ゼロの使い魔は芸術家 (パッショーネ)
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第1章
1,使い魔召喚の儀


作者は普段は読み専で文章作りにも慣れていません。
というわけで、お手柔らかに。過度な期待などはせずに楽しんでいただければ幸いです。


 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー青く澄み渡る空に爆発音が響く。

 

 

ここはトリステイン魔法学院。長い歴史を誇る由緒正しい魔法学校であり、魔法をはじめ、貴族に必要とされる様々な教育を行う教育機関だ。

 

ーーー緑が広がる草原に、また爆発音が響く。

 

現在、このトリステイン魔法学院では2年生による春の使い魔召喚の儀が行われている。といってもすでに終盤に差し掛かっているのだが。

すでに自分の使い魔召喚を終えた生徒達は、各々が呼び出した使い魔との契約を済ませ、儀式の終わりの時を待っている。カエルやモグラ、はたまたサラマンダーやウインドドラゴンなど、召喚された生き物達はまさに多種多様である。

 

ーーー再び鳴り響く爆発音に使い魔達が驚き、騒めく。

 

ついには、使い魔召喚ができていない生徒は残り一人となっていた。

 

 

「おいゼロのルイズ!さっさと召喚しろよ!」

「さっきから爆発ばかりじゃないか!もう諦めた方がいいんじゃないか!」

「さすがゼロのルイズ!召喚もまともにできないなんて!」

 

 

ゼロのルイズと呼ばれた少女は、しかしその罵詈雑言は耳に届いていない様子で、目の前の召喚に集中していた。

 

 

「ミス・ヴァリエール」

自分を呼ぶ声に振り返ると、使い魔召喚の儀を取りまとめている教師ジャン・コルベールが側に立っていた。

 

「時間も押してきていますし、貴女もだいぶ消耗しているでしょう。続きは明日にしましょう」

「ミスタ・コルベール!お、お願いします!あと一回、あと一回だけ召喚させて下さい!」

 

叫びながら、ルイズはコルベールに頭を下げて頼んだ。先程から何度やっても爆発しか起こらず、なにも使い魔は召喚できていない。もしかすると、これ以降も爆発しか起こらないかもしれない。しかし、プライドの高いルイズは、今日ここで諦めて明日に回すことを拒んだ。何より、後ろから感じる自分を嘲笑っているであろう奴等にだけは負けたくないという気持ちがあったのだ。

 

「……わかりました。あと一回だけですよ。これでダメだったら明日に回しますからね」

「は、はい!ありがとうございます!」

 

自分の気持ちを察してくれたコルベールに再び頭を下げてから、ルイズは深く深呼吸をし、成功のイメージを掴むために目を閉じた。

 

「宇宙のどこかにいる私の僕よ!神聖で美しく、そして強力な使い魔よ!私は心より訴え、求めるわ!」

 

もうルイズは、どんな使い魔が来ようが文句は言わない。最悪、自分の嫌いなカエルだって構わない。とにかく、召喚に応えてくれればどんなやつでもいいという気持ちで、今出せる自分のありったけの力をこめて叫ぶ。

 

「我が導きに応えよ!」

 

目を開き、勢い良く杖を振り下ろすと今日一番の爆発が起きた。

 

 

「おい!また爆発したぞ!」

「もう止めてくれよ!ゼロのルイズ!」

後ろに控えた生徒達は再び汚い言葉を投げかける。しかし、その声は爆発音により消され、ルイズにもコルベールにも届いてはいなかった。

 

 

ルイズは目の前の爆煙が晴れるのをじっと待った。確かな手応えを感じたのだ。今度こそ、と願うルイズの目に何らかの影が映った。

 

「やった…、成功した!」

歓声を上げながら、ルイズは影に駆け寄っていった。召喚による疲れもなんのそのである。

 

 

「えっ…」

煙が晴れ、そこにいたものを見た時、ルイズは思わず固まってしまった。なぜなら、そこにいたものは人間だったからだ。

黒地に赤い雲模様という見たこともない特徴的なマントを着ており、長い金髪を頭頂部で結っているという見た目だ。

 

どんなやつでもいいとは願ったが、まさか人間が来るとは露ほども考えてなかったルイズは、戸惑い、この後どうすればいいのか考えあぐねていた。

 

「おお、ようやく成功しましたね。では早く次の儀へ進んで下さい」

「えっ」

どうしたらいいかと止まっていたルイズは教師のコルベールの一言で再び戸惑ってしまった。

 

「ミスタ・コルベール、でも、これ。人間ですよ」

召喚後も立ったまま動かない人間はどうやら眠っているのだとあたりをつけて、ルイズはコルベールに弁明を始めた。

 

「ふむ、見た所変わった服を着ている様ですが貴族ではないでしょう」

「そ、それでも!平民を使い魔にするなんて聞いたことありません!お願いします!もう一度召喚させて下さい!」

平民が使い魔、と考えた瞬間にルイズは叫んでいた。

 

「ミス・ヴァリエール、それは駄目だ。これは神聖な儀式なんだ。貴女もそれは分かっているでしょう」

「うっ…」

平民が使い魔なんて聞いたことがない。そう考えていても、現状やり直しはできない。ならばもう後戻りはできない。ルイズは目の前のこの平民を使い魔にするしかないのだ。

 

 

「おいゼロのルイズ!早くしろよ!」

「そうだそうだ!いつまで待たせるつもりなんだ!」

踏ん切りがつかないルイズに後ろから声がかけられる。もう爆発音は止んでおり、すぐにルイズは反応した。

 

「う、うるさいわね!今終わらせるから黙ってなさい!」

「……では、ミス・ヴァリエール。続きを」

自分が騒ぐ生徒達に注意するよりも早くルイズが反応した為、コルベールはそのままルイズに儀式の先を促した。

ルイズは思ってもいないことを口走った自分を恨みはしたが、覚悟を決めた。

 

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

呪文を唱え、杖を目の前の平民の頭に置いた後、ルイズは自分の顔を平民の顔へ近づけていった。

心の中で悪態をつきながら、近づく平民の顔を見ると肌が土色で、まるで棺桶から出した死体の様だとルイズは思った。

 

そのまま勢いに任せルイズは平民との契約を済ませるとコルベールに向き直った。

「終わりました」

「ふむ、サモン・サーヴァントは何回も失敗しましたが、コントラクト・サーヴァントはきちんとできた様ですね」

コルベールは平民の左手の甲に使い魔のルーンが浮かび上がるのを見届けると、珍しい紋様だと思いながらも一先ず最後まで粘った生徒へ労いの言葉をかけた。

 

 

「相手がただの平民だったから契約できたんだろ」

「確かに、そいつが高位の幻獣だったらゼロのルイズに契約なんかできっこないって」

ひと段落ついたルイズへ、また後ろからからかいの言葉が飛ぶ。

 

それに対しルイズはその生徒達を睨みつけ、一言言ってやろうと口を開けかけた時。

 

「わっ、何ですかこれ」

平民使い魔のルーンを見ていたコルベールが驚いた様に声を上げた為、ルイズは再び平民の方へ向き直る。

見ると平民は、顔や服の隙間から煙を立ち上がらせていた。

 

「えっ、何ですかこれ。何が起こっているんですか?」

「わ、分かりません。ルーンがしっかり刻まれたと思ったら突然煙が出始めたんです」

 

ルイズは不安げに平民を見つめながら、さっき見た平民の顔色が土色から変わっていくのに気づき、生気を宿していく様に感じた。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

「ん?どこだ、ここは?」

程なくして煙が収まり、ホッとしたルイズの耳に男の声が聞こえてきた。

 

「……おい、そこのチビ女。ここはどこだ?教えろ。うん」

「んなっ!チ、チチチ、チビ女ですって!ご主人様に対してなんて口のきき方してるのよこのバカ使い魔!」

突然の使い魔の無礼な一言で、ルイズの、平民が男で思ったより低い声なんだな、という呑気な感想は東方の彼方へと吹っ飛んでいった。

 

「さすがは平民。まずはその無礼な口のきき方から躾けないといけないみたいね。ご主人様に対しての礼儀ってやつを叩き込んであげるから覚えときなさいよ!」

「ああ⁉︎何だテメーいきなり喧しくまくしたてやがって!そのうるさい口をオイラの芸術で吹っ飛ばして…うん?」

互いに声を大にした言い合いが始まるかと思いきや、男は途中で何かに気づいた様に静まった。

男は、突然自分の身体のあちこちを確認する様に触り始めた。ひとしきり自分の身体を確かめると、最後に左手のルーンを見ながら、男は驚きの顔を見せる。

 

 

「……お前今、ご主人様がどーのとか言っていたが、オイラを呼び出したのはお前だってのか?」

「また口のきき方!…いいわ!よく聞きなさい。私こそがアンタを召喚したご主人様!ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ!」

「ルイズ・フラン、、、なげーよ!そんな長い名前覚えられるか!うん」

 

何ですって〜、と憤慨するルイズを余所に男は「だが、」と一考した。

 

「なんだかよく分からねぇが、お前がオイラの恩人ってことに変わりはないみたいだからな、まぁ礼は言っとくぜ。うん」

「………なんですって?」

男から出た恩人という言葉に、ルイズがどういうことかと問い詰めようとした時。

 

「そろそろいいですか?何事もなかった様だし、私は次の授業が始まる時間だ。話の続きは後でにしてくれたまえ」

コルベールが間に入り、時間切れを告げた。もうそんな時間かとルイズはコルベールを見上げた。

 

「では皆さん、皆さんの次の授業は開けてあります。各自、自分の使い魔との交流に使って下さい。時間もないのでこれで解散とします」

「まったく、ゼロのルイズのせいでとんだ時間くったぜ」

「おいルイズ!お前は歩いて来いよ、どうせフライはおろかレビテーションさえできないんだからな!」

コルベールが解散を告げた直後、ルイズ以外の生徒達は全員杖を取り出し、浮かび上がりはじめた。

 

「なんだと?」

飛んでいく生徒達を見て、男が驚きの声をあげていたがルイズにはどうでもよかった。

そしてルイズと男を残し、全員が学院へ飛んでいった後にルイズは口を開いた。

 

「もう!なんなのよアンタは!」

「なんだよ、オイラに当たるなよ、うん。……それより、お前らこそ何者だ。ここは一体どこなんだ、うん?」

「ああもう、うるさいわね。後で説明してあげるわよ。それより早く行くわよ!」

 

そうして歩き出してすぐ、ルイズは自分が呼び出した使い魔の名前を聞いていないことに気がついた。

「そういえば、アンタの名前聞いてなかったわね」

「なんだよ。お前、オイラの質問には答えずにオイラには質問するってのかよ、うん」

「ああもう黙りなさい。ねぇとかちょっとって呼んでても仕方ないでしょ」

 

それに男は「それもそうか」と納得してルイズの方を向き、自己紹介をはじめた。

 

 

「オイラの名はデイダラ。芸術家だ」

 

 

芸術家を自称する使い魔、デイダラを見上げ、ルイズは胡散臭いと感じ、「そう」と返事をした。

それからは素っ気ない態度に文句を言う使い魔を無視しながら学院までの道を歩き始めた。これからの自分の行く先々に不安を抱きながら、この男、デイダラと共に。

 

 

 

 

 

 

 



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2,使い魔とこれから

 

 

 

 

 

 

石造りの建物、トリステイン魔法学院へ到着したルイズは、使い魔召喚から続く疲れを溜息に乗せ吐き出す様に「ハァー」と息を吐いた。

 

「ここがトリステイン魔法学院ってとこか。近くで見ると中々芸術的な造形じゃねぇか、うん」

「いいから、こっちよ」

 

隣で自分の学び舎への感想を言う使い魔、デイダラへぞんざいな返答をし、ルイズは学院の広場の方へ案内をした。

ここまでの道中、何かと絡んでくるデイダラに根負けして、ここはどこなのか、自分達は何者なのか、先程生徒達が見せた魔法『フライ』について等の説明は済ませてあった。

 

 

「もう一度聞くが、お前らは本当に魔法使いとやらだってのか、うん?」

「まだそれ聞くの?だからそうだって言ってるじゃない。あと『魔法使い』じゃなくて『メイジ』と呼びなさい」

「………『忍』や『チャクラ』という存在、『忍五大国』という言葉すら聞いたことがないんだったな」

「だからそんなの聞いたことないわ。どこの田舎から来たっていうのよあんた」

 

 

デイダラの再度の問いかけに眉をひそめながら答えるルイズ。まったくこの使い魔は、どこの田舎から呼び出されたのか、ここがハルケギニアのトリステイン王国だということを教えてもピンときていない様子だったから驚きを通り越して呆れたものだ。

 

ここトリステイン魔法学院やメイジについての説明はある程度済ませたが、やはりこの使い魔には平民と貴族の違い、メイジや使い魔について等の常識も叩き込んでやらないといけないみたいである。

そう考えをまとめ、ルイズは今の使い魔との交流の為の時間を有効活用しようと、広場への歩を進めた。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

トリステイン魔法学院は、本塔を中点としてその周りを囲む様に火の塔・風の塔・水の塔・寮塔・土の塔と五つの塔が五角形の外壁の頂点となっている。

今、ルイズ達が向かっているのは本塔と水の塔、寮塔、土の塔が囲むアウストリの広場である。

とりあえず、座って一息つきたいと考えていたルイズは、しかし、広場手前に差し掛かったあたりで、先程『フライ』で飛んでいった生徒達のほとんどがアウストリの広場で自分達の使い魔と一緒に集まっているのを見て、嫌そうな顔をしてUターンするのだった。

 

 

「おい、こっちじゃねぇのか?」

「いいから、こっち行くわよ」

もう少し歩くことになるが仕方ない、自分の寮部屋へ行った方が座りながらゆっくり話もできるだろうと考え、ルイズは再び歩を進めた。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

「はぁー、もうホント疲れたぁー」

自分の部屋へ戻ったルイズはこれまでの疲れがついに限界を迎えたのか、自分のベッドへうつ伏せに倒れこむ様にダイブした。

 

「やっと一息つけるのか、呼び出されたばっかで少し身体が鈍ってるかもな、うん」

ルイズがベッドへ飛び込んだのを見て、デイダラも一息つけると判断して、右、左と自身の肩を回しほぐし始めた。

 

ルイズの部屋は、十二畳ほどの広さで置いてある家具の数々は、素人目から見てもどれも中々の高級品に見えた。

 

 

「あぁ、そうだわ。アンタに使い魔としての心構えというものをちゃんと教えてやんないとね。えぇと、デイダラ、でよかったかしら?」

ルイズはベットから上半身を起こしながら、デイダラの方へ体を向ける。

 

「ああ、合ってる。それよりその使い魔ってのはなんなんだ?言葉の響き的になんか嫌な予感はするが、うん」

「嫌なもんですか。この高貴なメイジであるルイズ様に仕えることになるのよ。寧ろ感謝してほしいくらいね」

言いながら、ルイズは右手を自身の胸にあて、誇らしげに宣った。

 

「つまり家来になれってことか」

「家来っていうと語弊があるわね、使い魔とは主人の目となり耳となる為の能力が与えられるんだから」

「じゃあ今オイラが見ている景色がそのままお前も見れるってことか?」

すげーじゃねーか、と部屋の中をキョロキョロ見回すデイダラ。

 

「ご主人様、もしくはルイズ様と呼びなさい。そうね、でもアンタじゃダメみたいね。私、何も見えないもん」

ルイズのその一言で、デイダラはピタッとフリーズした。その顔には影がかかっていて表情がよく読み取れない。心なしか、薄っすら青筋が立っているようにも見える。

 

「それと、使い魔は主人の為に秘薬とかを取ってきたりするんだけど、それもアンタじゃあ無理そうね〜」

と続けてのルイズの物言いに、「なんだこの女…」とデイダラが小さく最もな感想を零した。

 

「それと一番大事なのが、使い魔は主人を護る存在なのよ。その能力で主人を敵から護るのが役目なの」

そう言い、デイダラを視界に入れるルイズ。

 

「でもそれも無理そうだから、アンタにできそうなことをやらせるわね。掃除、洗濯、その他雑用!」

「ちょっと待て、そりゃ聞き捨てならねぇぞ、うん。ていうか、お前はオイラの実力を知ってて呼び出したとかじゃねぇのか?」

「知ってるわけないじゃない。」

食ってかかるデイダラをルイズはバッサリと切り捨てた。誰が好き好んでアンタなんかを、と。

 

 

「まぁ、それもそうか…」と、ボソリ呟くデイダラ。

見るからにうんざりしてきた様子のデイダラを尻目に、ルイズはそう言えばと、召喚時にデイダラが発した言葉を思い出した。

 

「そう言えばアンタ、私のこと恩人とか言ってたけどどういうこと?」

「…ああ、そのことか」

先のやりとりで、すっかりふて腐れてしまったデイダラは、その発言自体忘れていたようだった。

 

「まぁ高貴な私の使い魔になれての感謝ってことなら分かるけど」

「そんなわけあるか。簡単な話だ。お前はオイラに、また芸術の高みを極めるチャンスをくれたんだからな、うん」

感謝するのは当然だ、と続けて言うデイダラ。

 

デイダラの発言に最初ムッとはしたが、気になる言葉が出たので気持ちを抑えて再び質問する。

「その、あんたが芸術家ってことは置いておいて、『また』っていうのはどういう意味なのかしら?」

「ん〜、それなんだが……。どう説明したもんかね、うん」

言いよどむデイダラ。どうやら、なんて説明したらいいか考えているようであった。

 

「なによ。なにかやましいことでもあるっていうの?」

「いや、そういうワケじゃあないが…。オイラ自身、まだ混乱してるかもしれねぇからな。おいおい教えてやるよ、うん」

答えを先延ばしにするデイダラに、ルイズはむすっとした顔になる。

 

「ちょっと、そんなんでこの私が納得すると思うの?」

「お前の護衛任務ならちゃんとやってやるから、それでいいだろう。うん」

なにやら自信有り気に言うデイダラ。

なんでそんなに自信満々なのよ、平民のクセに…。ジト目で睨みつけながら、内心でそう呟くルイズ。

 

 

「ところで、貴方の芸術ってどんなの?私、芸術についてあんまり詳しくないけど、どこかの国の有名人だったりするの?」

自信満々なデイダラを放っておいて、ルイズは、今度は芸術家ということについて問う。

 

どうやらルイズの頭の中では芸術家イコール有名人という図式ができ上がっているようである。もしそうだとしたら、少しマズい人を召喚したかも、と考えたルイズだったが、

 

 

「よくぞ聞いてくれたな!もちろんだ。オイラは若い時から天才粘土造形師と呼ばれていてな、そりゃあ絶賛の嵐だったぜ、うん。さらにはちょっと前までなんかは国単位で追われるS級指名手配犯だったからな、そりゃあもうとびっきりの有名人だぜ、うん」

 

デイダラの話を聞いて、また再び胡散臭いものを見る目へと変わっていった。

 

ちょっと心配した自分がバカらしい。何故ただの芸術家が指名手配犯となるのか。ルイズはデイダラの荒唐無稽な話をまるで信じずにいた。

 

 

 

 

 

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それからもデイダラは、やけに気分良さげに自身の芸術の造形への拘りについて延々と語っていった。曰く、洗練されたラインに二次元的デフォルメがうんたらかんたら。

 

このままだとずっと喋っていそうなので、ルイズは話半分といった様子のデイダラにストップをかけた。というより、そこまで自画自賛する程素晴らしいものなら実際に見せた方が早いのに。そう尋ねるとデイダラはバツが悪そうに言う。

 

「あいにく、今は粘土の持ち合わせがねーんだよ、うん」

 

とのことだった。もうこの時点で、ルイズのデイダラに対しての評価は、胡散臭い平民のエセ芸術家、というあんまりな評価となっていた。

 

 

(やっぱりコイツには雑用くらいの仕事だけにした方が良さそうね)

芸術話を聞く前、何故か主人を護るという仕事に対して、妙に自信満々だったデイダラにちょっと期待してしまったルイズだったが、やはり雑用面の仕事に留めておこうと思いなおすのであった。

 

(そうだ、あと貴族と平民の違いについてしっかり言い聞かせなきゃ、それとコイツの当面の仕事と、ああそれより先にもう夕食の時間ね)

すっかり話し込んでしまっていた為、辺りはもう夕暮れとなっていた。

 

 

芸術話を止められ、熱が冷めたデイダラは、なにがそんなに珍しいのか、窓から空に薄っすら見えてきている二つの月を眺めていた。

それを見て、ルイズは話は一旦置いておき、夕食にしようと決め、デイダラに少しの間部屋で大人しくしてる様に言い聞かせ、自室を後にした。

 

「はぁ、喋りっぱなしで喉が渇いちゃったわ」

おまけに、召喚からの疲れも相まって、ルイズはとにかく腹ペコであった。

 

(けど、気を抜いてちゃダメよルイズ!夕食後もしっかり話つけなきゃ!)

そうルイズは自分に言い聞かせると、ふと部屋で待っている自分の使い魔を思い浮かべる。

 

無事、自分の使い魔を召喚したルイズは、今後の自分へ想いを馳せる。使い魔を召喚したことで、留年する心配もなくなる。これからも自分は歩み続けることができるのだ。

 

(まぁ、パンと水くらいは、持っていってやってもいいかな)

 

 

そう考えるルイズの表情は、心なしか普段よりも晴れやかな顔であった。

 

 

 

 

 




読んで下さってありがとうございました。
次回はデイダラパートで書きたいな。


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3,双月の夜に

読んで下さってる方、いつもありがとうございます
今回はデイダラ回。ですが中々進まんなぁ



 

 

 

 

 

 

 

ーーー夜

 

 

窓の淵に腰掛けながら、デイダラは夜空に浮かぶ月を眺めている。その目にはしっかりと二つの大小色違いの月が映っている。

 

 

月。それは何年の月日が経とうが変わらぬものとして在り続けるものだと思っていた。そして、それは全人類共通の認識だとも思っていた。もちろんデイダラもその一人であった。

 

 

今現在、デイダラの目に映る月は今まで自分が見てきたものと全く異なっている。だが、月に対しての認識は恐らく間違っていないのだろうとデイダラは考える。確かめてはいないが、この世界の誰に聞いたとしても月は二つあるものだという答えが返ってくるだろう。

 

デイダラは、すぐ側のベッドを一瞥する。

疲れが限界を超えたルイズが、あえなく睡魔に負け、すやすやとベットで寝息を立てている。

 

 

(ルイズから聞いた話だが、恐らくウソはついてねぇだろうな。第一、忍五大国を知らねーなんてすぐバレそうな嘘を吐くメリットもねぇ、うん)

呼び出されてからまだ一日も経っていない間の付き合いだが、この女はそんなウソはつかないだろうとデイダラは判断した。つまり・・・

 

 

 

「・・・なんてこった。まさか異世界とはな」

 

 

 

デイダラの出した結論。それは月日が経って月が増えたとかではなく、世界そのものが別物だというものである。

 

(薄々感じてはいたが、こう目の前に現実として突きつけられるとな。…まぁ感慨もなにもあるわけじゃあないんだがな、うん。とりあえず今日得られたこの世界の情報でも反復するか)

 

 

ルイズはまだ知らないことだが、この男、デイダラは全くの別世界からきた人間なのである。

デイダラの元いた世界では、忍という者達が存在しており、ハルケギニアでいう魔法使い達のように、その超常的な力で世の文明を支え、築いていた。

最も、ハルケギニアの魔法使い、貴族のように統治する側ではなく、どちらかというと傭兵の様な役割を担っている等、相違点はたくさんあるが。

 

 

 

「平民、貴族、魔法使い、か。魔法使いの呼び方はメイジだったな。この世界での、オレ達忍のような存在。まぁ違うところもあるみたいだが、うん」

 

 

ハルケギニアでは魔法を使える者を貴族、使えない者を平民と、分かりやすいように差別をしているが、デイダラの世界ではそういったことはない。寧ろ忍は、忍でない者達が築く国に雇われている等、立場としては全くの逆なので、ルイズ達のような貴族とやらの気持ちはさっぱり分からない、というのはデイダラの談である。

 

 

「ダメだな、イメージつかねぇ。メイジといってもルイズ以外の奴は知らねーし、コイツは魔法とやらを見せねーしな。どんなもんなのかは実際に見てからの判断だな、うん」

それにここはどうやら魔法の教育機関みたいだし、半端なガキ共を見て実力を計るのも違う気がするしな、と考え、デイダラは早々にメイジ考察を打ち止めた。

 

 

(異世界か。まぁ元の世界に未練があるだとか、そういうことはないからな。芸術はどこでも創れる。地理や土地勘もおいおい身に付いてくることだしな、うん。問題は…)

 

 

デイダラは腰のホルダーバッグのジッパーを開け、手のひらを開きバッグへと突っ込んだ。その手のひらには、通常あるはずの無い『口』がついていた。『口』は大きく開き、舌舐めずりをした。大好物を口に含む瞬間の如く、唾液を沢山分泌させて目的の物を咥えようとする。

 

 

しかし、その手のひらの口は何も捕えることはできずに虚しそうに空を切るばかりである。

 

 

(・・・粘土が無いということ。早急に解決しなきゃいけない問題はそれだな、うん。)

 

 

先述した様に、忍は魔法使いの様に超常的な力を持っている。そして、このデイダラも忍と呼ばれる存在であり、超常的な力を持っているのだ。更に付け加えると、忍の中でも特異な術を扱う彼は、『暁』という犯罪集団組織に所属していたということもあり、ルイズに語っていた話は全て事実であったのだ。

 

だが、デイダラがその力を発揮するには、粘土が必要不可欠なのである。

 

 

(このままじゃあ、芸術の高みを極めるどころか、最低限の仕事さえ果たせねぇからな、うん)

最低限の仕事、それはルイズを護るということである。

 

 

 

デイダラが、ルイズを護るということについて、ここまで前向きなのには理由がある。

先ほど、ルイズには語られなかったことだが、実はこのデイダラは元の世界で『既に死んでいた』のである。魂のみ黄泉の世界にあったのだが、それがルイズに召喚され、使い魔の契約を結んだ際に生身の肉体を与えられ、再び生き返ったのである。

 

そのお陰で、再び芸術の高みを目指せる。

それ故に、恩人。

 

 

 

(この左手にあるよく分からねー印。こいつから凄い力を感じる。『チャクラ』とは感じが違うが、オイラの身体が元通りになったのもこいつのおかげみたいだな、うん)

デイダラは、自身の左手に印された使い魔のルーンを見る。これはルイズと契約とやらをしたことで印されたらしい。これについても、後々調べないといけないだろう。

 

 

(まぁ、とりあえず。夜の内に辺りの探索でもするか。粘土の目処も付けねぇといけねーしな、うん)

 

 

 

 

 

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「私、スフレを作るのが得意なんですよ」

「それは是非、食べてみたいな」

 

ルイズの寮部屋の階下、丁度一年生女子の寮部屋が並ぶ廊下で、一組の男女が仲睦まじげに談笑していた。

 

「本当ですか⁉︎ギーシュ様!」

「もちろんさケティ。君の瞳に誓ってウソはないよ」

 

ギーシュ、と呼ばれた男子生徒がキザったらしく言葉を述べると、「ギーシュ様…」と、ケティという女子生徒は目を潤ませ、胸元の高さで両手を祈るように組んで感極まっていた。

 

「君への想いに、裏表などありはしないのさ。・・・ん?」

調子付いてきたギーシュは、続けてキザなセリフを吐いていると、そこで自分達のすぐ横を堂々と通り過ぎていく平民に気がついた。

 

 

「君!ちょっと待ちたまえ。貴族を前に礼もなしに通り過ぎるとは無礼じゃないかね」

「・・ああ゛?知るかよそんなこと。オイラには関係ないな、うん」

 

癇に障ったように、その平民、デイダラは一言言ってすぐに外への出口へ向けて歩き始めた。

 

 

「なんなんだその口のきき方は!おいっ…!」

「お、お止め下さいギーシュ様!暴力はよくないです…!」

 

思わず、腹立って薔薇の造花を模した杖を取り出したギーシュを、ケティはギーシュの胸に飛びついて静止した。

 

「おぉ、ケティ!怖がらせてしまったかい?もう大丈夫だから顔をお上げ…」

 

ケティに抱きつかれて気分をよくしたギーシュは、平民のことなどすぐさま意識の外へ放り出した。

 

 

「あの、今の方が噂の…?」

「ん?…ああ、そうだね。そう言えば彼がゼロのルイズの使い魔だった」

ケティに聞かれ、ギーシュは今の平民がルイズの使い魔だということを思い出した。

 

ゼロのルイズが平民を召喚したという情報は、現場にいた一部の二年生達によって瞬く間に学院中の噂になっていたのだ。どうやら一年生の間にも噂が届いているようである。

 

 

「全く、主人が主人なら使い魔も使い魔だね。今日だって、普通なら召喚の儀式も学院の広場でやるものを、ゼロのルイズがいつも魔法で学院のものを壊してしまうから、わざわざ学院の外へ出るハメになったんだ」

 

周りに迷惑をかけるのは止めてほしいものだね、とギーシュは続けて言う。

 

 

「と、あんな奴のことはほっといて、ケティ。話の続きをしようじゃないか」

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

「改めて見ても、見渡す限り草原ばっかだな、うん」

本塔の天辺に立ち、学院の周りを見渡すデイダラ。わざわざ外まで出てきたというのに、夜は正門がしっかり閉じられているものだから、面倒に感じたデイダラは、本塔の天辺まで壁伝いに飛び上がり登って、今に至る。

 

 

学院の外で、とりあえず粘土のとれそうなところはないか、ぐるっと見渡してみても、どこを見ても草原ばかりで、粘土のとれそうな岩石地帯や水源地帯などは、少なくとも近場にはなさそうである。

 

 

「んー、あっちの方に山岳も見えるか。だがちと遠いな、うん」

 

左目に装着した望遠スコープ越しに山の方を見るデイダラ。

予備の粘土でもないかと『暁』の装束をまさぐってみても、出てきたのはこの望遠用スコープだけであった。これはこれで便利な代物なのだが、いかんせん、現状打破には繋がらない。

 

 

「仕方ねぇ、外は一旦諦めて一先ずはこの建物の中を探索するか」

 

 

落胆しつつも即座に次の行動へ。夜空の双月が、そんな前向きなデイダラの姿を照らしている。

 

 

 

デイダラの深夜の学院探索は、まだまだ時間がかかりそうである。

 

 

 

 

 

 

 



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4,ゼロのルイズ

 

 

 

 

 

 

 

朝。窓から差し込む陽の光によってルイズは目を覚ました。「ん〜〜っ!」っと伸びをしてから、ルイズはベットから起き上がった。

 

眠たそうな目をこすりながら、ルイズは毎朝の習慣として、顔を洗い、化粧台の鏡の前に座ってヘアブラシで自分の髪を梳かしていく。

その後は慣れた様子で、寝間着から制服へと着替えていき、そうして、最後にテーブルの上に置いてある杖をとったところで…

 

 

「・・あっ!デイダラ!私の使い魔は⁉︎」

と、昨日自分が召喚した使い魔が見当たらないことに気が付き、部屋の中を見回した。

 

しかし、幾ら見回してもデイダラの姿はなく、昨夜洗濯しておく様にと言いつけておいた衣類しか見つからない。

 

 

「あ、あいつ〜〜!昨日、洗濯しておく様に言ったのに〜!朝ちゃんと起こせって言っておいたのに〜!服だって自分で着替えちゃったじゃなーい!」

使い魔に着替えさせるつもりだったのに、とルイズはプンスカと怒り、地団駄を踏む。

 

 

「はぁ…はぁ…。私が甘かったわ。あいつには、もっとしっかり自分の立場ってものを分からせてやる必要があったみたいね…」

 

息を切らせるまで怒りつくしたルイズは、自身の使い魔の素行の悪さを再認識するのであった……。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

仕方がないので、一先ずデイダラのことは放っておいて、ルイズは朝食の為に食堂へ向かうことにした。

 

 

「あら、おはようルイズ」

 

自室から出ると、すぐに隣の扉が開き、燃え上がる様な赤い髪をした褐色肌の女子生徒が出てきて、ルイズに声をかけてきた。

 

 

「……おはよう、キュルケ」

赤髪の女性、キュルケに対し、ルイズも挨拶を返した。今、ルイズにとって、できればあまり会いたくない人物である。

 

 

キョロキョロとルイズの周りを見てから、キュルケはルイズに問いかける。

 

「貴女の使い魔、見当たらない様だけどどうしたのかしら?」

もしかして、逃げられた?と、薄い笑みを浮かべながら聞くキュルケに対し、ルイズは「うっ…」と言葉を詰まらせ、俯いてしまう。

ルイズ自身、考えていなかった訳ではないが、なるべく頭の隅に置いやっていたことであった。

 

もしかすると、自分に愛想が尽きて早々に出て行ってしまったのではないか、と。

 

そうだとしたら、自分は今後どうなるのか。使い魔のいない生徒はこの先の授業には参加できないだろう。呼び出した使い魔によって今後の属性を固定し、専門課程へと進むのだから、当然だ。

なら、使い魔に逃げられたルイズは良くて留年。最悪の場合、退学となってしまうのだろうか……

 

そんな惨めな終わりなんて嫌だと考え、ルイズは意志を強く持って勢いよく顔を上げた。

 

「べ、別に!ちょうど今、洗濯物を洗わせに行かせてるだけよ!」

ルイズは、キュルケに対し胸を張るように言い放った。

 

「ふーん?そうなのー?」

「そ、そうよ。悪い?」

若干、歯切れが悪かった為、少し疑われてしまったが何とか誤魔化せたルイズであった。

 

 

「そうよねー。貴女の使い魔、ただの平民だものねー。そういうことにしか使えないわよねー」

「ふん、平民の使い魔でも使い方次第じゃ、便利なものよ。他にも部屋の掃除とか服の着替えとかさせられるしね」

さも、実際にやらせた様に言うルイズであったが、もちろん口から出まかせである。

 

「あははは!なぁに?貴女、男の平民に着替え手伝えさせてるの?」

「な、なによ?なんで笑うのよ!何か問題でもあるの?」

下僕同然なんだから当然じゃない、とルイズは反論する。

 

「あはは!貴女がいいのなら別に構わないけど、あたしなら自分の肌をそんなに安く晒したりはしないから、ついね」

「あ、アンタに言われたくないわよ!しょっちゅう発情してる色ボケのくせに!」

思わず口が悪くなるルイズ。

 

「失礼ね。いくらあたしでも、好きでもない男の前で肌を晒したりしないわよ」

当然じゃない、とキュルケは言う。

 

「な、な、なっ…!」

まさかのキュルケにそう言われ、ルイズは自分の顔が熱くなっていくのを感じた。

傍から見ると顔が真っ赤になっている。

 

 

「ふふん、使い魔っていうのはこういうのを言うのよ。おいで〜、フレイム」

勝ち誇った様にキュルケは自身の使い魔を呼ぶと、キュルケの背後から尻尾に炎が点った巨大なトカゲが現れた。

 

「火竜山脈のサラマンダーよ。好事家に見せたら値段なんてつかないわよ〜」

自慢気にルイズに見せつけるキュルケだが、ルイズからの反応は薄い。

 

どうやら、先程の話がよっぽどショックだったのか完全にフリーズしている様子だった。

 

 

「あらあら。それじゃ、あたしは先に食堂に行くわね。あんまり遅くならない方がいいわよ」

そう言い残し、キュルケはフレイムを伴って歩いていった。

 

 

 

入れ替わりで、キュルケが向かった方向とは逆の通路からデイダラが現れた。

 

「なんだ、起きてやがったのか。起こしてくれなんて言うから、とんだ寝坊助なのかと思ってたぜ、うん」

 

扉の前で立ち止まっているルイズに、そう声をかけたデイダラであったが、ルイズからの反応はない。

顔色を伺おうにも、俯いているのか、ルイズの前髪で隠れていて、よく見えない。

 

 

「………、……っ!!」

デイダラが、覗き込もうと体を屈ませたところでルイズからの反応があった。

 

「ん?なんだって?」

聞こえなかったので再び問うデイダラ。

 

 

 

 

「……あんたの朝食抜きーっ!!」

「なんでだコノヤロー!!」

理不尽な命令を下すルイズに、当然の抗議をするデイダラ。

二人はしばらくの間、廊下で言い合いを繰り広げるのであった。

 

 

 

 

 

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(………やってしまったわ)

中央本塔内にある豪華絢爛な大食堂『アルヴィーズの食堂』で、ルイズは傍から見ても分かりやすいほど落ち込んでいた。

 

 

(本当なら、この朝食の格差で主従関係をハッキリさせようと思っていたのに…)

目の前の豪華な朝食を見ながら、ルイズは先刻の自分を恨めしく思った。

これでは、ルイズの考える躾には程遠い、ただの八つ当たりである。

 

 

そんなルイズを余所に、既に周りのメイジ達は食事前に行う祈りの唱和がなされていた。

一応、ルイズも形だけは取り繕ってはいたが、声は出ていない。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

(うう…。あんまり喉を通らなかったわ…)

朝食を終え、食堂を出ていく生徒達の波に合わせ、ルイズも歩き出していく。

 

そうして食堂を出ると、すぐ側の壁を背もたれにしてデイダラが立っていた。

ルイズの姿を認めると、隣まで近づき、すんなり声をかけてきた。

 

 

「よう。オイラは食えなかったが、貴族の朝メシとやらは美味かったか、うん?」

開口一番に、若干皮肉を込めたように尋ねてくるデイダラ。やはりと言うかなんと言うか、少し根に持っている様子であった。

 

それに対し、ルイズは多少の居心地の悪さを感じながら「べ、別に…」とだけ答えた。

デイダラは「そうかい」とだけ返し、その後話かけることはなかった。

 

そんなデイダラを、ルイズはチラチラとだけ見ながら、素直に謝罪もできない自分に溜息をついた。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

「へぇ、なかなか。色んな生物がいるもんだなぁ、使い魔ってのは、うん」

 

教室へ着くなり、周りを見渡し、他の生徒達が呼び出した使い魔を見て、デイダラが感想を述べた。

 

使い魔の話題を出されると返答し辛いからやめてほしいな、とルイズは考えながら「そうね」とだけ返事をした。

 

 

 

ルイズ達が教室に入って来たことに気付いた途端、他の生徒達が一斉にクスクスと笑い出した。

 

 

「ああ?なんだこいつら?」

「いいから、ほっときなさい」

 

周りの笑い声に対し、若干の苛立ちを込めたようにデイダラが尋ねる。どうやら、この男はなかなかに喧嘩っ早いというか、好戦的な性格のようだ。

 

そんなデイダラを制しながら、ルイズは席に着いた。それに倣い、デイダラもルイズの隣の席に腰を下ろした。

 

ルイズはそれを見て、ここはメイジの席だと告げようとしたが、朝のことが負い目に感じてしまい、言うに言えないでいた。

 

 

そうしている間に、扉が開き、紫色のローブに身を包んだ女性教師が入って来た為、ルイズは諦めて教卓の方へ意識を向けた。

 

 

 

「皆さん、春の使い魔召喚は大成功だったようですね。このシュヴルーズ、こうして春の新学期に様々な使い魔を見るのが、毎年の楽しみなのですよ」

教室に入ってきた教師、シュヴルーズは、ひとしきり教室の中を見回すと、満足そうに微笑みながらそう言った。

 

 

その言葉に、ルイズは僅かに俯いてしまった。

そして、シュヴルーズの目がデイダラに向けられた。

 

 

「おやおや、少々変わった使い魔を召喚したみたいですね、ミス・ヴァリエール」

 

 

直後、教室の中で再びクスクスと笑いが起きる。

 

「なんたって、ゼロのルイズだしな!本当は召喚できなかったから、その辺を歩いてた平民を連れてきたんじゃないか?」

男子生徒の一言で、さらに教室内で笑いが起きた。

「違うわよ!ちゃんと召喚したわ!」

ルイズは立ち上がり、反論する。

 

「だってあの『ゼロ』だもんな。召喚が成功したっていうのも疑わしいぜ!」

肩にフクロウの使い魔を乗せた、少々小太りな男子生徒がルイズに向けて言い放つ。

 

「いい加減なこと言わないで!かぜっぴきのマリコルヌ!」

「誰がかせっぴきだ!俺は風上のマリコルヌだ!」

マリコルヌという生徒も立ち上がってルイズに反論する。

 

 

言い合いを始めた二人に頭を悩ませながら、シュヴルーズは持っていた杖を振ると、ルイズもマリコルヌも糸が切れた人形のように、ストンと席に着席した。

「二人とも、みっともない口論はおやめなさい」

 

「ミセス・シュヴルーズ。お言葉ですが、僕のかせっぴきはただの悪口ですが、ルイズのゼロは事実です」

マリコルヌの発言に、一部の生徒達が再び笑い出した。

 

 

それを見てシュヴルーズが杖を振ると、笑っていた生徒達に向かって赤土の粘土が飛んでいき、その笑っている口を塞いだ。

 

「貴方達はその格好で授業を受けてなさい」

シュヴルーズのお陰で、教室内の笑いは収まった。

 

ルイズはホッと一息つき、ふと、今の光景を見ていたデイダラに何か言われやしないかと様子が気になり、目を向けた。

 

デイダラは、特にこれといった反応はしていない様子で、ルイズは再びホッと息を吐いた。

 

 

………ルイズは気がつかなかったが、デイダラは先程のシュヴルーズの行動に熟視し、何やら悪そうな笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

「それでは、授業を始めますよ」

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

授業は魔法の基礎のおさらいから始まった。

 

 

 

ここで、この世界の魔法について簡単に説明すると、

ハルケギニアの魔法には四代系統というものが存在しており、それぞれ『火』『水』『土』『風』となっている。さらに補足をすると、かつては伝説の系統『虚無』という属性も存在し、五代系統と呼ばれていたのである。

これらの系統魔法は、いくつの系統を足して使えるかによって、『ドット』『ライン』『トライアングル』『スクエア』という四段階のクラスが存在しているのだ。

 

 

 

これらの座学に関しては、ルイズは学院でもトップクラスの実力を持っている為、あまり根を詰めずに授業を受けていた。

 

しばらくして、シュヴルーズの授業は土系統の魔法である『錬金』の復習へと進んでいく。

ふと、ルイズは、隣に座るデイダラの様子を伺う。どうやら、多少の興味があるようで、割と真剣に授業を聞いているみたいだった。

 

 

「なぁルイズ」

不意に声をかけられる。ちょうどデイダラの方へ意識を向けたところだったので、ルイズは少し驚いてしまった。

 

「なによ?」

「お前らメイジの二つ名っていうのは、そいつが得意としてる属性にあやかったものになるんだろ?」

「……ええ、そうよ」

「なら、お前のゼロってのはなんなんだ?うん?」

 

聞かれながら、ルイズはついにこの質問がきたか、と心の中で歯噛みする。

「それは…」と、歯切れ悪く口を開いた時だった。

 

 

「ミス・ヴァリエール!授業中に使い魔とお喋りとは、あまり感心しませんね」

「は、はい!申し訳ありません!」

シュヴルーズから叱責が飛んできてしまった。

 

「お喋りする余裕があるのなら、この錬金は貴女にやってもらいましょう」

途端、教室中の生徒達は、ビクンと反応し、次々と反対意見が挙がる。

 

「ミセス・シュヴルーズ、やめといた方が…」

「そうです!無茶です!」

「ゼロに魔法を使わせるなんて…」

 

シュヴルーズは、なにをそんなに反対するのか分からずにいた。

このルイズという生徒は、実技の成績はまったくだが、座学はとても優秀で努力家だとも聞いていたし、ちょうど良いと考えてのことであった。

 

 

「…やります!」

周りの反対意見に対抗するかのように、ルイズは立ち上がり、教卓の前へとやってきた。

 

「ミス・ヴァリエール、目の前の小石を、錬金したいものに思い浮かべるのです。失敗を恐れてはいけませんよ」

ルイズの隣に立ち、優しく微笑みかけるシュヴルーズ。

 

それを受けて、ルイズはコクン、と頷き、杖を掲げて呪文を唱え始めた。

 

デイダラは、興味深くそれを眺める。

 

 

そして、ルイズが杖を振り下ろした瞬間、教室が光に包まれ、爆発が起きた。

 

 

 

 

ーーーーー教室の中、特に教卓周辺は大惨事となっていた。

 

 

机の下に隠れていた生徒達が顔を出し始めると、教卓の方へ目を向ける。

ルイズはどうやら無事だったようで、爆心地で杖を振り下ろした状態のまま立っていた。それでも、身体中煤まみれとなっており、服も所々破けていた。

酷いのはシュヴルーズの方であり、爆発を至近距離でモロに受けた彼女は、吹っ飛ばされ、床に倒れて気を失っていた。

 

 

生徒達と同じ様に、咄嗟に机の下に隠れたデイダラは、その光景を見てよくもまぁこの程度で済んだものだ、と言いたげな表情をしていた。

 

 

「だから言ったのよ!あいつにやらせるなって!」

「もうルイズは退学にしてくれよ…!」

「この、魔法の成功確率『ゼロ』のルイズ!」

 

 

 

「……なるほどな、うん」

周りの、ルイズへの非難を聞きながら、デイダラはルイズの二つ名の由来を理解するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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5,デイダラの美学

 

 

 

 

 

 

 

本塔最上階。そこには、トリステイン魔法学院のトップである学院長の執務室がある。

今日も今日とて、学院長であるオールド・オスマンは、膨大な書類を前に、忙しそうに執務に追われる、なんてことはなく、のんびりと水パイプを吸いながら、自身の秘書と世間話を楽しんでいた。

 

 

「今年度も何事もなく、無事に新学期が始まったのう。ミス・ロングビル」

「えぇ、何よりです」

「学院長としてこれ以上のことはない…」

 

オールド・オスマンの秘書、ロングビルは、のんびりとしているオスマンとは違い、忙しそうに事務を執っていた。

さらにロングビルは、片手間に杖を一振りし、オスマンの水パイプを魔法で取り上げた。

 

「おぉ、ミス・ロングビル。年寄りの楽しみを取らんでくれ」

「健康管理も秘書の務めです」

「やれやれ、年寄りにとっての楽しみは数少ないものだというのに」

 

そう言いながら、オスマンは不自然にロングビルに近づいていき、堂々と彼女の尻を触り始めた。

 

「お尻を触るのをやめて下さい」

「はぅわッ」

ロングビルは、尻を触っていた手を摘まみ上げ、ピシャリと言い放った。

 

「ほへ、ほへ、ほへーっと」

「都合が悪くなったらボケたフリをするのもやめて下さい」

さらにロングビルに指摘され、オスマンはたまらず話を逸らした。

 

「そう言えば、昨日、二年生の使い魔の召喚があったようじゃな」

それを受けてロングビルは、小声で「クソじじいが…」と悪態付いた。

 

「ええ。ですが一人だけ、変わった使い魔を召喚した生徒がいるみたいで。たしか…」

「うむ、例のヴァリエールの家の三女か。さてさて、使い魔とは永遠の僕であり、友である。ミス・ヴァリエールの使い魔はどうなのじゃろうな…」

 

 

「チュー、チュー」

オスマンが珍しく真面目な様子でいたと思ったら、突然白ネズミが現れ、オスマンの元までやってきた。

 

「おぉ、我が使い魔モートソグニルよ。お前とも長い付き合いじゃな。…おぉそうか、白か。純白とな」

「……っ!!」

事態を悟ったロングビルは自分の脚を閉じたが、時既に遅し。

 

「ん〜、ミス・ロングビルは白より黒の方が似合いそうなのじゃが。お主もそう思わんか?」

「オールド・オスマン!次やったら王室に報告しますよ…!」

立ち上がり、抗議するロングビルに対し、オスマンは飄々とした物言いを続けた。

 

 

「たかが下着を覗かれたくらいでカッカしなさんな。そんな風だから婚期を逃すんじゃ」

 

 

 

プッツン。

 

 

 

「痛い痛い。もうしない、もう言わない。お願い、許して」

先程のオスマンの発言に青筋を立てたロングビルは、オスマンを張っ倒し、ゲシゲシと蹴り続けていた。

ちょうどその時、講義室の方から大きな爆発音が響いた。

 

 

「……今の音は、例のヴァリエールの三女か」

「恐らくは。でもなんで…。今は授業中ですし、彼女に魔法を使わせる様なことは…、あっ」

 

そこまで言って、ロングビルは今学期から二年生に土属性の授業を教えることになったシュヴルーズに、ルイズのことを伝えるのを忘れていたことを思い出した。

 

 

「んー?どうしたのかね、ミス・ロングビル」

「オ、オホホホホ。いえ、特に。あら申し訳ありません。少し、失礼します〜」

ロングビルは、少し苦しい言い訳をして学院長室から出て行った。

 

 

 

「やれやれ。彼女も魔法を失敗するだけで、使えない訳ではないんだがのう」

一人残されたオスマンは、件のルイズのことを思い浮かべ、ひとりごちた。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

シュヴルーズの授業を受けていた二年生徒達は、授業を行なっていた当の本人が気絶してしまったということで、残りの時間は別室で自習ということになってしまっていた。

 

 

シュヴルーズは他の教師達が医務室へ運んで行き、その際にルイズには罰として、爆発によって破壊され、無茶苦茶になってしまった教室の掃除を言い渡されていた。

恐らく、午前中の授業はすべて掃除の時間となってしまうだろう。それだけ、この教室は酷い有り様だった。

 

 

 

 

(錬金用の石がカケラも見当たらない、木っ端微塵だ。その他、教卓とかは瓦礫に紛れて、部分部分は確認できるな…うん)

 

ルイズが錬金の魔法を使った爆心地で、デイダラは爆発の威力を検分していた。

 

 

「ちょっとー、アンタも掃除手伝いなさいよ。私の使い魔でしょ」

声をかけられ、後ろを振り向くと、ルイズが煤で汚れてしまった机を拭きながらこっちをジト目で睨みつけていた。

 

「わーったよ。この辺の瓦礫はオレが片付けてやるよ、うん」

そう返事をして、掃除の手伝いを始めるデイダラ。

 

 

 

 

「……これで分かったでしょ。私の二つ名の由来」

無言だったのに耐えかねたのか、何か言ってほしかったのか、ルイズは小さな声で話しかけてきた。

 

「あぁ、よく分かったぜルイズ。お前の実力ってやつをな、うん」

「……なんで⁉︎ねぇなんでなの⁉︎なんで私だけ、こうも魔法ができないの…⁉︎」

 

 

ルイズは掃除する手を止め、俯いて涙を零す。まるで気持ちまでもが爆発したように、次々と感情を言葉に変え、はき出していく。

 

「何を唱えたって爆発ばっかり!私はメイジなのに、貴族なのに!魔法が使えない…!座学なんて、いくら身につけたって、いくら試験で満点とったって、何も変わらない…!」

 

そう。自分はメイジなのに、貴族なのに、魔法が使えない。

家族にも認めてもらえてない。学校のみんなにも認めてもらえてない。だから『ゼロ』と呼ばれる。

 

 

本来ならば、ルイズはここまで感情を吐露することなどなかったであろうが、不本意にも使い魔という形で、自分にとって身近に感じられる存在が現れたことで、少し自分の弱さが出てしまったのである。

 

要するに、メイジだ貴族だと気負ってはいるが、ルイズも結局のところは、ただの16歳の少女ということである。

 

 

 

そんなルイズの感情の吐露を受けて、デイダラはーーー。

 

 

 

(め、面倒くせ〜〜。初めて見たが、これが女の激情ってやつか?面倒くさ過ぎて手に負えないんだが……うん)

 

 

 

この上なくウンザリした様子であったーーー。

 

 

(オイラの仕事にゃガキのお守りなんて入ってねぇよな〜、うん)

と、考えるデイダラ。しかし、ルイズの能力について多少の興味が出てしまったデイダラは、いささか不本意ではあるが、とりあえず慰めてやることにした。

 

 

「……お前の今の心情なんて、オイラにはどうでもいいがな、少なくともお前はちゃんと魔法とやらを使えているじゃねぇか、うん」

「………どこがよ。今さっきだって爆発しちゃったじゃない…」

顔を上げ、涙目のまま弱々しくデイダラを睨み付けるルイズ。

 

 

「お前は失敗するだけで魔法が発動していない訳じゃねーだろ?ただの平民には爆発を起こす事さえできないんだろうしよ、うん」

何より、と続けて

 

 

「オイラを召喚したってことがその証拠だろ?」

「………あっ」

 

 

気づいていなかった、といった風にルイズは意図せず零す。

 

 

「そっか、そうよね。アンタは私が召喚した使い魔だもんね…」

なんだ、成功してるじゃない。と、ルイズは分かっていた筈なのに気づいていなかった事実を受容した。

 

そうだ。平民の使い魔であれ、ちゃんと魔法は成功しているのだ。ならばいつか、他の魔法だってちゃんと使えるようになるはず。自分の両親や姉達のように、立派に魔法が使える、立派なメイジになれるはずである。と、ルイズは前向きに考えられるようになっていった。

 

普段は意地っ張りな性格が災いして、あまり礼など言えないルイズだが、今回ばかりは言わなければと思い、口を開きかけた。

 

 

「……あのっ、ありがーー」

「まぁそれはそれでいいとして、ここからが本題なんだがな」

「ーーとう……。えっ?」

 

 

なんと、ここでデイダラは二の句を継いで、ここからが本題だ、と続けた。

 

「お前の失敗魔法とやら、現状でもとても良いもんだと思うんだよオイラは。というより、オイラみたいな芸術家にとっては手放しで称賛したくなるようなシロモノだな、うん」

喋りながら、デイダラはルイズの横を通り過ぎ、教室の後方へと歩いていく。

 

「………続けてみなさい」

先程とは打って変わって、とても冷たい声で先を促すルイズ。

 

 

デイダラは、ちょうどシュヴルーズに制裁を受けた生徒が座っていた机の辺りまで来て、足を止めた。

「昨日も言ったと思うが、オイラは芸術家で粘土造形師だ。だが、作品を手懸ける身としては、段々と単なる造形美じゃ物足りなくなってきてな」

ある時だ、と続けるデイダラ。

 

「自分の作った作品を爆発させてみたのさ。その時の美しさたるや、オイラの目指すべき芸術はコレだ!と直感したぜ」

 

つまりだーーー

「何が言いたいのかというと、芸術は一瞬の美であり、爆発こそが真の芸術だ。そこに美しい造形品が加わるともっと良い。素晴らしい造形品の数々が、美しく、儚く散っていく。オイラはその一瞬の美にこそアートを感じてならない、うん!」

 

デイダラの口調はどんどん熱を帯びていき、とどまる所を知らない。

 

「そういうわけでルイズ。お前の失敗魔法はこのままでいい。このまま爆発魔法として極め、オイラと一緒に最高の芸術をーーー」

 

 

そこまで熱弁したところで、デイダラはルイズの方を向き、般若のような形相をした彼女と目があった。

「うん?」

「あ、あんた……」

わなわなと肩を震わすルイズはーーー

 

 

 

 

 

「あんたのお昼ご飯抜きーー!!掃除も全部やっておくことーー!!」

 

 

 

 

 

ドカンと音を立てて扉を閉め、ルイズは教室から出ていった。

取り残されたデイダラは、事態に追いつけていないのか、首をかしげるのみだった。

 

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

お昼。教室掃除を大雑把に終わらせ、デイダラは食堂近くで立ち往生していた。

 

 

 

(参ったな、流石に何か食っておかねぇと身体がもたねぇぞ、うん)

 

デイダラは、忍というだけあって飢餓になった時の訓練もしており、普段なら三日三晩食事を摂らなくても余裕で耐えることができるのだが、今は都合が違った。

 

(呼び出されるまでずっと死んでた訳だから、空腹のままだ。昨日の夜、ルイズが持って来たパンだけじゃもたねぇな。うん)

 

およそ常人では考えられない事態の為、どこまで腹が減っているのかわからないが、とにかくデイダラは食べ物を探すことにした。

 

 

 

 

「あら、貴方は…。どうかなさいましたか?」

そんな矢先、デイダラに声をかける者がいた。

 

デイダラが視線を向けると、使用人服を着た黒髪の素朴な少女が立っていた。

 

「あん?別に何でもねぇよ、うん」

「貴方、もしかしてミス・ヴァリエールが使い魔として召喚したという平民の方ですか?」

 

つっけんどんな口調で答えるデイダラに構わず、使用人の少女は続けてデイダラに質問する。

 

 

「よく知ってるな、うん。何者だ、お前?」

「あっ、私は怪しい者じゃないですよ。貴方と同じ平民のシエスタといいます。貴族の方々をお世話するために、ここで住み込みでご奉公させていただいてるんです」

 

デイダラに聞かれ、慌てて説明するシエスタという少女は、「何かお困りなのかと思いまして」と言い、優しそうに微笑んだ。

 

 

「そうだな、ちょうどルイズのヤローにメシ抜きだと言われててな、うん。何か食い物を探してたとこだ」

「まぁ!それはお辛いでしょう。こちらへいらしてください」

シエスタはデイダラの手を掴み、とても献身的な様子で、デイダラを伴って歩き出した。

 

 

デイダラは、この世界に来て初めてのまとも過ぎる人物を見て、少し疑ってかかったが、すぐにやめた。こんな無防備に背中を向けるような奴は、疑うだけ無駄だという考えだ。

 

 

(一先ず、今はメシだな。うん)

デイダラはシエスタに手を離させ、隣に立つと並んで歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 




デイダラの手のひらの口は、ちょうどお口チャックしていました。
よかったねシエスタ、ベロベロされなくて済んだよ!


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6,求めた刺激

読んでくださってる方々、いつもありがとうございます
のんびりとした展開スピードですが、楽しんで頂ければ幸いです


 

 

 

 

 

 

デイダラがシエスタに案内されたのは、大食堂の裏にある厨房であった。

料理人や給仕達が忙しそうに働いている横を通り過ぎて行き、厨房と隣り合わせとなっている使用人の休憩室へと入っていった。

 

 

備え付けの椅子へ腰掛けてから、ふと、デイダラは疑問に思ったことをそのまま口にした。

「そういや、お前は働かなくていいのか?」

「今は私は休憩中なので。昼食後のお昼休みの時間になったら、今食堂で配膳している方と入れ替わりで仕事に戻りますよ」

 

そう答えながら、シエスタは「少し待ってて下さいね」と言い、厨房の方へ戻っていった。

 

程なくして、シエスタがとても香ばしいシチューをトレイに乗せて持ってきた。

「お待たせしました。賄い用に私が作ったものなので、お口に合えばいいのですが…」

「おお、美味そうだな。うん」

 

シチューをデイダラの前のテーブルへと並べながら、シエスタは少し遠慮がちに言った。

そんなシエスタを余所に、デイダラは少し前のめりになり、目の前のシチューへの正直な感想を述べると、早速口に運んだ。

 

 

一口食べると、デイダラはすぐに二口目、三口目、とシチューを口に運んでいき、あっという間に食べきった。

「ああ、美味かった。うん」

「ありがとうございます。すごい食べっぷりでしたね。あの、よろしければおかわりもありますけど…」

 

余程お腹が空いていたのかとシエスタが思うほど、デイダラの完食スピードは早かった。

シエスタが、おかわりはどうかと申し出るとデイダラは即座に反応した。

 

「そうなのか。じゃあ遠慮なく、もらっていいか」

「は、はい!じゃあ、待っていて下さいね」

シエスタは、自分の料理をバクバク食べてくれることが嬉しいのか、すぐにおかわりをよそってきた。

 

 

 

 

結局、デイダラはその後もシチューをもう一杯おかわりしてから、シエスタに水をもらって一息ついた。

 

 

「いやー、すまねぇなシエスタ。正直、助かったぜ、うん」

「いいんですよ。同じ平民同士、お互い助け合っていきましょう」

シエスタに食事を出してもらい、デイダラは少し丸くなったように礼を言った。

 

 

「それにしても、なんで食事抜きにされてしまったんですか?」

「ああ、ルイズの失敗魔法のことで話してたら急に怒りだしてな」

大変だったぜ、と続けて、シエスタは驚いた様子でデイダラに注意する。

 

 

「気をつけないと駄目ですよ!ここで暮らしていくのなら、貴族の方を怒らせる様なマネをしちゃ」

デイダラは、大袈裟だと一蹴するが、シエスタはさらに食い下がってきた。

 

「とにかく!気をつけていれば、ここは待遇も良いんですから、貴族の方に対して、怒らせる様なことは絶対しちゃダメですよ。辞めさせられるか、命だって危ない時もあるのに…」

 

(……ここの平民ってのは、随分と臆病な連中なんだな。いつまでもこんな連中と一緒くたにされてちゃ敵わねぇな、うん)

 

内心で、平民に対しての評価を大幅に引き下げていると、そろそろシエスタの休憩時間が終わるみたいなので、デイダラはこの辺でお暇しようとした。

 

 

「じゃあ、世話になったなシエスタ。悪いが今、金の持ち合わせがねぇんでな、うん。後払いでもいいか?」

「そんな、お金なんていりませんよ。言ったじゃないですか、お互い助け合っていきましょうって」

再び、屈託のない笑顔を見せるシエスタ。

 

 

正直なところ、このシエスタはデイダラにとってすごくやり辛い相手であったので、この笑顔は対応に困ることこの上ない。

「……そうかい。それじゃあ、今度お前が何か困ったことでもあれば、オイラを頼りな。助けてやるよ、うん」

そう言うと、シエスタは意外そうな顔をしたと思ったら、すぐにまた微笑んで答えた。

「では、お言葉に甘えて。その時は頼りにしますね」

 

 

帰り際、デイダラが厨房の出口に差し掛かった辺りで、ふと、何かを思い出した様子のシエスタに声をかけられた。

「…あっ。そういえば、まだ貴方の名前を聞いていませんでしたね」

教えて下さいませんか?と、シエスタに聞かれる。

 

「そういやそうだったな、うん。オイラの名はデイダラだ。芸術家だ」

「デイダラさん、は、芸術家なのですか?」

「そうだ。今度機会があれば披露してやるよ、うん」

 

そう言い残し、デイダラは厨房をあとにした。背中から「楽しみにしてますねー」というシエスタの声がしたが、デイダラはそのまま振り返らずに、片手を軽く挙げて応えるのみであった。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

厨房から出て大食堂に入れば、すぐにルイズを見つけることができた。

デイダラは、そのままルイズに近づいていき、普段と変わらずに声をかけた。

 

 

「よう。まだメシ食ってんのか」

「ふん、何か用?デイダラ」

言っておくけど、鶏肉の皮一枚だろうとあげないわよ。と間髪入れずにルイズは言う。そこまで、ルイズの意志は固い。昼食抜きと言ったら、とことんやる、という様な雰囲気だ。しかしーーー

 

 

「残念だが、もうメシは済ませたぜ、うん」

「はぁ⁉︎なによそれ!一体アンタ、どこで拾い食いしてきたのよ!」

澄まし顔で昼食を食べていたルイズは、途端にデイダラの方へ向き直り声を荒げた。

 

 

「酷い言い様だが、朝昼とメシを抜くお前が悪い。オイラもちゃんと仕事はこなすつもりだが、こうも待遇が悪いとなるとオイラも考えを改めるぜ、うん」

「ぐ、ぐぐゥ〜。な、なによ、アンタ今のところ仕事らしい仕事してないじゃない。朝起こさないし、洗濯もしないし、着替えも…っ‼︎」

 

途中まで言いかけて、突然ルイズはハッとして顔を背けた。デイダラからは表情は見えないが、何故か耳は真っ赤だ。

 

 

「ん?なんだいそりゃ」

と、デイダラが尋ねるが返事は返ってこないので、他の部分の回答をした。

 

「聞くが、掃除も洗濯も使い魔とやらの仕事じゃあねぇだろ。朝起こすのは百歩譲っていいとしてもな、うん」

ルイズは顔を背けたままなので、聞いてるのか分からないが、デイダラは気にせず続けた。

 

「重要なのは、お前の護衛ってだけだろう?なら今のところ、その必要もなさそうなんだからしょうがねーじゃねぇか、うん」

言い終わると、程なくしてルイズが向き直った。その顔は、だいぶ落ち着いていたが耳と同じ色をしていた。

 

 

「……アンタ、晩ご飯も抜き…!」

「てめー、なんでだコノヤロー!」

 

デイダラは抗議したが、ルイズは聞く耳を持たずに給仕が配ってきたデザートを食べ始めてしまった。

 

 

しょうがなく、デイダラはルイズの元から離れ、しばらく自由行動でもするかと考えていた時だった。

食堂の一ヶ所に、何やら人が集まって大きな声で盛り上がっていた。そこにはシエスタの姿も見えた。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

(……ああ、どうしてこんな事に…)

目の前の、貴族であるギーシュに対し、必死で床に膝をつけて謝罪しながら、シエスタは心の中で自分の不幸を嘆いていた。

 

 

 

事の起こりは、ほんの数分前に遡る。

ここ『アルヴィーズの大食堂』は、昼食後のお昼休みの間も解放しており、貴族である生徒達が食後のデザートや紅茶を飲んだりして語らうことができる様になっていた。

 

そんな中で、シエスタはデイダラを見送ったあとに、すぐ仕事に戻り、貴族の生徒達にデザートなどを配っていたのだが、そこで一つの問題が生じた。

 

 

金髪の緩い巻き髪に、薔薇をシャツに刺した貴族であるギーシュ・ド・グラモンを中心として、他の貴族の男子生徒達が、彼が現在誰と付き合っているのかという話題で盛り上がっていたのである。

 

「なあギーシュ!お前、今は誰と付き合っているんだよ?」

「誰が恋人なんだ?ギーシュ」

周りの生徒達がギーシュにまくし立てる。半分冷やかしに近い様子だった。

 

「付き合う?僕にそのような特定の女性はいないのだ。薔薇は多くの人を楽しませる為に咲くのだからね」

随分とキザな台詞だな、とシエスタは思った。内心で、彼と付き合っている女性がかわいそうだと思ったほどだ。

 

 

そんな時、彼のポケットから一つの小ビンが落ちたのに気付いた。どうやら香水のようだ。教えなくては、とシエスタは思ったのだ。

 

 

「あの、ミスタ・グラモン。こちらの香水を落としましたよ」

言いながら、小ビンを拾ってギーシュへ差し出した。

 

「……これは僕のじゃない。君は何を言っているんだね?」

「えっ…、でも…」

確かに彼のポケットから落ちるのを見たのだ。そのことを伝えようと口を開きかけた時、

 

「おい、その香水はもしや、モンモランシーの香水じゃないのか?」

「そうだ!その鮮やかな紫色はモンモランシーが調合している香水だぞ」

周りの生徒達が一気に騒ぎ出した。

 

「親しい相手にしか渡さないというモンモランシーの香水を持っているということは、つまりギーシュは今、モンモランシーと付き合っている。そうだな?」

「違う。いいかい?彼女の名誉の為に言っておくが…」

ギーシュが言い訳をしようとするが、その前に茶色いマントを着た女子生徒がやって来た。手には蓋付のバスケットを持っている。

 

 

「ギーシュ様…やはりミス・モンモランシーと…」

「ケティ、彼等は誤解しているんだ。僕の心の中に住んでいるのは君だけ…」

パチン、と音がした。ケティと呼ばれた少女がギーシュの頬を叩いたのだ。その拍子にバスケットが落ちて、中に入っていた美味しそうなスフレが露わになった。

 

「その香水が何よりの証拠ですわ!さようなら!」

 

バスケットをそのままにケティが去ってすぐに、今度は金髪縦ロールが印象的な二年女子生徒、モンモランシーがやって来た。

 

「やっぱりあの一年生に手を出していたのね…」

「モンモランシー、誤解だ。彼女とはただ…」

ギーシュが言い終わる前に、モンモランシーはテーブルの上に置かれていたワインをギーシュの顔にドパッとかけた。

 

「嘘つき!」

怒鳴って踵を返し、去っていくモンモランシー。見事な修羅場であった。辺りに沈黙が続いた。

 

 

「あのレディ達は薔薇の存在する意味を知らないようだ」

言いながら、ハンカチを取り出し、ワインで濡れた顔を拭くギーシュ。

 

そんな彼を見て、周りの男子生徒達は笑い出していたが、シエスタには笑えない状況だった。

 

「君。君が軽率に香水のビンを拾い上げたせいで、二人のレディの名誉が傷ついた。どうしてくれるんだね?」

「は、はいっ!申し訳ございません!」

 

慌てて床に膝をつけて謝罪するシエスタ。その顔は、恐怖で真っ青になっていた。

 

「おいおい、ギーシュ。平民に八つ当たりかよ」

「君達、黙りたまえ。僕はこのメイドが香水のビンを拾った時、知らないフリをした。話を合わせる機転があってもいいだろう?」

確かにな!と周りの生徒達もギーシュに話を合わせ始めた。

 

(そんなのっ…!)

無茶苦茶だ、とシエスタは心の中で訴えたが、何もすることはできなかった。

 

実際、貴族という者達は世間に対する体裁ばかり気にするものが殆どであり、このギーシュも例外ではなかったのだ。

このままでは、自分に下される結末など目に見えている。だが、それでもシエスタには、どうすることもできない状況であった。

 

「さて、では君には今回の一件の責任を取ってもらう為に、ここを辞めてもらおうか、な」

 

と、ギーシュ達が揃ってシエスタに脅しをかけている時、渦中のシエスタに声をかける者がいた。

 

 

 

「よう、何やってんだいシエスタ?」

 

 

 

ついさっきまで聞いていた低い声に思い当たり、シエスタはハッとして顔を上げた。

 

 

「って、見りゃ分かるか。うん」

 

 

「で、デイダラさん…‼︎」

自分の真横に立つ人物の姿を視界に入れ、シエスタは驚きの声を出す。

 

「……さっきまでオレに貴族を怒らせないよう注意してたってのに。早々に自分がその立場になっちまうなんて、面目が立たないな。うん」

 

「…っ‼︎」

言われて自分でも恥ずかしくなる。なんでこんなことに、と。

 

 

「どうだい。今困ってるか、うん?」

 

 

「………えっ?」

そう言われて、この人が今何を考えているのか思い当たり、再び驚きの声を出す。

 

「おい、君達。貴族を前にして無礼じゃないか」

話をそのまま置き去りにされ、怒り出したギーシュが薔薇の造花を模した杖を二人に突きつけた。

 

「なんだ。誰かと思えば、昨日の夜会った軽薄そうな貴族じゃねーか、うん」

「君は…、ゼロのルイズの使い魔…!」

 

顔を見合わせた途端、二人はお互いに相手が誰なのか気づいたようだった。

 

「なんの真似かね?なんでここで、ルイズの使い魔の君がでしゃばってくる?」

「…まぁ、ちょっとした訳があってな、うん」

ギーシュは、ピリピリした様子で言葉を続ける。

 

「君には用はない。見逃してやるから、早々に立ち去りたまえ」

「へっ、要するにお前は今、憂さ晴らしがしたい訳だろ?」

 

なんだと?と聞き返すギーシュを見て、デイダラは続けてある提案をする。

「オイラがその相手をしてやる。こんな女を虐めるより、その方がずっといいだろ?」

「…っ!なにを…!」

言っているんですか、とシエスタは続けて言おうとしたが、先にギーシュが反応してしまった。

 

 

「はっはっはっは!これはいい!実は僕も、例え平民であっても女性に対し、これ以上の仕打ちは本意ではなかったのでね」

実に都合がいい、とギーシュはひとりごちた。

 

「決闘だ!ヴェストリの広場で待っている。逃げるんじゃないぞ」

「誰が逃げるかよ、うん」

マントを翻し、ギーシュは食堂を出て行くと、周りの生徒達は先にも増して騒ぎ出した。

 

「うおお!ギーシュが決闘するぞ!相手はルイズの使い魔の平民だ!」

急いで広場へ行こうぜ、と騒ぐ貴族達を余所に、シエスタはさっきより顔を青くさせていた。

 

「デイダラさん。あ、貴方なんてことを…‼︎」

フルフルと肩を震わせながら、シエスタは怯えたように言う。

 

「ふん。だからちょっと大袈裟なんだよ、うん」

 

(ああ、私のせいでこの人が殺されちゃう…)

シエスタが、良心の呵責に苛まれていると、小走りでルイズがデイダラの側まで来ていた。

 

 

「ちょっとアンタ、何やってんのよ。見てたわよ!」

「ルイズか。なーに、ちょうど色々なことにウンザリしてきた所だからな。ここいらでそれをぶっ壊してやろうと思ってな、うん」

 

シエスタには、デイダラの言っている意味が全く分からなかったが、それはルイズも同じであったようだ。

 

「なにワケの分からないこと言ってるの⁉︎いーい?いくら腕っ節に自信があったとしても、平民は貴族に絶対に勝てないんだから!今のうちに謝っちゃいなさいよ。今ならギーシュも許してくれる筈よ」

「そ、そうです…!今ならまだ、私が罰を受けるだけで済む筈です…!だから…」

ルイズの言葉にハッとして、デイダラに謝ることを訴えかけるシエスタ。だが…

 

「いい機会だから言っておくがな。平民の力の無さもよ、ルイズの体裁の悪さもよ。そのどれもこれもが今のオイラに付きまとってくるんだ。いい加減ウンザリしてくるだろう?だからその評価をひっくり返してやろうと思うんだよ、うん」

 

デイダラは気怠げな雰囲気のまま、そう言い放った。

 

「シエスタ、さっきのメシの礼だ。頼りにすると言ったのはお前だよな、うん?」

そんなデイダラに圧倒されながら、不意に彼に声をかけられたので、シエスタは「は、はい!」と返事をしてしまった。

 

「ルイズ。お前、オレに今だに仕事もしてないと言っていたよな」

「な、なによ?今は関係ないでしょ」

デイダラは、ちょうど良い機会だろ、と不敵な笑みを浮かべながら話を続ける。

 

「使い魔であるオレの評価が変われば、主人であるお前の評価も多少は変わるだろ。うん」

「た、確かに、メイジの力量は使い魔にも現れるって言うけど……。でも、危険よ!」

 

シエスタとルイズは、なんだか二人揃ってデイダラのペースに流されそうになるが、ルイズが一歩踏みとどまった。

 

「まぁ見とけ。芸術家ってのは、より強い刺激を求めていないと、感情が鈍っちまうもんなんだよ。現状、あまり相手に贅沢は言えないが、まぁしょうがないだろ、うん」

 

ここらが潮時だ。と、デイダラは止まる気配がなかった。

 

「も、もういい!知らない!」

ルイズは自棄になったように食堂から出ていった。

 

「あの、デイダラさん…」

「ん?」

ルイズが出ていくのを見ていたデイダラに、シエスタは小さな声で話しかけた。

 

「本当に、今からでも遅くはありません。考え直していただけませんか…?」

「くどいぜ、シエスタ。大人しくオイラに任せておけ、うん」

シエスタは、そう言うデイダラの背中を見て、頼もしいと思いながらも、無事を祈らずにはいられなかった。

 

 

 

「さて、ヴェストリの広場ってのはどこにあるんだ?」

 

デイダラは、近くに残っていたギーシュの取り巻きに声をかけ、決闘の場へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 



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7,決闘の行方

 

 

 

 

 

 

火の塔・風の塔・本塔が囲む学院の中庭が、ギーシュとデイダラの決闘の場であるヴェストリの広場である。西側にある広場なので日中でもあまり日が差さず、普段は人気があまりない場所でもある。だが、今は二人の決闘の噂を聞きつけた生徒達で溢れかえっていた。

 

「諸君!!決闘だ!」

ギーシュが薔薇の造花を掲げると、集まった観客達から歓声が上がる。

デイダラが広場へやってきたのを見て、すぐの行動だった。これで恥をかかずに逃げることはもうできないということだろうか。

 

 

普段と変わりない様子のデイダラの姿を視界に入れながら、ルイズは不安げな表情のまま見つめていた。

 

「随分と面白いことになってるじゃない、ルイズ」

「キュルケ…」

そんなルイズに声をかけたのは、赤髪の女子生徒、キュルケである。隣には彼女の友人のタバサの姿もあった。

 

「いいの?このままで?貴女の使い魔、使い物にならなくなっちゃうかもよ」

「言ったって聞かないんだもん。危なくなったら止めるわ」

そういうルイズだったが、やはり不安げな表情は消えていない。内心では止めさせたくてしょうがないのだ。

 

それでも今すぐに止めないのは、デイダラがルイズの現状の打破を考えて行動してくれているからであった。

 

「ふーん。ま、アタシは面白ければそれでいいんだけどさ。ねぇタバサ、アンタはどう思う…タバサ?」

キュルケに話しかけられた青髪の少女タバサは、普段は本から目を離さないのに、今はルイズの使い魔であるデイダラをジッと見つめていた。

 

「どしたの、タバサ?アンタもしかして、ああいう男が好みなわけ?」

ふるふると首を振り、否定の意を表してから、タバサは小さな声で答えた。

 

「あの人を甘く見ない方がいい」

「えっ?」

「…えっ?」

彼女の言葉に反応したのは、キュルケとルイズである。

 

ルイズは、普段から皆から一目置かれているタバサの口から意外な一言が出て、少し面食らってしまった。それはキュルケも同じなようで、「どういうこと?」と聞き返している。

 

「…彼にも伝えた方がいい」

タバサは、キュルケの質問には答えず、ギーシュを指さしながら、そう言った。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

「まずは逃げずに来たことを褒めてあげるよ」

「へっ、口だけは達者だな、うん」

デイダラが広場へやってくると、すぐさま周りの観客達を味方につけ、アウェーな状況を作り出したギーシュを、デイダラは皮肉交じりに称賛した。

 

「ふん、君の貴族に対しての口のきき方、気に入らないな。主人に代わってこの僕が、躾けてあげようじゃないか」

言いながら、ギーシュは自身の薔薇の造花を模した杖をデイダラに向け、突きつけた。

 

「オイラも、何故かお前を見ていると、昔の仲間で尊敬していた芸術家を思い浮かべちまうから気に入らねぇ」

全然似てねーのによ、うん。と続けて言うデイダラ。

だが、ギーシュには知り得ないことだし、関係もないことなので、返事をせずにルール説明に入った。

 

 

「まずはこの決闘のルール説明をしてやろうじゃないか」

ルールはこうだ。

どちらか一方が負けを認め、それを相手が承認したら終了。

最悪の場合、どちらかが死ぬことも容易にあり得るということだ。

 

 

「普段は決闘など禁止されているのだが、それは貴族同士の場合、君は別だ。存分に楽しませてもらうよ」

「楽しめればいいがな、うん」

デイダラはそう言いながら、自身の右手をゆっくりと胸の高さまで上げていき、正面に向け、手を開いた。

 

 

 

すると、どうだろう。手のひらの中心が裂け始めたと思ったら、そこから一つの『口』が現れた。

 

 

 

「な、なんだそれは!なんなんだその、手のひらの『口』は!!」

驚きの声を上げ、ギーシュはデイダラに食ってかかる。

事態は、周りの観客である生徒達にも伝わり、徐々に困惑の声が大きくなっていった。

 

 

「ちょ、ちょっと何あれ!ねぇルイズ!何なのよ一体あれは!」

「し、知らないわよ!私も初めて見たんだもん!」

ざわざわとした観客達の中で、ルイズとキュルケも周りと同様に困惑の声を上げていた。

 

いや、待て。キュルケはともかく、なぜ主人であるルイズまでそんなに狼狽えているのか。

 

「ちょっとまて!聞き捨てならないぞルイズ!なぜ主人である君が、彼の手の口のことを知らないんだ!」

ギーシュは、声を荒げたようにしてルイズに話しかける。

 

「だ、だって。手のひらなんて普段意識して見ないし、あいつの手、ほとんど服の袖に隠れて見えないし…」

言い訳がましく答えるルイズに、ギーシュはうめき声を発して、食い下がることができないでいた。

 

「・・あっ、そうだ。ねぇギーシュ!さっきタバサが、その平民を甘く見ない方がいいって言ってたから、気をつけた方がいいわよー!」

(な、なに〜〜⁉︎)

 

キュルケにそう忠告され、ギーシュは冷や汗をかく思いだった。

実際、キュルケの忠告のタイミングも最悪と言えるものだった為、無理もないことであるが。

 

 

(な、何者だこの男。ただの平民じゃないのか?あの手のひらの口は…!)

 

 

「どうした?すっかり黙りこくっちまって。やらないのか…?うん?」

ギーシュが黙っているのを受けて、デイダラが挑発してくる。

 

(お、落ち着け。あんなのただの口じゃないか。手のひらに口があったからって何ができるんだ。ただの平民と同じだ…!!)

心の中で、ギーシュは必死に自分を落ち着かせる。ハラを決めたようである。

 

「そんなこけおどしに惑わされると思っているのか、この平民が…!」

言いながら、ギーシュは再び杖をデイダラへ向け、突きつけた。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

(あらら、この手のひらの口だけでそんなに驚かれちゃあ世話ねぇな、うん)

周りの騒めきに対し、デイダラの心情は静かなものだった。

本当であれば、そのリアクションを求める瞬間は別にあったのだが、まぁいいだろうと、デイダラは内心でひとりごちた。

 

 

「そんなこけおどしに惑わされると思っているのか、この平民が…!」

 

程なく、ギーシュの声が聞こえたので意識を彼に向ける。どうやらハラを決めたと見ていいだろう。

 

「へっ、じゃあ始めるか。先手はお前にやるよ、うん」

「な、なにっ⁉︎」

デイダラの発言にギーシュは怒りを込めた声で反応した。

 

 

正直、デイダラにとって、目の前のギーシュという男は戦うまでもないような男であった。

力量はおおよそ見えている。そもそも、ここが魔法の教育機関だと聞いた時から、忍世界でいうアカデミーと同等のものだと判断していたのだ。

 

(まぁ、生徒の歳はこっちの世界の方が食ってるみたいだから、その分は知恵を働かせてくれないとな、うん)

だが、力の差に関しての判断は変わらないので、先手を譲ったのはそのハンデである。

 

 

「な、舐めたマネを…!」

ギーシュが、杖を振るうと、薔薇の花びらが三枚宙を舞い、地面に落ちる前には甲冑を着た三人の女戦士の人形が現れた。

身長は人間と同程度で、硬い金属製らしく淡い陽光を受け、煌めいている。

 

「僕の二つ名は『青銅』。青銅のギーシュだ!ゆえに青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手するよ!」

キザったらしい仕草をしながら、そう宣言するギーシュ。どうやら気を取り直したようだ。

 

「へぇ、なかなか芸術的な造形じゃねーか、うん」

「・・ほお、僕のワルキューレを見て、そう素直な感想を言えるとは。今にその余裕そうな口を黙らせてやるよ…!」

デイダラの意外な感想に、若干動揺したギーシュであったが、構わずワルキューレに指示を出す。

 

 

ワルキューレと呼ばれた女戦士達は、それぞれが剣や槍、斧といった武器を装備し、三体それぞれが間隔を空けてデイダラに向かって突進してくる。

 

まず、真ん中のワルキューレが槍の柄を長く持ち、デイダラの肩口に向け斬りかかった。が、それをデイダラは左後方へ軽やかに避け、空を切るだけで槍がデイダラを傷つけることは無かった。

 

逃れたデイダラを、今度は左から剣を構えたワルキューレが斬りかかる。それを紙一重で、しかし涼しい顔のまま、デイダラは躱す。

 

(なるほどな、三体での連携。ちょっとは考えながら攻めてきてるようだな、うん。だがーーー)

腰のホルダーバッグへ手を入れながら、ギーシュの攻撃を難なく回避し、デイダラは次に攻撃がくるであろう方向に目を向ける。

 

ギーシュは右側へ逃れたデイダラを、斧を構えたワルキューレで攻撃を命じる。それを再び、紙一重で躱すデイダラ。

 

それぞれ三体のワルキューレから付かず離れずに、身を翻しながら攻撃を避け、デイダラはギーシュを翻弄する。

 

(やはりこいつらは見かけ倒し。あのガキにはこの人形を捌ききるだけの技量はないみたいだな、うん)

 

「く、くそっ!なぜ当たらない…!」

ギーシュが戸惑いの声をもらす。

 

 

「スゲーぞ!ギーシュのワルキューレが手も足も出てない!」

「人間の動きじゃないぞ!」

「何者なんだ、あの平民は⁉︎」

信じられない光景を目の当たりにして、観客の生徒達は次々に驚きの声を上げる。

 

 

「いい気になるなよ…!」

ギーシュは呟き、ワルキューレに指示を出す。

三体のワルキューレはデイダラを中心にして囲みだした。

 

「へぇ。囲って次はどうする、うん?」

「こうするのさ!」

ギーシュが杖を振り下ろした時、三体のワルキューレはそれぞれの武器をデイダラ目掛けて振り下ろした。

 

 

砂塵が舞う。ワルキューレ三体の攻撃は全て外れ、地面に叩きつけられるだけであった。

 

「こんなもんで仕留められるか、うん」

「ぐっ…!」

デイダラはワルキューレ達の攻撃の中心からややズレた位置で立っており、やはり紙一重で躱していた。

 

狼狽えるギーシュを余所に、デイダラは動きの止まったワルキューレ目掛けて飛び上がり、一体のワルキューレの肩に足をかけて、さらに上空へ跳躍した。

 

 

「なっ!バカなっ…!」

ギーシュが、観客の生徒達が、それぞれデイダラの跳躍力に驚き、目で追いかける。

 

「そらよっ!」

デイダラは二体のワルキューレに向けて、自身が創り出した二つの粘土造形品を投擲する。

赤い、鳥の形をしていた。

 

 

赤い鳥は、まるで生きているかのような動きをして、剣と斧を持ったワルキューレの胸元まで接近する。

 

 

「喝っ!」

デイダラが印を結び、声高々と唱えると、二体のワルキューレへ接近した赤い鳥は、盛大に爆発した。

 

 

「なっ…!」

ギーシュはついに、二の句が継げないほど驚いた。

爆発をモロに受けた二体のワルキューレは、胸元が見事に吹き飛び、首と両手、下半身とがバラバラになっていた。

 

「へっ…」

デイダラが不敵な笑みを浮かべながら着地すると、残った一体のワルキューレの足元から赤色の巨大なムカデが現れ、巻きつき、ワルキューレの動きを封じた。

 

 

「き、貴様、なんだその『変なの』は⁉︎マジックアイテムかっ⁉︎」

「『変なの』、はねぇだろ。やっぱバカには芸術ってもんが分かってねぇな、うん」

ギーシュの発言で、恐ろしく冷たい雰囲気になりながら、デイダラは再び印を結ぶ。

 

「教えてやるよ」

 

 

 

“ 芸 術 は 爆 発 だ … ‼︎ ”

 

 

 

ワルキューレに巻き付いていた赤色のムカデは、デイダラの発言後、盛大に爆発した。

今度のワルキューレは、全身がバラバラとなってしまっていた。

 

 

「・・は、はは。ルイズの使い魔なだけはある。爆発するマジックアイテムとはね…。貴様!決闘ではマジックアイテムは禁止だぞ!」

ギーシュは震えを抑え、違反を咎めるようにデイダラに向けて杖を突きつけ、言い放つ。

しかしーーー

 

「これはマジックアイテムとかいうもんじゃない。れっきとしたオイラの能力だ、うん」

「能力だとっ…!」

デイダラは、再び手のひらを自身の胸元の高さまで上げた。

 

ギーシュの目でもしっかりとその『口』が見えた。手のひらの口はクチャクチャと何かを噛んでいる様子だった。

 

デイダラは、手のひらを正面から真上に向きを変え、口が食っているものを吐き出させた。

それは粘土だった。赤土の、粘土であった。

 

「・・あっ」

その光景を見て、ルイズは思い出した。確かにデイダラは粘土造形師であると言っていた。そして、昨日の時点では粘土がないとも。

あの粘土は午前の授業でシュヴルーズが放った赤土の粘土だ。

 

ルイズがそのことに思い当たった時には、すでにギーシュが次の行動に出ていた。

 

「またその人形か、うん」

「だ、黙れ!」

デイダラの正面で、再びギーシュはワルキューレを作り出していた。その数四体。

 

「その魔法もタネが分かったぜ。お前が振り回している薔薇の花びらの数だけ生成することができる人形。そしてそのコントロールには、その薔薇の杖も必要…。そうだろ、うん?」

「ぐっ…!だからどうだと言うんだー!」

 

デイダラの言葉に動揺したのか、ギーシュが一斉にワルキューレ達を突っ込ませた。考え無しの突進である。

 

(ここらで終いか、うん)

デイダラは再び鳥型の造形品を創り出すと、ワルキューレの数分投擲した。一度煙に包まれたかと思うと、すぐさま煙の中から鳥達が、自らの意思で羽ばたくように動き出した。

 

ワルキューレ達はそれぞれが構える武器を振り下ろす。鳥の接近を許すものと、鳥を両断できたものとがいたが…

 

 

「喝っ…!」

先の三体のワルキューレに続き、新しく生成したワルキューレ達も鳥達の爆発によりバラバラとなってしまった。

 

「う、う、く、来るなー!」

「人形は薔薇の花びらの数だけ生成できる。もう花びらが付いてないみたいだが、これ以上生成できるのか…うん?」

デイダラが、少しずつギーシュに近づきながら尋ねる。

 

ギーシュは、観念したように膝をついた。

「ま、参った…。こ、こうさ…!」

 

 

ギーシュのすぐ足元の地面から、今度は赤色の大蛇が現れ、ギーシュを三周ほど体で巻き取ると、空高々と持ち上げた。

 

「う、うわあぁぁッ、ぐえっ…!」

ギーシュを持ち上げた大蛇は、そのまま地面へと彼を叩きつけた。

 

「・・うっ、ぐはっ…!?」

ギーシュが口から血を吐いていると、大蛇がさらに彼の体に巻きついた。

 

「な、なに、を…。こ、こうさんだって…ッ!!」

ギーシュの喉元に大蛇が噛みつき、ギーシュはついに、降参の意を示すことができなくなった。

 

 

「さて。じゃあな、軽薄そうな貴族さんよ、うん」

デイダラは、ギーシュへと近づいていた足を止めた。もちろん爆発範囲の外でだ。

 

 

 

デイダラは印を結ぶ。ギーシュは喋れない。終わりだ・・。

 

 

 

「そこまでよ…!デイダラ!」

 

 

 

場に凛とした声が響く。ルイズである。

 

「・・これは生死をいとわない決闘だと聞いたぜ。トドメを刺して当然だと思うが?…うん?」

「もうギーシュは杖を落としたわ…!杖が無ければメイジは魔法が使えない。決着よ…」

それに、とルイズは続けた。

 

「こんな、決闘なんていうつまらないことで命をとるような真似、私は許さないわよ…!」

ルイズは、強い意志をもってそう言い放った。

 

「・・・」

「・・・」

 

しばし、睨み合い続ける両者。

 

 

「・・チッ。わーったよ!やめりゃいいんだろ?」

折れたのはデイダラの方であった。

ギーシュを拘束していた大蛇も煙となって消えていった。

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

「う、うおおお!ギーシュが負けたぞ!」

「あの平民、勝ちやがった!いや、平民なのか、あいつ…⁉︎」

「すげー決闘だったぜ!」

緊張の糸が切れたのか、決闘を見ていた観客達が一斉に歓声を上げる。

 

 

ルイズも同様に、緊張の糸が切れたのか、へなへなと腰が抜けたように座り込み、ひとりごちる。

 

 

「・・・もしかして私……、ものすごい奴を召喚したのかも……」

 

 

 

決闘は終わった。勝者、デイダラ。

 

 

 

 

 

 

 



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8,慣れないこと

 

 

 

 

 

「ふぅ〜、圧倒的じゃったな」

「私は生徒が無事でホッとしましたよ…」

 

ギーシュとデイダラの決闘が終わった時、本塔最上階に位置する、ここ学院長室では二人の人物が安堵の表情を浮かべていた。学院長オールド・オスマンと教師のコルベールである。

 

 

コルベールは数時間ほど前に、デイダラに刻まれた使い魔のルーンについて、ある重大な発見をしたので、オスマンへの報告の為に学院長室を訪れていたのだ。

その後、決闘騒ぎが起こったので、二人はその一部始終を遠隔地を映し出すことのできるマジックアイテム『遠見の鏡』を用いて様子を見ていたのだ。

 

 

「うむ、まずは君の言う通りじゃな。ワシも、たかが子供の喧嘩と甘く見ていたわい」

オスマンが後悔の念に駆られたのは、もちろん決闘の最終局面である。

 

「……あの時、ミス・ヴァリエールが止めていなかったら、本当に彼はトドメを刺していたのでしょうか?」

「九分九厘、そうであろうな。今後、彼の動向には注意が必要かもしれん」

実力はイヤという程分かったからの、とオスマンは続けた。

 

 

「それで、オールド・オスマン。彼はやはり伝説の使い魔『ガンダールヴ』なのでしょうか?」

「それに関してはまだ分からんな。現状、ヴァリエール嬢の使い魔のルーンが、『ガンダールヴ』のものと酷似していたということしか分かっていないからのぅ」

言いながら、オスマンはコルベールがスケッチしてきた、デイダラに刻まれたルーンと古い一冊の文献『始祖ブリミルの使い魔達』に目を通す。

 

「ミスタ、君が持ってきたこの文献には、ガンダールヴは始祖ブリミルが呪文を唱える間の護衛役で、あらゆる武器を使いこなしたとあるがの。彼は武器を使ったか?」

「……いえ、何も。むしろ彼が用いてたものは、鳥や大蛇などの生き物に見えました」

コルベールは言いよどみながら答えた。

 

「そこだ、問題は。彼が本当にガンダールヴであれば、あらゆる武器を使えるはずじゃ。先の決闘ではそれを見せてはくれなかったのだから、結論は保留とするしかないじゃろ」

オスマンは腰掛けていたイスにもたれかかり、髭を触りながら結論付けた。

 

「能力面で言えば、あらゆる幻獣を操ったという『ヴィンダールヴ』に酷似していますが…」

「これ、結論を急ぐなと言うたであろうに」

はやる気持ちのコルベールに対し、叱責を入れるオスマン。

 

「とにかく、この件は暫くワシが預ろう。王室のボンクラ共に知らせたら、また悪巧みをするだろうしの」

他言は無用じゃぞ、ミスタ・コルベール。と続けて言うオスマンに、コルベールは緊張した面持ちで返事をするのであった。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

「さぁデイダラ、ちゃんと説明してもらうわよ」

決闘の後、再び本塔内部に戻って来たルイズとデイダラは、一先ず人気のない所へと場所を移していた。

 

「説明っていうと、どれのことだ、うん?」

「全部よ全部!アンタが何者なのかってこととその手の口こと!あと、さっき見せてた能力とやらについてよ!」

すっとぼけて尋ねるデイダラに対して、ルイズは大きな声で説明を求める。

 

「そう怒鳴るなよ、ちゃんと説明してやるよ、うん。まず前提として、オイラはこのハルケギニアとかいう世界の人間じゃない。……おい、そんな顔で見るんじゃねーよ。うん」

哀れむ様な、バカにしたかの様な顔でルイズは睨んでいた。

「……そんなこと言われたって無理に決まってるじゃない」

突然「自分はこの世界の人間ではありません」と告げられれば、誰であろうとこんな顔になる。と言いたげにルイズは睨む。

 

「あれだけオイラの力を見せたってのに信じねーのか?うん?」

「……まぁ、驚きはしたわよ。杖も無しにあんな魔法が使えるなんて……」

言いながら落ち込んでいくルイズ。自分は魔法が使えないのに、使い魔が使えるという事実に段々と理解が追いついてきたのだ。しかしーーー

 

「おいおい、言っただろう。オイラはこの世界の人間じゃねーってよ、うん。あれは魔法じゃあねぇ。『忍術』といって、オイラ達『忍』が扱える力だ」

デイダラが、落ち込んでいくルイズを余所に魔法という言葉を否定する。

 

「ニンジュツ?シノビ?」

ルイズの頭の上に疑問符が浮かぶ。

それらのワードは、確かデイダラを召喚した後に聞いた様な聞かなかった様な……と、ルイズは自分の記憶を辿るが、忘れてしまっていた。

 

「……まぁ説明するとだな、ーーー」

 

忍とは、『チャクラ』という力を扱う者の事で、忍術はそのチャクラをエネルギーにして発動させる。ハルケギニアで例えるなら、メイジが精神力を使用して魔法を発動させることみたいなものである。

 

チャクラは、精神エネルギーと身体エネルギーを練り合わせたものであり、杖や詠唱を必要とせず、代わりに印が必要になる。メイジの精神力と違い、無理に使い過ぎると絶命することもある。

 

「忍はメイジの様に超常的な力を持つが、この世界みたいに貴族ってワケじゃない。むしろ傭兵みたいなもんだと思ってもらっていい。うん」

「……それであんたは、その忍という存在だっていうのね。さっき見せたのも魔法じゃなくて忍術だと……」

「そうだ」と肯定するデイダラに、ルイズは信じられないという思いで一杯だった。

 

「……まあ、さっきのあんなものを見せられたんじゃあ信じるしかないのかもしれないわね…」

杖無しで、あのギーシュを圧倒する力を持っている。それだけですでに、ルイズの理解の範疇を超えていた。

 

「……ところで、その忍って人達には、みんな手のひらに口がついてるの?」

恐る恐るといった様子で、デイダラの手を指差すルイズ。

「そんなワケあるか。これはオイラの故郷に伝えられていた禁術だ。オイラの芸術に必要だったから頂いたのさ、うん」

 

デイダラの手のひらの口の能力は、『物質にチャクラを練り込む』というものである。これにより、ただの粘土も恐ろしい『起爆粘土』へとその性質を変化させることができるのだ。

 

「…あんたは今も昔も変わってないみたいね」

昔から芸術芸術と言っているデイダラを想像し、なんだか親しみを覚えるルイズ。先ほどの決闘で見せた恐ろしい一面など、幻の様に思えてしまう。

 

 

「まあとにかく!本来なら、こんな重大なことを隠してたことや、勝手にギーシュと決闘したことについて罰を与えるところだけど。今回は特別に許してあげる!……まぁ、私のことを考えて動いてくれたんだし、使い魔の忠誠には報いるのがご主人様の務めよね」

「……お前の頭ん中も結構単純だよな、うん」

呆れ顔を見せるデイダラに、ルイズは「うっさい」とぼやく。

 

 

 

(こうして普通に接する分には、ちょっと口が悪いだけのやつに見えるんだけどね……)

 

ルイズには不安に思うことがあった。確かに昨日、デイダラは言っていたのだ。自分は指名手配犯だったと。

今にして思えば、あれも本当のことを言っていたのだろう。決闘で見せたあの顔が、それを如実に表してるようで、ルイズには怖くて尋ねることができないでいた。

 

 

ルイズにとっては、デイダラは自分の使い魔なのだ。

どうか、デイダラが悪人ではないと願うばかりである。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

授業も全て終わり、ルイズから夕食として、スープと肉料理を貰ってからの食後のことである。

だいぶ外も暗くなってきた為、再び昨夜見た二つの月が顔を覗かせ始めた頃。ここ、ルイズの部屋の扉をノックする者が現れた。

 

 

「開いてるぜ。うん」

現在この部屋にはデイダラのみであり、ルイズはいない。

 

部屋の主がいない状況では、来訪者も無駄足を踏んだな、とデイダラが考えていると、扉が開き、来訪者が部屋へ入ってくる。

 

 

「や、夜分に失礼します。デイダラさん…」

「なんだ。お前か、意外だったな。うん」

現れたのは妙に緊張した面持ちのシエスタであった。

 

 

「で、デイダラさん……いや、デイダラ様。この度は、この不出来なメイドの為にご尽力賜り、感謝申し上げます」

「………??」

挨拶するなり、急に膝を折り、畏まったように話し始めるシエスタに、デイダラは疑問符を浮かべた。

 

「おい、何の真似だそりゃ?」

「お昼の件で、デイダラ様が、貴族の方も珍しがる魔法でミスタ・グラモンを下したと聞き及びました。つきましては、デイダラ様も貴族の方と同じメイジであると……」

 

緊張しながら勢いに任せて話すシエスタ。

つまりシエスタは、デイダラが魔法を使えるという話を聞いて、貴族なのではないかと考えたようである。

 

「待て待て待て!オイラは貴族でもメイジでもねぇ。勘違いで話進めるんじゃねーよ、うん」

そんなシエスタに対し、デイダラはウンザリした表情で待ったをかける。彼自身、メイジだ貴族だと偉ぶった人種と同じ様に扱われるのは、気に入らなかったのだ。

 

 

「えっ。でも、貴族の方の様に魔法を使われたと……」

「オイラのは魔法じゃない。詳しくは教えねぇがな、うん。……ていうか、お前見には来なかったのか?オイラ、杖なんて使ってなかったろう」

「あっ。す、すみません。私、あの時腰を抜かしちゃってて……」

シエスタは申し訳なさそうに答えた。

それを受けて、デイダラが呆れていると、再びシエスタが尋ねてくる。

 

「あの、デイダラさんがメイジの方ではない事は分かりました。でも、その、手のひらに口があるという話も聞いたのですが…、本当ですか?」

恐る恐るといった様子だった。

 

どうやらデイダラの手のことは、すでに学院内にそこそこ広まっていた様で、シエスタも事前に聞いていたみたいである。

 

「こいつのことか?うん?」

「…っ‼︎」

なんて事はないとばかりに、デイダラは手のひらの口を見せるが、シエスタにとっては刺激が強かったようで、言葉を失ってしまう。

 

 

「すぅー、はぁー。すぅー、はぁー」

シエスタは深く深呼吸して、デイダラの方へ向き直った。そして、デイダラの顔と手のひらの口とを交互に見ていった。

 

「……はい、もう大丈夫です!失礼しました!」

「…本当に失礼だな、うん」

胸を撫で下ろしたシエスタを半目で睨むデイダラ。

忍世界ではあまり驚かれなかったのだが、世界が変わるとこうも捉えられ方が変わるものなのか。と、デイダラは一考する。

 

(ん〜、あっちの世界がおかしかったのか?)

デイダラが自分の手のひらを見つめながら、己の世界の非常識さに思いを馳せていると、シエスタが話しかけてきた。

 

「先ほどは取り乱してすみません…。デイダラさんは恩人なのに、私……」

「へっ、さっきはあれだけビクついてたってのに、もう平気だってのか?うん?」

意地悪く、デイダラは再びシエスタに向け、手のひらを見せびらかす。がーーー

 

「はい、大丈夫です。それによく見れば、その手のひらとデイダラさん、とても良く似合っていると思いますよ」

昼に見せた様に、再び屈託なく笑うシエスタにデイダラは呆然とする。

 

(切り替えが早すぎる。こいつ結構タフなやつだな、うん)

 

「あのっ…。もしよろしければ、また厨房にいらして下さい。私の手料理でしたら、いつでもご馳走しますので!」

そう言うと、シエスタは続けて「今日は本当にありがとうございました」と、お辞儀をしながら部屋を出ていった。

 

 

 

シエスタを見送った後、デイダラは窓際へ移動した。

ルイズとシエスタの顔を思い浮かべる。自然と、二人から感謝された情景が思い起こされる。まったく、感謝されるというのはむず痒いものだ。

 

「慣れないことはするもんじゃねぇな。うん」

呟きながら、デイダラは気を紛らわせるように、二つの月を眺めるのだった。

 

 

 

 

 



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9,平穏な、日常


29/2/25
以前の9話を読まれていた方々、大変申し訳ありません。
誠に勝手ながら、先々の展開を変える為にすこし書き換えさせて頂きました。

本当に申し訳ありませんです。




 

 

 

 

 

デイダラとギーシュが決闘をしてから数日が過ぎた。ここの所、特別に重大な事件などは一切起きてはいない。変わらぬ日常というやつである。

 

しかし、ルイズとデイダラそれぞれの日常には、わずかだが変化したこともあった。

 

まずルイズだが、彼女の周りでは、相変わらず罵倒の声が上がっている。たが、それでも以前に比べると、確実に罵詈雑言の数は減ってきているのだ。

それについては、先の決闘が起因している。ルイズの使い魔であるデイダラが、あまりに圧倒的過ぎる力でギーシュに勝利してみせたことだ。

さらには、デイダラは生徒達からすれば、杖も使わずに謎の力を見せた存在ということもあり、恐れを抱いた者が出てきたということが理由である。

 

ルイズとしては、使い魔の力をそのまま主人であるルイズの力として周りから評価されない事実に多少の不満を持っているようであるが、以前より罵倒が少なくなり、授業もより受けやすくなったので良しとしている。

 

 

そしてデイダラだが、彼はギーシュと決闘をしたことによって、その異能を明らかにした為に、以前のように平民だとは呼ばれなくなっていた。

だが、メイジと呼ばれる様になったワケでもなく、その手のひらの異形から、エルフの類ではないかという憶測が飛び交う様になっていた。悪い意味で有名人となってしまっていたのである。

 

デイダラの忍術も、ハルケギニアのメイジからすれば、エルフ独特の魔法なのではないか、という風に写ってしまっていたのだ。

 

それによって、学院に勤めている平民達は、デイダラのこともメイジを見る目と大差なく見るようになってしまっていた。

唯一、ギーシュから助けたシエスタだけが、デイダラに対して以前と変わらずに接しているといった具合である。

 

そういった現状に、シエスタは何かと心配した様子でデイダラを尋ねるが、デイダラは「くだらねぇ」の一言で済ましている。

 

そんなデイダラを、痩せ我慢しているのだと勘違いしたシエスタは、何かと彼の世話を焼きたがるようになっていた。ギーシュから助けた恩もあるだろうが、純粋なシエスタらしいことである。

 

 

 

 

そして、デイダラの日常では、もう一つ変化したことがあった。それはーーー

 

 

「………」

 

(あいつ、またつけてやがるのか…うん)

 

デイダラが、チラリと自分の背後に目を向ける。その先には、赤く、巨大なトカゲがジッとデイダラを見つめていた。

 

 

デイダラの日常で変化したもう一つのこと。それはキュルケの使い魔、サラマンダーのフレイムが、日々デイダラのあとをつけるようになったことである。

 

実はここ数日、正確にはギーシュとの決闘以降だが、キュルケの使い魔フレイムは、日が昇る度にデイダラをつけまわしているのである。

 

別に何か仕掛けてくる訳でもなく、無害であった為、放っておいたデイダラだが、そろそろ目障りだと感じてきていた。

 

 

(これ以上尾け回して来るってんなら、オイラの芸術を味わわせてやろうか……いや、待てよ?)

 

そろそろトカゲの目を潰しておくか、と考えていたデイダラだったが、ふと天啓が舞い降りた。

 

(そういや、ルイズが言ってたな。使い魔には主人の目となり耳となる能力が与えられると…うん)

つまり、今自分の背後にいる赤い巨大トカゲ、サラマンダーは、誰かがデイダラの動向を監視するために放った使い魔だということだ。

 

このサラマンダーが、誰の使い魔なのかを知らないデイダラは、ニヤリと悪い笑みを浮かべた。

近い内に何者かが自分に挑みに来ると推測したのである。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

昼休みの時間。

 

『まだ見ぬ挑戦者』が現れるかもしれない、という楽しみを見つけたデイダラは、しかし、先々の楽しみを置いておき、今現在自分が直面している問題を解決すべく、行動を始めていた。

 

 

その問題とは、ズバリ、『字が読めない』ということであった。

 

 

「しかし、まさか字が読めねーとはな。普通にルイズ達と会話できてたから、まったく気がつかなかったぜ…うん」

トリステイン魔法学院が誇る知識の宝庫、図書館へとやってきたデイダラは、適当に本棚から取った本を見ながら独り言を零す。

 

魔法学院周辺の地理を把握しておこうと、ルイズから地図を借りたことで発覚したことだが、まったく予想外過ぎてウンザリする。

今のデイダラでは、字面と子供の落書きの区別もできないであろう。

 

(流石にこのままじゃあ不便が過ぎる。さて、どうするかな…うん)

はじめは、シエスタに教えて貰おうと考えたデイダラだったが、生憎と彼女は給仕の仕事があった。

ルイズは、地図が読めないと発覚した際に、傲然たる物言いで教授を申し出られ、癪に触ったので断ってしまっていた。

 

(というか、何でこうも人が居ない。誰かしらは捕まえられると思ったんだがな……)

図書館に行けば、誰かしら見つけて教わればいいだろうと考えていたデイダラだったが、今の図書館には、司書さえも席を外していて、人っ子ひとり見つからなかった。

 

 

「こりゃ、出直すしかねーか……うん?」

諦め掛けていた時、一人の生徒がちょうど新たに図書館へやって来た。

 

「おい、そこのお前」

「………!!」

デイダラが話しかけた相手は、ルイズよりも背の低い、眼鏡をかけた青髪の少女であった。

少女はデイダラに気づくと、なにやら驚いた様子であったが、デイダラは気にせずに続ける。

 

「悪いが、オイラに読み書きを教えてくれねーか?ここの字は、オイラの居たとこと違うみたいでな、困ってたんだ。うん」

「………」

思案するように顎に手をやる少女。程なくして、少女が頷き、了承の意を表す。

 

「そうか!悪いな、助かるぜ。じゃあさっそくーーー」

「…その代わり」

「ん?」

早速教えてくれ、と言おうとしたデイダラを制止するように声を被せる少女。どうやら条件があるらしい。

 

「貴方に聞きたいことがある」

「なんだ、そんな事なら構わねーよ。言ってみな」

「……貴方は、エルフと何か繋がりを持ってる?」

少し言いかねたようだが、少女はハッキリとした声で問いかける。それは、デイダラがエルフの仲間なのかどうかを問う質問であった。

 

エルフ…。確か、砂漠地帯に住む種族で、メイジとは違った魔法を扱うとルイズから聞いたことがある。

「……なんだよ。お前もオイラがエルフだとかいうやつだと思ってるのか?その話もいい加減ウンザリしてきたとこなんだがな…うん」

 

「……じゃあ、貴方はエルフと関係ない?」

「ああ、そうだ。これ他の奴らにも伝えとけ、うん」

「…そう」

少女は、どこか残念そうな表情となった気がしたが、すぐに元の、何を考えているか分からない表情となって、デイダラに向き直る。

 

「それじゃあ、貴方に字を教える」

「ん?ああ、よろしく頼むぜ」

 

「タバサ…」

「??」

「私の名前」

デイダラは、短く自己紹介される。口数の少ない奴だな、という感想が頭の中に自然と出てきた。

 

「……オイラはデイダラだ」

タバサ、と名乗った少女は頷くだけで返事をした。あまりの無口っぷりに、人選ミスしたか、と思ってしまうデイダラであった。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

夜になり、段々と生徒達が寝静まってきた頃。デイダラは、部屋の外に何やら気配を感じ、腰を上げる。

ルイズはすでにベッドへ潜り、寝息を立てている。

 

 

デイダラが廊下へ出ると、件の赤い巨大トカゲ、サラマンダーが待ち構えていた。

 

サラマンダーがデイダラの元へと近寄って来ると、デイダラの服の裾を甘噛みし、クイクイと引っ張ってきた。どうやらついて来いということらしい。

 

(ついに来たか、オイラに挑もうとする命知らずが。だが、褒めてやるぜ、うん)

デイダラは一人、ほくそ笑む。

 

一応デイダラは、芸術家であると同時に忍である。忍の術はあまり見せびらかすものではないという意識は、もちろんデイダラも持っている。

その為、こうした決闘だ挑戦だといった戦いの場面は、自身の芸術忍術を披露する数少ないチャンスなのである。

 

 

「さてと、どんな奴が……うん?」

サラマンダーは、ルイズの部屋のすぐ隣の部屋へと案内した。

すぐさま怪訝な面持ちとなるデイダラ。何かはわからないが、行くしかない。

 

鍵は開いていた。中に入ると部屋は真っ暗であった。

 

「扉を閉めて?」

 

声がした。女の声だ。デイダラはますます訝しむ。

 

「用件があるならここで聞くぜ。言ってみな…うん」

「ツレない人ね」

女が言い終わると、背後の扉が勝手にしまった。

魔法か。デイダラがそう判断していると、部屋の中のロウソクがどんどん点っていく。

それは、部屋の入り口付近から部屋の奥へと続くようについていき、ついに部屋の主が姿を見せた。

 

 

その女の姿を認めた時、デイダラは思わず片手を頭にあて、項垂れ、呆れてしまった。

いや、これがもし自分を呆れさせ、油断させる為のものであったのなら、まんまとハマっているのだが。

 

(まぁそれで後れをとる様なことはないが……しかしこれは……うん)

 

薄明かりの中、褐色の肌の女はベッドに腰掛け、セクシーなベビードール姿で悩ましい視線を送っていた。

 

「そんな所に立っていないで、こちらへいらっしゃいな」

女が言う。デイダラは憮然とした表情で無視を決め込む。

 

(とりあえず、どこがとは言わねーがルイズとは正反対な奴だな。どこがとは言わねーが、うん)

注意は怠らずに、相手を見据える。

 

女は、仕方ないとばかりに立ち上がり、デイダラに近寄ってくる。ルイズにはないそれを、ゆっさゆっさと揺らしながら。

 

「…おい、そこまでだ。そこで止まれ。何者だテメー、うん?」

「うふふ。下心丸出しの他の男達とはわけが違うみたいね」

身の危険を感じたので、デイダラは蜘蛛型の起爆粘土をもって威嚇をする。

 

「貴方はあたしをはしたない女だと思うでしょうね…」

「………まぁな」

「でも仕方ないの。あたしは『微熱』のキュルケ。恋してるのよ!あたし、貴方に!恋はまったく突然ね」

 

デイダラは少し頭が痛くなってきた。どうやらこのキュルケと名乗った女は、とんだ色ボケ魔人であったようだ。

つきあってらんねーぜ、と退出しようとしたデイダラだが、いつの間にかキュルケはデイダラの腕に抱きついていた。

 

一生の不覚。デイダラ、キュルケの恋パワーの前に、接近を許す。

 

「テメー、ひっつくな!」

キュルケの、その豊満な胸がデイダラに押し付けられる。腕に挟まった。

 

「貴方がギーシュを倒した時の姿、表情……。とってもシビれたわ…。あんなに凄い魔法も見たこともないけれど、何よりも貴方の出す、その鋭い魅力にシビれたのよ!」

「ギャーギャーうるせーぞコラァ!」

 

二人が盛大に騒いでいると、突然何かが規則正しく叩かれる音が響いた。窓だ。外には一人のハンサムな男が浮いていた。

 

「キュルケ!待ち合わせの時間に君が来ないから来てみれば!」

「ペリッソン!えーと、二時間後に」

「話が違う!」

 

キュルケはうるさそうにしながら、胸の谷間に刺した杖を取り出して振るった。

ロウソクの火が大蛇のように伸びて、窓ごと男を撃ち落とした。

 

「まったく、無粋なフクロウね」

「夜のハンターだからな。狩りをしようとしてたんだろ。うん」

デイダラは、掴まれていた腕が解放されたので、落ち着きを取り戻した。冷静に、キュルケの言に乗っかった。

 

「さあ!あんなのほっといて続きを…」

「キュルケ!その男は誰だ!今夜は僕と過ごすんじゃなかったのか!」

キュルケが言いかけて、今度は、精悍な顔立ちの男が乱入してきた。

 

「スティックス!ええと、四時間後に!」

「そいつは誰だと……!」

再び炎の蛇が窓に向かい、男を撃ち落とす。

 

(あのフライって魔法も便利だよな、うん)

余裕を取り戻したデイダラは、忍世界では限られた者にしかできなかった空を飛ぶ力を見て、心の中で称賛した。

 

「とにかく!貴方が特別なの!本当に魅力的な人にこそ、貴族は恋の炎を燃え上がらせるんだわ!」

キュルケが三度、愛の言葉を紡ごうとするが、ーーー

 

「「「キュルケ!そいつは誰だ!恋人はいないって言ってたじゃないか!!」」」

窓の外で、三人の男達が押し合い圧し合いしながら叫んでいた。

 

デイダラは、いい加減この喧騒が鬱陶しく感じてきた。

 

「マニカン!エイジャックス!ギムリ!えーと、六時間後に…」

「「「朝だよ!!!」」」

三人にそろって突っ込まれてしまったキュルケは、うんざりした様子で使い魔であるフレイムに声をかけようとする。

 

「フレイーー」

「喝ッ!!」

 

サラマンダーのフレイムが炎を吐くよりも早く、デイダラは男達に向かって蜘蛛型の起爆粘土を放っていた。

 

デイダラが印を結ぶと、三人の男達の中心で爆発が起きる。彼らは「ギャー!!」と叫ぶ元気を残しながら吹っ飛んでいった。

 

「あら〜……」

キュルケが三人を見送っていると、背後で扉が閉まる音がした。

 

振り返ると、デイダラはもういない。

「えー、もうお帰りー?」

キュルケは一人、ぶーたれて呟いた。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

「まったく、なんて日だ…うん」

デイダラはキュルケの部屋から出る。するとーーー

 

「あっ…」

「ん?……あっ」

ちょうどルイズが部屋から出てきてバッタリ鉢合わせた。

 

 

「あ、あ、あんた……。今、キュルケの部屋でナニしてたの……?」

「……何もしてねぇよ、うん」

わなわなと震えるルイズはーーー

 

「う、うう嘘おっしゃい!隣でドッカンバッタン騒がしいし、あんたも部屋に居ないんでまさかと思って起きて来てみれば!あ、ああんた!キュルケと一体どんなプレイを……!!」

「てめーコラァ!頭の中お花畑かッ!どんな解釈してやがる!うん!」

堰を切ったようにまくし立てるルイズに対し、デイダラはストレスを爆発させたのであった。

 

 

 

その後、デイダラはキュルケとの誤解を解くために多大な労力を消費した。チャクラまで持っていかれている気分であった。

いや、ここはルイズの予想外なパワーを称賛するべきなのか……。

 

さらに、ルイズのヴァリエール家とキュルケのツェルプストー家との恋人を寝取られた因縁話を長々と忌々しげに話すルイズに付き合わされ、久しぶりに疲労が溜まってしまった。

 

「………」

ひとしきり話し終えたルイズが、デイダラをジト目で睨んでいる。何なんだろうか。

 

 

「…あんた、キュルケの胸を見て、どう思った……?」

「………………」

 

 

ルイズから視線を逸らすデイダラ。ルイズには、それだけで十分伝わったようであった。

 

 

「去勢してやるわこのエロ犬ーーー!!」

「上等だコラァ!!てめーオイラを怒らせてただで済むと思うなよ!うん!」

 

 

杖を持つルイズ。起爆粘土を構えるデイダラ。

ルイズは我を忘れていたが、デイダラには粘土の威力を抑える理性は残っていた。

 

それでもこの日、深夜というこの時間で。ルイズの部屋からはしばらくの間、爆音が鳴り響き、近隣の寮生の安眠を妨げたという………。

 

 

 

 

 

 

 






ルイズは子供の頃から失敗魔法による爆発を自分で受けていた、ということで、勝手に爆発に耐性あるんじゃないかと考えて、こんなオチにしてみました。

NARUTO原作のトビとデイダラみたいな掛け合いがやりたかったんや……



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10,トリステインの城下町にて

29/2/25
以前の10話を読まれていた方々、大変申し訳ありません。
ちょっと話の展開を勝手に変えさせていただきます。
詳しくは、活動報告のところに書いておきます。

本当に申し訳ありませんです。




 

 

 

 

ハルケギニアの暦には『虚無の曜日』という日がある。その日の魔法学院は、基本的に休日となっており、生徒各々が自分の好きなことを行える日でもある。

そんな虚無の曜日での出来事である。

 

 

「デイダラ、町へ買い物に行くわよ!」

「町?……何を買いに行くんだ?」

「剣よ。えーと、こないだの決闘でのあんたの功績を讃えて、私から剣をプレゼントしてあげようってワケよ。ありがたく思いなさい」

 

 

ルイズはこう言っているが、おそらくは先日のキュルケとの一件の後で、ルイズがしでかしてしまった横暴の数々に、流石のルイズもバツが悪いと感じたのか、その免罪符を狙ってのことだろうとデイダラは判断した。

 

 

(こいつはやっぱり分かりやすい性格してるな、うん。しかし、町か…)

ルイズの性格を分析しつつ、デイダラは考える。

まだ字を完全に読めるワケではないが、先に町へ行ってみるのもいいだろう。別に剣はいらない気もするが。

 

「……そうだな、オイラは構わないぜ。今から出るのか?」

「そうね。ここからだと、町まで二、三時間はかかっちゃうからね。すぐに出発するわ!」

 

 

ルイズに急かされる形で部屋を出る。

「早く支度しなさい」と言ったルイズだったが、しかしデイダラには特に準備することもなかったので、支度はルイズ待ちとなっていた。

 

 

「遅いぞ、うん」

「……うっさい」

主人の面目もあったもんじゃないルイズであった。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

外へ出ると、ルイズは馬をひいて来る。

 

「なんだ?馬に乗って行くってのか、うん?」

「当たり前じゃない。まぁ安心なさい。私の腕なら二時間で町へ着けるから」

 

自慢気に胸を張って言うルイズ。だが、デイダラからの反応はない。

デイダラの方を見ると、自分を尻目に粘土を片手で握るデイダラに気づく。

 

「ちょっとー。何してんのー?」

「ただ町へ行くってだけに、チマチマと馬なんかに乗ってられるかよ。うん」

そう言うと、デイダラは粘土を握っていた手を開く。そこには赤土色の粘土で創られた鳥の造形品ができあがっていた。

 

(毎回思うけど、よくもまぁ片手で握るだけでこんな繊細なデザインの人形が創れるわよね…)

 

もしかしたら、こっちの方がよっぽどな異能なんじゃないだろうか。

デイダラの一瞬の創作過程を見て、頭の中で感想を呟いていると、デイダラが先ほど創った作品を、ポイっと地面へ投げる。

 

彼が印を結ぶと、鳥型の造形物は、一度煙に包まれた後、人二人は乗せられそうな巨大な姿へと変わっていた。

 

「町へは、空から行く」

「!!……うわぁ〜」

 

(ま、まずいわ…!せっかく得意の乗馬でご主人様の威厳を見せてあげようと思ってたのに……。私の使い魔、ちょっと多芸すぎない?)

ルイズとしては、自分の出番を潰され、ちょっと面白くないが、素直に使い魔の能力に驚く。

 

二人が大型の鳥の背中に乗ると、一気に空高くまで飛び上がった。

 

「わぁ〜〜!凄い!」

「ふふん。そうだろう、そうだろう」

飛行魔法のフライを使えないルイズには、空へと飛び上がるのは初めてのことなので、素直に感動してしまう。

 

「やっぱり空って良いわね〜!眺めもいいし、気持ちいいし、って……」

ふと、何かに気づくルイズ。おもむろに、自分の肩を抱く。

 

「………空ってやっぱり寒いのね。デイダラ、ゆっくり飛びなさい」

「…情けねぇな〜、うん」

呆れ顔を見せるデイダラ。

今は大目に見よう。とにかく、風をある程度抑える為に、ゆっくり飛んでもらうように指示をするルイズであった。

 

 

 

 

 

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同日同時刻。キュルケはその光景を目撃していた。

愛しのデイダラが、憎っくきルイズと一緒に町の方へ飛び立って行くのを。

 

「まさかダーリンにあんな能力があったなんて!ますます惚れ直したわ!……って、それどころじゃないわね」

 

キュルケは支度を済ませると、部屋を飛び出した。あんな風に空を飛ばれると、こちらも追いつくには空を飛ぶしかない。

キュルケは急いで、親友であるタバサの部屋に向かった。

 

 

 

 

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「タバサ〜〜!」

キュルケは、タバサの部屋に着くなり、ドンドンと扉をノックしたが、返事がないので魔法で無理矢理鍵を開けた。

 

部屋に入って、すぐに読書をしている彼女にまくし立てるが反応がない。どうやら魔法で音を消しているようだ。

キュルケは、タバサから本を取り上げると自分の方へ向き直らせる。どうやら気づいてくれたようである。

 

「虚無の曜日」

タバサは短く主張した。確かにタバサにとって、本の世界に浸れる虚無の曜日は重要だ。だが、キュルケも引くに引けないのである。

 

「貴女にとって虚無の曜日がどんな日だか、よーく分かってるわ。でも今は時間がないの。恋なのよ恋!」

キュルケの説得にタバサは首を傾げる。そうだ、この娘は説明しないと動かないのだ。

 

「あのね、あたし恋をしたの!それでその人があの憎っくきルイズと一緒に空を飛んで行っちゃったの!追いかけるには貴女の使い魔の力が必要なのよ!」

「それは、彼女の使い魔の?」

助けを求めるキュルケの説明を聞き、タバサは確認をするように尋ねる。

この娘もデイダラに関心があるのだろうかと、ふと疑問に思うキュルケであった。

 

「そうよ、ルイズの使い魔になったデイダラって人よ?」

「……待ってて」

キュルケに確認をとると、タバサは窓から顔を出し、口笛を吹いて自身の使い魔を呼んだ。彼女の使い魔はウィンドドラゴンの幼生、名を『シルフィード』という。

 

それを了承の意と判断すると、キュルケはタバサに抱きついてお礼を言う。

 

「ありがと〜タバサ!そんな貴女が大好きよ!」

「気にしないで良い。私も少し、興味があるから…」

タバサの発言に、キュルケはちょっと驚く。が、今は時間があまりない。詳しく聞くのは空の上でも良いかと考えて、タバサと共にシルフィードの背に乗る。

 

「どっち?」

「ん〜、多分だけど、城下町の方?あ、超特急でお願いね!」

タバサはコクリと頷くと、自身の使い魔にそのまま命じる。いざ、デイダラを追いかけに城下町へ。

 

 

 

「ところで、タバサもデイダラのこと気になるの?」

「……私の生徒」

へ??と、軽く素っ頓狂な声を上げてしまうキュルケ。

 

「えー!なになに!?すっごい気になるわ!ねぇどういうことタバサ〜?」

「……教えない」

え〜、教えてよ〜。とタバサの肩を揺するキュルケ。

 

結局、タバサは当分の間は読書を再開できなかったそうだ。

 

 

 

 

 

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「なんであんたが来てるのよツェルプストー!」

「ふん。あたしがいつ、どこに行こうが、貴女には関係ないでしょうヴァリエール」

 

「おい。なんでお前までここにいる、うん?」

「…頼まれたから」

 

 

ここはトリステインの城下町。

ルイズは、町の門を素通りして、検問をも無視しようとするデイダラを一喝し、町の門の側へと鳥を下ろさせたのだ。

 

そうして、門の側でルイズとデイダラが一悶着していると、なんとキュルケとタバサが立派なウィンドドラゴンに乗ってやって来て、今に至っている。

 

 

「貴女こそ、あたしが彼を狙ってると分かったら、なぁに?プレゼント攻撃でもするつもり〜?」

まったく図々しくも抜けがけして、というキュルケ。

 

「あんたには関係ないでしょ!もう、どっか行ってよ〜!」

「…あら、図星だったの?これだからトリステインの女はイヤね〜」

ルイズがデイダラに、何かをプレゼントすると気づいたキュルケは、もうどこまでもついて行きそうな雰囲気だ。

 

 

ルイズとキュルケが、二人で言い合いを始めたのを尻目に、デイダラの興味は自分の側に立っているタバサの使い魔に向いていた。

 

「おい、タバサ。こりゃお前の使い魔か?」

「そう」

デイダラの問いかけに、タバサはゆっくりと頷くと肯定の返事をした。

 

「ほう〜、そうかい。オイラは実物の竜を見るのは初めてだからな。こいつァ、よりオイラのインスピレーションが沸きそうだ。うん」

デイダラは、うんうんと満足げに何度も頷く。

 

それを眺めながら、タバサも自分の疑問をデイダラに問う。

 

「貴方達は、どうやって空を?」

「ん?そりゃあ当然、オイラの芸術でだ」

上を見てみろ、というデイダラに促されて、タバサは空を見上げる。

 

すると、赤土色の鳥が小さく見えた。地上から見ただけなので、あくまでタバサの考えだが、人二人乗せられる大きさとなると、先の決闘で見せた鳥とは比べ物にならないものだろう。

 

「あれも、貴方がつくったの?」

「ああ、もちろんだ。オイラは芸術家だからな、うん」

肯定するデイダラに、タバサは素直に「すごい」と零した。

決闘でも、様々なバリエーションを見せていたが、どうやらアレだけではないのだと知ると、もはや感嘆しかない。

 

 

デイダラが、タバサの感想に気分を良くしていると、ルイズとキュルケが近づいて来た。

キュルケはにっこり笑顔。ルイズは憮然とした表情だ。

 

「ゴメンね〜、ダーリンにタバサ〜!お待たせ〜」

「誰がダーリンだ、誰が」

ウンザリといった様子で反応するデイダラ。

タバサは無言のままキュルケの元へ移動する。

 

「さ、デイダラ。こんな色ボケ女は放っておいて、さっさと町へ行くわよ」

「ちょっと!誰が色ボケよ!」

再び口論を始めるルイズとキュルケは、そのまま言い合いを続けながら町へと入っていき、デイダラとタバサもそれに続いて行く。

 

口論する二人を眺めながら、こいつらホントは仲いいんじゃねぇか?と疑問に思うデイダラであった。

 

 

 

 

 

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トリステイン城下町。

ここは白い石造りの町となっており、魔法学院に比べると質素な身なりの人間が多かった。平民の割合が多いのであろう。

道端で声を張り上げ、果物や肉、籠などを売る商人達や、のんびり歩いたり、忙しなく歩いている人間がいたりと、老若男女取り混ぜている。

 

しかし、デイダラにはそんな光景などどうでもよくなる程に、ある不満があった。それはーー

 

「狭いな、この町……」

 

そう、道が狭いのだ。ここは城下町の中でも大通りに位置する道なのだが、それでも道幅は五メートルもない。

そこを大勢の人が行き来するのだから堪ったもんじゃない。

 

「文句言うんじゃないわよ」

「でも確かに狭いわよね。あたしもこの狭さは苦手よ…」

よく人とぶつかっちゃうし、と言うキュルケ。

 

「ふん。あんたが無駄にデカいからじゃないの〜?」

「あら?僻み?や〜ね〜、これだからトリステインの女は」

「……お前らおんなじやり取りしかできねーのか、うん」

バチバチと睨み合う二人を諌めながら、デイダラは、さっさと目的の店に行って済ましちまおうと主張した。

 

「あ、そ、そうね」

我を取り戻したルイズが同意する。

 

キュルケは、そんな二人の様子が面白くなかったのか、自分も何かをデイダラにプレゼントしようと考えた。

 

「ねぇダーリン!あたしも何かプレゼントするわ!ほら、先日のお詫びに…」

「誰がダーリンだっつの。……ん〜、何でもいいのか?」

デイダラの返事にキュルケは気分を良くして「もちろんよ」と言った。

 

「ちょ、ちょっとデイダラ!あんたさっきと言ってること違ってない⁉︎」

「まぁいいじゃねーかルイズ。くれるっていうもんは貰っといて損はないぜ?ちょうど今着てるものとは別の外套が欲しかったところだ。うん」

そう言ってデイダラとキュルケの二人は、近くの服屋へと入って行く。

 

ルイズは再び、憮然とした面持ちとなる。

そんな彼女にタバサが声をかける。

 

「ファイト」

「なにがよ…!」

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

次に一同がやって来たのは、ルイズの本命である武器屋である。

 

「貴女、剣なんてプレゼントするの?やっぱりトリステインの女は野蛮ね…」

「ちょっと!それをゲルマニア人のあんたに言われたくないわ!」

「お前ら、今日何度目だよ…うん」

「………」

相も変わらずに言い合いを始めたルイズとキュルケを先頭に、一同は武器屋へと入っていく。

 

武器屋の中は昼間だというのに薄暗く、ランプの灯りが灯っていた。壁や棚に、所狭しと剣や槍が乱雑に並べられ、立派な甲冑が飾られている。

 

 

「こいつは驚いた!貴族のお客様がこんなに!へい、どんな剣をお求めで…」

武器屋の店主は、ルイズ達が貴族だと気づくと、氣分良さげに話しかけてきた。

 

「私の使い魔に持たせる剣よ!」

胸を張っていうルイズ。

「へいへい、その御仁にならこんな剣は……」

 

「この剣がいいんじゃない?」

一際豪華な装飾がされた剣をとるキュルケ。

「こっちの方がいい」

一際大きい剣を危な気に持つタバサ。

「あら、それ良いわね」

タバサに同意するルイズ。

「あ、あの〜、貴族のお客様方!店の物をあまり弄らないでください…!」

 

「……やっぱりオイラには剣なんざいらねーな。うん」

そんな光景を一人離れた位置で見ながら言うデイダラ。彼女らが選ぶ物に限らず、この店に置いてある剣はどれも、見てくればっかりという物が多かったのだ。

 

 

もう興味を失ったので、デイダラは先に店を出ようとした。その時ーーー

 

「おでれーた!あんた『使い手』だな!おい、俺を買ってってくれ!」

人がいない、安物の剣がまとめられた樽しかない店の隅で、声がした。

「なんだァこいつは?」

デイダラが手に取ったのは、世にも珍しい喋る剣であった。

「なあなあ、いいだろう?役に立つぜ!」

「んー、喋る剣とは珍しいが、オイラは剣なんざ使わねーんだ。それに、お前は芸術家であるオイラの琴線に触れねぇ…うん」

それに外見がみすぼらしいし、とデイダラは喋る剣を元の樽へと戻そうとする。

 

「ああ〜、待ってくれ!俺は魔法の目利きができる!あんたの役にもきっと立つぜ〜!」

再度、自分のアピールをする喋る剣。

その発言に、デイダラは食いついた。

 

「魔法のだと?本当だろうな、うん?」

「あたりめーだぜ、俺様を誰だと思ってやがる。ウン千年の時を生きるデルフリンガー様だぜ。魔法なんざウンザリする程見てきた!」

さっと顎に手を当てて一考するデイダラ。そして、ーーー

 

「おいルイズ、こいつにするぜ。うん」

「ええ〜??そんなの〜??」

 

かくして、デイダラの持つ剣が決まった。

喋る剣『インテリジェンスソード』のデルフリンガー、渾名をデル公。

 

 

 

 

 

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本日のメインの買い物も済み、このまますぐ帰るのも味気ないので、折角なので町で遅目の昼食を食べることになった。

 

「これ、私のオススメ料理」

「うおッ⁉︎何だ、この苦味⁉︎」

 

タバサのオススメ料理、ハシバミ草のスープを差し出されたデイダラだったが、匂いだけで拒絶する。タバサは不満そうだがデイダラには関係ない。

 

「なぜ、食べないの?」

「食えるか、そんなもん!てめータバサ!それをオイラの卓に寄越すんじゃねぇ。爆破させるぞ!うん!」

「ちょっとデイダラ!ここ店の中なんだから騒がないでよ!」

 

そんなやり取りを、キュルケは少し微笑ましそうに眺める。その焦点には、デイダラではなくタバサが映っていた。

 

「うふふ。なんだかタバサ、いつもより楽しそうだわ」

「え?あれで、なの?」

キュルケの呟きに、ルイズが反応する。

タバサとの付き合いの浅いルイズからは、いつもの無表情にしか見えなかったが、キュルケから見るとそうではないようだ。

キュルケは、普段よりも口数の多い親友を見て微笑む。

 

「まったく、食事中くらい静かにしなさいよね」

「あら、いいじゃない偶には。ホントにヴァリエールってば空気読めないのね」

なによそれ、とルイズはキュルケに食ってかかるが、今回はキュルケが言い争う気分でもなかったので、いがみ合いはそこで終わる。

 

 

 

 

食後。

飲食店を後にして、一同は学院へと戻るために、再び喧騒まみれる大通りへ戻って来た。

その道中、デイダラがこっそりルイズに話しかける。

 

「そういや、この世界にも犯罪者の指名手配ってあるんだな」

「……そりゃあるわよ。ていうか、あんた字が読めないのに何で分かったの?」

「オイラを舐めんなよ。路地にあれだけそれっぽく貼り紙されてりゃ、字が読めなくても分かるぜ。うん」

自信たっぷりに言うデイダラだったが、字が読めないのだから、ルイズの目には少し滑稽に映った。

 

「だが、指名手配犯の名前の欄なら少し読めたところもあってな。それで、二つ名を持った犯罪者がいるってことに気づいたんだが、どういうワケだ?うん?」

二つ名とはメイジ、つまり貴族が持つ通り名のことだろう?と問うデイダラ。

 

ルイズは「ああ、そのことね」と、デイダラの問いを受け取ると、簡単な解説を述べる。

 

「簡単なことよ。貴族は全員がメイジだけど、メイジの全員が貴族というわけじゃないのよ。いろんな理由で、例えば勘当されたり、家を捨てたりした貴族の次男や三男坊が傭兵になったり犯罪者になったりするってワケよ」

「ほう、なるほどな」

興味深そうに相槌をうつデイダラ。

 

「そういえば、さっきの武器屋の主人も言っていたわね。このトリステインで、最近メイジの泥棒が暴れてるんだって」

「へぇ。……そいつは強いのか?うん?」

「強いかどうかなんてのは分からないけど、そいつは、わざわざメイジである貴族をターゲットにして盗みを働いてるみたいだから、よっぽどの腕を持ってることは確かね」

恐らく、トライアングルクラスは堅いわ。とルイズは話を締め括る。

 

ルイズは、世間話のつもりで喋っていたのだ。だから、隣で不敵に笑う使い魔の姿に気づかずにいた。

 

 

「……犯罪者となったメイジか。そんな連中が目の前に現れてくれりゃあ、いろいろ楽しめそうなんだがな。うん」

物騒な独り言を言うデイダラ。

 

 

言霊という言葉がある様に、デイダラのその独り言は、声に出したことである種のフラグとなった。

彼の望みは、なんと僅か数時間後に訪れることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 



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11,盗賊、現る


いつも読んで下さってありがとうございます。
以前の10話を読まれていた方々へ。
今回、ちょっと挫折した為、展開がアニメverから原作verに変わっております。それに伴い、前話もちょっと変わっております。

以前のものとの変更点としましては、ルイズに忍世界から来たことを喋ったこと・デイダラの退屈感を抹消したこと(重要)・タバサに文字を教えてもらうようになったこと・10話丸々、といった感じです。

本当に申し訳ございません。
不甲斐ないばかりですが、今後も楽しんで頂ければ幸いです。




 

 

 

 

 

夜の魔法学院。

日中、生徒達が往来することで見せる喧々たる様相も、日が沈み、入れ替わりで二つの月が顔を出す頃には、すっかり静かなものとなっていた。

夕食後も外へ出歩いたりするような行儀の悪い生徒は殆どおらず、皆自室でゆったりと夜の時間を過ごしていた。

 

 

 

城下町から帰ってきたルイズ達も、夕食後は寮へと戻っており、現在、ルイズとデイダラは、町で買ってきた世にも珍しい喋る剣『デルフリンガー』を交え話し込んでいた。

 

 

「まったく。せっかく剣を買ってあげようっていうのに、何でこんなボロい剣にしちゃったの?もっと、大きくて太い立派な剣にすれば良かったのに…」

面白くなさそうに、ルイズは件の剣デルフリンガーを弄りながら言う。

 

「てやんでぃ、このド素人娘が!あの店にあった剣なんて殆どが飾り物よ!」

ルイズの言に異議を唱えたのは、デイダラではなく、ルイズに弄られていたデルフリンガーであった。

 

「………おまけに喋るし、口汚いし、なんかムカツクし。どう考えても選択ミスでしょ、これ?」

「…まあ、お前の言いたいことも分かる。オイラもこのオンボロには芸術性を感じないしな…うん」

怒りを抑えながら言うルイズに、デイダラも同調する。

デルフリンガーは「あ、相棒⁉︎そりゃねーぜ⁉︎」と悲しそうな声を出していたが、デイダラは無視を決め込む。

 

「だがまぁ、元々オイラには剣なんざ不要だったんだ。せっかく買うんなら、オイラの役に立つもんを買った方が良いだろ。うん」

デイダラは、言いながらデルフリンガーを鞘から完全に抜く。

 

「……これが?どう役に立つっていうのよ」

「オイラはこの世界の魔法とやらに疎いからな。いざって時は、こいつに見切りを手伝ってもらおうってワケだ。うん」

「あ、相棒〜‼︎それだけなんてあんまりだぜ〜。ちゃんと剣としても使ってくれよ〜…‼︎」

再度悲しい声を上げるデルフリンガーだが、デイダラは尚も無視を決め込む。

ルイズは、段々この剣が不憫に思えてきたのか、憐れみの眼差しを送る。

 

「ちっとうるさくなってきた時は、こうしてちゃんと鞘に収めれば、黙るみたいだしな。うん」

邪魔にはならないだろう、と言うデイダラ。

 

鞘に収めた途端に、デルフリンガーは確かに強制的に黙り込んでしまった。

 

「ん〜、まぁあんたがそう言うんだったら、別にいいケドさ…。でももっと見栄えが良いのを……」

ぶつぶつと不満を呟くルイズ。

 

そんなルイズを余所に、デイダラは自分の左手の使い魔のルーンを見る。

 

(……こいつは一体何なんだろうな。試しにルイズに聞いてみるか…?)

今見ても、左手にはよく分からない文字が刻まれているだけである。

だが、デイダラが試しにデルフリンガーを抜いた時、確かにこのルーンから力を感じたのだ。

 

「おいルイズ。この左手の印は一体何なんだ?」

「やっぱりもうちょこっと大きい方が………って、え?なに?」

尚もぶつくさ言っていたルイズは、デイダラに話しかけられたことで現実に引き戻される。

 

「だからこいつの事だ。この左手の印」

「ああ、使い魔のルーンね。それがどうしたの?」

「剣を抜いたら妙な力を感じた。お前なにか知ってるか?うん?」

デイダラに問われ、ルイズは「う〜ん」と唸った。

 

「……使い魔になったら、それなりの特殊な力が与えられるとは聞くけど、それは視覚の共有くらいのものだし、そんな妙な力を感じるようなものじゃないはずだけど…」

「つまり、分かんねーんだな…?」

「う、うっさいわね。私にだって分かんないことの一つや二つあるわ!」

プイッと目を逸らすルイズ。

他をあたるか、自分で調べるしかないかとデイダラが考えていた時だった。

 

突如として、外から轟音が響く。

 

 

「………!!」

「え!?な、なに?何の音?」

 

 

狼狽するルイズを余所に、デイダラは部屋の窓を開け放って外の様子を窺う。

 

「!!…ありゃあ、なんだ?」

「何?何だっての…!?」

遅れてルイズも窓から身を乗り出す。

 

「…!あ、あれはゴーレムだわ!大きい…!ここから見ても、ざっと三十メイルはあるわ…!」

「何?……あれが、ゴーレムだと?」

デイダラは望遠スコープを取り出すと、左目に装着し、よりはっきりと対象を見澄ます。

 

巨大なゴーレムの肩部に、黒いローブに身を包んだ、術者と思しき者がいる。フードで顔を隠している為、性別は不明。

どうやら魔法学院の本塔を殴りつけたことで、先ほどの轟音が響いたようである。巨大なゴーレムは、尚も本塔への攻撃を止めない。

 

(あのサイズだと『土影のジジイ』並のゴーレムだ…。それを操作する程の魔法だってのか…!)

 

デイダラが言う『土影のジジイ』とは、彼の元いた世界における、忍の頂点の一人である。

国土の大きい五大国に抱えられた忍の隠れ里では、その里長に、国を影から守る者として『影』の名が与えられ、その実力も折り紙つきの者が選ばれる。五つの大国を影から守る五つの隠れ里の長。それらは正しく忍の頂点であり、土影もまたその一角なのである。

 

その土影をもってしても、三十メートルもの巨大なゴーレムを作り出すことはあっても、操ることはできない。基本的に防御として用いるのみである。

 

(おもしれェ…、試してみるか…!)

 

デイダラが、秘かに巨大ゴーレムを操る術者を獲物として見定めていると、ルイズが声を上げる。

「あっ、シルフィード…!タバサよ!」

 

ルイズに促され、視界を遠方から戻すと、確かにタバサが、自身の使い魔に乗って巨大ゴーレムの元へと翔けていく姿が見える。

 

「あいつか…。結構勇敢だな、うん」

「デイダラ!私達も行くわよ!」

その一言が意外だったのか、デイダラは目を丸くする。

 

「…お前も行くってのか、うん?」

「当たり前じゃない!天下の魔法学院に賊が現れたのよ!見過ごす訳にはいかないわ…!」

強い意志でもってデイダラを見据えるルイズ。

 

「へぇ…!」

ルイズの覚悟が本物だと判断したデイダラは、手のひらで鳥型の粘土造形物を創ると窓の外へと放り、印を結ぶ。

 

 

「なら、さっさとこっちに乗りな…!振り落とされんじゃあねぇぜ、うん!」

「当然よ!」

 

 

大型の鳥の背にデイダラとルイズが飛び乗ると、一気に飛翔する。

 

「さぁ、向かって…!あのゴーレムの元に!」

「血気盛んだな。うん」

 

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

一分もかからずに、ルイズとデイダラは巨大ゴーレムの元へと行き着く。

 

どうやら、件のゴーレムは本塔の宝物庫を狙っているようで、既に何発もの拳を殴りつけた跡がある。だが、頑強な宝物庫の外壁は、いまだ陥落の兆しはない。

 

 

さらに、すでに先行していたタバサとシルフィードによって、現在巨大ゴーレムは撹乱されているようであった。

 

「ラナ・デル・ウィンデ…!」

シルフィードの背に乗りながら、タバサが呪文を唱える。

空気を固めて不可視の槌を放つ風属性の魔法『エア・ハンマー』である。

エア・ハンマーはゴーレムの胸部へ直撃するも、対象が巨大過ぎる為か、効果は今ひとつであった。

しかし、負けじとタバサは、これを何度も繰り返す。肩部のメイジに気づいたのか、標的をメイジのいる範囲に絞る。

 

「チッ…!ちょこざいな!」

巨大ゴーレムの肩部に立つ黒ローブのメイジは、タバサによる魔法攻撃に対し、肩部の岩を隆起させ、盾とすることでやり過ごし、鬱陶しそうにそう呟く。

 

ゴーレムは一旦本塔を殴るのを止め、その巨大な腕を振るい、シルフィードを打ち落とそうする。

 

「ッ!避けて…!!」

「!!……きゅっ、きゅい!!」

攻守が交代したかのように、今度はタバサが回避にまわり、自身の使い魔に指示をする。背後からの腕の接近に、シルフィードは慌てた様に鳴き声を上げる。

 

巨大ゴーレムは、両の腕を駆使し、上手くタバサ達の退路を断つ様に振るい、追い詰める。

 

「…!!」

上方へと回避しようとしたシルフィードに合わせて、巨大な腕が振り下ろされる。

あわやシルフィードが打ち落とされる、まさにその時ーーー

 

 

 

「芸術は……、爆発だァ!!」

 

 

 

振り下ろされた腕付近を目がけて、デイダラの放った起爆粘土製の鳥の群れが、一斉に爆発した。

 

振り下ろした巨大ゴーレムの腕は、肘付近から下が欠損し、リーチが不足した為にシルフィードを打ち落とすことは敵わなかった。

 

 

「大丈夫だった……!?」

ルイズとデイダラが飛行している高さまで逃れてきたタバサに、ルイズが声をかける。

 

「助かった…。ありがとう」

「ルイズの指示だ。感謝すんならこいつにしな、うん」

デイダラの言に、タバサは頷くことで返事をする。

 

「よーし、デイダラ。今度は私達の番よ!ゴーレムに接近して…!」

「へっ!偉そーに命令するねぇ、お前も…!うん!」

 

タバサとシルフィードからバトンタッチしたかのように、ルイズとデイダラはゴーレム目がけて降下する。

 

「狙うならゴーレムの右肩だ。岩が隆起して見え難いが、術者はそこにいる…うん」

「分かったわ!食らえ、ファイアーボール…‼︎」

呪文を唱え、ルイズは火属性の攻撃魔法を発動させる。しかし、ーーー

 

 

盛大な爆発が起こる。その箇所、左腹部。

 

 

「……………」

「…………言いたいことは色々あるが、せめて当てようぜ。うん?」

頬を赤らめながら「うっさい!次!」と声を荒げるルイズ。照れ隠しのつもりなのだろうか?

 

 

 

「……なんだい、今の魔法は?ファイアーボールじゃなかったっての?」

杖の先から火球が飛ばなかったのを見て、巨大ゴーレムを操っている、黒ローブのメイジも頭に疑問符を浮かべて呟く。

 

すると、再びルイズがファイアーボールを唱える。今度も黒ローブのメイジには当たらずに、あられもない方向で爆発音が響く。本塔外壁、ちょうど宝物庫の辺りだ。

 

黒ローブのメイジが、外壁に視線を移す。巨大ゴーレムの殴打で傷さえつかなかった外壁に、ヒビが入ったのを見届ける。

 

ニヤリ、と薄く笑う。黒ローブのメイジは、ゴーレムの拳を鋼鉄に変え、ヒビの入った外壁目がけて殴りつける。

 

 

 

「!!……本塔の外壁がっ」

ルイズは唖然としてそれを見つめる。強力な『固定化』の魔法がかけられていたはずの本塔外壁が、ゴーレムの拳によって打ち砕かれたのである。

 

「おい…!見てみろ、ルイズ」

「な、なによ…!今大変な…」

一方、デイダラの関心は、いまだ巨大ゴーレムにあった。

 

「オイラやお前が破壊した部位が、再生していってるぜ…!」

「えっ、ウソ!?」

巨大ゴーレムは、先ほど欠損させた腕や左腹部をどんどん再生させていき、瞬く間に元通りとなった。

代わりに、ゴーレムの足元の地面が、吸収されるように徐々に陥没していった。

 

「…なるほど。体を構成するものが側にあれば、あのゴーレムは何度でも再生できるみてーだな…うん」

「……分析してる場合じゃない」

のんびりと構えてゴーレムの能力分析をしていたデイダラに、シルフィードを横につけてタバサが注意する。

 

程なくして、再生されたゴーレムは、再びその巨大な腕を振るい始めた。

 

「おっと…!奴さん動き出したな、うん」

ゴーレムが振るう巨大な腕を、何度か危なげなくかいくぐると、ゴーレムの頭上付近まで上昇する。

 

巨大ゴーレムはデイダラを逃した後、今度はタバサの乗ったシルフィードを狙い始めた。

 

「って、ちょっとデイダラ!そういえば黒いローブの賊は!?」

どこいったの!?と、ルイズは叫ぶ。

 

「ん〜。……いた、あそこだ。うん」

ルイズは、デイダラが示した方向を見やる。

黒ローブのメイジはフライを使い、空を飛んで逃走していた。既に魔法学院の外壁を越えている。

 

「お、追ってデイダラ!おそらくあいつは盗賊よ!何か宝物庫から盗んだに違いないわ…!」

「あん…?だがよ…」

「いいから…!早く!」

「…チッ」

渋々といった様子で、デイダラは黒ローブのメイジを追おうとする。

 

「…ッ、危ない!!」

タバサが細い声で叫ぶ。デイダラとルイズの背後から、ゴーレムの腕が接近していた。

 

「うおっと、危ねぇ…!」

さらりと、横に旋回することで回避するデイダラ。

 

「きゃあああぁぁぁあ!!?」

「あっ、やべ…」

 

緊急的な回避行動だった為、鳥の背に乗っての飛行に慣れていないルイズが振り落されてしまっていた。

 

「ああぁぁあ、!?きゃんっ」

「おっ、ナイスキャッチ。うん」

 

落下したルイズを、タバサのシルフィードがルイズの服を咥えることでキャッチする。

 

「…乱暴」

「しょうがねーだろ。うん」

タバサの小言に、デイダラが投げやりに返すと、巨大ゴーレムに向き直る。

 

「やっぱ、こいつをぶっ壊してからだな…うん」

言いながら、デイダラは起爆粘土を両の手で握る。

 

(このサイズで、ちまちまと破壊してもすぐ再生するってんなら、チャクラレベル『C1』じゃあ火力不足か…うん)

 

いまだに腕を振るい続けるゴーレムに対し、デイダラが迎撃の準備を始めた、その時。

 

「……!!」

「あ?なんだ?」

突如として巨大ゴーレムが崩れ始め、ただの大きな土の山になった。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

「……やられた」

「そ、そんな…‼︎」

大穴の開いた本塔から宝物庫の中へと入ってきたルイズとタバサは、宝物庫の内壁に刻まれていた文字を目にする。

 

 

『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』

 

 

それは、魔法学院の貴族達を嘲笑うかのような、犯行声明であった。

 

 

 

「……不完全燃焼ってやつだな。うん」

そんな二人を背後に、デイダラは打ち砕かれた大穴から『土くれのフーケ』が去っていった方向を見やる。

 

望遠スコープ越しに見ても、わずかに森の木々が見えるのみで、あとは夜の闇ばかり。

フーケの姿は影も形もなかった。

 

 

 

 

 

 

 



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12,ルイズの矜持

 

 

 

 

土くれのフーケによる犯行から、一時間ほどの時が経った。

 

ゴーレムによって破壊された本塔外壁の周辺と宝物庫では、既に数人の教員メイジによる検分が行われている。まだ夜も深く、のんびり眠っている者が殆どなのか、現れた教員の数は少ない。

また、事件現場はトリステイン魔法学院に勤める衛兵達によって封鎖されている。

 

 

「貴方達、怪我はありませんか!?」

ルイズ達のもとにコルベールがやってくる。生徒の身を案じ、とても慌てた様子である。

 

「はい、ミスタ・コルベール。どこも怪我はありません。それより、すみませんでした…。フーケは、逃げていってしまいました……」

「………」

「ミス・ヴァリエール、ミス・タバサ。君達は生徒じゃないか。そんなことは気にしないでいいんだ。さぁ、もう君達は部屋で休みなさい」

申し訳なさそうな面持ちでいるルイズとタバサ。

そんな二人に対しコルベールは、ルイズとタバサに怪我がないことが分かると、ホッとした様子でルイズ達へ言い聞かせる。

 

「あの、今すぐ追わないんですか?」

「残念だが、この闇の中では碌な捜査もできんでしょうからな」

そんなぁ…、と思わず呟いてしまうルイズ。

 

「おい。部屋に戻るぞ、ルイズ」

「で、でも……!」

ルイズを置いて、寮へと戻ろうとするデイダラ。

そんなデイダラの後ろ姿を、ルイズは歯噛みしながら睨んだ。が、諦めたように俯いて後を追う。タバサもそれに続いていく。

 

 

 

「……さっきは、ありがとう」

「…えっ?」

途中、タバサにお礼を言われるルイズ。なんのことか分からないでいると、タバサは理由を述べた。

 

「ゴーレムの腕から助けるよう、彼に指示してくれた……」

「あ、ああ…」

言われて思い出す。だが、結局はそれもデイダラのおかげだ。自分は指示しただけで、何もしていない。

そう言うと、タバサはふるふると首を振り、否定の意を表す。

 

「貴女のおかげ…」

「……‼︎」

タバサは言うだけ言うと、お休みと言って自分の寮部屋へと戻って行く。

 

 

残されたルイズは、物思いにふける。それは、自室に戻ってからも続いた。

 

ふと、ルイズはベッド横の壁に背をもたれさせ、床に腰を下ろすデイダラに目を移す。

彼の定位置だ。夜、勝手に出歩いてあまり部屋にはいないので、睡眠をとる姿はまだ二、三回程しか見ていないが、睡眠をとる際はこうして、横になることはない。

 

「デイダラ……。なんであの時、フーケを追わなかったの?」

「……はッ。それをお前が聞くのか、ルイズ…うん?」

もちろんルイズは分かっていた。自分が足を引っ張ったからだ。ルイズは、自分で自分が嫌になる。

これでは本当に、自分はゼロなのではないかと思えてしまう。

 

ルイズが一人でナイーブな気持ちになっていると、デイダラから問いかけられる。

 

「オイラも一つ聞いていいか?…お前、なんであの盗賊を捕らえることにそんな必死になる?」

別にあいつと因縁がある訳でもねぇだろ、とデイダラは問う。

 

「そ、それは……」

答えあぐねるルイズ。確かに、別にルイズがこうして気張る必要など本来はない。教師達に任せるのが普通だ。

 

だが、ルイズはあの時、チャンスだと思ったのだ。決闘の効果で多少はなくなったが、未だに囁かれる、自分を『ゼロ』だと馬鹿にする声。それを覆すチャンスだと。

自分がフーケを捕らえれば、周りも自分を認めてくれるだろうと。もうゼロとは呼ばれないだろうと。

 

 

そして、この男がいれば、それが叶うと思っていたのだ。忍という魔法のような特殊な力を扱う、異世界から来た使い魔の力があれば…。

 

 

そうやって、ルイズは勝手にデイダラの力をアテにしていたのだ。

今なら、なんと浅はかな考えだったのだろうかと思う。こればっかりは、ルイズが自分の力でやらなくてはならないことなのだ。

だというのに、ルイズは足を引っ張るばかりか、ここぞという時にはデイダラの力に頼るばかりであった。

 

(このままじゃダメよ。このままじゃ、私はゼロから抜け出せない…!)

 

デイダラがただの平民ではないことなど、学院の生徒の殆どが知っていることである。そんな男に頼ってばかりいたのでは、結局ルイズの汚名は拭えない。

 

 

(なんか…、そう考えてると段々こいつにも腹が立ってきたわ…。こいつの能力も、結局はただの爆発のクセに…)

沈んでいた気持ちが、使い魔へのやつあたりへと変わっていく。

この使い魔が使う力も、自分が唯一できる魔法も、爆発だ。なのに、このどうしようもない差は一体何なのだろうか。

 

同じ性質の能力同士。ルイズは、自分に対しての失望が、デイダラに対してのある種の妬みの気持ちへと変わっていたのだ。

ルイズにとっては忌むべきものである爆発を、この男は芸術と宣う。いっそのこと、ルイズもそう思えたのなら、どんなに楽だったことか。

 

 

「…おい、何黙りこくってんだ?…うん?」

沈んでいたと思ったら、いきなりムスッとした表情で睨んでくるルイズに、デイダラは半ば呆れ顔で問いかける。

 

「……別に、あんたには関係ないでしょ…!」

「ふん。そうかよ」

冷めた様に言うと、デイダラは目を閉じる。

 

ルイズは頭を抱え、再び自己嫌悪に陥る。今デイダラにあたってどうする?

寧ろ彼は、ルイズがゴーレムの元へと行くと言い出した時、協力的だったではないか。チャンスを活かせなかったのは自分だ。

 

ルイズは、ベッドへ飛び込むことで考えを打ち切る。このままだと、頭がおかしくなりそうだったのだ。

 

思いの外疲れていたのか、目を閉じるとすぐに眠気がやってきた。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

翌朝。盗賊フーケによって学院の宝物庫が破られ、『破壊の杖』が奪われたというニュースは、瞬く間に学院中に広まっていた。

 

現在、ここ学院長室では、学院の教師達が集まり、緊急会議を始めていた。

ルイズ達は、事情聴取の為、そんな会議の場へと集められていた。

 

「だから、平民の衛兵などアテにはならんとーーー」

「当直の教師はなにをしていたんだね!」

「貴方だってサボっていたではないですか!」

 

しかし、学院長室へと来てみれば、やっているのは集まった教師達の責任の押し付け合いであった。

これには流石のルイズも複雑そうな表情を見せる。

 

「はっ!情けねーを通り越して呆れてくるな、貴族って連中はよ。うん」

「………」

デイダラのストレートな罵倒は、周りの教師達の声にかき消され、ルイズにしか聞こえなかった。しかし、ルイズはそれを聞いても何も言い返すことができないでいた。

 

 

その後、オールド・オスマン学院長による一喝でその場は静まる。今回の一件で、学院の教師達の怠慢が如実に現れてしまっていた。

 

 

「まったく君らは、少し落ち着かんか…。おほん。それで?現場を見ていた者というのが……」

「はい、この者達でございます」

オスマンの問いに答えるように、コルベールがルイズ達に手を向ける。

 

その場には、ルイズとデイダラだけでなく、タバサとキュルケの姿もあった。

 

「……なんで関係ないあんたまでここにいるのよ…!」

「ふん。いいでしょ、別に。あんたには関係ないことよヴァリエール」

ルイズは前を向きつつも、流し目でキュルケを睨みながら問いかける。

 

ルイズははぐらかされてしまったが、キュルケは、タバサが昨夜の事件に関わったと聞きつけて、心配だからという理由でここにいるのである。

 

「ふむ……、君達か…」

オスマンは興味深そうにデイダラを見る。デイダラは、そんな彼の視線に気がつくと、当然のように噛みついた。

 

「ああ?なんだジジイこら!なにさっきからジロジロ見てやがんだ!うん⁉︎」

「ちょ、ちょっとデイダラ!オールド・オスマン学院長よ!無礼よ!」

慌てて止めるルイズ。

それに続いて、周りの教師達も口々にデイダラの発言に非難の声を上げる。

そんな教師達を、オスマンが制する。

 

「まぁ皆の者、血気盛んなことは若者の美点じゃよ。……すまなかったの、使い魔君。人間の使い魔とは珍しいでな。ついジロジロ見てしまったのじゃ……」

オスマンの素直な謝罪に、デイダラは「ふん」と軽く返す。

 

 

デイダラの、オスマンへの第一印象としては「どこか狡猾で、なんとも食えないジジイだ」というようなものである。彼の纏う雰囲気が、デイダラにそう訴えかけてきたのだ。

 

(まったく、ジジイってのは世界共通でこんな奴らばっかなのか…うん)

デイダラが思い出すのは、かつて自身の芸術を否定した狡猾な頑固ジジイ、土影である。

 

(……なんか土影のジジイを思い出したらムカついてきたな、うん。…まぁ、この怒りはまた別なヤツで発散させるしかねぇか…)

過去の嫌な記憶を思い出し、湧き上がった破壊衝動だが、当の本人である土影がいないので、デイダラはひとまずオスマン達の会話へと意識を戻す。ちょうど、ルイズが事情を説明し終えたところであった。

 

 

「ーーーと、いうわけです…」

「うむゥ〜。追おうにも手がかりはなしということか……。そうだ。時に、ミス・ロングビルの姿が見えんが、一体どうしたのかの?」

オスマンが言い終えると、そこで狙ったかのようなタイミングで、緑色の髪の女性が現れた。ミス・ロングビルである。

 

「遅れて申し訳ありません。土くれのフーケの調査をしていましたもので……!」

「おお…!ミス・ロングビル、仕事が早いの」

現れたロングビルは、すぐにオスマンのもとへ行き、自分が調べた結果を報告する。

 

どうやら彼女は、学院の惨状を目にして、朝からフーケの調査をしていたとのことだ。

結果として、彼女はフーケの居場所を突き止めたという。

近在の農民に聞き込みを行い、近くの森の廃屋へ黒いローブの男が入って行くところを目撃した、という情報を手に入れたのだ。

 

「黒いローブの男!?それはフーケです!間違いありません!」

思わず叫んでしまうルイズ。

 

「……お前それ、この短時間で調べたってのか?…うん?」

「えっ?……もちろんです」

訝しむようにロングビルに問いかけるデイダラ。ロングビルは予想外のところから質問が飛んできたこともあり、多少狼狽えながらも肯定の返事をする。

デイダラはそれを受け、さらに胡散臭そうな表情になる。

 

 

フーケの居所まで、徒歩で半日。馬で四時間。王室へ衛士隊の要請をしている間に、フーケは逃げてしまう恐れがあるということだ。

もとより、これは学院の問題である為、オスマンは王室に報告する気などなかった。

 

「身にかかる火の粉を己で払えないで何が貴族か!」

 

こうして、学院長秘書であるロングビルがもたらした情報を元に、オスマンは有志を募り、捜索隊を編成しようとする。

 

「では、捜索隊を編成する!我と思う者は杖を掲げよ」

しかし、教師達は誰も杖を掲げない。困ったように、顔を見合わすだけである。

 

「おらんのか?おや?どうした!フーケを捕まえて、名を上げようと思う貴族はおらんのか!」

オスマンが何を言っても、教師達の様子に変化はなかった。

そんな様子を、デイダラはつまらないものを見るような目で眺めていた。

 

 

「………」

程なくして、それまでずっと俯いていたルイズが、静かに杖を掲げる。

それを見て、ニヤリと笑うデイダラ。そうこなくては…、と。

 

「な、なにを、ミス・ヴァリエール…!ここは教師に任せてーー」

「誰も掲げていないじゃないですか!私にはフーケを追う理由があるんです!」

唇を強く結んで言うルイズ。

この時、ルイズは覚悟を決めたのだ。

 

「ミス・タバサ、貴女まで…!」

見ると、タバサも杖を掲げていた。

 

「私も、最後まで…」

「タバサ……」

自分を見つめて、そう言うタバサに、ルイズは少し目を潤ませた。

 

そんな二人を見て、キュルケも杖を掲げる。

「ミス・ツェルプストー!」

「ふん。ヴァリエールには負けられませんわ」

それに、とキュルケは言い、タバサに微笑みかけながら続ける。

 

「親友が危険なところに行くって言うのに、呑気に待っていられないものね」

「……ありがとう」

「まったく、関係ないんだから大人しく学院にいればいいのに…」

キュルケとタバサが友情を深め合い、ルイズはキュルケに憎まれ口を叩く。

 

「あら、貴女から退治してもいいのよヴァリエール」

「やってみなさいよ、ツェルプストー!」

と、二人はまた言い合いを始める。

 

そんな三人の生徒を見て、オスマンは思わず笑みを浮かべる。

 

「ふむ。では、君らに頼むとしようか」

「オールド・オスマン!私は反対です!生徒達をそんな危険にさらすわけには…!」

反対するのはシュヴルーズである。しかし、オスマンに、では代わりに行くのかと聞かれると、すぐに黙り込んでしまう。

 

「彼女達は敵を見ている。それに、ミス・タバサは若くしてシュヴァリエの称号をもつ騎士だと聞いているが?」

教師達は驚いたようにタバサを見つめた。

「本当なの?タバサ?」

キュルケも驚いた様子であった。

 

「おい、シュヴァリエってのはなんだ?」

「シュヴァリエは王室から与えられる爵位のことよ。最下級のものだけど、私達のような年齢で与えられるなんて驚きよ……」

デイダラの疑問にルイズが答える。

さらに、シュヴァリエは純粋な業績に対して与えられる実力の称号とのことで、それをもつタバサの実力も相当なものであると予想できる。

 

「ほう。最初に見た時は、ただの読書好きの無口なチビだと思ってたが、人は見かけによらないってのは本当みたいだな…うん」

デイダラは、若干冷やかし混じりに、タバサに向けて声をかけると、すぐさま突っ込みが返ってくる。

 

「心外」

タバサである。彼女にしては、なかなかの返答の早さだ。

ルイズは、いつの間にか二人の仲が良くなってるのではないかと訝しんでしまう。

 

 

オスマンは話を続ける。

「ミス・ツェルプストーはゲルマニアの優秀な軍人を何人も輩出した家系の出で、彼女自身の炎の魔法もかなり強力だと聞いているが?」

オスマンに太鼓判を押されると、キュルケは得意げに髪をかきあげた。

 

最後に、ルイズへと視線を向けるオスマン。コホンと咳払いをして、褒めるところを探す。すぐには思いつかなかったのだ。

 

「え〜、その…。ミス・ヴァリエールは数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール公爵家の息女で、うむ、その、なんだ。将来有望なメイジと聞いておる。 ……おお、そうだそうだ。そして、その使い魔の彼はあのグラモン元帥の息子であるギーシュ・ド・グラモンを、その不思議な力で圧倒したという話だが?」

自分を褒める言葉よりも、使い魔のデイダラを褒める言葉の方が明らかに淀みなかった為に、少しムッとするルイズ。

 

そんなルイズを余所に、オスマンの発言によって周りの教師達は皆黙り込んでしまった。

 

「魔法学院は、諸君等の努力と貴族の義務に期待する。では馬車を用意しよう。魔法は目的地に着くまで温存したまえ」

それからミス・ロングビル、とオスマンは彼女に呼びかける。

 

「はい、オールド・オスマン」

「彼女達を手伝ってやってくれ」

ロングビルは、オスマンに頭を下げて言う。

 

「もとよりそのつもりですわ」

頭を下げたことで隠れた彼女の口元には、妖しい笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

こうして一同はミス・ロングビルの用意した馬車に乗り情報の場所へ向かった。馬車といっても屋根無しの荷車のような馬車だ。一応、襲われた時に逃げやすいように、という理由がある。

 

御者はロングビルが買って出た。

キュルケが、黙々と手綱を握るロングビルに話しかける。

 

「ミス・ロングビル、手綱なんて付き人にやらせればいいじゃないですか」

「いいのです。わたくしは、貴族の名を無くした者ですから」

ロングビルの発言に、キュルケだけでなくデイダラもわずかに反応を見せる。

 

「えっ?だって、あなたはオールド・オスマンの秘書なのでしょう?」

「ええ。でも、オスマン氏は貴族や平民だという事にあまりこだわらないお方ですから」

「差しつかえなかったら、事情をお聞かせ願いたいわ」

「よしなさいよ、昔のことを根掘り葉掘り聞くなんて」

困ったような表情を浮かべるロングビルを見かねて、ルイズがキュルケの質問責めを止めさせる。

 

「暇だからお喋りしようと思っただけじゃないの…」

ムスッとしてキュルケは、荷台の柵に寄りかかる。

ルイズは、そんなキュルケに向けて「まったく…」と呟くと、一息おいてからデイダラの方に目を向け、話しかける。

 

「……それにしても、あんたがこんな素直について来るなんて、意外だったわ」

「当たり前だろーが、ルイズ。昨日は不本意ながら、あのゴーレム野郎を仕留め損ねたんだ。次こそは仕留めるぜ…うん」

デイダラの同行する理由を聞き、ルイズは途端に申し訳なさそうになる。

 

「……昨日は、その。……悪かったわね、あんたの足を引っ張っちゃって…。今度こそ、フーケを捕まえるわよ、デイダラ…!」

そう言って、意気込むルイズに声をかけたのは、デイダラではなくキュルケであった。

 

「あっ。やっぱりあんた、フーケに挑んだっていうのもデイダラの力をアテにしてたのね!」

「…っ!!」

キュルケの発言に、一瞬ビクッと肩を震わすルイズ。

 

「図星ってわけね。やっぱりゼロのルイズらしいわ」

「ち、違うわよ!確かに、昨日はちょっとデイダラに頼ったかもしれないけど…。今回は、私一人の力でフーケを捕まえるわ!私の魔法で…!」

 

「……魔法?面白い冗談じゃない、ゼロのルイズ!」

キュルケの言に、ルイズは「なんですって!」と睨みつける。キュルケもそれに応じ、両者共に火花を散らして睨み合う。

 

しばらく睨み合った後、ルイズとキュルケは「ふん!」と、お互い別々の方向に顔を背ける。

 

「……先が思いやられるな、こりゃあ。…うん」

「………」

呆れたように呟くデイダラに、読書をしていたタバサがわずかに頷いてみせた。

 

 

そんな二人を尻目に、ルイズは一人、決意を固める。

(そうよ、今回はデイダラには頼らない…!次こそは私が、自分の力でフーケを捕まえる)

 

そうしてルイズは、デイダラに示したいと思った。学院の全員を見返すよりも前に、やるべきことを見定めたのだ。

自分の為にわずかでも力を尽くしてくれた、自身の使い魔に示すこと。

 

彼を召喚してからずっと、ルイズは自分の情けないところしか見せていない。さらには、彼は貴族に呆れ始めている。

 

それを覆すこと。魔法の一つも碌に使えないルイズだが、貴族としての誇りだけは、損ないたくはなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 






まとめる能力に欠陥があるので、今後、展開によっては文字数多くなってきそうですね…


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13,vs.土くれのフーケ


そのままだとちょこっと歯応えないので、
フーケさんが少し戦い慣れております。



 

 

 

 

 

馬車に揺られること数時間。

深い森の中に入っていった為、昼間だというのに薄暗く気味が悪い。

目的のフーケの居所まで、もう間も無くといったところで、ロングビルが「ここからは徒歩で行きましょう」と提案する。もしもの時、フーケに気付かれないようにする為だろう。全員、特に異論はないので素直に従い、森の小道を進んでいく。

 

しばらく進むと、森の開けた場所に出る。森の中の空き地といった趣のある場所に、元々は木こり小屋らしい廃屋があった。

 

「わたくしの聞いた情報だと、あの中にいるという話です」

指をさしてそう言うロングビルだが、廃屋には人が住んでいる気配が全くない。

果たして、どう行動するべきか。ルイズが、そう相談を持ちかけるとタバサが案を出した。

 

まず一人が偵察兼囮として、小屋の側へと行き、中の様子を確認する。フーケがいないなら合図を送り、ルイズ達を呼ぶ。フーケがいれば、これを挑発して外に誘き出し、一斉攻撃を仕掛ける。

タバサが提案した作戦はこんなものだ。

 

「お前、スゲーシンプルな作戦たてるな。なんかイメージと違ったぜ…うん」

「………」

デイダラの発言に、タバサはいつもと変わらない無表情でデイダラを見つめる。

 

「……チッ、悪かったよ。そう睨むんじゃねーよ。偵察役はオイラがやってやるからよ…うん」

コクリ、と頷くタバサ。

 

(…えっ。あれ、睨んでたの??)

(なんであれで分かるんだい…)

(……確かにあれは睨んでる時の表情…、だったわよね〜、あれ〜??)

 

デイダラとタバサのやり取りを傍から見た他の三人の感想である。

 

図書館での語学勉強をやる羽目になった為、デイダラは、ルイズの次くらいにはタバサと顔をつき合わす機会が増えたので、段々彼女の表情のわずかな変化が分かる様になっていた。…なってしまっていた。

 

「それじゃあルイズ、まずはオイラが先行する。こっちにも気を配っとけよ…うん」

「わ、分かったわ…!あんたも、小屋にフーケがいなかったら、すぐに合図送りなさいよ…!」

 

すると、デイダラは印を結んだと思ったら、体が煙に包まれて姿が消えてしまった。

 

「え?あれ⁉︎…デイダラは?」

「……あそこ」

タバサの指差す方へルイズが目を向けると、既にデイダラは小屋の窓から中を窺っていた。

 

「は、早っ!?いつの間に…」

「流石ダーリン!…でもどうやったの?」

「……分からない」

 

デイダラが使用したのは『土遁・土竜隠れの術』である。チャクラを流して土を細かい砂に変えて地中を移動する術で、使用前に煙を用いて経路も隠した為、完全に初見のルイズ達にはデイダラが瞬間移動でもした様に見えていた。

 

「…あっ、合図です。どうやらフーケはいなかったみたいですね」

デイダラからの合図を見て、ロングビルが呟く。

 

「そうみたいね、行きましょう」

「フーケはいない様ですし、わたくしは辺りの偵察に行ってきますね…」

そう言って、ロングビルは森の中へと戻って行った。

 

「………」

ロングビルが消えていった方向を、タバサはジッと見つめていた。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

ロングビルを除いた三人は、デイダラの待つ小屋の前へとやってくる。

タバサが扉の前で杖を振り、探知の魔法をかける。

 

「罠はない」

「なんだか拍子抜けねぇ〜」

ハズレ情報だったんじゃないの?と呟きながら、キュルケが小屋の中へ入っていく。

 

「…おい、あの女はどこいった?」

「辺りの偵察に行くって言ってたわよ?」

「……あっち」

デイダラが問いかけ、ルイズとタバサが答える。

タバサの指差した方向へ、デイダラは目を向ける。

 

「ちょ、ちょっとこれ!『破壊の杖』じゃないのー!?」

小屋の中で声を上げるキュルケ。その声に、タバサも小屋の中へと入って行く。

どうやら盗まれた宝は見つかったようだ。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

「……ここまで来ればいいだろう」

森の中へと入っていったロングビルは、おもむろに黒いローブを取り出した。

 

「さて、あとはあいつらの中に『破壊の杖』の使い方を知る者がいれば万事解決だね」

ガキ共しか来なかったのがちと残念だが、と呟きながら杖を構える。

 

彼女の雰囲気や言葉遣いは、既に学院長秘書の時のような上品なものではなく、どこか蓮っ葉なものとなっていた。

 

小屋の方を見通し、彼女は呪文を唱え始める。長い呪文であった。ルイズ達の様子に変化はない。詠唱を続ける。

そんな折、彼女に声がかけられる。

 

 

「ここにいたか……うん」

「!!」

ロングビルは、驚き、思わず声のした方へ杖を向ける。そこには、ルイズの使い魔であるデイダラがいた。大きな木の枝の上に、器用に立っている。

 

「あっ…。お、驚かさないでください…。ど、どうしたんですか?何故ここにーーー」

「そんな演技しなくたっていいぜ。もうバレてるからよ…うん」

 

「っ!」

「お前が『土くれのフーケ』ってワケだろう?…うん?」

核心をつくように、デイダラがロングビルを指差す。

 

チラリ、とロングビルは小屋の方を見やる。そこには間違いなく、デイダラの姿もあった。

 

「バカな…!何故お前がここにいる…⁉︎」

「小屋の方にいるのはオイラの分身だ…。朝の会議の時から、お前が本当に調査をしてたってんなら、調査時間に無駄がなさ過ぎると思ってな。一応警戒してたのさ…うん」

 

もしも、ロングビルが本当に早朝からフーケの捜索を始めたとしたら、学院から聞き込み現場までの往復でも十分に時間がかかり、会議には間に合わない。

魔法で移動を速くしたと仮定しても、どこに逃げたか分からないフーケの逃走経路を、奇跡的にジャストミートで調査しない限りは、不可能である。

 

「ってわけで、ここの場所を知るお前がフーケ本人の可能性が高いと思っていたのさ。うん」

「……ふん。この状況じゃあ、言い逃れできそうにないねぇ」

ロングビル改め、土くれのフーケは諦めたように態度を変え、黒いローブを捨てながらデイダラを見据える。

 

「正直、お前にはガッカリしたぜ。もう少しホネのあるやつかと思ったのによ…うん」

「……もうあたしを捕まえた気かい?そう思うにはまだ、早いよ…!」

言うや否や、フーケは呪文の最後の一節を早々と唱えながら、足元の地面を強く踏みしめる。

 

「!!」

途端にフーケの足元から巨大なゴーレムができ上がり、一気にデイダラは見下ろされる。

 

「……ああ、そうだった。ここのやつらの魔法ってのは呪文を唱えるんだったな。ついいつもの癖で、手に注意しちまったぜ…うん」

ゴーレムを見上げながら、デイダラは少し自嘲気味に呟く。

 

 

「詠唱が不完全だとでも思ってたのかい?こういうのを、油断って言うんだよ!くたばりなっ!」

 

 

フーケが叫ぶと、巨大ゴーレムはその腕をアッパーカットのような動きで、デイダラ目がけて振り上げる。

 

「……!!」

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

森の中に巨大ゴーレムが現れたことで、小屋の外にいたルイズは声を上げる。

 

「ご、ゴーレム!!フーケが現れたわよ!!」

すぐさま、小屋の中からキュルケとタバサが破壊の杖を持って出てくる。

 

「…うわっ、本当にでっかいわね!」

「!!…危ない!」

キュルケがゴーレムを見ての感想を呟いていると、タバサが危険を促す。

 

巨大ゴーレムが腕を振り上げたことで、森の木々が何本も小屋の方に吹き飛んできた。

 

 

「「きゃああぁぁぁああ!!」」

 

 

叫ぶルイズとキュルケはそれぞれ、デイダラと、タバサが近くに控えさせていたシルフィードが救出して、降ってくる木々から逃れた。

 

「ーーああぁ、あ?た、助かった…」

「……なんだ、失敗したみたいだな。うん」

ルイズを脇に抱えながら、デイダラは独り言を呟く。それをルイズが疑問に思う前に、飛んできた木々と一緒にもう一人のデイダラが降ってきているのに気づいた。

 

「…チィッ!!」

「あ、あれ!?デイダラがもう一人?!」

ルイズが驚きの声を上げる。

降ってきたデイダラは、舌打ちをしながら難なく着地する。

 

「ち、ちょっとデイダラ…!あんたなんで二人いるの!?」

ルイズは、さっきまで自分を抱えて、降ってくる木々から逃してくれた方のデイダラに問いかける。

 

「このオイラは粘土分身。あっちが本体だ…うん」

「い、いつの間に……、ていうか、そんな能力があるんなら先に言っときなさいよ…‼︎」

わずかに憤慨してみせるルイズをスルーして、デイダラは前半の部分だけを説明する。

 

「オイラが小屋に先行した時だ。あの緑髪の女がフーケなんじゃねーかと思ってたからな。偵察へ離れつつ、油断させたってワケだぜ…うん」

「…って、ミス・ロングビルがフーケですって!?そんな訳ないじゃーー」

言いながら、巨大ゴーレムに目を向けると、その肩部に立つ人影に、彼女の特徴的な緑色の髪が確認できた。

 

「……ウソッ」

「震えてるヒマなんざねぇぜ。お前、アレを捕まえんだろ?…うん?」

デイダラにそう言われ、ルイズはハッとして気づく。

 

(…体が、震えてる?)

ルイズは先程の、木が自分目がけて降ってきた瞬間に、死の恐怖を感じていたのだ。

 

(デイダラが、助けてくれてなかったら、さっきので…私、死んでいた…?)

遅れてやってきた恐怖に、ルイズは体を震わせてしまっていた。

 

 

 

「エア・ストーム」

「フレイム・ボール!」

タバサとキュルケが、シルフィードに乗りながら魔法を放つ。それぞれの属性が合致して、より強力な炎の渦となってゴーレムを襲う。

しかしーーー

 

「ふん!無駄だよ…!」

フーケは、ゴーレムの拳を鋼鉄に錬金して迎え撃つ。巨大な拳を前に、タバサとキュルケの魔法はゴーレムの拳に多少の熱をもたせただけに留まり、打ち消される。

 

さらに、ゴーレムの腕は再び振り上げられ、森の木々がシルフィード目がけて打ち上げられる。

 

「無理よこんなの!」

「退却」

「きゅいきゅい…‼︎」

キュルケが叫び、タバサが呟く。シルフィードが鳴き声を上げながら飛んでくる木々を避けていく。

 

 

 

(キュルケ……、私と一緒に叫んでたクセに、もう戦ってる…。なのに、私は……!)

フーケの巨大ゴーレムに挑む級友を見上げるルイズ。

 

 

「こっちもボチボチ始めるか…うん」

本体のデイダラは、そう言いながら梟型の造形物を創ると、空中へ投げる。造形物が煙に包まれた時には、分身のデイダラが煙の中へと飛び込んでいった。

 

「さーて、こっからはオイラのアートの時間だ。盛大に驚嘆させてやるぜ…うん!」

煙が晴れたときには、大型の梟型造形物に乗る分身デイダラがいた。

 

 

言うや否や、分身デイダラは瞬く間に巨大ゴーレムの頭上へと飛んで行く。

 

「!!」

「よっと…!」

驚きに目を見開くフーケを余所に、分身デイダラはフーケ目がけて梟から飛び降りる。

 

「何を…!くそッ…‼︎」

ゴーレムの腕が間に合わないと悟ったフーケは、杖を振るうと自身を囲う様に土のドームを作る。

 

「そんなんじゃ防げねーよ……『喝ッ!!』」

「イル・アース・デル……『錬金!!』」

 

 

デイダラが印を結んだ瞬間、分身デイダラの体は元の赤土色の粘土となり、盛大に爆発した。ギーシュ戦で見せた爆発などとは段違いの威力である。

 

 

「わお!」

「………」

空から爆発の瞬間を見たキュルケとタバサが、それぞれの反応を見せる。

 

 

「…………」

しかし、爆煙が晴れた時には、ゴーレムの顔が三分の二くらい吹き飛んだ程度であった。

 

その他、最も被害の大きいはずの爆発の中心であったゴーレムの肩部は、フーケが直前で作った土のドームごと、黒っぽい色の物質へと変わっていた。

 

「…あれは、『鉄』か?なかなかの硬度だな…うん」

参ったな、デル公を持ってくるんだったぜ。と、デイダラはひとりごちる。

 

ただ一口にゴーレムが動くだけと言えば別だが、そこに魔法を付与するだけで、なかなか多彩に戦えるものである。

デイダラは、まだ魔法の見切りが正確でない為、デルフリンガーを置いてきたことを少しばかり後悔した。

 

(…あらら。もう粘土が少ししかねーな)

腰のバッグに手を入れて、デイダラは残りの粘土の残量を確認する。

 

「さて、どう攻めるかな…うん」

考えながら、デイダラは正面のゴーレムを見据える。

フーケが鉄のドームに隠れていても、ゴーレムの操作にはあまり問題はないらしい。真っ直ぐこちらへ向かってくる。

 

「デイダラ…!」

思案中のデイダラに、ルイズが声をかけ、近づいてきた。

 

「手こずってるみたいじゃない」

「バカ言え。オイラの芸術の真髄はこれからだ…!お前こそ、もう震えるのは終わったのか…?」

ルイズの、若干の皮肉を込めた物言いに、デイダラが悪態をついて返答する。

 

「……ええ、そうよ。今度は私の番。私が、あんたに、有難いご高説を聴かせる番よ…!」

「うん?」

ルイズのよく分からない言い分に、デイダラは頭に疑問符を浮かべる。

 

「あんた言ってたわね。芸術は一瞬の美だとか、爆発こそが真の芸術だとか……よりにもよってこの私に、爆発の講釈するなんて…」

「ああ?」

ルイズはデイダラの隣に立つと、続けて話す。

 

「だから私も、あんたに教えてあげるのよ…!私が教えるのは、真の貴族についてよ!貴方を召喚したご主人様が、どれだけ偉大な存在かってことを…!」

教えてあげるわ…!と、ルイズは胸を張って言う。その表情は、先程の様な弱々しいものではなかった。

 

「…へぇ、あの学院で臆病風吹かしてるような連中とは違うってか。無理しねぇでお前も逃げりゃあいいんじゃねーか?…うん?」

「……ふん。いい?貴族っていうのは、魔法が使える者を貴族と呼ぶんじゃないわ」

ルイズは杖を握りしめ、ゴーレムへ向ける。

 

「敵に後ろを見せない者を、貴族と呼ぶのよ!私は貴族よ!あんな賊から逃げ出す様なマネ、絶対にしないわ!」

声高々と叫ぶルイズ。

デイダラは、そんなルイズを素直に好ましいと思った。

 

「はっ!そんな綺麗事、言ってられねーときなんていくらでもあるんだぜ…うん」

「う、うるさいわね…!人がせっかく決めてる時に…!」

デイダラの現実的な反論に、ルイズは頬を染めて照れてしまう。

良いところで水を差す、自分の使い魔にもう一言くらい小言を言ってやろうかと思ったルイズだが、デイダラに遮られる。

 

「…だが、まぁ。学院の他の連中と比べりゃ、断然上等だ…。うん」

「……デイダラ!」

 

「お前がその気なら、あのゴーレムの攻略方法は決まった。やるぜ、ルイズ。反撃開始だ…。うん」

「ええ!」

ルイズとデイダラの前に、先程放った大型の梟の造形物が降りてきた。二人はそれに乗り込み、フーケのもとへ飛び立つ。

 

 

「さぁ。オイラ達『爆発コンビ』の力、見せてやろーぜ…うん!」

「……その呼び方、もうちょっと何とかならないの?」

ルイズは呆れ顔だが、デイダラの表情はこの上なく生き生きとしていた。

 

 

 

 

 

 

 





デイダラがルイズをコンビとして認めた回でございます。


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14,爆発コンビの初陣


今回の話、できあがって「さぁ投稿するぞー」と思ってたら間違えて全文ほかの文章と置き換えてしまってました。

ただの削除よりタチが悪かったです……




 

 

 

 

 

 

森の中で、重く短い地響きが断続的に続く。

三十メートルにも達する巨大なゴーレムは、歩を進めるだけで地鳴りのような轟音を響かせる。

 

フーケは、巨大ゴーレムの破壊された頭部を素早く再生させながら、正面に滞空しているルイズとデイダラに向かってゴーレムを進ませる。

 

 

(…やつら、すぐには突っ込んで来ないか。さっさと返り討ちにして、破壊の杖を回収しときたいんだがねぇ……)

 

鉄のドームの中で、フーケは思い通りにうまく事が運ばない現状に対して、少しずつだが苛立ちを募らせる。

わざわざこの場所に誘き寄せた学院の生徒達が破壊の杖を使う素振りすら見せてくれないというのも、苛立ちの原因でもあった。

 

(破壊の杖……。あれの使い方を知る為に、逃げずに学院長秘書として舞い戻ってきたってのに、これじゃあ無駄骨じゃないかい)

 

昨夜の盗みを終え、破壊の杖を目のあたりにした時、今までに見たこともない形状の杖に驚き、使い方がまったく分からないという事実に愕然とした。

売り捌くにせよ、今後の泥棒稼業に利用するにせよ、使い方が分からねば話にならない。

 

だからその使い方を知る為に、わざわざ学院から生徒達を連れてきたのだ。

だが、その作戦も失敗だ。このままでは盗んだ破壊の杖を取り返されてしまう危険性もあり、フーケは気が気ではなかった。

 

(…それもこれも、全部あのヴァリエールの使い魔のせいだね)

 

妙な爆発物を使う、戦い慣れた様子の人間の使い魔。

あの男のせいで、フーケの計画は頓挫したのだ。おまけになかなか倒されてくれない厄介な能力者だ。苛立ちが募るばかりである。

 

 

そうしてフーケが思案していると、ゴーレムは何かの接近に感づき、そちらに視線を向ける。

フーケは静かに、ゴーレムの視覚情報を読み取った。青い風竜が、右側上方から接近していた。確か、破壊の杖を持っているのはこっちの二人組だったはずだ。

 

「…ふん。あたしにもまだ運が巡ってきているようだね…!」

フーケは喜び勇んだ様子で、そう声を上げた。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

「タバサ、あれ何やってるんだと思う…?」

「……作戦会議?」

キュルケとタバサは、ゴーレムの正面に滞空しながら何も動きを見せずに話し込んでいるルイズとデイダラを見る。

普段と変わらない様子のデイダラと、驚いたり怒ったりといった表情を見せるルイズの姿を眺めて、疑問符を浮かべる。

 

 

「まぁなんであれ、あの娘がやる気になったって言うなら!あたしも負けていられないわね…!」

タバサ、もう一度フーケに攻撃よ!と、声高々に提案するキュルケ。

タバサは頷くことで了承すると、シルフィードに再びフーケに接近させ、呪文を唱える。二人の連携攻撃だ。先程はゴーレムの拳に防がれたが、現在のフーケは鉄のドームに隠れているのだ。視覚情報のない今なら、確実に当てられる。

 

「エア・ストーム」

「フレイム・ボール…!!」

 

強力な炎の渦という連携魔法が、鉄のドームに隠れているフーケを襲う。

攻撃の見えないフーケでは、防ぎようがない。加えて、鉄のドームに当てれば蒸し焼き必至の一手であった。

しかしーーー

 

 

ギロリ。巨大ゴーレムの瞳が、二人の魔法を捉える。

 

「……ウソッ」

「…手強い」

巨大ゴーレムは魔法を確認すると、先程と同様に鋼鉄に錬金された腕を振るい、炎を振り払ってしまった。

 

「何よあれ!こっちの攻撃が見えてるっていうの!?」

「視覚共有…」

キュルケは文句を叫び、タバサは冷静に分析する。

おそらく、フーケはゴーレムの視覚を通じて自分達の接近を感知したのだとタバサは判断した。

 

「何よそれ…。ならどうやってあいつを倒せばいいのよ…!」

「………」

少なくとも、自分達の魔法ではゴーレム相手に相性が悪いのは確かだ。

純粋に火力が不足しているのだ。タバサの風の魔法では言わずもがな。キュルケの火の魔法は、狙い次第では有効だが、そう易々とフーケの操るゴーレムには近づけない。

 

さて、どうしたものかと、タバサが考えあぐねていると、作戦会議は終わったのか、ルイズとデイダラが動き出した。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

一直線に、フーケの下へと向かうデイダラ達。

だが、素直に近寄らせるフーケではない。自分の下へ向かってきたと分かるや、フーケはゴーレムに、足元の木々をまるで雑草でも抜くかのようにむしり取らせる。

 

「やはり破壊の杖回収より、先にお前らを蹴散らさなきゃいけないようね…!」

 

自身の焦燥感を抑え、フーケはゴーレムに握らせた木々を粘土製の梟目がけて投げさせる。

 

「チィッ…!」

舌打ちをしつつ、デイダラはそれを旋回するようにして回避する。

 

(ここが森の中で助かったよ。あの厄介な鳥を叩き落とす弾に困らないからね…)

 

鉄のドームの中でほくそ笑みながら、フーケは次々とゴーレムに森の木を投げさせる。その投擲スピードは、先程ゴーレムに打ち上げさせたものとは比べ物にならない速さだった。

 

「これだけ弾数があれば、どんな幻獣だろうと撃ち落としてみせるよ…!」

自信満々に声を上げるフーケ。

ゴーレムから放たれる木の弾丸の数々は、デイダラ達を撃ち落とすべく、弾幕状に展開されていた。

 

 

「…!!」

「……ちょっと、流石にあんなの無茶苦茶じゃ…」

ルイズ達よりもさらに上空へと避難していたタバサとキュルケは、その光景に思わず息をのむ。

もし、あれを目の前に展開されたら、避けきる自信がなかった。

 

 

「……ふん。ちょっと回避に専念するぜ、ルイズ。今度は落っこちるんじゃないぜ…うん!」

「当然よ…!私を舐めてると痛い目合わせてやるんだから…!」

デイダラは身を屈めて膝立ちの体勢となり、ルイズはそんなデイダラの背に掴まる。

 

「いい度胸じゃねーか……そらよォ!」

正面に展開された木の弾幕の一箇所に、デイダラは起爆粘土を投擲する。それは、すぐに煙に包まれ、大型の鳥となる。

 

「喝ッ!」

 

デイダラの発声と共に、大型の鳥は盛大に爆発し、弾幕の中に風穴という突破口を開く。

 

 

「っ!!やるわね…!」

一瞬焦った様な表情となるが、すぐに気を取り直して、フーケは次の弾丸を放つ為に杖を振るう。

次から次へと、ゴーレムに木の弾幕を張らせるフーケ。

 

しかし、デイダラが操る起爆粘土製の梟は、器用にも飛来してくる木々の隙間を縫うように回避する。

 

「くそッ!いやにすばしっこいね…!」

ゴーレムの視界には、今だに撃ち落とされない梟の姿が見える。フーケは木を投擲し続けるが、デイダラはそれをものともしない。

自分の下へと近づいてくるデイダラに、フーケは段々焦燥感が蘇ってくる。

 

瞬く間に、ゴーレムの眼前へと接近するデイダラ。

 

「だが、近づいたんならゴーレムの腕の射程範囲だよ…!」

鉄のドームにより、身の安全が確保されている為か、フーケはゴーレムの操作を攻撃に専念できるのだ。

腕を振り回し、デイダラ達の迎撃を図る。

 

 

意外と素早い腕の攻撃を前に、デイダラの操る梟は、一旦だがわずかに距離をとる。

 

「やるねぇ、うん。……だが」

デイダラは両の手のひらを開き、二体の鳥型人形を見せる。

 

「今度のは速いぜ!…うん!」

新たな鳥型起爆粘土を放つデイダラ。その鳥は普通の鳥ではなく、二対の翼をもった特異な姿をしていた。

 

 

「なんだい、ありゃ?ただの鳥じゃないのか…⁉︎」

二対の翼をもつ鳥は、ゴーレムの腕を掻い潜り、あっという間にその眼前へと迫る。

 

 

「喝!」

デイダラの声が聞こえたと思ったら、途端に何も見えなくなる。

フーケは、すぐに状況を悟った。

 

「あいつ…!ゴーレムの目を、やりやがったね…!」

視界を奪われ、フーケは焦る。今のままでは、恰好の的にされてしまう。

フーケはゴーレムの目を再生させるまでの間、接近を許さないというように、ゴーレムの腕を無差別に振り回させる。

 

そして、すぐにゴーレムの目を再生させようとフーケが自身の魔力を高めた時、次の爆発が起きる。

 

「…っ!なんだい。……こ、これは!?」

わずかに感じた浮遊感で、フーケは気づく。

今度は、ゴーレムの脚をやられた。

 

「うっ、きゃあぁぁあ!ま、まずい…!」

すぐさまゴーレムの手を伸ばして地面に倒れるのを防ぐ。

 

(これはまずい…!はやく足も再生させないと…!)

ゴーレムの転倒により、鉄のドームの中でのフーケは、体勢を崩してしまい仰向けの状態で倒れていた。

 

すぐにゴーレムを再生させなければ…!

フーケがそう思った瞬間に、新たな声が響いてくる。

 

 

「イル・アース・デル…!」

 

 

聞こえてきたのは凛とした少女の声、ルイズである。それに、唱えているのは錬金の呪文であった。

そう、フーケが理解した時。自分が潜む鉄のドームで爆発が起こり、『光が見えた』のだ。

 

「…あ……な、にぃ…!??」

目の前の、鉄のドームの壁に穴が開いた。

 

 

(バカな…!あたしは腐ってもトライアングルクラスのメイジだよ‼︎そのあたしの錬金を、あんな小娘が…)

 

そこまで考えて、フーケははたと思い出す。

昨夜の、宝物庫の壁にヒビをいれたのが誰であったのかを。スクウェアクラスのメイジが、強力な固定化の魔法をかけたはずの宝物庫の壁を、『誰が』……。

 

 

「…ハッ!」

「気づいたか…?だがもう遅い。こういうのを、油断というんだよ……うん」

 

 

ドームの穴越しに、デイダラと目が合ったと思ったら、蜘蛛型の人形が目の前に一匹落ちてくる。

 

「なっ!?こ、これはぁぁああ?!」

 

 

「芸術は………」

 

「爆発よっ!!」

 

 

デイダラとルイズの声が聞こえた直後、蜘蛛型の人形は爆発した。

 

 

爆音の割りに威力は小さめであったが、生身の人体にとってはそんなもの、関係がなかった。

 

(まさか…『ゼロ』の落ちこぼれに、してやられるなんて、ね…)

飛びそうな意識の中、最後にそう頭の中で呟くと、今度こそフーケの意識は真っ暗に沈んでいった。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

地面に両手をついて、中途半端に倒れかけていたゴーレムは、術者が気を失ったことでその体を形成する土を、まるで滝のように崩れ落とす。

土くれのフーケもまた、崩れ落ちるゴーレムと共に、真下の森へ自由落下していく。

 

 

「まったく、こんなとこでも『殺さないように』なんて難儀なことするとは思わなかったぜ。うん」

 

落下していくフーケの姿を確認すると、デイダラは彼女の体を梟の尾羽で丸めとるようにして、器用に受け止める。

 

「し、死んでないでしょうね…?」

「ご要望通り、手加減してやったんだ。ちゃんと生きてるよ…うん」

受け止められたフーケを見て、ルイズは不安そうな声をもらす。

そんな彼女に、デイダラは気怠げに答えると、ルイズは緊張の糸が切れたのか、腰を抜かした様にへなへなと座り込んだ。

 

 

「ルイズ!デイダラ!」

二人が声のした方へ目を向けると、シルフィードに乗ったキュルケとタバサが、上方からルイズ達の飛行している位置まで降下してきた。

 

「お見事」

「ほんとね。二人共、怪我もないようで何よりよ。……あんたもなかなかやるわね、ルイズ。まさかフーケの錬金した壁を貴女が破るとは思わなかったわ」

降下してきた二人は、そろって賛辞の声をかける。

 

「と、当然よ。私を誰だと思ってるのよ…」

とっても珍しい、というより初めてのキュルケからの賛辞だったが、ルイズは素直に喜べないでいた。

 

 

先の作戦会議で、デイダラから説明されたフーケ攻略のキモ。それがルイズによる鉄のドームの破壊であったのだが、その大役をルイズに任せた理由が問題だったのだ。

 

“宝物庫の外壁を破ったお前の魔法なら大丈夫だろう…うん”

 

はじめにその言葉を聞いた時、ルイズは自分の耳を疑った。

彼は、宝物庫の外壁を破ったのはフーケのゴーレムではなく、ルイズの魔法だと言うのだ。その時は半信半疑であったルイズだが、今こうして、フーケの錬金を破った後だと、考えを改めざるを得ない。

 

今回のこの騒動。ルイズは、知らず知らずの内にフーケに協力をしてしまっていたことになる。

 

 

「……?ねぇ。なんであんた、そんなに汗かいてるの?」

「べ、別にー?つ、疲れたんだからしょうがないじゃない」

冷や汗をかきながら、ルイズは複雑な表情となる。

タバサが抱える破壊の杖を目に入れて、ようやくルイズはホッと息を吐く。

 

「なに情けねー顔してんだよ、ルイズ」

「むっ」

そんな様子のルイズに声をかけたのはデイダラだ。

そんなに情けない顔をしていただろうか?

 

 

「このオイラが手を貸してやったとはいえ、よくしっかり決めてくれたな。初めての連携にしちゃ上出来だったぜ、うん」

満足気に話すデイダラ。相変わらず、主人と使い魔の垣根を無視する男だ、とルイズは思った。

 

だが、今はそんなことを矯正させるよりも、言っておく言葉があるだろうと、気持ちを切り替える。

 

 

「……当たり前でしょ。私はあんたのご主人様なんだから…!」

 

胸を張って言うルイズ。そこには、昨夜のような劣等感などはなく、純粋な自負が込められていた。

まだ、どんな魔法を唱えても爆発ばっかりなルイズだが、少なくとも以前よりは、自分の魔法による爆発が、嫌いではなくなっていたのだ。

 

 

 

 

その後、土くれのフーケを無事捕らえ、破壊の杖を取り返したルイズ一行は、意気揚々として、乗ってきた馬車で学院までの帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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15,目指すべき先

 

 

 

 

「ふーむ……。ミス・ロングビルが土くれのフーケじゃったとはな……」

「……まさか、彼女が…」

衝撃の事実に圧倒されたかの様に、オスマンは自身の椅子へもたれかかりながら重々しく口を開く。

オスマンの隣に控えていたコルベールも、思わず声を零してしまう。

 

 

現在ルイズ一行は、学院長室にてオールド・オスマンへ事の顛末を報告していた。

学院長室では、オスマンとコルベールの二人がルイズからの報告を受けており、どちらもルイズの報告には驚いた表情を見せていた。

 

デイダラを除くルイズ・キュルケ・タバサの三名は、オスマンとコルベールの反応に、神妙な面持ちを見せていた。

仮の姿とは言え、自分達よりも深くロングビルと接していた二人である。思うところも多々あるだろう、と。

 

 

「一体、どこで採用されたのですか?」

「街の居酒屋じゃ。彼女は給仕をしておった。あまりに美人だったもので、ついついこの手がお尻を撫でてしまってな……」

 

しかし、オスマンの発言で女性陣は急速にその目を冷めたものへと変えていく。

 

「今思えば、あれも魔法学院に潜り込むためのフーケの手じゃったに違いない。居酒屋でくつろぐわしの前に何度もやってきて、愛想よく酒を勧める。魔法学院の学院長は男前で痺れます、などと何度も媚を売り売り言いおって……。終いにゃ尻を撫でても怒らない。惚れてる?とか思うじゃろ?そりゃ秘書にも雇っちゃうわい」

 

無茶苦茶な言い分に、もはやオスマンは三人の生徒から白眼視される一歩手前であった。

 

「そ、そうですな!美人はただそれだけで、いけない魔法使いですな!」

「そのとおりじゃ!君はうまいことを言うな!コルベール君!」

そんなオスマンに同調するように声をかけたのはコルベールである。彼も何か、やましいことがあったのだろう。

 

そんな二人の様子に、ルイズ達はため息を漏らし、呆れた表情となる。

デイダラも「これだからジジイと中年は…」と零しながら、ルイズ達と同様の表情を見せていた。

 

 

生徒達の冷たい目線に気づくと、オスマンは照れたように咳払いをして、厳しい顔つきへと変える。

 

「さてと、君達はよくぞフーケを捕らえ、『破壊の杖』を取り返してきてくれた。これは私の恩人の形見でな。本当に、感謝しておる。ありがとう」

そう言うと、オスマンは自身の机の上に置いてある破壊の杖が入った箱を、大事そうに触りながらルイズ達に感謝の言葉を言う。

 

それを受け、デイダラを除いた三人が誇らしそうに礼をした。

フーケは城の衛士に引き渡され、破壊の杖も無事、学院へと戻ってきたのだ。これにて一件落着である。

 

 

「それにしても、何故ミス・ロングビル……もとい土くれのフーケは、破壊の杖を盗んだ後も学院に現れたのでしょうか?」

「ふむ。おそらくじゃが、彼女はこれの使い方が分からなかったのじゃろう。何せ見たこともない形状の杖ゆえ、このわしでも使い方が分からないのだからな」

コルベールの疑問に、オスマンが笑いながら答える。

 

「学院長でもですか…?」

「…それ眉唾なんじゃねーのか?…うん?」

オスマンの言に、ルイズとデイダラが思わず尋ねる。デイダラには若干の呆れも見えた。

 

「だが、これは確かに強力な武器であることには間違いない。これの元の持ち主は、破壊の杖を使い、一撃でワイバーンを倒したのじゃからな」

「それなら、確かに強力で危険な杖ということになりますな」

それを聞き、ルイズ達は破壊の杖を取り戻せて良かったと、再び安堵の息を吐く。

 

「安心せい。もう二度と盗まれぬ様、より厳重に管理するわい。……さて、物騒な話をしてしまったが、これにて一件落着じゃな。君達にはシュヴァリエの爵位申請を、宮廷には出すつもりじゃ。と言っても、ミス・タバサはすでにシュヴァリエの爵位を持っておるからの。代わりに精霊勲章の授与を申請するつもりじゃ」

追って沙汰があるだろう、とオスマンは続けた。

ルイズ達三人は、ぱぁっと顔を輝かせた。

 

「本当ですか…!?」

「本当だとも。いいのじゃ。君達はそれだけのことをしたのじゃから」

驚いた声で尋ねるキュルケに、オスマンは当然のことだ、と答える。

 

そんなやりとりを見ながら、ルイズはチラリと隣に立つデイダラに視線を向ける。

 

「……オールド・オスマン。デイダラには、何もないのでしょうか…?」

「残念ながら、彼は貴族ではない」

その答えに、ルイズは「そんなぁ…」とうなだれる。

 

今回の任務、ルイズはデイダラがいなければ口ばかりで何もできずにいただろう。ルイズが、フーケに立ち向かうことができたのは、デイダラの存在が大きかったのだ。

大層な称号でなくとも、せめて何かしらのご褒美は出してあげてほしい。というのが、今のルイズの素直な気持ちであった。

 

 

「そんなもんいらねーよ。オイラには何の役にも立たねーからな…うん」

デイダラがそう言うと、オスマンはポンポンと手を打った。

 

「さてと、今日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。このとおり、破壊の杖も戻ってきたし、予定どおり執り行う」

「そうでしたわ!フーケの騒ぎで忘れておりました!」

顔を輝かせたキュルケを見て、オスマンは満足そうに頷く。

 

「今日の舞踏会の主役は君たちじゃ。用意をしてきたまえ。せいぜい、着飾るのじゃぞ」

 

デイダラを除いて、ルイズ達が礼をする。

 

 

そうして、一同は学院長室を後にしようとドアへと向かうが、デイダラだけ引き止められてしまう。

 

「ミス・ヴァリエールの使い魔の君。ちょっといいかな?」

「何だ?オイラは、お前らに用は…」

言いかけて、デイダラは自身の左手の印のことを思い出す。

ちょうど良い、こいつらに聞くか。そう考えて、デイダラは立ち止まり、学院長室へと残る。

 

「ルイズ、先行ってろ。すぐ済むだろうからよ…うん」

デイダラにそう言われ、ルイズは心配そうに見つめていたが、頷いて部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

「…さて、何が聞きたいんだ?…うん?」

ルイズ達が学院長室から出て行った後、デイダラは口を開き尋ねる。

 

「ほっほっほ、豪胆じゃのう。……率直に言うと、わしらは君を単なる平民などとは思っておらん。以前の決闘騒ぎに続き、今回の一件でも君の存在は大きい、そうじゃろう?只者ではないと思っての」

それで聞きたいのじゃ、とオスマンは続ける。

 

「君は一体何者で、どこから来て、何を思っておるのかを。君は、これから何を成そうとしておるのじゃ…?」

 

質問の上に、さらに質問を重ねて尋ねるオスマンに、デイダラは「そう畳み掛けるんじゃねぇよ」と零す。

 

「教えてやってもいいが、その代わりにオイラも聞きたい事がある。まずはオイラのが先だ」

デイダラの言い分に、コルベールは難色を示したが、オスマンはすんなり承諾する。

 

「いいじゃろう。君には爵位を授けることはできないが、質問ぐらいには答えよう」

何でも聞きたまえ、というオスマンに、デイダラは自分の左手の甲を見せる。

 

「ルイズに剣を貰ってな。握ってみたらこの印が光り、何かしらの力を感じた。今までのオイラには無い能力だ」

使い魔のルーンがよく見えるように突きつけながら、デイダラは続ける。

 

「この印は使い魔の印らしいな。だが、さっき言った様な能力は、本来使い魔に与えられる力じゃないはずだ…うん」

お前らなら何か知ってるんじゃねーのか?

 

言い終えると、デイダラは左手を下ろす。

オスマンとコルベールは、言うべきか迷ったが、ちゃんと教えることにした。

 

「……それは伝説の使い魔『ガンダールヴ』の印じゃ。なんでも、彼の使い魔はありとあらゆる『武器』を使いこなしたという。始祖ブリミルに仕えた使い魔の中でも最強の存在だそうじゃ」

伝えられた言葉に馴染みがなかった為か、デイダラは疑問符を浮かべていた。「ガンダールヴ?ブリミル?」と。

 

「と、まぁ。君の使い魔のルーンが伝説のガンダールヴのルーンと酷似していたので、我々が立てた推測じゃが、君の話を聞く限り、どうやら当たっていた様じゃのぅ」

「そのようで……」

納得するオスマンとコルベールを余所に、デイダラは大胆にも、オスマンの目の前にある破壊の杖を箱から取り出してその手に持ってみる。

 

「あっ!ち、ちょっと!」

「まて、ミスタ!」

デイダラの大胆な行動にコルベールが止めようとするが、それをオスマンに止められる。

すぐに、デイダラの左手のルーンが光り出す。あらゆる武器を使いこなすという、ガンダールヴの能力だと確認できる。

 

 

「……なるほど。爆発すんのか、これは…」

 

 

言うや否や、デイダラは目の前のオスマン目がけて破壊の杖を構える。その動きに、淀みはない。

 

「!!」

「な!なにを!?」

コルベールは咄嗟に自分の杖をデイダラに向けるが、遅過ぎたようだ。呪文を唱える暇はない。

 

 

「『M72ロケットランチャー』……誰が作ったのかまでは分からねーが、それがこいつの正式名称らしいぜ。ワイバーンとやらを吹き飛ばしたというのも、どうやら嘘じゃないみたいだな…うん」

「……なにをするつもりじゃ?」

淡々とした様子のデイダラに破壊の杖、ロケットランチャーを突きつけられ、オスマンは静かに問いかける。

 

「武器を掴めば、それの名称や使い方も分かるみてーだ。確かに、お前らの言った通りだな。……さて、知ってることはそれだけか?ならもう用済みだな、うん」

「まだ、私達の問いに答えて貰えてないがの?」

「この後に及んで、そんなこと聞いてどうしようってんだ?」

剣呑な雰囲気の中で、コルベールはゴクッと唾を飲み込みながら、二人のやりとりを見つめる。

 

トリガーに指をかけてみせるデイダラ。

 

「……君はそれを使うつもりなどないじゃろう?」

「何故そう思う?」

「ガンダールヴなら分かるはずじゃ。その武器をここで使えば、君もただでは済まぬぞ…」

「………」

視線を交差させる両者。

睨み合いの末、デイダラが笑みを浮かべながら破壊の杖の標準を外し、元の箱の中へと戻す。

 

「なかなか肝が据わったジジイだな。少し見直したぜ…うん」

「私はそれの威力を目の前で見ているのだ。それを使っておふざけをするには、少し状況が悪かったの」

オスマンは、デイダラが本気ではないと最初から見抜いていたのだ。

コルベールは思わずため息を吐く。勘弁してほしい、と。

 

 

「まぁ、おかげでこいつの謎も解けた。礼を言うぜ…うん」

左手のルーンを見ながらそう言うと、デイダラは踵を返し、ひらひらと左手を振りながら学院長室を出て行こうとする。

 

「これ!まだこちらの質問に答えて貰ってないぞ…!」

オスマンの呼びかけに立ち止まるデイダラ。

デイダラは、わずかに目を後ろに向けながら、左の手のひらをオスマン達に向ける。手のひらの口が、まるで嘲笑っているかのようだった。

 

「オイラはこことは違う、異世界から来た忍だ。…忍とは、まあお前達で言うところのメイジの様な力を扱う者と思ってくれていい」

静かに語るデイダラに、耳を澄ませるオスマンとコルベール。さらに彼は続ける。

 

「オイラが何を思い、何を成そうとしているか、だったな。……今も昔も、オイラの中にあるのは、ひとつの欲求だけだ」

そして、完全にオスマン達へと向き直るデイダラ。相変わらず、左手のひらの口は嘲笑っているようだ。

 

「誰もが恐れ、慄き、驚嘆する。そんな『究極芸術』を創ること…!それが芸術家であるオイラの、目指すべき先だ…!」

 

話は終わりだとばかりに、再びデイダラは踵を返し、扉に手をかける。

 

「待て。……君の言う『芸術』とは、一体何なんじゃ…?」

ガタンと椅子を押して立ち上がり、その背中に問いかけるオスマン。

どこか慌てているのは、デイダラの言う目的があまり穏やかな印象を受けるものではなかったからだろう。

 

デイダラはそんなことか、と背中越しに答える。

 

 

「知れたこと……。芸術は、爆発だ…!」

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

デイダラが学院長室を出て行った後、オスマンとコルベールは複雑そうな表情を浮かべていた。

伝説の使い魔『ガンダールヴ』が、再びこの世に現れた。だが、手放しで喜べるようなものではなかったのだ。

 

 

「うーむ。これではなおさら王室に報告などできんの。連中では彼を御しきれんじゃろうて……」

疲れたように椅子に深く腰掛けながら、オスマンは呟く。どうしたものか、と。

 

「オールド・オスマン。彼は危険です。即刻手を打たないと…」

「だから焦るなと言うに、ミスタ・コルベール。彼はミス・ヴァリエールの使い魔でもあるのじゃ。それにあの若さで相当の手練れ、藪をつついて蛇が出るだけで済めばいい方じゃわい」

もしかすると爆発するかもよ?と、オスマンはからかうようにコルベールに言う。笑えない冗談である。

 

 

「……それにしても、彼が素直にミス・ヴァリエールの言うことを聞いているのが意外でなりません。彼の性格を考えるに、もっと奔放にしていてもおかしくないでしょう」

コルベールの言にオスマンも「うむ」と頷く。

 

「伝説の使い魔ガンダールヴ。それを召喚したのは始祖ブリミルじゃ。あれ程の力を持つ使い魔を御しきるには、普通のルーンによる力以上のものが働いているのかもしれんの」

使い魔のルーンには、召喚された生き物が主人の力になれるように、特殊な催眠効果があると言う。ガンダールヴも、その例に漏れないということだろう。

 

「……まさか。そうだとしたら、ミス・ヴァリエールは失われし虚無の……!」

「これ!だから結論をそう急くなと言うに…!今、分かっていることは、彼の使い魔を御しきれるのはミス・ヴァリエールしかおらんということじゃ。だが、それもどこまで頼りにしていいのやら……」

 

 

オスマンにはどうしても分からない事がある。それは未来である。齢三百を超えるとされる彼ですら、未来とはどうにも読めない、分からないものなのだ。

 

この先、ルイズとその使い魔デイダラが、どうなっていくのか。どんな結末を迎えるのか。

それは誰にも分からないことなのである。

 

 

 

 

 

 

 

 





アニオリのデイダラ脱走回で、月を見てのくだり。
岡本太郎を参考にして、そう言わせたのは良いけどどんな究極芸術を思いついたのか、まったく分からないのが困りものです。
COを超える芸術となると、「そこに顔があっても〜」で連想できるものとは違ってきますし。攻撃ものって訳ではないんでしょうか?

考えても分からないので、私はあの描写を無視することにします笑



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16,鉄格子の窓から

 

 

 

 

 

 

フリッグの舞踏会。

女神の名を冠するこの舞踏会は、学年や教師といった枠を越えて、さらなる親睦を深めることを目的とした催し物である。

愛と結婚と豊穣の女神の名をあやかるだけあって、この舞踏会で一緒に踊ったカップルは将来結ばれるという言い伝えも残っている程だ。

 

アルヴィーズの食堂の上の階が大きなホールとなっており、フリッグの舞踏会はそこで行われていた。

 

 

「何とも、華やかな光景じゃねーか。なぁ相棒?」

「……ふん」

 

ホール内では、着飾った生徒や教師達が豪華な料理が盛られたテーブルの周りで歓談している。

 

そんな光景を、デイダラはバルコニーの枠にもたれながら、興味なさそうに眺めていた。

外はすっかり暗くなっており、二つの月明かりで綺麗に照らされていた。

 

退屈そうな彼に声をかけたのは喋る剣こと、インテリジェンスソードのデルフリンガーである。

 

「オイラにゃまるで場違いなようだな…うん」

「そう言うなって。さっきからめんこいメイドに料理を運んで貰って、えれぇべっぴんさんにダンス申し込まれてたじゃあねぇか。至れり尽くせりだろう?」

 

デルフリンガーの言うめんこいメイドとはシエスタのことで、えれぇべっぴんさんがキュルケのことである。

 

まず、シエスタがデイダラの元へ料理を持ってやって来て、どこから聞いたのか、フーケ討伐の件での賛辞と労いの言葉をかけていったのだ。

 

“あのメイジの大怪盗を捕まえるなんて、流石デイダラさんですね!お疲れ様です!……あの、これ私がこっそり自分で作った料理なんです。よかったら、どうぞ……!”

 

そうして、シエスタと二言三言の言葉を交わした後、入れ替わるようにキュルケがデイダラの元へやって来たのだ。

 

“はあーいダーリン。楽しんでる?ねぇ、せっかくだから踊りましょう?……え?踊ったことがない?大丈夫よ!あたしがしっかり教えてあげるから!”

 

デイダラと踊りたがっていたキュルケだったが、彼がまったく踊る気になってくれないので、渋々と他の男達の元へと離れていった。

 

その後、自分の隣でまるで料理と格闘しているかのようなタバサの食べっぷりを見て食欲を無くし、さらに、騒がしい舞踏会の空気に耐えられなくなった為に、デイダラはこうしてバルコニーへと逃れてきたのだ。

 

 

「この喧騒がなけりゃあな。まったく、なんでオイラがこんな宴会にいるんだろうな………ん?そういや、なんでだ?」

ふと、デイダラは現状に対して、疑問に思った。

はたして、自分はこんな華やかな催し物に参加するような人間だっただろうか…?

 

考えても答えが出ない。ただ、ルイズに「いいから、行くわよ」と言われ、渋々とやってきてしまっただけだった。

 

(なんで大人しくついてきたんだっけな?いや、そもそもが……)

そうして、デイダラが思案していると、デルフリンガーがまた声をかけてきた。

 

「そういや、相棒。お前さん、巨大ゴーレムを相手にやり合ったらしいな。まったくつれないねぇ、俺様というものがありながら一人で行っちまうなんてよ…」

俺様とお前さんはツレ同士だろう?と悲しんでるような声を出すデルフリンガー。

 

「……おお、そうだった。お前をここに連れてきた理由を忘れてたぜ…うん」

「?」

疑問符を浮かべるデルフリンガーを余所に、デイダラが尋ねる。

さっきまでの疑問は何故か霧消していた。

 

「実はそのゴーレム戦でな。分からなかったことがあったんだ」

「なんだ?言ってみな。その為の俺様だろう?」

不本意だけどな、と零すデルフリンガーをデイダラは無視して続ける。

 

「以前ルイズに聞いたんだが、この世界の魔法ってのは一つの魔法を発動させてりゃ、二つ目の魔法は唱えられないんだろ?だが、フーケって奴はゴーレムの術と錬金の術を同時に使っていたぜ?それはなんでだ?」

デイダラが疑問に思ったのは、この世界では基本的なことだった。だが、初見の彼にとっては混乱してしまうことであったのだ。

 

「そりゃきっと、そのゴーレムの魔法が完成された魔法だったからだろう。フライやレビテーションのように常に発動させていなきゃいけない魔法なら、二つ目の魔法は唱えられないが、ゴーレムの魔法のように発動させたらそれで完成する魔法なら、次の魔法を唱えることができるって訳だ」

要は、魔法にも色んな種類があるって訳さ。と締め括るデルフリンガー。

 

「なるほどな。じゃあもう一個の疑問だ。錬金についてだが、あれは土系統の魔法でも基礎的なもんだと聞いたが、実戦では相当厄介なもんだったぞ。ホントにそんな初歩の魔法なのか?」

フーケの錬金によって作られた鉄のドームを思い出すデイダラ。

 

あれを破るには相応の威力の起爆粘土を要する。推定だが、チャクラレベル『C3』を練り込み、十分な量の粘土がなくてはならない程だ。

先の戦闘では粘土の量も足りず、ルイズの協力がなかったとしたら、それなりの無茶をしなくてはならなかったのだ。

 

「ああ、錬金は魔法の中でも面白い部類でな。メイジの力量次第で、その効果を変える魔法なんだ。消費する魔力量も、錬金する物質によって様々って訳さ。スクウェアやトライアングルクラスの作る金属はそりゃ立派なもんらしいが、まぁこの魔法を戦闘の為に極めようってメイジは稀だと思うね…」

「………」

 

デルフリンガーの話を聞き、デイダラは思いの外、この世界の強者には期待ができるのではと思った。

己の芸術をより昇華させる為に、未だ見ぬ魔法の使い手の数々と相見える。そうすれば、今までにない芸術性を感じられるかもしれない。

 

(精々、オイラの究極芸術の為にも良いインスピレーションになってくれることを期待するぜ…うん)

内心で、デイダラはこれからのこの世界での戦闘に思いを馳せていると、今度はデルフリンガーが疑問を投げかける。

 

「そういや相棒。お前さん、さっき『この世界』とか言っていたが……。まるで相棒が別の世界から来たみたいな言いようだ。そこんとこ、どうなんだ?」

「ああ、その通りだ。オイラはこことは違う異世界から来た」

「………」

事も無げに言い切るデイダラに、デルフリンガーは思わず言葉を失う。

 

「……マジかよ。世の中、何があるか分かんないもんだなぁ」

「……確かにな。うん」

デイダラとデルフリンガーが、初めて意見を同じくしていると、ホールの壮観な扉の前で、控えていた呼び出しの衛士が高々に声を上げる。

 

 

「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおなーーりーーッ!」

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

衛士の声に従って、ホールの壮観な扉が開き、最後の主役であるルイズが登場する。

 

ルイズは、長い桃色がかった髪をバレッタにまとめ、ホワイトのパーティドレスに身を包ませている。その身の高貴さを美しく演出し、胸元の開いたドレスがつくりの小さい顔を宝石のように輝かせていた。

 

主役が全員揃った事を確認した楽士達が、小さく流れるような音楽を奏で始める。

ホールでは、貴族達が優雅にダンスを踊り始めた。

 

「お、おい。あれがゼロのルイズかよ…」

「ホントにルイズ…?か、可愛い…!」

「聞いたかよ、あのルイズが土くれのフーケを捕まえるのに一役買ったらしいぞ」

「マジかよそれ」

「お、俺声かけてみる…!」

 

華やかに着飾ったことで見えてきたルイズの美貌や土くれのフーケ討伐での活躍など、ルイズのことを囁く声が増えていき、一人、また一人とルイズに声をかける男子生徒が増えていった。

 

「ルイズ。とても綺麗なドレスだね、君にとても似合っているよ……。どうか僕と一曲踊ってくれないか?」

「ありがとう。でもお断りするわ」

 

「や、やぁルイズ。聞いたよ、随分活躍したみたいだね。……ど、どうだい?僕と一曲踊ってはくれないかい?」

「ありがとう。でも遠慮するわ」

 

「聞いたよルイズ。あのフーケを相手に大したものだ。一輪の薔薇ゆえに、どうやら僕は君のことも楽しませなくてはならないようだ。さぁ、僕と一曲おどーー」

「絶対に、イヤ……!!」

「何故僕にはそんな辛辣……!?」

 

 

そうしてルイズは誰の誘いをも断ると、バルコニーの枠にもたれかかって、一人佇むデイダラに気づき、近寄っていく。

 

「おお、馬子にも衣装じゃねえか」

「うっさいわね」

いち早く声をかけたのは、デルフリンガーであった。空気読んでよ、と聞こえないようにひとりごちる。

 

「どう?デイダラ。楽しめてる?」

「いーや。貴族の宴ってのは、どうにも肌に合わねーな。ダンスなんざ、やってて楽しいのか?…うん?」

どうやら、彼にとってこの舞踏会はイマイチなようであった。それは困る。彼には、労いと感謝の意味も込めて、楽しんで貰わなくては。

 

ルイズは、一肌脱ぐことにした。決して、自分の為の言い訳ではない。

 

 

「踊ってあげても、よくってよ」

「……はぁ?」

デイダラに手を差し伸べ、少し照れたようにルイズはダンスを申し込んだ。

対して、デイダラは困惑といった表情を見せる。

 

「お前…。ダンスに否定的だったオイラに、よくそれ言えたな…うん」

「何事も経験でしょ?やってみなくちゃ、楽しくないかどうかなんて分からないわよ」

ルイズはそう言うと、今度はドレスの裾を恭しく両手で持ち上げ、膝を曲げてデイダラに一礼した。

 

「わたくしと一曲踊ってくださいませんこと。ジェントルマン」

 

デイダラは一瞬呆けた表情となり、のろのろと右手を伸ばし、ルイズの手を取ろうとしてーーー

 

 

「ばぁ」

「ッ!」

子供をからかうような声が、彼の右手のひらの口から聞こえた気がした。

目の前で手のひらの口が、べろべろとわざとらしい舌舐めずりをして見せるものだから、ルイズは少しの間硬直してしまう。

 

「……はッ。あんまり調子付くんじゃあねぇぞルイズ。そんなんでオイラをーー」

 

言葉半分のデイダラを余所に、ルイズは手のひらの口ごとデイダラの手を取った。

 

「!」

「ほら、何やってんのよ。ついて来なさい」

そうして、言われるがまま。デイダラはルイズに引っ張られホールへと戻っていく。

 

 

ホール内のダンス陣の中に、ルイズとデイダラも加わる。

ルイズは「私に合わせて」と言い、デイダラの為にリードしてみせた。デイダラはぎこちないまでも、つまづいたり動きを止めたりすることはなかった。

 

「ねぇ、デイダラ。……あんた、元の世界に帰りたいとか、思ってるんじゃない?」

「……なんだ?藪から棒に?」

疑問符を浮かべるデイダラに、ルイズは「いいから、どうなの?」と急かす様に、不安そうに尋ねた。

 

「別に。どこに居ようが関係ねぇさ。オイラのやることは変わらねーからな…うん」

「……芸術鑑賞も別にいいけど、少しは私のことも見てなさいよね」

いつも通りなデイダラの言に、ほっとしたのか、呆れたのか。ルイズは口に出してしまった言葉に気づき、「しまった」と思った。

 

「…あん?お前、それどういうーー」

「な、なんでもないわよ!ほ、ほら!足が遅れてるわよ!しっかりしなさいよ…!」

感情を隠す様に、ルイズはそうまくし立てる。

 

しばらく、無言で踊っていたルイズだったが、頬を少し赤らめながら思い切った様に口を開く。

 

「ありがとう」

「……そりゃ、なんに対してだ?」

そう言われ、ルイズはデイダラに感謝することが、すでに色々あることに気がついた。

 

「まぁ、強いて言うなら。私の呼びかけに応えてくれて、かしらね」

「?」

「私の使い魔になってくれたのが、あんたで良かったわ……」

おかげで私は、自分のことが少しは好きになれたもの。ルイズがそう言うと、デイダラは顔を右へ逸らしながら、「ふん」と軽く受け答える。

 

照れ隠しかな?

ルイズの方からは、デイダラの左に流した長い前髪に隠れて、彼の表情が見えないでいた。

 

照れ隠しだったら、ちょっと嬉しいな。

なにが嬉しいのか。それはまだ、今のルイズには分からない事だったが、ルイズは、そうであったらいいなと思った。

 

 

バルコニーの方から、デルフリンガーの「おでれーた!」なんて間抜けな声が聞こえた様な気がした。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

鉄格子のかかった窓から月明かりが射し込む。

ここはトリステインの城下町の中でも、監獄がある町として有名なチェルノボーグである。

 

その独房の一室で、一人の女性がベッドに寝転んでぼんやりと天井を眺めている。土くれのフーケである。

 

「……はぁ」

思わずため息を吐くフーケ。杖があれば脱獄など簡単なものだが、あいにくと今は取り上げられてしまっている。

 

現在の彼女は、五体満足でその体には火傷の一つもない。とても至近距離で爆発を受けたとは思えないほど健康体である。

 

「餞別ねぇ。どうせ処刑されるってのに、無駄なことする人だ。終ぞ、よく分かんないジジイだったね……」

彼女の体に傷ひとつないのには、もちろん理由がある。

仮の姿でのフーケの上司であったオールド・オスマンが、彼女の怪我の具合を聞き及び、女性でそれは忍びないとばかりに、即効性の高い水の秘薬を差し入れしたのだ。

偽りの関係だったっていうのに、食えないお人だ。とはフーケの言である。

 

結果、こうして彼女はちゃんと動けるまでに回復したのだ。怪我に苦しむ時間は少なくなった。

最も、当初予定していたよりも怪我の治りが早まった為に、裁判までの日数もそれに伴い少なくなってしまったが。

 

土くれのフーケを恨む貴族達はとても多い。裁判の結果は処刑で覆らないだろう。

 

「あたしも遂に年貢の納め時かね……」

バチが当たったのかなぁ、とフーケは内心でひとりごちる。

 

思い出すのは、生意気にも自分の前に立ちはだかったゼロの落ちこぼれであるルイズと、その使い魔のデイダラとかいう男だ。

 

フーケの誤算としては、それだろう。

ルイズの魔法が自分の錬金を破った事もそうだが、まさか、あんな厄介な能力を持った男が現れるなんて誰が分かる。あの男さえ現れなければ、ゼロのルイズの魔法も自分に届くことはなく、破壊の杖も簡単に取り返すことができただろう。

 

(あいつは一体何者だったんだい。杖を使わないで妙な力を使うし、まさかエルフ?いや、それにしたってーー)

考えを巡らせ、それが益体もないことだと気づいたフーケは、「ふっ」と自嘲気味に笑みを浮かべる。

 

(なんだっていいか。どうせもう殺されちまうんだしーー)

そこまで考えて、しかしフーケは、自分の帰りを待つ家族達の顔を思い出す。

 

 

今まで碌な人生ではなかったフーケだが、自分はまだ死ぬ訳にはいかないのだと気付き、勢いよくベッドから上体を起こす。

 

(そうだよ…!怪我の痛みと、捕まっちまった事で頭が混乱でもしてたのか…)

なに忘れてんだよ、とフーケは自分を叱責する。

 

(まだ処刑まで日はあるんだ。必ず、隙はあるはずだ…!)

そうしてフーケは、鉄格子の窓から外を眺めた。その目に、夜空に光輝く星が綺麗に映った。

 

 

(……ほら、脱獄の種がやって来た)

 

フーケの耳には、カツンカツンと小気味のいい足音が聞こえてきた。

これが看守のものか、またはまったく違う別の人物のものなのか、なんてのはフーケにはどうでも良かった。ただ、起こる状況の全てを脱獄の為に利用する。

 

 

看守の見廻りひとつでも、注意深く観察するんだ。

あの娘達を、悲しませない為にーー。

 

 

 

 

 

 

 






タイトルは、とある名言から。
自分はこの言葉をジョジョから知りました笑

どうでもいいけど、NARUTOのアニオリの力ってのでエドテンデイダラが飛段に手助けしようとした次のシーンで、カブトに行動と意識を制御されちゃったデイダラを見て、何とも言えない気持ちになりました。



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第2章
17,夢の中


 

 

 

 

 

 

夜。ルイズはひとり、夢の中にいた。

とあるうらぶれた中庭。そこには、季節の花々に囲まれた池があった。池の真ん中には小さな島があり、白い石で造られた東屋が建っている。

 

その島のほとりに、小船が一艘浮いていた。舟の上にある毛布が、不自然な形をなしている。

小船の中で、毛布にくるまって身を隠していたのは、ルイズであった。その姿は、現在のルイズと比べると、十ほども幼く見えた。

 

 

ここは、ルイズの生まれ故郷のラ・ヴァリエールの領地にある屋敷、また、その中庭であった。

夢の中の幼いルイズは、魔法の物覚えが悪いと母に叱られ、ここまで逃げ回ってきたのだ。

母にも、召使い達にも、ルイズは上の姉二人と魔法の出来を比べられる。

 

ルイズには、それが悲しくて悔しくて、こうして自分が唯一安心できる場所であるこの小船の上に逃げてきたのだ。

そのまま母の説教を受け続けていると、劣等感で押し潰されてしまいそうになるから。

 

 

「泣いているのかい?ルイズ」

 

 

ルイズがそうして毛布に隠れてうずくまっていると、若い男の、優しい声がした。

顔を見なくても、ルイズには彼が誰だか分かる。子爵である。最近、近所の領地を相続した、年上の貴族。晩餐会をよく共にした。

 

そして、彼はルイズの父とある約束を交わしていた。

 

「子爵さま、いらしてたの?」

「君のお父上に呼ばれてね。……またお母上に怒られたんだね?安心しなさい。僕からとりなしてあげよう」

だから、こっちへおいで。子爵はルイズへ手を伸ばす。

ルイズは頷いて、その手を握ろうとした。

 

 

その時、風が吹いて貴族の帽子が飛んだ。

 

 

「あ、れ?」

目の前に、最近見慣れた顔が現れて、ルイズは当惑の声を上げた。はたしてそれは、憧れの子爵などではなく、自分の使い魔デイダラであった。

 

「な、なんであんたが」

それがデイダラだと気がついたら、いつの間にかルイズは六歳の姿から今の十六歳の姿になっていた。

 

「さぁルイズ、こっちに来いよ。うん」

「来いよ、じゃないわよ。なんであんたがここにいるのよ」

憧れの子爵の姿を取っ払い、いつもの黒い衣に赤い雲模様という外套姿になったデイダラは、普段の傲慢な調子で手を差し伸べる。

 

「気にすんな。さぁ、オイラと一緒に最高の芸術を創りあげようぜ。うん」

「ちょっと!私は貴族で、芸術家じゃないのよ。あんたの言う芸術なんて分からないわ!」

「なんだよ、散々オイラの芸術を見せてやったってのに呆れたもんだぜ」

なんだかバカにされた気分になって、ルイズは目の前のデイダラに文句を言ってやる、と思って口を開きかけたその時。

 

「それじゃあ改めて、オイラの芸術を教えてやるよ。うん」

目の前に、自分の頭くらいの大きさの人形を見せつけるように取り出すデイダラ。

 

「え、あ、ちょ、ま、待ってーー」

「芸術は………爆発だァああ!!」

一瞬で目の前が真っ白になる。ラ・ヴァリエール領の中庭は巨大な爆発に飲まれてしまった。

 

 

 

「いぃぃぃぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

「いぃぃぃぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」

「うおッ!いきなり叫ぶなルイズ!びっくりすんだろーが!うん!」

絶叫と共に上体を跳ね起こし、ルイズは目を覚ます。最悪な目覚めであった。

ベッド脇を見ると、デイダラが文句を言いながら突っ立っていた。どうやら自分を起こすところだったようだ。

 

「ハっ!デイダラ!」

「あん?」

すぐ側に立つデイダラに改めて気がつくと、ルイズはさっと飛び起き、身構える。さっきはよくもやってくれたわね、と。

 

「なに寝ぼけてやがんだルイズ。いい加減目を覚ましやがれ!…うん!」

「わきゃあッ!」

水差しの水を顔にかけられ、ルイズの頭は一気に覚醒する。ここは、自分の部屋だ。間違いない。

 

 

「よお、目は覚めたかよお嬢サマ。ったく、一体どんな夢を見てりゃあんな取り乱し様になるんだよ…うん」

「あ、あんた、誰のせいだと思ってんのよ……!」

「うん?オイラのせいだって言うのか?」

首を傾げる使い魔に、ルイズは声を荒げて説明してやった。夢の前半は恥ずかしかったので、結末だけ話す。

 

 

「そりゃ、オイラの芸術を理解できないお前が悪い。まったく、おめーの能力も爆発だってのに、頭のかてー奴だよホント」

「あ、あ、あんた〜!ご、ご主人様に向かって〜〜!」

デイダラは反省の色も見せず、腕を組んで神妙な顔つきでうんうん頷いているもんだから、ルイズは怒り心頭だった。

 

「まぁ待てルイズ、そう怒るな。いいか?芸術っていうのはクールな感情から醸し出す、情熱的な一瞬の美だ。そんなんじゃあいつまで経っても、お前は芸術家として半人前だぜ。うん」

「だ・れ・が〜!芸術家だって言うのよ!私は貴族よ!メイジよ!いつまでも爆発ばっかりの魔法使いじゃあないわッ!」

「って、耳元でがなり立てんな!コラ!」

憤慨するルイズを宥めるつもりが、さらに怒らせてしまうデイダラであった。

 

「まぁ、お前にオイラの芸術のなんたるかを教えるのは後にしておくとして。いいのか、ルイズ?さっさと教室に行かなくてよ」

「はぁ?教室?」

先に朝食でしょ?と、疑問を問う前にルイズはついと窓の外に目を向ける。

朝日にしては太陽の位置が微妙に高いな、と思った。

 

 

「……って、寝坊じゃないのこれ〜〜!!」

「だから言ってんだろーが。さっさと行かなくていいのかってよ。うん」

もう朝食など終わっているだろう。本気で急がなくては、朝の授業にさえ間に合わないと悟る。

 

「あんた、掃除も洗濯もしないんだから、朝起こすくらいはちゃんとやりなさいよ!もう〜〜!」

「口を動かすより、さっさと着替えた方がいいんじゃねーのか?」

ま、オイラにゃ関係ない話だがな。デイダラはそう言って、早々と部屋を出て行ってしまう。

 

「ああもう!後で絶対お仕置きしてやるんだからぁ!」

夢でも現実でも、デイダラに文句を言うルイズ。大慌てで支度をして、駆け足で教室へ向かう。

 

 

 

ルイズは、駆け込むように教室へと滑り込んだ。どうやら授業には間に合ったようだ。

だが、デイダラの姿は見えなかった。

 

(まったく。どこほっつき歩いてるのよ…)

内心プンスカと怒るルイズだったが、すぐに風系統の授業の講師である疾風のギトーが現れた為、渋々と席に着く。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

ルイズが朝の授業を受けている間、デイダラはというと図書館で本を立ち読みしていた。

 

別にデイダラが読書に目覚めたとか、そういったワケではない。タバサの教えのお陰で、そろそろ自分もハルケギニアの語学にも慣れてきた頃だろうと、試しにタバサの協力無しで本を読んでみようと試みたのだ。

 

「読み書きを習い始めて、二週間くらいか?もう簡単な本なら読めんだろ…うん」

 

そうして、デイダラが現在手にして読んでいる本は、ハルケギニアに伝わる英雄譚の中で最もポピュラーとされる物語『イーヴァルディの勇者』である。

 

その内容は、始祖ブリミルの加護を受けた勇者イーヴァルディが剣と槍を用いて龍や悪魔、亜人や怪物など様々な敵を倒すというものであった。

本の内容など、デイダラにはどうでもいいことであった。本自体のチョイスも適当である。要はちゃんと読めるかどうかが問題なのだ。

 

 

しばらくして、デイダラは本を読み終える。所々はまだ読めない単語がチラホラとあったが、概ね内容も理解できたので、まあ及第点だろう。

だが、本を読み終えたデイダラには分からない点が一つあった。

 

 

「ああ。ここにいたのねダーリン」

「………」

デイダラが顎に手をやり、考えを巡らせていると、図書館にキュルケとタバサがやってきた。

 

「……てめーも懲りねぇヤローだなキュルケ。いい加減その『ダーリン』呼びは止めろ、うん」

「え〜、いいじゃない。別に〜」

ぶーたれるキュルケだったが、隣にいたタバサに「程々に」と言われてしまったので、素直に了承した。

 

「…それ」

「ん?」

キュルケへの釘刺しを終えると、タバサがデイダラの持つ本へと興味を移した。

 

「イーヴァルディの勇者」

「あっ、ほんとだ。なーに?デイダラが読書?」

意外ね、と零すキュルケを余所に、デイダラはタバサへと向き直る。

 

「そうだ。ちょうど良い。そろそろ本くらい一人で読めるだろうと思ってな、これ読んでみたんだ…うん」

コクコクと頷くタバサ。自分の教え子の成長を喜んでいるのだろうか。

 

「大体は読めたんだが、分かんねーとこがあってな。この本のタイトル、『イーヴァルディの勇者』ってなってるけどよ。作中じゃあイーヴァルディってのは地名じゃなくて人名だろ?これおかしくねーか?…うん?」

それなら普通、本のタイトルは『勇者イーヴァルディ』となるだろう?とデイダラは問う。

 

デイダラの疑問点を聞き、タバサは一瞬呆気にとられたような表情を見せたかと思うと、目を逸らし、口元に手を当てて小さく笑い出してしまった。

 

その、まさかの光景に、キュルケもデイダラも、ぽかんとした表情を見せてしまう。が、デイダラはすぐに気を取り直す。

 

「てめー!何笑ってやがるタバサ!オイラをバカにしてんのか!?」

「……まだまだ、勉強不足」

なんだとー!?と声を荒げるデイダラを余所に、キュルケは一歩身を引いて、タバサとデイダラのやり取りを微笑ましそうに見ていた。

 

「……なんだか、タバサも変わったわねー」

デイダラに絡まれて、タバサは助けを求める様な無表情でキュルケを見ていたが、キュルケはそのまま二人を眺めていた。

タバサとデイダラがそうして騒いで、図書館に迷惑をかけていると、今度は遅れてルイズがやって来た。

 

 

「……ここにいたのね。何あんたら図書館で騒いでんのよ」

ルイズが来た時には、タバサはデイダラに胸ぐらを掴まれてカックンカックン揺らされていた。無表情で。

 

「あーん?…ああ、ルイズか。そういやお前ら授業はどうした?」

ルイズを見て、デイダラが思い至った様に疑問を口にする。その問いに、ルイズは静かな口調で答える。

 

「『アンリエッタ姫殿下』がこの魔法学院に行幸されるとのことで、今日の授業は全部中止になったわ」

ルイズの説明に、知らない人物が登場したので、デイダラは思わず聞き返した。「アンリエッタ?」と。

 

「このトリステイン王国の王女様よ。授業の代わりに、歓迎式典の準備をして私達生徒は全員正装でお出迎えするのよ」

ほら、キュルケとタバサもはやく準備手伝いなさい。とルイズは促す。

 

実はキュルケとタバサもルイズに頼まれて一緒にデイダラを探していたのだが、すっかり目的を忘れてしまっていたのだ。

 

だが、そんな風にルイズに促されて面白くないキュルケは、ちょっとルイズをからかうことにした。

 

「なーに仕切ってんのよルイズ。あんたってば、舞踏会でデイダラとダンスできたからっていい気にならないでよね」

「な、何言ってるのかしらこの女は…。い、今はそんなこと関係ないでしょ…!」

不意にキュルケにそう言われ、ルイズはデイダラへと目を向ける。

デイダラは、何やら苦い表情を見せていた。

 

「……ああ。ありゃ、オイラも魔が差しただけだ。さっさと忘れる事だな…うん」

ルイズから目を逸らし、デイダラが言う。そんなデイダラに、ルイズは思わず噛みつく。

 

「ちょ、ちょっと!どういう事よそれー!?」

「あぁん?なんだやんのかコラ」

睨み合いを始めてしまうルイズとデイダラ。キュルケは思わぬ展開に「あらら」と呟く。

 

そんな二人を前に、タバサは堂々とルイズに近づき、くいくいと彼女のマントを引っ張る。

 

「式典準備」

タバサの一言で我に返るルイズ。気を取り直す様にこほんと咳払いをひとつする。

 

「と、とにかく。あんたも式典準備を手伝いなさい。あと、姫殿下を前にしても、くれぐれも粗相のないようにしなさいよ…!」

ビシッと指をさすルイズ。指さされたデイダラは、誰から見ても分かるような、不満気な表情をしていた。

 

「準備ってよ。そりゃ、オイラが手伝うことあんのかよ…うん?」

「あんたは私の使い魔でしょ。サボりは許さないわよ。……朝の件もね」

デイダラは「人使いの荒いヤローだな」と悪態をつきながら、渋々とタバサ達と共に図書館を後にする。

 

 

「まったく、なんだってあんな奴が夢の中に出てきたのよ。あんな、野蛮で融通の利かない男……」

ルイズは苛だたしげに、呟くように口にする。

言葉とは裏腹に、内心ではそれ程イヤがってはなかったのだが、そんな気持ちになってしまう自分に腹が立って、ルイズはデイダラの後ろ姿を睨み利かせた。

 

 

そうして見つめていると、キュルケがデイダラの腕に抱きついていた。

 

「こらーキュルケー!あんたまた私の使い魔にー!」

怒鳴るのと同時に、ルイズは三人を追いかけ始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 



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18,歓迎の印


タイトルの頭には『デイダラ式』という言葉がつきます




 

 

 

 

 

暖かな陽の光の下。

トリステイン魔法学院の生徒達は、そのほとんどがざわざわと色めき立っており、ある瞬間を今か今かと待ちわびていた。

 

魔法学院の正門から学院本塔の玄関までにかけての道のりを、そんな面持ちの生徒達が両サイドに整列し、アンリエッタ王女を出迎える準備を整えている。

皆、しっかりと正装して装いを正している。少しでもアンリエッタ王女によく見られたいというのは、トリステイン王国に住まう者にとって、男女の隔たりなく共通のことなのである。それだけ、アンリエッタ王女は国民から人気者なのだ。

 

 

そんな生徒達の心境とは、一歩二歩ほどの距離を置いて、デイダラは歓迎式典の場を見回していた。

 

「あれだけ喧しかった貴族のガキ共が、こうも従順に式典準備をこなすとはな。アンリエッタ王女ってのは、よっぽど人気者なんだな…うん」

「当たり前じゃない。トリステイン国民にとって、姫殿下はまさに国の象徴的存在なの。さらに姫様自身だって、とっても美しい方なんだから、この人気は当然よ」

まるで自分のことのように、ルイズは胸を張って自慢気に、そうデイダラに説明する。

 

デイダラは「ふーん」と興味なさそうに相槌をうつ。

そんな風に、王女到着までの暇つぶしの会話をしていたデイダラとルイズの間にキュルケがタバサを伴ってやって来た。

 

 

「ああ居た居た、ねぇ聞いてよデイダラ〜。まったく学院の男共ときたら、二言目には姫様姫様って言うのよ〜。ねぇこれどう思う?」

開口一番に、デイダラに現状の不満の声をもらすキュルケ。

トリステインで人気のお姫様の歓迎式典など、ゲルマニアからの留学生であるキュルケにとっては、関心の薄いことなのである。

 

「そりゃ、この国のお姫さんがとっても美しいお方だからだそうだ…うん」

「なによ〜それ。すぐ側にこんないい女がいるっていうのに、ヒドイ話じゃない?」

言いながら、キュルケはデイダラの腕に抱きつこうとする。が、ルイズにマントを引っ張られることで阻止される。

 

「ちょっとキュルケ。他の男に相手されなかったからって、他人の使い魔に色目使わないでちょーだい」

「なによルイズ。彼だって一人の人間なのよ。他人の恋路を邪魔するのって横暴じゃない?」

「あんたすぐに鞍替えするじゃない…!それに、デイダラは大前提として私の使い魔でもあるの。この私に断りもなく、そんなこと許さないわ…!」

言葉に怒気を含めるルイズ。キュルケも己の定めた恋の為、引かずにルイズと睨み合う。

そして、遂にお互い杖を出し合って鍔迫り合いを始めたところでデイダラから静止の声がかかる。

 

 

「その辺にしとけルイズ。それとキュルケ。お前、今のルイズを以前までのように侮ってたら、タダじゃ済まねーぜ…うん」

「え〜…って、どういうこと?」

こと魔法という分野において、ルイズ以上に下に見られる者はいないというのが、この学院での認識である。その為、キュルケはデイダラの忠告に首を傾げる。

 

確かに、フーケ戦では活躍したルイズだったが、キュルケとの実力差は変わってはいない筈だ。そうキュルケは思っていた。

 

「フーケとの戦闘の時に、オイラがルイズにちょっとした手ほどきをしてやったんだ。おそらく、この学院の生徒連中じゃあこいつの魔法に勝てる奴はそういないぜ。うん」

「?」

今度は頭に疑問符も浮かべるキュルケ。タバサもデイダラの話に興味を持ったのか、読書をやめて得意気に話すデイダラの声に耳を傾けた。

 

「ルイズの魔法は、その尽くが爆発する。オイラも一目置く、なかなかの火力ある芸術だ。だが、いざ攻撃に転じようとすれば、その命中精度は驚くほど低い」

そう言われ、タバサはフーケのゴーレムに放ったルイズのファイアーボールの魔法を思い出す。確かに、あられもない方向で爆発していた。

 

「なんで命中率が悪いのかは知らねーが、上手い下手の問題じゃあねーだろう。だが、そもそもルイズには、長々と詠唱がいる魔法を唱える必要も、攻撃用の魔法を唱える必要もねぇのさ…うん」

「どういうことなの?」

「……?」

キュルケと共に、タバサも頭の上に疑問符を浮かべながら、デイダラの次の言葉を待つ。

 

「対象に狙いを定める必要がある攻撃魔法なんか使わなくても、錬金や浮遊のように対象に効果を付与する魔法を唱えちまえば、こいつの場合それが攻撃になるからだ。うん」

どちらかと言えば、そっちの方が爆発の起点も唱えた時点で決まるから外す心配もない。と、デイダラは解説する。

 

つまり、こと戦闘においてルイズは、相手が長々と魔法を唱えてる間にコモン・マジックなどを一言唱えてしまえば、それで先制攻撃ができる訳である。

込める魔力量によっては、それだけで決着がつく程の威力が出せるだろう。

 

 

「……面白い発想」

「そ、そうね…。ま、まぁ貴族同士じゃあ決闘とかは禁止だし…、あまり日の目を見ることはないでしょうね…」

デイダラの話を聞いて、タバサは素直に感心していた。よく、魔法というものを分析している、と。

表情を崩さないタバサとは対照的に、キュルケはというと、みるみる顔色を変えていってしまっていた。以前、錬金の実演で爆発を受けたシュヴルーズを自分に置き換えて想像してしまい、血の気が失せたのだ。

 

 

「ふん、いいわよ別に。私の魔法でも役に立つ場面があるんだって、分かっただけでも十分よ。……失敗ありきっていうのが不本意だけどね」

「なんだよルイズ。お前、まだ他の魔法使うことを諦めてねぇのか?いい加減、自分の魔法の芸術性を理解したらどうだ?…うん?」

「冗談言わないで。あくまで、私の目標は普通に魔法が使えるようになることよ。失敗魔法の使い道を教えてくれたことには、まぁ感謝してるけど…」

ツンとした態度でそっぽを向きながら答えるルイズ。そんなルイズを見ながらデイダラは「惜しいなぁ」と呟く。

 

「せっかく何でも爆発させられる能力を持ってるってのによ…。お前はもう少し、爆発という芸術の魅力を理解する必要があるぜ、ルイズ」

「芸術の魅力って言ったって、あんたのそれは結局のところただの爆発で、何も残らないじゃない」

憮然とした態度で、デイダラにそう反論するルイズ。

そんなルイズに、デイダラは大きくかぶりを振って否定の意を示す。

 

「甘い!甘いんだよルイズ…!お前はまだ芸術の、一瞬の美を理解していねぇ…!」

口調に熱がこもるデイダラを前に、一応、ルイズだけでなくキュルケとタバサも耳を傾ける。

 

「儚く散っていくからこそ美しいんだ…!素晴らしい造形品の数々が、その存在を圧倒的に昇華させて、消えてゆく…。その昇華させた瞬間の美しさ…!何も無くなった後の、胸を締め付けるような虚無感…!その余韻までもが、爆発による一瞬の美なんだ!……芸術は、爆発なのだァ!」

言葉にどんどんと熱が入っていったデイダラは、ついには両手を広げ、天を仰ぎ声高々に叫んでいた。

幸いと、周りの生徒達自体もざわめきが強かったので、注目を浴びることはなかったが。

 

 

「どうだ?少しは一瞬の芸術を理解したか?」

満足気な表情で、デイダラはルイズ達に顔を向ける。しかしーー

 

 

「いや、まったく」

「全然。何言ってるか分かんない。ゴメンねダーリン」

「理解不能」

 

 

生憎と、女性陣からの理解を得られることはなかったデイダラである。

 

「てめーら!口を揃えて言うんじゃねーよコラァ!」

握り拳を見せながら、声を荒げるデイダラ。心の底から怒っているみたいである。

 

「そんなにオイラの芸術が理解できねぇってんなら、しょうがねぇ。体で教えてやってもいいんだぜ?…うん?」

剣呑な雰囲気を纏って言い放つデイダラ。そこには確かな迫力があり、ルイズとタバサは思わず息を呑む。がーー

 

「あっ、その響き、なんだかエロいわぁ」

恍惚とした表情で呑気にそう零すキュルケ。思わずズッコケる他三人。

 

「てめーは少し空気読め!てか、もう黙ってろキュルケー‼︎」

デイダラ達がそうして騒いでいると、学院の正門前に待機していた衛兵が、集まる人全てに聞き届くように、大きな声で王女の到着を告げる。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおなーーりィーッ!!」

魔法学院の正門をくぐって、王女の一行が現れる。整列した生徒達が一斉に杖を掲げ、小気味良い杖の音が重なる。

 

ユニコーンに引かれた豪奢な馬車から、侍女に手を取られながらアンリエッタ王女が現れ、魔法学院の生徒達が一斉に歓声を上げる。

 

 

「アレがこの国の王女、アンリエッタ・ド・トリステインか…」

デイダラは、先程の一件から気を持ち直し、一応この国の王女であるアンリエッタの顔でも覚えておくかと目を向ける。

 

アンリエッタは、薔薇のような微笑を浮かべ、生徒達へ向けて優雅に手を振っており、ルイズはそんなアンリエッタの姿を真面目な表情で見つめている。

 

「なによぅ。あたしの方が魅力的だと思わない?ねぇタバサー」

「さぁ?」

思わずキュルケが僻んでしまうほど、周りでは生徒達の歓声が響き渡っていた。

 

確かに、凄い人気で、凄い歓声だ。しっかりと学院全体で王女来訪を歓迎しているようだ。

 

ひとしきり生徒達の歓声に応えると、アンリエッタは本塔の玄関前で、自分達を出迎えていた学院長のオスマンと教師陣の元へと歩いていく。

 

だが、とデイダラは思う。歓迎と言うには、まだ何か足りない気がしていた。

 

(おっ、そうだ。やっぱ、こういう祝い事には『アレ』打ち上げとくもんだろ…うん)

デイダラは、いいことを思いついたとばかりにポンと手を叩くと、おもむろに起爆粘土を用意する。

 

 

「……何しているの?」

「まぁ見てろって。うん」

その様子に気づいたタバサだが、デイダラは宥めるように言い聞かせ、手のひらの上に創り上げた作品達を乗せる。

 

それは蝶々であった。凄まじく繊細に作られた小さなそれらは、実に二十匹以上いた。

 

相変わらず、手で握るだけでどうしてそんな細かなデザインを作れるのかと、疑問に思っていたタバサだったが、デイダラはそんなタバサを余所に、蝶々達を巻き上げるように空へと解き放つ。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

「急に訪れて来てしまって、申し訳ありませんでした。ミスタ・オスマン」

「滅相もございません。生徒共々、お待ち申しておりました」

頭を下げて、オスマンはアンリエッタへ敬意を表しながら言う。

 

今回の王女来訪は、急遽決まったことだ。王女一行がゲルマニアからの訪問の帰りに、真っ直ぐこの魔法学院へ向かうことになったのだから。

 

(しかし、急に生徒達の顔が見たくなったとは…、嬉しいことを言ってくれますな)

王女来訪を告げる書簡が届いた時を思い出すオスマン。

自分が預かる大切な生徒達に会いたくなってくれるとは、学院長冥利に尽きる。と、頭を下げながらも内心で喜び勇んでいたオスマンであった。

 

そんなオスマンの耳に、アンリエッタの軽く驚く声が聞こえてくる。

 

「あら、蝶々だわ。まぁ!こんなにたくさん…!」

その声に、オスマンは「はて?」と思い、思わず顔を上げてアンリエッタに目を向ける。

 

一匹の鮮やかな白色の蝶が、アンリエッタの差し出した指先にとまっており、その周りには確かに沢山の蝶々が舞っていた。

 

「ちょっ……!」

「「ちょ!」」

 

「ちょっとぉー!!」

 

すぐにそれらが、デイダラの起爆粘土だと気づいたオスマンと一部の教師達、それにルイズは、口から心臓が飛び出す思いだった。

 

サァーっと、蝶々達は舞い上がるようにアンリエッタの周りから、遥か空へと飛んでいく。

自然と、蝶々を目で追う面々。

 

 

「喝ッ!」

 

 

次の瞬間。蝶々達は、鮮やかな色を放つ花火となって次々と爆発していった。

 

「まあ!なんて綺麗な花火なんでしょう…!」

「「「……………」」」

能天気な感想を零すアンリエッタ。あれがもし自分の周りで爆発していたら、とは微塵も思い至っていないようである。

ヒヤヒヤしたのは、デイダラの起爆粘土をよく知るオスマン達とルイズ達くらいのものであった。

 

 

「どうだ?やっぱりこういう時には祝砲くらい上げるもんだろ。ま、歓迎の印だな…うん」

「あ、あ、あんたァ〜〜!なにをやらかしてくれてるのかしらァ〜〜!?」

デイダラの胸ぐらを掴み、ルイズはぐわんぐわんと揺さぶるが、デイダラは意にも介していない。

 

そんな爆発コンビを見ながら、タバサは今の爆発であれば芸術と呼んでも理解できるなと、呑気に考えていた。タバサがそう思うくらいには、綺麗であったのだ。

 

 

一部の者達に、若干の冷や汗と緊張を走らせたその後。つつがなく、王女歓迎の式典は続いていった。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

夜となり、ルイズの部屋。

ガミガミと叱りつけるルイズの声が部屋の外にも聞こえる。もちろん、デイダラの祝砲の件についての説教である。

 

「まったく、なんて事しでかすのかしら…!姫様が気に留めてくださらなかったから良かったものの、護衛の近衛隊の人達は騒めき立っていたわ!」

もしかしたら打ち首ものだったのだ。二度とこんなことをしないように、しっかり言い聞かせなくてはならない。

 

「いーい?もし姫様に何かあったりしたらーー」

「わーったよ!もう説教は勘弁だ、ルイズ。第一、結果的に祝砲として捉えて貰ったんだ。何も問題ねぇじゃねーか…うん」

 

言葉を遮られるルイズ。この男は、本当に分かっているのだろうかとジト目で睨むも、デイダラは気にせず話題を変えてきた。

 

「そういや、ルイズ。お前、やけにあの王女に親身になってるじゃねーか。ちょっと普通じゃねーぜ?…うん?」

「……っ!」

普通、大衆にとっての王族などの国のお偉いさん達とは、雲の上の存在。よっぽどの立場にいない限り、身近に感じるものではない。

 

だが、ルイズはまるで知己を思うような反応を見せているのである。デイダラに勘繰られるのも無理はない。

 

「いや、まぁ…。えーっと…」

どうデイダラの追及を躱すべきかと考えていたルイズ。

しかし、突然の訪問者を知らせるノックの音で、はたと表情を変えたのだった。

 

 

コーン、コーンと扉が規則正しくノックされる。自然と、ルイズとデイダラはドアに注視する。

まるで、何かの合図かのようにドアが叩かれていると気づくと、ルイズはハッとした面持ちとなり、すぐにドアを開けた。

 

 

そこにいたのは、真っ黒な頭巾をすっぽりとかぶり、同色のマントで身を包む少女であった。

 

「貴女は……?」

辺りを警戒するようにし、そそくさと部屋に入ってきた少女に、ルイズは問いかける。

 

少女は、しっと言わんばかりに口元に指を立て、杖を取り出して短く呪文を唱える。部屋に光の粉が舞った。

 

「ディテクトマジック?」

探知の魔法である。ルイズの問いかけに、頭巾をかぶった少女が頷く。

「どこに耳が、目が光っているか分かりませんからね」

 

周りになにもないと判断した少女は、ゆっくりと頭巾を取った。

 

 

「姫殿下‼︎」

「なに……⁉︎」

 

現れたのは、ほんの数時間前に急遽学院へ訪れてきたアンリエッタ王女であった。

デイダラは意外に思いながら多少の驚きの声を上げ、ルイズはすぐさま膝をつく。

 

 

 

「お久しぶりね。ルイズ・フランソワーズ」

アンリエッタは、涼しげな、心地よい声で話しかけ、感極まった表情を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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19,王女からの密命

 

 

 

 

ルイズは、トリステイン屈指の名門貴族であるヴァリエール公爵家の三女として生まれた。

王家の親戚で、歳も近いということもあり、彼女は幼少の頃にアンリエッタ王女の遊び相手を務めていた。

 

 

当時、子供だったからということもあるが、ルイズはアンリエッタに対して王家へ取り入るといった欲を持たず、敬意を払いながらも純粋にアンリエッタに友情を抱いていた。

 

その為か、アンリエッタもルイズに対してだけは特別な唯一の友達として、大切に思っていたようであったのだ。

 

 

 

「まさか、ルイズが一国の王女と幼馴染だったとはな……。少し、お前のことを見くびっていたぜ…うん」

「私も、まさか姫様がそんな昔のことを覚えて下さっていたなんて、感激よ……って、ちゃっかり見くびってんじゃないわよ…!」

 

アンリエッタはそんな二人のやりとりを、ポカンとした表情で見つめている。

ルイズとの再会ですっかり興奮気味だったアンリエッタも、ようやく落ち着いてきた為、今ルイズの部屋に見知らぬ青年がいることに気がついたのだ。

 

「ルイズの………恋人?かしら…?」

仲睦まじく?言い合いをする幼馴染と青年を見て、アンリエッタは見当違いな感想を呟いていた。

 

 

 

 

アンリエッタがルイズの部屋へやって来た直後のことである。

 

「ああ、ルイズ、ルイズ!懐かしいルイズ!」

「姫殿下、いけません。こんな下賤な場所へ、お越しになられるなんて……」

アンリエッタは感極まった表情でルイズへと抱きつき、再会を喜んだ。

ルイズはというと、そんな幼馴染に対して幼少期とは違い、しっかりと臣下としての対応をしていた。だが、アンリエッタに堅苦しい行儀を咎められてからはすぐに再会の喜びを表情にも浮かばせ、アンリエッタを喜ばせた。

 

 

再会を果たしたルイズとアンリエッタは、お互いの幼少期、二人で遊び合っていた頃を思い出し合い、過去の思い出話に花を咲かせ始めた。

蝶を追って泥まみれになった事。菓子を取り合って掴み合いの喧嘩をしょっちゅう行っていた事。ドレスを取り合っての喧嘩では気絶するほどの蹴りがお腹に入った事など。

 

随分とお転婆な連中だ。とても貴族の娘とは思えねーぜ、とはデイダラの談である。

 

 

それから二人は、顔を見合わせお互いに笑い合う。

学院では、仏頂面を見せることが多いルイズなので、デイダラは新鮮な印象を受けていた。

 

その後、ひとしきり語り合ったルイズ達に隙を見てデイダラが割って入り、ルイズにアンリエッタとの関係を確認したことで、ようやく二人の思い出話が落ち着いたのであった。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

「しかし、いくら幼馴染とはいえ一国の王女がわざわざ外交帰りに、ましてやこんな夜中に、お友達に会う為だけにこっそりやって来る訳がねぇ。何か理由があるんだろう?なぁ、お姫さんよ。…うん?」

「!!」

再会の喜びも束の間。

デイダラの容赦のない疑いの言葉に、アンリエッタは身を強張らせる。思いがけず、核心を突くようなデイダラの発言に気が動転してしまったのだ。

 

「ちょ!ちょっとデイダラ!あんた姫様になんて無礼な口を……‼︎」

ルイズはわなわなと震えながらすぐに叱責を飛ばす。

 

「……る、ルイズ。こちらの方は?」

「!…は、はい!私の使い魔でございます!申し訳ありません!使い魔の不始末は、主人の不始末です!……ほら!あんたも早く謝りなさいよっ!」

ルイズは慌てた様子で膝をつくが、自分の使い魔が変わらず隣で突っ立っているのに気づいて、デイダラの服をぐいぐい引っ張る。

 

 

「口調については、ちと勘弁してほしいなルイズ。オレ達忍ってのは、こっちでいう傭兵みたいなもんだと言っただろ。多少無礼なのが傭兵の常ってもんだ。それで納得してくれよ…うん」

「そんな言い分で納得できる訳ないでしょうが…!」

「い、いいのですルイズ。貴女の使い魔だと言うのなら、咎めません。……それにしても、人間の使い魔とは…。ルイズ、貴女昔からどこか変わってると思っていたけど、相変わらずね」

使い魔の口調について、アンリエッタのまさかの了承と、同情するような眼差しで見つめられたことで、ルイズはすっかりいたたまれなくなってしまった。

 

「面目次第もございません……」

言いながら、ルイズはチラリと隣の使い魔の顔を覗く。

凄まじく勝ち誇った顔でこちらを見ていた。

 

「ぐぬぬぬ……!!」

「それで、お姫さん。用件を聞こうか?…うん?」

「え、ええ…」

親友が悔しそうな顔をしながら自分の使い魔を睨んでいる姿を、なんとも言えない表情で見つめるアンリエッタ。

 

どうやら自分の親友は、この使い魔に随分と振り回されているようであった。

アンリエッタは同情すると同時に、自分もその使い魔にこの場の主導権を握られてしまっていると気づいて、思わず苦笑する。

 

 

話を切り出そうとしたアンリエッタだったが、これから話す内容を、いざ言葉にしようとすると声にできない自分に気づく。

 

「ん?おい、どうした?」

「こら…!あんたはもう黙っててよ。……姫様、どうなさったんですか?」

ルイズは相変わらずな口調のデイダラを制して、固まるアンリエッタの身を案じる。

ルイズの声がアンリエッタの身に優しく染み渡るようであった。

 

「……いえ、やっぱり話せません。ごめんなさいね。貴女に話せるようなことではなかったわ…」

「仰ってください姫様…!昔はあんなに明るかった姫様が、そのような思い悩んだお顔をなさるとは、何かとんでもない悩みがおありなのでしょう?」

「ルイズ…、でも…」

なおも言いあぐねるアンリエッタに対し、ルイズは身を乗り出して彼女の両手をとり、自分の手で包むように握る。

 

「姫様。昔は何でも話し合ったじゃありませんか!私をお友達と呼んで下さるのなら、そのお友達に、悩みを打ち明けて下さい…!」

「ルイズ……!」

ルイズが必死に説得したことで、アンリエッタは嬉しそうに微笑んだ。

 

(……めんどくせー連中だな。いちいち寸劇を演じなきゃ、話の一つもできねーのか…)

二人の心境などまったく理解できないとばかりに、デイダラは呆れ顔を見せる。

 

「わたくしをお友達と呼んでくれるのね、ルイズ・フランソワーズ。とても嬉しいわ」

そうして、アンリエッタは決心したように頷くと語り始めた。

 

 

現在、『白の国』アルビオンでは貴族達による反乱が起きており、王家の敗北はもはや時間の問題だということ。

反乱軍が勝利を収めたら、次にトリステインに侵攻してくるであろうこと。

 

「かの国の貴族達には、ハルケギニアに王権というものが存在している事が我慢できないようなのです。アルビオン王家を倒したら、次はこのトリステインに矛先を向けるでしょう」

そうなる前に、トリステインはゲルマニアと同盟を結び、近い未来に成立するであろうアルビオンの新政府に対抗する術をもたなければならないのだ。

 

「その為に、わたくしはゲルマニアの皇帝に嫁ぐことになったのです…」

「そうだったんですか…」

アンリエッタが、その結婚を望んでいないのは口調から明らかであったが、ルイズにはかけるべき言葉が見つからない。ただ、沈んだ声で頷くだけである。

 

「いいのよ、ルイズ。好きな人と結婚するなんて、物心ついた時から諦めていますわ」

憂いを帯びた顔を見せるアンリエッタに、ルイズは「姫様…」と、悲しそうな声をもらす。

 

「礼儀知らずのアルビオンの貴族達は、トリステインとゲルマニアの同盟を望んでいません」

二本の矢も、束ねずに一本ずつなら楽に折れますからね。と、アンリエッタは呟いた。

 

「……したがって、彼らはわたくしの婚姻を妨げる為の材料を、血眼になって探しています」

「では、そのようなものがあるというのですか?」

ルイズが顔を蒼白にして尋ねると、アンリエッタは悲しそうに頷いた。

 

「おお、始祖ブリミルよ……、この不幸な姫をお救い下さい……」

アンリエッタは顔を両手で覆うと、床へ崩れ落ちる。

 

そんなアンリエッタを見て、デイダラは「またそれか…」と、二人に聞こえない程度に呟く。

もう寸劇は見飽きたデイダラであった。

 

 

アンリエッタの話によると、以前、アルビオンのウェールズ皇太子へと送った手紙が婚姻を妨げるものであるらしい。

内容は教えられなかったが、おおよその見当はつく。

 

それがゲルマニアに対して明るみになった場合、即座に結婚は破談となり、トリステインは一国でアルビオンの反乱軍と戦わねばならなくなるのだ。

 

「破滅なのです…!遅かれ早かれ、ウェールズ皇太子は反乱軍に囚われてしまうわ!それまでに、どうにかあの手紙をウェールズ様から返して頂かなくては…!」

無意識なのかどうなのか、アンリエッタの身振り手振りはいちいち大袈裟である。

 

「では、姫様。私に頼みたいことというのは…!」

「無理よ!無理よルイズ!わたくしったら、なんてことでしょう!混乱しているんだわ!考えてみれば、貴族派と王党派が争いを繰り広げているアルビオンに赴くなんて危険なこと、頼めるわけがーーー」

 

 

「喝ーーッ!!」

 

突然、ルイズとアンリエッタの間に投げられたデイダラの起爆粘土が、目の前で小さく爆発を起こす。

 

とても小規模なものであった為、害は無かったが、アンリエッタは「きゃあっ」と小さく悲鳴を上げて驚き、尻餅をついてしまう。

 

「ち、ちょっと!あんたいきなり何やってるのよ!」

ルイズは、すぐに自分の使い魔に対して眉を釣り上げ、怒りを露わにする。

だが、デイダラは憮然とした表情を崩さない。

 

「お前らいい加減にしろ…!いちいち寸劇がなげーんだよ!蚊帳の外にされてるオイラの身にもなりやがれ…!」

話がまとまりかけたと思ったら、また寸劇を演じて話が長引く。

そんなルイズとアンリエッタのやりとりに、ついにデイダラの堪忍袋が爆発した様だ。

 

 

『ゲルマニアとの同盟の妨げになる手紙が、アルビオンのウェールズ皇太子の手にあります。行って取り戻して下さい』

 

アンリエッタの話、ひいてはルイズに頼みたい任務とは、これだけの話で足りるのである。

 

それを、ルイズとアンリエッタは一回一回に大袈裟な演出をするのである。

文化やしきたりなど、まったく違う世界から来たデイダラが痺れを切らすのも、無理もないことであった。

 

「もうオレ達のやるべきことは分かったんだ。後はお前の決断だけだぜ、ルイズ」

「私の、決断…?」

もともとそこまで怒ってはいなかったのか、怒りを静めたデイダラがルイズへと向き直る。

 

「今まさに戦火の真っ只中なアルビオンとかいう国へ行って、敗北濃厚なウェールズ皇太子とやらから、アンリエッタ王女の書いた手紙を返してもらいに行くかどうか、だ」

危険は十分あるぜ、と言うデイダラ。

 

「そんなの、行くに決まってるでしょ…!姫様とトリステインの危機を、このヴァリエール公爵家の三女であるルイズ・フランソワーズが見過ごす訳がないわ…!」

ルイズは、熱い口調でそうデイダラに啖呵を切る。

デイダラは、そんなルイズを見て満足そうな不敵な笑みを浮かべる。

 

「それでこそだぜ、ルイズ。面白くなってきた…うん!」

「ちょっと!私達は遊びに行くんじゃないんだからね…!ちゃんとそこは理解してよ!」

腰に手を当てプンスカ言うルイズに、デイダラは適当な返事を返す。

そんな二人を、またまたポカンとした面持ちで見つめるのはアンリエッタである。

 

「ち、ちょっと待って下さい…!アルビオンですよ?戦争を起こしている国なのですよ?そんなあっさりと……」

アンリエッタは慌てて立ち上がり、ルイズの決断が性急過ぎではないか訴える。

 

「ご安心下さい姫様。このルイズ、先のフーケ討伐任務にて、さらに成長できたと自負しております。必ずや、成し遂げてみせますわ!」

「ルイズ……」

片膝をついて恭しく頭を下げるルイズを見て、アンリエッタは小さく声を零すことしかできなかった。

 

「で、お姫さんよ。こいつは急ぎの任務なのかい?」

「え、ええ。アルビオンの貴族達は、王党派を国の隅っこまで追い詰めていると聞き及んでいます。敗北も時間の問題でしょう」

デイダラからの不意の問いかけに、アンリエッタは戸惑いながら答える。

 

「では早速明日の朝にでも、ここを出発致します」

それを受けて、ルイズも真顔になりアンリエッタに頷いた。

 

そんなルイズを見て、アンリエッタはさらにそわそわした雰囲気で、どこか落ち着かない様子である。

 

「どうした?お姫さんよ…?」

「い、いえ…」

デイダラに声をかけられたアンリエッタは、歯切れの悪い返事を返す。

 

アンリエッタ自身、決心がついたと思っていても、まだ、唯一の親友を戦地へ向かわせる事に躊躇いが残っていたのだ。心苦しく思っていたのだ。

ルイズともっと会話を重ねれば、それも払拭できたのだが、デイダラの横槍によって中途半端に終わってしまったのだ。

 

アンリエッタが、悶々と思い悩んでしまうのは無理もないことだった。

 

 

「頼もしい使い魔さん」

「ん?」

アンリエッタは、デイダラの方を見つめて呼びかける。

 

「わたくしの大事なお友達を、どうかよろしくお願いしますね」

そうして、デイダラに左手を差し出した。

 

せめてもの思いで、アンリエッタはこの使い魔に託すしかなかった。

この任務の間は、親友の身を全力で守ってもらいたかったのだ。

 

 

一方で、手を差し出されたデイダラは、何が何だか分からないといった様子であった。

だが、ルイズにはそれが何事かすぐに分かった様で、慌てた声を上げる。

 

「いけません、姫様!そんな、使い魔にお手を許すなんて…!」

「いいのですよ。この方は貴女を守り、わたくしの為に働いて下さるのです。忠誠には、報いるところがなければなりません」

「??」

勝手に話を進めているルイズとアンリエッタを見て、デイダラはさらに困惑する。

一体、この手が何だというのか。

 

「何してるのよ、早くなさい。お手を許すってことは、キスしていいってことなのよ。砕けた言い方をするならね」

「キスだと〜?」

しかめっ面をして、デイダラは思った。いつの時代の人間だ、と。それとも自分の認識している世界が狭かったのか。

 

とにかく。そんな些事に付き合うつもりは、デイダラにはなかった。

 

 

ペロリ。

アンリエッタの手の甲に舌が這う。

 

「きゃっ!」

驚いたアンリエッタは、思わず差し出した手を引っ込める。

何事かと思ったアンリエッタは、デイダラの手のひらに口がある事に気づいた。先ほど、彼女の手の甲を舐めたのは、あの手のひらの口だったのだ。

 

「手のひらに口がある人間は珍しいか?早く慣れろよ。いちいちそんなことに驚いてたら身が持たねーぞ…うん」

そうして、デイダラはからかう様にして笑う。

 

 

当然、アンリエッタにそんな非行をしでかして、黙っているルイズではない。

 

「あ、あ、あんたって奴はァーー!!」

「き、貴様ーッ!姫殿下にーッ!何をするだァーッ!ゆるさんッ!」

その時、ルイズと声を揃えて、何者かがドアを勢いよく開けて飛び込んできた。

 

「なんだ。お前だったのかギーシュ」

飛び込んできたのは、以前デイダラと決闘したギーシュ・ド・グラモンであった。

 

デイダラは、ドアの前で誰かが息を潜めている事には気づいていたので、大して驚きもなかった。

ギーシュだとは思わなかった様だが。

 

「ぎ、ギーシュ!あんた、今の話を聞いていたの!?」

驚きの声を上げるルイズ。しかし、ギーシュにはルイズの声が聞こえなかったようだ。

 

「薔薇のように見目麗しい姫様の後をつけてみれば、このような所へ…。それで、ドアの鍵穴から中を覗き見れば、せっかく姫様がお手を許して下さったというのに、デイダラ…。君という奴は……」

わなわなと震えながら、ギーシュは薔薇の造花を振り回しながら叫んだ。

 

「決闘だぁー!バカチンがぁあああ!」

叫ぶギーシュだったが、すぐに目の前が真っ暗になる。

デイダラがギーシュにアイアンクローをしたのである。

 

「ほー。いい度胸だなー、うん」

「あがァーッ!ま、待て。不意打ちとは卑怯だぞーッ!」

ジタバタともがくギーシュだったが、デイダラのアイアンクローからは抜け出せない。

 

「安心しろ。密命の任務を盗み聞きした以上、お前の運命は決まった。死因はオイラが決めてやるよ…うん」

「いだだだ!ま、待て、やめてくれ!君のことだ、どうせ死因は爆死だろう…⁉︎」

両手でデイダラの腕を掴み、もがきながら叫ぶギーシュ。

そんなギーシュから手を離すデイダラ。ギーシュがホッとしたのも束の間。

 

「うぐッ」

「窒息死だ…!うん…!」

デイダラがギーシュの背後に回り込み、両腕でチョークスリーパーをかける。

早くもギーシュがデイダラの腕を叩き、ギブアップの意を示すが、止まらない。

 

「どうしましょう、姫様。今の話を全部聞かれてしまっています」

「そうですね…。今の話を聞かれたのは、まずいですね…」

悩むルイズとアンリエッタを前に、ギーシュは残った力を振り絞って声を出す。

 

「ひ、姫殿下…。そ、その、困難な任務、ぜ、是非ともこのギーシュ・ド・グラモンに、仰せつけますよう……」

「……とりあえず離してあげなさい、デイダラ」

ギーシュを可哀想に思ったルイズが、デイダラにチョークスリーパーをやめる様に訴える。

 

「チッ…」

悪態を吐いて、手を離すデイダラ。

 

すぐに解放されたギーシュは、ゲホゲホとむせ返るように咳をした。

 

 

「貴方、グラモンとは。まさかあのグラモン元帥の…?」

「は、はい!息子でございます、姫殿下…!」

素早く息を整えると、ギーシュは姿勢を正して恭しく一礼した。

 

「貴方も、わたくしの力になってくれるというの?」

「任務の一員に加えて下さるのなら、これはもう望外の幸せにございます」

熱っぽいギーシュの口調に、アンリエッタは微笑んで、ギーシュも任務の一員に加わる事を許した。

 

 

「姫殿下が!トリステインの可憐な花、薔薇の微笑みの君がこの僕に微笑んで下さったー!」

ギーシュは感動のあまり、嬉し涙を流してガッツポーズをしている。

 

どうやらギーシュは、アンリエッタに惚れてしまった為に、彼女の役に立ちたいと考えている様であった。

ある意味、これ程警戒しなくても大丈夫と思える存在もいないだろう。

 

 

「まぁ、オイラも粘土の供給元がすぐ側にいると助かるな。扱き使ってやるからそのつもりでいろよ、ギーシュ」

「って!僕は君の為の粘土精製機じゃないぞ…!」

抗議の声をデイダラに投げかけるギーシュ。だが、悲しい哉、この二人の上下関係は決闘以降すでに決まってしまっているのである。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

ギーシュがデイダラに無益な主張をしている間、ルイズとアンリエッタは話を進めていた。

 

ウェールズ皇太子は、アルビオンのニューカッスル付近に陣を構えているとのことである。だが、貴族派の者に嗅ぎつけられでもしたら、ありとあらゆる手を使って妨害の手が加わるとのこと。

油断はできない、とルイズは思った。

 

 

「始祖ブリミルよ…。この自分勝手な姫をお許しください。それでも、国を憂いていても、わたくしはやはり、この一文を書かざるを得ないのです…。自分の気持ちに、嘘をつくことはできないのです…」

 

ルイズの机に座って、ウェールズ皇太子から手紙を返してもらえるように密書を書いていたアンリエッタだったが、ルイズから見たら、まるで恋文でもしたためているかのような様子であった。

 

「ウェールズ皇太子にお会いしたら、この手紙を渡して下さい。すぐに件の手紙を返してくれるでしょう」

アンリエッタは魔法で封蝋した巻き手紙をルイズに手渡し、それから右手の薬指から指輪を引き抜くと、それもルイズに手渡した。

 

「母君から頂いた『水のルビー』です。せめてものお守りです」

お金が心配になったら売り払って旅の資金にあてるように、アンリエッタは言う。

そんなアンリエッタに、ルイズは深々と頭を下げる。

 

「この任務には、トリステインの未来がかかっています。母君の指輪が、アルビオンに吹く猛き風から、あなた方を守りますように……」

憂いを帯びた表情で、アンリエッタは祈りを捧げるのだった。

 

 

 

 

 

 





一気に分量増えた気がするけど、気のせいじゃなかった。

ちなみに、補足として。
フーケ戦以降、デイダラの主な粘土調達元はギーシュ君です。
そんな設定にしております。彼がデイダラに対して、畏怖とか怯えとかを見せないのも、そんなやりとりの中で、決闘時のデイダラの印象が大分緩和されているからってことにしてます。

それにしても、錬金ってホント便利な魔法ですよね。
この世界に等価交換のくだりとかあるんでしょうか?


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20,旅立ち

 

 

 

朝もやの中、トリステイン魔法学院の敷地内にある厩舎から、ギーシュが馬を引いて姿を現わす。

厩舎の前には、ルイズとデイダラの姿も見える。ルイズは歩きやすい様にブーツを履き、デイダラは背中にデルフリンガーを背負っている。

 

 

アルビオンという国へ赴く為には、まずはトリステイン南部にある都市『ラ・ロシェール』へと向かう必要がある。魔法学院からは、馬で普通に走って二日ほどの距離にある港町である。

 

「今回は急ぎの任務だからね。君達に僕の華麗な手綱さばきを、ゆっくり見せられそうになくて残念だよ」

馬に鞍をつけながら、ギーシュはルイズとデイダラに向けてキザったらしく言う。

 

度々、学院の女の子とラ・ロシェールの森へと遠乗りしているギーシュは、馬術にも腕に覚えがある。

ルイズはどうでもいいが、デイダラが馬乗りにへばった時は、なんて言ってからかってやろうかと考え、ギーシュはチラリと視線を向ける。

 

 

「時間のねー任務だって言ってんだろ、ギーシュ。呑気に馬なんて乗ってられるかよ…うん」

「んなっ!?」

ギーシュの目には、デイダラが召喚した巨大な白い鳥の姿が映っていた。

 

「そっか。あんた、デイダラの作る大型の鳥を見るのは初めてだったのね」

こいつが馬で疲れる姿なんて見せる訳ないでしょ、とルイズはギーシュの心を読んだかのように言い放つ。

ちなみに、ルイズは本当にギーシュの心を読んだ訳ではない。単にギーシュが、何を考えているのか分かりやすい表情をしていただけである。

 

「くっ…。僕は何ひとつ、この男には勝てないのか」

当のギーシュは、そんなルイズの言葉など耳に入っていないかのようだ。地面に両手をついて、本気で落ち込んでいる様子だ。

 

「ほら。時間もないんだし、はやく行くわよ」

「ま、待ってくれ。その前に、ひとつお願いがあるんだが…」

なによ、とルイズはギーシュに問う。すると彼は、足で地面を叩く。モコモコと地面が盛り上がり、茶色の大きな生き物が顔を出す。

 

「おおヴェルダンデ!ああ!僕の可愛いヴェルダンデ!」

ギーシュは、顔を出したその生き物を愛おしく抱きしめる。

 

どうやら、ギーシュは自分の使い魔である巨大モグラ、ジャイアントモールのヴェルダンデを連れて行きたいようだ。

 

「なぁルイズ、いいだろう?ヴェルダンデは優秀なんだ。きっと役に立ってくれる」

「ダメよギーシュ。私達、これからアルビオンに行くのよ。地面を掘って進む生き物を連れて行くなんて無理よ」

ルイズがそう言うと、ギーシュは地面に膝をついてしまう。

 

「そんな…。お別れなんて、つらい。つら過ぎるよ、ヴェルダンデ…」

ギーシュが地面に膝をついて悲しんでいると、ヴェルダンデは急に鼻をひくつかせ始めた。

 

「な、なによこのモグラ」

くんくんと鼻を動かし、ルイズに擦り寄るヴェルダンデ。

ルイズはヴェルダンデに押し倒され、鼻で体をまさぐられる。

 

「や!ちょっとどこ触ってるのよ!」

巨大モグラに襲われ、ルイズは地面をのたうち回る。スカートが乱れ、あわや下着をさらけ出しそうになる。

ヴェルダンデは、ルイズの右手の薬指に光るルビーを見つけると、そこに鼻を擦り寄せた。

 

「おいギーシュ。ありゃ、何やってんだ?」

「うーむ、おそらく指輪だろうね。なにせヴェルダンデは、大の宝石好きだからね」

現在進行形で巨大モグラに襲われているルイズを余所に、デイダラとギーシュはのんびりと状況分析をしていた。

 

ギーシュの話では、ヴェルダンデは貴重な鉱石や宝石を主人であるギーシュの為に見つけてきてくれるのだと言う。土系統のメイジにとっては、とても嬉しい存在の様だった。

 

「冗談じゃないわ、姫様から頂いた指輪に鼻をくっつけないで!……デイダラ、あんたも見てないで助けなさいよ!」

ヴェルダンデの鼻を押しのけながら、ルイズはデイダラに向かって叫ぶ。

 

「それくらい、お前の魔法で吹っ飛ばせばいいだろーが…うん」

「ちょっと待て、ヴェルダンデに何しようと言うんだね…!?」

他人事のように言うデイダラ。この程度のことでは、手を貸してはくれそうになかった。

 

「そんなこと言われたって…!」

ルイズは魔法で吹っ飛ばそうにも、アンリエッタから貰った水のルビーを庇っているせいで、杖を取り出すことができないでいたのだ。

 

 

そうして、ルイズが何とかモグラの下から抜け出そうと暴れていると、一陣の風が舞い上がり、ルイズに抱きつくモグラを吹き飛ばした。

 

「誰だッ!」

ギーシュは声を荒げ、攻撃がきた方へ薔薇の造花を向ける。

デイダラも、ギーシュと同じように風が吹いてきた方向へ顔を向ける。

 

朝もやの中から、羽帽子をかぶった一人の長身の貴族が現れた。

 

「貴様、僕のヴェルダンデに何をするんだ!」

ギーシュはすぐに呪文を唱えたが、一瞬早く、羽帽子の貴族が『風』の魔法を発動させ、薔薇の造花を吹き飛ばす。模造の花びらが宙を舞った。

 

「落ち着きたまえ、僕は敵じゃない。姫殿下の命により、君達に同行することを命じられた者だ。君達だけではやはり心許ないらしいからね。しかし、密命の任務である以上、一部隊つける訳にもいかぬ。そこで、この僕が選ばれたってワケさ」

羽帽子を取ると、長身の貴族は一礼した。

 

 

「トリステイン魔法衛士隊、グリフォン隊隊長のワルド子爵だ」

「魔法衛士隊……隊長だと?」

少し意外そうに、デイダラはワルドに確認するように聞き返す。ワルドは「そうとも」と堂々と頷く。

 

文句を言おうと口を開きかけていたギーシュは、相手が悪いと知ってうなだれた。魔法衛士隊とは、ギーシュを含め、全貴族の憧れの的なのである。

 

「すまない。婚約者がモグラに襲われているのを、見て見ぬフリはできなくてね」

「……はぁ?」

予想外のワルドの発言に、デイダラは驚き、口をポカンと開ける。

 

魔法衛士隊の隊長という、デイダラから見てもなかなかの実力者が現れたと思ったら、まさかのルイズの婚約者だと言うのだ。驚くなと言う方が無理であろう。

 

「ワルド様…。お久しぶりでございます」

「久しぶりだな、ルイズ!僕のルイズ!」

恥ずかしそうに立ち上がったルイズを、ワルドは笑顔を浮かべながら駆け寄り、抱き上げる。

ワルドに抱き上げられ、ルイズは頰を染めた。

 

「相変わらず軽いな、君は。まるで羽のようだ!」

「お恥ずかしいですわ…」

「彼等を紹介してくれないかい、ルイズ」

ひとしきりルイズを抱き上げた後、ワルドはルイズを地面に下ろし、再び帽子を目深かにかぶって言った。

 

「あ、あの……。こちらが同級生のギーシュ・ド・グラモン。そして、こちらが私の使い魔のデイダラです」

ルイズに紹介され、ギーシュは深々と頭を下げる。対して、デイダラはお辞儀もせずに、興味深そうにワルドを眺めるのみである。

 

「君がルイズの使い魔なのかい?剣を背負っているし、メイジではないと思っていたが、まさか使い魔とはね」

言いながら、ワルドは気さくな物腰でデイダラに近寄った。

 

「僕の婚約者がお世話になっているよ」

「ふん」

軽く答えて、デイダラはワルドの力量を測るように上から下まで見つめる。

ワルドも同様に、その鷹のような眼光を光らせ、自身の形のいい口髭を撫でながらデイダラを見る。

 

「……へぇ。今までオイラが会ったどのメイジよりも、腕は立ちそうだな。うん」

「それはどうも。……君も、なかなかの実力者と見た。これは心強いね」

お互いに、ニヤリと笑い合いながら、デイダラとワルドは言葉を交わす。

 

何か二人だけに通じるものでもあったのだろうかと、ルイズは首を傾げる。

 

「さて…」

そうして顔合わせを終えると、ワルドは学院の正門の方へと向き直り、口笛を吹く。

朝もやの中から、鷲の翼と上半身に、獅子の下半身がついた幻獣、グリフォンが現れた。

 

「おいで、ルイズ」

ワルドは、ヒラリとグリフォンに跨ると、ルイズに手招きした。

 

「ん?おいルイズ。お前、こっちに乗るんじゃないのか?」

親指で背後の粘土製の鳥を指しながら、デイダラが尋ねる。

 

「え?え、え〜っと…」

ワルドとデイダラ。二人の男に同時に声をかけられ、ルイズが戸惑っていると、ワルドが再び口を開く。

 

「すまないが、ルイズとは十年振りの再会なんだ。僕とルイズに、二人の時間を与えてやってくれないか」

ワルドの発言に、デイダラは再びポカンと口を開ける。

 

「さぁ、行こうルイズ」

「え、ちょ、ちょっとワルド様…!」

ワルドは、躊躇うルイズを抱き抱えて、再びグリフォンに跨った。

 

「では諸君!出撃だ!」

手綱を握り、杖を掲げてワルドは叫んだ。

 

 

「……やれやれ、仕方のねえ旦那だぜ。うん」

駆け出すグリフォンの背を見ながら、デイダラは多少呆れたように呟くと、感動した面持ちのギーシュの首根っこを掴んで粘土製の鳥に飛び乗る。

 

「うわあ!お、お手柔らかに頼むよ、デイダラ…」

「そりゃお前次第だ、ギーシュ。精々落っこちないように気をつけな。うん」

そんなぁ、と呟きながらギーシュは粘土製の鳥にしがみつく。

 

 

こうしてルイズ一行は一路、アルビオンへ向けて旅立つのであった。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

アンリエッタは出発する一行を学院長室の窓から見つめていた。目を閉じて、手を組んで祈る。

 

「彼女たちに、加護をお与えください。始祖ブリミルよ……」

彼女の後ろでは、オスマンが学院長席に着きながら鼻毛を抜いている。

 

アンリエッタは振り向くと、オスマンに向き直った。

 

「見送らないのですか?オールド・オスマン 」

「ほほ。姫、見てのとおりこの老いぼれは、鼻毛を抜いておりますのでな」

それに、と付け加えるオスマン。

 

「心配せずとも、無事に帰ってきますとも」

「……オールド・オスマン。そうは言いますがーー」

 

その時、アンリエッタの声を遮るような形で、学院長室の扉がドンドンと叩かれた。

「入りなさい」とオスマンが言うと、慌てた様子のコルベールが飛び込んできた。

 

「いいい、一大事ですぞ!オールド・オスマン!」

「君はいつでも一大事ではないか。どうも君は、あわてんぼでいかん」

「慌てますよ!私だってたまには慌てます!」

そうしてコルベールは、慌てた調子のままオスマンへ報告した。

 

チェルノボーグの牢獄に捉えられていた土くれのフーケが脱獄したこと。

その際、さる貴族を名乗る怪しい人物が『風』の魔法でフーケの脱獄を手引きしたこと。

 

魔法衛士隊が、王女のお供で出払っている隙の出来事である。つまりーー

 

「つまり、城下に裏切り者がいるということです!これを慌てずにどうするのですか!」

「分かった分かった。その件については、後で聞こうではないか」

アンリエッタが顔を蒼白にさせていると、オスマンが手を振り、コルベールに退室を促した。

 

コルベールがいなくなると、アンリエッタが学院長机に手をついて、溜め息を吐く。

 

「城下に裏切り者が!間違いありません。アルビオン貴族の暗躍ですわ!」

「すでに杖は振られたのですぞ。我々にできることは、待つことだけ。違いますかな?…あいだっ!」

鼻毛を抜きながら言うオスマンの余裕ある態度を見て、アンリエッタは訝しむ。

 

「何故、そのように余裕でいられるのですか?」

「いやなに。彼が一緒ならば、道中どんな困難があろうとも、やってくれますでしょうからな」

彼、というオスマンの言葉に、アンリエッタの頭にも自然と一人の青年の顔が浮んだ。不思議とそれは、ワルドのものでもギーシュのものでもなかった。

 

「それはもしや、ルイズの使い魔の…?」

頷くオスマン。

アンリエッタは昨夜から気になっていたことをオスマンに問うた。

 

「オールド・オスマン。彼は一体何者なのですか?手のひらに口のある人間など、わたくしは初めて見ました」

それに、先ほども杖も無しに大きな白い鳥を召喚するなど、ただの平民とは言い難い力を見せていた。アンリエッタが疑問に思うのも無理はないだろう。

 

「彼が何者か、ということについては、お恥ずかしながら我々にも正直分かっておりませぬ。ただ、彼は異世界からやってきた『忍』という者なのです」

「異世界?シノビ?」

「そうですじゃ。ハルケギニアではない、どこか。『ここ』ではない、どこか。そこでも、我々メイジの様な力を持つ者がいるみたいでしてな。それが忍という存在。彼が相当な強者であることは、間違いありませぬ」

そこでオスマンも言葉を区切り、窓の外からどこか遠くを見つめる。

 

「彼がミス・ヴァリエールの使い魔である以上、彼女らは無事戻ってくるでしょう。この老いぼれの余裕な態度も、それが理由なのですじゃ」

「そういう、ことだったのですか…」

オスマンに倣い、アンリエッタも窓の外へと目を向ける。

 

アンリエッタは、自らの手をぎゅっと握り、昨夜のことを思い出す。異形の手で、自分をからかい不敵に笑う男の姿を。

思い返してみれば、男の笑みは、どこか愛嬌のある笑みだったように思えて、アンリエッタはふと微笑みを浮かべた。

 

不安は残るが、確かに今は、信じて待つことしかできないのだ。ならばーー

 

 

「ならば祈りましょう。異世界から吹く風に」

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

魔法学院を出発して以来、ワルドはグリフォンを疾駆させっぱなしであった。すでに二駅ほどの道のりを経たが、幻獣はまったく疲れを見せることはない。

 

「ちょっと、ペースが速くない?」

抱かれるような格好で、ワルドの前に跨ったルイズが言った。

雑談を交わす中で、ワルドの頼みもあってだが、ルイズの口調は昔の丁寧な話し方から現在の話し方に変わっていた。

 

「問題ないよ。君の使い魔が召喚した鳥も、変わらずついてきている。このままラ・ロシェールの港町まで止まらずに行けるだろう」

ワルドの言葉通りに、グリフォンの背後には、少し離れて低空飛行をしている粘土製の鳥がいる。もちろんその背には、デイダラとギーシュの姿がある。

 

「優秀な使い魔を持ったじゃないか、ルイズ」

「そ、そんなこと…」

ワルドに使い魔を褒められ、ルイズはまんざらでもない表情となる。

 

「それに、なかなか頼もしそうな青年だ。もしかして、君の恋人だったりするのかい?」

「なっ!こ、恋人なんかじゃないわ」

笑いながらワルドに尋ねられ、ルイズは思わず顔を赤らめる。

 

「そうか、ならよかった。婚約者に恋人がいるなんて聞いたら、ショックで死んでしまうからね」

そう言いながらも、ワルドの顔は笑っている。

 

「お、親が決めたことじゃない」

「おや?ルイズ!僕の小さなルイズ。きみは僕のことが嫌いになったのかい?」

「もう、小さくないもの」

ワルドに、昔と同じおどけた口調で尋ねられ、ルイズはからかわれていると思って「失礼ね」と頰を膨らませる。

 

「僕にとっては、未だに小さな女の子だよ」

少し穏やかな雰囲気で、ワルドは言う。

 

ルイズは、先日見た夢を思い出す。生まれ故郷の、ラ・ヴァリエールの屋敷の中庭。忘れられた池に浮かぶ、小さな小船での一幕を。

 

それと同時に、ルイズは幼い日の約束も思い起こされる。

 

互いの親同士が決めたこと。

婚約者。こんやくしゃ。

 

当時は、言葉の意味もろくに知らなかった。憧れの人と一緒にいられることだと教えてもらって、なんとなく嬉しいだけだった。

だが、今はもう言葉の意味も知らない子供じゃないのだ。

 

それから、ルイズとワルドは昔の思い出話を語り合った。

未だにルイズのことを婚約者だと言ってくれるワルドに、ルイズはただただ困惑しかなかった。

今のルイズにとってワルドは、遠い思い出の中の憧れの人なのだ。十年間ほったらかしだったのだし、婚約などとうに反故になったとも思っていたのだ。

 

「旅はいい機会だ。一緒に旅を続ければ、またあの懐かしい気持ちになれるさ」

落ち着いた声で言うワルドを見て、ルイズは思った。

自分はワルドのことを好きなのだろうか。離れていた分だけ、ほんとに好きなのかどうか、まだ分からなかった。

 

 

ふと、ルイズは背後のデイダラへ目を向ける。胡座を組んで座り、頬杖をつきながらギーシュと雑談をしていた。

そこには、ルイズとワルドの様子を気にしているといった雰囲気は微塵も感じられない。

 

自分のご主人様に、突然婚約者が現れたのだ。もう少し取り乱してくれてもいいのに。

 

そう思ったら、ルイズは何だかやきもきして、胸が震えた。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

アルビオンへ向けて旅立った日の夜。

出発してからスピードを緩めずに飛ばしたお陰で、ルイズ達は何とかその日の内にラ・ロシェールの入り口に辿り着いていた。

入り口の前に着くと、ワルドがグリフォンのスピードを緩めて進み始め、デイダラも鳥をゆっくり低空飛行させてついていく。

 

「おいギーシュ。ラ・ロシェールってのは港町なんじゃなかったのか?山ばっかじゃねーか」

デイダラが怪訝そうに辺りを見渡して言う。

 

その言葉通りに、このラ・ロシェールの入り口はどう見ても峡谷に挟まれた山道であり、少し進んだ先に見える港町とやらも、狭い峡谷の間に設けられた小さな街であった。

 

「なんだい。君はアルビオンを知らないのか?」

「知らん」

「まさか!」

デイダラの問いかけに、ギーシュは呆れた声で尋ね、その後笑みを零す。

そうか、デイダラの弱点は常識知らずということか。と、ギーシュがしたり顔で考えていると、デイダラは何かに気づいたように真剣な表情となる。

 

「ん?どうしたんだい、デイダラ?」

「黙ってろ。舌を噛むぜ…うん」

そして、デイダラはワルドが操るグリフォンの隣りまで鳥を移動させる。

 

「おい、ワルドの旦那」

「なんだい。どうし……ああ、なるほど」

デイダラに声をかけられ、すぐにワルドは事態を把握する。

 

ギーシュとルイズが、二人の会話に首を傾げていると、突然デイダラとワルドが左右に並ぶ崖の頭上それぞれに、攻撃を繰り出した。

 

デイダラは大量の小型蜘蛛の起爆粘土をばら撒き、ワルドは一陣の風を巻き起こし、小さな竜巻を放つ。

 

「喝ッ!」

巻き起こる爆発と竜巻が、ルイズ達に向かって放たれていた無数の『矢』を吹き飛ばす。

 

「なッ!敵襲か!」

遅れて事態を飲み込んだギーシュが、薔薇の造花を取り出し叫ぶ。

 

「お前は降りてな、うん」

「え?ぎゃあー!!」

ギーシュの首根っこを掴んで地面に放り投げると、デイダラは粘土製の鳥を羽ばたかせ、一気に飛翔する。

 

 

「うわああぁ!?」

「な、なんなんだ!?」

山道から崖の上まで飛び上がると、左右それぞれに弓矢を構えた複数の男達がいた。皆、デイダラが一気に崖上まで上昇してきたことに驚愕の顔を見せている。

 

「お前ら、何者だ?…うん?」

静かに問うデイダラに、襲ってきた男達は怯みつつも弓を向け、次々に矢を放つ。

 

デイダラは巧みに鳥を操り、それらを軽々躱していく。男達は「なんで当たらねぇ!」と口々に喚く。

 

そんな男達を尻目に、デイダラはまず、片側の崖の上にいる男達に向かって鳥を急降下させ、男達の頭上を高速で飛行する。

 

風圧を受け、堪らず吹き飛ばされた男達は崖の上から転がり落ちていき、硬い地面に体を打ちつける。

痛みに苦しむ男達は、ルイズ達の目の前でうめき声を上げていた。

 

「……なるほど。これは手強いな」

デイダラの蹂躙劇を下から見ていたワルドは、誰にも聞こえないような大きさで、そう呟いた。

 

 

「このォ…!」

反対側の崖から、残りの男達がデイダラに向かって弓を引き絞る。

冷静に、腰のホルダーバッグに手を入れ、手のひらの口に粘土を喰わせるデイダラ。

 

そうして、デイダラがいつでも迎撃できる準備を整えたところで、ルイズ達の耳にバッサバッサとどこかで聞いたことのある羽音が聞こえてきた。

 

そして、突如小型の竜巻が放たれて、崖の上に残っていた男達が、先ほどの男達と同様に山道へ転がり落ちていった。

 

 

「……あいつら、何でこんなとこに居やがるんだ?」

ルイズ達より先に乱入者の正体に気づいたデイダラが、呆れたような声を零す。

 

 

山道にいるルイズ達にも、ようやく羽音の正体が分かった。

月をバックに見慣れた幻獣が姿を表し、ルイズとギーシュは声を揃えて叫んだ。

 

「「シルフィード!!」」

「やっほー、おまたせ〜」

シルフィードの背から、タバサとキュルケがひょっこり顔を見せてきた。

 

 

級友のまさかの飛び込み乱入に、ルイズもギーシュも驚きの顔を見せてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 



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21,戸惑う心


連休手前で色々とバタついてしまったのでだいぶ投稿が遅くなってしまいました。
急いで書いてたら予測変換ミスって、度々ワルドとワインを間違えて打っていました。

「グラスにワルドをそそいでいく」
「ワルドの入ったグラスを持って乾杯する」


本文長くなったのでそのくだり全部削除しました。



 

 

 

 

ラ・ロシェールへと続く山道では、現在ルイズとキュルケによるけたたましい舌戦が繰り広げられていた。

 

何しに来たのだの、助けに来てやったのだの、これはお忍びの任務なのだの、先に言っておけだの、終いにはいつものように睨み合いの取っ組み合いにまで発展してしまった。必死にギーシュが二人を宥めているが、彼では止められそうになかった。

 

シルフィードの背に降り立ち、真下のそんな様子を視界の端に入れながら、デイダラはパジャマ姿のままなタバサに確認するように尋ねた。

 

「つまり、お前は学院を出て行くオイラ達を目撃したキュルケに頼み込まれて、渋々シルフィードに乗ってここまで追いかけて来たと、そういうワケか」

こくり。

それを受けて、タバサは頷きで肯定の意を示した。

 

「オレが言うのもなんだが、お前ももう少しキュルケに対して文句言ってもバチはあたらねぇと思うぜ。うん」

「彼女は友人。大切な人」

だから、無下にはできないと言うタバサ。

普段と変わらずに読書をし続ける彼女のその表情は、どこまでも涼しげであった。

 

普通、早朝に突然叩き起こされて着替えも早々に自室から連れ出されたとしたら、憤って然るべきだと思うのだが。

相変わらず何考えてるか分かんねー野郎だ、とデイダラは思った。

 

 

チラリと、再びシルフィードの上から真下の様子を見やるデイダラ。

 

ルイズとキュルケによる言い合いは、ワルドによって収められていた。

キュルケは、早速ワルドに対して猛アピールをしていたが、婚約者がいるからと相手にされることはなかった。

 

 

「デイダラ〜!いつまで上にいるの〜?降りてきて〜!あたしが旅の疲れを癒してあげるわよ〜!」

キュルケは、何事もなかったかのように今度はデイダラに言い寄り始めた。

その変わり身の早さはもはや称賛に値するかもしれない。

 

ひとまず、山道まで高度を下げよう。タバサにそう提案し、シルフィードは軽やかに地面に舞い降りた。

 

 

そうしている内に、ギーシュが襲ってきた男達の尋問を終わらせてやって来る。

 

「子爵、あいつらはただの物盗りだと言っています」

「ふむ、ならば捨て置き先を急ごう」

言いながら、ワルドはグリフォンの元へと歩いていく。

 

「今日はラ・ロシェールに一泊して、明日の朝一番の便でアルビオンに渡るとしようか」

颯爽とルイズを抱きかかえ、ヒラリとグリフォンに跨ると、ワルドは一行にそう告げた。

 

 

道もそんなに広くないため、ギーシュとデイダラはタバサとキュルケと同様にシルフィードの背に乗り、ひとまとまりになって移動する。

 

きゃあきゃあと楽しそうに騒ぐキュルケの声を聞き流し、デイダラは背後の山道で倒れる物盗り達の方に視線を移す。

 

(ギーシュはああ言っていたが、本当のところ、怪しいもんだ。こっちの動きはもう勘付かれたと見ていいだろうな、うん)

早い話が、デイダラは彼らをただの物盗りとは思っていなかった。彼らの面構えや手慣れた奇襲など、熟練の傭兵を思わせたのだ。

 

だが、雑魚には用がないという意味では、デイダラも自称物盗り達を捨て置くということに異存はなかった。

デイダラの心中にあるのは、ただひとつ。自身の芸術忍術に相応しい相手が現れてくれるかどうかである。芸術家故に、デイダラは常に刺激を求めているのだ。

 

 

再び正面に視線を戻せば、両脇を峡谷で挟まれたラ・ロシェールの街灯りが、怪しく輝いていた。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

港町ラ・ロシェールは、アルビオンへの玄関口と呼ばれる小さな街である。人口はおよそ三百程だが、アルビオンへと行き来する人々により、常にその十倍以上の人間が街を闊歩している。

 

狭い山道を挟むようにしてそそり立つ崖の一枚岩を穿って、旅籠や商店が並んでいる。土系統のスクウェアメイジによる巧みな技により、立ち並ぶ建物の一軒一軒は同じ岩から削り出されているのである。

 

 

一行は、そんなラ・ロシェールで一番上等な宿である『女神の杵』亭に泊まることにした。

早々と夕食を済ませ、ルイズとワルドは『桟橋』へ乗船の交渉に行っていた。残ったメンバーは女神の杵亭の一階にある酒場でくつろぎながらそれを待っている状態だ。

 

女神の杵亭は、貴族を相手にする宿なだけはあり、酒場スペースもかなり豪華な造りで、身なりの良い格好をした貴族達で賑わっていた。

 

「なるほど、アルビオンってのは『空に浮かぶ国』だったのか……。空を飛ぶ船といい、なかなか芸術性も高そうだ。ますますこの世界が好きになってきたぜ…うん」

「って、本当に知らなかったのかい。呆れたものだ……!じ、冗談!冗談だよ!だからそんなおっかない顔で睨まないでくれたまえ…!」

そんな中、多少周囲からは浮いた格好のデイダラ達は、デイダラの要望により、ルイズ達を待つ間にアルビオンについての解説をしていた。

 

 

白の国、アルビオン王国。

地上三千メートルの高さに位置する浮遊大陸であり、大陸の下半分が白い雲で覆われている国。『白の国』とはそういう事象によってつけられたアルビオンの通称なのである。

基本的に、アルビオンへと渡る為にはラ・ロシェールの空飛ぶ船に乗るしかないそうだ。

 

 

「空に浮かぶ国、白の国、浮遊大陸アルビオン…、さらに空飛ぶ船ときたか…。はやく見てみたいもんだぜ。うん」

「ああ、ワクワクしてるデイダラって可愛いわ〜」

「ハルケギニアでアルビオンと言えば、浮遊大陸として有名だと思うんだけどなぁ…」

未だ見ぬ異界の地に思いを馳せるデイダラ。

そんなデイダラを見て、ポッと頰を染めるキュルケ。

ぶつぶつと文句を呟くのはギーシュである。

ちなみに、タバサは次々と運ばれてくる料理といまだに格闘を続けていた。

 

 

しばらくした後に、桟橋へ乗船の交渉に行っていたルイズとワルドが戻って来た。

その苦い表情からして、芳しい結果は得られなかったようだ。

 

「アルビオンに渡る船は、明後日にならないと出ないそうだ」

席に着くと、ワルドは困ったように話を切り出した。

彼の隣の席に着いたルイズも「急ぎの任務なのに…」と口を尖らせている。

 

「なんで明日は船が出せないんだ?」

「明日の夜は月が重なるだろう?『スヴェル』の月夜だ。その翌朝が、アルビオンが最もラ・ロシェールに近づく日なんだそうだ」

もし先んじて出発すれば、燃料である『風石』が足りない為、到着前に地面に落っこちてしまうらしい。

 

「風石ってのはなんだ?…うん?」

「『風』の魔法力を蓄えた石のことさ。船はそれで宙に浮かぶんだ」

「本当に何も知らないな、君は「ああん?」ウソウソ、冗談。だから胸ぐらを掴まないで…!」

学習しないギーシュは、ほとんど癖のようにキザったらしく言い、デイダラを怒らせる。

 

そんなデイダラを宥めつつ、ワルドが今日はもう休もうと言い、鍵束をテーブルの上に置いた。

 

「キュルケとタバサで相部屋、ギーシュとデイダラで相部屋だ」

さっきまでデイダラに胸ぐらを掴まれていたギーシュは顔を青くさせる。

 

「そして僕とルイズで相部屋だ」

ルイズがハッとしてワルドの方を見る。キュルケやギーシュもギョッとしたように驚いていた。

 

「婚約者だからな、当然だろう?」

「そんな、ダメよ!まだ、私達結婚してるわけじゃないじゃない!」

まだ早いと断るルイズに、しかしワルドは首を振ってルイズを見つめた。

 

「大事な話があるんだ。二人きりで話したい」

そう言うと、ワルドはルイズの手を取り席を立つ。

ルイズは流されるがままに、ワルドと共にデイダラ達の元から離れていった。

 

 

「ったく。ルイズもルイズだが、旦那も旦那で呑気なもんだぜ…うん」

「いいのかいデイダラ?ワルド子爵にルイズをとられてしまうぞ」

「あら、デイダラにはあたしがいるから良いのよ。ねー、デイダラ?」

去っていったワルド達に対して、呆れたように呟くデイダラに、挟み込むような形でギーシュとキュルケが話しかけてくる。

 

「喧しいぞ、恋愛脳共。お前ら、無駄口叩く暇があるんなら、ちょっとは周りを警戒しとけ。うん」

そんな二人の言葉を一蹴し、デイダラは一応ギーシュ達に忠告する。

だが、ギーシュはともかくとして、半ば無理矢理途中参加したキュルケとタバサは、デイダラ達がどんな任務でアルビオンを目指しているのかすら分からないのだ。

 

「だーって。あたし達、なんの任務なのか知らされてないんだものー」

案の定、キュルケは口を尖らせてぶーたれる。彼女は、ただデイダラと絡みたいだけであった。

 

はぁー、と深い溜め息を吐くデイダラ。これだからガキのお守りは嫌なんだ、と言いたげであった。

 

「まぁまぁ。とりあえず、僕達も部屋に行って休もうじゃないか。いつまでもここで喋ってばかりじゃあ店に迷惑だしね」

「……ギーシュ。あんたも、たまにはまともな事言うのね」

「…意外」

「失敬だな君達!僕だって、たまにはまともな事くらい言うさ!」

失礼だな!と、腹を立てるギーシュの提案により、ひとまず各自部屋で休むことになった。

 

 

「……ん?」

席を立ち、部屋のある二階へと続く階段へ向かっていると、ふと、デイダラが酒場の出入り口の方に視線を向ける。何か、違和感を感じたのだ。

 

正装した貴族達に混じって、黒いローブに身を包み、目深くフードをかぶった者が外へ出ていくところを目撃した。

 

別段、気にする必要もないことではある。フードで顔を隠していたのは怪しいかもしれないが、このハルケギニアではローブは広く普及されたものであり、平民だろうと貴族だろうとよく着る衣服である。

 

だが、とデイダラは考える。そうして、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると、くるりと踵を返す。

 

「デイダラ?」

「どうしたんだい?」

「……?」

「お前ら、先に部屋に行って休んでな。オイラは少し、散歩でもしてくるからよ…うん」

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

峡谷に挟まれたラ・ロシェールは、例え昼間であろうとその街並みは薄暗い。夜深い現在は、わずかな街灯によって照らされるのみである。

 

そんな暗い街並みの中。狭い裏通りの奥深く、さらに狭い路地裏の一角に、はね扉のついた居酒屋があった。

看板に『金の酒樽亭』と書かれたその居酒屋は、一見するとただの廃屋にしか見えない程に小汚い。その客層も、傭兵やならず者といった面々である。女神の杵亭とは真逆の客層であった。

 

だが、彼らも今は景気が良いのか店の中は満員御礼で、貴族に負けず劣らずの羽振りの良さで騒ぎまくっていた。

 

そんな小汚い店に、はね扉を開け、一人の女が現れた。黒いローブに身を包んだその女は、先ほど女神の杵亭から出てきた者だった。

そっと目深かにかぶっていたフードをとる。それは、チェルノボーグの監獄から脱獄した土くれのフーケであった。

 

「おう、姐さん!どこ行ってたんだい?」

「姐さん!こっち来て一緒に飲みましょーぜ!」

フーケが店に入って来たことに気づくと、傭兵達は口々に声をかける。

 

「騒ぐんじゃないよ、能天気共…!先遣隊が既にやられてんだ。ちっとは気を引き締めな…!」

へらへらと笑いながら酒を浴びるように飲む傭兵達に、フーケが一喝する。

 

「だけどよ姐さん。あいつら『威嚇』のみって命令だったんだぜ?確かに、逃げ遅れたのは間抜けだったと思うがね」

「そうそう。威嚇任務じゃなけりゃとっくに始末できてたろうさ。たかだかガキの貴族数人なんだ」

「そうさ!オレ達の敵じゃないですぜ、姐さん!」

しかし傭兵達は、フーケの一喝を一蹴すると、再び声高々と騒ぎ始める。完全に相手を舐めきっている感じだ。

 

「ったく。これだから金で動く奴らってのは……。まぁいい、それより『あいつ』はどこ行ったんだい?」

傭兵達に呆れたフーケは、首を振って話題を変える。『あいつ』と、フーケは三人称だけで尋ねる。だが、傭兵達はそれで通じたらしい。

 

「ああ、『白仮面の旦那』なら、さっき外に出てったとこですぜ」

それだけ聞くと、フーケは「そうかい」と返事をして、さっさと店の外に出ていこうとする。

 

「なんだよ姐さん、飲んでかないのか?」

「悪いが、今は気分じゃない。それに、私はあんたらみたいに相手を舐めるつもりはないんでね」

それだけ言うと、フーケは再びはね扉を開けて金の酒樽亭を後にする。

 

 

店の外に出て狭い裏通りを進むと、フーケに声がかけられる。

 

「どこに行くのだ『マチルダ』よ。襲撃は明日の夜だぞ?」

「……あんたを探してたんだよ」

フーケは、苦々しい顔で声のした方へ振り返る。

白い仮面に黒いマント姿の男が、そこに立っていた。

 

「それより、いい加減その名で呼ぶのはやめてもらえないかい。もう逃げる気なんてないんだからさ」

「……ふん。どうだかな。よっぽどあの連中が怖いらしいな、土くれのフーケ」

腕を組んでフーケを見据える白仮面の男。

彼こそが、フーケを牢獄から逃がし、金の酒樽亭に溢れていた傭兵達を雇い、ルイズ達を襲わせた張本人なのである。

 

牢獄から解放してもらった手前、フーケにとっては恩人とも言える人物なのだが、彼女は手放しで喜べないでいた。

 

「当然さね。仮にも私のゴーレムを討ち破った連中を相手どるってのに、こちらのカードはあの能天気な傭兵共だけだ…。不安になってもおかしくないだろう」

牢獄からの解放条件として、フーケはこの男の言いなりに、ルイズ達を襲わなくてはならなくなったのだ。

 

襲撃に加担するか、殺されるかの二択だ。フーケはノーとは言えなかった。

正直フーケは、二度とルイズ達には会いたくはなかった。自分の錬金を討ち破ったルイズもそうだが、特にその使い魔の男。次に会ったらどうなるか、フーケには分からなかった。

 

せっかく逃げ延び、助かったのだ。自分を待つ者達を残しているフーケは、生きて帰りたかったのだ。

 

 

「ふむ、確かにお前の言い分にも一理あるだろう。正直、先の奇襲で傷もつけられないとは思っていなかった。なるほど、流石は土くれのフーケを破っただけはある」

「………」

フーケの論にわずかに肯定してみせる白仮面の男。フーケは、多少期待を込めた視線を向けるが、男は首を振って最後には否定の意を示す。

 

「だが、作戦は予定通り実行する。なに、俺や貴様が手を組めば問題あるまい。それに、仕留めずとも奴らを分散させれば十分だ」

もはや言うだけ無駄だろう。なんとかこの状況から退きたいフーケは、しかし諦めの溜め息を吐く。

 

「……分かったよ」

溜め息を吐きながら、フーケは呟いた。こうなっては仕方がない。腹をくくり、せめて明日に備えてもう休もう。

そう、フーケが思った時だった。

 

 

 

「面白い話をしているな…うん」

 

 

 

突然、背後から耳元で声をかけられる。

 

「ッ!!」

「なにィ…!」

フーケと、白仮面の男は揃って驚きの声を上げる。

 

背後で声をかけてきたのは、ルイズの使い魔のデイダラであった。

こんな所に現れたこともそうだが、それよりも、自分のすぐ耳元で声をかけられる距離まで、気配を感じさせずに接近されたことが何よりの驚異であった。

 

「くっ!」

フーケと白仮面の男は、共に飛び退き距離をとる。

メイジにとって、間合いを詰められることは圧倒的に不利な状況だ。こうして飛び退く事は、なんの間違いもない最優の判断だ。

 

フーケはわずかに一、二歩の距離。白仮面の男は大きく跳躍する。これは、二人の身体能力や実戦経験の差によるものだ。

だが、今回ばかりはこの『差』が二人の命運を分けた。

 

「貴様はッ!……なに!?」

跳躍しながら叫ぶ白仮面の男は、自分の肩にぴょこんとくっつく白い蜘蛛の存在に気がついた。

 

そして、気づいた次の瞬間。

白仮面の男の視界は、爆発に包まれる。

 

 

「ん?なんだ、ありゃ?」

爆発を受けた男が上半身を吹き飛ばされたと思ったら、残った下半身が霞のように消えてゆく光景が、デイダラの目に映った。

 

「おいデル公。なんだ、今のは?」

デイダラは、背中に背負うデルフリンガーに尋ねる。わずかに鞘から刃を出して、デルフリンガーが答える。

 

「ありゃあ、おそらく風系統魔法の『偏在』だな。要は分身ってやつさ。本体は別にいるってことだね」

「なるほどな。この世界の魔法とやらにも、分身をつくるだけの能力はあるって事か…うん」

デルフリンガーの回答に頷くデイダラ。会話はそれで打ち止めたつもりだったが、デルフリンガーはなおも口を開く。

 

「それよりも、相棒。てぇしたもんだねホント。淀みなく、無駄のない手順だったぜ。そんな訳で、せっかくだからこの俺様をちゃんと使ってみるってのはどうだーー」

「喧しい。うん」

カチン、とデルフリンガーはしっかりと鞘に収められる。それだけでデルフリンガーは、すぐに物言わぬ剣となった。

そして、デイダラはすぐ側のフーケに視線を向ける。

 

「オイラの聞いた情報とはだいぶ違ってたな。確か、チェルノボーグってとこの監獄にブチ込まれたって聞いてたぜ?土くれのフーケ…うん?」

「くそッ…!」

話しかけてくるデイダラに、フーケは悪態を吐くことしかできなかった。

自分の肩口に張り付く爆弾蜘蛛を見るに、白仮面の男同様に、デイダラから距離を離していたら自分も同じ末路を辿っていたのだろう。

 

それに次ぐ第二手として、現在は地中から這い出た白い巨大ムカデにフーケは腕ごと体を巻き取られ、身動きを封じられていた。

おそらく、これも爆弾なのだろう。どうにかしようにも、杖は地面へ落としてしまっていた。

 

(甘く見てた…!まさかここまでの実力とは…!)

フーケとて、警戒していなかった訳ではない。目の前の男の醸し出す雰囲気から、只者ではないということは理解していた。

 

「……なぜ、ここが分かった?」

フーケは職業柄、諜報や侵入には自信があった。今回も女神の杵亭での動向調査は、細心の注意を払って行ったつもりだった。それ故の疑問。

 

「お前、確かに泥棒ってだけあって息を潜めるのが上手い方だったな。だが、あの場は頂けねぇ。ああいう大勢の人間で溢れる場所ってのは、息を潜めちゃあかえって目立つ。コツは周りに溶け込むように、自然体でいることだぜ…うん」

オレ達『忍』は、間諜と切っても切れない関係だ。お前はまだまだ半人前だったな、とデイダラはフーケを嘲り笑う。

 

デイダラは、諜報能力ですらフーケを上回っていたようだ。

『忍』という存在が何なのか、フーケには分からなかったが、自分のこれからの末路は簡単に想像がついた為、フーケは顔を蒼白させる。

 

「…さて、さっきの男の本体はどこにいる?お前らの企みってのを教えて貰おうか…うん?」

「誰が……ッ!?」

急にフーケの体を縛るムカデの力が強くなる。フーケは痛みに顔を歪ませた。

 

「ああ、別に喋ってくれなくてもいいぜ?どんな状況になろうとも、柔軟な発想でそれを対処する。それこそが、芸術家としてのセンスを磨く事に通じるんだからな…うん」

言いながら、デイダラはフーケから数歩距離をとると、袖口から手を出して印を結ぶ。

痛みに顔を歪ませながら、フーケは目を見開く。

 

 

「じゃあな」

 

 

 

そうして、辺りに爆音がこだました。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

「ルイズ、この任務が終わったら、僕と結婚しよう」

「………え」

ワルドからの、突然のプロポーズに、ルイズはハッと驚きを見せた。

ルイズとワルドにあてがわれた部屋で、二人はさっきまで昔の思い出話に花を咲かせていたのだ。

 

段々と話に熱を帯びせていくワルドに、ルイズも予感がなかった訳ではない。大事な話があると切り出されていたのだし、「君には昔から誰にもない魅力を放っていた」などとも言われていたのだ。

 

だが、いざこうして目の前にすると、何を言えばいいのか分からなくなってしまう。

 

「僕は魔法衛士隊の隊長で終わるつもりはない。いずれは、国を……、このハルケギニアを動かすような貴族になりたいと思っている」

ルイズは、なおも熱く語り続けるワルドに視線をやる。お酒が入って、勢いで口走っている訳ではない。ワルドの目は真剣であった。

 

ワルドの気持ちを受けて、ルイズは考える。果たして、自分はこのプロポーズを受けるべきなのか…。

 

ワルドの事はキライではない。昔の憧れの人だったのだ、当然だろう。

だが、何故だかルイズの頭には、デイダラのことが浮かんできたのだ。

 

自分は、果たしてワルドと結婚しても、デイダラを使い魔として側に置いておくのだろうか?

なぜか、それはできないような気がした。これが、言葉を交わせぬ動物だったのなら、こんなに悩まなくても済んだはずなのにと、ルイズは思う。

 

 

もし、あの、異世界から来た芸術バカをほっぽり出したら、どうなるだろうか?

キュルケか、それとも妙にデイダラの世話を焼きたがる、厨房のメイドとか……。誰かが面倒を見るのかもしれない。

ルイズは、なぜだかそれが気に食わない。そんなのやだ、と思ってしまう。

 

デイダラは、野蛮な言動で碌に言うことも聞かない、芸術芸術と口うるさい男だけれど、初めて『ゼロ』の自分を認めてくれた。他の誰でもない、ルイズの使い魔なのだ。

 

 

「あのね、ワルド」

そうしてルイズは、ワルドに断りの返事をしようと口を開きかける。今の状態では、とても結婚などできそうにないと思ったからだ。

だが、それはーー

 

 

部屋の外から、耳をつんざくような爆発音が響き渡り、遮られてしまう。

 

 

「!!」

「な、なんだ!?」

突然の爆音に、ワルドがいち早く声を上げる。

 

「外からだわ…!」

ルイズも席から立ち上がり、事態を分析しようとする。そして、ひとつの可能性に辿り着く。

 

「もしかして……、デイダラ?」

そう思い至ると、ルイズは勢い良く部屋から飛び出した。

 

 

 

女神の杵亭から飛び出したルイズとワルドは、爆音のした方向へ走り出す。

途中で、再び爆音が二度ほど鳴り響き、音の発信源を突き止める。結構離れた場所であったが、二人は止まらず走り続ける。

 

そうして、ルイズ達はとある路地裏から姿を現したデイダラと鉢合わせる。

 

「ん?なんだ、ルイズじゃねーか。どうした、そんなに慌てて。何してんだ?」

「何してんだって…、あんたこそーーッ!」

何してんのよ、とルイズは言うつもりだった。

だが、デイダラの背後の惨状を目にして、ルイズは言葉を失う。

 

 

肉片が、辺り一面に飛び散っていた。見事なまでに、バラバラであった。

それが人のものだと気づいた瞬間、ルイズは胃の中から何かが込み上げてくる感じがした。

 

「……うッ!」

サッと口に手を当てるルイズ。その顔色は、一気に青ざめてしまっていた。

 

「……ここで何があったんだい?」

「土くれのフーケと、白い仮面の男がオレ達を襲う計画を立てていた。どっちも仕留めたが、仮面の男は分身だった。さっさとこの街を離れねーと、すぐにまた襲われるぜ…うん」

すぐにアルビオンへ出発した方がいいと言うデイダラ。

 

ワルドは、デイダラの言い分を抑え、なんとかあと一日を待とうと説得する。例え空飛ぶ竜や鳥を創ろうと、貴族派の船に見つかれば危険だというのが理由だ。港の船に乗るのも、自分達の身を貴族派から隠すのが狙いだと言うワルド。

 

だが、ルイズの耳には、そんな二人の会話など入ってこなかった。

土くれのフーケ、つまりミス・ロングビル。仮の姿だったとは言え、見知った顔がその肉片の正体だと思ったら、ルイズはもう込み上げてくるものを我慢できなかった。

 

「……大丈夫かい、ルイズ」

「なんてザマだよ、ルイズ。うん」

ルイズは、ワルドに背中をさすられる。幾分か落ち着いたら、ルイズは思わずデイダラを睨みつけてしまう。

 

「デイダラ…あんたは、自分の爆発がどういうものか分かってるんでしょ?ただの人が、それをまともに受けたらどうなるかくらいーー」

「それがどうしたよルイズ。オイラの芸術を身をもって教えてやってんだ。これがオイラの本懐だぜ…うん」

こともなげに言い放つデイダラに、ルイズはわずかに後ずさる。

 

今まで、何とか考えないようにしてきた。何とか見ないようにしてきた。

しかし、今日。ついにルイズは目撃してしまった。分かってしまった。

 

デイダラは、明らかに自分とは住む世界が違うのだと。

 

 

ワルドは、放心するルイズの肩に手を置く。

しかし、それでもルイズの反応は薄い。

 

「ルイズ。君にはまだ、刺激が強すぎたようだね。無理もない。……彼女は、土くれのフーケは死んだのかい?」

「見ての通りだぜ、うん」

「……愚問だったな」

ワルドは、放心するルイズを抱き上げると、デイダラに背を向ける。

 

「今回は危険を未然に防いでくれたんだ。君には礼を言うが、少しは僕のルイズに気を配ってくれ」

仮にも君は、彼女の使い魔なのだろう。そう言って、ワルドは女神の杵亭へと戻っていく。

 

「………。………」

デイダラは、そんなワルドに何かを言おうとしたが、何かに気がつき、それが何なのか分からないといった様子で、ただ自分の手を見つめる。

 

「なんだってんだ。クソが…」

デイダラの独白は、夜の闇に静かに消えていった。

 

 

 

 

 



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22,暗雲



お久しぶりでございます。
ひっそりと続きを投稿致します。





 

 

 

 

 

 

 

月明かりが雲に覆われているラ・ロシェールは、山間の町なだけあって普段よりも一層闇の色濃い夜となる。

 

通常であれば人も街も寝静まる頃であるが、港町であるこのラ・ロシェールの夜は長い。建ち並ぶ酒場から漏れる喧騒は、まだまだとどまる所を知らない。

 

そうした喧々たる宴をあげる輩は、大抵が隣国から流れて来た傭兵達である。今はアルビオンが戦時ということもあって、ラ・ロシェールには馬鹿騒ぎをするような者達が集まりやすくなっているのだ。戦場を渡り歩いてきた疲れを癒す為、彼らは今日も酒を喰らう。

 

 

そうした陽気な雰囲気を感じさせる彼らだったが、一部の傭兵達、それも『金の酒樽亭』に入り浸っていた者達は現在、大凡そんな雰囲気とは無縁の空気を纏わりつかせていた。

 

 

「さて、他に逃げ出そうとかぬかす腰抜け野郎はいないかな?」

「……ッ」

 

 

傭兵達は、息を呑んで立ち尽くすしかなかった。

今、彼らの目の前では、白仮面の男が杖を抜いて立ちはだかっている。黒塗りの杖には風の力が纏われており、鋭い剣のようになっていた。

 

そして、その足元には血を流して倒れ伏す三人の男がいた。白仮面の男に雇われた同じ傭兵仲間である。彼らは、先の爆発騒ぎで身を竦ませてしまい、ついさっき逃げ出そうと店を飛び出したところであったのだ。

 

しかし、タイミングが悪かった。

 

彼らははね扉を押し退けて出て行った直後、断末魔の叫びと共に店の中へ吹き飛ばされ戻ってきたのだ。もちろんやったのは白仮面の男である。

正直、今立ち尽くしている傭兵達の中には、先の三人に続くつもりであった者達が多い。この仕事は割に合わない。命の危険を感じたから…。だがーーー

 

 

「…貴様ら、能天気な呑んだくれ共のクセに危機察知能力だけは一丁前だな。だが、一番始めに俺が言った事を忘れたのか?

俺は、なまっちょろい王様とは違う。逃げたらば殺すと、そう言ったよな…?」

 

「…ッ!」

 

白仮面の男に威圧され、傭兵達は身震いする。

 

彼らは、もともとアルビオンの王党派に雇われていたのだが、戦況が劣勢になった途端、逃げ出してきた一派だったのだ。

しかし、それは人命を慮る王党派だったからこそ可能だったこと。今、目の前の男に対して、もはや彼らに退路はないのである。

 

 

 

大金に目が眩んだ。いや、見誤ったのだろう。自分達の受けた仕事の危険性を。年かさの傭兵は内心でひとりごちた。

 

貴族のガキを数人シメるだけで大金が手に入る。最初はそう気楽に考えていた。

渓谷で奇襲が失敗したと聞いた時も、深刻には捉えなかった。メイジだと言っても、相手は学生なのだ。それは、奇襲した者達が手ぬるかったのだろうと。

 

だが、先の爆発騒ぎで考えを改めた。いや、改めざるを得なかった。

始めに爆音が響いた時、仲間が二名ほど様子を見に行った。その後もまた爆音が立て続けに響いた時、言い知れぬ恐怖に身を襲われた。

 

躊躇った後、意を決して全員で爆発があったであろう現場に向かってみたが、すでに全てが終わった後であった。

爆心地の中、見覚えのあるものを見つけた。仲間が身に付けていたであろう衣服や装備品の残骸。フーケが纏っていたローブや白仮面の男が持っていた黒塗りの杖。

 

それはつまり、トライアングルクラスのメイジをも圧倒する存在が敵側にいるという事であり、傭兵達の戦意が喪失するには十分すぎる理由であったーーー。

 

 

「…おいお前、聞いているのか?」

「………ハッ!」

白仮面の男の声に、年かさの傭兵はハッと我に返る。命を諦め、呆然とし過ぎていた様だ。話が全く耳に入っていなかった。

 

「そういう訳で、貴様らにもう一度チャンスを与えてやる。しっかり仕事を全うしろ」

 

どうやら、すぐに命をとられる訳ではなさそうだ。だが、それはつまりあの土くれのフーケを倒した者と戦わなくてはならないということではないか。

 

「ま、待ってくれ…! 土くれのフーケを、トライアングルメイジを殺せる様な奴となんて、俺は戦いたくねぇぞ!」

 

年かさの傭兵は、思わず懇願するように叫んでしまっていた。

すでに、渓谷で奇襲を仕掛けたメンバーも合流しており、年かさの傭兵は、彼らから襲撃時の話を聞いていたのだ。妙な爆発物を使う男がいたという事だった。爆発騒ぎを起こした張本人なのだろう。

その敵の存在を認識してしまったら、もう限界だった。口が勝手に戦いたくないと叫んでしまっていた。

 

彼は、ここで白仮面の男に歯向かえばどうなるか、などという思考までもが止まってしまっていたのだ。

 

それを受けて、白仮面の男は深い溜息を吐く。

当然、それを見て年かさの傭兵は不安を覚えてしまう。思わず「な、なんだよ…?」と尋ねる。

 

「いや、馬鹿の相手は疲れると思っただけだ。

いいか、もう一度言うぞ。貴様らは明日の日没までに、このラ・ロシェールに集まっている傭兵共を全て集めて来い。もう全員纏めて雇う事にした」

土くれのフーケがいなくなってしまった以上、その穴埋めをするには数に頼るしかなかったのだ。

 

だが、それを聞いて年かさの傭兵はギョッとした。ラ・ロシェールに集まる傭兵を全て。それはもう尋常ではない。

 

(個人を相手に、戦争でも仕掛けるつもりなのか、この男は…)

続けて白仮面の男は言う。

 

「全ての傭兵を集め雇い終わったら、貴様らはその傭兵共とともに女神の杵亭へと向かえ。貴族のガキ共が貴様らの相手だ」

相手の数を分断させ、一気に叩くのだ。

白仮面の男の言葉に、年かさの傭兵はひとまず胸をなで下ろす思いだった。

 

しかし、そうなると件の爆発男はどうするのか。当然の疑問が頭をよぎる。

それに答えたのは、なおも話し続ける白仮面の男だった。

 

 

「土くれのフーケを倒した、爆弾野郎は……『俺』がやる」

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

翌日。

デイダラが爆発で敵を派手に撃退したというのに、港町ラ・ロシェールは普段と変わりなく時間が過ぎ去っていた。

 

すでに日は傾き始め、空は夕焼けに染まり始めている。

女神の杵亭の屋上から眺めれば、なかなかの景観である。

 

「……改めて見ると、なかなか芸術的な眺めだな、この町も。いっぺん爆破させてみてもいいか?…うん?」

「いいわけねだろ…。なぁ相棒よ。お前さん、なんか機嫌悪くなってねーか?」

「バカ言ってんじゃねーよデル公。オイラは至って冷静だ…うん」

「青筋立てて言っても説得力ねーぜ…」

 

宿の屋上で、そんな会話を繰り広げているのは、デイダラとデルフリンガーである。

 

デイダラは屋上の縁に片膝を立てて座り夕日を見ていた。その表情は、デルフリンガーの言うようにどこか不機嫌な面持ちであった。

 

 

「………」

デイダラは右手で粘土を捏ながら思いを巡らせる。己の機嫌が悪い原因に思い当たる節は、あるにはあった。

 

(たしか昨日の夜の戦闘後、ルイズが駆けつけてからだ。妙に萎縮してたルイズを、ワルドの奴が庇った時…。あん時の、ルイズのツラを見てたら、何だか…)

 

そこまで考え、デイダラは捏ねていた粘土を力一杯握り締める。鳥型に模してきていた粘土がグシャリと音を立てて飛び散ってしまった。

 

「そんな筈はねぇ…。このオイラが、そんな気の迷いを持つ筈がねぇ…!」

「うおっ、何だよ相棒。急に怒鳴るなよ」

突然声を荒げたデイダラをデルフリンガーは驚いて嗜めるが、デイダラはそれどころではない様子だ。

 

彼はひとつの結論に達した。だが、それはデイダラにとって到底許容できる事ではなかったのだ。

 

 

「ははーん、さては相棒。今貴族の娘っ子の事でも考えてたんじゃねーのか? いやぁ、舞踏会で二人して踊るし、なかなかお熱いこってーーー」

「あぁん⁉︎」

「何でもないです。ごめんなさいすみません」

藪蛇であったデルフリンガーは、デイダラに睨まれ即座に早口で謝り倒した。

 

「別にそんなんじゃねー…! オイラの崇高な芸術を見せてやったってのに、情けねーツラ見せやがるあいつに失望してただけだ!」

「ああ、さいですか、はい」

そうして声を荒げていると、デイダラは背後から近づいてくる一人の気配に気がついた。

 

 

「やあ。探したよ、使い魔くん」

やって来たのは、ルイズの婚約者であるワルド子爵であった。

ワルドの、使い魔呼びが気に入らなかったのか、デイダラは眉根を寄せた。首を横に回しワルドを睨む。

 

「何の用だ、ワルドの旦那。船での出発は明日の朝の予定だろ?」

「そうだね。つまりまだ、それだけ時間があるという事さ」

「?」

ワルドの考えが読めず、デイダラは「どういうことだ?」と問うた。

 

しかし、ワルドから返ってきたのはデイダラの問いへの返答ではなかった。

 

「きみは伝説の使い魔『ガンダールヴ』なんだろう?」

「…なに?」

デイダラは予見していなかった言葉が出てきたことで、ワルドの方へ向き直った。

 

「おまけに、きみは異世界から来たそうじゃないか。全く、昨日の事といい、きみは本当に興味が尽きないな」

「………」

妙にわけ知り顔になっているワルドを、デイダラは警戒するように見つめる。

すると、ワルドは釈明するように語り出した。

 

「きみが異世界からやって来たというのは、昨日グリフォンの上でルイズから聞いた事だ。ガンダールヴについては、きみの左手のルーンを見て、ふと思い至ってね」

歴史には詳しい方なのさ、とワルドは得意気に説明する。

 

その言葉を信じれば、なるほど一応筋道はしっかりしている。

最も、デイダラにとってそれらの情報は、漏れてしまってもさして問題ない事なので、大した感慨もなかったのだが…。

 

「話が見えねーぜ。つまり旦那は、何しにここへ来たんだ?…うん?」

「つまりは、これさ」

言いながら、ワルドは腰に差した魔法の杖を引き抜いた。

 

デイダラは、ようやくワルドの魂胆が見えてきた。

 

「……おもしれェ」

「相手にとって不足なしだろう。きみも、どうやら好戦的な性格の様で良かったよ」

デイダラとワルドは、互いに向かい合ってにやりと笑った。

 

 

つまり、ワルドはデイダラの実力を肌で感じてみたかったのだ。ガンダールヴの力を。これから共に任務に挑む者の力を。

そして、デイダラはデイダラで、学院で会った時からワルドと戦ってみたかったのだ。また、単純に今がとても機嫌が悪いので、その鬱憤を晴らすのに都合がよかったという事もあった。

 

 

「今ここでやんのかい?」

「まさか…。この宿は昔、アルビオンからの侵攻に備える為の砦だったんだよ。中庭に練兵場がある」

ついてきたまえ。ワルドがそう言い背を向けると、デイダラは自分の手のひらに目を落とす。クチャクチャと音を立てて粘土を喰らう手のひらの口を見てから、不敵な笑みを浮かべてワルドの背について行った。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

女神の杵亭、その中庭。

そこには、かつての栄華を感じさせぬ、苔むした練兵場があった。樽や空箱が積まれ、今やただの物置き場へと成り下がってしまっているが、決闘をするには十分な広さが残されていた。

 

デイダラとワルドは、そんな練兵場の中央で二十歩ほどの距離をとって向かい合っていた。

 

「昔……、と言ってもきみには分からんだろうが、かのフィリップ三世の治下には、ここでよく貴族が決闘したものさ」

「?」

お互いに向かい合っていると、唐突にワルドが語り出した。

 

「古き良き時代、王がまだ力を持ち、貴族達がそれに従った時代……、貴族が貴族らしかった時代……、名誉と誇りをかけて僕達貴族は魔法を唱えあった。でも、実際はくだらない事で杖を抜きあったものさ。そう、例えば女を取り合ったりね」

「つまんねー御託はその辺にしときな旦那。日もだいぶ落ちてきたし、もう始めようぜ…うん」

 

無駄に時間を稼ぐような素振りを見せるワルドに、デイダラが決闘の開始を促すと、ワルドはそれを左手で制した。

 

「なんだ?」

「立ち会いには、それなりの作法というものがある。介添え人がいなくてはね」

デイダラは「介添え人?」と疑問に思ったが、ワルドが予め呼んでいたと言う介添え人とやらを見て、ハッとした顔になる。

 

「デイダラ…!」

現れたのはルイズであった。ルイズも、ここにデイダラがいるとは知らされていなかった様子で、同様にハッとした表情を浮かべていた。

 

「ワルド。来いって言うから来てみれば、何をする気なの?」

「彼の実力を、ちょっと試してみたくなってね」

「!? …バカな事はやめて。今は、そんな事をしている時じゃないでしょう?」

「分かっている。でも、貴族というヤツは厄介でね。相手ははたして、自分よりも強いのか弱いのか、それが気になるともう、どうにもならなくなってしまうのさ」

 

ルイズは絶句した。ワルドにかける言葉が出てこなかった。ルイズからすれば、ワルドのこの行為は狂っているとしか思えなかったのだ。

 

昨夜の時点で、ルイズはデイダラの実力よりも揺るぎないものがあると実感してしまっていた。それはつまり、敵への容赦の無さである。

彼は一切の躊躇もなく、相手の命を摘み取れるのだという事を、知ってしまった。

 

そんな男を相手に決闘を挑むなど、ルイズには考えられない事であったのだ。

 

 

「…デイダラ、やめなさい。これは命令よ」

ルイズは、説得の相手をワルドからデイダラに切り替える。声をかけながら、ルイズは昨夜から一言もデイダラと話をしていなかったなと思った。

 

「こりゃあワルドの方からけしかけてきた事だぜ。それに、また改めてお前にオイラの芸術を見せる良い機会だろ…うん」

「なっ…!」

デイダラも、やめる気はない様子であった。いや、それよりも聞き捨てならない事を口走っていなかったか。

 

「ちょっと待ちなさいデイダラ! あんた、爆弾を使うつもりなの…⁉︎」

「当然だ。オイラは爆発をこよなく愛する芸術家だからな…うん」

デイダラは得意気に言っているが、ルイズはそれどころではなかった。ついに顔を蒼白させる。

 

デイダラの相手はワルドである。魔法衛士隊の隊長である。普通であれば、万が一にも彼が傷つくなんていう事は起こり得ないだろう。

だが、相手がデイダラというだけで、それがあっさり覆りそうな気がしたのだ。

 

「ダメよ、デイダラ…! 今回に限り、爆弾の使用を禁止するわ!」

「…ああ!?」

デイダラが不服そうな声を上げる。彼にしてみれば、当然の事である。

 

だが、それでも今のルイズの精神衛生上、そうする事が彼女にとって最善であったのだ。

 

「今回だけよ。いいじゃない、その背中の剣でも使うといいわ」

「ふざけんじゃねー!そんな事、オイラが認める訳がーーー」

 

「いいじゃないか。ガンダールヴは武器を自在に使いこなす力を持つという。その力の程を、僕も見てみたいと思っていた」

 

「はぁ!?」

デイダラの言を遮り、ルイズの肩を持つ様にワルドが言い出した。

なおも不服だと言う声を上げるデイダラだったが、それを聞き届けずにワルドは杖を引き抜いた。

 

 

「さて、介添え人も来た事だし、始めるとしよう…!」

「てめぇ…!」

ワルドは、自身のレイピアを模して作られた軍杖でデイダラに素早く斬りかかろうとする。

それに対し、デイダラは右腕を横薙ぎに振るい、右手のひらの口から複数の起爆粘土を直接吐き出させた。

 

「喝ッ!!」

デイダラが印を結ぶ。

複数の小さな蜘蛛型の起爆粘土が、デイダラとワルドの間で炸裂弾の様に爆発する。

 

「くっ!」

堪らずワルドは距離をとる。デイダラも突然のワルドの先制攻撃を前に、一旦後ろへ跳躍する。

 

 

「ちょっとデイダラ!爆弾は無しって言ったでしょ!」

「……チッ」

後退しながら、デイダラはルイズの言に舌打ちをする。

 

 

「さぁ、主人は剣での決闘をご所望の様子だ。使い魔として、期待に応えてやらないとなぁ」

「てめぇワルド。はじめからコレを狙ってやがったのか…!」

「…さてね。僕はどちらでも良かったが、ルイズの希望には応えようと思ってね」

恨めし気に言うデイダラを、ワルドは涼しい顔で受け流す。

 

「まぁ、きみ本来の力での戦いは『また』の機会にとっておいて、今はこの決闘を楽しもうじゃないか…!!」

「!!」

言うや否や、ワルドは忍もかくやというような速さで切りかかって来た。

 

(速いな…うん)

左右から連続で繰り出された横薙ぎの払いを、デイダラは少しずつ後退しながら躱していく。

 

二、三回程の横薙ぎをデイダラに躱された後、ワルドは杖を構え直し、突き技に攻撃を切り替えた。

風切り音を置いていく、驚異的な速さでの突きのラッシュであった。

 

 

「デル・イル・ソル・ラ・ウィンデ……」

(こいつ…!)

 

なおもワルドの攻撃を避け続けるデイダラだったが、時折小さな呟き声が聞こえてくる事に気づいた。

 

閃光のような突きを繰り出しながら、ワルドは小さな声で呟く。そして、それが魔法の詠唱だとデイダラが気づいた時…。

 

 

「エア・ハンマー!!」

 

 

ワルドの魔法が発動していた。

見えない空気の巨大な槌が、横殴りにして吹き飛ばそうとデイダラを襲うーーー!!

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

一方その頃。

キュルケとタバサ、ギーシュの三人は、女神の杵亭の一階の酒場で酒盛りをしているところであった。

アルビオンへの出発を明日に控え、最後に思い残す事のないようにドンチャン騒ぎをしようというのだ。騒いでいるのは主にギーシュであったが、それでも皆楽しそうに酒を飲んでいた。

 

「そういえばデイダラとルイズは〜? 折角のお酒も、一緒に飲んでるのがこんなキザ男となんて、お酒が不味くなっちゃうわ」

「ちょい待ったぁ!ちょっと言い過ぎじゃないかいそれはぁ…!僕だってねぇ、やる時はやるんだよ!」

「………」

 

三者三様。キュルケとタバサ、ギーシュの三人は、それぞれのペースで酒を飲み進めていた。

三人での会話は、キュルケが聞き役になってギーシュが学院でのグチをこぼしたり、キュルケがギーシュをからかったり、といった具合だ。タバサはたまに小さな声で相槌を打つくらいで、基本的には読書をしている。

 

 

そうして、三人が賑やかな時を過ごしていると、突然店の明かりが投擲剣で全て消されてしまう。

 

「!!」

「これは…!」

「な、なんだなんだぁ⁉︎ …うわっぷ‼︎」

 

瞬時に事態を把握したタバサが、自身の節くれだった等身大の杖で、素早くテーブルを横向きに倒した。

するとキュルケは、すぐに隣で慌てふためくギーシュの首根っこを掴んで、テーブルの陰に隠れる。酒など、一瞬にして体から抜けていった様子だ。

 

 

そのすぐ後、店の中は大混乱となってしまった。

闇に紛れて、傭兵の一隊が女神の杵亭に襲いかかって来たのだ。彼らは一斉に矢を放ち、店の中を問答無用に攻撃していく。

 

ギーシュ達の他に酒盛りをしていた客達は、皆我れ先にといった具合に逃げ出していくか、カウンターの下で震えて蹲っていた。

 

「参ったわね。結構数が多そうよ」

「多勢に無勢」

「うーむ、なんて状況だ…。僕はここで死ぬのかな、どうなのかな。死んだら姫殿下とモンモランシーには会えなくなってしまうかな…」

どうやら、今この酒場で戦えそうな貴族は自分達以外には居なさそうだった。

 

 

そんな中、この酒場の店主が投げられていた投擲剣を投げ返して反撃しようと立ち上がっていた。

 

「わしの店が何をしたァ!!」

しかし、それが逆に傭兵達に狙われる要因となってしまい、腕に矢を受け返り討ちにされてしまった。

 

 

「今…!」

「アイアイサー!」

 

店主が傭兵達を引きつけた事で生まれた一瞬の隙を突いて、タバサが反撃の合図を送る。

 

「ウインド・ブレイク」

「ファイアー・ボール…!」

 

予め呪文を唱えていたタバサとキュルケは、テーブルの陰から立ち上がると、魔法を解き放った。

 

店の玄関口から突入していた傭兵の一隊は、不意の反撃で一目散に逃げ出した。

 

「やったぁ!さっすがタバサ!」

キュルケは傭兵達を追い返せたと確信したのか、タバサに労りの言葉をかけようとした。

 

その時ーーー。

 

 

酒場の玄関周りの壁が豪快な爆発音とともに崩れ去ってしまった。

 

 

「はい……?」

「こ、この数は……!」

 

酒場の入り口が吹き飛び、正面口が吹きさらしになった事で、ギーシュ達は敵の全容を把握する。

見渡す限り、傭兵・傭兵・傭兵。

まるで、ラ・ロシェール中の傭兵が束になってかかってきている様であった。

 

すぐさま矢が飛んできたので、キュルケとタバサは再びテーブルの陰に身を隠した。

 

「……流石にあの数相手じゃ、精神力が無くなる方が早そうね」

「ど、どうすればいいんだ〜…!」

ギーシュは思わず泣き言を言ってしまう。それを見てキュルケは「しゃんとしなさいよ」と呆れ気味に呟いていた。

だが、キュルケもこの状況には頭を抱えたいところだった。

 

敵の傭兵達は、緒戦でキュルケ達の魔法の射程を見極めると、その射程外から矢を射かけてきたのだ。おまけに、今では玄関もすっかり吹きさらしになってしまっているので、先ほどよりも多くの矢が飛んでくるようにもなってしまっていた。

 

「どうする、タバサ。あっちは結構メイジ慣れしてるみたいよ。このままじゃ、こっちはちびちびとしか魔法で反撃できないわよ」

そうなると、相手は精神力が切れたところを見計らって突撃して来るだろう。ジリ貧であった。

 

「……援軍が必要」

キュルケに問われ、タバサが小さく答えた。妥当な案であるが、この状況ではメイジが一人二人増えたところであまり変わりない筈だ。

 

理想を言えば、身を隠しながら攻撃する事ができて、いっぺんに多くの敵を纏めて倒せる様な奴が必要なのだ。そんなメイジ、そうそういるわけが…。

ギーシュはそう考えていたが、すぐに例外の人物に思い至り、声を上げた。

 

 

「「デイダラ!!」」

 

ギーシュとキュルケは声が重なり合ってしまった。同じ事を考えていたのだろう。どうやらタバサも同じ考えだった様であり、コクンと頷いていた。

 

「そうと決まれば話は早い。僕が彼を呼んで来よう!」

「…ん〜。面目無いけど、この状況じゃあしょうがないわね」

「援護する。行って…」

 

意を決したギーシュが、盾代わりにしていたテーブルから勢い良く飛び出て行く。

ギーシュは、テーブルの代わりに一体のワルキューレを盾にして背中を守らせる。それでも受けもらした矢は、タバサが風の防御壁を張って防ぐ事で、ギーシュは無事に酒場から抜け出す事ができた。

 

 

「……ギーシュの奴、ちゃんとデイダラ連れてきて来れるのかしら?」

「大丈夫……たぶん」

少し不安気な二人であったが、今はギーシュを信じるしかない。

 

彼がデイダラを呼んで来るまで、自分達は何としてもこの場を持ち堪えなくては。

キュルケとタバサは、再び正面の傭兵達に意識を傾けた。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

「やった!抜けられたぞ!」

矢の雨の中を潜り抜け、なんとかギーシュは宿の中へ飛び込む事ができた。

 

しかし、宿の中を走りながら、ギーシュははたと気づいた。デイダラが今どこにいるのか、さっぱり知らなかったという事を。

 

 

「………」

ピタリ、とその場に立ち尽くすギーシュだったが、再び弾けた様に駆け出した。

彼に残された手は、もはやひとつしかなかったのだ。

 

 

 

「で、デイダラぁーー!!助けてくれーー!!」

 

宿の中にデイダラが居ると信じて、ギーシュは大声を上げながら走り出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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23,闇夜に浮かぶ、赤い雲



もうちょいで、自分がこの第2章で書きたいくだりに辿り着けそうです。
できればペース崩さずにいきたいなぁ…。



 

 

 

 

こと戦闘面に関して、ルイズのデイダラへの信頼度は群を抜いていた。学院でのギーシュとの決闘やフーケの巨大ゴーレム戦を通して、ルイズはそれだけデイダラの実力を見てきたのである。

 

 

だから、今まさにデイダラが巨大な空気の槌によって弾き飛ばされている光景は、ルイズにとってまったく予期していなかった事態であったのだ。

 

「えっ、デイダラ!?」

ワルドによる風の魔法を受け、積み上げられた木箱に激突したデイダラを、ルイズは信じられないといった面持ちで見つめていた。

 

「勝負あり、だ。どうやら僕はきみを過大評価していた様だ」

杖を収めながら、ワルドは壊れ崩れた木箱の山に向かって言い放つ。

 

「そんな……」

「なんだいルイズ。きみは彼が勝ち、僕が負けると思っていたのかい?」

そう言うと、ワルドは胸に手を置きながら「傷つくなぁ」と呟いた。

 

 

ルイズとて、魔法衛士隊の隊長であるワルドが負けるとは思っていなかった。だが同時に、使い魔であるデイダラのこの様な姿もまた、想像してはいなかったのだ。

 

「どうだいルイズ。僕だって、伊達に十年もきみをほったらかしにしてきた訳じゃない。ちゃんと、きみを守るだけの力があるという事を分かってくれたかい?」

「そんなの…、別にわたし、あなたの力を疑ったりなんか…」

 

「きみは、どうやら彼の力を信頼し切っていたみたいだからね。婚約者として、少し嫉妬してしまっていたんだよ」

ルイズの言葉を制し、ワルドはきまりが悪そうに微笑みかける。

 

だが、ルイズはそれよりもデイダラの身が心配であった。

おそるおそるといった表情でデイダラの沈む木箱の山に近づいていく。

 

 

「僕にだってプライドがある。この先何があろうとも、きみを守れるのはこの僕さ。他の誰でもないーー」

「あ、あれ?デイダラは!?」

ルイズの背に向け言葉を投げかけていたワルドは、ルイズの一言で口を噤む事になる。

 

慌てて木箱の山へ近づくワルド。見てみれば、そこで沈んでいるのはデイダラはデイダラでも、形を模しただけのただの粘土人形であった。

 

「身代わり……だと⁉︎」

ワルドは自身のレイピア状の杖の柄を力強く握る。魔法の手応えは確かにあったというのに、いつの間に入れ替わっていたというのか。

 

 

 

「長ったらしい色恋話は終わったか…うん?」

「ーーッ!」

悔しそうに歯噛みをしていたワルドは、背後から声をかけられ勢い良く振り返る。マントを翻し、素早く杖を抜いて突きつけると、その先には壁に背中を預けて腰掛けるデイダラがいた。

 

「よかった、デイダラ。あんた無事だったのね」

「当たり前だ…!このオイラがあんな単純な攻撃をくらうか…うん」

駆け寄るルイズに、そっぽを向きながら答えるデイダラ。

 

『変わり身の術』

本来は動物や丸太などの植物を用いて、己の身と瞬時に入れ替え相手に攻撃を受けたかのように錯覚させる術である。

 

デイダラは、先のワルドの攻撃を自前の粘土を用いた『変わり身の術』によって難なく回避していたのである。

 

 

「一体いつの間に身代わりを…、この僕が目で追えない速さとはな」

「まぁ、素人がいきなりこの『変わり身の術』を見切るのは至難のワザだろうな。だが、旦那もなかなかのスピードだったぜ。まるで忍の様だった。こりゃあ“次”が俄然楽しみになってきたぜ…うん」

 

立ち上がりながら楽しそうに笑うデイダラ。その言葉の中に気になるものがあったので、ワルドは疑問を投げかける。

 

「“次”……だと?」

「ああそうだ。今は任務中だから自重するがな…。オイラを嵌めやがったてめぇには、後で必ず、オイラのアートを刻んでやるぜ…」

こんな風にな、と呟いてデイダラは印を結んだ。

 

そうすると、ワルドの後方で木箱の山に沈んでいたデイダラ人形が轟音を立てて起爆する。当然の様に、変わり身の人形も起爆粘土製であったようだ。

激しい爆熱を背中で感じながら、ワルドは目の前のデイダラと対峙する。

 

「……機会があれば、だがね」

「……楽しみにしてるぜ、うん」

ピリピリとした空気を肌で感じながら向かい合う二人。まさに一触即発といった状態であった。

 

 

「ちょっとデイダラ!あんた爆発させるなって言ったでしょ!これじゃあ、宿の人にも怒られちゃうじゃない!」

そんな男二人の不穏な空気を読まずに、ルイズはデイダラを叱りつける。

余りにも空気を読まぬ発言に、デイダラは思わず呆れて口をへの字に歪ませる。

 

「うるせぇぞルイズ!大体、オイラに芸術を使うなと言う方が問題なんだよ!うん!」

「なんですって〜!そもそもあんたが加減知らずなのが悪いのよ!」

「お前が言うんじゃねーよ癇癪玉が!」

「な、なによ!最近は抑えてるし、わたしはちゃんとセーブしてるわ」

「アレでかよッ!」

 

ワルドの事を放っておき、いつもの言い合いを始めるルイズとデイダラ。

突然の出来事に、一瞬目を点にしてしまうワルドであったが、ルイズと言い合うデイダラを見ながら、ひとまず胸を撫で下ろした。

 

 

 

「で!デイダラぁーーー!!」

「あん?」

 

ルイズと睨み合っていると、突然自分を呼ぶ声がしたので、デイダラは練兵場の入り口に目を移す。

 

「デイダラぁ!やっと見つけた…、ここに居たのかい!」

「なんだ、ギーシュか」

「どうしたのギーシュ、そんなに慌てて…」

肩で息をしながら、ギーシュは膝に手を置いて呼吸を整える。

 

 

「大変なんだ…、緊急事態なんだよ!!」

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

「ラ・ロシェール中の傭兵がキュルケ達を襲ってるですって!?」

大慌てするギーシュから話を聞いたルイズは驚きの声を上げる。

 

デイダラ達に無事会えたギーシュは、酒場であった出来事を口早に説明した。事態が事態であったので少し興奮気味な説明ではあったが、ギーシュはその役目を果たしたのだ。

 

「それは大変な状況だ。よく伝えに来てくれた、ギーシュ君。しかし、よくここが分かったな?」

「はい。先程この練兵場の方から爆発する音が聞こえたので、もしやデイダラかと思い、走って来ました」

 

ギーシュに労いの言葉をかけたワルドは、この場所が分かった理由を聞いて「…なるほど」と呟いた。

 

「とにかく今は一刻を争う!デイダラ、僕と一緒に酒場まで来てくれ!」

「そういう事ならこのオイラに任せとけ。ちょうど憂さ晴らしがしたいとこだったんだ…うん」

大変な状況だというのに、慌てるギーシュとは違い、楽しげに笑いながら答えるデイダラ。

荒事に慣れているから、というよりは元々が好戦的な性格だからかもしれない。ルイズはぼんやりとした頭で、そう考えていた。

 

 

「……いや、待ちたまえ諸君」

ギーシュとデイダラが話していると、間へ入る様にワルドが制止の声をかけてきた。

 

そのせいで、今まさに戦場となっている酒場へと飛び出そうとしていたギーシュは盛大にズッコケてしまっていた。

 

「なんですか子爵!今は一刻を争う時だってーーー」

ズッコケつつも、ワルドに対して抗議の声を上げるギーシュだったが、その続きを唱える事はできなかった。

 

ワルドから、一際低い声で告げられた言葉に耳を疑ったからだ。

 

「今、我々がとる最善の手は半数を囮として残し、アルビオンへと向かう事だ」

「………え?」

「……なんだって?」

ルイズとギーシュは共に困惑の声をもらす。

 

「な、なんで……」

「当然だろうルイズ。僕達はここへ、アンリエッタ姫の極秘任務の為に来ているんだ。ここで、おそらく貴族派であろう奴らの妨害を受けていればアルビオンへ渡る船を逃してしまう」

アンリエッタの名を出されてしまい、ルイズは反論できず悔しそうに俯く。

 

そうだ、自分達はここに姫様がウェールズ皇太子に宛てた手紙を回収する為に来ているのだ。……失敗は許されない。

 

 

「そんな…。じゃあ、キュルケとタバサは…どうするんですか!?」

「彼女達には、さっき言った様に囮役を担ってもらう。相手が手練れの傭兵達とはいえ、撤退戦を行えば活路は見える筈だ」

 

ワルドの言い分にギーシュはさらに項垂れる。

今、キュルケ達はギーシュがデイダラを連れてくるのだと思って持ち堪えている状態だ。これから囮役を担うには、精神力が心許ないだろう。

そんな状態の彼女達には、あまりに酷じゃないのか?

 

 

「待て、ワルド。今から桟橋へ行ったって、明日まで船は出せないんじゃなかったのか?」

項垂れるギーシュを一瞥した後、デイダラはワルドに疑問を投げかける。

 

「昨夜から一日経っている。アルビオンの位置もラ・ロシェールに十全とは言えないまでも近づいているだろう。船を出しても何とかなるさ」

「…ったく。慌ただしい旅路だぜ…うん」

「で、デイダラ〜…」

デイダラは目を閉じて薄く笑う。ギーシュは、そんなデイダラをすがる様に見つめる。

 

 

「そんな顔してんじゃねーよギーシュ。オイラだって任務を受けた以上は、それを優先する。……だが、囮役の足止めも、あんま期待できそうにないからな…うん」

そう言うと、デイダラは両手の人差し指と中指を立て、胸の前で交差させる独特の印を結ぶ。

 

「影分身の術…‼︎」

 

デイダラがそう唱えると、彼の隣にもう一人のデイダラが煙に包まれて現れる。

 

「‼︎……なに⁉︎」

「うわっ!デイダラが二人になった!」

いち早く驚きの声を出したのはワルドであった。次いで、ギーシュも声を上げて驚く。

 

「そっか!そう言えば、あんた粘土の分身を作れるんだったわね。それで助けに行けばタバサ達もきっと大丈夫よ、ギーシュ!」

この中で唯一、デイダラが分身を作れるという事を知っていたルイズは、得心いったという顔をする。

ルイズとて、仲が悪いとはいえキュルケと、何かと世話になっているタバサをそのまま残して行く事には抵抗があったのだ。

 

「…まぁコレは粘土分身じゃあねーが、目的はお前の想像通りだルイズ。今は、細かい説明は省いていくぜ…うん」

ホントはこの『影分身』はあまり使いたくないんだがな。デイダラはひっそりと呟いた。

 

この『影分身の術』は、術者の保有チャクラを等分割させて作り出す実体を持った分身である。

その為、あまりチャクラ量の乏しい者にはオススメできない術であり、デイダラとしては、自身の自慢の芸術忍術である起爆粘土に回すチャクラが減ってしまうという理由で使用を控えている術なのだ。

 

 

「ま、ワルドの言い分は理解できるからな。アルビオンに行くにしても、これで時間稼ぎの保険はできた…うん。さぁ、さっさとお姫サマの任務を終わらせちまおうぜ、ルイズ」

 

不敵に笑みを浮かべながら、デイダラはルイズに向けてそう言い放つのだった。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

「チクショーあいつら!油撒いて火をつけやがった!これじゃ迂闊に近づけねーぞ!」

「しかも風の魔法で火を煽っていやがるぜ。なんてこった!」

 

一方のキュルケ達。

彼女達は、傭兵達が酒場に突入する瞬間を見計らって、タバサが『レビテーション』で油の入った鍋を入り口付近にばら撒き、キュルケが『ファイアーボール』で火をつけていた。

さらに駄目押しとばかりに、タバサが魔法で風を起こし、火の手を大きくして傭兵達を迂闊に近づけない様にしていたのだった。

 

 

「怯むんじゃねぇ野郎共!風の魔法のインターバルを狙って、矢を放て!」

「爆弾、まだ残ってるよな⁉︎ 隙を突いて火の根元を吹き飛ばしちまうぞ!」

しかし、キュルケ達の相手は白仮面の男に脅され、もはや後がない傭兵達。何人か怯む者が出たとしても、他の者が何とか奮い立たせて対抗してきていた。

 

 

 

「………参ったわね。あいつら意外と怯まないわよ。もう、親玉的なヤツが居たら真っ先に叩くのに…」

キュルケは悔しそうに呟いた。彼女が見たところ、敵の集団は寄せ集めといったものだったので、頭を叩けば統率を失うだろうと思ったのだが、あいにくとそれらしい人物は見当たらなかった。

 

「…ッ!伏せて…!」

風の魔法を放った後、何かに気づいたタバサは彼女なりに大きな声を発してキュルケに注意を促した。

 

突如、目の前の炎の壁が爆発する。傭兵の一人が、爆弾を火の中に放り込んだのだ。

それにより、炎の壁に大きな抜け道ができてしまい、傭兵達を阻むものがなくなってしまった。

 

「!!……まずいわね。これは、いよいよ撤退を視野に入れないといけないかも」

「………」

額に冷や汗を浮かばせながら、キュルケは僅かに後退る。

すでにキュルケもタバサも、多くの魔法を放っていた。精神力も限界に近づいていたのだ。

 

 

「さぁて、散々手こずらせやがって。どう痛めつけてやろうかぁ!?」

傭兵の一隊が下卑た笑みを浮かべながら突入してくる。

 

 

「ウインド・ブレイク…!」

「!!ーーうおおぉあ!」

タバサが呪文を唱える。相手を吹き飛ばす風の魔法で傭兵達の足を止める。

 

「退避…!」

「了解!」

その隙に、タバサとキュルケは宿の中へと逃げ込み走る。

 

 

「……! 逃すかぁ!」

負けじと傭兵の一人が矢を放つ。その矢は正確に、キュルケの背中へと向かっていった。

 

「ーーー!!」

迫る鏃に気づいたキュルケであったが、迎撃の魔法は、間に合わなかった。

 

 

 

 

「ーー行け!僕の『ワルキューレ』!!」

 

 

飛ぶ様に現れた青銅製の戦乙女が、キュルケと矢の間に盾として滑り込む。

比較的柔らかい青銅に、鋼鉄の鏃がめり込むが、キュルケを守るには十分だった。

 

 

「お待たせしたね、麗しの乙女諸君!このギーシュ・ド・グラモンが来たからには、もう大丈夫さ…!」

「ギーシュ!!」

間一髪というところで、現れたのはギーシュであった。キュルケは驚きの声を上げ、タバサは目を僅かに大きく見開いた。

 

「なんだぁ、誰かと思えばさっき尻尾巻いて逃げてった野郎じゃねぇか!」

「テメー、今更ノコノコ何しに来やがった!?」

 

「ただ逃げた訳じゃあないさ。援軍を連れて来た…!」

「! ギーシュ、それじゃあ…」

 

傭兵達とギーシュの間で交わされる言葉の応酬で、キュルケとタバサは、ギーシュが務めを果たせた事を確信する。

 

「援軍だぁ?バカ言うな、そんな軍隊どこにいる!?」

「こけおどしだ!バカめ、そんな手に引っかかるかよォ!」

「……確かにね、僕が連れて来たのは一人だけさ」

 

ギーシュの言を聞いた途端に、傭兵達がケタケタと笑い出す。

 

「一人だぁーあ?そんなもん援軍になるかよ⁉︎」

「はっはー、傑作だぜこれは!最っ高だぁー!」

傭兵達の物言いに、ギーシュは反論せずにニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

「あの野郎共、何やってんだ。たかがガキ一人増えただけで…!」

傭兵の一人が、酒場の中の様子を見てじれったそうに荒げた声を出す。

 

「待て、油断するな。相手はガキでもメイジだ。第二波、第三波と続けて攻めろ!」

おおー!と声を発して、さらに傭兵の一隊が突入しようとする。

 

 

ふと、突入しようと動いた彼らは気づく。自分達の手前、その足元に、白い小さな昆虫が沢山いる事に。

 

 

だが、それがどうした。

彼らは気にせずその昆虫達を越えて行く。酒場の中で足掻く、貴族のガキ共をさっさと片づける為に。

 

そうして、傭兵達が白い昆虫を越えた瞬間だった。

その昆虫達は、小さな体のわりに、大きな後ろ足を動かし飛び上がって、傭兵達の肩や背中に貼り付いた。

 

 

 

ーーー喝ッ!

 

 

 

どこからか、そんな声がしたと思った次の瞬間、貼り付いていた白い昆虫が次々に爆発していった。

 

 

「いぎゃあああぁぁぁあ!!」

「お、俺の肩がぁぁーー!」

「な、なんだァこりゃあああ!?」

 

爆発を受けた傭兵達は、こぞって地面に倒れのたうち回った。

 

 

「なんだ⁉︎ 何が起きた!」

突入しようとした傭兵の一隊が、全員一斉にやられてしまった。

魔法に慣れていた傭兵達にも、何が起きたのか分からなかった。

 

「ん?なんだこりゃ。……蜘蛛?」

次は、距離を置いて待機していた傭兵達に丸い小さな蜘蛛が降り注いだ。

 

再び聞こえる「喝」という声と共に、爆発していく傭兵達。正確には降り注いだ蜘蛛達が、だが。

その爆発を受けた傭兵達は、もれなく全員が倒れ伏す。

 

「……痛ッ!なんだってんだオイ!」

「ーーーおい、あれ!」

叫び声を上げ、誰しもが困惑の声を上げる中、一人の傭兵がソレに気づいた。

 

女神の杵亭、その壁面に、何者かが直立して立っている事に。

 

 

 

「……やっと気づいたか、うん」

 

 

低い声色で男だと気づく。

壁に直立する、その異様な男は、長い金髪に黒地に赤い雲模様といった外套を纏った姿だった。

闇夜の中に浮かぶ赤い雲は、言い知れぬ恐怖を伝えてくる。

 

 

「ッ‼︎ ひ、ひィィィ‼︎」

その姿に見覚えのある者達は、全員が怯え腰を抜かしてしまう。その者達は、最初に白仮面の男に雇われた者達、渓谷で奇襲を実行したメンバーであった。

 

赤い雲を纏った男ーーーデイダラは、怯えた面々に気づくと、ニヤリと笑みを浮かべてこう言い捨てた。

 

 

「運が良いな、お前達。オレの芸術を間近で何度も見られるのは、そうそうないぜ…うん!」

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

先に酒場に突入していた傭兵達は、ギーシュと青銅のゴーレム達と睨み合いを続けていた。

目を逸らす訳にはいかない。相手に隙を与えてしまう。だがーーー

 

 

「なんだ?外が騒がしいぞ…」

「おい、なんで後に誰も突入して来ねえ?」

酒場の外から何度も響いてくる爆発音に不安を覚えたのか、傭兵達は揃って背後を気にし始める。

 

 

「……君達、覚悟した方がいいよ」

ぴしゃりとギーシュが言う。その声を聞き、傭兵達が身構える。

 

 

 

「僕が連れて来た援軍は一人だが、そいつは、こんな数の差なんかひっくり返す……一騎当千の化け物さ!」

 

誰よりも、その事実を身をもって知っているギーシュは、高らかにそう宣言した。

 

 

 

 

 






今回の話の中で出てきたデイダラの影分身への考え方は、自分の独自解釈です。
使えるのに原作で一回(自爆分身の際)しか使ってない理由って何かなーって考えたら、やっぱ芸術バカだからかなぁ(黒ツチ並感)と思った次第です。
まぁあくまで、この二次小説の独自設定と捉えて頂ければ幸いです。

あと、一体デイダラは両腕のない状態でどうやって印を結んだのだろう…。おそらくこれは、突っ込んではいけない類のものなのかな…。



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24,桟橋での攻防



数々のクロスオーバーで、幾人もの主人公達にボコボコにされてきたであろう白仮面の男、もとい◯◯◯氏。←一応ゼロ魔初見の方への配慮(もう手遅れかな?笑)
このSSでも例に漏れないであろうが、原作の描写を拡大解釈してちょっと強化しております。たぶん才人さんでは敵わないっかなー?ってくらい。

何卒、ご容赦下さいませ。そして、楽しんで頂ければ幸いです。




 

 

 

 

練兵場から酒場を避けるように、ルイズ・デイダラ・ワルドの三人は女神の杵亭から外へ出た。周囲には誰もいないようであった。

酒場前には町中の傭兵達が集まっているという話であった為、外へ出るまで緊張していたルイズはホッと胸を撫で下ろす。

 

「よし。桟橋はこっちだ」

「さっさと行くぜ、ルイズ」

「う、うん…」

酒場方面から時折聞こえる爆発音を気にしながら、ルイズはワルドとデイダラの後に続くように走る。

 

すでに日も落ち、辺りはすっかり暗くなっていた。峡谷に挟まれた街は、暗くなるのも早かった。

月が照らす中、三人の影法師が、遠く低く延びていた。

 

 

「ギーシュ達、大丈夫かしら…」

桟橋へと走る中、ルイズは後ろ髪を引かれる様に酒場で戦っている級友達の身を案じる。

 

「オイラの分身がついてんだ。大丈夫だろう…うん」

「……それはそれで心配よ!あんた、あんまりやり過ぎないでよね…!」

半目で睨みながら、ルイズはデイダラへ叱咤する。

 

「なんだそりゃ。いくらオイラでも、戦闘中味方を巻き込む様なヘマはしねぇぞ?…うん」

「そんなの当然の事でしょ…! そうじゃなくて、その、ええと…」

歯切れの悪いルイズを見て、デイダラは怪訝そうな顔をする。

 

ルイズが何を言いたいのか分からなかったので、デイダラはとりあえず先の説明を補うことにした。

 

「ともあれ、影分身体のオイラじゃあ周りを巻き込むだけの威力のある起爆粘土は作れねぇから安心しろ…うん」

「? どういうこと…?」

「影分身の維持にもチャクラが必要ってことだな、うん」

「???」

 

頭上に幾つもの疑問符を浮かべるルイズ。無理もないだろう。ルイズにとって、デイダラの世界の忍術……ハルケギニアでいう魔法の様な力の知識など、彼からレクチャーされた事だけしかないのだ…。

 

「要するに、魔法の維持にお前らメイジが精神力を割くようなもんだ」

 

デイダラは説明する。

 

 

『影分身の術』というのは、術者から分けられたチャクラが尽きるまで現存できる実体を持った分身体であり、その維持には分身体に与えたチャクラが使われる。

また、デイダラの使う忍術『起爆粘土』には、練り込んだチャクラの量、レベルによってその威力を変化させるという性質がある。

 

起爆粘土のそういった性質上、影分身の身では高威力の起爆粘土を練ろうとする事が、分身体の寿命を縮める事に繋がるのだ。

だから影分身体では、真実敵の足止めくらいしかできないだろう。

 

 

「だがそれでも、ただの雑魚相手じゃあ、もうオイラ達に追いすがる事はできないくらいボコボコにはできるがな。うん」

「………そっか。まぁ、昨日みたいにやり過ぎないのなら、それでいいんだけど…」

得意気に話すデイダラを横目で見ながら、ルイズは溜息と共に静かに不安をこぼした。昨夜の光景は、ルイズにはちょっとしたトラウマであった。

 

 

「それにしても、単純にあんたが二人になるって訳じゃなかったのね。影分身の術…だったっけ? 分身と本物のあんたで、二倍の物量攻撃ができる様になる魔法みたいなものかと思ってたわ」

気を取り直すように、ルイズはデイダラに向き直り、話を再開させた。純粋に、デイダラの使っている『忍術』に興味が湧いたという事もあってだが。

 

「初めてその影分身を見た時は、そんな欠点があるだなんて思わなかったわ」

「まぁ、術も使いようだがな。どんな術にも、弱点となる欠点はあるもんだ…うん」

「ふーん………あんたの芸術も?」

「オイラの芸術は完璧だ!!」

 

デイダラに食い気味に怒鳴られてしまい、ルイズは少したじろいでしまった。

今さっき言ってた事と全然違うじゃない! と、心の中で悪態をつくルイズであった。

 

 

「君たち、何を無駄話しているんだ。もう桟橋まで間も無くだぞ」

先導していたワルドが、空けていた距離を詰めて二人に窘めるように言うと、目の前のとある建物の間にある階段を指差す。

 

「あの階段を登れば桟橋だ」

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

長い長い階段を上ると、丘に出た。

デイダラの目の前には、山ほどの大きさの巨大な樹が四方八方に枝を伸ばしているという、雄大な光景が広がっていた。

 

樹の高さは相当なものだが、特段物珍しいと言えるほどでもない。というのが、この巨大な樹に対するデイダラの第一印象である。

デイダラの居た世界にも天辺の見えない程の大樹というのは、よく見られた為、それも仕方ないのかもしれない。

 

だが、頭上の樹を見上げてみると、それぞれの樹の枝に大きな何かがぶら下がっていることに気づいた。

 

「…ほーう」

左目に装着していた望遠スコープで、頭上の樹の枝にぶら下がっているものが船であると確認したデイダラは、感嘆の声をこぼした。

 

「これが『桟橋』で、あれが『空飛ぶ船』ってわけか?」

「そうよ。あんたの世界じゃ違うの?」

ルイズが不思議そうに聞き返す。

 

「桟橋も船も、海にしかねぇな…うん」

「……そうなの?あんたの居た世界って、もっと何でもありなのかと思ってたけど、意外とそうじゃないのね」

わたし達の世界には、海に浮かぶ船もあれば、空に浮かぶ船もあるわよ。と、ルイズは何故か自分が誇らしげに、胸を張って言った。

 

 

ワルドは、そんな二人を尻目に樹の根元へと駆け寄る。

樹の根元は、一種の吹き抜けホールのように空洞になっていた。どうやら、枯れた大樹の幹を穿って造られたものらしい。夜ということもあってか、桟橋に人影はなかった。

 

ホールの中には、各枝に通じる階段が多数用意されていた。

 

「ここだ。さあ」

その中で、アルビオン行きの船が停泊している枝に通じる階段を見つけたワルドが、二人に手招きをする。

 

「行くぞ…!」

先頭は変わらずワルド。続いてデイダラ、ルイズの順で階段を駆け上っていく。

 

 

階段を駆け上ること数分。木でできた階段は、一段ごとにしなる。手すりがついているものの、ボロくて心許ない。階段の隙間から、ラ・ロシェールの街明かりが見える程だ。

 

「この先の踊り場を越えると、もうすぐ目的の船のある停泊場だ」

「ーーーん?」

ワルドの案内を聞きながら、デイダラは眼前に見えてきた踊り場に何者かの気配を感じとった。

 

何者かは、自分達に不意打ちをする為か、おそらく精神力を練っているのだろう。

メイジの使用する精神力とは、身体エネルギーの練られてないチャクラ……言わばチャクラの出来損ないのようなものだと、デイダラは考えている。

その為、デイダラには、チャクラのようにはっきりとは知覚できないが、それでも誰かが精神力を練って待ち構えているという事くらいは感じ取れたのだ。

 

(……ワルドの奴は気付いてねーのか?)

だとしたら、期待外れもいいとこだ。デイダラは内心で吐き捨てる。

 

 

さっと翻り、デイダラはワルドの頭上を飛び越えて先頭に立った。

 

「!!…どうした?」

「ワルド、ちょっとここで待ってな。ルイズも少し遅れてるみてーだしな…うん」

そう言われ、ワルドが後ろを見ると、確かにルイズが少し遅れていた。飛ばし過ぎたらしい。

 

「……仕方ないな。それで、きみはーーー」

ワルドが前に向き直った時には、既にデイダラは土煙だけを残して踊り場へと先行していったところだった。

 

「ーーーやはり速いな、彼も…」

一人先に踊り場へと突入していったデイダラを見て、ワルドは誰の耳にも届かない声量で独白する。

 

 

 

桟橋の中階、その踊り場は、ちょっとした小劇場が開ける位には広さが確保されていた。

階段から飛び出ると同時に、デイダラは計六体の鳥型起爆粘土を投げ放つ。

 

「!!」

 

デイダラの目の前には、白い仮面に黒マントの男が待ち構えていた。昨夜、デイダラが爆破させた男だ。

 

白仮面の男の口元は、明らかに驚愕の色に染まっていた。奇襲をかけようと待ち構えていたところで、逆に相手に先制を取られたのだ。無理もないだろう。

 

 

「ハッ!昨日の分身ヤローか」

嘲笑するように言うと、デイダラはすぐに両の手で印を結ぶ。

 

「悪いが、さっさと終わらせるぜ…うん!」

巳、寅…と、淀みなく印を結ぶと、六体の鳥型起爆粘土は一度煙に包まれ、意思を持ったかのように飛び、動き出す。

 

そうしてデイダラは、片手を未の印で構え、起爆に備える。

 

 

「ーーーッ!」

白仮面の男も、負けじと魔法を放つ為に黒塗りの杖を突きつける。事前に呪文を唱えていたのか、囁くような声で唱えたのか、既に杖から魔法を放つのみとなっていた。風系統魔法『エア・ハンマー』だ。

 

さらに、奇襲をするにあたって予め精神力を練っていた為か、白仮面の男の杖から放たれた空気の槌は奇しくもデイダラの起爆粘土と同じ六発であった。

 

 

鳴り響く爆発音。パラパラと粉塵が舞いながら、続けて二度三度と爆音が鳴る。エア・ハンマーが、デイダラの鳥型起爆粘土を捉えたのだ。

撃ち落とされた起爆粘土は、しかし、デイダラにより起爆され、視界を覆う煙幕となる。

 

「ッ!!」

眼前に展開された爆煙に紛れて、仕損じていた鳥型起爆粘土が白仮面の男に迫る。意思を持ったかのように飛び動く鳥タイプの起爆粘土を、全て撃ち落とせた訳ではなかったのだ。

 

二体の鳥タイプが、驚愕する白仮面の男に肉薄していった。

 

 

「喝ッ!」

 

再び爆発音が桟橋内に木霊する。

広がる爆煙を見つめながら、デイダラは静かに構えを解く。

 

「やっぱ大したことねーな………うん?」

仕留めたと思い、白仮面の男に対し吐き捨てる様に言った後、デイダラは爆煙の中から何か影が飛び出したことに気がついた。

 

飛び出した影は白仮面の男であった。男は、爆煙の後方に飛び退いてデイダラから距離をとると、静かに杖を掲げていく。

 

「なかなかすばしっこいヤローだな、うん」

僅かに腰を落とし、デイダラは再び印を結び構える。

左手で未の印を結び、右手を自身の背に隠す様にして手のひらを広げる。その手のひらの口は、粘土をクチャクチャと咀嚼していた。

 

(チャクラレベル“C1”の爆発力からは逃れられるか……。だが、この場所じゃあ高威力の起爆粘土は控えた方がいいな…)

デイダラは、冷静に相手の動きや戦況を分析する。

 

目の前の男の持つ速さのポテンシャルは、並みの忍の比ではない。加えて、この桟橋内での戦闘では、あまり爆発威力を高めると大樹が倒壊する恐れがある。

それらの状況を踏まえて、デイダラは戦法を決める。

 

(なら、ここは拘束タイプで動きを抑え、至近距離で爆発させてやるぜ…うん)

背に隠した右手のひらの口から、ムカデ型起爆粘土が顔を覗かせる。

 

そうして、デイダラが作戦を決めていると、辺りの空気が急激に冷え始めていることに気がついた。冷気の起点は、白仮面の男の頭上……掲げた杖の周辺だ。

ひんやりとした空気が、デイダラの肌を刺す。

 

(なんだ?あれは…)

僅かに眉根を寄せて、デイダラは相手の魔法に注意を払う。

 

次の瞬間、空気が震えた。稲光が弾け、男の周囲から電撃が放たれる。

 

「ッ‼︎ 雷遁…!」

「相棒、逃げろ!『ライトニング・クラウド』だ!」

呪文の正体に気づいたデルフリンガーが鞘から刃を出して叫ぶ。

 

 

稲妻が走り、デイダラを襲う。白仮面の男から放たれた電撃は、しかし空を切るだけに留まる。デイダラが『ライトニング・クラウド』よりも速く動き、回避したのだ。

 

「ッ!!」

白仮面の男は、尚も杖を振るい稲妻を走らせる。その速さはまさに、目にもとまらない。

 

だが、振るわれる度に渦巻く稲光がデイダラに向かって走るが、左、右へと瞬時に回避するデイダラには当たらない。

時折横薙ぎする様に走る稲妻も、デイダラは身を低く屈め回避したり、飛び退ったり、時には軽業師の様にバク宙し、躱してみせた。

 

「ハッ!その程度の雷遁じゃあ、オイラにゃ当たらねぇよ」

「相棒!おめーさん、やっぱただモンじゃあねーな。てーしたもんだ!」

当たればただでは済まないその稲妻を、デイダラは軽やかな身のこなしと体捌きによって巧みに躱していく。

 

 

白仮面の男には、次第に焦りの色が見えてくる。

すると、男は何かを思いついた様にニタリと笑みを浮かべ、デイダラのいない階段方向に稲妻を放った。

 

「ふん。何処狙ってやがんだよ(そろそろだな、うん)」

白仮面の男を嘲笑しながら、デイダラは印を結び起爆に備える。そこで、ーーー。

 

 

「デイダラッ!!」

 

 

叫び声がした。階段から飛び出る様にして、ルイズが現れたのだ。

その為、白仮面の男から放たれた稲妻は、真っ直ぐルイズに向かって走る構図となった。

 

「あっ……!!」

「バカが、ルイズ…!なんで出てくる!?」

 

階段下で、ワルドと共に待機している筈のルイズが現れたことで、デイダラはすぐさま地を蹴った。

稲妻は決して遅くはない。加えて、この出遅れた状況では、デイダラのスピードでもルイズとの間に滑り込むのが限度であった。

 

(ーーー待て。なんでオイラは、なんの迷いもなくこいつを庇うんだ…?)

 

稲妻が迫る一瞬の時間の中で、デイダラは怪訝に思う。

だが、そんな事よりも、今は目の前の状況を何とかする方が先だ。デイダラはすぐに頭を切り替える。

 

咄嗟にデイダラは、生身で受けるよりもマシと判断し、背にあるデルフリンガーを左手で引き抜き、稲妻を剣で受ける。

 

 

「ぐぁあッ!!」

稲妻が伸び出し、デルフリンガーを伝ってデイダラの左腕を焼き付ける。

左手と片膝を地につけて、デイダラは息を整える。

 

「デイダラ!……ッ!」

ルイズがデイダラの肩を支えようと手を伸ばすが、すぐにそれを止める。

デイダラの体には、まだ稲妻が帯電していたのだ。時折バチバチと音を立てて電撃が走る。

 

「……チィッ」

表情を歪めながら、デイダラは右手で印を結ぶ。

 

「!!」

デイダラに『ライトニング・クラウド』を当てられて、満足気に口元を緩めていた白仮面の男は、油断していたのか、自分の足元から突如として現れた粘土製の大型ムカデにあっさり体を巻き取られてしまう。

 

 

「喝ッ!!」

 

デイダラが唱えた瞬間、白仮面の男は爆散した。その後には、何も残らない。

 

 

「クソがッ(分身か…)」

周囲を見渡し追撃がないことを確認すると、デイダラは静かに立ち上がり、左手を握ったり開いたりして動く事を確かめた。

 

「で、デイダラ…。あんた、大丈夫なの…?」

「…………」

おそるおそるといった様子で、ルイズがデイダラに問いかける。

デイダラは、ルイズの問いに答えずに、ジッと彼女を訝しむ様に見つめる。

 

「大丈夫だったか…?」

遅れてワルドがやって来る。デイダラは、ルイズから目を離し、ワルドを睨む様に視線を移した。

 

「ワルド!テメー、どうしてルイズをここへ行かせた。オイラがどういう理由で、階段で待ってる様に言ったか、お前が分からねー訳ねぇよな?ああ!?」

「………」

「ち、ちょ、ちょっと待って!デイダラ…!」

 

ワルドに対し、デイダラは責める様に言葉を告げる。そこへ、ルイズが割って入った。

 

「ワルドを責めないで、デイダラ…。わたしが悪いの。敵がライトニング・クラウドを出したってワルドが気づいて、わたしが、“あんたが危ないかも”っていうワルドの言葉を真に受けて、思わず飛び出しちゃったの…。ワルドはわたしを止めてくれたのに、気が動転しちゃって…本当にごめんなさい…」

 

ルイズは、普段がウソのように一際しおらしく謝罪する。彼女なりに、それだけ事態を重く受け止めているのだ。

 

デイダラは「…ふん」と鼻を鳴らし、足元に落ちてしまっていたデルフリンガーを左手で拾う。

 

「しかし、あのライトニング・クラウドを受けて、よくその程度で済んだな。本来なら命を奪う程の呪文だぞ。……ふむ、その剣が電撃を和らげたようだな。よく分からんが、金属ではないのか?」

「知らん、忘れた」

「…………」

ワルドの問いに、デルフリンガーが答え、デイダラは無視を決め込む。ワルドなど、相手にしている暇はない。

とにかく今は、早急に体を休めなくてはならない。その “ワケ” がデイダラにはあったのだ。

 

 

「さっさと船行くぞ…うん」

デルフリンガーを鞘に収めながら、デイダラは歩き出した。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

階段を駆け上がった先には、一本の枝が伸びていた。その枝に沿って、一艘の船と思しきものが停泊していた。帆船のような形状だが、空中で浮かぶ為か舷側に羽が突き出ている。上からロ ープが何本も伸び、上に伸びた枝に吊るされていた。デイダラ達が乗った枝からタラップが甲板に伸びていた。

 

「な、なんでぃ、おめぇら!?」

デイダラ達が船上に現れると、甲板で寝込んでいた船員が起き上がった。ワルドが前に出て対応する。

 

「船長はいるか?」

「寝てるぜ。用があるなら、明日の朝に改めて来るんだな」

男はラム酒の瓶をラッパ飲みしながら答える。

ワルドはすらりと杖を引き抜いた。

 

「貴族に二度同じ事を言わせる気か?僕は船長を呼べと言ったのだ」

「き、貴族!」

船員は立ち上がると、船長室にすっ飛んでいった。

 

しばらくして、寝ぼけ眼の初老の男を連れて戻ってくる。帽子を被っており、彼が船長らしかった。

 

「なんの御用でーーーって、貴方は昨日やって来た子爵様ではありやせんか!」

船長の目が丸くなる。相手が身分の高い貴族だと知っているからだ。

 

昨夜、ルイズとワルドは、船の様子を見に来ており、その時にワルドはこの船長と交渉していたのだ。

 

「アルビオンへ、今すぐ出港してもらいたい」

「御冗談を!昨日申し上げたでしょう。この船はアルビオンへの最短距離分しか『風石』を積んでいませんと!」

船長は、困ったように叫んだ。

風石をこれ以上積むと赤字だと言うので、出港はアルビオンが最もラ・ロシェールに近づく時でなければならないのだ。

 

「明日の朝には出港しやす。それで勘弁して下さいよ!でなけりゃ、地面に落っこちちまう!」

「風石で足りぬ分は僕が補えば大丈夫だ。僕は『風』のスクウェアだ」

 

船長と船員は顔を見合わせた。それから船長がワルドの方を向いて頷く。

 

「なら良いでしょう。ですが、料金ははずんでもらいますよ」

「積荷はなんだ?」

「硫黄でさぁ。アルビオンでは、今や黄金並みの値段が付きますんで」

「その運賃と同額を出そう」

 

船長は、小狡そうな笑みを浮かべて頷いた。

 

「もやいを放て!帆を打て!『マリー・ガラント号』出港だ!」

商談が成立したので、船長は矢継ぎ早に命令を下していったーーー。

 

 

 

戒めが解かれた船は、一瞬空中に沈んだが、発動した風石の力で宙に浮かぶ。

帆と羽が張り詰める程の風を受け、船が動き出す。結構なスピードのようで、桟橋である巨大樹の隙間から見えるラ・ロシェールの明かりがどんどん遠くなっていく。

 

 

デイダラは、舷側に座り込み体を休ませる。未だに体のシビれは巡っている。早く回復させなくてはならない所だが、デイダラは医療忍者ではない。こればっかりは、自分ではどうしようもない事なのだ。

 

「ねえデイダラ。その、傷は大丈夫…?」

そこへ、ルイズが心配そうにしながらやって来た。

 

「ほっとけ、うん」

「なによ!心配してるのに!」

ルイズは、デイダラにそっぽを向かれて怒った。思わず耳元で怒鳴ってしまう。

 

「〜〜ッ! 耳元でギャーギャーうるせーぞルイズ!ちったぁオイラを休ませろ!うん!」

「!!……ごめんなさい」

デイダラに怒鳴り返されて、またもやルイズはしおらしくなってしまう。

 

さっきも感じた事だが、今のルイズは本調子ではない様子だ。いつものルイズであれば、言い合いの一つや二つ、しそうなものなのだ。

 

最も、デイダラとしても言い合いを今やるつもりはさらさらなかったので、好都合ではあったが…。

 

「わたし、また……あんたに頼りっぱなしになっちゃって、あんたの足をひっぱっちゃって、ほんとにどうしようもないわよね…」

「あん?」

「森の中での、フーケとの戦いの時に、ようやくあんたの隣に立てたと思ってたのに……やっぱりダメね、わたしってば」

「………」

 

どうやら、ルイズはすっかり気落ちしてしまっているようだった。

デイダラが、励ましの言葉など何も言えないでいると、ルイズが緊張した面持ちで、デイダラの服の左袖を摘むように掴んできた。

 

「……左腕、出して」

「………ホラよ」

根負けしたのか、デイダラはルイズの言う通り、袖を捲って左腕を露わにした。

 

「ッ!…これ」

そこはひどいことになっていた。左腕の手首から肩にかけて、巨大な火傷跡ができ上がっていた。ルイズを庇って、白仮面の男の『ライトニング・クラウド』を受けた結果であった。

 

「ひどい火傷じゃないの!早く手当てしなきゃ…!」

「だから騒ぐんじゃねーよルイズ。これくらいどうって事ねぇ。それよりも問題なのは……」

言葉の途中で、デイダラは口を噤む。そこから先は、言うべき事ではないと判断してだ。

 

急に口を閉じたデイダラを見て、自分に言えない事があるのかと勘づいて、ルイズはまた少し落ち込んでしまう。

 

 

さらに落ち込んでしまったルイズを見て、デイダラは「ったく…」と呟くと、ルイズの肩にポンと手を置いた。

 

「いいかルイズ。オイラはこれから少し寝る。一刻も早く体を休ませねぇといけねーからな、うん」

「……?」

「その間、ここでの事はお前に任せるぜルイズ。しばらくは無防備を晒すことになるんだ。しっかり護衛してくれよ、うん」

「っ!……ええ!ここはわたしに任せなさい。あんたはゆっくり休むのよ…!」

 

杖を取り出し、ルイズは過剰にやる気を見せ始める。

気を取り直したようだが、単純なヤツだ。とデイダラは思った。

 

 

(まぁ、いいか。とにかく今は、体のシビれを回復させる事が先決だ…うん)

その為には、先の戦闘で使用したチャクラを回復させ、体の抵抗力を一時的に高めるしかない。

 

その為の睡眠だ。デイダラは、静かに目を閉じた。甲板に吹く夜風が、妙に心地よかった。

 

 

 

 

 



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25,空賊、襲来


GW中の投稿、ギリギリセーーーフ!!
しかし、デイダラの誕生日に投稿しようとしていたのに、間に合わなかったぜ。

という訳で、続きになります。お待たせ致しました。
暇つぶしになって頂ければ幸いです。




 

 

 

夜空に浮かぶ双月がひとつに重なっている。スヴェルの月夜だ。

本来なら、今晩も宿に泊まり、明日の早朝にアルビオンへ向けて出発する筈だったのに…。

船縁に寄りかかり、物憂げな表情で夜空を眺めながら、ルイズはぼんやりと考え事をする。

 

宿に残り、傭兵達を足止めしていたキュルケ達は大丈夫だろうか?デイダラが影分身という魔法で加勢してくれているとは言え、やはり心配だ。

 

(……あっ、魔法じゃなくて忍術、だったっけ)

 

ぼんやりとした頭の中で、ルイズは間違いを訂正した。と言っても、ルイズの中では、それは呼び方の違いというだけで結局は同じなんじゃないかと、最近思うようになっていた。

そう考えるだけで、使い魔は魔法(のような力)が使えるのに自分は…と、再び後ろ向きに思考が巡ってしまう。

 

ルイズがそう考えてしまうのは、先ほどの桟橋での襲撃で、デイダラが負傷してしまったためである。

 

(わたしを庇ったせい…だよね…)

 

ルイズは、自分の隣で船縁に背を預けて眠っているデイダラに目を向ける。

また、自分は誤った選択をしてしまったのだろう。あの時は、デイダラが危ないと聞かされた瞬間、身体が勝手に動いてしまっていたのだ。それが却って、デイダラの足を引っ張ることになってしまった。

 

「はぁ〜。少しは、わたしも力になれるって思ったのになぁ…」

 

ぽつりと、声がもれてしまっていた。

デイダラが爆発を好んで使用している為、そんな姿を側で見てきたルイズには、ある変化が表れていた。

自分の失敗魔法による爆発が、気にならなくなってきたのだ。普通の系統魔法を使うことに憧れは残ってはいるが、それでも、昔に比べて劣等感は薄らいでいた。

 

自分にそんな変化を与えてくれたデイダラの為に…と、少し躍起になってしまっていたのだろうか?

 

 

そんな風に、ぼんやりとしていたルイズの背に声がかかる。船長と話し込んでいたワルドが、グリフォンを伴ってやって来たのだ。

ちなみに、グリフォンはワルドが口笛を吹いて呼び寄せていた。

 

「ルイズ、まだ眠っていなかったのかい?」

「ワルド…」

「明日からは遂にアルビオン入りだ。早めに休んで、体力を養った方がいい」

 

ルイズの身体を気遣ってのことだったが、デイダラに頼まれた護衛がある。彼が安心して休めるように、周囲に気を配っていなくては…。

 

「ふむ…。いい心がけだけど、さっきから心ここに在らずだったよね?」

「うぐッ…」

 

見られていたらしい。

 

「それじゃあ意味はない。それに、きみは夜警に慣れている訳でもないだろう?ここは、僕と船の乗組員に任せて、ゆっくり休んでいてくれ。明日、起きた頃にはアルビオンも見えてくるだろう」

 

そうワルドに説得され、渋々にルイズはそのまま船縁に背を預けて座る。船室に行かなかったのは、せめてデイダラの側には居ようと思ってだ。

それに、確かに自分は疲れている。この旅で、使い魔の新たな一面を目の当たりにして、主人として、精神面でも疲労があったのだ。

 

目を瞑り、すぐにルイズは微睡みの中へと落ちていく。眠りの中でルイズが思い浮かべるのは、普段の、怒りっぽいがどこか面倒見のいいデイダラの姿。それと、土くれのフーケを爆殺したという凄惨な場面。その二つであった…。

 

(デイダラ……あなたは、一体…)

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

「おいコラァ!ルイズゥ!」

「ぶべッ…!?」

 

翌朝、ルイズの目覚めはとても爽やかなもの……ではなかった。

寝ながら、どうやらルイズは気づかぬ間にデイダラの左肩に頭をもたれかけていたらしい。朝起きたデイダラに、頭を反対方向へ押しのけられ、ルイズは顔面を強打させてしまっていた。

補足として、幸いにもルイズの左隣には、ワルドのグリフォンが丸まって眠っていたため、クッション代わりにはなっていたが…。

 

呑気に寝ていたという事も合わさって、ルイズは、早々にデイダラの怒声という名の爆発で一喝されてしまったのである。

 

「ったく、呑気なヤローだぜ…うん」

「うぅ…このぉ…」

 

顔をさすりながら、ルイズはデイダラに恨み節のひとつでも言ってやろうかと顔を向ける。しかしーーー。

 

白仮面の男の『ライトニング・クラウド』を受けた左手を、拳を握ったり開いたりして、傷の具合を確認していたデイダラを見て、ルイズは「あっ」と小さな声をこぼす。

 

「おいルイズ。のんびり構えやがって…。お前、お姫様の手紙は失くしてないだろうな?…うん?」

「えっ?…あぁ。う、うん」

 

苦言をこぼすデイダラに、ルイズは恨み節を忘れ小さく返事をする。

 

傷が治った訳ではないだろうが、痛みはもう大丈夫なのだろうか?

デイダラのそんな姿を見て、ルイズがそう尋ねようとした時に、船の鐘楼の上に立った見張りの船員が、大声を上げる。

 

「アルビオンが見えたぞー!!」

 

 

見張りの船員のその一言で、デイダラの興味はあっさりと浮遊大陸アルビオンへと向いていった。

 

「おっ、待ってたぜ。それじゃあルイズ。オイラは空飛ぶ大陸とやらを拝んでくるぜ…うん」

「…あっ。ちょっと、こらぁ!ご主人様を置いていくんじゃないわよ!」

 

どうやら、ちょっとはアルビオンへ渡るのを楽しみにしていたらしい。

勝手気ままな使い魔の後ろ姿を、ルイズは急いで追いかけた。

 

 

船首まで出向けば、浮遊大陸アルビオンもより一層と一望できた。

雲の切れ間から、黒々と巨大な大陸が覗いて見えて、大陸ははるか視界の続く限り延びている。地表には山がそびえ、川が流れていた。

 

「ほおー、こいつはスゲーな…!」

「ふふん。驚いているようね」

思わず感嘆の声をこぼすデイダラに、ルイズが得意気に言った。

 

「空に浮かぶ大陸なんてのは、初めて見たからな…うん」

なおも立ち尽くして、世にも珍しい空飛ぶ大陸を見上げるデイダラ。

 

アルビオン大陸の下半分は雲に覆われていた。大河から溢れた水が、空に落ち込み白い霧となり、それが雲になるのであろう。

デイダラは、アルビオンが『白の国』と呼ばれる所以を目の当たりにした。

 

「浮遊大陸アルビオン。ああやって空中を浮遊して、主に大洋の上をさまよっているのよ。それで、月に何度かハルケギニアの上にやって来て、雨を降らせていくの。大きさはトリステインの国土ほどもあるのよ」

「ヘェ〜」

 

アルビオンを眺めていたデイダラは、解説をしてしたルイズに生返事を返す。そんな時ーーー。

 

「右舷上方の雲中より、船が接近してきます!」

鐘楼に上がった見張りの船員が大声を上げた。

 

「おいルイズ。ありゃなんの船だ?」

「わからないわ…。でも…、いやだわ。反乱勢……、貴族派の軍艦かしら」

 

見張りの船員が言った方向を見れば、確かに一隻の船が近づいて来ていた。デイダラ達の乗り込んだ船よりも、一回り大きい。

黒くタールが塗られた船体は、まさに戦う船を思わせた。舷側から突き出ている大砲だけでも、二十数門は並んでいる。そのどれもが、こちらにぴたりと向けられていた。

 

 

程なくして、デイダラ達を含むマリー・ガラント号の乗組員は、先の黒船が空賊船だと窺い知ることになった。

 

当初、アルビオンの貴族派だと思い込んでいた船長達は、相手が空賊だと知るや否や、大慌てで取り舵いっぱい船を遠ざけようとしたが、すでに手遅れであった。

黒船はすでに併走し始めており、脅しの一発をマリー・ガラント号の針路目掛けて放ってきた。

 

続いて、黒船のマストに四色の旗流信号がするすると登る。停船命令であった。

それを受け、船長は苦渋の末に停船命令を下していった。併走していた黒船から、武装した屈強な男達が次々と乗り込んで来たのは、そのすぐ後である。

 

 

ドスンと音を立て、甲板に空賊達が降り立った。その中で、派手な格好の、左目に眼帯をした男がいた。どうやら、その男が空賊の頭のようだ。

男は、荒っぽい仕草と言葉遣いで、辺りを見回しながら問いかける。

 

「この船の船長はどいつでぃ?」

 

元は白かったらしいが、汗とグリース油で汚れて真っ黒になったシャツの胸をはだけるように着て、そこから赤銅色に日焼けした逞しい胸が覗かせている。ボサボサの長い黒髪は、赤い布で乱暴に纏められ、無精ヒゲが顔中に生えている、といった様相だ。

 

男は、マリー・ガラント号の船長に、積荷の硫黄を船ごと全部買ったと宣っていた。

 

ルイズは、空賊の頭のあんまりな不衛生さに、思わず顔を背ける。

 

「大丈夫さ、ルイズ。きみには僕がついてる」

「!…ワルドッ」

 

気が付けば、ルイズのすぐ側にワルドがやって来ていた。

 

「面倒なことになってしまったね。さて、この状況をどう切り抜けるか…」

 

武装した空賊達の中には、メイジもいるらしく、ワルドのグリフォンを魔法で眠らせていた。おまけに黒船の砲口は全てマリー・ガラント号に狙いを定めている。八方塞がりな状況であった。

 

ワルドは、チラリと視線をデイダラへと向ける。デイダラは、余裕そうな表情で粘土を捏ねていた。

 

「なにか良い策はないかい…使い魔くん?」

「その使い魔呼びはやめろ、旦那。あの黒船と一緒に雲の中までぶっ飛ばすぜ?…うん」

「ちょ、ちょっと!こんな時に物騒なこと言わないで…!」

 

だが、この際、物騒な物言いへの叱責は後だ。ルイズは、こんな場面で何かと頼りになる自身の使い魔に案を求めた。

 

「なにか打開策があるなら言いなさい。出し惜しみはなしよ!」

「簡単なことじゃねーか…!こんなモン、トラブルのうちにも入らねーぜ!うん!」

 

デイダラは、妙に自信満々であった。ルイズは、段々と彼の打開策に見当がつき始めてきて冷や汗が出てきた。

 

「……で、その案は?」

「オイラの芸術であの黒船を沈める…!乗り込んできた奴らも全員ぶっ飛ばせば良い…うん」

 

ジャラリと、手のひらの上に乗せてある起爆粘土製の小型の鳥達を見せびらかし、得意気に宣った。単純明快な案であった。

ルイズはこめかみを手で押さえる。

 

デイダラの頭は、切れる時はとことん切れるが、彼のものの考え方は、基本的には短絡的かつ直線的だ。

今の状況は、彼にとっては深く考えるまでもない事態なのであろう…。

 

「ダメよ。それじゃあ爆発に巻き込まれてこの船まで大破するかもしれないし、乗組員のみんなにまで被害が及ぶわ」

「……そんなこと気にしてる場合か?やってみなきゃ分からねーじゃねーか…うん?」

「いいから!…ここは、わたしが何とかしてみせるから…!」

 

ルイズはデイダラを制し、頭をフル回転させる。だが、不安と焦りがまさってしまい、この状況を切り抜く打開策は、全くといい程思い浮かんではこなかった…。

 

 

そうこうしている間に、空賊の頭の興味はルイズとワルドに向けられた。戦時中ともあって、アルビオンへ向かう貴族が珍しいのである。

 

「ほぉ、貴族の客まで乗せてんのか…。それに、こいつは別嬪だ。お前、俺の船で皿洗いでもやらねぇか…?」

 

男がルイズに近づき、顎を手で持ち上げる。空賊達はそろって下卑た笑い声をあげていた。

 

「下がりなさい。下郎」

「驚いた!下郎ときたもんだ!」

 

ルイズは、男の手をぴしゃりとはねつけ、燃えるような怒りを込めて言い放った。

 

空賊の頭はルイズを大声で笑った後、彼女の指に光る、水のルビーに目を留める。そして、ワルドとデイダラを一瞥してから、手下の空賊達に命令する。

 

「てめぇら、こいつらも船に運びな。身代金がたんまり貰えるだろうぜ」

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

空賊に捕らえられたルイズ達は、船倉に閉じ込められた。ルイズ、ワルドと一緒に居たデイダラも、貴族の一派と判断されて共に船倉に連れられていた。

マリー・ガラント号の乗組員達は、自分達のものだった船の曳航を手伝わされるようだ。

 

「……で、どうすんだルイズ。お前の意見を聞こうか?…うん?」

「うぐッ……」

「まぁ、そう急かすこともないだろう。ここは、しばらく様子を見るとしようじゃないか」

 

ルイズとワルドは、共に杖を取り上げられてしまっていた。杖のないメイジは、ただの人である。扉に鍵をかけられただけで、手も足も出なくなってしまった。

 

「あんただって、剣もバッグも取り上げられてんのに、なんでそんなに落ち着いてんのよ…」

「ま、オイラのことは気にすんな。今回は、お前の妙案に期待することにしたからよ…うん」

「うっ…」

 

嫌味のつもりだろうか。とにかく、デイダラにそう言われ、またしてもルイズは口ごもってしまう。

 

現状、様子見に撤することにして、ルイズはデイダラに今朝聞けなかった左手の怪我の具合を聞いてみることにした。話を逸らす為でもあるが、純粋に心配にはなっていたので、いい機会と思うことにした。

なにせ、この使い魔ときたら、昨夜見た時は酷い火傷痕を残していたというのに、今朝起きてから今まで、痛がる素振りすら見せないのだ。そんな、一晩で治る怪我ではない筈なのに…。

 

「あんた、怪我の方はもういいの…?酷い火傷だったけど…」

「ああ、もう問題ないな。シビれはとれたしな…うん」

「シビれって…それどころじゃなかったでしょう!ちょっと、診せてみなさい!」

 

確信に近いものがルイズにはあったが、おそらく怪我はそのままだろう。ルイズは、具合を確認して、早めの処置が出来るように空賊達に申し出てみるつもりであった。

 

「どうでもいいだろーが…うん。それよりも、確認なんだがルイズ。この世界には“雷遁”……いや、“雷属性”の系統魔法はなかったと思うんだが、どうなんだ?」

「なによ、藪から棒に…。確かに、四大系統の中に雷系統なんてものは無いわよ。でも、“雷属性”の魔法ならあるわ」

 

雷の力を帯びた魔法は、風系統の魔法に含まれている。それ故に、風系統は、極めれば攻撃面でも火系統に劣らぬ為、四大系統の中でも最強との呼び声が高いのである。

 

 

「……はぁーあ、やっぱりそうかよ。チッ…」

「???」

 

ルイズから説明を受けたデイダラは、何故か面白くなさそうに悪態をついてしまい、ルイズは首を傾げた。怪我の具合は診そびれてしまった。

 

 

しばらくして、空賊が食事を持ってきた。 粗末なスープと水の入ったコップが一つずつ。

最初は、空賊の出した食事に文句を言っていたルイズだったが、体力の維持のために渋々スープを飲んだ。

 

 

「キュルケ達は無事でいるのかしら…」

「さて、ね。今は自分達のことを考えるべきだよ、ルイズ」

 

手持ち無沙汰だったためか、ルイズは、心配事が口をついて出てしまっていた。

 

「あいつらなら無事だぜ。ちゃんと夜の内に傭兵連中は全員追っ払えたからな…うん」

「え?あんた分かるの…!?」

「当たり前だろうが。影分身の術は、術を解けば分身が得た情報は術者に還元される。……説明してなかったか?」

「初耳よ!なによ、それならもっと早くにあんたに確認したのに…!」

 

説明のない男だ…。ルイズはジト目でデイダラを睨む。

とにかく、キュルケ達は全員無事とのことだ。ルイズは、ほっと胸を撫で下ろす。

 

級友達の無事が分かった以上、ルイズは決意を新たにする。自分は、こんなところでのんびり捕まっている場合ではないのだ。

 

ちょうどその時、再び船倉の扉が開かれた。入ってきた痩せぎすの男は、ジロリと三人を見回すと、楽しそうに言った。

 

「おめーらは、もしかしてアルビオンの貴族派かい?…いや、そうだとしたら悪かったと思ってな。俺達は貴族派の皆さんのおかげで商売させてもらってんだ。王党派に味方しようとする酔狂な連中がいてな。そいつらを捕まえる密命を帯びてるのさ」

 

では、やはりこの船は反乱軍の軍艦ということなのだろうか。

ルイズがそう問いかけると、男はそれを否定した。貴族派とは、あくまで対等な関係で協力し合っていると言うのだ。

 

「それで、どうなんだ?貴族派なのか?そうだったら、きちんと港まで送ってやるよ」

 

男が再度、ルイズ達に問いかける。

言ってしまえば、これはチャンスである。ここで貴族派だと言えば丸く収まり、さらには港まで送ってもらえることになる…。

 

だが、今さっき、ルイズはある覚悟を決めていたのだ。なにより、例えこの場を切り抜ける為の方便だとしても、つきたくない嘘は言えなかった。

 

「誰が薄汚いアルビオンの反乱軍なものですか。わたしは王党派への使いよ。トリステインを代表して、アルビオン王国の現政府へ向かう貴族なのだから、大使としての扱いをあんた達に要求するわ」

 

ルイズは首を縦に振らずに、真っ向から言い切った。

あまりにも堂々とした物言いに、さしもの空賊も一瞬きょとんとした顔を見せる。そして…

 

 

「ぶッ!あっはっはっはっは…!」

「クッ…!ハッハッハッハ!」

「ッ!…ち、ちょっと!?」

 

空賊の男は、バカ正直過ぎるルイズの答えを聞いて、思いっきり笑い出した。これはまだ予想通りの反応であったが、もう一人、空賊と一緒に笑い出した男がいた。

 

「ハッハッハ…!ルイズ〜。お前、結構短絡的で直線的なバカだな!…うん!」

「あ、あんたにだけは言われたくないわよ…!」

 

デイダラである。彼は、ひとしきり笑い終えると、「さて」と呟いて樽の上から腰を上げる。

 

「つまりこういうことか、ルイズ。ハラは決まった。“強行突破する”ってよ…!」

「!!」

「…な、なに!?ぐぁッ…!」

 

デイダラのその一言で、男はすぐに自分が油断していたことに気づく。

だが、時すでに遅し。気付いた時には、背後に回り込んでいたデイダラの手によって、男の意識は刈り取られていた。

 

「さぁて、これからどうする?とりあえずオイラの粘土と、お前らの杖を取り戻しに行くか?」

「あ、あんたってば、またいきなりに〜…!」

「いいじゃないかルイズ。もう過ぎてしまったことだ。それより、僕は彼の意見に賛成する」

 

ムスッとした表情で、ルイズはデイダラの案に同意する。本当は、自分が一番槍を上げてやろうと思っていたのに…と、唇を尖らせる。デイダラがルイズの真意を汲み取ってくれたことは、嬉しかったが…。

 

そして、ふと、ルイズは痩せぎすの男が所持していた杖が目に入る。それを、ルイズはもちろん拾う。

 

「二人とも、ちょっとどいて…!」

「「ん…?」」

「“アンロック”…!」

 

船倉の扉をこじ開けようとしていたデイダラと、それを近間で見ていたワルドは、突然コモン・マジックを唱えたルイズに面食らう。

そして、爆発が起こる。

 

ルイズの唱えた“アンロック”によって、船倉に隣接していた小部屋ごと、その扉は吹き飛ばされてしまった。

 

「……これでよし!さ、行くわよ」

「アホかー、お前は!?こういう隠密行動する時にはもうちょっと爆発の威力を考えやがれ!うん!」

「…いや、そもそも爆発は控えるべきでは…?」

 

咄嗟に扉の側から飛び退いたデイダラは、ルイズへ大声でツッコミをする。そして同じく飛び退いていたワルドは、そんなデイダラにツッコミを入れる。

 

 

気を取り直して、隣の小部屋に入る。そこに居た見張りの男は、ルイズの爆発によってすっかり伸びてしまっていた。

 

「…あらら。こりゃきっと、船中に響き渡ってるだろうぜ…うん」

「望むところじゃない。こうなったら、空賊の親玉のもとへ直談判に行きましょう…!」

「ルイズ、それは流石に勇まし過ぎやしないかい…? なんて言うか、やはり暫く会わない内に変わったね、きみも…」

 

ワルドは、精力的に動くルイズに、若干困惑している様子である。

ルイズとしては、そう思われても仕方ないかとも感じていた。この春召喚した使い魔の影響が大き過ぎるのだ。

また、キュルケ達の安否という不安が解消されたことで、本調子を取り戻せたとも言えるだろう。

 

 

「な、なんの騒ぎだこりゃあ!!」

「てめーら!一体何をしやがったァ!?」

 

程なくして、爆発を聞きつけた数人の空賊達が現れ、ルイズ達に詰問する。

だが、空賊達を認めた瞬間、デイダラとワルドは合わせて二人の空賊達に肉薄し、迅速に取り押さえていく。

 

「さぁ!あんたらの親玉のところへ案内なさい…!」

 

空賊達の頭上に杖を突き付け、ルイズは声高々に脅迫した。空賊達は、冷や汗を流しながら、その言葉に従った…。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

後甲板の上に設けられた部屋が、この空賊船の船長室であるらしい。

扉の前までやって来たルイズ達三人は、二人の人質を伴って、がちゃりと扉を開ける。一目で、立派な部屋だと感じた。部屋の中は、ルイズの寮部屋など及びもつかない程、絢爛豪華な装飾で彩られていた。そして、一番目を惹く豪華なディナーテーブルの、その上座に空賊の頭が腰掛けていた。周りにはガラの悪い空賊達が控えていた。

 

「…俺の部下がなかなか戻らねぇと思えば、やはりてめぇらの仕業か。さっきの爆発もそうだな。俺の部下をどうした?何しにここへ来やがった?」

 

空賊の頭は、大きな水晶のついた杖を持っていた。あんなナリなのに、どうやらメイジらしかった。

 

「…………」

 

やはり空賊の頭だけあって、なかなかの迫力だとルイズは感じた。正直恐い。

落ち着け、あの日のデイダラの方が恐い。落ち着け、あの日のデイダラの方が恐い…。

ルイズは、努めて平静を装った。

 

「わたし達はここに、交渉をしに来たのよ。安心しなさい、船倉に来た男なら気絶してるだけよ」

「……交渉だと?そんな人質を連れてか?」

「こうでもしないと、ここへは案内してもらえなかったからね」

 

痩せぎすの男が気絶しているだけと知ると、空賊の頭は、心なしか纏う空気を和らげた気がした。それでも、目の前に人質を突き出している以上、緊迫した様子には変わりない。

 

「気の強い女は好きだぜ。子供でもな。さてと、要求を聞こうか…」

「わたし達は、トリステインを代表して来たアルビオン王国王党派への遣いよ!あんた達に、大使としての扱いを要求するわ!」

 

ルイズは、先ほど船倉で言ったセリフと同じことを空賊の頭へ向けて繰り返した。

 

「王党派と言ったな。そりゃあ、さっき船倉に行った俺の部下の話を聞いた上での答えか?」

「当たり前じゃない」

「何しに行くんだ?あいつらは、明日にでも消えちまうよ」

「あんたらに言うことじゃないわ」

「貴族派につく気はないかね?あいつらメイジを欲しがっている。たんまり礼金も弾んでくれるだろうさ」

「死んでもイヤよ…!」

 

ルイズは、段々と空賊の頭が、なんだか歌うような楽しげな声で尋ねるようになってきていることに気がついた。

そして、それとは対照的に、ルイズの隣で、一人の男がわなわなと焦ったさそうにしていることにも気がついた…。

 

 

「もう一度言う。貴族派につく気はないかね?」

「つかねぇって言ってんだろーが。しつこいぜ!…うん」

 

口を開こうとしていたルイズより先に、隣のデイダラが答えを出した。自分が拘束していた人質のケツを蹴っ飛ばして、である。

 

人質の一人は、ディナーテーブルの上にうつ伏せで突っ伏し、それを見た頭がジロリとデイダラを睨みつけてきた。

相手を射竦めるのに慣れた眼光だったが、デイダラは気にした風もなく、ルイズに話しかける。

 

「なぁルイズ、もういいだろう。どうせ交渉決裂だろうぜ。さっさと実力行使といこーぜ…うん」

 

まったく、空気を読まずに行動を起こす男だ…。自分の魔法に対して、そこまで信頼してくれるのは正直嬉しいのだが、ちょっとは場を弁えてほしい……と、ルイズは緊迫した状況をさらに加速させた自分の使い魔に対して、心の中で文句を言った。

 

この場で今、武装しているのはルイズだけだ。ワルドはまだ杖を持っておらず、デイダラも粘土を取り上げられたままだ。だから、この場を切り抜ける責任は、必然的にルイズにかかってくる。

ルイズは、自然と杖を握る手の力を強めた。

 

 

「なんだ、貴様は?」

「オレはこいつの使い……芸術家だ、うん。爆発をこよなく愛する、な!」

 

何故か不自然に言葉を止めたデイダラだった。

そして、それに対し空賊の頭は、一瞬ぽかんとした表情を見せると、わっはっは、と大声で笑い出していった。

 

「トリステイン人ってのは、気ばっかり強くって、どうしようもないな。まあ、どこぞの国の恥知らず共より、何百倍もマシだがね」

 

突然豹変した空賊の頭に戸惑い、ルイズ達は顔を見合わせた。

 

「失礼したな。……そうだな、まず名乗らせてもらおうか。貴族に名を尋ねるには、まずこちらから名乗らなくてはな」

 

頭が口調を変えて立ち上がると、周りに控えた空賊達が一斉に直立した。

 

頭は、縮れた黒髪をはいだ。なんとそれはカツラであった。眼帯を取り外し、作り物だったらしいヒゲをびりっと剥がした。現れたのは、凛々しい金髪の若者であった。

 

「私はアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官……、と言っても、すでに本艦『イーグル号』しか存在しない、無力な艦隊だがね。まあ、その肩書きより、こちらの方が通りがいいだろう」

 

若者は居住まいを正し、威風堂々、名乗りを上げた。

 

 

「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」

 

ウェールズは、にっこりと魅力的な笑みを浮かべた。それはまるで、いたずらに成功した子供のような笑みだった。

 

 

 

 

 



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26,決意の後押し



続きです。なんなりとお読み下さい…。




 

 

 

 

雲の切れ間を縫うように、黒塗りの船は空の海を走りゆく。その様はまるで、朝霧の中で帆影を瞬かせる不気味な賊船のようであった。

 

事実、その船は賊船ではあった。だが、より正確に言えば、黒塗りの船『イーグル号』は、アルビオン王国軍王党派が空賊に扮するためにカモフラージュした偽りの空賊船である。

全ては、反乱軍貴族派の目を欺き、その補給路を絶つための戦略であったのだ。

 

今、ルイズ達は、ウェールズの持つアンリエッタの手紙を受け取るために、手紙を保管してあるというニューカッスルの城まで、向かっているところである。

 

「見えてきたな。あれがニューカッスルの城だ」

 

ウェールズが指さす先には、アルビオン大陸から突き出た岬があった。その突端には、高い城がそびえている。

 

目的の手紙が目前へと近づいてきたことで、ルイズは胸に手をあて、小さく息を吐き出す。

 

空賊に襲われる、という形ではあったが、アルビオンへと向かう航海の途中で、目的のウェールズ皇太子に出会えたことは、改めて思うが、まさに僥倖であった。お陰で、自分達はそのままウェールズに伴って件の手紙へと目指せているのだ。

 

「おい、ウェールズ。なんで城まで真っ直ぐ進まねぇんだ?」

「あれを見てくれたまえ…。叛徒どもの、艦さ」

 

不躾な物言いで問いかけるデイダラに対し、ウェールズは非難めいた色を見せずに、爽やかに答えてくれる。

ルイズは、思わずワナワナと肩を震わせてしまう。

 

「あ、ああああんた…!いくら皇太子様が気にされていないからって、もう少し礼儀をわきまえなさいよ、もう…!」

 

傍から見ていただけで、ルイズは寿命が縮みそうだった。

 

 

ニューカッスルの城のさらに上方を、ウェールズは指し示していた。その先には、“巨大”としか形容できない禍々しい巨艦がゆっくり降下しているところであった。

その巨艦は、イーグル号には気づいていない。雲に隠れるように航海していたので、上手くやり過ごしていたのだ。

 

「あれはかつて、我が国の艦隊旗艦であった『ロイヤル・ソヴリン号』だ。叛徒どもが手中に収めてからは『レキシントン号』と名を変えている」

 

レキシントンとは、貴族派が初めて王党派から勝利をもぎとった戦地の名だそうだ。よっぽど名誉に感じているらしい。

そうこうしていると、レキシントン号は並んだ砲門を一斉に開く。

 

次の瞬間。空気が揺れ、耳をつんざくような斉射の咆哮が、イーグル号まで伝わってきた。砲弾は城に着弾し、城壁を砕き、小さな火災を発生させた。

 

「…あの程度で墜ちる城ではない。だが、あの忌々しい艦は、空からニューカッスルを封鎖しているのだ。あのように、たまに嫌がらせのように城に大砲をぶっ放していく」

 

因縁の艦であるそれが存在しているため、自分達は迂回路を通らなくてはならないらしい。

両舷合わせて備砲は百八門あり、おまけに竜騎兵まで積んでいるという化物軍艦に、イーグル号では太刀打ちできないとのことだ。

 

「ハッ。 随分追い詰められてるみてーだな、ウェールズ」

「そうだな…。すでに覆せない戦力差が開いてしまっている。いやはや、情けない限りだよ」

「気にするなよ。最期にひと花咲かせるんだろ?いいじゃねぇか、それでよ…うん」

 

本来ならば、すごく気が滅入るであろう話を、デイダラがこうもあっけらかんと喋るものだから、傍から話を聞いていたルイズは、どんな顔をしていいのか分からなくなってしまっていた。怒ればいいのか悲しめばいいのか…。

 

そもそも、何故自分の使い魔は、あんなにウェールズ皇太子と気さくに話しているのだろうか…。

それは、まぁ…明白ではあったのだが…。

 

ルイズは額を押さえながら、わずか数時間前へと記憶を遡らせる。

なんてことはない。ただ、難物な芸術家が、新たな理解者を得たというだけの話である。

 

 

……

………

 

 

「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ。アルビオン王国へようこそ、大使殿。さて、御用の向きを伺おうか」

 

あまりのことに、ルイズは口がきけなくなってしまっていた。ぼけっと呆けたように立ち尽くす。当然だ。いきなり目的の王子が現れたのだ。心の準備ができていないルイズには、無理な話であった。

 

だが、そんな心の準備など必要なく、すっぱりと目の前の状況に順応できる人物がいた。

 

先に断っておくが、ワルドではない。彼は何やら興味深そうにウェールズを見つめるのみであり、まだ事の成り行きを見極めるつもりのようだった。

 

それでは、そんな適応力を持った人物は誰になるのか。何を隠そう、勿論デイダラである。

 

 

「なんでい。お前が目的の王子様だってのかァ?…うん?」

「ちょっ…!?」

 

我に帰るのが遅かった。ルイズの制止の声は、当然のようにデイダラには届かなかった。

 

「なんだ貴様!無礼であるぞ!」

「そうだ!貴様、こちらに御座す方がウェールズ皇太子殿下だと知って尚、そのような物言いをするか!」

 

案の定、御付きの衛士と思われる貴族達がまくし立て始めてしまった。

ちなみに、衛士達は皆、ウェールズが正体を明かすと同時に、同様に変装を解いていた。皆、立派な近衛兵であった。

 

「こら、よさないか」

 

すぐにウェールズが衛士達を諌める。話に聞いた通りの温和な性格だと、ルイズは場にそぐわない呑気なことを考えていた。そんな中で、デイダラは再び火に油を注いでいた。

 

「へっ。お前らは勝手に納得できたんだか知らねーがな。こっちはまだ、お前らが本当に王党派の連中なのかどーか、確証を持ったわけじゃないんだよ…うん」

 

敵意が無いことを証明したいんなら、まず粘土と杖を返しな。と、デイダラはウェールズに要求した。

 

怒気を含んだ表情を見せる衛士達だったが、ウェールズが手を挙げることで彼らのざわつきを素早く抑える。

 

「まあ、妥当な判断だね。……ふむ。それでは、今度はこちらが信用して貰えるように証拠をお見せしようか」

 

ルイズとワルドの魔法の杖とデイダラの粘土が入ったバッグを、側に控えさせていた衛士に返却させると、ウェールズはルイズの方へと近づいていく。

スルリと、自身の薬指に嵌めていた指輪を手に取ると、ウェールズはルイズに尋ねる。

 

「きみが嵌めている指輪は、アンリエッタの持っていた“水のルビー”だ。そうだね?」

「は、はい…」

 

ウェールズが自身の指輪をルイズの手の指輪に近づけると、二つの宝石は共鳴し合い、虹色の光を振りまいた。

彼の持つ指輪は、アルビオン王家に伝わる“風のルビー”だそうで、“水”と“風”が合わさり作られる虹の光は、まさに王家の証明であったのだ。

 

「大変、失礼をば致しました…!」

「………ふん」

 

深く頭を下げるルイズを余所に、デイダラはつまらなさそうである。もう一波乱を期待でもしていたのだろうか。

ルイズは「あんたも頭を下げなさいよ」と小声で言うが、デイダラは明後日の方に顔を背けてしまった。

 

「随分と手厳しい御仁のようだね。大使殿の護衛役といったところかな」

「あの…、彼はわたしの使い魔でございます」

 

デイダラを使い魔と紹介したところ、ウェールズは「なんと…!」と声を上げた。

 

「人が使い魔とは珍しい。我が親衛隊をこうも簡単にいなして見せるとは、腕前の方もなかなかのものなのだろう。……はて、しかし彼は先程自らを芸術家だと言っていたが?」

 

どうやらウェールズは、デイダラが使い魔に足る実力の持ち主だと感じたようだが、直前に彼の言った“芸術家”発言が気になるようだった。

それに対し、真っ先に答えたのは、またしてもデイダラである。

 

「よくぞ聞いてくれたな!そうだ。オイラは“一瞬の美”を追求する芸術家だ!お前は真の芸術の美しさを知っているか?…うん?」

「……“一瞬の美”?」

 

制止の声は届きそうにない。こうなったデイダラを止める方法は、彼を召喚してから今日に至ってもルイズには分からなかった。

話に熱を持った以上、冷めるのを待つしかないのだが、今、ウェールズ皇太子を前にして、無礼があってはならない。何としてでも止めたいのがルイズの気持ちであった。

 

「ちょっとデイダラ!それ以上はーー」

「とても興味深い響きだね、それは。是非、この僕に見せて頂きたいのだが」

 

終わったーー。

ウェールズから、さらなる燃料を補給されたデイダラは、もはやルイズでは止められそうにない。

 

「いいぜ、とくと見ろよ。オイラの芸術はな…」

 

手のひらの口から作られた起爆粘土製の鳥を、ウェールズへと放つデイダラ。

小さな鳥は、ウェールズの眼前まで迫ると、大きく旋回し、ディナーテーブルの中程でその身を跡形も無く爆ぜさせた。

 

「……ッ!!」

「!」

「“爆発”だァ!!」

 

目の前を飛んでいた愛らしいデザインの小鳥が、一瞬のうちに爆発し、消失してしまった。

ウェールズは、爆発によって巻き起きた風圧に耐えながら、しっかりとその光景を目の当たりにした。

 

そして、ウェールズがその光景に呆気にとられている間に、一人の衛士が剣に手をかけ、動き出していた。

 

「貴様!ウェールズ皇太子にーーッ!」

 

不届き者に向かって、鞘から剣を抜き放とうと踏み込んでいた衛士は、デイダラから新たに放たれた物体に目を奪われた。

 

それは蛇である。白い粘土製でできたそれは、衛士の持つ剣に鞘ごと巻き付く形で動きを止めた。

 

先の光景を見ていた衛士は、すぐにその蛇がただの蛇ではないと悟ると、剣を手放し、回避行動に移った。

 

「“喝”…!!」

「くッ……!?」

 

瞬間。衛士の持っていた刀剣は、起爆粘土製の蛇の爆発により、原型を留めずに爆散してしまった。

 

衛士の持っていたその剣は、決してなまくらなどではなかっただろう。恐らく、そのことを良く知っていたウェールズは、再度、目を見開いて驚きの表情を見せていた。

 

「どうだ!これがオイラの究める芸術だ!どんな素晴らしい造形物も、一瞬のうちに儚く散っていく…まさにアートだ! そしてそれは、作品の出来が美しければ美しい程、より芸術の高みへと昇華される。その瞬間に魅せる最後の煌めきにこそ、オイラはアートを…最上の美しさを感じてならない!うん!」

 

どんどん語気を強めていくデイダラは、ルイズやウェールズなどを余所に、高らかに宣言する。

 

芸術は爆発なのだ、と。

 

 

「………ぷッ!くく…はっはっはっは!」

「……?」

 

恐る恐ると、ルイズはウェールズを窺った。己の使い魔がやらかしてしまった事態を、どう収拾するべきか考えていると、突然ウェールズは笑い出してしまったのだ。

 

「おいテメー、なに笑ってやがる!」

「いやいや、失敬。一瞬の美、とはまた…。我が意を得たりとはまさにこの事だと思ってね」

 

怪訝な顔を見せてしまったルイズだが、それも仕方のないことだろう。次にウェールズは、ルイズが驚愕する一言を放ったのだから。

 

「私は、きみの持つ芸術観にひどく共感するよ。事ここに至っては、惜しみない賞賛を与えたい程さ」

「!!」

 

ルイズは耳を疑った。思いもよらない事態である。

ウェールズ皇太子が空賊に扮し、目の前に現れただけにとどまらず、まさか、難解極めるデイダラの芸術観に共感を覚えるとは…!

 

「!! そうだろう、そうだろう!話が分かるじゃねーか。そうさ、芸術は一瞬の美だ!うん!」

「アルビオン王国を代表して、私は貴殿のような稀有な芸術家を歓迎するよ」

 

なんだなんだ?どうしたことか。

ルイズは、この超展開にもう着いていくことができない。

 

「オイラはデイダラだ」

「改めて、僕はウェールズだ」

 

かたく握手を交わす二人を見ながら、ルイズは心の中でぼやきをこぼす。

 

(なんか二人だけで自己紹介とか始めてるし…)

 

このまま、周りの人など放って置いて、二人だけで語らい始めそうな雰囲気であったが、そこで、今までずっと傍観していたワルドが、ようやく口を開いた。

 

「失礼、殿下。誠に恐縮ですが、お話をもとに戻してもよろしいでしょうか?」

「おっと、そうであったな。して、きみ達の用件とは何だったか…?」

 

ワルドは話の軌道修正を図った。ルイズでさえ、本題を忘れ、危うく流されるところであった。

 

「大変申し遅れましたが、我らはアンリエッタ姫殿下より、密書を言付かって参りました」

 

すかさず、ワルドが優雅に頭を下げて言う。

デイダラはすでにウェールズと名を交わしていたので、ワルドは自らと、大使の任を預かったルイズの紹介を先に済ませる。

 

「ふむ。して、その密書とやらは…?」

「…こちらに、殿下」

 

ワルドから言を引き継ぐ形で、ルイズは前に出ると、胸のポケットからアンリエッタからの手紙を取り出し、それをウェールズへ手渡した。

 

ウェールズは、愛おしそうにその手紙を見つめると、花押に接吻した。それから慎重に中の便箋を取り出し、真剣な顔で手紙を読み始めた。

 

その様が、とても物憂げなようにルイズの目には映り、ある確信が芽生えた。

 

「姫は、結婚するのか? あの、愛らしいアンリエッタが。私の可愛い……従妹は」

 

仔細を知りたがるウェールズに、ルイズは無言で頷くことで、肯定の意を表した。

 

「そうか」と呟くと、ウェールズは再び手紙に視線を落とす。そうして最後の一行まで読むと、彼は微笑んだ。

 

「了解した。姫は、あの手紙を返してほしいとこの私に告げている。何より大切な、姫から貰った手紙だが、姫の望みは私の望みだ。そのようにしよう」

 

不安が表情に滲んでいたルイズは、ウェールズの一言でパッと顔を輝かせた。

 

「しかしながら、今、手元にはない。ニューカッスルの城にあるんだ。大切な姫の手紙を、空賊船に連れてくるわけにはいかぬのでね。……そうだ、きみ達のこともできる限りもてなしたい。是非、このままニューカッスルまでお越し願いたい」

 

 

………

……

 

 

あれから、デイダラとウェールズ皇太子の打ち解けようは凄かった。まだ三時間余りしか経っていないというのに、ウェールズ皇太子は、もしや自分よりもデイダラと仲良くなっているのではないかと疑う程だ。

 

(ん、それは何故か納得できない。なんでだろ…?)

 

うーん、と頭を捻らすルイズであったが、答えは出なかった。

とりあえず、今は他に考えるべきことが沢山ある為だろうと、自分に言い聞かせておく。

 

そして、イーグル号が雲中を通って大陸の下をしばらく航海していると、頭上に黒々と穴が開いている部分に出た。そこがニューカッスルへの秘密の入り口であったのだ。

 

「微速上昇」

「微速上昇、アイ・サー」

 

ウェールズの命令で、水兵達はきびきびと船を操り、イーグル号はゆるゆると頭上の穴に向かって上昇していく。イーグル号の航海士が乗り込んだマリー・ガラント号も後に続いていった。

 

穴に沿って上昇していると、頭上に明かりが見えてきた。眩い光を突き抜けていくと、巨大な鍾乳洞の中に辿り着いていた。ここがニューカッスルの秘密の港である。

 

(姫さまの手紙まで、あと少し…)

 

ルイズはひとり、胸元に置いた手をきゅっと握り締めていた。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

「これが姫から頂いた手紙だ。この通り、確かに返却したぞ」

「ありがとうございます…」

ルイズは、深々と頭を下げると、その手紙を受け取った。手紙は、何度も繰り返し読まれていたのか、とてもボロボロになっていた。

 

ルイズは今、ウェールズと二人で彼の居室にいた。デイダラとワルドの姿はない。彼の部屋にいるのは、アンリエッタから大使の大任を預かったルイズだけである。

 

城の一番高い天守の一角にあるウェールズの居室は、戦時の為に私財を投げ売りでもしたのか、とても王子の部屋とは思えない程、質素な部屋であった。

 

ウェールズは、ルイズに手紙を手渡すと、それが入っていた小さな宝箱の蓋を閉める。その宝箱の内蓋に、アンリエッタの肖像が描かれていることに、ルイズは気がついていた。

 

「明日の朝、非戦闘員を乗せて、イーグル号がここを発つ。きみ達もそれに乗って、トリステインに帰りなさい」

「………あの、殿下」

 

ルイズは決心して、口を開いた。聞きたいことがあったのだ。

先程、港での一幕で、ルイズは聞き捨てならない言葉を、ウェールズの口から聞いていたのだ。

 

 

港に着いた直後、今回の航海での戦果を、ウェールズは出迎えてくれた忠臣達と喜び合っていた。

『大量の硫黄を手に入れた』

『火の秘薬ではないですか』

『これで我々の名誉は守られる』

 

……雲行きが怪しくなってきていたとは聞いていた。戦争はもう起きてしまっているのだ、仕方がない。だが、それでも五体満足なウェールズ本人を目にして、少し気が緩んでいたのは確かだろう。

だから、ルイズはその言葉を聞いた時、その気の緩みを、一瞬にして引き伸ばされたような、嫌な感覚を味わっていた。

 

『これで、王家の誇りと名誉を叛徒どもに示しつつ、“敗北”することができるだろう』

 

その言葉を口にしていたウェールズ皇太子の顔には、数時間前に見せていた憂いの気配など、微塵も感じさせていなかったのだ…。

 

 

「殿下は……王軍に、勝ち目はないのですか?」

 

躊躇いがちに、それでもルイズは、しっかりと言葉に出して尋ねた。

だが、ウェールズは至極あっさりと答える。「ないよ」と。

 

「我が軍は三百。敵軍は五万。万に一つの可能性もあり得ない。我々にできることは、勇敢な死に様を、連中に見せつけることだけだ」

「殿下の…討ち死にされる様も、その中には含まれるのですか?」

「当然だ。…だが、私もただで死んでやるつもりはないがね」

 

ルイズは、俯いていた顔をゆっくりと上げて、ウェールズを見ようとしたが、また顔を背けてしまった。

何となくだが、今その顔を見てしまえば、悟ってしまいそうだったのだ。“覚悟は決まっている”と、そう言外に伝わってくる気がした。

 

「恐れながら、殿下に申し上げたいことがございます」

「なんなりと、申してみよ」

 

俯く顔はそのままに。失礼を承知ではあったが、今のルイズは顔を上げることができなかった。

 

そのまま、ルイズは震える声でウェールズに問いかけた。ずっと膨れ上がっていた、ある確信を。

 

つまりは、アンリエッタとウェールズが恋仲であったのではないかという確信を。

ルイズの元にやって来たアンリエッタも、手紙を受け取った際のウェールズも、そう思わせるだけの空気を纏っていた。それだけわかれば、今受け取った手紙の内容にだって簡単に思い至ることができる。

 

「きみは、従妹のアンリエッタと、この私が恋仲であったと言いたいのかね?」

 

微笑みながら問いかけるウェールズに、ルイズは頷くことで返答した。

それを受けてウェールズは、困ったような、悩んだような仕草をした後に、言った。

 

「そうだ、きみが想像している通りさ。この手紙は恋文だ。これがゲルマニアの皇帝の手に渡っては、まずいことになるだろう」

 

手紙の文面には、アンリエッタが始祖ブリミルの名において、永久の愛をウェールズに誓っていることが書かれている。それが白日の下に晒されるとなれば、ゲルマニアの皇帝との婚姻は破棄され、トリステインは一国でアルビオン貴族派と戦わなくてはならなくなる。

 

そう。これから言うお願いは、恐らく聞き届けられないだろう。それだけ、世情がそれを許さないだろう。

だが、それでもルイズは言わずにはいられない。なぜなら、アンリエッタとウェールズが恋仲であったと、知ってしまったのだから。

 

「殿下、亡命なされませ!わたし達と共に、トリステインにいらして下さいませ、殿下!」

 

勢いよく顔を上げ、熱っぽい口調でルイズは、ウェールズに訴えかける。その目には涙が溜まっていた。

ウェールズは笑みを浮かべながら「それはできんよ」と答えるが、ルイズはそれでは引けないのだ。今、この場で、アンリエッタの気持ちを伝えることができるのは、自分しかいないのだから。

 

幼馴染であったルイズには、分かるのだ。アンリエッタの気性を、アンリエッタの愛を。

ウェールズへと手渡した、先の手紙にはきっと、彼の亡命を願う一文が書かれているはずなのだ。

 

「そのようなことは、一行も書かれてはいない」

「殿下!」

 

ルイズは、思わずウェールズに詰め寄った。

ウェールズの決意が、果てしなく堅いのを見てとった。

 

彼は、アンリエッタを庇っているのだ。王女である彼女が、自分の都合を国の大事に優先させるような、情に流される女ではないと言っているのだ。

もう、説得しても無駄だと悟ってしまった。

 

「きみは正直な女の子だな、ラ・ヴァリエール嬢。正直で、真っ直ぐで、いい目をしている」

 

ルイズは寂しそうに俯いて、優しい王子の声を聞く。そのように正直者では、大使は務まらないよと言っていた。

 

「しかし」とウェールズははにかむと、頬をかいた。

 

「亡国への大使には適任であったな。明日に滅ぶ政府は、誰よりも正直だからね。なぜなら、名誉を守る以外に何もないのだから」

 

そんな悲しそうなウェールズを見て、ルイズは再び俯いてしまう。

 

「さて、そろそろパーティの時間だ。きみ達は、我らが王国が迎える最後の客だ。あの使い魔の彼にも、礼を言っておきたいところだ。みんなで是非出席してほしい」

「……あの、なぜそこまでデイダラ…わたしの使い魔と親しくなさっているのですか?」

 

俯いていたところに、デイダラの名を出されたので、ルイズは尋ねてみることにした。

ウェールズは口元に笑みを携えて、嬉しそうに答える。

 

「背中を押してくれたから、かな。彼は自分が誇る芸術観で、僕に自信を持って良いということを、教えてくれたのだ」

「!!」

 

なんということだ…。それでは、まるで…。

この王子の決意の堅さは、わたしの使い魔が仕上げたみたいではないか…!

 

 

(姫さまに、どう顔向けしたらいいのよ…)

 

ルイズは、呆然とした面持ちで部屋を出る。

その目に溜めていた涙が一雫、ついにはルイズの頬を伝っていた。

 

 

 

 

 





本当は、この辺駆け足に描写して、2章の決戦前夜まで書こうと思ったのですが、文字数が自分の許容を超えてしまいそうだったので、ここで一旦切りました。一話に一万字以上は個人的に疲れると思うので…。
はよー、早く2章決戦書きたいなー。ジャンプキャラなんやからバトらせてナンボでしょーよ、まったく!



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27,解呪


更新が途絶えた期間は、私が仕事疲れを癒していた期間です。
あーあと、いい感じの文章が思いつかなかった期間カナー。いや、どっちかって言ったらそっちの方が大きいのカナー。

とりあえず、続きになります。次話からどうなっていくのか、楽しんで貰えたら嬉しいです。




 

 

 

 

人の一生は芸術である。

 

 

アルビオン皇太子ウェールズ・テューダーがこの言葉と出会ったのは、彼が物心ついた頃…自分は王位を継承する、責任ある立場なのだと理解し始めた時である。

確か、当時王宮お抱えの芸術家だった男の言葉であったか。

 

要は、己の人生をひとつの舞台として見て“自分”という役を演じる、ということだ。物語の主役か、はたまた矮小な脇役か。喜劇で終わるか悲劇に終わるか。それらすべてが演者の力量や意識の在り方によって形成されていく作品なのだと、つまりはそういうことだ。

 

なんてことはない言葉だ。芸術家という人種には変わり者…もとい、独特な感性を持つ者たちがいるものだ。彼らの特殊な感性から導き出された一般とは少し違った世界の見方。それによって生み出された言葉に過ぎない。

幼いながらも、ウェールズはその言葉に対峙した時、しっかりとした自分の考えを持つことができていた。

人は毎日を生きるだけで、思った以上にいっぱいいっぱいだ。それは、辛い時でも幸せな時でも変わらない。そのような者たちが、役者気取りで日々を過ごし、人生を見ているなどあるはずがない…と。

 

だが、ウェールズが真の意味でこの言葉の力を理解したのは、ごく最近のことであった。

 

彼が、名実ともにアルビオン王家の後継者として成長していった頃、岐路を迎えたのだ。反乱である。アルビオン王家は、反乱分子レコン・キスタによって見る見るうちに衰退の一途を辿っていった。

そうしてウェールズは、ひとつの選択を迫られた。愛するアンリエッタと共に生きるか、王家の人間として最期までその責務を果たすか、である。

 

ウェールズは、昔から誠実で且つ自分に厳しい男であった。自分が最愛の女性と共にいるだけで、どういう末路を辿るのかなど考えるまでもなかったし、王家の人間としての責務を捨てることはできない。それに、こんな自分に忠を尽くしてくれた臣下たちを見捨てることなどできる訳がなかった。はじめから選択肢などないも同然だったのだ。

 

彼に残された道は、ただひとつ。レコン・キスタに勇気を示し、貴族として誇りある最期を迎えるのみである。

本意ではなかった。未練もある。アンリエッタから貰った手紙は、もうボロボロになるほど読み返した。王位について国を治めてもいない。全部中途半端に終わってしまうのだ。

だが、そんなことを言っても何かが変わる訳でもない。最期は、貴族として、王族として、誇りある死を遂げるのだと自分に言い聞かせた。

 

そこまで考えた時、ふとウェールズは気づいてしまった。

 

“誇りある死”とは、なんだ?

 

もちろん頭では理解している。だが、果たして自分がそんな大層な最期を迎えることができるのだろうか。

自分は、ただの敗北者だ。長く続く王家の血を途絶えさせてしまう不出来者だ。内乱だって、もはやその戦力差は絶望的だ。一矢報いることもなく、ただただ数の暴力に押し潰されてしまうだろう。

 

何も残らず、空虚に終わる。

 

それが嫌で、堪らずウェールズは過去の思い出に心を馳せる。そして、“振り返って”しまった。気づいてしまった。“理解”してしまった。

 

人の一生は芸術だと、そんな訳があるかと考えていた。だが、人間とは人生の節目を迎えた時に、自然と今まで歩んできた道のりを“振り返って”しまう生き物なのだ。

その道のりは、まさしく己の人生。シナリオのない演劇、まさしく芸術だ。

 

ならば、私の作品は、なんという駄作で終わってしまうのだろうか…。

 

これが、世に名高きアルビオン王家、その皇太子の残す芸術か。

ウェールズは、乾いた笑みを浮かべる。もはや笑うしかなかったのだ。よりによって、こんな終演間近で気づかされるとは。

 

もう、時間もあまり残されていない。このままアルビオン皇太子の芸術は、駄作で終わってしまうのか。

空虚さにあって、もはや最後に心の拠り所となるのは、己の芸術しかないのだ。

 

自分は死ぬ。それは間違いない。戦いには赴かなくてはならないのだ。それは、王家に生まれた者としての責務でもある。

死が避けられないものであるのなら、物語の結びはそれしかない。

 

何か…何かないのか。

 

 

答えの出ぬまま、そうしてウェールズは出会うことになる。

 

“一瞬の美”を謳う芸術家に。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

アルビオン王軍の、最後の晩餐会は城のホールで行われた。

王党派の貴族達は、まるで園遊会のように着飾り、テーブルの上にはこの日の為にとっておかれた様々なごちそうが並んでいた。

 

ホール内に施された装飾は、ウェールズの居室同様の簡易的なものばかりで、とても王族の住まう城とは思えなかったが、貴族達の華やかさや、並べられた豪勢な料理のおかげで、まだそれらしさが保たれていた。

 

そして、老いた国王ジェームズ一世の演説の後、パーティーは始まった。料理は次々と運ばれて来る。貴族達は悲嘆にくれたようなことは一切言わずに、よく飲み、よく食べ、よく踊り、よく笑い、ただただ今を楽しみ合った。

 

そう、これは“最後”の晩餐会。

すでに王党派の残存兵力は五百。貴族派の五万という軍勢に対し、もはや飲まれるのを待つだけで、勝敗など火を見るより明らかだ。

そんな敵軍に、明日の正午に攻城を開始すると宣言されている以上、彼らがあとに残す食糧を気にする必要もないだろう。彼らは明日、皆死ぬのだから…。

 

死を前にして明るく振る舞う人たちは、勇ましいというより、この上なく悲しいものだ。ルイズは、この場の雰囲気に耐えられず、外に出ていってしまった。

 

「オイオイ…」

 

デイダラは呆れ顔をつくり、ルイズを追いかけようとしたが、ワルドに肩を掴まれ制止されてしまう。

 

「僕が行こう。きみはここでパーティーを楽しんでいたまえ」

 

ずいっとワルドが前に出る。その態度は、デイダラを若干イラつかせてしまったが、彼はおとなしく身を引いた。…青筋を立ててはいたが。

 

「…まぁ、好きにすりゃいいさ。子守はガラじゃねぇからな、うん」

「彼女はとても聡明な子だよ。それに、婚約者としての僕の務めでもあるんだ。ここは譲りたまえ」

 

またも妙な上から発言に、デイダラのこめかみにまたひとつ青筋が浮かぶ。

ルイズを追いかけるワルドの背に向け、怨念めいた視線をぶつける。ここでワルドに対抗するのは簡単だが、そうすると、自分がルイズに対して何か含みがあるような…。

あまり好ましくない感覚に苛まれ、デイダラは視線を逸らした。

 

まぁ、今はそれよりも己の芸術観を広く知らしめる良いチャンスかもしれない。余計なことに気を回していたら勿体ないだろう。

デイダラは、気を取り直してパーティーホールに向き直る。大将であるウェールズが、あれだけデイダラの芸術観に共感を示してくれたのだ。きっとここには同士が多いに違いない。

 

「さて、いっちょ魅せてやろうかね…うん!」

 

 

 

 

「…だぁ〜、ちっきしょーが……」

「いや、なんで落ち込んでんだよ。わかりきってたろーが、相棒よー」

「うるっせぇな! いけると思うだろーがよ、普通ならよ! うん!」

「お前さんの普通は、俺様にとっちゃ普通でねーから分からん」

 

喧騒に包まれたホール内から離れ、隣接するバルコニーへ出ていたデイダラは、ひとり不満そうにうなだれる。背のデルフリンガーが呆れたようにツッコミを入れてきたので、暫くたわいない言い合いをした。

 

デイダラの布教活動は敢えなく失敗していた。デルフリンガーに言わせれば、当然だろう、とのことだ。

酒が入っていた為か、貴族たちの多くが少々難物者になっており、小難しいデイダラの芸術話をまともに聞く者はいなかった。おまけに、デイダラは酔っ払いに絡まれてしまい、思わずパーティーホールの一角を吹っ飛ばしてしまっていた。絡みを鬱陶しく思った為だ。

 

外から貴族達の様子を眺める。だいぶてんやわんやとしていた会場だったが、今は落ち着きを取り戻していたようだ。

 

「まったく、あまり無茶なことはしないでくれ。明日を待たずにみんな死んでしまうよ」

 

小言を言いながら、バルコニーに新たな人物がやって来た。ウェールズである。どうやら、会場を落ち着かせたのは彼らしい。

 

「イーグル号でも見せてもらったが、相変わらず凄い威力の爆発だな」

「んー? ま、まぁな。オイラにとっちゃ朝飯前なもんよ、あれくらいの爆発ならな…うん」

 

なんなら威力を抑えてるほどだぜ、とデイダラは気をよくして言葉を続ける。

デルフリンガーは、こいつなりに周りへの気遣いしてたんだな、足りてねーけど…と心の中で独りごちた。

 

「本当かい? どうやったらそれほどまでの爆弾を作れるんだい?」

「そりゃ勿論、質の良い粘土にオイラのチャクラをーーって、言わせんじゃねーよ! 企業秘密だ、うん!」

 

言ったって分からんだろ、とデルフリンガーが再び声に出さずにツッコミを入れる。

 

デイダラに拒否されたウェールズは、心底残念そうに「そうか…」と呟いた。

 

「きみの爆発の力があれば、貴族派の連中に一矢報いることができると思ったんだがな」

「…言っとくがウェールズ。オレはおめーに手なんか貸さねーぜ? それを期待してんのならーー」

 

言いかけたデイダラを、ウェールズが手で制した。

 

「分かっているさ、デイダラ。これは僕の人生、僕の“芸術”なんだ。最後は、この身ひとつになろうと、精一杯やるさ」

「ククッ。いいねぇ、そうこねーとな。でないと張り合いがねぇもんな…うん」

「そのかわり、ちゃんときみのお眼鏡に適ったのなら、しっかり評価してくれよ」

「そりゃお前次第だろーが。だがまぁ、心配すんなよ。“死に様”だって爆発みてーに一瞬なもんだ。オイラの芸術観と一致するし、お前の気合いも十分だ。駄作にはなりゃしねーよ」

「…ッ」

 

ウェールズは、気づかれない範囲でわずかに息を飲んだ。

 

「……そうか。それを聞けて安心したよ」

 

一息ついたウェールズが、搾り出すように呟いた。

対してデイダラは、至って平静なものだ。

 

「それじゃあ、オイラはもう部屋に戻ってるぜ。酒の匂いってのは、あまり好きじゃねーからな…うん」

「…そうか」

「……健闘を祈ってるぜ」

「なんだ、急に。きみらしくないだろう?」

 

急なデイダラからの激励に、ウェールズは少し照れくさくなる。

 

「お前からは、多少タメになることを教わったからな。“人生は芸術だ”ってな。爆発こそが一番の芸術だってのに変わりはねぇが、いい言葉じゃねーか」

「本当は、少しその言葉を憎んでいたんだがね。知らないままでいた方が良かったとも…。だが、きみのおかげで吹っ切れたんだ。“一瞬の美”…僕の最期を飾るにふさわしい芸術だ」

 

最後にお互い小さく笑い合うと、デイダラは「それじゃーな」と軽い別れの挨拶を交わした。

背後でウェールズが、「淡白なヤツだ」と呟いた気がした。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

ホールから出たデイダラは、勿論これ以上ここにいるつもりはないので、ちょうど入れ違いでホールに向かっていた給仕に、どこで寝ればいいのか尋ねた。

部屋の場所を教えてもらっていると、後ろから気配を感じて振り返る。ちょうどワルドが立っていた。

 

「きみに言っておかねばならぬことがある」

「? なんだよ、旦那」

 

ワルドは、やけに冷たい声だった。

 

「明日、僕とルイズはここで結婚式を挙げる」

「……ハァ?」

 

思わず声が出た。一瞬、何を言ってるんだこいつ、とも思った。

 

「是非とも、僕たちの婚姻の媒酌を、あの勇敢なウェールズ皇太子にお願いしたくなってね。皇太子も、快く引き受けてくれた。決戦の前に、僕たちは式を挙げる」

 

そんな様子のデイダラなどお構いなしと言わんばかりに、ワルドは用件を続けた。おまけに「きみも出席するかね?」などと宣ってきた。

 

「そんなもん国に帰ってからやれよ。明日はウェールズの大一番なんだぜ、うん」

「そうか、きみは出ないか。ならば明日の朝、すぐに出発したまえ。私とルイズはグリフォンで帰る」

「てめぇ…!」

 

会話にならないワルドの態度に苛立ちながら、違和感を感じた。こいつは、何をこんなに焦っている?

 

「あのグリフォンってのは、長い距離は飛べねぇんじゃなかったのか?」

「滑空するだけなら、話は別だ。問題ない」

 

ワルドは答えた。

 

「では、きみとはここでお別れだな」

「…練兵場でのこと忘れてねーぜ? テメーとは“次”会った時に、きっちり白黒つけてやるぜ…うん」

「……ふん。楽しみにしているよ」

 

ワルドと別れたデイダラは、明日の結婚式についてまだまだ言い足りない気分であった。ならばと、もう一人の当事者のもとへ向かうことにした。

 

「どこにいるんだ、ルイズのヤローは…?」

 

 

 

 

真っ暗な廊下を、デイダラは灯りも持たずに歩いていた。結婚式の件について、ルイズに文句の一つでも言っておこうと、彼女を探していたのだ。

苦労することもなく、ルイズは廊下の途中ですんなり見つかった。窓が開いていて、重なる双月に照らされながら、涙ぐんでいた。

 

「よお」

「!」

 

声に反応し、ルイズは振り返る。月明かりの下にデイダラが姿を現した。

 

ルイズはデイダラに気づくと、目頭をゴシゴシと拭った。しかし、再びその顔はふにゃっと崩れてしまう。

 

「…よっぽど堪えたみたいだな」

 

近づきながら、デイダラはルイズの顔を見る。白い頬に伝う涙は、まるで真珠の粒のようであった。

 

なんだか、パーティーホールから飛び出して行ってから何も変わっていないような気がして、デイダラは心の中で、ワルドのやつ何しに追いかけて行ったんだよ、と独りごちる。

 

明日の結婚式で浮かれでもしているのかと思っていたデイダラは、まったく逆の状態のルイズを前にして、流石に文句の言葉を飲み込んだ。

 

そして、最初こそ俯いていたルイズだったが、もう限界だとばかりに、彼女はデイダラの胸に飛び込んだ。彼の胸に顔を押し当てると、くしゃくしゃと顔を押し付けた。涙を流す姿をデイダラに見られたくなかったのだろう。

 

 

抱きつくルイズを余所に、デイダラはひとり、愕然としていた。

ルイズが抱きついてきたことに、ではない。

 

 

「いやだわ、あの人達…。どうして、どうして死を選ぶの? 訳わかんない。姫様が、恋人が逃げてって言ってるのに、どうしてウェールズ皇太子は…」

「あいつの逃げた先が次の戦場になるからだろ。難儀なもんだな…うん」

「それは…! でも、でも…!」

 

ルイズは煮え切らない様子だ。彼女も状況は理解している。それでも、ルイズはウェールズに逃げてほしいのだろう。アンリエッタに会いに行ってほしいと思っているのだ。

 

「わたし、やっぱりもう一度説得してみるわ…!」

「やめとけ」

 

止めるデイダラに、ルイズは「どうしてよ」と怒気を込めて言う。

 

「あんなんでも、あいつの意思は固い。それに、お前には果たさなきゃいけない任務があるだろーが…うん」

 

言われてルイズは、ポケットの上からウェールズから受け取った手紙をぎゅっと握る。

 

ルイズではウェールズ達を止められないし、そんな暇も彼女にはない。

無情な現実を前に、ほろりとルイズの頬を涙が伝う。

 

「わたし、もう分かんないわ…。ただ、早く帰りたい…。トリステインに帰りたいわ。この国嫌い。イヤな人たちと、お馬鹿さんでいっぱいだわ。残される人たちのことなんて、考えようとしない…!」

「おい、その辺でやめとけよ…」

 

ルイズの肩に手を置き、自分の胸から引き離すと、彼女は何かを思い出したようにハッとしてポケットから小さな缶を取り出した。

 

「左腕、出して」

 

急に言われた為、デイダラは思わず言う通りにしてしまう。

中身はどうやら軟膏のようだ。独特な匂いがする。

 

「さっき、お城の人から貰ったの。火傷に効く水の魔法薬よ。薬だけはいっぱいあるみたいなの。そうよね、戦争してるんだもの」

 

ルイズは、言いながらデイダラの腕に薬を塗っていく。

 

なんだか気恥ずかしい。そう思ったデイダラは、気を紛らわす為にルイズに話を振ることにした。ちょうど結婚式のことについて話を聞きに来ていたので、話題は明日の結婚式についてである。

 

「そういやお前、明日ワルドの旦那と結婚するんだってな」

「えっ! どうしてあんたがそれを…!?」

 

目に見えてルイズは狼狽える。

さっきワルドから聞いたんだよと、それとなく伝えると彼女は細い声で「そう…」と呟く。

 

「…それで、あんたはどう思ったの?わたしが結婚するって聞いて…」

「……別に、何ともおもっちゃいねぇよ。決めるのはお前だ。勝手にすりゃいいさ…うん」

 

デイダラは文句を言う気を削がれてしまっていたので、返答に窮す。何となく、当たり障りのない言葉を選んだ。

 

「!……なによそれ」

 

だが、ルイズはそれを悲しく思ったようで、引っ込んだと思っていた涙が再びこぼれ出した。

 

「なによ。あんたも、ウェールズ王子も一緒よ。姫様…女の子の気持ちをひとつも考えていない…」

 

再び肩を震わせルイズは泣き出してしまう。そんなルイズを見て、デイダラは再びたじろぐ。

何だかわからないが、とりあえず彼女の涙を止めようと、デイダラは自然とこんな事を口走っていた。

 

「そんなに王子様だの姫様だの言うんなら、オイラがこの戦争に手を加えてやろうか?…うん?」

 

「え?」と、ルイズは顔を上げる。その声は震えていたが、デイダラは気にせず続ける。

 

「雇われ戦争をするのは慣れてるからな。オイラの芸術を世に広める絶好のチャンスでもあるし。どうだ? お前が言うんなら、貴族派の連中をぶっ殺して、オイラがこの戦争を勝利させてやってもいいぜ…うん」

 

ルイズは、しばし呆然としていた。そして、気がつけばデイダラは彼女に突き飛ばされてしまっていた。お互いの間に、ほんの二、三歩ほどの距離ができる。軟膏の入った缶が床に落ちる音がした。

 

「やめてっ!」

「!…なんだよ?」

 

突き飛ばされ、デイダラが恨みがましくルイズを睨むが、すぐに彼は硬直してしまった。

ルイズの表情に怯えの色が見てとれたからだ。

 

止まっているデイダラを、ルイズは酷く心配そうに見つめていた。それが、自分の心の内を見透かしているように思えて、デイダラは静かに息を飲んだ。

 

しばらく目を伏せていたルイズは、拒絶するように、思いやるように、はっきりした声でこう告げた。

 

「あんたは明日の朝、船でここを離れなさい。わたしのことは放っておいて…!」

 

吐き捨てるように言い残すと、ルイズはデイダラのもとから逃げ出すように走り出していった。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

踵を返して、ルイズは暗い廊下を駆け出していった。暗闇の中に消えていく小さな背を見ながら、デイダラは、自分がルイズを引き止めようと無意識のうちに左手を前へ伸ばしていることに気がついた。

 

「…………」

 

伸ばしていた手の甲が自然と目に入る。

いつもと変わらない、自分の手だ。ただ、そこにガンダールヴのルーンが刻まれているだけ…。

 

「まー、なんだ。そう気落ちすんじゃねーよ相棒。人生色々、これからだろう?」

 

デイダラがそうしていると、デルフリンガーが何やら慰めの声をかけてきた。

 

「……なあ、デルフ。ひとつ聞くが、お前には今のこの場面がどういう風に見えてんだ?」

「どうってそりゃオメー…別れ話を切り出され、取り残されちまって佇む哀れな男? いや、お前さんらは付き合ってたワケじゃあないから…痴情のもつれ?」

「……あ゛?」

「だってお前さん、ホレてんだろ?あの娘っ子に」

「…………」

 

スラーっと、デイダラは背にあるデルフリンガーを鞘から抜き取る。ガンダールヴのルーンが光を放ち始めた。

そして…。

 

「オラァ!!」

「ひでぶッ!?」

 

そのまま勢いよくデルフリンガーを振り下ろし、剣の腹を床へと思い切りぶつけてやる。

その辺のなまくらであれば、これで使い物にならなくなっていただろう。デルフリンガーは「痛ぇ」で済ませた。

 

「イテテ、何しやがんでぃ!?」

「黙りやがれ! いい加減なことぬかしやがって! オイラは別にあいつにホレてねぇ!!」

 

抗議の声をあげるデルフリンガーを、デイダラは一喝した。

断じて、自分は惚れてなどいないと。

 

「って言ってもよ、お前さん。少なくとも、あの娘っ子のことを憎からず思ってはいるだろう?」

「……そりゃ、関係あるのかよ…!」

「関係あるさ。そうでなけりゃ、“あの時”体を張ってあの娘を助けちゃいねぇだろ?」

 

いやぁ、あれは愛のある救出劇だったなぁ〜。と、デルフリンガーは感嘆した声をあげる。

 

あの時とは、おそらく桟橋でのことであろう。白仮面の男が放った魔法から、デイダラは身を呈してルイズを守った。

デイダラは、その時に自分が負った火傷痕を再び見てとる。そして、段々と肩をわなわなと震わせていく。

 

「そういや、港町でのことだってそうだ。なんで娘っ子に“あの事”ちゃんと伝えなかったんだ? 娘っ子になら伝えたってよかったろ。それに、そうすりゃまだ、多少怯えさせずに済んだだろうに」

「……なあデルフ。もうひとつ聞きてぇんだけどよ…うん」

「ん?なんだい?」

 

デルフリンガーの問いかけに答えずに、デイダラは前々から感じていた違和感について、尋ねてみることにした。

 

 

思えばそうだ。自分は以前からおかしくなっていた。

ルイズに舞踏会に誘われた時、いつもの自分であれば『そんなもん行かねー』と断っていただろう。だが、あの時の自分は何故だか断る気になれなかった。挙げ句、一緒に踊ってしまった。

その後も、何かとルイズを気にかけるようになっていた…と思える。

さっきだって、ルイズに抱きつかれた時、デイダラは愕然とした。“そんな事”を許してしまう“自分”に愕然としたのだ。

 

ひとり別行動をとっていた時には、割と本来の自分でいられていた気さえする。おかしいと感じるのは、いつもルイズがそばに居る時であったとも思える。

 

 

「本来のオイラなら、あり得ないような行動をする時が、何度かあった。その理由の中心には、いつもルイズがいた…」

「ふぅむ……」

 

たっぷりと間を空けて、デルフリンガーは息を吐いてから答える。

 

「そりゃあおそらく、使い魔のルーンによる催眠効果の影響だろうな」

「…催眠、だと?」

「使い魔ってのは、自然と主人の力にならなきゃいけねぇ存在なのさ。だから、そのルーンにはある種の主従愛のような感情を作り出す、催眠効果があると言われている」

 

扱いの難しい幻獣種などを、すぐに己の使い魔にできるのもその為であると。そう言うデルフリンガーの言葉は、途中からデイダラの耳には入ってこなかった。

 

「……なんだよそりゃあ。ルイズはそれを知っててオイラを呼び出したってのか…?」

「それはないだろうな。使い魔ってのは、あいつを呼び出したい、と思って呼び出せるようなもんじゃないからな」

 

まぁお前さんらが、相性の良い二人だったから、こうして使い魔と主人って関係になったんだろうがな。そう、デルフリンガーは締め括った。

 

「…冗談じゃねーぞ、クソッ…!」

 

わなわなと肩を震わせながら、デイダラは吐き捨てるように言った。誰かに感情を弄ばれ、使役されるのなんざ御免だったのだ。

 

ルーン…催眠…使い魔…感情のコントロール…。デイダラは一つ一つの言葉を頭の中で反芻させていく。そして、彼は結論を導き出す。

 

「………」

 

左手に持っていたデルフリンガーを床に突き立たせる。

 

「相棒…お前さん、何をーー」

 

デルフリンガーが言葉に詰まる。信じられないものを目にしたからだ。

 

左目に付けていたスコープをゆっくり取り外す。

デイダラの左目が露わになる。交代とばかりに、右目を目蓋で閉じていく。

 

胸の高さまで腕を上げ、印を結ぶ。そしてーー

 

 

「……解ッ!」

 

 

左の瞳の中で、デイダラの黒目が瞬時に縮小される。

その時、彼の頭の中でガラスが砕けるような音が響いた。

 

左手のルーンが、悲鳴を上げるように眩い光を放ったかと思うと、次第にその輝きを小さくしていった。

 

 

 

 

 

 

 



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