりなさい。…あれ?ティオネさんも一緒だったんですか?」

 

そこに居たのは、なぜだか肌をツヤツヤにしたアイズさんと、対照的に疲れ果てて半目になっているティオネさんだった。

 

「あれ?カズマさんはどこです?」

 

「む!カズマはどこだ!?」

 

「…り、リヴェリア、近いよ。カズマは、ギルドに行ったよ。換金してくるって…」

 

あぁ、またせこせこと魔石を拾ってたんですね。

もうサポーター顔負けですよ。

 

その後、2人を応接間のアームチェアに座ってもらい、私はお茶を用意した。

そこで、リヴェリア様が食い気味にダンジョンでの出来事を問いただす。

 

曰く、チンチロリンにハマっただとか、エクスプロージョンが火の海だったとか…、要約すれば、上質なアダマンタイトを採集するという目的は達成出来たらしい。

 

「…あいつ、本当にレベル3なの?」

 

「はい?」

 

「深層を迷わず進むわ、オブシディアン・ソルジャーの軍団を一掃するわ…、正直、私達同等、いやそれ以上に感じるんだけど…」

 

と、ティオネさんは自信を砕かれたと言わんばかりに顔を下げた。

きっと、ティオネさんもあの魔法を目の当たりにしたのだろう。

 

すると、ティーカップを静かに傾けていたアイズさんが

 

「…私、カズマと戦って負けたよ」

 

「えぇぇ!?あ、アイズさんがですか!?」

 

思わず、私は立ち上がってアイズさんに詰め寄っていた。

ただ、その言葉に驚いているのは私だけではない。

ティオネさんも口を開けているし、リヴェリア様もお茶を吹き出している。

 

「…うん。手を掴まれて、脛を蹴られて、気絶させられた」

 

……!!

と、とんでもない鬼畜男です…。

女性に対してそこまでの暴力を振るうなんて!!

 

「ちょ、ちょっと待て。カズマとアイズじゃレベル差もある。手を掴まれたところで振り払えるだろう?」

 

「…力が入らなかった。どんどん魔力を吸われてるような…」

 

ま、魔力を吸われる!?

…そんな魔法、聞いたことないです…。

そう、私が思う一方で、ティオネはどこか納得したかのような顔を浮かべた。

 

「…ティオネさん、何か知ってるんですか?」

 

「あ、うん。多分だけど、それドレインタッチだよ。私の場合は魔力を分けてもらったんだけどね」

 

「ほう、魔力の受け渡しが出来る魔法か…、興味深いな」

 

リヴェリア様も知らない魔法。

それってとんでもないことじゃ…。

 

初心者のように慌てていたと思うと、咄嗟の判断で窮地を脱出したり。

ステータスの数値は低いくせに、とんでもない火力の魔法を使ったり。

挙句、深層に出掛けて平気な顔で戻ってくる冒険者。

 

本当に…、あの人は一体…。

 

 

「…ふふ。チンチロリンも興味深かった」

 

 



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不屈の闘志に驚愕を

 

 

 

 

37層までのちょっとした冒険を済ました俺は、魔石の換金と情報を収集するためにギルドへと向かう。

ギルド内は屈強な冒険者が闊歩する一方でカウンター内でギルド職員の受付嬢は笑顔を振りまき仕事を回していた。

 

「おーい。エイナー」

 

「む?カズマくん…」

 

そこで声を掛けたのは、ハーフエルフならではの端整な顔立ちとトンがった耳、そして、俺を見るや膨れる頬。

 

「ちょっと!また苦情が来てるんですけど!!」

 

「ほう?それはアレか?飛躍的にレベルを上げる天才冒険者へのやっかみって奴か?」

 

「違うわよ!カズマくん、あのヘンテコな爆裂魔法を使ったでしょう!?」

 

「使ったよ?」

 

「浅いところで使わないで!バベルの塔が揺れて大変なんだから!」

 

あれしきの爆裂で揺れるなんて、それはバベルの塔自体の耐震性を疑えよ。

そもそも、ダンジョンに蓋をするってのは分かるが、その蓋に塔を建造する意味が分からん。

 

「浅い所で使ってないよ。37層だよ」

 

「ぅえ!?37層!?か、カズマくん!あなたはどれだけ命知らずなの!?」

 

「深い所だから強めの爆裂を使ったよ」

 

「バカの猿知恵かよっ!…もう、バベルの中には冒険者の人達だけじゃなく、ヘファイストス様やフレイヤ様も居るんだから…」

 

「なんでそんな所に住んでるんだよ!むしろそいつらの神経を疑うわ!」

 

もうバベルの塔に住むの禁止だよ!

 

俺はバンバンとカウンターを叩きながらも、呆れかえるエイナの頬に、今回の探検で得た魔石をぐいぐいと押し付ける。

 

「むにゅ、にゅ…」

 

「どうせ今日も苦情の手紙にお詫びの返事を書けってんだろ!?」

 

「にゅにゃ、ふん、そ、そうよ!」

 

そう言うと、エイナは頬に当てられていた魔石を奪い取り、それの代わりとばかりに苦情が羅列された羊皮紙を俺に押し付けてきた。

 

「こんなもん!こうだ!」

 

それは無残にも、びりびり!っと真っ二つ。

 

「ああ!?神の直筆を!!」

 

「行ってやらぁ!直接乗り込んでやらぁ!!エクスプロージョンを使う度に苦情に来られちゃ堪らねえよ!!」

 

「ちょ、か、カズマくん!どこへ行く気よ!!」

 

「バベルに決まってんだろ!その魔石は換金しといてください!!」

 

「ちょっと!ダメよ!だめ!だめだからね!お、おい待てって言ってんだろカスマぁぁあーーー!!」

 

 

……

.

 

 

で、バベルの塔に来たわけだが。

先ほどダンジョンから地上に戻って来た時と同様に、その塔は空を突き抜ける程の高さから俺たちのような小っぽけな存在を見下ろしている。

 

3階までが冒険者の公共施設で、4階から8階がヘファイストス・ファミリアの商業施設、そして最上階の50階がフレイヤ様のプライベートルームらしい。

 

なんだよ!プライベートルームって!そんなもんをダンジョンの真上に建てるんじゃねえよ!

 

「まずはフレイヤ様の所に乗り込むか」

 

そう決めると、俺は魔石の魔力で動くエレベーターに乗り、50階のボタンをポチ。

 

うーーーー。チンっ!

 

「お邪魔しまーす」

 

エレベーターが開くや、間の広い空間に椅子が1つ。

部屋を囲うのは全てが窓ガラスとなっており、なんともバブリーなレイアウトだ。

 

そして、俺の訪れを予期してなかったのか、美貌麗しい美の神は、床にヨガマットを敷き、その上で硬い身体を必死に使ってヨガ体操をしていた。

 

「…な、何よ…」

 

「…硬いんすね。身体…」

 

「そう思うなら背中を押してちょうだい」

 

「え、あ、はい…」

 

俺は言われるがままに、フレイヤ様の背後に回って背中を押す。

 

「いたたたたぁー!痛いっ!も、もう押さなくていいわ!」

 

「…少ししか押してないですけど」

 

「ふぅ…。良い汗をかいたわ」

 

「…それは、ヨガったですね」

 

なんだろう。

この神にはアクアと同じ匂いがする。

 

と、俺が半目で睨んでいると、それをどこ吹く風に、フレイヤ様は汗をふきつつ椅子に腰掛け長い脚を組んだ。

 

「それで。ロキ・ファミリアの貴方が私に何の用かしら?」

 

…いやいや、今更に神感を出されても反応に困るんだけど…。

 

「あ、いやね、最近バベルが揺れますでしょ?」

 

「ええ。今日も揺れたわ。…何か、酷く大きな災いの前兆かもしれないわね…。安心なさい、ギルドには報告してあるから…」

 

「……」

 

「私の勘は外れない。あと見る目もね。…冒険者になって1カ月という期間でレベル3になった貴方にも、大成する器の片鱗が見えているわ」

 

「……」

 

「どう?ロキの所から私のファミリアにコンバートしない?」

 

「……」

 

「え、あ、あの、何で、黙っているのかしら?」

 

「あの揺れは災いの前触れじゃない。俺の魔法です」

 

「!?」

 

「あと、俺は絶対に大成しません。これは絶対です」

 

「!!?」

 

全部外れてるじゃねえか!

大した神の勘だなおい!

 

俺は椅子から転げ落ちそうなほどに驚くフレイヤ様は、ま、まさか、そんなバカな…と、小さく呟いていた。

 

フレイヤ・ファミリアはロキ・ファミリアに並ぶ最大派閥だと聞く。

確かオラリオ唯一レベル7が居るんだったか…。

今は居ないみたいだが、もしもそのレベル7とやらに出くわしても面倒だ。

 

「じゃあ、そういう事なんで。これからはあんまりギルドに変な手紙を送らないで下さいね」

 

「…っ!ちょっと待ちなさい!!」

 

エレベーターへ向かおうとした俺の肩を、フレイヤ様はガシっと掴む。

 

「わ、私に恥をかかせて、無事に帰れると思って?」

 

「……」

 

「…ロキには悪いけど、貴方も私のモノになりなさい」

 

「……」

 

「むぅ…」

 

「……」

 

「あ、あれ?魅了が効かない…」

 

「ドレインターーーーッチ!!」

 

「!?…ぬぅ、ぅわぁん….、な、何よ、コレ…、力が…」

 

「恥晒しの神が!2度と俺に迷惑をかけんなよ!!」

 

「ぁぅ…」

 

ガクっと気を失ったフレイヤ様を放っておき、俺はエレベーターに乗り込んだ。

 

 

……

.

.

 

 

 

「ただいまー」

 

魔石の換金分の50000ヴァリスを持ち、俺は黄昏の館に戻った。

ダンジョンからの帰り道にアイズ達と別れ、ギルドを経由しバベルの塔へ戻りフレイヤ様と会合。

気付けば日も落ち、夕飯の時間すらも過ぎている。

 

またキッチンに忍び込んで食べ物を漁るか、と思っていると

 

「…遅かったね」

 

アイズが廊下の奥から現れた。

まるで俺の帰りを予測していたように。

彼女は部屋着の白いワンピースで、小さな声を廊下に響かせる。

 

「おう、アイズ。チンチロリンは楽しかったか?」

 

「うん。チンチロリンは、奥深い…」

 

「そっか。それならまた行こうな」

 

「…。ねぇ、カズマ」

 

そっと、アイズが俺の手を握ると、不思議そうな瞳で俺を見つめた。

 

なんだ?

 

ちょっと照れるんだけど…。

 

「カズマは、おかしい人…」

 

「…おまえはコミュ障だろうが」

 

「…弱いのに、強くて、不思議な魔法も使えて、頼りないのに、暖かい…」

 

それはdisってんの?

喧嘩なら買うぞ?

 

暗くて隙間風が吹く廊下で、金糸の彼女はやけに目立つ。

 

「また、私と戦って…」

 

「あ?」

 

「私が勝ったら、カズマの事を教えて」

 

「…なんだそれ」

 

俺の事をそんなに聞きたいのか?

別に教えられる範囲ならいくらでも教えてやる。

 

と、アイズに言おうとした。

 

だが、それをアイズの澄んだ瞳が許さない。

 

多分、こいつが聞きたいのは俺の()()()()()()範囲の事なんだろう。

 

「…教えて…」

 

「はぁ…、俺に勝てたらいくらでも教えてやるよ。ただ、俺が勝ったらおまえの事も教えてくれ」

 

「…っ」

 

ほら。

こいつも隠し事を持ってるんだ。

だから他人の隠し事を察してしまう。

 

フレイヤ様に見習わせたいよ、こいつの勘の良さを。

 

「そうだ、アイズ。コレやるよ」

 

俺はポケットからとある物を取り出す。

 

それは黒曜石を削って作ったアクセサリー。

ガラスのように黒い半透明の黒曜石は、削って形を整えると艶が出るのだ。

 

ただそのアクセサリーには何の効力も無い。

 

装備とか魔除けとか、そんなのばかりが流通する世界では完全に無駄な品物だろう。

 

 

「…うん。似合ってるな」

 

「…ぁ、ありがと…」

 

 

首から掛けられたそのアクセサリー。

 

ダンジョンでは役に立たないそのアクセサリー。

 

 

 

でもーーーー

 

 

「…へへ、似合ってる?」

 

「おう。それじゃあ、俺はもう寝るから。また明日な」

 

「…おやすみ」

 

 

 

ーーーー金になる。

 

 

アイズと言う広告塔に着けさせれば、あの黒曜石を削っただけのアクセサリーは絶対に流行るはずだ!!

 

俺のユーザビリティを使えばほとんど作成費用のかからない品物を高値で売り付ける。

オラリオでトップレベルに有名なアイズが身に付けていれば流行りだす!

これぞまさしに流行建築士!!

 

くっ、くっはっはっはー!!

 

これを1つ1万ヴァリスで売れば……。

 

キタコレ!夢の堕落生活も近い!!

 

 

「ふへへ。明日は歓楽街で宴だな…ふひひ」

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

「…っ!ふ、フレイヤ様!どうされました!?」

 

オッタルの声が、幾分か夢の中に居た私を現実に引き戻す。

身体がすごく重い…。

 

「ぅ、お、オッタル…」

 

「フレイヤ様!」

 

「…っ、心配しないでちょうだい。少し、目眩がしただけよ」

 

「しかし…っ」

 

まさか、神である私が下界の子供に気絶させられましたとは言えない。

 

「…佐藤カズマを知っているわね?」

 

「はっ!…たしか、特例で飛び級したと言う…。巷では人でなしのカスマさん、金魚の糞のグズマさん、孕ませカズマさんと呼ばれていたと記憶しています」

 

さ、散々な言われようね。

少しだけ可哀想…。

 

でも、神を愚弄した罰は受けるべきなのよ。

 

それに、私の力をも吸いとる彼の力。

 

バベルを揺らす程の魔法。

 

そんな子を放っておけるわけがない。

 

「オッタル。佐藤カズマと戦ってきなさい」

 

「御意!」

 

「…こ、殺さない程度でいいからね?」

 

 

 



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フルヘタレ・パニック
冷たい視線に喧騒を


 

 

 

 

 

 

とあるいつもの昼下がり。

アイズ達がダンジョンに潜り、探索を行なっている一方で、俺は豊穣の女主人にて生命の源であるアルコールの摂取に勤しんでいた。

 

「んく、んく……ぷはぁーー!」

 

最高である……っ!

昼間から飲む酒はっ!!

 

「おーい、リュー! おかわりー!!」

 

「……はい」

 

半眼ジト目でそれに答えるリュー・リオン。

その綺麗な姿はエルフそのものなのに、まるでゴミでも見るような瞳は俺のオカンと同じだ。

 

「……カズマ。貴方は冒険者ですよね?」

 

ごんっ! と、ジョッキが強めにテーブルへ置かれる。

 

「な、なんだよ藪からスティックに。この身体から滲み出るオーラが物語ってるだろ」

 

「……ここ最近、毎日のようにココへ来ていますが、貴方はダンジョンへ行かないのですか?」

 

え? ダンジョン?

金があるのにわざわざダンジョンへ行く必要もないだろ?

もぉ〜、おバカさんだなぁ、この店員は。

 

「ダンジョンは嫌いだな。だって暗いもの」

 

「……それは仕方の無いことです」

 

「ジメジメしてるし。もうさ、いっそのことダンジョンの出入口を塞いだらどうだろう?」

 

「ダンジョンは生き物ですから。塞いだ所でまた別の場所に出入口が出来てしまいますよ」

 

「そうやってやる前に諦めんなよ!やってから後悔しようよ!おまえは出来ないんじゃない!やらないだけ!それはただの逃げだ!」

 

「……どの口が言うんですか」

 

そう言うと、リューは俺をひと睨みした後にその場から離れていった。

しかし、黒曜石のアクセサリーで、予想以上に儲かった俺に、そんな小言は通用しない。

今や小金持ちとなった俺は、ダンジョンでわざわざリスクを背負ってまでモンスターを狩る必要がないのだ。

 

「働かずして豪遊……。まさに俺の生き様じゃないか」

 

そんな俺の呟きに、リューを含めたウエイトレス全員が呆れた様子で溜息を吐いていた。

 

 

……

.

 

 

同日の夕暮れ時。

何の気なしに向かった歓楽街で、強気なアマゾネスから受けられる邪なサービスを堪能した俺は、これまた何の気なしに、オラリオの街中をふらついていた。

一応、リヴェリアにはダンジョンへ行くと伝えているため、あんまり早く帰ると怪しまれてしまうのだ。

 

そんな事もあり、有り余る時間を無駄に使っているわけだが…。

 

「……つまらん」

 

つまらないのである。

基本的にこの世界は、ダンジョンへ潜らないと面白いイベントが起きない。

 

例えば美人な女性が暴漢に襲われているところに遭遇したり、国境を越えた異国の姫の逃避行に付き合わされたり、実は貴族でしたとかいう女冒険者のお見合いをぶち壊したり……。

 

何か起きても良いはずなのに、神々の気まぐれは、やっぱりダンジョンの中でしか起きてはくれない。

 

「あーあ、誰か暴漢にあってたりしねえかなぁ〜」

 

と、呟いた瞬間。

俺の目前を赤い何かが猛スピードで過ぎ去った。

それは弾丸の如く風圧を纏い、壁にぶつかるやグシャリと破裂する。

 

「ぬぉっ!? な、なんだ!?」

 

「あぁ、すみません。手が滑りました」

 

どう手が滑ったら、りんごが破裂する勢いで飛ぶんですかね?

 

「あ、危ないだろ!リュー!」

 

「申し訳ない。……しかしおかしいですね」

 

お店のお使いか、それともただの買い物か、リューは小脇に紙袋を抱えながら首を傾げた。

 

「何がおかしいんだよ?」

 

「本気で狙ったはずなのに外れてしまいました」

 

「本気って言った? 今、本気って言った?」

 

「流石、運だけのカスマさん、と言ったところです。お見それしました」

 

「おまえもう喧嘩売ってるよね? 買うよ?女だろうがエルフだろうが、俺はおまえの顔面を本気で殴れる男だから」

 

「ほう。私を元冒険者でレベル4だと知って尚、貴方は私に挑むと? 良い度胸です」

 

おうおう。脅しかこのクソエルフ。

良い度胸なのはおまえの方だぜ。

こちとら運だけで今まで生き残ってきたわけじゃねぇかんな!!

 

「……ふふ。新兵器の試験には打って付けの相手だな」

 

「む?」

 

俺の余裕の笑みを汲み取ったのか、リューは少しばかり腰を下げて戦闘体制に入った。

 

「リュー、覚悟は出来ているか?」

 

「ふ。そのセリフ、そのまま返しましょう」

 

そう言って、リューは小さく息を吐く。

アイズにしても、リューにしても、戦う前に相手の力量を測ってからカウンターを狙う戦法を取るのだが、俺から言わせりゃそんな戦法は愚の骨頂。

 

狙うは初手一撃の必殺技……。

 

「死ね! リュー!!」

 

「む? ……なっ!?」

 

俺はポケットから取り出した手作り閃光弾を地面に投げつける。

それは強烈な光を放ち、見るもの全ての視界を失わせた。

 

「くっ! ひ、卑劣な…っ」

 

もちろん、予め目を閉じていた俺には無効である。

 

「卑劣もくそもねぇ! ダンジョンにルールなんてないんだからな!!」

 

「ぐぬぬぬ……」

 

本来ならば、視界を失ったリューに触れてドレインタッチで魔力を吸えば勝負は付くのだがーーー

 

「さらに追い討ち! おらっ!!」

 

「な、なにを……っ! ぐ、ぐわぁぁぁ、な、なんですか! このヌメヌメで身体が痒くなる液体はーーーっ!?」

 

「深層で見つけたジネンジョの摩り下ろしさ。この攻撃を受けたものは死ぬ」

 

「ぐっ、わ、私は誇りあるエルフの一族です……、ば、蛮族の恥辱には決して屈しな……」

 

「倍プッシュ」

 

「ぬわぁぁぁああ!? く、ま、参りました……、私の……負け、です……っ!」

 

視界が無いためか、リューはヌメヌメになった身体を両腕で必死にもがきつつ、ふらふらと壁やゴミ箱にやらぶつかり回る。

 

……やり過ぎたかな。

でもこれで効力は分かった。

リューに効くならモンスターにも効くだろう。

 

「はぁはぁ、も、もう、許して……、ください……、うぅ……」

 

あ、泣いちゃった……。

 

「……うん。なんか俺も大人気なかったよ」

 

「ぁぅ……、わ、私の方が歳上ですが……。ぅ、あ、あの、早く……、このヌメヌメを落としてもらえませんか……」

 

「……ないよ」

 

「……ぇ?」

 

「そんなのないよ」

 

「……ぅ、ぅぅ、うわぁぁん。わ、私は謝ったのに……、謝ったのに!」

 

無いものは無いのだから仕方ないだろうに。

まぁ、お風呂にでも入ればヌルヌルは落ちるだろうけど……。

 

「…俺のホームでお風呂貸すよ。ほら、行くよ」

 

「……ぅ、うぅ」

 

ヌメヌメになったリューは、俺の提案に小さく頷きながら、自らの手をスッと俺に伸ばす。

 

「……?」

 

「ぅ、み、見えません」

 

「あ、あぁ、そうか。目もさ、その内治るよ」

 

差し出されたリューの手を握ると、ヌメっと音をたて、嫌な触感がこちらにも移った。

 

しかも、街中をこんな奴と歩くと無駄に注目を浴びるし……。

 

ヌメヌメで泣き喚くエルフ。

 

そのエルフの手を引く俺。

 

「おい、エルフの嬢ちゃんが泣いてるぜ」

 

「あの男が泣かしたのか?」

 

「だ、だめよ、目を合わせちゃ。あの人、例の下衆の……」

 

「あぁ、下衆の……」

 

……。

 

早く帰ろう……。

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

「……はぁ」

 

ロキ・ファミリアの公務室には、思わず溢れた僕の溜息で辛気臭さが充満する。

溜息の原因は次回の遠征メンバーの選考だ。

第一級冒険者の僕やリヴェリア、ガレスにアイズ、ティオネ姉妹とベート、それに第二級冒険者のラウルやレフィーヤといった面々を選ぶのに苦労はいらない。

サポートメンバーも大体は決まっている……。

 

「……どうするべきか」

 

彼はいつも僕を悩ます。

レベル的には遠征メンバーに選んでも遜色の無いものだが、冒険者になってまだ数ヶ月という期間は明らかに連れて行くべきキャリアではない。

 

彼を試したいと思う反面、今回の未到達階層への探索を必ず成功させたいとも思う。

 

それに、レフィーヤやティオネから話を聞く限り、彼の力は集団遠征に適さない……。

 

適さないのだが……。

 

「僕らしくない……。不明瞭な何かに期待しているなんてね……」

 

はっきり言ってしまえば、次回の遠征は相当に厳しい旅になる。

これは前回の遠征時にも思ったことだが、僕ら幹部を含め、団員のレベルやステータスの伸び具合が停滞気味なのだ。

 

ーー出ていってください!

 

ーー違う!俺もヌメヌメが付いたから一緒に入っちまおうと思っただけだ!

 

ーーそんな道理が通じるか!!

 

「…?」

 

ふと、僕の悩みをあざ笑うかのような喧騒が外から聞こえる。

 

……まぁ、間違いなく、カズマの声なんだけどね。

 

また彼は問題を運んできたのかな?

 

まったく……。本当に僕を退屈させないね。

 

そう思いながら、どこか面白がっている僕は公務室から出た。

ほんの少しだけ淡く光る、未来を照らすであろう希望に誘われて……。

 

「だぁー! ヌメヌメを飛ばすな!」

 

「あ、あなたが服を脱ごうとするからでしょう!? 消えろ! 汚物が!!」

 

「おまっ、汚物は言い過ぎだぞ?」

 

……あぁ、こんなのが希望で良いのかな……。

ロキ・ファミリアの将来が不安で仕方ないよ。

 

「む? フィン。ちょっとフィンからも言ってやってくれよ。こいつ、頑なに俺を風呂に入れようとしないんだよ」

 

「ぶ、ブレイバー! この躾のなっていない下衆をここから追い出してください!」

 

そこに居たのは、ヌメヌメな身体で取っ組み合うカズマとエルフの女性。

 

確かこのエルフの女性は豊穣の女主人で働いている娘だったかな……。

名前はリューと言ったか。

種族的にも性格的にも、彼女は男を毛嫌い、このように戯れ合うことを良しとしない娘だと思っていたけど……。

 

「……はぁ、カズマ。何があったのかは分からないけど、間違いなくキミが悪い」

 

「な、なんでだよ!」

 

「悪かったね。さぁ、カズマは僕が連れて行くよ。ゆっくりと身体のヌメヌメを取ると良い」

 

「恩に着ます……」

 

がらがらー、ばんっ! と、リューは強めに浴場のスライド扉を閉めた。

 

「……カズマ。あのヌメヌメはキミが?」

 

「おう。あいつが喧嘩売ってきたからよ、コテンパンにしたったわ」

 

まったく、リューは元冒険者でレベル4だよ?

喧嘩を買うのも間違っているし、コテンパンに出来るのもあり得ないんだ。

アイズともやり合ったとも聞く……。

 

「まったく、キミに常識は当てはまらないね……」

 

「な、お、おまえ、俺程の常識人を捕まえて何を言ってやがる……」

 

僕の言葉に本気で驚く彼を見て、僕はまた大きなため息を吐いた。

常識人ならもう少し節度を持って……、と言おうとするも、そもそも冒険者稼業に身を置く者が常識を語るのも変な話か。

 

そう考えてみると、カズマのような自由人こそが本物の冒険者にさえ思える。

 

……これは僕も毒されたのかな?

 

「カズマ。キミは次回の遠征メンバーに選ばれている。1ヶ月後だ。準備と覚悟をしておくといい……」

 

未開の地を切り開くには、もしかしたらカズマのような冒険者が必要なのかもしれない。

 

ただひたすらに欲望を剝きだす彼が。

 

運命を手繰り寄せる彼が。

 

「……え、俺行かないよ?」

 

「……へ?」

 

「嫌だよ。危ない事はしたくない」

 

「……」

 

「ロキと留守番してる」

 

「……禁止だ……」

 

「ん?」

 

「遠征を断ると言うなら、今後、歓楽街に行く事を禁止とする!!」

 

「んな!?」

 

「僕の全権限を持って! キミの歓楽街への入店を禁止としてやるからな!!」

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

遠征まで1ヶ月。

フィンの無理矢理な命令により遠征メンバーとなった俺は、仕方なしにダイナマイトの材料の仕入れと、試作品の試験のために深層を訪れていた。

そもそも、ダイナマイトを始め、閃光弾やヌメヌメ弾を使う俺は集団戦闘に不向きなのだ。

 

「……まったく。なんだって今更遠征なんてするんだよ」

 

そう呟きながら、俺は時折遭遇するリザードマン・エリートをヌメヌメ弾でやり過ごしながら、最近見つけたアダマンタイト発掘の穴場へと向かう。

 

だだっ広い空間と白く輝く壁面。

 

モンスターの発生も少ないし、アダマンタイトを採取するついでに試作品を試しておこうと、俺は()()を設置した。

 

ふと、空間に吹き入れる突風が俺の頬を撫でる。

 

ダンジョンで突風?と思い、風上へと目を向けると、そこにはモンスターのように大きな身体を持った猪人が。

 

……冒険者か?

 

「……佐藤 カズマ」

 

「ん? 俺? 俺に何か用か?」

 

そいつは静かに笑いながら、俺を真っ直ぐに見つめて口を開く。

 

「俺の監視に気付いていたようだな」

 

……え、何が?

 

「この場所も気に入った。闘うには打って付けの場所だ……」

 

何この人。

勝手に喋り出して勝手に納得してるんだけど……。

 

「……ふ、俺と同じ目だ。強者に焦がれ、強者を求め、強者と成り得る。……おまえも気付いたのだろう?」

 

「……何を?」

 

「俺が貴様の好敵手だと。……さぁ、身体が朽ちるまで殺り合おうか!!」

 

あの、本当にもう、話についていけないんですけど……。

1人でテンション上がってるし。

 

名前も知らない強そうな冒険者は、俺には持てそうにない大剣を持ってこちらへと向かってくる。

荒々しく、されども繊細に、その男は走りながら大剣を振り上げた。

 

「行くぞぉ!佐藤カズマぁぁぁーー!!」

 

……あ。あそこって俺がさっき()()を設置した…。

 

そう思った矢先にーーー

 

 

ドォォォォォーーーン!!!

 

 

「ぬぉぉぉぉっ!!?」

 

 

ーー強そうな男は吹き飛んでいた。

 

俺が試験的に仕掛けた地雷型ダイナマイトを見事に踏んでしまったがため、男は爆風を一身に受けて宙へ舞う。

 

それはまるで炎と黒鉛のプロジェクトマッピングのよう。

 

そして、うねりを上げた炎に焼かれた男がドサッ、と、俺の前に転がり落ちたのだった。

 

 

「……くっ、さ、佐藤、カズマ…」

 

「え、おま、大丈夫か?」

 

「ふっ、ふふふ……、ふわぁっはっはっはー!……、世界は、広い……。まだまだ、お前のような強敵が存在すると思うだけで胸が踊る……っ」

 

大分イッテんな、コイツ……。

なんか怖いしドレインタッチで魔力を吸い取っておこう。

 

「……ドレインタッチ」

 

「ぬ? ……ぐ、ぬぬ……な、なんだ、と……っ!」

 

……よし、息絶えたな…。

 

はぁ、やだやだ。こういう奴がいるから嫌いなんだよなぁ、冒険者って。

また変なのが湧く前に帰ろ。

 

 

……

.

 

 

程なくして、オラリオ中にとある噂が響き渡る。

 

フレイヤ・ファミリアの猛者(オッタル)が陥落。

 

最強のレベル7、ダンジョンにて()()()に襲撃され意識不明。

 

男の正体は、悪魔の生まれ変わりとの事……。

 

 

「……怖っ、ちょ、ロキ。この世界って悪魔も居るのかよ?」

 

「居るわけないやろ。それにしても、あの猛者を倒す謎の男か……」

 

「危ない世の中だな……。てか早よステータスの更新してくれ」

 

「んぁ、すまんすまん……、んぇ!!!?」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

佐藤 カズマ

下衆男(カスマさん)

 

()()()5()

 

力 【I】 0

耐久 【I】 0

器用 【I】 0

敏捷 【I】 0

魔力 【I】 0

 

スキル

器用貧乏(ユーザビリティ)

悪運(ラック・オンリー)

演芸(レクリエーション)

 

魔法

・ドレインタッチ

・花鳥風月

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 



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小さなあの子にオススメを

 

 

 

 

前例の無いこと尽くしやな…。

ウチは1人になった神室で、奴のステータスを書き写した羊皮紙に目を通す。

そこに記されたレベル、スキル、魔法は、たかだか冒険者を始めて数ヶ月のヒューマンが成り得るものではない。

 

アクシズ教に関わったヤツは頭が狂ってるわ。

なんやねん、レベル5って。

それと演芸(レクリエーション)ってどないなスキルやねん。

ついでに花鳥風月なんて魔法も聞いたことないで…。

 

「……」

 

更新後に、レベルアップと、新スキル、新魔法の発現をカズマに伝えると、ヤツは落ち着き払った顔付きで、どうせ大成しないスキルだろ、と腐した。

 

…まぁ、たぶんそうやけど、ちょっとは喜べや。

てか、どないな事をしたらレベル5に飛び級できんねん。

 

ウチは親として子の事を知る義務がある。

そう言って、カズマに最近の動向を伺うと。

 

ーー昼は豊穣の女主人で飲んでた。

 

…ダンジョン行けや。

 

ーー夕方は繁華街でイシュタル・ファミリアにお世話になってた。

 

…ダンジョン行けや!

 

ーー夜は深層で試作品のテストをしてた。

 

…1人で深層行くなや!!

 

ーーそこで頭の狂った猪男を爆破して、腹が減ったから帰ってきた。

 

……ちょっと待て。

ちょっと待ってくれ。

その頭の狂った猪男って誰や?

まさかとは思うが、最近噂になってるオッタルの陥落と関係してるんとちがうか?

てか、オッタルの事とちがうよな?

流石にカズマの悪運がどれだけ強かろうと、都市最強のレベル7を倒せるわけないよな…。

 

でも、オッタル陥落の噂とカズマの話は時期的にも内容的にも辻褄が合ってる…。

 

それにレベル5への飛び級…。

 

…オッタルやん。

 

完全にその男はオッタルやん!!

 

暫しの熟考後に、ウチは部屋を出て行くカズマの背中に命令まがいの約束を投げ掛けた。

 

 

ーーーカズマ。レベルアップの件は少しだけ伏せておこか?

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

レベル5に昇格した翌日。

なぜだかレベルアップについての公表をまだ行わないとのロキの進言に、俺は断る道理もない為に従った。

 

あのロキの表情。

 

子を見守る親のような憂いさ。

 

…わかってるさ、ロキ…。

 

「…次の飲み会で大々的に発表して、あいつらを驚かせる気か…」

 

やっぱ分かってるよなぁ、ロキは。

こういうのって、隠して隠して隠して、適した場でサプライズ的に発表するのが気持ち良いんだよなぁ。

くぅーーっ。驚くアイズの顔が容易に想像出来るぜ!!

 

そんときは、俺の新しく出現したスキル、演芸(レクリエーション)で盛り上げてやっかー!!

 

「…くっくっく。そうと決まれば練習だな」

 

演芸(レクリエーション)とは読んで字の如く、演芸が出来るようになるスキルだ。

 

これに気がついたのは昨夜、何の気なしにけん玉をしていた時だった。

けん玉において、穴と棒の出し入れを研究していたところ、普段なら絶対に成功するはずの無い大技が見事に決まったのだ。

まさかと思い、その後も次から次へと大技を成功させ、俺の疑念は確信へと変わる。

 

…そう、このスキル…。

 

ダンジョンでは全然役に立たんが、宴の席では重宝される!!

 

部屋にはカコン、カン!カコン、と、けん玉を弾く音だけが虚しく鳴り響く。

 

よっ、ほっ、てぃ!

 

うん…。

 

 

「…よし。レフィーヤに見してやろう」

 

 

……

.

 

 

応接間、大広間、中庭と、普段ならレフィーヤが居るであろう場所へ向かうも、そこにレフィーヤの姿は無い。

いつもなら、小さな身体でちょこちょこと鍛錬を行なっているのに、今日はどこにもその姿が見つからないのだ。

 

ダンジョンか…?

 

と、思っていると

 

「ん?あれー?カズマじゃん。昼間から飲んでないなんて珍しいね」

 

「む?胸が無い…、ティオナか?」

 

「その覚え方やめてよ!」

 

ぐわぁーーと、両手を振り回して怒るティオナはポコポコと俺の肩を叩く。

痛い…、痛いっ!

レベル5の戯れはすごく痛い!!

 

「痛っ!お、おま、ちょっ!痛いっつってんだろうが!?」

 

「痛い!」

 

お返しとばかりに俺も髪を引っ張ってやると、ティオナは涙目になって叩く事をやめた。

 

「ぁぅ…。ちょっと、女の子の髪を引っ張るなんてどんな神経してんのよ!」

 

「うるせぇ!女認定してほしかったらカップ数を増やしてきやがれ!」

 

腹のくびれと脇下のエロさだけは認めてやる!

だがそこだけだ!

 

「カズマのくせにカズマのくせに!リヴェリアに言いつけてやるんだからね!」

 

「はいはい。そんなことよりさ、おまえレフィーヤ見なかった?」

 

「へ?レフィーヤ?レフィーヤならリヴェリアとダンジョンに行ったよ?」

 

なんだよ、エルフ師弟は仲良くダンジョンかよ。

せっかく良い物を見せてやろうと思ったのに。

 

「なんか、カズマに負けてられないって言ってた。レフィーヤは負けず嫌いだから」

 

「へぇ。…むぅ、つまらん…」

 

「ぷーくすくす。レフィーヤに構ってもらえなくて拗ねてる。あ、それなら私が付き合ってあげよっか?」

 

「…。ぶっちゃけ、アマゾネスにはもう飽きてきた」

 

「…こいつ最低なこと言ってんな…」

 

「まぁ、金も払わずに同伴してくれるってんなら付き合ってくれよ」

 

「マジで仲間をなんだと思ってんの?」

 

チラ…。

 

胸がぺたーん。

 

「…はぁ」

 

「よしカズマ。表に出ようか」

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

そんなこんなの一悶着を終え、結局、私とカズマは共に出掛けることになった。

ダンジョンに行くの?と問いかけるも、カズマは呆れた様子で首を振る。

 

「行くわけないだろ。アホか」

 

「あ、うん。そうだよね。ごめん。…それで、そのヘンテコなのは何?」

 

そう言って、私はカズマが跨ぐ、2つの木輪と鉄枠で出来た不思議な乗り物を指差した。

 

「これは自転車。移動するのが怠いから暇潰しに作ったんだ」

 

「じてんしゃ?」

 

「乗ればわかるよ。ほら、後ろに乗っかりな」

 

「?」

 

言われた通りに、私もカズマの後ろに跨る。

座り心地はあまりよろしくない。

 

「行くぞー。しっかり掴まっておけよー」

 

「へ?うわぁ、わわわ…」

 

キーコキーコと音を鳴らすじてんしゃは、まるでアイズの使うテンペストのように風をまとって走り出した。

それは歩きよりも随分早く、走るよりも疲れない。

なにより。頬に当たる優しい風が暖かいのだ。

 

「す、すごい!なにこれ魔法!?」

 

「あははー、これが魔法の馬車に見えるかー?」

 

「全然見えなーい!でもすごく気持ち良い!」

 

「よーし!スピード上げるぞー!」

 

「うひゃー!?」

 

加速と共に不安定さが増し、私は思わずカズマの背中に抱きついていた。

少しゴツゴツとして、それでもどこか暖かくて優しい背中。

こうやって男の子の身体に触るのって初めてかもなぁ、なんて思い、少しだけ顔を赤めてしまい恥ずかしい。

 

「あ、あはは…、ちょっと恥ずかしいね」

 

「背中に何も感じない…」

 

「ほえ?」

 

「何も感じない!何もだ!」

 

「な、なによ…。少しくらい当たってるでしょ」

 

「当たってない!一瞬ドキッとした俺に謝って!当たるかもしれないって期待した俺に謝って!!」

 

「ぅぅぅ…。がぁう!」

 

「痛っ!おま、背中を噛むんじゃねえクソ女!!」

 

なによ、おっぱいなんて大きくたってダンジョンでは何も役に立たないのに。

どうしてカズマはおっぱいおっぱいって言うんだろう。

おっぱいが無くたって、カズマの事を守ってあげられるのに…。

 

…あれ?

 

それじゃぁもしも、カズマが私より強くなったら…。

 

おっぱいが無い私は、カズマにとって無価値になっちゃうの!?

 

……いや待て、レフィーヤが居るじゃない。

私よりも小さいお胸のエルフが居る。

レフィーヤにおっぱいの大きさが負けない限り、私の存在意義は確かにあるんだ!!

 

「言っておくけど、レフィーヤとおまえのカップ数は同じだからな。むしろレフィーヤの胸の方が柔らかいし」

 

「!?」

 

 

……

.

 

 

 

そうやって風を切りながら街中を颯爽と走る事数分。

カズマが漕ぐじてんしゃは、気づけば街中を抜け、都市の貧困層が住む複雑怪奇な領域、ダイダロス通りへと辿り着く。

すると、迷路のような路地をくねくねと進んでいたカズマは次第にスピードを落とし、とある建物の前で止めた。

 

「着いた」

 

「…ノームの万屋?」

 

じてんしゃを置き、勝手知ったるように店の入り口を通ると

 

「おーい!リリー!リリルカ・アーデ!!」

 

「…っ!ま、また来たんですか!?言っておきますけど…って、あわわっ!」

 

カズマが店内に響き渡る程の声で叫ぶと、奥から小さな…おそらく小人族(パルゥム)の女の子が顔を出した。

リリルカ・アーデと呼ばれた子は明らかな嫌悪感を向けるも、カズマは気にした素振りも見せずに彼女を抱き上げた。

 

「お、おろしてください!」

 

「見ろティオナ。こいつがレフィーヤに続く合法ロリのリリだ」

 

「くっ、こんな辱めは初めてです…」

 

「これで俺よりも歳上らしい」

 

彼女はジタバタと手足を振るう。

 

「ロリリ。新しい魔法が発現したから見せてやるよ」

 

「ロリリってリリのことですか!?」

 

「え!?ていうかカズマ、新しい魔法が発現したの!?」

 

驚くリリちゃんと私を他所に、カズマはいそいそと建物から出て行くや、広い場所を見つけてそちらへ向かった。

 

「すぅーはー…。ん、少し離れておけよ。2人とも」

 

「「ゴクリ…」」

 

途端に空気の流れが変わる。

まるでカズマを中心に風が巻き上がるような。

 

ざわっと、カズマの身体からとてつもない程の魔力が溢れ出した。

 

その魔力の強さたるや、離れている私やリリちゃんに冷や汗をかかせる程…。

 

「…黒より黒き、闇より暗き漆黒に…」

 

…っ!

すごい集中力…。

 

「我が真紅の混交に望みたもう、覚醒の時きたり…」

 

地響きが辺りを支配する。

街が…、カズマの魔力に呼応してるんだ…。

 

「無謬の境界に堕ちちし理…」

 

…これが、これがカズマの…。

本当の力なの?

 

「みびょうの歪みと成りて現出せよ…!!」

 

 

ーーセイドリック!

 

ーー花鳥風月っっっーー!!

 

 

「「…っ!?」」

 

ちょろちょろちょろちょろちょろぉ〜。

と、カズマの手のひらから水が吹き出る。

その勢いは止まることなく、周囲に小さな水溜りをいくつも作った。

 

 

「どうよ!?これ!水が延々と出るんだ!!こりゃ水道要らずだろ!!」

 

「「……」」

 

 

…どう反応してあげれば良いのか分からない。

あれだけの魔力を滞留させて、出現させた魔法はちょろちょろと水を出すだけ…。

 

これは私じゃなくても呆れるよ。

 

ほら、リリちゃんだって……

 

「す、すごいです!!」

 

…!?

 

「こんなすごい魔法を初めて見ました!!」

 

「うむ。この魔法はまだリリとティオナにしか見せてないから秘密だぞ?」

 

「そ、そんなすごい魔法を…っ、や、やっぱりカズマ様は将来の英雄様です!」

 

「へへ。リリは良い子だなぁ」

 

ぴょんぴょんとカズマの周りを飛び跳ねて興奮するリリちゃんを、カズマは頭を撫でながら抱き上げた。

 

「それじゃあ、()()()もよろしく頼むな。リリ」

 

「はい!お任せください!」

 

ニコニコとカズマに抱きつくリリちゃんは、これまたニコニコと返事する。

 

例の件とは?と、聞こうにも、もはや2人の世界に入っている彼らに声を掛けることはできない。

 

 

……。

 

 

…帰ろ。

 

 

 



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抱えた小膝に幻想を

 

 

 

 

 

未踏階層への長期遠征を明日に控えた今夜、私はホームの中庭で膝を抱えて虚空を眺めていた。

私の不安とは裏腹に、夜空から降り注ぐ星の光はいつものように暖かい。

 

前回の遠征時にはあまり力になれなかった。それどころか、アイズさんやティオナさん達前衛の足を引っ張ってしまった。

そんな嫌な記憶を忘れるように、ただ、自分の力に変えるように、私は手のひらに力を込める。

 

あれからダンジョンにも沢山潜ってきた。

鍛錬だって怠らなかった。

知識や魔法も随分と幅を広げた事だろう。

 

それでも…。

 

それでも遠征前夜とは緊張するものなのだ…。

 

「…っ、大丈夫…、私なら出来る…」

 

そう小さく呟くも、私の震えた声を拾って抱き締めてくれる人は居ない。

普段ならこんな夜分遅い時間でも、アイズさんが中庭で鍛錬に励んでいるのだが、さすがに今日はその姿を見せなかった。

 

アイズさんの顔を見れば安心できると思ったのに…。

 

そういえば、以前にここで、アイズさんと戦闘訓練をしたカズマさんが、ドレインタッチと脛蹴りを駆使してアイズさんを倒したんだっけ…。

 

…いやいや、どうやったらレベル3のあの人がレベル5のアイズさんを倒せるのよ…。

 

彼は恩恵も無い時にミノタウロスを倒したと聞く。

 

さらにはレベル1の際には私を助けながらゴライアスを倒した。

 

そして、ティオネさん曰く、オブシディアン・ソルジャーの群れを瞬殺したとか。

 

もっと言えば、あの豊穣の女主人で働くリューさんをイジメて泣かしたと…。

 

「…さすがカズマさんです。破天荒な噂が後を絶ちません…」

 

そんな彼も、今回の遠征メンバーに選ばれたらしい。

ロキ・ファミリアへ入団した数ヶ月で遠征メンバーに選ばれるのは異例のことだ。

それもまぁ、1人で散歩感覚に深層へと赴く彼ならあり得ない話じゃないのだろう。

 

でも…。

 

それでも感じてしまう。

 

彼と私との間に広がる大きな差。

 

劣等感なんて仲間に抱いてはいけないと分かってる。

それでも、彼の異様な成長速度と探索技術には羨ましいとさえ思う()()()を感じてしまうんだ。

 

最近また新しい魔法を覚えたと聞く。

 

それは凄まじい魔力を誇り、まるでこの世の全てを奪い去っていくような詠唱と共に発現する水の大魔法だとの噂だ。

…。

 

「……私…、才能無いのかなぁ」

 

そんな小さな弱音。

こんな言葉は誰にも聞かれるわけにはいかない。

聞かれるわけにはいかないと、思っていたのに…。

 

「ん?なに?才能?」

 

「ぬぉわっ!?」

 

彼はいつも突然現れるから。

 

「…ど、どうしてカズマさんが!?」

 

「強敵が居てな…。そいつを屈服させるのに時間が掛かって今帰ってきたんだ」

 

強敵、屈服させる。

彼の言葉の節々に、絶え間ない努力と強さを感じ取る。

 

…こ、こんな時間までダンジョンでモンスターを狩っていたなんて…っ。

 

「あ、明日は遠征ですよ!?ちゃんと身体を休めなきゃダメじゃないですか!」

 

「バカ。遠征前だからこそだろ。…最期になっても悔いは残したくないからな」

 

「…っ!」

 

悔いを残したくない。

それは私だって思っていることだ。

だから鍛錬を続けてきたし、血を吐く努力を積み重ねてきたのに…。

それでも、私の努力は彼の努力の足元にすら及ばないのだと突きつけられた。

 

「…次回は…、私も連れて行ってください」

 

「へ?」

 

「…私も頑張りたいんです…っ!私も、ダンジョンへ…」

 

「……ん?ダンジョン?」

 

「…はい」

 

「俺、ダンジョンなんて行ってないよ?」

 

「……ほぇ?」

 

彼は驚いたように私を見つめ、何を言ってんの?と小さく呟く。

 

「イシュタルんトコの歓楽街に行ってたんだよ?」

 

「……」

 

「いやさ、そこのサミラっつう強気なアマゾネスをな、ドレインタッチで弱らせてから陵辱してやったんだけど、意外にあいつも踏ん張るから時間が掛かったんだよ」

 

「……」

 

「…今度、レフィーヤも行く?」

 

「行くわけ…、行くわけねえだろうが愚図野郎がぁぁぁぁあ!!」

 

「ぐわぁぁぁ!?」

 

 

 

……

.

 

 

 

で、頬に真っ赤な紅葉跡を残したカズマさんと、怒り狂って最大火力の魔法を詠唱しかけた私は並んで座って夜空を眺める。

 

「……」

 

「……」

 

お互いに無言である。

りんりんと鳴る虫の鳴き声ばかりが辺りを支配していた。

 

「…なんで殴られたんだ俺。レフィーヤが勝手に勘違いしただけだったのに…」

 

「カズマさんに言論の自由はありませんから」

 

「あらら。遂に人として最低限の権利すら奪われちゃったよ」

 

いじける彼は地面の草をむしって、それを結び合せるや小さなブレスレットを作る。

……っ!な、なんだその完成度は!?

なんで片手間にそんな物が作れるの!?

 

「……あの、新しい魔法が発現したらしいですね…」

 

「ん。なんだ、ティオナに聞いたのか?」

 

「はい…」

 

「明日の遠征中に見せてやるよ。間違いなく驚くぞ」

 

そう言いながら、カズマさんは出来上がった草のブレスレットを私の手首に巻き付けた。

そんな突発的な行動に、少しだけドキってしてみたり…。

 

「御加護があるブレスレット。明日の遠征でレフィーヤが怪我なく帰ってこれるように」

 

「…っ、あ、ありがとうございます」

 

適当に作った草のブレスレットに、そんな御加護が付与しているわけないじゃないですか、と思いながらも、本当に御加護があるように、そのブレスレットはカズマさんの体温が伝わるように暖かい。

 

「…あの、カズマさんは、明日の遠征…、怖くないんですか?」

 

「ぷーくすくす。もしかしてレフィーヤ、ビビってんのか?」

 

「んもぉー!茶化さないでくださいよ!」

 

「…レフィーヤ、こっちおいで」

 

「っ!」

 

いつものように笑っていたカズマさんは、少しだけ真剣な顔になり、私の事をヒョイっと持ち上げ、胡座で座る自らの膝元に置いた。

 

背中から抱きしめられるように、カズマさんの体温が私の全てを包み込んだ。

 

「…温いな。やっぱりヤリマンのアマゾネス供とは違うよ」

 

「おまえ少しは空気読めよ。…って、な、なんなんですかカズマさん!セクハラで訴えますよ!」

 

「ええやんええやん。って、ロキなら言いそうだけどな」

 

「…っ、そ、そうですけど…」

 

背中から聞こえるくすぐったい声に、少しだけ故郷の両親を思い出す。

そうだ、カズマさんの優しさはママの優しさに似てるんだ…。

 

「…行ったことの無い場所に足を踏み入れんだ。もちろんフィン達だって内心ではビビってるはずだ」

 

「…っ」

 

「レフィーヤだけじゃないと思うぞ?…怖いと思うのは自然な事だし」

 

ぽつりぽつりと、彼の言葉が私の胸を突いた。

 

「それに、まだロキしか知らない事だが、俺もこの前にレベル5になったんだ」

 

「っ!…じょ、冗談ですよね?」

 

「さぁな。…フィン達も居るし、アイズ達も居る…、それに、俺も居る…。レフィーヤ、俺の悪運の強さはおまえが一番知ってるだろ?」

 

思い出すのはゴライアスとの戦闘。

レベル1の彼が、奇跡的にもゴライアスの攻撃や、崩れ落ちる瓦礫を避け続けていた光景だ。

 

「守ってやるよ。()()()()()()もあるしな」

 

「…か、カズマさん…」

 

いつもみたいにチャラケない彼の言葉を聞きながら、私は震える身体を精一杯にカズマさんにくっ付けた。

 

明日からの遠征はすごく怖いし、不安だし…、でも、近くにこうして私を思ってくれる人が居る。

団長達や、アイズさん達、それにカズマさん…。

私を守ってくれる。

でも、私にも彼らを守る力がある。

 

だから。

 

守られるだけの弱い私は今日でおしまいだ。

 

弱い私は、この温もりを感じている間だけ。

 

 

明日から、きっと…。

 

 

 

「私も…、私も皆さんを…、か、カズマさんを守ってみせます!」

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

 

遠征当日。

俺は重たい瞼をむりやり開け、怠い身体をベッドから起き上がらせる。

軽くため息を吐きつつも、窓の外に快晴が広がっていることに安堵した。

遠征だなんて面倒事の初日に、雨になんか降られちゃったらテンションが上がらないしな。

 

「…ぅぅ。行きたくない。そもそも目的が分からない。なんで未踏の階層に行く必要があるの?なに?これって、100層に到達しないとクリアできないデスゲームなの?」

 

と、自室で呟かれた俺の長い独り言にーー

 

「…理由なんて、無いよ。…私達は冒険者だもん」

 

アイズが答えた。

もう一度言おう、ココは俺の部屋だ。

 

「…何かを求めて冒険するんじゃない。冒険に何かを求めるの。って、フィンが言ってた」

 

「…あいつなら言いそうだな。で?アイズはなんで俺の部屋に居るの?夜這いなら遅すぎるぞ?」

 

「…カズマは逃げるから」

 

「ぐっ…。ほ、ほぅ?随分と信用が無いな?仲間を疑うなんて愚の骨頂だぞ!!」

 

そう俺が叫ぶと、アイズは自らの背中に隠していた物を俺に見せた。

 

「…っ!そ、それは…っ!?」

 

「ディアンケヒト様の作成したカズマの診断書…」

 

「お、おまえ……」

 

「いんふるえんざにより遠征は不参加とすること、って書いてある。…よく分からないけど、これは嘘。アミッドさんにも聞いたから」

 

…っく、くそがぁぁ!!

浅はかっ!

溜息が出るほどに浅はかっ!

 

俺がこの日のために作っておいた嘘診断書を見抜かれるとは…っ!

 

俺は体調不良を訴えれば、フィンも遠征メンバーから外してくれると思った。

そのために、ディアンケヒトさんに多額の金を支払って診断書を作成したってのに…っ!

 

なんたるっ!

 

なんたる死角っ!!

 

 

「っ!戦争だよ…っ!ルールが無けりゃ、こんなもん戦争同然だろ!!」

 

「…見破られるカズマがカス同然なだけ。…早く来てね。私とカズマはペアだから…」

 

と、アイズはその艶やかな肌に嘲笑を浮かべながら、俺の部屋を後にする。

 

 

「お、おい!待てよアイズ…っ!」

 

「…なに?」

 

「…この事…、レフィーヤには言うなよな!?」

 

「……」

 

 

 

………

……

.

 

 

 

「で?アイズにその浅はかな考えを見抜かれて、カズマはそんなに怒ってるんだね?」

 

「おうフィン。おまえも俺をバカにする気か?クズにはクズなりのプライドがあるんだぞ?」

 

「ふふ。バカにはしていないさ。ただ、その悪知恵を遠征中にも役立ててくれ」

 

バベルの塔を目前にした噴水広場で、遠征を直前に控えたロキ・ファミリアがざわざわと集まる中、めざとく俺を見つけたフィンはニコニコと俺の顔を見つめ続けた。

 

「…ていうか、俺、ここに居る奴らのほとんどと絡んだ事無いんだけど…」

 

「あはは。それじゃあ遠征中に仲良くなるといいさ」

 

「子供じゃねえんだよ!…俺が言いたいのは、こいつらと連携なんて取れる自信が無いってことだよ」

 

「あぁ、それなら問題ないさ。君はアイズと一緒に前衛へ居てくれれば良い」

 

「なるほどね、アイズに守ってもらいながら魔石を独り占めすりゃ良いんだな?」

 

「違うよ…。ただ、アイズもファミリア内での連携に弱いからね。君が彼女の手綱を握ってくれ」

 

「…ふむ、あいつコミュ障だもんな…」

 

俺の言葉に笑顔を浮かべつつ、フィンは遠征のルールを軽く説明してくれた。

魔石類は平均分配だが、ドロップアイテムは獲得した者に、など…。

あと、野宿中に下世話な行いをしちゃいけないだとか。

 

まるで小学生の遠足前に先生から教わるルールのように、フィンは軽い感じで説明していった。

 

「…あと、無駄な物はできるだけ置いていってくれよ?」

 

「…な、なんだよ」

 

フィンが俺のバックパックをちょんちょんとつつく。

 

「お、おい!これはリリから貰った大事なリュックだぞ!穴が開いたら弁償してもらうからな!」

 

「…サポーター顔負けなリュックを持って来ないでくれよ。…まさかとは思うけど、変な本とかは入っていないだろうね?」

 

入ってますよ。

そら入ってますよ!!

数週間も薄暗いダンジョンに潜るんだから、精神的な回復薬だって必要だろうが!!

 

 

「…主に参考書や資料が入ってます」

 

 

「……没収だ」

 

 

 

 



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ロキ・ファミリアの劣等生
闇深い男に計画を


 

 

 

 

 

 

「…カズマ。すごく身軽な格好になったね」

 

「うん。詰め込んできた夢が全て奪われたからな」

 

そう言って、浅層を闊歩するアイズと俺。

後ろからは前衛と魔法班、そして後衛が付いてきているのだが、これがどうにも気恥ずかしい。

と言うのも、なんだか俺がこの大所帯を率いているみたいで…。

俺が止まれば全員が止まるし、俺が走れば全員が走る、俺が転けると全員が俺を見下す。

なんとも結束力のあるファミリアなことだ。

 

「…なんだか、モンスターとあまり出会わない」

 

「良いことだろ」

 

「…むむ。でもこんなに遭遇しないのは初めて…」

 

アイズは不思議そうに周囲を見渡し、偶に出てくるモンスターに一閃を食らわし退治した。

 

確かに、この出現率の低さは異常だな…。

 

俺の悪運スキルがある分、モンスターとのエンカウント率は高まってるはずなのに…。ってか、モンスターを誘き寄せる可能性がある俺を遠征に帯同させるって失敗じゃね?

 

「どっかで他のパーティーが大量にぬっ殺してんのかもな」

 

「…」

 

そうやって、どこかおかしなダンジョンに惑わされつつも、俺たちの大パーティーは順調に歩みを進める。

 

「ねぇ、さっきから気になってたんだけど…」

 

「なんだ?」

 

「その咥えてる棒は何?」

 

「チュッパチャプス。今度はコレを売り出す」

 

「…また、変なの作ってるんだ」

 

「あ?花畑牧場の生キャラメルがあれだけ儲かったんだ!こんなくそ文明の世界じゃチュッパチャプスでも大繁盛だろうが!!」

 

「…はいはい。…それ、ひとつちょうだい?」

 

「バカが!おまえなんぞにくれてやるチュッパチャプスはねえよ!!」

 

むむむぅ、と、アイズは意地悪な事を言う俺にジト目で対抗するも、そんなわがままが通るほど俺は優しくないのだ。

ましてやアイズのようなわがままコミュ障にはこれくらいキツく接しないと、大人になったときに困るのはコイツだし。

 

「ちょうだい。ちょうだい。…ちょうだい…っ」

 

「嫌だよー。そんなに欲しかったら自分で作ればいいだろー」

 

「…私、キッチンに入れてもらえないから…」

 

「ぷーくすくす!もしかして女の子なのに料理も出来ないの?嫁入り前に恥っずかしー」

 

「…ぐぬぬぬ。り、リヴェリア。リヴェリアー」

 

「そうやって直ぐにお母さんを頼るのはおまえの悪い癖だぞ!それにリヴェリアならこの団体のもっと後ろだ!」

 

と、俺があっかんべーをアイズにしていると…。

 

「…聞こえてるぞ、カズマ」

 

「む!?な、お、おまえ!陣形を乱すなよ!」

 

「そんなことよりカズマ。アイズが泣いているのは貴様が虐めたからか?」

 

「そ、そんなこと!?」

 

「その面妖なお菓子をアイズに分けてやれ。おまえの事だ、どうせ沢山持ってきてるんだろ?」

 

出せ、と。リヴェリアは俺に向かって手を伸ばす。

そのリヴェリアの後ろに隠れるアイズは鬼に金棒とばかりに俺をジト目で攻め立てた。

 

「…出して。カズマ…」

 

「出せ、カズマ」

 

なんだなんだよこのバカ親子は…。

俺は呆れながらにも、バカ親子に向かってチュッパチャプスを差し出す。

 

「ふむ。賢明な判断だ」

 

「…判断だ」

 

と、そのチュッパチャプスに2人が手を伸ばして取ろうとした瞬間に、俺は演芸(レクリエーション)スキルを発動させ、マジックさながらにソレを消してみせた。

 

「「!?」」

 

「ぶーっはっはっはぁーー!!君らバカ親子にチュッパチャプスは100年早いんだよ!!」

 

「き、貴様…」

 

「…ぅぅ」

 

「等価交換って知ってる?僕らの世界はね、慈善活動じゃ成り立たないんだよ?俺からタダで物を貰おうなんて片腹痛いわ!!」

 

と、俺の台詞を聴き終えたリヴェリアはわなわなと震え、まるでモンスターに向けるような睨みを利かせる。

だがしかし、俺はそんな事で屈指はしない。

 

「…良い度胸だ。カズマ、剣を抜け。ここらでおまえのその腐った性根を叩き直してやろう」

 

「ふん。いつまでも力で俺を屈服させられると思うなよ?」

 

杖を構えるリヴェリアに対し、俺はポケットから様々な特殊弾を取り出し構えた。

 

「ほう。私に挑むか…。良い度胸だ」

 

「…俺の卍解を見せてやる。…花鳥…、風!!月!!」

 

「ぬ!?な、なんだ…この魔力…、っ!くっ…」

 

大量な魔力と水が俺を中心に渦巻く。

轟々と鳴り響くその音は、おそらく後ろに控えるファミリアの奴らにも聞こえていることだろう。

 

…だが、今は出し惜しみをしている場合じゃない…っ!

 

「待たせたな…」

 

「き、貴様、いつのまにそれ程までの卍解を…っ!」

 

「降参するなら今のうちだぜ?ぶっちゃけ、チュッパチャプス1つでこれだけの大立ち回りをしちまえば、俺もおまえも拳骨程度じゃ済まされんだろうがな」

 

「ぬ!?わ、私ともあろう者が…、お、怒られる、だと…」

 

「…ふ。いつからおまえだけは怒られないと錯覚した?」

 

その一言に勝負は決した。

団員をまとめるべき存在である副団長様が、こんなふざけたコントに付き合い、フィンやガレスに怒られるわけにはいかないと判断したのだろう。

 

そうして項垂れるリヴェリアに、俺は卍解の姿を解いて語りかける。

 

「…ふぅ。戦ってたら、お互い無事ではいられなかったかもな…」

 

「ふふ。今回はドローにしておこう」

 

「くっくっくっ」

 

「はっはっはっ」

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

遠征が始まったものの、まだ浅層ともあり団員には緊張や疲労は見られない。

もちろん私も。

魔法班のために前にも後ろにも団員がいるこの一角は、モンスターとの遭遇すらほぼ無いのだ。

 

だが、1つ懸念があるとすれば。

 

リヴェリア様が急に前へ走り出したと思うや、パーティー全体の足が止まったこと。

 

…まさか、こんな浅層で前衛のアイズさんやカズマさん、そして助太刀に行ったリヴェリア様を手こずらせるモンスターが居たとでも?

 

「…っ、わ、私も…っ」

 

と、駆け出そうとした私の肩を誰かが優しく掴んだ。

 

「っ、てぃ、ティオネさん…」

 

「信じなよ。あいつらなら大丈夫」

 

「ぅ、は、はい…」

 

「…それにしても、こんな浅い所でカズマ達を手こずらせるモンスターが出るとはね。やっぱりダンジョンは怖いよ」

 

「…ティオネさんでも、ダンジョンは怖いんですか?」

 

「ん?そりゃね。私の団長だって、内心は怖がってるかも…、それはそれで可愛いけど…」

 

昨夜にカズマさんが言った通りに、やっぱりいくら強くなってもダンジョンは怖いものらしい。

私だけ、と思って怯えていた自分が恥ずかしい。

あの時にカズマさんに抱っこしてもらってなかったら、多分私はこの状況に震えることしか出来なかっただろう。

 

ただ今は…。

 

 

「…わかりました。カズマさん達を、信じます…」

 

 

で。

 

 

しばらく経ってようやく動き出した団体。

何があったのかと、大勢の冒険者から伝言ゲームで後ろへと回ってくる。

 

曰く、リヴェリア様が焦るほどの強敵が現れた。とか。

 

カズマさんが卍解たるスキルで撃破しただとか。

 

アイズさんが震えて泣いているだとか。

 

「そ、それ程までに壮絶な戦いがあったんだ…」

 

背中を冷たい汗が伝う。

もしかしたら、今回の遠征は過酷なものになるかもしれない。

とりあえず、18層に到着したらカズマさん達に話を聞かせてもらおう。

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

バカ親子との一悶着後は滞りの無い探索が進んだ。

通常なら半日程度で到着する筈の18層に、1日も掛かってしまったのは慣れない集団行動に舞い上がった俺がトラップに引っかかりまくったことが原因ではあるまい。

 

「ご苦労だったね皆。今日はここでテントを張る。明日の出発まで、各々自由にしていてくれ」

 

フィンの掛け声と同時に団員がダンジョンで溜め込んでいた緊張の空気を一斉に吐き出す。

なんだか修学旅行みたいだな…、行ったこと無いけど…。と、切ない思い出に瞳を潤ませながら、俺も自由時間を満喫するためにそそくさとその場を離れた。

 

アイズの事だ、どうせチュッパチャプスを賭けてチンチロリンをやろうと言い出すに違いない。

 

ダンジョンを進む際も「…チンチロ〜♪イェイ。チンチロ〜♪イェイ」って変な歌を口ずさんでいたし…。

 

「…おっと。()()を忘れるところだった」

 

俺はバックパックからとある物を取り出し、今度こそ本当に場を離れる。

 

さて…、計画に移るか…。

 

……

.

 

 

森を抜け、崖を登り、到着したのは小高い丘の先端。

見晴らしもよく、そこから見下ろすリヴィアは活気と人で溢れかえっていた。

だが、俺にハイキングだとかワンダーフォーゲルだとかの趣味は無い。

 

目的は一つ。

 

俺は予め用意しておいた手作り()()()を構え、滝の落ちる川の上流へ視線を向ける。

 

「…推測通り。綺麗好きなアイツなら18層に着けば直ぐに向かうと思ったぜ」

 

褐色の肌と突き出た胸。

それに反比例するように凹むスレンダーな身体を持つ彼女は、気持ち良さそうに川の水を浴びていた。

 

やはり、堪らんな…。

 

ティオネの身体は…。

 

こう、細身っぽいのにムチっとした二の腕とか、鍛えてるわりに柔らかそうなお腹とか…。

 

あえてもう一度だけ断言しようか…。

 

「…おまえの身体は堪らんよ」

 

おら、こっち向け、こっちこっち。

あー!もう、なんで背中ばかりなんだよ!

あのクソ淫乱女め、勿体ぶってんじゃねぇよ!!

 

待てっ…、待ってくれ!

 

もう出るのかよ!?

 

早いだろっ!もっとこう、念入りに洗えよ…っ!

 

「…くっそ!早い…。早すぎるっ!!」

 

と、悔しさで拳を地面に叩きつける俺の肩が叩かれる。

 

「おい、カズマさん…」

 

「む!?…な、なんだよ、()()()()()かよ…」

 

俺の肩を叩いた正体はディックス・ペルディクスだった。

イケロス・ファミリアの団長で、二つ名を暴蛮者(ヘイザー)と言うらしい。

こいつは以前に深層へ探索しに行った際に出会い、なんとなく気が合って一緒に酒を囲ったのが出会いだ。

 

「…()()()、首尾はどうなんだ?」

 

と、ディックスはその凶暴な顔を俺に向ける。

 

「進んでるよ。ただ俺たちの計画が進んだ所で、()()()()に接触しないことには話にならんな」

 

「っ、か、カズマさん、今直ぐアイツラを探しに行こう」

 

「落ち着けよ。目先を追うな。いい加減に気付け。勝利は耐えることなしには掴めないことにな」

 

俺がそう言うと、ディックスは少しばかり焦りを滲ませる顔で視線を俺から逸らした。

 

こいつはいつもそうだ。

焦って目先の利益だけに照準を定める。

100%成功しないタイプ……っ!

 

「ほら、こいつでも見て心を整えろよ」

 

「ん?な、なんだこれは…、マジックアイテムか?」

 

そんなもんだ、と納得させ、ディックスに双眼鏡を覗かせた。

 

「っ!す、すげぇ…。遠くのもんが…、ち、近くに見える…っ!」

 

「ディックス…、もしも冒険者にバレない程に遠くから、水浴びをしている姿を覗けたら…って、思わないか?」

 

「…っ!こ、光明…。悪魔的な程の発想…っ。さ、さすがカズマさんだ…」

 

と、双眼鏡の視線が川へと移る。

 

「…っ、い、居るぞ!水浴びをしてやがる…っ!」

 

ほう?

ティオネの後に誰か来たのか…。

アイズかティオナかレフィーヤか…、大穴でリヴェリアって所だろう。

 

「すげぇ…。なんていう身体をしてやがる…っ!」

 

この時点でティオナとレフィーヤの線は無くなったな…。

 

「ひ、1人とは言え、ああも堂々と裸で居られるのか…」

 

ふむ。貞操観念を強く持つハイエルフのリヴェリアの線も無くなったな。

つまりは今、水浴びをしているのは…。

 

 

ーーアイズか。

 

 

「さ、流石は凶狼…、鍛え方が違うぜ…」

 

「ベートかよ!!」

 

「!?」

 

 

 

 





どっかでデストロイヤー出したいなぁ。


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破壊の限りに有罪を

 

 

 

 

 

「さあ。そろそろ出発しようか」

 

フィンの掛け声により、既に準備を整えていた団員達が立ち上がった。

18層でのひと時の休憩を終え、これから19層へ、そして中間層を超えて深層へ向かう。

 

ディックスのせいでまともに欲望の解放が出来なかった俺は、しぶしぶとパーティーの先頭を歩くのだが、幸いな事にと言うか、やはりと言うか、モンスターとのエンカウント率は変わらずに低かった。

 

「さすがにさ、ここまであからさまにモンスターが出てこないと…、何かの前兆かもって疑っちゃうよな」

 

「…うん。…警戒、しなくちゃ」

 

「そうだな」

 

と、答えながら、俺はアイズの背中に隠れて前を進む。

呆れたように、自らの背後で縮こまる俺を睨んだアイズはため息を小さく吐きつつも、その警戒を怠らない。

 

「なぁ、アイズ」

 

「…なに?」

 

「昨日は水浴びしなかったのか?」

 

「…うん。ティオナ達に誘われたけど、なんだか嫌な予感がして」

 

い、嫌な予感だと…っ。

相変わらず勘の良い娘だ…。

 

「だめだぞ?女の子なんだから身体はいつも綺麗にしておかないと」

 

「…でも、汗とかあんまりかいてないし…」

 

「そうやって無頓着なのはおまえの悪い癖だ。今夜、俺の花鳥風月で洗ってやるよ」

 

「……」

 

「なに?」

 

「…カズマは、私の裸を見て欲情する。…だから、危ない」

 

と、アイズがジト目で俺を睨んだ。

はぁ、まったくこの女ときたら…。

俺がアイズの身体を見て欲情?

 

「バカが!自惚れるなよ!?」

 

「…!?」

 

ないわー。ぜんぜんないわー。

せめてレフィーヤくらいロリ心を擽らせる小ささが、ティオネくらい嗜虐心を擽らせるむっちりさを身に付けてから物を言えっての。

 

「おまえの痩せ細った身体なんて見て誰が欲情するってんだ!!」

 

「!?」

 

俺はアイズの背中をペシンペシンと叩きながら

 

「もっと肉を食え!こんな骨だけの身体じゃ男は寄り付かん!」

 

「…ぅぅ」

 

「胸も申し訳程度に膨らみやがって!」

 

「ぅぅぅ…」

 

涙目になったアイズがこちらを振り返りながら、剣を持った腕を大きく振り上げた。

それを、ザンっ!!と振り下ろすも、レベル5であり悪運もあり、さらには花鳥風月をマスターしている俺には止まって見える。

さらっと、それを避けてやると、アイズは悔しげに地団駄を踏んだ。

 

「2度と自惚れた事を言うんじゃねぇぞ!!」

 

「ぐぬぬーーっ!!」

 

 

……

.

 

 

先頭の2人が口喧嘩をしつつも、数少ないモンスターを一撃で斬り落として階層を進む。

 

偶に出てくるモンスターは、俺がその存在に気がつく前にアイズが剣を振るって殺してしまう。

魔石も専属のサポーターが同行しているために拾う必要がないときた。

 

俺の役目と言ったら

 

「…カズマ」

 

「あいよ」

 

アイズにドレインタッチで魔力を送ることくらい。

地味な役割だなぁ…。

 

「ほれ、頭出せ」

 

「……」

 

俺はアイズに頭を出すように言うも、アイズはなぜだかふくれっ面になって頭を出そうとしない。

 

「なんだよ…」

 

「…頭じゃなきゃダメなの?」

 

「あ?別に身体なら何処でもいいけど」

 

「…なら手にして。…頭を掴まれるのは、ムカつくから…」

 

ほう、こいつにもそんな感情があったのか。

 

「ほら、じゃあ手な」

 

「…ん」

 

ギュ。

…ドレインタッーーチ。

意外に暖かいな、こいつの手。

 

「女の子なんだな、おまえも。小ちゃくて柔らかい」

 

「…カズマの手は、大きいね。…弱いのに」

 

弱いのは関係なくね?

と、突っ込みながらも、俺はゆっくりゆっくりと魔力を送り続けた。

 

「モンスターも居ないしこのまま手を繋いで行こうか」

 

「…うん」

 

「今日は特別にお兄ちゃんって呼んでいいぞ」

 

「…お兄ちゃん…」

 

そう言いながら、アイズは柔らかく笑いながら頬を赤める。

その表情に、俺も少しだけドキってしてみたり。

 

「ほら、まだ歩けるか?転ばないように気を付けろよ?」

 

「…うん。疲れたけど頑張る。…えらい?」

 

「えらいえらい」

 

「…頭撫でて」

 

「はいはい。まったく、アイズはお兄ちゃんっ子だなぁ」

 

「…♪」

 

なでなでなでなで。

サラサラとしたアイズの頭を優しく撫でてやると、嬉しそうに手を繋ぐ力を強めた。

 

ほんと…、守ってやんねえとな。

 

コイツは俺の、唯一の家族で唯一の妹なんだから…。

 

「カズマ…、キミはアイズと手を繋いで何をやっているんだい?」

 

おいおい、フィン。

兄妹の時間を邪魔するなんて無粋な真似をするなよ。

空気読め。

 

「おいフィン邪魔すんなよ!アイズが怖がるだろ!」

 

「…お兄ちゃん…」

 

俺はフィンから遠ざけるようにアイズを背中に隠した。

 

「アイズまで何をやっているんだ…。カズマ、そろそろ深層だよ?おふざけはここまでだ」

 

フィンはため息を吐きながら、その視線の先に下降する階段を捉える。

 

「む。…それもそうだな。おい、離れろアイズ」

 

「!?」

 

ペイッとアイズを蹴り飛ばし、俺は深層と呼ばれる階層へ続く階段を睨んだ。

少しばかりモンスターが出てこないからって遊び過ぎたな。

アイズなんかじゃ俺の妹には相応しくないし。

 

「…あ、あの、お兄ちゃん…」

 

「お兄ちゃんじゃないよ。俺の妹はレフィーヤとリリだけだから」

 

「…ぁぅ」

 

しょぼーんとするアイズを放っておき、俺は深層へと続く階段へと踏み出す。

途端に。ダンジョン特有の湿気臭さを乗せた風が頬を撫でた。

 

モンスターが少ないのは階層主が産まれる前兆か?

いや、そんなの聞いたことないな…。

 

もしかしたら、もっとこう、とてつもなく最悪な何かが起こるのかも…。

 

「フィン、この先から慎重にな。…冷静さを失えば直ぐに崩壊するぞ」

 

「…キミには言われたくないけど、まぁ同意だね」

 

降り立つ深層。

やはりそこにもモンスターの影は少なく、なぜだか嫌な予感ばかりが俺の胸を突く。

 

「親指は?」

 

「疼かない。まったくと言っていいほどにね」

 

考え過ぎなのか…?

フィンとて疑問はあるだうが、自らの親指を信じて先を進み続けた。

願わくば、このまま何事も無く目的の階層までたどり着けますようにと、淡い期待を抱きながら、俺は広いダンジョンを眺める。

 

何度か来たことのある階層。

 

頭を過る違和感。

 

…もとより広々したエリアだったが、こんなにも広かっただろうか?

 

「…」

 

それに、所々に見られる壁面の破壊跡。

何かとてつもなく大きな物が削り取ったように、その跡は大規模に、そして恐ろしく疑惑の色を残す。

 

例えばだ。

 

例えば、とてつもなく大きなモンスターがダンジョン内を彷徨っており、それに慄いたモンスター達が隠れてしまった。とか。

 

日頃から階層主なんかが暴れるダンジョンで、モンスターさえもビビらせるほどに巨大で恐ろしいモンスター…。

 

 

と、妄想に近いファンタジーな想像をしていた時だった。

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴンゴ

 

 

「ンゴ!?」

 

それは突然に、大きな轟音を掻き鳴らす。

 

その轟音は壁や天井の岩を脆くも崩し、次第には立つ事さえも困難な程の地響きを伴った。

 

「…っ、フィン!!」

 

「こ、これは…っ!て、撤退だ!全団員はこの場から離れるんだ!急いで上へ向かえ!!」

 

フィンの慌てた怒声に、団員は困惑しながらも従う。

1人、また1人と、その轟音から逃げるようにその場から離れた。

何が何やらと、とりあえず此処は危険な事だけは理解した俺も、逃げ惑う団員達に紛れてスタコラサッサーと……。

 

「ぁうっ!あ、脚が…、つ、攣ったー!!」

 

なんでこんな時に!?

引きこもりのビタミン不足がこんな所で脚を引っ張るとは…。

そう考えながらも、攣った足は痺れたまま動かない。

近く轟音に焦りながらも、なんとかその場に立ち上がった俺は、その見えぬ正体を確かめるべく振り返る。

 

「…な、何が来るってんだ…?」

 

ゴジラか?使徒か?

どちらにせよ見てみたい…。

って、そんな冗談を言ってる場合か!ドアホ!!

 

気が付けば、砂埃舞う中に立ち竦む俺は、逃げる団員達から取り残されていた。

広々したエリアには、ケツ持ちとして残っていたフィン、リヴェリア、ガレス、アイズ、ヒリュテ姉妹、ベート、そしてレフィーヤしか居ない。

 

こ、こいつらと一緒に居る方が安全か?

 

「…お、おう。おまえら逃げないの?」

 

「逃げろと腹底の心理は叫んでるよ。ただ、僕らには正体を確かめる義務があるんだ」

 

と、フィンは答える。

そんな義務はないよ。だって冒険者は任意で動く者たちだもん。

フィン、それは義務じゃなくて正義感の間違いだ…。

 

ただ、俺が呆れて声を出せない中でも、フィン達は轟音の音先から視線を外さない。

 

「何が近づいてるんだ?…モンスター?ラスボスか?それとも魔王?」

 

「カズマよ。我々はそれを確かめるために残っているんだ」

 

「…リヴェリア」

 

「それが私達の義務だからな」

 

「…それ、もうフィンが言ってたぞ…」

 

「むぅ」

 

格好良く杖を構え直したリヴェリアの頬が赤くなった。

 

俺は逃げ出したい衝動に駆られつつも、轟音の特徴から正体の概要を推測してみる。

これも器用貧乏の利便性だ。

 

時折聞こえる機械音のような金音に、壁を削り落とす程の巨体。そして、到底二本足とは思えない数の足音。

 

「…モンスターじゃない。…人工的な…、それも破壊するために造られたような…。数は1体だが、とてつもなく大きくて硬そうだな」

 

「ふむ。音だけでそこまで分かるのか…。便利なスキルだな」

 

感心したようにリヴェリアが呟く。

 

「物知りで何でも知ってるリヴェリアさんよ」

 

「何でもは知らん。知っていることだけ」

 

「なら知っている限りで教えてくれよ。過去の文献でも、伝記でも良い。俺が言った特徴に似た()()を知ってるか?」

 

リヴェリアは少しだけ考えるように目を細めると、何かに思い当たったのか息を飲む。

静かに、その答えを聞くためにその場に居る全員が耳を傾けた。

 

「…数百年に1度、モンスターとは違った形をした何かが現れる事がある」

 

「…」

 

「その脅威は階層主の比ではなく、おおよそこの世界の文明とは思えない程の力を持つ」

 

「…文明」

 

「街を潰し、森を焼き、湖の形を変える。そいつの通った後には何もかもが失われるのが通例だ」

 

「な、なんなんだよ、そいつは…」

 

「そいつの名はーーーー

 

 

 

 

破壊神話(デストロイヤー)

 

 

 

 

 

 



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神の右手に獄炎を

 

 

 

 

 

破壊神話(デストロイヤー)

 

そいつは蜘蛛の如く数本の脚を生やし、機械的な動きと共に、真っ赤なアダマンタイトを動力とした機動要塞だ。

硬そうに黒ずむ鋼鉄の図体を所狭しとダンジョンの壁にぶつけながら、デストロイヤーは砂埃を大きく上げて現れた。

 

その大きさたるや…、正に機動要塞だな…。

 

てか、近づけないし…。無理ゲーだろ、コレ。

 

「あれだけ大きければ格好の的だな。どれ、私の最大火力の魔法で殲滅してやろう」

 

…リヴェリア、流石は第一級フラグ建築士。魔法が効かなくて青ざめるおまえの顔が脳裏に浮かぶよ…。

 

ドォォォン!

 

で。

 

「な、なに…っ!ま、魔法が…、効いていないだと…っ!?」

 

「…おまえ、本当にお約束な奴だな」

 

リヴェリアの放った魔法は見事に的中したものの、デストロイヤーの装甲には傷一つ付いていない。

つか、装甲って…、もはやモンスターでも何でもないじゃん…。

 

「くっ、魔法障壁か!?」

 

「だろうよ。おまえさ、先ずは単発の弱い魔法で様子見をしようとか思わないの?」

 

「わ、私としたことが…」

 

「はいはい。ドレインタッチで魔力を分けてやるから逃げる準備でもしてろ。役立たずの年増エルフが」

 

「ぐぬぬ」

 

失態からか、リヴェリアは俺の罵詈雑言に言い返しては来ない。

リヴェリアの頭を掴んで魔力を分けつつ、俺は尚も立ち向かおうとするフィンに声を掛けた。

 

「なぁ、フィン。どうする気だ?」

 

「戦うさ。血が滾るよ」

 

「…ちなみに、どうやって戦う気?」

 

「…えっと、まずは僕らが頑張って足止めをする」

 

「うん」

 

「誰かが魔法障壁を解除する」

 

「うん」

 

「強い魔法を誰かが放つ」

 

「うん」

 

「…完璧だろ?」

 

「うん。逃げよう」

 

フィン、おまえの作戦、穴だらけだぞ?

なに?その作戦、タンスに何年くらい置いておいたの?

そんなに虫に食われた作戦初めて聞いたよ。

 

「撤退だ撤退。あんなもん、俺たちだけでどうにかなるもんでもないだろ。ロキとかギルドに相談した方がいい」

 

「…それもそうだね」

 

あはは、と、フィンは苦笑いを浮かべながら俺の意見に賛同した。

おそらく、フィン自身もデストロイヤーに勝てる算段が無かったのだろう。

ただ、勇者の二つ名を持つ建前、ヤバイから逃げようとは言い出せないものなのだ。

 

よーし、撤退撤退。

 

リヴェリアのバカのせいで、デストロイヤーが明らかにこっちに向かってきてるし、さっさとトンズラここうぜー。

 

冒険者としてのプライドを持たない俺は、フィンを始め、その場に残っていたバカどもの背中を押しながら退散する。

 

退散しようとしたのだが…

 

「…テンペスト」

 

「あ?」

 

いつものように小さな声で、風を纏った、柔らかくて細い彼女がデストロイヤーへ向かって走り出していた。

 

「お、おい!アイズ!?」

 

俺の声はアイズへ届かない。

いや、届いていたのかもしれないが、アイズは俺の声に応えなかったのだ。

 

彼女の背中から感じる強い意志。

 

それは先程まで手を繋いでいたアイズからは想像が出来ないような強い意志だった。

 

私は、逃げたくない。

 

そう、言っているような。

 

「…あ、アイズ!やめろ…、戻れ!」

 

違うんだ。

違うんだよアイズ。

敵から逃げないことだけが強さじゃない。

おまえが俺に何を求めてのかは知らないが、少なくとも、俺は人生の多くから逃げてきた卑怯な男だ。

 

だから、そんな弱々しく、切なそうな瞳で俺を見ないでくれ…っ。

 

お、俺に…、()()してんじゃねえよ!!

 

「…っ!…リヴェリア!補助魔法をアイズに掛けろ!フィンとガレスは俺がアイズを連れ戻したら逃げる準備を!」

 

気付けば、俺はアイズの後を追うように走り出していた。

背後からはリヴェリアの詠唱と、フィンの指示が聞こえる。

理解が早くて助かるよ…。

 

戦えば死ぬ…、それは俺やフィンの直感でなくとも分かることだ。

だから、何としてでもあのバカを殴り飛ばして、連れ戻す…っ!

 

……っ。

 

アイズは既に、デストロイヤーの視線と同等の高さまで飛び上がり、そのか細い腕からは想像の出来ない速度で剣を振り下ろしていた。

 

だが、その剣戟もデストロイヤーの装甲どころか、魔法障壁に弾かれる。

 

そうして、予想以上の硬さに跳ね返されたアイズは空中で体勢を崩してーーー

 

 

 

「あぁぁーーっ!もう!おまえも死んだらアクシズ教団の一員にしてやるからな!!」

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

巨大なデストロイヤーの前に、戦う姿勢を見せていたフィンも、カズマの説得により撤退を決めた。

他のみんなも、それに同意するように、デストロイヤーに背を向ける。

 

なんで…、逃げるの…?

 

私達は冒険者で、ダンジョンに出てくるモンスターは何が何でも倒さなくちゃいけないのに…。

 

……。

 

…でも、私はカズマを信じてる…。

 

どうせ、いつもみたいに、ヘラヘラしながら倒してくれるんだと、そう、信じていた。

 

「……」

 

それなのに、カズマは普段では絶対に見せない真剣な顔で、撤退の二文字を口にしたから…。

 

なんでだろ…、心が黒くおちていく。

 

カズマなら、カズマだったらって、勝手に信じていた私がいけないの?

 

カズマが居るなら戦えるって、勝手に思っていた私がいけないの?

 

…悪いのは、私なの?

 

カズマを信じちゃ…。

 

 

ダメだったの?

 

 

「…あ、アイズ!やめろ…、戻れ!」

 

 

その声が聞こえた時には、私は既に走り出していた。

強硬で強大な、かつてない程に絶悪なモンスターを相手に、勝算の見込みもないまま、私はデストロイヤーに剣を振るっていた。

 

キーーンッ!!

 

と、まるで超上質なアダマンタイトを叩いたような衝撃が、思わず私の身体を痺れさせた。

 

「…っ!」

 

空中で体勢が崩れる。

そこに、デストロイヤーの赤い目が私に照準を合わせた。

 

その赤い目に光が集まったと思うと、ソレはまるでレフィーヤのアルクス・レイのように光の矢となってーーーー

 

 

「あぁぁーーっ!もう!おまえも死んだらアクシズ教団の一員にしてやるからな!!」

 

 

私を貫くべく放たれたソレは、身体の寸前を掠め、背後に位置する壁面を大きく破壊した。

 

「…っ、はぁ、はぁはぁ」

 

「…カズマ」

 

彼は私を裏切った人。

 

信じた私を裏切ったくせに、誰よりも早く、誰よりも暖かく、私を空中で抱き締めて、デストロイヤーの脅威から身を呈して守ってくれた人だ。

 

「…どうして、カズマは…、弱いのに…」

 

「…っ!弱いからだろ!弱いから逃げんだよ!」

 

「…っ、で、でも、カズマは、弱いのに…」

 

弱いのに強いから。

私はカズマを信じてしまったんだ。

 

信じ過ぎて、頼っていたんだ…。

 

そっと、カズマは私を抱き締めながら息を吐き出し走り出す。

デストロイヤーの攻撃は嵐のように降り注ぐのに、ただただ走るカズマには当たらない。

 

「…運が良いのか悪いのか知らねえがよ、俺にはおまえみたいに強敵に挑む度胸も無いんだ」

 

「…っ」

 

「っ!はぁ、っ、だ、だから、俺はおまえらを頼るんだろうがぁぁっ!!」

 

…っ!

 

…そう、なんだ…。

 

カズマも、私を頼ってたんだ…。

 

「…そっか、私、だけじゃなかったんだ…」

 

「あー!?」

 

「…ふふ、カズマも、私を頼ってたんだ…」

 

…弱いくせに何でも1人で解決してくれるカズマも、誰かを頼るんだ。

そして、その頼る人は私。

 

…私だけ。

 

私だけなのだ。

 

「…私、だけ。…ふふ」

 

「お、おまえ、もう降りて走ってくんね?」

 

尚もギュッ〜とカズマの身体に抱き着く私を、カズマはデストロイヤーの猛攻から逃げながらもジト目で睨んだ。

 

「…今度は、一緒に倒そうね」

 

「次はもうねえよ!?おまえ帰ったら説教だからな!」

 

またまた…。

カズマは直ぐにそうやって照れ隠しをするんだから…。

今みたいに、また妹キャラの私を守るために、一緒に戦ってくれるんでしょ。

 

「…素直じゃない。徹底してる、カズマのツンデレ…」

 

「おまえマジで置いてくぞ?…っと、ちっ、おら!フィン!受け取れーー!」

 

そう言うと、カズマは私をピョーンっと投げ飛ばした。

私は弧を描くように、それは見事なまでにフィンの元へと投げられた。

 

「……わぁ」

 

「…おっと。はぁ、アイズ、後でカズマにお礼を言うんだよ?それと、お説教も忘れずにね」

 

「…ぐぅ」

 

…お説教は嫌だ。

嫌だけど、カズマに慰めてもらおう。

あ、カズマも怒ってるのかな…。

…カズマなら怖くないからいいや。

 

 

そう思っているとーーー。

 

 

ピューーーっ!ドーーン!!!

 

 

と、デストロイヤーの攻撃が、走り抜けるカズマの足元を捉えた。

 

 

「「「「あ」」」」

 

 

……?

 

あれ?

 

カズマがゴミ屑のように吹き飛んでる……。

 

ひゆーーーー。ゴキンっ…。

 

……。

 

 

「…カズマ、首が90度になってる…」

 

 

 

 

  .

    .

     .

    .

    .

  .

 .

  .

   .

     .

      ☆

 

 

 

「…んはっ!?え?え?俺、いまめっちゃ空飛んでなかった!?……って、あれ?ここは…」

 

そこはいつものあの場所。

ここに来るのもこれで3度目か。

確か、俺はアイズを助けて、デストロイヤーから逃げて、足元にビームを撃たれて吹き飛んだ…。

そんで変な音が首からしたと思ったらココ…。

 

ほう…。

 

俺、死んだ…?

 

「…またかよ。おーい!アクアー!駄目神のアクア様ーー!」

 

「…あ、えっと、あはは。今日、アクア先輩は有給休暇でお休みです」

 

そう答えたのは、どこか女神然とした美しい女性。

今回、目の前に現れた女神は、あの駄目神みたいな色物枠じゃなくて、こう、正統派なヒロインみたいな…。

まぁ、うん。

普通に可愛い。

 

ま、待て待て。アクアだって見てくれは悪くないんだ。

きっとこの女神だって性格に難があるに違いない。

 

「私の名前はエリスです。…あの、佐藤カズマさんですよね?どうぞ、椅子にお掛けください」

 

「結婚してください」

 

「ほぇ!?」

 

「結婚してください」

 

「あ、あの、カズマさん?じょ、冗談ですよね?あ、あははー」

 

顔良し、性格良しときた…。

おいおい、死してヒロインと巡り合うってどんなエロゲ?

 

「えっと、とりあえず、カズマさんは1度の転生後に再度死んでしまいました」

 

「はい。結婚してください」

 

「っ、ご、ごほん。し、神界のルールとして、2度目の方には転生や再生の類は…」

 

「大丈夫です。ここで過ごします」

 

「えぇ!?こ、ここ?…ここは、駄目です。あ、あの、天国なんてどうです?良いところですよ?」

 

「嫌です。僕の天国はここなので」

 

「…ぁ、ぁぅ、えっと…」

 

「エリス様」

 

「な、なんで近寄って来るんですか?」

 

「いや、エリス」

 

「なんで顔を近づけるんですか!?」

 

「…可愛い顔をしやがって」

 

「んぁぁっ!や、やめてください!!ち、近いです!なんなんですか!!」

 

エリス様は慌てた様子で顔を赤めながら、俺を優しく押し退けた。

あらら、もう少しだったのに。

 

「と、特例です!貴方をもう一度オラリオへ転生させます!」

 

「な!?ま、待ってください!」

 

「幸いなことに!貴方の身体はあちらのお薬で元どおりになっていますし!」

 

「俺はここでエリス様と子供を作りたいんです!」

 

「つ、作りません!」

 

作らないのかよ!

女神は我儘な女ばかりだ!

 

って待て待て、オラリオに転生?

デストロイヤーが居る以上、どうせまた直ぐに死ぬよ?

 

「あ、それはご心配なく」

 

「む?」

 

「カズマさんにデストロイヤーの魔法障壁を破れる魔法を与えます」

 

「へ?いいんすか?」

 

「あ、あはは…。アクア先輩が間違えてデストロイヤーをオラリオに転移させたなんて言えない…」

 

…聞こえてるぞ、エリス様。

やっぱり、あのクソ女神の仕業か。

なんかオラリオの世界観と違うなあって思ってたんだよ。

 

今度会ったら泣かす…。

 

「あの、それでは、カズマさんに良き旅を…」

 

「…エリス様には、また逢いに来ます」

 

「…もう死なないでください」

 

 

 

 

  .

    .

     .

    .

    .

  .

 .

  .

   .

     .

      ☆

 

 

「…っ、む!?…も、戻ったのか?」

 

目を開けるや、薄暗いダンジョンの天井の壁面が目に入った。

相変わらずの轟音と、地響き。

あぁ、戻って来たんだなぁ…。

 

なんて、思っていると。

 

「…っ、か、カズマ?」

 

「おう、アイズ」

 

むくっと覗き込むように、アイズの顔が俺の視界を覆い尽くした。

頭の下に感じる柔らかい物はアイズの膝だろうか。

…まったく、なんだってエリス様じゃなくてアイズに膝枕をされてんだ、俺は。

 

「…ちっ、おまえかい…」

 

「…む。なに…」

 

「エリス様とチェンジ」

 

「……」

 

と、茶化してみたものの、アイズの目尻が少しだけ赤くなっていることに罪悪感を覚える。

 

なんだって泣いてんだよ…。

 

冒険者だろうが。強くあれよ。

 

「…おまえは怪我無いのか?」

 

「…うん。カズマは、ちょっと寝てた方が良い…」

 

「そうは言っても、デストロイヤーが…」

 

「…デストロイヤーは、止まってる」

 

「は?」

 

アイズはそう言いながら、なぜか動きを止めているデストロイヤーを指差した。

それを遠巻きに見るように、フィン達が武器を構えちゃいるが、やはり魔法障壁により攻撃は届かないだろう。

 

「…はぁ。…倒してやろうか?」

 

「…へ?」

 

「弱い俺が、おまえの望むようにデストロイヤーを倒してやる」

 

柔らかいアイズの膝から頭を起こし、俺は動きを止めるデストロイヤーへと近付いた。

 

「カズマ、平気なのかい?」

 

「万能薬ってのは本当に万能だな。見ての通りピンピンだ」

 

俺はフィン達に少し下がるよう伝え、頭に浮かぶ魔法のスペルを口にする。

 

なんだってアクアのケツ拭きをしなくちゃならんのだ。

 

そう思いながら、腕をデストロイヤーへ向けて上げた。

 

次第に、身体の底から湧き上がる魔力が手の先に集まり出し、それは光を伴って強く輝く。

 

 

 

「セイクリッド!!ブレイクスペル!!!」

 

 

 

俺が唱えた詠唱は魔法となって巨大な光を生み出した。

そして、その光は腕から放たれ、デストロイヤーを包み込む。

 

光りが星へと昇華するように、デストロイヤーから魔法障壁が消滅していった。

 

まったく、今回ばかりは本気で肝を冷やしたぜ…。

 

少しばかりファンタジーが強過ぎるんじゃないのか?

 

もっとさ、ほのぼの系ダンジョンの日常を過ごしたいんだっての…。

 

なんてな…。

 

 

「…歯を食いしばれよ最強(さいじゃく)、俺の最弱(さいきょう)はちと響くぞ!」

 

 

 

 

神々しい光りを右手に纏い、俺はデストロイヤーへ向かって走り出す。

 

 

 

 

「死ねぇぇぇぇぇ!!!神の右手(ゴッドブロー)ーーーーーっ!!!」

 

 

 





いまじんぶれいかーーーー!


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プリズマ☆カズマ
怪き会議に疑いを


 

 

 

 

あの日、俺は伝説になった。

 

数百年に渡り、伝説級の扱いを受けていたデストロイヤーの討伐は、瞬く間にオラリオ中へ知れ渡り、機動要塞の消滅は歓喜と同時に安堵を生んだ。

ギルドは討伐後の対応に追われ、数日間を忙しなく過ごしていたみたいだが、今ではその喧騒も落ち着き、普段と同様にダンジョンへのクエストを受理するために、受付嬢達は笑顔を振りまいている。

 

エイナ・チュールもその1人だ。

 

ただ、周りとの相違を上げるのであれば、冒険者達をさばくスピードが少し早い事だろう。

出来るハーフエルフだと前々から思っていたが、俺の目に狂いは無かったようだ。

 

「よっ、エイナ」

 

「…ちっ、カズマくん…」

 

「おい、舌打ちしたよね?いま。俺、デストロイヤーを倒した英雄だぞ?」

 

「はいはい。さすがさすが」

 

おざなりな対応に苛立ちを覚えながら、今や街の英雄として名を通す俺は、ちょっとばかし美人な受付嬢如きの愚行に怒るほど愚かじゃない。

 

「…ふふん」

 

「むかつくわね。それで?何の用?」

 

「おう。ちょっとクエストの発注をな」

 

「発注?受注じゃなくて?」

 

俺は訝しげな視線を向けるエイナに、クエスト内容の書かれた羊皮紙を差し出す。

 

()()()()()()()の生息情報を調べてくれ」

 

「へ?そんな事でいいの?…って!なんか報奨金がすごいんだけど!?ほ、本当にいいの!?」

 

「おう、構わん。とりあえず、それを1番目立つ所に貼っといてくれ」

 

「ま、まぁ、分かったけど…。ねぇ…」

 

エイナは俺から羊皮紙を受け取りながらも、やはり腑に落ちぬ表情で尋ねた。

 

「あ?」

 

「何を、考えてるの?」

 

勘がよろしい事で。

うちのアホハイ・エルフにも見習わせたいよ。

 

 

「…バカどもの炙り出し」

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

あの日、カズマさんは伝説になった。

 

彼は、デストロイヤーに殺されかけたアイズさんを救い出したと思いきや、途端に不敵な笑みを浮かべながら、溢れ出す魔力を放ち、魔法障壁を昇華してみせたのだ。

 

そして、熱を帯びる程の強固な魔力で覆った右手で、デストロイヤーの装甲を突き破る…、ことは出来ずに、殴った右手を痛めながらも、いつものようにエクスプロージョンを連発させて、あの機動要塞を滅ぼしてみせた。

 

正直、今回ばかりはどうにもならないと思っていたが、やっぱりあの人に常識は通用しないみたい。

それは私だけでなく、団長やリヴェリア様も同様に思っていることだろう。

 

「それにしても、あのデストロイヤーの魔法障壁を昇華させた魔法…、聞いたことも見たこともないです…、ってうわぁ!?」

 

ふと、背後から私の腋の下に伸びる両腕が、そのまま私を持ち上げた。

 

「高い高ーい。レフィーヤ、険しい顔して何を考えてんだ?」

 

「ちょ、か、カズマさん!下ろしてください!」

 

「はいはい。よっと…。ふぅ、無理したわ。腰が痛い」

 

「そ、そんなに重くないですよね!?」

 

アレだけの大魔法を使い、様々なスキルを持ち、あり得ない速度でレベルを上げる彼は、それだけの悠然たる雰囲気を纏うわけでもなく、子供のように私へちょっかいを掛ける。

 

本当に不思議な人です…。

 

「相変わらず修行か?中広場はもはやレフィーヤの定位置だな」

 

そう言いながら、カズマさんは私の頭を柔らかく撫でた。

最近では会う度に頭を撫でてくるのだが、以前、その光景を見たアイズさんが、まるでモンスターへ向けるような殺意を放ちながら私を睨んでいたことがある。

アレはなんだったのだろうか…。

 

「はい。カズマさんも修行…、なわけないですよね。お散歩ですか?」

 

「いや、ロキを探してんだよ。あいつ、どうでもいいときはヒョコっと現れるくせに、探すと見つからないんだ」

 

「え、ロキ様ですか?ロキ様なら神会へ向かいましたよ?」

 

「神会?…む、おかしいな。次の神会は来月の筈だが…」

 

「?」

 

カズマさんは何かを考えるように、顎へ手を置く。

 

「まあいいか。…ちょっと出掛けてくるわ。戻りは遅くなると思うから、リヴェリアには適当に言っておいて」

 

リヴェリア様への言い訳を私に任せないでほしいのですが…。

正直、カズマさんがどこかへ出掛けるとロクなことが起きない。

どうせまた、変な問題ごとを持って帰ってくるのだろうなぁ、なんて思っていると、カズマさんはひらひらと手を振りながらその場を離れていった。

 

やっぱり、掴めない人…。

何を考えてるのやら。

 

そう、思いながら、私はカズマさんの背中を見送った。

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

バベルの塔 30階

 

普段なら数ヶ月に一度で開催される神会(デナトゥス)に、今回は至急の繰り上げ開催として神々が集められていた。

 

もちろんウチも参加者の一人なわけやが、なぜだか先程から、恨みがこもった視線でフレイヤがこちらを睨んでいる。

長い付き合いやから、恨まれる事も多々あるだろうけど…。

あからさますぎひん?

ウチ、そないに睨まれるような事をしたか…?

 

と、なんとなく愛想笑いをフレイヤに返してみると

 

「…っ!ろ、ロキ…、あなたは、私に謝る事があるんじゃなくて?」

 

「ほえ?な、なんや?」

 

「あなたの子供が私に大変な迷惑を掛けているのよ!」

 

「……ぁ、オッタルの事か?それは、まぁ、災難やったな…」

 

そんなもん、カズマに喧嘩売るオッタルの責任やろ…。

ちょっとオッタルには気の毒やけど…。

 

「違うわ!」

 

「へ?」

 

「あの子、私の部屋に勝手に魔石の保管庫を作ったのよ!」

 

「な!?」

 

「ホームまで持ち帰るのが面倒だからって…、ダンジョンで取ってきた物を私に許可も得ず部屋に置いていくの!」

 

「そ、それは…、ほんますんません…」

 

「ぅぅ…、私の愛用している椅子も奪って自分の物にしちゃうし…。どうにかしてちょうだい!!」

 

……あいつ、帰ったらシめる…。

何を人様の神様ん家に上がり込んでんねん。

しかも保管庫て…。

あと、フレイヤの椅子は奪っちゃあかん…。

 

「はぁ。ほんますまんな。迷惑かけて…」

 

「…でも、マッサージ機って神アイテムを作ってくれたことには感謝しているわ。ありがとうって伝えておいてね」

 

「どっちやねん」

 

ゲシっ、とフレイヤを蹴り飛ばし、ウチは溜息を吐きながら自席へ戻ろうとすると、その光景を見た他の神も、なにやら次から次へと苦情を申し入れるべく押し寄せてきた。

 

やれ、私の子供に変な知識を植え付けないでだとか。

 

やれ、ヒュアキントスを歓楽街へ連れていかないでくれだとか。

 

やれ、歓楽街を仕切るのはやめてちょうだいだとか。

 

もはやPTAも真っ青な苦情の嵐に、流石のウチとは言え平謝りを繰り返すことしか出来なかった。

 

…な、なんでウチが謝らなあんかんねん…。

 

「…あの、すんません。カズマにはよく言っておくわ。ほんますまんな…」

 

「ロキ!カズマくんに、じゃが丸をいつも沢山買ってくれてありがとうって伝えてくれよ!」

 

「ど、どチビ…。ん?なんや、じゃが丸?」

 

「うん。カズマくんはうちの常連なんだぜ?1人で20個も買っていってくれるからね。良く食べる子は成長も早いってもんだよ」

 

ロリ巨乳のお紐様は、ニコニコと笑いながら、犬猿の仲とまで言われているウチに、素直にお礼を言う。

てか、コイツまだじゃが丸のアルバイトしてんのか…。

 

…1人で20個も…。

カズマ、そないにじゃが丸好きやったのか?

いや、以前にじゃが丸を食わせた時、なんだこのクソ不味いジャンクフードはと腐していたな…。

そないな奴が、1人で20個も…?

 

「……解せん」

 

と、カズマの行動に疑念を抱いていると

 

「えー、んっ、ごほん!それじゃぁ皆んな!そろそろ神会を始めようか」

 

今回の仕切り役であるヘルメスにより、その思考は一旦止められる。

仕切り役、つまりは今回の緊急神会を開催させた張本人であろうヘルメスは、額に汗を浮かべながら、カズマの悪評に賑わう神々の注目を集めた。

 

「え〜、今回集まってもらったのは他でもない、カズマくんの事なんだが…」

 

「ぶっ!?ちょ、待てや!そないな事、ウチは何も聞いてへんぞ!」

 

「あ、落ち着いてくれよロキ。別に彼を街から追放しようって話じゃない」

 

「…そ、そか」

 

「ちょっとウラノスからも色々と聞いていてね…」

 

ヘルメスは両肘をついて眉間に皺を寄せる。

大袈裟に神々の視線を集めると、静まり返った会場で、仰々しく口を開いた。

 

「…彼が、また何かをやらかそうとしているらしい…」

 

「…な、なんやって?」

 

口々に、慌てた神がざわめき出す。

 

歓楽街の私物化に、ダンジョンでのドンパチ騒ぎ、挙句にはデストロイヤーとヤリ合うだけに飽き足らず、次は何をしでかすんだ?

 

ま、まさか、本格的にオラリオの領主を狙っているとか…?

 

いや、我ら神々へと手を広げるつもりかもしれん…。

 

っ!つ、遂に神にも手を出す気か…っ。

 

なんて、笑い話にもならない憶測が飛び交うも、カズマの事となると、あながちあり得ない話でもないから困る。

 

「…正直、僕だけじゃカズマくんの監視はままならない。ロキ、キミから強く言ってもらえないか?」

 

「…わかった。子の管理も出来ないようじゃ神失格や。この問題はウチが預かる」

 

その言葉に、神々は安堵の溜息を吐き出した。

あの厄介者も、ロキの手にかかれば大人しくするだろうと…。

 

……。

 

そんなわけあらへん。

アイツがウチの言う事を聞くわけがないやん…。

ぁぅ、どうすればええんや…。

 

「よかった!本当によかったよ!今日はロキの懸命な判断を祝して一本締めで締めようじゃないか!!」

 

や、やめてくれ!

そんな期待の眼差しをウチに向けんな!

 

 

「よーーーっ!」

 

 

パンっ!!

 

 

…どないしよう。

 

ほんま、ウチを悩ませる奴なんて、1000年先にも後にもカズマくらいやで…。

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

「もぐもぐ。うん、でね、よく分からないけど神会ではキミの話になったんだよ」

 

「ほぅ。()()に勘付いた奴がいるのか…。ウラノスかヘルメスか…、はたまた内部の誰かか…」

 

「んぐ。うまい!やっぱりじゃが丸くんは最高だぜ!」

 

 

バベルの近くに構える、じゃが丸くんの売店用引き車の近くで、俺はヘスティアから餌付けという名の情報収集を行なっていた。

 

待ち伏せしていた甲斐があったぜ。

 

どうにもこのタイミングで神会が開かれるのは嫌な予感がしたしな。

 

…ふむ、それにしても神ってのも中々鋭いもんだな…。

 

「…さて。どうしたものか…」

 

「む?何か悩み事かい?僕で良ければ話くらい聞いてあげるよ?」

 

そう言いながら、口元にじゃが丸くんの食べカスを付けたヘスティアが俺の瞳を純粋に覗く。

 

「なにおまえ?無邪気な妹キャラでも狙ってんのか?」

 

「ん?なんの事だい?」

 

呆れながらにも、俺はヘスティアの口元をハンカチで拭いやると、ヘスティアは驚いたような、喜んでいるような、そんな不思議な表情で静かに目を細めた。

 

「優しいじゃないか。どうだい?ロキの眷属を辞めて僕のファミリアに移籍するなんて」

 

「悪くない提案だな。その内に気が向いたらな」

 

冗談なのか、本気なのか、ヘスティアの移籍勧誘を笑って聴きながら、俺はそろそろかと重たい腰を上げる。

 

「じゃ、そろそろ行くわ。また来るなー」

 

「おうともよ!またサービスするからいつでも来てくれたまえ!」

 

 

 

.

……

 

 

 

ヘスティアと別れ。カサカサとじゃが丸くんが大量に入った袋を持って歩く事数分。

オラリオの街中はいつもと同じ様に喧騒で包まれ、激しくも懐かしい活気に包まれていた。

夏祭りを彷彿させる出店の数々に顔を出しながら、俺は目的地へ向かって歩く。

 

「む?カズマか?」

 

「げ。リヴェリア…」

 

歩いていたのだが、その街中の喧騒で一際目立つ風貌の冒険者が、普段の戦闘スタイルとは違って落ち着いた雰囲気の服装に身を包み、そこに立っていた。

 

「げ、とは何だ。それよりも、今日は帰りが遅くなるとレフィーヤから聞いていたが?」

 

「遅くなるよ?だから飯はいらん」

 

「まったく…。夜遊びばかりに興じて、帰って来たと思えばぐうたらと惰眠を貪る。随分と偉くなったものだな」

 

まるで俺のオカンのように、リヴェリアは腕を組みながらぐちぐちと小言を零す。

 

「はぁ。説教なら後で聞くよ。じゃ、俺は行く所があるから」

 

「待て」

 

「な、なんだよ?」

 

「どこへ行く気だ?その格好でダンジョンへ行くわけではあるまい」

 

眼光鋭く睨みつけるリヴェリア。

それ、仲間に向ける視線か?

 

「友達ん家だよ」

 

「ダウト!おまえに友達などいないであろう!!」

 

「おま、言っていい事と悪い事があるぞ!」

 

なんなんだよこの年増エルフ!

俺の痛い所を的確に突きやがって!

友達くらい居るっての!

…ね、ネットの中だけど、良くチャットする奴も居たし…。

 

 

「はぁ。目を離すと何をしでかすか分からんからな。どれ、今日は私が付き合ってやろう」

 

 

「ふざけんな!なんで母ちゃんと街を歩くみたいな真似事をしなきゃならねえんだよ!」

 

 

「か、母ちゃんだと!?私だって見てくれは悪くないのだから、そこはデートで良いだろう!!」

 

 

「親孝行か!?親孝行をしなくちゃなんねえのか!?」

 

 

「だからデートだと言ってるだろうが!!」

 

 

 

 

 



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優しき娘に触れ合いを

 

 

 

 

レフィーヤからカズマの帰りが遅くなるときき、さらには遠征後からやけに外出が増えた事もあり、私はどうにも、カズマがまた裏で何かをコソコソと企んでいるのではと疑っていた。

あまり仲間を疑うのも憚れるものだが、カズマに至っては話が別である。

 

アイツは1人で何でも解決できる分、人に頼ろうとしないから。

 

…まったく、なぜ私を頼らん…。

 

そわそわそわそわと、いつもの応接間でうろついてみても落ち着かない。

 

あぁ、もう!

なんなのだいったい!

どうしてこうも私に心配をかけるのだ!

 

「…むむむ」

 

カズマのデストロイヤー戦での働きは誰もが認めるものだった。

不思議な詠唱後に放出された高密度の魔法により、デストロイヤーの魔法障壁を破ったと思えば、いつものエクスプロージョンであの分厚い装甲を木っ端微塵にしてみせた。

 

数百年に渡り冒険者を苦しめてきた脅威を、あいつは殆ど1人だけの力で倒したのだ。

 

…そりゃ鼻も高くなろうさ。

 

周りもチヤホヤしてくれるだろうさ。

 

……。

 

「…だが私は違う!ここで甘やかしてはカズマが碌でもない人間に育ってしまうからな!」

 

あえて厳しく育てないとダメなのだ!

嫌われ役になろうとも、私はカズマがしっかりと成人するまで見守り続けてみせる!!

 

と、力を込めて腕を上げた時に

 

ガチャンっ!!

 

「!?」

 

あーー!!

レフィーヤが大切にしてた花瓶が!!

 

わ、私の腕か?

 

私の腕が当たって落ちてしまったのか?

 

…….ぐぬぬ、カズマめ、卑劣な…。

 

 

「…はぁ。代わりの物を買いに行くか…」

 

 

 

.

……

 

 

 

 

で。

 

露店街を見て回っていた時にカズマと偶然出くわしたわけなのだが、珍しく2人で行動することになり、私は何を喋れば良いのかと頭を悩ませている。

 

複雑なダイダロス通りを迷う事なく歩くカズマの背中は、線の細いエルフに比べて少しだけ広い。

 

…なんだ、カズマもしっかり冒険者になっているんだな。

 

なんて思ってしまうあたり、私はやはり彼らのお母さんなのだろうか。

 

「…ふふ」

 

「あ?なんだよ、急に笑いやがって」

 

「いや、なんでもないよ。それにしても、こうやって2人で歩くのも久し振りだな」

 

「ん、3層に行って以来か」

 

「随分と逞しくなったじゃないか」

 

「な、なんだよ急に、気持ちわりぃな」

 

カズマは私の言葉に照れながらも足を早める。

 

そうか、こうして2人で歩くのも、カズマが3層でコボルトに泣かされて以来なのか。

随分と前の事に思えるが、ほんの数ヶ月前の出来事でしかないのだ。

 

そうだ、ほんの数ヶ月しか経っていない。

 

それなのに、カズマは数々の強敵を倒し、前例の無い飛び級を繰り返して、今はレベル5。

 

一応、公表されているレベルは3となっているが、ロキからファミリアの古参組である私達には本当のレベルを教えられている。

流石にその時は驚いたものの、デストロイヤーとの戦闘を目の前にし、カズマならあり得るかと納得させられてしまった。

 

「…本当に、おまえには驚かされてばかりだ」

 

「あ、この前にイタズラで仕掛けたビリビリボールペンのこと?ぷーくすくす。あの時のおまえの顔は秀逸だったな」

 

「あれは貴様か!本気で痛かったんだぞ!!謝れ!」

 

「あとおまえの部屋の前にローションを撒いておいたのも俺だからね」

 

「あれも貴様か!!」

 

「ぷーくすくす!うわぁ!って言ってた。うわぁ!って。ぷぷ」

 

「ぐぬぬ。考えてみれば、あんな事をするのは貴様くらいしかいないか…」

 

褒めてみたらコレだ。

その下らない発想はどこから来るのだ?

 

「はぁ…。それで、どこへ行くというのだ?まさか私を人気の少ない路地裏に連れ込もうとしているわけではあるまいな?」

 

「………ふんっ」

 

「鼻で笑った!?鼻で笑ったのか貴様!!」

 

「…おまえ時々ヒロイン振るよな。言っておくけど俺のヒロイン枠は既に埋まってるからな」

 

「わ、私だってヒロインになれるポテンシャルは持っているはずだ!」

 

「…はいはい、わろたわろた」

 

わ、わろた…。

…私はヒロイン枠に立候補すら出来ないのか…。

 

と、少なからず悔しさを噛み締めながらも、相変わらず薄暗いダイダロス通りを歩き続けていると、目の前には大きく開けた空き地が現れた。

 

そこには小さくてボロボロな建物と、なんだかヘンテコな遊具?のような物が数個あるだけ。

 

「…む。廃墟…?」

 

「違う。孤児院だ」

 

「…孤児院…?」

 

「身寄りのないガキどもを預かってるんだとよ。それも無償でさ」

 

そう言うと、カズマは勝手知ったるとばかりにその孤児院の戸を開けた。

キィーと、建て付けが悪いのか、扉は開けられると大きな擦れ音を出す。

だがそれが来客のベルの代わりとなっているのか、中で遊んでいたヒューマンの子供達がカズマのもとへ、とてとてと走り寄ってきた。

 

「おー!カズマが来たー!」

 

「またじゃが丸くん持って来てくれたの!?」

 

「今日も何か造ってくれよ!」

 

小さな喧騒がカズマを中心に沸き起こる。

子供たちは素直な笑顔を浮かべ、邪悪で下衆なカズマにしがみ付くや、まるで昔のレフィーヤのように戯れついていた。

 

……む、なんだか好かれているな…。

 

「ん?そっちの綺麗なお姉ちゃんは誰?」

 

「む。ふふ、可愛い子供じゃないか。私はカズマの」

 

「お母さん」

 

「おい」

 

綺麗なお姉ちゃんだって怒るんだぞ?

 

「んじゃ、ほれ、手を洗ってこい。じゃが丸くんは逃げないから」

 

「「「「はーい!」」」」

 

可愛らしく手を上げて返事をすると、子供たちは早くじゃが丸くんが食べたいのか、慌ただしくその場から離れていった。

 

ふと、私はカズマのほっぺを抓りながら、この状況の説明を求める。

 

「…それで?どういうことだ?」

 

「別に。偶々ココを見つけてアイツらと知り合っただけだよ」

 

「ふむ。じゃが丸くんの差し入れまで持ってきて、随分と心が穏やかじゃないか。おまえらしくもない」

 

「……そうか?」

 

ほんの少しだけ含みのある返答。

 

何か隠してるのか?と思うも、子供達の前でカズマを尋問するわけにもいかないか。

 

「マリアー。おーいマリアー!」

 

「あ、はーい。すみません、ちょっと洗い物を…、ってあら?カズマさん。また来てくださったんですね」

 

カズマの呼び声に、孤児院の奥から手を拭きながら現れたのは、少し痩せ気味の年配の女性。

彼女はカズマの顔を見るなり安心した顔付きでこちらへと走り寄ってきた。

 

「暇だっただけだよ。あ、あとコイツも付いて来た」

 

「…?…!?ろ、ロキ・ファミリアのリヴェリア様じゃないですか!?」

 

「ああ、リヴェリア・リヨス・アールヴだ」

 

「あ、えっと、私はマリアと申します」

 

礼儀正しいヒューマンだ。

カズマとは大違い。

本当になんで同じ種族でこうも変わるんだ?

 

「おいリヴェリア、おまえ今、失礼なこと考えたろ?」

 

「いやいや。ちょっとおまえの人間性を否定しただけさ」

 

「喧嘩だな?喧嘩がしたいんだな?」

 

「場をわきまえろ。子供たちが怯えるだろ」

 

子供たちは忙しなく手を洗ってはこちらへ戻ってきて、カズマからじゃが丸くんを受け取るや喜んでリビングへと走っていった。

 

なんともまぁ…。

 

可愛らしいものだな…。

 

冒険者稼業に身を置きながらも、ああいう子供たちに囲まれて、幸せな家庭で過ごしてみたいと思ってしまう。

 

庭付きの一軒家で、暖かいシチューなんて作って一緒に食べてさ。

休日は娘と一緒に庭の手入れをするんだ。

寝る前には優しい旦那とたわいの無い会話をして、また明日も早く来ないかなぁなんて思いながらベッドに入る。

 

……。

 

……あぁ、なんで私には春が来ないんだろ。

 

 

 

「おい母さん。よかったな、いっぱい子供が出来て」

 

 

「…ふふ。この子たちに不自由のない生活を送らせなくてはな。旦那様よ、しっかりと稼いできてくれよ?」

 

 

 

 

 

 





短い…。

せっかくのリヴェリアメインの話なのに…。


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微笑む母に胸キュンを

 

 

 

 

 

 

ぶらーん、ぶらーん、と。

鉄の枠に鎖で結ばれた椅子は、遠心力を利用して前後へと大きく揺れた。

カズマが造ったと言う『ぶらんこ』に、孤児院の少女が楽しげに揺られていると、その子が何か物欲しげな瞳で私を見つめていることに気がつく。

 

「どうかしたか?」

 

「お姉ちゃんは背中を押す人ね」

 

「ふふ、はいはい。ほら、落ちぬようにしっかりと掴まっているのだぞ?」

 

「うん!」

 

何やら背中を押す役に任命された私は、少女の笑顔を守るために、その役目を喜んで受け入れた。

 

「少女よ、名はなんと言う?」

 

「ルゥだよ!」

 

ほう。

可愛らしい名前だな。

 

「私はリヴェリアだ。よろしくな」

 

「お姉ちゃんはカズマの友達なの?」

 

「うむ。友達と言うか仲間…、かな」

 

「仲間かー!あ、次はお姉ちゃんの番ね!」

 

私が背中を押すたびにキャーキャーと喜ぶルゥは、次はお姉ちゃんねと私をぶらんこに座らせた。

椅子が低いために脚を曲げねば座れないそれは、やはり大人の私には少しだけ小さい。

 

すると、私の後ろに回ったルゥは、ぐいぐいと懸命に背中を押してくれるのだが

 

「ぐーー!ぐーー!…うぅ、重くて動かない…」

 

「そ、そんなに重くないだろ?」

 

「し、仕方ない!カズマを呼んでくるから待っててね!」

 

「え、ちょ…」

 

私の制止を聞くこともなく、ルゥはちょろちょろと走ってカズマの元へと行ってしまった。

そして、呼ばれて飛び出たカズマさんは、ぶらんこに座った私を見て、呆れたように溜息を吐く。

 

「…おまえ、それ子供用だぞ?」

 

「むむ。し、仕方ないだろう。ルゥに座れと言われたのだから」

 

「で?俺はおまえの背中を押せば良いの?」

 

「え、いや、別に私は…」

 

と、言ったものの、先ほどルゥが興じていたように、前後に揺れるぶらんこの快感を味わいたいと思わなくもない…。

 

「…ほら、押してやるからちゃんと掴まれよ」

 

「う、うむ。よろしく頼む」

 

「よっ。ほっ」

 

「おお!おおー!な、なんだこの浮遊感は!」

 

「はっはっは。もっと押すぞー」

 

「ぬぉー!うぉー!!は、早い!これは良い物だ!!」

 

風よりも早くぶらんこが揺れた時、少しばかりはしゃぎ過ぎたのか、私の靴がぴょーーんと脱げて飛んでいってしまった。

 

「あぁー!私の靴が!!」

 

「おまえガキじゃねえんだから…。取ってきてやるから待ってろ」

 

「す、すまん…」

 

とてとてとカズマが私の靴を取って戻ってくると、丁寧にも私の足元にしゃがみ、靴を履かせてくれる。

 

「…じ、自分で履けるのだが…」

 

「と、悪い悪い。いつもガキどもが飛ばすからさ、癖でな」

 

「…はは。面倒見が良いのだな。意外だったよ。おまえが孤児院に訪れていたなんてな」

 

「……」

 

…やはり、カズマは何かを隠している。

孤児院へ訪れる理由を聞く度、どこか迷ったように、言いかけた言葉を飲み込む仕草を見せるのだ。

 

歯切れが悪いのはカズマらしくないな。

 

私はそう思い、ルゥに聞こえない声でカズマに尋ねる。

 

「…カズマ、何か隠してないか?」

 

「珍しく勘が良いじゃないか。…ルゥ、次はあっちの滑り台で遊ぶか」

 

そう言って、カズマは自然にルゥをその場から遠ざけると、周りを警戒しながら私の瞳を真っ直ぐに見つめた。

 

「リヴェリア、おまえは目の前にモンスターが現れたらどうする?」

 

「なんだ?心理テストか?」

 

「違えよ!」

 

「うむ。冒険者として、モンスターが現れたら倒す。それ以外に考えられまい」

 

「…。…だよなー。やっぱそうだよなー」

 

やっぱそうだよなー、とはどういう意味か。

私とてエルフを納める王族の血筋だ。

カズマの言いたい事の真意くらいはわかる。

 

私は滑り台と呼ばれる器具から手を振るルゥ達に手を振り返しながら、カズマに問い掛けた。

 

「…モンスターに情でも湧いたか?」

 

「バカかよ。モンスターなんてのは害悪でしかねえ。特にコボルト。あいつは許さん」

 

「それならば、先程の質問は何のためにしたんだ?」

 

「まだ言わない。おまえはバカだし口も軽いから…、痛っ!な、何しやがる!」

 

「ふん、少しばかり躾をな」

 

カズマは私が杖で殴った頭を手で撫でながら、恨めしそうに私を睨んだ。

 

…イラっとした。

 

なんだか信じてもらえていないようなので。

 

これでも私は副団長で、誰よりも面倒見がいいと自負していたのだがな…。

 

親心子知らずと言うか、カズマやアイズには、あまり私の心配が伝わらない。

 

「痛い!痛い!なんでそんなに叩くんだよ!」

 

「ふん!」

 

「ちょっと!血が出てる!血が出てるぞ!万能薬を持ってきて!早く万能薬を持ってきて!!」

 

「血など出ていないだろ。まったく、本当にカズマは…。はぁ…」

 

「おい、人の顔を見て溜息吐くな。そして呆れたような顔で見るな」

 

溜息くらい出るさ。

危なっかしい子供が沢山居るのだからな。

 

カズマは尚も好戦的な目を向けてくるも、私はそれ以上取り合わない。

 

ふと、ルゥ達の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

 

「さて、ルゥ達と遊んでくるかな。あの滑り台とやらも興味深いしな」

 

「ぷーくすくす。おまえのでかい尻じゃ滑れないのに」

 

「おい。私の尻は大きくないからな」

 

「はいはい。それじゃあ頑張って滑ってこい」

 

「大きくないからな!絶対に滑って見せるからそこで見ておけ!」

 

 

 

.

……

 

 

 

 

「お姉ちゃん、元気出しなよ」

 

「…ルゥ」

 

外で遊び終えたのか、ルゥ達は手洗いうがいを済まして孤児院の中へと戻ってきた。

そして、しょぼくれた私を見るや、ルゥは優しく、慰めの言葉を投げかけてくれた。

 

「あれは子供用だから、お姉ちゃんには小さかったね」

 

「ぐっ」

 

「お尻がはまっちゃったもんね」

 

「ぐぬぬっ」

 

「…お姉ちゃん、お尻が大きいから仕方ないね」

 

「ぐわっ!」

 

子供の無邪気な言葉は時に強い鋭さを持つ。

そういえば、アイズもまだ幼かった頃に、『リヴェリアはお尻が大きいね』と言っていたっけ…。

 

え、私ってお尻が大きいの?

 

エルフってスレンダーな身体が特徴なんだけど…。

 

……げ、解せぬ。

 

「あ、カズマが戻ってきたよ!」

 

「む?戻ってきた?」

 

戻ってきたとは?

あいつ、私が滑り台に挟まってしまったときに何処かへ行っていたのか?

 

…ふぅ、良かった。

 

これならイジメられないな。

 

「おうリヴェリア、やっぱり尻が挟まったみたいだな」

 

「ぐぬぬぬぬぬ!」

 

どこから情報が漏れたのだ!

ルゥか!?

マリアか!?

それとも他の子供達からか!?

 

「叫び声が孤児院の裏まで聞こえてたぞ」

 

「さ、叫んでなどいない!」

 

「うそつけ!か、カズマ!これは違うのだ!って叫んでたじゃねえか!」

 

「くっ…、殺せ…、殺してくれ…」

 

なんたる屈辱…。

カズマめ、私の事をどれだけ辱めれば気がすむのだ…っ。

 

「それよかコイツらを昼寝させたら俺は帰るけど、おまえはどうする?ここでお母さんやる?」

 

「なんだお母さんをやるとは…。私も帰るさ。…それよりもカズマ、おまえは孤児院の裏などに行って何をしていたんだ?」

 

「シッコだよ。言わせんな恥ずかしい」

 

「そ、そうか…。それはすまない…」

 

そう言うと、カズマは子供達を昼寝部屋へと連れて行き、マリア殿にそろそろ御暇する旨を伝えた。

 

何やら、今日はカズマの意外な一面を見た気がするな。

 

ああして子供達の手を引く姿なんて、ファミリアでぐうたらと過ごすカズマからでは想像ができない。

 

うむ…。

 

少しだけ、見直してやろうかな。

 

 

「さて、帰るか。母さん」

 

「うむ。子供達は素直に寝てくれたか?父さん」

 

 

なんて、冗談を言い合いながら、私達は孤児院を後にした。

 

玄関を出る際に、カズマが何かを注意深く見ていた気がする。

 

だが、何を見ていた?と聞いても答えてはくれないのだろう。

 

 

まぁいい。今日は楽しかったしな。

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

「…へぇ。…リヴェリアと遊んでたんだ」

 

「別に遊んでたわけじゃないけどな」

 

深夜の中庭で、日常となりつつあるアイズとの会話。

夜遅くまで鍛錬を行っていたアイズと、やる事も無くなり館内を徘徊していた俺は、共に芝生へ座って星を眺めた。

 

特段に話す事もなく、ただただ今日の出来事を淡々と話していたのだが、何やらアイズは、俺がリヴェリアと一緒に出掛けたことが気に食わなかったらしく、頬をぷっくりと膨らましてこちらを睨む。

 

「妹よ。そう睨むな」

 

「…むぅ」

 

俺はペシっとその膨れた頬を叩きながら

 

「ほら、じゃが丸くんをやろう」

 

「…冷めてる。…でも美味しい」

 

「まじか…。この味無しコロッケのどこか美味しいのかねえ…」

 

と、俺がアイズの咥えるじゃが丸くんを見ていると、アイズは何を勘違いしたのか、食べかけのソレを俺に差し出す。

 

「…はい。…あーん」

 

「え、おま、そ、そんなのいらねえよ…」

 

「…ぷーくすくす。照れてる…」

 

「て、照れてなんかねえし!?」

 

「…ん、それなら、はい。…あーん」

 

「…っ。あ、あーん!」

 

ガブっと。

冷めたじゃが丸くんは正直不味い。

だが、このシチュエーションは少しだけ甘酸っぱい。

 

なんなんだよ、この妹。

 

遠征以来、こういう感じに俺をドキっとさせやがる。

 

レフィーヤ、リリに次ぐ第3の女のクセに…。

 

 

「…あぁ、私のじゃが丸くんが、こんなに小さく…」

 

「ふん、もう残ってないぞ」

 

「……。…ねぇ、お兄ちゃん」

 

「お兄ちゃん言うな。おまえみたいなクソ生意気な妹はもう破門だ」

 

「…頭、撫でて」

 

「我儘な奴め。少し可愛いから撫でてやろう」

 

「…ふふ」

 

俺が優しく頭を撫でてやると、アイズは嬉しそうに俺に肩を寄せてきた。

 

なんだか恋人みたいだな…。

 

…。

 

「ちょっと待って。このままじゃアイズのルートに入っちゃうわ」

 

「…?」

 

「いかん。俺の嫁はグラマラスな熟れた人妻、フレイヤあたりが良いのに」

 

「…?…?」

 

 

あぶねぇ…。

アイズが妹キャラを前面に出してきたせいで、俺のお兄ちゃん性が開花する所だった。

 

だめだだめだ、帰ったらもう一回、フレイヤん所から盗んできた下着の匂いを嗅がないと…。

 

 

「それじゃアイズ。俺は部屋に戻るから」

 

「…嫌、もっと撫でて」

 

「は、離せ!おまえ汗臭いぞ!風呂入って寝ろよな!」

 

「…酷いっ!」

 

「おらー!花鳥風月ーー!!」

 

「…ぬわぁ〜」

 

 

花鳥風月により頭からずぶ濡れになったアイズをペイっと蹴り捨て、俺は部屋へと全力で戻る。

 

男の子の下半身事情は大変なのだ。

 

ふへへ。

 

今夜はまだまだ眠れなそうだぜ…。

 

 

 

「…へへ、明日はフレイヤの所に行って、レギンスを頂戴しよう…」

 

 

 

 

 

 



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侵略!バカ娘!
美しい魅了に反逆を


 

 

 

 

 

「んぁ〜〜〜。んっ、うっ…。はぁ〜〜〜」

 

この街で最も空に近いバベルの塔から、私はオラリオの街を見下ろす。

腰痛を和らげるマッサージ機の振動と、膝に掛けたブランケットの暖かさ。

そして、この前にロキからお詫びとして頂いた紅茶を横に置き、私は今日も今日とて下界を見守るのだ。

 

「…んぁぁ、気持ちぃぃ〜」

 

「……おまえ、少しは働けよ」

 

「何よ。しっかり働いてるじゃない」

 

「そうは見えねえけど」

 

「うるさいのよ!この私に話し掛けるなんて万死に値するわ!分かったら早く紅茶のお代わりを持ってきなさい!」

 

「よしぶっ潰そう。そのマッサージ機ごとお前のことをぶっ潰そう」

 

「あっ!やめっ!嫌!私がどうなろうとマッサージ機だけは壊さないで頂戴!」

 

このマッサージ機は、美の神である私にとって必需品なのだ。

それが壊されようと言うものなら黙っていられない。

相手が例え、最恐最低のカスマさんであろうとも、私はこの子を守ってみせるわ!

 

「ブレイクスペル!」

 

「んぇ?あぁ!動かなくなった!ちょっとカズマ!あなた何をしたの!?」

 

「マッサージ機を動かしてる動力の魔石から魔力を消したった」

 

「う、うぅ…。返しなさい…。私の子供を返しなさいよ!!」

 

「マッサージ機を子供と言うんじゃねえ!」

 

げしげしと、カズマは追い討ちを掛けるように私へアダマンタイトで作ったガラクタを投げつける。

 

や、やめて!マッサージ機が壊れちゃう!

 

「…ぁ、私のマッサージ機が…」

 

「…お、おまえ、それくらいで泣くなよ。…ほら、新しい魔石を入れれば動くから」

 

「…あ、ありがと」

 

私はカズマから魔石を受け取り、力を失ったマッサージ機にそれを入れた。

 

「動いた…。動いたわ!ありがとうカズマ!」

 

「…なぁ、フレイヤ…」

 

「?」

 

「おまえ、少し太ってないか?」

 

「!?!?」

 

…ふ、太ってないか?だと…。

そんな筈がない。

私は神からも崇められる程の美を持ち、女神からも羨ましがられる才の持ち主だ。

そんな私が、そんな完璧な私が…、太るわけがない!!

 

と、カズマは驚愕に目を見開く私へ近づき、おもむろに、私の二の腕をツンツンとする。

 

「ほら、二の腕がプニプニしてる」

 

「ち、違うわ!これはマッサージ機による副作用で…」

 

「まぁ、痩せすぎよりは良いかもしれんがな。でも、おまえって一応は美の神なんだろ?」

 

「一応じゃない!立派な美の神よ!」

 

この美の神フレイヤに向かって何たる戯言かしら!

カズマのくせに!

 

「それに!太ったと言ってもそれは誤差の範囲よ!朝は身長が高くなるみたいな感じの奴ね!」

 

「…ほう」

 

「ぷーくすくす。カズマったら私を慌てさせようとして。美の神を舐めないことね」

 

「それじゃあ試してみるか?」

 

「へ?」

 

カズマは何やらポケットから取り出し、私にそれを差し出した。

 

「これは数ヶ月前におまえが身に付けていた下着だ」

 

「そ、それ!私のお気に入りだったやつじゃない!どうしてカズマが持っているの!?」

 

「これを履いてみろ。さすればおまえの変化は如実となろうぞ」

 

「むむ…。へぇ、良い度胸ね。この私に勝負事を持ちかけるなんて。ふふ、いいわ。乗ってあげる。その代わり、私が勝ったら、あなたは一生私の下僕になること。分かったわね?」

 

「おう。俺が勝ったら俺の奴隷な。はい、じゃあ履いてみ」

 

「……」

 

「……」

 

「……あの」

 

「なんだよ」

 

「み、見られていたら履けないのだけれど…」

 

 

.

……

 

 

で。

 

履いてみた結果。

 

「は、履けたわ」

 

「ぷ。贅肉がめっちゃ乗っかってる」

 

「ち、違うわよ!これは、あの、ちょっとアレがアレで…」

 

「俺の勝ちだな。断言してやる。おまえは間違いなく太った!!!」

 

「ぐわぁぁ…」

 

ズビしっ!とカズマに指差された私の贅肉は、間違いなく数ヶ月前のそれよりも主張を強くしていた。

 

どこで何を間違えたの…っ。

 

私はただ、このマッサージ機に座ってお菓子を食べて紅茶を飲んでいただけなのに!!

 

すると、絶望に打ちひしがれる私の肩に、カズマが優しく手を置いた。

その手から伝わる温もりは、まるで聖母のごとく、私の胸に広がった冷たい何かを取り除く。

 

「か、カズマ…」

 

「おまえは今日から俺の性奴隷だ」

 

「!?」

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

そして、カズマの性奴隷と化した私は、ローブで身を隠しながら街中を歩く。

言っておくが、ローブの中にはもちろん服を着ている。

さすがに全裸でローブの変態さんになれとは言われなかった。

 

向かっているのはギルドだ。

 

後ろを歩くカズマは、私を逃さないためか、私のお腹に結んだ紐を引いている。

 

「…犬か!」

 

「犬以下だ!」

 

私は美の神なの!

美の神なんだからね!

もっと崇め奉りなさいよ!

 

「おまえのやることはさっき言った通りだからな。ギルドに行って、俺が指差した相手に魅了を掛けりゃいい」

 

「…そ、それだけなの?」

 

「簡単だろ?」

 

「ふふん、まぁね」

 

「殴りたい、そのドヤ顔」

 

下界の子供達を魅了するなんて簡単よ。

それこそ第一級冒険者だろうと魅了する自信がある。

例外としてカズマを除けば、このオラリオに私の魅了が通じない子供はほぼ居ないだろう。

 

…それにしても、カズマは私に魅了を使わせて何をするつもりなのかしら。

 

…。

 

「ねぇ、カズマ」

 

「ん?」

 

「一応言っておくけど、下界で神が神の力を使うのは本来ご法度なの。だから、カズマが何を考えているかだけは教えてもらえないかしら?」

 

「ふむ。…フレイヤとはいえ神は神だ。約束は破らないと誓えるな?」

 

「う、うん。自身に誓って約束は守るわ」

 

と、カズマは相変わらず紐を握りながら、周囲の視線に気を付けて、ゆっくりと喋り始めた。

 

「裏で俺を出し抜いて儲けてる奴がいる」

 

「儲けてる…?」

 

「俺の市場に土足で踏み込む悪どい奴らだ。そいつらの炙り出しには成功したからな。後は口を割らせて、そいつら全員を根絶やしにしてやるんだ」

 

「へぇ。なんだかよく分からないけど難しい話なのね」

 

「うん。すごく難しい話だ」

 

カズマのくせに難しい事を言ってる。

むかつくわね。

 

そうは思いつつも、様変わりのしない街中を歩き続け、寂れた石門を潜るとそこにはギルドが見えてくる。

こんな仕事は早く終わらせて、マッサージ機に座って紅茶を飲みたいものだ。と、私が今夜の堕落生活を想像していたときに、カズマは早速、ギルドの玄関口に居た1人の男を指差した。

 

「よしフレイヤ。あいつに魅了を掛けろ」

 

「はいはい」

 

魅了を掛けろと言うが、下界の子供なんてただ私と話すだけで魅了されてしまうのだけれど。

 

私はカズマが指差したヒューマンの男に声を掛け、何の事も無い口振りで世間話に興じることにした。

 

「あら、男前な冒険者。少しだけお話しよろしくて?」

 

「あ?…おっ、ふ。あ、は、はい!喜んで!!」

 

ほら簡単。

どうよカズマ。少しは私を見直したかしら?

 

「そいつらのファミリアと親玉の名前を聞き出せ」

 

なによ偉そうに!

ちょっとは褒めなさいよ!

 

ほんの少しだけ、褒めてもらえなかったことへの憤りを感じながらも、私はカズマの指示に従う。

 

その冒険者の名前、所属ファミリア、リーダーの存在。

何が何やら分からぬままに、私は聞き出した情報をカズマへ伝えた。

 

 

「良くやったフレイヤ!」

 

「ふふん。このくらい朝飯前ね!」

 

「さて、少し時間は掛かっちまったが密猟グループは潰せそうだし、後は()()()()を逃すルートの確保だな」

 

「?」

 

「よし、次行くぞ!」

 

「え!?これで終わりじゃないの!?」

 

「文句を言うな!ほら!ちゃっちゃと歩け!」

 

「あぅっ!ぐ、わ、分かったから紐を引っ張らないで!お、お腹が苦しいのよ!」

 

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

つい先日、俺がエイナを通して発注したクエスト。

それはとあるモンスターの生息情報の調査だった。

調査とはもちろん、モンスターの形態やら行動範囲、生息地、弱点など…。

 

ちなみに、俺が指定した調査対象はーー

 

ヴィーヴル

 

リザードマン

 

セイレーン

 

アルミラージ

 

ガーゴイル

 

ーーである。

 

一般的な冒険者に、この5匹のモンスターに共通する部分を述べよと聞けば、『無い』と答えるだろう。

ただ、先ほどフレイヤに魅了された冒険者……、俺が発注したクエストを誰よりも早く受注したあの冒険者にとっては違う。

 

あの冒険者…、裏の世界で名を馳せる密猟グループにとって、この5匹にはとある共通点があるのだ。

 

 

 

「……異端児(ゼノス)

 

 

ゼノスは意志を持ち、感情をコントロールする。

さらには喋って理解を示すこともできる。

 

そんなモンスター達。

 

 

この5匹は、今までに裏世界で確認されているゼノスの種族に他ならないのだ。

 

 

さて、肥やしの神(フレイヤ)により密猟グループの冒険者共を根絶やしにする算段はついた。

あとはあいつらを逃すための手段か……。

少なくとも、バベルの穴から堂々と逃すわけにもいかないだろう。

ならば、やはりあそこからか…。

 

俺はフレイヤに結ばれた紐を引っ張りながら頭を悩ます。

 

ディックスの奴…、面倒ごとを押し付けてきやがって…。

 

『…モンスターが俺を怖がったんだ。目に涙を浮かべたんだ…。そんなモンスターを…、ゼノスを…、俺は斬ることなんてできねえ!』

 

…できねえ!ドン!

 

じゃねえんだよ。

 

あいつ、アレだけの凶悪な顔面で正論を振りかざしやがって…。

もっとさー、破天荒に生きろよなぁ。

おまえこそ密猟グループの親玉みたいな顔してんのに、ゼノスを逃してやってくれ、なんて頼んでくんじゃねえよ。

 

…ちっ。

 

「金にもならねえ仕事…。なんで俺も受けちまうかな…」

 

下衆のカスマさんの異名が泣いてるよ。

そんな人情はゴミ箱にポイして、もっと楽して金を稼げる方法を考えた方が良いはずなのに…。

 

…やっぱり俺も人の子なんだろうな。

 

 

「ねえねえ、カズマ。もしかして、こうやってお腹を締め付けておけば、無駄な贅肉が落ちるってことはないかしら?」

 

「あるある。ほら、もっと強く締め付けてやるよ」

 

閃いたとばかりに腹回りの紐を凝視するフレイヤ。

俺はグイグイグイーーと紐を強く引っ張ってやる。

 

「本当に!?お願い!もっと締め付けてちょうだい!」

 

「おっけー。せい!」

 

「ぐぬっ!ぐぬぬぬ。ぅうぅ…、や、やばい、ちょっとストップ…。お昼に食べたじゃが丸くんが出てきそう」

 

「おまっ、汚ねえから我慢しろよ!?」

 

「うぇ…、ごめ、カズマ…。ちょっと袋か何かは持っていないかしら?最悪、両手で私のリバースを受け取ってちょうだい…」

 

「み、水を飲め!おら口開けろバカ!花鳥風月ーー!!」

 

「ぐぼっ!お、おっ、溺れる!ぶっ、あ、悪魔なの!?カズマは悪魔の生まれ変わりなの!?」

 

 

 

 



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無粋な夕日に思い出を

 

 

 

 

 

 

情報を基に乗り込んだ場所では、何やら悪巧みに笑みを浮かべる悪辣な密猟団の冒険者がニヤニヤと大枚を数えている最中だった。

おそらく、ゼノスを貴族に売り飛ばして得た金であろう。

そいつらは俺に気付くや「…?…っ!か、カスのカスマ…っ!?て、敵襲だ!全員戦闘準備!!」と、慌てた様子で武器を構えた。

 

数は多いがモンスターほどの脅威は無い。

 

俺は特に、そいつらと言葉を交わすこともなく、すぐさま閃光玉を地面に叩きつけた。

さらに、光の眩さに目を手で覆うアホどもへ、俺は牽制の意を込めた唐辛子入り激痛弾を投げつける。

 

痛い痛いっ!

 

ふん!売り飛ばされたゼノス達に比べたら、そんな痛さは屁でも無いんだからね!

 

だからと言わんばかりに、俺はさらに倍プッシュ。

しまいには土下座で許しを請う密猟団に、俺は条件付きで許してやると約束を取り付けた。

 

一つはゼノス達の売り飛ばされ先を教えること。

 

もう一つは今後、ゼノスに手を出さないこと。

 

そして、密猟団がその条件に渋々頷いたのを確認し、俺は少しだけ冷ための花鳥風月で、奴らの身体から刺激による痛みを洗い落としてやったのだった。

 

 

 

 

………

……

.

.

 

 

 

 

 

で。

 

俺は外で待たしておいたフレイヤに声を掛け、街へ戻ろうと伝えたところでーーー

 

「もう足が痛いの!カズマが私を待たせるからよ!罰として私をおんぶしなさい!」

 

「ふざけんな贅肉ババァ!」

 

「ば、ババァですって!?ちょっと表に出ろコラァぁぁ!」

 

第2ラウンドの鐘が鳴ったのだった。

 

「そもそもおまえがちゃんと魅了を掛けてれば余計な時間は使わなかったんだぞ!」

 

「そ、それは仕方がないのよ…。さっき吐い…、ご、ごほん。神のリバースによって、私の神力が低下してしまったから…」

 

「おまえがゲロ臭いからアイツらに魅了が通じなかったんだな!?」

 

「あーっ!ゲロ臭いって言った!そもそも貴方がお腹の紐を引っ張ったせいじゃない!責任転嫁は止してちょうだい!」

 

「てめぇが引っ張れって言ったんだろうがぁぁぁ!!」

 

青空の下で響き渡る喧騒。

俺が怒りに任せてフレイヤの髪を引っ張ると、フレイヤも負けじと俺の頬をつねった。

 

「い、痛いっ!髪が!神の髪がーー!!」

 

「このヤンデレデブ女が!二度と偉そうにするなよ!?」

 

「ぁぅ〜、わ、分かったわよ。分かったから髪を引っ張らないで!」

 

「ちっ」

 

降参ですとばかりに涙を浮かべるフレイヤから手を離し、俺は街へ戻るべく前を歩く。

 

余談だが、密猟団の秘密基地は街から少し外れており、森を抜け川を渡り、なぜか長い階段を上った所にあった。

そら誰も見つけられんわ、と呆れつつも、長い階段に辟易とする。

 

「…はぁ。上るのも大変だったけど、下りるのも大変そうね」

 

とてとてと俺の後ろをくっついて歩くフレイヤが溜息を吐いた。

 

「それは同意。そうだゲームしながら帰ろうぜ」

 

「ゲーム?」

 

「うん。グリコのおまけ」

 

「ふふん。言っておくけど私、グリコのおまけには定評があるわ。子供の頃はグリコのフレイヤちゃんと呼ばれた程よ」

 

「それ、呼ばれて嬉しいの?」

 

「浅き夢見し神よ、私にジャンケンの幸福を与え給え…。ふふ、私はチョキを出すわ」

 

「は?」

 

「…いくわよ。じゃん!!けん!!ーー

 

「「ポン!!」」

 

俺、グー。

 

フレイヤ、チョキ。

 

「…っ!?わ、私がチョキを出したにも関わらず、カズマはグー…。お、おかしいわ!こんなの絶対におかしいわよ!!」

 

「ぜんぜんおかしくないだろ…」

 

「いつもみんな、私がチョキを出すと言えばパーを出してくれていたのに!」

 

「なんだよその接待グリコ」

 

「ぐぬぬ」

 

悔しがるフレイヤに背中を向け、俺は階段を下る。

 

「それじゃお先に。グーリーコーの、おっまっけっ!」

 

「やっぱりグーはお得よね。チョキやパーよりも一段多く進めるのだもの…」

 

「うん。だからフレイヤもグーを出すといいよ」

 

「む!それもそうね!2回戦いくわよ!じゃん!けん!」

 

「「ぽん!!」」

 

俺、パー。

 

フレイヤ、グー。

 

「パ!イ!ナッ!プ!ル!!…」

 

「ぐぅぅぅ」

 

「…?おいフレイヤ。どうしたんだよ…」

 

俺がトントンと階段を下り終え振り返ってみると、フレイヤは悔しそうに足踏みをしながら、手で目を覆っていた。

 

仕切りに漏れる嗚咽に、食いしばる歯。

 

どうやら、フレイヤは泣いているらしい…。

 

仕方なく、折角下った階段を上り、俺はフレイヤの側へと近寄る。

 

「…神のくせにジャンケンで負けたくらいで泣くなよ」

 

「ぅぅ…。な、泣いてないわよ…。ただ悔しくて目から涙が溢れているだけ…」

 

「それが泣いてるって言うんだろ」

 

夕暮れ時の階段で、ただの遊びにムキになるフレイヤの姿は、幼き頃の妹を思い起こさせる。

そんな姿に触発されてか、気付けば俺は、フレイヤの頭を撫でながら、少しだけ優しい言葉を投げかけていた。

 

「ほら、一緒に帰るぞ」

 

「嫌よ…。ジャンケンで勝っていないもの。此処から動くわけにはいかないわ」

 

「あはは。それじゃあずっと此処に居るか?夜になったらお化けが出て来てフレイヤのことを食べちゃうんだぞ?」

 

「ふ、ふん!お化けなんて私の力で浄化させてやるんだから!」

 

「はいはい」

 

目元を赤くしたフレイヤの頭をぽんぽんと叩き、俺はポケットに入れていた飴を一つ渡してやる。

素直にも、それを警戒しながら受け取ると、フレイヤはポイっと口に入れた。

 

「…甘い。美味しいわ」

 

「そっか。じゃあ、次のジャンケンが最後な?…ほら、俺はグーを出すぞ?」

 

「ほ、本当に?…ぁぅ、わ、わかったわ!最後の勝負をしてあげましょう!」

 

意気揚々と手を振り上げる姿は本当に幼い。

なんだか心がほんわかとしてくるよ。

 

俺もまぁ、少しだけ大人気なかったかな…。

 

 

「「じゃん、けん、ぽん!!」」

 

 

俺、チョキ。

 

フレイヤ、パー。

 

 

圧倒的なまでの勝利。

 

完膚なきまでの必勝。

 

敗北の味を知らない男の秘訣。

 

 

「ぷーくすくす!!残念だったなフレイヤ!!」

 

「な、な、な!?」

 

「ち!よ!こ!れーーーーーー!と!」

 

「ずるい!ずるいわよ!カズマの癖に!!」

 

 

もはや涙を隠す事なく、フレイヤは階段をすっ飛ばして俺の胸倉を掴みかかる。

 

 

「グーを出すと言ったじゃない!」

 

「ところがどっこい。俺はチョキを出した…。おまえはパー…。これが現実…」

 

「うわぁぁん!!バカバカ!カズマのバカー!!」

 

「ふふ。狂気の沙汰ほど面白い…」

 

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

 

さてさて、先日の神会でカズマの話が上がって以来、ウチはカズマの事を注視していたわけやけど…。

 

ある時は中庭で鍛錬に励むティオネを空中回廊から舐め回すように見つめて1日を過ごしていた。

 

ある時は昼過ぎに起きるや、修行へ出掛けると偽りイシュタルの歓楽街へと赴き、獣耳はもはや国宝品だなと呟いていた。

 

ある時は昼間っから飲み屋で呑んだくれ、エルフのウェイトレスにちょっかいを掛けて泣かしていた。

 

……なんやねん。

あのアホは何がしたいねん。

 

ロキ・ファミリアに討伐ノルマなんてのは無いが、少なくとも自分の生活費くらいダンジョンで稼いでこんかい!

 

と、言おうにも、アイツはヘンテコなマジックアイテムを量産するや小金を稼いでくる。しかも、前回の深層遠征で得たデストロイヤー討伐の報償金もあるときた…。

 

くっ。

 

なんであんな人の皮を被ったクソみたいな奴が健全に金を稼いでんねん。

 

ほんまに隙があらへん…。

 

 

「……」

 

 

さらにや。

 

 

あいつ、デストロイヤー戦以来ステータスの更新に来ていない。

 

 

カズマ曰く

 

 

『レベルが上がっても得が無い。ロクな魔法も発現しない。おまけに貧乳に身体を触られる…。意味が無いじゃないか!!』

 

 

だと。

 

 

うぎぃぃぃ!

 

誰が貧乳やねん!

 

もっと崇めろや!

 

ウチは神やぞ!

 

どこぞのアクシズ教団の女神と一緒にすんな!!

 

……はぁ。

 

ただ、怒りに任せて椅子を蹴り飛ばした所で、なんの解決にもならない。

 

ウチやヘルメス、ウラノスをも出し抜かんカズマの行動。

次は何をする気や?

ほんまに神をも陥れる何かをする気やないやろうな…。

 

いや、少なくとも。

レフィーヤやアイズの事を、身体を張って守った男や。

道理の通らない事はしないと思うが…。

 

 

一つ、怪しむたるや行動を上げるなら。

 

 

「リヴェリアと行ったダイダロス通りの孤児院…」

 

 

…あいつは孤児院に行って子供と遊ぶような奴か?

じゃが丸くんの差し入れまで持って…。

 

いや、子供達が喜んでカズマに寄って来た光景を見ると、いらぬ疑いを掛けている自分に辟易とするが。

ただ、疑うべくは髪の毛の一本から。

カズマらしからぬ行動には全てを疑いを掛けな、また出し抜かれてまう。

 

はて、カズマは孤児院の子供達と遊んで何を企んでいる?

 

…子供達…。

 

…。孤児院…。

 

ダイダロス通り…。

 

そういえばあそこは、偉大な工匠とまで呼ばれたダイダロスに寄って建造された、言わばダンジョンとは違う人造のダンジョンだ。

ウチら神でさえも把握しきれない隠しギミックを残し、挙句には未完成だと言うダイダロス通りは、今尚、未知を冒険者に与え続けているのだろう。

 

…ダイダロス通りで何かに気が付いた…?

 

見つけたギミックが、孤児院の敷地内にあるとすれば、カズマが孤児院へ頻繁に訪れる理由にもなる…。

 

 

 

 

「…こりゃけったいな事になるかもしれんな…。気は乗らんけどフレイヤにも協力を仰ぐか…」

 

 

 

 

 

 



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無垢なお酒にさよならを

 

 

 

 

 

 

吹き抜ける風が俺の頬に当たった。

 

俺はその風上を見つめるも、そこには夕暮れ時の街並みと、それに伴う雑踏しか見られない。

 

ふと、少し視線の低い所で、小さな白兎が俺とフレイヤの前を走り抜ける。

雑踏にひしめく喧騒の隙間を縫うように走り抜けていった白兎。

 

走れ走れ。

 

ガキは走って転んで怪我をするのが仕事なんだからよ。

 

「可愛らしい子ね。貴方とは正反対」

 

「あぁ、純白な子供だったな。おまえとは正反対」

 

何がそうさせたのか、俺もフレイヤもその白兎の後ろ姿を見つめながら互いに罵詈雑言を浴びせる。

小さな、と言ってもそれは身長が低いだけであって、白い少年の年齢は俺やアイズとそう変わらないだろう。

ただ、見た目も雰囲気も子供同然の少年のようは、お世辞にも冒険者には見えない。

 

「すごく綺麗な輝き…。貴方の所の剣姫のようね」

 

「はいはい。そういう神感出すのやめてくれる?なんかウザいから」

 

「ちょっと!何よ神感って!?」

 

「…まぁ、アイズに似てるってのは少し分かるけどな」

 

風貌や潜在的な能力が似ていると言うわけではなく、どこか纏う雰囲気と言うか…。

本当になんとなくだが、心の底に眠る信念のような物が似ている気がする。

 

「分かったわ!」

 

「え?なにが?」

 

「じゃんけんの必勝法よ!」

 

「……あぁ、そう…」

 

「ふふ。隙を与えぬ二段構え…。後から手を変える愚考の方法よ!」

 

「ただの後出しじゃねえか!」

 

そんな風にバカの相手をしている隙に、白い兎のような少年の姿は街中の雑踏に消えていってしまった。

 

まぁ、本当にあの白いのがアイズに似た何かなら、そのうちダンジョンなりギルドなりで会えるだろう。

 

「はぁ。もう帰っていいぞバカ」

 

「え!?本当に!?」

 

「うん。バカの相手は疲れたし。帰ってやらなきゃいけないこともあるし…」

 

「わーい!やっと解放されたわ!」

 

両手を上げて喜ぶフレイヤ。

プルン揺れる胸は良いオカズになりそうだ。

 

「…はぁ、今日は疲れた。はよ飲みに行こ…」

 

「飲みに行くの?ふふ、奢ってくれるって言うなら付き合ってあげてもよくてよ?」

 

「……」

 

「ちょっと!なんで無視するの!」

 

「……」スタスタスタ

 

「ちょっと!なんで早歩きでどこかへ行こうとするの!」

 

 

 

.

……

 

 

 

「「かんぱーい!」」

 

場所を豊穣の女主人に移してジョッキを打つける。

縁に付いた零れ落ちそうな泡を慌てて口に運び、グイグイとほろ苦いシュワシュワを喉に流し込んだ。

 

「くはぁーー!うめぇ!どこの世界でも酒のうまさだけは変わらないな!」

 

「数百年の時を共に過ごしてきたお酒…。この子だけは私を裏切らないってものよ!」

 

豪快に笑い合う俺とフレイヤ。

すると、口元に泡を付けたフレイヤがあたふたと働くウェイトレスを呼び止める。

 

「これ!これを3つ…、いや4つちょうだい!」

 

「おいおい!美の神がそんな食って大丈夫かー?」

 

「ぷーくすくす!アルコールには脂肪を燃焼させる効果があるのよ!」

 

「そっかそっか!それならじゃんじゃん食え!」

 

ミノタウルスの硬筋肉を使った唐揚げをほむほむと頬張りながら、フレイヤはケラケラと笑ってシュワシュワを傾けた。

 

うむ、今日は悪酔いするエセ関西弁も、説教を垂れるアホエルフも居ない。

 

良いお酒の日だ!

 

「よっしゃあ!今日はガンガン飲むぞー!おらー!リュー!この世の酒を全て持ってこい!」

 

「あとモツ煮と串焼きの盛り合わせも!」

 

「お!良いチョイスじゃねえか!」

 

「ふふん。もっと褒めてくれても良いのよ?」

 

「よーし偉い偉い!肥やしの神様はエロいし偉い!」

 

「むふーーー♩」

 

小さな頭を少し乱暴に撫でてやると、フレイヤは満更でも無いような顔で鼻息を荒くした。

 

アルコールの巡りが気持ち良い。

 

フレイヤも顔を赤くさせて上機嫌に酒を仰ぐ。

 

そんなアルコールに飲まれて陽気に肩を組み合う俺とフレイヤを、ウェイトレス達がゴミでも見るかのような目で見ていることなど気にしない。

 

おいおい。俺はデストロイヤーを倒した街の英雄だぞ?

 

感謝はされども恨まれる筋合いは無い!!

 

「酒だー!酒を持ってこーい!」

 

「私も!このお店で1番美味しいお酒をちょうだい!!」

 

「……」

 

と、俺とフレイヤがリューを呼び止めた時に、店の扉が乱暴に開けられた。

 

「あ?カズマじゃねえか。おまえ、ダンジョンにも行かねえで何やってんだ?」

 

現れたのは一人ぼっち狼のベートくん。

彼はいつも1人っきりでダンジョンに行き、1人っきりでご飯を食べ、1人っきりで修行に励む。

 

とても可哀想な子だ。

 

「う、うぅ、ベート…。今日も1人ぼっちで飲みにきたのか?」

 

「お、おい。なんでそんな哀れみな視線を向けやがる…」

 

「大丈夫。大丈夫だから。こっちで一緒に飲もう…。な?」

 

「い、言っておくが1人じゃねえぞ!?後からフィン達も来るからな!?俺は1人じゃねえ!!」

 

そうかいそうかい。

そうやっていつも苦しい言い訳をしているんだね。

 

まったく、哀れな狼だよ……。

 

 

む…?

 

 

「おまえ今なんつった?」

 

 

そう、ベートに尋ねたと同時に、店の扉を開けた大所帯が店内へとなだれ込んで来る。

 

 

「やぁカズマ。こんな所で会うなんて奇遇だね」

 

 

その大所帯を引き連れた1人の少年、のような体躯と瞳を持つ勇者様、コメカミに青筋を立てたフィンが現れた。

 

ふぇぇえ、フィンくん激おこだよぉぉ。

 

「ちょっとカズマ!このお酒に合うおつまみは何かしら!?」

 

黙れフレイヤ…。

 

「僕の記憶違いじゃなければ、今日はダンジョンへ行くと言っていなかったかい?」

 

「あー、そ、それな。いやぁ、アレだよ。さっきまではダンジョンに居たんだよ。ちょっと早めに切り上げただけ」

 

「ぷーくすくす。何を言ってるのよカズマ!貴方は私とずっと一緒に居たじゃない!ダンジョンになんて行っていないわ!美の神として誓ってあげる!」

 

「おまえは黙っとけよ豚が!」

 

「酷いっ!ぶ、豚は酷すぎるわ!」

 

と、俺の言葉にフレイヤが涙を浮かべながら抗議しようとした時、その光景を静観していた笑顔のフィンは、拳で酒やおつまみで溢れる机を激しく叩いた。

 

「「っ!?」」

 

「カズマ…。聞きたいことは沢山ある。僕にウソをついてまで出掛けた理由。ロキから聞いた神会の話…。なにより、なぜキミはライバルファミリアの主神と共に酒を飲んでいるんだ!?」

 

拳が鳴らした衝撃音に目を丸くする俺とフレイヤ。

 

すると、フィンの背後に構えていたロキ・ファミリア団員の1人から抗議の声が上がった。

 

 

「…裏切り。カズマは、裏切り者。…みんなで、簀巻きにしてボコボコにしなきゃ…」

 

 

…アイズ…、おまえ何を素知らぬ顔してエグい事を言ってんの?

なに?もしかしてこの前、花鳥風月でずぶ濡れにしたことを根に持ってるの?

 

 

「足らんな。私の最大火力の魔法で滅却してやろう」

 

 

トチ狂ったのリヴェリア?

おまえが詠唱を始めたらすぐさま俺のエクスプロージョンが火を噴くぞ?

 

てか、何でこいつらはこんなに怒ってるんだよ…。

 

「待て待ておまえら!俺がダンジョンに行かず、街ぶらして飲み歩くなんて日常茶飯事だろ!言わせんな恥ずかしい!」

 

「「ぐぬぬぬ」」

 

はい論破。

下がれ下がれバカ親子。

 

すると、胸の大きいティオネが悔しげに歯をくいしばるバカ2人に代わって前に出てきた。

 

ティオネは明らかな憎悪感をむき出しにしながら、俺を見下すように仁王立ちで睨み付ける。

 

「あんた、分かってんの?」

 

「は?」

 

「あんたは私達の信頼を失ったのよ」

 

「もともと信頼なんてされてなかったろ!!」

 

「ぐっ…、わ、私は少しだけ信頼していたわよ!」

 

「ウソだっ!!!」

 

「な、なによ…」

 

ティオネの威勢が良かったのは最初だけ。

俺が少し強く詰め寄ると、ティオネは驚いたように肩を震わせた。

 

「おまえ、最近は風呂に入るときに脱衣所の鍵を締めるようになったろ!!」

 

「ぐっ…」

 

「裸族の癖して恥じらいなんぞ持ちやがって!」

 

「ぅ、ぅぅ、ら、裸族じゃないもん…」

 

「アマゾネスの恥晒しが!ティオナを見習え!ティオナは鍵どころか扉すら半開きだぞ!」

 

無防備なティオナは無い乳ながらもアマゾネスとしてしっかりと役目を果たしている。

風呂どきになれば半開きになった扉から見える湯けむり越しのティオナに、俺の下半身はエクスタシーなわけで。

 

胸は自分で揉むと膨らむよ。

 

って言ったら、次の日から夜な夜な寝る前に胸を揉むようになったティオナは、おっぱいは無いけど少し可愛らしい。

 

「本当におまえは胸だけの女だな」

 

「ぅ、うぇぇ〜ん」

 

俺の言葉に傷付いたのか、ティオネは弱々しく腰を曲げて引っ込んで行った。

 

俺に逆らうなんて100年早いんだよ。

 

このクソ文明で生きてきた時代錯誤な勘違い冒険者共が、少しばかり腕っ節に自信があるからといって偉そうに言うなっての。

 

ファミリアの暗黙の了解だの、オラリオの共通認識だの、訳の分からんしがらみに俺を巻き込むな。

 

そう思いながら大所帯から目を逸らしてシュワシュワを喉に流し込む。

 

 

ふと、そんな剣呑な空気に吹く甘い香り。

 

 

小さな彼女は不安気な表情で、泣きそうな瞳を向けて呟いた。

 

 

「か、カズマさん…」

 

「…っ、レフィーヤ…」

 

 

群勢から頭一つ小さいレフィーヤ。

 

ど、どうしてそんな悲しそうな顔をしてるんだよ…。

 

誰だ…。

 

誰だよレフィーヤを悲しませたのは…っ!

 

 

「カズマさん…、改宗するつもりなんですか?」

 

「…おいでレフィーヤ。可愛いお顔が涙で台無しだよ?」

 

「…っ」

 

「小さな小さなレフィーヤを残して、俺が改宗なんてするわけないだろ?」

 

「っ、ほ、本当ですか?…あの、それじゃあどうして、フレイヤ様と…」

 

 

俺はレフィーヤの涙を指で拭き取ってやり、そのまま頭を優しく撫でてやる。

 

いつものように、頭を撫でられると目を細めるレフィーヤの可愛い癖。

 

可愛い可愛いレフィーヤ。

 

そんなに可愛い顔で悲しまないでくれ。

 

 

「…分かった。つまり、レフィーヤを悲しませてる原因はフレイヤなんだね?」

 

 

俺はフレイヤの首根っこを掴み

 

 

「へ?え?何?…あ、ちょっと冷たくて気持ち良いかもぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

 

「ドレインターーーッチ!!!」

 

 

「ちょっ!?や、やめて!?何なのこれ!いや!あっ!ち、力が…っ!神の力が抜けるぅぅぅぅ!!」

 

 

「レフィーヤを悲しませる悪の根源め!!その胸に詰まった脂肪もすべて吸ってやる!!!」

 

 

 

「ああぁぁぁぁっ!わ、私は何もしてないのにぃぃぃぃ!!!」

 

 

 

 

 



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かずまと!!
白い少年にお祈りを


 

 

 

「ベート!右だ!右から3匹っ!」

 

「ちっ!おらぁ!死ねやクソ雑魚がぁっ!!」

 

 

ベートのスラリと伸びる蹴りにより、四方八方から襲いかかってくるモンスター達を殲滅していく。

モンスターは仲間がいくら殺されようと、構わずに無心で突撃してきた。

知能の無い生き物程滅びるとは聞くが、本当にその通りだ。

 

俺は後ろからベートに指示を出しつつ、混沌としたダンジョンでの戦闘に終わりが近づいてきたことを察する。

 

数が減ったな…。

 

もう少し狩れば全滅するだろう。

 

「よし!ベートその調子だっ!左も右も前も後ろも全部殺せぇぇ!ひゃーっはっはっはっ!!あの時の恨みじゃ雑魚共が!!」

 

「…お、おい、カズマ」

 

ベートは器用にも、蹴りを繰り出しつつ背後の俺に話しかける。

 

背後と言うか、背中におんぶしてもらってるんだけどね。

 

「おまえ、浅層のモンスターくらい自分で戦えよ…」

 

「バッカおまえ。コボルトを舐めるなよ?1対1ならともかく、あいつらは集団で襲いかかる卑怯なモンスターだ」

 

「そ、そうだけどよ…」

 

「おいおい油断すんなよ!?高品質なアダマンタイトの代わりに俺のストレス発散に付き合ってくれるって言ったのはおまえだぞ!!」

 

俺がそう言うと、ベートは呆れたように溜息を吐きつつもコボルトの群れを一掃した。

3層のコボルトはベートが居れば敵じゃない。

 

ちなみに、この状況には理由がある。

 

それは昨夜の事。ベートが打撃特化型の硬質ブーツを作りたいとのことだったので、俺は深層で採取したアダマンタイトを渡してやったのだ。

最近じゃ金に困ることもなく、採取だけして採取してフレイヤん家の倉庫に眠らせていたアダマンタイトだったので、俺には何のデメリットも無い。

ただ、無償で渡してやるほどの善人でも無い。

なので俺はストレスの発散に、ベートへコボルトの全滅を頼んだのだ。

 

新技も試したかったからいいぜ。

 

と、快く受け入れたベートとバベル前で待ち合わせをし、俺はよいしょと背中に乗ったのだった。

 

 

「ふぅ。これで全滅させたな」

 

「おう。それでどうするんだ?もっと下へ進むか?」

 

「ん〜。深層に用事もないしなあ…」

 

「なんだよ。俺はもっと歯応えのあるモンスターと戦いてえんだ」

 

 

歯応えならミノタウルスの唐揚げが美味しいよ?

なんて冗談を言いつつ、俺はベートに、おんぶしてくれるなら何処まででも付き合ってやると伝える。

とは言え、あんまり長いことダンジョンで油を売る気も無いが…。

 

 

「深層まで行かねえか?カズマは道案内をしてりゃいいし」

 

「あ?嫌だよ。日帰りできないじゃん」

 

「俺の脚なら日帰り出来る」

 

 

面倒だなぁ、と思いながらもベートは既に歩き始めている。

背中に乗った俺は電車に揺られる女子高生の如く、その行き先に到着する事をただただ待つのみだ。

ティオネやアイズの背中にも乗った事があるが、ベートの背中は程よく広くて乗り心地が良い。

なんどか髪から良い香りもするし…。

 

…やだ俺ったら、男の背中に胸キュンしちゃってるじゃん。

 

 

「おまえの背中、硬いけど暖かくて気持ち良いな…」

 

「…気持ちの悪い事を言うな…。って、ん?おい、カズマ、あそこ見てみろよ」

 

「ん?」

 

 

ベートが指差す方向、そこには以前に俺がミノタウルスに追われて行き着いた袋小路があった。

懐かしいなぁ…。

そうそう、俺もあそこに居るヒューマンみたいにミノタウルスから必死に逃げて、あの袋小路で追い詰められたっけ…。

 

ははっ、あの()()()()()()()も涙目になってるわ。

 

「あの頃はまだまだ俺も若かったっけ。はぁ、大人になると辛い事ばかりだよまったく」

 

「いやおまえ、そんな訳のわからねえ思い出に浸ってる場合じゃねえだろ!あの小せえヒューマンを助けに行くぞ!!」

 

「ええ!?ダンジョンに居る冒険者は独任主義だろ!なんで俺たちが助けなきゃいけねえんだよ!」

 

「馬鹿野郎!カズマは思いやりって言葉を知らないのか!?」

 

「そもそも弱えくせにダンジョンに来たあの白いチビが悪いんだ!面倒くさい面倒くさい!!」

 

「血も涙も無ぇことを言うなよ…。ちっ、行くぞっ!!」

 

 

なんだよこのぼっちオオカミ…。

思いやりとかふざけんなって。

金にもならん事を良くもまぁ進んでやれる…。

 

高速で走るベートと背中に乗った俺は、一瞬の間にミノタウルスの背後へたどり着く。

鼻息荒く白いヒューマンを襲おうとしていたミノタウルスは俺たちに気が付かない。

 

 

「おらぁぁっ!」

 

 

と、レベル5であるベートの不良蹴りが炸裂した。

ミノタウルスも可哀想に…。

急に後ろから蹴り殺されちゃって。

まじでガンジーが勢いつけて殴ってくるレベルの悪行だよ。

 

「…っ!!」

 

驚くように目を見開く白いヒューマンは、ミノタウルスの返り血を浴びて赤くなる。

俺はベートの背中から降り、尻餅をついたそいつに仕方なく手を差し伸ばした。

 

「ちっ!雑魚がダンジョンに来てんじゃねえよ…」

 

え?ベートさんツンデレ属性なんすか?

さっきまで思いやりだとか言ってたじゃん。

 

「っ、あ、あの、助けて頂きありがとうございます」

 

「別にいいよ。そこの狼曰く、冒険者は思いやりが大切なんだとさ」

 

「おいカズマ!俺はそんな事言ってねえ!!」

 

吠えるベートに怯えるヒューマン。

 

まじでコイツ何なの?

ひと昔前にて流行った、雨に震える捨て猫を拾う系ヤンキーなの?

 

と、俺がベートに呆れていると、返り血で赤くなった少年は勢いよく頭を下げ、何度も何度もお礼を言ってきた。

 

 

「あの!本当にありがとうございます!」

 

「良いって良いって。返り血を落としてやるから少し動くなよ?…花鳥風月っと」

 

 

ちょろちょろ〜、と。

血を洗い流すように、ヒューマンの頭から花鳥風月による聖水を浴びせる。

 

 

「…っ!か、花鳥風月…、あ、あのっ!もしかして貴方は…、さ、佐藤カズマさんですか!?」

 

「ほぇ?」

 

「あり得ない速度でレベルを上げて、都市最強のレベル7との決闘に勝ち、デストロイヤーを殲滅したと言う…」

 

「うむ。その通り。俺が佐藤カズマだ」

 

この白い少年は良い子だ。

悪い気分はしない。

 

ていうか、どこかで見たような…。

 

「僕、カズマさんの噂を聞いて冒険者になったんです!」

 

「ほうほう。それは素晴らしい理由だ」

 

「神様に…、ヘスティア様に拾って頂き、カズマさんが数ヶ月で()()()7()になったと聞いて尊敬しました!!」

 

ヘスティア?

なんだあのロリ巨乳、子供を雇ったのか。

こんな良い子を…。

あいつめ。

 

 

「っ!?ちょ、ちょっと待て…、おいカズマ、俺の耳が確かなら、そのガキ、今レベル7って…」

 

 

おいベート!

俺と少年の会話を邪魔するなよな!!

俺がレベル7だとかはどうでもいいんだよ!

 

 

「うるさいぞベート!!今度詳しく話してやるから黙ってお座りしてろよな!!」

 

「ぐっ…」

 

 

ベートを黙らせ、再度少年に視線を向ける。

 

 

「良い神に拾ってもらったな…。ヘスティアとは俺も仲良くしてやってるんだ。…おまえ、名前はなんて言うんだ?」

 

 

白くて柔らかそうな髪質に、赤くて澄んだ瞳。

 

そうだ、こいつは前に街で見かけたんだ。

 

アイズに似た、少しだけ弱々しい輝きを持った子供。

 

少年は嬉しそうに、俺へ向かって大きく目を開けた。

 

 

 

 

「僕、ベル・クラネルって言います!!」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

佐藤 カズマ

下衆男(カスマさん)

 

()()()7()

 

力       【I】  0

耐久    【I】  3

器用    【I】  31

敏捷    【I】  0

魔力    【I】  0

 

スキル

器用貧乏(ユーザビリティ)

悪運(ラック・オンリー)

演芸(レクリエーション)

千里眼(エロティカル・アイ)

 

魔法

・ドレインタッチ

・花鳥風月

・ブレイクスペル

・スティール

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 




新章スタートです。

ゼノスとベルとカズマ。

アイズもちょろちょろ出していきたい…。

ヒロインはアイズかレフィーヤかティオネかベートだな…。


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黒の下着に温もりを

 

 

 

 

 

 

「神様ーー!カズマさんが来てくれましたよー!!」

 

 

ベルの大声が、廃墟と化した教会の地下に鳴り響く。

見渡せば、所々に生活臭を感じるのは、恐らくベル達が…、ヘスティア・ファミリアがホームとして使用しているからだろう。

発足したてのファミリアってのはやっぱり金が無いのか、ヘスティアは今も尚、じゃが丸くんの売り子として働いているらしい。

 

「おお!カズマくん!ようこそボクとベルくんの愛の巣へ!」

 

「小汚い愛の巣だな。それよかベルに聞いたぞ。おまえ、ベルにダンジョンの事を何もおしえてないだろ?」

 

ギクっと、ヘスティアは俺の言葉に肩をビクつかせる。

 

ダンジョンで出会ったベルは、無謀にもほぼ無防備な状態で6層へ訪れていたのだ。

そこで襲われたミノタウルスに手も足も出ず、危うく殺されるところを俺とベートによって救い出された。

 

…今更だけど、ジャージ姿でダンジョンに行ってた俺って相当な狂人だったんだな。

 

「ベル。ギルドには話を通しておいたから。明日はダンジョンに行かないで、ギルドでエイナって言うエルフのお姉ちゃんに声を掛けろよ?」

 

「はい!」

 

「で、ヘスティア。おまえ、所持金はどれくらいある?」

 

「ぬ!?ま、まさかベルくんの授業料だとか言ってボクから金銭を巻き上げる気かい!?」

 

「違げえよ!ベルに最低限の防具と武器を買い揃えてやれよ!」

 

「むむ!そ、そうしたいのは山々の山々なんだけどね…、た、たはは、ボクのアルバイトだけじゃまだ少し足りなくて…」

 

俺はヘスティアの言葉にわざと大きな溜息を吐く。

まったく、ダンジョン舐めんなよ。

武器はともかく、防具は揃えてやらないと、浅層のモンスターにすらボコボコにされちゃうんだぞ…。

 

「…はぁ。初期の防具くらいは俺が揃えておいてやる」

 

「そ、そんな!悪いですよカズマさん!僕、自分の装備くらい自分で買いますよ!」

 

「子供が遠慮するなよ。ダンジョンでの冒険者は独任主義だが、都市に戻れば持ちつ持たれつだ」

 

「う、うう…、か、カズマさん…っ、あ、ありがとうございます!」

 

「うんうん。とりあえず、明日はダンジョンに行かずにエイナに知識アレコレを教えてもらってこい」

 

「はい!」

 

俺はベルの頭を2度3度撫でてやりながら、神らしい事が出来ずに落ち込むヘスティアへ声を掛けた。

 

「良い子供を見つけたんだな。良かったじゃないか」

 

「ふふん!ベル君は自慢の子供だよ!」

 

「真っ白で純粋、危なっかしい所もあるが、ベルはきっと強くなるよ。それこそ、アイズやフィンにも負けないくらいにね」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「ああ。まぁ、俺を超えるのは難しいかもしれないけどなー」

 

 

おふざけ半分な口調でベルをからかう。

その言葉に、ベルもトホホと項垂れながら笑顔を見せた。

 

…おふざけは半分。

 

ベルの輝きはホンモノかもしれないな。

 

イレギュラーな俺を置いておけば、アイズやフィンに負けない輝きを持っている。

 

 

 

フレイヤに言わせれば、ベルはーーーー

 

 

 

「……英雄の器…か…」

 

 

 

 

.

……

………

 

 

 

 

「ただま〜」

 

ヘスティア・ファミリアを訪問後、俺は早速ベルの防具を調達すべく教会跡地を後にした。

取り急ぎ、必要な金はロキ・ファミリアホームの自室で管理している分でも十分に足りるだろうと、俺は黄昏の館へと戻る。

 

 

「ただまって何よ。ただいまでしょ」

 

 

おろ?

出迎えがティオネとは珍しい。

この非常識アマゾネスは普段、ダンジョンに居るか、フィンの部屋へ凸ってるかなのに…。

 

「なんだよティオネ。おまえが応接間に居るってのも珍しいな…。一瞬ティオナの胸が膨らんだのかと思ったぞ」

 

「ふん。団長がダンジョンに行ってて暇だっただけよ」

 

聞けば、ティオネは先日の深層遠征で耐久値の落ちた湾短刀を修理に出しているらしく、フィンに付いて行けなかったのだとか。

 

「レフィーヤは?アイズとティオナも」

 

「あの子達なら街へ買い物へ行ったわ」

 

「へえ。そんじゃティオネでいいや。ほれ、出掛けるから準備してこいよ」

 

「は?」

 

「バベル行こうぜ。防具を買いに行くから付き合ってくれ」

 

「……。なんだか、レフィーヤ達の代わりみたいで癪なんだけど…」

 

「正確には、レフィーヤの代わりのアイズの代わりのティオナの代わりのティオネだけどな」

 

「あんたぶっ飛ばすわよ!?」

 

 

激しく俺の胸倉を揺するティオナ。

それと一緒にティオナの大きな胸も上下に揺れていた。

 

おぉ、これが体感型のおっぱいVRって奴か…。

 

悪くない…。

 

 

「…うん。やっぱりティオネはイイね。本当にイイ物を持ってるよ、おまえ」

 

「あんた、どこ見て言ってんのよ…」

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

結局、私はカズマに半ば強引に連れ出されホームを出たのだが、考えてみれば、カズマが防具を買いに行くとは珍しい。

深層へ行くにもサポーター顔負けなリュックサックを背負うのみで、身体を守る防具類は必要最低限な物しか身に付けていないのに。

 

…デストロイヤー戦で少し痛い目にあったのが堪えたのかな?

 

……。

 

いや、コイツがそんな一般的な感性を持っているとは考えられない。

 

……?

 

 

「ねえカズマ」

 

「なんだよ?」

 

 

噂には聞いていた、じてんしゃたる乗り物で移動しつつ、私はカズマの背中に尋ねた?

 

「防具を買うって、あんたの防具は壊れても傷んでもないじゃない」

 

「あー?まあなー。だって買うのは俺の防具じゃねえし」

 

「…誰かへのプレゼント?」

 

ギーコギーコとじてんしゃを漕ぐカズマの背中が、私の言葉に少しだけ笑った。

 

「あはは。何おまえ、もしかしてまだ俺の事を疑ってんのか?」

 

「……」

 

カズマはやはり笑いながらじてんしゃを漕ぎ続けた。

疑ってしまう自らが抱くほんの少しの背徳感。

私はカズマの言う通り、カズマを少しだけ疑っている。

 

ライバルファミリアの主神、フレイヤと共に酒を囲んでいたカズマ。

 

あの光景は、少なからず団員達に疑惑を匂わせただろう。

 

暗黙の了解ではあるが、冒険者は自身の所属するファミリアの主神以外の神と、必要以上に仲良くしてはいけない。

 

カズマの事だから偶々仲良くなったで話は済んでしまったが、それでもやはり、私は彼が私達を裏切るんじゃないかと不安になってしまう。

 

……こいつは、言いたくないけど頼りになるから…。

 

この大きな背中が私達を置いて、他の何処かへ行ってしまったらと思うと…。

 

少しだけ怖くて、不安で、寂しいから…。

 

 

その不安を払拭するように、私はカズマの背後からお腹に回していた腕に力を込める事しか出来ないんだ。

 

 

「ロキには拾ってもらった恩もあるし、フィンやアイズ達には世話にもなった。特にティオネ、おまえにはすごく助けられてるんだよ」

 

突然に、彼は優しい言葉を呟いた。

 

その声音はまるで団長のように暖かくて心強い。

 

「…わ、私…?ふ、ふん!そんな優しい言葉で私を懐柔しようだなんて3年早いわよ!」

 

「はいはい。それでも、世話になってんのは事実だし、人で無しだとか下衆だとかと言われちゃいるが、俺だって恩義くらいは返したいと思ってる」

 

世話になった私への恩義?

恩義を返すって、ま、まさか…。

 

今から買いに行く防具は、私へのプレゼント…!?

 

 

「夜のオカズはおまえしか考えられん。これからもお世話になります」

 

 

「…おまえまじで下半身チョン切るぞ?」

 

 

「ちなみにこれから買いに行く防具はおまえへのプレゼントでもないからな。勘違いすんなよ」

 

 

「クソが!!てめぇにトキメキ掛けた数秒を返せバカ!!」

 

 

 

.

……

 

 

 

ーーーーで。

 

到着したバベルで防具を買うべく、私はカズマの後を追う。

道中に色々とあったせいで疲れてしまったなぁ。

もうさ、カズマなんて放って置いてダンジョンで憂さ晴らしでもしようかな。

カズマって少しコボルトに似てるし、コボルトを惨殺すれば気も晴れるかもしれない。

 

「ねえねえコボルトー」

 

「おまえ自然に俺をコボルトと呼ぶんじゃねえよ」

 

「あ、ごめ。それでさ、結局誰の防具を買いに来たの?あんたのってわけじゃないわよね?」

 

カズマはバベルへ入るや、ヘファイストス・ファミリアの防具店へ向かったのだが、そこはどう見ても新人御用達の安価な物を取り扱う店ばかりのフロアだった。

流石に、貧弱な第1級冒険者であるカズマでも、ここの防具で身を守ろうとは考えられまい。

 

「ん。少し危なかっしい新人冒険者の防具だよ。まだファミリアも創設されたてだから金もねえんだとさ」

 

「はぁ!?あんたもしかして、フレイヤ・ファミリアだけじゃなく、他のファミリアにも出入りしてんの!?」

 

「悪いのか?」

 

「悪いに決まってんでしょ!私達は冒険者なの。弱い奴は死ぬ。強い奴は生き残る。ここはそういう場所よ。そんなお金も地位も無いファミリアに肩入れする義理も無いわ」

 

一瞬にして沸騰する頭。

 

フレイヤ・ファミリアとの件もまだ流せていないのに、カズマは他のファミリアの新人に防具を買ってやると言うものだから。

私は多少の怒りを込めて捲し立てた。

 

「あはは。ティオネ怖ーい。まるで怒り狂ったリザードマンみたい」

 

「ふざけんな!」

 

「…お、落ち着けよ。何をそんなに熱くなってんだ…」

 

「…っ!あ、あんたはロキ・ファミリアの一員でしょ。それなのに何で他のファミリアに…」

 

「もう!うるせえなバカ女!!おまえだってもしもフィンが別のファミリアに居て、ダンジョンで死に掛けてたら助けるだろ!?」

 

「そ、それは、恋は盲目と言うか…、って、それなら何であんたは、さっきから男物の防具ばかり見てるのよ!?」

 

「ぐっ…」

 

 

ふ、ふふ!

論破したったわ!

あのカズマを、私は論破してやったわ!!

稀に見る僥倖よ!

私はカズマに勝ってしまったのよ!!

 

 

「ぷーくすくす!カズマ、言い返せるものなら言い返してみれば?もう、あんたに逆転の材料は残されていないけどね」

 

「ぐぬぬぬぬぬ」

 

「これに懲りたら2度と私に楯突かない事ね!!」

 

「……っ!…スティーーール!!」

 

「ほぇ?」

 

 

カズマは突然に右手を振りかざすと、聞いた事の無い魔法を詠唱し始めた。

すると、右手は光に包まれていき、次第にその光は淡く散りゆく。

 

そして、彼の右手にはいつの間にか握られていた黒い布。

 

……あれ?

 

なんだか見覚えがあるような…。

 

それに、スカートの中がいつもよりスースーするような……。

 

 

 

「ティオネのパンティーゲーーーット!!!」

 

「!?」

 

「まだ温もりのあるアマゾネスの下着だぞ!!おらぁーー!臭いを嗅ぎたい奴から手を挙げやがれーー!!」

 

 

一斉に私達の喧騒へ振り向く男冒険者供。

そいつらの視線の先には、今の今まで私が身に付けていた黒の下着を手に掲げるカズマの右手。

 

 

「ま、待ちなさいよ!何よ今の魔法っ!ちょ、やめっ!振り回さないでっ!!」

 

「おっと!動くなよティオネ!次はおまえの身包みを全て奪ってやってもいいんだからな!!」

 

「くっ…う、ぅぅ…、か、返してよぉ…」

 

「それなら2度と俺に楯突かないと誓え!」

 

「ぅ、ぁぅ…、わ、私は…」

 

「いいのか!?この少しだけ汗の香りを含むパンティーを売り飛ばしても!?」

 

「っっ!?!?わ、分かったわよ!分かりました!!」

 

「ふん!それならこうべを垂れて誓いやがれ!私をカズマ様の性奴隷2号にしてくださいとな!!」

 

「くっ、くっそぉ…….」

 

 

カズマは膝を突く私を見下しながらパンティーをヒラヒラと舞いらせる。

 

周囲の冒険者はその光景を興味津々に眺めていた。

 

こんな羞恥…っ、た、耐えられない…。

 

私は地面に頭を付け、カズマに向かって泣きながら叫んだ。

 

 

 

「か、カズマ様…、っ、わ、私を、カズマ様の性奴隷2号にしてくださいっっ!!!」

 

 

 

 

 



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跳ねるこころに夕暮れを

 

 

 

 

 

私とカズマの主従関係がはっきりとさせられた一悶着を終えると、カズマは何事もなかったかのように装備品が並べられる店頭を見て回る。

 

一応、下着は返してもらえたが、一度奪われカズマの手によって振り回されたためか、少しだけゴムがゆるゆるだ。

 

仕切りに下着の具合を確認しながら、私はカズマの後に付いていく。

 

「短刀使いには軽い装備の方が良いよな?」

 

「はい。カズマ様の言う通りです」

 

「……。だからって敏捷性能だけを特化すりゃ、あの柔っちそうな身体は直ぐにボロボロになっちまうか」

 

「異論はございません」

 

「……ちょっと待って」

 

「なんでございましょう」

 

「その口調やめてくれない?」

 

カズマは困惑した表情で私を見つめた。

 

「何が不満なのよ…」

 

「性奴隷だなんて冗談に決まってんだろ。大人しく付き合ってくれって意味だよ」

 

「ふん…。もう私の身体は汚れてしまったわ」

 

公衆の面前で下着を振り回され、挙句には地面に頭を擦り付け性奴隷宣言をさせられる。

これだけの陵辱を受けて、今更普通に接しろだなんて出来るわけがない。

 

そう思いながら私がジト目でカズマを睨んでいると、彼は呆れたように溜息を吐いた。

 

「はぁ。わかったわかった。それじゃあこうしよう…」

 

「…?」

 

「新妻風に接してくれ」

 

「は?」

 

「新妻だよ。新妻。初々しい感じでさ」

 

 

 

 

ーーーで。

 

 

 

 

「ねえねえカズマくん!今夜は何が食べたい?」

 

「ん〜、ティオネの作る物ならなんでも良いよ」

 

「じゃあ肉じゃがなんてどうかしら?」

 

「良いじゃないか…。でも、俺はティオネの豊満な柔肉にかぶりつきたいかな」

 

「いやぁ〜ん!もう!カズマくんったらえっちぃ!だったら私もカズマくんの粗チンを噛みちぎっちゃうぞ☆」

 

「あははは〜。ティオネは冗談が上手だなぁ」

 

「うふふふ〜。冗談に聞こえた?クソヘタレ野郎が」

 

「……」

 

「……」

 

「「てめぇぶっ殺すぞこらぁぁーーー!!」」

 

 

ガシっと互いに掴み合い、今にも殴り合わんばかりの怒気を纏う。

ゲジゲジと私がカズマの腰にローキックを放てば、カズマは私に頭突きを放った。

 

「クソ女が!性奴隷が主人様を蹴ってんじゃねえよ!」

 

「てめぇこそ美人の顔に傷つけんじゃねえ!!」

 

「どこに美人が居るんだよ変態女!」

 

「おまえにだけは変態と呼ばれたくないわよ!!」

 

 

ガシガシ、ゲシゲシと、歪み殴り合うこと数分。

 

流石に周りの目が冷たくなってきたころで、私とカズマは互いに手を離した。

 

…不毛だ。

 

私とカズマは不毛な争いをしている。

 

 

「…なんか疲れた。早く防具選んで帰ろうぜ」

 

「…そうね。そうしましょう」

 

「もう喧嘩は止めような」

 

「うん。カズマ、手を繋ごう?新妻感は出せないけど、初々しい女の子の感じなら出せるから」

 

「おう。最初からそうしておけばよかったな」

 

先程までの争いが嘘だったかのように、私とカズマは仲睦まじく手を繋ぐ。

男の手はゴツゴツで大きなイメージだったのだが、カズマの手はそれに反して柔らかく、そして小さい。

 

同じくらいの年頃の男の子。

 

そういえば、こうやって素直に言い合い、喧嘩が出来る相手ってカズマが初めてだなぁ…。

 

…なんて。

 

 

「それで?防具はどんな物を買う気なの?」

 

「あぁ、まだ身体も小さいヒューマンの冒険者だからな。ある程度の防御力を保ちつつ、やっぱり敏捷性の高い奴がいいだろう」

 

「ふーん……」

 

「……今度会わせてやる。小さい癖に大きい光を持つヒューマンだよ」

 

何かを察したのか、カズマは私を宥めるように説明をしてくれる。

 

小さい癖に大きい光を持つヒューマン?

 

それってカズマのことじゃん。

 

「そのヒューマンに、カズマは期待してるってこと?」

 

「…はは。期待ってのもおかしな話だけどな。…少なくとも、()()()()()は見えた気がするよ」

 

英雄の……、片鱗…?

 

なにそれ。

 

カズマは、英雄じゃないの?

 

都市最強と言われるロキ・ファミリアの団員達をも驚かせる成長速度。

歴戦の勇にも負けない機転。

そして、誰よりも強く、頼りになる輝き。

 

カズマこそ、英雄そのものじゃない…。

 

と、私が反論しようとした時に、カズマはお目当の防具を見つけたのか、ひょいっと私の手を引っ張り店内へと入っていってしまった。

 

 

「コレなんて良いんじゃないか?サイズもぴったりだし。なぁ、ティオネ」

 

「え、あ、うん…。そうだね」

 

 

そんな生返事を返しながら、心の奥に覚える小さな引っかかり。

 

心のどこかで、私はカズマよりも秀でた冒険者は居ないと思っている。

 

誰がなんと言おうと、私はカズマの事を良く知っているから。

 

「……」

 

そんなカズマが期待とか、英雄の片鱗だとか言うと…。

 

まるで自らを()()()()()()()()()と語っているようで。

 

 

カズマは誰よりも強くて、頼りになるのに…。

 

 

なんだか……。

 

 

 

「…嫌だな…」

 

 

 

「…ていうか、おまえパンティーがずり落ちてるぞ」

 

 

 

「え、あ、うん。ありがと…」

 

 

 

「……?」

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

夕暮れの帰り道。

バベルからホームまでは、ティオネたっての希望で歩いて帰ることとなった。

なんだか、自転車を手押ししながら女の子と帰路に着くって、俺が思い浮かべていた青春そのものだな…。

 

とは言え、隣を歩くティオネは黙りこくっている。

 

ティオネの様子がおかしくなったのは、恐らく良い防具を見つけて店内へと入った頃合いだろう。

 

ゴムのゆるゆるなパンティーがずり落ちてると言うのに生返事しか返さないし…。

俺が落ちたパンティーを後ろからそっと穿かしてやっていなかったら、こいつは今頃痴女の二つ名を欲しいままにしていたに違いない。

 

「なぁティオネ。どうしたんだよ?疲れちゃったのか?」

 

「…疲れてるわけ…、んーん、少しだけ疲れたみたいね。だからさ、いつもみたいに魔力をちょうだい?」

 

そう言うと、ティオネは右手を俺に差し向けた。

 

「魔力なんて使ってないだろ。変な奴だな」

 

「いいから。…繋ぎなさいよ…」

 

「?」

 

頑として手を引っ込めないため、俺は仕方なくティオネの手を握る。

俺だって魔力が無限にあるわけじゃないために、少しづつ、ゆっくりと、ほんの少量の魔力をティオネに与え続けた。

 

「…私は、…っ、私はあんたの事を認めてるんだからね!」

 

「へ?な、なに…?」

 

「あんたが街で、クズだのゲスだのカスだの変態だの汚物だのキモいだの言われていようと、私はあんたを認めてるんだから!!」

 

「うん。disってるよね?よし、殴り合おうか」

 

「…だから、だから…」

 

いや、だから、だから…じゃねえよ。

ほんのりとdisってくれやがって。

夕暮れ時の青春まがいな俺の純情を返せバカ野郎。

 

 

「…だから、私にも少しは頼りなさいよ…」

 

 

そう言ったティオネの顔は夕日に照らされて赤く染まる。

瞳は溢れそうな程に潤んでいて、まっすぐに見つめる俺の顔が反射しそうなくらいに澄んでいた。

 

「…おまえ、なんで泣いてんの?」

 

「っ、ぅ、あ、あんたが私を不安にさせるからでしょ!」

 

「させた覚えは無いんですけど」

 

「…フレイヤ様と一緒に居て、カズマがロキ・ファミリアからコンバートするのかと思った…。知らない冒険者の肩を持つから、私達の元から居なくなっちゃうのかと思った…。それに…」

 

思いの丈を吐き出すように、ティオネは潤ませた瞳から涙を零しながら、俺の手を強く握り直す。

 

「…それに?」

 

「カズマは私達にとって…、もうとっくに英雄なのよ…。それなのに、どうして他の冒険者にその役割を渡しちゃうのよ…」

 

「…あはは。おまえ、そんな事を考えてたのか?」

 

「ぅぅ…」

 

「バカだなぁ。本当にバカ。…まったく…」

 

 

俺は笑いながらティオネの頭を撫でてやる。

子供っぽいティオナに比べて、ティオネは少し大人びていると思っていたが、その実、根っこの所は変わらないようだ。

 

変なところで心配性で、勘違いを強く持つ。

 

そのくせ不安になると直ぐに泣きやがる。

 

妹も妹なら姉も姉だな。

 

 

「ぷーくすくす。ティオネったら泣いちゃって、お子ちゃまなんだから」

 

「ふ、ふざけないで!!」

 

 

勝手に英雄像を俺に押し付けて、その像が揺らぐものだから不安になって涙を流す。

 

本当に勝手な奴。

 

俺は異世界からの転生者で、スキルには決まって()()()()()と記される。

 

その意味が差すのは、やはり俺のような異分子に、この世界の大役は任せられないと言う事だろう。

 

…だけど。

 

 

「…おまえらの前でくらいならさ、英雄ってのをやってやるよ」

 

「…っ!」

 

 

ふざけたスキル、使えない魔法ばかりを持つ俺が、英雄になんてなれるわけがない。

俺はちょっと運が良いだけのヒューマンだから。

 

 

「そうすれば、おまえは泣かないんだろ?」

 

「…っ、う、うん!」

 

 

アイズにしたってレフィーヤにしたってティオネにしたって、なんで俺なんかに期待するのだろう。

 

俺は引きこもりで友達も居ないただの高校生だっていうのに…。

 

まぁ、それがコイツらを裏切って良い理由にはならないんだけどさ。

 

 

嬉しそうに俺の腕を掴むティオネは、赤くした目を細めながら、ピョンピョンと飛び跳ねて喜んでいる。

そんな彼女につられて、俺の心も少しだけ暖かくなっていたりして。

 

 

「ふふ!私、もう泣かないわ!」

 

「そうかよ。はぁ、恥ずかしい事を言わせんな」

 

 

尚もピョンピョンと跳ねるティオネ。

 

 

なぁ、ティオネ。

 

 

気付いているか?

 

 

 

 

「…またパンティーが落ちてきてるし…」

 

 

 

 

 



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灼熱のカズマ
緋色の風に灼熱を


 

 

 

 

 

俺は自らの貧相な身体を見てふと思う。

 

 

例えば、リヴェリアやレフィーヤが持つ魔法の杖。

アレは魔力の増幅と詠唱時間の省略がうんたらかんたらなレアアイテムなのだとか。

 

例えば、アイズが持つレイピア。

攻撃力や耐久力は落ちるが、不壊属性(デュランダル)たる壊れない武器らしい。

 

フィンにしたってヒリュテ姉妹にしたって、みんながみんなカッコ良い武器を持っている。

 

「……」

 

それに引き換え俺はどうだ?

ダンジョンに行くにしても大きなリュックを背負い、モンスターと出くわせば異世界文化のチートアイテムを投げつけるだけ。

 

一応、初期装備として買った短刀を持ってはいるが、もはや果物を切る時くらいにしか使っていない始末…。

 

「…俺もカッコ良い武器が欲しい…」

 

「へ?」

 

思わず溢れた俺の本音に、鍛錬中だったレフィーヤがこちらへ振り向く。

 

「新しい武器が欲しい!」

 

「な、なんですか?急に…。今日は私の鍛錬に付き合ってくれるって…」

 

昼過ぎの暖かい時間。

黄昏の館中央部の中広場で、暇潰しにレフィーヤの修行相手を買って出た俺は、修行の開始5分でへばってしまった。

 

そこからはただひたすらに小さなレフィーヤが、汗を掻きながら一生懸命に杖を振り回す姿を見ていたのだが…

 

「もうレフィーヤのお遊戯会も飽きたし。武器を作りに行こうぜ」

 

「誰がお遊戯会ですか!って、武器なら沢山持ってるじゃないですか」

 

俺が渡したタオルで汗を拭きながら、レフィーヤは不思議そうな瞳で俺に尋ねた。

 

おそらく、レフィーヤの言う武器とは、ダイナマイトしかり閃光弾しかり激痛弾しかり…。

 

「あんな邪道アイテムじゃカッコ悪いじゃん。もっとこうさ、焔が出る太刀みたいな?」

 

「火ですか?それなら剣に油を塗ったらどうです?それで鞘や地面や大気の摩擦で発火させるんです。あとは包帯を顔から足のつま先まで巻けばオーケーです。火が出る剣も持てるし、カズマさんの顔も隠せます。まさにwin-winです」

 

「志々雄様かよ!ていうか俺の顔は隠すほど醜くねえ!!」

 

「む。それじゃあ魔剣でも持てばどうですか?」

 

「魔剣は違うんだよなぁ…。浪漫が無いよね魔剣には。わからないかなぁ〜」

 

「……」

 

呆れるレフィーヤを他所に、俺は武器の性能と構成をざっくばらんなに考えてみた。

 

やっぱ火は出したいよな…、それに日本刀の採用も当確だ。

 

刀身を黒くして、黒の剣士とか呼ばれても悪くない…。

 

いや待て、流行りに身を任せてもロクな事にならん。

 

いっそのこと、今更ながらフレイムヘイズってのも…。

 

灼眼のカズマ。

 

…悪くない。むしろ良い!

 

「よし!贄殿遮那にしよう!」

 

「え?なんですかそれ…」

 

「おいおい、本当に何も知らないなぁレフィーヤは。…ゼロのレフィーヤかよ」

 

「なんとなくムカつきます。はぁ、武器を作りに行くなら1人で行ってくださいよ。私は鍛錬で疲れて……、むぎゅっ!!」

 

俺は両手でレフィーヤの頬を抓る。

柔らかいソレは程よく暖かく、何かを喋ろうとしたレフィーヤは顔を真っ赤にさせ俺の手を振り払おうとシダバタと暴れた。

 

「動くな動くな。ドレインタッチで魔力を分けてやるから」

 

「くぎゅーーっ!ふにゅーーっ!」

 

注入注入っと。

よし、コレくらい渡せばレフィーヤも元気ビンビンですよ神って感じだろ。

 

 

「よし完了。それじゃあ行くぞー!」

 

「ぁう…、ほっぺが…」

 

 

 

 

 

.

……

………

 

 

 

 

で、やって来たのは毎度お馴染みバベルの塔。

ヘファイストス・ファミリアが営む商業店には目もくれず、俺は施設奥に存在する鍛治職人達が汗水を流す作業場へと訪れた。

 

「おーい。ヴェルフー」

 

「か、カズマ…。おまえ、また来やがったのか…」

 

長身に赤髪を携えた男、ヴェルフ・クロッゾは、俺を見るなりゲンナリとした表情で迎え入れてくれる。

 

以前、こいつが魔剣作りで有名なクロッゾ性の息子だと知り、俺は度々魔剣を頼みに訪れていたのだ。

 

魔剣は作らん!と、異様なでの職人気質を見せるヴェルフを懐柔するのに苦労はしたが、今では渋々ながら魔剣を打ち、俺に売ってくれる。

 

「ちっ、また魔剣かよ。先週こしらえてやったばかりだろうが」

 

「おまえの魔剣、2.3回使うと壊れるんだけど。不壊属性を付与しろってあれだけ言ってるだろ」

 

「魔剣舐めんなよ!?」

 

と、いつもの押し問答。

ただ、今日は魔剣を作ってもらうために来たわけじゃない。

 

コソコソと俺の後ろに隠れるレフィーヤを無理やり前へと押し出し、俺はヴェルフに今日の用件を伝えた。

 

 

「ヘファイストス居る?」

 

「あ?あの人ならいつもの場所に居ると思うが…」

 

 

あわあわと慌てふためくレフィーヤ。

どうやら男と、それも上半身を汗だくにした野郎を見るのが恥ずかしいらしい。

 

 

「そのちっこいのは、カズマの友達か?」

 

「いや、妹。おまえの汗臭い上半身が見るに耐えんのだと」

 

「種族違いの妹…?って、ああ、悪かったな…。鍛冶場は熱がこもるんだ」

 

「ほら、いつまで恥ずかしがってるんだよ。早く自己紹介しなさい」

 

 

レフィーヤは尚も顔を赤くしてキョロキョロと視線を逸らした。

 

面白いからしばらく見ていようとも思ったけど、レフィーヤってこんなに男の免疫低かったっけ?

 

エルフは潔癖と良く聞くが…。

 

 

「あぅあぅ…。ほ、ホンモノだ…。リューさんから借りた薄い本と同じシチュエーションだ…」

 

「「…?」」

 

 

リュー?

 

薄い本?

 

レフィーヤの独り言に、俺とヴェルフは互いに首を傾げる。

 

 

 

「あ、あの!本当にカズマさんが攻めで、ヴェルフさんが受けなんですか!?」

 

 

「おいちょっと待て。おまえどんな本を読んでるんだ!ていうかリューもそーゆー趣味なの!?」

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

そんなこんなでヘファイストスの神室へ到着。

ヘファイストスの神室は、ロキの神室に比べて物が多い。

と言うのも、ヘファイストス自身、鍛治職人としての一面を持つために、材料やら工具やらが部屋に多く存在しているのだ。

 

「ぐえ!?か、カズマ…。なんで貴方が此処に…」

 

「おい。ヴェルフと同じ反応をするなよな」

 

俺の来客に訝しげな表情をするヘファイストス。

なんだってココの奴らは決まって俺を邪険に扱うんだ。

このファミリアには変に手を出していないだろうが。

 

「…貴方が変なスキルで武器の修理依頼を格安で受けるから、私たち本職の修理依頼が減っているのよ」

 

だそうです。

 

確かに以前、器用貧乏(ユーザビリティ)のスキルで小金稼ぎがてら、武器の修理なんかもやってたけどさ…。

 

「純利益が15パーセント減…、これはロキ・ファミリアの悪質な嫌がらせと受け取っているわ」

 

「マジでウケる」

 

「ウケないわよ!」

 

そんなヘファイストスの小言をケラケラと笑い飛ばしながら、俺は本題に移るために来客用のソファーに腰を下ろす。

 

「レフィーヤも座れよ。ヘファイストス、熱々のお茶をくれ」

 

「ぐっ…、本当に貴方は神を何だと思っているの…」

 

やはり小言を残しながら、最低限のおもてなしとしてヘファイストスは湯呑みを2つ用意し、俺とレフィーヤの前に置いた。

 

隣におずおずと座ったレフィーヤは、何度も何度もヘファイストスへ頭を下げる。

 

「粗茶ですが」

 

「粗茶かよ」

 

「……。それで?今日はどんな用件かしら?」

 

「あぁ、ちょっと武器を作ってもらいたいんだよ」

 

「武器?それなら下に椿が居るから彼女に言えば?」

 

「椿には頼めないんだ。あいつにはもう、アマゾネス用の裸鎖かたびらを頼んでる最中だからな」

 

「…なぜ貴方がアマゾネス用の鎖かたびらを依頼するのよ」

 

あ?

歓楽街の強気なアマゾネスに装着させるために決まってんだろうが。

 

「でだ、椿が無理となると、後はもうおまえしか居ないだろ?」

 

「…確かに、レベル7である貴方の要求装備を打てるのは椿以外に居ないけど…」

 

「神が作った武器って神器とか呼ばれるんだろ?やっぱりブランドって大切だよな。売る時も高値になるし」

 

「その理由は聞きたくなかったわ…」

 

神器を操りし炎髪灼眼の討ち手。

 

名前はカズマ。

 

…いい。すごくいい!

 

 

その後、ひとしきりの説明をすると、ヘファイストスは頭に手を置きつつ、俺の要求する武器性能を羊皮紙へと書き写していった。

 

値はいくら張っても構わないが、とりあえず格好の良い奴。

 

重要なのはコレな。

 

 

「…はぁ。本当に、貴方が都市最恐のレベル7だなんてね…。世も末よ」

 

「それで?俺の武器は打てそうか?」

 

「……む。舐めてもらっちゃ困るわ。私を誰だと思っているの?」

 

「ご近所の鉄打ちおばさん」

 

「おまえぶっ殺すわよ?」

 

「冗談だよ」

 

一つ、ヘファイストスが大きな溜息をワザとらしく吐き出し、俺と同行するレフィーヤへ向かって問いかけるように呟いた。

 

 

「…多少値段は高くなるけど、作れなくはないわ…」

 

「作れなくはない?」

 

「ええ。正確に言えば、材料さえあれば作れる」

 

「おお。それなら材料は俺が持ってくるよ。フレイヤん所にアダマンタイトがあり余ってるからな」

 

「…いいえ。貴方がフレイヤの所で保管している上質なアダマンタイトでは作れないわ」

 

 

ほう…。

俺が深層でちょいちょい採取してきたアダマンタイトでは役に立たないと。

 

自慢じゃないが、俺の集めたアダマンタイトの数々は、そこらの鍛治職人が所有するアダマンタイトにも引けを取らない品質の物ばかりだ。

 

それをも上回るアダマンタイトが必要となると、つまりはーーー

 

 

「超スーパー最上級のアダマンタイトが必要になるわ!!!」

 

「…なにそのバカっぽい言い方…」

 

「ぁぅ」

 

 

おそらく、ヘファイストスが言いたかったアダマンタイトとはとある層で取れるアレであろう。

 

ヴァルガング・ドラゴンが練り歩くあの層では、黒鉛に塗り潰された壁から採取できると言われるアダマンタイト。

 

 

 

「58層か…。うしっ、レフィーヤ行こうぜ」

 

 

「うぇぇ!?わ、私、50層までしか降りた事ないのに!?」

 

 

 

 



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焦らす暦に擽りを

 

 

 

 

 

 

「お出かけお出かけらんらんら〜ん♪」

 

 

心が弾み、思わずアホな歌を口ずさんでしまう。

だがそれも仕方のない事だ。

なんと言っても、明日からはレフィーヤと泊まり込みの旅行へ向かうのだから。

深層の58層って言えば、1泊や2泊じゃ帰ってはこれないだろう。

つまりはレフィーヤと長期のお泊りデートになるわけだ。

 

……へへ、胸が踊るぜ。

 

俺はヨダレを流しつつ、自室で明日の準備に勤しむ。

アダマンタイトなんてのついでだ。

目的はレフィーヤとのお出かけ。

レフィーヤはまだお子ちゃまだからな。

すこし荷物が重むが、野営用のテントも持っていってやろう。

あとお布団と、枕と、歯ブラシと、旅のしおりっと…。

 

……うへへ。

 

「みなぎってきたーーー!!」

 

と、俺が奇声を張り上げていると、外から扉を叩かれるノックの音が。

 

「あ?居るぞー」

 

「やっほー!」

 

「…胸が無い。つまりティオナか?」

 

「もう!やめてよその思い出し方!」

 

返事と同時に勢い良く扉を開けた彼女は、ぷんぷんと頬を膨らませながら部屋へと入ってくるや、俺の側にストンと座った。

 

「うわぁ、荷物いっぱいだね」

 

「まぁな。男にはいろいろあるんだよ」

 

「へぇ」

 

そう呟きながら、ティオナは俺の荷物を興味津々と眺める。

そして、相変わらず露出の多い服装からチラつく腋の下は、今日も今日とて具合がよろしいようで…。…エロい…。

 

「舐めたいとさえ思う」

 

「ほえ?何を?」

 

「いや、こっちの話だ。それよりも、何か俺に用があるんじゃないのか?」

 

「んー?用事っていうか、ちゃんと準備を進めてるか確認しにきただけー」

 

ぬる〜っと、大きく背伸びをしながら、ティオナは俺の肩に寄りかかってきた。

 

うん…、良い香りだ…。

 

「深層に行く準備なら進めてるよ?というか、なんでおまえが確認しに来るんだよ」

 

「へ?レフィーヤから聞いてないの?」

 

「む?」

 

「レベル3のレフィーヤに58層はまだ早いから、代わりに私が行くの」

 

私が行くのーー

 

行くのーー

 

のーー

 

 

まるで、世界が歪むように、ガラガラと音を立てて壊れて行く。

 

深層のモンスターに怯えて俺に抱きつくレフィーヤ。

 

疲れたから手を繋いでくださいと言うレフィーヤ。

 

野営の時に寂しくなって俺の寝所に潜り込んでくるレフィーヤ。

 

……全てが無に化すと言うのか…?

 

っ、腐ってる。腐りきった詰まらない世界っ!

 

正に愚の骨頂…っ。

 

「…っ」

 

「えへへ。カズマと2人でダンジョンに行くのは初めてだね。私、頑張っちゃうよー!」

 

そう言ってぬるぬると俺の首元にティオナは腕を回す。

 

…やっぱり良い香り。

 

「…はぁ、アダルティーな旅ってのも悪くないか」

 

「あだるてぃー?」

 

俺は背中に引っ付くティオナの頭を乱暴に撫でながら、レフィーヤとのお泊りデートを諦めるべく溜息を吐いた。

 

…まぁ、悪くねえよ。

 

ティオナもレフィーヤも胸が無いことには変わらないし……、ん?

 

あれ?背中に感じる柔らかい膨らみ…。

 

 

「ティオナ、おまえおっぱい大きくなったんじゃないか?」

 

「え!?本当に!?やったー!毎日揉んでた甲斐があったよーー!!」

 

「バカヤロウ!!!」

 

「っ!?」

 

「おまえは…、おまえは!!」

 

「う、うん…」

 

「ちっぱいキャラの腋の下ムレムレ系のヒロインだろうが!!油断すんな!!」

 

「ぁ、ぁぅ…、ごめんなさい…」

 

 

小さいおっぱいをぶら下げる天真爛漫系ヒロインに転職するつもり!?

 

それも有りっちゃ有りだけどさ!!

 

でも俺は。

 

 

「胸が小さいティオナが好きだな!」

 

 

「っ!…ご、ごめん…、私が間違っていたよ…」

 

 

 

 

 

.

……

………

 

 

 

 

で。

 

深層アタックの初日。

レベル5のティオナとレベル7の俺で構成されるパーティーは、少人数ながらも火力重視の過剰戦力でダンジョンを進む。

 

道中に出てくるモンスターをティオナが屠り、俺は魔力を受け渡す。

いつも通りといっちゃいつも通りなのだが、今回は俺も少しばかり戦っていた。

 

と言うのも、最近ヴェルフに作らせた魔剣の性能を試したかったのだ。

 

一振りで村を焼き尽くすとは良く言うものの、モンスター1匹に対しての過剰火力は否めない。

さらには数度で壊れるとなれば使い勝手が悪すぎる。

 

威力は強いがエクスプロージョン程じゃない。

 

値段が高い割に回数制限があるときた。

 

……使えねえ。

 

 

「やっぱり魔剣みたいな他人の力に頼るのは良くないな」

 

「え?それカズマが言う?」

 

俺は魔剣をリュックに仕舞い、ティオナの背中に乗っかる。

 

「よいしょ」

 

「はいはい。ちゃんと捕まっててね」

 

物分かりの良いティオナである。

腰を下ろして乗り易くしてくれるあたり、やっぱり彼女はロキ・ファミリア随一の優しい女の子なのだろう。

 

「今日は18層まで行くからな」

 

「うん、わかった」

 

「あ、あんまり揺らさないでね。酔っちゃうから」

 

「もう、わがままなんだから〜」

 

そう言いながらも、走る速度を少し落とし、ティオナの背中から伝わる揺れが小さくなった。

 

…なんだろ、こっちの世界に来て優しくしてくれたのってティオナが初めてかも。

 

そんな彼女の優しさにあてられたのか、俺はほんのりと熱くなる頬を隠すように、ティオナの背中に顔を埋める。

 

「うぅ…、か、カズマぁ。息が背中に当たって擽ったいよぉ」

 

「え、あ、悪い!そんなつもりは無かったんだ!」

 

「え、えへへ。別に謝らなくてもいいけどさ」

 

「…そっか。いやでも、ティオナの背中はスベスベしてて…、なんだか綺麗だよ…」

 

「ぁぅ…。っ、あ、ありがと…」

 

2人して頬を染める青い時間。

気が付けば、ティオナの背中も俺の頬と同じくらいに熱くなっていた。

 

 

優しく、彼女のぬくもりを感じながら。

 

 

「…ね、ねえ、カズマ…」

 

「な、なんだよ?」

 

 

彼女は熱く火照らせた顔で恥ずかしそうに振り向くと、艶めかしい吐息を零しながら、そっと俺に向かって呟いた。

 

 

「…っ、今日はさ、一緒に…。…寝よ?」

 

 

「…お、おう。そうだな…」

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

以前、ティオネが言っていた。

 

アマゾネスたる者、()()()を欲する物だと。

 

私はその言葉に笑って頷いたものの、真意の底からは到底理解が出来なかった。

 

強い種…、強い冒険者…。

 

私のお腹が耐えられないほどの熱いアレを注いでくれる冒険者。

 

例えば、フィン。

 

フィンはオラリオ随一の冒険者で、面倒見も良い上にすごく強い。

レベル6の冒険者であるフィンは、ティオネの言う強い種を持っているのだろう…。

 

 

例えば、ガレス。

 

屈強な身体と、他を寄せ付けない腕っ節。

同様に、レベル6の冒険者であるガレスにも強い種があることになる。

 

ベートだって、ラウルだって。

 

…。

 

それだけの強い種とやらがファミリア内に居ると言うのに、私は特段に、彼らの強い種が欲しいとは思えなかった。

 

思わなかった…。

 

もしかしたら、私は普通のアマゾネスじゃないのかとも悩んだけど、それを気にして暗くなるほど繊細でもない。

 

別に、私は強い種なんて欲しくないもん…。

 

なんて、ちょっと腐してみたり。

 

 

ただーーーー

 

 

「ん…。カズマぁ…、もっとギュってして…」

 

 

目の前で困ったように顔を赤くする彼は、強い種と言うよりも、暖かくて優しい種を持っていて。

 

よれよれな1枚の掛け布に2人で包まる夜は、どこまでも静かで、どこまでも心地良い。

 

 

「…てぃ、ティオナ。あんまりくっ付かれると…」

 

「や!もっとギュってするの!」

 

「はぁ…」

 

「…ぁふ。良い香り…。甘くて、優しい香り…」

 

 

カズマのお腹にしがみ付けば、まるで身体の底から熱がこみ上げてくるよう。

 

なんだろ…。

 

すごく心がピョンピョンするんじゃあ〜…。

 

 

「ん〜。ねぇ、カズマ。レフィーヤにやるみたいに、私の頭も撫でて?」

 

「…特別だからな」

 

 

そう言いながら、カズマは私の頭を優しく撫でてくれる。

 

…ティオネの言う事、今なら少しだけ理解できるかも。

 

 

「…あ、あのね、私、おっぱいは大きくないけど、いっぱいいっぱいカズマを満足させることはできると思うの…」

 

「むっ!?そ、それってまさか…」

 

 

私は……。

 

 

「あ、ぁぅ…」

 

「ティオナ…、俺…っ!」

 

 

私はカズマの種が欲しいーー。

 

 

「俺、ティオナの腋の下を1度でいいから舐めてみたいと思ってたんだよ」

 

「や、優しくお願いしまっ……。へ?」

 

 

……へ?

 

腋の下?

 

何を言ってるの?

 

と、柔らかい空気を壊すようなカズマの発言は、私の脳を酷く揺らしながら反芻し続けた。

 

甘かった掛け布の中で、気付けばカズマは私の両腕を伸ばし、顔を腋の下へと近付ける。

 

 

「ちょ、え?か、カズマ!?」

 

「綺麗だよ、ティオナ」

 

「ど、どこを見て言っているの!?」

 

「少しだけ汗で蒸れた腋…。はぁはぁはぁはぁ…。こ、心がピョンピョンするぜぇぇ!!」

 

 

別に腋の下くらい…。

と思っていたのに、なぜだかカズマに見られていると凄く恥ずかしい。

 

腋くらい…っ、なんだって言うのよ…っ!

 

 

「や、やめて!つんつんしないで!…んっ、いや…っ!」

 

「まだまだ軽く触ってるだけだぞ?ほれほれ」

 

「んぁ!んっ、う、うひゃ、あはははっー」

 

「ヨガれヨガれ。さすれば更に旨味が増すってもんだ」

 

 

な、なんだろう…っ。

 

別に裸を見られたって恥ずかしくないのに、わ、腋の下を触られたりすると、なんだか……。

 

 

なんだか…っ!!

 

 

 

 

「んっ!ひゃっ!ん、か、カズマっ!いやぁぁー!擽ったいよぉぉっ!!」

 

 

 

 



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淡き刹那に黄金を

 

 

 

 

「ぁぅ…。ぜんぜん疲れが取れてないよぉ…」

 

「おいおい、これから深層へ行こうってのに、それじゃあ先が思いやられるぞ?」

 

「誰のせいだと思ってるのよぉ!」

 

んがーー、とティオナは赤く染めた頬を隠そうともせずに、俺の背中をぽかぽかと優しく叩いた。

 

19層への階段を目の前にして、今更疲れているので戦えませんなどと言われても困る…。

 

俺は仕方なしに、ティオナの機嫌を直すべくドレインタッチにより魔力を分け流してみた。

 

「うひっ!?きゅ、急に触らないでよ!!」

 

「な、なんだよ。今日は反抗的だな」

 

「うぅぅ…。カズマのせいでしょ!」

 

「む?」

 

俺のせい?

昨夜はイチャイチャしながら一緒に寝て、良い雰囲気だったじゃないか。

 

擽って、腋を舐めて、なんか気付けば寝てて…。

 

…ん?

 

俺の寝相が悪くてリトさんばりのToLOVEるを起こしたとか?

 

「…。俺、何もしてないよな?」

 

「っ〜〜〜!な、何もしてくれない事が問題なのよ!バカ!!」

 

そう言うと、ティオナはずんずんと大股で階層を降りて行ってしまった。

 

アイツ何言ってんの?

 

本当に訳の分からん種族だな。

アマゾネスってのは。

 

これなら金を払えば従事してくれる歓楽街のお嬢供の方が扱いやすいっての…。

 

「はぁ…。今日はティオナタクシーに乗せてくれなそうだな。おーい、待てよティオナー」

 

溜息を1つ吐き、俺も階層を下るべくティオナの後を追う。

まだ19層の入り口だ。

ティオナが下手を打つとも思えんが、先ほどの調子じゃ何かが起きてもおかしくない。

 

俺は小走りにティオナへ追いつき、軽く肩を叩いた。

 

 

「まだ中間層とは言え慎重にな。今日のおまえは危なっかしいし」

 

「むむむぅ」

 

「ほら、手を出せって。魔力を分けてやるから」

 

「ぅぅ。べ、別にドレインタッチはしなくていいけど…、手はずっと繋いで…」

 

なんだかヒリュテ姉妹と手を繋ぐ機会が多いような…。

 

俺はそんな事を思いつつ、早く繋げとばかりに差し伸ばされるティオナの右手を掴んだ。

 

「ほら、行くぞ」

 

「…うん」

 

唇を尖らせながらも素直に頷くティオナを連れ、どこか薄暗いダンジョンを歩み進める。

 

 

……む?

 

 

何か今、変な視線を感じたような…。

 

 

念のために千里眼を発動させて周囲を見渡すも、そこにはモンスターの陰はない。

 

モンスターの陰は無いが…。

 

 

……冒険者か?

 

俺たちを刺すように睨みつけているのは…。

 

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

 

……。

 

憎き仇の姿を遠目から監視しながらダンジョンを進む。

 

ダンジョンの壁際に隠れるには大きすぎる自らの身体を精一杯に縮こませ、俺は抑えきれない衝動と殺意を身体に纏わせ()()()の後を追った。

仲睦まじく、褐色の女を連れてダンジョンを訪れるアイツは、18層を過ぎた頃くらいから仕切りに周囲を見渡す素振りを見せ始めた。

 

…気づかれたか?

 

…いや、そんな事はあるまい。

 

俺とて死線を潜り抜けてきたオラリオ随一の冒険者だ。

 

…。

 

()随一の冒険者か…。

 

陥落すれば築き上げてきた名声も全て朽ち果てる。

奴に負けた事実は直ぐにオラリオ中へ知れ渡り、挙句には我が主神をも懐柔されてしまえば為す術が無い…。

 

 

佐藤 カズマーーー

 

 

今やオラリオでこの名を聞かぬ日が無いほどに有名となった冒険者。

 

俺を負かした唯一の冒険者。

 

不可思議な魔法で付けられた傷は癒えども、心に刻まれた屈辱の文字だけは消えやしない。

 

されど、世界はまだまだ俺を見捨ててはいなかった。

 

死にかけて、暗闇に覆われたあの世界で出会った()()()()()は、誰をも魅了するであろうご尊顔で俺に手を差し伸べてくれた。

 

 

『汝、パット入りの偽巨乳女神に惚れた自惚れのクソ冒険者を懲らしめなさい。』

 

 

美しい女神はそう言って、俺にだけ特別な言伝を与える。

 

ーーー佐藤カズマの弱点。

 

恍惚な笑顔を俺に向けてくれた女神は、それだけ言うと暗闇へと消えていき、気づけば俺も、この世界…、オラリオへと戻ってきていたのだ。

 

…純粋な感動とは人の心を動かすのだな。

 

俺は胸に手を当て、静かに女神へ向けて祈りを捧げる。

 

 

 

 

「どうか、このオッタルにご加護を。…我がアクシズ教の祖。…アクア様…」

 

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

 

中間層の大樹の迷宮を歩くこと数時間。

普段なら5時間は掛かる迷宮区を半分もの時間で突破しているのは隣を歩くカズマのマッピングによる所が大きのだろうか。

 

ふと、前にティオネが言っていた事を思い出す。

 

『あのバカ、無駄にダンジョンのルート選別は長けてるのよね…』

 

ダンジョンなんてどのルートを歩こうが変わらないだろうと思っていた私にとって、こうしてモンスターが少ない上に、最短のルートを進まれると、自らの浅はかさに恥ずかしさすら覚えてしまう。

 

変な所で頼りになるんだよなぁ。

 

私の腋をペロペロ舐めていたカズマと同一人物とは思えないよ…。

 

ふと、繋がれていた右手をカズマに引かれ、私はその場で立ち止まる。

 

 

「どったの?」

 

「…静かに」

 

「ん?」

 

「……」

 

 

途端に真剣な顔になり、カズマは周囲をキョロキョロとゆっくり見渡した。

 

…カズマ、さっきから何回も周りを見渡してる…。

モンスターの気配はしないけど…。

 

すると、周囲を見渡し終えたカズマは不思議そうに首を傾げ、私に向けてほんの少しだけ優しい笑顔を作る。

 

 

「変な感じ。まぁいいや。とっとと行こうぜ」

 

「…?」

 

 

なんだろう。

 

カズマはさっきから何を気にしてるの?

 

私だってレベル5の冒険者だけど、周囲に私達を脅かすような気配は微塵も感じない。

 

……でも、カズマの雰囲気が少しだけピリってしてるような…。

 

私は思わず、不安や恐怖とは違う何かに胸を締め付けられ、カズマの手を強く握ってしまった。

 

 

「ん。まぁ、大丈夫だろ。俺も居るし」

 

「え、あ…、うん…」

 

 

私の気持ちを察したように、カズマは尚も優しく私に声を掛けてくれる。

 

ほんとに、変な人…。

 

そういう気持ちの小さな起伏は察してくれるのに、夜の掛け布の中では私の気持ちを理解してくれないんだもん。

 

熱くなる頬をカズマに向けて、私はそっと、呟いた。

 

 

「…カズマは、きっと私達の英雄様なんだね」

 

「はは。姉妹そろって同じ事を言うんだな」

 

「んーん。私やティオネだけじゃなくて、カズマが守ってくれてる人達は皆、カズマを英雄様だと思ってるよ」

 

「守ってるつもりはないんだが…」

 

「守ってるよ。守られてる」

 

「…そっか」

 

「そうなのだ」

 

 

フィンやガレスはカズマを強く信頼している。

 

リヴェリアやレフィーヤはカズマに強い憧れを抱いている。

 

アイズやティオネはカズマの強さに惚れてる。

 

私は…、カズマの優しさに心の中を柔らかく包み込まれている。

 

カズマは無頓着で下世話で節操の無い男の子だけど、なんだかんだ私達のことを1番に考えて、大切に守ってくれているんだ。

 

 

あっという間に追い抜かれちゃったな…。

 

でも、少しだけ嬉しい…。

 

 

この混沌とした世界に現れた一筋の光は、楽しくて、面白くて、幸せに、オラリオ中の暗闇を取り除いでくれたから。

 

 

「えへへ。ずっと一緒に居ようね、カズマ」

 

「…ちょっとドキっとした。なにそれ?俺プロポーズされてるの?」

 

「ふえ!?ち、違うよ!あ、ち、違くないけど、違うっていうか…、うぅ、あの、ずっと一緒に居たいってだけだよぉ!!」

 

「あ、あぁ、うん。出来る限りは一緒に居ようね」

 

「へへへ」

 

 

顔が柔らかくなっちゃう。

 

カズマの隣は暖かくて幸せだ。

 

繋いだ手はすごくポカポカで、きっと私の知らない魔法でカズマが幸せを分けてくれているのだろう。

 

…一緒に居たいなぁ。

 

やっぱり。ずっと一緒に…。

 

 

そう思って

 

 

そっと、私がカズマの肩に頭を乗っけようとした時にーーーーー

 

 

それは轟音を鳴らして。

 

 

屈強な身体を揺らしながら。

 

 

凶暴な表情を貼り付けた1人の冒険者が現れた。

 

 

「…37層。ココを覚えてるか?佐藤カズマ…」

 

 

その声に、その雰囲気に、その虚栄心にーーー

 

私は思わず息をするのも忘れ、その場に立ち尽くして驚愕に目を見開く。

 

な、なんで…。

 

なんでアイツが…っ!

 

 

「お、オッタル…っ!なんで、アンタが…っ!?」

 

 

と、私が声を振り絞るも、オッタルの一睨みに身体を硬直させられる。

ただ睨まれただけなのに、私の身体は奥の底から冷え切ったように冷めていった。

 

 

「黙っていろ小娘。貴様に用はない」

 

「…っ!」

 

 

脚が震える。

心は逃げろと叫んでいた。

 

目の前に居るのは冒険者だ。

ただの冒険者。

 

味方では無いが敵でもないはずの冒険者が、ただただ目の前に居るだけ。

それなのに、オッタルが纏う空気だけで気付いてしまう。

 

オッタルが放つ殺気は、明らかに私達に向けられていたから。

 

 

それでも、私が膝を折らずに立ち続けられる理由ーー

 

 

「…ティオナ、下がってろ」

 

 

それは優しく握られたカズマの手。

 

カズマは小さく呟くと、私を背中に隠してオッタルと向かい合った。

 

 

「さっきからコソコソ見てたのはおまえか?」

 

「ふん。気付いていたのか」

 

「下手な尾行だったよ。それで?俺に何か用か?」

 

 

カズマが不敵に笑うと、それへ返すようにオッタルも不敵に笑う。

 

 

「分かっているだろう?」

 

「む。なんだ、自信がありそうだな」

 

「ふふ。蒼き麗しい女神より、貴様の弱点を授かったのでな」

 

「…ほお」

 

 

レベル7のカズマとレベル7のオッタル。

戦えばお互いに無事で済むはずがない。

いや、経験値を多く積んだオッタルの方が若干有利か…。

 

私は震える手に力込め、カズマの手を強く握る。

 

 

「貴様の魔法は効果範囲の広い爆破魔法だ。この距離では俺だけじゃなく、貴様も爆風に飲まれるだろう。ましてや背中の女を庇いながら戦うと言うのなら尚更だ」

 

「……」

 

「…っ、か、カズマ…」

 

 

背中からは見えないカズマの表情。

 

オッタルの言葉に、私は拭いきれない罪悪感を覚えた。

 

私がカズマの足手まといになっている。

 

その事実こそが、今、私の胸を黒く染めている正体だろう。

 

 

…っ、わ、私の、私のせいで…。

 

 

そんな私の焦燥を他所に、オッタルは尚も口を開き続けた。

 

「純粋な冒険者としてのステータスでは貴様など取るに足りん。この場で、この俺のステータスを持ってすれば、貴様の爆破魔法を制限させることなど容易なんだよ」

 

「…」

 

「ここで散れ、佐藤カズマ。貴様の強さに免じてそこの女の命だけは保証してやろうーー

 

 

ーーーだから

 

 

安心して逝け」

 

 

そうオッタルが呟いた時に。

 

ふわりと

 

一瞬の風が私の身体を包み込んだ。

 

その風は甘い香りを運び、まるで私の不安を全て取り除くように、優しく、暖かく、静かに周囲の醜悪な空気を吹き飛ばす。

 

気のせいかもしれない。

 

でも、私は確かにその風を感じたんだ。

 

カズマを取り巻くその風を。

 

 

「よく喋るじゃないか。アクシズ教徒はどうやら口が軽いらしい」

 

「…なんだと?」

 

 

柔らかく弾むカズマの声に、凍りついた私の身体はゆっくりと落ち着いていく。

 

…不思議な声…。

 

カズマの声は、聞いているだけで気持ち良くて暖かい。

 

すごく安心しちゃう…。

 

 

「蒼き麗しい女神だと?ぷーくすくす、あの駄女神が麗しい?阿呆らしいの間違いだろ?」

 

「き、貴様…っ」

 

「アクア如きのバカ知恵を貰って強くなったつもりか?……猪野郎、おまえのレベルを俺が改めて教えてやるよ」

 

「くっ、……ふ、ふぁーっはっはっは!強がりはよせ!貴様に私を倒せる術は…っ!」

 

 

オッタルの高笑いが止まる。

 

途端に訪れた静寂。

 

その光景は、私ですら思わず目を疑ってしまう程に。

 

それは圧倒的なまでの()

 

一振りですら高額なソレを、数えきれない程にカズマが振りかざしていた。

 

 

「き、貴様…っ、な、なんだと言うのだ…!な、なぜそれ程までの…っ、()()()()()しているっ!!」

 

「戯言を抜かすなよ雑種…。俺の宝物庫に数などと言う概念はない。…この王の財宝(ゲートオブバビロン)を前に、おまえは何秒耐えられるかな?」

 

「くっ…っ!ぬっっぉおおおぉぉぉ!?!」

 

 

お、王の財宝!?

なにそれ聞いた事ない!

ていうか、そのリュックに何本の魔剣を入れてきたのよ!?

 

魔剣は数回使っては壊れるものの、カズマはすぐさまリュックから新しい魔剣を取り出し、何度も何度もオッタルへ向けてソレを振り下ろした。

 

 

「はぁーっはっはっはっは!!!この英雄王の前にひれ伏せ雑種が!」

 

「ぐわぁぁぁ…っ!」

 

 

眩い光に包まれた数十の魔剣が、恐ろしい程の威力をもってオッタルの膝を、身体を、心を折る。

 

す、すごい…、悪魔のような強さだよカズマ!!

 

すると、光の連撃を終えたカズマは、土煙に塗れて横たわるオッタルを見下ろしながら、冷たい声で最後の言葉を放った。

 

 

「これがエリス教徒の力だ!!」

 

 

…つ、強い…。

 

いや、今までだって強いと思ってたけど、カズマは私の想像を遥かに超える場所に居る。

 

あのオッタルを瞬殺するなんて…。

 

 

「す、すごい…、すごいよカズマ!カズマすごーーい!!」

 

「ティオナはケガないか?」

 

「うん!カズマが守ってくれたから!」

 

 

私の言葉に安心したのか、カズマはホッと一息吐くと、いつものように無邪気な笑顔を浮かべながら私の頭に手を置いた。

 

 

「そっか。それなら良かった。ティオナのおかげで俺も頑張れたよ。ありがとな」

 

「ぁぅ、わ、私は何もしてないよ…」

 

「一緒に居てくれたろ?それだけで凄く力になったんだ」

 

 

私は頭に乗ったカズマの優しい手触りを感じながら目を細める。

 

土煙が舞うダンジョンは、暗い上に冷たい空気が充満しているのに、カズマの周りはいつも暖かい。

 

安心からか、気づけば私はカズマに抱きついていた。

 

 

 

「それならずっと一緒に…。…カズマの近くにずっと居てあげるよ」

 

 

 

 

ボロ雑巾のごとく地面に倒れた猛者を尻目に、その場を支配する甘くて幸せな香り。

 

カズマは強いから、きっと私達をずっと守ってくれる。

 

きっと、これからも。

 

 

カズマは私達と一緒にーーーー。

 

 

 

 

 

 



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3月のモンスター
ゆゆしき依頼に伝わりを


 

 

 

 

 

 

 

広々とした岩造りの浴槽から沸き上がる湯気。

 

ロキに無断で中庭を改築して建設した露天風呂は、程よい温度のお湯が張られ、周囲の雑踏を消し去った静寂と、見上げれば広がる星空に心を和ませた。

 

暖かい…。

 

あっちの世界に居た頃に、一度だけ行った温泉街を思い出す。

まだ小学生だった俺は、温泉だの露天風呂だのよりも、街にあるゲームセンターへ行きたくってウズウズしていたっけ。

 

…はは、気づけば俺も大人になっちまったもんだ。

 

あの頃は風情だなんて微塵も感じなかったのに、今は露天風呂から望める星空に心を奪われてるんだから。

 

 

「…はふぅ。ぬくい…」

 

 

そんな風情をぶち壊す少女の戯言。

 

金糸の髪をお団子に結い、一糸纏わぬ白くて細い身体を湯船に浸からせる彼女は、火照った顔を綻ばせながら、目を細めて湯に浸かる。

 

 

「やっぱり疲れた身体には温泉が1番だよな。酵素系の入浴剤だから傷にも良く効くし」

 

「…お肌もすべすべ」

 

「極楽ぅ〜」

 

「…極楽ぅ〜」

 

 

ふぁ〜、と。

身体の中に溜まった疲れを追い出すように、俺とアイズは互いに大きく息を吐いた。

 

白濁した湯が程よく身体に吸い付く。

 

あぁ、気持ち良い…。

 

テルマエ技師である俺の仕事っぷりも捨てたもんじゃないな…。

 

 

「……っていうか…」

 

「…?」

 

「なんで俺とアイズは2人で露天風呂に入ってるの?」

 

 

少し前から疑問だったのだ。

どうしてアイズが一緒に入ってるのかな?

この子、恥じらいとか無いのかな?

 

 

「…兄妹だもん」

 

「あぁそっか。それなら仕方ないな」

 

 

どうやら俺とアイズは兄妹になったらしい。

だから一緒にお風呂へ入るのもおかしくないのだ。

年頃の妹が珍しく兄に甘えて来たんだ。

少しくらい優しくしてやるのも悪くないか…。

 

 

「アイズ、これ出来るか?」

 

「?」

 

 

俺は両手を使って水鉄砲作る。

手に力を入れて、水を押し出すように。

 

ぴゅっ!

 

 

「!?」

 

 

それは見事にアイズの頬へ当たると、アイズは驚いたように目を丸くした。

 

 

「コレは簡易版の花鳥風月だ。アイズにも教えてやろう」

 

「…わ、私にも、花鳥風月が使えるの…?」

 

「鍛錬次第だがな…。まずはな、こう、両手を握手するように繋ぎ合わせて」

 

「…うん」

 

「中に空洞が出来たら、そこにお湯を淹れる」

 

「…おぉ、ぷくぷくしてる」

 

「そうそう、うまいうまい。そしたら力を入れて押し出すんだ」

 

「…えい」

 

 

ぴゅっと。

物覚えの良いアイズの手から放たれた水鉄砲は、弱い威力ではあったがしっかりと発射され、俺の肩にチョロりと当たる。

 

 

「ははは。アイズはセンスがあるな」

 

「…むふぅ♩」

 

 

アイズは柔らかそうな頬を嬉しそうに膨らませると、尚も俺が教えた水鉄砲で遊び続けた。

 

水を飛ばしては補充して、また飛ばしては補充してと、飽きる事なく遊び続ける。

 

その姿はまるで幼い女の子のようで、剣を持ってダンジョンを闊歩するアイズの姿は無い。

 

俺はその時、揺れる湯船を見つめながら、何の気なしに思った事を口に出していた。

 

 

「…アイズはどうして冒険者になったんだ?」

 

 

ーーなんとなく、踏み込むべき所ではないと思っていた部分に、裸で向かい合った状況も後押しし、俺は静かに、それでもアイズの瞳を真っ直ぐ見つめながら問い掛けていた。

 

ふと、アイズは一瞬だけ目を大きくしたと思うと、俺からそっと顔を背けて顔の半分を湯船に浸からせる。

 

ぷくぷくぷくーと、口から吐いた息で泡を作り、ちらりちらりと数度視線を俺に向けながらーーー

 

 

「…わ、私の事は、いいの。…カズマこそ、なんで冒険者に、なったの…?」

 

 

と、あからさまに話を逸らした。

 

 

「はぁ…。まぁいいけどさ。…俺は冒険者になりたくてなったわけじゃないよ」

 

「…?」

 

「この世界で生活するには金がいる。稼げるのが冒険者だった。それだけ」

 

 

俺はそう言いながら、手で作った水鉄砲をアイズの顔に向けて放つ。

 

小生意気にも隠し事をする小娘は、水を頬に当てられ少しだけ驚くも、それでもキョトンとした顔はやめない。

 

 

「…お金のため?…それだけ?」

 

「あぁ、遊ぶ金欲しさだ」

 

「……むぅ」

 

 

納得がいかないのか、アイズは再度湯船に顔を半分浸からせ泡を作った。

 

英雄になるため。って答えが返ってくると思ったのか?

 

少なくとも、俺は英雄を目指して冒険者になったわけではない。

 

 

「…私は違うよ。…モンスターを、いっぱい倒す…。倒して、倒して…」

 

「……」

 

 

アイズは言葉を止める。

 

倒して、どうするんだろうな…。

 

いや、アイズの場合、()()()が目的なのかもしれない。

 

無情に剣を振るう彼女からは、ほんの小さな憎悪を感じるから。

 

 

「アイズは、モンスターが憎いのか?」

 

 

俺はゆっくりと、アイズに向けて答えを求める。

 

ドクンと震えたアイズの心臓が、まるで湯船の水面を揺らすように。

 

波がふわりと俺を打った。

 

そして、彼女は自分に言い聞かせるように、確かな言葉を俺に返す。

 

 

それは危うく、恐らく今後、俺の考えと対立するであろう言葉をーーーー

 

 

「…っ。…モンスターは、()()()()()()()()()()()…」

 

 

「…うん、そっか」

 

 

 

それだけ言うと、アイズは唇を尖らせて上目使いに俺を見つめた。

 

その瞳はまるで、曖昧な答えしか出せない子供のように、ふらふらと不確かな言葉だけを口にして不安がる、そんな感じ。

 

 

「……」

 

 

俺はそっと、アイズから視線を逸らして眼を瞑る。

 

 

もしも…、もしも俺が、ロキ・ファミリアと敵対し、モンスターの肩を持つような行為に出たら、アイズは俺の事を斬るのだろうか。

兄と慕ってくれて、こうして共に風呂へ入り、幾度の冒険を繰り返した俺の事も、倒さなくちゃいけないモンスターとして、アイズは剣を振るうのか。

 

……。

 

そうなったら、少しだけ…。

 

 

「…嫌だな」

 

「?」

 

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

 

 

カズマの造った露天風呂は連日の大盛況。

 

あの日、2人で入浴できたのはまだ露天風呂の存在がファミリア内に知れ渡っていなかったからだろう。

今や、どの時間に露天風呂へ行こうとも、必ずと言って良いほどに先客が居るのだ。

 

勝手に変なもんを造んなや!?

と慌てていたロキでさえ、最近では毎晩のようにお酒を持ち込み長風呂をする始末。

 

……私とカズマだけの場所だったのに…。

 

そうやって少し残念に思いつつも、造った本人であるカズマが何も言わない以上、私から露天風呂の使用を制限するような事は言えない。

 

 

「…むぅ」

 

 

…私とカズマの思い出に土足で入り込もうとは…。

 

許すまじ人類…。

 

 

「アイズ?どうかしたのか?」

 

 

私が賑わう露天風呂を睨みつけていると、肩を優しくリヴェリアに叩かれる。

リヴェリアは不思議そうな表情を浮かべつつも、ため息を1つ吐き出し要件を伝えてきた。

 

 

「招集命令だ。ロキから何か話があるらしい」

 

「…話?」

 

 

招集命令とは珍しい…。

それもロキからの物となれば尚更だ。

 

私はリヴェリアに並び、特に用事も無かったのでそのままロキが既に居ると言う応接間へ向かった。

 

…扉。

 

…会いたいときは、秘密の扉をノックノックと。

 

 

「我々が最後のようだな……っ!?」

 

「…?」

 

 

応接間へ入るや、リヴェリアは大袈裟に慄く。

 

何事かと、リヴェリアに続きヒョコりと応接間を覗くと、そこにはロキ、フィン、ガレス、ヒリュテ姉妹、ベート、そしてカズマが……、か、カズマ…っ!?

 

 

「…か、カズマ…」

 

「なんだよ?」

 

「…カズマが、招集に素直に従っている…っ!…あ、明日は槍が降る…」

 

 

驚くべきことに、あのカズマが既に応接間へ来ていたのだ。

ものぐさで適当なカズマが、素直にもルームチェアーに座って膝を組んでいる。

 

おかしい…、いつもなら絶対に招集の呼び掛けへ応じないのに…。

 

…ど、どんな心境の変化…?

 

 

「お、おまえらな、俺だって偶には従うっての。そこまで破天荒じゃねえよ」

 

「…おかしい。…もしかして、偽物…?」

 

「!?」

 

「…なんて。…冗談」

 

 

そうだよね。

カズマだって事によっては真面目に話が聞ける人だもんね。

 

私は納得とばかりに頷き、カズマの隣にチョコンと座る。

 

 

すると、それを見て呆れたように目を細めていたロキが、ようやくにその口を開いた。

 

 

「なんや、ほんまにカズマが素直にウチの呼び掛けに従うなんて…。変な感動さえ覚えるわ」

 

「な、なんだよロキまで。そんなことより早く話を進めようぜ」

 

「おっと、せやな。…んまぁ、端的に言えば討伐の依頼や」

 

 

討伐?

私は声にする事なく反芻させる。

ここに集められた面々を見る限り、ロキの言う討伐クエストが只事では無いと理解した。

 

 

「ほう。討伐のターゲットは何だい?まさか、このパーティーでコボルトを狩ってこいとは言わないよね?」

 

 

フィンが興味深げにロキへ視線を向ける。

 

 

「…遠からずって所やな」

 

「何だって?」

 

「ターゲットはヴィーヴル、リザードマン、セイレーン、アルミラージ、ガーゴイル…。もしかしたら他にも居るかもしれん」

 

「…冗談だろ?侮る訳じゃないけど、ヴィーヴル達を狩るのに僕らを集めたのかい?」

 

 

ロキの言ったターゲットは、階層主でも無ければ未知のモンスターでも無い。

第1級冒険者なら一度は倒したことのある()()()モンスターだ。

フィンが訝しげに首を傾げるのも納得ができる。

 

ハッキリ言ってしまえば、敵ではない…。

 

と、全員がこの招集へ疑問を抱いているにも関わらず、隣に座るカズマは表情一つ変えずにロキの言葉へ耳を傾け続けていた。

 

…今日のカズマ…、本当に少し…、変?

 

 

「コレを見てくれ。ヘルメスからの依頼書や」

 

 

そう言うと、ロキは1枚の羊皮紙を真ん中のテーブルへ置く。

 

そこに記されているターゲットのモンスターは、先程ロキが言った通り。

 

 

だが、そこには目を疑うような付加情報が。

 

 

『そのモンスターは装備を整え、知恵を使い、策略を張り巡らせ、連携を取って冒険者を襲う』

 

 

…モンスターが?

その情報に、私は思わず目を疑う。

 

 

「知恵のあるモンスター…。まさかとは思うけど、感情まで持ち合わせてるとは言わないよね?」

 

「わからん。ヘルメスはコイツらの情報を集めてんのか、連絡がつきひん」

 

 

集められた全員の声が消える。

フィンでさえも、思考を巡らせているのか顎に手をやり黙りこくっていた。

 

 

「なぁ、アイズ」

 

 

そんな中で呟かれるカズマの小さな声。

 

それはいつものような暖かさを持たない、少しだけ冷ややかな声音。

 

カズマはその沈黙を破るように、非情で冷酷な質問を私に…、いや、全員に向けて問い掛けた。

 

 

 

 

 

「…もしもその知恵のあるモンスターが涙を流して命乞いをしようものなら……。おまえは剣を振るえるか?」

 

 

 

 

 





ゼノス編。

投げっぱなしだったからここらで回収。


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広がる火花に裁量を

 

 

 

 

 

 

 

「フィンよ。少し良いか?」

 

 

公務室の扉を挟んで聞こえる声。

それがリヴェリアの物だと確認せずとも分かる。

 

彼女は落ち着いた手つきで扉を開けると、乱れぬ歩幅で足音一つ立てずに部屋へと入ってきた。

長い付き合いだ。

リヴェリアがどうして僕の元を訪れたのかなんて直ぐに分かる。

 

 

「座りなよ。紅茶でいいかい?」

 

「ああ。…相変わらず綺麗な部屋だな。()()()の部屋とは大違いだ」

 

 

あははと笑いながら、僕は彼女の前にティーカップ差し出した。

 

物が散らばるのは好きじゃないし、ごちゃごちゃとしたレイアウトは落ち着かない。

その点、彼の部屋は僕の趣味とは大いに異なるわけなのだが、どうしてか、転がるガラクタのどれを見ても興味を唆る。

 

 

「…此処に来たのは、さっきの件だろ?」

 

「察しが良くて助かる。…フィン、おまえは先ほどの話についてどう考える?」

 

「知恵を付けようがモンスターはモンスターさ。僕らの生活に害を成そうと言うのなら、ロキに誓って戦うよ」

 

「…ふむ」

 

 

僕の言葉に、リヴェリアは曖昧な表情を浮かべたまま眉を寄せた。

 

 

「聞きたかった答えじゃないようだね。…リヴェリアが引っ掛かっているのは、カズマの言っていた事だろ?」

 

「…っ」

 

 

『…もしもその知恵のあるモンスターが涙を流して命乞いをしようものなら……。おまえは剣を振るえるか?』

 

 

あの時、彼の言葉に息を飲んでしまったのはアイズだけじゃないだろう。

 

もとより冒険者としてだけ剣を振るっていたアイズが、カズマと出会い、共に行動をすることで、ほんの幾ばくかの人間味が現れたように思える。

 

それは悪いことではない。

 

むしろ良い成長だ。

 

ただ、今回の件については話が違う。

 

 

「僕は、モンスターが言語を理解し感情を持っていたとしても…、狩るべきだと思ってる。…それが冒険者としてのーーー」

 

「義務だから、か?」

 

「…あぁ」

 

 

義務だから。なんてのは都合の良い言葉だ。

実際、僕も明確な答えが持てていないから。

 

 

「今回の任務は、カズマやアイズはメンバーから外すべきなのかもな…。もしかしたら、ティオネやティオナ、レフィーヤにベートだって…」

 

「モンスターの前で躊躇いを見せれば自身が危険だからね。……でも」

 

「?」

 

 

深層遠征での出来事を思い出す。

 

デストロヤーを前に、なす術なく唖然としていた僕らを、なんだかんだ統率したのはカズマだった。

 

終いには、アレを倒しちゃうし…。

 

やはり彼には常識が通用しない。

 

それなのに。

 

今は人間味のある一つの常識問題を、僕らはカズマに突き付けられている。

 

 

……本当に、カズマは僕らを楽しませてくれるよ…。

 

 

「…メンバーはいつもの通りで行く」

 

「む?」

 

 

 

一つの希望。

 

彼は僕らの英雄だ。

 

きっと否定するだろうけど、彼は間違いなく……。

 

 

 

 

「カズマなら、きっと正しい答えに導いてくれるさ」

 

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

 

 

晴天のオラリオ。

街は賑わい、人は活気に溢れている。

 

所狭しに並んだ露天商が大声を張り上げ、雑踏を走る子供達は笑っていた。

 

きっと、()()()と出会わなければ、私は今も暗いダンジョンの中で無情に剣を振るっていただろう。

 

心の余裕が出来たのは、誰よりも強いアイツが、誰よりもバカで、誰よりもエッチで、誰よりも優しいから。

 

団長より強くなったのは少し許せないけど…。

 

 

「…ねえティオネ。ティオネはさ、さっきの話、どう思った?」

 

 

隣を歩くティオナが、肩を小さくさせて私に問いかける。

いつもの元気が無いのは、恐らく先ほどの件を考えているからだろう。

 

 

「ふん。モンスターはモンスターよ。倒すべき仇なの。…あいつらに、私達の仲間だって何人も殺されてるんだから」

 

「…でも」

 

「なによ」

 

「……」

 

 

ティオナは小さな声で呟きながら下を向いた。

純粋だからこそ、ティオナの中にはカズマの言葉がグルグルと巡り回っているのだろう。

 

…いや、本音を言えば私も同じだ。

 

胸の中でモヤモヤとする様々な考えは、恐らく私の腕に重くのしかかっている。

 

こんな状態でモンスターを目の前にして、私は普段の通りに剣を振るえるのだろうか。

 

 

「…ごめん。やっぱり私も分かんない」

 

「…。あのさ、ティオネもカズマの事が好きなの?」

 

「ぶーっ!?な、何よ急に!?わ、わ、私は団長一筋よ!」

 

 

前触れの無いティオナの質問に、私は思わず身構えてしまった。

ど、どうして急にガールズトーク?

私の妹ったら本当に唐突なんだから!

 

 

「…そっか。へへへ、それなら取り合いにならずに済むね」

 

「と、取り合いって…、あ、あんたはカズマの事が好きなの?」

 

「うん!だって、カズマは強いし、優しいし、暖かいし…。近寄るとね、甘い香りもするの。…ぎゅっとしてもらうと、凄く身体がポカポカするの。これって好きってことでしょ?」

 

「ぐ、ぐぬぬ」

 

 

ま、眩しいよ!!

恋する乙女なティオナの顔が凄く眩しい!!

 

私は取り繕うように咳払いを一つし、ティオナに向かって私の本音を少しだけ晒す。

 

 

「ゴホン…、わ、私もカズマは嫌いじゃないわよ。…確かに、あいつはデタラメに強いし。で、で、で、でも!わ、私の団長はもっと強いし!」

 

「えへへ、そうだね。フィンも強いし、きっとティオネの想いも届くはずだよ」

 

 

届くはず…、か。

 

恋を知れば知るほど自分が分からなくなる。

 

私が好きなのは団長。

 

ずっと前に、私達が小さかった頃から強い団長は、とても格好良く、私の憧れで…。

 

…憧れ…。

 

憧れ?

 

何それ、私のこの気持ちは恋愛感情よ。

 

憧れなんかじゃない。

 

団長を見るとワクワクするし、冒険者としても心強くて頼もしいんだ。

 

 

カズマと一緒に居る時に心が弾むのは…、きっと何かの気のせい…。

 

 

「…っ。そ、そんな事より!あ、あんたは今回の件、どうする気?…別に強制では無いし、メンバーから外してもらう?」

 

 

と、私は分からぬ想いを隠すように本題へと話を戻した。

 

そうだ。そもそも話の筋が脱線している。

 

今は例のモンスターの討伐について話していたんだ。

 

 

 

「う〜ん。私は…」

 

 

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

 

ロキ・ファミリアホーム、黄昏の館。

 

ウチの神室に置かれたデスクには、他ファミリアの神々から寄せられた苦情と、ヘルメスから送られた例の依頼書でごった返す。

 

苦情の9割は…、いや、10割がカズマ関連の物だが、これはもう対処のしようが無いので放置。

 

ペラリと、ウチは1枚の羊皮紙を捲った。

 

そこに書かれたヘルメスからの伝言は、要所要所で具体性の欠ける文。

 

依頼書と題されるにも関わらず、その文には実行日時から必要経費、現状況、何も記されていないのだ。

 

…ヘルメスにしては間の抜けた依頼やな…。

 

だが、この文面の冒頭にヘルメスの署名がある事から、この羊皮紙が誰かに偽造されたとは考えにくい…。

 

 

「…なんや、ほんまに何が起こるって言うねん」

 

 

ウチら神さえも予想ができない未来。

 

おそらくそんな神々をも嘲笑うがごとく、ゲスな笑みを浮かべているであろうアイツがウチらの監視下にあることだけが唯一の救いであろう。

 

ヘルメスやウラノスからの定期連絡によれば、カズマは今、バベルの麓にある噴水広場でレフィーヤとソフトクリームを食べて居るらしい…。

 

…暢気かっ!

 

バシンっ、と。怒りを打つけるようにデスクを叩くと、山となって積まれた苦情の束が散乱する。

 

……あぁ、もう…。

 

床へと散らばった苦情の羊皮紙を1枚1枚拾い上げながら、ウチは内容にチラリと目を通した。

 

 

『過激プレイは禁止。縛り、焦らし、SM等は禁止です』

 

 

な、何の事や…。

 

 

『ウェイトレスへのセクハラ。過剰な接待の要求は止しなさい』

 

 

…あ、あいつ、何を…。

 

 

『私、カズマに脅迫されました。そのせいで、無断に神の力を使ってしまい罰則を受けたわ。あとゲロも吐かされて、ジャンケンも負けました』

 

 

……?

 

なんやコレ。

神の力?ゲロ、ジャンケン…。

 

差出神はフレイヤか…。

 

ってことは、神の力は魅了。

アイツ、フレイヤに魅了を使わせて何をしよった…。

 

……。

 

解せん…。

 

やはりカズマは放って置けない。

監視はしてるといえど、いつ何をしでかすか…。

 

 

と、ウチがデスクから立ち上がり、ヘルメスとウラノスに詳細情報の催促へ向かおうとした時に。

 

 

 

()()は連隊による大魔法が放たれたような凄まじい轟音を纏い、地響きと目を覆いたくなる程の光量を持って空を支配した。

 

 

 

空一面へ広がる赤と青の丸い光。

 

 

 

尚も、ひゅ〜〜…、ドォォンッ!!と音を轟かせ、それは空から光を放ち続けた。

 

 

 

 

おおよその場所はダイダロス通りの奥部。

 

 

 

 

その光と音は、思わずウチの腰を抜かすほど。

 

 

 

 

 

「…っ!?!? な、なんや…っ、なんやねんっ!あの魔法はっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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悪どい小春に木漏れ日を

 

 

 

 

 

 

思わず、中庭に降ろしていた私の腰が浮く。

それは大きな爆発音と同時に空を支配する光。

青い空に咲いた大きなお花は、美しく、儚く、それでも一瞬の鮮やかさだけを残して消えていった。

 

…まるでカズマのエクスプロージョンみたい。

 

と、思いながら、私は腰に携えたレイピアに手を置いた。

 

あの方向は…、ダイダロス通りの…。

 

 

ふと、先ほどの召集でロキから伝えられた話を思い出す。

同時に、カズマの言葉も。

 

もしも、この光る魔法を使ったのが例のモンスターだったら、私は剣を……。

 

 

「…っ!」

 

 

ギュッとレイピアを握り締める。

 

これは恐怖とは違う感情だ。

 

身体の底から冷えるような重たい何かの正体。

 

…これは…、何…?

 

そう自分に問いかけるも、もちろん答えは帰ってこない。

 

こんなときはいつも、カズマが私の頭を撫でながら答えを教えてくれるのに…。

 

 

「…っ、か、カズマ…」

 

 

カズマはここに居ない。

 

そして、その轟音を伴う光はまたも空に打ち上げられる。

 

 

数度目の光。

 

 

すると、ホームの空中回廊から慌てた様子のロキが大声で私へ呼びかけていた。

 

 

 

「アイズーっ!緊急事態や!よう分からんが嫌な予感がする!すぐに向かってくれ!!」

 

 

 

.

……

 

 

 

 

光源の大体の予測は付いていた。

ダイダロス通りの奥へと近づけば、今尚、数分おきに繰り返し空を支配する光が目標となる。

 

私は屋根伝えに駆け抜けていき、その光を睨み続けた。

 

相変わらず心を覆うモヤモヤは晴れぬが、その光だけは止む事なく辺りを照らす。

 

 

「…テンペスト」

 

 

駆け抜ける風が私の身体を纏った。

 

風の速度で屋根を駆け、数分としないうちにその光源の元へと辿り着く。

 

そこは廃墟のような建物と、緑の広場に転々と置かれたヘンテコな建造物。

 

屋根から地面へと降り、私はその敷地に足を踏み入れる。

 

 

「…ここは…」

 

「孤児院だ…。アイズ、先に来ていたのか」

 

 

と、答えたのはリヴェリアだ。

後ろにはフィンも居る。

 

どうやらフィンとリヴェリアもロキによってココへ来たらしい。

 

なぜリヴェリアがこの場所を孤児院だと断言できたのかはさておき、私達は3人パーティで組まれた陣形の先頭に立ち、その孤児院内の探索を始めた。

 

 

「…っ、光が止んだ。…ルゥ達はどこに居る…」

 

 

そう呟くリヴェリアの顔は不安に歪む。

 

ふと、フィンにより止まれの合図が出された。

 

 

「…誰か居る」

 

 

フィンがそう言った通り、その誰かは扉の向こうから隠れる事なくドタバタと足音を立てて現れる。

 

 

「っ!ろ、ロキ・ファミリアん所の奴らか!?助かった!手伝ってくれ!」

 

「…君は?」

 

 

身体の大きな強面の男はフィンへ向けてディックスと名乗った。

ディックスさんは大粒の汗を垂らしながら、荒々しく繰り返される呼吸をゆっくりと整える。

 

どうやらディックスさんの話を聞けば、この人も空へ放たれた光源に嫌な予感を感じてここまで駆け付けたらしい。

 

 

「はぁはぁ、この爆発魔法を使ってる正体はまだ見つからねえ!だがここに居たマリアって女性と子供達はもう馬車に突っ込んだからあとは逃げるだけだ!」

 

 

そう言って指を向けた先には、ディックスさんの言う通りに()()()()()が既にこの場を走り去ろうとしている。

 

隣に居るリヴェリアから大きな安堵の息が聞こえた。

 

 

その時に、今までのモノよりも数倍大きな轟音か鳴り響く。

 

 

「「「!?」」」

 

 

フィンはその轟音に耳を抑えつつも、ディックスさんへ馬車に同行して逃げるよう伝える。

 

 

「…っ!音は孤児院の裏からだ!!」

 

 

まるで、私達を導くように。

 

嘲笑う光が道筋となって行く手を指し示した。

 

第1級冒険者をも弄ぶようなその行為に、思わず私はカズマを重ねてしまう。

 

 

『…もしもその知恵のあるモンスターが涙を流して命乞いをしようものなら……。おまえは剣を振るえるか?』

 

 

その言葉が深く心に刻まれていて、走る足取りが自ずと重くなっていた。

 

フィンとリヴェリアの後を追い、到着したのは孤児院の裏庭に当たる場所。

 

そこは瓦礫と獄炎に覆われ、もはや庭としての機能を保っていない。

 

まるで深層のダンジョンのごとく異彩を放つその場所で、私の頬から冷や汗が伝う。

 

 

…何か、強大で恐大な雰囲気を感じる…。

 

 

そう察したのは私だけではないようで、大きな瓦礫と火の壁が立ち込める其処を前に、フィンとリヴェリアも立ち尽くしていた。

 

 

「団長っ!」

 

 

と、ティオネとティオナ、そしてガレスにベートさんが後から到着する。

 

すぐさまに戦闘態勢を整えるも、私達の前にこの現状へと誘き寄せた者の姿は現れない。

 

小さく、息を吐き出しながら、私もレイピアを構える。

 

 

「…これはまた、一体何が隠れてるって言うんだろうね」

 

「さすがに、デストロイヤーが生き返ったなんてことはなかろう」

 

「はは。…、カズマはまだ着かないのかい?」

 

 

フィンのその問い掛けに、私の心臓が飛び跳ねる。

 

いつも隣に居て、へらへらと笑いながら強敵を圧倒する彼の姿は未だ無い。

 

すると、その問い掛けにベートさんがゆっくりと答える。

 

 

「カズマはレフィーヤとバベルに居るらしい。あそこからじゃ此処まで時間が掛かるだろうよ」

 

 

ロキからの伝言だ。と付け加え、ベートさんは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

それは不安か、それとも不満か。

 

私達はいつのまにか、カズマ1人の存在に全ての荷重を乗せていた。

 

居ないという事実だけが、この状況をより悪化させるんだ。

 

 

だがーーーー

 

空を支配する光の魔法を放ち、私達冒険者を嘲笑うが如く誘き寄せた強敵は、音も無いままに姿を途端に現した。

 

 

瓦礫を踏みつけ獄炎を纏い、その姿は黒いローブに隠されているものの、ヒューマンと同等のサイズで片手には大太刀を携える。

 

 

知恵を持って、装備を整えるモンスター。

 

 

情報に嘘はなかったようだ。

 

 

「…っ!…あれが例の。…おまえが、この惨状の元凶か?」

 

「……」

 

 

フィンの問い掛けに、ローブ姿の敵は答えない。

 

瓦礫で少し小高くなった場所から私たちを見下ろす敵は、ゆっくりと太刀を持ち上げ、その剣先を私達に向けた。

 

ロキ・ファミリアの幹部パーティーを前にして、こうも堂々と剣を構えられる者が他にいるだろうか。

 

オラリオ最強戦力に、奴は怯むどころか相変わらず見下ろすように剣先を揺らしている。

 

 

そしてーーーー

 

 

「…オレヲ、コロスノカ?」

 

「っ!どうやら、本当に話ができるみたいだね」

 

「コタエロ」

 

「…」

 

 

数はこちらが圧倒している。

 

それにもかかわらず、その場を凍りつかせるような冷たい不安感と絶望感。

 

ーー。

 

私達は、ローブ姿の敵を一人前にして慄いているんだ。

 

 

「…タタカイハノゾマナイ。キョウゾンモカナワヌデアロウ。…オレタチ…、異端児(ゼノス)ハ、タダアンゼンナバショデクラシタイダケダ」

 

異端児《ゼノス》?

戦いを望まない?

安全な場所で暮らしたい?

 

それが…、それが本当にモンスターの言葉なの?

 

 

ふと、そんな強敵に向かってリヴェリアが一歩踏み出し叫びを上げた。

 

 

「ふざけるな!ならばなぜ孤児院を襲った!?この場所には冒険者も居ないだろう!」

 

「…はは。ガキ供なら…、ご、ごほん…。コドモタチナラ、ディックストイウオトコガホゴシタミタイダヨ」

 

「答えになっていないぞ!」

 

「……。ココハダンジョンカラノヌケミチダッタンダ」

 

 

ダンジョンからの抜け道だった。

 

だったと言うのは、おそらくこの瓦礫の現状が、既にその抜け道とやらを塞いでしまっているのだろう。

 

リヴェリアは小さな声で「わ、私のぶらんこが…」と呟きながら、怒りに震わせて拳を握っていた。

 

 

するとフィンが

 

 

「…つまり、君には戦う意思はないんだね?」

 

「アア」

 

「…君に無くとも、他の異端児《ゼノス》にはあるんじゃないのか?」

 

「ナイ…。テカ、スデニアイツラは逃したし」

 

「なんだと?」

 

「モウイチドキク。…おまえらに戦う意思はあるか?」

 

 

ローブの敵の言葉が少しづつ流暢になっていく。

 

それまるで本当の人間みたいな。

 

意思を伝えるべく言葉を選び、私達に理解させるような親切な口調。

 

 

フィンは、その言葉にゆっくりと思案を巡らせ、向けて居た槍を地面に刺すと、男に対して両手を挙げた。

 

 

 

「…はぁ。…無いよ。あぁ、君らと戦わずして和解できると言うならーーーー

 

ーーーー僕らに()()()()()()()

 

 

そして、フィンは小さく溜息を吐いた。

 

何かを()()()()()()

 

 

「それにしても、他の異端児《ゼノス》はどうやって逃したんだい?」

 

 

ふと、そのローブ姿の敵は口を開いた。

 

肩から力を抜いて、先程までの張り詰めた空気が嘘だったかのように、男は優しい言葉でぶっきらぼくに言い放つ。

 

 

「…はぁ。そこの年増エルフ。孤児院に居た子供の人数は覚えているか?」

 

「と、年増…っ。…た、確か6名程だったと思うが…」

 

「6人の子供とマリア1人、その人数を逃すのにあんな複数台の馬車は要らんだろ」

 

「…むむむ。…つ、つまり、あの馬車の中には…」

 

「ああ、異端児《ゼノス》達を押し込んでたんだ。そして今頃、あいつらは都市の外」

 

 

瓦礫の上からピョンっと飛び降り、ローブの男は腕をダラリとポケットへ突っ込み、面倒臭そうに事の顛末を語り出した。

 

 

「勘の鋭い神が何人か居てな。そいつらの目を欺くために、おまえらには少し踊ってもらったわけだ」

 

「き、貴様…、何を…」

 

「神の監視は今もバベルに居る()と、オラリオの最強ファミリアである()()()()に向いてるだろうよ」

 

「…監視だと?」

 

「ようは、神供とおまえらの注意を逃げ出す異端児《ゼノス》達から逸らしたかっただけ」

 

 

そう言いながら、人を小馬鹿にしたような物言いをする男は、私達の前でゆっくりとローブを脱ぐ。

 

その姿は、その言葉は、その雰囲気は、私達が絶対に知らぬ事の無い人物。

 

そして、その事実には驚愕と同時に安堵さえも覚える。

 

 

彼はーーー。

 

 

揶揄うような笑みを浮かべて

 

 

 

「俺1人にビビってやんの。ガチでわろたわ」

 

 

 

いつものように無邪気な物言いで、カズマはニヤリと笑ってみせた。

 

 

 

 

 

「「「「「「!?」」」」」」

 

 

 

 

 

ーーーーーー★

 

 

 

 

 

「このボケこらぁぁハゲえぇぇ!!」

 

 

ロキ様の怒声がホームに轟く。

 

その声は団員のみならず、アイズさん達すらをも驚かせたと言うのに、応接間の3人がけソファーに寝転がっていた当の本人は呆気からんと耳を塞いだ。

 

 

「あぁ〜、うるさい。ねえロキ、俺疲れてんの!疲れてるんだから休ませて!!」

 

「クソボケがゴラァ!カズマ!おまえは何をやらかしてくれとんねん!!」

 

「レフィーヤが怯えてるだろ!おいでレフィーヤ!」

 

「あ、ぁぅ…」

 

 

と、カズマさんによって強引に引っ張られ、私はカズマさんの膝元に座らされる。

 

その行為に、なぜだか事の顛末を聞くべく集まった面々、特にアイズさんとティオナさんがジト目で睨んできた。

 

……あ、あぅ、わ、私は何もしてないのに…。

 

 

「モンスターを取り逃がしただけだろ。俺だって失敗くらいするさ。だってヒューマンだもん」

 

「失敗ちゃうやろ!故意的にモンスターを…っ、異端児《ゼノス》を逃しよって!!」

 

「おうおう!証拠はあんのか!?」

 

「おまえに証拠など要らん!おまえそのものがクソの根元みたいなもんなや!!」

 

「おま、ちょ、それは酷すぎないか?」

 

 

ロキ様は我を忘れてカズマさんの首を絞め上げる。

 

何が何やら…。

 

と、言うのも、今回の件について、私はなにも知らないのだ。

 

集められた幹部の面々には思う所があるようで、カズマさんによる独断犯行に踊らされたとかなんとか…。

 

 

「ウチはええ!ウチはもうおまえに振り回されるのも慣れとる!だがヘルメスやウラノスは耐性が無いねん!神として尊厳もプライドもズタズタや!」

 

「はっはっは。神の尊厳とか超ウケる。言っておくがな、俺はおまえらの事をアクア同様にダメ神としか思ってないからな」

 

「むきぃぃーー!!」

 

 

と、そんな2人の争いをフィンさんとリヴェリア様が割って入る。

 

 

「ロキ、落ち着きなよ。話が進まないよ」

 

「はぁはぁはぁ…っ」

 

「カズマ、今回の悪巧みについて詳しく聞かせてくれないか?少なからず、僕らも君に踊らされて良い気はしてないんだ」

 

 

踊らされた?

 

何のことでしょう…。

 

私を除け者にして舞踏会にでも行ったのかな…。

 

などと考えていると、膝元に座る私を両手で抱き締めながら、カズマさんはゆっくりと語り出す。

 

…あの、アイズさん、ティオナさん、あとティオネさんも…、睨まないでください。

 

 

「ヘルメスの馬鹿とウラノスのジジイが俺の異端児《ゼノス》脱出作戦に勘づきやがったんだ。たぶん、俺が普通に異端児《ゼノス》を逃がそうとしてたら、ロキと共謀しておまえら幹部を使ってそれを阻止してきたろうよ」

 

「…っ、そ、それは仕方がないことやろ!うちら神が、危険因子を無断にダンジョンから外に出されて指を咥えて見てるわけがあらへん!」

 

「だから一芝居打って、監視の注意を逸らしたんだよ。俺が異端児《ゼノス》に扮して、おまえらを誘き寄せる。もう1人の俺がバベルでレフィーヤとデートしてる。これで完璧さ」

 

 

も、もう1人のカズマさん?

 

え?

 

私がバベル前の噴水広場で一緒に遊んでたカズマさんって……。

 

 

「何やねんこらぁぁ!もう1人のおまえってどういうこっちゃボケぇぇ!!」

 

「リリだよ」

 

「は?」

 

 

カズマさん曰くーー

 

神によるカズマさん自身への監視を、リリさんが魔法で化けたカズマさん(偽)に逸らし、異端児《ゼノス》さんとやらに扮装したカズマさんがアイズさん達の注意を集め、その好きに馬車に隠れた本物の異端児《ゼノス》さん達を逃したと…。

 

 

そ、そういえば、今日のカズマさんは凄く常識的で、なんか身長も少し低かったような。

 

 

「…そ、そんな単純な作戦に、僕らはロキ達も含めて騙されたのかい?」

 

「騙したって言い方はよせよな!少し遊んだだけだろ!」

 

「…くっ。僕は情けないよ…」

 

 

単純な作戦…。

 

とは言え、カズマさん程の強さや、悪評と言う名の注目力が無ければ成功しなかった作戦にも思えます…。

 

すると、項垂れるように下を向くフィンさんを他所に、アイズさんがぐいっとカズマさんの前へと歩み寄ってくる。

 

そして、その鋭い眼光を向けて、小さな声に確かな感情を込めて呟いた。

 

 

 

「…カズマは、どうして異端児《ゼノス》の事を助けたの?」

 

 

 

その言葉に、荒々しかった室内の空気が止まる。

 

おそらく、この場に居る全員が全員、カズマさん1人に踊らされた事実よりも、異端児《ゼノス》さんを助けた真相の方が気になっていたのだろう。

 

 

カズマさんはそっと、目の前で不満気に唇を尖らアイズさんへ視線を打つける。

 

 

何か思うところもあるのだろうか、少しだけ言いづらそうに、それでも黙る事なくーーー

 

 

 

「…あ?そんなもん、金のためだよ。ちょうど暇だったしな」

 

 

 

「うそ…。…本当のこと、教えて」

 

 

 

その甘くて優しい空気を身体に纏うカズマさんの体温が少しだけ上がる。

 

珍しく、照れを隠すように頬を掻きながら、カズマさんはその質問に答えた。

 

 

 

 

「はぁ。…話せばいい奴らだったんだ。だから助けた。…理由なんてそんなもんだろ?……俺はーーーー

 

 

 

ーー俺は助けたい奴らを助けただけ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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カズマくんはいつもけだるげ
お花の言葉に傾けを


 

 

 

 

 

 

 

ワイワイガヤガヤ。

 

最近の豊穣の女主人はとても忙しく、とても騒がしい。

ウェイトレスは注文を受け、品を運び、客の相手をする。

偶に、悪態をついたりセクハラをしたりと無粋なお客もいるが、武闘派ウェイトレスである私達は各々が武に訴えた対処を行う。

 

ただ、そんなお客の中でも、一際面倒な人達が……。

 

 

「ポンっ!それポン!」

 

「んが!しもた、カズマに鳴かせてもうた」

 

「くっ、ツモが悪いわね…。配牌には私の魅了が通じていないのかしら」

 

「…狂気の沙汰だな」

 

 

東家から、カズマさん、ロキ様、フレイヤ様、ヒュアキントスが卓を囲い、牌と呼ばれる四角いキューブをそれぞれが凝視している。

 

麻雀と呼ばれる遊戯は、カズマさんが発案した後に大流行。

 

なにやら18層でもチンチロとか言う賭け事を考案したとか。

 

この人は本当に何者なんだ…。

 

 

「ロンっ!ロンっ!ローーーンっ!うはははーっ!この天下人に敵う神はおらんのか!リュー!リュー!しゅわしゅわちょうだい!」

 

「…かしこまりました」

 

 

ざわざわ。

 

カズマさんが大きな声で叫びながら神様2人とヒュアキントスを煽った。

嬉しそうにはしゃぐ姿は、レベル7にして、オラリオ随一の冒険者とは思えない。

 

…おかしな人だ。

 

と、私は呆れながらに注文されたしゅわしゅわをカズマさんの前に置く。

 

 

「お待たせしました」

 

「お待たせされました」

 

「…ちっ」

 

「おい!舌打ちしたな!?」

 

 

なんだってこんな人がレベル7なのだろうか。

 

…はぁ、運良くカズマさんに隕石でも落ちてこないかな…。

ああ、でもこの人なら、おわっ!危ねっ!とか言って平気で生きてそう…。

 

 

「カズマさんは…、どうやったら死ぬんでしょう」

 

「おまえ不謹慎だからね?客に対して言うセリフでもないからな?」

 

「おっと本音が。すみません」

 

「本音って言った?喧嘩なら買うぞ?」

 

 

喧嘩なんて売りませんよ。

どうせまた、あのヘンテコな武器で私をいじめるに決まってる。

 

…どうにか。

 

どうにかこの人に復讐的な制裁を加えられないものか…。

 

ふと、私は彼らが興じる遊戯に目を向けた。

 

流石のカズマさんと言えど、この手の遊戯ならルールさえ覚えれば五分で戦えるのでは?

 

察するに、麻雀と呼ばれるその遊戯は、運だけではなく知恵や駆け引きも使うようだ。

 

カズマさんと言えば運は良かれど頭はコボルト。

 

……光明…、私だからこその気付き…。

 

…勝てる…、これなら!

 

 

「…その遊戯、私も混ぜてはもらえないでしょうか?」

 

「へ?おまえ仕事中だろ?」

 

「構いません」

 

「って言っても、面子は揃ってるし…」

 

「ブチ殺すぞ……ゴミめら…」

 

「!?」

 

 

私はヒュアキントスを強引に卓から引きずり下ろし、その席へと変わりに座る。

 

何事かと私を見つめる神々とクズの視線を意に返さず、私は散らばる牌をジャラジャラと混ぜ始めた。

 

カズマさんの事だ、どうせ積み込みやらぶっこぬきやらと手グセの悪いズルをするに決まってる。

それならば、この場を私が率先して支配してしまえば良い事…。

 

 

「貧乳神に贅肉神、カズマさんに勝ちたいと思いませんか?」

 

「「!?」」

 

「良いように手のひらで転がされ、金銭や衣服を巻き上げられる。今一度思い出してください。私達の尊厳を…。私達の…、誇りとプライドをっ!!」

 

「「!!」」

 

 

神速の積みにより牌の山が築かれる。

 

さぁ、戦いはこれからです。

 

 

 

 

「…カズマさん、付き合ってもらいますよ。…地獄の果てまで!!」

 

 

 

 

.

……

………

 

 

 

 

で。

 

 

「…あの、カズマ様…、もう勘弁して頂けませんか?」

 

 

身包みを剥がされショーツとブラトップのみとなった私…。

金銭のやりとりだけでは事足りず、挙げ句の果てには着ていた服まで脱がされたわけだ。

 

蓋を開ければカズマさんの8連勝。

 

もはや賭ける物も無く、私はただただ目に涙を浮かべるだけ。

 

 

「リュー…」

 

「ぅぅ」

 

「倍プッシュだ」

 

「うわぁぁぁぁぁっん!!」

 

 

どうしてだ!

どうして勝てない!

机上の空論とは言えど、私にだって勝てる勝算はあったのに!

 

私の欲しい牌をカズマさんは全然落としてくれないし、狙ったように私の捨て牌を当ててくる…。

 

うぅ、おかしい…。

 

絶対に何かがおかしい…。

 

 

「泣くなよなー。本当におまえは泣き虫だな…。ほら、もう勘弁してやるから泣き止めって」

 

「うっ、うぅ…」

 

 

カズマさんの手が私の頭を優しく撫でた。

どこか故郷のお母さんを彷彿とさせるその素ぶりに、私は思わずカズマさんの顔を見上げてしまう。

 

ふわりと優しい彼の笑みが少しだけ申し訳なさそうで、ああ、カズマさんも人の心を持ち合わせてるんだなぁ、なんて思ったり。

 

下衆で変態で意地悪で、それなのに偶に優しくて。

 

そんな飴と鞭を使い分けるカズマさんだからこそ、オラリオの人たちは彼を信頼するのだろう。

 

 

「ぅ…、あ、ありがとうございます」

 

「うんうん。…それじゃあ続けようか」

 

「うわぁぁぁぁん!!」

 

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

 

麻雀でリューをいじめる事数時間。

 

さすがに巻き上げる金も、脱がす服も無くなったのでお開きとなり、相変わらず泣き喚くリューをなだめつつ、俺はほんの少しの罪悪感を覚えていた。

 

 

…千里眼で牌を全て見ていたなんて言えないな。

 

 

「リュー、冗談だよ。ほら、もうロキもフレイヤも帰っちゃったぞ」

 

「あぅぅ…、うぅぅ」

 

「仕事に戻らなくていいのか?」

 

「ひっく…、う、うぅ、もう、お洋服も取られてしまったので…、っ、うっ、仕事に戻れません…」

 

 

…リューのお洋服は賭けの戦利品として巻き上げ、近くで飲んでいた男性冒険者に売っちゃいました。

 

だからリューは今も半裸状態なわけで。

 

……す、少しやり過ぎたか?

 

 

「よし。それじゃあリューに似合うお洋服を買いに行こう」

 

「っ、お、お金をあまり、持ち合わせていません…」

 

「買ってやるって。ほら、俺がこの前使ったローブを貸してやるから」

 

「ぁぅ…」

 

 

ばさりとローブをリューの頭から被せ、俺達は手を取り合ってゆっくりとお店を出た。

 

泣いてるリューの手を引いて街を歩くのも慣れたもんだ。

 

もちろん周囲の視線だって気にならない。

 

 

「リューは胸が小さいから浴衣とか似合いそうだな」

 

「…私の胸はDカップです」

 

 

嘘をつけ。

甘めに見積もってもBだろうが。

と言えば、リューはまた泣いちゃうから。

俺は優しくただ頷いておいた。

 

さて、お洋服だの着物だと言っても、オラリオの服屋なんて俺は知らん。

 

特に着物だなんて言う極東の伝統衣服ならば尚更だ。

 

……あ、そういや、歓楽街の狐っ娘がエロい着物を着ていたな…。

 

 

「よし、歓楽街に行くか」

 

「バカなんですか?」

 

 

 

.

……

 

 

 

で。

 

 

「よう。春姫」

 

「あ、カズマ様」

 

 

歓楽街の一角。

俺はお気に入りのアマゾネスを泣く泣く素通りし、春姫が監禁されている場所へととろとろ赴く。

 

狐の耳をピクピク揺らす春姫は他の娼婦と違って生娘らしい。

 

ちなみにこの情報はお気に入りのアマゾネス、アイシャに聞いた話だ。

 

 

「今日もカズマ様の英雄譚を聞かせてくれるんですか?」

 

「それはまた今度な。なぁ、おまえのその着物ってどこで買ったの?」

 

「ぁぅ、そうでございますか…。えっと、この着物は買った物ではありません」

 

「む?」

 

「イシュタル様が私のために作ってくださったのです。私には尻尾もございますので」

 

「ほう。イシュタルって裁縫なんかも出来たのか」

 

 

あのエロ雌め、意外と多才じゃないか。

 

ふむ。手作りか…。

それは盲点だったな。

俺には器用貧乏(ユーザビリティ)なんて言う便利なスキルもあるわけだし。

 

俺は顎に手を置きながら春姫に別れを告げ、歓楽街の入り口で待っていたリューの所へと戻る。

 

 

「お待た〜」

 

「…足が痛いです」

 

「はいはい。おまえ、どんな柄が好き?」

 

「柄ですか?」

 

「おう。着物に入れる刺繍を何にしようかなぁって。おまえ色白だし、布地は淡色系が似合うかもな」

 

「ふむ。それならばピンクにしてください。私はピンクが大好きです」

 

「おっけー」

 

「あと、柄と言うか…。百合の花が可愛いと…、思います…」

 

 

と、リューはモジモジとリクエストを出してきた。

ピンクの布地に百合の花の刺繍か。

なんだかすごく女の子っぽい着物になりそうだな。

 

百合…、百合…。

 

あれ?

 

百合ってどんな花だっけ?

 

スマホがあれば検索して画像を見れるのに、この世界ではそうは問屋がおろさない。

 

実物を実際に観に行く必要があるのだ。

 

 

百合か…。

 

 

「そういえば、深層のどこかにユリ科の花が咲いていたな…」

 

「?」

 

 

以前にティオネがその花を見て微笑んでいた事を思い出す。

 

そのときに、あいつが言っていた花の名前は……。

 

 

 

「確か…、リューココリーネ…」

 

 

 

「わ、私の名前だ…!」

 

 

 

 

 

 

 



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由々しき事態に醜態を

 

 

 

 

 

 

 

「カズマさん。ボブ・ゴブリンの大群が居ますよ」

 

「よし、遠回りしよう」

 

「戦わないのですか?」

 

「うん。贄殿遮那を忘れちゃったから。たぶん、ホームのキッチンに置いてきた」

 

「武器をなぜキッチンに?」

 

「パンを斬ってた」

 

「…ああ」

 

 

そう言いながら、こそこそとダンジョンを遠回りして進むカズマさんの背中にくっつき、私も忍び足で歩く。

 

もちろん、元冒険者でレベル4である私なら中間層に出てくるモンスター程度は倒せるのだが、なにぶん、先ほどの麻雀で武器から防具まで全てを失ってしまったので…。

 

現在の階層は24層。

 

どうやらカズマさんの目的地は50層との事で。

 

深層探索にしては明らかに身軽な私達は、カズマさんが私に作ってくれると言う着物の刺繍の柄、リューココリーネを採取するべくゆっくり歩く。

 

 

「私、50層に行くのは初めてです。帰ったら職場の同僚や元アストレア・ファミリアの仲間達に自慢ができますね」

 

「海外旅行の写真をインスタに載せる女タレントみたいだな。…ていうか、アストレア・ファミリアの仲間ってアリーゼか?」

 

「そうです。ご存知でしたか?」

 

 

カズマさんは少しだけ驚いたように目を開けた。

彼の口からアリーゼの名前が出てくるとは…。

あまり接点の無さそうな二人だと思っていましたが。

 

 

「正義だなんだって腑抜けた事を言う赤髪の女だろ?」

 

「ですです。私は裏で正義の押売りちゃんと呼んでいました」

 

「俺は面と向かって偽善の最前線って呼んでやった」

 

 

「「ぷーくすくす!」」

 

 

偽善の最前線。

まさにアリーゼの二つ名に相応しい命名じゃないですか。

 

意気投合とばかりに笑い合いながら、カズマさんは私の過去のお話に興味を示した。

 

 

「アストレアもさ、なんかお堅いっていうか…。もう少し物事を柔軟に考えられればなぁ」

 

「アストレア様の悪い所です」

 

「なんでアストレア・ファミリアって解体したんだ?」

 

「方向性の違いですかね」

 

「学生の女バンドじゃねえんだよ」

 

 

正義のために!

と意気込みながらダンジョン内の清掃活動に励んでいたアリーゼの顔を思い出す。

 

1周回って、モンスターを斬る事すらも嫌悪し始めたアリーゼに、私はファミリアの解体を進めたのだ。

 

 

「彼女はモンスターにすら善悪の境界を引いたのです。このダンジョンには私達を襲わない、お利口さんなモンスターも居るのよ!と」

 

「クソみたいに甘っちょろい考えだな」

 

「はい…。そういえば最近、街中で噂になっている黒の死神(ブラックサイコパス)を知っていますか?」

 

「なんだその厨二くさい二つ名は」

 

 

カズマさんは呆れ顔気味に私を見つめつつため息を吐いた。

 

え、私が考えたわけではないのですが…。

 

 

「噂によりますと、黒いローブに身を包み、赤黒い大太刀を携えた風貌から死神の呼び名が付いたそうです」

 

「…む?」

 

「そして驚くことに、その死神はブレイバー率いるロキ・ファミリアの幹部達を1人で相手取ったとか」

 

「…むぅ」

 

 

だがしかし、所詮は噂の域だろう。

このオラリオで最強戦力を誇るロキ・ファミリア。

尚且つ、その幹部達を1人で相手取るなどおとぎ話であっても詰まらない。

 

 

「死神はモンスターを安全な場所へ逃すために戦ったみたいですよ」

 

「へぇ…」

 

 

む?

 

先ほどからカズマさんの反応が薄いような…。

この薄暗くて物悲しいダンジョンで、私がせっかく場を温めようとお話してあげてるというのに。

 

……あ、まさか…。

 

 

「…カズマさん」

 

「な、なんだよ?」

 

「死神にビビってますね?ぷーくすくす!あんなのただの噂なのに」

 

「…イラ」

 

 

下衆会の風雲坊とまで呼ばれるカズマさんといえど、やはり人の子だったようだ。

死神などという噂に背筋を冷やしているなんて。

 

 

「可愛いところもあるんですね」

 

「…何してんの?」

 

「頭を撫でているだけですが?」

 

 

普段から何かとお騒がせなカズマさん。

そんな彼が年相応に、死神だなんて言う噂に驚いてくれると少しだけ可愛らしいと思ってしまう。

 

もっと素直になれば良いのに…。

 

はぁ、世話の焼ける弟を持った気分です。

 

 

「触んな淫乱エルフ」

 

「い、淫乱!?」

 

「姉キャラを狙うならcv.伊藤静でやり直してこい」

 

「な、なんですかcvって!」

 

「おまえはどっちかと言うと妹キャラだ。さすがですわお兄様!とだけ言ってろ」

 

 

さ、さ、さ…。

 

さすがですわカズマ様!!

 

私の姉スキルをぷいっと払うなんて…っ。

もう少しデレてくれてもよかったのに!

 

知ってるんですよ!

ロキ・ファミリアの千の妖精(サウザンド・エルフ)ことレフィーヤちゃんのことを妹のように可愛がっていることを!

 

ならば同じエルフで歳上な私はカズマさんのお姉ちゃんになるしかないじゃないですか!

 

それなのに!

 

それなのにぃぃ!!

 

 

「私は歳上ですよ!敬ってください!」

 

「なんなの?年齢を重ねたエルフはなんで我儘になるの?リヴェリアと言いおまえと言い。まさかエイナまでうざったいわけないよな?」

 

「私はうざったくありません!」

 

「はいはい。あんまりお喋りばっかしてると日が暮れちゃうぞ」

 

「ぐぬぬぬぬ!」

 

 

私は圧倒的な地団駄を踏みながらも、モンスターに出くわさぬダンジョンをゆるりと進んだ。

 

慎重ながらも大胆な足取りで中間層を進むカズマさんからは、つい数ヶ月前まで新人だったとは思えぬ安心感を覚える。

 

急激な速度でオラリオ随一の冒険者となったカズマさんの背中は、ひょろりと細い癖に頼もしいから不思議…。

 

もしも、噂の死神だなんて者が現れても、彼なら片手間に倒してしまいそう。

 

それくらいに、彼は強くて大きいのだ。

 

 

 

 

「今日は30層まで行ってテントを貼るぞ」

 

 

「はい。…ふふ、一つ屋根の下で何が起こる事やら」

 

 

「ちなみにテントは2つある」

 

 

「!?」

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

深層 49層

そこは大荒野(モイトラ)と呼ばれる一本木々すら生えない荒れ果てた大地。

俺のマッピングよる最短ルートを辿っても、抜けるのに数時間は掛かってしまうほどの大空間で、出てくるモンスターもいちいちつよい。

 

だがしかし、元レベル4の冒険者なだけあって、時折出て来る深層のモンスターも、俺のアシストを有りきにリューが淡々と倒してくれる。

 

 

「ふぅ。やはり深層は侮れませんね」

 

 

と、リューは疲労を微塵も感じさせないものの、やはり魔力だけはどうしても減っていくもので、俺は時折リューの脇腹に触れて魔力を受け流した。

 

 

「んっ…。あっ…、さ、最初は、っん、抵抗がありましたが…、こ、この、魔力が流し込まれている感じ…、っ、ぅ…、た、堪りませんね…」

 

「キミね、そんな反応されると俺も困るんだけど」

 

 

魔力を十分に流してから手を離すと、リューはなぜか拗ねた表情で俺を睨む。

 

 

「…もう終わりですか?」

 

「これ以上は爆発しちゃうよ」

 

「爆発するんですか?」

 

「うん」

 

 

そんなたわいも無い会話。

 

俺が会話は終わりだとばかりに歩き始めると、リューも素直に着いてきた。

 

可能な限りは最短の道を行きたいものの、やはりそこにはモンスターの影があり、俺の千里眼によりモンスターの数や種類を確認しつつ、倒した方が早いと判断した時にだけ剣を振るう。

 

だがやはり、最大の懸念を上げるなら。

 

 

「ん〜。周期的には階層主が産まれちゃってるかもなー」

 

「か、階層主!?49層の階層主と言えば、あのバロール…っ!」

 

 

言わずと知れた、ノロマで愚図なバロール君。

そのくせ50層に繋がる階段だけはしっかり守ってやがるから困ったヤツだ。

 

そんな事を考えていると、リューはガクガクと震えながら、冷たくなった手で必死に俺の背中にしがみ付いてきた。

 

 

「か、カズマさん。私から離れないでください」

 

「ちょ、歩きづらいわ。ていうか、そんなに震えなくても大丈夫だよ。戦うつもりもないし」

 

「ぁぅ…、ではどうやって50層へ?」

 

 

何こいつ…。

さすがのリューでも深層の階層主にはヘタれるのか?

 

ぷーくすくす、ちょっとからかってやろう。

 

 

「まずはリューを囮にして」

 

「!?」

 

「俺が50層へ行く」

 

「!?」

 

「そしたらリューも隙を見て50層へ行く」

 

「…っ!うぅ、うっ…。うわぁぁぁん!無理ですぅ〜!私っ…、私、囮なんかできません〜っ!」

 

 

ガチ泣き…。

まさかの座り込んでまでのガチ泣き。

 

こ、こんなの冗談じゃん!

 

なんか俺が悪いみたいになっちゃうだろ!

 

この泣き虫エルフが!

 

 

「う、嘘だよ!冗談だ。ほら、直ぐに泣くなって…」

 

「ほ、本当に…?」

 

「本当に」

 

「ぁぅ…」

 

 

座り込んでしまったリューの腋に手を入れ持ち上げると、彼女も素直に立ち上がった。

相変わらず目頭には涙が溜まっている。

なんなんだこの罪悪感は…。

ここ最近、女の子を泣かせてばかりな気がするし…。

 

ふと、俺のため息に何を勘違いしたのか、リューはしょぼんとなって下を向いてしまった。

 

 

「…ぅぅ、すみません。私が弱いばかりに…」

 

「だから冗談だって言ってんだろ。ほら、顔を上げなさい」

 

「…はい」

 

「俺だってバロール相手に立ち回ろうなんて思ってないよ。逃げるは恥だが役に立つってな。なんならバロールの前で恋ダンスを踊っちまうレベルの逃げ恥だ」

 

「か、カズマさんでも逃げる事があるんですか?」

 

 

そらねぇ…。

 

いやそもそも逃げてばかりな気がしなくもないし。

レベル7とは名ばかりの冒険者だと自負してるくらいだもん。

 

むしろ周りの期待だけが膨らみ、挙句には英雄だのなんだのと…。

 

いやいや、こちとらただの元ニートだよ?

 

そんな期待されてもマジで困る定期ですわ。

 

 

「…ぅぅ」

 

 

ただ、じっと俺の目を見つめるリューに、俺なんかに期待するなよ。なんて言える筈が無く。

 

心のどこかでは、この子の期待に少しだけ応えたいとも思う自分がいるわけで。

 

 

あぁ、やっぱり俺も男の子なんだね。

 

 

女の子の前で格好をつけちゃうんだもん。

 

 

 

 

「逃げるさ。でも、リューの事くらいなら守ってみせるよ。俺の命に代えてもね」

 

 

 

「さ、さ、さ…、流石ですわお兄様!!!」

 

 

 

 

 

 





ソードオラトリアのアニメ見ました。

キャラが違い過ぎて自己嫌悪。

ちょっとだけボケてる程度だと思ったけど、思いの外みんな真面目な冒険者でした。


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荒くれる美女にプラズマを

 

 

 

 

 

私は泣き虫エルフのリュー・リオンです。

 

カズマさんはいつも私の事をイジメるのです。

 

私が嫌がることばかりして…。

 

彼は本当に酷い冒険者なのです。

 

でも、ふとしたときに見せる優しい笑みや、頭を撫でてくれる丁寧な手つきは柔らかくて暖かい。

 

不思議な人…。

 

そういえば、私がまだ子供だった頃に通っていたエルフ私立エルフ学園小等部にも、私の事をイジメる男の子がいました。

 

あの頃は、なんでこの男の子は私の事をイジメるのでしょう…、と、帝王学を教えに来ていた非常勤講師のリヴェリア先生に良く相談したものです。

 

先生は決まって『それはな、リューの事が好きだからイジメたくなっちゃうんだ。私も子供の頃は良くイジメられて悩んだものだよ』と言った。

 

リヴェリア先生はそう言いながら、いつも私の頭を撫でてくれた。

 

ただ、子供心にそんな男の子の心情を察せられるはずもなく、尚も続く彼のイジメに、私はとうとう泣いてしまったのだ。

 

学級委員のエイナちゃんは私を泣かした男の子を咎めてくれました。

 

しかし、男の子は困ったような、慌てたような表情を浮かべつつも、エイナちゃんの叱咤を聞くこともせず、私に向かって強い口調でこう言ったのです。

 

 

『泣き虫エルフ!そんなんじゃ強い冒険者になれないぞ!!』

 

 

その言葉は鋭利な刃物のごとく、柔らかい私の心に突き刺さる。

 

絶対に嫌だ…。

 

私は弱い冒険者になんかなりたくない。

 

……。

 

だから私は決めたんだ。

 

誰にも負けない冒険者になる。

 

誰よりも強い冒険者になって、絶対にもう涙を見せないって。

 

 

 

………………

………

……

.

.

.

.

 

 

 

 

「うわぁぁぁん!脚が痛いですぅ!血が出てるから大怪我ですーーっ!!」

 

「転んだだけだろ。ただの擦り傷だから泣くなって」

 

「か、カズマさんが歩くの早いから…、ぅ、うぅ…」

 

「あーあーもー。ほら、膝小僧だせって。痛いの痛いの飛んでけーー!」

 

「っ!……な、治りました。今のは回復魔法の詠唱ですか!?」

 

「……うん。俺の生まれ故郷に伝わる伝統の詠唱」

 

 

灰色に染まる樹々の群れが周囲を覆い尽くす50層で、私は木の根に気付かず脚を引っ掛けてしまった。

 

そんな私を呆れたように見るカズマさんは、私の前にしゃがんで擦りむいた傷口に魔法をかける。

 

初めて聞く詠唱…。

 

ただ、その詠唱は私の膝小僧から痛みを和らげた。

 

 

「おお!血は出てるし傷口は開いたままですが、なんか痛みが治りましたよ!すごい魔法ですね!」

 

「おまえが単純なバカで良かったわ」

 

 

単純なバカとは心外な。

私は神経質で有名なエルフの一族です。

 

と、言おうにも、傷を癒してもらった恩人に喧嘩を売るわけにもいかず。

 

 

「安全圏内とはいえ油断しすぎ。木の根でコケる冒険者なんて聞いた事ないぞ?」

 

「私が最初で最後の冒険者です」

 

「なんで格好つけてるの?」

 

 

そんなゆるりとしたカズマさんとのやり取り。

 

ふわりと、懐かしい思い出は深くて青い底からゆっくりと顔を出す。

弱い冒険者はモンスターを狩るどころか、街で暮らす皆んなを守ることさえも出来ない。

 

しかしながら、英雄さながらに強敵を討ち取り、深層を攻め立てる程の才が無いことは直ぐに気付いた。

 

それでも力の限りに戦うと誓い、アストレア様の元で鍛錬を重ねるも、自身の不甲斐なさと理想の間に生まれたギャップが次第に私を大きく支配する。

 

 

今はしがないウェイトレス。

 

 

だけど私は。

どこか意固地に、元冒険者である事を未だ胸に置いていた。

 

強くあろうと、誰にも頼らず。

 

人を寄せ付けない殺気を纏い。

 

私は誰も信用せずにずっと1人で。

 

 

 

ーーーずっと、ひとりぼっちで。

 

 

 

「見つけた。おまえと同じ名前の花だ」

 

 

「…っ。私と、同じ名前の…」

 

 

 

ーーひとりぼっちだったのに。

 

彼は意地悪な笑みで私に近づき、イタズラに優しい物腰でそっと手を差し伸べてくれるから。

 

 

 

「リューココリーネ。なんだってこんな深層に咲いてるんだか」

 

「ふふ。それは、きっと見つけてくれる誰かさんを待つためですよ」

 

「は?」

 

 

私はそのお花の前にしゃがみ、そっと花弁を突く。

 

ゆらゆらと揺れるお花は、紫の五枚花弁がまるで私に笑いかけているようにコロコロと。

 

このお花の刺繍をあしらったお洋服。

 

それはきっと素敵な物になるでしょう。

 

ただそれ以上に、彼が私のために作ってくれる。

その事実こそが、胸の鼓動を高鳴らせる大きな原因だ。

 

 

 

「よし。それじゃあ可哀想だが一本だけ貰って帰るか」

 

 

「ええ、持ち帰ったら私が大切に育てます」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー。

 

 

 

 

 

 

で。

 

 

リューココリーネを50層から持ち帰って直ぐに、カズマさんは裁縫道具と材料を持って豊穣の女主人を訪れた。

 

 

「まだ開店前だろ?ちょっと場所借りるぞ」

 

 

と、彼は亭の女将であるミアへ伝える。

ミアは苦々しくも頷くと、そっぽを向いて店の奥へと姿を消した。

 

それと入れ替わるように、私は植木鉢に植えたリューココリーネを抱えてカズマさんの元へてってってと走り寄る。

 

 

「カズマさん!」

 

「おう。って走るな走るな。おまえ直ぐに転ぶんだから」

 

 

そんな忠告を私に促しながら、カズマさんはテーブルの上に薄い緑色の生地と、紫色の生地を広げた。

 

器用にそれを切り分けていくと、彼は私をゆるりと見つめながら

 

 

「上から74、51、72……」

 

「おい待て。なんで見ただけでズバピタにスリーサイズを当てられるんですか?」

 

 

だれがギリギリBカップのリューちゃんだ。

私にはまだ伸び代がある。

直ぐに88、51、76の超豊満ボディーになってやるんですから。

 

と、私がカズマさんを睨みつけていると、彼は私が持っていたリューココリーネに視線を移した。

 

 

「それ、おまえにちゃんと育てられるのか?」

 

「ふん。当たり前です。この子は私の分身だと言っても過言ではありませんから」

 

「お花はな、話しかけると良く育つらしい」

 

「え!?本当ですか!?」

 

 

は、初耳です…。

てっきり日光と水と適度な鍛錬だけで立派に育つものかと思ってました。

 

やはりカズマさんは物知りです。

小さな世界に引きこもる私に、彼はいつもいろいろな事を教えてくれる。

 

 

「えぇ〜、ごほん。私はリューです」

 

 

……。

リューココリーネからの返答はない。

まだ心を閉ざしているようだ。

 

 

「美味しいご飯が大好きです。ココちゃんは何が好きですか?」

 

「ココちゃん?」

 

「この子の名前です」

 

 

リューココリーネ、だからココちゃん。

返答をくれないココちゃんに、私は話しかけ続けるも、やはり返事は無い。

おかしい…。

まさかもう反抗期…?

 

 

「ココちゃん……」

 

「……。こ、ココはお水が大好きだよ〜」

 

「………何を言ってるのですか?カズマさん」

 

「ココちゃんの声を代弁してやったんだろうが。恥ずかしい真似させんな」

 

 

そう言いながら、ほんのりと頬を染めるカズマさん。

彼は私からプイッと顔を逸らすと、切り分けた布地を縫い合わせ、綺麗な紫色の花弁を刺繍していく。

 

その手付きは慣れているというよりも機械的な動きで、どうやらカズマさんのスキルが手を動かしているようだった。

 

ただ、リューココリーネの刺繍を入れる際に見せた繊細な指の動きと、時折見せる優しい視線が程よく空気を擽るように。

私はそんな彼が醸し出す雰囲気に、おっとりと身を委ねていたくなっていた。

 

 

優しい色の強い冒険者。

 

 

彼はきっと、悪質な評判を振りまきながらも、その内心には誰よりも綺麗で暖かいナニカを持っている。

 

それに気づいているのは、ほんの数人の人たちだけ。

 

 

「…よし、これでこうして、あとはこう…、そいっ!…、よーし完成だ」

 

「おお!なんだかよくわかりませんが、あっという間に出来上がりました!」

 

「案外簡単に出来るもんだな」

 

「これが着物…。ひ、ひらひらな上に大胆な胸元…、なおかつ薄い布地はボディーラインを強調させるような…」

 

 

完成!とばかりに、彼は薄緑を基調とした着物をみせびらかすように両手で広げた。

 

膝元にかけてあしらわれた紫色の刺繍、リューココリーネは、小さくも必死に主張している。

 

 

「可愛いです。ですが、私のような荒くれ者に似合うか…」

 

「バカ。着物ってのは女の子なら誰でも似合う。特におまえみたいな無い乳には特にだ」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「おう。俺を信じろ!」

 

 

へへと笑いながら、カズマさんは私の頭にそっと手を置く。

 

…あぁ、これだ。

 

この、触れていて欲しくなる彼の暖かさ。

 

これが私のひとりぼっちだった冷たい心を何度溶かしてくれたものか…。

 

ふと、私は彼を見上げながら、その着物を指でなぞりながら

 

 

 

「着てみたいです…。この着物を…、カズマさんが作ってくれた着物を」

 

 

 

.

……

………

 

 

 

 

「っ…、あ、あの、どうでしょう…。にあっていますか?」

 

 

で、試着してみた結果。

 

 

「……っ!に、似合う…。さすがだリュー!!」

 

「あぅ…、あ、へへ、ありがとうございます」

 

 

ふわりと漂う布の香りは新品だからこそ。

 

着物を着付けた私を見て、カズマさんは大きな声で絶賛してくれた。

 

こ、このような女性らしい服を、ウェイトレスの制服以外で着たのは初めてです。

 

 

7分ほどで広がるヒラヒラな袖からは、油断すると腋が見えてしまいそうで恥ずかしい。

 

 

大きくV字に広がる胸元からは、少しの乱れで胸が見えてしまいそう。

 

 

膝上20センチに切られた丈に、私の白い太ももがチラリとほのりと。

 

 

 

……ん?

 

な、なんかこの着物エロすぎませんか?

 

 

 

「イケる…」

 

「……?」

 

「イケる!イケるぞリュー!!花魁姿のキャピキャピ系キャバクラのイメージキャラクターにぴったりだ!!」

 

「…!?」

 

「これは稼げる…っ。よし!着物を増産だ!嬢はそこらでゴロつく女冒険者を雇えば…。確か、ダイダロス通りに空きテナントもあったはず…」

 

「か、カズマさん…?」

 

「賽は投げられた…!!屈強な男たちを持て成す夢の国、店の名前は【美女と野獣】で決まりだ!!」

 

「……」

 

 

「忙しくなってきたぁぁぁ!!」

 

 

「ブチ殺すぞクズマぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 






おかしい…。

ダンまちスピンオフに出てくるキャラ達がすごく真面目だ…。

もっと頭のネジがぶっ飛んだキャラ達だと思ってたのに…。



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この素晴らしいダンジョンに祝福を!
愛ある親に親愛を


 

 

 

「ドラゴンスレイヤーって呼ばれたい」

 

 

そう呟いたのは、昼過ぎに起きて来て、パジャマと化したジャージから着替えることなく朝食(時間的に昼食だが)を摂っているカズマさんである。

 

またですか…。と思ってしまうのは、つい先月頃に、カッコいい武器が欲しい。と呟いていた事を知っているからだ。

 

確かあの時は、魔剣クラスの性能を持つ大太刀を作るべく、ヘファイストス様の所へ赴き、材料調達のためにと深層に向かったのだ。

 

もちろんレベル3の私は、目的地である58層への同行を拒否しましたが、代わりに同行を買って出たティオナさん曰く、道中様々な事が起きたのだとか…。

 

……カズマさんの思い付きに付き合っていたら命が100個あっても足りませんよ。

 

そう思い、偶々ダイニングスペースに居合わせた私はその場から静かに離れようとするも

 

 

「よしレフィーヤ!ギルドに行くぞ!」

 

「うわぁ!…ぁぅ」

 

 

いつの間にか背後に忍び寄っていたカズマさんに抱っこされてしまう始末。

 

もう慣れっこです。

 

 

「ぅぅ。なんですか急に…。ていうか、カズマさんにはもう二つ名がありますよね?」

 

「そんなもの知りません」

 

 

あ、やっぱり下衆男(カスマさん)って二つ名は嫌なんですね。

てっきり受け入れているのかと…。

 

 

「でも、なんでギルドなんですか?」

 

「バカだなぁ、レフィーヤは」

 

「む…」

 

「まずはさ、ギルドの掲示板にドラゴン系モンスターの依頼書を貼り付けるわけよ」

 

「…はい」

 

「それでな?その討伐報奨に、二つ名、龍殺戦士(ドラゴンスレイヤー)を与えると付け加えるわけだ」

 

「え、つまり自らクエスト発注して、それを受注するわけですか?」

 

「うん」

 

「ただの自作自演じゃないですか!!それなら選挙カーにでも乗って名乗った方がまだマシですよ!!」

 

 

そんな私の抗議もどこ吹く風で、カズマさんは私を抱っこしたままホームを出て行く。

 

街中ではいい加減下ろして欲しいものですが、もう何を言ってもダメなので諦めることにします。

 

 

「やぁカズマさん、今日も子供を捕まえたのかい?」

 

なんですか。今日も子供を捕まえたって…。

 

「お、カズマじゃねえか。キャバクラの件はどうなったんだ?」

 

きゃ、きゃばくら?

 

「あらレフィーヤちゃん、カズマさんとお出かけ?仲が良いのねぇ」

 

これのどこが仲良しに見えるんですか?

明らかに拉致ですよ。

 

 

そんな風に街を歩きながら住民と何気ない会話をするカズマさん。

 

その光景に、内容云々は別として、彼は本当にオラリオの顔になりつつあるんだなぁ、と実感させられる。

 

少し前までは私よりも貧弱なレベル1だったのに、もはや背中すら見えない程に遠くへ行ってしまったものだ。

 

リヴェリア様曰く、カズマさんの実力は底が知れないらしい。

と言うのも、コボルトやゴブリン等の浅層で出くわすモンスターには一方的に負かされる癖に、深層に蔓延る恐ろしいモンスターなら片手間に倒してしまうから。

 

底が知れないって言うより、意味が分からない…。

 

 

「む?ギルドが騒がしいな」

 

「?」

 

 

すると、そんな私の考えを遮るようにカズマさんがポツリと呟いた。

 

カズマさんの言う通りに、ギルドには普段の数倍の人数は居るであろう冒険者が詰め寄り、入り口までをもその喧騒が支配していた。

 

 

「なんだなんだ?祭りでも始まるのか?」

 

「そんなわけないじゃないですか。ていうか、千里眼で人混みの奥を見てみてくださいよ」

 

「バカか。俺のエロティカル・アイはこんな所で使うようなスキルじゃない」

 

 

はいはいそうですね。

そのスキルが活用されるのは浴場と脱衣所だけですもんね。

 

私は呆れながらも、仕方なく雑踏の最後尾に居た冒険者に話を聞く。

 

 

「あの、何かあったんですか?」

 

「あ?千の妖精じゃねえか。…いやな、中でロイマンがーーーー」

 

 

ーーー曰く。

 

とある緊急クエストが発注され、そのクエストに関することで、各ファミリアの団長や副団長クラスの冒険者達が詳細についてロイマンさんから話を求めているらしい。

 

…緊急クエスト?

 

最近多いですね。

 

 

「おいおい、何だってこんな日に限って緊急クエストなんかが発令してんだよ」

 

「仕方ないじゃないですか。緊急なんですから」

 

「ロイマンの奴に文句言ってやる。レフィーヤ、魔法でこの人混みを消し炭にしてやれ。あのビームみたいな魔法で」

 

「アルクス・レイです!ていうか!こんな人混みの中に魔法を撃ったら大問題ですよ!!」

 

「おらぁぁぁ!!万の妖精ことレフィーヤ様が詠唱の準備を始めたぞボケぇぇ!!おまえら道を開けろぉぉぉ!!!」

 

「ま、万!?あ、違います!違いますぅぅ!う、撃ちませんよぉぉ!!」

 

 

 

 

ーーーで。

 

モーゼの十戒を歩いてギルド内に辿り着くや、そこには見覚えのある顔が。

 

 

「あれ?フィン、リヴェリア。おまえらもこの群衆に混ざってたの?」

 

「はぁ、外の喧騒が増したと思ったら…、やっぱりカズマか」

 

「何があったんだ?こんだけの冒険者が集まるなんて珍しいな」

 

 

呆れたように溜息を吐く団長とリヴェリア様。

 

私はペコペコと周囲に頭を下げながらも、事情を求められた団長の話に耳を傾ける。

 

 

「前代未聞の緊急クエストが発令されたのさ。その話を聞くためにこうして皆んなが集まった。…まぁ、詳細については彼に今から聞くんだけどね」

 

 

と、団長が指した人物は、苦い表情を浮かべながらもその話のバタンを受け取った。

 

 

「偏屈エルフの銭金ロイマンじゃん。なに?おまえまたウラノスに脅されて変なクエストを発令したの?」

 

「か、カズマさん…、公でウラノス様の悪評を流さないでくれまいか?」

 

「どっちにしろ、おまえが出張ってるってことはただ事じゃないんだろ?」

 

「っ!」

 

 

カズマさんの言葉に、ロイマンは冷や汗を流しながら口を結ぶ。

 

冷徹石頭なロイマンと名高い彼が、こうも取り乱すのは珍しい。

 

その姿を見るや、彼を囲って居た大勢の冒険者達も固唾を飲んで話の続きに耳を傾ける。

 

 

「…う、ウラノス様からの言伝だ…。皆、心して聞くように…」

 

 

 

そして、彼の仰々しい言葉は重力を加速させるように。

 

 

聞いたものの背筋を凍らせるような言葉と共に放たれた。

 

 

 

「…アクシズ教徒がオラリオに攻め入るとの情報を得た」

 

 

 

「「「「「「!?」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

 

アクシズ教徒がオラリオに攻め入る。

 

俺はロイマンの言葉を聞き、そんな事かよ、と腐そうとするも、周囲からダダ漏れる恐怖と忌々しさの空気に口を閉じる。

 

なんだ?アクシズ教徒が攻めて来るとどうなるってんだよ…?

 

アクシズ教徒ってのはアレだろ?

 

アクアを信仰してるとか言う頭のイカれた奴ら。

 

俺は疑問を解決するべくロイマンに問いかける。

 

 

「それが何だってんだよ?アクシズ教徒なんて全員吹っ飛ばせいいだけだろ?」

 

「……っ」

 

 

ロイマンどころか誰も答えない。

 

フィンやリヴェリアさえも俺から目を逸らして黙りこくる始末だ。

 

ロイマンを取り囲む冒険者達は高レベルの冒険者にも関わらず、俺の意見に賛同する者は居なかった。

 

 

すると、その重苦しい空気を遮るようなエセ関西弁が、雑踏を掻き分け俺の元へと届く。

 

 

「…ヤバいのはアクシズ教徒の呪いや」

 

「ロキ…」

 

 

ロキは俺たちの間をすり抜け、ロイマンと対面するように立つと

 

 

「ギルドは誰でもええから()()()()の人柱になれって言うてるんやろ?」

 

「…っ」

 

 

呪いという単語にきな臭さを感じる。

 

ましてやロキが言うと尚更。

 

こいつ、偶に真面目な顔してフザケタ事を言うからなぁ…。

 

俺はそんなロキに対して、呪いについて伺うべく声を掛けた。

 

 

「おいロキ。その呪いってのはなんなんだよ?突然出てきて呪いだとか人柱だとか、思わずクスっとしちゃうから辞めろよなぁ」

 

「ま、マジな話や!!誰かこのクズにあの話を聞かせてやり!!」

 

 

ムキーっと目を見開き、ロキは例の如く俺をクズと呼ぶ。

 

そんなロキと俺のやり取りを見て、リヴェリアが静かに語り出した。

 

 

「アクシズ教徒の呪いは、この街に伝わる三大クエストの一つに数えられている」

 

「三大クエスト?」

 

「破壊神話、ダイダロス迷宮の謎、そして、アクシズ教徒の呪いだ」

 

 

な、なんだその厨二心を擽ぐるクエストは…。

破壊神話とか迷宮の謎とか格好良すぎだろ。

 

 

「中でも、アクシズ教徒の呪いだけは他のクエストとも一線描く恐ろしさを持つ。と言うのもーーーー」

 

 

ーーーー

 

昔、オラリオには2つのファミリアがあった。

 

ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアだ。

 

乱世の現代とは少しばかり平和なオラリオで、この二大ファミリアは象徴として君臨していたのだが、その二大ファミリアが1つの派閥により壊滅することになる。

 

その派閥こそがアクシズ教徒である。

 

悪魔的に狡猾なアクシズ教徒は、信仰者を増やすために各ファミリアへ入団しては、内部で布教活動をする…、アクシズウイルスをばら撒いていたのだ。

 

アクシズウイルスの猛威は街中に蔓延り、いつしかアクシズ教徒は二大ファミリアに並ぶ、第三の派閥までへと成長してしまった。

 

熱狂的なまでの信仰者に街の住人は困らされ、挙句、オラリオを離れていく。

 

ダンジョンに蓋をするべく建造されたバベルが立つ街で、住人や冒険者が減る事は死活問題だった

 

そこで立ち上がったのがゼウスとヘラ。

 

この2神が持つファミリアが合同して、アクシズ教徒を殲滅するべく計画を立てたのだ。

 

 

その計画は見事に成功。

 

 

次第に平和と活気を取り戻し始めるオラリオは、アクシズ教徒を根絶やしにした二大ファミリアの功績を称えた。

 

ダンジョンへ赴く冒険者は増え、成長し、後世を育てる。

 

街は売商から鍛冶屋まで活気に満ちる。

 

そうしてオラリオの街は、全てが上手く回る筈だった。

 

 

ーーー筈だったのだ。

 

 

 

 

 

「アクシズウイルスの猛威は計り知れぬ。…どこぞで生き延びていた教徒が、()()()()()()()()()()()()()を覚ましてしまった」

 

 

 

そのモンスターこそが、ダンジョンの最深層で眠り続けると言われる伝説のモンスター。

 

 

黒龍である。

 

 

黒龍は長い眠りを妨げられ、自宅警備員の如く怒り散らした。

 

ダンジョンは荒れ、バベルは揺れ、オラリオは号砲に怯えた。

 

この強大なモンスターを倒せと言うのは酷な話だろう。

 

だがしかし、誰かが倒さねばこの街は、この世界は終わる。

 

そこで矢面に立たされたのが二大ファミリアであるゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアだ。

 

住人は彼ら彼女らを非難する。

 

アクシズ教徒に手を出したおまえらが悪い。

 

アレは呪いだ。アクシズ教徒の呪いだ。

 

と。

 

 

 

 

ーーーーー。

 

 

 

「お、おいおい、そんなアホな話があるのかよ?そもそも、そんな最深層に眠る黒龍を、アクシズ教徒の奴はどうやって起こしたってんだ?」

 

 

話を聞き終える前に、俺はほんの少しの恐怖心を抱きながらリヴェリアへ尋ねる。

 

 

「とある()()が目覚めの原因らしい…」

 

「は?金貨?」

 

「その金貨には、アクシズ教徒の祖である女神アクアが怨念を向ける()()が肖像されていると聞くが、その詳細は不明だ」

 

「………………」

 

 

……………………………。

 

あれ?

 

なんだろぉ〜。

 

なんだかその金貨に覚えがあるっていうか…。

 

すごく懐かしいというか…。

 

あ、あ、あ、あ、あれぇぇぇ!?

 

 

「金貨には女神アクアの怨念が込められている。その醜悪さにはモンスター達ですら近寄れない。持っているだけでモンスター除けの効果があるらしい」

 

 

はぁはぁはぁはぁ…。

 

あれ?か、か、過呼吸かな?

 

なんだかもう、この話の続きを聞きたくない!!

 

もう止めて!

 

帰ろうよ皆んな!!

 

 

「ロイマンよ。アクシズ教徒がオラリオに攻め入ると言ったな?……それはつまり、奴らは黒龍を目覚めさせると言う事か?」

 

「…あぁ。とある筋の…、いや、もう包み隠さず話そう。ヘルメス様からの情報によれば、奴らは少人数だが強気な姿勢を見せているらしい。…おそらく、恨めしく思うオラリオを陥れる策があると推測できるのだが…」

 

「その推測こそが、黒龍の目覚め…。奴らは金貨を所持していると言う事か…」

 

「…っ、金貨は間違いなく全てが抹消されたと伝えられている…っ!!奴らめ、どこに隠し持っていた…」

 

 

その言葉に静まるギルド内。

 

ざわめきすらも起きない現状が、事の深刻さを表しているような。

 

ただ、その深刻さにすら負けない深刻さを、今の俺は抱いている。

 

 

身体を震わせる俺を、ロキが不思議そうに見ていた。

 

 

「ん?カズマ、どないしてん?」

 

「…ロキ様、ちょっとお外でお話ししませんのこと?大事な話、まじで大事な話…」

 

「…?」

 

 

 

.

……

………

 

 

 

「全部僕のせいですごめんなさい」

 

「………は?」

 

 

誰も居ないギルドの裏へとロキを連れて行き、俺は地面を舐める程に頭を下げた。

 

その光景の意味を、その言動の真意を、ロキは何も分かってはいなそうだ。

 

ただ、俺は覚えている。

 

あの金貨を俺は()()()()()見せたことがある。

 

こちらの世界に転生してきた日、アクアが間違えて俺に与えた大量の謎金貨。

 

その金貨にはエリスと書かれ、ロキに聞いたところ、赤子の駄賃にもならないけったいな金貨だと。

 

あのエリス金貨こそが、黒龍を目覚めさせる金貨だと、俺は確信している。

 

そして、俺はあの金貨をーーー

 

 

ーーあの日、洞窟に全て捨ててきた。

 

 

事の顛末をロキに伝えると、例の金貨を思い出したのか、ロキはたじろぎながらも俺を睨みつける。

 

ごめん。本当にごめん。

 

俺がこの世界に来たばっかりに、その黒龍とか言うやばいモンスターを呼び起こしちゃう。

 

ぅ、うぅぅ…。

 

 

「ごめん…。俺がこの世界に転生してきたばっかりに…」

 

「…カズマ、頭を上げ。おまえが謝る事なんてあらへん」

 

「ふぇ?」

 

 

そんなロキの意外な言葉。

 

俺が涙目ながらも不思議そうにロキを見つめていると、ロキはニカっと笑いながら、そんな俺に手を差し伸べる。

 

 

「これは神の不始末や。おまえがこっちに転生してきたのも、あの金貨がアクシズ教徒の手に回ったのも、全部全部ウチら神の導きなんよ。せやから、おまえが泣きながら謝ることやあらへん」

 

「…っ、ろ、ロキ…」

 

「あんまり寂しいこと言うなや。おまえがこの世界に転生してきてくれたおかげ、オラリオは少し明るくなった。アイズは笑うようになった。レフィーヤも塞ぎ込まなくなった。全部カズマのおかげなんやで?」

 

 

優しく、暖かく。

 

柔和なロキの手が、俺の涙目をそっと拭う。

 

そっと彼女が笑うと、()()()()()()を覚えているか?と問い掛けてくる。

 

あの日……、俺がアイズと決闘して気絶させた日に、ロキと深層探索への許可の代わりに交わした約束。

 

随分と懐かしい話だと思いながらも、まだあの日から1年も経っていないことに気がついた。

 

 

そして、ロキは俺を見つめながら

 

 

 

「死ぬ気で守れ。アイズの事も、みんなの事も…、自分自身の事もな。……ウチとの約束や。破んなよ?」

 

 

 

 

 

 

 





最終章!!!!!!!


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落ちる光に色めきを

 

 

 

 

 

 

うだつが上がらない人生だった。

脚が速かったわけでもなく、頭が良いわけでもない。

あまりに平凡で、だがどこか達観していて、なんとも大人に好かれない子供だったと思う。

要領だけは良かったものの、それが逆に大人達にとっては扱い難くく、拍車をかけるように忌み嫌われて。

 

高校へ上がる頃には、そんな下らないしがらみから逃れるために部屋へ引きこもるようになっていた。

 

ネットゲームに明け暮れて、飯時以外では部屋から出ない日々。

 

進級に必要な出席日数が足りなくなったと知るや、むしろ心は軽くなっていたような。

 

高校なんて辞めちまえばいい。

 

生活は親の脛をかじり続けよう。

 

ネットゲームにしかない俺の存在が、俺にとっては唯一の救いで。

 

逃げて、辞めて、選んで…、どうしようもない人生。

 

 

そんな俺の人生は、あの日の事故を境に一転してしまう。

 

 

転生した世界で命懸けの日々を送る生活は、どこか退屈だった日々を否定するように充実していて、舗装もされていない砂埃舞う道すらも、俺にとっては光が導く一筋の希望だった。

 

モンスターは怖いし、文明は石器時代だし、武器は重いし…、はぁ、何だって俺はこんな世界でーーーー

 

ーーこんな世界で楽しんでるんだろうな。

 

 

街を歩けば賑やかに声を荒げる商人。

 

飲み屋に入れば呑んだくれた冒険者。

 

ギルドに行けば目つきの鋭い職員達。

 

家に帰れば……。

 

無駄に明るく笑い声の絶えない仲間達。

 

 

こんな世界を俺は気に入ってる。

 

気に入った世界で俺は生き続けている。

 

 

それなのにーーー

 

 

 

そんな俺を救ってくれた世界が、俺の転生により破滅の危機に陥っているーーーーーーー。

 

 

 

 

.

……

 

 

 

 

この三日三晩、俺は分厚い文献に隅々まで目を通していた。

記されているのはもちろん黒龍伝説だ。

 

少しばかり古い伝記のためか、様々な情報に差異があるものの、知りたい情報のみをピックアップし、俺はその本を閉じる。

 

 

「黒龍…。すげぇ強そうじゃねえか…」

 

 

部屋に散らばる魔石や魔剣を蹴り飛ばし、俺は辛気臭くなった空気を換気するために窓を開けた。

 

夜空に浮かぶ月がふわふわとした雲に見え隠れしている。

もうそろそろ日付が変わる頃だ。

 

三日も寝ていないと言うのに目が冴えているから不思議。

 

 

「……」

 

 

……さて、時間が勿体無い。

やるべきことは沢山あるんだ。

済ませられる事からとっとと片付けるか。

 

俺は息を一つ吐き出し部屋から出る。

 

 

向かうのは夜空にそびえ立つバベルの塔の最上階だ。

 

 

 

.

……

 

 

 

「じゃましまーす」

 

「あらカズマ。いらしゃー」

 

 

そう言うと、フレイヤはいつもの調子で俺を出迎えた。

 

もう何度目かも分からないこのやり取り。

 

気付けばフレイヤの特等席だったバベルの最上階には、俺が溜め込んだ魔石やアイテムを収納する格納庫で半分を占めている。

 

 

「相変わらず遅くまで起きてるんだな」

 

「ええ。寝てしまうのは勿体無いもの。こんなに静かで月が綺麗な時間に」

 

「夜更かしは美容に良くないと聞いたことがある」

 

「えぇ!?それはどこソースなの!?」

 

 

どこソースって…。

いやまぁ、俺の世界じゃ良く聞く話だが、こっちではあまり知られていないのか…。

 

俺は大窓から月を眺めるフレイヤの隣へと歩み寄り、わなわなと不安がる肩を優しく叩く。

 

 

「月、綺麗だな」

 

「月なんかよりもさっきの話を詳しく」

 

「ここは空気が澄んでるから夜空が眩しく見えるよ。本当に良い景色だ」

 

「あの、そんなことよりも美容について詳しく教えてちょうだい」

 

「うるさいぞ!?もう少し情緒ってのを感じられないのかバカ肥やし!!」

 

「ぁぅ…、ご、ごめんなさい…」

 

 

ニョロっと眉を下げて落ち込むフレイヤ。

なんとも威厳の無い神である。

 

彼女はいそいそと大窓を望む椅子(マッサージチェアー)から立ち上がると、以前に俺が持ってきたハーブティーを淹れて出してくれた。

 

 

「はい。貴方には勿体無いくらいに美味しい紅茶です」

 

「俺の国じゃこんなもん自動販売機で買えるわ」

 

「それで?こんな時間に私を訪ねたからにはそれなりの用事があるのでしょう?」

 

「バカな癖に話が早くて助かるよ」

 

「バカは余計よ!」

 

 

ティーカップを1度傾ける。

自動販売機で買えるとは言ったが、フレイヤが淹れてくれた紅茶はほんのりと味わい深く、少しだけ苦味を下に残して喉へとゆるりと流れていった。

 

最初はお湯の沸かし方すら知らなかったのに…。

 

 

「隠し味は賞味期限が切れたスルメから取った出汁よ」

 

「お腹痛くなっちゃうじゃねえか」

 

 

こいつ…、全然成長してない…。

 

俺は呆れた表情を浮かべて溜息を大きく吐き出す。

いつもいつも、良くもこれだけ呆れさせてくれるものだ。

こいつと話していると飽きやしない。

 

バカな言動にアホな行動、麗しい美貌は持っているものの、正に宝の持ち腐れを体現したような神。

 

 

「はぁ。まあいいや。…本題に入るが、この部屋を俺に寄越せ」

 

「む?」

 

 

俺が無関心に部屋を見渡しながら、フレイヤに向けて部屋の譲渡を要求すると、彼女はピクっと表情を動かしながら俺を見つめ返した。

 

 

「そろそろ本格的な保管庫が欲しくてな。ここならダンジョンから近いし打ってつけなんだわ」

 

「……」

 

「だからこの部屋を俺に寄越してくれよ。まぁ拒否権はないけどな」

 

 

ほんのりと漂う険悪な雰囲気。

 

反感を買うような言動と、有無を言わせぬ俺の物言いがその雰囲気の原因であろう。

 

 

だがしかし、フレイヤはそんな空気もどこ吹く風でーーー

 

 

「ふん。何を言っているのかしら。ここは私のお城よ?そう簡単に手離せるわけがないじゃない」

 

「…拒否権は無いって言ったろ」

 

「私は手離さないと言ったの」

 

 

と、言うと

フレイヤは俺に向けて手を伸ばす。

 

その手には何の力も感じない。

 

少なくとも、魅了を掛けようってわけじゃなさそうだ。

 

だから、俺も身構える事をせずにその手が向かう先を眺めていると、フレイヤの手は俺の頭にふわりと乗っかり、感情を揺さぶるような柔らかい母性を持ってーーー。

 

 

 

「城も、街も、()()()。私は手離さないわ。だから、心配しないで大暴れしてきなさい」

 

「ーーーっ」

 

 

ーーー魅了なんかよりも随分と魅力的な笑みで、俺の頭を優しく撫でた。

 

 

「どうせ、黒龍との戦闘でこのバベルが壊れるかもしれない、なんて思ったのでしょう?」

 

「…っ。地震程度じゃ済まないぞ?…此処は…このバベルは1番危ないんだよ…っ!」

 

「それでも私は此処に居るの」

 

 

 

彼女は俺の真意を見破って、尚且つ俺の心を無邪気に突く。

 

 

 

 

「カズマを信じているもの。貴方が私を…、いいえ、オラリオを守ってくれるって、信じているのよ」

 

 

 

 

.

……

………

 

 

 

フレイヤとの会合後、まさかもう起きてはいまいと思い、ダメ元で乗り込んだヘファイストスの所でも、フレイヤと同様な言葉を返されてしまった。

 

成果は0。

 

バベルからの帰路はどこか夜風が冷たい。

それなのに、胸の奥がジンジンと熱いのは気のせいか。

 

…なんだよ。

俺はちょっと親切にバベルから出て行った方が安全だと伝えてやったのに…。

どっちも出ていかないの一点張りでさ…。

 

信じてるとか…、変なこと言いやがって…。

 

 

「…信じられても、俺に俺以上の事は出来ないし…」

 

 

……でも、少しだけ嬉しかった。

 

ほんの少しだけど。

 

なんだか涙も溢れそうになるくらいに、フレイヤやヘファイストスの言葉は胸に突き刺さったんだ。

 

 

さて、結局問題が一つも解決しなかったわけだが。

 

改めて今後の指標を確認しておこう。

 

まずはアクシズ教徒の始末ーー。

 

これに関しては手の出しようが無い。

 

ヘルメスを持ってしても掴めない情報に、ほぼ確実と推測できる金貨の所持。

 

もしかしたら今この時にも、奴らは黒龍の元へダンジョンを降っているのかもしれない。

 

ならば、俺がやるべき事は目覚めた黒龍の討伐。

 

討伐なわけだが…。

 

古い伝記を読み解くや、事が楽に進むとは考えられない。

 

デストロイヤーと同様の危険度ランクに位置付けられてはいるが、デストロイヤーが危険視されていた主な原因は、どんな攻撃も通さない魔法障壁にあった。

つまり、ブレイクスペルで魔法障壁を消す事が出来る俺とデストロイヤーは、相当に相性が良かったのだ。

 

 

と、俺が途方に暮れているとも知れずに、夜の町並みは意外にも電灯が多く炊かれ、冒険者の物と思しき喧騒が聞こえてきた。

 

悪くない喧騒だ。

 

お祭りのように一線を越えた悪ノリは嫌いじゃない。

 

 

「やめっ!いや!触らないで!!」

 

「へっへっへ。そう言うなってハーフエルフの嬢ちゃん」

 

 

ああやって女性を無理やり路地裏に連れて行こうとする喧騒も嫌いじゃない。

 

むしろ興奮する。

 

堪らなく興奮する。

 

 

「っ、あ、そこの商人らしき方!助けてください!!」

 

「……?」

 

 

商人らしき方…?

それって俺の事か?

なんだよ、ちょっと暗いからってこの俺を商人と見間違えるなんて失礼な奴だな…。

この溢れ出る冒険者なオーラが分からんかね。

 

 

「おっと俺はレベル2の冒険者だぜ?商人なんかにゃ…、って!?か、カズマさん!?」

 

「え!?カズマくん!?」

 

 

おーおー、荒くれ者の冒険者の方が先に気付いたか。

 

…ん?カズマくん?

 

どこかで聞いたような声だな…。

 

 

「じょ、嬢ちゃん!あの人はヤバイっ!助けを求めるなら他の人にしろ!」

 

 

おい、襲ってる本人が言うセリフじゃないだろ。

それに俺はヤバイってなんだよ。

 

 

「は、はいっ!ほ、他の人!誰か助けてください!!」

 

 

そこのハーフエルフ。

おまえもそいつの助言に耳を傾けちゃうのかよ。

 

 

「…ていうかよ、おまえエイナか?こんな夜更けまで男漁りとは元気なモンだな」

 

「ち、違うわよっ!私はこの人に襲われていただけ!!」

 

「あっそ。そこのおまえ。ソーマんトコのドワーフだろ?そんな肉付きの悪い女を食っても美味くないぞ。やめとけ」

 

「肉付きが悪いってどういう意味!?」

 

 

 

わーわーわー

がやがやがや。

 

 

 

で、なんやかんやでエイナをエロドワーフから救い出してやると、彼女は自らの身体を両腕で覆い隠しながら、まるでゴミでも見るような視線を俺に打つけてきた。

 

 

「い、一難去ってまた一難…。こんなに暗くて人気の無い所でカズマくんと2人っきりに……、くっ…」

 

「おまえね?一応助けてやったんだからお礼くらいは言えないの?」

 

 

前々から言っているが、俺はアイズやエイナみたいに貧乳とスレンダーを履き違えたような女は好きじゃない。

 

貧乳としては優秀なティオナとレフィーヤ。

 

巨乳としては秀逸なティオネとフレイヤ。

 

この4強の牙城は簡単には崩れないのだ。

 

 

「はぁ。まぁいいや。それじゃ、俺は帰るから」

 

「ちょっと待ちなさい」

 

「あ?」

 

「か弱いハーフエルフを、こんな夜遅くに1人残して帰るなんて胸が痛まないの?」

 

 

そう言うと、エイナは俺の事をジト目で睨みながら、わざとらしいほどに大きく溜息を吐いた。

 

そもそも、こんな遅い時間に出歩いてるおまえが悪いんだろうが。

 

マッチポンプにも程があるじゃねーか。

 

 

「…」

 

「な、なによ…」

 

 

エイナの耳がピクンと揺れる。

 

暗くなったお空で光る星が、まるでそんな彼女の真意を見透かしているようにひらりと輝いていた。

 

女性らしい振る舞いと厳粛な性格。

 

彼女は俺の描くエルフ像にもっとも近い。

 

月明かりに出来上がる影を見つめながら、俺は優しく彼女の頭を叩く。

 

 

「あぅ…」

 

「か弱いならこんな時間に出歩くな」

 

「うっ」

 

「エルフってのはバカの血統なのか?ほら、送りはしないが偶々お前の家の近くに行ってやる。着いてきたけりゃ勝手に着いてこい」

 

「ば、バカって何よ!…もう…」

 

 

照れ隠しをするように、エイナは俺の後にてってと走り寄ると、足並みを揃えて夜の街を歩き出した。

 

先程からちらりちらりとこちらを見るや、彼女は口を尖らす。

何か言いたい事でもあるのだろう。

少なくとも、このタイミングでギルド職員であるエイナが俺に対して言い淀む理由なんて分からない訳がないのだが。

 

すると、彼女は業を煮やしたように、それでも静かに、その小さな口を開いた。

 

 

「…あのさ、カズマくん」

 

「ん?」

 

「あのクエスト…、本当に受けるつもり?」

 

「……」

 

 

受けないわけにもいかないだろ。

 

そう言おうにも、理由を聞かれれば答え難いので黙って頷く。

 

ただ、そんな俺の心情を勘違いしたのか、エイナは少しだけ興奮しながら俺の腕をグイッと引っ張った。

 

その手から伝わる熱に、俺は思わず彼女の瞳を見てしまう。

 

潤って充血した瞳。

 

お堅くも優しい彼女は、俺の腕を掴みながら

 

 

「っ!今ならまだ間に合うよ!撤回してもらお?私からもウラノス様に言ってあげるから!」

 

「…ふむ。そうだな…」

 

「な、なら早くっ…」

 

「オラリオの第一級冒険者が呪いのクエストにビビって逃げる。俺はオラリオの恥さらしだ。街もダンジョンも歩けなくなる。そうなったら、エイナのヒモにでもなろうかな」

 

 

なんて、場を和ますための冗談。

 

別に、恥さらしになっても構わないし。

 

むしろ今現在ですら恥さらしですし。

 

 

と、俺が笑って彼女の腕を解こうとすると。

 

 

「…わかった!私がカズマくんの面倒を見るわ!だから今すぐギルドに行ってクエストの解除をしてきましょう!」

 

「!?ま、待て待て!め、面倒っておまえアレだぞ?エッチな事も含まれてるんだぞ!?」

 

「当然よ!」

 

 

と、と、と、当然なのか!?

 

尚もぐいぐいと引かれる腕を、俺は慌てながらも解こうとするが、思いの外強いエイナの力に引きずられていく。

 

こいつ!どこにそんな力があるんだよ!!

 

 

「バカ!離せ!変態!た、助けて!誰か助けてーーー!!」

 

「だから私が助けてあげるんでしょ!!」

 

「おまえは嫌だ!なんかメンヘラっぽいし!平気な顔して歳下の黒い男の子を食いそうだし!!」

 

「だ、誰が歳下狂いの副団長様ですって!?それ言った奴ぶっ殺す!!」

 

 

閃光のエイナことエイナ・チュールは、抵抗を見せる俺の腕を折らんばかりに離さなかった。

 

おまえ、もはやギルド職員なんてやってないでダンジョン潜れよ。

攻略の鬼となれよ。

 

 

「ちょ、…はぁ、落ち着けって…」

 

「私は落ち着いています」

 

 

ゆっくりと、その喧騒を宥めるように、俺はエイナに向けて溜息を吐く。

どこか、彼女の手から伝わる熱が、陽だまりのように暖かく感じた。

 

冗談を言っちゃいるが分かっているんだ。

 

エイナも本気で俺の事を心配してくれている。

 

過去にはバベルを揺らし、地上の住民から地下に潜るモンスターをも脅かした俺の事を、エイナは本気で気遣ってくれる。

 

 

「おまえ、まさかとは思うが、こんな時間に出歩いていたのは俺は探すためなのか?」

 

「そ、そんなわけないでしょ!?ふん!私だって暇じゃ無いんですからね!」

 

「あっそ…。ていうかよ、俺の面倒を見るって言うが、おまえにそこまでする義理立てもないだろ。ましてや担当冒険者だからって理由なら頭の構造を疑うレベルのお節介だよ?」

 

「…っ」

 

 

俺はほんのりと冷たく言い放つ。

だが、相変わらず俺の腕には強い熱が当てられたまま離されることはない。

 

 

そっと、彼女の耳が小さく動いた。

 

 

「…私たちギルド職員は、冒険者さんの1人1人に誠心誠意の対応をします。…それは、あなた達が死を顧みずにモンスターと戦ってくれているから…」

 

「ああ、助かってるよ。だが今回の行動は、ギルド職員として間違ってる気がするぞ?」

 

「あのね、カズマくん。ギルドの職員が、1人で担当する冒険者の人数を知ってる?」

 

「…あ?」

 

「職員1人につき、冒険者の数は50人よ」

 

 

それはまた激務な事で…。

 

冒険者のような荒くれ者達を1人で50人も相手にしてるって知っていたなら、俺だってもう少し穏やかに君たちと接していたさ。

 

なんてーー。

 

 

「でも、その半数は直ぐに担当から外れるわ」

 

「……モンスターに滅っされたか」

 

「その比率を、ウラノス様は冒険者の運命率と呼んでいた…。冒険者が半数も死ぬ事を、私達は運命として受け入れる事しかできないの」

 

 

彼女は瞳を揺るがせて、夜更けのオラリオには似つかないような綺麗な言葉を俺にぶつけた。

 

それは彼女の親切心からの本音だ。

 

ウラノスが言う運命率とやらに当てはめれば、冒険者の5割が死するこの街で、エイナは幾つもの別れと無力さを感じてきたのだろう。

 

 

「…っ、もう、嫌なの!冒険者さんが街のために亡くなってしまうのは…。せめて…、せめてキミだけは…っ!」

 

 

ゆらりと、彼女の声に同調するように月の明かりを雲が遮った。

 

まるでクローゼットの中に隠れたときのような暗さ。

 

ただ、左右に開く僅かな隙間から見える光が、無性に明るく暖かく優しい…。

 

そんな感じの雰囲気。

 

 

 

「…わかった…」

 

 

「っ!か、カズマく…っん!んんんぅぅぅぅぇぇえええええ!?!?」

 

 

 

そんな雰囲気に似つかわしくないエイナの喘ぎ声が街中に響き渡る。

 

その声の原因は、俺が一世一代の本気なドレインタッチを彼女に発動させたからだ。

 

 

 

「っっっ!ちょ、カズマくん!今は大事ぬぅぅやぁぁぁぁぁ!?!?」

 

 

「エイナ。おまえが優しいのは知ってるし、たくさん面倒もかけた」

 

 

「いやぁぁぁぁぁ!?!」

 

 

「でもさ、俺がやらなきゃダメなんだよ。この街を、俺は守りたいんだ」

 

 

「ぐぬぅぅぅぅぅ!!」

 

 

「…ははっ、少しカッコつけちまったな…。ていうかよ、そもそもその運命率だかなんだか知らねえけど、少しばかり黒い龍如きで、この俺が死ぬわけないだろ?」

 

 

「もぉおぉやめぇぇぇぇ!?」

 

 

「守ってやる。おまえも、あいつらも、街も…、全部俺が守ってやんよ!!!」

 

 

「ぁ、ぁぅ…」

 

 

 

そんな夜更けの一悶着。

 

俺の腕からするりと落ちたエイナを、道の真ん中では迷惑だと思い、端っこへ転がしておく。

 

白目を向いて寝転んだエイナは幸せそうな表情を浮かべていた。

 

青ざめた頬と、ヨダレが垂れた口元…。

 

 

 

 

俺、この世で1番興奮するのはグッタリとした女を見下ろす事だと思うんだ。

 

 

間違いないね。

 

 

 

 

 

 

 



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月輪の彩に泣きべそを

 

 

 

 

 

 

「やぁカズマ。随分と遅いお帰りだね」

 

「フィン…?」

 

 

要件を済ませて戻ったホームの玄関先で、お母さんを起こさまいと静かに靴を脱いだ俺を嘲笑うが如く、フィンは普段と変わらぬ様相でその場に現れた。

 

その笑みに隠れる感情は不確かで、まさか朝帰りを怒られるのか?なんて不安に思ったり。

 

 

「…俺だってもう大人だぜ?夜遊びを怒られるってんなら勘弁してくれよ」

 

「ふふ、別にキミがいつ何処から帰ろうが、僕に文句を言う筋合いはないさ」

 

 

そうかい。

ならばなぜ、廊下の真ん中で通せんぼしてるの?

しかも愛器の槍まで担いで…。

 

 

「ご察しの通り、俺も昨夜はハッスルしちゃったからさ。悪いが昼まで寝かせてもらうわ」

 

「あはは、随分とお疲れなんだね。寝ずに文献を読み漁り、バベルに住む神々へ注意を促し、ギルドの職員を襲って…、それはそれはお疲れだろうさ」

 

「…見てたのか?」

 

「親指が疼いたのさ」

 

 

親指有能過ぎるだろ。

 

フィンは笑みを崩さずに俺へと近づき、小さな仕草で右手に持った槍を俺の眼前へと向けた。

 

 

「何の真似だよ?」

 

「僕らは足手まといかい?」

 

「…え?何だって?」

 

「はは。カズマじゃ難聴系主人公にはなれないよ」

 

 

なんでだよ。

俺だってサブヒロインからの告白を聞こえないフリをしてスマートに流すことくらい出来るわ。

ただ俺に告白してくれる女の子が居ないだけだし!

 

 

「はぁ。何にせよ、その血生臭い槍を離してくれないか?話せるもんも話せないだろ」

 

「…。話すつもりはあるのかい?」

 

「もちろん」

 

「…ふむ」

 

 

数秒の静寂後に、フィンは納得したのか槍を俺から逸らした。

だな尚も真意を伺うフィンの実直な視線が俺を指す。

 

 

「場所を移そう。ここで暴れるわけにもいかないからね」

 

「暴れる気なの?」

 

 

.

……

 

 

場所を中庭に移すと、俺は一晩の疲労に耐えきれず、芝生の上にドカっと腰を下ろす。

フィンにも座るよう促すが、それを取り合うこともせずに立ち続けた。

 

…見下ろされてるようで屈辱なんですけど。

 

 

「で?」

 

「…。もう一度聞くよ。僕らは足手まといかい?」

 

「そんなことはないよ。いつぞやの遠征だって俺はおまえらに助けられてばっかりだったろ?」

 

「嫌味かい?あの時も結局、カズマが居なかったら僕らはデストロイヤーに殲滅されていたさ」

 

「お前らが居なかったら近づけすら出来なかった」

 

「それ以上に助けられたのも事実だ」

 

 

終わらぬ押し問答に痺れを切らし、俺は大きな溜息を吐きつける。

 

助ける助けられるなんてのは同じファミリアに所属してる時点で当然のことだ。

そう言ったのはフィンだったかリヴェリアだったか…。

 

 

「水掛け論はやめようぜ。言いたい事はなんだよ?」

 

 

互いの見地から述べられる、結び付きようのない論述。

俺は思わずフィンに悪態をついていた。

 

その瞬間に、フィンは目にも留まらぬ速さで俺の目前に槍を伸ばす。

 

風の音すらも聞こえぬ夜明け。

 

聞こえたのは俺が唾を飲む音だけ。

 

 

「っ!…な、なんだよ…」

 

「武器を取れカズマ。ロキ・ファミリアの責任と小人族の誇りを持って、僕はキミを倒してみせる」

 

 

その目にはほんの少しの冗談すら感じない。

俺が動こうものならその槍を直ぐにでも振り払いそうな程に張り詰めた雰囲気が、俺の身体から体温を奪う。

 

俺の悪行を見ながら、ニヤニヤと笑っていたフィンの姿はそこに居ない。

 

 

「…参った参った。やめてくれよ。俺に純粋な戦闘を挑んでくるなって」

 

「…」

 

「知ってるだろ?俺のステータス。イレギュラーも無いこの場で、俺がおまえとタイマン張って勝てるわけがない」

 

 

と、俺は静かに降参の意を示しつつ、この場でフィンを倒すための算段を考える。

 

庭に巡らせた罠への誘導か?

 

それとも気を抜いた瞬間にドレインタッチ?

 

いや、フィンを倒すにはその程度じゃ…。

 

 

「ふふ。僕を油断させる気かい?悪いけど、トラップも誘導も、カズマの手は全てお見通しさ」

 

「…ふん」

 

 

そう思ってたさ。

 

なんてたって、このチビっこは歴戦の勇者であり、曲者の多いロキ・ファミリアのまとめ役様だ。

 

こいつはどんな窮地であろうと周りが見えている。

 

周りが()()()()()いるんだ。

 

 

「…灯台下暗し。勇者じゃ悪者には勝てないんだよ」

 

「?」

 

 

周囲のトラップなんて要らない。

 

ドレインタッチもエクスプロージョンも魔剣も、俺を良く知るフィンには通用しないだろう。

 

だからこそ、俺はこの身一つでフィンを圧倒しなければならない。

 

 

…そんなの簡単だ。

 

たった1人を制圧することなんてな。

 

 

 

「死ね!目潰しレーザぁぁーーー!!!」

 

「!?っぐ、ぐわぁぁぁ、め、目がぁぁ!!」

 

「良い子は真似しないでねぇぇぇ!!!」

 

「み、見えないっ!何なんだ今の魔法は!!?」

 

 

魔法?

 

ポケットに忍び込ませておいたレーザーポインターだよ?

 

先生に教わらなかったかな?

 

レーザーポインターを目に向けてはダメだってね!

 

 

 

「クソチビがっ!俺に楯突こうなんて百年早いんだよ!」

 

 

「くっそぉぉぉぉ!!」

 

 

 

 

 

.

……

………

 

 

 

 

で。

 

 

「うぅ、まだ目がチカチカする」

 

「あんまりゴシゴシすんなって。そのうち治るから」

 

 

夜明けの庭園に体育座りをする俺とフィン。

 

フィンはいまだに目を抑えている。

 

ちょっと光源を強くし過ぎたか?

 

 

「まったく。僕の面目が丸潰れだよ。単純な体術でボコボコにしてあげようと思ったのに」

 

「え、俺を単純な体術でボコボコにしようとしてたの?」

 

「キミが1人で全てを抱え込まないようにね」

 

「確かにボコボコにされたら何も抱え込めませんね」

 

 

心配してくれてるの?

それとも苛立ちをぶつけようとしているの?

 

俺、分からない。

 

 

そんな戸惑いを見せる俺に、フィンが小さくため息を吐きながら、優しい声音で呟き始める。

 

 

「…1人で行くのかい?」

 

「…ん。1人で行く」

 

 

それは腹の底にそっと落ちるような問いかけ。

 

ほんの少しでも気を抜けば、俺はフィンやアイズ達に助けを求めて泣きついてしまうだろう。

 

ほんのりと柔らかい風が吹いた。

 

その風に乗せて、フィンは俺に問いかける。

 

 

「責任…、とは違うよね。…カズマ、キミは何を抱えているんだ?なぜ僕らを頼らない?…少なくとも、僕らはカズマの背中を支えることくらいなら出来るはずだ」

 

「……。支えてもらっちゃダメなんだよ。俺はそれに頼り切っちゃうからさ。……俺はただ…」

 

「…?」

 

 

陽が昇り始め、身を潜めていた影が大きく姿を現わす。

 

()()()()で浴びた陽の光は嫌に明るくて、怖くて、不安で…。

 

俺を否定するかのごとく、影だけを長く伸ばしていたっけ。

 

ゲーム明けの頭で、こんな俺が生き続ける理由を探して、それでも何かを変える勇気がなくて。

 

その苛立ちを向ける相手も居なかった。

 

 

だが、()()()()は違う。

 

 

喧嘩ができる相手も居る。

 

笑い合える相手も居る。

 

陽の光を共に見上げる相手も居る。

 

バカをやって笑ってくれる相手も居る。

 

…。

 

何より、頼ってくれる相手が居る。

 

 

だからこそ、俺は俺を認めてくれたこの世界をーーーー。

 

 

 

「ーーーこの世界を…、あいつらを、街を、神を…、全部守りたい…。俺の全てに代えても」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

 

 

ーーーこの世界を…、あいつらを、街を、神を…、全部守りたい…。俺の全てに代えてもーーーー

 

 

 

 

彼の背中越しに聞こえた言葉が、夜明けの空に小さく消えていく。

 

中庭で行われていたカズマとフィンの喧騒を遠くから眺めていた私は言葉を失った。

 

いつものように笑ってダンジョンを歩くカズマの姿と、瞳を滲ませながら、薄い瞼の裏でゆっくりと言葉を紡ぐカズマの姿があまりに乖離していて。

 

 

カズマは、私達を頼ってくれないんじゃない。

 

 

私達を守りたいんだ。

 

 

「……っ」

 

 

気づけば頬に涙が溢れていた。

 

どうして私はこんなに弱いんだろう。

 

強くなってカズマを守ってあげようと誓ったのに、いつもいつも守られてばかり。

 

全てに代えても私達を守ると言った彼の背中は、特段に大きなわけでもない普通の男の子。

 

冷たい風が私の金糸を泳がせる。

それを抑えつけようとすることもなく、ただただ私は彼を見つめ続けた。

 

 

彼はーーー。

 

カズマはいつも笑いながら、暖かい手と柔らかい笑みで幾ばくかの日常を過ごす。

 

そして私も、彼の日常に巻き込まれながら。

 

 

 

普段は見せない、カズマの少しだけ強張った背中を見つめて、私は、()()は静かに息を飲むことしか出来なかったーーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 



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背中の翼に輝きを

 

 

 

 

 

 

 

リュックに入れた文献を再度確認する。

そこには黒龍を討伐した記録どころか、生体から特徴、種別、属性に至る情報まで、全てが不明と記されている。

過去の戦闘では、黒龍が暴れまわり、破壊の全てを尽くした後にダンジョンの深くへ帰って行ったと残されているのみ。

 

結局、当時の二大ファミリアであるゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアをもってしても倒せなかった黒龍ってのはどんだけ強いんだ?

 

鋼鉄の皮膚だとか全てを焼き払うブレスだとか、どれも情報の信憑性にかけるし…。

 

……まぁ、攻撃あるのみか。

 

逃げて逃げて、転げ回ってでもエクスプロージョンを放ちまくる。

 

勝機があるならそれくらいだろう。

 

 

「…」

 

 

バベルの入り口は普段と違い、人の雑踏がまったく無い。

昨日の内に建てておいた立入禁止の立て札の効果であろう。

 

深呼吸をひとつ。

 

出来る限りの準備はしてきた。

持てるだけの爆薬と魔剣。

考えられる策もいくつか用意している。

 

今もなお、アクシズ教徒は金貨を持って黒龍の元へと深層を進んでいることだろう。

 

願わくば、寝すぎた黒龍がダラダラとしていてくれることを希望。

 

 

「…よし。どんどんどーなつドーンと行こー!!!」

 

「なに言うてんの?」

 

「ぬわ!?」

 

 

と、俺の背後から聞こえるエセ関西弁。

 

振り返らずとも分かるその正体は、俺のやる気を削ぐように、ケラケラと笑いながら現れたロキだ。

 

 

「なになに?どーなつってなに?」

 

「う、うるせえよ!そんなことより!なんでおまえがここに居るんだ!」

 

「神やもん」

 

 

ぬへへ、と笑みを浮かべ、ロキは俺の肩にポンと手を置く。

俺はロキから目を逸らし、何の気なしにその手を振り払おうとした。

 

だが。

 

 

「ほんで、カズマの親やもん。つまりはお母さんや。子供を心配するのは当然やろ?」

 

 

なんて、優しく俺の弱い所を突くものだから、俺は振り払おうとした手をポケットに戻し、不貞腐れたように精一杯の強がりを見せることにした。

 

 

 

「…っ。こ、子供扱いすんな!それに俺の親を名乗るならその断崖絶壁の胸板に山を盛ってこい!」

 

「おまえ何つったこらぁ!!!」

 

 

 

.

……

 

 

 

「胸はあかん。胸についてはあんまり言うたらあかん」

 

「ごめんごめん。そんなに気にしてるとは思ってなかったよ」

 

 

暴走したロキに付けられた引っ掻き傷をさすりながら、俺はロキに促されるようにバベルの塔の入り口で引き止められる。

 

水を差されて失う気力に辟易としながら、俺は仕方無しにロキのたわいもない会話に付き合うことにした。

 

 

「…カズマがこっちの世界に飛んできて、もう1年も経つやんな」

 

「なんだよ急に…」

 

「んや、少し感慨深くてな」

 

 

そう言うと、ロキは細目のままにコロコロと笑いながら、そびえ立つ塔のさらに上を、雲の少ない夜明けの空を見上げた。

 

 

「神にとって、1年なんてあっという間や。それこそヒューマンに換算すりゃ、1週間も経ってない程にな」

 

「…」

 

「だけどな?…この1年は今までに無いくらいに長くて、あっという間な1年やったん」

 

「なんだよ、それ」

 

 

長くてあっという間。

またコイツは訳の分からない事を言っている。

いつものように、高齢化によるボケが始まったのか?なんて笑い飛ばしてやっても良かったが、そよそよと語るロキの真剣な口調がそれを許さなかった。

 

 

「ようはアレや。…、おまえのおかげで楽しませてもらったってことや。みなまで言わすな恥ずかしい」

 

「…ああ。それは何よりだよ。酔狂な神々が楽しんでくれたなら、俺もこの世界に飛んできた甲斐があったってもんだ」

 

 

普段と同様に軽口を叩き合う。

ロキには俺の未来が見えているのだろうか。

それとも俺の行動を予測している?

どちらにせよ、ほんの幾ばくかの些細なやり取りが、心の隙間を次第に埋めていく。

 

神さまってのは意地の悪い奴らだ。

 

いつだって俺たちの事を優しく見守ってやがるんだから。

 

 

そして、ロキはそっと目を閉じ祝詞を紡ぐ。

 

 

「バカだけど可愛いウチの子供に、どうかご加護を」

 

「…ん。ありがと。じゃあ行ってくるわ」

 

 

神々しいなんて言葉は似合わない。

どちらかというとお節介?

でも、そんなロキのお節介のような優しさに、ビビリ腰で丸まった背中をしっかりと叩かれた気分。

 

 

ゆっくりとバベルの入り口へ歩きながら。

 

 

俺は一言、ロキへ振り向き言葉を送る。

 

 

 

 

「ソーマの神酒を勝手に飲んでごめんね」

 

 

「んじゃとボケぇぇ!帰ってきたらぬっ潰す!!!」

 

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

で。

 

物静かなダンジョンを歩む事数時間。

デストロイヤーの時と同様に、モンスターとの遭遇率が低いダンジョンは、どこまでも暗くてつまらない。

 

いや、あんまり強敵との戦闘を前に体力を減らしたくないからいいけどさ。

 

ゴブリンとか出たら即逃げですけど。

あいつらは強いからね。まじで故郷のヤンキー思い出すくらいに容赦を知らないから。

 

 

「…と、この縦穴を降りれば18層か」

 

 

ひゅーーーと風が渦巻く穴を覗き込み、今のステータスなら捻挫もしないと理解はしてるが、やはり肝がふわりと冷える。

 

よくもまぁ、アイズたちはこんな高い所から意気揚々と飛び降りれるよな。

 

俺なんて未だにロープを使ってるってのに。

 

 

「よいしょ、よいしょ」

 

 

ショートカットも楽じゃないぜ。

だがこのペースなら3日と掛からんだろう。

18層と50層でキャンプを張れば、あとは黒龍が暴れているであろう層まで一気に降る。

 

…実際、黒龍が何層に居るのかも知らないけど。

 

 

「…ふむ。ご都合主義な物語なら、思い出の地で感慨にふけってりゃ敵さんから出向いてくれるものだが…」

 

 

と、呟きながら到着した18層。

 

リヴィラの街は賑わう事なく無人である。

事前にボールスとディックスに伝えておいたためだ。

 

最初こそ、『俺たちの街は俺たちで守るぜ!なぁ、おまえら!!』とか言ってたクセに…。

 

蓋を開ければファッション荒くれ者供は逃げましたとさ。

 

ちょっとは助けてくれると期待してたのに。

回復薬とか寝床を用意しておいてくれるとかさ。

 

 

「……む?」

 

 

不貞腐れながら、俺は街の一角に造られたチンチロ専用小屋に目を向ける。

そこにはお粗末な建屋の壁に設けられた木枠のボードが貼り付けられていた。

 

汚い文字が拙く浮かぶメッセージ。

 

 

 

【信じてるぜ英雄《アルゴノゥト》!】

 

 

 

……。

 

 

信じてるなら逃げなくてイイじゃん。

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

50層ーーー。

 

現在確認されている中で最も深い場所に位置する安全階層《セーフティーポイント》である。

以前にリューと来たときは特段に長居する必要がなかったために、こうして50層をゆっくりと歩くのは新鮮だ。

 

灰色に染まった木々と途切れる事なく流れる青い水流。

 

深層に施された最後の癒しと言わんばかりに、ココは優雅に人の心を和ませる。

 

デートには打って付けの場所じゃん。

 

まぁ、数少ない冒険者にしか訪れることは出来ないだろうけどさ。

 

 

 

ゴォォォ……。

 

 

 

ふと、先程から時折聞こえる轟音と、身体を硬直させる地揺れ。

 

52層から58層にかけて、ヴァルガング・ドラゴンによる地面をも突き破る砲撃を受けたことがあるが…。

 

 

「それの比じゃねえな…」

 

 

果たしてこの50層とて安全かどうかは考えるまでもない。

少なくとも、ヴァルガング・ドラゴンの砲撃がこの層まで轟く事は無かった。

 

これだけ豊かな深層の安全圏をも脅かすモンスター。

 

 

ふと、心臓の鼓動が早くなる。

 

 

周囲を囲む灰色の自然は音も無くただただそこに在り続けた。

 

 

目を閉じると、ロキ・ファミリアの面々が、この自然を満喫しながら騒ぎ暴れる光景が浮かぶ。

 

 

木に寄りかかって眠るベート。

 

水を掛け合うティオネとティオナ。

 

静かに微笑むリヴェリア。

 

ちょこまかと動くレフィーヤ。

 

ビン酒を傾けるガレス。

 

呆れた様子でため息を吐くフィン。

 

 

 

そして、小さな笑みを浮かべ俺に手を差し向ける華奢な少女。

 

 

 

表情の柔らかくなったアイズが、俺に向かって何かを呟く。

 

 

 

…あ?聞こえねーよ。

いつも言ってんだろ。

大きな声で喋れって…。

 

 

 

『…カズマ、私も……』

 

 

 

と。

 

幻想の中でアイズの声が聞こえてきた瞬間に、足元から理解を覆す程の大きな揺れが轟音を伴って発生した。

 

それはデストロイヤーが地面を蹴って起こすような揺れではなく、まるで地面を割って、深い位置からマグマが溢れ出るような揺れ。

 

 

揺れの正体を突き止めるために、慌てて千里眼を発動させる。

 

 

「っ!?!?」

 

 

冷や汗が止めどなく流れる。

 

 

驚愕のあまりに、俺はその場で思わず立ち尽くしてしまう程に。

 

 

千里眼なんて必要がない。

なぜなら、モンスターを千里眼で捕捉する前に、そいつは驚愕の圧力と大きさを持って現れたから。

 

その影は、俺の知ってるドラゴン系のモンスターの大きさを遥かに凌駕していた。

 

これだけ広いダンジョンを所狭しと、下から層をぶち破ってきたそいつは、広げると100mはあろう両翼を羽ばたかせる。

 

 

地面が割れ、俺の身体は宙を浮く。

 

 

その時に、俺の身体程ある瞳と目があった。

 

 

フシュゥーーーーっ!!!!!と、荒い鼻息がさらに俺の落下を加速させる。

 

 

「…っ!こ、こいつが…、黒龍!?!?」

 

 

このまま落下したら死ぬかもしれないと言うのに、何を呑気な事を言っているのだろう。

俺が取るべき行動は、この浮遊状態から早く逃れること。

 

それにも関わらず、驚嘆の()()が俺の思考を停止させるのだ。

 

 

黒龍…。

 

唯一の核心は黒い龍って事だったはずなのに…。

 

その正体はーーーーー

 

 

 

「…き、()()じゃねえかーーーー!!!」

 

 

 

 

 

 



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爆ぜるリアルにシナプスを

 

 

 

 

 

重力は逆らう事なく俺の身体を垂直に落下させる。

 

止まっていた思考をフル回転させ、俺は鉤爪の付いたロープを黒龍の背びれへ投げつけた。

 

「…っ!ぶっねーー!!てか金!デカイ!怖い!!」

 

黒龍(金)は派手に暴れることはしないが、その大きさゆえに、少し飛び回るだけでも俺が握りしめるロープを大きく揺らす。

 

は、背中に早く登らねえと振り落とされるっ!

 

よじよじと懸命にロープを登り、黒龍の背中に飛び付くも、やはりその大きさに驚きが隠せない。

 

ご、ゴライアスの比じゃない!

 

「っ!く、クソが!俺に背を取らせるとは笑止!!エクスプロージョン祭りで火ダルマにしてやるーーー!!」

 

デカくったって所詮はモンスターだ!

その踏ん反った態度にお灸を据えてやる!!

 

「黒より黒く漆黒に…ってうわぁぁあ、あ、暴れんなドラ公!ちっ!詠唱とか言ってる場合じゃねえ!」

 

 

ーーーエクスプローーーージョン!!

 

 

と、ド派手な火花を黒龍の周囲に散らばせる。

その爆風は黒煙を伴い洞窟内を埋め尽くした。

 

火の粉は宙を彷徨い、分厚い風が俺の身体を大きく吹き飛ばす。

 

 

「…っ!く、くはははは!どうだクソドラゴン!!転生チーターカズマ様には敵うま……っ!」

 

 

ありたっけのダイナマイトが黒龍を襲った。

その爆風たるや、俺の予想を上回る程の威力で火の粉を上げていた。

 

それなのに…。

 

…っ!

 

 

「……グルルルルルぅぅっ」

 

「くっ!?」

 

 

黒龍はその身体に傷一つ付ける事なく空を舞い上がっている。

相変わらずの金色の皮膚は、爆破を物ともせずにあり続けた。

 

黒龍が大きな音を立てて羽を振るうと、洞窟内を覆っていた黒煙を吹き飛ばす。

 

美しい程に輝いて、憎たらしい程に凄まじい。

 

ああ、この世界におけるラスボスは、これほどまでに強くて怖いのか…。

はは…、そりゃ()()()()が生きる世界のラスボスだもんな。

これくらい強くなきゃ、直ぐにゲームクリアされちまうか…。

 

俺は落下する身体の体制を整え、背中から魔剣を取り出した。

 

 

「っ!王の財宝(ゲートオブバビロン)!!」

 

 

燃え上がる魔剣を数の暴力で投げつける。

一筋の剣戟を取っても最上級魔法並の威力を持つ魔剣でさえも、黒龍の皮膚には敵わない。

金色の皮膚がチリチリと弾けるも、それが自らの放った魔剣の鉄塵だと直ぐに気付く。

 

 

「ちっ!!」

 

 

ダイナマイトも効かない。

 

魔剣も効かない。

 

周りには策を練れそうなギミックもイレギュラーもない。

 

 

「無理ゲーにも程がっ!…っておわっ!?」

 

 

加減を知らぬ猛威は尚も変わらずに暴れまわった。

砲轟と共に溢れる火炎放射は容赦なく、この小さな身を狙って放たれる。

 

ちっぽけな人間が立ち向かうには強過ぎるだろ。

 

この世界を作った神は何を考えてんだ?

 

……はは。神は何も考えずに酒を飲んでるだけか…。

 

憎たらしいったらないぜ…。

 

 

「花鳥風月ーーっ!!」

 

 

放たれた火炎を目前に、咄嗟に放水を放つが、その勢いは加速を辞めない。

腕を伸ばして放った渾身の花鳥風月も、黒龍の火炎には正に焼け石に水。

ほんの幾ばくかの時間すら稼げずに、その火炎は俺の身を容赦なく襲う。

 

 

火には相性が良いだろうがよ、水って…。

 

 

「…っ!?」

 

 

焼け散る身体には、ねっとりとした痛みと汗が滲む。

 

……痛い…。

 

マジで痛い…。

 

……。

 

火炎の勢いに焼かれた身体は宙を舞いながら岩壁に打つかった。

 

ボキっと発した嫌な音。

 

骨が数本折れてるかも…。

 

…ああ、何だってんだよこのクソドラゴン。

 

チートでも敵わないって、そんなもんはただのバグだろ…。

 

 

どさりと地面に落ちる衝撃に耐えつつ、何とか身体を起こして黒龍と対峙する。

 

黒龍はまるで羽虫を追い払うように、俺を一瞥するや羽根を振るった。

その暴風に飛ばされた岩が俺をかすめて飛んでいく。

 

 

「くっ…!」

 

 

こんな時にも、俺の悪運は発動してるんだな…。

 

なんて思いながら、絶大に佇む絶望を。

 

溢れ出る恐怖を。

 

心を折る強さを。

 

 

ただただ俺は感じるだけ。

 

 

「…はぁ…、っ、はぁはぁ。なんだよ…、コイツ…、…っ。こんなのをどうやって…」

 

 

ーーーー倒すんだよ。

 

 

リアルはクソだ。

 

クソクソクソ。

 

クソみたいな理不尽は、いつもいつも俺の事を原子レベルから否定し続ける。

 

いつだって俺は1人で、その理不尽は多数の猛威を振るって…。

 

まるで存在すらも認めないとばかりに、俺の座る教室の席は暗く汚れている。

 

辞めろ。そんか目で見るな…っ。

 

俺を哀れむな。

 

俺を蔑むな。

 

俺を……っ、無視、するな……。

 

 

……。

 

 

世界が悪い。

俺を取り囲む世界がいつも悪いんだ。

 

だからきっと、()()()()なら。

 

俺を受け入れてーーー。

 

 

「…っ。ちょっと持ち上げられて、調子に乗った結果がこのザマか…」

 

 

ふと、黒龍が俺に飽きたように離れていく。

 

その巨体を暴風と金で包みながら、空へ空へと上がっていく。

 

ああ、このまま俺を生かしてどこかへ行ってくれるのか…。

 

マジで黒龍さん神じゃないっすか。

 

どこかのコボルトとは違いますね。

 

…良かった…、俺、生きてる…。

 

……。

 

 

ーーねえ。

 

ーーー今度は一緒に。

 

ーーーーー倒そうね。

 

 

……っ。

 

…なんだよ。

そんな期待に満ちた瞳で俺を見んじゃねえって。

 

俺はただの人間で、ちょっとチートな力を手に入れただけのニートなんだからさ。

 

なあ、アイズ…。

 

俺が強がるのは、おまえの…、おまえらファミリアの前だけなんだよ…。

 

 

「…。はは…、強がりも…、今日でおしまいだ。…もう、俺は…」

 

 

ここで死ぬーーー。

 

 

ーーーー。

 

 

死ぬんだ。

 

 

死ぬために、まずは……。

 

 

あの黒龍をブチ殺す…っ。

 

 

 

「…行かせねえよ…っ。…っ、はぁ…」

 

 

膝に手をつき立ち上がる。

 

身体から溢れる灰は、まるで俺の残り少ない命を削ってるようで。

 

痛みに耐えて、恐怖に耐えて。

 

俺はそのボロボロで惨めな身体を起き上がらせた。

 

 

 

「…っ、はぁ、っ、クソドラゴンがぁぁぁぁ!!!行かせねえよ!!!地上には上らせねえ!!!」

 

 

 

ありたっけの叫びが喉を焼く。

 

ただ、その甲斐あってか地上へと上昇ししていた黒龍は羽ばたきを一度辞め、こちらへと振り返る。

 

 

向かい風は砂埃を上げた。

 

だが、立ち止まってられない。

 

上手くやり過ごしても、本当に欲しいもんは抱き締めなきゃいつも満たされないから。

 

 

走り出した俺の手には大太刀の魔剣が。

 

 

それを振り上げるや、魔剣は…、贄殿遮那は灼熱の炎をうねらせ鋭く、熱く、燃え上がる。

 

 

同時に、空から俺を見下ろす黒龍は、相変わらずの威力を持って火炎を放った。

 

 

「二番煎じ野郎が!!炎なら俺の魔剣だって出せんだよっ!!!」

 

 

黒龍の火炎を迎え撃つように、俺は大太刀を振り下ろす。

 

大太刀から溢れ出た炎が、黒龍の火炎と打つかる。

 

 

 

ギィャャャャャァァァァっ!!!!

 

 

 

何かを察したように、黒龍が耳をつんざく轟砲を轟かせる。

 

 

 

 

「っ!爆ぜろリアル弾けろシナプス!バニッシュメント!ディス!ワーーーールドっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 



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いつも心に虹色を

 

 

 

 

『ギャァァァぁぁぁぁっっっ!!!』

 

 

黒龍の号砲がダンジョンを揺らした。

 

まるで俺の正気を奪い去るような威圧感も、()()()には毛を逆立てた子猫がにゃーにゃー泣いてる程度の威嚇にしか思えない。

 

体の震えは武者震いだ…。

 

喉の渇きは血に飢えているだけ。

 

思い出せ。絞り出せ。生れ変れ…っ!!

 

この世界はゲームも漫画も無ければネットも繋がっていないクソ世界だ。

ただ一つ、この世界に残された狂気の娯楽。

それこそが最強にして最恐の理りじゃねえか!!

怖いもんなんて何も無い!

怖いのは自分が自分を恥じる事だ!

 

だから俺は…っ!

 

だから俺は貫くぞ!!

 

世界から弾き出された異端児であろうと、俺には誰にも負けぬ恐れない力があるんだからなぁぁぁあああ!!!

 

 

「最高じゃねえか…。最高に面白ぇよ!!見渡す限りの異世界も!美人剣士もケモミミも!バカでけぇドラゴンだって……っ」

 

 

俺が望んだ異世界転生物語。

 

願望は枯渇しない。

 

夢にまで見たシチュエーションだろうが。

 

 

「夢にまで見た厨二世界だ!教えてやるよドラ公!厨二病ってのは世界をも打ち壊すんだぁぁぁーーー!!!」

 

 

黒龍は金の鎧を持って、俺の攻撃を全て無効に弾き返す。

その装甲の硬さたるやデストロイヤーをも凌ぐだろう。

 

ただ、デストロイヤーと違って黒龍は生物だ。

 

 

『ギャァァァーーーッ』

 

 

抱合と共に向かい来る黒龍をなんとか避けつつ、俺は数多の魔剣で迎撃を行う。

もちろんその攻撃は目に見える効果が無い。

 

 

「っ!くっそっ!ぬおらおらおら!!」

 

 

基礎体力の無さが恨めしい。

無論、それを今更恨んだところで解決するものでもないのだが。

 

ジリ貧だが策はある。

 

まさか、小銭稼ぎのために作っておいた()()が役に立つとはな…。

 

 

「…はぁはぁっ…、攻略法のないゲームなんてのはないはずだ。都合良く仮説が立証されてこその異世界だろうが!!」

 

避ける逃げる、たまに攻撃をする。

そんな単純作業もクソゲーならではだぜ。

 

ただ、俺は勝機を見逃さない。

 

人間様に…、この俺に楯突いたことを後悔させてやるよ!!

 

 

そして黒龍が大きく口を開き火炎を放とうとしたときにーーーーー

 

 

「キタァァァーーーっ!とっておきの秘密兵器(仮)を食らわせてやるーーー!!」

 

 

俺は咄嗟にポケットへ手を入れる。

 

取り出したのは禍々しく光るとある物。

 

教えてやるよクソドラゴン。

俺の知ってるクソゲーってのは、案外初期の段階で、ラスボスを倒すための軌跡を残してくれるんだ。

 

ルートは外れない。

 

俺の攻略法こそが、この世界の導きだ。

 

 

「どぉぉらぁぁぁ!飲み込めドラ公ぉぉぉー!!!」

 

 

ピョーンっと放物線を描いて投げつけたソレは、キラキラと光ながら黒龍の口の中へ。

 

 

『ギャァァァーーーッ!!!』

 

 

が、それを意に返すこともなく、やはり火炎を生み出す黒龍に向かい、俺は逃げる事をやめて笑みを飛ばした。

 

 

「…ははっ…。…っ、フゥワァッハッハッハッ!!慄けドラ公!!このマッドサイエンティスト鳳凰院カズマ様の機転に!!!」

 

 

黒龍の口元に溢れ出た火炎の灯火が、淡く弱火へと変わっていく。

 

それを不思議がるような見えるのは気のせいだろうが、尚も黒龍の口からは火炎が放たれない。

それどころか、動きが鈍く、飛ぶために羽を揺らす事さえも億劫そうだ。

 

 

「…飲み込ませたのは()()()のアクセサリーだ。そのでけぇ口から、今頃体内に入っていってる事だろうよ」

 

 

ドラゴンの体内構造なんて知らんが、その黒曜石が体内にある火炎袋にでも届いてくれるなら効果はあるはず。

いや、もはや火を噴く素ぶりすら見せないことから、それは効果抜群だったのだろう。

 

 

「……黒曜石は加熱されると含有した水分が発砲する…、炎を生み出す体内の熱で発砲した水分が、おまえの腹ん中で膨らんでるはずだ!」

 

 

体内で生まれた水分に重みを感じるのは生物の弱点だ。

腹がいっぱいならドラゴンだって動きは鈍るし、水で膨れたなら火炎だって放てない。

普段から何を食ってるの分からねえが、黒曜石を食ったのは初めてだろう。

 

やがて、黒龍は飛ぶのをやめて地面へ足を付けた。

 

だがしかし、尚も戦気を失わずに威嚇を続ける。それは俺ごときの小さな生物ならば、飛ばずして、炎を生み出さずして倒せると、本能が告げているからだろう。

 

 

ははっ。舐められたもんだぜ。

 

逃げるなり負けを認めるなりして巣へ帰れば許してやったのに…。

 

あーあー、逃したね。チャンスを。

 

まぁね?その姿勢は評価するよ?

 

でもさ、往生際が悪いんじゃない?

 

……。

 

 

「…ドローでいいよ。今日の戦いは。だから帰って。……巣に帰って!!」

 

『グルルルルルゥゥ…。フゥフゥ』

 

 

魔剣の残りは数本。

 

ダイナマイトに至っては残り0。

 

そして、相変わらず崩せない金色に輝くクソ硬い皮膚……。

 

 

「…も、もうお腹痛くて帰りたいだろ!?やめようぜ、へへっ。ほら帰れって」

 

『ギャァァァーーーッ!!!!』

 

「ひっ!?」

 

 

ば、ば、ば…、万策尽きたーーーーー!!!

 

この後はどうすんだ!?

 

動きは鈍いし火は出せないって言っても、俺にはもはや攻撃の手段が無い!

 

残り少ない魔剣で特攻を仕掛けたところでその皮膚に弾かれるだけだし!!

 

 

『グルルルルル……』

 

 

そんな慌てふためく俺を見て、黒龍がニヤリと笑った。ーーー気がした。

 

そして、何かを発奮するかのような雄叫び。

 

 

『ギャァァァーーーァァァァァ!!!!」

 

 

同時に、黒龍の皮膚を纏っていた金色の装甲がゆっけりと剥がれ落ちる。

 

それは星が空から降るような、幻想的な輝きと光景を残して。

 

 

「ひゃぁぁぁぁ!!?」

 

 

光の雨が止み、纏った金が全て落ちたとき、黒龍は本物の黒の龍と成り得て羽を羽ばたいた。

 

か、か、身体が軽くなったんすね。

 

あははー、お空飛んでるーー。

 

と、と、飛んでりゅぅぅー!?!?

 

 

「ちょっ!待って!うわっ!?」

 

 

身軽になった黒龍は、闇をも切り裂く黒色の皮膚を露わに、俺へ向かって体当たりを繰り返す。

 

まだ火炎は放てないのだろうが、空を飛ぶ巨体から逃れる他に術が無い。

 

 

「バカおまっ!ちょぉぉぉぉっ!?」

 

 

悪運が尽きた。

 

今まで避けれていたのが奇跡だったのだ。

 

もはや俺の身体は逃げるための体力を使い果たし、身軽になった黒龍の羽ばたきに冷や汗を流すだけ。

 

 

それを知ってか、黒龍も勝機を焦らずにゆるりと高く舞い上がる。

 

 

ちっぽけな存在に鋭い狙いを付けて、黒龍は力強く羽を広げた。

 

 

『ギャァァァーーーッ!!!』

 

 

そして、垂直降下で俺へ向かう黒龍は、その勢いを殺す事なくーーーーーー

 

 

ドォォォん!!!

 

 

……死んだ。俺死んだ!

 

これで何度目だよ!?

 

もう何回死んだのかすら覚えてないわ!!

 

あぁ、でも。今回の死はちょっと違うな。

 

暗闇の中なのにどこか暖かい。

 

ふんわりとした甘い香りと柔らかい布に包まれているようなーーーーー。

 

そんな感じ。

 

……ごめんな。倒せなくて。

 

今度はちゃんとやるからさ。

 

こんなやり切れない死に方をしないように、次の人生はちゃんとやるから。

 

その期待に満ちた瞳に恥じないように、強くなるから…。

 

 

ーーーカズマ

 

 

…アイズ、みんな…、ごめん…。

 

 

ーーカズマ。

 

 

あぁ、ちょっとカッコ良い死に方かも。

次に生まれ変わったら、この記憶を小説に残そう。

ライトノベルとかなら売れるだろ。

 

 

ーカズマ。

 

 

……この後はどうすんだ?

早く迎えに来てよ女神様。

アクアならチェンジだけどな。

 

 

カズマ…。

 

 

「……へへ、エリス様早よ。いや、エリスティーナ!!」

 

 

「カズマ…!!」

 

 

「うぇっ!?」

 

 

「目、開けて…」

 

 

瞳を捲っていた瞼を開けると、そこに映ったのは金糸をなびかせ優しく笑う幼い笑顔。

その暖かさが肌から伝わり、以前に繋いだアイズの手の体温を思い出させる。

 

アイズだ。

 

なんだコイツ。

女神にジョブチェンジしたのか?

 

てか、まつ毛長っ…。

 

 

 

 

「…助けに、来たよ。…私の英雄様」

 

 

 

「エリス様にチェンジ」

 

 

 

「!?」

 

 

 

 

 

 

 



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英雄の力に永遠を

 

 

 

 

 

 

辺りは静かだった。

 

時折聞こえる暴音と地響きを除いては。

 

深層にはモンスターの影が無く、残されたダンジョンと言う箱には何も無い。

 

進めば進むほど、聞こえる轟音が強くなる。

 

きっと、カズマは一人で戦っているんだ。

 

伝説とまで呼ばれる黒龍に、カズマは一人で挑んでいるんだ。

 

誰にも臆さず浮かべる笑み。

 

モンスターを諸共せずになぎ倒す強さ。

 

年相応にふやける表情。

 

小さな背中。

 

全部、全部カズマの物だ。

 

 

その全てを私たちのために、街のために捨てようとするカズマを誰が責められるのだろうか。

 

いや、責める者など居ない。

 

だからこうして、私は歩みを進めているのだから。

 

 

今度は私が、私たちが…。

 

 

あなたを助けるの。

 

 

 

 

 

.

……

…………

 

 

 

 

 

「ボロボロだね。カズマ」

 

「…は?これファッションだからね?ダメージジーンズって知らないの?」

 

「ぷーくすくす…。そうやって強がる…。私たちが来て安心してるくせに…」

 

 

先程までの激闘が嘘であったかのように、アイズの笑みに暖かさを感じる。

 

まるで身体の奥から芯を貫く硬い何かが抜けていくように、砕けた腰に耐え切れず、俺は地べたに尻餅を着いた。

 

 

「…ふん。なんだよ、おまえら。揃って着いて来ちゃってさ」

 

「ふふ。そう言うな。おまえが我々を想ってくれているように、我々もおまえを想っているのだ」

 

「……あっそ」

 

 

リヴェリアの癖に偉そうだ。

ギャグ要員がのこのこ着いて来やがって。

フィンもガレスもエロ姉妹もベートも、揃って着いて来ちゃって……。

 

べ、別に感動とかしてないからな!?

 

 

「それにしても、まさか黒龍が本当に存在したとはね…。この様子じゃカズマのエクスプロージョンも大きな効果は無かったようだ」

 

 

フィンが破壊し尽くされたダンジョン内を眺めながら槍を構える。

 

 

「ふむ。我々エルフ族の始祖が言うに、黒龍の皮膚は禍々しい闇の色に包まれている聞いていたが、本当のようだな…」

 

「…いや、最初は金色の皮膚だったからな?」

 

「むむ。…き、気をつけよ皆!奴は街をも焼き尽くす火炎を放つと聞く!!」

 

「もう火は吹かないからね?」

 

「む!?」

 

 

もう下がってろおまえ。

さて、がん首そろえてロキ・ファミリアの面々が揃ったわけだが、目の前で怒気を放つ黒龍の脅威は尚として無くなってはいない。

 

 

「…っ、フィン…。おまえが全員に吹聴したのか?」

 

「ふふ。僕は何も言っていないよ。ただ、あの日の夜に、皆んなも君の話を聞いていたみたいだ」

 

「…はぁ。死にに来たわけじゃないんだろ?何か策は…」

 

「ないよ」

 

「………は?」

 

「策は無い」

 

 

……バカが増えた。

フィンくんさぁ、昔は出来る子だったじゃぁん。

リヴェリアのバカが移っちゃてるよー。

 

 

「策は無くとも君がいる。カズマこそが僕らの策だ」

 

「怪物の方のロナウドかよ…。言っちゃアレだが、俺はもう万策尽きたわけで…」

 

万策尽きたーー!と頭を抱えて天をみあげるレベル尽きている。

俺が立ち向かうには強大すぎるモンスターを相手に、俺の力は遠く及ばなかったのだ。

 

俺が立ち向かうにはーーー

 

「……まぁ、万策ってのは俺がソロで戦うために考えたものであって…」

 

「ふむふむ?なんだい?」

 

「…。いやだからさ、まぁ、ソロでは限界があるってのはネトゲの常識じゃんか?」

 

「なるほどね。それで?」

 

「くっ!クソチビ勇者!!察しろよな!?言わせんなよ恥ずかしい!!」

 

「言ってくれなきゃ分からないんだよ」

 

そう言いながら、笑みを絶やさないフィンが俺の瞳を正面から見据える。

黒龍を前に随分と余裕なものだと笑ってやっても良かった。

だが、そんな状況にも関わらず、減らず口を叩いては顔を赤くする俺の姿も滑稽に映るだろう。

 

策はある。

 

俺だけじゃ無理だけど。

 

おまえらが居るなら。

 

「…っ。俺は…、英雄にはなれない…」

 

「…ああ」

 

「自分よりも強い敵を倒すことすら出来ない俺に、英雄を名乗る資格なんてないんだ」

 

小さくも振り絞られる言葉に、その場にいた全員がうっすらと微笑んだ。

 

以前にも言ったことがあるだろ?

 

俺に英雄を抱え込む器なんてものは無い。

 

力が足りない。

 

勇気が足りない。

 

知恵が足りない。

 

英雄になるべくして持つ能力が、俺には何一つとして足りていないんだ。

 

だからーーーー

 

 

「…助けてくれ。おまえらの力が必要なんだ」

 

 

ーー仲間が居るんだ。

 

立ち上がることさえ億劫な身体を震わせながら、俺はフィンを見据えて、いや、全員を見据えて顔を上げた。

 

 

「…っ。倒すぞっ!あのクソチートモンスターを!英雄は居ないがーーーー」

 

 

俺がいる!!!

 

 

 

「…私も居るよ。カズマ。…みんな居る。だからきっと倒せる」

 

 

アイズのどこか嬉しそうな声。

いつもいつも期待しやがって。

期待される身にもなれってんだ。

 

今日だけだ。

 

今日だけ、俺はその期待に応えてやる。

 

 

「リヴェリア!ガレス!物理攻撃への防御魔法を唱えろ!」

 

 

走り出せ。

 

災害すらをも超える黒龍の力を屈服させるために。

千里眼を使えば直ぐに黒龍の弱点は分かった。

胸元に光る魔力の供給源。

もちろん、ただ攻撃しても強固な皮膚に防がれるだけだ。

 

 

「フィン!ベート!黒龍を引き付けろ!」

 

 

誰も知らない未来

飛び込んだその時に

 

何があるのかなんて分からない。

ただ黙って頷き、俺の策に乗ってくれるバカ共は、やはり自信に満ちた笑みを浮かべて黒龍へ立ち回った。

 

俺は直ぐ様に詠唱へ取り掛かる。

 

仮定が確信に変わる。

 

黒龍の目覚めは必然だった。

 

元凶が俺なら倒すのも俺。

 

 

「ティオナ!ティオネ!黒龍から距離を取りつつ援護を!!」

 

 

輝いたアイツの瞳を感じた

 

俺の意図を読み取っているかのように彼女はーー、アイズは俺の横に並ぶ。

 

「…カズマ。黒龍を倒したら、また明日が来るの」

 

「ん。そうだな」

 

「いつもと変わらない、素晴らしい明日が」

 

モンスターが生まれる地下ダンジョンを中心に据えた街で、素晴らしい明日もクソもないだろうに。

 

だが、このモンスターを倒せば、多少なりとも明日からの日々は変化するように感じる。

 

 

「…この詠唱はあまり唱えたくなかったが、止む終えん…」

 

 

愛する神に謝罪を送る。

 

死地へと誘う黒龍への唯一にして最後の策。

 

黒龍を目覚めさした原因は何だ?

 

()()に潜む邪悪な神力だろ!!

 

黒龍は、あの邪悪な神力を嫌がり、本能から暴れだしたんだ。

 

 

ーーーアクシズ教徒はやればできる

 

上手くいかなくても、それは貴方のせいではない

 

上手くいかないのは世間が悪い

 

嫌なことから逃げればいい

 

逃げることは負けじゃない

 

逃げるが勝ちという言葉があるのだから

 

迷った末に出した答えは、どちらを選んでも後悔するもの

 

どうせ後悔するなら楽な方を選びなさい

 

未来の貴方が笑っているのかは神ですらわからない

 

ならば!!

 

 

「今だけでも笑っておけぇぇ!!!」

 

 

時間をかけた詠唱は、光となって俺の右腕を包み込む。

その光は、先の破壊神話(デストロイヤー)戦で見せたる神の右手(ゴッドブロー)の比ではない。

 

アクアの神力から生まれたあの金貨が、数千年もの眠りを妨げた。

 

なあ黒龍。

 

おまえ、この力が嫌いなんだろ?

 

この、アクアだけが持つ邪神力がよぉぉぉ!!

 

 

リヴェリア達の守りもあって長い詠唱も終えた。

 

フィン達のおかげで隙もある。

 

今なら必殺のコイツをおまえに叩き込める。

 

 

「アイズ!!」

 

「テンペスト……!」

 

 

風の力が俺に付与する。

 

俺は風の如く駆け出すや、フィン達に応戦する黒龍へと近寄りーーーー

 

 

「このくそふざけた素晴らしい世界で!!俺が祝福を与えてやらぁぁぁ!!!」

 

 

黒龍が俺の接近に気がつくも、それは時すでに遅し。

 

 

風の力で加速した俺は、黒龍の胸元に潜り込みーーー

 

 

「エリスの胸はパッドいり…….。…行くぞっ!!ーーーー

 

 

 

 

 

英雄の右手(ゴッド レクイエム)ーーーーーーーーーーー!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 



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この素晴らしいダンジョンに転生を!

 

 

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      ☆

 

 

『カズマさん!!ねぇ!カズマさんったら起きて!!』

 

んー、なんだよー。まだ朝じゃないだろ?

 

『起きなさいってば!!』

 

ぶっ!?お、おま、殴ることないだろ!?

 

『時間がないの!あんたの転生についての事よ!』

 

あー?転生?

 

『そう!実は、そっちの世界でデストロイヤーと黒龍を倒したでしょ?そのおかげで、私の失敗…、ご、ごほんごほん。せ、世界に少しだけ平和が戻ったのよ!』

 

…おい、おまえいま何を言いかけた?

 

『し、失敗で凶暴なモンスターを転生させたとかじゃないわよ?そ、その尻拭いでカズマさんを続けて転生させたわけでもないからね?』

 

おいこらクソ女神。

 

『いやぁ!怒んないで!で、でも!私の失敗転生は何とか上にばれずに済みそうなの!』

 

知らねえよ!?

 

『ふふふ。だからね?今回のカズマさんの功績を讃えて、もう一度だけ別世界への転生をしてあげる!』

 

…え?

 

『今の世界よりも過ごしやすくて、堕落した生活を送れると保証するわ!!』

 

……。

 

『ちょ、聞いてるの!?時間がないんですけどー!!』

 

あ、ああ、聞いてるよ!

 

『それなら、すぐに準備してちょうだい!一応、そっちの世界に歪みを残さないようにしたいから、カズマさんの力は消しておくわね!!』

 

なに!?

 

『準備ができたら教えて!じゃあ!』

 

ちょ、お、おい!待てよ!アクアーーー!

 

 

 

 

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      ☆

 

 

 

 

相変わらずに賑やかなオラリオで、今日も武器を担いだ冒険者たちが俺の前を歩いていく。

やはり、向かう先にはバベルの塔があり、迷宮を隠すその建物は多くの冒険者を迎え入れた。

見慣れてしまった古臭い建物が並ぶ埃っぽい街並み。

色が少ない景観が、どこか無機質さを感じさせつつも、人々の活気にゆるやかな装いを見せている。

 

太陽がようやくてっぺんに登った。

 

少し早起きしたためか、今日は一日が長く感じる。

 

災厄とまで呼ばれた黒龍はもう倒されたと言うのに、この街は相変わらず血気盛んで物騒なまま。

 

ただ、そんな街もーーーー

 

 

「……悪くないよな」

 

 

ホコリっぽさを残す街並みを眺めながら、俺は溜息を吐く。

 

変わらねぇか。

たかが大きなドラゴンを倒したくらいじゃ。

 

 

「あ!こんにちは!カズマさん!」

 

「んー。ベルか。今日もダンジョンに行くのか?」

 

 

白い兎が声を掛けてきた。

少しだけ大きくなった身体には、初心者向けのフルアーマーを身に付けている。

 

 

「今日はディックスさんと訓練の日です!」

 

「ほー。ディックスのやつ、指南の真似事なんぞしてるのかよ」

 

「真似事じゃないですよ!ディックスさんは若い冒険者を集めて、ダンジョン勉強会を開いてくれてるんです!」

 

 

あの強面で若者に何を教えてんだか…。

まぁ、ゼノスの時にもその強面に汗水流して働いていたわけだが、ちょっと世界線が違いすぎない?

 

 

「あ!それじゃあ僕、時間なので!」

 

「ああ。頑張れよ」

 

「はい!」

 

 

元気の良い返事を述べると、ベルは手を振りながら駆け足で雑踏へと紛れていった。

いつだったかに見た、アイズに似た何かの正体は分からない。

だが、いつの日か、あんな子供に救いを頼る

事のない世界に生まれ変わってくれればと……。

まぁ、そんな世界になったらつまらねーか。

この街は少し血生臭いくらいが丁度良い。

 

なんて、知ったように世界の果てを想像してみながらベルの姿が見えなくなったことを確認する。

 

 

そんな時にーーー

 

 

「いつぞやの白い子供じゃない。カズマ、また変な事を吹き込んだの?」

 

「黙ってろよエロババァ。おまえこそ、また贅肉を蓄えたの?」

 

 

見る者を失望させる贅肉の神 フレイヤが、腕を組みながらもぐもぐとジャガ丸を口に頬張りながら現れた。

 

なに?この贅肉モンスターはなんで普通に下界を散歩してるの?

 

しかも、誰一人として神の存在を気にかけていないし。

 

 

「聞いてちょうだいカズマ。まじめな話よ」

 

「む?」

 

「とある都市から言い伝えられたと言う、()()()()()を、私は聞いてしまったの」

 

 

ゼロの伝説、と語るフレイヤは、ジャガ丸を飲み込みながら歩き出す。

付いて来なさいと言わんばりに背筋を伸ばし、ゆるりとした足取りでどこかの目的地へと向かった。

特に予定もない俺はその後を追う。

 

 

「曰く、その伝承によれば、万物の構造を根本から書き換える力があるとか…」

 

「構造…?」

 

「ええ。さぁ、着いたわ」

 

 

意外と近かった目的地。

そこが慣れ親しんだ酒場、豊穣の女主人であることに疑問を持つものの、俺はフレイヤの後に続き店内へと入る。

 

 

「しゅわしゅわと唐揚げを」

 

「…?」

 

 

そして、程なくして運ばれてきた品を見つめながら、フレイヤは勇ましくも蛮勇に、俺へ向かって伝承を唱えた。

 

 

「このしゅわしゅわは泡がパチパチして脂肪を燃焼させるからカロリーゼロなのよ!!!さらに!唐揚げに関しては高温で揚げているときにカロリーが減少しているからカロリーゼロ!!!!」

 

「ちょっとなに言ってるのか分からないです」

 

「むしゃむしゃー!あー美味しい!カロリーゼロだから気にしないで食べられるし!!」

 

 

時間を返せ。

なんだそのゼロ理論は。

てか、この世界にカロリーなんて言う概念があったことに驚きだわ。

 

 

「はふはふ。唐揚げは熱々に限るわね。ほら、カズマさんも食べなさいな。黒龍の討伐祝いよ」

 

「討伐祝いがしゅわしゅわと唐揚げかよ…。まぁ、悪くないが…」

 

「へへへ。最近の私は油物で胃をコーティングさせてからアルコールを流すことを主流としているわ」

 

「なにそれ壊滅的に不健康そう」

 

 

呆れながらも、その主流に俺も乗っかる。

フレイヤに言われなくても知っている。油物、アルコールは鉄板のコンビなわけだ。

 

ふと、しゅわしゅわを片手に慌てて唐揚げを頬張るフレイヤが、頬を赤く染めながら俺を見つめた。

 

 

「そういえば、カズマはこれからどうするの?」

 

 

あまりに唐突な質問。

これから?そんなもんしゅわしゅわで良い気分になるだけよぉぉ!

と、答えても良かったが、俺は素直に答えてみる。

 

 

「…わからん」

 

「私は心配しているの。貴重な飲み友達がいなくならないかって。だから真面目に答えなさい」

 

「…」

 

「私のモノになりなさいな。そうすれば、一生を100回繰り返すくらいの時間は退屈しないで済むわけよ」

 

「ふむ…。おまえに養ってもらうわけか…」

 

 

カロリーがゼロだとか、一生が100回だとか、どうにも会話の内容がアホに聞こえる。

ただ、言葉こそ稚拙だが、その申し出を口にした本人の顔はアルコールに負けることなく少しだけ真剣なものだった。

 

一息、俺は溜息を吐き捨てながらしゅわしゅわを傾ける。

 

 

「ぷはー。…ん、やっぱしゅわしゅわって美味しいわ。未成年の飲酒にとやかく言う奴もいねえし。…アホだが楽しい飲み仲間もいる」

 

「ちょっと!私はまじめな話をしてるのよ!」

 

「カロリーゼロが?」

 

「そっちじゃないわよ!」

 

 

バンっ!とテーブルを叩きながらも、フレイヤは片手に持ったしゅわしゅわを置かない。

 

 

「神様ってのは、ホイそれと他信者の勧誘をして良いもんなのか?」

 

「気に入れば魅了する。それが私のやり方よ」

 

「……たしかに、一定の熟女層には魅力があるかもしれんが」

 

「だ、だ、誰がムチムチでエロい団地住まいの美人熟女よ!?」

 

「言ってない…」

 

 

やはり、フレイヤは神様である。

ろくな会話に聞こえないが、コイツはコイツなりに俺の事を()()してくれているのだ。

 

さすがに、そこに気付かないほどバカじゃない。

 

むしろ察しは良い方だ。

 

だからこそ、その優しさと本音をさらけ出せるフレイヤには気を許してしまう。

 

 

「…おまえ、良い奴だよな。性奴隷のくせに」

 

「え、私ってまだあなたの性奴隷だったの?」

 

「うん。いやまじで、俺がそこいらに居るハーレム系異世界転生者だったら性欲の捌け口要員として迎え入れてるわ」

 

「ちょ、そんな卑猥な要員は嫌なのだけれど…」

 

「ま、その申し出は断るけど」

 

「えぇ!?なんで!?」

 

 

当たり前だろ。

なんで俺がフレイヤなんぞの子供にならないといけねぇんだ。

俺とフレイヤの主従関係?

そんなもんすでにハッキリしてるだろっての。

俺が飼い主でコイツが性奴隷。

その関係は譲れない。

てか、譲りたくない。

 

 

「そこだけは譲らないからな!?」

 

「くっ!もう知らないからね!?ホントに知らない!!カズマの為を思って言ってるのに!!私がカズマの為を思って言ってあげてるのにーー!!」

 

「おまえに心配される筋合いなんてねぇんだよボケ!!」

 

「ぼ、ボケじゃないわよ!ぅぅ、わ、私が、カズマの為に…、ぅ、た、ためにぃぃぃ〜〜、うわぁぁぁん!!」

 

 

泣き出すフレイヤ。

怒鳴り散らす俺。

 

いつもの光景である。

 

店員や客も、ヒューマンが神を泣かす光景に何も言うことはない。

 

これが日常なのだ。

 

いつもの日常なのだ。

 

何回も繰り返してきたこの日常は、武器やモンスターが蔓延る世界ですら変わらない。

 

何も変わらないんだ。

 

俺が居なくなろうと

 

この世界は変わらないーーー

 

 

 

 

 

で。

 

 

 

 

 

「またフレイヤと喧嘩して帰ってきたんか…」

 

「喧嘩じゃねえよ。一方的な蹂躙だ」

 

「神を蹂躙すな」

 

 

カロリーどころか生産性がゼロなフレイヤとの飲み会を終えた俺は、いつものように夜分遅くにホームへと帰宅した。

 

そして、玄関口に仁王立ちしていたロキに捕まり、今は神室でお説教の最中である。

 

 

「ようやるわ…。暇ならウチの手伝いでもしとけ言うてるやろ」

 

「暇じゃねえし?ぶらぶらしながら街の安全確認してたし?」

 

「アホか。よだれ垂らして女のケツを舐め回しながら歩く安全確認がどこにあんねん」

 

「よ、よだれとか垂らしてないんですけどー!?」

 

 

ロキは溜息を大げさに吐きながら椅子から立ち上がり、俺の背後へ歩くや背中に触れた。

 

ふと、首筋から腰元まで指でなぞりながら、少しだけ肩を落として曖昧に笑う。

 

 

「やっぱり何にも感じひんな…」

 

「いやいや、俺は少し感じたよ?おまえとは言え、女性に背中を触られるのは悪くないな」

 

「ナニに感じてんねん!…力の事や。ステータスもスキルも、何の力も感じひん」

 

「…そっか。…ま、何もしてないのに力が戻るなんて思ってないけどさ」

 

 

黒龍を倒してから1ヶ月。もはや毎晩のように行われるロキの確認は、今晩も失意に終えた。

 

あの日から綺麗さっぱりと消え去った眷属としての異能は、やはり俺の身体に戻る事はない。

 

それが黒龍を倒すべく失わなければいけなかった代償なのか。

それとも、黒龍を倒す為だけに与えられていた力なのか。

 

無論、あのバカ女神の仕業である事を。

 

ファルナを刻んだロキ本人にすら分からない。

 

 

「消えちまったもんは仕方ねえよ。戻る戻らないなんて、下手に期待するのも疲れるしよ。とりあえず、俺はしばらく隠居させてもらうわ」

 

「せやから、ウチの手伝いをしろや」

 

 

気が進まんなー、と表情に出してみると、ロキは小さく笑みを浮かべながら俺の頭を叩いた。

 

神室から見える月が真っ黄色に染まっている。

何の気なしに見た月が、こんなにも大きく丸かったことに驚いた。

 

 

「月明かりってのは、本当に明るいんだな」

 

「純文学やな」

 

「俺はラノベしか読まないよ。…さて、説教は終わりだろ?俺はそろそろ部屋に戻るわ」

 

「ん。……アイズなら中庭やで」

 

 

神室から出て行く間際に聞こえた声に、うるせぇよ、と悪態をつきながら、俺はポケットに手を突っ込み、中庭へと向かった。

 

 

 

.

……

………

 

 

 

 

月が綺麗ですね。と、何も知らなければ口に出してしまいそうな程に月が綺麗な夜だ。

 

いや、月だけじゃない。

 

月の光と交わり合う彼女の金糸が綺麗なのだ。

 

黒龍が倒されても、ダンジョンの危険は変わらない。だが、少しくらい気を抜いてもいいのにと、額に汗を輝かせる姿に問いかけた。

 

もちろん、心の中で。

 

 

「よ、アイズ。なんか久しぶりだな」

 

「……カズマ」

 

 

剣技を止め、こちらを振り向くや一言だけ声に出して黙り込む。

俺に気を使ってか、それとも力を失った俺に興味が無いのか、この1ヶ月、頻繁にダンジョンへ潜っていたアイズの感情は分からない。

 

 

「あんまり無茶すんなよ?フィンやリヴェリアが心配してたぞ」

 

「…無茶は、してない…。だけど…」

 

「…?」

 

「…早く、強くなりたいから」

 

 

ああ、そう。

十分に強いと思うけど、それでも満足できないのか。

 

 

「そっか…」

 

「うん…」

 

 

アイズは俺から目を逸らしながら、剣を握る力を強めた。

 

ふと、月明かりが薄っすらと消える。

 

どうやら月が雲に隠れてしまったようだ。

 

まるで、アイズの心を隠すように、その分厚い雲は明かりを遮り、俺の心すらをも不安にさせた。

 

 

「…カズマ。あの日のこと、覚えてる?」

 

「あの日?」

 

「私がここで、カズマに弄ばれて地面にひれ伏した日…」

 

「誤解を招きそうな言い方だが、間違っちゃいないな」

 

 

あの日のこと、とアイズは言うが、俺とアイズが過ごしてきた日々は1冊の手帳では収まりきらない程になる。

 

その中から探す1ページ。

 

アイズが指すあの日が、ここで俺とアイズが戦った日の事だろう。

 

 

「約束、したよね?」

 

「約束…」

 

「私が勝ったら、カズマのことを教えてって」

 

「…。ああ、そんな約束したっけか」

 

 

今更、俺の何を聞きたいのか、アイズはようやく雲から顔を覗かせた月明かりを背に、その右手に持った剣を俺へ向けた。

 

 

「…私は、強くなる。カズマに勝てるくらい…」

 

「ん」

 

「カズマに勝って、カズマのことを全部知るの…」

 

「はは。全部知ってどうするんだよ?そもそも、おまえが知ったところで……」

 

 

知らなくちゃいけないのーーーー!

 

 

俺の言葉を遮るように、アイズの声が中庭に響いた。

その瞳からは強い光を感じる。

世界から俺を逃さないような。

 

ようやく目と目があった時に始めて気付かされる。

 

アイズの瞳はうっすらと涙を含んでいた。

 

 

「私は勝つ。勝って、カズマの全てを知ってあげるの。そして、教えてあげるの。カズマ自身が気付いてない、カズマの事を」

 

 

俺の知らない俺の事。

 

そんな事は一つも無い。

 

俺の事なら俺が全て知っている。

 

アイズが俺に教えようとしているのは、アイズが抱く俺への幻想だ。

 

 

私の英雄だと。

 

 

そもそも、戦ったところで結果は見えている。

力のない俺がアイズに勝てるわけがない。

 

 

「はは。やめようぜ?時間も遅いしさ、戦うのはまた今度に……」

 

「今度なんて、ない」

 

「っ。…おまえ、なにを…」

 

「カズマは、居なくなっちゃうから」

 

「……」

 

 

居なくなっちゃう。

その言葉には確信がこもっている。

大した直感だと、俺は思わず微笑んでしまった。

 

ただ、アイズが間違えてるとしたら。

 

居なくなるんじゃない。

 

俺がこの世界から消えるだけ。

 

モンスターは世界を蹂躙し続ける。

 

バベルが蓋をする地下の迷宮では、今日も誰かが血を流して戦っているだろう。

 

その誰かは冒険者と名乗り、蛮行としか思えない命懸けの戦いを繰り返す。

 

だが、蛮行を繰り返し、正統な力を宿し、武器を握りしめて、幾千の悲しみを経験した者達が、やがて英雄と呼ばれるのだ。

 

 

俺なんかじゃない。

 

やっぱりこの世界にはまだ英雄が必要だ。

 

俺みたいなチート能力者じゃなくて、アイズや、ベルのような、本当の光を輝かせるヤツらが。

 

この世界には必要なんだ。

 

 

「…居てもらわないと私が、困る」

 

「困らないよ。おまえは強いし」

 

「でもカズマより、弱い」

 

「…弱くないんだよ。俺の方が弱いんだ」

 

「弱くない…っ」

 

「弱いんだ」

 

「それなら、なんで……」

 

「……」

 

「私は、泣いてるの…?」

 

 

それはおまえが…。

 

弱いからだろ。

 

そういえば、俺は俺の存在価値をこの世界に残せるのか?

アイズのためにと、俺はこの世界に存在し続ける理由を作れるのか?

 

いや、違う。こいつは強いんだ。

 

俺という英雄の虚像をも超える強さを、こいつは持っているのだ。

 

もう、やめようぜ…。

 

これ以上、俺にお別れを辛くさせないでくれ。

 

 

「…俺は転生者なんだ。他の世界から転生してきた。デストロイヤーや、黒龍を倒すためだとか、理由は何でもいいが、転生者の俺はこの世界に留まり続けることはできない」

 

 

もちろん、そんな決まりはない。

 

ただ、俺が居ない方が都合良い。

 

この世界にとって、本物の英雄が生まれるためには、俺はいちゃ駄目なんだ。

 

 

「…カズマ」

 

「この世界に俺は必要ない。これ以上、俺にーーーーーー

 

 

 

と、絶縁の言葉を口にする寸前に。

月明かりすらをも凌駕する一閃の光が俺の胸を貫いた。

 

その光はまだ弱々しく、それでも懸命に大きくなろうと在り続ける。

 

優しい色をまとって、ふわりと俺の心を暖めるように。

 

 

小さな小さな彼女の柔らかいーーーー

 

 

 

 

「カズマさん!私にはあなたが必要ですーーー!!」

 

 

 

 

ーーー声が。

 

表情が。

 

涙が。

 

俺の全てをその場から消える事を許さなかった。

 

 

「レフィーヤ…っ!お、おまえ、こんな遅い時間にどうしたんだよ!?だめだぞ!もう寝る時間だろ!」

 

「だって、だって!カズマさんが…、最近、一緒に居てくれないから…っ、わ、わたし…、嫌われちゃったのかと…」

 

「…っ!そ、そんなわけ…。そんなわけないだろ!!可愛い妹を嫌いになる兄ちゃんなんて居ないんだ!」

 

「ぅぅ、で、でも、いま、この世界にカズマさんは必要ないと、自分で…、もしかして、オラリオから出て行っちゃうのかなって……」

 

 

バカな子だ。

 

レフィーヤ、俺がおまえを残して消えるわけがないだろ?

 

言葉のあやってやつ。

 

いやほんと。

 

こんなに可愛くて優しい、小さな小さな妹を残して、俺がこの世界から消えるわけがない。

 

消えるわけがないんだ!!!

 

 

「おいで、レフィーヤ」

 

「ぁぅ…」

 

 

レフィーヤを抱っこしてあげながら、俺は片手で頭を撫でてあげる。

そのくすぐったそうに目を細める彼女の顔を見つめながら、俺はそっと笑いかけた。

 

 

「この体温も、その柔らかい言葉も、優しい香りも…、レフィーヤのすべてを俺が守ってやる」

 

「か、カズマしゃん…」

 

「はは。泣いてる…。いつも泣いてるなぁ、泣き虫レフィーヤは。ほんと、心配で放っておけないよ」

 

「ぅぅ、放って…、わ、私のことを放っておかないでください…。カズマさんは、私の英雄さまなんですからっ!!」

 

「あぁ。…そうだよ。俺はレフィーヤの英雄だ」

 

 

そうだ。

 

俺は英雄なんだ。

 

この世界で守るべきものを持つ。

 

それが俺の英雄としての在り方だ!!

 

 

「よーし。明日から英雄頑張っちゃうぞー!ほら、レフィーヤ。もう帰るよ。寝ないと大きくなれないぞ?」

 

「は、はい!!」

 

「………」

 

「おいアイズ。おまえも早く寝ろよな。汗臭いぞ!」

 

「ぁ…、はい…」

 

 

悪くねえよ。

 

この世界で英雄を続けるのも。

 

この笑顔を、俺は守り続ける。

 

そう決めるのに価値や理由なんていらないんだ。

 

レフィーヤさえ居れば!俺は無敵だ!!

 

 

 

「この素晴らしいダンジョンに転生を!!!」

 

 

 

endーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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