魔法科高校の守護鴉 (ポテチ096)
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序章

7/24 書き直し(仮)完了


2095年1月、とあるマンションの一室。

 

そこへ帰ってきた女性、名を御神美沙斗というが、それを知る者は殆ど存在せず今は『鴉』という名で呼ばれている。

 

テロリストによって大切な者たちの命を奪われた過去を持つ彼女は、人生の大半をその復讐へ費やし、それを成し遂げた後も裏の世界で生き抜いてきた。

 

今日は彼女がこの部屋にやってきたのは、しばらくとりかかっていた仕事が片付いたので拠点として使っていた部屋を引き払うためだった。

 

冷蔵庫からペットボトルを取り出し軽く喉の渇きを潤した彼女が荷物の整理を始めようとした矢先、胸ポケットに入っている携帯端末が鳴り出す。

 

ディスプレイに表示されている番号を確認するとよく知った相手だったので、美沙斗は通話に応じることにした。

 

『お久しぶりです、鴉様』

 

「どうも。仕事の依頼ですか?」

 

『話が早くて助かります』

 

「内容は?」

 

『申し訳ありません、重要な案件なので端末越しではなく直接お話ししたいというのが我が主の要望なのです。ご足労をかけますが、こちらまで出向いていただけないでしょうか?』

 

「問題ありません。いつ伺えば?」

 

『今週金曜日の19時でお願いいたします』

 

「わかりました。では、その時に」

 

『お待ちしております』

 

美沙斗は通話が終了すると携帯端末をポケットに戻し、どんな依頼だろうかと想いを馳せながら荷物の整理を再開したのだった。

 

 

 

時は過ぎて、4月。

 

美沙斗は国立魔法大学付属第一高校の入学式に新入生として参加していた。

 

彼女は今年で18歳、本来であれば3年生として編入するべきなのだが、数少ない編入生として注目を浴びることを避けるため、また依頼内容からしても新入生として入学した方が遂行しやすいということもあり、依頼主に手を回してもらったのだ。

 

多少とはいえ歳を偽っていることで、見た目等から周りに不審がられるのではないかという不安はあったが、

 

『美沙斗は若く見えるから大丈夫』

 

という依頼主の言葉通り、他の生徒たちに違和感をおぼえたような様子は見られなかった。

 

美沙斗その事にほっとしつつも、目的の為に早速行動を起こす。

 

今回の依頼内容は、ある人物の周辺を監視すること。

 

その為には当然、対象がどこにいるのか把握しなければならない。

 

美沙斗は依頼主に見せられた写真の姿を思い浮かべ、生徒たちの顔を順番に確認していく。

 

幸い1分程で全体の後ろ1/3程度、中央付近に座っている対象を発見することができた。

 

(あれが『司波達也』か……)

 

これから三年間見続けることになる男の顔を、心にしっかりと刻み込んだ美沙斗であった。



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旧一話

旧版一話 書き直し中です


入学式があった日の夜、美沙斗は依頼主へと連絡を入れた。

『約束の時間通りね。で、どうだった?』

「少々生徒会メンバーの一部から不興を買ったようでしたが、大した問題は起きていません。詳細なご報告をお望みですか?」

『必要ないわ』

「それでは報告を終わります。次回は何もなければ事前の取り決め通り週末にご連絡します」

『よろしく』

「それでは失礼いたします」

『ああ、待って』

仕事の報告が終わったので通話を終了しようとしたのだが、依頼主から予想外の待ったがかかった。

「なんでしょうか?」

『仕事の話は終わったのだから、敬語は必要ないわ』

「わかった。それで?」

『高校生として学校に行った感想が聞きたいと思って』

「黙秘する」

『いいじゃない、聞かせなさいよ』

「……恥ずかしかった」

思い出すだけで胃が痛くなるので考えたくもなかったが、残念ながらそうはさせてもらえなかった。

『ふふっ、大変だったみたいね』

「他人事だからって気楽に言ってくれる。どんな気持ちか知りたかったらあなたもやってみればいいよ」

『私も年齢よりは若く見られるほうだけど、流石に無理。せめてあと10年若ければ試してみてもよかったのだけれど』

「それでも本当の高校生の倍以上の年齢でしょうが」

『似合えばいいのよ、似合えば』

そうやって開き直れるならば楽だろうが、自分には到底無理だと思い美沙斗はため息をついた。

『あなたの制服姿はよく似合っていたから問題ないわ』

「ちょっと待て、どこで見た?」

美沙斗が制服を着たのは、服が届いた一週間前に試着した時と今日だけ。

試着は部屋でしたから隠しカメラでもなければ無理、そのようなものがあれば気付かないわけがないので、その時を除外すると今日どこかで見られたということになる。

『とある監視カメラの映像よ』

「まさか、からかうためだけに手を回したの?」

学園内のものにしろ街に設置してあるものにしろ、そう簡単に手に入れれるものではない。

『ええ。あなたの憔悴している姿なんてめったに見られないもの。多少の苦労は厭わないわ』

だがそれは一般人にとってのことで、この人物にはさして難しいことではなかった。

『あまりにも可愛らしかったから生で見たくなったんだけど、今度』

「明日に備えて寝たいから切るわ。おやすみ」

何やら不穏なことを言い出しそうな空気を感じた美沙斗は、話を強引に終わらせて通話を切った。

次回話す時に何か小言を言われそうではあるが、気にしても仕方ないと割りきって翌日の準備にとりかかるのだった。

 

入学式から二日目、早くも問題が発生した。

この学校の生徒は入試の成績によって一科生と二科生にわけられているのだが、成績優秀な者で構成される一科生はプライドが高く二科生を見下している者も多い。

そんな一科生たちに対して反抗的な態度をとる二科生が数人現れた。

自分より下に見ている者にそんなことをされればどうなるかは火を見るより明らかで、案の定その二科生に対して怒りを向ける一科生たち。

最初は口論をしていただけだったのだが、徐々にお互いの感情がヒートアップしていき、遂に武力衝突に至る。

本来は学生同士の喧嘩など美沙斗にとってはどうでもいい、だが今回はそうも言っていられなかった。

何故なら当事者のなかに司波達也がいるからである。

反射的に被害が出る前に止めに入ろうと思って懐の得物に手をかけた時、依頼主との会話が頭に浮かんだ。

 

『暴力をもって害をなそうとする者に関しては無視して問題ないわ。それは達也さん自身が処理します』

「では何のために私を雇ったのですか?」

『あなたには彼の情報を狙う人たちの対処をお願いしたいの。あの子は良くも悪くも目立つから、すぐに非凡なことが周りに知れわたってしまうでしょう。そうなればその大きすぎる力に疑問を持って詳しく調べ、結果私たち『四葉』にとって不利益になる情報にまで到達してしまう輩が出ないとも限らない。それを防ぐのがあなたの仕事よ』

 

いつもの護衛任務とは違いこれは美沙斗が介入する必要はない、それを思い出した美沙斗は得物から手を離して傍観することにした。

依頼主の言葉からして司波達也はかなりの実力者なのだろう、その力がどれほどのものか見ておくことは今後仕事を続けていくに当たっ有益だろうと判断したのだ。 

しかし残念ながら主として戦闘を行ったのが彼の友人たちだったため、彼自身の戦闘力を垣間見ることは叶わなかった。

だが、収穫が全くなかったわけではない。

戦闘の終盤に一科生が魔法を発動しようとしたのを彼が阻害したのだが、あまり魔法に詳しくない美沙斗が見ても高度な技術を必要とすることは理解できた。

氷山の一角とはいえその力の一端を見ることができたことに満足した美沙斗は、生徒会がその場を収めているのを横目に、辺りで不審な動きをしている者が居ないことを確認したのちその場を離れた。



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旧二話

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学校から帰宅した美沙斗は依頼主のもとへ連絡を入れた。

『おや鴉殿、次の連絡は週末だと聞いておりますが』

彼は依頼主に使える執事。依頼主へ直接連絡する手段もあるのだが、緊急の場合以外は彼に取り次いでもらうことになっている。

今回は依頼主ではなく彼と話せれば十分だったのでそのまま会話を続けた。

「今日は別件です」

今日起きた程度のことなら後日の報告で問題ない、美沙斗が連絡したのは依頼主の力を借りたいと思ったからだった。

『と言いますと?』

「数名の身元調査をお願いしたい」

今日までに司波達也と仲良くなったクラスメイト、

西城レオンハルト

柴田美月

千葉エリカ

以上三名が彼に近づいたことに裏がないか、念のため確認しておきたいのだ。

「十中八九問題ないとは思いますが、万全を期したいので」

『かしこまりました。明日の夜には結果をご報告いたします』

「お願いします」

 

通話を終えた美沙斗は普段着に着替え、人を訪ねる為に部屋を後にした。

向かう先はとある寺、そこの主に会うのが目的である。

できることなら関わりたくない面倒な相手なのだが、この街で仕事を行う以上、挨拶くらいしておかないと厄介なことになるのは目に見えていたので、渋々ではあるがそう決断せざるをえなかった。

「失礼、どなたかいませんか?」

「はい、何かご用でしょうか?」

寺の門の前から呼び掛けると、ここの門下生とおぼしき人物がすぐに出迎えてくれた。

「九重先生にお会いしたい。『鴉』が来たと伝えてもらえばわかる筈です」

「かしこまりました、少々お待ちを」

彼の言葉に了解の意を表すために頷こうとした時、不意に美沙斗を違和感が襲う。

ここには彼女を含めて二人しかいない筈なのに、三人目の気配が感じらるような気がしたのだ。

感覚を研ぎ澄ます美沙斗、すると踵を返して主を呼びに行こうとした男の後ろに人がいることを認識することができた。

「お待ちを。どうやら呼びに行ってもらう必要はないみたいです」

「それはどういう……」

美沙斗が困惑している彼の後ろを指差すと、彼はその先を見て驚きとともに美沙斗の言葉を理解するに至った。

「やあ、お久しぶり」

そこに立っていたのはこの寺の主、九重八雲だった。

「来たことに気付かれていましたか、流石ですね。ただ、お弟子さんをからかうのはほどほどに」

「これも修行の一環さ。君、指摘される前に気付けるよう精進しなさい」

「は、はい」

師に己の未熟を指摘された弟子は冷や汗を流しながら恐縮して返答したが、彼を実力不足で責めるのは酷であろう。

九重八雲の本気の隠行を見破れる者など世界中を探してもそうはいないのだ、その事を知っている美沙斗は苦笑しながら彼らのやりとりを見守っていた。

「では鴉殿、話は奥でしよう。ついてきてくもらえるかい」

「わかりました」

 

「事情はわかった。不利益を被らない限りは不干渉の立場でいることを約束するよ」

詳細を伏せた説明で納得してもらえるか不安だったが、すんなり成功したことに美沙斗は胸をなで下ろした。

彼のお膝元であるこの街で活動するにあたって、万が一敵に回してしまっては仕事がやり辛いことこの上ない、それを回避できたことは上々の戦果である。

「しかし、くくっ」

不意に八雲が笑い出す。

「何か?」

「泣く子も黙る鴉殿が高校生のコスプレをしてお仕事とは。笑うのを堪えろと言われても無理というものさ」

「自覚はしてるので、言わないでいただけるとありがたい」

からかわれたのは依頼主に続いて二度目であるが、やはり恥ずかしく思う美沙斗。

「いやいやすまない。だが今の姿を見る限り、若い子に混じっても違和感はなさそうだね」

現在美沙斗が着ているのは普段着、と言っても彼女が通常着用しているものではなく、依頼主がが用意したいわゆるイマドキの高校生といった感じのものだ。

本人こそ似合わないのでバレるのではと思っているが、説明されない限り美沙斗が高校生ではないと気付く者はいないだろう、彼女の姿はそれほど自然に仕上がっていた。

「これは是非制服姿も見てみ……」

「先生?」

美沙斗が軽く微笑んだ刹那、八雲を刺すような殺気が襲う。

それは冗談に対する戯れの報復だと理解していてもなお、向けられた者が死を想起せざるを得ないほどの濃密なものであった。

「私にも羞恥心がありますので、ほどほどにして下さい」

「ははは、すまないすまない」

辛うじて乾いた笑みを浮かべた八雲は、今後彼女をからかい過ぎないように気を付けようと固く心に誓った。

 

翌日の昼休み、食堂へ行こうと思って教室を出た美沙斗は、友人たちと別れて一人で何処かへ向かう司波達也の姿を見かけた。

気になって後をつけてみると行き先は生徒会室で、彼は途中で合流した妹と共に中へと入っていった。

何の用事で訪ねたのかという疑問は浮かんだが、中の様子を調べるにはどうしても失敗のリスクが伴う。

どうするか迷ったものの、デメリットを考えてそこまでの危険を犯すべきではないと判断した美沙斗は、その場を離れて元の予定通り食堂へ行くことにした。

 

注文した食事を受け取った美沙斗は辺りを見渡して空いている席がないか探したが、かなり混雑していて見つけることはできなかった。

とはいえ出遅れてしまった時点でこの結果は予想できていたので、しばらく待てばいいと諦めかけたその時、

「ひょっとして座る場所が見つからないんですか?」

見覚えのある少女から声をかけられた。

彼女の名は柴田美月、司波達也が入学後に親しくなった人物のうちの一人である。

「君は確か……同じクラスの柴田さん」

実際はよく知っているもののクラスが同じというだけで言葉を交わしたこともないため、かろうじて覚えている程度を装うのが自然だと美沙斗は判断した。

「はい、柴田美月です。名前、知っていてくれたんですね」

「名字だけはなんとかクラス全員分覚えたものでね。それで私に何か用でも?」

「よかったらなんですけど、私たちと一緒に食べませんか?友達が四人用のテーブルで場所とりをしてくれてるんですけど、一人分空きがあるんです」

どうやら困っているのを見かねて助け船を出してくれたようだ。

予想外の誘いに一瞬躊躇した美沙斗だったが、せっかくの好意を無下にする理由もないので素直に甘えることにした。

「助かるけどいいのかい?親しい友人同士での楽しい一時に私なんかがお邪魔してしまって」

「邪魔だなんて私もあとの二人も思ったりしませんから、遠慮しないでください」

「それなら喜んでご相伴に預からせてもらうよ」

「では、席まで案内しますね」

そうして美月に連れられて行った先に居たのは、彼女と時を同じくして司波達也の友人となった西城レオンハルトと千葉エリカであった。

「遅かったわね、美月。あれ、その人は?」

「席が見つからなくて困ってたから誘ったんだけど、よかったよね?」

「ええ、構わないわ」

「西城君は?」

「もちろんいいとも」

「二人ともありがとう。遠慮なくご一緒させてもらうよ」

美月がエリカの隣に座ったので美沙斗は自然とレオの隣に座ることとなった。

「ん?あなたひょっとして同じクラスだったりする?」

「ああ。佐藤美沙斗だ、よろしく」

今回使っている偽名を美沙斗は名乗った。

「私は千葉エリカ、よろしくね」

「お前クラスメイトだって気付いてなかったのかよ……俺は西城レオンハルトだ。レオって呼んでくれ」

「よろしく、レオ」

「お、おう」

挨拶を交わす時にレオと目があったのだが、何故かすぐに反らされてしまったことを不思議がる美沙斗。

しかしエリカには理由がわかったらしく、レオの方を見ながらニヤニヤと笑っていた。

「あらあら」

「なんだよ、その気持ち悪い表情は」

「気にしないで、あんたが照れて顔を赤くしてるのが面白いなんてこれっぽっちもおもってないから」

「ちっ、相変わらず性格悪いな」

「もう、二人ともすぐ喧嘩しないで」

軽口を叩き合う二人と、苦笑しながら嗜める美月。

三人の間に良好な関係が築かれていることがはっきりと見てとれるやりとりだった。

「三人とも仲がいいんだね」

「ちょっと美沙斗、確かにあたしと美月は前からの付き合いで仲がいいけど、そこの男とはまったくこれっぽっちも親しくなった覚えないわよ」

「そうだぞ佐藤、柴田とはともかくコイツと仲がいいなんて言われたら気持ち悪くて食欲なくなるからやめてくれ」

「なによ」

「なんだよ」

「「ふんっ!」」

二人の言葉だけで判断するとまさに犬猿の仲といった感じなのだが、険悪さは感じられずにむしろ微笑ましいくらいだった。

それを見ていた美沙斗の頭の中に、ふと以前依頼主から教えてもらった言葉が思い浮かぶ。

「柴田さん、この二人はいわゆる『つんでれ』という奴なのかな?」

「はい、その通りです」

「「違うわ!」」

「やっぱり仲良いじゃない」

息ぴったりのところを見せた二人をからかいながら、その後も三人と楽しい時間を過ごした美沙斗だった。



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旧三話

通算UA1000&お気に入り10件達成。読んでいただいた方、そしてお気に入りにしていただいた皆様、ありがとうございます。


旧版三話 書き直し中です


美沙斗が帰宅してしばらくすると彼女の携帯情報端末に一通のメールが届いた。

送ってきたのは依頼主の執事、中身は頼んでいたデータである。

早速目を通すと各人の生年月日や家族構成といった基本的なものから、これまで親しくしていた友人たちのことなど様々な情報が書き連ねられていたが、どこにも不審な点は見当たらい。

すぐさま完全に信頼していいわけではないが、とりあえず親しくなった者たちと事を構えなくていいという事実に彼女は安堵した。

内容の確認を終えた美沙斗は昨日に引き続き依頼主の執事へと連絡をする。

『鴉殿、今日は如何なる用事で?』

「連日で申し訳ないが、またお願いしたいことが」

『何でしょう?』

「私が風紀委員に入れるように手を回してもらいたい」

今日の放課後のこと、美沙斗は昼休みに続いて司波達也を尾行していたのだが、その結果彼が風紀委員になったという情報を掴んだ。

今後のことを考えると同じ委員会に所属していた方が都合がいいと判断したものの、独力ではどうしようもないので助力を頼むために連絡をしたのだった。

『わかりました、なんとかしましょう』

「では、お願いします」

 

「人員の変更、ですか?」

渡辺摩利は突然の申し出に困惑していた。

登校してすぐに職員室に呼ばれたと思ったら、いきなり自分が長を務める風紀委員の教職員推薦枠を一人変更したいと言われたのだ。

理由を聞くと、なんでもその生徒は親が海外転勤することになり、それについていく為に転校することになったとか。

最初は急なことだったので驚いたがそういう事情なら仕方ないし、特に反対する理由もなかったので構わないと答えた。

だが、交代で入ってくる者の資料のある部分を見た彼女は眉をしかめる。

そこには所属クラスE組と書いてあった、つまり二科生ということだ。

教師曰く、生徒会推薦枠に二科生が入ったので、教職員推薦枠にも一名二科生を入れてはどうかという意見が出て、それが採用されたらしい。

摩利に異議はない、彼女が心配なのは周りの反応である。

達也が風紀委員に推薦された時も、生徒会の服部副会長が反対して一悶着あったのだ、おそらく今回もすんなりとはいかないだろう。

彼はその圧倒的な実力を見せつけることで雑音をかき消してみせた、この二科生にもそれ程の実力があれば問題はないのだが…… 

「風紀委員委員に入るだけの能力があるか、それを確認してから返答してもよろしいですか?」

摩利の導き出した答えは、自らその力を測ってみるというものだった。

その結果、十分な実力があれば周りの反対などどうにでもなる、足りなければ推薦をはねのければいい。

教師の了解を得た摩利は、すぐに試験を行う為の下準備にかかった。

 

「せっかくの昼休みにすまんね」

「いえ、むしろ先輩方に時間とらせて詫びなければならないのは私の方でしょう」

摩利が教師を通して伝えた時間に、美沙斗が演習室にやってきた。

「ますば簡単に自己紹介だけ。私は渡辺摩利、当校の風紀委員長だ」

「佐藤さん初めまして、私は生徒会長の七草真由美です」

「佐藤美沙斗です」

「来てもらった理由はわかるな?」

「風紀委員会に入る為の試験と聞いています」

「その通りだ。真由美にはこの試験の立会人として同席してもらった」

「内容は?」

「私と模擬戦をしてもらう。シンプルでいいだろう?」

「そうですね」

美沙斗の表情は変わらなかったが、内心はホッとしていた。

苦手分野である魔法の実力で合否を決めるということになった場合、正攻法では合格を勝ち取ることが難しいと予想されるからだ。

もちろんその場合の備えもしてあったが、できれば避けたかったというのが偽らざる本音である。

相手が仮にどのような強者であろうと戦闘ならば美沙斗の本分、状況は申し分ない。

「こちらは準備万端だ、そちらの用意ができ次第始めよう」

「私の準備も完了しています」

「……見たところCADを持っていないようだが?」

CADというのは魔法の発動を簡略化するデバイスである。

なければ魔法を使えないというものではないが、発動を飛躍的に高速化させる為使わない理由もない。

しかしどれだけ便利で有用であろうと、戦闘時に限れば美沙斗には必要なかった。

「魔法は使用しないので問題ありません」

「わかった、だが魔法を使ってくる相手を組伏せる実力があるかを確かめなければいけない以上、こちらは遠慮なく使わせてもらうぞ」

「もちろん構いません」

「ではさっそく始めよう。開始位置についてくれ」

言われた通り美沙斗が移動したを見て、摩利も位置に着いた

。その瞬間、

 

 

 

ニ ゲ ナ ケ レ バ

 

 

 

本能が鳴らす警鐘に従って背を向けそうになった体を、理性の力で無理矢理抑え込む。

しかし逃げないようにするだけで精一杯、どうしても相手の方を見ることができない。

怖いこわい恐いコワイ

「摩利?」

心配そうな友人の声が彼女にかろうじて正気を取り戻させた。

摩利ゆっくりと深い呼吸を一度してなんとか心を落ち着かせる。

「大丈夫だ。合図を頼む」

明らかに尋常でない様子の摩利が心配な真由美であったが、摩利の言葉を信じて自分の役割を果たすことにした。

「では……始め!」

合図と共に戦闘が開始した。

開始した、筈である。

「な、何が起きたの?」

しかし、真由美は二人の戦いという過程を見ることはできず、摩利が美沙斗に組伏せられているという結果のみを知ることしかできなかった。

 

「いやはや、とんでもないな」

差し出された美沙斗の手をとって立ち上がりながら摩利は呟いた。

「一体何が起きたの?」

目の前で起きたことを理解できない真由美が説明を求める。

「なに簡単なことさ。彼女は私に近づき、投げ、極めた、それだけだ。やられた本人ですらすぐに理解できない程の速さだから、見ていただけではかわからなくても仕方ないが」

昨日達也の超人的な速さを見て驚かされたれたばかりの二人だったが、今回受けた衝撃はそれ以上である。

「佐藤さん、本当に魔法は使ってないのよね?」

真由美には使っていれば感知できたという確信はあったが、余りにも現実離れしていたために確認せずにはいられなかった。

「はい」

「達也君と同じく純粋な体術ってことなのね」

「私も信じられないよ。だが起きたことは事実だし、何よりこの実力なら十分に職務を果たせると断言できる」

「では?」

「当然、合格だ。佐藤美沙斗、今この時をもって君を風紀委員の一員として迎え入れることを宣言する」

「ありがとうございます。精一杯働くことを誓います」

こうして美沙斗は無事風紀委員会に所属することとなったのだった。



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旧四話

初めて評価をいただきましたが、これ思っていたより嬉しいものですね。ありがとうございましたm(_ _)m


旧版四話 書き直し中です


美沙斗が演習室から教室へ戻ると、入り口で食堂から戻ってきたエリカたちと鉢合わせた。

「食堂に居なかったけど、今日は別の場所で食べてたの?」

「いや、風紀委員会に呼び出されてたんだ」

「なんか目をつけられるようなことでもやったのか?」

「そうじゃないよ、風紀委員会に所属することになったからその手続きみたいなものさ」

「佐藤さんも風紀委員になるんてすね」

「も、というと他にも誰かなるのかな?」

「ええ、昨日司波君も風紀委員になることになったんです」

「司波……それは同じクラスの司波達也君か?」

あくまでよく知らないという風を装う美沙斗。

「はい、そうです」

「しかし昨日達也からちょろっと仕事内容聞いたけど、二人ともよくそんな面倒くさい仕事を受けるな」

「司波君の事情はわからないが、私は将来警察関係の仕事を目指しているから、学園内限定とはいえ同じような仕事をしている風紀委員の仕事がしてみたかったんだ」

美沙斗は理由を聞かれた場合に備えて用意しておいた通りに答えた。

「警察か、真面目そうな美沙斗にはぴったりの仕事かもね」

「お、珍しく意見が合うな」

「私もそう思います」

「ありがとう……っと、もうこんな時間か。すまない、まだ食事をとっていないので食堂に行くよ」

「急がないと食べる時間なくなっちゃうもんね。いってらっしゃい」

三人と別れた美沙斗は早足で食堂へと向かった。

 

放課後、風紀委員会室での会議を終えた美沙斗は、初日なので最初だけ付き添うと言う摩利と共に校内の巡回を行っていた。

「さっきは森崎がすまなかったな」

摩利が言っているのは会議の時に同じ一年の森崎という生徒が美沙斗と達也に突っかかってきたことだろう。

一科生である彼にはニ科生である二人が風紀委員に任命されたのが面白くないようだった。

「いえ、気にしてません」

むしろ美沙斗には、他の委員が反対するそぶりを見せなかったことの方が意外だった。

二人を除いた全員が一科生である、二人の委員会入りを苦々しく思う者が多いと予想していただけに、ある意味拍子抜けな反応だ。

長である摩利の態度に無理矢理合わせているのか又は元々彼女に近しい考えのメンバーで固められているのか、どちらかわからなかったが、気にするほどのことでもないのですぐに思考の外に追いやった。

「それより何故私と一緒に来たのですか?」

会議の時に聞いた情報によると今日から一週間は各部活による激しい新入生獲得競争が行われ、それに伴うトラブルが多発する時期らしい。

取り締まりを行う風紀委員は猫の手も借りたいくらいの状態で、同じ一年の森崎と達也も含め他の委員たちは単独行動している。

そんな中で自分にだけ同行者がつくのは、何か理由があってのことではないかと容易に推測できた。

「やはり不自然だったかな。実は付き添いというのは口実で、君に聞きたいことがあるんだ」

「何でしょうか?」

「昨日の模擬戦で手も足も出ずにやられたから、あれはどういうカラクリだったのかを聞きたくてね」

「カラクリと言われましても……」

「すまん、言い方が悪かった。目に見えない程の速さをどうやって出すのか、その技術的なことを聞きたかったんだ。もちろん秘伝や奥義に属する部分であればおいそれと他人には話せないだろうから、できる範囲で構わない」

少なからず腕に自信があったのに手も足も出ずに敗れた、その事実は彼女のプライドを打ち砕いたことだろう。

それでもただ悔やむのではなく、敗戦を糧に強くなろうという前向きな気持ちが真剣な瞳からにじみ出ていた。

「走馬灯という現象について聞いたことがあると思います」

「死に直面した時に今までの人生を一気に見るというアレか?」

美沙斗は頷いた。

「あれは極限状態に追い込まれたことで一瞬の間に何十年もの記憶を思い出せる程に脳の処理能力が上がった結果である、という説があります。そこまでとはいかなくても、集中力が高まり周りの世界が止まって見えた、そんな経験をしたことはありませんか?」

「確かに戦っている相手の動きがおそろしくスローに見えたことはある」

「では想像してみて下さい。その状態が続き、自分だけが通常通り動けたらどうなると思いますか?」

「一方的な展開になるだろうな」

「つまり、昨日の勝負はそういうものだったということです」

「使っている者にとって相手の速度は何十分の一、相手が感じる使用者の速度は何十倍。勝負にならないわけだ」

納得、といった感じの摩利。

「君はそれを自在に使いこなせるのか?」

「はい」

この技術、名を『神速』というが、彼女が修めている御神流では、戦闘において圧倒的有利を生み出すこの技を自由に使いこなせて初めて一人前と言える。

「教えてくれて感謝する。だが奥義に属するような技術を話してもよかったのか?」

「今の内容に関しては私の流派特有のものではなく、あくまで一般的な理論の延長線上のものですから問題ありません」

「ちなみに好奇心から聞くが、修行すれば私にも使えるようになるかな?」

「結論から言えば可能でしょう。ただし、使えるようになるまでに何年かかるかはわかりませんが」

御神流を学ぶ者は物心ついた時には修行を始め、十年、二十年と研鑽を続けた末にこの境地へたどり着く。

美沙斗が摩利の年齢だった頃にはまだ完全には使えなかった

、一朝一夕で身に付くような技術ではないのだ。

「まずは『相手の動きがスローに見える』状態になる頻度を増やすように心がけて下さい。何度も経験することでその感覚を体がおぼえれば、ゆくゆくは自由に使えるようになるでしょう」

本来であればここまでの助言はしない、だが摩利の己を高めようとする真っ直ぐな想いは美沙斗の心を打ち、この言葉を引き出すに至った。

「厳しい一歩目だ。だが努力してみるよ。色々話してくれて参考になった、礼を言わせてくれ」

聞きたいことを聞けて満足したのだろう、二人はそこで別れて巡回を続けることになった。

 

摩利と別れた美沙斗が達也の居場所を探して歩き回っていると、その途中で風紀委員として見過ごせない場面と遭遇した。

「あの、やめて下さい」

「そう言わずにうちの部活に入ってよ」

「君みたいなマネージャーがいたらみんなのやる気も上がるんだ。この通り、お願い!」

美月が数人の生徒に囲まれて熱心な勧誘を受けているのを見つけたのだ。

彼女は確か入る部活が決まっていた筈、だが相手の強引さに押されて断りきれていない模様である。

助け船を出した方がよさそうだと判断し、美沙斗は美月と他の者の間に割って入った。

「柴田さん、大丈夫か?」

「は、はい」

不安そうな美月だったが、助けが来てくれたことで多少安堵したようだ。

「君たち、嫌がる者を強引に勧誘することは禁じられている。ただちにこの子を解放しなさい」

「なんだよお前、邪魔するんじゃねぇ!」

「待て、マズい。こいつ風紀委員の腕章つけてるぞ」

聞く耳持たずという感じの生徒たちであったが流石に風紀委員と事を構えたくないのだろう、強気な態度を改めて対話をしようという流れになりかけたのだが、

「ん?おい、こいつニ科生じゃないか」

二科生の紋章を見たとたん、元の状況に戻ってしまった。

「二科生の風紀委員がいるなんて聞いたことないんだけど」

「俺もだ。おい、俺たちを騙そうとしてるのか?」

「そんなことはない。私は正真正銘風紀委員だ」

「ニ科生の言うことなんか信じられるか!このまま邪魔するならただじゃおかねぇぞ」

脅すような言葉を口にしながら二人を囲む生徒たち。

その様子にすっかり怯えてしまった美月を安心させようと美沙斗は肩に手をおいて微笑みかけた。

「心配いらないよ」

「でも……」

「大丈夫だから」

恐怖で震えていた美月だったが、美沙斗の優しい言葉を聞いて幾分か落ち着きを取り戻すことができた。

「はい。佐藤さんを信じます」

「ありがとう。さて」

視線を美月から生徒たちへ戻す美沙斗、その顔からは先ほどまでの柔和な笑みはすっかり消えて無くなっていた。

「再度勧告する、彼女への勧誘をやめなさい。このまま去ってくれれば、上への報告は無しで終わりにすると約束しよう」

あくまで穏便に事を済ませようと試みるも、残念ながら相手にその気はなさそうだった。

「じゃあ、お前の言うことを聞かなかったら?」

「その時は仕方ない、実力行使させてもらう」

「ハハハ、二科生が、しかも一人で俺たちに勝てるとでも思ってるのか?調子にのるなよ!」

生徒たちは一斉に自分のCADに手を伸ばすが、何故か目的の物がない。

「探し物はこれか?」

美沙斗の手に自分達のCADが握られているのを見て驚愕する生徒たち。

「な、いつの間に!?」

「魔法を使おうとしたことには目をつぶる、もうこれ以上罪を重ねるな」

「くそっ!CADがなくたってこの人数で負けるかよ」 

不幸なことに彼らは摩利の様に敵との力量差を感じとることができず、退くという選択肢を選ぶことができなかった。

これ以上言葉を重ねても無駄だろう、そう判断した美沙斗は瞬時に頭を戦闘時のものへと切り替える。

敵の人数は四人、実力差を認識できない程度の相手に万が一でも遅れをとるようなことはないだろうが、あまり手間取るとCAD無しとはいえ魔法を使われる可能性がある、美月に被害が及ぶ可能性を潰すためには速やかな制圧が望ましい。

加えてできれば自衛の為の戦いだったという大義名分が欲しい、その為には相手から手を出させる必要がある。

どうやって攻撃を誘うか、その方法を考えていると生徒のうちの一人が先陣をきって殴りかかってきてた。

策をめぐらせるまでもなく問題は解決、これで心置きなく敵を無力化するだけだ。

まず敵の初撃を紙一重に見えるように避ける、すると相手が勝手に体勢を崩してくれたので、その隙に懐に入りんで鳩尾に一撃、それだけで蹲って動けなくなった。

続いてかかってくる相手は軽くいなし、先に後ろで魔法の詠唱を試みていた相手を処理する為に接近、あわてて距離をとろうとするのに先んじて足を刈り取って投げると、背中から落とされた相手は衝撃と痛みによって呼吸困難におちいった。

あの様子ではしばらく戦闘に復帰はできないだろう、そう判断した美沙斗が先ほど放置した者の方を振り向くと、投げた隙を狙って攻撃をしかけてきていたので、カウンター気味に鳩尾に膝を入れると一人目同様に行動不能となった。

残るは一人、最後の敵に向かおうと思ってそちらを見ると、

「こ、降参、降参する」

彼は恐怖を滲ませた表情で震えながら両手を上げ、戦闘の意思がないことを表していた。




2020/10/5 誤字修正


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