夜に降った霧雨はまだ止まない (平丙凡)
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prologue
“はじまり”のプロローグ


  見るがいい。これが夢に敗れたモノの末路。それはとうの昔に燃え尽きた屑。その流星にかつての輝きなど残ってはおらず、そこにはただ燃え滓があった。

 

 それでも。それでも少年は、その燃え尽きるだけの余映に夢を見たのだ。もう輝くこともなく、緩やかに消えていくだけの光が、少年に夢を魅せた。

 

 夢のキッカケなんか、本人以外にとっては、案外どうでもいいようなことが多い。

 

 少年の場合はその光。その日から、少年の夢は始まった。

 

 そもそもこの少年、霧雨夜霧は恵まれた環境で育ったいわゆる“おぼっちゃま”だ。人里の中で有名な商店の長男として生まれ、幼い頃から確かな才覚を発揮して、ついでとばかりに運動神経も良かった。

 完全無欠、言うことなし。それが里の大人たちの評価だった。そしてその評価は、そっくりそのままに少年を才気溢れる神童と決めつけた。……彼は里の大人たちに、夜霧は神童として丁寧に、慎重に、ワレモノを扱うみたく接されて来た。

 ――それは、弱冠八歳程の少年の世界を殺してしまうことと同義だった。

 

 外に出れば必ず、目障りで口うるさい付き人がいる。木登りをしようとすれば必ず大人に咎められる。これを窮屈と言わずなんと言う。夜霧の世界は狭かった。あらゆることを制限され、幼さ故の無邪気さを剥奪された夜霧には、周りの同年代の子供が浅ましく見えていた。

 

「どうしてあんな事が平気で出来るのだろう」

 

 それが彼の口癖。神童として縛られた少年は、周りの子供が謳歌する自由を、冷ややかな目で見下していた。

 

 ――夜霧には、ある感情が決定的に欠落していた。それは『好奇心』という名の、ヒトがヒトらしく生きるための感情。それが欠落した彼は夜霧という一人のヒトではなく、単純に物事を客観的に捉える、人間らしからぬ機械。

 

 そんな人としての粗悪品(夜霧)を変えたのは、ある一冊の本だった。

 

『魔法の森の***』

 

 そんな一冊の御伽噺。魔法の森に住まう魔法使い『***』が色々な事件を魔法で解決して行くと言う、単純で子供騙しなお伽話だったが……彼は不思議と惹かれていった。

 

 別に魔法に憧れたわけでは無い。別に物語が好きだったわけじゃ無い。なぜか、なぜか、惹かれたのだ。

 

『著者:霧雨魔理沙』

 

 それを知るのに大した時間はかからなかった。霧雨魔理沙は、自分の遠い親戚であること。……そして紛れもない、()()()()の魔法使いだったこと。

 

 夜霧は聡明な少年だった。

 それ故にわかっていたのだ。

 

 ――この幻想郷なら、そんな馬鹿げた話も本当のことに出来る。逆説的に、この幻想郷なら、どんなことだって起こり得てしまう。

 

 この幻想郷なら、魔法使いにだってなれるのだ、と。

 

 霧雨魔理沙は、心に空白を持った少年にたった一つ、感情を与えた。それが『好奇心』。その日確かに夜霧は手にした。初めての好奇心と共に、確かな夢を――。

 

「魔法使いになる」という、馬鹿げていて最低で最高な夢を。

 

 ――そして時は経ち、今に至る。

 

 魔法の森の中の奥深く。そこに建っている……というよりは放置してあったと言うべきだろう。誰も住んでおらず、誰も手をつけていなかったらしいこのオンボロの小屋の中に彼らはいた。

 

 現在夜霧は魔力コントロールの修行に取り組んでいた。その手法とは、自身の体内を巡る魔力を限界以上の速度で――つまり、魔力のサイクルを人為的に異常なほど加速させるのだ。本来ならば修行開始一週間で耐えられる様なことではない……無論、()()()()()だが。

 

「百七十秒経過。あと三十秒踏ん張ってみせな」

「――は、はい……!」

 

 苦悶の表情。それもそのはず。夜霧は今、常人ならば既に発狂するほどの集中を強いられていた。というのも魔力が身体中を絶えず巡りまくるこの状況で少しでも集中を切らしたならば……たちまち魔力は逆流を始め夜霧の体は物の見事に爆裂四散するだろう。

 しかも魔力は外部――師匠からも流れている。言うまでもなく師匠の魔力は高出力のエネルギーを含んでいる。それが体内を逆流したならば……まさしく、骨の一片すら残らないのだろう。

 

「おおぉ……」

「九、十、終了だ。力を抜きな」

 

 師匠からの魔力の流れが遮断され、夜霧の体内で巡っていた魔力も一定の落ち着きを取り戻す。

 

「ハァ、ハァ……」

「さすがというか、やはりというか……呑み込みが早い様だね。既に変化が起きてやがるぜ」

「え? よくわからんのですが……」

「そういう変化はすぐにはわからないものなんだ」

 

 確かにそう言われてみると、さっきよりも力がみなぎる様な。そんな気がしないでもない。しかしさっきの修行はあくまでも魔力コントロールの修行。それで力がみなぎるわけは無いので、気のせいだろう。

 

「あの、師匠」

「なんだ、気になるもんでもあったか?」

「はい、それのことなんですけど――」

 

 夜霧が指を指す。それは適当に師匠が食器棚の上に置いた私物のうちの一つ。

 八角形の中心に太極印が記された、年季の入って錆びれた、でもよくわからない存在感がある。そんな不思議な物体。

 

「これか? これはな、私の宝物だ」

「宝物?」

 

「そう、こいつはミニ八卦炉と言ってな。魔法の触媒、火の元、光源、いろんなもんに使える優れもので……何より非非色金(ヒヒイロカネ)製だ」

 

「ヒヒイロって……そんな高価な金属、どうやって?」

「私が魔法使いとしてまだまだだった時に、知り合いに頼んでさ。……ま、もうあまり必要ないんだが」

 

 必要ない、とは言葉の通り。師匠は魔法使いとしての成長により、魔法の触媒をほとんど必要としなくなった。つまりどんな魔法にも使える万能触媒も彼女にとっては無用の長物……それでも思い出の品ということでとって置いたものだが。

 

「……そうだな。おい夜霧。それ、使えよ」

「え、いいんですか?」

「別にいいぞ。別に私は無くても大丈夫だし……そいつも使われた方がいいに決まってるからな」

「へ――。あ、ありがとうございます!」

 

 宝石を手に取るようにして八卦炉を持つ夜霧。

 それを見た師匠は思い出す。自身の幼き頃のことを。

 

 ――ああ、まぁ。そんな頃もあったな。もうだいぶ昔の話だけど。

 

 八卦炉を片手に、初めてオモチャを買ってもらった子供の様に喜ぶ夜霧を見て師匠は、自分の魔法使いの原初を思い出していたのだった。

 

「……ああそうだ、夜霧。お前紅魔館って知ってるか?」

「紅魔館? あの悪魔が住んでいるとか言う離れ小島のお屋敷のことでしょうか」

「大体合ってるよ。……そこに住んでる魔法使いのこともか知ってるか?」

「いえ、それは知りませんね」

 

 ほう、と師匠は笑う。

 ――その表情はまるでいたずらを思いついた子供のような、無邪気なそれ。

 

「じゃ、良いこと教えてやるよ……」

 

 師匠は話し出した。……紅魔館に関してのあることないことを。

 それを自分なりのハッピーサプライズだと、本気で思っているから余計にタチが悪い。

 

「――ま、そんなもんさ。行ってきな、夜霧」

「はい。では、失礼します」

 

 礼儀よく礼をして、夜霧はボロ小屋を後にする。

 

「……ふう」

 

 誰もいなくなった部屋に、ため息はよく響く。――それが他ならぬ()()のため息だということを、夜霧も、誰も、彼女自身でさえも、知ることは無い。

 

 

 




滲み出る厨二臭さに震えを禁じ得ない。

師匠って誰だろうねー。()


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見習い魔法使いの普通すぎる毎日

 人と妖怪、あげくの果てに神まで住まうこの地のことを人は幻想郷と呼ぶ。

 

 騒乱を極め、有象無象が入り乱れ、時代が移り変わったとしても、その楽園だけは変わらない。

 妖の楽園。幻想の行き着くところ。忘れ去られた悲しき者どもの最後の楽園。それが幻想郷と名付けられた土地の、その本質。

 

 ――つくづく、理不尽だと思ったのだ。

 

 人と妖、全く違う価値観を持った相反する存在。しかし彼らは互いが互いであるための関係を持っている。

 人の畏れがあるから妖がある。妖の畏れがあらから人は傲り高ぶらずに、何かに敬虔でいられる。

 

 どちらかがいなくては成立しないこの仕組みが崩れつつあったから、妖怪の賢者達は一山いくらかの土地を外界から隔離し、まるで――というよりも、本当に文字通り――時を止めたまま閉じ込めてしまった。それが幻想郷。

 

 成り立ちからして、ここはあやふやな場所だったのだ。不安定、砂上の楼閣もいいところ。しかしそれが意外なことに安定している。……何故、何故それが成り立っている。

 

 ――そのバランスを執り持つ誰かがいるからだ。

 

 それは誰か。

 

  ――博麗の巫女だ。

 

 いくら背中を追いかけても追いかけても何かが足りない。結局勝ち越したまま逃げたあいつだけが、それを()()()()()で成しえた唯一の人間だった。

 

 だけどもうあいつはいない。だから、この幻想郷は()()見えるだけなのだ。どんなに表面を取り繕ったところで本質的な面では全くと言っていいほど安定していないのだから。

 

 それも、多分おそらく、ちょっと手を加えるだけで。

 

 

 ――まあ、なんだ。だから長い長い時を掛けて戻ってきたのだ。

 

 この場所に、別れを告げるために。

 

「ただいま、そして――さようなら」

 

 空を駆ける。あの時と同じみたく、わざわざ箒に跨って。吹いて来る逆さ風が、今は心地良くすら感じる。

 

 ああ。上等だ。全力で争ってやろう。

 

 それが、普通の魔法使いである私なのだから――。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 魔法使い見習い。その肩書きに間違いはないのだが、本人はご不満のようだった。

 修行を初めて一ヶ月。もうそろそろ見習い取っても良いんじゃね? という夜霧の声は即却下。

 まあ当たり前だ。魔法使いとは基本的に研究を重ね魔法の研鑽をする者たちのこと。外の世界で言う所の、学者然としたヤツらのこと。

 何故彼らが妖怪になってまで長命を得ようとするのか。それは研究のために他ならない。寿命を延ばし、自らの肉体まで変異させることで研究に明け暮れる。それが魔法使い。

 

 ――断じてだ、一ヶ月で成れるような気楽なもんじゃないんだよ。

 

 そう咎められた夜霧は現在、幻想郷の空を飛行中だった。もちろん師匠の教え通りに箒へ跨って。

「魔法使いとは箒に乗るものなんだぜ!」とは師匠の談。

 そこから察するに乗らなくても飛べるのでは……と言ったら「ロマンが無いなぁ」と言われる。まあ仕方ないね。

 

 ――とは言いつつ師匠の言葉通り箒に跨る夜霧は、律儀というより愚直なのかと自問。そんな彼が向かう先は何処か。もちろん、人里では無い。家出というよりは勘当されたばかりの夜霧が人里に顔を出すのは、まさにどのツラ下げてという話。だったら何処に向かうのか。

 ……そこは、霧に覆い包まれた秘密の小島。その中心部、紅く赤く塗りたくられた赤い洋館。

 

 その名は紅魔館。霧雨夜霧は降り立った。

 

「どうもー」

 

 門前に降り立って、門番の人に声をかける。

 彼女の名前は紅美鈴(ホンメイリン)。何も知らない人が聞いたら思わず紅美鈴(クレナイミスズ)とでも間違えて呼んでしまいそうな名前の彼女が、ここ紅魔館の門番。

 

「あ、どうもこんにちは。夜霧さん」

 

「今日はちゃんと起きてるんですね。……なんかあったんですか?」

 

 はあ、と分かりやすくため息をつく美鈴。意地悪そうに笑う夜霧。

 

「……あのですね。私もいつも寝てる訳じゃないんですよ? ただ、あの日はたまたまいい天気で心地良くてですね……」

 

「別にいいんじゃないですか。あの時だって、ほら」

 

 それは夜霧が最初に紅魔館を訪れた時のこと。空から降り立った夜霧が見たのは、門前に堂々と仁王立ちで正に門番らしく立ち塞がる、美鈴の姿だった。

 鉄壁の守り、不動の門番。羅列すればいくらでも響きの良い二つ名が頭の中に浮かんでくるが、彼女の二つ名は『華人小娘』。大陸の拳法を扱って、身軽かつ華奢な戦いが得意な彼女らしい二つ名だ。

 

 ――それも全て、寝ていなければの話なのだが。

 

「あの、門番さん?」

 

 声をかけても起きない。肩を揺さぶっても起きない。勝手に入ったら怒られるよな、と思い門番を起こそうと思っていても、起きないことには話が進まない。

 夜霧の脳内で、これはもう勝手に入っても怒られないんじゃないか? と言う発想が浮かぶのは、すでに時間の問題である。

 

「あー、もう無理だ!」

 

 夜霧が未だ眠りから覚めない門番の横を通り抜け、門を潜ろうとすると。

 ――眠っていたはずの門番の蹴りが、目にも留まらぬ速度で夜霧の横腹に食い込む。

 

「ぐっ、――へ!?」

 

 そして吹き飛ばされた先には、高い塀のその壁面。そのまま強く背中を打ち付けた夜霧の意識は、朦朧としてそのまま落ちていく。

 

「この門を勝手に潜ろうとした愚か者は誰だ!」

「うっ……あ、れ?」

 

 意識が、遠のいていく。

 夜霧が最後に見たのは、焦ったようにこちらに寄ってくる門番の、「え、あっ! 大丈夫ですかー!?」と言う声。

 

 

 

 

「……寝てると思って門を通ろうとすると恐ろしい威力の蹴りが飛んでくる。――改めて思うんですけど美鈴さん。あなた何者ですか?」

「いやいやいや!? あれは反射みたいなものですからね!? そんな私はただの妖怪ですよっ!」

 

 そう言って、過剰なくらい丁寧に応じる気さくな門番、紅美鈴。その腹の奥では何を考えているのか……なんてことを考えてみるも夜霧はすぐにそんな考えを捨てる。彼女がそんな人――と言うか妖怪なのだが――とは思えない。

 

「あら、声がするから誰かと思いきや。夜霧くんじゃない」

 

 そんなことを考えていると、聞こえてくる美鈴とは違うもう一人の声。

 

「あ、咲夜さんじゃないですか。どうしたんです?」

「ちょっと美鈴の様子を見にきただけよ……あら美鈴、今日は起きているのね」

「も、もちろんですよ咲夜さん! 私だって真面目に門番してますよ!」

「ふーん、でも昨日はぐっすりと……」

「あーあー! 咲夜さん! タイム、タイム!」

 

 手を思いっきり振って咲夜さんの言葉を遮ろうとする美鈴。でももう遅い。咲夜の言いかけた一言でだいぶ察することができてしまう。

 ――ああ、美鈴。昨日もぐっすり寝てたんだな……。

 

「じゃ、美鈴さん。……寝ないでくださいね?」

「ちょっと! 夜霧さんまでですか!?」

「夜霧くん、今日も大図書館に?」

「ええ。本を返すついでにまた借りようかなって思って」

「無視しないでくださいよぉ……」

 

 そんな美鈴に、夜霧は励ましなのか蔑みなのかもどっちつかずな笑顔を見せ、咲夜さんの案内で門をくぐる。

 

「絶対寝ませんてばー!」と言う声が背後で響いているが、絶対に振り返らない。振り返ったら負けだ。

 

 そうして長い長い廊下を歩き、階段を降りて昇り……やけに大きな扉を通る。

 

 そこは見渡す限り本の壁。床を見れば本、壁を見れば本棚、挙句空を見上げれば浮遊する本、本、本……そんな『大図書館』の名に偽り無し、本だらけのこの部屋の中心部にある、アンティーク調の機能美を追求したかのようにシンプルな木製の机と椅子。そこに座する紫の帽子にゆったりとしたローブの魔女――パチュリー・ノーレッジの元へと向かう。

 

「こんにちは。パチュリーさん」

「あら、誰かと思えば……いつかの見習い魔法使いじゃない」

「見習いって……まああなたから見れば俺なんてまだまだ若輩者ですけど」

「いえ、若輩者と言う言葉すら当てはまらないわ。私から言わせればあなたは見習いですらない……赤子ね」

「さらにグレードが下がった!?」

 

 そんな夜霧の反応を楽しむように笑うパチュリー。

 確かにこの魔女……パチュリー・ノーレッジは夜霧みたいな見習いとは比にならないくらいの長い月日を生きて、全ての時間を魔法の研究に費やした、本当の意味での()()だ。

 ……それこそ、夜霧のことを文字通り赤子みたく扱えるほどに。夜霧は思う。きっと彼女は師匠と同等、イヤ、もしくはそれ以上かもしれない魔女、それがパチュリーなのだろうと。しかしこの紫の魔女、こう見えて意外と面倒見がいい。

 

「ああ、これ。返しに来たんですども、小悪魔さんにでも渡しておけばいいですかね?」

「あら、もう返しに来たのね……もう読み終わったの?」

「ええそりゃあ。このぐらいの分厚さなら一時間あれば読めますよ」

 

 速読。夜霧が少しだけ胸を張れる特技。

 

「……そんなドヤ顔で言われても。私は一分あれば読めるわよ?」

「うぇっ」

 

 前言撤回。上には上がいた。そして勝てそうにない。

 

「でもその量を一時間で読めるのは相当なことよ。……成長の証拠ね。喜んでも損は無いと思うわよ?」

「そんな風にパチュリーさんに言われたら、きっと喜んでも大丈夫なんでしょうね」

 

 そう。彼女は魔法使いとして遠くに離れすぎているが……それ故にとても有効なアドバイスをくれる。例えば、夜霧が魔法の研究に行き詰まった時には参考になりそうな魔道書を何冊か引っ張り出して、一緒になって考えてくれる。はっきり言って頼りになりすぎる。

 しかし喩えるならこれは、平々凡々の選手に優秀すぎる一流選手がなぜかトレーナーはおろかマネージャーとしてつくようなものだ。明らかに釣り合っていないのだが、敢えて夜霧もパチュリーも目を瞑る。これほど心強いアドバイザーがいるのは強みだろう、というメリットだけを見ているのだ。

 

「……ええ、問題ないわ……そう、問題ない」

 

 夜霧の大丈夫と言う言葉への返事の、微妙な違和感。それを夜霧も察する。

 

 ――なんと言うか、いま答えが()()()()ような。

 

「それじゃあ夜霧、借りたい魔道書があったら声をかけなさい。――ちゃんと返してくれるなら、いくらでも貸すから」

「……前から気になってたんですけど、どうしていちいち最後にそんなこと言うんですか? 借りたものを返すのは当たり前だと思うんですけど」

「ふふ……そうね、()()()

「?」

 

 そう言うと、パチュリーは今までのどこかニヒルな笑みとは打って変わり、明るく軽快な表情で笑って答える。

 

「……ああ、ごめんなさい。あまりにもあなたが普通で」

「なんか俺、変なこと言いました?」

「いえ何も。おかしくはないのよ……。でもね、全く違ったのよ、私のイメージと」

「……はあ、そうですかね」

 

 そう笑って答えたパチュリーに、夜霧は別れを告げて、紅魔館を後にする。――もちろん、いくつかの魔道書を借りてから。

 

 箒に跨って、再び幻想郷の空を泳ぐ。

 もう日も暮れかけて、やる事はなくなって来た。今更師匠のところに行く理由もないし……困った。暇だ。

 

 ――そうなると、向かう先は……。

 

「……博麗神社しかねえ」

 

 なんで紅魔館からそこになるんだよ、というツッコミは無し。強いて言うのなら、そこの巫女さんもどうせ暇そうだと思ったからであろう。

 

 夜霧が博麗神社に降り立つと、掃除中の巫女は箒をはく手を止めて、夜霧に声をかける。

 

「あら、夜霧じゃない。今日の修行は?」

「今日は師匠の気分が乗らないみたいで休みなんだ。それでまぁ。暇だから来た」

「あらそう。ならそこの素敵なお賽銭箱を少しばかり気にしてもいいのよ?」

 

 そう言って背後の賽銭箱を指でさす。

 なんなんだこの巫女は。心の中で思わず悪態をつく。夜霧が博麗神社を訪れる度、賽銭を催促するのがこの巫女さんだ。

 この巫女さんは、信仰を集めるよりもお金を優先する……それはもう信仰を目に見える目安とした賽銭と言うよりも、巫女さんにお金を寄付するための賽銭、というような気にしかならない。

 

 こうでもしないと機嫌を損ねる巫女さんは神職どうこうの前に人としてどうなのかと思う今日この頃。

 夜霧は流れるような手つきでいつも通り手元に用意した五円玉を放っておく。

 

「ん、よし。今日初のお賽銭どーも」

 

 ちなみに時刻は申の刻。もう日が沈みかけ、空が茜色に染まる頃。……要するに一日の終わりかけだ。

 

「今日初って……本当に参拝客が来ないんだな」

「ほんと、なんでかしらね?」

「……それはひょっとしてギャグで言ってる?」

 

 と言うのも、ここの巫女さんに信仰を集めたいという気持ちや熱意を、微塵たりとも感じないのだ。あちらの妖怪の山の神社の緑色した巫女さんは熱心に布教活動をしているのをよく見かけると言うのに、この巫女さんは毎日茶を飲んで他にすることもないのか、境内の掃除ばかり。

 

「何よギャグって。私はそんな事言ってるつもりは無いんだけど」

「布教活動をしてみようという気は?」

「無いわよ、めんどくさい」

 

 だろうなぁと夜霧。それはすっごく知っていた。というよりもこの巫女、宣伝やら広告やらをハナからする気なんてなかった。

 

 ――何しろめんどくさいからね!

 

 それでも生活に困ってないのは何故だろう。そんな疑問を持った夜霧がその事を聞いてみたら『なんでそんな事聞くの?』と言うまさかの質問返しをされたので聞くに聞けない状態に。ちなみにその答えは、妖怪の賢者と呼ばれる誰かが、博麗神社に定期的に物資を調達しているということだった。

 

「ま、よく考えてみなくても俺は神社とかのことは何もわかんないから口出す理由もないんだけど」

「……それはそうとして、少しあんたの話を聞かせなさい」

「どうしたのさ、急に」

 

 不意に巫女に話を振られて、多少驚く。

 ――そういえば今まで巫女さんのことばかりを聞いてきたな。俺のことについてはあまり話しちゃいない。

 

 だって聞かれなかったからね。

 

 巫女が縁側に座ってポンポンと隣を勧めて来る。「座れ」ということだろう。

 ならばと「ほーい」と、夜霧は箒をそこらに放って縁側に座る。

 

「で、話って何さ。知り合って一ヶ月。そっちから話を振るなんて珍しいじゃないか」

「そんな日もあるってことよ、夜霧」

 

 先ほどまでの穏やかなムードが一転。巫女が目の前に座る魔法使いの名前を静かに告げ、これからの話が笑っていられるような呑気なモノでないことを冷然と知らせる。

 

「私が聞きたいのは、あなたの師匠のことよ」

「……師匠が、どうかしたのか?」

「昨日の夜のことよ。お風呂から上がったら、紫が茶の間でゆっくりくつろいでた」

 

「妖怪の賢者が? 只事じゃないな」

 

 紫、という人物は、先ほどの話にも出ていた妖怪の賢者のこと。正体不明のスキマを操る、神出鬼没の大妖怪、八雲紫。そんな彼女は幻想郷の管理者でもあり、博麗の巫女の支援者でもあって……一言で言うと謎の存在。

 

「それで私に言ってきた。『あの見習い魔法使いの師匠には気をつけなさい』って。それで、見に行ってみた」

「で……どうなったんだよ?」

 

 巫女は苦い顔をして、いくらか迷ったように沈黙すると、よほど答えにくいのだろう。重苦しい口調で語り出す。

 

「――負けたわ。この私が、弾幕ごっこで」

「……それは」

 

 当然だろうな。

 咄嗟にそう思ったが、そうでもないような気もする。

 師匠は強い。それは当然のことだ。あの溢れんばかりの魔力を扱う魔法使いなど、そうそういないだろう。

 しかし対してこの巫女も、幻想郷の調停者という役柄上やはり強い。ただし師匠より上かと言われれば違和感はある。

 巫女が師匠に勝つイメージがイマイチ掴めない。人間が虎を素手で追い払うのと同じぐらい無謀な事のように思えてならない。

 しかし巫女は『弾幕ごっこ』という幻想郷のルールの下では一番強い――その点については異論がなかった。

 巫女が『弾幕ごっこ』ておいて負ける場面も、同じくらい想像できないのだ。

 

 ――そんな巫女が、弾幕ごっこで負けた。

 

「やっぱり、強かったのか?」

「そりゃもちろん。アレをただの魔法使いだと思って戦ったのが失敗だったわ……あれはもう、妖怪と呼ぶのも何か変。そう、化け物ね」

「化け物、だって?」

「少なくとも私はそう思った。……それで、そんな彼女を師匠に持つあなたはどうなのかということもね」

「いやいや待てって。俺にはそんな実力ないぞ? まずお前に勝てるかどうかさえ怪しいくらいなんだし」

「それは分かっているのよ」

 

 オイオイ。

 

「だけど――彼女の正体についての心当たりが、あるんじゃないの?」

 

「――!」

 

 あるわけないじゃないか。そう断言できなかったのは何故か。それは単純。……本当のところ心当たりがあるからだ。

 では気になるのはどこで――どんな理由で彼女を知っているか、だ。

 

「白黒の魔法使い。星の魔女。それが師匠……()()様だ」

 

「ねえあんた、もしかして……」

 

 そこまで言って巫女は何も言わなかった。

 しかしその開きかけた口は、「知ってるんじゃないの?」とでも言いたげで。

 

 知っていたら……知っていたら何になると言うんだ? 俺は師匠の――いや、もしかしたらそれは偽名の可能性すらあるのだが――正体を知っているのだとしたら……どこで知ったんだろうか。

 

 思わずポケットに手を突っ込んで、その中に入ったミニ八卦炉を落としてしまう。

 

「あっ」

「ん? 何よこれ……って、何よこれ!」

 

 巫女が目を光らせる。この巫女は八卦炉の素材を目ざとく察しているのだろうか……と思ったら。

 

「これ、()()()()()()じゃない! なんであんたが持ってんのよ!」

「は……あの人だって?」

 

 巫女が声を荒げて続ける。

 

「知らないの? 私の先代の博麗の巫女の友人、霧雨魔理沙の……って、あれ、えっ。もしかして……」

「どうしたんだよ、巫女さん」

 

 不意に巫女は、何かを思いついたようで神社の中へと入っていって、何かを手に持って急いで戻ってくる。

 

「ほらこれ、これ!」

 

 そうして持ってきたのは一冊のアルバム。

 ――指し示すのは、一枚の写真。

 

「写ってるのは、先代の巫女と……師匠?」

「そう。博麗霊夢と霧雨魔理沙。これで彼女の方が手に持ってるのが、それ」

「あ、ミニ八卦炉……」

 

 写真に写っている二人。一方は会ったことも見たこともない知らない人だったけど……もう一方には見覚えがある。ありすぎるくらいに。

 

 黒を基調としたドレスに白いエプロン。どう見ても身の丈に合わない大きさの黒いとんがり帽子の女の子。

 そんな辺りに「私は魔法使いだ」と主張する服装は……師匠と全く同じだった。

 

「この人、師匠なのか?」

「そう……かもしれない」

「かもしれない? なんで言い切らないんだよ、なんかあったのか?」

「いや……霧雨魔理沙は、齢八十の時、老衰で亡くなったって聞いてるんだけど……」

「老衰で? じゃあこの写真の人と師匠様は無関係だって言うのかよ」

「わかんないわよ! だけど師匠っていうヤツが危ないのは確定した! ……あんたには悪いけど、警戒はさせてもらうわ」

「ちょ……そんな唐突な!」

「理由だってあるわよ! 霧雨の“霧”に魔理沙の“魔”! これで“魔霧”! 疑う余地はありありよ!」

「――んな無茶な!」

 

 全くもって訳がわからない。

 師匠が、霧雨魔理沙。でも彼女は死んだはずの人間で……ああ、わからない。

 夜霧は混乱する。目の前の事実と、確かに残る事実との食い違いが、彼を惑わす。

 

「クソ………」

「ちょっと。どこ行くのよ」

「帰るんだよ。もういいだろ?」

 

 縁側から立ち上がり、そこらに落ちた箒を拾って飛び上がる。

 ――今日は帰ろう。少し、考えてからまた師匠に会ってでも、遅くは……。

 

「巫女様!」

 

 そう思った矢先、とんでもないことが起きてしまった。

 

「はいはい、ここにいるわよ……。何か、あったのね?」

 

 そこにいたのは、必死で走ってきたのか。疲労に顔を歪まず人里の青年。

 

「はい……巫女様、聞いてください」

 

 そして夜霧は、信じられないことを聞いてしまう。

 

 

「里が燃えています! 犯人は……白黒の魔女です!」

 

 

 

 

 

 

 

 




有言実行ほど信用出来ない言葉も無いが、いざ本当に実現されると厄介なのも、この言葉なのだ。


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キリサメ×マスタースパーク

「……………」

 

 夜霧が帰って数時間後、大図書館には、再び本のページをめくる音が響いていた。そして相変わらず、大図書館の中心に座したままの『動かない大図書館』。

 そんな彼女の元に、何冊かの本を持った小悪魔がやってくる。

 

「パチュリー様、この本はどこに置くんでしたっけ?」

「………………」

「パチュリー様?」

「……ああ、ごめんなさい。なんですって?」

「あ、いや。この本はどこにしまおうかお伺いに来たのですが」

「それなら十一番と零二の棚ね。後それは……」

 

 ――パチュリーは、考えていた。

 あの最近現れた、まだまだひよっこの魔法使いのことを。彼のことは、実のところよく知らない。急に大図書館に出入りするようになった、まだ人間の魔法使い。でもどこか、初対面のはずなのに見覚えがあった。

 あの黒尽くめに所々白い装飾を施した特徴的な――というよりはちょっと変な白黒なローブを纏ったその男はどこか……あの金髪のコソ泥魔法使いに雰囲気が似ていたのだ。だから初めて会った時は本棚に保護魔法を何重にも厳重にかけた。

 

 また本を盗まれる――!

 

 そんな気がしたのだ。でも実際はその逆で、借りたものはちゃんと返す、良心の持ち主だった。

 

 そう。あの『普通の魔法使い』とは大違い。なのになぜか、彼は似すぎているのだ。

 

 その風貌も、その使う魔法も、その雰囲気も、その研究の切り口も――!

 

 ……何と無く気まぐれで、彼の師匠のことを聞いてみたことがある。彼曰く、「俺の知る人の中では最強で、――パチュリーさんでも勝てないんじゃないかな」だそうだ。

 

 ――そして曰く、金色の瞳に黒と白の服を着た魔法使い。

 

 震える。

 まさか、まさか、まさか?

 夜霧が師匠と呼ぶ人物は、まさか――。

 

「……小悪魔」

「はい、なんでしょうか」

「ちょっと外に出るわ」

「はい、わかりました……って、え!? パチュリー様が!?」

「何よ。私だって動く時は動くわよ」

 

 そう、まさに今がその時。パチュリーが動く時は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。今こそ、自分が出向き、調べなきゃならないことがあるのだから。

 

 ――その時だった。

 

「……その重い腰をあげる必要は無いと思うぜ。パチュリー」

 

 静寂が支配する大図書館に、声が響く。

 

 ――数百年ぶりの、彼女の声が。

 

 

 ああまさか……本当に……。

 

 

「アナタ、だったのね」

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 その時のことは、彼自身よく覚えてない。

 

 ただ、空を全力で飛ばして飛んでいただけ。

 

 早く、早く、早く……! そんな思いだけで、全力以上のスピードを出した。疲労と魔力を限界以上に放出したことによる痛みに顔を歪ませながら、そうしてたどり着いた、顔も見せたくなかった人里。

 

 ――変わり果てた、地獄の様な。

 

「なんだよ、これ」

 

 ボロボロになった家々。火が上がった人里。そこに人の活気はなく、響くのは阿鼻叫喚。それも、誰も望まぬもの。誰も求めていない、恐怖以外の何物でもない感情が、埋め尽くしていた。逃げ惑う人々が降り立った俺を見る。怯える視線、忌む視線、期待する視線、憎しといった視線――様々な感情を梱包させた視線が、夜霧に向かって交差する。

 

 師匠の服装みたく、白黒を基調にした服なんて着てるのがいけないのか。やけにこちらに向けられる視線が怖い。……どうやら、この里を燃やした犯人の仲間だと思われているようだ。確かにこんなナリでは疑われるかもしれないし、動機もあるのかも知れないけれど。そう思い、仕方のないことと割り切った。なぜなら夜霧の目的は、この火の手の奥にあるのだから。

 

「いるんでしょう? ――師匠」

「おう……意外と早かったな、夜霧」

 

 燃え盛る炎の中から、白と黒の魔女が歩み寄ってくる。そして俺の視界に捉えられる確かなところまで来たところで、その姿をはっきりと見る。黒いドレス、白い装飾。いつもの彼女の服装。そのはずなのに。……どうしてこんなにも纏う気配が違うのだろう。金の瞳に見つめられただけの俺は、身震いが止まらない。彼女は果たして本当に俺の知る彼女なのか。

 

 そう、夜霧は恐怖を感じていた。ヘビに睨まれるカエルみたく、ここで死ぬかもという臨死感。自分が死ぬことを悟った時と、全く同じ系統の感情。諦め、諦観と言えば体裁は守られるが、残念ながらそうではない。本当の恐怖を味わう時、人間はまともな思考をする気すら起こらなくなるものだ。

 

 ……夜霧はいま、恐怖していた。自分のよく知る……否、()()()()()()()()()()()彼女の姿に、戦慄していたのだ。

 

「なんでこんな事をするんですか……師匠」

 

「なんでってお前、そりゃあさ。お前はスーツを着込んだサラリーマンに毎日欠かさず出勤する理由を聞くのかよ? ……聞かんだろうよ、そんな事。私も同じさ、夜霧。私は然るべきことしようとしてるんだ。邪魔しないでくれ」

 

「然るべきこと、だって? 師匠、あなたが何を言ってるのか、俺にはわからないですよ!」

 

「わからんだろうな、お前は。――この幻想郷は無くなるべきなんだ。それに気づくこともなく、ここで死んでいく命には申し訳ないが……仕方ないのさ」

 

「師匠……、いや――霧雨魔理沙ッ!」

 

 ――その名を呼んだ瞬間だった。

 

 魔力で満ちた、ドッジボールほどの大きさの弾丸が、猛高速で抉るように夜霧の腹を吹き飛ばす。……穴は空いていない。

 

「あっ、ぐっ……!」

 

「知ってるんじゃないかよ、私の名前」

 

 師匠――霧雨魔理沙が静かに歩み寄る。その足音は不気味なほど、喧騒に包まれて騒がしいはずの人里にカタカタと響いている。

 

「なあ、夜霧。聞きたいことがあるんだ」

 

「な、なんでっ……!?」

 

 魔理沙は夜霧の襟を、――たぶん()()()、――気道を圧迫するように掴み挙げる。

 

「ぐっ……あっ……」

 

「お前、私と一緒に来ないか? もちろん、ここをぶっ壊してからだが」

 

「師匠が、ここを壊す理由が少しでもわかったら、考えますよッ……」

 

 すると魔理沙は、明らかに呆れたようなため息を吐いてこう言い捨てる。

 

「アホか、お前。お前に質問権は無いんだ。――来るのか、来ないのか。その二択だ、それ以外は論外、即却下だ」

 

 ――どんな選択肢だよ、それ……!

 

 強制的に答えさせたいわけでも無い。かとか言って質問も一切許さない。一体何がしたいのか、それすらもわからない。

 

「こんなことを思ってるとは思わんが、一応。助けは期待するなよ。……私の忠実な使い魔(しもべ)がしっかりあちこちを潰しに回ってる」

 

 ま、足止め程度にしかならんだろうが。

 

 そう最後に付け足して。これで夜霧が多少なり期待していた救援の類は、一切期待できなくなったわけだが……。

 

「で。どっちなんだよ、夜霧。私は早く幻想郷(ここ)を一巡りしてしまいたいんだが」

 

 その一巡りは、何のためにするのか……無論、壊すために決まってるだろうけれど。

 

「…………」

 

 目を瞑って、考えて見る。いま思えば、ここには良いものが数え切れないくらいあった。魔法の森には不思議なものがいっぱいあった……何度通いつめてもその度に新しい発見があった。空から見た夕暮れの情景は感嘆の一言だったし、博麗神社から一望できる幻想郷の景色も素晴らしいものだった。

 

 ――あれ? 意外とすらすら言えるもんだな。そこまで幻想郷について考えたことは無かったんだけど。

 

 つまり、どういうことなのか。それはまだわからないけれど……まあとにかく、俺は魔理沙にこう言ってやる。

 

「すみません師匠――俺、壊すのは正直勿体無いと思います」

 

「へぇ。あら、そう?」

 

 その時、身体が嘘みたいな力で揺られて――思いっきり、近くの民家に投げつけられる。木片を幾多もぶち破り、人間が奏でてはならないような音を発しながら破壊音と衝撃が残響する。

 

「ぐっ……」

 

「あーそうだそうだ、やっぱりな。幻想郷なんだから、これで決めるべきだったな」

 

 クククと笑いながら、そう言う魔理沙の手には――長方形の一枚のカード。

 

 スペルカード。

 命名決闘(弾幕ごっこ)と呼ばれる、幻想郷のルールに従うための宣言符(カード)

 

「なあ夜霧……弾幕ごっこ、やろうぜ?」

 

 ――霧雨魔理沙は、狂っていた。少なくとも、自らの行動が矛盾だらけだと言うことに気づかないくらいには。

 

 弾幕ごっことは、結局のところ幻想郷の実力ある者たちが決めたルールでしか無い。わざわざそれに則っとる理由なんて無いのだ。しかし幻想郷に住まう妖怪たちはルールに従う。それはもちろん守らなかった後のことが恐ろしいからというのもある。しかし結論から言うと、妖怪たちはそれを楽しんだのだ。人間を殺すことなく、ガチンコで戦うことのできる画期的なシステム。退屈が妖怪を殺す毒なら、その解毒薬となり得たのは弾幕ごっこという()()だったのだ。

 

 ――しかし霧雨魔理沙の目的は、幻想郷を壊すこと。そこには一切の娯楽も、楽しみも、ルールだった無い。霧雨魔理沙は、幻想郷を破壊するのみ。したがって、わざわざ弾幕ごっこという、非殺傷が前提の戦いをするメリットが魔理沙には皆無なのだ。

 

 なのに魔理沙はスペルカードを提示――弾幕ごっこを夜霧に挑んだ。それはつまり、()()。魔理沙は、夜霧との最後の戦いを、自らの中で遊戯としたのだ。

 

 ――それが夜霧を生かすためなのか、はたまた気まぐれでしかないのかどうかは、わからないのだが。

 

「スペルカードは一枚。膝をついた方の負け、でどうだ?」

 

「は、ははは……」

 

 しかしそんな事を思案する余裕もない夜霧は……儚い威勢を顔に貼り付けて、スペルカードを提示する。

 

「いいですよ師匠。……あなたが負けたら、大人しく引き下がってくださいよ」

 

「ほざけ、負けるのはお前だよ」

 

 魔理沙が距離を置き、両手を前に挙げてスペルカードを提示する――間違いなく、必殺の合図。

 

「魔力の奔流で身も心も消し飛びな。――魔砲『ファイナルスパーク』」

 

 それは、圧倒的すぎた。威圧を感じる間もないくらい、一瞬にして空気が()()()。空気中の魔力がほとんど持っていかれたのだ。そしてその結果、顕現するは異常と言えるほどの太さを誇る超火力レーザー。――視界を覆い隠す、その巨大な魔砲に向かって、夜霧は。

 

「――負けられないんだッ!!」

 

 取り出したのは、一枚のスペルカードと――ミニ八卦炉。かつて目の前の師匠が教えてくれた、一撃必殺、高火力かつ超ロマンの大魔法。……いつか、普通の魔法使いが得意とした魔法を。

 

「秘伝!!」

 

 八卦炉を構え、スペルを叫ぶ。目の前の圧倒的火力に対抗できるのは、同じく圧倒的火力のみだから。

 

 ――『マスタースパーク』!!

 

 ミニ八卦炉から放たれた虹色の極太光線(レーザー)は、目の前の圧倒的火力に見事対抗してみせる。

 

「らぁぁぁ!!」

「やるじゃないか、でもな――」

 

 夜霧が叫び、魔力がさらに加算されることでレーザーの威力がさらに増す。魔理沙がもし、軽い気持ちで戦っていたならあっさりと押し返せていただろう。――軽い気持ち、ならだが。

 

「……悪いけど、こっちも本気なんだ」

 

 その瞬間。二対の光線の均衡が崩れ、一方の方へと容赦無く押し寄せてくる。――無情に、しかし当然のように、夜霧の方へと。

 

 

「…………………あ」

「チェックメイトだ。夜霧」

 

 圧倒的すぎた。――威力も、質も、……何もかもが上位で、何もかもが優に上回っていた魔力が、夜霧を包む。焼け焦げるような痛みと、むせ返るような衝撃に意識を明転させながら。

 

「……あ、」

 

 ……夜霧は、膝をつい(負け)た。

 

 それをしっかりと見た魔理沙は、夜霧がもう立ち上がることができないと気づくと、こう言って立ち去った。

 

「さよならだぜ。――最後で最期の我が弟子よ」

 

 そう、言い捨てるように言った後で。

 

「意外と……付いてきてくれると思ってたりもしてたのにな」

 

 そんな虚しさばかりの瞳で告げたその言葉が、夜霧に届く前に。

 

 

 

 ……夜霧は、暗い暗い意識の底に沈んでいく。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

「ほら、いつまで寝てるつもり? いい加減起きなさいよ」

「……あー、っと……え?」

 

 状況がうまく飲み込めない。俺はいま、師匠との弾幕ごっこに負けて、そこらの地べたに寝転がっている。それは自分自身、よくわかっているとして……。

 

「誰ですか?」

 

 夜霧を見下ろすようにして、()()()()空間から半身だけを出した女性がいたのだ。

 

「そんなところから出てきてる時点で人間じゃないのはわかるから、まずあんたは妖怪だ。そしてその変な――空間を操る力……とすると、妖怪の賢者様か?」

「御名答」

 

 女性はおかしな空間の穴――と言うよりは、スキマとでも呼べそう穴を広げ、今度は完全に体を出してその場に立つ。

 

「私は八雲紫。妖怪の賢者と呼ばれたりしてますわね」

「なるほど……して、そんな人が俺に何の用ですか? もう、あまり動けない」

「……まずは自分の後ろを見なさい」

 

 そう言われ、魔力の使いすぎでうまく動かない体を起こし、背後を確認する――。

 

 

「――ッ!!」

 

 

 嗚呼、信じられない。しかもそれは、まぎれもない真実。――なんで、()()()()()()

 

 燃えた焦げた家屋の跡も、人の姿も、何もかもがそこから消えていたのだ。

 

「な、なんだよコレ……おい賢者様……どういうことだよ!」

「安心なさい、里の人々は無事。今は私の空間の中で保護してる。里の建物は……どれも状態が酷くて、すぐに片付けるのが一番だったわ」

「なっ……そう、ですか」

 

 ――わかってる。わかってるんだ。これが仕方ないということも。でも……思わずにはいられない。俺が。俺が、師匠を止めれたのでは無いか――この人里を、壊すようなことにならなかったのでは、と。

 

「思いつめても無駄ですわよ。霧雨夜霧」

「……わかるんですか? 俺、そんなに顔に出てますかね?」

「ええ、それはそれはかなり」

「……あの、賢者様」

「――紫」

「え?」

「構わず紫とでもお呼びなさい。あまり堅苦しいのは好きじゃないのよ」

「そ、そうですか……なら紫さん。……霧雨魔理沙のこと、知ってるんですよね?」

 

 そう聞くと、「やはりそう言うか」と言う表情で紫は頷く。

 

「なら教えてください……彼女が、霧雨魔理沙が――どうして幻想郷を壊そうと思うのかを」

「……いいでしょう。だけど、長くなるわよ?」

 

 それくらい構いませんよ。――その夜霧の一言で紫は話し出す。

 

「じゃあ……始めましょうか。幻想郷の昔語りを」

 

 

 ――今は亡き博麗の巫女と、その友人の話を。

 

 

 




不思議な巫女は死に、普通の魔法使いも姿を消した。

――これは、来るかもしれないもしもの未来。


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八雲紫はかく語りき

 その思いの始まりを知るのは、やはり全てを知り、全ての元凶となった彼女のみだろう。そしてその願いを叶えることが出来るのも、――彼女のみ。




 それは本当に昔々のことだった。

 

 どれくらい昔か、と言う問いには答えない。なぜなら言ったら歳がバレてしまうから。

 

 ――どうでもいい、って? こっちからすれば重要なのよ。

 

 でもまあ、言うのであれば。地球が太陽の周りを何百何千と回った頃の話。なに? アバウトすぎる? いちいちうるさいわね、あなたも。

 

 その頃は激動の時代、血で血を洗う妖怪と人間の残虐ファイトが弾幕ごっこという平和的なルールに移り変わり始めていた頃。まだまだ野良妖怪どもはそんなルールなんて守ってられるかと荒れていた。

 

 そう。ほんとに今とは大違いだった。

 

 だから八雲紫は利用した。つい最近……とは言っても昔の話だが、幻想郷へと引っ越してきた妖怪たちに協力を持ちかけた。

『被害が最小限で済む程度の異変を起こしてほしい……ただし、命名決闘(スペルカードルール)を利用した解決を……』と。

 

 ――よく協力してくれたな、と? 当然よ。だって彼女たちにはそうせざるを得ない理由があったもの。

 

 そうして起こった異変が『紅霧異変』という幻想郷中が紅い霧で覆われる異変だ。そう、吸血鬼が起こした異変――紅魔館の連中。そこの魔女によくしてもらっているそうな。とにかく、その時に異変解決をしたのがあの二人。博麗の巫女とその友人である普通の魔法使い。彼女たちが弾幕ごっこで異変解決をしたおかげで、一気に幻想郷中に弾幕ごっこというルールが拡散された。それからはもうお祭り騒ぎ。……今まで力を燻らせ続けていた名のある妖怪たちが、憂さ晴らしに異変を起こしたり、外から神社が入ってきたりと。

 

 ――そう、あの山の上の神社のことね。

 

 いろいろ大変だったけど……楽しかった。そうやって数々の異変を彼女たちは解決していって……いつしか二人は異変解決屋としてその名を知らぬ者はいないほどに有名になっていった。

 

 そう、順調だった。この頃までは。

 八雲紫も少し浮かれてたのかもしれない。だから、あんなことになったのかもしれない。

 

 ある日のことだった。

 幻想郷と外の世界を隔てる博麗大結界に異常が起こった。

 

 ――どれくらいマズかったのかって? ふふ、これまでの私の人生がちっぽけだったなと思えるくらいにはマズかったわよ。

 

 そう、ありえないと思っていた。想定外だったのだ。博麗の巫女が死んだならいざ知らず、まさか彼女の存命中に結界が不安定になるとは思わなかった。これが壊れたらどうなるか、夜霧もわからないわけはない。 ……幻想は現実のものとなり、妖怪たちは大勢の人間たちの目に晒されることとなる――妖怪が幻想ではなくなり、人々に認知され現実のものとなる。

 

 ――つまりそれは、幻想郷の終わり。

 

 原因を調査した。全力に全力を尽くして。だって嫌だから、幻想郷が無くなるのは。八雲紫にとって幻想郷は私の半身も同じことだから。だけど原因は見つからなかった。

 

 ――見つかったのは、それを改善する方法。

 

 そう、それがマズかった。

 その方法は。

 

 ――博麗の巫女を犠牲として博麗大結界の安定を図ること。

 

 おかしな結論だった。結界を安定させるために生きているような巫女を、結界を安定させるために殺すのだ。この方法ならまず失敗は無く、損害も最小限で済む。人柱、つまり博麗の巫女の命だけを犠牲にして。

 当然八雲紫も他の方法を模索したが……それ以外に方法は無かった。――それを話して、一番最初に反対したのは誰だったか。

 

 

 博麗の巫女自身では無い。むしろ彼女は自分から進んで参加しようとした。そう、反論したのは彼女――普通の魔法使い。霧雨魔理沙だった。

 

『ふざけるな! 誰かが犠牲になって解決したところで、私たちは喜べるのかよ!』って言って。全く彼女らしいと思う。

 

 でも八雲紫は、言い返してしまった。

『それは何も失ったことが無いから言える……綺麗事なのよ』と。

 

 結局、博麗の巫女が犠牲となることでこの騒動は一応の解決はした。

 

 

 ――そこから、おかしくなったのだけれど。

 

 

 まず。魔理沙が消えた。彼女は外の世界に出て行った。魔法のさらなる知識を求めてかどうかは知らないけれど、八雲紫はもちろん止めようとした……が、できなかった。なぜできなかったか? 色々あったのだ、それはそれは、いろいろと。

 

 そして博麗の巫女……霊夢って言うのだけどね。――あら、知ってた? そう、物知りなのね。とにかく、彼女の周りには人も妖もいっぱい居た。

 

 ――人気者だったのよ、彼女は。いえ、そういうことでは無くて……ああ、中心にいたのよ。けれど彼らは……霊夢がいなくなってから姿を見せなくなった。否、元の場所に戻ったとでも言うべきだ。表立った行動をしなくなったのだ。

 

 まさに等価交換だった。人と妖が手を取り合って生きていける理想の世界の代償に釣り合うだけの価値が、あの子達にはあった。

 

 

 ――本当にそれでいいのか、ね。

 

 

 正直何度も自問自答を繰り返した。これで本当にいいのか? これは本当に理想なのか、と。答えは見つからない。見つけてはならなかった。なぜならそれを見つけて仕舞えば、現にちゃんと成り立っていたモノが、確かにそこにあったモノが、綺麗にさっぱり消えてしまうのだから。

 

 ――例えそれが、脆く崩れやすい硝子細工みたいな理想像だとしても。

 

 しかしそれも、力をつけた魔理沙があっさりと壊してしまった。彼女のことを許すつもりは無い、無いのだが……こうなったのは結果論。いずれ訪れる限界だ。彼女はあの時悟ったのだ。この理想の楽園(私たちの夢)が偽物の上でしか成り立たない、悲しいものだったと。

 

 ――ええ、予想通り。残念ながら、博麗神社は……結界の中心部はすでに掌握されているわ。それどころか幻想郷の主要部はすでに。

 

 ああ。本当に、あっさりだったわ。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

「これが今起こっていることのきっかけ……私のせいなのか、この幻想郷という土地の限界なのかどうかは、わからないけれどね」

 

 紫は長い話を語り終えた後で自嘲するように、けれどもその表情は虚ろでなく、むしろまだまだこれからと言ったような、そんな表情。

 

「嫌ですよ、俺は」

 

 魔力を使い果たし、もう動かないはずの体を無理矢理に起こした夜霧が立ち上がる。

 

「俺は、嫌だ。この幻想郷に限界があったとか、いずれ起こることだったとか、認めたく無い」

 

 ――そう、今まであまり意識はしてなかったけど。結局のところ、俺はこの幻想郷がだいぶ好きみたいだ。

 

「……でも、今のあなたに何ができる?」

「確かに、俺じゃ師匠には勝てない。その様子だと、紫さんもでしょう?」

「ええ、実に悔しいけど……それが事実」

 

 数百年の間に、霧雨魔理沙は異常と呼べるくらいの成長を遂げていた。――それこそ、妖怪の賢者を上回るくらいに。

 

「でも何もできないままよりは……よっぽどマシだ」

「何をする気なのかしら?」

「そんなの、決まってるじゃないですか。

 もう一度彼女の前に立ちはだかります。確かに、無駄かもしれない。……イヤ、無駄だ。勝てるわけがないってわかってる。

 それでも……それでも俺は、」

「――守りたい、と?」

「この幻想郷(場所)を、です」

 

 その少年が語る言葉は、間違いなく理想。絶対に成し得ない夢物語。――かつて、綺麗事だと切り捨てた言葉。それをこうも、澄んだ瞳でただ真っ直ぐに信じて、ひたむきに語れるものなのか。

 

「………………」

 

 その時紫は、覚悟を決めた。――ひとつ、賭けに出てみようか。そんな事を思い、不敵に笑う。

 

「ねえ、夜霧。――ちょっと賭けをしてみない?」

「賭け、ですか?」

 

 なんだってこんな時に……。そう思ったが、聞いてみるだけだ。損はしないはず。だが、その後に紡がれた言葉は、全くの予想外。

 

「――あなたが過去に行って、過去を変えてやるの。……どう? やってみない?」

「……………へ?」

 

 ――何を言ってるんだ、この人は。それが第一に思った事。いくら妖怪の賢者とは言え、時を超えることなんて……一瞬できると思ったが、普通できる方がおかしいし……。

 

「あ、タイムスリップなら私の能力で問題なく行えるから」

「……わぁ」

 

 なんでもありってことかよ。すごいな、もう。

 

「ところで紫さん。そうすれば……過去を変えれば、今のこの結果は変えられるんですか?」

 

 そう訊くと、紫は自信満々に頷く。

 

「師匠を救って、この幻想郷も壊れずに済む未来が……あるって言うんですか?」

「ええ、断言するわ。――未来は変えられる。……もちろんあなたの頑張り次第だけどね」

「――!!」

 

 正直天にでも登りそうな心地だった。未来が変えられる……その言葉に、高鳴る鼓動が抑えられない。

 

 ――この惨状を回避できる……!

 

「やらせてください……! 俺に……チャンスをください!」

「ふふふ、意気込みは十分みたいね……なら、直行よ」

 

 そう言うと、俺の背中の感覚が消失する。

 

「え?」

 

 ――違う、地面が無くなったのだ。そしてそのまま、俺の体は重力によって下に向かって自由落下していき……視界の奥、閉じていくスキマを見ていることしかできないことに気づいたころ、今まで忘れていた疲労が一気に襲いかかってきて、急激な眠気に襲われる。そしてそのまま、ゆっくりと――瞼を閉じる。次に夜霧の目が醒めるのは、今いるこの世界では無く、全く違う異質な空間だった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

「さて、……と」

 

 夜霧をスキマに放り込んだ、そのすぐ後のことだった。すでに人里は壊滅。薙ぎ倒された家屋に、無残な姿となった村の塀。それにあまり見たいものではないが……ボロボロの姿になった、見回りの役についていたであろう里の男の――亡骸。

 

 

 空を見上げる。――今から雨でも降ってしまいそうな、生憎な空模様。そんな私のそばに歩み寄ってくる……()()の影。

 

「あいつをスキマに放り込んでどうするつもりだよ。あれでも一応私の弟子なんだぞ……紫」

「あら、あなたの弟子にしては随分真面目な子みたいね、彼」

「私には似なかったけれどな」

 

 

 魔理沙――いや、魔霧の姿を見て思う違和感。……先ほどまで幻想郷の各所に殴り込みをかけていたと言うのに、彼女は傷ひとつさえ負っていないない。もう何度も戦闘をしているはずだと言うのに、だ。もちろんというか当然、その中には紫でも一筋縄ではいかない程の実力者も居たはずだ。

 

「あいつら相変わらず強いのなんの。肉体強化の魔法を覚えてなかったら危なかった場面が何度あったか」

「……その様子だと、勝ったみたいね」

「ああ? 当たり前だろ。なんのための数百年だったんだか」

 

 数百年前……彼女が幻想郷を飛び出し、人間を辞めたあの数百年前。……思えば、その頃からこうなることは決まっていたのだろうか。――あの紅魔館に住まう、永遠に紅き幼い月が見た『運命』の話を思い出す。

 

「――いいか、スキマ。運命という物は、事象そのものに影響する道のようなものだ。それ故にいくらでも変えようの余地はあるし……些細な出来事一つで確立されてしまうこともある。だが私の見た『運命』はまだそうなってはいない、だからいくらでも変えようはあるのだ。……少しでも後悔しているなら今のうちだ。もしそうなってしまえば、私の『能力』でもどうしようもなくなってしまう。うちの魔法使いも従者も不安がっていることだしな。……まあ、そうならないことを期待することにしよう。妖怪の賢者様」

 

 その話は、警告だった。彼女の歩む運命――すなわち幻想の破壊者となる運命を変える、最後通告だったのだ。だから、私はその警告に従い、魔理沙を探していたが……もう遅かったようだ。その頃には、彼女の『能力』でも手に負えなくなっていた。それ自体が運命だった。……だとすれば、彼女を止めるのも私の運命だ。

 

 ――でも。

 

「……なぜ、弟子をとったのよ」

 

 そう訊くと、魔理沙は笑う。……いや、嗤う。

 

「ククククク……アッハッハ!! なんでかって? 決まってんだろ、戯れさ。――それ以上でもそれ以下でもない。そんなことはアンタが気にすることでもねーだろ?」

 

 理性など存在せぬその狂気的な笑みに……私は確信を抱く。

 

「嘘ね、それ」

「……はあ?」

「貴女のその言葉は真実ではないということよ。なぜなら貴女は彼のことを――」

「……黙れよ、スキマ」

 

 辺りに、鮮烈に強烈な威圧が満ちる。

 ――その中心にいるのは、霧雨魔理沙。

 

 その異常なほどのプレッシャーは、思わず腰が引けてしまいそうなくらいの存在感を帯びている。そのぐらいならまだ良かった……だけど。

 

 ――どういうわけか、()()()()()()()()()()()()()

 

 そもそも紫の『境界を操る程度の能力』とはなんなのか。彼女の能力を一言で言うのなら、神に等しき力。それに尽きるだろう。あらゆるモノには必ず境目が存在する。八雲紫はそれら全てを等しく操ることができる存在だ。その力を持ってすれば、昼と夜の境界すらも操って永遠に明けない夜を演出することも容易いのだ。

 

 ……そう、生き物の命を奪うのも、容易いこと。

 

 簡単な話だ。生と死の境界を操ってしまえばいいのだから。だから魔理沙が紫の目の前に現れた時、紫は間髪入れずに彼女の境界を操ってやろうとしたのだ。幻想郷の破壊者を、止めるために。しかし魔理沙の生と死の境界を操ることは――魔理沙の命を一瞬にして奪うことは叶わなかった。

 

 

 それは紫の力不足では無い。……この数百年間で、()()()()()()()()強くなった、魔理沙自身の『程度の能力』によるモノだ。

 

 紫はスキマを開くために右手を空間に添えるが……そっと引っ込めた。そうして紫は決心する。――ここで、彼女を止める、と。

 

「……あなたは、幻想郷の管理者たるこの私がここで止めてやるわ」

「ハッ、こうしたのはアンタの癖にな。調子のいいことで」

「……確かに、あの時あなたを変えたのは私かもしれない。けれど、それを間違っていたとも思わない。――だからこそ、私は夜霧に賭けるわ」

「へえ……お前が切り捨てた綺麗事をか?」

 

 それを聞いて、紫はいつものような誰にも内面を悟らせない胡散臭いばかりの不敵な笑みではなく、まるで自分を鼓舞するかのような、根拠のない自信たっぷりの表情で堂々と言い放つ。

 

「いいえ、違って――。私は霧雨夜霧に……綺麗事をはっきり語る彼に魅せられたのよ。

 だからこそ私は、それに賭けるの。かつて私が否定したものが、今この状況を変えてくれると信じてね」

 

 ――八雲紫は、一度否定したものを簡単に信じるほど単純で、愚かな人物ではない。それほどまでに、夜霧の語る理想は純粋で。いくら都合のいいやつだと言われても、この理想ならば。いくら儚く脆い夢物語だったとしても……最後まで見届けたいと思わされたのだ。

 

「――八雲紫、推して参るわ」

 

「ははっ、来いよ! 賢者様!」

 

 

 この場所、全て崩壊した幻想の中心で妖怪の賢者たる八雲紫と、既に普通などではなくなってしまった白黒の魔法使いが、今ここで衝突する。

 

 

 その勝敗がどうなろうと。

 

 

 その勝負がどう終わろうと。

 

 

 その決意がどう傾こうと。

 

 

 ――自分の理想こそが正しいのだ。

 

 

 雨が降ってきた。小さな雨粒が降り注ぐ。――そう、霧雨だ。

 

 哀しい理想を抱く者と、今在る幻想を守る賭けをする両者の戦いが。

 

 

 終わらない雨が、降り始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





霧雨、未だ止まず。


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“はじまり”のエピローグ

 目が覚めた。

 

 そこはどう理屈づけようとも表しようのない異常な空間。辺りには、こちらをギョロリと睨みつけてくる目、目、目。気色悪い――というよりは自分の知らなかったモノは、こんなにもちっぽけだったのだと思えてしまうような。

 

 

「ここが……スキマ?」

 

 そこにいる全てに正気を問いかけるように目玉蠢くこの世界こそが、八雲紫の心象世界、『スキマ』なのか。しかしこの空間も、妖怪の賢者の力の一片に過ぎないのだ。

 

「ふふ……元気そうね」

「あ、紫さ――って……それ、どうしたんですか!」

 

 綺麗に調度されていた紫色の道士服はところどころ擦り切れて、夜霧がスキマに落ちた後に何かがあったことは容易に推察できる。

 

 ――つまり、何かあった。

 

「その傷、その様子……もしかして、ですけど」

「ええ、そのまさか。魔理沙と戦ったのよ」

「……! それで、どうなったんですか?」

 

 ため息をつく紫。しかしそれは、疲れの色に染まり、悲観にくれる悲しいものだったが。

 

「見事に負けたわ。……彼女、強くなりすぎよ」

「ははは。一応、自慢の師匠なんですよ」

「笑ってる場合じゃないわよ……ほら、こっちに来なさい」

 

 紫に連れられ、スキマの奥へと進んでいく。一際目を引くのは、辺りに漂う謎のオブジェクト。赤色の三角棒、棒状の通せんぼの様な形状をした、全く用途不明のそれらが漂っているのだ。そしてその夜霧の疑問に気づいたのか、紫が説明を始める。

 

「これは交通標識って言ってね。外の世界でよく使われるものよ」

 

「交通標識? 何ですかそれ、何かを整理したりするんですか?」

 

「まあ大体そんなものよ……。言わばこれは私の中の、外の世界への勝手なイメージの表れ。あちこちに見える目玉は(うつつ)にどよめく視線の数々の思い込み(イメージ)。そこらに浮かぶ交通標識は私なりに思う外の世界の窮屈さの現れ。そうね、一言で言うのなら……狭いところよ、外は」

 

「………そうですか」

 

 ――随分、外の世界の事を知っている。妖怪の賢者だからそれくらい知っていてもおかしくない、なんて思ったりはしない。これほどまでに露骨に偏見を抱いているのだ。外の世界を深く知らなければここまで強いイメージもできないはず。

 

「さ、着いたわよ。――ここが、スキマの……私の世界の、最深部」

 

 そこには、()()()()()()のだ。あの無数にあった目玉も、無数に浮かんだ標識も、余計なものは何一つない。ただただ何もない。白い床に白い壁、白い空。そんな空間が、そこにはあった。

 

「そう、ここには何もない。世界の終着点。この世界はここから広がっている。いわば、始まりであり終わりであるのがこの場所よ。そして新しく境界を作ることができるのも、ここのみ」

 

「作る? 何を言って……」

 

「霧雨夜霧。よく聞きなさい」

 

 夜霧の質問を遮って、紫は続ける。その様子には、先程までは見られなかった焦りの色。

 

「……はい」

 

「うん、よろしい……。じゃあ、今から過去と現在の境界を越えて、あなたはタイムスリップをしてもらうことになる」

 

「――はい、わかってます」

 

「だからその過程で過去が変われば、この世界に辿り着く可能性は限りなくゼロとなる。本当に簡単に言うとね。――この世界は消えるの」

 

「は……? 消える、だって?」

 

「そう、だから賭けなのよ。私の独断でこの世界を賭ける。一世一代どころか巻き返しもできない不公平(アンフェア)しかないの損ばかりの賭けよ」

 

 嘘だろう、と。そう思った。だってそうだろう。現在この世界に辿り着く可能性の消滅が意味するのは、今この時間には永遠に戻れなくなるという事。――それはつまり、永遠の孤独だ。

 

「でも、一度乗った賭けは降りられない……とでも?」

 

「まさか、私もそこで酷ではない。降りるのなら、今ここで決めなさい」

 

 念の為だけど……本当に念の為、聞いておこうと思った。

 

「……あなたが過去に行くことは可能なのですか?」

 

「おそらく可能ね。でも、意味がない」

 

「どういうことですか?」

 

「確かに私が過去に行くことも可能。でもそれでは意味がないのよ。過去の私は――ううん。八雲 紫は、私を()()()信用しない。……それだけはね、わかるのよ」

 

 なんなんだそれ。やる前から諦めてないか。

 

 わずかにそう思ったが、よくよく考えてみれば当然だった。妖怪の賢者であり幻想郷を管理する彼女が、『未来から来た私』だなんて名乗る人物の事を信用するだろうか? 俺にはそんな場面が想像できない。きっと彼女は突っぱねる。未来の彼女の忠言を、偽物の戯言と扱うに違いないだろうし。――というか、自分のあまりの胡散臭さに腰を抜かすんじゃなかろうか。

 

「でもそういう事なら、俺が言ったところで変わらなくないですか?」

 

「いいえ、全く変わるわね。少なくとも私よりは可能性がある」

 

「いや、そうかもしれないですけど」

 

 ああもう。この際だ。はっきり言ってしまおう。

 

 ――自信が無いんだ。今から過去に戻って、この状況を回避できる自信が無いんだ。

 

「大丈夫よ。そう、あなたなら……きっと」

 

「……なんでそう言えるんですか」

 

「ふふ、だってあなたは……この八雲紫の心を()()()ごときで動かした初めての人間なのですから」

 

「――え? それって、どう言う……?」

 

 そう言い終わる前に、新たな境界が開く。今と昔、過去と現在、その境界が――目に見える形となって顕現する。

 

「さあ、行きなさい。この先には……過去の幻想郷が待っている。……あなたの、戦いが待っているのよ?」

 

「紫さん……俺は――」

 

 

 

 

「ほーら! 此の期に及んで、言わないのよそんな事。……さ、行きなさい」

 

 紫は俺の口元に人差し指で触れると、子供をあやすかのようにして、夜霧へと語りかける。

 

「あなたに賭けた私の選択に間違いがなかった事……あなたを信じた私がいたこと、覚えていなさい」

 

 

 

 

 そうして意識は断絶していく。

 最後に見たものは――。

 

 

 

 

 

――あなたを、信じているわ。

 

 

 妖怪の賢者が、笑顔で微笑む表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 現世に、ヒビが入っていくのが見える。

 

 「やって、しまったわね」

 

 私はその場に倒れこむ。……あの境界を開いた事で、紫の中の力は尽き果てた。式神を呼んでも来る気配が無い。契約が切れたか、もしくは――死んだか。しかしそんなことは些細なことだ。夜霧が過去に行ったことで、この場所はきっと矛盾の塊となって……消滅。

 

 

 ――つまり、世界は崩れ出す。

 

「あーあ、私としたことが……不確定要素に身を委ねすぎたかしらね」

 

 魔理沙との戦闘中。避けようの無い一撃を前にして私は、一切の回避行動をとるようなそぶりも見せずに、一撃耐えて見せたのだ。全ては一人の人間を過去に送るための力を確保するため。そのためなら一撃程度、安いものだった。

 

 人間を過去に送り、その未来を変えようとする……ありえないくらい不確定要素に溢れた賭けだ。普段の私なら絶対にそんなことはしない。 だが残念ながら夜霧を過去に送るという賭けに出た八雲紫は。幻想郷を愛し、自らのために行動する唯一の妖怪だったのだ。

 

 幻想郷を救うためにどんな手でも使う――幻想郷の管理者としての八雲紫ならばどうしたのだろうか。そう自問自答する。

 

 おそらくそれでも夜霧をタイムスリップさせることを私は選んだと思う。そこに微塵の後悔は無い。

 

 ――いいや、今のは嘘だ。たった一つだけなら、ある。

 

「私ももう一度、過去に戻れたらな……」

 

 実は、嘘だったのだ。『八雲紫は時の境界を越えることができる』……嘘では無い。ただ自分も無事では済まないだけで。そうした瞬間紫は激しい妖力消費によって呼吸すら、生きている証を立てることすら、難しくなる。……そしてそれは他人の場合も同様。

 

 

 

 誰だ。自分のことをなんでもできる万能少女などと揶揄したのは。そんな冗談じみたことを考えて、またどうでもよくなる。

 

「はぁ」

 

 紫は自らが消えていくのを感じながら、考えてみる。

 

 霧雨魔理沙――魔霧が幻想郷を破壊すること。

 

 こういうのを運命だったと言うのだろうか。変えようのなく、私が間違えたその瞬間に定まってしまった運命か。だからと言って、その答えは間違いだったと言えるのか? 違う、全てはあの日、結界が揺らいだ日。その時下した幻想郷の管理者としての判断が紫をそうさせた。――彼女の運命を、自分が定めてしまったのだ。

 

 

 悪いのは誰だろうか?

 

 

 ――他の誰でも無い、私だ。

 

 

 こんな破滅の運命に導いた、他の誰でも無い私だ。

 だから私は、全てを賭けて夜霧を送り出した。……何もかもを犠牲にさせて、何もかもを救う使命を彼に負わせた。

 

 きっと苦労するだろう。きっと苦しむだろう。自分の時間と過去の時間との擦れに、気がついてしまうこともあるだろう。孤独に苛まれ、苦しむこともあるだろう。……私の本質を知り、失望するかもしれない。私が愚かで、ただ一つの幻想郷しか見えていないことに呆れ返るかもしれない。――それでもいいから。

 

 私や、他の誰にも変えることが出来なかった霧雨魔理沙の運命を、変えることが出来るのは、あなたしかいないのだから。変えられないと決まった運命を変えるには、過去の運命を変えるしかないのだから。

 

「………………」

 

 目を瞑る。 そこには、すでに限界も、カタチも、形跡も、何もかもを失った在りし日の楽園の姿。ついさっきまであった――けどどこか違った楽園。私が愛した楽園。みんなが笑った楽園。願わくば、次の目覚めは、そんな楽園の中で……。

 

「そうなれば、いいわね。そうは思わない?」

 

 一息ついて、一言。

 

「ねえ、**」

 

 それだけ呟いて八雲紫は眠る。

 じきにこの世界は崩壊していく。夜霧が過去に渡ったことによって、世界の観測視点は夜霧のものとなった。故に、この時間は可能性――あるかもしれない一つの可能性の中の世界と化す。

 

 次にこの時代が訪れた時、それは今とは全く違う世界なのか。……幻想が笑い、騒ぎ、ふざけあう楽園のような世界か。それとも何も変わらず、ただ物悲しいだけの失楽園のような世界か。その可能性の鍵は、夜霧の手の中にある。

 

 ――そう。全ては過去の幻想郷に、あの激動の時代に収束していく。

 

 

 

『prologue』

 

 ――End.

 

 

 



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Episode.1『狂乱と慟哭の吸血鬼』
“哭す少女”のプロローグ


この章の導入です。
多分これを読んで貰えばepisode.1で何をするかは大体わかってもらえるんじゃ無いでしょうか。





 あのスキマの世界に穴が開いて、視界が開けてくる。そこからだんだんと空間が裂けて、外界の景色が眼前に広がってくる。差し込んできた陽の光に思わず目を瞑ると、風が撫でるようにそっと頬に触れる。

 

 ――そこには、深い深い緑の森。

 

「あれ、ここって……」

 

 そこはどう見ても、魔法の森。俺が師匠と呼び慕った魔法使いと出会い、魔法の修行の日々を送ったあの森と全く同じ景色が、眼前には広がっている。……そう、まったく同じ景色。そこから導びかれたのは一つの疑問。

 

「――俺って本当に時間逆行(タイムスリップ)できてるのか?」

 

 その疑問を解決するには、身近に起こっている変化……具体的に言うと、一目でわかってしまうような変化があればいいのだが。

 右手には愛用の箒、ポケットの中には変わらずミニ八卦炉。見事なまでに何も変わっていない。先ほどまで持っていたものが欠けずにしっかりとある。しかも今この手に持っているこの箒……記憶が正しければ、スキマの中にこれらはもってきていないはずだったのだが。

 

 もしこれを丁寧に持たせてくれたのが紫だったとしたら、細かいところに気を配りすぎてもっと大事なことがあっただろうと言いたくなる。

 

 閑話休題。

 

 とにかく今の状況を把握しない限りは未来を変えるなんて夢のまた夢。出来ることも出来なくなる。

 そう思い、今この時間が本当に過去なのかを判断する一番簡単な目印を見に行くことにした。その場所とはズバリ、わが師匠である魔霧の住処であり、魔法の修行のために絶えず通ったオンボロ小屋のこと。

 

 本当にここが過去ならオンボロ小屋は無い、もしくはまだ綺麗な状態なはず……。そんな軽い気持ちで、そこへ向かったのだが。

 

 

「えっ、ちょっ……え?」

「――誰だお前?」

 

 あのオンボロ小屋の目の前。

 金の瞳の、白黒の洋服を着た少女がいた。

 

 ……白いエプロン、黒のドレスに大きな大きな三角帽を被った金色の髪に金色の瞳をした彼女が、そこにいた。ああ、まさか見間違えるはずがない。――あの特徴的な帽子を被った人なんて、他に誰がいるって言うんだよ! 

 

 あれは間違いなく過去の魔霧。……霧雨魔理沙だ。そんな意味のわからないこの状況を説明できるのは……ただ一つの、わかっているけどわかりたくはない、そんな現実。

 

 ――俺は、本当に過去の幻想郷にいるのだと。

 

「で。誰だよお前。初めて見る顔だな……魔法使いか?」

「な、なんでわかった!?」

 

 魔理沙の質問。と言うよりはすでに答え。なぜ? なんで俺が魔法使いだってわかる?

 

「いやだって、服装がな……」

「え?」

 

 自分の服装を改めて見ると……黒ずくめのローブに何故か所々白色の装飾がなされた、黒か白かはっきりしないデザインのローブ、極め付けとしては右手に持っている箒。それを客観的に見るとどうだろうか。

 

 ――それこそ、見ただけでわかるような魔法使いの格好。

 

 先程俺は彼女のことを内心で『わかりやすい服装をしている』などと評していたが……それはどうやら自分の方も同様だったらしい。……まあこの服装自体、師匠の物を意識してるから、自然とそうなっただけなのだが。

 

 しかし、俺の知る師匠よりもだいぶ幼い彼女は警戒を強めてどこからかミニ八卦炉――まだ俺のよりも随分と綺麗な――を取り出して、俺の方へ向ける。

 

 まあ、当然の反応だと思う。顔も知らない初対面の魔法使いが自分の家の前でうろついていたのだ。警戒しないわけがない。さてと……何か行動を起こさなければ。何と無くだが、このまま何もしないと状況がややこしくなっていくばかりな気がしてきた夜霧。

 

 それこそ、問答無用で撃たれたり。

それならば。そう思いついた夜霧の行動は――。

 

「はあ?」

 

 手に持っていたものを地面に落として――両手を挙げる。……先程までの戦い(師匠との勝負の時)には意地でもやりたくなかった、降参のポーズ。

 

「降参だよ、降参。確かに俺は魔法使いさ……でも俺は、別に君と戦おうなんて思っちゃいない」

「……それがその行動の根拠だってのか?」

 

 相変わらずミニ八卦炉を構えたままの魔理沙が訊く。

 

「ま、そうなるな」

 

 しかし、夜霧からすればこの行動が一番最善策なのだ。この状況に陥って、ここが過去の幻想郷だということはよくわかった。

 

 ――だったらここの住人、ましては未来を変える過程で一番重要な立ち位置にいるであろう師匠、霧雨魔理沙に喧嘩を売るメリットがあるのだろうか。……否、微塵たりともありはしない。むしろデメリットが多すぎて寒気すらしてくる。そんなくらいならば、降参して自分に『そんなつもりはないんだ』という意思表示をする方が何倍もマシだ。

 

「……大抵の連中は何も言わずに魔法ぶっ放して来たりするから、ちょっと拍子抜けだぜ」

「ちょっと殺伐としすぎじゃないかな。それ」

 

 やっとミニ八卦炉を下ろして、夜霧への警戒を解いてくれる。というか今の話ってなんだ。一瞬で幻想郷へのイメージが変わったぞ。

 

「まあそういう奴は私が返り討ちにしてやるんだがな」

「……出来るのか?」

「は? 当然だろ、そんなの」

 

 魔理沙は、『何を言っているんだお前は』、とでも言いたげな表情をして、胸を張り答える。

 

「あ、そうだ。お前の名前聞いて――」

 

 魔理沙が何かを言いかけた、その時だった。――獣の咆哮が、辺りに響いた。

 

「ウガァァァァァ!!!」

 

 低く唸り、辺りの小鳥が一斉に空へと逃げ喚くように飛び立つ。それほどまでに強烈に森の木々を揺らしに響いた轟音は――近くから聞こえてくるのか?

 

「……近いな」

「やっぱりそうか。なあ、どうするお前。このまま放っておいたら間違いなくこっちに来るだろうけど」

 

 そうやって夜霧の方を向いて飄々と言い放つ魔理沙。この近くに妖獣がいるような危機的状況だと言うのに、その声からは微塵も焦りを感じない。

 

 ……それを言うなら俺もあまり動揺はしていないのだけど。師匠にこの手の訓練はみっちり仕込まれた。ナニ、妖獣? そんな自分で状況を整理する知能も持たない下級妖怪風情がどうだというのだ……というのは師匠、魔霧の談。しかし魔理沙は「こっちに来る」と言っているのにもかかわらず、全くと言っていいほどにこの状況に動じてない。

 

 ――まるで、いつも通りの師匠の立ち振る舞いのような。

 

「こっちに来るんだろ? だったら選択肢は二つ。逃げるか、戦うかしかないだろう」

「ふーん、なんかおかしいな……私には、選択肢なんてないんだけどな」

 

 ……ほら見ろやっぱりだ。

 

 ――やっぱり彼女は未来も過去も、どこの時代のどこにいようと……師匠は師匠なんだ。夜霧は口角をあげ、彼女の確信と自信に満ちた表情を確認し、自らも強く、断言するように言い放つ。

 

「じゃあ安心していいぞ……俺も心の中では一択だから」

「お? それは奇遇だな」

 

 ――ちなみに、夜霧は別に戦うことが好きなわけじゃない。妖獣との戦いだって、修行の一環でしかなかったことだ。彼に妖獣への害意は全くない。妖獣も命あるもの。それをむやみやたらに殺すことはないだろうというのが夜霧の考えだが、はっきり言ってそんなことを言あるほどの余裕ある実力が夜霧にあるわけではない。……かとか言ってその『不殺主義』を掲げるかのような発言に、大した意味があるわけでもない。『出来ることなら戦いなんてしないほうがいいに決まっている』それが夜霧の考えだ。

 

 ――そう、少なくともそう本人は思っている。いや、考えないようにしている。というのが正しいのだろう。

 

 実際のところ、夜霧は心の奥の底で戦いを望んでいた。……現に、夜霧のポケットに入っている古ぼけた八卦炉が震えている。――持ち主(夜霧)の溢れて抑えきれていない戦意が、魔力という感じられるカタチになって八卦炉との共鳴反応を起こしているのだ。しかしそれを夜霧は頑なに認めようとはしない。魔霧に指摘された時にもだ。……自らの中で、「これ以上そう思ってはいけない」と、どこかで歯止めをかけているつもりなのだ。

 

 ――そしてそれは、魔理沙も同じ。いや違う。魔理沙は自分の好戦的な思考を自覚している。……この状況を、自分の魔法を試す絶好の相手が目の前に来たと以外に思っちゃいないのだ。

 

 両者が見つめ合う。一方は黒い瞳。全く動じず、平静を装っているが……その実、今にも暴れだしそうな自分の本能のような心を鎮めている。そして一方は金の瞳。森中に響き渡った咆哮の主を、今か今かと待ちわびる。――自らの研究成果を、妖獣という最高の実験台にぶっ放すのを楽しみにしているのだ。

 

 

 ――その瞬間、轟音が響いた。

 

 

 耳をつんざくような咆哮を上げながら、毛むくじゃらで鋭い眼光を持った獣のような妖獣が、木々の間を割って飛び出して来た。

 

「ガァァァァァ!!」

 

 ――その背中には尾が二本。大した力は持たない、だが人間一人を屠るのには過剰すぎる力を持った自我という自分の意思も持たずにただ本能のまま生きる下級妖獣。空腹に身を任せて、獲物を求めてこの森に入ってやっと見つけた獲物(人間)。しかも、二人だ。

 

 妖獣は大層喜んだ。――今日は大漁だと。

 

 ……しかし、相手が悪すぎた。

 

「なあ変なローブの男よ。私の答えとお前の答えを――()()に言ってみないか?」

「……いいよ、白黒の魔法使い。せーので言おう」

 

 二人は()()()()()。変なローブの魔法使いと白黒の魔法使いは、妖獣を前にして震えていた。そんな反応を見た妖獣は人間の恐怖を感じて、愉悦を感じて、ますます獰猛になる――はずなのに。

 

 なぜか妖獣も震えた。その理由を妖獣は知り得ない。なぜならそれは武者震いなどではなく、恐怖でもない。ただただ『この人間と戦うのはマズイ』という、本能からくる震えだったのだから。

 

 本能に従い動くこの妖獣は、脱兎のごとく逃げていく。――きっと理解したのだろう。ここにいたとしても食事どころでは無く……命が危ないと。

 

 しかし、もう遅い。二人が――潜在的戦闘狂と研究熱心な戦闘狂が――「せーの」と声を揃えて、自らのミニ八卦炉(必殺兵器)を掲げてその呪文を唱える。

 

 ――マスタースパーク!!

 

 そう。二人は震えていたのだ――戦いが始まるのを、今か今かと待ちわびて。そして、ほとんど同時に膨大な局地的魔力収縮が起きて……一斉放出がなされる。

 

 マスタースパーク。自らの魔力をミニ八卦炉と呼ばれる一山を軽く消し去る異常な火力を持った手のひらサイズの魔法媒体を利用して圧縮、そしてレーザーとして放射する文字通り一撃必殺。

 二つの八卦炉から繰り出された巨大なレーザーが、そのまま重なったそれを形容するのなら……砲撃。その全てを薙ぎ払い消し去る魔力の光は容赦なく辺りの木々を巻き込みながら、妖獣をまるで呆気なく消し飛ばしていく。

 

「ァァァァァァァ……!!」

 

 その妖獣の、断末魔さえかき消すほどの轟音とともに。……そうしてマスタースパークの一斉射殺が終わり、辺りを再び静寂が包んだ頃に……魔理沙は疑問に思う。

 

「なあ、お前……」

 

 ――どうしてこいつは私と同じ魔法を使ったのか、と。それだけじゃ無い。まだまだ疑問はたっぷりある。ざっと思いつくだけで何個でも。なぜお前はここにいたのか。お前のような魔法使いを私は一度も見たことが無いんだが、とか。その八卦炉はなんだ、とか。――ああ焦れったい! 気になったことはとりあえず聞く!

 

 でもそれを問おうとするその前に。

 

「あ、あれ?」

 

 ……いない。あの変な白黒ローブの男の姿は、すでに跡形もなく消えていた。

 

「ああもう……どういうことだよ?」

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

「あ、危なかった……!」

 

 魔法の森の上空、冷や汗を垂らしながら飛んでいるのは、霧雨夜霧だ。

 

 ……あのまま魔理沙のところにいたのなら、俺は絶対に正体を誤魔化せなくなっていた。賭けてもいい。もし仮に魔理沙に正体を説明するとしよう。もしかしたら未来から来たことは信じてもらえるかもしれない。だが『どうして同じ魔法を使えるんだ?』なんて聞かれたら詰み。……未来の貴女に師事しました、なんてことを言われたところで余計警戒されるだけだろう。

 

「師匠に怪しまれるようなことがあったら……もうそれだけでアウトだ」

 

 だから逃げた。魔理沙がちょっと目を離した隙に箒を手にとって全速力で飛び上がったのだ。おかげでバレずに済み、現在夜霧は魔法の森から離れてある場所に向かっている。

 

「やっぱり……紅魔館かな」

 

 湖に浮かぶ、小さな小島にそびえ立った悪魔が住まう赤い紅い館、紅魔館。さっきは『バレたら終わり』なんて言っていたが……やっぱり未来を変えるなんていう大事に協力者は欠かせない。そのために事情をわかってくれそうな人物に会いに行くことにする。

 

「そして、あの人しかいないよな……」

 

 ――動かない大図書館、パチュリー・ノーレッジに。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ――彼女は、ただ一人救いを求めていた。

 

 

 一人、独り、ひとり、ヒトリ。誰もいないこの部屋でただ一人、数えるには気の遠くなる年月をここで過ごし過ぎた。泣き叫んで孤独を嘆いたことも、ここから出られないことに絶望したことも、何もかもがもう慣れた慣れた慣れた慣れた……。

 

 

 ――彼女は、根本的に壊れていた。

 

 

「アハ、ハ。ハハハハハハ……」

 

 

 ――何でも壊すことが出来て、何も許されなかった少女は、壊れていた。

 

 

 ……イヤ、それは訂正しよう。壊されていたのだ。まずは自らの能力に。何でも壊すその力が、自分の理性すらもコナゴナにしていってしまったのだ。

 

 

 何をどうしたって何も改善しない彼女のその状態を一言で表すのなら、狂気と言う名の袋小路に閉じ込められた少女、と言った具合か。

 

 何が彼女をそうさせてしまったのだろうか。それは自らの置かれた状況によるもの。次に自らが過ごした長い孤独の時によるもの。それらのことが、フランドールの(おのれ)を残酷に、確実に、着実と壊していったのだ。

 

 そんな彼女を憂う姉、レミリア・スカーレットとその従者、十六夜咲夜。……そして食客、魔法使いのパチュリー・ノーレッジ。

 

 三人は、紅魔館の一室のとある応接間に集合して、地下室に幽閉中の妹――フランドールの狂気に対する対抗策についての会議中だった。

 

 まず姉が切り出す。

「何とかしてフランを外に連れ出すことは出来ないのかしら」と。

 

 魔法使いは答えを返す。

「ダメね。現状フランの狂気に対する案が何もない。彼女の能力が暴走した際のリスクへのリカバリーは誰がするのよ、誰が。……とにかく今のままではどうにもならない。何か新しい打開策が必要ね」と。

 

 そして従者は「はっ」と思いついたような表情で姉と魔法使いの両者の方を向いて言う。

 

「それなら……妹様を私たちではない第三者と関わらせてみるのはどうでしょうか」

「ねえ、あなた正気? もし彼女の能力で破壊されたらいくら妖怪でも……」

「――パチュリー様、まずは()()()()を合わせてみるのです。判断はそれからでも……遅くはないのではないでしょうか?」

「咲夜、それ採用」

 

 ――それだよ、あの紅白と白黒ぶつけちゃおうぜ。

 

 そんな風に言って姉と魔法使いは準備を始めた……フランドールがあの二人組と弾幕ごっこをするための準備を。

 

 ――ちなみにこれは、彼女たちが起こした紅霧異変から一ヶ月も経たぬ日の話。

 

 そしてその三日後、主人レミリアに呼ばれた博麗の巫女と普通の魔法使いが、()()二人ともフランドールの部屋に迷い込んできて館を地盤から崩してしまうのでは思えるくらいに激しい弾幕ごっこを繰り広げていった。……もちろん、ただの偶然なわけがない。レミリアが自身の『運命を操る程度の能力』で運命を仕組んだのだ。

 そうした結果、効果は覿面(てきめん)だった。特にあの白黒の魔法使い……彼女との接触が大きかった。彼女はフランドールに、『外の世界』を教えた。

 

 未だ彼女が知らない、広い広い御伽噺のような広大な世界のことを。

 

 それはレミリアは大いに喜んだ。

「とうとう彼女も狂気から解放されるかもしれない」と。

 

 ――しかし彼女は知らなかったのだ。自分の妹の本質……と言うよりもフランドールとしての人格の在り方がとっくに壊れてしまっていたことを。

 

 そう、彼女は壊れている。それを一番理解しているのも彼女自身。何とかできるのも何とかするのも自分自身。だからどうなるもどうするも自分自身が決めること。……彼女はそれさえ許されていないのだが。

 

 ――ねえ、私は助けて欲しかった。四百九十五年の地獄の果てに、私は未だに何かを求めている。

 

 お姉様の優しさは知っている。彼女がどうにか私の狂気(こと)を直したいと思っているのも知っている。魔女の、パチェの努力も知っている。私の狂気(こと)を戻すため、日々自分の研究の合間にわざわざ考えてくれていることを。まだ見たこともない従者の……咲夜の献身も知っている。私が暴れまわって疲れ果てて眠った時、目覚めて最初に見るのは散らかっていたはずの部屋がいつの間にか綺麗になった光景だ。……そんな時、いつも思うのが「咲夜がやってくれたんだ」ってこと。

 

 

 みんなが……私のことを想ってくれているのを知っている。――でも、それでも、ダメなんだ。

 

 私は壊れている。……それも、根本から。

 

 こんな壊れた私を愛してくれる人たちを知っている。でも私が持ったこの力は、その愛をもいとも容易く壊すことができる。そんなことはしたく無い。でも私にはそれが出来てしまう。……してしまいそうなの。

 

 ――きっと私は、その気になれば狂気さえ抑え込んで外を自由に歩くことだって出来るんだろう。

 

 でもそれは解決では無い。だんだん一人でいるのに慣れてきたころ、気づいたんだ。この狂気は私にはどうにも出来ないことを。

 

 ――その能力は、壊すためのもの。ならばそれを持つ者の在り方も、壊すためのものであるべきなのだ。なのに私は、壊すことを嫌った。

 

 少女は一人、赤く塗りたくられた壁に向かって呟いた。

 

 ――ああ、誰か私をこんな世界から助けてほしい。

 

 誰か、私を、――助けてよ。

 

 

 紅い悪魔の妹は、いまも尚助けを乞い続ける。何もない、赤塗りの壁に向けて。

 

 

 Episode.1 『狂乱と慟哭の吸血鬼』

 

 

 

 

 

 




夜霧くんはチキン(確信)。
まあ魔理沙の夜霧くんへの警戒度が一定量になると未来を変えることは実質不可能になるので、この判断は最善だったりします。
次回は紅魔館編!

軽い次回予告。

――時を超え流れてきた星は、悪魔の住う紅き館へと流れ着く。

待ち構えるは華人小娘、虹彩の少女。紅美鈴。
不敵にそれに答えるは、未来の魔法使い。霧雨夜霧。

二人は向き合い、守る為、押し通るための戦いが、今始まる。

次回ッ、第七話! 『紅き門の呼び鈴』

――乞うご期待!


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紅き門の呼び鈴

お久しぶりです。
episode1は御察しの通り紅魔郷編。
ではごゆるりと〜




 基本的に魔法使いという生き物は、研究の為に生きて研究の為に死ぬような連中ばかり。だから必然的というかなんというか、ほとんどの魔法使いになった人間は、人間である事をいつの間にか辞めて妖怪になっている。……こういう奴らのことを後天的な魔法使いと呼ぶ。

 

 魔霧は後天的な魔法使いだった。魔法の研究を完成させる為には、人間一人の寿命では到底足りない。だから魔法使いは『捨食』と『捨虫』の法を使い、()()()()()()()を放棄して不老長寿を得るのだ。

 ……不老“不死”では無い。

 

『いくら人間を辞めようが、所詮魔法使い。結局いつか終わる命の一つでしか無いんだぜ』と言うのは師匠の談。

 

 その時の彼女は、ただ笑いながら話していた。でもそれは、何か開き直ったような。いま思い出すと、何かを後悔するような……そんな表情だったような気さえする。

 

 それに対しパチュリーは先天的な魔法使い。産まれたその瞬間から魔法の研究に生きる事を定められた彼女は、夜霧が知る限り()()()()。いや、喩えなどではなく、本当に。ずっとずっと、本とにらめっこしたまま動かない。

 

 たまに視線をずらして俺の方を見るが、動かない。本を読み終わったと思ったら次の本を小悪魔に持って来させて、動かない。ずっと大図書館の中心に座したまま、動かない。

 

 それがパチュリー・ノーレッジ。でも俺は、そんな不動すぎる魔女パチュリー、と言うよりは紅魔館に住まう人たちに手助けをしてもらいたいと考えている。

 

 紅魔館の主、レミリア・スカーレット。彼女の『運命を操る程度の能力』は、未来を変える上できっと必要になる。

 それだけではなく戦力として咲夜さん……あと、まあ、美鈴さんも。――それと。

 

 とにかく、彼女たちの協力を得ることが出来れば、未来を変えるなんていう夢のような話だって、少しは現実味を帯びるってものだ。そう思って、早速紅魔館の門前に来たのだが……。

 

「こんにちは、門番さん」

 

「誰です? あなた」

 

 まあ、そうなるよな。紅魔館の門前に降り立った瞬間。夜霧の知る限りではダラダラと寝ていてばかりだったはずのサボり常習犯な門番が、しっかりと起きていた。

 

 ――まあ、寝ていたとしてもちゃんと門番としての仕事はしていたのであまり関係はないな。

 

 夜霧はあの日、寝ていた美鈴に蹴られたことを思い出した。

 

「えっと、ここの地下にある大図書館を見に来たんだけど……その。通してくれませんか?」

 

「駄目です」

 

 即答か。まあわかっていたけれど。 今の美鈴は夜霧のことなど全く覚えていない。……いや、違う。()()()()()()()()のだ。俺が産まれるのはこれから数百年も後の話。だから俺は美鈴にいつもみたいに気さくに接することも、友人みたいな振る舞いをすることもできないのだ。

 

「…………」

 

 まあ、その程度のことが、紅魔館に入る事を諦める理由にはならないのだが。

 

「なあ門番さん。……一つ勝負をしないか?」

 

「勝負、ですか?」

 

「そう勝負。スペルカードを使ってさ」

 

「……なんのつもりでしょう」

 

 美鈴が目を細め、怪訝そうな表情をする。

 

「決まってるだろ。俺は紅魔館に入りたい。門番さんは俺を止めたい。――そこで勝負だ。負けた方が引き下がる。わかりやすくて単純だろ?」

 

「私は別にあなたのことを問答無用で追い払っても良いのですよ?」

 

 美鈴は腕を上げ、脚を踏みしめて戦闘の構えを取る。……文字通り、いつでも俺を殴り飛ばせる体制。――だが夜霧は譲らない。その意思表示として、スペルカードを提示する。

 

「でもな門番さん。それじゃダメだと思うぜ」

 

「どういうことです?」

 

「それだと俺は、門番さんのことを『まともにルールも守れない卑怯者』と思ってすごすごと退散しなきゃならないんだよなぁ」

 

「むっ……」

 

 そう言うと美鈴は、苦虫を噛み潰したような……そんな絵に描いたような不快感を惜しみもせずに顔に出す。この幻想郷において、スペルカードルールは妖怪と人間の間で行われる決闘においての絶対的なルール。つまり破ることは許されない。

 

 それを破り、ただ何も考えずに追い払った場合。例えば夜霧がそのことを人里かどこかに流布しよう。たちまち美鈴は『卑怯者』と呼ばれるだろう。

 仮にスペルカードルールを守らず追い払われたとしたって、別にそのことを流布する気は夜霧には無いのだが。ここは互いに譲り合ってはならない場面。ぜひ有利な状況は作らせてもらおう。

 

「はぁ……はいはい。成る程ですか」

 

 美鈴が拳を構える。いつでも戦える、そんな戦闘体型(ファイティンポーズ)

 

「あなた、最ッ高に嫌な性格してますね!」

 

 ――あー、第一印象は最悪だな、こりゃ。

 

 美鈴がスペルカードを提示しながら、むしろ清々しいくらい爽快に毒を吐く。それはまさしく戦闘開始の合図。ならばと夜霧はそれに応えて、名乗りをあげる。

 

「俺の名前は霧雨夜霧! ただの魔法使いさ」

 

「私は紅美鈴。ここ紅魔館の住民にして門を守る者。スペルカードは三枚! いざ尋常に――」

 

 二人が声を揃え、高らかに宣言する。

 

 

「――――勝負!!」

 

 

 紅く赤い館の前、その門前で弾幕ごっこが始まった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「今日はいい天気ですねぇ」

 

 雲ひとつない快晴の空。陽の光が照りつけて心地よい午後の訪れを優しく伝えてくれている。そう、まさしくいい天気。他に喩えようの無いくらいにいい天気。少なくとも、彼が来るまでは、だが。

 

「こんにちは、門番さん」

 

 突然空から降りて来たのは、黒い髪に白黒調の、おかしな西洋風ローブを着た男。

 

「誰です? あなた」

 

 美鈴は門番として聞くべきことを先に聞く。本当は真っ先に、『どうしてそんな変な色合いしたローブなんて着てるんですか?』と聞きたかったけども、そこは抑えて。だいたいそれを初対面で聞いたらおかしいだろうし。

 

「えっと、ここの地下にある大図書館を見に来たんだけど……その。通してくれませんか?」

 

 質問に質問では答えない。どうやら名乗る気は無いらしい。――少し警戒しようか。 

 

「駄目です」

 

 当然のことだ。こういう奴らを追い返すのが美鈴の役目。ここは問答無用で追いかえさせてもらおうか。

 

「…………」

 

 しかしそう言うと男は悲しそうな、残念そうな……ヘンな表情をする。なんなのだこの男、美鈴の中で、彼の人物像が掴みきれない。

 

「なあ門番さん。……一つ勝負をしないか?」

 

「勝負、ですか?」

 

「そう勝負。スペルカードを使ってさ」

 

「……なんのつもりでしょう」

 

 成る程どうして。この男、あの紅白巫女や白黒魔法使いと同じような『言っても聞くわけない奴ら』か。この手のやつらは非常に面倒だ。話は聞いてくれないし、言葉よりも先に手が出るくらいに武力主義だから。しかし男は――やっぱり予想通りだったな、これは。

 

「決まってるだろ。俺は紅魔館に入りたい。門番さんは俺を止めたい。――そこで勝負だ。負けた方が引き下がる。わかりやすくて単純、いいだろ?」

 

 美鈴は思う。多分私は……非常に言いにくい表情をしていると。

 もう本当に嫌だこういう人間。どうしてなぜこうも幻想郷(ここ)には好戦的な人間が多いんだ。

 

「私は別にあなたのことを問答無用で追い払っても良いのですよ?」

 

 もうあれだ。だんだん疲れてきたし適当にあしらっておこう。少し構えて気を発せばおそらく逃げ腰になるだろう。しかし男は笑い、――スペルカードを提示してくれやがる。

 

「でもな門番さん。それじゃあダメだと思うぜ」

 

「……どういうことです?」

 

「それだと俺は、門番さんのことを『まともにルールも守れない卑怯者』と思って生きていかなきゃならないんだよな」

 

 ――うわぁ。口にはかろうじて出さなかったけど、割と本当にそう思う。この白黒の男、普段本を盗みにやってくる白黒の魔法使いよりもよっぽど悪質だぞ、これ。

 

 要するにこの男、『俺の話を適当に流して追い出すようなことをすれば、あんたを卑怯者と呼んでやるぜ……村の中でな!』と白昼堂々、宣戦布告しながら言ってるようなものだ。

 

 喧嘩売ってるのか? ああ、売ってるか、そうりゃあそうか。

 

 そこまでされて、何もしないわけにもいかず。ただ美鈴は拳を構えざるを得なくなり、戦闘に持ってくれば大丈夫と甘く考える相手側の思惑に、薄々勘付いてるくせにノってしまうのだった。

 

「あなた、最ッ高に嫌な性格してますね!」

 

 そうしてスペルカードを提示する。なんというか、半ばヤケクソで。そしてそれは明らかな宣戦布告。それに応えた男が名乗る。

 

「俺の名前は霧雨夜霧! ただの魔法使いさ!」

 

「私は紅美鈴。ここ紅魔館の住民にして門を守る者。スペルカードは三枚です! いざ尋常に、」

 

 ……今日は客人が来た。

 

 

「――――勝負!!」

 

 

 ――第一印象が最悪でしかなかった、変な白黒ローブとの男、霧雨夜霧。

 

 きっとこの先、この男の名前は忘れないだろう。たぶん。

 

 

 

 

 




戦闘は次回からです。

ここの美鈴さん、だいぶ心の中では毒を吐きます。
なので表にはそれが出ないように敬語だったという裏設定があったりなかったり。(いま考えた)



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ようこそ、紅魔館へ

戦闘開始。
弾幕ごっこは萃夢想とか緋想天みたいな弾幕アクションな戦闘を想像してもらえれば有難やですね。
あと一応、夜霧くんはオリジナルスペカも使います。



 ――虹符『彩虹の風鈴』

 

 美鈴がスペルカードを掲げて宣言すると同時に、妖力の塊である妖弾が美鈴から広がってこちらへ襲いかかる。

 その妖しい光は螺旋の虹。虹色の彩りを魅せるそれは見ている()()()()ただ美しい螺旋模様。しかしこれは、敵に回すとただ虹模様なだけの凶器だ。

 

「そらよっと!」

 

 螺旋は美鈴を中心として右に左に回転している。ならば、自分もそれに合わせて飛行すればまず被弾することは無いだろう。

 

「中々やりますね……では、」

 

 そう言うと美鈴は螺旋の放出を打ち切る。――弾幕の中断(スペルブレイク)。しかも自分で……つまりこれは。

 

「次の攻撃の構え。ってところかな?」

「御名答。なら遠慮なく行きます……!」

 

 次のスペルカードか……。 しかし夜霧のそんな甘い考えは真っ先に否定される。

 

「せいっ!」

 

 目の前から繰り出されたのは――妖力が纏われた拳。

 

「――なっ!」

 

 夜霧は本当に間一髪、それを紙一重で回避する。

 

「いまのを避けますか」

 

「あ、危ねえ……」

 

 美鈴の本領は己の肉体を使った武術において発揮される。弾幕ごっこの様な遠距離戦闘では無い。

 

「はぁっ!!」

 

 ならばどうするか――。

 それは簡単だ。弾幕ごっこの中で、自分の有利な土俵に持ち込んでしまえ。

 

「連、撃っ!」

 

 繰り出される打撃の雨。目で捉えきれないほどの速さで放たれる攻撃と同時に放たれる弾幕。

 

「……くそ!」

 

 夜霧は急旋回し、美鈴の攻撃の隙を突き、真下をくぐって背後に回って距離を取る。

 

 ――正直このままではキツイ。けどだからって、策が無いわけじゃ無い。生憎なことに、スピードには自信があるのだ。

 

 目算で約五十メートル。美鈴の飛行スピードでも追いつくのに六秒はかかるであろう距離まで夜霧は離れる。だが距離を離したところで逃げはしない。まずは美鈴に勝たなければ何も始まらないのだから。

 

「……まずはこれだ」

 

 夜霧はローブの中から一冊の本――魔道書(グリモワール)を取り出す。この魔道書は、現在夜霧が使用可能な魔法やそれに関連した技術を書き込んだ物。言ってみれば、夜霧だけによる夜霧だけの魔道書(グリモワール・オブ・ヨキリ)と言うところか。

 

 これの便利な点は二つ。一つは利便性だ。自分で作った物なので当然なのだが、確認しておきたい頁を自動検索して勝手に開いてくれる。だって、自分でそうなるようにしたかのだから。この一冊でほとんどの研究は成り立っていると言っても過言ではない。

 

「……来いよ」

 

 距離を離してから、五秒経過。――美鈴がどんどん近づいて来る。

 

 魔道書を開き、あるページを開く。魔法の展開式、それに関する研究の成果を書き記したページ。もう一つの便利な点……それはやっぱり、ページに書いてある魔法陣、()()()()()()()()()()()()()()()()な点だろう。

 

 ――六秒後、美鈴が来た。

 

「はあっ!!」

 

 美鈴が勢いのまま蹴りを食らわして来る。……が、

 

「俺の方が速いぜ!」

 

 魔法陣をなぞり、そこから現れたスペルカードを掲げ宣言する。

 

 ――流符『スターダストカーテン』

 

 美鈴の蹴りを、夜霧の防御網(だんまく)が受け止める。スターダストカーテン。俺の中の魔力を外界で霧に変化させてから包むようにして展開する、文字通り霧の弾幕。

 そしてその散りばめられた弾幕は、夜空に燦然と煌めく無量の星々。

 

 ――無論、そこに美鈴が突っ込んで来たなら……無事では済まない。

 

「あひゃあ!?」

 

 蹴りの衝撃が魔力とぶつかって跳ね返って来たのか。美鈴が思いっきり仰け反った。

 

「痛った〜。ちょっとあなた!」

 

「なにさ?」

 

「あれは躱せないですよ! 反則! ルール違反ですって!」

 

「いやいや何を言いますか。あれはついでの効果。本当はあそこから流れ星みたいな弾幕を打つはずけど、タイミングが悪かったんだ。許せ」

 

「むむむ……!」

 

 まだ反論がありそうな顔。しかしその後で美鈴は、「……反則、と言うわけではないのですね?」と問う。

 

「ああ、反則はしない。当たり前だろ? そんなルールも守らない戦いの何が面白いんだか」

 

 ちなみにこれは本心。弾幕ごっこが幻想郷の中で決闘されつつも楽しまれているのは、全ての住民がルールを守っているからこそだと思う。人と妖が平等なルールのもとで戦う……これを考えた人は誰だ、何度感謝しても足らないのでは無いだろうか。……そんな場違いなことを考えていると、美鈴は手に持ったスペルカードを何故かしまった。

 

「――降参、私の負けです」

 

「何だよ急に。まだ勝負はこれから……」

 

「なら大丈夫です。私はこの勝負を通して一つの答えを見出しましたから」

 

 と、胸を張って語る美鈴。それと、戸惑う夜霧。

 

「……どういうことだよ」

 

「先程のあなたの挑発。正直言うと私、かなり腹が立ちました」

 

 やっぱり。

 よく考えなくても、あの脅しみたいな挑発は普通に不味かったみたいだ。

 

「そんな私が夜霧さんに抱いた感情は……『最高に嫌なタイプな人』って感じでしたね」

 

「…………」

 

 ……まあ、あんなことを言った時点で、第一印象はかなぐり捨てたような物だから今更と言う感じすらするのだけど。

 

「それで? 今はどうなのさ?」

 

「『戦いに自分の流儀を持った、正々堂々とした人』ですね」

 

 評価が百八十度回転してるのだが。

 

「何でそんな急に評価が上がったか聞いても?」

 

「先程の夜霧さんの話に共感したから……じゃ、ダメでしょうか?」

 

「………………」

 

 ――つまり、だ。美鈴は夜霧の弾幕ごっこに対するスタンスに共感してくれたらしい。そしてそれは、夜霧の人間性に対する評価の改変にまで繋がったと。

 

「でもそれと降参は関係ないだろ?」

 

「いいえ、関係大アリですよ。……まあ折角ですから、飛びながら」

 

 そう言うと美鈴は夜霧に背を向け飛んで行く。その方向は紅魔館。そういえば戦闘中に幾らか離れていたのを思い出す。しかし普通に飛べばあっさり着いてしまうので、少しスピードは遅めに。

 

「まずですね。私の門番としての仕事は二つです。一つは門を守ることです。紅魔館に踏み入ろうとする不届き者を時に優しく、時に厳しく追い返すことです」

 

 門番、紅美鈴。つまり夜霧は彼女から見れば客でも何でもなく不届き者だったわけだ。今の言葉だけで彼女が門番としてかなり優秀なことが伺える。

 

「……まあ」

 

「そんな度胸のある人中々来ないから寝ちゃうんですけどね!」なんて言わなければ。

 

「それでですね。二つ目は()()()()()()()()です」

 

「何だよそれ」

 

「ええっと……あの門ですけどね。実は、呼び鈴が付いてないんですよ」

 

 ああそう言えば。あの門をまじまじと見たことはないけれど、確かに呼び鈴は付いてなかった気がする。――って違う、そうじゃ無くて。

 

「それ全く関係ないじゃん」

 

「ああ、言い方が悪かったですかね」

 

 悪いと言うよりは全く的外れな気すらするが。

 

「要するにこの門を通るのにふさわしい人間かどうかを見極める役目だと思って貰えば結構ですよ」

 

「そう言えば分かりやすいのに。何でそんな喩えで言ったんだよ」

 

「いや……うちのお嬢様が私を門番にした時、『あなたは呼び鈴よ!』と言ってたのをつい思い出しまして」

 

「呼び鈴ねえ」

 

 ――どうやら『お嬢様』は、独特な感性を持ってるようだ。

 

「とにかく、その見極める方法は人それぞれなんですよ。例えば会話してみたり、例えば手合わせしてみたり……ええ、さっきの様に」

 

「その割には、俺の申し出をあっさり断ったじゃないか」

 

「まさかそっちから勝負を挑んでくるとは思いませんよ……」

 

『まさかそっちから』そう言ったくせには、美鈴の目に何故かうんざりした様な色。何かあったのだろうか。別に聞かないけれど。

 

「で? 俺は美鈴のお眼鏡に叶った……そう言う事で良いのか?」

 

「ええ。あなたが門を通ることを私、紅魔館門番の紅美鈴が許しましょう」

 

 どうやら、美鈴との勝負は勝ったという結果が全てでは無いらしい。戦闘こそ中断されたが、美鈴が夜霧のことを認めた。それだけで美鈴との戦いは終わり。勝利していたのだ。

 

 その理論で行くと、わざわざ戦闘をする理由だって無くなる気もするのだが、そういう訳では無いのだろう。と言うよりも、そんな発想が夜霧にはまず無い。

『まず戦え。後はその後わかるから』と言う考え方が身に染み付いているからだ。……言うまでもなく、師匠の影響。

 

 門も通れて美鈴との仲も何とかなりそう……なんという僥倖。これ以上ないくらいに上手くいった。

 

 ――そう思った矢先、まだ困難は続く。

 

 超スロー飛行の果てに、紅魔館に戻ってきた夜霧たちは門の前に降り立つ……その時だった。

 

「――え?」

 

 隣にいたはずの美鈴がいない。そう思い夜霧が足元を見ると、そこには美鈴が倒れていた。

 

 

 倒れていたのだ。――頭にナイフを刺して。

 

「あら、誰かしら?」

 

「――!」

 

 おさげで凛美な銀髪。それに着こなして、よく似合ったメイド服。そして何故か両手に持った()()()。致命的なまでに、メイド服には合ってないナイフ。でも彼女が持っていると何故か納得できてしまうナイフ。

 

「少し様子を見に来たら、誰もいないものですから」

 

 そう言ってこちらを見るメイド。その視線は懐疑と興味が入り混じった好奇なもの。初めて見る人物に対して警戒しているのだろう。妥当な反応だ。 ……しかし夜霧は、向こうと違って()()()()()()()()()()

 

 あの銀髪、あのナイフ……そしてあの()()()()目が未だ青い彼女の名前は。

 

 ――完全で瀟洒な従者。十六夜咲夜。

 

「あなたは誰?」

 

「……霧雨夜霧。ただの魔法使いです」

 

 ただ名乗る。多少ビビりながら。そう、忘れていたのだ。そういえば、よく美鈴に向けてナイフを投げてたことに。夜霧に投げたことは一度も無かったが、現在侵入者と客人の曖昧な境界というとても怪しい立場に夜霧はいる。ナイフを投げられても文句は言えまい。

 

「そう。なら霧雨くん――いえ、それだとあの白黒と同じだから、夜霧くんね。あなたはここに用でもあるのかしら?」

 

「ええ、ちょっと地下の大図書館に。そこの魔女さんに用があるんです」

 

 ダメだ……気を抜いちゃいけない。油断したらすぐナイフが飛んで来そうで怖いから。

 

「…………」

 

 くっそぅ! 美鈴、そこでピクピクしてないで早く起きてくれ!

 

「そう……で、あなたは今まで何をしてたのかしら? 美鈴」

 

 本当に()()のことだった。――イヤ、瞬間と言う言葉すらおこがましいが、その瞬間に。美鈴の頭に刺さってたナイフが抜かれ、いつの間にか美鈴は立っていた。

 

「……え? あ、さ、咲夜さんっっっ!?」

 

「何よその反応。さあ美鈴、何があったのか洗いざらい話してもらいましょうかしらね?」

 

 冷たい声色で話す咲夜。それにカタカタ震える美鈴はまるで哀れ小動物のよう。おまけに手元のナイフをチラつかせるものだからさらに怖い。見てるこっちがさらに怖い。

 

 ――それからは……美鈴が話して、咲夜が急かして、夜霧が見ているというおかしな状況が何分か続いた。たまにチラッと向く咲夜の視線に震えた回数は……十回を超えたあたりで数えるのをやめた。そして何度目かの震えの後。再び咲夜が夜霧に訊いてくる。

 

「つまり夜霧くん……あなたは美鈴が認めた御客様、というわけね」

 

「……まあ、そうなる」

 

「なら私もここ紅魔館のメイド長としてあなたを歓迎しなくてはね」

 

 そう言った時だった。咲夜のどこか気さくで、ちょっとだけ恐ろしかった雰囲気は影を潜め、『完全で瀟洒な従者』な十六夜咲夜が、そこには居た。

 

「――ようこそ、紅魔館へ。私の名は十六夜咲夜。我が当主レミリア・スカーレットの名の下に客人、霧雨夜霧を歓迎しましょう」

 

 すっかり日も暮れて、夕焼け時に鴉がなく頃。雲の切れ間にわずかに見える太陽は沈み始め、月は登り始めている。

 

「……はぁ」

 

 ――溜息混じりな夜が、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

「……あ、」

 

 誰かが門を通った。意識を研ぎ澄まして足音を聴いて見る。ずっと地下に居たせいで、やたらと外の音には敏感になった。だから少し集中すれば外の足音だって聴こえる。

 

 この足音は……うん、咲夜だ。ブーツが奏でる、軽快かつ緩急のある音色。そして咲夜のリズミカルな足音。もう一人も……ブーツかな? でも歩き方は力強い……女じゃない。足音の間隔は……大きい。結構背の高い人、霊夢でも魔理沙でも、美鈴でも無い。

 

 ……じゃあ、誰? 私の知らない人ね。

 

「誰だろうなあ」

 

 そんな疑問を口にして見るけど、きっと会うことは無いだろう。え、どうしてそう思うかって? ……当然のことよ。何故わざわざ地下に降りて来てまで気の狂った私と話そうと思うのさ。

 

 だから私は今入って来た誰かと会うこともないだろう。……もしかしたら、またお姉様(あいつ)がお節介で連れて来たのだとしたら、私と会うことになるのかもしれないけれど。

 

「もしそうだったら、壊さないようにしないとね」

 

 ええ、わかっているでしょう? 人間でも妖怪でも、壊されたら痛いんだ。だったら壊さない方がいいに決まってる。

 

「あ〜あ」

 

 笑った。すごく何と無くだけど、意味なく笑った。

 

「あはははは」

 

 この広くも狭くもない質素な部屋に笑い声は響く。――ごくごく虚しい。

 

 床を一瞥。

 ()()()()()罪無きモノに向かって一言。

 

「ごめんなさ、い?」

 

 そんな私は笑ってる。あはあはあはは。自分で言うのもアレだし、もう何度も何度も言うのも飽きたけれど……。

 

「本当に私って、おかしいのね」

 

 そう言う私の目は、濡れない。金輪際これまでもこれからも濡れることは無い。

 

「でも、なにか、何かの間違いでいいから」

 

 そう、そんなものでもいいから。

 

「――泣きたいなあ」

 

 くだらない矮小な願いと願望と羨望の果て、腐っても吸血鬼な狂ってる私が思うことは、そんなくだらないものだ。

 

 

 




妹様……うん。あと三話くらい待ってくれ。
美鈴との戦闘が終わった後の咲夜さん。夜霧くんからすれば知り合いとの再会なわけです。(夜霧くんから見れば、だが)ちなみに夜霧くん、紅魔勢以外との交流もちゃんとあります。その話はおいおい本編でも触れます。





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紅き悪魔の契約

第⑨話です。あの最強の氷精さんは出ませんけど。
戦闘はナシで説明会。
あと場面が結構移り変わるので注意を。




 扉が開いて、目の前には赤色、というよりは()()のエントランスが広がる。

 右を向いても左を向いても、赤、紅、赫……。他の色は一切無く、ただただ紅いその展望。赤色に染まった果てしなく悪趣味な彩りの中を、咲夜の案内で夜霧は歩いていた。コツコツと階段を登り、やけに窓の少ない廊下を歩いて行くと、一つの大きな扉に辿り着く。

 

「……ここは」

 

 知ってる。このやけに大きな扉。この先に――永遠に紅き幼い月、レミリア・スカーレットがいる。

 

「お嬢様、お客様をお連れしました」

「入りなさい」

 

 扉が開き、一つの大きな玉座が見える。

 そこに堂々と静かに座する、吸血鬼。

 

「ようこそ人間。私の名はレミリア・スカーレット。ここ紅魔館の主としてお前を歓迎しましょう」

 

「恐悦至極、とでも言うべきですかね?」

 

「なに、そんな堅苦しくされても困るだけよ。そして単刀直入に聞くわ。あなたは運命を信じるかしら?」

 

「運命、ですか?」

 

 運命と聞いて連想するのは、レミリアの能力。つまりこの質問は、自分自身の能力の本質が理解できるかどうか問いているのだろう。少なくともそう夜霧は理解する。

 

「……少し漠然とし過ぎたわ。言い方を変えましょう。『あなたの正体を私は知っていた』と言えば……信じる?」

 

 ――ドキッ、とした。レミリアの能力、それは運命を操るだけのはずだ。正体を知ったとすれば、一体どうやって?

 

「――信じられない、とでも言いたげな顔ね?」

「うっ、」

 

 あの桃色髪の覚妖怪よろしくな力でもあるのだろうか。こちらの考えがことごとく読まれている。大恐失色だ。まさか、レミリアにはまだ知らない能力があったのでは無いのか。そんな飛躍したことを夜霧が考えていると、レミリアが話を始める。

 

「あー、愉快な勘違いをする前に言っておくけれど……私に未来予知とか心読の能力はないわよ? さっきはあなたの正体を知っているなんて言ったけれど、それは私の能力の一部。 ――私は運命を『見る』の。そしてそれは近い未来に起こる事柄も絡んでくる。その中にあなたの姿があった……それだけのことよ」

 

 その力は、未来予知となんら変わらないのではないかと。

 そう思った夜霧の考えは大体その通りだ。ただしレミリアのそれは、あまりにも限定的で短期的なモノだが。近い未来に起こる事柄に絡んだ運命ならば、レミリアはいくらでも見ることはできる。それが操れるかどうかは、また別の話。

 

 とにかく、レミリアが見れる未来は、その運命が絡んだ未来に限る。つまりどんな誰の未来を見るかまでは、レミリアは操作できない。常に第三者目線で、近々起こることを細切れに見ていく。そこからわかることは、その事柄に関わった人物像が少々ぐらいだろう。だからレミリアのそれは未来予知などという代物ではない。だから夜霧の秘密を知るはずも知る手段もないのだ。

 

 しかしレミリアは夜霧に対して秘密を知っているかのような素振りを見せていた。――要はハッタリ。こけおどし。

 

 愉快な勘違い。まさにその通りで、レミリアの言葉にまんまと引っかかった夜霧が勝手に秘密を知られたと勘違いして露骨な反応を示しているだけだ。

 

 しかしそんなことを知らない夜霧は不用意な言葉を発してしまう。

 

「なら! あの子……フランドールは!」

 

 ――その言葉がいけなかった。

 

 冷静に目の前の人間の話を聞こう。そう思っていた矢先、フランドールと言う名前が人間の口から聞こえてしまった。

 

 ――これが平静を保っていられるか。

 

 いくら秘密を抱えていようが、妹の名を口にされては冷静ではいられまい。

 

「――おい」

 

「………は」

 

 冷や汗。夜霧の首元には、ほんの一瞬の間に妖力を圧縮して作り出した槍――グングニルが突きつけられていたのだ。少し見上げると、そこにはただ冷酷に自分を睨みつける、怖ろしき冷徹な吸血鬼の姿。……とんでもない威圧感。目の前に彼女がいるというだけで、その存在によって息苦しくなる様な。

そして、その時初めてあの秘密を知っているような発言が、この威圧感に任せたハッタリだったと理解する。ああ成る程、このまま無事では済まないだろうな。

 

 そんな、夜霧の脳内で繰り広げられた悲劇が実際に演出されることはなかった。

 

「……お嬢様」

 

「ああ、咲夜……そうね」

 

 夜霧の想像とは裏腹に、レミリアはグングニルを引っ込めたのだ。

 

「どうやら、私も相当ヤキが回ってるわね……悪かったわ。先に理由を聞くのが先決よ。――どうしてあなたが……顔も見たことの無い初対面のはずの人間が……いろんなことを知り過ぎているのかを、私は聞かなければならない」

 

 そう言って、レミリアは地面から少し高い玉座へと戻る。月の光を背に、紅い紅魔の吸血鬼は羽を広げて目の前の人間を見下す。

 

「改めて聞こう。幾多もの秘密を抱え、幾多もの運命に関わっている人間であるお前は。――お前は、何者だ?」

 

「やっぱり、話すしかありませんね」

 

 そうして夜霧は語る。

 自分の秘密を。そして、この紅魔館が迎えた一つの未来の話を。

 

「――俺の名前は霧雨夜霧。ただの魔法使いですけど……なんと言うか、未来からの漂流者、ですかね」

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 話は夜霧が紅魔館に通い始めてから数日経った頃に遡る。この場合未来で起こる事項だから、遡るという表現はおかしいのだが……これはあくまでも夜霧の主観、だからこれは過去の事項なのだ。いつものように大図書館へ本を返し本を借りてさっさと帰ろうとしたある日、咲夜に呼び止められたのだ。

 

「いい加減お嬢様に挨拶してくれない?」

 

「……おじょうさま?」

 

 はっきり言って夜霧はレミリアのことを知らなかった。吸血鬼という種族の習性で夜行性、そして()()()()()()()()として有名だったから。それは、紅魔館の主人が実はレミリア・スカーレットだったということを大図書館に来て初めて知ったことから伺える。だから当然挨拶などしているわけが無く、夜霧は館の主人を堂々と無視してかつ、何度も入り浸っている不届き者として呼ばれてもおかしく無い立ち位置にいた。

 

 ――そして現に、

 

「お前が私を堂々と無視していた愚かな人間ね?」

 

 お嬢様は怒っていた。

 

「………………」

 

 対峙する夜霧とレミリア。かたや白黒のローブに身を包む魔法使いの人間、そして方や、見た目だけなら明らかに年下な、幼すぎる吸血鬼。見た目も中身も本質も西洋風な両者が向き合うのは、東の果ての秘密の楽園、幻想郷。

 

 おかしな話だ。とレミリアは思う。

 実のところ、別にレミリアは怒ってなどいなかった。寝ているうちに顔も見たことのない人間が館に入り浸るようになっていた……結構だ。別に構わない。むしろ客人が増えるのはいいことだと思っている。そんな考えを持つレミリアが今日こうして人間、霧雨夜霧を呼んだかと言うと、『興味があったから』と、『ちょっとした()()期待をしている』からである。

 

「……無礼に対するお詫びはします。挨拶が遅れて申し訳ございません。俺は……」

 

「霧雨夜霧、でしょう?」

 

 頭を下げ、名乗ろうとする前に名を呼ばれたことに夜霧は驚く。――というよりは、警戒する表情。

 

「そんな顔をしなくてもいいわよ……ただ咲夜から聞いただけよ」

 

「え? あ、なんだ……」

 

 ホッ、とでも聞こえそうなくらい表情が緩む。なるほど、話に聞いていた通りだとレミリアは内心悦する。

 

 ――素直な人ですよ。あと、感情がすぐ顔に出ます。つまりわかりやすい人なんです、彼は。

 

 そんな咲夜の評価もこれを見れば頷けるものがあるというものだ。

 

 そうしてレミリアと夜霧は会話を続けた。

 弾幕ごっこの話題でも、何気無い日常の話でも良かった。ただ久しぶりの()()との会話をレミリアは楽しんだ。

 

 そんなレミリアに対して、夜霧は最初の方、かなりの警戒をしていた。

 

『吸血鬼には気をつけろよ? 不意打ちで血を吸われるかもな。あるいは……跡形も無くなったりしないようにな』

 

 それは師匠の言葉。しかし話してみるとそうでも無く、むしろ不意打ちなんていう卑怯な手は使わない、正々堂々とした性格をしているんじゃないかとすら思えてきている。

 現に警戒など一切して無かった。

 だから師匠の――魔霧の警告の真意にだって、夜霧は気づけなかったのだ。

 

 レミリアと夜霧の会話が始まって数分後。「失礼します」の声とともに銀色の髪を揺らす赤色の眼のメイド長、咲夜が部屋に入室する。

 

「お嬢様……妹様が、目覚めました」

 

「――そうか。さて、夜霧」

 

 瞬間、何か大きな力に背を押される感覚が夜霧を襲う。そう、まるで……何か強制的に特定の方向へと押し出されるように。

 

 そう。レミリアは能力を使ったのだ。この後の流れを確定させるために。そしてそれは確実に、そして全ては確信に……そう思えてならないほどにうまく()()()()。すでに断言すらできよう。

 

 ――運命は、収束した。

 

「私の頼みを聞いてほしい。……地下の妹と会ってほしいのだ」

 

「頼み、ですか」

 

 ……夜霧はいま目の前で起こった事象に対して、おおよその憶測を立てていた。あの背を無理やり押される感覚。あれはおそらく、目の前の吸血鬼の能力。

 そして実際、夜霧の推察は当たっている。レミリアは『運命を操る程度の能力』を夜霧の運命に対して使用したのだ。

 

 運命を操るとは、つまり特定の事項をある結果へと導くことに他ならない。その気になればどう転んでも死ぬはずだった命を生き長らえさせることでも可能なのだ。

 

 しかしレミリアはあまりこの能力を使わない。

 それは運命を操るという性質上、物事に及ぼす影響が大きすぎるから。しかしそんなものは建前。本当は運命を操るということ自体、あまり好きでないからだ。結果よりもそれに至った過程を大事にしたいというのがレミリアの考え。それを根本から否定するのがレミリアの能力。運命を操るとは過程を操ると同義だから。……なんとも皮肉な話だ。そうレミリアは内心自嘲する。自分の考えを貫こうとすれば、それを否定するのも自分なのだから。

 

 それでも、レミリアが自らを否定するようなロクでもない忌むべき力を使用した理由は、そうまでしてもこの結果が欲しかったからだろう。

 

「……なるほど、わかりましたよ。お嬢様」

 

 だから夜霧は、何も言わずにただ従ってレミリアに着いていく。

『跡形も無くなったりしないようにな』という洒落にもならない師匠の言葉を思い出しながら。

 

「……ここだ」

 

 階段を降りて地下に向かい、大図書館の奥の扉からさらに奥へと降ったその場所こそ、レミリアが夜霧を連れて来た場所だった。そしてそこは、冷たく閉ざされた大きな大きな鉄の()。壁と同じように赤い塗装が塗られているも、ところどころ剥がれて年季を感じることから夜霧は察していた。……イヤ、察してしまっていた。

 

 ――この扉は、俺が産まれるずっと前からここにあるのか?

 

「この部屋の奥にいる私の妹と今から会う。そこにお前には……着いて来てほしいのだ」

 

 そう言うレミリアの目は、曇る。

 

「……なぜ、地下にいるんですか?」

 

 夜霧は問う。当主の妹ともあろうものがこんな地下のさらに奥深くの地下にいる理由が、夜霧には到底理解できなかったのだ。

 

「――それは、」

 

「待ちなさい、レミィ!」

 

 レミリアが言葉を発すその瞬間、遠くの方から叫ぶ声。声の主はパチュリー・ノーレッジ。紫色のローブを揺らし、血色が悪い顔で息を切らして階段を駆け下り、走っていたのだ。

 

「レミィ! 貴女、正気なの?」

 

「はぁ。ねぇパチェ、この話は前にもしたことだけど……」

 

「質問に答えなさいッ! ああ、貴女は物事を冷静に捉える感覚さえ失ってしまったと言うの? 本当に冗談じゃないわ!」

 

 そう語気を荒げて、噛みつくような話し方をする彼女は、明らかに夜霧の知る『動かない大図書館』では無かった。夜霧は初めて見た。パチュリーが感情豊かに話すところを。……もっとも、話すと言うよりは一方的な口論であったが。

 

「貴女があの時決断を渋って! ……数百年経ったわ。『運命が見えない』なんて言い訳じみたことを言って逃げたりしたから、フランドールは永遠の狂気に囚われてしまった! 貴女は愚か者よ、レミィ。そうしてまた、彼女の狂気を深めようと言うの!?」

 

 しかし、レミリアの方も聞いているだけでは無かった。

 

「冗談じゃない? 逃げたりした? 愚か者だ? ハッ、私がいつだって本気だったということを貴女は忘れてしまったのかしら? ねぇパチュリー、冷静に考える方なのは貴女の方ではなくて?」

 

「わかってるわよ、それくらい。……でも、でもね――」

 

 目の前の文字通り袂を分かつ議論の終わり。その合図は、パチュリーの言葉では無く、レミリアの言葉で無くて――。

 

 

 

「――俺、やりますよ」

 

 ただ一人無関係なままの、霧雨夜霧の一言だった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ――ずっと、気のせいだと思っていた。

 

 

 俺がやると言った時、向けられた視線は()()()

 一人はパチュリー。動揺するような、信じられないものを見るような、いずれにしてももう金輪際見れないでだろうパチュリーの予想外とも言うべき表情。

 そしてもう一方は、レミリア・スカーレット。

 こちらも予想外といったような表情だったが……パチュリーとは違い、むしろ喜ぶようなそんな表情。

 そしてもう一人は……。

 

「夜霧……アンタはこの扉の奥に()()()()()()わからないの!?」

 

「違う、()()()()()んでしょ? パチュリーさん。さっきから俺たち、見られてます」

 

 そう、もう一人の視線は、この扉の奥からだった。……奥にいる誰かが、ずっと見ていた。

 

「話はパチュリーから聞いたな? ……では改めて聞こう、霧雨夜霧。協力してくれるか?」

 

「――それが、俺にできることならば」

 

「ああもう! あんたたち……!」

 

 それ以上、パチュリーは何も言わなかった。『もう勝手にしろ』と言わんばかりの表情をしたまま。

 

 対しレミリアは、口角を上げて悪魔じみた――否、悪魔の笑みを浮かべて続ける。

 

「では、開けるぞ?」

 

 ギイィという甲高い金属音を上げながら、重い扉が開く。地下室の埃っぽい空気が流れ込んでくる。ベッドとテーブル、そしてぬいぐるみがポツポツ置いてあるような可愛らしい女の子の部屋。――その部屋の中心にいた、小さな幼い女の子。

 

「……やっと入ってきたのね。魔法使いさん」

 

 姉と同じ紅色の瞳と金色の髪、そして背中についた羽。姉のコウモリのような羽とは違い、宝石の形をした石が羽に左右対称に付いた、羽としては破綻した形状の羽。

 

 ――それが、永遠の狂気に侵された少女。フランドール・スカーレットとの、最初で最後の出会いだった。

 

 あのフランドール(少女)との出会いを忘れることは無いし、忘れる気だってない。

 

 

 先に結論だけを述べよう。

 ――彼女を救うことは、結局叶わなかった。

 

 

 ああ、そうだ。俺は、失敗したんだ。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 夜霧が全てを話終えた後、目の前には大いに威厳を感じさせる佇まいをした吸血鬼と、若干戸惑いながらも、相変わらず瀟洒に銀髪を靡かせたメイド服の少女がいた。

 

「これが俺の見た未来であり……変えるべき未来です」

 

「なるほど……そういうことか」

 

 レミリアは、何か合点したような表情をする。

 

「人間……名は夜霧と言ったな? つい先日から私が見る運命には軒並みお前の姿があった。それはつまり、全ての運命がお前に収束しているということに他ならないが……その理由がわからなかった。だがたった今、その理由も理解できた」

 

「お嬢様、それはつまり……」

 

 咲夜が調子を合わせたように、人差し指を立てて堂々と宣告する。

 

「――彼の行動はこの幻想郷を揺るがす、ということですか?」

 

「未来を変えるのだからな。それくらい当然だろうな」

 

「へ?」

 

 その事実に驚いたのはレミリアでも咲夜でもなく……当の本人である夜霧だった。

 

 歴史上の異物。

 この世界から見れば、未来から遡ってきた夜霧は、いわば正史には存在し得ない異物でしか無いのだ。

 この世界全ての事柄との関係は全て失われ、本来自分が存在するはずのなかった歴史にただ一人放置された夜霧の運命は、レミリアの運命を操る力でも干渉できない。

 レミリアの運命を操る力。それはつまり人と人の縁を結び繋いで事象の結果に作用する力。その繋がりが一切皆無となった夜霧は、あらゆる縁と結びつくことがなく、一方的に運命を捻じ曲げることが可能となった()()()()()()となっていた。

 

 ――つまり一言で言うと、今の夜霧は未来をいくらでも自分の行動次第で変えることのできるのだ。

 

 それは、夜霧が目指した魔霧が普通に生きて死ぬ世界(理想の世界)を目指すことが、ただの絵空事で無くなることを意味していた。

 

「俺、そんな事になってたのか……」

 

 驚く夜霧。しかしその表情には、驚きよりも喜びの感情の方が色濃く表れている。

 当然だ。未来を変えられる力を持っていることが、今この瞬間、証明されたのだ。それはすなわち、スタートライン。

 

「……未来を、変える」

 

 その言葉は、重く、辛く(おもく)大切い(おもい)もの。

 夜霧を未来に飛ばし、希望を確かに残した八雲紫。その彼女の心を乗せたまま、夜霧は呟いた。

 

「霧雨夜霧。私の結論を述べよう。――いいわ、あなたのその考え、嫌いじゃないしむしろ好きだわ。ね、そう思わない? 咲夜」

 

「そうですね……彼の話の中でいくつか信じられない部分もありましたが……特に私のくだりです。まさかお嬢様の眷属になっているとは思いもしませんでしたわ。夜霧くん、嘘じゃないわよね?」

 

「そんな嘘はつきませんよ。あと眷属になった理由を聞いても、『不本意ながら、今もこうして生きてるわよ』って答えしか返ってきませんでしたし」

 

 相当捻くれてるわね、そう言うのは咲夜自身。

 何を言ってるんだと思っても無駄なことだ。幻想郷の少女たちは必ずと言っていいほど、自分のことは棚にあげるのだから。

 

「それで夜霧。紅魔館(私たち)はお前の行動を支援することを約束したが――お前は何を約束してくれるのかしらね?」

 

「……え?」

 

 そう、レミリア・スカーレットは吸血鬼――すなわち、悪魔なのだ。

 悪魔との契約には代償が必要だ。

 それは血であったり、寿命であったり、目に見えないもの……魔力や生気だったりだ。

 

 共通することは、悪魔から要求される、つまり契約者は受け身の姿勢しか取れないという点だ。

 それを魔法使いでありながら夜霧が知らないのは、単に夜霧の勉強不足としか言えない。

 ちなみにパチュリーが大図書館で使役している小悪魔の契約は、一日三食の食事と毎日の魔力提供の保障という超ゆるい要求の元に成立した。

 これは小悪魔曰く、「無茶や要求で身を滅ぼされるよりも安定した条件の方が楽しめるんですよ……色々と、ね?」とのこと。

 正直本を運んで整理しての毎日のどこが楽しいのだろうという疑問は尽きないものの、本人が楽しめれば良いのだろう。

 

 そしてレミリア――悪魔の要求、その内容は――。

 

「夜霧、地下室の妹の話し相手になってくれ」

 

「――はい?」

 

 ――それは、夜霧にとっての罪の歴史であり、変えるべき過去の一つでもあり、償いでもある、そんな条件だった。

 

 




地の文多すぎ。(確)
ややこしくて訳わかんねえと思ったらどうぞご質問ください。なるべく丁寧に答えますので……。
視点を三人称にしてみましたが、どうですかね?
一人称のままでいくか検討中です。


軽い次回予告。

――紅き館の主との契約は交わされた。少年はただ覚悟する。自らが過去、向き合えなかった狂気との邂逅を。
そしてその扉は開く。

少年は、儚く狂う少女と出会った。

次回ッ、第十話! 『フランドール』

――乞うご期待。



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あかるい未来のために

『地下室の妹に会ってくれ』

 

 その条件を聞いて湧き上がったそれは、恐怖ではない。だけど絶望でもない。恐怖でも絶望でもない、たった二文字で表現できてしまうような瑣末で雑な感情では無かった。

 記憶がフラッシュバックする。二人だけがそこにいた、暗く寂しい地下室の光景。血だらけで必死に何かを語りかける男と、それに向き合ったままただひたすらに笑う女。

 

「……それって、無駄ではないのですか?」

 

「なぜそう思う? フランは()()フランのままよ。少なくとも、私の見る限りではな」

 

「それは、今の話です。未来では……」

 

 運命を見ることによる限定的な未来予知。私の見た未来が間違っているはずがない、レミリアはそう言いたいのだろう。

 

「お前に会ったフランは既に手遅れだった……だったな、確か」

 

「はい。それを一番悔いていたのは……やっぱりお嬢様でした」

 

 正確に言えば、そう見えたが正しいのだが。もっと言うと、レミリアは手遅れだと自覚していたのだろう。もう狂っていて手がつけられないけど、もしかしたらという可能性にかけてみたかったのだろう。

 ――それこそ、盲目的に。

 

「そう、ならそれは私ではないわ」

 

「な………!?」

 

 と、レミリアはあっさりと未来の自分を否定する。

 

「だってそう思わない? この運命を操る私が、運命に半ば屈しながらも儚い可能性に縋っているのよ。惨めで虚しい。それが私だと、他ならぬ私が認めるわけにはいかないわ」

 

 プライドの権現。そんなものは虚勢でしかないと誰が言えるか。そう語ったレミリアの目は確かに先を見据えている。口では否定しつつ、しかし心のどこかでそうなっているのかもしれないといった、小さな身体を簡単に押しつぶしてしまいそうな不安を背に抱えている。だからこそ、夜霧に契約を持ちかけたのだ。

 

「とにかく、そんな吐きそうなくらいに気持ち悪い私にならないための契約なのよ。咲夜」

 

「はい、お嬢様」

 

 レミリアの玉座の隣、あらゆる仕事を言葉通り一瞬で終わらせる従者の鏡のような銀色のメイド長、十六夜咲夜が返事を返す。

 

「そこの契約相手を地下室に案内してくれ……あ、いや、ちょっと待って、咲夜。一旦ストップ」

 

「なんです、お嬢様」

 

 扉が開き、夜霧が部屋を出ようとするその時丁度レミリアが呼び止める。

 

「なあ霧雨夜霧。お前には私の見た運命を覆す力があるんだろう? ――ならば、その不安も覆してしまばいいのよ。こういう言い方はおかしいけれど、フラン(あいつ)はいい子よ。それこそ、あなたが気に負うような子じゃない」

 

「…………」

 

 そんなことは夜霧自身が一番わかっていたことだった。しかし、怖いのだ。不安なのだ。あの日の失敗が今になって鮮明に蘇る。――彼女を救いたい。あの思いが、偽善から成ったものだったと思うたび、吐き気がした。

 自分の思いが、汚いものだったと自覚するたび自分が嫌になった。トラウマになっていた。本気で救えると思っていた。どんなに狂っていても、助けられると思っていた。

 ――でも、現実は違った。彼女は狂い過ぎていた。

 

『アハ、ハハハハハ!!!』

 

『……、え?』

 

 血飛沫。どこからそれが出てきたか。

 痛みを感じた。右手の感覚を確かめる。

 そこで違和感に気づく。そこに右手は無かったから。

 

 ――自分を客観視して、あの日の自分は虐げられた弱者に見えると思った。救世主気取りの哀れな弱者。それがあの日の霧雨夜霧。

 そしてまた、繰り返そうとしている。

 そしてまた、自分を客観視する瞬間が訪れる、かもしれない。

 

「だからお前は恐れるな」

 

 レミリアは、その考えを一蹴するように。

 夜霧のイメージをかき消すように。

 強く、強く言い放つ。

 

「お前が私との契約を果たすため、どのような手段を取るかは知らない。知らないが……きっとお前はフラン(あいつ)を助けようとするのでしょう?」

 

「いや、それは……」

 

「くく。お前の話を聞いて、それでお前の顔つきを見れば、お前の考えていることなんて何となくでもわかるものはあるわ。あなた、だいぶ()()()()()()タイプよ?」

 

 霧雨夜霧の顔つき。その表情を知っているレミリアは知っている。あれは覚悟を決めた表情だ。高名な吸血鬼狩り(ヴァンパイアハンター)が私をおろかにも狩りに訪れた時のような、勇敢にも乗り込んできた人間のような。

 

 そしてレミリアは笑う。あの顔つきをした奴は大抵ロクな死に方をしないから。しかし、大抵の奴は私の記憶に深く、深く爪痕を残して死んでいった。

 

『このっ………可愛げな顔して………こいつ。ハハッ、参った参った』とか。

 

『許さん、許さんぞ醜き蝙蝠めがぁ……!!

 私の死を記憶しよ、忘るるな、永遠に呪ってやるからな……!!』とか。

 

 去り際の言葉は兎にも角にも。

 その死に様は忘れられるモノではないのだ。良くも悪くも。

 

 目の前の男、夜霧はそれらと同種なんだろうが、しかし覚悟が足りていない。所謂成りかけだ。

 

「私に出来ないからお前に頼む。でもお前はそれをなぜか私以上に深く考えている。結局は他人事なのにな。……どうしてなのかしらね?」

 

「……それは、」

 

 夜霧だって、考えも無しにここに来たわけでは無かった。必ず、出会うだろうと思っていた。そして、向き合うのだろうと思っていた。

 過去の過ち、過去の慢心は今、夜霧の目の前にカタチとなって現れている。

 ――でももしも、その過ちも、慢心も、全てひっくるめたこの気持ちを、もし許されるとしたなら。

 

 

「フランドールを、助けたいと思ったからです」

 

 ――俺は勇気と呼びたい。

 

「く、くくく……そう、それだよ人間」

 

 レミリアは笑う。高らかに。吸血鬼()()()。意志がある。想いがある。過ちがある。力もある。覚悟も、十二分に。

 

「咲夜、今度こそだ。地下室に案内してあげなさい」

 

「はい、お嬢様」

 

 主の命に従うメイド長に連れられ、今度こそ夜霧は部屋から退出する。

 この部屋に残った者は、幼き姿の吸血鬼のみ。後ろを振り返る。ステンドグラスの向こう側、満月が見える。

 レミリアはあの日の紅霧異変を思い出していた。そういえばあの日は月が紅かっただとか、でもあれは紅い霧のせいだったなと、か。しかし今日の満月は、淡く仄かな輝きを灯す黄金色。

 

「こんなに綺麗な月なのに」

 

 レミリアは目を瞑る。運命を見て、条件次第ではその先の物事や過去の事象までを見通すことの出来る、自分の望まない万能の目。

 その目が見た運命は、――悲劇だった。

 

『ねえ、お姉様。なにも、なにもなにもなにも。考えたくないの。全てが消えてく。全てが壊れてく。なんで、なんでなんでなんで? ああ、私のせい? 私の例の能力のせい? ああ、なんてこと! 大変よお姉様! 我が家が壊れていく! こんなことをしたのは一体誰なのよ!

 ――ええ、私ですとも! アハハハハ!!!』

 

 それを見つめて沸き起こる感情は、同情でも憐憫でも寂寥でもなくて。『ああ、手遅れなんだな』というわかりきった、受け止めきれない事実をゆっくりと咀嚼しなくてはならないという義務感だ。

 

 咲夜も、レミリアも、パチェも、小悪魔も、美鈴も、みんなみんな噛みしめる。嘘みたいな現実を、咀嚼する。――そんな運命。

 それが明日なのか、一年後なのか、十年後なのかどうなのかまではわからないけれど、いずれそう運命は収束してしまう。

 その収束を回避するのは簡単だ。私の目に見えた運命からバカみたいに外れてしまえばいい。

 レミリアにはそれが出来ない。だから霊夢や魔理沙を介入させて、フランドールの価値観に刺激を与えて見た。結果、フランドールの狂気ら少しだけ改善の兆しを見せたが、まだ足りない。運命は変わっていない。

 外に出すことも考え無かったわけではない。

 しかし外出によって周りに与える損害と、それによって受けるフランドールの精神ストレスを考えると、それが良案とは呼べなかった。

 

 地下室への幽閉だって、結局のところ苦肉の策だ。紅魔館内部なら自由に動き回ることも最近は許している。……一度たりとも出て来たことは無いが。

 

 レミリアは思う。

 最近はフラン(あいつ)と向き合う機会も減ったような気がする。それこそ、前以上に。

 霊夢と魔理沙に会っていい影響を受けたと思っていたが……もしかすると違うのかもしれない。

 最悪の可能性は、いくらでもあった。だから、使いたくもなかった運命操作を惜しげもなく使って、あいつと霊夢と魔理沙の邂逅を上手くいくようにしたのに。

 

 ……でも、しかし。或いは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それを私が知ることは叶わない。私がわかることは、運命のみ。その人物の内面を知るには、やはり対話が必要だ。結局のところ、運命を見れるところで万能になれるわけでは無いのだから、当たり前といえば当たり前だが。

 

 それでも私はフランの悩みを知ることは叶わない。

 ――なぜなら私は、結局忌み嫌った自分の能力とでしか、妹と向き合ってこなかったからだ。

 

 だから私に運命は変えられない。変えられるとすれば、夜霧。私の契約相手、そして心の内面にわずかな英雄性を秘めた、新たな友人。

 自分じゃ出来ないから、彼に頼んだ。

 自分じゃ救えないから、彼に救ってもらおうとした。

 

 

 ――でもそれでも、許されるとしたなら。

 

 

「欲しいものは手に入らないものね」

 

 

 

 ――私はこの手で、妹を助けたかった。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 夜霧は咲夜の先導で、紅魔館の廊下を歩く。

 歩き姿さえ優雅なそのメイド長は、一言も発することなく淡々と歩みを続ける。

 一歩、二歩、三歩、四歩――、月明かりがスポットライトのように照らし、その姿が実に映える。

 

 しかし長い。外見からは想像も出来ないほどの長さのそれは、歩けば歩くたびに先が遠くなる錯覚にとらわれる。要はそれくらい長い廊下だ。そう、そうでしかないはずなのに。

 

「――なんで、さっきからずっと()()()()をぐるぐるぐるぐる歩き続けているか、聞いてもいいですかね。咲夜さん」

 

「……あら、よく気づいたわね」

 

 立ち止まり、振り返る瀟洒な従者。

 一つ一つの挙動さえ、洗練された彼女の目は、明らかな敵対の目。

 

「悪いけど、あなたは気づいてしまった。無限に続くこの無限回廊。その事実に。……気づいた理由が知りたいわね」

 

「簡単ですよ。こんなにこの廊下は長くなかった、それだけ」

 

「そう、でも私はそれを信じることが出来ない」

 

「どうして? レミリアお嬢様を信用できないなんて、咲夜さんらしくないと思いますけど」

 

 その問いに咲夜が答える。

 

「ええそうね。お嬢様はあなたを信じた。……でもその判断を、全て鵜呑みにするほど私は利口な犬でも愚鈍な従僕でも無くてね。()()あなたのことを信用できない。だからここで大人しくしてほしかった」

 

 それはつまり、この無限回廊が咲夜の独断で行われていること、そして咲夜が夜霧に対して不信感を持っていることのほかでも無い証明。

 

「俺の何が信用できないか、聞いても?」

 

「未来から来たこと、私の未来の姿、妹様の状態、たったそれだけよ」

 

「それほとんど全部だし……」

 

 思った以上に単純明快だった。信用できない、だから止める。それまでのこと。

 

「でも悪いけど、俺だって信用どうこうで止まるわけにはいかないんですよ」

 

 その夜霧の言葉に、咲夜は答える。

 ……スペルカードと、自慢の銀のナイフを取り出して。

 

「なら押し通りなさい。

 もちろん、幻想郷のルール(弾幕ごっこ)で」

 

「言わずもがなですよ」

 

 それに夜霧も応じる。

 言葉数は少なく、しかし確かに戦意を示すように、ミニ八卦炉と魔道書を取り出して。

 

「三枚、降参と言った方の負けだ、咲夜さん。無論勝てば押し通る」

 

「ええいいわよ。誇りに誓って」

 

 ――紅魔の館において、二人は衝突す。

 なんてことは無い、ただの意見の食い違いだ。しかしそれは重要なこと。信用を得ずして全てに成功したものなど一人としていないのだ。

 

 夜霧は戦う意思を示す。押し通り、信用を勝ち取るための戦いの意思を。

 咲夜は抗う意思を示す。ナイフの切っ先を向け、この先に認めぬ者は通さないという、ある意味盲信的で熱狂的な、主への忠誠のカタチ。

 

 黄金色の綺麗な月の下、自分の意思こそ絶対だと主張する二人が、交錯す――。

 

 

 



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月時計







「殺人ドール!!」

 

 先に仕掛けに出たのは咲夜だった。スペルが掲げられ、数えるのもバカらしくなるくらいの無量のナイフが、夜霧に向かって放たれる。

 

 自動追尾型の弾幕(ナイフ)。しかし、追ってくるとわかっているなら、下手にばら撒かれるよりも避けやすい。

 

「……よっと!」

 

 短刀(ナイフ)短刀(ナイフ)、その僅かな間を箒に跨ったいつもの飛行スタイルで突き抜くように押し通る。

 その合間、夜霧のローブを、頬を、皮膚を、鋭く冷めたナイフの切っ先が何度も掠めていくがそんなことは気にしていられない。前ばかりを見て、かすり傷(グレイズ)に気を取られていてはいずれ本命の弾に被弾してしまう。右方を確認、続いて左方、こちらに向かってくるナイフ合計で四十六本。

 いける、十分に撃墜可能だ。

 

 魔導書内部に無数に書き込まれた魔法陣を左右に展開する。魔力も十分。スペルも手元にある。

 

「掲げ唱えたるは七色の隷属……」

 

 スペルカードを掲げる。

 さあ、弾幕ごっこはここからだ。

 

「『ノンディレクショナルレーザー』!」

 

 その宣言を合図に、夜霧の左右の魔法陣から色とりどりの使い魔が顕現する。月、火、水、木、金、土、日。七元素を操るそれらは強く発光し、同時に多方向へとレーザー照射を始める。

 放たれた魔力の奔流は、あくまでも咲夜の手から放たれただけのナイフを一本二本と容易く撃ち落としていく。

 

 咲夜は驚いた。ただし反撃にではなく、その使用した魔法に。予想外の反撃。しかしその魔法自体は初見じゃない。

 

「その魔法はパチュリー様の……イヤ、でもそれは、」

 

 ――魔理沙の魔法ではないか。

 

 そう言おうとした口は閉じて、一瞬だけでも動揺した心は捨てて、代わりにスペルカードを()()()()へと移行させる。

 

 幻符『殺人ドール』。その技は、ただ対象を追いかけるナイフを放つだけではない。――その真価は。

 

「な、」

 

 突如、ナイフの軌道が全く変わった。右に進んだナイフは上から落ちるように、正面から来るナイフはいつの間にか左側へと移動している。

 

 さまざまな方向から追ってくるだけだったナイフが。――いつの間にか包囲するように、その刃の先を夜霧へと向けているのだ。

 

 幻符『殺人ドール』。その真価は、咲夜自身の能力である『時を止める程度の能力』との併用で初めて発揮される。無数に対象に向かって投げつけたナイフを、時間を止めて、その軌道を死角を突くように変えてしまう。その結果出来るのはナイフで出来た円形ドーム。上から下から、右から左。ナイフで埋め尽くす密室空間の様な弾幕は、美しいというよりもえげつない。

 

 そう、これは――咲夜の世界。

 

 ドームは劇場(ステージ)。中身は人形(ヒト)

 だからこの技は殺人ドール(人形を殺す)。メルヘンチックでバイオレンスな、愉快痛快で哀痛惨痛な矛盾だらけの茶番劇。

 

 しかしこれは弾幕ごっこ。ルールに従い、殺しはせずとも半殺しは避けられない。だけど避けられる。意図的にナイフの密度が狭い空間を作ってある。多少の擦り傷(グレイズ)を覚悟すれば、避けることだって十分可能。冷静に考えて分析すれば、いくらだって回避は出来るけれど。

 

隙間から死に物狂いで出てくる夜霧……想像は出来るが、出てくるのだろうか。

 

 夜霧の話を私は信じてはいない。信じてはいないが、一考の価値はあるかもしれないと。そう感じている。彼の話はまるで遠い夢物語。遠い遠い未来の、知るはずのない時の話。……なのに、私は生きている。主と同じ存在になって、のうのうと生きている。

 

 きっと何かがあったのだろう。きっとそうでもしなくてはならない事情があったのだろう。――それでも私は、そのことを信じられないのだ。

 

 咲夜自身、心のどこかでわかっていた。夜霧の話は全て本当で、信じられない方が信じられないのだと。彼の語った未来は、別に突飛な話でもなかった事。

 

 もしかしたら明日にでも幻想郷は崩壊するかもしれないと日常的に考える咲夜からすれば、夜霧の話は『やっぱりそうだったのか』と、予想通りだったと思えるくらいだろう。

 

 それなのに、咲夜は夜霧と戦う。未来の話を信じられないと言う。彼の事を信用しきれないと突き放つ。主の命に背いてまで彼の前に立つ。 

 

 ――なぜ戦う? それは、信じられないのではなく、信じたく()()から。

 

 だから戦う。誰のためでもなく、自分のために。何を思われようと関係がない。……なぜならこれは、咲夜の八つ当たりでしかないのだから。

 

 そんな言い訳をまとめた私は、一秒にも満たない瞬間をいつまでも見続ける。凶器で形作る悪趣味な醜いドーム。その中で足掻く少年に……ごめんなさい。そんな、場違いな感情を持ちながら。

 

 

「……秘伝」

 

 

 しかし、そんな咲夜の憂いは、文字通り吹き飛ぶ。

 

 文字通り光ったのだ。あのドームの中が。眩しく照らす黎明の如き光は魔力の収縮。肌に感じるこの熱気は八卦炉からの放射熱。無数のナイフで隠れて、咲夜には見えていないがスペルカードが提示される。咲夜にとっては、見飽きたとも言えるくらい、お馴染みのスペルカード。

 

 普通の魔法使いを、『普通の魔法使い』(マリサらしく)させてくれる魔法。

 

「――なっ」

「マスター、スパァァァクッ!!」

 

 煌めくは閃光。薙ぎ払われるのは咲夜のナイフ。そして八卦炉から放たれた圧倒的熱量放つ魔力光線(マスタースパーク)は、夜霧が器用にその場で一周回ったことによって三百六十度全方位全てのナイフを撃ち落とす。

 

 その姿、喩えるなら星。――超新星爆発(スーパーノヴァ)の如く、淡く幻想的で。終わりのような。或いは始まりのような。

 その光景を見てわかった事がただ一つ。

 

「……スペルブレイク」

 

 咲夜がそう宣言すると、落とされずしぶとく残ったいくつかのナイフが地に落ち、夜霧を狙おうとはしなくなる。

 

 ええ、そうだ。思えば唐突でもなんでもなかった。彼が語る未来も正直信用ならない。彼の事も、全部を全部信じるなんて無理な話だ。――しかし、それでも、だ。

 それでも、それでもこの少年が、確かにあの『普通の魔法使い』の系譜を受け継ぐ魔法使いだと、確信できたから。

 

「認めましょう。あなたが魔理沙の弟子だって事、そしてあなたの語る未来も嘘ばかりじゃない事も」

 

 ――しかしそれは、この勝負には関係ない。

 

「だからあなたを落とすわ。あと一枚のスペルカードでね」

「……上等さ」

 

 残ったスペルは互いに一枚。勝負も残りあと少し。しかし両者は笑い合う。彼らは楽しんでいる。すでに意義を失った――最初から不毛な戦いだったのは確かだが――この勝負は、彼らにとっての戯れ。

 

 油断すれば死ぬかもしれないのに、それでも彼らは遊び(戦い)を続ける。そう。戯れ(勝負)は、まだまだ終わらない。

 

 スペルカードが掲げられた。

 雲の切れ間に光る月と重なって、幻想的に仄か光る咲夜の姿が、未来の彼女と重ねる。

 そう。全く一緒だ。でも、違う。

 

 まずは瞳。今の彼女の瞳は紅くない。遥か澄み渡る、淡く青い瞳だ。次に髪型。今の彼女の髪は長くない。ショートヘアが少しはねた銀髪だ。――そして何より、彼女は満ち溢れている。

 

 未来の彼女の姿を夜霧は知っている。そのヒトはとても強く、とても人間離れしている、と言うか人間では無いのに……人間であろうとしていた。人間らしく振舞って、食事も振る舞いも、人間よりも人間らしかったけども、結局それは人間みたいなだけ。結局彼女は、吸血鬼だった。

 

 自分を、人間をどこか羨望した目で見る、元人間で未練まみれの吸血鬼。それがの知ってる十六夜咲夜(イザヨイサクヤ)だった。

 

 でも、いま目の前にいる彼女は違う。未来の彼女よりも、吸血鬼の彼女よりもきっと強い。それぐらいの活力に溢れる彼女と、自分は戦っている。その揺るぎない事実に、彼は心震わして笑う。

 

 ――ああ、最高に楽しい。

 

「今日は満月のようね。――それなら丁度いい。このナイフの切っ先に裂かれて、月下の元に美しく散りなさい」

 

 月のような輝きを彼女自身から感じながら、夜霧は箒に跨ったまま、柄を強く握る。……そして咲夜が叫ぶ。

 

「傷魂、ソウルスカルプチュア!」

 

 宣言。それと同時に咲夜の瞳が()()揺らめく。――すぐに彼女の姿を見失う。気づけば彼女は、すぐ背後にいる。

 

「はあっ!」

 

 振りかざされたのは、紛う事なき短刀(ナイフ)。刺せば刺さり、切れば切れる。正真正銘本物のナイフ。その刃先は今、間違いなく俺の脳天を目掛けて振り下ろされた。

 

「うわっ!」

 

 もはや弾幕などではない。自分自身を高速移動によって弾幕とこじつけた『弾幕モドキ』だ。それを見て、夜霧は想起する。

 

(そう言えば師匠も、よく箒で突進してきたなッ……!)

 

 それを全力で飛び退く事で回避する。しかし、かろうじてだ。

 

 咲夜はすぐに次の動作へと移る。彼女は左の壁面へ移動すると、そのまま壁面を蹴り上げ、俺の方へと飛び出してくる。いまや彼女は、高速で刃をこちらに向ける弾丸――!

 

「速いッ……!?」

 

 それこそ、未来の彼女(吸血鬼の咲夜)に追随する程に。しかし、それもそのはずなのだ。

 

 咲夜は現在、自分自身の時を加速させている。時間とは万物を等しく支配する概念。それを操る力は即ち世界を支配する力。時間が止まればあらゆるモノは運動を停止し、認識を止め、活動しなくなる。

 

 しかしそれは一時のモノに過ぎない。咲夜が止められる時間は約五秒。確かに決め手には欠けよう。だが咲夜は時間を操る。世界の時間を操ることは難しい。――ならば、自分の時間を操ってしまえ。

 

 彼女の時間は、現在三倍近く他のモノよりも速く進んでいる。加速はつまり強化と同義。咲夜の身体能力は、とても人間とは呼べぬ程に強化されているのだ。

 

「――チッ、」

 

 しかし、その分の疲労は計り知れない。

 そして一方、咲夜の超スピードに戦慄を抑え切れない夜霧は箒に跨ることを、――やめた。そして魔導書第百二十五頁、『物質強化』の頁を開き、詠唱を始める。

 

「木は鉄の如し、あらゆる万物は鋼よりも(つよ)く、ここに」

 

 ――強化完了だ。それを経た箒はいまや、木材特有のしなやかな脆さと引き換えに、鋼のような強靭で力強い性質を、この箒は一定期間のみ手に入れた。

 

 こんなもので何をするのか。向かってくる咲夜と箒。そのコンビが――夜霧を迷走させた。

 

「オラッ!」

 

 野球のストレートよろしく、直線的かつ豪速に飛んでくる咲夜……もとい、弾丸を――文字通り箒で打ち飛ばす。

 

 箒をバットに、咲夜をボールに見立てて。

 

「痛ッ――!?!?」

 

 異常な速度で迫った咲夜に、思いっきり振られる鋼の強さを持った箒は、容易く彼女を吹っ飛ばした。

 

「よっしゃ、ホームラン!」

 

 しかし、そうも言ってられない。彼女の時間は三倍、なら回復にかかる時間も――。

 

「甘いわよッ!」

 

 ――無論、三倍だ。

 浮かれた夜霧の背中に、ナイフは襲いかかる。

 

「回復も速いのかよ!」

 

 ご名答。突き立てられたナイフを、箒を使った棒術で払う。そしてこれは言うまでも無いことだが、夜霧に棒術の心得など無い。ただの勘と思いつきの稚拙な技術で精一杯箒を振るう。

 

「ほらッ!」

 

 鉄のような硬度を持たせていたのが幸いし、箒の柄はナイフの刃を払う。

 しかしナイフを一度払うくらいなら容易いが……問題は二度目の方だ。

 

「はぁっ!!」

 

 ここぞとばかりに咲夜の攻撃の手数が目に見えて多くなる。一撃目は箒の柄を刃元に当てて、力一杯押し戻す。二撃目は真っ直ぐ突き立てられた切っ先を上手く身を翻して躱す。交わす言葉などなく、ただ刃と箒がぶつかるだけで、何もなく、ただ延々とそれを繰り返す。押して押されて、刺され躱して。しかし箒で払うのにも限界が訪れ、ついには壁際にまで追い込まれてしまった。

 

「――はぁ、はぁ、……はぁ、」

 

目の前には、息を切らしナイフを突きつける咲夜。

 

 ――イヤ、まだチャンスはあるかもしれない。目の前には疲労を顔に滲ませる咲夜。防戦一方で慣れない棒術を扱ってばかりの夜霧と、体力の消耗具合はトントンといった具合か。

 

「これでッ……トドメ!」

 

 咲夜がナイフを大きく振りかぶり、夜霧の中心、心の臓を狙う。

 これがおそらく、咲夜の最後の攻撃。これが弾幕ごっこである以上死にはしない。だがそれでも当分起き上がれはしないだろう。死なない。負けても、死にはしない。

 だがいまの彼には、倒れてはならない理由がある。止まっていてはならない理由がある。

 

 ――フランドールを、助ける為に。

 

 だから夜霧は、この攻撃を()()()()()

 

「らぁぁぁ!」

 

 思いっきり、ガラ空きになった咲夜の腹部目掛け、飛び付いた。壁を蹴り上げ、相手を吹っ飛ばす程度のチカラ。万全であれば、避けることなど容易い直線的な攻撃を――。

 

「なっ……!」

 

 咲夜はモロに受ける。身体に鞭打って無理矢理動かしている身体は、その不意打ちに対応できなかったのだ。そしてその程度の衝撃は、無理を重ねて疲労困憊の咲夜の意識を、一瞬奪うことに成功する。

 

 咲夜はナイフを手放した。つまり、それは弾幕の終り(スペルブレイク)。――いまの咲夜は、無防備そのもの。

 

「俺の……勝ちだ!」

「あ、し、しまっ……」

 

 咲夜が目を見開き、すぐにその場から離脱する。しかしスペルブレイクしているので先程までのスピードは無い。つまり、()()()だ。

 

「ラストスペル、歯を食いしばれッ!」

 

 最後のスペルカードを掲げる。八卦炉に魔力収縮を確認。放出範囲も一点集中。――喰らえ必殺。

 

「マスタァァ……スパークッ!!」

 

 叫びと共に魔力の奔流はただ一点、咲夜を目指し放たれる。巨大な光が咲夜を包んでいく。そして、その瞬間に咲夜は目にする。

 

「――あぁ、」

 

 自分に迫り来る巨砲の先、その光の出発点。こんなに激しく戦って、もう力なんて使い果たしているはずなのに……無邪気に、楽しそうに笑う、普通の魔法使いの姿を。

 

 

 

 ――勝負がついた。月下、誰も知らない二人の戦いの終わりを、二人の間に吹き抜けた静かな風が告げていた。

 

 

 

 

 

 




殺人ドールは『メイド秘技』の方だと時間停止があって、幻符の方はナイフを発射するだけ……だっけ? 正直自信がない。もし違ったら修正しますが、これ違うといろいろ変えなきゃいけない部分が多くなりそうで震えがとまらねぇ。
箒と咲夜ホームランのくだりはアレだ。深夜テンション。
ぶっちゃけなくても良かっ(ry



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前哨戦

ふう。久しぶりに疲れました。しかしそれでも周りには10000文字を余裕で超える猛者たちばかりで震えを禁じ得ない(泣)。





 激戦の後。血液とナイフとボロボロになった壁面の破片が散らばる廊下には、二人の人間がいた。

 

 一人はメイド服の少女。綺麗に調度されていたであろう服装はところどころ黒く汚れて、破けている。三つ編みおさげの銀髪も、いまは乱れてめちゃくちゃだ。

 

 そしてもう一人はローブを纏う少年。とは言え、そのローブは刃物で何度も切りつけられところどころ破けていて、これがローブだとは一目でわからないくらいに、最早原型を留めていない。

 

 共通するのは、大怪我が無いこと。それと傷だらけなこと。いずれも弾幕ごっこの戦闘後に見られる特徴だ。弾幕ごっこだって死ぬときは死ぬ。いまだってそうだ。夜霧と咲夜は遊びの中で、確かに命を奪い合っていた。

 

 結局そのやり取りは、咲夜のダウンと言う形で終わりを告げた。元より命名決闘の根底には妖怪と人間の共通娯楽という要素だけでなく、安心安全な戦闘を、と言う血生臭い従来の決闘を否定する要素もあるのだ。命名決闘で故意に命を奪う様なことは無いし、決して許されない。もしそのルールを故意に破るようなことがあったとすれば。

 ――きっとその時、あの妖怪の賢者は黙ってないだろう。

 

 そんなことを、疲労とダメージのせいではっきりとしないアタマで考える夜霧。

 

「……痛ったいわね、いたいけな少女の腹元に飛び込むなんて。いい度胸してるじゃないの」

 

 傷だらけの身体を起こしながら、近くの壁にもたれかかりながら咲夜が、いたずらを成功させた子供みたいに無邪気な表情で言う。

 

「そうでもしなきゃ勝てなかった。と言うか、ナイフを弾幕にして戦う女の子のどこがいたいけなんだ」

 

「私ほど垢抜けた女性は、幻想郷には数える程もいないと思うわよ?」

 

「あー、はいはい。悪かった悪かった。さすがメイド長だ。……強いよ、やっぱり」

 

 それを、噛みしめるように、懐かしむように言う。

 

 それは未来、夜霧にとっては過去のこと。それを想起しているように見えた咲夜は、一瞬にして夜霧の前へと現れる。時間停止。能力を使用したのだ。

 

「あなたもね、夜霧」

 

「まぐれみたいなモノだと思ってる。もうすっからかんだ。一歩も動けない」

 

 全力、死力を尽くしたとも言っていい。それくらいの力を使い果たすつもりで咲夜と戦っていた。それこそ、一歩も動けなくなるくらいに。だが咲夜は、見ての通り時間停止が出来るくらいにはまだ体力に余裕があるようだが。

 

 ――これは『咲夜が手を抜いた』と言うよりは、『咲夜は余裕を持って全力で戦っていた』と言った方がいいだろう。その結果、夜霧は勝ったが立ち上がれないくらいに疲労し、咲夜は負けたが歩き回れる体力が残った。……要するに。

 

「あなた、戦い慣れしてないんでしょう?」

 

「……そんなことは、」

 

「じゃあ言い換えるわ。……あなた、戦い方が下手くそよ」

 

 それを聞いた夜霧は、困惑した表情を咲夜に向ける。

 

「どういう意味?」

 

「どうもこうも、燃費が悪いのよ。勝つのはいいけど、その後にへばってたら訳ないわよ。……とにかく、こんなところじゃ回復もできないし、妹様に会わせるわけにもいかない」

 

 それだけ言うと、咲夜は夜霧の右手を掴み、自身の肩に担ぐと、そのまま廊下を歩き始めた。

 

「いいからあなたも歩きなさい。私だって結構ギリギリなんだから」

 

「……咲夜さんは、」

 

「なに?」

 

「俺のことを、信用できないんじゃなかったんですか?」

 

 消え入りそうな声で訊ねる。そうだ、いまのいままで戦っていた理由を忘れていた。そもそも彼女は、自分を信用できなかったから戦いを仕掛けたのでは無かったのか。なのにいまは手のひらを返したように気にかけてくる。それは何故だ。

 ……まさか、信用してくれたのだろうか。心のどこかでの期待は隠せない。――しかし、その予想に反して咲夜は。

 

「信用してないわよ?」

 

「……へ?」

 

 あっさりと期待を裏切っていった。

 

「ああ、訂正するわ。あなたの話を信用できないのであって、あなたは信用してるわ」

 

「……それって?」

 

「ノンディレクションレーザーにマスタースパーク。二つも同じスペルにミニ八卦炉。それだけ見せられたらあなたが魔理沙の関係者だということは信用するしか無くなるわよ」

 

 二つとも、魔理沙のスペルカード。それだけ見れば、夜霧が魔理沙の関係者……弟子だということには納得がいくだろう。

 

「だけど、それとこれとは違いますよね」

 

「それは?」

 

「俺の信用には繋がらないだろうってことです」

 

 弟子だということがわかったら、自分を信じる。それは率直に無いだろうと思った。だいたい話の信憑性と信頼するかどうかは全く無関係だし、そんなに咲夜は甘く無い。だから、彼女が自分を信頼する理由がわからない。……しかし咲夜は。

 

「ああ、ちゃんとあるわよ。理由も」

 

 夜霧のささいな疑問を払拭するように咲夜は続ける。

 

「あなた、そっくりなのよ」

 

「……誰に?」

 

「霧雨魔理沙」

 

「――!」

 

 

 ……いま、咲夜の脳裏にはあの弾幕ごっこのワンシーンがはっきりと映し出されていた。

 あのスペルカードの宣言と共に飛び出した極光を……少し眩しいくらいに派手な、普通の魔法使いの姿に重なったあの瞬間を。

 

「だから私は、あなたを信じるわ」

 

「……咲夜さん」

 

 激戦の後、傷だらけで廊下を歩く二人。その表情は、一点の曇りも無く晴れやかそのもの。最早未来の話が信用できないことも、話が信用されないことも、どうでもよくなっていた。

 

 朧気に揺らめく月の下。魔法使いとメイドは、紅魔館地下の大図書館。紫色の魔女、パチュリー・ノーレッジを目指して歩き出した。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ――来客が来た。そのことをいち早く察知したのは、門番でもメイド長でも主人でも幽閉された者でも無い。引きこもりだ。地下に篭りきりの魔女パチュリーだった。何故地下室暮らしの彼女が、それをいち早く察知できたのか。それは、今日が月に一回の大図書館新刊入荷の日だったからに他ならない。

 

 新刊入荷……外の世界からの新しい知識。つまりあのコソ泥棒、霧雨魔理沙にとっては獲物が大量に増える絶好の機会。それ故にパチュリーは警戒していた。紅魔館全体に感知型結界を展開して、使い魔を外中のあちこちに潜伏させた、万全すぎるくらいの体制だった。

 

 しかし、魔理沙(等の本人)は来ない。

 それもそのはずだ。夜霧が魔理沙の前から急に消えたせいで、魔理沙はその事ばかり考えている。つまり、大図書館のことなど頭からすっぽり抜け落ちていたのだ。

 

「対策が無駄になるじゃないの……」

 

 来ないなら来ないでいいのではないか、そう思えそうなモノなのにパチュリーはどこか不満げ。茶化すように、「もしかしてパチュリー様、あの白黒が来るの楽しみにしてました?(笑)」と言った小悪魔は数時間後、おぞましい数の本の山に埋もれていた。いったい何があったのでしょう。

 

 油断した頃、結界を超えて誰かが踏み入った。その知らせは直接術者へと、パチュリーへダイレクトに届く。

 

「これは魔理沙……!? イヤ、でも……」

 

 感じたものは違和感だった。魔理沙のようで、魔理沙では無いような。同じだけど、ちょっと違う曖昧な感じ。そんな本命なのかそうで無いのかあやふやな侵入者に対して、使い魔のレーザーをぶっ放す程パチュリーは豪胆では無かった。……豪胆と言うよりは無謀では無いというか。

 

 とにかく様子を見るようにした。美鈴と弾幕ごっこをしていても、レミィと対峙していても無干渉に徹していた。さすがに咲夜とガチの弾幕ごっこを開始した時は驚いたが……それでも私は無干渉を貫いた。それも全部、侵入者の正体が得体の知れないままだったから。

 

 ――しかしそんな警戒も杞憂に終わる。突然大図書館の扉が開いたのだ。どさどさと誰かが入って来る。片方は見慣れている銀髪のメイド服、咲夜だ。しかしもう片方がわからない。ボロボロのローブに適当にボサボサの黒髪。彼が例の侵入者だろうか。いいやそんなことより。

 

「謎の侵入者、ね……」

 

 目の前の二人を視界に捉えて、思わずしかめ面をしてしまった。何故なら――。

 

「あはは……」

 

「すみません、パチュリー様」

 

 あの得体の知れない侵入者と、うちのメイド長が仲良く傷だらけで大図書館に乗り込んで来たのだから。……そんな二人に、パチュリーは。

 

「意味がわからないわ」

 

 そんな、全く歓迎するつもりのない素振りを見せるのだった。

 

「ま、取り敢えず座りなさいよ」

 

 どっしりと大きな椅子に腰掛けるパチュリーが指をクイッ、と動かすと、木製の椅子が夜霧と咲夜の前にどこからかやって来る。背もたれにふかふかのクッションが付いた、見るからに座り心地の良さそうな椅子。それに両者が座ると、パチュリーは話し始める。

 

「それで? 咲夜はともかくとして貴方は誰よ?」

 

「霧雨夜霧、魔法使いやってます」

 

「魔法使いねぇ。それと、霧雨?」

 

「あー、それはですね……」

 

「そうだパチュリー様。()()信じられないのですが……」

 

 私は、という部分をあえて強調して咲夜が言う。

 

「彼、未来から来たそうですよ」

 

「……詳しく聞かせなさい」

 

 その咲夜の一言を聞くと、パチュリーの目の色が変わる。

 やはり。パチュリーは食いついた。魔法使いとは知識欲の塊。無知なことを受け入れることができない種族だ。ある意味一番獰猛で……はしたなくて下品なヤツらなのだ。だから情報にはハイエナの如く食いつく。

 

 と、自分がそんなヤツらの中の一員であることを、自虐して卑下しながら思う夜霧。故にパチュリーの考えていることもわかる。

 

「そもそも……元より、そのつもりでしたから」

 

――だから、パチュリーもそれに食いつく。貪欲に、齧り付く。

 

 夜霧はレミリアに語ったことと同じ事を語った。話の最中、パチュリーがかなりの間隔で質問をねじ込んで来たので、レミリアの時よりも話が長くなってしまったが。……さすがのパチュリーも、地下室での出来事には、一言も口を挟まなかった。

 そして話が終わり、パチュリーが一言。

 

「信用し難い……とも、言えないような……」

 

 目の前の紫帽子の少女は腕を組み、深く考え込む仕草をする。

 何度も「うーんうーん」と唸るのを繰り返し繰り返し、ようやく顔を上げる。

 

「確かにそれじゃ、咲夜が信用できないっていうのも頷けるわ」

 

「そうですかね?」

 

「そうね……だけど、それにスキマが関わっているなら話は別。なぜかはわからないけどあのスキマならそれくらいできても不思議じゃ無いとも思えるのよ」

 

「はは……確かに」

 

 思わず苦笑いをしてしまう。

 境界を思いのまま操る常識では測りしれぬ神のような、夢のような権能。きっと一度でもその片鱗を目にしてしまえば、妖怪の賢者たる彼女の強大さを嫌でも思い知ることだろう。

 それこそ、時を超えることなど造作も無いと思えるくらいに。

 

「あと、妹様……フランを助けたいって?」

 

「ええ、そのためにも――」

 

「無謀よ」

 

 パチュリーは夜霧の発言を遮りながら、一言で切り捨てる。

 

「……………何故ですか」

 

「あなた、失敗したのよね? ……ならわかるはずよ。その行為は無駄に終わるって」

 

「なぜ無駄だと?」

 

「……フランドールは、水よ」

 

 水。沸点百度、凝固点0度の溶媒に適した分子化合物のH2O――。いいや、これは違うか。

 

「禅問答ですか?」

 

「そんなことを言ってるんじゃない……いい? これは在り方の問題、気質以前の問題だわ。彼女の場合、生まれた時から狂っていたそうじゃない。それはつまり――」

 

「元々狂っているんだから直しようがないだろうって、そう言いたいんですか?」

 

「…………ええ、そうよ」

 

 少し詰まったように溜息を吐いて、それからはっきりと言い切るように言い捨てる。

 

 一度対峙して敗れたからわかる。彼女はどこまでも純粋に狂っているのだ。彼女は産まれたその時ならあの色のまま。珈琲に砂糖を幾ら溶かそうと黒は黒のままで変わらないように、元々狂った紅い色をしていたのだ。

 

 ――本当に? 本当にそうなのか?

 

「違う、それは違うな」

 

「……どういうことよ。私の言っている意味がわからないって言うの?」

 

「わかるよ。わかるからこそパチュリーさん、あんたは何をそんなに怖がっている?」

 

「――!?」

 

 目を見開く魔女。よく見れば、その身体は震えていた。自分の言葉を自分で言い聞かせるように。この判断こそが間違っていないのだと、目の前の魔女は自分に言い聞かせるようにしていた。

 そうまるで、可能性を棄てるみたいに。だけどそんなことは無い、そんなハズは無いと否定する。

 

「俺の話をパチュリーさん、あんたが信用するかしないかは置いておく。でもこのまま放っておけば妹様は……フランドールは確実にもっと深くまで狂っていく。そんなことは絶対にイヤなんだ」

 

「………………」

 

 パチュリーは何も言わない。しかし、無言で次を促していた。

 

「フランドールは救える。これは確信だ。でもあんたは諦めている……なぜだ?」

 

「………………」

 

「あんたほどの魔女が、諦めるなんてらしくないんだ」

 

「それは、挑発かしら?」

 

 苛立ったような発言の後、アンニュイな敵意の視線が向く。

 咲夜も合わせて見つめる。心配するような、切り返しを期待している視線。

 

「違う、俺は助けたいだけです」

 

 パチュリーだって、何もしてこなかった訳では無いのだ。なんとかしようとしたから、無謀だと言い切れた。レミリアは夜霧を……未来から来た可能性に賭けたのだ。しかし咲夜とパチュリーは、簡単には賭けられない。レミリアとは違い、運命の道筋という分かりやすい目印が無いのだから。加えてパチュリーには、魔法使いとしてのプライドが邪魔をする。

 自分より明らかに格下の夜霧が自分に出来ないことを成し遂げるかもしれない……小さいと思われるかもしれないが、これだけでも相当の屈辱なのだ。だから、自身の無力さを呪うようにパチュリーは唇を噛みしめていた。

 そしてその裏に隠された、筆舌に尽くせ難い感情がパチュリーを戸惑わせる。

 このざわざわする感覚、もどかしくて、苛立つこの想いはなんだろうか。

 睨みつける視線の奥で戸惑いつつ思うこと。突然やってきた未来からの使者。そして、自分に出来なかったことをしようとしている者。

 ――そのことが、自分でもわからないくらいもどかしいのだ。

 

「霧雨夜霧、あなたはどうしてフランドールを助けようと思うの?」

 

 その疑問は、自分でも驚くくらいにすんなりと問うことができた。それと同時に胸の奥がすっとする感覚を覚える。そうまるで、その言葉がずっと言いたかったことみたいに。そしてその問いに、夜霧ははっきりと答える。

 

「俺は、無理なんですよ」

 

「――?」

 

「一度見てしまった。そして救おうとして失敗した……そんな後にもう一度、救うチャンスが出来たんだ。それに食いつかないほど、俺は器用じゃないんです」

 

 ――ああそうか、この人間。根っからのお人好しか。

 

「……私には、チャンスがあった」

 

 パチュリーは、ぽつりぽつりと話し始める。肩の重荷を降ろすような、そんな気持ちで。

 

「あなたと違って、私は常にフランドールの近くにいた」

 

 それはあくまでも、救うためではなく拘束するために。それが自分の意思であったかどうか、今ではもうあやふやだ。

 

「そんな中でも、フランドールを救おうと試みた……だけど無理だった。はっきり言うと、諦めかけている」

 

 そう、これはパチュリーにとっての自白だ。なぜ頑なに夜霧の行動を無駄と評すか。それは他でもなく、それが無駄だと自分で体験してわかっていたから。

 

「それでも私は、救いたかったのよ。自分の手で彼女を」

 

 それは勝手だと、虫が良すぎると思われるかもしれないが、それでもだ。

 パチュリーは一冊の本を本棚から引き寄せると、それを雑多に夜霧の方へと放り投げる。

 

「なんですか」

 

「私の何冊かあるグリモワールのうち、結界の魔法をまとめたモノよ。……少しくらいなら、戦力になるでしょう」

 

「……無謀なんじゃないんですか」

 

「ええ、確かに無謀ね。現に私がそうであったから。でも、可能性がゼロでないのならやってみる価値はある。そう思えたのよ」

 

 パチュリーは救えないとは一言も言っていない。ただ自分が救えなかっただけで、彼なら出来るかもしれないと思ったのだ。

 本当にそれだけの話。プライドと自身の心に少し目を瞑って考えた結果だ。その目を背けていた思い、それはきっと。

 

「結局、私は友人の妹を救いたかっただけなのよ」

 

「……優しいんですね。パチュリーさん」

 

「血も涙もないわけじゃ無いのよ」

 

 あの血に塗れた光景の中、文字通り狂い笑うフランドールは、()()()()()()()に見えたから。それは助けてほしいと訴えかけるようにも見えたから。だから夜霧はその声を信じて、救おうとしている。

 

「俺を信じてください。――絶対に、助けてみせますから」

 

「……………はぁ」

 

 夜霧が握手を求めて右手を伸ばす。それを見たパチュリーは強張った表情から力を抜くと静かに微笑む。

 

「いいでしょう。うちの主様も元より協力するつもりなのだから。今更になるけど、私も協力しましょう。改めて、パチュリー・ノーレッジ。宜しく頼むわ、霧雨夜霧」

 

 伸ばされた片手を握る。この男を見ていると、あれこれ考えていた自分がバカらしくなっていく。

 パチュリーは考えていた。自分のフランドールを救いたい気持ちがどこから来ているのかを。そしてその答えは、ただ友人の妹を助けたいなんていう、青臭い友への情だったわけだ。

 諦めないレミリアに従って色々やった。紅白の巫女と白黒の魔法使いを地下室に誘った時も……きっと、惰性だった。それなのに辞められなかった。心の何処かでまだ救いたいと思っていた。

 そしてそこに魔法使いとしてのプライドなんて、無粋もいいとこだったというわけだ。

 

 フランドールを絶対に救う。いまはそれ以外に想いは要らない。

 紫色の引きこもり系魔女は、ようやく気付いたみたいだ。

 

 

 

 

      




それにしても亀展開だなって。話の広げ方が下手くそでごめんなさい! でもだからって無理やり話を進めると広げた風呂敷を畳めない状態になることが目に見えている……難しい(確)。ていうかこの物語って夜霧くんが魔理沙とうんたらかんたらでバトルする物語の予定だったのにナー、おかしいナー。


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背中にいる人たち

お久しぶりです。





 大図書館でパチュリーに傷を癒してもらった夜霧は、フランドールとの戦いに備え準備を進めていた。

 

「あ、パチュリーさんそこの本取ってください」

 

「それくらい自分で取りなさいよ全く……」

 

「と、言いつつも取ってくれるパチュリーさんってほんと世話焼きですよね」

 

「うるさい!」

 

 パチュリーがなんだかんだ律儀に探していた本が、夜霧の方へと投げ飛ばされて額にゴツン。

 

「痛ってぇ、相変わらず冗談が通じないよなぁ……」

 

「あんたがおかしなこと言うからよ」

 

「あら? 私から見てもパチュリー様はお節介なお人だと思いますよ」

 

 咲夜がここぞとばかりに援護射撃をかましてくる。これには夜霧も密かにガッツポーズ。まさかの身内からのツッコミにパチュリーもたじろぐ。

 

「むきゅ……仕方ないでしょ。同業者だと何かと気になるのよ」

 

「素直じゃないですね、パチュリー様も」

 

「くくく……」

 

「そこ笑わない」

 

 今度は咲夜が夜霧の脳天へ垂直チョップ。さっきから物理的ダメージを受けているのは夜霧のみ。いったい俺が何をした。

 

「やっぱりこのローブもボロボロだな……脱ごうかな?」

 

「さっきから気になっていたけど、それも何かの魔道具(マジックアイテム)かしら?」

 

 咲夜が訊ねる。ちらほらと破れたローブは、破れたところから中に着ているであろう服が見えてしまっていて、明らかに服としての体裁を保てていない。もはやボロ切れと化したそれを今の今まで脱ごうとしなかった理由は何故なのか。

 

「ああ、これですか。実はこれ、魔道具でもなんでも無いんですよ」

 

 そう夜霧が返すと、「それはおかしいわね」とパチュリーが言う。

 

「さっきからこの大図書館によくわからない空気が混じっているのよ」

 

「それは夜霧が来たからではないのですか?」

 

「私には、そのボロ布からなんらかの力が発されるようにしか思えない」

 

 パチュリーは夜霧のローブに向け指をさす。この大図書館を満たすのは魔力。しかもわずかなまでの毒素まで抜いた身体に優しく喘息にも優しい魔力だ。優しいって言うのは変な表現だとは思うが、本当にそうなのだから何を言われても困る。

 

「このローブ、巫女さんと作ったんですよ」

 

「巫女さんって……あの赤白の?」

 

「いや、山の上の緑の巫女さんですけど。師匠の服のデザインに似たローブを作ろうと思ったんですけど、なかなかアイデアが浮かばなくて」

 

 その瞬間、『あっ。緑の巫女ならしょうがねえな』と思わず咲夜、それにパチュリーも苦笑い。

 黒色ドレス、それに白いエプロンの魔理沙のあの服装をどうアレンジして魔改造したらそのデザインのローブになるのか。

 だいたい根底からして間違ってるだろう。なんだ、魔理沙(師匠)に似たデザインの服って。ドレスとエプロンを足してローブになっている時点で明らかに無理があっただろうに。

 

「それで緑の巫女さんに会いまして。話をしたらやる気になって人里から大量に布と糸を買ってきてこう言ったんですよ。

『さあ作りましょう! ふふふ、コスプレも久々なので腕が鳴りますねぇ……!』って」

 

「その『こすぷれ』が何かはわからないけど、あの緑の巫女ならやりそうね」

 

「……ああなるほど、そういうことね」

 

 パチュリーは、何か合点がいったかのように頷く。

 

「何かわかったんですか?」

 

「ええ、説明も面倒だから簡潔に言うと、夜霧。あんたのローブは()()()()()()()

 

「祝福? そりゃまた大層なことで」

 

「その緑の巫女の祝福ね」

 

「ああ、現人神ですか」咲夜が言う。

 

「詰まる所、そのローブから発されているのは神様の加護、神力ね。よほどの想いを込めてそのローブを編んだのかしらね、あの巫女は」

 

それが単純に夜霧を気遣った想いだったかはさておき。

多分、というか確実に違う。これは多分おそらく常人には理解できない領域の話だ、きっと。

 

「神力と言っても微量だから、多少運が良くなるくらいよ」

 

「もっと具体的に教えてください!」

 

「せいぜい致命傷を何回か回避できるくらいかしらね。運が良くて」

 

 致命傷を避ける()()なのか。当の身につけていた本人はその加護によってどれくらいの致命傷を回避していたのだろう。

 

「………運が良くて、か」

 

 きっと数えきれないと、そんな気がした。

 

「早苗さんってすごいんですね……」

 

「そうね、確かにあの子はすごいわ。方向性はおかしいと思うけれど」

 

「ええ、間違いなくおかしいです」

 

「ははは………」

 

 あわれ早苗さん。どうやらあなたの行いはこの幻想郷の人々には理解しがたいものだったようだ。そう言う夜霧もよくわかっていないのだが。

 

「で、こんなにボロボロになっても力を感じられると言うことは」

 

「……まだ加護が残っている、ということに他ならないでしょうね」

 

「…………ほう」」

 

 そう聞くと、夜霧は何を思ったのか。ボロボロのローブを脱ぎ出してしまった。

 

「どういうつもりよ?」

 

「どういうつもりって……このローブじゃ不恰好だから脱ぐだけですよ?」

 

「あなた私の話を聞いていなかったの? あと一回は致命傷を回避できる。つまりそれは単純にフランドールとの戦いにおいてメリットになる」

 

「言ったでしょ、パチュリーさん。()()()()()()()不恰好だ。ふさわしくないってことですよ。――ねえ、咲夜さん」

「はぁ、わかったわよ」

 

 瞬き。その時の間にローブを脱いで黒いインナー姿だった夜霧は、すっかり綺麗になった、漆黒の中に白いラインがほとばしるあのローブに包まれていた。

 

「全く、人使いが荒いったらないわ。後で何かおごりなさい」

 

「ははは……出世払いでお願いします」

 

「おい夜霧」

 

 ガシッ。効果音が聞こえてきそうくらいな、普段のパチュリーからは想像できないくらいの強さで夜霧は肩を握られる。

 

「痛い痛い痛い! ちょ、ちょっとタイムだよパチュリーさん! 痛い、痛い!」

「当たり前よ。少し強化してるんだから」

「いや、これちょっとってレベルの強化じゃな……い、って痛ぁい!」

 

 ミシミシミシ……。さらにめり込んでいくパチュリーの掌。きっとこのままでは、フランドールに会う前にパチュリーに肩をぶっ壊されるだろう。もちろんそんなことはゴメンだ。そう夜霧が思った矢先、パチュリーの力が緩む。

 

「はー、はー、はぁ……。ちょっと、張り切りすぎたわね」

 

「ごめんなさいパチュリーさん。まさかあんな反応をされるとは思いませんでした」

 

「そりゃ驚くわよ……残機を一つ置いていくなんて言い出したらこうもしたくなるわ」

 

「かっこよくキメようとしたんですけどね……空回りしちゃいました」

 

「次からはもっとうまくやりなさい」

 

「じゃあ次は、パチュリーさんももっとうまく察してくださいよ?」

 

「はぁ、わかったわよ……。じゃああんたも察しなさい? 咲夜、あれを」

 

「ふふっ、かしこまりました」

 

 咲夜が一礼、そしてその瞬間「お待たせしました」と現れる咲夜。こっちからすれば一秒も待っていないのだから待つなどとんでもない。さすが完全で瀟洒な従者、と言ったところか。

 そうして咲夜が持ってきたのは、一冊の本。そう、夜霧の魔導書(グリモワール)だ。

 

「せっかくだから、結界魔法に加えてあなたの研究資料にも少しだけ書き込んでおいたわ」

 

「……ほんと、世話焼きですね」

 

「気になると放っておけない性分なのよ」

 

 そう言って、魔導書をローブの中にしまって改まりパチュリーの方に向き合う夜霧。

 

「いろいろと、お世話になりました」

 

「違うわ。これから()()()()()()のよ。それから地下に引きこもってる、あの子もね」

 

「やるからにはちゃんとやりなさい、夜霧。出世払い、これでも期待してるのよ?」

 

「ははは……二人には敵わないなぁ」

 

 振り返り、そのまま地下へと続く階段を降りだす夜霧。

 なぁに、大丈夫だ。だって、背中にはこんなにも心強い人たちがいるのだから。

 

 ――絶対に、やり遂げてみせる。

 

 その想いを、胸に込めて。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 カツ、カツ、カツ……。聞こえる足音。残響する足音。寂しく搔き消える足音。

 

 ――誰かが、降りてくる。

 

 誰、だれ、ダレ、だれ、誰が? まさかさっきの見知らぬ足音? ああそういうことか。きっと今からあの目の前の扉を開くのはお姉様(あいつ)が連れてきた新しいお友達(おもちゃ)か。

 

「あーあ」

 

 ――別に、いらないのになぁ。そんなことより、私は外に出たいのに。

 

「ふふ、ふふふ、ふふっ、ふふ」

 

 ああっ。うずうずしてきた。さっきはいらないなんて言ったけど、やっぱりダメだ。いる、いるのよ。私には、やっぱり必要なのよ。

 

 ――そうでもしないと、止まれない。

 

 目の前には、あの赤い扉。

 

 そして扉が開く。

 

「いらっしゃい、お客さん」

 

 私の声が、響いていた。

 狂気と言葉にしようもない***(ナニカ)に塗れた、意味のない言葉が、ただ虚しく物静かに響いていた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 思い出すのはあの日の記憶だ。罪深いあの日の痛み。罪深いあの日の傲慢。

 あの時俺は本当に、彼女を救えると思っていた。

 

「こんにちは、魔法使いさん」

 

「君が、フランドールか?」

 

「そう。フランドール・スカーレット。そう、そう……そうよね? そうだよね……まあいいや。そう、私がフランドール」

 

「わかった、フランドールだな。俺の名前は――」

 

 自己紹介の後は、仲良く話でもしよう。

 ダメだったら弾幕ごっこだ。師匠も言ってた。弾幕ごっこは勝敗関係なく、分かり合えるものだって。……だから、きっとこの少女とも、

 

「えいっ」

 

「きりさ…………め?」

 

 あれ、痛い。なぜか、痛い。おかしいな、冷や汗が止まらない。顎が震える。寒い。なんで、どうして。

 全身が震えているのに、右の腕は震えていない。どうして。――だって。

 

「――あああああ!?」

 

 だって、()()んだから。無いものは震えない。無いものが感覚を、感情を覚えるわけがない。

 ただ、そう都合よく断面までそうなってくれるわけがなくて。

 

「あ、あああ! あ、ああぁ?」

 

 滴る、血。紅い。そう。紅かった。俺の血は紅かった。それこそ紅魔館の色に負けていないくらいに。

 

「はぁ、あ、痛ってぇ、な……」

 

 少し冷静になる。そうして知るべくして知る。俺の右腕は肩から吹き飛んでいた。かけら一つ残さず、粉微塵に。

 血溜まり、それを見つめる少女を見る俺。痛みに意識を奪われそうになるのを堪え、力無き虚ろな目で彼女を見た。

 

「フランドール……お前……!」

 

 見開いた目、それが見たのは。

 

「ア、あはっ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ、あははっ!!」

 

 狂気に笑い、狂気に踊り、この世のものとは思えぬ獣のような咆哮をあげて、理解し得ない心を曝け出しながら。

 

 

「はは、は」

 

 

 

 ――哭いている、彼女の姿。

 

 

 

 そこから先は、よく覚えてない。

 後から聞いた話では、時間を止めた咲夜が意識を失いかけていた俺を永遠亭まで担ぎ込んで行ったらしいが。

 

「………………」

 

 目が覚めて。右腕の感覚を確かめて。ちゃんと右腕があることを確かめて。瞬きを何回かして。すー、はぁーと深呼吸をして。

 

「――クソッ!!」

 

 ベッドに拳を打ち付けた。

 

 全く。何もかもが……最低だ。

 

 これが習慣になった。朝起きて、右腕の感覚を確かめて、あの日のことを思い出して、叫びたくなって我慢して、何かを殴りつける。

 自分で何をやっているんだと思っても、それを行う理由が自分はなんてことをしてしまったのだ、ということを戒めるためだから止まらない。そもそも。

 

「――自分のこともロクにわかってない奴が、救おうなんて、虫が良すぎたんだ」

 

 でも、ある日思い出した。

 あの哭いていた彼女のことを。

 

 だから、紅魔館に向かった。

「もう一度彼女に会わせてくれ」

 

 返答は期待はずれ。

「失敗した奴に興味はない」

 

 負けじと言い返す。

「あなたも、失敗したんだろう!?」

 

 返事はない。あ、いや、一言だけ。

「死ね」

 

 ――それだけだ。

 

 俺は死にかけた。

 半殺しなんて生温い。

 吐いて吐いて吐いて吐きまくって、わけがわからなくなったところで記憶が途絶えている。

 

 よくわかったことがあった。俺にフランドールを救う資格は無いのだと。これは傲慢と偽善に塗れたお前に対する罰なのだと。

 

 悟った時はもう遅い。取り返しはつかない。取り返しはつかないのだ。

 

 ――そのハズなのに。

 

「…………ふう」

 

 門前。あの時と依然変わらない、紅く大きな両開きの扉。ここに詰まっているのは、過去の罪、恥、醜く汚いモノ。

 

 今だから向き合える。向き合えるチャンスが出来た。師匠を救う、幻想郷を救う。全部全部、俺がやるべきこと?

 

 ――だから、まずは君を助けてみせる。

 

 扉を開く。そこにいたのは、あの日まで変わらぬ姿の幼い少女。

 

「いらっしゃい、お客さん」

 

 背中についた七色水晶の羽を揺らしながら話す少女。

 

「やあ、俺は霧雨夜霧。しがない魔法使いさ」

 

 ちょっとづつ、進めていこう。

 救うなんて傲慢だ。救うなんて烏滸がましい。…………だから。

 

「――君と友達になりに来た。だからフランドール、まずは一緒に外に出ようぜ」

 

 

 それ以上に傲慢に、烏滸がましく、俺は俺らしく彼女の背中を押すことにした。

 

 




伝えるべき言葉を届ける。
それだけのことだった。


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禁忌『相反少女』

 突然扉を開いて入ってきた男は、フランドールに説くように、優しく、友達と話すみたく語りかけた。

 

 ――外に出ようぜ。

 

「なによ、それ」

 

「聞こえなかった? 外に出よう、そう言ったんだ」

 

「……あなたって」

 

 フランドールが顔を上げた。夜霧をじっと見つめる。

 曇りなどその表情にありはしない。さっきのセリフを古馴染みの友人と話すみたいに言うこいつは。

 

「相当の、身の程知らずと見たわ」

 

 まさか、こいつは私のことについて何も知らないのだろうか。

 

「そんな言葉をよりにもよって私に笑顔で言うのね」

 

「『よくもまぁ』ってなにさ。引きこもりを外に連れ出しにきたんだ、普通だろ?」

 

「あはは……そう、そうね。普通ならね……」

 

 それこそ笑える。普通ならって。

 普通、普通、普通。

 

「私は普通じゃない、って言ったら?」

 

「そんなの知ってる。そう言うよ」

 

「…………へぇ?」

 

 おもしろい。何も知らない可哀想な人間さんだと思っていたが、どうやら少し事情が違うようだ。

 フランドールが立ち上がる。その目には好奇の感情。その左手には、いつの間にか黒い杖が握られている。

 

「あなた、ヨギリとか言ったよね。私はフランドール。……と言っても、あなたなら知ってるよね」

 

「あぁ」

 

「なら余計な手間が省けるわ。だったら私の()()も……知ってるんでしょう?」

 

 笑った。口角をにんまりと上げ、自分でもわかるくらいに上機嫌そうに、無邪気そうに。

 

 ――訂正、嗤った。この目の前の男の身の程知らずの愚かさを。

 

「じゃ、遊ぼうよ。魔法使いの人間さん」

 

「七枚だ」

 

「うん? ……あぁ弾幕ごっこね。久しくやってないから忘れちゃってた」

 

 ガサゴソ。フランドールは自分のスカートのポケットを漁り、何枚かの白い紙を引っ張り出す。

 

「ほいっ……と」

 

 フランドールが念を込める。すると白い紙に弾幕を表すデザインが写し出され、あっという間にスペルカードへと変化した。

 

「ヨギリは強いの?」

 

「さぁな。案外すぐに負けるかも」

 

「それじゃあつまらない。もっといっぱい遊びたいのに」

「……そうだな」

 

 夜霧は目を瞑り、開く。背けたくなる彼女の無邪気さと、しっかりと向き合う覚悟を決めて。

 ローブから魔導書を取り出し、開く。その目はまっすぐ、フランドールを見据えている。

 

「最初に言っておくけどさ」

 

「うん?」

 

「俺は、覚悟してるからな」

 

「はぁ? ……まぁいいや、やろう!」

 

 ふわり。身体が浮き上がる。地下室にしては高すぎる天井すれすれまで両者は浮かんで行く。

 

「フランドール」

 

「?」

 

「『楽しく』やろう」

 

 その瞬間、フランドールの無邪気な笑顔が僅かに引き攣る。動揺、もしくはそれに準ずる感情の変化。いずれにせよ、フランドールにとってその言葉は、死角からのストレート。

 

「えぇ、まぁ、そうね。楽しむわ!」

 

「あぁ……いくぞ!」

 

 両者が符を掲げる。

 

 ――ここまで来るのに、幾らかかっただろう。最初にフランドールと会って、それから苦節折々。時を越えてここまで来て、互いに符を掲げ合うところまで来た。

 

 そして彼女は、やはり()()()()()()

 夜霧の言葉で示した反応、あの表情の変わり様はおかしかったから。

 戸惑いを隠せない、キョトンとした目。わずかに詰まった、その言葉。

 それだけでフランドールに理性があることは十分に確信できる。

 そして。そして何より。

 

「…………フランドール」

 

 本当の狂人は、あんな反応を示すわけがないから。

 

 わかっているなら簡単だ。後はその道を示せばいいだけなのだから。

 この弾幕ごっこで、それを伝える。自分があの頃よりも彼女のことを解ろうと、歩み寄ろうとしたということを、過去の彼女へと。

 

 ――未だ哭き続ける少女へと。

 

「さぁさぁ楽しい楽しい大収穫祭の時間! 禁符『クランベリートラップ』!」

 

 室内の壁という壁に魔法陣が展開される。そこから湧き出る赤色の悪魔ども。そいつらは、さも当然のように夜霧の方へと吸い込まれていく。

 収穫祭とはうまく言ったものだ。ちょうど手のひらで、弾幕を一気に掬い取れそうなくらいに一箇所に集中して流れてゆく。

 

「追ってくんなよッ!」

 

 夜霧は箒をかっ飛ばし、追ってくるクランベリーから逃れるために部屋を縦横無尽に飛び回る。

 クランベリー()()()()なのだから、こちら側に収穫する利点も無ければいいことも無い。だいたい弾幕収穫祭なんて縁起でもないし。

 

「あははは! いいね、いいわ! あなたはもっともっと早く避けれるのかしら!?」

 

「どうだい? 試してみるか?」

 

「ええ、もちろんよ!」

 

 フランドールが詠唱の速度を速めると、魔法陣の数が目に見えて増加――。そこから湧き出る悪魔が倍以上の速度で迫ってくる!

 

「なるほど、言うんじゃなかった! ――スペル!」

 

 カードを切ろう。これで七分の一。

 

「流星『ブースターダスト』!」

 

 ――発動、完了。

 

 穂先に取り付けた八卦炉が魔力を放出し、あたりへと弾幕を撒き散らす。それを推進力として、箒はジェットの如き加速を見せる!

 結果として、フランはスペルブレイクを迎え、夜霧はスペルの内容通りに、フランドールの周りをぐるぐると周り簡単な弾幕ドームを形成していた。

 

「へぇ……星みたいね。魔理沙そっくりだわ」

 

 フランドールは考えていた。

 どうしたら目の前の男ともっと遊んでいられるか。どうしたら、壊さずにいられるか。原型を留めたまま、この遊びを終えられるのだろうか、と。

 

「でもね、もうそんなことは……」

 

 どっちでも、よくなってきたよ。

 壊したくない。けれど壊してしまいそう。そう思う心がどんどんないがしろになってゆく。

 あぁ怖い、自分が怖い。それをどうでもいいと割り切れてしまう自分が、何よりも恐ろしい。

 

 ――そして、それを制御できない自分は、もっと。

 

「……スペル、『禁弾』」

 

 だから私は祈るのだ。この弾幕で落ちてほしいと。

 だから私は祈るのだ。この弾幕を避け切ってほしいと。

 

 その矛盾した願望は、決して相反することもなく際限なしに肥大していく。はち切れそうになる頭を、何も考えないことで誤魔化していく。思考放棄。

 

 そんなに辛く悲しい事なんか、その手のひらで潰してしまえ。

 

 そんな呪詛が、矛盾しながら唱えられる。

 

「――スターボウブレイクッ!!」

 

 誰かが、そんな私の歪さをぶち壊してくれるのを待ってる。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「ほんっと……もう」

 

 ――見惚れていた。そういう他ないだろう。

 夜霧が先ほど展開した弾幕を飲み込みかき消すほどに濃密な、フランドールの背面に浮かび上がった色とりどりの宝石群。その一つ一つが、命一つ容易く奪える凶器だと言うのに。

 

 ……どうしてこうも、美しいのか。

 

「――スターボウブレイクッ!!」

 

 眼前に、宝石の流星群が降り注ぐ。色とりどりに輝くそれが、夜霧の周りを横切っていく。

 

「……え?」

 

 それでも、夜霧は目ざとく見つけた。

 フランドールの右上部。妖弾が一つも存在しない空間(安置)を。

 

「――急げ、間に合えっ!」

 

 わずかに残るスペカ効力で加速。見つけた空間へと駆け込む。

 

「………避けたね、ヨキリ」

 

「そりゃあさ。俺も君に負けるわけにはいかないからさ」

 

「そうね、そうこなくっちゃ。そうでなくちゃあ、楽しくないもの!」

 

 口角をニンマリと上げ、左手に持った杖を振り上げる。そして右手にはスペルカード。

 

「スペル! 禁忌……」

 

「スペルカード! 魔砲……」

 

 声が重なった。想いだって目的だって、何から何まで全く違うのに、二人は全力だ。

 それがなぜなのか、少なくともフランドールの方はわかっていない。だけども自分は、わかっているつもりだ。なぜなら…….。

 

「――レーヴァテインッ!!」

 

「――ファイナルスパークッ!!」

 

 なぜなら、わかってるからだ。

 思いっきり遊ぶことが、彼女との最高のコミュニケーションだって。

 

 

 

 








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知らぬ感情の果て

だいぶ間が空きましたが、戻ってきました。





巨神の槍(レーヴァテイン)』の名を冠する紅き焔と、

終幕の光(ファイナルスパーク)』と名付けられた流星のごとき光が焼撃する。

 

「あはははは!!」

 

「まだ、まだっ……」

 

 フランドールのスペル、『レーヴァテイン』に込められたおぞましき量の妖力。それは夜霧が全力を尽くして解放できる魔力量を優に超えていた。

 

 そも、地力からスペックが違いすぎる。

 夜霧が十とすれば、フランドールは百。吸血鬼と人間の間には『種族の格差』という、努力でもどうにもならないくらいの実力差があるのだ。

 

 しかし、その事実を霧雨夜霧は重々承知している。それをわかっていてフランドールに弾幕ごっこを挑んだ。

 つまり、勝算があるから挑んだのだ。

 

「スペルブレイク!」

 

 夜霧は膠着中だったスペル勝負を早々に打ち切り、八卦炉をローブ内にしまう。

 ……しかし、レーヴァテインは未だ健在だ。

 

「どうしたのさヨキリ! 逃げちゃイヤよ? だって私、まだまだ物足りないものっ!!」

 

「わかってるさフラン。俺は逃げない!」

 

 急旋回。そうして夜霧はフランドールの背中へと回り込む。

 

「フランドール!」

 

 その呼び声に感じた感情は――懐古。

 遥か昔のいつか、誰かのいつかの声。

 

「――っ!」

 

 その感情をかき消すように、紅き剣とも槍とも言えるようなレーヴァテインを声のした方に無慈悲に振り下ろす。

 

「スペル!」

 

 宣言に呼応し、魔道書が光を放つ。――スペルの名は魔導『サテライトソード』。魔力の刃が、夜霧の周りを浮遊し始める。

 それは『衛星』。戦える使用者を護らんがために、その星は神の名を冠する紅にその刃を向ける。

 

「どうして……どうしてよ!」

 

 もう一度、振り下ろす。

 邪魔な光を叩き切り、その向こうの男めがけて振り下ろす。

 

「……………」

 

 しかし、衛星のように飛び回る刃は、いとも容易くその一撃を翻す。

 

「……………」

 

「もう一度!」

 

 一回、二回、三回、四回。何度も何度も打ち付ける。それこそ、無尽蔵に無量に無限に那由多に。吸血鬼由来の腕力に任せ、何度だって振り下ろす。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 

 ――約三十秒の間、スペルブレイクするまで、フランドールはそれを続けた。

 

 そして、ついぞ一度たりともその一撃が夜霧を叩き切ることは叶わなかった。

 

「アハ、ハ……あれ? 変だなぁ。壊れてない。もしかしてヨキリ、私に何かしたの?」

 

「まさか、そんな余裕は無いよ」

 

「じゃあなんでヨキリは壊れてないの?」

 

「……そりゃあ、壊されてないからさ」

 

 事実を淡々と述べていく。できるだけ、表情を柔らかくしたまま、内にあるわずかな恐怖を押し殺したまま、一言一言言葉を選びながら。

 あれほど狂ったように――実際狂っているが――力任せにレーヴァテインを振るったばかりだというのに、にこやかに無邪気に笑い、純真無垢な子供のように話しかけてくる、フランドール。

 

「聞きたいことがあるんだ」

 

「なぁに?」

 

「……キミは、俺を壊したいと思ってるのか?」

 

 ――そこで初めて。無邪気な笑顔が引きつり凍る。そして、口角が下がり、純真さに満ちた瞳は冷たく無機質な感じへと変わっていき、夜霧を見つめる。

 

「壊したい、か。ヨキリはそれを聞いてどうしたいの?」

 

「最初に言ったでしょ。キミと外に出たいんだって」

 

「それは嘘ね」

 

「本当さ」

 

「その確証は?」

 

「全く無いけどね」

 

 ふふふ、と笑うフランドール。その仕草からは、先ほどのような狂気など微塵も感じ無いくらいの上品さが感じ取れる。

 

 言いようのない異物感。これじゃない。でも本来そうなのかと。

 

 ――言ってみるなら、人形のような。

 

「仮に、ヨキリの言ってることが本当なら……あなた無駄足だったわね」

 

「と言うと?」

 

「私はいつでも外に出れるのよ、自分の意思で。でもそうしない、そうしたく無い。あなたにその理由がわかる?」

 

「…………いや、わからない」

 

 嘘だ。本当はわかっていることなのに。だってそうだ。フランドールは――。

 

「じゃあ教えてあげるわ。怖いのよ」

 

「…………」

 

 そう、怖がっている。外界との接触を、他人との交流を、自分を曝け出すこと、またそれに属する行為を、フランドールは怖がっている。

 

「壊して、しまうから?」

 

「そう。抑えきれない欲望って誰もがもつモノでしょう?」

 

 手のひらを開いて閉じる。閉じては開く。それを繰り返すフラン。そのうち、手のひらの上に光のような球が浮かび上がってくる。

 

「私の能力、ヨキリは知ってたよね?」

 

「ああ、知ってる」

 

「それと、私が気狂いだってこと。知ってたよね?」

 

「……ああ、知ってる。けどそれは……!」

 

「いいよ、本当だから」

 

 俯いてそう言うフラン。しかし、本当にそうなのか。この理知的な会話をする彼女が、本当に気狂いなのか? ……おそらく、答えは否。そして、その事実をみんな――。

 

「ねぇヨキリ、私は外が嫌いよ。外には色んなモノがある」

 

 手のひらに乗せた球――何かの『目』――を遊ばせてフランは話を続ける。

 

「そして私は気狂いよ。……でも一つだけ訂正しておくとね。私は大声で騒いだり、なんでも無い時に笑うような狂い方はしてないわ」

 

「それって、」

 

 あの狂い笑いは演技だった。私は狂っているけどそんなおかしな狂い方はしていないと、そう言いたいのか。

 

「あれはね、誤魔化してるのよ」

 

「誤魔化し? 何を」

 

「自分のこころ。目の前のモノ全てへの破壊衝動から目を背けるための、気休めね」

 

「……………」

 

 グシャリ。フランドールが手のひらの球を握りつぶす。すると、そこらに転がっていた人形の一つが、突然破裂した。

 

「今のが、能力?」

 

「そう。『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』。私の最大の武器であり……最大の足枷」

 

「足枷?」

 

「私、外は嫌いよ」

 

 フランドールが、夜霧の方へも向き直る。その紅い瞳はは、どこか濁っているように黒く。

 

「外には色んなモノがある。美しいさえずりを奏でる小鳥に、頬を撫でる優しいそよ風。溢れそうなくらいの豊かな自然。――その全てに対して私は一つ、ある感情を抱くの」

 

「それは、」

 

「破壊衝動、あるいは『壊せ』と語りかける本能」

 

 手のひらを開いて閉じて、開いて閉じる。

 かつて自分の腕を文字通り芥のように消し飛ばした、悪魔の腕。

 

「わかったでしょ、ヨキリ。何のつもりでここに来たかは、はっきり言ってどうでもいいのよ。私はね、壊す存在なの。――壊すことしか、許されてないの」

 

「だから、地下室に?」

 

「そうよ」

 

 つまり、フランドールの狂気は、目に見えるようなモノで無くその在り方を侵食するようなモノだった。言うならば、それは自己の否定。自身は拒否しているのにもかかわらず、そうしろと脳が、本能が強制する。それを紅魔館のみんなは知らなかったのか?

 

 ……イヤ、きっと知っていた。だからフランドールを地下に幽閉――違う、保護していたのだ。

 

『フランドールを救ってほしい』

 

 それはつまり、彼女の狂気を否定することと同義。夜霧の知る未来の彼女は、本当に壊れていたのだろう。長い長い地下牢暮らし、自らの狂気に抗うことも忘れ、いつの間にか自分さえ破壊してしまった悲しき少女の成れの果てが、あの『悪魔フランドール』だ。

 

 けれど、おそらく、きっと。

 今のフランドールも、未来のフランドールも待っている。自らの狂気が誰かに否定される日を。

 

 ――そして、それができるのは。

 

「お姉様には感謝してるわよ。定期的に何か壊さないといけないように、私は出来てるからさ」

 

「……?」

 

「とにかく、あなたの心遣いは無駄だったってこと。……さ、続きを始めましょ」

 

 無駄、意味のない事。必要のない事。そうフランドールは吐き捨てる。

 

「………本当に?」

 

「何よ、だからさっさと――」

 

「答えてくれ! 君は、本当に無駄だって言うのか!?」

 

「――」

 

 俯き、押し黙るフランドール。しばらくそうしていて、やがてゆっくりと顔を上げる。

 

「しつこいよ。私は外になんて出たくない」

 

 だって、外に出れば――。

 

「私には自由なんて要らない!」

 

 だって、自由になれば――。

 

「私には必要ない!」

 

 そうだ必要ない。私に必要なモノは壊すモノ。それ以外のモノは全て不要――。

 

「違うだろ!」

 

 訴えかけるような声で夜霧が叫ぶ。

 

 ああ、怖い。手汗が止まらない。頭が潰れそうな恐怖、あるいは後悔。もしかしたら、あの時のように壊されてしまうかもしれない。そうなれば今度こそ立てなくなるかもしれない。

 

 しかし、そうなったとしても。

 今こうしていなければ、どの道立てなくなっていた筈。

 

 

 ――後悔だけは、絶対にするなよ。

 

 そんなことを言ったのは……誰だっけか。

 遠くのいつかの日。いつか誰かに言われて、誰かが言い聞かせるように言った言葉が、脳裏に浮かぶ。

 

 そう、あれは師匠の言葉だ。

 かつ、自分に打ち込んだ楔でもある。

 

 

「嘘は、つくなよ」

 

 この瞬間、自分の思ったことを言わなくちゃ、俺がここにいる意味だって無くなってしまうから。

 

 ――俺が今、ここにいる意味は。

 

「この戦い、負けるつもりなんてなかったけど――たった今、()()()()()()()()()()()()

 

「なによ、それっ……」

 

「スペルカードはまだ残ってる。この意味、わかるよな?」

 

「……あぁ、続きね。やっとヤル気に――」

 

「いくぞフランドール! ひでん――!」

 

 フランドールの言葉を遮り、宣言する。

 

「マスタースパーク!」

 

 そう言って、取り繕うことなんてやめて、ただ一気に撃ち放す。

 

 ――さぁ、決着をつけよう。

 

 

 

 

 




フランドールと対面

冷静に話し合おうよ……。

痺れを切らした夜霧くんがマスタースパークをぶっぱ。(いまここ)

次回、決着。




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「正直な願いを」

もうすぐ長かったエピソード1も終わります。
長いなほんと……決着を引っ張りすぎな気もするけど、もうすぐ終わります。






 意味が、わからなかった。

 

「嘘は、つくなよ」

 

 その言葉の意味が、私には理解できなかった。どうしてだろうか。

 嘘などついていないのに、本心からの言葉なのに、それらを全て嘘と言う。何故。

 

 その疑問への答え、未だ見つかることもなく。今はただ、情け容赦無しに放たれた

 光線(マスタースパーク)を受け止める他は無い。

 

「なんでよ……!」

 

 意味が、わからなかったのだ。

 彼の激情の意味も、自分が嘘つき呼ばわりされる理由も、フランドールにはわからなかった。

 

 ただそこには、

 

「――レーヴァテイン!!」

 

 戸惑いを隠せぬまま、炎剣を振り下ろす少女の姿と、迷える少女を助けださんと戦いに挑む蛮勇の姿があった。

 

「――星よ、集き待たれ」

 

 振り下ろされた炎剣に、夜霧は魔法の詠唱で答える。詠唱によって収集した魔力が、一瞬にして防壁を形造る。

 

「空層『プラネットスフィア』。どうしたフランドール、少し力が落ちてるんじゃないのか?」

 

「うるさい!」

 

 無論、虚勢だ。夜霧に余裕なんか無い。防壁や予防線をいくら張ったところで、吸血鬼、ましてや『悪魔の妹』フランドールに対すれば、そんなもの障害にもなりはしない。

 ――小細工は通用しない。その事実はもちろんのことだが、夜霧には()()()()()()()があった。

 

「お前には負けない。というか負けるわけがないんだよ、フランドール」

 

「……うるさい」

 

「いいや何度でも言うぞ。俺はお前には負けない。絶対にだ!」

 

「――うるさいッ!」

 

 その時放たれる、フランドールを中心とする妖力の奔流――!

 

「うぐっ……」

 

 ミシリとイヤな音が鳴った。魔力の防壁を越え、身体の芯まで衝撃が行き渡ってしまった感覚。

 

「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい……」

 

 フランドールがよろけた夜霧の胸元に飛びかかる。決して重くはないものの、ふらついている分人一人分の体重が一気にかかった夜霧の身体は一気に不安定になり、容易く地面に落ちる。

 そしてゆっくりと立ち上がったフランドールが、必死の形相で叫ぶ。

 

「うるさいよ! さっきから何よ何よ! 嘘つき嘘つきって!」

 

「だったら本当のことを言えよ! そうじゃないから嘘つきだって言ってんだ!」

 

「私は――!」

 

 嘘なんか、ついてない。

 

 その筈なのに、そうは言えなかった。

 

「私、わた、し、は……」

 

 嘘、なんて。

 

「あああ………」

 

 

 ――その矛盾の意味が、わからなかったのよ。

 

 何も言えず、泣き崩れてしまう自分の心さえ、理解できなかった。

 

 

 

 

「はぁ……。いいかフランドール。よく聞け」

 

「…………なに」

 

「俺は、君と外に出たいんだ」

 

 夜霧が言っていることは、何ら先程と変わらない。一語一句全く同じ、しかし違うこともある。

 

「…………うん」

 

 先程は空を仰いだ言葉も、今ならちゃんと届く。そういう確信。

 

「だから、お前も……フランドールも本当のことを言って欲しいんだ」

 

「だから、私は……!」

 

「わかってる。()()()()()だよ」

 

 その言葉に、フランドールは泣き腫らした目を開く。今にも消え入りそうな弱い声。

 

「どういうこと……?」

 

「『外になんて出たくない』

 確かにそう言ったのはフランドールだ。でもさ、俺には嘘をついてるように見えた」

 

「私は嘘なんて、」

 

「いや、それは本心からの言葉じゃない。そうだろう?」

 

「……………私は」

 

 揺らいでいる。夜霧の言葉が、身に心に届いてくる。

 

 フランドールは嘘などついていない。

 そう思っている。そしてそれは事実だ。フランドールは()()ついていないのだ。

 

 言葉は嘘ではない。

 ――嘘だったのは、その在り方だった。

 

「私は嘘なんてついてない」

 

 外になんか出たくない。

 外に出れば色々なモノが目に入る。そしてその全てを、何もかもを壊したくなってしまうから。

 

 ――そう定められた。定めたのだ。

 

 結論を言うと、フランドールは優しすぎた。自分の能力が背負う罪に、心が滅入ってしまったのだ。

 

 少女が背負うには重すぎるこの力。背負うためには、まず在り方を――生き方(じんかく)を変えなければならなかった。

 自己変革。自分の意思を、それ以上の精神的な負荷で捻じ曲げた。

 

 あらゆるモノを壊す力が凄まじくて、恐ろしくて。その分自分も、頑張って変わらなくちゃいけなくて。

 

 成長するたび、増していく力。破壊衝動。

 

 そうしていつしか、一人の少女がとめどない衝動に押しつぶされて、自分まで壊してしまって。

 

 ――無意識の中で、自分を殺してしまったらしい。

 

「ねぇ、だから教えてよ。ヨキリ」

 

 触れるモノを壊し、何かと接することを恐れてしまった私にはわからない。

 

「私の、()()のことを」

 

 故に、フランドールに嘘をついた自覚はなかった。だって、嘘をついたのは自分であって自分でないものだから。

 

「………なるほど、ね」

 

 ニコリと笑う。

 

 そうだ。彼女を見ていると思い出すことがあったのだ。ずっと自由なんかなくて、ただ為されるままに生きてきた子供の頃のことを。

 

 自分の意思などどこにも無くて、何がしたかったのかもわからなかった頃のことを。

 

 その頃の、人形だった頃のことを。

 

 今の彼女とそっくりだった頃のことを。

 

 あぁ、今わかった。

 

 俺がフランドールを助けたかった理由。

 

 

 ――あまりにも、似てたからだ。

 

「本当のことを言う方法だっけ?」

 

 それは簡単だ。俺だって言えたんだから。

 

「それは?」

 

「素直に、やりたいことを言えばいい」

 

 そう軽い調子で。なんでもないように夜霧は言った。

 

「――は。……あはは!」

 

 そう言うと、フランドールは泣き顔を一転させて笑い出した。結構な大声で。狭い地下室に響き渡るくらいに、元気に。

 

「そんなこと……そんなことでいいの!? ねぇヨキリ! そんなことで!?」

 

「ああ。俺がお前のワガママに付き合ってやる。……だから、もう一度聞くけど。

 フランドール、――いま何したい?」

 

 その質問に、フランドールは無邪気に笑う。そこに狂気も寂寥とした感情は微塵たりとも無く、ただ純粋に楽しいのだと。フランドールの笑顔は確かにそう語っていた。

 

「私、遊びたい! もっといろんなヤツと、いろんな場所で!」

 

「………ああ。他には?」

 

「話もしたい! もっとお姉様(アイツ)とも、パチェやサクヤとめーりんともいろいろ話したいの!」

 

「ああ、いいな。それも……」

 

「でもやっぱり、()()()()したい事は……!」

 

「うん……うん?」

 

 そこで今日一番フランドールのニヤッとした笑顔を夜霧は見た。それと同時に感じる、悪い予感。

 

「おいおい、まさかっ……!」

 

「アナタとの勝負よ、ヨキリ!!」

 

 両者は未だに立って、スペルも両者三枚残っている。勝負はまだ終わっちゃいない。

 

「ま、言った事は守らなきゃな」

 

 自分から挑んで、絶対に負けないとまで豪語したのだ。負けられる筈はない。

 

「そ、ヨキリ。逃げはダメよ。私がやりたいことに付き合ってくれるんでしょ?」

 

「……もちろん。嘘はつかんよ」

 

「だったら始めましょ。最後まで、死ぬ気で!」

 

 残るスペルカードは三枚。勝敗はその三枚で決着だ。

 今の彼らにとって、勝敗ははっきり言ってどうでもいいことだった。弾幕を繰り広げ、凌ぎを削りあうこの時間が愛しくなる。

 

『弾幕は想いだ』

 

 かつて夜霧の師は、そう言っていた。

 ならばこの二人の間に広がる弾幕は、激しく、派手で、恐ろしくて、温かい。

 そんなよくわからないモノになっていることだろう。

 

 それはつまり、固有意識の融解(メルト)融合(フュージョン)

 二人の意識は、同調する。

 

「魔力充填、八卦解放。――秘伝、」

 

「495年の研鑽、ここに。――Q.E.D、」

 

 二人の宣言が、薄暗くて小さな地下室に再度響き渡る。

 

「マスタァァ、スパァァク!!」

 

「495年の波紋ッ!!」

 

 二人の遊戯(たたかい)は、未だ終わらない。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「クククッ………ハハハハ!!」

 

 時は同じく、紅魔館の大図書館にて。

 そこでは、『永遠に紅き幼い月』レミリア・スカーレットが高らかな笑い声をあげていた。

 

「レミィ、テンションが高い。疲れるからもう少し抑えてもらえない?」

 

 それをただ見ている紫色の日陰魔女、パチュリー・ノーレッジと、その従者の十六夜咲夜。

 

「ええ、お嬢様。上機嫌なのは良いことですが、もう少しお淑やかに笑いましょう」

 

「いやいやいや、ちょっと二人共……これが笑わずにいられるものなの!?」

 

「?」

 

 咲夜の目がパチュリーの方へ動く。

 

「はぁ……」

 

 ため息をつくパチュリー。しかしその様子は気怠い、と言うよりは安心したような感じだ。

 

「わからない? あいつが……あの魔法使いがやってくれたわよ」

 

「――!」

 

 パチュリーは至って普通に水晶玉で、夜霧とフランドールの様子をリアルタイムで見ていたのだ。ちなみにレミリアは見ていない。ならどうやって知ったのかと言うと、お得意の運命視だが。

 

「まぁ聞いてよ二人共。今から私、()()()()()()()()()()!」

 

「――へ?」

 

 あんまりにも、嬉しそうにそう言うもんだから、その言葉を疑問に思えなかったと、後に咲夜もパチュリーも語る。

 

「あ」

 

 水晶玉を見ていたパチュリーが声を漏らす。

 

「――なるほど、レミィ。それで、()()()の? ()()()()()?」

 

「ククク、無論避けるわ。――ま、当たるか外れるかは私でもわからないけどね」

 

 と、余裕たっぷりに堂々と言うレミリア。なるほど、真っ向から立ち向かおうというわけだ。咲夜は今の発言を理解しきれていない様子だが、とりあえず主を守ろうと身構える。

 

「咲夜、今は下がって頂戴よ」

 

「え? 了解しました。ですがお嬢様、私、いまいち状況が理解できていないんですが……」

 

「ククク、理解などしなくていいわ。これは()()()()()()ことなんだから」

 

 そう言ってレミリアは腕組みを解き、戦闘態勢を構える。

 

「さぁ来なさい。愚妹(アナタ)の相手、私がしてあげるわ」

 

 そう言って、楽しそうに構えた。

 

 

 

 当の本人、レミリアの異常発言から遡ること数分。地下室には、死力を使い果たして床にへたれこむ二人がいた。

 

「はぁ……疲れた」

 

「……全力だったわ。私も、ヨキリも」

 

「はは、そりゃあ疲れるか」

 

 勝敗は……まぁ、どうでもいいか。

 とにかく、二人は全力でぶつかり、己と己を凌ぎあった。悔いなど無し。紛うことなきマジの戦いだった。

 

「それにしても、ヨキリ」

 

「ん? どうした」

 

 フランドールが悪戯をする妖精たちよろしく、意地悪そうな笑顔を浮かべて駆け寄ってくる。

 

「私のやりたいこと、手伝ってくれるんだよね?」

 

「……まぁ、そういう約束だからな」

 

「じゃあさ、今すぐやりたいことがあるのよ!」

 

 何となく、何となくイヤな予感がしたから、慎重に慎重を重ねて訊く。

 

「それとはつまり?」

 

お姉様とお話ししたい(あいつをぶん殴る)!」

 

 思ってることと言ってることが違うって? そんなの些細な問題だろ。引き攣った笑顔した夜霧は後に、「生きて帰れないかもと本気で思った」と語ることになる。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「じゃあフラン……行くぞ!」

 

「おっけー!」

 

 フランドールは、前屈みに体重をかけ初速からの加速をスムーズにするための体制――いわゆる、クラウチングスタートの姿勢を取っていた。

 

 それは何のためかと言うと、つまりだ。

 

「魔力解析、転換、補強確認完了。供給開始――!」

 

 簡単に言うと、この館の主(レミリア)をぶん殴る準備。その他に言いようがないのだからしょうがない。

 

「すごいすごい! 力がみなぎってくる……ヨキリ、やっぱりあなたすごいのね!」

 

「ははは……そりゃ嬉しいけど、嬉しいけどさ!」

 

 気が気ではないとはまさにこのこと。夜霧は今まさに、契約相手をぶん殴るための手助けを補助魔法でやってしまっている。あとでどうなるかの保障などされない。と言うか最悪死んでも文句言えないレベル。

 

「じゃあヨキリ、行くよっ!」

 

「あぁクソ! どうにでもなれもう……!

 魔力補強完了――強制射出(ペイルアウト)!」

 

「――――!!」

 

 その瞬間。

 とてつもない速度によって発生した衝撃波(ソニックブーム)が地下室の壁面にヒビを走らせる。

 

 魔力であちこち補強され、なおかつ魔力放出で勢い付けた初速を吸血鬼の脚力でさらに加速したフランドールは、まさに砲弾。

 

 その速度は緩めたく無い。ならば段差は命取り、とすると――階段など必要無いな。

 

 そう判断したフランドールは階段の前で一度()()()()。そのエネルギーを保持したまま、そこで止まった彼女は……、

 

「そりゃあ!!」

 

 ――思いっきり飛び上がる!

 

 ロケットの如く飛び上がる彼女は、その勢いのままに天井をブチ抜いて。

 

「――なっ!」

 

「おねえっ、さまっ!!」

 

 ボゴォ。

 

 レミリアの顎へと、強烈なアッパー。

 

 完全に不意打ちを受けたレミリアは、その馬鹿に強力な威力の一撃をモロに食らったことになり……。

 

「……うぅ」

 

 バタンと。そのまま気絶してしまう。

 

 そして、そのまま振り向いたフランドールは。

 

「おはよう! パチェ、咲夜!」

 

 そう何事も無かったかのように元気な挨拶をするのだ。

 

「………あぁ。おはようフラン」

 

「………えぇ、おはようございます。フラン様」

 

 とりあえず返事を返すパチュリーと、そんな彼女を見て自分も何事も無かったかのように振る舞おうと決めた咲夜。こんな出来事の後に素面ができるこの従者も、大概な天然だ。

 

 感動の対面だとか、そんな空気はいつの間にか死んでしまったようで、大図書館には散乱した本たちと、馬鹿デカイ大穴がしばらく残ることになった。

 

 そして遅れて登ってきた夜霧が、ヒィヒィ言いながら大図書館の修復を手伝わされるのだった。

 

 

 

 

 

 




二十連で起源弾が出たならいいだろうとかそう言う問題ではないんや。僕はただ……メルトがほしいだけだと言うのに……!

次回か次次回でエピソード1end。
ハッピーハッピー。



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“哭す少女”のエピローグ

「起きて、ヨキリ?」

 

 寝ぼけ目を半目開き、目の前の天井を見つめる。そこには金髪紅眼、可愛らしい顔立ちの小さな小さな吸血鬼の姿。

 

「ああ、フランドールか……」

 

 フランドールとの遊戯(戦い)から一日。激戦と大図書館の片付けて疲弊した夜霧は、紅魔館の客室のベットで泥のように眠っていた。

 

「そう、私。もう朝だよ? 人間は起きる時間でしょ?」

「……ん、あ、あー。まぁそうなんだけどなあ」

 

 確かに朝になったらヒトは起きるわけだけど、別に起きなきゃいけないワケだってないし。昼行性に従う理由だってないし。

 

「そんなこと言ったらフランドールは寝てる時間だ。君、吸血鬼だろ」

 

 夜の帝王、吸血鬼。

 文献にもある通り、彼らは昼の間に力を蓄え、夜の間にその驚異的な異能を発揮する種族だ。ならば、幼いとはいえ吸血鬼なフランドールは寝ていなければならないのではないか。

 

「そうなんだけどね。眠れなかったの!」

 

 と、無邪気に言うフランドール。人外な体力を持っているとは言え、彼女も彼女で十分疲弊しているはずなのだが。

 

「明日が楽しみすぎて! 眠れなかったの!」

 

 そう遠足を心待ちにする子供みたいに、にっこりと笑ってた。

 

「………そう、なるほど。それじゃ、しょうがないな」

 

 そう言って、夜霧も身を起こす。疲れているし、今日は半日以上寝てやろうと思っていたが、起こされてしまっては仕方ない。まだぼーっとして微睡んでいる目を擦り上げて眠気を覚ます。

 

「おはよう。フランドール」

「おはよう、ヨキリ」

 

 そんな暖かな時の話。

 これが、勇気を出して進むことにした魔法使いが掴んだ、とても優しいひと時だ。

 

 

 

 

「……あ、そう言えば」

「どうした、フランドール?」

「お姉様が呼んでたよ。『早く起こしてこい』って」

「――それを早く言って!!」

 

 優しいひと時、終了。

 夜霧はそれを聞いて、玉座の間へと早朝寝起きダッシュをするハメとなった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「遅い」

「申し訳ありません! お嬢様!」

 

 先ほどの心地よい微睡みは何処へやら。急いで駆けつけた夜霧に待っていたのは、眠たそうに重い瞼を開けているレミリアと、相変わらず瀟洒に着こなしたメイド服の銀髪、咲夜の険しい表情だった。

 そんなモノを目にした夜霧が取る行動は、一に謝罪、二に敬服の動作をすること。すなわち、玉座に座るレミリアへと跪くのだ。

 

「……別に、そこまでしてほしいなんて言ってないのだけれどね」

 

 しかし悪い気はしないレミリア。そういう行動をする者がいると、二次関数よろしく放物線のように自身の威厳――すなわち、カリスマが強まるからだ。

 

「まあいいや。よい、顔を上げなさい」

「はっ」

 

 そんな二人のやりとりは、ありがちなセリフを言ってみた子供と、それに付き合うお兄さんのようにも見える。

 

「コホン……茶番はここまでにしましょう。あなたを呼び出したのは、他でもなく。例の『契約』のことよ」

「……契約、ですか」

 

 複雑そうな顔をする夜霧。そんな彼に咲夜は問いかける。

 

「どうしたのよ夜霧。あなたはやり遂げたのでは無くて?」

「いや、まぁそうなんだけど……そうなのかな?」

「なるほど、夜霧。お前は契約をまで果たせていない――そう感じているのね?」

「……はい。その通りです、お嬢様」

 

「それはお嬢様……どう言う意味ですか?」

 

 ため息。レミリアの口からため息が漏れる。

 

「まず。私と夜霧が結んだ契約の内容、覚えてるわよね。咲夜」

「……妹様を狂気から救い出し、地下室から連れ出すこと。それだったはずです。そしてそれならば、もう契約は達成されたはずでは?」

「そう、達成されたはず。なのに夜霧……そして私の両者とも、契約が果たされたとは思っていない。そうね、夜霧?」

「……俺は、まだフランドールを救えていないんじゃないかって、そう思うんですよ」

 

 拳を握り、また開く。掴んだ実感はあった。そしてそれを手放すことなく、今ここに立っている。……しかし、まだ()()()()だ。まだ引き上げてはいないと、そう思えるのだ。

 

「正解。そうよ夜霧。フランドールは……我が妹は未だ狂気の檻の中ね」

「……ならば、どうすれば妹様は救われるのでしょう?」

 

 咲夜が問う。あれもダメ、これもダメ。もはや八方塞がりのようにも思える状況に対する策が、我が主にはあるのだろうか。

 

「咲夜さん」

 

 しかし、その問いに答えたのはレミリアでは無く。それの契約相手、夜霧だった。

 

「そんな方法は、無いと思います」

「――? どういうことよ。夜霧」

「お嬢様。一つ質問をいいですか?」

「何よ」

「あなたは――レミリア・スカーレットは、()()()()()()()()()()()()。……違いますか?」

「まさか、……夜霧」

 

 レミリアの性格を熟知し、大体の行動の意図を察することができるくらいには、咲夜は主のことを理解している。

 それゆえに分かってしまうのだ。いま、夜霧はどう言う意図で、どう言うつもりでそんな質問をレミリアに投げたのかを。

 

「……へぇ、そう訊くのね」

 

 そして、感心したように返事を返すレミリア。

 

「なぜ、そう思うの?」

「……フランドールと戦って、思ったことがあるんです。彼女は、生まれついて狂気に囚われている」

「そうね。そして私はひどくなっていく狂気を抑えきれないフランドールを……隠すように地下に閉じ込めた」

「違うだろう。貴女は、」

「いえ。“隠して、閉じ込めた”のよ。その事実に、変わりはないわ」

 

 頑なに否定するレミリア。恥だとでも思ったのだろうか。とにかく、そのことについてレミリアは認めたくないようだ。

 そしてそれをまあいいやと割り切った夜霧は話を続ける。

 

「……生まれついて狂気を持った彼女には、すでに狂気が染みついている。それこそ()()()()()()()、べったりと」

「結局、何が言いたいの?」

「――彼女を狂気から救うっていうのは、彼女の人格を壊すことになるんじゃないのか。……と、思ったんです」

 

 生まれついた時は、些細な一要素でしか無かった『狂気』。しかし成長につれてそれはどんどんと肥大していき、次第に人格の奥深くへと根付いてしまった。――つまり、彼女には元より、狂気が組み込まれている。……狂気から解き放つとは、人格から狂気を取り除くと同義だ。その後に残るフランドールは、本当に今までと同じフランドールなのか。

 

 ――おそらく、違う。後に残るのは、誰も知らないフランドール。元のフランドールは、きっと“死ぬ”ことになるだろう。

 

「その上で、貴女は『フランドールを狂気から救ってほしい』と契約をした。まさか貴女は、今の妹を……殺すつもりなのか?」

「はぁ、恐れ入ったわ。そこまで考察するなんて」

 

 緊張が解けたように、レミリアが脱力する。そして言う。

 

「そんなワケないでしょ」

「……ま、それは分かっていましたがね」

 

 と、夜霧。大体妹のことを少し口にしただけでグングニルを突きつけてくるくらいの妹への愛――もとい、シスコンなのだ。そんな彼女がフランドールを殺す可能性? 無いに等しいだろう。だから夜霧が確かめたかったのはそこではなくて、

 

「して、俺とお嬢様の契約はどうなるのでしょう?」

 

 この部分だ。

 

「なるほど……お前は、私が契約を破棄することを恐れているのね」

「それは当然です」

 

 レミリアと契約できない。つまり運命を変える――未来を変える手立てが潰れる。そんなことは絶対に避けたい夜霧。そのための契約、そのための対価だったはず。しかしレミリア、そして夜霧自身も、その対価は払えていないとした。……これは、契約破棄と同義なのではないのか。夜霧はそれを恐れている。

 

「ま、そんな心配は杞憂ね」

 

 レミリアが一言、そう言い切る。

 

「対価は必要。でも肝心のそれはなんでもいいのよ。血でもいい、腕一本でもいい、極端な話だけど髪でもいい。私はそんなのいらないけどね」

「だとしても、あなたの提示した対価を俺は払えない。――払えやしないですよ?」

「話は最後まで聴くものよ、夜霧。確かにお前は対価を支払ってはいない……でも、それは先ほどの話。言わば、前払いよ」

「前払い?」

 

 対価の前払い、と。確かにレミリアはそう言った。――つまりだ。

 

「……まだ、対価を寄越せって言うんですね?」

「正解」

「ズバリ、それはなんでしょうか?」

「貴方の時間よ」

 

 ここにきてレミリアは、夜霧に血でも身体でも、心でもなくもっと概念的な――時を求めてきた。これはどういうことなのか。レミリアは続ける。

 

「漠然としていると思うかしら? 私はそうは思わない。何故ならね、私が要求する時間とは自由と同義だからよ」

「自由ですか。つまりお嬢様は俺を紅魔館に縛り付けておきたいと?」

「逆よ、むしろ出てってほしいわ」

「あ、それは世知辛い」

 

 と言いつつ内心そうは思ってない夜霧。

 ここまで来ると、イヤでも察せる。レミリアは夜霧に何をさせたいのかを。

 

「――つまりお嬢様、貴女は俺にフランドールを連れ出せと言うのですか」

「よーくわかってるじゃないの」

「ちょっとお待ちくださいお嬢様」

 

 その発言に冷静を装いつつ、内心慌てふためくメイド長、咲夜。

 

「どうしたのよ。普段の調子は何処へやら。それじゃ完璧でも瀟洒ではないわよ?」

「いまはそんなことよりも、正気ですか? 妹様を外に連れ出すなど……」

「私は正気よ。心配性ね、咲夜も。大丈夫よ、どうせフラン(アイツ)のことだろうからなにかトラブルは起きるかもしれないけど……」

「そのトラブルで、紅魔館が傾いたらどうするのでしょうと言いたいのです」

「それで私が諦めるとでも?」

「いいえ。ただ目先のことだけで、計画性が無いなぁ……と。そう思ったまででございます」

 

 主の言葉に棘ある反論を返す従者。

 従うだけでのしもべなど退屈だ。このくらい噛み付いてくれた方がこっちも張り合いがあるというもの。

 ――普段はそう言って憚らないレミリアだったが、さすがに今の言葉にはカチンと来たようだ。

 

「うるさいわねぇ……! だいたいあなたはいつもいつもどこか理屈っぽいのよ!」

 

 カリスマ、オフ。そこにいたのは、先ほどまでの威厳が嘘みたいに思えるほど、見た目通りに駄々をこねて感情のままに喚き立てる幼き少女――もとい、幼女だった。

 

「えーと。あの、レミリアお嬢様?」

「悪いけど夜霧。部屋に戻っててくれないかしら。私は今から頭の固いメイド長としっかりお話ししないといけないから……!」

「あら? 頭がお固いのはお嬢様の方では無いのでしょうか。であればこの十六夜 咲夜、しっかりと治療させていただきますけれども、いかがいたしましょうか」

「なっ! ――言ったわねこの駄メイド!」

「言いましたとも!」

 

 従者と主の、止めようの無い喧嘩が始まる。しかもその理由が主の妹の処遇についてだからわからない。

 

「……戻るか」

 

 そんな二人を尻目に、結果は後で聞こうとそそくさと立ち去る夜霧であった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 誰か私を、助けてよ。

 

 暗く、狭く、低く、紅く、浅かったこの地下室(ろうごく)。私はそこで助けを乞い続けていた。

 

 ここに居ても、誰かも来やしないだろうよ。

 

 ――そうかもしれない。けれど私は、待っていたい。

 

 どこに居ようと、お前には誰も関わらないだろうよ。

 

 ――そうなのかもしれない。けれど私は、信じていたい。

 

 待っていれば、信じていれば。

 そう盲目に停滞して(進んで)いた。

 待っているのは、狂気だけだと知っていただろうに。

 

 喘ぎ、苦しみ、もがいたとして。

 誰がそれに気付くのだろうか。気付いたとして、誰が私などに手を伸ばすというのだろうか。

 

 壊すための力を持ち、壊すことしか許されなかった自分に許されることもまた、壊れるのみ。

 狂え、叫べ、唸れ、喚け。その声は反響し、私の耳を貫くだろう。

 

 そうしてまた、私は一人で哭いている。

 

 ……どうしてだろうか。

 

 その理由は明白だった。

 彼女はまだ、信じていたかったのだ。

 

 気にかけられているよと、愛されていると分かっていたから、信じてしまっていた。

 

 あらゆるものを壊す。――その行為に一つ、罪悪感が生まれる。

 

 壊す。その罪悪感を握りつぶす。

 壊す。それに対する悪寒を握りつぶす。

 壊す。止まらない吐気が身体を襲う、苦しい。気持ち悪い。それらを一切合切握りつぶす。

 

 ――壊す。そう感じる自分の意思が、もはや邪魔でしかない。握りつぶす。

 

 

 そこに残ったのは、ただのフランドールでした。

 

 

「………………」

 

 そんな夢を、彼との出会いの後に見てしまった。縁起が悪いどころじゃない。不吉でしかない。

 

 そう、やけに現実味があって……まるで、自身の未来を見せられているよう。

 

「……気持ち悪いわ」

 

 いづれ、ああなるのだろうか。狂気に染まり尽くした哀れな少女は、やがて自分まで壊してしまうのだろうか。

 

「そうは、なりたくないな」

 

 拳を握りしめ、開く。片手には長方形の白紙。少し魔力を込めれば、遊び道具(スペルカード)の出来上がりだ。

 

 でもそれはせず、私は歩くことにする。雰囲気でわかる。今は朝だ。人間は起きて、妖怪は寝る時間。でも地下暮らしにはあまり関係のないことだから、構わずに行こう。

 

 コツンコツンと、廊下に私の足音が響く。普段は地下から聞こえるモノでしか無かったのに、それを今や私が奏でている。

 

「……あは」

 

 楽しい。こんな当然のことが、素晴らしいことのように思えて来る。

 

 だけど、そんな楽しい時間はすぐに終わってしまう。

 

「あ、……フランか」

「――お姉様」

 

 最悪のタイミングだ。朝だからと油断していた。偶然朝に起きて、偶然散歩中だったレミリアお姉様と私は、廊下のど真ん中でばったりと遭遇してしまう。

 

 何かを話さなくては……。そう思ったけれど。

 

「……その、あの。おはよう、フラン」

 

 驚いたことに、お姉様から言葉を発した。完全に不意をつかれた。まだ心の準備も出来てなかったのに、挨拶された。

 

「…………おはよう、お姉様」

 

 声が震えている気がする。でもそれなら、お互い様だし問題は無い。

 

「じゃ、じゃあフラン。一つお使いを頼まれてくれない?」

「な、なに?」

「あー、あいつよあいつ……夜霧に早く起きなさいって言ってくれないかしら」

「……自分で行けばいいじゃん」

「……………うー、」

 

 しまった、これは間違えたかもしれない。こういう時は……っと。

 

「わ、わかったよお姉様! ヨキリを起こして来るよ!」

 

 そう言って逃げるが勝ち!

 

「あっ、待ちなさいフランっ! ……もう」

 

 そんな声が、朝早く紅魔館に響く。

 

 ぎこちなく、どこかズレたままの会話。どちらも本心だから、そこに茶目も嘘も冗談も交えられない。つまらなくて短絡的だけど、私たちに本当に必要なのはこういう会話なんだ。

 

 ……そう思うレミリア。あとたぶんきっと、フランも思っているだろう。

 

 コツンコツンと、さっきよりも早いペースで足音が刻まれる。

 

 確かに、私は壊れているさ。普通じゃ無いさいさ。――でも、それならそれでいいじゃんか。

 

 こんな私を、愛してくれる人がいる。こんな私を、大切に思ってくれる人がいる。

 

 ――私に、その大切なことを教えてくれた人がいる。

 

 扉を開けて、ベッドに横たわるその人を見る。ぐっすりと、熟睡してるようだけど。

 

「お姉様の頼みなのよね」

 

 身体を揺さぶり、眠りを覚まさせる。多少悪い気はするけれど、こんな時間まで寝ているヨキリもヨキリだ。仕方ない。

 

「起きて、ヨキリ?」

 

 こんな日を、ずっと夢みてたような。

 

 だから、助けてくれと喚くのは、もうやめよう。そんなくらいなら、自分で哭き止んでやる。だって、今はそれさえ支えてくれるみんながいるから。

 

 紅い紅魔の妹は笑う。無邪気に、そして無垢に。もう哭く理由なんてない。

 

 ……哭す少女の物語は終わりを告げる。これからの彼女が刻む物語は、そんな涙とは無縁なはずだから。

 

 

 

 Episode.1『狂乱と慟哭の吸血鬼』

 

 ――End.

 

 

 

 

 

 




いやぁ、長かった。第1章、ようやく完です。
あとは裏設定ぶちまけて終わりかな。






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一章まとめ

 ◯キャラクター詳細

 

 霧雨 夜霧

 

 オリ主人公です。この作品一番の地雷。

 正直最新話を投稿するたびに主人公がちゃんと主人公してるのか不安になってます。

 ……大丈夫ですよね?

 

 基本ただ魔法が使えるだけの人間だから、固有能力は無し。強いていうのなら『魔法を扱う(主に星関連)程度の能力』か。

 

 思ったことははっきり言う正直者。空気が読めないとも言う。初対面や目上の相手には、真面目に思われるように振舞おうとするが、根っこから捻くれているのですぐに素が出る。

 難しいことは、嫌いではないが好まない。

 物事は考えている時が一番だと思うタイプで、実践には気乗りしないらしい。

 

 ある日魔法の森で魔霧(後述)に出会い、弟子入り。以降魔法の道を進むことになる。

『弾幕ごっこ』は女子供の遊びと言われているが、夜霧くんはそんなこと気にしない。

 

 ……と言うのも、本人があまり男と女の違いを気にしていないことと、自身の容姿が中性的であるから。

 

 

 魔霧(霧雨 魔理沙)

 

 ごめんなさい。取り敢えず謝るしかないっす。

 

 原作キャラを成長させたうえに闇堕ちさせるとか、業が深すぎると思うのですが。まぁそんなことを作者が言ってたら元も子もないようにも思えますけど……。

 

 魔理沙の性格はほぼ原作通りです。ちなみに二章でやっと登場します。やったね魔理ちゃん。

 

 魔霧は……ねぇ。

 原作魔理沙を闇堕ちさせた感じですね。霊基反転、Fateでいうオルタ……とはまた違うような。強いて言うならエミヤですかね。理想を抱いて溺死したのが彼女でしょう。

 

 詳しい説明は完結後にでも。

 

 

 紅 美鈴

 

 サボリ門番。寝てる。夜霧の初めての(マトモな)戦闘相手。

 終わり方はうやむやだったのですが、おそらく近いうちにもう一戦書くでしょう。

 

 意外と苦労人、だがサボる。それが作者の目指した紅 美鈴です。……登場回数は少ないけれど。

 

 今や弾幕が闘いの中心となった幻想郷。彼女の唯一にして最強の武器、拳法が封じられていても門番としてやっていけるのは、結局のところ地の力が強いからではないのか……?

 

 というのが作者の持論です、ハイ。

 

 

 十六夜 咲夜

 

 完璧で瀟洒なメイド。慇懃無礼が人の形をとったらこうなんだろうな……と、思いながら咲夜さんは書いてました。

 

 主に心からの忠誠を誓ってはいる。誓ってはいるけれど、服従するとは言ってない。

 

 そう言って憚らない彼女は今日もレミリアに噛みつきまくる。それに比例してレミリアのカリスマ度が低下しているように見えるのは、きっと気のせいじゃない。

 

 

 

 レミリア・スカーレット

 

 お馴染みの吸血鬼お嬢様。当初の予定では、夜霧くんはお嬢様とガチ戦闘するはずだった、だったけどっ……!

 

 いろいろあって却下です。代わりに咲夜さんと戦うことになりました。結果は本編をどうぞ。

 

 一章では夜霧くんに契約を持ちかけて、フランドールとの接触をもたらすキーパーソンとして。二章では、夜霧くんと幻想郷の人々との関わりを作る役割をしてもらおうと思ってます。

 

 というのも、現段階だと第二章は幻想郷冒険譚になりそうなんです。それのきっかけはやっぱりレミリアだと。

 

 

 パチュリー・ノーレッジ

 

 一章時点ではアイテム補給員兼アドバイザー。夜霧くんに的確なアドバイスをし、彼の実力向上に一役買った……のだが、それが本編ではっきりとわかる描写はしてない。(はず)

 

 アンニュイで気怠げ。常に調子悪そうで死にそうな顔してる彼女が外に出ることはきっと、この作品が完結するまでは無いでしょうが……登場はします。たぶん。

 

 

 

 フランドール・スカーレット

 

 キーパーソン。彼女を中心として第一章は進行していました。

 

 ことのきっかけは、彼女が産まれたその時までに遡る。

 

 ありとあらゆるものを破壊する程度の能力。その力は少女が現世に生を受けた時に。大の大人でも持て余すような力が、その小さな手のなかに。

 

 それからは言うまでもないだろう。

 結果として彼女は精神の均衡を崩し、地下室に閉じ込められる事となった。

(能力の制御が難しくなったフランをどうにかして守るしかないと考えた、レミリアの苦肉の策。故に閉じ込めたと言うよりは、保護。)

 

 それから数百年。弾幕ごっこで人間と接触し、多少は人間に興味を持つようになったフランドール。しかし狂気は静かに彼女を蝕む。

 

 物語開始前。つまり夜霧くんのタイムスリップ前に出会ったフランドールは、この状態で放って置かれて狂い果てた『なれの姿』。

 

 夜霧くんが手を伸ばした今、その未来は訪れる事はない……。

 

 そう。未来は変わったのだ。

 

 

 ネタバレすると、二章は夜霧くんと妹様との幻想郷旅行です。

 

 夜霧くんが妹様をエスコートして、あちらこちらを飛び回る。それが二章の大筋です。

 

 一章が長い長いと常々思っていたので、短めになるとは思いますが、まだわかりません。

 

 ……言いたい事はこのくらいかな?

 まぁ他にあれば活動報告にでも書き殴っておきます。

 

 では。ここまでお読みくださった皆様、ありがとうございました。

 

 



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Episode.2『異変解決屋、霧雨魔理沙』
“解す少女”のプロローグ


お久しぶりです。第二章開幕です。


 その日は、妙に冷え込む日だったことを覚えている。

 

 日が沈みかけた夕方あたりのこと。急に光は遮られ、空が暗く――否、()()染まったのだ。

 騒ぎ始める民衆。倒れる女子供達。突如村を、幻想郷を覆った紅の霧は、間違いなく人間を蝕んでいた。

 

 ――そう、異変だった。思えばこれが始まりで最初だった。

 

「……夜風が気持ちいいわね」

 

 夜の境内裏を飛んでいく、紅白の巫女。紅い霧の中を飛んでいくその姿は、非常事態だということを感じさせないくらいにマイペースで、いつも通り。

 

「お前なら、そう言うだろうと思ったぜ」

 

 そして『私』は、いかにもお見通しの風に言ってみせる。

 それが私たちのいつも。あいつが言って、私がそれを「らしいな」と言って聞き流す。……自分のことながら、おかしな会話だと思うけれど。

 

 ――そうして始まった、私たちの『初めての異変解決』。結果から言うならば大成功だった。

 こちら側の要求である紅の霧払いをさせて、あちら側の要求である幻想郷への受け入れを認めて解決。互いに譲歩し、メリットとデメリットを分け合う両者円満で模範的な、正しい解決法。

 

 これを機に、幻想郷に新たな決闘法、『命名決闘法(スペルカードルール)』が広く流布した。人間と妖怪の力の差を埋めるため、決闘を「遊び」の延長戦上に置くといったルール。つまりそれは、力を持て余したヤツらが、()()()()()()()()()()()ってことだ。

 弾幕の美しさを競い合うその決闘法は、暇潰しにはもってこい。そしてその決闘法がメジャーになったことで多少力のある人間ならば、妖怪達とも互角に渡り合えるようになった。

 

 しかし、大きな異変が起きれば人間たちの手には負えない。そこでようやく、私たちの出番だ。

 

 ところで、異変が起これば解決しに行く。それが異変解決屋である私のスタンスなのだが……博麗の巫女はちょっと違う。

 

 あいつはわがまま――いや、ちょっと違うな。とにかくマイペースな奴で、異変解決だって積極的にやろうとしない。五月になって冬が終わらなくても、宴会が三日に一回のハイペースで開かれていたとしても、しばらくは「まぁそんなこともあるのかもね」と言って異変を放置してしまうような奴。それが博麗の巫女、博麗霊夢である。

 

 そんな異変解決という使命を忘れた生活っぷりが、個人的に非常に不安なので。

 

「おい霊夢、いい加減にしろよ」

 

 こうやって座布団を枕がわりにして居間に寝転びだらけているポンコツ巫女に、今日は苦言を申しに来たわけである。

 

「そうは言っても魔理沙。異変も無ければ妖怪もいない。あぁ……何もすることはないのよ」

「お、お前なぁ」

 

 少しは鍛錬ぐらいしたらどうだよ。

 そう言おうとしたけど辞めた。こいつはいわゆる天才型。鍛錬なんて必要なし、と言うか、むしろそんなことしたら弱体化までありえるのではなかろうか。

 

「まぁいいや。そういやそんな奴だったよ、お前はさ」

 

 ため息まじりにそう言ってやる。当の本人はどこ吹く風と完全スルーだったが。

 

「……あそうだ、面白い話してやるよ」

「面白い話? 何よ急に」

 

 食いついたな霊夢。こういう何もすることのない暇な時、こいつは目先の娯楽を真っ直ぐに求めてくる。この点は、非常に扱いやすくて助かる。

 

 まあ、単に私も暇だっただけだけど。

 

「一昨日くらいのことだけどさ、魔法の森近くで男を見かけたんだよ」

「なんでまたそんな辺鄙なところで。霖之助さん?」

「違うぜ。――だってあいつは魔法使いだったんだ」

「魔法使い? ほんとに誰よそれ」

「正体不明さ。ついでに驚くなよ? そいつ、私と同じミニ八卦炉にマスタースパークまで撃ったんだぜ!?」

「……あんた、疲れてんじゃないの?」

 

「なんでだよ」と聞いたら、「ドッペルゲンガーね、それ」と平気な顔であっさりとそう答えられた。この辺、霊夢はいつもシビアだ。今ある情報から『これ以外はあり得ない』と思われるくらいの最適解を導き出す。――だけど、あくまで勘だ。合ってることの方が多いけれど、間違ってる時だってある。いまだってそうさ。

 

「それが本当なら私もう死んでるし」

「ま、それもそうね」

 

 こういう点、霊夢はあっさりしすぎだ。

 人の生死を、結構さっぱりと割り切れる。……そう、こいつはそういう奴だ。

 

「じゃなくて、そいつ男だったんだ」

「そんなのどうでもいいでしょ。男神だと思ったら女神だった……幻想郷(ここ)じゃよくあることだし」

「そういやそうだったな」

「だから性別なんて関係ないわ」

「……別に性別なんてどうでもいいけどさ。とにかく変な奴だったんだよ、そいつは」

 

 

 ――つい先日の出来事は、私にとって衝撃的なことだった。

 

 突如、名前も顔も知らない人間が目の前に現れだと思ったら、私の魔法をぶっ放して、消えた。

 超常現象、異常怪奇。わけがわからない。これじゃ衝撃的と言うよりは恐怖的体験だ。

 

「……あんたも大変ねぇ」

 

 私が結構長々と話し終えたところで、霊夢は他人事のような態度――実際他人事なのだが――で、素っ気なくそう言った。

 気怠げで、退屈そうで無表情に不機嫌そうな顔。あぁ、うん。これがいつもの表情。機嫌いいときはもうちょっとなんかこう、口角がちょっとだけ上がるだけだけど、今よりはマシなんだが。

 

「なんだよ? まさか心配でもしてくれてるのかよ?」

「別に。ただ強いて言うなら……」

「?」

 

 霊夢が起き上がり、身体をうーんと伸ばしながら、あくびでも噛み締めたような声でこう言った。

 

「……そいつ、幻想郷(ここ)の人間じゃないかもしれないわ」

「――へぇ? じゃあつまりそれは……」

 

 霊夢はその発言に根拠など持ってないのだろう。男がもしかしたら、極度の人間嫌いで、長い間森の奥に居ただけという可能性も十分にある。

 

 だが、こういう時霊夢の勘は滅法当たる。100%。そのくらいの精度で。

 ゆえに私は、その男の出現をこう判断した。

 

「――異変の始まりってことか」

 

 七月、蝉の鳴き声がうるさくなる初夏の昼下がりのことだった。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 美しい芸術品に触れた時、人はこれまでの一切を――悩み事も、煩悩すらも――忘れてしまえるらしい。言わば解脱。非想非非想天の領域である。でもそれは刹那の一瞬。醒めれば最後、もう二度と味合うことができない感覚だ。本当に口惜しく、また届かない。

 

 しかし、その領域を体感するのには必ずしも至高の芸術品でなければいけないと言うわけではないそうだ。

 例えば、人生を変えるような出会いでも、価値観を揺らがせる衝撃でもいい。要は自分さえ変えてしまう何かだ。

 

 霧雨夜霧の場合、それは――。

 

 

 

 

「……………んっ」

 

 目が醒める。頭の中が混沌としているあの寝起きの感覚だ。ふかふかのベッドに、もう見慣れた赤だけの紅い天井。

 ……なるほどここは紅魔館だ。と、俺は何度自分に言い聞かせただろうか。

 

 未来から過去へ来て数週間。ざっと数えて二、三ヶ月か。とにかくそのくらいの期間、俺は紅魔館の食客――のはずだが、処遇は明らかに雑務担当だ――としてこの客間の一室でぬくぬくと暮らしている。

 

「……いーんだろうかね。このままで」

 

 無論良くはないだろう。そうは分かっていても、自分がやるべきことすらわからないのだ。

 

「……とにかく、部屋から出ようかな」

 

 難しいことを寝起きで考えるのは非常に頭が痛いので、まずは朝食を食べることにした。

 

 コツコツコツと靴音が館に響く。幻想郷は日本にある。だから必然的に幻想郷も古き日本そのままの風景となる。となるとその中にドンと建つ紅い洋館が目立つ……と言うより異物感を醸し出すのは至極当然。むしろなぜ目立たないのか。

 とにかく、紅魔館は洋館だ。だから館の中でも靴を履くのが普通なのだが……この感覚が分からない。靴は室内では脱ぐものという当然の感覚が染み付いて離れないのだ。

 だからこうやって寝起きだと、たまに自分が靴を履いていることに驚いてしまうことがある。さすがに慣れないとマズイと思う今日この頃である。

 

 そうこう思っているうちに食堂へ着いた。無駄に装飾の施された、無駄にデカくてこれまた紅い扉を開けると、そこには先客がいた。

 

「あら、ひよっこじゃない。随分と遅いお目覚めね」

「ああ、パチュリーさんか」

 

 紫色の生きる大図書館、パチュリー・ノーレッジ。普段は地下の大図書館に閉じこもって出てこない彼女だが、ごくたまに部屋から出ては食堂で紅茶を啜っている。

 

「丁度研究がひと段落ついたのよ。だから息抜きを兼ねてわざわざ階段を登って来たわ」

「わざわざ、ですか。飛べばいいのに」

「こういう時こそ歩かなきゃいけないわ。本当に地面に根を生やしてしまいそう」

「冗談ですよね?」

「冗談よ」

 

 そんなつかみどころのないふんわりとした会話をしていると、突然パチュリーの左手にあった空のカップが消え、そして中身がいっぱいのカップが、いつの間にかまた左手に現れた。それを見ている本当に一瞬の間、机の上にはBreakfast (朝食)がきっちりと、しっかりと手際よく並べられていた。

 

「相変わらず仕事が早いですね、咲夜さん」

 

 そう言うと咲夜は現れた。まるでそこに先程からいたかのように、一瞬で。

 

「そりゃあね。私も私で慣れてるのよ。だから早いのも当然なの」

「さすがメイド長。ところでお嬢様は?」

「お嬢様なら就寝中よ。最近は本来の生活リズムを遵守してるわね。珍しく」

 

 なるほど、最近お嬢様を見かけなかったのはそのためか。と一人合点。

 

「じゃあ、妹様――と言うか、フランドールも?」

「ああ、妹様なら……」

 

 咲夜が何か言いかけたその時。思いっきりバンと、音を立てて開かれたドア。

 

「………ヨギリー!!」

「ぶっ――はっ」

 

 その勢いで突っ込まれたら、ひとたまりもないに決まってるじゃないか。そんなことを一人語りながら、俺は床へと突っ伏した。

 

「もうすぐこちらにいらっしゃるわ……ちょっとというか、だいぶ言うのが遅れたわね」

 

 

 ……とりあえず、口の中の料理を吐かなかったことは、褒めて欲しいなぁ。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 あの朝食フランドール、略して朝フラから半日くらい経ったくらいか。お嬢様が寝起き早々俺を呼び出したと言うことを、咲夜が忙しそうに伝えてくれた。

 

「そう言えばさぁ」

「んー?」

「フランドールは眠くないのか?」

 

 お嬢様の部屋へと向かう途中、俺は隣で歩いているフランドールに聞いた。朝食の時に元気いっぱいに飛び込んできてくれやがったこの少女だって吸血鬼だ。だから本来の生活リズムは姉のレミリアと同じはず。となると、夜更かししたのだろうという予想くらいはつくわけで。

 

「別に? 眠くないわよ私」

「夜更かししてそうなのに?」

「一日くらい寝なくても平気よ平気。それにほら、ずっと地下暮らしだったから。あんまり時間感覚がわからないのよ」

 

 そんなものなのだろうか。いくら時間がわからないと言っても一日中起きていたら眠くなりそうなものなのに。

 ……なんだかあまりこの話題に意義を感じないな。よし、話題を変えよう。

 

「じゃあそうだ、フランドールはどこに行きたい?」

「唐突ね。今は外に出れればなんだっていいわ。どこに何があるかなんて、まだわからないし」

 

 それもそうだった。今でこそ普通に館内を歩き回れる様にはなったが、未だ外には出ていない。となると一刻も早く、フランドールには外の世界を知ってもらわなければ。

 ……と、考えているうち。そこには紅くて厳かしい扉があった。どうやら話しているうちについていた様だ。

 

「失礼します」

 

 そう一言言うと、扉の向こうから声。

 

「入りなさい」

 

 ギィと扉が開き、目の前には玉座に座したお嬢様――レミリア・スカーレットがいた。

 

「よく来たわね。まぁ呼び出したのだから当然なのだけれど……よし、フランも連れて来たのね。上出来じゃない」

「それでお嬢様、今日は何用ですか?」

 

 なぜだか上機嫌なレミリア。寝起きの彼女はいつもどこか気難しくて扱いが難しかった様な木がするのだが……何かあったのか。

 そんな疑問を持ちつつも、とりあえずレミリアに次の言葉を促す。

 

「まずは、フラン」

「なに、お姉様」

 

 ぶっきらぼうにレミリアが呼ぶと、フランドールが素っ気なく返事する。どこか乱暴な会話――。

 しかし、短期間の付き合いながらこの姉妹のことも分かってきたつもりである。レミリアはまだフランドールの名前を呼ぶことに慣れていないし、今のフランドールの態度はただ突然呼ばれてテンパっただけ。やはり何百年も距離を置いていたせいか、互いにどこか距離感を測りながら話している感じがする。

 

「まーまー。二人ともそんな硬くならずに、ね?」

「……コホン。そ、そうだな」

「……うん」

 

 やっぱり妹がらみのことに関しては、レミリアの普段のワガママぶりも少しはなりを潜めるようだ。

 

「では早速本題だ、簡潔に言おう。フランドール・スカーレット。お前に外出許可を出そう」

「――本当!?」

 

 途端、目を輝かせ嬉しそうにはしゃぐフランドール。

 

「良かったな、フランドール」

「うん! ありがとヨギリ!」

「いやいや。俺は何もしてないでしょ」

 

 そう、俺はまだ何もしてない。――むしろこれからだ。

 

「しかし、だ。……その様子だと、もう分かってるみたいだな。夜霧」

「はい。まぁ、そのためにここにいるようなものでしたから」

「じゃあもう遠慮なく言えるわ。――夜霧、今すぐ紅魔館から出てきなさい」

「!? ちょ、ちょっと待ってよお姉様」

 

 嬉し顔が一転、急に驚き顔となるフランドール。

 

「どうした? フランは外に出れるようになったし夜霧をここに置いておくうまみはもう無い……妥当な判断だと私は思うわよ?」

「で、でもっ」

「――それにもう、()()()()()()()()()? フランドール」

 

 レミリアが一息間を空け、なんでもないように言う。

 

「………あ、あぁ。そう言うことね? お姉様」

 

 どうやら、完全にレミリアの意図を読めた様子のフランドール。その上で、俺は訊く。

 

「さて、どうする? フランドール」

「……私を、連れてって」

 

 小さな少女が踏み出した大きな一歩。広すぎる大地を渡る狭い歩幅。

 

「私を、外に連れてきなさい。ヨギリ」

「御意」

 

 ならば俺は、それを見守り助けよう。それがいまできること。いまやりたいことだから。

 

 ――少女は歩みを始めた。今はその旅路が、ひたすらに遠いことを祈るのみ。

 

 

 Episode.2『異変解決屋、霧雨魔理沙』

 

 

 




この物語の主人公は夜霧くんてす。が、この章に限ってはそうではないかもしれませんね。

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