ソードアート・オンライン~二人の軌跡~ (ロシアよ永遠に)
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人物紹介

少しずつ書き足していく予定です。


輝崎 陽菜

 

地元の中学校に通う、ごく普通の14歳。

幼少の頃から女の子のやるようなお飯事やお人形遊びをする事はなく、どちらかと言えば近所の腕白坊主に混じって外で遊び、泥だらけになって帰ってくることの方が多かった。本を読むよりも、身体を動かす方が好きで、それが功を奏して、父が教える棍術もメキメキと実力を付けていった。目下父を倒すことを目標としてはいるが、相手がチートスペックなので未だ適わないでいる。

誰でも分け隔て無く接することが出来るので友人も多いが、異性としてみる男子は皆無。見た目は整っていて、一目惚れを受けることもあるだろうが、接する内にその恋は冷め、友情が目覚めることは少なくない。本人も友情には厚く、友人が困難に遭っていたら、先んじて手を差し伸べる、まさにナイスガイなのだ。

だがそんな彼女もお年頃で、恋をしたい年齢。しかし前述の性格のお陰で、色恋沙汰に興味はあれど余り踏み出せず、そしてとても初心。

 

 

 

黒瀬 凜

 

陽菜と同学の友人で、生徒会とフェンシング部に所属している令嬢。その整った外見と佇まいから、周囲からは高嶺の花として距離を置かれていたが、そんな物気にしない我等がヒーローの陽菜は、何のこともなく接し、それを繰り返す内に友人として、いや、凜からすれば親友と呼べるほどにまで仲が良くなった。それに伴い、彼女の影響からか踏み出す勇気を持つに至った凜は、クラスメイトやフェンシング部部員と踏み出して交流を持ち、持ち前の優しさで一躍人気者となった。

陽菜の少々向こう見ずで無鉄砲な所を常に心配している。

今回、陽菜がSAOに囚われた際も、入院施設に頻繁に見舞っている。それと共に、彼女が囚われたそのフルダイブ機能に興味も持ち、一年後、ナーヴギアのセキュリティ強化版であるアミュスフィアと共にとあるゲームを購入し、一人の少女と交流を深めていく。

 

 

桐ヶ谷 和人

 

後の我等がブラッキーこと黒の剣士。

クラインをレクチャーするところまでは変わらないが、陽菜とクラインの明るさに充てられ、二人のフレンドになりたいという思いを汲み、別れ際には自らフレンド申請を行うなど、コミュ障が多少なりとも改善されているようにも思える。

 

 

陽菜の父親

 

皆さんご存じ、あのチート親父。世界を股に掛けるジャーナリストとして名を売り出しながらも、その卓越した武術は様々な物に精通しており、また非常に頭も切れる。唯一の弱点は奥さんである玲奈。尻に敷かれている。



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プロローグ

リハビリ目的で書いていきます。不定期更新です。

2/20 最後追記


西暦2022年11月4日金曜日

この日は、どこもかしこも、学校も会社も、一番盛り上がった話題は何か?そうアンケートを採られれば恐らくはこれがトップに躍り出るだろう。

 

ソードアート・オンライン

 

フルダイブという、今までのテレビゲーム、その常識を覆すほどの革新的な技術を活かしたゲーム。

先駆けて体現した1000人のβテスター曰く、

もう一つの現実である。

ゲームなのか、それとも異世界に来たのか解らないほどの実感。

ゲームの革命ktkr。

そんな評価がそこらかしこに上がっているほどに高評価だった。

そして先日発売された製品版。それの正式サービスが二日後の11月6日日曜日13時丁度に始まる。その話題で持ちきりなのだ。

 

「それにしても、凄いですね。初回ロット一万本の内の一本を手に入れるなんて。」

 

共に帰り支度をしていた友人である黒瀬(くろせ) (りん)は、ふと話題に出す。無論、初回一万ロットと言うのは、例のソードアート・オンラインである。2人の通う中学校もその話題で持ちきりだったので、凛もそれを手に入れた彼女にそれを振ってみた。何を隠そう、彼女はソードアート・オンラインを手に入れた運の良い人間の一人だったのだ。βテスターの前評価ぶりから、その人気は鰻登りし、製品版を手に入れようとゲームショップや家電販売店の前には数日前から長蛇の列を作るという、最早社会現象と言っても過言でもないほどにまでなっていた。

 

「あたしも運が良かったって思ってるよ。まさか行きつけのゲームショップの叔父さんが取っといてくれるとは思いもしなかったけどね。凛の方こそ、実家が凄いんだから、一本や十本、簡単に手に入るでしょうに。」

 

「私もプレイしたいのは山々なのですが、しばらくは生徒会の仕事と、フェンシング部の大会がありますので…。だから初回は諦めました。それに、プレイできない私が持っているよりも、その一本を他のどなたかがプレイして喜んでくれるなら本望ですし。」

 

「う……、な、なんだか凛が途轍もなくまぶしく見えるんですけど…。神様か仏様…いや、女神様ですか…?」

 

思わず後光が射しているかのように見える彼女に、思わず眼を細めてしまう。だが凛はそれを口許を抑え、上品に笑い飛ばす。

 

「ふふ、いつも私からしてみれば、陽菜さんのほうがまぶしく見えますよ。」

 

「そ、そぉかしら?」

 

輝崎(きさき) 陽菜(ひな)。凛の掛け替えのない友人で、彼女にとっては初めての友達だった。

元々きっての名家の生まれである凛は、その容姿と生まれから、周囲の生徒から浮いた存在であり、中々気さくに話せる人物というのがいなかった。しかし陽菜に至ってはそんな物お構いなしと言わんばかりに話しかけ、話題を振り、放課後には街へ連れ出して。そうしている内になくてはならない存在へとなっていたのだ。それを機に、凛の性格は陽菜の影響からか、前向きで明るく、そして社交的なものへとなり、彼女の他にも沢山の友人を持つまでに至った。しかし、一番の友人は陽菜であるには変わりはないのも事実だった。それ故に、先程の『陽菜の方がまぶしく見える。』と言う言葉は、自身を照らし、日向となって明るい場所へと連れ出してくれた彼女を指すには十分な理由となる。

 

「あ…、そろそろピアノの時間ですね。それでは陽菜さん。失礼します。」

 

「あ、うん。またね、凛。」

 

お淑やかにお辞儀し、背を向けて去って行く姿を見て、陽菜は『あぁ言う立ち振る舞いを淑女って言うんだろうなぁ。』などと、ちょっとした羨望を抱いた。何せ、歩く姿も様になっているのだ。高嶺の花と考えられても仕方ないのだろうが、今の彼女は明るく、そして気さくさが前面に出て親しみやすい雰囲気を纏っている。それだけに男女問わず憧れの的であった。

対して陽菜は明るいのは同じだが、凜と比べればさばさばしており、凛とは別な意味で親しみやすさを覚える。誰であろうと気兼ねなく話しかけ、表裏無しの性格。そしていざという時でなくとも、周囲を巻き込みながら前へと進む彼女の姿は、男女問わずに親しまれ、後輩男子生徒からは『姉御』などと呼ばれる始末だった。対して凛はと言うと、後輩女子生徒から『お姉様』と呼ばれているこの格差に、陽菜は若干納得がいかずにいた。

しかし、自分がこんな性格だからこそ、凛とも仲良くなれたわけだから、その辺りは誇るべきだと前向きに捉えて切り替えることにし、帰り支度を遅れて済ませた陽菜は、学生鞄を肩越しに持って、白いスカートと、トレードマークである茶色く長いツインテールを翻して廊下を急ぎ駆けていく。途中先生に走るなと注意を受けるも、聞き流し程度にごめんなさいと返して、下駄箱へひた走る。今日は帰って父親に稽古を付けて貰う予定なのだ。陽菜の父親は、世界各地を股にかけるジャーナリストであると同時に、自身の家に代々継がれている武術の師範代だ。世界をかけずり回っているだけに、滅多なことでは家に帰ってこず、大抵家は母の玲奈(れな)と二人で過ごすことが多い。小さい頃から時折武術を父より教わってきた陽菜にとって、三ヶ月、いや、半年に一週間ほど休暇を取って帰ってくる父に鍛えて貰うのは、特別な楽しみの一つだ。

そして…明日からまた、父は仕事で海外へと旅立ってしまう。それだけに、今日のこの日は心ゆくまで鍛えて貰おうと思っていた。

つまり、急いでいたのだ。

そして急ぐ、と言うことは、必然的に走る、と言うことになる。

走る、と言うことは、自身の移動速度が高まり、咄嗟の事に対応できなくなるのも事実。

昇降口で文字通り足早に靴を履き替え、別れの挨拶を交わす面々と、流し程度の挨拶。そして再びダッシュ。

…つまり、

 

「うわっ!?」

 

「きゃあっ!?」

 

…校門を出たところで、出会い頭の衝突である。

 

「いったぁ…!」

 

「いつつ…!ご、ごめん、大丈夫かい?」

 

「ちょっと強くお尻を打ったけど…大丈夫。こっちこそごめんなさい。急いでたから。」

 

ぶつかった相手を見上げれば、自身を立たせようと手を差し伸べてくれている。その制服は学生服。ピンとした黒の、スタンダードなそれを見るに、ぶつかったのは別校の男子生徒だと理解した。そして…その顔をみて、陽菜は少し固まった。

黒く、さらりとして、短いながらも整った髪。

同じく、中性的で整った顔。

そして、少々…琥珀色に染まった瞳だ。

その異様とも言えるほどに引き込まれそうなその瞳に、陽菜はしばらく呆けてしまっていたのか、

 

「ほ、ホントに大丈夫?」

 

相手の少年に気を遣わせてしまった。

 

「はっ!?だ、大丈夫、ホントに大丈夫だから!」

 

差し伸べられた手を握り、そして立ち上がる。スカートに付いた細かな砂を手ではたき落とし、手放していた学生鞄を拾い上げ、改めて相手の少年を見遣った。

 

「ホントに、ごめんなさい。」

 

「いや、怪我がないみたいで良かった。」

 

「あれ…?これって…。」

 

ぶつかった拍子に彼が落としたのか、少し抱え上げるほどに大きなパッケージに包まれたそれを見、拾い上げる。

陽菜も知らないものではない。何せ明後日になると、全国一万のプレイヤーが一斉に頭部に着けるであろうもの。

 

「これって…ナーヴギア?」

 

「あ、ごめん。拾わせちゃって。」

 

箱を見た所、特に外傷はなく、中身は大丈夫だろうと思うが、精密機械を運んでいたところにぶつかってしまったことで、再び申し訳ない気持ちが陽菜の中に芽生えてくる。

 

「ご、ごめんなさい。壊れてない、かしら。」

 

「だ、大丈夫だよ、きっと。さすがにそんなヤワに作られてないと思うし。」

 

「だといいけど…。」

 

未だ晴れない陽菜の表情に、少年は気まずくなってきた。

どうする。どうすれば良い?

 

「あれ?でも今にナーヴギアを購入してるってことは…貴方もソードアート・オンライン購入者…だったりするの?」

 

だが話題を切り替えてきたのは陽菜の方だった。

その推測も尤もだ。

先程も凜とその話題で盛り上がったばかり。気になるのも至極当然かもしれない。

対して少年は、これ幸いとその話題に乗っかってみることにした。

 

「うん。運良く購入できてね。…『も』ってことは、キミも?」

 

「そうよ。ホント、運が良かったわ。」

 

初回ロット一万のうち、βテスターは優先購入権が与えられるために、実質九千の本数だ。それを日本全国、下手をすれば外国のゲーマーも、ソードアート・オンラインを求めている可能性もあれば、転売屋の存在も否定は出来ない。そんな中から二人は購入出来たのだから、運が良いと互いをたたえ合う。

 

「そっか。じゃあ…もしかしたら向こうでPT組むかも知れないね。武器は何にしようとしてるの?」

 

「そうね。長物があれば…って、私まだパッケージ開けてないから、どう言う武器があるのか把握してないんですけど…」

 

お楽しみは直前まで取っておくタイプなのか。前々から説明書を読んで、ある程度の概要を把握した上で、自身の使う武器をある程度選定しているプレイヤーもいる中、未だ開封すらしていない陽菜に、少年は苦笑を浮かべた。

ソードアート・オンラインは、レベル性MMORPG。開始を早めれば早めるほどに、やり込めばやり込むほどに差が出てくる為、ゲーマー達は少しでもスタートを早めようと説明書を読みふけるものだ。

 

「…少しでも読んでおいた方が良いよ。はじまりの街のマップも載ってるから、せめてそれくらいは頭に入れておかないと、開始早々迷子になるかも知れないからさ。」

 

「うぅ……了解しました。」

 

「ところで…長物か…。それなら…」

 

夜斗(よると)。」

 

説明しようと口を開いた矢先、背後で少年を夜斗と呼ぶ声に振り向く。グレーのロングコートを纏った長身の男が立っていた。歳は…二十代前半だろうか。夜斗と呼ばれた少年に比べて、少し癖がある黒髪で少しはねているが、顔立ちが凜として整っているだけに、所謂イケメンであった。

 

「義兄さん…。今大学の帰り?」

 

「あぁ。丁度良い時間だから、こっちを回ってみようと思ったんだが…お邪魔だったか?」

 

「いや、そんな事はないよ。」

 

意味深な笑みを浮かべて夜斗をからかう男性に、件の少年は少々戸惑う。

 

「それよりもナンパは良いが、早く帰らなければ華鈴(かりん)(れん)が心配するぞ。」

 

「「な、ナンパァッ!?」」

 

異口同音

件の二人が一瞬違わぬ同時に驚愕の声を挙げた。

 

「なんだ?違うのか?」

 

「ちちち違うわよ!あたし達は偶々ぶつかって出会ったのよ!それでソードアート・オンラインの話で盛り上がって…。」

 

「それで武器は何にしたかって話をしてたんだよ。」

 

明らかにテンパる陽菜に対して、至極当然と言わんばかりに淡々と答える夜斗。

 

「なんだ、お前達は若いんだ。今のうちに青春しておけ。大人になってからだと後悔するぞ。」

 

「20過ぎても姉さんといちゃこらして、甘々桃色空間を作ってる零皇(れお)に言われたくないんだけど。」

 

「ふっ…、華鈴の魅力がイケないのさ。」

 

「…あのさ。イマイチ、アンタんとこの家族構成が読めないんだけど…」

 

いきなり惚気始めた零皇と呼ばれた男性。そして微妙に蚊帳の外気味だった陽菜が呆れ顔で声を挙げた。

 

「っと、名乗り遅れたみたいだね。僕は飛鳥 夜斗。で、こっちの惚気てるのが、剣崎 零皇。僕の姉の婚約者なんだけど…、まぁ見ての通り、姉さんのこととなると、煩悩と惚気が、ね…。」

 

「は、はぁ…。」

 

陽菜は察した。

これは苦労している人の顔だ、と。

自身の父母もそうであるが故に、夜斗に対して変な親近感を抱くに至る。何せ、年にほぼ二週間ほどしか家にいない父なのだ。帰ってきたらその分、会えない時間を満たすかのように朝起きていちゃこら、ごはんを食べていちゃこら、風呂を済ませていちゃこら。…つまり、寝ても覚めてもいちゃこらしているのだ。それを娘の目の前で。このままじゃ、近々弟か妹が出来かねないほどに。

 

「ほ、ほら!義兄さん。この子もドン引きしてるから!そろそろ行くよ!」

 

「ふふふ…そうだな、では行くか、愛しの華鈴の元へ…!」

 

「そ、それじゃ、僕らはそろそろ行くからさ。ほんと、ごめんね…いろんな意味で。」

 

「あ、うん。こっちこそ…。」

 

未だ惚気終えず、そして向こう側の世界から帰ってこない零皇の背を押し、陽菜に愛想笑いしつつ、夜斗は足早に去って行く。

どんどんと…遠くなる二人の背を見ながら…陽菜は忘れていたことを思い出し声を張り上げる。

 

「あ!あたし名乗ってなかったけど、輝崎 陽菜だからね!!」

 

突如の大声に驚いたのか、一瞬夜斗は戸惑うが、ややあって振り返り、穏やかな顔で応える。

 

「じゃあね!陽菜!!次はソードアート・オンライン(向こうの世界)で!!」

 

「うん!!」

 

まるで向日葵…そして太陽のような満面の笑みを浮かべた陽菜は、2人の背をじっと見送る。

不思議な出会いの余韻。それに浸って数分ほど。じっと立ち止まっていた陽菜は、足取り軽やかに家路へと急ぐ。

 

「さって!今日こそあの不良中年を打ち負かすわよ-!!!」

 

勝てないハズなのに、それでも勝てるという気持ちになりそうなほどに。打倒父を声高らかに宣誓して、急ぎ足で陽菜は駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~もうっ!勝てなかったぁっ!!」

 

ぽふっ!と前面から柔らかなベッドへダイブする。勢いよく飛び込んだものの、程良いクッションが優しく受け止めてくれたので、陽菜はその柔らかいベッド、その上に置かれた枕に顔を埋めた。

 

「…やっぱりあの時の斬り返しが早過ぎたのかしら…?でもあそこであぁしとかないと、次に来る連撃を捌けないし…。」

 

唸りながら、先程父親との試合を思い出し、戦術の練り方を想定し直す。結局、意気揚々と挑んだに関わらず、物の数分でノックアウトされた。その後、数回挑んだのだが、結果は惨敗。『まだまだ甘く、そして青いな。ハッハッハッ!』とドヤ顔され、並々ならぬ憤りを覚えたのは記憶に新しい。挙げ句、そのあとの夕食でまたしてもいちゃこらし始めるものだから、早々に食べて、こうして部屋に戻ったのだ。

 

「だいたいなんなのよ。もう直ぐ40でしょ、あの2人。いい加減自重しなさいっての。」

 

愚痴ってブー垂れたところで、『お前も早く相手を見つけて…いや、まだ早い!今の間に、これがあるべき夫婦の形であることを目に焼き付けておけ!』などと宣う。これはこれで親バカ振りを出すから困ったものだ。

ともあれ、文句を言ってても仕方ないので、風呂の時間まで時間がある。今の間に、今日と明日、そして明後日の課題を済ませておこう。そうすれば、日曜日にソードアート・オンラインを存分にプレイできる。…正直、勉強は苦手だが、楽しみにしているゲームのためだ。そう言い聞かせ、重い腰を上げて勉強机に向かう。

 

「それにしても…夜斗、か。」

 

学生鞄から勉強用具を取り出しながら、今日出会った少年を思い出す。

得に当たり障りのない出会いのハズが何故か印象的で、脳裏に焼き付いて離れない。

何でだろう。

インパクトからすれば、彼の義兄である零皇が凄かったはずなのに。

 

「そういえば…ソードアート・オンラインをするって言ってたわね。」

 

だとすれば、向こう側でもっと話せる。

もっと互いを知れるかも知れない。

だがMMOに限らず、ネットの海でリアルな個人情報を話し合うのは御法度だ。

しかし夜斗をもっと知りたい。そう思う自分がいることに陽菜は戸惑う。

 

「なんで…かしら。人のこと…男の子のことを、もっと知りたい。そう思うなんて…初めて、かも。」

 

そっと…最近ようやく膨らみ始めた胸に手を置く。

ドクン、ドクンという心臓の鼓動が何時もより大きく、そして早く感じた。

解らない。

何なんだろう。

早く日曜日にならないかな。

早く日曜日の13時にならないかな。

そう…望んでしまう。

ソードアート・オンライン、その向こうにある物に…望みを抱く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして…待ち望んだ時は来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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第1話『初めての仮想世界』

1人加えるだけで、展開が大分変わりますね。結構オリジナルです。


11月6日12時55分

LANケーブルと、充電用のケーブルをベッド脇のコンセントに繋ぐ。

繋いだケーブルの根元にあるヘッドギア型の端末を、スッポリと頭に被る。

ドキドキと高まる鼓動。

起動したナーヴギア、その駆動音が心地よい。

待ち望んだ世界。

どんな世界が広がっているのだろう。

どんな冒険が待っているのだろう。

そして…アイツと会えるだろうか?

そんな期待に胸を膨らませ、備え付けられたデジタル時計を見やる。

12時59分

いよいよだ。

緊張と高揚感がピークを迎える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして…その言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リンク・スタート!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陽菜は…旅立った。

剣と技と…

そして…

 

 

命懸けの世界に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャラメイクを終えて、陽菜改めて…アバターネーム『Esther《エステル》』は息を呑んだ。

顔つきは違えど、セッティングした赤く、長い髪を撫でる風が、はじまりの街の広場に吹き抜けた。

その少しくすぐったいと思える感覚も。

行き交う人々、NPC、その話し声も。

突き抜けるような青空と、流れる雲、そして照らす太陽も。

その全てが、エステルを飲み込んだ。

 

「これ……ホントに、ゲームの世界…なの?」

 

思わず呟いた。

そして…その声にも驚く。

長年慣れ親しんだ、自分の声だからだ。

自身の身体を見れば…キャラメイク時のそれと相違ない。先程まで三人称時点で見ていたアバター。その視点となってこの世界に立っているのだ。

手を握るように考えれば、実際にアバターの手が握り、掌に圧迫感を伝えてくる。

片足立ちをしようと考えて右足を上げれば、左足への負荷の高まりを感じ、不安定な感覚を覚える。

 

「じゃあ…」

 

ここで何をとち狂ったのか、エステルは○ョ○ョ立ちをしてみた。

が、

 

「む、無理!無理ィ!?」

 

やはり現実同様、関節に痛みが走ると共に断念した。しかし、そんな痛みさえもしっかり感じてしまえた。そんな世界。

現実の身体の頭部に取り付けたナーヴギアから発せられる電波が、脳に電気信号を送り込み、ゲームの内容に応じて五感全てを刺激することが出来る。だから、

味覚も、

視覚も、

嗅覚も、

聴覚も、

触覚も。

全てがゲームの中でありながら、現実と同じ感覚を味わえる。

 

「ホント…現実と変わんない…。」

 

蒼く澄んだ空を見上げて、ポツリとぼやく。心地良い風と、そしてぽかぽかとした日差しが、エステルを優しく包みこみ、得も知れぬ安らぎを…

 

「おーい、姉ちゃん。大丈夫かぁ?ラグってんのか?」

 

「無線か…?でもナーヴギアは基本的に有線だから、ここまで大きなラグは基本的にないハズなんだけど…。」

 

「と言うか何だ?今にも天国へ召されそうな顔じゃねぇか?」

 

「大方、VRMMOのリアリティに驚いて、そのまんまでラグったんじゃないか?」

 

「おう、その気持ちは分かるぜ。俺も最初は呆気取られたもんだ。」

 

「俺もテスト時はさすがに驚いたよ。これがホントにゲームなのかってさ。」

 

「あーもう!何なのよ!人が日光浴を堪能してるときに!!」

 

キレた。

折角の夢見心地を、男2人によってぶち壊された。

片や黒い髪の、所謂勇者顔をした男アバター、片や赤い髪にバンダナを巻いた男アバター。

キレたエステルに驚いたのか、目を丸くしている。

 

「だいたい!ラグって何なのよ!有線だとか無線だとかは、ちゃんとコンセントもLANケーブルも繋いでるわ!!」

 

「…LANケーブルとかの知識はともかくよぉ、ラグの意味を知らないってこたぁ、姉ちゃんVRMMOやオンラインゲームは初めてか?」

 

「…だったら何なのよ?」

 

「だったらよぉ、俺ぁ今からこのキリトの奴にレクチャーして貰うんだ。姉ちゃんも一緒にどうだ?」

 

「キリト?」

 

バンダナ男の隣にいる黒髪男が苦笑していることから、恐らく彼がキリトなのだろう。

 

「おう、コイツ実はβテスターでよ。武器の使い方とか教えて貰うんだ。」

 

「ふぅん。」

 

勇者顔とはいえど、優男に変わりない。だが、少し頼りなさげな雰囲気が感じるながらも、それを差し引いてβテスターともなれば、様々な知識を持っているだろう。となれば、エステルが取る返事は一つだ。

 

「確かに私はオンラインゲームのイロハについては、正直に言うと初心者だから教えてもらえると助かるわ。お願いしても良いかしら?」

 

「そんなわけだキリト。勝手に一人増えたがよ、構わねぇか?」

 

マンツーマンならともかく、二人同時に教える事になる、と言うのは流石に負担になるだろう。言いだしっぺのバンダナ男も、流石に申し訳なさそうにキリトと呼んだ彼に頼み込む。

 

「まぁ、二人くらいなら…な。俺は大丈夫だ。コツさえ掴めば、後は自己流でいけるだろうしさ。」

 

「そうか、すまねぇな。…そんなわけだ姉ちゃん。俺はクライン。宜しく頼むぜ。」

 

「俺はキリト。宜しく。」

 

「クラインにキリトね。あたしは輝崎 陽菜。よろし…」

 

「ちょっ!?本名禁止だ!!アバターネームだよ、アバターネーム!!」

 

「アバターネーム?」

 

首をかしげるエステルに、本当に初心者なのだと言うことを改めて思い知らされた。よもや本名を名乗ろうとは思わなかっただけに、2人はあわてふためく。

 

「アバターネームっていうのは、キャラメイクするときに名付けただろ?その名前だよ。」

 

「え?えーっと…エステル、だっけ?」

 

「いや、俺らに聞かれてもよぅ…。」

 

「ステータスを見てみたらどうだ?」

 

「…ステータスって、どうやって見るの?」

 

「…先ずそこからかよ。」

 

説明書読んどけよ。そんな言葉を飲み込みつつ、ステータス画面を開く事からのレクチャーと相成った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おりゃあ!!」

 

勇猛果敢な掛け声と共に、クラインの手に持った曲刀が一閃する。現実世界ならば、首を軽く刎ねることが出来るだろう一撃であるが、哀しくもそれは空を切るだけに終わった。

そして返しとばかりに彼が狙った獲物は、鼻の両脇に雄々しく伸び立つのを突き出して疾走。

 

「どわぁっ!?」

 

クラインの土手っ腹に突っ込んで軽く吹っ飛ばした。盛大に尻餅をついた彼は、感じるはずもない痛みに対して顔をしかめる。

吹っ飛ばした相手である猪はと言うと、その光景に満足したか否か、悠然としながらのっしのっしと、元の位置へと戻って行った。

 

「あーあー、何やってんだよ。」

 

「だ、だってよぅ。アイツ動くんだぜ?」

 

「そりゃ動くだろ。アクションRPGでもそう言うもんだし。」

 

「お、俺がこんなんだと、エステルの嬢ちゃんは…。」

 

何せステータス画面を開くことは勿論、装備の仕方も解らなかったくらいなのだ。ある程度、VRMMOに慣れている自分とは違って、相当苦戦、下手すれば戦闘不能に…。

そう思い、キリトとクラインは件の少女の方を見やる。しかしそこには、予想に反した光景が広がっていた。

パリーンと、ガラスの割れるようなポリゴンの消失音と共に、クラインが苦戦していた敵MOBであるフレンジー・ボアは消滅した。

 

「へぇ。結構楽しいのね、自分で思いっきり動けるって言うのが堪らないかも!」

 

味を占めたのか、次のモンスター目掛けて突撃し、手に持った得物を勢いよく振るった。

 

 

 

結局あの後、説明書代わりとなったキリトとβテスト時代お勧めの武器屋へと向かい、自身が共にする武器を選ぶこととなった。

様々な武器を試着し、重さなどを加味した使い心地を身を以て感じてから選んで貰う予定だったのが、店に入るなり、とある武器が目に付いたエステルは、迷うことなくそれを購入。初期所持金額である1000コルが200までに減額した。

呆れるキリトを余所に、ホクホクとした顔をするエステル。購入した物は仕方ないし、合わないと思えば後々別の物を買い直せば良いと思い、装備方法を説明。見事装備したそれは、彼女の背を斜めに貫くかのように備えられていた。オブジェクト化したそれは…キリトにとって初見のものだった。見たところ槍にも見えた。長い柄、そしてその先に鋼鉄の鏃を付けた簡素な物。そう思っていたが、柄と思っていたその長細い木製のそれの両端、そのどちらにも刃がないのだ。

 

「え、エステル。それって…。」

 

「ん?棍でしょ?店に入っていの一番に見つけて思わず買っちゃった。」

 

「いや、『買っちゃった』って…」

 

βテスト時には槍はあっても、棍という武器は存在しなかっただけに、キリトも困惑した。テスト時には、一通りの武器は試してみたし、基礎武器の使い心地もある程度把握している。その上で片手直剣を選んだので、どんな武器でも初心者レクチャーなら出来るつもりでいた。

だが棍と言う物はテスト時に無かったため、使い方もそうだが、その武器特有のソードスキルの発動のコツなども解らない。それだけに、エステルのチョイスは少々困り果てた物だった。

 

(まぁ…はじまりの街の回りくらいなら…どんな武器でもそこまで苦戦しないだろ。)

 

構えて軽く棍を振るエステルを見て、そう結論付けたキリト。

 

しかし…

 

いざフィールドへ出てみれば、予想を上回る展開となっていた。

 

「てゃあっ!!」

 

鋭く振り下ろされた棍は、独特の撓りと共に空気を裂き、フレンジー・ボアの眉間に叩き付けられた。それは物の見事にクリティカルヒット判定となり、脳に強い衝撃を受けた猪は、まるで目眩でも起こしたかのようにフラフラと足元をふらつかせる。

 

(気絶効果…!?)

 

打撃武器特有の付属効果。

的確に撃ち込まれたことにより、状態異常の蓄積が急速に堪ったのだろう。元々状態異常の耐性が低い相手だからでもあるが、初期武器でこうも出来るともなれば、余程のものだ。 

そうしてフレンジー・ボアが状態異常になっている間に、エステルはサクッと仕留めてしまった。

 

「ふぅ~。あ、レベルアップだってさ。」

 

「は、早いな。」

 

「嬢ちゃん、やるなぁ。俺なんてまだレベル1だぜ。」

 

かれこれ数時間ほど狩りを続けていたので、キリトは3、エステルは2、クラインはもう直ぐ2と言ったところまで成長していた。

最初こそフレンジー・ボアに吹っ飛ばされていたクラインだったが、ソードスキルのコツを掴んでからは、討伐速度がぐんと上がり、経験値を蓄積させていく。そうして数分後には、クラインも2にレベルが上がっていた。

 

「あ~、倒した倒した!」

 

「2人とも凄く飲み込みが早いな。俺よりも上達が早いんじゃないか?」

 

「そりゃ、先生が良いですからね。」

 

「おうよ。キリトの教え方が上手ぇんだよ。」

 

「そ、そうか?俺は割と感覚で教えてたから、2人のセンスが良いと思うよ。」

 

初心者2人のレベルが2になったところで、切りが良いと言うことで、草原に点々と自生している木の陰に座り込み、一息つくことにした。

時間と天候は現実世界とリンクしているのか、草原を夕焼けが赤々と染め上げる。

 

「綺麗ね。…これが仮想世界だなんて、未だに信じらんない。」

 

「…全くだな。俺もβテストが終わってから今日まで、凄く待ち遠しく感じたよ。毎日寝ても覚めてもSAOの事ばっかり考えてた。」

 

「ははっ、そりゃ解るぜ。こんなスゲぇもん体験したら、のめり込んじまうもんな。」

 

βテスターの評価した、『もう一つの現実世界』。その言葉を身を持って経験し、そして納得する。

それだけに、このゲームの開発を手掛けた茅場晶彦と言う人物の頭脳が卓越しているのだろう。聞けばSAOのみならず、ハードであるナーヴギアの開発にも携わっているという。もしかしたら、このSAOを前提としてナーヴギアの開発に着手した可能性もあるかも知れない。

 

「ホント、このゲームの開発者は天才だぜ。」

 

「茅場晶彦、ね。テレビでも結構取り上げられていたけど、確かにここまでやらかしたともなれば、それにも納得だわ。…でも。」

 

「でも…なんだよ?」

 

思わせぶりなエステルの言葉に、クラインが引っ掛かる。先程まで見せたことのないような彼女の目に、クラインのみならず、キリトも目を向け、耳を傾けた。

 

「ちょっと、引っ掛かるのよね。…彼のあの言葉。

 

『これはゲームであっても…』」

 

「『遊びではない』、か?」

 

エステルの言葉をキリトが引き継いで答えた。

SAOの開発と発表にあたって、彼の発した言葉である。

一見意味深な言葉ではあるが、その台詞の後のSAOのプロモーションに掻き消され、言葉の印象は余り人々の頭に残らなかった。

だが少なくとも、エステル、そしてキリトはその言葉に妙な引っかかりを感じていた。

普通はゲーム=娯楽であって、それは遊びという括りの中の一つになるものだろう。

だが彼は言った。

『遊びではない』

と。

 

「何言ってんだよ。俺らはこのでっけぇ仮想世界を楽しむために、この初回一万本ロットの少ないソフトを苦労して買ったんだろーがよ。それ以外に何があるんだ?」

 

「俺はβテスターの優先購入だったけどな。」

 

「あたしは、知り合いのゲーム店のおじさんが取っといてくれてから…。」

 

「お、おめぇら…。」

 

友人らと夜通し並んで、その果てに手に入れたSAO。だが目の前の2人は…。

どこか、クラインのアバターが噎び泣いているように見えたのは、これもSAOの技術が成せる物なのか。

 

「…さて、そろそろ狩りの続きでもするか?休憩は出来ただろ?」

 

「おうよ!…って言いてえところだがよ。俺ぁここで一旦落ちるぜ。実は17時30分にアツアツのピザを注文済みでな。」

 

「ん、もうそんな時間か。」

 

「思えば随分長い間狩りをしていたのね。」

 

ステータス画面を見れば、現在の時刻は17時10分。武器選びで1時間弱費やしたとして、3時間近く狩りをしていたことになる。昼食から通してダイブしていたので、若干の空腹感にも苛まれてきたのも事実だ。クラインのピザと聞いて、キリトに加えてエステルも、腹の虫が唸り声を上げたような気がした。

 

「あたしもそろそろ一旦抜けようかしら?確かにお腹空いてきたかも。」

 

「俺は…もう少し潜っていよう、かな。」

 

「だったらよぉ、フレンド登録しとこうぜ。次にPT組むときとか、メッセ飛ばすのに便利だしよ。」

 

「いいわね。キリトもどう?」

 

「いや…俺は……」

 

出会って数時間という仲だが、それでもフレンド登録と言う行為に戸惑いを見せるキリト。現実世界とは違い、そこまで躊躇う物なのか。そんな彼を見て、エステルとクラインは目を合わせて瞬き数回。

対し、バツが悪そうに視線を泳がせるキリト。

 

「まぁ無理にとは言わないわ。仮想世界と言っても出会って数時間の相手に友達になりましょ、なんて言われたら戸惑う人もいるでしょうし。」

 

「ま、気が向いたら登録しようや。少なくとも俺は、お前が申請してくれるなら万事OKだからよ。」

 

「モチのロンであたしもよ。」

 

「…悪ぃ。」

 

2人の気遣いが身に染みるのか、それとも辛いのか。キリトはようやく聞こえるくらいの声で詫びた。

 

「んじゃ、今度こそ落ちるかね。」

 

そう言ってクラインが指でステータス画面を開き、落ちる準備…つまりログアウトに掛かろうとして10秒ほど。

ピザを楽しみにして落ちようとしていた彼の表情は、喜々に満ちたそれから、怪訝な物へと変わっていった。

 

「あれ?っかしいな…ログアウトのコマンドがねぇぞ?」

 

「は?そんなわけ無いだろ?よく見てみろって。」

 

ありえないことを言ってのけるクラインにキリトは疑いを掛けながら、自身もステータス画面を開き…そしてクラインと同じく、怪訝な表情を浮かべた。

 

「本当だ。ログアウトボタンがない…?」

 

「え?じゃあ…ログアウトできないの?」

 

「みたいだな。クライン、GMコールはしてみたか?」

 

「一応さっきからかけてるんだがよ、ウンともスンとも言いやしねぇぜ。」

 

「やれやれ、1日目からログアウトボタン実装不備とか、かなり致命的だな。対応に追われてるのか?」

 

「だったらよぉ、緊急で全員ログアウトとかするんじゃねぇのか?そうでもしねぇと…」

 

「17時28分。もうピザが届いてるんじゃない?」

 

「あ……、オレのピザがぁ……。」

 

クライン、男泣きである。

だがこればかりはどうしようもない。

そして彼に掛ける言葉も見つからない。

古来より、食べ物の恨みは恐ろしい、と言うが、クラインの怨み辛みはいかがな物か。

 

「…まぁクライン。兎に角今は他のプレイヤーのGMコールが対応されるのを待つしか無いよ。」

 

「…だな。ピザは諦めるか…。」

 

「…あー、お腹空いたなぁ…。はじまりの街のご飯でお腹ふくれないかしら。」

 

「お腹がふくれた気になるだけで、現実世界じゃ満腹感はないし、栄養も摂れないぞ。」

 

徐々に空腹感と不安が広がる。ログアウトできない不安が、空腹感を駆り立てているのか、3人の表情には目に見えて影が落ち始めた。

そして…

荘厳な音が、徐々に暗く鳴り始めた草原を駆け抜けていく。

規則的に重く、そして大きく鳴り響くそれは、陰りを落とし始めた3人の顔を上げさせるには十分な物で、下手をすれば一層全域に聞こえそうなほどだ。

 

「なんだ…はじまりの街の鐘が…?」

 

はじまりの街に備え付けられた大きな鐘の音だと解るのに、そう時間は掛からなかった。

そして…その鐘の音が引き金になったと言わんばかりに、3人の視界はホワイトアウトした。

 



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第2話『終わる日常、始まる非日常』

ホワイトアウトした視界が元に戻ると、周囲からごった返すざわめきが耳に入る。

まるで閃光弾でも食らったのかと言わんばかりに焼けていた網膜も元に戻れば、周囲には見渡す限りのプレイヤー、プレイヤー、プレイヤー。はじまりの街の広場にある円形状の広大なスペースに、かなりの人数が集められていた。

ざっと見た所、もはや数百人は下らないほどの人数。いや…

 

「強制転移(テレポート)…?」

 

先程懸念していた強制ログアウトではなく…強制転移。もしもこれが全プレイヤーに適用されていたなら、この広場に全プレイヤーが集められているということになる。何かしらの照らし合わせでもしない限りは、この場に一同に会することなど先ず有り得ない。と、なれば…

 

「お、おい、あれ…!」

 

ざわめきの中で、クラインが声を挙げる。近くにいたキリトとエステルは、彼のその声と指差す先にある物へと視線を移す。

そこには、赤い電子文字で『ALERT』と空中に記されていた。それと共に『SYSTEM ANNOUNCEMENT』の文字も点滅し始め、次の瞬間にはALERTの赤い文字で広場を覆うように空が埋め尽くされていった。

 

「な、なんなの、これ…。」

 

正直、空が赤く染まるなどと言う現象に、普段肝の据わっているエステルですら固唾を飲み込み、そしてその得も知れぬ異様な光景に戦慄を覚える。

これもSAOのイベントのような物なのか。

それにしては演出が凝りすぎているようにも見受けられる。

誰もが不安と疑心に満ちあふれる中…丁度広場の中央のモニュメントの上空から、赤い液体のような物が滴り落ちる。

一瞬、まるで血を彷彿させるようなそれに、目にしたプレイヤーは目を見開き、ゴクリと喉を鳴らす。

やがて…ポタポタと滴り落ちてきたソレは、液体という形状を変え、赤い色彩はそのままに、巨大なローブとして中央広場に顕現した。

 

『プレイヤーの諸君…私の世界へようこそ。私は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ。』

 

声を発し、名乗り出たローブの男。そして名乗った名前に、一同の殆どが固唾を飲み込んだに違いない。

茅場晶彦

このゲームの開発に最も携わった人物と言っても過言ではない男だ。

 

 

『プレイヤーの諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅している事に気付いていると思う。 しかし、それは不具合ではない。 これは、ソードアート・オンライン本来の仕様である。』

 

未だに集められたプレイヤーは彼の言葉に理解が出来ずにいた。

ログアウトボタンがないのが本来の仕様?

つまり…ログアウト出来ないことがソードアート・オンライン?

フルダイブゲームとして根本的に矛盾していることを言う彼に、ざわめきと困惑が広場を支配していく。

 

『諸君は今後、この城の頂きを極めるまで、ゲームから自発的にログアウトする事はできない。また、外部の人間による、ナーヴギアの停止、あるいは解除もありえない。 もしそれを試みた場合…ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君らの脳を破壊し、生命維持を停止させる。』

 

脳を破壊

生命維持を停止する

そんな言葉に、誰も彼もがざわめきを止め、絶句した。

 

「っはは…!んな…馬鹿なことあるかよ…。ナーヴギアはゲーム機だぜ…?脳を破壊したりとか、殺したりとか…そんなこと…」

 

恐らく大半の人間が思うであろうことを、クラインが震えながら言葉にする。

しかし…未だ冷静でいられるキリトはそれをばっさりと否定した。

 

「いや…ナーヴギアの原理は電子レンジと同じだ。脳波を読み取る電磁パルスの出力を上昇させられたなら…不可能じゃない。」

 

「で、でも、電源を抜いたりしたら、電力供給もなくなって出来ないんじゃ…」

 

「ナーヴギアの大半はバッテリーセルだ。例えば充電用コードを抜いたとしても、恐らく内部バッテリーに蓄電された電力で、脳を焼き切るくらいの出力は出せると思う。」

 

エステルの案にも、キリトは事もなげに異を唱えた。

つまり…茅場晶彦と名乗るローブの男の言葉は…恐らく本当である、と。

 

『より具体的には、10分間の外部電源切断、2時間のネットワーク回線切断、ナーヴギア本体のロック解除、分解、破壊を試み。以上のいずれかの条件によって、脳破壊シークエンスが実行される。 この条件は、すでに外部世界では、当局およびマスコミを通して告知されている。 ちなみに現時点で、プレイヤーの家族、友人等が警告を無視して、ナーヴギアの強制除装を試みた例が少なからずあり、その結果…残念ながら、すでに230名のプレイヤーが、アインクラッド及び、現実世界からも永久退場している。』

 

つまり…既に230人ものプレイヤーが犠牲者として命を落としたことになる。

このソードアート・オンラインをプレイしてしまったばかりに…。

 

『諸君が、向こう側へ置いてきた肉体を心配する必要はない。 現在、あらゆるテレビ、ラジオ、ネットメディアは、多数の死者が出ている事を含め、繰り返し報道している。諸君のナーヴギアが強引に除装される危険は低くなっていると言ってよかろう。 今後、諸君の現実の体は、ナーヴギアを装着したまま二時間の回線切断猶予時間のうち、病院、その他の施設へ搬送され、厳重な看護態勢のもとに置かれるはずだ。 諸君には、安心して……ゲーム攻略に励んでもらいたい。』

 

安心して?

ゲーム攻略に励め?

 

「ふざけるなよ…!こんな状況で悠長にゲーム攻略なんて…!」

 

ギリッ…と、握り締めた拳。

このゲームを心から楽しんでいたキリトからすれば、その怒りは並々ならぬ物がある。

しかし…続く茅場の言葉は、この場にいるプレイヤーを更なる恐怖と絶望に落とすこととなる。

 

『しかし、充分に留意してもらいたい。 諸君にとってソードアート・オンラインは、すでにゲームではない。 もう一つの()()と言うべき存在だ。今後、ゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能しない。 ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される。』

 

つまり…モンスターや罠でやられても、セーブポイントからのコンティニュー等という物は存在しない。

この世界での命の終わりは、リアルでの命の終わり。

死に戻り等という物は出来ない…。

 

『諸君がこのゲームから解放させる条件は、たった一つ、先に述べたとおり、アインクラッド最上部、第百層まで辿り着き、そこに待つボスを倒してゲームをクリアすればよい。 その瞬間、生き残ったプレイヤー全員を、安全にログアウトすることを保証しよう。』

 

「百層…だと!?ふざけんな!β時代じゃろくに上がれなかったってのに、100層だと!?どれだけ掛かると思ってんだ!?」

 

クラインの怒りも尤もだが、その怒りの理由という物の根本的な物が分からないエステルは、こっそりとキリトに聞いてみる。

 

「ね、ねぇ。β時代って2ヶ月よね?…何層まで行けたの?」

 

「…9層だ。しかも、何回か死に戻りして、ボスとかダンジョンの対策を考えつつ攻略して、な。」

 

つまり…単純計算では大方100層クリアには2年かかることになる。しかも、やられながらのクリアなので、1回ぽっきりの今回ではそのような攻略法は通用しない。下手をすれば…もっと掛かるかも知れない。

先の見えない不安が…徐々に空気として広場に蔓延していく。

だがそんな空気を読んでか読まずか。茅場は再び言葉を発した。

 

『それでは、最後に、諸君にとってこの世界が現実であるという証明を見せよう。 諸君のアイテムストレージへ、私からのプレゼントが用意してある。 確認してくれたまえ。』

 

プレゼント。

そう聞いたら普段は胸が躍るものだろうが、今のこの状況でそんなことを感じている余裕はない。だが、確認しないわけにもいかない。

罠、だろうか?

だが、わざわざこんな前置きをしてまでそんなことをする理由も見当たらない。

クラインもキリトもエステルも…そして広場にいた皆は、メニュー画面を操作し、アイテム画面から追加されているアイテムを実体化させる。

アイテム名『手鏡』

手の上に現れたのは、名の通りに何の変哲も無い手鏡だ。そこに写し出されているのは、自身の生み出したキャラアバター。

これが何だと言うんだ?と、疑問符を浮かべた瞬間。

手鏡から目が眩む程の閃光が迸った。

先ほどの強制転移(テレポート)の時のように目が眩むが、目が慣れて周囲を見渡せば、先程と変わらない…はじまりの街の中央広場に変わりなかった。

しかし…

 

「お、おめぇ誰だよ?」

 

「お前こそ誰だ?」

 

知った声が訳の分からないことを言い始めた。

さっきの閃光で記憶障害にでもなったのか?

 

「ちょっと…何揉めてんの?ふざけてる場合じゃ…」

 

振り返ってエステルは言葉を失う。赤髪にバンダナで、エステルよりも身長の高い無精髭野武士男と、エステルと同じくらいの背の中性的な少年が互いの顔を見合って目を丸くしていたのだ。

同時にエステルは思った。

確かに、アンタ達誰よ?と。

 

「「そっちこそ…誰だ?」」

 

見事に彼等はハモった。

 

「あたし?あたしはエステルよ。何言ってんのよ。」

 

「「はぁっ!?」」

 

再び驚かれた。

何を驚くことがあるのか。

自分の顔に何か付いているのか?

そう思って、先程の手鏡を見直してみる。

 

「なんだ。()()()()あたしの顔じゃない。」

 

別段問題ない。

うん、問…題……な……い…?

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」

 

一際大きな声を、それこそ広場全体に響き渡る程に出してしまった。

手鏡に写るのは、アバターで作り上げた凛々しい大人の女性のそれではない。

未だ幼さが残る顔立ちに、茶色く腰まで届く髪。身長もアバターのようにモデルのような高さではなく、150に届くか届かないかのもの。そして…未だ膨らみの少ない胸部。

現実のエステル…否、陽菜そのものとなっていた。

 

「え、えっと…一つ聞いて良い?」

 

「「何だ?」」

 

「もしかしなくても…リアルの顔のキリトと…クライン…よね?」

 

「「リアルの…顔?」」

 

そしてその後はエステルと同じく、悲鳴をあげる2人の男。

 

「ど、どうしてリアルの顔が…?」

 

「…ナーヴギアだ。頭をスッポリ覆っているナーヴギアだから、脳と同じく、顔付きとか髪型をスキャニング出来るから…。」

 

「じゃあ…体格は…」

 

「こりゃあ…俺の勘だケドよ。ナーヴギアを起動すっ時、身体のキャリブレーションをしたじゃねぇか。アレじゃねぇか?」

 

確かに…自身の身体をぺたぺたと触って、体格情報をナーヴギアに登録はしたが…まさかこのようなことに使われるなどとは夢にも思わなかった。

しかしこうなっては、このソードアート・オンラインを続けていく上で、より生身でプレイしている気分に否が応でもなってくるものだ…。

だが、分からない。ここまでして、こうまでして茅場がソードアート・オンラインをプレイさせようとする理由は何だ?まさか閉じ込めるためだけにナーヴギアを、そしてこのゲームを開発したのか?

 

『諸君は今、なぜ、と思っているだろう。なぜ私は…ソードアート・オンライン及びナーヴギア開発者の茅場晶彦はこんなことをしたのか?と。私の目的は、そのどちらでもない。 それどころか、今の私は、すでに一切の目的も、理由も持たない。 鑑賞するためのみ、私はナーヴギアを、ソードアート・オンラインを造った。 そして今、全ては達成せしめられた』

 

そして…言うだけ言って彼は満足したか…

 

『……以上でソードアート・オンライン正式サービスチュートリアルを終了する。 プレイヤー諸君の…健闘を祈る。』

 

その言葉と共に、ローブは現れたときの逆再生の如く空へと吸い込まれ…赤黒く染められた空は、夕暮れの茜色へとその色彩を変えた。

そして…この時から始まった。

平穏な現実の終わり

そして生き残りを賭けたデスゲーム攻略のはじまり。

 

 

ややあって…

 

 

 

 

広場は怒号と悲鳴に包まれることとなった。

 




とりあえず切りの良いとこで切ります。
少しずつ…少しずつ執筆速度を上げれたら良いなぁ…


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第3話『別れと、人狼』

ちょっと展開が速いなぁ…と後悔したり


誰もが信じたくはなかった。

夢であって欲しかった。

だが…それを肯定する要素は何処にもなく、ただ残酷な現実が目の前に突きつけられる。

クリアするまで、このゲームからは抜けられない。

やられれば文字通り死ぬ。

意気揚々と始めたこのソードアート・オンラインは、一時を置いて恐怖のデスゲームへと変わり果てたのだ。

 

「い、いやぁぁぁぁああ!!!」

 

一人の幼い少女が、その事実から来る恐怖に耐えかね、大きな悲鳴をあげた。それがデスゲームの宣告から保たれていた沈黙を破る起爆剤となり、周囲のプレイヤーへ次々に誘爆していく。

 

「ふざけるな!!これから人と会う約束をしてんだぞ!」

 

「嘘よ!!お願い!帰してよ!!」

 

「うわぁ~ん!!お父さん!お母さん!」

 

「明日の予定もあるのに…どうしてこんなことを!!」

 

「ザッケンナコラー!!」

 

「スッゾコラー!!」

 

飛び交う悲鳴、怒号は広場を包み込み、もはや暴動のそれと謙遜無いほどに肥大化していった。

 

「エステル、クライン。ちょっと来い!」

 

呆然としている2人の手を引き、キリトは混乱の渦中にある広場を走り抜け出た。大通りを通り抜け、NPCすらいない裏通りへとやってくる。不意の疾走に予期せぬ体力を消費したエステルは、クラインと共に整息しながらキリトに尋ねる。

 

「ど、どーしたのよキリト…いきなり走り出して。」

 

「いいか?俺は今からこの町を出て次の街を拠点にする…お前らも一緒に来い。」

 

いきなりのキリトの提案に、エステルとクラインは眼をぱちぱちと見合わせる。

 

「いいか。良く聞け。 この世界で生き残っていく為には、ひたすら自分を強化しなきゃならない。 MMORPGってのは、プレイヤー間のリソースの奪い合いなんだ。システムが供給する、限られたリソースを奪い合い、誰よりも早く手に入れることで強くなれる。そして…それを知ったプレイヤーによって、この街の周囲は瞬く間に刈り尽くされて、リポップしたMOBの奪い合いになるだろう。…そうなる前に他の街や村を拠点にして、自身の需要を確保した方が良い。誰よりも先を行って装備を得て、経験値と金を確保して強くなることが、何よりも生存へと繫がる近道だ。」

 

キリトが言うには、β時代の知識で次の村までの道や危険、若しくは安全なルートは網羅しているという。今のレベルなら危険な目に遭わずたどり着けるだろうとのことだ。

ここからならホルンカの村を目指し、そこで装備とレベルを整えようと言う中…

 

「わ、悪ぃ2人とも。俺ぁこのゲームを買うために夜通し一緒に並んだダチが広場にいるハズなんだ。そいつらを置いてなんて行けねぇよ…。」

 

クラインが、文字通り苦渋の決断と言わんばかりにそれを辞退する。

誰しも自身は生き残りたい。しかし彼にとって共にプレイする友人も放っては置けないのも事実。彼の心境たるや苦しい物もあるだろうが、それでも自身の友人を選んだのだ。

 

「そうか…無理に、とは言わないよ。…エステル、キミはどうする?」

 

「…そうね。確かにキリトの案は魅力的だけど…あたしもこっちで会おうって約束した人がいるから…」

 

「…わかった。…それじゃ…ここでお別れだな。ルートについては…後でメッセを飛ばすよ。」

 

そう言ってキリトはメニューを操作する。幾何かの操作の後、エステルとクライン、双方にとある申請許諾の選択欄が表示される。

『Kiritoからフレンド申請が来ています。受諾しますか?

○YES   ×NO』

突然のフレンド申請。

クラインとエステルは互いに見合わせ、それを送った本人を見れば、少し小恥ずかしげに頬を掻いている。

さっきはフレンドとなることに少し躊躇っていた彼だが、このデスゲームという緊急事態に一念発起と言わんばかりに踏み出してきたのだ。

ともすれば、2人の選択は決まっている。

迷うことなくYESをタップした。

 

「モチのロンでしょ!良い狩り場とかクエストがあったら、教えなさいよね!後で追い付いてみせるんだから!」

 

「俺だってダチと一緒に追い付いてみせるぜ!お前に教えて貰ったテクでな!」

 

そして…別れの時は来た。

しかし、これは離別のための物ではない。

またどこかで、生きて会うための別れだ。

 

「じゃあなキリト!お前ぇ案外可愛い顔してんな!案外好みだぜ!!」

 

「お前こそ!その野武士面の方が百倍似合ってるぞ!!」

 

しみったれた別れ要らない。笑顔で別れよう。そう思ったのか…互いに笑ってこのデスゲームを始めるかのように、冗談を飛ばし合う二人。

 

「エステル。その棍という武器のジャンルは、β時代じゃ見かけなかった物だ。俺のソードスキルのコツじゃ発動出来なかったけど…」

 

最初の狩りで、いくらタメを作ろうとも、色んなモーションを起こそうとも、ソードスキルのエフェクトが発動することはなかった。それだけに、これからソードスキルなしで生き残る、と言うのは酷な物なのか、キリトは彼女を気に掛ける。

 

「ふふん、大丈夫よ!身のこなしなら少しは自信があるもの!スキルなしでも戦ってみせるわ!心配しないでよ。」

 

「そう、か。」

 

底抜けに明るく、前向きに現実を見る彼女は、キリトにとって羨ましく、そして眩しくもあった。そして…見習うべきなのだろう、とも。

 

「縛りプレイも良いが、厳しくなってきたら武器を変えたりするのも考えろよ。」

 

「解ってるわ。それじゃ…キリト。また会いましょう!」

 

「あぁ。それじゃあな!」

 

こうして…3人はそれぞれの道を歩む。

だが道は別れど目的はただ一つ。

生き残り、そして…このゲームを終わらせる。ただそれだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デスゲーム開始三日目

西暦2022年11月8日

デスゲームが始まった当日は、誰しも絶望に打ち拉がれて、まるでゴーストタウンかと思うほどに静まり返っていたはじまりの街のだったが、翌日になると初日のキリト達のように、生き残るために戦おうとする人々も出て来始めた。そして更に翌日、つまり今日ともなれば、一歩送れながらも、冒険に出る準備をしはじめたプレイヤーが増え、はじまりの街にも活気が戻り始めた。まだデスゲームとなる前とは比べるべくもないが、それでも道行く人々の目には光が戻ってきているのは確かだった。

 

そして…

 

「わりぃナ、エッちゃんが探す奴の情報については、まだ入ってきて無いヨ。」

 

「むぅ…そっか…。」

 

表通りに面したNPC経営の喫茶店で、エステルはフードの女性と情報交換していた。

昨日に突然目の前に現れた彼女は情報屋を名乗って、あらゆる情報を集め回っているのだという。エステルの前に現れたのも、キリトの紹介らしい。アルゴと名乗ったその情報屋の女性は、キリトが紹介するくらいの人物であるエステルがどんな人物なのか品定めに来てみたところ、底抜けに明るい彼女の人柄を買い、得意先としてリストに加えるに至った。

そして…アルゴの情報に未だ無い棍を扱うと言う点にも惹かれ、棍の情報についても買う予定も付けた。

そして…情報屋としての彼女にエステルは、共にプレイする予定だった夜斗に付いての情報を求めたのだ。自身と同じようにリアルでの容姿になっているのなら、その特徴に合致する人物を探せば良いのだが、さすがに三日目とは言えど、はじまりの街の中では彼の特徴に合うプレイヤーアバターを見かけたという情報は無かった。

 

「しかしエッちゃん、そのプレイヤーにえらくご執心だネ。」

 

にやり、と、意味深な笑みを浮かべてアルゴはエステルに詰め寄る。

 

「そ、そおかしら?あは…はは……」

 

「もしかして…ラヴ…カ?」

 

「は!?ん、んな訳ないでしょ!」

 

「どーだカ…。焦ってる辺りが怪しいナ…。」

 

「焦ってないわよ!た、単に、こっちの世界で会う約束してるから…その…無事かどうか知りたいだけで、別に深い意味は無いのよ、うん!」

 

実に解りやすいエステルの反応に、アルゴのニヤニヤは止まらない。アルゴとしても、エステルを弄って遊んでいたいのだが、生憎とこのデスゲームのお陰で情報を引っ切り無しに集めなければならないため、時間は限られている。ちょっとした息抜きはそろそろ終わりにしなければならない。

 

「ところでエッちゃん、今レベル幾つダ?」

 

「と、唐突ね。今3になったところで、もうすぐ4だけど。」

 

初日で2、翌日で3に何とか漕ぎ着けたのは、一重に一足早く、強くあらねばと意気込んだ結果だ。

周囲のプレイヤーが2に上がったところであることを見れば、頭一つ飛び抜けて強くなっている。

 

「へぇ…キー坊に並ぶ早さだナ。だったら丁度良いナ。」

 

一息置くために、テーブルの上で冷めてしまったカフェオレのような飲み物を一口すすり、彼女は口を開いた。

 

「エッちゃん、隠しログアウトスポットって知ってるカ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一層に広がる広大な草原。その傍らにこじんまりと茂る林の奥にそれはあるという。青々と茂った草木に埋もれるように、小さく、大まかに2メートル四方の入口がぽっかりと開いていた。

 

「こ、こんなとこにログアウトスポットがあるの?」

 

「あぁ、あるヨ。…まぁどうせガセだろうけどナ。」

 

「が、ガセェ!?」

 

まるで他人事のように言い放つアルゴに、エステルは思わず大声で驚いてしまう。

曰く、この洞窟の中にモンスターが居たならば、隠しログアウトスポットなどという魅力的な言葉に釣られてこんな所までホイホイやって来て、やられてしまうプレイヤーが居るかも知れない。現にこうしてアルゴの情報に連れられて、エステルがやって来てしまうのだ。可能性は決して低くないだろう。

 

「まぁそんなわけで、エッちゃんにはオレッちの情報の裏付けを手伝って欲しいわけサ。」

 

「情報の裏付け?」

 

「そそ。まず情報ってのは信用第一なのサ。で、その情報を取り扱う情報屋も信用第一。信憑性の低い情報屋の情報なんて、エッちゃんもホイホイ信じないだロ?」

 

「そりゃまぁ…そうね。」

 

「だからサ。この隠しログアウトスポットの現地を直接見て、ガセならそう公表しないと、次々にプレイヤーがやってきてやられちゃウ。隠しログアウトスポットに行って帰ってこないとなれば、ログアウト出来たと勘違いする奴等が大半だろうサ。……真相はモンスターにやられて死んじゃったにも関わらずナ。」

 

「それで、もしモンスターが居たなら、討伐して欲しいから、あたしを連れて来た、と。」

 

「察しが良い子は、おねーさん好きだヨ。」

 

「そりゃどーも。」

 

たしかに、ガセネタなんかで死人なんて笑えない冗談だ。しかし、危険な偽情報は潰しておくに限る。そんなわけで、芽は早い内に摘むと言うことでこうして赴いたわけだ。

 

「しかもこのスポットの情報の発信源が『鼠印』なんだよナ。」

 

「鼠印?」

 

「オレッちが情報の発行者って意味合いサ。…つまり…」

 

「アルゴのニセモノが出回って、デマを流してるわけね。」

 

「やっぱり、察しが良い子は好きだヨ。」

 

つまり、偽情報と知れれば、アルゴを語るニセモノはいざ知らず、アルゴ本人の情報の信頼性の沽券に関わることになる。アルゴとしては安心確実な情報提供を目指すだけに、これだけはしっかりとしておきたいから、こうして情報の真偽を確かめに来たのである。

 

「んじゃ、そろそろ行こうカ。」

 

「そうね、さっさと終わらせましょ。」

 

「さてさて…コボルトがでるカ、ベヒーモスがでるカ。」

 

アルゴが少々不吉な予言をしながら、エステルと共に薄暗い洞窟へと潜っていく。

天井の岩から滴り落ちる雫の音が、妙に不気味さを醸し出している。慎重に…慎重に…一歩ずつ前へと進んでいく。

本当にログアウトスポットがあれば万々歳…しかし、茅場があれほどまでお膳立てをしたこのソードアート・オンラインだ。そんな生温いものが存在しうるとは到底思えないのがアルゴとエステル、双方の考えの一致だった。

 

「…ねぇ?」

 

「なんダ?」

 

「…匂わない?」

 

「バッ!?オレッちはしてないゾ!?」

 

「…何の話よ?…なんか…何処かで匂ったことがあるような匂い…。」

 

「ん~?」

 

すんすんと鼻を鳴らし、アルゴも匂いに意識を向けてみる。

すると、確かに鼻腔を刺激するソレは存在した。

余り好まない匂いに、アルゴは思わず顔をしかめる。

 

「うへぇ…なんだヨ、この匂イ…。」

 

「そ、そこまで嫌悪感を示すような匂いかな?」

 

「少なくとも、オレッちは好きこのむ匂いじゃないのは確かだヨ。…でも何処だったカ…この匂い、何処かデ…。」

 

「アルゴも?実はあたしもなんだよね。…何処でだろ…。」

 

そう、何処かで。

それも日常生活に深く携わっている匂いだ。確かにアルゴの言うとおり、好きこのむ匂いではないが、エステルにとっては嫌いな匂いではない。それは…それは確か…

 

『グルル…。』

 

「ん?何か言った?アルゴ。」

 

「いんや、何も言ってないヨ。」

 

洞窟に響いた一つの音。だが辺りを見渡せど、何も無い。と言うか暗さに目が慣れないのか殆ど見えない。

 

『グルル…。』

 

「ほら、やっぱり何か言った!」

 

「オレッちじゃないゾ?」

 

「…ん?」

 

「あレ?」

 

「「ってことは……」」

 

ここに来て…ようやく目が慣れ、周囲の地形も徐々に鮮明になってきた。ぼんやりとしていた視界は、ハッキリとはなってはいないが、それでも輪郭を見るくらいにはなってきた。

 

そして

 

…目の前に居たもの…

 

 

 

 

 

それは…

 

 

 

 

 

『GUOOOOOOO!!!!!』

 

「「ぎゃぁぁぁっ!!??」」

 

それは身長が2メートルはあろうかという体躯。

深い茶のごわごわとした体毛。

ピンと立った耳。

突き出た口と鼻。

その口から覗く鋭い牙。

鋭く尖った爪。

ソレはまさしく犬…いや、狼。

だが現実のソレの四足歩行ではない。二足直立しているのだ。

言うならば…人狼。

 

「でででででで出たわねモンスター!!アルゴ!戦闘たいせ…」

 

「犬!犬ゥゥゥゥゥ!?!?」

 

だがアルゴは最早お話にならない。

…もしかして…狼…と言うよりも犬が嫌いなのか?

だからさっきの匂いも…。思えばあの匂いは犬特有の匂いだ。雨の日などは特に漂うあれに、妙なデジャヴを感じていたのだろう。

そして…彼女は余程犬が怖いのか、岩場の影で頭を抱えてガタガタ震えていた。

 

「仕方ない…あたし一人で相手になってやるわ!!」

 

背に袈裟懸けしていた棍『ウッドスティック』を抜き取り、構える。未だ最初に購入した物ながら、その棍ゆえの特性たるスタン値、そして片手剣を優に超える長いリーチによって、十分な活躍をしている。

 

「さぁ…行くわよ!!」

 

それを合図にしてか否か、人狼も雄叫びを上げながらその強靱な爪を振るって迫り来る。雄叫びと同時に、後ろで『ヒィッ!?』とか情けない悲鳴が聞こえたのは無視しておこう。振るわれた爪は、直撃しよう物ならば、エステルの身体を易々と引き裂き、数発でHPを霧散させるなどと苦ではないだろう。そしてその速さは、野生の獣特有の俊敏さを併せ持ち、目を見張る物がある。

だがエステルは、棍を人狼の手に沿わせて軽くいなす。そして振り返し、もう一方の先で人狼の手を打ち上げた。予期せぬ衝撃、そして打ち上げに人狼は体勢を崩し、手は高々と中空を泳ぐ。そしてエステルの目の前には無防備で、そしてガラ空きの懐。

 

「えぇい!!」

 

掛け声と共に棍を一閃。深々と、恐らく胸骨に当たる部位へと打ち込む。周囲の剛毛は、衝撃から身を守る鎧となっていただろうが、腹や胸、所謂内側の体毛は柔らかい。弱点を一突きされ、人狼は思わず唸り声と共に仰け反った。

 

「悪いけど…あの中年親父の速さに比べたらハエが止まるわ!!」

 

すかさず、仰け反ったと同時に、更なる弱点を見出したエステルは、棍を前上方に向かって突き上げる。その先には、仰け反った事で視界に入った顎。 それを確かな手応えと共に派手なエフェクトが発生、クリティカル判定となった。

こうなれば、普段より長いよろめきとなり、更なる追撃が可能だ。踏み込むと、まるで剣道で言う『抜き胴』の如く、人狼の腹を打ち払った。柔らかな腹を打ちのめされ、人狼は更に苦悶の声を挙げるが…

 

「うーん…やっぱりダメージが少ないなぁ…」

 

スタン値という副次的な物もあるが、その攻撃力と言う物はやはり最も安価な装備なので低い。低い力で、例え的確に打ちのめせども、やはり効果は低い。スタンさせまくって畳みかけるのもありだが、それはそれで時間が掛かるし、何よりもウッドスティックの耐久値が保たないだろう。

やはり、一撃で大きなダメージを出せるソードスキルを放てなければジリ貧となってしまうだろう。

 

「っと!考えてても仕方ないかなって!」

 

体勢を立て直した人狼が、再び爪を振るってくるが、背後に飛び退いて回避する。見切りそのものはそこまで苦は無いが、攻め倦ねているのもまた事実だ。

さて、どうするか、と再び思考に入ろうとしたとき、

ずぶり…と、着地の瞬間に柔らかなものを踏んだ感覚に見舞われる。

洞窟内部だけあり、その湿度はかなりの物だ。ジメジメとした空気は湿り気を作り、そしてそれは水滴となって地に落ちてそこにぬかるみを作る。

 

「しまっ…!」

 

エステルが飛び退いた地面は、そのぬかるみで緩んでおり、着地に際して足を取られてしまったのだ。

予期せぬ着地取りの失敗にエステルはよろめき、体勢を崩してしまう。

そして…それを人狼が見逃すはずもなく…

 

『GUAAAA!!!』

 

雄叫びを上げながら、エステルに切りかかる。しかしエステルもただではやられない。ウッドスティックを構え、振るわれるその剛腕を受け止める。木の撓る音と共に、人狼の爪はすんでの所で止められる。

 

「こ…んの……!!」

 

ギリギリと鍔競り合いにも似た押し引き。だが、エステルの足場はぬかるみによって良いとは言えない為、踏ん張りが利かない。

如何したものか…、そう思案した瞬間、エステルの腹に思わぬ衝撃が走る。人狼は片手だけでエステルを防御に専念させていた。となれば…その衝撃の原因は、人狼のもう片手による殴打だというのは直ぐに理解できた。アバターのボディにも関わらず内蔵を抉られるかのような不快感と共に、強いその衝撃によって、エステルは軽々と吹き飛ばされ、洞窟の岩壁に背中から叩き付けられる。

 

「が…はっ……!」

 

無理やり肺の空気を押し出され、一時的な呼吸困難に陥ったこと、そして叩き付けられた事によって視覚がぼやけてしまった。

ゴホゴホと咳き込みながらも、体勢を整えなければと起き上がろうとする。

視界にある自身の体力ゲージ、それは一撃でイエローゾーンにまで陥っていた。

攻撃力が単に高いのか…いや、こちらの攻撃は余り通らなかった事を思えば、このモンスターに設けられたレベルそのものが自身よりも高いのかも知れない。

 

(ミス…ったかしら…)

 

見上げれば、人狼はその鋭い爪を振り上げて、自身を八つ裂きにせんとしている。

これを食らえば終わる。

HPがゼロになり、自身のアバターは霧散。…同時に現実の自身の身体も、脳をマイクロウェーブによって焼かれ…死を迎える。

 

…いやだ

いやだ。

いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!

 

「こん…のぉ!!!!」

 

力を振り絞り、まさに火事場の底力と言わんばかりに棍を持つ手を引き絞る。

 

手を捻り、

 

ここで…父に教わった一つの『型』を文字通り捻り出す。

 

『螺旋の型』

 

棍の一撃その物に、捻りの力を加えることで威力を上げる。

 

そして…

 

この一撃…その突きの技はこう呼ばれる。

 

「捻糸棍っ!!!」

 

手首からの捻りと共に拘束で突き出された棍は、白いエフェクトと共に空気を裂いていく。

同時に人狼の鋭い爪がエステルを切り裂かんと振り下ろされてくる。

どちらが速いかはわからない。

だがリーチはエステルが上。

しかしこの一撃でスタン、もしくは倒せなければこちらがやられる。

先に辿り着いた棍の先端。

それは捻りによって人狼の腹を抉り、渦巻く衝撃その物が突き貫いていく。あくまでポリゴン体の人狼だが、その顔には苦悶が浮かぶ。

 

「貫…けぇぇぇええ!!!」

 

エステルの雄叫びが木霊する洞窟で、

 

腹を抉られ、文字通り風穴を開けられた人狼が、

青白いポリゴンの破片として、

霧散して消えた。

 



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第4話『とある少女との邂逅とパーティ』

薄暗い洞窟に、霧散した人狼のポリゴン結晶が幻想的に輝く。

普段なら息を呑むような物だが、生憎とエステルにはそんな余裕はなく、棍にしがみつきながらその場にへたり込んでしまった。

ぬかるんだ地面だろうが関係ない。未だ心臓の鼓動が強く打ち続けている。それを整えようとするが、全く収まらない。

初めて感じた死の恐怖。

初めて陥ったHPゲージのイエローゾーン。

それを実感し、見てしまったことで、エステルは改めて死と隣り合わせであることを認識してしまった。

 

「は…はは……危なかった…な……」

 

恐怖によって震える声を絞り出す。

視界の隅にある自身の体力が半分以下になっている。一撃でここまでやられたのだ。単純に後一発で自身のアバターは霧散して、現実世界の自分は脳を焼かれて死に瀕していただろう。

すっかり腰が抜けてしまったので、立とうにも立てない。だが、立たねばさっきの人狼がリポップしかねない。そうなったら次こそは命がないだろう…。

 

「だ、大丈夫カ?エッちゃん…。」

 

先程まで岩陰で震えていたアルゴが、恐る恐る出て来て声を掛ける。その顔色は…少し青く見えるのは、余程犬系に対してのトラウマでもあるのだろう。

 

「な、なんとか、ね。ほんと、首の皮一枚繫がった、っていうか…」

 

「よ、良く倒せたナ。」

 

「このときばかりは、あの不良中年に感謝しないとね。」

 

人と話すことで、若干恐怖が和らいだのか、声の震えが徐々に収まりつつある。それに伴って、棍を支えにゆっくりとエステルは立ち上がり、少々乱れた服を整える。

 

「うへ…膝が泥だらけ…。」

 

「帰ったらお風呂にでも入ろうカ。宿代も今回のお詫びもかねてオレッちが出すヨ。」

 

「え?そ、それは流石に悪いわ。ほら、結果的に無事なんだし…。」

 

「駄目ダ。エッちゃんが良くても、オレッちが納得いかないんだヨ。オレッちの犬嫌いがなかったらこんなコトには…。」

 

「そ、それはしょうが無いわよ。誰だって苦手な物はあるんだから、ね?」

 

「えぇイ!じゃあこのポーションもオレッち持ちだヨ!」

 

「ちょっ!?えっ…んぐぅっ!?」

 

アルゴがいきなりアイテムストレージから取り出した瓶。その蓋を開けると、エステルの口に無理矢理ねじ込んだ。口に流し込まれる独特の風味と舌触り、そして喉越しと共に、イエローゾーンに陥っていたエステルのHPゲージは、ほぼ満タンまでに回復していった。

 

「とりあえず…この奥にある隠しログアウトスポットとやらの正体を見て、そのうえで情報発信しないとナ。…悪いけどエッちゃん、もう少し手伝ってくれないカ?」

 

「まぁ…いいけど、さっさと終わらせましょ。さっきの奴がリポップしたら、次は無いかも知れないし。」

 

「OKだヨ。」

 

ようやく落ち着いたエステルと共に、洞窟の深部へと進んでいく。さっきのようなモンスターの出現を危惧してか、慎重に潜っては行くものの、とくに遭遇することはなく、ややあって最深部…と言うには大袈裟なものだが、通路の突き当たりまで辿り着いた。

 

「…どうやら、やっぱりガセネタだったみたいだネ。」

 

「少し…骨折り損だったような気もするけど、これで他の皆がこのに近付くことも無さそうね。」

 

「まぁ、もう少しレベルが上がったらさっきのモンスターを狩りに来るかも知れないけどナ。」

 

「確かに…EXPそのものは良かったけど、あたし的にはもう二度とゴメンだわ。」

 

「それはオレッちも同じくだ。」

 

冗談も程々に、そろそろ戻ろうか、と話を切り出したときだった。

 

「ン…?」

 

「どーしたの?アルゴ。」

 

「いや…そこの壁…何か書いてあるナ。」

 

アルゴは情報収集や偵察を要とした攻略の手助けを予定しているため、索敵スキルや隠密スキルなど、そういった割り振りを考えている。その中で、初期のスキルポイント配分で取得したのが暗視スキルだ。その名の通り、暗所での視力低下を抑える効果もあるのだが、如何せん未だ低レベルで、スキルその物の効果も薄い。先ほどの敵には、眼が暗所になれていなかった事もあって効果を成さなかったが、目が慣れてきた今なら壁面に描かれた何かを見つけるのには労することはなかった。

 

「これは…絵…カ?」

 

「言われてみれば確かに…、あたしはうっすらとしか見えないけど…。」

 

「何かの役に立つかも知れないナ。とりあえずメモっておくヨ。」

 

アイテムストレージから、アルゴの商売道具であるメモ取り用具一式を取り出すと、スラスラと壁に描かれたものを模写していく。エステルとしては、ほぼ見えないために手持ち無沙汰だったが、そう待たずしてアルゴの模写は完了した。

 

「よし、これでOKだヨ。じゃあそろそろお暇しようカ。」

 

「そうね。こんなとこ、正直長居は無用だわ。」

 

帰りはそう苦にもならず、人狼もリポップしないままに洞窟を出ることが出来た2人。ジメ付いた洞窟から抜け出せたことで、どれ程外の空気が、湿度が心地良いものかを実感する事となる。

 

「あ~!お日様って良いわね!やっぱり生きとし生ける物は、太陽の下で生を謳歌しないと!」

 

「大袈裟だネ、エッちゃん。まぁオレッちもそれには賛成だヨ。…最も、この太陽も作り物だけどナ。」

 

「野暮なことは言わない。…ところで…さ、アルゴ。」

 

「ン?」

 

「ソードスキルって武器が光って…それから身体が引っ張られるような動きになる…アレよね?」

 

「そうだガ?」

 

「そっか…あたし、ようやく…ソードスキルが使えたんだ!」

 

やったー!と太陽に棍を掲げ、歓喜に満ちるエステル。震えていたアルゴは、何が何やら、と言った表情で首を傾げる。そもそも、棍のソードスキルそのものは、エステルが3日間掛かっても未だ一つも発動できていないのは、アルゴも知ってはいた。が、今の今でソードスキルを発動できたというのは寝耳に水も良いところだった。

 

「ど、どういうことなんダ?オレッちにも分かるように、誰か説明してくれヨォ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ…武術の動きを入れたら、ねぇ?」

 

「そうなんだけど…なんか変なのよね。」

 

エステルが言うには、その型は既にソードスキルのモーションを試すために行った物だった。だが、現実世界では、その打ち込み型その物の威力はただ突くよりも、遥かに高い威力…いや、破壊力と言う物があった。…最も、エステルが行うと、精々瓦を割る程度だが、あのチート不良中年がやろうものならば、倍の厚さの鉄板をへっこませるを通り越して、貫通させるほどの威力を生み出す、とんでもない型である。

 

「しかしまぁ、普通にやったら使えないソードスキル…カ。詳しく調べてみた方が良さそうだナ。なんせ、あんな土壇場でしか出せないんじゃ、実用的とは言いがたい訳だシ。」

 

「そりゃまあ…確かにそうかも知れないわね。今回が偶々運良く使えて次の時には使えないなんて、笑えない冗談だもの。」

 

「全くだヨ。」

 

いざという時に使う切り札ならともかく、いざという時に使えるかどうかも解らない切り札など、ばくち以外の何物でも無い。それならば使える条件、使えない理由を解き明かした方が実用性も増すと言うものだ。

 

「とにかく、一度はじまりの街に戻りましょ。色々疲れたし、さっきの壁画の事についても話したいし。」

 

「それもそうだナ。今は兎に角、風呂に入りたいのが一番だヨ。妙にジメジメしてたし、さっきのモンスターの匂いがこびり付いてる気がするシ。」

 

「流石に匂いは…。」

 

「貴女達。」

 

不意に話しかけられ、エステルとアルゴは話を中断して声の主の方を振り向く。

そこには、樹木に寄り添うように佇む、一人のプレイヤー。目元から腰辺りまで覆い隠すほどの頭巾兼コートのような物を纏っている。頭巾の影で口元しか見えないが、先程の声からして女性プレイヤーだろう。

 

「そこ…最近噂になってる隠しログアウトスポット、なんでしょ?…なんでログアウトしないで出てきたの?」

 

どうやら早速偽アルゴのガセネタに釣られてプレイヤーがやってきたようだ。

 

「早い話、ガセネタだったヨ。中にはモンスターと行き止まりにある変な絵だけサ。」

 

「え…?じゃあ…ログアウトは…。」

 

「ん~、残念だけど、できないわね。あたしも少し期待はしてたけども…。」

 

「そん…な…。」

 

一縷の希望に縋ってここまで来たのだろう。力無く、へなへなと地面に座り込んでしまう女性プレイヤー。

正直…ログアウトスポットのガセネタ説が公表されれば、このプレイヤーのように絶望を味わう人々が多々現れるだろう。しかし、偽情報によってモンスターにやられて命を落とすよりも、落ち込んでも生きながらえる方が大切だ。命は落とすと拾えないが、気持ちは落ち込んでも、這い上がる事は出来る。

目の前の彼女に同情を禁じ得ないが、それでも死ぬよりかは幾分マシだ。

 

「あー…そのー、気持ちは分かるけど、さ。」

 

「入試が…模試が…!」

 

シクシクと涙声でひり出した言葉は、何ともリアリティに溢れる物だった。エステルとアルゴは顔を見合わせ、目をぱちぱちとまばたきさせる。

 

「えっと…リアルのことを尋ねるのはマナー違反だと思うけド…。」

 

「もしかして今年…というか年明けに受験…だったりするの?」

 

恐る恐る、というような声で二人は尋ねると、女性プレイヤーは力無くコクリと頷いた。

Oh…と2人の中で再び同情が生まれる。

受験…それは人生の岐路となるであろう、学生にとっての鬼門でもあり登龍門。それに向けての模試と言う物は、受験生にとっての重要な通過点だ。それを逃すと言うことは…

 

「ん~、そういえばあたしも来年模試だなぁ…、全然進路とか決めてないや。」

 

「ちょっ!?エッちゃん!リアル情報禁止だヨォ!?」

 

「あ、そういえばそうだった。…でもこっちも聞いちゃったから、これでお相子で良いんじゃない?」

 

「そりゃそうかも知れないけどサ…。」

 

そんな漫才のようなやり取りをしていると、女性プレイヤーはすくっと立ち上がり、踵を返して歩き始めた。

 

「お、戻るのかイ?」

 

「ここにいても、意味が無くなったもの。だったら戻るしかないでしょ?」

 

そりゃごもっとも、とアルゴが肩をすくめると、エステルの方は女性プレイヤーに駆け寄っていく。

 

「じゃああたし達も今から戻る予定だし、ついでだから一緒に行きましょ!」

 

「え……で、でも…。」

 

「まぁ良いんじゃないカ?旅は道連れってやつサ。街に戻るまでだし、そう悪くない話だと思うゾ。」

 

確かに、1人よりも3人の方が良いには違いない。ここに来るまでは正直楽ではなかっただけに、そう思案し口を開いた。

 

「…勝手にすれば?」

 

「OK!じゃ、パーティ組もうゼ。いいだろエッちゃん。」

 

「モチのロンでしょ。お願いね、アルゴ。」

 

エステルとのパーティリーダーとして登録されているアルゴは、手慣れた操作でメニューを開き、目の前の女性プレイヤーへとパーティ申請を行う。申請許諾に、女性プレイヤーは少々戸惑うも、それでもYESをタップして、晴れて2人のパーティに1人加わる。

 

「えっと…Asu…na…?」

 

「っ!?な、なんで…私の名前を…!?」

 

「……もしかして…パーティ組むの、初めてだったのカ?」

 

コクリと力無く頷いた彼女は、フードの影でわからないが、恐らく小恥ずかしさと共に、恐らく自分の名前が露呈していることに対しての懐疑的な視線をこちらに向けていることだろう。

 

「視線の左上にサ、自分のHPゲージの下に二本、新しくゲージが出来てないカ?」

 

「…出来てる、けど。」

 

「その左端に英語で、オレッちとエッちゃんの名前が記載されてるんだヨ。逆もまた然り、ってネ。」

 

「………アルゴと、エステル…?」

 

「そ、オレッちがアルゴ。んでこっちが…」

 

「エステルよ。よろしくねアスナさん。」

 

「…アスナでいいわ。…よろしく。」

 

こうして…暫定的にではあるが、3人のパーティは組まれた。

だがエステルもアルゴも知らない。

組んだ相手が、後にソードアート・オンライン最強ギルドの副団長になる人物だなどとは…。



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第5話『お風呂タイムとアルゴの目指す物』

今回は少々コミック版のプログレッシブから展開を引用しています。
半オリ展開って中々難しいですね。
原作からの引用も楽しいけど、丸々移しはつまらない。でも半オリ展開なら、難しい分書くのも楽しいし、呼んで下さる人も、ニヤリとするところや、展開がどうなるのか楽しみになる部分も出来るんじゃないかなって思います。


「やぁっ!」

 

鋭い刺突がフレンジーボアに突き刺さる。猪特有の断末魔とともに、ボアは青白いポリゴン片として四散し、3人それぞれの目の前にリザルト画面が表示された。

仕留めたのはアスナ。

レイピアから繰り出される正確且つ高速の突き。

その挙動はアルゴからすれば、とても初心者とは思えない程で、舌を巻かざるを得ないものだった。

 

「凄いナ、アーちゃん。剣先が見えないヨ。何かフェンシングでもしてたのカ?」

 

「…別に。この武器が一番しっくりきたから使ってるだけ。」

 

しっくりきたから。

そんな言葉も、思わず納得出来てしまうほどにアスナの細剣捌きは巧みな物だった。アルゴもそうだが、エステルもアスナのそれには驚き、そして賞賛に値する物だと感じていた。その理由として、事実として現に部活でフェンシングを習っている友人である凜の存在だ。彼女自身、フェンシングの腕前はかなりの物で、大会では常に上位常連。全国大会にまで駒を進めたこともあるほどだ。そんな彼女の友人ともなれば、その剣捌きを見る機会もあるわけで、フェンシング経験の無いアスナが、凜と謙遜無いほどの巧みな細剣捌きというのは、まさしく天賦の才と言う言葉が似つかわしいかも知れない。

 

「でもアーちゃん、なんで通常攻撃ばかりなんダ?ソードスキルを使えば、もっと早く倒せるのニ。」

 

「ソード…スキル?」

 

まさか…そこまで知らない初心者なのか。これは中々…伝えるのに骨が折れそうだ。アルゴは目の前のビギナーが、よくログアウトスポットまでやってこれたものだと感心した。あの辺りの適正レベルは3、悪くて2あった方が良いとされる場所だ。それを予備知識どころか、基本知識が無いままにたどり着くともなれば、もはやそれは細剣の才能も加味して、かなりの運を持っているのだろうか…。

 

「全く…仕方ないナ。」

 

アルゴは苦笑しながら自身のアイテムストレージを操作する。リザルト画面を確認していたアスナに、とある許諾の是非を問うウインドウが開かれた。

 

「ホレ、○ボタンを押してみロ。」

 

言われるままに、○ボタンをタップしたアスナの眼前に、一冊のノートがオブジェクト化される。その表紙には、鼠印と共に題名としてこう記されていた。

 

「ガイド…ブック…?」

 

「まぁ参考書みたいな物だネ。特別でタダにしておくから、大いに役立ててくレ。」

 

ぱらり、とページを開いたアスナは立ち上がり、記された文字を指でなぞりながらブツブツと読みふけっていく。

 

「…な、なんだか怖いヨ、エッちゃん。」

 

「ま、まぁログアウトスポットに向かった理由が模試って位だし…こう言うことになると読みふけっちゃう質なんじゃないかしら…。」

 

「…フレンジーボア。」

 

ぼそりと、しかしはっきり呟かれた言葉に、二人はアスナを見やる。彼女の目先には、見慣れたMOBであるフレンジーボアが、何食わぬ顔で闊歩していた。

 

「通称青イノシシは非アクティブ…?非アクティブっていうのは……なるほど、こっちから攻撃しない限り敵対してこないのね。…データの出典や前提条件が愛妹だわ。著者はきちんと検証して、妥当性確認しているのかしら。」

 

「ス、スミマセン…。」

 

細かな考察と共に、変なところでダメ出しを食らってしまった為に、条件反射でアルゴは謝ってしまい、さすがにそんな彼女には、エステルも苦笑しながら同情の意を向ける。

 

「でも初心者向けには中々良い参考書ね。索引も脚注もしっかりしているし、適度に図解もあるし。」

 

「ド、ドーモ…。」

 

落とされて持ち上げられ、そんな扱いに、喜んでいいのやら落ち込んでいいのやら、微妙な心境になってしまう。

そして…おもむろに腰に携えた鞘からアイアン・レイピアを抜き取り、構える。

 

「細剣の攻撃方法…ソードスキルって…所謂必殺技ね。初期スキルはリニアー。切っ先を意識して、そして捻るように…」

 

瞬間

 

突風と共に、二人の目の前からアスナの姿が消えた。

 

「あ、できた。」

 

『ピギィ!?』

 

そしてアスナの声、聞き慣れたフレンジーボアの断末魔が背後から。

2人が急ぎ振り返ってみれば、アスナのレイピアによって貫かれたフレンジーボアが、一撃で、ものの見事にポリゴン片として霧散していくところだった。

 

(速っ…!?っていうカ…)

 

「なぁんだ。やれば出来るじゃない。」

 

ちょっとした満足感に浸るのは、赤ずきんの彼女の声には変わりない。

しかし目の前に居たのは、ビギナーにしては余りにも完成され、そして速過ぎるリニアーによってフードがめくれ、その奥に隠されていたそれが露わになっていたアスナだ。腰まで届くほどの見事な亜麻色の髪を靡かせる少女。

髪もそうだが、フードで隠れていた整った顔立ちも相まって、アルゴも、そしてエステルも、言葉を失って見ていることしか出来なかった。

ややあって、我を取り戻したアルゴは一つの提案を出す。

 

「ぜ、前言撤回ダ。…アーちゃん、代金代わりに、オレッちの記事にあんたの名前をのせてもいいカ?」

 

「私の、名前?」

 

「そウ。オレッちは情報屋をしていてネ。巷じゃ『鼠のアルゴ』って呼ばれてるんダ。」

 

「鼠って…たしかあのログアウトスポットの情報提供者の名前じゃ…!?」

 

「それはオレッちの名前を騙る偽物の、だヨ。…オレッちも中々名前が売れたものだネ。」

 

「まぁ騙られた本人としては偽情報で犠牲者が出るのが嫌だから、裏付けを取るためにあたしと2人であそこに行ってたのよ。」

 

「…なるほど。」

 

続く2人の話を聞いていてアスナは、あのスポットに居た危険なMOBの事を含めての情報を得ることになった。レベルが3で、それも棍術の心得があるエステルでさえ、かなり危ない状態であったとも。その話を聞いていく内に…

 

「ねぇ、2人とも。」

 

「「ん?」」

 

アスナは自身の得物を見つめながら…こういいはなった。

 

「その化物、私にも倒せるかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はじまりの街

その一角に設けられたNPC宿。

50コルと、初期としては中々割高で少々狭さがあるながらも、朝食付き、お風呂付きの宿として、アルゴがβ時に見つけた穴場である。

 

そしてその一室から流れる水音。

開いたドアの隙間から漏れ出す白い湯気。

そして…

 

「ふぁぁぁ……良い気持ち~……」

 

蕩けるような声と共に、浴槽に溜められた人肌よりも暖かな水温に調整された湯に身体を沈める。湯によって暖められた身体が絶妙な浮遊感と共に、身体の疲労と力を抜き取っていく。

 

「ほんと…これが仮想なんて思えないよぉ…」

 

「大袈裟だナ、エッちゃんは。…まぁそう思う気持ちはオレッちも解らなくもないけド。」

 

蕩けるような声を出しながら湯船に身体を預けるエステルと、そんな彼女に苦笑しながらシャワーから流れる湯で身体を洗うアルゴ。洞窟でのアルゴの約束通り二人は風呂で、疲労と共に身体にこびり付いた泥を洗い流すことになった。

 

「でも今までシャワーばっかりだったから、こうしてお風呂に入れるのは日本人として嬉しい限りなんだよ?」

 

「そりゃたしかにそうダ。…オレッちも風呂に入るのは、一日の内の楽しみでもあるナ。」

 

「アスナも…日本人よね?…大丈夫かしら?」

 

「オレッちが教えたのは、最初期でレベリングをしやすいスポットダ。…相当な無茶をしない限りは危なくないとは思うけド…。」

 

あれから

3人が街に戻るなり、アスナは別行動を取ると言いだした。曰く、一人で強くなりたいのだという。まぁ生き残るのに強くなるのは必定だから、ソロで何とか出来るようにしようという心がけはいいことだ。

…仲間も、いつ倒れ、一人になるか解らないこのデスゲーム。自分が生き残る術を身に着けるのも、立派な仕事なのだ。

 

「まぁ段階を踏んで、しっかり強くなるのが一番ダ。メタルスライムみたいな大量経験値持ちは、アインクラッド全体ならともかく、この一層で現れた試しがないからナ。自分が苦戦せずに倒せるMOBを倒して、次のモンスターへと切り替えていク。…無茶をやって倒されたら…文字通り元も子もないせかいなんだかラ。」

 

「確かにね…あたしとしても、今日みたいなのはもうゴメンだわ。」

 

今まで何人死んだか…。

一刻も早くクリアするために、レベルも考えず、装備も考えず、ただひたすらに百層を目指して死んだ人間は0ではないだろう。

 

「だからオレッちは情報屋として、このソードアート・オンライン攻略を…プレイヤーを助けたいんダ。…戦うのは正直苦手だしナ。少しでも確実な情報を広めて…皆が安全に攻略を進めれるようにサ。」

 

誰にでも向き不向きはある。

エステルのように武術…つまりは剣道や槍術などを嗜んでいるプレイヤーも居る。中には、そう言った経験は無くとも、アスナのようにその才能を持つ者もいるだろう。

だが…戦うのが恐ろしいと思い、踏み出せないプレイヤーも居るはずだ。

誰でも死ぬのは怖い。モンスターにやられれば、それは死とつながるのだから。

ならば彼等に何が出来る?

それを考えて、その先に生産職というもので生きていこうとする者もいるだろう。武器や防具を手掛ける鍛冶屋(スミス)やアクセサリーを手掛ける装飾屋。腹を満たすことで攻略の活力を入れてその手助けをする料理も、プレイヤーから不要な素材アイテムを仕入れて必要とするプレイヤーへ売り払う商人。…恐らく、攻略が進むにつれて、月日が経つにつれて、そう言った役割を担う人々も出始めるハズ。アルゴはその一つとして、階層攻略を進めるトッププレイヤー…攻略組の手助けを目的としていた。ほかのトッププレイヤーから情報を仕入れ、対価に応じて提供し、公利に適えば広めていく。安全なルートや危険なモンスター、良いクエスト…。あげれば切りが無いそれは、貴重であり、需要が高い。情報というのは、それだけ重宝されるべき物なのだ

 

「前にエッちゃん、今日アーちゃんに渡したのは、ほんの初期の初期…最初のレベリングの仕方や、ソードスキルの発動方も知らない、まさしくアーちゃんに相応しい物ダ。でもこれからは、先へ進もうとするプレイヤーの為に、クエストやエリアボスといった、すこし踏み込んだ物を纏めていこうと思ウ。」

 

「…βテストの時の情報を基にして?」

 

「それもあるヨ。でも本サービスとの差異も確かめてからダ。βでは美味しいクエストも、今回は強いモンスターがでて危険かも知れなイ。βテスターだからこそ、知ってること、違うところを活かして、ビギナーさんに役立てて貰うのが義務だとオレッちは思うんダ。」

 

βテスターだからこそ出来ること、βテスターでないと出来ないこともある。それを自覚しているからこその情報屋なのだ。

 

「ま、難しい話は無しにして、今は風呂を楽しもうカ。」

 

「う、うん、そうね。せっかくのお風呂だもの。暗い話は無しにしましょ。」

 

身体を洗い終えたアルゴが、石鹸の泡を洗い落として浴槽に浸かる。二人はゆうに入れるこの浴槽で、アルゴも湯に身を委ねて身体を癒やした。

暫く無言と、そして水音が滴り落ちる音が風呂場を支配した中で、アルゴはふと口を開いた。

 

「そー言えば、エッちゃんは中2なんだよナ?」

 

「え?う、うん、そう、だけど?」

 

「フムフム…ほほウ…」

 

顎に手を当てて、まるで品定めをするかのようにエステルを一瞥する。その目線を感じてか、湯を跳ねさせながら、自身を抱くように身体を隠した。

 

「な、なによ…。」

 

「いやいや、ちょっとおねーさんからしてみれば、発育が足りな…「うっさい!」ふべっ!?」

 

ニヤニヤと語るアルゴに、思いっきり湯の塊をぶっかけられた瞬間だった。

エステルこと輝崎 陽菜。

自身の身体の成長に、焦りを感じるお年頃である。

 



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第6話『始まる第一層ボス攻略会議』

自身の身体を貧相だのペチャパイだのまな板だの断崖絶壁だのと罵ってきた情報屋に水責めという制裁を加え、風呂を後にしたエステルは、防具を外した軽装を装備して備えられた椅子にゆったりと座る。

タオルを髪に乗せれば、あら不思議。瞬く間に湿った髪は渇き、代わりにタオルに水気が移る。

これについてエステルはとても有り難く感じていた。システムが水濡れという状態を、タオルというアイテムを使用することで、瞬時に解決することが出来る。つまり、長い乾燥のケアの必要も無い。あとは櫛で髪を梳けば、さらさらとした髪の完成だ。

しかし、これを繰り返していて、現実に帰れた時にこれが面倒くさくなったらどうしよう、という懸念もあるが。

 

「ひどいヨ、エッちゃん~。鼻の奥が痛いじゃないカ~。」

 

「人が気にしていることを指摘するからよ。自業自得。」

 

ムスッとしてはいるが、もうそこまで怒ってはいない。アルゴ自身も、少々重い話を振って、変わってしまった空気を和ませようと、ああやって道化を演じたのだ。他意は無いのだろう………多分。

そんなアルゴは、若干涙目になりつつも、入浴後の髪のケアをして軽装になり、エステルとテーブルを挟んで椅子に座る。

 

「さテ。そろそろ例のアレを調べてみようカ。」

 

「例の壁画ね。」

 

「あァ…、どうにもオレッちとしては意味のあるものだと思えて仕方ないんだヨ。…情報屋としての勘…かナ。」

 

指を操作し、自身のアイテムストレージから、例のメモ用紙をオブジェクト化させる。何の変哲も無い、店売りのそれであり、エステルとしては余り縁の無さそうな物だ。

アルゴがメモ用紙をぱらぱらと捲る中、その1枚1枚がかなりくたびれており、デスゲームが始まって以来、情報集めのためにかけずり回って、手に入れた情報がびっしりと書かれているのだろうと想像できる。そして…十数枚捲ったところで、エステルにも見えるようにテーブルの上に広げた。

 

「これがその壁画の写しだヨ。」

 

「ん~…?」

 

見るからに、リアルでの古代文明とかの遺跡で描かれているような、そんな画だった。芸術性とかそう言った物は一切省いて、その伝えたい事柄のみを描き出している。

 

「これは…ウサギかしら?」

 

描かれたそれは動物にも見える。そう捉えたら、耳が長いという特徴を鑑みて、ウサギと見ることも出来た。

 

「いヤ、そんな可愛いもんじゃ無さそうダ。手を見てみロ。あんな物騒に見える物を持ってるウサギなんて、オレッちは嫌だネ。」

 

手に持ったもの。それに視線を移せば、片や斧、片や楯等という、どちらかと言えば…

 

「モンスター…かしら?」

 

「だろうナ。それもあんなわかりにくい所に記してあるんだから、余程強力なモンスターなんだロ。」

 

口からは牙が生え、腹や腕には…入れ墨…いや、戦化粧だろうか?そんな紋章。一際大きな個体の周囲には、そのモンスターを一際小さくしたような物が三体。大掛かりなモンスターのPTを描いているのだろう。

 

「でもこれだけだと、タダの壁画だナ。」

 

「右側の画はそうでもないんじゃない?同じモンスターだけど…持ってる物が違うわ。」

 

「ん?本当ダ。」

 

周囲三体の小型はともかく、大型のモンスターの武器が、細長い何かに変わっている。それによって…挑んだ人々が弾かれている。そんなストーリーが感じ取れるものとなっていた。

 

「さっきのは斧って見て取れたけど、これは…。」

 

「ン~?カタナ、カ?」

 

細長く、刀身が僅かに反ったそれは、正しく日本刀の特徴のそれと同じだった。つまり…このモンスターは斧からカタナに持ち替えていることになる。

しかしこれだけの情報であっても、これが何処のモンスターであるかまでは不透明なままだ。

 

「結局、なんだったのかしら。斧からカタナに持ち替えるモンスターの存在しか解らないじゃない。」

 

「…でも、意味も無くあんなところにこんな画を設置しないだろウ。覚えておくまではなくても、頭の隅に置いておくくらいはしておいたほうがいいナ。」

 

「そうね。…少しもどかしいけど。」

 

少し引っかかりを残しつつも、アルゴはメモ用紙をアイテムストレージに仕舞うと、テーブルの上に置いてあるコップに汲まれたミルクを飲み干した。どうやらこの物件のサービスらしく、同じく汲まれたもう一杯のミルクを、エステルも飲み干す。…これで腹がふくれるかと言われればそうではない。この世界で飲んでも、味も喉越しも、電気信号が脳にその錯覚を感じさせるだけで、現実世界での空腹感は勿論、栄養も摂取できる物ではない。つまり、ミルクを飲めば胸が大きくなるという、そんな都市伝説も起こり得ないと言うことだ。しかし、毎日信じて牛乳を飲み続けたエステルにとっては、藁にも縋りたい思いであるのは違いなく、2杯目を飲むエステルを見て、アルゴは意味深な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝

アルゴの部屋に一泊したエステルは、1階の食堂でアルゴと共に朝食。相変わらずメインは黒パンで味気ないものだが、コーヒー的な飲み物も付いている分、幾分かはマシだ。

砂糖とミルクを混ぜながら、ふぅふぅと冷ましていると、黒パンを千切って食べていたアルゴが口を開いた。

 

「エッちゃん、今日辺りにオレッちはそろそろ次の村に向かうヨ。」

 

「え?如何してまた急に?」

 

程よく表面が冷えたコーヒーを一口含んで、エステルは問い掛けた。昨晩はそんなことを一言も言ってなかっただけに、寝耳に水もいいとこだ。

 

「そろそろ次の狩り場でレベリングに回りたいと思っているプレイヤーは、次の村…ホルンカに向かおうとする筈ダ。となれば、オレッちも次の村に先行して情報収集して、ガイドブックにして発行していかないといけなイ。情報屋っていうのは、常に最新で新鮮な商品(情報)を仕入れないと行けないからナ。」

 

つまり、はじまりの街で広めるべき事、情報はこれ以上ない。となれば、次の村に向かい、後から続くプレイヤーの道しるべとなるガイドブックを発光していくことが、情報屋として、そして元βテスターとしての役目である。

 

「で、でも一人じゃ大変じゃないの?」

 

「んにゃ、協力者はいるにはいるヨ。ソイツらからの情報を買うのも一つだからネ。…ちなみに、エッちゃんの知ってる人も、その内の一人だヨ。」

 

知ってるβテスターと言えば…あぁ、なるほど。容易くキリトの事だと理解できた。初日のレクチャーの時もそうだが、彼の実力はかなり高い。今頃レベルも5辺りまで上がっているかも知れない。

 

「それで、エッちゃんはどうすル?」

 

「どうするって?」

 

「オレッちと来るカ?それとも、もう少しはじまりの街で例の彼を探すかイ?」

 

「私は…。」

 

ここでエステルは思案する。ここで留まっていても良いのだろうか?もしかしたら彼…夜斗は次の村へ行っているかも知れないし、そうでなくてももしかしたらすでにモンスターによって……いや、これは考えるだけ野暮だ。とにかく、エステルにとって必要な物は情報。初日の手鏡の件で、彼の顔はリアルのそれと同じとなっているはず。黒い髪に琥珀のような色合いの瞳。そんな特徴を持った男性アバターを探すには、やはり聞き込みによる情報収集が一番の近道になる。はじまりの街での目撃者はない…、となれば次の村へ向かってみるのも一つの手かも知れない。

 

「私は…そうね、アルゴ、貴女に着いていくわ。…ま、犬系モンスターがでたら、あたしが倒さないと行けないわけだし。」

 

「そ、それを言われたら、オレッちはぐうの音も出ないナ。」

 

かくして…2人は同日午前に道具などの購入と情報収集の仕上げを行い、午後にはホルンカに向かって出発していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして

 

 

 

 

 

 

それから月日が経ち、デスゲーム開始から一ヶ月。

 

 

未だ…アインクラッドの第一層は攻略されずにいた。

 

 

 

 

2022年12月2日 第一層トールバーナ

はじまりの街程では無いが、第一層第二の大きさを持つこの街に、物々しい表情の男達がそぞろと集まっている。皆が皆血の気立っており、これから何が始まるのかと誰もが思ってしまうだろう。しかし、その内容を知るならば、この雰囲気を理解できる物だろう。

何せいよいよこれから第一層ボス攻略会議が始まるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

トールバーナ劇場跡

 

「はーい!それじゃあそろそろ始めさせて貰いまーす!!」

 

石畳で出来た舞台に青髪の青年が大きな声を張り上げ、放射線状に広がる客席に座っていたプレイヤーはざわめいた声を静めた。それと同時に、静まった空間がピンと張り詰めた緊張に包まれる。

 

「皆!今日は俺の呼びかけに集まってくれてありがとう!俺の名は、ディアベル。職業は気持ち的に…『ナイト』やってます!!」

 

「ははっ!職業システムなんて無いだろ―?」

 

「ホントは勇者って言いたいんじゃないのか―?」

 

ディアベルと名乗った青年のちょっとした冗談に、場の空気は和み、そこらかしこから笑い声が聞こえ始める。なるほど、『掴み』が上手いのか、この場にいる皆が、彼の締めるところは締めつつ、場を和やかにするという、ボス攻略に必要なリーダーシップを認めることとなっただろう。そうでなくとも、好印象は少なからず抱いたはずだ。

再びガヤガヤと笑い声でざわめく場内を、手で『抑えて抑えて』とジェスチャーをし、再び皆に静粛を呼びかける。

 

「今日、俺達のパーティが迷宮区の奥にあるボス部屋を発見した。」

 

おぉ!と皆が驚愕の声を上げる。未だ誰もボス部屋を見つけていないという情報ながら、彼は見つけたという事実に、誰もが驚きを隠せずにいた。

 

「俺達はボスを倒し第一層を突破して第二層に辿り着き、このデスゲームもいつかきっと終わらせられると言うことを、はじまりの街で待っている皆に伝えなくちゃならない。それが、ここにいる俺達トッププレイヤーの義務なんだ!そうだろ!?皆!!」

 

ディアベルの説に、誰もが言葉を失い、静寂が生まれる。だが、誰かが拍手をし始めると、やがてそれは喝采となって劇場跡を包み込んでいく。

彼のリーダーシップは、ここに集まるプレイヤー皆にとって揺るぎない物へ変わりゆく瞬間でもあった。

そんな彼を、静かな笑みを浮かべて見つめる男性プレイヤーがいた。

キリトである。

ここまでソロでレベリングし、今や14までその値を上げた彼は、正しくトッププレイヤーでありながらも、自身にはない、眩しいばかりのリーダーシップを持つディアベルには、僅かな羨望も抱いていた。はじまりの街以来ここまでソロで来ていたが、さすがのキリトも一人でボスに挑むほど愚かでもない。だからこうしてディアベルの募るボス攻略会議に参加したのだ。

 

「OK!それじゃあ早速だけど、これから攻略会議を始めさせて貰う。まずは近くのメンバーで6人のパーティを組んでくれ。」

 

パーティ組み。

ここで問われるのが社交性の高さだ。

読者諸君にも経験はおありだろう。

課外授業、修学旅行、体育祭etc.

どの学校にもある行事で必ず発生するもの。

それは、班分けである。

幾人かの班に分かれるのだが、大抵は仲の良いグループで構成される可能性が高く、それによって班が決まることが多い。

しかし、中にはぼっち。所謂、余り友達のいない人間。いや、他クラスや他校にはいるかも知れないが、彼、彼女らは大抵あぶれて、少ない人数の班に強制加入させられる。そうなると、場違い感がビシバシ感じられ、緊張の糸を常に張っている状態が続くことになる。

ここにいるキリトも、とある事情から他人との距離感が掴めなくなっており、ディアベルの出したパーティ編成によって出鼻を挫かれ、周囲が着々と組んでいく中で、完全にあぶれてしまう形となった。

 

一方…同じ場にいた赤ずきんことアスナも、キリトと同じくあぶれていた。

彼女は所謂エリートコースを突き進む才女であり、学校の成績も常にトップ…なのだが、それによって修学旅行の班が決まった際に周囲の生徒からは、高嶺の花だから、勉強一筋で恋バナには縁のない人だ、だから修学旅行も一緒に回るのもつまらないし、就寝時の話も盛り上がらない等と散々言われた過去がある。

確かに勉強第一の学校生活ではあったが、恋バナ…つまり恋愛に興味が無いなどと言われては、そうだとは絶対には言わない。むしろ年相応に興味もある。理想像も既に確立している。背が高くて、男らしくて、優しくて、

 

「あんたもあぶれたのか?」

 

このような人の気にすることを言わないデリカシーのある人だ。

 

「べ、別に…周りがお仲間同士みたいだから、え、遠慮しただけよ…!」

 

素っ気なく返すつもりが、イラッときてしまったからか、若干怒気を込めてしまった。

いけない…クールでなければならないのに、ここで苛立っては何の意味も無い。

 

「そ、ソロプレイヤーか。だ、だったら俺と組まないか?一人じゃボスには挑めない。だから、今回だけの暫定だ。」

 

キリトにとっては身に覚えのないアスナの滲み出た怒気に当てられてか、若干気圧されたが、それでもパーティを組むという目的を果たさねばボスに挑めないので、勇気を振り絞って提案する。

アスナもアスナで断る理由もないので、キリトからの申請にコクリと頷き、パーティが結成させられる。

 

「ねぇねぇ、おにーさん達。」

 

パーティを組んだと言うにはギクシャクした雰囲気の二人の間を割るように、明るく陽気な声が空気を変える。

見れば、2人よりも少し年下のように見える少女がニコニコと立っている。腰にはキリトと同じアニールブレードで、スタイルは同じく楯無しの片手剣のようだ。

 

「ボク、パーティ組めなくて困ってたんだ。だからおにーさん達2人でしょ?ボクも入れてくれないかなぁって…ダメ、かな?」

 

「も、勿論大丈夫だ!な、な?」

 

「え、えぇ!モチロンよ!むしろ歓迎するわ、盛大にね!」

 

「やったー!じゃ、パーティ申請よろしくね!えーっと…」

 

「俺は…キリトだ。」

 

「アスナよ。よろしく。」

 

2人が名乗ったところで、パーティリーダーであるキリトが、目の前の少女にパーティ申請を飛ばし終える。それに応じ、彼女が承諾ボタンを押して名前とHPバーが追加された。そこには…

 

「ボクはユウキ!よろしくね、キリト、アスナ!」

 

紫色の長い髪をした少女のプレイヤーネームが記されていた。




オマケ

クラインがカタナスキルを手に入れた

「おっしゃあ!これでカタナが装備できるぜ!」

「やりましたねリーダー!」

「おうよ!これであの技が使えるかも知れねぇんだな。」

「あの技…?」

「おう!これは昔っからの憧れの技でよ。こう言うとこでしか刀で出来ねぇからな。」

そう言うと、クラインは太刀を抜き取り、右手を引いて刀身を上に。目先まで来た切っ先に、左手の指を添える。所謂片手平突き。またの名を…

「り、リーダー…その技は!」

「牙突!!」

何故か知らないがソードスキルのライトエフェクトと共に、アスナのリニアーに迫るほどの勢いで加速。目の前に居たフレンジーボアを一撃で消し飛ばした。

ユニークスキル『牙突』
ソードスキルが牙突、牙突弐式、牙突参式、そして牙突零式のみ使える。しかし刀の攻撃力にブーストが掛かり、一撃がかなり強くなるが、ソードスキルによる摩耗が激しくなる欠点も。


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第7話『攻略会議・いざこざ編』

アニメ+プログレッシブな展開。
ボス戦の日取りはプログレッシブの会議二日後にしました。


かくして、キリトにアスナ、そしてユウキの3人パーティと相成った。

劇場客席を一瞥し、パーティ毎に纏まったことを確認したディアベル。

 

「よし、そろそろ組み終わったかな?それじゃあ…」

 

「ちょぉ待ってんか!!」

 

再開しようとしたディアベルの言葉を遮るように、客席上部から降りてくる一人の男。橙色の、まるでサボテンと見紛う程にトゲトゲした髪の男が、不機嫌丸出しと言わんばかりの表情でずかずかと階段を下りてくる。

 

「仲間ごっこをする前に、コイツだけは言わせて貰わんと気が済まん!!」

 

「積極的な発言は大歓迎さ。でもまずは名乗るのが先かな…?」

 

「フン…わいはキバオウってもんや。」

 

とりあえず礼儀として名乗り、そして幹事であるディアベルの発言許可を貰ったところで、客席へ振り返って息を大きく吸い込んだ。

 

「こん中に、今まで死んでいった2000人に、詫び入れなあかん奴らがおるはずやで!」

 

「キバオウさん、貴方の言う奴らとは…βテスターのこと、かな?」

 

「決まっとるやないか!この一ヶ月でアイツらが何もかんも独り占めしくさったせいで、2000人も死んだんや!せやからズルして貯め込んだ(コル)やアイテム、全部差し出せ!!」

 

キバオウの発言に、劇場客席がざわめきに包まれる。2000人亡くなった、と言うのもそうだが、βテスターの存在によって自身達が侘しい思いをしたのかと思うプレイヤーの表情が、先程までの熱意に満ちたそれと取って代わり、疑心に満ちてきた物へと変わっていく。

そんな中で、キリトの頬にたらりと嫌な汗が流れ落ちる。

彼の中で初日…エステルとクラインの件が葛藤を生んでいた。

結局二人を置いてはじまりの街を離れ、一人でβ時代のウマいクエストや狩り場で、自身のレベリングと強化を行っていた。キバオウの言う、詫びを入れないといけない人間として、十分に条件を満たしていると自身で認めているのだ。だから…彼の言葉が、キリトの心に深く、そして鋭く突き刺さる。

 

「発言良いか?」

 

だがそんな彼の、彼らの耳に、野太い声が入る。

客席から一人の男が立ち上がり、舞台で宣うキバオウに、まるでのっしのっしという発音が相応しいまでに歩いていく。がっしりとした体格の長身、黒い肌に口周りの黒い髭、キバオウを遥か見下ろすまでに巨体のその男は、言葉を発した。

 

「俺の名はエギルだ。キバオウさん…アンタの言いたいことはつまり…元βテスターが面倒を見なかったから、ビギナーが沢山死んだ。だからその責任を認めて謝罪、賠償として(コル)とアイテムを差し出せ。…と言うことだな?」

 

「そ、そうや…。」

 

自分よりも遥かに大きな体格のエギルと名乗った男の威圧感に押されながらも、キバオウは続ける。

 

「こんクソゲームが始まったその日に、右も左も解らん大多数のビギナーを見捨てて、β上がり共はダッシュではじまりの街から消え良ったんや。…アンタの周りにもおらんかったか?奴等がウマい狩り場やボロいクエストを独り占めしよったせいで、ろくにレベル上げも出来んと、危険な狩り場に手ェ出して死んでいったビギナーがな。」

 

「…確かに、SAOのシステムが提供するリソースは限られている。しかしキバオウさん。もしあんたが自分が生き残ることしか考えない、利己的なβテスターだったとしよう。何か一つ独占できるとしてあんたならば何を選ぶ?『ウマい狩り場』か?『ボロいクエスト』か?」

 

「な、何が言いたいんや?」

 

「俺なら『情報』を選ぶ。」

 

ここでエギルは一つの本をポーチから取り出した。それは、誰しも見たことのある、鼠印のガイドブックだ。

 

「このガイドは、俺が新しい村や町に着くと、必ず道具屋に置いてあったものだ。…しかも無料配布。この中にも世話になった人もいるんじゃないか?」

 

皆が自身のストレージやポーチにあるガイドブックを見つめ、エギルの話に聞き入る。

 

「すごく、役に立った。」

 

「ボクも凄く助けられたなぁ。正直、この本のお陰で生き残ったと言っても間違いないかも。」

 

ビギナーであるアスナも、そしてユウキもガイドブックには助けられたらしい。しかし…

 

「無料…だと…?」

 

ここで密かに憤慨したのはキリトだ。

 

「あんにゃろ…俺からは500コルも取ったくせに…!」

 

商い魂逞しいとはこの事か。いや、同じβテスターだからこそ、こうした事も出来たとも言える。なんにせよ、アルゴのガイドブックは沢山のプレイヤーに好評だったようにも思えた。

 

「しかし」

 

だが、そんな彼等にエギルは一つの懸念する点を思い浮かべた。

 

「いくら何でも情報が早過ぎると感じた。俺は…コイツに乗ってるモンスターやマッピングデータを情報屋に提供したのは、常に俺達の先を行っていた元βテスター達しか有り得ないと思っている。…いいか?情報はあった。俺達ビギナーにとって、これ以上のギフトはない。…確かに沢山死んだのは事実だ。しかしそれは、彼らがSAOを他のMMOと同じ物差しで計り、引くべきポイントを見誤ったからだ。その一方、ガイドの情報で学んだ俺達は、まだ生きている。」

 

「俺からも発言良いか?」

 

もう一人、舞台に上がってくる男がいた。ツンツンとした赤い髪をバンダナで束ね、背に両手用の大剣を背負った男だ。エギルほどではないにせよ、袖の無いジャケットから見える二の腕はかなり太く、かなり筋肉質の体格であるのには変わりなかった。

 

「俺はアガット。キバオウさんよ。さっきから聞いてりゃ…βテスターβテスター言ってるが…皆が皆、アンタの言うようにビギナーを見なかったと言いてぇのか?」

 

「な、なんやとぉ?」

 

「俺はな、はじまりの街でアンタの言う他のビギナーと同じように、右も左も、レベリングの仕方も、それにソードスキルの使い方も解らなかったぜ?だが、俺はここまで生き残って来れた。このガイドブックが発行される前のことだがな、あの街で一人の男が闘い方のレクチャーをしてくれたんだよ。ソイツは最初に出会ったβテスターに教えて貰ったテクニックを、闘い方が解らない奴等に教えて回っていたんだ。俺はそこで闘い方、ソードスキルの使い方のコツを教わって、ガイドブックが発行されたらソイツに頼って来た。」

 

「な、何が言いたいんや…?」

 

「アンタはβテスターが皆が皆、利己的な奴等だと言ってるみたいだがな、エギルのオッサンの言うように情報を回して皆が生き残れるようにした奴も居りゃ、闘い方を教えて敵の倒し方を教えてた奴も居る。…確かに利己的な奴も中には居るだろうがよ。βテスターそのものを敵と見なすのはどうかと思うぜ?」

 

「オ、オッサン…?」

 

「…勝負あったわね。いるのよね…自分が不幸になったら、皆一緒に不幸になろうって人。…先を征く者(フロントランナー)だけが果たせる役割もあるのに…。」

 

彼等のやり取りを見る3人の内で、アスナがポソッと呟いた。それに便乗して、ユウキも声を上げる。

 

「あのアガットって人の言ってる、レクチャーをしてくれた人って、ボクの思ってる人と同じ人かな?」

 

「…そんな人居たの?」

 

「うん、たしか…名前は聞きそびれたけど、バンダナをした野武士みたいな顔の人だったよ。」

 

…なるほど、自身の教えたことを皆に広めてくれていたのはクラインか。初日の夕方に分かれて、アルゴやエステル以外にも情報をちょくちょく回していたが、そんなことをしてくれていたのか。自分のやったことが、ビギナーの生存に少しでも貢献できていたなら、此程報われることはない、そう感じて、キリトは目頭が若干熱くなるが、グッと堪える。

 

「キバオウさん、君の気持ちは良く分かるよ。でも今は前を見るときだろう?」

 

いがみ合う3人を嗜める、いや、口論の元であったキバオウを宥めるように、ディアベルが声を掛ける。それによってヒートアップしていたそれは一端の静まりを見せた。

 

「それにだ。ここにもしその元βテスターがいたとして、逆に言えば彼等がボス攻略に力を貸してくれるのなら、これより頼もしいものは無いじゃないか。加えて…」

 

ディアベルは懐から、皆が所持しているガイドブックとは違う表紙のそれを取り出し、皆に見せる。そこには大きく『1F.BOSS』と記されていた。

 

「先程、ガイドブックの最新版が発行されたことだしね。」

 

ドヤッと皆を見回すディアベルの顔は歓喜に満ちており、まさしく水を得た魚の如くである。

 

「ガイドブックによれば、ボスの名前は『イルファング・ザ・コボルトロード』。武器は斧と盾。HPゲージの最後の一本が赤くなれば、武器を曲刀タルワールに持ち替えるらしいが…ん?」

 

ここまで読み進めたところで、ディアベルは一つの疑問符を浮かべた。周囲から彼の読み聞かせに聞き入っていた面々も、同じく疑問符を浮かべていく。

 

「ど、どないしたんや、ディアベルはん。」

 

「いや、なんでもないよ。とにかく推定HP、ソードスキル、ダメージ量、取り巻きMOBまで…なるほど、流石の情報量だ。」

 

鼠印、とだけあって、ディアベル自身もかなりの信頼を置いているのか、そこに書かれている記事を読み進めることで、徐々に表情に明るみが出て来る。

 

「イケるな、数値的にそこまでヤバい感じじゃ無さそうだ。」

 

「あ?ちょぉまってんか。これ見てみぃ!」

 

裏表紙を見ていたキバオウが、そこの片隅に記されていたメモ書き、それに着目して声を張り上げる。

そこに記されていたもの、それは

 

『注意事項!!

データはβテスト時のものです。現行版には変更されている可能性があります。』

 

「やっぱりや!あの情報屋、誰がβテスターか知っとる…いや、あの鼠女自体がβ上がりに違いないで!…これは一度話を聞かなあかんなぁ?」

 

ここで再び会場内が不穏な空気に包まれる。

皆が口々に

βテスターの情報を鵜呑みにするのか?

だの、

誤情報を与えて美味しいところを持っていく気だ。

だの、βテスターへの敵意が生まれ始める。先ほどのアガットの言うそれも忘れ去られるほどに、その懐疑の念は膨れあがり、情報屋…アルゴへの敵意が今正に爆発しそうになっている。

 

「今は…」

 

ここで、野太い男共の声ではない、高く透き通ったそれが静寂を生んだ。

 

「今は、感謝以外の何をするというの?」

 

「だよねぇ、これで危険な偵察戦が省かれるんだもん。時間と戦力の節約になって、文字通り一石二鳥じゃない?」

 

一人だけではない、二人居た。その声の主に向かい、男共が一斉に興味の視線を向ける。

そして…向けた男共の意識は今ここで一つに統一された。

 

((((お……女の子だ!!!!))))

 

そんな彼等の視線を受けて、アスナはビクリと悪寒を感じて震え上がらせる。

目立ちたくはなかった。だが、自身が世話になったβテスターの情報屋にこれ以上懐疑的な思いを向けられるのは我慢ならなかった。

しかし、それを差し引いても、女日照りの男連中の注目の的になるのは余り喜ばしくなく、ビクビクモジモジしており、それが逆に注目を集める。

対し視線を向けられるユウキは、特に気にする様子もなく、堂々と、そしてニコニコしている。

変なところでカオスな状態に陥った会議場だが、

 

「その通りだ!!」

 

ここでやはりディアベルの声が皆を取り仕切る。

 

「俺達の敵はβテスターじゃない、フロアボスだ!今は彼女の言うとおり、この情報に感謝しよう!」

 

「あぁ、これだけの情報だ。死人も無しに撃破の可能性も出て来たな。」

 

「いいや…死人は零にする。もし、皆の心配するように、情報に漏れや偽りがあったとしても、俺が皆を護ってみせる!

 

騎士の…誇りに賭けて!!」

 

力強い宣誓だった。

それは唯の言葉かも知れない。

だが不思議と…心を奮い立たせる何かが篭められていた。

そうだ、大丈夫だ。

この人なら、この人に着いていけば、俺達は勝てる、生き残れる。

そんな想いが、皆に満ちていた。

 

「お誂え向きに…お二人のお姫様(プリンセス)もいるようだしね。」

 

ここで更に男連中の士気が上がった…様な気がしたアスナは、ちょっぴりとだけど不安を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何が重要な役目よ!取り巻きつぶしの…それもサポートですって?戦力外ならそう言いなさいよ。」

 

ムスッとしたアスナは、苛立ちを隠そうともせず、石畳の通路をずかずかと踏みならして歩いていく。それを必死で追うのはキリトとユウキだ。

 

「し、仕方ないだろ?3人でフルメンバーじゃないんだから!」

 

事の発端は…会議の終盤にあった。

 

 

 

『キミ達は3人パーティか。』

 

ディアベルが各パーティのレイドの役割を分担する最中、キリト達のパーティに歩み寄ってきた。

 

『あ、あぁ。』

 

『申し訳ない!!』

 

ここで、勢いよくディアベルが頭を下げて謝罪してくる。何の謝罪か解らない3人は、互いの顔を見合わせて眼を瞬きさせる。

 

『キミ達は取り巻きコボルト専門のサポートで納得頂けないだろうか…?』

 

『い、いや、フルレイドを組める人数が集まっていないんだ。俺達みたいな少ないパーティも出るよ、仕方ないさ。』

 

『そう言って貰えると助かるよ。』

 

正直、拒否されたり、ここで罵倒されたりすることを多少なりとも覚悟していたディアベルだったが、キリトの納得した答えと穏やかな応じに、ほっと安堵する。

 

『ま、取り巻きつぶしだって大事な役目だよ。大物にディアベルさん達が専念出来るようにするのが、ボク達の大切な仕事なんだから!』

 

ユウキもユウキで特に異存は無く、唯々明るくそう返す。

 

『そうか…でも。』

 

そう言ってディアベルはキリトの肩を抱き寄せて、ニコリと微笑んだ。

 

『お姫様達の護衛、と言うのは、騎士としては羨ましい限りだけどね。』

 

『は、はは…そうだな。』

 

後ろから感じる、約1名の『納得できませんオーラ』を感じながら、ディアベルが突き出してきた拳に打ち合わせるキリトさんだった。

 

 

そして会議が終わり、先程の時間に戻る。

ムスッとしたアスナは二人を置いて行かんばかりに早足だった。しかし、明日の攻略戦のために、互いのフォーメーション等を打ち合わせる必要もあるのだが、どうにもそう言った空気では無さそうだ。

しかし、取り巻きとはいえ、ボスの取り巻き。しっかりと連携を確認しなければ、命を落とす危険性も十分にある。

 

「ま、まぁ3人だと、スイッチでPOTローテしようにも時間が足りないわけで…」

 

「ねぇキリト。」

 

「ん?」

 

「すいっちとか、ぽっとろーてとか…一体何?」

 

……

………

 

「えっと…ユウキさん?もしかして…パーティ組むの…初めてだったりする?」

 

「ん~、ここに来るまでの道中に何回か組んだけど、特にそう言った連携無しで各個撃破だったから…」

 

「…なるほど。」

 

これから挑む強力な相手と戦うにおいて、スイッチの連携や、POTローテによる回復は重要になってくる。そうなると………キリトは重い溜息をついた。

 

「えっと…細剣使い(フェンサー)さんは…大丈夫…」

 

「………」

 

「じゃ無さそうですね。」

 

どうやら、ある意味凄いパーティになってしまったらしい。2人ともパーティ戦がほぼ初めて等という…。

これは…明後日のボス戦までに教え込まないとならないようだ。

 

「わ、わかった、明日はパーティ戦闘についてレクチャーしよう。練習用に良いクエストがある。ただ朝限定のクエなんだ。今日の内に一通り説明しておきたいから、その辺の酒場で…」

 

「嫌。一緒にいるの見られたくない。」

 

「いや…でも人目に付かないところとなると…NPCハウスは誰かは行ってくるかも知れないし…」

 

「ボクは何処でも良いよ―?」

 

「いや、一応3人で納得できるところじゃないと二度手間だしな……そうだ!3人の内の誰かの宿屋とか?鍵も掛けられるし、音も絶対に漏れないし。」

 

「そんなの絶対ゴメンだわ!何をするつもりよ!いやらしいっ!」

 

「え―?ボクは大丈夫だけどな~。」

 

「ダメよユウキ。男は皆オオカミなんだから。説明と称して何されるか解ったもんじゃない!ほら、いきましょ!」

 

「ちょっ、アスナ~!」

 

そう言うと、ユウキの襟首を掴んでずるずる引き摺りながら、ツカツカと去って行くアスナ。1人ぽつんと残されたキリトは少々固まってしまう。

 

「はっ!俺だってそこらのボロ宿なんてゴメンだね!」

 

もはやヤケクソになっていた。

 

「俺の部屋なんか80コルと格安でありながら、1フロア貸し切りの広々間取りで牛乳飲み放題なんだぜ!」

 

「いいなー、牛乳飲み放題。ボクもそこが良いよ―。」

 

「まぁ、風呂なんかあっても滅多に使わないけど…」

 

瞬間、勢いよく踵を返す返して俊敏性全開のダッシュ。引っ張られていたユウキは、『ぐえっ』と、年頃の少女として出すべきではない変な声が出てしまった。

そしてキリトに駆け寄ったアスナは、彼のジャケットの襟首を掴んで詰め寄る。

 

「なっ、なんですって!?」

 

「え?何?一部屋貸す?」

 

「それじゃない!」

 

「牛乳好きなの?」

 

「それでもなくて!」

 

「え…っと……お風呂?」

 

頭巾の奥から覗かせるアスナの眼は見事に血走り、そして輝いて見えた。

 

 

 

 

そして…ずっと首を決められていたユウキは、ずっとアスナの手を叩いてタップしていた…。

 



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第8話『お風呂ハプニング☆』

すいません、この話、保存したつもりが投稿になってました!妙に短いな、と思った人、正解です。と、とりあえず再投稿しますので、改めてお楽しみください。


事実は小説よりも奇なりと、キリトがこの時ほど思ったことは無い。

キリト自身、小説…というよりもライトノベルを多少なりとも嗜んでいる。そのジャンルは恋愛ものだったりバトルものだったりと様々だが、その中でこうしたハプニングのイベントと言う物は存在していた。しかしこれはあくまで小説の中での話であって、いざ現実や自身が体験などするはずもない、寧ろ有り得ないと高をくくっていたが…。

 

「キー坊、短い付き合いだったナ。」

 

「えっと…さすがにこれは…キリト、御愁傷様…。」

 

2人の少女が告げる絶望。そして目の前にはパーティを組んだ2人の少女の姿。しかしその身体に纏うのは、戦闘用や部屋着のそれではない。飾り気もなく、唯々胸部と局部を隠す為にあしらわれた簡素な物だ。

 

「え…えっと…。」

 

何か…何か言わないと、この空気と共に感じる羞恥と殺気に耐えられない。

よし、と意を決し、身長に言葉を選んで…

 

「そこも…初期装備(?)なんですね。」

 

……

………

今何と言った?

言ってしまった?

ここは普通、相手の体躯を褒めるとか、

見てないです的な言い訳をするとか、

謝罪して目を背けるとかそう言った事をするものだろう。

だがキリトは、悲しいかな、14歳思春期真っ盛りであり、女性の体躯に興味が無いのかと言われれば全くそんなことはない。故に…じっと見てしまったのだ。

片や腰まで届く艶やかな長い亜麻色の髪。スタイルは…うん、見た所自分と同年代と思えないほどに整い、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。顔立ちも整っており、街行く男共はすれ違う度に振り返るほどの、可愛い、というよりも綺麗という表現が似合う風貌だ。

そしてもう一人は、同じく腰までの紫色の髪。こちらも整った顔立ちだが、もう一人と比べればまだ膨らみも少なく、腰のくびれも乏しい。しかしこれはこれから成長期を迎えるからとも思えるし、顔立ちも相まって将来有望であるとも言える。

しかしその顔、いや、視線はキリトをしっかり射貫くように見て、そして顔は羞恥からか赤く紅潮している。

そして…手にはそれぞれ、アイアンレイピアとアニールブレード。

 

「「い」」

 

「い?」

 

「いいいいやああああぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

ありったけの、それも現実なら何事かと通報されかねない様な悲鳴と共に、自身に迫る二本の切っ先を最後の光景として、キリトの意識はぷつりと途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は遡り10分前。

トールバーナでのボス戦情報を配布し終えたアルゴは、レベリングと共に外でのクエストの情報収集と確認をしていたエステルと合流した。

道行く男達は熱意とやる気に満ちあふれており、明後日執り行われる第一層ボス戦に向けての気迫は十分と窺い知れる。しかし、後詰めはしっかりしておかねば足下を掬われるのも確かであり、こうしてエステルとアルゴはボス戦に向けての最後の仕上げとして、明日の朝一番にトールバーナ周辺の最新版のガイドブックを発行する予定なのだ。攻略組においては、まだ明日一日に猶予がある。その間に、クエストを熟してアイテムを手に入れたり、もしくは良い狩り場でレベリングするのも、勝つためにはやっておいて損はないものだ。なぜならこのゲームにおいて、強くなりすぎて損はない、と言っても過言ではなく、強くなる=生き残れる目安が高くなるのだから。

 

「西の森はどうだっタ?」

 

「ん~、アルゴに貰ったβのデータからの強さからして、少し手こずったかしら?目安として、1、2レベル引き上げた方が無難かも。…ただその周辺の…そうね、ここにはいい採取アイテムが取れたから、突破する価値その物はあると思うの。」

 

喫茶店で地図を広げ、エステルが集めたトールバーナ周辺のモンスター、そして狩り場に採取ポイント、クエストの情報収集。事細かな情報を手に、アルゴと記事をまとめ上げていく。流石に迷宮区に行くにはソロはキツいので控えたが、今日の調査でトールバーナ周辺のデータは、大凡9割集まったと言っても過言ではない。

 

「…ナルホド、それは確かに記事にすべき所だナ。ビギナーもそうだガ、βテスターもテスト時その時の感覚で挑めば危うイ。」

 

コンソールを操作して、ガイドブックの頁を作成していく最中、自身のメモに目を通しながら、一つの気になる点をエステルは切り出した。

 

「…ねぇアルゴ。どうして…皆中々ボス戦をしようとしなかったのかしら?」

 

「ン?」

 

「だって、ここにいる大半の人は、レベルも10を越えている人が多いわ。…所謂安全マージンを取ってるのに、どうして…」

 

安全マージン…攻略において、その文字通り、このレベルならこの階層は安全だという、βテスト時に設けられた攻略適性レベルの目安だ。大体が階層+10が安全マージンと言われている中で、エステルのいうように、ここにいるプレイヤーのレベルは、低くて9、一番多いレベル帯が10と11。高くてキリトの14。エステルも13という所なので、11や12のプレイヤーがレイドを組めば、攻略も不可能ではないはずだ。…なのに、どうして中々迷宮区の踏破も思うように行かず、トールバーナに最初のプレイヤーがたどり着いて2週間もボス戦に切り出せなかったのか。

 

「…恐れ、だナ。」

 

「恐れ?」

 

「βテスト時は、迷宮区で死んでもやり直しテ、やられた教訓を活かして再び挑めタ。でも今回は違ウ。1発限りの戦いなんダ。だから皆、少し慎重になっているのサ。」

 

このSAOに囚われて一ヶ月。

戦いその物を恐れるプレイヤーはその数を減らしたものの、死ぬのが怖くないのかと言われればそれとは違う。誰しも死を恐れ、石橋を叩いて叩いて、叩き割るくらいの勢いなのだ。それが攻略スピードの遅延に拍車を掛けている。

 

「でもまア、ここに来てようやくボス部屋を見つけて、戦いを挑む算段が立ったんダ。…今までの慎重さがプラスになるといいけどナ。」

 

「…そうね。皆今まで必死になってここまで来たんだもの。…勝てるわ、きっと。」

 

「…だナ。…さて、今回のボス戦でのMVPになりそうな奴の様子を見に行くカ。」

 

そう言ってアルゴは、広げていた地図を丸めてストレージに収納し、席を立つ。彼女に続き、エステルもメモをストレージにしまい込むと、急ぎ後を追う。

 

「MVPって…キリトのこと?」

 

「お、よく分かってるナ。」

 

「まぁね…レベリングの効率も恐らくトップだろうし。装備だってアニールブレードを+6強化と隙はないもの。…技量も相まって、個人単位なら最強戦力じゃないかしら?」

 

ソロで鍛え上げてきただけあり、トップまで上り詰めるだけのその実力は、今のプレイヤーでは最高峰だろう。他のメンバーも、まだ序盤だけあって似たり寄ったりなビルドではあるが、それでも以後名を上げるであろうと予測できるような粒揃いだ。

例えばディアベル。楯持ちソードマンと、オーソドックスでバランスの良い実力者だが、何よりその指揮能力とカリスマが、皆を惹き寄せる。これからのボス戦においてはなくてはならない、立派な司令塔となる可能性が高い。加えて、ギルドが設立できるようになれば、彼の下に多数の賛同者が集まるだろう。

次いでアガット。攻撃に次いで防御重視の、ダメージディーラー兼タンクを担えるビルド。そしてなによりの特徴は、片手直剣エクストラスキルである両手剣を既に得ていることだ。片手剣を使い込むことで解禁されるものなのだが、幾人かも同スキルを解放しているにも関わらず、使っているのは彼一人。キリトも勿論その一人だが、両手剣を使用しない理由として、

1つ、自身のスタイルに合わない。

キリトは軽防具で身のこなしを素速くし、避けて斬る、所謂ヒットアンドアウェイを戦闘スタイルとしている。しかし両手剣は重量があり、素早さに多少なりとも下方補正が入る。その分避け辛くなるのだが、それを補って余りある攻撃力と、ガード補正が付く。

攻撃を重視するビルドのプレイヤーには魅力的だが、誰も使用しないのは2つ目の理由として、一層で良い重鎧が手に入らないことにある。

ガイドブックには、『両手剣を使用する際は、速さを捨て、防御重視の重鎧を纏うことを勧める』と記載されていた。もちろん、両手剣を使用しようと思うプレイヤーは居るだろうが、はじまりの街の店売りのみの重鎧しかないともなれば、その防御力は心許ない。そう言った理由で、装備が整うまでは使用を避けているプレイヤーが多かったりする。

だがこのアガットは、そこまで防御が高い装備ではないにも関わらず、重厚且つ高い一撃を穿つ両手剣で数多の敵を薙ぎ払い、このトールバーナへとやって来た。高いSTRから振るわれる一撃は、その重量から考え付かないほどに鋭く、一層のMOB程度なら攻撃を食らう前に、大抵一撃でポリゴン結晶へと変えていく。それだけに一撃の威力と言うものがどれ程高いのか分かるだろう。キリトが総合能力でなら、アガットは一撃の威力がトップだ。

 

「あそこに居る他の奴の実力も高いナ。オレッちの用意したガイドブックを活かして、着実に強くなった奴らダ。今のプレイヤーが持ちうる最高のメンバーだと思うヨ。…ただ。」

 

「ただ、何?」

 

少々歯切れの悪いアルゴに、エステルは首を傾げた。それは丁度、今回ボス攻略に参加するメンバーのリストに目を通していたときのこと。とあるプレイヤーの欄でその風貌に怪訝な表情をうかべたのだ。

 

「このフルフェイスの兜をしてる奴…こんな奴、オレッちの情報網に掛かったことないゾ?…最前線で見かけない奴ダ。」

 

「アルゴに知られてない前線プレイヤー?…そんな奴居るの?」

 

「重装甲の奴は居ても、フルフェイスの奴を見掛けたのは初めてだヨ。」

 

「ふーん…そんな奴も居るのね。装備からして、タンクか、ダメージディーラーかしら?」

 

「だろうナ。プレイヤーネームは…JOSHUA…?ジョシュア…って呼べば良いのカ?」

 

「確かに…そんな名前のプレイヤーは聞かないわね。」

 

写し出されたのは、アルゴの言うとおり、顔全体を覆う兜を装備したプレイヤー。レベルも12と、平均よりも高く、見るからにタンク隊に配属されるだろう。

 

「でもこれだけの重装甲なら、いいタンクでダメージディーラーを支えてくれそうね。」

 

「あぁ、そうだナ。さっきのアガッちと真逆の防御型みたいだし、攻防特化のプレイヤーが居るなら、ローテも組みやすイ。」

 

「にしても…ボス戦かぁ…どんな奴なのか…戦ってみたい気もするかな…。」

 

「ニャハ。確かにエッちゃんのレベルなら、ディア坊がボス攻略に参加を頼みに来そうなものだけどナ。…っとここダ。」

 

アルゴが止まった場所。

そこは簡素ながらも、味のある木造の一軒家。

ここはトールバーナに到着したキリトが根城としていると言う情報を得ており、時々アルゴが情報交換と売買をするために訪れているものの、エステルが足を運ぶのは初めてだったりする。

 

「ここが…キリトの?」

 

「そそ。ま、どんな物件かは中はまだ見てないんだけどナ。」

 

そう言うや否や、部屋の入口であるドアをノックする。コンコココンと、普段しないようなその拍子は、どうやらアルゴであることを知らせる暗号のようなものらしい。それをエステルに聞かせる、と言うことは、彼女に対して其程の信をおいている事になる。

ややあって、現実の扉の開閉音と共に、コートなどの外装を外した黒髪の少年が姿を現した。

 

「よ、よう…珍しいな。アンタがこの部屋に来るなんて。」

 

「ヤッ。」

 

「って…エステルも来たのかよ。」

 

「久しぶりね、キリト。元気そうで何よりだわ。」

 

「そ、そっちこそ、ビギナーとは思えないくらい強くなってるみたいだな。」

 

「まぁね。あたしもソロで外の情報を集めてたらこうもなるわよ。」

 

「そりゃごもっとも。」

 

久々に直接会ったフレンドと、他愛のない話をしながらも、何故かキリトの頬にはたらたらりと汗が滴り落ちる。しかし訪問者2人は、そのような物を気にするものでもない様子だ。

 

「所でキー坊、アーちゃん…細剣使い(フェンサー)さんはいるかイ?」

 

「フ…細剣使いさん?」

 

その名が出たとき、キリトの汗の量が一気に増えた、様な気がしたが、特に気にしない。

 

「会議場を後にしたキー坊を見たとき、2人の女の子と連れ立って出て行ったっテ、女日照りのゲームオタク共が、未練がましく教えてくれてネ。もしかしたら、もう連れ込んだのかなト…。…あレ?一人増えてないカ?」

 

「ま、まっさかぁ…!ユウキはともかく、あの警戒心の強い細剣使いさんが、今日会ったばかりの俺の部屋に、風呂なんか借りにくるわけが…。」

 

「フロ?」

 

「ユウキ?」

 

2人の得た答え。

あ や し い。

これに尽きる。

何故かいつも以上に挙動不審な彼に、情報屋コンビは少々懐疑的な視線を向ける。

 

「んン~…?」

 

「いや…途中まで2人とも一緒だったけど、女の子2人の方が良いからって途中で別れて…もしかしてもう宿に戻ったんじゃないかな~?アハハハハ。」

 

「ふ~ン。まぁいいカ。ついでダ。こないだの依頼の件、報告していくヨ。」

 

もはや、キリトに隠し事はないと言う予想は、2人には微塵とも残っていない。入り口をブロックする彼の腕を押し上げ、アルゴはずかずかと、まさに勝手知ったるなんとやらと言わんばかりに入っていく。

 

「あっ!コラ!」

 

「お邪魔するわよ。」

 

「お、部屋広いナ!」

 

「そうね。トールバーナの中では中々の優良物件じゃない?」

 

「そうだナ!…賃貸情報も手掛けて、一儲けしようかナ。」

 

「それ良いかも!と言うか、それだけでもある程度は日々の暮らしに困らないかもね!」

 

「そう思うだロ?キー坊キー坊!ここ幾ラ?イベントとか、特殊条件は有ル?」

 

「お!ここって牛乳飲めるんだ!これだけでもあたしは買いかしらね。」

 

あれよあれよという間に、2人の少女はキリトの借りる部屋をあれこれと物色、品定めし始めた。

マズい、これは非常にマズい。

もしいま風呂場でも覗かれでもしたら、ある意味、そして色んな意味で危険だ。

エステルはともかく…アルゴは…

 

「ン?なんだこの部屋…。バス…ルーム…?」

 

部屋に設けられた、木造の扉に気付いたのか、上に記されたネームプレートを読み上げる。一番見られたり、気付かれてはならないとこに気づかれた…!流石に目聡い…!これが情報屋たる所以か!

 

「へぇ…ここにはお風呂も付いてるのね。益々良い部屋じゃない。」

 

「これは高く売れるナ!紹介の際は、高い仲介料を付けても良さそうダ!特に女性プレイヤーニ!!」

 

マズい!これは更にマズい!

このままでは、バスルームも見ておかないト!とか何とか言って、扉を開けかねない。そうなったら…キリトのタマ(意味深)が取られる…!

 

「えっ…と…今はその…そう!故障中!故障中なんだ!入るには面倒な修理イベをだな…っ!」

 

「そうカ、なら仕方ないナ。」

 

「悪いな、今何か飲み物でも…っておい!エステル!何堂々と人の部屋の牛乳ガブ飲みしてんの!?」

 

「え?ダメ?」

 

アルゴが諦めてバスルームから踵を返し、キリトの意識が、牛乳飲みまくりんぐのエステルに向けられた瞬間。

 

「なんてネ。」

 

正に一瞬、その隙を突いてキリトの脇を擦り抜けてアルゴはバスルームへとひた走る。

 

「あっ!コイツ!おわっ!?」

 

俊敏性を重視したアルゴの素早さは伊達ではなく、キリトは急ぎ彼女のフードを掴むものの、そのスピードによって踏ん張ることは出来ずに、ずるりと足を滑らせて顔面から床に倒れ臥した。

 

「あだっ!?」

 

痛みがないはずなのに、条件反射でこう言ってしまうのは、ゲーマーとしての性なのだろうか。

 

「さーて、御開帳~♪」

 

瞬間、キリトの背や額から冷たい、嫌な汗が分泌されるのが自覚できた。

 

「………こりゃ驚いたナ。」

 

そして…話は冒頭に戻る訳である。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日 トールバーナ西の森

街の方では、ボス戦に備えて戦略を練るチームも居れば、明日に備えてしっかり休息を取るもの。もしくはフィールドに出て、自己の研鑽に励むチームもおり、キリトのパーティは三つ目のそれで有った。

 

「スイッチ!」

 

キリトが相手の体勢を崩して即座、入れ替わりにアスナのアイアンレイピアから穿たれた一撃が、フィールドを浮遊する蜂型のMOBを貫き、そのHPを削りきって四散させる。聞き慣れた味気ないガラスの割れるような音と共に、

 

「お……お見事…。」

 

乾いた拍手と、妙に恐れを抱いたようなキリトが声を掛ける。

 

「今のがスイッチを使った連携戦闘の流れだ。まぁ結局俺とのスイッチは1回だけで、ほとんどユウキと2人でスイッチしまくってたけど…」

 

「「何 か 言 っ た?」」

 

「いえ…何も…。」

 

朝からこの二人の機嫌はすこぶる悪い。いや、今回同行しているアルゴやエステルには普通に接するのだが、キリトに体する風当たりが非常に強いのだ。

 

(お、おかしい…昨日は…こんなご機嫌を損ねるようなことはしてないぞ?確か…アルゴとエステルが訪ねてきて…あれ?それ以降の記憶が…。)

 

キリト自身、身に覚えのないことで怒りをぶつけられて納得がいかないものがあるが、まぁとりあえず我慢するれば良いと思い、何も言わずにいた。

 

「まぁそれよりも細剣使いさん、ドロップアイテム確認してみな。」

 

「…ドロップアイテム?」

 

ユウキと共にキリトを睨んでいたアスナは、自身のリザルトを見ていなかったので、先ほどのMOBがドロップしたものを見ていなかったらしい。改めてそれを見ると、ゲットしたアイテムにこう書かれていた。

 

「…剣?」

 

「そ、ウインドフルーレ。俊敏性や正確性を重視する細剣使いには良いものだよ。店売りのアイアンレイピアなんかより断然―」

 

「綺麗…」

 

そう言った瞬間…キリトは目の前の光景に息を呑んだ。

オブジェクト化したウインドフルーレ。その鍔に当たる部位には銀の光沢が放つ美麗なエングレーブ。そして太陽の光に反射して、見事な直線の刀身がそれに見惚れるアスナを引き立てるように輝く。

 

そんな風景に…キリトはもちろん、エステルも、そしてユウキ、アルゴも言葉を失い、ただただ五人の中を静寂が支配して、風が森を駆け抜ける音だけが世界の音だった。

 

「コホン!」

 

真っ先に我を取り戻したアルゴが咳払いを一つすると、固まっていた面々はビクリと背を震わせてこちらの世界に帰還する。

 

「後は街で強化だナ―。今まで初期装備のアイアンレイピアを無強化でやってきたんダ。+4強化素材は充分だロ?腕の良い鍛冶屋を紹介するヨ。」

 

「あ、ありがとうございます。その…情報量(おだい)は…」

 

「いらないヨ。」

 

アルゴの提案と情報提供に恐縮するアスナ、そしてそれに対する対価を尋ねるとそれをやんわりと断った。

 

「むしろ礼を言うのはこっちの方サ。目立つのは避けたかったろうニ…ユーちゃんも…ありがとウ。」

 

そう言うアルゴの表情は柔らかく、攻略会議で自身に向けられた懐疑的な思いを拭い払ってくれたアスナ達には大きな恩義を感じていた。自身の評判だけではない。あのままではβテスターとビギナーに大きな溝が生まれ、ボス戦所ではなかった。そしてアルゴの想いは、あそこで頓挫していたかも知れなかった。あの時のアスナとユウキの言葉は攻略を行う上で、沢山の意味で救いをもたらしたのだ。

 

「別にボクもお礼は要らないよ?だって情報屋さん達は、ボク達ビギナーの為に昼夜問わずに走り回ってるんでしょ?こっちがお礼を言うならともかく、疑いの目を向けるのはおかしいと思ったしね。」

 

「ユウキ…ありがとね。」

 

「えへへ……、ところでエステルって、そんなに強いのに、なんで攻略会議に出なかったの?」

 

3人のレベリングと連携戦闘の流れを教える中でエステルも加わっての戦闘となったわけだが、いざ戦闘が始まってみれば、キリトほどの凄まじさではないにせよ、棍術による的確な突打によって、MOBを次々と撃破していた。レベルがアスナ、ユウキよりも高いのも有るが、技量その物もかなりの高さである。

 

「ん~、ぶっちゃけた話、会議に行く暇が無かった、かな?」

 

「まぁ簡単に言えば、エッちゃんはオレッちの情報収集を手伝ってくれてたんだヨ。この狩り場もその成果の一つサ。」

 

中々の経験値とMOBの湧きのおかげで、上位2人はともかく、アスナとユウキの蓄積経験値はモリモリ上がっており、このまま行けば今日の内に11に上がれるかも知れない。

 

「ま、今さらどうなるわけでもないでしょ?むしろ、私が行かなくても今回のメンバーは、現段階で最高峰のメンバーだと思うわ。」

 

「フルレイドじゃないけどな。」

 

「キリト、水を差さない!」

 

「はいはい。」

 

どっちにしても、初めてのボス戦にフルレイドにはならなくとも、それに近い人数が集まってくれたことにディアベルは喜んでいた。彼の魅力も有ればこそで、今攻略組の士気は高い。やる気だけでどうなるものかはわからないが、それでも倒せると信じれる。

 

「でもエステル、キミが入ってくれれば、更に勝利の確実性が増すのは事実だ。…もし良かったら、俺達のパーティに入らないか?」

 

「キ、キリト?」

 

「幸い、俺達のパーティは3人。最大人数には達していない。…加えて、俺達の相手は取り巻きのこぼれがないようにするのが担当。人数の多い方が各隊のフォローに回りやすいし、広範囲をカバーできる。」

 

「ふム、キー坊のいうことに一理あるナ。」

 

一考したアルゴは、よし、と意を決したように、戸惑うエステルの手を取って言った。

 

「エッちゃん。ボス戦、頑張れるカ?」

 

「え、えぇっ!?アルゴもそう言うの!?」

 

「むしろお願いするヨ。…この際言うけど、一ヶ月見たところエッちゃんの力は情報屋をやるには勿体ないヨ。その高い力を前線で奮って、皆の道を切り開くのが一番だと思うんダ。…そりゃ正直、オレッちの手伝いをしてくれるのは嬉しかったサ。でも、情報を集めているときよりも、戦っているときのエッちゃんの表情は活き活きしてたヨ?」

 

「そ、それは…」

 

「…頼むヨ。エッちゃんの力を、キー坊達、そしてボス戦に挑む奴等のために使ってくれないカ?」

 

エステルの中で、アルゴの言葉は強く木霊していた。

確かに…不謹慎かも知れないが、この世界で戦うのは楽しい。元々アウトドアタイプのエステルだからこそ、そう思う。しかし、夜斗を探す上で、最も早く見付かる見込みもあるからこそ情報屋たるアルゴを手伝っていたのだ。…だが一ヶ月経てど、未だに何の情報も無い現実に、エステルの中で思うところがあったようで…

 

「…ゴメン、皆。少し、考えさせてくれない、かな?」

 

「…そうだナ。即答できるものでもないだロ。…ゆっくり…考えてみてほしイ。…エッちゃんが悩んだ末にどっちを選んでも、オレッちは文句は言わないし、おねーさんはむしろ応援するヨ。」

 

「ありがとう、アルゴ。」

 

少し沈んだ笑顔を浮かべるエステルを横目に、5人はレベリングを再開する。

自身の振ってしまった話で、場の空気が少し暗くなってしまったことに、ユウキは後ろめたさを感じていた。

少々微妙な空気ながらも…アスナとユウキが11になったところで切り上げ、1人で考えたいとエステルは宿へ…そして皆は、後ろ髪を引かれる思いで鍛冶屋へと向かった。

 



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ネタ話『騎神の世界』

何となく書いてみたネタです。本編とは関わりありません。…好評なら、続く、かも。


世間に『ザ・シード』と呼ばれるVRMMOの子種が解き放たれ、世界で数多のフルダイブゲームのサーバーが産声を上げる中。

ここに、一つのVRMMOが稼働し数ヵ月が経つ。

メタル・アーマード・オンライン、略称『MAO』。

これは、古代より発掘された『騎神』と呼ばれるロボットを元に作られた、人が乗り込む機体を操り、自身の陣営を勝利に導く、アクションシューティングゲームだ。もちろん、機体を操るパイロットも勿論だが、歩兵として、整備兵として、自身の陣営で活躍することも出来る。もともと機体を購入するには莫大なゲーム内通貨が必要とされるため、最初こそ歩兵で戦果を上げ、そして貯蓄していった通貨を使用して機体を購入するのだ。この機体…総称が機甲兵《パンツァー・ゾルダ》と呼ばれ、最初こそノーメイクのドラッケンと呼ばれる最下位の機甲兵を与えられる。ここで機甲兵の操縦に身体を慣らし、戦果を上げ、更なる上位機体を購入すべく奮戦する。

ここで、この世界において、別れる陣営は、大きく分けて3つ。

部隊となる大陸の大半を領地とする『帝国』

帝国の独裁を良しとしない反乱組織『レジスタンス』

残る大陸の領土をほぼ治める多民族国家『共和国』

正に三つどもえの戦場を駆け抜けるのだ。

そんな中で…レジスタンスの第七隊に所属する一人の少年アバターが、戦場を変えていくことになる。

 

その日

帝国の軍とゲリラ戦を行うレジスタンス。相手の力は強いが、レジスタンスの士気は高く、文字通り精神論で打ち勝とうとしている。レジスタンスの陣営には機甲兵は少なく、各地の戦場に引き出されており、この戦場にはその姿は無い。

幸いにして、帝国の方にもその姿は無く、歩兵戦力ばかりである。

そして…帝国の軍隊の中で、一陣の風が紡いだ。

その勢いは正に嵐と言わんばかりのもので、巻き込まれた兵士は、ある者は悲鳴と共にその風と共に切り裂かれ、ある者は悲鳴を出す暇も無く()()によって撃ち貫かれ、その身体をポリゴン結晶として散らしていく。

 

「こちらコード『シルフィード』。敵陣に穴を開けたよ。」

 

短い銀髪の少女は事務的に淡々と戦果を伝えると後に、再び鍛え上げられた敏捷性と、手にした2丁の銃剣(ガンブレイド)を巧みに使い、敵陣をポリゴンへと変えていく。

 

「流石に…やるではないか!先陣切るには、やはり其方(そなた)が適任だな!」

 

「あ、…重歩兵。スイッチ、ラウラ。」

 

「心得たぞ、フィー!」

 

ラウラと呼ばれた蒼くそして長いポニーテールの少女は、その可憐な容姿と体躯に似合わぬ巨大な両手剣を振るい、コードネーム・シルフィードことフィーが仕留められなかった重装甲の兵士を一人、また一人と薙ぎ払っていく。

 

「行くぞ!帝国の狗共に目にもの見せるんだ!」

 

ショットガンを携えた眼鏡の青年が、後方に待機していた部隊を率いて突撃する。

 

「阿呆。あの2人が前に出ているんだ。迂回しながら蹴散らせば良いだろう。」

 

「うるさい!そもそも帝国陣営からコンバートした奴が…」

 

「あぁもう!喧嘩なら後にしなさいよ!」

 

「まぁまぁアリサさん、喧嘩するほど仲が良い、と言いますし。」

 

「ま、僕らにとっては見慣れた光景だからね。…正直うるさいけど。」

 

「とにかく3人とも、後方支援は任せる!」

 

魔導杖を構えた少年少女、そして弓の弦を引き絞り、敵を射貫かんとする少女を後ろに控え、金髪の青年と浅黒い肌の青年は、それぞれ片手剣と長槍を手にして敵陣に飛び込む。

この第七隊は人数こそ少ないが、一人一人が粒揃いであり、かなりの戦力としてレジスタンスに期待が掛けられていた。そんな中で…一人の少年の姿が無いことに、士気が上がりきらないで居た。

 

「でもやはり、彼が居ないのは心許ないですね。」

 

「まぁ仕方ないわ。リアルでの用事で遅れるって言ってたもの。」

 

「アリサ、何の用事か知らないの?恋人でしょ?」

 

「ここここここここ恋人ぉ!?私が…アイツと!?」

 

動揺したからか、発射した矢があらぬ方向へと飛んでいき、中距離でショットガンを撃ち放っていた青年マキアスの尻に吸い込まれた。

 

「ぬあぁぁぁっ!?」

 

「あ 、マキアスが。」

 

「大丈夫です。味方からのフレンドリーファイアは、基本的にノーダメージですから。」

 

「そ、そう言う問題ではないだろう君達!?ダメージはなくても、多少なりとも痛みはあるんだぞ!?」

 

「ふっ、貴様にはお似合いの格好だな。」

 

「ぬっ!?この……元帝国軍め…!」

 

何だかんだで、いがみ合っているように見えて何だかんだで息の合う第七隊だが、いつもはリーダーシップをきる彼が居ないことに、物足りなさを感じる隊のメンバー。そして…

 

『よぉ、相変わらず化け物ぶりだな第七隊。』

 

「こ、この声…!」

 

聞きたくなかった懐かしき声に、奮戦していた第七隊のメンバーは、その手を止める。帝国の軍もその手を止め、広域に大音量で放った声の主の元へと視線を見やる。

 

「オ、オルディーネ…!?」

 

「おぉ!騎神だ!オルディーネ!」

 

恐れを成す第七隊と違い、士気が向上する帝国陣営。

騎神オルディーネ

帝国のエースであるクロウの駆る、サーバーに七体のみと言う、所謂『伝説級(レジェンダリー)クラス』の機甲兵だ。性能はその名に違わず、一般的な機甲兵では刃が立たず、彼が現れた戦場は、正に独壇場と言わんばかりに大暴れする。それだけに、レジスタンスからは畏怖の存在として、帝国軍からは勝利の象徴として、その名を知らしめている。

 

『今日は…リーダーのアイツは居ないのか?』

 

「おあいにく様ね。アンタの相手はアタシ達で十分よ!」

 

『おいおいアリサよ。お前達の実力は買うけど、流石に歩兵レベルが騎神に適うわけねぇだろ?』

 

「やってみなきゃ解らないわ。」

 

『へぇ…。』

 

「少なくとも、騎神に比べたら小回りは利くしね。」

 

「騎神に乗っているからと絶対的な有利だとは思わぬ事だ。」

 

元々クロウはレジスタンスの第七隊に所属していたが、その実はレジスタンスの内情を知るためにやって来たスパイ。情報を引き出すだけ引き出されて、あとは帝国にコンバート。騎神オルディーネなんていう切り札を隠し持って敵対したのだ。

 

『っはは!そうだな…やっぱお前らはそうでないと面白くねぇ!…後悔…すんなよぉっ!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方

一人の青年は、混乱の最中にあった。

ログインしたまでは良い。だが、そのスタートがわけもわからないダンジョンだった。確か昨日は…レジスタンスの基地にある自室でログアウトしたのに…。

 

「…悩んでいても仕方ない、か。とにかく、ここを出て、皆と合流しないと。」

 

見たことの無い、煉瓦のようなもので構造された、兎に角広いダンジョン。いつ、どこからモンスターが飛び出るか解らないだけに、腰にオブジェクト化して携えた刀を、いつでも抜き取れるように構えながら奥へ進んでいく。

自身の靴が、唯々床を鳴らす音だけがダンジョンに響き渡り、途方もない空しさを覚えるが、兎に角外に出ないことにはどうにもならない。ならば進むのみだ。

そうして

 

何分後か

 

いや何十分か、其程までに歩き続けただろうか?

だがそれでも未だ出口は見えず、ただ…おなじ景色が続くだけ。

本当に…出口があるのか?

そろそろそんな不安と衝動に駆られてきたが、それでも歩き続けた。

 

そして…

 

景色は変わった。

広い廊下のような通路を経て、まるで広間のような場所へと辿り着いた。

円柱状に上へと続く天井は先が見えず、思えばこの場所が底知れぬほどに深い地下にある施設なのか。はたまた天をも貫く塔のようなものなのか。どちらにせよ、縦にも横にも広大な場所には変わりない。

 

「すこし…休むか。」

 

ただひたすらに歩き続けてきたのだ。現実の肉体が疲れることはないが、精神的な疲労、と言う物がどっと感じられたので、手頃な石柱にゆっくりと腰を下ろした。

 

…改めて見渡してみれば、広い空間には大きく2つの特徴が見受けられた。

1つ、天へと続くように備えられた、円状のエレベーターシャフト。人一人が通るには充分すぎるほど巨大で、そしてその底辺には同じく円形のエレベーターだろうか?これなら脱出出来ると一瞬喜んだが、操作するためのコンソールやパネルが見当たらず、直ぐに落胆してしまった。

もう一つは…奥にある巨大な窪み。人の数倍の高さのそれは、陰っていて何も見えない。しかし、よく目を凝らしてみれば、何か…巨大で鋭利なものが見えた。

 

「なん…だ…コレ…?」

 

気になって近寄って見てみれば、見上げるほどの甲冑だった。

いや、甲冑ではない。

これは…どちらかと言えば機甲兵。

否、それよりももっと近い物が、彼の記憶にある。

これは…

 

「騎神…なのか…?」

 

機甲兵の更に上を行く最上位階級の騎神。それが今、目の前に傅くように片膝を着いて鎮座していた。それは見惚れるような白…いや、灰のフォルム。

まさに、アニメで出て来るような、そんな造型だった。

 

「すごい…な…、実物をじっくりとこんな目の前で見るのは初めてだ。」

 

触ってみれば金属のようなひんやりとした触感、だが不思議と陶器のようなスベスベとした触り心地。

こんな凄い騎神がレジスタンスに居たなら…そう思考したとき、

 

《問おう。》

 

無機質な、そして男のような声が突如として頭に響いた。

 

《お前が私の起動者(ライザー)か?》

 

これが…青年…プレイヤーネーム『リィン』と、灰の騎神『ヴァリマール』との出会いだった。



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第9話『第一層ボス戦、開幕』

第一層ボス戦当日AM9:45

 

トールバーナの噴水広場はざわめきに満ちる。

自身を鼓舞する者。

パーティメンバーで励まし合う者達。

武者震いする者。

改めてガイドブックを読み直して、自身の役割を見つめ直す者。

実に様々だが、ボス戦に向けての意気込みこそ充分なほどに伝わってくる。そして、ボス戦に向かわないプレイヤーは、彼等の奮戦、勝利を期待してエールを送る。自身に、いや自分達に送られる声援が、死ぬかも知れないという恐れを和らげていく。

 

「…エステル、来るかな?」

 

そんな中で、自分とパーティを組むキリト、アスナと出発を待つ中、ユウキがポツリと呟いた。

あれから、少し沈んだ空気ながらも、アスナのウインドフルーレを鍛錬したり、とある事情でアスナと2人、ランジェリーショップへ向かったりと、準備を整えたのが昨日。

結局、日付が変わってもエステルからの連絡は無く、もどかしさがある中での夜が明け、そして迎えたボス戦当日。

もし…もしエステルが来るのなら、この集合時間に集まってくれる。3人はそう信じて、気が気でない思いで待ち続ける。

 

「それじゃ各隊、メンバーは集まったかな?そろそろ出発したいんだが…」

 

ディアベルの声に、3人はハッとして時間を確認する。時間にして9:55。指定の時間5分前だ。

…もう限界なのか。

来ない、のか?

だが仕方ないのだろう。

腕に覚えがあるとは言え、情報屋助手から攻略組への転身は無茶があったのかも知れない。

 

「仕方ない。…こればっかりは当人の気持ちの問題なんだ。俺達がどうこう言うのも筋違いだろ?」

 

「…確かにね。無理して目の前で死なれたら…こっちの夢見が悪いわ。それなら街で過ごすなり、情報屋を続けるなりすればいいのよ。…それが彼女のためなんだし。」

 

素っ気なく言うアスナだが、その実エステルを心配しているのも事実だ。そこまで付き合いが長いわけでは無い物の、彼女の中で知らないわけではない相手が死ぬ場面は見たくは無い。迷いのあるままで戦い、いざというときに動けないのでは足手纏いであるし、何よりも彼女自身の身が危うくなる。迷うなら…安全なところで過ごすに越したことは無い。

 

「そう、だな。誰しも、そうする権利もあるんだ。無理をする必要は…」

 

「誰が無理してるですって?」

 

まさか…

本当に…?

そんな透き通った声が3人を振り向かせる。

そこには、初期装備にブレストプレートという、いつもの軽装とは違い、衣服その物にも防御補正があるレザージャケットを身に纏い、ニヤリとドヤ顔で立つエステルが居た。

 

「エ、エステル…?」

 

「なによ?…もしかして、来るとか意外だったかしら?」

 

聞かれていたのか。

別に責め立てるようではないものの、エステルのジト目がキリトを中心として3人に向けられる。

 

「まぁギリギリだったのは、色々と準備してたのよ。…普段の偵察用装備から、戦闘用の装備に変えるためにね。」

 

「それで、防御を出すためにそれを引っ張り出してきたのか。」

 

「そんなところよ。」

 

確かに初期装備のレザーウェアは、初期装備だけあって重さも最軽量だ。重さがない分隠密性にも補正が掛かり、足音で敵に見付かりにくい利点もある。そんなメリットから、余程のダンジョンの深いところや、強敵との戦い以外は、初期装備に最低限の防具を付けた軽装にしている。それだけに、一層ボスとだけあり、所謂エステルも本気と言うことになる。

背に掛けるウッドスティックも、アニールブレードをインゴットにして錬成したアニールロッドに変更。初期のウッドスティックと違い鉄製とだけあって、重さも、そして攻撃力も高い。正確性こそウッドスティックに軍配が上がるものの、そこは技量で、というエステルの持論だ。

 

「うん…良い装備だね。」

 

そんなキリトの台詞に、アスナが顔を赤らめてスカートを抑えたのは謎だが。

 

「でも…いいの?情報屋したかったんじゃ…」

 

「そりゃまぁ、情報屋も楽しかったけど、これからの行く末を決める大事な一戦でしょ?…戦力になりそうなら手伝わなきゃ女が廃るわ。」

 

それに、とエステルは言葉を繋ぎ、

 

「後ね、同業の誰よりも先に第二層に辿り着いて、その情報を号外として発行してやるわ。それこそ、攻略組の皆と一緒に、ね。」

 

「…そうだな。それも、誰一人として欠けることなく、だ!」

 

「モチのロンでしょ?誰も死なせないわ。…絶対に…!」

 

そう意気込むキリトとエステル。不敵に目を見合わせ、同じく不敵に口許をつり上げる。最初期から互いを知るだけに、かなり息が合っているようだ。

 

「じゃ…キリト君。パーティリーダーの貴方が、あっちで何事かと見ているレイドリーダーさんと、こっちを凄い眼で睨んでるサボテンさんに話を付けてきてね。」

 

「うへ…前者はともかく、後者は気が思いやられるな…。」

 

「ファイトだよキリト!男を見せなきゃ!」

 

「…はぁ……。はいはい、解ったよ…。」

 

「あ、あたしも行かなきゃダメよね。当事者だし。」

 

大きな溜息1つと共に肩を落としながら、とぼとぼと歩いて行く彼の背には、世間や仕事に疲れたサラリーマンの様にも見えた。そしてそれを追うエステルを見つめる視線が1つ。

 

『………エステル、か。』

 

それはフルスキン。

顔が解らないほどに覆われた兜から覗くであろう目線が、二人を…エステルをじっと追う。

アルゴが懸念していたJOSHUA、と言うプレイヤー。褐色の肌を持つ巨漢であるエギルと同班だが、気さくなエギルとは真逆に、その重々しい鎧と雰囲気に、チームでは浮いているようにも見えた。

 

「…アイツ…喋れたのか。」

 

何より驚いたのはエギルだった。

自身のビルドはタンク。その為、自分のパーティにはタンクタイプばかりを勧誘し、その結果にディアベルからパーティリーダーに任されている。MMOは良くプレイしていたので、役割分担に詳しく、加えて年長者でもある。そして前日のキバオウの暴挙とも取れる発言に対して、冷静沈着に説き伏せた貫禄と落ち着き。それを大きく買われたようだ。

そんな彼が、全身鎧でフルフェイスの兜という、見るからにタンク装備の彼が居たのが目に付いた。ちょうどあと一人で満員だったので、皆の意見一致で声を掛け、パーティ申請を送る。

しかし、問えど聞けど、頷く、首を振る。そんなジェスチャーで、尚且つ最低限のやり取りで会話を済ませるので、意思疎通が思っていたよりも難航していた。昨日には、ディアベルの連携訓練に参加して、フォーメーションを確認すると、黙々と、だが確実にそれを熟し、黙りな事を除けば、完璧なタンクとして機能してくれていた。

そんな彼が…喋った。

これにはエギルを含め、タンク隊皆が驚いていた。

しかし、これは幸先が良いのか…それとも…

今日のボス戦に、期待と不安、そのどちらもが入り混じっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

迷宮区

各層に1つはあるとされる、次の層へ抜けるための通過点であり、そして抜けなければならないダンジョンだ。それはその層の大黒柱とも取れるほどに広く、そして二層へ向けてそびえ立つ白い巨塔のような風貌。その内部の広さと高さ、そしてフィールドモンスターに比べて一段階強力なMOBが、攻略に時間を取らせた理由の殆どを締めていると言っても過言ではない。

しかし攻略組各チームが、マッピングデータを共有し、危険なエリアやモンスターの出現位置を記録することで、徐々に捜索範囲を広めていき、そしてついに一昨日にボス部屋へと辿り着いたのである。

 

 

 

 

途中、四人チームのキリト隊(仮名)は、ボスの予行演習と言わんばかりに本隊の溢したモンスターを狩って進むことになっていた。アスナは少々不満気味だったが、道中知らない仲ではないエステルと、そして底抜けに明るいユウキと談笑しており、そこまでご機嫌斜め、と言う物にはならなかった。しかし、女三人寄れば姦しい、とは良く言ったものか。一人少々疎外感を感じるキリトは、苦笑しながら周囲を警戒しつつ、迷宮区をひた進む。

そんな四人を…まさしく女日照りのゲームオタク共は、嫉妬に駆られた視線をひたすらに向けていた。

 

「くそぅ…男一人に女の子三人とチームなんて、

れなんてギャルゲー?リア充爆発すべし!慈悲はない!」

 

「なんとうらやまけしからん!間違いが起きないように、目を光らせる必要がありますな!」

 

「いやいや、あの男リーダーも女顔だ。女三人と男の娘と考えれば…!」

 

「御主は天才で御座るか!?」

 

ぞわり、とキリトが背筋に悪寒を感じる。これは…ボス戦における嫌な予感という奴だろうか。ここは今一度気を入れ直さなければ。キリトが意気込む中、先頭集団が道を切り開いて進軍していく。そうして歩くこと数時間後…

 

迷宮区最奥

そこに聳え立つ、物々しく、そして厳かなまでの装飾が施された、今までのフロアで見た限りのものよりも一際大きな扉。

間違いない。

RPGをプレイした人なら…大体は感じるのだ。

この奥にボスが居る、と。

ゴクリ、と固唾を吞み組むメンバーを横目に、ディアベルが再びおさらいとして、各隊の動き、ボスの行動パターンに合わせたスイッチのタイミング、スキルモーションの見切りのコツ。その内容は研究し尽くされているほどに綿密だった。

 

「……俺からは以上だ。何か質問はあるかな?」

 

懸念材料は1つでも潰しておくべきなのだろう。少々硬い表情の面々に対し、柔らかな表情で問いかける。そんな中、一人のプレイヤーの挙手。

 

「どうぞ?」

 

「じゃあ一つだけ。βテスト時の…攻略本の情報と異なる状況が発生した場合はどうする?」

 

言わずもがな、キリトである。

攻略本を疑うわけではないが、今までβテストと同じ感覚で戦って、幾度となくヒヤリとしたのも事実であるため、ボスに挑むにあたり、これだけは外せなかった。

 

「ディアベル、リーダーのアンタから撤退の指示が出ると考えても良いのか?」

 

もちろんここまで来るのに時間も労したし、多少なりとも消費もあった。そして多数の犠牲者の上にこうしてボス戦へと辿り着いた。それだけにキリトとしては、撤退という選択肢は出来るだけ考えたくない。

 

「勿論人命が最優先。事前のシミュレーションも完璧さ。誰も、死なせやしないよ。」

 

「相手にせんでええでディアベルはん。」

 

ここで話を遮るのは、問題児キバオウだ。忌々しげに横目でキリトを睨みつつ続ける。

 

「こいつはあんさんの指揮ぶりを知らんから、そないな杞憂が出て来るんや。合同練習にも参加せんと、女2人…いや3人に増えとるな。ソイツらと乳繰りおうてた奴らが偉そうに口出しすんなや。」

 

「ちょっと!サボテンさん!」 

 

「なんでや!?誰がサボテンや!ワイはキバオウってもんや!」

 

ここで言い返すのがユウキだ。ズカズカとキバオウの前に行くと、怒り満点といった表情で睨みつける。年相応に小柄とも言えるユウキだが、その彼女と頭一個分も違わないキバオウと睨み合う。

 

「会議の時から言いたかったけど、キミはリーダーじゃないでしょ?キリトの意見を聞くかどうかはディアベルさんの判断であって、サボテンさんじゃない!」

 

「キバオウって言うてるやろ!?なんでや!?なんでこのヘアスタイルをサボテン言うんや!?せめてアトムやろ!?」

 

もはやキバオウの反論する点がズレている気がする。しかし、これは見ている側としては子供の喧嘩にも等しく感じるので…

 

「オイお前ら。話の腰を折ってんじゃねぇよ。」

 

「ここで怒りをぶつけるな。ソイツはボスにぶつけてやりな。」

 

アガットとエギルの2人が、それぞれユウキとキバオウを抱えて元の隊へと戻していく。残った場には、ギスギス…と言うよりも誰しもが苦笑いを浮かべる空気が残っていた。

 

「は、話を戻させて貰うよ。」

 

そして空気を変えるのもやはりディアベルその人だ。彼のカリスマ、と言うのはやはり大きなもので、すぐさま澱んだ空気がピリッとしたものへと戻る。が、離れていても、キバオウとユウキは遠距離で火花を散らせているが。

 

「キバオウさん、信頼ありがとう。そしてユウキさん。俺をリーダーとして立ててくれてありがとう。そしてキリトさん。尤もな意見をありがとう。…攻略本と違った情報、つまりイレギュラーの発生があった場合…攻撃は一時中断し、様子を見よう。」

 

「なっ!?ディアベルはん!?」

 

まさかキリトの意見を受け入れ、作戦変更を立てるとは思いもしなかったのか、キバオウの驚きに満ちた声が飛び出す。

 

「キバオウさん、俺はさっきも言ったけど、誰も死なせない。それは不変の思いだ。だからこそそれを成して、そしてボスを倒すためには、あらゆるパターンを想定しておくに越したことは無い。俺は攻略本の情報を基に作戦を立てた。でも、βテストの情報である攻略本だからこそ、βテストとの相違点が生まれた場合、それがどんな状況、どんな事態に陥るかはその時にならないと解らないのも事実だ。だからこそ、様子を見るというのは必要なんだよ。だから…彼の質問も尤もだと感じたんだ。」

 

リーダーとして、レイドメンバーの命を預かるのだ。誰の命を散らすことなく戦い抜くために、いかなる事態にも対応できなくてはならない。そして『キリトを知らないわけではない』ディアベルは、彼に対してある程度の信をおいている。だからこそ、彼の意見は有り難い物だった。

 

「さて、他に質問は…………無いみたいだから…そろそろ行くとしよう。」

 

扉を押すと、物々しい摩擦音がより一層緊張を高める。

これが…これからの攻略の命運を決める一戦となる…!

 

「良いか?…俺から言うことは一つ!」

 

扉を開けるディアベルが、顔だけ振り返り、自信に満ちた表情で言った。

 

「勝とうぜ!!」

 

それが…皆の士気を高めてくれるリーダーの言葉だった。

 

そして…扉を開けた先に広がる広大な空間…。

 

数十メートルは有ろうかという奥行きの中、最奥で動く黒く、そして遠巻きに見ても解るほどに巨大な何かが動きを始めた。

数メートルはあるだろう巨大。

肥大化した腹部に、それに似合わぬしなやかとも取れる程の手足。

顎から覗かせる鋭利な牙。

そしてそれを囲うようにして護衛する、今までよりも重装甲の、取り巻きモンスター。

 

 

「あ、あれが…イルファング・ザ・コボルトロード…!!」

 

攻略本で事前情報を知り得ていたとは言え、実物を目の前にして誰しもが目を見開いた。

今までに無いほどの巨大。

威圧感。

そのどれもが皆をすくませるには十分。

しかしこの男は違った。

 

「主武装に骨斧!副武装に湾刀(タルワール)!取り巻きの番兵(センチネル)3体!今の所情報通りだ!行けるぞ!!

 

俺に続け!!!!」

 

リーダーが駆け出す。

今自分達がすべきことを、リーダー自らが行動で示す。

そうだ、俺たちは何のために来た?

震える為じゃない、ボスを倒すために来たんだ!

その先陣をディアベル(リーダー)が切った!

なら…

 

「「「「「おお!!!!」」」」」

 

ディアベルに続き、各隊我先にと駆け出す。

それを最奥部で眺めていたコボルトロードも、その巨体に違わぬ大きな咆哮一つ。そして自身の得物を手に駆け出す。

 

「よし、じゃあ俺たちは取り巻きの撃破だ。…いいな?アスナ。」

 

「ここまで来て文句を言うほど私だって子供じゃないわ。…やってやろうじゃない…!」

 

「ユウキとエステルは?」

 

「ボクも準備OKだよ。」

 

「こっちもいいわ。…じゃ…行くわよ皆!!」

 

「「「おぉ!!!」」」

 

かくして…ディアベルのアニールブレードとコボルトロードの骨斧がぶつかったのを皮切りに、波乱に満ちた第一層ボス戦の火蓋が切って落とされることとなった。

 

 

 



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第10話『イルファング・ザ・コボルトロード』

題名…思い浮かばなかった…orz


数多の金属がぶつかり合う音、そして男共の雄叫びが、第一層ボス部屋を支配している。

第一層ボス、イルファング・ザ・コボルトロードとの戦いが始まって早十分が過ぎた。ここまで特に何の問題も無く、大物であるコボルトロードの体力のゲージも、3本目の半分を過ぎた所まで来ている。

順調その物であり、ディアベルやエギル、アガット率いるボス攻撃本隊も、取り巻きに妨害されることもなく、ボスその物に集中できている。

今回組んだレイドの強さ、それはβ時とは別格と言っても過言ではない。命を賭け、預けた者達からこそ生まれた絆と言うものだろうか、ここの連携が一層洗練され、流れるように各隊の仕事を果たしている。

中でも一層目を惹いたのは…

 

「スイッチ!」

 

アニールブレードによる剣戟が、取り巻きのルインコボルト・センチネルのボールアックスを跳ね上げ、攻撃をキャンセルさせる。これによって、兜と鎧に護られているものの、センチネルの懐がガラ空きとなった。

そしてキリトと入れ違いに、棍による打突が顎を穿ち、キャンセルに続いてクリティカルによるスタン。そしてその隙を縫うように、ウインドレイピアとアニールブレードの刺突と斬撃が見舞われ、一気にセンチネルをポリゴン結晶へと霧散させた。

 

「撃破確認!!」

 

「やったぁ!」

 

「ユウキ!喜んでる暇は無いわ!!次、リポップするわよ!」

 

「キリトは一旦下がってPOTで回復して!今度はあたしが跳ね上げるわ!」

 

「了解、頼んだ!」

 

「す、すげぇ…。」

 

思わず誰かがそう呟いた。

それほどまでに完成された連携練度だった。

取り巻きの為の遊撃隊。

聞こえは良いが、言わば雑魚処理専用。

レイドメンバーの殆どが、少年と、少女3人で構成された4人のパーティであることに、そこまでの期待は寄せていなかった。

だが、実際に戦ってみればどうだ。

人数不足を苦にもせず、技量と連携で、本隊顔負けの活躍ぶり。

あれだけの強さなら本隊であっても問題ないだろうという考えも浮かぶほどに。

 

「ちっ…!あんま調子こくなや…?」

 

近場で同じく取り巻き担当隊のリーダーを務めるキバオウが、忌々しげに舌打ちし自身の担当がリポップするまで、POTで回復しているキリトに近寄る。

 

「聞いたことあるで…β時代にことある毎にボスのLA(ラストアタック)ボーナスを掻っ攫っていった、楯無しソードマンの噂。どうせ今回もええとこで横取りしようって魂胆やろうが、このワイの目の黒いうちは…」

 

「エステル、ポールアックスの打ち上げは、下からよりも、若干水平を意識する程度の方がやりやすいぞ。…アスナ、ユウキ、俺のHPゲージがグリーンに入ったから、そっちもPOTに入ってくれ。」

 

「………。」

 

最早キバオウは彼の眼中にはないのか、釘を刺してきても右から左へと流して、自身の隊の指揮へと戻る。行き場のない憤りを積もらせつつも、再びキバオウは舌打ちし、ポップしたセンチネルへと向かう。

効率としては、キバオウのF隊よりもキリトのG隊の方が、センチネル撃破の効率が良く、それが余計に彼のイライラに拍車を掛けていた。

 

「B隊!骨斧の跳ね上げ!C隊!スイッチして攻撃準備!その間にA隊はPOTで回復するんだ!D、EのHPグリーンのプレイヤーはソードスキルを撃ち込んで後退!」

 

忙しなく指揮を執るディアベルの命令に沿い、B隊のエギルが、コボルトロードの骨斧を打ち上げる。

 

「アガット、スイッチだ!」

 

「おぉっ!行くぜC隊!」

 

巨大な両手剣『ブロードエッジ』の刀身が、ソードスキルのライトエフェクトに包まれ、アバランシュがコボルトロードの腹を水平に切り裂く。やはりこのレイドメンバーで随一の攻撃力だけあり、ボスのHPの減り幅は大きい。続いてC隊隊員がソードスキルを穿ち、追い打ちとばかりに更にゲージを減らしにかかる。

更にD、E隊の余裕があるメンバーがソードスキルを打ち込み、ボスのHPゲージは残り1本まで減衰した。

 

「モーションパターンが変更されるかも知れない。各隊後退して一旦様子見。HPゲージはグリーンを維持してくれ。F、G隊!センチネルが湧くぞ!さっきよりもレベルは高い!気を付けてくれ!」

 

ディアベルは慎重…そして冷静だった。

早ければ良いものでもない。

誰も死なず、そして勝つ。

ただそれだけを見据えている。

全ては順調、

イケる。

勝てる。

ディアベルを含め、誰もがそう信じる。

 

 

 

 

 

信じていた。

 

 

 

 

 

 

「よし!あと少しだ!!」

 

コボルトロードのHPゲージ、その最後の1本の残りが、危険域である赤へと変色する。あと少しで倒せる!皆が歓喜する中、だがそれはある意味ここからが正念場であることを意味していた。

コボルトロードが雄叫びをあげると、骨斧を明後日の方向に投げ捨てる。

ここまでは予定通りだ。

そして…奴は腰に携えた白い布に包まれた長いソレを手に取る。

ハラリ、ハラリと布が解け落ち、副武装である湾刀(タルワール)に……

 

「なぁ…?」

 

「なにかしら?」

 

「湾刀って…どんな武器だっけ?」

 

「えっと…確かイスラム圏の…」

 

だがコボルトロードの手に持つソレを見て、キリトは目を見開いた。

すらりと細長く、そして刀身が若干反ったそれは、湾刀のものとは違う。

日本に住んでいたのなら…それはドラマで一番よく知る刀剣…

 

「あれは…野太刀…!?」

 

「攻略本とは違う…!?作戦変更!各隊!散開して…」

 

「あのモーションは…!ダメだディアベル!下がれぇぇぇ!!!」

 

キリトが言い終わるか否かで、コボルトロードはそのしなやかな脚部から生み出される跳躍力で一気に跳び上がる。そのまま柱の1本を蹴り、更に横方向へ跳躍。壁や柱を蹴り周り、天井を駆け、今まで見せたことのないような奴の敏捷性に、各隊が翻弄されてしまう。

 

「(ダメだ…!あのままじゃ…!)ディアベェェェェル!!!」

 

あのままでは…あの技を食らえば……やられるまで畳み掛けられる!

あの刀ソードスキルの特性を知るキリトだからこそ、その危険性を理解している。それだけに、正に今、奴からの暴虐の牙に飲み込まれんとするディアベル達を救わんと、センチネルを3人に任せて走る。

間に合え…

 

間に合え…

 

間に合え…!!

 

しかし、いくら敏捷性を活かして駆けども、物理的に不可能な距離であり…走っても間に合わないのは理解できていた。

走っても気休めにしかならない。

だが…少しでも…一縷の望みがあるのなら…!

 

「か、各隊!防御体せ……」

 

ディアベルが指示を飛ばす…だが、それは言い終える前に途切れ、コボルトロードが穿った刀による範囲ソードスキルによって、密集していた部隊は吹き飛ばされる。

吹き飛ばされる中でディアベルを含め、皆が自身の体力ゲージを確認する。

一時的行動不能(スタン)

まだやられては居ない。

ゲージもグリーンを維持していたので、ダメージによってイエローに陥っただけ。

しかし、ボスの目の前でのスタン、と言う物は致命的だ。

このままでは…やられる…!

はやく…早く解けろよスタン!!

その場に居た皆がそう願う。

だがシステム上、軽減スキルやバフを駆けない限り、その効果時間は変わらない。レバガチャしたくても、コントローラもない。そして…今まだ一層で、そんな物は出現しない。

目の前に表示されるスタンの状態異常アイコンを忌々しげに睨む彼等に、コボルトロードはトドメを刺すべく、振り上げた野太刀にソードスキルのライトエフェクトを纏わせる。

まずは手始め、と言わんばかりに、ディアベルによく似た容姿と装備のプレイヤー…リンドに狙いを定めた。

 

「あぁぁぁぁ…!!アカン…アカン!!追撃が…追撃が来るでぇぇ……」

 

震える声ながらも、キバオウは今正に目の前で散らされようとする命を見ていることしか出ずにいた。

足も震える。

手も震える。

そしてそれは…リンドも同様で、目の前に振り上げられた死の宣告を、ただただ涙を浮かべながら見つめることしか出来ない。

これで…終わりなのか…?

振り下ろされる野太刀に、何もかも諦めて目を瞑るリンド。

 

 

 

 

 

 

しかし、

甲高い金属がぶつかる音だけで、何の衝撃もない。

目の前を見れば…青髪の青年が左手に携えた楯で、コボルトロードの斬撃を受け止めていた。

 

「デ…ディアベルはん……!」

 

恐らく…辛うじて楯で範囲ソードスキルを防いだために、ダメージこそ受けたが、スタンを免れたのだろう。正に間一髪だ。

 

「だ、大丈夫か?」

 

「は、はい…!」

 

「よし、ここは…俺が引き付ける!君は下がってPOTを使え!」

 

(タンク)隊!ピヨッた隊を頼む!」

 

「お、おぅ!!」

 

キリトの指示で、エギル率いるタンク隊は我を取り戻し、コボルトロードの周囲にいる隊のフォローへと回る。

だがディアベルにもそこまで余裕はない。

HPゲージもイエローに陥っているのには変わりなく、次に相手の攻撃が直撃すれば、死は免れないだろう。

…だが、誰も死なせないと誓った。自分の誇りに賭けて、皆を護ると誓った。皆の前に出て、皆の楯となり剣となる。それが…

 

「俺の…騎士道だっ!!」

 

振り下ろされた刀を、シールドによるバッシュで弾く。

返す刀の切り上げを剣で弾く。

横薙ぎに来る斬撃を、身体を反らして躱す。…少々鼻先を掠ったが、問題ない。

一撃一撃を確実に弾き、捌き、躱し、受け流す。

一発一発が致命傷たり得るそれを、ディアベルは不思議と恐怖を感じることなく対処する。

そして…なぜか高揚する自身の気持ち。

生きるか死ぬか、デッドオアアライブのやりとり。

スリルと興奮がそこにあった。

そして…自然と吊り上がる自身の口許も。

 

「G隊!これからディアベルのフォローに移るぞ!アスナ!俺が跳ね上げるから、君は撃ち込め!基本はセンチネルと一緒だ!」

 

「わかった!」

 

「エステル、ユウキは、背後に回らないようにサイドから攻めてくれ!後ろまで行けば、さっきの範囲攻撃が来るぞ!」

 

「らじゃっ!」

 

「任せなさい!」

 

ディアベルと、そしてその隊をフォローすべく駆けだした四人。

あと少しだ。

誰も死なずにここまで来たのだ。

ここに来て…躓いて堪るか!

 

しかしそんな彼等の意を阻むかのように、リポップした一匹のセンチネルが立ちふさがった。

しかし…今の四人を阻む物は、正しく存在し得ない。

 

「「「「邪魔だぁぁぁぁぁっ!!」」」」

 

一瞬

正に一瞬だった。

突進型のソードスキルであるソニックリーブとリニアー、棍による打突が、瞬く間にセンチネルを霧散させる。

 

「は…早ぇ!!」

 

あと十数メートル。

あと少し…!

未だ捌き続けるディアベルの体力も、攻撃を弾いたからと言ってノーダメージというわけではない。

弾けば、『無効化される』のではなく、『軽減される』だけ。現にディアベルのHPゲージは、立ち会いを始めたときはイエローに陥っただけの残量であったが、今はレッド表示されそうなほどに減少していた。

時間が無い。

そして…その均衡は、突如として破られる。

 

ぱりん…

 

実に…間の抜けた音だった。

小さなコップが割れる、そんな聞き慣れている音。

それは、コボルトロードの斬り下ろしを、真正面から盾で防いだところまではよかった。

しかしディアベルのHPと同じくして、盾にもHP染みたもの…つまり耐久力が存在した。ここまでMOBとの戦いに加えて、骨斧を装備していた時のローテーションでの防御では、防御頻度こそ少なかったので、耐久力もそこまで減少することはなかった。

しかし、リンドを助けたときに、攻撃を受け流すのではなく、文字通り受け止めてしまったことで、盾の耐久力が大きく減少。そして…度重なる応酬で、とうとうその盾も限界を迎えたのだ。

そして…目の前で霧散する自身を守ってくれた盾。最後の最後っ屁と言わんばかりに、コボルトロードの攻撃を防いで、ディアベルのHP全損だけは免れた。

しかし目の前の怨敵は、防御手段である盾を失った彼に容赦なくソードスキルの構えを見せる。

これで終わりだ、と言わんばかりに。

 

(くそっ…これまで、か…!)

 

誰も死なせないと宣ったにも関わらず、自身が最初の脱落者となるなど、笑えないにも程がある。

自嘲染みた笑みを浮かべて、だが最後に抗わんと、まだ残っているアニールブレードを握り直し、例え少しでもボスを倒す礎になろうと、ソードスキルのチャージを……

 

「ディアベル!頭を下げろ!!」

 

背後からの叫びに、思わず条件反射で片膝を着く。

瞬間

青白いライトエフェクトと共に火花を散らして、鋭い金属音が鳴り響いた。

 

「アスナ!スイッチ!」

 

さすがに巨体からのソードスキルを弾いたともなれば、その衝撃もかなりの物だろう。ディアベルのように、地に足を付けて踏ん張っていたならともかく、駆け抜けるように発動したソードスキルともなれば、踏ん張りが利かずに吹き飛ばされる。

だがそれも彼…キリトにとっては好都合だった。結果として目標である、奴のソードスキル、そのキャンセルが出来たのだから。そして…吹き飛ばされることで、後から来る『流星』の射線が通る。

 

「ハァァァッ!!」

 

続いて抜き出たのは、ウインドフルーレから穿たれた高速のリニアー。野太刀がはじかれて、ガラ空きになったコボルトロードの弱点たる喉に深々と突き刺さり、レッドに陥った奴のHPゲージを数センチ減少させる。

 

「スイッチ!」

 

まだ終わらない。

更にユウキとエステルの斬撃と打突だ。ホリゾンタル、そして…棍から放たれるソードスキル…『捻糸棍』が丸々としたコボルトロードの腹とそして弱点の喉に向けて撃ち込まれ、HPゲージが更に減少する。

 

「しまった…!クリティカルし損ねた…!」

 

喉元を狙ったつもりが、いつもと違う重さであるアニールロッドであるために、打ち込みがブレた。いや、どこか焦りがあったのだろうか。なんにせよ、弱点である喉元を外したことで、コボルトロードのよろけがキャンセルされ、再び野太刀を構える。

そしてそのタゲは……

 

「エステル!防御!!」

 

「えっ…!?」

 

キリトの声に反応したときに見たもの、それは平たく、そして研ぎ澄まされた野太刀の刃。棍で防ごうにも、既に目の前に迫る太刀をどうこうできるようなものではない。

横薙ぎに、コボルトロードの野太刀が振るわれた。

確かな衝撃、そして不快なまでの斬られた感触と共に、エステルは吹き飛ばされる。

 

「がっ…!?」

 

斬られたのみならず、その斬撃の衝撃は軽々とエステルを錐揉みに吹き飛ばして行くには充分すぎる物だった。

 

「くっ…ぅ……!」

 

体全体を振り回されたことで軽く目が回ってしまい、混乱した頭を冷静に保とうとする。

朧気ながら…まず自身のHPゲージを見れば、グリーンだったものが、レッドまで減少してしまっている。まともに食らってしまったのが仇となったか。一気に半分ほど吹き飛んだ。

 

「くっ…早く…POTを…!!」

 

腰のポーチに入れてあるPOTに手を伸ばそうとする。しかし、ダメージからくる衝撃で思うように手を伸ばせず、不必要なまでに手間取ってしまう。

そして…目の前にコボルトロード。

最悪だった。

ディアベルを助けようとして、間に合った。そう思ったらこれだ。

一難去ってまた一難…しかも、スタンを取れなかったこと、そしてキリト、アスナ、ユウキの3人は突撃タイプのソードスキルを放ったことにより、コボルトロードの遥か後方まで突き抜けてしまった。

この一撃、受けたら、良くてギリギリ、最悪全損させられてしまうだろう。

 

「くっ…ここで…負けてなんか…!わっ!?」

 

振り下ろされた野太刀を、地面を転がって回避する。後一瞬でも遅れていたら、ダメージは免れなかっただろう。現に目の前には、振り下ろされて地に斬り込んだ刃があるのだから。

 

「や…やば…!」

 

引き抜いた野太刀を、再び振り上げる。だが、ただでやられてやるほど甘くはない。咄嗟にアニールロッドを横に構えて防御、金属同士がぶつかり合う、甲高い音が響いた。

 

「ぐ…こんのぉ…!!」

 

ギチギチと、得物同士がこすれ合う音が耳障りだ。だが少しでも力を抜けば、その刃は間違いなくエステルのHPゲージの残量全てを削りきるのは容易に予想が付く。

そして…STRのパラメータの差からか、徐々にその刃はエステルの顔面に近付いてきている。刻一刻、まるでその刃の高さが命の残量と言わんばかりに、ゆっくりと、そして確実に迫ってくる。

 

「エステル!!くそっ!」

 

ソードスキルの硬直が解け、急ぎUターンするキリト。同じくしてアスナとユウキも駆け出す。しかし、コボルトロードとの距離と、野太刀が降りてくるスピードは、後者の方が先になるのは明白だ。

 

「チクショウ…!間に合わねぇ!」

 

エギルが口惜しげに呟いた。

彼と共にタンク隊も急ぎ向かうが、壁役とだけ有って、その防具の重さはかなりの物だ。そしてパラメータの振りも、VITに多く振っておりAGIにあまり回していないため、その移動速度はどうしても遅かった。

しかし…

彼等を追い抜く一陣の黒い風が…いや、牙があった。

まるで突風が吹き抜けたかのようにタンク隊を追い抜いたそれは、一瞬にしてコボルトロードに肉迫し、逆手に持ったアニールブレードを顎目掛けて振り上げた。

 

「なっん…!?」

 

その場に居た誰しもが、何が起こったのか、そしてあれは誰なのかも解らないで居た。

弱点である顎を穿たれ、よろめくと共に、エステルに迫っていた野太刀も、コボルトロードとともに離れることとなる。

同時に、タンク隊の群れの中心で、数多の金属が落下する音が響いた。

走りながら振り返れば、鎧やレガース、ガントレットといった重装備の防具が、まるで中身がなくなったかのようにバラバラに脱ぎ捨てられているかのような光景。鎧のフレームとして中にいた人物がいなくなったのか形を成すことが出来ずに、騒々しいまでの金属音と共にガラガラと地面に崩れ去っていく。さっきの音はそれだったのだ。

…だとすれば…その中身はどこに行った?そして…崩れゆく鎧の中に、特徴的な顔全体を覆うことが出来るフルフェイスが目に付く。

 

まさか…

 

あの中身は…

 

 

そして…エステルも、地面に背を預けながら、その黒い牙を見つめていた。

短く、そして艶やかな黒髪。

中性的な顔つき。

そして…琥珀色の瞳。

ずっと探して、無事を祈っていた少年…夜斗の風貌を持った少年が、目の前でコボルトロードに対峙していた。




満を持して彼登場です。
次あたりでコボルトロードを二枚に下ろせたらいいなぁと思います。
大抵一層ボス攻略会議と、キリトのビーター発言の時が、二次創作の大きなターニングポイントになると思いますので。
あと、とある方からコメントで、『クロス多すぎ』と頂いたのですが、…SAOと空の軌跡しかクロスしてないですよ、ね?二つの作品のクロスで多いなら、クロス作品皆が多いって事になりますけど、ちゃんと読んでるのかな?と首を傾げました。


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第11話『終局』

喉を狙った一撃。それは的確且つ確実にダメージを与えた。体力の減りが少ないのは、先程の挙動から考えるに、AGI極振りのパラメータなのだろう。STRの少なさによるダメージ低下は免れない。しかしあの速度は、下手をすれば同じようなステ振りをしているアルゴに匹敵するほどのモノだ。

そして…エステルは未だ、目を見開いたまま固まっていた。

一度だけ、たった一度だけリアルで出会った相手。

こちらで会おうと約束しただけの少年。

しかしデスゲームが始まって、いつ命を落とすとも解らない状況に陥って、必死に探せども見つからなかった。

しかし、そんな彼が今目の前に居る。

一ヶ月、探していた相手が…目の前に…。

 

「よる……っ!」

 

「おい、下がるぞ!今の間にPOTを飲め!」

 

彼より少し遅れて追い付いたエギルが、エステルの襟首を掴んで後退する。少々乱雑だが、状況が状況だ。どうのこうの言っては居られない。

 

「無事…だったんだ…良かっ…た…。」

 

「お、おいおい、何で泣いてんだ?痛みはない…って死にかけたんだからな、無理もねぇか。まぁとりあえず回復だけはしておけ。」

 

エギルが腰のポーチからPOTを取り出し、ホロホロと涙を流すエステルの口にねじ込む。…少々強引だが、この際致し方ない。何せ、ボス戦の真っ直中。いつヘイトがこちらに向いて攻撃されるやも解らないのだから、HPを安全域にしておくに越したことは無い。

じわじわと回復していくHPゲージ。しかし、エステルはそんなことも憚らず、目の前でコボルトロードと対峙する少年から目を離せずにいた。

 

「いいか?俺たちはタンクとしてスイッチしに行く。嬢ちゃんはHPが回復するまで大人しくしてろ。今のまま行ったら、やられちまうからな。」

 

そう言うとエギルは、両手斧を構え、コボルトロードに向かって走り去っていく。

そんな彼を見ながら、ここに来てようやく自身のHPゲージを確認すると、少しずつ残量が上昇し、ようやく色がレッドからイエローに変わったと言ったところだった。

 

「死に…かけたんだ…わたし…。」

 

さっきは咄嗟のことで身体が勝手に動いた。しかし改めてみれば、命を落としかけたことをようやく実感した。

最初の隠しログアウトスポットの時よりも危うい状況だった。

あれからも、HPがレッドに陥ることが幾らかあったが、今日ほど危機感を抱いたことはなかった。

今までは何とかなっていた。だが今回ばかりはどうにもならないと、一種の諦めというモノを感じてしまうほどに。

情報を集める中である程度の危険な場所に入りこむ事はあった。だがそれは殆どMOBとの戦いのみ。フロアボスは元より、エリアボスすら戦ったこともなかった。

 

「これが…最前線…攻略組の戦い…。」

 

危険を冒してでも強敵を倒し、情報を集めたり、稀少アイテムを求めるために最前線で戦うプレイヤー、その戦場。それは今正に行われているフロアボスとの戦いがそれだった。

一つのミスが、常に命を危険に曝す。そんな戦いを重ねている彼等。ボス戦ではじめて最前線とプレイヤーと共に戦う、そんなことは始めから無謀だったのかも知れない。

確かにエステルはレベルが高い。情報を集めるためにひたすらレベリングをしていたから、それは全プレイヤーでもトップクラスだ。そして棍術によるプレイヤースキルも高いため、戦闘力もかなりの物だろう。

だが彼女に足りないもの。それは覚悟や心構えと言った、精神面の問題だった。

レベルが高ければ余程のことがない限りはやられない。

どこかでそう思っていたから、今回の事態を招いてしまった。

 

「おい。」

 

半ば放心的になっていたエステルに、野太い声が掛かる。

見上げれば、1Mはあろうかという大剣を肩に掛けた赤髪の青年…アガットが、エステルを見下ろすように立っていた。

 

「戦う気がねぇなら引っ込んでろ。邪魔になるだけだぜ。」

 

「なっ……!」

 

「だが、やる気があるなら着いてこい。…アイツを仕留めるぞ。」

 

言うだけ言ってアガットは踵を返し、片手で重そうな大剣を振るい、ボスとの戦いに合流していった。

…確かにさっきの一撃で恐怖を感じて、萎縮してしまったのは事実だ。…だが…

 

「大丈夫かい?」

 

再びそんなエステルに声を掛けてくる人物がいた。

 

「ディアベル…もうダメージはいいの?」

 

「あぁ、おかげさまでね。」

 

膝を着いて、傅くように見る青髪の彼は、まさしく騎士のようにも見えた。彼の左手には、先程砕けた盾とは少し違う、一回りほど小さな小盾が装備されていた。おそらくは、予備の盾としてストレージに入れていたのだろう。

 

「アガットさんの言ったとおり、怖いなら下がってて良いんだ。アイツは…俺達で仕留める。」

 

「俺達でって……ディアベル、貴方は怖くないの?」

 

「ん?」

 

「あんな…刃がいつ斬り込んでくるか解らないやり取りをして……死にかけたのよ?…なのに…!」

 

「怖いさ。」

 

先程の穏やかな顔付きとは打って変わって、目に鋭さが宿る。声色もどことなく低く、そして…震えすら感じられた。

 

「いつ死ぬとも解らない。そんな状況なんだ。俺も、君の隊であるキリトやアスナさん、ユウキさんだって、怖いことがないなんて事はないと思うよ。」

 

「じゃあ…何で…?」

 

「戦える理由はそれぞれだけど…、そうだな、俺の戦う理由は……」

 

「理由は…?」

 

「俺は、気持ち的に騎士(ナイト)だからさ。…皆を護って、この戦いに勝って、何時しかクリアしたいとそう思っているらね。…それに、俺は誓ったんだ。この戦い、誰も死なせやしないってね。…だからエステルさん、戦えないことを、俺は責めたりしない。…でも戦う気持ちがないまま、戦う理由がないまま戦うのは危険なんだ。…その辺りを、よく考えてくれ。」

 

そう言い残し、ディアベルもアガットと同じく、ボスとの決着を付けに走りだした。

戦う理由…そんなこと考えたこともなかった。

ただ生き残る、それだけを考えて、強くなっていた。そして生き残って、夜斗…いや、今はジョシュアだったか。彼の安否を確認したい、それだけの今までだった。

しかし改めて考えてみれば、なんと薄っぺらいモノだったのかと自覚してしまう。こんなモノで良いのか。自分の棍は…それだけの物なのか?

 

「…まだ…戦う理由とか…解んないけど…。」

 

震える身体を、棍を支えに立ち上がる。

 

「ここで逃げたら……わたし、もうダメな気がしちゃう…だから…!」

 

「じゃ、一緒に行こう。理由なんて…きっと直ぐ傍にあるものだから。」

 

横に並ぶのは、ジョシュア。その目はエステルではなく、皆が押さえ込んでいるコボルトロードを見据えている。

 

「ジョシュア…。」

 

「…皆ジョシュアって呼ぶけど…そんな読みのつもりじゃないんだけどね。」

 

「じゃあなんて呼べば良いのよ?」

 

「それは…この戦いが終わったらにしよう。…準備は良いかい?…戦える?」

 

「…やってみる…いいえ、やってやるわ!あのウサギもどきに目にもの見せてやるんだから!!」

 

戦う理由…大本となるモノは後でも良い。今はただ、自分を吹っ飛ばしてくれたあのボスを吹っ飛ばしてやる。今、戦う理由はそれだ。それだけだ。

 

「上等っ!行くよ…!」

 

言うや否や、アニールブレードを構えて低姿勢で、まるで地を這うように駆けるジョシュア。さすがAGI極振りだけあって、かなりの速さだ。あっという間にエステルとの距離を空けていく。因みにエステルは全てのパラメータを平均的に上げているので、遅くも速くもない。

 

「アガットさん!スイッチ!」

 

「お、おうっ!」

 

黒い装備から、まるで台所に現れるアイツを彷彿させたのは気のせいか。アバランシュを振り抜いた矢先、即座にスイッチ、割り込んで、ソニックリーブを喉に斬り付ける。再びごく僅かに減少したHPゲージ。赤く変色してからとても長く感じるが、それでも一歩一歩、1ドット1ドット確実に勝利に近付いているのは確かだ。

 

「まだだ!」

 

まだよろめくのに蓄積が足りないのか、即座に野太刀を構えて反撃に移ろうとするコボルトロード。

ソードスキル後の硬直で動けないジョシュアに、斬撃が迫る。

 

「オォラァ!!!」

 

しかし緑の閃光と共に、エギルによる斧ソードスキルの『ワールウインド』が、野太刀を思い切り跳ね上げた。

 

「いつまでもタンクのお役御免はさせてらんねぇからな!ジョシュア!そんな装備と速さなんだ!タンクからディーラーとしてのチェンジだ!解ってるな?」

 

「もちろんだエギルさん、助かりました。」

 

鎧をパージして、いつになく饒舌な彼に、思わずエギルもニヤリと笑みを浮かべる。

 

「次っ!スイッチ!!」

 

続いて少女の声に、エギルは思わず反応してバックステップする。続いて長物を携えた少女が駆け抜けて跳躍。コボルトロードの頭部あたりまで跳び上がると、前方へと宙返り。一周してその勢いのまま、コボルトロードの脳天に、鋼鉄の棍を振り下ろした。

ゴンッ!!と言う鈍い音が響き渡り、そして見ていてとても居たそうなまでにコボルトロードの頭頂部に棍がめり込む。

 

『…!!?…!!??!』

 

敵も頭を強く打ちのめされたからか、フラフラと眼を回してよろける。気絶効果だ。ここに来てクリティカルしたのか、とにもかくにもチャンス。

 

「各員!全力で畳み掛けろ!最大火力!!!」

 

「「「おぉぉぉぉぉっ!!!」」」

 

ディアベルの指示で幾人もの咆哮と共に始まる、袋叩きと言う名の一斉攻撃。

突き刺し、

切り裂き、

叩き付けて。

徐々に徐々に、HPゲージは減っていく。

あと少し…!

このまま行けば!

 

『っ!GRURURURU…!!!』

 

しかし、そうは問屋が卸さない、と言わんばかりに、コボルトロードのHPゲージが残りわずかのところで、気絶効果が消失する。

そして…取り囲んでの一斉攻撃の為、それによってコボルトロードのある刀スキル、それの条件が満たされてしまった。

 

「まずい!!」

 

コボルトロードが高々と跳躍した。

これは…先程の範囲攻撃が来る!アレを食らってしまってはスタン…そしてそのまま次の攻撃で…

やられる…!!

 

「させるかぁっ!!!」

 

一人の少年が咆哮と共に駆けだした。

手に持つアニールブレード、その刀身に手を沿わせて『溜め』を作る。蒼く光り出したと同時に跳躍し、迫り来るコボルトロードに剣を突き出す。

 

「届けぇぇぇぇっ!!!」

 

刀を振り下ろさんとするコボルトロードの脇腹に、ソニックリーブの剣閃が走る。

まさにカウンターと言って差し支えないほどの見事なタイミングで穿たれた斬撃により、コボルトロードは体勢を崩して本来の着地地点から10Mほど離れた位置に転落した。

 

「ラストだ!動けるメンバーは一斉攻撃に行くぞ!!」

 

「らじゃっ!」

 

「了解よ!」

 

「僕達も…いけるね?」

 

「モチのロンよ!!!」

 

ここに来て、レイドのトップクラスのメンバーが駆けだした。奴は転落して体勢を崩している。

今が最後のチャンスだ!

しかし奴は意地があるのか、転がりながらでも野太刀を光らせてソードスキルの体勢を取る。

 

「やらせる…もんかぁぁっ!!」

 

ここで抜けて駆けだしたのがユウキだ。

振り下ろされる野太刀に、ソードスキルのホリゾンタルをぶつける。それによって互いのソードスキルが相殺されて、野太刀と、そしてユウキの身体が跳ね飛ばされる。

 

「で、出来た!!スイッチ!!」

 

「任せてっ!!はぁぁぁっ!!!」

 

続くはアスナ。初期スキルながら、その高速且つ完成された速度のリニアーが、コボルトロードの土手っ腹を突き刺す。

 

「次っ…!!」

 

続いてジョシュアが放つソニックリーブ。AGIを全開にして、高速で切り抜ける。

 

()()!!」

 

「っ!!!」

 

実名で呼ばれ、棍を握る力が更に上がる。

リアルネームは禁止なのだが、しかしわざとではない、本能から来る物なのか。

だが不思議と嫌な感じはしない。むしろ、一度だけの名乗りなのに覚えていてくれたことに嬉しさすら感じる。

 

「任せなさいっ!!」

 

棍が…ソードスキルの閃光を放つ。捻糸棍とは違うモーションでその光を放つことは初めてだ。だがこの一撃、絶対に当てる!キメる!!

 

「金剛撃!!」

 

身体を捻り、そしてその反動諸共を棍に乗せて、コボルトロードの首を狙って打ち上げる。

先程は外したが、今度は外さない!

撓る棍が、弾けた音と共にコボルトロードの顎を打ち上げ、続くキリトに無防備な弱点をさらけ出す!

残るHPはもう風前の灯火だ。

 

「キリトッ!!!」

 

「でぇい!!」

 

ガラ空きになったコボルトロード、その左の首元から右脇腹に駆けて斜めの剣戟が走る。

相手を袈裟斬りにする『バーチカル』、その一撃が、コボルトロードを真っ二つにするように赤い軌跡を残す。

しかし切り抜いてもキリトの剣からソードスキルの光は消えない。

そう、

このソードスキルはまだ終わっていない。

 

「う…ぉぉおぉぉぉぁぁぁぁぁっ!!!」

 

雄叫びと思しきまでに叫び、返す刃で先程のバーチカルの軌跡と逆に、切り上げていく。

往復で二連撃のソードスキル『バーチカル・アーク』

それがコボルトの王の腹を割き、

胸を斬り、

喉を断ち、

そして…

 

頭を切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

コボルトロードの身体が青い光に包まれ、

そして…

 

 

 

 

 

粉々に砕け散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

誰もが…口を閉じた。

 

そして…静寂、加えて部屋を照らしていた松明の光が消えて、薄暗く、そしてただっ広い空間になり、

 

 

部屋の中央に黄金色でこう書かれていた。

 

 

 

 

『CONGRATULATION!!』

 

 

 

 

 

 

「い…!」

 

「「「「いやったぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」」

 

各々目の前に現れたリザルト画面。それを見て歓喜の声を挙げた。

中にはレベルアップした者もいた。

だが何よりも、この死闘を共に戦い、そして生き抜いた。その喜びが大きかった。

互いに肩を抱き合い、拳を打合い、ハイタッチ。

皆が出来うる限りの喜びがこのボス部屋を支配していた。

 

「はぁっ…はぁっ…!!」

 

そして…見事にラストアタックを決めたキリトは…喜びに浸るよりも、ホッとしたという安堵感と、終わったという疲労感に打ち拉がれていた。

 

「お疲れさまキリト君。」

 

「やった!やったよキリト!!ボク達勝ったよ!!」

 

「お、落ち着けユウキ!き、極まってる、極まってるって!!」

 

ようやく生き延びたと思えば、歓喜の余り飛び付いてきたユウキの腕で首が絞まり、呼吸困難で死にそうになる。

 

「ちょっ…ユウキ、キリト君の顔、青くなってるわよ!?」

 

「えっ?あぁっ!キリト、ごめん!」

 

「い、いや、構わないよ…!…エステルも…お疲れさま。」

 

「うん、でも…ちょっと…ヘマしちゃったけどね。」

 

「ヘマしても結果として勝てたんだ。見事な剣技だったぜ?Congratulation!この勝利はアンタの…アンタらのモンだ。」

 

「いや……これは皆が協力した勝利だと、俺は思うよ…。」

 

自分がMVPだと言わんばかりに称えるエギルだが、キリトとしては自分一人の力で勝てたとも思っていない。

一人ではフロアボスは倒せないと、何よりも思っていたから。

しかし、共に戦い抜いた戦友達は、キリトを称えた。

 

「ありがとよ!!」

 

「スゲぇソードスキルだったぜ!」

 

「今度パーティ組んでくれよな!!」

 

皆が…自分を褒めてくれる。

暖かくも、何処かむず痒い。そんな気持ちで満たされたキリトは…少し顔を綻ばせる。

だが…

 

「なんでやっ!!!」

 

一部のプレイヤーは…そんな彼を認められずにいた。

 




ホントはビーター発言まで書きたかったのですが、長々としそうなので一旦きります


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第12話『ビーター』

「なんでや!!…なんで…なんでボスのスキルのこと黙っとったんや!!」

 

「黙って…た?」

 

勝利の美酒に酔いしれていた雰囲気に水を差したのは…会議の時にもいきり立っていたキバオウだった。

 

「せやろが!お前はボスがカタナを使うん知っとったんやろ!?違うか!?βテスター!!」

 

キバオウの言葉に、レイドパーティの空気がざわりと震える。

βテスター

会議で幾人かが仲裁に入ったとは言え、ビギナーの心にある確執その物は根強いものである。

 

「お前が予めディアベルはんや皆にカタナスキルを公表しとったら、やられそうになることも無かったんや!せやのに!」

 

「…お前らはカタナスキルを使うことを知ってて、わざと隠していたんだ。最後の最後で美味しいところを掻っ攫うために、な。」

 

「ラストアタックボーナスによる…レアアイテムか?」

 

フロアボスにトドメを刺したプレイヤーだけが得ることの出来るレアアイテム。

その稀少さはかなりの物で、そこから十層…下手をすれば二十層は通用すると言わしめるほどの強力な物だという。

…つまり、自分達βテスターがおいしい思いをするために、カタナスキルを秘匿し、ラストアタックボーナスを得るための御膳立てをしたと言いたいらしい。

 

「ちょっと待ちなさい!私達は攻略本を受け取っていたわ!それに、その裏表紙にもβテスターとの差異の可能性を示唆する記述があったのを、皆見たはずよ!?だからβテスターが全てを知り得ていたとは考えにくいわ!」

 

「そうだよ!それに、キリトが本当にラストアタックボーナスを奪うために戦ってたなら、カタナスキルを繰り出したときに、皆に注意喚起したりなんかしないでしょ!?」

 

彼等の言葉に異議を唱えたのは、アスナとユウキだ。二人はキリトに救われただけに、彼を非難する、というのには見過ごせないようで、かなりの剣幕でまくし立てる。

 

「いいや、違うね。」

 

だが、キバオウの側に着いているフードの男はそれを否定した。

 

「その攻略本を書いた情報屋その物もグルだったのさ。カタナスキルをβテスター間で知り得ていながら、ビギナーが対処できないように敢えて記載しなかったんだ。」

 

「な…なんですって…!?」

 

「つまり、この汚い茶番にはあの鼠もβテスターとして一枚噛んでたんだよ。そのキリトとか言うプレイヤーから幾らか包んで貰ったんじゃないのか?えぇ?βテスターさんよ?」

 

ここまで無いことを重ねて来ると、キリトの味方であるべきアスナとユウキの堪忍袋が限界に近付いてくる。

もう我慢できない。

目にもの見せてやる!

それぞれ得物に手を掛けたときだ。

 

「いま、誰がアルゴさんを貶したのか知らないけど。」

 

ドン!

そんな重く物々しい音が、空気を震わせた。

手に持つアニールロッドの先端を、怒りのまま力任せに地面に突き立てたのだ。それによって、破壊対称にならない地面が砕けることはないが、場をいさめるのには十分な効果だ。

 

「わたしもビギナーよ?…右も左も解らなかったわたしに、闘い方を教えて、そして生き抜き方を教えてくれたのが、キリトとアルゴさんだったわ。」

 

「…なんだ?βテスターに絆されたのか?こいつぁお笑いだぜ!」

 

「そう取られても別に構わないわ。でも事実として彼等にお世話になったことに変わりないの…だから、2人を侮辱したこと、取り消して貰えないかしら?」

 

「いいや、取り消す必要も無いね。なぜならこの茶番が、βテスターという存在その物に対して、裁く必要があるかどうかになりかねないからさ。」

 

「裁く…?」

 

「そう!ビギナーを踏み台にして自分達がのし上がる!その悪質とも取れる手口!オレンジプレイヤーと見紛う所業だと思うぜ!」

 

声高々とβテスターを、オレンジプレイヤー…つまり、犯罪者プレイヤーだと宣うフードの男。

 

マジかよ…

 

じ、じゃβテスターの情報を信じていた俺らって…

 

こ、殺されるのか?敢えて間違った情報を掴まされて…?

 

そしてその言葉は、ボス戦に参加したプレイヤー一人一人に波及し、ざわめき、疑心として蔓延していく。

 

「ちょっと待ってくれないかな?」

 

そんなざわめきを制すように、ジョシュアが口を挟んだ。穏やかな口調ではあるが、その目には怒りが込められている。それはどちらかと言えば、キリトよりもβテスターを晒している奴等へ向いているようだ。

 

「もし貴方達の言うようにβテスターが僕達を陥れようとしたとして、それに何のメリットがあるのか教えて貰っても良いかな?」

 

「そりゃあお前…ラストアタックボーナスを…」

 

「それを得たとしても、βテスター…つまりキリト…彼一人でボスを攻略できると思う?こんな状況…ビギナーとβテスター、その軋轢を生む可能性を無視してまで、ラストアタックボーナスを欲しがるものかな?」

 

「な、何が言いたいんや?」

 

「一層でこれだけ苦戦したんだ。…ここでもし、βテスターが陥れてラストアタックボーナスを得たとする。…そうなったら、次の二層三層と、彼に協力しようというビギナーは居なくなる。…つまり、βテスターとビギナー、このソードアート・オンラインは大きく二つの派閥に別れることになる。でもそうなれば、互いが互いに睨みを利かせ、挙げ句の果てに最悪は血みどろの戦いを生みかねないんじゃないのかな?」

 

「…つまり、プレイヤー同士で小競り合いが起こるようになって…攻略に支障が出る、と言うことかな?」

 

ディアベルの問いに、ジョシュアは静かに頷く。

ギルド同士の諍いではなく、βテスターかどうかだけで目の敵にされる、そんな最悪のプレイ環境を生み出してしまう。そうなってしまっては百層攻略どころではない。

 

「でもだからって、俺達を貶めようとしなかった証拠にはならないだろ!」

「そうだ!俺達はβテスターの露払いしてんじゃねぇ!…信じねぇ!俺はβテスターなんて信じねぇ!!」

 

「大体さっきからβテスターを庇ってるけど、本当はお前らもグルなんじゃねぇのか?」

 

「そ、そんなの関係ないでしょ!?」

 

「βテスターだからどうのこうの言って、キリトを悪者にしようとして!悪質なβテスターよりもそっちの方がよっぽど悪者だよ!」

 

「な、なんだと…!このガキ…!」

 

「自分達がラストアタック取れなかったからって嫉妬して、恥ずかしくないの!?」

 

「お、落ち着いてくれ皆!協力してボスを倒した!それだけだろう?最後に活躍してくれた彼にラストアタックボーナスが渡ったなら、次のボスでも活躍してくれるって思えないのか?」

 

「悪いけどディアベルさん、こればっかりは譲れない!白黒ハッキリさせないと、俺達は前へ進めないんだ!」

 

最早一触即発、と言わんばかりに、βテスターを晒し上げようとするビギナーと、キリトを庇おうとする良識あるプレイヤーとの対立がヒートアップしてくる。

このままでは…βテスターその物が大半のビギナーから、憎悪の念を向けられる。そうなってしまっては…!

ディアベルやエギルと言った、いまだ落ち着きあるプレイヤーはそれを危惧して、どうにかこの場を諫めようとする。

そんな時だった。

 

「ふ…ハハハハハッ!!!アハハハハハッ!!!ソイツらがβテスターだって?ソイツらは正真正銘のビギナーだよ、一緒にして貰っちゃ困るなぁ…!」

 

いきなり狂ったかのように大声で笑い出した一人のプレイヤーに、言い争っていた面々は言葉を止めて、一斉に視線を彼に移す。

それは…紛れもなく、話しの渦中にあったラストアタックボーナス取得者のキリトその人だった。

 

「全く…そんなに懐かれたら仲間と思われちゃうだろ?これだから世間知らずのゆーとーせーってのは、自分が利用されているのに気付きもしない。」

 

余りの豹変だった。

もっと穏やかに話していたはずの彼が、どうしたことか。人が変わったかのようにひねた口調で喋り始める。

 

「お前らもお前らだ!…βテスター?情報屋?あんな素人連中と一緒にして貰っちゃ嫌だなぁ。そもそも、たった千人のβテスターの内、本物のMMOゲーマーは何人居たと思う?殆どがレベリングの仕方も知らない初心者(ニュービー)だったさ。…だが俺は違う。俺は二ヶ月のクローズドβテストの中で、誰も到達できなかったもっと上の層まで上った!カタナスキルもそこでのMOBと戦って覚えたのさ。…他にも色々知ってるぜ?情報屋なんか目じゃないくらいの、誰も知らないこととかな?」

 

「な、なんだよそれ…!そんなの…チーターじゃねぇか!」

 

「最低のチート野郎だ…!」

 

「βテスターどころの話しじゃねぇ…β上がりのチーターとか最悪じゃねぇか…!」

 

一人が非難し始めたと同時に、他の面々も口々に罵り始める。

もはや目下、彼等の怒りの矛先はβテスターと言う括りには存在せず、

ただ目の前でβテスター時代の功績をひけらかす少年に集中していた。

 

「β上がりのチーター…」

 

「ビーター…!!」

 

ニヤリと口元を吊り上げたキリトは、装備画面を開いて、とあるアイテムを装備する。

それは黒。

膝裏あたりまである、黒いロングコート。

イルファング・ザ・コボルトロード、そのラストアタックボーナス出会った体装備。

『コートオブミッドナイト』

それを身に纏った姿は…皆の印象を含めて…まさしく『黒の剣士』だった。

 

「ビーターか!いいねぇ!このラストアタックボーナスと一緒に、俺がもらったよ!」

 

そう言って踵を返すと、コボルトロードが座っていた玉座、その裏手にある扉…そこ続く階段へ向かって歩き出す。

文字通り、一層ボスを突破した先にある二層への扉。

 

「ど、どこにいくんや?」

 

「俺が二層への転移門を開放しておいてやるよ。…着いてきたい奴が居れば好きにすれば良いさ。…最も、二層のMOBにやられる覚悟があるなら、だけどな。…いたんだよβテスター時代に。粋がって着いてきて、呆気なくやられる奴を、な。」

 

誰も言葉を発せ無かった。

誰も動き出せなかった。

ただただ彼が二層へ続く扉を閉める音で、ようやく我に返ったかのようにざわめき出す。

やれ、

情報屋に報告だ。

だの、

ビーターに注意を呼びかけるように、フレンドにメッセージ飛ばすよ。

だの…

最早彼等の敵はモンスターとビーターに限定されたように見えた。これが『キリトの企て通り』だとも知らずに…

 

「おい。アンタらは…あれがアイツの本心じゃないって事ぐらいは…」

 

「…解ってるよ。…キリト、役者の素質でも有るんじゃ無いの?皆騙されてるし。」

 

だが自分から必要悪としての道を選んだ彼の向かう先は、明らかに茨の道だ。βテスターからも、そしてビギナーからも疎まれて、誰とも組むことを許されない孤独の道。

理解もされず、

そして理解されようとすることも許されない。

だが…一部の、彼の本質を知る人々は違う。

 

「…だったら、行ってやってくれ。一緒に行くことは出来なくても…見送ってやることは出きるだろう?」

 

「……わかりました。」

 

「ついでだ…俺からの伝言、頼む。」

 

「ちょぉ待ってんか!」

 

そんな彼等に待ったを掛けた人物。それは…今回の発端となった男…キバオウ。その声にアスナも、そしてユウキも、ギロリと彼を睨みつける。

 

「あ~…その……」

 

煮え切らない、もどかしいような顔をして、ボリボリとその特徴的な頭を掻いて、そのうえで意を決したかのように口を開いた。

 

「ワイからも伝言、頼めるか?」

 

何処かバツの悪そうに言う彼に、目を見開いて驚くばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

扉を抜ければ別世界だった。

見渡す限り広がる緩い傾斜の丘がそこらかしこに転々とし、そこに自生する草木が見事なまでの自然を醸し出す。

一層は草原が中心の緩やかなエリアだったが、二層は少し険しさを感じる。

そして遥か遠方には薄らと白み掛かった中に、三層へと続く迷宮区が高々と聳え立っていた。

 

「………。」

 

そんな二層を見下ろすことの出来る、普通よりも小高い丘。そんな場所に、一層からの出口は存在した。

手頃な岩場に腰を下ろし、夕焼けに染まりつつある景色を見て黄昏れる少年…キリト。

道は既に選んだ。

後は…歩いて行くだけだ。

ただ…ひたすらに、誰よりも前を歩き、走る。

それが…自身に付けられたビーターという仇名の役目だ。

 

「覚悟…決めた筈なんだけど、なぁ…。」

 

不意に、心にぽっかりと穴が空いたような錯覚に見舞われる。

寂しさ…空しさ…

そう言い表す他にないものだった。

 

「でもまぁ…今だけは…こうしてるのも良いかな…。明日からは、本気出すって事で。」

 

「うわ…キリト、ニートみたいなこと言ってる…。」

 

「さっきの剣幕と偉い違いね。大分無理してたみたい。」

 

「ボク知ってる!中学2年生くらいになると、あぁ言う自分が特別だって言いたくなるらしいね。たしか…ちゅーにびょー…だっけ?」

 

「でもあぁやって夕日を見て黄昏れるのって、何か似合ってるわね。」

 

「キリトってなんかジジ臭い所がそことなくあるもんね。」

 

「…聞こえてるぞ、二人とも。」

 

わざとか?

わざとなのか?

態々自分に聞こえるように、一層からの扉を半開きで人の噂をペラペラと…!

正直、メンタルHPが微妙に低いキリトにとって、これは痛いものであって、さっきからぐさぐさと精神的ダメージを与えてきている。

 

「…綺麗、だね。」

 

「えぇ、本当に…現実みたい。」

 

「話しをすり替えるなよ。…まぁ良い夕焼けだって言うのは否定しないけど。」

 

徐々に沈み行く夕日。

SAOのタイマーは現実世界とリンクしているから、リアルにいてもこんな夕日を拝むことが出来ただろうか?

いや、拝むことが出来ても…それに対して今のような感慨深い印象は得なかっただろう。

 

「…で、なんで着いてきたんだよ?」

 

「私は…伝言を預かってきたのよ。」

 

「伝言…?」

 

オホン、とわざとらしくアスナは咳払いをし、とある人物からの伝言を口にした。

 

「エギルさんからね、『また一緒にボス戦をやろう』って。」

 

「…エギル…あの黒い肌でタンクの彼か…。」

 

また一緒に……自分があれだけのことを宣った後にも関わらず、こうして共闘を申し出てくれる。…もしかしたら…彼はキリトの言葉の意味を理解した上で、こう言ってくれているのかも知れない。

 

「あと…キバオウさんからも。」

 

「え?キバオウ…って、あのキバオウか?」

 

「あれ以外にキバオウなんて、ボクは居て欲しくないなぁ」

 

「心配しなくても、二人の知ってるキバオウさんよ。『…ちょぉ考えてみたけど、やっぱりお前のやり方は納得出来ん。ワイはワイのやり方で上を目指す。』だそうよ。」

 

「…そっか。」

 

アスナへと視線を向けることも無く、キリトはジッと夕日に目を向け続ける。だが不思議と…先程までの寂しさは薄れ、彼自身も気付かぬ内に小さな笑みを浮かべていた。

キバオウも…ボス戦の後、別段キリトに怨み辛みがあって突っかかったわけではない。…恐らくは、事前にソードスキルについて教えていれば、皆を危険に曝さずに済んだと言いたかったのだろう。…今となっては後の祭りだが、先程の伝言の内容からして、認めはしなくとも、理解はしてくれたようにも取れた。

それだけ納得できたキリトは、岩から腰を上げて立ち上がると、坂を下っていく。

 

「…アスナ、伝言、ありがとな。」

 

「キリト君は…どうするの?」

 

「有言実行。…二層の転移門をアクティベートしに、主街区いくのさ。」

 

「一人で?」

 

「まぁな。」

 

「じゃあボクも行く!!」

 

「「へ?」」

 

まさかのユウキの発言に、二人は異口同音で驚き、目を丸くした。

 

「あ、あのなユウキ。俺はビーターだ。これからその肩書きを背負って上を目指すことになったんだ。俺に着いてきたら、お前までビーターとしての煽りを受けることになるんだぞ!?」

 

「やだ!キリトを一人で行かせるなんて出来ないよ!君のことだ、どうせビーターだから、皆が危険に曝されないように、危ないとことかクエストとか、自分一人で下調べしようとか考えてるんじゃない!?」

 

「うぐっ!?」

 

見事なまでのピンポイントな指摘に、思わずビクリと身体を震わせる。

大方そんな所だろうと思ったよ。と、ユウキに加え、アスナも肩をすくめる。

だから、とユウキは言葉を繋ぎ、キリトの元へ小走りに追いついた。

 

「だからボクは、キリトのお目付役!無茶しないように監督させて貰います!」

 

「えぇぇ……ユウキが……?」

 

「…なに?その露骨に嫌そうな顔…。」

 

「い、いや。嫌とかじゃなくて…」

 

「ふふっ。ユウキがいたら抑止力どころか、逆にキリト君が無茶に付き合わされそうね。」

 

「それはありうるな。」

 

「あー!キリトどころかアスナまで!ヒドいんだー!」

 

気付けば、先程のしんみりした空気から、3人が笑い合っていた。

孤独な物かと思っていれば、なんのことか。こうして自身を心配してくれる友人が居た。改めてその事実を噛み締めるキリトの顔に、寂しげなものは無かった。

 

「あらら…全く、青春してるわね~。」

 

3人で笑い合う中で、また新たな声が二層に響いた。棍を片手に一層の扉から現れたのは、チュートリアル前から付き合いのあるエステルだ。その後ろには、黒髪…正確に言えば、黒に限りなく近い紺の髪をした少年も一緒だ。

 

「その様子だと、心配するまでもなかったわね。」

 

「なんだ、エステルも気になってきたの?」

 

「まぁね。ゲーム開始当初からの仲な訳だし。」

 

「心配おかけしてすいませんでした。エステル先生。」

 

おどけてみせるだけの余裕が現れたのか、キリトの口から軽口も飛び出す。パーティを組んだ四人が揃い踏みの中で、ふとアスナが気になっていたことを口にする。そしてそれは、ユウキもキリトも、同じく疑問に思う事だった。

 

「所で…後ろの人は?ボスの最後辺りの会話からしたら…知り合いみたいだけど…?」

 

「あ、うん。そうね、わたしもリアルで1回会った人なんだ。こっちでは初めてなんだけど。」

 

「へぇ~、もしかして、エステルが前に探してた知り合いって…」

 

「ご推察のとおりよ。」

 

一ヶ月、探しに探してようやく無事を確かめることが出来た。容姿こそ解ってはいたが、さすがにフルフェイスを被っていたら、顔による確認は出来なかったし、アバターネームもわからずだった。そしてボスとの戦いの最中に再会できた。なんとも奇妙な巡り合わせだとも思える。

 

「そういえば…」

 

「「「「ん?」」」」

 

ふと思い出したかのように口を開いたエステルに、キリト達を含め、ジョシュアも疑問符を浮かべる。

 

「ジョシュアって読み、本来の物とは違うって言ってたけど、本当はどう読むの?戦いが終わったら…教えてくれる約束だったわよね?」

 

「あぁ。それか。英語の綴りはJOSHUAだから、ローマ字読みしたらジョシュアになるんだけど…。」

 

少々気まずげに頭をポリポリとかいて、視線を逸らしながら彼は言った。

 

「JOSHUAをラテン語の読みで…『ヨシュア』…、そう考えて決めたんだ…でも、ちょっと紛らわしかった、かな。」

 

ラテン語読みとは、また凝った読み方を考えるものだとジョシュア改めヨシュア以外の四人。

 

「だ、大丈夫よ。私なんて名前そのままよ?それくらい凝った方が味があると思うわ!ね?ユウキ!」

 

「ふぇっ!?そ、そそそそそうだね、ボクもそう思うよ!ね?キリト!」

 

「…俺は別に名前そのままじゃないから…何とも言いがたいな。」

 

アスナとユウキは、それぞれリアルネームの結城『明日菜』と、紺野『木綿季』から取られており、後になって安直だったと若干後悔したのはまた別の話だ。

…因みにキリトもキリトで、『桐』ヶ谷 和『人』から取られているため、ある意味どっこいどっこいだが。

 

「改めて、よろしくなヨシュア。」

 

「うん、よろしくキリト、アスナ、ユウキ。」

 

「えへへ、よろしくヨシュア!」

 

「よろしくねヨシュア君。」

 

初対面の面々が自己紹介を終えたところで、さて、とキリトが話題を切り替える。

 

「日も暮れてきたし…そろそろ俺は行くよ。…夜になるまでには主街区に行きたいからな。」

 

「そっか…ここで一旦お別れ、だね。」

 

「大丈夫だよ。攻略を進めていけば、またすぐに会えるよ。」

 

「ユウキらしいわね。…でも、そうね。進み続ける限り…生きてる限り、また会えるわ。」

 

「…それじゃ…またな。」

 

「バイバーイ!!」

 

挨拶もそこそこに背を向けて歩き始めるキリトと、大手を振って歩きながら彼に着いていくユウキ。

げっ!本当に着いてくるのかよ!

モチロンだよ~!

等といったやり取りが、少しずつ遠くなっていく。

 

「行っちゃったね。」

 

「そうね。…まぁキリト君のことはユウキに任せておいたら大丈夫よ。………多分。」

 

「はは……ちょっと、不安だね。」

 

そう言いながら見送る三人は、エギルやディアベル達と合流するために、一層への扉へと踵を返す。

連れ立って歩く中で…ふとエステルが足を止めた。

 

「…どうかしたの?エステル。」

 

それに気付いたヨシュアが、振り返る。

視線の先の彼女は、キリト達が立ち去った方を振り返っていた。しかし数秒して、なんのこともないように視線を戻し、ヨシュアに駆け寄った。

 

「ん~ん!何でも無い。戻りましょヨシュア!」

 

「あ、うん。そうだね、エステル。」

 

こうして…一波乱起きた第一層ボス戦は犠牲者をだすことなく、まさに快挙と言わんばかりの勝利を収めた。

しかし同時に生まれた、忌むべき存在…ビーター。

ここにきて、ようやく突破された一層。

残る階層は99。

まだ…デスゲームは始まったばかりだ。

 

 

 



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第13話『クリームパンと、とある噂』

そういえばアニメとプログレッシブ合わせてたら、クリームパンイベントの暇が無かったっぽいので、ここで追加です。


一層突破から三日後

ボス戦参加プレイヤーに続き、中層プレイヤーもチラホラと二層へと足を運び始めた。

と言うのも、やはり一層よりも二層の方がレベリングやコルや素材の収集の効率が良いのもある。多少危険度は上がるが、そこは油断無くチームを組んでフィールドに繰り出せば、それと言うほど苦戦はしなかった。

出て来るフィールドモンスターと言えば、牛型モンスターと蜂型モンスターが大多数を占めており、前者は攻撃パターンそのものは一層のフレンジーボアとそう変わらないが、相違点としてステータスはさることながら、敵対パターンがアクティブという点。

蜂型モンスターはその見た目のまま羽があるので、飛んでいる分中々攻撃が当てづらいと言う点以外は脆く、当てさえすれば容易く仕留められる。

 

「せいっ!!」

 

ヨシュアが逆手に持ったダガーを切り上げ、蜂を文字通り真っ二つに切り裂く。次いで背後から迫るもう一匹には即座に順手に持ち替えて、短剣ソードスキルであるアーマーピアースを突き刺す。

的確に確実に堅実に。

まるで作業のように淡々とMOBをサクサクと仕留めていく。

そして傍で戦うアスナも、ほぼほぼ確実にクリティカルを繰り出して、一撃の下にMOBを霧散させていく。

端から見るエステルは、そんな二人に少々ドン引きしていた。

 

「うっわ~…なんか…MOBがかわいそうになってくるんですけど…。」

 

恐ろしいまでに確実に仕留めていく二人の技量には目を見張る物があるが、目の前で二人揃ってこんな物を見せつけられては…

 

「エステル、手が止まってるわよ。」

 

「もしかして、疲れたりした?だったら休んでても…」

 

「だ、だいじょーぶよ!さ!サクサクいくわよ!」

 

気を取り直しアニールロッドを持ち直して、近場に湧いたMOBを仕留めていく。

通常攻撃力ならエステルは3人の中で一番高いが、2人のクリティカルダメージには流石に及ばず、2、3撃 加えてようやく仕留められる。このパーティの中で、効率としては一番悪い。少しもどかしさを感じながらも、アスナとヨシュアのプレイヤースキルによる驚異的な討伐速度で、周辺のMOBを粗方片付けてしまった。

 

「…ふう…、大体刈り尽くしたわね。」

 

「そうだね、強化素材も…かなり集まったみたいだし。」

 

アイテムストレージを開けば、欄を埋め尽くすまでの『昆虫種の針』の羅列に次ぐ羅列。…数としてはざっと数十個は溜まったように感じる。

 

「じ、じゃあそろそろお昼にしましょ。丁度12時も過ぎたところだし。」

 

「もうそんな時間か。狩り始めてざっと3時間ってところかな?」

 

高々とそびえる巨木の幹に背を預け、程よく迫り出た根に腰を下ろすと、エステルはアイテムストレージから安い黒パンを3つ取り出す。この黒パン、人によって評価はまちまちで、とある黒ずくめの剣士は美味しいと評し、とある細剣使いは味気ないと評す。1コルで腹はふくれた感じにはなるのだが…。

差しだした黒パンに、正直苦々しい表情を浮かべるアスナ。

 

「…これ、美味しいと思うの?」

 

「まぁお腹は膨れるけど。」

 

「僕はそこそこ好きだけどね。素朴な味がして…。」

 

「でもこれだけで食べ切れというのもちょっと…まぁ安いから食べてたけど。」

 

流石に空腹感に苛む中では集中力も散漫になる。だからいくらゲームであれ、食べた味や食感が電気信号の羅列であれ、食べたという実感その物は大切だ。だが…味を感じる分、どうせなら美味しく食べたいと思うのは人間の性と言う物だろうか。

 

「そんなアスナにこれの使用を薦めるわ。」

 

続いてストレージから取り出したのは、手のひらサイズの小瓶。茶色く、調味料とかが入ってそうな、何の変哲も無いそれをエステルはアスナに差し出す。

 

「指でタップして、パンになぞってみて。」

 

「………?」

 

言われるままに指先でビンを突っつくと、触れた先が淡い光を纏う。

そして言われるままにパンに指先の光をなぞり付けると、レモン色のトロリとした液体が付着する。

 

「…これって…」

 

「まぁ、食べてみたら分かるわ。ヨシュアも使ってみて。」

 

「う、うん。じゃあ…」

 

エステルを挟んで座るヨシュアも同様にしている中、アスナは目の前にあるパンに塗られたものをジッと見つめる。エステルは何の躊躇いもなく自分の黒パンに付けると、クリームの瓶は耐久力を失ったからかポリゴンを霧散させる。

正直この世界の食べ物、その見た目の色合いは現実世界のそれとは少々かけ離れたものがある。もしこれが見たままの、想像したままの味かどうかは判らない。もしかしたらとんでもない味なのかも知れない…悪い意味で。

しかし、空腹感が襲ってきているのも事実。今日の昼食はエステルに任せていたので、自分のストレージに食料は無い。つまり、今この場にこれ以外の食べ物は存在し得ない。

アスナとヨシュアは意を決して、ゴクリと喉を鳴らすと、パクリとクリーム?の塗られた黒パンに、奇しくも同時に齧りついた。

 

 

瞬間

 

 

2人の意識は…広々とした草原に飛ばされた。

 

澄み切った青い空…

 

そこに浮かぶ白い雲…

 

髪を撫で、草原をそよぐ風…

 

暖かな陽光を照らす太陽…

 

草が青々と生い茂り、白い囲いの中で牛たちが放牧され…その牛たちから取られた新鮮な生乳を用いた濃厚なクリーム。

大自然を駆け巡る風が2人を包み込み、得も知れぬ充足感と感動が駆け巡った。

 

((あぁ…これが………自然の恵み…!))

 

 

 

 

「あの~、2人とも~?お~い、戻ってきて~!」

 

パンに齧り付いたままフリーズする二人に、エステルは帰還を促すが、アスナとヨシュア、二人は全く動かず固まっている。

唯一動きがあると言えば、二人の目尻からつぅっと伝い、流れ落ちる涙ぐらいだ。

 

「えぇ~……。」

 

そこまで感動する物なのか。

ここまで心を突き動かす食べ物を電気信号で作り上げるとは…茅場晶彦、恐るべし。

 

ややあって

 

我を取り戻した二人は、残る黒パンを一心不乱にがっついて腹に収めた。

 

「「はぁ……!」」

 

揃って、恍惚…というか、満たされたような表情だ。…もう思い残すことはないと言わんばかりで、今すぐにでも天に召されそうな…そんな顔である。まるで…御仏かなにかを彷彿させる。

 

「えと……もう一個行っとく?」

 

「「是非!」」

 

今までどれだけ質素に過ごしてきたのだろう。

クリーム一つでここまで危ないキャラ崩壊を起こすなどと思いもしなかったが、それでも満足しているのならと、エステルは再び黒パンとクリームをストレージから取り出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「満腹…。」

 

「いや…ここまで美味しい物があるなんて思わなかったよ。ありがとうエステル!」

 

「あ~、うん。それはどう致しまして?」

 

結局、2人は黒パン3つとクリーム3本を平らげ、ようやく満足したのかマッタリし始めた。あのがっつきよう、余程お気に召したらしい。エステル自身も、アルゴやキリトによって知り得たこのクリームを得る事の出来る『逆襲の雌牛』。そのクエストをクリアして初めて口にしたときは、2人ほどではないにせよ、感動を覚えたのは確かであった。

 

「さてと!感動の嵐が駆け巡った後で悪いけど、ヨシュア。短剣に切り替えてみての使い心地はどんな感じ?」

 

「そう、だね。アニールブレードを装備していたときよりも、狙った場所を斬ることが出来るし、実に馴染む…かな。」

 

一層のボス戦。

そこで彼は、アニールブレードで戦っていたが、今腰に装備しているのは、短剣であるスティールダガーだ。二層の店売りの短剣だが、重さもそこそこに攻撃力があるので試してみたのだ。

というのも、ヨシュアのAGI極振りステータスでは、アニールブレードの条件はギリギリ満たせても、STRの低さから剣の重さに振り回され掛けている節があったからだ。それならばと物は試しと言う物で、二層に着いたのを節目に短剣に持ち替えてみたのである。

 

「切り替えてみて正解だったみたいね。…うんうん、やっぱり武器と言えば、使い慣れたり、しっくり来た物が一番だもの。」

 

「でもエステルの武器も珍しいわよね。槍じゃなくて棒術なんて。」

 

「正確には棍なんだけど……少し特殊なのよね。」

 

「特殊?」

 

「うん、なんて言うのか…前からなんだけど、ソードスキルが発動出来るときと出来ないときがあるのよね。…この前のボス戦は、捻糸棍に加えて、熟練度で解放された金剛撃がほぼ連発できたのよ。…でも今さっきの戦闘じゃ、連発して発動出来なかった。モーションもそこまでばらけて掛けてるわけじゃないのにね?」

 

相変わらず、狙った時に発動できない事があるという、棍のソードスキル。熟練度でスキルが解放される、と言う点は他の武器と相違ないが、それでも何らかの条件下で発動出来るのなら、その条件を知り得ることが生き延びる秘訣となるはずだ。

 

「やっぱり何か…あるのかしら?発動させるのに必要な何かが…」

 

「思ったんだけど…」

 

ここで思案して黙っていたヨシュアが口を開いた。

 

「この前のボス戦の時もそうだけど、ここ最近の戦闘で、のっけからソードスキルを発動しようとしたことは?」

 

「もちろんあるわ。先手必勝で倒せたなら、それに越したことないし。」

 

「でも発動出来なかった…って訳だね?」

 

「う………確かにそう、だけど…」

 

「何か…わかったの?」

 

「うん、これは僕の憶測なんだけど…、エステルのソードスキルって、戦闘時間が一定経ったら…戦闘が長引いたりしたら発動出来てるように思えるんだ。」

 

ヨシュアの見解に、エステルはもちろん、アスナもキョトンと眼を丸くする。

一定の戦闘継続が発動条件のソードスキルなんて、アルゴからの情報にもない。

そもそも、ソードスキルと言うのは、そこまで条件に縛られることなく、システムアシストによる強力な攻撃…必殺技を発動できるという物だ。発動後の硬直があるというのもネックだが、それでもヒットすればかなりのダメージソースになる。硬直というリスクを除けば、いつでも出せるはずのソードスキル。だがこの棍と言う武器種に至っては、この使い勝手の悪さが目立ってしまった。

 

「戦闘状態維持…?いや、もしかしたらもっと簡単な…」

 

「ん~…言われてみたら、もしかしたらって言うのはあるんだけど…」

 

ここでエステルは、隠しログアウトスポットの真相を探りを入れて人狼と対峙し、初めてソードスキルである捻糸棍を発動させたときのことを切り出した。あの時は、それと言うほど戦闘時間が長引いたわけではない。それこそ数分で終わった程度の物だった。にもかかわらず、ソードスキルの発動が出来た…。

 

「だから戦闘時間そのものはあまり関係ないかもって思うのよ。…でも戦闘その物は関連ありそう…。」

 

「…ん~……なんとももどかしいわね。もう少し、と言った感じもしなくもないんだけど。」

 

「なんにせよ条件が判れば、効率よくレベリングも出来れば、ボスにダメージを与えることも出来るからね。エステル、何か気付いたことがあったら、相談に乗るよ。僕に出来ることは限られてたあるかも知れないけど。」

 

「ん、ありがとね。わたし自身も色々と模索してみるわ。…そもそも他人任せというのも良くないでしょ。」

 

「でも頼れるときは頼って欲しい。僕は君の力になりたいから。」

 

「あはは…その時はよろしくねヨシュア。でも、わたしもヨシュアの力になるから、そっちも遠慮しないで、どーんと頼って良いんだからね?」

 

「頼りにしてる、エステル。」

 

「あ~…その、御馳走様…クリームパンと雰囲気的な意味で。」

 

アスナが、まるで砂糖の塊を大量に摂取したかのようにゲンナリとした表情を浮かべつつ立ち上がった。

そんな彼女に2人は、前者はともかくとして、後者は何のことだと言わんばかりに首をかしげる。

無自覚であんな甘い空気を出せるとか…正直パーティを組んで後悔したアスナだった。

 

 

 

 

 

 

「さて…と、お腹も膨れて一休みできたところで、お昼から何をする?レベリングと素材集めの続き?」

 

「それもいいんだけど、ちょっと取得したいスキルがあるのよね。私はそっちに行きたいんだけど…。」

 

「「取得したいスキル?」」

 

アスナの進言に、エステルとヨシュアは口を揃えて聞き返した。

 

「そう。この先の開けた場所にね、仙人みたいなNPCがいて、その人のクエストをクリアすると、『体術スキル』が取得できるらしいの。」

 

「体術スキル…聞くからに無手での戦闘が出来るようになる、と言うことか。」

 

「そう。でも結構時間が掛かるクエストらしいから、付き合う必要は無いわよ。2人レベリングの続きをして貰っても大丈夫だし。」

 

「いや、一人でそこまで行くのは危険だ。レベル的には問題ないかも知れないけど、万が一と言うこともあるしね。…いいかい?エステル。」

 

「モチのロンよ。…まぁそのクエストが良い感じなら手伝うわ。3人でこなした方が効率が良いでしょ?」

 

「そう、ね。そうなったら3人一緒にスキル習得出来るし、その時はありがたく強力して貰おうかしら?」

 

ソロ専用だった場合は仕方ないが、協力し合えるならそれに越したことは無い。勿論、体術スキルが魅力的なのもあるが、アスナが強くあろうとするならば協力は惜しまないのが本心でもあった。

 

「あと…ね。正直ソロで行ってたら危なかったかも知れないのよ。」

 

「…というと?強いモンスターが出たりするのかな?」

 

「…かも知れない…。噂が、ね。あるのよ。」

 

「「噂…?」」

 

アスナの含みある言い回しに、少なからず興味が湧いたエステルとヨシュアは聞き返す。そんな二人に、神妙な面持ちでアスナは口を開いた。

 

「…出るらしいのよ。」

 

「出るって…な、何が?」

 

「熊と見紛うほどの…大きな何かが。」

 

「く、熊…?」

 

二層エリアは、どちらかと言えばメインのMOB系統は牛だ。だがそこに熊型モンスターが出るともなれば…危険なNM(ネームド・モンスター)の可能性もある。

 

「確かに…熊が出るかも知れないなら、殊更一人では危ないな。」

 

「そうね、やっぱし3人一緒に行った方が良いわ。ね?」

 

「…そうする。」

 

いざ話してみて不安なったのか…アスナも躊躇うことなく頷いた。

こうして…午後の予定は、体術スキル習得クエストへ向かうこととなったわけである。

 




体術+熊みたいな人…一体何者なんだ…(棒)

エステルのソードスキル発動に関しては、軌跡シリーズプレイヤーは解るかも…


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