ポケモン不思議のダンジョン 空の外伝 (チッキ)
しおりを挟む

Chapter1 ある森の中で
第1話 2匹の出会いと紡がれる物語


 爽やかな木の匂い、森のせせらぎ、身体を包むフカフカの毛布、ずっとこのままでいたいという気持ちもありながらも、俺はうっすらと瞳を開けた。ボヤけた視界から入ってくる情報を整理しながら、俺は今日一日の予定をたてる。それが俺のいつもの寝起きだった。

 しかし、今日に限ってそれを許さなかった。俺の視界に映る部屋の内装は、俺が見た事の無い場所だったからだ。身体に取り巻く眠気は一瞬で吹き飛び、俺は立ち上がって周りを見渡した。

 寝ぼけ眼の空見だったらよかったものの、どうやら俺は本当に知らない場所にいるみたいだった。

 

「俺は、一体…」

 

 何故こんな状況になっているかを、俺は自分の記憶を整理してみようと思った所に、突然声をかけられた。

 

「目が覚めたんですか?」

 

 思わず声のする方に振り向くと、俺は再び驚かされた。

 

「森の中に倒れていたので、とりあえず私の家まで連れてきましたけど」

 

 今まさに採ってきたのであろう新鮮な木の実の入ったカゴを置いて、ツタージャは俺に話しかける。

 

「でも、こんな不思議のダンジョンでも無い場所で倒れるって何かあったんですか?」

「ポケモンが…喋ってる…?」

 

 俺は思わず口に出した。その言葉にツタージャは首を傾げる。

 

「ポケモンが喋ってる…?普通じゃないんですか、貴方もポケモンなのに」

 

 今日だけで俺は何度も驚かされた。ツタージャの口から出た驚愕の真実に俺は自分の身体を見た。

 

「………何だか、危なさそうなポケモンですね」

「いや、違う!俺は人間なんだ、今はポケモンの姿になっているけども…!」

「じゃあ何ですか、貴方は元々人間だったけれどニャビーになってしまったと?絵空事も甚だしいですよ」

 

 そう、火猫ポケモンことニャビーに俺はなっていたのであった。

 

▼▽▼

 

「…まあ、貴方が人間であるというのが嘘だったとしても、そう嘘をつく理由が無いですもんね…とりあえずは信じておきます」

 

 ツタージャのリフルという子はどうにも疑り深い性格があるらしく、俺が元々人間であるという事を信じさせるのに非常に時間がかかった。

 

「貴方が倒れていたのも、人間の世界からこちらの世界に来る時に何かあって意識を失ってたんでしょうね」

 

 客観的に聞くと、やっぱり信じ難い話だと思った。そう考えると、リフルって子は疑り深いけれど悪い子では無いと感じる。

 

「それで、人間の時の記憶はあるんですか?」

 

 そう言われて俺は自分の記憶を探ってみる。しかし、ズキリと頭が痛むだけで俺は何も思い出せなかった。

 

「………………………」

「どうやら思い出せないみたいですね」

 

 期待はしていなかった、と言わんばかりに首を振って、彼女は俺に何かを投げつけてきた。四足歩行であるニャビーの身体では上手く受け止められないと思ったものの、意外にも前足でキャッチすることが出来た。

 

「オレンの実です。甘酸っぱくて美味しいですよ」

 

 リフルは自分の分のオレンの実を齧る。それを見て俺もオレンの実を齧ると、甘酸っぱさに多少苦味も混じっている味が口の中に広がる。美味しい。

 オレンの実を食べ終え、腹を満たした後、リフルは俺の顔を見つめて言った。

 

「さて、これから貴方、どうするんですか?」

 

 確かに、今の俺には記憶も無いし知識も無いし、頼れる者なんて全くいない。所謂詰みという状態だ。

 

「俺は…記憶を探したい。自分がどうしてポケモンになってしまったのかも、きっとその記憶にあるはずだから」

「当てはあるんですか?」

 

 うっ、と俺は言葉がつまる。そんな様子の俺を見て、リフルは溜息をついた。

 

「記憶も今はどうでもいいですし、頼れる者なんてゆっくり作っていけばいいんですよ、まずは知識が大切だと私は思いますよ」

「そう…だな」

「人間の世界がどうだったかわかりませんが、まずはこの世界の常識について知るべきです」

 

 そう言うとリフルは立ち上がり、俺について来るように促す。

 

「とりあえず、この場合は何はともあれ行動してみるのが得策です」

 

▼▽▼

 

 リフルの住処を出て、森の中を少し歩くと、突然森の雰囲気が変わったような気がした。なんだか、身体中がピリピリするような感じ。

 

「ここは“オレンのもり”と呼ばれる不思議のダンジョンです」

「不思議のダンジョン…?」

「ええ、この世界には不思議のダンジョンと呼ばれる場所が沢山あります。その不思議のダンジョンは入るたびに地形を変え、落ちているアイテムも変わっていくという摩訶不思議な場所です」

 

 だから、不思議のダンジョンと呼ばれていると…

 

「それと…不思議のダンジョンには敵ポケモンが出てきます。倒しても倒しても湧き続けるんで、進行の邪魔になる相手だけを倒すようにしましょう」

「へぇ、変わった場所だな」

 

 感心しつつ、リフルの後ろをついていると、突如俺の脇腹当たりに衝撃が走った。

 

「そうそう、ここはそこまで強くありませんけど、気を抜いてるとそんな風にやられてしまいますよ」

 

 ケムッソの体当たりをモロに喰らい、一瞬視界が歪み、崩れ落ちそうになる。しかし、気力で踏ん張り、ケムッソに対して火を放った。火の粉はケムッソに当たり、ケムッソの身体が吹き飛ぶ。そして地面に墜落した後、身体が透明になっていき、ついには消えていった。

 

「…今のは?」

「不思議のダンジョンだけに出てくるポケモン、その名も不思議のポケモンの研究はイマイチ進んでいないので詳しくはわかりませんが…私達とは違って、倒されるとあのように消滅するのです。と言っても倒す事に気を病むことは無いですけどね、不思議のポケモンと私達、普通のポケモンは性質自体が違いますから」

「つまり、別の生き物と言うことか?」

「遠かれ近かれって所ですかね、不思議のポケモンの中にも、戦いの中で友情を見出し、新しい仲間になるって事もありますし。貴方はともあれ、不思議のダンジョン生まれのポケモンだっていますから」

 

 なんとなく理解したが、それでもまだ不可解な所がある。

 

「じゃあ俺達が倒されたら?」

「私達ポケモンには、瀕死という状態があります。その状態になると、動けずただ助けを待つだけです。基本的に、不思議のポケモン達の攻撃は皆、瀕死状態に追い込むだけです。復活のタネさえあれば、復活のタネがあるだけ瀕死状態から回復出来ますが。しかし…」

 

 リフルの顔色が曇る。

 

「…私達普通のポケモンが戦うと、瀕死状態ではなく死亡状態になる事があります」

「つまり、死ぬって事だな」

「はい、死亡したポケモンは復活のタネでも絶対に生き返りません。老衰や病気による死亡もありますが、故意的に相手を死亡状態へと追いやった場合は、悪いポケモン達を取り締まる保安官にお尋ね者として追われる事になります」

「お尋ね者、犯罪者か」

「その他にも泥棒や詐欺などで追われる者もいますけどね、このポケモンの世界では三大タブーの内の1つです」

「残り2つは?」

「多分ピンと来ないでしょうから、機会があればで」

 

 なんてことない様子でリフルは角から飛び出てきたキャタピーの体当たりを避け、尻尾を叩きつける。キャタピーはその一撃でやられてしまった所から、中々の強者と感じた。

 

「知識も大切だろうけど…やっぱり強さは持ってなきゃ行けないか?」

「質問ばかりですね貴方。まあいいですけど、答えはYesと言えますけど、Noとも言えます。持つべきものは正しい強さです。…と言っても、貴方は大丈夫だと思いますよ。普通、いきなりポケモンの姿になったらその身体の使い方が上手くいかないはずです。私も、人間になったらきっと上手く動けませんよ」

 

 確かに俺は一心不乱だったとは言え、火の粉が放てたし、正直四足歩行である今の姿もあまり違和感を覚えない。まるで昔からこの姿だったかのように。…そう考えると、俺は人間の時はきっと器用な人間だったんだろうと推測出来る。

 

「…なんとなく理解した」

「理解していただいたところで、私から質問しますね。貴方は私を見た時に、“ポケモンが喋っている”と言っていましたが、これは貴方がいた世界ではポケモンが存在していたという事でしょうか?」

 

 自分の発言を思い出して、リフルの言葉に頭を悩ませる。確かに、俺のいた世界にポケモンが存在していたという事実があるからこそ、俺がそう発言したはずだ。

 加えて、ポケモンは人の言葉を喋る事は無いという事と、種類は違うもののニャビーの俺とツタージャのリフルが話している事からポケモン同士は話が出来ると予測がつく。

 

「俺のいた世界では、様々の種類のポケモンという種族と人間という種族があった、としか今はどうも…」

「そこらへんも曖昧なんですね。しかし、私の知識では“人間”という存在はお伽話での話でしか聞いたことが無いんですよ」

 

 お伽話っていうのは昔話みたいなものだから、この世界に人間は過去に存在していた可能性がある。と、いう事は…

 

「過去から来たという可能性も否めない、と」

「未来という可能性もありますよ、この先、再び人間が現れるかもしれませんし。どちらにせよ、貴方はこの空間の住民では無い、或いはこの時間の住民では無いという事がわかりますね」

「それなら俺がどんな奴だったかを確かめる方法はこの世界には無いな。ならばどうしてこの世界に来たのかという疑問と元の世界に戻る方法を探るべきだな」

 

 リフルは中々頭が切れるからトントン拍子に話が進む。自身の記憶が無く、不安になるはずの自分がリフルと一緒にいると安心出来る。

 しかし、リフルにもリフルの都合がある。俺は俺の為にまずは身体でも鍛えて、いや、まずは住処を探すべきか…?

 

「1番奥まで着きましたよ」

 

 物思いに耽っているとリフルから声がかかり、リフルの方へ向くと沢山のオレンの実があった。

 

「ここにはオレンの実が沢山あります、昨日の大雨のような日もありますし、食糧も2匹分1週間程備蓄しておきたいので」

「…2匹分、1週間…?」

 

 リフルはオレンを拾う手を止めて、何を言っているんだと言いたげな顔で振り向いた。

 

「当たり前でしょう、昨日のような大雨だと外に出れませんし、そういう日に備えて食糧は貯めておくべきでしょう?」

「い、いや、そこでは無くて…つまり、俺はリフルの家で暮らす、と?」

「1匹じゃ寂しいですし、それに貴方にはちょっと不謹慎かもしれないですけど、面白そうですしね」

 

 笑みを浮かべたリフルに困惑しながらも、俺はリフルの提案を受け入れる事にした。

 今、ここに俺とリフルの物語が始まるのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 学ぶトレジャータウン

 朝、日差しが差し込み目を覚ます。リフルと出会って2日は経った。大きな欠伸をし、強張った身体を伸ばす。リフルの方を向くと、すでに起きているらしく、そこにはいなかった。リフルは夜明けと同時に起き、日光浴をするのが毎日の日課らしい。

 若干残る眠気を振り払い、リフルの住処を出てリフルを探す。リフルは日の差し込む木々の隙間に座って日光浴をしていた。

 

「おはよう、リフル」

「おはようございます」

 

 俺に気付いたリフルは微笑んだ。俺は微笑み返し、リフルの隣に座った。

 

「それで調子はどうですか?」

「身体の方は平気、記憶は全くだな」

「そうですか、それじゃあ今日はトレジャータウンに向かいますよ」

 

 トレジャータウンという聞き慣れない単語に俺は首を傾げる。

 

「トレジャータウンは、数々のポケモンが利用する町です。本当は昨日行きたかったんですけど、貴方が身体を鍛えたいっていう事でずっとダンジョン巡りしてたじゃないですか」

 

 確かに俺は昨日は身体の動かし方を学ぶために何度もオレンのもりに行っていた。お陰様で、中々感覚が掴めたと思う。

 

「ダンジョン巡りするなら行っておいて損はない場所です、さあ行きますよ」

 

 リフルは立ち上がって、肩掛けポーチを肩に掛け、歩き出して行く。俺としてはもう少しゆっくりしていたかったけど、仕方ない。昨日は俺の我儘を聞いてくれたんだしな。

 

▼▽▼

 

 トレジャータウンへと向かう途中、俺達は雑談に花を咲かしていた。

 

「リフルはあの森の生まれなのか?」

「いえ、私の生まれは別ですよ。鳥ポケモンに攫われて、落とされた場所がここです」

 

 明かされた真実に開いた口も塞がらない。

 

「でも、私のことを心配して、育ててくれたポケモンのお陰で今の私の生活があるんですよ」

「そのポケモンって?」

 

 リフルが悲しげな顔をし、聞いてはいけない事だったと思った俺はすぐさま謝罪をしようとした。しかし、何者かが俺にぶつかってきたせいで俺は謝罪の言葉を口に出せなかった。

 

「ご、ごめんなさい!急いでいるので!」

「い、いや、俺も余所見を…」

 

 俺の謝罪の言葉を聞かず、ぶつかってきた深刻そうな顔をしたイーブイは走り去って行く。その後を、これまた深刻そうな顔をしたリオルが追っていく。

 しかし、そのせいで俺は謝罪する機会を逃した。

 

「なんだ…?」

「探検隊ですね、リオルの方に探検隊バッチがつけてあるのが見えました」

「探検隊…?」

「はい、前に話したお尋ね者の確保、要救助者の救助、未開の地を探検するポケモンの事です。そういうポケモンは探検隊バッチという高性能なバッチをつけているんですよ。別の大陸には救助を主にした救助隊や、調査を主にした調査団とかありますけどね」

「沢山あるんだな」

 

 気にしていない様子のリフルに少し安堵する。

 

「あれ、あの建物見えますか?」

 

 リフルが指差す先にはプクリンの姿を模した奇妙な建物があった。

 

「あれはプクリンギルドといって、探検隊を夢見るポケモンが弟子入りする場所です。しかし、修行が厳しく脱走するポケモンも後を絶たないとか」

「プクリンって奴が厳しいのか?」

「そういう噂は聞きませんが、不思議なポケモンだという噂はしょっちゅう聞きます。それでも、プクリンは有名な探検隊なんですよ」

 

 あまり凄さが伝わらず、適当に相槌をうっておく。

 

「そのプクリンギルドを過ぎると、トレジャータウンです」

 

 心配そうな表情を浮かべるマリルに気を取られながら、プクリンギルドを過ぎるとトレジャータウンが見えてくる。数々のポケモンがいて、色んな種類の店がある。

 

「じゃあ店の紹介をしますね」

 

 リフルに店について教えてもらう。ポケというお金を預けたり、引き出したりできるヨマワル銀行。ポケでは無く、アイテムを預け、引き出せるガルーラの倉庫。技の連結が出来るエレキブル連結店。どうやらここは留守らしい。宝箱の鑑定を行うネイティオ鑑定所、タマゴの世話をしてくれるお世話屋ラッキー、自身を鍛えるガラガラ道場も同じように留守だ。

 

「最後に、カクレオンの店に行きますよ」

 

 リフルに連れられて1つの店の前に着く。それぞれ体色の違うカクレオンが店番をしているらしい。

 

「ここではオレンの実やリンゴやピーピーマックスが売ってます」

「リンゴは知ってるが…ピーピーマックスって?」

 

 昨日のダンジョン巡りをしている際、俺は徐々にお腹が空いていき、最後には動けなくなってしまったのだ。リフルが最初から知っていたような表情で差し出したリンゴを食べる事によって、腹が満たされたが。

 曰く、不思議のダンジョンでは徐々にお腹が空いていき、最終的には体力が削られていくらしい。それを防ぐ為の食べ物がリンゴらしいが、どうしてそんな大事な事を黙っていたのか問い詰めると、リフルは「身を以て良く知るべきだと思ったので」と悪びれる様子無く言い放った。

 

「ピーピーマックスはPPを回復出来るアイテムですよ〜」

「PPはパワーポイントの略で、技を放つ際に使う力です。それぞれの技にはPPがあって、そのPPが尽きてしまうとその技は使えません。そのPPを回復するアイテムがピーピーマックスです」

 

 昨日のダンジョン巡りではそんな事は無かったが、ダンジョンを巡っていたらPP切れもあり得るということか。

 

「他にはこういうのがあります」

 

 リフルは肩掛けポーチからタネと玉を取り出す。

 

「これは復活のタネ、効果は知ってますね?」

「瀕死状態から回復するアイテムだな」

「はい、しかしこの復活のタネ以外にも様々なタネがあります。食べたポケモンを睡眠状態にさせる睡眠のタネ、食べたポケモンを混乱状態にするフラフラのタネなど、タネによって効果は様々です」

「へぇ、それでそっちは?」

「これは不思議玉です。効果はタネと同様に多種多様ですが、タネは食べることで、不思議玉は掲げることで効果が出ます。不思議玉の方が有用な効果があるものが多いですね」

「そのタネは緑色の私、カクレオン商店が」

「不思議玉の他に技マシンを販売しているのが紫色の私、カクレオン専門店です」

 

 恐らく技マシンは技を覚える為の道具だろう。しかし、リフルに火の粉が使えないように全ての技マシンを覚える事は出来ないだろうな。

 

「どちらもポケを使ってお買い物するんですが…貴方お金持ってないですよね」

「ぐっ…」

「ポケは不思議のダンジョンに落ちている事もあるんですが、オレンのもりには落ちてませんしね」

 

 という事は、ポケが欲しけりゃ別の場所に行けと。

 

「今の貴方のレベルなら、トゲトゲやまとかどうですかね?あそこならポケも拾えますよ」

「よし、トゲトゲやまだな」

 

 リフルの助言に従い、俺はトゲトゲやまに向かう事にした。

 

▼▽▼

 

「…別にリフルが一緒に来る理由は無いんじゃないか?」

「別に貴方と一緒に行っちゃ駄目な理由は無いんじゃないですか?」

 

 特に1匹でいたいというわけでもないし、別にリフルが足手まといになるとは思わないし、構わないけれども。

 

「ところで、どうして俺にこのトゲトゲやまがぴったりだと?」

「正直、トゲトゲやまはさほど強い訳じゃないんですし、貴方強いですけど、知識が伴ってないじゃないですか」

 

 こちらに向かってくるイシツブテに対して、俺は火の粉をぶつける。

 

「伴っていない?一体どんなとこ、グハッ!」

「そーいうとこですー」

 

 全く持って油断していた。倒したと思ったイシツブテの体当たりを思いっきり喰らって吹き飛んでしまった。オレンのもりのキャタピーやケムッソの体当たりより痛いし、重い。

 

「貴方の放った火の粉は炎タイプ。岩タイプのイシツブテには効果は今ひとつです」

 

 俺には気にもとめず、イシツブテは今度はリフルに向かっていく。それに対して、リフルは腕から緑色のボールを発現させ、イシツブテにぶつける。今度こそイシツブテは倒れたようだ。

 

「私のエナジーボールは草タイプで、岩タイプのイシツブテには効果は抜群です」

 

 つまり、タイプ相性というものがあったから、俺の火の粉ではイシツブテを倒し切れなかったという訳だな。

 

「じゃあ貴方の火の粉を私に放つとどうなると思います?」

 

 リフルは恐らく草タイプだから、炎タイプの火の粉を喰らえば…

 

「効果は抜群だろうな」

「加えて、技のタイプと技を使うポケモンのタイプが一致していると技の威力が上がります」

 

 先程のエナジーボールとリフルのタイプは一致しているから技が強くなったのだろう。いや、俺も同じだったんだろうが、そこはタイプ相性のせいで耐えられた感じか?

 

「タイプ相性を理解したところで、今度はあのポケモンに物理的な技で攻撃してみて下さい」

 

 技には相手と接触する事でダメージを与える物理技、相手を遠くからダメージを与える特殊技、自身や相手のステータスを変化させる補助技と例外はあるものの技の性質はこの3つに分けられる。

 俺は二ドリーナに向けて、牙に炎を込め噛み付く。二ドリーナのタイプはわからないが、多分炎タイプでも大丈夫だろう。その予測は当たっていて、二ドリーナは倒れた。しかし、俺の身体中に痛みが走る。

 

「ポケモンにはタイプの他に、特性があります。二ドリーナの特性は、どくのトゲ。接触してきた相手を毒状態させることのある特性ですよ」

「そ、それを試すために…!」

 

 身体中の痛みは動かなければ落ち着いているが、少しでも身体を動かせば、鈍い痛むが全身に走る。

 毒状態に苦しむ俺に、リフルはオレンの実とは別の木の実を差し出した。

 

「モモンの実です、毒状態を回復する効果がありますよ」

 

 モモンの実を一口齧ると、オレンの実では味わえない甘さを感じた。凄く美味しい。

 本当に毒状態を治す効果もあるらしく、先程まで身体を動かす度に走っていた痛みが綺麗サッパリ消えていた。

 

「木の実って凄いな。オレンの実はどんな効果があるんだ?」

「体力を回復する効果です。…あ、着きましたよ、頂上」

 

 そうこう言っている内に、随分とひらけた場所に着いた。ここが頂上なのだろう、しかし随分と荒れている気がするな。

 

「誰か戦ってたんですかね?こんな場所で珍しい」

「それより、リフル。あれはなんだ?」

 

 俺は岩に小さな穴があるのを見つけた。

 

「さあ?私は入れませんし。中には財宝が隠されているとの噂がありますけどね」

「………俺なら入れそうだな」

 

 財宝と聞いて心踊らない訳が無い。俺は嬉々として穴の中に入っていく。中には、なんとも綺麗に輝く金の棒が5つもあった。

 どうですか、と穴の外から尋ねてくるリフルに穴から金の棒を渡し、俺も外に出る。

 

「これ、金塊ですね。こんなところにあるんですね」

「そうだな、使い道も分からないし、記念に1つ残して後は売ろうと思うんだが」

「確かに高く売れそうですけどね…」

 

 リフルの承諾を得た俺はトレジャータウンに戻り、カクレオンのお店で金塊を売ろうとした。

 

「ごめんなさいね〜こちら買い取りが出来ません〜」

「マジか」

 

 買い取りたいには山々らしいが、カクレオンも使い道が無いらしく、無用の長物らしい。

 結局、金塊はリフルの住処に置いておくことになったが、こんなにピカピカで綺麗なのに使い道が無いとはなんとも可哀想な話だ…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 ダンシング・セニョール

「そこのお二方!少し時間頂けますか!?」

 

 もう随分とこの世界に慣れ、毎日のようにダンジョンを巡り、時折トレジャータウンに寄る日々を過ごしていた。そんなある日、リンゴが足りなくなったので、トレジャータウンに行き、リンゴを買って帰宅する所をパッチールに呼び止められた。

 

「俺達の事か?」

「ええ、ええ、そうです、そうですとも。てまえ、パッチールカフェというものを営もうとしている者です」

「パッチールカフェ?新しい店を作るんですか?」

「ええ、どんな店かは開店してからお楽しみという事で…しかーし!開店するにあたって、足りないものがあるのです!」

 

 いちいちオーバーなリアクションをするパッチールに若干引きつつも、俺は問いかける。

 

「足りないもの?」

「はい、それはダンシング!つまり踊り手です!!」

「………………」

 

 何を言っているのかわからない俺はただ口を閉じる。

 

「…その踊り手がいないから、開店が出来ないんですね?それで、私達を呼び止めた理由は?」

「俺達が踊る…訳じゃないだろ?」

「ああ、それもいいかもしれませんね!…しかし、“しずかなかわ”という場所に伝説の踊り手、【ダンシング・セニョール】と呼ばれるポケモンがいるという情報をゲットしたのです!しかし、てまえは他に沢山するべきことがあるのです…ああ、なんて忙しい!そう思っている所に強そうなお二方が現れたじゃないですか!」

「つまり、その“しずかなかわ”にいるダンシング・セニョールって奴に事情を話して、お前の店で働くように話をつければいいんだな」

 

 オレンのもりとトゲトゲやましか行ってない俺としてはそろそろ新しいダンジョンに行ってみたいからな。

 

「…ということなんだが、リフル…」

「しずかなかわですか…そうですね、いいですよ」

 

 リフルに知らないダンジョンに行ってはいけないと強く念押しされている為(しかも破ったら家を追い出すとも言われている)俺自身が鍛錬の為、新しいダンジョンに向かう事は出来ない。しかし、今回はリフルの許可も貰った。正直、ダンシング・セニョールとかいう奴には毛頭興味無いが、新しいダンジョンに行く機会を与えてくれたパッチールには感謝だ。

 

「おお、そうですか!もし失敗しても気にしないでください!」

 

 パッチールも中々良い奴なんだな。

 

「失敗したら、貴方が踊ることになります!」

 

 訂正、こいつは最悪だ。目を見たら本気さが伝わってくる。

 おかげで、俺は失敗の許されない依頼を抱えて、ダンジョンへと向かう事になった。

 

▼▽▼

 

「リフルが許してくれたって事は、このダンジョンは俺のレベルにあっているのか?」

「いえ、正直に言うなら貴方の強さならここのレベルは難なくクリア出来るでしょうね。でも、ここに出るのは水タイプのポケモンばかりなんです。…この意味、分かりますね?」

 

 俺のタイプは炎タイプ、相手は水タイプという事は、俺の放つ炎タイプの技は効きにくいし、相手の放つ水タイプの技はタイプ一致も合わせて、俺には大ダメージだ。

 

「成る程、敢えて不利な状況だからこそか」

「はい、トゲトゲやまのイシツブテも貴方に有効なタイプですが、有効打は持ってませんからね」

 

 少なくとも、酷い目にあうことはあるけれど、リフルの言う事に従っておけば、俺は知識が身についていく。

 そんなことを考えていると、早速臨戦態勢のニョロモが俺の前に現れた。そしてニョロモは泡をこちらに向けて放ってきた。難なくと避け、ニョロモに接近する。そして、近付く時の勢いで体当たりを決めようとする。

 

「危ない!」

 

 体当たりが当たる直前、ニョロモが催眠術をかけてくる。避けれる筈もなく、俺の身体は意識と共に落ちていった。

 そんな意識は、口の中に広がる非常に苦い味わいに叩き起こされた。

 

「にっっっがぁっ!」

「確かに泡を避けるべきですけど、相手の技がわからないうちは不用意に近付かないべきですよ」

 

 俺に食べさせたのであろう、齧られた痕のある木の実をリフルは持っていた。

 

「あのニョロモは、泡といった攻撃技の他に催眠術といった状態異常にさせる技を持っています。睡眠状態を治す木の実がこのカゴの実ですよ」

「ひっどい苦さだな…」

「まあそれで起こすようなものですし」

 

 まだ口の中に苦味が残っている。眠気は完全に吹き飛んだが、口の中の苦味がなんだかモヤモヤする。

 そのせいか、足元を疎かになっていた俺は何かに躓いて、転んでしまう。どうやら不思議玉に躓いたらしい。

 

「そういえば、不思議玉やタネって何がどんな効果なのか分からないんだが、見極める方法ってあるのか?」

 

 転んだ事を無かった事にしたい俺は、立ち上がりながらリフルに問いかける。実際問題気になっていたところだったしな。

 

「本来なら不思議のダンジョンに行くポケモンは皆、鑑定ルーペを持ってます。鑑定ルーペを使えば、どんな種類のタネや不思議玉か分かるんです」

「へぇ、じゃあこの玉は?」

「貴方を転ばし玉です」

 

 嬉々として蒸し返したリフルの頭に前足チョップを決める。

 

「冗談ですよぉ…ひかりの玉です」

「…ん?さっき、鑑定ルーペを使って分かるって言わなかったか?」

 

 チョップされた頭をさすっていたリフルは突然ドヤ顔で胸を張った。

 

「極稀に鑑定ルーペを使わずに判別出来るポケモンもいるんですよ」

「へぇ、そう。それでどんな効果なんだ?」

「………最奥部へと向かう道を照らしてくれます。あまりにも長いと途中までですけど。使う時は閃光を放つので気を付けて下さい」

 

 ほんの少し不機嫌そうなリフルを置いておき、ひかりの玉をしまって先に進む。リフルもそれについて来るが、沈黙が続いていく。

 

「………そのダンシング・セニョールってどんなポケモンなんだろうな」

 

 沈黙に耐えきれなくなった俺はリフルに話しかける。俺の言葉に対して、リフルはジト目のまま答えた。

 

「まさか、ダンシング・セニョールっていうポケモンがいると思っていませんよね?」

「…………………」

 

 すぐさま顔を逸らす。しかし、リフルが俺が向いた方に移動してくる。

 

「まさか、ダンシング・セニョールというポケモンがいるなんて、思っていませんよねぇ?」

 

 じっとりと見つめてくるリフルに観念した俺は顔をしかめる。

 

「貴方、ポケモンの種類についてはちゃんと知ってると思ったんですけど」

「…いや、見かけたポケモンがどんなポケモンかは知ってるんだが…全てのポケモンを知ってる訳じゃ無いからな…」

「それにしてもダンシング・セニョールっていうポケモンがいるってなりますか?」

「もう、勘弁してくれ!」

 

 してやったり顔のリフルを横目に、俺はトボトボと歩いて行く。

 

「…ダンシング・セニョールはルンパッパのルンパにつけられた通り名ですよ」

「ルンパッパね、あー、ルンパッパは知ってるぞ」

「貴方も有名になったら、そんな通り名つけてもらえるかもしれませんよ」

「仰々しい、俺には結構だ」

 

 大分歩いて行くと最奥部らしき場所に辿り着いた。川の1番最上流らしい。綺麗な水が流れる川の端に、話に出たルンパッパがいた。恐らく、ダンシング・セニョールと呼ばれるルンパだろう。

 

「貴方がルンパですか?」

「んん?あんたは…?」

 

 何も臆する事無く、リフルはルンパに話しかける。

 

「私の名前はリフルです。“ダンシング・セニョール”と呼ばれた貴方の力を借りたいのです」

 

 リフルの言葉にルンパは首を振った。

 

「俺は…“ダンシング・セニョール”なんかじゃねえよ…そいつぁ、昔の俺で…今の俺はただの抜け殻だ」

「踊りをやめたんですか?」

「ああ、昔の俺は踊る事が大好きで、踊る事しか考えてなかった…けど、ある時不意に、俺は俺の踊りに価値を見出せなくなったんだ…」

「うーん、困りましたねぇ」

 

 リフルが俺の方を向いて首を傾げる。ルンパを説得出来なかったら、困るのは俺達だからな…。

 

「貴方は自身の踊りの価値を見出せなくなったって言いましたが、それはどうしてですかね?私も貴方の踊りは見た事はありますが、並大抵のポケモンじゃ真似の出来ない美しさでしたよ」

「俺には華がねえんだよ…だから、何の用かは知らねえが、俺はちからになれねぇ…諦めな」

「いや、それは違うな」

 

 黙って話を聞いていた俺だが、我慢できなくなって声を出す。

 

「俺達はお前を連れてこいとしか言われてないからな」

「…言われてますよ、というか自分で言ってますよ」

 

 リフルが小声で何かを言ったが、聞こえないフリをしておく。

 

「だから、引きずってでも連れていく」

 

 ルンパに対し、俺は火の粉を放つ。突然の行動に驚いたルンパは火の粉を喰らうが、ダメージは然程無さそうだ。

 

「て、テメェ…いいだろう!テメェが俺に勝つ事が出来たら、どこまでもついてってやらぁ!だが…テメェが負けた時は覚悟しとけやぁ!」

 

 ルンパは俺にバブル光線を放つ。水タイプの技は俺に不利だ。ルンパの次の動きにも注意しつつ、俺はバブル光線を避ける。しかし、避けた瞬間にルンパは既に俺との間合いを詰めていた。

 

「速っ…」

「オラァ!」

 

 ルンパの速さに翻弄された俺はしねんのずつきを喰らう。水タイプの技ではないから、ダメージは然程では無いが、地面に叩き落とされた俺に向け、ルンパは再びバブル光線を放とうとする。避けようにも、俺の身体を足で踏みつけ、動けないようにされている為、避けられない。

 絶体絶命、そんな状況の俺に、ルンパは勝利の笑みを浮かべる。

 

「油断はするなと、散々言われているんでな!」

「なっ!」

 

 ルンパの顔の前で、動く前足で柏手(柏足?)を打ち、ルンパが怯んで俺が動けるようになる。怯んでいる隙に、蹴りを与え、間合いを取る。

 

「猫だまし、か…!」

「御名答」

 

 バブル光線は放てなかったのに、一泡吹かされたルンパは心底怒りの瞳でこちらを睨みつける。

 

「ならば、こっちも本気だ!!」

 

 ルンパは天に手を掲げる。すると、雨が降ってきた。

 

「雨乞い…」

「テメェが攻撃出来るチャンスは、もう無い…」

 

 そう言うとルンパの姿は一瞬で消える。

 

「後ろです!」

 

 リフルの声のお陰で、後ろに回り込んでいたルンパの攻撃を避ける事が出来た。しかし、既にそこにはルンパの姿が無くなっていた。

 

「…特性、すいすいでしょうね。雨の時に素早く行動出来ます。ルンパはただでさえ速いのに加えて、すいすいも加わったら…」

 

 リフルの言葉を耳で流し聞きながら、俺はルンパをどうにか捉える方法を模索していた。今、この時もルンパは俺を攻撃しようと…

 

「正面がガラ空きだぜ」

 

 水を纏ったルンパが俺に正面から突撃してくる。正面からという不意をつかれた形だったが、避ける事は出来た。しかし、体勢を崩した俺は、Uターンして戻ってきたルンパの滝登りを避ける事が出来なかった。

 身体中に激痛が走り、無様に地面に転がる。意識も朦朧としてきた。

 

「で、お前も俺と戦うのか?」

「…いえ、私は戦いませんよ。まだ決着がついていませんし」

「トドメを刺せって事かぁ?残酷で冷酷だねぇ、まあいい」

 

 倒れた俺にルンパは近寄ってくる。1歩、2歩…ここだ!

 

「お前に喰らった攻撃…全て倍返しにさせてもらうぞ…!」

 

 全身全霊の力で、ルンパに突撃する。俺の喰らった滝登りのダメージ、それを2倍にして返す技リベンジ!

 

「レアな技を覚えてますよね、貴方」

 

 リベンジを喰らったルンパが倒れてるのを確認し、満身創痍な俺も倒れる。意識はとっくに無くなっていた。

 

▼▽▼

 

 あの後、リフルによって俺達は治療された。ルンパ自身が、やられた上に治療もしてもらった以上、負けを認めると言ってくれた。…確かに引き分けみたいなものだったしな。

 

「…だが、俺が力になれるかわからねえぞ」

「いえ、単純ですよ。貴方に華が無いなら、華を持たせればいいんです」

 

 リフルの言っている意味がわからず、首を傾げる俺達に何匹かのキレイハナが寄ってきた。

 

「貴方がダンシング・セニョールと呼ばれたルンパさんですね!?」

「貴方と一緒に踊れるなんて光栄です!」

「これから一緒に頑張りましょう!」

「お、おい、これは一体どういう事だ!?」

「ですから、貴方が華が無い華が無いっていうんで貴方達がぐっすりスヤスヤしている間にわざわざ連れてきたんですよ。綺麗な華ことキレイハナ。勿論、踊りに関しても大丈夫です。どうです、これで華が無いとは言わせませんよ」

 

 こじつけみたいな理論だが、それを気に入ったのかルンパは大きく笑った。

 

「そこまでされちゃあ断れん!このダンシング・セニョール、ルンパ!力になってやろう!!」

 

 そうして、ルンパにもパッチールにも感謝された俺達だが、ここである1つの問題が浮上したのだ。

 

「ナイスなガッツを見せてくれたお前さん、名前はなんて言うんだ?」

 

 そう、俺の名前である。リフルも俺の事を貴方と呼ぶ故、リフルに俺の名前を聞かれた事が無い。しかし、俺自身は自分の名前を覚えていないのだ。

 

「本当に親しいポケモンしか名前で呼びませんしね、私…」

「だが名前が無いってのは困るもんだろ?」

「私のように種族名で呼ばれるポケモンもいますけどねぇ〜」

 

 お試しパッチールのカフェで作ってもらったリンゴジュースを飲みながら、俺達は俺の名前について悩んでいた。

 

「よし、じゃあ戦った俺が名付けてやろう!」

「変な名前はよして下さいね」

 

当のポケモンを差し置いて、どうやらルンパが名前を付ける事になったらしい。

 

「お前の名前は…ビートだ!」

「いいんじゃないですか、それで決定ですね」

 

 俺の意見を聞かず、俺の名前が決まってしまった。しかし、ビート、中々良い名前だと俺も思う。

 

「それにしても、お二方に頼んで良かったですよ〜。探検隊か何かですか?」

「いや、俺達は探検隊じゃ無いんだが…」

「えー!勿体無い!貴方達なら、どんな依頼もこなせそうなのに!」

 

 後日、パッチールのカフェが開店した。その時に、一部のポケモンにパッチールが俺達の事を話したらしく、リフルの住処に時折依頼の手紙が届くようになった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

chapter2 レガリアとして
第4話 探検隊レガリア


 事の発端は、リフルの住処に届いた手紙だった。パッチールのカフェの店主、パッチールの野郎が俺達の事を店に訪れるポケモンに話を尾ひれをつけて話す所為で、毎日のように探し物や救助の依頼の手紙が届くのだ。

 勝手に勘違いし、勝手に依頼してきたのだから依頼を受ける義務は無いのだが、やはり無下に出来る訳もなく。俺の鍛錬にもなるし、色んなダンジョンにも行けるから(しかしやっぱりリフルの許可が必要だから然程行っている訳ではない。ちなみにリフルの許可が降りなかった場所はリフルが1匹で依頼を遂行してしまう)俺としてはありがた迷惑ありがた多めって感じだ。

 それに依頼と行っても、無茶な依頼をしてくるポケモンもいないし、お礼として色々もらえるし、別に良いかと思っていたのだが…

 

“ボクはあくのだいまおう!君たちのかつやくは聞いているよ!そんな君たちにボクのまりょくの元であるセカイイチをりんごのもりでとってきて欲しいんだ、たくさんほしいなぁ。もちろん、とってきてくれたらお礼もするよ! プクリン”

 

 見ていて頭が痛くなる内容だった。文頭のあくのだいまおうというインパクト、そのくせに依頼の内容はセカイイチを取ってきて欲しいという見当違いな依頼。そして極め付けは自分の正体を書いてしまう阿保さ、しかもそれがかのプクリンギルドの親方。

 

「…どこからツッコめばいいんだ?」

「私はあくのだいまおうと言いつつ自分の正体を明かしてしまう間抜けさですかね」

 

 俺達の活躍があのプクリンに伝わっている、というのは嬉しい所はあるけれど、何もこういう形で出会うのは嬉しくもなんともない。

 

「…が、折角のあのプクリンの依頼だ。無視する訳は無いだろう?」

「ええ、そうですね。場所もりんごのもりなら、良いですかね」

 

 何故だか少し不満そうな顔をしているが、ともあれ依頼を成功すれば、俺はきっとさらなるダンジョンへと行けるはずだ、頑張らない訳がない。

 

▼▽▼

 

 私が彼、ビートが勝手に色んなダンジョンに行く事を禁じているのは何も彼が弱いからとか、そういう訳ではない。

 彼が目覚め、人間であると言い放ち、理路整然と私に説明していた時、彼は聡明であると私は感じた。加えて、ポケモンになってしまった混乱があるはずなのにそれでも彼は冷静だった。

 しかし、不思議のダンジョンというものを知った彼は意気揚々と毎日のようにダンジョンへ出かけるのだ。彼は鍛錬目的だと言って、鍛錬にもなりやしないダンジョンを、私の言い付けを守って、鍛錬に向かっているのだ。一周回って馬鹿なのだと思う。

 そんな彼が私に新しいダンジョンに向かっていいという許可が降りた時、非常に嬉しそうに、非常に興味津々な様子でダンジョンへと向かうのだ。勿論、今まで教えた知識を基がしっかりしているのはいい事なのだが。

 ダンシング・セニョールことルンパと戦った時の彼は、いつもより漲ったようにみれた。大ダメージであろう滝登りを喰らったあの瞬間でも、彼は強敵と戦える嬉しさの笑みを崩しはしなかったのだ。

 だから恐ろしい。彼の目の前に自分より強い者が現れてしまったら、きっと彼は負けるとわかっていても勝負を挑んでしまうのだろう。きっと彼は私が許可していないダンジョンの数々を1匹でも制覇する事は出来るだろう。現に、りんごのもりを1匹で向かわせているし。しかし、未開の地に蔓延る強敵に出会ってしまったら彼は戦ってしまう。戦うだけしか選択肢にない。

 だから私は許可しない。彼が圧倒的な力を手に入れるか、あるいは逃げるという選択肢を手に入れるまでは。

 

「私は私で、もう1つの依頼を受けておきましょう」

 

 プクリンの依頼とは別のもう1つの依頼。彼が見つけてしまったらきっと彼はこちらに興味を抱く筈だから、私は隠しておいた。

 

“突然、トレジャータウンで噂になった君達の強さを知りたい。もし、君達にその気があれば、あんやのもりに来てくれ、いつでも待っている。 レイダース”

 

 かの有名なプクリンギルドの親方の依頼に加え、あの伝説の探検隊レイダースからも依頼が来てしまった。私達はそんなに有名になったつもりはないのだけど。

 

「…だけど、あのレイダースの依頼、無視する訳にはいかないです、ってね」

 

▼▽▼

 

 ダンジョンの敵を倒し、アイテムを拾いながらセカイイチがあるという最奥部を目指していた俺は、突然目の前に現れた3匹衆に呼び止められた。マニューラ、アーボック、ドラピオン。

 

「そこのあんた、あんたの持ってる食糧をちぃーーーっとばかし、いただきたいんだ」

 

 邪悪な笑みを浮かべ、近寄ってくるマニューラに、俺は猫騙しを決めた。

 

「ひっ!?」

「倒れそうな奴にならまだしも、バッグの中から大量の食糧が見える奴らに譲る食糧は無い!」

 

 怯んだマニューラに火炎放射を放つ。しかし、俺の火炎放射はアーボック自身が盾になることで防がれてしまった。

 

「なかなか良い度胸じゃないか…アタシ達、MADを怒らせたんだ…覚悟しろよ!」

 

 3匹が俺を取り囲む。全方向に注意していないと、ヤバそうだな。

 

「凍える風!」

「泥爆弾!」

「クロスポイズン!」

 

 息のあった3匹は俺に同時に技を放つ。避けられる筈もない、3匹の技は俺に直撃…

 

「身代わり」

 

 身代わりに技を受けさせ、近くにいたドラピオンに回避不可能な火炎放射を放つ。身代わりで敵の注意と技をそらし、死角から攻撃する。避けられない火炎放射にドラピオンはダメージを喰らう。顔振りからまあまあのダメージだ。

 そしてすぐに距離を取って次の攻撃に備えようとしたが、俺はその場から動けなかった。

 

「へっへっへっ…持ってて良かったぜ、このリボン…」

 

 ドラピオンは何かのリボンを見せびらかす。

 

「冥土の土産に教えてやるよ、こいつが持ってんのかスコルピのリボン、非常にレアなリボンなんだけど、こいつと進化前のスコルピしか効果が無いんだ。しかし、その効果は近くから攻撃してきた相手を影踏み状態…つまりその場から動けなくさせる効果があんだよ!」

 

 専用装備、そんなものもあったのか。それだったら火炎放射を遠くから放てば良かった。だけども後悔している暇はない。身代わりも体力を削るからあまり使いたくはない…

 

「まずはお返しだ、どくどくのキバ!」

 

 どくどくのキバを喰らい、毒状態にさせられる。モモンの実を食べなくては…!

 

「おおっと、させないよ。さしおさえ!」

 

 マニューラがそう言うと、モモンの実が入っているバッグからアイテムを取り出せなくなる。アイテムを使用させなくする技か、今の状況じゃ非常に不味い…

 

「俺はかみなりのキバで」

「俺はどくどくのキバで」

「じゃああたいはメタルクローで、ジワジワと嬲ってやろうじゃんか!」

 

 再び3匹同時の攻撃、しかし先程とは違って身代わりは使えない。3匹の攻撃を同時に喰らい、身体中の痛みに耐えながら、俺はただ機を待っていた。

 

「………下衆共が」

「あぁ?なんか言ったか?」

「…この下衆共が、と言った」

 

 目に見えて、怒りの表情をする3匹。

 

「どうやらもっと…痛い目をみたいようだね!!」

 

 芸がないのか、またまた3匹同時に襲いかかる。それが俺の策略とは知らずに。

 

「リベンジ!!」

 

 身体から出てきた衝撃波が3匹を貫く。そしてリベンジを喰らった3匹は地面にひれ伏す。どうやら倒したようだ。さしおさえの効果も影踏み状態も治っている。モモンの実とオレンの実を齧って、3匹を放っておき、先へと進む。

 

「あんたの顔…覚えたからな…」

 

▼▽▼

 

 りんごのもりの最奥部にある木に、セカイイチと思われるりんごが生っていた。セカイイチは傷が付いてしまうとそこから旨味が逃げやすく、出来れば綺麗な状態で収穫するのが望ましいらしい。例えば、木を揺らして落とすなどそういうやり方はあまりよろしくはない。

 幸い、俺は身軽だし、木登りも得意だ。さっさと収穫して帰ろう。木に登ってみると、案外沢山ある。確かプクリンは出来れば沢山欲しいと言っていたから、取れるだけ取っておこう。

 しかし、もしかしたら他にセカイイチが欲しいポケモンが来るかもしれないから4、5

匹分のセカイイチは残しておくようにしておいた。

 

「さて、帰るか」

 

 帰り際、りんごのもりに向かっていくポケモン達がいたから、俺の判断は正しかったと言える。後はセカイイチをプクリンに渡せば、依頼達成だ。

 

▼▽▼

 

 沢山のセカイイチを持って、一旦住処に戻るとリフルがいなかった。プクリンのギルドに1匹で行くのもなんだか恥ずかしいし、リフルの帰りを待っていると夜になってしまった。

 

「おかえり…って、リフル、お前怪我してるぞ」

「ただいまです、それは貴方も同様でしょう」

 

 互いに怪我している場所を治療しながら、俺はバッグの中にパンパンに入ったセカイイチを見せた。

 

「ほら、これをプクリンに渡せばいいんだろ?」

「ええ、そうですね」

 

 大分遅くなってしまったが、俺達はプクリンにセカイイチを届けるため、プクリンのギルドに向かった。

 

「………どうやって入るんだ?」

「さあ?私も入ったことありませんから」

 

 入り口の前の地面に、変な格子があるのも胡散臭いし、とりあえずは建物をグルリと一周してみようと思う。

 

「何もないですね」

「そうだな…うっ」

 

 先程の痛みがいきなり現れ、俺はバランスを崩し、横に倒れる。横には崖、俺はそのまま崖から落ちていく。

 

「うわああああああ!?!?」

「何やってるんですか!!」

 

 何故か共に落ちているリフル。よく見ると、倒れた時にどうやらリフルのポーチを一緒に掴んでいたようだ。

 

「くぅっ!」

 

 偶然にも凹んでいた部分に俺は掴めた。

 

「…どうするんだ、この状況…」

「貴方の前足の片方は私のポーチ、もう片方は掴んでいますしね」

「リフルの蔦はどうだ?草タイプだし、出せるだろ?」

「ええ、出せますよ、普段ならね」

「…普段?」

「諸事情により、今は出せません」

「ど、どうすればいいんだよ…!」

 

 徐々に掴む手も疲れてきた。このままじゃ、落ちてしまう。

 

「こっちからセカイイチの匂いがする!」

 

 奇妙な声に奇妙な台詞。どうやら凹んだ部分は、プクリンのギルドの窓の部分だったらしい。そこから、親方のプクリンが顔を覗かせてた。

 

「あっ!君達はリフルとビートだね!君達の活躍は聞いてるよ〜」

 

 今にも落ちそうな俺達に何にも驚くことなく、朗らかに言うプクリンに一瞬脱力しそうになった。

 

「とりあえず、依頼のセカイイチは持ってきたんで、引き上げてもらえますか?」

「セカイイチ!?いいよ、引き上げる!」

 

 そう言ってプクリンが俺の手を掴むと、全く力んだ様子も無く、俺達を引き上げた。引き上げられた場所はどうやら誰かの部屋らしい。

 

「それで、セカイイチは!?」

「………これです」

 

 非常に満面の笑みでセカイイチを受け取るプクリン。そしてそのセカイイチを頭の上で回し始めた。

 

「ルン♪ルン♪セカイイチ♪」

「………なんだか、どっと疲れたな」

「………そうですね」

 

 さっさと家に帰って寝てしまおうと思い、この場からさっさと出ようとした時、部屋の扉が乱暴に開かれた。その瞬間にセカイイチを頭の上で回してたプクリンはそのセカイイチを口の中に放り込んだのを俺は見逃さなかった。

 

「親方様!………って、あんた達誰だい?」

「私の名前はリフル、そしてこちらがビートです」

「これはご丁寧にどうも。…いや、そうじゃないよ!」

 

 部屋に入ってきたペラップは俺達に声を荒げて言った。

 

「ここの弟子達ならまだしも、知らない奴らがどうして親方様の部屋に入っているんだい!ねえ、親方様!?」

「ムグ…ムグムグ…」

「………親方様?まさか、またセカイイチを摘み食いしてるんですか…?」

「ムグッ!?」

 

 口の中にセカイイチを入れたまま、なんとも間抜けな顔をしたプクリンは否定するように首を振る。…いや、騙せないだろ、普通。

 

「私達はそこのプクリンにセカイイチを取ってきてほしいと頼まれたんですよ、この手紙で」

「えっ?どれどれ……………………………………親方様ァーーーーー!!!!」

 

 リフルから手紙を見せてもらったペラップはついにはプクリンに渡した残りのセカイイチを奪い取った。

 

「ムムググ!!」

「親方様がセカイイチを摘み食いするからセカイイチ不足が起きるんですよ!今日も結局は失敗してるけど、リーブイズが取っていったし、ドクローズの皆さんにも取ってきてもらってるのに、どうして外部のポケモンの力を借りるんですか!!」

「多分、内部だとすぐバレるからと考えたんじゃないですかね?」

 

 リフルの言う通りだとは思うが、結局はバレてしまってる。せめて受け取り場所を他の場所にすればよかったのに。

 一通り説教をし終わったのか、ペラップはバツの悪い表情でこちらに振り向いた。

 

「そのー、なんだ。今回は有難く貰っておくが、もし次回同じような手紙が届いたら無視してくれ」

「………ペラップのケチ」

「それと、今回の分も一応お礼をしておこうと思う。思い出したんだが、お前達は最近巷で話題になっているらしいな」

「言うほどでもないですけどね」

 

 しかも原因がパッチール。

 

「それでお前達の所に依頼がしょっちゅうくるとかなんとか」

「まあ毎日1、2通ですけど」

「それらを全部、このプクリンのギルドの掲示板に載せるようにしておく。それとお前達の出入りも可能にしておく。そうすればお前達の都合で依頼がこなせるはずだ」

「加えて、親方様の変な依頼を受けさせなくて済むと?」

「…そうだ」

 

 しかし、願っても無い話だな。毎日ようにくるから、それに時間が潰されてしまうのが少し煩わしかったんだが、そうなれば俺達が俺達のタイミングで依頼を遂行出来る。

 

「そうですね、御言葉に甘えさせていただきます」

「じゃあ僕からも!」

 

 セカイイチを食べ終わったプクリンは何かを取り出した。

 

「…これは?」

「これは探検隊キット。バックは君達は持ってるから説明はいらないよね。不思議な地図は君達が行ったことのあるダンジョンが記されるよ!そしてこの探検隊バッチはつけていれば、色んな恩恵が受けられるんだ」

「それ、実質私達に探検隊になれって言ってますよね?」

「そうだよ?」

「…いいんじゃないか、少なくともデメリットは無さそうだし」

「ま、そうですね」

「うん、じゃあ探検隊の名前をビシッと決めてよ!」

 

 …探検隊の名前だと?…そういえば、途中絡まれたあいつらもMADとか名乗っていたな。

 

「私はそういうの興味無いんで、貴方がお願いします」

「えっ!?あっと…そうだな…」

 

 適当に脳内に浮かんだ単語で良さそうなもの…

 

「レガリア、でどうだ…?」

「いいと思いますよ、言い易いですし」

「レガリアでいいんだね?行くよ、登録登録…タァーーーーー!!」

 

 パッチールの依頼から、まさか探検隊をするようになってしまった俺達。この先一体どうなってしまうんだ…?

 とりあえず、パッチールは1発だけ殴っておく。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 対決、ジュプトル

 懐かしい夢を見た。

 私が生まれて間も無く、鳥ポケモンに連れ去られ、そしてこの場所に落とされ、あのポケモンと出会った時の話だ。

 落とされた場所はまだ未踏の地であった温泉だった。その為無事だったのだが、そのせいか今もあまり水は好かない(草タイプなのに)

 温泉に落とされた私はただ温泉に浸かりながら、空を眺めながらボーッとしていた。何をすればいいか、そんな事幼心でわかる訳あるまい。

 雲の動きを眺めて数時間。いい加減、身体もふやけそうだったので、温泉から出て、何の当てもなく歩き出した。その時はポカポカとしたいい天気で本当に良かったと思う。

 歩き続けると、1つの村に着いた。決して裕福では無いが活気のある良い村だった。お腹の空いた私は、畑に生えてあるオレンの実を見つめながらも、それを食べるという事はしなかった。

 しかし、ここ数時間何も食べずに動いている私に限界が訪れたようで、私はその場にへたり込んでしまう。キューっと言うような腹の音にただどうしようもない感覚が限りなく嫌だった。

 

「そこのお嬢さん、どうしたのかな?」

 

 動かない事でカロリーの消費を抑えようと幼いながらも考えついた私に、誰かが話しかけたのだ。もう随分昔の話で、私はそのポケモンがどんなポケモンだったかは靄がかかったように思い出せない。

 

「………」

「…成る程、お腹が空いているんだね?」

 

 その時の私は言葉を完璧に理解出来ていなかったから、そのポケモンの言葉にただ反応して向いただけで、何を言っているのかはさっぱりだった。しかし、それでもそのポケモンは私が空腹で動けない事を理解し、大きなリンゴを差し出したのだ。

 私にくれたものだ、そう理解した私は大きなリンゴを齧る。空きっ腹にも刺激を与える事のない丁度良い食糧だった。

 

「君はどこから来たのかな?」

 

 リンゴを食べ終えた私に、笑顔で話しかけるそのポケモン、純粋に私の事を心配してくれていた。だけども、私はそのポケモンの言っている事は分からない。

 

「埒があかないなぁ」

 

 少し困ったような顔でそのポケモンは私の頭を撫でた。暖かい手で、落ち着いた私は糸が切れたように意識を失った…

 

▼▽▼

 

「おそようだな、リフル」

 

 目を覚ますと私の枕元でこちらを見下ろすビートがいた。

 

「おそようって…まだ朝じゃないですか」

「リフルにしては、だな」

 

 夜明けと共に目を覚ます私にとってはとうに日が昇っている今の時間に起きるのは確かにおそようとも言えるかもしれないけれど。

 

「それで、今日はどうするんだ?お尋ね者でも捕まえに行くか?」

 

 朝には似つかわしくないテンションでビートはこちらを見つめる。

 

「…いえ、今日は無理ですよ」

 

 先日、パッチールのカフェで聞いた話だけども、プクリンのギルドは本日遠征に向かうらしい。プクリンのギルドではちょくちょく遠征に向かって行くのは知っていたが、今回はどうやらギルドのメンバー全員で行くらしい。

 前回や前々回などは、遠征のメンバーに選ばれなかったその他の者はトレジャータウンのガルーラに愚痴っていたりと、中々の沈み具合だったが、今回は全員という異例の自体で留守番するメンバーもいない為に、遠征中はプクリンのギルドは出入り不可となっている。

 その為、トレジャータウン周辺を拠点とする者は依頼を受けるのが少々面倒になる。だから、今日は依頼を受ける事は出来ないのだ。

 その事実を知ったビートは、まるで遠征のメンバーに選ばれなかった者並みに沈み込んでしまった。目を覚ましている内はダンジョンに行こうダンジョンに行きたいと言うビートには、酷な現実だろうけど。

 

「…じゃあ、新しいダンジョン行きます?」

「本当か!?」

 

 まぁ目を輝かせてはしゃいじゃって本当に…。

 

「いつしか、この世界の3大タブーについて話した事がありますよね?」

「ああ、1つはポケモン殺しだったな」

「今日は残りの2つの内、もう1つをお話ししましょう。さ、キザキのもりにいきますよ」

 

 アイテムの詰まったポーチを肩に掛け、私達はキザキのもりへと向かう。

 外に出ると、天気は生憎大雨だった。

 

▼▽▼

 

「よいしょっと…」

 

 ヘルガーが消えたのを確認し、俺はホッと一息をついた。

 

「炎技を無効化してきた時はヒヤリときたな…」

「雨が降っているとはいえ、ヘルガーは炎悪タイプですし、私はあまり戦いたくない相手なんで、もらいびを発動させないで下さいよ」

 

 リフルからの非難の顔を受け流しながら俺達は再び進み始める。敵も一筋縄ではいかなくて、大変だが手応えがあるとやはり楽しいな。

 しかし、雨が降っていると炎タイプの技の威力が低下してしまうとは…また1つ勉強になったな。

 

「そういえば…」

「…なにか?」

「セカイイチを取りに行った時、食恐棒に絡まれたんだが」

「食糧恐喝泥棒の略称ですか?…続けて下さい」

「その時、ドラピオンって奴が、変なリボンを持ってたせいでちょっと窮地に陥った訳なんだが…あれってなんだ?」

「………………………」

 

 リフルは俺の言葉の意味を解析しようと少し押し黙った。

 

「………スコルピのリボンですね。スコルピ、ドラピオンが持った時のみ、近くから攻撃した相手を影踏む状態にする効果がある道具です。…それを聞きたい訳じゃないんですよね?」

 

 リフルの言葉に俺はコクリと頷く。それは聞いた。

 

「専用装備というやつですよ。手に入りにくいし、手に入っても自分には無意味な物という可能性もあります」

「俺の専用装備もあるのか?」

「さあ?少なくとも、私も私の専用装備なんて聞いた事無いですし、無いポケモンもいるんじゃないですか?」

 

 不意打ちしてきた相手に大ダメージを返すとか、状態異常になると攻撃力が滅茶苦茶上昇する、とかあったら嬉しいんだが…

 

「閑話休題です、目的地に着きましたよ」

 

 リフルは俺の方に振り返り、とある方向に指をさした。リフルの指差す先には、幻想的な歯車と不思議な紋様が宙に浮かんでいた。

 

「………………あれは…?」

「あれは、時の歯車と呼ばれる物です」

「時の…歯車…」

「ここら一帯の時を守る歯車…それ故、この歯車を取ってしまうと…」

「ここら一帯の時が止まると」

 

 リフルは大きく頷く。

 

「だから、どんなに悪いポケモンでもこの時の歯車は取りません」

「そして、この歯車を取る事が3大タブーの内の1つだという訳だな?」

「はい、そうです」

 

 リフルはそう言うと、俺を近くの茂みに押し込んだ。突然の事で何が何だかわからなかった俺は、リフルのされるがままだったが、正気に戻った俺は茂みから飛び出そうとした。

 

「…駄目です」

 

 それをリフルは俺を再び押し込み、リフルも茂みに潜り込んだ。

 

「誰かが近付いてきてます。やましい事は何も無いですけど、一応隠れておきましょう」

 

 耳を澄ませると、確かに何者かがこちらに近付く音が聞こえる。リフルの意図がわかった俺は、茂みの中で息を潜めていた。

 少し経つと、ジュプトルが姿を現した。そのジュプトルは時の歯車を見つけると、口角を上げて、嬉しそうな顔を浮かべた。

 

「これが…時の歯車…」

 

 そう言うとジュプトルは驚くべき行動を取ったのだ。

 

「これで、1つ…!」

 

 時の歯車に手をかけ、時の歯車を取ろうとしたのだ。しかし、その瞬間にジュプトルの手をエナジーボールが弾く。

 

「………貴方、何をするつもりですか?」

 

 いつの間に飛び出していたリフルはジュプトルと対峙していた。奇襲に少々ダメージを負ったジュプトルだったが、リフルを見ると戦う構えを取った。

 

「…ふん、やはり簡単には取れないか」

「時の歯車は時を統べる重要な物、例え何者だろうと、取らせはしません!」

 

 リフルはジュプトルとの間合いを詰め、素早い手刀を繰り出した。ジュプトルはリフルの手刀を受け止め、そのまま投げ飛ばす。投げ飛ばされたリフルは空中で体制を整え、大量のエナジーボールを宙に浮かばせる。

 

緑の流星群(グリーン・スターダスト)!」

 

 リフルが緑の流星群と言った技は、エナジーボールを大量に発現させ、そして全てのエナジーボールを相手に叩き込む技…なのだろうか。…型に嵌っていた俺の技じゃ、思いつかなかった事だし、リフルの戦いを見るのも初めてだ。茂みの中で俺は観戦しておこう。…多少、疑問があるしな。

 エナジーボールがジュプトルに着弾する、直前。ジュプトルは全てのエナジーボールをリーフブレードで叩き斬ってしまった。リフルの強さは未知数だが、ジュプトルもリフルと同様…どころかそれ以上という可能性もある。

 あらぬ方向に飛んでいったエナジーボールが、木々を倒し、葉を散らす。葉っぱがジュプトルの姿を隠し、次の瞬間にはジュプトルの姿が消えていた。リフルは一瞬、時の歯車の方を見る。確かに、ジュプトルの狙いは時の歯車、今の隙に盗むのかもしれない。そう思ったリフルや俺を嘲笑うかのように、穴の中から出てきたジュプトルがリフルに電光石火を決める。ジュプトルの勝利は明白…

 しかし、リフルの幾重にも重なる策略にはジュプトルは勝てなかった。リフルが時の歯車を見た瞬間、最も警戒が薄くなるであろう自分の真後ろにばくれつのタネを放り投げていたのだ。

 

「グハッ!」

「ばくれつのタネ、見えなかったんですか?…ああ、穴に潜ってましたもんね」

 

 爆発をモロに喰らったジュプトル、ダメージはなかなかのものだ。しかし、足元は若干ふらつきながらも、ジュプトルは戦う意志を失っていない。

 

「俺は…ここでやられる訳にはいかないんだ…」

「そうですか、ですがお生憎様御愁傷様です」

 

 ジュプトルにエナジーボールを放り投げ、ダメージを喰らっていたジュプトルはそれで地面に伏してしまう。それに対し、リフルはトドメと言わんばかりに尻尾を叩きつけようとする。

 それを俺は受け止めた。リフルだけではなく、倒れたジュプトルも、俺の登場に驚いている。

 

「何をしているんですか!そいつは時の歯車を取ろうとした重罪ポケモンです!!タダじゃ、済ませられません!」

「ああ、だからだ。だからこそ、おかしく感じないか?」

 

 いつになく焦った表情のリフルとは対照に、俺は冷静に話を進めていく。

 

「取ってしまえば、周辺一帯の時が止まってしまう時の歯車。だから誰も取ろうとはしない…そこまで危険な物だと、わかっているはずだ。それなのに取ろうとした…ということは、何かあるのかもしれないぞ」

「ですが…どんな理由があろうと、時の歯車は…」

「リフルの言い分だってわかるさ。だが、こいつにだって言い分はあるはずだろ」

 

 俺はジュプトルにオレンの実を差し出す。

 

「だから、教えてくれないか?お前はどうして時の歯車を取ろうとした?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 信じ切れない話

 森が鳴き、雨が地面を叩く。風が吹き、葉っぱが騒めく。耳障りな音楽を鳴らすキザキのもりで、俺達は静かに時間を過ごしていた。

 ジュプトルは俺の差し出したオレンの実などには目もくれず、俺の瞳を射抜くようにずっと見つめていた。ジュプトルの瞳には、迷いが見て取れた。

 

「………安心してくれ、お前がどんな事情があろうと、俺達は並大抵の事情じゃあ驚かない」

「………………………………わかった、話そう」

 

 決意したようにジュプトルは俺が差し出したオレンの実を受け取り、一口齧った後に続けた。

 

「信じられないと思うが、俺は未来から来た」

「へぇ、そうですか」

「………あまり驚かないんだな」

「まあ、突拍子の無い話はとうに経験済みですからね」

 

 話に加わったリフルはチラリと俺の方を見た。確かに、未来から来たという話も、元々人間だという話も突拍子もなく、信じ難い話だよな。

 ジュプトルは少し不思議そうな顔をしたが、話を続けた。

 

「…俺達のいた未来の世界は滅びてしまっているんだ」

「滅びている…?」

 

 リフルの表情が曇る。まるで、知っていたかのように。

 

「未来の世界では、日が昇らず、風も吹かず、昼も無く、夜も無い。まさに、時が止まった世界だ」

「時が…止まる」

 

 リフルも同じ事を考えついたようで、俺達は時の歯車に目を向ける。

 

「時の歯車が全ての場所で、取られてしまったのか?」

 

 ジュプトルは静かに首を振る。違うとは思ったさ、ジュプトルが時の歯車を取ろうとした意味が繋がらないからな。

 

「遠くない未来、時限の塔が崩壊する。その影響で、各地の時が止まっていくんだ…」

「時が止まるって…時の歯車は…!?」

「時の歯車を統べる大元の時限の塔が崩壊してしまうんだ」

「時の歯車もそれに伴って、崩壊する…」

「それ故に、未来世界の時は止まってしまう」

 

 にわかには信じ難い話だ。

 

「それでどうして時の歯車を集めているんだ?」

「崩壊しつつある時限の塔に時の歯車をおさめると、その崩壊は食い止められるんだ」

「しかし、時の歯車を取ってしまったらそこら一帯の時は止まってしまいますよね?」

「ああ、確かに止まる。だが、時限の塔に時の歯車をおさめれば、時もまた動き出す。一時的なものだ」

 

 リフルは顔を顰めて考え込む。無理もない、正直ジュプトルの話を聞こうといった俺もあまりにも荒唐無稽な話だ。

 

「だが、その話が創り話だったとしたら、考え得る事はジュプトルは世界を時の停止に追い込もうとしている…という事になるが…」

「それは、無いと思いますね」

 

 未だジュプトルの事を信じ切れていないリフルだったが、そこだけはすぐさま否定した。

 

「ジュピタと私は刃を交えて」

「ジュピタって俺の事か…?」

 

 リフルは勝手にアダ名を付ける事がある。プクリンのギルドのペラップをペップーと呼んだりしてるし。

 

「絶対に負けられないって意志を感じました、まあ私が勝ちましたけど」

 

 ジュピタの顔が引き攣る。いつもながらリフルは痛い所を突く。

 

「彼には、狂気的な感じもしませんし、そこらへんは信じてもいいと思います」

「そうだな。…だが、ジュピタはそれが成功した後はどうするんだ?未来世界に帰る方法はあるのか?」

「…いえ、恐らく帰る方法は無いでしょうね」

「…ああ、そうだ」

「どうしてだ?未来からこの時間軸に来た時のように、帰れないのか?」

「目的が目的だからですよ。彼の目的は、未来世界の時の停止を喰い止める事。つまり、目的が達成された暁には未来世界はどうなります?」

「そりゃあ勿論、時の動く未来世界だろうな」

「しかし彼は時の動かない未来世界から来たんですよ?」

 

 時の動かない未来世界(Aとする)からジュピタ(A)はこの世界(a)にやって来た。この世界(a)はこのままだとこの世界(a)は未来世界(A)と同じになってしまう。それを喰い止める為に、時の歯車を集めて時限の塔におさめる事で、世界(b)が出来、未来世界(B)が出来る。未来世界(A)の世界の者であるジュピタは未来世界(B)に帰る事が出来ない。こういう事だろうか?

 

「所謂、タイムパラドックスって奴ですよ。時の歯車をおさめて、時の動く未来世界になるこの世界に、時の動かない未来世界のポケモンは居られない…つまり、消える事になりますね」

「…その通りだ。だが、お前は少し知り過ぎじゃないか…?」

「師匠が良いポケモンだったので」

 

 その師匠って、前に話したあのポケモンの事だろうか?

 

「…いや、受け流していたが…時の歯車をおさめるとジュピタは消えるのか?」

「…ああ」

「だが、他の未来世界の者達の事はどうなんだ?」

「…確かに、俺の考えに反対する者もいる。だが、俺はやらなければいけないんだ…」

「…半数以上会ったことのないポケモン達にお前は未来を託すのか?」

「………ぐっ…!」

 

 ジュピタの顔が苦痛に歪む。

 

「…別に私は、貴方がやりたければやれば良いと思うんですけどね」

 

 そんなジュピタの顔を掴んで、リフルはジュピタと顔を合わせる。

 

「例え貴方が消えようとも、ここで出会った貴方との記憶は消えませんし、貴方の意志は消えたりしません。大切なのは、貴方が今ここにいる時に、生きている時に何を出来たかではありませんか?」

「……………………………」

「これから訪れる未来に、貴方達の意志が礎となっている事を、私やビートは忘れはしませんよ」

 

 リフルの言葉に先程とは打って変わってジュピタの表情に決意が灯る。

 

「…それでジュピタはこの後も時の歯車を探しては、取っていくんだな?」

「ああ、それしか手はないからな」

「未来世界の者じゃない私達は力にはなれそうにないですけど、忠告だけはしておきます」

 

 時の歯車を取る事が危険視されてるこの世界でこの世界に暮らす俺達(俺は少し微妙だが)が、ジュピタの時の歯車集めに協力してはこの先生活しにくいからな…

 

「…なんだ?」

「貴方、不意打ちに弱過ぎです。どんな時でも不意を打たれても冷静であるべきですよ、私みたいにね」

 

 リフルはちょっと誇らしげに忠告をする。ジュピタはそれに苦笑しながらも大きく頷いた。

 

「ああ、お前達のようなポケモンに会えて良かった」

「俺たちも出来る限りの協力はしてみよう。とりあえず、餞別だ」

 

 俺はジュピタにひかりの玉を手渡す。もしかしたら何か使えるかもしれないからな、決して自分が有用に使えそうにないから厄介払いした訳ではない。

 

「…それじゃあ、取るぞ」

「はい、私達は何も見てません」

 

 ジュピタがそう言って時の歯車を取る。すると…

 

「離れておけ、巻き込まれないとは限らない」

 

 言うが早く、ジュピタは時の歯車を抱えて走り出す。そして俺達は別の方向へと走り去っていく。

 後ろを振り向くと、森は鳴き止み、雨は地面を叩かず、風は吹かず、葉っぱは騒めかない。そんな光景が広がっていた。ジュピタの言う事を信用はしたが、しかし、この光景を見ると少し後悔しないと言ったら嘘になる。

 

「“Jacta alea est”…とうに賽は投げられたんです、後悔する暇なんてありませんよ」

「………ああ、そうだな」

 

 ジュピタの姿はとっくに消えていた。

 

▼▽▼

 

 住処に戻った時には雨は止んでいた。身体には疲れが鉛のように纏わり付き、俺は泥のように寝床についた。

 しかし、身体は休息を求めているはずなのに、俺の頭は寝ようとはしなかった。それもそのはずだ、今日の出来事が突飛的で、非現実的な出来事で俺は考え事が止められなかった。

 リフルの方を見ると、すでに寝ている筈のリフルの姿が無かった。それで外に出てみると、いつも日光浴している場所でリフルは月光浴をしていた。

 俺はリフルの隣にそっと座った。

 

「…眠れないんですか?」

「…リフルもだろ?」

 

 リフルは小さく頷く。そして、雨上がりの星々が輝く夜空を見上げる。

 

「もし、世界の時が停止していれば…この景色を見れなくなるんですよね」

「…どころか、リフルの毎日の日課の日光浴すらも出来なくなるな」

「色んなダンジョンに行って、ビートと一緒に様々な景色を見ることも、叶わなくなるんですよね」

「…………そうだな」

「それでも…私は彼の言う事を信じ切れない。自分でああ言っておきながら、私は彼を信じれないんです…」

 

 俺が元々人間である事を信じてくれたのも、その事実が真であれ偽であれ、実害が何もないからで、この場合は…偽であるととんでもない事だからな。

 

「実は彼が未来世界からやってきて、この世界の時を停止させ…そしてまた未来になって過去に戻って、その世界の時を停止させる…そんな仮説が浮かんできては消えないんです…!」

 

 リフルの身体が震えている。そんなリフルを俺は抱きしめる。

 

「…ジュピタが信じ切れないなら…俺を信じてくれないか?」

「ビートを、ですか…?」

「ああ…俺はあいつを信じる事にした。騙されていたなら、それは俺が悪い。そう思う事にした。そんな俺を…信じてくれないか…?」

「………ビートはこの世界のポケモンじゃないかもしれないじゃないですか…」

 

 本当にリフルは痛いところを突く。だが、俺の言葉は無意味じゃ無かったようで、リフルの身体の震えはおさまっていた。

 

「…でも、私もビートなら信じれます。ビートとなら、どんな結末でも乗り越えられます」

 

 リフルの見せた笑顔は、今まで見せたどんな笑顔よりも可愛く、そして純粋なものだった。




(原作)
主人公達の遠征→主人公達が帰還→大雨→ジュプトルが時の歯車を盗む
(これ)
主人公達の遠征→大雨→ビート達の冒険→ジュプトルが時の歯車を盗む→主人公達の帰還→大雨
…うーむ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter3 最初で最後の仲間
第7話 鈴の音を鳴らせ


「レガリアさんは仲間を作らないんですか?」

 

 プクリンのギルドメンバーの遠征もどうやら無事に終わったらしく、俺達はいつも通りプクリンのギルドの掲示板で依頼を吟味していた時だった。

 プクリンのギルドメンバーが1匹、チリーンことスズ(命名は勿論リフル)が俺達に話しかけてきた。

 

「仲間だと?」

「ええ、仲間がいればダンジョンの攻略や、依頼遂行も楽になりますよ」

 

 そう言えば前にリフルがダンジョンで倒した敵は稀に友情が芽生え、仲間になってくれることがあると言っていた。

 だが、少なくとも俺が倒した敵がそのように仲間になりたい意思を見せた覚えは無いし、リフルも同様だろう。

 

「仲間を作る作らない以前に、仲間になってくれませんしね」

「えっ?そんな事は無いですよ。だって私が………あっ」

 

 スズはハッとしたような顔をして俺達から顔を逸らす。

 

「是非とも、ご教授願いたいですね…貴方が何を?」

 

 しかしお生憎様御愁傷様、お相手は相手の痛い所を抉り取るリフルだ。例えどんな相手でも逃げられはしない。

 バツの悪い表情でスズは俺達に説明し始めた。

 

「その…実は私の鈴の音は探検隊の皆さんが仲間を作りやすくなる効果があるんです。勿論、それをしなくても大丈夫っちゃ大丈夫なんですけど…」

「へぇ、そうなんですか。それで?貴方は、何を?」

「………ごめんなさい、鈴の音を鳴らすのを忘れてました」

 

 耐え切れなくなったスズは俺達に頭を下げる。

 

「通りで、仲間が出来ない訳ですよ…まあ、私は仲間なんてあと1匹くらいでいいと思ってますけどね」

 

 確かに、俺の最終目標もあるし、大所帯になるのはあまり良いとは言えない。

 

「そう考えると…水タイプのポケモンを仲間にしたいな」

 

 炎タイプの俺に、草タイプのリフル。そこに水タイプが加われば三竦みとなり互いの弱点を補える。そうすればダンジョン攻略も楽になるはずだ。

 

「そうですね、欲を言うなら誰とでも仲良くなれそうな元気なポケモンがいいですね。私もビートもどちらかと言うとあまり元気だとは言えませんし」

「まあ、レガリアさんがどんなポケモンを仲間にするかはレガリアさんの自由です、とりあえず私の鈴の加護を与えますね〜」

 

 リンリンと綺麗な音色が響き渡る。…本当にこれで仲間が出来るのだろうか。

 

「水タイプですから、水系のダンジョンが良いですよね…」

「俺はあまり役に立てそうにないな」

 

 リフルは意地の悪い表情を浮かべる。今までの付き合いから絶対に何か企んでいる。

 

「…決めました、はてのみずうみに行きましょう!」

「…了解」

 

 しかし、それを指摘しても何もならない。諦めてリフルの言う事に従おう。

 

▼▽▼

 

 ただでさえ苦手な水系ダンジョンにリフルの悪戯心で俺は心身共に疲れていた。歩いていると時折、リフルが残念そうな顔をするのも、俺の心を削っていく。

 

「…なあ、そろそろ教えてくれ。リフルは何に期待しているんだ?」

 

 リフルの良からぬ企みがどのようなものか考えるだけで気が滅入る。流石に耐えられなくなった俺は、後ろから着いてくるリフルに、いや、後ろから着いてきているリフルに問いかけた。

 だが、その問いかけに対しての返答は無かった。リフルが無視した訳ではない、いつの間にかリフルが消えていたのだ。

 

「…!?」

 

 俺は困惑して辺りを見渡す。しかし、リフルの姿はどこにもない。

 まずい、俺はそう思った。何度も言うがここは水系ダンジョン。炎タイプの俺が水タイプに対して与えられる有効打は限られている。

 早急にリフルと合流する必要がある、俺はそう考え、なるべく敵と遭遇しないよう走り出した。

 そして俺はすぐに冷静さを欠けていた自分を後悔した。

 

「…マジかよ」

 

 アリゲイツ、アズマオウ、シザリガー、ミズゴロウ、ハスブレロ…数々の水ポケモンが突然俺を取り囲んだ。

 瞬間、前にリフルが話してくれた言葉を思い出す。

 

『モンスターハウスには気をつけて下さいね』

『モンスターハウス?』

『はい、モンハウです。不思議のダンジョンの中でも手強いダンジョンは敵が沢山発生する場所があります。それがモンハウです』

 

 恐らく、これがリフルの話してくれたモンスターハウスというものだろう。いつもなら、多数相手の鍛錬になると勇み喜ぶだろうが、今は状況が最悪だ。

 しかし…逃げるという手も考えられない。自身が行動しない限りは相手も様子を見る。良い案を考えろ…。

 

「アイテムはなにかあったか…?」

 

 モンハウと遭遇した場合はしばりの玉といった全ての敵に対して有効な不思議玉を使うのが手だと言われたが、残念だが持ち合わせが無い。

 勿論、一気に相手を殲滅するような技があれば良いのだが、それも無い。

 アイテムも駄目、技も駄目、ならば…

 

「これしか無いか…?」

 

 取り出したるはワープの種。これを食べると、別の場所に飛ばされる事があるらしい。…なんだか既視感を覚えるが、これを相手に投げつける!…のではなく、俺が食べる。そうすれば、この窮地を逃れられる可能性がある。

 一か八かの勝負、まさにギャンブル。しかし、これしか手は無い!

 意を決してワープの種を齧る。瞬間、敵の姿が消える。いや、厳密には消えた訳では無く、きっと別の場所にワープしたのだろう。…やはり既視感がある…。

 

「助かった…」

 

 俺はホッと一息をつこうとした瞬間、突然水鉄砲が背後から飛んできた。

 

「うおっ!」

 

 間一髪、避けた。驚いて後ろを振り向くと、絶望が広がっていた。

 アリゲイツ、アズマオウ、シザリガー…いや、言うまでもない。俺は逃げれてなんかいなかったのだ。

 俺は再びリフルの話を思い出した。

 

『ワープの種って、自分の視界内にはワープしないんですよ』

『…それが何か?』

 

 その時は特に気にも留めていなかった。しかし、今この状況、俺は自分の真後ろは見えてない、つまり反対向きになっただけということだ。

 なんという不幸、そして最悪。ワープの種ギャンブルの失敗、破滅一直線。思わず後ずさりをした俺にそいつらは襲いかかってきた。

 万事休す、そう思った瞬間に地面が大爆発を起こした。爆炎は俺を包み込み、敵やアイテムを巻き込む。思わぬダメージに俺は動揺する。

 不幸中の幸い、敵の大多数を巻き込み、敵は消滅していった。あとの数匹は俺でも大丈夫そうだ。

 そう思った俺は大きく息を吸い込んだ。しかし、身体に激痛が走り、俺は膝をついてしまう。

 

「ぐっ…!」

 

 なんてことないと思っていた爆発のダメージが思ったよりあったようだ。お陰様で一難去ってまた一難。敵は再び俺に襲いかかろうとしていた。

 

「グリーン・スターダスト!」

 

 敵は飛来した大量のエナジーボールを喰らって消滅する。この技名には覚えがある。

 

「リフル…」

 

 エナジーボールが飛んできた先にはリフルが複雑な表情で腕を組んでいた。

 

「まずはオレンの実を食べましょう。それから講義の時間です」

「ああ…」

 

 俺はオレンの実を齧りながらリフルの話に耳を傾ける。

 

「このダンジョンには地面に見えない罠があります。その罠は数々の種類がありますが…ビートが私と逸れた理由は、ワープスイッチを踏んだからです。効果はわかりますね?」

 

 恐らくワープの種と同じだろう。だからデジャブを感じていたのか。

 

「もう1つ、爆発音が聞こえましたし、多分爆破スイッチですね。炎タイプにはダメージが半減なので、まあまだ良かったですよ」

「………しかし、どれもこれも先に教えてくれても良かったんじゃないか?復活の種の味を知るところだったぞ」

「“ともあれ理論より行動”って私の師匠も言ってますからね。そう育てられたんで諦めてください」

 

 またも悪びれもなく言うリフルだったが、少し罪悪感があるのか、リフルは俺の手を握った。

 

「…とりあえず、ビートの右側に罠があるんで気をつけてください」

「ああ、わかった…ん、いや、見えないんだろ?」

 

 リフルの言う右側には何もない。

 

「私には見えるんですよ」

「…リフル、ちょくちょくそのドヤ顔するよな。俺はあまり好きじゃないぞ、その顔」

 

 リフルらしくない。

 

「………ところで、倒した相手が仲間になりたいと言ってますか?」

「いや、俺は無いな…」

 

 倒したのもリフルだしな。

 

「私達は仲間運に恵まれていないんですかね?」

 

 そうこう言っている間に、最下層に到着したらしい。

 仲間を作る為に苦労してまでここに来たというのにとんだ無駄骨だ。

 

「特にここには何もありませんし、帰りましょうか」

「そんな事無いですよ!」

「ああ、そうだな。多分、何かあるはずじゃないか?」

 

 俺の言葉にリフルは首を傾げ、その反応に俺は顔を顰める。

 

「…いや、何かあるだろ、手ぶらで帰るのはあまりしたくないんだが」

「手ぶらでも良いですよね〜」

「何か見つけても価値がわからなきゃ意味が………」

 

 言葉を紡いでいたリフルが突然近くの水溜まりにエナジーボールを投げつけた。

 その水溜まりは焦ったようにエナジーボールを避けた。そしてその水溜まりはシャワーズへと姿を変えた。

 

「話が噛み合わないと思ったら、やっぱり貴方が紛れ込んでいたんですね…」

「僕は水に性質が近いから水に溶け込む事が出来ますからね!」

「そんなことは聞いてないぞ」

「えっ…あ、ああ…そうですか…」

 

 シャワーズは目に見えるくらいの落ち込む。しかし、すぐさま立ち直り、俺達睨みつけた。

 

「僕の折角のリゾートを荒らしたんです。それ相当の覚悟はしてるって事ですよね?」

「してないし知らないな」

「えっ、本当ですか…?そ、そんな…」

「………ビート、反応が面白いからって遊ばないで下さい」

「僕をからかって遊んでたんですか!許せません…!そこの君、僕と勝負しなさい!!僕が勝ったら君には誠心誠意謝ってもらいます!!」

「別にビートが貴方と戦うのは良いんですが」

 

 対峙し合う俺とシャワーズの間にリフルが割って入る。

 

「貴方が負けたらどうします?」

「えっ?えっと…ま、負けませんし…」

「凄い自信ですね。でしたら、もし負けたら貴方…」

 

 …リフルの悪巧みが始まった。

 

「シャンプーという名前で私達レガリアに入りなさい」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 再戦 MAD

「…シャンプー?…仲間?」

 

 リフルの言葉を繰り返し、シャワーズは首をかしげる。それもそのはず、イマイチ要領を得ていないからだ。

 

「つまり貴方がビートに負けたら、仲間になれって言ってるんです。シャンプーはあだ名です、理解しました?」

 

 このシャワーズをどうしても仲間にしたいのか、リフルは語る。

 

「私達レガリアは私とビートの2匹だけで、全くもって仲間がいないといいますか、仲間の運勢に恵まれないと言うか…ならば、自ら掴み取るということで、負けたら仲間になりなさい」

「…えっと、なんとなく理解したけど、それじゃあ釣り合わないですよね?」

「負けた時の計算をするようじゃ、貴方はまだまだですね」

 

 シャワーズの顔がムッとした表情になる。どう考えてもリフルの策略に乗せられてるのだが、気付いていないらしい。

 

「いいでしょう!僕が万が一にも、あり得ないですけど、このビートとかいうのに負けたら仲間になってあげますよ!シャンプーでしたっけ?その名前も甘んじて受けます!」

「言いましたね」

 

 非常に邪悪な笑みを浮かべたリフルは俺に近付いて耳打ちをした。

 

「じゃあ頑張って下さい」

「…俺がやるのか、だとは思ったが」

「まあヒントくらいは上げますよ、最下層とはいえ罠に注意して下さいね」

 

 そう言ってリフルは露骨に罠を避けるような動きをして近くの壁に腕を組んで寄りかかった。

 

「ビートが負けたら私達の負けって事で大丈夫ですからね」

 

 レガリアチームの問題だと言うのに、リフルは完璧に興味が無いらしく、寄りかかったまま寝てしまった。

 

「…とりあえず、始めるか」

「手加減はしませんからねー!」

 

 シャワーズは上に向かってハイドロポンプを放つ。一体何をしているのかと思ったが、その隙にシャワーズは俺との間合いを詰めて尻尾を叩きつけようとした。しかし、隙を突かれ慣れている俺がその程度で狼狽する筈もない、軽々と避ける。

 

「…………っ!」

 

 つもりだったが、妙な予感が俺がその方向に避ける事を拒んで、シャワーズの叩きつけが決まった。

 だが、それで良かったのだ。俺が避ける筈だった方向に先程シャワーズが放ったハイドロポンプが落ちてきたのだ。

 

「ちぇっ、外しちゃいましたか」

 

 少し残念そうな顔をするシャワーズとは裏腹に俺は内心ヒヤヒヤしていた。ハイドロポンプが落ちてくる場所に敵を誘導し、そして時間を合わせる。単純な仕掛けだが、単純な仕掛け以上に面倒なものはない。

 このシャワーズ、認めたくはないが歴戦の猛者だ。

 

「じゃあこれはどうですか!!」

 

 シャワーズが俺に向かって冷凍ビームを放つ。俺は火炎放射を放ち、それを相殺する。氷と炎、どちらが有利か考えるまでもない。

 だが、俺のその考えは浅はかだと言うべきだった。氷と炎、どちらが有利かは勿論炎だ。しかし、氷が炎に溶かされると何になるか。

 

「う、うおおおお!?!?」

 

 水となって襲いかかった冷凍ビーム(今となっては水ビーム)が火炎放射を打ち消し、俺を貫こうとする。避けようとした俺は無様に地面を滑る。

 

「ふふーん、これでも僕は巷では有名ですからね。戦闘面に関しては他より他を圧倒しているといっても過言じゃありませんよ」

「…頭痛が痛いみたいな事を言うな」

 

 リフルのそれとは違うドヤ顔に少しイラつきながら俺は悪態をつく。それに気を触ったのかシャワーズは顔をしかめる。

 

「…貴方は今、追い込まれているんですよ。そんな余裕綽々の態度、立場わかっているんですか?」

「どうだろうな、少なくとも俺の勝利で終わる事は確かだ」

 

 リフルとのやり取りでわかったが、こいつは直情型。損得を計算せず、心より先に身体が動いてしまうタイプ。そういう相手は手玉に取りやすい。

 想像通り、シャワーズは怒りの表情で俺に飛びかかる。俺はそれを避け続ける。

 

「絶対に許しません!!」

「あー…言い忘れたが…」

 

 ハイドロポンプを放とうとするシャワーズが踏み込んだその場所。そこにおれは指(前足をさす。

 

「そこに罠があるから、気を付けておけ」

「へ?え、ひやあああああ!?!?」

 

 リフルがくれたヒントを基に、俺はシャワーズの攻略法を練った。ただ誘導して、罠を踏ませる。どんな罠かはわからないから、それで攻略出来るかどうかは不明だが、しかし意表をつく事が出来る。

 罠を踏んだシャワーズは大きく吹き飛んだ。確か、ふきとばしスイッチだったか。吹き飛んだ先にはリフルがいる。

 

「…………あっ」

 

 気配を感じたのだろう、リフルは目を覚まし、自分の方に飛んできたシャワーズに大きく目を見開く。

 そして、そのまま、つるのムチを喰らわせた。

 

「ふぎゃっ!」

「………………………」

 

 地面に平伏したシャワーズと、俺に殺気の篭った瞳で睨み付けるリフル。俺はこの状況をどう収拾つけるべきかわからない。

 

「…しかし、この状況…悪くはありませんね」

 

 リフルはいつもの悪巧みの笑顔を浮かべた。

 

▼▽▼

 

 シャワーズの言い分はこうだ。自分は俺に勝負を仕掛けた。リフルもビートを倒せばいいと言った為、リフルの攻撃によってやられた自分は勝敗に関係無い、と。

 対してリフルの言い分はこうだ。少なくとも、あれは自己防衛だし、シャワーズ自身がビートの挑発に乗って罠を踏まなければ起きなかった事。ビートの挑発はビートの策略の為、それに引っかかってしまったシャワーズは負けである、と。

 そして俺の言い分はこうだ。運が良かっただけだ。…俺の言い分は主張しないけどな。

 

「まあ、貴方の言い分もわかります。じゃあ、こうしましょう」

 

 シャワーズと言い争っていたリフルは埒があかないと思ったのか、妥協案を提示した。

 

「1度、共闘しましょう。所謂、仲間を体験してみようキャンペーンです。そして貴方が入るか入らないか決めるんです」

「………共闘って、何と戦うんですか」

 

 そう聞いてる時点でリフルの謀略という沼に嵌りに嵌っている事を多分一生こいつは気付かない。

 

「そりゃ、貴方の癒しのオアシスを荒らす不遜者ですよ」

 

 リフルはそう言うと、俺達が来た道の方向を向いた。

 

「貴方達ですよね、ここを荒らしてるのは」

 

 物陰から見知った3匹のポケモンが現れる。マニューラ、アーボック、ドラピオン。悪逆非道の探検隊、MADだったかな。

 

「よく気付いたね、気配は隠してたつもりなんだけどね」

「それで、どうしてここを荒らしているんですか!」

「別に荒らす気は無かったんだけどねぇ。そこの生意気な火猫野郎を見かけたから、ついイラッとしちゃったんだよ」

 

 マニューラは俺を指差しそう言う。…あの時のことをまだ根に持っているのか。

 リフルとシャワーズが事情が掴めない顔をしているので、俺は簡単に事の顛末を伝える。

 

「…つまり完全な逆恨みって事ですか。情けない」

 

 呆れた表情でリフルは首を振る。俺もそう思う。

 

「それで?戦うってなら相手になりますよ。ただ、貴方達3匹でビート1匹に負けたんですよね?」

「絶対勝てませんよね〜。3匹で1匹にすら及ばないんですから」

 

 リフルとシャワーズの煽りにMADは怒りを露わにする。しかし、それでいきなり飛びかかってくる事はしないようだ。

 

「あん時とは違うんだよ、アタイ達はなぁ…」

「テメェを潰す事だけを考えてたんだ…」

「んー、じゃあそちらは3匹、こちらも3匹って事で1対1で戦うっていうのはどうですか?」

 

 恐らくリフルは先程からMADの3匹の気配を感じてた故に、シャワーズを仲間に引き入れようとしていたのだろう。

 リフルの提案にマニューラは大きく口を歪ませた。

 

「そいつはいい、ただしそのビートの相手はアタイだ。こいつらの相手はテメェらがやってな」

「じゃあ私は同じ蛇という事でアーボックと戦います。シャンプーはドラピオンをお任せしますね」

「まだ共闘するって言ってないんですけど…まあ、いっか」

 

 お互いが邪魔にならないよう、リフル達は違う場所に移動した。今ここにいるのは俺とマニューラ、ただ2匹。

 

「クックックッ…」

 

 鋭い爪を舐め、俺を見据えるマニューラ。1度敵に回すと非常に面倒だ。どうにかしてこの遺恨を断ち切りたいものだが…

 

「考え事とはいい度胸だね!!」

 

 飛びかかってきたマニューラの爪を紙一重で避ける。しかしマニューラは避けられた程度じゃ追撃の手を緩めない。当てるまで、当たるまで攻撃してくるつもりだろう。

 …だが、妙におかしい。マニューラの爪の攻撃が紙一重で当たらない。俺が避けているのもあるが、マニューラはそれを見越して俺に攻撃を当てる事だって出来るはずだ。しかし当たらない。まるで当たらない。

 

「攻撃が当たってないぞ、マニューラ」

「ッハン!いつまでその強がりが言えるかな!?」

 

 さて、マニューラはどのような策を練っているのか。考え得る事は誘導…本日、誘導策多め。隠れていた事を加味すると何か罠を仕掛けている可能性は非常に高い。

 俺の予想通り、マニューラは思惑通りだと感違いしているだろうが、徐々に壁際に追い詰められている。

 

「………仕方ないか」

 

 俺は何かの成功を喜ぶかのような笑みを浮かべたマニューラの爪を避け、腕に噛み付く。突然、腕を噛み付かれたマニューラは俺を振り解こうと腕を振る。しかし、そう簡単に離す訳にはいかない。

 離す事は叶わないと思ったマニューラは残った腕、つまり爪で今度は当てる気で攻撃を仕掛ける。それでも、技が早く決まるのは俺の方だ。

 

「がえんほうあ(かえんほうしゃ)」

「なっ!?あ、ぐああああああ!!!!」

 

 噛み付いたまま放つ火炎放射。相手に不可避のダメージを与える。更に氷タイプが入っているマニューラには大ダメージだ。

 0距離火炎放射を喰らったマニューラは地面にのたうちまわる。ダメージは深そうだが、ここで手を緩めるような真似はしない。こいつらが、2度と俺やリフル達に因縁を付けて来ないように、恐怖を刻み込む。

 

「お前には、新しく覚えた技の実験台になってもらうとするか」

 

 冷淡な目付きでマニューラを見下ろす。マニューラは逃げようにもダメージがでか過ぎでその場から動けそうにない。

 

「俺を恨むな。お前との因縁はお前からつけてきたものだし、この戦いもお前から仕掛けてきたものだ」

「ぐっ…な、なめるな…!」

 

 残りの力を振り絞って立ち上がるマニューラ。だが、俺にはその姿が滑稽で間抜けにしか見えない。

 

「くたばれ死に損ない、フレアドラ…」

「アーボック・アターック」

 

 そんな俺に突然、後頭部に衝撃が走った。振り向くと、気を失ったアーボックの尻尾を持ったリフルがいた。…まさか、殴ったのか、アーボックで?…アーボックで!?

 俺の困惑を余所にリフルはマニューラと俺を互いに見た後、アーボックを放り投げ俺の顔を掴んだ。

 

「…やり過ぎです」

 

 それだけ言うと、リフルはマニューラに向かっていく。

 

「貴方達の仲間はとっくに倒しましたし、貴方も瀕死寸前。敗けを認めて下さい」

 

 リフルがチラリと向いた先には元気そうな顔でシャワーズが戻ってきていた。

 

「…殺したきゃ、殺しな!敗けを認めるくらいなら…」

「………………おい」

 

 強がりを言うマニューラも、元気そうなシャワーズも、そして俺もリフルの迫力にただ押し黙った。リフルはマニューラを見下ろしながら話す。

 

「お前が死のうと私は悲しみもしないが、お前の死が私達に関わるというなら私はそれを許さない。死にたきゃ、勝手に死ね」

「………………………」

 

 般若のような形相なリフルが一転していつもの表情に戻る。

 

「…それに、貴方は私達に関わる暇があるならもっと強いダンジョンに行けばいいんですよ。ゼロの島の情報でもお教えしましょうか?あそこなら貴方達の欲求も満たしてくれるでしょうし」

「…ゼロの島の事を、知っているのか…?」

「ええ、ええ、そりゃ勿論。師匠が毎日のように通ってましたし、私も連れて行かされて酷い目に遭いましたよ」

 

 今のリフルがあるのはその師匠のお陰なんだろうが、その師匠のせいでリフルに振り回されている俺がいるんだが。

 

「どうです?敗けを認め、金輪際私達に関わらないって言うならゼロの島の事をお教えしますよ?」

 

 マニューラは握り拳を解いてゆっくりと頷いた。

 

「…あんた達の相手という無理難題より、ゼロの島の方が楽そうだ。教えてくれよ、ゼロの島の事をよ」

「でしたらこちらをどうぞ」

 

 リフルはバッグの中から古びた本をマニューラに差し出す。

 

「師匠が書き記したゼロの島の情報です。後ろの方はネタバレなんで注意して下さいね」

 

 なにそれ俺も見たい。

 

「い、いいのかい…?」

「私は全部記憶してますし、いつあの好奇心旺盛猫が覗き見るか内心ヒヤヒヤしてますし。それでしたら譲りますよ」

 

 ちくしょう、バレてやがる。

 

「……………わかった、あんた達には2度と関わらない。というか、今まで様々悪どい事をしてきたけど、ゼロの島を攻略するまでそれはやめだ」

「うーん、まぁ、それでもいいんじゃないですかね」

 

 その後、慣れた手つきでMADをリフルだけではなくシャワーズも一緒に治療した。曰く、怪我は日常茶飯事なので治療は慣れていると勝手に言うので、聞いてないと遮断するとやはり落ち込んだ。

 そしてMADが去って、静かになったこの場所で、シャワーズとリフルは再び対峙した。

 

「それで、どうです?仲間になりませんか?」

「うーん…その、確かに僕のリゾートを荒らしたのも感違いでしたし…」

 

 シャワーズは少し悩む表情をしたが、すぐにあの天真爛漫な笑顔になり、前足を差し出してきた。

 

「シャワーズ改め、シャンプー。探検隊レガリアのチームの一員としてよろしくお願いしますね!」

「はい、これからよろしくお願いします」

「ああ、こちらこそよろしく頼む」

 

 こうして、探検隊レガリアは俺ことビート、リフル、シャンプーの3匹の探検隊となったのだ。この先、色んなダンジョンに向かっていくけども、俺達ならば負けはない。そう感じたのだった。




シャンプーの性格はポケダン超に出てくるシャワーズの性格。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝 ウソつき青年と無垢な少女

ウソつき青年と無垢な少女

 

 その村には、口を開けばウソをつく、呼吸をするかのようにウソをつく青年がいました。その青年の名前はウソつきウソッキー、略してウツツキと呼ばれていました。

 しかし、青年にはウソをつく時に、確固たるポリシーを基にウソをつくのです。

『相手を笑わせるウソをつく』ただこのルールだけを青年は絶対に破らないのです。

 それ故に、青年は村の者達から忌み嫌われてはおらず、逆にアダ名で呼ばれる程愛されていました。青年のウソに騙された者達は皆、「騙された!」と笑いながら言うのです。青年はそんな顔を見るのが、とても大好きでした。

 そんなある日、村に新しい子が住むようになったのです。青年はすぐさま、その子に会いに行き、ウソをつくことにしました。

 

「はじめまして!僕はウツツキ、この辺り一帯の支配者なんだ!」

 

 青年のウソに、少女は黙って青年を見上げるのです。まるで、青年がなにを言っているのかわからないかのような表情を、いえ、少女は青年の言っている事を全くもって理解出来ていなかったのです。

 この世に生を得て、騙せなかった者はいない青年のプライドは深く傷付きました。まさか、ウソに騙されないのではなく、言葉が通じないのです。青年はこう思いました。絶対にこの少女に騙されたと言わせてやろうと。

 初めに青年は少女に言葉を教える事にしました。その為に、鉛筆や本を準備し、そして保護者という立場の者に言葉を教える事を許可を貰おうとしました。

 

「おはようございます、調子は大丈夫そうですか?」

「ん?あー、ウツツキ君か。どうしたんだい?」

「ほら、最近貴方が拾ってきた子、あの子に言葉を教えたいんですよ」

「さては言葉が通じなくて、ウソをつけなかったな?」

 

 村の図書館と呼ばれる程聡明な彼に青年の思惑は簡単に見破られました。しかし、だからといって青年の申し出を断るような事はしませんでした。

 

「彼女は全く言葉を知らないからね。教えるにしても、凄く苦労すると思うけど?」

「任せて下さい!必ずしも、彼女にも騙されたと言わせてやりますよ!」

「そりゃ面白そうだ」

 

 保護者の許可を得た少年はすぐさま、少女に言葉を教え始めました。しかし、何も知らぬ無垢な少女に言葉を教えるというその行為は非常に骨が折れるものでした。教える為に使う言葉もわからないのですから。

 だけども青年は諦めません。ウソをつくにも、通じなければ面白くない。青年は少女に丸四角三角の記号を用いて、色んな図形を作ります。まずは彼女にこの世界は記号の集合体だという事を分かってもらう為です。

 少女は賢く、青年の行う事をすぐに理解してくれました。少女に言葉が通じなかったのは教えてくれる者がいなかったからだけなのです。

 時は流れ、彼女もゆっくりとですが言葉を理解してきました。

 

「おはよ…ございます」

「おはよう、今日は何について教えようか…」

 

 日々、言葉を覚えていく少女に青年は喜びを感じていました。ここ最近、言葉を教えることに重きを置いている青年はウソをついていませんでした。村の者達にも「ウソをついてる暇は無い」と言っては、それもまたウソだろうと笑われるのです。

 そしてある日の事、少女は完璧に言葉を理解しました。村の者達も嬉しそうに少女に話しかけます。それを遠巻きに眺める青年は、非常に嬉しそうな笑顔で笑うのです。「ようやく、ウソをつける」と。

 しかし、そんな青年はすぐさま絶望に叩き落とされる事になるのです。青年のつく笑えるウソに、少女は一切騙されないのです。

 

「僕はここら一帯を支配しているんだよ」

「でしたらどうしてここら一帯の交通網をしっかりしないのですか?支配者はそういう所をしっかりすべきだと思いますよ」

「君に言葉を教えたし、長旅にでも出ようと思っているんだ」

「親に無許可でですか?それならしっかり話し合うべきですよ」

「隣の家の子が君の事が気になるんだって」

「そりゃあ、気にもなりますよ。賢いですからね」

 

 堪らず青年は彼に会いに行きました。彼は寝床で寝っ転がったまま青年の悩みに答えました。

 

「いやぁ、騙されてるよ、あの子は」

「しかし…騙されたなんて言わないんですよ…」

「違う違う。僕は君に騙されているって意味で言ったのであって、彼女が騙されているって意味で言ってるんじゃないよ」

 

 彼の言葉に青年は首をかしげる。

 

「ウソって言うのは、ウソをつかれたって感じなきゃウソじゃないんだよ。君は、彼女に言葉を教えてくれたけど、ウソを教えてはいない。だから彼女は君の話すウソにウソだと感じず、真面目に受け答えしちゃうんだ」

 

 自分はウソをついているけど、少女はウソだと思っていない。ならば、少女は騙されていない…一見暴論に見えるその言葉に青年はハッと気付くのです。

 

「彼女に、ウソを教えよう」

 

 ウソつきが教えるウソ。ウソつきが教えたからそれはウソのウソなのか、ウソつきが教えたからこそそれはウソの真実なのか。

 

「ウソは悪いことではない。皆を幸せにするウソだってあるし、一方的にウソは悪い物だとは認識すべきではない」

「それがウソですか?」

「いや、真実」

 

 ウソをつかずにウソを教える。ウソを使わないのだから真実なのか。ウソをつかないというウソなのか。

 どれにせよ、ウソというのは奥が深い。

 

▼▽▼

 

「それで、結局騙されたのか?」

「はい、彼がウソを教えてくれていう時、最後にウソの極意を教えてくれると言ってくれたんですけど…」

「成る程、それがウソだったんだな」

「でもお陰で私は言葉を覚えましたし、ウソというのも理解しました」

「しかし、リフルを騙すそのウツツキって奴…会ってみたいものだな」

「それは無理ですよ」

「…亡くなってるのか…?」

「いえ、そんなポケモンいませんし」

 

 話を聞いていた彼が思いっきりずっこける。そしてヒクヒクと顔を痙攣らせる。

 

「じゃあ…今までの話…全部ウソだっていうのか…?」

「はい、今の私は師匠が全て作ってくれましたし。そんなポケモンいませんし、いたとしても皆に好かれるはずがありません」

 

 呆れたように苦笑をもらす彼はポツリとあの言葉を出した。

 

「…騙された」

 

 このウソつきの話が、私の師匠というのが本当の話。私はそれを師匠から聞いただけだけど。さて、果たして本当なんだろうか?




エイプリルフールだからこんな話を書いたわけではない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter4 時
第9話 語られる真実の裏側


 またあの時の夢を見た。

 いつの間にやら私はあのポケモンの家に連れて行かれていたようだ。暖かい毛布にくるまりながら、私の鼻腔に美味しそうな匂いが漂ってくる。

 

「おはよう、目を覚ましたみたいだね」

 

 相変わらず、彼の言っている事は理解出来なかったけど、差し出されたシチュー(少しぬるめ)を私は受け取った。

 美味しそうな匂いについついすぐに食べ終えてしまった。初めてのご飯はとても美味しかった。

 

「さて、これからどうしようかな」

 

 彼は悩みの表情で唸っている。私はそんな彼の様子をただ首を傾げて眺めていた。

 

「言葉も喋れないなら、意思疎通も図れないからなぁ…だからといって、ゆっくりと言葉を教えてあげられる時間は僕には無いんだよな…」

 

 やれやれといったような感じで首を振る彼。顔を上げた時には覚悟を決めたような顔になっていた。その顔のまま、彼は私の頭に手を置いた。

 

「…君に、知識を授けよう」

 

▼▽▼

 

「おはようございます!朝ですよ!起きてくださ〜い!」

 

 最悪の目覚めだった。普段は自身で起きたり、リフルが起こしてくれる事もあるが、朝っぱらからシャンプーのこのテンションは辛いものがある。

 

「聞いてくださいよ聞いてくださいよビートさん!すっごい話があるんですよ、すっごい話!!」

 

 リフルは仲間には俺達に無い元気の良さが欲しいと言っていたが、こんなにエネルギッシュだとそれはそれで困る。

 

「…ご飯食べながら聞いてやるよ」

「ご飯なら僕が作っておきましたよ!ささ、あちらへ!」

 

 シャンプーに連れられて、リフルが普段日光浴をしている木の下に着く。そこには美味しそうな見た目の料理がズラリと並び、死んだ目をしたリフルが座っていた。

 

「…えっと、どうしたリフル」

 

 俺の到着に気付いたリフルは俺に耳打ちをしてきた。

 

「…気を付けて下さい。シャンプーの料理…」

 

 まさかこんな美味しそうな見た目をして不味いのか、そう身構えた俺だったが…

 

「すっっっっごく、普通です」

「………え?」

「…とりあえず食べてみて下さい」

 

 リフルに言われ、まずは木の実サンドウィッチを頂く。一口食べただけでリフルの言いたい事はすぐに伝わった。

 不味くはない。しかし、美味しくもない。特徴が無く、感想が言えない。食べられないものじゃないから不満も言えない。なんだこれ。

 

「どうです!?どうです!?美味しいです!?」

 

 期待に満ちたシャンプーの顔。

 

「あ、ああ…美味しいよ」

 

 そんな顔をされては俺はただそうやって答えるしか無い。これなら不味い方がマシだと言えるくらいだ。

 

「…えっと、それで、話ってなんだ?」

 

 微妙な料理を食べつつ、シャンプーが言っていた話題に話を戻す。

 

「そうそう!今、あの有名な探検隊のヨノワールさんがここらに訪れているんですよ!」

「…ヨノワール…?」

「…私も、聞いた事無いですね」

「まあ突如彗星の如く現れ一躍有名になりましたからねぇ、知らないのも無理はないかもしれませんが」

 

 まるで自分の事のように誇らしげに胸をはるシャンプー。

 

「しかし、いきなりそこまで有名になるものですかね?」

「そりゃあ、今まで夢物語だと思われていた秘境の発見や、かの有名なポケモン武将が遺したと言われる宝物…それらを瞬く間に見つけ出したんですよ!」

「そうですか…」

 

 そう言うリフルの表情はどこか暗い。このヨノワールの話、俺にはどうもきな臭く感じる。瞬く間に数々の発見をしたと言うが、何故今なのか。そして、リフルも知らないほどの、昔までの無名さ。シャンプーや噂にしている者は凄い凄いと囃し立てるが…

 ふとリフルと目が合った。リフルも同じことを考えていたらしく、小さく頷いた。

 

「そうですね、折角ですから、会いに行きましょう。そのヨノワールさんとやらに」

 

▼▽▼

 

 トレジャータウンは非常に騒がしかった。耳を澄ませば、ヨノワールの話ばかり。

 

「あ、そう言えば聞いて下さいよ。僕、さっき海岸でスゴイもの見つけたんですよ」

「スゴイもの?」

「まあ僕には無用な物ですけど、水のフロートって知ってます?」

「ルリリの専用道具ですね。非常にレアでPPの最大値を上げる効果があります」

「それが海岸に落ちてたのか…?」

「流れ着いた感じでしたよぉ。持ち主が泳いでる時にでもつい手放しちゃったんじゃないんですかね?」

「まあ、どちらにせよ私達には不必要な物です」

「僕もそのまま放っておきました」

 

 …拾っておいてトレジャータウンで持ち主を探すっていうのは駄目なんだろうか?

 

「おや、あそこにポケだかりがありますね」

「中心にヨノワールさんがいるんですかね?」

 

 ポケだかりに近付いてみると、恐ろしい見た目とは反面、トレジャータウンの皆と笑顔で話し合っているヨノワールの姿を見つけた。

 

「あ、あの、僕…ヨノワールさんみたいに強くなりたいんですけど…」

「ヨノワールは強いのか…?」

 

 つい足が前に出そうになった所をリフルに頭を叩かれる。

 

「鍛錬中毒の戦闘狂はいい加減にして下さい」

「…ビートって変なポケモンなんですね」

 

 少なくともシャンプーには言われたくない。

 

「まずは好き嫌いせずにご飯を食べる事ですね。逃げてばかりじゃ強くなりませんよ。だからといって、逃げないって言うのもいい事とは言えませんけどね」

「うーん…難しいや…」

 

 成る程、トレジャータウンの皆に質問攻めにあっているのか。しかしヨノワールは嫌そうな顔を一切せず丁寧に答えている。

 

「スゴイですよねぇ、なんでも知っているんですよ」

「なんでもだと…?」

「はい、ヨノワールさんのスゴイところはやっぱり知識ですよ。なーんでも知ってるんですよ!まるで未来から来たみたいですよね!」

 

 その瞬間、俺に衝撃が走る。笑い飛ばす所だろうが、俺は未来からやってきたポケモンを知っている。

 聞くに、時の歯車は全て見つけにくい所にあると言われている。リフルがキザキの森で時の歯車を見つけたのも、唯の偶然らしい。しかし、ジュピタは何のヒントも無しにキザキの森の時の歯車を見つけた。…もし未来で、時の歯車のある場所を知っていたとしたら、ジュピタは今もその情報を頼りに時の歯車を集めているだろう。

 ヨノワールがもし未来から来たポケモンだと言うのなら、今まで無名だったと言うのも納得出来るし、その膨大な知識量も、未来世界で調べて来たのなら納得出来る話だ。その功績だって、本来は別の探検隊が手に入れるものだった筈だ。

 しかし、問題はヨノワールの目的だ。ヨノワールが未来の世界から来たと仮定して、この世界で何をしたいのか?ジュピタの目的は、この世界で時の歯車を集めて、未来世界の時の崩壊を喰い止める事だ。ヨノワールが同じ目的だとしたら、ジュピタと共に行動しててもいい筈だが…?

 

「ビートさんも何か質問あります?」

 

 気付くとシャンプーはこちらを見て問いかけていた。どうやら一通り質問し終わったみたいで、シャンプーは俺にヨノワールへの質問を促していた。

 

「…いや、大丈夫だ。俺は特に」

 

 変なことを言って怪しまれても良いことは無い。ここは黙っておくのが得策だ。

 俺はそう思ったが、リフルはそうでは無かったらしく、ヨノワールに近付いて問いかけた。

 

「時の停止ってどう思います?」

 

 ヨノワールの顔が驚愕の表情に変わる。なんとも核心を突いた質問だろうか。

 

「そ、それは一体どういう意味で?」

 

 ヨノワールは驚きを取り繕うように首を傾げた。

 

「そのままの意味です。私の故郷であるキザキの森の時が止まってしまいましたが…ヨノワールさんはそれについてどのようなお考えを?」

 

 まるで記者のような質問をするリフル。…リフルがキザキの森の出身だとは聞いてないし、恐らくあれは嘘なんだろうけど。

 

「…とても心が苦しい事です。時が動かない状況で、私達は生きていけるでしょうか?そんなもの到底無理に決まっています。だから私は時の歯車泥棒の犯人を血眼で探しているのです!」

「わかりました、ありがとうございます」

 

 愛想笑いでリフルはこちらに戻ってくる。そして俺達をすり抜け、そのままサメハダー岩の方へ向かっていく。

 歩きながら俺はリフルに問いかける。

 

「…それで、どうしてあんな質問をしたんだ?」

「ジュピタの仲間か否か調べる為ですよ」

 

 小声でそう言うとリフルはシャンプーの方をチラリと見る。俺らの内心を知らずにニコニコしたままこちらを見ている。

 今ここで話してしまうと、シャンプーにバレる恐れがあるから詳しくは話せない。そんなリフルの意図を感じた。

 

「あれ、誰かいますね?」

 

 サメハダー岩に着くと、そこには海を見ながら落ち込んだ様子のルリリとそれを励ましているマリルがいた。

 シャンプーはそれを見てすぐさま駆け寄って話しかけた。…俺もあんなコミュニケーション能力があればな。

 

「そこのお二方!何かお困りですか?お困り事ならこの探検隊レガリアがお助け致しますよ!」

 

 勝手に巻き込まないでほしい。

 

「え?…えっと」

 

 ルリリもマリルも少し困惑した様子だったが、シャンプーの朗らかさに警戒心が解けたのか話し始めた。

 

「実は…ルリリが大切にしていた物を失くしてしまって…ここんところずっと探しているんですけど、なかなか見つからないんです…」

「ほうほう、つまり探し物依頼という訳ですね!その探し物とはなんですか?」

「水のフロート、なんですけど…」

 

 ルリリの言葉に俺達は同じ場所を思い浮かべた。

 

「…海岸です」

「…海岸だな」

「…海岸にありますよ」

「え?え?ええ?」

 

 状況が読み取れずマリル兄弟は混乱している。

 

「…僕が海岸を散歩している時に見かけました。そのままにしていますし、多分そこにあると思いますよ」

「え!?本当ですか!?」

 

 シャンプーの言葉にマリル兄弟はとても嬉しそうな顔をしている。

 

「こうはしていられない、早く取りに行こう!」

「うん、お兄ちゃん!」

 

 マリル兄弟は足早に海岸へと向かっていく。しかしルリリは戻って来てペコリと俺達におじきをした。

 

「…良い子ですね」

「…本当にな」

「今回は僕のお陰でズバッと事件解決ですね!」

「最初から貴方が拾っていたら、ズバッと迅速に事件解決だったんですけどね」

 

▼▽▼

 

 そんな事があった夜。俺はリフルと例の木の下にいた。

 

「まず、私はジュピタの話が真実だという前提で話します」

 

 注意起きをしてリフルは切々と語り始める。

 

「私の時の停止をどう思うかという質問に対して、ヨノワールの返答は心が苦しいという返答でした。そして、その気持ちは嘘では無いと思います。しかし、だからといってヨノワールはジュピタの仲間だと言えません」

「だが、時の崩壊を防ごうとしているんじゃないか?」

「いえ、時の崩壊を防ごうとするなら名声を稼ぐ必要なんてありません。加えて、ヨノワールはこうも言いました。『時の歯車泥棒を血眼で探している』とも」

「………待てよ、それはつまり?」

「はい、ヨノワールはジュピタを探しています。そしてきっと未来へ連れて帰るつもりでしょうね」

「しかし、それじゃあヨノワールは時の崩壊を目論んでいるのか?」

「ジュピタの言う通り、時の崩壊を食い止めた場合、未来の世界で暮らすジュピタやヨノワール達は消える事になります。ジュピタは、それを覚悟の上でこの世界へやってきましたが、未来世界の全員が全員、自身の消滅を引き換えに時の崩壊の阻止を望んでいる訳では無いのでしょう」

「時の止まった世界でも、消滅するよりはマシだと?」

「きっとそうでしょう。私も、私やビートが消滅したら嫌ですし。それ故にヨノワールはジュピタの目論見を止めに来たんでしょう。さて問題です、ヨノワールがこの世界で名声を稼いだ目的は?」

「………ジュピタを悪者と仕立て上げる為、か」

「皆から尊敬されているヨノワールの言葉と、片や禁忌とされている時の歯車泥棒のジュピタの言葉、どちらを信じるでしょうかね。ヨノワールが『ジュプトルはこの世界にやってきて時の歯車を盗んで時の崩壊を目論んでいる』と言えば、皆がジュピタを敵視するでしょうね」

「しかし、もし、もしだぞ?ヨノワールの言葉が真実だった場合はどうなんだ?」

「それはほぼあり得ないですよ。ジュプトルという種族は時を渡る能力なんて持ち合わせていませんから、誰かきっと協力者がいるんでしょう。貴方が協力者だったら『この世界と過去の世界の時を止めるから過去に送って欲しい』って頼まれたらどうします?」

「…普通、首を縦に振るはずが無い」

「ええ、ですからジュピタの言う事は真実だとほぼ断言してもいいでしょう。…万が一、協力者が可笑しな者だったら、という可能性もありますけど」

「じゃああのヨノワールは悪だと考えていいんだな?」

「皆を騙しているって点では悪ですけど、きっとヨノワールも純粋悪な訳では無いのでしょう。先程も言いましたけど、自身が消滅するってのはすぐに決心出来るものじゃありません。ヨノワールだって、きっと優しい方なんですよ、本当は」

 

 リフルはそう言って首を振る。

 

「しかし、そんな優しいポケモンですら悪に染める時の崩壊は喰い止めなければなりません。明日から私達は時の歯車の場所を探し出す事にしましょう。無論、シャンプーには内緒で、ですが」

 

 ジュピタと先に出会った俺達ならまだしも、ヨノワールを妄信しているシャンプーや皆に話をしてもきっと無駄だろう。

 寝床に戻ると俺の寝床にシャンプーが寝ており、俺は仕方なく入り口近くのシャンプーの寝床で寝ようとすると、リフルは俺の尻尾を掴んできた。

 

「一緒に寝てあげてもいいですよ」

「え?いや、狭いだろ」

「それでも良いって言ってるんです」

 

 少し不機嫌そうなリフルに無理矢理寝床に連れ込まれ、俺はリフルの温もりを感じならが寝る羽目になった。

 別に嫌と言う訳では無いが、リフルの寝息が俺の顔にかかるたびに俺はリフルの事を意識してしまう。

 思えば、荒唐無稽な話を信じ、この世界での生き方を破天荒な教え方だったとは言え、教えてくれたリフル。俺は、リフルにどうやって恩を返せば良いのだろうか。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 親方様と探検だ

 リフル曰く、時の歯車はそう簡単にそこらへんにあるわけでは無い。時を司る時の歯車が、俺達がすぐ見つけられる場所にあるはずがない。それ故、リフルは中々探検隊でも行かない場所だったり、謎が多い場所に向かう事に決めたのだ。

 シャンプーの妙な顔の広さで俺達は時の歯車の在り処であろう2つの場所に見当をつけた。

 

「とりあえず、この事はシャンプーに黙っておきましょう。互いの実力を認め合って仲間にはなりましたが、しかし日が浅いですし、そう簡単には説得出来ないでしょう」

「…だが、騙しているようで気後れするな」

「デメリットの事を考えると仕方ない事です」

 

 そして、シャンプーに気付かれぬよう、俺達は時折別行動という形で俺とリフルのどちらかが、単体で散策に向かう事にした。

 今日、俺は名前無きダンジョンで単体向かう事になった。そのダンジョンは、どんなに潜っても戻ってしまうというただでさえ不思議なダンジョンだというのに、不思議過ぎるダンジョンだ。そういう謎が多い場所に時の歯車があるらしい。無論、絶対に存在するとは言い切れないが。

 そういう事で、リフルはシャンプーと依頼遂行、俺は鍛錬という名目で別行動を取る事になった。なったのだが…

 

「探検、探検〜」

 

 その摩訶不思議なダンジョンに向かう同行者、プクリンことフェアリン(名付け親は当然リフル)がご機嫌そうに先導を取る。

 リフル達が依頼を受けにプクリンギルドに行った時の事だ。ペラップことペップー(当たり前のようにリフル)は頭を痛そうにしながら俺にとある依頼を頼んできたのだ。

 

「親方を…探検に連れていって欲しい」

「…えっと、どういう事だ?」

「親方様が、探検をしたいというのだ。しかし、親方様は親方様の立場というものがある。それ故、私は最初拒否したのだが…そうすると親方様がこう言うのだ…『真面目に働くぞ』と…」

「それは脅しなのか…?」

「ああ、少なくとも親方様の真面目は脅しなのだ。…親方様をそこらへんの探検隊に任せる事はしたくは無いし、扱えるとも思えない。私はお前達を評価しているのだ。勿論、報酬は支払う、頼まれてくれるか…?」

 

 まあ随分と高く評価してくれているな、とは思った。俺も名高いあのプクリンギルドの親方と探検が出来るのは、これとない大チャンスだ。二つ返事で引き受けたのは良かったのだが。

 

「それで、僕達はどこに向かっているの?」

 

 意気揚々と先陣を切っていたのによくいけしゃあしゃあと言える親方の精神にはもう目を見張るものがある。

 

「…最奥部に辿り着けないと言われるダンジョンですよ」

「何それ!すっごく楽しそう!」

 

 早くもテンションの差というものに心が折れそうになっている俺とそれを気にも留めない親方。異色過ぎるし、異例過ぎる。

 程なくしてそのダンジョンの入り口に着いた。入り口から入っていくと、そこには2つの分かれ道があった。右か、左か。とりあえず、適当な方を行って、違ってたらもう片方に行ってみようと思う。

 

「行きましょう」

「うん、探検探検〜」

 

 まるで妖精のような親方だが、実力はきっと凄いものだろうと俺は思ったが、その希望はいとも容易く砕かれたのだ。

 いや、そう表現すると語弊を生むだろう。正しく言うなら、親方の強さは桁外れだ。襲い掛かる敵々を簡単に屠り、敵の攻撃を喰らってもなんともない。

 それほど強いのだが、問題はそれ以外だ。

 

「あっ!アイテムが沢山あるよ!」

「…どう考えてもモンスターハウスでしょう…って、おい…止まれ、おい!!」

 

 飛んでモンスターハウスに入る親方。

 

「わーい、おもしろーい!」

「…………いい加減行きません?」

 

 泥まみれではしゃぐ親方。

 その他、ダンジョンを遊び場だと思っている親方による自由奔放な立ち振る舞い。そりゃあ、ペップーが言う通り生半可な探検隊じゃ相手が務まらない訳だ。高い評価を得た俺でさえ心はもう何度も折られている。

 似たような雰囲気を持つシャンプーや、冷静沈着に策を講じるリフルなら相手が務まったのだろうが、俺には無理だ。出来ることならあなぬけのたまを使ってさっさと帰りたい。

 そんな事が出来るはずもないので、俺は致し方なく親方に振り回される。弄ばれながらも進んで行った筈だったが、俺たちは入り口に戻ってきてしまった。

 

「噂通りって訳か…」

 

 ならばもう片方の方…と思った俺だが、ふと疑問に思った。俺が行ってない道が正解なら、噂になるはずもない。俺だけじゃなく、2つの道があったらどの探検隊も虱潰しにどちらも行ってみるだろう。

 つまるところ、どちらに行ったとしても恐らくここに戻ってくると予測出来る。だが、ここ以外に分かれ道は無い。

 

「ふーむ?」

「ねえねえ、ボクお腹空いた」

「…セカイイチでも食べたら如何です?」

 

 ペップーに貰ったセカイイチの1つを親方に投げ渡すと、親方は嬉しそうにセカイイチを頭の上で回し始めた。食べるんじゃねえのかよ。

 

「ルン、ルン、セカイイチ〜」

「はしゃぐと落としますよ…」

 

 俺の忠告を聞かず、親方は上機嫌でセカイイチを回し続ける。すると、予想通り、セカイイチを落とし、セカイイチは地面を転がる。

 

「ああっ!ボクのセカイイチ!」

 

 親方はセカイイチを追っかけ、壁の中に消えていった。

 

「…えっ!?」

 

 俺は親方が消えていった壁に近付き、そっと壁に触れてみた。すると、俺の前足は壁の中に吸い込まれていった。

 意を決して、壁に向かって俺は歩いてみると、俺の身体は壁にぶつかる事なく、すり抜けていった。

 

「…成る程な」

 

 右の道でもなく、左の道でもない。壁だと思っていた真ん中の道こそが正解の道だったという訳だ。通りで、どちらに行こうが元の場所に戻ってしまう訳だ。

 親方のお陰で謎は解けたが、その親方はセカイイチを追っかけて何処かに消えてしまった。ただ、恐らくこの道が正解ならば、行き止まり、つまり最奥部があるはずだ。行き着く先は最終的にはそこだから、まあまずは1番奥を目指して行こう。

 しかし親方がいなくなってわかったが、ここの敵は案外強い。勿論、今の俺の実力なら問題は無いんだが、それらの攻撃を軽く耐え、1発でうち沈める親方の実力…これで本当に性格面に問題が無ければ完璧なんだがな。

 

「所々に罠が見えるな…」

 

 十中八九、親方の遊んだ後だろう。後を追いかける身である俺はその罠を踏む事は無いから、助かるっちゃ助かるが…。あんだけ罠を踏んでおいて親方は大丈夫なんだろうか。

 そうこうしているうちに、どうやら1番奥に到着したようだ。そして、そこには…

 

「…時の、歯車…」

 

 キザキの森で見つけた神秘的な時の歯車。やはり、リフルの仮説は正しかった。まあ見つけたからって取ったりするつもりは無いんだがな。

 さあ親方と合流して帰ろう、そう思った俺は踵を返す。すると、先程まで俺が立っていた場所に影が襲いかかった。

 

「…グルル」

「………何者だ」

 

 影は次第に大きくなり、1匹のポケモンに代わる。そのポケモンの名前は、確かギラティナ。ギラティナは紅き双眸で俺を睨みつけている。思わず震え上がってしまいそうなプレッシャーだが、生憎俺はプレッシャーには強い。

 

「オ前ハ…秘密ヲ知ッタ…生キテハ、帰サヌ」

 

 ギラティナはそう言うと影へと溶け込んでいった。恐らく、シャドーダイブだろう。影に隠れられてはなす術が無い。

 しかし、影への対処法はある。火炎放射、応用編。

 

「炎天!」

 

 火炎放射のパワーを放出せず、腹の中に溜め込むイメージで、それを球状にして、一気に解き放つ。断っておくが、これは攻撃技では無い。だが、炎タイプ技のダメージがあがる、日差しの強い状態…それよりも非常に効果のある光を放つ。

 光に照らさた地面に、蠢く影が出現する。どうやらシャドーダイブは影へと潜むというより、自身が影になるようだ。しかしこれで相手の居場所が丸わかりだ。攻撃してくる場所がわかるならば、避けやすい。

 飛び出してきたギラティナのシャドーダイブを悠々と避け、隙だらけの腹に火炎放射を放つ。

 

「グオオッッ!!」

「効くか?そりゃあそうだろうな。この光が俺に力を与えてくれている」

 

 俺のオリジナル技、炎天には炎タイプの威力を倍増し、確認した中では草タイプ、水タイプ、氷タイプの威力を激減させる効果を持つ。完全なる補助技だ。

 リフルやシャンプーからは私達の前では絶対に使うなと釘を押されているが、今は別行動中だし構わないだろう。

 火炎放射を喰らったギラティナは体制を立て直し、俺にではなく、炎天の光球に向かって爪を伸ばした。光球の効果を恐ろしいと感じたのだろう、多少のリスクを負ってでも破壊する目的だろう。

 だが、言わせてもらおう。

 

「お生憎様御愁傷様、だ」

 

 ギラティナの爪で切り裂かれた光球は、破裂し、無差別に熱線が放たれる。火炎放射のパワーを凝縮して生み出したものだ。無理に壊そうとすれば、そのパワーは辺りに放たれる。

 無論、狙って相手にダメージを与える事は難しいが、ギラティナの身体の大きさもあって結構なダメージを与えられたようだ。まあ、俺も避けきれなかったから効果今ひとつとはいえダメージを負ったがな。

 

「ぐっ…くっくっくっ…これでわかっただろ。お前は俺に攻撃出来ない」

「黙レ…!」

 

 ここで攻撃を止めるような奴だったら最初から話を聞いている。ギラティナは直接攻撃をやめて、シャドーボールを放ってきた。スピードも然程無い、避けるのは容易い。

 しかし、炎天が壊されてしまったのは少し痛いな。あれを放つ為に火炎放射のPPを沢山消費するんだ。2発3発と続けて打てる技では無い。

 

「まあ、俺にはアイテムの力ってのがあるんだけどな」

 

 ふらふらのタネを隙を付いてギラティナの口の中に放り込む。突然、口の中にタネを放り込まれたギラティナは吐き出そうとしたが、もう遅かった。ふらふらの効果が出たのか、シャドーボールをあらぬ方向に放ち始める。そして駄目押しにばくれつのタネを投げつける。

 

「グオオオオオオッッ!!」

 

 雄叫びを上げてギラティナはその場に倒れる。…いくらなんでも弱過ぎじゃないのか?

 

「グオオ…う、ううっ…」

 

 倒れたギラティナの姿がぐにょぐにょになったかと思うと、そのポケモンは真の姿に戻った。

 

「…成る程、へんしんか」

 

 普段より潰れているメタモン、こいつはギラティナに変身して俺を倒そうとしたのだろうが、残念だが強さが伴っていなかったな。

 

「ぜ、絶対に…逃さないんだから…」

「…なあ、お前はどうしてそう俺を目の敵にするんだ?別に俺は時の歯車を取ろうとなんて思っていないんだが」

「嘘を、つくな…!」

 

 メタモンの迫力に一瞬気圧されるが、しかし俺は見ず知らずの奴に嘘吐き呼ばわりされて頭に来ないポケモンでは無い。

 

「…お前、立場がわかってて言ってるのか?」

「お前は…昔、ここに来て、僕に襲いかかってきた…」

「…………………!」

 

 一体どういう事だ?俺は元々人間だ。昔、と言われても俺には記憶が無いし、人間の状態で襲ったとは考えられない。

 

「…ニャビーの俺がか?」

「…そうだよ」

「だったら残念だが同種族別ポケモンだ。俺はそんな戦闘狂では無いし、詳しくは言えないがアリバイと呼べるものがある」

「…信じられると思うのか?」

「信じられないとは思うが、とりあえず俺は何もせずに帰る事は確約しよう」

 

 これ以上何を言っても無駄だろう。

 

「待って〜〜〜!!僕のセカイイチィ〜〜〜!!」

 

 俺とメタモンの間でギスギスした雰囲気が流れてた間に、セカイイチを追っかけて親方が割り込んできた。

 

「親方…?」

「プクリンさん!?」

 

 俺とメタモンは顔を見合わす。

 

「…親方、まさかここに来たことがあります?」

「…プクリンさん、まさかこのポケモンと知り合いですか?」

「んー?僕とビートは友達だよぉ〜、勿論君もね〜!」

 

 親方の反応でわかった。親方はここに来たことがある。親方の性格もあるし、メタモンも信用して帰らせたのだろう。そして恐らく狙ってやったのではないが、すり抜ける壁のギミックも前に解いていたのだろう。

 やはり、親方は恐ろしい才能だ。その才能を打ち消す程の問題な性格さえ無ければ…性格さえ無ければ…!!

 

「…えっと…どうやら、僕の勘違いだったみたいですね…」

「…いや、俺は記憶を失っているだけだから、もしかしたらという可能性もある」

「それでも、プクリンさんが認めた貴方なら信頼出来ます。先程までのご無礼、お許し下さい」

「どうしたのー?君達もともだちともだち〜!」

 

 親方のお陰でこの場はどうにか納まった。そういう点では親方の性格は評価出来る所があるが。

 最奥部にも到着した事だし、その後俺達はトレジャータウンに戻った。ペップーの依頼も完遂したし、リフルの予想の裏付けも出来たし、自身の過去を思い直す機会を得られた。今回の探検はなかなかの収穫だったな。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 信じる事

「おっはよ〜、リ〜フ〜ル〜」

 

 私は真っ白な空間にいた。そして私の前には靄のかかったポケモンが手を振っていた。

 

「…まあ、貴方なら生き返っても不思議じゃないですけど」

「んー?あー、まああながち間違えじゃないかな…」

「ともあれ、なんか靄がかかってるんで霧払いして下さい」

「え?まさか僕の姿が見えてない?んー、僕としては普通に君の夢の中に現れているつもりなんだけどな」

「あ、ここ私の夢の中なんですね」

 

 そうだよ、と答えた彼は私のよく知っているポケモン、ニャビーへと姿を変えた。ニャビーの彼は意地悪い顔で私を見つめる。

 

「…どうしてニャビーなんですか。少なくとも貴方はニャビーじゃなかったですよね」

「僕も僕の姿を見せてあげたいんだけど…君の記憶の姿で出てくるから…」

「成る程、貴方の姿をしっかり覚えてないから…それでどうしてニャビーなんですか」

「それは君と話しやすい姿だからね」

 

 そうは言っているが、彼の顔を見てそんな思惑じゃないのは容易に想像出来る。

 

「…くっくっくっ、まあほら?君ってビート君の事が好きでしょ?」

「…そんな事はないです」

「隠さなくて良いって。君を育てた僕だ、君の事はなんでもわかるよ」

「気持ち悪いです」

「ひどいなぁ」

 

 特に傷付いた様子も無く、彼は笑みを浮かべたままだった。

 

「…それで、貴方が私の夢の中に、というより懐かしい夢を見せたのも貴方でしょうけど、その意図はなんですか?」

「単純な話だよ、君に関する真相を伝えようとね」

「…私には驚かれる真相なんてありませんが」

「ビート君にはあるけどって?まあ、確かに彼の真相は驚くべき事だけどさ。でも君も何故か僕の姿を覚えていなかったり、疑問に感じている事はあるでしょう?」

「まあ…無いって訳ではありませんけど」

 

 しかし、そんな疑問はビートの事に関する事と比べたら鴻毛の如く、だ。

 

「私はビートの真相を何よりも知りたいんです。私は、二の次で良い」

「そっか…」

 

 ビート…いえ、彼は少し悲しそうな顔をしたが、再びニコリと笑うと私の頭を撫でた。

 

「じゃあ全てが終わったら、この大陸から海を渡ってワイワイタウンに行ってほしい。そこで君の真相が分かるはずだ」

「…遺言として受け取っておきます」

 

 満足そうに笑うと、彼はそのまま消えていった。そして、私の視界も徐々に歪んでいった。

 

▽▼▽

 

「ねえねえリフルさんにビートさん、知ってます?」

 

 3匹で朝食(作ったのはリフルだ)で食べている時、突然シャンプーが言った。

 

「…何がだ?」

「ほら、時の歯車が各地で盗まれているって話あるじゃないですか?」

 

 その時の歯車を盗んでいる者を、お尋ね者を収監、管理しているジバコイル保安官とその部下が血眼で探しているというのは聞いたことがある。ジュピタだがな。俺は知ってるがな。

 

「それで、ヨノワールさんがジュプトルを捕まえる作戦があるんですって!」

 

 食べていたオレンの実を落としかけた。リフルも興味無さげにしていたが、食事をする手を止めてシャンプーの方を向いた。

 

「…なんでジュプトルが出てくるんですか?」

「そりゃあ時の歯車を盗んだポケモンだからですよ。というより、なんでお二方知らないんですか」

 

 俺は毎日の様にご飯を食べて、ダンジョンに向かう日々を過ごしている。無論、依頼を鍛錬と同時にこなす事もあるが、トレジャータウンには滅多に行かない。リンゴのような探検の必需品もリフルが買ってきてくれるし、俺は技マシンを見にいく程度だ。

 それ故、俺がトレジャータウンの情報に疎いのはまあ仕方ないとも言える事なのだが、リフルはどうして知らないんだろうか。

 

「…クジ引きです」

「…え?」

「………クジ引き、好きなんです」

 

 一瞬リフルの言う事がわからなかったが、ふと俺は思い出した。あのパッチール、リフル命名によるとドールの店に、ソーナンスとソーナノがやっているお店があるらしい。クジを使ってクジ引きが出来るらしいが、まさかそれだろうか?

 

「トレジャータウンの買い物を済ませたら、いつもクジ引きしてるんです」

「…買い物よりも、クジ引きの方がメインだと?」

「まあ、ソーナノさんとソーナンスさんってお喋りって訳じゃないですからねぇ。店主からの情報は手に入らないのは当たり前ですよね」

 

 そう考えると、やはり俺達の仲間にシャンプーがいてくれてよかった。俺達の弱点が情報に疎いという事がわかった。

 

「まあ、ともあれ。それで、そのヨノワールさんがどうしたんです?」

「いやぁ、実はですねぇ…トレジャータウンの皆さんはこう言っているんです。『時の歯車の守護者であるユクシーアグノムエムリットは時の歯車を封印しようとしている』って」

「…そりゃあ妥当だろうな」

 

 時の歯車が狙われているんだ。それも考え付く事だ。

 

「いえ、その時の歯車のある場所がすいしょうのどうくつって所なんですけどね…1度、ジュプトルが時の歯車を盗もうと現れたんですって」

「………へぇ」

「しかし!ユクシーさんエムリットさんの情報を元にアグノムさんの見事な機転で時の歯車の強奪を阻止した訳です!残念ながら、ジュプトルは逃してしまいましたが…だけども、先程の情報があればジュプトルは再び現れる筈です!」

「…それで、すいしょうのどうくつでヨノワールがジュピ…ジュプトルを捕獲するって手立てですか?」

「はい!だからプクリンギルドの弟子達はその情報を流しているんですよ!」

「お前、プクリンギルドの弟子じゃねえよな?なんでそこまで知ってるんだ?」

「ふっふっふっ…」

 

 シャンプーはニヤリと笑うとドロリとその身体が溶け、水たまりが出来た。

 

「僕は水に同化する事が出来るんです!即ち、どんな場所でも潜り込める事が出来るんです!という事は前言いましたよね!」

「興味無いから忘れていたな」

「そんなぁ…」

「そういえば、シャンプーと初めて会った時も溶けていましたね」

 

 その情報の速さと多さはその能力のお陰なのだろう。度々だが、仲間になってくれてよかったな。

 

「事情は分かりましたが…それで?」

「見に行きましょうよ!ヨノワールさんの戦いを間近で見れるんですよ!」

 

 目を爛々と輝かせてシャンプーは言う。

 

「…普通なら、ジュプトルを捕まえる為にポケモンの数は多い方が良いですが、ジュプトルは警戒するだろうからヨノワールさんだけが捕獲するという事になってるんですよ」

「随分…ヨノワールはジュピ、トルの事に詳しいんだな」

「そりゃそうですよ!ヨノワールはジュプトルを追って、未来の世界から来たのですから!」

 

 今度こそ本当に俺はオレンの実を落とす。リフルも顔をしかめ、食べていたご飯を床に置いた。

 

「まあ、正直信じられない話ですよねぇ〜」

 

 シャンプーは俺達の反応を信じられないといった反応だと思ったのだろうが、俺達はやはりそうだったか、と心の中で思った。

 ジュピタを信じるのなら、ヨノワールはクロ。ジュピタを連れ戻そうとしている振りをしながら、未来世界の時の停止を求めている。ヨノワールの事を信じるのなら、ジュピタを完全なる善意で連れ戻そうとしている。

 しかし、俺はとうにジュピタを信じる事にしている。もしジュピタが時の停止を目論んでいたとしても、その時は騙されていた俺が悪かったって事だ。

 

「だからヨノワールさんはジュプトルを捕まえるのに躍起になってるんですよ〜」

「…そりゃそうだろうよ」

「はい?何か言いました〜?」

「…いや、何も。それで、リフルはどうする?」

 

 聞くまでもなかった。リフルの方に振り向いた時、リフルはとっくに探検の準備を終えていた。

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

▼▽▼

 

「…それでリフル」

「…どうしました?」

 

 先陣を意気揚々と突っ走るシャンプーの後ろで、俺はリフルに話しかけた。

 

「…俺はジュピタがのこのことやってくるような単純な奴じゃないと思うんだが…もし、やってきたら俺達はどうすれば良いんだ?」

「いえ、恐らくですが来ると思いますよ」

「どうしてだ?」

「勿論、ジュピタも罠かも知れないという可能性は考慮しているでしょう。だけどやって来ます。いえ、やって来なざるを得ない」

「罠だとわかっているなら普通は行かないだろう?」

「普通でしたらね。しかし、ジュピタの目的を考えて、そして今回のヨノワールの作戦を考えるとジュピタの来なざるを得ない理由がわかるはずですよ」

 

 ジュピタの目的、それは時の歯車を集め、未来世界の時の停止を防ぐ事。

 そしてヨノワールの作戦、それはすいしょうのどうくつの時の歯車を封印するという噂を立て、すいしょうのどうくつに誘き出されたジュピタをヨノワールが捕まえる、そういう作戦だ。

 

「いいですか?ヨノワールの立場から考えるとどちらにしてもメリットがあるんです」

「…ジュピタが来れば、捕まえられるし、来なければ時の歯車を守れる…そうか」

「裏を返せば、ジュピタは行かなければ時の歯車を取れないんです。その噂が嘘でも真実でも、どちらにせよ行かなくては時の歯車を取る事が出来ません」

「だから、行くしかないと…」

「今回の作戦を立てたヨノワールも中々の策士ですよね。『レガリアの知識(ノウレッジ)』と呼ばれている私も感嘆せざるを得ません」

 

 …ちょっと待て、今なんか変なことを言わなかったか…?

 

「ビートは『レガリアの闘志(ガッツ)』って呼ばれてますよ」

「シャンプーは…あ、いや、いい。それで、ほぼ来るの可能性が高いのはわかったが、それでどうすればいい?」

「…まあ、ヨノワールの戦闘力がどれくらいかはわかりませんが、確かにそこは考慮しないといけませんね。…ちなみにシャンプーは『レガリアの精神(スピリット)』です」

「答えないでいいって」

「まあ、何はともあれ“何もしなくていい”です。例えジュピタが追い詰められ、捕まりそうになってもです」

「…きっとリフルの事だし、色々考えているんだろうが、少し薄情じゃないか?」

「いいですか?この先、4つの可能性があります」

 

 両手の指を一つずつ折りたたみ、4の数字を表すリフル。

 

「1、私達が助けず、ジュピタが捕まらない未来。これがジュピタと私達にとっては1番最高の未来です。言わずもがな、私達がジュピタと協力関係にあると知られずに済みます。2、私達が助けず、ジュピタが捕まる未来。これはジュピタにとってはよろしくないですが、協力関係がバレていない以上、私達が自由に動ける。…さて、残りの2つはわかりますね?」

「…3が俺達が助け、ジュピタが捕まらない未来。4が俺達が助け、ジュピタが捕まる未来。どちらにせよ、俺達のジュピタとの協力関係がバレ、4に至っては非常にマズい事になる。………だから助ける必要は無いと?」

「ええ、私だって薄情だというのは重々承知です。承知です、が…ジュピタは自分が望んでこの世界に来たのです。ですから、本来私達が介入する必要は無いんですよ」

 

 諭すようにリフルは言うが、しかしそれでも俺は腑に落ちない。だが、それを考えている内に、すいしょうのどうくつの1番奥に辿り着いた。

 

「あそこが隠れる場所に良さそうですよ!隠れて待ち伏せしましょう!」

 

 随分と密着する形だが、俺達はヨノワールが来るのを息を潜めて待った。程なくして、ヨノワールは単体で現れた。

 

「…来ましたね!」

「………シャンプー、ステイ」

 

 今にも飛び出しそうな勢いのシャンプーをリフルが押さえつける。こんな所でバレてしまっては元も子もない。

 ヨノワールは時の歯車を眺め、トレジャータウンで見せていた優しげな笑顔とは違った、邪悪な笑みを浮かべた。

 

「クックックッ…これで、やっと始末出来る…」

「…なんか、怖い雰囲気ですねぇ」

 

 ヨノワールの本性を知らないシャンプーは呑気な事を言っているが、あのヨノワール、あれが本性か?

 

「…来ましたよ」

 

 リフルは辺りを見渡し、警戒しているジュピタを指す。当のジュピタは時の歯車の前に立つヨノワールを見つけ、大きく目を見開いた。

 

「あれが悪党ジュプトルですね…!」

「……………………」

「よく来たな、ジュプトル」

「…やはり、罠だったか」

「ああ、そうだ。しかしお前は来なざるを得ないと思っていたよ。未来世界の時の停止を食い止める為にはこの時の歯車が必要だからな!」

 

 ヨノワールは時の歯車を背後に大きく笑う。そんなヨノワールの様子を見て、シャンプーは震え出した。

 

「…えっ?」

「この世界の奴らは単純だな、ジュプトルよ。私がお前をこの世界の時の停止を目論んでいると言ったらすぐさま協力してくれたよ」

 

 俺達としてはシャンプーに説明する手間が省けるから、楽っちゃ楽だが、シャンプーは口を噤んだままヨノワールの言葉に耳を傾けている。

 

「お前が、救いたいと思っている者達は揃いも揃って馬鹿なのだよ!」

「ふざ…けるなっ!」

 

 怒りの余り、ジュピタはヨノワールに飛び掛かる。しかしヨノワールは冷静にそれを眺めながら、不思議の玉を取り出した。

 

「あれは…しばりの玉です!」

 

 リフルの言う通り、玉が光ったと思うとジュピタの動きが止まった。表情は怒りに染まりながら、プルプルと震えている。

 

「単純なのはお前もだな…クックックッ…」

 

 ヨノワールが冷凍パンチをジュピタに放ち、弱点ということもあってか、ジュピタは1発で沈む。

 俺は今でも飛び出していきそうな勢いだったが、リフルが尻尾を強く握ってくるためにそれが出来ない。己の無力さに俺は歯を食いしばる。

 

「…帰りましょう、シャンプー、ビート」

 

 あなぬけの玉を取り出したリフルの言う事に従って、俺達は帰路についた。

 

▼▽▼

 

 家で俺達は顔を合わせながらも、押し黙っていた。そんな沈黙を破ったのは、やはりと言うかリフルだった。

 

「…黙っていても仕方ありませんし、シャンプーにも真実を伝えます」

 

 ジュピタと出会った事。そして思った事、今までしてきた事を全てシャンプーに話した。シャンプーはいつにない暗い表情で口を開いた。

 

「…正直、リフルさん達が隠してた事はなんとなく知っていました。だけど、僕はヨノワールを信じたかったんです」

「……………………」

「ジュプトルさんが悪くて、ヨノワールが良い。周りもそう言って、僕もそうであると信じてました。…だけど、今日の出来事で確信しました」

 

 少し俯いて、顔を上げたシャンプー。その瞳に決意の意思を感じた。

 

「…僕は、自分の信じたいものだけを信じます。それは、ジュプトルさんのこの世界の時を守りたいという確固たる意志と、貴方達を」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

chapter5 時の歯車奪取作戦
第12話 奪取作戦始動


 俺達がトレジャータウンに戻った時には、ジュプトル捕獲の話で持ちきりだった。皆、ヨノワールを讃え、この世界が守られたと安心しているのだ。

 しかし、俺達レガリアは違う。ヨノワールだけでなく、ジュピタにも出会った事によって、俺達はいち早く真実を知ることが出来た。その真実を周りに伝えるのは、些か難しい話だが。

 いつの時代だって真実を語る者は少ない。それ故、真実を語る者は理解されないのだ。

 

「明日、ジュプトルさんとヨノワールが未来世界に帰るみたいですねぇ」

「名目上は、時の歯車を盗んだジュピタの輸送」

「…しかしその実はヨノワールの策略です」

「さて、どうする?暴れて止める…というのはリフルは考えてないだろう」

「少しは考えてますよ。リスクを考えると駄目な策ですけど」

「でしたら、ジュプトルさんとヨノワールが未来世界に帰ったのを確認して、僕達が時の歯車を集めるってのはどうですか?」

「もしかしたら、未来世界で再びジュピタが逃げる可能性もありますしね」

「今の所、俺達が把握している時の歯車の場所は、キザキの森、すいしょうの洞窟、だいしょうにゅうどうの3つだったな」

「すいしょうの洞窟もだいしょうにゅうどうも時の歯車を守る者がいるんですよね?でしたらキザキの森の時の歯車を取るべきですかね?」

「確かに…他の守護者を撃破し、時の歯車を取る事が出来たとしても、キザキの森の時の歯車を守る者が現れるかもしれないな」

「ええ、確かにそうです。確かに、キザキの森の時の歯車を最初に取るという考えはありだと思います。しかし、だからこそ私達は他2つの時の歯車を取るべきです」

「…それはどうしてです?ビートさんが言ったように、キザキの森の時の歯車が取りづらくなったら…」

「キザキの森の時の歯車を最初に取った場合、他の時の歯車を取る時に、守護者を増やされる可能性があります。キザキの森を取られたからの警戒ですね」

「成る程、元々いる守護者に加えてって訳か」

「時の歯車を守る者達がそう簡単に一筋縄で行くと思いませんしねぇ…どちらにせよ、大変なのは確かですね。でしたら、僕達は丁度3匹なんですし、3つの時の歯車を同時進行で取るってのはどうです?」

「…なかなか良い策なんですよね。誰かが倒され、捕まったとしても、私達は無関係の振りをすればいい。ただ、1匹という事もありますし、キザキの森はともかく倒されやすいのは事実ですよね」

「それでもレガリア全員が時の歯車を狙っている事を悟られるよりはマシだろう」

「………ええ、そうですね」

 

 長い時間、3匹で会議をした。最終的には3箇所の時の歯車を3匹でそれぞれ取りに行く、という策で決定した。そしてキザキの森はリフルが、すいしょうの洞窟はシャンプーが、だいしょうにゅうどうの時の歯車は俺が担当する事になった。

 今更後には引けない、俺達レガリアは理解されなくとも、世界を救う。ジュピタもきっと同じ気持ちだったのだろう。

 

▼▽▼

 

 トレジャータウンでは、いつにない活気を見せていた。それもそのはず、時の歯車泥棒のあの極悪ポケモンにされられたジュピタが未来世界へ帰還させられるというのだから。全員が全員、勿論俺達は除いてだが。全員、時の停止に恐怖する事はないと、安堵してしまっている。

 トレジャータウンの広場には、時空ホールと呼ばれる所謂未来世界へ行く為の片道切符があった。先程、それに近付こうとした者がジバコイル保安官に止められていた。

 程なくして、ヨノワールとその手下であろうヤミラミと共に体を縛られ、口を封じられたジュピタが連れられた。

 

「…ジュピタ」

 

 リフルはボソリと呟いた。すると、ジュピタがこちらを見たような気がした。

 

「…後は、任せておけ」

 

 恐らく伝わらないだろうが、それでも俺はその言葉を言わない訳にはいかなかった。

 ヨノワールが何かを言っている。しかし、そんなものは上辺のものに過ぎないし、聞く価値も無い。俺達がその場から離れようとした時だった。

 

「それじゃあ、リーブイズのお二方に…」

「私達が呼ばれてるよ、リオーネ!」

「………………」

 

 ヨノワールに呼ばれた2匹の活発そうなイーブイとそれと対照の無口なリオル。確か、プクリンギルドの1番新しい弟子で、リーブイズという名前で活動していたはずだ。

 一体何を話すのか、少々気になった俺は興味を戻し、立ち止まった。話の内容はよく聞こえなかったが、恐らく他愛もない話だろう。そう判断した俺は立ち止まらなくて良かったな、とそう思った。その瞬間だった。

 

「お前達もな!」

 

 ヨノワールがそう言うと、リーブイズの2匹を掴み、共に時空ホールへと連れ去っていった。リーブイズはヨノワールと一緒に未来世界に連れ去られてしまった。

 取り残されたトレジャータウンの面々は、驚き、周りと顔を見合わせていたが、結局リーブイズの2匹がバランスを崩して入ってしまったという結果になった。

 

▼▽▼

 

「そんな訳、無いだろうが…この脳内お花畑共が…!」

「プクリンギルドで情報集めしてきましたけど、あのリーブイズのお二方は特にヨノワールと関わりがあったらしいですよ〜」

「関わりがあったとはいえ、どうしてヨノワールはリーブイズを連れ去ったのでしょう…?」

 

 一連の騒ぎがあった後、拠点に戻り、俺達は再び議論を始めた。

 

「それについては僕は心当たりありますよ」

「それはどんなだ?」

「リーブイズのリオーネと呼ばれるリオルは元々人間だったらしいですよ」

 

 突然の変化球に顔を強張らせる。

 

「…それで、それだけの理由ですか?」

「いえ、そのリオーネさんは“じくうのさけび”という特異な能力を使えるらしいです」

「“じくうのさけび”…」

「特定の過去や未来を見る事が出来る能力らしいんですけど、海岸でヨノワールとリーブイズのお二方が話してるのを盗み聞きしちゃいました」

 

 何度も思った事だが、本当にシャンプーを仲間にしておいて良かった。こいつ以上に優秀な情報屋はいないんじゃないだろうか。

 

「元々人間で、“じくうのさけび”を持つリオル…不思議な存在ではあるな」

「元々人間なのは貴方もじゃないですか」

「えっ!?ビートさんも!?」

 

 そう言えば、シャンプーにはその事を話していなかった。驚くシャンプーに説明をする。

 

「む、まあなんとなく理解しましたけど…ということはビートさんも何か能力を?」

「いや、そういうのは無いな…」

「なぁんだ…」

 

 そう露骨にガッカリしないで欲しい。

 

「ともあれ、リオーネが元人間で“じくうのさけび”を持つって事は関係しているでしょうけど、それだけの事で未来世界に連れ去る必要性はありませんよね」

「………ジュピタと同じだったら?」

「ジュピタと同じ?どういう事ですか?」

 

 俺は頭の中で組み立てた仮説をリフル達に話す。

 

「…ジュピタは未来世界から時の停止を食い止める為にやってきた…ように、そのリオーネとやらも一緒だったとしたらどうだろうか?」

「えっと…元人間のリオーネさんも未来世界の住民だったって仮説ですか?」

「そういうことだ、シャンプー。その際、何かしら原因があってリオーネはポケモンへとなってしまった…」

「何かってなんですか、とツッコみたい所ですけどビートも解ってませんしね、置いておきましょう」

「そして、恐らくリオーネは記憶を無くしたのだろう。人間からポケモンに変わった者は記憶を失う何かがあるんだろうか…」

「まあ、リーブイズとしてプクリンギルドの弟子入りしてますしね。己の役目を覚えているならヨノワールなんて目の敵にするはずです」

「そして、なんらかがあってヨノワールにその正体がバレた…それ故に連れ去られた、という説だ」

「なんだか、なんらかとか曖昧な所が多いですけど…」

「しかし、そう考えると腑に落ちます。もう片方のイーブイの方は恐らく巻き込まれただけでしょうけど」

「あの子の名前はイブですよぉ〜、僕の進化前ですね!」

「…とまあ、長々話したが…それが判明した所で何かあるって訳じゃ無いんだがな…」

 

 それにこの話を皆に話したって信用して貰える筈も無いんだし。

 

「いえ、もしもの時にもしかしたらほんの少しひょっとしたら役に立つ可能性が僅かながらあると思います」

「それ無いって言ってるのと同然だって思わないか?」

「何言ってるんですか、もしかしたら交渉の時に使えるかもしれないじゃないですか!」

 

 もしかしてシャンプーは時の歯車頂戴ってお願いするつもりなんだろうか。無謀も無謀過ぎやしないか?

 

「さて、作戦会議はおしまいです。それぞれ、各地の時の歯車を取りますよ、まさしくふたつの意味で時間との勝負です」

「ああ、武運を祈る」

「誰に物を言ってるんですか〜!」

 

▼▽▼

 

 再び、だいしょうにゅうどう。1度ここに来ている俺はだいしょうにゅうどうの謎なんてあってないようなものだ。実際、壁があるように見せて無かったしな。

 道中の敵も取るに足らない。あの時は親方と一緒だったが、実質俺が1匹で戦っていたからな。

 何も苦労する事なく、俺はだいしょうにゅうどうの最奥部に辿り着いた。

 

「…………………」

 

 幻想的な時の歯車の辺りを見渡した。

 

「また、来たんですか?えっと、ビートさん、でしたっけ?」

「ああ、違いない」

 

 岩だと思っていた物が姿を変えて、メタモンになった。そう、このだいしょうにゅうどうの時の歯車の守護者はこいつだ。その変身能力を用いて、時の歯車を守護する。

 

「…一体何の用ですか?」

「時の歯車を盗み続けていたジュプトルの話は知っているか?」

「えっと…ごめんなさい。僕、いつもここにいるんで、外の情報に疎いんですよ」

 

 そのような気がした俺は、メタモンに外の世界について話した。

 

「そ、そんな!じゃあこの時の歯車も盗まれるかもしれないんですか!?」

「いや、そのジュプトルは捕まったからそれは無いんだがな…どうやらここは無事だったようだな」

「それを確認しにここにきたんですか?」

 

 不思議そうな顔のメタモン。

 

「まあそれが1つだ。後1つ、場合によっては2つになるが…用事があるんだ」

「はぁ…」

「………時の歯車、貸してもらってもいいか?」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 ただ信じて欲しい

 静寂と、殺気。岩を穿つ水音だけが辺りに響く。こうなるとはわかってはいたが、やはり精神的に厳しいものがある。

 

「…それ、冗談でも冗談じゃなくても、冗談じゃ済みませんよ…?」

「お生憎様、本気だ。御愁傷様」

 

 俺の言葉にメタモンはスゥッと姿を変える。その姿はあろう事か俺と同じ姿のニャビー。

 

「貴方と戦うには、貴方が相手をすれば良いんですよ」

「自分と同じ姿の奴が目の前にいるって、変な気分だ、な!」

 

 大地を蹴り、電光石火の如くメタモンニャビー、略してメビーに蹴りを喰らわす。しかし俺の蹴りはまるでどのように攻撃してくるかわかっていたかのように、俺と全く同じの蹴りでメビーは相殺した。

 

「あの時は機会が無かったから僕の特殊能力を1つ、教えてあげますよ」

「変身能力以外か?俺の蹴りに反応したって所のネタばらしをしてくれるのか?」

「ええ、無論これは油断では無く、貴方に対しての最後の情けです」

 

 メビーは天に向かって吠えた。すると、地面が割れ、迫り出した岩が俺へと襲いかかる。

 

「う、うおっ!!」

 

 迫り出した岩を避けた俺だったが、いつの間に宙にあった岩が俺を目掛け落ちてくる。

 

「変身能力はメタモン特有の能力ですが、メタモンの僕特有の能力があります」

 

 岩を必死に避ける俺に対して高みの見物のメビー。

 

「ある時、違うポケモンに変身した時、ある事を考えました。水ポケモンなら水を扱う動力源、炎ポケモンなら炎を扱う動力源を、違うタイプでも取り入れることが出来ないか、と」

「つ、つまりお前は、水タイプの、ポケモンでありながら、炎タイプの技だったり、炎タイプのポケモン、でありながら岩タイプの技を、使えるって事か…!?」

「はい、そうです。ですから貴方の不意打ちも、僕の記憶の中にあった未来予知の力で対処出来た訳です」

 

 それが本当なら、いや、本当なのだろうが恐ろしい事だ。相手は、俺の弱点となる技を多種多様に使えるのに対して、俺は限られた技で、相性の悪いこいつを倒さなければならないのだ。

 

「ぐっ…こんな事なら、リフル達も連れてくれば良かったな!」

 

 掠った岩に苛立ちをぶつけるよう岩を蹴り飛ばす。偶然にも、飛んだ先はメビーの方向だった。

 突然飛んできた岩にメビーは無様に直撃する。…一体どういうことだ?未来予知が使えるなら、今の技だって避けられる筈じゃないのか?

 しかし、チャンスはチャンスだ。時の歯車を賭けた大勝負。正々堂々などと言ってはいられない!

 

「リフルに教わったアイテムフルコォォォス!!」

「なっ…ぐぬ、ぅ…!」

 

 しばりだまで相手をしばり、動けない内にもうげきのタネとしゅんそくのタネを齧る。そしてふらふら、まどわし、めつぶしのタネを食べさせて完成だ。

 

「相手をまず縛り付けるのが重要なんだよな…そうすればこっちのものだ」

「な、なめるな!!」

 

 混乱、惑わし、目潰し状態で碌に行動も出来ない筈のメビーが俺のいる方向に向かって、火炎放射を繰り出してきた。

 

「…いやしのすずか」

「僕に状態異常なんて通用…はっ!?」

 

 目潰し状態が解けたメビーの視界に、俺は映っていないだろう。ほぼ全ての技を使えると言ってもあながち間違いではないメビーがいやしのすずを使える事くらいは考慮済みだ。

 だから俺は、ドロンのタネを使っておいたのだ。透明状態の俺を見つけ出す術は無い。

 

「ま、まさか時の歯車を…!」

 

 メビーが時の歯車の方を向き、俺に背中を見せる。相手の狙いが、自分ではなく別の物の場合、突然姿を消した相手に対して、相手の目標を確認してしまう。リフルがジュピタと戦った際、学んだ事だ。

 無防備に晒されたメビーの後ろ姿に、アクロバットを叩き込む。

 

「お前の弱点は、技の変更時に時間がかかる事だな。色んな技の原理やら何やら記憶しているその記憶力は凄いが、処理能力が足りない。だから、1回に1つの技しか使えないし、他の技を放つ時に時間がかかる」

 

 岩を飛ばした時だって、偶然だったにしろ未来予知さえしていれば対処出来た筈だ。それが出来なかったって事は違う技を使っていた為に未来予知が使えなかったと考えるのが妥当だろう。

 変身する力も無くなったメタモンが元の姿に戻る。それを尻目に俺は時の歯車に向かって歩き出す。

 

「そ…それを取ったら…と、時が止まるんだよ…!」

「ああ、知ってる。だが、ジュプトルはどうして時の歯車を集めようとしていた?」

「は、話を聞く限り…未来世界から、この世界の時を止める為に…」

「話は少し変わるが、どうして今までこの時の歯車は誰も取ろうとしなかった?」

「…それは、それを取ったら大変な事になる…と理解しているから…」

「今まで長い間取られなかった時の歯車がどうして未来世界で取ろうとする奴が現れる?それに…どうしてわざわざ未来世界からやってくる必要がある…?」

「………ぁ」

 

 考えれば単純な事だったんだ。時の歯車を未来世界で集めることが出来ない、それは未来世界の時が止まっているからだ。ジュピタが時の停止を目論んでいるなら、この世界に来るまでもなく未来世界の時は止まっている。

 

「浅はかなんだよ、誰もかもが。物事の片面しか見ないで、時の歯車を取ると大変だから駄目だとしか思わず、時の歯車を取ろうとする理由を聞かず、悪だと決め付ける」

「そ、れは…」

「見せかけの正義が蔓延る、どこでも、いつでも!」

 

 ズキリと頭が痛くなる。

 

「どうして、思考を停止するんだ?どうして、偽物の正義を真実だと崇めるんだ?どうして、誰も他の可能性を考慮しないんだ?」

「う………」

「そのせいで…そのせいで………」

 

 そのせいで、なんだ?

 

「う、うわあああああああああああ!!!!!!!!」

「び、ビートさん…!?」

 

 頭が締め付けられる。腹の中のモノが口の中にこみあがる。手足が思うように動かない。目が霞む。

 

『嘘をつくな!』『黙れ!』『お前の事なんぞ誰も信じない』『消えてしまえ!』

 

 幻聴が聞こえる。大地が揺れる。視界が歪む。

 

「ビートさん!ビートさん!!」

 

 先程まで敵対していたメタモンの心配そうな叫び声だけが頭の中に響いて、俺は、意識を、失った。

 

▼▽▼

 

 シャンプーという名前は地味に気に入っている。イーブイとして生まれ、シャワーズに進化してからは周りから常にシャワーズと呼ばれていた。シャワーズという名前が嫌いだった訳じゃないけれど、どうしても名前というより記号のような感じがして、あまり気分は良くなかった。

 リフルさん達と出会い、シャンプーという唯一無二の名前を付けてもらって、互いに名前で呼び合う仲で、隠し事をされていたことは怒っていないというのは嘘になるけど、リフルさん達の言い分も最もだ。

 

『話したところで、信じないでしょう?』

 

 ヨノワールの本性を知ったからこそ、僕はリフルさん達の話を信じれたのであって、ヨノワールの本性を知らなかったら僕はきっと、トレジャータウンの烏合の集と同じ思想だったと思う。だからこそ、リフルさん達は真実をひた隠しにしていた。それをわかっているからこそ、僕はリフルさん達を責めることは出来ない。

 リフルさんがキザキの森、ビートさんがだいしょうにゅうどうに行ってる中、僕が向かった先はすいしょうの洞窟だ。途中、色の変わる水晶がある場所で行き止まったけれど、なんとなく水晶の色を僕の姿と同じ色にしてみたら道が拓けた。

 襲いかかって来る敵を薙ぎ倒して、最下層へたどり着くと、そこにはアグノムだけでなく、ユクシーエムリット、意思記憶感情を司る3匹の伝説のポケモンがいた。僕は物陰からその様子を伺っていた。

 

「…それは本当の話かい?」

「だーかーら、本当なんだって!」

 

 なにやら言い争っている様子だ。冷静な様子のアグノムと興奮するエムリットの間に、諌めるようにユクシーが割り込む。

 

「エムリットの言う事は本当ですよ」

「…しかし、時の歯車は元に戻した筈だろう?」

「ああ、勿論だよ。でも、時が再び動く事がないんだ!」

「えっ!?」

 

 エムリットの話に思わず声を上げてしまう。案の定というか、突然の見知らぬ(身聞かぬ?)声に3匹はこちらに振り向いた。

 

「…そこに誰かいるのかい?」

「…そうでしたら、出てきなさい」

「…無駄な抵抗は止す事だよ」

 

 先程まで険悪な雰囲気だった3匹が、現れた敵かもしれない存在に敵意を向ける。溶けて難を過ごすってのも手だけど、僕は観念して3匹の前に姿を現す。

 

「…誰だい?そしてどうしてここにきた?」

「えっと…僕の名前はシャンプー、探検隊レガリアの一員です」

「それで、シャンプーさんはどうしてここにきたのです?」

「…君の目的はなんだい?」

 

 アグノム単体ならまだしも、3匹相手は分が悪い。なんとか戦闘を開始しなくてはならない。…しかし、引けないのも事実だ。

 

「………時の歯車集めです」

「ジュプトルの真似事かい?やめておきな、碌な事が起きないよ」

「集めなきゃ…碌な事が起きないんです…!」

「………エムリット、この子の話を聞くだけ聞いてみましょう」

「僕も賛成だよ、ただならぬ意思を感じるんだ」

 

 エムリットは少し不満そうだったが、アグノムユクシーが話を聞いてくれる態度になった為、僕は事の顛末を事細かに3匹に話す。

 話終わると、3匹が3匹怪訝な顔をしていた。

 

「…信じられるかい、アグノム、ユクシー?」

「…僕にはどうも…」

「いえ、私は…」

 

 ユクシーは僕に近付くと、僕の頭に手を当てた。

 

「……………この子の記憶を読むに、嘘はついてません」

「そんなものは記憶を植え付ける事で騙せるだろう!?」

「そんな事が出来るポケモンは非常に限られてますよ」

「だけども、それじゃあ僕達が信じていたヨノワールは嘘をついてたって事かい?」

「…そういう事になりますね」

 

 徐々にエムリットとアグノムの意見と、ユクシーと僕の意見が対立している形になっている。

 

「ヨノワールはジュプトルの陰謀を止める為に未来世界から来たのだろう?」

「ジュプトルの目的を阻む為にヨノワールはやってきたのでしょう」

「そんな事をしてヨノワールにはなんの得があるんだい?」

「それはジュプトルにも言える事です!ジュプトルになんの得があるんですか?」

「それでも私はジュプトルを信用出来ないよ!」

「ジュプトルが悪だと思い込んでいるからでしょう?勝手に決めつけちゃ駄目ですよ!」

「だけどもヨノワールが正義で、ジュプトルが悪。それが世間の評価だよ?」

「そういう評価にすればヨノワールは動きやすいですし、ヨノワールは狙っていたのでしょう」

「じゃあ私らは何を信じればいい!?ヨノワールが嘘をついてたなら、私らは何を!!」

 

 取り乱すエムリットの瞳をジッと見つめ、僕は言葉を紡ぐ。

 

「ユクシーを、僕を信じてくれたユクシーを信じればいい。ほんの少しの付き合いだったらヨノワールじゃなくて、長い間一緒にいるユクシーを」

「……………っ!!」

「…どうやら僕達の負けのようだよ、エムリット。ユクシーも、シャンプーも一歩も引かない意思をしている。そんな意思が嘘だっていうのは、僕には無理だよ…」

「………わかっている…わかってる…私だってわかっているさ!シャンプーの純粋な感情も、それに呼応したユクシーの感情も…全部…」

 

 エムリットはぽろぽろと涙を流す。そんなエムリットをユクシーとアグノムが抱き締め、慰める。

 少し経って、落ち着いたのかエムリットはバツの悪そうな顔で僕の方を向いた。

 

「…その、悪かったね…勝手に、決めつけて…」

「いいんです、最後にわかってくれれば」

「エムリットは直情的な性格だからね、仕方ないよ」

「なんにせよ、私達はあなた達に協力しましょう。ここの時の歯車だけでなく、私の守るねっすいのどうくつの時の歯車、エムリットの守るりゅうさのどうくつの時の歯車も持っていくといいでしょう」

「ここはともかく、他の2つは時が止まったままなんだ、気にする事は無いよ」

「あ、そうですよ!どうして、時が止まったままなんですかね?」

「うーん、考えられる可能性は、時限の塔の崩壊だっけ?あれが関係してるんじゃないか?」

「エムリットにしては鋭い推理だね」

 

 確かに、時限の塔の崩壊と時の歯車を戻した場所が時間が止まったままなのは何かしら関係があるかもしれない。

 

「シャンプー」

「あっ、はい?」

「覚えておいてください。世間はまだジュプトルが悪の風潮です。それを打破するには、疑う勇気が必要だという事を」

「…ええ、覚えておきます」

 

 アグノムから貰った時の歯車、ユクシーから貰った時の歯車、エムリットから貰った時の歯車をバッグの中に、僕はリフルさん達の元に帰っていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 作戦達成

 目を覚ますと、住処に戻っていた。寝っ転がったまま辺りを見渡すと、リフルが腕を組んでこちらを見ていた。

 

「目が覚めましたか?」

「えっと…俺は………」

 

 何があったのか思い出そうとしても、何も思い浮かばない。

 

「あなたと同じ姿のニャビーが、あなたをここに運んできた時は少々驚きましたよ」

「同じ姿のニャビー…」

 

 間違いない、メタモンだ。俺はメタモンと戦って勝利したはずだ。そこでメタモンと会話を交わして…駄目だ、これ以上は思い出せない。

 

「それにこれも」

 

 リフルが時の歯車を取り出し、ひらひらと団扇のように扇ぐ。

 

「それって…!」

「ご存知の通り、だいしょうにゅうどうの時の歯車です。あなたを運んできたニャビーが言ってましたよ。『僕なんかが持つより、あなた達が持っていた方が良い』と」

「…あいつ」

 

 何があったかわからないが、メタモンは俺の言うことを信じてくれたのだろう。ここにある時の歯車が何よりの証拠だ。

 

「それで、キザキの森の時の歯車は?」

 

 俺の問いにリフルはふるふると首を振る。

 

「まだ戻ってすらいませんでした。行動が少し早過ぎましたね」

「じゃあ、今俺達は時の歯車を1つ手に入れた訳だな?」

「いえ」

 

 リフルは複数の時の歯車を取り出す。合計、4つ。

 

「………え?」

「ビートが丸々1日寝ていた間にシャンプーが集めてきましたよ、3つ」

「え、えっと…どういうことだ?」

「湖の時の歯車を守るユクシーアグノムエムリットの懐柔したらしいです。それでなし崩し的に3つの時の歯車ゲッチュです」

「シャンプーすげぇ…」

 

 素直にそう思わざるを得なかった。きっと俺だったら不可能だっただろう。

 

「そんなシャンプーは今ねっすいのどうくつ奥のきりのみずうみでユクシー達と遊んでるらしいです。ビートが起きたら向う約束ですから、行きますよ」

 

▼▽▼

 

 所変わってきりのみずうみ。時が止まって、美しさというのは微塵も感じられず、ただ虚無感を覚える。

 リフルが言っていた通り、ユクシーエムリットアグノムの3匹の真ん中でシャンプーは楽しそうにお喋りをしていた。

 

「お待たせしました、シャンプー」

「あ、リフルさん!ビートさんも目を覚ましたんですね、よかったよかった!」

「………………」

「………?リフルさん?」

 

 リフルは腕を組んで、ユクシー達を見つめ、何かを考えていたかと思うと、突然ユクシー達に指をさした。

 

「ユクリア、アグレア、エムクト…ですね」

「何を考えてたかと思うとあだ名か!」

「あはは…聞いてた通り、個性的な子だね…」

「いいじゃないか、私は気に入ったよ!」

 

 苦笑いのアグレア、嬉しそうなエムクト、無表情で何を考えているかわからないユクリア。時の歯車を守る守護者にも色々いるものだな。

 

「…さて、探検隊レガリアさん」

「はい、何でしょうか?」

「私達にも、聞かせてください。ジュプトルの本当の感情や意思を、貴方達の口から」

「…わかりました」

 

 ジュプトルじゃなくてジュピタです、と意味のない前置きをしつつ、リフルは語り出した。あらかじめ話を聞いておいたお陰かユクリア達3匹は黙って話を聞いていた。

 

「…と、こんな感じですかね、ジュピタと対峙して感じた事と、私達が考えた推理は」

「そのリーブイズって探検隊は私、戦った事あるよ!」

「僕は助けてもらったって感じかな。ジュプ…ジュピタに襲われている時に

「私は、リーブイズのリオーネが元々人間で、記憶を失っていると聞きました。記憶を司る私だからこそ、聞いてきたのでしょう」

「ということはリフルさんの推理は大正解なんじゃないですか!?」

 

 確かにユクリアの情報を合わせると、ヨノワールがリーブイズも一緒に未来世界に連れ去った訳だ。

 

「…しかし、じゃあビートはなんなんですかね?」

「はい?」

「ビートも同じ様に元々人間で、記憶を失っているんですよ。似たような境遇からして、何か慣例性があると私は推測します」

 

 リフルの言葉に、ユクリアは首をかしげる。

 

「ビートさん、もですか」

「んー、確かに何か関係あるのかもしれないな…」

「僕もそう思うよ…ん…?」

 

 ふと、アグレアが何かに気付いたかのように俺達の背後に目線を向ける。俺達も振り返って後ろを見た。

 なんとそこには、未来世界に連れ去られたはずのジュピタが、俺達と同じく驚いた表情でそこに立っていた。

 

「ジュピタ」

「…リフル、ビート」

 

 ジュピタは首を振ると、俺達の後ろのシャンプーらに目線を合わせて、臨戦態勢を取る。

 

「何か勘違いしているようですけど、彼らは味方ですよ」

「なに…?」

「ほら、貴方が集めているものってこれでしょう?」

 

 リフルがバックから4枚の時の歯車を取り出す。それを見たジュピタは再び驚いた表情をし、グッと口を噤み、ほぼ直角に頭を下げた。

 

「すまない…!俺を、信じてくれたというのに俺はお前達を心の底から信用出来なかった…!」

「私は貴方じゃなくてビートを信じる事にしたんです。謝るならビートに謝って下さい」

「ああ、本当にすまない」

 

 ジュピタは俺の方に向いて、頭を下げた。

 

「…未来世界に連行される時、俺はお前達が何もしないのを見て、一瞬だけだが裏切られたと思ってしまった。だが、お前達はこの世界に暮らす者、それ故派手な動きは出来ない…そういう事だったんだろう…」

「………気にしないでくれ、まさしくその通りなんだからな」

 

 ジュピタに対してそう言った俺だが、何故だか寒気が止まらなかった。

 

「……………それで、一緒に連れ去られたリーブイズ達は?」

「あいつらは別の情報を探している。俺の目標は、達成されたが」

 

 どうやらジュピタはキザキの森の時の歯車を取ってきたらしく、時の歯車を取り出した。

 

「これで5つ、これを時限の塔に嵌めれば…時の崩壊はおさまるはずだ」

「ちょっといいですか?その時限の塔って何処にあるんですか?僕、聞いた事無いんですけど…」

「ああ、それは…」

「幻の大地ですよ」

 

 ジュピタの言葉を遮って、リフルはが答えた。

 

「…あれ?どうしてリフルが知ってるんだい?私達ですら知らなかったんだけど…」

 

 エムクトの言う通りだ。だが、リフルならば知っていてもおかしくないという気持ちも、今まで一緒にいた所為か感じてしまう。

 

「…恐らく、私は時限の塔に行ったことがあるんですよ。私の師匠は自由奔放なポケモンで、色んなダンジョンに連れ回されましたから。ただ、行き方は知りませんよ。記憶が曖昧なので」

 

 そういえば、前にリフルはゼロの島という場所にも行ったことがあると言っていた様な気がする。その師匠とかいうポケモンに1度でも良いから会ってみたかったな。

 

「ともあれ、その幻の大地に時限の塔があるんだね?それで、その幻の大地にはどうやって行くんだい?」

 

 エムクトの質問にジュピタはふるふると頭を振る。

 

「それは…まだわからないんだ。だが、そんな事は壁ですらない。今、俺には、頼りになる仲間が沢山いる」

 

 ジュピタは俺達を見渡して、深く頷いた。それに対して、ユクリア達は当たり前だろうと言わんばかりに微笑んだ。その中で、唯一俺だけが純粋に笑顔になれなかった。

 

「私達も私達で、伝説のポケモンコネクションで幻の大地について調べてみましょう」

「手がかりが全くないけど、その方が燃えるじゃないか!」

「…まあ、こういうのって大概近い所に正解があったりしますけどね」

 

 わいのわいのと見知らぬ幻の大地について、皆で話し合っていたその時。

 

「あ、ユクシーさん…って、ええええええ!?!?」

「ひええええええ!?!?じゅ、ジュプトルゲスかーーー!?!?」

 

 プクリンギルドの弟子、スズと…ビッパだ。ジュプトルを目撃して、動揺しているらしい。俺達は目を合わせて、コクリと頷く。

 まるで、前から決めていたかのような動きでスズとビッパの2匹を取り囲む。ここでバレてしまっては、作戦が台無しだ。申し訳ないが、2匹を口封じする。

 

「…悪いが、少し痛めつけるよ」

「…心苦しいですけど、ね」

「えええ!!待って、待って下さいよ!」

「あっし達の話も聞いてくださいよ〜!!」

「………聞くだけ聞いてやる」

 

 ジュピタの返答にスズ達は声を震わせながらも話し始めた。

 そこで、驚くべき事実が発覚する。俺がメタモンに、シャンプーがユクリア達に、その真実を話したように、リーブイズの2匹はプクリンギルドの皆に真実を話したのだ。勿論、ギルドの皆も信じられない様子だったが、親方のリーブイズを信じる発言を皮切りに全員が、リーブイズの話を受け入れたのだ。

 そしてギルドの皆はそれぞれ、トレジャータウンのポケモン達や、ユクリア達に話に来たらしい。

 

「どう説得するか、悩みましたけど…レガリアの貴方達も知ってたんですね…」

「僕が知ったのもつい最近ですけどね!でも、僕はリフルさん達が嘘を付くとは思えなかったんで」

「ともあれ、良かったでゲス。今、リーブイズは幻の大地の情報を集めているでゲス」

「…そうか」

 

 ジュピタの顔が綻ぶ。そして手紙を書き始める。

 

「…これをあいつらに頼む」

 

 書いた手紙をスズに差し出すジュピタ。そして踵を返す。

 

「…何処へ行くんだ?」

「俺は俺のアプローチで幻の大地を探す」

「リーブイズに会わなくていいんでゲスか?」

「ああ、あいつらはあいつらできっと上手くやってくれるさ。あいつらは、いいパートナーだ」

 

 そう言ったジュピタは俺とリフルを横目にニヤリと笑った。

 

「…お前達もな」

 

▼▽▼

 

 目的は達成。新しく出来た目標を立て、帰ろうとした所に俺はエムクトに呼び止められた。

 

「なあ、ビート」

「なんだ?」

「…あんたがジュピタに謝られた時、あんたからドス黒い感情を感じた」

 

 図星を突かれたように、俺の心臓は跳ね上がるように高鳴る。

 

「…あんたは、裏切りに対して酷い憎悪がある。それは恐らく、失われた記憶のせいだ」

「………………」

「…いつか記憶を思い出した時、あんたはひどく狼狽するはずだ。だが、忘れないでくれ、あんたには、あんたが信じて、あんたを信じている一連托生の仲間がいる事を」

「………肝に命じておく」

 

 エムクトにそっと感謝の気持ちを抱きながら、俺は先に行ったリフル達を追いかけた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter6 崩壊を喰い止めろ
第15話 ビートブートキャンプ


 夜。俺とリフルは久しぶりに、木の下で話をしていた。他愛もない話だった。時の崩壊が近付いている、そんな事実を思わず忘れてしまいそうな程、緩やかで穏やかな時間が流れていった。

 

「…そういえば、前にリフルがゼロの島…だっけか?それについて記されている本があったよな?」

「ああ、MADに渡したあれですね、師匠の著作物です。師匠は破天荒で自分勝手なポケモンでしたけど、そういう所はマメなんですよね」

「それの、幻の大地編とか…ないのか?」

 

 俺の言葉にリフルは顔をしかめ、唸った。

 

「うーん………もしかしたら、あるのかもしれません」

「本当か!?なら、それを見たら行き方が書かれているんじゃないか?」

 

 リフルは俺をジッと見つめて、仕方ないといった感じでため息をついて立ち上がった。

 

「あんまり、見せたくなかったんですけどね…」

 

 そう言ってリフルは俺についてくるように促す。そのままリフルについていくと、リフルの住処に戻った。そしてリフルは自分の寝床の床の板を取り外した。

 取り外された床の下には梯子があり、下へと続いていた。

 

「師匠の著作物は全部ここに保管してあります」

 

 梯子を降りると、そこには大量の本が並べてあった。1つの本を取り出し、目をやると、俺だけでは到底攻略不可能であったであろうだいしょうにゅうどうの事が事細かに説明されていた。言わば、そのダンジョンの攻略本だ。

 

「ビートをここに連れてきたら、貴方絶対読み耽るじゃないですか。だからあんまり連れてきたくなかったんですけどね…」

 

 リフルが呆れたようにいう。確かに、普段だったら俺はここにある本を全て読破してやる、という勢いで読んでいたかもしれない。

 ただ今回は目的が目的だ、涙を飲んで幻の大地について書かれた本を見つけ出そう。

 

「しかし…この中からか…」

 

 本の数は恐らく千冊以上はあるんじゃないだろうか。それを2匹で、しかも表紙には番号が書かれているだけで、どのダンジョンかは中身を見ないとわからないようになっている。これは強敵だぞ…。

 

「大丈夫です、確かに沢山本がありますけど…師匠が攻略した順番に並んでいると考えると…恐らく大きい番号だと思います。師匠は別の大陸からやってきたって言ってましたし」

 

 先程のだいしょうにゅうどうの本の番号を見てみるとG24-963と書かれていた。このG5の意味はわからないが、963というのは今まで行ってきたダンジョンの数だろう。…凄く多いな。

 

「Gというのは、恐らくGrass、つまり草を意味します。この大陸は草の大陸なのでそう略したんでしょうね。そして24はその大陸で行った順番だと思います」

「…だが、幻の大地は草の大陸にあるのか?」

「………草の大陸以外には、水の大陸、風の大陸、霧の大陸、砂の大陸とあるので…いずれかは…」

「………………ちょっと待て、それって最初の状況に戻ってないか?」

 

 本の並びを見てみると、どうやら後ろの数字ではなく、アルファベットが同じ奴を順番に並べているらしい。だいしょうにゅうどうの隣の本はG25-964と記されている。

 つまり、大陸別になっているということだ。そして幻の大地がどの大陸にあるのかわからない以上、どのアルファベットを探せばいいのか…

 

「………あ、いえ。ありました」

 

 絶望感が辺りに漂う中、リフルは俺に一冊の本を差し出した。その表紙には幻の大地と記されていた。

 

「…私がゼロの島編を持っていたのも、表紙にでかでかとゼロの島と記されていたからです。恐らく、何かしらの理由で特定のダンジョンはそのまま書いてあるんじゃないんでしょうか」

「…どんな理由だが、わからないがな」

 

 本を開いてみる。だが、そこには何も記されていなかった。そう、白紙のページが何枚も続いていたのだ。

 

「…全く書かれてないが…?」

「…?一体どういうことでしょうか?」

 

 リフルは本の隅々を探したが、どうやら何も見つからない様子だ。

 

「折角見つけたのに何も書いてないって…実は行ったこと無いんじゃないか?」

「いえ、そんなはずは…」

 

 リフルも自分の記憶にあまり自信がないのか、頭を抱えて首を振る。

 

「………師匠の気持ちになるんです……師匠がどうしてこんな事をしたのか………」

 

 リフルが師匠の意図を探ろうと頭をフル回転させてる中、俺はとある1ページに違和感を覚えた。

 その1ページも勿論真っ白だ。いや、真っ白と言ったら語弊を生む。その1ページは何も記されていない。しかし、その1ページだけほんの少し他のページの色と違う気がする。そのページに触れてみると、すこしベタベタしており、他のページのツルツル具合とは全く違う。

 

「師匠師匠師匠師匠師匠師匠師匠…」

 

 リフルが壊れてきているのを尻目に、俺はあるものを取り出す。そう、せんたくの玉だ。せんたくの玉をかざすと、そのページから文章が現れた。

 

『きっと、意外な所で抜けてるリフルが見つけていないと思うよ?』

 

 文章の冒頭はこう始まっていた。その言葉はまさしく図星で俺は苦笑いを浮かべる。

 

『まあ何はともあれ、このページを見つけたんだ。きっと時の崩壊から、時限の塔に行く為に幻の大地について調べようとしている所だろう。僕は全能だからね、容易に推測出来るよ』

 

 書いたリフルの師匠のドヤ顔を脳裏に思い浮かび、少しイラっとしながらも文章の続きを見る。

 

『追伸:困った事があったら星の洞窟にいるジラーチを頼りなさい。リフルという名前を出したら協力してくれるはずだよ』

 

 文章はそれで終わっていた。うわ言のように師匠師匠と呟いているリフルにそのページを見せる。

 

「……………………………星の洞窟ですか」

「ああ、そう書かれている。まさしく今が困っている時だ、行くんだよな?」

「ええ、行きましょう」

 

 今日はもう遅い、しっかり休んで明日星の洞窟へ向かおう、と俺は思った。しかしリフルは別で、突然準備体操を始めた。

 

「………?何してるんだ?」

「…そういえば、ビートは初めてですよね。私、時折師匠と高速ダンジョン巡りってのをしたんですよ」

「高速ダンジョン巡り…?」

 

 嫌な響きに冷や汗が頰に流れる。

 

「ほぼ1日かけて攻略するダンジョンを超高速で攻略します。その為、時間が無いときに有効です。…まさか、ビートは出来ないって思ってます…?」

「う…いや、でもシャンプーもいるじゃないか?」

「シャンプーは寝てますから、寝起きでこれは酷ってものです」

「その優しさを俺にもくれないかな!?」

「さあ、ビートブートキャンプの始まりです」

 

 俺の言葉虚しく、リフルの高速ダンジョン巡りに俺は付き合わされる事となった。

 

▼▽▼

 

 星の洞窟。ところどころ綺麗な石が埋まっており、いつもだったらその綺麗な景色を眺めながらダンジョンを歩いていたのだろう。

 お生憎様御愁傷様。そんな景色を楽しむ余裕など一切無く、リフルと俺は星の洞窟を風となって走っていた。

 

「ビート、まだまだ余裕ですよね?」

「あ、当たり前だっ…!」

 

 実は結構ギリギリだが、リフルの余裕綽々の態度から弱音を吐けない。

 

「それにしても…師匠とジラーチはどんな関係だったんでしょうか…」

「………さあな」

「それに師匠も師匠ですよ。あんな変なギミックを仕掛けて…」

 

 ベタついたアイテムはせんたくの玉を使えば再び使えるようになるが、そのベタつきを隠す為に使うという発想は俺には思い浮かばなかったな。

 

「さて、最奥部です」

 

 リフルが突然止まり、俺は足を引っ掛け転んでしまう。立ち上がる気力も無い。

 

「…流石に、はやいな」

「高速ダンジョン巡りですから。ほら、あそこにいました」

 

 リフルの指差す先に、宙に浮いたままのジラーチが寝ていた。リフルはジラーチに近付き、ジラーチの腰から伸びる短冊みたいなものを引っ張り始めた。

 

「うーん…むにゃむにゃ…誰…?」

「探検隊レガリアのリフルです」

「…うーん…僕、寝起きが悪いんだ…いきなり襲いかかっても…許してね…」

「いいから起きなさい」

 

 あろうことか、リフルは寝ぼけているジラーチの顔面に尻尾を叩きつけた。

 

「ちょっ…リフル!?」

「いえ、襲われる前に襲いかかってやろうと…」

「………ふっ…ふふふっ…」

 

 無様に地面に墜落したジラーチは顔に地面をつけたまま笑い声を発した。そして、満面の笑みで俺達に顔を向けた。

 

「あはは!やっぱり、あいつの弟子だけあるよ!久しぶりだ、本当に久しぶりだよ!」

「………私は貴方に会った覚えは無いんですけど…」

「ん?ああ、そっか。それも仕方ない事だね、君が本当にちっちゃい頃の話だったしね。でも敢えて言わせてもらおう!変わらないね、その可愛さ!」

「それでジラーチって願い事を叶えられるんですよね?」

 

 ジラーチの言葉を華麗にスルーしたリフルを残念そうに見つめながら、ジラーチは頷いた。

 

「そうだね、ほら、僕って自他ともに認める天才だし?願い事を叶える事なんてお茶の子さいさいだよ!」

「そうですか…でしたら私達に大陸間を自由に行き来出来る能力を下さい」

 

 その瞬間、ジラーチの顔はふっと真面目な表情になった。

 

「可能だけど、君達にそれを与える価値があると思う?」

「…つまり出来ないと?」

「いや、そこまでは言ってないよ。ただ、そんな能力を与えたとしたら何か悪用される可能性もある。ほら、僕って周りの事も考える天才だし」

「じゃあ悪用をしないという根拠でも出せばいいのでしょうか?」

「端的に言えばそうだね。いくら、旧友の弟子の頼みでも、その願いをはい、わかりましたと叶えてあげることは出来ない」

「…でしたら、行きと帰り、2回だけでいいです。勿論、私達を合わせて2回、で」

 

 リフルの言葉にジラーチは真面目な表情を崩して笑い出した。

 

「あはは!やっぱり君はあいつにそっくりだよ!僕の予想通りの返答をありがとう!ふふふっ、君達の願いを叶えてあげよう!勿論、回数制限なんて作らないよ。ただし、移動する場所を固定させて貰うよ」

「ええ、構いません」

 

 ジラーチは目を瞑り、何かを唱え始めた。すると、洞窟内が地響きをあげ、揺れだした。あまりの異常な状況に疲れからへたり込んだままだった俺も立ち上がる。

 

「落ち着いて…流石に普通の力を超えている願いだからね…ちょっと因果律が苦情を言っているんだ」

「…それって危なくないのか…?」

「それを押さえつけて願いを叶えるのが僕の役目なのさ。…ほい、終わったよ」

 

 地響きが収まる。俺はほっと一息をついた。

 

「じゃあ改めて君達に与えた能力について説明するよ。君達は目で見えない範囲の距離で、海で隔てている大陸間を移動する能力を与えた。何処に移動するかは君達の想像力次第って訳。移動したい大陸の風景を思い浮かべたりね。そして、移動する際に空間に輪っかが現れるから…そこを潜れば移動できるよ。ただし、1度輪っかを出現させた場所から移動させる事は不可能だ。それを可能にしちゃうと擬似的な瞬間移動が出来ちゃうからね」

 

 今いる草の大陸から別の大陸に移動し、そこから草の大陸の別の場所に移動する。そんな事は出来ないって訳だな。

 

「さて、他に質問はあるかな?」

「………これ、あなたに何かメリットでもあるんですか?いくら私があなたの旧友の弟子だとしても」

「それの答えは単純だよ、“君なら大丈夫”。そこのニャビー君も君が連れてきたって事はそれに値するポケモンって見做した」

「………何はともあれ、感謝しますよ。さあ、今日は帰りましょう、ビート」

「あ、ああ」

「じゃあねぇ、気が向いたらまたおいでよ」

 

 ジラーチに会釈をし、リフルは踵を返す。そんなリフルの後ろ姿にジラーチは手を振りながら、悪そうな笑顔を浮かべてたのを俺は見逃さなかった。

 

▼▽▼

 

 リフル達が去った後の星の洞窟の最奥部で、ジラーチは高笑いをしていた。

 

「あはははは!!あー…面白い…いやぁ、本当にあいつの弟子だけあるよ。見てて飽きないねぇ。それにしても…」

 

 洞窟の綺麗な石に映り込む自分を眺めながら、ジラーチはビートの事を考えていた。

 

「ビート君だっけな…彼、面白いなぁ。本当に面白い…面白過ぎて、つい悪戯しちゃったよ」

 

 自分のやった事を悪びれる様子もなく、ジラーチはニコリと笑う。

 

「…真実を知った時、あの子達は果たして今の関係でいられるのかな?」

 

 一通り笑って満足したジラーチは、再び眠りにつこうとするが、ふと、こちらに近付いてくる足音が聞こえた。

 

「はぁ〜…やっと着けました…やれやれ、こんなに複雑だとは思いませんでしたよ」

「んー?君は一体誰だい?」

「おお、やはり彼女の言う通りいましたか。願い事を叶えるポケモン、ジラーチさんが」

「うん、そうだねぇ。だけど、僕は君の素性を問うてるんだけど?」

「おっと、これは私のあんぽんたん。名乗り遅れましたね。私は調査団のリーダーをしています、願い事を叶えてもらいにきました」

 

 調査団のリーダーと名乗ったデンリュウはジラーチと対峙する。

 

「願い事?いつもなら眠いし、断る所だけど今の僕は眠くないし、気分が良いんだ。余程に事が無い限りいいよ」

「ええ、私の願いは…………」

 

 ジラーチとデンリュウが出会った事で、また新たな物語が生まれる。しかし、それが語られるのは少し後の話だ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話 決戦!ディアルガ!

 俺達は昨日の出来事をシャンプーに話し、早速プクリンギルドに向かった。しかし、プクリンギルドのメンバーは誰もいなかった。

 

「…留守か?」

「シャンプーは何か知ってます?」

 

 リフルの問いにシャンプーは黙って首を振る。それも仕方がないか、シャンプーも時の歯車集めやらと色々遁走していたからな。情報を集める暇が無かったのだろう。

 

「僕達だけでも先に行きますか?」

「だが、時の歯車が手元に無い以上、幻の大陸に向かっても意味が無いんじゃないか?」

「…そうですね、ですが…この能力が本当に使えるのか、試してみましょう」

 

 リフルの言葉に従い、俺達は住処へと戻る。場所が固定されてしまう以上、行きやすい場所であり、ポケ目につきにくい場所が最適だろう。

 

「さて…ラーチが違う大陸に向かうには想像力が必要だと言ってました。つまり、その大陸の情景を思い浮かべれば、どうにかなるんじゃないんでしょうか」

「なら、俺には無理だな。俺は幻の大陸に行ったことは無いし」

「ええ、ですが私もいかんせん古い記憶なのでうまくいくかどうか…」

 

 大きく息を吸って、手を前に差し出すリフル。きっと、記憶のカケラを集めて、幻の大陸に繋ごうとしているのだろう。邪魔をしちゃ悪い、それを理解していた俺とシャンプーはただ黙ってその様子を見守っていた。

 少し時間が流れ、リフルが動き出した。右手を上に、左手を下に、円を描くように手を反転させる。

 

「…大陸渡し(コンティネント・コネクティッド)!」

「………前々から思ってましたけど、リフルさんってちょっとカッコつけようとする節がありますよね」

「………それは俺も思う」

 

 リフルの掛け声と共に、空間に輪が浮かび上がる。輪の中には見たことのは無い風景が広がっている。

 

「…上手くいったのか?」

「行ってみましょう」

 

 なんの躊躇もなく、リフルは輪を潜る。そして、辺りをキョロキョロ見渡したかと思うと、こちらに戻ってきた。

 

「恐らく、成功しました。既視感がありましたし」

「能力も真実だと証明されたしな、後はどうやってジュピタ達と合流するかだな」

「…もうどうせだったら先に行きません?」

「え?」

「ジュピタも、恐らくきっと別のアプローチで幻の大陸に渡ってくると思うんです。それでしたら、無理に合流するより先に行って、現地合流の方がいいかもしれません。それに…」

「それに?」

「この能力を使うのも、維持するのも意外と大変です。体力も結構使いますし、常に幻の大陸について思考していなきゃいけませんし」

「成る程、そう何度も使いたくは無い、か」

「それなら賛成です!早速先回りして驚かせましょう!」

 

 シャンプーが意気揚々と輪を潜ろうとした時、まるで見えない壁にぶつかったかのようにシャンプーの身体が弾かれた。

 

「えっ、えっ?」

「どうしたんだ…?」

 

 今度は俺が輪を潜ってみる。シャンプーとは異なって、俺は輪を潜る事が出来た。

 

「…まさかこの能力を持ってないと輪っかを潜る事が出来ないのか?」

「そ、それじゃあ意味ないじゃないですか!」

「…叩き起こしてでも、シャンプーも連れて行くべきでしたね…」

 

 リフルも同じように輪を潜る。そして落胆の表情を浮かべるシャンプーに、言葉をかけた。

 

「…申し訳ないですけど、お留守番お願いしますね」

「………わかりましたよ、僕はその間ジラーチにでも会いに行きます」

 

 まさかシャンプーも同じように能力を貰う気だろうか。

 

「それじゃあ、いってらっしゃい」

「ええ、いってきます」

「ああ、いってくる」

 

 シャンプーの笑顔の見送りを受け、輪が消える。

 

「………これが時限の塔か?」

「ええ、恐らく」

 

 重々しい雰囲気が漂う、天を貫く塔。この時限の塔こそが俺達の目標だ。

 リフルと目を見合わせ、頷く。そして俺達は時限の塔へと挑んでいく。

 

▼▽▼

 

 普段のダンジョンとは、一風変わった雰囲気が漂う。心なしか、リフルの顔も少し緊張しているように思える。

 

「リフル、大丈夫か?」

「ビートこそ大丈夫ですか?」

 

 お互いに声を掛け合って、押し潰されそうなプレッシャーに立ち向かう。それでも、上へ上へと向かっている内に、俺達の足取りは重りでもつけられたかのように重くなっていく。

 

「…参りましたね、ここまで恐ろしいものだとは思いませんでしたよ」

「それでも、この感じは妙じゃないか…?」

「恐らく、時限の塔の主が頂上から私達にプレッシャーを放っているんじゃないんでしょうか?先程から時折、上手く身体が動かず攻撃を当てる事が出来ませんし…」

「威圧感って奴だな…」

 

 もし時限の塔に俺1匹で挑んでいたら、それこそプレッシャーに押し潰されていただろう。今、隣にいるリフルのお陰で俺は歩を進められる。

 

「リフルがいてくれて、本当に良かった」

「………それは一体どういう意味ですか?」

「そのまんまの意味だ。出会いから今まで、俺はリフルに頼りっぱなしだ」

「…そんな事ありません、私もビートに色んなものを貰ってます」

 

 リフルの視線と俺の視線が交差する。

 

「…師匠と別れて、私はただ惰性的に生きていました。今でこそ、時の停止を食い止めようと知恵を振り絞って、体を動かしていますけど、ビートと出会っていなかったら私はきっと、そんな事に興味を持たなかったでしょう」

「……………」

「最初は興味本意でした。自分を人間と言うポケモンに対して、多少興味を抱いてました。しかし、ビートと過ごしていく内に、私の心境は変化していきました。危なっかしさはありますけど、常にひたむきで、意外に素直で、肉体的かと思えば、洞察力や観察力があって、色んな知識をすぐに吸収する。気が付けば、私はビートと一緒にいたいと思いました。…ビートは、私の今を作ってくれたんです」

「…そ、そう真剣に言われると少し恥ずかしいな…」

「……………少し喋り過ぎましたね」

 

 リフルは視線をそらし、そっぽを向いた。その頰は少し赤くなっているような気がした。

 少し気まずい雰囲気になりつつも、俺達は時限の塔を登っていく。プレッシャーに耐えながら、俺達はついに時限の塔の最上階へと辿り着いた。

 

「…ここが、時限の塔の頂上か?」

「そうみたいですね…」

 

 リフルは辺りを警戒しながら、前へと踏み出す。その瞬間、耳を劈く咆哮が辺りに轟いた。そして、大地を揺るがす衝撃と共に現れたのは…

 

「…時を司りし、ディアルガ…!」

「さっきから放たれてたプレッシャーはこいつからか…!」

「グギュアアアアアアア!!!!」

 

 思わず冷や汗が滴れる。ディアルガの様子は、尋常じゃないくらい異質で、俺達の事を紅き双眸で貫いている。

 

「…話を聞いてくれるような雰囲気じゃありませんよね…でも、ディアルガをどうにかしなければ私達は時の崩壊を食い止めることが出来ません」

「…倒すって言うのか?紛いもなく伝説のポケモンを」

「………最悪、倒せなくても弱らせる事さえ出来れば、後はジュピタ達がなんとかしてくれます」

「………そうだな」

 

 リフルが戦闘態勢を取る。それに応じて、俺もリフルの横に立って、ディアルガを見据える。

 

「そう言えば、何気に初めてだな。こうやってリフルと共闘するのは」

「ああ、そうでしたね。いつも、1対1の戦いでしたし…それでも、私達なら問題無いでしょう」

 

 リフルの言葉を皮切りに、リフルが動き出す。高く飛び上がり、ディアルガの顔を目掛けて、エナジーボールを放つ。

 

「グオオオオオオオオ!!」

 

 しかし、リフルのエナジーボールはディアルガのげんしのちからに打ち消される。それどころか、げんしのちからは相殺されずに、空中にいるリフルに向かって飛んでいく。このままでは直撃してしまうが、その攻撃を予測していたリフルは俺に蔓を伸ばす。

 リフルの意図を読んだ俺は、蔓を掴んでそのまま引っ張る。それによってリフルはげんしのちからを避ける事が出来た。俺の隣に着地したリフルはやれやれといった様子で首を振った。

 

「生半可な攻撃じゃ、あんな感じで打ち消されちゃいますね…」

「強力な一撃を与えるしかない、か」

「その為には隙を作りたいですね、強力な技も避けられちゃ意味ないです」

 

 なかなか動かない俺達にディアルガは、俺達に向かってドラゴンクローを放つ。

 

「いいですか、ビート!」

 

 ドラゴンクローを避けながら、リフルは大声を出す。

 

「ディアルガの最強の一撃、時の咆哮を放たさせるんです!そうすれば、自ずと隙が生まれます!」

 

 俺達が強烈な一撃を与える為には、ディアルガに強烈な一撃を放たせ、耐えるか避けるかしなくてはならない、という事だ。なんとも難しい話だが、俺達ならきっと問題無い。

 来たるべきその時の為に、力を温存しつつ、細々とした攻撃をディアルガに当て続ける。左右上下八方から与えるダメージにディアルガも鬱陶しく思うはずだ。痺れを切らしたディアルガが時の咆哮を放った時、その時がチャンスだ。

 そして、そのチャンスはすぐに訪れた。ディアルガは脚を大きく踏み込み、息を吸った。

 

「来ます…!」

 

 リフルの言葉に、俺は時の咆哮に備えて、気を引き締める。そしてディアルガは最強最大の技、時の咆哮を放つ。

 放たれた瞬間、これは、どうやって避ければいい、と。迫り来る衝撃を、スローで眺めながら、俺は思った。

 

「グギャアアアアアアア!!!!」

 

 避けれるはずがない攻撃が俺の身体に鋭い痛みと共に襲いかかる。気を失いそうな衝撃、俺は成すすべもなく地面に打ち付けられる。

 

「がはっ!」

「だ、大丈夫ですか…ビート!」

 

 リフルも、完璧に避けきれなかったようでダメージの色が濃い。だが、時の咆哮を放った反動でディアルガはその場で立ち尽くしている。

 リフルの作戦を無駄にする訳にいかない、俺は気力を振り絞って、俺は技を放つ。

 

「真・炎天!!」

 

 太陽と見間違う程燃え上がる光球が、俺の真上に出現する。前回の技とは全く違う、リフルの為の技だ。

 

「任せたぞ…」

「ええ、任されました」

 

 リフルは地面に手をついて、ディアルガを見据える。そして、地面から超巨大な根が生えてくる。草タイプの奥義、ハードプラント。そして、俺が放った炎天の効果をかけあわせれば、それはさらなる進化を遂げる。

 大きな根が燃え上がる。しかし、燃え上がるも根はリフルの意のままに動く。そして、その根を未だ時の咆哮の反動で動けないディアルガに向かって、放つ!

 

「「喰らえ!草炎の究極技(ブラスト・プラント)!!」」

 

 俺達の思いを乗せた、燃え上がる、大きく畝る蔓の、不可避な一撃がディアルガに放たれる。

 

「グギャアアアアッッッ!!!!」

 

 ディアルガが悲鳴とも呼べる声を上げる。間違いなく、有効打が与えられた。

 しかし、俺達は強烈な一撃を当てる事だけ考えて、ある事を失念していた。

 

「グルルル………」

 

 再び、ディアルガは脚を踏み込み、息を吸う。なりふり構わず、2発目の時の咆哮を放つつもりだ。

 そう、それが1つ。強烈な一撃を与えても、倒せなくては意味がない。俺達は、必殺の一撃を与えるべきだったのだ。

 2つ、俺達は時の咆哮を凌いで、再び究極技を放つ力が無い。

 3つ、ディアルガが時の咆哮を放った時の反動と同じく、ハードプラントを放ったリフルにだって反動がある。

 故に、再び放たれる時の咆哮に、リフルは絶対に避けられない。ディアルガは狙ってやったわけではないだろうが、俺達がやろうとした事を、ディアルガにやられるという皮肉。

 

「リフル!!」

 

 息を切らして必死に身体を動かそうとするリフルに、俺は無我夢中で駆け寄る。

 しかし、ディアルガはそんな俺を嘲笑うかのように、時の咆哮を中断した。そして、リフルに気を向けていた俺に向かってドラゴンクローが飛んでくる。

 

「………っ!」

 

 身体が大きく吹き飛ぶ。初めて見た血の色。それが自分のものだと気付くのはすぐだった。視界が赤い、目にも血が入ったらしい。身体は相変わらず、宙に浮いている。

 地面への着地の衝撃ですら、気を失いそうだ。だけども、吹き飛んだ衝撃はそれだけではそれだけでは収まらなかった。地面を滑るように俺の身体は転がっていく。そしてそのまま、時限の塔の最上階から、俺の身体は落ちていった。

 

(あっ、やば…)

 

 手を伸ばそうとするが、意味がない。そのまま重力に従って、俺の身体は下へと落ちていく。

 遠のく時限の塔の最上階を、薄れゆく視界で眺めていると、リフルが俺に手を伸ばしながら落ちてきた。

 

(………!駄目だ、リフル………君までも、犠牲になる必要は無い…!)

 

 声を出そうにも、ただ喉からヒューっと言う音しか鳴らない。

 リフルは手だけでは届かないと判断したのか、蔓が俺の身体を包み込む。

 

「必ず、救います…!!」

 

 傷付いた身体をリフルに抱かれながら、俺はゆっくりと意識を失った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話 師匠の講義

「そもそも、探検っていうのは何かしら目的を持って探検するものだと僕は思うんだよね。誰かを養う為に探検するような経済的な理由しかり、世界の真理を掴む為に探検するような学問的な理由しかり、何者かから逃げる為に探検するような反社会的な理由しかり、皆からの期待に応える為だけに探検するような表面的な理由しかり、アイテムを売る為に探検するような営利的な理由しかり、富や名誉に目が眩んで探検するような偽善的な理由しかり、仲間に裏切られて虚心のまま探検するような悲劇的な理由しかり、ただ頼まれて探検するような事務的な理由しかり、周りと同じように探検するような因習的な理由しかり、自分しか成し得ないだろうと信じて探検するような天才的な理由しかり、自分の論理だけ信じて探検するような思弁的な理由しかり、最終目標の足がかりにする為に探検するような漸進的な理由しかり、周りが勝手に決めつけて探検するような外発的な理由しかり、自分の居場所を見つける為に探検するような排他的な理由しかり、普通とは違う事をしたいが為に探検するような変則的な理由しかり、自らの死に場所を探す為に探検するような破滅的な理由しかり、俗世間と離れる為に探検するような禁欲的な理由しかり、頭より先に身体が動いてしまって探検するような盲目的な理由しかり、成すべき事がそこにある為に探検するような第一義的な理由しかり、いずれにしろ目的があるのは理解出来ると思うんだ」

「……………?」

「じゃあ僕が探検する目的は、だって?僕はこの世界の面白さを皆に伝えたいっていう生まれもっての本質的で啓蒙的な理由だよ。キュウコンの様な寿命の長いポケモンでも、テッカニンの様な寿命の短いポケモンでも、それでも僕達のポケモンの命ってのは1つしかない。自殺他殺病死寿命、その他諸々…命の炎が消える理由は沢山あれども、僕は命の炎が消える最後の瞬間まで、その炎を輝かせる事こそが、最高の命だと思ってるし、その為に努力も惜しまないさ」

「……………」

「君に出会えた事も、僕の命の炎を輝かせる一因だよ。君が何処で生まれ、どうやってここに辿り着いたのかは全くわからない。わからないけど、だからこそ面白いと思う。君のその謎を解く、今の僕の目的だ。その目的の補助的な意味合いで僕は色んなダンジョンに巡っている訳だ。世界各地の不思議のダンジョンを全て巡り、全て記す。そんな事が出来れば僕は探検家としても、ポケモンとしてもさらなる伝説へと昇華できるんじゃないかな。そして、全てのダンジョンを巡ったという事は、世界の全てを巡ったという事に等しい。つまり、相対的に君の謎も解けるわけさ。それなら僕はもう努力を惜しまないさ!なんたって、メリットしか無いんだぜ」

「…………………………?」

「ん?それじゃあ、その目的が達成されたらどうするんだって?…ああ、君は心配しているんだね?およそ誰も成し得ないであろうその目的を達成してしまったら、僕はそれ以上の目的を見出す事が出来ないんじゃ無いだろうかって。でもさ、それでも大丈夫だよ。確かに、目的を失い、ただ死んだ様に探検をするかもしれない。だけど、それは新しい目的を探す為という想像的な理由で探検する事になる。つまるところ、最初に行った通り、何も目的が無く探検するようなポケモンはいないって事さ。だから安心したまえ、僕は自らの目的を達成したくないからって、わざと手を抜いたりするような非効率的な事はしないさ」

「…………………」

「うむ、わかってくれたようで何よりだよ。だから君は安心して僕と共に来るがいいさ。僕は君を絶対に守り切るし、絶対に傷付けないさ。僕だけじゃない、君の命だって輝く権利はあるんだ。だから、君もその命を輝かせる為に精一杯努力するべきだよ」

「…………?」

「そうだね、まずは喋れるようになりたいね。君は言葉の意味はわかっているけど、未だに喋れないからね。言葉っていうのは重要なものだよ。ペンは剣より強し、どんな時でも最終的に役に立つのがコミュニケーションさ。僕も君が喋れるようになる事をとても期待しているよ」

「……………」

「…いや、僕はともあれ、今のままだったら他のポケモンとはコミュニケーションが取れないからね?」

「…………………!」

「………僕としては非常に嬉しいけど、それだけだったら絶対駄目だよ。じゃあ君は、僕がいなくなったらどうするつもりなんだい?僕以外とのコミュニケーションを一切取らず、徹底的に1匹狼…じゃなかった、1匹蛇を貫くつもりかい?それだったら、僕は君を甘やかし過ぎた、僕は君から距離を置かなきゃならない」

「………!…………!!」

「そんな目に涙浮かべて絶望的な顔しないの。尻尾を掴まない。…冗談だから、今のままで君を放っておいたら僕の方が夢見が悪いよ。それでも、もし君が僕しか必要無いって言い続けるなら本当に側を離れる事を忘れないで欲しい。僕だって、君が嫌いだから言っている訳じゃない。それどころか、君が好きだからこそ、君が心配だからこそ僕は君に言うんだよ。愛の形は様々あれども、依存する事は、それは愛なんかじゃないからね。愛が愛である為には、時には厳しくする事も必要だ」

「…………………」

「その冷たい眼差し!まるで、僕が面白いから厳しくしているって感じの視線だね!まあ、正解っちゃあ、正解だね。先程も言ったけど、僕が命の炎を輝かせるには“面白い”と思うべき事を成す、それが僕だからね。おおよそ探検が初めてのポケモンが行くダンジョンじゃない場所に無理矢理連れて行ったり、罠の存在を知っておきながら忠告しなかったり、モンスターハウスに遭遇して慌てる君を遠目から眺めていたのも、厳しさ余って面白さ100倍って奴だね!…まあ、わかっていると思うけど、何も君を傷付けたい訳じゃないからね?現に、君は何1つ怪我した事は無いはずだ。言葉の反対は暴力だ。何も言わず、ただ暴力を振るえば大抵のポケモンは従ってくれる。だけど、そこにはコミュニケーションは全くない」

「……………?」

「ああ、確かに言葉の暴力という言葉もある。だけど、僕が言った言葉っていうのはコミュニケーションの換喩的表現さ。言葉による暴力を振るうような奴に、コミュニケーションが取れると思うかい?答えはNoだ。そりゃ、出来るやつもいるかもしれないが、そいつもまた暴力に魅力を感じている馬鹿さ。だから言葉がコミュニケーションを取る最善の方法に対して、暴力っていうのはコミュニケーションを取れない最悪の方法なのさ」

「………?」

「殴り合って生まれる友情、ね。まあ確かにあるね、そんなもの。だけど、殴り合ったから友情が生まれたんじゃなくて、殴り合って、これ以上殴れないって状況になって、ようやく言葉によるコミュニケーションを図ろうとしたからこそ、友情が生まれるんだよ。結局、暴力ってのは良いものは何も生みやしない。不条理な暴力なんぞ、全て排斥すべきものだと僕は思うがね」

「………………」

「君も不条理な暴力を武器に使うんじゃないよ?そんな奴は、僕は絶対に許さないよ。…まあ、残念ながら世界にはそういう奴らが蔓延ってはいるんだけど…。それでも、そんな奴らのせいで輝くべき炎が消えてしまう…それが僕には許せない」

「…………………?」

「…いや?助けないよ。いいかい?不条理な暴力に、不可解な思考に、不愉快な中傷に、その命の炎を輝かすことの出来ない奴は沢山いる。だけど、僕がそいつを助ける義務も無いし、というより理由が無い。何度でも言うけど、命の炎を輝かせるのは自分自身だ。僕がそいつらを助けても、そいつらは輝く事は無い。せいぜい僕がするのはきっかけ作りだけだよ、いわば火種の準備。それを活かすか、もしくはそれすらも消してしまうか。それはそいつ次第だ。僕は全てのポケモンがその命を輝かせるべきであり、その権利があると思ってはいるが…別にそれを押し付けるつもりは一切合切無いよ。聞き上手なポケモンは、まず最初から否定しないって事だと思うんだよね。自分の趣味に合わないから排他する。自分の意見と違うから否定する。自分の思い通りにならないから憤慨する。つまるところ、こういう奴らは言葉の暴力を使う奴だな。そういう奴らは僕は許せないけど、そういう奴らを排斥するつもりなんてない。無論、僕や君に被害が及ぶなら別だけどさ」

「……………………」

「向こうは否定するのに、こちらは肯定するのかって?いやいや、別に肯定はしないさ。そんな奴らに相手をしない。それが僕らの対処法だよ。自分を否定し、排斥し、排他しようとする奴らがいるならこう思えばいい。“それはそいつの想いであって、自分は違う想いなんだ”って。否定する奴らを相手してたら、自分自身もそいつらに引っ張られちゃうよ。そんな奴らは相手にしない、他にいる、自分を肯定する相手だけを見る。それこそが僕の処世術さ。それ故に僕は言っておく、ここまで冗長に君に語ったけど、君が肯定出来ることだけを参考にすればいい。否定はいらない、肯定と、無関心。賛成と無干渉。ポケモンってのはそうであるべきだと思うね」

「……………………………」

「ただ、君にこれだけは否定されたくないな…。命の炎を輝かせるっていうのは、やっぱり大切なものだよ」

 

▼▽▼

 

 私は、ビートと一緒にいたい。

 私は、ビートと共に笑いあいたい。

 私は、ビートと共に苦難を越えていきたい。

 それが、私の命の炎が輝かせる。

 

「…ビート」

 

 とうに意識を失ったビートの身体を抱き締めながら、私達は時限の塔から落ちていく。地面に墜落すれば、私もビートもタダでは済まない。

 

「賭けてみましょう」

 

 徐々に近付く地面に、少し恐怖を覚えながら、私は手を差し出す。

 

「………大陸渡し(コンティネント・コネクティッド)

 




何言ってんだこいつ…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter7 ビート
第18話 僕と俺の処世術


 波のさざめき、潮の香り。うっすらと目を開けると、それは綺麗な青い空が広がっていた。

 

「上手く…いきましたか」

 

 地面に激突する直前、私は大陸渡しを発動し、その輪を潜ってこの海の浅い所に繋げた。ジラーチは“輪を出現させる場所は固定する”と言っていたが、私はそれをAの大陸からBの大陸に行く際だけだと推測した。つまり、Bの大陸からAの大陸に戻る際は再び違う場所から輪を出現させ、Aの大陸の行く時と別の場所に出現させられる、そう考えた訳だった。

 ほぼ無謀に近い賭けだったけれども、私は賭けに勝つ事が出来た。無論、これ以上ビートにダメージを負わせない為に、彼を守る動作をしたせいで、私もここで気を失ったらしい。正直、海にそのまま流される事がなくて良かった。

 

「…あれは、ラプラス…いえ、そんな事よりビートは…!?」

 

 水平線に消えていくラプラスを眺めていると、ふと、私はビートが近くにいない事に気付いた。まさか、海に流されてしまったのか。私は最悪の状況を振り払い、辺りを見渡す。

 ビートは岩の後ろに隠れていた。私より、とっくに早く目覚めたらしくただじっと海を眺めている。ビートの無事に安堵し、私はビートに話しかけようとすると、ビートは突如、奇怪な行動を取り出した。

 岩の方に振り向くと、未だ傷付いたままの身体を顧みず、頭を思いっきり岩に叩きつけたのだ。

 

「ビート!?」

 

 その行動に私は思わず、飛び出してビートを抑える。だけど、ビートは私に止められようと、頭を岩に打ち付ける行動をやめなかった。

 ビートの頭からは血が流れている。痛々しい様子のビートに私は耐えれる事が出来なかった。

 

「や、やめてくださいビート!何をしているんですか!そんな事をして、なんの意味があるんですか!これ以上、自分の身体を傷付けないで下さい!!」

 

 私の涙の訴えにビートはようやく頭を打ち付けるのをやめ、私の方に振り向いた。だけど、私はいつもと違うビートの瞳に恐怖を抱いた。

 この世の全ての色を混ぜ合わせたかのような混濁の瞳には、希望やら活力やらそういうものを一切感じなかった。

 

「………僕は、君にそう言われる筋合いなんてないよ」

「…………………ビート?」

 

 哀しげな表情を浮かべるビート。いつもと様子が違うのは一目瞭然だ。

 

「………僕は、僕は君を裏切っていたんだ」

「…え?…それはどういう事ですか…?」

「………僕は何よりも、裏切りが嫌いだった。吐き気がするし、何よりも深い悲しみに囚われる」

 

 段々ビートの表情が悲痛なものへと変わっていく。

 

「僕は…それなのに…!君を裏切っていたんだよ…!何よりも、裏切りが嫌いだった僕が!!」

「だから!何が、どういう事ですか!?」

 

 ビートのヒートアップ具合に私も冷静さを失う。

 

「僕は人間なんかじゃない!この世界で生まれて、この世界で生きていた、ただのニャビーなんだよ…!」

「……………えっ?」

 

 ビートと初めて出会った時、ビートは自分を人間だと言っていた。しかし、そうではなかった。

 冷静さを失っていた事もあって、私の脳内はパンクしていた。

 

「…聞いてくれるかな、僕の生き方を」

 

▼▽▼

 

 自分がどの大陸だか、何処の生まれだか、それはハッキリと覚えてはいないけど、僕が生まれた場所は常に雪が降り積もる村で、僕にとっては涼しい場所だった。

 僕が物心ついた時から、親はとっくに亡くなっていて、僕はこの村唯一の炎タイプだった。寒さの厳しいこの場所で、炎タイプである僕はとても珍重されていた。

 

「すまんが…暖炉の火が消えてしまったんじゃ…」

「わかりました、今から向かいますね」

「これから料理するんだけど、あんたも一緒にどうだい!?」

「それ、僕を火種にしたいだけですよね。別にいいですけど」

 

 僕としては自身の力を発揮するだけで、村のポケモンから頼られ、感謝される。そんな生活が、僕にとっての普通だった。

 ある日、その日は特に寒く、村の皆で村の集会所で過ごす事にしたのだ。そうすれば、僕がいちいち皆の場所で火種を作る必要は無い。僕としても、それは有難いことだった。

 だけど、それが僕を僕じゃなくす要因になった。皆でご飯を食べ、談笑し、眠くなってきたから眠る。皆が暖かく、寝れた筈だった。

 次の日、目覚めた時に、僕は困惑した。

 

「……………………え?」

 

 集会所が燃えている。目の前が真っ赤に染まっている。煙がもうもうと立ち上がり、視界が開けない。

 

「……そ、そうだ…皆は…!?」

 

 僕自身が炎タイプ故、火に囲まれていても問題は無かったけれど、他の皆は別だ。最悪の考えを振り払い、僕は走り出した。

 炎で燃えて、崩れていく建物を駆け巡り、皆を探した。落下物に身体をぶつけ、ボロボロになりながらも僕は建物が崩れる最後の瞬間まで皆を探した。

 ガラガラガラ、と大きな音を立てて崩れ去る建物を、僕はなんとも言えない心情で見つめていた。もしかしたら、まだ中に取り残されていたポケモンがいるかもしれない、そう思うと僕は非常に辛くなった。

 村の集会所とは別の、村の皆で良く集まる場所に行ってみると、あの火事で生き残った皆が不安な表情で話し合っていた。

 僕は安堵し、皆に駆け寄ろうとした時、突然顔に拳が飛んできた。

 

「グハッ!!」

「…あんたさ、なんの理由があってあんな事をしたんだい?」

 

 皆からは“マザー”と呼ばれ、朗らかな優しいガルーラのおばさん。そんなおばさんが僕に敵意を向けている。何の事だか、全くわからない僕は、ただ素っ頓狂な表情でおばさんを見ることしか出来なかった。

 そして気付いた。いつもおばさんの腹のポケットの中にいた子供がいない事。そして、おばさんと同じ様に僕に対して良くない感情を向けている皆の目線。

 

「あんたが…あの集会所を燃やしたんだろう…!」

「……!ち、違う!僕はそんな事はしてない!」

「あんた以外誰がやるっていうのさ!この村に炎タイプはあんただけしかいないんだよ!」

「僕が炎タイプという事と今回の火事は関係無いよ…!集会所を燃やす事だって、暖炉の火を使えば誰だって出来るよ…!」

 

 僕はそう思っていた。だけど、まず僕と皆、常識すら違っていた。

 

「炎タイプ以外が火を操れる訳ないだろう!」

「そうだそうだ!」

「下手な言い訳をするな!!」

 

 炎に全く触れず、いつも僕頼りにしてきたこの村の皆は、炎というものがどんな性質で、どんなものなのか、全くわかっていなかったのだ。

 

「ち、違う…僕は…そんな事してない…!」

「いいから、ウチの子を返してよ!このポケモン殺し!」

「お前さえいなければ、俺達は大切な奴を失わなくてすんだんだ!!」

 

 いつも一緒に遊んでいた友達も、火種を提供する代わりに料理を振舞ってもらったあのポケモンも、長話にいつも付き合っていたあのポケモンも、全員が全員。僕を信じてくれなかった。

 この村に蔓延る歪んだ常識が、僕が育んだ皆の情をかき消した。

 

▽▼▽

 

 そこからは、僕はただ逃げた。村に居場所があるはずがなく、一面銀世界の雪山を絶望の中彷徨っていた。脳裏に、皆との思い出が浮かんでは消えていく。

 精神的にとっくに駄目になっていた僕は、身体的に駄目になるのも早かった。寒い寒い雪山の中、雪のベッドに僕は倒れこむ。冷たくも、丁度いい。

 

「(もう…寝てしまおうかな…)」

 

 何もかもが、どうでも良くなってきた。目を瞑り、僕はそのまま死ぬ事を望んだ。

 

『悪感情の塊、みーツケタ!』

「……………?」

 

 しかし、突然僕の身体は宙に浮かぶ。不思議に思い、目を開けると、そこには形容し難い形の黒い物体と、3匹のオーベムがいた。

 

『君は、信じテイタ仲間に裏切られテ、酷く傷付いテイルね?』

「…………」

 

 その黒い物体が、僕の心境をズバリ読み当てて、驚かなかったと言うと嘘になるが、それより誰だこいつは、という気持ちの方が優っていた。

 

『しかも、彼らの勝手な常識の所為デ、君は冤罪を被せられタ。元々は、彼らの火の不始末のせいなんだよ?』

「…………!」

 

 その真実をどうして知っているのか、そんな事はどうでもよかった。それより、その真実に対して、僕は彼らに対して怒りの感情が沸々と沸き上がる。

 

『彼らに復讐しタイカい?彼らを壊す力が欲しいかい?それなら、ボクと一緒に来るトイイ』

「……あ、貴方は…貴方の名前は…?」

『ボク?名前なんて無いんダケド…そうダネ、悪感情の塊(ダーク・マター)ダカラ、マターとデモ呼んデヨ』

 

▼▽▼

 

 僕がビートという名前でリフルと過ごす前に、僕は記憶喪失になっている。単純な話、彼らに対する憎悪を残し、僕の中に残っていた良心をオーベムが消しただけだけども。

 その時は、僕…いや、俺はレガリアと名乗っていた。マターから、“復讐する力”を受け取って、己自身も鍛えて、まずは彼らに対して復讐を決行した。

 雪山にあるに関わらず、紅蓮の炎に包まれる村、至る所から上がる悲鳴。俺はそれを見て、ただ邪悪な笑みを浮かべているだけだった。

 あの集会所の火事とは比べ物にならないくらいの火事が村を襲い、それでも生き残った奴らは、俺自身が始末をした。1匹残らず、命乞いを許さず、償いを受け入れず、ただ虐殺を繰り返した。

 事力尽きた奴らが伏せる紅雪の中に全身が血に染まった俺1匹。俺はマターと出会った事に感謝をした。

 

「この復讐を足がけに、俺は世界を壊す」

 

 もはや壊れてしまった俺に歯止めは効かなかった。至る所を巡り、破壊と暴虐の限りを尽くした。それが、俺自身の幸福だと信じて疑わなかった。

 それでも、俺自身の悪行が広まらなかったのには理由があった。マターの妄信的信者、オーベムの力だ。オーベムはマターに対して忠誠を誓っているが、そのマターが力を認めた俺に対しても随分と協力的になってくれた。それ故、俺は動きやすかった。ただ、俗世間から隔離された場所で行った場合は例外だったけれど。それがメタモンが俺を知っていた理由だろう。

 悪の栄えた試し無し、と言えば聞こえが良い。だけど、実際は悪が広まる事が無かったのかもしれない。

 そしてある時、いつものように悪逆非道を繰り返していると、マターからの呼び出しがかかった。

 

『いやぁ、君の働きは見事ダヨ、頼リになる』

「ええ、貴方に貰ったこの力で、俺はこの世界を絶望に落とします」

『うんうん、それもいいんダケドさ、チョット、頼マれテクレない?』

「……?俺の力になれる事なら、なんでも」

『うん、じゃあボクのシモベタチ、頼ンダヨ』

 

 マターがそういうと、俺の周りをオーベム達が取り囲む。

 

「今カラ、オ前ノ記憶ヲ消シテ、新シイ記憶ヲ植エ付ケル」

「なんたってそんな事を…?」

「マター様ハ、ポケモンノ絶望ノ感情ヲ力トシテイル」

「ああ、そう言っていたな」

「今ノオ前カラハ、絶望デハナク、希望ヲ感ジル、トノコトダ」

「……成る程、俺が復讐に対して希望を見出してしまったからか。それで、それを一旦リセットする為か?」

「半分正シイ。記憶ヲ消スカラ意味ハ無イガ、伝エテオコウ。オ前ハ、元々ハ人間ダッタ、トイウ設定デ記憶ヲ消ス」

「………………」

「自身ガ、人間ダッタトイウ事ヲ信ジテクレル者ハキットイナイ」

「そこから、絶望が生まれるって訳か」

「ソウイウコトダ」

「それなら話が早い!早速やってくれ!マター様の力になれるなら、俺は記憶を何度でも失ってやるさ!」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝 ジラーチの願い事

「今日は何の日だかわかる?」

「いきなりどうしたの?今日は…ああ、そうか。今日は君の日だね、ラッチー」

「そう、そうなんだよ!僕が生まれて、2度目の七夕だよ」

「2度目、そっか。君、長い間ずっと眠ってるもんね。せめて、毎年、七夕の日に目覚めたいよね」

「そうなんだよね、僕、折角君と出会えたって言うのに、明日からまた長い間眠る事になるだろうね。いくら君でも、そこまで生きていられるかな?」

「可能か不可能かって言われると可能だけど…まあ、流石にそれは遠慮したいかな」

「そうだよね…僕って天才的になんでも出来るけど、ずっと一緒にいてくれる友達っていうのは出来ないよね…」

「君自身が願い事を叶えるポケモンなのにね。所で、七夕は短冊に願い事を書いて笹にかけるっていうのが俗世間の風習なんだけど、知ってた?」

「へえ、そうなんだ。ずっと寝てるからそういう事には疎いや」

「だったら、皆の願い事を見てみようよ。僕なら、皆が短冊に記した願い事を念写する事が出来る」

「それは面白そうだね!なんだったら叶えてやってもいいかもしれない」

「という事で、早速1枚目。“お金持ちになりたい”だってさ」

「願いが叶うなら何を願うランキングで堂々の1位を獲得する願い事だね。僕も、生まれて間もないっていうのに現れたポケモンの大半からお金持ちにしてくれって言われたもん。まあ、その時はお金っていう存在を知らなかったから、叶えてやらなかったけど」

「今なら知ってるよね、なんたって僕と君とこの数日色んな所に巡ったもん」

「まあ、だとしても叶えてあげないよ。お金持ちになりたいって言うポケモンがお金持ちになったって意味無いもの」

「なんで?」

「金の次を求めるから」

「納得。じゃあ次の願い事、“親の険悪な仲が治りますように”だってさ」

「あー……家庭の事情をほぼ絵空事とも呼べる風習に縋っちゃう奴ね。可哀想だとは思うけど、わざわざ叶えてやる程ではないよね」

「結構冷たいね、ラッチーって」

「そりゃあ…僕、知らないもん。そいつの事。だってそうでしょ?可哀想とか、相手の気持ちを考えた事あるの?とか言う奴って決まってそいつの気持ちから目を逸らしているんだもん」

「言わば、自分に言い聞かせている、みたいな感じかな?」

「それにそういう家庭に生まれたポケモンが救われる世界なら元よりそんな家庭は生まれないし。……そいつ自身が自分の力で僕の所に来たなら叶えてやってもいいけどね」

「君はもう眠りにつくだろ。その頃にはとっくにお生憎様御愁傷様さ」

「それで?次の願い事は?」

「“自分に誇れる自分になりたい”」

「却下」

「わあ、一刀両断」

「自分に誇れる自分ってさぁ……一体なんなんだよ?女の子にモテる自分?賢い自分?運動の出来る自分?そんなの自分でどうにかしろよ。それに、さっきもいったけど、そういう奴って決まって……」

「次を求めるって?」

「現状に満足しないから何かを求めるけど、いざそれを手に入れてもまたさらなるものを求める。まあ、仕方ない事だけどさ」

「ガチャで欲しいキャラが当たったけど、それより強い奴が出る事を望んじゃうパターンか」

「……ガチャ?……キャラ?」

「んにゃ、こっちの話。それではお次の願い事。“金のリボンが欲しい”」

「……それはクリスマスに頼めばいいんじゃないかな?」

「七夕とクリスマスって似ているよね。欲しい物を願うって点では」

「その子はクリスマスに手に入れるか、いつかダンジョンに行って自分で手に入れる事を期待してるよ」

「さてさて、“友達が欲しい”だって」

「……僕だって欲しいよ」

「えー、僕は君の事、友達だと思ってるけどなー」

「……無論、僕だって思ってるけど、僕も願い事を書いたその子も“ずっと一緒にいられる友達が欲しい”って意味でしょ」

「ま、そうだろうね。出会いは欲しいけど、別れは欲しくないもの。でも、何事にも出会いの裏に別れがあるんだぜ。諦めな」

「……それでもこの子には親友と呼べる友達が出来るよう叶えておくよ」

「君には友達が欲しいとかそういう願い事を言えば叶えてもらえそうだね」

「……寝れば治るもん」

「……じゃあ、最後の願い事だ。“彼女の声を出せるようにして欲しい”」

「……………………」

「……………………」

「それ、君の願い事だよね?」

「ああ、そうだよ。だって七夕だもの。実現不可能であろう事を願ったっていいだろう?」

「君の言う彼女ってあの子…だよね?」

「うん、そうだよ。彼女、喋らないんじゃなくて、喋れないんだよね。いつになっても言葉を発してくれないからちょっと調べてみたら…って奴だよ」

「先天性なんだね。でもさ、生まれてからずっと目が見えなかったり、耳が聴こえない子にとっては、確かにそれは幸せかもしれない。だけど、それってその子の普通を壊す事になるよね?」

「関係無いさ。その子の普通を壊しても、きっと壊された普通が異常だと気付いて、新しい普通を再び形成するさ」

「……まあ、君には世話になったし、いいけどさ。それでも、正直君なら普通に出来そうなんだけど?僕は天才だけど、君は…」

「全能だからね。でも、ほら。折角の七夕だから君に願い事を叶えてもらおうとね」

「誰も僕の願い事を叶えてくれないのに…」

「そんな君には僕が叶えてやろう」

「…………え?」

「君の願い事を叶えられない原因ってのはそのジラーチの長い間眠ってしまう性質だからね。それを取っ払ってやるよ」

「……出来るの?」

「そりゃあ、全能だからね。でも僕がするのはそこまでだ。君の願い事が叶うか、君の命の炎が輝くか。それは君次第だ。さあ、火種を生かすか殺すか、君の自由だよ」

 

▼▽▼

 

 それでも、僕にはずっと友達と呼べる存在は現れなかった。それはきっと、僕がほしのどうくつで篭り切って、その火種を消しかけていたからだろう。

 

「どうしました?調査団の建物はこちらですよ」

「ああ、今いくよ」

 

 調査団、僕はここで友達を作れるのかな?

 でも、天才だからね。僕は。




間に合わなかったーーー!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話 Full Beat

「………これが、真実だよ」

 

 全てを話し終えると、手を組みながら僕の話を黙って最後まで聞いてくれたリフルが口を開いた。

 

「貴方が今まで成してきた悪い事すら、全て闇へと葬ってきた訳ですか?」

「……そういうことだね」

「じゃあ貴方の咎を知る者は、貴方と私しかいないって訳ですか」

 

 リフルはニヤリと笑う。

 

「じゃあ大丈夫ですね、私以外に知られていないんですから、貴方は誰にも咎められません」

「………………え?」

「私自身は貴方に被害を受けてませんし、咎める必要が無いですね。それなら、黙ってましょう」

「……ど、どうしてそんな事が言えるんだ…?そんな事…あり得ないよ…!」

「じゃあ貴方は責められたいんですか?」

 

 リフルの真剣な顔が、僕の体を竦みあがらせる。

 

「貴方が糾弾されたいというなら、その真実を全世界に伝えましょう。きっと、完璧に隠蔽された訳じゃないですし、何処かからの綻びで、貴方の罪は明らかになるでしょうね」

「そ…それは……」

「だったら黙ってればいいんです。黙れば誰にもバレません」

「そんな事!!」

 

 思わず大声が出る。

 

「出来るならしたいよ!でも、僕は君を裏切ったんだよ!!そんな事許される訳が無い…!」

 

 僕の悲痛な叫びにリフルはやれやれといった様子で首を振った。

 

「裏切ったって、どういう意味で?」

「……え?」

「人間だと思っていた自分は実は大罪を犯したポケモンでしたって?」

「………………」

「だとしたら、別に私は気にしてないですし、どうでもいいです」

「ど、どうして…どうしてそう淡々としていられるんだよ…」

「…貴方は」

 

 近付いて来たリフルの顔が、僕の顔の前に来る。思わず後ずさりすると、逃さないと言うかのようにリフルは距離を詰めてくる。

 

「……自身の咎を、私に糾弾させようとしている。自分自身が許せないから、でも自分を自分で責めたくないから、ただ私に責めさせようとしている」

「そんな事は…」

「認めろ、過ちを。私に審判を任せるな」

「う、うぅ…!」

 

 ついに逃げ場を失った僕はリフルとほぼゼロ距離とも呼べる程に顔を近づけあっていた。

 

「過去を理由に、今から逃げるな。貴方が今まで私と築いた絆は、貴方の失われた過去の真実程度で壊れると思っているんですか?貴方が私の立場だったら、貴方は私を糾弾していますか?」

「その…………」

「つまるところ、貴方は私を信じていない。それこそが、裏切りじゃないですか」

「………………っ!!」

 

 そうだ、僕は自分の過ちを認めたくないあまり、リフルに許されないからと勝手に決めつけて、リフルの気持ちを一切考えていなかった。確かに、それは裏切りだ。僕を信じてくれているリフルを、僕は信じていなかったから。

 一通り言い終えたのか、リフルは僕との距離を話し、腕を組んで黙った。

 

「…………リフル」

「はい」

 

 リフルはいつもと変わらない様子で応えてくれた。

 

「……正直、僕が犯した罪って許されるべきものではないと思うんだ」

「ま、そうですよね」

「……僕を恨んでいるポケモンももしかしたらいるかもしれない。僕を探しているポケモンもいるかもしれない。だけど、あの時の自分と今の僕は、全くの別物だ。皆に裏切られ、全てを壊すと誓った悪感情の塊である自分と、リフルに出会い、色んな所に行って、色んなポケモンと交流して笑いあった自分。レガリアである僕と、ビートである僕。今の僕の感情は、ビートのものだ。レガリアとビートは違う。なら、僕は自分の過去を捨てる。僕はビートだ、傷付け、悲しませたレガリアなんかじゃない。都合のいい話かもしれないけれど……」

「……知ってるのは私達しかいない」

「うん。リフルは僕のこの秘密を誰かに喋ったりなんかしない、絶対にだ」

「……まあ、過去に決別出来たようで良かったですけど、それでも私達の探検隊の名前ってレガリアですけど」

「うっ……それは……2度とそんな事が起きないように戒めとして、残しておこうかな……」

 

 僕の言葉にリフルは思わず吹き出す。

 

「それなら、いいんじゃないんですか。ビート以外は巻き込まれてますけどね」

 

 リフルの言葉に僕は思わず苦笑いをする。

 顔を見合わせて、笑い合う。随分と久しぶりに心から笑った気がする。

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 時の停止は食い止められた。私達が、敗北を喫したディアルガに対し、リーブイズの2匹は勝利を収め、時の歯車を時限の塔に納める事が出来た。私達が負け、リーブイズが勝ったという事実に私は少し頰を膨らませたいが、きっとリーブイズの2匹は互いに全てを信用しあっていたのだろう。

 だけども、時の停止を食い止めても嬉しい事ばかりではなかった。リーブイズのリオル、リオーネと呼ばれる元々人間だった彼は未来世界から時の停止を食い止める為に自身の消滅を覚悟でやってきたのだ。そして見事時の停止を食い止めた今、リオーネに、ヨノワール、そのヨノワールを自身を道連れに未来世界に連れて帰ったジュピタも消滅してしまった。

 時限の塔から帰ってきたとり残されたイーブイ、イブは涙ながら、今までの経緯に、時限の塔で起きた事を語ってくれた。きっと、託された思いなのだろう。リオーネやジュピタ、彼らという存在を忘れないよう、彼らから託された思い。

 平和な日常が戻って、私達レガリアも探検隊活動を再開させた。だけど、ビートは如実に変化していた。

 

「あ、モンスターハウスありますよ、ビートさん」

「よし、迂回して別のルートを探そう。無さそうだったら、仕方ない。慎重に突入だ。縛り玉はあるか?それを使えば無事にやり過ごせる」

 

 骨を切らせて肉を断つ、といった自身が傷付くことを厭わず、相手にダメージを与える事を好んでいたビートの戦法は、自身を最小限のダメージに抑え、相手に最大限のダメージを与える戦法に変わっていた。

 他にも変化した所は色々あるが、特に変化した場所と言えば…

 

「あ、おはよう、リフル。今日も良い天気だね」

「早起きですね、ビート。おはようございます」

 

 ビートが私だけに、本当の自分を見せてくれる所だろう。

 

「おっっっはよーーーございまーーーす!!」

「ああ、シャンプーか。朝から元気だな」

「そうですか?ともあれ、今日の依頼はなんですか!?」

 

 今のビートなら、大丈夫だろうと、私は古びた依頼書を取り出す。

 

「これです」

「…………?随分昔の手紙ですね、依頼者は……えっ!?レイダース!?!?」

「ええ、あの伝説の探検隊レイダースです」

「そんな奴らからどうして俺らに……?」

「戦ってみたいんですって。実は、私1匹でこの依頼を受け続けてたんですけど、いっつもレイダースにボコボコにやられてたんです」

「い、いつのまに……」

「レイダースはロズレイド、ドサイドンとリーダーのエルレイドです。1匹でも大変なのに、それを3匹相手って……そりゃやられますよ、リフルさん」

「ええ、そうですね。正直、ビートに行かせたくなかったんです」

「……あー…確かに、俺が聞いたら何度も挑戦してただろうな…」

「でも、今のビートなら大丈夫です。私はそう信じている。シャンプーもいますし、これで3対3です」

「ちょっと怖い気もしますけど…頑張りましょう!」

「………ああ」

 

 レイダースとの戦いの勝敗をここで語るは無粋なものだろう。

 




これにて第1部はお終いとなります。今までご愛読ありがとうございます。

まあ、第2部と続くんですけど。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter2-1 リフルが紡ぐ物語の始まり
第20話 新たに紡がれる物語


シャンプーはポケダン超に出てくるシャワーズの話し方を真似ているけど、僕っ娘設定というのを勝手に付けている。ただし、今まで、そしてこれからもシャンプーが女だという表現を出せそうにない。


「お暇をいただけませんか?」

 

 ある日、シャンプーはそう言った。

 

「……どうしました、シャンプー」

「そうだな、いきなりどうしたんだ?」

「レイダースと戦ってわかりました…」

 

 あの戦いを思い出すかのようにシャンプーは天を仰ぐ。

 

「……僕には、貴方達には敵わない、と」

「えっと、つまり?」

「なんて言うんでしょうね…貴方達には何か、覚悟がある、と言いますか……それが強さの動力源になっていて、僕はそれを持っていない」

「いや、そんな事ないだろ。シャンプーだって強いじゃないか」

「強い強くないの話じゃないんです。まるで何かを乗り越えたかのように、ビートさんもリフルさんも」

 

 相変わらず、シャンプーの直感は鋭い。

 

「貴方達の側にいたら、僕はこれ以上高みへと行けません。ですから、お願いします」

「えっと……どうする、リフル?」

「……いいんじゃないんですか?というより、それが貴方の考えた事ならいちいち私達に許可を得る必要はありませんよ」

「あはは……やっぱりそう言うと思いました。一応礼儀として、ですかね」

「それで、行くあてはあるんですか?」

「はい、ここから遠い大陸にあると言われるダンジョン、きよらかなもりに挑戦しようと思っています」

 

 きよらかなもり、師匠の書によると、確か『最も自分の経験を活かし、最も自身の経験が活かせない場所』だった気がする。正直何を言っているか(記しているか)わからない。

 しかし、それでも師匠は踏破したらしいが、『2度と御免だ』と最後に綴られていた所を考えると、一筋縄ではいかないだろう。

 だけど、シャンプーがそれに挑むというなら止める理由は無い。私達はシャンプーを笑顔で送り出そう。

 

「それで、その大陸まではどう行くんだ?確か、ジラーチがいなくてシャンプーは手に入れてないんだよな…………大陸渡し」

「ええ、でも丁度いいです!鍛錬にもなりますし、泳いでいきます!」

「……迷子には気を付けろよ」

「はい!ビートさんも、リフルさんもお元気で!!」

 

 シャンプーは言うが早く、その日の内に旅立っていった。シャンプーを見送った浜辺でビートと2匹、私達は佇んでいた。

 

「……えっと、それで僕達はどうする?」

「……そうですね」

 

 ビートの記憶を取り戻す、という目的が達成された今、成すべき事が無い。

 

「…………いえ、ありました」

 

 ふと、思い出した。

 

▼▽▼

「じゃあ全てが終わったら、この大陸から海を渡ってワイワイタウンに行ってほしい。そこで君の真相が分かるはずだ」

▼▽▼

 

 夢の中に現れた師匠が言った事。私に関する真相。ビートの真相を知った私は、自身の真相を探るべきだろう。

 

「……私は、私の事を探るべく水の大陸にあるワイワイタウンに向かいます」

「そっか、じゃあ早速行く?大陸渡しを使えば一瞬だもんね」

 

 ビートの反応に私は少し気を抜かれた。完全に自分もついていくつもりだろう。私としても、それが良かったので、嬉しい限りだけど。

 

「はい、ビートは水の大陸には行ったことはありますか?」

「えっと……確かあるよ。あまり思い出したくない記憶だけど」

「それじゃあ任せていいですか?私は水の大陸の思い出が一切無いんで」

「うん、任せてよ」

 

 私の家に場所を移し、ビートは大陸渡しを発動させる。普通に発動させたビートに少し不満げな顔をすると、ビートは笑顔をひきつらせていた。

 

「……じゃあ、行きますか」

「うん、僕達の新たな旅立ちってね」

 

▼▽▼

 

 輪を潜ると、そこは丘の上だった。丘には大きな木が一本生えており、湖が見える。そしてその湖の先には村らしきものが見える。

 ビートは周りをキョロキョロ見渡し、首を傾げている。

 

「どうしました、上手くいったじゃないですか」

「え?うん、でも……僕、この場所に来た事無いんだよね…」

「それなのにどうしてここに繋がったのか。ふむ、不思議ですね」

「それに、ここが水の大陸じゃない可能性もあるよね?」

「いえ、それはありません」

 

 私の言葉に更に首を傾げるビート。私は湖の先にある村を指す。

 

「あれはおだやか村といって、水の大陸にある村です」

「……あれ、さっき水の大陸の記憶は無いって……」

「記憶は無いですけど、師匠の著作はありますから」

 

 バッグの中から師匠の書、水の大陸総集編を取り出す。

 

「……師匠は“丘の上の木の下で、風に吹かれて空を見る。遠くに見えるおだやか村のポケモン達は笑顔で過ごしている。こここそが、僕の最も思い入れのある場所”と記しています。そして、その記しているか事と一致しています」

「君の師匠がこういう事になると予め推測しておいて、大陸渡しの出現場所を固定しておいた、とか有り得るかもね」

 

 ビートは軽く言っているが、流石にそれは有り得ないだろう。ビートがこの場所に出現させたのも、きっとビート自身が記憶喪失とは別物で忘れている深層にある記憶が無意識のうちに反映されただけだろう。

 

「とりあえず、その、おだやか村だっけ?そこに行ってみようよ」

「ええ、そうですね」

 

▼▽▼

 

 と、いう事でおだやか村に到着。しかし、ここに向かうまで結構な距離があり、本日突然の出発という事もあってか、意外と疲れた。

 

「さて……まず、拠点となる場所を確保しなきゃ駄目ですね」

「うん、そうだね……おや?」

 

 ビートは何かを見つけたらしく、視線をそちらに向けている。ビートの視線を追うと、そこにはアバゴーラがいた。なにやら苦悶の表情を浮かべている。

 

「どうしました、何かありましたか?」

 

 ただ事では無いと感じ取ったのか、ビートはそのアバゴーラに近寄っていく。前までのビートだったらきっと遠巻きに眺めながら心配していたに違いない。

 

「ん、あ……いや、なに……ちょいと、腰をいわしてしまったんじゃ……」

「え!?本当ですか、大丈夫ですか!?」

「腰痛といった各部の痛みにはオボンの実を潰した物を濾して出来た液に、いやしのタネを砕いて入れて、煮詰めて飲むと効くっていいますよ」

「へぇ〜初めて知ったよ。……でも、僕達オボンの実持ってないよ?いやしのタネならあるけど」

「オボンの実なら……儂の家にあるが……」

「わかりました。じゃあ、貴方の家に案内して下さい」

「えっと、リフル……アバゴーラさん、腰が痛くて動けないんだよ?」

「わかっています」

 

 私は蔓を最大で10本出せる。1本あたり、10kgは耐えれるから、80kg程度のアバゴーラなら、10本あれば余裕である。

 アバゴーラの腰を痛めないよう、気を付けながら蔓を巻き付かせ、そして持ち上げる。予想以上に重かった。

 

「大丈夫……リフル?」

「……ええ、ただ長くは持ちません。早く案内してもらえますか」

「あ、ああ……」

 

▼▽▼

 

 アバゴーラの家に到着。早速オボンの実の場所を聞いて、痛みによく効く栄養剤を作る。出来上がったものを飲ませると、先程まで痛みに顔を歪ませていたアバゴーラの表情は柔らかいものになった。

 

「ほおぉーーー………助かったわい、随分痛みも引いた」

「それなら何よりです」

「所で、お主らは何の目的にこの村に来たんじゃ?こんな辺鄙で何もない村に」

「……私達、草の大陸から来た探検隊なんです」

「探検隊!成る程、だがこの村に探検出来るような場所はありゃせんぞ」

 

 アバゴーラは豪快に笑う。

 

「ま、そんな場所でもロマンを求めるのが探検隊ですから。それでも、ポケモン助けが優先ですが」

「殊勝な心掛けじゃのう。儂が育ててるあいつも、そういう子に育って欲しいもんじゃ……」

「へぇ、お子さんがいるんですか。やっぱりやんちゃなんですか?」

 

 ビートの言葉にアバゴーラは苦笑いを浮かべる。

 

「やんちゃどころじゃないわい。好奇心旺盛なのはいいんじゃが、それが転じて危ない事ばかりしよる。見ているこっちはもうヒヤヒヤしまくりじゃわい」

「ただいまーーーーーー!!!!」

「……そう言ってる内にご帰宅じゃ」

 

 扉が大きく開かれ、大声が家に響く。いかにも遊んで来ましたといった様子の泥まみれのフシギダネがそこにいた。

 

「あれ、おじい、そいつら誰?」

「コラ、失礼じゃろう!儂が腰を痛めてた所を助けてくれた御仁じゃ」

「えっ!そうなの!?それは、えっと…ご苦労様です」

「…………うん、強烈な子だね」

 

 交わした言葉は少しだが、このフシギダネ。アバゴーラの言う通り、非常にぶっ飛んだ性格だと簡単に推測出来る。

 

「と、いうよりなんじゃその姿は!!」

「これ?ヤンチャム達と泥遊びしたんだ」

「せめて身体を洗ってから帰ってこんか!!」

「…………大変そうだね」

 

 アバゴーラとフシギダネのやり取りを、私達はなんとも言えない表情で眺めていた。

 

「ああ、そうじゃ。お主ら、今日行くあてが無いならここで泊まっていくといい。晩御飯も馳走になろう、なに、気にすることはない。お礼みたいなものじゃ」

「それでしたら、お言葉に甘えます」

「さて、早速ご飯を作ろうか、今日はいつもの倍必要じゃからな」

「わーい!おじいのご飯大好きー!!」

「お主は早く身体を洗ってこい!」

「あ、それだったら僕も一緒についていきますよ。……身体洗うだけでも時間がかかりそうなんで」

「そうか?それは助かるのう」

「……ビート、大丈夫なんですか?ビートは炎タイプじゃないですか」

「そうだけど、大丈夫だよ」

 

 ビートは私にウインクをし、フシギダネを引き連れて湖へと向かっていった。

 

「それじゃ、私は料理の手伝いをしますね」

「寛いでくれてもええんじゃが……本当にお主らは良く出来たポケモンじゃな…」

 

 その後、疲れ切った様子のビートと対照的に元気なフシギダネと共に晩御飯をご馳走になった。ビートとシャンプー以外とご飯を食べる久しぶりの経験だったが、なかなか楽しいものであった。




今回からはポケダン超を基にしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話 変貌を遂げた貴方

「お世話になりました、ありがとうございました」

「世話になったのはこっちの方じゃ、ありがとな」

 

 アバゴーラを助けた縁で、1日だけだがどうにか野宿生活は免れた。しかし、これといった明確な目標が無い以上、いつまでもお世話になる訳にはいかない。とりあえずは、師匠の遺言通り、ワイワイタウンとやらに向かいたいのだが…

 

「えーーー!ボクもっとビートと遊びたいよ!」

「こら!無茶を言うでない!!」

 

 フシギダネのシギネは拙い蔦使いでビートの片足に巻き付けている。どうやら、夜通しで遊びやお話に付き合ってあげたようだ。道理で、ビートの足元が覚束ない訳だ。それにしても、同じように完徹したシギネは全くその疲れを見せてないところから若さの違いっていうのが表れているのだろうか。

 というより、ビートとしても、そこまで付き合う義理も無いと思う。それなのに無下にせず、シギネの相手になってあげたって所は元々のビートの性格故なのだろうか。それと、地味に私にしか見せなかった口調がデフォルトになってきている。少し特別感が薄れて不機嫌。

 

「それで、お主らはワイワイタウンへ行くんじゃったな」

「ええ、そうです」

「それなら、キリタッタ山脈を通って、なだらかな洞窟を抜ければワイワイタウンが見えるはずじゃ。儂を持ち上げる程のパワーの持ち主じゃ、心配はいらんと思うが、気をつけるんじゃぞ」

「はい、ありがとうございます」

 

 アバゴーラにペコリとおじきをして、ビートの方を向くと、ビートもどうやらシギネとのお別れが済んだみたいだ。ただ、シギネが少し涙を目に浮かべているけど。

 

「それじゃ、行きましょうか、ビート」

「くわぁ…………うん、そうだね、リフル」

 

 欠伸を噛み殺したのを私は見逃していない。

 

▼▽▼

 

 キリタッタ山脈を軽々と越え、なだらかな洞窟。ここに辿り着くまでは、今まで数々の難ダンジョンを乗り越えた私達には余裕過ぎた。しかし、新しい発見があった。

 

「こっちの方が非常に便利ですね……」

「凄いよね、不思議な玉の存在価値が薄れちゃうけど……」

 

 私は手に持っている枝を飛び出してきたカゲボウズに向けて振りかざす。すると、カゲボウズは金縛りを食らったかのように動かなくなり、そこにビートがトドメを刺した。

 

「しばりの枝、不思議な玉と違って単体にしか効果が無いって所からモンスターハウスでは不思議な玉の方が役に立ちそうですよ」

「それにしても、こんな便利な道具、どうして僕達は今まで拾ってこなかったんだろう?」

 

 恐らく、大陸間で行き来するポケモンが少ない為に大陸間での知識の相違があるのだろう。だから、草の大陸にもこういう枝はあったのだろう。

 

「おや、これは……?」

「何か新発見ですか?」

「見てよこれ、綺麗な宝石だよ」

 

 ビートが地面に落ちている宝石を咥える。綺麗な紫色だ。

 

「取っておこう」

「まあ、別にいいと思いますけど」

 

 その綺麗な宝石をバッグの中にしまうビート。実は記憶を取り戻してから、何かと物を集めたがる収集癖があると判明した。何かに使えるわけでも無いのに、だ。しかも、時折取り出して磨いてたりするのも目撃した。

 

「あ、出口だよ。やっぱりそんなに苦労しなかったね」

「ええ、そうですね」

 

 ビートが出口に近寄ろうとして、ピタリと足を止めた。

 

「…………どうしました?」

「……あれ」

 

 先程までの楽しそうな表情とは打って変わって険しい表情になるビート。

 

「テメェ、いいから早く出せよ!」

「こ、これは……駄目…!」

 

 袋を抱えて震えているニャスパーに対して、怒鳴り声を上げるブイゼル。その様子を見た私達は揃って溜息をついた。

 

「どんな場所にもいるんですね、こういう輩って……」

「ホントだよ、全く……」

 

 そのブイゼルにビートは近付く。突然、近付いてきたビートにブイゼルもニャスパーも戸惑っている。そんな口を開けてポカンとしているブイゼルに、ビートはブイゼルの口の中にばくれつのタネを投げ入れた。

 

「ンムッ……!!」

 

 口の中に入ってきた異物をつい噛んでしまったブイゼル。ばくれつのタネが爆裂し、ブイゼルにダメージを与える。ばくれつのタネは衝撃を与えると、中の火薬みたいなのが反応し、タネの殻が割れ飛んでいく。その破片でダメージを与えるらしい(ビート談)

 

「さ、今の内だよ。君は逃げるといい」

「あ、ありがとう、ございます……」

 

 ペコリと会釈し、走り去っていくニャスパーを見送った後、怒り心頭に発するブイゼルと余裕綽々の態度のビートに視線を戻した。

 

「テメェ、何してくれてんだ……!」

「あの子の袋からはみ出していたきのみ……あれを欲しがっていたって事はお腹が空いていたのだろう。それを見かねた僕は君に恵んであげたんだぜ?感謝して欲しいね、全く」

 

 事ある毎に前までのビートと比べるが、相手の怒りをあえて買う為に私もビートも挑発する事がある。逃げるお尋ね者に対して、プライドを傷付けるような挑発をしたり。

 前までのビートの挑発は、正論で封じ込める。逃げ道を無くさせて、逆上させる。そんな挑発の仕方が多かった。

 対して、今のビートは態度を含めて、非常に相手の神経を逆撫でする物言いだ。きっと、お腹が空いていた、という下りは一緒でも、その後に“だが、お前は恥ずかしくないのか?自分より弱いと見るやいなや、恐喝して食料を奪おうとしている……格好悪いな”なんて言っていただろう。

 前までのビートに未練を抱いている訳ではないけど、言うなれば久しぶりに出会う孫がすっごく変わっている時の祖父母の気分だ。

 

「ぶっ殺してやる!!」

「おいおい、そんな物騒な言葉使うなよ」

 

 いかにも単純なブイゼルの隙だらけの攻撃を身を引いて避け、躱し様にブイゼルの背中にずつきを決めた。

 

「弱く見えるぜ」

 

 記憶を取り戻してから、ビートは気弱な優しい少年、みたいな印象を受けたのだが、どうやら認識を改めなくちゃいけないようだ。

 

「ぐぐっ、ふ、ふざけんな……!」

 

 無様に頭から地面に転んだブイゼルは、より一層怒りの感情を込めて振り向いた。

 

「アクアジェット!!」

「まだやるのか……!?」

 

 呆れた様子でブイゼルの攻撃を避けようとしたビートだが、突然驚愕の表情にかわり、ブイゼルのアクアジェットに直撃する。

 

「ビート!?」

「へっ、つけててよかったぜ、ネバネバパワー」

「……ねばねばぱわあ?」

 

 初めて聞く単語に私は首を傾げると、ブイゼルは怪訝な表情でこちらを見た。

 

「お前、ラピス知らねえのかよ」

「ええ、私達はこの大陸に来たばかりなので」

「ま、つい最近見つけられたからな。無理もねえな。教える筋合いはないけどな」

 

 そこは教える流れだろう、と思ったがそう問屋がおろさないようだ。

 

「教えてくれないならそれでいいです。さっさとあなたを倒しますから」

「おいおい、あんたのお仲間は俺のアクアジェットを喰らって効果抜群だぜ?あんた1匹で倒せるのかよ」

「その理論で言うなら、私は貴方の弱点をつけますけど?」

 

 加えて、アクアジェットで吹っ飛ばされたビートだが、全くもって無事な様子でいつの間にかブイゼルの背後に立っている。それを気付いていないブイゼルはなんとも滑稽だ。

 

「よいしょっと」

「ふげっ!!」

 

 ビートが不思議な玉を武器にブイゼルの頭をぶん殴った。それはそういう使い方をするものじゃない。

 硬い物で殴られたブイゼルはそのまま気を失った。

 

「さ、行こうか!」

 

 その様子を確認したビートは満面の笑みで洞窟の出口に向かっていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話 調査団

You who like Pokemon know the reason that I contribute this time.
(この時間に投稿される理由は、ポケモンが好きな貴方は知っている)


 なだらかな洞窟を抜けて、歩くこと、数十分。活気のある町に辿り着いた。行き交うポケモンそれぞれが様々な表情をしている。

 

「あ、そこのお姉さん。ここ、ワイワイタウンですか?」

「お姉さんって、やあねぇ!そうよ、ここはワイワイタウンよ」

 

 いつのまにかビートが通りかかったブルーに対して、おべっかを使っていた。

 

「キミたちはここは初めて?子どもだけでいると迷うから、必ず親といるのよ」

「あ、はい」

 

 ビートの笑顔が引きつっている。そうか、私達は世間一般では子どもと呼ばれるらしい。……あまり納得のいく話ではないけど。

 

「目的地のワイワイタウンに着いたけどさ、これからどうするの?ワイワイタウンで何かするの?」

「いえ、私が師匠から受けた言葉はワイワイタウンに向かえって事だけなので……詳しい事はあまり……」

「そっかぁ、じゃあワイワイタウンで過ごしてたら何か起きるかもしれないね〜」

 

 随分お気楽な様子のビートに私はいつの間にか握り拳が緩むのを感じた。私は、どうやららしくもなく心配になっていたらしい。

 

「こういう時は、とりあえず散策だよ。探していけば、何か見つかるかもしれないし、それじゃあ、しゅっぱーつ!」

 

 なんだかテンションが高いビートは振り向いた瞬間に動きを止めた。

 

「……どうしました、マメパトが豆鉄砲喰らったような顔をして」

「見知らぬ地で、さあどうしようかと迷いながらも、心中に過ぎる不安や心配を振り切り、思い切って一歩目を踏み出した瞬間に、見知ってるポケモンを見かけました」

「…………それは丁寧に御説明ありがとうございます」

 

 私達の目線の先には、腕を組んでニヤケ顔でこちらを見ているジラーチの姿があった。私はなんだか無性にその巫山戯た面にエナジーボールを当てたい気分になった。

 

「……どうする、そのまま通り過ぎる?」

「いえ、あれ絶対強制エンカウントキャラです。諦めて話しかけましょう」

 

 諦めてジラーチに近付くと、ジラーチは待ってましたかと言うように口角を高く吊り上げた。

 

「君達がここに現れる事は、僕(天才)には容易に想像出来た事だよ!」

「相変わらず鬱陶しいな、こいつ」

 

 ビートの口調が素に……いや、元々の弱そうな口調の方が素だから、ビートの口調が作られたものになった。

 

「着飾る事はないよ、君の罪や咎は僕は全部知っているし」

「……………ッ!」

「……ちょっと、ビート君だけじゃなくて、リフルちゃんもそんなに殺意を露わにしなくていいじゃん。ちょっとブルっちゃいそうだよ」

「…………流石、幻と呼ばれるだけありますね。ビートの記憶を戻したのも貴方ですか?」

「おや、僕が記憶を戻した証拠はあるのかい?しかも、そんな伏線なんてどこにもないだろ?」

「伏線?変な事を言いますね、ただまぁ…貴方ならやると思っただけです」

「……ま、正解か不正解かはともあれ、ビート君の犯した罪は僕は一切公言しないよ、信じてもらえるかわからないし」

「貴方みたいな幻のポケモンがここにいるのも些かおかしい話ですしね」

「あ、そうだよね。ラッチーはどうしてここにいるの?」

 

 切り替えの早いビートはジラーチをラッチーと呼んで、ジラーチに問いかけた。その言葉を聞いたジラーチは懐かしむ顔をしながら答えた。

 

「…………その呼ばれ方久しぶりだなぁ。ともかく、お答えするよ。僕は調査団のメンバーの1匹なのさ!君達に例の力を分け与えた後、調査団の団長がやってきてね、その彼の願いが“調査団のメンバーになって欲しい”だったからその願いを叶えてあげただけさ!」

「へぇ、調査団。そういえば、リフルも前に軽くだけど調査団の事を話してくれた事があるよね?知ってるの?」

「よくもまあ覚えてますね……はい、知ってますよ。ただ、私が知っているのは存在とその活動内容でメンバーが誰だかは知りません」

「そうそう!そのメンバーの話なんだけどね……」

 

 やっと本題に入れたというような顔でジラーチは続けた。

 

「……君達も調査団のメンバーになってくれないかな?」

 

▼▽▼

 

 曰く、本来調査団のメンバーは入れ替わりが激しい組織では無いが、団長が変わった際にいざこざがあったらしく、大半の調査団のメンバーが離反してしまったらしい。

 

「現在、僕と団長を含めてメンバーの数は4匹!圧倒的ポケモン不足!メンバーから僕が新しいポケモンを連れてくるよう毎日の様にかかる圧力!だけど僕にそんなコネクションは無い!天才の僕でも不眠!……という事で、君達がメンバーになってくれたら嬉しいな」

「僕がいいえって選んだらどうなるんだろう……」

「ビート君、君性格悪いね?僕がこんなにも頭を下げて頼んでいるんだよ?」

 

 今までに一度も頭は下げている様子は無かったけど。

 

「……はぁ、住処提供で手を打ちますよ」

「うん!大丈夫、すごい大丈夫!前のメンバーが使ってた中古住処を選び放題!」

「あ、ごめんなさい。やっぱり断ってもいいでしょうか?」

「待って待って!ちゃんと掃除するから!頼むよ!本当に寝れてないんだよ!!」

 

 巫山戯た調子のジラーチだが、どうからこの件は本当に真剣らしく、真面目な顔で懇願している。

 

「はぁ……わかりましたよ、住処に定期的なハウスクリーニングで手打ちにしましょう」

「あれ!?なんか増えてない!?要求飲んだら僕の仕事が1つ減って1つ増えちゃう!」

「あ、じゃあ……」

「のむ!のむから、その要求!」

 

 交渉は見事成立し、私達は調査団の建物へ向かう事になった。

 調査団の建物に到着し、入り口から入ると、本を片手に彷徨いていたクチートが出迎えた。

 

「む……どうやら、しっかり見つけてきた様だな」

「そうだよ、僕は天才だからね!」

 

 どうやらこのクチートは調査団のメンバーの1匹らしい。クチートは私達をジロリと見ると顎に手を当て首をかしげた。

 

「しかし、随分と若い奴らだな。まだ子どもじゃないか」

「この地方に来てからよく子ども扱いされるなぁ……」

「それは仕方ないよ、この大陸のポケモンは子どもは未熟者だと捉えてる節があるからね。でも、彼らの実力は僕が保証するよ!」

「ふむ、それならまぁ安心だろう。私の名前はクチート、考古学者をやっている」

 

 成る程、道理で古びた本を持っている訳だ。

 

「まあ、これから大変だろうがよろしく頼む」

「はい、お願いします!チークさん!」

「チ、チーク……?ま、まぁ…悪くは無いな……」

 

 私は本当に認めたポケモンにしかあだ名をつけないのだが、ビートはどうやら出会うポケモン全てに名付けているらしい。私のお株を奪われた気分だ。

 クチートと別れ、ジラーチに連れられ団長がいるという団長室に向かった。

 

「ダンチョーーー!新メンバー連れて来たよーーー!」

「あら、ジラーチがちゃんと仕事したのね」

「おや、ジラーチくん」

 

 どうやら話をしていたらしく、向かい合っていたデンリュウとデデンネは首をこちらに向けた。

 

「これはこれは、なかなか若くて頼もしそうな者を連れて来ましたね。私の名前はデンリュウ、団長と呼んでください」

「私はデデンネ、皆の連絡係をしてるわ!」

「連絡係……ですか?」

「ええ、私は電波を使ってメッセージの送受信が出来るの」

『こんな風に、ね』

 

 突然、頭の中に言葉が聞こえた。デデンネの方を向くと、ウインクをした。成る程、確かに連絡係に便利な能力だ。

 

「ニャビーの方がビート君で、ツタージャの彼女がリフルちゃんだよ、彼らには住処を提供する約束で……」

「定期的なハウスクリーニング」

「……住処と定期的なハウスクリーニングを提供する約束でメンバーになってもらったんだ」

「意外と強かなのね、リフルちゃんは」

 

 デデンネの彼女は楽しそうに笑っている。

 

「さて、早速ですが貴方達はまずは調査団メンバーのスカウトマンになってもらいます」

「スカウトマン、ですか?」

「はい、スカウトマン。ご覧の通り、現在調査団のメンバーは少なく、調査が滞っております。その為に、調査を担当するメンバーをスカウトしてきてほしいのです」

「僕達だけじゃ、さすがに調査は無理かもしれないしね……」

「はい、先当たっては水中担当、地中担当、空担当と3匹お願いしたいです」

「その適性を見極めて、尚且つ上手くスカウトするっていう仕事ですね。ふむ、やりがいがある」

「それでは、これからお願いしますね。さて、新メンバーの加入を祝って、歓迎会の意を込めた食事でもしましょう。食事の準備は出来てますか?」

「何言ってるの、団長。昨日、団長が忙しくて僕と食事当番交換したじゃん」

 

 ジラーチの言葉にデンリュウはやれやれと頭を振った。

 

「これとしたことが、私のあんぽんたん」

「……給仕担当もスカウトした方がいいんじゃないの?」

 

 ビートの言葉に私は心ながら大きく頷いたのであった。

 

 

 

 




水の都の護神は名作。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter2-2 後先見ずの鼬武者
第22話 スカウト開始


 ワイワイタウンも静まった頃。ジラーチが涙ながら綺麗に掃除した部屋のベッドの上で、ビートは悠々と寝転がっていた。私はその傍らで師匠の本、水の大陸編を流し読みしていた。

 

「どうにか、この大陸で普通に活動出来そうだねぇ」

「ええ、しかし調査団の仕事付き、ですが」

「そうだね、まずはスカウトだっけ?」

 

 ビートはベッドの反発力を使って飛び起きた。

 

「どうせだったら、大まかな方針を考えておこうよ」

「そうですね、作戦会議は大切です」

 

 本を閉じ、私はバッグから紙と羽ペンとインクを取り出す。

 

「……何気に初めて見るけど、リフルって珍しいペンを使うんだね」

「師匠の形見です」

 

 私は紙の上に今日、団長に告げられた使命を書き記していく。現在、調査団のメンバーとその役職としては……

“団長:デンリュウ

連絡係:デデンネ

考古学者:クチート

???:ジラーチ

スカウトマン:リフル・ビート”

 

「あ、そういえばラッチーが何しているか聞いてなかったね」

「とりあえず、便宜上はこう書いておきましょう」

 

“団長:デンリュウ

連絡係:デデンネ

考古学者:クチート

掃除係:ジラーチ

スカウトマン:リフル・ビート”

 ビートは少し苦笑いを浮かべたが、話を続けた。

 

「ダンチョーは水中、地中、空の調査担当が欲しいって言ってたよね」

「あと頼まれてはいませんが、給仕担当も欲しいですね」

 

 その情報を記していく。

“水中担当→水タイプ

地中担当→地面や岩タイプ

空担当→飛行、飛べるポケモン

給仕担当→料理がうまいポケモン

 

「シャンプーがいてくれたら、水中担当が埋まったんだけどね……」

「シャンプーは修行の身ですからね。恐らく、助けを求めたら助けてくれはしそうですが、得策じゃありません」

「そう考えると僕達って本当にポケモンのコネクションが無いよねー。ジラーチの事を笑えないや」

 

 少し自虐的に笑うビートに対して、私の表情は真顔そのものだ。ビートと出会う以前は、食料や情報を得るためにトレジャータウンに向かっていたが、必要以上のコミュニケーションを取ってなかった。その事に関しては、師匠の言葉に鑑みると反省しなくてはならない。

 

「しかし、いずれにせよ、この大陸で生活するポケモンがベストですね」

「そうだね、出勤時間ってのも大切だしね」

「加えて、調査団に入りたいって思えるような魅力も伝えるべきですね」

 

 大まかな方針と目標が決まったところで、その日は私達は寝床についた。

 

▼▽▼

 

 翌日、ワイワイタウンに行き交うポケモンを眺めながら、私達は橋の上で佇んでいた。何をしているかというと、勿論スカウトすべきポケモンを探しているのだ。

 

「団長は調査調査と言ってましたが、十中八九不思議なダンジョンに向かう事になると考えると、実力はあった方がいいですよね」

「そうだね……ただそれらを掛け備えた最適なポケモンがいないってのも事実だよね」

「私達にこの大陸に知り合いがいませんし……あ、いえ……」

「どうしたの、何か思いついた?」

 

 私の脳内に天恵的な閃きが出てきた。

 

「確か……水岩タイプでしたよね」

「……えっと、誰が?」

「アバゴーラさんです、彼なら私達とは違って、水タイプの知り合いがいるはずです!」

「あー、アバゴーラさんをスカウトするんじゃないのね。でも、それはいい案だね、早速おだやか村に向かおうか」

 

▼▽▼

 

 水岩タイプであるアバゴーラならば、水タイプの知り合いがいるかもしれないという一縷の望みをかけておだやか村に戻ってきた。到着してすぐ、一旦草の大陸に戻って、再び水の大陸に来れば随分ショートカットが出来ることに気付いたが、後悔しても無駄なので黙っておく。

 

「なんだか、長い別れって雰囲気出して1日で戻ってくるって少し気恥ずかしい気もするけどね……」

「ま、あーだこーだ言っても仕方ありません。とりあえず、アバゴーラさんの所へ向かいましょう」

 

 記憶を頼りに、私達はアバゴーラの家に向かうと、家の前ではシギネが何やら右往左往していた。

 

「……あれ、シギネ、どうしたんだろう?」

 

 変な様子のシギネに、ビートはすぐさま駆け寄って話しかけた。ビートの姿に一瞬、嬉しそうな顔になったシギネだったが、すぐさま浮かない顔になってしまった。

 

「どうしたの、シギネ。元気ないね」

「うん……実は……」

 

 シギネはゆっくりと話し始めた。話す時々に、涙が込み上げ、涙声で聞きにくい場所もあったけれど、なんとなく話が掴めてきた。

 曰く、遊んだ帰りにアバゴーラにお使いをするよう頼まれ、お金を渡されたらしい。私達はそのお金を落としたのかと思ったが、どうやら違うらしい。

 

「ぼ、僕のせいでっ……お、お金が…奪われちゃったんだ……」

「……下衆な野郎ですね」

「ああ、心底腹立たしい。一体、誰だい?シギネのお金を奪ったのは」

「……ここら辺で、最近悪さしている水タイプ連合の奴ら……おじいに行くなって言われてたのに……がっこううらのもりに行ったら……」

「絡まれて、お金を奪われた訳ですね。ふむ……」

 

 到底許せそうにない。こういうのは、親玉を叩いて、実力を知らしめてやらなくては。

 ビートの方を向くと、ビートも同じ考えだったらしく、こちらを見てコクリと頷き、シギネの頭に手を当て微笑んだ。

 

「大丈夫、僕らが取り戻してきてあげるよ。安心して、ここで待ってて、ね?」

「…………うん、気をつけてね……」

 

 学校の場所を教えてもらい、シギネの不安そうな顔に見送られながら、私達はがっこううらのもりに向かった。

 

▼▽▼

 

「あ、そうそう。チークさんに教えてもらったんだけどね」

 

 がっこううらのもりで、なんてことなく歩いていると、突然ビートが話し始めた。

 

「……私達、つい昨日調査団に入ったばっかりですよね?」

「リフルったら、部屋でずっとラッチーといたじゃん。その間に僕はダンチョーやチークさん、ペンネさんと雑談してたんだよ。その時に聞いた話なんだよ」

 

 そう言うとビートはバッグの中から、腕輪みたいなものを取り出す。

 

「これは……?」

「これはリングルっていうアイテムだよ。このリングル自体には効果は無いんだけど、このリングルにラピスと呼ばれる前に僕が見つけた宝石のようなものを嵌めると、そのラピスに応じた効果が得られるんだよ」

「……じゃあブイゼルが言ってたねばねばパワーっていうのも……」

「十中八九、ラピスの効果だよ。ただ、ダンジョン内でしか拾えず、そのダンジョン内でしか効果を発揮せず、ダンジョン外に出たら失われちゃうみたい。僕がしまっておいたあのラピスもいつの間にか消えちゃったもん」

 

 コレクターとして悲しいのか少しうなだれるビート。

 

「ほら、僕と君用にリングルを貰ったからつけてみようよ」

 

 ビートはもう1つリングルを取り出し、私に差し出した。受け取ったはいいが、どう付ければ良いんだろうか。私の腕は平べったい形状をしているから、リングルの形状と合わない。

 私が悩んでいると、ビートが私の腕にリングルを通した。すると、リングルは私の腕に合わせて形状を変えた。

 

「どんなポケモンでも装備出来るようになってるからね、悩む事はないよ」

「はぁ……」

「それで……あった」

 

 ビートは辺りを見渡し、突然走り出した。追いかけていくと、ラピスを見つけたビートがいた。

 

「不思議な玉を見分けられるリフルならラピスや不思議な枝も見分けられそうだよね」

 

 青色のラピスをリングルにはめ、無邪気そうに笑うビート。いくら私でも知らないものは見分けられない。

 

「ラピスや枝も同様に見分けられる道具があるんですか?」

「あるよ、えっと……これは、めまわしがえし、だね」

「めまわし……で返すって事は攻撃してきた相手を混乱させる事がある、ですかね」

「流石リフル、大正解だよ。ラピスには、緑色、赤色、黄色、水色、紫色、あと虹色の6種類の色があるんだって」

「へぇ、別に全部同じ色でいいと思いますけどね」

 

 ビートがめまわしがえしを付けたはいいが、その前に倒してしまうので効果の検証が出来ず、そのまま最奥部に到着した。

 ポケモンの話し声がしたので、私達は物陰に隠れ、様子を伺った。そこには多種多様な水タイプのポケモン、しかしいずれのポケモンも進化を果たしておらず、まるで悪餓鬼の集まりって感じだ。

 

「へぇ……あいつらの中の誰かがシギネのお金を奪ったんだよね」

 

 口調は冷静さを保ってはいるが、心の中で沸々と沸き上がっている怒りを私は感じ取った。シギネとの関わりは、ほぼ半日程度だが、それでもこんなに怒れるビートに対して私は羨ましいと思う。

 それでも、昔と違って感情のまますぐ動く事はしないけれど。

 

「ところでよぉ、俺、臨時収入入ったから、ゲームで負けた奴が買い物してくるっていうのはどうだ?」

「おっ、マジで〜?いいの〜?」

「構わねえよ、どうせ俺の金じゃねえし!」

 

 様子を伺っていると、とある1匹がそう言ったのだ。そして隣のビートを向くと、消えていた。

 前言撤回、わからない分タチが悪い。ビートはその発言をしたポケモンに対して、炎を纏った蹴りを放った。

 突然の乱入者に動揺する奴らに、ビートはニッコリと笑って言い放った。

 

「さて、誰から倒されたい?」

 




おのれ、スプラトゥーン2!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話 アクアマリン

「豪火演舞!」

 

 飛び上がったビートが地面に向かってかえんほうしゃを放つ。炎は地面を這って、花のように広がっていく。広がった炎は未だ困惑している水タイプ連合のポケモンを巻き込んでいく。

 ちなみにこの技は敵味方問わず、無差別に巻き込まれる為に私と一緒の時は基本的には使わない技だ。今は私が物陰にいて隠れているからこそ使ったのだろう、対多数には有効な技だし。

 しかし、そうだとしても炎タイプの技は水タイプには今ひとつだ。ダメージを与えど、完全に倒しきれていない。結果、ビートは水タイプ連合のポケモン達に囲まれることになる。

 

「それをカバーしろって、言ってるのは承知済みです」

 

 ビートに釘付けになっている水タイプ連合のポケモン達、隙だらけだ。

 

翠跳弾(スーパーエナジーボール)

 

 私の放った複数の不思議な玉サイズのエナジーボールは敵に当たっては跳ね、また別の敵に当たっては跳ねる。完全に私の計算から離れたこれまた無差別系の技。

 ビートの豪火演舞、私の翠跳弾。完全な不意打ちに数十匹はいたであろう水タイプ連合のポケモン達は地に伏せていた。

 そしてビートは先程の発言をした、キバニアのヒレを踏んで、ドスの効いた低い声で話し始めた。

 

「おい、お前。さっき、フシギダネから金を奪わなかったか?」

「ヒィィィィ!!」

「答えろ」

「しましたぁぁぁ!!ごめんなさいぃぃぃぃ!!!!」

 

 ビートの圧力にビビったキバニアは、シギネがアバゴーラから託されたであろうお金の入った巾着を差し出した。ビートはそれを奪い取り中身を確認した。

 

「一銭たりとも使ってないだろうな?」

「つ、使ってません!!アルセウスに誓って!!」

 

 怯えた様子のキバニアに興味を無くしたビートはその巾着をバッグの中にしまった。

 

「さて、依頼完了……戻ろうか?」

「いえ、まだ依頼は終わってません」

 

 私はあなぬけの玉を取り出したビートを制する。不可解な行動にビートは首を傾げた。

 

「えっと、シギネが奪われたお金を取り戻すっていうのが目的だよね?」

「まあ、細かく言えばですけど」

 

 先程のキバニアとは別の水タイプのポケモン、ハリーセンの尻尾を掴んで問いかけた。

 

「貴方達のリーダーはいますか?」

「い、いねえよ……」

「正直に言ってください、嘘吐きには針千本飲ましますよ」

「い……いねえ…………」

「仲間を想う気持ちは美しいものですけど、しょーじきに答えて下さい」

「…………うっ」

 

 ハリーセンは辺りに倒れる仲間を見渡し、覚悟を決めて話し始めた。

 

「俺らの……チームアクアマリンをまとめてくださっているのは、総長ブイゼルだ。あの方は、行き場のない俺らの世話を……」

 

 思わずハリーセンを地面に叩きつけた。私の中に怒りがわき上がったからだ。ハリーセンが悲痛な声を上げたが、気にする事など、気にかける事など、ない。

 

「幼子から金を奪って、世話?巫山戯たことを抜かしているんじゃありません。貴方達がやっている事は、ただの犯罪です。その上、それを楽しそうにやっている、私はそれを許せない」

 

 過去の自分を投影して、少しバツが悪そうな顔をしているビートを一瞥しつつ、話を続ける。

 

「貴方達は間違っている、貴方達の総長とやらも。貴方達の為に、私は貴方達を全力で否定する!」

「これ以外の方法がねえんだよ……俺らには……」

 

 キバニアが声を上げる。

 

「いえ、あります。あらせます。貴方達の総長の元に連れて行きなさい。私が彼と貴方達を幸せにしてやる」

 

▼▽▼

 

 所変わって、ニョロボンリバー。チームアクアマリンの総長であるブイゼルは、ここの最奥部にいるらしい。

 適当に選んだメンバー、ハリーセンとキバニアを先導させつつ、ビートが小声で話しかけてきた。

 

「ねぇ……あいつらが言うブイゼルって……」

「恐らく、あのニャスパーを恐喝してた奴でしょうね」

「それに……君に何か秘策があるの……?」

「ビート、覚えておいて下さい。悪者をとっちめるだけじゃなく、無力化することが大切だっていうことを。もし、MADを力の限り叩き潰しても、奴らはきっと何かと因縁をつけてきたでしょう」

「そっか……リフルがゼロの島っていう絶好の標的を提示したから、彼らが僕達に絡まなくなったよね」

「ええ、チームアクアマリンも、ただ強さで押さえ込んでも、きっと繰り返します。なんたって、それ以外の生き方を知らないんですから。ですから、私達は導く必要があるんですよ」

 

 そうこうしているうちに、最奥部到着。まずはハリーセンが話をつけてくるとの事で、私達は待機することになった。待機している間、暇だった為、私は居心地の悪そうなキバニアに話しかけた。

 

「ブイゼルと出会う前はどうしてたんですか?」

「へっ!?え、えっと…………海に居場所が無くて、陸にも居場所が無くて……ゴミ箱を漁るような生活、です」

「ブイゼルと出会って良かったと思いますか?」

「そりゃあ、勿論……」

「その感情は無駄にはしないで下さい。方法がどうであれ、貴方の生命の炎を輝かせてくれたんですから。まあ、私はそれをさらに輝かせるわけですけど」

「そ、そうは言うけど……どうやって……」

「それには貴方達の総長の力が必要なんです」

 

 妙に怯えた様子のハリーセンが戻ってきて、話はそこで打ち切りになった。

 

「それで、総長はなんですって?」

「やれるもんなら、やってみろ…です」

「まあ、ここで折れるような奴じゃないですよね。じゃあ行きますよ、ビート」

 

 やれやれと首を振って私達はブイゼルの元へ向かう。ブイゼルが私達の姿を見ると、驚愕の表情に変わった。

 

「なっ!!お、お前ら……!」

「1日振りですね、こんにちは」

「まさか、話の相手がテメェらだったとは……だったら話が早い!テメェらをぶちのめす!!」

「おや、不思議の玉で頭を殴られてKOした御仁が何か言ってらっしゃる」

「あれは不意打ちだったからだろうが!正々堂々勝負したら俺が勝つ!」

「でしたら、こちらは正々堂々、私がビートのどちらかが戦いましょう。無論、もう片方は手出しもしませんし、ただ……それで負けたらどうします?」

「はぁ!?俺が負けるなんてありえねぇよ!決めた!テメェからぶっ潰す!」

 

 どうやら標的が私に決まったらしい。タイプ相性的にはビートを選ぶべきだけど、まあブイゼルの単純な性格なら選ばせてるようで選んでない状況を作るのは簡単だった。

 

「まぁまぁ、どんな状況でも何か策を講じておくのが強さですよ。さあ、負けたらどうします?正々堂々と、敗北してしまったら」

「だったらテメェらの言う事を聞いてやらぁ!ただし、テメェらが負けたら、一生テメェらは俺達の金ヅルになってもらうからな!」

「蛇と猫ですけどね」

「減らず口を……!」

 

 場の緊張が最高潮になる。戦いの火蓋が、今切って落とされる。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話 衝突、ブイゼル

 絶え間ない川のせせらぎと、何も発さぬ両者。ブイゼルの方は、攻めあぐねているが、リフルは余裕そうにブイゼルを見ている。ブイゼル対リフルの戦い、実況、解説はビートがお送りします。

 突如、一陣の風が吹き抜け、その瞬間にブイゼルが動き出した。なんの変哲も無い、ただの拳。解説をすると、タイプ相性というのはポケモンの技にあるのであって、こういう肉弾戦を好むポケモンはタイプ相性は関係ない。つまるところ、ゴーストタイプ以外のポケモンに有効だって所だ。幽霊には、実体が無いからね。

 最小限の動きでブイゼルの攻撃を交わすリフル。その顔はやはり余裕たっぷりといった感じだ。ブイゼルは連続で拳を飛ばすが、やはりリフルは平然としている。

 ブイゼルが距離を取った。その瞬間を狙って攻撃、なんて事をリフルはせず、ただただブイゼルを挑発的な目線で見ていた。

 苛立ちを隠せない様子のブイゼル。ブイゼルが攻撃している間に、リフルならきっと何発もカウンターを仕掛けられただろうに、それをあえてしなかった。所謂、なめてかかっている。僕でそう推測出来るんだから、恐らく、対峙しているブイゼルは更にわかっているだろう。

 わからないのは、それをする理由。今、ブイゼルを苛立たせる理由は無いし、リフルの趣味だって言われたら、それはもう引くレベルである。きっと何かしら意味があるのだろう…

 僕がそう思った時、リフルがようやく動き出した。ブイゼルの拳を避け様に掴み、そして投げ飛ばした。飛ばされたブイゼルはすぐさま体勢を立て直し、リフルを睨んだ。

 

「さっきからよぉ……テメェ、何のつもりだ!」

「何の話です?」

「とぼけるな!お前、さっきから全く全力を出してねえだろ!ただ俺の攻撃を避けて……攻撃するチャンスを見逃して……何がしたいんだ!?」

「ああ、それですか、ただの趣味です」

 

 引いた。

 

「……冗談ですよ、貴方の実力を図ってます」

 

 チラリと僕の方を向いたリフルは、少し口を尖らせて言った。

 

「はぁ!?図ってどうすんだ、そんなもの!」

「そりゃあ勿論、適正審査です」

 

 なんとなく、リフルがしたいことがわかった気がする。恐らく、ブイゼルを調査団に入れるつもりだ。確かに水タイプだし、実力の有無は今図っているって所だろう。問題は、いかにしてブイゼルを調査団に入れるか、だ。今や、僕らのブイゼルの間にある溝は深まるばかりだ。果たして、リフルはどうやって仲間に引き入れるつもりなんだろう。

 

「さあ、貴方の必殺技でも見せて下さい。私は見事耐え切って見せましょう」

「テメェ……言われなくても、やってやる!!」

 

 ブイゼルの身体に水が纏う。アクアジェットかと思ったけれど、そのまま突進しないから違うのだろう。それにしても、どうやって水を纏ってるんだろう。それを言えば、僕だって炎を纏ったりするけど。

 その纏った水を拳に集めるブイゼル。そのまま殴るのかな?

 

「必殺!水拳……」

 

 リフルとの間合いを詰め、水の拳をリフルにぶちかま、さずにリフルの眼前でその拳を止めた。

 

「爆発!」

 

 突如、ブイゼルの拳が爆発した。いや、正しくはブイゼルの拳に纏ってた水が爆発した。水蒸気爆発みたいなものだろうか。だとしたら、ブイゼルの拳自体が非常に熱くなったって事だけど……

 ともあれ、リフルの虚をつくことは成功したみたいだ。だけども、リフルは宣言通り、隙をつけども、余裕で耐え切った。まぁ、タイプ相性もあるんだろうけど。

 

「これは中々、しかし、敵に近づかなきゃならないっていう弱点がありますね」

 

 淡々と自分の受けた技を分析するリフル。正直、とてつもなく心にくる。

 

「それでは私の番です」

 

 飛んできたブイゼルの拳に、自らの足を当て、拳の威力で飛んで距離を取ったリフルは、地面に手を当て、ブイゼルを見据えた。

 

「言っておきますが、これは必殺技の中でも最も弱い必殺技です」

「あぁ!?最弱だろうと、最強だろうと、耐え切ってみせてやる!!」

 

 リフルの言葉に激昂したブイゼルは、リフルの追撃を止め、その場に立った。自分で言った通り、耐え切るつもりなのだろう。先程、リフルが必殺技を言葉通り耐え切って見せた。それがブイゼルのプライドを傷付けた。そして更にプライドを傷つけるような発言。完璧にリフルの手の内で弄ばれている。

 だけど、再三言うけど、本当に仲間にするつもりなのかな?

 

「では、必殺」

 

 ブイゼルを中心に円状に大きな木の根がが、意思を持ったように這い出てくる。ハードプラント、本来は特定の草タイプの最終進化しか使えない技だけど、どうやらリフル曰く、頑張ればなんとかなるらしい。

 木の根はブイゼルを覆い隠す。隙間なく、逃げ場なく。

 

深林之檻(フォレ・ハウラ)。言っておきますが、炎タイプの技でも無い限り、脱出は不可能ですよ。根は地面にも張っていますし、地面を掘っても、ね」

 

 出来た木の根の檻の中に向けて、リフルはそう言った。その返事をするかのように、檻の中から何かを叩くような音がした。

 

「そうそう、ちなみに……酸素については気にしなくても大丈夫ですよ。木の根が光合成をして、しっかり酸素を作ってくれますから。ですから貴方の選択肢は2つです、諦めて敗けを認めるか、この檻を壊すか。そうしない限り、貴方は永遠にここに幽閉されます。さて、どうしますか?」

 

 音が更に激しくなる。だけども、リフルの檻はビクともしない。

 

「ま、それが貴方の選択肢なら私は否定しませんよ」

 

 リフルは僕の方に寄ってきて、隣に座った。

 

「……ねぇ、リフル。ブイゼルを仲間にするつもりだよね……?」

「ええ、そうですよ」

「だったら、こんな事しても大丈夫なの……?更に恨まれない?」

「あんな檻を壊せないようじゃ、調査団にいりません」

「……いや、さっき炎タイプの技じゃないとって……」

「木の根を燃やして脱出する場合は、ですよ。攻撃を加え続ければ、あの檻は脱出出来ます。なんたって、最弱の必殺技ですし。彼の水拳爆発……は、きっと非常に優秀な技に成り得ます。それを、あのような形で廃れさせるのは、勿体ありません」

 

 リフルがそう言った瞬間、檻が大きく吹き飛ぶ。大きな衝撃に、身体が吹き飛びそうになった。

 

「おお、思いの外早かったですね」

 

 拳を突き出した状態で立ちすくんでいるブイゼルに近付くリフル。

 

「提示した2つの選択肢に縛られず、新しい選択肢を作る。それこそが命の炎が輝く時!です」

「………………俺が、やったのか……?」

「はい、私に閉じ込められた貴方が、私に対しての怒りを胸に、無我夢中で水龍爆拳(アトミス・エクリクシス)を進化させた」

 

 リフルが勝手に名前をリニューアルしている。

 

「さて、戦いの続きをしますか?」

「…………いや、この技が進化したからって、あんたには勝てねえよ」

 

 敗北宣言をするブイゼル。だけども、瞳には諦めの意思は感じれない。

 

「けど、いつか絶対テメェを倒してやる!」

「でしたら、互いに切磋琢磨すべく、貴方も私と共に来ませんか?」

「は?」

「私、調査団に属しているのですが、そこでは今、水辺を調査するポケモンを探しています。調査するにあたって、色んな所に向かうでしょうし、修行になりますよ。同じ場所で過ごすんですし、私はいつでも貴方の相手になってやります」

「……けど、俺には大切な仲間いるんだよ」

「海って広いですよね……。広くて広くて……1匹だけじゃ無理でしょうね。でも、水タイプのポケモンを纏めるポケモンがいたら、きっとそのポケモンの調査に付き合ってくれるでしょうね」

「………………少し、考えさせてくれ」

「はい、私達はワイワイタウンの調査団にいます。私達の名前…リフルかビートと出してくれれば、取り次いでくれるようにしておきますので、気が向いたら来て下さい」

 

 リフルは振り向き、僕に帰るように促す。……説得は成功したのか、な?

 

▼▽▼

 

「………………それで、どうだったんだ?」

「いや、わかりません。まぁ、仲間になってくれたら頼りになるんですけどね……」

 

 調査団に帰ったその夜。僕は、ダンチョーと話しにいったリフルと別れ、チークさんの元に訪れていた。チークさんは手元の本からは視線を外さず、僕の話を聞いていた。

 

「だが、悪い事をしてきたやつだろう。信用して大丈夫なのか?」

「大丈夫か大丈夫じゃないかはスカウトしたリフルを信じて下さい。僕はリフルを信頼していますし、リフルの決定に異存はありません」

 

 チークさんは本から目線を外し、呆気にとられた表情で僕を見た。

 

「……驚いた、お前とリフルはデキているのか?」

「それは恋愛感情の話ですか?僕はリフルを信頼してますし、大好きですよ」

「…………つくづくお前との相手は疲れる」

 

 そう言うチークさんの顔は少し笑みが浮かんでいる。

 

「そこまで信頼しているなら、きっと大丈夫なんだろうな。私もお前を信じてやるよ」

「……やっぱり、信頼されるっていうのは良いものですね。期待に応えなきゃいけないって、辛い思いをしているポケモンもいますけど、それでもされないよりはマシですね」

「まぁ、そうだろうな。私達も、なんにせよ、団長を信じているからな」

「そう言えば、団長が代わる時にいざこざがあったって聞いたんですけど、あれって一体……?」

「ああ、それはな……」

 

 チークさんがその話をしようとした時、調査団の扉がドンドンと大きく叩かれた。突然の大音に、僕達は全員扉の前に集まった。

 

「も〜なんだよ……折角ぐっすり寝ていたのに……」

「デデンネ君でしょうか?忘れ物でも…?」

「いや、きっと違うだろう」

 

 リフルは何も言わずに、扉を開く。そこには、決意の灯った瞳で立つブイゼルがいた。

 

「…………決めましたか?」

「ああ、俺を調査団に入れてくれ!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter2-3 汚れ役者の溝鼠
第25話 脚光を夢見る役者


 時は乱世。群雄割拠のこの時代では、各国の雄が己の武と智を競い合う。各国の雄を退け、この国全てを治めるものこそ、天下統一を成し遂げた者となる。

 所は小国。攻め寄せる大国に対し、甚大な被害を出しながらも奇跡的に勝利する国。その国は、神の宿る国、神宿と呼ばれていた。その神宿を治める大名、ビイトはこの現状を打破すべく、自らが家督を受け継ぎ、すぐさま全軍に命を飛ばした。

 

「諸君!それがしの今までの戦はことごとく、神の力に依るものである!なれど!拙者どもは真の勝利の喜びを感じた事が無い!迫り来る大国を凌ぎ、ただ惰性的に勝利する……かのような武士道を、武士として生を得たそれがしの生き方で、よいものなのか!?否、其れは違う!今、それがしはこの天下に宣戦布告を致す!それがしについてくるものこそは、必ず勝利と、天下統一の喜びを分け与えん!我こそは、という者は前に出ろ!」

「はい、オッケーでーす」

 

 私の声に反応して強張った表情のビートはホッと息をついた。そんな極度な緊張状態のビートにニャースが近付いていった。

 その光景を眺めながら、私は何故こんな事になったのか、物思いにふけった。

 ブイゼルことイーゼルが仲間になった次の日。私達は新たな調査団の仲間をスカウトすべく、ワイワイタウンで探検の準備をしていた時の事だ。今、ビートを労っているニャースに呼び止められたのだ。ニャース曰く、ワイワイタウンに旋風を巻き起こすべく、素晴らしいエンターテイメントを作りたいらしい。

 私達がそれを協力する義理はない。私は力添えを拒否しようとしたのだが、ビートがこれを機にコミュニティを広めるきっかけになるかもしれないと熱弁してきて、私がそれに折れた形だ。ただし、私は裏方の仕事のみ、という条件の元で。

 その為、歴史ドラマを作っているこの最中も、私は副監督として場を仕切っている。ただ、副監督というのは名前だけで、実質全ての最終決定をしているのはニャースだ。その為に私は言えないのだ。

 

「……つっっっまんないドラマ…」

 

 ドラマというのはその名前の通り、ドラマスティックに決めるべきだというのに、ざっと台本を見たところ、まぁつまらない。主役がビートなんだから、もっとしっかり組んでほしい。

 このニャース、そういう所はとてつもなく鈍感の癖に、ポケモン付き合いが広い。今撮っているドラマだって、沢山の協力者がいる。それでも、こんな台本を演じさせられている役者が可哀想だ。

 

「あ、あのぉ〜……副監督……」

「……貴方は」

 

 一仕事終えた、という達成感に浸っているニャース達を遠巻きに眺めていると、私に声を掛けてきたホルビーがいた。確か、第1話で大国の大名の残虐性を表すべく、無残に殺された役、だったはず。

 

「私はリフルでいいですよ、副監督なんて……名前だけですし」

「じゃ、じゃあリフルさん。リフルさんは、打ち上げに参加しますか?」

「……………………本当にひどい終わり方ですね、あのドラマ」

 

 あんな終わり方、よくある打ち切りエンドではないか。しかし、きっとニャースはそれが一番だと思っているのだろう。

 

「ええっと……オイラもそんな終わり方はどうかと思ったんだけど……そうすると、出演させてもらえないし……」

「それで私が話をつけろと?全くもって泥役者ですね、演技の世界でもこっちの世界でも」

 

 私の厳しい物言いにホルビーは言葉を詰まらせる。

 

「ああいう輩は痛い目を見なくちゃわからないんですよ。そもそも、貴方はどうしてそこまであのニャースに協力するんですか?まさか、役者志望とでも言うのですか」

「……そ、そりゃあ……オイラだって、脚光を浴びたいから……」

「それで、今はどうなんですか?泥水啜って、光も当たらぬ闇で生きている。このままじゃ、きっと脚光を浴びるなんてことは不可能でしょうね」

「…………………」

 

 ウジウジしているだけの、誰かの決断に自分を委ねるような奴に与える優しさは無い。完全にホルビーが落ち込んだところで、こちらに走ってくるニャースが見えた。

 

「そこのホルビー!」

「へっ!?お、オイラ!?」

「そうニャ、おミャーに頼みたい事があるニャ。霧の大陸の凍結の山に行って“氷の枝”を取ってきて欲しいんだニャ。次の撮影で使いたいからニャ。どうせおミャーは出番無いんだし、こういうところで役に立つニャ」

「……………はい」

「待ってください、それでしたら私も行きましょう。どうせ取ってくるまで撮影は始めないんでしょう?それだったら、さっさと取ってくるに限ります」

「まぁ、別におミャーが良いって言うなら良いけど……」

「じゃあ、早速行きましょうか。……ただ、霧の大陸ってどうやって行くんですかね?」

 

▼▽▼

 

 別の大陸に行く為に、泳げないポケモンはラプラス便というものを利用して、大陸間を渡っているらしい。私達の大陸渡しは行ったところじゃなきゃ、発動しないから今回はラプラス便を利用した。

 ついでに、ビートもついてきた。主役が行く必要が無いとニャースは言ったのだが、行かせないなら主役を降りるというビートの意思にニャースの方が折れた。ただまあ、絶対に怪我しない様にと釘を刺されていたが。

 

「それで……どうして一緒に?別にオイラ、これくらいのダンジョンは普通に1匹でも行けるけど……」

「そもそも私達は探検隊ですからね。行ったことのないダンジョンを聞いたら行かずにはいられません」

「今は調査団だけどね〜」

 

 場所が場所なので、なるべくビートにひっついて行動しているが、ビートは気にする様子もなく進んでいく。

 仄かな暖かさを感じながら、ホルビーを観察しているが、意外や意外。言葉通り、結構な腕前は持っているようだ。

 

「……それくらいの実力を持っているなら、もっとその力を有意義に扱ったらどうです?」

「……別に、付けたくて付けた実力じゃないし……」

「あー、まぁ望んでない力っていうのは邪魔なものだよね。だけどさ、そういう力を強みにしてこそだと思うなぁ、折角の自分だけの力なんだしさ」

「オイラの……力……」

 

 ビートの言葉に、何か心を打たれたのか、ホルビーはふと押し黙る。きっと、彼の中で何かの決断をしているのだろう。それを私達は邪魔する訳にはいかない。

 ただまあ物思いに耽るに適した場所では無いのは確かだ。ホルビーの考え事を邪魔しない様に、静かに、迅速に(サイレント・アンド・スピーディー)敵を倒していく。

 

「ここまでする義理は無いんですけどね」

「ここまでする仁義は有るけどね」

 

 このホルビー、私達がここまでしているが全く気付いていない。流石に、考え事に集中し過ぎるのは問題だと思う。

 ともあれ、凍結の山の山頂に到着。この山頂にある永久凍結の木の枝をニャースが所望している。

 

「着きましたよ」

「………へっ!?いつの間に!?」

「うわー……本当に何も見えてなかったんだねぇ……」

「ほら、あれがお目当の物でしょう?」

「う、うん」

 

 ホルビーが永久凍結の木に近付き、その下に落ちている木の枝を取ろうとした時、身も凍る冷風が私達を襲った。思わぬ寒さに、私はビートに引っ付いてしまった。

 

「ふふふふ……」

 

 風に乗って、誰かの声が聞こえる。しかし、吹雪いてきたせいで視界が全く役に立たない。

 

「……真・炎天!」

 

 私にひっつかれた状態で、ビートは熱く燃え滾る光球を出現させる。それにより、吹雪は収まり、視界が晴れる。永久凍結の木の前に、予想外の出来事に目を見開いているユキメノコがいた。

 

「……一体何の目的ですか」

「……驚いた、そんな事が出来るのね……」

 

 私の質問には答えず、ビートの出現させた光球を見つめながら、不敵に笑うユキメノコ。その足元にはホルビーがいた。

 

「ホルビー!」

「ああ、この子?私との距離が近かったせいか、私の居場所を突き止めやがってね……まぁ、返り討ちにしてやったわ。吹雪の中は私のテリトリーだからね。……今はこんなザマだけど」

 

 ホルビーに襲いかかって、全く罪悪感を覚えていないユキメノコはゆらゆらと手を揺らす。

 

「もう一度問います、貴方の目的はなんですか……!」

「目的……?そうね……私の目的は……美しい物を凍らせて、固めて……私の物にしてやるの。貴方達、氷漬けになってもらうわ!」




ルザミーネさん……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話 脇役と主役

「さぁ、氷漬けになりなさい!!」

「お断わり!」

 

 ユキメノコが飛ばしてきた氷柱を、ビートは火炎放射で撃ち落とす。炎天の状況下でも、タイプ相性でも、炎タイプのビートが有利だ。逆に、私は不利だから下手に前に出る事は出来ない。

 逃げるにしても、ホルビーを助けなくてはいけない。しかし、ホルビーはユキメノコの後ろに倒れている。ユキメノコの目を盗んで助けようにも場所が悪い。

 まあ、それでも氷漬け永久保存は私だって嫌だ。このユキメノコ、討ち倒させて貰う。

 

「出し惜しみは無しです」

 

 ビートに気を取られているユキメノコとの間合いを詰め、無防備な体にアイアンテールを決める。

 

「ぐうぅっ!小癪な……!」

「エナジーボールばっかり使ってたけど、アイアンテールも使えるんだね、リフル」

「アクアテールも使えますよ、ビート」

 

 草タイプはタイプで不利になる相手が多い。それ故、不可避の戦いでも相手に有利なタイプの技を覚えておくのが、戦闘の基本じゃないだろうか。

 距離を詰めれば私が、距離が遠ければビートが。遠近揃ったコンビネーションだ。

 

「ぬ………」

 

 しかし、ここで転機が訪れる。ビートの放った光球が、力弱く消えていったのだ。ビート曰く、この技はそう何発も連発出来るものじゃないらしい。これは思わぬ失策だ、さっさと決着を付けるべきだった。

 好機を逃す訳もなく、ユキメノコは再び吹雪を発生させる。吹雪が続くと、霰のせいで体力が削られる。ユキメノコを攻撃しようにもゆきがくれの特性で、こちらの攻撃が当たりにくい不利な状況に追い込まれている。

 

「氷漬けはお断わりですけど……このままじゃ本当に凍っちゃいますね……」

「流石の僕も寒くなってきたよ……」

 

 ビートにそう言われちゃ、私はとっくに凍え死んでいる。気合いでどうにか踏ん張っているけど、これが長く続くのは避けたい。

 しかし、ユキメノコは攻撃を仕掛けない。私達が何処から来るかわからない攻撃に気を配らせている間でも、自分が圧倒的有利な立場にいる時でも。恐らく、持久戦に持ち込むつもりだろうか。ジワジワと嬲り痛めつける……成る程、性格が悪い。

 

「ビート、貴方は体力を温存しておいてください。そして再び放てるようになったら、すぐさま使って下さい」

「い、いいけど……その間耐えられるのかな…?」

「耐えられるんじゃありません。耐えます」

『やれるもんなら、やってみなさい!』

 

 吹雪の中から飛んできたシャドーボールをアイアンテールで撃ち落とす。

 

「さて……」

 

 私はシャドーボールが飛んできた方向と反対にエナジーボールを放つ。

 

『うぅっ!?』

 

 呻き声が聞こえる。やっぱり予想通り、攻撃を放って、反対に回り込んでいた。性格の悪い奴が良くやる技だ。それでも、ダメージは与えたとはいえ、大打撃とは言えない。

 

『調子に……乗るんじゃない!』

 

 吹雪が一層強くなる。そして、真正面からユキメノコが私目掛けて突進をしてきた。思わぬ突撃に対応出来なかった私は、ユキメノコに首を掴まれ、そのままビートと離れ、凍結の木の幹に叩きつけられる。

 

「ぐっ……!」

「もう逃がさないわ……」

『リフル!何処!?』

 

 ビートの声が聞こえる。私は声を出そうとしたが、首を絞められた状態では微かな息の音しか出なかった。

 

「声の方向に攻撃でもされたら厄介だからね……」

 

 ユキメノコの首を絞める力が一層強くなり、そこから私の身体が凍っていく。私は振り解こうとするあまり、トレジャーバッグの紐を切ってしまう。

 

「おやおや……慌てん坊ね……」

 

 ユキメノコは落ちた私のバッグと散乱した中身を一瞥し、私の身体に視線を戻した。

 

「わかるでしょう?徐々に凍っていくこの感覚……。私は凍っていく恐怖に怯えていく顔を見るのが、1番楽しいの」

「あっ……く…………しゅ、み……な……!」

「貴方は冷たくなっていく身体に、いつまでその虚勢を晴れるかしら……?」

 

 意識が薄れてきた。私は寒いのが苦手なのだ。

 

「…………私の、仲間達を……なめないでください……!」

「あら、まだ強がりを言えるのね。さっさと凍らせてあげましょう」

 

 凍る速度が早まっていく。チェックメイトだ。

 

「火炎放射!」

 

 ユキメノコの横っ腹から火炎放射が飛んでくる。火炎放射はユキメノコに直撃し、私はユキメノコの拘束から逃れられる。ただ、身体は凍ったままだけど。

 痛む身体を無理矢理起こして、火炎放射を飛ばしたビートに向けて睨みつけたユキメノコ。

 

「ど、どうして……あんたが……!」

「オイラもいるよ」

 

 ユキメノコの地面から、ホルビーが飛び出て、ストーンエッジを当てる。火炎放射のダメージとストーンエッジのダメージ、ユキメノコはついに力尽き、その場からピクリとも動かなくなった。

 

「……上手くいって、良かったです」

「そうだね……って、リフル!すっごい凍ってるじゃないか!僕が暖めるよ!」

 

 ビートに抱きつかれながら、私は自身の策が上手くいったことに安堵する。

 ユキメノコに凍結の木の幹に叩きつけられた時、私はとある策を思い付いた。どうにかして、凍結の木の側に倒れているであろうホルビーにふっかつのタネを食べさせる事だ。その為に、焦っているように見せかけてトレジャーバッグを落とした。

 まぁ、ふっかつのタネを入れてきたとはいえ、ホルビーの近くにふっかつのタネが落ちなくては、満足に身体を動かせないホルビーは食べられないし、運に頼りっきりの策だったけど。

 ビートが来たのは、恐らくホルビーが呼んだのだろう。地中なら視界は関係ない。地中で進むポケモンは音を頼りにしていると聞いたので、私を心配して声を上げるビートを見つけるのは容易だっただろう。

 いずれにせよ、誰1匹欠けても出来なかった策だ。策の成功と運の良さに感謝しよう。

 

「…………それでも、疲れました」

「……リフル、流石に重いよ……」

 

 全気力を使ってしまった為、もう立ち上がれない。全体重をビートに預けている。ビートは文句を言いながらも、私の身体を気遣うかのように抱きかかえる。

 

「枝も手に入れましたし、帰りましょう」

「うん、そうだね」

「あ、あの〜……」

 

 枝を拾って、帰ろうとした所に、ホルビーから声がかかる。

 

「どうしました?貴方が力になったことは、私もしっかり評価していますよ」

「そ、それはありがとう。じゃなくて、あの……ユキメノコ……」

 

 未だ動かないユキメノコをチラリと見て、気まずそうな顔をするホルビー。

 

「それはどっちの意味ですか?放っておくと、また同じ事をやらかしそう。もしくは、自分達が倒したから介抱すべきか。どちらです?」

「えっと……後者の方、かな……?」

「モモンのハチミツシロップ漬けより甘いですね、貴方」

「想像するだけで胸焼けするね!」

「なんにせよ、貴方は本当に甘い。甘過ぎる。自分に襲いかかり、私達を氷漬けにしようとした相手に情けを見せたり、いつか自分が脚光を浴びれるという生活や未来に対しても」

「うっ………」

「まあ、良い方に見れば優しいって言えるんでしょうけど……貴方はその優しさに、甘さに漬け込まれている。ビート!」

「うむ!」

 

 ユキメノコの方に振り向いたビートが小さな火をユキメノコの腕に当てる。

 

「きゃあああああ!!」

 

 ユキメノコの手からは鋭い氷柱が落ちる。

 

「ほらね、貴方が介抱でもしてたら貴方はきっとザクリ、ですよ」

「じゃ、じゃあオイラはどうすればいいんだよ……」

「貴方の優しさを否定している訳じゃありません。貴方が優しさに漬け込まれて生きている事を私は危惧しているんです。優しさでいえばビートも優しいポケモンです。ですが、それ以上に厳しい」

「……えっと?」

「考えるんです、貴方とビートの、脇役と主役の差を。それが出来ない限り、貴方は永遠に泥役者だ」

 

 話を打ち切り、私達はワイワイタウンへと戻る。ニャースに御要望の氷の枝を渡し、再び撮影が開始される。私はそれを遠目で眺めながら、ビートの一挙手一投足全てを観察している隣のホルビーに聞こえないようにそっと呟いた。

 

「きっと、答えはすぐ側にあるはずです」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話 優しく在れども、厳しく在れ

 天下に武を布く事を宣言したビイト家。しかし、そのビイト家に危機が訪れる。エチゴのドラゴン、ウエスギ家とカイのタイガー、タケダ家による同盟及びビイト家の殲滅。神に愛されし国とはいえ、この戦国を代表する両家の前にビイト家は抗えるのか。

 そんな凶報を受け取ったビイト家の戦略会議では、家臣達は慌てていた。

 

「この両家から、このように攻められますると……」

「我が家は逃げ場を失うのじゃな……」

「し、しかし!我らには神が宿りし国!」

「されど、川中島でしのぎを削りあった好敵手同士のタケダ、ウエスギが組んだのであろう?神の力にうわまわらん力であろう……」

「嗚呼、我らには手はないのか……!?」

 

 最早これまで、そう思った家臣達だったが、ビイトは格が違かったのだ。

 

「皆の者、これより、この城を空にするんだ」

「空城の計というわけですかい。しかし、相手にはツツケラ戦法を考案したタケダ家とそれを看破した軍神ことウエスギでっせ。そう簡単に騙せますかい?」

「それがしの行う空城の計は、これまでの待ちの構えの空城の計ではない。これは攻めの空城の計だ!」

 

 ビイトが考案した攻めの空城の計、これは後に釣り野伏せと呼ばれることになる。この策に、ウエスギ、タケダ連合軍は敗北を喫することになったのだ。

 この一戦を機に、ビイト家は全国に大々的に伝わる大名となり、そして天下統一を成し遂げたのであった……

 

「……はーい、オッケーでーす」

 

 全ての撮影が終わり、ようやく面倒な案件が終わった。ニャースも満足そうだし、クオリティに目を瞑れば、結果は上々と言ったところだろう。

 しかし、私が焚きつけたホルビー……ビート命名、ルビーはどうなったのだろうか。果たして、正しい答えを出す事が出来たのだろうか?

 

「あ、あの、ニャース、さん……ちょっと、いいですか?」

「んにゃ?なんかようかニャ?」

 

 撮影が終わって嬉々としているニャースに向かって、ルビーが話しかけた。そして、何処かに連れて行った。

 私は気になって、彼らの後ろをバレないようについていった。彼らはポケ通りの少ない裏道に入っていった。そこでルビーは意を決したようにニャースに言い放った。

 

「あの映画……今のままじゃ絶対に売れないよ」

「……おミャー、良い覚悟してるニャ。ニャーの脚本にケチをつけるとはニャ」

 

 2匹の間に険悪な雰囲気が流れる。

 

「それに、路頭に彷徨ってたおミャーを救ってやったのは誰ニャ?同級生のよしみで助けてやったのに、よくもまあいけしゃあしゃあと言えるニャ」

「……それは、今でも感謝してるさ。だけど、君の間違いを僕は正さなきゃならない!」

「はっ、優等生は頭が違いますニャあ」

 

 真剣な表情のルビーに対して、全く危機感を持っていないニャース。ふむ、2匹は同級生だったのか。やはり、甘い者が損をする、そんな世界なんだろう。

 

「彼の言うことは正しいよ、ニャース」

「ニャ!?ビート!?」

 

 そこに助け舟として現れたビート。ルビーがどう説得するか私は見ておくつもりだったけど、やはりビートは優しい。……私には、その優しさも少し馬鹿馬鹿しく見えるけど。

 

「まず、戦国時代の小大名が天下統一するっていうストーリーだけど、これに関しては文句は言わないさ。確かに群雄割拠の下克上の世界だし、そういうことはあり得る。しかし、二言目には神のお陰神のお陰と、その小大名の本当の力がわからないまま、第1章が終わってしまうのはどうかと思うんだ。加えて、第1章の終わり方も、これからって展開で終わってるし、普通に第1章第2章って分けない方が良いかもしれないね。あと、ウエスギタケダが同盟を組んで攻めてくるって所は良かったんだけど、釣り野伏せって彼らの小軍じゃ難しいからね?まあ、それが成功したとしても、どうしてウエスギタケダを退けた後に天下統一したってなっちゃうのさ。そこまでのプロセスはどうしたの?君は結果さえ良ければプロセスは気にしないタイプ?それは、小説を最終回だけ読んで良い気になってるようなもので、全くもってよろしくないよね。君は自分の力を過信しているんだ、自分なら良いものが作れると。しかも生半可な力を持ってるから、周りは逆らえない……今までのルビーみたいにね」

「ニャ、ニャァ……」

 

 反論を許さないビートの矢継ぎ早の言葉は確実にニャースを追い込んでいる。だけど、その役割は本来ビートの役割ではない。

 それをビートも理解しているのか、ルビーに目配せをした。

 

「……君は昔からそうだ。自分の才能を信じて疑わない。だから周りを振り回して…。君が今まで成功してきたのは、いや、成功したと思い込んでいるのは君だけだ!」

「………………」

「君は、僕達の力も理解すべきなんだよ……。誰だって、1匹で成功するポケモンなんていないんだ。僕が君に真実を伝える決意をしたのも、僕だけじゃ到底無理だった……」

 

 ルビーがビートと、わかっているのか私の方へ向いた様な気がした。

 

「君が今までやってきたのは知り合いの中だけの事だから、立場の都合上、僕達は真実を伝えられなかった。だけど、今回のドラマに関しては君は皆に見てもらおうとしている。その心意気は買うけど、君はそれで残酷な真実を突きつけられることになる。……それくらいなら、僕が伝えるべきだ。これが優しさだと、僕は思った」

「…………じゃあ、全部が全部、ニャーの1匹よがりだったって事ニャ……?」

「そういう事になるよね」

「……………………ニャーはどうすればいいのニャ。ニャーはもう自分に自信が持てないニャ」

 

 ずっと話を聞いていた私も、ついつい彼らの話し合いの場に出てくる。

 

「貴方が作らなければ良いんですよ」

「ニャ!?」

「あれ、リフル、いたんだ」

「…………」

 

 突然やってきた私にニャースだけが驚いた。ビートは驚いた演技をしているだけだし、ホルビーも気まずそうな顔をしている。……ふむ、少しは隠密にするって事を鍛えるべきか。

 

「不思議のダンジョンでは思いがけないドラマが生まれます。それをどうにかして映像に残すことが出来れば……面白そうですね」

「そうだよ、君は創作面では全くもって駄目だけど、長所だってあるんだ。リフルさんの案を元に新しいエンターテイメントを考えようよ」

「…………そうだニャ、叩きが駄目なら引いてみよ、ニャ!ニャーなら出来るにゃ!」

「だからそういう自信過剰な所が……もういいや」

 

 そして、この後、ニャースプロデュース“ニャースシアター”という新しいエンターテイメントがワイワイタウンに登場した。ニャースの伝手を利用して、小型の高性能カメラを用いて、様々な制約の元でダンジョン巡りを撮影させる。そしてその撮影された映像を皆に提供する、という単純なものだったが、これが大流行。そのダンジョンを成功した者の映像を見て、自らのダンジョン巡りの攻略法を探るという新たなダンジョンの楽しみ方が生まれたのだった。

 

「いやぁ、面白かったぁ」

「…ビート、自分の役割わかってます?」

 

 ビートもその1匹。魅せる技と魅せる策で、今や再生数ナンバーワンのポケモンとなっている。そのせいか、ワイワイタウンで知らないポケモンはいないと言われているくらいだ。

 

「リフルも一緒に行こうよ、これもまたコミュニケーションの輪が広がる元だよ」

「私は遠慮しておきます、早く自分の役割を全うしたいので。まだ水の調査団員しかスカウトしていないんですよ?」

 

 私の言葉に、ビートはニヤリと笑った。

 

「そんなリフルに朗報だよ、僕が遊んでいる様に思いきや、地中調査に相応しい調査団員をスカウトしようと思うんだ」

「…………へぇ」

「誰だかわかるよね?」

「……ルビーですかね」

「うん、大正解。後は説得だけだよ。実は彼、ニャースの下にいる事で生計を立ててたみたいなんだけど、今はちょっと苦しいらしいんだよね。それだったら、スカウトしない?彼の実力はリフルも知っているでしょ?」

「……優しくみえて強かですね、ビートは」

「厳しく見えて優しいよね、リフルも」

 

 こうして、私達はルビーのスカウトに成功し、ルビーは新たに地中調査団員として調査団で働く事になったのであった。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter2-4 地を往く天の若古鳥
第28話 束の間の休暇


 水中の調査団員、イーゼル。地中の調査団員、ルビー。短い期間で、私達は当初の目標の半分を達成した。それを賞賛するためか、私達は団長の部屋に呼び出された。

 

「いやぁ、これは天晴れ。まさか、ここまで仕事が早いとは。加えて、別件でしたが、水タイプのポケモンによる泥棒、恐喝による被害の鎮静、ワイワイタウンのさらなる活性化への助力、流石と言わざるを得ないですね」

 

 団長は心底嬉しそうに、私達を純粋に褒めている。……そう言えば、ここまで面と向かって褒められるっていう経験をした事が無かったせいか少し照れてしまう。

 

「そこで!貴方達の活躍を讃えるべく、こんなものを用意しました」

 

 そう言って、団長は2枚のチケットを取り出した。そのチケットには、風の大陸行きと書いてある。ふむ、風の大陸には行ったことが無かったはずだ。

 

「これは?」

「最近、自分のパラダイス作りをするポケモンが増えているんです。自分の為の、自分が作るパラダイス。そのパラダイスの中で、訪れたポケモンが口を揃えて楽しいと言うパラダイスがある風の大陸行きチケットです。元々は救助隊をやっていたポケモンが、霧の大陸で流行りだしたパラダイス作りに憧れて、救助隊をやりながらパラダイス作りをしたらしいんですよ」

「へぇ〜、僕達も全てが終わった暁にはそういうパラダイス作りも良いかもね」

 

 ビートが満面の笑みで私の方に振り向く。まぁ、確かに全てが終わったのなら、ビートと一緒に私達のパラダイス作りもいいかもしれない。

 

「休暇にはピッタリです。どうですか?旅行デートでも……」

深淵緑蓋(ビリジア・ビリジアン)!」

「リフル!ダンジョンですら使った事無い技をここで使おうとしないで!?」

 

 団長の巫山戯た物言いについカッとなってしまった。…………別に、ビートと旅行デートをするのが嫌って訳では無いんだけど。

 何はともあれ、折角貰った休暇だ。存分に楽しむに限る。

 

▽▼▽

 

 風の大陸。ワイワイタウンからラプラス便を使って、パラムタウンへ到着した。初めての大陸に私もビートも、少し興奮している。

 とは言っても、初めての地。そのパラダイスとやらの場所どころか、何処に行くか全くもって検討がつかない。

 途方に暮れかけたその時、私達に話しかけてきたポケモンがいた。

 

「よぉ、お前ら、草の大陸から来たんだろ?」

「水の大陸……まぁ、元々は草の大陸ですね」

「だよな、見知った顔だしな!」

 

 随分友好的なこのオオスバメ。はて、何処かで出会った事があっただろうか?草の大陸って事は、探検隊関係かな…?

 

「……そうだ、チームタベラレルのメンバーだね、リーダーがケムッソの」

「おお、知ってくれてたか。レガリアのビート、トレジャータウンでは結構有名だったが、そんな性格だったか……?」

 

 少し訝しげな表情を浮かべたオオスバメにビートはしまったといった感じの顔をした。しかし、心配する必要は無く、オオスバメはそんな事より、と続けた。

 

「お前達も、救助隊チューゴローの作ったパラダイスに来たんだろ?」

「チューゴロー……まぁ、そんな感じです」

「それなら、この地図やるよ」

 

 オオスバメが取り出した地図を受け取ると、丁寧にパラムタウンの場所とそのパラダイスがある場所の道筋が書かれていた。

 

「俺は十分楽しんだし、もう必要ないからな。結構な道のりだし、必要なら使ってくれよ」

「ええ、ありがとうございます」

 

 一通りオオスバメに礼を言った後、オオスバメと別れ、その地図通りに向かう事にした。

 

▽▼▽

 

 神秘の森に行き、きのみの森を抜け、キヨラ渓谷を通って、試練の岩山を踏破した所に、救助隊チューゴローの作ったパラダイスがあるらしい。休暇のつもりが、とんだ骨折りだ。

 

「それでも人気だっていうなら、これくらい苦でも無いんでしょうね」

「でも、僕らのような探検隊とかはともあれ、それ以外のポケモンはどうすればいいんだろうね?」

 

 もしかしたら、他のルートがあるかもしれない。ただ、私達はこのルートしか知らないのだから、仕方なくこのルートで行くしかない。

 

「ていうかさぁ、このルートって飛行タイプのポケモンだったら楽そうだよね。まさか、あのオオスバメ、飛行タイプ用ルートを渡したんじゃない?」

「だとしたら、間違った善意ですね。1番困る代物です」

 

 とか何とか言いながら、ダンジョン自体が難しい訳では無いのでさくさく進んでいく。今日の内に、そのパラダイスに到着したいのだ。

 長い道程を乗り越えて、ついに試練の岩山を越えた私達は、目的のパラダイスと思わしき場所に到着した。門の所に、御丁寧に“チューゴローパラダイス”と書かれている。門を潜り、ダサいネーミングのパラダイスへと入っていくと、早速珍しいものを発見した。

 

「ツンベアーホッケー、娯楽施設もあるんだね」

「くじびきてん……」

「やる?リフル、くじ引き大好きだったよね」

 

 今回は完全な休暇、こういうことをする為のものだ。早速、くじびきてんに寄ってみるとスピードくじ、スクラッチくじ、けんしょうくじの3つがあるらしい。パッチールのカフェにあるくじはスピードくじと呼ばれるものだ。スピードくじは、自分で削って、出た絵柄によって商品が変わるくじ。けんしょうくじは、買っておいて、後日発表される番号に当たれば商品がもらえるくじらしい。

 こういうのは、やっぱり自分で削ってこそだ。私はスクラッチくじを買うことにした。どうやら、このスクラッチくじは6箇所の内、3箇所削って出たマークの数で商品が決まるらしい。

 

「……………………」

「そ、そんなに真剣にならなくてもいいんじゃないかな……?」

 

 ビートが苦笑いしているのを余所に、私は削るべき箇所を決めあぐねていた。商品をゲットするには、マークの数は最低でも2箇所は出さなくてはならない。6箇所の内、マークが3つしかないかもしれない事を考えると、1つ1つしっかり決めて削るべきだ。

 

▼▽▼

 

 と、こんな感じでリフルがくじ引きに集中しちゃったから、僕は別の所を見ることにした。そして、僕はそうこ★スッキリというお店を見つけた。

 なんとも個性的な名前だけど、ここはどうやら物々交換をしてくれるお店らしい。自分の倉庫にある使い道の無いものを出す代わりに、自分が欲しい物を手に入れられる。どうやら、掘り出し物と呼べる物もあるらしい。

 早速、僕の目に止まった物があった。

 

「これは……!」

 

 綺麗な青色の石。みずのいしと呼ばれ、特定のポケモンの進化に必要な物だ。シャンプー、シャワーズの進化みたいに。つまり、裏を返せば、それ以外のポケモンには無用の長物なんだけど……僕のようなコレクターにも価値があるものだ。

 

「そいつはおうごんのりんごで交換してやるよ」

「おうごんのりんごかぁ……」

 

 生憎それは持ってないんだよなぁ。仕方なく諦めようとした時、僕に話しかけてきたポケモンがいた。

 

「なぁ、あんたおうごんのりんごが必要なのか?」

「え?うーん、まぁ、そんな感じかな?」

「おうごんのりんごは、この風の大陸にあるセカイツリーって場所にあるんだ」

「……へぇ、意外な偶然だ」

 

 アーケンの情報に、僕は口元を緩ませる。もしかしたら、手に入るかもしれない。折角の休暇だけど、折角の休暇だからこそ自分のしたい事をすべきかもしれない。

 

「そ、それでよ……お願いがあるんだが……」

「えっと、何かな?」

「俺と一緒に、セカイツリーに行ってくれねえか?」




1Chapterを3話に抑える流れをしちゃったせいで、何だか展開が早足な気がする…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話 おうごんのりんごは渡さない

 リフルに、セカイツリーに向かう事を伝え(少し残念そうな顔をしていたけど)僕は、アーケンこと、アウィスと一緒に、苦労して来た道を逆戻りし、セカイツリーへと向かった。どうやら、このルートはアウィスの言うことには空を飛べるなら楽、らしい。

 

「まぁ、俺は空飛べねえんだけどな……」

「そっか、そうだったね」

 

 アーケンという種族は飛行タイプ、そして翼を有しておきながら、空を飛ぶ事が出来ない。

 

「だからなんだろうな……俺、高い所が大好きなんだ」

「……セカイツリーに行きたいって言ったのもそういう理由?」

「ああ、そうだな。そうだと思う」

 

 このセカイツリーがどれだけ高いかわからないけれど、それでアーケンが少しでも喜んでくれるなら、喜んで協力しよう。無論、僕の目的であるおうごんのりんご(というよりみずのいし)もあるんだし、どちらも損はしないはずだ。

 長い間歩いていると、ようやくセカイツリーの入り口が見えてきた。上を見上げると、なかなかの高さがある。ただ、時限の塔を登ったことのある僕としては少し拍子抜けするけど、どうやらアウィスは違うみたい。早く登りたい、という気持ちが表情からヒシヒシと伝わってくる。

 

「よし、早速行こうか」

「ああ、よろしく頼む」

 

▼▽▼

 

 セカイツリーという名前から仰々しさを感じるが、実際の所は拍子抜けだ。迫り来る敵々も大したことは無い。

 

「うーん、油断する気は毛頭無いんだけどさ、ちょっと期待外れかなぁ」

「まぁ、ダンジョンの名前なんて最初に見つけた奴が付けるものだからな、そいつはここがセカイツリーと思ったんだろうよ」

「へぇ……ところでアウィス」

「アウィス……ああ、俺のことだったな。なんだ?」

 

 僕は僕の後ろで気丈に振る舞っているアウィスに振り向き、少し溜息をつく。

 

「……君はちょっと慎重過ぎないかい?」

「へ!?あ……いや、それはだな……」

 

 先程からアウィスの戦いぶりはどうも見ていて危なっかしいというか、勢いがない。攻めるべき場所で攻めあぐね、結果自分を追い込んでいる。

 昔の僕は攻め過ぎてダメージを喰らうのに対して、アウィスは守り過ぎてダメージを喰らってしまう。どちらにせよ、よろしくない戦い方だ。

 

「……俺、戦いとなるとどうしても弱腰になるんだ……」

「君の特性は戦闘中は常に発動しているのかい?」

 

 なんとなくセカイツリーに一緒についていって欲しい理由がわかった気がする。アウィスは全力が出せないタイプだ。その為、本来なら簡単であるダンジョンも攻略が難しい訳だ。

 

「……君のその性格はどうにかした方がいいかもしれないね」

「それは俺だってわかってるんだが……」

 

 まぁ簡単に治せれば苦労はしないって訳だ。しかしそのままにしておくのもよろしくない。

 

「実践経験は積んでいるの?それでも駄目なの?」

「ああ……色んなダンジョンで戦ってみてるが、やっぱりどうしても駄目なんだ……」

「うーん……君、なんか昔にあったとか覚えてる?もしかしたらトラウマが原因かもしれないよ」

 

 アウィスは少し考える素振りをして、首を振った。どうやら心当たりは無いようだ。ならばアウィスはどうしてそんなにも弱気なんだろうか…?

 悩んでいても仕方がない、とりあえず当初の目的であるおうごんのりんごを手に入れてからゆっくりと考えてみよう。

 

「……なぁ」

 

 アウィスの行動を逐一確認しながら進んでいると、アウィスが神妙な顔付きで話しかけてきた。

 

「どうしたの?」

「これは俺の問題だから、俺が向き合わなきゃならないってのはわかってるんだ。だが、ビートがそれを手伝う理由は無いんじゃないか……?」

「助ける理由が無くても、助ける価値はあるさ。だから助ける。別に自己満足の為にやってる訳じゃないし、君に恩を売ろうとかいう偽善的な意味でも無い。所謂、投資って奴だよ。君の可能性の蕾を咲かせるためのね」

「……でも、ビートは子供ながらいい奴だな」

 

 忘れた頃に子供扱い。風の大陸にいるって言うのに、水の大陸でされた子供扱いって事は、アウィスはきっと水の大陸出身か?それに、正直見た目で判断出来るものじゃ無いと思うけど……見た目で判断しているっていうならイーゼルとかルビー、このアウィスだって充分子供っぽいよ。

 

「……実は僕、草の大陸からやってきたんだけどさ、水の大陸のポケモンに子供扱いされることが多いんだけど……それってどういう基準なのさ?」

「水の大陸の奴…俺を含めてだが、普通に年齢で判断してるんじゃないか?生まれて7、8年って所だな」

「水の大陸のポケモンは年齢がわかる能力が付いているのかな?」

 

 正直、リフルの年齢も、調査団のメンバー全員の年齢も全くわからないし、自分の年齢は正直曖昧で覚えていないってのが正しい。

 でも待てよ、不思議のダンジョン内で倒したポケモンが仲間になった場合はどうなんだ?不思議のポケモンは倒して友情が芽生えることで自我が生まれる……しかしその前にも生きてはいたんだから年齢は……ああ、もういいや。考えても仕方ない事だ。恐らく、水の大陸の風習ってものだろう。

 

「最終的な話、どんな年齢であろうとも実力が物を言うんだから関係ないと思うんだけどな。水の大陸の奴らは大抵、子供は未熟者だって捉えてる節があるんだよな……」

「なんでだろうね、本当に」

 

 迷惑って訳じゃないけど、戸惑いはするよね。自分は立派だ、なんて思ってはいないけど、自立はしているとは思うし。

 

「まぁ……そもそも子供に助けを求めてる時点で俺はダメダメだけどな……」

「もう少し気を強く持った方がいいんじゃない?」

 

 情緒不安定なアウィスに少し不安を感じながら、僕達はセカイツリーを登っていく。

 そしてセカイツリー最上階に到達すると、如何にもな宝箱がそこに鎮座していた。

 

「……これがおうごんのりんごかな?」

「恐らく、そうだろうな……」

 

 とはいえ、何かあるかもしれないから、警戒しつつ、僕達は宝箱に近付く。

 

「……罠は、無いみたいだね」

「ここまで来て全滅は避けたいもんな」

 

 罠の有無を確認し、宝箱に手をかけた瞬間、僕は背後からの殺気に思わず振り向いた。アウィスは僕の行動に首を傾げたものの、弱気だから気配に敏感なのか、背後から近寄る影に気が付いたみたいだ。

 

「…………………」

 

 這い寄るゴンベの目は生気の無い瞳をしている。そしてユラリユラリと、僕達に近付いてくるのだ。

 

「彼も、おうごんのりんごを求めてるのかな……?」

「だとしてもヤベエよ、あの目付き!」

「そうだね、あのゴンベには悪いが倒されてもらおう」

 

 鈍重な動きをしているゴンベに攻撃を当てるのは容易い。僕はゴンベに向けてかえんほうしゃを放つ。

 

「…………………!」

 

 かえんほうしゃを喰らっても尚、ゴンベは歩みを止めない。しかし、僕を敵と認識したのか、その生気の無い瞳で僕を睨みつけてきたのだ。

 

「スピードが無い分、タフか。厄介だね……」

 

 ならばスピードで翻弄し、ダメージを与え続けるのみ。一気にゴンベとの間合いを詰めて、打撃攻撃を繰り出す。微弱なダメージだろうと積もれば大ダメージだ。

 ゴンベの動きが止まったと思うと、腕を大きく振り上げた。攻撃の予兆と見た僕は自分の攻撃を中断し、少し距離を置いた。

 振り上げた腕を力強く振り落とし、その腕を地面へと叩きつけた。瞬間、地面が大きく揺れ、地面が割れる。そして飛び出てきた岩が僕の身体にめり込んだ。

 

「ぐっ……!」

 

 ダメージは浅い、だけどこのゴンベ……なかなかの手練れだ。アウィスの方を向くとどうすればいいのかオロオロしている。……力にはなりそうもないか。

 ゴンベは再び宝箱に目線を戻し、歩みを進め始めた。あくまで、宝箱がメインで僕は宝箱を取るに当たっての邪魔者でしか無いって訳か。

 

「そう邪険にされると、こっちに目線を向けさせたくなるんだよねぇ……」

 

 小さく揺らめく炎をゴンベの目の前に放つ。ゴンベは邪魔だと思ったのか、その炎を払いのけようとした。

 

焔陽(ほむらび)

 

 炎はいきなり形を変え、ゴンベに襲いかかる。外部からの衝撃で発動する罠のようなかえんほうしゃ、名付けて焔陽。

 

「………!!」

 

 既に沢山ダメージを与えた。ゴンベのタフさには目を見張るものがあるけど、それもこれでお終いだ。

 

「大きく溜めて…………かえんほうしゃ!!」

 

 いつもより倍に息を吸って、ゴンベに放つ。

 

「………ゥ……」

 

 限界が来たのか、ゴンベはその場に倒れる。僕はゆっくりと息を吐いた。

 

「……なかなかの強さだね」

 

 ゴンベには悪いが、僕だっておうごんのりんごが欲しいんだ。ゴンベの横を通って宝箱を開けようとした。しかし…

 

「……ビート!!」

 

 アウィスの焦った声が響く。その次の瞬間、僕の身体は大きく吹き飛ぶ。薄れゆく意識に、ただりんごを手に入れるという強い意志だけで立ち上がっているゴンベを見た。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話 傷付けたくない

 ゴンベの思わぬ一撃で沈んでしまったビート。残されたアウィスは息も絶え絶えに近寄ってくるゴンベに、ただ恐怖を抱く事しか出来なかった。

 

「(どどどどうすりゃいいんだ!?俺の目的はとっくに終えてる!ビートを引き連れて逃げるべきか!?だ、だけどビートが欲しがっていたおうごんのりんごが手に入らない……元々、そういう約束で同行してくれたんだ……こんな所で逃げ帰るなんて、そんな真似は……)」

 

 ビートをチラリと一瞥し、体を震わせながらも、ゴンベの前に立ちはだかるアウィス。その目はゴンベを見据えながらも、どこか頼りない感じがある。

 

「(俺がやるしか……無いんだ!幸い、ゴンベの動きは遅いし、ビートが削ってくれたお陰で今にも倒れそうだ……確実に一発一発当てればいい話だ……!)」

 

 覚悟を決めたアウィスは空中に岩を出現させる。げんしのちからという技だ。戦いが苦手なアウィスであろうとも、愚鈍に動くゴンベに対して、当てる事は容易だ。

 しかし、それでも尚アウィスはげんしのちからを当てる事が出来なかった。それはその筈、当てようと力み、挙げ句目を瞑っている状態では、相手が愚鈍に動き、いや、止まっていたとしても、アウィスがげんしのちからを当てる事は叶わないだろう(下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、という事もあるかもしれないが)

 

「(だ、駄目だ……どうして俺は、攻撃が当てられないんだ……)」

 

 絶望の表情でへたり込むアウィス。ゴンベはもう目前に迫っている。

 しかし、ゴンベはアウィスを無視し、その横を通り過ぎた。もはや、脅威すらで無いと認識されたのだろう。それが、アウィスの消えかけてた心に火をつけた。

 

「む、無視するなあああぁぁぁぁ!!!!」

 

 再びげんしのちからを出現されるアウィス。その双眸はちゃんとゴンベを貫いている。

 

「喰らええええぇぇぇぇ!!」

「………!!」

 

 当たった。アウィスのげんしのちからはゴンベに当たり、ゴンベはその場に倒れた。再び動く事もない。

 だけど、アウィスは攻撃を当てれた喜びより、締め付けられる心の痛みに苦しんでいた。そして、アウィスはとうとう気付いた。

 

「…………そっか、俺は……傷付けたくないんだ。自分も傷付きたくないし、誰にも傷付いて欲しくない。だから、こんな嫌な気持ちになるんだな……」

 

 自分を奮い立たせ掴んだ勝利も、今のアウィスにとっては敗北そのものだ。

 

「……やっぱり、そういう事だったんだ」

 

 アウィスは声のする方向に振り向いた。そこには顔だけを上げて寝ている状態のビートがいた。

 

「あ、そうだ!だ、大丈夫か!?ビート!!」

「ああ、うん。大丈夫大丈夫……」

 

 足をふらふらさせながらも、立ち上がるビート。そして心配そうに自分を見つめるアウィスに臨戦態勢を取った。

 

「君が、攻撃を繰り出せれば僕はゴンベの不意打ちを食らわなかったんだけどね」

「え……だ、だけどそれはもしかしての話だし……」

「君が攻撃を繰り出せれば、楽にゴンベを倒せてたのにね」

「な、なぁ……怒ってるのか……?」

「君の傷付けたくない気持ちは重々承知だし、僕にだってある。だけど、君の傷付けたくない気持ちのせいで僕は傷付いた」

「…………っ!」

「倒すべきゴンベを倒さず、仲間を窮地に追いやった。……アウィス、君の傷付けたくない気持ちは、仲間を傷付けてでも守りたいものなのかな?」

 

 ビートの鋭い目線に、アウィスは思わず顔を逸らす。

 

「君の気持ちは残酷過ぎる。優しさを求めるあまり、行き着く先は破滅の道だ。そんな奴は、僕が叩き潰す」

「や、やめろよ……本気じゃ、ないんだろ……?」

 

 懇願するようにアウィスはビートを見つめるが、ビートはアウィスの身体すれすれにかえんほうしゃを放つ。

 

「本気だよ、君という危ない芽は早いうちに刈り取るのがお約束だ」

「そ、そんなお約束聞いた事無い……!」

「嫌だって言うなら僕を倒すがいい、ゴンベとの戦いで絶賛不調の僕なら、君でも倒せるかもね」

「うっ…………だけど…………」

 

 未だ躊躇をするアウィスに飛んできたかえんほうしゃが当たる。ダメージはあるものの、ビート自身が加減したらしく、そんなには痛くない。

 

「ウゥッ!」

「何度だって言う。君は、僕の敵だ。だから僕は君を倒すことになんら躊躇はしない」

「………………」

「決意を持たない者は、空を仰げない」

 

 そして、数時間に及ぶ激闘(とは言っても、殆どがビートの攻撃だが)の末に、気力だけで立ち上がっていたビートが限界を迎え、一応はアウィスの勝利となった。

 

▼▽▼

 

 アウィスはビートの目的であるおうごんのりんごを持って、ビートを背負って帰路についていた。アウィスの心情は、ゴンベを倒した時とは、また違った妙な敗北感に支配されていた。

 

「(……結局、ビートに俺は攻撃出来なかった。短い間とはいえ、一緒にダンジョンを巡った仲間に攻撃なんて出来ない……。だけど、ビートは俺を敵と断ずるや否や、なんの戸惑いもなく、俺に攻撃を仕掛けた……)」

 

 そのビートは、今アウィスの背中で幸せそうに眠っている訳だが。

 

「(……ビートが気力を使い果たして倒れる寸前……)」

 

▼▽▼

 

「誰かの為に誰かを傷付けるってのは……それは仕方のない事なんだよ」

 

▼▽▼

 

「(……わかってるさ、そんな事。理解はしてても、俺には……やっぱり無理だ)」

 

 結局、失意のまま、チューゴローパラダイスに帰ることになったのであった。

 

▼▽▼

 

「……な、なぁ……良いことあるって、な?」

 

 落ち込んだまま帰還したアウィスは、その後ビートが目覚めるのを待ち、最終目標であるみずのいしのトレードに勇んで行った。

 しかし、おうごんのりんごとみずのいしのトレードはとっくに成立していたらしい。その話を聞いたビートは、アウィスが自分の悩みを一旦置いておくほど、落ち込んでしまった。あんなに苦労してゲットしたおうごんのりんごが無駄になってしまったのであった。ちなみに、襲いかかったゴンベはどうやら空腹のあまり、との事だったらしい。

 

「……そりゃあ、僕にはみずのいしは不要かもしれないけど……こんなのあんまりだよ……」

 

 アウィスの励ましも虚しく、ビートは座り込み、俯いている。

 

「骨折り損のくたびれ儲け……いや、儲けすらないよ……」

 

 アウィスの目的は達成した為、別に放っておいても良いのだが、アウィスはここで別れるのは後味が悪いと思ったのか、ビートが元気を取り戻すまで付き合った。

 

「…………儲けが無いなら、自分で作るか」

 

 項垂れた様子が一転、ビートはアウィスの手、というか翼を掴んだ。

 

「調査団入らない?」

「…………えっ?」

「僕は調査団のスカウトとして今、調査団に属しているんだ。残り空の調査団員をスカウトするだけになったんだけど、どうかな?」

「だ、だけど……俺は……弱いし、攻撃出来ないし……そもそも飛べない……」

 

 そんなの知ったこっちゃない、そんな顔でビートはアウィスと顔を見合わせた。

 

「調査団に入れば、君を特訓する事だって出来るし、空の調査が必ずしも空を飛ぶ必要性は無いと思うし、まさに儲けだ。……失ったみずのいしには到底及ばないけど」

 

 断ろうと思ったアウィスだが、ビートの手が翼を掴んで離さない。

 

「俺なんて、や、役に立たないぞ……」

「役に立つようにするからさ」

「俺より相応しいポケモンは沢山いるだろ……!?」

「いるかもしれないけど、僕にとっては君しかいないんだ」

「…………だけど……」

「………………だめ?」

 

 恐らく演技だろうが、ビートが潤んだ瞳でアウィスに向かって首を傾げた。

 

「ああ、わかったよ!入るよ、入ればいいんだろ!?確かに、俺もこのままじゃ駄目だと思ってるからな!」

「うん、これからよろしく、アウィス」

 

 してやられた、そんな気分になったアウィスだったが、しかしその裏で少し、喜びを感じていたのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter2-5 大物喰らいの綿菓子獣
第31話 食材を求めて


 そこらへんを彷徨いていたビートが、未だスクラッチくじの削る場所に悩む私の所に戻ってきた。曰く、ある物の為にセカイツリーに行ってくるとの事らしい。何が欲しいかは聞いてないし、興味はなかったが、折角の休暇だからビートと2匹でゆっくり過ごしたかった、という気持ちはあった。

 だからと言って、このスクラッチくじを疎かにする訳にはいかない。私はビートを送り出して、再びスクラッチ推理に没頭した。

 1時間くらい経っただろう、ようやく私は決心し、スクラッチくじを削り始める。1つ、2つ、そして3つ。私の推理と直感は大当たりという結果になった。

 意気揚々と、景品交換に行くと、店主はこんなに時間をかけるとは思わなかったといった表情で苦笑いしつつ、景品であるおうごんのりんごを渡してくれた。

 おうごんのりんご、食材として最上級の物なのだが、正直私には無用の長物だ。りんご好きの者達には喉から手が出る程の逸品であっても、私は特にそうは思わない。その為、私はそうこ★スッキリという所謂物々交換が出来る店へと向かった。

 そうこ★スッキリのシステムとして、自分の欲しいものを提示して、自分が差し出す物を預けておく預け主方法と、自分の今持っている物で交換出来るものがあるか探す探し主方法の2種類がある。基本的には、自分の欲しい物を探して、無かったら預けておく、が主流だろう。

 私もとりあえずおうごんのりんごを求めている預け主を探してみると、みずのいしと引き換えにおうごんのりんごを求めている預け主がいた。

 みずのいし自体も、私にとっては無用な物だ。というか、大体のポケモンには不必要な物だが、ビートは違う。ビートは珍しい物を集めたがるコレクター精神を持ち合わせており、きっとこのみずのいしも欲しがるに違いない。それを言うなら、おうごんのりんごも欲しがる可能性はあるが、恐らくみずのいしの方を優先的に欲しがるだろう。

 まぁ、たまにはプレゼントを贈るっていうのも良いものだろう。私は早速、みずのいしを交換しようとした。すると、私は1匹のポケモンに呼び止められた。

 

「そこのツタージャさん!」

「私にはリフルという名前があります」

「ではリフルさん!」

 

 わたあめポケモン、ペロッパフ。そのペロッパフは爛々した瞳で私を見つめていた。

 

「そのおうごんのりんご、みずのいしとトレードするつもりですか?」

「ええ、そのつもりです。先に言っておきますが、私が欲しいのではなく必要としているポケモンがいるからであって、私が使う訳ではありません」

「あ、いえ、そこはどうでもいいんですけど……」

 

 ペロッパフは店のポケモンと一言二言会話を交わすと、店のポケモンからみずのいしを受け取った。

 

「……貴方が出品したものだったんですか?」

「はい、私には食べれないし、いらないです」

 

 そう言って、ペロッパフは私にみずのいしを差し出した。おうごんのりんごと交換しようって事だろう。別に断る必要も無い、私はペロッパフからみずのいしを受け取り、おうごんのりんごを渡した。

 

「ありがとうございます!これで、美味しい料理が作れます」

「……へぇ、料理するんですか」

「ええ、まあ、はい。ノワキの実のマトマソース煮とか」

「それはまた辛そうな」

「ロメバンジーサラダとか」

「苦めのサラダなんですね」

「モモンカイスのケーキとか」

「甘めな味付けですね」

「…………リフルさんって料理好きですか?」

「まあ、嫌いでは無いです」

「でしたらお願いです!私とねがいのどうくつに行ってください!」

 

▼▽▼

 

 ねがいのどうくつ。師匠の書曰く、ジラーチと初めて出会った場所らしい。ジラーチが初めて目覚めた場所が、ほしのどうくつで、師匠と出会った場所はねがいのどうくつ。

 しかし、願いを叶えるというジラーチがいない以上、行く意味は無いと思うがどうやら違うらしい。ペロッパフによると、最下層までの道のりの何処かに、世にも珍しいきのみが生っている、との事。その珍しいきのみを手に入れたいらしいが、自分だけではねがいのどうくつを攻略する自信が無いようだ。

 ……師匠の書によると、難関ダンジョンの1つらしい。己の強さを再び見直すダンジョンとも書かれている。食の為ならどこまでも、というペロッパフの情熱には目を見張る物はあるけど……

 

「……ビートが帰ってくる間までに済みそうじゃありませんね……」

 

 チューゴローのパラダイスにはメッセージ板があったため、帰ってきたビートが見てくれる事を信じて言付けしておいた。

 そして、ねがいのどうくつ。入った瞬間、私が今まで積み上げてきた努力が一気に抜けていくような感覚がした。

 

「………っ!!」

「あ、やっぱり感じます?まさしく脱力感がありますよね」

「……この感じは一体?」

「私も初めて入った時は混乱したんですけどね。どうやら、このダンジョンは覚えていた技を忘れ、培ってきた経験が0に戻るダンジョンなんです。無論、ダンジョンを出れば元に戻りますけど。それ故に、正に自分の実力を示せる不思議のダンジョンとして、強者には人気なんですって」

 

 きよらかなもりだったか、師匠の書に『最も自分の経験を活かし、最も自身の経験が活かせない場所』と記されていたけど、きよらかなもりがこのダンジョンと同じと考えると、なんとなく意味が伝わった気がする。

 しかし、私が覚えてきた技が使えないとなると、少し困った事がある。私は自らの技を掛け合わせて放つ“合体技”が得意だけど、それが使えないとなると、戦略の幅が狭まる。アイテムは持ち込めるようだしアイテムフルコースは使えそうだけど、それでもやっぱり心許ない。

 

「そもそも……このダンジョンはどれくらいの長さがあるのでしょうか」

「あ、最長ダンジョンですよ、ここ」

 

 私の独り言に反応したペロッパフ。最長ダンジョンとは、その名の通り最も長いダンジョンである。最長、とか言いながら最長ダンジョンはいくつかあるらしいけど、まさかここがその1つとは……。ただでさえ、こんな状態にさせられるというのに、ペロッパフが苦労する意味も分かる。

 

「……だとしても、どうして貴方は私を誘ったんですか?偶然とは言え、トレード成立した相手と探検に行くなんて……」

「料理好きだからです」

「それだけの理由で?私が足手まといになったらどうするんですか?」

「えっと……」

 

 ペロッパフは少し頭を傾げた後、真剣な表情で私を見た。

 

「私にとっては、それだけの理由でも命をかけられるんです。私が命をかけて選んだパートナーが足手まといなんかになるはずありません」

「それはまた破天荒な理論ですね。……まぁ、嫌いじゃないですけどね」

「あんまり共感してくれないんですよね、そういうところではリフルさんとは同士です。あ、そういえば同士で思い出したんですけど……」

「はい?」

「みずのいしを欲してたって事は、リフルさんの仲間にみずのいしが必要な仲間がいるんですか?それともリフルさんがコレクターとしての趣味がお有りで?」

「正解はみずのいしを欲しているコレクターとしての趣味がある仲間……がいる、です」

「あ、じゃああのニャビーの?」

「見たんですか?」

「リフルさんがスクラッチくじにハマってたところから」

 

 あれを見られていたのか、少し恥ずかしい。

 

「一緒にいたニャビーさんの他に仲間がいるかと思ったんですけど……あれ、それでしたらどうしてリフルさんがみずのいしを?ニャビーさんがコレクターとしての趣味があるなら、ニャビーさんが交換するべきでは?」

「……ただの偶然ですよ。私がおうごんのりんごを持っていて、ビートが……ニャビーの事ですよ。ビートがみずのいしを欲しがるだろうと思ったんで、私はただ交換しようと思っただけです」

「リフルさんってニャビーさん……ビートさんの事が好きなんですか?」

 

 全くオブラートに包まない直球の質問に私は目を逸らす。するとペロッパフは面白そうにニヤニヤし始めた。

 

「プレゼントする仲なんですね、凄い羨ましいです」

「……やめましょう、この話題。あまりにも緊張感が無さすぎます」

 

 そもそもここはいつ何処から敵が襲いかかってくるかわからない不思議のダンジョンなのだ。あまりにも場にあってない話題で、なんだか緊迫した感じはしないけど、それでも油断はしてはいけない。

 頰をぺチリと叩いて、私は気合を入れる。ただでさえ、今は技を忘れている状態なのだ。限られた手段で戦うしかないのだから、気を抜いては勝てない。

 

「そもそも、このダンジョンは、敵を倒せるだけ倒しておいた方が後々楽なのでは?」

「一概にそうとは言えないですよね〜。アイテムは持ち込めるとはいえ、限りがありますし、ちまちま敵を倒してたらアイテムが底を尽きちゃいます。ただでさえ最長ダンジョンですし、序盤はアイテムの消費を控えた方がいいかもしれませんね」

「だからといってガンガン進めば敵が強くなっていくんでしょう?これは厄介ですね……」

 

 現状では、今でもたまにビートとやってる超高速ダンジョン巡りも、この形式のダンジョンには向かない訳で(そもそもペロッパフがついてこれるかどうかも謎だし)

 

「……そもそも、なんだか懐かしい感じがするんですよね」

「懐かしい感じ?このダンジョンに来た事でもあるんですか?」

「このダンジョン……もそうですけど、なんとなくこの感覚が……」

 

 漠然とした既視感が私の心中によぎる。この気持ちは一体なんだろうか……?

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話 過去と現在のダンジョン巡り

「さて、今日はねがいのどうくつに行こうか」

 

 彼の言葉に、彼女は首を傾げる。彼女は彼と様々なダンジョンを巡ってきたが、今彼が口に出したダンジョンの名前は聞いた事が無かったからだ。

 

「今回の目的はズバリ、君の成長だよ、リフル」

 

 彼女の首は更に傾げられる。どうやら言葉の意味が理解出来ないようだ。

 

「ほら、君は僕と一緒に色んなダンジョンに行ったでしょう?でも、君はそろそろ君だけで探検してみるべきだ。いつまでも僕におんぶに抱っこじゃ、君は絶対に育たない」

 

 彼女は少し悲しそうに目を伏せる。そんな彼女に、彼は苦笑しながら彼女の頭を撫でる。

 

「何も君に痛い目に遭って欲しいって思ってる訳じゃない、だけど生きている以上、僕たちは痛みと向き合わなきゃ。それに、このダンジョンを選んだのには理由がある。それはこのダンジョンは“知識”としての経験を活かせる場所なんだ。僕のような天下無敵の絶対の強さなんて必要無い。知識さえあれば、どんな子でさえこのダンジョンを攻略出来る……とはいえ、最下層までっていうのは難しい話だ、とりあえず……半分まで行ってみようか?」

 

▼▽▼

 

「いやぁ、リフルさんのお陰でここまで順調に来れましたよ」

「まだまだ先は長いんです、油断禁物ですよ」

 

 あの時はどこまで行けたか、それは覚えていないけど、現在私達はねがいのどうくつの半分まで到達していた。厄介な敵も増えて、ますます緊張が高まる。

 

「……そもそも、スターの実を使ってどんな料理を作るつもりで?」

「スターパフェです!」

「……スターパフェ?」

「ええ、モモンの実を使って作ったモモンアイスと、カイスの実を使ってカイスクリームを作って、マゴの実を削って振り掛けた所にスターの実とおうごんのりんごを切ったものを添えるつもりです」

「……スターの実は酸味のあるきのみですし、その甘そうなパフェにはいいアクセントにはなりそうですね」

 

 しかし、スターの実にはたまに辛味が強いものがあるのだけど、ペロッパフはそこんところをちゃんと把握しているのだろうか?

 

「私は食べ物が大好きですからね!大好きな食べ物を更に大好きな物にする、私はそれがたまらなく好きなんです」

「だからこそ、その為の努力は惜しまないと?」

「ええ、その通りです!」

 

 そう考えると、ビートと似たような思考だ。ビートもまたコレクターとして珍しい物を集める為に努力は惜しまないタイプだ。ビートがそうこ★スッキリでも行って、みずのいしを見かけたとしたら、どうにかしておうごんのりんごを手に入れようとしてただろう。まあ、私が偶然手に入れたからその心配は無いのだけど。

 

▼▽▼

 

 彼女は危機に陥っていた。彼女の性格というか、彼女の悪い癖とも言えるのだが、落ちているアイテムを集めよう集めようとしているうちに、食料が底を尽きてしまった。手元にあるのは不思議な玉や鉄のハリなど腹を満たせないもの。

 

「………………」

 

 だんだんと彼女はこのダンジョンに自分を送り込んだ彼に対して苛立ち始めた。

 いつだってそうだ、彼は自分勝手で自由奔放だ。そのせいで自分はこんな思いをしなきゃならない、と。

 正直、必要なアイテムと不要なアイテムを見極めて、しっかり取捨選択しておけば、恐らくそんな思いをしなくても良かったのだが。つまるところ、やつあたりである。

 

「……………!」

 

 彼女は目の前にりんごが落ちているのに気付いた。すぐさま駆け寄って、拾い上げてみるとベタついている。このままでは食べれない、彼女は持っているアイテムでベタつきを落とすせんたくのたまを探し始めた(洗濯したからって、ベタついていたりんごは食べたくないが)

 無かった、あんだけ拾って集めたのに、肝心な物が無かった。彼女は怒りのあまり、襲いかかってきたポッポの翼に蔓を巻き付け地面に叩きつけた。

 

「……………」

 

 怒りで空腹は紛れない。当初の目標の半分すら辿り着いていない。無論、そんな彼女の怒りと窮地を彼は知らないはずがないのだが……。しかし、彼は最初に言った通り『彼女の成長』を考えているのなら、ここで手を貸すような真似はしない……。

 

「……ここかな」

 

 否、彼は甘かった。直接的に手を貸す事はしないものの、彼女の通り道にりんごを置いている(しかも、沢山)程なくして、彼女はその大量のりんごを見つけ、腹を満たした事で機嫌は治ったのだが。

 

「……やっぱり集めちゃうよなぁ……リフルったら目に入ったもの全部拾おうとするし。特性ものひろいじゃああるまいし……」

 

 彼女の成長を願いながらも、彼はどうしても彼女に非情にはなれなかった。しかし、そんな彼の想いは彼女には伝わる事は無いが。

 

「……この先にモンスターハウスがあるな……頭数減らしておくか」

 

▼▽▼

 

「リフルさん!モンスターハウスです!どうしましょう!?」

「……まずは落ち着いて様子を見ましょう。こいつらは私達が動かない限り、様子見状態ですから」

 

 ダンジョンの半分は到達しただろうか、そんな頃に私達はモンスターハウスに遭遇した。流石に多勢に無勢、レベルが下がっていつもの技を繰り出せない以上、より慎重に動かなくてはならない。

 

「アイテムは何があります?」

「えっと、使えそうなのは……しゅんそくだまくらいでしょうか……?」

「結構、私の背中に乗ってください」

「え?あ、ああ、はい」

 

 ペロッパフを自分の背中に乗せて、しゅんそくだまを掲げる。

 

「超特急で……逃げ切る!!」

「逃げ…って、ひゃあああああぁぁぁぁぁ!?!?!?」

 

 例えレベルが下がっても、私ツタージャ種特有のすばしっこさは変わらない。しゅんそくだまで更に倍増だ。

 モンスターハウスを振り切って、しゅんそくだまの効果が切れるまで走り続ける。背中のペロッパフが途中から静かになったけど、気にしない方向で行くことにする。

 程なくして、しゅんそくだまの効果が切れる。その場に急停止すると背中のペロッパフは変な声をあげた。

 

「…………オェ」

「酔いました?」

「そ、そりゃあ……酔いましたよ……あんな速さ……初めてです……」

 

 少々グロッキーなペロッパフを背中から下ろし、その場で少々休憩を取ることにした。しゅんそくだまを使った事で意外と早く進めたし、まあ良いだろう。

 

「それにしてもリフルさんって……色んな死線を越えてきたって感じですよね……」

「……無理に喋らなくていいんですよ」

「喋ってたほうが気が紛れます。それで、ビートさんと色んなダンジョンを巡ってたからその強さがついたんですか?」

「…………いえ、恐らく違うと思いますね」

「恐らく?また随分と曖昧ですね」

「ええ、私はビートと出会う前には1匹で行動してたんですけど、それよりも前には私が師匠と仰ぐ存在がいたんです。その師匠は随分破天荒で、でも本当は優しくて……そんな師匠と一緒に旅をしてたからこんな強さがついたんだと思います。……その時の記憶はどうも曖昧なんですけどね」

 

 話し終えて、ふとペロッパフの方を向くと、先程まで気分の悪そうな顔だったペロッパフがなんだか微笑ましいものを見るように私を見ていた。

 

「リフルさんの師匠さんって、リフルさんにそっくりなんですね。正しく言うなら、師匠さんにリフルさんがそっくり、ですかね」

「……何を馬鹿な事を、そんな事はないですよ」

「破天荒っていうのは、さっきの高速移動とか当てはまりますし、偶然出会った私にここまで付き合ってくれるなんて優しいですよ、リフルさんは」

「そんな殊勝な心はしてませんよ、私は。私はただこの後の事に関して、少々策を講じているだけです」

「策?」

「……さ、休憩もお終いです。もうそろそろラストですよ、さっさと向かいましょう」

 

▼▽▼

 

 彼女は彼のサポートを受けながら(しかし、彼女はそれに一切気付いていないけれど)当初の目標であったダンジョンの半分どころか、最奥部まで到着していた。彼女がダンジョンの半分がどれくらいかわからなかった為に、とりあえず進みまくった結果である。

 

「……………」

 

 最奥部と気付いた彼女は、若干無駄な事をしたと思いつつ、あなぬけのたまで帰還しようとした。しかし、その時。

 

「グオオオオオォォォォォ!!!!!!!」

 

 彼女の掲げたあなぬけのたまは、何者かの火炎放射に焼かれてしまった。

 いきなりの襲撃でも、彼女は一切驚かず、黒焦げとなったあなぬけのたまをかえんほうしゃが放たれた方に投げつけた。

 

「おっと、危ねえなあ」

 

 暗がりから現れたサザンドラはニヤニヤと彼女を見つめる。

 

「折角願いが叶うと言われるダンジョンに苦労して1番奥まで来たのによぉ、変な木の実以外なーにもありゃしねえ」

 

 実際には、ジラーチがいたのだが、ほしのどうくつの方のジラーチが生まれたと同時に、フッと消えてしまった、と彼は語る。

 

「『誰にも負けない強さで、俺が世界を支配する!』っていう願いがな」

「………………ひょっとしてばか?」

 

 彼女は喋れない訳ではない。元々は喋れなかったらしいが、今は彼の尽力で喋れるようになった。しかし、喋れるようになったというのに彼女は喋ろうとはしなかった。それはただ単に彼に対する反抗という理由なのだが。

 それ故に、彼じゃない相手なら喋る。彼以外は自分の言いたい事を理解できないという事を彼女は理解しているから。

 

「…………ふん、言っておけ、どうせテメェはここでくたばるんだよ」

「くたばる?えっと、たたかう?」

「戦うんじゃねえ……テメェは蹂躙されるんだよ!!」

 

 サザンドラの渾身の火炎放射が彼女に襲い掛かる。無論、単調な攻撃に彼女は対応出来ない訳がない。

 

「かえんほうしゃしか、できない?」

「んな訳ねえだろ!りゅうのはどう!!」

 

 りゅうのはどうも彼女は軽々避ける。

 

「あなたがいうつよさは、あたればつよいんだろうけど……あたらなければ、どうということはないです」

「うるせぇぇぇぇ!!」

 

 声の衝撃が彼女を吹き飛ばす。サザンドラのハイパーボイスだ。直線上に放たれるかえんほうしゃやりゅうのはどうはともかく、ハイパーボイスのような全体的に伝わる攻撃は避けようとも避けれない。

 攻撃を当てて、ニヤリと笑うサザンドラ。しかし、何者かの死線を感じる。

 

「君は、越えてはいけない線を越えた。最早、後戻りなんてさせやしない」

 

 吹き飛ばした彼女がいたはずの場所に、サザンドラは別のポケモンが佇んでいるのに気付いた。

 

「誰だ、テメェ……!なっ、なんだ……!?」

 

 サザンドラは自分の身体の異変に気付く。自らの身体が凍ってきているのだ。

 

「氷に微睡め、サザンドラ」

 

 自らの身体に火炎放射を放とうとするも、口すらもすぐに凍りつき、それは叶わなかった。

 

「僕の大事な子に、傷をつけるな」

 

 氷像と化したサザンドラを冷たい目で見つめる彼には、彼女に対する親愛と、その彼女に仇なす存在に対する冷酷さが窺えた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話 どんな悩みも

「………………」

「………………」

 

 ねがいのどうくつの最奥部に着いた私達は、早速スターの実を見つける事が出来た。岩の割れ目から生えた樹木に生っていた。目的も達成したし、さあ帰ろうと思った矢先にペロッパフが妙な物を見つけたのだ。

 

「なんてこんな所に氷の塊があるんですかねぇ?」

 

 ペロッパフの意見は最もだ。削った跡なのか、傷だらけの氷像がそこにはあったのだ。とりあえず、気になるものは調査団の一員として一応は調査しなくてはならない。

 

「ペロッ……これはつい最近出来たような氷じゃありませんね、古臭い味がします」

 

 得体の知れない氷を舐めたペロッパフはそう言った。

 

「…………もしかしたら、これを溶かしたら古代の宝物があったり!?」

「それはどうでしょうかね……それに、いくらなんでも、溶けないのはおかしくないですか?」

「溶けない氷もありますよ」

「ああ、そうですか」

 

 よしんばこれが溶けない氷だとしたら、溶かす事も出来ないし、そもそも傷だらけの意味がわからない。

 

「きっと、ここまでたどり着いた者達は凍った宝物を発見して、どうにか手に入れようと攻撃を加えたが生半可な攻撃じゃ通用せず、諦めた……とかじゃないですか?」

「そこそこ筋が通ってるのはムカつきますね」

「でもどうにかして溶かせませんかね」

「なんかアイテムがあります?」

 

 私の言葉にペロッパフはアイテム袋を探り始める。

 

「ひでりだま、とかですかね」

「……いえ、けんこうだまはありますか?」

「…………?ありますけど、どうしてですか?」

「私の予想だとこれは……」

 

 ペロッパフから受け取ったけんこうだまを氷塊にかざすと、今まで訪れてきた者達が砕く事も溶かす事も叶わなかった氷が徐々に溶けてきた。そしてその中からは、ポケモンが現れたのだ。

 

「…………予想通り、氷状態でしたね」

「えっ、でもいくら氷状態でも時間が経てば治るはずじゃ……?」

「並みのポケモンでしたらね。強いポケモンなら、それこそ永遠に続く氷状態なんて造作もないです。フリーザーとか、スイクンとか」

 

 氷の中から出てきたサザンドラは目を覚まさない。瀕死状態なのだろうと、私達はサザンドラにふっかつのタネを与えた。

 

「うぅ……」

「あっ、目を覚ましたみたいですよ」

 

 目を覚ましたサザンドラは何が起こったのかわからない様子で周りを見渡したが、私の姿を見ると途端に目の色を変えた。

 

「……ッ!」

「…………ふむ、嫌な予感がしますね」

 

 どこからどう見ても敵意の篭った瞳を私に向けるサザンドラ。感謝される理由はあれど、敵対される由縁は無いと思うけど……。

 呑気にそんな事を考えていると、サザンドラは私に向けて火炎放射を放ってきた。無論、軽々避けたけど、なんだが既視感を覚えた。

 

「リフルさん!?」

「なんだか知りませんけど、混乱してるんじゃないんですかね、とりあえず落ち着かせましょう」

 

 レベルも下げられ、最長ダンジョンを駆け抜けた先にこの仕打ちは少し苛つくところもあるけれど、それを敵意を持った相手にぶつける程私は小さくはない。

 

「グオッ…………!!」

「……容赦無いですね、リフルさん」

 

 小さくはないけど、私は弱くない。ペロッパフの呆れた顔を余所に、着実にサザンドラにダメージを与えていく。

 

「オオオオオオオオォォォォッッッ!!!!」

 

 サザンドラが力を振り絞って、りゅうのはどうを放つ。単調な攻撃が私に当たると思ったら大間違いだ。

 

「リフルさん、危ない!!」

 

 ペロッパフの言葉に反応して私は振り向いた。すると、避けた筈のりゅうのはどうがまるで意思を持ったかのように、私に向かって戻ってきたのだ。

 

「………………っ」

 

 避けられない、完全に意識外からの攻撃だった。正直、サザンドラを見下していたが、この土壇場で起こしたこの攻撃は見事と言えよう。

 避けられないなら、せめてダメージを最小限に抑えるだけ、と私は防御姿勢を取った。しかし、そんな中、ペロッパフは私に向かってくるりゅうのはどうに自ら当たりにいったのだ。

 

「ペロッパフ!」

「むむむ……衝撃が凄いです」

 

 私の心配を裏腹に、ペロッパフは余裕そうだ。

 

「むー……マジカルシャイン!!」

 

 そして、自らの身体から放たれた眩い光が、りゅうのはどうを打ち消してしまった。

 

「!?!?」

「……一体どういう事ですか……?」

 

 私だけでなく、技を放ったサザンドラすらも驚いた表情でペロッパフを見つめている。

 

「私にドラゴンタイプの攻撃は通用しません。フェアリータイプですからね」

「ふぇありいたいぷ……?」

「ふぇありい……だと?」

 

 あ、喋れるんだ、とサザンドラに対し思いつつ、話を戻す。

 

「長い間、その環境に適応するようにしてきたポケモン達は今もなお変化を続けています。そして、私のようなフェアリータイプという新しいタイプすら生まれる事もあります」

「……元々、鋼や悪タイプも無かったと聞いた事がありますね」

「フェアリータイプはドラゴン殺し、ドラゴンタイプの攻撃は無効化し、そしてドラゴンタイプに絶大なダメージを与えます」

「なんだと……!?俺の暮らしてたドラーク村ではそんな奴は……」

「ただ単に出会わなかっただけじゃないですか〜?」

「いえ、ちょっと待ってください、サザンドラ。貴方、今なんて言いました?」

「…………俺の暮らしていたドラーク村では」

 

 いきなり襲いかかった事に引け目を感じているのかどうかわからないが、私の問いに若干空きがあったものの、そう答えたサザンドラ。

 

「……ドラーク村は、ドラゴンの聖地と呼ばれた村です」

「へぇ、そんな村あるんですねぇ」

「いえ、無いですよ」

「無いだと?現に俺はドラーク村に……」

「今は、です」

「……どういう事だ?」

「ドラークは大昔に、滅びてしまったんですよ。数年とかそういう生半可な単位ではなく、何百、何千年前に」

「ま、待てよ……!?お、俺は……」

「……冷凍保存って事ですかね、リフルさん」

 

 ペロッパフの言葉に私はコクリと頷き、未だ何が何だかわからない様子のサザンドラと向き合う。

 

「私達が見つけた時、あなたは氷の中に、つまり氷漬けにされていたんです」

「…………そうだ、俺はお前とおんなじツタージャと戦っていて……そしたらいきなり……」

「私に襲い掛かってきた理由がなんとなくわかりましたけど、その時に貴方はそのツタージャは無理だと思うので、第三者が現れ、氷漬けにされてしまった」

「そして、そのまま氷が溶ける事がなく、今の今まで放置されていた、訳ですね」

「わかりやすく言うなら、貴方がぐっすり寝てる間に果てしない程時間が流れた訳です」

「……じゃ、じゃあ俺が暮らしていたあの村も……ライバルのあいつも……」

「……もう、いないでしょうね」

 

 ようやく理解したようで、サザンドラはガックリと項垂れる。

 

「……ともあれ、ここから出ましょう、ここは辛気臭い」

 

 いくら私でもこんな状態のサザンドラを放っておくわけにはいかない、サザンドラと一緒に、私達はダンジョンを後にした。

 

▼▽▼

 

 チューゴローパラダイスにあるカフェ、円卓で私達はサザンドラの話を聞いていた。

 

「これも天罰なんだろうな……実はな、俺はライバルで、ガブリアスのアスっていう奴がいる……いたんだが、そいつにいつも負けてばかりだったんだ。そんなある日、ねがいのどうくつの噂を聞いて、誰にも負けない強さを手に入れようとしたんだ。そして、1番奥に着いたが、そこにはなーんにもなかった、変な木の実はあったけどな。だから、裏切られたというか、俺の努力が無駄になった気がして……俺の後に着いたツタージャに、一方的に戦いを挑んだんだ」

「目覚めた時に私を襲いかかったのも、同じツタージャだったからですね?」

「ああ、あの瞬間は自分がそんな長い間を過ごしていたとは知らなくて、そのツタージャに何かをされたと思ったんだ。……それで、そのツタージャにハイパーボイスをぶつけた瞬間に、そのツタージャは消えて別のポケモンがいたんだ」

「そのポケモンが貴方を氷漬けにした可能性が高いですね、ただ、今の今まで溶ける事のない氷を扱う事が出来るポケモンは限られます、そのポケモンの事は覚えています?」

「……なんとなく曖昧だが、宙に浮いていたような気がする。それでいて、大きさはそんなに大きくなかった、それこそお前くらいの」

「…………私の知識じゃ、条件に一致するポケモンはいないですね」

 

 氷を上手く扱う事が出来る、つまり伝説のポケモン、あるいは伝説のポケモン級の強さを持つ宙に浮く小さなポケモン。スイクンは宙に浮かないし(水には浮くけど)フリーザーは宙に浮くというより、飛ぶけど小さくはないし。氷タイプだと考えてみても、そんなポケモンはいるのだろうか?サザンドラの記憶違いっていうのもあるかもしれないが。

 

「……まぁ、俺を凍らせた奴の事なんてどうでもいいんだけどな。俺は、強さに固執し過ぎた。アスに負け続けても、今も思えばそれが楽しかったとすら思える。俺が、自分だけしか見てなかったから、俺は大事なものを失ってしまったんだ……」

 

 私達の間に暗い空気が流れる。すると、机の上にモモンアイスとスターの実スライス、そしておうごんのりんごが乗った、カイスクリームとマゴの実パウダーがかかったパフェが置かれた。

 スターパフェ、ペロッパフが作りたいと言っていたメニューだ。私達が話している間にいつのまにか作ったみたいだ。

 

「どうぞ、サザンドラさん!」

「えっ、あっ、ああ……」

 

 戸惑いを見せながら、サザンドラは器用に手の口にスプーンを咥えさせ、パフェを食べた。

 

「……甘いな、だが、美味しい」

「美味しいものは、どんなに辛くても、どんなに悲しくても美味しいものなんです。美味しいって思えるなら、大丈夫ですよ、サザンドラさん」

 

 ペロッパフの笑顔にサザンドラの口もほころんだ。

 

「……そうだな、こんな美味しいものに出会えたんだ、氷漬けにされたのも悪くはなかったかもな」

「美味しいは正義なのです!」

 

 楽しそうにパフェを食べるサザンドラとペロッパフ。その光景に私もつい口角が上がりそうだったが、ふと自分の目的を思い出した。

 

「そうでした、ペロッパフ」

「はい?」

「調査団になりませんか?」

 

▼▽▼

 

 料理の腕前も、探検の腕前も申し分ない。私は途中からペロッパフを調査団に引き入れようと決めていた。難色を示すようだったら、いくつかの策を実行していたが、ペロッパフは二つ返事で了承してくれた。どうせだったらと、サザンドラも空の調査員として引き入れようかとしたが、サザンドラ自身が、世界各地を見て回りたいのと、世界各地にある幻の食材を求めたいと言ったので、そこは断念した。

 しかし、それで大丈夫だったのだ。ビートが空の調査員のポケモンをスカウトしていたのだ(それにしては空を飛べないアーケンなんだけど、ビートがどうしてもというので)

 

「休暇も終わりかぁ、休暇とかいいながら、僕達調査団の仕事しちゃってたね」

「まあ、それも1つの休暇の形です。……それと、ビート、これ」

 

 帰路の途中、私はビートに手に入れたみずのいしを差し出した。

 

「……アーケン、アウィスから聞きましたけど、ビートもみずのいしを交換する為におうごんのりんごを取りに行っていたんですね。まぁ、こういう偶然もあるんでしょうけど……私が持っていても無用なので、あげますよ」

「いいの!?やった!ありがとう、リフル!!」

 

 喜びのあまり、ビートは私に抱き付いてきた。

 

「なっ、ちょ、ちょっと……!」

「……あついな」

「……あついですねぇ」

 

 そう、ここは調査団施設への帰路。アウィスもペロッパフも着いてきてるのだ。

 

「離れて下さい、ビート!」

 

 渡す場所を間違えた、私はそう思わざるを得なかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter2-6 調査団の遠足
第34話 調査団、遠足に行く


 海の調査員、ブイゼルことイーゼル。元々はならず者の集まりであるチームアクアマリンのリーダーだったが、調査チームアクアマリンズに改名し、海の調査をメンバーと一緒に担っている。

 地中の調査員、ホルビーことルビー。相当の腕前を持つ。申し分ない実力で地中の調査を担っている。

 空の調査員、アーケンことアウィス。戦う事が苦手な上、空も飛べないが、ビートとの特訓で最近は戦闘のセンスがメッキリと輝いてきた。空を飛べないなら、跳ぶだけと、空の調査を担っている。

 給仕担当、ペロッパフことキャンディ。疲れた皆を元気付ける食事を作る。ただし、つまみ食いが多いのがキズ。

 天文学者、ジラーチことラッチー。ラッチー曰く、天文学はただの便宜上であって、機械類にも天才だから強いらしい。

 考古学者、クチートことチーク。数々の古文書を読み解き、隠されていたダンジョンを見つけ出した功績を持つ。調査団のメンバーの中で1番の常識を持ち、功績があると思う。

 連絡係、デデンネことペンネ。特殊な電磁波で、自身との連絡どころか、自分を介して別の者同士でも連絡が可能。

 収集家、ニャビーことビート。スカウトの任を終え、ビートは収集家として各地の珍しい物の調査・収集を担当する事になった。

 補佐役及び始末番、私。正直、訳の分からない仕事だけと、わかりやすくいうなら失敗の後始末。大抵はアウィス、次点でダンチョーの失敗の尻拭いが多い。それ以外の時は、他のメンバーの補佐をする役目。その際はやっぱりビートの補佐が多い。

 そしてそんな個性的なメンバーを統べる調査団団長、デンリュウことダンチョー。飄々とした性格と、極度な方向音痴でメンバーの頭を抱えさせる事が多い。しかし、その雰囲気から不思議と慕われる。

 そんな新生調査団メンバーは、食堂にて会議を行なっていた。

 

「……この並び、なんか秘密結社みたいでいいですね」

「おい、団長。そんな話をしにきたんじゃないだろう、さっさと済ませ」

「やれやれ、クチートはせっかちですね。こうメンバーが集まるなんて私は予想してなかったんですよ。リフルとビートに感謝です」

「ラッチーには出来なかったよねぇ」

「ビート君、さりげなく僕の傷口抉るのやめてくれないかな?」

「それで……団長、どうしてオレ達を集めたんだ?」

「ええ、それはですね……」

 

 ダンチョーは1枚の大きな地図を取り出し、机の上に広げた。

 

「メンバー交流遠足です!」

「メンバー交流、遠足?」

「メンバーは増えたけど、深い交流を図っている訳じゃないから、交流も踏まえて皆で探検をしようって事よ」

 

 どうやら事前に話を聞いていたらしく、ペンネは補足する。

 

「ある場所を目指して、メンバーをそれぞれ分けて目的地まで行くのよ」

「へぇ〜、ある場所ってどこですか?」

「それは……ここです!!」

 

 ダンチョーは地図のある所に指を差す。

 

「…………ここは、ふぶきのしま、ですか?」

「ええ、炎の島の火山と悩んだんですけどね」

 

 どちらにせよ、私にはキツイ場所だけど。

 

「ふぶきのしまは不思議のダンジョンだよね?メンバーを分けても意味がないような気がするんだけど……」

「途中までの道も、色んなルートがある訳じゃないしな」

 

 ルビーとイーゼルが異を唱える。確かに彼らの言う通り、ふぶきのしまは絶海の孤島。行くためには泳ぐか、あるいはラプラス便(あるかは知らないけど)で行くしかないはずだ。

 

「ふっふっふっ……ふぶきのしまの途中には3つ不思議のダンジョンがあります」

「それらを別々のチームで攻略した上でふぶきのしまも踏破するつもりですか?」

「そういう事ですね、チーム分けは3、3、4でいいでしょう。そして……」

 

 ダンチョーは立ち上がり、部屋を出たかと思うと、筒を持って戻ってきた。

 

「チーム分けはやっぱりクジ引きでしょう、さあ引いてください」

「………………」

 

▼▽▼

 

 クジ引きの結果、私のチームメンバーはビート、ダンチョー、そしてラッ……ジラーチになった。うみのリゾートというダンジョンを経由して、ふぶきのしまに向かう事になったのだ。

 

「これは面白そうなチームメンバーです、やっぱりクジ引きを作ってよかったです」

「作ったの僕だよ、団長」

「なんだか厄介そうなパーティな気がするよ、リフル……」

 

 ビートが心配そうな顔でこちらを見る。正直私も不安しかない。だが、クジ引きで決まった事だ。受け入れる他はない。

 

「我らのチームが真っ先に到着するよう頑張っていきましょう!それじゃあ出発です!」

「ダンチョー、反対、うみのリゾートあっち」

 

 訂正、クジ引きのやり直しを要求したい。

 

▼▽▼

 

 うみのリゾートは、最長ダンジョンでもなければレベルが下がる訳でもない。恐らく、3つのダンジョンの中で1番難易度が低いと思う。特徴としては、グミが落ちている事が多いって師匠の書にはあったけど、師匠にグミを貰った時にそんなに美味しくなかった事は覚えている。それ以降、グミはあんまり好きじゃない。

 

「もぐもぐ……これはなかなか」

「うみのリゾートは当たりだね……むぐむぐ」

 

 ダンチョーとジラーチは違うみたいだけど。

 

「……………ビート」

「んむっ!!…………何かな?」

 

 どうやらビートもそうみたいだ。私しかちゃんとしていない、私がこの問題児達を引っ張っていかなくちゃいけないらしい。……いくらうみのリゾートが難しいダンジョンでは無いにしろ、この後のふぶきのしまの事も考えると頭が痛い。

 

「そもそもなんでリフルはグミ食べないの、美味しいのに」

「……グミにいい思い出は無いんで」

「まさかリフルの師匠さんに何かされたの?」

「ええ、青色のグミを師匠に食べさせて貰ったんですが、これが不味かったもので」

 

 私の言葉にビートは妙に納得したような表情で、緑色のグミを私に差し出した。

 

「騙されたと思って食べてみてよ」

「……まぁ、ビートがそう言うなら……」

 

 ビートが私を貶めるような事はしないだろうと、ビートからグミを受け取り、口に入れる。

 

「どうお?」

「口に入れて舌に触れた瞬間に伝わる爽やかなミント風な味、噛めば噛む程溢れる清涼感……喉を通った後も口の中で後味さっぱりとした感覚が残っていて……美味しいですね」

「そうなんだよね、グミっていうのは色によって味が変わるんだけど、タイプによって好みが変わるんだよね。それも、タイプ相性に近い感じで。自分に対して効果今ひとつのタイプが好みのグミは自分が苦手になりやすいんだよ。つまり、リフルが貰ったあおいグミは……」

「水タイプが好む味、ですか」

「うん、恐らく君の師匠さんわかっててやったんだじゃないかな……」

 

 それは流石に……いや、あり得そうだ。

 

「んー、君達あいつの話をしてるの?」

「ああ、そういえばラッチーはリフルのお師匠さんと親しい仲だったんだよね」

 

 私達の会話にジラーチが入り込んできた。

 

「リフルのお師匠さんってどんなポケモンだったの?性格とかの話じゃなくて、ジラーチとかそういう種族の話ね」

「うん?いや、まぁ教えてあげてもいいんだけど……」

 

 ジラーチは手を組んで頭を傾げ、顔をしかめた。

 

「……恐らくあいつはそんな事を望んでない」

「むー、じゃあ性格面の話を聞かせてよ。リフルからの話だと随分破天荒な印象を受けるんだけどね」

「あいつは事あるごとに命の炎って単語を口にしたよね。『命の炎を輝かせる事が生きる事で何よりも大切だ』ってね。その割にあいつは自分の面白いと思った事ばかりやるから、周りは振り回されっぱなし。……その点では団長に似ているかもね」

 

 ジラーチはダンチョーの方をチラリと一瞥する。ジラーチの視線に気付いたのか、ダンチョーも私達の話の輪に加わってきた。

 

「家族の話ですか?」

「似たようなもんだよ」

「私にも兄がいますからね、大事に思えるポケモンがいるっていうのは幸せな事です」

「僕にはリフルがいるから、幸せだね」

 

 こういう事をさらりと言う所が困る。私の方をニヤニヤと見つめるジラーチとダンチョーに睨みをきかせる。

 

「と、言うかダンチョーってお兄さんがいるんだね、どんなポケモンなの?」

「そもそも団長のお兄さんは元調査団団長だったんだよ。団長は元々副団長だった訳」

「あ、そう言えばチークさんに話して貰おうとしたんだけど、結局聞きそびれちゃったんだよね」

「よろしい!ならば教えてあげましょう!我らが調査団に起きた出来事を!」

 

 ダンチョーは切々と話し始めた。言っておくが、ここはダンジョンである。

 

▼▽▼

 

 私の兄はとても優秀でした。皆から慕われ、豊富な知識を持っていました。そんな彼は調査団の団長をしていました。私はそんな兄を弟としても、副団長としてもとても尊敬をしていました。

 そんなある日、とある場所で起きた問題の調査に乗り出した兄は、その知識をフル活用させ、迅速な解決を図りました。その問題とは、睡眠を取ったポケモンが悪夢に悩まされるという摩訶不思議な現象でした。誰であろうと寝てしまえば悪夢を見る事から、異常性を感じ調査団が調査に乗り出しましたが……兄はその事件を完全な解決は出来なかったのです。

 誰だって失敗はあるものです、私達も仕方ないものだと思っていましたが、しかし心無い者達はそれを攻め立てたのです。私の兄は、思った以上に周りに期待されていたのです。

 そのせいで、兄は必要以上に期待されないよう秘境の山に篭り暮らす事にしたのです。その際、調査団の団長を私に指名したのですが、私が団長をやる事をあまり良く思わなかったメンバーは離脱していったのです。

 

▼▽▼

 

「その頃の私には役不足だったみたいですね、デデンネ、クチート、ジラーチだけしか残ってくれませんでしたよ。やれやれ」

「そのせいで僕も凄い苦労したよ」

「役不足の意味間違ってない?」

 

 ビートの言う通りだけど、そこでツッこむ場所ではない。

 

「元々どれくらいいたの?調査団のメンバーって」

「今と同じくらいかそれより多いくらいですね、皆優秀でしたよ、今のメンバーもですけどね」

 

 そこまでのメンバーが一気に離脱するとは、ダンチョーがそこまで力不足だと認識されていたのか、ダンチョーのお兄さんがそこまで慕われていたのかわからないけど、少しのミスで有り得ないほど叩かれるというのは、心に大きな傷を残し、今まで通りに行動出来ない可能性が高い。絶大な期待っていうのは、まさしく諸刃の剣だ。

 

「富や名声を望めば反面、嘲笑や中傷を受けるリスクが高まるんだよね。……裏切られたって思うからなのかな」

 

 期待を裏切る、と言うやつなのだろうか。

 

「ダンチョーの話もひと段落した所で……うみのリゾートもお終いだ」

「では、そのままふぶきのしまに直行に行きましょう!」




あっ、あけましておめでとうございます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話 氷を纏う禍い物

 所変わってふぶきのしま。私は寒いのに弱いから、道中はなるべくビートに引っ付いて進んでいた。ダンチョーもジラーチも流石に寒いのか、先程よりは口数が少なくなっていた。

 

「ビートは炎タイプだからやっぱり寒くないですよね」

「そういう訳じゃないよ、多少なり寒さに耐性があるだけで……そもそも雪山に対して良い思い出がね……」

 

 ビートが目を伏せがちに答える。……やはり、昔の出来事にはそう簡単に決別は出来ないだろう。心の底ではもしかしたら今の幸せな自分を許されるはずが無いと思っているのかもしれない。悪い事をしたのなら、贖罪をすべきだとなるのだろうが、それでも私はビートを悪者にはしたくない。

 

「やはり炎の島の火山にしておくべきでしたかね……」

「きっと暑くて同じように黙っちゃうよ」

 

 私は暑いのも苦手だから、きっとどちらでも寡黙にはなりそうだが、道中私とビートの仲を散々茶化してきたダンチョーとジラーチの野次を聞かずに済むのは助かる。ビートを茶化しても、ビートはそれを恥ずかしがるような性格じゃないせいで無駄に私が茶化されるから。

 

「僕もビート君に引っ付こうかな……眠くなってきた……」

「奇遇ですね、私も眠くなってきました」

「………………」

 

 ふらふらとビートに近寄ってきたダンチョーとジラーチの口の中に、出発前キャンディが作ったお手製激苦カゴの実サンドを放り込んだ。

 

「ゲフッ」

「ゴフッ」

 

 あまりの苦さに彼らは奇妙な声を上げ、そのまま押し黙った。雪山での睡眠は死を意味する(特定のタイプは除く)

 

「……そういえば、他のメンバーはどうなってるだろう。アウィス、大丈夫かな……」

「ビートが特訓付けてるんでし、大丈夫でしょう」

 

 ビートと出会った当時は、私は師匠にやられた事をビートにそのまま教えていたけど、この前特訓の様子を伺いに行ったら、アウィスが気の毒になるくらいは厳しかった。まぁ、ダンジョン内での油断は思わぬ失敗を引き起こすし、戦えず立ち竦むんじゃ、最悪の場合死ぬ事すら有り得る。愛情の裏返しというか、仕方ない事だとは思うけど。

 

『……える?』

「ん?何か言いました?」

「いや、僕は何も。ダンチョー達も……何も言ってないと思うよ」

 

 ビートが顔を俯かせながら、惰性的に歩いているダンチョー達を一瞥し、そう答える。私もダンチョー達が言ったとは思えないし……

 

「……ペンネさん?」

『その声…リフ…ね?』

「……ちょっと聞き取りづらいね、どうかしたんですか、ペンネさん」

『貴方た…はふぶ…のしま…いるの?』

 

 声は途切れ途切れだが、何となく意味は通じる。

 

「ええ、ダンチョー達と一緒にふぶきのしまに」

『詳し…せ…明している暇…無いの、早…山頂ま…来て!』

「どうやらペンネさんチームはとっくに山頂に到着したようだね」

 

 ペンネさんはチークさんとキャンディの女の子チームだった筈。どうやら何かあったみたいだけど、彼女達が何者かにやられるっていうのは考えにくい。

 

「何があったか知りませんけど、急ぎましょう」

「ダンチョー達は?」

「捨て置きなさい」

 

 ビートは苦笑いを浮かべ、ダンチョー達に向け漂う火球を放つ。暖取り用とビートは語っていたけど、最初からやれよと思ったのは内緒。

 

「よし、行こう」

 

 超高速ダンジョン巡り、久しぶりに登場。

 

▼▽▼

 

 ふぶきのしま山頂は、道中よりも更に寒く、吹雪で前が見えなかった。そんな中、ペンネさん達を探していると、私達はチークさんの姿を見つけた。

 

「チークさん!」

「その声は……ビートか」

 

 声のする方向に向かうと、その場に立ち尽くすチークさんがいた。

 

「どうしたんですか、チークさん……って、その傷は!?」

「……大したことはない。少し、切れただけだ」

 

 吹雪でよく見えなかったが、近寄ってみるとチークさんの腕からは血が滴り落ちていた。私はすぐさまバッグから救急セットを取り出し、応急処置を始めた。

 

「すまない、助かった」

「それで、ペンネさん達は……?」

 

 ビートが不安そうな表情を浮かべる。チークさんが怪我をしていた以上、姿の見えないペンネさんやキャンディを心配するのは私も同じだ。

 

「そう離れていない場所にいるはずだ、私もあいつらも吹き飛ばされただけだからな」

「吹き飛ばされた……!?一体誰に!?」

「誰……か、その表現は少し間違っているかもしれない」

 

 チークがそう言った所で、私達の耳にまるで黒板を爪で引っ掻くような不愉快な音が聞こえ、それが収まると、黄色い物体が飛んで来た。

 

「わわわ!……って、ダンチョー?」

 

 飛んで来た物体は怪我したチークに当たりそうになったが、ビートがその前にはたき落とした。その物体をしっかり見てみると、頭にたんこぶ(恐らくこれはビートがはたき落とした際にできた傷)を作ったダンチョーだった。

 

「やれやれ……よくわからず歩いていたらよくわからない物を見つけましたよ」

「……お前も見たのか、あれを」

「ええ、そう言うということはクチートも?」

「ああ、ペンネ達も一緒にな。それでお前と同じく吹き飛ばされた所だ」

 

 話があまり見えてこないが、どうやらチークさん達を吹き飛ばす程の何かがこの先にあるらしい。しかし、視界が不明瞭な今は迂闊に……そうか。

 

「ビート、あれを頼みます」

「……ああ、あれだね、わかった」

 

 ビートは全身に力を込め、上空に大きな火球を放つ。すると、みるみると吹雪が止んで視界が晴れていく。

 晴れた視界に映ったペンネさんとキャンディとジラーチ、そしてイーゼル達。彼らもペンネさんに呼ばれ、飛んで来たのだろう。

 

「団長!」

「無事で何よりです、デデンネ、ペロッパフ」

「おい、あれは何だ!?」

 

 無事を確認する暇もなく、イーゼルは指をさし、声を上げる。イーゼルの指をさした方向へ視線を向けると……

 

「な、なんだありゃ……」

「あれは一体……?」

「………………」

 

 氷のような見た目をした、禍々しい造型。私の知識の中でも、生きてきた中でも見たことのないその像……と言っていいのかわからない“何か”はただそこに佇んでいた。

 

「気を付けな、不用意に近付くと吹き飛ばされるよ」

「……団長、あれって……」

「ええ、間違いありません」

 

 ジラーチは神妙な顔でダンチョーに振り向き、ダンチョーもコクリと頷く。

 

「あれは、氷蝕体と呼ばれるものでしょう。世界のポケモン達が抱える不満や疑心の塊」

「…………ッ!」

 

 ビートの表情が強張る。何か思うところがあるのだろう。

 

「だけど、氷蝕体は霧の大陸で発生して、とあるポケモンが破壊した事で解決した筈なんだけど……」

「恐らく、残骸でしょう。破壊された際に、僅かに残った破片がふぶきのしままで辿り着き、ここで力を付けた……」

「……それだったら」

 

 チークさんが臨戦態勢を取るのと同時に、全員が戦う構えをする。

 

「ここで破壊するしか、ないようだね」

「ええ、今回は塵1つ残さず」

「天才の出番だねぇ」

 

 この世に存在すべきではない、この氷蝕体。

 

「ポケモンが相手じゃないなら……」

「弱気な事言うな、やるぞ」

「オイラも、力になるよ」

 

 跡形も無く、葬り去るしかない。

 

「調査団として、見逃す訳にはいかないわ」

「見た目からして美味しくなさそうですねぇ」

 

 放っておけば、更に力をつけるであろう。今ここで、決着を付けるしかない。

 

「……行きますよ、ビート」

「……ああ、覚悟は決めた」

 

 油断は、しない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話 関係

「近くに寄ってはダメだ、遠くから攻撃するぞ」

「この中で遠くから攻撃出来る技を覚えている奴は!?」

 

 チークさんの声に反応し、メンバーの中でダンチョー、ジラーチ、イーゼル、キャンディ、ペンネ、そしてビートと私が手を挙げる。

 

「オイラは地中から近付けるか試してみるよ!」

「無理はしないでくださいね」

 

 ルビーは地中から氷蝕体に接近を試みようと穴を掘り、地中に潜る。そして皆の視線がアウィスに集まる。

 

「し、仕方ないだろ……覚えてないんだから」

「大丈夫だ、私も覚えていない」

「やれやれ……とりあえず、総攻撃です!!」

 

 ダンチョーの掛け声に応じて、皆が技を繰り出す。

 

「エレキボール!」

「スピードスター!」

「ハイドロポンプ!!」

「エナジーボールです!」

「チャージビーム!!」

「火炎放射!!」

 

 皆に合わせて私もエナジーボールを放つ。

 

「……そこは声出しましょうよ、あんぽんたん」

「遊んでる場合ですか、見てください」

 

 ふざけてるのかよくわからないダンチョーに呆れられた所で痛くも痒くも無い。私達の総攻撃は氷蝕体は謎の波動を放ち、跳ね返されてしまった。

 

「避けろッ!」

「アウィス!!」

「へっ!?」

 

 跳ね返された攻撃はアウィスに向かって飛んでいく。アウィスは突然の事で体が動かないらしく、チークさんとビートはアウィスを庇おうと走り出した。

 しかし、攻撃はアウィスに当たってしまい、雪が舞い、アウィスの姿が見えなくなる。

 

「アーケンさん!」

「おい、アーケン!!」

「だ、大丈夫だよ……」

 

 先程アウィスがいた場所より遠く離れた場所から、アウィスの声が聞こえる。どうやら技の衝撃であそこまで飛んだらしいが、直撃したアウィスは本当に大丈夫なのだろうか。

 

「大丈夫ですか、アーケン」

「うん……羽休めを覚えてたから……」

「心配させるな……全く」

 

 アウィスが無事だと知り、皆の顔に安堵の表情が浮かぶ。しかし、すぐさま氷蝕体と対峙する。

 

「遠距離攻撃もダメですか……」

「地中からも、ダメだったよ。変なバリアに阻まれてる感じで……」

 

 地面から顔を出した状態でルビーが現れる。

 

「接近戦も遠距離線も地中からもダメって……打つ手なしかよ……!」

「いや、待って!氷蝕体をよく見て!!」

 

 ジラーチが指差す方向には、氷蝕体に微かにダメージの入った場所があった。

 

「完全には弾き飛ばせないんでしょうか?」

「だったら、何度でもやるしかない」

「ええ、ですが……あいつは反射してきます、そこを気を付けて攻撃しますよ」

 

 それぞれが反射に気を付けつつ、技を繰り出しまくる。私も攻撃を放ちつつ、氷蝕体の様子を伺っていると、とある異変に気付いた。

 

「……待ってください」

「あぁ!?どうした、リフル?!」

「貴方達の攻撃は全く通用してません、ビートを除いて」

「へっ?」

 

 スピードスターを放っていたジラーチが素っ頓狂な声を上げる。

 

「先程から観察してるんですが、ビートの火炎放射しかダメージを与えてないみたいです」

「それは本当かい?だったら私達の攻撃は無駄だって訳か?」

 

 そう、メンバーの攻撃はビートを除いて全く効いていないのだ。今、氷蝕体が負っているダメージは全てビートが放った火炎放射のダメージという訳だ。

 

「どうしてビートだけの攻撃が通用するのかな?」

「氷だからじゃね?タイプ相性みたいによ」

「それは有り得るかもねー。だったらどうする?ビート君の火炎放射ばっかり放ってる?」

「いえ」

 

 私は片手を上げる。すると、地中から一本の大きな木の根が生えてくる。

 

「ビート、お願いします」

「ああ、任せて」

 

 ビートと顔を合わせ、頷きあう。ビートは私の出した木の根に飛び移る。

 

「1発の威力と命中率は低下しましたが……その分、連発が可能な私とビートの合わせ技」

 

 そしてビートは全身を炎で包み、炎は木の根に燃え移る。その熱量は、ふぶきのしまにいるとは思えない程の熱気となる。

 

「うおぉ……これは……」

「これで、叩き伏せます」

 

 大きな根は私の意のままに氷蝕体へと振り下ろされる。氷蝕体は謎のバリアを出して、防ごうとするものの、そんな事は無駄だ。

 

「氷蝕体にヒビが……!」

「あと少しですよ!」

 

 皆の声援を受け、私はより一層力を込める。氷蝕体に更にヒビが入る。

 

「ふぅ、火炎放射!!」

 

 ビートが駄目押しと言わんばかりに火炎放射を放つ。ビートの放った火炎放射はバリアを突き破り、氷蝕体のヒビの部分に直撃する。その瞬間、氷蝕体が張っていたバリアが消滅した。

 

「今です、畳み掛けますよ!!」

「ああ!!」

 

 最早、力が失いつつある氷蝕体。皆の総攻撃を反射する力も無い。

 氷蝕体は砕けていく。少しずつ、着実に。私達が全力で技を出し切った頃、氷蝕体の姿は跡形もなくなっていた。

 

「……やったのか?」

「どうでしょうか……?」

「……大丈夫、この氷蝕体は消滅したよ。心配はいらない」

「……そうか」

 

 ビートの言葉に、皆はその場に倒れたり、座り込んだりする。攻撃はして来ないものの、守りが硬かった氷蝕体。破壊するのに非常に沢山の体力を使った。ビート以外は皆の顔に疲労が見える。

 

「……思わぬ遠足だったね」

「だが、目的である交流を図る事は出来たな」

「そうね……今日は流石に疲れたわ、さっさと帰って寝ましょう」

「ええ、氷蝕体の話は、明日です」

 

▼▽▼

 

 タウンの住民が寝静まった頃、ふと私は目を覚ました。

 

「…………あれ」

 

 隣で寝ていたはずのビートがそこにはいなく、私はビートを探そうとふらふらと外に出た。

 タウンは暗く、昼頃の活気があるはずも無く、ただただ静かだった。海岸の方へ向かってみると、海を眺めながらそこに佇んでいた。

 

「ここにいたんですか、ビート」

「……ん、ああ。リフルか」

 

 私はビートの隣に座る。海のさざ波の音だけが聞こえる。程なくして、ビートが口を開いた。

 

「氷蝕体、今日壊したよね?」

「ええ、骨が折れましたね」

「……あれは、ダーク・マターと何か関係があるかもしれない」

 

 ビートは己の推理を語り始める。

 

「ダーク・マターは僕達の不安や絶望といった悪感情の塊なんだ。悪感情を力とし、悪感情を欲する。氷蝕体は……不満や疑心の塊らしいけど、それも正しく悪感情だ。ふぶきのしまで見た氷蝕体の復活には、もしかしたらダーク・マターが絡んでいるのかもしれない。それに……」

 

 ビートは一瞬躊躇する表情を見せたが、私の顔を見据えると大きく息を吐いて言葉を続けた。

 

「僕の中に残るダーク・マターの力があったからこそ、氷蝕体にダメージを与えられたんだと思うんだ」

「………………」

「話したでしょう?僕の復讐の為に、ダーク・マターから力を貰ったって。……似たような力だったからこそ、もしかしたら通用したのかもしれない。だけど、この力は恐ろしい。心の片隅に蔓延って、僕に破壊を囁くんだ。無論、僕はそんな事をするつもりはないけど……でも、やっぱり……怖いよ。ダーク・マターの力だって、使い方で有益になるのかもしれないけど、それでも僕は誰かを傷付けないかって……」

「それで、寝れなかったんですか?」

「そんな感じかな」

 

 ビートは困ったような笑みで笑う。悲しそうなその表情に私も、心が締め付けられる。

 

「結局、僕は何処に行ってもダーク・マターからは逃れられないのかな……まぁ、自業自得か」

 

 ビートは首を振って立ち上がる。

 

「リフル、僕は君の為に生きていたい。ダーク・マターにいいように利用されて、今でもその悪夢に悩まされるけど……それでも、僕にはリフルが必要なんだ」

 

 突然の言葉に、私の思考が固まる。反応が無い私を見て、ビートは私に顔を近づける。

 

「リフル、君はどうかな、リフルに……僕は必要かな?」

「…………私も、ビートと一緒に歩んでいきたいと思ってますよ」

 

 顔が熱い、ビートの顔をまじまじと見る事が出来ない。それでも、私は自分の本当の想いを口にした瞬間、突然私の頭の中に映像が流れ出した。

 

▼▽▼

 

「世界を救う存在には、君が必要だ」

「だけど、君だけじゃいけない」

「君が、心の底から信頼出来るパートナーを……」

「……いや、君が心の底からいつまでも寄り添いたいと思う存在を」

「それは、僕には出来ない」

 

▼▽▼

 

「……リフル、どうしたの?」

「……いえ、大丈夫ですよ」

 

 恐らく、今のは師匠の言葉だろう。何かを鍵に、呼び起こされる記憶。師匠なら、そんな事も他愛ない事だ。

 夢に中で現れた師匠が言った、私の記憶の秘密がここにある、と。きっと師匠の事だから、特定の条件を満たせば、私の記憶が呼び起こされていくのだろう。

 

「……私は師匠にいつまでも振り回される定めですか」

「ところで……あの言葉だと、僕達は彼氏彼女の関係って事だよね!?」

「んにゃ!?べ、別にそういう訳じゃ…………わ、わかりましたよ!それでいいですよ!」

 

 思わず否定しそうなると、ビートは悲しげな表情を浮かべたのでとりあえず肯定をしておく。……やぶさかではないけれど。

 

「わーい、じゃあ皆に報告してこよ〜」

「………………え?」

 

 翌朝、ビートは宣言通り私達の関係を至る所で話し、調査団のメンバーやタウンで生活する者からは祝福やからかいの声を貰ってしまった。ビートがそういう所に恥じらいを持たない性格だったのを失念していた。

 結局、私はビートを振り回していたと思っていたら、師匠と同じように振り回されているだけだったのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter2-7 それぞれのメンバーの過ごし方
第37話 クチート・ジラーチ


 調査団施設の一角に、その部屋はある。古代文字で書かれた文献だらけの本が沢山ある部屋だ。そんな部屋で、調査団の考古学者、クチートは文献を読み漁るのであった。そんな彼女はどこか嬉しそうな表情だった。

 

「珍しいですね、鼻唄とは」

「!!……なんだ、団長か。私は忙しいんだ、構ってる暇はないぞ」

 

 そんな彼女の部屋に訪れたデンリュウはやれやれと首を振った。

 

「全く、いつも素っ気ないですねクチートは」

「私は無駄な時間を過ごす暇は無いだけだ」

 

 文献から一切目を離さず、デンリュウの事を少し足りとも見ない彼女。そんな彼女の様子を見て、デンリュウは再び首を振る。

 

「クチートにお客さんなんですが……これじゃあ梃子でも動きそうにありませんね」

「それを最初から言え!!」

 

▼▽▼

 

 彼女が考古学に憧れた理由は、幼い頃に偶然掘り出した化石だった。幼かった彼女は、珍しい形の石だとした捉えていなかったが、それが世紀の大発見となると、たちまち彼女は有名になった。

 色んなポケモンから褒められるという経験をした彼女は、また新しい発見をすれば注目されると思い、至る所を掘りまくるようになったのだ。

 今はそんな事はしないし、褒められる為にやっている訳ではないが、考古学が好きになるきっかけであったのは確かだった。そんな彼女は、今日とあるポケモンとの対談を予定していたのだ。

 

「散らかっているが、適当に座ってくれ。今お茶を出す」

「あ、ああ……すまない」

 

 先程のデンリュウへの対応と打って変わって、意気揚々と客を出迎えていた。その客とはサザンドラ、何百年何千年も氷漬けにされ、コールドスリープ状態だったサザンドラは、考古学を学ぶ彼女にとっては正しく生きた証言者だった。

 そんなサザンドラと彼女を巡り合わせたのはペロッパフの一言で、リフルが世界中を旅していたサザンドラを捕まえてきたらしい。

 

「あんたの住んでいたというドラーク村という情報から察するに……あんたはおおよそ1000年前の世界に生きていたという事になる」

「あー……その前によ、あいつらには恩があるし、それに応えようと思って来たけど……伝説のポケモンだったり、キュウコンとかじゃ駄目なのか?寿命が長いポケモンは1000年以上生きているだろ?」

「伝説のポケモンはまず出会えないし、そういう寿命が長いポケモンは大抵覚えてないだの言うんだ……その点あんたは長い間眠っていたような感覚で記憶があるだろ?」

「いや、それがよ……鮮明に覚えている訳じゃねえんだ。所々靄がかかってるような……確かに昨日今日の出来事みたいな感覚はあるんだがな?」

「…………そうか、まぁ、あんたの知っている限りでいい」

 

 期待外れだ、と言わんばかりに彼女は溜息をつく。

 

「まずは、これを見てほしい」

 

 プルンゲルのようなポケモンが書かれた文献をサザンドラに見せる彼女。

 

「そいつは……大昔にこの世界に襲ってきた別世界のポケモン……らしい。ポケモンに取り付き、超強力な神経毒を注入する事でそのポケモンを傀儡化すると言う。その性質から、我々はパラサイト、と仮称しているが……詳しい事はよくわかっていない。何か、わかるだろうか?」

「…………俺には関係の無かった話だが、俺の親のその親が幼い頃に、そいつらは現れたらしい。言伝だから、真実かはわからないが……そいつの名前はウツロイド、自らをウルトラビーストと評していたらしい」

 

 彼女の目は見開く。そしてすぐさま紙とペンを取り出し、サザンドラの証言をメモし始めた。

 

「ウツロイドの特徴は、さっき言った通りだが……そのウツロイド以外にもウルトラビーストはいたらしい」

「そいつらの話は聞いた事があるか……?」

「俺が聞いたのは……マッシブーンって奴だったな。事あるごとに筋肉を見せつけ、力強さを誇示していたらしい。その見た目に違わず、拳一振りであらゆるものを粉砕したらしい」

「……なかなか覚えているものなのだな」

「いや、恐らく知識としてだからじゃないか?その話を聞いた俺は……へぇ、そんな強い奴がいるのか!よし、もしも相対した時の為に備えておこう!!とか思ってたんじゃないだろうか。正直そこら辺の区別は曖昧だが……俺の知識の話ならいくらでも提供出来る」

 

 彼女は満足そうに頷いて、サザンドラとの対談を続けた。話し始めて1時間は経った頃、彼女の部屋にお茶を持ったツタージャのリフルが訪れた。

 

「……学者冥利に尽きるのはわかりますが、少し休憩されてはいかがですか」

「あ、ああ……そうだな。ありがとう」

「…………ありがとう」

 

 リフルに対して、少し気後れしているサザンドラを見て、彼女はふとある事を思い出した。

 

「そういえば、あんたを氷漬けにしたであろうポケモン……そいつは確か大きさはリフルくらいで、宙に浮いてたんだよな?」

「……ああ、そうだな」

「残念ながら私も条件に相当するポケモンは見つからない……しかし、ウルトラビーストという可能性はどうだろうか?」

「確かに……それなら皆がわからないのも納得だ。俺も旅をしている中で、色んな話を聞いてたんだが……」

 

 出されたお茶には手を付けず、休憩を促したリフルも呆れて首を振る。しかし、それが彼女、調査団考古学者クチートなのだ。

 

▼▽▼

 

 調査団の最上階、天文学者のジラーチは大抵そこで仕事と昼寝をしている。つい最近まで、メンバー不足に悩まされ、ジラーチもまた寝る間を惜しんで働いていた。

 今はゆっくりと寝る事が出来る、そう思ったジラーチは昼寝をしていると、ニャビーのビートに叩き起こされたのだ。元々調査団のメンバーは知っているのだが、ジラーチは寝起きが非常に悪い。その為、寝ているところを起こすと襲いかかってくる事が多いのだが……

 

「……頼むから寝起きに炎技はやめてね、これでも僕は鋼タイプ有しているんだから」

 

 まさかのビートに敗北を喫してしまった。寝ていた自分に強烈な一撃が不意に来たので、避けられるはずもなかった……とジラーチは自分のプライドをどうにか保ちながら。

 

「というか、ビート君がそんな事するとは思わなかったよ」

「僕達互いに理解し合える程一緒に過ごしてます?」

 

 痛い所を突かれた、と言わんばかりにジラーチは苦虫を噛み潰したような表情をする。

 

「……じゃあ何?君は僕と仲良くなる為に僕を叩き起こしたの?それならお生憎様だけど好感度減少中だよ」

「寝ているラッチーと過ごしていても意味ないし、それに僕は普段のラッチーの様子が大好きだからね」

「…………リフルちゃんが苦労するのも分かる気がするよ」

 

 ビートのペースに乗せられていると感じたジラーチは、どうにか自分のペースに持っていこうと話題を変える。

 

「ところで、ビート君はリフルちゃんと仲良いけど……」

「仲良いのは当たり前だよ、生涯共にするパートナーだからね」

「……そう」

 

 食い気味に訂正され、やはりペースを取られているジラーチ。

 

「……リフルちゃんとキ」

「それ以上口開いたらまた喰らわせるよ」

 

 ビートの牙に炎が灯ったのを見たジラーチは悔しそうに話題を続ける事を諦めた。

 

「それより、僕はラッチーの事をよく知りたいな」

「……常識の範囲内ならなんでも答えてあげるよ」

 

 叩き起こされた腹いせも、ペースを乱された意趣返しも、全て無意味に終わったジラーチは心の中に敗北感を抱えながら投げやりに答えた。

 

「ラッチーって願い事を叶えるポケモンだよね?現に僕達もラッチーを頼った訳だけど……それを使ってメンバー不足の事をどうにかしようとか思わなかったの?」

「……まず、僕は自分の願いは叶えられないからね。そして仮にメンバーの誰かに代わりに願って貰おうとしても……ここじゃ無理だよ」

「…………ひょっとして、ほしのどうくつじゃなきゃ駄目なの?」

「厳密に言えばねがいのどうくつも。ただ、僕の生まれはほしのどうくつだから、僕はほしのどうくつの、更に最深部じゃなきゃ願いを叶えられないんだよ」

「という事は……ねがいのどうくつ生まれのジラーチもいるって事?」

「そうらしいけど、恐らく眠ってるんじゃない?」

「あれ、そうなるとラッチーはどうして起きてるの?ジラーチって本来1000年に1度7日間だけ目を覚ますポケモンだよね?」

「それはリフルちゃんの師匠が関係あるんだ。リフルちゃんの師匠が僕に1000年の眠りを必要無いようにしてくれたんだよ。あ、言っておくけどリフルちゃんの師匠はジラーチじゃないよ」

「うーん?でも、そんな芸当が出来るポケモンっていたかなぁ?リフルの話じゃ、強力な氷技を使うとも聞くし……」

 

 ビートが悩んでいるのを見て、意地悪く笑うジラーチ。これこそ、自分の求めていたものだと。

 

「そもそも僕以上にリフルの隣に相応しいポケモンなんていないぞ……?」

「油断した所の惚気やめろ」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第38話 アーケン・ブイゼル・ホルビー・ペロッパフ

「よし、じゃあ今日はここまでにしようか」

「お、押忍……ありがとう、ございました……」

 

 ある日の昼下がり、早朝からビートと特訓したアーケンはクタクタのなりながらも、ワイワイタウンのカフェ(というより集会所)に寄るのが日課だった。

 

「モーモーミルクで頼む……」

「あいよ!」

 

 カフェのマスターであるガルーラにモーモーミルクを頼んでテーブル席に座ると、アーケンの前にとあるポケモンが座ってきた。

 

「よっ、今日も大変そうだったな」

「ブイゼルか……」

 

 どうやらブイゼルも偶然ここに来たらしく、サイコソーダ片手に疲れた表情のアーケンを見て、笑みを浮かべている。

 

「あんな無害そうな顔しているビートも、実は結構スパルタなんだな」

「……ビートも、俺の為にやってくれているのはわかるんだがな……」

「ま、感謝して受け取っておくんだな。今のままじゃ全然ダメだ。遠足でも全然役に立ってなかったしな」

「うっ……」

「お前はチーム1弱い。だから俺やビート、他のメンバーも守ってやれる。だが、お前が弱い者を守る立場になった時に俺達のように守らなければならない」

「……同じ事をビートに言われたよ」

 

 モーモーミルクを飲み干し、一息つくアーケン。ブイゼルもサイコソーダを飲み終えたらしく立ち上がる。

 

「今すぐに変われとは言わねえさ。それよりどうだ、ニャースシアターで面白いダンジョン映画が出たらしいぜ。折角だし観に行こうぜ」

「ブイゼル……そうだな」

 

▼▽▼

 

「いやぁ、面白かったな」

「最近あのダーテング良く出るようになったよなぁ」

「あれ?ブイゼルにアーケン?」

 

 ニャースシアターにて公開されている“ダーデングストーリーズ2”を視聴した彼等は、感想を言い合いながらタウンを歩き回っていると、ホルビーとばったり出会った。

 

「ブイゼル達もダテスト2観に行ったの?」

「そう略すんだ……」

「ああ、今日は暇だからな」

「へぇ〜、オイラも暇なんだ。それでダテスト2の舞台となったフシギ平原に行ってみようかなぁって」

「あれ?ニャースシアターって特別なダンジョンでやるんじゃなかったっけ?」

「その場合もあるけど、ダンジョンアクターとして有名になっていくと、自分で好きなダンジョンを行けるようになるらしいよ」

「へー、所謂聖地巡りみたいなものか。どうせ暇だし、行ってみるか!」

 

▼▽▼

 

「ホントにありがとうございました」

「いやいや、気を付けて帰ってね」

 

 あなぬけの玉を使って脱出していったワタッコを見送り、彼等は溜息をつく。

 

「……どれくらい助けたっけ、俺ら」

「……ざっと10組目くらいかな」

「……オイラ達と同じ目的で訪れていても、実力がなきゃ倒されちゃうよ……」

 

 そう、彼等はダテスト2を観て、触発されたポケモン達がこのフシギ平原に行ってみたはいいが実力が伴わずに救助待ちになってしまったのを助けていたのだ。無論、彼等の目的も同じような理由だったのだが、流石に助けを求めている相手に対して無視するのは罪悪感が残る。

 

「うーん、あなぬけの玉が無くなってきたなぁ」

「いや、アーケン。オメーどんだけあなぬけの玉持ってんだよ。普通1個、まあ多くても3、4個だろ?」

「いつでも帰れるように20個は……」

「バッグの半分埋まってんじゃねえか!だからあの遠足の時もすぐに食料尽きてたんだな!?」

「流石に20個は持ちすぎだよ、アーケン……食料とか、ピーピーエイダー、後は戦略を広げるためにはタネとか枝とか持ってった方がいいよ」

「…………善処する」

 

 若干アーケンに突っ込みつつ、彼等は進んでいく。

 

「ところで……話は変わるがよ」

「うん?どうしたの、ブイゼル?」

「お前らって、どんな感じであいつらの出会った?」

「……あいつらってリフルとビートの事?」

「ああ、あいつらの元々の仕事って、調査団のメンバーのスカウトだったらしい。俺も……紆余曲折あって、あいつらと出会って最終的にはスカウトされた訳だが……お前らはどうだったんだ?」

「オイラ、元々は映画作りをしていたニャースの下で働いてたんだけどね……リフルに勇気を貰って、ニャースにガツンと言ってやったんだ。そしたら、ダンジョン巡りをドラマ化するニャースシアターっていうのを始めて……オイラはお役御免になっちゃったんだ。そこにリフルとビートがスカウトしてきた感じかなぁ。仕事も無くなって困ってたし、嬉しかったよ」

「俺は……おうごんのりんごを欲しがっていたビートと一緒にセカイツリーに行ったのがきっかけだな。飛べないし、戦えない俺をビートはなんとかするって言って調査団に誘ってきたんだ。結果が今の状況だけどな」

「へぇ、ビートも結構強引なんだな」

「それで、ブイゼルはどうだったの?」

「俺はビートにコテンパンにされて、リフルにもコテンパンにされた後、なんやかんやあってスカウトされたな」

「なんやかんやってなんだよ」

「なんやかんやはなんやかんやだ。俺は絶対にあいつらをギャフンと言わせてやる。今んとこ全戦全敗だけどな」

「え、ブイゼル、ビート達に戦い挑んでるの?」

「暇さえあればな」

 

 血気盛んなブイゼルに対し、微妙な顔を浮かべるアーケン。

 

「だがわかった事はあいつらは互いに信用し合ってて、だからこそあんな恐ろしい合体技が放てるんだろうな」

「ああ、氷蝕体を壊した際に出してた技ね。リフル、未進化なのにハードプラントを使えるって結構凄いよね。ますますブイゼルの勝ち目がないけど?」

「馬鹿野郎、合体技には合体技だ。このダンジョンを攻略しつつ、俺達の究極の合体技を生み出すぞ!」

「えっと、俺も……?」

「というか、ブイゼル的にはありなの?」

「俺達対ビート達だったらどうにかいけるんじゃねえかなって」

 

 思わず呆れた眼差しをブイゼルに向けるアーケンとホルビー。その時点で負けを認めているようなものだとわかっていないのだろうか。

 

「……でも合体技には憧れるよね。アーケンもこれをきっかけにもっと戦えるようになるかもしれないし、やってみようよ」

「……わかったよ、やってみるだけやってみるさ」

「よーし、ブイゼルアーケンホルビートリオここに結成だ!!」

 

▼▽▼

 

 彼等がそんな誓いを立てていた頃、調査団の食堂でペロッパフは悩んでいた。

 

「もう少し味付けが甘い方が良いですかね……?」

 

 新作メニューを考案し、作ってみたはいいが、美味しいものの何か欠けているように思えるのだ。是非とも他のメンバーの意見を聞きたい所だが、生憎調査団のメンバーは大抵が出払っており、唯一残っているジラーチも睡眠の時間で無理に起こせない。結果、ペロッパフは自分で作って味見をしてみるのだが……

 

「ああ!ま、また食材が尽きてしまいました!!」

 

 味見という名の食事をしているペロッパフは、何度も何度もタウンに食材を買いに行っている。

 

「うぅ……何が欠けているのかわからないですし……でも美味しいからついつい食べちゃうんですよね……」

 

 誰もいないのに言い訳をするペロッパフ。

 

「ともあれ……買い物に行きますか……」

 

 結局ペロッパフは重い足取りで再びタウンに食材を買いに行ったのであった。

 

▼▽▼

 

 タウンを歩いていると、ペロッパフは何やらポケモン達が集まっているのを見かけた。少し気になったペロッパフは、その集まりに近寄ってみた。

 

「………うわー、すごいですねぇ〜」

 

 思わず感嘆の声を上げるペロッパフ。集まりの中心では、バイバニラというポケモンが色んな氷像を作っていた。

 

「あの方は誰です?」

「ん?ああ、あいつはね……」

 

 近くにいたブルーにペロッパフは話しかけると、ブルーは怖い笑顔を浮かべながら色々と教えてくれた。どうやらあのバイバニラは芸術的な氷像を作る為に様々な大陸間を歩いているらしい。自分が見てきたもの、感じたもの、それら全てを氷の像という形で表していく。美味しさを求める為に色々な場所に幻の食材を探すペロッパフは、バイバニラに対して親近感を抱いた。

 

「それにしても、綺麗ですねぇ……」

 

 キラキラと光る氷像に目を奪われていると、ペロッパフはふとある事を思い付いた。

 

「…………そうだ!」

 

 思い付いたからには即実行。氷像を見てみたいという後ろ髪を引かれる思いはあるものの、ペロッパフはすぐさま調査団の食堂へと戻っていく。

 

▼▽▼

 

「出来ました!!!!」

 

 ペロッパフが思い付いた事、それは見た目もまた美味しさである事。今まで作ってきたペロッパフの料理は、美味しいものの見た目を楽しませる何かは無かった。しかし、今ペロッパフの前にあるのは調査団のメンバーが砂糖菓子で作られ、ケーキの上で楽しそうに過ごしているように見える。

 

「流石に皆の形を作るのは面倒でしたけど……だからこそ食べちゃうのが勿体無い程の出来ですね!私がそう思うなら、尚更ですよ!さて、これは今日の晩御飯の後に皆に振舞いましょう」

 

 ペロッパフはそのケーキを上機嫌で冷蔵庫へとしまっておく。

 

「さーて、他の料理も作りましょうかね!」

 

 その夜のご飯は大層盛り上がったという。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第39話 デデンネ・デンリュウ、リフルとビート

 調査団のデデンネは、実質調査団ナンバー2である。極度の方向音痴に加え、どこか抜けている部分がある団長の補佐は、恐らく彼女にしか務まらないだろう。

 そんな彼女は、数日間団長がいないという事で、メンバーの統制や調査の指示を団長から一任されていた。無論、だからといって彼女じゃ自分の仕事をおざなりにする性格では無い。

 

「ペンネさんのお仕事って何ですか?」

「私?私本来の仕事は探検隊連盟からの依頼の受信、整理よ」

 

 彼女はポケモンが発する電波を拾って、そのポケモンと通信が出来る能力を持つ。その能力を使って探検隊連盟という探検隊を育成、管理する組織から調査や、救助依頼を受けている。それらを整理して、団長がそれを基にメンバーに指示を出す形である。

 

「へぇ、調査団とはいえ、やはり探検隊ギルドのようなお仕事もしているんですね。プクリンギルドを思い出します」

「あら、リフルはプクリン親方さんの弟子なの?」

「弟子ではないですけど……まぁ、恒常的に出入りはしてましたよ」

「実力は認められていた訳ね、羨ましいわ」

 

 彼女は少し昔を思い出すような素振りを見せる。

 

「私も、プクリンギルドに弟子入りしようと思っていたのよ」

「……思っていた?」

「ええ、でもあの子達を置いてっちゃう事になっちゃうから諦めたのよ。ああ、あの子達っていうのは、私が面倒見てる子達の事よ。まだ幼いから、私が面倒見なきゃいけないの」

 

 彼女は少し嬉しそうに、しかしほんの少し悲しみの表情を浮かべる。

 

「だから、泊まり込みじゃないんですね」

「ええ、1日2日ならまだしも、毎日じゃあの子達が泣いちゃうわ」

「へぇ、その子達とはどんな関係何ですか?」

「んー、同じ電気タイプの子よ。親に捨てられた子達、だけどね」

「…………親に捨てられた、ね」

 

 リフルは何か思う所があるらしく、神妙な表情で押し黙る。彼女は、その表情の理由が気になったが、それをズケズケと聞くのは無粋だと思い、彼女も自分の仕事へと戻った。

 

「………………」

「………………」

 

 静かな時間が団長室で流れる。何故か居心地が悪い。彼女はビートやブイゼルがここにいればと思わざるを得なかった。

 

「やっほーーー!あれ?リフルちゃんもここにいたの?」

 

 そんな中、よりにもよって快眠快起で非常に機嫌が良いジラーチがやってきた。今の状態のジラーチが非常に鬱陶しいのはメンバー全員の共通認識だ。そんなジラーチをリフルは考え事の邪魔をされた怒りか不機嫌な顔で睨みつけている。

 

「ねえねえリフルちゃん、僕のお仕事の手伝いしてくれないかなぁ、ビート君に叩き起こされた際に望遠鏡が壊れちゃったみたいなんだ。それで材料が足りないんだけど……」

「………………はぁ、わかりましたよ」

 

 リフルが立ち上がり、1枚の書類を彼女に渡してジラーチと一緒に去っていく。彼女は安堵の息を吐いた後、渡された書類に目を通した。

 

「……これ、調査依頼の……期限は……明日!?どうしてこんなのが……」

 

 ふと彼女は思い出す。そういえば、団長が出かける際に不安になるような事を言っていたのだ。

 

『そう言えば……なんか依頼を受けたような……まぁ、思い出せないって事は気のせいですね』

 

 受けた依頼を丸っきり忘れ、そしてそのまま出かけてしまったのだ。彼女は顔を引きつらせる。

 

「……私がやるしかないか」

 

 いてもいなくても迷惑をかける団長に対して、自分が面倒を見ている子達の誰よりも世話がかかると思った彼女であった。

 

▼▽▼

 

 そんな苦労をかけてるとはつゆ知らず、団長であるデンリュウは山登りをしていた。その山はそらのいただきと呼ばれ、探検隊協会がつい最近存在を確認した不思議のダンジョンであり、珍しいポケモン、シェイミがそこで暮らしている。

 そんな場所に彼が訪れた理由とは。そらのいただきの半分を越えた辺りに彼は辿り着いた。

 

「やれやれ、こんな辺境な場所で暮らしているせいで会いに来るこっちの方は一苦労ですよ」

「開口一番それか、お兄ちゃんは寂しいぜ」

 

 相対するデンリュウ同士。現調査団団長と、元調査団団長。弟と兄。彼は自分の兄に会いにそらのいただきまでやって来たのだ。

 

「それで、あいつらは元気にしてるか?」

「ええ、勿論です。新しいメンバーも増えて毎日賑やかな日々ですよ」

「それは良かった。俺が団長を辞めちまって、大半のメンバーが抜けちまったからな。……ただ、ジラーチはともかく正直クチートとデデンネには慕われてたと思ってたんだがな」

「まあジラーチは私がスカウトしましたからね」

「その時はスカウトリーダーだったからな、それなのにリーダーって伝えた所為で誤解を解くのが大変だったな」

「間違った事は言ってないんですがね……」

「まあな。だが、ジラーチは“展望台がいい寝心地だから”、デデンネが“あの子達より世話がかかるから”、クチートが“資料を持っていくのが面倒だから”……誰もお前を慕ってないのが笑いものだな」

 

 面白そうに笑う兄に対して、少しふくれっ面を見せる彼。

 

「……まぁ、それでも皆の思いを無下にして俺はここにいるんだけどな」

「…………」

「俺はもう過度な期待なんていらないんだ。ここで過ごしているうちに、シェイミ達からは救助のエキスパートなんて呼ばれているが」

 

 彼の兄は自虐的な笑みを浮かべ、天井を見上げる。

 

「つい最近だって、遭難しかけたポケモンを助けた。助かって嬉しいって気持ちはあるけど、やっぱり怖いな」

「……このあんぽんたん、私の兄はそんな腑抜けじゃなかったはずです」

「時代が変わったのさ。誰もかも、子供のように意見をぶつけ合う。何をしても賛否両論さ、恐ろしい時代だ」

「それでも私は調査団を続けますよ、誰が何を言おうと絶対に」

「そこが俺とお前の違いだったんだろうな。もしかしたら、お前のその想いも残ったメンバー達は適当な理由をつけて、実は汲み取ったのかもしれないな」

 

 彼の兄はリンゴを取り出し、それに齧り付く。

 

「なんにせよ、調査団の団長はお前だ。お前の好きな様にするといいさ」

「……貴方は、調査団をこうしたいって言うのは無かったんですか?」

「あるにはあるさ、だがもういい。俺はここで細々で暮らすさ」

「じゃあ……心残りは無いと?」

「……いや、1つだけあるな。俺が団長として、どうしても、やりたかった事が」

「では、私がやりましょう。私の兄がやりたかった事が、弟がやりたくない訳がありません!」

 

 彼の兄は意表を突かれた様な顔で彼を見た。しかし、すぐに口元が緩み、大きく笑った。

 

「兄より出来たポケモンだよ、お前は」

「まだまだ未熟者ですけどね」

 

▼▽▼

 

「…………………」

「ねえリフル?」

 

 リフル達の自室で、リフルは気難しそうな顔で座っていた。ただならぬ様子だが、ビートは意に介さず、リフルの周りをウロウロと回っている。

 

「元々の住処に戻ったかと思えば、どうしてそんなに不可解な顔してるのさ。というか帰るなら僕も誘ってくれればいいのに」

「……そもそも、私は自分の仕事が無い時は大抵住処に戻ってます。これのためにね」

 

 リフルは1冊の本を取り出す。ビートはそれがリフルの師匠の書である事が一瞬でわかった。しかし、それが今のリフルの態度にどう繋がるのかは理解出来ない。

 

「私は、とりあえず師匠が残した草の大陸にある不思議のダンジョンを巡ってみたんですよ、全部」

「全部!?それまた凄いね……」

「しかし、その中でいくつかのダンジョンは無くなってたんです」

「無くなってた?不思議のダンジョンが?不思議のダンジョンが増えてるって話は聞くけど、減ったって話は聞かないよ?」

「ええ、だから不可解なのです。師匠が無意味にそんな書を残す訳がないですし」

「でもまあ、もしかしたら時代の流れで消えるダンジョンもあるのかもしれないよ。なんせ、解明されてる事がほぼ無いからこそ不思議のダンジョンって呼ばれてるんだし」

 

 ビートの言葉に、少々不満気ながら頷くリフル。

 

「それより、デートしようよデート。夜の海見に行こうよ」

「……本当にビートは能天気ですね、悩んでいるのがバカらしくなるくらい」

「それが僕だからね」

 

 満面の笑みでリフルに手を差し出すビート。リフルはそれを仕方なさげに、しかし嬉しそうに握るのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter2-8 ガショエーッと
第40話 ガショエタワーを作ろう


「さて……皆、集まりましたか?」

「団長が1番最後に来たんだよ……」

「ご飯の時は真っ先に飛んで来るくせにな」

 

 いつもとは違って、真剣な表情のダンチョーだが、やはり内面に変わりはなく、ジラーチとチークに突っ込まれる。

 

「む……それはさておき、調査団全員の力を総動員して、とあるプロジェクトを遂行したいと思います」

「プロジェクトですか?一体どんな?」

 

 ペロッパフの言葉に、メンバー一同に頷く。どうやら、今回の件に関してはペンネさんですら話を聞いてないらしい。

 

「……これは、私の兄……元調査団団長がやろうとしていた事です。それが叶わなかった今、代わりに私がそれを叶えてみせます」

「心意気は分かったが……それで、その内容ってなんなんだ?」

「私達調査団は、世界各地の謎の調査を主に活動しています。では、その調査の結果はどうやって纏めていますか?」

「…………主に文書だな、いい加減邪魔になってきている」

 

 書類の整理も、主にペンネと一緒に私がやっている。チークの言う通り、そろそろ置き場所に困っている所だ。

 

「それを1つに纏めるデバイス、ガショエタワーを作っていこうと思います」

 

 ダンチョーは設計図らしきものを取り出し、机の上に並べる。正直、私達が見ても何が何だか分からない。ジラーチを除いて、だが。

 

「……ほう、ほう……団長のお兄さんったら、凄い事を考えるね……」

 

 設計図を食い入るように見るジラーチ。その表情からは、興奮が見て取れる。

 

「大体把握したよ、でも、材料が足りないね」

「私もあまり理解していないので、詳しく教えてもらってもいいですか、ジラーチ」

「うん。これは、大きな地図みたいなものだと思っていいね。加えて、僕達が持つ端末の設計図もある」

「それがあるとないと何が違うんだ?」

「僕達が調査した事が端末、ガジェットに保存されて、それを大きな地図……ガショエタワーにインプットする事で、ガショエタワーがアップデートされて、調査の結果だけじゃなく調査のプロセスも保存されるんだ。そうする事で書類の整理や保存も必要無くなって、情報の取り出しも楽になる。それだけじゃなくて、探検隊協会の救援・調査依頼も受信する事で、デデンネの仕事が減るって訳だね。基本的に依頼内容はガジェットに送信されるらしいから、わざわざ指令を出す必要も無いし、緊急の依頼もすぐにガジェットに送られるから、現地からでも対応が出来るって訳だ。そうして、依頼や調査で集めた情報はガショエタワーに接続する事でガショエタワーが……あ、これはもう言った事かな」

「ガジェットに情報を集めて、ガショエタワーに保存する」

「僕の講義を一言で纏めないでよ、リフルちゃん」

 

 そもそも途中からイーゼル達が首を傾げまくっていたので、バカでもわかるように伝えただけだ。そのお陰か、どうやら皆理解してくれたようだ。

 

「確かにそれは便利だねぇ。帰ってきていきなり緊急の依頼が入った事だって度々あったもんね」

「その分、ガジェット?とかいう奴からその依頼が来ればすぐに行けるもんな」

「それで、必要な材料ってのは?」

「うん、基本的な基盤の材料は普通に調達出来るんだけど、まず、正確な時間を測って調節する材料、ガジェットとガショエタワーを繋ぐ為の材料、ガショエタワーに情報を保存する為の材料、主な所はこれかな」

「……その材料に心当たりはありますか?」

「無論、僕は天才だからね。でも、どれも調達に面倒なものだけどね。皆で協力して、材料集めをしなきゃ駄目だね」

「それで、その材料とは?」

 

▼▽▼

 

「…………………」

「…………………」

 

 そびえ立つ果てしない塔。私達はその塔を微妙な表情で眺めていた。

 

「……とりあえず、僕達の仕事を再確認しようか」

「ええ、私達の仕事は……役目を終えた時の歯車、ジラーチ曰く朽ちた時の歯車の調達。その為に、この時限の塔の最上階にいるであろうディアルガに会いに行く事」

 

 言い終えて私は溜息をつく。ビートも、溜息はついていないものの、少し億劫そうだ。それもそのはず、この場所は私達が手痛い敗北を喫した場所で、正直2度と来るつもりは無かった。

 元々この場所に来る為にジラーチに出たって、大陸間の移動が出来る能力を身に付けたけど、そのジラーチが調査団にいたせいで、私達の能力をバラされてしまった。……そして、なし崩し的に私達が時限の塔に向かう事になった。

 

「まぁ、他の材料も面倒だったものに違いないし、逆に行った事のある場所で良かったと思い込もう?」

「……そうですね、嫌な事はさっさと終わらせましょう」

 

▼▽▼

 

 そもそも、私達が闇に染まりかけたディアルガに敗北したのは、慢心があったのかもしれない。ビートと出会って、少しヒヤリとする場面はあったものの、立ち塞がってきた敵々を倒してきた事実が、“私達が強い”という概念を植え付けてしまい、そしてその慢心があったからこそ、ディアルガに対して最強技を放ち、打ち破られた。この技なら倒せるとたかを括って、惨めにも負けた。

 だからこそ、この場所は私にとっては、その慢心を思い起こされる場所であり、訪れたくない場所であるのだ。

 私は並んで歩くビートをチラリと一瞥する。ビートはあの頃とは違った強さを持っている。無論、私もあの敗北以来、自らの力を誇示せず、驕ることなく鍛えてきた。

 

「ねえ、リフル」

「はい?」

「リフルって、負けると悔しいタイプ?」

「……悔しいというか、2度と負けてたまるかって思いますかね」

「そっか、それならいいね」

 

 ビートの意味深な質問の意図を掴めぬまま、私達は時限の塔の上層部まで辿り着く。あの時とは違って、そこまで急を要する訳ではないから、私達は安全な場所で少し休みを取る事にした。

 私達の間に会話は無い。しかし、気分は悪くない。調査団のメンバーになってから、ここまで気分の良い静かな空間は初めてかもしれない。思えば、私の師匠はまあお喋りで黙ってる時の方が少ないくらいだった。ビートもお喋りと言ったらお喋りではあるけど、それでも師匠よりはマシだ。

 ビートは依然として黙っている。まるで集中力を高めるかのように、ただそこに目を瞑って佇んでいる。ふと、私は折角の機会だからとビートの顔をマジマジと眺める事にした。

 出会った当初のビートは、いつも仏頂面だったような気がする。気怠げで、それでも戦いとなると目を輝かせて……。あの時のビートに心中を吐露されても、正直生涯共にしたいと思う事は無かったと思う。

 そう考えると、ビートの記憶を悪戯半分とはいえ呼び起こしたジラーチは多少なりとも感謝はしなくてはならない、しないけど。

 程なくして私達は再び時限の塔の頂上部を目指し始めた。頂上には確実にディアルガがいるだろうが、果たしてディアルガは私達の事を知っている(覚えている)のだろうか?それに、知っていたとしてもそう簡単に朽ちた時の歯車を渡してくれるのだろうか。

 私の心配を余所に、ビートは勇み足でダンジョンを突き進んでいる。なんだかダンジョンに入る前の沈みがちなビートとは大違いだ。この短い間にどんな心境の変化があったのだろうか。

 

「リフル、頂上だよ」

「…………そうですね」

 

 太陽の光が私達を照らす。時限の塔という事を知らなければ、ゆっくりと日光浴でもしたいところだ。しかし、この時限の塔の主が、再びこの場に訪れた私達を紅い双眸で見つめる。私とビートを交互に見つめ、そしてゆっくりと口を開いた。

 

「……そうか、心の片隅に残っていたこの気持ちは、お前達のものだったのか」

「…………覚えて、いらっしゃるので?」

「ああ。リーズイズという探検隊によって正気を取り戻した私だが、しかし、リーズイズだけじゃない誰かが私を止めようとした、そう思えてならなかったのだ」

「まあ、僕達はコテンパンにやられちゃった訳だけどねぇ」

 

 厳かな雰囲気を醸し出すディアルガに若干私は萎縮しているのだけど、ビートのハートは強過ぎる。

 

「して、お前達はどうしてここに?」

「ああ、それはですね……」

 

 私はディアルガにここに来た目的を話す。話を聞いたディアルガはコクリと頷いた。

 

「いくら役目を終えた時の歯車と言えど、普通ならば渡す訳にはいかないが……お前達なら構わないだろう。しかし、わかっているだろうが悪用すれば私にはすぐにわかるぞ」

「流石、時を司ると言われてるだけあるよね」

 

 全く怯えた様子を見せないビートの言葉に、私は頭の中に何かが過った。

 

▼▽▼

 

『ねぇ、どうしても駄目?』

『……お主には色々な恩がある、故に出来る限り力にはなりたいが……しかし、我の力では無理だ。そもそも、我は……』

『ああ、いや、大丈夫。そりゃ、誰だっていつかは朽ちていく定めだもん。時を司る君でも、世代交代っていうのはあるもんね。……無論、僕もね』

『…………そこまでして、お主は……』

『さて、あの子に会いに行くかな』

 

▼▽▼

 

「…………ディアルガさん」

「なんだ?」

「貴方は、時を司ると言われていますが、例えば私を昔や未来に送ったりする事は出来るんですか?」

「無論、可能だ。ただ、無限の時を遡る事は出来ないがな」

「ん?リフル、時巡りでもしたいの?」

「いいえ、私にはこの時代がピッタリです」

 

 完全な確証を得たわけではない、不可解な所もある。

 

「……師匠は、私をこの時代まで飛ばした可能性があります」

「………………え?」

 

 ディアルガに物怖じしなかったビートも、ポカンと口を開け、言葉が継げない様子だ。ディアルガも顔を顰め、私の言葉に首を傾げている。

 

「……かれこれ100年以上生きている私から言わせてもらうと、その間誰かが時を越えて来た痕跡は無かったぞ」

「リフルが言ってる事が嘘だとは思えないけど、どうしてそう思うの?」

「確信してる訳じゃないですし、どうやって来たのかわかりませんけど……でも、師匠の書には存在しないダンジョンがあったんですよ。そう考えると、師匠……そして師匠に出会った私はディアルガさんが生きていた100年よりも大昔に生きていた、という仮説が成り立ちます。……無論、私は元々この時代に生きていて、師匠がこの時代に来た、という可能性もありますけど……」

「うーん、核心に近付いてはいるけどって感じなのかな?でも、これ以上考えても仕方ないし、リフルがどの時代のポケモンであろうとも僕は今リフルと出会えた事が幸せだけどね」

「…………………」

 

 ディアルガが気を使ってか、空を見上げて立ち尽くしている。結構シュールな画だ。

 

「……ま、まぁ、朽ちた時の歯車も貰いましたし、帰りましょうか」

「あ、ちょっと待って。ディアルガさん、ちょっとしたお願いがあるんですけど」

「…………?過去や未来には飛ばさんぞ?」

「そんな必要はありませんよ」

 

 ビートの両目はディアルガを見据えている。

 

「僕達と戦え、ディアルガ」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第41話 再戦!ディアルガ!!

 ビートの言葉に私だけではない、ディアルガさえも呆気にとられている。対して、ビートは自らの意志が本物だと言わんばかりに、口から炎を漏らし、姿勢を低く構えて今にも飛びかからんとしている。

 

「び、ビート……私達の目的は完了したんですよ?」

「止めないで、そして手伝ってほしいな、リフル。この行動は、僕にとっては昔の訣別でもある」

 

 ビートの真剣な表情。私は、ビートが先程言っていた言葉を思い出した。昔の訣別と言ったが、ビートはあの敗北でどれほどの慚愧に堪えぬ気持ちを、忸怩たる思いを、後悔の念をしたのか。私は、負けて悔しい思いはしたものの、ディアルガに対して再戦を望むような事はしなかっただろう。

 だけども、ビートはその敗北の清算をずっと望んでいたのだろう。だからこそ、私にあんな質問をしたのだろうし、道中の沈んだ様子も、汚名返上が成せるかどうか、悩んでいたのだろう。

 つまるところ、ビートは引く気は一歩も無い。その想いは、ディアルガにも伝わったのだろう。

 

「……いいだろう、全力で相手をしてやろう。……お前も、それでいいか?」

「……まぁ、確かに私も悔しかったですしね」

 

 ビートの隣に立ち、歯車を投げ捨てて構えを取る。ディアルガは大きく息を吸い込み、咆哮を上げる。空気が揺れ、場に一気に緊張感が走る。

 

「見せてみろ、お前達の全力を」

 

▼▽▼

 

「…………あいつら、大丈夫だろうか」

「あいつら?それってブイゼルグループ?団長グループ?それとも、リフルちゃんとビート君グループ?」

「最後だ」

 

 ガショエタワーの作成の為に、お留守番となったジラーチとクチートの学者コンビは、作業の手を止めず、雑談をしていた。

 

「時限の塔には、時を統べるディアルガがいると聞く。もし、何かの拍子で勝負とでもなったら、いくらリフル達とはいえ太刀打ち出来ないだろう」

「うーん……正直、僕にも彼らの実力ってよくわからないんだよね」

「そもそも、何故あいつらはあんな能力を持っているんだ?瞬間移動の類はあいつらの種族は覚えないはずだ」

「それは僕の力だね。話せば長くなるけど、彼らが世界救いたいって言うからお手伝いしただけだよ。まあ、結局彼らは世界を救うのには失敗しちゃった訳だけどね」

「…………色々気になる事が増えたが、まあいい。何かの拍子でとは言ったが……まさかあのディアルガに勝負を挑むような大馬鹿ものじゃないだろう、あいつらは」

「……どうだろうね、存外馬鹿かもしれないよ」

 

▼▽▼

 

 あの時は理性を失っていたディアルガだが、今は違う。力のままに動くわけではなく、その時その時の状況に応じて、攻撃を繰り出してくるから、あの時よりも手強いと思える。

 ディアルガの必殺技、ときのほうこうは威力は絶大な分、非常に隙が多い。ここぞという時にしか放ってこないだろう。

 

「火炎放射!!」

「甘い!!」

 

 飛び上がったビートの放つ火炎放射を、その巨体には似つかわしくない素早さで避け、一気に間合いを詰めてくるディアルガ。そのメタルクローは着地しようと体勢を変えられないビートに襲いかかる。

 

「……させるか」

 

 エナジーボールを繰り出し、メタルクローを放とうとするディアルガの前足に当てる。ダメージは殆ど無いものの、若干軌道をずらす事に成功し、ビートの隣の地面を抉る形となる。

 ビートはディアルガから大きく距離を取って、一息をつく。

 

「……まぁ、そうは簡単に問屋が卸さないよね」

「正気を失ってたとはいえ、伝説とされてるポケモンですからね。楽に倒されてくれる筈が、ありません!」

 

 グラスミキサーをディアルガの顔に向けて放つ。ディアルガは平然と受け止める。流石の実力、と言わざる得ないが……その為にグラスミキサーを放った訳ではない。

 まるで事前に示し合わせたかのように、ビートはディアルガの背後を取った。私のグラスミキサーはただの目眩しだ、これなら例えディアルガであろうとも効果があるはずだ。

 ディアルガの死角から火炎放射を放つビート。先程とは違う、不可避の攻撃……のはずだった。

 

「グオオオオォォォッッッ!!!!」

 

 ディアルガが大きな雄叫びを上げる。技でもなんでもなく、ただの雄叫び。しかし、それだけでビートの火炎放射を打ち払い、そしてビートを吹き飛ばした。

 そんなビートを追撃する事なく、ディアルガはゆっくりと首を回し、私に向かって余裕の表れなのか、ニヤリと笑った。

 

「まだ、やるのか?」

「ええ、やりますよ。やりきります、負けるつもりはありません」

 

 私は自分の分身を出現させる。所謂、かげぶんしんという技だが、この瞬間まで使った事は1度たりとも無かった。そして、私は分身と共にエナジーボールを一斉に放つ。無論、実体を持つのは私が放ったエナジーボールだけなのだが。

 

「………………!!」

 

 見事ディアルガの首元にエナジーボールが直撃した。流石に効いたようで、ディアルガはよろけた。しかし、すぐさま前足を踏み込み、メタルクローを放った、ディアルガの後ろにいたビートに。

 

「何をしてるかはわからないが、何かしようとしていただろう」

「ビート!!」

 

 身体に炎を纏って突撃しようとしていたビートに、ディアルガのメタルクローが当たる。クリーンヒット、本来ならばビートの心配をすべきなんだろうけど、私の心中はただ平常だった。メタルクローを食らったビートの姿が突然変なドラゴンポケモンの見た目に変わる。

 

「何かしてるかわかっても、何をしてるかわからなきゃ意味ないんだよね」

 

 そう、身代わり。私のかげぶんしんからのエナジーボールという陽動に、ビートの身代わり。2重のフェイントにディアルガは対処出来るはずもなく、ビートはディアルガの頭の上に着地する。

 

「燃え上がれ、フレアドライブ!」

「ぐ、グオオオオォォォ……!!」

 

 ディアルガが苦しそうに声を上げる。そりゃそうだ、ディアルガは先程から、私の攻撃は受け止めていた癖に、ビートの攻撃は避けようとしていた。それはタイプ相性の問題だ、鋼タイプを有するディアルガに炎技は効果抜群だ。

 悲鳴に似た声を上げながら、ディアルガはビートを振り落とす。私の隣に着地したビートは、私を見てコクリと頷いた。

 

「ぐ……なかなか、やるな……ならば、これは耐えきれるか!?」

 

 ディアルガが脚を大きく踏み込み、息を吸った。間違いない、時の咆哮だ。あの時の状況が脳裏に浮かぶ。衝撃が伴うディアルガの最大級の攻撃。攻撃を喰らいたくないのは、私達だってそうだ。ならば、どうすればいいか。

 

「グオオオオオオオオオオオォォォォォォォォッッッッッッッッッ!!!!!!!!!」

 

 ディアルガが時の咆哮を放つ。瞬間、全てがスローモーションに見える。まるで走馬灯が過るかの様だが、あの時とは違う。私も、ビートも、ゆっくりと手(ビートは前足)を差し出し、不思議な壁を作り出した。

 

「完全無敵の防御技」

「またの名を“まもる”ってね」

 

 どうしてあの時は律儀に迎え撃とうとしていたのか理解に苦しむが、単純に強力な攻撃は守れば問題無い。そして、時の咆哮を放ったディアルガには、まさにチャンスと呼べる隙が生まれる。

 相手の隙を突いて強烈な一撃を放つ、それで敗北したのならそれを改めるだけだ。大きな根を出現させ、それをビートが燃え上がらせる。そして、そのままディアルガの身体にぶち当てる。

 

「グオッ……!!」

 

 強烈な一撃が入った、しかし、これでは倒せない。それならば、何度だって放ちまくる。必殺の一撃が無理なら、強烈な連撃を放つだけだ。

 

「もう貴方に攻撃のチャンスは与えません!」

 

 2発、3発、4発と、ディアルガの身体に攻撃が入っていく。そして、5発目を放つ直前、ついにディアルガは膝をついて、そのまま崩れ落ちた。

 

「………………」

「………………」

 

 緊張の糸を切らせない様に、倒れたディアルガの顔を覗き込む。その瞬間に、ディアルガは目を開き、悔しそうに、しかしながら嬉しそうに笑った。

 

「わたしの敗けだ、身体が動かない」

 

 ディアルガの言葉に、緊張の糸は一気に解けて、私は思わずビートに抱きついてしまった。すぐさま冷静になって、私はディアルガの治療を始めた。

 

「本気のわたしを打ち破ったのは、お前達が初めてだ。まさか、この時代に私を打ち破るパワフルな奴らがいるとはな……」

「探検隊レガリア!現在調査団の僕達だからね!」

「……まぁ、1度敗けたからこそ、貴方がしてくる事がなんとなくわかってたって所もありますけどね」

「でも勝利は勝利だからね、僕は非常に満足だよ」

「……ふふっ、元気だな。所で……」

 

 私達を温かい目で見ていたディアルガはふと思い出したかの様に話し出した。

 

「……お前達にやった時の歯車は?」

「………………え?」

「…………リフルが受け取らなかった?」

 

 確かに、時の歯車は私が受け取った。しかし、戦うとなって何処に置いたかは……

 足元を見ると、何かの残骸があった。私達は冷や汗を流す。

 

「……リフル、これって」

「……十中八九時の歯車です、役目を終えた」

「……役目を終えたっていうか、もう役目を全う出来ないよね」

 

 ディアルガとの勝利を果たし、雪辱を晴らした私達だが、こんな所で詰めの甘さが出るとは思わなかった。結局、ディアルガにもう1つ新しい時の歯車を貰った為、事無きを得たが……それでも勝利に喜べなくなってしまったのはなんとも間抜けな話である。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第42話 師匠離れの時

 私達が朽ちた時の歯車を手に入れ、ワイワイタウンに戻った頃には、調査団のメンバーはそれぞれ材料を手に入れ、ガショエタワーは完成一歩手前まで来ていた。

 完成までは私達が持ってきた時の歯車だけが必要。帰ってきた私達をジラーチは珍しく称え、皆を完成間近のガショエタワーの前に呼んだ。

 

「いいかい?リフルちゃん達が持ってきたこの時の歯車でガショエタワーは完成する、んだけどね」

「ん?何かあるのか?」

「うん、君達に苦労して集めて貰った材料は装置の深部、つまり余程の事が無い限り壊れる事がないんだけどね。ただ、その分他の所が弱くなってるんだ」

「つまり?」

「雑な扱い方をするとすぐ壊れるって話。無論、直すのはそう苦労しないと思うけど……」

「……データが吹き飛ぶ、という訳ですか」

 

 ガショエタワーの完成に浮かれていたメンバーの顔が強張る。調査結果をまとめてくれる装置が、その調査結果を失う可能性が高い、という事だ。

 

「消えたデータの復旧は出来るのか?」

「それは無理、天才の僕でも」

「…………まぁ、雑に扱わなきゃいいってことだろう?それなら皆が気をつければいい話だろ」

「うん、まあそうなんだけどね……」

 

 ジラーチの切なそうな顔に皆は首を傾げる。

 

「折角作ったものが壊れるのは……ちょっと寂しいかなって」

「…………珍しいな、いつもみたいな元気がないじゃないか」

「だって、このガショエタワーは……言わば皆の努力の結晶なんだよ。いつしかこの想いも風化しちゃうと考えると……今の内に感謝しておかなきゃ」

 

 ダンチョーがジラーチの言葉に大きく頷く。

 

「確かに……私の兄の想い、そして私の想い。メンバー全員の想い、全てがこもったこのガショエタワーの完成を祝って……今日はパーティをしましょう!」

「まあ、悪くはないな」

「ええ、早速準備するわね」

「食事なら私が作りますよ!いつもより豪勢にしますよー!」

「私も手伝いましょう、キャンディだけじゃつまみ食いの点で心配です」

 

 ダンチョーの号令に皆笑顔で声を上げる。きっと、楽しいパーティになるだろう。

 

▼▽▼

 

 皆がどんちゃん騒ぎをしている最中、私は今日起きた出来事を省みる為に、調査団の最上階で夜空を模した天井を見上げていた。いつもなら、隣にビートがいるのだろうけど、今日は私だけだった。

 と、思っていたら私の後ろからふわふわとジラーチが近寄ってきた。

 

「……何か用ですか」

「何か用って……ここ僕の部屋だからね」

 

 確かにジラーチの言う通りだけども、ゆっくりと考え事をしたかった身としては正直ジラーチの存在は邪魔だ。私がそう思っているとはつゆ知らず、ジラーチは私の隣に座った。

 

「今日、ディアルガに出会ったでしょ?」

「……ええ、会いましたよ」

「まあ、時限の塔に行ったからね。それで、何かわかったかい?」

「何かわかったって……貴方はわかってるんでしょう。聞いても教えてくれないでしょうけど」

「僕が知ってるのは君が本来は1000年前の…………あ」

 

 ジラーチがしまった、という顔で私から目をそらす。私はカマをかけたつもりもないし、ジラーチの完全なる自滅なのだけど……そのせいで、私が過去から来た事が確定した。

 

「やっぱり、私の師匠は私をタイムスリップさせたって訳ですか」

 

 師匠の事を上手く思い出せないのも、あのサザンドラと同じ様な理由なのだろうか。知識は覚えているけど、思い出は曖昧なものばかりだというのは。

 

「……そうなると、サザンドラが襲い掛かったのは私で、師匠が助けた……と考えるのも道理ですね」

「事実だしね、君の師匠から聞いた話だけど」

「それで?ジラーチは結局何をしたいのですか?まるで全てを知ってるかのように振舞っているくせに、実際は何も語らない。本当に何がしたいんですか?」

「これは手厳しいね」

 

 ジラーチは私の言葉に意を介さない。この余裕綽々な態度が妙に私を不機嫌にさせる。

 

「……いや、これは真剣な話なんだけどね」

 

 私を弄ぶかのような表情だったジラーチが一転し、私の顔を見つめる。

 

「僕は天才だから、分からないことがあるとどうも落ち着かないんだよね」

「へぇ、何が分からないんですか」

「君がどうやってこの時間軸に来たのか、だよ。君がこの時間軸に送られる時には僕はもう眠りについてたから……どうやって来たか分からないんだ」

「ああ、確かにそれは謎ですね。……だけど、そんな事はどうでもいい事じゃないですか」

「よくないよ、全然よくない。僕としても、君としても。あいつは……僕なんかよりもずっと天才で、それ以上に僕なんかよりずっと悪戯好きだったんだ。1000年前の7日間だけでも、僕はあいつに遊ばれたよ。……それが、無茶苦茶悔しい。あいつの鼻を明かしてやりたいって……思っていたのに」

 

 ジラーチが物悲しげな表情で語り出す。

 

「……あいつはもうこの世界にいないんだ。その癖に、君という難題を押し付けて……天才の名にかけて僕は君の秘密を必ず紐解いてやる。そして、君もまた何故あいつが君をこの世界に送り込んだのか、理解する必要があるんだよ。僕はあいつに勝ち逃げされているこの状況を、どうにかして変えてやる。そんな想いでいる。君だって……何処へ行こうとあいつが思い浮かんでくる、何処へ行こうとあいつの思惑が絡んでくる……そんな生活は嫌だろう?」

 

 ジラーチにそう言われ、私はほくそ笑んでいる師匠の顔が脳裏に浮かんだ。確かに、いつまでもそう振り回されるのは御免だ。

 

「……そう考えると、私と貴方は似てるのかもしれませんね」

「あいつの存在が強過ぎるんだよ。それで、リフルちゃん、いや、リフル。僕は時を司るポケモンに心当たりがある」

「…………そのポケモンに会いに行こうと?」

「ああ、だから君も一緒に着いてきて欲しい」

「言われずとも、ついていきますよ。私だけの問題ではないと理解したので」

 

 今日はもう遅い、明日から師匠が遺したこの問題を解く旅をジラーチとしていこう。

 私は師匠の目的を知る為に。

 ジラーチは真実を知る為に。

 もう師匠の好き勝手にはさせやしない。

 

「ふわぁ……ああ、眠くなってきたよ。明日からよろしくね、リフル」

「……ええ、おやすみなさい、ラッチー」

 

 ラッチーも飄々とした態度でありながら、その裏思い悩んでいた事を知って、私は今までラッチーに抱いていた悪い感情を恥ずかしく思った。だからこそ、私は全力でこの師匠の思想を本気で読み解く。そうすれば、私だけでなくジラーチの望みも叶えることが出来る。

 

「……思えば、師匠から目を背けてばかりだった様な気がします」

 

 師匠がここまでしたのは、きっと私を振り向かせる為なのだろう。この時点で、私はもう師匠の思惑通りなのだろうけど、それがどうした。師匠の思惑にかかるのはもう何度目だろう。しかし、もうこれっきりだ。逃げ続ければこの先もずっと師匠の思惑通りだ。

 今こそ、師匠離れの時だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chapter2-9 時渡り
第43話 ときはたり


 ラッチーが言うには、ディアルガ以外にも時を渡らせる事の出来るポケモンがいるという。その名もセレビィ、時渡りポケモン。どうやら、そのセレビィとやらはきよらかなもりというダンジョンにいるらしい。

 しかし、私はそのダンジョンへ向かう前に、自分の元々の住処に来ていた。

 

「ねぇ、僕が言うのもなんだけどさ……本当にいいの?然るべき場所に預けるとか駄目なの?クチートとか喜んで読み耽りそうなんだけど……」

「これは単なるケジメです。思えば、事あるごとに師匠が遺した著作を頼ってばかりでしたし」

 

 膨大な数の師匠の著作を1冊1冊燃やしていく。確かに歴史的価値はあるのだろうけど、それでも私は1度決めた以上、後戻りは出来ないのだ。若干ジラーチが勿体なさそうな顔で燃えていく本を見ているが、煽ったのはそちらであろう。

 それに、正直言うと全ての著作を読み解いたから私には不要になった、とも言えるのだけど。

 

「まあ、後腐れなく向かうべきだよね。きよらかなもりは最難関ダンジョンの1つだしね」

「最難関……」

 

 それならば断然だ。今回ばかりは自分本来の力でダンジョン攻略していこう。

 

▼▽▼

 

 きよらかなもりに入った途端、覚えのある脱力感があった。そう、ねがいのどうくつの時とまるっきり一緒だ。最難関ダンジョンと言われ、そうであろう事は推測出来たが、やはりこの仕様は少し抵抗がある。

 

「リフル、今の内に言っておくけど……アイテムに頼るのも無理だからね」

「はい?自らの経験が0になる以上、アイテムを駆使して知識で戦うべきでは?」

「そういう訳じゃなくてね、ほら、バッグの中見てごらん」

 

 ラッチーにそう言われた私は疑問を抱きつつ、バッグの中に目を通した。すると、私があらゆるシチュエーションを想定をして、その状況に最適なアイテム使いを出来るように組んだアイテムセットが全て無くなっていたのだ。

 

「これは完全に言い忘れてたんだけど……このきよらかなもりは経験が0になるだけじゃなくて、アイテムすら持ち込めなくて……そして最長ダンジョンでもあるんだ。だからこそ、あいつも2度と御免だと言ってたし……それなのにこんな所に住んでるセレビィは本当に勘弁して欲しいよ……」

 

 ラッチーの言葉は恐らく本当だろう。もっと早く言ってくれれば、心構えが出来たものの……ただ過ぎた事を怒っても仕方ない。

 だが、状況は芳しくない。シュミレートした内容はほぼ全て役に立たなくなった。だけども、この感じは、どことなく昔の自分を思い出す。

 

「ところでさ、ビート君は連れて来なくて良かったの?彼なら絶対協力してくれると思うけど」

「でしょうね、だからこそ今回は甘えません。経験もアイテムも0のこの状況になって私は、喜びを抑えきれないのですから。誰だって、初めはこんな感じですからね」

「まぁ、知識は残ってるけどね。ただ、確かにリフルの言う通りこのダンジョンは初心を思い出させる場所なんだろうね」

 

 襲いかかってきたマタツボミにつるのムチを当てる。しかし、マタツボミはその一撃では倒れず、同じように私につるのムチで攻撃を仕掛けた。

 

「ラッチーがいなければ、もっと楽しめたのかもしれないですけど」

「ひどいなぁ」

 

 ラッチーが横からねんりきを仕掛け、マタツボミは倒れる。取るに足らない相手でも、ここでは思わぬ強敵になる。それは、ねがいのどうくつでも同じだったけど、ここではアイテム頼りにする事も出来ない。

 

「……ますます燃えますね」

「リフルって、なんだかんだ言うけど変だよね」

 

▼▽▼

 

 調査団の自室で、ビートは身体を地面に投げ出し、完全に拗ねていた。

 

「……なぁ、今日……特訓しねえのか?」

「するよ、僕の私情で君の特訓を怠らせる訳にはいかない、けど……」

 

 先程からずっとこの調子だ。リフルはちゃんときよらかなもりに行く際にビートに一声かけていた。そうしなければ、ビートがついてくる可能性を危惧して。

 

「リフルの考えもわかるし、今回はそれを尊重したけど……」

「ま、まぁ、リフルの言い方がきつかったのは事実だけど……」

「はああああぁぁぁぁ〜〜〜〜……悲しい」

 

 傷心気味のビートに、アーケンはただ戸惑うばかりだ。そんな中、そこへクチートが現れた。

 

「なんだ、まだ拗ねているのか」

「拗ね……てますね」

「お前の気持ちはわからんでもないがな」

 

 クチートがビートの前に座る。

 

「私も、若い時はあいつに苦労させられたよ」

「……あいつ?」

「あいつはいつだって自分勝手で、私の気持ちに気付いてくれない。その癖に、私を捕らえて離さない」

 

 突然の乙女モードのクチートにビート達は唖然とし、ビートは冷静になって佇まいを直した。

 

「想いがぶつかる事もあるし、すれ違う事もあるだろう。だが、お前とリフルは互いに思いやっている。お前達はまだ子供なんだ、つまらない事で関係が拗れたらこの先嫌だろう?」

「……なんだか、久しぶりに子供扱いされた気がする。でも、確かにそうですね。帰ってきたリフルを笑顔で迎えたいと思います」

「それは良い、お前達の仲の良さは見ている周りも笑顔にしてくれる」

 

 去っていくクチートを見送り、ビートは立ち上がる。

 

「よし、ウジウジしていてもしょうがないし、特訓しよっか。今日はきよらかなもりで」

「お前諦めてねえな!?」

 

▼▽▼

 

 随分奥へと進んだ気がする。それでも、まだまだ先は長い。

 

「今の私達では防御力を下げる技ですら怖いですね」

「特性も厄介だ、特にいかく」

 

 先程、いかくで攻撃力を下げられた上に、しっぽをふるで防御力を下げられた事によって思わぬ長期戦を強いられたケンタロスを省みて、この先もそんな敵が現れると考えると少し気後れする。

 

「アイテムもぼちぼち集まってきたけど、油断しないようにね」

「いざという時はあなぬけのたまで帰ります」

 

 勿論、それは本当の本当に追い込まれた時の手段だけど。

 雑談も程々にして、私達は再び歩き始める。

 

「……ところで、ラッチーはセレビィとどんな関係があるんですか?」

「関係って言っても、同じ幻のポケモン同士少しだけ親交があった感じだよ。別段仲良かった訳じゃないし、向こうも会ったら『あー、お前かー』くらいの認識だと思う」

「そうですか、自分で言ってましたけど、ラッチーって友達いないんですね」

 

 私の歯に衣着せぬ物言いにラッチーは目に見えて落ち込んだ。

 

「そもそも、伝説や幻のポケモンっていう存在は普通にそこらへんにいるようじゃ大変でしょ?」

「でもラッチーは調査団のメンバーじゃないですか、どうしてですか」

「君達の願い事を叶えた後に団長が来て、“調査団のメンバーになって欲しい”って願いを叶えただけだよ」

 

 律儀にそんな願いを叶える必要は無いと思うけど、その時のラッチーはきっと何か変えようと思ったのかもしれない。

 

「僕はね、自分の願いは叶えられないんだ。なのに、皆僕に願いを叶えさせようとするくせに僕の願いは聞いちゃくれないのさ」

「………………」

「僕の願いは単純に“友達が欲しい”だよ。僕の力目的じゃなくて、純粋に僕の事を見てくれる純粋な友達。……そうなると、相手は幻や伝説といったポケモンじゃなきゃ釣り合わないって訳。……だと思ってたんだけどね?」

「師匠が何かしたんですか?」

「あいつは、どんな壁も乗り越えて色んなポケモンと親しかった。誰もがあいつの力になりたいって思っていた、僕を含めてね」

「……まあ、そんな凄い相手に対して喧嘩を一方的に売ってるのがラッチーで、そいつの力を頼らず生きようと決めたのが私ですけどね」

「そう、そこなんだよね。あいつの欠点って。誰しもが力になりたいって思われてる裏に、あいつは誰しもの力になっていた。あいつ自身は“命の炎”という言葉を理由に色々してたけど……いかんせん甘過ぎる」

 

 私の記憶では色々と弄ばれた思い出があるのだが、それでも今五体満足でここにいる理由はきっと裏で師匠がやってたのかもしれない。

 

「だからこそ、あいつは君を手放したんだろうね。自分が近くにいては君は駄目だと。……その癖に書を残したり他にも色々したり、やっぱり甘い所だらけだったけど」

「……結局この時間軸で私はビートという大切な存在に出会いましたけど、私は彼に甘くしぱなっしです。彼の罪を黙ってるのも、きっと私の甘えでしょうし」

「いいんだよ、彼がやった事は最早誰にも裁けないし。そもそも、君達の場合は互いに厳しくそして甘くしてるんだから。あいつはただ単に甘いだけだった。君はビート君という存在に出会えるように仕向けた事だけはあいつに感謝しなきゃね」

「月にでも感謝しておきます」

 

 真剣な様であまり真剣ではない話を交えつつ、私達は奥へと進んでいった。モンスターハウス、罠、強敵といった苦難に立ち向かいながら、長い長い時間をかけて私達はついにきよらかなもりの1番奥へと到着した。

 そして、そこにはラッチーの言っていたセレビィらしきポケモンが倒れていたのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第44話 みなもにうつる

「一応聞いておきますけど、あれがセレビィですよね?」

「うん、僕の記憶が正しければね。そして、僕の記憶が正しければ、そう簡単にやられるような実力ではなかったような気がするよ」

 

 今すぐにでもセレビィに駆け寄って、安否を確認したい所だけども、もしかしたらこのセレビィを倒した奴がまだ近くに潜んでいるかもしれない。周囲を警戒しつつ、セレビィに近付く。

 一歩、また一歩と、ゆっくりと進んでいく。そしてセレビィに触れるか触れないかの直前に、何処からか、ハイドロポンプが飛んで来た。

 

「…………ッ!?」

「リフル!!」

 

 警戒をしていたのに、私は避けられそうになかった。それは、ハイドロポンプを放った相手の姿を見てしまったからだ。そいつは、私にとっては衝撃の相手だった。

 事情を知らぬラッチーは、私を庇って、自らハイドロポンプに当たる。

 

「……なる、ほど……このダンジョンの……特製なら……確かに、そうなるか……!」

 

 何か納得のいった様子で、その場に倒れるラッチー。本当なら、ラッチーの心配をすべきなんだろうけど、私はそれどころではなかった。

 

「……どうして、攻撃したんですか」

「…………うふふ、どうしてでしょうね?」

「そして、貴方がどうしてセレビィを倒す必要があるんですか、シャンプー!!」

「時を戻りたいからです」

 

 シャンプーは上機嫌な様子だ。彼女自身と別れた理由は、単純にシャンプーの方から話があり、そしてシャンプーはこのきよらかなもりを挑戦すると言っていたから、もしかしたら会えるかもしれないという気持ちはあった。だけども、何も言わずに攻撃を仕掛けてくるような子では無かったはずだ。

 

「僕はね、リフルさん。ずっとずっときよらかなもりを挑戦し続けてたんです。最初は単純に自分の限界を超えるためだったんですけどね、だけど何度やっても半分くらいまでしかいけないんです。僕は心底絶望しましたよ、僕はどう足掻いても、リフルさん達みたいになれないって。その時に、僕は出会ったんですよ」

 

 上機嫌な様子のシャンプーが一変し、影からもう1匹の黒いシャンプーが現れる。

 

「“黒いお友達(ドッペルゲンガー)”!あの方から、こんな力を貰っちゃったんですよ」

 

 私は、心底深い悲しみと、そして怒りに感情を支配された。シャンプーの、言わば私達に対する劣等感という“悪感情”を、無理矢理力に変えさせた存在。私はその存在を知っている。知っている以上、傀儡化したシャンプーを、どうにかして正気に戻さないければならない。

 

「シャンプー、貴方は大事な事を忘れている、それを教えてあげます!!」

「へぇ、教えてくださいよ。言っておきますけど、このダンジョンで貴方の実力は私よりずっと下になってますからね!!」

 

▽▼▽

 

 僕達がいつもと違う形式で特訓をして、ワイワイタウンに帰ってきた時に、ワイワイタウンは少し騒がしかった。

 

「……何かあったのかな」

 

 調査団の施設まで戻ると、チークが出迎え、早速団長室に来るように言われた。言われた通り、団長室へ向かうと、リフルとラッチー以外のメンバーが揃っていた。

 

「ジラーチ達が帰ってくるのを待とうかと思いましたが、自体は深刻です。まずは皆さんの耳に入れておきましょう、ブイゼル、お願いします」

「ああ、俺が水中の探索するにあたって、昔の水タイプの知り合いを頼っているのは知っているよな?」

 

 リフルが確かそんな感じで誘導してブイゼルを勧誘したからだったはずだ。

 

「前にいつも集まりに顔を出す奴が来なかった。とは言え、来れない日ってのは誰だってあるとその日はあまり問題視しなかったんだ」

「……ずっと来なかったの?」

「ああ、そいつは所謂真面目な奴で、正直1回休んだだけでも話になるくらいなのに、2回3回と何回も集まりに顔を出さなかった。流石に変に思った俺は、そいつの住処に行ったんだ。すると、そいつに俺は襲われたんだ」

「…………!」

「俺がそいつに対して何かひどい事をした訳ではないと、アルセウスに誓っていえる。だがそいつは変な力を使って、俺を倒そう倒そうとした。意味不明な事を口にしてな」

 

 僕の鼓動が速くなる。

 

「……その、変な力って……?」

「影を操る力、なのか?すっげぇ厄介だったが、どうにか返り討ちにしてよ。んで、縛って話を聞いてみると、何も覚えてないっていうんだ」

 

 間違いない、ダークマターだ。あいつが、動き始めた。

 

「これはブイゼルの身に起きた事ですが、その他にも調査団に似たような事例が起きたという報告がなされています」

「友達が、パートナーが、親が、子供が、いずれも変な力を使う、という報告だ」

「それに伴い、調査団は今よりこの異変についての調査を行う事にします、これは放っておけば更に悪化するでしょう。皆さん、絶対にこの異変を解決しましょう!」

 

▽▼▽

 

「あれれ〜?リフルさん、もう息が上がってますよ〜?」

「……そうですね!」

 

 リーフブレードを両手に持ち、交互に攻撃を仕掛けるシャンプーとシャンプーのシャドーの攻撃を捌く。厄介なのはシャドー自体もシャンプー並の実力を持っている事で、つまるところシャンプーが2体いる、という状況である。

 そんな状況ではこちらから攻撃を仕掛ける事が出来ず、防戦一方だ。しかも、シャンプーに対する躊躇というのが私にあるのに対して、向こうは本気で倒すつもりで私を攻撃している。ダークマターの力は、野放しにしてはいけない。

 

「セレビィの力を無理矢理使わせて、僕は時の停止を食い止めるあの時まで戻ります!そして、時の停止を食い止めようとしている者達を、食い止める!そうすれば、全世界の時が止まり、悪感情が生まれるんです!!その為に、リフルさんにはここで……倒されてもらいますよ!」

「それは是非とも食い止めなきゃいけませんね」

 

 リーフブレードでシャドーシャンプーの首を叩き斬る。これはただの影だ、何も躊躇する必要は無い。

 

「僕のお友達は、何度だって蘇りますよ!」

 

 再びシャンプーの影から現れるシャドー。しかし、私は有無を言わせず、シャドーに刃を突き立てる。

 

「……例え、操られても深層心理は変わらないんですね。ビートが、無意識の内に裏切りを嫌うように」

「……何を、言ってるんですか!僕は、完全にあの方の……!」

 

 何度も現れるシャドーの斬り伏せ、突き刺し、斬り刻む。

 

「いえ、シャンプー。貴方は、変わっていない。だって、貴方は無意識の内に“私を殺そうとしていない”」

 

 私の言葉に衝撃を受けたように、シャドーの出現が止まる。シャンプーの表情を見ても、明らかに動揺している。

 

「計画の邪魔になるなら、私なんぞ殺してしまえばいい。貴方が本当に悪感情の塊(ダーク・マター)に心酔しているならば。それをしないのは、いえ、それが出来ないのは……シャンプー、貴方の良心が何処かにまだ残っているからです」

「黙れッ!!僕は、僕は……あの方の、力にィッ……!!」

 

 シャドーを出す事すら忘れ、苦しそうな表情で、私に攻撃を仕掛けるシャンプー。しかし、その攻撃には照準なんてあったものはなく、明後日の方向へ飛んでいく。

 ビートは、心の底から絶望していた。だからこそ、赦されざる罪を犯してしまったが、シャンプーは違う。少しだけ芽生えていた私達の劣等感を、ダークマターに無理矢理引き出されただけだ。

 

「……シャンプー、貴方は私達に敵わないなんて言ってました。だけど、シャンプーにはシャンプーの良さがあり、私達はそれに何度も助けられたんですよ?」

「やめろ、やめろヤメろヤメロ!貴方如きに何がわかる……!ボクは、いつも引き立て役だ……!!」

「少なくとも私は!!シャンプーがしてくれた、数々の活躍を忘れたりしない!!シャンプーがいなければ、私達はサマヨールの企みに気付かなかった!!私達は時の歯車を集める事すら叶わなかった!!私が今ここにいるのも、シャンプーのお陰だというのを一度たりとも忘れた事はない!!」

「うぅっ……ボク、は……僕は……!!」

 

 シャンプーは涙を流し、空を見上げた。そして、そのまま頭上にハイドロポンプを放った。……これは、私達が初めてシャンプーと出会った時に、ビートに使った技だ。頭上に放ったハイドロポンプは、時間差で落ちてくる。

 しかし、あの時とは違うのは、対象が自分である、という所だろうか。

 

「……シャンプー」

 

 自ら放ったハイドロポンプを自らの身体で受けたシャンプー。すると、悪い霊が祓われるように、シャンプーの影から黒い塊が天へと昇った。

 

「…………ごめんなさい、リフルさん」

「良いんですよ、私達は、互いに過ちを繰り返し、許し合うんですから」

 

 私の胸に飛び込んできたシャンプーを、私は優しく抱き締めた。

 

▽▼▽

 

「……そっか、シャンプーが。本当に、動き始めたんだね……アイツは」

「ええ、残念ながら……」

「シャンプーは大丈夫なの?」

「ええ、あれからシャンプーは気持ちを整理したいという事で別れましたけど……」

「そっか。……そっか」

 

 夜、海岸にて、私は今日起きた出来事をビートに伝えた。ビート自身も、知り合いがいきなり暴れ始めるという話は聞いていたらしいが、まさか自分の知り合いからもダークマターの餌食になったと知って、何処か負い目を感じるような表情を浮かべていた。

 

「……それで、セレビィは?本来の目的はそっちでしょ?」

「ええ、怪我はそれほどでもないらしいんですが、今日はゆっくり休ませてくれ、と。お話出来るのは明日以降になりそうです」

「ふーん、そっか」

 

 月を眺めるビートの瞳には、月ではないなにかが見えている、私にはそう見えて仕方がない。

 

「……リフルも聞いていると思うけど、この異変について、調査団全員で調べる事になったんだ」

「ええ、そうですね」

「……僕は、僕の罪を、彼らに教えるべきかな?」

 

 ビートは困った顔をして、私と顔を合わせた。

 

「正直ね、僕はダークマターが潜んでいる場所にいくつか目星はついているんだ。だけどさ、それを彼らに教えるとなると、僕の犯した罪も教えなきゃならなくなる。……リフルに打ち明ける時も、僕はリフルに嫌われたら、見捨てられたらどうしようって気持ちだったよ」

「………………」

「裏切られた僕が、皆を裏切る事になる。リフルがあの時に言ってくれた、貴方は私を信じていない、つまるところそれこそが裏切りだ、という言葉は……リフルだけのものなんだよ。きっとリフルと同じ考えのポケモンだっている、だけどさ……もし、自分の大切な相手が殺した奴から、そんな事を打ち明けられたら……君はそんな事は言える?」

「…………私、は……」

「誰かが幸福を感じる反面、誰かは不幸を感じる。全世界のポケモンが幸せになるなんて不可能なんだよ。だからこそ、ダークマターは強い」

「……そう、ですね」

「…………ねぇ、リフル。君が今探している自分の秘密は、もうすぐそこにあると思うんだ。だからさ、それが終わったら……僕の贖罪に付き合ってくれないかな?」

「……贖罪……?」

「うん、これで今まで殺してきたポケモン達の贖罪になるとは思ってないけど、それでも僕はやらざるを得ない」

 

 ビートはゆっくりと立ち上がり、海に吠えた。

 

「ダークマター、お前(こわ)す」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第45話 このすがた

 翌日、ラッチーは私をラッチーの部屋、つまり最上階の展望台へと呼び出した。用事は分かっている、セレビィに話を聞ける。ついでにビートもついてきたけど、今回の場合はそれを許した。

 

「……まずは、助けて貰った事を感謝する」

 

 セレビィは深々の頭を下げた。少なくとも隣のラッチーは素直に頭を下げるような事はしないだろう。

 

「それで、私に聞きたい事があるのだろう?」

「ええ、私は実は1000年前の世界から来たんです」

「…………そうか、まぁ、有り得ない話ではないな」

 

 多少長考したものの、流石時渡りポケモンと呼ばれるだけあるのか、一概に否定しなかった。

 

「私が何故この1000年後の世界に送られたか、それはあやふやですが分かっているんです。しかし、私がどのようにこの世界に来たのかが気になってしまって」

「それで私に話を聞きたい訳か。確かに私は時を渡る事が出来る、しかしそれならばディアルガに聞いた方が早いのでは?」

「それが、ディアルガは誰かが時を渡ってきた形跡はない、と」

「ふむ……」

 

 セレビィは考え込む仕草を見せる。

 

「それなら、私は関係無いな。私はあくまで時を渡る事が出来るのであって、時間を司っている訳ではないのだ。ディアルガがそう言うという事は、私の祖先が時渡りをさせたという事は有り得ん」

「……セレビィにも祖先とかあるんですね」

「そもそも、伝説のポケモンと呼ばれている連中は、世代交代の時期があるからな。まぁ、それでも同じ時期に2体の伝説が存在する場合もある」

「ま、ともかくこれでリフルが、あいつがディアルガの力やセレビィの力を使ってこの時間軸に来た訳では無い事が証明出来たけど、じゃあそれ以外にあるの?時を越える方法っていうのは」

「無いな、時に関係するポケモンは他にもいるかもしれないが、実際に時を渡る事が出来るのは私、セレビィとディアルガだけだ」

「ふーん、じゃあさっき君が言ってたようにもしかしたら存在が確認されてないだけで、もう1匹のセレビィかディアルガが時渡りを……言ってて気付いた、ディアルガはそんな痕跡は無いって言ってたね」

 

 そうなると、私がどのようにこの時期に来れたのか、益々謎だ。

 

「……ねぇねぇ、口を挟む様で申し訳ないんだけどさ?」

 

 今まで黙って話を聞いていたビートが口を開いた。

 

「これは聞いた話なんだけどね?ユキメノコが昔、ハッサムを氷漬けにして、つい最近解凍されて助けられたって話を聞いたんだけど。ハッサムは、時間を飛び越えてきたかのように感じたって話たんだ。これって、擬似的なタイムスリップじゃない?」

 

 頭の中に電流が走る。あのサザンドラも、師匠に冷凍されてから、1000年が経ち、氷が溶けた事で再び活動を開始した。つまり、コールドスリープ状態にあったと推測出来る。とは言え……

 

「もし私が氷漬けにされて、タイムスリップしたとして、どうやって私の氷漬けを解除するんですか?」

「夢の中での伝言、ワープ先の指定」

 

 ビートが突然不可解な事を述べる。

 

「難関ダンジョンの攻略、及び調査。こんな事さ、普通の一般的なポケモンが出来るかい?」

「そもそも、僕にも無理だね。誰かの願い事を叶える形だったらどうにか出来るかもしれないけど……」

「…………じゃあ、ビートは私の師匠が丁度この時期に氷が溶ける様に細工をしたと?」

「多分ね、確証は無いけど。もういいでしょ、ラッチー、師匠さんがどんなポケモンだったか教えてよ。勿論、種族をだよ?」

 

 ラッチーの方に詰め寄り、問い詰めるビート。なんだか、その様子は焦っているようにも見えた。追い詰められたラッチーは観念したかの様に手を上げ、ゆっくりと口にした。

 

「……ミュウ、全てのポケモンの祖先とされている存在だ。だからこそ、僕達に出来てミュウに出来ない事は無いよ」

「……だったら、最初からこのリフルを時渡りさせたら良かったんじゃないかい?」

「それは恐らく、師匠……いえ、ミュウの遊び心でしょう。私に謎解きをさせたかった、師匠なら言いそうな事です」

「そうだね。あいつならそう言いかねない。……だけど、なんだか拍子抜けだなぁ。こんな結末なんて、僕はガッカリだと思うのと同時に悔しいよ……本当にあいつは、面白い奴だ」

 

▼▽▼

 

 その夜、静まったワイワイタウンに、私とビートは向かい合うように立っていた。

 

「……さて、君は君の真実を知った訳だけど……君が嫌なら断ってくれてもいいんだよ?」

「何を馬鹿な事を、私に告白してきたのはビートでしょう? だったら最後まで付き合って、くらい言ってもいいんですよ」

 

 ビートが笑う。私は微笑む。

 

「なら、最後まで付き合ってくれるかな?」

「答えは言わずとも分かるでしょう」

 

 私は頷く。ビートは首を振る。

 

「……リフル、正直に言うと、もしかしたら死ぬ可能性だってある。僕は、君を失いたくないんだ。……それでも、一緒に来てくれるのかい?」

「ビート、私はビートを失いたくないんです。だから、一緒に行くんです」

 

 ビートは空を見上げて、大きく息を吐いた。私はとうに覚悟を決めている。これは、ビートの問題だ。ダークマターを倒したいという気持ちと、私を失いたくないという切実な思い。

 

「…………うん、行こうか」

「何処にです?」

 

 長い時間かけて、ビートがようやく覚悟を決めて言葉を発すると、ダンチョーがそこにやってきた。その後ろにはラーチはチークもいる。

 

「……ごめんね、ビート君。君の事だから、リフルには打ち明けるけど、他の団員には無視してどうにかしようとすると思って、団長には話させてもらったよ」

「私が聞いたのはただの偶然だが、ビート、お前はどうして私達を頼らないんだ?」

「……頼る頼らないの問題じゃないし、これが僕のせいだとも思ってないよ。だけど、ダークマターを倒せるのは僕くらいしかいないんだ」

「それは一体どういう意味で?」

「…………多分、ラッチーが言ったと思うんだけど、僕にはダークマターの力の残骸がある。だからこそ、氷蝕体のバリアを打ち破る事が出来たんだ。そして、ダークマターと近しい存在である氷蝕体にダークマターの力でダメージが入るって事は……」

「……ダークマターの力で、ダークマターにもダメージを与えられる、という訳ですか」

「そういう事」

「じゃあなんでリフルを連れて行くんだ……なんて、野暮な質問だな」

 

 チークは私とビートを交互に見つめ、やれやれと首を振った。

 

「相変わらずラブラブだな、お前達は」

「それはともかく、団長としてはビート、貴方のやろうとしている事は黙っておく訳にはいきません」

「……それなら、どうしますか。僕は何と言われようと、ダークマターを倒しに行きますよ」

「ええ、そうでしょうね。ですから、これを」

 

 ダンチョーは、私達にとあるアイテムを渡す。

 

「1つは、ビート、ニャビー種の攻撃力と素早さを著しく上昇させる“しゃくねつベルト”! もう1つはリフル、ツタージャ種の防御力と素早さを著しく上昇させる“ロイヤルスカーフ”! わざわざジラーチとほしのどうくつにいって願ってきたんです。……団長である以上、貴方達を最高のベストコンディションで送り出す! それこそが、私の出来る事です」

「……そもそも私が文献を読み漁って、リフル達の専用道具を調べたんだろうが」

 

 貰ったスカーフを巻くと、身体の底から力が湧き上がってくる様に感じる。ダンチョーはそんな私を見て満足そうに笑っている。

 

「……それと、リフル、ビート君」

 

 私達の頭に手を乗っけるラッチー。いつになく真剣な表情だ。

 

「君達が倒される心配はしていない、だけどどんな状況もシミュレーションしておくのが大切だと思ったからさ、君達の力、更に強化しておいたからね」

「……それは、無限に使えるって事で?」

「うん、流石に行った事の無い場所は無理だけど、これなら危なくなったらすぐ逃げる事だって出来る」

「有り難く受け取っておくよ」

 

 各々話したい事が済んだのか、横に並んで私達を見つめる。

 

「……いってらっしゃい」

「気をつけるんだぞ」

「貴方達なら、大丈夫です!」

「ええ、いってきます」

「必ずダークマターを倒してみせるよ」

 

 さぁ、向かおう。ダークマターの元へ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。