銀眼の魔女と光頭のハゲ (一文字)
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銀眼の魔女と光頭のハゲ
女。怪人の力(妖気)を感じ取れる。
この世界にも大分慣れたな。
平日の昼下がりに公園のベンチに座り込んでクレープを食べるという贅沢な時間の浪費を満喫しつつ思う。
こんな時間に働きもしないでニート状態など、かつてのナンバー1戦士が落ちぶれたものである。
そのようなことを考えながらくつろいでいると、ほのかな風と共に妖気が空気を伝わってくる。どうやら怪人が出現したようだ。妖気の強さからして災害レベルは……虎くらいだろうか。
勿体ないと思いつつクレープを口に放り込み傍らの地面に突き立てていた大剣を引き抜いて背中に納める。
さて、行こうかな。
信号に従うと面倒上に時間がかかるので近くの電柱の上に跳び乗ることを繰り返して移動する。さすがに目立つためか通行人が私を指差したり、写真に撮ったりするのが視界の端に見えた。
ちょっと待て。肖像権を主張したい。というか撮るなら金を払えと言いたい。
以前勝手に撮られた写真がSNSに拡散されてえらい騒ぎになったことを思い出す。芸能人みたいにプライベートを切り売りして生活費を稼いでいるわけではないのだから撮る側ももう少し配慮したってバチは当たらないはずだ。
考えていてもしょうがないので思考を打ち切り、妖気の動きに意識を集中する。どうやら典型的な脳筋怪人のようで出現したその場で暴れまわっているようだ。この分なら大きな騒ぎになる前には現場に着くだろう
「うぉーっ!俺は割られた卵の怨念が具現化した怪人アングリーエッグ!お前らみんな割ってやるぞぉー!!」
叫び声が聞こえてきた。言ってる間に現場の近くに着いたみたいだ。
前方のビルの立ち並ぶ公道の真ん中で、全身が白い陶磁器のような質感の怪人が逃げる市民たちを追いかけている。怪人が逃げ惑う一人一人に狙いを絞りきれていないためかまだ犠牲者は出ていないようだ。
って、あ。会社員風の女性が一人バランスを崩してつまづいて転んだ。かかとの高い靴でも履いていたのだろうか。
「お、ちょうどいい!まずはお前で俺の力を試させてもらうぞ!」
「ひ、ひぃぃぃっ!」
運の悪いことにその姿が怪人の目にとまったようで、怪人は女性に近づいていく。
それを確認しつつ背中から大剣を抜きつつ電柱から地面に跳び下り、混乱した人々を避けつつ怪人に向かって駆ける。この距離なら怪人が何かするより私が近づいて一太刀入れる方が早いだろう。
「だ、誰かっ!助けっ!?」
「がはははは!助けを呼んでも無だひゅっ!?」
こんな風に。
私にすれ違いざま頭頂部から縦にぶった切られた怪人が左右に別れて崩れ落ちる。怪人が確かに死んだことを確認すると血で汚れた大剣を一払いして汚れを落とした。背中に大剣を納めて、助けを呼んだ格好のまま呆けている女性へ声をかけてみる。
「無事か?安心しろ、怪人は倒した」
「……は」
女性が気の抜けたような声で反応を示すと、周囲で逃げ惑っていた市民たちが次々に歓声を上げ始める。嬉しいのはわかるがうるさい。
こちとらあんたら一般人よりも感覚が敏感なんだ。あー耳痛い。
こんなこと思ってて何だが、別に嬉しくないわけじゃない。ないのだが怪人を倒す度に何度も同じように叫ばれると慣れて感慨もなくなっていくというものだ。
「う、うぉおお!助かったー!」
「かっけぇー!何だ今の!?」
「全然見えなかった!今の一瞬で切ったのか!?」
「俺あの人知ってるよ!ヒーローのクレイモアだ!」
「あのA級の!?わたし生で見るの初めて!」
観客たちうるさい。
不快感をいつもの仏頂面で覆い隠しつつ目の前の女性に手を差しのべる。組織の訓練のせいで気持ちを素直に表せなくなってしまったため、こういうとき組織を恨まざるを得ない。
すると、差しのべた手を遠慮がちに掴んできたものの腰が抜けたのか首を横に振ってきた。しょうがないので横抱きにしてその場から道路の端まで連れていく。
女体特有の柔らかさが腕に伝わり幸せな気分になるもいつもの仏頂面で覆い隠れる。こういうときは組織には感謝せざるを得ない。セクハラ?私は女だからセクハラじゃないな。
腕に残った感触を名残惜しみつつも女性を地面に下ろす。いつまでも感触を堪能していたいのは山々だったが、怪人を倒した後始末のため早くヒーロー協会に連絡しなければならないのだ。
この暖かい陽気の中、生き物の死骸がどんな二次被害を及ぼすか、うっかり放置した食品を腐らせてしまったことのある人にはわかるのではないだろうか。
「あ、あの……ありがとうございました」
おっと。地面に下ろした女性がおずおずとお礼を言ってくれた。
これは中々ないことだ。私はデフォルトで仏頂面のため、どこか恐ろしげな印象を与えやすいのである。今も歓声を上げる人々は、しかし私に近寄っては来ない。また、私は高い戦闘力があるため面と向かってお礼を言おうとする人というのは皆無と言ってよいほど少ないのだ。
だから正直、言葉にできないくらい嬉しい。
「あっ……」
言葉にできないなら行動で示そうと、女性の頭をひと撫でして離れる。めっちゃ良いにおいするなこの人。セクハラ?女だからセフセフ。
それはさておき、懐からヒーロー協会に支給された携帯端末を取り出して連絡を入れる。
『はい、こちらヒーロー協会です』
「A級のクレイモアだが」
『はい、わかりました。只今担当に換わりますので、少々お待ちください』
間。
『……はい、お電話換わりましたー。担当でーす』
「私だ。怪人を倒した。公道の真ん中にあるので後始末を頼みたい」
『あ、そこってB市のやつ?クーちゃんは相変わらず仕事が早いねー』
「その呼び方はやめろ」
『あ、そうだったそうだった』
いつも思うのだが、この担当、ノリが軽すぎないだろうか。もっとこう、規律正しいピシッとした感じのに慣れてるからこうも軽いとどうにも違和感がある。
組織で金属鎧を着込んでた頃はもっとピシッとした奴らしかいなかったからなー。え?鎧なんか着てたのって?そうそう時代錯誤な話だよな。こっちに来てからは暑いし蒸れるしもう着けてないよ。そもそも私は最低限動きやすくて大剣を背負えるならどんな格好だっていいし、別に洋服着た周りの奴らから浮いてまでこだわる必要はないからな。
今なんか私、ジーパンの黒シャツで体の所々にベルト巻いただけだし。背中に長い大剣を背負ってるから迂闊にしゃがめないし。
『そこなら他の回線からも通報が入ってるし場所わかるよー』
「そうか」
『今から回収班を向かわせるから、クーちゃんはもうそこに居なくてもいいよ』
「その呼び方はやめろ。では」
担当との電話はキリがないのでさっさと切るに限る。
さて、今度はどっか日当たりの良い場所で日向ぼっこでもするかな?
「よ、っと」
ビルとビルの間を跳び越えることでショートカット。高低差は2つのビルを交互に蹴ることで解決する。適当なビルの屋上を借りて日向ぼっこをしていた私が災害レベル鬼級の強い妖気を感じてから最短時間で現場に駆けつけるまでまだ10分程度しかかかっていない。
しかし、鬼級の怪人ならばそれだけの時間で街を半壊させることができる。近くにはB級以下のヒーローしかおらず、よくて街がめちゃくちゃになっているはずだったーーー
私がそこに、怪人の発生し、怪人警報の鳴り止まないH市郊外に駆けつけたときにはもう全てが終わっていた。そこにあったのは怪人の死体。何かとてつもない一撃を受けて身体の大部分が弾け飛んでいる。そして、その怪人と戦ったであろう男性ヒーローの姿もそこにあった。
コスチュームは血にまみれ、地面に伏して動かない。相討ちになったのではないかと思うほどの状態だ。
他に何者かが存在するのではないかと警戒しつつ、男の元へ向かう。男のコスチュームには見覚えがあった。私の同業者で、無愛想な私にしては珍しく親交が深い男の着ていたコスチュームに見える。
「大丈夫か!まさか……」
駆け寄って男の肩を揺さぶると、絶望したかのような表情でうめき声を出す。その姿にこのヒーローは何か重大な事実を伝えようとしていると直感した
「う……ぅぁ……」
「お前……」
思わず相手の肩を握る力が強くなる。
男は、絶望した表情で叫んだ。
「ぁあああ!またワンパンで終わっちまったぁぁっ!!」
でしょうね。
私はサイタマの肩を叩くと立ち上がった。精神的にボロボロすぎて、自分の中に気持ちが収まらなくなったのだろう叫び声は、しょうがないとは思いつつもやはりうるさかった。
返り血まみれのまま地面に伏して嘆くサイタマを見る。そういえば初めて会ったときもこいつこんなことやってたなあ。
現代からダークファンタジー漫画の世界に行った私は、こう言ってはなんだがもう並大抵のことでは驚きもしないと考えていた。実際、世界間を移動するほど常識はずれなことがそうそうあるわけもなく、その考えはおおむね合っていたのだ。
しかし、異世界の実験により着の身着のままで召喚されるなどと誰が思おうか。
中世的なダークファンタジー世界からいきなりSFチックな部屋に移動した私は、混乱しつつもダークファンタジー世界の戦士組織で1位という腕前を遺憾なく発揮し、実験体として拘束されそうになりつつもそれはもう暴れた。
しかし、私の戦闘方法(大剣でぶった切る)と未知の兵器類は相性が悪く、ついに捕まってしまった。そして、その瞬間にサイタマは乱入してきた。
突然壁をぶち抜いてきたサイタマは、俺が苦戦した兵器類の攻撃を全て輪ゴム鉄砲ほども痛がらず、最終兵器にと持ち出された巨大ロボットすらワンパンだった。その後大声で嘆いていたが。
そこから戸籍すらない私はサイタマの部屋に居候させてもらっている。体質上食費があまりかからないのでヒーロー協会で受けているアルバイトでもなんとかサイタマに家賃を入れることができたのは幸いだった。
思い出している間にサイタマも落ち着いてきたのか服の汚れを気にし始めた。こいつは気持ちの切り替えがハッキリしているから、もうそろそろ立ち直るだろう。
「はぁ……うし。帰るか」
「ああ」
さっさと前を歩き始めたサイタマを見る。気づけば夕焼けが辺りを橙色に染める時間だった。ここは郊外で、比較的自然に近いので街よりも夕日がきれいに見えているようだ。見え方が2度目のダークファンタジー世界に近い。
「どうした?行かねえのか?」
「ああ、いや……」
言うべきか言わざるべきか、私から見てサイタマの頭が夕日と重なって後光が差している。眩しくて動くのが遅れた。
だめだ、笑うな私。仏頂面を維持するんだ。
「夕日が眩しくてな……」
「そうか」
なんとなく言わないことにした。
他にも、今は周りが夕焼けに照らされているから目立たないけど、普通の明かりの下だったらその血まみれの服めっちゃ不審だよとか。
言わない方が面白そうだし。
……なあサイタマ。
1度目の世界は普通だったから特別になりたかった。
2度目の世界は特別だったから普通になりたかった。
3度目のこの世界では特別だけどサイタマの横では普通でいられる。
だからサイタマ。照れくさいんで言わないけど、私はこれでも結構お前に感謝してるんだぜ?
3度の生の中で、3度目が一番楽しいのはサイタマ、お前のお陰なんだから。
・主人公ちゃん
現代からダークファンタジー世界に転生し、その世界でもトップクラスになるほど頑張って強くなったが、いきなりよくわからん研究で召喚された。薄幸の女剣士。
・サイタマ
趣味で変なロボットをワンパンしたら戸籍のない主人公ちゃんを話の流れで拾うことになる。主人公ちゃんのことは手間がかからないペットみたいなやつだと思っている。
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私の雑誌とタンクトッパー
ギャグの範囲内……だよね?
『特集!! A級ヒーロー クレイモアの秘密に迫る!』
ヒーロー界に颯爽と現れた謎多きヒーロー、『クレイモア』。怪人の出現を見逃さず、どこからともなく現れては怪人を退治する姿は、あまりの早業に見ることができないと評判だ。
いつも背中に帯びている身の丈ほどの大剣からヒーローネームが名付けられた彼女が、今のようにヒーローとして活動し始めたのは昨年の春のことだ。現在A級として活動している姿からは意外なことに、初期のヒーローランクはC級。さらに驚くべき事はヒーロー登録からB級昇格まで1週間とかかっていないということだ。彼女はB級でもメキメキと頭角を現し、A級に昇格した。この頃は『鬼グルミ事件』や『クジライルカ襲撃』など、クレイモアのメディア露出も増えてきた時期だ。読者諸兄もその姿を見た事があるのではないか。
そんな彼女ではあるが、好物は甘いもののようだ。あちこちの店で甘味を食べている姿が目撃されている。よほど好きなのか、心なしか表情も緩んでいるようだ---。
雑誌に載った喫茶店でパフェを食べている写真を見ると、確かに表情が緩んでいる。
確かに私はそれなりに強いし綺麗な容姿をしている。それは認めよう。しかしサイタマや一部の怪人よりは弱いし、中身が
そういえば、タンクトップベジタリアンさんは元気だろうか。いや、全く関係ない話なんだけど。
ああ、タンクトッパーは男所帯なので出会いがないのだと嘆いていたなぁ。いや、関係ない話なんだけどね?
え?滅多に同業者とも会話をしない私がいつベジタリアンさんとそんな話をしたのかって?秘密である。
にしてもこの雑誌、所々話が盛られたり、見当違いのことが書かれていて面白い。何度か怪我して血を流す姿も目撃されているのに、私の正体が実はサイボーグとか誰が信じるんだろうか。
「さっきから何読んでんの?お前」
漫画を片手に部屋着のサイタマが話しかけてくる。怪人が出ないからといって暇を持てあましすぎではないだろうか。漫画に飽きが来たのだろうがこっちは雑誌を読んでるんだから邪魔をしないでほしい。
「雑誌。私の特集が組まれてる」
「へぇ~。自分で読んで面白いか?それ」
「ああ。話が盛られていて笑える」
「ピクリとも笑ってねーけど」
呆れられるが、表情が動かないのだからしょうがない。
「……あ」
妖気が突然膨れあがったのを感じた。
「どうした?」
「怪人だ。場所は……A市のあたりだ」
「そうか……」
サイタマは漫画を置いて立ち上がり、ヒーロースーツに着替え始めた。
「手袋取って」
「ほら」
私を使いつつ手早く着替えていくサイタマ。さっそく退治に向かうのだろう。
「相手に手応えがあるといいな」
「そうだな」
普段通りの気の抜けた表情のまま出撃するサイタマ。妖気の強さ的には災害レベル竜はあるものの、サイタマの敵ではないだろう。ぶっちゃけワンパンで終わるのではないだろうか。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
なお、ワンパンで終わった模様。一応、妖気を探って感知していたが秒殺だと思われる。
◇◇◇
フラグ回収が早すぎないだろうか。
『またワンパンで終わった』とサイタマが落ち込んで帰ってきてから数日。暇だったので町にお散歩へ向かったのだが、懐かしい顔に出会ってしまった。
「おっ、おっ、お久しぶりですクレイモアさん!ヒーロー試験以来ですね!」
明るい色のパンチパーマと特徴的なタンクトップの柄。タンクトップベジタリアンさんだ。
「お、おいアニキ、ベジタリアンさんってクレイモアと知り合いだったのか?」
「そうらしいな弟よ。……しかし直接見るとさらに綺麗だな」
「そうだなアニキ……」
ベジタリアンさんの後ろでタンクトップを着た2人組がこちらを凝視している。このガン見からして女慣れしていないようだ。タンクトッパーは男所帯というベジタリアンさんの言葉を思い出す。
「そうそう、クレイモアさんは町の見回りですか?」
「はい。……ベジタリアンさんも?」
「え、ええ!実はそうなんですよ!いやー!奇遇っすねえ!」
「え?俺らはこれからトレーニングに……むぐっ」
「とりあえず今は黙っておけ、弟よ」
ベジタリアンさんの目配せに反応して虎柄のタンクトップが口をつぐませられている。まあ全部聞こえているのだけど。
「そ、それで、どうです?この機会に一緒に見回りしませんか!?」
「……ええ、いいですよ」
断る理由もないし、まあいっか。こいつら見てて飽きなさそうだし、暇もつぶせるだろう。
「よっしゃ!行くぞお前たち!」
「「うっす!」」
「……どこへ行くんですか?」
「あ、えーと……B市にしましょう!美味い飯屋があるんですよ!」
見回りはどこに行ったのだろうか。
そしてチョロいな。女の怪人相手にしたら寝返るんじゃないだろうか。
「あっ。こいつらは俺の弟分のブラックホールとタイガーです!こいつら兄弟なんですよ!」
「ブラックホールです」
「タイガーっす」
面食らっていると、勘違いしたのか後ろの2人を紹介される。黒い方がブラックホールさんで、虎柄がタイガーさんだそうだ。
「どうも、初めまして。クレイモアです」
「よし!早速行きましょうか!」
「「はいっ!」」
暑苦しいなあと思いつつ、B市へ向かう。ここは隣のD市なのでそれほど時間はかからない。
「そ、そういえば、クレイモアさんはご趣味は何ですか?」
「怪人退治……ですかね」
「いいですねー!俺も怪人退治が趣味なんですよ!やっぱね、ヒーローですから!
い、いやー。今日はいい天気ですねー」
「そうですね」
「いい日ですね。……ク、クレイモアさんにも会えましたし!」
「……そうですか」
「その剣ってやっぱり特注なんですか?あ、俺のタンクトップはオーダーメイドなんすよ。ここのデザインが既製品には出せないやつでして---」
思いのほかうるせえ。
こだわりのタンクトップ話を聞き流しながら内心でため息を吐く。
ベジタリアンさんがっつき過ぎじゃない?しかも会話が下手。私は会話が苦手なのであまり話を振ってほしくないし、そもそもタンクトップに興味はない。
「……ん?」
タンクトッパー同伴の見回りを早くも後悔していると、妖力感知に怪人が引っかかった。災害レベルは……虎と鬼の間くらいだろうか。
「どうしたんすか?」
「いや……怪人が出現したようです」
「んだとっ!?……っす!」
「あまり強くはないようです……場所は
「何?ここから近いじゃないか!行くぞ弟よ!」
「おうアニキ!」
タイガーさんがブラックホールさんに連れられてB市へ走って行く。タイガーさんはあれで敬語を使っているつもりなのだろうか。
さて、私も行くか。
「すみません、クレイモアさん」
「……?」
いつの間にか、ベジタリアンさんが緩みっぱなしだった顔を真剣なものに変えていた。
「クレイモアさんは、その、サイボーグだったりするんでしょうか……?」
恐る恐るといった様子で聞いてくるベジタリアンさん。どうやら私の感知能力をサイボーグのレーダーと勘違いしてしまったらしい。
というか、雑誌のサイボーグ疑惑はこういうところから来てるのか。
とりあえず、『もしそうだったら俺は……!』と考え込んでいるベジタリアンさんに私がサイボーグではないことを伝えておく。この感知能力は怪人限定の気配察知みたいなものである。
正確には、怪人の持つ妖力を感知しているのだ。
「そ、そうだったんですか……」
「行きましょう。怪人が暴れているようです」
それはつまり、先に向かったタイガーとブラックホールが怪人を退治できていないということである。
「そうですね!うおぉーっ!待ってろ怪人ー!」
うるさい。そして移動速度が遅い。
これでは到着までに犠牲者がでそうである。
「うおぉーっ!?」
「口を閉じてください」
「あぐっ!?
手っ取り早くベジタブルさんを抱えて跳躍。ビルの側面を蹴上がって空から怪人を目指す。
距離も近いし、すぐに着くだろう。
「うおっ!?
「うるさいです」
うるさい。また舌噛むぞ。それに飛んでるんじゃなくて跳ねてるだけだ。
「俺は低スピード運転でフラストレーションが貯まって進化した怪人、暴走ベビーカー族!うおぉ!邪魔だ!どけどけぇ!」
怪人の姿が見えてきた。姿はひとまわり大きな赤いベビーカーだが車道を爆走する姿は暴走する自動車のようである。
よし、着地。
「へぶぁっ!?……う、ここは……!?
「ああん……?」
「
いや、わからんがな。怪人も怪訝な声を出してるじゃないか。ベビーカー型なので表情はわからないけど、首を傾げているに違いない。
「はぁ、はぁ……?えっ、クレイモアさん!?ベジタリアンさんも居る!?俺たちより後に出発したのに!」
「流石A級……はぁ、はぁ……」
先に出発した2人が追いついたようだ。既に息も絶え絶えである。どうやって怪人と戦うつもりだったのだろうか。
「なんだテメー……俺の走りを邪魔しようってのか?」
「
「は?」
「
「ふはふはうるせえぇぇぇっ!馬鹿にしてんのかテメーゴラァ!」
「ぶおっほ!?」
「いい感じにぶっ飛んだな~!はっ!俺を馬鹿にするからそうなるんだ」
「……ぐ、うおぉぉぉ!」
「うぉっ!?な、何ぃ!?」
「
「ぐっ!?なんだテメー!離せコラァ!」
一度は轢き飛ばされてダウンしたベジタリアンさんだったが、すぐに立ち上がると油断していた怪人に組み付き持ち上げる。地面から車輪が離れたため怪人は身動きできないようだ。
かなり力が入っているのか、怪人の車体からメキメキと音がしている。
どうでもいいがなにを言っているのかわからない。
「おお!流石はタンクトップと野菜の栄養価の相乗効果で無類の強さを持つベジタリアンさん!なんてパワーだ!」
「そのままやっちまえベジタリアンさん!」
こいつら何をしに走ってきたんだ。賑やかしか?確かにみんな逃げちゃって人気がないし丁度いいかもしれないけど、それでいいのか?
「うおおぉぉぉおお!!」
「や、やめへぎうぅぅぅ!?」
「タンクトップ、ホールドォォォ!!」
「ぅぅぅぅぅ、ぎぴっ!?」
流石はA級と言うべきか、ベジタリアンさんは怪人を持ち上げたまま潰してしまう。
そろそろ舌も治ってきたのか、技名も噛まずに言えたようだ。
「やった!」
「流石だぜベジタリアンさん!」
「はぁ、はぁ……」
息を切らしたのか、駆け寄っていくタンクトッパー2人を手で制すベジタブルさん。
かと思うと、私に近づいてくる。
「はぁ……どうですか、クレイモアさん?」
「え?すごかったです」
私もあそこまでのパワーは、
そう言うと、ベジタリアンさんは意を決した顔で私を見た。
「なあアニキ、これって……」
「今は黙っているのだ、弟よ」
外野2人を蚊帳の外に置いたままベジタリアンさんが口を開いた瞬間だった。遠くで膨れあがる妖気を感じ取る。
「俺は---」
ゴガアアアアン!!
「---んです!!」
「え、何ですか?」
そして突然の轟音が響き、聞き取れなかった。
『---緊急避難警報です。災害レベル鬼です』
鳴り響いている警報によると、どうやら新手の怪人が現れたらしい。突然出現した巨人型の怪人によって隣のD市が壊滅してしまったようだ。
ここからでもよく見えるその姿に、外野のタンクトッパー2人が「よし、逃げるぞ弟よ」「おうアニキ!」と掛け合っている。
「こんな時に……」
ベジタリアンさんが脱力しつつ言う。どうかしたのだろうか。
「私は郊外の市民の避難を促します。ベジタリアンさんたちには近くの市民たちの避難をお願いしていいですか?」
「ああ!?アレが見えねーのかふざけんな!普通は逃げるだろうが!」
「そーだそーだ!」
「わかりましたクレイモアさん!」
「ベジタリアンさん!?」
「あれぇ!?」
とりあえず指示を出すとコントが始まるとは、芸人だろうか。
「では、頼みます」
「頑張ってください!」
言い残すとビルを駆け上がり、手頃なビルの上に陣取って怪人を観察する。
郊外の避難誘導は方便で、実際は怪人をなんとかするためだ。あのレベルになると本気を出さなければならない。しかし私の本気は他人にはあまり見せたくないのだ。例外はサイタマだけだったりする。
『最強!!俺たち兄弟の!最強の力あああああああ!!』
見ると、怪人はとても荒ぶっていた。すごい勢いで地面をぶん殴っていた。
ゴガンッ!!
と思ったらこちら側にぶっ飛ばされてきた。
これは多分、うちの同居人だろう。サイタマめ、ワンパンするのはいいがあの巨体を殴り飛ばしてどうするのだろうか。周囲の被害も考えてほしい。
「しょうがないなぁ……」
ため息をひとつ。私の本気は身体に負担がかかるのだ。
背中に差していた
限界を超えればこの程度は楽勝で切り抜けられるのだが、そうしてしまうと今度は私が怪人になってしまう。ままならないものだ。
「ギ、ガ……ア……!」
身体が
「グ、グ……ガァッ!!」
足に妖気を集中させて力をため込み、一気に倒れゆく怪人へと跳ぶ。跳躍中に身体をひねり、妖力を調整。
「ガアアァァァァッ!!」
ズガン!!
思いっきりぶん殴った反動で後ろにぶっ飛びながら怪人を確認すると、偶然だが上手いこと殴れたようで、怪人の死体が丁度正座の形に落ち着いたのが見えた。
「ガッ!」
「うおっ!?」
「何だ何だ!?」
「何か吹っ飛んできたぞ!」
地面に落下すると何かにめり込んだようだ。人が多く居る場所に近くに落下したのかざわめきが聞こえてくる。このままだと新手の怪人だと勘違いされかねないので土煙があるうちに妖力解放を押さえていく。身体が人の形になったところでめり込みから脱出する。どうやらビルを突き破っていたようだ。
「あ!あれクレイモアじゃないか!?」
「吹っ飛んできたのか!?なんで!?」
「バカ!あの怪人ぶっ飛ばしたんだろ!」
「凄いぞクレイモアー!」
あの巨体ならヒーロー協会に連絡は入っているだろう。
駆け寄ってくる市民たちはまくことにする。
「あっ!?」
「クールだ……」
「ありがとうクレイモアー!」
「ありがとー!」
声援を背中に人気のない場所まで逃げてくると。
「……あ、タンクトッパー置いてきた」
まあいっか。
始終鬱陶しかったベジタブルさんを思い出し、今日はもう家に帰ることにしたのだった。
・主人公ちゃん
中身がポンコツ気味。実は日本語・理科・英語・歴史などが全くわからない。昔は知っていたがダークファンタジー異世界の日々で母国語すら忘れてしまった。算数がちょっとできる。
・タンクトップベジタリアン
新人セミナーの講師で呼ばれたときに主人公ちゃんに一目惚れ。今回は偶然会った主人公ちゃんに良いところを見せようとしたが、株を落とした。
・タンクトップブラックホール
空気を読むのは彼の処世術のひとつ。ベジタリアンの恋心にいち早く気づき、移動中は主人公ちゃんと2人で会話できるよう気を回した。
・タンクトップタイガー
兄のことを良く聞くため、自分で場の空気を読むのはあまり上手くない。敬語が変。
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モスキート(小)娘とサイボーグ男
・妖気
この世界の生物が持っている力。生き物なら身体から発しているが怪人は特に強い。妖気が強いほど力がある。
「馬鹿な……なぜ……ここ、が……」
ここ最近、蚊が大量発生していることについて、まさかとは思っていたがやはり怪人の仕業だったらしい。
かすかな妖気を頼りに郊外の森を探したところ、大量のヤブ蚊に囲まれる幼児ほどの小さな怪人がいたのでぶった切る。するとヤブ蚊たちはまとまりを失ってどこかへ飛び立ってしまった。
他に怪人が居ないことを確認して懐の携帯電話を取りだしヒーロー教会の番号へかける。
『はい、もしもし?どしたのクーちゃん』
「……
『クーちゃんがあんまりにも頻繁に報告入れてくるから専用回線にしちゃった☆』
しちゃった☆じゃないだろ。
この担当、ノリが軽すぎである。
『あ、そうそう。クーちゃんまたランキング上がってたよ』
「いくつだ?あとその呼び方はやめろ」
『一気に4つ。A級では珍しいくらいの上がり幅だねー。それで?どったのクーちゃん』
ああ、そうだった。本来の用事を思い出す。担当に蚊を操る怪人を倒したこと、その場所を伝えると、担当は手早く回収を手配する。
『いやー。今年は蚊が多いと思ってたけど。実はその怪人のせいだったのかねー?』
「さあな」
蚊の怪人が今のこいつだけとは限らないし、蚊の統制を取っていた司令塔がいただけで蚊の大量発生自体は自然現象の可能性もある。
どちらにしても頭を潰したのだし、多少は蚊の数も減るだろうが。いや、減ってほしい。
やせ我慢してるけど、山を歩いているうちにけっこうな数の蚊に刺されてしまった。隠れていない二の腕とか、森に入ってすぐに刺されたのかもう既にかゆくなってきている。私は普通の人と体質が違うため薬が効きにくいため我慢するしかないのである。
『おーい?もしもーし?』
おっといけない。
考え事の間に担当を不審に思わせてしまったようだ。
「なんでもない。では」
『あっちょっ』
さて、蚊取り線香でも買って帰ろうかね。
◇◇◇
と、思っていた時もありました。
「ヒーローのクレイモアだな。お前にはいくつか聞きたいことがある」
「誰だお前」
郊外から町へ向かおうとした矢先に妙な奴に絡まれてしまった。道を塞ぐように立つ話しかけてきた金髪の青年を見やる。
「お前……サイボーグだな」
いや、違うが。なんか面倒くさい気配がする。
「どこの生まれだ。他にサイボーグは何体いる?」
当たり前だが、私に機械の仲間の心当たりはない。
「町を破壊するサイボーグを知っているか?」
「うるさい」
「---!」
お前は会話のキャッチボールをしろ。
身体からは生きていたら発されている妖気が感じられないし、腕が機械じみてるからこいつもサイボーグなのだろう。切羽詰まった雰囲気から訳ありと見た。切羽詰まりすぎていきなり臨戦態勢に入っているけど、私は悪くないはずだ。
「私はそんな奴らは知らんし、サイボーグでもない」
「ふん、嘘が下手だな。上手くエネルギー反応を隠しているようだが……。怪人の補足能力、継戦能力……鍛えた人間としてはおかしすぎる」
「……」
私が人ではないという事に関しては当たりである。
前の世界で私がいた組織は人体改造された、今の世界で半人半妖と言われる半怪人の戦士たちを集めて妖魔と呼ばれる化け物を狩る組織だった。つまり、私もそこで普通の人間から半人半妖へと改造を受けている。
怪人の発する妖気を感知でき、妖力解放で身体能力が上がるのは半人半妖の基本スキルだし、食事も少なくて良いなど継戦能力に優れているのもそれに付随したものだ。
「……いいだろう。話さないなら、聞き出すまでだ」
金髪はあっけにとられて黙る私に一瞬で肉薄する。流石サイボーグと言うべきか、中々速い。
「---マシンガンブロー!」
まるで雨のような拳の連撃は当たればただではすまないだろう。地面を蹴り後ろに回避する。
すると金髪は両足を前後に開き、こちらに掌を突き出す。
「焼却」
金髪が言うと同時、突き出された掌が光り、光が吹き出す。
これはこの世界に来たときに似たものを見たことがあるぞ。あれと同じなら爆弾的な何かだろう。私にとってはこの程度なら大丈夫である。
背中の
思い込みが激しすぎるというか、本当に面倒くさい奴に絡まれてしまった。
「---なっ!?」
だから隙だらけの金髪の手足はぶった切っておこうね。
爆風の発射が終わったのを見計らい、すれ違いざまに手足を切り取って行動不能にすると、金髪は驚愕の声とともに崩れ落ちる。
「話を聞け。私はサイボーグじゃない」
「そんな話を信じられると?」
まあ信じられたら攻撃してこないわな。
地面に伏したままこちらを睨む金髪に納得する。何か証拠になるものは……あった。
「ほらよ」
「……!」
シャツを腹からまくる。金髪には私の傷、ひいては生身の肉体が見えているはずだ。
これは半人半妖の作り方に起因するのだが、まあ大ざっぱに言うと身体の前面を縦に切り開いて妖魔の肉を詰め込んだ人間が半人半妖なのだ。半人半妖になってからの傷は妖力を集中させれば直すことができるものの、その身体は切り開かれた状態で完成してしまっている。つまり、半人半妖は縦に裂かれた身体を糸で縫い合わせた状態がデフォルトなのだ。そんな状態の私の腹を見たのだからきっと内臓まで見えたことだろうし、私が生身である何よりの証明になるだろう。
「やっと納得したか。じゃあな」
「な、ちょっと待った!なぜトドメを刺さない!」
「ふん。なんとなく、さ」
帰ろうとしたら呼び止められたので返事をしたら信じられないといった表情になる金髪。そんな顔されても本当になんとなくだからね?
「待ってくれ……!俺はサイボーグのジェノスという!弟子にしてほしい!」
「は?」
「お願いします!」
「やだね」
「そこをなんとか!」
「くどい」
もう付き合いきれない。
災害レベル鬼の怪人を倒すよりも強い疲労感を抱え、私は帰路を急ぐのだった。
◇◇◇
それから数日後。
「こんにちは先生!こちらがサイタマさんですね」
「おい」
「ああ、そうだ。今日一日彼に付いて勉強するといい」
最寄りのスーパーが開いてから一時間ほどの時間である。サイタマの家に金髪---ジェノスの姿があった。
「わかりました。サイタマさん、今日はよろしくお願いします」
「なあ、おい」
「よく見れば私がお前の師匠に相応しいと言った理由がわかるだろう」
あれから数日間。ジェノスは私の行く先々に現れた。
怪人退治の現場、日向ぼっこしているビルの屋上、お気に入りのクレープ屋---そして言うのだ『弟子にしてください』と。何回も、何回も。
毎日毎日、ジェノスは弟子入りを頼み込みに来た。正直なところ非常にうんざりしたので、サイタマに押しつけることにしたのだ。強くなりたいようだし丁度良いだろう。
「こいつ誰?」
「ジェノスだ、強くなりたいらしい」
「……なんで俺に付いてくることになってんだ?」
「直接見た方が手っ取り早い」
「俺の意見は」
「暇なんだからいいだろ」
「てめえ……」
実際、死ぬほど暇なので言い返せないサイタマ。
ふとジェノスを見やると、覇気のないサイタマを見て『こいつ本当に大丈夫なのか』と思っているようだ。それでもなにも言わないのは私の大恩人でもあるので敬意を払うようにと言っておいたからだろう。まあ実際、普段のサイタマは気の抜けた顔をしているからしょうがないだろう。
「……ん。A市に怪人だ」
「しゃーねーなー、行くか……何だっけ」
「ジェノスです!」
なお、やはりワンパンだった模様。
◇◇◇
それからさらに数日後。
今日は出歩かず、サイタマの家でのんびりとテレビを見ている
一日サイタマと居たジェノスは結局、サイタマに弟子入りすることに決めたらしい。最初は渋ったサイタマもジェノスの勢いに押される形で師匠関係になったようだ。
「どうぞ、先生。お茶です。クレイモアさんもどうぞ」
「お、センキュー」
弟子入りから数日後、荷物を持ってきたジェノスは住み込みでサイタマの強さを学ぶと息巻き、弟子としてサイタマとついでに私の世話をしてくれていた。
道具を片づけるジェノスがそういえばと口を開く。
「クレイモアさんの本名は何とおっしゃるんですか?」
「クリスだ」
「あ?お前ってクレイモアって名前なんじゃねーのか」
「いや、それはヒーローネームですよ。一緒に暮らしている先生でもご存じなかったのですか?」
「……ヒーローネーム?何それ」
「え?いや……趣味でヒーローとは……まさか……」
サイタマの言葉に愕然とするジェノス。私はうすうす知っていたがジェノスは知らなかったらしい。
「こいつはヒーロー名簿に登録してないぞ。趣味だからな」
「ヒーロー名簿?」
「それも知らなかったのですか!?」
そもそも職業『ヒーロー』は認可制である。テストをくぐり抜けた者がヒーロー教会に認められ、ヒーロー名簿に登録されることで初めてプロと言える。ヒーロー名簿に登録していないヒーローなんて免許を持たない自称医師と同じくらいうさんくさいのだ。
「知らなかった……道理で知名度が低いと……」
そんなことをジェノスに説明されること数分。サイタマはすっかりヘコんでいた。意外と人気を気にしていたようである。
いつものん気なサイタマがここまで落ち込むのは珍しい。
「落ち込んでないで、今度のヒーロー試験受けに行けばいいだろ」
「ああ……ジェノスは登録してないのか?」
「はい、ですが俺は」
「お前も登録してサイタマを支えてくれないか?」
「いきましょう!」
「おい」
サイタマの顔に押しつけやがったなテメーと書いてあるが、無視だ。サイタマが協会に出かけている間ジェノスと2人きりとか嫌だぞ私は。
「そうすればクリスさんとも行動しやすくなりますしね!」
・主人公ちゃん
生肌を見せるもダークファンタジー世界出身は格が違った。割と女を捨てている実年齢●●(ピー)歳。もったいぶった割に軽く本名が判明した。
・担当ちゃん
ふざけすぎて金髪サイボーグ男がクレイモアをかぎ回っている情報を伝える前に電話を切られてしまった。なお『ま、いっか』と一切気にしていない様子。
・サイタマ
見回りの後、ジェノスに頼まれて少し手合わせをした。それが弟子誕生のきっかけだと知らずに……。
・ジェノス
サイタマの怪人退治を見て、底が知りたいと手合わせをしてもらうも底が知れないという結果に。サイタマの弟子になることを決意した。一応、主人公ちゃんにもサイタマの次くらいに敬意を払っている。しつこい。
・モスキート(小)娘
蚊を操り力を貯めて身を潜めていたが、主人公ちゃんの感知には敵わなかった。多分今回の話で一番不幸。
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ハゲの集団と勘違い
・機械類やサイボーグ
生きていないため、妖気を持たない。主人公ちゃんの弱点の1つ。
同居人に面倒くさいのを押しつけるつもりがむしろ自分につきまとうようになった件について。
「どうかなさいましたか?」
「いや……」
お前の事だお前の。
メモ帳を片手に側に立つジェノスを見やる。本来ジェノスはサイタマの弟子だが、ジェノスが近くにいるとサイタマの手柄を疑われてしまうためサイタマのヒーロー活動中は別行動をとっているのだ。それでどうして私の所にいるかというと、
「先生の代わり……と言ったら失礼ですが、空き時間はクリスさんの姿を見て勉強させていだだきます」
ということらしい。
正直に言って邪魔である。近くに気配があるといまいちくつろげないし、行動や姿勢などを逐一メモに取られるのでやりにくいことこの上ない。今も適当なビルの上で日向ぼっこ中だが、いつもと違い隣にはメモ帳を構えたジェノスが居る。
サイタマには至急C級からB級に昇格してジェノスを連れて行ってほしいものだ。ジェノスが側に居るのは家事を終わらせた後の空き時間のみだが、それでもまじまじと観察されるのは嫌なものだ。
「それにしても……クリスさんは横にならないのですね。よければ座布団を持ってきますが」
「いや、結構だ。性分でな。柔らかいものに背中を預けるのは落ち着かないんだ」
「なるほど……!」
ガリガリとメモを取るジェノス。その眼差しは真剣そのものである。自分の発言1つすらその場で詳細なメモを取られるとか、よほど心が広いか鈍感じゃなかったら我慢できない状況だ。
まったく、もう誰でも良いからこの状況をなんとかしてくれないだろうか。と、思ったところで私のポケットから電子音が鳴る。
「うん?」
「電話ですね。席を外しましょうか」
「いや、別にかまわないさ」
どうせ隠すような相手は電話のアドレスに登録されていない。ズボンのポケットに入れていた携帯電話を取り出して画面を見ると『担当ちゃん』の文字が。この携帯は私がA級に昇格したときに協会に頼んで支給してもらったものであるが、貰ったときからこの名前で登録されていた。ちなみに、他に登録されていたのは『ヒーロー教会』のみである。まあその回線も最近になって『担当ちゃん』に統合されたのだが。
『あ、もしもしクーちゃん?』
「その呼び方は止めろ」
『あ、ごめんごめん。間違えちゃった☆』
「で、何の用だ?」
『あ、うん。実は頼み事があって』
「うん?協会が頼み事か?」
『依頼』ならともかく、『頼み事』とは変な表現だ。普通、ヒーロー教会からの要請は『依頼』という形で通達される。それが無いということは……何だろうな?
『今回は私の個人的な頼み事だからねー。
実はE市で複数のヒーロー同士で乱闘騒ぎが起きててね。ヒーローが暴れてる悪人を放っぽってそんなことをしてると協会のイメージも悪くなるからすぐに収めてほしいんだよねー』
「悪人だと?」
『あれ、クーちゃん知らなかった?今、桃源団とかいうのがF市で暴れてるんだよ』
「その呼び方は……」
と、視界に何かを捉える。あれは……ビルの屋上が砕けている?壊れ方からして地面から飛んでいった何かがぶつかったみたいだ。
「ああ、今確認した。先に桃源団へ向かわなくていいのか?」
『ああ、それねー。未確認情報なんだけど、実はC級ヒーローの小競り合いにも桃源団が関わってるらしいんだよ。しかもバカみたいに強い奴。だからヒーローの方を優先で』
なるほど、どうしてF市に近いE市でヒーローたちが油を売っているのかと思ったら桃源団が関わってたのか。にしてもこれは渡りに船だな。
「丁度いい。桃源団の方にも人をよこそう。おい、ジェノス」
『え?クーちゃん一人じゃないの?珍しい……』
「おい」
『あ、ごめんクーちゃん。許して☆』
許して☆じゃないが。……いや、やめよう。私が
「では」
通話を止め、ポケットにしまうとジェノスに顔を向ける。頼み事の気配を察したのか、ジェノスはメモをしまい背筋を伸ばしていた。
「ジェノス、お前はF市へ行き桃源団という悪人たちを止めてくれ。私はE市へ行きヒーロー同士の乱闘騒ぎを止める」
「わかりました!」
「よし、急ぐぞ」
「はい!」
ジェノスを厄介払いできて丁度よかった。今回ばかりは事件もタイミングがよかったな。早速屋上を蹴り、全速力でE市に向かう。
ジェノスが見えなくなったところで気づいた。担当の呼び方修正し忘れた……ま、いっか。
◇◇◇
「くそ!なんだアイツ!強い!」
「桃源団め!お前らの好きにはさせないぞ!」
「そうだそうだ!」
「おとなしくヒーロー様に捕まれぇ!」
「だーっ!くそ!だから、俺は桃源団じゃねー!!」
何やってんだあいつ。
ヒーロー同士が乱闘してるというから来れば、そこにいたのはよく見知った同居人だった。どういうことか桃源団に間違われて他のヒーローから狙われているらしい。つまり、ヒーローの乱闘に関わっているという桃源団員は
E市の駅前広場。ある程度開けたそこで、近くのビルの屋上から数十人のヒーローに囲まれるサイタマを見る。どうやらヒーローを殴るわけにもいかず、話も聞いてもらえないで足止めを喰らっているようだ。
「へっ!ここはA級の俺に任せな!」
「ああっ!A級ヒーローのタンクトップベジタリアンが行ったぞ!」
「うらぁ!」
「押さえ込んだ!」
「よっしゃあ!」
「離せコラァ!」
「ああっ!あっさりぶん投げられた!」
「弱え!」
お、ベジタリアンさんもいる。こうして顔を見るのは巨人の時以来だ。
「くそぅ!桃源団め!悪はこの赤鼻が許さないぞ!他のヒーローの
「見てください!桃源団にヒーローたちが苦戦しています!この町はどうなってしまうのでしょうか!」
「すげーな、見ろよあれ」
「人が宙を舞うとか、アニメかよ……」
「おいおい、一人相手にどんだけ手こずってんだよ。ヒーローもっとしっかりしろ-!」
「そうだそうだー!ちゃんとやれー!」
おお、テレビカメラとアナウンサーまでいるじゃないか。野次馬も結構いるみたいだし、こんだけ目立ってたらヒーローも寄ってくるわ。
「囲め囲め!相手は一人だ!数でたたみかけろ!」
「サスペンダーストーム!」
「囲めっつってんだろ!俺らに当たる!」
「危ねーなおい。だから話を……」
「ぐわっ」
「あっさりぶん投げられた!」
「バカは放っとけ!」
「クソが……!ナメんなあっ!」
「ベジタリアンが行った!」
「だから俺の話を聞けって!」
「またあっさりぶん投げられた!」
「弱え!」
……どうやって収拾をつけよう。
◇◇◇
『ジェノス、お前はF市へ行き桃源団という悪人たちを止めてくれ』
F市に向かいつつ先ほどのクリスさんの言葉を思い返す。俺の記憶が確かなら、クリスさんがあそこまで強い口調で指示を出したのは初めてだ。クリスさんの語調を強くする何かが桃源団にはあるのだろうか……。
考えつつ騒ぎに向かって道路を走っていると、瓦礫の山へ行き着く。ガラスの多さや瓦礫の形状から元はおそらく高層ビジネスビルか。
瓦礫からは今も救助が行われていることから、崩れてからそれほど時間が経っているのではないのだろう。野次馬を誘導している警官にあたりをつけて声を掛ける。
「あ、あんたは?」
「S級ヒーローのジェノスだ。何があった?」
「ヒーローか!桃源団だよ!奴らがやったんだ!」
「桃源団が……」
少なくとも高層ビルを崩すほどの力があるのか。災害レベルは最低で虎か……鬼にも届くかもしれない。
他には、と周囲を見回し、よく見ると、桃源団がやったのであろう破壊の痕跡が一直線に続いていた。これでは行き先が丸わかりだ。あまり頭はよくないようだ。……いや、サイタマ先生やクリスさんのように印象とは違った本質を持つ人間もいる。決めつけるのはまだ早いな。
「頼む!奴らを、桃源団を止めてくれ!あいつらは町を破壊しながらあっちへ向かった!このビルだけじゃない。もっと多くのものを破壊する!
俺はあんな奴ら相手に何もできないが、あんた、ヒーローなんだろ!」
「ああ、俺は元からそのつもりでーーー!?」
警官に答えていると桃源団が向かった先に高エネルギー反応を感知する。サイボーグか!
センサーの感知を一方向に向けて精度を上げると、複数の高エネルギーの励起を感じ取る。これは戦闘態勢に入ったサイボーグの反応パターンに酷似していた。
「1つ、いいか。桃源団はサイボーグか?」
「あ、ああ。そういえば、蒸気がでたり、妙な服を着ていたような……」
「そうか」
「あ、おい!」
炉の稼働率を上げ。エネルギー反応の元に全速力で走る。
町を破壊するサイボーグ……複数犯らしいが、共通項が多すぎる。もしも桃源団に
「焼却する……!」
ジェノスが桃源団に到着するまで、あと3分---。
◇◇◇
「なんだ貴様らは---」
「ちっ。目撃者か」
「まあ、消せばよかろう」
「ふん、どうやらお前たちも
サイボーグらに対し、ソニックが笑う。辺りの空気が殺気を帯びたものに変わった。
(頭蓋骨が固くてよかったけど……助けて母ちゃん)
ハンマーヘッドの死んだふりが見破られるまで、あと5分。
「お前らの態度が気にくわん。死ね」
「なんだこいつ。消すか」
「いやまて、こいつの素性がわからない」
「とりあえず殺しておくべきだ」
「しかし……」
「おい貴様ら、ふざけているのか」
「ちょっと待て。判断が合わないだと?」
「バグか?組織に判断を---」
「貴様ら……!」
サイボーグ対ソニックまで、あと1分---。
◇◇◇
とりあえず、サイタマ以外のヒーローを止めることにしよう。ビルの手すりに乗りながら考える。
問題はどうやって止めるかだが……。
「おらあ!」
「だから、俺の話を聞けって!」
「黙れ桃源団め!悪はこの赤鼻が許さない!」
「だぁーーっっ!!」
サイタマが他のヒーローにどうにかできるとは思えないので、乱闘騒ぎを尻目にじっくりと考え込む。いきなり前に出て、サイタマを指さし「こいつは桃源団じゃない」とか言ってもこの場は収まらない気がする。しかし、だからといって他に案は……。
「く、ク、ソ、があぁぁぁぁぁ!!」
「ああ!お見えでしょうか!タンクトップベジタリアンが桃源団員に向かって突っ込みました!」
「またかよ!」
「いいかげん俺の話を聞けっての!」
「またぶん投げられた!」
「何回目だよ!」
「ヒーローたちは圧倒されつつも、誰も倒れず奮闘しています!」
「確かに、どんだけぶん投げられてんだ。これで何回目だよ」
「こんだけ戦って怪我人いないとか、さすがにヤラセじゃね?」
「何のヤラセだよ馬鹿か」
「いや、わかんねーけど」
おっ、これだ。
こうしてはいられないとすぐにビルから広場へと飛び降りる。って、あっ。やべえ。
「くそっ。何なんだテメエは!」
「だから俺は---むぎゅっ」
ベジタリアンさんに言い返そうと立ち止まったサイタマの頭を踏み台にして着地する。サイタマの頭が広場の床に叩きつけられ、蜘蛛の巣状のひびが入った。
すまんサイタマ。目測を誤ってしまった。まあ、サイタマはこれくらいじゃ死なないからいいとして、
「………………」
一気に静まりかえってしまったこの空気はどうしたらいいのだろうか。
・主人公ちゃん
サイタマにジェノスを押しつけるつもりがよりつきまとわれる結果になった。中身はポンコツであるため、言動に深い考えはない。
・ジェノス
サイタマほどではないが、常識外れに強い主人公ちゃんについても強さの研究の対象としている。色々と主人公ちゃんの言動を深読みしている。
・サイタマ
見回りをしていたところ桃源団に間違われ、他のヒーローとの戦闘に突入。怪人相手のように殴ることもできず手間取っている。
・モブヒーロー
はぐれ桃源団がいると聞き集まってきたヒーローたち。主にC級が集まったがB級が数名、A級が1名混じっている。
・ハンマーヘッド
死んだふりでソニックから逃げるものの、サイボーグたちにスーツの機能を停止させられてしまう。死んだふりをしているが、今もなお命の危機に直面している。
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ヒーローたちと勘違い
「これは……」
高エネルギー反応を追って林に入ってすぐ、思わず立ち止まると数十人の死体が転がっていた。
金属製の黒いスーツを着たスキンヘッドの男たち。共通点は全ての男たちが急所を切り裂かれて死んでいること。男たちの血が林の一角を赤く染め上げている。
「……」
その場に
「これは……機械主体のバトルスーツか。サイボーグというのはあの警官の見間違えか。どうやら桃源団は
ここに来る前から感知していたが、林の奥からは未だに高エネルギー反応がしている。サイボーグが戦闘中であることが同じサイボーグのジェノスにはわかった。
桃源団員の外傷から見て、サイボーグがおおよそ使わないような刃物による切り傷だ。サイボーグたちはこれをつけた相手と戦っている?
そう判断し、検分を終え、林の奥へと走る。レーダーを最大にして感知していると、どうやらサイボーグ2体が何者かと戦っているようだった。
「---着いたな。奴がサイボーグと戦っていたのか……速いな」
戦闘を藪の中から観察する。
姿の異なる人型サイボーグ2体が刀を持った黒い姿の人間と戦っている。人間としては尋常ではない速度である。あまりの速さにサイボーグたちはその姿を追い切れていないものの、その装甲から刀を持った男も攻めあぐねているようだ。
「? あいつは何をしている?」
目を横に向けると、そこには桃源団員の着ていたスーツ姿の男が倒れていた。後頭部に投げダガーが刺さり、倒れたままその場を動かないものの生命反応が感知できた。巻き込まれた桃源団員だとあたりをつける。
そこまで考えたところで隙を窺い。藪から男を回収する。
「なっ、誰だテメエ!」
「静かにしろ。ヒーローのジェノスだ。お前たちは何者だ?」
小声で叫ぶという器用なまねをする男の顔に手のひらの焼却砲を向ける。男はその危険性がすぐにわかったようで一気に顔を青ざめさせた。
「わ、わかった。話す!俺はハンマーヘッドで、刀のがゼニールに雇われた殺し屋、サイボーグがスーツをつくった奴らだ!」
「ハンマーヘッド……B級賞金首のか。サイボーグの奴らについて詳しいことを教えろ」
「知らねえ!あいつらの所からスーツを盗んだだけだ!……頼む!助けてくれ!あいつらに殺される!」
どうやら悪人同士の小競り合いだったらしい。頭を殴りつけてハンマーヘッドの意識を刈り取ると、藪から出てサイボーグらと相対する。このサイボーグたちはある組織の一員らしい。ならば、奴の情報を持っているかもしれない。
「む……目撃者が増えたな」
「だから言ったのだ」
「ふん。お仲間か?」
「お前たちに聞きたいことがある」
サイボーグの方に指をさす。
「町を破壊するサイボーグに心当たりはあるか?」
「……知っていたとして、言うとでも?」
「そうだな。なら、お前たちを破壊した後にデータを抜き出すとしよう」
「貴様ら俺を無視するな!」
炉を稼働させる。とりあえず全員戦闘不能にしてしまえば問題ないだろう。
「---焼却!」
辺りに閃光が瞬いた。
(頭蓋骨が固くて本当によかった……母ちゃん、俺働くよ……)
頭蓋骨の固さから気絶を免れ、爆発音を尻目にひた走るハンマーヘッドだった。
◇◇◇
周囲を囲むヒーローたち。こちらにカメラを向けるテレビ局員。その後ろにいる野次馬。その全員があっけにとられたような表情で固まっている。さもありなん。唐突に
「……この人は桃源団じゃないです。私の知り合いのヒーローです」
サイタマに乗りながら宣言する。遠くからの爆音が聞こえてくるほど周囲が静まりかえっているからか妙に声が響き渡った。
「は?いや、そいつハゲだし……」
「たまたまハゲのヒーローです」
「そんなヒーローいたっけ?」
「新人なんです」
「えぇ……」
困惑から復活した周りのヒーローの声に答えていく。おっと、向こうのアナウンサーも復活したようだ。
「あ、あれはクレイモア!?えぇっと、あの桃源団員がヒーロー?と言っているようですが……?」
「彼は新人ヒーローです!ネットの協会ページにも載っています!」
ざわめきが大きくなってきたので声を張る。誰もが半信半疑のようだったが、しばらくしてスマホをいじっていた野次馬の中から「本当だ!」とか「見てみろよ!C級のサイタマだって!」という声が聞こえてきた。
「なあ。そろそろいいか?」
「ああ、すまん」
「起き上がった!?」
「何者だアイツ……?」
「なあ、あいつ桃源団じゃないなら俺らは何のために……」
「言うな。……帰るか」
「そうだな……」
足下からの声にサイタマの上からよけると、平然とした様子でサイタマが立ち上がった。その様子に周囲からは驚きの声が上がっている。もう帰り始めているヒーローもいるし、もうこれなら大丈夫そうだ。
「おお、クリスか。誤解といてくれたみたいだな。助かったぜ」
「いや、いいさ」
「あれ、ジェノスは?」
「桃源団の方に行かせた。そうだサイタマ、お前早いところB級になれ。このままじゃ耐えられん」
「オメ-俺に
「お前の弟子だろ?」
「待て待て待て!お前クレイモアさんとどういう関係だ!?」
サイタマと話す横からベジタリアンさんが割り込んでくる。サイタマは私の恩人だが、強いて言うならどういう関係だろうか?
「どういう関係って……どういう関係だ?」
「家主、とかじゃないか?」
「あ、それだ」
「家主……?それならまだチャンスが……」
考え込むベジタリアンさん。そういえば、巨人の時以来に顔を合わせたし、挨拶をしといてもいいかもしれない。
「前以来ですねベジタリアンさん」
「あっ!そ、そうですね!あの後大丈夫でしたか?」
「はい」
「あ、えと、俺の方はですね……」
ベジタリアンさんの言葉を遮るようにポケットから電子音が鳴る。
「あれ、お前電話って持ってたっけ?」
「協会に貰ったんだ」
「へぇ~」
「出ても?」
「あ、はいどうぞ」
(こいつ、C級のくせしてクレイモアさんにあんな口の利き方を……)
(タダで携帯くれるとか太っ腹だな。俺も貰おっかなー)
何も考えてなさそうなサイタマを何故か睨むベジタリアンさんに許可を取ったので通知を見ると、担当だった。
『やっほークーちゃん!テレビ見てたよー!お手柄だったねー』
「ああ。その呼び方を止めろと何度も」
『それで、詳しい状況を教えてくれる?』
こいつ、遮りやがった……。
まあいいかと気を取り直し、新人ヒーローのサイタマが桃源団に間違われていたこと、同じヒーロー同士なので倒すわけにもいかずにサイタマが困っていたことを伝える。
『えぇー?でもそいつってC級ヒーローでしょ?A級のタンクトップベジタリアン相手に手加減できると思えないんだけど?むしろ周りが手加減してたんじゃない?』
「いや、サイタマは私より強いぞ」
『……マジ?』
「ああ、マジだ」
疑わしげな担当に念を押して説明する。C級だからと言うが、そもそもサイタマがC級スタートなのがおかしいのだ。私ならともかくサイタマならばS級スタートでもいいくらいだというのが私とジェノスの言だ。
「桃源団の方はどうなっているかわかるか?」
『あ、うん。連絡が入ってるね。桃源団は全滅。他にも何か色々いたみたいだけど戦闘は終わったみたい』
「そうか」
『そうそう、クーちゃんが桃源団に行かせたのってS級のジェノス君?クーちゃんの場所を教えてもいいかな?』
「ああ、構わない」
『そっか。それじゃまたねクーちゃん』
「いや待て、呼び方を---」
言い切る前に切られてしまった。
にしても桃源団とやらの方は終わっていたのか。道理で爆発音が聞こえなくなったと思った。
「あ、電話終わりました?」
「ああ」
「誰だ?」
「ヒーロー教会。ヒーローの小競り合いを止めてくれって頼まれてたんだ」
「へー」
(こいつまた……!)
どうしてベジタリアンさんはサイタマを睨むんだ?
「あの」
「あ、はい!そうだ!そういえばクレイモアさん携帯持ってたんですね!俺も持ってるんですよ!ほら!」
「なあアニキ、ベジタリアンさんは何を……むぐっ」
「とりあえず今は黙ってベジタリアンさんの応援をするのだ、弟よ」
「それでですね……その、番号の交換でも、な~んて……」
「いいですよ?」
「え、い、いいんですか!?」
それくらいなら別に構わない。やったぜ私!アドレス帳が増えるよ!
「私、操作方法がわからないのですが……」
「大丈夫です!俺がやります!」
「お願いします」
「そ、それでは今からクレイモアさんへのインタビューを試みたいと思います!」
ん?何だって?
女性の声に横を向くと、アナウンサーがテレビカメラに向かって何事かを言っているところだった。
「こんにちはクレイモアさん!そちらの彼とはどういう関係で?」
「こんにちは……」
まずい。私は喋るのは苦手なんだ。しかし携帯がベジタリアンさんの手元にある以上逃げるわけにもいかない。最低限の受け答えでどうにかするしかないな。
「クレイモアさんのその大剣術はどこで学んだもの何ですか?」
「これは……」
「何故それほどの力を持っていてC級スタートだったのでしょう?」
最低限の受け答えで……。
「どうやって怪人を見つけているんですか?」
「普段は何をなさっているんですか?」
「やはり甘いものがお好きですか?」
最低限の……。
「出身は?」
「趣味は?」
「好きな色は?」
「好きな食べ物は?}
「普段は何を?」
「テレビは見る?」
「親しいヒーローは?」
「家族構成は?」
無理。
誰か助けて……。サイタマたちをちらりと見る。
「おい、困ってんだろ。そこら辺に」
「誰ですかあなた。黙っていてください」
「だっ」
しょうがないとばかりに出てきたサイタマが一蹴される。アナウンサーの「誰ですか」の一言にショックを受けたようで、固まってしまった。怪人以外には弱いなお前。
「え~と、ここをこうして?いや、こうしてこうか?」
「ベジタリアンさん!気づいて!」
「アニキ、あれ何やってんだ?」
ベジタリアンさんは携帯と格闘中だ。それよりもこっちに気づいてほしい。タンクトッパーはダメだな。
「ちょ、ちょっと、クレイモアさん引いてるから!」
「クレイモアさん!お願いします!」
カメラマンの静止も聞かずにアナウンサーがマイクをこちらに向ける。アナウンサーの目を見るとあちらこちらを向いていて、あわあわと言っている。矢継ぎ早な状況の変化について行けず、混乱しているようだ。それでこんなに強引なのか……。と、そこで
「おい」
「え、きゃっ」
いきなり横から手を出しマイクを払いのけた人物がアナウンサーから庇うように私の前に立つ。この特徴的なメカっぽい腕、金髪は……!
「ジェノスか」
「はい、ただいま戻りました。『担当』とやらからクリスさんが困っていると聞き、前に出ましたが何か問題はありましたか?」
「いや、助かった」
本当に助かった。ジェノス、厄介払いしたり、面倒くさい奴だと思ってごめんなさい。体に傷が付いているのは手傷でも負ったのだろうか?後で
「おい、クリスさんは取材には応じない。失せろ」
「ひっ」
前言撤回。ただのアナウンサーに凄むなジェノス。お前やっぱり面倒くさいわ。
「よし!登録できましたって誰だテメエ!?」
「お前は……A級のタンクトップベジタリアンか」
「そういうお前は……S級のジェノス!?何故ここに!?」
「私を呼びに来たんだ。そうだろジェノス?」
「……ええ、そうですね」
「ジェノス。どうした?なんか傷だらけだぞ?」
「桃源団を倒す際に少しありまして……」
「え、あいつらお前が倒しちまったのか?」
「いや、そういうわけではないのですが、解決はしたようです」
「なんだ、じゃ、帰るか」
「はい先生」
「ああ」
「ちょ、ちょっと待て!あんたらどういう関係だよ!」
サイタマの号令で帰ろうとすると、ベジタリアンさんがまた割り込んできた。
「ベジタリアンさん。携帯を返して貰ってもいいですか?」
「あ、はい」
丁度いいので携帯を返して貰う。横でサイタマとジェノスが「邪魔だ、どけ」「いいじゃねえかそれくらい」「はい先生」ともめている。もめてるのかこれ?
「俺らの関係だっけ?え~と」
「先生が俺の師匠で、俺が弟子です」
「S級が弟子!?」
「私にとっては家主だな」
驚きの声を上げるベジタリアンさん。サイタマの強さは肌で感じていただろうに、何を驚いているのだろうか。
「俺とクリスさんは……」
「何だろうな?」
ジェノスと顔を合わせる。居候先の家主の弟子とかか?わかりづらいな……あ、そうか。
「ジェノスとは同居人だな」
「そうですね」
「同居人!?」
さらに驚くベジタリアンさんが膝から崩れ落ちる。
「なんだこいつ……」
「さあ?」
サイタマとジェノスと同感である。
「同居……同棲……?ヒーロー同士……ゴールイン……」
ぶつぶつとつぶやき続けるベジタリアンさん。まあいいかと私たちはZ市に帰るのだった。
「あ、ちょ、待ってくださーい!」
テレビから逃げたとも言う。
◇◇◇
『特集! クレイモアとジェノス!』
『クレイモアに同棲相手!? 相手はS級ヒーロージェノス!!』
『もう既に名前で呼び合う仲!?』
手元の雑誌にはそんな見出しが大きく載っている。
『いやー、ショックですねー』
『ジェノス様に相手がいたなんてー!』
『まあお似合いなんじゃないっすか?』
つけっぱなしのテレビからはそんな声が聞こえてくる。画面右上のテロップには『クレイモアとジェノスが同棲!?』という文字が。
「どうしてこうなった……」
「知らねーけど」
「お互いにこれが初のプライベート情報だったのが大きいんでしょうね」
ため息に反応するジェノスとサイタマ。本当に、どうしてこうなった。
・主人公ちゃん
深く考えずに返事をしたら勘違いをされ、しかもテレビで生放送されていた。どうしてこうなった。肉体的にはわからないが精神面はアラフォーなのでジェノスとはかなりの年の差がある。
・ジェノス
今回の勘違いを予期していたが、主人公ちゃんに考えがあるんだろうと放置していたものの、そんなことはなかった。勘違いの内容については主人公ちゃんに迷惑がかからなければどうでもいいと思っている。
・サイタマ
いきなりテロリストに間違われ、先輩ヒーローに睨まれ、アナウンサーにぞんざいな扱いを受けても文句1つ言わなかった。今回の被害者。
・タンクトップベジタリアン
主人公ちゃんのアドレスゲットだぜ!と喜んだのもつかの間。絶望の縁に落とされてしまった。後日メールで主人公ちゃんに確認を取ったところ誤解だとわかり、転げ回って喜んだ。
・担当ちゃん
ヒーロー同士の争いを個人的なツテで収め、桃源団にも対処したということで協会内の立場を上げた。クーちゃんと呼ぶ相手が自分より年上だと言うことは一切知らない。
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