遊戯王異伝~史上最後のサイバー流~ (真っ黒セキセイインコ)
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プロローグ

 ネオドミノシティ。元の名は童美野(どみの)町、数十年前に初代デュエルキングが生まれた町であり、約二十年前には運命になぞられし六人の人間が救った街でもある。そして、現在もさらなる発展を遂げていた。

 しかし、どんなに発展を遂げようと、過去にどんな英雄達がいようとも、必ず闇の部分は存在する。

 例えばそれは、セキュリティですら立ち寄れない裏のストリート。日夜、非合法なデュエルが行われる地下デュエル場などがそれである。

 そして今、二人の人間が向きあうこの裏通りもまた、そういう場所の一つであった。

 

 片方は痩せぎすでいかにも不健康そうな大男。そしてもう片方は真っ黒なパーカーを羽織り目元をフードで隠す性別不明の人間だった。

 大男と黒パーカーの背丈は男の頭一つ、いや二つは離れており、あまりにも黒パーカーの場違い感はぬぐえない。しかし、彼らがしているのは喧嘩では無く決闘(デュエル)なのである。ゆえに体格の差は関係ないのだ。

 お互いにライフは初期数値である4000をデュエルディスクに刻んでおり、まだ序盤という状況で先に動きを見せたのは男の方だった。

 

「クックックッ……。《スクラップ・ドラゴン》の効果発動! 自分フィールドのカード一枚と相手のフィールドのカード一枚を破壊する。オレはこのセットカードとお前のセットカードを破壊だぁ! そしてチェーンして《強制脱出装置》を発動! そのセットモンスターを手札に戻す!」

 

 大男は顔を愉快そうにゆがめてそう宣言すると、ガラクタの寄せ集めのような竜――スクラップ・ドラゴンの咆哮が男のカードと黒パーカーのカードを破壊する。

 さらに破壊された男のセットカードから竜巻が漏れ出し、黒パーカーのセットモンスターを手札へと戻していく。これによって黒パーカーのフィールドにはカードは存在しなくなってしまった。

 

「ハンッ! 《ガード・ブロック》か! そんでセットモンスターはリバース持ちってことは見え見えなんだよ。そして、これでお前の場はゼロ。バトルだスクラップ・ドラゴンでダイレクトアタック! さぁ2800のダメージを受けな!」

 

 スクラップ・ドラゴンのアギトにある噴射口から炎が放たれる。

 攻撃力は2800、たいして黒パーカーのライフポイントは4000。この攻撃ではライフは無くならない。しかし、こう言う場所で行われるデュエルではデュエルディスクも特別製であり、ダメージを負うとプレイヤーに電流を流す仕組みになっている。しかも、それはダメージの量に比例するため、このままでは黒パーカーは2800分もの電流を流されることとなってしまうのだ。

 男は相手がその苦痛に歪む顔が見れると思い、ただでさえ醜悪な顔をゆがめたが、対する黒パーカーの反応は冷静な物であった。

 

「攻撃宣言時、手札から《速攻のかかし》を捨ててバトルフェイズを終了」

 

「アアッ!?」

 

 スクラップ・ドラゴンが吐きだした火炎は、これまたぼろっちい案山子が現れたかと思うと火の粉を散らしながら消え、バトルフェイズは終了させられた。

 

「くそが! カードを二枚セットしてターンエンド」

 

 至極残念そうに男がターンを終了させると、黒パーカーへターンが移行する。

 

「……ドロー。手札から大嵐を発動」

 

「チィッ……! 《神の警告》と《ミラーフォース》が……」

 

 緑色に縁取られたカードを黒パーカーがデュエルディスクに差し込むと、さっき使われた荒野の大竜巻の時以上の風が吹き荒れ、男のセットカードを破壊しつくした。

 二枚とも優秀なカードなため破壊されたのは痛かったらしい。

 

「……さらに手札から《サイバー・ドラゴン》を攻撃表示で特殊召喚」

 

サイバー・ドラゴン 星5/光属性/機械族/攻2100/守1600

 

 黒パーカーのフィールド上に細長い蛇のような機械の竜が現れる。メタリックな銀色の竜はそのサイバーという名の通り純粋な機械で作られた竜であった。

 

「サイバー・ドラゴンは自分フィールドにモンスターが居らず、相手フィールドにモンスターがいる場合特殊召喚が可能……」

 

「サイバー・ドラゴン……? へぇ珍しいじゃねぇか。今時そんなカード使うやつがいるなんてなぁ」

 

 サイバー・ドラゴンは今は無きサイバー流のキーカードだ。カードの供給が高まった今でこそ手に入れやすいが、もはやシンクロ召喚やエクシーズ召喚がある今では使われることのないカードである。

 それ以前にとある理由により、もはやサイバー流系列のカードを使うものはほとんどいないのであった。

 

「……アンタには関係ない。手札から魔法(マジック)カード、《エヴォリューション・バースト》を発動。サイバー・ドラゴンの攻撃を放棄する代わり、相手フィールドのカードを一枚破壊する。スクラップ・ドラゴンを破壊」

 

 黒パーカーは宣言するとサイバー・ドラゴンの口に、青白い光を放つエネルギーが充填され発射される。

 スクラップ・ドラゴンの攻撃力は2800。対してサイバー・ドラゴンの攻撃力は2100だ。通常の戦闘ならば破壊どころか敗北するところだが、効果により破壊ではその攻撃力もないに等しい。

 サイバー・ドラゴンの何倍もある大きさのスクラップ・ドラゴンが破壊されるのは、些か不思議なものだったが、崩れ落ちて行く屑鉄の竜の効果が発動される。

 

「チッ……、だが相手に破壊されたことでスクラップ・ドラゴンの効果が発動する。墓地よりスクラップと名のつくシンクロ以外のモンスター、《スクラップ・ビースト》を守備表示で特殊召喚! 残念だったな」

 

スクラップ・ビースト 星4/地属性/獣族/攻1600/守1300

 

「想定内」

 

「なんだとっ……!?」

 

 スクラップ・ドラゴンの亡骸(正確には残骸)から生まれてくるスクラップ・ビーストの姿を見て呟いた黒パーカーに男が驚きの声を上げる。

 

「手札から《パワー・ボンド》を発動。フィールドのサイバー・ドラゴンと手札のサイバー・ドラゴンを融合。融合召喚、《サイバー・ツイン・ドラゴン》。さらに攻撃力はパワーボンドの効果により2800の倍の5600となる」

 

 現れたのは双頭の機械仕掛けの竜。エヴォリューション・バーストによるデメリットは打ち消され、2800という高い数値はパワー・ボンドの効果によってさらに上昇した。

 

サイバー・ツイン・ドラゴン 星8/光属性/機械族/攻2800/守2100→攻5600

 

「なっ……!? 攻撃力5600だと! いや待て、それ以前にサイバー・ツインにパワー・ボンドってことは……お前まさかっ、噂の『サイバー流、最後の継承者』……!?」

 

「……答える義理なんてない。バトルフェイズ。サイバー・ツインでスクラップ・ビーストに攻撃、エヴォリューション・ツイン・バースト」

 

 双頭の機械竜――サイバー・ツイン・ドラゴンの二つの口より発せられた光線は守備力1300など壁にすらならず、スクラップ・ビーストは文字通りなすすべもなく融解させられてしまった。

 

「だ、だが、ビーストは守備表示だ。ダメージは受けない。そ、それにパワー・ボンドの効果でお前は2800のダメージを受ける、ざ、残念だったな」

 

 間近で5600もの攻撃の余波を受けた男はもはやろれつが回らなかったが、それに対し黒パーカーの返答は冷ややかな物だった。

 

「さっき想定内だと言ったはず。サイバー・ツインは二回攻撃が可能。よってサイバー・ツインでダイレクトアタック、サイバー・ツイン・バースト第二打」

 

 再び閃光がサイバー・ツイン・ドラゴンの口に集約され放たれる。

 真っ白い光線が男に到達した瞬間、男のライフがゼロを刻み、彼は声にならない叫びを上げながら汚い路地裏を転げまわった。デュエルディスクから発せられる電流が身体を走り回っているのだ。

 

 黒パーカーはデュエルが終わったことを告げるブザーが鳴り響いたのを確認すると、転げまわる男を一瞥すらせずに裏通りを後にした。

 電流が流れると言ってもさすがに人を殺すほどではない。そもそもこんな場所にいる奴が碌なやつなわけが無いのだ。同情する価値すらないし、目的はすんだので長居も無用だった。

 

 

 裏通りを出て、人通りが少ない道を選んで通り、これまた人通りの少ない公園へと到達するとそこで黒パーカーはベンチへ座りこんだ。ついで深く息を吐く。

 不意に風が吹くと黒いパーカーのフードが捲れ上がった。現れたのは長く鈍い灰色の髪と、性別相応の可愛らしい少女の顔。まつ毛は程良く長く、形のいい鼻に少しツリ目気味の眼。ただし、その表情はただの可憐などとは程遠い冷たい氷を思わせる。

 黒パーカー――灰髪の少女がフードを深く被るのは目立つ髪を隠すためだったのだ。そして、自分の顔と性別を分からなくするためでもあった。

 

 彼女の名は霧雨(きりさめ)紫音(しおん)。さっきのスクラップ使いの男が言った通り、この世界におけるサイバー流、最後の継承者なのである。

 そして、彼女が掲げる目標はただ一つ。

 

 サイバー流が最強であることをこの世に示す。

 

 それが彼女の現在の生きる理由であり、悲願であった。

 

 これはそんな彼女の波乱に満ちた人生をつづった物語である。

 

 




 はじめまして、真っ黒セキセイインコと言います。
 この度、遊戯王の二次創作を投稿を始めさせてもらいました。
 普段はモンハンの二次を書いていたり、他の方の作品を読んだりしているのですが、遊戯王の二次を読ませてもらっている時に、『ハーメルンの遊戯王の二次ってサイバー流のアンチが多いな』なんて思ったので、それならサイバー流の未来はどうなるのかと想像したら止まらなくなり、書きはじめてしまいました。
 一応、話の構成は作ったのですが、作者は遊戯王でのプレイングがひどいので、色々ご指摘やご感想をもらうととても助かります。


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第一話 宣言

『なぁ、知ってるか』

『んっ、なんだ?』

『この試験会場に二年前消えたはずのサイバー流がいるんだってさ』

『へー、そりゃ珍しいな。……っというかまだ生き残ってたのかよ、あの糞流派』

『そうらしいんだ。ホント目障りだよなー。でも最後の継承者らしいぜ』

『そりゃ、めでたい。あんなのつぶれて当然じゃん』

『そんなこと言ったら、連中怒るんじゃねーの。リスペクト、リスペクトって』

『ははっ、リスペクト(笑)ってか。ブハッ、笑いが止まんねー』

 

 異常な雰囲気を纏うデュエルアカデミア本土校の実技試験会場で、濃紺の制服に身を包む灰髪の少女――霧雨(きりさめ) 紫音(しおん)はそんな会話を耳にした。

 最強を目指す紫音がそんな場所にいる理由は単純だ。次世代へ優秀な人材を育てるデュエルアカデミアに入学できれば強くなれる。そう思っての行動だった。

 

 そして、そんなピリピリと神経が高ぶっている時に聞いた会話に、紫音はにある種のいらつきを覚えた。

 サイバー流。

 昔栄えたデュエルモンスターズの流派であり、二年前に最後のマスターが他界し表の世界から消えさったはずの流派の名前である。過去にとある理由により世間から冷たい批判が集中し、屑達の象徴とまで呼ばれていたこともあるあらしいが、紫音はその流派の最後の継承者なのだ。

 

 だからこそ普段は他人へ無関心を貫く紫音はいらつきを覚える。

 そもそもにして、ああいう連中は情報端末からメディアを読んだだけでそう判断し、ある種の人間的快楽のために批判するのだ。

 彼女が小さい頃に聞いた今は亡き師匠からは、サイバー流のリスペクトは相手に敬意を払い全力をもって決闘(デュエル)し、勝敗の概念を超えて称えあうものだと教えられていた。

 それはデュエルモンスターズにおいて当たり前の物のはずであり、それが無ければ単なる蹴落としあいだ。楽しくないものなど誰も続けない。

 だからこそ、紫音はああいうのが大嫌いだった。確かに勝つために強いカードを使うのは当たり前である。紫音だって《神の宣告》といったカウンターやバーン、ロックメタは使うし、否定することは断じてしない。

 しかし、さっきの連中みたいな人間達は、サイバー流が蔑まれる理由を作った人間の言葉を鵜呑みにし叩く要素を見つけ出しているだけなのだ。

 サイバー流はべつに所謂『舐めプ』でもカウンター、バーン、ロックメタ否定集団でもないはずなのに。

 過去にサイバー流に何があったのかは紫音は知らないが、彼女は自分が信じるサイバー流を蔑まれるのだけは本当に腹が立っていた。

 

「……っ」

 

『受験番号一番、霧雨 紫音。デュエルフィールドCへ』

 

 一度文句でも言ってやろうか。いら立ちが頂点に達した紫音が席を立ったところで放送が入る。

 少々軽い深呼吸をして紫音はさっき文句を言おうとした自分に叱咤した。

 ああいう連中は文句を言ったところで主張を改めるような奴らではない。むしろ言い合いとなり、試験会場で問題を起こしてしまうことになりかねない。そうなれば、強くなるためにデュエルアカデミアへ行くという目的が崩れてしまうのだ。

 

(落ち着け……、落ち着いて私。アイツらがああ言ってるのなら、見せてやればいい。()()()は強いんだって)

 

 自分が最も信じるデッキを見つめ、もう一度深く深呼吸をすると、何時しかさっきまで渦巻いていたいらつきは嘘のように取り払われていた。

 

(師匠見ていてください。私は絶対サイバー流に最強の名を飾ります)

 

 紫音は今は亡き恩師へ静かに呟くと戦いの場へと足を進めていく。

 

◇ ◆ ◇

 

 紫音達、受験生がいる場所、デュエルホールはかなりの広さを持つ場所だ。会場の大きさは野球などのスタジアムの大きさとそうは変わらず、縦が10メーターそこそこはあるデュエルフィールドが二十も並び、周りにはデュエルの観戦をするための席がデュエルフィールドを囲むのは、さながらイタリアの闘技場(コロッセオ)を連想させる。

 とにかく大きな建物なため、自分が行くデュエルフィールドを捜すのは骨が折れるだろうと思った紫音だったが、それはいらぬ心配だった。普通にABC順に並んでいたため、探す手間がなかったのである。しいて言えば、このだだっ広い場所を移動するのが面倒なぐらいだろう。

 となりのBやDではまだデュエルが繰り広げられており、受験番号も上位の者ばかりだからなのか結構な腕前だったが、別に紫音の眼に着く者はいなかった。

 そして、着いた先にはやはり、黒スーツに黒グラサンという()のつく職業に見えてもおかしくない服装をした試験官が立っている。何処を見渡しても試験官は全員同じ格好なので、何かの集会に見えなくもなかった。

 

「受験番号一番、霧雨 紫音。よろしくおねがいします」

 

「フム、今年の一番は君か。いいデュエルになることを期待する。それでは、はじめようか」

 

 試験官の言葉に紫音はもう一度深呼吸をすると、左手につけられている円盤状の機械――デュエルディスクを構えた。そして両者が息を吸い込み、一言。

 

『デュエル!』

 

 デュエルディスクに先攻を表すランプが輝いたのは紫音だ。

 

「私の先攻、ドロー。モンスターをセット、カードを三枚セットしてターンエンド」

 

「無難な盤上だな。それでは私のターン、ドロー。……まずは試させてもらおうか。《カードガンナー》を召喚」

 

カードガンナー 星3/地属性/機械族/攻 400/守 400

 

 試験官が宣言するとコミカルな色彩のロボットが現れる。両腕が銃になっているためガンナーという名前は伊達ではないようだ。

 そして、紫音はこのモンスターを見て露骨にいやな顔をした。彼女はこのカードの厄介さはよく知っている。

 

「どうやら知っているようだな。カードガンナーの効果を発動! デッキトップより三枚までカードを墓地へ送り、このカードの攻撃力をエンドフェイズまで墓地へ送った枚数×500ポイントアップさせる。私は三枚墓地へ送り、1500ポイント攻撃力をアップ!」

 

カードガンナー 攻 400→攻1900

 

 カードガンナーの効果により、墓地へ送られたカードは、《次元幽閉》、《ラビードラゴン》、《レベル・スティーラー》のカードだ。一枚は強力な(トラップ)カードなのを除き、最上級の通常モンスターのであるラビードラゴンと容易に場に復活するレベル・スティーラーが落とされるのは、非常に厄介なものである。

 カードガンナーの厄介なところはそこで、アタッカー兼墓地こやしを一体で行い、さらにもう一つの効果もまた厄介だ。

 

「バトルだ! カードガンナーでセットモンスターへ攻撃。カードショット!」

 

 カードガンナーの両腕の銃より弾が発射され、紫音のセットモンスターに銃弾の雨が降り注ぐ。するとセットされた紫音のモンスターが露わとなるや否や、黒い影のようなものが飛び出し試験官と紫音の手札を全て飲み込んだ。

 

「セットモンスターは《メタモルポット》。効果によりお互いの手札をすべて捨て、その後五枚ドローする」

 

「くっ、セットモンスターはメタモルポットだったのか」

 

 試験官が悔しげに呟いた。どうやら良いカードを捨てさせることができたらしい。

 メタモルポットの効果は相手にも墓地こやしと手札交換をさせてしまうデメリットがあるが、手札消費の激しい紫音のデッキでは貴重なドロー源でもあるため、少々のデメリットは無視するしかない。

 

「……私はカードを二枚セットしターンエンドだ」

 

「私のターン、ドロー」

 

 相手の場にはセットカードが二枚。さらに攻撃力が元の400へ戻ったカードガンナーが坐している。紫音は六枚になった手札を確認してから動きを見せた。

 

「手札から《ナイト・ショット》を発動、左側のセットカードを破壊」

 

 セットカードしか破壊できないのと速攻魔法では無い点では、似た効果の『サイクロン』に劣るナイト・ショットだが、破壊対象のカードにチェーンさせず破壊できる効果は紫音のデッキの弱点を補うのに非常に最適な効果である。

 そして、破壊されたのは《魔宮(まきゅう)賄賂(わいろ)》だ。魔法・罠の効果を無効にする効果をもつカウンタートラップを破壊できたのは大きな収穫といえるだろう。

 

「《サイバー・ヴァリー》を召喚。さらに魔法カード《機械複製術》をサイバー・ヴァリーを対象に発動。効果によりデッキから二体のサイバー・ヴァリーを特殊召喚」

 

 サイバーモンスターでは珍しく生物的な個所がある蛇のようなモンスターが三体、紫音のフィールドに並んだ。

 

「《精神操作》を発動。カードガンナーのコントロールを奪取。コントロールを得たカードガンナーの効果を発動し三枚墓地へ送る。そして、サイバー・ヴァリーの効果を発動、このカードと他のモンスターを除外することで二枚ドローする。私はサイバー・ヴァリー一体とカードガンナーを除外し二枚ドロー。さらにもう一体の効果を発動し、サイバー・ヴァリー二体を除外して二枚ドロー」

 

 破壊時にドロー効果を内蔵するカードガンナーだが、除外にはその効果も発動することができず、カードガンナーはサイバー・ヴァリーと共に次元へと姿を消した。

 二枚まで手札が減少した紫音だったが、初期の手札だった六枚にまで増加するのを見て、試験官が関心した声を上げる。

 

「破壊されたときに、ドロー効果を発動するカードガンナーをこう対処するとは……、さすが受験番号一番なだけあって伊達ではないようだな。だが、召喚権はもう無い。どうするのかね?」

 

「大丈夫。このターンで終わるから」

 

「何?」

 

 紫音の言葉に試験官が訝しげに眉をひそめると、紫音がカードの効果を起動させた。

 

「ライフを半分支払い《サイバネティック・フュージョン・サポート》を発動。このターン機械族の融合を行う場合、手札・フィールド・墓地から融合素材としてモンスターを除外し、融合を行うことができる。私は『融合』を発動し、墓地のサイバー・ドラゴン一体と《サイバー・ドラゴン・ツヴァイ》一体と手札のサイバー・ドラゴン一体を融合」

 

霧雨 紫音 LP4000→2000

 

 融合の効果により現れた渦に、二体のサイバー・ドラゴンと墓地ではサイバー・ドラゴンとして扱うサイバー・ドラゴン・ツヴァイが吸い込まれ消えると、光の渦はやがて一体の巨大な機械竜の形を成した。

 

「融合召喚! 《サイバー・エンド・ドラゴン》!」

 

サイバー・エンド・ドラゴン 星10/光属性/機械族/攻4000/守2800

 

 サイバー・エンド・ドラゴン。その竜は紫音にとって、いやサイバー流にとって象徴であり、紫音が何よりも信用するモンスターだ。そして、サイバー・エンド・ドラゴンは主である紫音の期待にこたえるかのように、三つある頭で咆哮を上げた。

 

「サイバー・エンド・ドラゴン……、そのカード、まさか君は……」

 

「バトルフェイズ! サイバー・エンド・ドラゴンでダイレクトアタック! エターナル・エヴォリューション・バースト!」

 

 紫音は試験官の言葉を待たず、サイバー・エンドへ攻撃を命令した。その攻撃に対し試験官のリバースカードが起動される。

 

「くっ……、リバースカードオープン! 永続トラップ『正統なる血統』! 効果により墓地からラビードラゴンを攻撃表示で特殊召喚する!」

 

ラビードラゴン 星8/光属性/ドラゴン族/攻2950/守2900

 

 ラビードラゴンは通常モンスターの中では、世界に四枚しか無いカード――《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》に次ぐ攻撃力を持つドラゴン族のモンスターだ。どうやら試験官のデッキは通常モンスターを主軸に置いたもので、墓地へ送った大型モンスターを次ターンに復活させ紫音に大ダメージを与えようとするデッキのようである。

 しかし、攻撃力4000を誇るサイバー・エンド・ドラゴンの放つ青白い閃光は、通常モンスター№2の攻撃力を誇るラビードラゴンをいとも簡単に焼き尽くした。

 

試験官 LP4000→2950

 

「くぅっ……! だが、私のライフはまだ2950。このターンで倒すことは不可能だ!」

 

 確かにいかにサイバー・エンドの攻撃力が4000であろうと、壁となるモンスターがいるならば初期ライフである4000は削りきることはできない。しかし、紫音の攻撃はまだ終わっていなかった。

 

「いいえ、終わりよ。――トラップカード発動、《異次元からの帰還》! ライフを半分払い、除外されている自分のモンスターを可能な限り自分フィールドに特殊召喚する」

 

霧雨 紫音 LP2000→1000

 

「私はサイバー・ドラゴン二体とサイバー・ドラゴン・ツヴァイとヴァリーを特殊召喚。これで終幕(ジ・エンド)。二体のサイバー・ドラゴンでダイレクトアタック! ダブル・エヴォリューション・バースト!」

 

 異次元より帰還した二体のサイバー・ドラゴンの攻撃は、残り2950の試験官のライフを削りつくす。

 

試験官 LP2950→ 0

 

 試験官がライフに0を刻むと、辺りの観戦者達が静まり返った。別に試験官に勝ったことで驚きを見せているわけではない。正確には紫音が召喚し、試験官を倒したモンスター――サイバー・ドラゴンの系列のカード達に驚きを見せているのだ。

 

『おい、サイバー流みたいだぞ。アイツ……』

『いやでも……、サイバー流って数年前に滅んだんじゃ……』

『でも、サイバー・ドラゴンを使う奴なんて、アイツらしか居ねーだろ』

 

 口々に観戦者達が呟く中、紫音は右手を高く上げ宣言した。此処にいる受検者達に、いや世界に。

 

「私はサイバー流、霧雨 紫音。さっきサイバー流を笑った連中も、サイバー流を罵った連中も見てなさい。私が、いいえ、サイバー流が最強であることをアンタ達に見せてやる!」

 

 その時から物語は始まった。サイバー流最後の継承者が世界最強を目指す物語は今始まったのである。

 



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第二話 善人・悪人

すみません更新遅れました。
そしてもう一つ今回デュエル無しです。


『ママー、あの灰色の子、さいばーりゅーだってー』

 

『見ちゃダメよ。近づいてもダメ。サイバー流なんかと関わると変なこと吹き込まれちゃうわ』

 

――ちがう……。

 

『やーい、サイバー流の雑巾女ー!』

 

『学校に来るんじゃねーよ、雑巾女』

 

『父ちゃん達が言ってたぜ。サイバー流は最低なんだってな』

 

――ちがう……サイバー流は……。

 

『あの子、あの年でサイバー流ですって』

 

『まぁ、こわい。子供たちが変なこと吹き込まれないよう気をつけないと』

 

『子供に近寄らないでっ! 』

 

――……やめ、て……ちがう……サイバー流はそんな……。

 

『アンタなんか、産むんじゃなかった……!』

 

◇ ◆ ◇

 

「――っ!?」

 

 早朝、街が徐々に動き出すこの時間。昨日デュエルアカデミア本土校の実技試験を受けた霧雨 紫音は凄まじい悪寒によって目を覚ました。

 

()()……、あの時の夢だ……)

 

 ベッドの横たわりながら無言で震えの止まらない自分の体に触れる。気持ちの悪い滑った汗に濡れた体は恐ろしいほど冷たく、まるで自分が死体になったかのような気さえするほどだった。

 昨日試験で勝利した時の凛とした眼ではなく死んだ魚のような虚ろな目で、紫音は自分のいる部屋を横たわりながら見渡す。シティではもう珍しいオンボロのアパートにあるこの部屋に住人は紫音一人だけしかいない。いるとすればヤモリぐらいだろう。

 一人で住むこの部屋は紫音一人で住むにしては少し広いといえる。しかし、彼女には家族といえる人間などいないのだ。一応、片方は生きているが、彼女の元に現れることなど無いだろう。そして、それ以前に紫音がその人間を許すことなどあり得ない。

 

 そんな、ひどく孤独感を感じる部屋の中、冷たい感覚に耐えられなくなった紫音は、ベッドの傍らに置いてある彼女が最も信じるデッキを取り、ひしと抱きかかえた。

 その姿は、昨日デュエルアカデミアの実技試験会場で勝利を手にし、高々と宣言した彼女の姿ではなかった。そこにいたのは、ただ何かに脅える幼い少女の姿でしかない。

 

(アレのことはもう忘れるのよ、霧雨 紫音。私は強くなったんだ。だから昔の、弱かったころの私なんか、『あの人』のことなんか、思い出すんじゃない……)

 

 いつの間にか流れ出した涙を無視し、まるで自分自身を言い聞かせるかのように頭の中で自答を続ける。ただ忘れるために。ただ強い霧雨 紫音でいるために。彼女の身体が体温を取り戻すまで、それは続けられていくのだった。

 

 そして、そんな紫音を心配そうに見守る存在がいることに、彼女は気付かなかった。

 

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

 

 二時間後、霧雨紫音はとある場所へ足を運んでいた。黒いパーカーをその身に羽織り、フードで隠れて他人からは見えない目からは、さっきまであった弱い少女の瞳では無く、毅然とした冷たく鋭い光を放っている。

 黒い塗装が成された改造決闘盤(デュエルディスク)が左腕に装着し、彼女が向かうのは、日夜非合法なデュエルが行われるあの路地裏だ。なぜ、またそんな場所へと向かうのか、理由は簡単だった。さっきまであった彼女にとって忌まわしい記憶を感覚を、下手をすれば死ぬかもしれない熾烈な戦いで無理やりにでも忘れるためだ。

 

 戦って勝てば、この嫌な感覚を忘れられる。そう自分勝手に、子供っぽく願いながらこの場所へ来た紫音だったが、彼女が絡まれるより先に先客がすでにいた。

 

 二人の男――片方は先日、紫音のサイバー・ツインでダイレクトアタックをされた男。どうやら生きていたらしい――とこんな場所にはどう見ても似つかわしくない小学生ぐらいの少年が向かい合い、その間にはDMのモンスターが存在していた。

 大方、少年が近道としてこの道を通りかかった時にあの男達に絡まれてしまったのだろう。ちょうどこの路地裏を抜けた先には公園にほど近い道に出られるし、誰も好き好んで紫音のようにこんな場所に来る者などいない。

 ……と、紫音がそこまで考えていたところで、少年のLPが痩せぎすの大男――紫音に吹っ飛ばされたスクラップ使い――のモンスターの攻撃によって消し飛び、余波を受けた少年が後方へ吹っ飛んでいく。

 そこでデュエルディスクからデュエル終了を表すけたたましいブザーが発せられため、どうやらあのデュエルはサバイバル形式であるバトルロワイヤルでは無く、非合法で敬意(リスペクト)の欠片もない二対一のデュエルを行っていたようである。

 そしてニット帽をかぶった目に隈のある男が少年に近付き言った。

 

「さぁ、ガキィ、負けたんだからデッキをよこしな」

 

「なっ!? そんな約束してないよ! あんた達がこの道を通るのに勝ったら通してくれるって……」

 

「はっ、お前が負ける前にこっちで決めたんだよ。ざーんねん。なぁ、相棒」

 

「おう」

 

「そんなの卑怯だ!」

 

 やはり完全非合法の二対一のデュエル。しかも両者の同意無しのアンティデュエルだ。アンティデュエルというのは勝った方が相手のカードを奪うというもので、今では完全な法律違反であり、そして、それ以前にそれをやった人間はもはやデュエリスト失格といえる。

 しかし、こう言う場所をねぐらにする連中に正統なデュエルを申し込むなど、『犬にナイフとフォークをもって餌を食べさせるようにする』というのに同じくらい無謀なことだろう。そして、そんな連中がいるところを通り、しかもただのデュエルだと信じ切ってしまった少年も少年なのである。

 

(面倒なところに出くわしたわね……)

 

 紫音が暗がりで小さくため息をつく。

 昔から散々人から拒絶されてきた霧雨紫音は歪んでいる。それが理由で他人に興味が無くなった霧雨紫音は善人でも、ましてや聖人君子では絶対ない。つまり別に関係の無い人間をわざわざ助けるほどやさしくなどないのだ。それ以前にそんな優しさなどとうの昔に捨て去ってしまっている。そもそも、こんな状況を見たって本当は助ける意味もないのだ。

 しかし、今日はあんな連中を戦い勝つことにより、この嫌な疼きを取り除く目的があるのだ。ならば、敵などどれでもいい。

 そうして、紫音が黒フードをさらに深く被ってから暗がりを飛び出そうとした時だった。

 

 

「何をしているんですか!? 貴方達!」

 

 

 凛としたきれいな声。それこそ歌でも歌えば人気者にもなれるような声だ。そんな声が薄汚い路地裏に響いた。

 

「椎奈姉ちゃん!」

 

「あっ、コラッ、待ちやがれ糞餓鬼」

 

 男達の制止を振り切り駆けて行く少年の向かう先を、暗がりから飛び出すのにどうにか踏みとどまった紫音は暗がりで隠れながら窺った。

 路地裏への入口より刺す光を背に現れたのは、紫音とそう歳も変わらないであろう一人の少女だった。さっき、路地裏に反響しながら広がった凛とした声はこの少女のものらしい。

 彼女は紫音のコンプレックスである灰髪とは、まったく対照的な艶やかで綺麗な長い黒髪を揺らしながら走ってきた少年を迎えた。その姿は姉弟というより母子というのがしっくりくるように見える。

 

「健斗くん。一体、どうしてこんなところに? 公園でみんなが心配していたんですよ」

 

「近道しようとここを通ったんだ。そしたら……」

 

 少年が保護者と思われる少女にわけを話そうとした時、スクラップ使いの男が割って入る。

 

「オイオイオイ、姉ちゃん。邪魔せんでくれや。俺たちゃ、正当な報酬をもらう権利があるんだぜ」

 

 一瞬、入ってきたのがセキュリティだと思ったらしい男たちだったが、どうやら歳場も行かぬ少女だったことに安心と余裕を感じたらしく、そして、その少女の容姿を見てその顔にいやらしい笑みを浮かべていた。

 

「……一体、それはどういうことですか? 事と次第によっては許しかねます」

 

「なぁに、簡単だ。そこのガキが俺達の縄張りを通ろうとしたんでな、デュエルで勝ったら通してやるっつったら、そいつが受けるって言ったんだ」

 

 ニット帽の男の言葉にスクラップ使いがさらに付け加える。

 

「そんでよー、そいつ負けたっつうのにアンティなんか聞いてないとかいうんだぜ。どうしてくれんだ、お姉さんよー。なんならデュエルで勝ったら見逃してやってもいいが、……まぁ、負けた時は分かってんだよなぁ?」

 

 男達が少女に詰め寄る。スクラップ使いが言う負けた場合、何をさせられるかなど火を見るより明らかだ。想像もしたくないほどに。そして、男達が負けたとしても『はいそうですか』で引き下がるような連中では無いだろう。むしろただ少女ならばそのまま暴力で肩を付けようとするに違いない。

 普通の人間ならどういうことが起きるのか、簡単にわかるだろう。ここはそう言う場所なのだ。そう言う場所で『修行』を続けていた紫音はよくわかっている。

 しかし、少女が出した答えは紫音の度肝を抜くものであった。

 

「いいでしょう、そのデュエルお受けします。私が勝ったらアンティは無しで、帰らせていただきます」

 

 馬鹿か!? 危うく大声で飛び出しかけた言葉を紫音がふさぐ。どう考えても無謀だ。というかそもそも男達が言うデュエルには勝敗など関係ない。

 セキュリティも法律もそして下手をすればデュエルですら己を守ってくれないこの場所では女子供はデュエルは極力避けるべきなのだ。

 だからこそ、紫音は黒パーカーをわざわざ纏って、顔を見せず性別も分からなくしてデュエルを行っている。

 あの少女は逃げるべきなのだったのだ。何とかセキュリティのいる表通りに抜ければ助かるはずなのに。

 

「へぇ、度胸があるじゃねーか、姉ちゃん。度胸に免じて電流の流れるデュエルは無しにしてやるよ」

 

 スクラップ使いが下卑た視線を少女に送りながらいう。その下卑た視線で何を見ているかを今頃理解したのか、少女は身震いし少年が心配そうに彼女を見上げる。

 

「し、椎奈姉ちゃん。大丈夫?」

 

「大丈夫です、だから今は下がっててください……」

 

 言って少年を後ろへ下がらせる。できるだけ出口に近い方へと少年を追いやり、少女は男Aへと向き合った。

 

「私の相手は貴方でよろしいのですね」

 

「あぁ、いい忘れてたわ。このデュエルは俺達二人を相手にしてもらうぜ」

 

「二対一……!? そんな……」

 

「そんじゃぁ、デュエルといこうじゃないか」

 

「くっ……!」

 

 さきほどの少年の時と同じように男が二人少女の前に並び立つ。その光景を見て、紫音の脳裏にとある光景が浮かんだ。何人もの人間が怯える一人の少女を囲い侮蔑の眼を向け、嘲笑を当て続け一種の優越感に浸り、それを悦とする光景。誰も自分を自分達を認めてくれず、助ける者も一人もいなかったあの時。

 その時の光景がどういう訳か目の前の光景に重なる。男達の少女に向ける下劣な目線が、誰も助けてくれないこの場所がその時の光景を彷彿させたのだ。

 紫音は自分の頭がよくわからない熱に侵されるのを感じながら、ダンッ! と無理やり硬いアスファルトに音を響かせながら、今度こそ暗がりより飛び出した。その音に驚いたその場にいる人間達の視線が紫音へと集中する。

 

「お前っ! この間の……」

 

「何だぁ、相棒、アイツのこと知ってんのか? あの変な黒フード」

 

「嗚呼、あの野郎にオレは負かされたんだぁ」

 

 男達がぎゃあぎゃあと騒ぐ中、紫音はそれを無視し無言で少女の隣へ並び立つ。

 

「へ……、あ、あの貴方は……?」

 

「……片方もらう。一人は倒せ」

 

 紫音が答えになっていない答えを返した瞬間、紫音の黒いデュエルディスクより鎖が発射され、ニット帽の男のデュエルディスクに連結した。これは本当はセキュリティが相手をデュエルによって拘束するのにあたり使われた機能だが、紫音は改造デュエルディスクにこの細工を施していたのだ。そして、この鎖はデュエルで決着がつくまで絶対に外れることは無い。

 

「なっ……、テメェ何しやがる!?」

 

「……アンタ達を倒しに来ただけ。そういう訳で相手をしてもらう……」

 

 紫音の言葉に男が苛立ちを隠さず舌打ちをした。よほど『お楽しみ』を奪われたのが癪に障るらしい。だが紫音にはそんなもの関係ない。今はこの憤りと、元来の目的である嫌なを疼きを取り除くためデュエルディスクを起動させた。

 

「チイッ……、相棒、そっちの女は任せた! オレはこっちの黒パーカーを殺る」

 

「しゃあねえなぁ、だが気を付けな。そいつサイバー流だぞ」

 

「ハン、お前と違って時代遅れの連中になんかに負けっかよ」

 

 ニット帽の男がただですら醜悪な顔をさらに歪めながら、サイバー流へと毒を吐く。しかし、それに対し紫音は反応を見せることは無かった。連中が自分をサイバー流を強者と思わないのなら、圧倒的な力で見せつけてやればいい。それが答えだ。

 

 そして、少々距離をとると紫音がニット帽の男、少女がスクラップ使いと向かい合い決闘(デュエル)は始まった。

 




ちなみに冒頭で雑巾と呼ばれているのは紫音の髪色から来ています。
次の投稿はできる限り早くするのでそれでは。


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第三話 進化論

『デュエル!』

 

 少女とスクラップ使いのデュエルが始まる中、紫音と『ニット帽』のデュエルは始まった。別に紫音は少女を心配するそぶりは見せない。そもそもデュエルを受けると言ったのは、あの少女なのだから一人は倒せというのが紫音の考え方だ。そして、先攻は男B。普通のデッキなら多少不利なものだが、後攻に動くことが得意な紫音のサイバー流のデッキではむしろ好都合とも言える。

 ただし、この場合は相手がどう動くかに限るが。

 

「オレのターン、ドロー! オレは《レスキューラビット》を召喚」

 

レスキューラビット 星4/地属性/獣族/攻 300/守 100

 

 ニット帽の場にヘルメットを被り首に無線機をかけた可愛らしいウサギが現れる。しかし、その愛らしい見た目に反し、その効果はかの有名な『レスキューキャット』を彷彿させる凶悪な効果を秘めているため油断ならないモンスターである。

 

「オレはレスキューラビットの効果を発動! このカードを除外しデッキから同名の通常モンスター二体を特殊召喚する。オレは《セイバーザウルス》を二体を特殊召喚する!」

 

セイバーザウルス 星4/地属性/恐竜族/攻1900/守 500

 

 レスキューラビットが無線機で何処かと連絡を取る演出を成され姿を消すと、何処からともなく剣のように鋭く光る角を持つセイバーザウルスが現れた。ここがレスキューラビットの厄介なところだ。召喚時や効果発動時にその効果を無効にできなければ、二体のモンスターの召喚を許してしまう。

 1900という攻撃力は通常の下級モンスターの中ではかなり高い数値だ。しかし、攻撃の出来ない先攻ではその高攻撃力も生かしきれない……が、これは単に高攻撃力のモンスターを呼び出したわけではないのだ。いや、むしろこの後からもっと厄介な物が現れることとなる。

 

(恐竜族が二体……、ということは来るわねアレが……)

 

 紫音が静かに分析する中、ニット帽は余裕を見せつけながらさらに動きを見せた。

 

「見せてやるオレの切り札をなぁ! レベル4、恐竜族のセイバーザウルス二体でオーバーレイユニットを構築! エクシーズ召喚! 《エヴォルカイザー・ラギア》!」

 

エヴォルカイザー・ラギア ランク4/炎属性/ドラゴン族/攻2400/守2000

 

 セイバーザウルスが光の球となり、突如生じた穴に吸い込まれ爆発を起こすと、爆煙のなかより光り輝く竜が現れた。異常なほど青白く透き通るような皮膚、赤く輝く眼、先がすきとおりその内にDNAの鎖が輝く尾を持つ遺伝子の竜が三対の翼を羽ばたかせながら天高く咆哮し場を威圧する。

 その周りをセイバーザウルスが変容した二つの光球が旋回していた。

 

 エクシーズモンスター。つい数年前に()()()導入された新しい召喚方法である。

 二体以上のモンスターを素材にしエクストラデッキより特殊召喚されるという点は融合やシンクロとは似ているだろう。しかし、このモンスター群は素材となったモンスターを自らの効果発動のキーとして戦う、シンクロや融合とは明らかに異質な特性を持っているのだ。

 もちろん召喚につかったモンスターを効果発動のために使用するため、その効果の使用回数は限られてしまうが、大概の者が強力な効果を持っているうえ、それを回復させるカードを用いれば凶悪な効果を何度も使用されてしまう。その上、レベルをではなく『ランク』というレベルとは違うものを持つために、レベルに関するカード効果は一切効力を成さないという特性まで持っているのだ。

 

 エヴォルカイザー・ラギア。エヴォルという名のカテゴリーのまさしく帝王という名にふさわしい強力な効果をもつ。そして、恐竜族が主体のデッキならば素材がそろえば簡単に召喚できるため、まさしく恐竜族の切り札と称されるにふさわしいものだろう。

 ……恐竜族を使って召喚する割に、ドラゴン族というのには些か疑問はあるが。

 

「さらにオレはフィールド魔法、《バーニングブラッド》を発動。カードを二枚伏せターンエンドだ」

 

エヴォルカイザー・ラギア 攻2400/守2000→攻2900/守1600

 

 フィールドが煮えたぎるマグマが流れ出る火山へと変わり、男Bがターンエンドを宣言する。フィールド魔法はフィールド全体に効果を及ばす魔法カードであり、バーニングブラッドは炎属性をサポートするフィールド魔法だ。そして、自らの得意なフィールドに変わったためなのかエヴォルカイザー・ラギアはその攻撃力を上昇させた。

 

「……ドロー」

 

 エヴォルカイザー・ラギアが初手に現れたのは少々痛い状況だった。あのカードは一回だけとはいえ強力なカウンター罠、神の宣告に等しい効果を持っている。そのため紫音のサイバー流とは相性が悪いのだ。それにフィールド魔法の効果でその攻撃力は2900まで上昇させられているため、少し厳しい状況である。

 

(今の手札じゃこのターンにあのカードを倒すことはできないか。……でも放っておいたら放っておいたで、()()が来るのは十中八九間違いない)

 

 ニット帽のデッキはどうやら恐竜族主体でエヴォルカイザー・ラギアが切り札とするデッキ、所謂《兎ラギア》と呼ばれる物だろう。紫音は数少ないが男が使ったカードでそう判断する。

 ならば“あのカード”が出てきてもおかしくない。あのカードエヴォルカイザー・ラギアがそろってしまったら紫音の動きはかなり制限されてしまうだろう。

 ……とは言ってもさっきの通り、紫音の手札にはエヴォルカイザー・ラギアを倒せるカードは無い。そのため、今できるのは次の自分のターンへの布石と被害を最小限に防ぐための行動のみだった。

 

「……カードを三枚セット、そして《カードカー・D》を召喚」

 

 紫音の場にカードのように薄い青く塗装されたスポーツカー、カードカー・Dが現れる。エヴォルカイザー・ラギアの効果は通常召喚にも対応はしているが、ニット帽が効果を使わせることは無かった。それを確認すると紫音はカードカー・Dの効果を起動させる。

 

「……カードカー・Dの効果、召喚時自身をリリースすることで二枚ドローできる。そして、カードカー・Dの効果によりターンエンド」

 

「ハン、威勢が良かった割にはその程度かぁ。オレのターン、ドロー! オレは《ジュラック・グアイバ》を召喚」

 

ジュラック・グアイバ 星4/炎属性/恐竜族/攻1700/守 400→攻2200/守 0

 

 男の場に炎のように燃えるトサカを持つ恐竜が現れる。炎属性の恐竜族で構成された『ジュラック』と呼ばれるカテゴリーのモンスターの一体だ。

 効果はモンスターを戦闘破壊した時、デッキからジュラックという名のついたモンスターを特殊召喚できるというもので、そのターンには攻撃することはできないがモンスターの展開を助け、自身も呼び出せるために強力な効果である。

 しかし、紫音の場には現在モンスターは居ないため、その効果も今は意味がないはずだが、男の顔からはその下卑た笑みははがれ落ちないのを紫音は見逃がさなかった。

 

「さらに俺はセットしてあった《おジャマトリオ》を発動! このカードの効果によりテメェの場におジャマトークンを守備表示で三体特殊召喚する!」

 

『いや~ん』

 

『うふ~ん』

 

『あは~ん』

 

おジャマトークン×3 獣族・光・星2・攻0/守1000

 

 紫音の場にブリーフ一丁の形容しがたい緑、黄、黒の生き物が現れる。そいつらは爛々と輝く眼で紫音を見つめるとウインクをした。その気持ち悪い見た目の割に効果は意外と強いカードだ。

 ……が、それでもやはりキモいものはキモい。伝説の決闘者(デュエリスト)の一人でもある『万丈目サンダー』こと『万丈目 準』が主軸として使ったカード達であろうと気持ち悪いことこの上ない。

 自分の場の燦々たる惨状に紫音は若干身震いした後、この厄介な状況をよく判断した。

 おジャマトークンは破壊されたときに300ポイントのダメージを与える。そのうえ男の場にいるジュラック・グアイバはモンスターを戦闘破壊することさえできれば、後続を呼ぶことができるため非常に相性のいいカードだ。しかも、このままではトークンが一体だけが紫音の場に残り、紫音のサイバー・ドラゴンの特殊召喚を文字通り邪魔してしまうだろう。

 

「バトルフェイズ! ラギアとグアイバでトークンにそれぞれ攻撃!」

 

「エヴォルカイザー・ラギアの攻撃宣言時、リバースカードオープン、《聖なるバリア―ミラーフォース―》」

 

 紫音の場に光り輝く聖なるバリアが現れる。本来ならばその効果により相手フィールド上の攻撃表示のモンスターをすべて破壊するが、その効果発動を黙って見届ける男ではない。

 

「ラギアの効果だぁ! オーバーレイユニットを二つ取り除き、ミラーフォースの発動を無効にする。やれ、進化王の咆哮!!」

 

 最強と謳われる(トラップ)カード、ミラーフォースといえども発動を無効にされたのであればもはや壁にもならず、オーバーレイユニットを二つ消費したエヴォルカイザー・ラギアの咆哮によりいともたやすく砕かれた。

 しかし、強力なカードが無効化されたのに対し、紫音は別に驚くことも落ち込むこともなかった。これによりエヴォルカイザー・ラギアの効果は無くなったのだ。あまり仕事をしないと言われまくるミラーフォースでもオトリにはなってくれたようである。

 そして、攻撃は続行される。紫音の場のおジャマトークンが男Bの場のモンスター達の攻撃によって、文字通り消し飛ばされた。

 普通なら守備表示のモンスターが破壊されても戦闘ダメージはない。しかし、先程論じたとおりおジャマトークンはバーン効果を持つため、紫音は合計600ポイントのダメージを受けることになる。

 

「……っ!」

 

紫音(黒パーカー) LP4000→3400

 

 紫音の身体に突然電流が走る。改造デュエルディスクに備わったペナルティ機能である。ダメージを受ける度にプレイヤーへ電気を流す仕組みは、実に裏のデュエルらしいと言える。

 

「グアイバがモンスターを破壊したことにより、グアイバをデッキから召喚する。どうだぁ? 電流の痛みはよぉ! 痛すぎて意識でも飛んだかぁ?」

 

「……その程度……」

 

「ああ?」

 

「……その程度で終わり?」

 

 霧雨紫音は電撃を身体に流されたはずだ。しかし、彼女の声はその時走ったであろう苦痛を感じさせない平坦な声を出している。いくら600程度のダメージとはいえ、デュエルディスクから流れる電流は人が喋る機能や思考をほんの一時的でも狂わせるはずなのだ。しかし、紫音の言葉や動作からそんなものは見受けられない。

 男は紫音が電流で苦しむさまを、さぞ見たかったのだろう。ただですら醜悪な顔を露骨にゆがめていた。

 

「……チィッ、面白くねぇ奴だ。オレはこのままバトルフェイズを終了し、メインフェイズ2で二体のジュラック・グアイバでオーバーレイユニットを構築。なんなら見せてやるよ。もう一体の切り札をなぁ! エクシーズ召喚! 《エヴォルカイザー・ドルカ》!」

 

エヴォルカイザー・ドルカ ランク4/炎属性/ドラゴン族/攻2300/守1700→攻2800/守1200

 

 現れたのはエヴォルカイザー・ラギアと同じように不自然なほど白い体色を持ち、ノコギリのような歯を覗かせた巨竜だった。巨竜はエヴォルカイザー・ラギアの隣へ立つと立つとその威容がよくうかがえる。

 そして、それだけでも壮観な光景だが男の行動は終わらなかった。

 

「さらにオレは手札から《オーバーレイ・リジェネレート》を二枚発動! このカードはフィールド上のエクシーズモンスター一体のオーバーレイユニットになる。オレは二枚ともエヴォルカイザー・ラギアのオーバーレイユニットにする。これでターンエンドだぁ! 最後の自分のターン、さぞ大事にしな」

 

 紫音が想定しうる最悪のパターンだった。せっかく消費させたオーバーレイユニットを回復したエヴォルカイザー・ラギアと、天罰と同等の効果を二発分持つエヴォルカイザー・ドルカ。この二体がそろってしまったのだ。

 しかし、その中で紫音は以外にも冷静なものであった。確かに危ない状況だがそれでも紫音はあきらめることはない。このターンのドローにかける、それのみだった。

 

「……ドロー。セットカードを起動。魔法カード、《ブラックホール》」

 

「セットしてあった魔宮の賄賂を発動! ブラックホールの発動を無効にして破壊する。どうやら、ラギアのオーバーレイユニットを消費させようとした見てぇだが残念だったなぁ」

 

 フィールドの現れた黒い渦がフィールド上のモンスター達を飲み込もうとした時、男Bの発動した魔宮の賄賂によって阻まれ消滅した。

 エヴォルカイザー・ラギアの効果を消し去ろうと打ったブラックホールは無駄打ちとなってしまったが、紫音は別に気に留めることなかった。そのことに対し無関心な様子で魔宮の賄賂の効果によりカードをドローする。ブラックホールはセットしてあったがために手札は減っておらず、むしろ増えたのは紫音にとってはうれしいものだった。

 

「手札から《プロト・サイバー・ドラゴン》を召喚」

 

プロト・サイバー・ドラゴン 星3/光属性/機械族/攻1100/守 600

 

 サイバー・ドラゴンとよく似たモンスターが現れる。しかし、サイバー・ドラゴンの試作品だからなのかその攻撃力は低い。

 

「フィールドでサイバー・ドラゴンと扱うモンスターか。面倒だが、まあいい。ほっといてやるよ」

 

 勝利を確信した男が顔をさぞ嬉しそうに歪ませる。所詮、攻撃力1100のモンスターが出ただけ。確かにこのカードを潰しても紫音の動きは変わらない……が、次の紫音の行動で男Bは致命的なミスを犯すことになる。

 

「……手札から《融合》を発動」

 

「させねぇよ。行けラギア! 進化王の咆哮! テメェがサイバー流だって言うのは割れてんだ。通すわけねぇだろ」

 

 そう、男はこの時ミスをした。この時、エヴォルカイザー・ラギアの効果を使ってしまったことが全てを分けてしまったことに。エヴォルカイザー・ラギアがいる限り大丈夫だと、紫音の手札の数も見ずに使ってしまったのだ。

 

「……この程度で終わりだと思った? そう思ったのなら、もうアンタに勝利の可能性はない」

 

「ハッ、なぁに言ってんだか。オレの場には攻撃力2800以上のモンスターが居るんだぜ。ラギアの効果はもう使えねぇが、ドルカの効果は残っている。テメェがどんな強力な効果を持つモンスターを召喚したって、勝ち目なんかねぇよ」

 

 未だに自分が勝つことを揺るがぬものと考えているニット帽。ある意味それはデュエリストらしいとは言える。最後まで自分の勝利を疑わないのは正しいことだ。……しかし、その慢心が全てを分けてしまった。

 

「……なら、勝手にすればいい。手札からパワーボンドを発動。手札のサイバー・ドラゴンとフィールドのプロト・サイバー・ドラゴンを融合。融合召喚、サイバー・ツイン・ドラゴン」

 

 紫音の後方に突如、パワーボンドによって生じた巨大な渦が現れ、それが収縮するとその竜は現れた。紫音のエースモンスターの一体サイバー・ツイン・ドラゴンの顕現である。そして、その攻撃力はパワーボンドの効力によりさらに上昇した。

 

サイバー・ツイン・ドラゴン 星8/光属性/機械族/攻2800/守2100→攻5600

 

 その光景は奇しくも男Bの相棒――スクラップ使い――と戦った時に似ている。男Bはそれを悟ったのか、そしてサイバー・ツインの効果を知っているのか、その瞳孔を限界にまで広げながら途切れ途切れに言った。

 

「まさか……、最初から、揃って、やがったのか?」

 

「……いいや違う。さっきのドロー。それですべてが揃った。あとはアンタの判断ミス」

 

 正確には男が発動した魔宮の賄賂の時、その効果によりドローした時にそれは揃った。そして、紫音はあえて賭けに出たのだ。もしも相手が融合を無効にしなかったら、紫音が召喚したのはサイバー・エンド・ドラゴンであり、男はこのターンに敗北することは無かった。

 完全なる判断ミス。それが男が今、敗者になろうとしている簡単な理由である。

 

「ま……、待ってくれ! オレが……、オレ達が悪かった。だから見逃してくれ。もう何もしねぇから……」

 

 もはやプライドも減ったくれの無い状態に男は陥っていた。無様に鼻水を垂らしながら自分に襲いかかる痛みを回避しようと躍起になる。もしも良心のある人間ならば見逃してくれたかもしれない。自分達がさんざんやってきたことは上手いこと無しにして。

 ――――が、霧雨紫音にそれを言っても意味はない。何せ霧雨紫音は善人でも悪人の()()()()()()()、人間であるからだ。

 紫音は男に冷たい視線を突き付けながら言った。

 

「……会ったことを後悔すれば。バトルフェイズ、サイバー・ツインでエヴォルカイザー・ラギアとエヴォルカイザー・ドルカを攻撃。エヴォリューション・ツイン・バースト!」

 

「ひっ……」

 

 サイバー・ツイン・ドラゴンのアギトから青白い光線が発せられ、二体の遺伝子の竜へ迫る。フィールド魔法バーニングブラッドにより強化された二体の竜だったが、攻撃力5600には塵にも等しく青白い閃光の中でただ消え去った。

 

「おぼっ、おっばぼばばっばぁあ……!」

 

男B ライフ4000→1200→ 0

 

 男は声にならない叫びを上げながら汚い地面を転げ回り、やがて気絶した。そしてそれとほぼ同時、少女の方でもデュエル終了のブザーが鳴り響く。立っていたのはあの少女だ。

 ――――があっちのデュエルは違法デュエルディスクのデュエルではないために、スクラップ使いはいまだに健在でこちらで相棒が敗北したのを確認し口をパクパクとしながら、瞬間、顔を激怒の赤に変えた。

 

「相棒がやられただと……! こうなりゃ、テメェ等逃げ切れると思うんじゃねェぞォ!」

 

 やはりの行動だった。いや相手が己と同じくらいの背丈なら、諦めて逃げかえっていただろう。

 しかし、黒パーカーを着て顔のうかがえない紫音を含め、あの少女や少年の体格ならば簡単に捕まってしまい、地獄人生まっしぐらの未来となる。

 だからこそ、こう言うことが予想できていた紫音はスクラップ使いが動くより先に動いた。動いたと言っても懐からある物を取り出し、下へ投げつけただけだったが、それより真っ白な煙を放出し、路地裏は白い煙に覆われる。紫音が投げたのは所謂煙玉だったのだ。

 そして、全てが覆われるより先に紫音は駆け出した。男の隙をつき真横を通り――男が追ってこれないよう足払いで転ばせるのを忘れずに――少女と少年のもとへと到達する。

 

「……ここから離れる。死にたければ残っていればいい」

 

 無論、少女達の答えは当たり前のものだった。

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

 曲がりくねった路地裏を右へ左へ何度も曲がりながら走り続けるとやがて、彼女達は表通りへと飛び出した。表通りといっても人通りは疎らなものだったが、あの息苦しい路地裏から出れたというだけでも肺が新鮮な酸素を求めて激しく暴れ、安心感により少女と少年はぺたりと地面に腰を付けた。

 後ろの路地裏の入口からは男がおってくる気配はない。どうやら、うまく撒くことができたらしい。

 それを確認すると少女は息をやっと整え、黒パーカーへと礼を述べようとした。しかし――、

 

「あれ……? あの人は……」

 

 そこに黒パーカーの姿はなかった。確かにさっきまで一緒に路地裏からぬけて来たはずなのに、煙のように居なくなっている。

 

「ほ、本当だ。あの兄ちゃんがいない……何処にいったんだろ?」

 

 隣で少年が喘ぎながら答える。……少しあるものを間違えてしまっているが。

 兎にも角にも黒パーカーは何処にもいない。確かに得体のしれない人間だったが、礼の一つも言えなかったのはやはり歯がゆい。

 

「そういえば、あの兄ちゃん。サイバー流みたいだったけど、皆が言うみたいに悪い人そうじゃなかったよね?」

 

「そうですね。今度、会えたら一緒にお礼を言いたいです」

 

 何となくこの時、少女――花咲 椎奈(はなさき しいな)は近いうちにあの黒パーカーと会うような気がした。そう、本当近いうちに思いがけぬ場所で。

 

「じゃあ、とにかく今日は帰りましょう。皆が待ってますよ」

 

「うん」

 

 花咲椎奈と少年はそう言うと、まだ日の高い街を歩きはじめた。自分達の居場所へと。

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

 重たい身体を引きずるように、霧雨紫音は己の家への帰路についていた。今日は気分を正すために家を出たのに何故か疲れた感覚だけが残っている。

 理由は何なのか彼女にはわからない。強い霧雨紫音に戻るという目的を、一つだけ成し遂げることができたのは間違いないが、それでも爽快感は感じられず、まるで頭の中がぐちゃぐちゃにつぶれたトマトのように固まらない。

 紫音は思い足取りで自宅のアパートの階段を上り、部屋へたどり着きカギを閉めるとそのままベッドの上へと倒れ込んだ。今は昼時のはずだが空腹は感じない。何かよくわからない気持ち悪い物が腹の中にあるような錯覚さえしていた。

 

 そして、そうやってベッドの上に転がりながら部屋を見渡すと、PCに何かメールが来たという旨のランプが輝いていた。

 何か気になった紫音は痛む身体に鞭を打ちPCに近付き起動させる。真っ黒な画面が青い待ち受けへ変えるとメールの内容を確認する。そこにはこう書かれていた。

 

(DA……、デュエルアカデミアからのメール……?)

 

 デュエルアカデミアからのメール。この時期に、しかも昨日試験を受けた紫音に届くということは、理由はただ一つ。つまりそれは――――、

 

(……合否通知ってこと)

 

 震える腕でマウスを動かしながらそれをクリックする。

 そして、中身を見て紫音は驚愕した。もちろんそれは合否通知であったが、問題はその結果だった。

 

『霧雨 紫音 合格  配属クラス――――』

 

 ドミノシティのデュエルアカデミアのクラスは三つで分けられる。一つは成績優秀者が入る『ラビエルブルー』。一つは成績中級者が入る『ハモンイエロー』。そして最後に成績が低い生徒の入るクラス。その名も――、

 

『ウリアレッド』

 

 それがさんさんと紫音の合否通知に、ご丁寧にも赤字で書かれていた。

 

 



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第四話 入学

 部屋は住む人間によって変わるという。例えば綺麗好きな人間が使えば物がよく片づけられた部屋になる。そして、その逆もまたしかり。

 

 その部屋はまるで超高級ホテルのスイートルームに匹敵するほどの存在感があった。赤いカーペットには塵の一つもなく、さらりと見回して目に付く棚には、世界各国を渡り歩いてもなかなか手に入れることもできないであろう伝説級の名酒が鎮座している。

 しかし、これが住むための部屋では無く、仕事場としての部屋だと言えばその利用者がどれほどの権力を持つ人間なのか嫌でもわかるだろう。

 そして、そんな異常なまでの雰囲気の部屋で、その雰囲気にそぐわない声が上がった。

 

「一体、これはどういうことですか!? 鳳城(ほうじょう)理事長」

 

「『どういうこと』とは、どういうことかね、桐花(きりはな)君?」

 

 声を荒げながら、目の前の人物に疑惑の目を向けるのが、桐花と呼ばれた男。そして、そのあらぶる桐花を冷めた目で眺めるのは、この部屋の持ち主である鳳城と呼ばれた老人だった。老人といっても、その風格や眼光は怒れる桐花よりもさらに強く、正に『魔王』とも言うのならこの男のために存在するような言葉であろう。

 魔王の男はグラスに注がれた真っ赤な赤ワインをくいと飲み干しながら、桐花を哀れな子羊でも見るかのように笑みを浮かべていた。

 

「私が担当した『彼女』のことに決まっているでしょう。何故彼女があのクラスになっているのか、考えられるとしたら貴方しかいません。

 こんなことをして、もしマスコミに嗅ぎつけられたらどうするのですか!?」

 

 彼女。それは桐花が試験官として、実技試験を行ったとある少女のことだ。自分を三ターンで下した相手がとあるクラスに配属された。そんなことを誠実で愚直な桐花は絶対に納得できないのである。

 たとえ、相手が理事長といえど、桐花にとっては不正を働いた人間。だからこそ彼は魔王の前に立った。

 しかし、意外にも魔王は自分に縦突いた愚かな桐花に、怒りを見せるどころか逆にさらに笑みを深くする。

 

「ああ、そのことか」

 

「そのことか、じゃありませんよ」

 

 間髪いれずに桐花は鳳城を問い詰める。しかし、鳳城はまたも笑みを崩さずに言った。

 

「儂はな、見てみたいんじゃよ。翼をもがれた龍がどのようにして、天へと昇るのか、それとも、地を這いつくばったまま堕落に生きるのかをな」

 

 この時、魔王には何も言わせぬほどの気迫があった。これでも結構は長く生きてきた桐花でも何も言えず、ただ魔王の言葉を待つのみだ。

 

 

「――――それにな、あの少女ならスタート地点が何処であっても変わらんよ。本当に最強を目指すのなら、なおさらな」

 

 

 音が消えた部屋で、どこからか竜の嘶きが聞こえた。

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

『ですから、ここ、デュエルアカデミア・ドミノ校では――――――』

 

 晴天。雲もなく青く晴れ渡る午前十時の空のもと、(デュエル)(アカデミア)(ドミノ)の体育館では編入生達の入学式を、ドミノ校の学校長、浅間 哲也の長ったるくありがたいお言葉と共に行われていた。

 デュエルアカデミアの入学式は9月という日本では少々暑苦しい時期に行われる。そのため、現在入学式の行われているこの体育館には冷房設備が備え付けられているのだが、これから始まる学園生活に対する期待を膨らませる総勢300人を超える入学者達が放つ熱気の前では、もはやその冷気を感じることも難しい。

 しかしながら、御歳62歳を迎える学校長の貫禄あるお言葉に催眠効果でもあるのか、それとも長ったるい話に飽きてきてしまったのか、はたまたその両方なのか、熱いにもかかわらずパイプ椅子に座る入学者達の何人かは座ったまま舟を漕いでしまっている。

 

 そんな中、霧雨紫音は学校長の話も碌に聞かず、周りから向けられる視線に気を向けていた。

 紫音が着ているのは赤いブレザー型の制服だ。かの有名な伝説をいくつも残したデュエルアカデミア本校に封印される3枚のカードの一体、《神炎皇ウリア》を模したかのような紅蓮の制服は紫音の灰髪によく映えている。しかし、それはどちらかといえば良い方の意味では無い。

 この学園において赤い制服を着る生徒、すなわち【ウリアレッド】にはレッドゾーン(危険域)という意味合いがある。危険域と言ってもその身に危険が降りかかるわけではないが、代わりにその危険が現すのは【劣等生】という言葉だ。成績や行動次第では退学もありえるとでも言えば、危険という意味がわかりやすいだろう。

 そのうえ、常人ではまずあり得ない灰髪で、しかもサイバー流最後の継承者であることを実技試験の時に堂々と宣言した霧雨紫音に奇異の視線を向けない者などいないわけが無い。

 それに、その視線に含まれるのは言うにも及ばずサイバー流に対する差別的なものだ。多少、いやほとんどが紫音を小馬鹿にするかのようなものであることは言うまでもない。

 

 アカデミアの生徒の制服は三つのクラスで分けられているのもまた理由である。中等部から高等部に上がる時に優秀な成績を残した者が入る三幻魔の最上位、《幻魔皇ラビエル》を象徴とする【ラビエルブルー】。中等部からの繰上りや入学試験で優秀な成績を残した者の入る三幻魔が一体、《降雷皇ハモン》を象徴とする【ハモンイエロー】。そして、紫音の着る真っ赤な制服――――ウリアレッドの制服の生徒は差別的な目で見られることが多い。

 ただし、これに関しては正しいと言えるのが確かだ。実力社会は人を進化させる。露骨な位制は不満を滾らせ上位を喰らう力となる。そして上位は下の者に喰われぬように精進する。これは実によくできた体制である。

 現状がいやなら上を跳ね除けてでも頂点に立てば良い。そもそもこの学園の生徒の大半が目指すプロデュエリストは実力の世界だ。

 

 唯一、不思議なものといえば実技試験でワンショットキル――1ターンで相手のライフを削りきること――をやってのけたうえ、筆記試験で一番の成績を収めた紫音がウリアレッドに属されたことだ。

 これに対し紫音は三つの仮説を立てている。一つは非常に馬鹿らしいことだが、サイバー流への差別。今の時勢ではおかしくは無いことだが、仮にも教育機関であるデュエルアカデミアがそんなことをするとは思えない。

 二つ目は何者かによる意図的な操作。だがこれはどういう意図でそれをやったのかが想像もつかない。そもそも、そんなことをできる人間はよほど地位の高い物でないとありえない。先に言った理由も考えるとさらに可能性は低い。

 三つ目はまずあり得ないが、試験結果が悪かった。またはそれだけ他の受験者のレベルが高かったなどという可能性も無いとは言えない。とはいえ、紫音が見るに試験会場にはそれほど光る者は居なかったし、ライフを払い過ぎたと言えば神の宣告などを誰も使えないということになる。

 

 ――――と、言っても現状、紫音はウリアレッドに配属されたということを毛ほども気にしていない。紫音の目的はデュエルアカデミアに入学し強くなることだ。つまり始まり(スタートライン)など何処でもいいのである。

 そして、自分に向かってくるこの視線。幾つもの悪意や嘲笑、明確な敵意。それがあればデュエルの相手などいくらでも現れる。紫音を弱者と見なし圧倒的優越感に浸りたい者達や、サイバー流事態を毛嫌いしている連中などが。

 それに幼少時より悪意を向けられてきた紫音にとってはその程度、どこ吹く風でしかない。それらがあって自分が強くなるなら都合も良い。それらを踏みつぶし、力で分からせるだけである。

 

――――掛かってきなさいよ。私は逃げも隠れもしない。全力で潰し回ってやるわ。

 

 己に向かう視線にそう心の中で訴え、紫音は煮え滾る勝利への衝動を抑えながら、これから始まる学園生活に思いをはせた。

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

 その後、学校長の演説はさらに続き、最終的には他の教師に止められるまで続いた。さしもの他の教師達もただでさえ忙しいこの時期に、長話を延々と続けられるのは誰だって嫌だったらしい。

 

 なにはともあれ現在紫音達一年生はこれから住むことなる寮への移動中だ。先に荷物は送られているらしくどの学生もその手に荷物は無いため、涼しい顔で周りの者たちと談笑に興じている。ここにいるのは女子だけなので、(かしま)しいとはまさにこんなことを言うのだろう。

 そして、その中で紫音は完全に孤立していた。話しかけてくる者など一人もおらず、その代り彼女に向けられるものといえば、嘲笑や話のネタとしての注目ぐらいだ。

 早速の芳しい御挨拶。普通の学生ならば少なからずショックを受けるだろう。しかし、そういうことにすでに慣れている紫音にとってみれば、一人になれるので逆にちょうど良いとも思っているほどだ。

 

 女子寮と男子寮は勿論のことだがかなり離れている。そしてクラスによって、また寮の場所や内容は大きく変わる。例えばラビエルブルーは比較的過ごしやすい場所で、校舎にほど近く絢爛な作りの建物となっている。中間あたりのハモンイエローはラビエルブルーには劣るが、普通にまともな生活が送れる場所だ。

 そして、ウリアレッドといえばアカデミア本校で噂の【オシリスレッド】レベルとまでとはいかない物の、校舎からは遠く一昔前のボロマンションとでもいえるだろう。ゴキブリぐらいなら平気でいそうではある。

 それを見た他の女子たちが落胆の声を上げ肩を落とした。普通の暮らしを送っていた女子は、やはりこう言う場所に住むのはキツイ物があるらしい。

 

「荷物はすでに部屋に届けてあるので、あとは寮担当の教師に従ってください」

 

 一方、一年生たちを牽引した女教師は事務的に告げると、落胆する女子たちに何も言うことなくその場を後にした。毎年けん引をしているのであれば、もう見慣れた光景となっているのかもしれない。

 そして、女教師と入れ替わるように寮から現れたのは、スーツをだらしなく着込む女教師だ。そのだらしなさと言ったら、さっきのスーツをきっちりと着込み、知的なメガネをかけたあの女教師とは全くの対極とも言えるだろう。

 

「わたしはこのウリアレッドの寮監、栗原(くりはら) 千鶴(ちづる)だ。このクラスで落ち込んでいる者もいるようだがそう落胆することはない。成績次第ではすぐに格上げとなるとなるだろう……」

 

 棒読みで極めて事務めいた言葉の羅列し終えると、栗原女教師はふーっと息を吐いた。どうやら、そういう真面目な話が苦手なようであるらしい。彼女は手に持つ何かが書かれた紙を、クシャっと丸めてポケットにかたずけると気だるそうに言った。

 

「まぁ、堅っ苦しい話はここまでにして、()()()()()『おめでとう』と言っておこう。これから君たちは晴れてデュエルアカデミアの生徒だ。

 ……成績次第では退学という言葉に怯える者もいるだろうからこれは言っておく。それなら『抗え』、この場所は勝者こそが正義だ。それも分からない者はただ堕落あるのみだぞ。

 そして、もう一つ、弱者は帰れ」

 

 威圧、いや品定めをするような眼。ゴクリと、生唾を飲み込む音が数人の生徒が鳴らす。

 これがデュエルアカデミアの教師。これがデュエルアカデミアの存在感。少なくともただただ楽しいデュエルだけを送っていた人間では、絶対に出来ない眼だ。

 女子生徒の大半がその双眸にうろたえる中、紫音は内心、獰猛な笑みを浮かべていた。

 最強になることを目指すなら、このほうが逆に良いのだ。

 

「それでは、校長先生のおかげでもう昼だ。君たちも空腹だろう、寮分けは昼食の後にする」

 

 学校長の話は長かったのは確かだ。実際、紫音の後方の女子生徒からはヤジのように腹の虫が鳴っている。それが聞こえたのか定かではないとして、栗原女教師はニヒルな笑いを浮かべる寮の入り口のドアノブに手をかけた。

 

「ようこそ、ウリアレッドへ」

 

 促され入ると寮内は外の外見と違い、意外にも整えられていた。とは言っても学校のパンフレットに載っているような豪奢なものではなく、和風の古い家屋とも言えば良いだろう。それでも紫音にはこの間、引き払ったばかりのあのアパートの惨状に比べれば幾分にも増しに思えた。

 しかし、そう感じたのは紫音ぐらいなようである。ここに来た女子生徒達の中には、比較的金持ちの多いトップスに住む様なお嬢様は居ないのだが、それでもシティ暮らしの年頃の女子はこう言う場所に免疫が無いらしく、食堂に続く廊下を行く中、時折ヤモリでも見つけたのかキャッと言う悲鳴が上がる。どうやら談笑をしている暇もないようだ。紫音に向けられていた視線ももはや存在していなかった。

 

 そして、その後の昼食といえば推して知るべきものであろう。サイバー流の紫音に近付く者などいるわけが無いのだ。しかし、その後、その一日が非常に長くなることと、意外な出会いがあることを紫音は知る由もなかった。

 

 



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第五話 邂逅

 黒パーカーと改造決闘盤が入ったアタッシュケースを、ベッドの下の格納庫の奥の方へと押し込む。

 とうより少ない紫音の私物はたったそれだけで半分が片付く。後は着替えとカードケースを押し込んで、片付けは終了した。

 小さく息を吐くと紫音は屈めた腰を伸ばし、髪の毛についた同色の埃を払いながら、割り当てられたこの部屋の全貌を眺めた。

 

 ――殺風景な部屋。

 

 それが紫音の最初に抱いた感想だった。箪笥(たんす)は無く、収納スペースもベッドの下ぐらいで、家具と言えば二段ベッドと机だけ。しかも二段ベッドが用意してあるのに、この部屋に同室の人間はいなかった。どうやら紫音だけちょうど一人になるようにあぶれてしまったらしい。

 寂しいという感覚になったわけでない。むしろ一人が好きな紫音にとっては好都合であるわけだが、本来二人部屋であるはずのこの部屋は、どうしても広く寒々しく感じられるのだ。まだ慣れていないというのも確かだが、前まで住んでいた狭いあの部屋に、慣れてしまっていたというのもまた理由なのかもしれない。

 しかしながら、最低辺と言われている割には、結構整った綺麗な部屋とも言えるのは確かだった。むしろ壁にひびが無いだけ紫音が居た部屋よりはずっとましだろう。これ以上に豪華を言われるイエローやブルーがいかほどなものかと考えたらきりが無いような気がした。

 

 部屋に行ったあとは、暫くの間、自由にして良いと栗原女教師は言っていた。学校の施設を見て回るのは各々(おのおの)でするようにというの学校側の意思表示らしい。

 確かにここでは、外ではめったにお目にかかれない巨大なデュエル場や、今日は開いていないがデュエルアカデミアでしか手に入らない限定パックが売っている購買などがある。そのため、下見も兼ねて自由に立ち回れるのはデュエリストにとっては嬉しいのは確かだろう。

 きっと同じようなことを考えた生徒がたくさんいて混んでいるのは間違いない。だが、人混みは嫌いな紫音でも、今回ばかりはそういう決闘者としての好奇心の方が勝った。それにこの部屋でボーっとしているより、外に出た方が気持ち良いだろうというのも本音である。

 そう決めたら紫音の行動は素早い。そんなに中身の入っていない財布と学園支給の携帯端末、同じく学園支給の決闘盤、そしてデッキを持つと部屋に鍵をかけてふらりと外に出る。決闘者たる者、決闘はいつでも行えるように、デッキとデュエルディスクは持ち歩くものだ。

 そうして、ウリアレッドの寮を離れ、最も近い場所だった大規模デュエル場の入口へと辿り着いた。

 

(やっぱり、人が多いわね……)

 

 やはり紫音と同じ考えの生徒は多いようだった。入口にはトイレに行く女子よろしく、幾つものグループがあちこちに見てとれる。どうやら、もう友達などというものを作り出しているらしい。

 

(バカらし……、どうせいつか蹴落としあう癖に、数だけは作りたがるんだから)

 

 別に友達などを作りたくない一匹狼の気質がある紫音は、酷く蔑んだ目で彼らを見た。うわべだけの言葉で繕い、偽善だらけの友情ごっこを演じる。紫音は絶対にそんな寸劇(馬鹿らしいこと)はもう信用したくなかったのだ。

 入口で邪魔ったらしく(たむろ)する幾つかのグループの隙間をくぐり抜けるように迂回する。

 しかし、その時、一人の女子が紫音の進行方向をふさいだ。

 

「あら、たしか貴女サイバー流の方だったわね」

 

 歩みを止めて相手の顔を見る。立っていたのは青い制服――すなわちラビエルブルーの女子だ。

 背丈は女性の平均より高いぐらいで、その高潔さと自尊心の高さを表すような、紫色の髪と瞳はその性格を如実に表しているだろう。

 紫音の無言の肯定に、彼女は艶めかしく笑うと、まるで司会者のように近くにいる生徒たちをまくし立てはじめた。

 

「『私はサイバー流、霧雨 紫音。さっきサイバー流を笑った連中も、サイバー流を罵った連中も見てなさい。私が、いいえ、サイバー流が最強であることをアンタ達に見せてやる』

 な~んてあれだけ仰々しく宣言したのに、最低辺のウリアレッドなんて笑えちゃうわ。一体どこが最強なのかしら?」

 

 彼女の後方に居るおそらく同じグループと思われる生徒たちも、その言葉に顔に嘲りの色を浮かべクスクスと失笑する。

 

「それが何か?」

 

「別に~、ただやっぱりサイバー流って、攻撃力ばかりの脳筋だから弱いのかしらって思っただけよ~」

 

 嗜虐心の塊の様な笑顔で彼女は言う。それは見事な侮辱だ。それも紫音だけでなくサイバー流への。

 勿論、侮辱された側の紫音の胸の内では怒りの炎が燃え上がる。カッとなって目の前が赤くなり、怒りが身体中を駆け回った。

 しかし、紫音はそれを抑え込んだ。これは絶対に買ってはいけない『喧嘩』なのだ。

 紫音に対する侮辱による挑戦。それで紫音の激情をわざと振り起こし、その上で自分が絶対有利に立つための、向こうからの罠なのである。勝ったら負けの。

 これを買ってしまったら、間違いなく向こうは紫音がその弱いという言葉に図星なのだと周りに言いふらすだろう。事実はどうであれ、ああ言う連中はそうしてしまう。

 そうなれば、例え勝ったとしても紫音には『まぐれ』という言葉が張り付いて、サイバー流が最強であることを証明することが難しくなる。 

 それに入学早々問題を起こすのは、さすがに紫音でもしたくは無い。だからこそ、この憤りを今は鎮めるしなかった。

 

「それだけ? なら、そこからどいて。邪魔よ」

 

「あら、怖~い。けど意外ね~。わたし、てっきり簡単に引っかかってくれると思ったんだけどな」

 

 さらりと自分が喧嘩を売ったことを肯定するようにブルーの女子は答える。

 

「……何が言いたいの?」

 

「貴女は今年の新入生の中で、注目されている生徒の中の一人なのよ。そういうわけで、カマを掛けさせてもらったんだけど、喧嘩を売られて買わないなんて、期待はずれね~、サイバー流の決闘者って」

 

「……そんなに――――」

 

「?」

 

 鎮めた怒りがまたも燃え盛る。こちらを誘いこむ罠だとしても、もうここが限界だった。

 紫音にとってサイバー流への侮辱は三度まで。それ以上は許せない。

 そんなに言うのなら見せればいい。そんな獰猛な感情が噴き出す。さっきの冷静さも、もはや存在しない。そして、もう止める意味も見出せなくない。

 もう喉元までせりあがった言葉は、もはや止めることはできず、気付いた時にはもう口から飛び出していた。

 

「――――そんなに言うなら買ってやるわよ。アンタの喧嘩っていうのを」

 

 紫音の言葉にブルーの女子は、その口角をさぞ楽しそうに歪めた。

 紫音は持ってきていたデュエルディスクを腕に装着しデッキをセットすると、辺りには騒ぎを聞きつけた生徒たちが集まってきていた。

 正に一触即発の空気。

 いつ決闘が始まるかもしれない中、とうとうブルーの女子が言葉を発した。とんでもない発言を。

 

「――――ごめんね~! 私、デッキを忘れちゃったのよね~」

 

 思わず『はぁ!?』という声を漏らしていた。野次馬達の心境も同じらしく、困惑の面持ちである。表情を変えていないのは、あのブルーの女子とその後ろに控える者たちぐらいだ。

 一体、この女は何を考えているのだろう。紫音は信じられなかった。あれだけ喧嘩を売っておいて、デッキを忘れたなど、一体どういうことなのだ。

 そんな紫音の心境を知ってか知らずか、ブルーの女子はまたクスクスと笑う。

 

「いや~ね、貴女の話は有名でね~、気になったから、ちょっと遊んでみたかったのよ」

 

「それで、あそこまで言っておいて、デュエルは無しだと言うの?」

 

「ええ。でも――――」

 

 ブルーの女子が辺りを見渡す。紫音と彼女の口論は、多くの生徒を呼び寄せていたようだ。

 勿論、決闘が行われると見て、それを観戦しようと近づいてきたのだろう。しかしながら、さっきの発言により、そのすべてが困惑を顔に浮かべ、至極残念そうな顔をしている。

 そして、その野次馬達の中の一点を見つめると、ブルーの女子は玩具を見つけた子供のように笑みを深くした。

 

「せっかく集まってくれた周りの人たちには悪いから、代役を『彼女』に頼もうかしら」

 

 そう言うと彼女はその一点に人差し指を向ける。全員の視線がそこに集中し、地割れの如く人垣が割れて行く。そして、その彼女は立っていた。

 嗜虐的に微笑む少女と同じ青い制服を着込み、紫音の中途半端な灰髪とは全く違う、綺麗で純粋な黒髪の少女。

 名前は知らない。ただし、一度だけ会ったのは覚えていた。霧雨紫音としてでは無く、黒パーカーとして、あの路地裏を訪れた時、彼女は光を背に現れた。

 

「――――ねぇ、特待生の花咲椎奈さん」

 

 数多の視線の元、花咲椎奈は呆然とした表情で立っていた。

 




 すみません、更新がまた遅れました。
 次話はもう少し早く仕上げられるように努力します。


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第六話 特待生

 新ストラクチャーデッキ、機光龍襲雷キター!
 という訳でテンションマックスな内に第六話です。


 歓声が、耳を打つ。

 いや歓声というよりは、あの女の話術により作られた空気と言うべきか。なにはともあれ、当初こそ見学のつもりで来たはずの大規模デュエルリンクの上に紫音は立っている。

 

 そして相対するは白い白い照明が照らすデュエル場に立つ少女。白いライトに映えるように長い黒髪は艶やかに輝き、その美貌と双眸から放たれる光は正に強者にふさわしいだろう。

 それは奇しくもあの路地裏で見た状況とそっくりだった。いや正確には、あの少女があの時路地裏に現れた少女――花咲椎奈張本人なのだから当たり前だ。

 ただし、彼女の顔は闘志に満ち溢れているというより、未だに困惑の色が見て取れた。なんせいきなりの指名で有無を言わせずに決闘をさせられているのだ。ただの困惑ですんでいるのはむしろ意外なことだろう。

 実際不本意としか言いようが無いな。と紫音は今頃冷えてきた頭で自己分析を始めた。そもそもあの女の言葉に惑わされず完全な無視を決め込んでいれば、こうはならなかったはずなのだ。

 気の短い自分に頭が痛くなる。

 結局、あの女の言うとおりに事は動いてしまっていたのだ。あの女はまるで飴玉を舌の上で転がすように、場の空気を『自分と霧雨紫音の対立』から『花咲椎奈と霧雨紫音の決闘』につくりかえてきた。

 そして、こういうことをしなければならないという空気を作り上げたのだ。むろんそこで下手に断れば、サイバー流の名前に傷がつくように。例えば、特待生が怖くて決闘から逃げたとか。

 冷静に対処すれば避けれたものを避けれなかったのは、非常に腹立たしい。

 

 ――――とは言っても、特待生と戦えるということは別段紫音にとっては悪い物では無い。むしろ、強い相手との決闘は願ったりかなったりだ。たとえ、ある程度の情報漏えいがあったとしても。

 理由は簡単。特待生という言葉にはそれだけ大きな意味があるからだ。

 簡潔に述べれば特待生制度とは、優秀な成績を収めたり大きな功績を残したりした者を、学校側が授業料の一部または全額を免除して入学させるというもの。

 もちろんこのデュエルモンスターズの専門校であるアカデミアでも、その制度は適用されている。そして、その内容も言わずもがなでデュエルに関する成績である。

 しかし、ここがデュエルの先進校であるからこそ、特待生の称号を得るのにはそれだけの実力が必要だ。例えば、大きな大会などに出場し優勝といった功績を上げるというもの。猛者が集まるなかで優勝するのは本当の人握り。それだけ大会の出場者とは、強大なのである。

 紫音はある事情により、大会にはほとんど出場はしていない。そのため、奨学金制度での入学となっている。しかし例え出場していたとしても、それを受ける条件がそろえることができたかといえば、分からないとしか言いようが無いほどなのだ。

 相手になる花咲椎奈には悪いかもしれないが、この決闘には付き合ってもらうしかないだろう。

 別に親しいわけではないし、ただあの路地裏で黒パーカーの時に出会っただけなのだ。後のことは知ったこっちゃない。

 そもそもあの少女にだって、野次馬に囲まれていようと拒否権はあったのだ。しかし、それを彼女はしなかった。それに今の表情からは勿論、困惑も感じられるが、今では逆に闘志も感じられる。

 きっとこの決闘は自分を強くするためのピースとなるはずだ。あのブルーの女の手のひらの上に居るとしても。

 そうやって無理やりに割り切って前を向く。向こうも準備ができたらしい。こちらに闘志の宿る瞳を向けてきていた。

 

「一つだけいいでしょうか?」

 

 唐突に花咲椎奈があの時の路地裏に響いた綺麗な声で、紫音に投げかけてきた。

 ステージへ上がる前は無言だったが、この場に来て何を質問するのだろう? 疑問を浮かべながら紫音は訝しげに応じる。

 

「何?」

 

「貴方はサイバー流の方なのですね。この決闘が終わった後、聞きたい事があるんです。応じていただけますか?」

 

 真っ直ぐとした視線。そこにあったのは何時も紫音に向けられていた悪意ではなく、まったくの透明といっていいほどの純粋な疑問の視線だ。

 応じるか。応じないか。紫音の脳裏で二つの選択が現れる。しかし、それはほどなく決まった。

 

「…………いいわよ。――――ただし、この決闘で私がアンタを強いと思ったらね」

 

 我ながら意地悪な答えだと紫音は思う。結局は自分のさじ加減だ。これが自身では無く自尊心の高い者が言ったのならば、自分はどうせ無い物だと諦めていただろう。

 しかし、この意地悪な返答に花咲椎名は笑顔で応じてきた。

 

「――――分かりました。ならば私は実力で貴女を認めさせます」

 

 へぇ、と紫音は静かに感心する。あの路地裏の時は馬鹿だと思ったが、それは自分の強さからくる自信なのだと今更ながら気付いたのだ。

 ならば紫音もそれに応えなければならない。相手に敬意を払い全力を持って向かえ討つことが、サイバー流の信条だ。そして、何よりも決闘を楽しむことこそ、サイバー流の根である。

 経緯は不本意でしかなかったが、この決闘には決闘者としての血が沸き立つように感じた。

 

『デュエル!』

 

 両者の視線が交錯し、言葉は決闘の始まりを告げた。

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

「あんた、ホンマ性格悪いな」

 

 大規模決闘場の観客席に座るこの騒ぎの発端であるラビエルブルーの女子に、あきれたように一人の女子生徒が語りかけた。

 黄色いブレザー型の制服は彼女がハモンイエローの生徒であることを露わしており、途端ブルーの女子の周りに控えていた生徒たちが女子生徒を睨みつける。

 一年生の繰上り組の中でも、トップの成績を持つブルーの女子にあまつさえ、『性格が悪い』とため口で格下のイエローが言ってきたことが激しく気に入らないのだ。

 しかしブルー女子は気にもしない様子で彼らを下がらせた。そして、気の合う友人に話しかけるように饒舌に語り出す。

 

「あら~、久しぶりね~。自らハモンイエローに配属された第三位さん。ここまで来ていきなり何のことかしら?」

 

「単刀直入に言うで。この決闘、どっちが負けて潰れるのをあんたは狙ってるんやろ?」

 

「…………」

 

 無言。ブルーの女子は微笑みの表情のままで沈黙する。歓声が遠くに聞こえるほどの沈黙は、それが肯定であることを如実に表していた。

 この女のそういう所を知っているイエローに属する第三位は、静かに語り出す。

 

「ただでさえ大勢の前での決闘や。しかもどっちも今回の編入生では有力株。そんなの同士がやりあって、そんで負けた方はいらん噂が付く。例えばサイバー流の子やったら『やっぱりサイバー流は弱い』って感じでな」

 

「それで、私の何のメリットがあるのかしら~」

 

「自分で分かり切ってること言うなや、()()()()()()()

 

 今度こそ、ブルーの女子の瞳が第三位を冷たく射抜く。

 第一位と第三位の視線が交錯する中、目下のデュエル場では決闘が始まった。

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

 二つの視線がぶつかりあう中、決闘は始まった。先攻を示すランプが点ったのは花咲椎奈の決闘盤。彼女は小さくお辞儀をするとデッキよりカードを抜き放つ。

 

「私のターンからです。ドロー! 私はモンスターをセットしカードを一枚セット。ターンエンドです」

 

「私のターン、ドロー」

 

 花咲椎奈のフィールドは先攻としては無難な立ち上りだ。得体のしれないセットモンスターと一枚のセットカードはそれなりに威圧感がある。

 そして何より、相手は特待生に選ばれる決闘者だ。たとえ後攻が有利なサイバー流だとしても、迂闊に攻め込むには危険である。しかも今の紫音の手札に除去用のカードは存在していないのだ。下手に融合すれば大きな損失があるかもしれない。

 

「私は手札からサイバー・ドラゴンを特殊召喚。さらに《シャインエンジェル》を召喚」

 

サイバー・ドラゴン 星5/光属性/機械族/攻2100/守1600

 

シャインエンジェル 星4/光属性/天使族/攻1400/守 800

 

 もはやお馴染となった機械仕掛けの竜と、光り輝く翼を持つ天使が紫音の場に現れる。

 花咲椎奈のセットカードが発動しないことを確認すると、紫音は次の行動に移った。

 

「バトルフェイズ! サイバー・ドラゴンでセットモンスターを攻撃」

 

 まずは探りの攻撃。サイバー・ドラゴンの青白い光線がセットモンスターへ直撃し、正体が露わとなる。

 

「セットモンスターは《見習い魔術師》です。このカードは戦闘によって破壊されるとデッキからレベル二以下の魔法使い族モンスターをセットします。私はもう一度見習い魔術師をセット」

 

見習い魔術師 星2/闇属性/魔法使い族/攻 400/守 800

 

 紫色の衣をまとった金髪の魔術師が破壊されると、新たにモンスターがセットされる。セットされていたモンスターと、再びセットされたモンスターの名前に紫音は苦い顔をした。

 魔法使い族限定のリクルーター、見習い魔術師といえば彼女がなんのデッキなのかいやでも分かってしまったのだ。気が付けば呟いていた。

 

「魔法使い族デッキ……」

 

 魔法使い族、又はそれの専用カードにはトリッキーな効果が多い。例えば、カオスモンスターの一角で除外効果を持つ《カオス・ソーサラー》。強力な破壊効果を持つシンクロモンスター、《アーカナイト・マジシャン》。そして、何より融合が主体のサイバー流にとって天敵であるあのフィールド魔法がある。

 

「……メインフェイズ2に移行するわ。カードを一枚セットしてターンエンド」

 

 これ以上の攻撃は無意味と名残惜しくターンを終了させる。魔法使い族を相手にする場合は時間をかけてはいられない。しかし今は何もできないのも事実だ。相手のターンは凌ぐほかならない。

 

「私のターン、ドロー。《マジカル・コンダクター》を召喚。そして見習い魔術師を反転召喚。このカードが召喚・反転召喚に成功した時、フィールド上の魔力カウンターを置けるカードに一つ置きます。私は魔力カウンターをコンダクターに置きます」

 

マジカル・コンダクター 星4/地属性/魔法使い族/攻1700/守1400 魔力カウンター0→1

 

 緑色の衣を纏う長い髪の女魔法使いが現れる。ついでその姿を露わしたのは見習い魔術師。

 彼が生成したほのかに輝く光――魔力カウンターがマジカル・コンダクターの周囲を旋回し始めた。魔力カウンターは一部の魔法使い族モンスターの力となり、彼らの効果を使うためのコストとなるのだ。

 

「さらに装備魔法《ワンダー・ワンド》を発動し、見習い魔術師に装備します。ここでコンダクターの効果を発動、魔力カウンターをさらに二つ充填します」

 

見習い魔術師 攻 400→ 900

 

マジカル・コンダクター カウンター 1→3

 

 先っぽに丸い球が付いた杖――ワンダー・ワンドを見習い魔術師が装備すると、マジカル・コンダクターの周りに今度は二つ追加される。

 

「《おろかな埋葬》を発動、私は《魔法の操り人形(マジカル・マリオネット)》を墓地へ。さらにコンダクターの効果によりカウンターを置きます」

 

マジカル・コンダクター カウンター 3→5

 

「そしてコンダクターの効果を発動。カウンターを任意の数だけ取り除き、その数と同じレベルの墓地の魔法使いを復活させます。私はすべて取り除き魔法の操り人形を復活」

 

マジカル・コンダクター カウンター 5→0

 

 マジカル・コンダクターが呪文を紡ぐと、周りを旋回していた魔力カウンターが一際輝いて消える。そして代わりに両手にナイフを握った人形とそれの操り手と思われる仮面の魔道師が墓地より復活した。

 

魔法の操り人形 星5/闇属性/魔法使い族/攻2000/守1000

 

魔法(マジック)カード、《魔力掌握》を発動。このカードはフィールド上の魔力カウンターを置くことができるカードにカウンターを置きます。私は魔法の操り人形にカウンターを乗せ、さらに自身の効果で乗せます。その後魔力掌握の効果により魔力掌握を手札に加えます」

 

魔法の操り人形 攻2000→2400 カウンター 0→2

 

マジカル・コンダクター 0→2

 

 魔力掌握の効果により魔法の操り人形にカウンターが充填される。コンダクターとは違い人形のナイフに光が点っているのは、効果に関係しているのだろう。

 

「カードを一枚セットし、《闇の誘惑》を発動します。二枚ドローし手札から見習い魔術師を除外。魔法カードを発動したことによりまたカウンターが乗ります」

 

魔法の操り人形 攻2400→2600 カウンター 2→3

 

マジカル・コンダクター カウンター 2→4

 

「魔法の操り人形の効果を発動、カウンターを二つ取り除くことでフィールド上のカードを一枚破壊します。私はシャインエンジェルを破壊」

 

 操り人形が持つナイフがシャインエンジェルに突き刺さり、天使は破壊される。

 シャインエンジェルは戦闘で破壊されたときに光属性モンスターを呼ぶ優秀なリクルート効果を持つ。しかし、効果破壊ではそのリクルート効果も生かせず、ただ墓地に贈られることとなった。

 

「バトルフェイズに移行します。魔法の操り人形でサイバー・ドラゴンに攻撃、アサシンマリオネット!」

 

紫音 LP4000→3900

 

 仮面の魔道師が操るマリオネットから無数のナイフが投げ放たれる。さしもの鋼の肉体を持つサイバー・ドラゴンといえど、ぎらぎら輝く無数のナイフには応戦できず破壊された。

 

「さらにマジカル・コンダクターと見習い魔術師でダイレクトアタック」

 

「マジカル・コンダクターの攻撃宣言時、罠カード、ガードブロックを発動! ダメージを0にしてカードを一枚ドロー。――――…………っ」

 

 攻撃力高いマジカル・コンダクターの攻撃はガードブロックで0にできたが、さすがに見習い魔術師の攻撃は止めることはできない。紫音のライフから900ポイント削られる。

 

紫音 LP3900→3000

 

(先手はとられたか……! だけど、これで攻撃は――――)

 

 LPはまだ3000ある。先手を取られたのは痛いことに変わりないが、幸い手札はまだ潤沢だ。手札とLPが1さえあればまだ勝つことはできるはず。

 しかし、次のターンへと紫音が思考を切り替ようとした時、まだ花咲椎奈の行動は終わっていなかった。

 

「リバースカードオープン! 速攻魔法、《ディメンション・マジック》を発動。場の魔法使い族をリリースし、手札から魔法使い族を特殊召喚します。私は魔法の操り人形をリリースし、このカードを特殊召喚!」

 

 魔法の操り人形がリリースされ墓地へ送られると、大きな棺が姿をあらわす。やがて、それが開き中から()()()()()が覗くのを見て、紫音は凄まじいプレッシャーを感じた。

 そして、漆黒の魔法使いは棺の中から現れる。

 

「――――来てください。《ブラック・マジシャン》!」

 

 伝説の決闘者の最強の僕が、今この場に降り立った。

 

 

 



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第七話 切り札

 その魔術師が姿を露わした時、観戦者達からの声が文字通り消え去った。次いで、今度はそれこそ建物自体が揺れるのではないかと思うほどの歓声が上がる。

 ブラック・マジシャン。

 その名を聞いて、知らない、と答える人間はまずいないだろう。

 元々のレアリティもさることながら、伝説にして最強の決闘王(デュエルキング)、武藤 遊戯が使用し、彼に数々の勝利を捧げてきたのだ。最強決闘者の最強の僕といえば、このモンスターのほかにあるまい。

 そしてそれが今、紫音の目の前に立ちはだかっている。特待生、花咲椎奈の統べる魔法使いの一体として、その伝説に違わぬ威圧感とともに紫音()を討とうと杖を構えた。

 歴戦のモンスターの威圧感が紫音を襲う。伝説の決闘者が使用したカード。使用している人間が本人ではないにせよ、デュエルモンスターズ創生期より存在したモンスターの威圧感は凄まじいのだった。

 

「まだバトルフェイズは終わっていません。ブラック・マジシャンでダイレクトアタックです。黒・魔・導(ブラック・マジック)!」

 

「――――ぐっ!」

 

紫音 LP3000→500

 

 紫音の場にブラック・マジシャンの攻撃を遮るものは一つもない。黒魔導師の代名詞とも言える必殺技が紫音を襲った。勿論、これはソリッドビジョンによる演出だ。しかし、それでも本当に攻撃されたように感じるほど、かの魔術師の技は洗練されたものだったのだ。

 

「メインフェイズ2に移行します。私は見習い魔術師に装備されたワンダー・ワンドの効果を発動。このカードと装備モンスターを墓地に送り、カードを二枚ドローします。カードを一枚セットしターンエンドです」

 

 観戦者の歓声がなお一層強くなる。なんせ噂のサイバー流をたった一ターンにして残りLP500まで追い詰めたのだ。それに特待生の名に違わぬほとんど無駄のないプレイング。さらにはブラック・マジシャンの登場。これだけあれば彼らが熱狂的に歓声を上げても可笑しくはないのだ。すでほとんどの者は紫音が勝つことは無いと思っているに違いないだろう。

 しかし紫音はこの絶体絶命の中、久しく感じることが無かった何かを感じたような気がした。

 サイバー流の根底の理念が。決闘者としての本能が。伝説のカードの出現が。そして強者との決闘が紫音を熱く滾らせ、諦めると言う愚かな選択肢を消し去っていく。

 

「――――私のターン、ドロー!」

 

 引いたカードを見て紫音は微笑んだ。デッキも紫音の勝ちたいという心に応えてくれたのだ。

 

「私は手札からサイバー・ドラゴンを特殊召喚!」

 

 もう一度、現れる機械竜サイバー・ドラゴン。何度倒されても彼らは現れ、何時だって紫音を勝利へ導いてくれている。そして今回も逆転のための布石となってくれるのだ。

 

「さらに墓地の光属性モンスター、シャイン・エンジェルを除外し、霊魂の護送船(ソウル・コンヴォイ)を特殊召喚するわ」

 

霊魂の護送船(ソウル・コンヴォイ) 星5/光属性/悪魔族/攻1900/守1000

 

 墓地の光属性モンスター、シャイン・エンジェルが除外され光の粒子が河となっていく。やがてその川を下ってくるように一隻の船が見えた。やがてフィールドに漂着するとその容貌は露わとなる。

 しかしその船はそんな神々しい登場の仕方に対し、かなりおどろおどろしい姿をしていた。

 言うなれば幽霊船(ゴーストシップ)。霊魂の護送船は読んで字のごとく、死者の魂をあの世に運ぶ巨大な船なのである。

 ただし、その攻撃力はたかが1900。攻撃力2500のブラック・マジシャンを討ち倒すのには程遠い。しかし大事なのは、同じレベルのモンスターが二体並んだことだった。

 そして、このモンスターが現れたことがどういう意味かを、いち早く特待生花咲椎奈は気付く。

 

「レベル5のモンスターが二体……!?」

 

 その召喚方法はつい最近、一般的になったものだった。しかし、歴史をたどればこの召喚方法の基礎の欠片の無い時代――――サイバー流に悲劇が起きたあの時代に存在していたという事実があるのだ。

 使用したらしいのは、とある決闘者達だったという。そして、彼らは世間にとっては大事件を起こしたのだ。それはリスペクトデュエルを批判し、サイバー流に壊滅的な被害を与えたこと。

 勿論カードには罪は無い。しかし、それが分かっていても、そのカード達は紫音にとっては忌むべきものだった。もし存在さえしていなければ、サイバー流はここまで衰退することは無かったかもしれなかったのだ。そう考えてしまうと恨んでも恨み切れない物でしかない。

 だが、紫音はそれを乗り越える。恨みを捨て、強くなるために、勝つために、最強になる為にその力を使用する。

 

「私はレベル5のサイバー・ドラゴンと、同じくレベル5の霊魂の護送船で()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 二体のモンスターが光球となって、出現した穴に吸い込まれていく。

 憎かった。腹立たしかった。消えてほしいとさえ思った。だが紫音はそんな凝り固まった思考を打ち切って、勝利を得るために次の句を述べる。

 

「エクシーズ召喚! 《始祖の守護者ティラス》!」

 

始祖の守護者ティラス ランク5/光属性/天使族/攻2600/守1700

 

 現れたのは純白の翼を持つ天使だった。エクシーズモンスター、始祖の守護者ティラスは剣を高々と掲げ紫音のフィールドに舞い降りる。ニターンまでだが、効果による破壊を受け付けないという、強力な効果を持つランク5エクシーズモンスターである。

 確かに神々しい姿だ。もしも紫音がサイバー流でなければ、そもそもサイバー流が衰退していなければ、お気に入りの一枚だっただろう。

 眩むような光球が彼の周りを周回する。それは勿論、紫音のデッキのエースたるサイバー・ドラゴンと霊魂の護送船が変質した姿だ。彼らは光となってもエクシーズモンスターを支える力となる。

 こみ上げる苦さに似た感覚を振り払うために、紫音はさらに次の行動に打って出た。

 

「さらに手札のサイバー・ドラゴン・ツヴァイと自身を墓地に捨てて、《マシンナーズ・フォートレス》を特殊召喚するわ」

 

マシンナーズ・フォートレス 星7/地属性/機械族/攻2500/守1600

 

 巨大な戦車――マシンナーズ・フォートレスがキャタピラを回しながら紫音の場に現れる。マシンナーズ・フォートレスは手札からレベルが8以上になるように機械族モンスターを捨て、手札または墓地より特殊召喚される効果を持つ。コストにはこのカード自身も使用でき、実質一枚の消費で特殊召喚出来る優秀なカードだ。

 そして、破壊された場合に発動する効果もあるため、機械族の多い紫音のデッキでは役立ってくれているカードの一枚である。

 

「バトルフェイズ! 始祖の守護者ティラスでブラック・マジシャンを攻撃!」

 

 紫音の指令にティラスの剣技がひらめく。さしずめ伝説の魔導師でも、攻撃力で勝るティラスの攻撃にはなす術もなく破壊された。

 

「ブラック・マジシャン!」

 

椎奈 LP4000→3900

 

 花咲椎奈の悲痛な叫びと共にLPに初めて傷が入る。まだ浅いが、それでも確かな一歩だ。そして紫音の攻撃はまだ終わっていない。

 

「まだよ。マシンナーズ・フォートレスでマジカル・コンダクターを攻撃! バーストショット!」

 

 マシンナーズ・フォートレスが全砲台の照準を一斉にマジカル・コンダクターへと向け発射する。攻撃力は歴然の差だ。ひ弱な魔法使いでは止めることは、絶対にかなわない砲撃が一切の情も無く放たれていく。

 しかし、粉塵が晴れた先には、盾の影に依然として健在なマジカル・コンダクターの姿があった。盾にあるのは『我』の一文字。

 

「……《ガガガシールド》を発動させていただきました。このカードは魔法使い族モンスターの装備カードとなり、二度まで戦闘・効果による破壊を防ぐことができます」

 

椎奈 LP3900→3100

 

「破壊できなかった……。でも盾は剥がさせてもらうわよ。バトルフェイズ終了時、ティラスの効果を発動。このカードが攻撃を行った場合、バトルフェイズ終了時に相手フィールド上のカードを破壊するわ。私は装備カードとなったガガガシールドを破壊」

 

 マジカル・コンダクターを守っていた盾はティラスが引き起こした落雷により消滅させられた。これにより盾は引きはがせたが、それでも紫音の顔は優れない。

 よりにも寄って最も厄介な魔法使いが破壊されずに残ってしまったのからだ。これではまた新しい魔法使い族モンスターを呼ばれてしまうのは間違いないだろう。

 だからこそ、紫音はもう一枚のカードを発動させる。

 

「メインフェイズ2に手札から《一時休戦》を発動。互いにカードを一枚ずつ引き、次の相手のターン終了時まで互いに如何なるダメージも無効になるわ」

 

 一時休戦は互いにダメージを与えられないという制約はあるが、発動フェイズに指定は無い。メインフェイズ2に発動すれば、そのデメリットは相手だけに課され、自分にはダメージを受けないというメリットのみが残るのである。

 紫音の残りLPは500。そして決闘は終わるまでその戦況が変化していく。この布陣が何時まで持つか分からない以上、互いにドローできるデメリットは無視するほかに無い。

 

「私はこれでターンエンド。ティラスの効果により、エクシーズ素材となっているサイバー・ドラゴンを墓地へ」

 

「私のターン、ドロー」

 

 ゆっくりとした動作で、花咲椎名がドローする。手札の合計は三枚。場はマジカル・コンダクターだけという状況だが、それでも油断はならない。

 マジカル・コンダクターの魔力カウンターは8つまでたまっている。これではブラック・マジシャンはまた復活するのは間違いない。そしてまだブラック・マジシャンだけならばまだ良いが、それ以上の隠し種がある可能性だって無いとは言えないのだ。

 

「《手札抹殺》を発動します。互いに手札をすべて捨て、その数だけドローします」

 

マジカル・コンダクター カウンター 8→10

 

 手札抹殺の効果により、紫音は一枚、花咲椎奈は二枚捨ててドローした。一見すれば手札交換のように窺えるが、花咲椎奈の狙いはそこでは無かった。

 

「そして、マジカル・コンダクターを発動。魔力カウンターを七つ取り除き墓地のブラック・マジシャンを復活させます。さらに手札からもう一度、装備魔法ワンダー・ワンドを発動。マジカル・コンダクターに装備し、そのまま墓地へ送って二枚ドローします」

 

 マジカル・コンダクターが墓地へ送られる。普通ならば悪手ともいえる行動だ。それに紫音の場には、戦闘破壊時に相手モンスターを道連れにするマシンナーズ・フォートレスが居る。ただ攻撃力が高いだけのモンスターではこの効果に潰されてしまう。

 それならば何をしてくるか。そして場のカード達の弱点を知っている紫音は、花咲椎奈の行動に神経を研ぎ澄ましながら見ることしかできない。

 そして浮かんだ微笑みに紫音はこれまで以上の戦慄を覚えた。

 

「――――来ました。私は墓地の見習い魔術師と《マジシャンズ・ヴァルキリア》を除外し、このカードを特殊召喚します。――――出て来てください《カオス・ソーサラー》」

 

カオス・ソーサラー 星6/闇属性/魔法使い族/攻2300/守2000

 

 見習い魔術師の闇とマジシャンズ・ヴァルキリアの光が混ざり合い渦となる。そして、現れたのは光と闇の力を持つ魔術師。カオスモンスターの一角、カオス・ソーサラーは不敵な笑いを浮かべ現れた。

 

「カオス・ソーサラーの効果を発動……と行きたいところですがまだ終わりません。私はガガガマジシャンを召喚します」

 

ガガガマジシャン 星4/闇属性/魔法使い族/攻1500/守1000

 

 カオス・ソーサラーの後に引き続き現れたのは、ブラック・マジシャンの風貌によく似た学生風の魔法使いだった。攻撃力はブラック・マジシャンに遠く及ばないが、エクシーズ召喚においては自身のレベルを変化させる優秀な効果を持つカードである。

 考えられるランクは6か7。そのどちらもが強力な効果を持つモンスターが多いため、紫音は警戒を強めた。どれが出たとしても紫音の場は壊滅する。

 

「ガガガマジシャンは一ターンに一度自身のレベルを一から八のどれかに変化させることができます。私はガガガマジシャンのレベルを7にします」

 

「……ランク7のエクシーズ!?」

 

 ガガガマジシャンのベルトに7つの星が点ったのを見て紫音が呟く。

 しかし、花咲椎奈は小さく微笑んでから言った。

 

「いいえ、違います。私が呼ぶのはこのデッキの切り札です。

 ……――――私は場のブラック・マジシャンとレベル7となったガガガマジシャンをリリースし、このカードを特殊召喚します。最強の魔術師よ、その本当の力を解き放ちし、最上へと駆けあがりなさい」

 

 高レベルの魔法使い族二体をリリースし特殊召喚されるモンスター。その召喚方法から連想させられるのは一体しかいなかった。

 

「来てください、《黒の魔法神官》!」

 

黒の魔法神官《マジック・ハイエロファント・オブ・ブラック》 星9/闇属性/魔法使い族/攻3200/守2800

 

 幾つもの戦いをくぐりぬけ、かの魔法使いはその姿に変化していく。漆黒の衣を纏うそれは、まさしく最強の魔法使いが後に辿り着く全盛期の姿だった。

 

「ま……黒の魔法神官」

 

「黒の魔法神官はいかなる罠も許しません。このカードが場にいる限り、全てのトラップカードの発動を無効にし破壊します。そして、ここでカオス・ソーサラーの効果を発動。

 攻撃権を捨て、マシンナーズ・フォートレスを除外します。さらに私の手札は0なので、マシンナーズ・フォートレスの効果は発動しません」

 

 マシンナーズ・フォートレスがカオス・ソーサラーの作り出した次元の穴に吸い込まれ消える。花咲椎奈が言った通り、マシンナーズ・フォートレスにはモンスター効果の対象になった時、相手の手札を墓地へ送らせる効果があるが、相手の手札が0枚ではその効果も見込めない。

 その上、簡単に墓地より特殊召喚ができるマシンナーズ・フォートレスだが、除外されてしまってはその効果も発動できなくないのだ。

 

「ダメージは通りませんが、モンスターは破壊させてもらいます。黒の魔法神官で始祖の守護者ティラスを攻撃。セレスティアル・ブラック・バーニング!」

 

 たとえ一時休戦がいかなるダメージを無効にしてくれても、場のモンスターは守ってくれない。

 守護者たる光の天使に、最上位の魔術師の砲撃が殺到する。そして、貫通。最上位の一撃はエクシーズモンスターの中でも平均以上の攻撃力を持つ天使を、灰も残さず消し去った。

 その攻撃力の差は600。もし紫音が一時休戦を発動していなければ、500程度のLPなぞ簡単に消し飛んでいただろう。

 

「私はこれでターンエンドです」

 

「私のターン、ドロー」

 

 引いたカードは逆転のカードでは無かった。しかし、敗北を決定づけるカードでもない。そして、もう一枚はこの局面では役に立たないカードだ。もしそれが生きるのなら次のターンである。

 すなわち今、紫音にやれることは一つだけだった。

 

「私はカードを一枚セット、モンスターをセットしてターンエンド」

 

「私のターン、ドロー」

 

 まずは第一段階。もしここでモンスター除去をするカードを引かれたならば、間違いなく紫音は負ける。だからこそ、その一挙一動に紫音は見守るしかできない。

 やがて右手に握られたカードは、モンスターゾーンに置かれた。

 

「《魔導騎士 ディフェンダー》を召喚します。このカードは召喚時に魔力を自身に乗せます」

 

魔導騎士 ディフェンダー 星4/闇属性/魔法使い族/攻1600/守1000

 

 青い鎧を身に付けた魔法の騎士が花咲椎奈の場に現れる。効果は自分フィールド上の魔法使い族モンスターが破壊されるときに、カウンターを取り除いてその破壊を無効にできるというもの。

 厄介な効果だが、それで済んだともいえる。もし破壊効果を持つモンスターであったなら、間違いなく紫音は敗北に喫していたのだから。

 

「――――カオス・ソーサラーでセットモンスターに攻撃」

 

 カオス・ソーサラーの攻撃がセットモンスターを穿つ。その姿を引っ張り出されたのは単眼の壺だった。

 

「この瞬間、メタモルポッドのリバース効果を発動! 手札をすべて捨て五枚ドロー」

 

「ですが、もう貴女の場にモンスターは居ません! 黒の魔法神官でダイレクトアタック!」

 

「――――それを受けるわけにはいかない! 手札から速攻のかかしを捨てて、このターンのバトルフェイズを終了させる」

 

 最上位の魔術師の攻撃を、土壇場で引き当てた速攻のかかしが受け止める。いくら罠を無効化する黒の魔法神官でも、モンスター効果には対応できない。

 今度こそ花咲椎奈は驚いたように目を丸くしていた。

 

「まさか、さっきのドローで引くとは……」

 

 紫音自身もこれは本当に賭けだったとしか言いようが無い。デッキには三枚入れてある速攻のかかしだが、それでもこの土壇場で来てくれたのは奇跡とも言えるだろう。

 

「ですが手札が増えたのは私もです。メインフェイズ2に移行し、フィールド魔法《魔法族の里》を発動します」

 

 さっきまで広がっていた景色が唐突に変わり、その高い木々が辺りを覆う。魔法使い族デッキを相手にする場合、おそらく最も警戒すべきルール介入型のフィールド魔法が発動された。

 

「このカードの効果により、私のフィールド上に魔法使い族がいて、貴女の場に魔法使い族モンスターがいなければ、貴女は魔法カードを発動させることができません。

 その代り、私の場に魔法使い族モンスターが居なくなれば、私が魔法カードを発動できなくなります」

 

 これにより完全なロックが完成させられてしまった。片や罠カードを無効にする攻撃力3200のモンスター、かたや魔法使い族がいないプレイヤーの魔法カードを封じるフィールド魔法。

 ようは魔法使い族モンスターがいればいい話なのだが、紫音のデッキに魔法使い族モンスターはほとんどいないのだ。一応、居るには居るのだが普通は召喚されないモンスターである。

 

「カードを一枚セットしてターンエンドです」

 

「私のターン……!」

 

 デッキに手をかけながら、紫音は静かに息を吐く。この状況を打破できるモンスターは確かにいる。だがそれを引ける確率は限りなく低い。さっき速攻のかかしを引いた時よりさらに。

 静かに目を閉じ、脳裏にモンスターの姿を思い描く。それが来なければ十中八九紫音の敗北が決定するのだ。だからこそ今できることは己のデッキを信じドローするのみ。

 

「――――ドロー!」

 

 閉じた目を開きそのカードを見て――――――紫音は微笑んだ。そして感謝する。自分の願いに応えてくれたデッキに、そして目の前に立つ花咲椎奈(きょうしゃ)に。

 

「――――ありがとう。アンタは本当に強かった。だから……私の最強の切り札を見せてあげる」

 

 その言葉に花咲椎奈は無言だった。だがその表情は何が起きるのかを期待する笑顔だ。

 

「私は墓地の光属性、機械族モンスターのサイバー・ドラゴン二体とサイバー・ドラゴン・ツヴァイとプロト・サイバー・ドラゴンを除外して、このカードを特殊召喚」

 

 紫音の墓地から四つの星が宙へと昇っていく。そして、それらは一つの星となり舞い降りる。

 

「――――星天より舞い降りなさい《サイバー・エルタニン》!」

 

サイバー・エルタニン 星10/光属性/機械族/攻 ?/守 ?

 

 それは巨大な龍の頭だった。竜座の頭である星の名を冠した機械竜の頭はフィールドに舞い降りると、その巨大さを如実に表す。その巨大さは否やサイバー・エンド・ドラゴンに匹敵するほどだ。

 

「攻撃力が決まっていない……?」

 

「このカードの攻撃力と守備力は特殊召喚時に除外したモンスター×500ポイント分の数値になるわ。よって、その攻撃力は――――2000!」

 

サイバー・エルタニン 攻/守 ?→2000

 

「ですが、その攻撃力では私の黒の魔法神官は倒せません!」

 

 黒の魔法神官の攻撃力は3200、対してサイバー・エルタニンの攻撃力は2000。その攻撃力の差は歴然だ。だがそれでも紫音は不敵な笑いを浮かべた。

 

「それはどうかしら」

 

「…………?」

 

 その瞬間、紫音の傍らを滞空するサイバー・エルタニンに変化が訪れた。いや正確にはその巨体から四つの竜頭のユニットが現れたのだ。やがてそれらはしばし滞空すると、こちらに杖を構える魔法使い達に照準を向ける。

 

「サイバー・エルタニンの効果を発動! 特殊召喚に成功した時、自分以外のフィールド上に表側で存在モンスターをすべて墓地へ送るわ。――――コンステレイション・シージュ!」

 

 小さな竜頭のユニットより放たれた光線が魔法使い達を貫く。それは破壊というレベルではない。言うなれば末梢とも言えるものだった。単なる破壊で無く、無駄の欠片も無い末梢。

 破壊でなく直接墓地へ送り込むこの効果の前には、巨大な盾を持つディフェンダーの破壊耐性も意味は無い。一切の慈悲も無く純白の光は、消しゴムで絵を消すかのように全てを無に帰していく。

 

「さらに続いてサイバー・ドラゴン・ツヴァイを召喚」

 

サイバー・ドラゴン・ツヴァイ 星4/光属性/機械族/攻1500/守1000

 

 サイバー・ドラゴンによく似た機械の竜が現れる。その攻撃力は1500、そしてサイバー・エルタニンの攻撃力は2000。合計攻撃力は3500でそれに対して花咲椎奈のLPは3100。

 これが恐らく最後のチャンスとなるだろう。もしこれを逃せば次ターンには十中八九巻き返され敗北するのは想像に難くない。

 だからこそ、紫音はこのチャンスを逃さず機械竜達に命令を下す。

 

「バトルフェイズ! まずはサイバー・ドラゴン・ツヴァイでダイレクトアタック! エヴォリューション・セカンド・バースト!」

 

「――――……くぅっ!」

 

花咲椎奈 LP3100→1600

 

 まずは一発目。やっとのことで花咲椎奈のLPがサイバー・エルタニンの攻撃力圏内に到達する。そして、紫音は滞空するサイバー・エルタニンに一撃を命ずる。

 

「これで終わりよ。サイバー・エルタニンでダイレクトアタック! ドラコニス・アセンション!」

 

 サイバー・エルタニンの青白い砲撃が花咲椎奈に殺到する。これが通れば紫音は勝つ。周りの生徒達もそう思っていただろう。しかし特待生の名に恥じない強者である花咲椎奈だけは諦めていなかった。

 

「リバースカード、オープン! 《ドレインシールド》を発動します。サイバー・エルタニンの攻撃を無効にし、その攻撃力分LPを回復させます」

 

花咲椎奈 LP1600→3600

 

 サイバー・エルタニンの攻撃は突如生じた盾に吸収され、あろうことか花咲椎奈のLPを回復させてしまう。そしてこの時、花咲椎奈は勝利を確信した。

 先程メタモルポットにより加わったドローカードの中に、魔法カード《死者蘇生》が含まれていたのだ。次ターンに手札にいる魔法使い族モンスター、《魔導戦士ブレイカー》を召喚して里の効果を打ち消し、墓地のブラック・マジシャンを復活させる。そして専用カードの《黒・魔・導》で相手のセットカードを破壊し尽くせば、花咲椎奈の勝利が決定する。

 しかし、一つだけ花咲椎奈には誤算があった。

 それはすなわち――――勝利を最後まで疑わなかったのが自分だけでは無かったことだ。

 

「――――この瞬間リバースカード、オープン! 速攻魔法《ダブル・アップ・チャンス》! このカードは自分のモンスターの攻撃が無効になった時、その攻撃力を倍にしてもう一度バトルを行うわ」

 

 サイバー・エルタニンの攻撃力は2000。そして、その倍は――――4000。

 

「これで本当に終幕(ジ・エンド)よ。サイバー・エルタニンでダイレクトアタック! ドラコニス・アセンション第二打!」

 

 正真正銘、勝利を告げる一撃が花咲椎奈のLPを消し去った。

 

 



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第八話 対立

 閃光が少女を穿つ。それは正真正銘、この決闘を終わらせる一撃となり、静寂に包まれた決闘場に甲高いブザー音を鳴り響かせた。

 勝者は灰髪を腰まで伸ばしたサイバー流の継承者である少女――霧雨紫音。彼女はここの集まった観戦者たちの想像を大きく裏切り、特待生花咲椎奈から勝利をもぎ取ったのだ。

 

「――――ッ……」

 

 気が抜けて倒れそうになるのを紫音はなんとか耐えながら、紫音は対戦相手――花咲椎菜を見据える。本当に強い決闘者だった。もしラストターン、サイバー・エルタニンを引かなければ、もし前のターンにダブル・アップ・チャンスを伏せていなければ、紫音は今頃あの漆黒の魔術師使いに敗北していただろう。

 この気疲れだって、そんな激戦を強いられたからこそだ。しかし今の紫音にあったのは、それだけではない。路地裏での命の削り合いでは、決して感じ得ない爽快感というものが久しぶりに胸の内に感じられたのだ。そして未だにくすぶる闘志も。

 しかし、この決闘がこの感情のうちに終わるものでないことを紫音は気づいていた。

 なんせこの決闘はあのブルーの女子が仕組んだことだからだ。幼い頃からずっと悪意にさらされ続けていた紫音はわかる。あの女子の笑みの下には凄まじい悪意が潜んでいることに。そして、その悪意の矛先が、その時ちょうど居合わせた花咲椎奈にも向けられていることも。

 

(どうする……?)

 

 デュエルアカデミアは己の実力が物を言う場所だ。だからこそ紫音は誰にも負けてやるつもりはないし、陰口を叩かれようが無視をする自信がある。

 だからこそ紫音は勝ったのだ。特待生の称号を持つ強敵、花咲椎奈に。

 しかし、あの女子の狙いが紫音の想像の通りならば、この決闘はどちらが勝っても負けてものちの学園生活に支障が出る可能性がある。

 実際、人間の完成というものは千差万別なのだが、それでも少なからず『厄介な敵意』を抱く人間が出ないとは限らない。それが今まで紫音が表沙汰に出ようとはしなかった理由の一つだ。

 だからといって、見られていた人間である紫音が何かを言えるわけでもない。行動した人間と、行動を人間が同じ考えを持つわけがないように、観戦者たちは勝手に決めてしまう。

 今の『静寂』がそうだった。この耳も痛くなるような静寂は、ここにいる人間が今の状況を飲み込めていないという証明だ。もし誰かが『この決闘は怪しい』といえば、それに染まるその一歩手前なのだ。

 

(今はまだ時じゃない……なら長居はしないほうが懸命ね)

 

 花咲椎奈をどうするか?

 紫音の脳裏にそんな思考が浮かんだが、気にしている余裕はない。この静寂にいるだけでもサイバー流を復興させるという目的にヒビが入るかもしれないのだ。

 別に紫音自身が何を言われても気にすることはないのだが、サイバー流に不利益が生じるならばできるだけそれは避けたい。

 決闘の疲れで座り込んだ花咲椎奈を見て紫音は小さく毒づく。自分が他人を気にしているという事実に微かな苛立ちがあった。そもそも、そんな思考を抱いていること自体が霧雨紫音にとってまず有り得ないことなのだ。

 

「――――――」

 

 思考のさなか花咲椎奈が何かを言ったような気がした。

 しかし紫音にそれを気にする余裕は皆無で、それ以前にこれ以上今まで作り上げてきた『霧雨紫音』に変化を生じさせてしまうことを恐れていたのだ。

 

「…………」

 

 結論、紫音がここでやれることは何もない。やれることはこれ以上の情報漏えいを控えることだ。

 ズキリとしてきた頭痛に耐えながら紫音は立ち上がると、花咲椎奈に背を向けようとして――――。

 

 

「いやー、いい決闘をありがとうなー二人共ー!」

 

 

 よく響く拍手の音と、ひどく気の抜けた明るい声だった。

 全員の視線が声のもとへと集中していく。デュエルリンクの近くに立っていたのは、ハモンイエローの女子生徒だ。

 当の本人は数十人に及ぶであろう視線を全く気にせず、デュエルフィールドの真ん中へとやって来る。

 彼女は立ち去ろうとして固まったままの紫音と、状況をまだ飲み込めていないであろう花咲椎菜に一瞬だけ視線を向けると、胸元から取り出したマイクで盛大に声を上げた。

 

「これにて、この弓塚陽花(ゆみつかひばな)主催の独断デモンストレーションはこれにて終了でーす。皆さん仕込み役の香焼美久里さんと協力してくれた二人に拍手拍手ー!!」

 

 ペコリと弓塚陽花がお辞儀をすると僅かに間を持ってしだいに拍手が広がっていく。

 なんだデモンストレーションだったのか、という声も聞こえるあたり大概の観戦者たちはなんとか納得は出来たらしい。

 唯一、納得していないものといえば、未だにジリジリする視線を向けてくるあのブルーの女子とその取り巻き達と、いつの間にか手伝ったことにされている紫音や花咲椎菜だけだ。

 とりわけ他人に強い警戒心を抱きやすい紫音の視線はかなり冷ややかである。

 そんな疑念を向けられているにもかかわらず、弓塚陽花はそれを欠片も気にせぬように言葉を続ける。

 

「それじゃあ、これにて解散! 夕食の時間は六時やけど一応暗なるまでにまでに寮に戻るようになー」

 

 それが皮切りとなったのか、ポツリポツリと観戦者たちが席を外していく。

 それを見届けた弓塚陽花はマイクを口元から外すと、出口へと歩いていく。そして紫音の横を通り過ぎる際に小さくこう言った。

 

――――今日は助けたったけど、次は気を付けや。

 

 さっきとは明らかに違いすぎる声色に、紫音がすぐに振り向いたが、すでに弓塚陽花の姿は曲がり角へと消えていた。

 あの女といい、花咲椎菜といい、さっきの弓塚陽花といい、この学園には油断ならない人間が多い。そういう結果が紫音の脳に刻み込まれた。

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

 弓塚陽花は小さく息を吐く。

 当たり外すに夕日の赤に彩られ、数刻もすれば夜の帳に包まれるだろう。すでにほとんどの生徒は寮に戻り始めているらしく、弓塚もまたイエローの寮への帰り道だ。

 そして、そんな赤い世界で弓塚陽花は壁に寄りかかるブルーの女子を見つけた。

 

「……“なんで邪魔をするの?”って顔やな。ついでにいつもの取り巻きはとうに帰らせとるようやし」

 

「…………」 

 

 さっきまで圧倒的余裕感で言葉を発していた紫の髪の少女は何も答えない。あるのは中等部ではなかったはずの敵意のこもった視線。

 弓塚陽花は友人だった少女のこの反応に嘆息を吐く。

 

「なんと言うか、今のアンタを“アイツ”が見たらきっとショックを受けるで」

 

「……それで? それがどうしたのかしら?」

 

「いんや、ただ、哀れやと思ってな」

 

 紫髪の少女――――香焼美久里は無表情で弓塚を睨みながら口を開く。

 

「それは、貴女のことじゃなーい? なんせずっと勝てなかったものね、彼に」

 

「……ああ、うん。そうやろうな。あの“カマ野郎”も勝てなかったアイツは、もうここにはええへんよ」

 

 でもな、と弓塚陽花は付け加えて言う。

 

「アイツは帰ってくるよ、絶対。だからウチはアイツに勝つまでは絶対に負ける気はない。そんで、それはあんたもおんなしなんやろう……でもなウチはあんたのやり方は気に食わへん」

 

「それで、邪魔をしたというのかしら? さも私がこの決闘をしくんだように、ね。……なら、決めたわ」

 

 香焼美久里は悪魔のような微笑みを浮かべながら、決定的な意味を持つ言葉を紡ぐ。

 

「これ以上私の邪魔をするというのなら、貴女を徹底的に潰してあげる」

 

「…………」

 

 弓塚陽花の無言に香焼美久里の顔がさらに深い笑みへと変わる。

 ここが分かれ目だった。過去を共にした者同士の決定的な分かれ道。

 そして、この物語の主人公たる少女は知らぬうちに、この争いに巻き込まれることを、この時は知る由ものなかった。

 

 

 




 まず最初に約3ヶ月ぶりの投稿になってしまい本当に申し訳ございませんでした。
 しかも久々に投稿したと思えば3000字程度しかないという体たらく、本当にすみません。
 次回はこんなに遅くならぬように善処させていただきます。


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第九話 疑心

 例の特待生花咲椎奈とのデュエルよりもう四日が過ぎた頃、霧雨紫音は現在多くの生徒たちで賑わう、デュエルアカデミア内の食堂にいた。時刻は午後十二時半頃。つまり、ちょうど昼食の時間である。

 腹を減らせた学生達は己の空腹を満たすために我先にとカウンターへと押し寄せており、押しのけ押し出し押しつぶしの光景はまさに阿鼻叫喚だ。時々『誰だァを踏んだの!?』やら『重い!』やら『俺の焼きそばパンがあああ!?』やら聞こえるのがひどく騒々しい。

 やはり天下のデュエルアカデミアでもこういう光景は日常茶飯事なようだ。

 

 さてそんな食堂にいる霧雨紫音だが、彼女はあの紛争地帯に入り込んでいない。

 いや正確には午前の授業のうちに、惣菜パンを買い込んでいたのでその必要がないのだ。もちろん初日にこのことを知らないでひどい目にあったのは記憶に久しいが。

 未だに学習しない者たちに若干の優越感を抱きながら、紫音はパンにかぶりつく。

 

 ここ四日を過ごし、紫音も少しはこの学園に慣れてきていた。

 例えばデュエル学の教師が例のレッド寮の寮監栗原千鶴でかなり厳しい授業内容であったり、実技ではブルーの生徒たちの相応な実力が窺い知れ、改めてここがデュエルの専門校であること実感させられたり、ついでに教訓として昼食は先に買っておくことなどか。

 そんな風に紫音の環境はあまり好きでない学校にボロアパートと路地裏の行き来から大きく変わったといってもいいだろう。

 変わっていないとすれば、紫音に近づく生徒が例外を除きほとんどいないということだ。

 今だって、紫音の座るテーブルに相席しようとする生徒は一人もいない。それどころかわざわざ外に出て行ったりする者や、遠巻きに睨んできている者もいるのは異常といってもいい。勿論それが日常となっている霧雨紫音は、その程度を気にすることはないのだが。

 しかし、そういうものに慣れすぎている紫音だからこそ、苦手とするものがある。

 そう例えば、

 

「――――霧雨さん、こんにちわ。相席、いいですか?」

 

 先日の決闘の相手、花咲椎奈がそれである。

 

「勝手にすれば」

 

 ぶっきらぼうに紫音は返す。残念ながら今日の紫音は中々機嫌が悪い方で、『不機嫌です』という態度が包み隠されるどころか思い切りに表に出てしまっている。

 普通の生徒ならば、すぐさま離れていくであろう紫音のこの態度に、花咲椎奈は笑って返す。

 

「ありがとうございます」

 

 クスリ、と微笑みながら花咲椎奈は席に着く。

 コイツは一体何を考えているのだろう? 紫音の率直な感想はそれだ。

 なんせこの花咲椎奈という少女は、あれ以来ずっと紫音に近づいてきている。サイバー流という意味もあるが、性格的な問題もあるこの霧雨紫音にである。

 紫音は非常に他人からの視線に敏感な人間だ。小さい頃から自分を利用して利益を得ようとするものや、女だから、子供だから、サイバー流だからという理由で舐めてかかってくる連中などいくらでも見てきたのだ。だから当たり前の反応とも言える。

 だからこそ、この花咲椎奈という少女は非常に紫音が苦手とする人間だ。なんせ表裏が全く見えない。見えないからこそ、紫音は気を許すわけがない。

 そんな当の本人といえば、どうやってあの紛争地帯から勝ち取ってきたのか、食堂で一番人気の日替わりランチのハンバーグを頬張っている。

 

「そういえば、今日の午後の授業はデュエル史に、その次が実技らしいですね。確か――――」

 

「興味ない」

 

 一刀両断。

 紫音は全く興味がないとでも言いたげにメロンパンにかぶりつく。

 実際、紫音にとってデュエル史という授業はあまり好きではない。なんせほとんどの内容が『この時代に何が起きた』程度のもの。具体的に言えばデュエルモンスターズに関わる事件などだ。

 そして、そのデュエル史の中で取り上げられやすい事件では、『サイバー流の真実』なるものが存在する。しかし真実とは名ばかりのもので、紫音にとっては馬鹿らしいの一言だ。

 ついでに、ここぞとばかりに紫音に教師が敵意を燃やしてくるのだから、たまったものではない。

 しかし、そんな紫音の無言の拒絶に気づいているのか、気づいていないのか。そもそも、何を考えているのか全くわからない花咲椎奈はのんきに紫音に話しかける。

 

「あれ、興味ないんですか? 今日の実技はこの間の弓塚陽花さんが決闘をするらしいのですが」

 

 突然湧いて出た名前に黙々とメロンパンをかじる紫音の動きがピクリと止まった。

 〝弓塚陽花〟

 それはかなり記憶に久しい名前だ。正確にはつい四日前に出会ったばかりである。

 あの時は、あのブルーの女子――――確か名前は香焼美久里だったか――――に仕組まれた決闘をデモンストレーションということにして、その場を収められた。

 実際あの時は、かなりの危機であったといってもいい。あのままでは紫音の最終目標に、ヒビが入るところだったのだ。ある意味では恩人であるとは言えるだろう。

 しかし、それとは同時に背に氷塊でも突っ込まれたかのような、ゾッとする寒気も感じたのである。

 最後に耳打ちされた時に見せたあの眼は、まるでこちらを品定めでもしているかのようだ。

 

(……アレが、ね)

 

 確かに興味がないのかといえば嘘になる。ついでに言えば、ちょっとした敗北感も。

 しかしながら、誰かから振られた話題をやたらめったらに買わない紫音は、相変わらずの返答を返す。

 

「……興味ない。――――ごちそうさま」

 

 メロンパンの最後のひとかけらを口に放り込むと紫音は席を立った。もともと少食である紫音の昼食は、人気メニューで量も多い日替わりランチよりはるかに少ない。

 デミグラスソースのかかったハンバーグにフォークを刺したまま、キョトンとしている花咲椎菜を横目に、紫音は食堂をあとにした。

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

 霧雨紫音は他人を本当の意味では絶対に信じない。

 理由は簡単。それは自身の今までの経験だ。

 

 例えば、身寄りのいない少女が一人暮らしを始めれば、それを同情してくれる人間がいるだろう。

 だが、その同情に裏があるとすれば、如何なものなのか?

 

 例えば、友と言えるものがいたとしよう。

 だが、そう思っていたのが自分だけだったとすれば?

 

 所詮は結果論。だが霧雨紫音の場合はそうやって人格は形成されていた。

 信じても、それが嘘なのなら、最初から何も信じなければいい。代わりに自分だけを、自分の魂とも言えるデッキだけを信じればいい。

 それならば、疲れることはない。傷をつくこともない。怒ることもない。

 それならば、ずっと一人で生きていけるはずなのだ。

 だから。

 放課後に校舎の裏側へと来ていた紫音は、わざと聞こえるように囁いた。

 

「――――いい加減、出てくれば?」

 

「…………」

 

 紫音の問いかけに答えるように出てきたのは数人の男女。昼間からずっと、ほかの生徒とは違う目で紫音を見ていた者たちだ。

 制服の色に統一性はないため、格差によるいびりなんてものではないようだ。いや、すでに紫音は答えに気づいていた。それほど慣れたものなのである。

 だから、すでにわかりきっている(フレーズ)を語った。

 

「サイバー流」

 

 ピクリ、と確かに学生たちが反応する。

 ああ、やっぱりか。紫音は何度も視聴した映画でも見るかのように、心の中でつぶやいた。

 やがて、一人の男子が歩みでてくるのを見て、目を細める。

 

「理解が早くて助かるネ」

 

 柔和に笑いかけながら、えらく鼻につくような口調で男子生徒は言った。制服はキチンと着込まれており、銀縁のメガネはいかにも知的で、高潔さをうかがわせる。それも結局中身の話ではあるが。

 

「アンタがこの連中のリーダー?」

 

「ご名答。僕は卯方、卯方(うがた)(かけす)。以後よろしク」

 

「それで、私に何の用?」

 

 睨めつけるように、紫音は周りを見渡す。数は六人。その全てが学園から支給される決闘盤(デュエルディスク)を腕につけている。もはや目的なんて、考えずにもわかった。

 静かに自分の決闘盤を構えると、男子生徒は感心したようにおどけてみせる。

 

「いやはヤ、ご理解が早いようだネ。キミがサイバー流でなけれバ、彼女にでもしたいところだヨ」

 

「それは絶対に嫌ね。少なくとも朝からずっと監視してくるような奴となんて、まっぴらゴメンだわ」

 

「おやおヤ、それでは僕たちがストーカーのようじゃないカ」

 

「事実でしょ?」

 

 そう、朝からずっと彼らは紫音を監視していたのだ。授業中も、休み時間も常に監視していた。そんなものはストーカーとしか表現できない。ただ、唯一の違いを述べるとすれば、それがストーカー独特の粘着く悪意ではなく、敵意を孕んだ差別的な悪意であることだ。

 

「まア、そういうことにしとておこうかナ。――――でハ、そろそろ始めよウ。何をするかハ、わかっているんだろウ?」

 

「ええ。でもその前に一つだけ質問するわ」

 

「どうぞどうゾ」

 

「アンタたちをけしかけたのは、一体どこのどいつ?」

 

 わざわざこんな回りくどいことをする人間の名を、紫音は単純に知っておきたかった。心当たりはもちろんあるが、それであっているという保証はないのだ。ならば聞いておくことに、こしたことはない。

 ただし、あの男子生徒がそれを、そうやすやすと言ってくれる保証はどこにもない訳だが。

 そして、答えは案の定だ。

 

「ざんねン。それは答えられないネ。――――でモ、キミが勝てたら教えてあげようかナ。勝てればだけド」

 

「……そう」

 

 そう返されるのは、承知の上であった。いや、むしろその方が都合はいい。なんせ倒すだけでいいのだ。何人だろうが、汚い手を使われようが、倒すだけでいい。その方が簡単だ。助けられず、助けず、一人で生きる。そのほうがずっと楽だった。

 この間は、自分でもわからない衝動で、二対一での決闘を強いられた少女を助けたが、そんなもの単なる気まぐれのはずなのだ。

 

「それでは始めよウ」

 

 脳裏にちらついた影を振り払いながら、デッキをセットした決闘盤を構える。向こうが構えたのは男女二人だった。その二人のうちに卯方ふくまれていない。高みの見物と言ったところか。

 二対一だろうが関係ない。すう、と息を吸って一喝。

 

「デュエ――――」

 

「――――――そのデュエル待ってください!」

 

 『ル』まで言いかけていた紫音は、いきなり聞こえたその声に舌を噛みかけた。

 非常に聞いたことのある声だ。いや聞いたことがある以前に、ほぼここのところ毎日聞いている声である。恐る恐る振り向いて、絶句した。周りの生徒たちも、あまりのことに固まっている。

 

「ありゃあリャ、これはこれは珍しいお客様ダ」

 

 クスクス笑う卯方は、目を細めながら、その介入者を見ていた。

 そこには、前にも似たような状況で現れていた少女――――花咲椎奈が立っていた。

 

 

 

 




 椎奈さん、三回目のご降臨。


 更新が遅れてしまい、すみませんでした。卒業、そして入学準備といろいろ忙しかったわけですが、四ヶ月も更新停止は流石にまずい。しかも、どんどん文章レベルが下がってきているというのは……。
 早く更新すると言ったのに、こんな情けない結果になってしまい、本当にすみませんでした。
 次回こそ、更新はできるだけ早くにできるようにします。


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第十話 轟雷

「――何でアンタがここに居るの?」

 

 突如現れた花咲椎奈に対して、霧雨紫音の最初の発言はそれだった。何故だ。何故、あの少女がここに居る。それが紫音にはわからない。だからこそ、滲み出ているイラつきを隠せない。

 パニックになっていたのか、それとも走りでもしたのか、肩を大きく上下させる花咲椎奈は、息を整えてから言葉をつむぎ始める。

 

「……なんでって……えっと……霧雨さんが一人で校舎裏に……行っていたので……気になって……」

 

 つまりは紫音が卯方の誘いに乗って、わざわざ人通りの少ない校舎裏に行くのを見て、そのままついて来たということだろう。関係ないはずの人間をわざわざ心配して。

 

「なら、とっとと帰りなさい。アンタには欠片も関係のない話だわ」

 

 馬鹿らしい、と吐き捨てる。

 何故か、紫音は酷く怒りを覚えていた。いや、理由は単純なのだ。一人で生きて、一人で最強になる。このデッキと誇りとともに。そう決めたのに、心配なんかしてわざわざ付いてくる人間がいる。だから、そんな者が出てくるようなことをした自分に腹が立ったのだ。

 前にも一度だけ、そういうことはあったが良かった試しなんて一つもない。結局最後は紫音一人だけになる。だから、甘えなんて必要ない。勝って、勝って、勝って、勝ちまくることしか紫音にはできない。

 だからこそ一人でいる。それが紫音のプライドで、歪んだ場所だった。

 

「関係なくなんてありません!」

 

 それでも、花咲椎奈は紫音の言葉を否定していた。紫音にはその心中が欠片も理解できやしない。どこに否定する要素があるのか。何も関係ないではないか。紫音が吼える前に、卯方の笑い声が響いた。

 

「いやはヤ、面白い喜劇だネ。そうなるト、そこの花咲さんは君を心配してここに来たというわけダ。

 いやー泣かせる泣かせル、いい友情劇ダ。――――…………で、どうするんだイ?」

 

 卯方のメガネの向こうの目が冷たく細められる。

 

「助けに来テ、そこから何をするのかナ? そこのサイバー流のお嬢さんは君が来たのを嫌がっているみたいだけド?

 それに教師も呼んできてないなんテ、僕たちがこわぁい人間だったらどうするのかナ?」

 

 まくし立てるように、そしてそれに悦を抱くように卯方は笑っていた。柔和な見た目に反し、その奥底には粘着くような悪意が見えている。それを見て、紫音はもう一度仕切り直すように決闘盤を構えた。

 

「……別に関係ない。私はアンタたちをぶっ潰すだけよ――だから邪魔しないで」

「霧雨さんっ!」

 

 聞こえない。聞く気はない。霧雨紫音は一人で強くならねばいけないのだ。他人にかまっている時間なんてない。

 立ちふさがった者はねじ伏せて前へ行く。それが紫音の選んだ道なのだ。

 この状況でなお決闘盤を構える紫音に、卯方は感心したように口笛を吹いた

 

「これは面白いネ。まあ僕は優しいかラ、一つだけハンデをあげよウ。どうだイ?

 君と花咲椎奈さんト、こちらの二人でタッグデュエルというのハ?」

 

 タッグデュエル。それを聞いて紫音は一切隠さずに嫌な顔をした。タッグデュエルは普通の決闘とはまったく違う。パートナーとの連携がものを言う決闘だ。どちらがどう動くか、それを的確に把握しなければ敗北が確定する。なによりもパートナーを信じなければならない決闘だといっていいだろう。

 そして、一人で戦ってきた紫音にタッグデュエルの経験は一度もない。理由は言うまでもなく、組む相手がいなかったからだ。

 そもそも紫音自体が他人を信じるという最も基本的な考えを持っていない。パートナーとの信頼や連携が何よりも重要なタッグデュエルにおいて、それは致命的すぎる欠点だ。

 むろん、やらねばならぬのなら平気でやってみせる気はあるが。

 

「……そいつとは関係ないって言ったはずだけど?」

「確かに関係ないネ、でも見られタ。それは事実だヨ? それに僕が聞いてるのは花咲椎奈さんにだヨ」

「……屁理屈ね」

 

 屁理屈だ。だが無理やりすぎはするものの一理はある。確かに紫音はタッグデュエルなんてする気は欠片もないが、話を持ち掛けられているのは花咲椎奈。誘い込んできたのは卯方たちであり、勝負方法を決めるのも連中だ。

 最初は二対一で紫音を追い詰めるはずだったのだろう。むろん紫音は真っ向から踏みつぶすつもりであり、イレギュラーなことで調子を崩すことなんてあり得ない。

 そうして、ちょうど花咲椎奈が現れたのだ。

 

「私……ですか」

 

 こちら見てくる花咲椎奈を紫音は無視した。別にタッグ形式になろうが、紫音は気にしない。そもそもこの霧雨紫音が真っ当なタッグデュエルをすることはありえない。紫音がするのはあくまで一人の決闘だ。前に、隣に、間に、何が居ようがただただ叩き潰す。今までずっとそうしてきた。散々疎まれてきた紫音にとって誰かを信じるなんてできるわけがない。

 腑に落ちないと言えば、なぜ圧倒的に有利である条件から対等といえる条件に変えたということだが、卯方のあの眼鏡の向こうの瞳に答えは写っていない。

 

「――――決めました。私も……デュエルします」

 

 その声に、視界を花咲椎奈の方に向ければ、覚悟を決めたらしい。

 瞳に湛えられたのは明らかな戦意。紫音の考えとは裏腹に花咲椎奈は共闘を選んだのだ。

 逃げればいいのに、関係ないのに、なんでそうしたのか紫音にははなはだ理解できない。

 

「いいねいいネ。それじゃア、君たち二人ト、僕の仲間の二人との決闘といこうじゃないカ。あア、そのまえに少しくらいは作戦会議はしていいヨ」

「いらない」

 

 えっ? という表情で花咲椎奈が声を出すが気にしなかった。今の霧雨紫音に仲間はデッキ以外に存在しない。必要もない。そもそも一人で二人を相手するつもりだったのだ。

 それに少々の作戦会議なんてどうせ焼け石に水にしかならない。それなら自分のやれることをする方が早いし、ずっと動きやすい。そもそも紫音のサイバー流と花咲椎奈の魔法使い族デッキは、これ以上にないほどシナジーがないのだから相談のしようがないのである。せめてそれを花咲椎奈に言ってやればいいのだろうに、残念ながら紫音はそういうことには気を回すような性分ではなかった。

 

「ルールはタッグフォース形式でいいかナ?」

「構わない」

 

 さっさと決めていく紫音の姿に、花咲椎奈も追うように決闘盤を構える。すでに向こうも準備万端で、やがて卯方が後ろに下がると決闘盤が起動し始めた。そうして四つの声が同時に上がる。

 

『デュエル!』

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

 決闘盤が先攻を示したのは卯方の連れてきた女生徒だった。次にプレイ順を示すために決闘盤のランプが輝き、女生徒、花咲椎奈、男子生徒、紫音の順に決定される。タッグフォース形式において初ターンの相手の担当をするのは一番最後に順番が回ってくる決闘者――――すなわちこの場合は紫音となる。この場合紫音ができる妨害は手札誘発くらいしかできず、相手の先攻が終えれば次は花咲椎奈に替わるため、このターンはほぼ何もできないのだ。タッグフォース形式では先攻の優位性は非常に高く、予断は許されない。だからこそ《エフェクト・ヴェーラー》などの手札から相手の行動を妨害できるカードを持っておきたかったが、今回は引けていなかった。

 相手が圧倒的に有利な状況でデュエルが開始される。

 

「じゃあわたしのターンね! ドロー!」

 

 まず、紫音は確信していた。この圧倒的に有利な状況で相手が動かずに終わるわけがないことを。そしてその確信は正解となる。

 

「まずは永続魔法《冥界の宝札》を発動! そして《フォトン・サンクチュアリ》を発動し二体の《フォトントークン》守備表示で特殊召喚!」

 

フォトントークン 星4/光属性/雷族/攻2000/守0

フォトントークン 星4/光属性/雷族/攻2000/守0

 

 フォトン・サンクチュアリにより眩い光を放つ球体が二つ現れる。一気に二体のモンスターを召喚できるが、その制約によりシンクロ素材にできず、このターン中は光属性以外の特殊召喚と召喚と反転召喚を封じてしまう。もちろんそんなことを相手は理解しているのであろう。あくまでフォトントークンはシンクロ素材にできず、光属性以外が召喚・特殊召喚ができなくなるだけでそれ以外に制約はないのだ。

 なにより冥界の宝札の存在がその使い道を示していた。

 

「さてメインの前にまずはフィールド上に二体の光属性がいるため、《ガーディアン・オブ・オーダー》を特殊召喚よ!」

 

ガーディアン・オブ・オーダー 星8/光属性/戦士族/攻2500/守1200

 

 フォトントークンの制約をクリアして特殊召喚される秩序の守護者。攻撃力はやや控えめではあるものの、特殊召喚するための条件は比較的緩く優秀なモンスターだ。しかし、このカードが狙いではないのだろう。

 そのまま女生徒が四枚目のカードをディスクに叩きつける。

 

「そして二体のフォトントークンをリリースして――――《轟雷帝(ごうらいてい)ザボルグ》をアドバンス召喚!」

 

轟雷帝ザボルグ 星8/光属性/雷族/攻2800/守1000

 

 二つの球体を糧として、雷がそらに轟きフィールド上に落ちてくる。閃光とともに現れたのは巨大な『(みかど)』の姿。そのモンスターの登場に、紫音は露骨なほどに顔をしかめた。轟雷帝ザボルグは《雷帝ザボルグ》が最上級モンスターとしてリメイクされたモンスターで、その効果は非常に凶悪だ。

 

「アドバンス召喚に成功したから冥界の宝札で二枚ドロー。そして、轟雷帝ザボルグがアドバンス召喚に成功したとき、フィールド上のモンスターを破壊する! 私のフィールドのガーディアン・オブ・オーダーを破壊!」

 

 ザボルグが落とした雷が秩序の守護者を焼き尽くす。

 自分のモンスターの効果でせっかく出した自分のモンスターを破壊する。一見、愚策に見えるこの行動こそ、轟雷帝ザボルグの真骨頂。続けざまにザボルグの放った雷が紫音と女生徒の決闘盤――――エクストラデッキの位置を穿った。

 

「このザボルグの効果で破壊されたモンスターが光属性だった場合、そのレベル又はランク分だけお互いのエクストラデッキからカードを墓地に送らせるわ! 破壊されたガーディアン・オブ・オーダーはレベル8、よって八枚のカードを墓地へ! そして光属性をリリースしてアドバンス召喚していた場合、墓地へ送るカードがわたしが選べるわ!」

 

 相手の目の前に紫音のエクストラデッキの内容が晒される。その光景に紫音は内心で舌打ちを漏らさずにはいられない。エクストラデッキといえど多大な情報アドバンテージを相手に取られてしまったのだ。それに融合召喚に頼る紫音のデッキにとって、エクストラデッキ破壊は非常に厳しい状態なのだ。これが轟雷帝ザボルグのもっとも凶悪な点なのである。

 

「ふーん……じゃあ《始祖の守護者ティラス》! 次に《セイクリッド・プレアデス》! 《発条装攻ゼンマイオー》! 《重装機甲 パンツァードラゴン》!」

 

 次々と墓地へ送られていく紫音のモンスターたち。とりわけエクシーズモンスターはこうやって墓地へ送られれば再利用が難しく、それを手伝うパンツァードラゴンも墓地へ行っては使い物にならない。手札に握っていた《簡易融合》は完全に腐ってしまった。

 追い打ちをかけるようにさらに墓地へ送られるカードが指定される。

 

「うーん、まあ、あとはどうとでも対応できるし複数詰まれてるから意味なさそうだけど……《キメラティック・オーバー・ドラゴン》、《キメラテック・ランページ・ドラゴン》、《サイバー・ツイン・ドラゴン》、《サイバー・エンド・ドラゴン》を墓地へ送ってもらうわ!」

 

 それは完全なる嫌がらせなのだろう。紫音のエースモンスターたち、とくに信頼を寄せていたサイバー・エンドとサイバー・ツインをどうでもいいと言いながら墓地へ送らせたのは。実際、対策を講じてきているから挑んできたのは間違いないだろうが、それが紫音の神経を逆なでしていたのは言うまでもない。

 

「ああ、そうだ。わたしが墓地へ送るのは……」

 

 そのうえで女生徒は自分のエクストラデッキから無造作に八枚のカードをつかむと墓地へ放り込んだ。何が墓地へ送られたのか全プレイヤーの目の前に記される。

 

「《大地の騎士ガイアナイト》三枚、《ナチュル・ガオドレイク》二枚、《X-セイバー ウルベルム》三枚っと」

 

 墓地へ送られたのはおそらく女生徒のデッキでは使われないであろうカードたち。本当に適当に選んでいたのであろう、扱いからは愛着などは見られなかった。

 たった一ターン目から紫音のデッキを荒らした女生徒は余裕たっぷりに宣言する。

 

「んじゃ、あとはカードを三枚伏せてターンエンド!」

 

 次の順は紫音――――ではなく花咲椎奈。やられるだけやられてなにもできないという、その事実に紫音は歯噛みしながらターンが移行する。

 デュエルはまだ始まったばかりだった。




お恥ずかしながら生きておりました。いやはや三年も音沙汰なしでほんとすいません……。
次回はできるだけ早く書いてきます。

マスタールールに関してはしばしこのままで続行します。


2/28
轟雷帝ザボルグの効果で八枚ではなく九枚を墓地に送っていたため修正
→アーティファクト・デュランダル、終焉の守護者アドレウスを削除
→展開上のミスがあったためキメラテック・ランページ・ドラゴンを追加


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