アイドルマスターシンデレラガールズ短編集 (テレフォン)
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ふっきれた少女(森久保乃々)
「この忙しい時に……」
ソロライブの準備中。
気付いたら、主役である森久保乃々が衣装とともに消えていた。
何を言っているのかわからないと思うが、俺もどうしてこうなったのかわからなかった。というかわかりたくない。
……前々から、事あるごとに仕事から逃げたいと言っていた。実際に脱走したこともあった。だが……
「まさか、こんな大事なライブから逃げ出すとは……」
ソロライブなんて、名前が知れ渡った人気アイドルでなければ不可能なことだ。
特に、今回のライブの会場は、それなりに大きな会場だ。その会場は、既にすべての座席のチケットが売れている。
つまり森久保乃々というアイドルは、それなりに大きな会場が満員になるほどのライブが出来るアイドルということになる。
正直、予想外だった。そのレベルに至るまでの仕事はちゃんとやれてきた。なんだかんだ言っても逃げ出すやつではなかったのに。
いや、でもそういや前回逃げ出していたしなぁ……。
くそ、あいつ、無駄にアグレッシブになりやがって。
「っと、グチってる暇もないか、とっとと見つけないと」
隠れるほどだ。どうせ見つけたところで説得するハメになるだろう。物や食べ物でどうにかなる相手ではない。
……さすがにアイドルだし。とりあえず説得する方向で。いや、でも実力行使でいいんじゃないか、アイツの場合。
……はぁ、なんでこんなことで悩まなきゃいけないんだろう。
探しだしてから5分くらい経ったころ。
色々と疲れが溜まって、適当になり始めた頃。
事務所内に書類やらゴミ箱やらを担当アイドルの名前を呼びながらひっくり返す男が現れた頃。
担当アイドルに白い目で見られているダメプロデューサーが出現した頃。
俺の机の下で、膝を抱えている少女を発見した。
「…………………………………………………………………………」
「……なんで……なんで気づくんですか……んぐ!」
無理やり引っ張りだそうとする。が、負けじと抵抗してくる森久保。
「おら……! さっさと出てこい……!」
「んぐぐぐぐ……いーやーあー」
コイツ、ほんとに動く気ない。梃子でも動かないつもりだ。梃子でも働かないつもりだ。
「森久保、ライブの準備だ。まだまだやることは残っているぞ」
「ソロライブとか命の火が消えます……ほんとにむーりぃー……」
そう言って、涙ぐむ森久保。そこまで嫌なのか。
「泣くほど嫌なのか? でもやめるってわけには行かないぞ。せっかくのライブ、それもソロでだ。これはチャンスなんだぞ、森久保」
「……そんなチャンス、来なくていいです。プロデューさんの机の下で……お仕事します……」
「いや、それはないだろ」
「もう、ここに住みます……」
「却下だ、却下。とにかく仕事だ。ライブだ」
あんな大きな仕事、本人が嫌だというだけでやめさせるる訳にはいかない。
というか、森久保……
「今おまえ、目合わせて話せてるじゃないか」
「頑張ってプロデューサーさんの目を見てますけど……」
森久保……お前……
「そこまで出来るんだったらソロライブだって余裕だな! 頑張ろうぜ、森久保!」
「プロデューサーさん……もりくぼいぢめ、楽しいですか……?」
うん、わりと。
「…………………………………………………………」
「…………………………………………………………」
無言が続く。そして、しばらくの静寂のあと、森久保が目に零れそうなほどの涙をためながら口を開いた。
「涙は女の武器と教わりました、プロデューサーさん」
「うん?」
「私、涙を見せてるんですけど……」
「うん」
「……効かないんですか?」
「うん、全然」
「…………………………………………………………」
「…………………………………………………………」
そしてまた無言タイム。
「乃々」
名前で呼ぶと、ビクッ、と森久保の肩が震えた。
「頼むよ」
「……プロデューサーさんにそんなお願いされたら……断れないですけど……」
そういった森久保の目からは、涙がこぼれ落ちていた。
「これだけ涙で訴えてもダメですか……プロデューサーさんはきちくです。おに、あくま……わたしはもう、にげられないの……」
そういって崩れ落ちる森久保に、今できる精一杯の笑顔で笑いかけながら、こう言った。
「乃々、ライブだ」
「うぅ、いぢめですか……」
俺は、乃々の頭を撫でながら、高断言した。
「大丈夫、お前ならやれるさ、乃々」
「あはははは……あははあ……もうわからないです……だんだん変な気持ちになってきましたけど……」
リハーサル中。どこか吹っ切れたような笑顔の森久保が、ステージの上に立っていた。
「らぶりーののたんが、みんなをキュンキュンさせちゃいます……」
「……こっちを見るな。ちゃんと客席の方を向け」
そう苦笑しつつも、素直に感心する。
やはりこのライブは成功する。そう確信させるだけの何かが、彼女にはあった。あの様子なら、逃げ出す心配もないだろう。なんか吹っ切れたみたいだし。
リハーサルが始まる前に、森久保に言われた言葉を思い出す。
「すっかりプロデューサーに染められましたけど……好きにしてください……期待に答えられるよう、頑張ってはみますけど……」
そこには、諦め以外の心境の変化もあったはずだ。
どんなことであれ、前を向けたというのなら悪いことではない。
「頑張れ、乃々」
ちなみに。
森久保乃々のソロライブが成功してからしばらく経ったある日のこと。
気づいたら森久保乃々が、衣装とともに消えていた。
そして、俺の机の下で膝を抱えている少女を発見。
「……なんでみつけるんですか」
そして目が会うなり、こんなことをぬかしやがった。
「はぁ……いいから仕事行くぞ、森久保」
「今日はちょっと……ね、プロデューサーさんも一緒に休みましょう」
「駄目だ」
うぅ、と涙目でこっちを見つめてくる森久保。
「プロデューサーさん、この前のライブのご褒美とか欲しいんですけど……今日は休みましょう、ね」
「ご褒美ならあとでなんでも好きなものやるから、今は仕事行くぞ」
「……なんでも……ですか?」
森久保の言葉にああ、と適当に返す。すると、森久保が机の下から出てきて、妙にやる気に満ち溢れた顔でこう聞いてきた。
「今日の仕事も、頑張ったらご褒美くれますか……?」
「ああ、やるやる。だから仕事行くぞ」
「そうですか……」
まだまだ仕事は残っている。急がなければならない。
「私をこんなにした責任……とってもらいますから……」
早く仕事に向かおうとする俺に、変に火の着いた彼女のつぶやき言葉は聞こえなかった。
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Happy Birthday!(佐々木千枝)
「おはようございます、プロデューサーさん」
「おう、おはよう千枝。それから、誕生日おめでとう」
6月7日、午前。
今日は俺の担当アイドルである、佐々木千枝の誕生日である。
まあ、誕生日といっても、いつもどおりの平日で、いつもどおり仕事なので、他人にとっては何の変哲もないいつも通りの日常なのだが。
それでも、誕生日とは、特別なものなのである。
千枝は、事務所のアイドルたちに囲まれて、おもでとう、と声をかけられている。
少し困ったようにしているが、それでも嬉しいのだろう。その顔には笑みが浮かんでいる。
幸い、仕事まではまだ時間がある。準備もあることだし、今は好きにさせておこう。
「千枝ー、そろそろ時間だ。行くぞー。ほら、お前らも離れろ」
あれから15分後。群がっていたアイドルたちを蹴散らし、千枝を救出。仕事へと向かう。
今日の仕事はバラエティ番組への出演だ。
千枝は最近バラエティへ番組の参加の仕事が増えている。天然で新鮮なリアクションは、話を新たに繋げられるので、好まれているらしい。
ただ、千枝はまだ小学生なので、あまり出演しすぎると世間体的にも事務所の方針的にもまずいので、仕事を受けること自体は少ないのだが。
「どうだ? 今日の仕事。できそうか?」
「プロデューサーさん、見ててくれるんですよね? なら大丈夫です」
「そうか」
信頼されている、ということに悪い気はしない。それに、千枝の場合は俺がいなくてもしっかり仕事が出来るので、そこまでの心配は無い。軽い失敗とか微笑ましいだけだし。
……俺がいないと仕事ができない、というか仕事しないアイドル達に比べれば、よっぽど、よっっっっぽど安心だ。
車で現場へと向かう。運転は俺、助手席に千枝が座る。
……運転中、ふと左から視線を感じた。
「どうした、千枝」
「あ、いえ、運転中のプロデューサーさん、かっこいいなぁって」
言ってから、少し顔を赤くする千枝。
……かわいい。すごくかわいい。天使なんじゃないだろうか。
そんな思考を少しも表に出さずに、少しうつむき気味な千枝に話を振る。
「そうか? まあ、普段があれだし、そのギャップでそう感じるのかもな」
「そんなことないですっ、プロデューサーさんはかっこいいですっ!」
――なんだこの会話。そして訪れる気まずい無言タイム。なんだこの空気。
「あ、千枝! あそこあじさい綺麗に咲いてるぞ!」
「ほ、ほんとですね!」
無理やり方向転換を図る。そして、二人しておかしくなって吹き出してしまう。
「お、そろそろ着くぞ」
笑い合っているうちに現場到着した。車を駐車場へと停め、千枝と二人で歩く。
「千枝は今日コレが終わったら仕事終わりだな」
「はい。プロデューサーさんはこのあともお仕事ですか?」
「いや、俺も今日はコレで終わりだ。最近は仕事しっぱなしでろくに休めてないしな」
「そうなんですか……大丈夫ですか」
「ん、どうってことはないさ。お前らのためだしな」
「はい、いつもありがとうございます!」
スタッフの方々に挨拶をしながら歩く。
千枝の年齢もあってか、向こうも明るい顔で挨拶を返してくれる。
「よし、じゃあ俺は色々と挨拶してくるから、千枝はスタッフさんの支持に従ってくれ」
「はい、わかりました!」
番組本番、休憩中。
こちらにやてきた千枝と話をする。といっても主な内容は番組のことだ。
「プロデューサーさん……千枝、しっかりできてましたか?」
「ああ……基本的には問題なしだな。受け答えもしっかりできてるし、目立ったミスもしていない。ただ少し考える時間が多いかな」
「そうですか……」
「別に考えることでもないさ。頭の隅においておくぐらいでいい。千枝はいつもどおりで大丈夫だよ」
そういって、千枝の頭を撫でる。サラサラとしていて、触り心地がいい。
「よし、時間だ。行ってこい」
「はい! 行ってきます」
そして番組終了後。
「よく頑張ったぞ、千枝。最後まで目立ったミスもなかったし。よくやったな」
「はい、プロデューサーさんのおかげです」
「いやいや、千枝の頑張りだよ」
「でも、プロデューサーさんがいたからがんばれました。ありがとうございます!」
「千枝もありがとう」
車へと戻る道中、今日の仕事の感想やらなんやらについて言い合う。
といっても、今日の仕事はお世辞なしにいい出来だったので、出てくる言葉は千枝を褒める言葉ばかりだ。
「あ、そういえばお誕生日お祝いされちゃいました」
「おお、良かったじゃないか。ちゃんとお礼は言ったか?」
「はい!」
車に乗り込む。緊張もなく、穏やかな空気が続く。
「千枝は、このあと予定ないよな?」
「はい、特にありませんけど……」
「そうか、なら良かった。問題ないな」
そう言って、行き先を事務所から変更する。
千枝も行き先が事務所じゃないことに気づいたのか、不思議そうにこちらを見上げてくる。
俺は、そんな千枝に軽く微笑んでから、車を目的地へと走らせるのであった。
「あ、ここって……」
小洒落たレストラン。その入口に、俺達は立っていた。
店員に予約していた旨を告げ、奥の個室へと案内される。
「あの、プロデューサーさん、どうして……」
「うん? ああ、それはな」
運ばれてきたドリンクを片手に、笑いながら言ってやる。
「改めて、誕生日おめでとう、千枝」
「ふう……美味しかったです」
「ああ、ホントだな」
食事、ケーキと食べ終わったあと。
「それじゃ、プレゼントだ。と言っても、あまり大したものじゃないんだけどな」
「え……うわぁ、かわいい……」
丁寧にラッピングされた箱から出てきたのは、デフォルメされたうさぎのがついた髪留めだった。
……色々悩んだんだが、年齢的に高価なものを渡されても困るだろうから、髪留めにしたのだが。
「うん、喜んでくれてるようで何よりだ。悪いな、そんなもので」
「そんなことないですよ。プロデューサーさんがくれるものなら、なんでも嬉しいです。早速つけてみてもいいですか?」
「ああ。つけてやろうか?」
そういって、千枝から髪留めを受け取り、つけてやる。
「ありがとうございます……えへへ、似あってますか?」
「ああ、とっても」
心の底から嬉しそうにほほえむ少女と二人。
来年も二人で誕生日を祝おう、なんて笑いあう。
「それじゃ、明日もお仕事頑張りますか」
「はい! プロデューサーさんと一緒なら、いーっぱい頑張れますから! これからもよろしくおねがいしますね、プロデューサーさん!」
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スウィート・バレンタイン(渋谷凛)
季節的にこちらにも投稿しようかどうか迷ったのですが、こちらにも投稿することにしました。
バレンタインデー。
今日、2月14日のイベントであり、元々はキリスト教の記念日である。
欧米では男女関係なく親しい人に花やお菓子、カードなどを贈る日であったが、日本に入ってからはなぜか女性が愛情の告白としてチョコレートを送る日となっている。
まあ、義理チョコやら友チョコやらもあるが、やはり日本においては告白こそがメインなのだろう。
さて、そんなバレンタインデーに俺は何をしているのかといえば。
アイドル事務所のプロデューサーとして、担当アイドルの渋谷凛、島村卯月、本田未央とともに、バレンタインのイベントの真っ最中であった。
「ふぅ……今回も大成功だったな、凛」
「う、うん……」
イベントは終了後。大きな拍手と声援を背に戻ってきた凛に、声をかける。
あれだけのファンの前だけあり、さすがに緊張したのだろう。少し、落ち着かない様子だった。
しかし、ニュージェネレーションの3人も人気になったものだ。プロデューサーとして、喜ばしい限りである……なんて感傷に浸っていると、他の二人が戻ってこないことに気づいた。
「ああ、卯月と未央なら用事があるって。……まったく、二人ともほんとに……」
「そうか。なら、先に帰る準備始めちまうか」
「あ……ま、まって、プロデューサー」
歩き出そうとした所で、凛に呼び止められた。落ち着かないというか、イベントをやっている時より緊張しているような……。
「プ、プロデューサー心をこめて作りました。これからもずっと、私のチョコをもらってください!…………はぁ……やっと……言えた……」
そう言って凛から差し出されたものは、綺麗にラッピングがされた、ハートの形をした青い箱だった。中身は、今日の日付や今の凛のセリフからして、おそらくチョコ。
チョコを受け取ると、凛は一度ため息とともに落ち着いた様子を見せたが、すぐにその整った顔を真赤に染め出した。
「そ、そう……! こ、これは罰ゲームでちょっと卯月と未央とチョコを作ってるときに間違えてチョコ味見しちゃったからで、だいたいあの二人のせいっていうか……! ってちょっとプロデューサー、笑わないでよ!」
慌てふためいている凛がおかしくて、つい吹き出してしまった。
「悪いってそんな怒るなよ」
「もう……人がせっかく勇気出したのに、その態度はひどいよ」
ああ、でも、本当に……
「ありがとう,凛。嬉しいよ。本当に嬉しい」
真っ直ぐに、いつも真っ直ぐな凛の瞳を見ながら、そう言った。
途端、凛の顔が真っ赤に染まる。
「――ッ! ほ、ほらっ! もう行くよ、プロデューサー!」
くるりと体を180度回転させ、そのまま歩き出す凛。その足取りは、どこか嬉しそうだった。それがおかしくて、また吹き出してしまった。
事務所への帰り道。
会場が事務所から近かったということもあり、俺達は徒歩で帰っていた。
「それで、凛ちゃん。うまくいった?」
「ま、その様子だと、どうやらうまく行ったみたいだね!」
「うるさいよ、二人とも。隠れて見てたんだからいちいち聞かなくてもわかるでしょ」
二人とも、あの場所にいたらしい。これ以上はこちらにも被害が及びそうだったので、話の流れを変えるついでに凛をからかうことにした。
「もう、こんな事するのは、今回だけだからね。……今回だけだって」
来年も期待している……なんてことを言おうとしたのだが、先手を取られてしまった。
さらに、俺が何かを言おうとしたのに気づいて、釘を差されてしまう。
「とか言って、しぶりん、意外と乗り気なんじゃないのー?」
「大丈夫、私達も手伝うよ、凛ちゃん!」
「いや、だからやらないって!」
なぜだか、凛が来年もチョコをくれる、そんな気がした。本人は否定しているが。
風が冬の冷たい空気を運んでくる。
そんな中でも、彼女たちは楽しそうだった。
「……元気だなー、あいつら」
そして、そんな彼女たちがとても頼もしく思える。
バレンタインの街を、4人で並んで歩いて行く。
俺達のバレンタインは、こんなかんじで過ぎていくのだった。
……チョコは、甘くて、美味しかった。
「こりゃ、ホワイトデー頑張らないとな」
事務所のアイドルや事務員から見らった大量のチョコのお返し、という意味でも。
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やさしい時間(高森藍子)
ギリギリセーフ。
高森藍子ちゃんの誕生日SSです。
初めての女性視点。
pixivにも同じ物を投稿してあります。
誕生日、誕生日である。
今日7月25日は我がプロダクション所属のアイドル、高森藍子の誕生日である。
これは、是非とも担当プロデューサーとして祝わねばならない。そう決意をして、まだ暗い空の下、家を出て事務所に向かうのであった。
誕生日、というとやはり特別な日なのだろう。自分が生まれた日。年に一度の、ささやかな、だけども自分にとっては重大なイベント。私自身は、あまり誕生日に思うところはない。だが、祝われるのは悪い気分ではない。それが親しい人ならなおさらだ。私も、家族や友人の誕生日には参加するし、自分の誕生日には周りが誕生日パーティーを開いてくれることもある。
──まあ、ここ最近、というか去年から、ささやかなという規模ではなくなりつつあるのだが。
その原因となったある人物の顔を思い出し、苦笑する。と同時に、今自分がいる場所を思い出し、ハッとする。いくら朝早いとはいえ、街中だ。この時間帯でも数分に一度は人とすれ違うようような場所で、アイドルである自分が、変装もせず、苦笑──と本人は思っているが、傍から見ればにやけ顔──を晒すのは、あまりよろしいことではない。と思い、顔を引き締める。
幸い通行人におかしな顔を見られずに、無事に事務所についた。階段を登り、ドアノブに手をかける。早い時間だが、プロデューサーさんや朝早くから仕事が入っている娘、事務員の千川ちひろさんはいるかもしれない。そう思ってドアを開け、挨拶しようと口を開き──
「おはよ……」
パーーーン!! という大きな音と、
「おはよう藍子!! 誕生日おめでとう!!!!」
クラッカーを手に、ドアの前で大きな声を上げた男に、口を開いたまま固まらざるを得なかった。
「もう、何なんですか、プロデューサーさん……」
「いや、せっかくのお前の誕生日じゃないか。それなのにいつも通りじゃ、味気ないだろ?」
事務所のソファーに、プロデューサーさんとテーブルをはさんで向かい合うように座る。
「だからって、何も朝早くからやる必要は……」
「だって俺が何かやるだろうってことは予想ついてるだろ?」
確かに、何かやるだろうとは思っていた。だが、それはあくまでサプライズ的なもので、こんな朝早くから誕生日ムードで来るとは予想もつかなかった。
……しかしこの人、周りの視線とか気にならないのだろうか。朝早くから着ていた娘とか、ちひろさんとか、思いっきり白い目を向けているが。
……きっと気にならないんだろうなぁ。今だって特にきにした様子もなくお茶をすすっている。私も軽くため息を付いてから、お茶を飲む。淹れたての熱い緑茶だ。おそらく、プロデューサーが淹れたものだろう。目の前のこの人は、お茶やら、仕事やら、とにかく有能なのだ。普段の態度のせいで台無しだが。
「……で、だ。今日藍子は午前中に雑誌の撮影が入ってるな」
「はい」
それから少し間をおいて、プロデューサーが話し始めた。仕事の話をするときの彼は、基本的に真面目だ。
「まあカメラマンもいつもの人だろうし。お前もいつも通りやればなんの問題もないだろう。今日確認しておくことはこれくらいだな」
そう言ってプロデューサーさんは席を立った。
「じゃ、早速出るか。準備しておいてくれ」
プロデューサーさんに返事をしてから、お茶を飲み干し、席を立つ。準備といっても特に持っていくものはない。衣装も向こうで用意しているはずだ。トイカメラがついたストラップを首にかけ、カバンを持ち、少し待って格好を正したプロデューサーさんと一緒に事務所を出た。
撮影場所は事務所から近いところにある。そういう場合、私たちは歩いていくことが多い。道端に咲いた花だったり、面白い形の雲だったり、一歩前を歩くプロデューサーさんをカメラに収めていく。プロデューサーさんも、私が写真を撮った方を向いて、綺麗だな、とか面白い、と言った感想を言ってくれる。そして、焼きましした写真を二人で分けるのが私達の間でプチブームになっていた。
「かといって俺を撮る必要はないだろ」
「ふふっ、プロデューサーさんも十分面白いですよ」
「どういう意味だ、そりゃ」
二人で笑いあう。
そういった時間が、私は大好きだ。
「ありがとうございました」
スタッフさんに挨拶をしながら、現場を出る。
ある程度離れた所で、小さくため息を漏らす。
「お疲れ様。今回も良かったよ」
そう言って、プロデューサーさんは私の頭を撫でる。大きな、温かい手のひら。離れて行く手が名残惜しくて、あ……と声を出してしまう。そんな私を見てプロデューサーさんは苦笑して、ほら行くぞ、と声をかけ、上機嫌そうに歩いて行った。
「そうだ、このあとなんか用事あるか?」
そう聞かれ、少し考えてから、夜には他のアイドルたちがパーティーをしてくれるらしい、と答えると、
「よし、それなら大丈夫そうだな。じゃあちょっと付いて来てくれ」
と言って、プロデューサーさんは駅の方へと歩き出した。
電車で一度大きな駅まで出て、そこで各駅停車の電車に乗り換え、電車に揺られること40分、小さな駅についた。それからプロデューサーさんの後をついていき、住宅街へ入る。
駅から15分ほど歩いたところに、そのお店はあった。
「これ……喫茶店ですか?」
「そ。前に親戚に聞いてね。何回か来てみたんだけど、なかなかいい雰囲気だろ? いつか藍子と一緒に着たいなと思ってさ」
そう言ってから、店長であろう男性と少し言葉を交わしてから、席の方へと歩いて行く。
私は店内を見回しながら席へと歩いて行く。なるほど、これは確かにいい雰囲気だ。家を改造したのだろうか。小さなお店ではあるが、隅まで手入れが行き届いている。
席につき、メニューを見る。撮影は午前中だけでお昼ごはんは食べていないので、少し遅目の昼食としてパスタを注文する。待っている間、プロデューサーと二人で会話をする。世間話だったり、他のアイドルの話だったり。いつもの会話だ。
パスタを食べ、紅茶を飲みながら談笑し、食後にケーキを食べて。
そんな中、プロデューサーさんがふと思い出したように、カバンの中から小さな箱を取り出した。
「誕生日おめでとう、藍子」
そう言って箱を差し出して、開けてみな、と言った。
「ネックレス……ですか?」
「そう。あんまりいいものじゃないけどね」
なんせ人数多いから、プレゼント代もバカにならない。そう言って頭を掻くプロデューサーさん。
箱から取り出したネックレスは、あまり派手でない、落ち着いた雰囲気のものだった。
「あの、これ付けてみても……?」
「おう、いいぞ」
ネックレスを付ける。それは、妙に私の体に馴染んでいた。まるで、ずっと昔から付けていたかのように。
「うん、似合ってる」
「そう……ですか。ありがとうございます」
そう言って紅茶を啜る。
……頬が熱くなっているのがわかる。遠目に見る文には大丈夫だが、プロデューサーさんにはバレているだろう。そう思うと、余計に頬が熱くなる。
「どうだ、このあと、買い物でも」
店を出て駅に戻る途中、プロデューサーさんはそう言った。私は頷き、事務所に帰る前に寄り道をすることに決めた。
その後。
夜、事務所に戻りドアを開き、
「ただい……」
ただいま帰りました、と続くはずの声は、
パーーーン!! という大きな音と、
「藍子ちゃん! お誕生日おめでとーー!」
クラッカーを持った女の子たちの大きな声にかき消された。
……その後のパーティーでは、休む暇もなかったということをここに告げておく。
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今までの道、これからの道(渋谷凛)
急いで書いたので誤字脱字があるかもしれません。見つけたら、報告してくれると助かります。
pixivにも同じ物を投稿しています。
大きなドームに一面の観客。溢れんばかりの歓声。響き渡る拍手。ステージの上で、両手を大きく広げて、涙を浮かべ、しかし満面の笑みで歓声を浴びる少女。
8月10日。渋谷凛のバースデイライブは、こうして大成功を収め、終了した。
「お疲れ様」
そう言ってポーツドリンクをパイプ椅子に腰掛けている凛に渡す。凛は力なく受け取り、一気に飲み干した。
「さすがに疲れたか」
「うん。ライブには慣れたつもりだったけど」
「まあ、いつものライブとは規模が違うからな。無理もないさ。ほら、立てるか」
そう言って凛に手を差し伸べる。
「ほら。せっかくの誕生日なんだ。楽しもうぜ」
笑いながら言う。
「うん、そうだね。時間は有限なんだし、早く行こうか」
凛も笑いながら俺の手をとった。
「あ、これとかいいかも」
デパートの中のアクセサリーショップ。大きなデパートだけあって、それなりに大きく品揃えも揃っていて、商品の幅が広く安いものから高級品まで。学生にも人気らしい。周りにも、制服を着た女の子がチラホラと見える。
「あ、プロデューサー、これとかどう思う?」
髪をポニーテールにまとめ、キャスケット帽をかぶり、伊達メガネをかけた凛が、ショーケースの中にあるネックレスを指さした。
「まあ悪くはないな。けど、少し凛には派手すぎるんじゃないか?」
そう言って、その二つ右にあるネックレスを指さす。
「これとかどうだ? 程よくシンプルだし、凛の服にもよく合うと思うんだが」
「うーん……今持ってる服だといいかもしれないけど、卯月や未央と行くと普段とは違う服とか買ったりするから」
着せ替え人形にされてる凛が目に浮かぶ。やばい、見てみたい。
「じゃあこっちとか? 普段の服にも合うだろうし。凛のイメージにあってるだろうし」
「あ、いいかも。じゃあこれにしてもいい?」
「ああ、値段もいい感じだし」
店員を呼びに頼み、ラッピングをしてもらう。
「じゃあ、買うものも買ったし、行くか」
大きなデパートだけあって、レストランや喫茶店の類も結構ある。歩き疲れたことだし休憩することにしよう。
「はい。誕生日おめでとう」
頼んでいた飲み物が届いた所でさっき買ったネックレスを渡す。
「ん、ありがと」
凛の誕生日プレゼント、事前に何がほしいか聞いてみたところ、
――うーん……それもいいけど、プロデューサーと買いに行きたい
ということで、凛と一緒に、誕生日プレゼントを買いに来ていたのだった。
「しかしでかい分人も多いな。夏休みってこともあるだろうが」
「プロデューサーはこういうとこ、来ないの?」
「まあな。忙しいし、基本私服は安物で済ませるし」
ケーキをつつきながら、他愛ない話をする。普段と同じような会話。だが、凛はいつもよりも上機嫌な様子だった。
そして、ケーキも食べ終わり、飲み物も飲み終わり。
「それじゃ行くか。ちょっとよってみたい場所があるんだ」
「よってみたいところ?」
「ああ。一度ネットで見てな。前から行ってみたかったんだ」
赤く染まった空。そして、空と同じ色に染まった海。
「うわぁ…近くにこんなところ、あったんだ」
「これは……すごいな」
今まで見たことのない光景。海に溶けていく夕日。
「事務所から歩いてこれるところにこんな場所があったんだね」
「ああ。俺も気づかなかった」
灯台下暗し、とはよく言ったものだ。
海の見える公園。事務所の近くに公園があることは知っていたが、こんな光景が見えるとは知らなかった。
「凛と出会ってから1年半。そういえば、事務所の周りは見て回ったことはなかったな」
「そういえばそうだね。今度行ってみる?」
「ああ、そうだな。今度のオフにでも行ってみるか」
柵によりかかり、隣にいる凛を盗み見る。柵の上で両腕を組み、夕日を眺めている。
しばらくぼーっと眺めていると、なに、と少しむくれた感じで聞いてきた。
「いや、なんでもないさ」
「ならいいけどさ」
さすがに見つめられるのは恥ずかしかったのだろうか。凛の頬は少し赤く染まっていた。
「さーて、この後どうすっかねえ」
見れば、太陽は既にその体のを海へと隠していた。
季節は夏。太陽が完全に沈んだということは、もう結構な時間なのだろう。が、事務所で開かれる凛の誕生日パーティーまではまだ時間がある。向こうはまだ準備の最中だろう。そこへ主役を連れて行くのはやはりマズイだろう。さて、どうやって時間をつぶそうか。そう考えていると、凛がポツリと話馴染めた。
「……そっか。プロデューサーと出会ってから、もう1年半も経つんだね」
「そうだな。こうしてリンの誕生日を祝うのも2回めになるわけだ」
もっとも、去年は事務所ができてからまだ半年とちょっと、落ち着いてお祝いをしている余裕もなかったのだが。
「俺がこの事務所のアイドルで一番付き合いが長いのは凛だもんな。懐かしいなー」
──ふーん、私のプロデューサー? ……まぁ、悪く無いかな
開口一番、こんなことを言ってのけたのだ、この少女は。あの時は、何だコイツ、と思ったものだ。まあ、接しているうちにその印象も薄れていったのだが。
「もう、あの頃の話はやめてよ」
「はは、悪い悪い」
着崩した制服にピアス。その上あの発言。最初はとんでもない少女の担当に鳴ったもんだと思った。実際は仕事熱心で思いやりもある優しい少女だったのだが。
「しかし、凛も今じゃトップアイドル。遠くまで来たもんだ
「まだまだこれからだよ、プロデューサー」
「そうか」
「そうだよ」
それから、しばらく無言の時間が続く。すっかり暗くなった空。凛と二人だと、お互いが無言の時間が暫く続くことがある。最初は戸惑ったが、今はそれを心地よく感じている自分がいる、おそらく凛もそうだろう。
しばらく二人ですっかり暗くなった海を眺めていた。
「ねえ、プロデューサー」
「なんだ?」
「私、まだまだ走り続けるよ」
ああ、そうだ。これが渋谷凛だ。俺の初めてのアイドル、1年半以上の時を共に過ごしてきたパートナーだ。
「そうか。そうだよな、うん。わかってる」
右手を、凛に差し出す。
「二人なら、どこだって行けるさ」
「うん……そうだね」
凛の右手が、力強く俺の右手を握る。その顔には確かなほほ笑みが浮かんでいた。
その後。
しばらく凛と二人で手を握り合いながら見つめ合っていると、ふと背後からの視線に気づき。
振り返ると、どこからか話を聞きつけたらしい卯月と未央の姿が。
からかう卯月と未央、顔を真っ赤にして反論する凛という構図が出来上がり。
自然と、顔に笑が浮かんでくるのであった。
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佐々木千枝ちゃん誕生日おめでとうSS2019
初めて千枝ちゃん似合ったのは7年前の京町アイプロのとき。あのとき11歳だった君も、今年で11歳の誕生日を迎えました。
Pの設定とかプロダクションの設定とかなにも考えてないです。
アイドルっていうのは忙しい。
空前のアイドルブーム、多種多様なアイドルたちが一番の輝きを目指して切磋琢磨するこの時代、盆や正月クリスマスその他様々な行事はもちろん、そうでない日もアイドルたちがイベントを行っている。
CD発売記念だのアニバーサリーだの何かと理由をつけて。アイドルたちは歌って踊るのだ。
そう……誕生日なんかも。
そして、俺の所属するアイドルプロダクションもアイドルの誕生日を記念してライブを行うプロダクションであり。
休憩室のドアを開けると同時に降ってきた紙吹雪に目をパチクリとさせる少女――佐々木千枝も、今週末に誕生日記念ライブを控えたアイドルである。ちなみに俺の担当アイドルである。
誕生日ライブは今週末だが、千枝の誕生日は今日。なので、千枝ちゃんのサプライズパーティをやろうと誰かが言い出して、あれよあれよと言う間に計画が進んだ。
うちのプロダクションは3桁のアイドルを抱える大手プロダクションだ。つまり年にそれだけのアイドルの誕生日があるということであり、サプライズ含む誕生日パーティはもはや日常となっている。それだけ準備も段取りも手際もよかった。千枝は誕生日席に座らされ、他のアイドル、トレーナー、ちひろさんなんかからもおめでとうの言葉とプレゼントを受け取っている。
未成年――というか小学生――が主役のため酒は出ないものの、ケーキ、クッキー、ドーナツと多様なお菓子が並び、皆笑顔で盛り上がっている。楽しめたなら、率先して企画したかいがあったものだ。
これなら安心……と思っていたが、一人時たま浮かない顔を浮かべる少女がいた。というか今回の主役である千枝のことなのだが。特に仲のいい子達が気付いて声を掛けるものの、大丈夫、の一声とともに笑顔に戻っている。
パーティが楽しくないわけじゃないんだろう……別に心配事でもあるのか。
「どうした?」
パーティも終わり。他のアイドルたちが帰った後。廊下で1人窓の外を眺めていた千枝に声を掛ける。
「あ、プロデューサーさん……」
「悩み事? それとも、不安なことでもある?」
揺れる瞳に問いかけると、小さな頷きがある。
「プロデューサーさんは、オトナですよね……」
「……そうだね」
年齢が、とかそういうことじゃないんだろう。自分なりに考えた末の、オトナ。
「いつもお仕事成功してて……すごいなって思います」
レッスンで失敗したのか、それともずっと上手にできないことがあるのか。出会ったときは失敗も多かったが、時がたつにつれて失敗もそれを悔やむことも減っていったと思っていた。
「オトナだって失敗くらいするさ」
「……そうなんですか? プロデューサーさんも、ですか?」
驚きとともに見つめてくる。
「そりゃそうさ。俺だって、最初の頃は失敗ばっかりだったし。今だって、いろんな人に支えてもらってるしさ。仕事でも、他のことでも。そりゃ絶対失敗できないときもあるし、失敗したら責任を取らなきゃいけないときもあるけど」
苦笑する。現に、千枝の様子には気付けなかった。
「……怖くないんですか?」
うなずく。怖いものは怖いさ。でも。
「失敗しても助けてくれる人がいる。一緒に謝ってくれたり、なんとか巻き返そうって考えてくれたり。俺より先にオトナだった人たちとかがね」
それから、と付け加えて。
「だから、俺も色んな人を支えたり、助けたりするんだ。そうすると、今度はその人達が俺を助けてくれたりする。そういう助け合いとか支え合いとかができるようになるってことが、オトナになるってことなんじゃないかな」
少し照れくさくて頬をかく。
「千枝は失敗するのが怖い?」
小さな声で、はい、頷かれる。でも、そこに最初ほどの不安さもなかった。
「間違えたり、失敗しちゃったら、助けてくれますか……?」
「もちろん。俺も周りのアイドルたちも、スタッフさんたちもファンのみんなも」
「じゃあ、千枝も、みんなを笑顔にできるように、頑張らなきゃですね」
少し間をおいてから。
「それから……早くオトナになって、プロデューサーさんのこと助けてあげなきゃですね」
まだ不安かもしれないけど。それでも、千枝は笑顔だった。
「そっか……うん、それは楽しみだな」
これまでも。これから、オトナになるまでも。そして、それからも。
「改めて、誕生日おめでとう、千枝。これからもよろしくな」
「はい! えへへ、いつも支えてくれてありがとうございます。これからも、いっぱいよろしくお願いします!」
そして、週末。
なんでもない1日だけど、少女にとっては、そして、ここにいる人たちにとっては特別な一日だった。星と笑顔の海の中に、一番眩しい笑顔が輝いていた。
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