ネトゲの嫁は天使じゃないと思った? (青戸礼二)
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ガヴリール編
1話:堕天使は恋に堕ちないと思った?


 

 ある日、天使ガヴリールはいつものように、ネトゲを遊んでいた。ゴミ袋などが無造作に置いてある散らかった部屋。そこでガブは、ジャージ姿で床に寝ころび、ノートPCにかぶりついている。

 

 しかし、今日はいつもと違う点が、ガヴの目に飛び込んできた。ネトゲの運営からの新着メッセージに【結婚】という文字がある。「結婚システム」を運営は実装したのだ。

 

「面白そうだな」

 

 ガヴは深く考えず、結婚してみたくなった。しょせんゲームの中の話なのだから、興味本位で行動したからといって、たいした問題はない。それならと試してみたくなるのが、人間……ではないが、天使の性(さが)だろう。

 

 

「だれを結婚相手にしようかな?」

 

 ガヴの頭に思い浮かんだ、ゲーム内のプレイヤーがいた。最近、いっしょにパーティを組んでいて、仲が良い者。しかし、ガヴにとってひとつ気になる点がある。そのプレイヤー(とアバター)は女性だったのだ。もちろん、ガヴは女だ。

 

「女同士で結婚? うーん……」

 

 

 そのとき、運営メッセージの文字がふたたび目に入った。【同性婚】という項目がある。同性婚が可能というのは、ネトゲに限らず、リアルでも最近の流行だ。ガヴがプレイしているゲームでも、その流れを汲んだのだろう。

 

「なんだ。できるのか。じゃあ、ポチ」

「結婚を申し込みました(システムメッセージ)」

 

 ――相手は結婚を承諾してくれた。それからというもの、ガヴはゲームの中で結婚生活を満喫している。身体の触れあいこそまったくないが、新婚生活はガヴにとって、何もかも新鮮な体験だ。

 

 

 そんなある日、ガヴリールが通っている学園の教室で、彼女は鼻歌を歌っていた。

 

「ふふ~ん♪」

「ガヴ、どうしたの? 最近は機嫌が良いじゃないの」

 

 悪魔ヴィーネが話しかけてきた。ガヴの人間界の友人で、悪魔のくせに面倒見が良い女の子だ。ヴィーネとガヴは学園の制服を着て、教室の窓側の後ろにある、隅の机に座っている。前の席に座っているヴィーネが振り向いて、ふたりは対面している。

 

「なあ、ヴィーネ。人間ってさ、恋愛や結婚をするんだな」

「ええ!? なあに? ガヴもやっと女の子らしく、恋に恋するようになったのね」

 

 

 ヴィーネがニッコリほほえみかけると、ガヴは照れた顔でブンブンと首を振った。

 

「いやいや、違うって。この前、天界に送るため、独身男性の調査をやっただろ?」

「ふーん。あくまで人間の生態観察って言いたいわけ?」

「そうだよ」

「ふーん。まあ、アンタじゃあ、恋愛には縁がないかあー」

「なんでだよ」

「髪ボサボサだし、ネトゲ廃人だし……」

「わたしだって恋くらいできるって!」

「できないわよ」

「してるって」

「……じゃあ、恋してるじゃん」

「あっ……」

 

 

 ニヤけながらジト目でガヴをみつめるヴィーネ。照れ隠しで腕を組んで、しかめっ面をするガヴ。しばらくふたりの間に沈黙が流れた。

 

「ねえガヴ、気になるお相手はどんな人なの?」

「……顔は分からない」

「ええ? 遠距離恋愛?」

「だから、そんなんじゃないって!」

「その人に会いたいって思わないの?」

「う……」

 

 

 ヴィーネと別れた後、ガヴリールは屋上でひとり、たたずんでいた。晴れた日だったので街の全景が見渡せる。この広い世界のどこかにいる、たったひとりの相手のことを、ガヴは想っていた。

 

「会いたい……」

 

 ガヴは、ネトゲでの仮想結婚で満足できなくなってきた。そして今日、ヴィーネに背中を押される形で、ついに決心する。

 

「よし、会おう」

 

 「現実世界で会いたい」という旨を、ガヴは仮想結婚の相手に告げた。そして、相手も承諾し、週末に駅前で待ち合わせをすることとなった。

 

 

 そして、週末の駅前。いつもはネトゲで夜更かしするガヴも、この日ばかりは時間通りに待ち合わせ場所にやってきた。相手のことが気になっていたからだ。

 

 この日のガヴリールはいつもと違い、帽子とサングラスとマスクをして変装していた。というのは、恋人と会っているところを天使や悪魔の友人に見られたら、ずっと言いふらされるだろうからだ。

 

 ガヴと待ち合わせの相手は、お互いに白百合の花を目印に持って、待つ約束だ。そして、それらしい人物を見つけた。その人物もガヴと同じように、帽子とサングラス、マスクで顔を隠している。ガヴは勇気を出して、ゲームのハンドル名で呼びかけてみた。

 

「××××さんは、あなたですか……?」

「はい」

 



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2話:三次元は天国じゃないと思った?

 ガヴリールは、ネトゲでの仮想結婚の相手と、ついに現実世界でも出会った。

 

 ガヴは普段なら絶対着ないだろう、ピンクのフリフリな服を着ている。サングラスとマスクがいかにも浮いていて、異様な感じだった。一方で相手の服は、落ち着いた感じのワンピースだ。しかしやはり、サングラスとマスクの不審さは隠せない。

 

ガヴは相手を確認した後に、こう切り出す。

 

「立ち話も何なので、ファミレスに行きませんか?」

「はい、そこでサングラスやマスクは取りましょう」

 

 こうして、駅前からファミレスまで歩いて行くことになった。最初のうちこそ、遠慮がちに距離を取って歩いていた二人だったが、しだいに距離が詰まっていく。そして、手と手が触れた。

 

 

「「あっ……」」

 

 ふたりの声がハモってしまう。お互いに敏感になっているようだ。ガヴは、ほんのちょっと手が触れただけで、ビリビリと身体に電流が走ったような衝撃を感じた。

 

「「すいません……」」

 

 ふたたびハモる。こういう恋事にお互い慣れていないようだ。しかし、それはガヴにとって好都合だった。変に慣れた相手は嬉しくない。だって、大事な、大事な、初恋なのだから。

 

「あのっ……」

 

 ガブは指を絡ませていく。相手は拒否しなかった。ふたりの手がつながれる。慣れた恋人つなぎではなく、握手のようなぎこちないつなぎ方だった。しかし、それでもガヴにとっては、まるでコンセントに電源をつなぐように、恋のエネルギーが手を伝わって流れてきた。

 

「(カアッ……)」

 

 顔がみるみる赤くなるのをガヴは感じた。相手の顔はよく見えないが、相手にもこの感情が生じているのだろうか? 人間が「恋」と表現する痛切な感覚。ガヴは戸惑いながらも、今までになかった快感を覚えていた。

 

 

「(こんな感覚、初めてだ……)」

 

 天使ガヴリールは二度堕天した。一回目はネトゲで、二回目は恋で。

 

 ガヴはネトゲにハマったときの感覚を思いだす。しかも、あのときよりも、もっと強烈に引き込まれる。ネトゲの面白さを知らなかったように、恋の楽しさを彼女自身も知らなかったのだ。ガヴはすっかり恋の虜になった。

 

 もちろん、ネトゲの中でも、ふたりは仲良くチャットしていた。しかし、友達以上、恋人未満、というようなヌルいものだ。それに、ネトゲはバーチャルなもので、どこか別の次元だという感覚がある。リアルでは、指が触れるだけで、ここまで強い力が働くとは。ガヴは驚いていた。

 

 

「あの、あの……」

「なんですか?」

 

 目的地に着くまで待ちきれずに、ガヴは質問をする。せかされるような感覚がわき上がってきたからだ。

 

「今までに、つき合った相手はいますか?」

「ありません。あなたは?」

「わたしも、ありません」

 

 即答だ。嘘をついている雰囲気はまったくない。初恋同士か。運命的な出会いを、ガヴは確信していた。つないでいる方とは別の手を強く握りしめ、彼女はしみじみと思う。これは天の加護があると。

 

 

 ふたりはファミレスに到着した。案内された席で、向かい合わせに座るふたり。隣同士で並んで座るのは、ちょっと気が引けたのだ。手はつなげたが、まだまだお互いの間に、遠慮の空気が残っている。

 

 席に座ってから、しばらく沈黙が続いて、気まずかったので、ふたりは軽くゲームの話をする。ガヴはゲームの中では、回復役のプリーストだった。天使にはお似合いだ。一方の相手は、攻撃魔法を使うウィッチ。

 

 話しているうちにガヴは、マスクが邪魔なのと、そろそろ相手の顔を確認したい、という欲求を感じてきた。そこで提案する。

 

「……さて、そろそろ、取りません? サングラスとマスク」

「そうですね」

「あっ……!」

 



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3話:ネトゲの嫁は天使じゃないと思った?

 

ガヴリールと相手はファミレスで話をしていた。そこで、そろそろ二人とも、サングラスとマスクを外そう、ということになった。

 

待ち合わせていたその相手の正体は――。

 

「ヴィーネ!」

「ガヴ!」

 

じつは、相手はヴィーネだった。これにガヴリールは驚いた。まさか、ネトゲで偶然知り合った相手がヴィーネだったなんて。そもそも、ヴィーネがネトゲをやっていたことも知らなかった。

 

 

お互いに驚いた顔をしていたが、しばらくして、ガヴはフッと力が抜けた。そして皮肉な笑いを浮かべて言った。

 

「相手がヴィーネだったなんてガッカリだよ……」

「なによ、それはこっちのセリフよ!」

 

いつもの口ゲンカになりそうな雰囲気になった。それをガヴは察して、いったん口をつぐんだ。そして、ため息といっしょにセリフを吐く。

 

「こんなことなら、会わなきゃ良かったな」

「えっ……」

「だって、こうしてお互いの正体がバレちゃったから、ネトゲでの新婚生活の気分には、もう戻れないじゃないか」

「それはそうだけど……」

 

 

ヴィーネはまぶたを閉じて深呼吸してから、ゆっくりとさとすようにガヴに話した。

 

「戻れなくても、進めばいいんじゃないかしら?」

「えっ!?」

 

ガヴは動揺する。ヴィーネが相手だと分かった時点で、この恋は終わりだとガブは思った。また元の友達に戻るだけだと思っていた。しかし、ヴィーネの側はそうは思っていないようだ。

 

そう言われてみれば、自分の側にも、もしかしたらヴィーネと恋人になれるかもしれない、という気持ちが沸きあがってきている。今まではそんな気持ちになったことがなかったのに。なぜだろう?

 

 

ガヴは、自分自身が分からなくなっていた。思わず頭をかきむしる。ガブの金髪は、いつものようにボサボサではなく、昔のようにサラサラだ。

 

注文したコーヒーを飲んで、ガブは一息つく。コーヒーの香りとほろ苦い味で、少し落ち着いた。そして、淡々とした口調で話を切り出す。

 

「……怖いんだ」

「なにが?」

「もう元の友達に戻れないことが」

「あんたらしくないわねー」

「でも……」

「優柔不断ね。男らしくハッキリしなさいよ!」

「いや、女だから……」

「「クスッ」」

 

 

雰囲気が少し和んだのを見計らったかのように、ヴィーネがおずおずと提案する。

 

「……ねえ、この後デートしない?」

「え!?」

「どうせ、家でネトゲくらいしかやることないんでしょ!」

「おいおい、なんだよ。その言い方は……」

「いいから行くわよ!」

「どこに?」

「そうね……ガヴはどこに行きたい?」

「そうだなー、ラブホ?」

「えっ!? あ、あの、わたし……」

「おっ、おい。もちろん冗談だぞ?」

「(カアッ……)」

 

ヴィーネが顔を真っ赤にして、微妙な空気になった。しかし、その後マジメに話し合い、大型ショッピングモールに行くこととなった。そこなら、いろいろな店があるからだ。そこで、ふたりはファミレスを後にして、モールへ向かった。

 

 

ショッピングモールに来て、ウィンドウショッピングして回っているふたり。ガヴはピンクのフリフリな服、ヴィーネは水色のワンピースを着ている。見ているうちに、ヴィーネが腕を絡ませて腕を組む。

 

ガヴは相手がヴィーネだと分かったときに、いったん気持ちが醒めた。しかし、腕を組んだときに、手をつないだときに味わったあの感触が戻ってきた。身体の奥から熱くなってくるような感覚。

 

ふたりは店をめぐって歩き疲れたので、モールの中庭にある、小さな公園のような場所に来た。ベンチで隣に並び、ぴったりと密着して、ふたりとも座る。

 

 

あきらかに距離感が詰まっていた。サングラスとマスクで視線から守りたいという意識も、今はもうない。ガヴはふと、漏らすようにつぶやいた。

 

「なあ、ヴィーネ。わたしたちって恋人なのかな?」

「恋人じゃなかったら、なんなのよ?」

「まだ現実感がないって言うか……」

「もう、態度をハッキリしなさい!」

「いや、だから、その……」

「……」

 

 

そのとき――。

 

「!!」

 

ヴィーネがガヴの唇を奪い、ふたりはキスした。

 



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4話:あの素晴らしい天使にもう一度、と思った?

ふたりはキスをしていた。時間が止まったような感覚。

 

ガヴとヴィーネが唇を離すと、一時停止していた時間がふたたび動き出す。ふたりはモールの中庭にある公園にいた。その喧噪が聞こえてくる。ふたりでいるうちに、まわりの目が気にならなくなっていた。ガヴの瞳に映るのはヴィーネだけ。

 

「ヴィーネ……」

「ガヴ……」

 

お互い背中に手を回して抱き合っていた。ふたりはうっとりした顔で見つめ合う。柔らかい少女の身体の感触。体温の温かさ。髪の良い香り。身体が熱くほてってくる。

 

ガヴはもう身を任せてもいいと思った。もう過去を手放してもいい。友達だった頃に戻れなくてもいい。恋人としてのヴィーネを手に入れたい。もう後戻りできない。ヴィーネが欲しい。

 

「ヴィーネ。わたしを本気にさせちゃったな。もう離さないぞ」

「うん、わたしもずっと一緒よ」

 

 

その後、ショッピングモールを離れて、ふたりはガヴリールの部屋にやって来た。昼を過ぎて、ほんのりと空が赤くなってきた。今日の部屋は片付いている。それがヴィーネには意外だったようだ。

 

「へぇー。あんなに散らかってたのに、キレイになってるじゃないの」

「わたし、前はキレイ好きだったからな」

「女の子を連れ込むために、ずいぶん涙ぐましい努力をしたのねえ」

「う、うるさい!」

 

照れるガヴをよそに、ヴィーネはゴソゴソと部屋を漁りだす。そして、コンドームの袋を見つけると、驚き呆れた顔をした。

 

「なによこれ……」

「あ、それはっ!」

「女の子どうしなのに、何に使うつもりだったのよ?」

「う……、うるさい、うるさい、うるさい!」

 

 

モールでふたりはすでに昼食を取っていたが、それでも歩き疲れて腹が減っていたため、すこし早めの夕飯に、スパゲッティを作って食べることにした。

 

窓から夕日が差し込み、夕日の色に染まるテーブル。そこに、オレンジ色のパスタを盛った皿がふたつ並ぶ。美味しそうなパスタソースの匂いが漂ってくる。そして、カチリ、カチリとフォークの音が部屋に響く。

 

「ガヴ、あーん」

「あ、あーん」

「わたしにもちょうだいよ」

「ほら、あーん」

「あーん」

 

お互いに食べさせ合う甘いひととき。そのとき、手元が狂ってガヴの頬に、赤いソースが付いてしまう。すると、ヴィーネは頬にチュッと吸い付き、舐めとってしまう。ガヴの頬が赤く染まった。しばらく沈黙が流れる。

 

 

「……な、なあ、ヴィーネ。今夜はどうする?」

「もちろん泊まっていくわよ」

「じゃ、じゃあ、シャワー先浴びろよ」

「一緒に浴びましょうよ」

「なっ……」

「ほらほら、脱ぐわよ」

「ちょ、まっ……」

「ガヴは『女同士』って言って、わたしの前で裸になってたじゃない」

「あれは、今みたいに恋人じゃなくて、友達時代のことだから……」

「ほら、いいから脱ぐわよ」

「なんでここで脱がせるんだよ!」

「脱がしたいからに決まってるでしょ」

「あーもう……」

 

ふたりは脱がし合いを始めた。クスクス笑い声を漏らしながら、服を脱がしていく。ヴィーネのパンティに指が掛かったときは、ガヴの手が一瞬止まったが、けっきょく脱がしてしまう。

 

 

夕日の前で、お互い一糸まとわぬ姿で、向かい合って立つ。しかし、差し込む夕日がまぶしくて、大事な部分がよく見えない。

 

「謎の光があるから、R-15でも大丈夫だな!」

「なんの心配してるのよ、あんたは!」

「ハッハッハッ!」

 

ガヴは腰に手を当てて、なぜかドヤ顔をしている。ヴィーネはそんなガヴを見て、フッとほほえむ。

 

「ホント憎めないのよね、ガヴって」

「そりゃあ、天使だからな」

「うん……、ネトゲで堕天してたけど、前のようなホントの天使にちょっと戻ってる気がする」

「アクマで天使だからな」

「わたしの天使だからね」

「うん」

「……」

 

 

ふたりは裸でキスをした。肌が夕日を浴びて光り輝く。ふたりっきりで人目がないので、今度は思いきり唇を求め合う。舌を絡めるピチャピチャという音と、吐息だけが部屋に響く。

 

そして、むさぼっていた唇を離すと、唾液が糸を引き、ふたりの間に橋を架けた。それは夕日を浴びてきらめき、まるで運命の赤い糸のよう。

 

「ヴィーネ、好きだよ」

「ガヴ、私もよ」

 



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5話:恋人の前でもエンジェルを演じると思った?

 

ふたりは裸でキスをしていた。窓から差し込む夕日はもう落ちそうで、ガヴリールの部屋は急に暗くなってくる。ふたりは唇を離した後、すこしの間だけ見つめあってから、バスルームへ向かった。

 

バスルームに入ると、外の音はもう聞こえない。バスにお湯を溜める。ふたりの吐息と水音だけが反響していた。ガヴが身体を触っても、ヴィーネはまったく嫌がるそぶりをしない。ピチピチの柔らかい肌から熱が伝わる。顔を近づけると、髪の良い匂いが漂う。

 

 

「ガヴ、洗いっこしましょ」

「いいよ」

 

ガヴは、ヴィーネの身体にソープの泡を立てていく。スベスベだった肌がヌルヌルになっていく、微妙な変化を手の平で感じとる。肌をなでるたびにヴィーネが小さい声であえぐのが、ゾクゾクするような心地よい刺激だ。ガヴはまるで童貞男子のように、すっかり女体に夢中になっていた。

 

「はぁ……はぁ……」

「ヴィーネ、感じてる?」

「(コクコク)」

「フフッ、それっ」

「ひゃあっ!」

 

ガヴの手がヴィーネの太ももをスルーッと滑らせると、彼女は悲鳴を上げた。なにせ、ガヴは初体験なので、どうしても童貞のような、ぎこちない手つきになってしまう。しかしその一方で、女同士で性感帯は分かるので、的確な場所を責めることができる。

 

 

「ガヴ、今度はわたしが洗ってあげるわ」

「お、お手柔らかに……ひゃうっ!」

「フフ、いざ攻められる側に回ると弱いのね」

「そ、そこはダメだって~、いやん」

 

攻守交代で今度は、ヴィーネがガヴの身体を責める。ガヴと違って、より女の子らしい優しいなで方だ。ガヴの肌にソローッと指先をはわせていく。指をすべらせるたびに、ガヴはビクンと震える。と同時につい、女の子らしい声であえいでしまう。

 

「あっ、あんっ……」

「フフ。ガヴがこんなステキな声で鳴くなんて知ってるの、世界中でわたしだけよ」

「はあ……はあ……。ヴィーネの前では、わたしは天使じゃなくて、ひとりの女の子なんだよ」

「天使を堕とすなんて、悪魔冥利(みょうり)に尽きるわね」

 

 

「ジャボン、ジャボン」

 

洗い合っているうちにお湯が溜まった浴槽に、ふたりして漬かる。ふだんのガヴはボサボサ髪のイメージがある。が今は、濡れているためにボリュームが減って肌に張りつき、水に濡れて輝き、なまめかしい感じになっていた。その髪をヴィーネが手ですいてやる。

 

一方のガヴは、ヴィーネの紺色の髪をなでる。そして、柔らかい頬もなで、胸へと手を降ろした。胸のふくらみを手で包むと、弾力があって指を押し返す。さらに、もう一方の手で、ヴィーネの手を自分の胸に導く。

 

「しかし、ヴィーネとこんな関係になるなんて、夢にも思ってもいなかったよ」

「そう? わたしは堕天前のキレイなガヴに合った頃から、運命を感じていたわ」

「うう……。キレイな頃って、今はどうなんだよ?」

「フフ、今もキレイよ、ガヴ」

 

ガヴの唇に指をあて、それからヴィーネはガヴと唇を合わせる。

 

 

風呂から上がると、日がすっかり落ちていた。部屋は暗いものの、窓の外から街の明かりが差すので、つまずかないで歩ける程度には明るい。窓ガラスに、幸せそうに微笑んでいるふたりの顔が薄く映る。

 

どこで鳴いているのか、虫の音が部屋にまで響く。天空に月や星がかすかに見えるだけの薄暗い中、ふたりは子供のような純真な瞳で、窓からの夜景を眺めていた。どこにでもありふれている住宅街で、人間にとってはつまらない景色。

 

だが、人間界に来て日が浅い、天使と悪魔のふたりにとっては、まだ新鮮な景色に見えているようだ。それも、恋人になったばかりのふたりで見る夜景なら、なおさら感慨深いだろう。ふだんは無感情に見える、ガヴの心に感動が芽生えていた。

 

「ヴィーネ。わたしは天界、人間界、ネトゲの仮想空間。この短期間に、違う世界をいくつも体験してきた」

「それはわたしもよ。魔界から人間界に来てというもの、目まぐるしい毎日だったわね」

「でも、でもさ……」

「なに?」

 

 

ガヴはヴィーネをベッドに押し倒す。ガヴの中に、彼女を抱きたい情熱が燃え上がっていた。ヴィーネは脱力して抵抗せず、されるがままに押し倒され、ガヴの背中に手を回す。

 

「ヴィーネとふたりの世界が、わたしにとって一番幸せだよ!」

「わたしもよ、ガヴ!」

 

ふたりは恋人になって今まで、何回もキスしてきた。しかし今夜はそれよりも、一番熱い口づけを交わした。

 



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ラフィエル編
6話:殺伐としたぼっちに救世主が現れないと思った?


 

 人間界に降りた天使ラフィエルは、悪魔サターニャを尾行している。つね日頃から。

 

 

 この日の学園でも、サターニャは階段の踊り場で、ひとりで昼食を取っていた。それをラフィエルは、壁の向こうから顔だけ出して、ソーッとのぞいている。

 

「おいィ? ラフィ!?」

「あっ? サターニャさん、気づかれてしまいましたか?」

「フッフーン、この大悪魔サタニキア様が、気づかないわけないだろ!」

「チッ」

「舌打ちってなんだよ! 付きまとうな!」

「えー、ダメですか~?」

「ぷんぷん!」

「おこなの?」

 

 

 ふたりは学園の制服を着ていた。ラフィエルは銀髪で、サターニャは赤髪。そしてサターニャは階段に腰かけ、おにぎりとメロンパンを食べようとしていた。

 

「これから、お昼ご飯を食べるんですか?」

「そ、そうだが……?」

「ストーキングを許可してくれたら、わたしと昼食を一緒に食べる権利をやろう~♪」

「さすが天使汚い! ぼっち飯の弱みにつけ込むとはぁ~」

「ダメですかぁ~?」

「これは『魔界覇王許可証』を出さざるをえない」

「お昼を食べるくらいで、そんな某奥義みたいに言われましても……」

 

 

 こうして階段でふたり並んで腰かけ、一緒に昼食を取ることになった。ラフィは手作り弁当を持参している。その中身は、いかにも女の子が作りそうな可愛らしいものだ。桜でんぶ、卵焼き、そぼろなどを使って、色とりどりのおかずがそろっている。美味しそうな匂いがあたりに漂う。

 

「(ジー)」

「あら、サターニャさん、わたしのおかずが欲しいんですか?」

「い、いや、そんなことないぞ? 食べたいとか思ってないぞー?」

「じゃあ、オカズに、わたしの足を舐めていいですからぁ~」

「はっ!? なんだよそれ!?」

 

 スラリとした足を伸ばして見せるラフィと、呆れながらも照れた顔で見ているサターニャ。照れているのは、スカートの中がチラッと見えているからだ。

 

「冗談ですからぁ。……はーい、あーん」

「あーん(パクッ)」

「あらあら、うふふ」

「(ポッ)」

 

 ラフィが弁当をサターニャに食べさせて、ふたりの雰囲気が和んだ。そこで、ラフィは新しい話題を切り出した。

 

 

「あの! サターニャさん」

「なんだよ、あらたまって」

「今度の休み、デートしませんかっ!」

「え! あ、あの……その……心の準備が」

「もう~童貞メンタルなんですから」

「いやいや! おかしいだろ! そこは処女だろ!」

「じゃあ処女なんですか?」

「えっ……そう……だけど」

「良かった~! わたしも処女ですぅ」

「お、おう……」

 

 ラフィエルはふざけているようで、どうやら誘導尋問していたようだ。

 

「処女、言わされちゃったよ。さすがは腹黒天使。しかし、私たち同じ処女なのに、どうしてこうも、心のキレイさに差が付いたのか?」

「慢心、環境の差ですぅ」

「それ、笑顔でさわやかに言うなー!」

「まあまあ、私たち処女厨としては、『処女厨大勝利』で良いじゃないですかぁ~」

「私たちってなんだよ!」

「じゃあ、サターニャさんは、私が非処女でも良かったんですか?」

「え? いや、まあ私も、相手が処女の方が良いけど……」

 

 それを聞いて、ラフィは脈アリと見たのか、話を畳みかけてきた。

 

「サターニャさん! 話が脱線しましたが、デート、デート!」

「あ、あう~。恥ずかしいよ~」

「んもー、仕様がないですね~。サターニャさんは乙女ンタルなんですから」

「その言い方も恥ずかしいよぅ~」

「そうだ。じゃあ、こうしませんか?」

 

 笑顔でパン、と手を叩くラフィエル。と、照れた顔のまま、一時停止したように固まったサターニャ。

 

「サターニャさんがひとりで出かけ、それをわたしが追いかける、というのはどうでしょうか?」

「え? え?」

「名付けて、『恋のストーキング・デート大作戦』ですわ~♪」

「ええ~? なにそれ~!?」

 

 

 



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