ネトゲの嫁は天使じゃないと思った? (青戸礼二)
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ガヴリール編
1話:堕天使は恋に堕ちないと思った?
ある日、天使ガヴリールはいつものように、ネトゲを遊んでいた。ゴミ袋などが無造作に置いてある散らかった部屋。そこでガブは、ジャージ姿で床に寝ころび、ノートPCにかぶりついている。
しかし、今日はいつもと違う点が、ガヴの目に飛び込んできた。ネトゲの運営からの新着メッセージに【結婚】という文字がある。「結婚システム」を運営は実装したのだ。
「面白そうだな」
ガヴは深く考えず、結婚してみたくなった。しょせんゲームの中の話なのだから、興味本位で行動したからといって、たいした問題はない。それならと試してみたくなるのが、人間……ではないが、天使の性(さが)だろう。
「だれを結婚相手にしようかな?」
ガヴの頭に思い浮かんだ、ゲーム内のプレイヤーがいた。最近、いっしょにパーティを組んでいて、仲が良い者。しかし、ガヴにとってひとつ気になる点がある。そのプレイヤー(とアバター)は女性だったのだ。もちろん、ガヴは女だ。
「女同士で結婚? うーん……」
そのとき、運営メッセージの文字がふたたび目に入った。【同性婚】という項目がある。同性婚が可能というのは、ネトゲに限らず、リアルでも最近の流行だ。ガヴがプレイしているゲームでも、その流れを汲んだのだろう。
「なんだ。できるのか。じゃあ、ポチ」
「結婚を申し込みました(システムメッセージ)」
――相手は結婚を承諾してくれた。それからというもの、ガヴはゲームの中で結婚生活を満喫している。身体の触れあいこそまったくないが、新婚生活はガヴにとって、何もかも新鮮な体験だ。
そんなある日、ガヴリールが通っている学園の教室で、彼女は鼻歌を歌っていた。
「ふふ~ん♪」
「ガヴ、どうしたの? 最近は機嫌が良いじゃないの」
悪魔ヴィーネが話しかけてきた。ガヴの人間界の友人で、悪魔のくせに面倒見が良い女の子だ。ヴィーネとガヴは学園の制服を着て、教室の窓側の後ろにある、隅の机に座っている。前の席に座っているヴィーネが振り向いて、ふたりは対面している。
「なあ、ヴィーネ。人間ってさ、恋愛や結婚をするんだな」
「ええ!? なあに? ガヴもやっと女の子らしく、恋に恋するようになったのね」
ヴィーネがニッコリほほえみかけると、ガヴは照れた顔でブンブンと首を振った。
「いやいや、違うって。この前、天界に送るため、独身男性の調査をやっただろ?」
「ふーん。あくまで人間の生態観察って言いたいわけ?」
「そうだよ」
「ふーん。まあ、アンタじゃあ、恋愛には縁がないかあー」
「なんでだよ」
「髪ボサボサだし、ネトゲ廃人だし……」
「わたしだって恋くらいできるって!」
「できないわよ」
「してるって」
「……じゃあ、恋してるじゃん」
「あっ……」
ニヤけながらジト目でガヴをみつめるヴィーネ。照れ隠しで腕を組んで、しかめっ面をするガヴ。しばらくふたりの間に沈黙が流れた。
「ねえガヴ、気になるお相手はどんな人なの?」
「……顔は分からない」
「ええ? 遠距離恋愛?」
「だから、そんなんじゃないって!」
「その人に会いたいって思わないの?」
「う……」
ヴィーネと別れた後、ガヴリールは屋上でひとり、たたずんでいた。晴れた日だったので街の全景が見渡せる。この広い世界のどこかにいる、たったひとりの相手のことを、ガヴは想っていた。
「会いたい……」
ガヴは、ネトゲでの仮想結婚で満足できなくなってきた。そして今日、ヴィーネに背中を押される形で、ついに決心する。
「よし、会おう」
「現実世界で会いたい」という旨を、ガヴは仮想結婚の相手に告げた。そして、相手も承諾し、週末に駅前で待ち合わせをすることとなった。
そして、週末の駅前。いつもはネトゲで夜更かしするガヴも、この日ばかりは時間通りに待ち合わせ場所にやってきた。相手のことが気になっていたからだ。
この日のガヴリールはいつもと違い、帽子とサングラスとマスクをして変装していた。というのは、恋人と会っているところを天使や悪魔の友人に見られたら、ずっと言いふらされるだろうからだ。
ガヴと待ち合わせの相手は、お互いに白百合の花を目印に持って、待つ約束だ。そして、それらしい人物を見つけた。その人物もガヴと同じように、帽子とサングラス、マスクで顔を隠している。ガヴは勇気を出して、ゲームのハンドル名で呼びかけてみた。
「××××さんは、あなたですか……?」
「はい」
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2話:三次元は天国じゃないと思った?
ガヴリールは、ネトゲでの仮想結婚の相手と、ついに現実世界でも出会った。
ガヴは普段なら絶対着ないだろう、ピンクのフリフリな服を着ている。サングラスとマスクがいかにも浮いていて、異様な感じだった。一方で相手の服は、落ち着いた感じのワンピースだ。しかしやはり、サングラスとマスクの不審さは隠せない。
ガヴは相手を確認した後に、こう切り出す。
「立ち話も何なので、ファミレスに行きませんか?」
「はい、そこでサングラスやマスクは取りましょう」
こうして、駅前からファミレスまで歩いて行くことになった。最初のうちこそ、遠慮がちに距離を取って歩いていた二人だったが、しだいに距離が詰まっていく。そして、手と手が触れた。
「「あっ……」」
ふたりの声がハモってしまう。お互いに敏感になっているようだ。ガヴは、ほんのちょっと手が触れただけで、ビリビリと身体に電流が走ったような衝撃を感じた。
「「すいません……」」
ふたたびハモる。こういう恋事にお互い慣れていないようだ。しかし、それはガヴにとって好都合だった。変に慣れた相手は嬉しくない。だって、大事な、大事な、初恋なのだから。
「あのっ……」
ガブは指を絡ませていく。相手は拒否しなかった。ふたりの手がつながれる。慣れた恋人つなぎではなく、握手のようなぎこちないつなぎ方だった。しかし、それでもガヴにとっては、まるでコンセントに電源をつなぐように、恋のエネルギーが手を伝わって流れてきた。
「(カアッ……)」
顔がみるみる赤くなるのをガヴは感じた。相手の顔はよく見えないが、相手にもこの感情が生じているのだろうか? 人間が「恋」と表現する痛切な感覚。ガヴは戸惑いながらも、今までになかった快感を覚えていた。
「(こんな感覚、初めてだ……)」
天使ガヴリールは二度堕天した。一回目はネトゲで、二回目は恋で。
ガヴはネトゲにハマったときの感覚を思いだす。しかも、あのときよりも、もっと強烈に引き込まれる。ネトゲの面白さを知らなかったように、恋の楽しさを彼女自身も知らなかったのだ。ガヴはすっかり恋の虜になった。
もちろん、ネトゲの中でも、ふたりは仲良くチャットしていた。しかし、友達以上、恋人未満、というようなヌルいものだ。それに、ネトゲはバーチャルなもので、どこか別の次元だという感覚がある。リアルでは、指が触れるだけで、ここまで強い力が働くとは。ガヴは驚いていた。
「あの、あの……」
「なんですか?」
目的地に着くまで待ちきれずに、ガヴは質問をする。せかされるような感覚がわき上がってきたからだ。
「今までに、つき合った相手はいますか?」
「ありません。あなたは?」
「わたしも、ありません」
即答だ。嘘をついている雰囲気はまったくない。初恋同士か。運命的な出会いを、ガヴは確信していた。つないでいる方とは別の手を強く握りしめ、彼女はしみじみと思う。これは天の加護があると。
ふたりはファミレスに到着した。案内された席で、向かい合わせに座るふたり。隣同士で並んで座るのは、ちょっと気が引けたのだ。手はつなげたが、まだまだお互いの間に、遠慮の空気が残っている。
席に座ってから、しばらく沈黙が続いて、気まずかったので、ふたりは軽くゲームの話をする。ガヴはゲームの中では、回復役のプリーストだった。天使にはお似合いだ。一方の相手は、攻撃魔法を使うウィッチ。
話しているうちにガヴは、マスクが邪魔なのと、そろそろ相手の顔を確認したい、という欲求を感じてきた。そこで提案する。
「……さて、そろそろ、取りません? サングラスとマスク」
「そうですね」
「あっ……!」
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3話:ネトゲの嫁は天使じゃないと思った?
ガヴリールと相手はファミレスで話をしていた。そこで、そろそろ二人とも、サングラスとマスクを外そう、ということになった。
待ち合わせていたその相手の正体は――。
「ヴィーネ!」
「ガヴ!」
じつは、相手はヴィーネだった。これにガヴリールは驚いた。まさか、ネトゲで偶然知り合った相手がヴィーネだったなんて。そもそも、ヴィーネがネトゲをやっていたことも知らなかった。
お互いに驚いた顔をしていたが、しばらくして、ガヴはフッと力が抜けた。そして皮肉な笑いを浮かべて言った。
「相手がヴィーネだったなんてガッカリだよ……」
「なによ、それはこっちのセリフよ!」
いつもの口ゲンカになりそうな雰囲気になった。それをガヴは察して、いったん口をつぐんだ。そして、ため息といっしょにセリフを吐く。
「こんなことなら、会わなきゃ良かったな」
「えっ……」
「だって、こうしてお互いの正体がバレちゃったから、ネトゲでの新婚生活の気分には、もう戻れないじゃないか」
「それはそうだけど……」
ヴィーネはまぶたを閉じて深呼吸してから、ゆっくりとさとすようにガヴに話した。
「戻れなくても、進めばいいんじゃないかしら?」
「えっ!?」
ガヴは動揺する。ヴィーネが相手だと分かった時点で、この恋は終わりだとガブは思った。また元の友達に戻るだけだと思っていた。しかし、ヴィーネの側はそうは思っていないようだ。
そう言われてみれば、自分の側にも、もしかしたらヴィーネと恋人になれるかもしれない、という気持ちが沸きあがってきている。今まではそんな気持ちになったことがなかったのに。なぜだろう?
ガヴは、自分自身が分からなくなっていた。思わず頭をかきむしる。ガブの金髪は、いつものようにボサボサではなく、昔のようにサラサラだ。
注文したコーヒーを飲んで、ガブは一息つく。コーヒーの香りとほろ苦い味で、少し落ち着いた。そして、淡々とした口調で話を切り出す。
「……怖いんだ」
「なにが?」
「もう元の友達に戻れないことが」
「あんたらしくないわねー」
「でも……」
「優柔不断ね。男らしくハッキリしなさいよ!」
「いや、女だから……」
「「クスッ」」
雰囲気が少し和んだのを見計らったかのように、ヴィーネがおずおずと提案する。
「……ねえ、この後デートしない?」
「え!?」
「どうせ、家でネトゲくらいしかやることないんでしょ!」
「おいおい、なんだよ。その言い方は……」
「いいから行くわよ!」
「どこに?」
「そうね……ガヴはどこに行きたい?」
「そうだなー、ラブホ?」
「えっ!? あ、あの、わたし……」
「おっ、おい。もちろん冗談だぞ?」
「(カアッ……)」
ヴィーネが顔を真っ赤にして、微妙な空気になった。しかし、その後マジメに話し合い、大型ショッピングモールに行くこととなった。そこなら、いろいろな店があるからだ。そこで、ふたりはファミレスを後にして、モールへ向かった。
ショッピングモールに来て、ウィンドウショッピングして回っているふたり。ガヴはピンクのフリフリな服、ヴィーネは水色のワンピースを着ている。見ているうちに、ヴィーネが腕を絡ませて腕を組む。
ガヴは相手がヴィーネだと分かったときに、いったん気持ちが醒めた。しかし、腕を組んだときに、手をつないだときに味わったあの感触が戻ってきた。身体の奥から熱くなってくるような感覚。
ふたりは店をめぐって歩き疲れたので、モールの中庭にある、小さな公園のような場所に来た。ベンチで隣に並び、ぴったりと密着して、ふたりとも座る。
あきらかに距離感が詰まっていた。サングラスとマスクで視線から守りたいという意識も、今はもうない。ガヴはふと、漏らすようにつぶやいた。
「なあ、ヴィーネ。わたしたちって恋人なのかな?」
「恋人じゃなかったら、なんなのよ?」
「まだ現実感がないって言うか……」
「もう、態度をハッキリしなさい!」
「いや、だから、その……」
「……」
そのとき――。
「!!」
ヴィーネがガヴの唇を奪い、ふたりはキスした。
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4話:あの素晴らしい天使にもう一度、と思った?
ふたりはキスをしていた。時間が止まったような感覚。
ガヴとヴィーネが唇を離すと、一時停止していた時間がふたたび動き出す。ふたりはモールの中庭にある公園にいた。その喧噪が聞こえてくる。ふたりでいるうちに、まわりの目が気にならなくなっていた。ガヴの瞳に映るのはヴィーネだけ。
「ヴィーネ……」
「ガヴ……」
お互い背中に手を回して抱き合っていた。ふたりはうっとりした顔で見つめ合う。柔らかい少女の身体の感触。体温の温かさ。髪の良い香り。身体が熱くほてってくる。
ガヴはもう身を任せてもいいと思った。もう過去を手放してもいい。友達だった頃に戻れなくてもいい。恋人としてのヴィーネを手に入れたい。もう後戻りできない。ヴィーネが欲しい。
「ヴィーネ。わたしを本気にさせちゃったな。もう離さないぞ」
「うん、わたしもずっと一緒よ」
その後、ショッピングモールを離れて、ふたりはガヴリールの部屋にやって来た。昼を過ぎて、ほんのりと空が赤くなってきた。今日の部屋は片付いている。それがヴィーネには意外だったようだ。
「へぇー。あんなに散らかってたのに、キレイになってるじゃないの」
「わたし、前はキレイ好きだったからな」
「女の子を連れ込むために、ずいぶん涙ぐましい努力をしたのねえ」
「う、うるさい!」
照れるガヴをよそに、ヴィーネはゴソゴソと部屋を漁りだす。そして、コンドームの袋を見つけると、驚き呆れた顔をした。
「なによこれ……」
「あ、それはっ!」
「女の子どうしなのに、何に使うつもりだったのよ?」
「う……、うるさい、うるさい、うるさい!」
モールでふたりはすでに昼食を取っていたが、それでも歩き疲れて腹が減っていたため、すこし早めの夕飯に、スパゲッティを作って食べることにした。
窓から夕日が差し込み、夕日の色に染まるテーブル。そこに、オレンジ色のパスタを盛った皿がふたつ並ぶ。美味しそうなパスタソースの匂いが漂ってくる。そして、カチリ、カチリとフォークの音が部屋に響く。
「ガヴ、あーん」
「あ、あーん」
「わたしにもちょうだいよ」
「ほら、あーん」
「あーん」
お互いに食べさせ合う甘いひととき。そのとき、手元が狂ってガヴの頬に、赤いソースが付いてしまう。すると、ヴィーネは頬にチュッと吸い付き、舐めとってしまう。ガヴの頬が赤く染まった。しばらく沈黙が流れる。
「……な、なあ、ヴィーネ。今夜はどうする?」
「もちろん泊まっていくわよ」
「じゃ、じゃあ、シャワー先浴びろよ」
「一緒に浴びましょうよ」
「なっ……」
「ほらほら、脱ぐわよ」
「ちょ、まっ……」
「ガヴは『女同士』って言って、わたしの前で裸になってたじゃない」
「あれは、今みたいに恋人じゃなくて、友達時代のことだから……」
「ほら、いいから脱ぐわよ」
「なんでここで脱がせるんだよ!」
「脱がしたいからに決まってるでしょ」
「あーもう……」
ふたりは脱がし合いを始めた。クスクス笑い声を漏らしながら、服を脱がしていく。ヴィーネのパンティに指が掛かったときは、ガヴの手が一瞬止まったが、けっきょく脱がしてしまう。
夕日の前で、お互い一糸まとわぬ姿で、向かい合って立つ。しかし、差し込む夕日がまぶしくて、大事な部分がよく見えない。
「謎の光があるから、R-15でも大丈夫だな!」
「なんの心配してるのよ、あんたは!」
「ハッハッハッ!」
ガヴは腰に手を当てて、なぜかドヤ顔をしている。ヴィーネはそんなガヴを見て、フッとほほえむ。
「ホント憎めないのよね、ガヴって」
「そりゃあ、天使だからな」
「うん……、ネトゲで堕天してたけど、前のようなホントの天使にちょっと戻ってる気がする」
「アクマで天使だからな」
「わたしの天使だからね」
「うん」
「……」
ふたりは裸でキスをした。肌が夕日を浴びて光り輝く。ふたりっきりで人目がないので、今度は思いきり唇を求め合う。舌を絡めるピチャピチャという音と、吐息だけが部屋に響く。
そして、むさぼっていた唇を離すと、唾液が糸を引き、ふたりの間に橋を架けた。それは夕日を浴びてきらめき、まるで運命の赤い糸のよう。
「ヴィーネ、好きだよ」
「ガヴ、私もよ」
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5話:恋人の前でもエンジェルを演じると思った?
ふたりは裸でキスをしていた。窓から差し込む夕日はもう落ちそうで、ガヴリールの部屋は急に暗くなってくる。ふたりは唇を離した後、すこしの間だけ見つめあってから、バスルームへ向かった。
バスルームに入ると、外の音はもう聞こえない。バスにお湯を溜める。ふたりの吐息と水音だけが反響していた。ガヴが身体を触っても、ヴィーネはまったく嫌がるそぶりをしない。ピチピチの柔らかい肌から熱が伝わる。顔を近づけると、髪の良い匂いが漂う。
「ガヴ、洗いっこしましょ」
「いいよ」
ガヴは、ヴィーネの身体にソープの泡を立てていく。スベスベだった肌がヌルヌルになっていく、微妙な変化を手の平で感じとる。肌をなでるたびにヴィーネが小さい声であえぐのが、ゾクゾクするような心地よい刺激だ。ガヴはまるで童貞男子のように、すっかり女体に夢中になっていた。
「はぁ……はぁ……」
「ヴィーネ、感じてる?」
「(コクコク)」
「フフッ、それっ」
「ひゃあっ!」
ガヴの手がヴィーネの太ももをスルーッと滑らせると、彼女は悲鳴を上げた。なにせ、ガヴは初体験なので、どうしても童貞のような、ぎこちない手つきになってしまう。しかしその一方で、女同士で性感帯は分かるので、的確な場所を責めることができる。
「ガヴ、今度はわたしが洗ってあげるわ」
「お、お手柔らかに……ひゃうっ!」
「フフ、いざ攻められる側に回ると弱いのね」
「そ、そこはダメだって~、いやん」
攻守交代で今度は、ヴィーネがガヴの身体を責める。ガヴと違って、より女の子らしい優しいなで方だ。ガヴの肌にソローッと指先をはわせていく。指をすべらせるたびに、ガヴはビクンと震える。と同時につい、女の子らしい声であえいでしまう。
「あっ、あんっ……」
「フフ。ガヴがこんなステキな声で鳴くなんて知ってるの、世界中でわたしだけよ」
「はあ……はあ……。ヴィーネの前では、わたしは天使じゃなくて、ひとりの女の子なんだよ」
「天使を堕とすなんて、悪魔冥利(みょうり)に尽きるわね」
「ジャボン、ジャボン」
洗い合っているうちにお湯が溜まった浴槽に、ふたりして漬かる。ふだんのガヴはボサボサ髪のイメージがある。が今は、濡れているためにボリュームが減って肌に張りつき、水に濡れて輝き、なまめかしい感じになっていた。その髪をヴィーネが手ですいてやる。
一方のガヴは、ヴィーネの紺色の髪をなでる。そして、柔らかい頬もなで、胸へと手を降ろした。胸のふくらみを手で包むと、弾力があって指を押し返す。さらに、もう一方の手で、ヴィーネの手を自分の胸に導く。
「しかし、ヴィーネとこんな関係になるなんて、夢にも思ってもいなかったよ」
「そう? わたしは堕天前のキレイなガヴに合った頃から、運命を感じていたわ」
「うう……。キレイな頃って、今はどうなんだよ?」
「フフ、今もキレイよ、ガヴ」
ガヴの唇に指をあて、それからヴィーネはガヴと唇を合わせる。
風呂から上がると、日がすっかり落ちていた。部屋は暗いものの、窓の外から街の明かりが差すので、つまずかないで歩ける程度には明るい。窓ガラスに、幸せそうに微笑んでいるふたりの顔が薄く映る。
どこで鳴いているのか、虫の音が部屋にまで響く。天空に月や星がかすかに見えるだけの薄暗い中、ふたりは子供のような純真な瞳で、窓からの夜景を眺めていた。どこにでもありふれている住宅街で、人間にとってはつまらない景色。
だが、人間界に来て日が浅い、天使と悪魔のふたりにとっては、まだ新鮮な景色に見えているようだ。それも、恋人になったばかりのふたりで見る夜景なら、なおさら感慨深いだろう。ふだんは無感情に見える、ガヴの心に感動が芽生えていた。
「ヴィーネ。わたしは天界、人間界、ネトゲの仮想空間。この短期間に、違う世界をいくつも体験してきた」
「それはわたしもよ。魔界から人間界に来てというもの、目まぐるしい毎日だったわね」
「でも、でもさ……」
「なに?」
ガヴはヴィーネをベッドに押し倒す。ガヴの中に、彼女を抱きたい情熱が燃え上がっていた。ヴィーネは脱力して抵抗せず、されるがままに押し倒され、ガヴの背中に手を回す。
「ヴィーネとふたりの世界が、わたしにとって一番幸せだよ!」
「わたしもよ、ガヴ!」
ふたりは恋人になって今まで、何回もキスしてきた。しかし今夜はそれよりも、一番熱い口づけを交わした。
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ラフィエル編
6話:殺伐としたぼっちに救世主が現れないと思った?
人間界に降りた天使ラフィエルは、悪魔サターニャを尾行している。つね日頃から。
この日の学園でも、サターニャは階段の踊り場で、ひとりで昼食を取っていた。それをラフィエルは、壁の向こうから顔だけ出して、ソーッとのぞいている。
「おいィ? ラフィ!?」
「あっ? サターニャさん、気づかれてしまいましたか?」
「フッフーン、この大悪魔サタニキア様が、気づかないわけないだろ!」
「チッ」
「舌打ちってなんだよ! 付きまとうな!」
「えー、ダメですか~?」
「ぷんぷん!」
「おこなの?」
ふたりは学園の制服を着ていた。ラフィエルは銀髪で、サターニャは赤髪。そしてサターニャは階段に腰かけ、おにぎりとメロンパンを食べようとしていた。
「これから、お昼ご飯を食べるんですか?」
「そ、そうだが……?」
「ストーキングを許可してくれたら、わたしと昼食を一緒に食べる権利をやろう~♪」
「さすが天使汚い! ぼっち飯の弱みにつけ込むとはぁ~」
「ダメですかぁ~?」
「これは『魔界覇王許可証』を出さざるをえない」
「お昼を食べるくらいで、そんな某奥義みたいに言われましても……」
こうして階段でふたり並んで腰かけ、一緒に昼食を取ることになった。ラフィは手作り弁当を持参している。その中身は、いかにも女の子が作りそうな可愛らしいものだ。桜でんぶ、卵焼き、そぼろなどを使って、色とりどりのおかずがそろっている。美味しそうな匂いがあたりに漂う。
「(ジー)」
「あら、サターニャさん、わたしのおかずが欲しいんですか?」
「い、いや、そんなことないぞ? 食べたいとか思ってないぞー?」
「じゃあ、オカズに、わたしの足を舐めていいですからぁ~」
「はっ!? なんだよそれ!?」
スラリとした足を伸ばして見せるラフィと、呆れながらも照れた顔で見ているサターニャ。照れているのは、スカートの中がチラッと見えているからだ。
「冗談ですからぁ。……はーい、あーん」
「あーん(パクッ)」
「あらあら、うふふ」
「(ポッ)」
ラフィが弁当をサターニャに食べさせて、ふたりの雰囲気が和んだ。そこで、ラフィは新しい話題を切り出した。
「あの! サターニャさん」
「なんだよ、あらたまって」
「今度の休み、デートしませんかっ!」
「え! あ、あの……その……心の準備が」
「もう~童貞メンタルなんですから」
「いやいや! おかしいだろ! そこは処女だろ!」
「じゃあ処女なんですか?」
「えっ……そう……だけど」
「良かった~! わたしも処女ですぅ」
「お、おう……」
ラフィエルはふざけているようで、どうやら誘導尋問していたようだ。
「処女、言わされちゃったよ。さすがは腹黒天使。しかし、私たち同じ処女なのに、どうしてこうも、心のキレイさに差が付いたのか?」
「慢心、環境の差ですぅ」
「それ、笑顔でさわやかに言うなー!」
「まあまあ、私たち処女厨としては、『処女厨大勝利』で良いじゃないですかぁ~」
「私たちってなんだよ!」
「じゃあ、サターニャさんは、私が非処女でも良かったんですか?」
「え? いや、まあ私も、相手が処女の方が良いけど……」
それを聞いて、ラフィは脈アリと見たのか、話を畳みかけてきた。
「サターニャさん! 話が脱線しましたが、デート、デート!」
「あ、あう~。恥ずかしいよ~」
「んもー、仕様がないですね~。サターニャさんは乙女ンタルなんですから」
「その言い方も恥ずかしいよぅ~」
「そうだ。じゃあ、こうしませんか?」
笑顔でパン、と手を叩くラフィエル。と、照れた顔のまま、一時停止したように固まったサターニャ。
「サターニャさんがひとりで出かけ、それをわたしが追いかける、というのはどうでしょうか?」
「え? え?」
「名付けて、『恋のストーキング・デート大作戦』ですわ~♪」
「ええ~? なにそれ~!?」
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