インフィニット・ストラトス DoubleCross (fragment)
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EP00
「……で、あれが話に聞いたご当人?」
双眼鏡を覗く少女が傍らに尋ね返す。艶やかな黒い長髪が腰までかかる姿は、大和撫子という言葉が似合う。彼女はとある少年を監視するため、道路脇に停めたバンから様子を窺っていた。
視線の先に映るのは、日本人の少年だ。自室にいながらも、やや落ち着かない風に部屋を歩き回ったり、窓の外を眺めたりしている。
耳にかかった髪を煩わしげに払いながら、助手席に座るパートナーにぼやく。
「オリムライチカ君。ISへの操縦適正を持った男性。世界中じゃ、我々は君を待っていたんだ!……なんて空気になってるのに、当の本人ときたら。」
「そんな気にはなれないんだよ。事実、学園に引っ張られるまで軽い軟禁状態だ。」
つれないパートナーは、齢十四、五ほどの少年だった。不機嫌そうな表情を隠そうともせず、切れ長の青い目が女性を睨む。
次第に激しくなる相棒の貧乏ゆすりに肩をすくめた女性は、再度双眼鏡を覗き込む。
相手がどういった人物なのか、イメージを固めてから行動する。こういった行為における彼らの習慣だ。大抵、その予想は大きく外れることはない。彼も彼女もそれなりの年月、経験を積んでいるのだ。観察眼は肥えているとは自負している。
なのに今、困惑している。
今回のケースはその観察眼を持ってしても法則性が見出せそうにもない相手なのだ。
「私もさあ、それなりにこの仕事やってきたつもりだけど。男のケースなんて初めてなんだよねぇ……。さぁて、どうしましょうかねぇ?」
「どうしたもこうしたも。今の俺らが出来るのはこうして観察することだけだ。元より、今日はそのために来たんだろうが」
「仰る通りで」
女性は彼に双眼鏡を投げ寄こす。お前も仕事しろ、ということだ。嘆息をつくと、女性と席を代わり、双眼鏡を覗く。
「そいやさキミ、潜入任務受けるそうじゃない。」
女性はしたり顔で、双眼鏡を覗く相棒に言った。
「ブルーデンスから聞いたよ~。来しなの飛行機の中で『学友になる奴が気になったんだろう』って漏らしてたからね、ちょちょいと問い詰めたら教えてくれたよ。ちょっと前に決まったそうじゃない。……私とキミの仲なのに、隠し事なんて哀れじゃない、主に私がさ」
じっと織斑一夏を観察しながらつっけんどんな返事が返ってくる。
「別に任務の一つや二つ、伏せてたっていいだろう。不貞腐れるお前が意味分からない。……それよりそっちはどうなんだ?例の家と接触できたのか?」
「思ってたよりすんなりイケた。更識もこっちに接触するつもりだったらしいし。でも、なんだか手玉に取られてるみたいでヤな感じだったなぁ、あの当主サマ」
聞こえてきた咳払いは少年が笑いを隠すためのものだったのだろう。
「でさ、そっちはどう?キミ専用のIS、出来たんでしょ?」
「耳が早いな。一昨日にな、技術部から送られてきたよ。面倒なモンの調整やらせんなクソガキって文句のオマケ付きでな。……こういう任務は俺よりもお前の方が得意だろうに」
「私だってそのつもりだったよー。……何かあったらすぐに連絡してね、相棒」
彼女の言葉に頷く。コネクションから専用装備、人員まで確保している。この任務はなんとしてでも成功させなければならない。
ただ一つ杞憂があるとすれば―――
「俺が学生、ねぇ……」
少年、萩村コウは嘆息混じりにそう呟いた。
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