仮面ライダーウィザード FANTASTIC DAYS (青空野郎)
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第1話 始まる、異世界の物語

昼間にもかかわらず、その公園に人の姿はなかった。

そこにあったのは不気味に蠢く影。

その影を人と認識するにはあまりにも異型じみていた。

尖った耳に、獣のような双眼が獰猛な光を迸らせる。

全身を覆う硬質な皮膚は薄汚い緑色に染まっている。

片手に持つのは一振りの棍棒。

それを振り下ろすだけで人の頭などトマトのように簡単に潰されてしまうだろう。

 

「チィッ!やっとゲートを絶望させることができたはずなのに…!」

 

だが、そんな異形の怪物は肩で盛大に息をしながら、毒を吐いていた。

 

「そう簡単にやらせるわけないだろ?ファントムさん」

 

ファントムと呼んだ異形の怪物に、飄々とした様子で言葉を投げかけた存在の姿もまた特異なモノだった。

特徴的な赤い宝石を模した円形の仮面が日の光を反射し、全身に纏っている黒いロングコートが風でふわりとはためく。

左手の中指には仮面と同じ形の指輪が赤く煌き、腰にはバックル部分に黒い手形の意匠が施されたベルトが装着されてある。

 

「おのれ!指輪の魔法使い!このゴブリンさまをコケにしやがって!」

 

そう、ファントムが魔法使いと呼んだその存在こそが絶望を希望に変える魔法使い、『仮面ライダーウィザード』である。

 

「はいはい」

 

ウィザードはファントム・ゴブリンの怒声を適当に流し、専用武器“ウィザーソードガン”を構えて駆け出した。

すぐさまゴブリも棍棒で応戦するが、ウィザードの華麗な剣戟に簡単にあしらわれてしまう。

 

「はあっ!」

 

すぐさまウィザードはがら空きになったゴブリンの腹部に十字の斬撃を加え、最後に突きを食らわせた。

 

「ガアァッ!」

 

硬質な皮膚から火花を散らせ、たまらず地面を転がっていくゴブリンを見据え、ウィザードは腰のベルト“ウィザードライバー”に手を掛け、右手側に傾いていた黒い手形“ハンドオーサー”をもう一度右手側に傾けなおした。

 

【ルパッチマジックタッチゴー!ルパッチマジックタッチゴー!…】

 

「フィナーレだ」

 

ベルトから怪奇で軽快な音声が周囲に流れるが、ウィザードは気にせず右手の中指に付け替えた指輪をハンドオーサーに翳した。

 

【チョーイイネ!キックストライク!サイコー!】

 

足元に出現した赤い魔法陣から燃え盛る炎を右足に纏い、ウィザードはロンダートから跳躍する。

無意識にも見とれてしまうほどの美しい乱舞を見せつけるウィザード。

 

「だああああああああッ!」

 

そして、キックストライクウィザードリングを使用して発動する“ストライクウィザード”がゴブリンを貫いた。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアア!」

 

着地と同時に体を回転させてポーズを決める背後で、断末魔とともにゴブリンは爆散し、燃え盛る炎の中で赤い魔方陣が浮かび上がった。

 

「ふぃ~」

 

無事に戦闘を終えたウィザードは溜息をひとつもらした。

そして、足元に現れた魔方陣が上昇し、ウィザードは変身を解除して青年『操真晴人』の姿に戻った。

 

                      ☆

 

ファントムを倒した晴人は公園を離れ、しばし町をぶらついていた。

 

「紀乃川市か…。ファントムを追ってる内に、ずいぶんと遠くまで来ちゃったな」

 

目についた看板を見て思わず言葉が漏らしていると、不意に携帯が着信を知らせた。

 

「もしもし、コヨミか。どうした?」

『晴人、大丈夫?』

 

電話の向こうから聞こえてきたのは『コヨミ』という少女の声だ。

 

「ああ、問題ない。ファントムはばっちり倒したからすぐに帰るよ」

『わかったわ。お疲れさま。気を付けてね』

 

電話越しの会話を終えて歩を進める晴人。

携帯をしまい、再び歩き始めると戦闘終わりということもあって緊張がほどけたのか、ぐうぅ、と腹の虫が空腹を訴えた。

 

「そういやまだ飯の途中だったな」

 

晴人はコネクトウィザードリングを装着し、待機状態のウィザードライバーに手を翳した。

 

【コネクト!プリーズ!】

 

そして晴人は横手に現れた小さな魔方陣からお目当ての品を引っ張り出した。

『ドーナツ屋はんぐり~』と書かれた紙袋から取り出した晴人の大好物、プレーンシュガーを前にまずは一口。

口の中に程よい甘さが広がり、思わず口元がほころぶ。

口についた砂糖をペロリと舐め、子供のような笑みを浮かべながら晴人が学校らしき施設に差し掛かった時だった。

晴人の前を一匹の犬が横切った。

どこからか拾ってきたのだろうか、その犬は口におもちゃの短剣を銜えたまま施設の正門を潜っていく。

 

「平和だね~」

 

そんな感想を漏らしながら、ドーナツを頬張る。

晴人が流し目でその光景を見つめていると、校庭のど真ん中で止まった犬は銜えた短剣を天に向けたかと思うと、そのまま地面に突き刺した。

短剣を中心に迸る強烈な桃色の閃光に視界が奪われてしまい、その瞬間晴人の表情は一変してしまうがそれは一刹那のこと。

恐る恐る見やると、晴人は目の前の光景に唖然としてしまった。

 

「これは…魔法陣!?」

 

晴人の眼前で、校庭全体に広がる巨大な魔方陣が淡い桃色の光を放っていた。

その中心で奈落の闇が大きく口を開けている。

さらに言えば、今まさにひとりの少年が悲鳴を上げながらその奈落に吸いこまれようとしていた。

 

「おいおいマジかよ!」

 

それを見て咄嗟にドーナツを放り投げて駆け出す晴人。

奈落の目前まで助走をつけて跳躍した晴人だが、残念ながらその手が少年に届くことはなかった。

 

「わああああああああああああああああっ!」

 

強い力に引かれ、晴人と少年は成す術なく奈落の空間に飲み込まれていった。

最後に件の犬も奈落に飛び込んで、魔法陣は消失する。

後にはただただ、静寂が訪れるだけだった。

 

                      ☆

 

目の前には白しか映っていなかった。

辺りを見渡しても視界に映るすべてが穢れのない白一色。

天と地の境目すらわからないそんな世界に晴人はいた。

 

「…あれ?」

 

訳が分からず晴人は漏らした。

 

「これは…」

 

割と落ち着いている様子の晴人は、ふと背後に気配を感じた。

振り向くとそこにはフードをかぶったひとりの少年が立っていた。

その少年もまた白で統一された姿だった。

身に纏う民族的な衣装からのぞくキメ細かい白い肌に、髪も、瞳もまた純白。

一瞬少女かと思ったが、その顔立ちから晴人は少年だと判断した。

 

「キミは…?」

 

戸惑いがちに尋ねる晴人だが、少年は口を開かない。

その時、晴人は少年の瞳に深い悲しみが隠れているのを見た。

 

「―――たすけて」

 

そして、今にも消えてしまいそうなか細い声を聞いた途端、少年の身体の全体に黒い亀裂が走った。

 

「―――ッ!?」

 

その光景に晴人は戦慄で身を震わせた。

絶望したゲートからファントムが生まれる光景にあまりにも似ていたのだ。

こうして目の当たりにしている今でも、少年の全身を蝕む亀裂の勢いは止まらない。

咄嗟に駆け出すも、晴人の手が少年に届く前に全身に回った亀裂からドス黒い瘴気が噴出した。

一気に視界が白から黒へと塗りつぶされる。

 

「グうッ…クッ…がああああああああああ―――」

 

                      ☆

 

「―――ハッ!」

 

絶叫とともに晴人は目を覚ました。

大きく肩を上下させながら慌てて周囲を見渡せば、視界に入るのは青々と生い茂る草木の緑と朝日を反射する朝露の輝き。

 

「夢か…」

 

ようやく息が落ち着いてきたところで、晴人は先程までの白い世界は夢だと認識する。

どうやらあの空間を漂っていた途中で意識を失ってしまったようだ。

そしてぼやける視界がはっきりした時、晴人の顔を覗き込む者がいた。

 

「…犬?」

「わん!」

 

晴人の言葉に答えるように、犬がひとつ吠えた。

麻呂眉にキリリとした目つきがなんとも凛々しい小犬だった。

誰かの飼い犬なのか、首に赤いスカーフを巻いている。

ゆっくりと体を起こす晴人を小犬はお行儀よくお座りの体勢のまま見上げている。

なんとなく手を伸ばしてみるも、小犬は逃げるそぶりを見せない。

このまま引っ込めるのもなんだったので、晴人はそのまま小犬の頭を撫でることにした。

晴人の行為を受け入れ、擽ったそうに目を細める子犬に自然と心が和んでしまう。

子犬を撫でながら晴人は改めて自分の状況を確認する。

 

「ここは…」

 

晴人が目を覚ましたのは青々とした草木が生い茂る森の様な場所だった。

見慣れない景色と突然の出来事に戸惑いを覚えながらも、晴人は意識を失う前の記憶を呼び起こす。

 

「確か俺は…そうだ!あの子は!?」

 

慌てて周囲を見渡すが晴人と子犬以外誰も見受けられなかった。

少年の安否が確認できない今、晴人は歯がゆい思いをかみしめる。

 

「それに、あの魔方陣は一体…?」

 

晴人はあの時の魔方陣を脳裏に浮かべる。

用途はおそらく転送用。

晴人自身は使えないが、以前に似た魔法をこの目で見て、この身で体験したことがある。

晴人に魔法を与えた『白い魔法使い』の“テレポート”。

咄嗟のことだったので細かい部分は覚えていないが、晴人はやはり初めて見るものだと確信する。

 

「おや?ようやく目が覚めたでござるか?」

「え?」

 

突然の声に、いつの間にか深く考え込んでいた晴人は我を取り戻した。

声の主に視線を向けると、そこ先に2人の少女が数匹の子犬と一羽のダチョウのような生物を引き連れていた。

ひとりは長い栗色の髪を三つ編みにした、ほんわかとした表情が印象的な女性。

和風の着物にはんてんを羽織るという服装で、腰に大剣を携えている。

その物腰の柔らかそうな気品がどこか神秘的な雰囲気を感じさせる。

もうひとりは、年の頃は10代後半だろうか。

エメラルドのような翡玉の瞳に、日の光で煌めくゴールドブロンドの髪を後ろで一つに束ね、膝丈までの浴衣を着こなして少女の活発さを醸し出している。

さらには2人の少女の頭には犬のような耳がぴこりぴこりと動き、お尻のあたりでふりふりと尻尾が揺れる。

10人が10人、絶賛するほどの美少女だった。

 

「…耳?…尻尾?」

 

危うくスルーしてしまうところだった。

晴人の視線が耳としっぽの2点に集中する。

少女の容姿は人そのものなのだが、何故耳と尻尾が付属しているのだ。

晴人は予想外の有様に思考が一時停止してしまう。

 

「お~い。もしも~し」

 

しばし呆然としていた晴人だったが、眼前で手を振り心配そうにこちらを覗き込む金髪の少女の声で再び我に返った。

 

「…え?あ…あぁ、悪い。えっと…」

「そういえばまだ名乗ってなかったでござったな。拙者はビスコッティ騎士団自由騎士、隠密部隊頭領“ブリオッシュ・ダルキアン”でござる。以後、お見知りおきを」

 

「同じく拙者もビスコッティ騎士団隠密部隊筆頭“ユキカゼ・パネトーネ”でござる」

 

足元で子犬たちがじゃれ合う中で、古風な言い回しをする2人の少女、ブリオッシュとユキカゼ。

聞きなれない言葉に疑問を覚えるが、とりあえず晴人も名を名乗る。

 

「俺は晴人。操真晴人だ。よろしく」

 

気になることはあるが、お互いに自己紹介したところでブリオッシュが切り出した。

 

「ところでソウマ殿は何故このようなところで倒れておられたのでござるか?」

 

一瞬、晴人は言葉に詰まった。

何をどう話すべきかと思考を巡らせるが、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥という。

 

「晴人でいいよ。うん…まあ、そのことなんだが…」

 

多少言葉を濁しながらも晴人は、意を決して訊ねた。

 

「ブリオッシュちゃんにユキカゼちゃんだっけ?変なこと聞くようだけど…ここ、どこか分かるか?」

 

疑問に疑問で返すというのは礼儀に反するような気がするが、今の晴人は形振り構っていられなかった。

今はとにかく少しでも情報がほしい。

そんな晴人の言葉にブリオッシュとユキカゼは目を丸くする。

 

「えっと、一応ここはフロニャルドの西部に位置するフイユタージュ街道に入ったところでござるが…」

「ふ…ふろ、にゃるど?」

 

ご丁寧にユキカゼが答えてくれたが、やはり明らかに聞いたことのない地名だ。

晴人の怪訝そうな反応を見てブリオッシュが口を開いた。

 

「もしかしてハルト殿は異世界の人間でござるか?」

「…え?」

 

予想外の言葉に晴人は耳を疑った。

 

「いや、このフロニャルドには古くから異世界の住人を召喚する儀式が存在するのでござるよ。おそらくハルト殿は異世界でその儀式に応じたのでござろうな」

「…」

 

黙って聞く晴人に、ブリオッシュは淡々と続ける。

 

「でもハルト殿の反応からすると、いまだに召喚主とは出会えていないご様子。我々がこの場所に訪れた時にはハルト殿が倒れていたのでござる」

「異世界、イセカイ、いせかい…」

 

言葉を反芻しながら晴人は内心で冷や汗を掻く。

見知らぬ土地に放り込まれたこの状況。

導かれる言葉はただ一つ。

 

「ってことは俺…迷子、ってこと?」

 

それもかなりスケールのでかいやつ。

 

「ハルト殿から見ればそうなるでござるな」

 

ブリオッシュの遠慮がちの声音が、晴人に無慈悲な現実を突き付けた。

 

「うっそぉ…」

 

絶望とまではいかないが、軽く眩暈を感じた晴人は途方に暮れるような錯覚に呆然としてしまう。

 

「でも、まあ、そう悲観することもないでござるよ。ですよね?親方様」

「左様でござる」

 

意味深なユキカゼの言葉にブリオッシュは肯定する。

 

「どういうことだ?」

「実は、我々にはその召喚の儀式を行える御方に一人心当たりがあるのでござる」

「ちょうど拙者たちもその御方のもとへ向かっている最中故、よければハルト殿も一緒に参られるか?」

 

「…いいのか?」

 

期せずしての申し出に、晴人は思わず聞き返さずにはいられなかった。

そんな晴人にブリオッシュは柔らかな笑みを浮かべて答える。

 

「旅は道連れ、余は情け。ここで出会ったのも何かの縁でござる。遠慮は無用でござるよ」

 

地獄に仏とは正にこのこと。

知らない地で初めて出会ったのが彼女たちであったことを晴人は心の底から安堵した。

晴人が続けてありがとう、と繋げようしたがそれは叶わなかった。

先ほどまで足元でじゃれ合っていた小犬たちが威嚇するように唸り声を漏らしている。

晴人たちも子犬たちの視線の先の茂みの奥から不穏な気配を感じ取っていると、現れ出でた存在に3人は驚愕の表情を浮かべた。

 

「親方様!」

「うむ。やはりここにも現れたか…」

 

3人の前に姿を現したのは、頭部に2本の角を生やし、全身を覆う石の如く荒い硬質さを見せつける皮膚に、そのところどころに罅のようなラインが走る身体。

槍を携え、ゾンビのように不規則な足取りで歩み寄る異形の影が晴人たちを囲んでいた。

ざっと数えるだけでも、その数は50を超えているだろうか。

異形たちの登場に、無意識に戦闘態勢をとるブリオッシュとユキカゼ。

そして彼女たちの会話に違和感を覚えたが、晴人は目を見開いてその異形の名称を漏らした。

 

「グール!?なんで…!」

 

グールとはファントムが携帯する量産型ファントム。

量産型のため、一個体の戦闘力は大したことはない。

故にファントムも作戦遂行時や逃走時といった時間稼ぎに多く用いる。

グールに見慣れたさすがの晴人でも、それが異世界に現れるという事実に目を疑ってしまっていた。

 

「ハルト殿はこやつ等のことを知ってるでござるか?」

 

晴人の言葉に隣にいるユキカゼが反応する。

 

「…まあね。2人とも下がってな」

 

取り乱すのも数瞬のこと。

すぐに冷静を取り戻し、目を細めてグールの群集を睨めつけながら前へ踏み出した晴人は顔の横で赤い指輪を左中指に通す。

続けて、右手の中指にはめたドライバーオンウィザードリングをベルトにかざした。

 

【ドライバーオン!プリーズ!】

 

待機状態のウィザードライバーが本来の姿に戻り、晴人はバックルの両端に供えられたレバーを操作して、右手側に傾いたハンドオーサーを左手側に傾けて、叫ぶ。

 

【シャバドゥビタッチヘーンシーン!シャバドゥビタッチヘーンシーン!…】

 

「変身!」

 

ドライバーが軽快な音声を響かせる最中、晴人は赤い指輪“フレイムウィザードリング”のバイザーを下ろし、再び黒い手形のバックルに翳した。

 

【フレイム!プリーズ!】

 

そのまま左手を真横に伸ばせば、赤い魔法陣が出現し、ゆっくりと晴人に近づいていく。

 

【ヒー!ヒー!ヒーヒーヒー!】

 

揺らめく炎を散らす魔方陣が晴人を透過し、晴人は火のエレメントを司る魔法使い、ウィザード・フレイムスタイルに変身した。

 

「なんと…!」

「ハルト殿?」

 

後ろでブリオッシュとユキカゼが一驚する声が聞こえたが、晴人は気にせず黒いローブ“ウィザードローブ”を翻してコネクトウィザードリングを使用する。

 

【コネクト!プリーズ!】

 

空間に生じた小さな魔法陣に腕を突っ込み、ウィザーソードガンを引っ張り出す。

そして、もう一度フレイムウィザードリングを相手に見せつけるように、ルビーの如き真紅の仮面の横に持っていく。

 

「さあ、ショータイムだ」

 

静かに、だが力強い声音でいつものセリフを口にした。

 




ということで、新作第一話となります。
これからも更新を進めていこうと思いますが、やはりクウガが優先的に進むことになるかもしれません。
その辺はご了承くださいm(_ _)m

…さて、ヒロイン誰にしたろ…。


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第2話 蘇る絶望

異世界、フロニャルドの土地でグールと遭遇した晴人はウィザードに変身し、視界のほとんどを埋め尽くすほどのグールの群れを前にしても臆することなく立ち向っていた。

 

「ふん!はっ!」

 

深緑の満ちる深い森の中でウィザーソードガン・ソードモードの銀閃がグールたちを翻弄していく。

 

「あらよっと」

 

しゃにむにグールが槍を振るって襲ってくるが、晴人はエクストリームマーシャルアーツを基礎としたアクロバティックな動きで軽々とかわしていく。

 

「はっ!」

 

再び銀閃が閃き、グールは火花を散らせて倒れていく。

 

「にしても、やけに数が多いな…」

 

独りごちながらまた一体斬り伏して周りを見渡せば、未だに結構な数のグールたちが犇めき合っている。

だが、何故かグールを仕向けてきたであろうファントムの姿が見当たらない。

どこかに隠れてこちらの隙をうかがっているのであろうか。

戦法を変えようかと思い、新たな指輪を手にしようとしていた時、晴人の横を2つの影が通り過ぎた。

 

「はあっ!」

 

「せいっ!」

 

大太刀と小太刀の斬撃に眼前のグールが吹き飛ばされる。

 

「微力ながら、拙者たちも助太刀いたすでござる」

 

「こう見えて、腕には自信があるのでござるよ!」

 

ブリオッシュとユキカゼが頼もしく思える笑みを晴人に向けるなり、グールの群れに飛び込んでいった。

ブリオッシュが大太刀で両断し、ユキカゼは小太刀で斬り刻んでいく。

 

「すごいな」

 

みるみる内にグールはその数を減らしていく2人の少女の戦いを見て、晴人は素直に感嘆の声を漏らす。

 

「俺も負けてはいられないな」

 

背後から襲いかかってくるグールをカウンターの要領で適当に蹴り飛ばし、晴人はウィザーソードガンをくるりと回して駆け出した。

 

「このまま一気に畳み掛けるでござるよ!」

 

目が冴えるような剣捌きで次々とグールを斬り払っていくブリオッシュだが、目の前の敵に集中しすぎたせいか、背後で魔力弾を発射する別のグールの存在に気付くのに一瞬遅れてしまった。

 

【ディフェンド!プリーズ!】

 

背中を取られたとブリオッシュが舌打ちした瞬間、突如目の前に炎が揺らめく赤い魔法陣出現した。

 

「俺を忘れてもらっちゃ困るぜ」

 

炎の魔方陣で魔力弾を防いでいく晴人は素早く指輪を取り換え、ハンドオーサーを傾け直す。

 

【ビッグ!プリーズ!】

 

指輪とはめた右手を頭上に伸ばした先に出現したのは等身大の魔法陣。

それに腕を透過させれば、晴人の腕は数倍の大きさに巨大化する。

そのまま巨大化した腕を勢いよく振り下ろして数体のグールを叩き潰す。

地響きを生むほどの衝撃で周りにいたグールたちが宙を舞う。

続けて腕を大きくスイングさせ、大量のグールを弾き飛ばしていく。

 

「油断大敵だぜ」

 

虚を浮かべるブリオッシュに、振り向きざまにウィザーソードガンで軽くさしながら晴人が言う。

 

「すまない。助かったでござる」

 

「気にするな」

 

簡単な受け答えしながら晴人は再度ウィザーソードガンをくるりと回す。

晴人がウィザーソードガンで薙ぎ払い、ユキカゼは小太刀で蹴散らし、ブリオッシュは大太刀で斬り伏せていき、辺りを埋め尽くしていたグールの大群の数を確実に減らしていく。

 

「それじゃ、そろそろフィナーレといこうか!」

 

晴人の言葉にユキカゼとブリオッシュの2人は頷き、互いに背中を向け合った。

 

【キャモナスラッシュ!シェイクハンズ!キャモナスラッシュ!シェイクハンズ!…】

 

ウィザーソードガンのハンドオーサーを起動させれば軽快な音声が鳴り響く。

 

「ユキカゼ式忍術、閃華烈風!」

 

ユキカゼの手の上で翡翠の光を放つ手裏剣が旋回する。

 

「裂空…一文字!」

 

居合の構えから放たれる弧月状の一閃が紫の光を放つ。

すかさず晴人は握手をするようにフレイムウィザードリングを翳した。

 

【フレイム!スラッシュストライク!…ヒーヒーヒー!ヒーヒーヒー!…】

 

ウィザーソードガンの刀身に炎で形成された赤い魔方陣が揺らめく。

 

「はああっ!」

 

晴人はウィザーソードガンを振りぬき、炎の斬撃を飛ばす。

炸裂する3者3様の必殺技に残るすべてのグールたちは爆発霧散した。

 

「ふぃ~」

 

そして例によって、最後に晴人はひとつ息を溢した。

 

                      ☆

 

戦闘を終えて人心地ついた晴人だが、もしかしたらまだ近くに敵が潜んでいるかもしれないと考えた。

思い過ごしかもしれないが、警戒することに越したことはないだろう。

晴人は3つの指輪を立て続けにバックルにスキャンした。

 

【ガルーダ!プリーズ!】

 

【ユニコーン!プリーズ!】

 

【クラーケン!プリーズ!】

 

晴人の目の前でプラモデルのように組み立てられていくのは、晴人の使い魔のプラモンスター“レッドガルーダ”、“ブルーユニコーン”、“イエロークラーケン”である。

 

「ハルト殿、それは?」

 

後ろでブリオッシュが興味深げに話しかけてきた。

 

「ああ、俺の使い魔だよ」

 

簡単に説明しながら、召喚に使用した指輪を定位置にセットして、使い魔たちはピコピコと動き始める。

 

「使い魔?…わっ!動き出したでござる!」

 

驚くユキカゼを流し目で見ながら、晴人は3体の使い魔に指示を出す。

 

「よろしくな」

 

全ては語らなかったが、晴人の意図を読み取ったようにこくりと頷く仕草を見せた後に使い魔たちはそれぞれの方向に散って行った。

それを見届けて晴人は変身を解いた。

 

「さてと、とりあえずこれで一安心かな?」

 

「そうでござるな」

 

2人に向き直る晴人にブリオッシュが首肯する。

 

「ハルト殿のおかげで手早く片付けることができた。感謝するでござる」

「困った時はお互い様だろ?」

 

謝辞を述べたブリオッシュに破顔の笑みで答える晴人。

 

「ところで、ハルト殿は一体何者でござるか?先ほどの立ち回り、とても素人とは思えなかったでござる」

 

問いかけてきたユキカゼに同意するように、彼女の隣でブリオッシュも頷く。

それを聞いて、晴人は左薬指に嵌めた赤い指輪、フレイムウィザードリングを見せながら、軽く笑みを浮かべながら言う。

 

「俺は希望を守る魔法使い、ウィザードだ」

 

                      ☆

 

グールを撃退した晴人、ブリオッシュ、ユキカゼ一行は場所を近くの川原に移した。

パチパチと魚を焼く焚き火を晴人たちが囲む形になっている視界の端では探索を終えた使い魔たちと子犬たちが戯れている(正確には使い魔たちが一方的に追いかけられている)。

カラフルすぎるその姿にしばし戸惑いを覚えたが、いざ食べてみるとこれがなかなかいける。

 

「ハルト殿はあの魔物のことを知っているのでござるか?」

 

「ファントムのことだろ?」

 

「ふぁんとむ、でござるか?」

 

最初に話を切り出したブリオッシュが初めて聞く言葉を反芻する。

 

「俺たちの世界には魔力の高い人間、ゲートって呼ばれる人間が存在する。そのゲートのすべてを奪って生まれる魔力の塊が、奴らファントムさ」

 

「すべて、というと?」

 

今度はユキカゼが尋ねてきた。

 

「そのままの意味さ。絶望したゲートの心の中で生まれたファントムは、ゲートの命も記憶も、そして希望を、そのすべてを奪って現実に現れるんだ」

 

「そんな…!」

 

晴人の言葉を聞いて、ブリオッシュとユキカゼは思わず目を見開き、絶句してしまった。

彼女たちでなくとも、死に対する概念の認識が浅ければ誰が聞いても同じ反応を見せるだろう。

 

「ということは、今までハルト殿は異世界でそのファントムと戦ってきたということでござるか?」

 

まあね、と軽く頷いて晴人は焼き魚を一口含んだ。

あっさりとした淡白な味と、程よい塩加減が口の中いっぱいに広がる。

 

「でも、なんであいつらもこの世界に…?」

 

やはりファントムが異世界に現れたということが腑に落ちない晴人はぼそりと呟く。

もしかしたら晴人が召喚の儀式に巻き込まれた時に奴らも紛れ込んだのでは?考える。

だが、晴人の呟きを聞いたブリオッシュが緊張した面持ちで晴人の予想を否定した。

 

「実はハルト殿、どうやらそのファントムという魔物はずいぶんと前からフロニャルドの各地に出没しているようなのでござる」

 

「なんだって?」

 

内容に、晴人は思わず眉根をしかめた。

 

「それって、だいたいどれくらい前なんだ?」

 

 

「拙者たちが存在を確認したのはつい半年ほど前でござる」

 

「フロニャルドに満ちるフロニャ力のおかげで死者こそは出ていないものの、やはり民や土地に甚大な被害が及んでいるのが現状でござる」

 

どうやらこの世界にファントムが現れたのは晴人が原因ではないらしい。

だが同時に、ファントムはいつ、どうやってこの世界に現れたのかという新たな疑問が脳裏を過ぎる。

 

「そうか…」

 

焼き魚の最後の一口を含んで晴人はひとつの決断を下した後、ゆっくりとした動作で立ち上がる。

 

【コネクト!プリーズ】

 

少し大きめの魔法陣の中から晴人はマシンウィンがーを引っ張りだした。

 

「ハルト殿?」

 

「ごめん、2人とも。俺は少しファントムを追ってみるよ。奴らがこの世界で何を企んでるのかが気になる。もし誰かを絶望させようとしてるなら、絶対にとめないと」

 

「悠長にしていたら帰れなくなるかもしれないでござるよ?」

「例えそうでも、やっぱりファントムを放っておくことはできない」

 

静かな口調で即答する晴人は振り向く。

 

「ファントムを倒すのは、魔法使いの役目だからな」

 

しばしの沈黙の後、その瞳に宿した強い決意を読み取ったのか、ブリオッシュは一つ頷いて懐から巻物のようなものを取り出した。

 

「ユキカゼ」

 

「はいでござる」

 

ユキカゼから筆を受け取ったブリオシュはしばしその紙面に黒い線を走らせたかと思うと、それを晴人に差し出した。

 

「これを持っていくでござる」

 

「これは?」

 

晴人は受け取った2本の巻物を不思議そうに見つめる。

 

「ひとつは拙者たちの住まい、風月庵への地図。来てくれればいつでも歓迎するでござるよ。そしてもうひとつは先ほど話した召喚の儀式を行える御方、ビスコッティ共和国代表領主、『ミルヒオーレ・フィリアンノ・ビスコッティ』様への書状でござる。それを見せれば話を聞いてもらえるはずでござろう」

 

思わず晴人はブリオッシュとユキカゼを見やった。

一度共闘したとはいえ、出会って間もない晴人に親切にしてくれたのだ。

晴人は、この人たちはいい人かもしれないと思った。

 

「すまない。助かる」

 

「困った時はお互い様、でござるよ」

 

訂正、やはりこの人たちはいい人だ。

晴人はマシンウィンガーに跨り、エンジンをかける。

 

「それじゃ」

 

「道中お気をつけて」

 

「また会いましょうでござる」

 

「ああ」

 

ヘルメットのシールドをおろし、晴人はアクセルを回してその場を後にした。

 

                      ☆

 

それから、晴人がフロニャルドに来てすでに一週間が経った。

その間にもう1度グールのぬれと遭遇した。

だが、やはりファントムの姿は見当たらなかった。

晴人はいまだにファントムの目的が分からないことに腑に落ちないでいた。

ただ、晴人の悩みのタネはそれだけではなかった。

ひとつはあの白い夢だ。

ファントムと出くわす度にあの白い夢を見るようになった。

つまり、これであの白い夢を見るのは3度目になる。

気のせいか、回数を重ねるたびに夢を見る時間が伸びているような気がする。

何度思い返いても、どうにもあの少年の悲痛に歪んだ顔が頭から離れない。

最初は偶然かと思ったが、偶然も3度続けばなんとやらである。

少年といえば、晴人と一緒にフロニャルドに飛ばされたであろう少年のことが気にかかる。今も自分と同じようにどこかに迷っているのだろうか。

ファントムに襲われていまいだろうか。

一度考えると、どうも予想が悪い方向へ流れてしまう。

2つ目は晴人の世界の現状だ。

いくらなんでも、すべてのファントムがこの世界にいるとは考えられない。

今もこうしている内に、向こうの世界でゲートがファントムに襲われていると考えると気が気ではない。

早く戻ることに越したことはないのだが、地球に帰る手段を持ち合わせていないのもまた事実だ。

悔しいが、今はもうひとりの魔法使い、仁藤攻介に任せるしかない。

3つ目はコヨミのことだ。

コヨミは晴人から魔力を供給することで擬似的に生きている。

一刻も早く元の世界に帰る方法を見つけなければ、いずれコヨミの魔力が尽きて死体に戻ってしまうだろう。

とりあえず、出かける前に魔力を渡しておいてよかったと思う。

そして、もうひとつはというと、

 

「ドーナツ、食べたいな…」

 

晴人が思い浮かべるのは愛しのドーナツ。

この一週間、豊かな自然のおかげで食料に困ることはなかったが、その間に晴人はドーナツを一度も口にしていない。

これは晴人にとって非常に由々しき事態であって、普段ではありえないことだ。

あのほどよい甘さを恋しく思い、本気で泣きそうになったことが何度かあったりした。

ただ、今は悩んでも仕方がない。

気分を変えるために顔でも洗おうかと、立ち上がった晴人は川原へと歩みを進めた。

 

                    ☆

 

さっぱりした気分で朝食を済ませた晴人は、穏やかな川のせせらぎを聞きながら再び頭を悩ませていた。

 

「まったく読めねえ…」

 

以前にブリオッシュからもらった巻物を前に晴人は難しい顔で呟いた。

その中身は風月庵への道を記した地図。

割と細かくかつ丁寧に黒線が描かれているのだが、地名を指しているであろう文字が全く読めなかったのだ。

会話が成立していたから完全に油断していた。

落胆する思いで溜息を溢していたそんな時、遠くのほうから探索に出していたガルーダが戻ってきた。

何かを伝えたいのか、忙しない仕草で晴人の頭上を旋回する。

 

「ファントムを見つけたのか!」

 

言うが早いか素早く巻物を片付けると晴人はガルーダの後を追いかけていった。

 

                    ☆

 

フロニャルド南中央ココナ平野では、猫耳、猫尻尾の一団とグールの軍団が激しい攻防が繰り広げられていた。

 

「クッ!ようやく戦を終えたばかりだとというに…!」

 

長柄斧で一体のグールを叩きのめした絹糸のように美しい白銀の髪を靡かせる少女が顔を顰める。

ちらりと辺りを見渡せば、兵士一人一人がそれぞれグールと相対しているもののどうも全体的に押されている。

長柄斧で一体のグールを叩きのめした絹糸のように美しい白銀の髪を靡かせる少女が顔を顰める。

ちらりと辺りを見渡せば、兵士一人一人がそれぞれグールと相対しているもののどうも全体的に押されている。

 

「ものども!なんとしても防衛ラインは死守せよ!」

 

『『『オオォォォォォォオオオッ!』』』

 

少女の喝に兵士たちが答える。

 

「閣下、やつらはやはり…」

 

「ああ、間違いない。最近噂に聞く魔物どもだ」

 

「しかし、ここはフロニャ力の守護が働く場所なのに何故…」

 

背中合わせに少女と長身の青年と鮮やかな紫の髪が特徴的な女性が言う。

 

「クッ…。こんな時に将軍が不在とは…」

 

「ないものねだりをしても仕方がない。考えるのは後じゃ。まずはこやつらを退けるぞ!」

 

「「御意!」」

 

少女の指示に、青年と女性が返事をした時だった。

 

『『『うわあああああああああっ!』』』

 

『『『ぎゃあああああああああっ!』』』

 

2人の返事と同時に、兵士たちの悲鳴が重なった。

慌ててその方に視線を向けると、3人と他の兵士たちは大きく目を見開いた。

突如目の前に現れたのは、2体の異形の怪人たち。

そのどれもが、グールたちとは比べ物にならないほどの威圧感を放っている。

その証拠に、グールたちが取り巻きのように怪人たちの周りに屯している。

 

「どうやら、こやつらがこの魔物どもを束ねている親玉のようだな」

 

怪人たちの鋭い眼光に、無意識に生唾を飲む。

怪人たちの無言の圧力に、武器を握る手に汗が滲む。

 

「閣下、お下がりください。ここは私と近衛隊長で」

 

青年は槍を、女性は徒手空拳を構えて怪人たちに向かって直進する。

女性と対峙する怪人は戦槍で迎え撃つ。

しかし、怪人の振るう槍の攻撃を冷静に見切って女性は軽い身のこなしでかわしていく。

 

「ハアッ!」

 

そしてすぐさま隙を見つけて、闘気を漲らせた拳を怪人のどてっぱらに叩き込んだ。

別の場所では青年が怪人の剣捌きに対抗していた。

槍と剣が打ち合うたびに、甲高い音が辺りに響く。

 

「甘い!」

 

青年が大振りの攻撃を見極め、素早く槍で怪人に剣を打ち上げた。

そして、青年はすかさず手に持つ槍を怪人の腹部に突き刺した。

女性と青年の一撃が同時に決まり、兵士たちは勝利を確信した。

 

「ビオレ!バナード!油断するな!」

 

だがその刹那、少女の声で女性ビオレと青年バナードは顔を強張らせた。

確かに、2人の痛打は見事に決まっていた。

並みの者がくらえばひとたまりもない威力だ。

しかし、そんな一撃をくらってもなお、怪人たちの双眼から獰猛な光が灯っていたのだ。

その眼光に射抜かれてしまったことが致命的な隙となった。

隙を突かれ、ビオレとバナードはお返しとばかりに怪人の炎攻撃をくらってしまった。

 

「キャアッ!」

 

「ガッ!?」

 

苦悶の声を上げ、地面を転がる2人の猫耳の戦士。

 

「ビオレ!バナード!」

 

慌てた様子で少女が地に落ちた2人の元に駆けよる。

致命傷までとはいかないが、やはり先ほどの攻撃が効いたようだ。

目の前で何事もなかったように立ち上がる怪人の姿に、兵士たちが動揺するのが分かった。

だが、さらに風向きは悪くなる。

何の前触れもなく、怪人たちの横にひとつの魔方陣が出現した。

そして、放たれる赤黒い不気味な光の中から新たに2体の怪人と十数体のグールが現れ出でた。

 

「ここで援軍か…!」

 

無意識の内に苦虫をかみしめる表情を作る少女。

2人が押されるところを見ても怪人たちの力量はかなりのものだ。

それがさらに2体も増えて合計4体、グールを含めればその数は100体を超えている。

もはや戦況は火を見るより明らかだ。

 

「キサマたちは一体何者だ!何が目的だ!」

 

少女が怒気を露わに問い質すが、怪人たちが言葉を発することはなかった。

 

「答えろオオオオオッ!」

 

再度戦斧を強く握りしめ、少女は犬歯を剥き出しに、獅子の如く怪人たちに向かって飛びかかる。

 

「邪魔だッ!」

 

すぐさまグールが前に躍り出るが、少女は戦斧の一閃で蹴散らす。

怪人たちの中央に飛び込み、華麗に、そして豪快に戦斧を振り回す。

だがその軌道は、新たに現れた怪人の鋭い爪攻撃に逸らされ、もう一体の怪人に腹部を蹴りつけられた。

 

「ぐうぅっ!」

 

予想以上の衝撃に少女は苦痛に顔を歪めながら宙を舞う。

うまく受け身を取ってすかさず立ち上がるが、追い打ちをかけるように怪人たちが火炎弾と魔力弾を放つ。

咄嗟の判断で盾を構えるが、怪人たちの攻撃には耐えきれず簡単に破片と化してしまった。

 

「があああああッ!」

 

『『『わああああああああああっ!』』』

 

立ち上る炎と煙の中で再び少女と、その余波で兵士たちが宙を舞った。

 

「クッ…!」

 

全身に痛みが走るが、特に立ち上がれないというわけではない。

しかし、わずかに霞む視界にじりじりと近づくグールの群れが映りこんでいた。

 

「閣下!」

 

「まずい!このままでは…!」

 

バナードとビオレが駆け寄ろうとするが、グールたちが邪魔で近づけないでいる。

それは他の兵士たちも同じだ。

そうこうしているうちに数体のグールが少女に飛び掛かった。

だが、残酷な冷たい光を見せる刃が少女に振り下ろされようとした―――その時だった。

 

【チョーイイネ!キックストライク!サイコー!】

 

突然耳に届いた電子音とともに両者の間に割り込む者がいた。

 

「だああああああああっ!」

 

その者の炎を纏った蹴りが大多数のグールたちを消滅させた。

 

【コネクト!プリーズ!】

 

そして着地と同時に黒いローブを翻すその者は振り向きざまに魔方陣から取り出した銀銃の引き金を引いた。

連射される銀の弾丸に撃ち抜かれたグールたちは火花を散らし、見事に爆発する。

 

「大丈夫か?」

 

突然の出来事に目を白黒させる少女に、ウィザードに変身した晴人が声をかけた。

 

「あ、ああ…、すまない。助かった。……キサマは?」

 

「俺はウィザード。お節介な魔法使いさ」

 

「魔法使い?」

 

怪訝そうな反応を見せる少女に、相変わらずの飄々とした口調で簡単に自己紹介をした晴人はフレイムウィザードリングを見せつける。

 

「で、なんでお前らがこの世界にいるわけ?」

 

そして、改めて怪人たちに視線を向けながら、先ほどの飄々さが消えうせた口調で呟く晴人は、赤い仮面の下で目を疑っていた。

なぜなら、目の前にいるその怪人たちは以前に晴人が倒したはずのファントム、ミノタウロス、ヘルハウンド、ケットシー、ノームの4体だったからだ。

だが、同時に晴人はファントムから理性の欠片もない、逆に獣のような獰猛さ、或いは意思のない亡霊のような雰囲気を感じ取った。

 

「聞いても無駄、か…」

 

そのことに疑念を抱くが、すぐに今は考えている場合ではないと判断する。

 

「なら、とっとと片付ける!」

 

意識を切り替えるようにウィザーソードガンをくるりと回し、晴人はファントムに軍団に向かって駆け出した。

 




なんか前回と同じ感じで終わっちゃった感じがするようなしないようなな第2話です。

DOG DAYSについて調べていると、紀乃川市って愛知県じゃん!ってことがありました。
というわけで、このお話では紀乃川市は東京都内という設定でお願いします。


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第3話 ガレット獅子団

ファントムの大群が現れたココナ平原を駆け抜ける晴人はウィザーソードガンの引き金を引いた。

連射される銀の銃弾は見事にグールに命中し、火花を散らせる。

死角から一体のグールが槍を振るってきたが、即座に反応した晴人は片手で強引に巻き抑えて再び発砲する。

距離が詰めたところで槍を振るわれればバタフライで華麗にかわし、代わりに回し蹴りを叩き込んだ。

 

「ふっ!」

 

再び晴人はウィザーソードガンを振り切るようにして引き金を絞る。

その先で晴人の登場に唖然としていた兵士たちが身構える。

だが発射された銃弾は兵士たちの間を縫うようにその軌道を歪曲させ、グールだけを撃ち抜いていく。

続いてウィザーソードガンをソードモードに変形させて擦れ違いざまに次々とグールを斬り払い、瞬転してはまた別の群集を斬り伏せていく。

銀の軌跡が閃く後に残るのは、爆散するグールたちの残光だけだ。

すると晴人は視界の端に兵士たちと対峙しているグールの一団を認めた。

晴人は素早く指輪を取り替えて、ハンドオーサーにかざす。

 

【エクステンド!プリーズ!】

 

魔法陣を透過させた物体を柔らかくし、自在に伸縮させる効果を持つエクステンド。

晴人はそのままゴムのようにしなる腕を伸ばし、グールたちを縛りあげる。

 

「お前らの相手はこっちだっての」

 

軽口を叩きながら腕を引いてグールたちを勢いよく投げ飛ばす。

宙を舞い、落ちていくグールが他のグールを巻き添えにして横様に倒れていく。

続けて左腰にぶら下がるウィザードリングホルダーからまた新たな指輪を取り外し、ハンドオーサーを右側に傾けなおす。

 

【ビッグ!プリーズ!】

 

巨大化させた腕を大きくスイングさせ、強烈な一撃でグールを殴り潰していく。

今の時点でかなりの数のグールを倒したと思ったが、それでも見渡せば大きな円を描くようにぐるりと晴人を囲むグールの群集が視界に映る。

 

【キャモナシューティング!シェイクハンズ!…】

 

しかし、慌てる様子を見せない晴人は起動させたウィザーソードガンのハンドオーサーと握手を交わす。

 

【フレイム!シューティングストライク!】

【ヒーヒーヒー!ヒーヒーヒー!…】

 

ウィザーローブを翻しながらその場で回旋させながら、炎の魔方陣が躍る銃口から無数の火炎弾を連射させ、立ち昇る火柱が周囲のグールたちを焼き払っていった。

 

「まだまだいくぜ!」

 

大多数のグールを一掃してもなお、勢いの止まる姿勢を見せない晴人はフレイムウィザードリングを青い指輪、ウォーターウィザードリングに付け替える。

そしてウィザードライバーのハンドオーサーを左手側に傾け、ウォーターウィザードリングをはめた左手をウィザードライバーにかざした。

 

【ウォーター!プリーズ!】

 

左手を天に向けるように掲げると、頭上に水の滴る青い魔方陣が出現する。

 

【スイー!スイー!スイスイー!】

 

魔方陣が晴人を透過し、赤い姿から青い姿へと変わる。

円形だった赤い仮面も、雫をイメージした青い菱形に変形している。

晴人はフレイムスタイルから、水を司るウォータースタイルにスタイルチェンジしたのだ。

すぐさま反応したミノタウロスとノームが迎撃にでてくるが、晴人は三度ウィザーローブを翻しながら華麗にかわしていく。

バタフライで宙を舞い、銃口が火を噴けば銀の銃弾がケットシーを撃ち抜く。

着地と同時に踏み込んで、体を回転させながら再びウィザーソードガンの引き金を絞る。

銃弾が長剣を振りかぶっていたヘルハウンドに被弾し、呻き声を漏らしながら後方へ吹っ飛ぶ。

そして晴人はウィザーソードガンをソードモードに変形させ、振り向きざまに後ろにいたミノタウロスを十字に斬りつけた。

それから即座に体を反時計回りに回転させ、ノームの槍を打ち上げてから袈裟方向に一閃。

火花を散らせながら仰け反るノームを尻目に、晴人は両腕を剣のように変形させたケットシーの爪攻撃を水流の如き剣戟で捌きながら逆袈裟方向に強力な斬撃を入れる。

最後にその勢いに乗ったまま大きく体を捻りながら強力な突き攻撃をくらわせた。

 

「よっと!ほっと!はっと!」

 

連続バタフライで怪人たちを牽制しながら距離を取る晴人に、間髪入れずにミノタウロスが斧を、ノームが槍を振り回しながら追撃してくるが、仮面の下で涼しい顔を浮かべる晴人は540キックで蹴散らした。

 

【キャモナスラッシュ!シェイクハンズ!…】

 

再度ウィザーソードガンのハンドオーサーを起動させ、晴人はウォーターウィザードリングをはめた左手をかざす。

 

【ウォーター!スラッシュストライク!…スイスイスイ!スイスイスイ!…】

 

丁度立ち上がったところのミノタウロスとノームに狙いを定め、晴人は水飛沫が弾けるウィザーソードガンを一文字に振り切った。

 

「はああッ!」

 

そして青碧の一閃が空を切り、ミノタウロスとノームを両断した。

 

「グボオオオオオオ!」

「ヌオオオオオオオ!」

 

苦悶の呻き声をあげながら、ミノタウロスとノームは爆ぜる水飛沫とともに消滅した。

ウィザーソードガンをくるりと回し、残るは後2体と思った矢先のことだった。

突如、ヘルハウンドとケットシーの後方に不気味な光を放つ黒い紋様の魔方陣が出現した。

2体のファントムはゆっくりと魔法陣の方へと後退していく。

どうやら逃げるつもりのようだ。

 

「待て!」

 

咄嗟に駆け出す晴人だが、結局ヘルハウンドとケットシーは背を向けて魔法陣の中へとその姿を消した。

 

「逃げられた…」

 

魔法陣も消失した虚空を見つめながら歩を止める晴人が歯がゆい思いで呟くが、過ぎたことを悔やんでも仕方がない。

追跡を断念し、静かに溜息をこぼしながら晴人は変身を解いた。

しかし、どうしても腑に落ちない。

ミノタウロス、ヘルハウンド、ケットシー、ノーム。

いずれもかつて晴人が倒したファントムだ。

それがなぜ蘇り、この異世界に現れたのか。

冷静になって、晴人は先ほどの戦いを思い返すと同時に違和感を覚えた。

 

「おい」

 

だが、その違和感の正体はすぐに察しがつく。

4体ともから理性というものが感じられなかったのだ。

どちらかというと、本能のまま動く獰猛な獣のような、かつ何かを探し求める亡者のような雰囲気が感じ取れたのだ。

 

「おいキサマ」

 

そしてもうひとつ、どうしても先ほど見たあの黒い魔法陣が引っ掛かる。

もしかしたらファントムとは別に、奴らを利用する黒幕がいるのでは…。

仮にそうならば、先のファントムの不自然な様子にも納得がいく。

 

「おいと言うとるのが聞こえんのかッ!」

「うおぉっ!?」

 

そこまで考えが至ったところで突然背中から怒鳴り散らされ、晴人はびくりと肩を震わせた。

慌てて振り返れば、白銀の髪を靡かせる少女が大変不機嫌な面持ちで晴人を睨んでいる。

きょろきょろと辺りを見回すが、少なくとも少女の視界内にいたのは晴人ひとりだけだった。

 

「……俺?」

 

そう言って晴人は自らを指差した。

 

                      ☆

 

「どうぞ、楽になさってください」

「ああ、ありがと…」

 

手持ち無沙汰で立っていると物腰の柔らかな少女がこれまた柔らかな笑みを湛えて飲み物が入ったグラスを晴人に差し出した。

ファントムとの一戦を追えた晴人は周囲から閣下と呼ばれていた少女たちに連れられてゲルのような即席テントに通されていた。

ランプの淡い朱色の光が灯る薄暗い空間には玉座がひとつ置かれてある。

振り向けば後ろに控えていたバナードが小さく会釈した。

いたたまれない気持ちを誤魔化すように晴人は差し出されたグラスを傾ければ、程よい酸味と甘みが口の中に流れ込んでくる。

ちびちびと口に含み、中身が3分の1程度まで飲み乾した時だった。

 

「待たせてすまんかったのう」

 

凛とした声とともに垂れ幕の奥から件の少女が現れた。

少女の登場に女性は頭を垂れ、バナードがその場で膝をつく。

美しい白銀の髪、整った顔立ちに意志の強そうな琥珀色の瞳に目を奪われそうになった。

 

「ガレット獅子領領主レオンミシェリ・ガレット・デ・ロワじゃ」

 

玉座にどかりと座り、これまた古風な言い回しで自己紹介をする少女、レオン。

 

「どうも、えと…操真晴人です」

 

これが王の気質なのだろうか、有無を言わせぬ少女の迫力に晴人は敬語で会釈する。

 

「お主のおかげで我が軍は不要な被害を出さずにすんだ。まずは領主として感謝する」

 

重みのある言葉で謝辞を述べるレオンだが、すぐに気持ちを切り替えるように強い意志を宿した瞳で晴人を射抜いた。

 

「ハルトよ、さっそくじゃが改めて聞かせてもらおう。お前はいったい何者じゃ?」

 

レオンに問われ、晴人は自分が異世界の人間であること、魔法使いのこと、ファントムのこと、そしてある日偶然に召喚の儀式に巻き込まれこのフロニャルドに迷い込んだことを説明していった。

 

「…なるほどな。と言うことは、ワシらの中にそのゲートとやらがいたということか…」

「いや、多分その可能性は低いと思う」

 

説明を聞いたレオンがひとつ予想するが、普段通りの口調に戻った晴人がそれを否定した。

 

「どういうことじゃ?」

 

当然、レオンは聞き返してくる。

 

「この世界でも何度かファントムと戦ってきたんだけど、奴らの目的がいまいちよくわからないんだ。それこそ、ゲートじゃなくて別の何かを探しているような…。まあ、ただの勘なんだけどね」

 

確証はないが、それがフロニャルドに現れたファントムに対して感じたことだ。

 

「お前の世界の住人はその魔法とやら使えるのか?」

「いや、俺の世界ではどちらかと言うと魔法は信じられていないんだ。俺の知る限りで魔法使いは俺を含めた3人だけだ」

「…だろうな」

「え?」

 

レオンの意味深げな呟きに晴人は疑問の声を漏らした。

 

「いや、こちらの話だ」

 

捉えようのない会話をしていると晴人の元に偵察に向かわせていたガルーダが戻ってきた。

晴人の周りを旋回するその様子から近くに敵はいないと判断した。

 

「お帰り、ガルーダ」

 

晴人が出迎えると、突然もがくように翼と足をばたつかせたかと思うと、ガルーダの体の輪郭が揺らぎ始め、その姿が消失した。

最後には腹部に取り付けられていたガルーダウィザードリングだけが落ちる。

 

「あらら、消えちゃいましたね」

「大丈夫。魔力が切れただけさ」

 

眼前の現象に女性が声を漏らしたが、特に気にしたふうもなく晴人は受け止めたガルーダウィザードリングを付け替える。

 

【ガルーダ!プリーズ!】

 

指輪をベルトに翳し、この場にいる全員の目の前に現れた赤いパーツがひとりでに動き出す。

そして組み立てられた五体の胸部に指輪を取り付けると、産声のように泣き声をあげたガルーダが再び宙を飛び回る。

 

「ところで、ハルトさんはどうしてその魔法というものを使えるんですか?」

 

改めて晴人の魔法を目の当たりにしたレオンたちが目を丸くしてその光景見入っていると、同時に女性が興味深げに尋ねた。

 

「あ、申し遅れました。私、レオ様の側役を務めさせていただいてるビオレ・アマレットです」

 

穏やかな笑みを浮かべるビオレの問いはこの場にいる全員が気になることだろう。

みんなが真剣な眼差しを向けられる中、晴人はふっと笑みを浮かべて口を開いた。

 

「俺も体の中にファントムを1匹飼ってるから」

 

その一言に全員が絶句するのが分かった。

 

「飼ってる、じゃと?」

「前にいろいろあってね」

 

レオンから訝しげな鋭い視線を向けられるが、晴人は飄々とした態度を崩さず答えたが、それきりで口を閉ざす。

その雰囲気からどうやらそれ理由を言う気はないらしいと察し、レオンは追及することを止めた。

 

                      ☆

 

すでに日が沈んだ刻限、晴人は獅子領の陣営にとどまっていた。

レオンの厚意により一夜を明かすことにしたのだ。

満天の星空の下、特にやることもなくセルクルと呼ばれる大型の乗用鳥を興味深げに見つめていた時だった。

 

「やはりセルクルは珍しいですか?」

 

背後から声をかけられた。

振り向くとバナードがこちらに歩み寄り、どうぞと言って串焼きを差し出した。

 

「ありがとう。あんたは、確か…」

「バナード・サブラージュです。気軽にバナードとお呼びください」

 

確認するように尋ねる晴人にバナードはにこりと微笑む。

受け取った串焼きをさっそく一口頬張った。

魚とは違う香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。

溢れる肉汁が口いっぱいに広がり、最近は魚しか食べていなかった晴人にとってこれはこれで懐かしい味だ。

さらにもう一口含み、晴人は辺りを見渡す。

妙に兵士たちの動きが慌ただしいような気がする。

 

「ずいぶん騒がしいけど、何かあるのか?」

「ハルトさんはフロニャルドの戦のことについてご存知ですか?」

「ああ。確か興業のひとつなんだっけ?」

 

そのことについては、以前にブリオッシュたちから聞いたことがある。

大まかな内容としては、

①戦興業に参加する一般参加者(民間兵)達は、参加費を払って戦に参加する。

②集まった参加費のうち、戦勝国が6割、敗戦国が4割を受け取る。

③そうして分配した費用のうち、最低でも半分は民間兵達への報奨金に充てられ、残りの半分が戦 興業による国益となる。

④その国益で病院や砦などの公共施設を作ったり、公務のために働く者(騎士や国営放送関係者など)の給料になる。

要するに、この世界での「戦」は、殺し合い奪い合いの戦争ではなく、スポーツ競技会的なイベントのような意味合いが強い。

 

「本日の戦でビスコッティ共和国代表領主ミルヒオーレ姫様が異世界から勇者を召喚し、見事勝利を収められました。今夜はその祝勝会としてコンサートが開かれるんです。ミルヒオーレ姫様は歌手としてもフロニャルドで人気を博しておられるのですよ」

「へえぇ………ん?」

 

バナードの紳士的な説明に納得しかけた晴人だが、不意に彼の言葉に違和感を覚えた。

異世界から勇者を召還した。

異世界から、勇者を、召喚した。

…異世界……召喚…。

……………………………。

 

「やっべ!」

 

点と点がつながり、晴人は異世界の夜空に吠えた。

 

「どうかなされましたか?」

 

様子の一変した晴人にバナードが驚声をあげた。

 

「完全に忘れてた!そうだよ!もうひとりいたんだよ!俺と一緒に飛ばされた子が!」

 

しかし残念ながらバナードの言葉は右から左に流れ、晴人は頭を抱える。

そういえばと、晴人は今になって自分と同じようにフロニャルドに召喚されたであろう少年がいたことを思い出した。

しかし、その心配はいろいろな意味で裏切られることとなった。

 

「もうひとり?ああ、もしやハルトさんが仰っているのは彼のことですか?」

「え?」

 

何かに気付いたふうのバナードが視線を上に上げたので、晴人もつられてその視線の後を追った。

 

『さあ!昼間の戦の熱気も冷めならぬうちになにやら大変なことになってしまいました!』

 

視線の先には立方体状のディスプレイが夜空に浮かんでいた。

ディスプレイの画面にはリポーターらしき男性が何やら興奮した様子で大声を上げていた。

そしてパッと画面が切り替わりどこかで見覚えのある金髪の少年を映しだした。

 

『なんと!ビスコッティの代表にして姫君、ミルヒオーレ姫がさらわれるという大変な事態!私、臨時実況のフランボワーズ・シャルレーもただいま大急ぎで現地に移動しております!』

「えぇぇー…......」

 

この時、何に対し驚いていたのか晴人自信もよくわかってはいなかった。

ただリポーターの実況と同時に、再び晴人の脱力した声が異世界の夜空に木霊した。

 

                      ☆

 

どうやら、レオンの弟ガウル・ガレット・デ・ロワがコンサートの本番直前にミルヒを誘拐したようだ。

勇ましく名乗りを上げる勇者=件の少年だったが、この世界ではそれが宣戦布告を受けたとみなされ、かえって事態を悪化させる結果になってしまう。

公式の「戦」になったことでビスコッティの人々はコンサートどころではなくなり、当然そのニュースも当然彼女の耳に入っていた。

 

「ガウル…。あの馬鹿者が!勝手に誘拐などしよってからに…!」

「ルージュがちゃんとそばにいたはずなのですが…」

 

出撃の準備を整えるレオンの衝立越しにビオレが申し訳なさそうな声音を漏らす。

 

「国家と領主の経略を、ガキの遊びで乱されてたまるか!」

 

吐き捨てる言葉には明らかに苛立ちと怒気が含まれている。

準備を終えてテントを出ると、丁度そこに晴人とバナードが駆けつけてきた。

 

「閣下、どちらに?」

「決まっておろう。あのバカとへっぽこ勇者のところじゃ」

 

尋ねるバナードにレオンは静かな怒りをあらわにする口調で答える。

 

「俺も一緒に行っていいか?」

 

緊張する空気の中でそう言ったのは晴人だった。

 

「その勇者って呼ばれてる子と話がしたいんだ」

「......…好きにしろ」

 

しばし驚いた眼差しをこちらに向けたレオンだったが、すぐに横目で一瞥するなり戦斧を肩に担いで背を向けて歩き出し、ひとつ頷いた晴人もそれに続いた。

 

【コネクト!プリーズ!】

 

晴人はコネクトウィザードリングをベルトに翳し、魔方陣からマシンウィンガーを引っ張り出す。

その光景と初めて目にするバイクという代物に皆が目を丸くしていたが気にしている暇はない。

レオンはすでに待機してあったレオンのセルクル、ドーマ跨ると同時に晴人はマシンウィンガーのエンジンを掛ける。

 

「ハイヨォ!」

 

ドーマの雄叫びとマシンウィンガーのアクセル音が重なり、レオンと晴人は夜の道を駆けていった。

 




第3話目です。
まだ手探りな段階ですので少し短めな状態ですが、これから少しずつ伸ばしていけるように頑張ります!


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第4話 参戦、魔法使い

ビスコッティ共和国領主ミルヒオーレ・フィリアンノ・ビスコッティ誘拐事件から始まった戦。

その舞台となっているミオン砦へと続く道を晴人とレオンは進んでいた。

マシンウィンガーのエンジン音とドーマの地を蹴る音が静かな夜の世界によく響く。

晴人は隣を走るレオンに声をかけた。

 

「ねえ、レオンちゃん」

「変な呼び方をするな」

 

呼ばれ方がお気に召さなかったのか、目を細めるレオンが背筋が凍るほどの視線で晴人を射抜いた。

短い返事には明らかに不機嫌が表れていたが当の晴人はレオンの威圧をどこ行く風と言うふうに真顔で受け流す。

 

「みんなが勇者って呼んでた子、シンクって言ったけ。どんな子?」

 

晴人と同じく異世界フロニャルドに飛ばされたシンクという少年については、ガレット陣地でレオンと合流するまでの間に予めバナードから聞いていた。

どうやら召喚の儀を取り行ったミルヒオーレ姫はもともとシンクだけを呼ぶ予定だったらしい。

晴人は偶然その場に居合わせたために儀式に巻き込まれたのだ。

 

「一言でいえば…へっぽこじゃ」

「なにそれ?」

 

ずいぶんと拍子抜けな返事が返ってきたものだ。

 

「わしらの戦は見せて何ぼのパフォーマンスじゃ。強さ華麗さ豪快さ、それが騎士と戦士の必須事項。その点に関しては申し分ないが、まだ動きには無駄が多い上に単調で読みやすい。もし仮に奴がまともに紋章術を扱えるようになれば我が軍の兵士たちでは相手にはなるまい。じゃが、所詮その程度じゃ」

「ふーん…」

 

淡々と語られる辛口な評価に晴人は相槌を打っていると、目の前に今回の戦の戦場となるミオン砦が見えてきた。

 

「行くぞ、ハルト!遅れるでないぞ!」

「ああ!」

 

気を引き締め直し、晴人とレオンは愛機の速度を加速させた。

 

                     ☆

 

丁度その頃、ミオン砦内ではガレットの戦士が一時的に無力化にされた状態、ねこだまが辺り一面に雑駁に転がっている。

その中心でブリオッシュとゴドウィンが対峙していた。

揺らめく炎が、涼しい顔を作るブリオッシュと出方を伺うゴドウィンを照らしている。

 

「親方様~!大変でございます!敵増援が参ります!」

 

そんな時、砦の外壁からユキカゼが大声を上げて知らせる。

 

「数は?」

「それが…一騎のみなのであります!」

 

独特な口調でブリオッシュの問いに答えたのは、ビスコッティ国立研究学院主席研究士、リコッタ・エルマールだ。

 

「レオ姫様一騎掛けでいらしているのであります!」

 

リコッタが覗く望遠鏡のレンズには白銀の髪を大きくなびかせ、猛スピードでこちらに向かってくるレオンの姿を捉える。

 

「あ、いや、違うであります!レオ姫様の後ろにもうひとり!あれは…?」

 

しかし同時にレオンの後方を走る晴人を認め、報告を訂正した。

 

「正門!開けええい!」

 

砦の正門を目の前にしたレオンの叫びに門兵が反応し、レバーを下ろす。

重い音を立てて、木製の扉がせりあがる。

 

「閣下!」

「これはレオ姫、ご無沙汰でござる」

 

すぐに進入してきたレオンにゴドウィンは跪き、ブリオッシュは頭を垂れる。

 

「久しいの、ダルキアン卿。じゃが姫とは呼ぶな。今は領主じゃ」

「これは失礼を」

「あれ、ブリオッシュちゃん?」

 

レオンの後に続いて入ってきた晴人は見覚えのある顔に声をかけた。

 

「おや、ハルト殿ではござらんか。久しぶりでござるな」

 

ブリオッシュも晴人の姿を認めて柔らかな微笑みを向けた。

 

「知り合いじゃったか?」

「前にいろいろ世話になったんだよ」

 

レオンの問いに簡単に答える晴人。

それを聞いた後、切り替えるようにレオンドーマから降りる。

 

「そこを退け、ダルキアン。わしはガウルに話がある」

「申し訳ございませぬ。ここは戦場。そして、拙者は若者たちの殿を勤めておりますれば…」

 

意味深な言葉に、その真意を察したレオンは僅かに口角を上げて紡ぐ。

 

「押して、通れと」

 

「御意」

 

静かな、そして短い受け答えにこの場の空気が張り詰めるのが分かった。

 

「わしを以前のわしと思うなよ。もはや、キサマが相手でも引けを取らぬ!」

 

ドーマから降り、戦斧を握りしめ声を張り上げるレオンは背後に神々しい真翠の光を放つ紋章を浮かび上がらせた。

 

「お相手、仕るでござる」

 

真っ向から受けて立つブリオッシュも大太刀の刀身に紫の光を走らせる。

一瞬の静寂の後、構えを取って地を蹴り一気に距離を詰める両者はお互いの得物を振るう。

甲高い音が轟き渡り、斧と太刀の衝突が凄まじい閃光を生み出し、地面が大きく爆ぜた。

 

「すっげ…」

 

反射的に身体を庇うように足を踏ん張る晴人は無意識に感嘆の一言を漏らした。

そして同時に、自分がここを訪れた目的を思い起こした。

 

「悪いレオンちゃん!俺先行くから!」

 

口元に手を添えるようにして叫び、晴人彼女たちに背を向けた。

 

「なっ!?おい待て!ハルト!」

「ハハハ。相変わらずでござるな、ハルト殿は」

「言うてる場合か!」

 

後ろでレオンとブリオッシュがなにやら口論する声が聞こえたが、気にすることなく晴人は砦の奥へと消えていった。

 

                      ☆

 

ビスコッティ騎士団・ミルヒオーレ直属親衛隊隊長エクレール・マルティノッジは苦戦を強いられていた。

彼女の愛用する2本の短剣を構えて対峙するのはガウルの直属親衛隊、通称ジェノワーズの3人だ。

 

「よォいしょっと!」

 

トラ耳の少女ジョーヌ・クラフティが巨大な大斧を振り下す。

それを視認したエクレールが躱せば、ジョーヌの大斧が地面を大きく抉る。

 

「ノア!」

「了解」

 

起伏のない声音で返事をしたノワール・ヴィノカカオが空高く跳躍し、数本のナイフを投擲する。

直線を描いて飛来するナイフの雨を、空中で不安定な姿勢になりながらも反応したエクレールは斬撃を飛ばして弾き落した。

だが、それでもすべてを落とすことは叶わず、落とし損ねたナイフがエクレール目掛けて降り注ぐ。

エクレールは身を躍らせてやり過ごす。

 

「ベル」

「はぁい」

 

続いておっとりとした口調で答えるのは弓術士のベール・ファーブルトンだ。

しかしおっとりとした雰囲気とは裏腹に、放たれる弓矢は一筋の閃光となってエクレールに迫った。

一瞬で判断を下すエクレールは両の短剣を交差させて受け止める体勢をとった。

刃と鏃の衝突とともに眩い閃光が迸り、腕から全身に駆け抜ける凄まじい衝撃に耐えきれずエクレールは悲鳴を噛み殺しながらも身を沈めて弓矢をいなした。

 

「ガウル殿下の腹心、ジェノワーズ…」

 

そのまま方向を失った弓矢で爆ぜた砦の壁の崩落を背に、苦悶の表情で冷や汗をたらしながらエクレールは眼前で構えるジェノワーズをにらめつける。

 

「基本的に3人ともバカで違いないが、戦いとなればやはり強い」

 

と、内心で呟きながら双剣を構え直した時だった。

緊張する空気に水を差すように、何の前触れもなく扉が開かれた。

 

「…あれ?」

 

何事かと同時に向けられる4つの視線に、晴人は間の抜けた声をあげた。

 

「誰だ?」

 

4人の共通する考えを代表してエクレールが呟く。

 

「えっと…お取り込み中のこところ悪いんだけど、シンクって子を探してるんだ。キミたちどこにいるか知らない?」

 

どうしたものかとポリポリと後頭部をかく晴人の問いにジョーヌが答えた。

 

「シンク?…ああ、勇者ならこの先でガウ様が相手してるはずやで」

「そうか、ありがとう」

「いやいや、気にせんでええよ………ってちょっと待たんかい!」

 

先に進もうとした晴人だったが、残念ながら、ノリ突っ込みの要領で大斧を振り下ろすジョーヌに遮られてしまった。

 

「うおッ!あぶね!」

 

咄嗟に横に飛んで回避する晴人にジョーヌが叫ぶ。

 

「あんた誰や!?ビスコッティの回しもんか!?」

「いや、私は知らないが…」

「ああ、俺は別に―――」

「問答無用!」

「なんで!?」

 

ジョーヌの発言をエクレールは戸惑いがちに否定し、晴人が事情を説明しようとしたが再び振り下ろされた大斧によって遮られてしまった。

その後も次々と繰り出される大斧の連撃をかわしていく晴人だったが、このままでは埒が明かないと思い立ち、指輪をベルトにかざした。

 

【ディフェンド!プリーズ!】

 

音声が鳴り、晴人は赤い魔法陣の防壁を出現させ、間一髪のタイミングで大斧の重い一撃を受け止めた。

 

「なっ!?」

 

目の前の光景にジョーヌを始め、ノワールにベール、エクレールが驚愕の色を表す。

その隙に晴人は衝撃を殺すために後ろに跳び退いて、一度ジョーヌたちと距離を取った。

 

「こんなところで時間を食いたくはないんだけどな…」

 

ゆっくりとした動作で立ち上がりながら嘆息交じりに独りごちる晴人。

いくらフロニャ力のおかげで死ぬことはないとはいえ、獣耳と尻尾を除けば見た目は人間そのもの、それも女の子と戦うことに気が引ける。

だが晴人の魔法を目の当たりにして警戒心を剥き出しに武器を構えるジェノワーズとエクレールを見て、どうやら話し合いの余地はないと悟りやれやれと肩をすくめた。

 

【ドライバーオン!プリーズ!】

 

「悪いけど、意地でも通らせてもらうぜ」

 

ウィザードライバーのハンドオーサーを左手側に傾け、晴人はフレイムウィザードリングを左手に装着する。

 

【シャバドゥビタッチへンシーン!…シャバドゥビタッチへンシーン!…】

 

「変身!」

 

【フレイム!プリーズ!】

【ヒー!ヒー!ヒーヒーヒー!】

 

ハンドオーサーにかざした左手を正面に伸ばす。

炎で形成された赤い魔方陣がゆっくりと通り抜け、晴人はウィザードに変身した。

その現象に今まで以上にその目を大きく見開くエクレール、ノワール、ジョーヌ、ベールの4人に、フレイムウィザードリングを仮面の横に掲げる晴人は得意げに呟いた。

 

「さあ、ショータイムだ」

 

                      ☆

 

レオンの戦斧とブリオッシュの太刀がぶつかり合うたびに大気が震え、大地が砕ける。

一進一退の攻防を繰り広げ、激しく火花を散らせながら競り合う中でブリオッシュが尋ねた。

 

「ところでレオ様。わが軍に侵略を繰り替えされてるそうでござるが」

「それがどうした…。栄治通りの我らガレットの戦興業じゃ!」

「レオ様の侵攻に、わが軍のまじめな騎士団長が頭を悩ませておりまする。うちの姫様のコンサート興行や一般イベントがなかなか行えぬと」

「それがどうした!だいたいキサマのところの犬姫!奴の開催する芋掘りバトルだの、海水浴大会もどきの水上戦などで若者の決起を癒してやれるか!」

「いや、なかなか楽しそうにござるが」

 

ここで一度、お互いは同時に後ろに跳んで距離を取った。

 

「楽しくないとは言っておらん…。それだけでは済まぬこともあると言うておる」

「まあ、うちの姫様にも至らぬ点はありましょうが、年と経験を重ねれば今よりもっと立派な領主になっていかれると、家臣一堂信じております。それまで、どうか今しばらく―――」

 

説得を試みるブリオッシュはこの時初めてレオンの伏せる瞳に陰りが映ったことに気付いた。

その瞳は何かを必死に隠そうとしているそれだった。

 

「それが、そうできればどれだけ…」

 

その時、絞るような声を漏らすレオンはその表情を悲痛に歪めた。

 

「レオ姫?」

「おしゃべりはここまでじゃ!誰に何を言われようと、わしはわしの道を行く!」

 

眉を顰め、訝しげな面持ちを浮かべるブリオッシュだったが、レオンは迷う気持ちを振り払うように背後に紋章を出現させた。

雄叫びを上げながら地を蹴るレオンの紋章の輝きを纏った戦斧が弧を描き、炎が照らす夜の世界に真翠の光が閃いた。

太刀を盾にするブリオッシュだったが、甲高い音ともに折れた刃が宙を舞う。

レオンの放った一閃を正面から食らったブリオッシュは後方に吹っ飛び、激突した衝撃で分厚い砦の岩壁を大きく陥没させた。

上着が弾け飛び、壁からずり落ちるブリオッシュはそのまま地に倒れた。

 

「おみごと。降参にござる」

 

安らかな表情を浮かべながら静かに呟くブリオッシュは、手のひらサイズの小さな白旗を振って戦闘を放棄した。

 

「…来い、ゴドウィン!」

「は、はあ!」

 

レオンはそんな彼女の姿を一瞥するだけで小さく舌打ちを鳴らし、ゴドウィンを連れてその場を後にした。

 

                      ☆

 

一方その頃、4対1という不利な状況の中でも晴人は圧倒的な戦いを見せつけていた。

攻めると見せかけては退き、退くと見せかけては攻める。

流れる雲のような捉えようのない蹴り技に、いつのまにか共闘するエクレールとジェノワーズは翻弄されていた。

 

「裂空十文字!」

 

同時に跳躍したエクレールが得意の紋章術を放ち、ノワールがナイフを投擲した。

 

【ディフェンド!プリーズ!】

 

しかし素早くに指輪を取り換えて、十字の斬撃とナイフの雨を炎で形成される赤い魔方陣の防壁で焼き尽くした。

 

【コネクト!プリーズ!】

 

ウィザーソードガンを取出して、晴人はエクレールとノワールの振り下ろされる短剣を受け止める。

ガキインッ!と辺りに甲高い音が響く。

すぐに晴人は刃のせめぎ合いを振り払い、後ろ上空に跳んで砦の外壁に着地する。

だが、追いかけるようにジョーヌが晴人の前に降り立った。

刹那にジョーヌが自慢の大斧を振り回してくるが、晴人は彼女の斧捌きを的確なタイミングでいなしていく。

そして大きく振り上げたところをウィザーソードガンの剣先を突き付けた。

時間が止まったかのような一瞬の静寂。

その時、視界の端でベールが援護射撃を放つのが見えた。

即座に反応した晴人は素早くウィザーソードガンをガンモードに変形させ、飛来する数本の弓矢を銀の銃弾で撃ち落し、再度振り下ろされるジョーヌの重い一撃を銃身で受け流す。

隙が生まれたジョーヌを旋風客で蹴り飛ばし、晴人はフレイムウィザードリングを黄色の指輪、ランドウィザードリングに付け替えて、ハンドオーサーを左手に傾ける。

 

【ランド!プリーズ!】

 

【ド!ド!ド!ドドドン!ドン!ドドドン!】

 

ハンドオーサーに翳した左手を下に向けると、晴人の足元に土塊が浮遊する黄色の魔方陣が出現する。

せり上がる魔方陣を透過する晴人は、土のエレメントを司るランドスタイルへとスタイルチェンジして着地を決めた。

赤い円形の仮面も黄色の四角形へと形が変わっている。

 

「色が変わった!?」

 

突然の姿が変わったことに、思わず動揺を見せるエクレールと同様に当惑の表情を浮かべるジェノワーズの面々。

だが驚いてばかりいられない。

晴人はすぐさま指輪を付け替え、ハンドオーサーを右手側に傾ける。

 

【ドリル!プリーズ!】

 

外壁から飛び降りながらギュィィイイイン!と鋭い音を鳴らして高速回転する晴人の身体が着地と同時に地面を堀り抉る。

地面の下に消えた晴人がどこから現れるのかと頬に汗を流しながら背中合わせに警戒するエクレールとジェノワーズ。

しかし、丁度彼女たちの背後に地面から飛び出す晴人。

反応が追いつかず4人の少女たちは晴人の剣戟を食らってしまう。

苦悶尾表情で後退しながらも、すぐにベールが晴人に狙いを定め、強い輝きを纏わせた弓矢を放った。

先ほどよりも速く、鋭い一閃が土煙を巻き上げて晴人に迫る。

しかし、冷静を保つ晴人はバタフライで跳躍する。

返す刀で弓矢を往なすが一息つくまもなく、彼女たちの追撃はさらに続く。

休む間もなく、今度はノワールとジョーヌがそれぞれの得物を構えて晴人に攻めかかってきた。

 

「まったく、困った暴れん坊ちゃんたちだ」

 

ブリオッシュやユキカゼを見て思っていたことだが、この世界の女性はなかなかタフだと内心で感嘆しながら晴人は再び右手の指輪を付け替えた。

 

【バインド!プリーズ!】

 

すると、魔方陣から飛び出した土塊の鎖が肉薄するエクレールとジョーヌを縛り上げた。

 

【ビッグ!プリーズ!】

 

「よっと」

 

すかさず晴人は巨大化した腕を伸ばし、2人を指先で軽く弾き飛ばした。

丁度少女たちが一か所に固まったところを見計らい、晴人はランドウイザードリングを取り外した。

 

「特別サービス」

 

軽い口調で晴人は三度ハンドオーサーを左手側に傾け直し、緑の指輪、ハリケーンウィザードリングをはめた左手をウィザードライバーのハンドオーサーにかざした。

 

【ハリケーン!プリーズ!】

【フー!フー!フーフーフーフー!】

 

頭上に展開した風の渦巻く緑の魔方陣を跳躍して通り抜け、晴人はランドスタイルから緑を基調とした出で立ちに、逆三角形の仮面が煌めく、風のエレメントを司るハリケーンスタイルへと姿を変えた。

魔方陣を足場に大空高く飛翔した晴人はウィザーソードガンを逆手に持ち替えて、エクレールたちめがけて滑空した。

一瞬にして距離を詰める晴人の全身に纏う暴風がエクレールたちを吹き飛ばした。

しかし、それで晴人の攻撃は終わらなかった。

辺りを縦横無尽に飛び回り、次々と少女たちを上空へと蹴り上げ、または斬り上げていった。

きれいに着地を決めてウィザーローブを翻しながら振り返る晴人に、無残に地面に叩き付けられるエクレールとジェノワーズ。

 

【キャモナスラッシュ!シェイクハンズ!…キャモナスラッシュ!シェイクハンズ!…】

 

「さあ、フィナーレだ」

 

機を見極めた晴人は起動させたウィザーソードガンのハンドオーサーと握手を交わす。

 

【ハリケーン!スラッシュストライク!】

【フー!フー!フー!…フー!フー!フー!…】

 

晴人は神経を研ぎ澄ませるように旋風渦巻くウィザーソードガンを中段に構える。

続けて右足を軸足に身体を回転させ、真横に薙いだウィザーソードガンから放たれた烈風が竜巻となってエクレールたちを包み込んだ。

 

「なっ、これはっ!?」

「くっ、動けない…!」

「ちょっと、これってまずいんじゃ!」

「目が回るぅ~」

 

宙に浮遊する少女たちは必死にもがくが、吹き荒ぶ風圧が自由を奪う。

 

「はああっ!」

 

気合の発声をあげ、縦方向の一閃から繰り出された一陣の斬閃が疾風の如くエクレールたちを貫き、天高く駆け抜けていった。

 

「「「「きゃあああああああああっ!!!」」」」

 

4人の少女の絶叫が木霊し、浮かび上がる緑の魔方陣が月夜の明かりに照らされた。

 

「ま、こんなもんかな」

 

ウィザーソードガンを肩に担ぎながらいつものようにひとつ息を溢す晴人。

 

「大丈夫か?」

 

歩み寄りながら変身を解く晴人は、唯一意識のあったエクレールに手を差し出した。

エクレールがその手をつかむかどうかを悩んでいると、バタン!とけたたましい音を立てて扉が開かれた。

 

「ハァルトォオ…。さっきはよくもわしに面倒事を押し付けてくれたのぉ…!」

 

晴人の姿を認めるなり、ゴドウィンを連れたレオンが怒り心頭のご様子で睨めつけていた。

 

「レオンミシェリ姫!?」

「あー、やっぱ怒ってる?」

「あたりまえじゃ!」

 

驚きの声を上げるエクレールの隣で、頬に冷や汗を流しながら恐る恐る尋ねる晴人にレオンは一喝で返した。

思わず苦笑を浮かべる晴人はレオンから視線をそらす。

 

「はあ…。ところで、それはおまえがやったのか?」

 

レオンは未だに目を回しているジェノワーズに視線を移して晴人に問うた。

 

「まあ、そうだけど…もしかしてまずかった?」

「…いや、かまわん。おかげで仕置きをする手間が省けた」

 

そう言って、静かに嘆息を溢すレオンは瞑目する。

これが嵐の前の静けさだということを、晴人はこの後すぐに実感することとなる。

 

                      ☆

 

「てか、この後コンサートってマジか?マジなのか?」

「だからそう言ってんじゃないか…!」

 

砦内部で焦りを見せるガウルの質問に、異世界より召喚されし勇者シンク・イズミが答えた。

 

「あんのぉ…。ジェノワーズのあほどもが、また適当な仕事しやがったな…」

「何をごちゃごちゃと…」

 

お互いが競り合っていると、突然の轟音と共に砦の岩壁が崩れ散った。

 

「あ?」

「え?」

 

無意識に間の抜けた声を出していると、砂塵と土煙の向こう側で仁王立ちするレオンがいた。

 

「ガウル…それに、ビスコッティのへっぽこ勇者!」

 

眉を吊り上げるレオンが、背筋が凍るようなドスの利いた声を砦内に響かせる。

その瞳に抑えようのない怒気を孕んでいた。

 

「あ、あああ姉上!」

「へ、へっぽこ!?」

 

レオンの迫力に気圧されたのか、ガウルとシンクが絞り出す声は明らかに震えていた。

深呼吸して一拍を置くレオン。

 

「ガァキドモォォオオオッ!!!戦場で何を遊んでおるかァッ!!!!」

 

 

一瞬の静寂の後に放たれた怒号が大気を震わせた。

 

「「はいぃ!ごめんなさいぃい!」」

 

獅子の如き形相を浮かべるレオンに、縮み上がるガウルとシンクが同時に足をそろえてザ・平謝り。

 

「うわぁ、容赦ねえ…」

 

その光景に、口元を手で押さえる晴人は同情する視線を2人の少年に向けるのであった。




はい、つーわけでシンクさん初登場の回でした。
スーパーヒーロー大戦から早4ヶ月。
ようやくこの季節がやってきましたね!
仮面ライダーウィザード IN MASICLAND。
今から待ち遠しいです!


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第5話 その瞳に映るもの

「レオ様、申し訳ございません。こんなこととは露知らず…」

 

ミオン砦城内の廊下を進みながらガウルに仕える近衛メイド長ルージュ・ピエスモンテがレオンに真摯な気持ちで謝罪の言葉を口にした。

 

「よい。悪いのはそこのバカ2匹だ」

 

しかしルージュの謝罪を特に気にした様子もなく、レオンが冷めた視線を後ろに向ける。

その先では今回の事件の発端であるバカ2匹こと、勇者シンクとレオンの弟ガウルが頭に大きなたんこぶを作って猛省していた。

さらにその後方にジェノワーズと、そして晴人が続いていた。

やがて目的となる部屋に辿り着いたレオンが扉を前にして歩みを止めた。

目を閉じてゆっくりと息を吸い、静かに吐き出す。

 

「邪魔するぞ」

 

そして気持ちを押し殺したような面持ちで扉を開いた。

 

「レオ様…」

 

レオンの登場に驚いたように声を漏らした人物こそ、ビスコッティ共和国領主ミルヒオーレ・フィリアンノ・ビスコッティ。

シンクと晴人を異世界フロニャルドに呼び寄せた張本人である。

艶のある桜色の髪の隙間からは、やはり特徴的な犬耳が覗いていた。

 

「あの、ご無沙汰―――」

 

「すまなんだな、ミルヒオーレ姫殿下。戦勝国の宴の邪魔など無粋の極み。お主の都合を無視して連れ出した不肖の弟の非礼を詫びよう」

 

「いえ、あの…ガウル殿下はご存知なく―――」

 

「今回のことは、何か別の形で侘びを考える。今は早く戻るとよかろう」

 

神妙な顔で話しかけるミルヒだったが、レオンは冷たい声音で彼女の言葉を一方的に断ち切るだけ。

 

「レオ様…」

 

2人の会話はそれきりだった。

 

「ルージュ、後は頼んだ」

 

「は、はい!」

 

後を後ろに控えていたルージュに任せて、ミルヒは部屋を後にするレオンの背中を見つめることしかできなかった。

晴人は部屋に掛けられている幼き頃のレオンとミルヒが描かれた絵画を黙って見つめていた。

 

                      ☆

 

「災難だったな」

 

晴人はようやくたんこぶの引っ込んだ頭をさするシンクに声をかけた。

 

「あー!あなたは確かあの時の!」

 

晴人に気付いたシンクが大きく目を見開いた。

どうやら向こうもあの時に晴人の姿を見ていたようだ。

心配事がひとつ減ったことでほっと胸をなでおろすシンク。

 

「俺の名前は操真晴人。よろしく」

 

「こちらこそ!ボクはシンク・イズミって言います!」

 

2人が自己紹介し合ったところで、するとそこにミルヒが割り込んできた。

 

「勇者さま!」

 

「姫さま!ご無事で何よりです!」

 

「いえ、勇者さまこそ本日2度目の戦、お疲れ様です」

 

お互い無事であることを確認して、改めてシンクはミルヒに深々と頭を下げた。

 

「すみません、姫さま。何も知らなかったとはいえこんなことになってしまって…」

 

「いえ!勇者さまが誤るようなことではございません。お気になさらないでください」

 

謝るシンクに、ミルヒは逆に申し訳なさそうに優しい声音で返すと、視線を晴人に向けた。

 

「ところで勇者さま、こちらの方は?」

 

「この人は操真晴人さん。どうやらボクと一緒に召喚されてたみたいなんです」

 

「そうなのですか!?」

 

シンクの言葉に思わずミルヒは目を大きく見開いてしまった。

 

「まあ、俺は巻き込まれたってのが正しいんだけどな。てことは、もしかしてキミがミルヒオーレさま?」

 

「え?ええ、そうですが…なぜ私の名前を?」

 

「実は…ええと…あった」

 

晴人が取り出したのは一本の巻物。

それはこの世界に来た時にブリオッシュがくれたものだった。

晴人はそれをミルヒに手渡した。

 

「前にブリオッシュからもらってね。それを見せれば話を聞いてもらえるって」

 

「確かに、これはブリオッシュが書いたもので間違いがいありません」

 

巻物を広げて中身を確認したミルヒが納得したように大きく頷いた。

 

「でもよかった~。まさかこの世界に来たその日にこうして出会えるなんて」

 

「――え?」

 

晴人はシンクの何気ない一言に違和感を覚えた。

――この世界に来たその日。

ということは、シンクは今日フロニャルドに来たばかりということになる。

これは単なる偶然なのだろうか。

 

「どうかしましたか?」

 

顔に出ていたのだろうか、シンクが頭を悩ませていた晴人の顔を心配そうに見つめていた。

 

「え…ああ。いや、なんでもない。とりあえずそっちも無事みたいで安心したよ」

 

しかし無理に状況を混乱させるほど晴人は無粋ではない。

すると、愛想笑いでそれとなくごまかす晴人の元にガルーダが飛んできた。

 

「どうした、ガルーダ?」

 

忙しない様子で周囲を飛行ガルーダが晴人を窓の外を示す。

ガルーダに連れられて窓の外を覗き込むと、晴人は表情を強張らせた。

 

「ダメでござるよリコ!それはハルト殿のでござる!勝手に分解するのはまずいでござるよ!」

 

「止めないでくださいでありますユッキー!あれを一目見た瞬間自分の研究心としっぽの付け根がギュンギュンを通り越してギュインギュインなのであります!こんなチャンスはめったにないのであります!是が非でもあのメタルチックなボディに隠されたプレシャスをレッツトレジャーしたいのであります!」

 

晴人の眼下ではマシンウィンガーを前にタケ○プターよろしく尻尾をブンブン振り回すリコッタを羽交い絞めにするユキカゼがいたがいた。

 

「ちょっ!それ俺のバイク!」

 

今ユキカゼがリコッタを解放すれば、たちまち彼女はマシンウィンガーに飛びついてしまいそうな勢いだ。

手遅れになる前にゴメンと一言謝って晴人は部屋を飛び出した。

 

「えと、お気になさらずー…」

 

そんな晴人を、シンクとミルヒは苦笑いを浮かべて見送った。

 

                      ☆

 

晴人の叫びは聞こえていなかったようで、未だにリコッタはユキカゼの腕の中で盛大に暴れていた。

 

「大丈夫であります!ちょこっとだけ!ちょこっとだけでありますから!バラバラ、先っちょ触るだけでありますから!解体、何としてでもあの解析、マッスィーンの全容をこの手でえええええ!…おっといけね、よだれが」

 

「落着くでござる!説得力がまるでないでござるよ!サブリミナル的に本音が漏れてるでござるよ!最後に至ってはだだ漏れでござるよ!」

 

久々に再開を果たした友の豹変ぶりに戸惑いを覚えながらもつっこみを入れてしまうユキカゼ。

 

「むむむ~。こうなれば………ユッキー、あれを!」

 

「へ?」

 

「隙ありであります!」

 

適当な方向に指を指しに反応したユキカゼの一瞬の隙をついてリコッタは彼女の耳にふぅ~と息を吹きかけた。

 

「ひゃんっ」

 

即座にリコッタは驚きでかわいらしい声を上げるユキカゼの緩んだ拘束を抜け出して高く跳躍した。

 

「いざ行かん!未知なる世界へえええええ!」

 

小さな少女の狂気に染まる手がマシンウィンガーに及ぼうとした時だった。

 

【グラビディ!プリーズ!】

 

寸前のところで突如空中に出現した黄色に光る魔法陣がリコッタの勢いを殺した。

 

「あれれ?浮かんでる?自分何故か浮かんでいるであります!」

 

浮遊するリコッタが小柄な体を大きくばたつかせる。

 

「これは…」

 

「ちょっとなにやってんの!?」

 

魔法陣に見覚えのあるユキカゼが思考を巡らせていると、丁度晴人が現れた。

 

「ハルト殿、お久しぶりでござる!」

 

「よお、ユキカゼ。お前も来てたんだな」

 

久々の再会に晴人もユキカゼも自然と笑みがこぼれた。

 

「それもハルト殿の魔法でござるか?」

 

「まあね」

 

ユキカゼの問いを得意げに肯定した晴人は魔法陣の下で浮遊するリコッタを地面に下ろした。

 

「で、ええと…」

 

リコッタと向かい合った晴人が先ほどの少女らしからぬ蛮行について問いただそうとしたが、はたと彼女の名を知らないことに気付いた。

そんな晴人の様子に気づいたのか、リコッタはビシッと敬礼してハキハキとした口調で答えた。

 

「初めましてであります!自分はビスコッティ王立学術院主席リコッタ・エルマールであります!あなたさまのことはユッキーから聞いてるであります!是非とも!是非ともあの機械を調査させていただけないでしょうか!」

 

「いや、ダメに決まってるでしょう」

 

危険な色を映す瞳が爛々と輝きを見て、危険を感じた晴人はすかさず却下を下す。

リコッタの手によって解体され、無残な残骸へと成り果てた愛機の末路が簡単に想像できてしまう。

何としてもそれだけは阻止しなければ。

 

「心配ないであります!ちょっと調べるだけでありますから!ちょっとパーツ外すだけでありますから!ちょっと中身いじるだけでありますから!私が保証するであります!」

 

しかしなおも食い下がるリコッタ。

このままではらちが明かないと察し、ひとつ頷いて晴人は強硬手段に出ることにした。

 

「キミの言いたいことはよく分かった。だから…ゴメン」

 

優しい口調で語る晴人は素早い動作リコッタの手に指輪とくぐらせ、ベルトの前に持って行った。

 

【スリープ!プリーズ!】

 

何が起きたのか理解するまもなくリコッタは糸が切れた人形のように膝から崩れ落ちた。

 

「リコ!?」

 

「大丈夫。少し眠ってもらっただけだから」

 

声をあげたユキカゼだが、すぐにその心配は杞憂に終わった。

晴人の腕の中ではリコッタは規則正しい寝息を吐いていたのだ。

 

「しかしながら相変わらずハルト殿の魔法はおもしろいでござるな」

 

安堵の息を溢したユキカゼは安らかな表情で眠るリコッタを背負うようにして立ち上がる晴人に語りかけた。

 

「え?」

 

「失礼ながら、遠くから先程の戦闘を拝見させてもらったでござる」

 

どうやらあの時のエクレールとジェノワーズとの戦いを見られていたらしい。

 

「エクレもジェノワーズの御3方も、いずれもフロニャルドに名を連ねる実力者にござる。そんな彼女たちをも圧倒するハルト殿の実力。拙者思わず感服したでござる」

 

「ああ、えと…ありがと」

 

照れ隠しの笑みを浮かべる晴人。

しかし称賛されることは素直に嬉しいのだが、今までに幾度となく死線を戦い抜いてきた晴人にとってはどおということはない。

 

「そういえばさ―――」

 

「いってきまあああああす!」

 

思い出したように口を開いた晴人の言葉は突然の叫びに遮られてしまった。

辺りに視線を巡らせるとフロニャルドの夜の空に、一筋の閃光が走った。

わずか一瞬の出来事だったが、晴人は確かに見た。

橙の閃光の正体はミルヒを背負ったシンクだった。

シンクはそのまま流れ星の如き速度でミオン砦を飛び出していった。

しばしの間唖然とする晴人とユキカゼ。

すると一瞬早く我に返ったユキカゼが切り出す。

 

「すみません、ハルト殿。拙者は勇者殿に挨拶をしてくる故、これにて失礼させてもらうでござる」

 

「え?ああ、うん。気を付けてな」

 

「はい、また会いましょうでござる!」

 

紋章術を発動させ、両の脚に輝力を漲らせたユキカゼもまた、閃光となって金色の軌跡を残してこの場を去って行った。

10秒と立たない内に彼女の姿は遥か彼方に消えていった。

後に取り残されたのは眠るリコッタを背負う晴れ人ただひとり。

 

「さて、とりあえずどうするかな…」

 

「ハルト殿。ご無沙汰でござる」

 

完全に手持ち無沙汰な状態だったので先の部屋に引き返そうかと考えていると、後ろから声をかけられた。

聞き覚えのある柔らかな声音の主に振り向くと、やはりそこにいたのは穏やかで大人びた笑みを浮かべるブリオッシュだった。

 

「ブリオッシュちゃんも久しぶり。一週間ぶりだな」

 

改めて晴人は、今度はブリオシュと再会の挨拶を交わした。

 

「いやあ、最初にハルト殿がレオ姫様と現れたときは驚いたでござる。さらには戦にまで参加していたとは。しかしなんでまた?」

 

「この戦にシンクって子が出てただろ?」

 

「ビスコッティに召喚された勇者殿のことでござるな。もしかして勇者殿はハルト殿の―」

 

「そ。俺と同じ世界の人間なんだ。向こうの世界で召喚に巻き込まれてそれきりだったから、その子の無事を確認したくてね」

 

「そうでござったか。拙者も先程勇者殿と話をしたでござるが、なかなか元気なお方でござったな」

 

「確かに」

 

何気ない会話で自然と笑みがこぼれる。

しかし、晴人覚えずほころんでいた表情を真剣なものに変えた。

 

「今朝、グール以外のファントムが現れた」

 

突然の晴人の言葉に耳を疑ったのか、ブリオッシュの犬耳がピンと立った。

 

「それは真にござるか?」

 

「ああ。そっちはどうだった?」

 

「こちらは幸いというべきか、残念ながらというべきか、ハルト殿と出会ってからは一度も」

 

「そっか。とにかく、奴らが現れたってことは向こうも本格的に動き始めたってことかもしれない」

 

「なるほど。…一報感謝するでござる」

 

真剣な面持ちで頭を下げるブリオッシュに晴人は気にするなと勤めて明るく返した。

晴人の思いを察したのか、ブリオッシュが話題を変えてきた。

 

「ところで、ハルト殿はこれからどうするつもりでござるか?」

 

「これから、か。そういや考えてなかったな……」

 

異世界の夜空を見上げながら晴人は小さくつぶやく。

今回晴人が戦に参加したのはただの成り行きだ。

シンクの無事も確認できたことだし不安要素の一つは解消された。

おそらく彼はこのままビスコッティで世話になるのだろう。

ファントムのこともあるが、今晴人の脳裏に浮かんだのは―――レオンの姿だった。

晴人はそれを認めるなりひとつ頷いて、

 

「そうだな。俺はもう少しレオンちゃんのところで世話になるよ。ちょっと気になることもあるし」

 

と、結論を出した。

 

「もしかしてハルト殿もレオ姫さまの様子に気づいたでござるか?」

 

「まあね」

 

晴人が違和感を確信したのはレオンとともにミルヒのいる部屋に訪れた時だった。

ミルヒと会話していた時、レオンは一度もミルヒと目を合わせようとしなかった。

必要最低限の内容で切り上げ、逃げるようにその場を後にするレオンの表情を晴人は見逃さなかった。

思い返せば、初めて会った時から何かを無理やり抑え込もうとして今にも悲痛に歪みそうな顔が、陰りが見え隠れするあの瞳がどうしても頭から離れなかったのだ。

それは晴人にとって1番嫌いな顔、絶望に歪む表情とよく似ていから。

 

「そうでござるか…。ならレオ姫さまのことはハルト殿にお任せするでござる」

 

必要以上に詮索してこないブリオッシュの心遣いが素直にありがたかった。

 

「おう」

 

それではと頭を下げるブリオッシュに、ついでにリコッタを任せて晴人は遠ざかっていく後姿を見送った。

そうして最後に一人残った晴人も動き始める。

とりあえず上の部屋に戻ろうかと考えながら歩き始めると何やら上空から騒がしくなった。

何事かと顔を上げると、例の空中ディスプレイに映像が映し出されていた。

場所はどこかのホールのような場所なのだろうか、大きく舞台と客席に分けられている。

観客で埋め尽くされる客席に灯る色とりどりの光はサイリウムだろうか。

そしてスポットライトが照らす薄暗い舞台からひとりの少女が現れた。

 

『お待たせしました!ミルヒオーレ・フィリアンノ・ビスコッティ殿下のご登場です!』

 

少女の登場に観客の盛り上がりはさらに増した。

司会者の言葉通り、現れたのは美しいドレスに着替えたミルヒだった。

どうやらシンクは間に合ったらしい。

そうこうしているうちにディスプレイの向こうで静寂が訪れた。

そしてマイクを持つミルヒが静かに口を開いた。

 

『今日の戦ではビスコッティに来てくださった勇者さまと、いつも頑張ってくれているこの国の騎士たちが勝利を運んでくれました』

 

ホール内に響くミルヒの言葉を観客のだれもが黙って聞いている。

そして舞台でただ一人立つミルヒの笑顔も雲の切れ間から差し込む陽の光の如く言葉も弾んでいく。

 

『今日の勝利を糧に、今日よりもっと素敵な明日を皆さんに送れるように、頑張って勇気を乗せて歌います!―――“きっと恋をしている”』

 

直後、ホール内に明るく優しいメロディが流れ始める。

メロディに合わせてミルヒは身体を揺らしてリズムを取り、やがて歌詞を紡ぎ始める。

聴いていて気持ちが前向きになってくる、そんな印象が受け取れる曲だった。

曲に合わせて揺れるサイリウムの光がとても幻想的に見えた。

思わず聞き入ってしまいそうになったが、その時晴人は見覚えのある後姿を見つけた。

ゆっくりとした足取りで進むドーマにまたがり砦を後にしようとするレオンだ。

直接見なくても後姿だけでレオンの表情が予想できる。

 

「見てかなくていいのか?」

 

ディスプレイの向こうで歌うミルヒに背を向けるように去ろうとするレオンに晴人は声をかけた。

 

「ハルトか…」

 

今にも消え入りそうなか細い声と覇気のない表情が向けられる。

なんとなく見てられなくなり晴人はレオンの横に並んで歩を進める。

 

「結構いい歌だな」

 

「ふん。犬姫の歌などに興味はない」

 

今でも夜空に響き渡る曲に素直に感想を言う晴人にレオンは強がる声音で返す。

どうやら思っていた以上に頑固な性格をしているようだ。

 

「そういえば、あの部屋に飾ってあった絵ってレオンちゃんとあのお姫さまでしょ?」

 

晴人は夜空に浮かぶディスプレイに映るミルヒを指さしてレオンに話しかけた。

 

「……そうだとして、それがどうした?」

 

「彼女とケンカでもしたの?」

 

「お前には関係ない」

 

淡々と放たれる言葉の端々に苛立ちがにじみ出ていた。

やはりレオンは何かを隠そうとしているのは間違いなさそうだ。

晴人はレオンの横顔をただ黙ってじっと見つめる。

悲痛と焦燥に揺れる瞳のさらに向こうに悲しみの光を見たからだ。

レオンは何かを守るため、そして自分を保つために、あえて自分をふるいだたせているのだろう。

ただ、今すぐにでも絶望に押しつぶされてしまいそうなその表情は、あの日初めて出会ったばかりのコヨミとよく似ていた。

だから―――

 

「そっか。……じゃあ今は何も聞かないよ」

 

暗くなる雰囲気を吹き飛ばすように、明るく言う晴人は歩みを止める。

何事かと思い、レオンもドーマを止めて晴人と並んだ。

 

「でも、もし本当に絶望しちまいそうになったら―――」

 

見下ろすレオンの瞳を見つめ返す晴人は指輪を付けた右腕をまっすぐ突出し、

 

「俺が最後の希望になってやるよ」

 

自身と決意に満ちた笑みを浮かべて、力強く言い切った。

 

「…………、―――――ッッ!!」

 

しばしの静寂の後、突然レオンの顔がボンッと赤くなった。

 

「なッ!?お、おおおまえは何を言っておるのだ!からかうのもいい加減にしろ!」

 

晴人の言葉をどう受け取ったのか、さらに顔の赤みを増していくレオン。

 

「もうよいわ!」

 

羞恥を振り切るように進み始めたレオンに慌ててついていく晴人。

 

「それとだ、ハルト。お前にひとつ言っておく」

 

「ん?」

 

「次そのような名で呼べばただではおかんぞ」

 

『そのような名』が指すのは恐らく『レオンちゃん』という呼び方だろう。

ギロリと晴人を見下ろすレオンの瞳はまさに獲物を射殺さんとする獅子そのものだった。

並みの者が睨まれれば、全身が震え上がってしまうほどの鋭さだった。

しかし晴人はレオンの睨みを得意げな笑みだけで適当に流して言い返す。

 

「えー?結構かわいいと思うんだけどな」

 

「か、かかかかわいいだとっ!?」

 

思いもよらぬカウンターに再度レオンは顔を朱く染める。

 

「へ、変なことを申すな!」

 

頭から湯気を吹き出しそうな勢いでたまらず反撃するレオンだが、晴人の面白おかしそうな笑みに調子を崩される。

 

「~~~~!お前というやつはァ………」

 

「ハハハ、ゴメンゴメン」

 

頬を紅潮さるレオンは半分涙目でギリギリと奥歯を噛みしめる。

いまひとつ覇気が弱いのは気恥ずかしいせいだからだろう。

そんな反応がとてもかわいらしい。

それなりに楽しんだことだし、さすがにやりすぎたと思った晴人は苦笑を浮かべて素直に謝る。

それから砦を後にしてしばらく進んでいるとレオンが静かに話しかけてきた。

 

「……ハルトよ。お主は勇者と同じ世界から来たのだったな」

 

「ん?まあ、そうだけど」

 

そして惚けたように返事をする晴人からわずかに視線をそらし、気恥ずかしそうに言う。

 

「陣地に戻るまで、まだしばらく時間が掛かる。いい機会じゃ。お前の世界について興味がある。話してみろ。聞いてやる」

 

開き直ったような物言いに、しかし覇気は感じられなかった。

聞いたところによるとレオンはまだ16歳らしい。

今まで領主としての大人びたレオンしか知らなかったため、晴人にとってこうした年相応の女の子らしい一面が新鮮に思えた。

 

「何を笑っておるのだ!」

 

「ん?いや、なんでもない。そうだな、じゃあまずは………」

 

2人は夜の帰路をのんびりと進んでいった。

 




本日、仮面ライダー一番くじのクリアファイルをコンプリートしました!
いやぁ、さすがに並べると壮観でしたわ。
でも、コンプリートするまでの道のりは24回で14400円!
金額見てちょっとびびりました(笑)
無駄に被るし、無駄にABCD賞が当たっちゃうし…。
正直、釈然としねえ!

それはそうと………

クウガもウィザードも更新遅れて大変申し訳ありませんでした!
前回映画楽しみと言って以来、もう映画公開から一ヶ月経過ですよ。
とりあえず映画を見て一言、やっぱ仮面ライダー最高!
すんげぇ面白かったけど…………鎧武が出てこなかっただと!?


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第6話 戦の後で

ミルヒオーレ姫のコンサートから一夜が明けて、ビスコッティ共和国領内に駐留していたガレット軍が撤退を終えて、すでに日が落ちて夜になっていた。

 

パリィンッ!

 

ガレット獅子団領ヴァンネット城の一室にて、何かが割れるような音が響いた。

 

「クソ…またか…!」

 

足元で割れた花瓶に見向きもせず苛立った声を発するのはレオンだった。

 

「戦を済ませて戻ってもやはり何も変わらん。いや、かえって悪くなった!」

 

レオが憤ろしく見るのは、星読みで使用する映像板。

 

「さして強くもないはずのわしの星詠み。なのに何故、こうまではっきり未来が見える……?」

 

忌々しげな表情から悲壮に染まるものへと変わり、嘆くように呻吟するレオン。

そしてもう一度映像板に映る光景に視線を向ける。

空には陽の光を遮る暗雲が立ち込め、大地はひび割れドス黒い瘴気が上る。

おおよそ平穏からかけ離れた惨状にシンクとミルヒが血だまりに倒れ伏して絶命していた。

そして映像版に記されたフロニャ文字にはこう書かれていた。

 

『エクセリードの主ミルヒオーレ姫とパラディオンの主勇者シンク、30日以内に確実に死亡。』

『この映像の未来はいかなることがあっても動かない。』

 

それはシンクとミルヒに対する映像の未来が絶対であるという内容。

 

「ミルヒだけでなく勇者まで死ぬ。…星の定めた未来か知らんが、かのような出来事、起こしてたまるか!」

 

たまらず星詠みの予言に激昂するレオンは隣接する奥の部屋に歩みを向けた。

そこには一本の戦斧が鎮座してあった。

 

「キサマを出すぞ、グランヴェール!天だろうが、星だろうが、貴様となら動かせる!」

 

レオンの叫びに呼応するように、グランヴェールと呼んだ魔戦斧が青白い光輝を放っていた。

 

――俺が最後の希望になってやるよ――

 

そんな時、ふとレオンの脳裏に、ミオン砦からの帰り際に見た晴人の姿と言葉が過った。

 

「ハルト…。あやつなら、もしや…」

 

拳を握り締めて決意を新たに刻むレオンは静かのそう呟いた。

 

                      ☆

 

「すまなかったね、ダルキアン卿。結局手伝わせてしまった」

「なに、国の慌ただしい時期に一年以上も留守にしたでござる。些末なことでも役に立たねば」

 

同時刻、ビスコッティ共和国フィリアンノ城の屯所内で、ブリオッシュはビスコッティ騎士団騎士団長、ロラン・マルティノッジと荷物の整理を手伝っていた。

 

「キミはもとより国に縛られる器でもないんだ。今もビスコッティに籍を置いてくれているだけでもありがたいよ」

「買いかぶりにござる。拙者、ただの風来坊にござるよ」

「今度は、当分いてくれるんだろう?」

「ああ………。拙者の探し物がどうなるかは、ユキカゼの星読み次第ゆえ、何とも言えぬでござるが…なるべく長く留まりたいでござるよ」

 

確認するように訊ねるロランの問いに、ブリオッシュは寂しげな語気で答える。

 

「それに、隣国ガレットにはなにやら不穏な空気もあるでござるしな」

「ああ、私は星は読めないがガレットの戦の仕掛けようが尋常と異なるのは明らかだ」

「ガレットというより、レオ姫が、でござるな」

 

ふと、作業の手を止めたブリオッシュは表情が真剣なものに変わる。

 

「考えたくはないが、魔物の類がかかわっておるやもしれん。そうなればまさしく、拙者の出番にござるが…」

 

覚悟と意気込みがにじみ出る強い語気でブリオッシュは腰にさした得物の鍔に手をかける。

 

「確かにレオ姫さまのこともそうだが、今は最近フロニャルドに出没している謎の魔物のこともあって本当、騎士団は大忙しだよ」

「ああ、そのことについてでござるが、実はその魔物についていろいろわかったでござるよ」

「それは本当かい!?」

 

予期せぬ吉報に思わずロランは驚きの声をあげた。

 

「おかげさまで。その魔物の名はファントムというそうでござる」

「ファントム…聞いたことがないな」

「無理もなかろう。元々ファントムは勇者殿の世界に現れる魔物らしいでござるからな」

「勇者殿の世界にも魔物が!?いや、そもそもなぜ勇者殿の世界の魔物がこのフロニャルドに?」

「さすがにそこまでは…。しかも、どうやらファントムの動きはこれからが本番らしいとのこと」

「これから、か…。ところで、ダルキアン卿はどこでその事を?」

「いや、実に情けないことでござるが、すべて教えてもらったことゆえな」

「教えてもらった?いったい誰に?」

 

怪訝そうに訊ねるロランの疑問に、ブリオッシュは答えた。

 

「指輪の魔法使い、でござるよ」

 

                      ☆

 

「ヘクション!」

「風邪ですか?ハルトさん?」

 

突然くしゃみをあげた晴人にビオレが心配そうに声をかけた。

場所は再びヴァンネット城に戻る。

現在晴人は城内の図書館の一角でビオレにフロニャルドの文字を教えてもらっていた。

 

「いや、大丈夫。えーと、フロニャ力とはフロニャルドに偏在する力で、きりょくなどの力の源…気力?」

「輝力、ですね。フロニャ力を自分の紋章に集めて自分の命の力と混ぜ合わせ変換したエネルギーのことです」

 

なるほどと頷く晴人にとっては1から外国語を学ぶようなものだが会話が通じる分、予想以上に早く理解することができた。

やはり今思っても会話が通じることに心の底から安堵する。

晴人は一通りかな文字に当たる文字を学んだあと、ひたすら書物から適当な文章を書き写すて翻訳、という作業を繰り返している。

 

「失礼します。お茶とお菓子の差し入れに参りました」

 

そんな時、机に噛り付いてあーだこーだと本と格闘する晴人と、その姿を微笑ましく見守っていたビオレのもとにカートを押すルージュが現れた。

 

「ありがとうございますルージュ。ハルトさん、丁度いいですしそろそろ休憩にしましょう」

「了解ぃ………」

 

ビオレの言葉に緊張が解けたのか、盛大に息を漏らしながら晴人は糸が切れた人形のように机にへたり込んだ。

 

「ふふふ、調子のほうはどうですか?」

 

だらしのない晴人の姿にやわらかな笑みをこぼしながらルージュがお茶を注いでくれている。

 

「今のところ順調ね。すでにある程度の読み書きなら問題なくこなせるまでになってるわ」

「それもこれも、ビオレ先生のおかげです。それより悪いね。帰って来て早々こんなこと頼んじゃって」

「いえ、それこそ気になさらないでください」

 

申し訳なさそうに言う晴人にやさしい笑みで答えるビオレだった。

ありがとうと言って差し出された茶菓子を味わいながら束の間のひとを和んでいたそんな時、警戒にあたらせていたガルーダが戻ってきた。

様子からして、ファントムが出現した様子はないようだ。

 

「おかえり、ガルーダ。本日もご苦労様です」

 

いつもお世話になっている使い魔に感謝の意を述べる晴人。

その時、晴人は机の下でふと違和感を覚えた。

何気なく視線を下に向けると、晴人の足元に一匹の子どものライオンがすり寄っていた。

 

「…ライオン?」

 

にぃ、と鳴くきれいな淡黄色の毛並みの子どものライオン。

 

「あらあら、バノンの子どもですね。こんなところまで来るなんて珍しいですね」

 

ルージュの言うとおり、どこかで見覚えがあるかと思えば昨夜のミオン砦でミルヒと一緒にいた子ライオンだった。

まだ子どもとはいえ、ゼロ距離でライオンと触れ合う晴人にとっては新鮮な体験だった。

 

「どうしたんだお前?迷っちまったのか?」

 

とりあえずその場にしゃがんで顔の位置まで持ち上げて子ライオンに冗談めいて語りかける晴人。

 

「にゃー」

 

果たして晴人の言葉を理解したのか、子ライオンは呑気な鳴き声で返してきた。

 

「ライオンを見るのは初めてなんですか?」

「いや。でも、触るのは初めてだな。似たやつはいるけど」

 

ずいぶんと人間慣れしているなと思いながら見つめていると、自然とビーストに変身してポーズをとる仁藤を連想し思わず笑いを吹き出した。

 

「にゃ」

「んにっ」

 

突然子ライオンが伸ばした前足で晴人は鼻頭を叩かれて間抜けな声を漏らしてしまった。

 

「ふふふ」

「くすくす」

 

晴人が肉球の独特な感触を懐かしく思っているとビオレとルージュに押し殺したような声で笑われてしまい、ちょっと恥ずかしくなった。

照れ隠しに視線を泳がせると、同じく偵察から戻ってきたユニコーンとクラーケンを追いかけるもう一匹の子ライオンとその様子を見守る母親、バノンがいた。

どうやら使い魔たちに誘われてここまで来たようだ。

気が付くと、同じように晴人に抱きかかえられていた子ライオンも周囲を飛ぶガルーダにくぎ付けになっていた。

 

「おっと」

 

幼いなりの本能を刺激されて我慢が出来なくなったのか、とうとう子ライオンはガルーダめがけて晴人の腕から飛び出していった。

 

「ふふふ、ずいぶんとなつかれてるみたいですね」

「俺が、というより使い魔たちがだけどな」

 

結局、遊び盛りな2匹の子ライオンに追いかけられる羽目になった使い魔たちの光景に自然と笑みをこぼす晴人とビオレだった。

 

「ところで、昨夜はレオさまといい雰囲気だったそうですね」

「へ?」

 

不意のビオレの言葉に晴人は間の抜けた返事をしてしまった。

 

「まあ、そうなのですか?」

「昨夜帰ってからのレオさまは珍しく機嫌がよろしかったのでどうされたのかと訊くと、ハルトさんの世界について楽しく語られておられました」

 

そういえば確かにそんな話もしたなと内心でうなずく晴人にビオレは実にうれしそうに続ける。

 

「あんなに楽しそうにしていたレオさまを見たのは久しぶりでした。きっといい気分転換になったんだと思いますよ」

「そっか。でも、それってやっぱりあのお姫さまが関係してるんじゃないの?」

「「――ッ!」」

 

唐突の晴人の指摘にビオレとルージュはハッとしたように瞠目していた。

あのお姫さまが示すのは、もちろんミルヒオーレ姫殿下のこと。

 

「レオンちゃんとミルヒちゃんって昔は仲がよかったんだろ?」

 

晴人のその言葉に、ビオレとルージュはわずかに表情を翳らせた。

 

「…やはり、ハルトさんも気づかれましたか?」

 

その反応を見て、晴人の中で予想は確信に変わった。

 

「やっぱり何かあったんだ」

 

小さく唇をかむビオレは短い躊躇の後、おずおずと口を開いた。

 

「―――両国の先代領主が旅立たれる前、レオさまは姫さまをとても大切に扱ってくださいました。その様子はまるで、生まれついての姉妹のようでもありました」

 

ビオレが言うには、幼いころから臣下と民を思いやる心を持つミルヒと武術と紋章術に秀でるレオンの二人は互いに足りないところを補い合い、大切なことを教えあうほどの間柄だったらしい。

 

「お2人が領主になられてからも目立った波乱もなく、会う機会は減っても公式非公式問わずずっと仲良くされていたのですが半年ほど前のことでしょうか。レオさまが急に姫さまの身の回りや、ビスコッティの騎士団のことを気遣ってくださるようになって…」

「気遣う?」

「ビスコッティの軍備増強を提案したり、姫さまが危険な目に合うような興業は避けるように、姫さまにきちんと護衛をつけるように、ですとか。それはもう一生懸命に。…ですが、3ケ月ほど前からはまるで人が変わられたように冷たくなられて、姫さまとの交流もそれきりぱったりと。姉妹のように思っていた幼馴染の心変わりと、交流を続けてきた隣国との関係不和。…姫さまは個人と領主の両面から心を痛めていらっしゃっています」

 

ビオレの沈みつつある雰囲気を察したのか、それともただ単に使い魔たちを追いかけることに飽きたのか、いつの間にか子ライオンたちが2人の足元に歩み寄り、不安げに見上げていた。

丁度その時だった。

 

「おめぇがソウマハルトか?」

 

一息つく晴人に背後から声をかけられた。

振り向くとそこにいたのは見覚えのあるひとりの少年。

 

「キミは確か、レオンちゃんの弟の――」

「ガウル・ガレット・デ・ロワだ。よーく覚えとけ!」

 

腕を組んで自信満々に声を張るガウル。

ガウルの登場にビオレとルージュが敬礼する。

 

「そうそう。シンクと一緒にレオンちゃんの鉄拳制裁を食らった」

「グッ…。それを言うんじゃねぇよ」

 

思い出した晴人の言葉を聞くなりばつが悪そうに表情を歪める。

 

「ハハハ。で、こんなところで何やってんだ」

「いやな、昨日の戦でいろいろ迷惑かけちまったからな。姉上に書庫の整理を命令されてたんだよ。ジェノワーズも向こうで荷物を運んでんだ。そんであんたを見かけたからちと挨拶をと思ってな」

 

ガウルの言うとおり、そういえば確かにこれがミオン砦以来の再会だった。

 

「そっか。じゃあ改めて、操真晴人だ。よろしく」

「おう!よろしくな、ハルト!」

 

お互い握手を交わし合う晴人とガウル。

 

「ところでよ…」

 

声色を変えたガウルが晴人の首に腕をかけ、耳元で囁いた。

 

「おめぇ、強いんだってな?」

「へ?」

 

突然の言葉に訝しげな返事を返す晴人。

ガウルは面白おかしそうに口角を上げて続ける。

 

「兵士たちから聞いたぜぇ。昨日おめえひとりで魔物の大軍を追い払ったんだってな?」

 

どうやら昨日のファントムとの戦いのことを言っているようだ。

 

「さらにはジェノワーズとビスコッティの垂れ耳隊長をまとめて相手にして勝ったんだろ?」

 

今度はミオン砦での対決。

 

「ああ、うん。まあな」

 

別に隠すことでもないのでとりあえず晴人は首肯した。

 

「かーっ!やっぱそうなのか!なあなあ、今度俺様と勝負しようぜ!な!」

「なんでそうなるの?」

 

予想を斜め上に行く発言に思わず晴人は眉を顰めた。

 

「そんなもん、強者がいると聞いたらガレットの戦士として戦わねぇわけにはいかねぇだろ?」

「いやいや、それ理由になってないから。そんなことよりもこんなところでサボってると知られたらまたレオンちゃんに怒られるんじゃないのか?」

 

「あー、平気平気」

 

晴人の注意を適当に流してガウルは得意げに腕を組む。

しかし、気配もなくガウルに近づく影。

丁度ガウルの背後に位置していたため、影の主に気付いた晴人は冷や汗をかく。

 

「だいたい姉上は―――」

「―――ほお…。わしがなんだって?」

 

背後から聞こえた声を聞いてガウルは初めて表情を強張らせた。

 

「あ、あああああ姉上!な、何故ここに!?」

 

地の底に響くような声音を発するレオンは一見笑っているように見えるが目は笑っていなかった。

 

「どうやら、まだ仕置きが足りんかったようじゃの。のお?ガウル」

 

ものを言わせぬレオンの迫力にガウルはしどろもどろになる。

子ライオンたちはおびえていつの間にかバノンのそばで縮こまっている。

 

「い、いや、その、あの、これは――」

「問答無用じゃ!」

「ぎゃふん!」

 

とうとうレオンの2度目の鉄拳制裁の音とガウルの奇妙な悲鳴がこだました。

 

「あーあ」

「―――っ。邪魔をして悪かったの、ハルト」

 

呆然とする晴人の反応に気づいたのだろう、頬を少し赤らめるレオンは晴人の顔を見るなり恥ずかしそうに顔を背けた。

しかし晴人はレオンの表情の変化に気づかなかった。

 

「あー、いや。大丈夫、気にしないで」

 

それどころかレオンの怒気に気圧されてしまい、巨大なたんこぶを作って気絶してしまったガウルを気の毒に思いながら晴人と、ビオレ、ルージュの3人は苦笑いを浮かべることしかできなかった。

 

「ところで、レオさまがこのような場所に赴くなんてどうかされたのですか?」

「いや、ちとハルトに用があってな」

「ん?俺?」

「ああ。単刀直入に言うぞ。ハルト、わしと戦え」

「え?」

「レオさま!?」

 

予想外の発言に晴人だけでなくこの場にいる者全員が驚愕に包まれた。

しかし、そんなことを気にした風もなくレオンは淡々と続ける。

 

「もちろん戦えと言っても、戦のような公式のものではない。あくまでわしとお主の一騎打ちでの模擬戦じゃ。戦2連敗に気落ちしておるガレットの戦士たちにとってきっといい刺激になろうて」

 

決して真意を悟られまいと平静を装って理由を述べるレオンだったが、それが後付されたものだということはすぐにわかった。

ビオレ、ルージュが片隅にて状況を見守っている中で、晴人は静かに息を吐いた。

 

「いいぜ。俺もそろそろ体を動かしたいと思ってたところだし」

 

晴人の了承の返事を聞いて、幾ばくかレオンの強張っていた表情が緩和された。

 

「感謝する。ではまた後で、武闘場でな」

 

それで会話は終わり、踵を返すレオンは気絶したガウルの首根っこを掴んでその場を去って行った。

 

「どうして、レオさまの挑戦をお受けになったのですか?」

 

予想通り、ビオレが訊ねてきた。

結局のところ、不安に揺れるビオレの語った内容からは何がレオンを変えてしまったのかはいまだにわからなかった。

しかし、同時にわかったことがひとつ。

 

「別に。大した理由じゃないさ」

 

ビオレの問いに答える晴人はその場にしゃがみ込み、そっと1匹の子ライオンの頭をなでる。

くすぐったそうににゃーと鳴くその愛らしい姿に思わず口元がほころぶ。

 

「きっとレオンちゃんも同じだよ」

「――え?」

 

晴人の静かな一言にビオレはかすかに声を漏らした。

 

「確かにレオンちゃんが何を隠しているかはわからないけど、レオンちゃんもミルヒちゃんと同じくらい傷ついているんだ。それでも、いつか話してくれる時が来るさ」

 

「ハルトさん…」

「それに、昨日約束したからな。もし絶望しちまいそうになった時は、俺が最後の希望になるって。だから、今はレオンちゃんを信じようよ。」

「…ふふ、そうですね」

 

そして、晴人の強く優しい決意がいつの間にかビオレとルージュの中でくすぶっていた不安を吹き飛ばした。

誰かの絶望を希望に変えること。

例え世界が違ったとしても、晴人の誓いが揺るぐことはない。

それは魔法使いになったあの日に決めたことだから。

 

                      ☆

 

「さあさあさあさあ!やって参りました!我らがガレット獅子団領領主、レオンミシェリ閣下による緊・急・特・別・演・武!実況は私、ガレット国営放送のフランボワーズ・シャルレーが勤めさせていただきます!」

 

図書館でのやり取りからわずか1時間足らずにも関わらず、晴人とレオンの一騎打ちの話はすぐさま城中に駆け巡り、武闘場広場には観客や報道陣を含めて、かなりの数のギャラリーがひしめき合っていた。

 

「なんか、騒ぎが大きくなってないか?」

 

武闘場のステージにひとり立つ晴人の第一声がそれだった。

しかし唖然とする晴人をよそに、実況が会場を盛り上げていく。

 

「なお、解説にはバナード将軍とビオレさんにお越しいただきました。本日はよろしくお願いします!」

「どうも」

「よろしくお願いしまぁす」

「さて早速なのですが、本日レオンミシェリ閣下と対戦されるソウマハルトなる人物は一体どのような方なのでしょうか?」

 

実況席でフランボワーズが率直な疑問を投げかける。

 

「はい。ハルト殿はビスコッティの勇者殿の召喚の儀に巻き込まれてこのフロニャルドに舞い降りたと聞いております」

「なんと!あのビスコッティの勇者の他にも異世界から召喚された人物がいたとは!しかし、となるとあのレオンミシェリ閣下が直々に相手をするということは、その方はかなりの実力の持ち主であるとお見受けしますが?」

 

再びの質問に今度はビオレが答えた。

 

「そうですね。実際にハルトさんは前のミオン砦でのミルヒオーレ姫さま奪還戦でジェノワーズとビスコッティの親衛隊長さんを相手に勝利していますから実力は確かなものだと思いますよ」

「それは大いに期待できそうですね。おっと、そうこうしているうちにどうやらレオ閣下の準備が整ったようです。それでは参りましょう。我らがガレット獅子団領領主、レオンミシェリ・ガレット・デ・ロワ閣下の入場です!」

 

拍手喝采が巻き起こり、ギャラリーの歓声がとどろく中で丁度晴人の正面に位置する扉が開かれた。

 

「待たせたの」

 

扉の奥から悠々とした足取りで現れたレオン。

そしてその手には前に見た長柄斧ではなく、青白い神秘的な光を纏う巨大な戦斧が握られていた。

 

「あっ、あれはまさかぁぁぁ!宝剣!宝剣グランヴェールだァァァァァァッ!」

 

フランベールの絶叫に、会場にどよめきの波が一気に押し寄せた。

宝剣とは、フロニャルドにおいて多くの国で二体一対ずつ受け継がれる国を統べる者の証。

 

「レオンミシェリ閣下、まさかの宝剣を持ち出しての登場!バナード将軍、この展開をどうお考えになりますか?」

「さ、さすがの私もこれは予想外でしたね。ですが、おそらくレオ閣下はハルト殿を宝剣を用いて相手するに相応しいと判断されたのでしょう」

 

絶叫を続けるフランボワーズの隣で、驚きを隠しきれない面持でバナードは何とか解説の役割をこなす。

 

「なるほど、これは盛り上がることは間違いないでしょう!私も興奮が止まりません!」

「レオさま…」

 

ビオレの不安げな呟きは、しかしかき消されてしまった。

 

「レオンちゃん…」

 

ビオレと同じように訝しげに名前を呼ぶ晴人だが、晴人の心配も、周囲の喧騒も特に気にした様子もなくレオンは言った。

 

「ハルト。余計な心配も手加減もいらん。全力で来い」

 

静かでありながら透き通る声音が晴人の耳朶を打った。

普段は自身が魔法使いであることを隠すようなことはしない晴人だが、正直言って衆人環視の中で変身することに気が引けていた。

しかし、目の前で揺るぎのない決意に燃えるレオンの瞳を向けられて、今はそんなくだらないことは考えないことにした。

 

「……わかった」

 

【ドライバーオン!プリーズ!】

 

ウィザードライバーを出現させて、晴人は左手にフレイムウィザードリングを潜らせる。

 

「変身!」

 

続けてハンドオーサーを左手側に傾けて晴人はフレイムウィザードリングをかざした。

 

【フレイム!プリーズ!】

【ヒー!ヒー!ヒーヒーヒー!】

 

出現した魔方陣が身体を透過し、晴人はウィザードに変身した。

 

『おおぉ…』

 

晴人の変身に周りが動揺する声が聞こえたが、気にせず晴人は同時に取り出したウィザーソードガンをくるりと回す。

 

「いつでもいいぜ」

 

晴人の言葉に頷いて、ビオレが立ち上がる。

武闘場内は一度水を打ったかのようにシンと静まり返った。

 

「いざ、尋常に…」

 

お互いを見据えて晴人はウィザーソードガンを、レオンはグランヴェールを構える。

 

「はじめ!」

 

ドオォォォォォォォォォォォオオオンッッ!!!

 

巨大なドラが叩かれて試合開始のゴングよろしく、重厚な音色が響き渡る刹那、晴人とレオンは同時に地面を蹴った。




とうとうウィザードも特別編を残すのみとなってしまいましたねぇ…。
とりあえず、賢者の石の隠し場所はフロニャルドでも行けるんじゃね?と本編最終回を見て思ったりしてましながら書いた第6話です。


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第7話 前に進む決意

「「はあああああああああああああああああああああっ!」」

 

異世界フロニャルド、ガレット獅子団領ヴァンネット城内の武闘場でウィザードに変身した晴人と、宝剣グランヴェールを掴むレオンの雄叫びが響く。

 

ガキイィィィインッ!

 

甲高い音を発する、剣と魔戦斧の刃の接触がわずか一瞬足らずだったにもかかわらず、思わず身構えてしまうほどのすさまじい衝撃が武闘場内全体を駆け抜けた。

 

「はあっ!」

「ふんっ!」

 

すれ違う寸前に晴人もレオンも身体をひねり、両者は再び得物を振るう。

 

再度交わる剣と魔戦斧の刃。

 

即座に晴人はウィザーソードガンで魔戦斧を払い流し、身体を反転させてレオンめがけて蹴りを叩き込む。

 

しかしレオンはすかさずグランヴェールの柄でそれを防いだ。

 

続けて強く踏み込みを入れて、大きく振り下ろされるグランヴェールの一撃を晴人は咄嗟にウィザーソードガンで受け流す。

 

しかしそこを間髪入れずに次々とレオンはグランヴェールを振り回してきた。

 

だが、晴人は襲い掛かる魔戦斧の一撃一撃を見極めてウィザーソードガンでいなす、身体を傾けるなどしてかわしていき、隙を見つけては刺突や斬撃、蹴り技を繰り出していく。

 

もちろん、逆もまた然り。

 

レオンは巨大な魔戦斧を器用に使いこなして晴人の攻撃を防いでいく。

 

攻めて攻められ、防ぎ防がれる、そんな一進一退の激しい攻防に観戦に来ていたギャラリーたちのボルテージは上がりに上がりまくっていた。

 

「す…すばらしぃぃぃいッ!まさかあのビスコッティ自由騎士ダルキアン卿以外にもレオンミシェリ閣下と渡り合える人物がいようとは!私、感激で興奮が冷め止まりません!」

 

「だあぁぁぁあッ!本当は俺が先に戦うはずだったのにチクショー!」

 

熱の籠るフランボワーズの実況の実況に被さるようにガウルが哮けり立った。

 

「もう何でもいいから俺も戦わせろオオオオッ!」

 

「落着いてくださいガウさま。今更言ったってもう手遅れですよ」

 

頭をかきむしり荒れる様子のガウルをジェノワーズのひとり、ベールがたしなめる。

 

「ノワはどう思う?この勝負」

 

「正直何とも。あの人の紋章術が厄介なものなのは確かだけど、やっぱりレオさまが負けるとはとても思えない」

 

「はっ、アホか。あんな若造に閣下が負けるはずなかろう。世迷言も大概にしろ」

 

同じくジェノワーズのジョーヌとノワールの会話に割り込んできた将軍ゴドウィンがガウルの隣でふんぞり返って大酒をかっ食らっていた。

 

「…世迷言なんかじゃないもん。本当のことだもん…」

 

そっぽを向いて小さくむくれてノワールが言った。

 

「ちょっと将軍、うちのノアの機嫌損ねんといて」

 

「この子拗ね始めると長いんですよ!」

 

ジョーヌとベールの指摘に、ゴドウィンのもともと低かった沸点が限界に達した。

 

「知るかァッ!ボケェッ!」

 

「戦わせろオオオオ!」

 

客席で騒ぐガウルたちには見向きもせず、すでに幾度となく得物で打ち合う晴人とレオンの両者。

 

しかし晴人はローブを翻して身体を回旋させる際にウィザーソードガンをガンモードに変形させるとすぐさま真後ろに跳びながら引き金を引いた。

 

「くっ!」

 

咄嗟の判断でレオンは魔戦斧を盾にして縦横無尽に飛来する数発の銀の銃弾を防いだ。

 

その隙にレオンと距離を取った晴人は指輪を取り換えた右手をウィザードライバーのハンドオーサーにかざしていた。

 

【ビッグ!プリーズ!】

 

魔方陣を潜らせた右腕を巨大化させて勢いよく振り下ろす。

 

しかしレオンに横に跳んでかわされたので、もう一度振り下ろすが、これも同様に横に転がってかわされた。

 

3度目の正直のつもりで晴人は張り手をかますも、レオンにバックスッテプであっけなくかわされてしまった。

 

「次はこっちから行くぞ!」

 

仕方なく腕を引っ込める晴人に叫ぶレオンが魔戦斧を構えて素早く距離を詰めてきた。

 

「ならこれだ!」

 

【エクステンド!プリーズ!】

 

今度は伸縮自在となった腕でウィザーソードガンを振るう。

 

だがウィザーソードガンの刃が届く前に、レオンはムチのようにしなる晴人の腕の軌道を完全に見切って攻撃を掻い潜った。

 

さらにはそれだけではとどまらず、レオンは突進を中断させて晴人が伸ばした腕を掴んだ。

 

「なに!?」

 

驚いている間にレオンは勢いよく腕を引いて晴人を引き寄せる。

 

予想以上の力に引っ張られる晴人は空中で体勢を崩されてしまった。

 

タイミングを窺うレオンは晴人が射程範囲内に飛んできたところをすかさず魔戦斧の一閃をくらわせた。

 

「がああっ!」

 

装甲から飛び散る火花が痛烈な一撃の威力を物語っていた。

 

地面に激突する寸前に受け身をとって墜落を逃れた晴人は反撃に移ろうと素早く指輪を取り換える。

 

【バインド!プリーズ!】

 

レオンの周囲に浮かび上がるいくつもの魔方陣から飛び出す鎖が彼女を拘束しようと迫る。

 

「なめるな!」

 

冷たい声音で叫ぶレオンは魔戦斧を一蹴させてすべての鎖を破壊した後、天高くグランヴェールを掲げて自身の背後に紋章を出現させた。

 

「爆砕衝破!」

 

グランヴェールを地面に突き刺した直後、地響きとともに晴人の足元から爆炎が噴き出した。

 

「ぐああああああっ!」

 

予想外の方向からの攻撃に対応できず、絶叫をあげて晴人は宙を舞う。

 

「決まったァァァアアアアッ!レオンミシェリ閣下の必殺技、爆砕衝破!これは痛い!果たしてハルト選手は大丈夫なのか!?」

 

「グッ…くぅ……」

 

フランボワーズの実況を聞きながら小さく呻き声を漏らしながらも態勢を立て直そうと立ち上がったが、すでに目の前で距離を詰めたレオンがグランヴェールを振りかぶっていた。

 

一撃、二撃、三撃と容赦のない斬撃をくらわされ、トドメに腹部を蹴られて大きく吹っ飛ばされた。

 

まさか彼女がここまで強かったとは、と内心で軽く後悔しながら何とか再度起き上がろうとするが思ったよりダメージが大きかったらしく結局、晴人は膝から崩れ落ちてしまった。

 

その姿に会場は完全にレオンの勝利ムードに染まっていく。

 

「――ふざけるな」

 

そんな時、レオンの絞り出すような声がはっきりと聞こえた。

 

「ハルト、キサマ昨日言ったであろう?俺が希望になってやる、と。よもやキサマ、その程度でわしの希望になれるなどと本気で考えてはおるまいな。今までキサマがどれだけのものを背負ってきたかはわしには分からん。じゃが、それはわしとて同じじゃ。そんな中途半端な覚悟では何かを守ることなどできるはずなかろう!」

 

レオンはギリギリと奥歯を鳴らし、自然とグランヴェールを掴む腕に力が籠っていく。

 

「それが全力というわけではあるまい。少なくとも、最初にキサマの戦いを見た時はそんなものではなかったぞ!」

 

「………」

 

レオンの言葉のひとつひとつが胸に突き刺さった。

 

もしかしたらレオンは、絶望するつらさを知っている晴人がいつのまにか同情し、これ以上傷つけることを恐れて無意識に攻めを抑えていることに気づいていたのかもしれない。

 

「…信じるって、決めたばかりだったのになぁ…」

 

誰にも聞こえないほどの小さな声で呟く晴人は、仮面の下で自嘲する笑みを浮かべた。

 

同時に、これ以上彼女を失望させないために今は彼女の想いに全力で応えよう、そう思った。

 

晴人はウィザーソードガンを地面に突き刺して、顔を上げる。

 

「いいぜ。なら見せてやるよ。………ドラゴンの力を!」

 

ゆっくりとした動作で立ち上がりながら静かに呟く晴人はハンドオーサーを左手側に傾ける。

 

【シャバドュビタッチヘンシーン!…シャバドゥビタッチヘンシーン!…】

 

軽快な音声を鳴らしながら、晴人はフレイムウィザードリングよりもさらに凝った装飾が施された赤い指輪を潜らせ、ハンドオーサ-にかざした。

 

【フレイム!ドラゴン!】

 

真正面に炎を纏う赤い魔方陣が顕現し、晴人を透過する。

 

すると魔方陣から火のエレメントで形成された真紅のドラゴンの幻影が出現した。

 

【ボー!ボー!ボーボーボー!】

 

炎のドラゴンの幻影が周りを旋回し、晴人は燃え盛る紅蓮の炎に包まれた。

 

グオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!

 

竜の咆哮が響き渡り、巨大な一対の炎翼が広がるエフェクトと同時に、晴人を包み込んでいた紅蓮の炎が一斉に弾け飛ぶ。

 

そして、現れ出でた晴人の姿にレオンはその瞳を大きく見開いた。

 

赤い宝石の如き仮面からはドラゴンの角を思わせるアンテナロッドが伸長し、胸部にはドラゴンの頭部を模した装甲が追加されている。

 

黒かったウィザーローブは烈火の炎を連想させる真紅の赤に染まっている。

 

―――ウィザードフレイムドラゴン。

 

それは晴人の内に宿るファントム、ウィザードラゴンの力を現実に引き出すことで火のエレメントが強化されたフレイムスタイルの進化形態。

 

「―――ッ…!」

 

進化した晴人から放たれる魔力のプレッシャーに、レオンは思わず息をのんだ。

 

そんな彼女に晴人は左手のフレイムドラゴンウィザードリングを見せつけるように掲げて言い放つ。

 

「さあ、ショータイムだ」

 

【キャモナスラッシュ!シェイクハンズ!…】

 

【コピー!プリーズ!】

 

晴人はウィザーソードガンのハンドオーサーを起動させて指輪をかざす。

 

そして新たにウィザーソードガンを複製し、二刀流となった晴人は出方を窺うレオンを見据えながら悠々と歩き始める。

 

それを見て額から汗が流れるのを感じたレオンは一気に片をつけるつもりで駆け出す。

 

「はあぁぁあッ!」

 

雄叫びをあげながら距離を殺し、レオンは魔戦斧を振り下ろす。

 

それを晴人はウィザーソードガンで受け流し、もう一本のウィザーソードガンで一閃する。

 

咄嗟にレオンは上体を反らしてかわし、その後は次々と繰り出される晴人の連撃に必死に食らいついていく。

 

ガキイィィィインッ!

 

大上段から振り下ろしたレオンの一撃を晴人はウィザーソードガンを交差させて受け止めた。

 

1分1秒が長く感じられる静寂で、苦戦を強いられれているはずのレオンは、笑っていた。

 

己と同等、またはそれ以上の者と対峙することに魂が震える。

 

「まだじゃ!」

 

叫ぶレオンは再度紋章を出現させた。

 

魔戦斧に炎が纏われるのを寸前で察知した晴人は後ろに跳躍してレオンと距離を取った。

 

「獅子王裂火…爆炎斬!」

 

魔戦斧から放たれた炎が巨大な鳥を形づくり、晴人に襲い掛かる。

 

だがすでに、晴人は2本のウィザーソードガンのハンドオーサーを展開させていた。

 

【フレイム!スラッシュストライク!】

 

【フレイム!スラッシュストライク!】

 

【【ボーボーボー!…ボーボーボー!…】】

 

「はあああッ!」

 

対抗するように晴人は炎のエレメントが宿る2本のウィザーソードガンを振るった。

 

炎の十字の斬撃が炎の鳥と衝突し、一瞬の拮抗の末に武闘場内ですさまじい轟音と共に大きな爆発が発生した。

 

生じた煙が両者の視界から相手の姿を隠したが、晴人が先に動いた。

 

「うおおおおおおっ!」

 

出方を警戒していたレオンが気づいた時には、煙を突き破って跳躍する晴人がガンモードに変形させた2丁のウィザーソードガンの銃口を向けて引き金を引いた。

 

連射される銀の銃弾の雨に防御態勢を取るレオンの動きが封じられてしまう。

 

「チィッ…!」

 

たまらず舌打ちするレオン。

 

そこに晴人が丁度正面の位置に降り立ったため、レオンはグランヴェールを力いっぱい横なぎに振り放つ。

 

だが晴人はバタフライで回避、着地と同時に振り向き様にするどい旋風脚を叩き込んだ。

 

魔力だけでなく基本スペックも大きく上昇してあるため、レオンは大きく蹴り飛ばされてしまった。

 

【ルパッチマジックタッチゴー!…ルパッチマジックタッチゴー!…】

 

レオンが起き上がった時には当に、晴人が新たな指輪をウィザードライバーにかざしていた。

 

【チョーイイネ!スペシャル!サイコー!】

 

両腕を大きく広げる晴人の背部に魔方陣が顕現すると同時に身体がゆっくりと上昇する。

 

魔方陣から飛び出した炎のドラゴンの幻影が再び晴人の周囲を乱舞する。

 

そしてドラゴンの幻影が晴人の背中に向かって突進し、胸部の装甲からウィザードラゴンの頭部、ドラゴンスカルが具現化した。

 

グオオオオオオオオオオンッッ!!

 

再びドラゴンの咆哮が轟いた。

 

「フィナーレだ」

 

晴人の言葉を引き金に、ドラゴンスカルから放つフレイムドラゴンの必殺の劫火、ドラゴンブレスが炸裂した。

 

「なっ!?…クッ……がああああああああああっ!」

 

そしてそのまま成すすべもないまま呆気なくレオンは爆炎の奔流に飲み込まれてしまった。

 

「ふぃ~」

 

炎上する炎の中に浮かぶウィザードの魔方陣を見ながら優雅に降り立つ晴人はいつもの一息を吐いた。

 

やがて炎が晴れると、そこには地に足をつけて立つレオンの姿があった。

 

しかし、誰もが固唾を飲んで勝負の行方を見守る中で、薄く笑みを浮かべたレオンの手から魔戦斧の柄が離れた。

 

ゴトン、と重く、乾いた音が響き渡り、ゆっくりとレオンの身体は仰向けに倒れる。

 

「参った。降参じゃ」

 

レオンのその一言が言葉を失った武闘場を沸かせた。

 

「し…試合終了ォオオオオオオオオオオッ!ハルト選手、まさかの大逆転!見事レオンミシェリ閣下に勝利しましたアアアアアアッ!」

 

予想をはるかに超える番狂わせに、場内の熱気は最高潮に達していた。

 

レオンが敗北したという結果に、大声を張り上げる者、指笛を鳴らす者、唖然とする者などそれぞれがそれぞれの反応を見せていた。

 

「気分はどうだい?」

 

そんな場内の興奮に気にした風もなく変身を解いた晴人が仰向けに倒れるレオンの元に歩み寄り、声をかけた。

 

「…不思議なもんじゃな。勝負に負けたというのに、妙に落ち着いておる。キサマの紋章術、確か魔法と言ったか?なかなかのものだったぞ」

 

「まあね。これは誰かの希望を守るための、そして、俺自身が前に進むための魔法だから」

 

視線を落として左手のフレイムドラゴンウィザードリングを見つめながら、晴人は言う。

 

「前に進む、か。フ…ハハハ。そうじゃな。おかげで迷いも晴れた。礼を言うぞ、ハルト」

 

「どういたしまして」

 

レオンの謝辞をいつもと変わらない飄々とした口調で答えて、晴人は手を差し出した。

 

レオンはその手を掴んで立ち上がる。

 

その時のレオンの初めて見た笑顔はとても晴れ晴れとしたものだった。

 

その刹那のことだった。

 

ババッ!

 

晴人の目の前で、レオンの衣服が弾け飛んだ。

 

そう、下着すら容赦なく。

 

程よく育った豊満な両の美乳、雪のように透き通る白い肌、細くくびれた腰に引き締まった美脚。

 

晴人の眼前で芸術品のように思わせるレオンの見事なプロポーションが露わにされていた。

 

「……へ?」

 

一瞬、何が起きたのか理解できず唖然とする晴人は間の抜けた声を漏らしていた。

 

「な゛ッ………!?」

 

いち早く事態に気付いたレオンは目を白黒させ、口をパクパクさせながら耳までかつてないほどに顔を紅潮させていた。

 

目の前の光景を目の当たりにしていた観客たちの誰もが晴人と視線を合わせようとはしなかった。

 

ガウルも、ビオレも、バナードも、フランボワーズも、ジェノワーズたちも、ゴドウィンも、晴人が視線を向けるなり、やはり同様に目を逸らした。

 

「にゃ、………にゃああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

 

悲鳴にしてはかわいいな、などと思っている場合ではなかった。

 

「ちょっ!レオンちゃん落ち着け―――」

 

涙目で絶叫をあげて狼狽するレオンを宥めようとした晴人だったが、後で考えれば選択を間違えたことに後悔することになる。

 

「見るなあああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

バチィイイイイイインッ!

 

この日、ガレット領国の夜空にレオンの怒号とビンタする音が響き渡った。

 

                      ☆

 

「はあ……」

 

レオンとの決闘後、とある一室の部屋の前で晴人は盛大なため息をひとつこぼした。

 

「ハハハ…大変でしたね…」

 

「その、ご愁傷様です…」

 

苦笑いを浮かべながら、ビオレとバナードが戸惑いがちに声をかけてくれた。

 

「いや、シャレになってないから…はあ……」

 

晴人はどこか納得のいかない口調で答えて再びため息を漏らす。

 

ヒリヒリと痛むその頬には赤々とした立派なもみじが出来上がっていた。

 

「あー。ところで、ハルトさんはこちらに来てどれくらいになるんですか?」

 

落ち込み気味の晴人に気を使ってくれたのか、ビオレが話題を変えてくれた。

 

「んー…多分もう一週間ぐらい経つかな。そういえば一度もみんなと連絡取れていないままだったな…」

 

「そうなのですか?でしたら今頃ご家族のみなさまも心配されてるのでは…」

 

「いや、俺家族はいないんだ」

 

「「――え?」」

 

まさかの晴人の言葉に、ビオレもバナードも一瞬言葉を失った。

 

「子どものころに事故にあって、ね。それからはずっと天涯孤独の身ってやつさ」

 

「それは、その…申し訳ない。知らなかったとはいえ、無神経なことを言ってしまった…」

 

頭を下げて非礼を詫びてバナードに晴人は柔らかく微笑んだ。

 

「別に気にする必要はないって。家族がいないのは俺だけってわけじゃないんだからさ。確かに父さんと母さんがいなくなった時はすごく悲しかった。だけど同時に、父さんと母さんから希望をもらった時でもあったから…」

 

「希望、ですか?」

 

疑問に思うビオレの言葉に晴人は頷いた。

 

「あの時言ってくれたんだ。俺が生きてくれていることが、自分たちの希望だって」

 

『父さん…母さん…。――イヤだ……イヤだよ!』

 

絶望寸前に追い込まれて涙を流すまだ幼かった晴人に、最後の力を振り絞って手を伸ばす父と母。

 

そうして手と手を繋いで2人の希望を受け取った瞬間―――それが晴人の心の支えになっている。

 

続けて語る晴人の表情に悲しみの色はなかった。

 

「それに、今は仲間がいるから」

 

晴人と同じ魔法使いで、常にマヨネーズを片手に周りを振り回す自由気ままでお人好しの仁藤。

 

人々を守るという信念を胸に抱き、自分にできることにいつも全力で取り組む凛子。

 

おっちょこちょいで無駄に騒がしいところが玉にキズだが、今は助手として奮闘してくれる瞬平。

 

実の子のように思い、迷った時には叱責し、慰めて背中を押してくれる輪島のおっちゃん。

 

そして、晴人の一番の理解者でもあり、どんな時でも晴人を信じてくれるコヨミ。

 

面影堂に集まって、みんなで一緒にバカ騒ぎをしていつも笑みが絶えない光景が浮かび上がる。

 

「今俺が俺でいられるのは、父さんと母さんや、仲間のみんなのおかげだから」

 

一切の曇りもない満面の笑顔で力強く言う晴人の姿に、いつの間にかビオレとバナードの表情からも暗い陰りが消えた。

 

「素敵な方たちなんですね」

 

「ああ」

 

そうしてヴァンネット城の一角に和やかな雰囲気が流れていた時、晴人が背を向けていた部屋の扉が開かれた。

 

「その…ま、待たせてすまぬ。入ってくれ」

 

頬を僅かに赤らめたレオンが開かれた扉の隙間からから顔をのぞかせながら言った。

 

やはり、未だに先の出来事が尾を引いているようだった。

 

「えっと、こっちこそさっきは悪かったです…」

 

レオンに促される前に、とりあえず一言素直に謝っておく晴人。

 

「「「なっ……!」」」

 

そして部屋の中に足を踏み入れた矢庭の事、晴人、ビオレ、バナードの3人は同時に絶句した。

 

3人の目に飛び込んできたのは、血だまりにうつ伏せで倒れるミルヒとシンクの光景を映し出した映像版の映像だった。

 

                      ☆

 

それは翌日の早朝のことだった。

 

ビスコッティ共和国、フィリアンノ城に柔らかな朝の陽ざしが降り注ぐ

 

「姫さま。勇者さまとのお散歩、いかがでしたか?」

 

「楽しかったです!また明日も行きましょうねって」

 

フィリアンノ城の一室にてメイドの一人の質問に、シンクとの散歩から帰ったミルヒが楽しそうに答えた。

 

「それはようございました」

 

メイドがうれしそうに相槌を打つと、朝のニュースを流していた映像版が突然、アラームを発した。

 

『こちら、ヴァンネット城前のパーシー・ガウディです。つい先ほど、ガレット獅子団領レオンミシェリ閣下より、衝撃的な発表がありました』

 

アナウンサーの慌ただしい様子にミルヒたちの表情が強張った。

 

『とにかく、その発表の映像をご覧ください』

 

すぐさま映像が切り替わり記者会見の広間の光景が映し出される。

 

『4日後より予定していたガレット領国の戦闘評議会。この内容を少々変更しようと思う』

 

大勢の報道陣の目の前で、壇上に座るレオンが淡々と語る。

 

『先の2連敗に加え、ビスコッティには勇者が召喚された。さらには武勇に名高きダルキアン卿も帰国した。これを放ったまま国内に籠もっていては獅子団戦士の名折れであろう?』

 

意味深げな発言の後、不敵な笑みを浮かべてレオンは高らかに言い放った。

 

『よって、ビスコッティに新たな戦を申し込む!』

 

途端に、カメラのフラッシュが一斉にたかれた。

 

『急な戦を申し込む手前、付随興業はビスコッティ側で好きにやってくれて構わん。商工会や個人商店の参加も大歓迎じゃ。無論、賞金や商品は大量に用意するぞ。皆稼ぎ時じゃ!こぞって参加してくれ!』

 

おおおっ!と、レオンの発言に、会見を見ていた国民や兵士たちが興奮に踊るどよめきたった。

 

逆に、ミルヒを始め、シンクやブリオッシュ、エクレールにリコッタなどの一部の者たちがいぶかしげな眼差しでレオンの会見を聞いていた。

 

『ビスコッティ側の承諾を得次第、チケットの売り出しを開始する。開催まで時間がないゆえ、少々慌ただしくはなるが、こちらも、詳細は追ってお伝えしよう。参加の意思がある者皆にきちんと行き渡るようにする故な。…そして、国家間との勝利懸賞として賭けたいものがある』

 

目を細めるレオンの言葉に、そばで控えていた家臣の一人が豪華な刺繍が施された大きな布を取り払い、その中に隠されていたものが露わになった。

 

『ガレットの宝剣、魔戦斧グランヴェールと神剣エクスマキナ』

 

そこには魔戦斧グランヴェールと、その真上に鮮やかなコバルトブルーの光を放つ小さな球体が浮かんでいた。

 

『この会見を聞いておるかな?ミルヒオーレ姫殿下。ビスコッティにも、これと見合うものを出してもらえれば僥倖じゃ』

 

立ち上がり、レオンが強気な口調でミルヒにメッセージを送る。

 

「国の宝剣に見合うものなんて…」

 

「こちらも宝剣を出せってことですね。これではまるで――」

 

『ガレット、ビスコッティ両国民。己の国のため、自らのため、戦う勇気があるのなら、この戦に馳せ参じよ!』

 

ミルヒが不安げに見つめる映像の向こうで、レオンの煽り立てるような言葉にガレット、ビスコッティの国民たちの歓声が轟き渡った。

 




特別編、まさかの本編の続きだったあああああっ!
この物語も中盤に差し掛かりました。
うーん…。やっぱwとかもだすべきかなぁ…?


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第8話 加速する運命

突然のレオンの宣戦布告からはや数時間。

未だガレットとビスコッティの両国から期待と興奮から沸き立つ喧騒が鳴りやむ兆しは見えない昼下がりの午後、ガレット領内の森林地帯に煙が昇っていた。

すでに住処とする動物と土地神たちが姿を消した森の中で異形の怪人ファントムが暴れていたのだ。

 

「邪魔だコンニャロウ!」

 

毒づきながらガウルがグールを蹴り飛ばす。

 

「うぉおりゃあ!」

 

ガウルの背後を守るようにジェノワーズのひとり、ジョーヌが豪快な叫びをあげて巨大な大斧を振り回す。

2人はとある所要で極秘にビスコッティ共和国を訪れていた。

その帰りの際、突如として現れたファントムの軍勢に襲われてしまっていたのだ。

すでに何体目かのグールを殴り飛ばして、視界のほとんどを埋め尽くすグールの軍勢を睨みつける。

 

「どうやらこいつらがハルトや姉上の言っていたファントムっつう魔物みたいだな」

 

「聞いた通り気味が悪いうえに数が多すぎる!きりがあらへんでガウさま!」

 

「泣き言言ってもはじまらねえ!とにかくまずはここを突破するぞ!」

 

「了解!」

 

素早く切り替えてジョーヌはガウルと同時に地面を蹴った。

繰り出される槍の攻撃を掻い潜り、ガウルが一体のグールの顔面を踏みつけて宙に跳んだ。

 

「輝力開放!獅子王爪牙!」

 

獅子の如き叫声で紋章術を発動させたガウルの腕と足に鋭い爪状に模った輝力が宿る。

 

「獅子王爪牙ァ――爆雷斬り!!」

 

落下の勢いに乗せた一撃が轟音とともに大量のグールたちを吹き飛ばした。

 

「爪牙双拳!」

 

全力で振り抜く蒼い輝力が迸る獅子王爪牙が、竜巻となってグールの数を大きく減らしていった。

 

「この調子で―――」

 

「がああああっ!」

 

勢いが乗ってきたその矢先、地を揺るがすほどの爆発に紛れたジョーヌの悲鳴がガウルの足を止めた。

 

「ジョーヌ!?」

 

ガウルが丁度ジョーヌに襲いかかろうとしたグールを蹴り飛ばし、急いで彼女の身を抱き起こす。

その時新たに姿を現した3つの異形の存在にも気づいた。

2人の前に現れたのはファントム、ヘルハウンド、ケットシー、そしてベルゼバブの3体だった。

特に指揮者のように4拍子を刻みながら歩み寄るベルゼバブは、他のファントムとは違う不気味さを放っている。

 

「なんだ?ようやくリーダーさまのご登場ってわけか?」

 

ガウルが鼻で笑って挑発してみるがファントムの反応に特に変化は見られなかった。

 

「上等だ!」

 

ガウルは再び獅子王爪牙を発動させ、強く大地を蹴ってベルゼバブに斬りかかった。

しかし、獅子王爪牙の斬撃がベルゼバブを捉える寸前、ガウルは妙な違和感を覚えた。

その正体はすぐに分かった。

 

「なッ……!?」

 

突き出したはずの獅子王爪牙がベルゼバブに触れる寸前の位置で消えていた。

かわりに、突き出したはずの獅子王爪牙の切先がなぜかガウルの頬をかすめていたのだ。

当然その現象をすぐに理解することができないでいたガウルを、ベルゼバブは4拍子を刻みながら嘲笑の視線で見下ろしていた。

 

「こんの…!」

 

咄嗟に腕を引っ込め、今度は下から抉るように狙ってみたが、結果は同じように獅子王爪牙の爪先はベルゼバブに触れることなくあらぬ方向から飛び出していた。

 

「ガウさま危ない!」

 

わけがわからず混乱に陥ってしまったガウルだったが、背後からジョーヌの叫びが聞こえた時には

突如腹部に受けた強い衝撃によって皮肉にも冷静さを取り戻していた。

 

「へっ!魔物のくせになかなかやるじゃねえか……」

 

痛みが走る腹部を抑えながら、不覚にも隙を晒した自身の不甲斐なさを自嘲するガウル。

見ると、相変わらず4拍子を刻むベルゼバブの手には一本の長剣が握られていた。

どうやらガウルの腹部に一撃入れたのはその長剣のようだ。

フロニャ力の加護がなければ死んでいたかもしれない。

頬をつたう冷や汗を拭いながらガウルはちらりと視線だけをジョーヌに向けた。

ジョーヌは大斧を振るって次々とグールを叩きのめしているが、明らかに肩で息をしていた。

お互いこれ以上の戦闘は厳しそうだと判断する。

しかし状況は悪くなる一方で、すでに周囲はファントムたちに囲まれている。

追い打ちをかけるように、ベルゼバブの指示でグールたちがガウルたちとの距離を詰めてきた。

どうするべきかと悩んでいると、突如、槍を振るおうとしていたグールたちが銀の銃弾に撃ち抜かれ(・・・・・・・・・・)、火花を散らせて倒れていった。

 

ブゥゥゥウウウウウウウンッッ!!

 

その矢庭に独特な低音のマフラー音が耳朶を叩き、ガウルは意中の人物の名を叫んだ。

 

「ハルト!」

 

刹那、予想通り茂みの向こうからすでにウィザードフレイムスタイルに変身した晴人がマシンウィンガーを駆って飛び込んできた。

着地と同時にマシンウィンガーを巧みに操りアクセルターンで残りのグールたちを蹴散らしていく。

 

「大丈夫か、ガウル?ジョーヌ?」

 

「あったりまえだ!こんな連中に手を焼くほどやわな鍛え方はしちゃいねえよ!」

 

「なら安心だ」

 

軽い口調とは裏腹に、内心で安堵の息を漏らしながら視線をファントムたちに移す。

 

「あの時は逃げられたからな。今度こそ、きっちり倒させてもらうぜ!」

 

ガンモードからソードモードに変形させたウィザーソードガンを手元でくるりと回して、晴人は駆け出した。

 

「ガウさま!ジョーヌ!」

 

「2人とも無事ですか?」

 

「ノワ!ベルまで!」

 

入れ替わるようにガウルたちのもとに駆けつけてきたのはジョーヌと同じジェノワーズのノワールとベールだった。

 

「話は後。まずはこいつらを」

 

「立てますか?」

 

ガウルとジョーヌを守るようにノワールが短剣を、ベールが弓矢を構える。

そうだな、と納得するガウルとジョーヌも立ち上がる。

目の前では晴人が鈴なり状態に群がるグールを返り討ちにしていっている。

もちろん、ガウル自身、後のことを晴人に任せるつもりは毛頭なかった。

 

「うっしゃあ!俺たちも行くぜ!」

 

勢いよく立ち上がり気合を入れなおすガウルと彼に頷くジェノワーズは、それぞれの武器を構えてグールの軍勢に立ち向かっていった。

 

                      ☆

 

【ランド!プリーズ!】

【ド!ド!ド!ドドドン!ドン!ド!ドドン!】

 

土塊が舞う魔方陣を潜り抜け、ランドスタイルにスタイルチェンジする晴人。

琥珀色のボディを煌めかせ、晴人は悠然とした足取りでグールたちとの距離を詰めていった。

槍を振りかぶるグールの腕を巻き押さえ、懐に入り込むと同時に肘鉄を打ち込んだ。

ドン!と鈍い音を響かせて崩れ落ちるグールを尻目に、続けて槍を振り下ろすグールの攻撃を華麗に躱す。

即座にその背中に再び肘鉄を、腹部に膝蹴りを入れて叩きのめした。

今度は2体がかりで槍を突き出された。

だが瞬時に、そして冷静に攻撃のタイミングを見計らって槍を掴む。

そのまま強引に引き寄せ、体制が崩れたところにラリアットを食らわせて大きく吹っ飛ばす。

数体のグールが魔力弾を撃ち出すのを視界の端に捉え、晴人は指輪をハンドオーサーにかざした。

 

【ディフェンド!プリーズ!】

 

魔力弾を遮る土の防壁の裏で素早く指輪を付け替えて、再度手形のバックルにかざした。

 

【ドリル!プリーズ!】

 

高速で身体を回転させる晴人。

土の防壁が崩れた時にはすでに晴人は地中深くに姿を消していた。

慌てるグールたちの背後を取るように晴人が地中から飛び出した刹那、ウィザーソードガンで回転の勢いに乗せた斬撃が閃いた。

そして再び身体を回転させて地中に身を隠し、飛び出しては斬撃を食らわせていった。

そんなヒットアンドアウェイを繰り返し、次々とグールを斬り伏せていく。

かなりの数のグールを減らしたが、一息つく間もなく晴人の背後にベルゼバブの凶刃が迫っていた。

寸前で気付いた晴人は身を翻して回避に成功する。

ウィザーソードガンを振るって激しい攻防を繰り広げる晴人とベルゼバブ。

ベルゼバブが怒涛の剣戟を繰り出すが、焦る様子を見せない晴人は相手の剣筋を見極め確実にかわしていく。

 

ガキィンッ!

 

ベルゼバブの攻撃が大降りになった瞬間を見定め、カウンターの要領で相手の得物を打ち上げた。

間髪いれずにウィザーソードガンで刺突を繰り出す。

だが、ウィザーソードガンがベルゼバブを貫くことはなかった。

ガウルのときと同じく、ウィザーソードガンの剣先が在らぬ方向から突出していた。

これが空間を捻じ曲げ、出口を別の場所に作り出すベルゼバブの特殊能力である。

しかしその程度で平静を取り乱す見せる晴人ではない。

即座に余裕の面様を浮かべるベルゼバブの腕を巻き取り、無理やり体勢を固定する。

 

「2度も同じ手が通じるかっての!――ガウル!」

 

「おうよ!」

 

晴人の声に答えて、ガウルの獅子王爪牙がベルゼバブの背中に炸裂した。

予測外の方向からの攻撃までには対応できず、強烈な一撃にベルゼバブの身体から盛大な火花が散った。

 

「はああっ!」

 

「うらあっ!」

 

畳み掛けて晴人のウィザーソードガンとガウルの獅子王爪牙が閃いた。

大きく身体を仰け反らせ、おぼつかない足取りで後ずさるベルゼバブ。

亡霊なりに本能が働いたのか、ベルゼバブは歪めた空間の中に飛び込んで姿を消した。

 

「逃がすか!」

 

【エクステンド!プリーズ!】

 

追いかけるように、伸長させた左腕を歪んだ空間に突っ込んだ。

ほどなくして、引き戻した腕とともに首根っこを掴まれたベルゼバブが飛び出てきた。

空中で手足をバタつかせ、まともに受け身も取れないまま無様にも地に落ちる。

ふらつきながらも立ち上がろうとするベルゼバブだったが、横手から飛び込んできたヘルハウンドとケットシーとともに、再び倒れ伏すことになってしまった。

 

「ガウさま親衛隊ジェノワーズをなめたらあかんで!」

 

そうジョーヌが叫ぶのが聞こえた。

ノワール、ベール、ジョーヌ、3人並ぶ彼女たちの衣服が所々破れているところを見ると、相当の戦いを繰り広げていたことが伺い知れた。

 

「ハルト、トドメを!」

 

「ああ!」

 

頷く晴人はランドウィザードリングをフレイムドラゴンウィザードリングに付け替え、ハンドオーサーを左手側に傾けた。

 

【フレイム!ドラゴン!】

【ボー!ボー!ボーボーボー!】

 

グオオォォォォォオオオオオオンッッ!!

 

魔方陣から飛び出した炎のドラゴンの幻影が晴人の周りを旋舞し、咆哮する。

紅蓮の炎を振り払い、フレイムドラゴンへとスタイルチェンジした晴人は即座にスペシャルウィザードリングをバックルにかざした。

 

【チョーイイネ!スペシャル!サイコー!】

 

グォォオオオオオンッ!

 

ドラゴンスカルを顕現させ、咆哮とともにドラゴンブレスを解き放った。

紅蓮の劫火に飲み込まれるや否や、3体のファントムと数対のグールたちは断末魔とともに消滅していった。

同時に、ガウルとジェノワーズの紋章術が残るすべてのグールたちを一掃し、戦闘は終幕した。

 

                    ☆

 

「ホンマに助かったわ。ありがとうなノワ、ベルぅ!」

 

ジョーヌが涙目でノワールとベールに抱きついた。

受け止めたベールがよしよしとジョーヌの頭をなでている。

 

「でも、どうしてここに?」

 

「実はハルトさんとお昼を食べながらハルトさんの世界についていろいろ教えてもらってたんです。そしたらガルちゃんがファントムを見つけたと聞いて一緒についてきたんです」

 

「そうしたらガウさまとジョーヌがいた」

 

ベルとノワの言うとおり、彼女たちの上空で晴人の使い魔のガルーダが飛行していた。

 

「でも本当に無事でよかった」

 

いつも無表情が印象的なノワールも安心したのか頬を緩めていた。

そんな微笑ましいやり取りをする傍らで、ガウルが晴人に声をかけた。

 

「助かったぜ、ハルト」

 

「気にすんな」

 

ごく簡単な受け答え。

危機を乗り越えたばかりで、多少は気が緩んでもおかしくはないのだが、真剣な面持ちでガウルが口を開いた。

 

「なあ、ハルト。お前は何か知らないか?」

 

ガウルの問いになにが?と視線で返す。

 

「姉上のことだよ。前々から気づいてはいたけど、最近の姉上は明らかにおかしい。今回の戦だって

正直納得しちゃいねえんだ。きっと姉上が暴走する理由が何かあるはずなんだ。お前ならもしかしたらと思ってな」

 

わずかに俯くガウルの顔に陰りが生まれた。

きっと彼なりにレオンのことを心配し、同時に計り知れない不安を抱いているのだろう。

 

「ああ、知ってるよ」

 

あっさりと晴人は答えた。

正直うまい具合にはぐらかされてしまうのではないのかと思っていたが、予想をいい意味で裏切られ、ガウルは大きく目を見開いた。

 

「なら―――」

 

「でも、今もレオンちゃんが秘密にしていることを俺が話すわけにはいかないだろ」

 

だが、晴人は追求しようとするガウルを遮った。

 

「それは!……いや、確かにお前のいうとおりだ。すまない」

 

決して晴人の正論に納得したわけではない。

しかし、晴人はこれ以上何も言う気はないらしい事を悟り、ガウルは問いただすことをやめた。

同時に晴人もガウルの心情を察したのか、微笑みを浮かべて視線を彼に向けた。

 

「大丈夫。何があったって誰一人絶望なんてさせやしない。……絶対に」

 

決意を強く込めた口調でそう言った。

いつの間にかノワールたちも晴人の言葉に耳を傾けていた。

この時の晴人の姿がどう映ったのかは、それはガウルたちにしかわからない。

そんな中、彼らの心地を知ってか知らずか、遥か上空からけたたましい喧騒が鳴り響いた。

 

「お、そろそろ始まるみたいだぜ」

 

晴人の言葉に全員が追うように視線を上に向けた。

 

                      ☆

 

晴人たちが見つめる空中に浮かぶディスプレイにはフィリアンノ城の映像が映し出されている。

予定ではこれからミルヒがレオンの宣戦布告に対する返答を行うことになっている。

フィリアンノ城のバルコニーから見下ろす広場には大勢の国民たちの息遣いが渦巻いている。

期待や不安、様々な想いが緊張となって現れ、思わず尻込みしてしまいそうな物静かな迫力がそこにはあった。

そして、誰もが見守る中、ミルヒがバルコニーに姿を現した。

途端に広場に集まる国民たちが歓声を上げる。

真剣な面持ちで差し出されたマイクを手に取り、静かにスイッチを入れられた。

一瞬にして辺りが静まり返った。

大勢の人の気配だけが重厚な存在感を放つ中で、ミルヒは笑顔に切り替えて第一声を放った。

 

『こーんにーちわー!!』

 

手を振りながら、元気なあいさつに国民たちからも耳が痛くなるような大音量の声援が返ってくる。

 

『さて、みなさん。今朝のニュースはご覧になりましたよね?レオ閣下からのいきなりの宣戦布告、急な話でしたので私たちもびっくりしちゃいました。元老院のみんななんて、驚いて椅子から落っこちちゃったくらいで―――』

 

ミルヒの冗談で束の間の一時、国民たちの笑い声がこだました。

幾ばくか国民たちの緊張が解れたことを確認してミルヒは続ける。

 

『私が領主になって以来、ガレットにはたくさん敗戦してしまいました。戦自体は楽しめても、みんなに勝利を味わってもらうことはなかなかできなくて、でも、ビスコッティか決して弱い国ではありません。これまでの敗戦は一重に、十分な戦支度を行えなかった私の力不足です』

 

ミルヒ自身を責める内容に、しかし国民達は総じてそれを否定する言葉で応える。

それは決して皮肉でも同情でもない、ただ純粋にミルヒが国民達に慕われているということを証明している。

 

『ありがとう、みんな。でもですね、だからこそこれ以上負けないようにこの半年、しっかり準備を整えてきました。フィリアンノ商工会は武器と装備を用意してくれました。若手騎士達も訓練を重ねて強くなってくれました』

 

シンクが、エクレが、リコッタが、ブリオッシュが、ユキカゼが、ロランが、放送を視聴している晴人やレオンたちも、誰ひとり一言も聞き漏らすまいとミルヒのスピーチに静かに耳を傾ける。

 

『ですから―――』

 

訪れる刹那の静寂。

そして次にミルヒは自信を持って高らかに言い放つ。

 

『ビスコッティはガレットからの宣戦布告をよろこんでお受けします!』

 

ミルヒの出した答えにビスコッティの晴天に花火が打ち上げられ、国民達の歓声が重なった。

 

『勿論、聖剣エクセリードと神剣パラディオンを賭けるのも、受けて立ちます。何故なら、私達は負けないからです!!』

 

ミルヒの言葉と笑顔に迷いは微塵もない。

空に掲げる人差し指には、差している指輪、神剣エクセリードが日の光で煌めいた。

 

『この戦に勝利しましょう!』

 

ミルヒの言葉に三度国民達が歓声を上げる。

 

『勝って、楽しい明日をつかみましょう!!』

 

ミルヒが締めの言葉とともに、ビスコッティの晴れ渡る青空に今日一番の歓声が響き渡った。

 

                      ☆

 

そして、戦の当日が来た。

新鮮な朝の空気が満ちる早朝、シンクが召喚されたという儀式台に晴人の姿があった。

その目的はコヨミたちと連絡を取ること。

ここでシンクが元の世界と連絡を取っているという話を聞いて、晴人も足を運んだのだ。

意気揚々と宙に浮く石段を上って儀式台に辿り着いたまではよかったのだが、携帯を開いた瞬間、晴人は言葉を失ってしまっていた。

 

「………電池切れかよ」

 

何も映らない液晶画面を見つめながら大きく嘆息する晴人。

期待が大きかった分、それが裏切られた時のショックはかなりのものだった。

だが、このまま落ち込んでいても何も始まらない。

気を取り直して来た道を引き返し、停めてあったマシンウィンガーに跨った時だった。

 

「晴人さーん!」

 

名前を呼ばれ視線を向けると、オレンジ色の毛並みのセルクルに乗ったシンクが大きく手を振っているのが見えた。

 

「よう、シンク。おはよう」

 

「おはようございます。もしかして晴人さんも―――」

 

「まあね。でも運悪く電池が切れちゃっててさ……」

 

「あー…。それは災難でしたね」

 

苦笑いを浮かべるシンク。

晴人自身も情けなくて失笑してしまう。

 

「まったくだよ。それじゃ、俺は用が済んだから帰るわ」

 

マシンウィンガーのエンジンをかけ、ヘルメットをかぶる。

 

「はい、お気をつけて」

 

「ああ。今度は戦場で会おう」

 

「―――え?」

 

晴人の言葉にシンクは虚を失った面持ちを見せた。

最後にヘルメットのシールドを下ろし、晴人はマシンウィンガーを走らせてこの場を後にした。

 

                      ☆

 

すでにフィリアンノ城前には視界を埋め尽くすほどの騎士団や一般参加兵たちが意気揚々と集まっている。

高揚に胸を躍らせる誰もがこれから始まるガレットとの大戦への期待が押し寄せてくるのだろう、壮観な景色からざわめきが止むことはない。

それを見るだけで、ミルヒの胸に熱いものが込みあがってきた。

 

『みなさーん!』

 

時が来たことを知らせる花火が打ち上げられると同時、バルコニーから参加者達を見下ろしながらミルヒが呼びかけると同時、視線が集まった。

 

『朝早くから、こんなに集まってくれてありがとうございまーす!!』

 

音吐朗々なミルヒの歓呼に、参加者達は大歓声をあげて応答する。

 

『今日はガレットとの大戦ですよー! 昨日はちゃんと休めましたかー?』

 

マイクを向けながらのミルヒの問いに、参加者たちからさらに大きな歓声が上がった。

 

『うんうん』

 

その反応に満更でもない様子でミルヒは頷く。

 

『朝ご飯はちゃんと食べましたかー?』

 

再び歓声で返事が返ってくる。

 

『一般参加のみなさんはこれから騎士団の誘導に従がって隊列を組んでくださいね』

 

前置きの注意を済ませ、ミルヒはそのまま本題である今回の戦の説明に転移する。

 

『今回の戦場は、両国の国境付近です』

 

するとミルヒの背後に設置してあった映像板から拡大された近辺の地図が映し出された。

 

『私達の本陣はここ、スリーズ砦。ここは主に騎士団の守備隊と後方支援隊の皆さんで守ります』

 

地図上に矢印が伸びる進軍ルートが示されていく。

 

『主力隊はチャパル湖沼地帯から渓谷アスレチックを抜けていくルートを進行。そして先駆けの二番隊はそれらの難所を最速で抜けて、ガレット軍の本陣であるグラナ浮遊砦に一番乗りします』

 

一通り進軍ルートの説示をして、映像板を閉じてミルヒは話を続ける。

 

『今回は遠征戦になりますので、進軍は結構ハイペースです。戦に慣れていない方、付いて行くのが大変な方、気分が悪くなった方はすぐに同行している救護隊に連絡してくださいね』

 

注意を喚起するミルヒの横で再び起動した映像板にはピースを向けている救護隊が映し出されている。

彼らも彼らで張り切っているのだろう。

テンションが最高潮に達し、ミルヒが声を張り上げた。

 

『さぁて、それでは隊列を組みますよー! 移動、開始ーっ!』

 

澄み渡る青空に吸い込まれる湧き上がる喝采とともに、運命のカウントダウンが静かに刻まれ始めた。

 




とりあえず、駆け足気味の第8話です。
そして………更新遅れてホントすいませんでしたああああああああああ!!!
資格講座とか、文化祭とか、課題とか、ホントここ最近はいろんなことが立て続けに起こってしまいまして、自然と執筆する時間が減ってしまっていたんです。
でもようやく一段落つきそうなんで、次はもう少し早めに投稿できると思います。
クウガのほうもできるだけ早めに投稿できればと思っています。
では、この場を借りて謝辞を。


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第9話 開戦、ガレットvsビスコッティ

ビスコッティ共和国に訪れた片時の平和。

 

誰もが穏やかな時を過ごせるはずが、ガレット獅子領国からの突然の宣戦布告。

 

それは国の宝剣を賭けた大きな戦の知らせ。

 

それぞれの運命を賭けた戦いが始まろうとしていた……。

 

『行軍は万事順調。我らがミルヒオーレ姫さまの騎車は騎士達に守られて静かに進んでいます。姫さまの愛騎ハーランも、元気についてきております』

 

フィリアンノ城からの道のりにビスコッティ軍が長蛇の列を形成している。

 

その道中ではビスコッティの放送局の女性アナウンサーであるパーシー・ガウディの実況がスリーズ砦に移動中の騎車を中継している。

 

『おお!見てください!姫さまが手を振ってくださっています! 』

 

言葉通り、騎車の中からカメラに向かって柔らかく微笑むミルヒの姿が空中に浮かぶディスプレイに映しだされる。

 

誰もが皆、いまだかつてない規模で行われる大戦への期待をさらに高めていく。

 

「こんな急襲、戦の道義に反すること。卑怯者との誹りを受けるのは、私一人でいいのですが……」

 

そんな中で、順調に渓谷を進んでいくミルヒ一行の隊列を崖の陰から見下ろすビオレが実に困った口調で小さく嘆息した。

 

意識だけを向ける背後にはビオレの部下である大勢の戦士団員達が頭を垂れた状態で指示を待っていた。

 

これから彼女がやろうとすることはどう言い訳しても決してほめられることではない。

 

それをわかっていて尚、汚名を背負う覚悟で彼女は今ここにいる。

 

しかし、さすがに部下までを巻き込むことは自身の良心が咎めてしまう。

 

不本意を顔に表してしまうビオレだが、そんな彼女に後ろに控えていた団員が説得を投げかける。

 

「そんなことを仰らず、我々にもお手伝いさせてください」

 

「我ら近衛戦士団、いつだってビオレ姉さまの御供を。ね、みんな?」

 

『『『はい!!』』』

 

後ろから聞こえるあたたかな声。

 

自分を慕ってくれる部下達の言葉に込められた純真な想いがビオレの胸を熱くした。

 

それをきっかけに、ビオレは戸惑うことをやめた。

 

不覚にも涙が出そうになるのを堪え、振り向く彼女の笑顔には迷いの色はない。

 

「わかりました! 本日最初の任務は、潜入と貴重品奪取!近衛戦士団一同でビスコッティ本陣へ密かに潜入、ミルヒオーレ姫さまの手から聖剣エクセリードを盗み出します!」

 

そして、新たな決意とともにビオレはあの日の出来事をひとり思い起こしていた。

 

                      ☆

 

あの日、レオンに呼ばれて訪れた部屋で告げられた衝撃の告白に晴人、ビオレ、バナードの3人は動揺を隠せないでいた。

 

「ミルヒオーレ姫さまと、あちらの勇者さまが…!?」

 

「ああ、死ぬそうじゃ」

 

ビオレの驚愕に、レオンは冷静に肯定した。

 

晴人たちが視線を向ける先に立てかけられた映像版にはが映し出されている映像には血まみれで倒れるミルヒとシンクの姿があった。

 

「ミルヒに危険があるかもしれぬというのは半年ばかり前に星読みに出ておった」

 

「そうでございますか…」

 

「それでレオさまはあんなに姫さまのご心配を…」

 

じわじわと侵食する緊迫感に言葉が途切れ、相手の出方を伺うような居心地の悪さが漂っている中で、瞳にいつも以上の厳しさを宿しながらもレオンはあくまで冷静を務めて言葉を紡いでいく。

 

「はっきり死ぬと出るようになったのは、三月前のことじゃがな。――同時に、わしがミルヒやビスコッティの連中に危険を伝えようとするほど、星が悪くなっていくのが分かった」

 

語りながらレオンが映像盤に近づき、そっと手を添える。

 

「そして向こうの勇者が現れて、よりはっきり読めるようになった。…死ぬのはミルヒオーレではなく、エクセリードとパラディオンの所有者だそうじゃ」

 

心の奥底からにじみでる焦燥が、映像盤を掴むレオンの腕の力を強めた。

 

映像盤から鳴る、ギチギチという物音が必死にこらえようとするレオンの悲鳴のように聞こえた。

 

「星読みで未来が読めるなど、世迷言の域を出ぬとわかっておる。そんなものを振りかざし、自国や他者を動かすなど愚の骨頂!………そう思う心は変わらんが、この数か月はあまりにはっきりと見えすぎる。……さすがに不安になってきてしもうた」

 

精神的に追い込まれていたのだろう、今まで溜め込んでいた不安を吐露するレオンの陰りが顕著になっていく。

 

「不安に思うのは当然です」

 

「せめて、我々にはお伝えいただきたかった」

 

ビオレとバナードが憫察する面持ちで納得し、晴人は黙って静観することにした。

 

「すまぬ。占いごときで国を動かすわけにはいかん、という心は変わらんが、ミルヒや向こうの勇者が死ぬのは両国の不安や悲しみになろう。そんなわけでな―――わしは領主をやめようと思う」

 

「「「――っ……!」」」

 

決然としたレオンの一言が晴人たちに更なる衝撃を与え、事実を理解した瞬間、感情が素直に反応した。

 

「そんな…!領主の座を空席になど、ガレットの民はどうすれば…!」

 

「どうもせんでよかろう」

 

レオンはビオレの抗弁をあっけらかんとした様子で切り返す。

 

図らずもビオレが言葉を詰まらせてしまったところを妙に沈着した面持ちで続ける。

 

「本来、ガレットの領主はガウルの席よ。わしは奴が大人になるまで預かっておるだけじゃ。いまだ未熟者ではあるが、あれには人に好かれる才がある。責任を与え、周りがしっかり支えてやれば明日からでもそれなりに領主を勤め上げるであろうよ」

 

「ガウル殿下の資質やお人柄は私も十分に存知あげておりますが…」

 

「レオさまが領主を下りるというのはまた話が別です!」

 

だが、やはりそう簡単に納得できるわけもなく、なお説得を試みるビオレとバナード。

 

しかし、これ以上何も言うことはなくなったのか、背を向けてぺたんと耳を閉じた。

 

「「………あ」」

 

ビオレとバナードの口から思わず間の抜けた声がこぼれた。

 

「レオさま!無視モードは駄目です!」

 

「くっ…!こうなると閣下はないも聞いてくださらん…」

 

唯一何のことかわからないでいる晴人が察するに、どうやらこれがレオンが無視するときの常套手段のようだ。

 

「レオさま!めっ!ですよ」

 

バナードが額に手を当て、ビオレが注意するも、レオンは背を向けたままうんともすんとも言わなかった。

 

「…………」

 

結局、これ以上かける言葉が見つからない気まずい雰囲気が支配する中、晴人ひとりレオンたちが問答するやりとりを見ていた。

 

そして静かに瞑目し、心の中で決意を新たに晴人はレオンの元に歩みを進め始める。

 

当然、背を向けているレオンは晴人の行動に気づかない。

 

何事かとビオレとバナードが見る前でレオンの背後に立ちつとゆっくりと手を伸ばし、そして、

 

にぎっ

 

おもむろにレオンの尻尾を握った。

 

「んにゃぁあッ!!?」

 

妙にかわいらしい悲鳴を上げながらレオンが反射的に飛び上がった。

 

「危ね」

 

振り向きざまに拳を振るわれたが、晴人は体を反らしてかわすことに成功した。

 

尻尾を庇うように体勢を取り、顔を紅潮させたレオンが晴人を睨めつけた。

 

「な、なにをしおるかッ!」

 

「いや、これくらいしないと話聞いてくれないんじゃないかと思って」

 

「なるほど、その手がありましたか」

 

「そこも納得するな!」

 

特に悪びれたふうもなく平然と答える晴人と割と本気で頷いていたバナードたちに一括するレオン。

 

「――で、結局レオンちゃんは領主をやめた後はどうするつもりなんだ?」

 

いつもの飄々とした口調を真剣なものに急転させた晴人の問いかけに、釈然としない思いを抱きながらもレオンは大きく嘆息して答えた。

 

「もちろん、わし一人で何とかするさ。グランヴェールだけは借りていくが、連中から宝剣を奪えば奴らの死の星は遠ざかるかもしれん故な」

 

「本当にそれでいいのか?」

 

「なに?」

 

晴人に目を向けたレオンの眉根が寄っていた。

 

さらには、目つきは鋭くその声音には明らかに苛立ちが含まれている。

 

しかし、晴人はレオンの歪んだ決意を真っ向から否定した。

 

「ミルヒちゃんもシンクもまだ死んじゃいないんだ。こんな未来におびえて、今から目をそらして立ち止まったってしょうがないだろ?」

 

「ならどうしろというんじゃッ!」

 

息も詰まりそうな雰囲気を漂わせる一室に憤怒に彩られたレオンの激昂が静かにこだました。

 

しかし彼女には凛とした覇気は感じられず、明らかにいつもの迫力が欠如していた。

 

「―――ッ」

 

レオン自身もそのことに気づいたのか、気圧されたように晴人から視線をそらした。

 

「……このままでいいはずがないのはわしだってわかっておる。じゃが何をしても見透かされたかのように星の廻りは悪くなるばかりで、……挙句の果てに、こんなものを見せられてはもう……手段を選んではおれんのだ………」

 

心のしこりを紐解き始めたレオンから淡々と言葉が紡がれるに連れ、慟哭する勢いが失われていく。

 

窓から差し込む月明かりに照らされるレオンの姿を見た途端、晴人は思考が根こそぎ奪われてしまうかのような錯覚に陥った。

 

後ろでもビオレとバナードが息を飲む。

 

晴人たちの目の前で―――――レオンが涙を流していた。

 

いつも勝気で豪快なレオンからは想像できないほど、今の彼女はガラス細工のような繊細で儚げな印象が受けてとれた。

 

「もし…もしも本当にミルヒが死ぬようなことになったら、その時こそわしは絶望してしまう……」

 

今にも消えてしまいそうな声音でそう呟いた。

 

レオンは今まで大切な人が死ぬかもしれないという絶望にひとり苦しんでいた。

 

先の晴人との決闘後に迷いが晴れたと言っていたのはきっとこのことなのだろう。

 

きっと、考えに考えた末の苦渋の決断に違いない。

 

しかし―――だからこそ、何も変わらない。

 

目の前で誰かが絶望しようとしているなら、自分は何をするべきなのか。

 

答えは考えるまでもない。

 

それは魔法を手に入れたあの時から、すでに決めていたことだから。

 

「だったら、俺がこの絶望を希望に変えてやる」

 

「――――!」

 

たった一言。

 

しかし、晴人のその一言がレオンの心を強く震わせた。

 

「そんな簡単に―――」

 

「できるさ」

 

慌てた面持ちでかぶりを振って声を荒らげようとしたレオン反論をすかさず晴人は遮った。

 

「あきらめない限り、必ず希望はある。きっと未来も変えられるさ」

 

呆気にとられるレオンに揺るぎのない自信に満ちた笑みで、まっすぐに言葉を投げかける。

 

「大切なのは、今をどう生きるかだ。どうせ信じるなら、絶望より希望の方がいいだろ」

 

                      ☆

 

晴人の強い意志を宿した瞳に不覚にもレオンは我を忘れて見惚れてしまっていた。

 

自らを飲み込もうとする悪夢が一瞬にして霧散していくかのような感覚。

 

返す言葉すら失っている状態で、意地と虚勢で塗り固めた心の壁が崩壊の音をたてて崩れ落ちていくのがわかった。

 

「約束する。俺が必ずみんなの希望を守り抜いてみせる」

 

目の前で晴人があの時と同じように拳を突き出して宣言する。

 

どうして晴人の言葉のひとつひとつがこんなにも響くのだろうか……。

 

この根拠のない自信はどこから生まれてくるのだろうか……。

 

「―――まったく、お前はあきらめるということを知らんのか?」

 

気が付くとレオンは小さな笑みで皮肉をぶつけていた。

 

晴人はいつもの飄々とした様子で得意げに開き直る。

 

「あいにく魔法使いってのはあきらめが悪くてね。でも、それはキミだって同じだろ?」

 

「フフ。否定はせんよ」

 

涙をぬぐうレオンがようやく笑顔を見せてくれた。

 

さっきまでの不安が、本当に消えたかのような笑顔だった。

 

しかし、楽観できる要素がないのも事実である。

 

具体的にどうすればミルヒとシンクが死ぬという星の定めた未来を回避できるのかを考えなければならない。

 

レオンが打ち明けてくれたタイミングからして、あまり時間はなさそうだ。

 

「それではこういう策はいかかでしょうか?」

 

その時、助け舟を出してくれたのはバナードだった。

 

この場にいる全員が注目する中で、バナードは自身の考えを説示していく。

 

「話題性のある大戦を仕掛け、その懸賞として互いに宝剣を出す事とします。戦士たちも2連敗の汚名返上に燃えております。あらたな戦を申し出るには丁度よい機会でしょう」

 

聞いていくうちに、表情が感心する面持ちに変わっていった。

 

「そして戦に勝利し次第、ビスコッティの宝剣はどこか誰も近づけぬ場所に保管する。もちろんこれは単に盗難を防ぐためです。と、どなたかの星読みとはまったく無関係にただただガレットとビスコッティ両国のためにこんな提案をいたします」

 

                      ☆

 

「―――オ……ん…………ちゃん………………レオンちゃん!」

 

「――ぁえ?」

 

回想していたレオンは突然の呼び声で間の抜けた声を漏らしてしまっていた。

 

いつの間にか記憶に没入していたようだ。

 

我に返ると目の前には心配そうに見つける晴人の顔があった。

 

「だいじょうぶか?」

 

「ああ、すまない。どうかしたか?」

 

「いや、さっきから笑ってたからどうしたのかなと思ってさ」

 

「笑っていた?ワシがか?」

 

「ああ。なあ?」

 

「ええ、それはもううれしそうに」

 

確認を求めた晴人の問いにそばに控えていたルージュも肯定し、レオンは思わず頬に手を添えた。

 

自分では気づかなかったが、もしかしたら晴人の言うとおり自分は笑みを浮かべていたのかもしれない。

 

そう思うと、なんだか無性に羞恥の念に駆られてしまう。

 

しかし、なぜ自分は無意識のうちに頬を緩めてしまっていたのだろうか。

 

だがこの時の彼女は自身が求める答えに至ることはできなかった。

 

『さあ! 午後に入って昼食も終えた、ビスコッティ、ガレット両軍。現在、チャパル湖沼地帯で両者とも戦闘開始の合図を待っております!!』

 

レオンがひとりで問答しているうちに、遥か頭上の上空を浮遊する実況席からのアナウンスが国中に響き渡った。

 

もうすぐ大切な戦が始まるというのに、とレオンはかぶりを振ると揺れる白銀の髪を陽の光で美しくきらめく。

 

自身を自重し、表情を引き締めなおして思考を完全に切り替えて誓いの色を瞳に宿すレオン。

 

晴人たちがすでに到着した本拠地のグラナ浮遊砦から見渡せる景色には、参加者たちがそれぞれの定位置に臨戦態勢で待機し、後は開戦の合図を待つだけとなっている。

 

そんな時、ふと思い出したようにレオンが問いかけてきた。

 

「そうだ、晴人。無事に戦が終われば、お主に褒美を取らせよう」

 

「褒美?」

 

唐突の提案に眉根を寄せる晴人にレオンはうむ、と軽く首肯する。

 

「もちろん、戦興業で発生する報奨金とは別にお主個人へのな」

 

「いや、別に―――」

 

「――どうせ信じるなら絶望より希望だ」

 

やはり遠慮の意を唱えようとした晴人だったが、聞き覚えのある発言に一瞬言葉を失った。

 

「お主が言った言葉だぞ?」

 

そう言ってレオンは得意げな笑みを向けてきた。

 

「なに、この戦でどちらが勝利しようが今のわしがいるのはお主のおかげでもあるんじゃ。わしからの感謝の気持ちとして好きなものを所望するがよい」

 

相変わらずの上からの物言いだが、これが彼女なりの誠意の表れなのだろう。

 

どうやら晴人が何を言っても譲るつもりはないようだ。

 

「そうだな……」

 

小さくつぶやきを漏らし、腕を組む晴人は考えを巡らせる。

 

「今は特に思いつかないからまた今度でいいか?」

 

結局晴人が返したのは保留という答えにレオンは呆れたような笑みとともに嘆息をこぼした。

 

「しかたないやつじゃ。ならそういうことにしておいてやろう」

 

「フフ、素直じゃないんですね」

 

後ろでルージュが微笑んでいたがレオンはフンと鼻を鳴らして華麗にスルーする。

 

「ま、とにかくだ。これが終わったらミルヒちゃんとちゃんと仲直りしろよ」

 

「………………ああ、そうじゃな」

 

晴人が聞いてからしばし間をあけて答えるレオン。

 

やはりまだまごついているのかと思ったが、心配とは裏腹にレオンの口調は決意に満ちたものだった。

 

とりあえず安心すると、今度はレオンの方から話しかけてきた。

 

「すまないな、ハルト」

 

「ん?なにが?」

 

「どんな理由であれお主をワシのわがままに巻き込んでしまう形になってしもうたのは紛れもない事実じゃ。もしかしたらワシの星読みにはファントムは関与しておらんかもしれん……」

 

罪悪感からくるものであろう、わずかに眉根が下がる面持ちで謝罪するレオン。

 

しかし晴人はさほど気にした風もなく、ニッと笑って飄々と言う。

 

「関係ないさ。別に俺はファントムが関わってるからここにいるわけじゃないんだ。誰かが絶望しようとしているなら、俺は俺の全力でその人の希望を守り抜く。それだけだ。それに、ゲートにだってわがままな奴もいるんだ。これぐらいのことにはもう慣れたさ」

 

「そうか。……しかし、希望を守る魔法使いか。ワシも魔法使いだったらお主みたいに前向きでいられるのやもしれんな。少しばかりうらやましく思うぞ」

 

それは冗談を交えた何気ない一言だった。

 

だがその一言を聞いた途端、晴人の顔に陰りが生まれた。

 

「………魔法使いなんて、そんなにいいもんじゃないさ」

 

突然の重々しい晴人の口調がレオンの耳朶を打った。

 

「―――え?」

 

「救える希望もあれば、救えなかった希望だってあるしな」

 

「ハルトさま……?」

 

意味深な晴人の言葉にレオンと同じく、ルージュも怪訝そうに眉根を寄せた。

 

「それに、俺はなりたくて魔法使いになったわけじゃないから」

 

2人が窺う晴人の表情は、初めて見る悲痛に歪んだモノだった。

 

すぐにレオンは晴人の言葉の真意を訊ねようとしたが、しかし再び鳴り響く実況アナウンスに無理やり遮られる形になってしまった。

 

『みなさま、お待たせしました!開戦の合図まで間もなくです!』

 

『チャパル湖沼地帯の実況と解説は私、ビスコッティ国営放送、エリータ・サレスと――』

 

『ガレット国営放送ジャン・カゾーニの2名でお送りします』

 

『さあ、カウントダウンが始まります。現場のみなさんも、放送をごらんのみなさまもどうかご一緒にお願いします!』

 

『『せーの!』』

 

そして、2人の実況者を映すディスプレイの画面が切り替わり、フロニャルドの数字でカウントダウンが始まる。

 

―――5――

 

各々が緊張で息を呑む。

 

―――4――

 

それぞれが得物を握る手に力を込める。

 

―――3――

 

誰もが勝利を期待し、胸を躍らせる。

 

―――2――

 

皆が笑顔でいられる未来を掴むために覚悟を決める。

 

―――1――

 

そして―――

 

ヒュ~~~………パァァンッ!

 

フロニャルドの晴天に打ち上げられた花火が盛大に弾けた。

 

『開ッ戦!』

 

「全軍、進めぇッ!!」

 

「ガレット戦士団、突撃ぃいい!!」

 

開戦の合図が告げられると同時に、ロラン率いるビスコッティ陣営とバナード率いるガレット騎士団の兵達が一斉に激突した。

 

                      ☆

 

間もなくフロニャルドの戦場に鬨の声が響き渡り、土埃や煙が空へと立ち昇る。

 

そして場所はビスコッティ本陣のスリーズ砦。

 

砦内の一室に設置された玉座にミルヒは腰を下ろしていた。

 

「姫さま、報告いたします」

 

外から聞こえた女性の声に、ミルヒはうつむかせていた顔を上げた。

 

「先程ガレットより使者が訪れ、至急姫さまにお伝えしたいことがあると」

 

その報告を聞いて、ミルヒは出入り口に立つ兵士に小さく頷いて合図を送った。

 

「わかりました。お通ししてください」

 

「はい」

 

その刹那、同時に数人の女性が侵入し待機していた兵士達に飛び掛った。

 

ある者は一撃を加え、ある者は羽交い絞めにして次々と兵士たちはけものだま化していく。

 

「姫さま。無礼の程、お詫びの仕様もございません。ですがどうか、我々の願いをお聞き入れ下さい!」

 

予想外の事態に驚き言葉を詰まらせるミルヒの前で跪いたのはビオレだった。

 

決心を固めたはずではあるが、やはりビオレの顔には後ろめたさの気持ちが顕著に現れていた。

 

「―――あの、ごめんなさい」

 

しかし、ミルヒから返って来たのは畏まった謝罪の言葉だった。

 

わけも分からず顔を上げるビオレ。

 

すると、ボンッといきなりミルヒは煙に包まれた。

 

「自分、姫様じゃないであります(・・・・・)

 

聞き覚えのある口癖とともに煙が晴れると、目の前にいたのはミルヒの衣装に身を包んだリコッタだった。

 

リコッタの頭には、小さな葉っぱが1枚乗っていた。

 

どうやら一杯食わされてしまったようだ。

 

だがしかし、ビオレがそれを理解した時には首元から刀剣の刃がのぞいていた。

 

「動かないでくださいね」

 

視線だけ背後に向けると、そこにいたのはメイド服を着た糸目が特徴的な女性だった。

 

彼女はミルヒ直属メイド隊隊長、リゼル・コンキリエ。

 

向けられる表情は笑顔そのものであるが、この時のビオレには恐ろしく見えた。

 

ふとビオレが周りを見渡すと、他の近衛戦士達も調理器具を持つメイドたちに囲まれて無力化されるというある意味シュールな光景が広がっていた。

 

小さく嘆息し、観念したビオレは両手を上げて降参の意を示した。

 

「まあ、お茶でも出しますので、ゆっくりとお話を聞かせてもらいましょうか?」

 

慣れた手つきで刀剣を鞘に納めてリゼルがニッコリと微笑んだ。

 




ビオレで始まりビオレで終わった第9話でした。
いやあ、当初の予定では今年中に第1期を終わらせる予定だったんですけどね……。
執筆って難しいですね(笑)
それはそうと。
さて、そろそろ新年に変わることですし、新作いっちゃおうかな?
なんて言ってみたり(笑)


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第10話 魔法使いと騎士

想定していた通り、ミルヒの聖剣エクセリードを奪うためにビスコッティ陣営のスリーズ砦に急襲してきたビオレと彼女が率いる近衛騎士団の捕縛に成功したミルヒオーレ直属のメイド隊。

 

ビオレたちが観念したのを確認し、リコッタはすぐそばに鎮座していた装置のスイッチを足で踏みこんだ。

 

するとスリーズ砦上空に小さな花火が打ち上がった。

 

花火が淡い桜色の光を散らすのを、グラナ砦に続く渓谷の道を行くシンクとエクレール、そしてスリーズ砦にいるはずのリコッタがしかと己が目で見届けていた。

 

「リコからの合図…」

 

「本当に本陣への奇襲があるとは……」

 

信じられないという風にシンクとエクレールが呆然とつぶやいた。

 

同時に、2人の後ろでリコッタの姿が煙に包まれ、案の定現れたのはリコッタの服を着たミルヒ。

 

彼女の手にはリコッタが変装していた時に所持していたモノと同じ木の葉が握られていた。

 

「これで確信できました。……レオ様は私に何か隠し事をされています」

 

晴天に溶けて消える花火を目で追うミルヒが確固たる自信に満ちた声で言う。

 

そして手綱を握る手にさらに力を籠め、ミルヒはシンクとエクレールとともにセルクルを走らせた。

 

戦にはいつだって正々堂々と向き合うレオンが自身の美学に反してまで宝剣を必要とするのには、きっと何か理由があるはずだと断定する。

 

もう戸惑いはない。

 

ビスコッティの領主として、エクセリードの主として、そして何より、レオンのことを愛するただのミルヒオーレとして、レオンと話さなければならないと改めて心に強く誓う。

 

覚悟と決意を胸に、ミルヒは渓谷を吹き抜ける風を切る。

 

シンクもエクレールもミルヒの気持ちに応えるためにグラナ浮遊砦に急ぐのであった。

 

                      ☆

 

「さあ、この橋を抜ければ本陣もすぐでござるよ。どんどん参られよ!」

 

場所は変わってチャパル湖沼地帯にて自信満々な笑みを浮かべて声を高らかに発するブリオッシュ。

 

彼女の眼前――丁度河川を渡る橋を挟んだ対岸にはガレット戦士団の兵士たちが屯している。

 

腐っても戦士である彼は、ただ闇雲に突っ込むような愚行は犯さない。

 

圧倒的な力の差がある敵を前にした場合、その差を覆すためには数に頼ることが最も効果的である。

 

各個人が自然と呼吸を合わせ、身心ともに気力を練りあげていき、やがて訪れる最も充実した瞬間。

 

「かかれぇぇえええええッ!」

 

地響きの如く轟く雄叫びとともに、ブリオッシュ目掛けて一斉に飛びかかった。

 

そして―――

 

「瞬光錬天砲!」

 

ドカァァァァァンッ!!

 

ものの見事にブリオッシュの紋章術の斬撃に吹き飛ばされてしまいましたとさ。

 

空中でけものだま化してしまう兵士たちが河川に落ちて遥か彼方に流されていく。

 

すでにブリオッシュひとりに半分以上の戦力を失いかけていたガレット兵。

 

逆さまになったとしても覆しようのない実力差をようやく悟った兵士たちは本陣を守る最後の砦を前に撤退を余儀なくされるのだった。

 

「ダルキアン卿!」

 

ひとりのビスコッティ軍の騎士がブリオッシュに駆け寄ってきた。

 

「騎士団長より伝令がございます!」

 

「おう」

 

「ダルキアン卿と、パネトーネ筆頭の三番隊は、先行二番隊の応援に行って欲しいとのこと」

 

「うむ、心得た」

 

伝令を聞いたブリオッシュは目前に広がるガレットの軍勢を見渡した。

 

「敵陣は薄く伸びておる。駆けて抜けるが早かろう。ユキカゼ、ビスコッティ三番隊一同、拙者に続け。敵陣を抜け、二番隊の援護に向かうぞ!」

 

判断するなりユキカゼと三番隊の面々に指示を飛ばし、移動を開始した。

 

『おっと、戦況動きます。ダルキアン卿と旗下がここで攻めに回ります!』

 

『これはレオ閣下の本陣狙いか、先行2番隊の応援か?おっと?だがしかし!』

 

「お待ちあれ、ダルキアン卿!」

 

すぐに実況席の2人からブリオッシュが移動を始めたこと伝えられるが、間もなく彼女たちの前に立ちふさがる軍勢。

 

そして先頭に立ち行く手を阻むのはバナードだった。

 

「おお、久しいのう。バナード将軍」

 

「ご無沙汰です。申し訳ありませんが、ここから先へはお通し出来ませんねぇ……」

 

「ほお、それは一騎打ちのご提案と受け取ってよろしいか?」

 

「ご無礼でなければ、是非」

 

闘気に満ちた視線がぶつかり合い、誰もがこれから始まるであろうブリオッシュとバナードの一騎打ちに息をのんだその瞬間―――

 

「その勝負待った!!」

 

一触即発の雰囲気を掻き消す咆哮とともに両者の元に突如一本の槍が飛来した。

 

「バナード! 一騎打ちなら私が受けよう!!」

 

「ロラン!」

 

「マルティノッチ卿!」

 

ブリオッシュとバナードの視線が行き交う先に颯爽と現れたロラン。

 

投擲した槍を回収し、視線だけをブリオッシュに向けて言う。

 

「すまんな、ここは預かる。行ってくれ、ダルキアン卿」

 

「うむ、心得た。三番隊、行くでござるよ」

 

ロランの言葉に首肯し、ブリオッシュは愛騎であるセルクル、ムラクモを走らせた。

 

そして、バナード先を行く彼女たちを追いかけることはなかった。

 

「やれやれ。君との一騎打ちなど、何年ぶりになるやら?」

 

「私達が騎士団長の職を拝命してからは初めてだ。もう三年以上前だな」

 

後に残されたバナードとロランはブリオッシュの小隊の影を見送りながら他愛もない会話を交わす。

 

『両者とも、生まれた時から騎士の家系。そして、プライベートでは季節の贈り物をお届け合う友人同士でもあります』

 

実況席からエリータがバナードとロランの間柄について説明してくれるが、軽く聞き流す2人はどちらからともなく距離を取り、そして互いに紋章を展開させて輝力を開放する。

 

『両軍騎士団長の騎乗するセルクルもいずれ劣らぬ名騎の血統!そして両者とも武器は槍と盾!さあ両軍騎士団長、互いの誇りを賭けた一戦が―――』

 

「「うおおおおおおおおおおおおッ!」」

 

覇気が漲る雄叫びが実況の声を掻き消し、黒の槍と白の盾が、白の槍と黒の盾が火花を散らせた瞬間、2人の騎士の周囲を凄まじい衝撃が駆け抜けた。

 

                      ☆

 

「レオさま」

 

ガレット陣営の拠点であるグラナ砦にて、ルージュの声にレオンは意識だけを向けた。

 

「すみません。ビオレ姉さまと近衛戦士団は任務に失敗とのこと。姉さまも近衛戦士団もスリーズ砦内に捕まってしまったと」

 

「そうか。ガウルはどうした?」

 

しかし報告を聞いてもレオンは取り乱すことはなく、ただ淡々とガウル側の戦況を確認した。

 

「ご命令通り、ゴドウィン将軍やジェノワーズとともにスリーズ砦へ。ただ、ガウ様達は今回の戦にあまり乗り気ではいらっしゃいませんでしたので……」

 

「かまわん。せいぜい派手に暴れて、民と兵達を楽しませてやればいい」

 

奇襲が見抜かれたことは正直意外ではあったが、それでこそ長年の好敵手。

 

しかしそれもまた想定の範囲内であり、この程度でレオンの計略に支障をきたすことはない。

 

むしろ落ち着いた様子でレオンは小さく笑んだ。

 

「なにも問題なかろう。―――すでにハルトも動いてくれておる」

 

                      ☆

 

二転三転していく戦況の中、ブリオッシュ率いる三番隊が間もなくチャパル湖沼地帯を抜けようとした時だった。

 

何かに気付いたブリオッシュが走らせるムラクモの脚を止めた。

 

唐突の出来事に彼女に続いていたユキカゼたちも移動を止める。

 

「どうかされましたか、親方さま?」

 

怪訝な表情でユキカゼが訊ねるが、ブリオッシュの視線は遥か彼方の方向を見据えるだけ。

 

程なくして隠密の能力に長けたユキカゼも気配を感じとり、ピコリと耳を澄ませる。

 

ブゥゥウウウウウウウウウウンッ!!

 

そして耳朶を叩いたのは、つい最近聞覚えのある機械式の駆動音だった。

 

間もなく地平線の向こうから小さな人影が現れる。

 

「あれは……」

 

「どうやらそう簡単には行かせてくれないようでござるな」

 

意味深な言葉を呟きながらブリオッシュは不敵な笑みで相手の―――晴人の姿を捉えた。

 

【ドライバーオン!プリーズ!】

 

マシンウィンガーを駆る晴人もブリオッシュたちの姿を捉えると、起動させていたウィザードライバーのハンドオーサーを左手側に傾けた。

 

【シャバドゥビタッチヘンシーン!…シャバドゥビタッチヘンシーン!…】

 

「変身!」

 

【フレイム!プリーズ!】

 

【ヒー!ヒー!ヒーヒーヒー!】

 

眼前に出現した魔法陣を通り抜けて晴人はウィザードに変身し、マシンウィンガーの速度を上げた。

 

【コピー!プリーズ!】

 

ウィザードライバーのハンドオーサーを右手側に傾け、手早く付け替えた指輪をかざすと、晴人の前方とその横手に2つの魔法陣が展開された。

 

そのまま晴人が魔法陣を透過したその刹那、晴人の隣に晴人のコピーが召喚される。

 

そしてもう一度、今度はコピーと2人でハンドオーサーを操作してコピーウィザードリングをかざす。

 

【【コピー!プリーズ!】】

 

案の定、晴人の右手とコピーの左手に、合計4人のウィザードがマシンウィンガーを駆って並走するという光景が展開されたのだった。

 

【【【【コネクト!プリーズ!】】】】

 

ウィザードライバーの電子音が4重に重なって鳴り響き、4人のウィザードが一糸乱れぬ動きでウィザーソードガンを取り出す。

 

そしてタイミングを見計らい、晴人はマシンウィンガーを加速させて空高く跳躍した。

 

太陽の逆光を浴びる4人のウィザード。

 

見下ろせば、こちらを見上げる兵士たちの呆気にとられる表情が見て取れた。

 

【【【【キャモナシューティング!シェイクハンズ!…】】】】

 

晴人はウィザーソードガンのハンドオーサーを展開させ、フレイムウィザードリングをかざした。

 

【【【【フレイム!シューティングストライク!】】】】

 

【【【【ヒーヒーヒー!…ヒーヒーヒー!…ヒーヒーヒー!…】】】】

 

晴人は炎を纏った魔方陣が踊る銃口を向け、そして引き金を引いた。

 

兵士たちが我に返った時にはもう遅い。

 

隕石のように降り注ぐ炎の弾丸が轟音とともに辺り一帯を蹂躙した。

 

『『『ギャアアアアアアアアアアアッ!』』』

 

響く絶叫と爆音を背に感じ、アクセルターンを利かせて小隊の後方に着地すると3人のコピーが晴人に吸い込まれるようにして消えた。

 

「―――これはこれは、ずいぶんと過激なあいさつにござるな」

 

不意に晴人が見つめる先、立ち込める煙幕の向こうから凛と透き通る美声が聞こえてきた。

 

だが晴人は特に驚いた様子を見せることはなく、仮面の内側で微笑を作った。

 

煙が晴れると、ブリオッシュが晴人を見つめていた。

 

紋章術で防いだという、彼女の手の甲には紋章が淡い光を放っていた。

 

さらにはユキカゼと彼女たちの周りにいた数人の騎士たちがけものだま化を免れていた。

 

「久しぶりでござるな、ハルト殿」

 

「ああ、ブリオッシュちゃんたちも元気そうで何よりだ」

 

2人が言葉を交わすだけで空気がピリピリと張り詰める。

 

『おおっと!ここにきてダルキアン卿、突然の乱入者に足止めをくらってしまいました!三番隊もほぼ壊滅状態!果たして彼はいったい何者なのか!?』

 

実況席も事態に気付き、エリータの興奮気味な実況がけたたましく響き渡り、ディスプレイには対峙するウィザードとブリオッシュが映し出されていた。

 

『たったいま情報が届きました。ほおほお。……なんと、彼もまた勇者シンクとともに異世界から舞い降りたニューヒーロー!その名は―――魔法使いウィザード!その名の通り魔法と呼ばれる紋章術を駆使するその実力はレオ閣下に匹敵するらしく、先日行われたレオ閣下との模擬戦では見事勝利を収めました!今回はガレット軍のゲストとして戦に参加されたとのことです!』

 

「ほお。まさかレオ姫が打ち負かされるとは……。さすがでござるな」

 

解説とともに切り替わった映像には以前行われた晴人とレオンとの戦闘映像を見上げるブリオッシュが感嘆を込めた言葉を晴人に贈る。

 

まあね、と飄々とした様子で答えてマシンウィンガーから降りる晴人に習うようにブリオッシュもムラクモから降り立った。

 

「ユキカゼ、残った騎士たちを連れて勇者殿の援護に向かえ」

 

静かな声音で紡がれた言葉に、ユキカゼはブリオッシュの雰囲気が剣呑なものに変わったのを感じ取った。

 

「御意。―――御武運を」

 

主の勝利を信じ、ユキカゼは生き残った騎士たちを引き連れてこの場を後にした。

 

先を行くユキカゼたちに視線すら向けず、ブリオッシュは晴人に集中していた。

 

戦が始まる直前の移動中にシンクと軽く会話した時、彼は今朝偶然にも晴人と出くわしたと言っていた。

 

その時に晴人が言い残したという一言。

 

―――今度は戦場で会おう。

 

その言葉を聞いて予感はしていた。

 

「やはりハルト殿も来たでござるか」

 

開口したブリオッシュの言葉に晴人はごく短い一言で返した。

 

「希望を守りに来た」

 

しかし、その一言には晴人の意志と覚悟が強く籠められている。

 

「それはレオ姫の、でござるか?」

 

「ああ。でも、レオンちゃんだけじゃない。ミルヒちゃんやシンク――みんなの希望を守るためにここに来たんだ」

 

晴人とブリオッシュ、両者の戦意を煽るかのように一陣の風が2人の間を駆け抜け、絹糸のように艶やかな髪が揺れ、ウィザーローブがはためく。

 

「なるほど。しかし、今は戦の最中。拙者は拙者の役目を果たすのみ。お互いこれ以上の言葉は無粋でござるな」

 

悟ったように瞑目し、小さく呟くブリオッシュは初めて会った時から操真晴人という人物に戦士の姿を見た。

 

それは用意された舞台の上で輝かしい脚光を浴びる道化役者ではなく、命を懸けた死闘に身を置く本物の強者の姿。

 

表情を隠す仮面越しからでも射抜かれるような視線を感じ、油断すれば返り討ちにあってしまうと直感で理解する。

 

故に自分も相応の覚悟で臨まねばと息み、ブリオッシュはゆっくりとした動作で太刀を構える。

 

「戦士の一刀は、千の言葉にも勝ると言う」

 

重みのある声音で呟き、猛者の瞳でブリオッシュは目の前の魔法使いを鋭く睨めつけた。

 

「さあ、魔法使いウィザードよ。―――すべては血風の中で語り合おうぞ」

 

晴人はガンモードからソードモードに変形させたウィザーソードガンを手元でくるりと回し、フレイムウィザードリングをブリオッシュに見せつけるように掲げた。

 

「さあ、ショータイムだ!」

 

しばしの間静寂が流れ、そして―――

 

「ハアアアアアアアアアアアアッ!」

 

「オオオオオオオオオオオオオッ!」

 

晴人がウィザーソードガンを、ブリオッシュが太刀を振り上げ、腹の底から雄叫びを張り上げながら大地を駆けた。

 

すぐに両者は肉薄し、2人の間でウィザーソードガンと太刀が切り結ぶ。

 

間髪入れずに2撃目、3撃目と2つの刃が銀の軌跡を描いていく。

 

激しい剣戟で風を切る鋭い音と空気を震わせる甲高い音を響かせ、火花が散る。

 

晴人が振りおろしたウィザーソードガンの刃がブリオッシュの太刀の刃によって弾かれる。

 

「ハアッ!」

 

息も吐かぬ間にブリオッシュが晴人の懐目掛けて太刀を斬りあげ、薙ぎ、刺突する。

 

「――ッ!」

 

晴人は素早い身の熟しですべて紙一重で躱していき、ウィザーソードガンを振るう。

 

そして再び激しい剣戟が繰り広げられていき、2人の周囲に生じた剣擊の軌跡が残像を残していく。

 

振り下ろされた太刀を受け止めると即座にウィザーソードガンで大きく巻き払い、隙ができた脇腹目がけて突き蹴りかました。

 

咄嗟にブリオッシュは籠手で防ぐが、さらに晴人は強烈な二段蹴りを叩き込み、最後に旋風脚がブリオッシュの胴に突き刺さった。

 

ブリオッシュが苦悶の声を漏らし僅かに後ずさったが、すぐに下がった間合いを埋めるように踏み込んで太刀を一閃させた。

 

閃く斬撃が炸裂した胸部から火花が散り、晴人の身体がよろめくや否やすかさずブリオッシュの太刀が晴人に襲い掛かる。

 

負けじと晴人もウィザーソードガンを振るうが、ことごとく剣閃が弾かれていく。

 

上段からの斬撃を晴人はウィザーソードガンの刀身で太刀の一撃を防ごうとするが、如何せん強すぎるその威力は女性のものとは思えない。

 

体勢的にも力負けし、晴人は咄嗟に後ろに飛んで距離を取った。

 

対峙するブリオッシュが手に持つのは、何度見てもその圧倒的な存在感に目を奪われる太刀。

 

元々長身の彼女の身の丈以上の刀身に、相応の長さを誇る柄が伸びている。

 

ウィザーソードガンと比べてもその差は歴然。

 

そして明らかに身長を超える太刀を軽々と操るブリオッシュの腕もやはり相当なものだ。

 

互いの間合いが違えば、速度すらまた違ってくるため、晴人はどうも間合いが詰められないでいる。

 

しかし、方法がないわけではない。

 

正面から挑んで無理なら、もっと強引に、そして効果的に懐に飛び込めばいい。

 

一度張り詰めた息を吐き出し、晴人はブリオッシュに目を向けながら立ち上がり、ベルトのバックルに指輪をかざした。

 

【ウォーター!プリーズ!】

 

【スイー!スイー!スイスイー!】

 

水が滴る青い魔方陣を潜り抜け、ウォータースタイルにスタイルチェンジした晴人はブリオッシュを目指して全力で駆け走った。

 

「おもしろい!」

 

初めてウィザードのスタイルチェンジを目の当たりにしたブリオッシュもまた、太刀を構えて迎え撃つ。

 

強く大地を蹴った晴人がブリオッシュの間合いに入った寸前、晴人は指輪をウィザードライバーのハンドオーサーにかざした。

 

【リキッド!プリーズ!】

 

そしてブリオッシュの太刀の一閃が晴人を捉えた、と思われた。

 

「なッ……!?」

 

しかし、ブリオッシュが見せた反応は驚愕。

 

目の前で晴人の身体が水のように液状化し、斬撃をすり抜けたのだ。

 

一瞬の出来事だったが虚を突くのは十分だった。

 

身体を液状化した晴人はブリオッシュの全身に纏わりつく。

 

何とかして振りほどこうともがくブリオッシュだが今の晴人の前では徒労に終わってしまう。

 

関節技で無理やり押さえつけて身体を実体化させると、晴人は巴投げの要領でブリオッシュを投げ飛ばした。

 

宙に身を放り投げられたブリオッシュはまるでコンパスで引いたような半円を描いた。

 

地面に落下する寸前で受け身をとることに成功したものの、予想外の反撃に呆気にとられてしまったブリオッシュ。

 

「俺は負けない。俺は最後の希望だからな」

 

【チョーイイネ!キックストライク!サイコー!】

 

足元に魔方陣を展開させて晴人は腰を低く鎮め、ストライクウィザードの構えを取った。

 

晴人の右脚に水の魔力が収束していく。

 

「上等!受けて立とうぞ!」

 

対するブリオッシュも紋章を展開させ、太刀の刀身から輝力の光が迸る。

 

呼吸を整え、精神を集中させる両者。

 

「だああああああああッ!」

 

「裂空……一文字!」

 

晴人はロンダードで跳躍して水の魔力を纏わせた右脚を突き出し、ブリオッシュの太刀から放たれた一閃が飛ぶ。

 

2人の必殺技が激突し、激しくスパークが爆ぜる。

 

そして、わずかな僅差で力と力の拮抗を制したのは―――ブリオッシュだった。

 

「な!?――ぐああああああああああっ!」

 

ストライクエンドを破られた晴人は衝撃で大きく吹っ飛び、そしてそのまま近くを流れる河川に墜落した。

 

ドボン!とブリオッシュの目前で水飛沫が上がった。

 

                      ☆

 

ブリオッシュの視界の端で、晴人の手元から離れたウィザーソードガンがきれいな弧を描いて地面に突き刺さった。

 

やはり強い―――その一言に尽きる。

 

ゆっくりと深呼吸をして荒ぶ息を落ち着かせながらブリオッシュは心の内で晴人を称賛した。

 

己の信念を賭けた戦いをできたことに、ひとりの騎士として素直に誇らしく思えた。

 

だが勝負はついた。

 

晴人のことは救護班に任せるとして、ブリオッシュが先を急ごうと思い立った矢先のこと。

 

踵を返すブリオッシュは澄んだ水面に魔方陣が浮かんだことに気付かなかった。

 

ドボゴオオオオオオオオオンッ!!

 

「―――ッ!?」

 

突然の地を揺るがすほどの轟音に振り返ったブリオッシュは言葉を失い、我が目を疑った。

 

「こ、これは……!?」

 

明らかに動揺の色を露わにするブリオッシュ。

 

彼女の眼前では河川を流れる大量の水が巻き上げられ、天に届く勢いで渦動していた。

 

【ウォーター!ドラゴン!】

 

ブリオッシュは鳴り響く電子音の発信源―――螺旋を描く竜巻の中に浮かび上がる人影の周囲を旋回するドラゴンの幻影をはっきりと見た。

 

【ジャバジャババシャーン!ザブン!ザブーン!】

 

グオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!

 

ドラゴンの咆哮が辺り一帯に轟き渡り、魔力で形成された水の両翼が激しく渦巻く竜巻を貫いた。

 

宙空に弾け舞う水が雨粒となって降り注ぎ全身が濡らすが、ブリオッシュの視線はトン、と優雅に着地を決める晴人の姿に釘付けになっていた。

 

アンテナロッドが伸びる雫をイメージした菱形の仮面に、紺碧の青に染まったウィザーローブ。

 

フレイムドラゴンと酷似したその姿こそが水のエレメントを司るウォータースタイルの進化形態―――ウィザード・ウォータードラゴンである。

 

腕を大きく回し、最初と同じように今度はウォータードラゴンウィザードリングを見せつけた。

 

「フィナーレにはまだ早いぜ、ブリオッシュちゃん」

 

晴人の言葉に感化されたのか、ブリオッシュは再び太刀を構えた。

 

「なるほど、手強い」

 

独りごち、そしてにやりと笑みを浮かべた。

 

「―――ハッ!」

 

先に動いたのはブリオッシュだった。

 

先ほどまでとは比べ物にならない速度で距離を詰め、ひと思いで晴人の胸部めがけて逆袈裟方向に太刀を振るった。

 

取ったとブリオッシュが思ったその矢先、しかし晴人はバックステップを踏んで攻撃を躱した。

 

一瞬で躱されたことを理解したブリオッシュは即座に次の攻撃へと動作を移す。

 

手首のスナップを利かせて今度は逆方向から太刀を振るったが、晴人は身体を反らすことで逃れた。

 

下段から迫る斬撃は片足を上げるだけで躱し、返す刀で振り下ろされる一閃は跳躍して背後に回って回避した。

 

【コネクト!プリーズ!】

 

その後も無駄のない動きで襲いかかる太刀をいなしていきながら、晴人はウィザーソードガンを手元に引き寄せていなしていく。

 

晴人はブリオッシュの攻撃を受け止めることはしない。

 

すべて形に囚われない水のように流れに逆らうことなくブリオッシュの剣戟を受け流していく。

 

己の攻撃がことごとく無力化されていき、無意識の内に舌打ちを鳴らしてしまう。

 

再度太刀を握り直して横に払うが、晴人はウィザーソードガンを薙いで難なくいなしていく。

 

身体を旋回させると青いウィザーローブが華麗に翻る。

 

その隙に晴人はすかさずウィザーソードガンのハンドオーサーを開いた。

 

【コピー!プリーズ!】

 

素早く指輪をかざし、持ち替えて開いた左手に新たに複製されたウィザーソードガン・ガンモードで振り返ると同時に晴人はブリオッシュに銃口を向け引き金を引いた。

 

至近距離で数発の銀の銃弾がブリオッシュめがけて飛来する。

 

「―――クッ!」

 

ブリオッシュは苦悶を浮かべるも、瞬時に太刀を盾のように構えて後ろに飛び退いた。

 

僅かに銃弾が腕と脚を掠めたが気にしている余裕はなかった。

 

左手のガンモードのウィザーソードガンをくるりと回して晴人はブリオッシュとの距離を一気に踏み込む。

 

剣と銃と蹴り、リーチの異なる攻撃で晴人はブリオッシュに攻め立てる。

 

状況はブリオッシュの劣勢だった。

 

八卦掌を取り入れたアクロバティックな身のこなしに翻弄され、剣を意識すれば蹴りが迫り、死角を縫うように銃口が火を噴く。

 

冷静を欠かすことなく進攻を掻い潜り晴人に迫るのだが、今一歩のところで阻まれてしまう。

 

間合いを無視する変幻自在な戦い方にブリオッシュは舌を巻いた。

 

既に数え切れない程の攻防を重ね合っている晴人とブリオッシュの両名。

 

晴人も先ほどまでの戦闘によるダメージが抜け切っているわけでもなく、肩で息をしている。

 

どちらももはや満身創痍であった。

 

示し合わせるわけでもなく、2人は次で決着を着けると決断を下した。

 

【ルパッチ!マジック!タッチゴー!…ルパッチ!マジック!タッチゴー!…】

 

晴人はウィザードライバーのターンレバーを操作してハンドオーサーを右手側に傾け、指輪を付け替える。

 

ブリオッシュは極限まで意識を集中させ、背後に紋章を出現させて中断に構える太刀にありったけの輝力を注ぎ込む。

 

晴人は指輪をかざし、ブリオッシュは太刀を振り抜いた。

 

【チョーイイネ!ブリザード!サイコー!】

 

「――裂空……十文字!」

 

魔法陣から放たれる強烈な冷気を纏う吹雪と、光を放つ十字の斬撃が衝突した。

 

轟音が吹き荒れ、凄まじい衝撃が2人を襲う。

 

だが晴人もブリオッシュも苦悶を浮かべながらもその場に踏みとどまる。

 

一進一退に拮抗する吹雪と斬撃。

 

だが、徐々に拮抗は崩れ始める。

 

「ぐ……ッ!」

 

少しずつではあるが、晴人が押されつつあった。

 

腕を支えて踏ん張りを利かせるが、十字の斬撃は確実に晴人に迫っていく。

 

このままでは晴人が競り負けるのは時間の問題だろう。

 

―――しかしブリオッシュは知らない。

 

希望とはまた別に、操真晴人という人物が持つ強さの真髄である―――あきらめの悪さを。

 

「まだだ!」

 

叫ぶ晴人は気力を振り絞り、一度魔方陣を前に押しだした。

 

その隙にソードモードとガンモード、2つのウィザーソードガンのハンドオーサーを展開させる。

 

【キャモナスラッシュ!シェイクハンズ!…】

 

【ウォーター!スラッシュストライク!】

 

【キャモナシューティング!シェイクハンズ!…】

 

【ウォーター!シューティングストライク!】

 

【【ジャバジャババシャン!…ジャバジャババシャン!…ジャバジャババシャン!…】】

 

ウォータードラゴンウィザードリングをかざしたことで2つのウィザーソードガンに水飛沫が迸る魔方陣が躍る。

 

まずは最初にガンモードのウィザーソードガンを構えて水流弾を撃つ。

 

そして即座に今度はソードモードのウィザーソードガンを一閃させる。

 

そして水の弾丸と斬撃が魔方陣から放出される吹雪と融合し、極大の氷の刃となった。

 

予測外の晴人の切り返しにパワーバランスは一気に逆転した。

 

「――――な」

 

絶叫を漏らす間もなくブリオッシュは十字の斬撃ごと衝き疾る氷の刃に飲み込まれた。

 

急激な温度変化で生じた霧が陽の光を乱反射させて幻想的な空間を作り出した。

 

やがて霧が晴れると、一面に氷の世界が広がっていた。

 

河も、大地も、そしてブリオッシュも、視界に映るものすべてが凍りついていた。

 

「フィナーレだ!」

 

さらに畳み掛けるように晴人は指輪を交換してウィザードライバーのハンドオーサーにかざした。

 

【チョーイイネ!スペシャル!サイコー!】

 

魔方陣から水のエレメントで形成されたドラゴンが現れて晴人の周りを旋舞して背中に突進する。

 

すると、晴人の腰部にウィザードラゴンの尻尾―――ドラゴンテイルが具現化されるのだった。

 

晴人の意志でうねるドラゴンテイルで地面を叩き、晴人は駆けた。

 

狙うはもちろんブリオッシュ。

 

大地を覆う氷の上を滑るように加速して一気に距離を詰める。

 

そして晴人はブリオッシュ目がけてドラゴンテイルを叩き付ける一撃―――ドラゴンスマッシュを炸裂させた。

 

バリィィィィイイイイインッ!

 

氷が砕け散る儚い音が晴人の勝利を告げた。

 




どうも、斬月・真より斬月派の青空野郎です。
ナレーション・ロックシードの音声→デネブ。
エナジーロックシードの音声→ジーク。
……………電王じゃん!
デネブ×ジークじゃん!
なんか知らんけど電王でそろえてきちゃったよ鎧武!
ちょっとびっくりしました。

というわけでいかがだったでしょうか?
ブリオッシュとぶつけてみた第10話。
作成当初は地味にウォータードラゴンの使いどころをを悩んだりもしました。
とりあえず無事に出せて安心しています。
そして決め技はフェニックスを倒した時のやつを採用。

ついでに、この話を書いてる時に丁度ブリオッシュの声の人VerのブラッコのCMが流れていました。
いやあ、普段のやつもいいけどブラッコの時のひよっちさんの声、めっちゃええやん。
好きです。
……好きです。
………好きだあああああああああああああッッ!
紅白出てもいいと思う。
てか、出てほしいですね。

さて、本編もあとがきも長めになりましたがようやくこの作品も後半に入りました。
スパートかけてがんばります!


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第11話 すれ違う痛み

ブリオッシュ・ダルキアンの敗北は、観戦者や放送関係者、そして戦参加者敵味方問わず大きな衝撃を与えた。

 

『な……な、なん、なんということでしょうか!誰もが認める!一騎当千の強さを誇る!あの!あのブリオッシュ・ダルキアン卿がまさかの敗北に喫してしまったああああああああああああッ!!』

 

耳をつんざくような実況が引き金となってかつてないほどの歓声がフロニャルドの空を大きく震わせた。

 

『これが魔法使いの実力なのか!果たして!果たして一体誰がこの展開を予想できたでしょうか!?想像を大きく上回る番狂わせに会場も盛り上がっております!!』

 

『ダルキアン卿が撃破されたことにより、騎士団長撃破ボーナスとしてガレット獅子団に大量のポイントが加算されます。さあさあ、点差は切り離されていく一方!果たしてビスコッティ騎士団逆転なるのか!?』

 

エリータとジャンのボルテージが最高潮に達した実況が響く中、瞬く間に注目を浴びることとなった晴人本人はというと………

 

「ふぃ~」

 

いつものように勝利の一息をこぼしていた。

しかし一仕事終えて変身を解除した束の間、ふと晴人の脳裏に過去の記憶が過った。

それはいつぞやのレオンとの一騎打ちの記憶。

フロニャ力が満ちる場所では死ぬことはないが、代わりに防具破壊という、一定のダメージをくらうと衣服が弾け飛んでしまう現象がある。

事実、晴人も故意ではないにしろレオンの衣服を完膚なきまでに破壊してしまった。

まったく、一体どんな仕組みなのだろうか。

 

「いやはや、完敗にござる」

 

ひとり問答していると、背後から聞こえる声に嫌な予感に冷や汗をかきつつ晴人は恐る恐る後ろを振り向いた。

 

「…………」

 

予感が的中し、落胆が滲んだ声音が漏らしながら咄嗟に目を覆う。

煙が晴れて晴人の目に飛びこんできたのは一糸纏わぬ姿となったブリオッシュだった。

 

「しかし、さすがにこれは恥ずかしいでござるな………」

 

大事な部分は手で隠しているが、豊満な乳房、程よく引き締まった腰の括れやほっそりとした美脚、染みひとつない白い肌にさらには三つ編みに束ねていた髪もほどけており、女神のような美裸身が目に映る。

大陸最強と謳われたビスコッティ自由騎士も、今ではたおやかな女性だった。

羞恥でわずかに頬を染めて身を捩る姿がなんとも艶かしかった。

 

『おっとおっとこれは!ダルキアン卿のセクスィーショット!滅多に見ることのできない貴重な瞬間です!魔法使いさん、素敵なプレゼント、ありがとうございます!』

 

「ウソぉ.........」

 

茶々を入れてくる実況席に晴人は再び大きなため息を吐くのだった。

 

                      ☆

 

そんな光景を当然レオンもルージュが差し入れてくれたグラスを片手に観戦していた。

 

「………………………」

 

パリィンッ!

 

無言のままレオンは持っていたグラスを握りつぶした。

甲高い破砕音を立てて葡萄色の飲料がレオンの手を汚すが本人は特に気にする様子はなかった。

しかし、逆にその物静かな後ろ姿が不気味だった。

今も晴人がドレスアップでブリオッシュの衣服を生成する映像が流れている。

 

「レ、レオさま……?」

 

粉々に砕け散ったグラスだった残骸に目に暮れる余裕もなく、ルージュはレオンの背中に慎重に声をかけた。

 

「…………チッ」

 

ルージュの声が聞こえたかのかどうかは分からないが、レオンの舌打ちが妙にはっきりと聞こえた。

背を向けているレオンはきっと、今自分が軽く涙目になっているとは微塵も気づいてはいないだろう。

それでもルージュは自らを奮い立たせて、再度声をかけた。

 

「あの、レオさま。もしかして、………怒っていらっしゃいますか?」

 

ルージュの問いかけにくるりとレオンは振り返り――そして彼女は言葉を失った。

 

「おかしなことを訊くではないかルージュよ。―――なにゆえワシが怒りを覚える必要があると思うてか?」

 

それは天使のような微笑と悪魔のような双眸の両面を併せ持った表情だった。

後半部分の声音のトーンがわずかに下がったように聞こえたのは果たして気のせいか。

 

「そ、それは………」

 

「もしかしてハルトがダルキアン卿の裸体に無様に鼻の下を伸ばしておることを言っておるのか?ハッハッハ、それはまたおもしろいことを言うではないか。別にワシは怒っているわけではないぞ。現にハルトはダルキアン卿を撃破し、戦況を有利に運んでくれたではないか。これでまた我がガレット獅子団は勝利に一歩近づいた。奴の働きに称賛することはあっても怒りを感じるなどお門違いも甚だしいではないか。いやなに、ただ少しばかり苛立ちが募っておるだけじゃ。ああそうだとも何もおかしい事はではない。ただ腹立たしい事この上ないだけじゃ」

 

その感情を世間一般で怒っていると言うのだが、言葉を選ぼうとしたルージュをレオンは淡々と早口な口調で遮った。

とても素敵な笑顔であるにもかかわらずまったく笑っていない双眸。

そして全身から放たれる黒く禍々しいオーラで白銀の絹髪が揺れるその姿はまさにブラックレオン。

やつ当たり以外の何物でもないのだが、レオンの絶対零度の視線に射抜かれて青ざめるルージュが指摘することなどできるはずもなかった。

 

『ヘッキシッ!』

 

しかしレオンの心情を知ってか知らずか、空中に浮遊する巨大ディスプレイで呑気にくしゃみをする晴人が映し出されていた。

そんな火に油を注ぐような行為にレオンの機嫌が悪化しないわけがなかった。

 

「しかし、ワシの次はよもやダルキアン卿に手をかけおるか。故意ではないとはいえ、うら若き乙女の衣服を剥ぎ取った上、公衆の面前で羞恥を晒させたのもまた事実じゃ。そんな無礼を働く愚か者には相応の報いを受けなければならんな。のぉ、ルージュ?罪には罰をじゃ。――――ハルトめ、あとで覚えておくがいい……」

 

どうやら晴人の知らないところで死刑執行書に判子が押されてしまったようだ。

苦笑を浮かべるルージュはこの場にいない晴人に同情することしかできなかった。

―――しかし、戦の最中だというのになぜこんなにも腹立たしく思ってしまうのかとレオンは秘かに表情を真剣なものにつくり直してひとり考えていた。

大将が冷静を欠かすなど本来あってはならない事態である。

不謹慎であることは頭で理解できているが、事実レオンは感情が抑えられないでいた。

なぜか胸のあたりがモヤモヤする。

今までにない心境に戸惑いすら覚えるがルージュに悟られないようにするのがやっとだった。

だがいくら思考を巡らせてもこの時のレオンが答えに辿り着くことはなかった。

さて、そろそろ自分も気を引き締め直さなければならない。

余計なことを考えてる暇はないと頭を振って思索を一時中断する。

 

「すまぬがルージュ、ビスコッティの連中がここに到着した時に起こしてくれ」

 

「かしこまりました」

 

ルージュもレオンの様子が変化したことを察して重々しく頭を下げる。

来たるべき時に備えてレオンは天蓋の下に設置されていた座席に腰を下ろして目を閉じる。

そいてそのまま意識を眠りの世界に沈めていった。

 

                      ☆

 

ブリオッシュの敗北という悲報にグラナ砦への道を進んでいくシンクたちも動揺を露にしていた。

 

「まさかダルキアン卿が負けるなんて………」

 

そう呟いたのはエクレールだった。

ミルヒも同じように信じられないといった面持ちを浮かべている。

晴人の魔法を目の当たりにしたシンクに至っては隣を走るエクレールに訊かずにはいられなかった。

 

「ねえエクレ、さっき魔法って言ってたけどアレも紋章術なの?」

 

「いや、おそらくは違うだろうな。確か奴はお前と同じ世界で召喚に巻き込まれたんだったな?」

 

「うん。そうだけど、それがどうかしたの?」

 

「くわしいことは私にもわからんが、前にユキカゼから聞いた話では奴は元の世界でもあの魔法とやらを使っていたと言っていた」

 

「―――え?」

 

エクレールの返答にシンクは。

晴人も自分と同じようにフロニャルドで紋章術を習得したものと予測を立てていた。

フロニャルドのフロニャ力を輝力に変換しなければ紋章術を発動することはできない。

だがもしもエクレールの言うとおりならば晴人の便宜上魔法と呼ばれた紋章術は文字通りの存在ということになる。

しかしシンクの世界、地球では科学が発展し魔法はフィクションの概念として認識されている。

紋章術も一種の魔法であると認識しているシンクにとっては、今までの常識を覆しかねないエクレールの言葉に半信半疑な心境で眉根を寄せた。

 

「結局、正体はわからないままで気味の悪い奴だが実力は本物だ。ダルキアン卿が敗れた今、奴を止められる者はいないだろうな。まったく、ガレットもとんだ隠し玉を用意してくれたものだ」

 

皮肉を漏らすエクレールの表情は明らかに強がる色が見て取れた。

そしてエクレールの言葉に後ろから追随する騎士たちにも焦りと緊張が伝播していくのがわかった。

 

「しかし、まだ戦は終わったわけではない。我々は我々のやるべきことを果たさなければならない。足を止めてる暇はないぞ勇者!」

 

言い知れない不安に気持ちが落ち込みかけたが、すぐに自身を奮い立たせたエクレールに喝を入れられた。

さすがは長年に亘って親衛隊の隊長を務める人物だけのことはある。

ちらりと後方を振り向けばミルヒも揺るぎない決意を瞳に宿していた。

 

「オーライ!」

 

同調し、昂ぶる意志に背中を押されてシンクは力強く頷いた。

 

『はーい、こちらグラナ浮遊砦前! ビスコッティ二番隊、いよいよ砦のゲートキーパーとの交戦距離に入ります!』

 

そうこうしているうちに、シンクたちの目の前にグラナ浮遊砦が姿を現したところでビスコッティ側のリポーターであるパーシーの実況が辺りに響く。

 

『本陣を守る部隊には、レオ閣下の作戦により特選装備部隊が配置されています!!』

 

「特選装備部隊?」

 

明らかに気になる言葉に思わずシンクは復唱した。

名前からしてやはり普通の兵士ではないと予想できる。

 

「姫さま、皆の中央に」

 

警戒するエクレールが一度ミルヒを下がらせて騎士たちに指示を飛ばす。

 

「第一射来るぞ!開放陣形、散開前進! 姫を守れ!」

 

『はっ!!』

 

エクレールの号令に合わせて騎士たちがミルヒを守るように周囲をを囲み、前進する前方に例の特選装備部隊の姿が見えた。

特選装備部隊の党派は大砲に砲弾を投入する砲術士隊と散弾銃を構える銃兵隊にわかれバリケードの影でシンクたちを待ち構えていた。

 

「銃!?大砲!?」

 

すでに狙いを定められていることを認識し、慌てふためくシンクにエクレールが確認する。

 

「勇者!この間教えた紋章術、間違いなく出せるな?」

 

「え?この間ってどれ?槍の奴?盾の奴?」

 

「盾だ!キサマが防げ。私が斬り込む!」

 

「了解!―――-ディフェンダー!!」

 

紋章術を発動させて作り出した身の丈に及ぶ巨大な盾を左腕にシンクは銃弾からミルヒを守りながら突き進む。

砲術士隊の大砲から砲弾が発射された。

白煙を引いて飛来するミサイル型の砲弾が飛来するがシンクは慌てる素振りを見せることはない。

棒形態でパラディオンを発動し、飛んでくる砲弾の軌道を冷静に見定める。

 

「たああああああぁぁぁりゃああああああっ!」

 

全力で振り切ったパラディオンが砲弾を捉えた。

 

「なッ!」

 

「まぁ…!」

 

「「「はあッ!?」」」

 

順番にエクレール、ミルヒ、砲術士隊。

それぞれが間の抜けた声を漏らした。

そしてそのままカキーンと打ち返されてきれいな放物線を描く砲弾は何もない空中で爆発した。

 

『な、何ィイッ!? 勇者シンク、迫撃砲弾を弾き飛ばしました!』

 

シンクの型破りな行為に中継していたパーシーも驚いた様子だった。

 

「どうよエクレ!」

 

正にしてやったり。

ドヤ顔で振り返るシンクだったが、根が素直でないエクレールは眉の間に皺を寄せる面持ちを作った。

 

「ハン、派手好きめ………だが、上出来だ!!!」

 

吠えるエクレールがセルクルを加速させて高く跳躍する。

そのまま一気にシンクの頭上に飛び越えると、さらに自らも宙空へと身を投げた。

重力に逆らう逆風を全身で感じ、背中に携えた双剣を抜き取りながら見下ろす先にはグラナ砦の前を陣取る特選装備部隊。

 

「閃空……大一文字!」

 

双剣に集中させた輝力を一気に開放、発射された一対の斬撃が特選装備部隊に襲来した。

特選装備部隊の面々が事態を理解した時には、すでにけものだまとなって戦線から脱落してしまうのであった。

 

「騎士一同!残敵掃討!」

 

『おおおおおおおおおおお!!』

 

着地を決めたエクレールの一声が騎士たちの士気をさらに高めて、シンクたちとともに雪崩れるようにグラナ砦へと乗り込むのであった。

 

『すんごいすごい! 勇者シンクと親衛隊長エクレール!ゲートキーパーを瞬時撃破!砦内部に潜入と相成ります!』

 

興奮気味な実況を送るパーシー。

その横で中継カメラがシンクとエクレールの勇姿をディスプレイに投射していた。

 

『おや、お天気変わりでしょうか? 東の空から若干雲が出て参りました』

 

パーシーの指摘どおり、どこからともなく発生した暗雲がグラナ砦を見上げる晴天の空を塗り潰していった。

 

                      ☆

 

―――――星も見えぬ曇天というのに、嫌な絵が見えよる―――――

 

暗闇にレオンの声が響いた。

レオンはこれが夢であることを悟った。

 

―――――これは、この砦の武闘台か?―――――

 

暗闇の中でぼやけた視界がはっきりすると、曇天の空をあてもなく漂う武闘台の中央にひとりの少女の姿が見えた。

見間違えるはずはない、少女はミルヒだ。

顔が黒い影で覆われており表情が読み取れないが、レオンはミルヒの頬に涙が伝っているのを認めた。

なぜミルヒが泣いているのかはわからない。

だがレオンは声をかけずにはいられなかった。

 

―――――泣くな、泣かんでくれミルヒ―――――

 

胸が張り裂けそうな痛みを押し殺してレオンが声をかけるが、想いも虚しくミルヒには届かない。

それでもレオンは声をかけ続ける。

 

―――――お前を悲しませるようなことは―――――お前を苦しめるようなものは!―――――

 

瞬間、レオンの視界が紅く染まった。

血飛沫を浴びたレオンの目の前にはミルヒ血溜りに沈んでいた。

その光景はレオンが星詠みで見た絶望の未来そのものだった。

そして凍りついた表情で呆然とその場に立ち尽くすレオンの前には彼女に絶望をもたらした元凶が立ちはだかっていた。

それは魔獣。

狐を思わせる頭部は生気を感じさせない骸のような外皮に覆われている。

四肢から伸びる5本の尾が特徴的な巨体からドス黒い瘴気を辺りに撒き散らしている。

 

ヴォロロロロオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!

 

禍々しい光を放つ複眼のような両の眼でレオンを見下ろす魔獣が咆哮し、邪悪な牙を剥いた。

 

「―――――ハッ!?」

 

心臓を鷲掴みにされたかのような恐怖に中でレオンは目を覚ました。

悪夢から覚醒した顔色はひどく悪く、全身からも嫌な寝汗が噴き出ている。

夢であったことに安堵の息を吐くが、いつの間にか視界を覆い尽くす空模様が油断を許さなかった。

 

そんなレオンの様子にルージュも心配に揺れる表情を浮かべていた。

 

                      ☆

 

砦内に潜入したシンク達が階段を駆け登ってレオンの元を目指していた。

やがて見えてきた扉を勢いよく開け放った。

 

『―――まったく、待ちくたびれたぞ。そこに居るのは勇者と垂れ耳じゃな』

 

到着を既に察知していたのか、突然レオンの声が広間全体に響く。

シンクたちが足を踏み入れたのは大きな広間だった。

外の天候のせいもあってか石造りの空間から妙に薄暗く冷たい印象が受けてとれる。

警戒を強めるシンクたちの前、広間に立てかけてあった映像板にレオンの姿が映し出される。

 

『ワシは今、この砦の最上部、天空武闘台に居る。ここまでたどり着いた褒美に貴様らに一騎打ちのチャンスをくれてやろう』

 

映像の中でレオンは宝剣、魔戦斧グランヴェールを見せつける。

 

『グランヴェールもエクスマキナもここにある。ダルキアン卿を撃破されたとはいえ、これを奪えばポイント的に貴様らの勝利は確定といってもよいであろうな』

 

レオンの挑戦的な物言いに誰もが息をのむ。

 

『無論、一人ずつでは相手になるまい。二人まとめてでかまわん故、仲良くかかってくるがよかろう。ワシは貴様らを倒しパラディオンを奪い、その後ミルヒの陣をぶちのめしに行く!さあ、上がってくるがよい!』

 

そして声高らかな宣言を最後に通信は終了した。

 

「…………ふぅ」

 

場所は移って天空武闘場で通信を終えたレオンは大きく息を吐いて心を落ち着かせた。

演技とはいえレオンの表情にはどこか悲痛な色があった。

 

「レオさま……」

 

レオンの憂慮を察したルージュが声をかける。

 

「なに、問題ない。待っていれば勇者と垂れ耳がおとなしくパラディオンを運んでこよう。それだけでも星が変わるやもしれん」

 

「はい……」

 

レオンの言葉にルージュは小さな返事で頷くことしかできないでいた。

ルージュから目を逸らし、武闘台の端に立つレオンは暗い曇天に視線を向けた。

 

「それにしても、国の大戦の日というのに、嫌な空じゃ」

 

暗雲はすでに雷雲となり迸る雷の轟音がさらに不安を掻き立てる。

そして待つこと数分、武闘台へと運ぶ昇降機の駆動音が鋭い表情を浮かべるレオンの耳朶を叩いた。

誰が来るのかは考える必要はない。

何があってもこの戦だけは負けるわけにはいかない。

ただ全力を持って返り討ちにするだけのこと。

そして一刻も早くパラディオンを手に入れて、星読みで見た未来をなかったことにする。

ひとり意気込むレオンの前で昇降機の扉がゆっくりと開かれた。

 

「お邪魔いたします、レオンミシェリ閣下」

 

「――――ッ!?」

 

聞こえてきた静かな声音に耳を疑い、レオンは大きく目を見開いた。

レオンの前に姿を現したのは―――ミルヒだった。

リコッタの制服から着替えたドレスの上に騎士の鎧を身に纏った姿のミルヒが一本の大剣を携えて、たったひとりでレオンの前に馳せ参じたのだった。

しかし、この展開はレオンにとっては計算外の事態である。

先刻の悪夢の光景が脳裏を過ぎり、レオンは声を忘れるほどの衝撃を受けた。

 

「レオ様が国の宝剣をかけて戦うというのなら、私も宝剣を手にこの場に来なくてはいけないと思い、失礼ながら勝手に推参いたしました」

 

覇気が込もった声音でミルヒが言葉を紡ぐ。

 

「バカな………!なぜ……なぜ!?」

 

しかし、ミルヒを前にレオンは愕然とし、受け入れがたい現実に返す言葉を見失ってしまっていた。

血の気が引く思いに動揺はさらに激しくなりただただその場で呆然と立ち尽くしてしまう。

 

「レオンミシェリ閣下、どうかお聞かせください。この戦の本当の理由、レオ様のお心の真実の在り処を!」

 

ミルヒが見せつけるように突き出す右手には赤と桜色、それぞれの宝石が埋め込まれた小さな2つの指輪が嵌められていた。

その2つの指輪こそがビスコッティの神剣と宝剣、パラディオンとエクセリードである。

ミルヒがこの2つの剣を持って参上したことが彼女の意志の表れを証明している。

だがしかし、そんな覚悟はレオンを追い込んでしまうことをミルヒは知る由もない。

その時、レオンとミルヒ、2人の間に割りこむように駆け出す人物がいた。

距離を詰めてミルヒの眼前に躍り出たのは―――ルージュだった。

隠し持っていたナイフを振るうルージュに反応したミルヒは大剣で受け止めた。

 

「ルージュ!私は今、レオ様と!」

 

「お叱りは後でいくらでも!ですが、今は説明を差し上げている時間がございません!」

 

ナイフと大剣が火花を散らしながら競り合う最中でルージュの声は悲痛で震えている。

だが、戸惑いを振り切るようにナイフを持つ手に力を込めてミルヒの大剣を弾き払った。

ミルヒの体勢を崩したルージュは彼女が指に嵌める2つの指輪を見る。

―――これを奪えば!

2つ指輪を視界に捉えたルージュが心のうちで叫ぶ矢庭に手を伸ばした。

だがしかし、ルージュの指が指輪に触れようとしたその瞬間――――

ルージュを拒絶するかのように桜色の宝石の指輪から閃光が解き放たれた。

曇天の下で輝きを放つ眩い光にルージュは悲鳴を漏らしながら大きく弾き飛ばされてしまう。

そして光が止む。

それがミルヒの意思なのか、はたまた偶然なのかは定かではないが、ミルヒの手にはピンクを基調とした短剣―――宝剣エクセリードが握られていた。

 

「宝剣が必要なら、事情を説明していただければ、いくらでもお貸しします」

 

エクセリードを向けて至極真剣な表情を作るミルヒがわずかに怒気を孕んだ声音で問い詰める。

 

「なのに、どうしてレオ様は私に何も教えてくださらないのですか?」

 

至極真剣な眼差しでレオンを射抜くミルヒだが、彼女の想いとは裏腹にレオンは表情をさらに曇らせるだけで何も答えない。

 

「昔はあんなに仲良くしてくださって……。いつも優しくしてくださって―――宝剣のことだけじゃないです…このところの戦のことだって………」

 

紡ぐにつれて涙ぐんでいくミルヒの言葉のひとつひとつがレオンの胸に深く突き刺さる。

ミルヒの言うことはもっともである。

彼女の言うとおり、素直に打ち明けることができたらどんなにらくだったであろうか。

しかし、それでも真実を打ち明けることはできなかった。

星読みで見た最悪の未来が、レオンが一歩踏み出すことを許さなかった。

現に、今も動揺に揺れる瞳で見つめることしかできないでいる。

一方で沈黙を選ぶレオンにミルヒは苛立ちを募らせる。

 

「レオ様は……レオ様は、そんなに私のことをお嫌いにッ…………!」

 

最後の力を振り絞るように、ミルヒが嘆きと怒りが入り混じった叫びをあげた。

爆発した感情が涙となってとめどなく溢れてくる。

それを見たレオンは、今までに自分がしてきた行いがどれだけミルヒを傷つけてきたかを悟った。

レオンが苦しんでいたように、ミルヒも苦しんでいた。

頭では理解していたのだが、レオンは涙をこらえることしかできなかった。

心が痛くないわけがなかった。

怒りをぶつけるミルヒと悲しみに揺れるレオン。

レオンもミルヒも、互いに胸に秘めた想いは違えど、両者とも幼き日の記憶を思い返していた。

笑顔が溢れ、幸せに彩られた思い出を共に過ごしたあの頃の自分たちはこれからも平穏で夢のような未来が続いていくことを無邪気に信じていた。

きっと、心がすれ違ってしまう未来など想像すらしていなかっただろう。

 

「ワシは………」

 

しかしレオンの言葉は暗雲を駆け巡る轟音に掻き消されてしまうのだった。

そうしている間に、空を見上げれば不穏な空気を感じ取れるほど暗澹たるものとなっている。

 

『グラナ浮遊砦攻略防衛戦に参加中の皆様にお知らせします。雷雲の影響か、付近のフロニャ力が若干ですが弱まっております。また、落雷の危険もありますので皆様、いったん戦闘行為を中断してください。繰り返します―――――』

 

無機質で事務的なアナウンスが戦闘の一時中止を参加者たちに知らせる。

皆が妥当な判断だと納得し、退去に行動を移していく。

当然アナウンスは彼女たちにも聞こえている。

 

「あの、お二方ともどうぞあちら、屋根のあるところへ」

 

ルージュが促し、とりあえずレオンもミルヒも彼女に続く。

幾ばくか緊張の糸が緩みかけたその時だった。

 

ズシン…………ズシン…………ズシン………

 

何の前触れもなく発生した地響きがフロニャルドの大地を揺るがした。

 

ズシン…………ズシン…………ズシン………

 

ズシン………ズシン………ズシン………

 

ズシン……ズシン……ズシン……

 

地響きは一歩一歩近づく足音のごとく、徐々にその感覚が短くなっていく。

 

ズシン……ズシン……ズシン……

 

しかし、妙なことに地響きは下からではなく上―――レオンたちのいる武闘台よりもはるか上空から聞こえてくる。

 

ズシン……ズシン…ズシン…………………

 

そして地響きが止んだと誰もが思ったその刹那――――

 

―――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!!

 

悲鳴を上げる間もなく、先ほどの地響きとは比べものにならない規模の揺れが少女たちを襲った。

 




まさかの三・連・続・投稿!
どうも、最近の趣味はゲーセンで仮面ライダーのDXF集めの青空野郎です。

なんかノッてたんです。
間開いちゃってしまったけどノッてた方なんです。
今回は晴人の出番がほぼ皆無な第11話。
しかぁし!今回の見どころ、いや読みどころ?まあ、なんでもいいや。
それはやっぱりヤンデレ気味のブラックレオ閣下(作者命名)。
どうっすか?個人的にこういうキャラめっちゃ大好きです(笑)
…………………………クウガの方も頑張ります………。

私の嫌いな探偵、というドラマに晴人役の白石さんが出演されているということで見ているんですけど………………今回の白石さんの役、なんか瞬平っぽい………。

さてさて、最近になって4月の劇場版の宣伝が始まりましたね。
今回は藤岡さんや半田さんが出演されるようなんで、かなり期待感が持てる作品になりそうですね。
Xの人も出るし、翔太郎なんか白いし、久々のライダー大集合!
スーパー戦隊と絡ませる必要があるのかはさておき、本編もジンバーレモンの登場で盛り上がりつつありますね。
果たして、真実を知った時紘太はどうなるのでしょうか?
いよいよこの先の展開がめっちゃ楽しみになってきました。
やっぱ仮面ライダーっていいっすね。


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第12話 約束を果たす時

突如として発生した地震をきっかけにフロニャルドの景色は一変した。

先ほどまでの晴天が嘘のように暗雲の隙間から雷鳴迸る曇天へと上昇する天空武闘台に取り残されたレオンとミルヒは不安を抱いていた。

 

『こ、これはいったい!? グラナ砦名物、天空武闘台が上昇しているように見えますが………』

 

「ちょ!? あ、あれ!!」

 

丁度パーシーとカメラマンの実況を耳にしながら見上げた先―――武闘台のさらに上、暗雲をかき分けるようにゆっくりと降下するように現れたのはひとつの巨大な黒い球体だった。

自分たちなどちっぽけに思えてしまうほど、常識外れで圧倒的な大きさを誇るそれは見方によっては繭のように見て取れる。

禍々しく、圧倒的な存在感に、ミルヒは息をのんだ。

 

「あれは、このあたりの土地神様……?」

 

「いや、ちがう」

 

しかし、ミルヒの言葉は同じく繭を見上げるレオンによって否定された。

 

「昔、ダルキアンに聞いたであろう。おそらくは、あれがかつて地の底に封じられたという禍々しき魔物であろうよ」

 

そして、レオンの言葉を証明するように、繭の中で蠢いていた存在の目が開かれた。

 

ルオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!

 

瞬間、大気を震わせる咆哮と呼応するようにグラな砦を中心とした各地から火柱が燃え立った。

 

                      ☆

 

「なんだあれ……」

 

時を同じくして、晴人も巨大な繭状の存在に呆然とつぶやいた。

火柱が連鎖的に激発していく天変地異に誰もが逃げ惑う中、人々の流れに逆らうように晴人はマシンウィンガーで駆けている。

そして現れた繭に茫然自失となりながらも、晴人は武闘台に残されたレオンとミルヒの姿を認めた。

 

「レオンちゃん……!」

 

うねるように闇黒が流動する禍々しい存在に言い知れない胸騒ぎを覚え、晴人はマシンウィンガーをさらに加速さるのだった。

 

                      ☆

 

晴人の心配をよそに、事態はさらに悪化の一途をたどっていく。

天へ牙を立てるかのように次々と発生していく火柱の一本が武闘台をかすめた。

 

「きゃあっ!?」

 

運よく直撃は免れたが、宙空を漂う武闘台を襲う激しい振動にミルヒはその場で体勢を崩してしまった。

 

「ミルヒ!」

 

すぐにレオンが立ち上がろうとするが―――――

 

ォォォオオオオオオオオオオオオオンッッ!!!

 

耳をつんざくような咆哮に堪らず膝をついてしまう。

未だ事態を飲み込みきれないまま再度視線を上方に移した瞬間、レオンもミルヒも言葉を失った。

繭の中に封じられている魔物が抜け出そうと必死にもがいていたのだ。

増悪していく事態になす術を見つけられないまま呆然とするそんな時、ミルヒは気づいた。

彼女が見る日が見つめる先―――魔獣の身体のある一点に何かが刺さっていた。

 

―――大きくて怖い魔物かもしれないけど……あの子、泣いている?―――

 

なぜそう思ったのか明確な根拠はない。

だが、そう思った途端、ミルヒには魔物の咆哮が哀哭に聞こえてならなかった。

そうして蠢いていた魔獣は繭を突き破り、ついにその姿を現した。

冷たく爛々と輝く両の複眼と剥き出しに生え揃う牙を併せ持った狐のような頭部。

生気が感じられない骸のような外皮に覆われた巨大な四肢と5つ尾の獣。

まさに、レオンが夢で見た魔物の姿そのものであった。

辺りにドス黒い瘴気を撒き散らしながら魔物の周囲に霊魂のような浮遊霊が出現していく。

禍々しいその姿に言葉を失うミルヒは無意識の内にエクセリードを握る手に力を込めた。

 

ヴォルルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンッッ!!!

 

エクセリードを認めた魔物は三度産声のような咆哮を轟かせた。

その矢庭、レオンとミルヒの背後から無数の触手が武闘台の床を突き破り現れた。

それぞれの触手の先端には接合された刀剣類の武器が鈍い光を見せつけている。

 

「―――ッ!」

 

再び魔物が咆哮を上げると同時、レオンは即座に反応した。

蛇のようにうねっていた触手が刀剣の切っ先をミルヒに目掛けて迫ってきたのである。

 

「はぁあぁああッ!」

 

前に躍り出たレオンが防壁の紋章術を発動させて攻撃からミルヒを庇った。

 

「でやあああああああああ!」

 

第一射、第二射と攻撃を防ぎながら、レオンは裂帛の気合いともにグランヴェールを振るって触手をまとめて切り落とす。

 

「ミルヒ、無事か?」

 

「え、はい…」

 

安否を確認するレオンにミルヒは困惑気味にも頷く。

その時、ミルヒの視界にレオンの背後で触手が映り込んだ。

背中を向けているレオンは銀光となって忍び寄る狂気に気づいていない。

 

「レオ様、危ない!」

 

前に飛び出したミルヒがレオンを庇うようにエクセリードを構えて防御しようとした。

 

「―――ダメじゃ、ミルヒ!」

 

その光景に全身の血が凍るような感覚に襲われレオンが叫ぶ。

しかし―――――触手の刃がエクセリードの刀身を貫き、ミルヒの身体を切り裂いた。

 

「――ぁ―――」

 

目の前で舞う鮮血に、星詠みで見た悪夢が蘇る。

さらに現実は無慈悲にも、声にならない声を漏らすレオンに追い打ちをかける。

血の気を失うレオンの視界に、横手から現れた触手が刀身の腹でミルヒの脇腹を殴りつけたのだ。

鈍い音とともに吹っ飛ばされてしまったミルヒは、浮遊していた霊魂のひとつに飲み込まれてしまい、そのまま魔獣のもとへ導かれるように消えていった。

 

「ミル―――――」

 

なす術もなく呆然と立ち尽くすレオン。

これはいったい何の冗談なのだろうか?

最初は真っ白だった頭の中にふつふつと言い表せない感情が込み上げてくる。

そして、現実をようやく頭が理解した瞬間、理性が弾けた。

 

「キサマァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」

 

怒髪天を衝かれ、憤怒の咆哮をあげて怒り狂うレオン

それはミルヒを守れなかった慟哭であり、怒号。

レオンの感情に呼応し、グランヴェールに集中する輝力が曇天の暗闇を照らし、大気を震わせる。

その光景に魔獣が低く唸る。

放たれる輝力の波動に本能で危惧を覚えたのだろう、魔獣が著大な尾の一本をレオンに叩き付ける。

 

「うおおおおおおおおおおおッ!」

 

だがレオンは輝力を纏わせたグランヴェールの斬撃で魔獣の尾を切断した。

苦悶の唸りをあげる魔獣にミルヒの救出に駆け出すレオン。

魔獣はレオンの行く手を阻もうと再び武闘台を突き破り、刃の触手が襲い掛かる。

レオンは素早く跳躍し、逆に触手の上に飛び乗りさらに魔獣へと迫る。

すかさず魔獣は浮遊霊を弾丸の如く幕無しに発射する。

質より量。

雨のように降り注ぐ浮遊霊に武闘台が粉々に破壊される。

 

「おおおおォォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

しかし、さらに高く跳躍してかわしたレオンが獅子の如き雄叫びとともにグランヴェールを振り下ろす。

とめどなく湧き上がる怒りを本能の赴くまま繰り出された一撃で輝力が爆ぜ、激しくスパークを発生させて砂煙を巻き上げた。

かろうじて宙空を漂っていた武闘台の残骸に着地するレオンは煙が立ち込める前方を見据える。

 

「ミルヒ……ミルヒィッ!」

 

レオンが沈痛な面持ちでミルヒを呼ぶが、やはり彼女が答えることはない。

 

「まだ無事なはずじゃ………すぐに助け出せばきっと!」

 

ヴォルルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!

 

一度本能のままに暴れ狂ったおかげか、ある程度の冷静を取り戻し、荒れる息を整えながら自身に言い聞かせるレオンの瞳にはまだ諦めの色は消えていなかった。

しかし、わずかに残るレオンの希望をあざ笑うかのように邪悪な咆哮が風塵を吹き飛ばし、魔獣が姿を現した。

レオンの一撃を食らっても尚、その出で立ちは未だ健在。

同時に、魔獣は禍々しい輝力を宿らせた尻尾をレオン目がけて振り下ろす。

レオンもまたグランヴェールに輝力を纏わせて迎え撃つ。

大きな力がぶつかり合い拮抗する。

踏ん張りをきかせようとさらに力を込めるレオンだったがしかし、先に足場が限界を迎えてしまった。

さらには体勢が崩れたところに追い打ちをかけるように重ねて尻尾で叩き付けられた。

途端に逃げ場を失った衝撃が全身を駆け巡る。

風圧と重力に逆らえるはずのもなくレオンは地上へと落ちていく。

真っ逆さまに墜落するレオンの姿を見た瞬間、グラナ砦に残されていたルージュは駆け出した。

もしも地面に激突してしまえば果たしてどうなるか……。

 

「レオさま!」

 

導き出される答えに青ざめるルージュが叫ぶが、その声も、伸ばした腕もレオンには届かない。

もう間に合わないことも理解してしまう。

何もできない己の無力さに言葉も出ない。

しかし、それでもルージュは願わずにはいられなかった。

―――誰か―――助けて!

ルージュが心の中で強く叫んだその刹那―――。

 

【ハリケーン!プリーズ!】

 

【フー!フー!フーフーフーフー!】

 

突として発生した烈風にルージュは思わず目を瞑る。

耳朶を打つ聞き覚えのある機械音に、心当たりは一人しかいない。

ルージュが瞼を開いたその先に、レオンを抱きかかえたウィザード(晴人)の姿があった。

 

「ハルトさま!」

 

ルージュの声を背中越しに聞きながら晴人はレオンに目を向ける。

 

「ぅぅ………ハル、ト……」

 

多少外傷は見られるが意識は保てているようで、晴人は安堵する。

 

「大丈夫か、レオンちゃん」

 

「……ああ、すまん。また助けられたな」

 

全身に走る痛みに表情をゆがませながら、かすれる声音を漏らすレオン。

駆け寄るルージュと晴人に支えられて立ち上がるレオンたちの視線の先では、地に足をつけた魔獣がグラナ砦から移動を始めていた。

 

                      ☆

 

「ミルヒは今、あの魔物に取り込まれつつある。だが、今はまだ聖剣の守護が働いている。それもミルヒの輝力次第だ。いつまでもはもたん」

 

切羽詰まった面持ちで経緯を説明するレオンの隣で晴人は焦りを隠せなかった。

魔獣は既に遥か彼方へと進撃している。

ミルヒの安否についてもそうだが、もしも適当な都市や町が魔獣の通過点になってしまえば最後、世界中が人々の阿鼻叫喚の巷と化してしまうだろう。

悠長にしている暇はないと判断した晴人の行動は早かった。

 

「なら、すぐに助けに行かないとな」

 

即決と同時に晴人は指輪を取り換えた左手をウィザードライバーのハンドオーサーにかざした。

 

【ハリケーン!ドラゴン!】

 

【ビュー!ビュー!ビュービュービュービュー!】

 

グオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!

 

頭上に掲げた魔方陣から現れ出でた風のエレメントのドラゴンが咆哮とともに翠嵐を生み出し、晴人を包み込む。

穢れを清める風がウィザーローブを緑よりさらに鮮やかな翡翠色に染め上げる。

最後に渦巻く暴風を振り払い、晴人はハリケーンスタイルの進化形態、ウィザード・ハリケーンドラゴンへのスタイルチェンジを完了させた。

そして晴人が再び指輪に手をかけた時だった。

 

「ワシも一緒に連れてってくれ!」

 

いきなりの申し出に晴人はレオンに視線を向けた。

 

「何をおっしゃるんですかレオさま!?そのお身体では……!」

 

だが当然、レオンを支えているルージュが止めに入った。

彼女の言うとおり、手負いの状態のレオンを連れて行くことは得策ではない。

しかし、元から引き下がるつもりがなかったのかレオンはルージュの手を振り払い晴人に詰め寄る。

 

「頼む!」

 

息の届く至近距離で見上げるレオン。

晴人はその瞳に揺るぎない決意の光を確かに認めた。

 

「…………わかった」

 

「ハルトさま!?」

 

「大丈夫。ミルヒちゃんも助けてすぐに戻ってくるさ」

 

【チョーイイネ!スペシャル!サイコー!】

 

多少強引気味ではあるがルージュを説得し、再び呼び出したドラゴンが晴人と重なると、晴人の背部にウィザードラゴンの翼―――ドラゴウィングが実体化させた。

 

「しっかりつかまってろよ」

 

頷くレオンの腰に手を回し、晴人空高く飛翔した。

残されたルージュはただ、晴人たちの無事を祈るばかりだった。

 

                      ☆

 

風を切り裂き、翠の軌道を描きながら晴人たちはみるみるうちに魔獣に迫っていく。

最初は豆粒程度の大きさ認識していたはずが、今では魔獣の体躯が視界の半分を埋め尽くそうとする勢いだ。

晴人たちは瓦礫が浮遊するエリアに差し掛かった。

大きさはまちまちだが、小惑星隊のような一帯を築くそれらは正しく鈍器の群集。

しかし晴人は迂回するどころかウィザーローブでレオンを庇いつつ、さらに速度を上げていく。

羽ばたくドラゴンウイングが生み出すかまいたちが一帯に漂う岩石を微塵に砕いていく。

瓦礫群を難なく通過した晴人たちだったが、今度は魔獣の周囲に屯していた浮遊霊が縦横無尽に晴人たちを撃ち落とそうと押し寄せてきた。

だが晴人は今更回避しようとは思わない。

晴人はレオンの腰に回した腕にさらに力を込めた。

 

「―――ッ!?バカ!どこを触っておる!?」

 

「しゃべると舌噛むぜ!」

 

突然のことで動揺したレオンの羞恥の怒りをサラリと流し、晴人は指輪をハンドオーサーにかざした。

 

【チョーイイネ!サンダー!サイコー!】

 

すると、晴人の周囲に翠の光を放つ雷が発生し、晴人の速度が音速を超える。

 

「はあああああッ!」

 

雷を纏った、ハリケーンドラゴンの必殺技―――ドラゴンソニックが、襲い掛かる浮遊霊を次々と消滅させていった。

そして最後の関門を真正面から突破した晴人とレオンの視界が開けた。

晴人はハリケーンドラゴンウィザードリングを付け替え、また新たな指輪をハンドオーサーにかざした。

 

【ランド!ドラゴン!】

 

【ダン!デン!ドン!ズドゴーン!ダン!デン!ドゴーン!】

 

グオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!

 

咆哮する土のエレメントのドラゴンが砂塵の嵐とともに晴人の周りを旋回する。

そして今度はランドスタイルの進化形態であるランドドラゴンにスタイルチェンジした。

同時に、風圧ではためく琥珀色のウィザーローブ翻しながら、ついに晴人とレオンは魔獣の背中に着地した。

もう目の前には浮遊霊に飲み込まれ、意識を失っているミルヒがいる。

しかし、2人の行く手を阻むかのように無数の浮遊霊が現れる。

 

「チィッ!まったく、次から次へと……!」

 

「このまま一気に突っ切るぜ、レオンちゃん!」

 

苛立ちまぎれに舌打ちするレオンに晴人が戦意を同調させて、駆け出そうとした時だった。

 

ヴォロオオオオオオオオオオオオオッ!!

 

唐突の魔獣の咆哮に晴人たちの出鼻がくじかれた。

魔獣の咆哮に呼応して事態はさらに退転する。

 

「ハルト、アレは!」

 

レオンの声に反応し、彼女が指差す方向に視線を向ける。

2人の目の前で骸のような外皮に走る亀裂からドス黒い黒血が噴き出したかと思うと、黒血がひとりでに動きだし、ひとつ、またひとつと人の形を形成していくのだ。

そして黒血の塊がその姿を完成させた時、晴人は我が目を疑った

頭部に生える2本の角に、石の如き硬質な皮膚に罅のようなラインが走る身体。

見間違えるはずもない。

元の世界で幾度となく相対し、フロニャルドでも度々出現した晴人の敵。

 

「グール!?まさかこいつがファントムを生み出していたのか!?」

 

明確な理由は不明だが、確かに今目の前で魔獣がグールを生み出したのだ。

さすがの晴人も目の前の事態に驚きを隠せなかった。

だが同時に驚愕で立ち尽くしている場合でもないこともまた事実である。

 

「ここは俺が引き受ける。レオンちゃんは先に行け」

 

「ハルト……。いや、だがしかし―――」

 

【チョーイイネ!グラビティ!サイコー!】

 

レオンの反論を遮るように魔法を発動させた晴人は重力を操る魔方陣を通じてグールと浮遊霊をまとめて押し潰す。

凄まじい重力に耐えきれず爆発霧散するグールと浮遊霊を見据え、晴人はレオンを促す。

 

「いいから。とっととミルヒちゃんを助けて、早く仲直りしてきなよ」

 

「………すまぬ!」

 

晴人の好意を受け取り、ミルヒの元へと走り行くレオンの背中を見送る。

すると、やはりまた新たなグールと浮遊霊が生み出される。

すぐさまグールと浮遊霊が背を向けるレオンを襲おうと動き始めるが、すかさず晴人はウィザーソードガンで撃ち抜いた。

 

「悪いけど、これ以上邪魔はさせないぜ!」

 

意思も持たぬ2つの敵意をいつもの軽い口調で受け流し、ウィザーソードガンをクルリと回す晴人はグールと浮遊霊の一群に飛び込んだ。

 

                      ☆

 

目を覚ましたミルヒはまず最初に疑問を覚えた。

暗雲に覆われた空に赤い稲妻が迸り、草木が枯れる大地は盛大に荒れ果てている。

他の生物の気配も感じられず、漂う空気も粘度を持っているかのようにどこか重苦しい。

すべての生命が朽ちた暗黒の世界がミルヒの視界に広がっていた。

 

『―――姫君』

 

不気味な世界にただひとり訳も分からず茫然とするミルヒは不意の声に反応した。

振り向くと、何もない虚空から声の主が姿を現した。

金色のラインで独特な模様が描かれた純白の毛並みと、人ひとりを軽く背負えるぐらいの大型の四肢から数本の尻尾を携えた狐のような存在だった。

 

『聖剣の姫君』

 

「あ、はい!」

 

思わず眼前の神秘的な美しさに息を飲んでいたミルヒはハッと我を取り戻す。

 

『申し訳ありません。我が子があなた方にひどいことをしてしまいました』

 

そして、何者かを尋ねる前に深々と頭を下げる白狐が放ったその一言がミルヒに思いもよらぬ衝撃を与えた。

 

                      ☆

 

【コピー!プリーズ!】

 

新たにウィザーソードガンを複製し、晴人はすかさず引き金を引く。

乱射される銀の銃弾が縦横無尽に弧を描きグールと浮遊霊を撃ち抜いていく。

 

【チョーイイネ!グラビティ!サイコー!】

 

重力で捻じ伏せ、地功拳を取り入れたトリッキーな体捌きで翻弄し、ドリルも用いたヒット&アウェイで晴人は次々と群集を蹴散らせていく。

しかし、あれから相当な数の敵を倒したはずだが、数が減る気配もなく、また新たなグールと浮遊霊が生まれてくる。

無駄に数ばかりが増え、いい加減うんざりしてきた時だった。

 

「晴人さーーーーん!」

 

突然名前を呼ばれ、声のした方に視線を向けると、パラディオンをジェットボード状に発動した輝力武装形体―――トルネイダーに駆ったシンクがいた。

どうやらシンクもミルヒを救出するために追いかけてきたのだろう。

かなり無茶をしたのか、勇者衣装の所々が破けていた。

丁度その時、辺りを漂っていた浮遊霊が一か所に集まり、一本の長大な大刀の形を成した。

怪しい光を放つ大刀は一直線にシンクを狙う。

 

【ランド!スラッシュストライク!】

 

【ダンデンドゴン!…ダンデンドゴン!…】

 

着地の隙を突かれて反応が遅れてしまうシンクだったが、彼の前に躍り出た晴人が土の魔力の一閃―――ランドスラッシュをぶつけて大刀を消滅させた。

 

「ミルヒちゃんはこの先だ!レオンちゃんもいる。早く行け!」

 

「あ、はい!ありがとうございます!」

 

晴人に尻を叩かれ、シンクは急いだ先にグランヴェールを振りかざすレオンを見つけた。

ミルヒは浮遊霊が形を変えた球体に閉じ込められている。

レオンが頸烈な勢いでグランヴェールを叩き続けていたが、球体は傷ひとつつかない強度を誇っていた。

 

「閣下!」

 

「勇者か!」

 

刻一刻を争う状況の中、ミルヒのもとに辿り着いたシンクはミルヒの無事に一先ず安堵した。

意識を失うミルヒのそばではおれたエクセリードが弱弱しくではあるが、輝力を放っている。

 

「姫様! 姫様!」

 

いてもたってもいられず、シンクは球体を叩きながら、閉じ込められているミルヒを呼び続けた。

 

                      ☆

 

その頃ミルヒは赤い稲光が走る轟音だけが響く荒廃した世界を歩いていた。

当てがないわけではなく、隣を歩く一体の白狐が道標の役を買ってくれている。

 

『もう、数百年も前の話になります』

 

白狐の言葉にミルヒは静かに耳を傾ける。

すると、白狐が語り始めるにつれて周りの風景に変化が生じる。

今までの暗澹たる世界からは一変し、ミルヒの視界には青々とした木々がきらめく緑豊かな世界が広がっていた。

どうやら白狐の記憶が反映されているようだ。

 

『まだ大陸のほとんどが人の分け入らぬ地であった時代、私と我が子は山間で静かに暮らす土地神でした』

 

白狐に導かれて、ミルヒがさらに奥に足を踏み入れた場所に木漏れ日の注ぐその下で清閑なひと時を仲良く戯れる白狐の土地神の親子がいた。

心地よい草の香りが広がる野原を自由気ままに駆け回る子狐を慈愛の眼差しで見守る母狐。

誰もがこのまま平穏な時間が続いていくと信じていた。

 

『ですが、あの日……』

 

陰りが混じった母狐の声音とともに、どこからともなく忍び寄る暗雲がやがて晴天を喰らい尽くし、

安寧を引き裂くかの如く黒い雷が轟音を轟かせた。

急な天候の変化に、不安に煽られて母狐が駆けつけた時には子狐が邪悪な光を漂わせる一本の妖刀に貫かれる惨劇が広がっていた。

 

『落雷とともに降ってきた刀が我が子の体を貫き通し―――』

 

子狐の小さな身体を穿った傷口からは鮮血が溢れ出している。

記憶の中で母狐が子狐に近づいて触れるも、ピクリとも動かない。

冷たくなっていく体温に母狐が半ば諦めかけた時だった。

すでに絶命したと思われた子狐の瞳が開かれた。

しかしその眼光は子狐に突き刺さった妖刀と同じ、鮮血のような深紅を閃かせていた。

母狐が驚く間もなく、フワリと浮上する子狐の小さな四肢が徐々に肥大化し、美しかった純白の体毛は生気を感じさせない骸の如き硬質な皮膚へと変異する。

 

『――あの子は、禍々しい魔物の姿になってしまいました』

 

―――ヴォロロロロオオオオオオッ!!

 

それは産声にしてはあまりにも禍々しい咆哮だった。

そして、魔獣となった子狐の牙はまず母狐に向けられる。

辺りにぶちまけられる紅い華。

目の前で繰り広げられた惨劇に胸を衝かれてミルヒは立ち尽くしていた。

 

『私はあの子の体に取り込まれ、あの子は魔物として山の生き物を食らい、大地を破壊して行きました』

 

そして魔獣は200年余り前に一度、人里に下りようとしたところ聖剣の主、つまり数世代先任のエクセリードの持ち主の手によって封印されたらしい。

しかし、封印が弱まったのが原因なのか、聖剣のにおいに惹かれたのか、封印が解かれ、魔獣は目覚めてしまった。

世界は再び元の荒廃した光景に戻る。

 

『我が子はもはや、破壊の魔物です。ですが……魔物の姿に変わってからずっと、あの子は泣いているのです』

 

『痛いよぉ……苦しいよぉ……お願い……………助けて……』

 

悲痛な母狐の言葉の後にミルヒの耳が第三者の声を捉える。

弱弱しく、嗚咽交じりの幼い声音は魔獣となった子狐のものだった。

身体を貫く妖刀で地面に縫付けられるように横たわる子狐はわずかに首だけを動かしこちらを見上げている。

あまりにも理不尽な魔獣誕生に隠された悲劇にミルヒは言葉を失い蒼白する。

すでに精神は平静を保てなくなるほどまでに疲弊していた。

 

『聖剣の姫君。あなたなら魔物となった我が子を殺すことができるはずです』

 

静かに耳朶を打つ意味深な言葉。

視線をミルヒの背に背負われているエクセリードに向けた母狐は悲痛に、そして朗々と言った。

 

『その聖剣で、この子の首を落としてください』

 

母狐の言葉に理解が追い付いた瞬間、ミルヒは我が耳を疑った。

そんな彼女の心情を知ってか知らずか、母狐は続ける。

 

『そうすれば魂の尾が離れ、魔物も姿を保てなくなります』

 

「そんな……」

 

ようやく絞り出したミルヒの言葉はただただ廃れた世界に溶け込み轟音に掻き消される。

 

『私は、この子に触れることができないのです』

 

言葉通り、近づく母狐の身体は子狐に触れることなく透過してしまっていた。

 

『聖剣の姫君……どうか……』

 

それが目の前で苦しむ我が子に何もしてやれない母狐のせめてもの情けなのかもしれない。

子狐を殺す。

そうすればフロニャルドの危機は完全に排除されるのだろう。

一刻を争う状況にミルヒの選択にフロニャルドの命運がかかっている。

一国の主でもあるミルヒにとって、土地神一匹の命とフロニャルドに生きるすべての命を天秤にかけた場合、どちらを取るべきかはすでに自明の理。

心中に生まれた選択は決して愚行などではなく、むしろ誰もが英断として受け止めてくれるだろう。

そしてミルヒは―――

 

「お断りいたします」

 

決意とともに英断を握りつぶした。

 

『―――ッ』

 

ミルヒの言葉に母狐は驚愕を表した。

 

「ここでこの子を斬れば、魔物は消えるかもしれません。……ですが、積み重ねられた悲しみは消えません」

 

ミルヒは子狐を優しくなでる。

 

「あなたもお子さまも、長い時の中どんなにか辛く、悲しい思いをされたことか……」

 

指から確かに伝わる命の鼓動を感じ取り、ミルヒの言葉に力がこもっていく。

母狐に向き直るミルヒの瞳には哀しみの色が消え去り、代わりに迷いを振り切った決意の光が宿っていた。

 

「ビスコッティの宝剣、エクセリードとパラディオンは魔を断つ剣です。ですがそれ以上に、人と命を導き、大地に希望を育むための剣です!あなた方も間違いなく、フロニャルドに生きる命です!妖刀ごときに悲しい思いをさせられたまま終わるなんて……そんなの、私が許しません!」

 

言葉を紡ぐミルヒの決意に呼応するかのように桜色の輝力が溢れ出す。

聖剣の姫として、絶対に譲れないミルヒの覚悟に輝きは一層強くなる。

 

「ビスコッティが領主!ミルヒオーレ・フィリアンノ・ビスコッティが絶対絶対!許しません!」

 

そして、輝力の光が暗い世界を照らした。

 

                      ☆

 

現実世界―――ミルヒを閉じ込めていた球体に亀裂が走る。

隙間からエクセリードの眩い輝きが溢れ、やがて粉々に砕け散った。

 

「姫さま!」

 

「ミルヒ!」

 

解放され、倒れこむミルヒをシンクが受け止めた。

 

「姫さま!」

 

「――シン、ク………?」

 

シンクの呼びかけにミルヒは

 

「はい!よかったぁ……―――ッ!?」

 

その時、ふとシンクは気付いた。

砕けた破片と一緒に何故かミルヒの衣服も消し飛んでいた。

つまり、今、ミルヒは神秘的な美しさの裸体を晒してしまっているのだ。

 

「「…………」」

 

ミルヒも事態に気付いたのか、お互いフリーズしてしまう。

まず何をすべきなのかわからず、完全に思考が飛んでしまっていた。

 

「何を見とるかアアアアアアアッ!」

 

割り込んでくるレオンの怒号とともにブオンッ!とうい重々しい風切り音をとらえる。

 

「うわあああああっ!?」

 

本能的に危機を察知したシンクがとっさによけると、たった今いた場所に魔戦斧の刃が飛んできた。

 

「すいません!すいません!」

 

「ごめんなさいぃ!」

 

咄嗟に背を向けて謝るシンク。

魔戦斧を隔てた向こうからもミルヒの上擦った声が聞こえてくる。

レオンはミルヒを案じて羽織っていたマントをかぶせてやる。

 

「そんなことよりシンク!レオさま!私、この魔物を助けてあげたいんです!」

 

「助ける?」

 

「どういうことじゃ?」

 

ミルヒの突然の申し出にシンクとレオンは首をかしげる。

 

「この子、もとは普通の土地神様なんです。身体に刺さってる赤い妖刀を引き抜けばきっともとに戻せるはずなんです!」

 

「わかった、姫さまはここで」

 

話を聞いて即決するシンクは立ち上がる。

 

「いえ、私も行きます!」

 

そぐに同行する旨を伝えるミルヒだったが、シンクはバツが悪そうに視線を逸らした。

 

「えっと、その格好で……?」

 

「あへ?あぁあ、ええと……」

 

すぐにシンクの言葉の意味を察し、頬が羞恥に染まる。

身に着けるのはマント一枚のみ。

お世辞にも同行できる状態ではなかった。

しどろもどろになっていると、折れていたエクセリードがひとりでに浮き上がり、そのままミルヒの前まで移動したかと思うと、突然光を放った。

目を覆うこと一瞬、光が止んだ時には短剣から長剣へと姿を変えたエクセリードと元の鎧装束をまとったミルヒがいた。

 

「エクセリード、これはあなたが?」

 

そしてエクセリードの変化はシンクの持つパラディオンにも起きた。

 

「パラディオン?」

 

指輪状態のパラディオンの放った光がシンクを包む。

再びの放光後、完全に修復された勇者装束をシンクの手には長剣形態を成したパラディオンが握られていた。

 

「これは……」

 

「エクセリード……私たちにがんばれって言ってくれてますか?」

 

「頑張るよ。だから少し、力をかして!」

 

語りかけるミルヒとシンクの言葉に頷くかのように、それぞれの宝剣は輝きを強める。

 

「シンク!」

 

「はい、姫さま!」

 

宝剣を構えて2人は魔獣の頭頂箇所に怪しげな炎を揺らめかせた妖刀を見つける。

その刀身は何本もの鎖が巻き付き固定されている。

希望は見えた。

 

ヴロオオオオオオオオオオオオオオオオッ!

 

宝剣の輝力を感じ取ったのか、魔獣が咆哮する。

すると、目の前で刃に姿を変えた浮幽霊、刀剣の切っ先を向ける触手、そしてグールの大群が視界を埋め尽くした。

生気を感じさせない障害の放つ異様な圧迫感は思わずたじろいてしまうほどだ。

 

「まったく、本当にご苦労なことだな」

 

しかし、強烈なプレッシャーをものともしない飄々とした声が割って入ってくる。

わざわざ確認する必要もない。

口元を緩め、肩にグランヴェールを担ぎながらレオンは晴人ともに前に歩みを進めた。

 

「雑魚はワシらが請け負おう。2人は何も気にせず、前に進むことだけを考えろ!」

 

「「はい!」」

 

力強い返事に、シンクは足元に輝力を解放する。

 

「行くよ姫さま!目標地点まで―――」

 

「一直線です!」

 

シンクとミルヒを乗せたトルネイダーが突き進む。

その爆発的なスピードが落ちることはない。

 

【チョーイイネ!スペシャル!サイコー!】

 

指輪をかざし、呼び出した土のエレメントのドラゴンが巻き起こす砂塵が晴人の両腕にウィザードラゴンの鉤爪―――ドラゴヘルクローを具現化させた。

晴人はドラゴヘルクローに魔力を、レオンはグランヴェールに輝力を集中させる。

そして、両者がそれぞれの得物を振り抜いた。

 

「だああああっ!」

 

「魔人閃光斬!」

 

魔力を集中させたドラゴヘルクローのから繰り出す衝撃波―――ドラゴンリッパーと翡翠の輝きを放つエネルギー刃がシンクとミルヒの前に立ちはだかる敵を容赦なく無に帰していく。

だが、魔獣は足掻く。

殲滅から免れた浮幽霊を掻き集め、長大な怪刃を成す。

 

「「ホーリー……」」

 

それでも止まることなく、シンクとミルヒは宝剣を天に掲げて呼吸を合わせる。

 

「「セイバァァァアアアアアアアアアアッッ!!」」

 

勇者と姫が放つ巨大な輝力の奔流がものの見事に怪刃を貫き、魔獣の背中で大きく爆発を生んだ。

 

【フレイム!プリーズ!】

 

「やったみたいだな」

 

宝剣を指輪に戻し、着地を決めるシンクとミルヒ、そして2人の後を追いかけた晴人とレオンの目の前には一本の妖刀が鎮座している。

これを引き抜けばすべてが解決に終わる。

シンクが期待に胸を膨らませ、妖刀の柄に手を伸ばした時だった。

 

バチィッ!

 

指先が触れる寸前、赤い稲妻が走った。

 

「痛ッ!?」

 

予想外の痛みにシンクは思わず手を引っ込める。

 

「そんな、どうして……?」

 

訳も分からず自身の指先を見つめるシンクの隣で、晴人の脳裏に一つの仮説が浮かんだ。

 

「まさか……」

 

【ライト!プリーズ!】

 

すかさず指輪をかざし魔法の光で辺りを照らした。

晴人の魔法、ライトは周囲を照らすだけでなく、眼に見えない魔をあぶりだすこともできるのだ。

そして、目に飛び込んできた光景に言葉を失った。

 

「こ、これは……!?」

 

「ひどい……」

 

魔獣の身体を、妖刀を起点として赤い触手が不規則な脈を打っていたのだ。

さらに触手は木の根のように分岐し、端から端まで身体の至る所まで這っている。

 

「そんな……やっとここまできたのに―――」

 

現実に希望を拒絶され、誰もが諦めかけようとしていた。

 

「まだだ」

 

しかし、まだ諦めていない人物がひとり。

晴人の声に3人が視線を向ける。

 

「ハルト?」

 

「まだ諦めるのは早い。必ず何か方法があるはずだ。……必ず!」

 

しかし晴人たちが意識を妖刀に向けていたため、その瞬間が致命的な隙となる。

好機と見たのか、新たに出でた浮幽霊たちが一斉に殺到してきたのだ。

気づいた時にはもう指輪を着け替える暇さえなかった。

だが、誰もが身構えたその時、晴人たちの眼前で光が弾けた。

恐る恐る目を開くと、白い光が晴人たちの周りを覆っている。

そして、浮幽霊の群れが姿を消した代わりに、晴人たち目の前にひとりの少年が立っていた。

 

「誰じゃ?」

 

「キミは……」

 

レオンたちが警戒する中、晴人はその少年に見覚えがあった。

間違いない、夢に現れた白装束の少年だ。

身に纏う民族衣装も、髪も瞳も、狐のような獣耳と尻尾も白で統一された出で立ち。

少年は穢れのない澄んだ瞳をこちらに向けている。

しかし、目の前の少年はいったい何者なのか。

なぜ今このタイミングに突然姿を現したのか。

晴人たちの心情を知ってか知らずか、少年はゆっくりと晴人を指差した。

すると、晴人の左腰のウィザードリングホルダーにかけられているひとつの指輪がキラリと光った。

謎の現象に驚きながらも晴人はその指輪を手に取る。

瞬間、晴人の中で疑問は答えに変わった。

 

「そうか。そういうことか……」

 

ひとり納得する晴人は指輪を握りしめ、少年の元へと歩み寄る。

 

「キミは、キミだったんだな」

 

晴人の確信する言葉に、確かに少年は頷いた。

答えに辿り着き、約束の指輪―――エンゲージウィザードリングを見せながら、そして晴人は言う。

たとえ世界が違っても変わらない、絶望を振り払い、希望を救う、絶対の誓いを。

 

「約束する。俺がお前の、最後の希望だ」

 

決意を表す言葉に小さく微笑む少年の右手を優しく手に取り、晴人は小さな指に指輪を潜らせる。

 

【エンゲージ!プリーズ!】

 

指輪をハンドオーサーにかざすと、晴人の目の前の空間に魔方陣が出現した。

それは少年の心へと繋がる希望の扉。

ふと晴人がレオンたちの方に視線を向けると、3人ともが呆けた表情を浮かべていた。

事情を知らないため理解が追い付いていないのだろう。

 

「大丈夫。この子はまだ絶望しちゃいない。ちょっと行ってくる」

 

そんなレオンたちに軽い口調で一言言い残し、晴人は魔法陣の中に飛び込んだ。

 

「―――っ!待て、ハルト!」

 

「レオさま!」

 

「閣下!?」

 

晴人が魔法陣の中に消えたことで一早く我を取り戻したレオン。

後ろで呼ばれる声を振り切り、咄嗟に駈け出すレオンもまた魔方陣に飛び込み姿を消した。

そして魔方陣とともに少年の身体も光の粒子となって消失する。

最後に残されるのは、再び呆然とするミルヒとシンクだけだった。

 




ホント、おまたせしてすいませんでした!
まずは謝辞を、青空野郎です。
いや~、前回の投稿から結構時間が経っちゃいました。
特に7月はやっ!
どのくらい早いかというと、いつの間にか鎧武の映画の前売り券の購入を忘れてしまうぐらい早かったっす(笑)

最後に、なんとなくですけど次回予告作ってみました。




次回、仮面ライダーウィザードFANTASTIC DAYS

「ここは精神世界、アンダーワールド」

「どうするつもりだ、ハルト?」

「逃げてください!このままでは我が子があなた方を―――」

「人々の自由と平和を守る、戦士の名だ」

第13話『もうひとつの名』

さあ、ショータイムだ!


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第13話 もうひとつの名

静かに目を覚ました晴人はゆっくりと身体を起こして状況を整理する。

いつの間にか変身が解けていたが、そんなことよりもまず違和感を覚えた。

――――なぜ自分は眠っていた(・・・・・・・・・)

晴人は自分がどこにいるのかは理解している。

それは間違いないはずなのだが、今までのプロセスが明らかに違っていた。

あの子がゲートではないからなのか、それとも――――

その時、晴人の脳裏にひとつの可能性が過ぎる。

そして同時に、晴人の中で燻る違和感は既視感に変わろうとしていた。

だがそれも束の間、そんな疑念は予想外の人物の存在によりはるか彼方へと消えて行ってしまった。

 

「すぅ……すぅ……すぅ……………」

 

「………なんで?」

 

気配を感じ、視線を移せば晴人のすぐ隣でレオンが横たわっていたのだ。

彼女も眠っているようで、規則正しい寝息が聞こえる。

なぜ彼女がここにいるのかと思いながらも、無邪気な寝顔に間の抜けた声が漏れた。

 

「レオンちゃん。おい、レオンちゃん!」

 

放っておくわけにもいかず、とりあえず呼びかけながら肩を揺すればレオンはゆっくりと目を覚ます。

 

「ん、ぅん~ぅ………はる、と?」

 

ピコピコと動くネコ耳になんともかわいらしい甘い声音にときめいてしまうのはご愛嬌だ。

だが、しばし寝ぼけ眼で見つめられていたかと思えば、寸俊の内にレオンの瞳は大きく見開かれた。

 

「――っ、ハルト!」

 

完全に覚醒したようで、レオンは晴人の姿を認めるなり血相を変えて叫びをあげる。

 

「この馬鹿者がッ!」

 

さらには晴人が声をかける間もなくいきなり胸ぐらを掴まれ、鼻先がぶつかりそうな位置まで引き寄せられてしまった。

立て続けの予想外の展開に一層混乱してしまうが、彼女は構うことなくさらに怒号を飛ばしてくる。

 

「勝手にひとりで納得したかと思えば、勝手に姿を消しおって!心配したであろうが!」

 

そんな激情に込められた言葉が晴人の中で大きく響いた。

 

「………そっか、心配してくれたんだ」

 

「っ!?」

 

レオンに事情を説明しなかったとは完全に晴人の落ち度と言えよう。

心配をかけさせたことに気が咎める思いに駆られるが、それ以上にこうして身を案じて追いかけてきてくれたことにうれしさがこみ上げてくる。

現にレオンの瞳に映る晴人ははにかんだ笑みを浮かべていた。

対してレオンは冷静を取り戻したのか、互いの態勢を理解した途端に晴人を開放し、距離を離した。

 

「いや……無事なら、それでよい………」

 

伏せ目がちの頬が赤く染まっているのは羞恥からくるものだろう。

それはさて置いて晴人の無事を確認して安堵の息をついた後、レオンは周囲に視線を巡らせた。

 

「それよりも、ここは一体?見たところ、フロニャルドの景色と似ているようじゃが……」

 

呆然と呟くレオンは夢でも見ているような心地に見舞われていた。

今、彼女の眼前に広がっているのはつい先ほどまで魔物の暴走によってもたらされた地獄のような世界が嘘のような、平穏という表現が相応しい長閑な世界だったのだ。

当惑するレオンの反応は至極当然のことだろう。

 

「ここもフロニャルドだよ。ただし、記憶の中の世界だけどね」

 

「どういうことじゃ?」

 

「ここは精神世界『アンダーワールド』。俺たちは今、あの土地神の記憶の世界、つまり心の中にいるんだ」

 

アンダーワールド―――その背景はゲートが過去に経験した記憶のうち、最も心に深く刻まれた心象風景が再現された世界である。

晴人とレオンはエンゲージウィザードリングの力で飛び込んだのだ。

 

「心の中、じゃと……?」

 

晴人が説明する突拍子もない事実に、レオンは驚愕を浮かべた面持ちで再び眼前の景色を見渡した。

 

「ああ。そして、この世界の光景こそが、あの土地神にとっての心の支えで、希望なんだ」

 

未だに半信半疑のレオンだったが、晴人の表情は真剣そのものだった。

 

『その通りでございます』

 

その時、確信する晴人の言葉を肯定する声が2人の耳朶を打つ。

晴人とレオンの前に姿を現したのは、先ほどミルヒの前に現れた土地神の母狐だった。

 

『お初にお目にかかります。あなたさまは魔戦斧の姫君であらせられますね?』

 

「ああ、そなたは……?」

 

『私は魔物となってしまった土地神の母でございます』

 

                    ☆

 

母狐が語る真実に晴人とレオンは沈黙を持って聞いていた。

今2人の中でどのような感情が渦巻いているのだろうか。

話を終えた母狐にレオンが開口一番で訊ねた。

 

「なるほどな、話は分かった。ワシたちはその土地神を救いたい。なにか方法に心当たりはないか?」

 

事態は刻一刻を争う。

こうしている間にも現実世界では被害が拡大していることだろう。

すがる思いでレオンが訪ねるが、母狐は悲痛な面持ちを浮かべて答えた。

 

『方法は、ございません……』

 

「なんじゃと!?」

 

『先ほど聖剣の姫君が我が子の首を落としてさえくれていれば、少なくとも我が子の魂は救われていました。ですが―――』

 

思わず耳を疑うレオンに母狐は陰りが落ちた瞳で続けようとした矢先、突然の地響きが晴人を襲った。

さらには体勢が崩れかけるほどの大きな揺れとともに世界が一変する。

長閑だった山林の景色が一瞬にしてミルヒが見た世界と同じ、荒廃した暗黒の世界に変わったのだ。

それこそ、現在のフロニャルドと大した差はない光景にレオンは動揺を露わにしている。

一方、レオンの隣で晴人ははるか前方に妖刀に貫かれた子狐の姿を認めた。

すぐに駆けつけようと思い立つのだが、子狐を囲むように走る亀裂に行く手を阻まれてしまう。

 

『どうやら我が子を蝕んでいた呪縛が弱まったことで妖刀の核が目を覚ましてしまったようです』

 

母狐の言葉を肯くように亀裂からドス黒い瘴気が発生した。

その光景に晴人の脳裏に夢で見た出来事がフラッシュバックする。

少年姿で現れた子狐の全身に回る亀裂から瘴気が噴き出すというモノをまるで体現しているようではないか。

やがて立ち上る瘴気は意志を持つかのように蠢き、妖刀ごと子狐を飲み込んだ。

 

ヴォロロロロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!

 

次第に膨張していく瘴気が身の毛もよだつ咆哮を響かせ、そして巨大な魔獣となった。

見上げるほどの巨体を誇る魔獣の、現実世界で暴れる魔物と酷似している点を挙げるとするならば、狐のような頭部と5つの尾。

しかし、それぞれの尾の先端は血のように紅い刃になっていた。

 

ヴォロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!

 

魔獣の2度目の咆哮で、湧いて出る瘴気の中から大量のグールが現れた。

しかしグールたちはこちらに向かうわけでもなく、炎のような揺らぎに包まれてその姿を消していく。

おそらく現実世界に転移したのだろう。

どうやら、母狐の言っていた妖刀の核こそがファントムを生み出していた根源と見て間違い。

 

『こうなってはもう手は付けられません。逃げてください!このままでは我が子があなた方を――』

 

「お断りだね」

 

切迫した声音で逃げるように促す母狐だったが、その言葉は強引に遮られた。

 

「ようするに、アレを倒せばあの子を救えるってわけだろ?」

 

相変わらずの飄々とした口調で晴人は魔獣を見つめている。

誰もが恐怖で心が押しつぶされかねない事態を前にして尚、その顔はとても落ち着いているものだった。

 

「どうするつもりじゃ、ハルト?」

 

「もちろん、助けるさ。約束したからな」

 

レオンの問いに答えるその言葉に迷いはない。

ゲートの絶望から生まれたファントムはアンダーワールドを破壊することで現実に現れる。

つまりアンダーワールドで誕生したファントムが現実に出る前に撃破すればゲートの死を防ぐ事が可能という逆説が成立する。

しかし、その理屈を知らない母狐からしてみれば心中穏やかでいられるはずがなかった。

 

『何をおっしゃっているのですか!?妖刀の核が姿を現した以上、もう、私たちにできることは何も……』

 

「そんなことはない」

 

希望が失われかける母狐の涙で滲ませた声音を晴人は切り捨てる。

 

「あの子はずっと俺に言ったんだ、助けてって」

 

この暗い世界の中で子狐はずっと助けを求めていた。

自分の中にある希望を信じて、ひとり絶望と闘っていた。

夢の中では掴ことができなかったが、今なら伸ばせばその手が届く。

ならば、何を迷うことがあろうか。

やるべきことは何も変わらない。

 

「必ず助ける。そう約束した。だから俺はここに来たんだ」

 

『なぜそこまで?聖剣の姫君も、あなたさまも………どうしてそこまで言い切れるのですか!?』

 

明らかな内心の変化に母狐は戸惑いを覚えていた。

ミルヒがアンダーワールドに囚われていた時点であれば、彼女が世界を救い、子狐の魂を解放できていたはずだった。

だが自身の懇願は拒まれ、事態は妖刀の核の封印が解かれるという最悪にまで陥る始末だ。

そんな時に突如として現れたのが魔戦斧の姫君、レオンと謎の青年だった。

その青年が子狐の魂ではなく、命を救うと豪語した。

青年は聖剣や宝剣の主でもなければ、ましてや異界より召喚された勇者でもない。

にもかかわらず、一見しただけで何の変哲もない青年の姿にミルヒの面影が重なって見えた。

母狐の中で枯れ果てようとした希望に再び光が宿ろうとしていたのだが、同時に数百という長い年月をかけて巣食った絶望が理解を押しとどめてくるのだ。

その結果が先の慟哭だ。

 

「簡単なことさ。きっとミルヒちゃんはなにひとつあきらめたくなかったんだ。そして、それはあの子も同じだ」

 

だが、アンダーワールドに木霊する母狐の叫びに晴人は表情を崩さない。

 

「こんな絶望に満ちた世界、俺がぶっ壊してやるよ」

 

静かに暗い世界を見渡していた晴人が振り返る。

それはまるで凍りついた心を溶かすようなとてもあたたかな笑みだった。

そして母狐を見つめる決意の瞳には、逸らすことを許さない力強さがそこにあった。

 

「あいつを倒して、レオンちゃんの希望を、シンクやミルヒちゃんたちの未来を、あの子の命を、そして――――あんたの心を救う」

 

『あなたさまは、一体……?』

 

晴人から感じる、暗雲を振り払うような未知なる可能性に気付けば母狐は呆然と訊ねていた。

 

【ドライバーオン!プリーズ!】

 

笑みを湛え、そして晴人は、自身が背負ったもうひとつの名を口にする。

 

「俺はウィザード。希望の魔法使いで――――仮面ライダーだ」

 

「仮面、ライダー?」

 

「人々の自由と平和を守る、戦士の名だ」

 

【シャバドゥビタッチヘンシーン!……シャバドゥビタッチヘンシーン!……】

 

それは数多の戦士に受け継がれてきた称号であり、晴人にとっても特別な覚悟と栄光の証。

今度こそ希望を届けるために、ふたつの名に懸けて、高らかに晴人は明言する。

 

「魔法使いがいる限り、誰一人絶望なんてさせやしない。仮面ライダーがいる限り、誰一人死なせやしない!―――変身!」

 

【フレイム!プリーズ!】

 

【ヒー!ヒー!ヒーヒーヒー!】

 

炎揺らめく魔方陣が透過して、晴人の姿が変わる。

そして今ここに、交わした約束を果たすために、魔法使い、仮面ライダーウィザードが舞い降りた。

 

「さあ、ショータイムだ!」

 

ウィザーローブを翻し、晴人は現実に現れ出でようとするグールの大群に向かって駆け出した。

 

                    ☆

 

「不思議であろう?」

 

目の前で繰り広げられる戦いを呆然と見つめていた母狐にレオンが話しかけていた。

 

「ワシもおぬしと同じじゃ。奴はかつて星が見せた未来に絶望していたワシに向かって希望になるとヌかしおった」

 

初めて出会ってから一週間にも満たない間での出来事を思い出してか、自嘲気味な笑みを浮かべているレオン。

 

「結局最後にはこちらが折れてしまう体たらくじゃったが、その強さに救われたのもまた事実じゃ」

 

だが、言葉を紡ぐにつれて表情に誇らしさが宿っていく。

 

「だから、ワシもハルトの信じる希望を信じたい。ハルトが助けると決めたのなら、ワシも最後まで付き合おうと思う。………結論はその後からでも遅くはなかろう?」

 

レオンの決意に呼応するように、彼女が肩に担いだグランヴェールが輝力の光を放っていた。

 

                    ☆

 

晴人の存在に気づくなり、大多数のグールが襲い掛かってくる。

対して、蹴り飛ばし、ウィザーソードガンで斬り伏せ、撃ち抜いていていく晴人だったが、状況は彼の劣勢だった。

倒しても倒しても湧き出る瘴気が新たなグールを生み出していくのだ。

時間がたつにつれ、グール数は減るどころか逆に増えていってしまっている。

だが、晴人が苦戦を強いられる理由は別にあった。

 

ヴォロオオオオオオオオオ!

 

晴人というイレギュラーを異物と認識した魔獣がその牙を向けて来たのだ。

魔獣からして見ればアリのような存在に本能の赴くまま刃を振り下ろす。

地面を抉る容赦のない洗礼にグールが巻き込まれようがお構いなし。

いざ間隙を縫い、魔獣との距離を詰めようものなら群がるグールが晴人の行く手を阻む。

さらにグール相手に手間取る隙を突いて再び魔獣が刃を振り回してくる。

 

「さて、どうすっかなぁ……」

 

直面する悪循環に苦々しく独りごちる晴人に魔獣はさらなる攻撃を仕掛けてくる。

おもむろに開いた口に瘴気が収束していき、球状に膨れ上がっていく。

そして魔獣は破壊球となった瘴気の塊を撃ち出した。

次々と降り注ぐ破壊球に火柱が立ち上る。

 

「ぐあああああっ!」

 

直撃こそは免れるも、晴人の身体は爆風によって宙を舞う。

想像を絶する威力に悶絶する晴人だが、魔獣は攻撃の手を緩めることはない。

気が付けば、すでに追い打つ破壊球が目前に迫っていた。

 

「でりゃあああああっ!」

 

だが、まずいと身構えたその時、白銀の絹髪をなびかせた人影が視界に過ぎった。

 

「はあああっ!」

 

勇猛な獅子の如き雄叫びを上げるレオンがグランヴェールで破壊球を見事両断した。

 

「レオンちゃん?」

 

立ち上がり、レオンと背中を合わせて周囲を取り囲むグールと対峙する。

 

「今回はワシが引き受けよう。お前は先に行け。………ワシたちの希望、お前に託したぞ」

 

背中越しに送られるレオンの声援に、晴人は自身の胸が熱くなるのを確かに感じた。

頼れる仲間がひとりいるだけでずいぶんと心持ちが軽くなり、緊迫する空気の中で自然と笑みが零れた。

 

「………わかった」

 

【コネクト!プリーズ!】

 

現実世界から召喚したマシンウィンガーを駆り、群がるグールを蹴散らしながら晴人は指輪を付け替える。

ここはアンダーワールド。

故に本来は絶望の化身でありながら、今ではもはや相棒とも呼べる晴人の希望を呼び出せる。

 

「来い、ドラゴン!」

 

【ドラゴライズ!プリーズ!】

 

腕を高く掲げた上空に浮かび上がる魔方陣の下、迸る紅蓮の炎の中から黄金を纏った銀灰色の巨躯が現れる。

かつてウィザードの進化形態で顕現してきた火を司るドラゴンスカル、水を纏うドラゴンテイル、風を支配するドラゴンウィング、土を鼓舞するドラゴヘルクロー、そのすべてを備えた全容はまさしく(ドラゴン)

晴人が内に宿すファントム―――ウィザードラゴンの真の姿である。

 

グオオオオオオオオオオオオオオオオオンンッッ!!

 

ドラゴンが自身の存在を知らしめるように蒼然たる咆哮をアンダーワールドに響き渡らせるや、真紅に爛々と輝く眼光で己が敵を見定め、先を行く晴人とともに猛進する。

魔獣との距離が縮まる中で並走するタイミングを見計らってウィリージャンプ、空中でマシンウィンガーが展開されていく。

車体は一対の翼となり、ハンドルは手綱となったマシンウィンガーがドラゴンの背部と合体した。

これによりドラゴンは飛行能力が上昇した強化形態――――ウィンガーウィザードラゴンとなる。

ドラゴンを駆る魔法使い。

その姿はどこか神秘的な趣を醸し出していた。

 

「はっ!」

 

ドラゴンとともに飛翔し、まずは火炎放射をお見舞いする。

灼熱の劫火に苦悶の声を漏らしながらも魔獣は咄嗟に巨大な腕で振り払い、お返しにと破壊球で反撃してきた。

 

【フレイム!スラッシュストライク!】

 

だが、負けじと晴人もフレイムスラッシュで一閃、そしてドラゴンのドラゴヘルクローで斬り裂き、ドラゴテイルで薙ぎ払って次々と飛来する破壊球を無に帰していく。

 

ヴォロオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!

 

グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!

 

魔獣とドラゴンが互いの咆哮を張り上げる。

ドラゴンの巨躯は魔獣と比べてまだ小さいが気迫では決して負けていない。

両者とも寄せては返し、揺るがずの中で、ドラゴンの火炎弾と魔獣の破壊球が衝突し、轟音を巻き起こす。

すぐさま魔獣が5枚の刃を操り縦横無尽に襲い掛かってくるが、ドラゴンは最小限の動作で攻撃を掻い潜り空高く舞い上がる。

徐々に高度を増していき、やがて魔獣の全容を拝めるまでの位置に到着した。

 

【ルパッチマジックタッチゴー!……ルパッチマジックタッチゴー!……】

 

仮面の内で、魔獣を見下ろす晴人の瞳に哀れみの色はない。

あるのは絶望を振り払う希望の光ただひとつ。

 

「今まで気付いてやれなくてすまなかった。………今、助けてやる!」

 

今ここで、悲しみの連鎖を断ち切るために!

 

【チョーイイネ!キックストライク!サイコー!】

 

グオオオオオオオオオオオオンッ!

 

その瞬間、咆哮するドラゴンから翼状に展開したマシンウィンガーが分離し、晴人は宙に立つ。

マシンウィンガーは再び元のバイクの形態に戻り、ドラゴンは巨大な脚部を模した形態―――ストライクフェーズに変形する。

 

「はあっ!」

 

突き出した右足でマシンウィンガーを火のエレメントを宿したドラゴンに接続させ、巨大なウィザードの幻影を纏いながら跳び蹴りを叩き込む三身一体の必殺技―――ストライクエンドが炎の軌跡を描く。

魔獣もまた、紅い刃の切っ先を晴人目がけて繰り出した。

ストライクエンドと刺突の激突。

力と力のぶつかり合いが巨大な衝撃波を生み出すが、双方の拮抗が崩れるのに時間はかからなかった。

 

「でぃああああああああっ!」

 

ピシリ、と魔獣の紅い刀身に亀裂が入る。

亀裂は瞬く間に刀身全体に広がり、ついに紅い刃は儚い音を立てて見るも無残に砕け散った。

そして勢いは衰えることなく、炎を纏う竜の蹄が魔獣の頭部を捉える。

刹那、悲鳴を上げる間もなく爆発が魔獣を飲み込んだ。

 

                    ☆

 

変化はすぐに訪れる。

激しい爆音がレオンの耳朶を叩いたかと思えば、彼女の周りに屯していたすべてのグールたちが再び瘴気となって消滅していったのだ。

その束の間、吹き荒ぶ熱風を防ぎながら、レオンはその視界に着地を決める晴人の姿を認めた。

 

「ハルト!」

 

緊張した糸が緩む心地で駆けつければ、晴人の腕には子狐がしっかりと抱かれていた。

小さな体から妖刀は引き抜かれており、気は失っているようだがわずかに呼吸をしている。

 

「よかった、これで―――」

 

「いや、まだだ……」

 

無事を確認し、安堵の息を吐こうとしていたレオンだったが、突如不穏な気配を気取った晴人に制された。

見れば、辺りに霧散していた瘴気が一点に集中していく。

 

「どうやら、奴さんはアンコールをご所望みたいだな」

 

うんざりとした声音で呟く晴人。

晴人とレオンに訪れたのは勝利ではなく、絶望がその深淵を露わにした瞬間。

絶望の進撃は止まらない。




アンダーワールド戦、まだまだ続くよ!

ホントご無沙汰してました、青空野郎です。
長い間お持たせして申し訳ありません!

今思えば、ウィザードはスランプに陥っていたんですかね?
ラブライブの更新後にいざ取り掛かってみると約5日ほど間が空きましたが、執筆自体は半日もかかりませんでした。
なんか、思ってたよりサクサクキーボードが進んで約半年ぶりにようやく最新話を投稿できました。
このまま第一期終了目指し、第二期、そして現在放送中の第三期と頑張っていきますのでこれからもよろしくお願いします!


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第14話 魔法使いと獅子姫のショータイム

晴人とレオンが姿を消し、魔獣の背に残されたシンクとミルヒは依然として現れ出でる浮幽霊とグールの大群と対峙していた。

 

「やあっ!」

 

棒形態に戻したパラディオンで眼前の怪人、霊魂を叩きのめす。

しかし敵の数は減るどころか、次々と現れ出でるその姿で視界が埋め尽くされていく。

縦横無尽に飛んでくる浮幽霊、捨て身で掛かってくるグール。

襲いくる狂気は気を休める暇さえ与えてくれない。

異常な恐怖にのどが渇き、少しでも気を抜けば全身が震えで支配されてしまいそうだった。

向けられる明確な殺意。

遺伝子に刻まれた生物特有の本能が激しく警鐘を鳴らしている。

齢14の少年は生まれて初めて命の危機というものを自覚していたのだ。

 

「シンク!」

 

シンクの背後に躍り出たミルヒが紋章術の防壁を張り、迫るグールの攻撃を防いだ。

 

「姫さま、下がって!」

 

瞬時に機転を利かせて跳躍。

 

「上段唐竹割り!」

 

輝力を纏わせた棍を勢いよく振り下ろした衝撃でグールを弾き飛ばした。

 

「ありがとう、姫さま!」

 

「ハイ!」

 

シンクのお礼にミルヒは元気な返事で応じる。

その力強い笑みにシンクは自身の緊張が和らぐのを感じた。

そうだ、今姫さまを守れるのは自分だけなんだ。

今は姫さまを守ることだけを考え、気を引き締めなおす。

だが安堵するのも束の間。シンクとミルヒの周囲はグールに包囲されてしまっていた。

頭上も浮幽霊例が群れを成している。

だが、完全に逃げ場が無くなった状況に苦虫を噛み潰した面持ちを浮かべた時だった。

 

「裂空一文字!」

 

突如飛来した斬撃が一角に屯していたグールを消し飛ばした。

さらには、続けざまに桜色の光線が降り注ぎ、グールと浮幽霊を次々と撃ち抜いて行ったのだ。

そして訪れる一時の静寂の中、目の前に降り立った人物にシンクは喜々とした声で叫ぶ。

 

「エクレ!無事でよかった!」

 

砦からミルヒの救出の道中、エクレはシンクを向かわせるため、トルネイダーの跳躍距離を稼ぐために自ら降下し、紋章砲で撃ち上げていたのだ。

 

「当然だ。すぐ戻ると言ったろう」

 

駆けつけるシンクにエクレは決まりの悪い顔で視線を泳がした。

 

「ありがとうエクレ。助かりました」

 

「姫さまもご無事で何よりです」

 

シンクへのこそばゆい面持ちから一転、エクレはミルヒの無事をその目で確認して破顔を浮かべる。

 

「姫さまー!勇者さまー!」

 

今度は頭上から幼さを感じさせる声音が耳朶を打った。

 

見上げれば、ミルヒのセルクル、ハーランの背に乗るリコがシンクたちを見下ろしていた。

小柄な身体で大きく手を振るその手には一丁の拳銃が握られていることから、先ほどグールと浮遊霊を打ち抜いた光線はリコの射撃であることはすぐに察しがついた。

リコはハーランとともに魔獣の背中に降り立つと、一目散にミルヒに抱き着いた。

 

「リコ!」

 

「リコも本当に……」

 

「ハイであります!ここに来る途中でちょうど落下中のエクレを見つけて合流したでありますよ!で、姫さまと勇者さまのピンチと聞いて!」

 

互いに笑顔を交し合う光景に、シンクは微笑ましさを覚える。

 

ヴォロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!

 

しかし、そんな感動的な思いは突如の魔物の咆哮によって掻き消されてしまった。

改めて、自分たちが置かれている状況を認識する。

先の魔物の咆哮をきっかけに再び新たなグールと浮幽霊が姿を現したのだ。

敵側が無尽蔵に数を増やしていく戦況に変化はない。

対していくらこちらの戦力が増えたといっても、戦闘が長引けばいずれ体力、輝力ともに底をついてしまうだろう。

 

「ここは姫さまだけでもはやく避難を」

 

「私も一緒に戦います!」

 

圧倒的不利な状況を冷静に分析し、まずはミルヒの安全を最優先に考えてエクレが避難を促すが、彼女が首を縦に振ることはなかった。

 

「いや、ですが―――」

 

「それにまだレオさまとハルトさまもいるんです!」

 

尚も食い下がるエクレだったが、遮るミルヒの口から発せられた名前に驚かずにはいられなかった。

 

「レオンミシェリ姫が!?それにハルトと言うと例の魔法使いのことですか?」

 

「はい。2人とも先ほどどこかへ行ってしまわれましたが、きっと私たちの知らないところで戦っているはずです。なにより、私はこの土地神さまを助けたい……ここまで来て逃げるなんてできません!お願いです。一緒に戦わせてください、エクレ!」

 

しばし視線を交し合うミルヒとエクレ。

しかし状況は酷一刻を争う中で、エクレは半ば諦念を抱いていた。

まっすぐな瞳でエクレを射抜くミルヒ。

こうなってしまえば彼女は梃でも動かない。

それは家臣として、同時に友として目の前の彼女の性格を熟知しているが故だ。

 

「……わかりました。では姫さまは我々の援護をお願いします。リコは姫さまの護衛を頼む」

 

「了解であります!」

 

ミルヒをシュタッと敬礼するもうひとりの幼馴染に任せるとして、エクレは横目でシンクを見据える。

 

「勇者、我々は目の前の敵の殲滅だ。覚悟はできてるな?」

 

「もちろん!姫さまが覚悟決めたってのに、勇者が逃げ腰なんてありえないでしょ!」

 

まったく、自分が来るまで追い詰められていたクセに、今となっては力強い笑みを浮かべる現金さに溜め息を吐きながらエクレは双剣を構える。

そして、グールと浮幽霊の軍勢にオレンジと緑の輝きが迸った。

 

                    ☆

 

場所は移って、土地神のアンダーワールド。

見事、妖刀の呪縛から子狐を解放した晴人とレオンだったが、何かの意思に導かれるように集束する瘴気がドス黒さを増した闇と化していくという光景に、剣呑な表情を崩せないでいた。

 

「この子を頼む」

 

これから始まる戦いを予想し、まずは子狐の安全を最優先に考えて晴人はレオンに預ける。

彼女の方も異論はないようで足早に母狐の元に向かっていった。

 

「気を失っておるが死んではおらん。心配はなかろう」

 

『本当に、なんとお礼を言えばよいか……』

 

我が子の無事に今にも泣き出しそうな声音を発する母狐。

本来なら喜びを分かち合いたいところだが、現状はそれを許さない。

 

「すまぬが、それはまた後にしてくれ。どうやら、悠長にしておる暇はなさそうじゃ」

 

苦々しく言うレオンの本能は揺らめく闇の隙間から漏れ出る紅い可視光に警鐘を鳴らしていた。

頬をなでる生ぬるい風に母狐もこれから姿を現すであろう存在を睨め付けている。

 

『おそらく、我が子という器を失ったことで妖刀の核が本来の姿を現さざるを得なくなったのでしょう……』

 

そして、晴人、レオン、母狐、それぞれの眼前でうねるように流動していた闇がピタリとその動きを止めた。

 

『気を付けてください。ここからが妖刀の――――マガタチの本領です!』

 

次の瞬間、爆発的な勢いでアンダーワールドに黒い波動が迸った。

瞬く間に視界を塗り潰す闇が晴れ、そこにいたのは一体の人型の異形だった。

身長は晴人と比べてあまり大差はない。

騎士の甲冑のようにも見て取れる黒一色の外見は独特な光沢を見せており、関節の可動部分を含めて身体のいたるところを走る紅い血管組織が怪しく脈動している。

そして何より目を引くのは怪人の右腕と同化した一本の妖刀。

血塗られた紅い刀身は魔獣だった時以上の禍々しさを放っていた。

一目見るだけで伝わってくる肌を突き刺すようなマガタチの威圧感に、晴人は無意識の内に息を飲む。

マガタチが一足踏み込んだ瞬刻、黒い残像が走った。

 

「―――ッ!」

 

気が付けばマガタチが晴人に肉薄していた。

眼前に迫り来る妖刀をウィザーソードガンで防ぐが、再びマガタチは右腕を大きく振り上げて紅い一刀を振り下ろす。

予想を上回る力に、競り合いは不利と判断した晴人は妖刀を横に受け流し、マガタチの脇腹に横蹴りを食らわせた。

急所を打たれ、動作が止まったところに突き蹴りをお見舞いする。

マガタチが一歩退いたところで、続けてウィザーソードガンを構えるが向こうも反応してくる。

胸部を狙った刺突が紅い刃によって刀身が上方に跳ね上げられた直後、返す刀で縦一線に紅い剣閃が火花とともに散った。

 

「があぁッ」

 

初撃を食らい苦悶の声を漏らす晴人だが、マガタチの刃は止まらない。

だが、負けじと晴人もマガタチの連撃を巧みにいなしていき、荒れた大地を走りながら刃を交わしていく。

今まで経験で培ってきた剣と蹴りによるトリッキーな戦法で徐々に加速していく妖刀に食らいつき、捌ききれぬ剣閃は最小限の動作で躱しながら、冷静にマガタチの剣筋を見極める。

交差するウィザーソードガンと妖刀が甲高い音を立ててアンダーワールドに響き渡る中、マガタチの一撃を受け止めたところで晴人はすかさず巻き押さえて体勢を固定した時、そして晴人は至近距離で相対して眼前にいるマガタチから放たれる底なしの不気味さに気づく。

ただ目の前の敵を喰らい、殺すためだけに鋭さを増幅させていく空虚に呑まれそうになり、たまらず晴人は旋風脚を食らわせてその場から飛び退いた。

一度距離を置き、呼吸を整えながら晴人は指輪を潜らせる。

 

【バインド!プリーズ!】

 

空中に出現した魔方陣から飛び出した鎖が一斉にマガタチに襲いかかる。

しかし、物言わぬマガタチは鋭く、迅速な太刀筋で次々と鎖を切り捨てていく。

やはり一筋縄ではいかないようで、無残に地に落ちていく鎖の残骸に歯噛みする晴人。

得物を中段に構えたマガタチが突進し、晴人はそれを迎え撃つ。

両者の刃が弾き合い、銀と紅の軌跡が躍り、そしてギリリッ、と互いの刀身が鬩ぎ合った時だった。

 

「伏せろ、ハルト!」

 

突如名前を呼ばれ、咄嗟に横に跳ぶ晴人と入れ替わる形でレオンが前に出る。

マガタチもすぐに標的を切り替えて、荒々しく豪快な斬撃で襲い掛かる。

取り回しに優れた妖刀でマガタチが猛烈な速度の剣戟に対して、レオンはそれら全てをグランヴェールで打ち払っていく。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

怒涛のごとく攻め立て、犬歯をむき出しにして轟かせる咆哮はまさしく獅子。

 

「さっすがレオンちゃん。すごい気迫だ」

 

グオオオオオオオンッ!

 

勇ましいレオンの姿を見て、疲労が溜まった身体に力が戻るのを感じた。

そしてドラゴンもまた、晴人の戦意に同調するかのように咆哮する。

 

「俺たちも行くぞ、ドラゴン!」

 

【フレイム!ドラゴン!】

 

希望を救うために、指輪に想いを込める。

己を奮い立たせ、晴人はレオンの元へと駆け走る。

 

【ボー!ボー!ボーボーボー!】

 

グオオオオオオオオオオオオオンッ!

 

周囲を旋回しながらドラゴンが炎の円を描いて晴人を包み込む。

ドラゴンの力が紅蓮の炎となって全身に行き渡っていく。

刹那、迸る炎を振り払い晴人はフレイムドラゴンにスタイルチェンジする。

深紅のウィザーローブをはためかせ、レオンと対抗するマガタチの間合いに潜り込むとウィザーソードガンで振り下ろし、薙ぎ、刺突を繰り出す。

マガタチもすぐに応対するが、如何せん不意打ちのような晴人の剣戟を前に後退せざるを得なかった。

そこをすかさず開けた間合いを埋めるように踏み込んだレオンのグランヴェールを一閃が閃いた。

初めてマガタチに有効打を与えたわけだが、油断はしない。

すぐに妖刀を振りかぶるマガタチに銀の銃弾で迎撃、火花を散らせてひるんだところを晴人とレオンが距離を詰めて突き蹴りを叩き込んだ。

 

「まだヘバっちゃいないよな、レオンちゃん?」

 

「当たり前じゃ!ようやくみなを救える方法が見つかった……ここまで来てあきらめてたまるものか!」

 

瞳は闘志で燃え滾っている。

決意の表れたレオンの声音に、晴人は仮面の内で笑みを浮かべた。

もちろん晴人もあきらめる気など毛頭ない。

 

「そのとおりだ。いくぜ。ここからは………俺たちのショータイムだ!」

 

「おうともよ!」

 

ウィザーソードガンをくるりと回して、晴人の掛け声にレオンも応じる。

両者が雄叫びを上げながら地を蹴る。

ウィザーローブをはためかせ、白銀の髪をなびかせ、ウィザーソードガンとグランヴェールが妖刀と切り結ぶ。

剣と斧、似て異なる近距離武器による乱舞を捌きながらマガタチは攻めに転ずるが、晴人を狙えばレオンが邪魔をし、レオンを狙えば晴人が立ちはだかる。

晴人もレオンも、マガタチの間隙を縫いながら互いが互いの隙を補うように果敢に攻め立てていく。

意識しているわけでもないのに、自然と成り立つコンビネーションがマガタチを翻弄する。

しかし、マガタチもまた、晴人とレオンの猛攻を斬撃で応える。

踏み込もうとしたところを先んじてレオンは地面を蹴るが、転瞬、マガタチは踏み込みから待ちの構えへと転じた。

フェイクだと気付いた時には紅い刃が届く間合いに入っていた。

機転を利かせて、攻撃を放棄。

グランヴェールを逆手に構えて妖刀の居合いを防ぐと、レオンは一思いに腕を巻き上げてマガタチの胴を強引に抉じ開けた。

直後、体勢を崩されたマガタチの視界に過ったのは、腹部にウィザーソードガンの銃口を突きつける晴人の姿だった。

 

【フレイム!シューティングストライク!】

 

「はあっ!」

 

ゼロ距離で火炎弾が炸裂した。

砂塵を巻き上げながら地面を転がるマガタチに晴人とレオンがさらに踏み込んで得物を振り下ろすが、2人の銀閃は受け止められてしまった。

 

「グ…ガッ……」

 

刃と刃が拮抗する最中、マガタチは初めてその閉ざしていた口から声を発した。

 

「ゴガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」

 

そして地の底から響くような咆哮とともに膨大な量の瘴気がマガタチから放たれる。

 

「ガララアアアアアアアアッ!」

 

このままカタをつけようと力を込める晴人だったが、恐るべき膂力によって繰り出された一閃に耐え切れずレオンとともに弾けるように後方に飛んだ。

一度、間合いを取り、再び両者は相対する。

先の現象をきっかけにマガタチは全身から瘴気を放出している。

周囲に漂う瘴気の中でマガタチの血管組織が紅い妖光を放っていた。

危機感を感じたのか、ここにきてようやく敵も躍起になり始めたといったところか。

対して、こちらは今朝からの戦闘で身体が疲弊を訴えてくる。

レオンも肩で息をしていた。

 

「なかなかやるな。でも、このまま一気に勝負を着けさせてもらうぜ!」

 

【コネクト!プリーズ!】

 

「ハルト……?」

 

口調こそは飄々としているものの、その声音に重みがあることに気づいたレオンの隣で晴人は魔方陣に右腕を突っ込んだ。

 

【ドラゴタイム!】

 

そして引き戻した晴人の手に装着されていたのは、サムズアップしたハンドオーサーの中央に取り付けられた時計のような回転盤にドラゴンを模ったクリスタルが接続されたブレスレット、魔道具――――ドラゴタイマー。

そのまま晴人は音声を発するドラゴタイマーの回転盤『ドラゴダイアル』を回転させた。

 

【セットアップ!】

 

ボーン、ボーン、ボーン……

 

音声とともにドラゴンを模ったクリスタル『プリズムドラゴライト』が発光し、時の調べが辺りに響き渡る。

その様子をレオンと母狐が固唾を飲んで見つめる中で晴人はドラゴタイマーの起動レバー『サムズエンカウンター』を押した。

 

【スタート!】

 

グオオオオオオオンッ!

 

ドラゴンの嘶きとともに晴人は駆け出す。

同時に、マガタチはこれ以上の接近を許さんとばかりに晴人を切り刻まんと襲いかかってきた。

指針が時を刻む音を聞きながらマガタチの剣戟すべてを相殺していく晴人。

やがてドラゴタイマーの指針が青い盤面を指したことを確認して、晴人は再びサムズエンカウンターを叩いた。

 

【ウォータードラゴン!】

 

プリズムドラゴライトが青色に光ったその時、水で形成された青い魔法陣が出現する。

そこから現れ出でた人影にレオンは驚きで目を剥いた。

 

「なっ!ハルトがふたり、じゃと……?!」

 

そう、レオンの言うとおり、晴人とマガタチが剣を交える舞台に現れたのはもうひとりの晴人、ウィザード・ウォータードラゴンだったのだ。

すぐさまウォータードラゴンも戦闘に加わり、水の流れのようなしなやかさを備えた剣戟の隣で鋭く研ぎ澄まされた剣戟をマガタチに繰り出しながら、晴人はドラゴタイマーの起動レバーを指で弾いた。

 

【ハリケーンドラゴン!】

 

すると今度は空中に出現した風を纏った緑の魔法陣から姿を現したウィザード・ハリケーンドラゴンが着地の折に、ウィザーソードガンの引き金を引く。

連射される銀の銃弾が飛来し、マガタチをひるませたところをすかさず晴人とウォータードラゴンが一閃を食らわせた。

指針が土のエレメントのエリアに入り、プリズムドラゴライトが黄に光る。

 

【ランドドラゴン!】

 

攻撃を仕掛けようとするマガタチの真下に黄色い魔法陣が出現。

矢庭にウィザード・ランドドラゴンが飛び出し、旋風脚のカウンターで蹴り飛ばした。

 

「魔法使いの力、見せてやるよ」

 

【ファイナルタイム!】

 

そして今ここに、火、水、風、土、それぞれの力を宿した4人のウィザードが整列した。

 

【チョーイイネ!グラビティ!サイコー!】

 

晴人の叫びを皮切りに、まずはランドドラゴンが重力を操る魔方陣でマガタチを拘束。

続いて前に出たウォータードラゴンとハリケーンドラゴンが右手に嵌めた指輪をベルトのハンドオーサーにかざした。

 

【チョーイイネ!ブリザード!サイコー!】

 

【チョーイイネ!サンダー!サイコー!】

 

たちまち、強烈な吹雪とドラゴンを模した雷撃がマガタチに放たれる。

 

「グ、ゴ……ゴガッ………!」

 

鳴り響く轟音、吹雪と雷撃の暴威に苛まれながらマガタチが苦悶の声を漏らした。

 

「ガラアアアアアアアアアアアアッ!」

 

しかし、マガタチは妖刀を一閃、全身から放出する瘴気とともに魔法を薙ぎ払う。

攻撃が掻き消されたその余波でウォータードラゴン、ハリケーンドラゴン、ランドドラゴンの3人は吹き飛ばされてしまう。

そしてマガタチは唯一、踏ん張りを利かせてその場に留まった晴人に狙いを定める。

時をおかずに妖刀の切っ先を向けて飛び掛かるが、冷静に対峙する晴人の行動も迅速なものだった。

 

【ディフェンド!プリーズ!】

 

紅い刃が晴人に迫る寸前に魔方陣の防壁に阻まれ、マガタチの動きが一瞬止まる。

 

「レオンちゃん!」

 

「任された!」

 

晴人の叫びに合わせて、マガタチの死角からレオンのグランヴェールが白刃の軌跡を描いた。

 

「ガグギャアアッ!?」

 

絶叫しながら痛烈な一撃で火花を散らせるマガタチに、体勢を立て直したウォータードラゴン、ハリケーンドラゴン、ランドドラゴンの3人が攻めたてていく。

 

「チョーイイね」

 

「フン、次いくぞ!」

 

精悍な笑みを交わしながら晴人とレオンは並び立つ。

 

【キャモナスラッシュ!シェイクハンズ!…】

 

晴人はウィザーソードガンのハンドオーサーを開き、レオンは背後に自身の紋章を展開する。

 

【フレイム!スラッシュストライク!】

 

燃え盛る刃を携えて狙い定めるはただ一点、2人は同時に駆け出した。

 

【ボーボーボー!…ボーボーボー!…】

 

3人のウィザードの横をすり抜け、マガタチの真正面に躍り出る。

 

「魔王爆炎斬!」

 

「はああっ!」

 

袈裟方向に振るった炎の斬撃が十字に走った。

 

「グガアアアアアッ!?」

 

刹那、轟音を立てて爆ぜる衝撃でマガタチは大きく宙に身を投げた。

受け身も取れぬまま、地面に伏せるマガタチ。

晴人とレオンは大きく息を吐き――――かけた時だった。

 

「グラガアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

身の毛もよだつ叫声をあげてマガタチが立ち上がったかと思えば辺りに瘴気を撒き散らせながら紫黒色に光る翼を背面に発生させ、大きく羽ばたく。

思いもよらぬしぶとさに驚く間もないままマガタチが妖刀を振るった。

紅い軌跡が黒い斬撃波となって晴人たちに襲いかかってくる。

無意識の防御姿勢のおかげで致命傷には至らなかったが、それでも幾重にも放たれた凶刃のダメージは大きかった。

 

「チィッ!奴め、まだこれほどの力を………!」

 

「だが、こっちにもまだ希望は残されてる!」

 

【セットアップ!】

 

再びドラゴダイアルを回して晴人はサムズエンカウンターを押した。

 

【スタート!】

 

時を刻む音を聞きながら立ち上がる。

そして、その時が来た。

 

【ファイナルタイム!】

 

晴人は時を知らせるドラゴタイマーをウィザードライバーのハンドオーサーにかざした。

 

【オールドラゴン!プリーズ!】

 

大きく両腕を広げ、ウォータードラゴン、ハリケーンドラゴン、ランドドラゴン、そして晴人がエレメントを宿した魔法陣を背にして宙に浮き上がる。

そしてウォータードラゴン、ハリケーンドラゴン、ランドドラゴンの3人のウィザードの姿がそれぞれのエレメントで形成されたウィザードラゴンの幻影に変わると、周囲を飛び回りながら一体、また一体と晴人と融合していく。

まずは腰部に強力な破壊力を秘めた『オールドラゴテイル』、次に背中に鋭い刃と化した『オールドラゴウィング』、両手に強靭な切れ味を誇る『オールドラゴヘルクロー』、そして最後に胸部からウィザードラゴンの頭部『オールドラゴスカル』が具現化していった。

正しく、ウィザードラゴンと一体化したその姿こそ、全てのエレメントの力を完全に開放したウィザードの超強化形態――――ウィザード・オールドラゴンである。

 

「これが世界を救う、希望の力だ!」

 

ドラゴンの如き叫びをあげて、晴人はマガタチに向かって飛翔する。

 

「まったく、どこまでも驚かせてくれる………」

 

晴人の後ろ姿を見送りながらレオンは呆然とつぶやく。

ここまで来ると、驚きを通り越して呆れる他ないというのが正直な心情だった。

 

                    ☆

 

辺りに漂う瘴気を吹き飛ばし、大空を翔けていく晴人にマガタチが黒い斬撃波の洗礼を浴びせてきた。

しかし晴人は襲いくる凶刃を、オールドラゴヘルクローを振るって次々と切り捨てていく。

 

「はあっ!」

 

そしてマガタチ目掛けて直進し、土塊を纏った刺突を繰り出す。

マガタチは寸前のところで妖刀を構えて食い止めるが、風を味方につけた勢いを止めるまでには至らなかった。

色濃く苦悶を露わにするマガタチに畳み掛けるように晴人はオールドラゴウイングを強く羽ばたかせる。

全身を切り刻んでくる風の刃に耐え切れず、マガタチはその場を離れようと試みるが、晴人はそれを許さない。

 

「逃がすか!」

 

すぐさま距離を詰めて取っ組み合い、空中で繰り広げられていく刃と刃による応酬は晴人が上回っていた。

低姿勢の状態から半月状にオールドラゴヘルクローを振るい、素早く身体を反転、オールドラゴテイルを逆袈裟方向に叩き付ける。

水の尾を引くすさまじい衝撃に宙を舞うマガタチに晴人はさらなる追撃を加えていく。

素早く飛行し、マガタチの頭上をとらえると、オールドラゴスカルからドラゴンブレスを放った。

必殺の超火力に飲み込まれ、成す術もなくマガタチは地面に落ちて行った。

ドラゴンの力を完全に開放した晴人の希望を前にして立ち上がるがその足取りはおぼつかないものだった。

 

「グルラァッ……」

 

それでもわずかに戦意は残っているのか、唸り声をあげて妖刀に瘴気を集めていく。

 

「どこを見ておる?」

 

そんなマガタチに言葉を投げかけたのはレオンの声だった。

マガタチが睨めつける先には弓の形態に変形させたグランヴェールを構えるレオンの姿があった。

携える弓矢に翡翠に輝く輝力が収束していく。

 

「ハルトが言うてたであろう?今はワシたちのショータイムじゃと!」

 

マガタチという存在に、恐怖という感情は備わっているのだろうか。

ただ確かなことは、今のマガタチからは正常な判断能力が欠落していたということだ。

本能に身を任せレオンに向かって地を蹴るマガタチだったが、軍配はレオンに上がった。

 

「魔神旋光波!」

 

瘴気を切り裂き、煌めく弓術紋章砲がマガタチを空高く撃ち上げる。

 

「決めろ!ハルトッ!!」

 

レオンが見上げるはるか上空で、晴人は巨大な魔法陣と火、水、風、土、4つのエレメントの光を放つ魔法陣に立ち、上昇してくるマガタチを見上げる。

 

「フィナーレだ!」

 

声高らかに宣言し、晴人は火のエレメント、水のエレメント、風のエレメント、土のエレメントの魔方陣から出現したドラゴンの幻影を引き連れて飛翔する。

 

「だああああああああああああっ!」

 

グオオオオオオオオオオンッ!!

 

火!水!風!土!

嘶きとともに、それぞれのエレメントで形成されたドラゴンの幻影が突撃し、トドメに巨大魔法陣ごと叩きつける突き蹴り――――ストライクドラゴンがマガタチを貫いた。

 

「グ、ガ……ガ……ガギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!!?」

 

一刹那の後、耳をつんざくような断末魔の叫びとともに宏大な爆発がアンダーワールドに広がった。

 

「ハルト!?」

 

予想以上の規模の大きさにたまらずレオンが叫ぶが胸に生まれた不安は杞憂に終わる。

 

グオオオオオオオンッ!

 

爆発が生み出した煙幕の中から聞こえたのはドラゴンの雄叫び。

すぐにウィザードラゴンの背に乗る晴人が姿を現し、滑空してきた。

 

「レオンちゃん!」

 

手を伸ばし名前を呼ぶ晴人に、同じように大きく手を伸ばすレオンに笑顔が戻った。

 

「ハルト!」

 

そして互いの手がしっかりと繋がり、引き上げるようして晴人はレオンを後ろに乗せる。

今度こそ希望は救われた。

それは晴人の落ち着いた雰囲気から感じ取れた。

 

「今度こそ、終わったのだな......」

 

「ああ。これでようやく―――――」

 

『ありがとう』

 

安堵する2人の耳朶を叩いたのは優しさに満ちた声音。

視線を向けると、母狐がとても穏やかな眼差しでこちら見つめていた。

 

「帰ろう、みんなのところに」

 

「ああ……」

 

土地神の親子に見送られ、晴人とレオンはアンダーワールドを後にした。

 




先日、スーパーヒーロー大戦GPを見てきました。
今作もなかなか肉厚な内容だったと思っています。
今回は仮面ライダーの定義に重きを置いて、何より、及川さんが仮面ライダーのダークな部分をいい感じに表現してくれていて大変満足いく作品でした。

今日の合体スペシャルもおもしろかったです。

お待たせしました。
今話が第1期のクライマックスだったので、レオンとの共闘部分にこだわっていたら1万字超えてました(笑)
とりあえずこの作品もひと心地ついたので、残りはほんわかとした内容にしていきたいと思います。

P.S.
作中で、晴人がディフェンドを使用した点についてですが、本編の33話「金で買えないモノ」でドラゴタイマー装着した状態でキックストライクを使おうとしてたんで、とりあえず他の魔法も使えるという設定でいかせていただきます。
どうしても違和感を覚えたとしても、いや使えるんかい!という突っ込みで勘弁してやってください。


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第15話 守り抜いた未来

「「裂空……ダブル十文字!!」」

 

宙に跳んだシンクとエクレが同時に二ふりの得物を振るう。

放たれた十字の斬撃が押し寄せるグールと浮幽霊の大群を吹き飛ばした。

着地するなり手近な敵を叩きのめしていく両名だが、決してそのまま深追いすることはしない。

むしろ、互いをフォローするように最小限の範囲で立ち回る戦い方だった。

さらに加えて、ミルヒとリコも2人の援護に徹している。

ミルヒが紋章術の防壁で敵の進行を妨げ、リコは光の弾丸で撃ち抜いていく。

しかし、倒しても倒しても湧いて出てくる敵の勢いは止まる気配を見せることはない。

 

「くっ……さすがにキリがないな、まったく!」

 

「まずいでありますよ!さすがにこのままでは……」

 

「でも、こんなところであきらめるわけにもいかないよね?」

 

「もちろん!今はなんとしてでも耐え忍ぶのみです!」

 

焦りを見せながらも、厳格な姿勢は決して崩さないが、体力と輝力ともに底を尽きようとしていたことに各々気付きかけていたが、グールたちは怨嗟のごとき唸り声を漏らしながらにじり寄り、シンクたちを確実に追い詰めていく。

いよいよ終わりの見えない持久戦にも、限界が迫ろうとした時だった。

 

 

オオォォォォォォォォォォン………

 

 

魔獣が歩む足を止めたかと思えば、突如天に向かって咆哮を上げた。

だが、その咆哮は今までの恐怖を感じさせるものとは違い、まるで凍てついた心を溶かすようなあたたかさを聞く者に感じさせた。

瞬間、魔獣の身体中に伸びきっていた赤い触手が淡い光となって消滅していく。

続いて、シンクたちを取り囲んでいたグールや浮幽霊もまた、もがき苦しむような素振りを見せるや、崩れゆく砂城のようにその体が粒子となって次々と散って行った。

 

「な、なにが起きたでありますか!?」

 

「これは……もしかして!」

 

突然の事態に緊張を隠せない面々であったが、その中でひとり、ミルヒの脳裏にひとつの可能性が過る。

すると、その予想を裏付けるかのように彼女たちのそばに赤い魔方陣が出現した。

矢庭に彼女たちの意識が向けられる中、飛び出してきたのは、やはりマシンウィンガーに跨った晴人とレオンだった。

 

「レオさま!」

 

「晴人さん!」

 

「2人とも、今だ!」

 

無事であることが確認できて安堵の声を上げるミルヒとシンク。

駆け寄ろうとする2人にすかさずレオンが声を投げかけることで、やるべきことを促した。

シンクとミルヒもレオンの意図を汲み取り、妖刀の元へと急いだ。

エクレとリコも続いて2人の後を追っていく。

数百年にも及ぶ悲劇の元凶を前に、改めてシンクとミルヒの表情が引き締まる。

まずはシンクがゆっくりと手を伸ばしてみるが、今度は赤い火花が散ることはなかった。

それを確認してシンクとミルヒは同時に妖刀の柄を掴む。

刀身に巻きついていた鎖が邪魔をしてくるが、少しずつ刀身が持ち上がっていく。

いける、と確信してさらに力を加えながらシンクとミルヒはアイコンタクトで互いにタイミングを見計らう。

そして――――

 

「「せーのぉ!」」

 

揃ってあげた掛け声とともに2人の腕に確かな手応えが伝わった。

力が抜けた反動で後ろに倒れてしまうが、見上げれば空中にひとつの土塊がくぐもった音を立てて爆ぜていた。

薄く広がっていく砂煙の中から小さな影が飛び出したのを見て咄嗟に走り出すミルヒ。

そのまま放物線の着地地点を冷静に見定めてダイブする。

みると、彼女の手の中には土地神の子狐があった。

妖刀によって貫かれていて傷口から出血が見られたが、弱弱しい鳴き声を漏らして横たわる体を身動ぎさせた。

まだ息があることに一同は胸を撫で下ろすが、息をつかせぬ間に事態はさらなる展開に急転していく。

どこからともなく地響きが聞こえたと思えば、晴人たちの足元が揺れ始めた。

見れば、妖刀が突き刺さっていた個所を起点に、頭部から背中、脚部、尾部と、風化が始めていたのだ。

生気を感じさせないながらも、その存在を知らしめた身体から色素が失われていき、完全に浸食されたころには魔獣は、その形をした土像と成り果てていた。

最後には自身の重みに耐えきれず、魔獣の四肢に亀裂が走っていく。

一層大きくなる地鳴りに、崩壊が始まったと考えが至るのは至極当然と言えよう。

 

「まずい、崩れる!」

 

「早くここから離れるぞ!」

 

狭まっていく足場の上でシンクが子狐を懐に収めるのを確認して、晴人たちは急いで脱出するように示し合せる。

そうこうしている内に崩壊はさらに加速していき、いよいよ本格的に魔獣の原型が瓦解していく。

足元を取られないように行動に移る一部始終を、晴人たちとは別に魔獣を追いかけていた放送陣のカメラが捉えていた。

空中に浮かぶディスプレイを通して、フロニャルドの国民たちも彼らの固唾を飲んで行く末を案じていた。

崩壊による余波は予想以上に荒まじく、大多量の土砂による飛沫が一瞬にしてカメラの視界を奪う。

決して長い時間ではなかったが、画面越しに伝わる事態の大きさは晴人たちの無事を願う人々の不安を仰ぐには十分だった。

 

 

クァッハアアアアアアアーッ!

 

ブゥゥゥウウウウウウンッ!

 

 

そうして、誰もが強く祈りを込めていた瞬間、セルクルの鳴き声と機械独特な駆動音が皆の耳に届いた。

顔を上げれば、立ち上る砂煙の中から2つの影が飛び出していた。

ひとつは、背中にシンク、ミルヒ、エクレ、リコを乗せて飛翔するハーランの姿。

そしてもうひとつは、マシンウィンガーを駆る晴人と彼の背中に捕まるレオンの姿だった。

彼らの生還に歓喜の声が巻き起こり、やがて、魔獣だった土砂は盛大に砂塵を巻き上げるのを最後に完全に崩れ散った。

その光景を離れた高台まで避難を終えた晴人たちは見つめていた。

 

「ようやく、終わったのですね……」

 

「ああ。とりあえず、無事に解け、つ――――」

 

感慨深そうに呟くミルヒに晴人も続こうとしたが、最後まで言うことはできなかった。

それどころか、彼女たちの目の前で晴人の体が突然倒れこんでしまったのだ。

 

「ハルト!?」

 

今までのように魔方陣を透過するのではなく、ウィザードの装甲が弾け飛ぶ形で変身が

解けたことに驚きながらも咄嗟にレオンが晴人の体を抱き上げる。

ようやく安堵の息を零そうとしたところでの出来事に動揺が広がっていく中で、予想以上に伸し掛かる重さから、レオンは晴人には自身の体すら支えられないほどまでに憔悴していると気付くことができた。

 

「ハルト!一体どうした!?しっかりしろ!ハルトッ!!」

 

「悪い……。さすがに、魔力……切れた………」

 

全身から血の気が引く思いで叫べば、息も絶え絶えでうわ言のようなかすれた声が晴人の口から紡がれた。

『魔力切れ』――――その名の通り、魔法を使うための魔力が枯渇する現象のことである。

一度魔力切れを引き起こすと、しばらくの間は魔法を発動できない上に、意識を失うほど体力も著しく低下してしまう。

現に、今も必死に呼びかけるレオンたちの声が遠のいていく。

 

「少し、寝る………」

 

最後にそれだけ言い残して、晴人は意識を手放した。

 

                    ☆

 

一時、ミオン砦に引き返したミルヒたち。

そこに合流してきたユキカゼに事の顛末の説明をしていた。

 

「と言うわけで、私はこの子の母親に頼まれて、それで妖刀の事を聞いて――――」

 

「エクセリードとパラディオンが力を貸してくれて今に至る」

 

「なるほど、そうでござったか」

 

ミルヒとシンクから事の詳細を聞いて相槌を打つユキカゼはその場で跪いた。

 

「姫さま、改めてお見事にございます。魔物の多くは、呪いに見舞われた悲運な存在。それをただ退治するのみならず、拙者の同胞を救ってくださいました」

 

そう言って、ユキカゼの視線の先には、ミルヒに抱きかかえられた土地神の子狐がいた。

すでに治療も終えて、今はとても穏やかな寝息を立てる姿を見ながら感謝の言葉を贈るユキカゼに、ミルヒは小さく首を横に振った。

 

「いえ、私ひとりではなにも……。シンクやレオさまたちのおかげです」

 

「勇者殿も見事にござる。あとでうんと撫でてあげるでござるよ」

 

果たしてどこまで本気なのかは定かではないが、ありがとう、と言って照れ笑うシンク。

その隣で密かにむくれるエクレをリコは微笑ましく眺めていた。

ご愛嬌なやり取りに心が和んでいく。

そんな雰囲気にも拘らず、いや、だからこそミルヒは神妙な顔つきで問いかけた。

 

「ユキカゼ、この子の母親はやっぱり、もう……?」

 

ミルヒの問いに、ユキカゼも顔を曇らせて答える。

 

「姫さまがお会いになったその子の母親は、魔物の血肉に取り込まれた中、我が子を思う一心で心をつないでいたものと思われます。魔物としての五体は滅び、この子が助かった今、母狐の魂は天に還ったのではと……」

 

無念をにじませた彼女の言葉は『一度失われた命はもう返ってこない』ということを暗に語っていた。

 

「そうですか……」

 

「姫さま。その子狐、拙者がお預かりしてもよろしいでしょうか?元気になるまで、我が家で面倒見たいと存じます」

 

実際に母狐の苦悩を目の当たりにした本人としては、やりきれない気持ちでいっぱいになり、一層顔色が暗くなっていく。

そんな彼女にユキカゼが申し出た。

まっすぐ見据える彼女の瞳から子狐への思いやりが伝わってくる。

ユキカゼの純粋な優しさを受け止めて、ミルヒは快く了承するのだった。

 

「あとはレオさまか……。お怪我の具合、悪くないといいのだが……」

 

フロニャルド全土を震撼させた災厄を退けたとあっても、まだ完全にすべての不安と動揺を取り除けたわけではない。

その他にもまだ懸念すべき点を指摘するエクレにシンクも頷く。

 

「それに晴人さんも。まだ目を覚ましてないんだよね?」

 

                    ☆

 

「砦の防衛隊と、ビスコッティ2番隊の兵士たち。負傷者は出ていますが、死者や行方不明者は出ていません。魔物の様子が中継されていたため、各地の戦闘は停止中。両国民とも皆、レオさまやミルヒ姫さまの安否を心配しております」

 

砦内の一室にて、レオンは医師の診断を受けながらルージュの報告を聞いていた。

重度の怪我というわけではないが、衣服の下で華奢な身体に巻かれた包帯が何とも痛々しい。

 

「………ハルトの様子はどうじゃ?」

 

一通り話を聞き終えてレオンが最初に口にしたのは晴人の安否だった。

誰よりも近くで崩れ落ちる様を目の当たりにした彼女にとっては気が気ではないのだろう。

内心を不安に駆られるレオンに、ルージュは安心させるように微笑んだ。

 

「まだ目は覚ましていませんが、医師の話によれば私たちで言う、過度の輝力を消費したことによる疲労だろうと。命に別状はないそうです」

 

「そうか……」

 

心配はいらないことを知り、レオンにも安堵の笑みが戻る。

そして、ようやく人心地ついたレオン意を決したように口を開いた。

 

「ホールを開け、報道陣を呼べ。代表放送を行う」

 

                    ☆

 

心配するビスコッティ、ガレット両国民に向けて急遽代表放送行われた。

その内容はレオンによる謝罪と、この日の戦を中止とするというもの。

中止の原因は巨大な魔物が現れたこと、それによる負傷者が出たこと、魔物出現の原因調査と安全確認のため。

 

「魔物が現れた原因はまだわからんが………今回はワシが調子に乗って、国の宝剣を賭けようなどと言いだしたことに対する天罰やもしれん。皆が楽しみにしていた大戦をこのような形で終了せざるを得なかったこと、興行主として心から謝罪したい。すまなかった」

 

多くの報道陣を前に会見に臨んでいたレオンは真摯な姿勢で頭を下げる。

その姿を隣に座るミルヒたちが、放送を視聴していたすべて者たちが見守っていた。

 

「次はこのようなことがない楽しい戦を近々に用意する。無論ビスコッティ側ときちんと協議をしてな。ワシは今回のことを経て、領主としてより一層精進することを心に決めた。こんな頼りない領主ではあるが、ガレットの皆は今後も、ワシについてきてくれるであろうか?」

 

かつては大切な幼馴染の為を想っての行為が暴走し、自国どころかフロニャルドを巻き込む事態に繋がってしまったのだ。

ひとりの領主として民と向き合おうとレオンは心に決めていた。

不安がないと言えば嘘になるが、淀みのない言葉にガレットの国民が答える。

 

 

オオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!

 

 

レオンを慕う歓声として……。

 

「ビスコッティのみんなも、ワシの戦に参加してくれるであろうか?」

 

対するビスコッティ側もまた然り。

拳を上げて飛び交う拍手と喝采に、誰もが笑顔を咲かせていた。

時を同じくして、別室でベッドに横たわっていた晴人の瞼がゆっくりと開かれた。

 

「ハルトさん!気付かれましたか?」

 

目を覚ましたことに気付いて、そばに控えていたビオレが駆け寄ってきた。

ビオレに一度笑みを向けると、晴人は窓の外に目を向けた。

 

「……希望があふれてる」

 

窓に差し込む暖かな陽の光とともに、浅く耳朶を叩く歓声に口元を綻ばせて、とても穏やかな心地で呟いた。

 

「感謝する。ありがとう!」

 

自分の不甲斐なさを受け入れて尚慕ってくれる人々に精一杯の喜びを込めた言葉を贈るのだった。

 

                    ☆

 

滞りなく謝罪会見を終えたその日の夜、中断した戦の埋め合わせを兼ねてミルヒの臨時ライブが開催されることになった。

ココナ平野では特設のステージの建設が進められている。

同時に、ガレット領の街ではライブに先駆けてお祭りが開かれていた。

大勢の人々が行き交う賑わいの中に晴人の姿もあった。

 

「すごいな。みんな盛り上がってる」

 

つい数時間前までの災厄がまるでウソのような盛況ぶりに、晴人は周りを見渡しながら感嘆の言葉を口にした。

思えば、向こうの世界でも戦いに明け暮れる日々を送っていた彼にとって一体いつ以来の風景なのだろうか。

懐かしい感覚に思いを馳せるとともに、軒並みに並ぶ出店が並ぶ道を進むに連れて半ば興奮を覚えていた。

浮足立つ足取りで何をしようか考えながら出店を覗き込む晴人。

幸いにも、彼のポケットにはフロニャルドの硬貨が詰め込まれた麻袋がある。

事前に街に繰り出す時にビオレからもらったものである。

最初はさすがにお金は……と渋る晴人だったが、ビオレ曰く、それは先の戦での報酬分だとのこと。

中止になったにも拘らず律儀に配当金が支払われることに戸惑いを見せるも、正当な権利であることを主張するビオレに押されて、ありがたく受け取ったものだ。

とりあえず見た感じでは、出店で一食分使ったとしてもまだ余裕はあるだろうか。

さて、何をしようかと考えながら晴人は再度周囲に視線を巡らせる。

すると、とある一軒の出店が彼の目に留まった。

正確な理由というものはない。

ただ、なにかに引っ張られるようにそのお店に近づいてみると、瞬間、晴人は大きく目を見開いた。

 

「ウソ、だろ……。あれは……まさか………!」

 

我が目を疑う思いでさらに歩みを向けると、予感は確信に変わった。

 

                    ☆

 

ライブのステージと祭りの喧騒から少し離れた道をレオンは歩いていた。

憑き物が落ちたような面持ちで歩みを進める彼女の銀髪が夜の風で優しくなびく。

月の光が反射してきらきらと輝きを放つその姿は、幻想的な美しさを魅せていた。

徐に流れる髪を押さえていると、レオンは視界の端で人影をとらえた。

 

「ハルト……」

 

「よ、レオンちゃん」

 

彼女の視線の先にいたのは、大きな紙袋を抱えて大変ご満悦な晴人だった。

名前を呼べば、向こうも気が付いたようで片手を上げて挨拶を返した。

 

「もう出歩いて大事はないのか?」

 

「まあな。あの時も言っただろ?ただ魔力が切れただけだって。もう心配はいらないよ」

 

「そうか……。結局お前の見舞いにも行ってやれなんだ。その、すまない」

 

「別に気にする必要なんてないって、そんなの。結構バタバタしてたのは何となくわかってたからさ」

 

どこか申し訳なさそうな様子のレオンに対し、晴人は飄々と応じる。

 

「で、どうしたんだ?こんなところにひとりで」

 

「なに、ただの散歩じゃよ。お前こそどうした?やけにうれしそうではないか」

 

「ああ、実はな……」

 

今までレオンは、飄々とすることはあっても上機嫌な晴人の姿を見たことはなかった。

子どものように無邪気な一面が気になって訊ねてみると、晴人はさらなる笑みを浮かべて紙袋からあるものを取りだした。

 

「じゃーん!ドーナツ!」

 

「……は?」

 

声高らかに何を取り出したのかと思えば、予想の斜め上を行く答えにレオンは間の抜けた声を漏らした。

 

「俺の好物なんだよ。いや~、まさかこの世界でも食べられるとは思わなくてな」

 

「お、おぉ……それはよかったな……」

 

種類はもちろん、プレーンシュガー。

やっぱりあきらめない限り希望はあるもんだよな~、と嬉々として語る晴人に、愛想笑いで取り繕うレオン。

 

「それで、そっちはちゃんと仲直りはできたか?」

 

気が抜けたところに、唐突に訊いてきた。

呆気にとられてしまうレオンだったが、誰と、と問い返す必要はない。

 

「ああ、おかげでな。自分を殺してまで守ろうとしなくていいと怒られてしもうたがな……」

 

「そっか、怒られちゃったか」

 

「わ、笑うでない!」

 

途端に顔を赤らめて噛みついてくるレオンだが、晴人は軽く受け流す。

 

「此度のことで、ワシは自分の甘さを思い知らされた」

 

明らかにいつもの覇気が抜け落ちているレオン。

そんな彼女の言葉を晴人は静かに耳を傾けていた。

 

「星読みの未来ばかり鵜呑みに、肝心のミルヒの言葉を聞こうとしないまま空回りばかり繰り返した。挙句に自分の身勝手さで関係のない者たちまで巻き込んでしまった。お前がいなければワシは、ワシ自身の弱さに振り回されたまま星読み以上に最悪の未来を招いてしまっていたのかもしれん……。本当にありがとう、ハルト。そして――――」

 

「いっしょに食べようぜ」

 

すまなかった、と頭を下げようとしたレオンを遮る晴人。

彼の手にはレオンに差し出したプレーンシュガーがあった。

 

「いいのか?それはお前が買ったものでは……」

 

「いいて、いいって。うれしくてつい買いこんでしてしまったんだが、ひとりでこの量はさすがにな……」

 

苦笑を浮かべる晴人が抱える紙袋の中を覗けば、確かに10個近いプレーンシュガーが詰め込まれていた。

いくら好物とは言え、ひとりで食べるには多すぎると察したレオンは毒気が抜かれる思いでレオンは溜め息をこぼすのだった。

 

「そうか。なら、いただこう」

 

プレーンシュガーを受け取ったレオンはさっそく口に運ぶ。

口の中で溶け合うもちもちとした食感とパウダーシュガーの甘みが滅入っていた気分を和らげてくれる。

隣を見ると、並んで頬張る晴人の子供のようなあどけない笑顔が何ともおかしかった。

 

「ん?どうかしたか?」

 

「いや、たまにはドーナツも良いものだと思ってな」

 

レオンの視線に気付いて晴人が問いかけるが、それとなくごまかした彼女の答えにそっか、と相槌を打つ。

簡単に納得したかと思えば、続けて晴人が口を開いた。

 

「……確かにレオンちゃんがしてきたことは全部空回りだったのかもしれない」

 

突然の辛辣な言葉にレオンは項垂れてしまう。

自信に満ちた瞳にも陰りが過ぎりっていた。

 

「でも、全部が無駄だったわけじゃない」

 

だが、ハッと顔を上げて晴人を見やる。

 

「あれが、俺たちが守った希望だ」

 

晴人の視線を追うと、散りばめられた星々のように煌々と焚かれた明かりが目に留まる。

耳を澄ませば、祭りを楽しむ笑い声や、ライブを心待ちにする人々の歓声が聞こえきた。

 

「空回りしたからこそ気付けることだってあるんだ。大切なのは、今を受け入れてどうするかだ。結局、いろいろ遠回りしてしまったかもしれないけど、レオンちゃんのミルヒちゃんを守りたいっていう希望が未来を変えたんだ。だから、もっと胸を張ってもいいんじゃないか?」

 

そう言って、晴人はポン、とレオンの頭に手を置いた。

見上げれば、優しい微笑みを浮かべる晴人がいた。

 

「こ、子ども扱いするな!ワシは領主だぞ!」

 

見惚れてしまったことに気付かれることを恥ずかしくなり、思わず視線を逸らして口にしたのは強がりな一言だった。

 

「ハハ、悪い。ついな」

 

「………」

 

いつものように晴人が調子よく謝って終わるかと思われた。

しかし、手を下げようとした挙動が止まる。

 

「いや……お前なら、いい」

 

今にも消え入りそうな声に一層顔を赤らめたレオンが、晴人の袖を掴んでいたのだ。

 

「……そっか」

 

晴人もからかうことはせずにレオンの頭を優しく撫で始める。

 

「今までも、お前はこうして希望を守ってきたのだな……。ありがとう、ハルト」

 

晴人の手の温もりを感じながら呟いたレオンの言葉は、誰の耳にも届くことないまま夜の風に乗って消えていった。

 




いや~、あれから1年経つんですね……。
日朝もガラリと変わるごとに時間が経っていることを感じます。
スーパー戦隊はジュウオウジャー。
へー、今回のテーマは動物で、敵はメダルを使うんだねー。
動物とメダルかー。
………オーズを思い浮かべた人は僕だけじゃないはず………!

プリキュアは魔法使いかー。
………ウィザードを連想した人は少なくないはず……!

そっかー、もう1年なんだねー……。

はい、というわけで約1年ぶりの更新となりました、『仮面ライダーウィザード FANTASTIC DAYS』最新話です。
今まで更新できずにいて………ホントすいまっせんしたアアアアアアアアアアアアアアア!!
今まで感想返信できずにいてホントすいまっせんしたアアアアアアアアアアアア!!

まさかここまで間が開くとは思わなかったんです!
ラブライブ×ガッシュのssが思っていた以上に人気が出たことがうれしかったんです!
諸事情で昨日発売の『バトライドウォー創生』を今日買う予定ですが、これからもクウガともども更新していくんでどうぞ、これからも不肖青空野郎の作品をよろしくお願いします!
ホント、まことに申し訳ありませんでしたアアアアアアアアア!!!


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