Fate/Giant killing (ニーガタの英霊)
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彼と彼女のプロローグ

 オリジナル聖杯戦争二作目、前作と繋がりを見せつつ初見でも楽しめるようにしたいです。


「流石シルヴィアだ!」

 

「ええ、貴女は自慢の娘よ!」

 

 ずっと、不満だった。

 

「これ程の魔術の腕とは、まさに天才といえるだろう」

 

「セルウィン家きっての鬼才、ロード・ステュアート一門にシルヴィア・セルウィンあり!」

 

 ずっと鬱屈した思いだけが、私には乗り掛かっていた。

 皆が皆、シルヴィア・セルウィンを称える。誰もが彼女の才を羨望する。

 ああどうして、誰も私を見ようとしてくれないのか。

 

「メアリは頑張りやさんね」

 

 当たり前だ、天才に勝つためには立ち止まってなんかいられない。

 

「そんなに頑張らずとも、嫁の心配はするな」

 

 父なりの心遣いなのだろう、有難い反面、あまりにずれていて呆れが先に来る。

 

「凄いねメアリは、私も頑張らなくちゃ」

 

 ああ、凄いよ姉さんは。こんなにも真っ直ぐで眩しい程に輝いている。

 私は愛されている。不十分無い家庭に生まれている。だからこそ、ああ、だからこそ。こんなにも惨めなんだ。

 

「素晴らしい才覚だ。彼女こそ、我がロード・ステュアートの後継に相応しい」

 

 その瞬間、私の中の何かが切れた。

 時計塔における名門であるロード。その次代当主として指名され、本家の養子になったのは一門の、それも分家でしか無い筈の姉だった。

 名誉な事だ、これからのロードはセルウィン家に移り繁栄を約束されたといってもいい。刻々と受け継がれた魔術刻印を継ぎ、内外ともにそれを証明した姉は最早私の手の届かない場所に行ってしまったのだ。

 

 ああ、なんて―――なんてこんなにも悔しいのだろう。

 なぜこれ程までに家族の愛が煩わしいのか。

 

 やめろ、優しくするな。愛してるというな。私のためになどという、私のお陰などという免罪符を使うな・・・・・・。

 どうして、家族(あなたたち)を憎ませてくれない・・・・・・。

 

 家族が憎めたらどれ程楽だっただろう。恥を知らなければ、私はきっと無知でいられただろう。そして私はどうして、これ程惨めなのだろう・・・・・・。

 

 あなたたちは正しい。だからこそ辛いのだ。

 

 だからこそ、私はそこに救いを見いだした。

 

 聖杯戦争という、大魔術儀式に―――。

 

 己の力を証明したい。私はこれ程までに優れていると、決して姉の付属品などではないと。

 私は私だ。メアリ・セルウィンは此処にある。だからお願い、私を認めろ。

 

 様々なコネクションと努力のお陰で、私は遂に聖遺物を手にいれる。史跡に通じた我らがロードとその弟子が言うのだ。きっと私に相応しい英雄なのだろう。

 

 僅かながらの緊張を孕み、私は降り立った。この八頭龍の地に。

 普段なら風光明媚な自然と穏やかな気候。そして肌に感じる霊脈の鼓動に胸を弾ませただろう。

 

 住居の手配をし、過ごすこと数日。私の願いが届いたかのように、私の身体には令呪が浮かんでいた。

 

 初めて、認められた気がした。紛れもなく、選ばれたのだ私は。

 ほんのちょっとだけの優越感。それがこれ程までに胸を高鳴らせると私は初めて知り得た。

 

 一体どんな英霊なのだろう。どんな人が私のもとに来るのだろうか、選ぶからにはきっと素晴らしい英霊なのだろうと、そんな期待をもって私は召喚に望む。

 ・・・・・・望んだんだ。

 

「どうかしたかのぅ、立ち直ってはくれんか?」

 

「知らない、私はこんな爺知らない・・・・・・」

 

 私が召喚した英霊、それは見るからに五十半ばの老人であり、ステータスは中級といった平凡な英霊であった。

 

「うぅむ、何があったかは知らんが、儂は少々兵法を嗜んでおる。心配せずとも聖杯は必ず得ることが出来よう!」

 

 この爺の自信は一体どこから来るのだろうか、ステータスは幸運値が高い程度であり、後はCランクというもの。決して低いとは言わないが、最優のセイバーや敏捷値が高い傾向のあるランサーや遠距離攻撃を得意とするアーチャーといった英霊には及びはしないだろう。

 それに加え、低い対魔力で対キャスター戦においてもあまり優位になりそうにもない。暗殺者における対処も不安である。

 そして何より、私はこんな英霊は知らない。聖杯戦争をするにあたってメジャーな英霊を調べたものの、彼のような英霊は終ぞ聞いたことも無い。

 

「はぁ、これは駄目だわ」

 

「駄目かのぅ」

 

「だって、私貴方のこと知らないものライダー」

 

「おやまぁ、これは手厳しいわい」

 

 呵々々々、と笑みを浮かべるライダー。

 

「まあ、所詮は一国の将軍でしかなかったからのぅ。致し方ないと言うべきか」

 

 ライダーは独りでに納得すると、少しだけ顔つきを変えた。

 

「それで、これからどう動くべきかのぅ。そなたに考えがあるならば聞いておきたい」

 

「ふっ、聞いて驚きなさい!」

 

 メアリは胸を反らすと、自信満々に言い放った。

 

「参加者を一人ずつ見つけ出して倒し続ければ私たちの勝利よ!」

 

「ふむ・・・・・・、確かにそうだのぅ」

 

「でしょう!」

 

 メアリは目を輝かせ、これ以上もない笑みを浮かべる。その様子にライダーは神妙に頷き、メアリの様子をじっと見つめる。

 

「そうなると、まずは偵察か。反対がなければ儂は少し周囲を見てくるがどうじゃろうか」

 

「いいえ、その必要はないわ!」

 

 そう言うと、メアリは側に置いていた鞄を広げると、そこから小さな小鳥を取り出した。

 

「使い魔よ、偵察や調査はこの子達がやってくれるわ。あなたは精々私を守ってなさい」

 

「ほほぅ、なんとも準備がいいことじゃのぅ。さすがは我が主よ、これ程に主人に恵まれたのはまさに幸運よ」

 

「ふふん! そうよ、もっと私を讃えなさい!!」

 

 なんだこいつ、中々使えるじゃないか。メアリは今までと評価を逆転してライダーに好意を持つ。

 歳を取りすぎているのは玉に瑕だが、今までの亜種聖杯戦争において老人の英霊がいないわけではない。特に歳を取った後とその前では英霊としての側面が違う場合もあることから一概に歳を取っているから弱いという訳ではない。

 

「ふむ、それは兎も角として、気になることはほかにもある」

 

 そういうと、ライダーは懐から見惚れるほどの鉱石を取り出す。

 

「どうやら、儂についてきたらしいが、悲しいかな。儂には一向にこれに覚えがない」

 

「は? あんたの持ち物じゃないの?」

 

 そう言ってライダーが取り出したのは青色の玉玦であり、それを見た時にメアリの目は変わる。

 

「・・・・・・これ、とんでもないわね」

 

「然り、ただの青金石ではないな。これ一つで宝具に匹敵しうる魔術礼装といっていいだろう」

 

 メアリはその瑠璃の玉玦を食い入るように見つめる。

 

「主だった危険はこれ自体にはないわね。たぶん、サーヴァントの強化がこれの目的見たいわね」

 

「そうなると、捨てるのは無しじゃな。一応、儂が持っている方が良かろう」

 

「ええ、お願いライダー。けど、どうして私たちにこんなものが・・・・・・」

 

 そう言って、不安になるメアリ。こんなものが発覚すれば、恐らくほかの参加者に狙われる可能性もあり得る。

 そう思い不安をつねらせるメアリに対し、ライダーはのんきな声で、なんてことなく言葉を紡ぐ。

 

「なに、何も儂らだけが持っているとは限らん。三画の令呪に加え、このようなものがある以上、敵もそれ相応のものを持っていると仮定して動いた方が良かろう」

 

「何か考えがあるの?」

 

「ないわけではないが、不確定要素が多すぎるな。いかんせん情報が少ない。故に今は我が主に頼まざるを得ないのだ。願わくば、どうかこの翁の願いを聞き届けてはくれないだろうか」

 

「ふ、ふん! そこまで言うなら仕方ないわね! この私に咽び喜びなさい!!」

 

「有難き幸せにて」

 

 そうやって、ライダーはあれやこれやを使ってマスターのやる気を出させ、聖杯戦争に臨む。

 

「(やれやれ、何とも難儀な娘子にあたったもんだ)」

 

 マスターは自分から選べないとは言え、そのマスターは戦も知らない娘。未熟にも程があり、戦争に赴くにはあまりにも力不足を痛感せざるを得なかった。

 そしてさらに、何故か知らんが自己承認欲求が強く、自尊心もそれなりに高そうという傲慢な貴族的な一面を醸し出させるなど、ライダーにとってはやりにくいことこの上ない。

 サーヴァントにも当たりはずれあるとしてマスターとしてもはずれといってもいいだろう。ろくにコミュニケーションも取れないサーヴァントであれば空中分解は不回避だ。

 

 ふと自らを呼んだであろう触媒を見ると、そこにはなんとも言えない自らの触媒がそこにはあった。

 

「(この娘はこの触媒が儂が倅をぶっ叩いた板戸ということを知らんのかのぅ)」

 

 それはライダー本人にとっても黒歴史として封じ込めたいものを目にし、これからの困難に対して向きあいざるを得ないことに対する溜息をそっとついた。

 

「どうしたのかしら、ライダー?」

 

「いいや、これからの前途は多難ということを思い出してな。まあ、儂に出来るのはそれだけだということもあるがな・・・・・・」

 

 首をかしげるメアリに対して不安を募らせながらもライダーはこの微妙な現実に立ち向かうしかない。英雄とは、誰もが進みたがらない苦難の道を正面切って立ち向かうものである物だからだ。

 

「(勝とう、そして聖杯を勝ち取ろう。そうでなければ意味がない)」

 

 ライダーは己が願いの為に戦う。そこには老いた老人の確かな想いがあるのだから。

 

 

 

 

 

 阿武木八十八は、八頭龍高校に通うごく平凡な高校生である。

 肌寒い冬の季節。三学期が終わり、もうすぐ春休みが近くなるこの頃。八十八はいつも通り人里離れた八頭龍山へ家路に向かう。

 

「・・・・・・」

 

 詰襟タイプの学生服にジャンバーを着込み、肩掛けカバンを揺らしながら確かめるように山道を進む。

 肌寒い冬の季節、山には所々霜が降りたち、気温は平地よりも一段と寒い。

 

「違うな・・・・・・」

 

 確かに感じる違和感。それは長年山に籠り、ただひたすらに感覚を研ぎ澄ませたからこそ感じることが出来る超感覚といったものだった。

 

「誰だ、そこにいる奴は・・・・・・」

 

 山道からやや外れた林の奥を、鋭い眼光が見つめる。呼吸を浅くし、いかようにも対応できるように脱力しながらも、神経を研ぎ澄ませる。

 

 瞬間、勢いよく飛び出してきたのは襤褸を纏った人影。その手の先には鈍く光る刃物を持ち、真っすぐ八十八に向かって飛来する。

 迷いなき殺意を以てこちらの命を刈り取らんとするその影に対し、八十八はただ一つ、襤褸の男に向かって拳打を打ち出す。ただそれだけで、襤褸の男は衝撃を受けて倒れ伏す。

 

「!?」

 

「反応が遅い――ッ!!」

 

 襤褸の男が倒れ伏す前に八十八はなおも疾駆する。目の前の男を倒したかと思えば、突如として横に飛び、木の陰に隠れていた襤褸を被る男に掌打を食らわせる。

 このままでは堪らないと思ったのか、八十八がただものではないことを感じた襤褸を被った男たちが八十八に向かい、四方八方から飛び掛かる。その数、およそ四人。

 

「――ッ!!」

 

 打ち出された投げナイフに対し、八十八は怯える様子もなく、紙一重で避ける。その隙にさらに拳打を打ち出すこと二回の内、襤褸の男をさらに吹き飛ばす。

 そして、残り二人の男に接近し、ナイフを振りかぶる男の腹部に強烈な掌打を食らわせ、念入りに腕を折る。そして背後から忍び寄る最後の男に強烈な後ろ蹴りを食らわせ、更に頭部に痛烈な一撃を食らわせる。

 

「さて、それでも三人は立てるか」

 

 ゆっくりと起き上がる襤褸の男たちを一瞥し、構えた状態で反応をうかがう八十八。

 今の攻撃、確かに手加減はしたが、それでも肋骨のいくつかは折れてるだろうし、内臓にもかなりの衝撃を与えているはずである。特に頭部に食らわせたやつは脳震盪で動くことすらままならないはずだ。

 

「・・・・・・成る程、痛覚を遮断しているのか。薬か、或いは別の要因か・・・・・・」

 

 八十八はその様子を見てそのようにあたりを付ける。立ち上がれるとしても、肉体に残ったダメージは着実に残るだろうし、足が震えたり、患部を抑えようと一定の様子が見て取れるが、目の前の襤褸の男たちにその様子もない。

 

「殺しはしない。退くならば追わん。やるなら容赦はせん。さてどうする・・・・・・」

 

「どうするか・・・・・・ハァ、さてどうしようかな」

 

 鋭い眼光が襤褸の男たちを映す。そんな中、今までと違う存在のデカさに八十八の警戒は今までの比でないほどに警鐘を鳴らす。

 気が付けば、襤褸の男たちは一瞬の逡巡の後に味方を回収し、闇の中に消えていき、残っていたのは八十八と目の前の男だけだ。

 

「まぁなんだ。そう警戒するな。・・・・・・ハァ、ここにいるのはただの薬師。警戒するような存在ではない」

 

「知るか、それを決めるのは俺だ。俺は阿武木八十八、お前は一体何者だ・・・・・・」

 

 一見して襤褸を被った男の一人であるが、目の前のそれはそんなものではない。肌がピリピリとひりつき、圧倒的な存在に恐怖すら感じる。人間とは格が違う。そう信じてしまうほどに目の前のそれは圧倒的だった。

 

「ハァ・・・・・・、自己紹介か。成る程それも道理だ。俺の名はハサン・サッバーハ。キャスターにしてアサシンのサーヴァントだ。ハァ、好きなように呼ぶといい」

 

「そうか、じゃあハサン。俺に何の用だ」

 

「そう怯えるな、ハァ・・・・・・。俺はただ、お前をスカウトに来ただけの話だ」

 

「無用だ――!」

 

 言葉を発し八十八は拳打を飛ばす。

 その攻撃に対し、ハサンはすぐさま回避すると、彼の後ろに立っていた木々がしなり、真っ二つに裂ける。

 

「ほぉ、中々の威力じゃないか。だが、話の途中に攻撃とは穏やかじゃないな。ハァ・・・・・・」

 

「話の途中に薬を蒔こうとしていた奴の台詞ではないな」

 

「ほぉ・・・・・・気づいていたか。ハァ・・・・・・いいな、そうでなくては面白くない」

 

 ハサンは仮面の奥に笑みを浮かべ、八十八の一挙一動に嬉々とする。

 

「だがまぁ、ただのしびれ薬だ。ハァ・・・・・・減るもんじゃあないだろう」

 

「俺の健康を害す。それだけで十分だ」

 

「風邪ひいたら薬ぐらい飲むだろう」

 

「寝てれば治る。曾祖父(じじい)の教えだ」

 

 そういう間にも八十八とハサンとの攻撃の応酬は続く。飛ぶ拳打を放つたびに、木々は薙ぎ倒され、常に風上に陣取り、ハサンの薬を警戒する。

 

「成る程、間違いではないな。良い家族を持った。ハァ・・・・・・まさか現代でここまでの男がいるとはな、これだから人は面白い」

 

「まるで自分が人ではないような言いぐさだな」

 

「何を言う、俺も人、貴様も人。ハァ・・・・・・そこに貴賤は無かろう」

 

「ふん、違いないなッ――!!」

 

 ハサンより、打ち出された投げナイフ(ダーク)を見極め、弾く。一定の距離を以て彼らの応酬は続く。

 

「しかしだ、八十八。男の子は仮面ライダーというものに憧れるらしいではないか。一度ぐらい改造を試してみたいとは思わんか?」

 

「断る。俺の体は俺のものだ。好き勝手に手を入れられちゃ敵わんな」

 

「どうしてもか?」

 

「無論・・・・・・」

 

 ハサンからして見ればそれは最大限の礼であったが、それでも八十八は否という。

 

「成る程、致し方ないな。ここからは本気で行かせてもらおう」

 

 そういった瞬間、世界が変わる。

 

「ハァ・・・・・・ようこそ、阿武木八十八。これが魔術の世界だ・・・・・・」

 

 不自然にぶれるハサンの姿が複数見え、耳障りな不協和音を響かせながら、仮面の男は嬉々として笑うのだった。



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山の老翁

「ライダー、早速反応があったわ!」

 

「ほぅ・・・・・・早い仕事じゃのぅ」

 

 それは周囲に放っていた使い魔からの連絡であった。

 

「場所は八頭龍山中腹。結構遠いわね」

 

 メアリ達が拠点を置くのは都市部である新市街であり、八頭龍山はそこからさらに遠く住宅街や農業区を超えた先にある。

 

「うーん、にしてもなにコレ。私の目がおかしくなっちゃったのかしら」

 

 メアリが疑問に思うのは当然であろう。なぜならそこに映っているのは苦戦しているとは言え、サーヴァント相手に五分に持ち込むただの人間の姿があったからだ。

 

「ほぅ、型や技は玉虎流に近いな。骨指術系統じゃな」

 

「知ってるのライダー」

 

「多少はな、こう見ても儂は武官じゃ」

 

 そう呟くとライダーは戦いについて説明する。

 

「こういった拳法は当身が多い。元来は力のない女性向きの技でな、柔を以て豪を制すを基本としている。こやつの場合突き技が見事じゃ。見てわかる通り、相手の急所を見定めて一撃で仕留めている」

 

「そうなの?」

 

「うむ、何かしらも呪いを使って撹乱しとるが、当てている攻撃は間違いなく必殺の一撃じゃな。見事な殺人拳よ」

 

 そう言ってライダーは八十八の功夫を褒める。個人的武勇においては間違いなく達人。この若さでこれだけの技が出来るということは感嘆に値するものである。

 

「なんにせよ、サーヴァント相手に打ち合えるなんて只者じゃないわね。行くわよライダー」

 

「行く?」

 

「ええ、速く八頭龍山に向かいましょう」

 

 その発言に、ライダーは眉をひそめる。

 

「・・・・・・好漢、烈女としては見事な心構えじゃが、何もそなたが行くことはないだろう」

 

 魔術師にとって最も大切なのは人命でなく如何に心理を探求出来るかである。メアリの行動は魔術師としても、戦略としても正しいとは言えないだろう。

 

「・・・・・・なに言ってるのライダー? 死にかけている人が居るなら助ける。当たり前のことじゃない」

 

 至極、当然のようにメアリは言い放つ。

 その答えに対しライダーは困ったような、どうも言い表せない表情になると深く息を吐き出して頷いた。

 

「そうじゃな。全く正しい」

 

「ふふっ、当たり前じゃない!」

 

 嘆息しながらライダーは表に向かう。彼らの拠点は新市街の貸家。小難しいことは他人に任せ、用意した拠点はそこそこの広さであり、やや不便ながらも拠点としては悪くない立地だった。

 

『聖杯戦争において神秘の秘匿は最重要とされるものだ。一見して人通りの多い立地は弱点のようでそうではない。人混みの中ほど相手は躊躇する。要は一般人を人質にしていることと同義だ。まぁ、あまり好ましい手とは言えないけどね、少なくとも俺は嫌いだ』

 

 こうした助言もあり、メアリは八頭龍市の中心部である新市街を選択した。また、移動の観点においても中心部であれば様々な方向に行きやすいといった戦略的一面もある。

 デメリットと言えば霊脈としてはあまりにお粗末であり、その点は期待できないという面が挙げられる。

 

 何はともあれ、メアリはライダーの言葉に自尊心をくすぐられながらも移動の用意を行う。

 

「ところでじゃ、そなた乗馬の経験は」

 

「ないわ! 世の中には自動車という文明の利器があるのよ!」

 

 堂々と、何の恥ずかしげのなくメアリはいい放つ。

 実際に運転などしたこともないというのにこの自信の有り様。ライダーは正直なことは美徳だなぁ、と思い行動に移る。

 

「ならば移動はこちらじゃな」

 

 ライダーはそう呟くと、周囲に靄がかかり、その中から馬車とそれを操る御者が現れる。

 

「乗ると良い。御者よ、八頭龍山に行ってくれ」

 

「かしこまりました、宰相様」

 

 御者は直ぐ様御者台から飛び降りると恭しく頭を下げる。ライダーはそんな様子を気にせず、馬車の戸を空け、メアリに入るように視線を送った。

 

「・・・・・・あんた、一介の将軍って言ってなかった?」

 

 メアリは戸惑いの視線を向け、ライダーに問いを投げ掛けた。

 

「偉くなれば、立場が昇れば、儂の様な武弁でも宰相職を兼ねることある。最も正しい役職は中書令じゃったがな。事実上のことをいっているだけで儂はそれほど優れた男ではあるまいよ」

 

「そう言うものかしら」

 

「そう言うものよ、現にこの国でも軍人が宰相職を兼ねた実例もある。珍しいこともなかろう」

 

 何てことのない様に言うものの実際はとんでもないものである。名を知らぬとはいえ、一国を主導する立ち位置にいたそれをまるで何の感慨も無くいい放つことに普通は器の大きさだとか、その清廉さを讃えるだろう。

 しかし、ここにいるのはただの人生経験の浅い少女であり、そしてある意味で純粋な箱入り娘である。

 

「へぇ・・・・・・、なるほど。ライダーがそう言うならそう言うものなのね。わかったわ!」

 

 この様に、いとも簡単に納得する。

 

「さて、これからがそなたの初陣じゃ。覚悟はできておるか?」

 

「勿論よ、覚悟なんて決まってる。やるべきことは分かっている。進むべき道がある。ならばそれに前進すればいいだけのこと」

 

 ライダーはメアリに問いを投げかける。

 その問いに対し、メアリはあらかじめ用意してあったかのように答え、ライダーの目を見返す。

 すべては自らの力を示す為。メアリ・セルウィンは決して付属品ではないと、証明するために。そこに偽りなどないと信じて、彼女は進む。

 

「・・・・・・そうか、そなたのいうことは分かった。今はそれで納得しよう。――馬車はかなり揺れる。幾分昔のものでな、そこは承知してもらいたい」

 

「ええ、わかった、わっ!?」

 

 馬車が走り出した瞬間に感じる唐突な衝撃。肉体が持ち上がって尻が叩き付けられる。

 

「え? ちょ・・・・・・、待って・・・・・・、激しす、ぎッ!?」

 

 響く嗚咽をBGMに彼らは騒動の先である八頭龍山に向かう。我が儘で幼いマスターの様子に嘆息しながらも見捨てるという選択が無い時点でライダーもよっぽどの善人であることは誰も指摘することはなく、譲歩に譲歩を重ねるというのが圧倒的に優位であるサーヴァントという不思議な光景がそこにあった。

 

 

 

 

 

「素晴らしいな」

 

 闇夜に潜みながら時折聞こえる争いの音。

 

「鍛え上げた肉体、技術、精神に加え、元からの素養。どれも一級だ。ハァ・・・・・・素晴らしい。これこそ人のあるべき姿だ。興奮を抑えきれん」

 

「・・・・・・」

 

 喜悦を浮かべその実、慢心もなく確実に八十八を追い詰めるハサン。

 

「特に、近年の人々の力はすさまじい」

 

 宙に浮かんでいるハサンは何かしらの聞きなれない言葉を紡いでいくと、突如として暗雲が立ち込める。

 

「――ッ!?」

 

 刹那、暗雲が轟き、光を放ったかと思えば、一瞬にして八十八の頭上目がけて稲光が落ちる。

 

「ハァ・・・・・・、人は奇跡によって様々なことを人非ざる行為を行っていた。これを本来魔法という。しかし、人は空を移動し、雷の力すら制御し、挙句の果てに自らを七度滅ぼすことが出来る破壊の業すら可能とした。ハァ・・・・・・、これを見事といわず何という――!」

 

 その声色からは歓喜があった。ハサンは紛れもなく全霊を籠めて人間というものを讃えている。

 

「人間は、不可能を可能にする生き物だ。嗚呼、なればこそ。ここで終わるというなよ、少年よ・・・・・・!!」

 

 轟々と降り注ぐ暴雨と紫電となって降り注ぐ雷。度重なる自然の波状攻撃と共に、数十人に分身したハサンは手をこすり合わせると、火炎を生成する。

 一発でも当たれば致命傷となる一撃。八十八はそんな極限状態の中、なおも懸命に避ける。

 

 服が雨に濡れて張り付く。風で巻き起こる腐葉土によって視界が遮られ、木々は降り注ぐ雷によって炭化し、薙ぎ倒される。

 そんな中、余裕の状態で徐々に八十八の逃げ道を塞いでいくハサン。

 

 気が付けば、避雷針となり、隠れ蓑となっていた木々は無くなり、八十八のいる一帯は禿げ山と化していた。

 

 やがて、四方八方より降り注ぐ波状攻撃からは逃げられず、ハサンは意識を刈り取られる八十八の姿を幻視した。

 

「――制限(リミッター)解除・・・・・・」

 

 瞬間、宙に跳んだ八十八の肉体が確かにぶれた。

 

「―――なッ!?」

 

 ハサンは目を向く。約束された必中をなんと空中を蹴りだすことで回避を可能とする。こんなことがあり得るのか。

 否、それだけではない。歪な肉が裂けることと共に繰り出される妙技は人の肉体の限界を容易に超えている。

 普通であれば、人はあの速さでは動けない。あれ程の剛力は振るえない。さもなくば、人間の身体は容易に自壊する。

 

 肉体の限界を超え、一段階その先へと踏み出した八十八の強さはまさに圧倒的。

 空間を撃ち抜き、遠距離攻撃を可能とした一撃は空中を足場として三次元的移動を可能とする。まさに人が生み出した魔拳と言えるだろう。

 

 そしてその恐るべき技、そして直感と嗅覚はそのまま真っ直ぐ、宙を浮遊するハサンの元へたどり着き、必殺の一撃を食らわせる。

 まさにこれこそ格上殺し、見事なる逆襲劇である。

 

 阿武木八十八は頭のネジが吹っ飛んだ男だ。

 人間には常にリミッターがかけられており、人間の脳はその100%の力を引き出すことは先ず無いと言う。何故なら人間はその100%の力に耐えきれ無いからだ。

 体感時間は人の十倍、握力はオラウータン並み、感覚器官は異常なほどに発達。それゆえに自壊によって死にかけた事は一度や二度ではなかった。

 

 しかし、八十八は本来なら人間に耐えきれないその力を精密な動作で耐えるために鍛え上げた体躯と技量で補っている。

 曾祖父と共に山に籠り、ひたすらにその自壊する身体と向き合った。涙を流し、辛い日々を送れたのは曾祖父、祖父、そして両親の愛と彼個人による精神の強さと先天的にそれが合っていたと言うことになる。

 

 これぞ、人間の鍛錬の極み。火事場の馬鹿力を継続的に行え、如何な状況であろうとも最高のパフォーマンスを可能とする阿武木八十八の切り札である。

 

 ただの人間が勝てる筈のない英霊をその身ひとつで打ち破る。そんな奇跡を成したゆえに、ハサン・サッバーハは笑い、嗤い、嘲う。

 

 八十八の戦闘感と言うべき感覚が警鐘を鳴らしたのも束の間、必殺の拳が当たる瞬間、それは突如として訪れる。

 

「■■■■―――!!!!」

 

 耳をつんざき、心の臓が震える程の恐怖に八十八は得体の知れない恐怖と、狂気が身を染める。風と共に運ばれる吐息はまさに毒の風、あらゆる病巣が詰まった悪魔の声。

 

「ギ、グァッ―――!!」

 

 身体の自由が利かない、身体が拒絶反応を示し宙を舞う肉体は翼を折られた鳥のように地に墜ちる。

 最早精神でどうにかなる領域ではなく、八十八は死の宣告を告げられた。

 

「嗚呼、よもや俺の宝具を使われることになるとは―――。ハァ・・・・・・!! 素晴らしい、やはり俺が見込んだ通りだっ!!」

 

 気が付けば、周囲には死体が散乱していた。それはついさっきまで八十八と拳を合わせた襤褸の男たち。それが何十人も骸を晒し、死んでいる。

 

「紹介しよう。これこそ我が魔術の研鑽の成果。悪魔の王(シャイターン)である!」

 

 

 

 

 

魔王顕現(イブリース・シャイターン)

 ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1~10 最大捕捉:100人

 悪魔の王(シャイターン)イブリースの召喚、その使役。

 技量の優れた魔術師、多くの生贄、正しい召喚方法に則って、悪魔の王イブリースを召喚し、使役する。

 ―――以下詳細不明。

 

 

 

 

 

 これぞまさに魔導の極み。真に極めた召喚術は高位の悪魔でさえも使役を可能とする。

 これぞハサン・サッバーハがハサン・サッバーハたる所以。彼は優れた暗殺教団の指導者であり、同様に卓越した魔術探求者たる秘法のひとつであった。

 

 アサシンにしてキャスター。本来の一クラスのみでの現界ではここまでスムーズにシャイターンの召喚は出来なかっただろう。しかし、二つのスキルを組み合わせることで、聖杯戦争の序盤でありながら彼はこの宝具の実現を可能とした。

 

 まさしく絶対絶命。切り札は既に切り、最早命運はここまでか。

 呪いと病巣が肉体を侵し、指先ひとつすら動かすことは不可能に近い。

 

「ガフッ、―――!!」

 

 突如として口を通して血霧が吹き出し、肉体の痺れと思考の鈍化、そしてリミッター解除による肉体の負担は既に限界を超えていた。

 

 ―――死ぬのか? こんなところで?

 

 不意に、自分の命がここで奪われることを幻視する。

 人生というのは唐突だ。人はいずれ死ぬ。そんなことは当たり前のこと。だが、だからといってそれを肯定できるかはまた別問題。

 

 ―――いっそ諦めたほうが良いのだろうか。いやそれは違う。

 

 例え肉体が限界を叫ぼうと、例えどれ程の戦力さに見舞われようとも、そんなことで諦めきれるほど阿武木八十八は物分かりのいい男ではない。

 

 諦めたらそこで終わりた。なればこそ全力で足掻く。眠るのは死んだ後に好きなだけ出来るじゃないか。

 

「いい目だ。ハァ・・・・・・、実に好ましい。だが無意味だ」

 

 意志が折れて居なくともこれ程の戦力差を覆すことなど不可能。それこそ、奇跡でも起きない限りこれは約束された運命と言っていい。

 

 阿武木八十八は諦めない。息も絶え絶えとしても心はちっとも折れてないのだ。どれ程の絶望が目の前にあるとしても、立ち向かう勇気は決して萎えたりしていないのだ。例えどれ程の困難が待ち受けていようとも、それに立ち向かい、越えることが出来るものこそ何より尊いと信じているからだ。

 

 迫り来る、魔王の腕に絡みとられる。その寸前にハサン・サッバーハは見た。その叫びに呼応するかのように奔流する魔力の風を―――。



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聖杯戦争1日目/英霊召喚

 襲い掛かる悪魔の腕。あれに絡み取られればそれが最期。

 死にはしないだろうが、あの男に捕まるのだ。到底元の人間には戻れないだろう。

 

 ちらりと、八十八は自らの周囲に散乱する死体を見る。どれも痩せこけ、襤褸を身に纏い、総じて小汚い印象を受ける。

 濁った瞳はまるで正気を失い、表情は何処か弛緩している。自分もああなるのだとすれば、八十八にとってそれは受け入れられるモノではない。

 

『健全なる精神は、健全なる肉体に宿る』

 

 かつて海軍の下士官だった曾祖父はそう言って八十八を励ましてくれた。自身に名付けられた八十八という名も元は自身が生まれた時の曾祖父の年齢とかつての曾祖父の尊敬する上官をもじって名付けられたという。

 

 家族には、大分迷惑をかけた。病院のチャイルドベッドを指で捻じ曲げてしまったことが、八十八がこのように不便でしかない山奥での生活を送ることになった最初の原因。弱いはずの赤子の中で、自分だけが歪で、あまりに強すぎた。

 だから、普通に生きる努力をしてきた。迷惑をかけるな、規則には従え、その中で正しいと思った行いをしなさいと。―――だがそのために、暴力を使ってはならない。

 

『わしらの使う武術は何処まで行っても暴力でしかない。何処まで行っても人殺しの技以外の何物でしかない。だからこそ、愛を忘れてはならぬ』

 

 そう、曾祖父は言った。その言葉の意味は、今でも解らない。曾祖父は何時かわかる時がくるといって、八十八が中学二年の、特別寒かった吹雪の日に亡くなった。

 曾祖父は卓越した武術の使い手でありながら、それを忌避していた。だからだろう、実の息子であった祖父にも武術は基礎の基礎しか習っていない。

 

 家族の元に帰ってもよかった。それでも八十八は今もまだこの八頭龍山の曾祖父と共に暮らしていた山奥の小さな小屋で今も暮らしている。

 曾祖父の答えを見つける限り、俺はきっと山を下りるわけにはいかないのだと、完全な個人の我が儘だとしても八十八はそれを胸に今も山にいる。

 

 ―――嗚呼、そうだ。俺はまだ諦めるわけにはいかない。

 まだ、答えを見つけていない。ここで何も得ることなく終わることなど、そんなことは俺自身が許せない。

 だからこそ、八十八は手を伸ばす。考えなんてどこにもない、それでも動かなければここで終わることだけは避けたい。

 それが、阿武木八十八という男の生き方なのだから。頭のネジが吹っ飛んだ男の生き方だ。

 

 勝率? 作戦? 安定? そんなことを気にしてどうする。問題は自分が何をしたいか、そして何をやるかだ。いちいち物事を考える何てこと、俺よりよっぽと頭の良い奴に任せればいい。

 

 俺は、ただの剣でいい。

 一本の矢でいい。

 戦場を駆ける槍衾のほんの一つでも構わない。

 世界に埋没するそんなちっぽけな存在でも、俺を貫き通せばそれでいいじゃないか。死ぬ時でも、負けるときであっても、笑ってられたら俺の勝ちだ。

 

 だから、俺はこのままでは終われない。毒がなんだ、呪いがなんだ、魔術がなんだ。そんな取って付けたような理由なんざどうでもいい。そんなもの、俺には関係ない。

 立ち上がる為の足があるんだ。支えることが出来る手があるんだ。笑うための口があるんだ。だったら条件は十分。せめてあの高笑いするハサンという男程度、ぶん殴ってやろう。

 

 そう思い、不敵に笑みを浮かべた瞬間、八十八の胸に熱い鉄を押し付けられたかのような痛みと熱さが灯った。

 

「まさか―――、サーヴァントかッ!!?」

 

 突如として巻き起こる魔力の渦。髑髏の面を被った男―――ハサン・サッバーハは驚愕とも歓喜ともつかない複雑な感情が自身に荒れ狂うのを感じた。

 

 嗚呼、なんてことだ。予想外だ、素晴らしい! そんな背反する感情を持ちながらも流石は人類史に名を刻んだ英雄の一人。高ぶる感情とは別に、頭脳は冷静に物事を観察する。

 このハサン・サッバーハは歴代ハサンの中でも変わり種の一人。暗殺部隊の実行部隊の長となっても、彼の特徴は暗殺者ではなく魔術師。言い換えればその本質は学者に近い人物だ。教団の運営は可もなく不可もなくといったところで、彼の場合、ハサン・サッバーハという名の襲名は自由に研究を進めるための環境を配備できることと、とある男への憧憬が理由である。そこに、暗殺教団の主軸である信仰はなかった。だからこそ、彼は排斥されたともいえる。

 

「(嗚呼、何故だろう。どうして重ねてしまうのか―――あの男に!)」

 

 絶体絶命の危機、それでも折れない闘志に導かれるように何千分の一かという確率をぶち破って、即席での英霊召喚という奇跡を彼は見事にやり遂げた。

 こんなもの見て感動するなというのが無理だ。射精したいほどの解放感と達成感がハサンの胸に去来する。

 

 嗚呼、だからこそ手加減なんてできない。こんなもの見てしまったら、本気を出さざるを得ないじゃないか。素体のことなんて関係ない。殺さなければ、全力で当たらなければむしろそっちの方が失礼といえるだろう。

 

 彼が呼び出した英雄とは何だろうか、やはり彼らしく武人らしい男だろうか、それとも求道僧のような自らの道に対して一途な人物か、或いは篤い大義を心に秘めた王か。どれが来ても美味しいなぁ。

 

 そんな風にハサンが想い、渦が解放されたとき、そこにいたのは一人の青年。

 古代ローマ人が身に纏ったトガを纏い、短髪かつ痩身。されど肉付きが悪いという訳でなく、整った顔立ちは高貴さすら漂わす。まさしく麗人といったところだろう。

 そんな麗人が降りかかる悪魔の腕に対して言い放った言葉はただ一つ。

 

「ファッ!? なんやこれ!? どぅえぇ!!? アカンアカン、死ぬ死ぬぅ―――!!!!」

 

 どうしようもなく腰が引けて、震えながらなんとか避けた、そんなどこにでもいそうな男の反応だった。

 

「ちょ、おま! やめろや! オッサン、ただの病弱ボーイやで!! ちょ、攻撃止めよう! 話し合おう、てか逃げへんとアカンやん!! なんやこれ! これオッサンのマスターかいな!? ほれ兄ちゃん、はよ逃げるでおま!!」

 

 八十八が召喚したサーヴァントは有体に言えば混乱の極地にいた。それもそのはずである。いきなり召喚されたかと思えば、いきなり目の前にはシャイターンによくわからない髑髏仮面。しかも自身のマスターはボロボロで、しかも自分は戦闘を得意とはしていないという欠点がある。

 これたぶん死ぬかなーと思いながらなんとか口を回しつつ、劣ったステータスの中、マスター一人背負いながら涙流して逃亡するしかできることはないのである。

 

「ほげぇ・・・・・・、どうすんねん。どうすんねんってこれー! ほれ兄ちゃん! マスターの兄ちゃん起きなはれやー! オッサンたちこのままじゃ死ぬで、ほんまに!!」

 

「だ、誰だあんた・・・・・・」

 

「自己紹介するなら自分から・・・・・・って、こんなこと言うてる場合ちゃうわな! ええと、あー!! こんな時あいつがいてくれたら―――」

 

 そんな風に口走る男を見ながら八十八はあることに気が付く。自分の瞳に映るものがある。それはまるで八十八からして見慣れないものであり、同時に混乱に拍車をかけるものでもあった。

 

 

 

 

 

【CLASS】アサシン/キャスター

【マスター】―――

【真名】ハサン・サッバーハ

【性別】男性

【身長・体重】166cm・50kg

【属性】中立・悪

【ステータス】筋力D 耐久D 敏捷B 魔力A 幸運B 宝具?

 

 

【CLASS】エンペラー

【マスター】阿武木八十八

【真名】―――

【性別】男性

【身長・体重】170cm・62kg

【属性】秩序・中庸

【ステータス】筋力E 耐久E 敏捷E 魔力E 幸運A 宝具?

 

 

 

 

 

「エンペラー?」

 

「おっ、ちゃんとステータス見えてるやんけ! なら問題は無いな! ・・・・・・いや、ある意味問題しかない状況ではあるんやけど。まぁ、そないなことどうでもええねん! 問題はこの状況をどうにかするってことやさかい!!」

 

 息も絶え絶え、エンペラーはそんな状態にもかかわらずニカッと笑みを浮かべながら、猛追するシャイターンから逃げ続ける。

 

「どうにかか、離してくれ、今どうにかする」

 

「どうにかって、どうするっちゅうねん」

 

「あれをぶっ飛ばす・・・・・・!」

 

「ははっ・・・・・・、冗談きついで兄ちゃん」

 

 え、マジでやるっていうんか。エンペラーは八十八を見るが、どうも冗談で言っているわけでもなさそうだ。

 

「本気かいな、ありゃサーヴァントやで。ただの人間がどうこうできる存在ちゃうんやぞ?」

 

「サーヴァント? 一体どういうことだ」

 

「・・・・・・嘘やろ、兄ちゃんモグリかい・・・・・・!?」

 

 これにはさすがのエンペラーも引き攣った笑いをしてしまう。いざ聖杯戦争に召喚されたといっても、まさか自身のマスターがこのような状況だとすれば。嗚呼、何たる不運か。こんな状況、生前でも早々陥ったことも無いエンペラーからすれば頭を抱えたくなるものだ。

 

「ああ、もうどうすりゃええねん。兄ちゃんアレに本気で勝つつもりかいな?」

 

「当たり前だ、人間やる気になりゃ大抵できる。ぶん殴って血が出りゃ、殺せるさ。ただ、あの魔術っていうのだけは厄介だな」

 

「魔術? ・・・・・・ああそうか、ありゃ魔術師―――キャスターか。せやったら、勝ち目も無いという訳でもないな・・・・・・」

 

 エンペラーは少しだけ考え、そして決断する。

 

「だったら、兄ちゃんにやってもらうで。オッサン、応援することしかできへんが、問題ないやろ」

 

「声援付きか、十分なぐらいに心強いな」

 

 八十八は獰猛に笑う。その様子に自信を感じ取ったのか、エンペラーは突如として踵を返して、シャイターンとハサン・サッバーハに向かい合う。

 

「任しとき、オッサンの信じたマスターや『英霊程度、退けられない道理はない』で!!」

 

 その言葉と共に、彼らは木々を薙ぎ倒して迫る暴威に相対する。

 エンペラーの言葉と共に、沸々と湧き上がる力を感じながら、八十八は再び、敵と二度の鉄火場を迎えることになるのだった。

 

 

 

 

 

 新市街を疾駆し、八頭龍山へたどり着いたライダーとメアリは、少々困ったことになってしまった。

 

「近頃の若いもんは繊細じゃのぅ」

 

「あ、アンタが大雑把すぎなのよ・・・・・・うっぷ―――」

 

 腹に収めたはずの料理が今まさに森林の肥やしになるのを遠目で見ながら、ライダーは己がマスターの貧弱さに嘆息する。

 

「それにしても、少々困ったことになってしまったのぅ・・・・・・」

 

「おえっ・・・・・・、何よ、困った状況って」

 

「あの若者、サーヴァントを撃退しおった」

 

「・・・・・・は?」

 

 ちょっとなに言ってるか分かりませんね。

 

「ふふふ、珍しいわね。ライダー、その冗談は点数にしておよそ五点よ」

 

「冗談ではないがのぅ」

 

「姉さんが言っていたわ。サーヴァント正面から倒すことが出来るのは同じサーヴァントか、聖杯を取り込んで命削って戦うことの出来るキチガイだけだって」

 

「斥候の話ではピンピンしとる。おまけにサーヴァントを呼び出したようじゃ」

 

「それを先に言いなさい!! ど、どどどどうするのよ!? こんなの私は聞いてないわ!! 私たち殺されるじゃない!!」

 

 この子は情緒不安定にも程があるなぁ、とライダーはメアリに前後に揺すられながら、提案する。

 

「まぁ、待て。ここで儂らがとれる行動は二つじゃ。一つは何もなかったかのように帰ること。もう一つは敢えて接触を試みることじゃ」

 

「じゃあ帰りましょ、ほら帰りましょ、暖かい我が家はすぐそこよ!!」

 

 下半身はガタガタ揺れ、顔色は吐いたにもかかわらず、未だ青い。

 

「あわわわわわ、襲われてるんだったら利用しようと思ってたのにこんなのないよぉ・・・・・・。ふえぇ、こんなの聞いてない」

 

「戦というのは予想外の連続じゃ、全てが万事うまくいくとは限らないということじゃよ」

 

 メアリは頭を抱える。敵のサーヴァントは恐らくキャスター。しかも暗示か何かで周囲の人を操りながら魔術を以て敵を追い詰める相手。そんなのが陣地から離れているのだ、これをカモと言わずしてどうするという。

 それなのに、そのサーヴァントを追い返した? しかも相手は見知らぬサーヴァントを持っている? 相性さでも覆ることも出来るかもしれない。

 未知は恐怖だ。さっきまで弱者として見ていた相手が実はそうでないとしたら? 敵と戦う覚悟はできている。だがそれが全くの未知だとしたら、メアリには何もできない。

 

「まあ、このまま帰るのもありじゃろう。その場合は何ら成果を得ることなく、このまま帰るばかり、時間を無駄にしたのぅ、拠点で休んだ方がよっぽど有意義だった話よ」

 

「うぐぅ、何よ・・・・・・文句があるっていうなら聞こうじゃない!!」

 

 ライダーがこちらを責めているということにメアリは少ない自尊心が刺激させられる。そんな様子をわかっているのか、ライダーは慎重に言葉を選ぶ。

 

「いいか、これは好機じゃ。おそらくほかの陣営の者は、まさか襲われていた一青年がサーヴァントを召喚するなど想像もしていなかったじゃろう。此処に真っ先に駆けつけられたことはある意味彼らに接触する好機他ならない」

 

 ライダーはメアリに対してわかりやすくメリットを提示していく。相手に自分の主張を飲み込ませたい場合は如何にわかりやすく噛み砕いて理解させられるか、そしてその行動によってメリットがあるのか以上に、起こした行動に対して、いかに正当化できるかということだ。

 

「儂らが敵サーヴァントと交戦したとしよう。その場合、もう一度敵サーヴァントと運悪く当たってしまった。其方はこれに対しすぐさま戦おうと思うか、まずは逃げる、或いは交渉しようとするじゃろう。少なくとも、相手は消耗しているとしたら、こちらから手を出さない限り、相手は手を出すことは稀じゃ。特に彼らには情報が不足している。魔術師という手合いに対しての情報がな・・・・・・」

 

「・・・・・・ライダー、それって・・・・・・」

 

「聖杯戦争、勝ち抜けるのは一人じゃ。だが、一対一の状況をわざわざ作るよりか、二対一とした方がはるかに楽じゃ。一陣営との同盟、加えて敵の各個撃破。中盤戦、終盤戦は分からんが、序盤の人数的の差は確実にこちらの優位となるじゃろうな」

 

 ライダーは白兵戦に優れたサーヴァントではない。それはメアリもライダー自身も熟知していることだ。

 加えてこの場合はメアリが起こした突発的行動がほかの陣営との最初のスタートダッシュの差を決めることが出来る好機と来た。

 そうなれば、このまますごすごと帰るデメリットと出会うことによるメリットは確実に後者に傾くことになる。

 

「何をしているのライダー! 速くその男に会わないと! 魔術師ってとっても危険なのよ! 私以外!!」

 

「そうか、そうか。それは大変じゃな」

 

 鬱蒼とする森の中、今までにないほどに興奮を見せたメアリと微妙そうな顔をするライダーは聖杯戦争の初戦、それに勝利した彼らに会いに行くのであった。



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聖杯戦争1日目/皇帝と男

 疾走する影と、それに対しただ構え続ける悪魔の王。戦いは第二段階目へと推移していた。

 

 数だけで数えれば二対二の同数。しかし、此方は若年の拳士一人に対し、相手は多彩な魔術を操る魔術師の英霊とその下僕たる悪魔の王。

 単純に考えてマスター一人に対して、相手は純粋な魔術の腕を以て暗殺教団のトップになった英雄。その魔術的素養は現代の魔術師の及ぶどころではない。それどころか悪魔の王(シャイターン)という召喚術における最高峰の高位悪魔の召喚と使役を行えることから、数の差は明白である。

 

 だが、八十八はそんな相手の優位に対して同等に戦いを進めている。その理由はただ一つにして明確なことであった。

 

「兄ちゃんええで! そや、オッサンが信じるマスターが『魔術程度に脅かされることはあらへん』!!」

 

 その言葉と共に、八十八に向けられる、呪詛や魔術の類が弾かれる。魔術というアドバンテージはハサンにとって優位に進めるための切り札足りえなくなっていた。

 

 それと同時に八十八も自分の体に起きている異変を感じ取っていた。

 すでに制限(リミッター)は解放状態であり、肉体にダメージがいってもおかしくない状態にもかかわらず、八十八は生まれて初めてといっていい解放感に包まれながら戦っていた。

 

 曰く、肉体のダメージが動くたびに回復していく。

 曰く、自身の肉体を侵食していった魔術の攻撃や影響による阻害を全く受けない。

 曰く、今までにないほどに身体の軽さを感じる。

 曰く、多少の痛み程度なら鈍化して、それによる隙はなくいつも通り、或いはそれ以上に戦える。

 

 そしてこういったことのすべてはエンペラーの声援ありきのことであった。

 

「『道を究めしその求道はまさに聖人!』『我がマスターが怪力無双の英雄でないはずがない!』『痛み程度で立ち止まるような軟弱を認めることなどあるだろうか!!』」

 

 その言葉と共に、まさに自分の体が作り替えられるような増強。薬や運動を行った後のビルドアップとは違った作用が、今、八十八の体には起こっていた。

 

「―――成る程・・・・・・」

 

 そしてその状況に対して真っ先に察したのは敵であるハサンであった。

 

「エンペラー・・・・・・つまりは皇帝か。嗚呼、そのスキルには覚えがある。ハァ―――言うなれば『皇帝特権の他者付与』か。成る程考えたものだ。味方が多ければ多いほどポテンシャルを発揮できるそのスキル。嗚呼、何と恐ろしい・・・・・・ハァ!」

 

 圧倒的不利、そんな押されている状況に際してもハサンは喜悦を浮かべる。

 

「感覚としては、『対魔力』『戦闘続行』『怪力』『聖人』による自己回復といったところか」

 

 アサシンはすぐさまスキルの構成を読み取る。それぞれのスキルとの組み合わせやそれ単体における能力は成る程、対キャスターにおけるスキルとしては非常に厄介。しかもランクにおいてもAランク相当の高位ランクを誇っていることは想像に難くない。ぶち抜けないという訳ではないが、その場合こちらもかなりの準備と労力を消費する以上、厄介この上なかった。

 

「ほう、中々鋭いやんけ、だとしたらなんや? その程度分かったところでどうにかできると思っとるんか?」

 

 そして何より、手がわかったといってもそう簡単に対処できないのがエンペラーの皇帝特権の特徴だ。手によって千変万化に変わる多彩なスキルはそれだけで武器になり得る。それこそ、戦況に応じてスキルの組み合わせをいかようにも変えられること。

 加え、己のマスターの武錬。それがそのままエンペラーと八十八の相性の良さを最大限に引き出すものであったことも大きい。

 八十八は何処まで行ってもただの人間である。卓越した武術の技と、天性の才覚を以っても英霊に敵うことなどほぼ不可能にも等しい。特に三騎士クラスともなれば、どう足掻いたとしても圧倒的なスペックの差がある。蟻が象に勝つことなど到底不可能な如く。

 しかし、エンペラーが居ればその懸念はある程度払しょくされる。本来であればサーヴァントが持つ多彩なスキルをマスターが扱えること、紛いなりにも戦うことに対しての基本を熟知していることがあれば、本来の英霊は兎も角、劣化したサーヴァント程度であれば数合は打ち合えることは想像に難くない。

 

「―――ほれ、見てみいや、うちのマスターをな」

 

 そうエンペラーが呟くと、そこには悪魔の王を圧倒する八十八の姿があった。

 神速の突きと距離という概念を無くす必殺の飛ぶ拳息。そして制限(リミッター)を解除することで身体能力を高めた状態だからできる、飛ぶ拳息の応用である三次元移動。

 是ぞまさに人間の修練の極みとそう豪語する八十八の拳術、その完成といってもいい。

 

 音速を超える突き、神速の歩法、研磨した技術に裏打ちされたフェイントと死角からの攻撃。それら虚実合わせた攻撃に悪魔の王は対処できない。

 

「―――なんだ、悪魔っていうのはもっと理不尽なものかと思えば、案外単純なんだな」

 

 八十八はそう思うのも無理はない。卓越した技術を持つ者でもなく、ある程度武術をかじれば誰でも思い当たる言葉でしかなかった。

 要は素直すぎる。持ちうるスペックを確かに思う存分に使っているものの、あまりに攻撃が単調だ。そこには技や技巧は感じられない。ただ振りまわすだけ。その様であるのに最強足れたのは、人よりも速く、強く、堅いから。そんな単純さ、ある種の稚拙さが、露呈した。

 

 お前の呪いはもはや効かない。そして、その全貌を見通したが故、既に倒せるだけの筋道は見えた。

 

「姿は人型、関節も何もかもそう変わらない。殴った感触から殺せないわけでもない。嗚呼―――なんだ、簡単なことじゃないか」

 

 そういうと、八十八は地面に着地し、そして待ちの体勢を取る。悲しいかな、それはシャイターンにとってただの隙にしか見えず、カウンターの構えであることなど理解の範疇にない。

 

 迫り来る、魔王の腕を、八十八は力に沿って、受け、そしてその巨体をそのまま背負い投げた。

 

 八十八を死の淵にまで追いやった魔王はすでに彼の獲物、ここに必勝の策はなった。

 八十八のやったことは簡単なこと、このようなこと八十八のような切り札を持たない曾祖父でも可能なことだ、要はほとんど力を使っていない。

 

 術の基本は如何に相手の力を利用するか、これにかかっている。

 力の方向性とどこに力がこもっているか、これがわかれば後は簡単なこと。

 

 八十八は自身の制服についていたベルトを素早く抜き放ち、関節の向きに合わせ、手と足を拘束、留め具をすればもう取れない、取ろうとするならば腕と足、両方の骨と肉が折れる。そういう結びだ。

 

「憤―――ッ!!」

 

 そのまま、背中を取った八十八は、魔王の内臓に向け、発勁を撃つ。いかに体の外が頑丈だとしても、内部はそうではない、例え固いとしても、発勁による衝撃は確実に相手に入り込む。そして八十八の予想通り、衝撃から逃げ切られなかったダメージは、魔王の内臓。心の臓を容易に破壊した。

 

「■■■■―――ッ!!?」

 

 シャイターンは呻く様に断末魔を叫ぶと、そのまま弛緩し、やがて魔力が拡散して消えていく。

 敵を倒したからといって、その身に油断などない、残心し型を整える。

 

「兄ちゃん、マジで強かったんやなぁ・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 感嘆するエンペラーを向かず、八十八の注意は未だ別の所にあった。

 敵は未だ落ちず。ハサン・サッバーハは不遜に宙を漂うばかり。

 

「クククククッ、ハァ・・・・・・、嫌われてしまったな。俺はお前のことがこんなに好きだというのに・・・・・・」

 

 そうハサンは呟くが、この声色に悲しみの色はない、むしろこちらに対する期待が込められているほどであった。

 予想以上、そう断ずるほかない。だからこそ素晴らしい。想定の範囲内を軽々と超え、その身一つで悪魔の王を討伐せしめた。これは凡人に出来ることではない。

 

「ハァ、出来る事なら、存分に遊びたい。童心のように、何も考えずお前の煌めきというのを存分に鑑賞したい! ・・・・・・したいが、どうやらここまでだ」

 

 ハサンは悲し気にそう言うと、また新しい襤褸を纏った男たちが八十八の周囲を囲む。

 

「こちらもそちらと同じく主人(マスター)の意向というものがあってな。どうやら、嗚呼、まったくお冠のようだよ。ハァ・・・・・・」

 

「ほぉ、逃げる気満々見たいやけど、逃がすと思うとるんか?」

 

「追ってきても構わないさ、構わないが・・・・・・、その時はこちらの陣地で戦うことになるだろうさ。ハァ・・・・・・、その時は盛大に迎えることも吝かではないが。どうする? 来るかね?」

 

「そりゃかんべんしてくれや、これが見せ札なら、家に何抱えているかわかったもんじゃないわな」

 

 端整な顔を僅かにゆがませながら、エンペラーは飄々に拒否感を示す。

 キャスターの真髄は陣地戦による拠点防衛戦にあるといっていい。キャスターは聖杯戦争における最弱のサーヴァントと呼ばれる。確かに正面切って戦うにはあまりにも力不足。されど、搦め手や謀略、そして時間をかけて作り上げたその陣地はあらゆる状況に際してキャスターを優位にさせる。

 出来るならば、早々に仕留めたい。時間をかければかけるほど相手は戦力を増していく存在。このように襤褸を纏った男たちや悪魔の王といった存在が今度はこちらに不利な状況で襲い掛かるとしたら。それこそ単独での戦闘はあまりに危険といえる。まさに蜘蛛の巣にかかった獲物の如く絡み取られるだろう。

 

「と、いう訳だ。阿武木八十八。最後に盛大な花火を以って、さよならの宴としよう。また会えることを、俺は何より楽しみにしている。ハァ―――!」

 

 その言葉と共に、散乱する死体が、八十八に向かって投げ飛ばされる。

 八十八はその死体を弾こうとし、寸前で、回避行動を取った。

 

 瞬間、死体は四散し、爆風と共に八頭龍山に閃光が走った。

 それはまさしく人間爆弾。脳漿と肉片が散乱し、辺り一面を濃い鉄の匂いが覆う。閃光が晴れるとともに、ハサンは姿を眩ませ、残るは八十八と八十八が咄嗟に抱えたエンペラー。そして足止めとして残された襤褸の男たちであった。

 

「えぇ・・・・・・、なんやこれ。グロいわぁ、これにはオッサンもびっくり、オッサンの孫でもここまで残忍やなかったで・・・・・・」

 

「何、こちらが負ければあっちの仲間入りだ・・・・・・それでどうする? 寄らば撃つぞ?」

 

 独特な呼吸によって気を練り上げ、感覚を鋭くして襤褸の男たちの様子を見守る八十八。

 そもそも、八十八の武術は後の先を撃つカウンターが主流だ。飛ぶ拳息はあくまでその中で生み出された先制の小手先の技でしかない。それでも相手を一撃で仕留めうることが出来るのはひとえに八十八の鍛錬の成果であった。

 

 その言葉に気圧されたのか、或いはただの予定調和だったのか、牽制を果たした襤褸の男たちは一人、また一人と戦線から離脱する。あちらも戦力は有限。ならばここで徒に消耗するのは今後の戦略にも関わる。

 そうして、最後に取り残されたのは二人の人間。山に住む一般人であり、本来魔術とは関わり合いのない男、阿武木八十八。そしてその八十八の想いに寄せられ召喚されたサーヴァント、エンペラーであった。

 

「さて、残るはあんたのみだが、何か言いたいことはあるか?」

 

「オッサン、味方、弱い」

 

 片言で、単語三つを述べる。緊張を孕んだ空気に耐えきれず、エンペラーは深くため息を吐くと、頭を掻きながら、応える。

 

「冗談、冗談やで。オッサンはサーヴァント、クラスはエンペラー・・・・・・言うても分らんか。まあ兄ちゃんの敵じゃないな。信用してくれや」

 

「・・・・・・」

 

 その様子に毒気を抜かれたのか、或いは敵意を感じなかったからか。それとも紛いなりにも協力してくれた恩義か。様々な想いが胸中を渦巻き、八十八は構えをとって、エンペラーを受け入れる。

 

「阿武木八十八。それが俺の名前だ。歳は17歳、高校生やってる」

 

「ほぅ、学生さんかいな。兄ちゃん、実はすごい賢かったりするんかいな」

 

「ぼちぼちだな、悪くはないと言いたいが、俺よりよっぽど頭の良い奴なんて腐るほどいるさ」

 

 八十八はそう言って腰に手を当てて、エンペラーの問いに対して軽快に答える。もし戦闘になったとしても、この距離でならばすぐさま殺せる。見た目は人の形をしているが、目の前で感じる存在感というものが八十八の第六感が否と叫び続けているのも八十八が警戒を解きつつも間合いからエンペラーを出さない理由でもあった。

 

「でだ、エンペラー」

 

「オッサンでええで、愛称みたいなもんやし」

 

「じゃあオッサン、あんたを味方だと思っていいんだな」

 

 八十八は念を押すかのように問いかける。そこに少しだけ疑問というか、違和感を感じつつもエンペラーは八十八の懸念もある意味最もと思い、何ら気にしない風を装って答える。

 

「せやで」

 

「そうか、だったら協力してもらいたい。どうやら今日は千客万来といったところだ」

 

 そう言って八十八は下山道のその先、ライダーたちがいるところへと目を向けるのであった。



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聖杯戦争1日目/従者と主人の関係

 長く、険しい山中を行く影。不慣れな環境に辟易しつつもメアリは懸命に山道を進む。

 額には汗が滲み、息はやや荒く。されど勝利の道筋であるこの優位を何とか優位にしようと薄く笑みを浮かべる。

 

「そなた、大丈夫かのぅ」

 

「ふ、ふふふ・・・・・・、この程度で私がくじけるわけないじゃない。でもどうしてもというなら負ぶっても構わないわよ」

 

 汗をぬぐいながらもメアリの膝は笑っていた。メアリは箱入りのお嬢様、魔術師としての研鑽を積んでいたために、彼女は世情に対しては疎く、ろくに外に出ることも無かった弊害がここに出ていた。

 ゲロを吐き、体力は続かず、戦闘以前にメアリは満身創痍であった。

 

「ふむ、それは兎も角、ようやく相手のお出ましといったところかいのぅ」

 

 そういうとメアリは背筋を伸ばし、余裕ぶるかのように取り繕う。

 虚勢を張ることにかけてはメアリは優秀といえるだろう。特に交渉となれば基本中の基本を備えているといってもいい。

 

「さあ行くわよライダー! 私たちの素晴らしさを見せつけてやりなさい」

 

「・・・・・・ふむ、承知した」

 

 ライダーはやれやれとため息を吐きつつも、メアリの命令に従う。もとより今のマスターを裏切るつもりはない。進んで外道を行う訳でも無し、性格が全くそりが合わないわけでもない。ただ単純に無能なだけなら問題はない、そういった存在の扱いは十二分に心得ている。

 要は生前からの性。死ぬ前までやってきた当たり前のことを当たり前に行っているだけのこと。目上の者の命令は絶対。その中でいかに自分の裁量で最善をつかみ取るかがライダーのやることである。加え、せっかく令呪と言うものがあるならば、有効な時に使うべきであると彼は想定している。

 

 雑草が揺れ、枯れ葉を踏みしめる音が前方から聞こえ、ようやく相手は姿を現す。

 

「ほぅ・・・・・・」

 

 括目し、ライダーは感嘆する。東洋人であるライダーでさえ驚くほどのがたいの良さ。身長190cmのライダーの身長よりもやや高めで、肉体は斯様な柔術をしている割にはしっかりとついている。実用的かつ、全身は筋肉による生身の鎧を纏う。隙も見せぬ出で立ちに、武人としての心をくすぐられる。

 ライダーも若き時は槍を振るい、武科挙によって国に仕えることになった身だ。位が昇るにつれて戦線での武勇を振るうことはほとんどなかったが、それでも一介の武弁として羨望と尊敬を感じ得ない。

 

「いや、すまない。この時代に斯様にも壮健な男児がいるとは思わなんだ。つい見とれてしもうた」

 

 それは紛れもなくライダーの本心からの言葉であった。武人として八十八という存在はただの一般人でなく、一介の武術師としてのそれとライダーは無意識に判断した。

 

「・・・・・・ちょっとライダー、何を言ってるのよ! さっさと要件を言いなさいっ!!」

 

 しかし、そんな背景を知らないメアリはしびれを切らしたかのようにライダーを叱責する。

 その様子に八十八たちは状況を察そうとメアリに視線を向ける。

 

 金髪碧眼という見た目は日本人が想像する外国人そのもののイメージであり、腰までかかるであろう髪はツインテールにまとめてある。身長はそれほど高くはなく、大体八十八と同年代であろうというやや幼さを感じさせる見た目であった。

 

「な、なによぉ・・・・・・そんな睨まなくていいじゃない・・・・・・。私はマスターなのよ・・・・・・!」

 

 八十八の鋭い眼光に睨み付けられたと感じたメアリは、その瞳から隠れるようにライダーの後ろに隠れ、萎縮する。先ほどまでの威勢は何だったのか、まさに虎の威を借りる狐といったようなものだ。

 

「すまんのぅ、ご覧の通り、マスターは未だ若い娘子じゃ。どうか大目に見てほしい」

 

「・・・・・・別に、俺は構わんさ。そういう目で見られるのは慣れている」

 

 この言葉は紛れもなく八十八の本心であり、事実でもあった。身長2m近くあり、鋼の肉体を持つ八十八はただそこにいるだけで周囲を威圧する。その見た目故に不良に絡まれたことも一度や二度ではないし、何より八十八自身にも他人とは違う肉体的な欠落である制限(リミッター)のこともあった。

 

「なんや、兄ちゃん修羅の道いっとるなぁ・・・・・・友達おらんのか?」

 

「他人の評価よりも自分が何をするか、どう行動するかが俺の道だ。最大多数の理解よりも、俺を知る奴が俺を理解してくれれば十分だ」

 

「おお・・・・・・。なんやそれ、かっこええ・・・・・・、オッサンもいつか使ってみよ」

 

 まさかの返しに対してエンペラーは逆に感動を覚える。この男、ボッチであることに対してなんら後悔も恥辱の感情もない。自分の道が絶たれない限り自身の決めた道に振り返ることなく進むことが出来る修行僧もかくやという精神だ。

 

「場も温まってきたことじゃ、儂らに敵対の意志はないことを示すためにも、まずは自己紹介をしようかのぅ。儂はライダーのサーヴァント。このような戦の最中じゃ、真名は勘弁しとくれ。そしてそこにおるのは儂のマスターよ」

 

「ふ、ふん! 私こそ、時計塔に身を置く魔術師! メアリ・セルウィンよ! 覚えておきなさいっ!」

 

「・・・・・・言葉は立派なんやけど。姉ちゃんの様子じゃあ、かっこつかへんで・・・・・・」

 

 長身のライダーの背に隠れながら、やや震え声で威勢をあげるメアリ。よくよく見て見ると足元はガクガクと震え、まるで小動物の犬を思わせる様子であった。

 

「阿武木八十八。高校二年、学生だ」

 

「同じく、オッサンはエンペラーのサーヴァントや。よろしゅうな!」

 

 八十八は無愛想に、エンペラーは人をひきつけてやまないといった美貌に人懐っこい笑顔を浮かべてフレンドリーに返答する。

 

『兄ちゃん、あのライダーっつうサーヴァントをよう見てくれや。恐らくやけど、ステータスが映るはずや』

 

 その最中に、エンペラーは八十八に密かに念話を行う。八十八はその念話に対して驚くものの、表情には出さずに、じっとライダーを見つめる。

 

 

 

 

 

【CLASS】ライダー

【マスター】メアリ・セルウィン

【真名】―――

【性別】男性

【身長・体重】190cm・66kg

【属性】秩序・善

【ステータス】筋力C 耐久C 敏捷C 魔力C 幸運A+ 宝具?

 

 

【クラス別スキル】

対魔力:D

 一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。

 魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

 

 

騎乗:B

 騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、

 魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。

 

 

 

 

 

 これは強いのだろうか。

 八十八の脳内に疑問が浮かぶ。黙し、反芻した結果、八十八はエンペラーと比べ、ライダーの方が格上だと断定した。単純に立ち振る舞いや肉体を見た結果、ライダーの肉体は老年の武人のそれであり、反してエンペラーは常人、或いはそれに劣る体躯である。

 肉体面のステータスがEとCではCの方が上、ならば幸運値のA+という値は事実上の最高能力値と仮定しても問題はないだろうという判断であった。

 

「高校? つまりハイスクール生ってことかしら?」

 

「おう、歳は17歳の未熟者よ」

 

 その時、メアリに稲妻が奔る。

 

「はん! なんだタメじゃないの、ちょっとアンタ、ジュース買って来なさいよ!」

 

「ここから一番近い自販機は山下った先だぞ」

 

 目の前のやばい奴っぽいのが同い年とわかった瞬間、メアリの態度は尊大なそれになる。普通に考えれば逆効果、ライダーは先ほどの評価を下方修正して、こいつ交渉向いてねえな。と己がマスターの駄目っぷりに嘆息する。

 

「うちのマスターは周囲の気配を察するのが苦手でのぅ。悪気はないんじゃ、恐らく」

 

「分かるわー、どこでもそう言う奴はおるからのぉ。オッサンの時代にも居ったわ、KYの極みみたいな奴。はっちゃけたせいで、『お前もやったんかいッ!?』って親父を驚かせた奴は後にも先にもそいつだけやろうな。それに比べりゃかわいいもんや、実害はないからのぉ」

 

 うんうん、とエンペラーは頷きながらその時を思い出す。

 

「アカン、思い出したら腹立って来たわ・・・・・・。そのせいでいきなり親父の地盤引き継いで政治家になったのもその時やし、オッサンの家庭が破壊されたんは、あいつのせいやったんちゃうか?」

 

 とんでもないことに気づいてしまった。そんな風にあごに手を添えて考え込むエンペラーに対し、敢えて聞き手となって愚痴を聞く。

 

「アンタたち! 何勝手に雑談してんのよ、聖杯戦争中なのよ!」

 

「・・・・・・そなた、これが交渉というのを忘れてないかのぅ」

 

「・・・・・・交渉中なのよ!」

 

 うちのマスターはテンパるとIQが溶ける奇病にでもかかっているのか。おっちょこちょいとか、うっかりとかとは比べ物にならない不安を、ライダーは一人感じていた。

 そんな中で、八十八は疑問に思ったのかメアリやライダーに向かって疑問を述べた。

 

「―――そもそも、聖杯戦争ってなんだ?」

 

「・・・・・・は?」

 

 その爆弾発言ともとれる言葉に、メアリは凍り付く。

 

「・・・・・・聖杯戦争を知らない? これ結構有名な筋の話よ」

 

「そもそも、魔術やらなんやら初めて聞いたんでな。知ってることがあるなら教えてもらいたいぐらいだ」

 

『ライダーどういうこと!? この子モグリの魔術師だとしても常識が無さすぎるわッ!!』

 

 メアリからすればまさに青天の霹靂。何が何だかわからない。そもそもサーヴァントの召喚、サーヴァントと紛いなりにも立ち向かうことが出来る。その時点でメアリの八十八に対する評価は一般人とは異なる存在と位置付けていた。

 あのブジュツやサツジンケンなんて呼ばれるものも一種の魔術か何かと思っていたぐらいだ。そもそも、人間は無手で空気砲なんて打てはしないのだ。そうなってしまうのも無理はない話だろう。

 

『言ったであろう、あれは武人であると。魔術など使わず、身一つで戦ったにきまっているじゃろぅ』

 

『おかしいわ、おかしいわよライダーッ!!? それって貴方の中で常識なの!?』

 

 メアリは初めて相棒の正気は疑う。

 そして八十八の様子を見て、そして下した評価は簡単なことだった。

 

「・・・・・・つまり、貴方は魔術が使えない」

 

「おうよ、その通りだ」

 

「貴方はただの身体能力であのサーヴァントに立ち向かった」

 

「そうだな、おかげで参っちまった。おかしな術で苦戦した」

 

 二、三の問いを行い、メアリは考える。そして下賤な笑みを浮かべると、メアリは胸を張って八十八を見下そうとし、身長の差から逆に見下ろされているに関わらず、そのまま高圧的な視線で八十八を見る。

 

 メアリのその瞳に映るもの、それは単純な自尊心。

 メアリの評価の骨子となる物、それは単純に魔術の腕、並びに才能であった。

 

 いかに相手が優れた武人であろうとも、魔術が全くの素人、或いはそれに無知と知れば、その時点でメアリは目の前の対象より格上の存在と定義する。生涯にわたって超えることのできない圧倒的な壁を持つメアリという少女が持つ壊れた価値観であるが、それがメアリの思想の基本となる物。故に、メアリは八十八を自分よりも下の存在と定義づけたのである。

 

 これだけであればメアリはただ傲慢な人間になるだろう。しかし、違いがあるとすればこの後の対応に凡百の差別的な魔術師との違いがあった。

 

「ふふふ、ならば教えてあげましょう。魔術とは何か、聖杯戦争とは何か、そのすべてを教えてあげましょう! 泣いて喜ぶといいわっ!!」

 

 それは生来の面倒見の良さ、或いはおせっかいといわれるそれであった。

 魔術師としては心の贅肉とでも言われるそれであったが、セルウィン家は時計塔における権威と権力の象徴でもある貴族(ロード)の血を引くものの、血の濃さで言えば分家の一つであり、家族は時計塔での研究においてはなあなあであった。

 そもそも、時計塔で研究を行う魔術師の中でもメアリの一家は凡人といっていい。その中で生まれた突然変異の天才は姉であり、だからこそ高い評価を受けたのであって、根源に向かうとしてもそれは後々のこと、それこそ研究成果のすべてを優秀な本家に捧げるような木端魔術師の家庭。

 当然魔術師としての教育は研究の成果をすべて引き継がせるものの、何かしら素晴らしい成果が出るわけでもなく、同時並行に魔術研究のための資金繰りをやったり、それを本家に捧げたりとやることは多いものであった。

 

 特にセルウィン家はとある商家から魔術師としての地位を得た一族であり、ロード・ステュアートの有力資金源の一つとして分家の一角を担う家である。

 つまりは、学者、魔術師としての誇りに欠けているという一族特有の欠点があった。

 

「じゃあ頼むわ、オッサンもこういったことに答えるのは難しいって言ってたからな」

 

「ふふふ! 頼まれたわ!!」

 

 メアリは嬉しそうな声色で答え、そして急激に高まってくる自尊心によって今までの恐怖やらなんやらが何だったのかと言うほどに上機嫌になる。

 

「・・・・・・そなた、少しは落ち着くといい」

 

「なによライダー。私に何か文句があるの?」

 

 せっかくのいい気分に水をさされたメアリはやや不機嫌そうに振り返るが、ライダーはそれを無視してエンペラー陣営に語り掛ける。

 

「なに、ちょっとした等価交換よ。こちらは戦争や魔術といった者に対して情報を与えよう。しかし、そちらは何をくれるのか、それに触れておかねばこちらだけ労するだけ。これではこちらが不利じゃろう?」

 

「ちょっとライダー、何も知らない相手に何てこというのよ!」

 

「何も知らないからこそ、やるべきじゃ。聖杯戦争は仲良しごっこではない。互いに殺し合う戦じゃ。それぐらいはそちらもわかっておろう?」

 

「せやな、そこは同意するわ。ここでなあなあにして後で雰囲気悪くなったらアカンからな、締めるとこはきちんと締めようや。それが互いの為やしな」

 

 ライダーの言葉に賛成したのはエンペラーだった。

 

「兄ちゃん、交渉はオッサンに任しとき。オッサンは戦いには向かへんけと、こういうのは得意分野さかい」

 

「・・・・・・わかった、交渉はお前に一任する」

 

 そう言って八十八は交渉の手筈をエンペラーに任すと、ライダーとエンペラーとの間において話し合いが始まる。聖杯戦争に巻き込まれた八十八からすれば、右も左もわからない状況。特に先ほどハサンから襲われた状況から、あちらとは敵対は不回避となっている。そもそもこの山にいることが既に危険なのだ。一旦は下山を考えてもいた。

 対してエンペラーもまた情報は欲しい。聖杯からの知識もあって基礎的な知識には事欠かないものの、それでも現代の風習やら何やら、ほかにも魔術師たちが決めたルールや規範などの聖杯からの知識が及ばない情報がまたほしい。その点で言えば、メアリなどのこちらに友好な魔術師であり、ライダーのように思慮深いサーヴァントのコンビは渡りに船であった。友好関係になりつつも、程よい緊張感をもって話し合える存在はこちらにとっても損ではない。

 

「その方向でいいじゃろう」

 

「ま、そこらへんが落としどころやな」

 

 それぞれのサーヴァントが矢面になって交渉した結果、以下のことが決まる。

 一つはライダー陣営はエンペラー陣営に対し、情報を流すこと。この情報に虚偽は認められない。

 一つはエンペラー陣営はライダー陣営に対し情報の対価としてライダー陣営の求めに応じて一度の共闘関係を結ぶこととなった。

 

「・・・・・・なんなのよ、マスターをのけ者にして楽しいのかしら」

 

「・・・・・・」

 

 不満げに口を尖らせるメアリと、ただ黙して語らない八十八。ライダーは己がマスターのフォローに回らざるを得ない今後のことを思い少し辟易するとともに、今回の交渉その他諸々については実りが多かったと半ば満足気ではあった。

 

「そんで、こっからどうすんねん。オッサン的には山から下りて、ひとまず腰を落ち着けるとこで話したいんやけど」

 

「そうじゃな、そなたが良ければ儂らの拠点に案内してもいいと思うが、どうじゃろうか」

 

 おずおずとライダーはメアリに語り掛ける。メアリは口もききたくないといった様子であったが、眉間にしわを寄せて八十八に向かって話しかける。

 

「えっと、八十八といったかしら? とりあえず私の拠点に来る」

 

「招待されたなら行かない道理はないが、如何するオッサン?」

 

 メアリの問いに対して、八十八はエンペラーの助言を聞く。

 今までの話し合いから察するにエンペラーは八十八が不得意とする多角的視野からの話し合いや交渉は得意分野らしい。苦手があるならぶん投げる。エンペラー陣営は互いの欠点を補い合える優秀な陣営であった。

 

「せやな、拠点とゆうても、罠がないとは限らへん。かといってこっちも山をサーヴァントに占拠されとるさかい、まず情報交換についてはこっちが指定する場所で行う。その後に拠点にお邪魔してもらおうかいの。だまし討ちがあった場合は、今までの契約は破棄や」

 

「ふん! 私がそんな卑怯な真似するもんですか! ねえ、ライダー!」

 

「然り、じゃがそう懸念するのは致し方ないことじゃろう。ではまずそちらの指定する場所でまずは情報交換といこうかのぅ」

 

 エンペラーの提案に対して、一応は賛意を示すライダー陣営。その後、八十八の先導によって山を下り、手ごろな喫茶店に入ろうと新市街の方面に進んでいくのだった。



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聖杯戦争1日目/帝騎共闘

 新市街の道すがら、メアリと八十八は新市街の大通りを歩いていた。

 喫茶店といっても時刻は夜中であり、しかも揺れる馬車はメアリの拒否によって使わなかった為に新市街に入るまでの道のりはゆっくりとしたものであった。

 

 夜となれば、既に人通りも少なくなり、空いている店もそう多くはない。そのため八十八は全国展開している有名チェーン店のファミレスを探しながら、メアリの話を聞いていた。

 

「へぇー、そうなの! やっぱり日本てすごいのね!」

 

 切っ掛けは些細なものだった。地震が多いだとか、そこからの自然との折り合いや信仰などの曾祖父から教えてもらった民族説話などを語ること数分。もとからそういった話に興味があったのか、メアリは八十八の話にのめり込んだ。

 

「そもそも日本で八つの頭を持つ蛇と言えばヤマタノオロチだ。もとは山の神や水の神として祀られ、今もそういった信仰があって、土地名にもなった」

 

「確かに、此処って海も近いしね」

 

「もとは地震や噴火、津波、洪水なんてざらにあった土地だ。さっきの山だって今は休火山だが、昔は活火山として有名だったらしい」

 

「そういう自然と向き合う立地だと所謂シャーマンとか祈祷という自然に語りかける魔術体系が生まれやすいわ。因みにこれは魔術じゃなくて呪術と呼ばれるものね。アメリカインディアンのシャーマニズムやスラヴ系のウィッチクラフトがメジャーね!」

 

 かみ合っているのかそうでないのか。まさしく会話のドッチボールを繰り返しながら八十八とメアリは会話を続けていた。

 相手の話を都合のいいように解釈するメアリもそうであるが、そもそも対人経験に対して非常に欠落している八十八もそういうものなのかと素直に相手の言葉を鵜呑みにしていく。まさしく天然対天然の戦い。事は混沌に向かい、互いに異次元の方向に進んでいく。

 

「けどね、そういうのは往々にして絶えていくものよ。西洋古来の魔術基盤には敵わなかった証拠ね。ああ、別にこの国の魔術を馬鹿にしている訳じゃないわ。貴方にも自国の誇りというものがあるものね! 現にあの技は見事なものね、どうするのかしら?」

 

「ん? 『徹し』のことか? ありゃあ相手に向かって思いっきり打てばいいだけだ」

 

「トオシ?」

 

 その発言に対してメアリは首をかしげる。

 

曾祖父(じじい)が言うにゃあ、奥義の一つってことらしい。『空を撃ち抜く発勁の真髄の一つ』らしい。身体の内部に打ち込む衝撃を空に打ち込んで敵にぶち当てる。要はそれだけだ」

 

「へぇ・・・・・・私にもできるかしら」

 

「出来るんじゃないか? 齢百歳を超えた曾祖父(じじい)でもできたんだ」

 

 そういうと、八十八は神速の突きを放ち、商店街のフラッグがパァンという甲高い音と共に大きく揺れる。

 そんな技にメアリは目を見開いて驚く。

 

「すごい・・・・・・。本当に魔術を使ってない・・・・・・」

 

「『人間がんばりゃ、ここまでできる』そう言って俺を何度も昏倒させた技だ。ま、奥義って言ってもただの牽制技でしかないんだがな」

 

 それは本当に人間なのだろうか・・・・・・。メアリは否定も肯定もせずにただ複雑そうにごまかしの笑みを浮かべる。

 八十八からすればただそれだけのこと。確かに便利な技であるが、必殺の一撃なり得ないそれは牽制技としか言えない。こんなもの、達人と呼べる階梯の者であれば容易に避けることが出来るものでしかない。

 利便性は評価するし、特に制限(リミッター)解除時に行える八十八独自の応用技である三次元移動は八十八の数少ない切り札の一つであった。

 

「敵を殺すにゃ、拳一発当てればいい。殺し切れなかったらそいつぁ、俺の未熟だ」

 

 一撃必殺。八十八の持つ武術はそれを思想の根本としている。

 『二の打ち要らず、一つあれば事足りる』李氏八極拳にも通じる思想でもある。

 

「一撃で殺せなかったらどうなるの?」

 

 当然のような疑問を、メアリは紡ぐ。そんな疑問に対して八十八は明瞭かつ淡々と語る。まるでそれが当たり前の摂理かのように。

 

「俺の未熟だな。死出の一番乗りだ、あの世で曾祖父(じじい)に罵られるな」

 

 破顔して、八十八は笑う。その心、精神をメアリは理解できない。

 言葉に詰まり、何か言おうにも言えない中、ふと八十八はとあることに気づく。

 

「しかし、なんだ。今日は人通りがすくねぇな。コンビニに車や人もいやしねぇぞ」

 

「えっ・・・・・・」

 

 その言葉にメアリは気を取られ、そしてコンマ一秒にも及ぶこと無いその刹那に、それは飛来した。

 

「―――『継、射殺す百頭(サクセサー・ナインライブス)』」

 

 

 

 

 

継、射殺す百頭(サクセサー・ナインライブス)

 ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:5~50 最大補捉:9人

 ヘラクレスより受け継いだヒュドラ殺しの武具。

 追尾効果のある幻想種殺しの矢を、 同時に九本まで流星の如く発射する事が可能。

 矢には魔獣ヒュドラの毒が塗ってある為、鏃に触れた者はその毒に侵される。

 毒に侵された者は毎ターン開始時に残HPの1/10のダメージを受け、

 さらにVITでの判定に失敗すると、対象は激痛のためにそのターンは行動が不可能になる。

 

 

 

 

 

 目にも止まらない速射、神速を超えて飛来する矢は同じ方向から九つの弾頭となって八十八たちを狙う。

 気づいたところでもう遅い、飛来する矢は回避不能。狙撃手すらその瞳に捉えること能わず。それぞれの矢は、各々しなり、曲がりながら着実に狙いを撃たんと迫り来る。

 

「―――憤ッ!!」

 

 九つの弾道に対する反撃として、八十八は徹しを撃つも、彼の手は二つしかない。精密な動作で放たれた矢は、徹しの衝撃波によって、僅かに軌道を逸らし着弾を免れる。しかし、それでもたった二つだけ。残る七つの矢は狙いをメアリと八十八を狙って離さない。

 蛇行にも似た矢の軌道を捉えるのは如何に達人とは言え難しい。徹しが当てられたのも比較的曲線を描かない矢であったからこそできた芸当。残る矢はメアリの頭部、腹部、脚部。八十八の頭部、鳩尾、股間、脚部を狙うがその矢が本当にそこに着弾するかはわからない。

 

「―――ぐああああァァァァ!!!?」

 

 着弾する矢、大きく響く悲鳴が新市街で起こった。

 

「なっ―――!?」

 

 驚いたのはメアリだ。それもそのはず、わけのわからないまま、見知らぬ二人の男が彼女らを守っているのだから。

 

「無事かッ! 兄ちゃんッ!!」

 

「ああ、怪我はないが、この二人は?」

 

「儂の部下じゃ、それでどうじゃ。話せるか?」

 

 飛来する矢に対して八十八の次に対応できた老将は努めて冷静に、召喚した配下の兵士に声をかける。

 

「し、将軍ッ! こ、これは・・・・・・、毒で―――がぁぁぁぁあああああ!!!!」

 

 毒が周り始めるとともにのたうち回る兵士たち。片方は運が良かったのか、突き刺さる四本の矢の一つが頭部に突き刺さり即死。残る兵士がこの様では、しゃべることすらままならない。

 やがて兵士は顔中をかきむしり、痛みに耐えきれなかったのか、腰に差す剣を自らの首に突き刺して自死した。

 

「ひっ―――!?」

 

 目の前で男が苦しみ死んだ光景はメアリの顔を引き攣らせ、怯えをみせる。だが、そんなことにいちいち気にする状況ではない。

 

「敵は恐らくアーチャーじゃろうな・・・・・・」

 

 新市街は大小さまざまなビル群がそびえたつ格好の狙撃ポイントである。そうなればここは敵サーヴァントの庭にも等しい。

 ライダーは頭を回転させ、一つの結論を指示した。

 

「ならば、ここで迎え撃つ。宝具の開帳を求む!!」

 

 そう宣言したライダーはメアリを見つめる。メアリは未だに状況を飲み込めなかったが、ライダーのあまりの勢いに押され、首を振って肯定した。

 

「宝具の許可を得た。エンペラー、補佐を頼みたいが・・・・・・」

 

「かまへん、オッサンはあんたを友軍と認めるで」

 

「結構、ならば括目せよ。これぞ我が宝具! 我らが血縁! 儂の富貴長寿の果て也!!」

 

 老将の叫びが周囲に響き渡る。

 集束し、渦巻く魔力の流れがライダーの背後で荒れ狂い、その姿を見せる。

 

 それは、ライダーの手に入れた栄光、権威、そして幸福。

 彼ほど苦難に満ちながらも、栄光を手にした者は無く、そして彼のように栄光を手にしながら、破滅を得なかった英雄はおらず。あらゆる富と、あらゆる尊敬と、血族の繁栄を手に入れた英雄はいない。

 

「いざ開け、我が門前! 安ずるがいい、儂も屋敷の内部など把握してはおらん!! その中に居れば安全よッ!!」

 

 そうまさしく、盛者必衰の理など、この英雄には何ら意味のないものであった。護国の武人、救国の英雄。彼こそが、中国史上の中でも最高の名将の一角に並ぶ英雄。

 

「―――『郭邸広大(富貴、此処に極めし)』!!」

 

 

 

 

 

郭邸広大(富貴、此処に極めし)

ランク:B 種別:結界宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1000人

 晩年あまりに子孫が増えすぎたためにライダーも顔と名前を記憶出来なかった故事と、屋敷が広大過ぎて使用人ですら主の居場所を知らない者がいた故事に由来する宝具。

 迷宮のように入り組んだ邸宅とそこから湧き出して来る兵士と家人の群れが出現し、ライダーが得意とした消耗戦に持ち込むことが出来る。

 兵士たちは単独行動:Eのスキルを持ち、最大60ターンの行動が可能。

 軍勢召喚能力でありながら燃費は驚くほど軽い。

 

 

 

 

 

 新市街に突如現れる巨大な門。それは邸宅を囲う垣根の一部だけが新市街の中央に現れ、そこから伸ばされた手が、八十八とメアリを門の中に引っ張り上げた。

 

「ライダーッ!!」

 

 それと同時並行に多くの武装する兵士たちがライダーを守るように現れ、一切の乱れなく、陣形を創り上げる。

 

「驚いたわ、いわゆる軍勢召喚宝具って奴やろ。大層なもんもっとるやんけ、ライダー」

 

 そう言ってエンペラーは賞賛を行う。

 ライダーの宝具は単純なようで複雑だ。何せ門の内部と外部で完全に空間が別となっている。固有結界の亜種かといえばそうではなく、単純な魔術とは言えない。異界化された内部空間である屋敷と自由に兵士を取り出すことが出来る外界。ライダーが担当する魔力は門の維持だけであり、外に出ている兵士は自前の単独行動スキルで動いているだけのことである。

 故に、軍勢召喚能力といってもその消費は著しく軽い。

 

「儂は一騎当千の怪物でもなければ、魔術師でもない。―――ただの一介の武弁じゃ。軍を率いるしか能がないからのぅ」

 

 ライダーの本質は統率者。軍勢を率いる将軍。故にこそ彼にとっての武器は、手足は、自身の率いる兵士他ならない。

 

「人海戦術は嫌いかのぅ?」

 

「いいや、むしろ大好きや! なんせ、これほどの兵士や。『皆、一騎当千の兵士でないはずがないやろ』!!」

 

 その声と共に、響き渡る総軍の声。

 しかし、その声に反してライダーは努めて冷静に状況を読む。

 聖杯戦争。それは英霊同士の覇の競い合いではなく、魔術師の儀式である。故に第一と考えるのは『神秘の秘匿』である。ライダーからすればどうでもいいモノであるが、魔術師にとってはそうではない。

 相手が狙撃を行ったことから、この周辺における人払いは済んでいると考えていい。だとすれば相手が狙撃ポイントとして選んだのは周辺住民がいると思われるビル群の中。闇夜に輝く摩天楼のどれかとなる。

 

「『名将たるもの、千里を見通す瞳を持たないはずがない』!!」

 

 だが、それもエンペラーの補助でどうにかなる。

 付与されたスキルは千里眼。摩天楼の隅の隅まで見通す瞳は、的確に狙撃ポイントと敵手を示す。

 

「これは、素晴らしいな・・・・・・」

 

 ランクにしておよそAランク。そうなれば透視は愚か、未来視まで可能とする。

 

「皆、南西の『森』の字が書かれた塔、同位『竹中』と書かれたビル。さらに西『キタミ』とガラス窓の多い塔を当たれ。並びに、敵手アーチャーのいる『IRON』と書かれた塔を当たるべし。各員少人数で事を運び十人程度の班を以って当たるべし」

 

 ライダーはそう厳命し、兵たちは霊体化して各自散開する。

 

「いけるんか?」

 

 興味半分にエンペラーは問う。エンペラーはあくまで統治者。つまり軍勢を率いて戦う武人、将軍ではない。またそういったことを基本的に苦手とする質であった。エンペラーはそれを無理して行うのではなく、他者への信頼を以って国外、国内のおける不穏分子や敵を排除してきた。だからこそ、皇帝特権の他者付与などの宝具を得るになった。

 今回も同じ、自分よりも軍術に詳しいものが居れば聞けばいい、一任すればいい。そういった発想であり、必ずやよき展望を聞けると思っての行動であった。

 

「無理じゃろうな」

 

「えっ・・・・・・?」

 

 まさかの発言に対してエンペラーは面を食らうが、ライダーは淡々と説明する。

 

「放つとしても二、三発こちらが射手を捉えてる以上長居はすまい。特にマスターを隠されたこと、先の一手の狙撃で仕留められなかった以上、威力偵察程度の意味しかあるまい」

 

「ちょおま。待ちや、それって宝具見せる必要あったんかいな?」

 

「ある」

 

 エンペラーの疑問にライダーは簡潔に答えた。

 

「そもそも、儂らは貴公らの戦闘を見て現れた。行動した者は少なくとも、その戦闘を見たものは多かろう。それこそ、現代の魔術師にとって使い魔での偵察は常套手段じゃ。先回りしてこちらの戦いを視ようとするものは多い。特にアーチャーの弓は毒矢を射出する。当たるだけでも儲けものじゃろうて・・・・・・」

 

「成る程、戦略的価値からすれば、これ以上の深追いは奴さんの不利益っちゅうわけやな」

 

 ライダーはゆっくりと頷き、肯定する。

 加え、敵は用意周到。そもそも単独ではなく、複数で行動している以上勝つつもりなど傍から無いだろう。だからといって反撃の牙が全くないとも考えない。見せ札として宝具を使って本気であちらを追い詰めるポーズをとることこそ効果的。そして何より相手の姿を捉えた以上、それは然りとして情報に乗る。

 

 こればかりは予想外の収穫であった。同時にエンペラーの優位性と危険性を感じ、警戒レベルを上げるのを忘れない。

 

「直に探索等は終わる。敵の狙撃能力の一端も見えた。これからは各地の狙撃時点の割り出しも急務じゃろう・・・・・・」

 

 そう言ってライダーはこれ以上語ることはないかのように沈黙する。

 視界には幸運にも千里眼の透視能力で見えたビル群の陰に潜んでいた狙撃手の姿は見えた。視界の接続によってマスターもその姿を把握しただろう、ならば詳細なステータスの詳細もわかる筈と考え、ライダーは持ちうる情報から戦略を練るのだった。

 

 

 

 

 

【CLASS】アーチャー

【マスター】―――

【真名】―――

【性別】男性

【身長・体重】200cm・97kg

【属性】中立・善

【ステータス】筋力B 耐久A 敏捷B 魔力C 幸運B 宝具?

 

 

【クラス別スキル】

対魔力:B

 魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。

 大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。

 

 

単独行動:A

 マスター不在でも行動できる。

 ただし宝具の使用などの膨大な魔力を必要とする場合はマスターのバックアップが必要。

 

【固有スキル】

千里眼:B

 視力の良さ。遠方の標的の捕捉、動体視力の向上。また、透視を可能とする。

 さらに高いランクでは未来視さえ可能とする。

 

 ―――以下、詳細不明―――




 勘のいい人はサーヴァントの真名に気づいているのでしょうから、感想欄で自重する必要はないですよ。好きに推理してください。


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聖杯戦争1日目/長夜の終わり

 大小様々のビル群と煌めく明かりの中にその男はいた。

 

 茶色の髪と口元と顎全体を覆う口髭を蓄えた偉丈夫。身に着ける防具は獅子の毛皮を革鎧にしたものであり、年期とどこか神聖さを感じさせるものである。

 男は狙いを定めて矢を番え、弓を引き絞る。一瞬の為の後に放たれる矢は緩やかな曲線を描き、鎧を纏う兵士の側頭部に突き刺さる。

 

 これで、都合三発目。アーチャーは最初の襲撃から撤退を開始し、かく乱のために矢を放ちながら徐々に敵兵士との距離を空けていった。

 

 矢の方向と兵士に撃たれた矢の角度から兵士たちは位置を見破ったつもりだが、残念。本当のアーチャーの位置は兵士たちが向かう南側からさらに西向きの場所。弓兵のサーヴァントとして呼ばれた腕。矢の軌道をずらすなど朝飯前のことであった。

 

『アーチャー、陽動はどうだ?』

 

 そんな最中に念話によって己がマスターとの定期報告が入る。この様子だ、マスターは上手く逃げ切ったのだろう。現代を生きる人間であっても中々侮れないことはこのマスターの姿から勉強済みだ。

 

「ばっちり、といったところだな。予定通りの場所で落ち合おうじゃあないかい?」

 

 強面といった顔の作りとは別にその口調は柔らかく、ねっとりとした声色でアーチャーは己がマスターに語り掛ける。

 

『念話は繋げておこう。妙な真似をしたら令呪も辞さん』

 

 対してマスターの方の口調は厳しく、良くも悪くも堅さが抜けていない。アーチャーは人間的にはそう悪い性格でないことを熟知しつつもこのマスターはアーチャーに対する嫌悪感を隠せずにいた。

 

「やれやれ、厳しいねぇ・・・・・・」

 

『フンッ、当たり前のことよ』

 

 つれない態度のマスターに対しアーチャーは肩を竦める。

 やがてビル群を抜けた先にある小さな公園を目視したアーチャーは、己がマスターの姿を確認すると、霊体化してそっと、背後に忍び寄った。

 

「・・・・・・味な真似をする。そこにいるのは分かっているぞ、アーチャー」

 

 出来得る限り気配を決して忍び寄ったものの、その努力はあっさりと己がマスターに見破られてしまう。

 マスターが振り返ると、真剣な表情から一転して道化のようにアーチャーは笑みを浮かべて誤魔化す。

 

「ありゃま、バレちまったかい」

 

「フン、何のために念話を繋いだままでいたと思う。それに、公園内はわしの範囲内だぞ・・・・・・!」

 

 掛けていたサングラスをずらし、マスターである男は静かにアーチャーを睨み付ける。その様子にアーチャーは嘆息しながら、肩を竦めた。

 恰幅の良い体型。特に腹部は突き出ており、黒のスーツと衣装が施されたワイシャツを着こんだ中年の男。それがアーチャーのマスターであった。

 彫りの深い顔に上唇の上の髭を蓄え、目にはサングラス。頭髪その他を整えた清潔な整いをしているものの、堅気とは違うガラの悪さというものがにじみ出ているのが特徴だろう。

 

「まあ、俺が悪かったこともある。そこは謝るが、少しはユーモアってものを解してもらいたいものなんだがな」

 

「・・・・・・ユーモア? 冗談はよせ、このバイセクシュアルがッ!! 貴様の言うことなど、ちっともユーモアに聞こえんわッ!!」

 

 こめかみに血管を浮かせ、アーチャーのマスターは怒りながらアーチャーを叱責するも当のアーチャーは何処と吹く風、笑みを浮かべながらその叱責を見世物のように楽しんでいるようだった。

 

「聞いているのか、貴様はッ!!」

 

「勿論だ。だがマスター、良く聞いてほしいんだ」

 

 そういうとアーチャーは手を胸に当て、瞳を閉じる。その様子に文句の一つも出そうとするものの、マスターはそれを何とか言い止めた。

 

「考えてほしい、例えばいくら女好きといっても人には好みというものがある。それは俺でも変わらないさ。ヤるならいい男、いい女が望ましい」

 

「・・・・・・なるほど、納得できる言い分だ。―――それで? お前にとってわしはセーフか、アウトか?」

 

「バリバリのセーフだ!!」

 

「死ね」

 

 アーチャーはサムズアップして、それはいい笑顔で答えた。

 当のマスターは怒りを滲ませながらも、ゆっくりとアーチャーから距離を取る。

 

「貴様、まだわしが令呪で自害を命じていないのを幸運だと思え。狙ったサーヴァントとは違ったが、優勝を狙える芽が多少なりともある英霊ということを肝に銘じておけ」

 

「オーケイ、マスター。安心しろ、俺の弓に敵う奴はそうはいないさ、アポロン神に次ぐ弓の腕と呼ばれたこの俺を信じてくれ!」

 

 そう言って、強く拳を握りしめるアーチャーの様子に深くため息を吐きながらアーチャーのマスターは頭を抱え込むのであった。

 

「クソッ、これがヘラクレス以上にわしにとって相性のいいサーヴァント? 冗談にもほどがあるだろう・・・・・・」

 

 手に入れられる触媒の中では最上級の物を取り寄せ、いざ望んだ英霊召喚。狙うはギリシャ神話における最強の英雄と呼ばれるヘラクレスをこの男は狙った。しかし、いざ召喚したサーヴァントはあいにくの外れ。確かにヘラクレスに近い英雄であったものの、最初に狙ったそれとは期待外れと言わざるを得なかった。

 

「過ぎたことはしょうがないとはいえ、これはな・・・・・・」

 

「マスター! 見てくれ、この上腕三頭筋をッ!!」

 

 誇らしげにポージングを取るアーチャーに目を背けたいを言う気持ちを抑えながら嘆息する。

 

「貴様の気持ち悪い趣味は兎も角、収穫はあった。初戦としてはまずまずだろう。出来るなら、毒矢の一つや二つは撃ち込みたかったものだがな」

 

「そればかりはその場のタイミングによるな。ただ、不可能は無いといっておこう。この俺の名に懸けてな・・・・・・!」

 

「フン、吐いた唾は呑むなよ・・・・・・」

 

 電灯に照らされた薄暗い公園の中、スーツを肌寒い風に揺らされながら彼らはゆっくりと闇の帳に消えていった。

 

 

 

 

 

「それで、何か言うことはあるかしら・・・・・・」

 

 赤く腫れた目蓋でキッと睨み付けながら、メアリは己がサーヴァントに問いかけた。

 

「・・・・・・そなたの安全を想うならば、あそこに置いておくのが最善であると思ったまでのことじゃ。儂もエンペラーも戦闘を得意とするサーヴァントではないからのぅ。正直言ってそなたらを安全を確保することは難しかったからな。

 ―――その点で言えば儂の宝具を使えば大体の問題は解決する。現に許可は問った筈じゃが?」

 

 淡々と理由を明瞭に語るライダーであったが、人間というのは不思議なものであり、いかに理屈が通っていようとも感情というモノがそれを受け入れられないということがある。

 現にメアリもまたそういった人間であり、人間味があると言えばいいのだろうが、こういった場所においてはヒステリックだとかめんどくさい女に分類される存在であった。

 

「だ、だからといってもやり方があるでしょう!! なんなのよあの人たちは!! いきなり現れたかと思えばこっちを笑顔で見つめて、よくわからない豪華な料理やら、パフォーマンス集団とか現れたのよ!! しかもよくわからない言語で喋ってるし・・・・・・! あれよ、私たちは被害者よっ!! 拉致被害者って奴だわ!! 謝罪と賠償を請求するわっ!!」

 

「それは新羅―――今の朝鮮の専売特許じゃぞ」

 

「そんなことはどうでもいいのよっ!!」

 

 右を向けばチャイナ、左を向けばチャイナ。皆笑顔のままにこちらを大層もてなそうとしているのは分かる。口を開けば旦那様の盟友だからと口をそろえ、ようやく白人(コーカソイド)が出てきたと思えば突如として舞を始める始末。

 こういう時八十八のような図太い神経であれば、なんてことなく順応するのであるのだが、生憎メアリは何処まで行っても小市民的根性が染みついている。終始恐縮しっぱなしであり、人見知り故にあれやこれやと話しかける家人たちにタジタジであった。

 

「よくわからない人の中に無理やり連れ込まないでよぉ・・・・・・」

 

「なんや姉ちゃん、難儀な性格やなぁ・・・・・・コミュ障っていうんかこういうの?」

 

「さあな、俺もよくわからん」

 

「・・・・・・そういや兄ちゃんもコミュ障やったな」

 

 かたや箱入りお嬢様のコミュ障。かたや山育ちのコミュ障。どちらが勝っているか負けているかは兎も角、あまり一般的な育ちや家庭環境にいなかった二人である。そりゃ気の利いた言葉とか言えねえわなとエンペラーはある種納得するのだった。

 

「兎も角、危険には脱することが出来た。初戦ということを考えても大きな収穫じゃろう」

 

「収穫?」

 

 ライダーの言葉に対して訝しむ八十八であったが、それを制してメアリはライダーの発言に対して答えを述べた。

 

「・・・・・・敵サーヴァントのことね」

 

「然り、儂らは新たにこの情報を手に入れた。このことに関しては文句はないじゃろう?」

 

「・・・・・・そういうことかいな、爺さんせこいのう」

 

 苦虫を噛み潰したように、エンペラーは憎々しげにライダーを見ながら出し抜かれたことに気づいた。

 

「安易なスキル譲渡は身を滅ぼすということじゃな。こればかりは実戦経験の差というものよ」

 

 ライダーの見た目は初老の男性。蓄えた髭や髪には白髪が混じり、刻まれた皺は年期という物を感じさせる。

 基本的にサーヴァントとは全盛期の状態で呼ばれるものだ。要は召喚された年代こそがその英霊にとっての全盛期。英霊における側面などで年代は変わることもあるが、普通に考えれば十代後半から三十代前半で召喚されるのが聖杯戦争のサーヴァントにおける常識。

 そして目の前のライダーはそんな常識から大分劣化した五十代という歳で召喚された。単純な大局観というだけではなく、武人としての心構えや、卓越した指揮と交渉の巧みさ。

 

 間違いない。ライダーにとって全盛期とはこの老いた姿そのものであることにエンペラーは気づいたのだ。

 

「(年老いた状態で肉体面のステータスが一律Cランクという平均値。若いときに武勇に優れたという印象はなかったがそういうことかいな。この爺、肉体的にも全盛期がこの歳っちゅうことかいッ! 遅咲き―――大器晩成にも程があるやろ自分・・・・・・)」

 

 中国大陸出身で遅咲きの将という特徴から割り出すにしても、いかんせんエンペラーは西欧の英霊。こと東洋に関しては門外漢もいいところである。

 

「・・・・・・恐ろしい爺さんやなライダー。あんさんだけは敵に回しとぉないわ」

 

「褒め言葉として預かっておこうかのぅ」

 

 賞賛しながらも、ピリピリとした雰囲気を醸す両雄。だが、そんな一言をぶち壊すような一言が二人を襲う。

 

「そうそう、あのサーヴァントの能力は左からBABCB。クラススキルはBランク以上、後は千里眼がBランクだからかなりの英霊みたいだわ。大英雄クラスといっても過言じゃないわね」

 

「へぇ、大英雄ねぇ・・・・・・。接近に持ち込めば行けると思うか?」

 

「サーヴァントにもよるわね。彼のラーマーヤナに語られるラーマは古式ムエタイの開祖。ギリシャ神話のヘラクレスだって素手で獅子を絞め殺せる剛勇の士。弓兵だからといって近接戦闘が出来ないとは考えられないわ」

 

 キリッと、自慢げに敵サーヴァントであるアーチャーについて自慢げに語っているのは己がマスターであるメアリであり、そしてそれを聞いているのは友好関係にあるとは言ってもまだ完全に組むと判断を組めていない八十八である。

 

「・・・・・・そなた、何を言っているのか分かっているのか?」

 

 卒倒してしまいそうな気分を何とか押し込み、ライダーは恐る恐る自らのマスターに語り掛ける。

 

「え? 情報の共有って普通のことじゃないの? 仲間に隠し事なんて私、駄目だと思うわ!」

 

「(そ奴は仲間ではなく仲間候補でしかないというに・・・・・・)」

 

 馬鹿が付くほど真っすぐなその言葉にライダーは言葉を失い、頭を抱える。

 

 それは、紛れもないメアリの善意からきた言葉であること故にライダーは怒るに怒れない。なぜなら彼女はそれが悪いことだとは思っていないからだ。寧ろここで咎める方がメアリのコンディションを落とすことにも繋がる為にどう足掻いても損でしかないことにライダーは気づく。そういった存在を何人も見てきたための考えであり、真実であった。

 

「見た感じ毒矢だからロビンフッドかしら、それともヘラクレス? そもそも毒矢だからといってそう絞るのも視野の搾取ね。貴方はどう思うかしら?」

 

「いや、知らん。弓って言ったら河北の阿波研造が本物の弓術師って曾祖父(じじい)が言ってたぐらいだ」

 

「アワケンゾー? どんな英霊なのかしら?」

 

 もはや何も言うまい。好き勝手に話し合う己がマスターとその盟友候補を横目にライダーはすでに諦めの境地に達していた。

 

「・・・・・・なんや、御愁傷様やな」

 

「・・・・・・な、なんの。足を引っ張る中央の官僚どもに比べればまだマシなほうじゃよ・・・・・・おそらくは・・・・・・」

 

 エンペラーの同情の視線を感じながらも、ライダーは声と目じりを震わして言いようもない感情を治めるのであった。

 

「(・・・・・・生前であれば、間違いなく胃が荒れていたのぅ)」

 

 そんな風に心の中で愚痴をこぼしながら、ライダーは己がマスターの純粋さというか真っ当さにある種辟易するのであった。

 



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聖杯戦争1日目/かくも偉大な現代文明

「どうしてこうなった・・・・・・」

 

 先んず拠点に戻ったメアリはリビングにて頭を抱えていた。

 紆余曲折があり、自らの拠点に戻ったメアリ達であったが、現在彼らは混乱の極地にあった。

 

「美味い! 紅茶に砂糖入れると美味い!!」

 

 そう言いながら八十八は紅茶に角砂糖を盛大にぶち込む。その姿は今まで食べたことも無かった甘味に感動を覚える幼子のように目を輝かせ、紅茶をがぶがぶと飲み始めるなど普段とは違った側面を見せる。

 確かに紅茶に慣れてないなら砂糖を入れろと忠告したが、ここまでおかしくなるとはメアリは思わなかった。控えめに言って頭おかしい。

 

「だからって五個も六個も入れるなんて―――ってエンペラー!? 貴方なんでワインを薄めてるの!?」

 

「何って、ワインって水で薄めるもんとちゃうんか?」

 

「薄めるわけないでしょ!? 馬鹿じゃないの!?」

 

「そのまま飲んだら甘ったるすぎるわ! お前はオッサンの義理の息子かっちゅうねん!」

 

 そんな微笑ましさを感じさせる八十八とは違い、エンペラーはどこぞから引っ張り出したワインを開けるとそこに水道水をぶち込もうとする。酒を嗜むことはないメアリであってもそれは異常な行動であり、頭おかしいと断じても仕方はなかった。

 ちなみにエンペラーは水割りワインを飲むと、しっぶぅ!!? と言って噴き出していた。全く何がしたいかわからない。

 

「し、嗜好品たる茶に医薬品である砂糖を入れるとは・・・・・・、西戎は狂っておる・・・・・・!?」

 

「だったら飲むなっ!!」

 

 そして案の定、ライダーまでもが自国の文化とは違う状況に戸惑い目の前で行われている常識に対して批判を述べるほどである。

 どうしてこうなったと、メアリは数分前の自分を怒鳴りつけたい気分であった。

 

 

 

 

 

 時は数時間前に遡る。

 

「さあ、ここが私たちの拠点よ」

 

 新市街から歩くこと数分。新市街のビル群を抜けた同エリアの住宅街の中。そこに佇む一軒の平屋の住宅。そこがメアリの拠点であった。

 

「・・・・・・結構いいところに住んでるんだな」

 

 大きくもなく小さくもなく、手ごろな大きさである平屋の一軒家といえばそれはある種の夢である。八十八の場合、八頭龍山に土地を持っていた関係もあってそこに住んでいたが、父母の実家は確かマンションだったはずである。

 一般的なサラリーマンの家系に生まれた八十八にとってこういったそこそこ発達している都市の土地価格は安いものではないことぐらいは分かっているし、そんな家系に生まれた阿武木一家が手を出せるものではないことも理解しているために、メアリの家庭環境がとても裕福であることを察する。

 

「ふふふ、そうかしら?」

 

 ポツリとつぶやいた八十八の声にやや気をよくしながら、メアリはウキウキ気分で家に入る。

 なんだかんだ褒められることに慣れていないメアリだ。褒められた想い出といっても家族内でのことだけ、周囲に対する期待や賞賛はすべて姉に行っていたことを考えると、メアリは特に自己承認欲求という物に縛られているといってもいい。

 

「ま、まあそんなことはいいわ! ほら、早く入りなさい。特別に私がもてなしてあげるわ! ゲストをもてなすのもホストの役目ってものだからね!」

 

「おう、期待してるわ」

 

 メアリは胸を張って自慢げにすると、八十八はそのまま頷く。

 そういった期待という物を背負ったメアリは何ともこそばゆいというかなんとも言えない暖かな気持ちで作業に移る。

 

 そもそもの発端は先ほどの襲撃のせいである。本来であれば近場のファミレスで作戦会議と行きたかったものの、そうは問屋が卸さない。アーチャーの襲撃があった以上、周囲は危険。安全に話し合いができることを考え、メアリは八十八たちを拠点に招待した。

 

 メアリによって通されたのはリビングルーム。部屋は新しく間借りしたために整理整頓されており、積み上げられた段ボールの山もまた特徴の一つといえるだろう。

 キッチンは真新しいIHクッキングヒーターであり、魔術師としては珍しく割かし新しい冷蔵庫や大型テレビが置かれている。メアリはケトルに電源を入れてお湯を沸かし、その間に茶菓子やティーカップを用意する。

 

「面白い建築様式やんけ、なんかあらへんかな?」

 

 そう言ったのはエンペラーであり、ちょっとした冒険心に取りつかれたのか、冷蔵庫や棚を手当たり次第に開きまくる。 

 

「ちょ、貴方一体何を・・・・・・!」

 

「お、葡萄酒あるやんけ。もーらい!」

 

「話を聞きなさいっ!!」

 

「なぁ、これなんだ。ガスコンロじゃねぇのか? それもう湧いてるっぽいけど早くねぇか?」

 

 メアリの叱責などなんのその。エンペラーは自由に動き回る。そんな様子に触発されたのか、八十八も見慣れない近代様式のキッチンや家電に興味を示す。

 

「嘘でしょ!? 日本男児は家電を知らないっていうの!?」

 

 むしろ魔術師の癖に家電を使いこなす方が珍しいというのはこのメアリには通じないのだろう。英国におけるそれなりの表会社を運営しているセルウィン家では裏よりも主で関係の仕事に比重が置かれている。それゆえに現代知識で後れを取るということがあってはならないためにこういった文明の利器は一通り使いこなしていた。

 

「山じゃ豆電球とコンロとストーブありゃいける」

 

「貴方文明に取り残されてるわよっ! 明治じゃないんだから!」

 

「お、おう」

 

 メアリの剣幕に圧される八十八。この世界に降り立ったお雇い外国人の気持ちが痛いほどわかるメアリであり、同時にこりゃ見下されてもしょうがない人種ね、私がどうにかしなきゃ。と思うのだった。

 

 そんな風に喧々錚々の言い争いを続けながらもメアリは手を止めることなく数分の時間をかけて紅茶を淹れる。エンペラーの為にワイングラスを用意したりと言った作業も同時並行で進め、客人である八十八たちやライダーをソファーに座らせることも忘れない。

 

「さあ、私が淹れた紅茶よ、心して飲みなさい―――」

 

 話し合いが始まる前から苦労しっぱなしの状況。これで落ち着くかと言えばそんなことはなく、話は冒頭のそれに戻るのであった―――。

 

 

 

 

 

「まったく、ひどい目にあったわ」

 

「貴方は自業自得じゃないエンペラー」

 

「まあ、そうカリカリするでない」

 

「誰のせいでっ―――!」

 

 怒りを滲ませながらもなんとか堪えるメアリ。ここで怒ってもいいことはない。そう思い、落ち着くために紅茶を一口飲むと、なぜか妙に甘ったるかった。

 

「・・・・・・誰かしら、私の紅茶に砂糖入れた馬鹿は?」

 

「ん? 駄目だったのか、こっちの方が美味いだろ!!」

 

「馬鹿にしやがって、そんなに砂糖が好きなら口に詰めとけっ!!」

 

 半ば嫌味で言った言葉だった。ここに来ての様子があまりにも馬鹿みたいだったから言っただけ。メアリは言った後に流石に大人げなかったかと思えば、八十八は逆にキラキラとした目をしてこちらを見る。

 

「えっ! こんな美味いものそのまま食ってもいいのか!?」

 

「待って、オッサンにも一個くれへん」

 

「待て、砂糖とは黒かもしくは茶色なのではないのかのぅ、儂にも見せてはもらえんか?」

 

「素直かっ・・・・・・!!」

 

 なんでお前らはそんな中世的価値観なんだよ。そしてどうして皆して砂糖をそのまま貪り食ってるんだよ・・・・・・。

 メアリは再度頭を抱える。口に角砂糖を入れながら至福そうな顔をするもんだから、怒るにも怒れない。そんな砂糖程度で幸せになれる人間なんてメアリは今まで知らなかったからだ。

 

「もうっ、こんなんじゃ話が進まないじゃないっ!!」

 

「え、今から交渉するんかい? オッサンもう寝たいんやけど」

 

「サーヴァントが寝てどうするのよっ!」

 

 素っ頓狂なことをいうエンペラーに対してメアリは痛烈に批判する。

 サーヴァントの肉体を構成しているのは高い密度のエーテル体であり、要は魔力である。そんな状態であるためにサーヴァントは肉体にかかる負荷からある程度解き放たれた状態にある。それは人間として基本的な食事や睡眠といった行動を取らずとも生存が可能と言ったものであり、こと人間兵器としては優れた面である。

 

「なにゆうとんねん。いかにオッサンがサーヴァントやゆうたって、人間らしく生きとらねば、精神的な疲れとかとれんやろ。なんでオッサンのプライベートすら指図されなあかんねん」

 

「さ、サーヴァントが主に歯向かうっていうのっ!?」

 

「オッサンのマスターはこの兄ちゃんや。姉ちゃんのサーヴァントやあらへん」

 

 生意気な口をきくエンペラーに対してメアリは怒気を強めるものの、エンペラーは何のそのといった雰囲気でメアリを歯牙にもかけない。その様子にメアリの怒りはさらに膨れ上がる。

 しかし、そんなメアリの状態に冷や水をかけるかのようにライダーは口を開いた。

 

「正論じゃな。そなたもこれ以上突っかかるほどのことでも無いじゃろう。それにこれはそなたの為でもある」

 

「ライダーっ!」

 

「そなたもそして阿武木八十八も限界じゃ。気を張ってどうにかしているが今日一日で無理しすぎじゃ」

 

 そういうライダーの言葉にメアリは思い当たる節があるのか、顔を顰めるだけで反論はしない。

 

 今日一日でライダーの召喚、移動行動に宝具の発動。目の前で命の危機にも晒され、魔力、肉体、そして精神的にも疲労がたまっている。

 

「儂らも今日中に交渉をまとめるよりか、じっくりと腰を据えて話し合いたい。交渉も体力を使うでな、そなたには一足先に休んでもらいたいと思っておる」

 

「でも・・・・・・」

 

「話し合いもある程度こちらでまとめておこう。エンペラーとは長い話となるでな、儂としてもそなたの体調が第一じゃ」

 

「・・・・・・」

 

「頼む、この老骨に免じて頷いてはくれんか?」

 

 ライダーの真剣な物言いにメアリは息を呑む。そしてゆっくりと肺にため込んだ空気を吐き出して大きなため息を吐くと首肯した。

 

「しょうがないわね、ええ。本当にしょうがない。これは貸しよ」

 

「呵々、委細承知した」

 

「じゃあエンペラーのマスター・・・・・・確かヤソハチって言ったわね」

 

「おう、如何した?」

 

 ぼりぼりと角砂糖を口に含む八十八を見て、メアリはコイツ糖尿病になりそうだなと思いながらもてきぱきと要件を告げる。

 

「寝室に案内するわ。時間も時間だし、今日はこっちに泊まっておきなさい。なにせ今回の聖杯戦争はちょっとばかしセオリーとは違うわ。いずれ敵対するといっても今は共闘相手、少しぐらい馴れ合っても誰も文句は言わないわ」

 

 そういったメアリに対し八十八は頭を掻くと、ゆっくりと立ち上がる。

 

「そうか、一つ屋根の下男女がいるっていうのはあまりいいこととは言えんが、お言葉には甘えさせてもらうか」

 

 そう言って、八十八とメアリはリビングを後にしていった。残ったのは二騎のサーヴァント、二人がいなくなったのを見計らい、エンペラーは口を開く。

 

「・・・・・・じゃあ、交渉に移らせてもらおうかい。アンタもそれでええやろ」

 

「然り、礼儀に関しては文句はないが、こと交渉に関しては儂のマスターは正直すぎる。美点ではあるが、こういった後ろ暗いことにはむかんじゃろうて」

 

 あの娘は、あまりに優しすぎる。

 それがライダーが感じたメアリという少女に対する評価であった。魔術師という特異な家庭で育ちながらもその芯は真っ当すぎるほど真っすぐだ。多少捻くれているものの、本来の性格は男勝りでお転婆なガキ大将気質なのだろう。

 自己評価よりも他人の評価を気にしすぎるきらいはあっても、自分に自信を持つことは責任感の強さに繋がる。八十八やこの時代における文化に無知な自分らの対応から見ても世話焼きや部分もある。それも過ぎれば傲慢になるが、自分がいれば問題はない。少なくともライダーはそう思っている。

 

「うちの兄ちゃんもそうやな、最も弁えているだけオッサンにとってはありがたいことや」

 

「嗚呼、違いない。こちらは後で機嫌を取らなければなるまい。それは兎も角、話をはじめようか。儂と貴公、恐らく目的は同じだ」

 

 そう言ってライダーは茶を傾けてのどの渇きを潤し、エンペラーも優雅にワインを揺らしながら目を細めた。

 

「ここまでのことだ。信用云々は不要じゃろう、答えを聞く。

―――同盟の話、受けてくれるだろう」

 

 老将から滲ませる覇気を感じさせながら、エンペラー愉快そうに笑みを浮かべるのだった。

 

「その前に、一つだけ言っておきたいことがあるんや、別にこれに対しては否と言ってもその後の交渉にケチはつかん。けれど、一言だけ聞きたい」

 

 一呼吸置いたその瞬間、空気が変わる。今までの陽気な姿とは一変し、エンペラーの瞳は氷のように鋭く、そしてライダーは息を呑む。

 この雰囲気をライダーは知っている。しかし、それはライダーが生前感じた以上の威圧感を持つソレであった。

 

 エンペラーの双眸はライダーを正眼に捉えて離さない。その先の言葉はエンペラーにとっての最大の賛辞であり、そして正当な評価より基づいた言葉。

 

「オッサンの―――余の配下となってほしい。余の右席はすでに埋まっているが、左席は用意しよう。どうか頷いてはくれないだろうか?」

 

 そう言ってエンペラーは目の前のサーヴァントを勧誘したのだった。



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