Night of the full moon and they (緋月夜)
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第一幕
その日は満月だった、蒼白く輝く、満月…。
私達は、その日、吸血鬼になった。
―――雷鳴が轟き、風雨が窓ガラスを叩く夜、彼女は夢を見ていた。
普段の彼女は、夜明けから昼間にかけて眠りにつき、黄昏時に目を覚まし夜を統べる夜の帝王、吸血鬼。
しかし、今夜はいつもとは違って、夜に睡眠をとっていた。
彼女の名は、レミリア・スカーレット。
見た目の幼さに反し、生きてきた時間は五百年。
人間から見れば、それは途方に暮れる様な時間である。
―――彼女の住む館、紅魔館で彼女を主とし、メイドとして長年務めたメイド長、十六夜咲夜が彼女の部屋を訪れる。
不安と胸騒ぎとが、咲夜の胸を渦巻き主の部屋へとその足を向けていた。
ノックをし、一声。
「…お嬢さま、夜分に失礼致します、咲夜です」
…返事はない、そのまま扉を開ける。
中は暗く、廊下から差し込む細い光が主の――レミリアの首筋から顔にかけてを照らし出す。
白く透き通った絹のような美しい肌、滑らかな水色の髪、そして細く整った彼女の顔が照らされた。
長年この主に仕えてきたが、今でもその美しさに見蕩れてしまう。
そして、その寝顔をよく見ると、目元にキラリと光を反射するものがあった。
―――「…涙?」
―――これは夢、か。
…いつまで経っても、この事実からは逃れられないのか…。
…こうするしかなかった、後悔なんてない。
寧ろ、こうでもしなければ今頃私は……
……私達姉妹は…。
私、レミリア・スカーレットは、元は人の子だった。
広い屋敷で、笑顔と愛情に包まれてこの世に生を受けた。
毎日が幸せで、私が5歳になる頃には、妹が生まれて…と、不安も不満も無かった。
しかし、その幸せも長くは続かなかった。
始まりは、実父の病死。
私が12、妹――フランドール・スカーレット――が7歳になる頃に、謎の病によって、帰らぬ人になってしまった。
私も母も妹も、悲しさに打ちひしがれ、屋敷の使用人もメイドたちにも、暗い雰囲気が広がっていった。
その頃、私達姉妹の世話役だった咲夜が、毎晩私達姉妹のベッドで、共に眠ってくれた。
それが唯一の慰めであり、救いだった。
それから一年が経ち、私達の後見人として実父の弟――叔父に値する――が、屋敷に訪れた。
最初は、私達姉妹に優しく接し、父のように振る舞ってくれた。
しかし、亡くなった父を想い続け、毎夜毎夜静かに涙を流す母の姿を見た叔父は、沸々と苛立ちを募らせていった。
いつまでも自分を見てくれないと、兄の代わりであると認められていないと。
そして、母と同様に私達姉妹も、亡くなった父の事を忘れることなど出来る筈もなく、毎晩涙を流し、咲夜に抱きしめられながら眠りについていたのだ。
そんな姿を見て、叔父はとうとう不満と苛立ちを爆発させた。
まず初めに、私達姉妹を牢獄へ閉じ込め、毎日毎日、暴力を振るった。
咲夜も世話役から外され、ただのメイドへと戻ってしまった。
急な叔父の態度の変貌、暴力と罵倒を受ける日々、変わってしまった日常、亡き父との幸せな時間。
それらを思い出して、私達姉妹は身を寄せ合い泣き続けた。
そんな私達姉妹の姿を見て、叔父の暴力は更に苛烈になっていった。
母は、特に何かをされた訳では無かったようだが、かと言って私達を救うというような事はしてくれなかった。
ただ、世話役から外されたはずの咲夜がどういう訳か、毎日私達の囚われた牢獄へと様子を見に来てくれた。
彼女の存在がなければ、とっくの昔に心など折れていただろう。
彼女はよく話をしてくれた、たった一つのおとぎ話を。
それは、全てを失って人間から吸血鬼になった男の話。
―――その男は、小さな村で家族と幸せに暮らしていたという。
子供と森を歩いたり、遊んでいる子供たちを見たり、共に食卓を囲んだり、一緒に眠りについたり、と。
そんな幸せな毎日を送っていた男は、ある日「村荒らし」と呼ばれる賊に、家族を殺され、村を焼き払われてしまったという。
たった1人生き残ってしまったその男は、家族を失った悲しみと、自分の無力さを嘆いたという。
―力が欲しい、大切な物を守れるだけの力が欲しい…―と、彼は願ったそうだ。
そして、力を手に入れる方法を探し、数年かけて探し出した。
それは、―吸血鬼―になることだった。
血で塗られた様な紅い満月の夜に、人の血を盃で飲み干す。
彼は、藁にもすがる思いで、これを実行した。
――それから彼は、夜になる度「村荒らし」を探して旅をした。
道中で人の血を吸い、眷属にした女性と子を作ったそうだ。
その女性を自宅に帰し、彼は復讐のため「村荒らし」を探し続けた。
旅を始めて一年が経とうという頃、とうとう彼は、家族を惨殺し、故郷を焼き払った、憎き「村荒らし」を見つけ出した。
それからは早かった、人間を超えた力を持つ吸血鬼に、高々武器を持った程度の数人の人間が敵うはずもなく、「村荒らし」達をねじ伏せた。
彼は、「村荒らし」達に問うた。
―何故人を殺す?何故生活を奪う?何のために?―
息も絶え絶えに、「村荒らし」達は応えた。
―そうするしか、生きる道はなかった―
―強者にならなきゃ、生きてなどいけなかったからだ―と。
その言葉に、彼は驚愕した。
自分のやっていることは、この憎き「村荒らし」と同じだということを、「村荒らし」達の言葉で漸く気付いたという事実にである。
そして彼は、今までのことを思い出し、後悔し、絶望した。
その彼の手は、いつの間にか「村荒らし」達の血で染まっていたという。
―――それから彼は手紙を書いた、自分の子を孕ませた女性宛に。
その手紙にはただ一言、―すまなかった、子供を頼む―と。
手紙を届け終えた後、彼は自分の心臓に杭を刺して自殺したという。
――私はこの話を聞く度に思うことがある、これは、単なるおとぎ話ではないだろう、と。
そうでなければ、同じ話を何度も意味もなしに咲夜が話すはずがない、と。
そして私は、いつしかこの話が実話であると信じ、これを最後の希望にしようと心に決めた。
それは、牢獄に幽閉されてから3年が経った、満月の夜だった。
―――牢屋に閉じ込められてから、どれだけ経ったんだろう。
綺麗な真紅を基調としていたはずの私の服とスカートは、ほこりや私自身の血で汚れてしまっていて、元の色が褪せてきていた。
お姉さまの服も、同じ…。
苦しいのも痛いのも嫌い……でも暴力を振るうアイツはもっと嫌い……!
大切なお姉さままで傷付けるなんて…許せない。
…でも、私達姉妹には今のところ、暴力を振るうアイツを退ける事はおろか、この牢屋から出られる力なんてなかった。
咲夜はいつも、―もう少しの辛抱ですから―としか言ってくれない。
…もう少しっていつ…?いつになればこの苦しみから開放されるの……?
お姉さま……教えてよ……。
……もう、こんな生活するくらいなら…死んだ方がマシよ…。
―――数ヶ月が経ち、木々は葉を落とし、動物達も活動をやめ始める冬の季節が訪れた。
相変わらず牢獄に囚われたままの私達は、冷たいこの石造りの部屋の中で、二人寄り添って唇を震わせていた。
牢獄の天井には、もう家主のいない蜘蛛の巣が揺らめいていた。
気付けば夜になっていた、普段なら静かなはずの夜も、今は雨音で静寂はかき消されていた。
そして、ふと気がついた。
今日はアイツが来ていない、と。
そう思っているうちに、咲夜が来て、アイツの居場所を教えてくれた。
―あの方なら、昨日の夜中に友人の元へ出かけていきました。2、3日は戻らない、と。―
それを聞いた私達は、少しだけ安堵した。
その日は、牢獄からは出られなかったけど、温かいスープにあり付け、暖かい毛布で眠ることが出来た。
次回投稿につきましては、未定です((
書き上がってから、というのが大前提ですが、書き終わるかどうかも怪しいので、気長にお待ちいただけますようお願い致します。
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第二幕
――久々の温もりの中で目覚めた翌日の夜、私だけ、お母様に呼び出された。
フランはなぜ呼ばれなかったのだろう?何故今になって私は牢獄から出されたのだろう?それ以上に、何故お母様から呼び出されたのだろう……?
疑問と不安とが入り交じり、黙って俯いたまま、呼び出された通りに館の屋上の時計台へと足を向けた。
――屋上へと続く扉を開けると、まず目に飛び込んできたのは蒼白く輝く満月だった。
季節が冬という事もあって、肌に張り付くような冷気が、辺りを包んでいた。
そして、その奥に佇む1人の女性―お母様。
牢獄に幽閉されてから3年、1度も顔を合わせることのなかった私達姉妹の母親。
そして、お母様はゆっくりこちらを振り返り、口を開いた。
――「弱い私を許して」
そう、涙混じりに語りかけてきた母の顔は、美しさを忘れ、酷くやつれてしまっていた。
私は、問いかける。
「何故助けてくれなかったの?」
そう、聞かざるを得なかった。
私達姉妹は、3年も牢獄に幽閉されていたのに、そんな暴挙を見て見ぬふりをし、私達を見捨てたのか。
そう、畳み掛けたくなるのを抑えて、あくまでも冷静に言葉を紡ぐ。
「私達は、幸せを望んでいただけなのに」
「何故私達は牢獄に入れられたの?」
そう、訪ねた。
そんな私の言葉を聞いていた母は、ゆっくり目を閉じて、語る。
私達姉妹が幽閉された時、2度と私達に近づかないと叔父に誓わされたこと。それを守らなければ、私達及びお前も殺すと脅されていたこと。毎晩夜の相手をさせられたこと。暴力こそ無かったものの、毎日暴言や罵倒は当たり前だったこと。
これらを話し終えて、母は言った。
「それでも、私はあなた達姉妹を見捨てることなんて出来るはずがなかった」と。
「あなた達姉妹の様子を、咲夜に見てもらうように頼むしかなかったの…私には」
ここまで話し、母は顔を背けた。
顔を背けた瞬間に、月の光を反射するものがあった。
母は泣いていた、静かに、しかし大粒の涙を流して。
「……なぜ泣くの?」
私は問う、何故そんなにも涙を流すのか。
三年もの間幽閉され、暴力を振るわれ、涙も枯れ果てた私には、母のその涙を、理解することは出来なかった。
すると、母は涙を流しながらさらに悲しそうな顔をして、言った。
「…3年も、愛するあなた達を見ることすら許されなかったのよ…いつの間にか、背も伸びて、髪も伸びて…本当なら、こんな形で成長していくのを見たかった訳じゃないのに……ごめんなさい」
嗚咽混じりにそう言った母の言葉を、理解するのにかなりの時間がかかってしまった。
――そして、理解を終えた直後、私の頬に微かに流れ落ちるものがあった。
「……あれ?なんで…私…泣いて……?」
止まらない、すっかり枯れ果ててしまったと思っていた私の涙は、確かに今。私の頬を流れていた、
その時、ふと私を柔らかな温もりが包んだ。
「……やっと、抱きしめられたわ…レミリア…、やっと貴女に触れられたわ…今までごめんなさい…母親失格ね…私」
ぎゅぅ…と、優しく包まれるように抱きしめられ、私は更に涙が溢れた。
3年もの間、この温もりに包まれることはなかった。
私は愛されている、と実感などできなかった。
それでも今、こうして私は抱きしめられている。
……私は、私達は、ずっと愛されていたんだ。
アイツにどれだけ酷いことをされても、お母様は、ずっと私達を愛していてくれた。
それが分かって、私は涙を止めることなど出来るはずもなくて。
「…ぐす…っ…お……おかぁ…さまぁ……わたし、私…のこと、ずっと…」
「…えぇ、そうよ……私は、あなた達姉妹の事を、ちゃんと愛していたわ…あの人の逆鱗に触れるのを恐れて…直接何も出来なくてごめんなさい…私を許して」
この時、私の中に母を恨む気持ちなんて微塵もなくて、ただ、今こうして愛を確かめ合えている、それだけで地獄のような3年も、救われたと思えた。
「さぁ…怯えるのも、もう終わりにしましょう、レミリア」
しつかりとした口調で、母は私に言った。
「咲夜がしてくれたおとぎ話を覚えているかしら?」
もちろん、と答えると、母はさらに続けて、
「あの話に出てくる男性はね、私のお祖父さんなの…って言ったら信じられるかしら?」
と、衝撃の事実を言い放った。
そして、私はその一言で全てを悟った。
「…その顔は、全部理解出来たみたいね」
「…もし話が本当なら、生贄は……?」
私は、恐る恐る母に訪ねた、まさかそんなはずはないと思いながら。
しかし―――
「生贄は、私…よ」
――「そ…んな…」
最悪の事態が、そのまま現実になってしまった。
母は、私の頭を撫でながら
「…これは、罪滅ぼし…と願う私のわがままよ、自己満足…かしらね」私は、そんな母の言葉を聞いて、体が震えるのを感じた。
…そんなことをしたら、母は死んでしまう。
そんなのは、私の望む幸せなんかじゃない…!
「そんなことしたら…お母様は……!」
しかし、そこから先は口に出せなかった。
母の、真紅に輝く強い瞳を真正面から見てしまい、そして更に母の心が伝わってきたから。
「私はね…あなた達姉妹が幸せになれるなら、死ぬのは怖くないわ」
――お姉さまが連れ出されて、どれだけ経ったのかな…
何の話をしてるんだろう…私もお母様に会いたい…
そんな事考えていると、何やら足音が聞こえる。
…お姉さまが帰ってきたのか、咲夜が様子を見に来たのかな
しかし、その2人よりも足音が重い。
――「あぁ?レミリアが居ねぇじゃねえか、おいテメェ!レミリアはどうした!」
……それは、諸悪の根源――叔父だった
「ひっ……!」
なんで…コイツが!?しばらく出かけるって……!
「何とか言えよォ!このクソガキがよォ!!」
そう言って、叔父は私の顔面を殴った。
成人男性の拳は、大して鍛えていなくても十分凶器だった。
「痛…ッ…ぐぅ…!」
私は痛みを堪えるためにうずくまり、顔を抑えた。
「うるせぇんだよ、この出来損ないが」
そのままうずくまった私の腹に、容赦なく蹴りを放つ。
「がふ…っ……うぇ…!」
腹部に強い衝撃を受け、胃液が逆流していく。
「おぇ…うぅ…げほっ……」
床に血と胃液とが混ざったものが撒き散らされ、それが叔父のズボンにかかってしまった。
それを見た叔父は――
「汚ぇ…テメェ、何勝手に吐いて汚してんだよ!」
と、私の頭を踏みつけ、床にこすり付けた。
「あぁぁぁぁぁ!!」
靴のまま踏みつけられたので、顔に激痛が走る。
「うるせぇって、言ってん、だろう、がッ!」
そんな私の顔を何度も踏みつけ、最後には再度腹部を蹴った。
「がふ…っ!…げほっげほっ…ぐ…うぅ…」
どうやら、お姉さまが牢屋から抜けたことに対して、相当怒り狂っているらしい、今までの比じゃないほどの暴行だった。
「今まで生かしてやってきたが、もう許さねぇ、テメェら全員ぶっ殺してやる」
と、そのまま私の首を掴み、壁に押さえ付けた。
「かはっ…!?ぐぅぅ…!?」
首を絞められ息が出来ず、意識がだんだんと遠くなっていく様な気がした。
「どうだ!?苦しいかァ!?ハッハァ!そのまま死ねェ!」
ギリギリ、と首を絞める力が強くなっていく。
「ぐっ…!…けほ…か……っ…」
全身から力が抜け、叔父の手を掴んでいた両手の内左手が外れる。
その時――「まだ生きてんのか…早く死ねよ、出来損ないのお前の姉もこれから始末するんだからよ」
―――出来損ない…?……お姉さまが、出来損ない…?
…お姉さまを…お姉さまを愚弄するな…!!
―その時、ドクン、と私の心臓が高鳴る。
そして、私の右手の中に、何かが現れた感覚があった、わけも分からずにそれを握りつぶした。
そうすると私は、叔父の手を掴んでいる右手でそのまま―――
―――ベキィッ!!
―――叔父の手を、へし折っていた。
「ぐおあぁぁぁぁぁぁぁ!?」
叔父が痛みで私の首から手を離し、私は解放され床にズルりと落ちた。
「げほっげほっ……!はぁっ…はぁっ…はぁ…」
やっと解放され、深く息を吸いこんで、呼吸を落ち着ける。
「テメェ…!よくも俺の腕を……!?」
そして、叔父はそこで気がついた。
自分の右手が、手首から先が存在していないということに。
「俺のっ…!俺の手がァァァ!!??」
右手を抑え、床をのたうち回る叔父の姿は、酷く滑稽に思えた。
「はぁ…はぁ…ふぅ…、意外と、脆いのね、アンタ」
そう吐き捨て、右手に持った叔父の手を投げ返す。
「テメェ……!調子に…乗りやがって……!」
やはり右腕をおさえながら、こちらを睨んでくる叔父は、最早恐怖の対象では無くなっていた。
自分でも、未だに理解出来なかった。
今の自分にこんな力があったナんて。
…まるデ、おとぎ話ノ吸血鬼みたイ。
……吸血鬼?あァ、そウね…
……今夜は満月、血を流した人間、酷く傷付いた私の体……
……やることは一つしかない、わね。
「アンタが存在していることは、私の望む幸せな日常には不要なの」
…だから、アンタの狂気ごと、私が抑え込んで吸血鬼になる。
……私に還りなさい、文字通りに、ね。
「や……やめろ!何する気だ!?…ぐぁぁぁぁぁぁぁ!?痛い痛い痛い!!やめろ!やめてくれェ!!しにたく、じにだぐない…!ダずゲ……!」
―――「…不味いわ、アンタの全てが」
そして、私の背中から七色の宝石を下げた翼が生えてきた所で、意識は途切れた。
――私は、未だに決めかねていた。
母を屠り、贄とし、自分が吸血鬼となって力を手に入れることを。
躊躇う理由などいくらでもある、母を殺して、永遠を手に入れたくなんかない、幽閉される前のように温かい家庭で過ごしていたかった。
でも、それはもう叶わないと知った、だから力を手に入れるしかなくなってしまった。
ふと、母から何かを手渡された。
――それは、白銀に輝くナイフだった。
「それで私を刺して…そして私の血を飲んで、そうすれば、あなたは永遠を知る吸血鬼となる」
母は、ハッキリとした口調で、これ以外に方法はないと伝えてくる。
―私は震える手でナイフを構え、母に向けた。
涙すら流していたと思う、それでも、こうするしか無かった。
「あ…ぁぁぁぁぁっ!!」
私はそのまま、母の体に刃を突き立てた。
「ぐぅぅ…!がはっ…!!」
母の口から鮮血が吹き出し、私の服や顔、両手を真紅に染めていく。
そして私は、流れる母の血を飲んだ。
口の中に広がる鉄の味、吐き出しそうになるのを必死に抑え、飲み込む。
――その時、とくん、と、胸が鼓動する。
その瞬間、体に力が漲り、背中からは蝙蝠の羽のような翼が生えてきた。
自分の変化を見届け、母の方を振り返る
「…なれた、のね…私と…同じ吸血…鬼に…」
口と傷口から絶え間なく血が流れ、命の灯火が消えかかっているのがはっきりと感じ取れた。
「お……かぁさま…私は…私は…!」
私は涙を流しながら、母を抱きしめる。
すると、母はこう言った。
「あなたには…私の母と…祖母が…繋いで、育んできた…特別な力を与える…わ」
息も絶え絶えに、母は続ける。
「運命を…操る力を…貴女に…託すわ」
運命を操る力…?
「それって…!?」
力について聞こうとした瞬間に、母の体から力が抜けて行くのが感じられた。
「お母様…?お母様!?しっかりして!お母様!!」
必死に体を揺すり、必死に母を呼び止めようとする、しかし
「…あなた達は、必ず…幸せになって…それが、私の最後のお願い……お別れじゃないわ……母さんは、あなたの中で…永遠になる……から」
そして、微かに言葉を紡ぐ。
「…あり…がとう…ね」
そして、そのまま母は眠るように逝った。
―――「お母様ぁぁぁぁぁ……!!」
―――それからの事は、よく覚えていない。
館の中に戻り、暴走する吸血鬼の力を抑えきれず、屋敷内の妖精メイド達を皆殺しにしていってしまった。
そして、ふと我に帰ってあたりを見回すと、館の中が鮮血で何処も彼処も染まっていた。
…私は絶望し、意味もなくその足を進めようとする、と、その時、
――カツン…
と、小さな音がした、
足元を見ると、血がべっとりと付いた懐中時計が落ちていた。
ハッとなって、辺りを見回すと、血だらけの咲夜が壁にもたれて倒れていた。
「……さ、くや…?」
呼びかけるも、返事はない。
「そんな……いやよ……咲夜…目を開けてよ…咲夜……!」
咲夜の側で、彼女の名前を呼び続ける、すると、
「…おじょ…うさま…私は…貴女さまの傍に……いられて…幸せでした……どうか…おじょうさまの…お心の…ままに…」
と、笑顔で私に伝え、この世を去ってしまった
冷たくなっていく彼女を抱きしめ、ありがとうと、伝えることしか出来なかった。
力を手に入れても…独りになるなら死んでしまいたい。
そんなことをぼんやりと頭に浮かべながら、牢獄へと戻ってきた。
そこには――
―――七色の宝石を下げた翼を生やしたフランが、こちらに背を向けて立っていた。
「…フラン…?」
と、私が声をかけると、彼女は振り返り、一言。
「……寒い」
「……っ!」
私はそれを聞いて、フランを抱きしめることしか出来なかった。
そして、私達姉妹は、全てと引換に吸血鬼になった。
―――「ん……ぁ」
…やはり、夢か。
……でも、私もフランも吸血鬼になって、皆居なくなってしまった。
私は、あの時から、闇に幸福と平和な日常を願い、月には母の安寧と冥福を祈り続けている。
……それこそが、全てを壊してしまった私の罪滅ぼしなのだと、自身を戒めるために。
「…お嬢さま?」
と、私はその一声で我に返った。
「あれ…咲夜?」
ここは、私の寝室のはず、何で咲夜が?と疑問を抱いていると、咲夜は不安そうな顔で
「実は…お嬢さまの事が頭を過ぎってしまい、寝室にご様子を伺いに来たのですが…お嬢さまがお眠りになりながら涙を流していらっしゃったので…」と、話してくれた。
私は、心配されている事がこれだけ嬉しいのかと、認識した、
「紅茶、お飲みになりますか?少し落ち着かれた方が…」
と、咲夜が気を使ってくれたので、お言葉に甘えることにした。
彼女が淹れる紅茶を飲むと、心がじんわりと暖かくなる。
ふと一息ついて、窓の外の景色を見てみる
するとそこには―――
「綺麗ですね…」
「ええ、本当に……」
――そこには、母の最期を看取った日に出ていたのと同じく、蒼白く輝く満月があった。
第一幕よりも長くなってしまった…おかしいな((
これにてNight of the full moon and they完結となります。
急ぎ足で書き上げてしまった気もする……((
当初、5千字前後で纏めるつもりだったんですが勝手に話が進む進む((
結果二話完結になってしまいました、お楽しみ頂けましたでしょうか?
―――それでは、緋色に月が輝く時にお会いしましょう
……なんちゃって((←
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