幼女戦記 外伝 (ククルス)
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登場人物紹介、舞台設定、用語など

ⅰ:登場人物について

 

 

■帝国

 

・ヨアヒム・アッヘンバッハ (男/23歳)

【挿絵表示】

 

所属:第一〇一歩兵大隊所属第三中隊 第二小隊第一分隊 上級伍長

 

ドイツ民族的特徴の金髪に瞳、髪は斜めに下すようにしている。

田舎町より徴兵、教練された叩き上げの下士官。

ブレンナーとは幼馴染で共にライン戦線の中央戦区防衛の任に就いている。

第二小隊の第一分隊長で自らのもとに補充と配属されてくる若い新兵を見ては苦悩している。

エレニウム九五式受領後のターニャ・デグレチャフに救援され一命を取り留める。

 

 

・ブレンナー・シュタンゲ (男/23歳)

所属:第一〇一歩兵大隊所属第三中隊 第二小隊第二分隊 伍長

 

長髪の髪を両脇から後ろでに降ろしている。

口は悪いが先任士官としての役割は果たす同じく叩き上げの下士官。

問題毎もよく起こすが大体が部下の為という熱い男。

ターニャ・デグレチャフに救われなければ死んでいたのは間違いない。

 

 

・シュタイヤー・フォン・バーデン (男/36歳)

所属:第一〇一歩兵大隊所属第三中隊 大尉

 

ヨアヒム、ブレンナーの上官であり中隊長。

髪を丸めて坊主にしているのが特徴的、割と行動派で負傷しては復帰する。

貴族の長男だが本人は生きて家を継ぐ気は全然ない。

 

 

・アンジェリカ·フォン·ヴァルデック (女/19歳)

所属:エレニウム工廠 通信技官 少尉

 

肩のラインで切りそろえた金髪にお気に入りの髪留めを付け、青い瞳と馬鹿丁寧な性格はエレニウム工廠の一の癒し、特徴的なのは爆乳であること。

リベラルな帝国にあって皇族に近いヴァルデック家の子女たる彼女は、率先して安全な工法勤務へと回された。父は監査部の陸軍大将を務め、彼女に接触することは男性軍人のタブーとされている。

件のエレニウム九五式の事故で死亡や退職する軍人らと一番接している人物でもあり、可能であればターニャ・デグレチャフとは関わりたくはなかったが世話係に任命される。

 

 

・スザンネ・ヴェーバー (女/19歳)

所属:エレニウム工廠 通信技官 少尉

 

身長はややターニャ・デグレチャフより大きいくらい、薄く細い体はやせ細った猫のようだが茶髪の髪を両脇で纏めたツインテールと本人の快活さもあって男性からの評価は存外高い。

歯に着せない物言いで軍学校時代は虐められていたがアンジェリカに助けられ以後は親友になった。

 

 

・マリー・アイヒホルン (女/19歳)

所属:エレニウム工廠 通信技官 少尉

 

金髪を両側で後ろに垂らすように結っており可愛らしい顔立ちでだいたい笑顔。

全体的に女性らしい肉つきをしており色んな人の女神。

スザンネとは幼馴染で、そんなスザンネを助けたアンジェリカを気に入り親友となる。

意図しない毒舌と人の気持ちを汲んだフォローが持ち味。

ターニャ・デグレチャフの信奉者でもある。

 

 

 

■連合王国

 

・ステイシー・オリバー (女/23歳)

【挿絵表示】

 

所属:第一一三嚮導魔導飛行大隊 魔導飛行少佐

 

プラチナブロンドの長い髪をポニーテールの様にして束ねる。

青い瞳に白い肌、身長は平均的といえる。胸も平均的。

元名門貴族に名を連ね自覚はないが騎士道に準じ非道を嫌う。

本人曰く学がなく、考えるより行動する現場型の人間。

優れた魔導適性と魔力容量を有しており基礎でもある干渉術式を最も得手とする。

第一一三嚮導魔導飛行大隊の大隊長で、美貌も相まって登録名称は"戦乙女"。

ターニャ・デグレチャフの討伐を命じられ大隊で戦闘を行うも部下の大半を失う。

ステイシー本人は幸か不幸か生存し、本国に一時帰還する。

 

 

・ダン・ベイカー (男/38歳)

所属:第一一三嚮導魔導飛行大隊 魔導飛行中尉

 

髪はブロンドで短く刈り上げている。

ややグレーの瞳、眼鏡は無くても支障はない。

身長はかなり高く性格は真面目一辺倒。

傷病が理由で右足は義足、退役しステイシーの家庭教師を一時務めた。

子供を作れなくなり怪我から定職にも就けず苦しんでいた所をステイシーに救われた。

第一一三嚮導魔導飛行大隊の副官を先任し常に支えるようになる。

自分の娘の様に感じている部分があり、ターニャ・デグレチャフとの戦闘で死亡。

紅茶より珈琲派。

 

 

 

ⅱ:舞台設定について

 

 

■ライン戦線―塹壕防衛 (統一歴1923年7月中旬)

 

ライン戦線は史実の第一次世界大戦での西部戦線をライン川付近であることと、同川の様に長大な様からライン戦線と名称したと筆者は"勝手に"解釈しています。

幼女戦記の地図と今の地図を合わせ見ると、1923年(デグレチャフ様9歳、士官学校卒業時3月4月くらい?)ではルクセンブルグは帝国領のようでベルギー、ルクセンブルグが既に道路として帝国領だったと考えてしまうとメス要塞都市を分断するモーゼル川の防衛上の有用性って一体…となってしまうのでルクセンブルクは共和国領として、ヨアヒムら『第一〇一歩兵大隊所属第三中隊』はサングルミーヌのザール川を塹壕線に見立てて、それよりも東に位置していることにしました。

共和国側の塹壕線はロユランとイプランのを縦割りした辺りです。

 

※そもそも幼女戦記の地図通りなら、メスも既に帝国領に見える。

 

サングルミーヌの理由はザールブリュッケンが帝国中央部の物流の要衝であること、

メスまでの距離が約60km前後のため、魔導飛行士の途中休息を含めた戦闘距離的に帝国からはメス。共和国からはザールブリュッケンが攻撃圏内に思えること。

ザール川が川でなく塹壕線なら脳内で難しい事考える必要もないことからです。

第二次世界大戦の榴弾砲の射程が最大で10km前後なら(実射程かは考えない)メッツァンの南にある森林部辺りが砲撃陣地でしょうか。

 

 

■ライン戦線―大鷲失墜 (統一歴1923年8月上旬)

 

先の共和国軍が実施した限定的攻勢がデグレチャフ様によって失敗。

ついでに彼女を含めたごく少数の魔導飛行士しか誘引されず、戦力や物資の誘引・転換による帝国軍の兵站線を圧迫させるといった本当の目標すら達成できなかった。

むしろ砲兵隊や他戦力を展開した自分たちの方が損害が大きいという結果は共和国軍に派兵されていたステイシーたち『第113嚮導魔導飛行大隊』を使って報復する作戦を実行させた。

 

※連合王国上層部は、この無茶無謀な作戦を知ることなく実行されてしまう。

 

一部の国家が抱く、ラインの悪魔に対する危険性が現場側にはさほど知られていないという情報の差異が要因。動員三十七名に対して死亡十三、負傷四という結果に終わる。

 

要望があれば簡易の地図を書ければとか思ってます。

 

 

 

ⅲ:用語について

 

 

・~通称“石壁”、である (塹壕防衛より)

コンクリートと鉄骨で組まれた簡易要塞群、5本以上連なるザール塹壕線の後方1kmに位置する文字通り石壁。イメージは万里の長城でノルマンディー沿岸要塞。

当然、一個中隊の為だけにある訳ではなく各所に中隊単位で詰めており地表が要塞なら塹壕と同程度の深さの地下部分が居住区と各中隊司令部。

 

 

・戦区

四方1.5kmから2km毎に細分化された戦術管理上の範囲区分。

身近な面積でいえば皇居ほど(東京ドーム単位だと49個分相当らしい、広い)

 

 

・軍管区(軍区)

軍事、兵站管理を決めるための管轄区域の定義。

それぞれの要衝や主要都市エリア毎に定めて、軍の管理を行う。

軍区ごとに兵力やある程度の権力を持つことがあるが私たちのイメージし易い考え方だと各区の区役所で汲み上げた情報や必要な諸々を都庁や府庁で一括して政府が把握する様な……。

 

 

・騎馬(騎兵)

前時代的ながら浪漫溢れる機動戦力。

銃が登場し、高性能化が進んで、さらに鉄条網まで現れてからはただの的になり伝令や燃料を必要としない(なお食糧)機動力として治安部隊、儀礼に使用された。

一応、第二次世界大戦の欧州でも存在していたよう。

鉄条網を無力化して、接近するまでに射撃されない前提なら悪路でも強力かと思う。

 

 

・グロウスクMG24 (塹壕防衛より)

史実のグロスフスMG42のこと、もじっただけ。

傑作かどうかは筆者には判らない、生産性が高くこと塹壕戦闘で用いるなら信頼性が高い(泥や埃に強い)稀に戦争系で耳にする"ヒトラーの電動のこぎり"はこの機関銃のあまりに早い速射音かららしい。40万丁も生産され、ドイツ以外でもコピー品が生産された。

 

 

・医療魔術

魔術そのものが大昔の奇跡を科学的に再現してしまったものらしいが、幼女戦記で筆者がみた医療魔術は薬品要らずで薬品と同じ生成物質を体内に作り出す怖いやつ。

よく型月作品などで"神秘が薄れ科学で再現可能になってしまったものを魔術"と例えるのは言い得て妙だと思う。

幼女戦記の世界でも流石に損失した部位などは再生できないと思われるので本人の治癒力を活性化したり火傷には痛覚や炎症を抑えたりする程度ではないだろうか。

 

 

・第一一三嚮導魔導飛行大隊

エンブレムは大鷲、通称”ステラシーイーグル”

連合王国が共和国に実力と貸しを作る意味で派遣した派遣嚮導隊。

現場側で得られる情報も目的に派遣されており、元退役軍人らで編成されているのが特徴。実力は高く、編成から二年間は各国でアグレッサーを務める。

三中隊で編成されており、呼称はランス・ソード・シールド。

ステイシーの中隊、ランスは健常者が一番少なく支援戦闘を主としている。

 

 

・魔力出力

個人ごとの才能を数値化した指標の一つ。車でいうところのエンジン出力で使用する演算宝珠によっても大きく変動するため、一概に才能とは言い難い。

 

 

・魔力容量

演算宝珠は大気から魔力を多少なりとも生成してくれる、が凡そは魔導士本人の貯蔵量に比例し増減する。要するに燃料タンクのサイズ。

 

 

・ジャングル・カービン(狙撃仕様)

そんな銃は存在しない。

元はイギリス空挺部隊仕様に軽く、全長は短くされた主力小銃リー・エンフィールド。

ボルトアクション式は変わらず取り回しが良好になった代わりに命中鮮度や反動が増した。ステイシーの使用する当小銃はハンドガードまではそのままにロングバレルになりマガジンサイズが大きくなった。スコープとかはない(肉体強化する連中に必要なさそう)

 

 



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ライン戦線―塹壕防衛(改定)

5000文字追記、修正。(18.2.15)

清書版、ヨアヒム・アッヘンバッハ(18.2.21)
【挿絵表示】



国は国益を第一に考え、行動する会社であり政治団体でもある。

だが、敢えて一筆加えるとするならば……。

 

 

隣国や列強諸国への国際関係を抜きにして、自国の国益を追求することは事実上不可能である。

 

 

後の政治家は、帝国の歩んだ道筋をこう記した。

 

私は政治家であり軍務には疎いと言わざる負えないでしょう。

しかし、これだけは私にも判ります。

政治であれ、軍事であれ、我々が思い描いた物事が予定通りに進むことは驚くほどに少ない。

まるで運命に翻弄されている様ですらあります。

 

とはいえ、とはいえです。

 

軍務を司る当時の参謀本部が自ら描いた国防想定に大きく反し、多数の国々を相手取るという構造になってしまったその段階で、帝国の国家としての命運は定まっていたのは明らかな事実なのです。

 

であれば抗戦以外の道もあったのではないでしょうか?

 

無為に流れたのは血です。それは国を国足らしめんとするもの。

しかし、それ流したのは国ではない。

 

皆さま国民という本来ならば国が守らねばならない血なのです!

かつての我らが祖国、帝国は国防を主とし世論を敵に回さなかった狡猾さ故に列強となれたのですから。

 

 

と、戦争を知らない者からすれば、彼の言葉は現実の見えていない言葉だと映るかもしれない。

あるいは現代の軍人でさえも無責任に感じる言葉に憤りを感じるかもしれない。

 

だが、地獄のような時代を掛け抜けた当時の若者たちはどう感じるのだろうか。

国民皆兵制度という避けようもない人生を選ばされた者たちは……。

 

 

――――ライン戦線、通称"地獄の戦線"。

その日も降り注ぐ大小の砲撃によって大地は耕作され、多くの血がこれでもかと撒かれていた。

 

 

 

 

 

 

西部方面軍中央を支えるルクセンブルケとの国境を沿った戦線。

 

帝国がまだ余力を残していたこの時期に於いても、やはり多くの若者が意味もなく死んでいた。

意味もなく、という言葉に一片の偽りはない。

 

少なくともライン戦線の塹壕に身を隠しながらヨアヒム・アッヘンバッハ上級伍長はそう感じていた。

 

祖国を疑うわけではない。

現に戦争、開戦に至った理由は協商連合の越境侵攻にありそれに追随した国々にも罪はある。

帝国に非がないなどとは無論のこと、ヨアヒムとて考えてはいないが。

攻められ守らずに滅びを待つのは愚か者のすることだ。

 

だがこうして仲の良い戦友が一人、また一人と死んでいくとそんな信念に如何程の価値があるというのか。

中隊長から世話を命じられ補充として送り込まれる新兵と接していると、彼らの若く眩しいまでの英雄的願望が実際の戦場では銃を撃つことすら叶わずにすり潰されるのを、見ている事しか出来ないからだ。

 

祖国が勝利する未来など、今この場で散る者には意味がない。

生きるか死ぬか、そんな戦場で数ヶ月も過ごせばきっと誰もが理解するだろう。

未来など考える余裕はないと。

攻めるでもなく、ただただ防衛を続ける毎日に。

気を休める暇など自分たち下位の兵卒には与えられることはない。

 

少なくとも俺はそう考えていた。

怪物じみたあの幼き英雄、後にラインの悪魔と呼ばれる彼女に救われるまで。

 

 

 

 

 

 

この時代の戦場を一言で表すなら、塹壕と砲撃に尽きるだろう。

戦車という槍もあるが、俺たちには関係がないので置いておく。

言うまでもなく塹壕は盾であり、一定の制約と条件さえ整えれば相手の尻を一方的に切り付ける剣を砲撃と呼ぶ。

 

ライン戦線と一口で言っても敷かれた戦線は広大で共和国と帝国の国境線をそのまま戦場にしたものだ。

そして丁度中央に位置する軍が西方方面軍の内二個師団。

その最前線に張り付いて後方の砲撃陣地を守るのが二個師団の傘下にある第一〇一歩兵大隊所属第三中隊、ようするに俺たちに命じられた任務な訳だが総じて徹底した防衛のみだった。

 

俺たちから向かって左側には共和国の敷いた重厚かつ山脈を用いた要塞陣地が堅守していて、右側は最も進出の可能性が提示されている、言わば"道路"とあだ名されている戦区があった。

 

そして、それらより重要な地点。

どうやらそこを打通されてしまうと左右の友軍は半包囲され、更には後背の工業地帯を危険に晒してしまう可能性があるときた。

そう…俺たちを含む二個師団が守備を敷いた通称“石壁”、である。

前方には天然の要害に加え、古い城壁を再利用したメセが立ち塞がり、そもそも川は突破出来ず橋は大規模な戦力を投入出来ないとあって左側に展開する友軍と俺たちははなから攻めるという選択肢を放棄させられている。

 

戦略的痛点は何としても守らねばならない。

それゆえ、他の戦区よりも塹壕はより深くすぐ後ろには小口径ながら対戦車砲に加えて鉄とコンクリートで防壁が構築されていた。

 

それでも十分な防備かと問われれば、俺たちは首を振らねばならないだろう。

 

帝国下士官ですら共和国を攻めるならば山脈要塞群を迂回して首都を叩くしかないと理解しているのだから、共和国の連中が選ぶ戦略は両脇をしっかりと固め、適切な場所に剣を振るうことだろう。

それゆえに勝利へと逸る共和国の圧力は他の戦区の比ではない。

他の戦区など見る余裕も見たこともないが少なくともここほどではないと、思う。

 

下らない思考に浸りながらも、今まさに俺の耳は着弾した砲撃が近い事を正確に伝えていた。

こうして塹壕に身を隠さねば何の取り柄もない俺など容易く死んでいることだろう。

 

 

——せめて、俺に魔導師適性さえあれば。

 

 

塹壕は敵の水平射撃や砲撃弾着から発生する爆風、飛散する鉄片から守ってくれるなくてはならない盾だが残念なことに万能ではない。

 

決して、万能ではない。

 

地上に弾着した爆風は全方向に効果範囲を拡散し、破壊力は水平から上へと拡散する。

それ故に口径や重量を増やせば増やすほど、殺傷範囲は拡がり破壊力も増してゆく。

塹壕の近辺ですら頭を吹き飛ばすそれが、万が一塹壕内に砲弾が命中した時はどう作用するか想像してみて欲しい。

広い範囲であれほどの殺傷能力を持つ代物が狭い場所で真価を発揮するとどうなるか。

 

たった一発。

 

先に弾着したその一発が爆音を鳴らし粉塵が晴れる頃になると、一つ前の塹壕線に身を潜めた前衛小隊が壊滅していた。

たった一発、当たるか当たらないかも分からないそれは撃たれた側の精神にダメージを与え、いま三十人近い仲間を屠ってしまった。

 

戦場に居る誰もが教練で叩き込まれた殺傷圏、理解している事実を再確認させられたヨアヒムは心の中で悪態をつかずにはいられない。

何よりもタチが悪いのは、その場合仲間の肉壁という遮蔽効果で即死に至らない事だ。

 

 

「あぁ……あっ!足が…おれのッ」「フッガー、少尉……小隊長が、誰かたす……」

 

 

微かに聞こえる呻き声はまだ生存者が居ることを俺たちに伝えてくる。

 

だが、誰も動かない。動けない。

 

確かに医療魔術というものが現れてから、前線特有の不衛生や医療品不足で死亡する者は激減した。

四肢をもがれても、胴体に数発以上弾丸を叩き込まれようと、全身に重度の火傷を負おうとも生きてさえいれば魔術は兵を生かす。

使う側からすれば苦労や不可能ごともあるだろうが、俺の魔術に対する認識はそうだった。

 

彼らを今、遥か後方の野戦陣地に送れば助かるのだ。

右隣に並ぶ俺の分隊員、六名中四人が補充の新兵たちは顔を青くして俺を見る。

 

 

「アッヘンバッハ分隊長、第一小隊の皆を……助けないので…ありますか?」

 

 

拘束する様に降り続く鉄の雨を避けながら担いで運べるならば…。

 

 

——不可能だ。出来るはずがないんだ……頼むから、そんな目で俺を見るな!

 

 

なまじ生き残り続けている俺を含めた下士官の状況判断がそうさせた。

見捨てるべきだ、と。

 

左隣の銃座で機銃を構える第二分隊長のブレンナー伍長が眉を顰めて声を荒げた。

 

 

「ルーキーは黙ってろ……クソッタレ!!あれはもう助からねぇよ!こっちの砲兵隊(女神様)は何してんだ!なぁ!?」

 

 

先任士官が感情を表に出したことで新兵たちは「ひっ、申し訳ありません!」と更に怯えてしまった。

軍人としては失格なのだろうが、思わず罵倒したくなる彼の気持ちには大いに同意する。

何より、こいつは俺と同じ田舎町で育った唯一の幼馴染だ。心情的にも同意できた。

俺に僅かに残った冷静な思考では、広大な戦域全てで誰もが同じ事を考え切望しているのだろうな、などと意味もないことを考えていた。

 

前線を支える歩兵部隊はどう取り繕うと消耗品。

陸軍としては当然、死傷率は一番高いのだから人員を多く割く必要が出てくる。

比して後方支援の要である砲兵はどうしても足りなくなるのが実情だ。

 

決して後方の人数が少ないという訳ではない。

それどころか前線よりも後方は多く割り当てられるのが常である。

 

だが一発の砲撃で何十人、何百人を殺める兵器とはいえ、それは命中すればの話。

効果を求めるなら数多の砲兵部隊は箇所を絞って砲撃するしかない。

一口に砲といっても、自走砲だけで口径から射程も違えば先の対戦車砲から高角砲と種類や目的も多種多様。

 

それだけじゃない。

その弾薬を運搬するのは誰だ。各戦区に必要な分だけを送り請求する兵站員は?

通信、医療、司令部とそういった者を総て含めて後方部隊なのだ。

 

一か所で一定の成果を求めれば、結果として他戦域で支援の手が足りなくなるくらい軍とて理解しているだろう。

 

 

それでも、こうして本日何度目かになる敵の攻勢に際して思うところがない訳ではない。

何で俺たちばかりと悲嘆に暮れてしまう気持ちをどうして抑えられよう。

 

 

「我が中隊の忠勇なる諸君、今は耐えよ。暫くすればこの砲撃は止むだろう。それからが本番だ。」

 

 

バーデン大尉の、中隊長のそんな言葉に最悪の思考を振り払い気を引き締める。

大尉の言う通りまだ序の口なのだ。今はまだ、新兵たちも怯えていられるだけの余裕がある。

 

攻め手より守り手の方が優位、などというのは所詮机上の話。

想定と実践は違う、軍人ならば誰だってそんなことは理解している。

だからこそ、共和国の連中はこうまで執拗に波状砲撃を続け防衛線を強打してくる訳だ。

 

そして、仮に攻勢を期するなら生半可な攻めはしまい。

 

ここは先任として新兵たちを勇気づけねば。

死にたくないなんてのは、まとまな頭を少しでも残していれば全員が思っていることだ。

尉官や佐官などを除いて下士官や兵卒連中は全員が徴兵されただけなのだから。

 

 

「そうですね!奴らにたらふく馳走してやりましょう、とびっきり熱い奴を!」

 

「ハハッ吠えるじゃねぇか、おい!」

 

 

俺の言葉に隣の戦友(ブレンナー)が粉塵で薄汚れた顔に白い歯を見せながら笑う。

そんな軽口を叩けたのは俺なりの意地だ。

自分が死にたくないのと同じくらい新兵連中に死んで構わないと思えるほど人間を辞めたくはない。

 

 

「どうやらアッヘンバッハ上級伍長が今晩の酒を皆にご馳走してくれるそうだ。死ねなくなったな、アッヘンバッハ?」

 

「どうやらそのようで、では精々共和国の連中から小銭を巻き上げないといけませんね!」

 

「上級伍長、それでは奴らのが懐が寒くなりすぎてしまいますよ」

 

 

「なに、エッツォ上等兵その分だけ御釣りをくれてやればいい」

 

 

バーデン大尉もブレンナー伍長も、まだ配属されて数日のエッツォ上等兵まで軽口に乗って合わせてくれた。

形式通りとはいえ精神的余裕がなかった先ほどと比べれば幾分かはマシだ。

砲撃の雨が降り注ぐ中、皆が口々に「ご馳走になります、上級伍長!」とか「いよ!太っ腹」などと笑い合う。

 

 

——隊によってはこれさえ望めない部隊もあると聞く。まだ、俺は……俺たちはマシな方だ。

 

 

他所と比べて精神の安定を図るなど、俺も大概かもしれない。

誰もが恐ろしいのだ。俺だって怖いさ。叶うなら逃げ出したいとさえ思ってる。

でもそれは仲間がいない場合の話だ。

 

死にたくないし死なせたくないからこそ、中隊という小さなコミュニティーに全てを掛ける。

もし、隣に立つ仲間が恐怖で震えていたら信用など出来るはずもない。

俺の分隊員たちを見ると顔を青くしながらしっかりと頷きを返した。

 

こいつらなら、背中を任せていい。俺も最初は恐怖で漏らしたもんだ。

 

暫くして砲撃が止む。

そろそろだろう、砲撃の副次効果に煙幕で視認阻害を行う意味がある。

攻め手が不利と言われる所以は万全な状態で迎え撃つ側と移動しながら攻撃しなければならない点にある。

その為にも砲撃は必須なのだ、見えなければ撃たれる可能性はぐっと減るのだから。

 

 

「分隊長……」

 

「しっ…!」

 

 

塹壕から出る愚は犯せない。ならば耳に頼るまで、間近ゆえに識別できる分隊員と伍長にハンドサインを送る。

 

音だ、集団の足音。だが人の足音ではない、人が走るよりも早く連続する土を踏みしめる音。

声はあくまで小声に一つ後ろのバーデン大尉に届くよう報告する。

 

 

「敵、距離一五〇内まで進撃!前衛は騎馬、前衛は騎馬!数は小隊規模!」

 

「各員、発砲を禁ずる。塹壕に伏せ煙幕を逆に使ってやれ、後ろに受け流す!」

 

 

既に至近であることは嘶く馬の声で判別できた。

俺たちの頭上を飛び越えるように共和国の騎馬隊が通り過ぎていく。

四重に掘られた塹壕線のもっと後方にある第五小隊のコンクリート砲台陣地へ向かって。

 

 

「帝国軍前衛は確認できず、進め!進めぇ、はいやぁ!」

 

「この煙さえあれば、今のうちにに歩兵砲を制圧できますね!」

 

 

頭上から聞こえ過ぎ去る共和国兵の声が、また間近に存在を感じさせてくれるものだ。

分隊員の眼がまだか、まだかと問うてくる。

あれだけ馬を飛ばしているのは後方の主力の安全距離を稼ぎたいからだろう。

煙も騎馬隊が押しのける形で晴れてきた。

 

 

——最後列はまだ、まだ……通った。

 

 

「第二、第三小隊反転射撃!第四は正面に弾幕形成、いくらでもくれてやれッ」

 

「そら、命令だ!撃て、撃て!」

 

 

中隊規模であっても軽機関銃は数丁保有しているのが基本だ。

特にブレンナーが構えている軽機関銃は7mm(実質は8mm)の口径を持っている傑作機関銃グロウスクMG24だ。

最低三人で取り廻さなければならない(二名は装填と射撃支持、援護)が毎分1200発を放つ事ができる。

この第三中隊は五小隊で構成され壊滅した第一を除けば各二から四小隊に都合3丁の機関銃が配備されている。

それらが同時に、時には交差するように火を放ち背後を見せる騎馬隊を刈り取っていく。

 

当然狙いやすい馬が優先的に撃たれ、兵が脱落してゆく。

隣で放たれる銃声に頼もしさを感じながら俺の分隊は機関銃に炙り出され落ちた敵を確実に仕留めていく。

 

 

「やりました!アッヘンバッハ分隊長、俺……がっ」

 

「マルコ!?がぁ」

 

 

戦果に喜んでいた分隊員が二人が頭を射抜かれて前のめりに倒れるのを俺は呆然と見ていた。

コンクリート陣地に展開していた第五小隊は騎馬隊が殲滅されたのを確認してから動き出したが、

歩兵砲の照準を調整しようとして一人、また一人と倒れていく。

 

騎馬兵ではない。発砲音が遅れて聞こえてきている、それも後ろから……ということは。

 

 

「ブレンナー!!」

 

「っ、てめぇらボケっとしてねぇで正面の歩兵を撃て!ヨアヒム、腕のいい狙撃手がいるぞ!」

 

 

ブレンナーに声を掛けながら振り向くと大隊規模の歩兵がゆっくりと進行してきているのが見える。

この段になって全ての小隊が正面へ弾幕を形成し始める。

統制射撃などする余裕もなく、撃てば当たるほどの数が押し寄せているのにも関わらず実感がまるで沸かない。

 

 

——敵は本当に減っているのか?

 

 

遮蔽物こそないが、度重なる戦闘で掘削された大地や残骸がこちらの攻撃を阻害しているようだ。

数で圧倒的に劣り接近されている現状を打破するには歩兵砲がどう考えても必要だった。

バーデン大尉もそう考えたのだろう、塹壕を飛び出しながら最短距離を陣地まで走り抜けようとしている。

 

 

「第四小隊、歩兵砲を撃ち込むぞ…俺に続け!他小隊は敵をこれ以上寄せるな!」

 

「了解!ハルト、ヴェルフ、エッツォ、とにかく機関銃座をカバーしろ!ブルノンは大隊本部に通信だ」

 

 

焦りは取り繕う余裕すら俺から奪っていく。

六人いた分隊員が既に四人、見ればブレンナーの分隊も一人機関銃の横で弾薬を持ったまま事切れている。

 

少しずつ彼我の距離が縮まり、また一人一人と戦友が叫びを上げる。

大尉の号令で並んだ重歩兵砲がようやく砲撃を開始する頃には既に手を伸ばせば届いてしまうのではないか、そんな距離に共和国兵は接近しており顔がはっきりと見えてしまっているではないか。

 

友軍誤射を避けてだろう、あえて俺たちを飛び越えるように少し後方の密集地点を狙い効果的な砲撃を繰り返しているようだったが局所的な恐慌以外は、まるで敵の勢いが減っているようには感じられない。

 

 

「ダメだっ…押さえられねぇ、ヨアヒム!カバー頼む」

 

「今行く、ハルトこっちに来い」

 

 

もう駄目かもしれないな、そんなこと諦観がふと過った。

そんなことを考えながらブレンナーの装填に合わせ、既に眼前まで迫りつつある敵に弾をばら撒き続ける。

誰もが内心の焦りを表面化させているのが見て取れる。

危険が迫れば迫るほど、俺は逆に冷水を浴びせられたような。

 

既に俺は、ひどく小柄な共和国兵に伸し掛かられて背を地面に預ける形になっていた。

 

 

「ヨアヒム!おい、ヨアヒム!」

 

 

ブレンナーが語気を荒げて俺に呼び掛けているが、どうにも間に合いそうにはない。

伸し掛かられながらブレンナーの方を見れば、既にアイツは機関銃を諦めルガーで応戦していて。

俺の分隊員も撃っても撃っても湧いてくる様に敵兵に、塹壕に乗り込まれて白兵戦をしている。

 

 

——俺は、何をしている。俺に伸し掛かるお前は、なんだ?

 

 

伸し掛かっているそいつは酷い青い表情をした若い青年、いや少年だった。

こんな若いガキが前線で何やってるんだ。

隣では小さくブレンナーの悲鳴が聞こえ、俺はやっと死を覚悟した。いや完全に諦めたのだ。

押しのけることも出来たのだろうが仲間が居なければこんな地獄で戦い続ける意味は……。

 

 

そんな時だった。

味方の通信兵、ブルノンが大声で叫ぶのが聞こえたのは。

 

 

「銀翼だ!俺たちを救いに銀翼の魔導飛行士が来ました!」

 

 

そんな声が共和国の兵士たちにも聞こえたのだろう。

微かな動揺から双方銃声が一瞬途絶え、今まさに私を殺めんとしている少年兵士も動きが鈍ったの感じた。

風を割くような音に敵も味方も皆、空を見上げた。

 

だから何が出来るという訳でもない、のだがその瞬間だけは此処が激戦を繰り広げていたとは思えない静寂に。

確かな死から数秒遠のくと私の周囲は眩い閃光に包まれる。

 

酷い耳鳴りと視界の歪みから覚醒し、まず目に入ったのは何者かの胴。

顔に掛かる重さを感じて押しのけると私に覆いかぶさるようにして、先程の少年兵が事切れていた。

周囲を見渡しても同じような状況で助かった仲間と死ぬか重傷を負った敵兵ばかり。

分隊員たちも頭を振りながら立ち上がっていき、傍らでブレンナーの呻き声。

 

 

「おい、おい!ブレンナー」

 

「っつ……耳元でがなるんじゃねぇ。なんだ……生きてるのか、ヨアヒム」

 

「あぁ、俺は無事だ。どうやら死に損なったらしい」

 

 

空を見ると眩い光を背に背負いながら、金髪の幼い少女が空を駆けていく。

まず間違いなくこの戦場の誰よりも幼いそれが笑いながら地上に正しい意味で砲撃叩き込んでいく光景はまるで神の鉄槌のようで、生き残った第三中隊はただその様を眺めていることしかできていなかった。

 

俺たちの守っていた塹壕線は、俺の分隊とブレンナー以外は敵の浸透を許して壊滅していたために彼女に薙ぎ払われたのだろう。

 

結果として俺はあの少女に救われた形になる。

もしかしたら死んだ戦友も居るのかもしれないが、結果は然程変わらなかったと思う。

足元に転がる年若い少年兵の表情はとてもではないが安らかではない。

 

共和国兵には友軍諸共殺戮する悪魔として映っていることだろう。

俺も、そうだ。あんな小さい子供が平然と大の大人を蟻を潰すかのように爆撃しているのだ。

散発的に応射する勇敢な奴から叩き潰され敗走していく光景を暫くみて誰かが雄たけびを上げた。

 

 

「彼女は俺たちの天使、いや女神…俺たちも勝利の女神に続くぞッ!!」

 

 

恐慌しながら敗走する彼らを喜び勇んで追撃する、あの小さな背を私は生涯忘れることなどできない。

 

——あれが女神、なんの冗談だ。

 

国は信念の下、あれほどまでに幼い子どもを戦場に送るのだと知ってしまえば。

戦場の狂気など彼女の前では霞んでしまうだろう。

 

故郷に残した幼い妹達を私はただ想った。

何もライン戦線(ここ)だけが地獄などではなかった。

この戦争が、あの幼女こそが戦争の権化なのだから。

 

 

 

たった一人の魔導飛行士によって立て直された中央戦区は、また一つ彼女の経歴に勲章を与えるに至った。

 

 

 

 

 



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ライン戦線―大鷲失墜(再編)

15000文字追記、修正。(18.2.19)
もはや別物なので再編として投稿。

清書版、ステイシー・オリバー(18.2.21)
【挿絵表示】



■追記

・魔導師
魔導飛行士と同義、飛行士以外にも医療や別技術職で魔導関連を用いる場合もあるため広義的な意味合いで使用。

・魔導飛行士
陸、海、空いずれの軍系統でも飛行し任務を行うに準ずる対象の役職。
(上記、二つが今後文体に出てきて『魔導士』だの『魔導飛行師』になっていたら誤字です)

・ステイシー・オリバー
第一一三嚮導魔導飛行大隊では唯一のネームド級。
帝国軍側の登録個体名も、連合側の通り名も"戦乙女"で北欧の直氏に対する嫌味もあります。
「私にとっては、魔導士にとってこの程度の距離造作もない。」
ですが、造作もあります。普通のジャングル・カービンの有効射程は600m。
飛ばすだけでも普通ではありません。

・漢数字と半角英数字の差
本当は漢数字に統一したいのですが、どうしても見難い部分(年月日や時間、距離)は半角英数字にしてます。お許しください。


黒帽子さま、誤字報告ありがとうございます!(18.2.19)
※一年前にも報告していてくださって感謝です。

robot三等兵さま、誤字報告ありがとうございます!(18.2.21)
※延々とが繰り返されていたので、二回目は修正しました。



『フランソワ共和国 ライン戦線メセ軍区』第二一号 報告書

 

 

 

統一歴1923年6月7月6日から21日、ライン戦線一部攻勢計画(または限定的攻勢)について総評、計画の結果は失敗。

 

攻勢計画の概要は以下の通り

 

⑴ライン戦線、各軍管区より二割以上の砲兵隊をメセ要塞都市の東、メッツァン森林部へ陣地転換を開始。21日0600時砲撃開始、1220時砲撃終了。この砲撃は非観測(帝国側の逆探知対策)実施とする。

分散的に攻撃し敵最前衛の反撃能力を喪失させる。

 

⑵メセ軍管区の守備部隊を含む、一個歩兵師団を投入し防衛線へ限定攻勢を実施する。前衛には騎兵連隊を投入。

 

⑶塹壕線の突破後は帝国軍の戦闘力、兵站能力に打撃を与え転進する。

 

この計画の最終目標は中央部への帝国軍兵力誘引、戦略上の選択肢を奪うことにあるものとする。

 

 

共和国参謀本部の攻勢計画は一時成功を見る。

が、後方待機していたと思われる帝国軍魔導士部隊の緊急対応により、第二一親衛騎兵連隊と第一三混成歩兵師団の三割を攻勢時に損耗。メセ要塞都市までの撤退完了段階で二割の損耗を加え、守備に必要な戦力の半数を喪失。

 

メセ緊急会議にてメセ軍管区長ベレニア・ギレム陸軍准将は退任。

後任にはナンシー軍管区長ウード・ブルゴーニュ陸軍中将が兼任となったが元々ギレム准将は参謀本部のこの攻勢指示に、戦力の不足と戦略目標不十分を理由に再考を嘆願していたとのこと。

 

ギレム准将とブルゴーニュ中将の両者は派閥問題から対立しており政治的な側面が伺える。

また失敗した要因として上層部と現場士官側で目標の共通化、攻勢後の対応が十分に検討されていなかったように思われる。

 

 

今回の件を含め、共和国参謀本部に対する率直な評価は愚昧と評する。

 

 

戦況の変化にも作戦本部が対応しきれていないと判断。

ついては、更なる技術嚮導として司令部要員の派遣を具申する。

 

 

 

統一歴 1923年 8月15日

"義勇"連合軍第一一三嚮導魔導飛行大隊 ステイシー・オリバー少佐

 

 

 

 

======= 統一歴1908年 連合王国 オリバー領 =======

 

 

オリバー家はかつて強権を振るったものの今では没落し、連合王国(特に貴族社会)では没落者と蔑まれてきた。所領もあったにはあったがなまじっか無理な統治をしていたものだから色んな人々から睨まれている。その子である私、ステイシー・オリバーもその一人。

 

お父様やその先代たちは、どうにか復権しようと数代前から軍人として実績を積んできたようで軍内では発言力を手にしているらしいが汚名を注げる程の効果があったのかは私には分からない。

私は自分が貴族だ、などとは考えてもいなかったし興味もなかった。

取り敢えず食べるには苦労せず、やりたいことは何でもやれた。

女の子らしい礼儀や遊びにはまるで興味が唆られず一つ下の弟と男の子のようなやんちゃばかり。

家はきっと弟が継ぐし私の扱いにお父様も困っているようだ…どうするのだろう。

私も男の子だったら良かったのに、と思ったのは一度や二度ではない。

 

それはそれとしても夢があった。

叶うかどうかも分からないような夢が。

 

空を飛ぶこと、そして冒険をするのだ。

いろんな場所に旅を…そんな子供にしか許されない無理な願い。

 

魔女や魔法使いの描かれた本は私の夢を一層強くし、抑えきれない熱意は私の脚をとにかく外へ誘った。

私よりも女の子らしい弟を旅の従者に、近くにある森や街への冒険に駆り立てた。

ドレスを汚して二人でお屋敷に帰る度お父様に私は怒られて、翌日もまた抜け出して。そんな日々を繰り返し繰り返し。

 

ある日、森の冒険中に私と弟は崖から落ちた。

私は頭を打ったが痛みはあまりなかったのと、額から大量に流れ落ちる血に状況が掴めず驚いたのだと思う。暫く座り込んでいた。

違和感に気付いたのは、私と落ちた弟が未だにピクリとも動かないことに気付いてから。

 

 

「アレ…ン?」

 

 

大人になってしまった今にして思えば、崖はあまり高くはない。

精々、百メートルあるかないか。でも八歳の私は取り乱した。

怒られても叩かれても、怪我をしたって泣かない生意気な私が。

はじめて泣いて叫んで助けを求めた。

 

 

「誰か…神様っ、アレンを助けて!!」

 

 

誰もいない。助けてはくれるはずがない。

弟の身体に触れ背に手をいれて抱き起こす。

 

 

——身体は温かいのに…胸が動いてない!それに…っ

 

 

弟の身体は異様なほど温かく、背からは血が流れている。

血の量だけならば私も勝るとも劣らないが重症なのは確実に弟の方。

 

 

「血が…血がこんな、に」

 

 

大人も神様も当てにはならない。

この場に居るのは私だけで、私は姉で、私のせいで弟は怪我をしたのだから『 私 』が助けなきゃと考えた。

こんなとき、物語の魔法使いたちは何をしたのだったか?

 

 

「ぇ…と、集中して願いを込めて……Prayer…wish…desire!」

 

 

力がある単語を紡ぐ、法則は知らないし古い物語の記述だ。

意味なんてなかったのかもしれない。

結果何をしたのか、あまり覚えてはいないけど。

蒼く輝く小さな円が手から飛び出したと思うと、弟は息を吹き返した。

 

それが始まり。

 

もう大丈夫だと思った私は、弟をおぶってなんとか街まで歩いた。

血塗れの私たちに気付いた大人たちは初めぎょっとしたものの、私が倒れると助け起こされ近くの診療所まで抱っこされ…。

 

暫くしてからお父様とお母様が迎えに来てくれた。

お父様は鬼もかくやという表情に、お母様は肩を支えられながら泣いていた。

 

 

「オリバー!!お前というものがありながら…っ」

 

「お待ちください。お嬢さんのことでお話ししたいことが」

 

 

その場でお医者様が私と弟の命に別状はないこと。

私が干渉術式"の様なもの"(魔術の体を成していない為)で生命力を活性化させたのが要因だと説明してくれた。

 

ようするに私には夢みた魔法使いの適性があったらしい。

 

それを聞かされたお父様とお母様の表情は複雑だった。

 

 

 

 

======= 統一歴1923年 共和国 メス要塞都市 自室 =======

 

 

夜の帳が降り、薄く煌めいて自己主張する無数の光。

風が運ぶ人々の会話や生活の音。

 

微かな音だけの静けさは此処が戦場で、ましてや前線の都市であることを実感させない。窓から見える星々も私には故郷のそれとあまり変わらないように思えた。

 

私に魔導適性が発覚し、力の使い方を学び。

軍学校を卒業して実績を積み。

自らの部隊を得て夢であった各国に転々と派遣され。

 

 

——もう、あれから15年になるのね…。

 

 

戦乙女、なんて大それた通り名を与えられて。

戦争までしていても戦いは苦手だ。人を殺める技術云々ではなく精神的に。弟を怪我させてから、私はやんちゃするのを止めた。

方向性を変えたという方が正しいのかもしれないか。

 

こうして馴れない筆を手に取り四苦八苦して、過去に想いを馳せる。なんと幸せな、時間であることか。

同時に申し訳なさも感じてしまう。

ここは確かに前線だが…衣食住に困ることのない場所だ。

少なくとも敵に怯えながらの睡眠ではない。

 

 

――夢見がちなお姫様で居られた私には、もう戻れない。

 

 

件のメセ要塞都市の城内に与えられた部屋で、私は本国に提出する報告書を書き上げていた。

自分に文才や学が無いのは百も承知だが、軍人の悲しい性だ。

この仕事を続けていく上で筆と紙から離れた生活をすることはできないらしい。面倒な処理は部下に任せる部隊も多い、というかそれが普通だが生憎と時間だけはあったし結局、後々になって承認印を押すなら自分で処理した方が早く終わる。

 

私と、私の大隊"第一一三嚮導魔導飛行大隊"が義勇軍の一つとしてフランソワ共和国に派遣されて既に1月近く。

戦場は刻一刻と変化するし、共和国の内情や帝国軍の情報は多角的に得たいとの考えは理解できるが、たった1カ月未満で二十一枚もの報告書を本国に上げることになるとは思いもしなかった。

 

それに加えて共和国軍上層部の混迷っぷりを思い出せば、この長い髪の様に、ただでさえ重たい頭を更に重たくさせられようというもの。

 

 

「…こうも暇だと、さて何しに来たのだか」

 

「はっ、こうもただ飯食らいでは身体も訛ってしまいます」

 

 

私は独り言のつもりで呟いたが、席を外していた副官のダン・ベイカー中尉は熱い珈琲をカップに入れて現れ、片方を私に差し出しながら律儀に反応を返してくれた。

受け取りながら「ありがとう、中尉」と感謝し冷えた手の平から熱を感じながら味わうように一口頂く。美味しいわね。

 

空いた左手で眼鏡の縁を癖のように触りながら満更でもない苦笑をする中尉との付き合いは、もう昔のことに思えるほど長い。

気心が知れて優秀な副官、私はむしろ世話を焼かれている側で彼には頭が上がらない。

 

 

「確かに、そうね。私が豚の様になったらお母様も悲しむでしょうね」

 

「はは、少佐殿がふくよかになられたら隊の者は悲しみますな」

 

「それはどういう意味かしら、中尉?」

 

「さて…少佐殿は我が隊の大隊長であられる前に皆の娘でもありますから」

 

 

中尉のそんな優しさに思わず笑みが零れ落ちる。

全く保身技術に長けた部下であること。

そんな風に言われて嬉しくないはずがない。

彼も、隊の部下たちもみな私よりは年長で平均年齢は四十後半と歳を重ねている者が多い。逆に若者は私だけともいう。

魔導適性は幸いにして年齢で衰退することがないのは救いだが、私の部下たちは少々特殊で皆が同じ共通点を抱えていた。

 

隣に腰を掛けた、この中尉もそれは同じ。

 

今でこそ連合王国軍の精鋭嚮導隊として各国にも知れ渡っている第一一三嚮導魔導飛行大隊は、傷病を理由に退役や一線を退いた魔導士の寄せ集めだった。

軍靴に隠れて健常者に見える中尉だが右足は義足だし、国境線の小競り合いで至近距離に爆裂術式を受けて視力も軍人としては平均を下回る。

 

初めて彼と出会ったのはまだ十歳の頃。

名誉を取り戻すために代々軍人を輩出していた我がオリバー家だが、今までに魔導適性を持つ者は皆無、たまたま八歳のとき発覚した私の魔導適性にお父様も悩んだのだろう。

次代当主は弟のアレンだとして、お転婆な我儘娘をどうするかに。

 

軍学校に通わせて問題でも起こせばこれまでの努力は無駄になるかも知れない。かといって没落中のオリバー家を喜んで迎い入れてくれる貴族がいるかどうか(お母様は嫁入りを望んだ)。

それに引き換え、全世界的にみても魔導適性は貴重な存在だ。

連合王国には帝国のような皆兵制度はなく、魔導適性を有していても強制ではない。ほぼ魔導士になるとは思うけれど。

 

そこで療養を終え、軍を退役したばかりの中尉を見つけてきたらしい。習い事を嫌った私はおおよそ貴族の立ち振舞とやらに疎くせめて軍人として正当な教育を受ける前に、また軍学校で優秀さを見せることを期待して彼を家庭教師として雇ったのだ。

初め、その話を当時は陸軍准将だったお父様に内示されたとき受けるかどうか迷ったそうだ。

彼は一般階級の出身で貴族社会を嫌っていた、今でも好いてはいないだろうが、その頃の中尉には既に奥方もいて生活の為に受けたと。

王立の幼年軍学校に入学するまでの三年間、必要なことの全ては彼から教わった。

 

 

「いつまで子供扱いなのかしら、中尉の上官侮辱罪をこの報告書に書き足してもいい?」

 

「おっと、ステイシーお嬢様それは勘弁願います」

 

 

私は彼に育てられた。何の揶揄でもなく、私の人生の師は誰か?と聞かれれば親でも軍学校の教官殿でもなく彼だと答える。

没落とはいえ領内を持つ貴族の家に生を受け、何の苦労なく育った私は、世間やお父様から素質無しと烙印を押される位にはお転婆だった。ついでに言えば勉強は好きではなかったので学もなかった。

さて軍に入らなければ私は何をしていたのか。

実戦を経験し生還した元軍人という存在は私の方向性に可能性を与えてくれた。

 

せがむように彼から聞いた戦場のお話は、お転婆を止めた私をより冒険に駆り立てたもの。

軍に入れば、煩わしい貴族社会から解放されるとも思っていた。

それが……。

 

 

 

 

 

 

それがどうだろう。異例の出世はさて、私の実力だけであろうか。

 

権力が物を言うというなら利用してしまえとは考えられない。

元々、我が家はそれで痛い目をみたのだし私自身に降り掛かる火の粉は良いとして家を継ぐ弟に迷惑を掛けたくはなかったからだ。

 

どういう訳か二十歳の頃、国防情報参謀本部に呼び出され魔導中隊を編制し部隊長になるよう内示を受けた。

飛行時間だけは魔力量の多さもあってベテラン並でも実戦経験は少ない。小隊指揮までしか自信も持てなかった私は、そんな考えを呼び出されたその場でジョージ・チャールズ・ラッセルズ陸軍准将に上申した。私は知りもしなかったがお父様の政敵だったらしいラッセルズ准将は大声で一頻り笑うと、嚮導を目的とした新規魔導中隊を編成するように改めて言った。

 

 

「貴官があの小憎たらしい爺の気質を受け継がなかったことを、私は心から言祝ぐとしよう。自分の未熟さを自覚する故に受け入れられないとあれば、これは正式な辞令とする」

 

「閣下…?」

 

「ただし部隊員は全て自分で集めるよう、自らの信ずる騎士道においてな。編成員に関してはこちらから口を出すことはないし、それによって発生する手続きや責任は私が取る、以上だ」

 

 

「下がりたまえ」と続けられ、私は自失したまま退室した。

軍が関与しない、かつ嚮導出来るほどの実力か経験を持った魔導士を十二人も…?

ようは、今の私には"部下の生命に責任が取れない"と曰ったようなもので閣下は、ならば軍から与えられた部下ではなく自分で部下を選べというのだろう。

 

まるで、死刑宣告のようだった。

お父様に相談しても解決にはならないし波風を立てるだけだ。

同期に頼っても、やはり意味がない。

この難題に答えをくれそうな人物は、一人しか浮かばなかった。

 

 

「お久しぶりです、ステイシーお嬢様。いまは大尉殿ですか」

 

 

彼の自宅にある応接室に通され、やや硬いソファに腰をかける。

家庭教師であり、本人の意志とは関係なく除隊を余儀なくされたダン先生にこの話をすることは正直躊躇われた。

 

 

「えぇ、ダン先生。確かに…久しぶりですね、正確には七年振りくらい」

 

「はは、七年……もうそんなに経ちますか」

 

 

結局、別れてからの経緯を私は全て話した。

王立幼年軍学校で三年、短期魔導士官学校で更に二年。

南部植民地の国境魔導警備隊に二年務め本国に呼び戻されたこと。

ラッセルズ准将からの命令のことも。

 

 

「新編の魔導中隊ですか…それはまた難儀な」

 

「はい、私もそう思って……」

 

「で?既に除隊した私に何を求められているんです」

 

 

聞いたこともない、先生の冷たい声色に身体が震える。

先生は既に国へ貢献した。それを国は切捨てたのだ。

戦えない軍人など、邪魔でしかないのはわかる。

 

扉をノックする音とともに年若い、充分に美人といえる女性が珈琲を持って入室した。

 

 

「失礼します。あなた、こんな若い女の子を苛めてはいけませんよ」

 

「まさか!苛めてなどいないさ、カーラ」

 

「本当かしら…お嬢さん、今にも泣きそうだわ。はい、珈琲でもどうぞ」

 

 

温かい珈琲が注がれた陶器のカップを受け取る。

 

 

「ありがとうございます…貴女は先生の」

 

「あぁ、私の妻ですよ。私には勿体無いくらいの」

 

「おだてたって何も出ませんからね」

 

 

実をいえば、新編部隊の案は既にある。

ただ、それは私一人では難しく先生の、彼の手助けが必要だった。

しかし幸せそうな光景を見て、先生を再び軍人にさせるのは…。

嚮導が目的といっても絶対安全な訳ではない。

もし戦争が起きれば。

 

 

「私は……いえ、そろそろ失礼します」

 

「ねぇ、お嬢さん?私に遠慮する必要なんてないわ。貴女の人生だもの」

 

「お嬢様……妻のいう通りです。お嬢様が何を考えて私を訪ねていらしたのかは理解しています。ただ、しようと考えたことを噤むのは貴女らしくない」

 

 

 

 

 

 

そうして彼を復員させ、その伝から除隊済みだったり療養中のを魔導師集め作ったのが、退役魔導師らで編成された部隊。

今の第一一三嚮導魔導飛行大隊の先駆けだ。

 

無理を通して下さったラッセルズ准将には頭が上がらないし、私情を抜いて支援してくれたお父様にも。

中隊は一年間訓練に訓練を重ね、負傷していても可能な限り安全な新戦術の実践から新しい術式の編み出しまで行い中隊は隊員を増やしながら大隊へ。国からは正式に嚮導という名誉まで与えられた。

 

各国に派遣されながら同国の魔導師たちを嚮導する二年の日々。

 

 

——そして1923年6月、開戦。

 

 

開戦で共和国と帝国の両実情を間近に確認でき、精鋭の援軍を多数送り出したという政治的取引の為に私たちは差し出された。

これを拒否できる権限を両准将は持ち得ていない。

それに各国に依頼されて嚮導を行っていた私たちは有名になり過ぎたのだ。

前線の即応部隊という位置づけに、私の隊は人を導いて死者を減らす嚮導隊から帝国のネームドを限定して狩る人狩り隊になっていた。

 

六月の中頃に派遣されライン戦線のロール低地(共和国の戦線左翼)でネームドを含めた撃墜数三十を越えた辺りで、メスに急遽招集されて以降未だ出撃要請も本国からの命令もない。

 

 

「ふふっ冗談よ、お嬢様なんて言われるのも久々……はぁ」

 

「どうなさいました?」

 

「会議の内容に少し、思うところがあっただけ」

 

「共和国の連中ですか……」

 

 

加えて先日の会議だ。

あぁ、思い返すだけで苛立ちが込み上げてくる。

私の精神修行が足りていないだけだとは思いたくない。

 

 

事の起こり。

この報告書を書く切っ掛けにもなった一部攻勢で損失した戦力を含めた対策を検討するというライン戦線の各戦区を支える共和国将校と連合王国の派遣将校を集めた緊急会議にあった。

 

 

 

◇ 

 

 

 

会議の場として選ばれたのはライン戦線の中央戦区に位置するメセ要塞都市だった。

選ばれた理由も帝国の砲撃範囲になく縦陣距離は60kmと最前線のライン戦線まで安全性が確保されており、後方司令部を含め各管区から集まりやすい交通上の理由もある。

 

このメセは先日の攻勢(共和国曰く電撃戦の応酬)に最も戦力を抽出した管区であり、一個師団の兵力と要塞を備えた戦略上の要衝でもある。

 

美しい建造物や都市に流れる幅広な川は水深も深く都市を分断するように川があるため万が一では水際防衛も期待されている。

生半な戦力では突破できず、最も可能性が苦慮された帝国の戦略は大規模な航空魔導師部隊に合わせた歩兵師団の投入であると考えられており、私の大隊が招集された理由でもあった。

 

芸術というものに理解のない私でも、素直に美しいと称賛できる街並み。

 

そんな素晴らしい景観を作り上げた筈の子孫らが集まるこの会議室は、重苦しい空気に包まれ優雅さとはまったく無縁に見えた。

 

 

「何が電撃戦の意趣返しだ?この結果は、貴重な物資を浪費した結果がこれか!!」

 

「そもそもだよ、作戦目標からして問題があったのではないのかね?」

 

 

いま尚、会議室は絶賛紛糾している。

既に二時間、この場に将軍たちが勲章をジャラジャラと誇示しながら二十人近くで睨み合っているのだ。

 

そして政治将校に付き添う形で私も席を与えられ、こうして意味もない罵り合いを聞き続けている。

あぁ、こちらの立場にもなってはくれないだろうか。

貴族社会や政治の泥沼もこれより幾分かはマシだ。

本国のジョンブルらは内心怒り狂っていても体裁を整えているし、あくまでも実益を重視している。

 

 

「メス軍管区長、ギレム准将はどう思うかね」

 

「はっ、私としましては…責任を取り…」

 

「それしか言えないのか!そもそもなんだ、この帝国魔導中隊如きに一個師団が半壊だと?ありえんだろう」

 

「まあまあ、ブルゴーニュ中将。ギレム准将の経歴の為にも"帝国魔導大隊"にしてはどうですかな」

 

「なら、いっそ戦闘団とでもしますか」

 

「くっ…!」

 

 

黙したまま動じないギレム准将に代わり私が怒り狂いそうだ。

やはり紅茶だろうか、それとも糖分が足りていないのか。

戦地だからな、仕方がない。いや、仕方がないで片してもよい問題ではない。

 

 

「双方の損害比は、我が方が七に帝国が三ですか」

 

「タダ飯喰らいとはいえ、歴史ある第二一親衛騎兵連隊を全滅させてしまったのは痛いですよ」

 

「それを言うなら第一三師団もだ。しかも最終目標の戦力誘引も失敗ときた、囮以下だよ」

 

 

この作戦で動員された一万五千人(四千人は砲兵隊や後方要員)の内、死者だけで二千人以上、負傷者と捕虜は五千人を超えているというのに何という余裕。握り拳がぎちぎちと音を立てている。

 

 

——こんな算盤以下の会議で前線の兵は切り捨てられているの?

 

 

こんな指導者が中尉を、仲間の様な傷病者を生み出すのではないか。

なら、一言くらい。

 

ふと、肩に手を乗せられて思い直す。

私の後ろに立つ中尉の大きな手。

そうだ、ここで暴発して部下たちはどうなる。その家族は?

あまり愉快な未来を迎えないのは間違いない。

 

彼らの精神と私の胃がせめぎ合う頃になって、ようやくピエール・ミシェル・ド・ルーゴ陸軍少将が重々しい口を開いた。

 

 

「諸君、そろそろよいだろうか。結果は結果、起きてしまったことは仕方がない。後任人事は後にするとして建設的な意見を求めたい」

 

 

軍とは階級社会だ。そして少将というのはこの場にいる共和国の将軍たちの中でも下から数えた方が早かった。

しかも階級を抜きにしても彼の発言力はそこまで大きくはない、だが軍は規律を重んじる。

彼が共和国軍国防次官であり陸軍次官という立場である以上、

表立って異を唱える将校はいないようだ。

 

 

「…我が方の攻勢を阻止したのは魔導中隊規模というのは、何処まで信用できる?」

 

「正確には、騎兵を餌に攻勢そのもの成功しかけたのです。帝国側のサングルミーレ近辺にいた守備兵力はほぼ無力化が済んでいました」

 

「阻止点は越えていた訳だ。なら、なおのこと中隊規模で戦局を変えられるとは」

 

 

将軍らの会話に、私の隣に座る連合王国の派遣将校が手を挙げる。

 

 

「何かな、ホランド大佐」

 

「今のお話ですが、我が方の観測機では中隊規模を捕捉しておりません」

 

「…というと?」

 

「最終的に中隊規模だった、というだけでサングルミーレ救援に現れたのは小隊規模です。もっというならば、初撃からメッツァン森林の臨時砲撃陣地まで延々と第十三師団を追撃していたのは一人」

 

「通称"ラインの悪魔"であります」

 

 

会議室を沈黙が包んだ。魔導師というのは希少ではあるがぴんきりで、才能も大きく差を生み出す不確定な戦力。

とはいえ単独では戦局を変えるほどの力はない。

それは魔導師の素質であったり、燃費の悪さであったりと要員は色々だが一戦区のパワーバランスを変えるなら最低で中隊規模というのが一般認識だ。

 

単騎でどこからスクランブルしたのかは分からないが10km以上を戦闘飛行しながら砲撃など不可能のはず。

汲めども汲めども枯れぬ井戸なんて、それこそ物語の主人公のようではないか。

 

 

「ラインの悪魔…帝国軍最年少の」

 

「銀翼保持者か……」

 

「あの少女かね?馬鹿馬鹿しい、あんなの奴らのプロパガンダだろう」

 

 

喧騒がようやく落ち着くと、沈黙を貫いていた幾人かの将校が発言し始め参謀に目配せされた秘書官が補足するように各々へ資料を配ってゆく。

 

私も渡された資料に視線を落とす。

どうやらライン戦線で、一度でも確認されたネームド級の魔導師のデータを纏めたものだ。

 

参謀将校が許可を求める様に挙手し、許可されると発言し続けた。

 

 

「見て分かる通り皆様にお渡しした資料は現在、ライン戦線に於いて活動が確認されている魔導飛行士のデータです」

 

「八ページ目の上から……三番目を御覧ください。それが帝国内では白銀と呼ばれているラインの悪魔と思しき者の数値です」

 

 

紙をめくる音の後、会議室の空気は更に肌にまとわりつくような。

高級将校の一人が問い詰めるように声を上げる。

 

 

「……この数に間違いは?」

 

「ありません。あくまでも魔力観測値も理論値ですし、観測範囲の部隊はほぼ壊滅しておりますので」

 

 

私は資料を見ながら、素養より形容し難い吐き気に襲われる。

隣に座るベイカー中尉も思うところがあるのだろう。

私の握り拳よりも拳を強く握り締めているのが判った。

 

他のネームドはほぼ、魔力の総量や出力、波形(観測範囲内で個人を特定する魔導士固有のパターン)に撃墜数が記載されているのに対して、この少女と呼ばれたターニャ・デグレチャフの欄に記載されているのは。

 

 

 

・ターニャ·デグレチャフ 性別/年齢 : 女性/9歳(不明)

 

初観測 : 統一歴1923年6月 ライン戦線 ノルデン地方

協商連合軍、非正規魔導大隊(実働中隊規模)との単独交戦にて、脱落一撃墜二を記録。撃墜は自爆攻撃によるもの。(撃墜の内一名は後方での治療中に死亡)

 

魔力容量 : 推定1200 ~ 2000qm(クルム)(平均値800qm)

魔力出力 : 推定3000 ~ 8000qh(クフル)(平均値1100qh)

観測波形 : 不明

 

撃墜数 : 三十八(協商、共和国報告)

登録個体名『ラインの悪魔』

 

 

観測波形が未特定ながら、撃墜数が記録されているのは少女の容貌が特徴的なほど幼いからだろう。素養は十二分で平均値を大きく上回る。何より自爆攻撃を敢行するほどの愛国心は感嘆すら覚える。

 

それが未だ幼い少女、いや幼女でなければ。

 

帝国の悪辣さを蔑むべきか、それとも追い込んだ我々が恥じるべきなのだろうか。戦争は美しいものではない。名誉は他者の血で塗れていて…そんな夢はとうに捨てていた、だが人間性までを捨てることはできそうになく。

 

そんなことを考えている内に会議の方針は決まったらしい。

その内容は私の予想内で、考えうる限り最悪に近いモノだった。

 

 

 

◇  

 

 

 

(視点:ダン・ベイカー中尉)  

 

 

会議の翌々日、時間は陽がまだ登ってすらいない早朝0400時。

メス要塞都市から東にあるメッツァンから更に東、サングルミーレの最前線の少し後方に位置するハンバッヘ中継基地に大隊は飛行移動を開始した。

 

一週間以上の待機ではあったが、急な召集から3分以内に集まった部下たちに満足感を覚えながらも、

オリバー少佐が時間通りに訪れるのを見計らい敬礼を忘れずに行う。

全員が一糸乱れぬ敬礼を行うと、少佐はいつも嬉しそうに少しだけ微笑むのだ。

 

それから一拍置き、少佐は表情を引き締めると共和国からの糞ったれな任務内容を高らかに告げた。

 

 

「諸君、私の信頼する古参大隊諸君。任務だ。待ちに待った任務だが、これは部隊が創立以来"最悪"とも言える任務だ」

 

 

少佐が普段使わない単語に誰もが喉を鳴らし静かに続く言葉を待つ。

 

 

「私たちは、いや諸君らは祖国に貢献し退役を余儀なくされ、私の我儘から多くの若者を嚮導し、そして!今再び戦場へ戻ってきた。他国の土地で、他国に請われるままこれまで、多くのエースを屠り喰らって来た」

 

「どのエースも敵ながら素晴らしいと素直に賞賛に値する騎士達であった。彼らの犠牲で、私たちの誇りは磨かれてきたと言っても過言ではない!」

 

 

静かに語りかけるように、そして努めて冷静に少佐は言葉を発している。

内心の怒りを隠さず、部下に怒りを許す様に。あるいは自分に言い聞かせる様に。

 

 

「しかし、私たちに与えられた任務はたった一つ。一人の幼い少女を、ラインの悪魔と呼ばれる魔導飛行士を落とす!」

 

「此処は戦場だ、同情は出来ない。彼女にも信じる誇りがあるだろう。それでも…たった一匹の雛に我ら大鷲で仕留めよという非道な戦争を、命令を許してはならない」

 

「諸君にも娘が、息子が、守らねばらなぬ者が居るように。この白銀も戦場に立っている。ならば礼儀を尽くし、愚昧な共和国の将軍達を呪いながら本気で潰せ!彼女のために、祖国のために、戦争で命を落とす多くの若者のために!」

 

「「「Yes,ma’amッ!」」」

 

 

少佐の怒りが、誇りと慈悲が分かる。少佐は自身を卑下なさるが誰よりも非道を嫌い、無意識に騎士道に準ずる方だ。銀翼と呼ばれる少女が誠に九歳だというならば、帝国は共和国や腐った貴族に勝るとも劣らない屑だ。

 

この部隊は退役軍人ばかりで、平均年齢が高く隊員のほとんどは家族を国に残して此処に来た。

生きるため、誇りのため、戦いを終えるためと理由は様々だろう。

一度は退役し、少佐に一人一人請われて復員した。私もそうだ。

だからこそ、ほぼ全ての隊員がネームドに準ずる経験を持つ大隊で。

たった一人の少女を嬲れと命ずる連中の気が知れない。

 

私にとっては、いや妻にとっても少佐は既に娘のような存在だ。

それは恐らく他の隊員もそう。そう思われている段階で、夢を捨てられない少佐は軍人に向いていない。

だが隊長として信頼され、足りない部分を支えたいと思わされるのだ。

 

生活のために家庭教師になったのは事実だが、右足大腿部から先を失ったは私は子供という未来を奪われ生きる気力を失っていた。そんな私が子供を教え導くなど酷い冗談だ。

 

ただ、足を失い軍からは捨てられ、食うにも困る。妻にはこれ以上苦労を掛けたくはない。

たった三年耐えればいい、そんな諦観を胸に抱いたまま、その当時は幼い少女に過ぎなかったお転婆なお嬢様に手を焼かされ、疲れて家に帰り、少佐のお転婆ぶりを話す私に妻は嬉しそうに顔を綻ばせていた。

「何がそんなに嬉しいんだ?」と聞く私に「あなたが嬉しそうだからよ」と言われたとき、再び生きる気力を得ていたのだと自覚した。

 

戦場に絶対はない。死ぬつもりはないが、死ぬつもりで私たちの娘を助ける。

妻もきっと少佐のためなら許してくれるだろう。

 

 

「そう気張るな、中尉。何時も通りに行こう」

 

 

少佐の優しげな表情、きっと少佐は夢を捨てられない。彼女が子供を殺めることはあってはならない。

子供の血で塗れた手をいずれ抱くであろう、母の手を血で塗らしてはならない。

 

 

「そうです、やってやりましょう!ベイカー中尉、俺たちで」

 

 

せめて、私が。私でなくとも隊が、命令違反になろうとも私たちは少佐のために戦場に舞い戻ったのだから。

私も仲間も、少佐も同じく測り違えていたのだと最後まで気付くことなく……。

 

 

 

◇  

 

 

 

部下達に任務を告げ半刻後、第一一三嚮導魔導飛行大隊は巣を飛び立った。

 

私たちの基本戦術は強襲にある。

当然、大隊総出で広範囲に展開すれば手早く目標とは接敵するだろう。任務の達成を第一に考えるならば、それも良いかもしれない。下らない任務だ、早く終えて部下のケアに力を入れるのは悪い選択肢ではない。

 

だが、そこまでして不要なリスクを背負う必要はないと私は判断した。

得られた銀翼のデータに間違いがなければ、可能な限り万全の状態を期するべき。

幸いにして、良くも悪くも彼女は目立つ。私たちが見つけなくとも陸軍が、他の部隊が彼女を見つけるだろう。

 

限定攻勢から得られたものがあるとすれば、恐らく白銀は緊急即応部隊に属しているのだ。共和国は白銀を引き摺り出す為だけに同じ状況を作り出そうとしていた。

 

 

——ならば目撃されるのを待っていればいい、いずれは網に掛かるのだから。

 

 

実績以上の昇進を繰り返し部下に恵まれ、若く未熟な私がこうして彼らを率いている。

それは運と時間に恵まれたからだ。

 

白銀は、素養だけなら私などきっと優に上回る。それを育て発揮できるだけの時間があれば。

 

叶うことならば戦闘不能に留めたい、作戦が開始されるのを待ちながら。

ただひたすらに、そんな時が来なければいいと祈りながら。

 

だが。

 

 

『―――こちらCP、イーグル1。獲物が掛かった。繰り返す、獲物が掛かった!』

 

「イーグル1よりCP、数は判るか」

 

『待ってくれ——観測は3、いや4。小隊規模だ、近辺に他の反応はなし』

 

「了解、狩りを開始する」

 

『良い狩りを、幸運を祈る』

 

 

良い狩り……を、か。

主という高尚な存在は、いつだって私たちに試練を与える。

 

 

「イーグルリーダーよりオールイーグルス、狩りの時間だ。私に続け!」

 

『『『Yes,ma’am』』』

 

 

こちらの魔導師が戦闘できる高度五千を維持し続け指定された地点に向かうと、彼我の距離は約3km。

地獄の様な地上を睥睨するソレを発見し得意の干渉術式で、血管を膨張させる。

視力を強化をしてやっと表情を判別できる程度だが、憮然とした顔は不貞腐れる子供の様で微かにジャングル・カービン(狙撃用に改造された小銃)を握る力が強くなる。

 

 

「数は4、小隊規模…情報通りだ。戦争をするぞ、各隊散開」

 

 

右腕を上げ、思い切り下げる。それだけで命令は伝わる。

ソード中隊とシールド中隊は左右から別れ一糸乱れぬ隊列で目標に向け駆けていき、一方で私が率いるランス中隊は高度七千までゆっくりと上昇する。

 

大隊が多くの戦果を上げながら欠員なくこれたのは、運や経験量と単に反復された素早い展開、準じて速力に優れているからに他ならない。

複雑な訓練に時間を掛けるより、単純な連携行動を繰り返す。

何度も何度も反復すればある程度無駄は省ける。

そして装備は必要最低限に絞ること。これは与えられた役目上、長時間の作戦行動を行わないからこそできることでもある。

 

この大隊と任務の特性から適した戦術は、単純かつ効率的な一撃離脱に重きを於いた強襲戦術。

それを相手の数と反応速度によって中隊、あるいは小隊単位で数パターンに変化を織り混ぜ繰り返す。

獲物が不用意に一方を追えば背後から狙われ、動きを鈍らせその場に留まっても四方八方から蜂の巣にされる。

 

無論、想定された弱点もある。

これは共和国のみならず連合王国にも共通している点で、遺憾ながら魔導技術では帝国に一日の長がある。

つまり一撃離脱戦法の極みは攻撃させずに攻撃を、敵から追撃という選択肢を放棄させる戦術であるから、これを実行する為に必要なのは"速度"と"高さ"の二つにあった。

 

士官学校で何度も叩き込まれる高度六千という数字。

これは帝国基準"での"平均的な魔道士の上昇時の戦闘可能な限界を指している。

帝国側からすれば「苦しいけど戦闘は出来るな」と認識。

 

対して帝国以外の国はどうか。無理だ。

 

地表からの高さはメートル換算で約千八百にもなり、その高さで高速戦闘機動するだけの演算宝珠を現在我が国は持ち得ない。このあたりは個人の素養というよりも演算宝珠の性能だ。

加えて双方の共通認識として高度六千八百から先は上昇すら不可能と言われている。

人間はいうまでもなく、空を飛ぶようには出来ていない。

そこに演算宝珠を使って「浮いている私」で一工程、「私を動かせる」で二工程を要する。

このように演算宝珠は必要な術式を自発させたり術式の構築補助を行ってくれる訳だが、例えるなら帝国製が六つの工程を同時に演算出来るとして私たちのは精々が四工程から五だろう。

 

その効果ほどに影響するのが出力、大気中の魔力を変換して利用する能力と攻撃、速度、防御全ての項目に影響を与える。これも個々人の素養と演算宝珠の出力に比例する。

帝国基準の高高度戦闘は、やってやれなくはないのが穴の空いた燃料槽割で飛行するような消耗を強要されてしまう。

 

この問題点を、私は私なりの選択で解消した。

それは件の安全性にも繋がる。

 

優位性として重視される推進力や火力、戦闘可能時間(魔力量)の拡張。それを達成する為には、足りない魔力を他所から持ってくればいいと考えた。

実際、私の中隊であるランス中隊の面々は全員が魔力容量に自信のある隊員から構成されている。そして義足や義手といった一撃離脱戦法が難しい戦傷者の隊でもある。

 

狩り場の直上を飛行し敵の逃げ道を塞ぎつつ戦闘部隊である、ソード中隊、シールド中隊に長距離干渉術式を用いて余剰魔力を供給や術式の代理演算を行う。防殻術式のような複雑な術式は戦闘しないランス中隊が担えばいい。

 

こうして飛ぶだけなら高度維持は比較的容易で、しかも敵の選択肢を奪える。

 

また高度優勢を取れるということは、位置エネルギーで優位を得るということでもある。

万が一、仕留めきれない場合(対象がソード中隊・シールド中隊より速いなど)はランス中隊が介入すればイレギュラーにも対応できる。

 

シンプルだが、それ故に初見で対応できる者は少ない。

少なくとも破られたことは無く、対策されない為にも狙った獲物は必ず落としてきたので抜かりもない。

 

とは言え、今回は幼い少女が目標であることを考えると部下の精神保全を鑑みなければ。

初撃と殺害させるのは避けるべきだ。戦争は倫理観を麻痺させる、各個が戦端を開いてしまえばあとは……。

 

あとは追い立てられ疲労した子供を。

 

 

「……私が仕留める」

 

「ステイシー少佐殿?」

 

 

口から酸素を取り込む。深呼吸を繰り返し、頻度を下げてゆく。心音を限りなく少なく。

ジャングル・カービンのピープサイトを覗き込みながら微動だにしない少女の胴に狙いをつける。

距離は約3km、普通では届かない。

 

 

―――干渉術式、弾丸=加速、加速、炸裂、光学併用。動体追尾。

 

 

私にとっては、魔導士にとってこの程度の距離造作もない。

トリガーに掛けた指を引く瞬間、銃身を僅かに右へ逸らす。

 

彼女の胴を掠るように、あえて射線を外したソレは眩い光は一直線に向かっていく。

良心の呵責や油断から狙いを外したわけではない。

白銀が動かずとも、彼女の部下はどうか。光速で迫る攻撃に動かずにいれるものか。

対象の直前で光学の弾道が四つに分かれそれぞれ対象を選んで飛来する。

 

 

「さすがは戦乙女!これで…終わりですかね」

 

 

ランス中隊の前衛を務めるダフ少尉がぽつりとつぶやく。

 

 

「いや……ダメみたい」

 

 

二人の男性魔導士は唐突に標的にされたことで、慌てて回避機動を開始したが弾道速力と追尾から振り切れないと悟ったのだろう直撃寸前に前面へ防殻を展開。追尾していた弾道は防殻に命中し軽い閃光とともに消失する。

一瞬の安堵、その隙をがら空きの後背に向かって残りの二本がそれぞれへ突き刺さり墜落していく。

この距離では殺傷威力などないが戦力からは脱落確定。

 

 

「お見事、しかし……動きませんでしたな」

 

 

ダン中尉の言葉に頷きを返す。

元々、動かなければ当たらない様な代物だ。

白銀に関しては想定通りの反応だったが、直近にいた一人の女性魔導飛行士、恐らくはバディも動かなかった。

 

戦域を見下ろすと部下達は二つの中隊を小隊単位に分けた様で、

六小隊に分かれた彼らは目標までの距離を1kmまで縮め半包囲の形で四方から駆けてゆく。

数の差は二十四対二、圧倒的兵力差で侵攻してくる部隊に対し、白銀は留まる愚も、追いすがる蛮勇すらも選択しなかった。

 

白銀の、その選択は想定されていない行動だ。

 

 

『Engaged!FOX1、FOX1』

 

 

ソード中隊のマクレガー大尉が強襲を躊躇して後退しながら統制射撃を開始する。

白銀は何事かを呟いたあと、自ら私たちランス中隊の方に向け直進を開始したのだ。

いざ攻撃を開始しようとしたところを、急接近されたために相対距離が一瞬で縮まってしまう。

 

 

「ダメだ!マクレガー、そのまま直進してターゲットをパスしろっ!」

 

『ソード1、了……がぁああああ』『大尉!?ソード2、Engaged…がっ』

 

 

距離を近接格闘範囲まで詰めた白銀は突貫した勢いを殺さないままマクレガー大尉の両腕を魔導刃で華麗に切り落とすと、娘が父親に抱き着くように胴へ手を回して再加速する。

大尉のバディでありソード中隊の副官でもあるメイ中尉は即座に対応し近接格闘で白銀を引き剥がそうとするが、頭部に蹴りを入れられ吹き飛んでいく。他の隊員は誤射を恐れて撃てないのだろう。

 

 

『あぁ……ソード、1だ。オールソード俺ごと撃て!弾幕を絶やすなっ』

 

「っ……ステイシー少佐」

 

 

悲痛な声が無線から聞こえてくる。白銀は自分の倍以上の体格、体重の男を抱えながらまだ加速している。

推進力が、装備軽量化と強襲を前提にしている筈のこちらとは段違いに速い。

最初の接敵で一度足を止めてしまった各隊が追いすがれなくなるのは自明の理とも言えた。

 

 

「くそっ……!!オールイーグルス、マクレガーの意思を酌んでやれ」

 

『了解っ、大尉許してください!』『あれが子供!?まともな奴じゃない!』『オンファイア!』

 

 

狙いは私か、こちらの戦術を崩された段階で一度下がるべきか。

数的優位は崩れない。彼女とて、あそこまで冷静かつ苛烈に攻撃できるなら撤退する私たちを追撃はすまい。

 

盾の役目をこなせないと理解してか、マクレガーを後ろに投げ捨てると小銃を構えて更に加速した。

追撃していた隊員の一人がマクレガーを受け止め追撃を中止する。

メイを含めれば、これで戦力外が四。開戦して数分で四人、確かに普通じゃない。

心情的に撃ちやすくなったが、速度が増して命中弾は減ったため光学術式から爆裂術式に各々が切り替え至近爆破で連鎖的にダメージを与えていく。あまりにも一方的な釣瓶撃ちに一瞬、彼女の小さな体が煙に包まれ見えなくなった。

 

 

『射撃中止、射撃中止!』『やったか?』

 

 

煙が滞留して確認できない、墜落はしていない。

 

 

『油断するなよ……狙いは外すな!』

 

 

この段階で撤退は放棄した。ダメージがあるのは間違いない、足も止まった。

もしかしたら捕虜にできるかもしれない、殺す必要はないかもしれない。

そんな考えがあった。

 

 

『……っ、うぅ……う』

 

 

混線した無線からは泣き声のような、子供らしい声。

 

 

「ダン、ランス中隊も行くぞ」

 

「Yes,ma’am」

 

 

距離は2kmと少し、完全包囲で投降勧告をしよう。マクレガーは重傷だが死者はいない。

今なら腕も繋がるだろうし、こんなくそったれな仕事はさっさと終えてしまいたい。

接近しながら共用無線で、威圧的ではなくいつもの声色で白銀に声を掛ける。

 

 

「白銀の少女、貴女は果敢に戦った。その勇戦に敬意を表します。そして投降を…これ以上の」

 

『う…………ふは』

 

「どうしました?投降の意志があらば銃を投げ捨てて下さい」

 

『あはははははは!!投降、貴官は自らの都合で掴み取る命を選ぶのか?』

 

 

狂笑、というべきだろうか。いや頭のネジが外れたような笑いではない、その笑いに込められたのは怒りだ。

ダン中尉が小銃を腰だめに構える、他の者も追随していく。私は……左手を横に伸ばしそれを制した。

 

 

「何がいいたいのかしら」

 

『突然、押し入り強盗した男が親を犯して殺し、それを見た子供に言い放つ。お前は子供だから見逃してやると』

 

『帝国の田畑を踏み慣らし、守ろうとした男たちの血で土を腐らしておきながら充足感に満ちた顔で言う。お前たちの国は悪い奴らだから打倒した、この地は安全になったから安心しろとな』

 

「わ、私たちは違う!」

 

 

私はそんなことしない。そんな厚顔無恥を晒すものか。

 

 

『あぁ、そうだろうな。そうなのだろう、高尚だ。尊敬するよ、拍手が欲しいかね』

 

「少佐、射撃許可を!!」「このガキ、つけあがりやがって」

 

 

違うはずだ。戦争は糞の肥溜めより尚汚い。私は銃を持つ軍人だけを、殺してきた……選んで?

煙は未だ晴れない、少女の姿は見えない。

 

 

『つけあがるな、か。共和国と協商連合、帝国の問題に非合法に首を突っ込む諸君に投降勧告は不要だな?』

 

「限界です、少佐!ランス2より各隊自由射撃せよっ」

 

「待っ……」

 

 

待て、あれほどの爆裂とはいえ煙が未だ晴れないのは可笑しくはないか?

投降できないというなら煙から出ずとも撃てばいい、なんだ。何かが引っかかる。

 

総勢三十二名の集中射撃、光学や爆裂が煙の一点へと吸い込まれていく。

突如、生き物のように煙が噴き出し包囲していた私たちを包み込んだ。

 

 

「げほっ……なんだ!?」「撃つな!おい、撃つな!ぎゃあ」「かはッ!あの野郎、総員離脱しろ!」

 

 

部下たちの悲鳴が、煙で視界を封じられた私の耳に痛いほど届く。

この戦法は私の初撃に対する応酬なのか。

見えないのは白銀だって同じ筈、パニックになった友軍同士の誤射が多いだけだ。

動けばむしろ。

 

 

「ステイシー少佐!こちらへ……っ」

 

「ダン!?待て、動くな……そうい」

 

「ほぉ、その美声……貴官が指揮官だな」

 

「なっ!!」

 

 

煙の動きだけで人物の位置を特定しているというのか。

薄い金髪、白い肌、緑眼の人形のようなくりっとした瞳、幼い顔。

その手に持つ小銃の魔導刃が怪しく緑光を放っている。それを振り下ろして。

 

 

「ステイシー!!らぁああああっ」

 

 

聞いたこともないダン中尉の雄たけび、突き飛ばされる感覚に彼の顔を見る。

刃が彼の胴を斜めに切り裂いてダンは返す刃で白銀の胴を両断した。

 

人間の、そんな咄嗟の考えすら、彼女の予想内であるのか。

 

白銀の少女、その像がぶれる。

振りかぶったダン中尉は唖然とした表情で少女を見る。

 

 

『落第だ、馬鹿者め』

 

「デコイ……?ステイシー、妻を」

 

 

脳内に鳴り響く照射警報は到底、個人単位が行える範囲の照射ではない。

疑似的に視覚化された交点は点であったことされ悟らせぬほどに広く、どうあがいてもダン中尉は回避できないだろうと私の頭は冷静に理解した。

 

 

『天主の神よ、争いを捨てられぬ罪人なる我らのために』

 

『全知全能たる我らが神よ、今再びその御業を見せ給う』

 

 

「中尉っ!いま、離せ!?モルダー離してくれ」「ダメです!少佐が居なくなっては誰が、皆を」

 

 

私が放った光学系の射撃など比べるべくもないほどの攻撃がダン中尉と、近辺にいた散開途中のランス中隊数人を飲み込んだ。一直線に突き抜ける光の滂沱は大地を焼き尽くしやがて収束していく。

 

回避し損ねた数人の肉片が大地に降り注いで、ダン中尉は肉片一つ残さず消えた。

 

 

「…ターゲットロスト」「神よ……」「ダン中尉がやられたのか!?」

 

 

煙は掻き消えつつある。今の攻撃を目にしなかった者はいないだろう。あ

まりの光景に私を押さえていたモルダー少尉も手を離した。

空からあの少女の声が聞こえる。それは笑うでも怒るでもなくただ淡々と、事実だけを告げるように。

 

 

『さて、私も諸君らに習い通告しよう。武器を捨て、投降せよ。これ以上の戦いは無意味である』

 

「ふざけるなぁ!」「シールド1、我に続け!!」

 

 

彼女は高度一万という私たちではどう逆立ちしても不可能な高度優勢から、急速降下して自軍側ではなくこちら側へ後退した。位置エネルギーを活用した急降下は奇遇にも私たちの戦術だ。

みるみると高度を下げ彼女を引きずり出すために攻勢を掛けている友軍のひしめく地上を、共和国側の塹壕線へと向けて突き進んだのだ。

地表に触れるか触れないかという高度を維持して身体を左右を揺らし部下の予測射撃を振り切っている。

 

 

『曲芸飛行か!・・・・・いや待て、この方向は不味いぞ!』

 

『糞っ、こっちも高度を下げろ!撃ち下ろしは友軍に当たる』

 

 

私の中隊以外は追撃を開始し、周囲には五人だけが残った。戦域無線からは部下の取り乱す声が聞こえてくる。

想定されている行動への対処法は叩き込まれていても平静を欠いていては。

ダン中尉は私と部下たちを引き合わせてくれた、大隊の中核だった。

彼の死が精鋭であるはずの部下たちを恐慌させている。

 

 

「ステイシー少佐、我々は……ご命令を!」

 

「っ……」

 

 

溢れそうになる激情を務めて隠しながらも困惑している中隊に命令を告げる。

 

 

「ランス中隊、ソードとシールドをカバー。背後に回れ!」

 

「「Yes,ma’am」」

 

 

少女の、彼女の取った行動は常識的にあり得ない。軍人として後退はあり得ない、これは分かる。

そもそもあれほどまでに軍人らしく教育されているならば出来ないのだろう。

敵前逃亡はどう足掻いても重罪である。

勝利に逸った訳ではない、既にこちらは一個中隊も食われている。

この戦果だけでも戦犯にはならないだろうに。

 

まさか、追うでも留まるでもなく前に"撤退"する?

 

確かにそれならば褒め称えられこそすれ、咎められることはないだろう。

それは生存出来てこそ、意味があるものじゃないのか。

 

 

『やめろ!こっちは友軍・・・ヅっ』

 

『ソード3!?目標から応射来るぞ!オールソードス、回避起ッ』

 

『中隊長!くそっ、回避って言ったって何処に避けろってんだ!』

 

 

ランス中隊が白銀に合わせるように高度を二千まで下げ、前方で今なお追撃戦を繰り広げているソード中隊とシールド中隊に追いすがるまでに無線からは悲鳴や怒号が聞こえ続けている。

此方からは射線が固定され針を通す様な精密な射撃を強要されるのに対し、目標は混乱した共和国の対空陣地で以て此方への意趣返しをしてる様だ。

 

高度を上げれば撃てず、下げれば墜落。左右への回避運動は隊列を乱すばかり。

なんて事。悪い冗談のようだ、襲う側の牙が。研ぎ澄ました牙が振るわれる前に落とされていく。

 

敵に落とされたならまだいい。

部下が友軍の砲火で何人も落とされていることに悪態をつきたくなる。

 

結局、私達が追いつく頃には前衛を務めたソード中隊は半数を割り、シールド中隊も脱落者が出ていた。

一体、何人が復帰できるのか。そんな不安を抱きながら無線に激を飛ばす。

 

飛行しながらの狙撃は想像出来ぬほどに難易度が高い。

だが、当てなければ。否、此処で仕留めなければ何かが終わる予感がある。

 

 

「オニール、中隊を連れていけ、やつの頭を押さえろ!私が全力で撃つ」

 

「Yes,ma’am!モルダー、マルコは右から。ニコル、ノリスは俺と来い」

 

 

強迫観念に襲われながら少女の胴ではなく、頭部を狙う。

そこに悪意が含まれていないと取り繕うことは、もうできない。

 

(貴官は自らの都合で掴み取る命を選ぶのか)

 

 

――煩い、貴女が私の大事な人たちを……!

 

 

「よく持ちこたえたソード、シールド!一度下がって隊を整えろ。立て直し次第、左右から包み込め」

 

『『Yes,ma’am!』』

 

 

狙い済ませた射撃を爆破系の術式を多重に籠めて放つ。

針を通す、とはいえ機動半径が狭まっているのは目標も同じ。

故に、私は領域ごと少女を爆破することを選んだ。

 

 

――爆裂術式、加速、爆破、爆破、爆破!

 

 

これならば、当たる!

 

命中し連鎖的な爆発は当然、目標の防御膜ごと破砕する、筈だった。

 

 

「ごめんなさい!」

 

 

背中から腹部に掛けて走る痛覚、口から血が溢れ射撃は見当違いの方向へ飛んでゆく。

空に巨大な爆発連鎖し撃つ筈だった少女は先と変わらず少女は飛び続け、その身には傷一つ無い。

 

 

「貴女は……こふっ」

 

 

そうか、あの少女のバディ。無茶な突撃は仲間を逃がすためだと思っていたが…そうか。

長い髪の女性魔導士は小銃から手を放し、すぐさま私から距離を取った。

腹から突き出た魔導刃を掴み押し出そうとするが指に力が入らない。

 

ならばと震える左腕でジャングル・カービンを構えトリガーを。

 

白銀が冷たい眼で私を見た気がした。その殺気たるや、先の砲撃に近いものを感じる。

その手に持った小銃からは発せられる魔力光は中隊規模のそれを超えている。

あれは間違いなく私を狙っている。

 

 

「少佐っ!!がぁッ」

 

 

部下の悲鳴、ダンに救われて……私は何もできずに。

光学系術式の射撃が、否。砲撃が私を掠める。自発した防殻は熱と余波を受け止めようと激しく振動し破裂した。

 

照射範囲から辛うじて逃れていた私ですら、余波による爆風効果で吹き飛ばされ。

吹き飛ばされて、いとも容易く墜落した。

 

私は見た。

 

爆風に掻き消される煙幕の中から肌の白い美しく可憐な少女が飛び出し、

落ちた私を睥睨すると対空砲の障害など物ともせず自陣へと戻っていく姿を。

直視以外に彼女を追う術はなく、本気を出した白銀は途中でバディを拾うとその名の通り星の様に光を残して去っていった。

 

 

 

 

 

 

「少佐殿、ご無事ですか」

 

「…………っ?」

 

 

私はどれだけ気絶していた、そう聞こうとした声が出ない。

メイ中尉が私の腹部に応急処置を施してくれている。

マクレガーはどうしたのだ。やはり声は音にならない。

 

 

「声が、出ないのですか?」

 

「……ぁ」

 

 

小さく頷く、砲撃音や銃撃は未だに聞こえる。空は明るく時間はそれほど経っていないのか。

 

 

「十七人、食われました。内負傷は四、ランスからは七。ソードは六、シールドは四」

 

 

半数以上がこの一戦で。私は全てが終わってから、漸く気が付いたのだ。

我慢していた感情が、涙が溢れる。私は何をしていた?

損壊した肉片に姿を変えた部下をどうやって遺族に返せばいい。ダンの、奥方になんと報告すればいい。

 

彼女は初めから逃げる気など無かった。

追い込むつもりで追い込まれたのは私達だったのだと。

 

あれほどの足回りに破壊力、そして果断な判断力と胆力。

確かにアレならば中隊などでは時間稼ぎにもなるまい。

初めから総出で掛かっていれば、あるいは甘さなど捨てていれば。

 

後悔は先に出来ないからこそ、悔いと書く。

 

要するに私は甘すぎた。

捨てたつもりの甘さは奢りという名の毒だった。

 

戦争に誇りなどない。

ましてや騎士道など、馬鹿馬鹿しい。

私の甘さが部下を殺し、私の夢がこの結果を招き寄せたのだ。

 

 

部隊として活動出来なくなった第一一三嚮導魔導飛行大隊は再編の為、本国に戻された。

私は後に知ることになる。あの悪魔と呼ばれる少女が、戦災孤児だったことを。

 

 

 

 

 



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ライン戦線―大鷲失墜(旧版)

共和国軍部と現場側の認識に深刻な問題有り。

個人的な思想、感情を省きここに記す。

かの国に対する率直な評価は愚鈍と評する他なし。

 

軍人が政治を語るのはタブーとされてはいるものの、

組織運営の観点から軍は政治的な思考を持たざる得ないことは理解。

されど、国益を準じて勝利を目的としたものであり

感情論を先行させ軍内部で自滅的な作戦を発案する軍部には疑問点を有する。

先日の中央部集中攻勢に際し、内部で失敗するように策動した動きが見られる。

戦況の変化にも作戦本部が対応しきれていないと判断される。

 

ついては、技術嚮導として司令部要員の派遣を具申する。

 

統一歴 1924年 4月15日

"義勇"連合軍第113嚮導魔導飛行隊 ステイシー・オリバー少佐

 

 

 

 

夜特有の静けさを取り戻したライン戦線の後方司令部で、

私は本国に提出する報告書を書き上げていた。

 

文才が無いのも含め、私はペンを手に取るのはどうにも苦手だ。

それに長い髪が重たい頭を更に重く感じさせるのも頂けない。

 

「いかんな・・・これでは本国に私の忠誠心を疑われてしまいかねん」

 

「はっ、といいますと・・・」

 

私の独り言に副官のダン・ベイカー中尉は律儀に反応を返してくれる。

毎回、眼鏡の縁を癖のように触る彼を見るとどうしても私は苦笑してしまう。

 

「ふっ、気にするな。敷いて言うならば奴らに"願われた"任務の方が問題だよ」

 

そんな言葉にベイカー中尉は気難しそうな顔を更に歪めて俯く。

思い返すだけで苛立ちが込み上げてしまうのは精神修行が足りていないのだろう。

 

事の起こり。

この報告書を書く切っ掛けにもなった昼に行われた、

ライン戦線の各戦線を支える共和国将校を集めた緊急会議にあった。

 

 

◇  視点:オリバー少佐  ◇

 

 

会議の場として選ばれたのはライン戦線の左翼に位置するメセだ。

このメセは先日の攻勢にも参加した管区であり要塞を備えた要衝でもある。

美しい建造物や都市に流れる幅広な川は防衛にも適している。

だが、そんな素晴らしい景観を作り上げた筈の子孫達が集まるこの会議室は、

重苦しい空気に包まれ優雅さとは無縁に見えた。

 

「何が電撃戦の意趣返しだ!この結果は、貴重な物資を浪費した結果がこれか!」

 

「そもそもだ、作戦目標からして問題があったのではないのかね?」

 

今持って会議室は絶賛紛糾している。

既に二時間、この場にいい年をした大人が20人ばかり詰めては

こうして意味もない罵り合いを聞き続けている。

あぁ、こちらの立場にもなってはくれないだろうか。

本国のジョンブルらの方が内心怒り狂っていても体裁を整えている分、

幾分かマシだろう。

 

やはり紅茶だろうか、それとも糖分が足りていないのか。

彼らの精神を私が本気で心配し始める頃になってド・ルーゴ将軍が口を開いた。

 

「結果は結果、変わらぬならば少しでも建設的な意見を求めたい」

 

階級を抜きにしても彼の発言力は大きくはない、だが軍は規律を重んじる。

彼が共和国軍国防次官であり陸軍次官という立場である以上、

表立って異を唱える将校はいない様だった。

 

「そういえば、集中攻勢を阻止したのはどうやらあの銀翼の様でしたな」

 

「あの少女かね?馬鹿馬鹿しい、あんなの奴らのプロパガンダだろう」

 

喧騒がようやく落ち着くと沈黙を貫いていた幾人かの将校が発言し始める。

参謀に目配せされた秘書官が補足するように各々へ資料を配ってゆく。

私も渡された視線を落とす。

どうやらライン戦線で確認されているネームド級の魔導士のデータを纏めたらしい。

 

参謀将校が許可を求める様に挙手し、許可されると発言し続けた。

 

「見て分かる通り皆様にお渡しした資料は現在、

 ライン戦線に於いて活動が確認されている魔導飛行士のデータです。」

 

「8ページ目を御覧ください。それが銀翼を与えられた白銀と思しき者の数値です。」

 

紙をめくる音の後、会議室の空気は更に重苦しいものになる。

高級将校の一人が問い詰めるように声を上げる。

 

「・・・・・・この数値に間違いは?」

 

「ありません。測定器は正常との回答を現場より得ています。」

 

私は資料を見ながら、素養より形容し難い吐き気に襲われる。

隣に座るベイカー中尉も思うところがあるのだろう。

拳を強く握り締めているのが判った。

 

あぁ、彼は本国に娘が居るんだったな。

 

帝国の悪辣さを蔑むべきか、それとも追い込んだ我々が恥じるべきなのだろうか。

戦争は美しいものではない。

そんな夢はとうに捨てている、だが人間性までを捨てることはできそうにない。

 

そんなことを考えている内に連中の方針は決まったらしい。

その内容は我々の予想を上回ったモノだった。

 

 

◇  視点:ベイカー中尉  ◇

 

 

明けて早朝、最前線の少し後方に位置する中継基地に少佐と戻ると

待機させていた部隊員を召集した。

急な召集から3分以内に集まった部下たちに満足感を覚えながらも、

少佐が時間通りに訪れるのを見計らい敬礼を忘れずに行う。

全員が一糸乱れぬ敬礼を行うと少佐は少しだけ微笑んで下さり皆も目線を合わせる。

 

それから一拍置き、少佐は表情を引き締めると糞ったれな任務内容を高らかに告げた。

 

「諸君、任務だ。それもこの部隊が設立されて以来"最悪"とも言える任務だ。」

 

少佐が普段使わない単語に誰もが喉を鳴らし静かに続く言葉を待つ。

 

「我らはこれまで、多くのエースを屠り喰らって来た。

 どのエースも敵ながら素晴らしいと素直に賞賛するに値する騎士達であった。」

 

「彼らの血で我らの誇りは磨かれてきたと言っても過言ではない!」

 

静かに語りかけるように、そして努めて冷静に少佐は言葉を発している。

内心の怒りを隠さず、部下に怒りを許す様に。

 

「しかし、しかしだ。あの、ライン戦線に於いて我々が与えられた任務はたった一つ。

 1人の幼い少女を、銀翼と呼ばれ始めた魔導飛行士を落とす!」

 

「此処は戦場だ、同情は出来ん。だがたった一匹の雛に我ら大鷲で仕留めよというの命令を許すな。」

 

「諸君にも娘が、息子が、守らねばらなぬ者が居るように。

 この銀翼も戦場に立っている。ならば礼儀を尽くし、愚昧な共和国の将軍達を呪いながら本気で潰せ!」

 

「「「Yes,ma’amッ!」」」

 

少佐の怒りが、騎士としての誇りと慈悲が伝わってくるのが分かる。

この部隊は平均年齢が高く隊員のほとんどは家族を国に残して此処に来たのだ。

だからこそ、ほぼ全ての隊員がネームドに準ずる力量を持つ大隊で。

たった一人の少女を嬲れと命ずる連中の気が知れなかった。

 

そんな私の様子を気にかけて下さったのか、少佐が肩に手を置いた。

 

「そう気張るな、中尉。先の言葉に嘘はない、が貴様らの誇りを汚させはせんよ。」

 

少佐の優しげな表情と言葉の意味を理解してしまう。

ああ、この方はなんと優しいのか。自らの手で留めを刺すと、そう仰っているのだ。

 

せめて、支えよう。

この後味の悪い任務を終えたら部隊総出で少佐を労るのも悪くはない。

そんな呑気なことの時までは考えていた。

 

俺も、少佐も同じく測り違えていたのだと最後まで気付くことなく・・・。

 

 

◇  視点:オリバー少佐  ◇

 

 

部下達に任務を告げ半刻後、第113嚮導魔導飛行隊は飛び立った。

 

私達の役目はあくまで強襲にある。

当然ながら大隊前面に展開すればいずれ目標とは接敵する。

ただ任務の達成を第一に考えるならば、それは要らぬリスクを招くのだ。

良くも悪くも彼女は目立つ。

ならば目撃されるのを待っていればいずれは網に掛かるという寸法である。

 

今までは部隊単位を対象に行なっていたのが個人を対象にする、ただそれだけの話。

 

私の家は古くから貴族の名門ではあったが、私の様な粗忽者には社交界は縁遠く。

国を支える学も持ち合わせてはいなかった。

有ったのは魔道士適正、正直なところ家の力も有ったのだろう。

実績以上の昇進を繰り返し部下に恵まれ、若く未熟な私がこうして彼らを率いている。

 

それは運と時間に恵まれたといっても良い。

 

対象となる少女、軽く調べたが戦災孤児だと聞く。

資料など見ずとも素養だけなら私など、優に上回ると直感が強く告げていた。

それを育て発揮できるだけの時間があれば、だ。

 

叶うことならば戦闘不能に留めたい、そんなあり得ない未来を希望しながら、

私は作戦が開始されるのを待つ。

ただひたすらに、そんな時が来なければいいと祈りながら。

 

だが。

 

『―――こちらCP、イーグル1。獲物が登った。繰り返す、獲物が登った!』

 

主は私たちに試練を与えるのみか。

 

「イーグルリーダーよりオールイーグルス、狩りの時間だ。続け!」

 

『『『Yes,ma’am!』』』

 

部隊が戦闘できる高度6000を維持し続け指定された地点に向かうと、

彼我の距離は3km程で地獄の様な地上を睥睨するソレを視認した。

視力強化の術式を使ってようやく表情を判別できる程度だが、

憮然とした顔は不貞腐れる子供の様で微かに狙撃銃を握る力が強くなる。

 

私は右腕を上げ、思い切り下げた。

それだけで命令は部隊に伝わる。

戦闘部隊は一糸乱れぬ隊列で目標に向け駆けていき、

一方で私が率いるランス中隊は高度7500まで上昇する。

 

この部隊が多くの戦果を上げながら損失を限りなく少なく出来たのは、

単に無駄なく行動でき、準じて速力に優れているからに他ならない。

複雑な訓練に時間を掛けるより、単純な連携行動を繰り返す。

何度も何度も反復すればある程度無駄は省けるのだ。

 

そして単純かつ効率から選ばれたのは一撃離脱に重きを於いた強襲戦術。

それを中隊、あるいは小隊単位で繰り返す。

獲物が不用意に一方を追えば背後から狙われ、

動きを鈍らせその場に留まっても四方八方から蜂の巣にされる。

 

一見隙のない布陣ではある。

が、想定された弱点もやはりというか存在していた。

共和国のみならず連合王国にも共通している点として、

魔導飛行士という技術では帝国に一歩以上の遅れをとっているということ。

 

士官学校で何度も叩き込まれる高度6000という数字。

これは帝国基準での平均的な魔道士の上昇可能限界なのだ。

つまるところ、1800mで戦闘機動するだけの演算宝珠を現在我が国は持ち得ない。

不可能ではないのだが割に合わない消耗を強要されていまう為だ。

 

この問題点を本国は紳士の思いつきで解決した。

 

実際問題、貴重で大変高価な魔導飛行士を大隊単位で運用出来る戦場は少ない。

維持費として考えれば戦闘能力と比してもコストは相当に安い。

が、それは育成や装備を充足させ実戦配備してからの話。

つまり、1~2小隊の戦闘能力をはじめから無いものとし贅沢な計算をしたのだ。

優位性として重視される推進力や火力、戦闘可能時間の拡張。

それを達成するのに足りない魔力を他所から持ってくればいいと考えた。

 

実際、ランス中隊の面々は全員が魔力容量に自信のある隊員が選ばれている。

狩り場の直上を飛行し敵の逃げ道を塞ぎつつ戦闘部隊である、

ソード・シールド中隊に干渉術式を用いて余剰魔力を渡す。

複雑な術式は戦闘しないランスが担えばいい。

こうして飛ぶだけなら高度を維持は容易で、しかも敵の選択肢を奪える。

 

高度を取れるということは位置エネルギーで優位を得るということでもある。

万が一、仕留めきれない時はランスが介入すればイレギュラーにも対応できる。

実にシンプルだがそれ故に初見で対応できる者は少ない。

少なくとも破られたことは無かったし、対策されない為にも

狙った獲物は必ず落としてきたので抜かりもない。

 

とは言え、今回は幼い少女が目標であることを考えると

部下の精神保全を鑑みれば殺害させるのは避けるべきだろう。

あとは追い立てられ疲労した子供を。

 

「・・・私が仕留める。」

 

戦域を見下ろすと部下達は2つの中隊を小隊単位に分けた様で、

4つに分かれた彼らは目標に向け四方から駆けてゆく。

半包囲するように侵攻してくる部隊に対し、

少女は留まる愚も、追いすがる蛮勇も選択しなかった。

が、その選択は想定されていない行動でもあった。

 

『Engaged!FOX1、FOX1』

 

自ら敵に向けて直進したかと思えば、

急降下を行い高度を下げ砲撃戦を展開している地上を、

共和国側の塹壕線へと向けて突き進んだのだ。

地表に触れるか触れないかという高度を維持して身体を左右を揺らし

予測射撃を振り切っている。

 

『曲芸飛行か!・・・・・いや待て、この方向は不味いぞ!』

 

『糞っ、こっちも高度を下げろ!撃ち下ろしは友軍に当たる』

 

戦域無線からは部下の取り乱す声が聞こえてくる。

想定されている行動への対処法は叩き込まれていても

イレギュラーには慣れていないのだ。

 

此処に来て、運用方法の穴を突かれるなんて!

私は内心の焦りを務めて隠しながらも困惑している中隊に命令を告げる。

 

「ランス中隊、ソードとシールドをカバーする。続け!」

 

少女の、彼女の取った行動は常識的にあり得ない。

軍人として後退はあり得ない、これは分かる。

というよりそもそも軍人として教育されているならば出来ないのだ。

敵前逃亡はどう足掻いても重罪である。

 

だからこそ、その選択を排除していたというのに・・・。

まさか、追うでも留まるでもなく前に"撤退"する?

確かにそれならば褒め称えられこそすれ、咎められることはないだろう。

しかし、しかしだ。

 

それは生存出来てこそ、意味があるものじゃないのか。

 

『やめろ!こっちは友軍・・・ヅっ』

 

『ソード2!?目標から応射来るぞ!オールソードス、回避起ッ』

 

『中隊長!くそっ、回避って言ったって何処に避けろってんだ!』

 

ランス中隊が高度を3500まで下げ、前方で今なお追撃戦を繰り広げているソードとシールドに追いすがるまでに無線からは悲鳴や怒号が聞こえ続けている。

此方からは射線が固定され針を通す様な精密な射撃を強要されるのに対し、

目標は混乱した共和国の対空陣地で以て此方への意趣返しをしてる様だ。

 

高度を上げれば撃てず、下げれば墜落。

左右への回避は部隊単位の隊列を乱すばかり。

 

・・・・・・なんて事。

何の冗談なのか、襲う側の牙が。

研ぎ澄ました牙が振るわれる前に落とされていく。

敵に落とされるならまだいい。

部下が友軍の砲火で何人も落とされていることに悪態をつきたくなる。

 

結局、私達が追いつく頃には前衛を務めたソード中隊は半数を割り、

シールドも脱落者が出ていた。

一体、何人が復帰できるのか・・・そんな不安を抱きながら無線に激を飛ばす。

 

飛行しながらの狙撃は想像出来ぬほどに難易度が高い。

だが、当てなければ。

否、此処で仕留めなければ何かが終わる予感がある。

 

強迫観念に襲われながらスコープ越しに少女の頭部、ではなく胴を狙う。

 

「よく持ちこたえたソード、シールド!一度下がって隊を整えろ。

 立て直し次第、左右から包み込め。いいな?」

 

『『Yes,ma’am!』』

 

狙い済ませた射撃を爆破系の術式を多重に籠めて放つ。

針を通す、とはいえ機動半径が狭まっているのは目標も同じ。

 

これならば、当たる!

 

命中し連鎖的な爆発は当然、目標の防御膜ごと破砕した、筈だった。

爆煙が晴れた先では先と変わらず少女は飛び続け、その身には傷一つ無い。

 

「なっ、硬すぎる!!」

 

個人で考えうる火力を叩き込んでこれとはなんと言う冗談か。

これでは、魔力を損耗させ術式そのものを展開させられなくするしかない。

 

「ランス、統制射撃開・・・っ!?」

 

不意に逃げ続けていた筈の目標、いや白銀がその冷たい眼で私を見た気がした。

気などではない。

その殺気たるや、その手に持った小銃からは発せられる魔力は中隊規模のそれを超えているのはないだろうか?あれは間違いなく私を狙っている。

瞬間、奴の身体から煙幕が展開されたのを認識したと思うと

私は横からの衝撃に吹き飛ばされた。

 

「少佐殿っ!!がぁッ」

 

私は見た。

 

目眩ましの為に放たれたのであろう煙幕の中から飛び出す光学系術式の射撃が、

私を庇ったベイカー中尉を容易く防御膜ごと貫通させ周囲にいたランス中隊の隊員を包み込み爆発するのを。

 

範囲から辛うじて逃れていた私ですらその爆風効果を及ぼしたらしい。

吹き飛ばされ、いとも容易く墜落した。

 

私は見た。

 

爆風に掻き消される煙幕の中から肌の白い美しく可憐な少女が飛び出し、

落ちた私を睥睨すると対空砲の障害など物ともせず自陣へと戻っていく姿を。

あの爆発は周囲に恐ろしいほどの魔力偏位を数時間及ぼしたらしい。

直視以外に彼女を追う術はなく、本気を出した白銀はその名の通り星の様に光を残して去っていった。

 

 

私は全てが終わってから、漸く気が付いたのだ。

肉片に姿を変えてしまった中尉達を涙を流し自ら集めながら。

彼女は初めから逃げる気など無かった。

追い込むつもりで追い込まれたのは私達だったのだと。

 

あれ程の速力、火力に防御力、ああ。

確かにアレならば中隊などでは時間稼ぎにもなるまい。

初めから大隊全てで掛かっていれば。

 

後悔は先に出来ないからこそ、悔いと書く。

 

要するに私は甘すぎた。

捨てたつもりの甘さは奢りという名の毒だった。

 

戦争に誇りなどない。

ましてや騎士道など、馬鹿馬鹿しい。

私の甘さが部下を殺し、私の誇りがこの結果を招き寄せたのだ。

 

 

部隊再編の為、本国に戻された私は後に知る。

あの彼女が"ラインの悪魔"と揶揄されはじめたことを。

 

 

 

 

 



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彼女の独白

此処、首都ベルリンでも砲声が止まなくなり

どれ程の時が経過したでしょう。

ただの通信兵だった私が博士の護衛を任じられ、

訓練でも数える程しか握ったことの無い短機関銃を構えながら

屋根を失った美術館の片隅に身を潜めていると、

小さな物音にも敏感になってしまいます。

 

ああ、どれだけの時間をこうしているのでしょうか。

時間が引き延ばされている様な感覚に襲われてしまい、

懐中時計を頻りに確認していると自覚はしているのです。

 

パパパッ

 

短い連射音、あれは友軍の銃声…友軍の銃声ですよね。

自らに言い聞かせる様に手の震えを抑えます。

 

銃声や悲鳴が聴こえているというのに、

博士は実に落ち着いて応えてくれました。

 

「少尉、時間が長く感じるのかね。

心拍数や思考力に比例するというのが通説らしいが

私は時間を意識する行為が原因だと考えるよ。

例えばだ。嫌な事ほど長く感じ記憶に残るだろう?

あれは……」

 

知ったことではありません。

嫌な事ほど、長く?そんな事は当然でしょう。

 

我が偉大なる帝国は盛大に傾き、

今やまるで切り取られるパイの如く連合王国に合衆国、連邦や

半ば敗退した筈の共和国まで攻め上がっているのですから。

帝国は既に風前の灯で、残ったのは未だに諦めない軍に

戦えない非戦闘員位なものでした。

 

つまるところ、私も生きるか死ぬか…。

いえ死ぬならまだマシでしょう。

私の様な若い娘が捕まればどうなることか。

 

最後の最後まで博士と運命を伴にするなんて、

あの時の私は思いもしませんでした。

 

 

 

 

私が工廠で通信兵として任じられ、

早いもので3年が経ちました。

軍学校に入った時は我が身を呪いましたが、

こうして後方の物資補充の優先度が高い工廠に配属されたのは

幸運と言って差し支えないでしょう。

何せ食事は暖かい3食に、夜はゆっくり睡眠を取れるのです。

ああ、今日も今日とて神様に感謝を。

 

とまぁ、いま私が居るのは軍が管理する食堂でして、

実験の行われない夜間はこうして気の合う同僚と集まり

遅めの夕餉を食べながら談笑するのが唯一、

とまでは云いませんが楽しみなのです。

 

特に仲の良い2人は軍学校時代から私の同期でもある、

短めの髪につり上がった瞳、そして学生時代から変わらぬ

小柄な身長が特徴のスザンネ・ヴェーバー少尉。

それと髪を両側で結って可愛らしい顔立ちでありながら、

女性らしい肉つきをしたマリー・アイヒホルン少尉。

 

嫌な記憶ばかりが目立つ軍学校で唯一の宝とも思える彼女達。

運良く配属先が同じだったことは敬虔な教徒として、

やはり神様に感謝せずにはいられません。

 

そんな女子が3人も集まれば話題にも尽きない訳でして…。

 

最近の必ず出る話題と言ったらやはり、イカロス(95式)です。

私達の印象は既に"無駄に意欲的"で"無駄に高性能"な"無駄死に製造機"という失敗作のイメージしかありません。

それは何故か…ですか?

 

そんなこと、理由は簡単です。

単純に死傷率が高いから。

それも凄く。

いいえ敵、ではなく味方の、です。

 

幾ら専門外でも誰しもが理解する魔道飛行士の有用性、

そして平均化を好む体質を持つはずの軍が血眼になってまで

適性検査を義務化し探す貴重さ、と言えばご理解頂けるでしょうか。

 

特別を嫌い、無駄を憎む軍隊が諸手を挙げて歓迎する魔道飛行士が此処では何十人も"戦死"するか、良くて病院生活に半生を捧げる羽目になってるのです。

 

ある時、マリーが笑顔で呟いた「あら、まるでイカロスの羽根みたいですね」何て言葉がどういう訳か工廠内に広まり結果的に付いたあだ名がかの有名なイカロス。

私、怒らせたら一番怖いのはきっとマリーだって思いました。

 

ええと、つまりこの仮称イカロスくんが専らの肴という訳です。

 

「でさ、どうな訳?実際のところさ」

 

「えっと…今度の来る魔道飛行士の事かな」

 

「そーそー!確か軍始まって以来の最年少何でしょ?」

 

「ああ、うん。博士の話通りの人物なら凄そうだよね、確か名前は…た」

 

「ターニャ・デグレチャフ様ですね!」

 

「ま、マリー…?」

 

「それそれ、ターニャ何某さまよ。」

 

「ですから、ターニャ・デグレチャフ様です!」

 

「あーっ、分かったから!その様々はイカロスの担当になるんでしょ、大丈夫な訳?」

 

「……あ。」

 

そうです。

未来溢れ貴重かつ薫陶精神溢れる少女が、

あのイカロスくんを扱うのです。

どう考えても死亡宣告としか私達には思えません。

 

気まずい沈黙が辺りを包みます。

飛べればまだいい方で、大半が試運転中に爆発四散し

飛び立てても目標高度に至るまでにやはり爆発。

良くても意識を失い硬い地表にキスをするのです。

 

普通なら、そう普通なら、テスト要員が改善点を見つけ提出。

実験し改善を…そうしてより良い物へ作り替えていくことを指して試験運用というのです。

それがです。

あくまで博士からすれば、誰ひとり改善点を出す前に

居なくなってしまうので改善されないのです。

じゃあ問題はちゃんと扱えない軍人に問題があるんじゃないの?

何て勘違いさせてしまう始末。

 

私達も当然、座して見ているだけではありません。

助手の方々や整備員、はては私たち観測員までもが指摘しても

博士は決して首を縦には振っては下さいませんでした。

 

博士たちは「またか」で済むのでしょうが、

堪らないのは整備員や私たちです。

彼らテスト要員と死ぬ間際まで言葉を交わすのは私たちで、

遺体を収容するのは整備員の方々なのですから。

 

「私、流石に自分より幼い子が目の前で死んじゃったら…流石にクるかも。ほら、私の家って妹が多いからさ…アハハ。」

 

「……私も正直、自信はありません。」

 

「私だって嫌だよ…うーん。無事を祈るしかない、かな。」

 

「はい、ターニャ様のご無事を祈って。」

 

「あー…。明日か、明後日かはわからないけどターニャ何某様の無事を祈って乾杯!」

 

「「乾杯!」」

 



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