戦の香気に誘われて (幻想のtidus)
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再始動/prologue
prologue


 

 

 

 

────金属同士が擦れ合う。

 意思と意思がぶつかり合い、お互いの持つ得物が火花を散らす。

 これは死合だ。それまでの経緯はほんの些細なモノで、他人からすれば鼻で笑われるようなくだらないモノでしかなくとも──彼にはそれだけの理由で十分だった。

 

 

 だって彼は────

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 東京のとある一角の廃病院。

 割れたガラス片が廊下に散乱し、病院の廊下は太陽の光を射し込んでいる。

 まだ昼だというのに不気味な雰囲気を醸し出す廃病院の廊下は、まるで黄泉の国と繋がっているかの様だ。

 

 元よりこの病院は度重なる医療ミスの発覚と巷を騒がす犯罪組織《解放軍(リベリオン)》の襲撃で閉鎖されたという経緯が存在する。死者も相当数存在しているのだから悪鬼や死霊の類が出ても可笑しくはないだろう。

 

 

 故に、そんな不気味な空間を悠々と二人の女性は、まさしく場違いなのだろう。

 

「ねえ、くーちゃん。こんな心霊スポットみたいな場所に何の用なのさぁ〜」

 

「停学中の生徒の家庭訪問だ」

 

 丈の合っていないダボダボの着物を着た童女の如き女性。

 煙草を咥えたスーツ姿の麗人。

 西京(さいきょう)寧音(ねね)新宮寺(しんぐうじ)黒乃(くろの)の両名。

 伐刀者(ブレイザー)ならば知らぬ者などいないであろう二人は、新宮寺が言うように停学中の生徒の家庭訪問に来ていた。

 

「それにしても、こんな廃病院に住んでる奴ってどんな奴なのさ?」

 

 西京は率直な疑問を口にする。

 此処は廃病院。生活できるかと問えば、できるやもしれないが、生活しようと思う精神が心底理解できない。

 その疑問に答えるべく、新宮寺は懐から携帯端末を取り出し、一人の生徒の情報を表示して西京に手渡した。

 その資料を一瞥した西京は、数秒としない間に一笑した。

 

「あは、うはははは! 連続で停学くらい続けて二年留年ってマジっすか!? こんな奴、初めてみるよ!」

 

「どうやら、前理事長と私がクビにした教員の何人かの共謀だったらしい」

 

 普通に考えて二年も──停学が理由で留年など普通はあり得ないのだが、資料に映る少年の所業は流石に擁護し切れないのも否めないのだ。

 

 学園敷地内での霊装を用いた戦闘行為。

 学園敷地外での能力の無許可使用。

 そして、決定的なのが生徒、教師を約百人を再起不能寸前に追い詰めてしまったことだろう。

 それにより、前理事長も破軍学園のイメージダウンを阻止すべく、少年は一ヶ月足らずで停学処分となったのだが……

 全く反省の色も見えず、かれこれ約二年間放置されているのが現状である。

 結論、両方とも非があるという答えに落ち着く。

 

 そうこうしている間に、二人は廃病院の三階まで来たが、此処で二人の警戒心は最大まで引き上げられる。

 

 それもそうだろう。三階は下の階とは別世界と疑うレベルで異質だった。

 所々が赤黒く変色した壁、鼻腔をくすぐる鉄の臭い、そして────

 

 

「《解放軍》か…………」

 

 新宮寺は紫煙を立ちのぼらせながら呟いた。

 廊下に転がる同じ装備をした兵士達がまばらに倒れ伏している光景は凄惨で、あまりに酷い。

 全員、死なない程度に四肢を折られ、戦意を失わされている。それも念入りに。

 何故、此処に解放軍がいるかなど、今は些細な事だ。

 

「はあ、先が思いやられるな………」

 

 これから先の事を考え、頭を抱えながら携帯を取り出し、警察への連絡を済ませる。

 そして、二人はこの惨状を引き起こしたであろう人物の跡を追うべく、廊下に残った痕跡を辿る内に、屋上への階段に辿り着いた。

 

 

 階段の一段、一段に生々しい血痕を刻みながら、痕跡は屋上へと続いている。

 

 意を決するまでもなく、二人は悠々と階段を昇る。

 臆する必要など微塵もない。

 それだけの実力を兼ね備えている。

 されど、その心情は様々で────

 

 

 ────一人は憂鬱だった。

 これから先、起こるであろう仕事の数々が目に浮かぶから。

 ────もう一人は楽しみで仕方なかった。

 見るからに面白そうな逸材に、興味が尽きないのだろう。

 

 そして、屋上の扉のドアノブを西京は手に取り、開け放った。

 駆け抜ける一陣の風が優しく頬を撫で、暖かい春の日差しが出迎える静寂の中、二人は見たのだ。

 

 ボサボサで、整えられていない黒の長髪。

 目つきが悪く、目の下の隈が一層凶悪にみせる風貌。

 180はある長身は程良く鍛えられている。

 資料で見た少年が、四肢を折られた男の顔面を掴んで立ち尽くしていた。

 すると、此方に気づいたのか、少年はゆっくり視線を向け────

 

 

 

 

 

 

 

 ────挨拶代わりと言わんばかりの一閃が西京の眼前に迫っていた。

 

「はあ………」

 

 新宮寺の呆れ果てた溜め息とほぼ同時に西京の手元に顕現した扇型の固有霊装(デバイス)で苦もなく弾き返す。

 

「へえ………」

 

 耳朶に響くは、狂気と狂騒に満ちた愉悦の声。ケタケタと笑いながら、再度振るわれる暴力。

 しかし、それが振るわれることはなかった。

 

「まったく………少しは話をさせてもらいたいもんだ。なあ、小僧」

 

「──────」

 

 新宮寺が、暴力を振るおうとした腕を掴み止めていたからに他ならない。

 少年が手にしていたのは野太刀状の固有霊装。刃こぼれしている刀身は斬ることよりも削ぐ、打つといった攻撃を目的とした形状をしている。

 

「また、懲りもせず学園外での能力の使用か? いい加減学習したらどうだ?」

 

「滝沢………黒乃に、西京寧音か」

 

「今は新宮寺だ」

 

 少年は、何とか腕を振り解こうと腕に力を込めるが、まったく新宮寺の腕を振り解けない。彼女のランクを考えれば、それは必然とも言えるだろう。

 

「はあ、まったく、こっちはお前の停学を解きに来たってのに。少しは自制を覚えろ、櫻井(さくらい)嶺二(れいじ)

 

 

「はあ? 何で、俺の名前を……いや、それにそんなことできるわけねえだろうが。あの理事長や他の教師どもが────」

 

「そいつらならクビにした」

 

 私が理事長に就任した時にな、と付け加える。

 新宮寺の言葉に開いた口が塞がらないという嶺二の肩に小さい手が置かれる。西京のだった。

 

「くーちゃんが言ってる事は全部事実。まあ、今日此処に来たのは────」

 

「教師らしく、生徒が卒業できるよう手助けに来たと思ってくれ」

 

「あぁ!? くーちゃん、ウチの台詞だったのにぃ〜」

 

「知らん」

 

 喧しく戯れる二人に呆気を取られる嶺二だ。

 だが、わからない事がある。

 

「おい、俺を破軍学園に戻すメリットがお前らにあると思えねぇんだが………」

 

 お世辞にも嶺二は素行が良いとは言えない。

 仮に戻したとしてもすぐに問題を起こす可能性さえある自身を再び学園に戻す理由など皆目見当もつかない。

 

「なに、単純な話さ。教師として生徒を卒業させてやりたいと思うのは当然のことだろう?」

 

 然も当然と言わんばかりの新宮寺。

 ならば答えは決まっている。

 この身は■■を望むもの。

 ただ衝動に任せて動くもの。

 

 

「俺は──────」

 



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Schlacht

 ──破軍学園・第一訓練場。

 この訓練場では“七星剣舞祭出場権”を巡る『選抜戦』の一日目が始まろうとしていた。

 

 さらに応援席は、それなりの賑わいを見せていた。

 観客達の大半は、これから戦うことになるであろう選手の偵察が主な目的だ。

 そう、勝負は既に始まっているのだ。

 

 

『さあ、ついに始まりました! 選抜戦初日の第一戦! ──去年の貪狼学園との交流試合で、安土山(あづちやま)道行(みちゆき)を相手に勝利を収めた期待の三年生、Cランク騎士、(すが)茂信(しげのぶ)選手!』

 

 

 放送部の少女の声が会場に響き、

 熱気が渦巻いていた会場の熱気は溢れようとしていた。

 それほどまでに、菅茂信という伐刀者(ブレイザー)は優秀だ。Cランクという破格の才と三年間の研鑽が、彼をここまで鍛え上げたのだ。

 そして、彼もまた七星の頂を目指す者。それに賭ける思いは誰にも負けないという自負は当然ある。

 

 

『相手をするのは──公式戦初参戦、約二年間の停学を経て、あの悪名高き男が帰ってきた!』

 

 

 放送部の少女が、菅の対戦相手の紹介に入った瞬間。菅を含めた、この会場にいる三年生の全員が顔を顰めた。

 

 

『《天香香背男(あめのかがせお)こと、一年、Aランク騎士、櫻井(さくらい)嶺二(れいじ)!』

 

『Aランク騎士!?』

 

『《紅蓮の皇女》以外にも居たんだ……』

 

『見物だね』

 

 

 Aランク騎士──このワードは観客達を驚愕させるのに十分だった。

 現在の魔法騎士制度において、破格にして最上のランク。正真正銘の化け物。

 

 

 そしてリングへとやって来た長身の男に視線が向けられる。

 好奇心、嫌悪感。()()()()()()()()と感じながら嶺二は入場を果たした。

 そして、菅茂信へと彼は視線を向ける。

 

 

(成る程……かなり鍛えてるな)

 

 

 見た瞬間、理解した。三年間の歳月をかけて辿り着いた努力と涙の象徴。

 おそらく、鍛錬は欠かさなかったのだろう。

 これなら十分楽し───……

 

 カン、と自分のすぐ真横で甲高い金属音が響く。

 其処にあったのは缶だった。飲みかけだったのか、中身が飛び散り嶺二の制服にかかっていた。

 

 

『どの面下げて戻ってきやがった!!』

 

『そうよ! この学園にあんたの居場所なんてないのよ!』

 

 

 応援席にいた三年生の大半が、リングへ向けて嶺二に向けて手当たり次第に物を投げまくる。

 紡がれるのは明確な拒絶。

 だが何故だろうか……拒絶している者達の眼に映るのは恐怖だった。

 だが、彼は拒絶の念に全く頓着せず、嗤い続ける。

 まるで、()()()()()()()()()()()という風に。

 

 

「……まるで変わってないんだな、二年前から」

 

 

 唐突に菅が口を開く。

 その眼には応援席の者達と同様の嫌悪が混じっている。

 

 

「変わる? 俺がか? なぜ?」

 

「……お前の所為でどれだけの奴が、心に傷を負ったと思ってるんだ!?

 忘れたとは言わせないぞ! 二年前、この訓練場でお前がした事は────」

 

「騎士にあるまじき行為、か?」

 

「────ッ!」

 

「ああ、全て陳腐だ。二年前のアレだろ?

 覚えてるさ。たかだか()()()()()()()()()()()にしただけの事だろ?」

 

 

 それのどこが悪い?

 奴らが弱かっただけだろう?

 この世は常に弱肉強食。負けた奴は悪で、勝者が善。敗者の意見など、聞くに能わず。

 されど────

 

 

「弱いって言いたいんだろ? 俺が、俺達が……それがAランクの余裕ってヤツかよ。だけどお前、節穴か? 他の奴らは兎も角、俺は違う」

 

 

 ────努力は決して裏切らない。

 その研鑽は自身の骨子(バックボーン)となり、確かな力として己を支えるのだ。

 その力こそ、天才を打倒するものなのだと──現に落第騎士と《紅蓮の皇女》の戦いが示したのだ。

 

「俺はお前を倒して、過去を清算し、七星の頂に立つ」

 

 魔力が溢れ、意思が猛る。

 学生騎士ならば、誰もが一度は目指す頂点へ駆け上がるための轍に変えるべく、菅は己の魂を燃え上がらせ、霊装を呼び出す。

 

「────《白雷刃(はくらいじん)》」

 

 稲光りと共に現出するは二振りの剣。

 その切っ先を嶺二へ向けて、不退転を誓う。

 しかし────

 

「それで?」

 

「は?」

 

「自身を偽る作業は終わったか?」

 

 この現状で、お前は何を言っている?

 菅は嶺二の言葉の意味がわからない。

 俺が、何を偽ったというのだ。疑問は絶えない、理解ができない。

 

「かつての雪辱を糧に俺を超えた? 七星の頂を目指す為に俺は強くなった? 成る程、高潔だな。反吐が出る」

 

 嶺二から吐き出されたのは侮蔑の言葉。

 さらに彼は続ける。

 

「そんなに高潔に振る舞いたいか? 自身を偽って、何になるんだ?

 どんなに綺麗な言葉を並べても、結局お前、俺が気に食わないんだろ?」

 

「そもそも、だ。お前の持つ双剣……それは何だ?

 答えは単純だ、暴力だ。本質はそんなものでしかねえ。だが、お前ら()はそこに虚飾を乗せるのが好きで好きで堪らない」

 

 例えば、大を救うために、小を切り捨てるとする。

 合理的な救済論かもしれないが、切り捨てられた者達はたまったものではないだろう。

 大に分類された者達は感謝するだろうが、小に分類された者達から上がるのは憎悪に満ちた言の葉。

 

 だから、切り捨てられた者達が発する非難(絶叫)から耳を塞ぐ為に、人は()()()()()()()()()()()()()()()()()……とばかりに自身の行いを正当化するのだ。

 こういう理由の元に俺は彼を殺した、などという風に。

 

 つまる所、菅や応援席の彼らがやっている事はそんなモノだと嶺二は語る。

 

 

「なぜ偽る? 殺したいなら殺したいと言えよ。

 気に食わないなら気に食わないと言えよ。

 異なる他者への排撃は人間()の根幹に刻まれた本能だ」

 

 例えば、それは戦乱の世で巻き起こった戦。

 例えば、それは現代でも起こるような些細な喧嘩。

 どちらも規模が異なるだけで、結局は他者を排撃するための行いに過ぎない。

 だからこそ────

 

「本能を偽るな、人間()であることを偽るな。無粋にもほどがある」

 

「───────」

 

 ────俺は本能のままに、お前を食らう(ころす)のだ。

 

「────撃滅せよ、《太白星(みょうじょう)》」

 

 彼の言の葉と共に手に顕現した無骨な野太刀。それを片手に構え、嶺二は不敵に嗤う。

 

「来いよ、菅茂信(人擬き)。お前相手なら一太刀で良いだろう?」

 

「───ッ、黙れェェェェッ!!!!」

 

 絶叫と共に菅は駆け出した。

 過去の雪辱と、現在の侮辱を振り切る為に、煌めく雷光を纏った二刀は吸い込まれる様に振るわれた。

 一太刀目は、首を横一文字に。

 二太刀目は、胴を袈裟斬りに。

 どちらも命中。

 魔力放出による威力の増大、研鑽を重ねた技のタイミング。どれも完璧だ。文句なしにそう言い切れるだろう。

 

 

 

 

 しかし────

 

 

 

「それが……お前が偽り続けた殺意の結果だ」

 

「なッ───!?」

 

 雷光を纏った二刀は嶺二を斬れずに止まっていた。それだけではなく、斬りつけた菅の手が裂けていた。

 斬りつけたのに、此方が傷を負う不条理。対して、目の前の嶺二は制服が斬れているだけで、傷一つ負っていない。

 

「お前の殺意(やいば)は錆びてんだ。余計なモンで自分を取り繕うからそうなるんだ」

 

 目の前で放心している人擬き。

 そんな四肢をもがれた獲物を前に、食らわない強者は存在しない。

 故に、嶺二は狙い澄ますかの様に霊装を上段で構え────

 

「ふっ────」

 

 ────振り下ろした。

 魔力で強化された膂力で振るれた剛剣は惰弱な防御を嘲笑うかの様に、菅の身体を霊装ごと両断した。

 

 それはあり得ない光景だ。

 《伐刀者》の使用する固有霊装は《伐刀者》の魂を具現化したモノだ。魔力で出来ているため、激しい戦闘でも基本的に破損することはない筈なのだ。

 

 しかし、菅の霊装は両断された。

 それはAランクという規格外の才能と常人のそれを遥かに上回る魔力による強化。

 この二つの要因が合わさった脳筋丸出しの力技に他ならない。

 

 そこに容赦は欠片もなく、あるのは殺意一色。

 地に一輪の赤い華が咲く。

 既に意識のない菅を一瞥し、

 

 

 

「なあ、おい。何で気絶してるんだ?」

 

 

 あり得ない事を口にしたのだ。

 《伐刀者》の魂を具現化した固有霊装はいわば魂そのもの。砕かれれば、精神面に多大な負荷を負うのは必定だ。

 菅が倒れ伏しているのも当然の帰結。なのに────

 

 

「何ですぐに意識を手放す? 意思を燃やして立ち上がれよ。

 霊装が砕けた? だから何だってんだ。お前、騎士である前に人間()だろ? 拳が、脚が、身体があるなら、まだやれるだろうが」

 

 ────彼は菅が立ち上がる事を望んでいる。しかし、いくら待っても菅は立ち上がらない。

 すると、深く溜息を吐いて、菅から応援席へと視線を移し、獰猛な笑みを浮かべて口を開く。

 

そこ(応援席)のお前ら……俺が気に食わないらしいな」

 

 ならば、やる事は一つだろう?

 嶺二の瞳に映るのは、獲物のみ。

 皆、建前(がわ)を剥げば、やれると知っているから────

 

「降りて来いよ。俺が好きなだけ相手をしてやるよ」

 

 応援席にいた、嶺二を嘲っていた三年達は恐怖した。

 アレは、何なのだろう。

 アレとやり合えば、自分達の基盤を砕かれる様な気がしてならなかった。だが、彼はそんな惨めな自分達にも『まだやれるだろう』と膝を折る事さえ許しはしないだろう。

 そのまま野太刀の切っ先を向け、彼は求める。

 

 

「さあ、闘争を──始めよう」

 

 

 血沸き、肉踊る……病み付きに成る程の闘争を、彼は求めている。

 

 

 

 

 

 

 



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Wunsch

 試合の後、応援席からリングに下りる者達は誰もいなかった。当然と言えば当然の帰結なのだ。

 彼らはAランク────最高ランクの騎士を、あの試合を見ていたのだ。

 相手を殺す事さえ厭わない男の戦いを。

 そんな彼らの事を、嶺二は酷く落ち込んでいた。

 

 

 新宮寺は言っていた。

 戻って来れば、求めたモノを────この胸の奥の渇きを潤せると。

 しかし、結果がこれだ。

 渇きは潤うどころか更に悪化している。

 

 

「随分と気落ちしてるねぇ。そんなに初戦がショボかったのかい?」

 

 

 背後から聞こえる鈴の音の如き声音。

 知った声だ。それも、ごく最近に知り合った────

 嶺二はその声の主へと視線を向ける。

 

 

「そこまで気落ちしてると、うちも慰めたくなっちゃうよ。どう? 今夜辺り夜の特別授業でも」

 

 

 其処には歩く公然猥褻女──西京寧音が居た。瞬く間に彼女は嶺二の懐まで潜り込み、身を寄せてきた。

 端から見れば、ただ近くに寄っただけだ。しかし、嶺二からすれば、彼女は()()()()したかの様に懐に潜り込んでいたのだ。

 着物の胸元をはだけさせ誘惑してくる童女。

 だが────

 

 

「──生憎、()()()()()()()()()()()()

 

 

 嶺二はそう言って彼女を片手で引っぺがす。

 すると西京はケラケラと笑いながら口を開く。

 

 

「うわ、流石のうちもそんな事言われると傷つくわぁ〜」

 

 

 確かに、西京寧音の持つ魅力は素晴らしいだろう。童女の如き可憐さは、ある種の美しさの極限と喩えても差し支えないだろう。

 だが、違うのだ。嶺二にとって今の西京は単なる餓鬼っぽい女という印象でしかなく、あくまで今は興味を引く相手という印象なのだ。

 あくまで今は────

 

 

「だが、今夜なら()()()くらいならしても良いぞ? そしたらガキっぽいアンタも、魅力的に見えるかもな」

 

「情熱的なデートをお好みかい? やんちゃだね〜」

 

 

 二人は笑みを浮かべているが、その笑みが意味する感情は全く別のモノだ。

 一人は目の前の童女に好奇心を抱き、

 一人は目の前の人間()を弄って遊びたいと思っている。

 だからこそ、彼は次の言葉を投げかける。

 

 

「要件はそれだけか?」

 

 

 黒い瞳が、西京の童顔を映す。

 嶺二は彼女が下らない事を言うのは知っている。だが、今までのは明らかに冗談の分類だ。ならば本題がある筈だ。

 そんな嶺二の心を見透かす様に西京は不適な笑みを浮かべる。

 

 

「なに、数日の間、ちょっとばかし付き合って欲しいのさ。うちも試合の実況してたんだけど、しょぼい試合ばっかでさぁ」

 

「拒否権は?」

 

「あると思ってんの?」

 

 

 有無を言わさず、制服の袖を引っ張り、西京は嶺二を連れ歩く。

 こうして見ると、彼女が本当に大人なのか疑わしくなる。なにせ見た目はほぼ子供なのだから。

 しかし、そんな事どうでも良いのだ。

 己は血沸き、肉踊ればそれで良いのだから。

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 

 ────炎が落ちる。

 全身を覆う甲冑ごと、遍く不浄に罰を下さんと妃竜の剣が振り下ろされる。

 たった一振り、常人のそれとは天と地ほど離れた一撃。Aランクたる彼女にとって、一つ一つの行動が必殺となり得るのだ。

 

 彼女こそ、歴代最高成績で入学した新入生(ルーキー)。もう一人のAランク騎士。

 《紅蓮の皇女》──ステラ・ヴァーミリオン。

 彼女が魅せた試合は、圧倒的という言葉一つで片付くだろう。

 それほど彼女は強いのだ。

 

「どうだい? お前さんの眼には彼女はどう映る?」

 

 お前は彼女を見て、何を抱いた?

 西京の言葉が鼓膜を揺らす。

 

 

「凄まじいな。《紅蓮の皇女》──常人の30倍の《総魔力量》と聞いてはいたが……それだけではないな。全方位に秀でた天才なのだろう」

 

 嶺二の言葉は的を射ている。

 彼女は正しく天才。その資質は異様のほど、万能だ。

 そして、彼女の戦闘スタイルは自身の持ち味を活かした力押しだ。

 持ち前の膂力と、生来の魔力にものを言わせた高機動、さながら暴力の嵐だ。

 飲み込まれれば只人では秒も保たないだろう。

 

「ああ……確かに新宮寺の言った事は正しい。これならば、満足できるやもしれん」

 

 お互いにAランク、確かに単純なステータスを見比べれば、己は彼女に劣る。

 だが、それだけで闘争に於ける勝敗は決まらない。如何に相手の喉笛を食いちぎり、屍を踏みつけるか────最後に立っていた者こそが勝者。そこに介在するのはどちらが強いか──ただ一つのみ。

 剣と剣、意思と意思、そのぶつかり合いの果てにこそ──……

 

 

「おーい、恍惚としてんじゃねえよ気色悪いな〜」

 

 不意に投げかけられた西京の言葉で我に返る嶺二。

 

「お前さん、やっぱり面白いよ」

 

 そんな嶺二の姿を肴に彼女は笑う。

 もし彼が、あの《紅蓮の皇女》を打ち倒した落第騎士を見ればどうなるだろうか────さっきみたいに面白い反応を見せるだろうか。それとも────

 

「これ、見たかい?」

 

 突如、西京は携帯端末を取り出し、とある一本の動画を再生した。

 それは《紅蓮の皇女》が破軍学園で行った模擬戦だった。

 だが────

 

「なんだ、この試合は?」

 

 理解不能、意味が分からない。

 大剣と刀の撃ち合い、火花を散らす。

 皇女の炎の一閃をいとも容易く受け流す男

 馬鹿馬鹿しい、あり得ない。あの暴力の嵐と対面し、試合を継続しているなど。

 皇女の相手を務める彼がBランクやCランクと言った天才ならば話は簡単だ。

 

 才気あふれる者ならば、やって然るべきだ。

 だが、彼は────

 一瞬だけ映った訓練場のモニターに記された彼のステータスは……

 

「Fランク……だと……!」

 

黒鉄(くろがね)一輝(いっき)……通称《落第騎士(ワーストワン)》。剣技を極めた修羅さ」

 

 大地を震撼させる妃竜の剣が何度も振るわれるが、いとも容易く受け流す彼が、Fランク?

 落第騎士?

 悪い冗談だ。あの実力は低く見積もっても並のCランクを凌駕して余りある。魔法騎士という存在の根底を揺るがしかねない存在を初めて目にした嶺二は────

 

 

「はは、はははは……」

 

 ────笑っていたのだ。心の底から。

 素晴らしい。これだ、これなのだ。こういう相手を求めていたのだ。彼の様な存在がまだいるのなら、これからの試合をもっと楽しめる。

 

 冴え渡る絶技、気合の咆哮、実に心地良い。これぞ戦。これぞ闘争。こうでなくてはならない。

 

「感謝しよう新宮寺。感謝しよう西京。

 この戦場を用意してくれたこと……俺の闘争は此処にあるのだ」

 

 故に、さあ……廻れ、廻れ、運命よ。

 俺をさらなる闘争へと導け。

 ────その果てに、勝利の凱歌を掲げよう。

 

 

 

 

 




今回は落第騎士、紅蓮の皇女。標的(ロックオン)回です。
戦闘はもう少し先になります。


アンケートを活動報告でしていますので、よろしければ見てください。


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Rache

 ──初めて彼を見たのは、血の滴る第一訓練場だった。

 

 

 

 

 本来、放課後の訓練場は皆が幻想形態での実戦形式の練習をする為に利用する。

 だが、そこには明確なルールはあまり存在せず、バトルロワイヤルという形式になる。

 

 

 かくいう彼女も鍛錬の為に友人と共に足を運んだのだ。だが、そこでの光景は入学して二日しか経っていない者でも()()なのだと感じられる。

 

 

 響く呪詛、断ち切られる絶叫、倒れ伏していく敗者。その全てがこの場は戦場なのだと、突きつけられた。

 赤く彩られた戦場の中心に立つは一人の《伐刀者()》。手に構えられた無骨な野太刀が照明の光に反射して、赤黒い怪しい光を放つ様はまるで妖刀、魔剣の類と見紛うほどだ。

 その醜悪な光景に引き込まれながらも、これは可笑しいと彼女はすぐさま我に返った。

 この事態は明らかに実像形態を用いた死合だ。

 

 

「シィ────ッ!!!!」

 

 

 そんな戦場で、一人の少年が、《伐刀者》が血の海で水音を響かせながら、獣に向かって日本刀型の固有霊装を構え、肉薄する。

 獣を断ち切らんと放たれた上段からの振り下ろしの一閃。

 流石に上級生。磨き抜かれた技の冴えは研鑽の跡が見て取れた。

 ──ああ、だが、

 

 

「ぐ、が……!」

 

 

 その研鑽は、ただの横薙ぎの一撃で、木っ端微塵に砕け散る。

 

 狙い澄ましたかの様な剣閃は、吸い込まれる様に少年の胴へと向かい、彼の肋骨を粉砕して外壁まで吹き飛ばした。

 もし、あの野太刀の刃が欠け、潰れていなければ少年の身体は真っ二つになっていたと思うとゾッとする。

 しかし、恐るべきはあり得たかもしれない結果ではなく、それを成し得る獣の性能だ。

 あの一撃。アレに積み上げた物は何一つない。あるのは力、ただの力のみ。

 

 

 だが────まだ終わらない。

 次瞬、銃弾が、矢が、魔法が戦場に飛び交い、獣の身体に雨霰と降り注ぐ。

 暴力には、それを上回る暴力で上回ると言わんばかりに、獣に襲い掛かる者達。

 この世で最も成功を収めた人間()優位性(アドバンテージ)を遺憾無く発揮する彼らの有様はまさに寄せては返す波濤の如し。

 

 

 衝撃、轟音の響く訓練場は砂埃に包まれる。

 これこそ正しく蹂躙、制圧と称するに遜色のない凄惨な闘争。強者が弱者を排他する世の縮図に他ならない。

 なればこそ、この場において彼は最も弱者か?

 

 

 

「ははは……あははははははははァァァァッ!!!!」

 

 

 

 いいや否。獣は哄笑を上げながら、霊装を片手に地を蹴り、颶風の如く疾駆する。

 その身体は全くの無傷。されど心底楽しんでいた。

 

「さあ、もっとだ! この程度じゃねえだろお前ら!

 人間()ならばまだ出来る! まだ足りない、もっと、もっとだ……俺に殺意(あい)を寄越せェェッ!!!!」

 

 向けられた悪意の数々を愛おしく受け止め、もっと寄越せと彼は叫ぶ。傲慢に、強欲に、自身の我欲に忠実に突き進む様はまるで飢えた獣。

 具現するは真の無双。獣の爪牙に噛み砕かれ、引き裂かれる獲物。

 彼の我欲を満たすには、彼らでは力不足だったのだ。

 倒れ伏す敗者の中心で、彼は嗤う。

 戦う事を好み、勝利する事を望む。

 そんな破綻者はゆっくりと此方へと視線を向けた。

 

 殺意、殺意、殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意────!

 

 

 

 傍観者だった私にまで向けられた殺意の波濤。

 戦うのなら女子供、老若男女問わない獣を前に、私は────

 

 

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

「よぉ、《落第騎士》、《紅蓮の皇女》。会いたかったぜ」

 

 

 試合の観戦を終え、第四訓練場を後にしようとした時、知らない声が耳朶に響いた。

 振り返れば其処には黒く長い髪を靡かせ、柔和な笑みを浮かべる少年がいた。

 

「え、と……」

 

 赤髪の少女、《紅蓮の皇女》ことステラ・ヴァーミリオンは首を傾げた。

 彼女の記憶が正しければ、目の前の少年とは一度も会ったこともない。ならば目の前の彼が一方的に此方を知っているだけなのでは?

 いや、もしかしたら記憶違いの可能性?

 

 

「大丈夫だよステラ。彼と僕達は確かに初対面だ」

 

 

 それを見かねて《落第騎士》こと、黒鉄(くろがね)一輝(いっき)はステラの耳元で囁いた。

 しかし、その囁きが聞こえていたのか。

 

 

「ああ、すまねえな。まだ名乗ってなかった。俺は櫻井嶺二……二年間ダブってる留年生だよ」

 

 

「「二年間!?」」

 

「……………」

 

 

 黒鉄(くろがね)珠雫(しずく)とステラは素っ頓狂な声を上げ、有栖院(ありすいん)(なぎ)は無言を貫いた。

 

 二人の少女の驚愕も無理もないことだろう。彼女らの隣にいる一輝と同じ落第騎士が他にもいるとは思いもよらなかったのだ。

 

 

「ええ、知ってます。櫻井さんの試合は試合記録で拝見したので」

 

「おお、そうかい。そりゃ光栄だよ」

 

「此方もです」

 

 

 そんな二人の驚愕に他所に嶺二は笑み浮かべて一輝は握手を交わし、口を開く。

 

 

「《落第騎士》、俺もお前の試合を全て観たよ。特に《狩人》桐原静矢、《速度中毒》兎丸恋々、絢辻綾瀬との戦いは実に見事だった。感服したよ。才能差を覆す武技の数々、技の冴え、練度、そして勝利への渇望……凄まじいまでの深度だと感じたよ。

 

 

 それに《紅蓮の皇女》、お前の試合も素晴らしかった。

 他者を踏み砕き、なお前進し続ける姿勢に俺は尊敬の念を禁じ得ん」

 

 

 惜しみない本気の賞賛を口にする嶺二。

 其処にあるのは純粋な賛美だった。

 片や、零から究極の一へ前進し続ける修羅。

 片や、未だ歩みを止めぬ無類の天才。

 どちらも輝かしく、とても素晴らしいと思うが故に、彼の賞賛に噓偽りなど存在しない。

 

 

「あの、櫻井さん、一つ良いですか?」

 

「ん、なんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

 

 

 

 そう、あの()()には噓偽りはない。

 

 一輝の言葉を皮切りに、嶺二の柔和な笑みが消え、口元が三日月の如く裂ける。

 今までの穏やかな雰囲気は露と散り、狂気と狂騒が溢れ出る。

 流れる様に、嶺二の固有霊装《太白星》が《実像形態》で顕現。そのまま左腕を振り抜く様に一閃が放たれた。

 その無骨な剣の軌跡は、ステラと一輝の首を一息で刈り取るが如く迫る。さながら死神の鎌の様に。

 

 あまりに唐突な出来事。これには流石のステラや珠雫、アリスも間に合わない。

 

 しかし、彼は違う。

 一輝は地面を蹴り、後退(バックステップ)しながら、ステラの制服の襟元を掴み、力の限り引っ張り、これを回避。

 

 だが、嶺二はまだ止まらない。

 初撃を躱されるや否や、初撃の勢いを利用し回転。先と変わらぬ軌道で二撃目が放たれる。

 回転の勢いと嶺二の膂力が合わさり、初撃を上回る威力で放たれた一撃を前に一輝は────………

 

 

「ほう………」

 

 《幻想形態》で顕現させた《陰鉄》の柄で、先の絢辻綾瀬との戦いで披露した様に受け止めていた。

 これには嶺二も感嘆の声が漏れる。

 初撃から二撃目が防がれるまで、数秒も経っていない。よほどの達人でなくば防ぐ事など敵わない奇襲を前に、一輝は防ぎきったのだ。

 

 ああ、やはり………

 

 

「やはり、お前は最高だ! 期待して良かったッ!!

 故に聞きたい。お前はどうして俺が偽っていると気がついた?」

 

 

「貴方の筋肉が、一挙一動が、緊張していた。まるで何かを抑え込む様に」

 

 そう、嶺二はずっと我慢していたのだ。

 《落第騎士》を、《紅蓮の皇女》を前にして、彼が滾らないなんて事はあり得ない。

 

 

「まさか、そこまで微細な所まで見抜いていたのかッ!

 はははははははは!! これは良い、実に良い!」

 

 

 黒鉄一輝────彼の誇るもう一つの武器。

 それは照魔鏡が如き慧眼だ。《完全掌握(パーフェクトヴィジョン)》と謳われた彼の慧眼は相手の理を見抜く。

 たとえ会って数分と経たない間でも、彼の眼は嶺二の本性を、筋肉の収縮を不完全であったが、見抜いたのだ。

 

 

 だから、そう、それが何というか魅力的で────

 

 

 ()()()()()のだ。

 

「くはは、はははははははは」

 

「………ッ!」

 

 徐々に一輝の防御が崩れていく。

 《太白星》の刀身が防御を打ち破らんと《陰鉄》を押し戻す。

 漸く事態に気がついたのか、周囲で悲鳴が上がる。

 

 このまま続ければ一輝達は正当防衛で方が付くが、嶺二は処罰を免れないだろう。

 だが、そんなもの、最早どうでも良いと嶺二は嗤う。目の前に特上の餌を前にして、猛る我欲を抑える術など彼は持ち合わせていない。

 

 目の前の修羅(人間)を認めた上で、その矜持を、意思を、全てを踏破し、真っ向から否定する事。これこそ闘争だと吼える。

 彼がいつか語った事だ。

 闘争とは、異なる他者を排撃する行為だ。

 俺はお前と違う。

 私は貴方が気に食わない。

 

 

 愛の為に戦う? 夢の為に戦う?

 理解はしよう。それを踏まえて否定する。

 結局のところ、不満があるから戦うのだろう?

 愛の前に立ち塞がる障害が邪魔。

 夢への道を阻む何某かをどうにかしたい。

 人の戦う理由など、言葉にすれば無限に等しい数あれど、その大元を辿ればたった一つの解答(他者の否定)に辿り着く。

 

 ならば、彼は何を否定するのか。

 

 それは────……

 

 

 

「さあ、来いよ《落第騎士》。お前もそんな清廉な(醜い)騎士道(たてまえ)を引き千切れ!

 そうすれば、俺達の闘争は色鮮やかに輝く筈だ!」

 

 

 ────理性で人間()の本能を偽る、哀れな人擬きへの弾劾に他ならない。

 

 

 我らの本来の居場所は赤く彩られた緋色の戦場だけなのだ。俺はお前らはやれば出来る奴らだと信頼している。

 ならばこそ、俺という存在を否定しろ。

 

 

 奈落の底の様な瞳はそう告げている。

 だからこそ、四人は思うのだ。

 

 

 ──この男は駄目だ、と。

 

 

 あまりにも場違いで、あまりにも時代錯誤。

 彼の思想は、現代では全く必要のないものだ。

 剥き出しの本能とやらで動く人間が何人も居れば、それこそ阿鼻叫喚。修羅の生きる世界は只人にとっては生き地獄でしかない。

 そんな駄馬でも気付く理屈なのに────

 

 

 

「オラァァアッ──!!!!」

 

 

 ────彼は全く理解を示さない。

 知らん、そんなものなど要らないと言わんばかりに振るわれる銀閃は一つ、二つ、四つ、八つと鼠算式に増え続け、暴力の嵐を具現していた。

 猪突猛進。前へ前へ……止まる事を知らない暴走列車は駆動し続ける。

 

 

「くっ……!」

 

 

 だが、それでも一輝は沈まない。

 時に、振るわれた《太白星》の刀身を《陰鉄》で滑らせる様に受け。

 時に、最小限の動きで太刀筋をいなす。

 あらゆる暴力を受け流し、一つ一つ捌いているのだ。

 それを為すのは彼の卓越した慧眼と洗練された武技。

 

 

「いいねいいねぇ、最高だ! こういう展開を待ってたんだよ俺は!」

 

 

 

 しかし、それさえも彼を滾らせる結果にしかならない。

 ああ、良い眼だ、良い腕だ。叩き潰す甲斐がある。

 ならば────

 

 

 

使()()()?」

 

 

 《伐刀者》が使用する《伐刀絶技(ノウブルアーツ)》。それを開帳するか、彼は思案する。

 破軍学園に足を踏み入れてから一度も使わなかった必殺、必滅を確定させる剣。

 されど、此方が受ける反動はどれ程か?

 無傷?

 それとも致命傷?

 はたまた再起不能?

 精神の高揚も相まって、彼の決断は早かった。

 

 

「やれば出来るさ何事もぉッ!」

 

 

 そうとも。手傷を負おうとも、その時はその時だ。今はこの我欲を優先させる。故に《太白星》の刀身に爪を立て……

 

 

「そこまでだ」

 

 

 瞬間、両腕から鮮血が舞った。

 何の前触れもなく、嶺二の腕に穴が開く。

 

 

「─────ッ!?」

 

 

 一輝は、嶺二は知っている。

 この所業が出来る女を一人、知っている。

 

 

 振り返れば其処には、硝煙を纏い、銃口を嶺二に向けている新宮寺黒乃が居た。

 彼女の足元に散らばる無数の薬莢が、何が起こったのかを如実に伝えていた。

 

 

「やり過ぎだ馬鹿。また留年になりたいのか?」

 

「極上の獲物を前に止まれと言うのか? それこそ無理な相談だ」

 

「ああ、そうだな。お前はその我慢が出来ない奴だと改めて認識させられたよ、まったく……」

 

 

 頭を掻き、嘆息する新宮寺。

 嶺二がそういう人種だと知った上で、彼女は口を開く。

 

 

「だが、今のお前には代わりが出来ただろう?」

 

「何?」

 

 

 代わり──その言葉と共に黒乃は嶺二の懐にある生徒手帳を開く様に促す。

 促され、片手で生徒手帳を開き、届いた文書を一瞥し、

 

 

「……此奴が《落第騎士》の代わりか? 《紅蓮の皇女》の代わりだと?

 巫山戯るな、巫山戯るなよ新宮寺。この女では唆らん。あの時、()()()()()()()()()()()()()()此奴では……!」

 

 侮蔑の言葉を吐いた。

 物足りない、詰まらない、興が乗らない。

 実力がどうこうではない。女だからではない。

 全てはあの日、あの時、彼女が彼を前にして躊躇してしまったが故の失望。

 これが嶺二の彼女への印象となっている。

 

 

 全く聞く耳を持たない嶺二に頭を抱えながら、()()()()()()()()()()()()と内心、安堵していた。

 アレと自身ならば、目の前の問題児を難なく抑えられるだろうから。

 

 

 

「────悪いね、嶺二ちゃん。ウチもこれでも先生だからさ」

 

 

 そして耳朶を打つ、声音と共に嶺二の身体を縛るが如く、身体へ襲い掛かる倦怠感。

 常人ならば、強制的に地面にめり込んでいたであろう超重力の網。

 それを気力と胆力のみで耐えながら、嶺二は声の主に視線を向けた。

 

 

「西京……!」

 

「偶には仕事しないとね」

 

「偶に、ではなく、毎回仕事をこなしてもらいたいんだがな……」

 

 

 西京寧音。彼女は軽い足取りで嶺二の近づき、やんちゃだね、などと口にしながら、重力を操作し嶺二を運び出す。

 その様は、事情を知らない者からしたらシュールだ。

 だが、西京達は至って真面目だ。

 こうせねばならない程、櫻井嶺二という少年は止まってくれない。

 今でさえ、全身に魔力を回し、超重力に抗おうとしている。

 

 

「ッ、《落第騎士》、《紅蓮の皇女》! 俺は必ずお前達を喰らいに行く!

 その時を必ず待っていろ! 今この時にでも行くからなァァッ!」

 

 放たれる、破綻した狂気の咆哮。

 自らに降りかかる重力の暴威の中、獣は一人、彼らと死合う(否定する)為に彼は最後の最後までもがき続けた。

 

 その光景を前に、四人は絶句し、彼の姿が見えなくなるまで、見ている事しか出来なかった。

 彼が去った後には、生々しい血痕が一滴、一滴と彼の行き先を指し示していた。

 

 

 

 しかし、何故か────途中で何事もなく、彼の血痕は消え失せていたのを一輝だけが気づいた。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 

 獣を前にして、私は動く事が出来なかった。

 恐怖していたからではない。

 心の底から戦ってみたかった。自分がAランクを誇る騎士に何処まで戦えるのか試してみたかった。

 しかし、いざ彼を前にした時、何故か足は少しも動いてくれなかった。

 彼と戦えば、自分の信念、戦う理由。それらを全てを崩される。そんな予感がしてならなかった。

 

 好奇心と躊躇が胸中を渦巻き、足の神経伝達を阻害され、全く動けないのだ。

 

 その様子を一瞥した彼は、酷く落胆した表情を浮かべて踵を返す。

 あの眼には明確な侮蔑、身を焦がす赫怒の念が込められていた。

 

 

 それが、とても悔しかった。

 戦って負けるならば良い。己が未熟と受け入れて、それが次へと繋ぐ糧とするのだから。

 

 だが、初めから戦場へ上がっていない者には弁明のしようがなかった。

 されど────

 

 

 

「やっと、この時が来たんですね……」

 

 

 

 手にした生徒手帳に届いた文面は、まさに天命と錯覚するほど待ち望んでいた。

 同じ三年である菅 茂信達とは別の意味で屈辱を味わった彼女は、この結果に歓喜する。

 そうとも、このチャンスを無為にする事などあってはならない。

 

 

東堂(とうどう)刀華(とうか)様の選抜戦第十二試合の相手は一年二組、櫻井嶺二さんに決定しました』

 

 

 この報告を前にして、猛らない筈もない。

 紫電が奔り、戦意が湧き上がる。

 もう迷いは断った。不退転の覚悟はできている。

 この《雷切》が、あの時の悔恨ごと両断し、櫻井嶺二を打倒する。

 

 

 

「勝つのは私だ……!」

 

 




余談








泡沫「ねえ、刀華。意気込むのは良いけどさ。またエアコン壊したね」

刀華「あ……」









皆さん、お久しぶりでございます。幻想のtidusでございます!
アンケートに答えてくださった皆様、大変ありがとうございます!

これからも頑張りますので、感想、意見お待ちしております!


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Eröffnung

 

 ────地獄を見た。

 

 

 父恋し、母恋しと泣き喚きながら赤い炎に身を焦がされる幼子を見た。

 

 

 ────地獄を見た。

 

 

 目の前にある害意を退ける事が出来ず、志半ばで死にゆく騎士の亡骸が積み上がる。

 

 

 ────凄惨なまでの地獄を見た。

 

 

 世界が赤く燃え、黒に染め上げられていく。

 この場に慈悲や慈愛といった概念は存在せず、死だけが満ちていた。

 否、否と吼え、この結末を否定する騎士達。

 それを迎え撃つ巨悪。

 

 フィクションの中にある様な王道の様なシチュエーション。

 これから、始まるのだろう?

 正義と悪の大戦争が。

 勧善懲悪が具現するのであろう?

 

 ならば、この場は地獄の巷か?

 否、そんな生易しいモノではない。

 これこそ、この世界の真の姿で、人間という獣の業である。

 その凄惨な戦場が────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──どうしようもなく、愛おしいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ──世界が暗転する──

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

『一年・櫻井嶺二さん。試合の時間になりましたので入場してください』

 

 鼓膜に響くアナウンスに、嶺二は閉じていた目蓋をゆっくりと開いた。

 薄暗い通路に設置されているベンチから起き上がり、ゆっくりと身体を伸ばす。

 

 それにしても、先程の夢は心地良かった。

 出来ることなら、あんな場面に自分もいたいものだと考えながら、嶺二は会場へと向かう為に立ち上がる。

 

「やっと、起きたか。試合前に寝てて良かったのかい?」

 

「俺の好きだろ。お前が実況の仕事をサボるのと同じだ」

 

「今は嶺二ちゃんの監視(お守り)が仕事だからサボりじゃないんですー。それに、この仕事だって本当はやりたくないんだけどね」

 

 嶺二はすぐ横で壁に背を預けている西京と軽口を叩きながら、会場へと足早に歩を進める。

 この場に西京が居る理由。

 それは先日の嶺二が起こした騒動が原因だ。

 学園内での固有霊装の使用だけでなく、《実像形態》を用いた試合外での戦闘行為。

 本来ならば、常習犯である嶺二にはそれ相応の処罰が与えられる筈だった。

 

 

 だが、理事長である新宮寺が下したのは嶺二に監視役を付けるという判断であった。

 軽すぎる、あまりにも。だが、監視役が西京であるならば話は違う。

 彼女ならば、被害は最小限に留め、尚且つ嶺二を抑え込めのに適任なのだ。

 

 

 西京もそれを理解していたのか、文句を口にしながらではあるが、サボらずにこうして仕事をこなしている。

 

 

「それにしても余裕そうだねぇ。相手はこの学園最強のトーカ。

 油断してると嶺二ちゃんでも足元すくわれちゃうよ?」

 

 

 そう、彼の相手は学園内序列一位にして前年度の七星剣舞祭ベスト4の実力者。

 それに東堂刀華は、《闘神》南郷寅次郎の門下生の一人。

 気を抜けば、一太刀も与える事なく勝負が決してしまう。

 

 だが────

 

 

「どうだかな。普段ならば戦場に立つ事を恐れた奴に負ける事などない」

 

 

 嶺二ははっきりと西京の言葉を否定した。

 最初から戦う事に迷っている者になど負ける道理はないと。

 

「でもそれは普段なら、だろ?

 ほら、下剋上とか窮鼠猫を噛むって言うじゃねぇかよ」

 

 古今、弱者が強者に勝つなど、人類史には幾度となく行われてきている。

 革命、転換、淘汰。追い込まれた者達は何をしでかすか分からないのが世の常だ。

 

 

「それはそれで歓迎しよう」

 

 

 そう、期待は薄いが東堂刀華が食らいついてくるのなら、嶺二としても望ましい。

 まあ、どちらにせよ彼女が、この学園の生徒達が信じる騎士道とやらを真っ向から踏み躙るだから最初からやる事は変わらない。

 

 

「そうかい……忠告はしたかんね」

 

 

 西京はそう言って踵を返す。

 嶺二には彼女の言葉の真意がわからない。

 そのまま、彼は戦場へと足を踏み入れる。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

「いよいよだね、刀華」

 

 嶺二が眠りから覚めた時、青ゲートへの通路に東堂刀華と御祓泡沫の両名は居た。

 これから始まるのは破軍学園の頂点と獣の戦いだ。

 皆がどちらが勝つのかと語り合っている中、御祓泡沫は迷いなく、勝つのは刀華だと信じている。

 

 何故なら、泡沫は彼女の強さの源泉を知っているから。

 自分の為でなく、第三者の為に比類無き力を発揮するという高潔な魂の在り方している少女。

 

 

 確かに、櫻井嶺二は強いのだろう。

 それこそ、刀華に手を下せる程に。

 だが、それが何だと言うのだ?

 善意無き力を振るう獣如きに彼女が負ける道理は無い。背負っている物が、重さが違うのだ。

 

 だから、こうしていつも通り、彼女を送り出そうとゲート付近まで来たのだが……

 

 

(何だ、この違和感……)

 

 

 胸中に渦巻く不協和音。

 何かが噛み合っていない。

 この違和感は何から来ているのだろう。

 対戦相手が普通の相手ではないからなのか……その違和感の答えを持ち得ない泡沫は刀華がいつも通り戦える様に、彼は笑って送り出す。

 

 なのに────

 

 

「──往ってくるね、うたくん」

 

 

 何故、刀華は申し訳なさそうな顔をするの?

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

『さあ、本日の第十二試合。皆さんも心待ちにしていたことでしょう!

 十一戦十一勝無敗。破軍学園の誇り!

 燦然と輝く一番星!

 栄光の道を歩み続ける少女の覇道を阻むこと能わず!

 三年《雷切》東堂刀華選手!!』

 

 実況する少女の声が上がり、歓声が上がる。

 拍手喝采が巻き起こる会場を威風堂々と歩く姿は皆が目指すべき理想の騎士像。

 

 彼女こそ破軍最強の騎士。学園内序列一位。

 そんな彼女が見つめるのは、正面の男ただ一人。

 

 

『そんな彼女の相手も十一勝無敗!

 翳る事を知らない死の凶星!

 森羅万象あらゆるものを、木っ端微塵に粉砕する獣!

 一年《天香香背男》櫻井嶺二選手!!』

 

 

 こちらは正に対象的だ。

 拍手喝采は、すぐさまにブーイングに変わり、嫌悪が撒き散らされる。

 勿論、嶺二は愛おしいと感じるだけで、動じることはない。

 そんな異質な試合を観戦する為に、黒鉄一輝達は足を運んでいた。

 

 

「ねぇ、イッキ。この試合、どちらが勝つと思う?」

 

 唐突に、ステラは一輝に問いかける。

 それは難しい質問だった。

 大半の者は東堂刀華だと答えるだろう。

 それは願い、懇願だ。

 私達の希望が、あんな下劣な獣に負ける筈がないという願い。

 

「僕自身、まだ分からない。ただ、どちらが勝っても可笑しくないよ」

 

 確かに、東堂刀華は強い。誇張でも何でもなく、純然たる強さが其処にある。

 《伐刀者》として完成された彼女が携える伝家の宝刀──《雷切》。

 彼女が誇る最強の一閃。

 

 

 それを加味しても分からないのだ。

 それほどまでに櫻井嶺二という《伐刀者》は謎が多い。

 今までの試合は全て一太刀で勝利しており、戦闘スタイルは不明、尚且つ能力も使用していない。

 分かるのはただ一つ。どの試合も彼には一切攻撃が届いていないのだ。

 いや、通じていないと言った方が良いだろう。

 

 故に────

 

 

「この試合は、東堂さんが誇る最強が、櫻井さんの盾を打ち破れるかどうかで決まると思う」

 

 

 そう口にして、彼らの視線は会場へと注がれ、試合開始のブザーが鳴った瞬間────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ──東堂刀華の一閃で、櫻井嶺二は会場の壁まで吹き飛ばされていた。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 試合開始のブザーが鳴る。

 嶺二は彼女の姿を視界に入れ、《太白星》を構える。

 一太刀、いつも通り一太刀で決めて、早く《落第騎士》の元へ。

 目の前の刀華など目もくれず、彼は力を込め、魔力を廻す。

 

 刀華の足の筋肉に力が込もるのを視認した彼は待つ。間合いに入った瞬間に切り落とす。

 だが────

 

 

 

「は?」

 

 

 すでに刀華は彼の間合いに踏み込んでいた。

 まるでコマ送りにしたかの様に、彼女は苦もなく獣の領域に踏み込んだ。

 すかさず振るわれる剛剣。されど遅いと刀華は嘲笑う様に、納刀された《鳴神》を居合抜きの要領で、柄を用いて剛剣の軌道を上方へと逸らし、納刀。

 

 さらに一歩、踏み込み、そして────

 

 

「──《雷切》」

 

 

 轟く雷鳴と共に放たれる超電磁抜刀術。

 刀華の代名詞たる一撃が、嶺二の腹部に直撃する。

 凄烈な一閃を受け、嶺二は会場の壁まで転がる様に吹き飛ばされる。

 だが、刀華は止まらない。

 

 

「《雷鷗》」

 

 

 即座に《鳴神》を三度抜刀。三日月型の斬撃を撃ち放ち追い打ちをかける。

 轟音と稲光と共に嶺二の姿は砂煙の中に消える。

 この試合を観ていた者達は絶句するしかなかった。これは東堂刀華らしくない。

 普段なら、相手の出方を伺う筈なのに────

 

 

「嶺二くん……貴方、私のこと“戦場に上がらなかった腰抜け”と思ってますよね?」

 

 

 不意に刀華が口を開く。

 

「まったくその通りですよ。あの時の私は腰抜けだった。其処に弁明する余地はありません」

 

 

 まるで親友に話しかけるかの様な清澄な声音。

 されど、その根幹に在るのは殺意。

 目の前の男が何であるかを認め、尚且つそれを否定し踏み躙るという覚悟、人としての本能の発露だった。

 

 

「あの時から、私はずっと後悔してました。

 何故、躊躇したのか。何故、立ち向かわなかったのか────だからこそ、私は思ったんです。戦場から逃げ出した女がどうして七星の頂に至れると思い上がったのだろう、と。

 

 

 ならば、どうするか。決まっています。過去を清算するんですよ。貴方と決着をつけ、私は七星の頂に上り詰める……と言った所で、貴方はまた建前かと落胆しそうなので、はっきりと言わせてもらいます。

 

 

 ──私は貴方が気に食わない。私は騎士道を歩むが為に、()()()()()()()為に貴方という獣を打ち倒す」

 

 

 気に食わない。私の覇道の前に立ち塞がる、目の前の獣が許せない。だから有無を言わせず叩き切る。

 彼女の眼は、彼を真っ向から否定すると訴えている。

 

 

 

 

 

「ははは、はははははははははははは!!」

 

 

 

 突如として響く獣の笑い声。

 獣は砂煙の中から出てきた。

 制服は既にボロボロで、煤まみれだが、彼の身体には傷一つ付いていない。

 それは単純な魔力防御か、はたまた何らかの《伐刀絶技》か。

 だが、彼も人だ。ならば必ず殺せる。

 

「いやはや……俺も人を見る目がない。何だ……いるじゃねえかよ真の人間(けもの)がよ」

 

 

 それが意味しているのは賞賛であり謝罪。

 嶺二は完全に東堂刀華という少女を見誤っていた。

 元々彼女は自身よりも強い相手と相対した時に高揚する事が出来る生粋の騎士……いや、戦闘者なのだ。

 

 

 だが、そんな彼女が今回の試合────嶺二を()す為だけに彼女は騎士道も、背負ったモノ、建前を全て捨てたのだ。

 彼が信ずる本能に身を任せる事ができる人間に最も近い位置にいる少女。

 

 

 これを僥倖と言わず何というのだ!

 ああ、素晴らしい。喰らい甲斐があるぞ、砕け散れ。

 

 

「今のお前はとても素晴らしい。だが、当然この程度ではないのだろう?」

 

「勿論、勝つのは私です」

 

 自然と刀華の口角は吊り上っていく。

 刀華は今日初めて騎士道を捨てたのだ。

 この一回だけ、この一戦限り、彼女は騎士である事を捨てた。

 

 

 一歩、一歩、二人は距離を詰め、お互いの間合いに同時に踏み込み、視線が交錯する。

 これより先、殺意(やいば)が欠ければ死ぬぞと彼らの両眼は訴える。

 

 

 そして────

 

 

 

 

 雷鳴の轟く音と共に火蓋は切って落とされた。

 

 




支離滅裂になってそうで怖い(ガクブル)

感想、アドバイスお待ちしてます!


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Flamme

 剣戟の調べが響き、火花が散る。

 鋼と鋼が奏でる鋭い音色が戦場を彩る。

 心の底から二人は殺し合っている。

 嶺二が振るうは一撃で全てを刈り取る剛剣。受ければ敗北必至の一撃は不規則な軌道を描いて飛来する。

 上段からの斬撃が、下段からの打ち上げる様な一撃が、全ての剣閃が刀華を嘲笑うかの如く軌道を変える。

 

 

 だが────

 

 

「ふっ───」

 

 

 ──刀華は全ての剣閃をいなす。嶺二の剣の軌道を読み、斬り結ぶ。

 

 まるで《落第騎士》相手取っていると錯覚するほど、彼女の防御は的確かつ最善手。

 そもそも、皆が《落第騎士》の照魔鏡が如き観察眼にばかり注目されているが、眼に関しては東堂刀華も一家言持っている。

 

 《伐刀絶技》──《閃理眼(リバースサイト)》。

 人間とは生きた精密機械だ。彼女の眼は身体に流れる微細な伝達信号を感じ取れる。

 

 今の彼女は嶺二の一挙一動を手に取る様に理解しているのだ。

 

 下段からのかち上げ────

 

 

────わかっている。

 

 上段から袈裟斬り────

 

 

────わかっている。

 

 左からの横薙ぎ、と見せかけて刺突───

 

 

────わかっている。

 

 

 全て、全て手に取る様に分かる。

 徐々に、嶺二の連撃を刀華が追い抜いて、獣の身体に《鳴神》の刀身が当たり始める。

 互角、ではない。傷こそ与えてはいないが、確実に刀華が嶺二を圧しているのだ。

 触れれば斬る、視界に収めれば斬ると言わんばかりの鋭利な殺意を放ち続ける人間()

 そんな彼女は────

 

 

 

「───素晴らしい!」

 

「ぐッ────!」

 

 

 今まで出会った者達の中で、最も人間()らしい少女。

 こんな特上の獲物を前に、欲が溢れなければ人ではないぞと、彼は回転率を狂った様に上げ始めた。

 一が千へと上がるが如く、単純に剣を振るう速度を上げるだけ。

 確かに、彼女の瞳は俺の身体の動きを完璧に読み取るだろう。この眼を欺くのはほぼ不可能に近い。

 何故なら、身体を動かそうとする挙動させ感知されてしまうのだから。

 

 

 故に、彼が導き出した……いや、実行したのは単純な力押しだ。

 相手は俺の動きを先読みできる?

 だからどうした。なら、先読みしても間に合わない程に速度を上げれば良い。

 などという稚児でも容易に思いつく方法を本気で実践しているのだ。

 

 

 されど、それでも刀華は折れない。

 膂力、耐久力、総魔力量etc……嶺二と比べれば格段に劣るかもしれない。

 だが、彼女には卓越した武技がある。

 そして、ことクロスレンジに於いて東堂刀華の間合いは絶対領域。

 何より、この戦いは人間同士の戦いであると同時に《伐刀者》同士の戦いだ。

 

 

 突如、嶺二の視界が白く染まる。

 一瞬にして視覚情報は抹消され、眼球神経を焼き尽くされる。

 数瞬遅れて紫電が帯電する音が耳朶を打つ。

 

 

「ぬぅぅッ───!」

 

 

 紫電を利用した目眩し。

 彼自身への攻撃は効かないならば、初めから当てなければ良いのだ。

 結果、生まれたのは一秒にも満たない小さな隙。だが、彼女にはそれだけで十分。

 

 

「────《雷切》!!」

 

 

 電光一閃、再び放たれた伝家の宝刀。

 音速を遥かに超越した一刀は、彼の両眼目掛けて放たれる。

 

 

「ぐ、おぉッ……!」

 

 

 その一刀は、嶺二の頭をかち上げる。

 あまりの衝撃に体勢は崩れ、たたらを踏むが、彼は無傷。

 そして嶺二は生来の才能と、身体能力を反射的にフル稼働。すぐさま体勢を立て直す。

 

 そう、そうだ────もっと激しく俺を否定してみせろ!

 

 

「オオォォッ!!」

 

「ハァァ──!!」

 

 

 更に苛烈に、お互い高まり合う戦意と殺意。

 紛れもなく圧されているのは嶺二だ。

 だが、刀華の本能は警鐘を鳴らしていた。

 疾く目の前の獣を両断せよ、でなくば喉笛を噛みちぎられるぞと。

 実際、刀華はその原因を知っていた。

 目の前の獣は、()()()なのだから。

 彼は今までの試合の全てを、ただ全身に魔力を廻し、放出するという初歩中の初歩のみで戦っているのだ。

 

 故に、彼は未だ《伐刀絶技(つるぎ)》を抜いていないのだ。

 その抜刀を、許してはならない。

 

 

 

 そして────

 

 

 

「心地良い……ここまで心躍る戦は久しぶりだ」

 

 

 彼は地を蹴り、数十m距離を取る。

 その顔は恍惚に染まっていた。この時こそを望んで彼は破軍学園に戻って来たのだ。

 彼の望みは図らずも叶ったと言っても良い。

 しかし……

 

 

「まだだ、まだ足りない……!」

 

 

 彼の我欲に限りはない。

 目の前の美しく輝いている少女の本能を、その深淵に潜む獣性を更に望む。

 

 

 故に、彼は、四足獣の様に体勢を低くし、右手に《太白星》を構え、四肢に力を込め、三日月の如き笑み浮かべて、告げる。

 

 

「────往くぞ」

 

 

 未だ産まれたばかりの人間()よ。頼む、頼むから精魂果ててくれるなよ────!

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 

 

 凄絶なまでの死闘。

 目の前で行われている剣戟の嵐は正に全国レベル。

 《雷切》も《天香香背男》も、どちらも一歩も引かない戦い。

 弾き、砕き、やり返す。まるで子供の喧嘩だ。しかし、子供の喧嘩にしては些か以上に過剰で醜い。

 用いられる技術、力の度量があまりにも隔絶しているのに、何故かそこに驚愕する事が出来ない。

 

 

 だが、観客達にはそんな事、どうでも良かった。

 東堂刀華が櫻井嶺二に勝利する。それ以外の結末など認めたくない。故にこの状況に歓喜しているのだが……

 

 

「トーカ……なんで……!」

 

 

 そんな中、本来なら刀華の勝利を一番喜ぶべき、いや応援しているだろう泡沫はこの状況を素直に喜べないでいた。

 それは彼女の根幹を知っている彼だからこその苦悩。

 

 

 確かに、刀華は勝てるかもしれない。

 しかし、この勝利は泡沫も、ましてや刀華自身も喜ぶべきではないものだ。

 何故なら、今までの刀華の強さの根幹を否定するものだから……

 

 

 なぜ気が付けなかった?

 自分は長い間、刀華の近くに居たというのに、何故……!

 

 

 考えれば考えるほど、思えば思うほど溢れ出る悔恨の渦は止め処ない。

 だが、彼の苦悩は、まだ続く。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 

 泡沫が苦悩している中、別の席で試合を見ていたステラは驚嘆していた。

 アレが学園最強。アレが自分と同じAランク騎士。

 彼らは紛れもなく強者。

 本来ならば、強者との戦いに思いを馳せ、自分は彼らにも勝つと戦意が高めるのだが……

 

 

「観てて気味が悪いわね……!」

 

 

 胸に巣食っているのは不快感。

 二人の戦いは高度なのに、どうしても認められなかった。

 

 

「同感ですね。アレは騎士同士の戦いじゃない。まるで子供の喧嘩……いや、それ以下じゃないですか」

 

 

 それを見兼ねた珠雫は同感だと頷き、その不快感の原因を告げる。

 彼らがしているのは騎士同士の高尚な戦いでも、子供同士の喧嘩ですらない。

 お互いの魂を穢して、汚して、貶す。言うなれば喰らい合い。

 

 

 彼らは自身の死すら度外視して、ただ相手を叩きのめす事しか頭にない。あるがままに振舞っている。

 

 

「でもこの試合、《雷切》の勝ちじゃなかしら?

 彼、彼女の攻撃をもらい始めてるし」

 

 

「いや、違うよアリス。東堂さんと櫻井さんが剣で戦えば、()()()()()()()んだ」

 

 

「お兄様、それはどういう……」

 

 

 一輝は告げる。彼が見抜いた獣の理の片鱗を。

 

 

「櫻井さんの剣の理には一定の形が存在しないんだ」

 

「形が一定じゃない? どういう事なのイッキ」

 

「そのままの意味さ。彼の理には一貫性がなく、型はバラバラ。呼吸も散漫で規則性は全くと言って良いほどないんだよ。

 それを魔力と膂力でカバーしてるんだ」

 

 

 誰しもが持つ、一定の形を持っていない。

 それはそれで脅威だ。剣士には剣士のセオリーがあり、弓兵には弓兵のセオリーが存在する。

 しかし、彼にはそのセオリーが全く存在していない。

 剣の理を紐解いたと思えば、突然、弓の理に切り替わる、という風に彼の根幹に根ざした理は突拍子もなく変化してしまうのだ。

 変則的過ぎるのだ、何もかもが。

 

 しかし、東堂刀華レベルの戦闘者ならば、彼の変則的な攻撃など然程問題ではない。所詮は才能とセンス頼りの力押し。刀華が示している様に、いくら変則的と言えど鍛え抜かれた武技を上回る力技でも持たない限り彼女に剣戟で勝てる道理はないのだ。

 

 されど、彼は揺るがない。

 まるで、相手を殺せるならば何でも良いと言わんばかりに。

 

 

「でも、一輝。いくら彼の剣の理が変化しようと貴方の眼なら、『櫻井嶺二という本人』の理を見抜けるんじゃない?」

 

 

 有栖院の言う通り、確かに彼本人の理を紐解けば、その変化さえ読み解き、櫻井嶺二という人間を一輝は掌握するだろう。

 

 だが────

 

 

「確かに、出来るかもしれない……だけど、底が見えそうにないんだ」

 

 

「…………」

 

 

 一輝とて、有栖院が言った通り、先日の騒動で彼の理を紐解き始めていた。

 だが、その根幹の終着点────底まで辿り着くまでに広がっている暗闇。

 読み切ってしまえば最期、自分の大切な何かを失う予感が一輝にはあった。

 

 

 でも、彼にはどうしても気になってしょうがない。一輝は二人の戦いから、何故かステラや珠雫達が感じている不快感、ではなく別の感情を抱いていた。

 それは好奇心だった。何故か惹かれる。何故か魅せられる。

 理由は分からない。

 その理由を知りたくて……彼は二人の動きに眼を凝らすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ────失う事を恐れずに。

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 四足獣の様に体勢を低くしていた嶺二は皆の視界から消えた。

 その瞬間、響くのは鋼と鋼の擦れる音。

 火花が散り、風が唸る。

 直後に刀華の手に迸る痛痒。

 《鳴神》の刀身に奔る衝撃に、彼女は解答を得た。

 

 

「これが、貴方の片鱗という訳ですか……!」

 

 

 彼は《狩人》の様に消えたのではない。

 彼はただ魔力放出を利用して動いているだけに過ぎないのだが、これは異常だ。

 

 

 生徒会には兎丸恋々という少女がいる。

 彼女には《マッハグリード》という《伐刀絶技》が存在する。

 能力は『速度の累積』、停止しなければ無限に加速する事が出来る、速さに重きを置いたものだった。

 その速さたるや音速を容易に超え、超音速の領域へと至るのだが、目の前の光景はそれを遙かに上回っていた。

 

 

 初速から超音速越え、尚も加速、加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速───止まらない。

 狂喜して回転率を上げ続ける。

 ただの魔力放出だけで彼は序列三位の速度を凌駕したのだ。

 

 

 だが、それは同時に大きな隙となる。

 未だ戦場はクロスレンジのままだ。ならば何を恐れる必要があろうか。

 踏み込んで来た瞬間を狙い打てば罷り通るのだから───!

 

 

 距離にして二十m。間合いに入るのには一秒とかからない。

 しかし、それで十分。

 彼がどれだけ速かろうが、強かろうが、《雷切》はそれさえ凌駕し踏破すれば良いのだから。

 

 

「《雷切》ィィィ───!!!!」

 

 

 空気さえ裁断し、《雷切》が嶺二に振るわれる刹那────

 

 

 

 

 

 ────獣の咆哮にも似た、大気の振動と熱波と共に、刀華の身体は吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前回に引き続き、支離滅裂になってそうで怖えぇ……!
感想、アドバイス等、お待ちしております!


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Krieg

 会場が、静寂に包まれる。

 鳴り響いていた歓声は途端に静まり、顔が青ざめていく。

 思考が止まり、壁にめり込んでいる東堂刀華に皆が視線を向けていた。

 煤すら付いていなかった彼女の制服は、横一文字に切り裂かれた斬痕が刻まれ、血が滲んでいた。

 

 何が起きたのかは分からない。

 しかし、絶対無敵であった彼女の領域が侵された。

 それだけでも信じられない出来事だった。

 

 だが、それは東堂刀華も同様だった。

 彼女は自分の身体には目もくれず、目の前の獣に視線を向ける。

 

 

 ────会場の一角に凶星が降臨した。

 煌々しく燃え盛る、赫怒と喜悦の劫火が燐光を撒き散らし、世界の真理を暴き出さんと言わんばかりに照らす。

 

 《太白星》の刀身に纏った炎が、万の言葉より雄弁に物語っていた。

 彼は自然干渉系、それも《紅蓮の皇女》と同じく炎を扱う《伐刀者》。

 

 鑑みて察するに彼がしたのは魔力放出と炎による爆発力を利用したのだろう。

 

 かつて、《落第騎士》が絢辻綾瀬戦で披露した彼が編み出したオリジナル技、第四秘剣《蜃気狼》。《落第騎士》の第四秘剣と嶺二が使用したコレとは似ているが、異なる原理だ。

 

 あくまでも《蜃気狼》は足捌きによる急激な緩急で走る自分の前方に残像を作り出して間合いを誤認させる技なのだ。

 対して彼が披露したのは、単純に加速のみで動体視力や聴覚といった五感の情報を振り切るだけ。言うなれば多段加速技法。

 

 

 それ故に《閃理眼》の情報は当てに行動できなくなってしまった。最早、彼は《閃理眼》を攻略している様なものなのだ。

 いくら神経伝達を読み取ろうと、此方が行動に移すより早く、彼の刃を己に届くのだから。

 

 

 意志を震わせ、四肢に力を込め、魔力を廻し、刀華は壁に減り込んだ身体を動かす。

 未だ戦意は枯れていない。彼を容認していない。

 必ずや、お前の全てを否定してやる。

 

 

「……本当に────」

 

 

 狂気に塗れていた顔を綻ばせながら、不意に嶺二が口を開いた。

 

 

「本当にお前は素晴らしい。そうだ、それなんだよ。俺がお前らに求めているのは!

 その建前をすべて捨て去った先にある、人間()本来の姿……正真正銘の自分を晒け出し、お前など認めはしないし壊れてしまえと喰らい合う、醜くも美しい人類の本能。

 やはり、お前らはやれば出来る奴らだ。お前が証明してくれたんだ東堂刀華。

 故に互いに殺し、殺され合おう。そうさ、もっとお前らは凄烈に輝けるんだから!!」

 

 

 お前らはそんなもんじゃない。偽らざる本音で語り(否定し)合い、自分の全てを他人にぶち撒けるのだ。思いも、夢も何もかも。己を偽って何になるという。

 

 正直に、心の底から腹を割って話し合えば良いというのに、世の中に蔓延っているのは偽善、建前といった偽り。

 なんだ、なんなのだそれは。

 それでは人類に対する冒涜であり侮辱ではないか。

 人間の生き方とはそうではない。獣の生き方とはそんなものではないだろうが。

 

 騎士道? 要らぬ要らぬ見えぬ聞こえぬ。そんな偽りなど、滓も残らず消し飛べよ。

 だからなあ、お前もやるべき事は理解しているだろう?

 

 

 嶺二の胸中で、尚も猛り渦巻く殺意と呼応するかの様に激しさを増す劫火。

 刀華もまた傷ついた身体に鞭を打ち、敵意と殺意を露わにしながら、対策を練り上げるが、()鹿()()鹿()()()と思考を止めた。

 

 たかが、腹を一閃されただけだ。

 まだ身体は動かせるし、異能も使える。

 彼が幾らか速くなった?

 最早、眼で追えない?

 そんなモノなど知らない。

 必ず喉笛に喰らい付いてやる。

 

 

 

 そんな狂気と共に両者は一斉に地を蹴り、斬り結ぶ。

 刀華は《疾風迅雷》を用い、身体能力を向上。至近距離からの電撃と斬撃の釣瓶打ち。

 最早、一刻の猶予もない。彼が魔術を使用した時点で、戦況は一瞬で覆ってしまうというのに、未だ使用していない《伐刀絶技》まで使用されては流石に不味い。

 

 情報がない上に、危険過ぎる。

 本能がそう警鐘を鳴らし続けているのだ。

 だからこそ、急がねばならない。

 

 

「ハアアアァァァァッ────!!!!」

 

 

 剣に有りっ丈の殺意を乗せて放たれた刺突は真っ直ぐに嶺二の眼球目掛けて放たれた。

 だが、嶺二は今まで通り、回避も防御さえしようとしない。

 そして具現するのは今まで通り。

 《鳴神》の切っ先は眼球に当たりはしたものの、またも魔力防御で弾かれる。

 

「そんなじゃ全然足んねえぞ、東堂刀華ァァァァッ!!」

 

 

 刺突の返礼は痛烈な頭突き。

 刀華は後方へ仰け反るが、バク転の要領で身を翻す。その刹那の内に《鳴神》が流麗な軌跡を描き嶺二の足を払う。

 対《七星剣王》諸星雄大の為に積み上げた《稲妻》は最大効率で駆動する。

 

 突如乱れる鋼のリズム。

 そのまま、刀華は体勢を崩した嶺二の左肩を掴み、押し倒す。

 そのままマウントポジションを取り、嶺二の喉元へ《鳴神》を振り下ろした。

 それと同時に刀華の首元目掛けて放たられる死神の鎌。

 

 交錯する二つの剣、二つの殺意。

 だが、此処でも一歩早い。嶺二の剣速が刀華の刺突を上回る。

 迫る死神の鎌。皆の頭に浮かぶのは刀華の首が宙を舞う最悪の結末(ビジョン)

 

 

 

 だが────

 

 

 

 

 

 ────彼の剣は空気を震わせる閃光と大音響と共に弾かれた。

 否、弾かれたのではない。彼の固有霊装、《太白星》が意思を持ったかの様に宙を舞う。

 右へ左へ、上へ下へと縦横無尽に《太白星》が動く度に、刀身に奔る紫電。

 

 刀華は戦いの中で、もう一つ、《稲妻》の運用方法を手にしていた。

 本来ならば、クロスレンジに特殊な磁場を形成し、電磁力の引力と斥力を利用して刃を返す《伐刀絶技》だ。

 

 

 その技術を彼女は防御に転用したのだ。

 特殊な磁場の中、自身の霊装ではなく、彼女は相手の霊装を斥力を利用して弾く。

 生じた間隙を、彼女は逃しはしない。

 

 

 そのまま、彼女は何度も《鳴神》を振り下ろす。

 喉へ、口へ、眼球へ、額へ、狙える場所を何度も何度も────

 

 

「ははは……」

 

 

 ふと、口から零れたのは何だったのか。

 憎い、恨めしい、認めたくない。その一念のみで戦っていた自身の口から零れ落ちたそれ。

 

 これは喜悦だ。闇へ落ちる今の自分が心地良くて堪らない。癖になる程、心地良い。

 こうして、相手を否定する(喰らう)事が楽しくて、楽しくて、楽しくて楽しくて楽しくて楽しくて、心底堪らない。

 これが獣か、これが人間の在るべき姿か。

 そんな人間が輝ける場所が、此処なのか。

 傷を負っている筈の身体が羽毛の様に軽く感じる。

 

 身体が、心が、求めてしまう。

 更に、更に戦を、獲物を。

 もっと深淵へ、もっと人間()らしく振る舞いたい。

 

 

「あはははははははははッ!!」

 

 

 故に、死ねよ櫻井嶺二。

 お前を殺して私は真なる人間になるのだ。

 

 

「ふっ───!!!!」

 

「ぐ、がふ………!」

 

 刀華が喜悦の声を上げる中、嶺二は霊装を捨てた。そのまま炎を纏わせた拳が刀華の顔面に突き刺さり、可憐な顔が歪み、再び吹き飛ばされる。

 

「あはは、はははははは……」

 

 

 熱と炎が彼女の顔を焼き焦がす。拳を受けた皮膚がドロドロと溶けていくのを感じ取りながら、刀華は嗤う、産まれたばかりの獣は嗤い、不倶戴天の獣目掛けて駆け出した。

 

 

「櫻井、嶺二ィィィィッ───!!!!」

 

 

 そうだ。後少し、後ほんの少しだ。

 深淵(ここ)まで降りて来い。その時、お前は真に人間になれるのだ。

 

「東堂、刀華ァァァァッ───!!!!」

 

 

  故に、獣は不退転。劫火は勢いを増し、血を砕き、颶風の如く疾駆する。

 

 両者の殺意の重さは共に只人を隔絶している。

 刀華も真に人間()たらんとする為に、深淵へと更に手を伸ばす、刹那。

 

 

 

『トーカ!!!!』

 

 ────深淵へと伸ばした手が寸前で止まる。

 耳朶を打つ、懐かしい声。同じ時を過ごした幼馴染の悲哀に満ちた声。

 

 何をしてるんだ。東堂刀華の騎士道は、そんなものじゃない。だって僕は知っているんだ。

 誰よりも強くて、優しくて、凛々しい。誰かの為に比類無き力を発揮できる少女。

 あの日、あの時。壊れてしまった自分を闇から救い出してくれた、僕の大好きな騎士。

 

 

『トーカ、負けるなァァッ!!!!」

 

 

 信じているんだ、心から。

 《雷切》東堂刀華は、絶対に獣に勝てると。

 

 

 その想いを受け、東堂刀華は思うのだ。

 自分が感じていた悔恨など、なんとちっぽけだったんだろうと。

 あまりにも不甲斐ない。一度だけ、一回限りと騎士道を捨てたというのに、人間()という物に呑まれかけ、あまつさえ、大事な友人にまで心配を掛ける始末。

 

 なんとも情け無い。己を見失っていた。

 

 そうとも、櫻井嶺二の言う人間の本質、闘争の在り方。ああ、確かに彼の言っている事にも一理ある。

 人の歴史には必ずしも闘争は存在するし必要だ。それに本能で生きる人間というのも、ある種の人間の極点なのかもしれない。

 

 けれど、それは飽くまでも彼の渇望だ。

 私の知った話ではなかったし、付き合う義理もないのだ。

 彼の道は彼が決めた道で、私の道は私が決める。

 

 

 故に、さあ────

 

 自分の騎士道を歩むが為に、再起せよ東堂刀華。

 

 ────そして目の前の獣に訣別を。

 

 

 

 

 

 突如、空間が歪む程の磁界が、刀華の前方に形成される。

 それは、《稲妻》を使用した時と同じ、雷で形成した磁場。。その磁場に躊躇いなく、彼女は足を踏み入れる。

 

 瞬間、電光のトンネルをくぐり抜けた刀華の肉体は破壊的に加速する。それは正しく己の身体を砲弾として放つ超電磁砲(レールガン)

 未完成で、無防備で、あまりに危険な、およそ実用に耐えうる代物ではない絶技。

 

 それに応じるは、劫火纏う鋼の牙突。

 加速に加速を重ねた、獣の刺突。

 しかし、このままでは想いも何もかもを踏み砕く獣の刺突が刀華に先に届いてしまう。

 だから────

 

 

「ぐ、づっ……!」

 

 

 ────左手を犠牲に鋼の牙突を躱す。

 血飛沫が舞い、蒸発し、腕が焼き焦げる。

 その痛みを気合と根性で我慢する。

 

 この一瞬、この一撃を無駄にしてはいけない。

 可能性の全てを費やせ。五感を封じ、呼吸を止め、体力、魔力、己の全てをこの一撃に。

 

 

「────《建御雷神(タケミカヅチ)》」

 

 

 宙を舞う、血飛沫。

 それは今まで無敵を誇った獣の鎧を貫通した証だった。

 心臓を穿つ、過去最高の一撃。

 そして崩れ落ちる凶星。

 

 

 

 そして、湧き上がる大歓声。

 そうとも、この光景を、この結果を私達は望んでいたのだと、会場に割れんばかりの響き、轟く歓喜。

 

 刀華も応援してくれた、自分を叱咤してくれた泡沫に笑みを浮かべた。

 

 誰もが、彼女を尊敬していた。

 アレだけの暴威を振るっていた獣に対して、彼女は今の自分が出来ることを尽くし、成長したのだ。

 

 納得のいく勝利。

 そして、実況を担当していた月夜見半月が、東堂刀華の勝利を告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────いいや、まだだ」

 

 なればこそ、条件は達成されてしまった。

 獣を超え、長き死闘を繰り広げ、致命の技を叩き込む事で──男が最期の枷を引き千切る。

 

 

 容易ならざる難敵(否定すべき獲物)という、獣たる彼にとっての起爆剤が揃ってしまったのだ。

 

 

 

 胎動する光の波動──

 燃え盛る意思の本流──

 もはや、語るべき言葉は必要ない。

 

 

「終わりだ、絶望をくれてやろう」

 

 

 容赦なく、獣は牙を剥いた。

 刮目せよ──終末論(アヴェスター)が起動する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後少しだけ、刀華戦は続きます!

……それにしても、話を何処で区切ったら良いのか段々分からなくなってきた………

感想、アドバイスなどお待ちしております!


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Wahrheit

 ────極光が天を穿つ。

 

 空気が変わる。気配が変わる。存在が変わる。嶺二の変革が、その熱量の増大が、世界そのものに震えを齎す。

 

 獣の総身と手にした《太白星》に灯る劫火は属性をただひたすらに強く大きく。

 これこそは殺戮と鏖殺の極光、死と闘争の篝火。ありとあらゆる者を絶望、恐怖の底へと突き落とす大凶星に他ならない。

 相手の輝きを理解しながら、相手の輝きを否定する獣は垂涎しながら、奈落の様な暗い瞳に圧倒的なまでの殺意を滾らせる。

 

 その身体には一切の傷が存在しない。

 勿論、東堂刀華が漸く刻んだ傷も、跡形もなく存在していない。

 

 

「う、そ……」

 

 

 有り得ない──これは何の冗談だ?

 確かに手応えはあったし、傷も、出血も確認した。

 心の臓府を貫いた筈なのに、彼の身体には一切の傷がない。

 確かに、自力で傷を治す方法は存在する。

 概念を操作するか、はたまた因果を手繰るか。また、魔力制御が巧みであれば自然干渉系でも、異能属性が水であるならば、治癒魔術を行使する事が出来る。

 

 だが、目の前の獣は自然干渉系であり、異能属性は火だ。到底、治癒する為の技術を持っているとは思えない。

 ならば、目の前の現象は何なのだ?

 そんな刀華の姿に獣は悪辣に笑みを浮かべて口を開く。

 

 

 

「お前の疑問の解答は簡単だ。そも、俺は魔術など使用していない。

 

 俺はただ、()()()()()()()()に過ぎん」

 

 

 魔力を廻しただけ、それはあまりにも的を射ない解答。

 しかし、刀華は理解してしまった。彼が言う魔力を廻すという事が、どれだけ馬鹿げているのかを。

 

 

 

「そんな、有り得ない……!

 まさか、魔力放出で自己治癒させたとでも言いたいんですか……!」

 

 

 刀華が思い当たったメカニズム。

 彼は魔力を廻し、細胞一つ一つに魔力放出を使用したのだ。

 それによって具現するのは自己治癒力の超活性。

 成る程、確かに可能かも知れない。

 ────だが、解せない。

 

 

「貴方の、魔力制御でそんな事、出来る筈がない……!」

 

 

 そう、細胞一つ一つに魔力放出を行使するなど魔力制御の技能なくして出来る筈もない。

 まず、彼が言う様に、魔力放出を行ったとしても、それで傷が治癒するとは限らない。

 その後に待っている最大の壁こそ、魔力制御による精密操作に他ならない。

 

 それこそ魔力制御に長けた《伐刀者》でなければ成功し得ない。

 それに《落第騎士》と彼の魔力制御は同レベルと壊滅的。

 だというのにその理屈を嶺二は詰まらん考えだと一蹴する。

 

「ハッ! 魔力制御? そんなモノ、最初(はな)から不要だ。言っているだろう? 俺がしたのはただ全力で魔力を廻しただけだと」

 

 そう、彼は最初から魔力を制御などしていない。ならばこの現象は何なのか。

 それこそ単純明快、アレは只の出力だ。

 常人の10倍の総魔力量。その膨大な魔力を何の躊躇いもなく、ぶち撒けたのだ。

 

 炉心(エンジン)燃料(ニトロ)を際限なく、次々と注ぎ込む所業は結果、常軌を逸した魔力放出により、細胞の活性化を招いている。

 

 

 突如、彼の胸部が爆散する。

 肉が爆ぜ、血が飛び散るが、刹那の内に完治し、傷は嘘の様に消えている。

 それはそうだ。彼の身体は活性化され過ぎている。これはただの治癒ではなく過回復。

 

 それに拍車をかける様に、彼が身に纏う劫火は彼自身さえ焼き焦がしている。

 その傷を治そうと彼の身体は反射的に魔力放出を行使し治癒、そして自壊。

 彼の身体は、今も破壊と再生を繰り返している。

 だというのに今も尚、想像を絶する激痛が奔っているというのに獣は悪辣に嗤うのだ。

 

 

 ……考えるだけで頭が痛くなる。あまりにも力任せで、あまりにも常識外れだ。

 常人が持つ様な歯止めの類を嬉々として外した獣。

 それを前に、刀華はボロボロの身体を奮い立たせ、《鳴神》を構える。

 

 対して、獣は不動。四足獣の様な低姿勢を保ち、四肢に力を込める。

 

 先に動いたのは刀華。

 鞘に《鳴神》を収め、三度抜刀。放たれる紫電の砲撃。試合開始時に披露した《雷鴎》が大気を切り裂いて飛来する。

 最早、小手先の技は通用しないと知る刀華が放つ全身全霊。一太刀、一太刀が渾身の一撃だ。

 

 

 だが、獣の爪牙は鴎を喰い散らかす。

 

 

 突如として大気を裂く爆音が響く。

 それは獣の咆哮。凶星の暴威。空間を焼く大熱波が空間を支配する。

 獣が振るうは熱波纏う凄烈な三連閃。《雷鴎》を迎え撃つべく放たれた斬撃は、劫火に魔力放出を使用し、力技で凝縮した極光。それを狙撃銃(ライフル)の様な精度で、《雷鴎》を撃ち落とす。

 

 宙を舞う雷撃と劫火の釣瓶打ちは際限なく、無数の火花を散らし、穿たれた鴎は、地に堕ちるが如く、稲光を放って搔き消える。

 

 

 ……………一つ、《雷切》東堂刀華の輝きが消える。

 

 

 無駄撃ちは愚策と判断した刀華は、接近戦を敢行する。今や、彼に接近するだけで、嶺二がその身に灯す劫火と熱波で彼女の身体が焼き焦げ、激痛が奔るがそんな事など気にしてられない。

 

 勝つのだ、絶対に。

 獣としてではなく、騎士として。

 

 身を焦がす痛みは気合いと根性で我慢する。

 負傷した左手は魔術で無理矢理動かす。

 そして、刀華は嶺二の覚醒の無意識に滑り込む。

 古武術の呼吸法と歩法の合わせ技──《抜き足》。試合開幕と同時に使用した絶技が最大効率で駆動する。

 

 無意識に滑り込み、一太刀、弾かれる。

 認識された瞬間に無意識へ、そして一太刀、弾かれる。

 何度も何度も何度も繰り返す。

 

 獣は無意識を往き来する少女を未だ捉えられない。

 当然だ。この技は刀華に集中すればする程に嵌るのだ。

 彼は他者を否定する。他者の輝きを知り、その上で喰い散らす獣。

 目の前の敵手が誰であろうと、極上の獲物の事で頭が一杯でも、彼は他者から目を離さない、いや離せない。

 それが、櫻井嶺二という獣の性だった。

 

 

 故に彼と《抜き足》の相性は最悪だ。

 今もまた、彼の鷹の眼光は東堂刀華を貫いている。

 そして、またも滑り込み、一太刀………

 

 

 

 

 

「まだ、まだァァァァッ!!!!」

 

 

 

「なっ……!? ぎ、がぁ!」

 

 

 その無意識下の攻撃を前に、獣は更に高みへ駆け上がる。

 覚醒の無意識に滑り込む彼女の斬撃を、事もあろうに掴み取り、反撃の蹴りを彼女の首へと放ったのだ。

 

 

 彼女の胸中にあるのは、驚愕だった。

 彼ならば何を仕出かしても可笑しくはないと知ってはいるが、流石に今のは理解出来ない。

 先の《抜き足》は成功した筈、なのに何故彼は、反応したのか。

 この答えもまた簡単だ。そもそも彼は反応などしていない。彼がしたのは反射だ。

 

 反射と反応では大きな差が存在している。

 反応とは、脳が介入してリアクションが出来る動作。即ち認識し考え、実行する動作の事だ。

 しかし、反射は脳が介入せずにリアクションが出来る動作だ。

 故に、彼は《抜き足》からの斬撃に反応などしていない。認識し考え、実行などしようとさえ思わない。

 

 そして、獣と絶対の相性差を誇っていた《抜き足》は破られる。

 

 

 …………また一つ、東堂刀華の輝きは否定される。

 

 

 そして、剣戟に移行するも、彼の回転率は止まらない。

 《稲妻》による変則攻撃、変則防御は、只の力に飲み込まれる。

 

 

 他にも、他にも、他にも……

 東堂刀華の研鑽を、努力の全てを、何もかもを踏み躙り、蹂躙する。

 

 

 故に、刀華は最期の策に打って出る

 後退し、距離を取り、《鳴神》を納刀。

 彼女の伝家の宝刀──《雷切》に自らの命運を賭ける。

 

 一撃だ。この一瞬で決める。

 彼の首を取る。彼の過剰回復はおそらく()()に弱い。何故なら、既に死んでる者を回復させる術などない。

 アレは回復させる事は出来ても、蘇生させるモノではない。

 大惜しみなど、している場合などではない。

 全魔力、自身の持ち得る全てをフル稼働し、目の前の獣を両断する以外に勝利はない。

 

 

 獣は超音速を凌駕した埒外の速度で迫り来る。

 

 

 ────刀身に、紫電が灯る。

 

 彼女の剣の間合いは絶対領域、剣の結界。

 クロスレンジは誰にも譲らない。

 今、万感の思いと共に、過去最高の《雷切》が解き放たれる───!

 

 

 

 

 

 

 

 

「《雷切》ィィィッ───!!!!」

 

 

 

 刹那の一刀、空を断つ。

 

 

 音を追い抜き、光と化した一刀は獣の首を刈り取るべく、振り抜かれた。

 何者より速く、敵を殺す刃は魔力防御を斬り裂いた。

 その先には生身の獣、ただ一人。

 最早、彼女の一閃を破る術など存在しない。

 待つのは、獣の首が飛ぶ結末のみ。

 

 

 

 

 

「まだだ……!」

 

 

 

 

 

 否、断じて否だと獣は吼える。

 光速と化した一閃だと?

 小賢しい。

 そんな一撃を、真っ向から迎撃したくなる。

 

 

 

 腕に力が籠り、魔力が廻る。

 それと共に胎動し、殺意に猛る劫火は勢いを増す。

 小手先の技など不要。現在必要なのは、技などではなく、純然たる力。

 故に、さあ──我が《伐刀絶技(つるぎ)》を見るが良い。

 

 

 

 大気を震わす大熱波。溢れ出る光輝の波濤。

 皆が理解する。これが彼が隠していた伝家の宝刀。

 凶星の名を冠する其は────

 

「────《天津甕星(アマツミカボシ)》」

 

 

 天津甕星──金星を司る星神。

 日本神話に於いて、数少ない邪神と謳われる神の名を冠する覇の一撃。

 劫火を纏う、光の剣の一刀。

 自傷を齎す究極の一は、迫り来る《雷切》を喰い散らし、破滅の劫火と共に遍く全てを焼き尽くす。

 そして、容赦なく、躊躇いなく、東堂刀華の五体を燦然と輝く光輝が飲み込んだ。

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 

 

 

 会場は、地獄と化していた。

 

 嶺二の放った《伐刀絶技》──《天津甕星》。

 自然干渉し、出現させた炎を魔力放出で無理矢理凝縮。そしてそれをまた魔力放出で撃ち放つという馬鹿げた力技。

 故に、その威力はあまりにも凄烈だった。

 会場は余波で所々融解し、天地を鳴動させたのだ。

 何よりも────

 

 

『酷い……!』

 

『ここまでやる必要ないだろ!?』

 

 

 東堂刀華が受けたダメージが深刻であった。

 全身は焼け爛れ、右腕は物の見事に斬り飛ばされ、倒れ伏してしまっている。

 だが、これでも軽微な方なのだ。もし彼女が並の学生騎士なら、今の一撃で灰燼と化している所だ。

 

 しかし、最早、誰の目から見ても試合続行は不可能。

 学園最強の騎士は、最も醜い獣に喰い殺された。

 勝利を手にしたのは、櫻井嶺二。

 

 

 だというのに────

 

 

 

『おい、アイツ、会長に何するつもりだ!?』

 

『止めて! 会長はもう……!』

 

 

 ────獣は、止まらない。

 倒れ伏す刀華に向かって歩を進め、戦闘を続行する。

 非難、絶叫、何方も聞くに能わず。

 お前らは戦場(ここ)には居ないだろ?

 これは俺と彼女の語り合い(殺し合い)だ、邪魔するな。

 

 そう、彼はまだ……東堂刀華が立ち上がると信じている。

 また騎士道などという建前(がわ)を被ってしまったが、一度は人間()へ回帰した彼女ならば立ち上がる。もう一度、人間()に至ると信じているのだ。

 

 さあ、立ち上がれ(覚醒せよ)立ち上がれ(進化せよ)立ち上がれ(超越せよ)

 さあ、さあ、さあさあ、時間はやるぞ?

 

 しかし、いくら経っても刀華は立ち上がらない。

 

 時間をかけても駄目か?

 ならば命の危機ならばどうか?

 

 そして、獣は刀華へ近づき、莫大な熱量を纏った《太白星》を上段に構える。

 その様はまるで斬首刃(ギロチン)だ。人間()ならば、躱すか防ぐかするだろう?

 これなら立ち上がってくれるだろ?

 しかし、人擬きならば問答無用。立ち上がる気概が無ければ死ぬが良い、期待外れだ。

 気概が有るなら立ち上がれ、俺はそれに付き合おう。

 

 

 そして、斬首刃は振り下ろされる。

 最早、音などない。彼の世界は無音だ。

 止めるものなど────

 

 

 

「──はい、そこまで」

 

 

 西京寧音しかいないだろう。

 超重力の網が、獣の身体を雁字搦めにする。先日と同じように。

 

「《時間凍結(クロックロック)》」

 

 次瞬、響く発砲音。

 白銀の拳銃が火を吹いた。

 放たれた弾丸は刀華へと吸い込まれ、そして刀華の時が停まる。

 

「担架急げッ! 私の魔術が効いている内にカプセルに運ぶんだ!」

 

 時間操作──それは正しく超常の御業。

 それにより、風前の灯火であった刀華の命を繋ぎ止める。

 そして、黒乃の怒号に続く様に医療スタッフが会場に飛び込む。

 迅速な対応。このままなら、一分と掛からずに運ばれる。おそらくは黒乃はこうなる事を見越していたのだろう。

 

 

 だが────

 

 

 

「させると思うか?」

 

 

 ────獣はその様な事を許さない。

 東堂刀華はまだ闘え(やれ)る。彼女が真に獣に目覚めるかもしれないというのに邪魔など許しはしない。

 

 

 魔力を廻し、獣は全力で超重力の網に抗う。しかし、相手はKOKの現三位。その様な暇など与えてはくれない。

 増強される重力の奔流は、獣に跪け、頭を垂れろと命じる。

 

 

 されど、獣は膝を曲げない。

 嶺二と西京の実力差は歴然。本来であるならば、彼が全力で魔力を廻そうが、地に伏せるのが道理。

 だが────折れない。魔力で駄目なら気合いと根性、胆力で彼は地球法則である重力に抗っていた。

 

 

「嶺二ちゃん、マジでその辺にしておきな。

 勝負は着いてんだ。お前さん、トーカを殺すつもりかい?」

 

「何を言い出すかと思えば、そんな事か西京。そんなものは些事だ。人間()同士、語り(殺し)合っていれば何方が死ぬ事など多々あるだろうよ」

 

「まあ、そりゃあ実像形態で戦えばそうなる事もあるけどよ。だからって嶺二ちゃんのは明らかにやり過ぎだ。

 此処はお前さんの言う戦場じゃないんだし」

 

 

 此処は戦場ではなく、騎士を養成する騎士学校で、コレは闘争ではあるが、死合ではなく試合。

 その違いを認識しろ、西京はそう告げるが、

 

 

「いいや、此処は戦場で、コレは闘争で死合だ。人間()同士が向かい合えば絶対にこうなるんだよ。謂わば必然だ」

 

 

 当たり前の事だろう、と嶺二は返し、言葉を紡ぐ。

 

「人が人である以上、闘争は死合で、戦場が生き場だ。

 どんな些細な事でも、互いの主張にズレが生じれば、それは闘争と化す。

 今も同じさ。彼奴は俺が気に食わない。俺は彼奴が気に食わない。

 ほら、闘争じゃねえか」

 

 例えば、フランスの王位継承を巡る百年戦争。

 例えば、未開の地に生きる先住民族の虐殺。

 歴史は語る。二つの異なる主張が生まれれば、必ず戦いは起こる。

 今もまた同じ。規模が違うだけで中身は全く変わらない。違うのは体裁だけだ。

 

人間()は敵対者を認めない。そうとも、それが脈々と受け継がれてきた俺達の性質(さが)だ。

 だからこそ、それから眼を逸らす事など許されない。

 だというのに────」

 

 ぞくり、と。聞く者の背筋を震わせる様な悪寒が走る。

 矛先が、西京からズレ、観客全員へと移る。

 これが櫻井嶺二という狂人が抱いていた赫怒。

 紡がれる言葉はその一言ごとに殺意の圧力は言葉の刃。抑えようもなく溢れる獣の怒気に魔力が感応し、大気を震わせる。

 

 

「────なのにお前らが口にするのは曰く騎士道、曰く正道。

 他者の為に尽くす力は強い、善意なき者に負けはしない?

 巫山戯るなよ人擬き共がァッ!!」

 

 

 大義名分、滅私奉公、人倫?

 全てが陳腐だ。何故、お前らは偽り、あまつさえ我欲に溺れる事を恥じるのだ?

 

 怒れる獣は縛鎖を千切り、これこそ真理だと告げるが如く、声高々に吼える。

 

 

「何故、偽る必要がある?

 お前も、お前もお前も、お前もお前も。

 すぐ隣に座る奴らに悪感情の一つや二つ、抱いてる筈だ。

 妬ましい、許せない、認めたくない。

 それで良いんだ、それをまず認めろ、お前らは正しい。

 面と向かって、お前が気に食わねえと向き合えよ。それでこその人間()だろうがッ!!」

 

 人の根幹に刻まれた悪性。それは最早、どうしようもない物だ。確かに理性でその悪性を封じる事は出来るだろう。

 しかし、それは飽くまで律しただけで変わった訳ではない。

 人は鳥にはなれない。泥が黄金になる事などまず有り得ない。

 だからこそ、偽る事を止めろと彼は衆生に吼えるのだ。

 お前はお前だ。それを理解し、忘れるな。

 その悪性こそが、我らの美徳であり、愛しいのだ。

 これこそ、彼が奉じる人間賛歌。

 

 相容れぬ者との殺し合い、大いに結構。それでこそお前らだ、惚れ惚れする。

 そしてその語り合いの場所こそ戦場だ。

 

 

 獣は法や規律に縛られない。心に秘めた真理が揺るがないのであれば、他者の言葉など聞くに値しない。

 故にこそ、彼は牙を剥く。

 世に蔓延る正義も醜悪にさえ嵐の如く、雷雨の如く、一切の差異なく牙を剥く。

 衝動のままに赴く者、故にこれこそが獣だと彼はその総身、足跡で示すのだ。

 その生き様、確かに矛盾もあるだろう。間違いもあるだろう。しかし、そんな事などどうでも良い。

 

 

 故に────

 

 

 獣の瞳が鋭利に光る。

 総身に灯る劫火が、勢いを増し、人々を照らし始める。

 人間()としての本能を偽らぬ獣が、告げた。

 

 

「さあ、お前らの輝き(殺意)を魅せてくれ!!

 そして続くが良い……我が足跡こそ、人の真理である……!!!」

 

 

 哀れで空虚な人擬き。そんなに人成れぬと嘯くならば良いだろう。俺が人間()にしてやろう。

 他者に、世界に、運命に牙剥く獣にな。

 

 

 

 

 

「さあ、戦の香気に誘われよう」

 

 

 

 

 

 




なんかもう……言ってる事が滅茶苦茶になってそうで怖いな……!

感想、アドバイス、お待ちしております!


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創生せよ

大変ッッッ遅れました!!!!
本気と気合いと根性が足りませんでした!(土下座しながら
これからは出来るだけ早く投稿していこうと思います。

久しぶりだったので、ご容赦を……(震え声


 暗い、暗い、暗い、闇。

 どれだけ見つめても、どれだけ待てども底は見えず、辿り着けない。

 そんな無明の空間に、一輝は居た。

 

 此処は何処で、この現象は何なのか。

 全く分からないが、何故か落ち着いていられる。

 何も感じない。

 何も感じられない。

 

 

 ただ、堕ちている。

 いや、堕ちている気がしているだけ。そんな感じなのかと疑問に思っているだけだ。

 

 

「………ん」

 

 

 すると、鼻腔を擽る何かを感じた。

 何かが焦げる匂い。甘美で、どこか惹かれる香気が漂っている。

 そして、光が一輝を包み込む。

 歓迎する様に、拒絶する様に。

 

 

 

 光が晴れた其処には────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死ね、死ね死ね死ね死ねぇぇッ!!!!」

 

「目障りなのよ、だからさっさと砕けて私の轍になりなさいよッ!」

 

「おおぉ……!

 見てくれよ、俺はまた首を獲ったぞ。俺を讃えるが良い!」

 

 

 

 ────凄惨なまでの地獄と化した破軍学園だった。

 皆が皆、気に入らないから、自分とは違うから、邪魔だから、と言った理由で嬉々として殺し合う。

 

 

 昨日まで和気藹々と語り合っていたであろう者達が、今や何の躊躇いもなく殺し合う。

 上を目指して研鑽を積んでいた者達は、己よりも上の者達を引き摺り下す為に殺し合う。

 

 他にも、他にも、他にも……数多の殺し合いが其処にある。

 

 

「一体、何が……!」

 

 

 一輝には何が何だか分からない。

 幾ら照魔鏡が如き慧眼を持つ《落第騎士》であろうと、コレは理解出来ない。

 確かに、人は争う物だと獣が声高々に語っていたのは知ってるし、その主張に頷ける部分は在ったが……だが、コレは────

 

 

 

「師匠……」

 

 

 背後から響くのは見知った声。

 振り返れば其処には、かつて些細ないざこざを起こし、それ以来、自身に弟子入りしていた真壁達五人が居たのだ。

 彼らの身体は煤で汚れ、所々に血が滲んでいるが、比較的軽症だった。

 

 

「良かった無事だったんだね……

 一体何が……」

 

 そして、一輝は彼らの身を案じ、事の顛末を聞こうと近くに寄るが……突如、真壁は一輝に銃口を向け、何の躊躇いもなく引き金を引き、発砲してきたのだ。

 

「ッ……!」

 

 それを一輝は並外れた戦闘技巧で紙一重で躱し、距離を取る。

 

 

「師匠……アンタには感謝している、嘘じゃない。その武技の冴え、勝利への執念、どちらもスゲェと理解してるんだぜ?

 だからこそ、妬ましいんだよ、恨めしいんだよ……ああ、だから殺す」

 

 

 彼らが発するのは混じりっ気のない純粋な殺意。

 嘘偽りなどなく、彼らは本気で一輝を殺そうとしているのだ。其処に理性という枷などありはしない。

 

 

 殺到する銃弾、長槍の刺突、日本刀の袈裟斬り、鉄棍と斧の一振り。

 すかさず一輝は《陰鉄》を幻想形態で顕現し、

 

「ごめん……!」

 

 

 謝罪を口にし、流れる様な太刀筋で五人の急所を斬り裂く。幻想形態により、痛みを発するが、外傷はない。

 五人に訪れるのは急所に攻撃を受けた事により昏倒。

 

 

 

「「「「「まだだッ」」」」」

 

「──────」

 

 

 その筈、なのに……彼らはいとも容易く乗り越えてくる。

 斬られた急所から魔力光を流れ出して尚、幻を、思い込みを、気合いと根性で淘汰し、彼らは再び一輝を殺しに狂奔する。

 確かに、幻想形態で受けた痛みは一時的なモノ。本来なら、この痛みから逃れる事は出来ないが、逃れる方法が無い訳ではない。

 決死の覚悟すら生温い、肉体と精神を超越した気力があれば容易に跳ね除ける事が出来る。

 

 だが、そんな手合いは滅多に存在しない。

 されど目の前の五人は確かに気力で痛みを跳ね除け戦闘を継続している。

 

 

「くっ……!」

 

 

 故に、一輝は逃走を開始する。

 今の彼ら相手に幻想形態は無意味。だからと言って実像形態で斬ろうにも、彼らは死ぬまで戦いを止めない。

 そんな確信があるからこその逃走だ。

 

 全身の筋肉を完全に掌握し、全力で真壁達から離れる。

 コレは明らかに可笑しい。

 幾ら何でも度が過ぎている。

 高レベルの精神操作……それを可能にする《伐刀者》によるテロ。

 一輝の脳内で幾つもの仮説が生まれる中────

 

 

 

 ────森羅(セカイ)が乱れ、世を穢す。

 

 業火が天を焦がし、氷と水が大地を埋め尽くす。

 大気を焼く紫電と刃の星屑は悲壮と恋慕の輪舞(ロンド)を奏で、(ヤミ)が流れ出し、影は蠢き、傷は開く。

 他にも、他にも他にも……

 

 常識など知らぬとばかりに世界を蹂躙する異界法則。

 お前ら気に食わんぞ。我が道を阻むというならその思い、理解はするが認めはしない。故に砕け散れ。

 

 此処は獣が踊る、真の人世である。

 

 

「なん、なんだコレは……!」

 

 

 あまりに現実離れし過ぎている。

 しかし、異常は終わらない。

 上空から発せられる濃厚な殺意の波濤。

 それに応じる様に、誰かが殺意を放つ。

 

 

 ────そして天が割れた。

 

 

 到来するは覇道を謳う天の星。

 童女が手繰る破壊の鉄槌に他ならない。

 重力という人が抗う事のできない絶対法則が牙を剥き、たった一人の人間に向かって撃ち放たれようとしていた。

 

 

 ────応じる様に、時空が捩れる。

 

 顕現するのは時と空間を捻り狂わせる一発の弾丸。

 麗人が放つ世界を破滅させる絶技。

 

 昔を再現(なぞ)る様に、あの時の再戦を開始した二人の女。

 訪れたのは、大破壊。

 天の星は砕け、捻れた時空間は罅が奔る。

 どちらも互角、故に余波で破軍学園の校舎が壊れていく。当然、生徒や教員達も巻き込まれ、圧倒的な破壊力の前に沈んでいく。

 

 

 

『まだだッ!!!!』

 

 

 またもや皆が口を揃えて否だと告げる。

 こんなの物に負けなどしない、と気合いと根性で大破壊に堪えていたのだ。

 身体に罅が奔ろうとも、魔力が尽きようとも負けはしない。

 

 

「ぐ……!」

 

 

 一輝は堪らず全身から力を抜き、二つの絶対が巻き起こす余波に身を任せ、ダメージの軽減を図る。

 天高く巻き上げられるが、何とかダメージを軽減させる事が出来た一輝は近くに在った第七訓練所の屋根に着地した。

 

 

「……が、げほっ……!

 本当、何なんだ……!?」

 

 

 咳き込み、珍しく悪態を吐く一輝。

 だが、仕方のない事だろう。

 今までの日常が非日常に飲まれ、人は皆、獣と成り果てている。

 

 

「イッキ?」

 

「───ッ!?」

 

 

 またも背後を取られ、一輝はその場で身を捩りながら、声の主から距離を取る為に後退。

 直様、《陰鉄》を構え、攻撃に備えるが、

 

 

「ステラ?」

 

「どうしたのよイッキ、そんなに慌てて」

 

 

 其処に居たのは恋人であるステラだった。

 この地獄の様な世界の中で、初めて安堵出来た瞬間だった。

 思わず抱き付いてしまったが、是非もない。

 こんなに愛おしい彼女を離せる訳がない。

 

「良かったよ、ステラが無事で!

 本当に、本当に良かっ……」

 

 なのに、言葉が最後まで紡ぐ事が出来なかった。

 口から鉄の味がする。

 口の端から血が流れる。

 ゆっくりと、視線を下に移すと、

 

 

「ス、テラ……!?

 なんで……!」

 

 

 彼女の固有霊装が、《妃竜の罪剣》が、一輝の身体を突き刺していた。

 深々と刺さる罪剣を、ステラは躊躇いも無く引き抜く。傷口から一輝の血が飛び散り、返り血を浴びるがそれがどうしようもなく愛おしいそうに彼女は笑う。

 

「ああ、ああ……!

 イッキ、イッキ、イッキ!

 私の愛しい人、やっぱり貴方は最高よ!

 レージが言っていた事も今ならはっきりと理解できるわ。

 語り(殺し)合いの中なら、誰しもが正直でいられる……そうよ、そうよね、今もお互いを感じている思いは常に真実……なんて素晴らしいのかしら。

 さあ、イッキ。繋がり、抱き合い、交わって……甘い戦場(すばこ)に溺れましょう!」

 

 要領を得ないステラの長舌。

 しかし、一輝はそれさえ気にならない程、信じられない事実を見抜いてしまった。

 それは辺りの人々が、ステラが抱える爆弾とも言えるソレ。

 細胞が崩れる、激痛が身体を奔る。

 連鎖する暴威が犯し、冒し、侵し尽くす。

 想像を絶する痛みがステラ達の身体は蝕んでいたのだ。

 

 

「あら、イッキ。貴方は聖印を食らってないのね」

 

 心底、勿体無いと言わんばかりにステラは嘆く。

 こんなに素晴らしいモノを彼が受け取らずにいるなど考えられない。貴方はこの場に最も相応しいのに。

 その時、ステラの嘆きに何かが応じる。

 胎動する光の意思。斯く在れかしと叫ぶ獣の咆哮が轟く。

 

「さあ、イッキ。貴方も一緒に」

 

 暖かく、血に染まる赤い手を一輝の頬に添え、ある一点に視線を促すステラ。

 其は天に輝く第二太陽──燦然と輝く輝照恒星(■■■■■■)が獣達の夢の果てを歓迎しながら佇んでいた。

 認識した瞬間、獣が此方へ首を向けた。

 

 そうか、お前も未だ人擬きか。

 ならば俺が用立てよう。遠慮するなよ、お前らは心の何処かで正直になりたいと思っていると知っている。

 好きに欲を描けよ。

 心の底から欲するのなら、それを得られる場所と力を与えよう。

 さあ、半端者よ。この聖印を受けるが良い。

 約束された繁栄を真世界にて齎そう。

 

 

 

「がああああァァァァッ───!?」

 

 

 途端、身体に奔るは連鎖する激痛。焼き刻まれる聖印。

 細胞の一つ一つを浄滅せんと猛る鏖殺の暴威が一輝の身体の中を蹂躙する。

 地に伏し、のたうち回りそうになるが、気力を振り絞って、なんとか膝を折るまでに留めるが、痛みは加速度的に増していく。

 崩壊という苦痛を丹念に凝縮された果てに純化された地獄の釜。

 この痛みと比べれば、死さえ優しく思えてしまう。

 

「……可笑しいわね、道理が合わない」

 

 しかし、ステラは当然の帰結を訝しげに眺める。

 意図していた結末と違う。そうじゃない、貴方がやるべき事は他にあるだろう。

 だが、それは一輝もそれは同じ。

 道理が合わない。自分だけでなく、彼女もこの痛みを常時受けている筈なのに、彼女はそれをまるで何事もないかの様に振る舞うなどあり得ない。

 

 

「ねえ、イッキ。なんで貴方は覚醒しないの?」

 

「覚、醒……?」

 

「決意、気合い、根性、胆力、努力、欲望……それを貫くだけの思いの度量があればこんな痛みなんてなんでもないじゃない。

 それに、貴方は出来る筈でしょう?

 ねえ、なんで覚醒しないのかしら」

 

 皆目見当も付かないとステラは首を傾げる。

 当然のことながら、ステラが語るのは暴論も暴論だ。

 そんな事、皆が出来ればこの世に無理や不可能など存在しない。

 だが、おそらくこの世界はそういう世界なのだろう。

 出来る者は出来るし、出来無い者は出来るまで無限に続く地獄の世。

 

「本来なら、此処に一番適合してるのはイッキなのに……貴方も偽るの?

 そんなに嫌?

 貴方の末路が────」

 

 

 彼女は告げる。一輝が辿る末路を。

 しかし、それを最後まで聞く前に、一輝の意識は無明に落ちた。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

「─────キ」

 

 

 声が、聞こえる。

 とても愛らしく、先程恐ろしいと感じた声が。

 

「──、…ッキ!」

 

 

 薄っすらと、瞼の隙間に射し込む光を得て、ボヤけた視界に映るのは紅蓮の如き赤。

 

「ねえ、イッキ!」

 

 そうして、脳は覚醒を果たし、眼前の情報を正常に処理を開始する。

 覗き込む様に目と鼻の先まで迫るステラ。

 

「もう、イッキ。早くしないと珠雫の試合が始まっちゃうわよ?」

 

 ふと、時計に視線を向ければ、時刻は正午を回ろうとしており、珠雫の試合の30分前となっていた。

 

「ああ、ごめん。ステラ」

 

「珍しいわね、イッキ。何時もならこんな時間に寝たりなんかしないのに」

 

「うん、ちょっとね……」

 

「……レージのこと?」

 

「いや、違うよ。心配させてごめんねステラ」

 

 

 一輝はステラに要らぬ心配をさせない為に嘘を吐く。

 彼女の言う様に、一輝には《雷切》と《天香香背男》の戦いが脳裏に焼き付いて離れない。

 もう三日前の話だというのに、妹の試合の目前だというのに、気付いた時にはあの試合を思い返している。

 

 何故、自分はここまであの試合に惹きつけられているのか──理由は分からない。

 東堂刀華の騎士道に懸ける思いや信念、背負った物の重みを尊敬したのか。

 はたまた、櫻井嶺二の獣に懸ける渇望や、あの雄々しさに憧れているのか。

 理由は分からない。

 けれど、確かな事は一つ。自分は、あの獣を知りたいと思っていること。

 

 この事を鑑みれば、後者が正しいのかもしれない。

 では、彼の言う獣とは一体なんだというのだろうか。

 嘘を吐かぬ正直者か?

 鋼の決意を持つ何某か?

 絶対無比の力を持つ強者か?

 きっと、どれでもあって、どれでもない。

 そんな気がしてならないのだ。

 

 

「ねえイッキ、聞いてるの?」

 

「え、ああ……ごめん何の話だっけ」

 

「だから、珠雫は今日の試合勝てるかどうかよ」

 

「……勝てるかどうかは分からないな。珠雫の相手は学園序列2位《紅の淑女》。厳しい戦いになるだろうね」

 

 《紅の淑女》────あの《雷切》東堂刀華に次ぐ実力者にして、この学園の中でも《特別招集》による実戦経験のある数少ない《伐刀者》だ。

 彼女が身に纏う白い服が鮮血に染まって見える程の凶暴な気配を、一輝は知っている。

 

 故に、今回は激戦だ。

 お互いの得意分野であるロングレンジとミドルレンジの奪い合いとなることは必至だ。

 だからこそ、一輝は珠雫に無理はして欲しくないのだが……

 

 

 現実は、誰しもが予想だにしない方向へと舵を切る。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 

 ──破軍学園・第四訓練場。

 

 

『さあ、本日の最終戦の選手を紹介しましょう!

 青ゲートから姿を見せたのは、今我が校で知らない者はいない注目の騎士・黒鉄一輝選手の妹にして今年度次席入学生!

 

 戦績は十三戦十三勝無敗!

 抜群の魔力制御を武器に、今日も敵手を深海に引きずり込むのか!

 一年《深海の魔女》黒鉄珠雫選手です!!』

 

 

 割れんばかりの歓声は、彼女の覇道への期待。長らく破軍学園に齎されなかった頂という夢だった。

 そんな歓声を背に、珠雫は思いを馳せる。

 第四訓練所は兄の覇道の第一歩となった《狩人》との戦場。

 ならば、自身も続くのみ。こんな所では止まれない。

 

 どうか此方を振り向いて欲しい。私は、守られるだけの女じゃないと認めて欲しい。

 その一心で彼女は、此処まで上り詰めたのだ。

 

 だが、相手もまた強者。

 あの《雷切》に続く《伐刀者》。

 

 自然と目の前で日傘を差す淑女から目を離せなくなる。

 相手がこの学園の二位だからか?

 相手が自分より格上だから?

 いいや違う。ひたすら不快なのだ。

 見ていると気持ちが悪くて仕方がない。

 

 

『対するは、この学園二位の淑女!

 戦績は十三戦十三勝無敗!

 今日もその星屑で、全てを赤く染めるのか!?

 《紅の淑女》貴徳原カナタ選手!』

 

 

 人嫌いを自称する自身だからこそ見える物がある。これでも兄に降りかかる悪意には敏感だという自負はあるし、見逃すことなどあり得ない。

 だが、理由が分からない。

 目の前の淑女が兄に悪意を向ける理由など見当たらない。

 

 

 しかし、そんなモノなど些事だと即座に切り捨てる。

 どちらにせよ、己は勝たねばならないのだ。

 こんな所で迷ってる暇は無い。

 

 

「飛沫け──《宵時雨》」

 

「参りますよ──《フランチェスカ》」

 

 互いが手にしたのは小太刀と細剣。

 それと得意とするはミドルレンジとロングレンジによる戦闘。

 ゆえに────

 

 

(開幕と同時に押し切る!)

 

 

 試合開始と同時に魔法で押し切る。倒し切れなく共、此方のペースに引き込む。

 出し惜しみなど、してはいけない。

 お互いの間合いは同じ、得意分野も同じとなれば、此方が引き込まれては勝ちは遠退いてしまう。

 

『LET's GO AHEAD!』

 

 

 魔力を廻し、冷気として解き放つ。

 何時もの様に、世界を白く染め上げるべく、絶技の名を口にする。

 

「凍てつけ──……」

 

 

 凍土平原。

 そう、何時もの様に。氷の世界が顕現する。

 顕現したのに……

 

「ぐ、が……!」

 

 

 ──拳が、脳を揺らす。

 珠雫や一輝、この場にいた者達の予想は大きく裏切られた。

 ミドルレンジとロングレンジを奪い合うのでもなく、開幕は淑女による拳撃だった。

 意表を突く、クロスレンジによる戦闘。

 そこから貴徳原は《フランチェスカ》による怒涛の連撃へと移行した。

 

 

 直様体勢を立て直した珠雫は《宵時雨》を盾にし、連撃をいなす。仮にも彼女の家は《伐刀者》の名家。一輝程ではないにしろ、ある程度の武術は納めている。

 十合打ち合い、珠雫は堪らず距離を取り────

 

 

「《水牢弾》!!」

 

 

 水の砲撃を放った。

 タイミング、威力共に完璧に放たれた絶技は、過去最高の精度で飛来する。

 

「────フランチェスカ」

 

 しかし、水の砲撃は淑女の眼前で、霞の様に消え失せた。

 これこそ、彼女の能力。

 手に持つ細剣を素粒子レベルまで砕き、億を越える刃を持って、敵手を削る絶技。

 

「ふふふ……」

 

 淑女は嗤う。

 三日月の様に裂けた笑みを浮かべて。その笑みと《雷切》が、あの獣が重なって見えるのだ。

 

「ああ、素晴らしいですわね、珠雫さん。

 溢れんばかりの闘志……そして愛。どちらも同じ恋する女として感服しました」

 

 唐突に貴徳原の口から出てきたのは賞賛。

 彼女は本気で賞賛し、口にしている。

 素晴らしいと認めている。ゆえに、だからこそ────

 

 

「認めているからこそ、否定しますわ。それこそ、光に奉じる道なのですから」

 

 かつて出会った至上の光を、赤く染まった戦場で舞う獣に恋い焦がれた少女の魔力が廻り、狂した意志が駆動する。

 そうだとも、光は光で素晴らしい。

 素晴らしいのだから、皆も手と手を繋いであの偉大な光を讃えよう。

 

 

「創生せよ、天に願った渇望を──我らは狂える狂愛(あい)の使徒」

 

 

 さあ、刮目せよ──これこそ愛の発露。

 我が祈りの果てとしれ。

 星屑の産声が、獣の咆哮が天に轟く。

 

 

 






さて、皆さん。
狂人に恋する少女はお好きですか?
英雄はお好きですか?
自己愛はありますか?
覚醒できますか?
そして、詠唱は好きですか?

感想、アドバイス、待ってます。次回もこんな作品で良ければお待ち下さい!


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※超新星のルビを変更しました。急な変更で申し訳ありませんm(__)m


 ──初めて彼を見たのは、血の滴る第一訓練場だった。

 

 

 

 

 本来、放課後の訓練場は皆が幻想形態での実戦形式の練習をする為に利用する。

 だが、そこには明確なルールはあまり存在せず、バトルロワイヤルという形式になる。

 

 かくいう彼女も鍛錬の為に友人と共に足を運んだのだ。だが、そこでの光景は入学して二日しか経っていない者でも()()なのだと感じられる。

 

 響く呪詛、断ち切られる絶叫、倒れ伏していく敗者。その全てがこの場は戦場なのだと、突きつけられた。

 赤く彩られた戦場の中心に立つは一人の《伐刀者()》。手に構えられた無骨な野太刀が照明の光に反射して、赤黒い怪しい光を放つ様はまるで妖刀、魔剣の類と見紛うほどだ。

 その醜悪な光景に引き込まれながらも、これは可笑しいと彼女はすぐさま我に返った。

 この事態は明らかに実像形態を用いた死合だ。

 

「シィ────ッ!!!!」

 

 そんな戦場で、一人の少年が、《伐刀者》が血の海で水音を響かせながら、獣に向かって日本刀型の固有霊装を構え、肉薄する。

 獣を断ち切らんと放たれた上段からの振り下ろしの一閃。

 流石に上級生。磨き抜かれた技の冴えは研鑽の跡が見て取れた。

 ──ああ、だが、

 

 

「ぐ、が……!」

 

 

 その研鑽は、ただの横薙ぎの一撃で、木っ端微塵に砕け散る。

 

 狙い澄ましたかの様な剣閃は、吸い込まれる様に少年の胴へと向かい、彼の肋骨を粉砕して外壁まで吹き飛ばした。

 もし、あの野太刀の刃が欠け、潰れていなければ少年の身体は真っ二つになっていたと思うとゾッとする。

 しかし、恐るべきはあり得たかもしれない結果ではなく、それを成し得る獣の性能だ。

 あの一撃。アレに積み上げた物は何一つない。あるの力、ただの力のみ。

 

 

 だが────まだ終わらない。

 次瞬、銃弾が、矢が、魔法が戦場に飛び交い、獣の身体に雨霰と降り注ぐ。

 暴力には、それを上回る暴力で上回ると言わんばかりに、獣に襲い掛かる者達。

 この世で最も成功を収めた人間()優位性(アドバンテージ)を遺憾無く発揮する彼らの有様はまさに寄せては返す波濤の如し。

 

 衝撃、轟音の響く訓練場は砂埃に包まれる。

 これこそ正しく蹂躙、制圧と称するに遜色のない凄惨な闘争。強者が弱者を排他する世の縮図に他ならない。

 なればこそ、この場において彼は最も弱者か?

 

 

 

「ははは……あははははははははァァァァッ!!!!」

 

 

 

 いいや否。獣は哄笑を上げながら、霊装を片手に地を蹴り、颶風の如く疾駆する。

 その身体は全くの無傷。されど心底楽しんでいた。

 

「さあ、もっとだ!

 この程度じゃねえだろお前ら!

 人間()ならばまだ出来る!

 まだ足りない、もっと、もっとだ……俺に殺意(あい)を寄越せェェッ!!!!」

 

 向けられた悪意の数々を愛おしく受け止め、もっと寄越せと彼は叫ぶ。傲慢に、強欲に、自身の我欲に忠実に突き進む様はまるで飢えた獣。

 具現するは真の無双。獣の爪牙に噛み砕かれ、引き裂かれる獲物。

 彼の我欲を満たすには、彼らでは力不足だったのだ。

 倒れ伏す敗者の中心で、彼は嗤う。

 戦う事を好み、勝利する事を望む。

 そんな破綻者はゆっくりと此方へと視線を向けた。

 

 殺意、殺意、殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意殺意────!

 

 

 

 傍観者だった私にまで向けられた殺意の波濤。

 戦うのなら女子供、老若男女問わない獣を前に、私は───見惚れていた。

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 

「天上の光で眼を焼かれ、私は焦がれる程の愛を知る」

 

 それは回想。口遊む様に紡がれる狂愛の詩。

 かつてあの日、あの場所で、初めて出会った時の情熱を私は一度たりとも忘れはしないという淑女の情熱が、運命を礼賛するが如く、詩を奏でる。

 

 

「あの雄々しい勇姿に顔向け出来ない己が恥ずかしい。

 眩い黄金の輝きが決して沈まぬ恒星(ほむら)の如く、恋い焦がれた我が身を照らす」

 

 

 しかし、初対面は恥ずかしい物で……光を前に一歩も動けず、一言も言葉を発せず、ただ友人と佇むばかり。

 あの失望の眼差しを向けられた日は、瞼が腫れるまで涙を流したものだが、それさえも未来へ進む為の薪へと変えよう。

 だって、彼は悪逆非道な小悪党とは輝きが違う。人擬きにさえ、淡い期待を抱いてしまう人だから……

 

 

「だからお願い、天頂神──哀れな私の手を取って。私は既に光の住人、真世界に留まりたいから」

 

 

 焔の系譜を彩る為に、私はその末端を担いたい。この身は獣にして小さく未熟な星屑。

 だからこそ、貴方を飾る徒花に──なるのではなく。

 

 

「焼け爛れた軀であろうとも、天上楽土で未来(ひかり)(うた)を奏でよう」

 

 

 貴方の隣で歩める恒星に至らねば意味がない。

 徒花でも良いなどとは口が裂けても言える筈もない。そうだとも、挑み、越える気概無くして光と共に歩み資格などありはしないのだから。

 さあ、偉大なる光の君よ。光へどうか連れ出して。

 

 故に────

 

 

「いざ、歓喜せよ英雄伴侶(プレアデス)

 ──約束された繁栄は真世界へとやってくる」

 

 彼は求める理想を叶えると信じて、この身は更に更に熱を求めるのだ。

 星屑が煌めき、一つの星を紡ぎ出し、獣への愛が具現する。

 

 

超新星(Res novae)──聖なる婚姻、感涙するは英雄伴侶(The bride of Peleiades)

 

 

 

 

 そして轟く情熱の咆哮と共に、淑女は颶風の如く疾駆する。

 柄しかない得物を手にし、星屑は煌めく。

 

 

 変化はそれだけ……否、それだけな筈はないと珠雫は全神経を尖らせる。

 相手はあの《紅の淑女》だ。油断をすれば、先程放った《水牢弾》の様に霞の如く削り取られ消え失せるのは我が身だ。

 安心など出来る筈もない。

 

 

 自分の持ち味は読みの深さ。状況把握、環境掌握。自然干渉────

 訓練場全域は、既に《凍土平原》により、場は整っている。

 ならば後は恐れず、怯まず次の手を──

 

 

「《白夜結界》!!!!」

 

 

 空間を支配する霧が、戦場を支配せんと流れ出る。魔力で生成された魔法の霧は、敵手の視界を封じ、《深海の魔女》の独壇場を築き上げる。

 この中で状況を正しく把握し、縦横無尽に動けるのは珠雫のみ。

 続けて身体に水の膜を纏わせ、防御策を構築。更に、水の分身を五体作成。

 構築され続ける淑女打倒への戦略(ロジック)。あの《紅蓮の皇女》を上回る、高い魔力制御を持つ《深海の魔女》が真価を発揮する。

 

 

 突如、貴徳原の足元より、氷柱群が現出する。その一つ一つが高度な魔力制御で作り上げられた必殺。これを前にすれば、並の《伐刀者》ならば秒も持たずに蜂の巣と化すだろう。

 

 

 ────相手が並の《伐刀者》ならば。

 

 

 

 億の星屑が、まるで霞の様に氷柱群を削り取り、淑女は氷柱群を物ともせずに駆け続ける。

 これを前に、珠雫は歯噛みする。

 やはり、あの絶技は厄介だ。

 アレを封じない限り、此方の攻撃は削り取られて無に帰るだけ。

 ミドルレンジ、ロングレンジは言うに及ばず、クロスレンジはそもそも論外。

 いくら視界を封じたとはいえ、相手は実践経験豊富な格上だ。故に、

 

 

『《水牢弾》!!!!』

 

 再度、放たれる砲撃。違うのはその総数だった。十、百、千と増え続ける攻め手。それもそうだろう。分身を含めた計六人による征圧射撃。先程のような精密さを求めた物ではなく、ただ強さを求めた面での攻撃が、淑女目掛けて迫り来る。

 

 はたから見れば、ただの焼き直しだが、既に珠雫は突破口を見出している。

 貴徳原カナタの《伐刀絶技》は確かに脅威だ。あの億の刃を前に、生半な攻撃では先程同様に霞の様に消え失せるだろう。

 しかし、あの絶技は無類の暴威を振るう一方で、弱点の目白押しだ。素粒子サイズの億の刃と聞けば確かに脅威だが、その億の刃を構成しているのは彼女の固有霊装の刀身なのだ。つまり、幾ら素粒子サイズの刃と言えど、元となった刀身の体積以上にはならない。数は増やせたとしてもその分、一つ一つの攻撃力が低下するのは必定だろう。

 

 故に、穴を突く。完璧などという概念を人間が体現できる筈もない。だからこそ、あの淑女の無敵とも言える防御にも付け入る隙は必ずあるのだから。

 

 

「………………」

 

 

 されど淑女は不動。刃の星屑を薄く、全身を覆う様に展開。

 上下左右前後……あらゆる角度から放たれる水撃を先程の様に削り消す。

 だが、先程と違うのは、明らかに削り消す速度が緩慢だ。これにより、珠雫は更に攻撃の手を強める。

 

 だが、相手は光へ奉じる狂信者。

 

 

「なっ───ッ!?」

 

 

 珠雫の口から驚愕が漏れる。

 それもそうだろう。あの貴徳原が防御を捨て、《水牢弾》を()()()()()()()()のだから。

 

 それは愚策も愚策、暴挙中の暴挙だ。ただの魔法ならいざ知らず、珠雫の《水牢弾》は敵手を()()()()()()()。着弾箇所から水が張り付き、相手を深海へ引きずり込むのだ。

 現に、淑女の左手は水に侵され、剰え凍っている。

 だが、目の前のコレはなんだ?

 メカニズムは分かる。手からの魔力放出による手刀。あの獣が纏う鎧が如き防御法の類。

 分かる、分かるとも。分かるのだが……

 

 

 弾き、斬り裂き、穿ち、歩みを止めない。

 凍ったからと言って何か特別な事などないのだろうと言わんばかりに魔力放出で凍った左手を無理矢理解放する。

 その様は優雅で凄烈。光へ続かんと猛る亡者に不可能なし。

 

 

「────見つけました」

 

「チィッ!!!!」

 

 

 霧の中で、淑女の視線が見えざる魔女へ向けられる。珠雫も即座に行動を起こす。

 何故、私の場所がバレた──などという三下がのたまう台詞などは吐かない。

 彼女が取ったのは、奇しくも珠雫がしている事と同じ事だ。

 珠雫が纏った水の膜に、星屑が幾つか触れてしまったのだ。この霧が彼女の身体の一部の様に、あの星屑とて彼女の魂、彼女の一部。

 その場所位、手に取るように把握できるだろう。

 

 

 突如、進路を左斜め前方へ変更。魔力放出により増強された身体能力と、《凍土平原》を利用し、滑る様に加速しながら、珠雫の懐へと飛び込んだ。

 

「くっ────!?」

 

 この距離では《障波水連》での防御は不可能。珠雫はクロスレンジでの戦闘を余儀なくされる。

 淑女の手には刀身の戻った細剣が握られ、矢を引き絞る様に構え、此方の心臓を穿つ為に全霊を込めるだろう。

 

 ならば、狙うはカウンターのみ。淑女と魔女の獲物に明確なリーチの差が存在している。

 限界ギリギリで躱し、小太刀を心臓へと突き刺す。

 だからこそ、珠雫も不動。

 

 そして、引き絞られた右手が放たれた。

 珠雫の予想通りに──()()()()()《フランチェスカ》は珠雫の心臓目掛けて向かって……珠雫の()()()を突き刺された

 

「なっ、ぐあ……!」

 

 そして、連続する刺突の円舞(ワルツ)。急所という急所を正確に穿ち、敵手を死へと誘う舞う様な攻撃。

 計37回の刺突の果てに、珠雫は崩れ落ち──血染花を大地に咲かせる。

 だが、赤い血潮は淑女を嘲笑う様に透明な色を帯び、力なく倒れる五体は輪郭を失い、水と化す。

 

 

「ふふふ……流石、恋する女はお強いですね珠雫さん」

 

 淑女は優雅に笑みを浮かべて、珠雫への賞賛を述べる。

 まさしく貴族の風格というのが滲みでているが、それさえ気にならない程に珠雫は貴徳原カナタがひたすら不快だった。

 

『……貴女と同じにしないでいただけますか?

 ひたすら不快です』

 

 

 珠雫は不快感を隠す事なく告げる。

 彼女を見ていると、目の前にいるのがあの獣に思えて……

 

 

『第一、私は貴女と違って男を見る目はありますから』

 

「あら、奇遇ですね。私も殿方を見る目はある方だと自負はあるんですよ。やはり、真の人間()には惹かれるものですからね」

 

 軽口を叩きながら攻防は続く。珠雫もそんな事をしている場合ではないというのに、言葉を紡ぐのを止められない。

 これだけは絶対に否定せねばならない気がしてならない。

 

『ふん、お兄さまをあんな獣と同列に語るなんて烏滸がましいんですよ……何の因縁があるか知りませんがお兄さまに害意を向けるなら容赦しません!』

 

 そうだ。あんな獣と愛しい人を同列視する様な事は許さない。

 自分の兄は天下に誇るべき自慢の男。環境に恵まれず、運命に見放され、家族に捨てられた彼。しかし、それでも彼は諦めなかった。

 環境に、運命に、家族に抗い、夢見た未来を目指すべく努力を続けてきたのを珠雫は知っている。

 

 だが、目の前の淑女が同列視した獣はどうだ?

 法や道徳を踏み躙り、他者を殺す事しか考えられぬ物の怪。宝石と路傍の石ころを比べるなど愚の骨頂だ。

 

「ふふふ……害意だなんて抱いてませんよ。

 寧ろ、私は納得しているんですよ」

 

『納得……?』

 

 嘲りの言葉の返答は魔女の予想を裏切るものだった。

 

「ええ、彼なら天へ駆け上がるだけの意思と力を持つ事でしょう。それも()()()()()()()()()()()

 

 害意などない。納得している。

 どちらも違わず真実で、惜しみない賞賛だ。

 黒鉄一輝は、無理や不可能を踏破する事のできる、光を目指す一人の英雄の卵だと淑女は語る。

 

「でも、だからでしょうか。私は彼がとても()()()()様に見えてしまう」

 

 前へ、前へ、ただ前へ。

 未来を目指し、努力を惜しまず、他者を慈しみ、法や道徳を重んじる。

 その姿、その足跡。素晴らしいと思うが、自分の欲を覆い隠している様で憐れでならないのだ。

 

「彼はもっと素直になるべきだ」

 

 彼はあらゆるモノに絡め取られている。

 ならば、解放してやらねばならないだろう。

 

「愛とは受け入れ、応じる事……勝利とは否定する事。ならば、今の彼を否定して、人間()に至った彼を受け入れる事こそ、真の愛と呼べるのではありませんか?」

 

 そうすれば、彼は真の世界で生きられるのに────

 

『黙って』

 

 そんな淑女の言葉を冷徹な声音で両断する。その言の葉には静かな──噴火寸前の火山の様に煮え滾る怒りが込められていた。

 

『そんな物は愛ではありません。それは盲信、貴女は見たい物しか見ていない』

 

 前へ、前へと進み続ける意志、確かに素晴らしいのは認めよう。

 だが、彼女達のそれは世界を半分しか見ていない。

 

『それに──貴女、櫻井嶺二()の嫌いな所、十個位言えますか?

 ……言えないですよね。不平不満を一切想起させない他人なんて、それだけで歪に感じる筈なのに。

 元来、好きな人ほど自分の思い通りにならなくて、やきもちしたり、怒ったり、すれ違ったり落ち込んだり……ねえ、それがない恋愛なんて、見かけだけ取り繕った愛情じゃない!』

 

 だからこそ、淑女がしているのは自画自賛と変わらないと珠雫は切って捨てる。

 思い通りになる愛……そんなもの、ただの塵だ。一喜一憂しながらも、その一時一時を至高と思えるのが、恋愛というものなのだ。

 

「はッ! これが愛ではない?

 笑わせないでいただきたい。至上の光に汚点など一つもありはしません」

 

 光は光で素晴らしい。それを違えてはならない。

 たとえ、愛ではないと言われても、報われなかったとしても────この胸に宿る熱は真実。ならば、偽る事など出来る筈もない。

 彼が法を、道徳を踏み躙るのなら、その所業の全てを容認して受け入れよう。

 

 

「彼ほど素晴らしい存在など、この世の何処にも存在しないのですから!」

 

『こ、の……大好きな獣を基準に、お兄様をはかるな、度し難い理想主義者がァァァ!』

 

 

 星屑と水の奔流がぶつかり合う。

 怒気に比例して激しさを増す水流。そして、星屑もまた魔女の怒気に比例して、此方も負けられないと更に魔力を奮う。

 報われぬ恋をする者同士として。

 水底の魔性(ローレライ)英雄伴侶(プレアデス)の戦いは加速する。

 

 




どこで区切ったら良いのかわからねぇ……
感想、アドバイス、お待ちしてます!


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深淵に近き望み

 富める者は貧しい者へ施しを(ノブレスオブリージュ)

 血と共に脈々と受け継がれた家訓。

 たとえ名が、国が、時代が変わろうと教えを貫き通してきた。

 

 ああ、確かに素晴らしいのでしょう。

 この言葉を掲げたとして、行動に移さない者は大多数いることだろう。

 そう考えると、自身の先祖はさぞ清廉潔白な善人だと改めて思う。

 

 その生き方を、魂を素直に尊敬していたし、倣おうと思った事に嘘はない。

 

 だが、あの人を見た時、ふと思ったのだ。

 

 果たして、この教えは他者の為になるのかと。

 

 富める者の施しは確かに一時ではあるが救うのだろう。だが、その後は?

 また救うだろう。その後もずっと、ずっと救えるまで……

 この世には金でしか解決出来ない問題は多々あるのは知っているが、施しばかりで救えるのか?

 出る筈だ。清廉な施しを搾取し始める愚図が。そんな者達からしたら私達は極上の餌場だろう。何せ()が沢山あるのだから。

 

 考えれば考える程、自身の根底は揺らいでいく。

 

 では、その教えに倣って欲を封じ、家の為に頑張ってきた自分はなんだ?

 恋もしたい。友と共に歩んで行きたい。そんな誰もが普通に行っている事が出来ぬ己は本当に人間なのか?

 人形と変わらないのではないか?

 自身の力で道を切り開くことも、歩む事もしていないのではないか?

 

 だが──

 

 戦の香気のする彼を見た時に感じた胸の高鳴りは嘘じゃない。いや、嘘にしたくない。

 だって、本当に見惚れてしまったから。

 

 衆愚が彼を蔑もうが彼はある種、究極の光だ。

 光を目指して何が悪いというのだろう。

 

 

 彼が灯す劫火に、身を委ね、抱かれたいと思う事は──きっと悪い事じゃない。

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 

「くっ……! ああァァッ───!」

 

「はははははははははッ!」

 

 星屑が煌めき、水流が迸る。

 二人は心の底から殺し合う。

 その戦いに理由を付けるとすれば、一人は兄への愛。もう一人は至上の光への愛。

 どちらも同じ報われぬ者同士。

 同族嫌悪。お前など壊れてしまえと、得物を血が滲む程強く握り締め、魔力を廻して、一撃一撃に必滅を誓って解き放つ。

 

 

 だが────

 

 

「どうしました? 温いですよ」

 

 奇襲、奇襲に次ぐ奇襲の全てがねじ伏せられる。高ランクの魔力制御による、気配を悟らせない攻撃を弾き、砕き、削り取られる。

 あまりにも不条理極まりないだろう。

 現在、貴徳原カナタの五感の内、戦闘で最も使用される視覚を封じられている。珠雫の魔法さえ感知出来ない筈なのだ。

 

 だが、全て防がれる。

 星屑で、鍛え抜かれた武技の数々で、輝く不屈の大欲で……全ての攻撃を踏み躙り、前進し続ける光の亡者は止まらない。

 この光景を試合開始から何回見た事だろうか。

 ロングレンジ、ミドルレンジ、クロスレンジでの戦闘は圧倒され、今や防戦一方。

 疲労した所を狙おうと画策するも、貴徳原カナタは一向に疲れの色を見せず、最早時間が経つほど強くなるなどという馬鹿げた事を珠雫は考えてしまっていた。

 

 互角だった闘いは、一方的なワンサイドゲームと成り果てている。

 だが、それでも珠雫の目は死んでいない。

 虎視眈々と勝機を探し続け、何度も死線を回避する。

 淑女が、あの獣への絶対的肯定を謳うのと同じ様に、兄への揺るがない愛を珠雫は掲げるのだ。

 どちらも戦う理由に差はない、のだが……

 

 

「──《星屑の斬風(ダイヤモンドストーム)》」

 

「ッ……《障波水漣(しょうはすいれん)》!」

 

 

 ──戦闘能力として隔絶したものがあった。

 観戦に来ている生徒や教師の大半、そして直に戦っている珠雫でさえ気づいていないが、貴徳原カナタの能力は最早、異界の法則として確立されつつあった。

 まるで海の魚が淡水を求めるかの様な変貌と変革の嵐。

 

 斬風の嵐は容易に水の障壁を食い破り、魔女の愛を否定し続ける。

 お前の愛は光の前では無価値である。故に真の愛に芽生えるが良い。

 言葉にすればこうだろう。二人の主張は決して相容れない。互いが互いの愛を否定しているのだから、これは必定と言える。

 

 

「ぐ、づゥ……貴女の愛になんか負けてたまるか……!」

 

 しかし、珠雫もまた淑女の愛を否定する。

 

 絶対的な肯定とは聞こえは良いが、その肯定の矛先は獣だ。

 この女の愛とは、獣がする事、成す事全てを正義として受け入れるのだ。それが己の親友の死や己の死さえ許容する歪んだ愛、歪んだ恋心。

 歪んだそれを譽れとしている時点で、貴徳原カナタの恋は実らない。それを理解しているのに止まれない様は正しく暴走列車。ブレーキなど、遥か彼方に置き去っている。

 

 

「いいえ、貴女の愛は既に敗北してます」

 

 

 されどカナタも魔女の愛を否定する。

 兄の為、兄の為と聞こえは良いが、貴女のソレは私のソレと同質、同じ物だろうが。

 同じ物を否定しているのだから、お前は既に負けていると淑女は謳う。そして、そんな情けない貴女を私は否定する。

 

「貴女がしているのはただの同族嫌悪だ。まあ、気持ちはお察ししますよ。誰だって、自分と同じモノは気持ちが悪いですからね」

 

 星屑の刃が遂に珠雫への道を切り開き、淑女は此処ぞとばかりに駆け出した。

 

「そうですとも、彼は言いました。闘争とは異なる何かを理由に起こるものだと。しかし、視野を広げてみれば人間()は同族と争うことさえ厭わない」

 

 

 そう、人間()は厭わない。

 互いに同じ人類なのに、殺し合いが止められない。

 それは何故か?

 

 

「結局、殺したいんですよ、愛したいんですよ。だって同じなんですもの、自分なんですもの」

 

 ──同じだからこそ、気持ちが悪い。何故なら、己という人間は己だけで良いのだから。

 

 ──同じだからこそ、愛おしい。何故なら、己という何よりも優先すべき存在なのだから。

 

 愛と殺意(あい)は同質で、切っても切り離せず、他を超絶した自己愛なくして博愛の精神(さつい)は芽生えない。

 

 

「くっ───!」

 

 

 珠雫は堪らず、距離を取ろうと後退。しかし、淑女は逃さない。足裏から魔力を放出、一息で距離を詰め、珠雫の胸倉を掴み、足を払い、卓越した武技を効率よく運用し、魔女の重心を一瞬で揺さぶる。

 

 そのまま全体重を掛け、小さな魔女を押し倒し、星屑の刃で二つの針状の刀身を形成。容赦なく珠雫の掌を突き刺して大地に縫い止めた。

 

「ッ〜〜〜〜!!!!」

 

 痛みで悲鳴が上がりそうになるのを必死で我慢しながら珠雫は歯を食いしばる。

 眼前で自身の顔を覗き込むのは、帽子の下から時折見える紺碧の瞳は奈落の様な闇を携え、恍惚としていた。

 その様は櫻井嶺二を嫌でも彷彿させる。

 

 

「では自分を至上としているのに他者を愛すのか……珠雫さん、貴女は分かりますか?」

 

 

 まだ続くのか、と内心打開策を練りながら珠雫は返答する。

 

 

「そんなの……見惚れたか、好きになったからに決まって──」

 

「違います。それはその人が狂ってしまっているからです。Amantes,amentes.(愛する者は正気なし)……狂しているから人間()であり、他者の存在を必要とするのです」

 

 

 一人で生きられる人間などいない。

 それは純然たる事実であり居たとすれば、それは最早、人ではない。

 だからこそ、櫻井嶺二は他者の存在が絶対不可欠である闘争に惹かれ、貴徳原カナタは絶対無比たる凶星の光に恋い焦がれた。

 

「ほら、貴女も同じでしょう?

 自覚しなさい。貴女は自分が嫌悪する人と同族なのだと」

 

 

 兄の背中に憧れた。兄の置かれている不遇な環境を憎悪した。

 そんな彼を妹として慕い、母として案じ、友として慕い、愛人として愛している。

 お前は兄を絶対肯定しているではないかと淑女は笑みを浮かべて嘲笑する。

 

「そうすれば、素晴らしき光が讃えてくれます。そうだ、お前は正しい、ゆえに否定するとね」

 

 

 ならばこれこそ真理。正しく神託。人の世に齎された至高の光だと声高々と宣言するカナタ。

 

 

「い、や……だッ……」

 

 だが、否だと弱々しいが確固たる信念を乗せて珠雫は言葉を紡ぎ出す。

 

「貴女、と同じだなんて……絶対に認めない……!」

 

 それだけは、それだけは絶対に認められない。同族嫌悪だって分かってる、分かってるいるのだ。

 けれど、淑女と同じだと、どうしても認めたくない。

 何故なら──

 

 

「貴女と同じだと認めない……私の愛は、お兄様を堕落させる愛じゃない……!」

 

 目の前の淑女や櫻井嶺二は必ず一輝に何かしらの害を与えると珠雫の理性は訴えているのだ。

 いや、それ以前に一輝は彼ら──自称人間()に魅入られ、更には彼自身も何故か目が離せないでいる事を、珠雫は知っていた。

 

 ならばこそ、認められない。

 確かに発言が全部自分に返ってくる程、貴徳原カナタと黒鉄珠雫は同類だ。

 愛しい人を至上とし、愛しい人の嫌いな所など、十個も言えない。

 

 けれど、心にもない無い事でも否定しないといけない。

 この愛は兄を獣に堕落させる愛なんかじゃない。

 兄は獣なんかにならない、なって欲しくない。私は彼を獣になんかしない。

 

 

「無理ですよ」

 

 

 そう思う心さえ、光は無情に圧し潰す。

 カナタの背後で不協和音を掻き鳴らしながら、ソレは現れた。

 

「え……」

 

 あり得ない。こんな事はあり得ない。

 だって、貴徳原カナタの能力は刀身を砕いて素粒子サイズの億の刃を自在に操る能力の筈だ。欠点として星屑は刀身の体積を越えない筈なのに。

 

 

 カナタの背後で蠢く銀閃の星屑。今まで、その一つ一つは目視出来ぬ程の小ささだったが、今や目視出来るほどの大きさとなっている。その総数は十、百、千を越えて尚も上昇。

 

「どう、して……! 貴女の能力でこんな事は……」

 

「ええ、今までは出来なかったですよ。でも、人間本気の愛さえあれば大抵何でも出来るものですよ。

 ──これが、英雄伴侶(プレアデス)の本当の能力ですよ」

 

 

 魔力の過剰励起による霊装の暴走。元々、霊装は《伐刀者》の魂であり、魔力の塊だ。

 ならば、必要以上に霊装へ魔力を注ぎ込めばどうなるのか?

 貴徳原カナタは霊装の膨張という形で顕現させたのだ。

 星屑は場を埋め尽くさんと形を成し続ける。

 これも全て、本気の愛が成せる御業だろう。

 

 

「さあ、共に未来を目指すとしましょう」

 

 淑女は嗤う。

 そして、星屑は荒波の如く──珠雫を呑み込んだ。

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 会場は星屑の大海に呑まれ、地に剣が大輪の華の如く咲き乱れる。

 銀色の華は諸人を魅せ、惑わせる魔性を帯びていた。だが、美しい薔薇に棘がある様に、この華もまた棘がある。

 

 大輪の中心は真紅に染まり、天に生贄を捧げるが如く、魔女は串刺しになっていた。

 

 ああ、やはり駄目なのだろうか。

 

 

 星屑の荒波に呑まれ身体はズタボロ。四肢を貫く冷たい銀色。五臓六腑は穴だらけで、血管や主要器官の状態は致命的。剣に伝う赤い血潮がより一層彼女の有り様を凄惨にしていた。だが、そんな物は如何でも良い。

 

 このまま私の敗北は決定してしまうのだろう。

 本当はまだ負けたくない。私の愛はこんなモノじゃないと証明したい。

 けれど身体が、自分の心に着いてこない。

 ああ、だから兄を取られてしまうのだ。

 もっと自分が強ければ、兄の隣に居るのはステラではなく、自分だったかもしれない。

 

 ──分かってる。分かってますとも。私の言っている事は滅茶苦茶で、全部自分に返ってくることくらい。

 

 でも、認めたくないじゃない。

 獣達は絶対にお兄様を堕落させる。そういう確信めいたモノがある。

 そんな奴らと私が同じ?

 嫌よ、止めて。そんなこと言わないで。

 拒絶と否定の嵐は渦を成し、坩堝と化した。

 

 

「──────ク」

 

 鼓膜が揺れる。

 星屑が奏でる不協和音めいた金属音ではない、憎たらしい誰かの声。

 

「頑──、─ズクッ!」

 

 良く聞き取れない。

 もう良いの。だからどうか、このまま潔く負けさせてください。

 私は哀れで、卑しくて……こんなに弱い。お兄様の隣に立つ資格はなんてなくて……兄への愛に同族嫌悪という泥を塗った馬鹿な妹だらか。

 

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいお兄様。

 貴方に合わせる顔がありません。

 

 敗北を受け入れようと、そっと目を閉じた時だった。

 

 

「何諦めてんのよシズク!!」

 

 

 一際大きな──()()()()と錯覚する程の大音響が会場を揺らす。

 激励を放った声の主は燐光を撒き散らしながら恋敵に吠える。

 諦めるな、貴女の愛はそんな安いモノじゃないでしょうと。

 

「同族嫌悪で良いじゃない、自分が、他人が嫌いで良いじゃない!

 アンタ、イッキの事が大好きなんでしょ!

 私なんかに、ましてや他の誰かになんか渡したくないと思ってるんじゃないの!?」

 

 同族嫌悪?

 他者が嫌い?

 知らない、そんな事などどうで良いだろう。

 お前の愛はそんな事で折れて良い筈がない。

 獣がどうとか、光がどうとか、愛の方向性だとか──そんな簡単な事を難しく考える必要などない。

 何故なら────

 

 

「胸に抱いたんでしょう?

 どんなに蔑まれ様と、これだけは譲れないと小さな勇気であっても振り絞ってでも絶対に曲げられない愛を!」

 

 ならばこそ、立ち上がれよ我が恋敵。

 納得していないなら、(ソレ)だけは折るな。貴女の今までの行動は、確かに一輝に居場所を与えていたのだから。ゆえに愛さえあれば、更に一歩踏み出せる。

 だって、恋する女は強いのだから。

 

 

 剣林に木霊する熱の籠った激励。

 それに応える様に微かに動く影。

 少しずつ……最初は指。そこから徐々に肉の裂ける音と共に彼女は動き出す。

 

(うる、さいんですよ……貴女、なんかに応援……されても嬉しくなんてありませんから……!)

 

 そう心の中で呟くが、勝手に口角が上がってしまう。

 ええ、貴女の言う通り。

 たとえ発言が全部自分に返ってこようが、私の愛が揺らいでどうする。この身が朽ち果てようとも兄への愛だけは絶対に不動でなくてはならない。

 そして知らしめるのだ。

 此処が彼の居場所なのだと。

 

 

「あ、ぐ……ああああァァァァッ───!!!!」

 

 その為に、痛みを忘れろ、誇りを捨てろ、体裁など犬にでもくれてやれ。

 愛の形と方向性だけを糧に、もっと、もっと、もっともっともっと……

 

 

 

創生(■■)せよ、天に願った渇望を──我らは憐れな■■(あい)の使徒』

 

 

 そのまま、何かに導かれる様に言霊を紡いだ。

 其処に愛は有れども渇望(いろ)はない、だが未だ定まらぬ渇望の代わりに流し込まれるのは彼女達の大源。

 其は水底の魔性。焦がれた光に手を伸ばすも、決して届かぬ憐れな女の心象、傷だらけの原石。

 練磨しても自分一人輝く事が出来ず、誰かの徒花になる事しか出来ない。

 ゆえに伸ばした手が掴むのは焦がれた光ではなく、忌むべき光。

 舞台から役者の足引き、引き摺り下ろす。

 

 そう定めた■の力が、此処に深淵に近き星を生み出した。

 

 




\(≖‿ゝ )/<Disce libens(喜んで学べ)

※今の珠雫は座のバックアップを受けたフィナー蓮状態です。
今回、途中何を書いているのか分からなくなった……末期だな。

感想、アドバイス等お待ちしております。


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星屑の審判

今回、ちょっと難産気味です……


 星が、輝照する。

 水が生き物の様に蠢き始める。

 まるで、会場の全てを自分の領域にするかの様に拡がりだす海洋、宵の世界。

 水底の魔性、魔女(ローレライ)深海(ならく)に向かって堕ちていく。愛を、愛だけを縁にただ堕ちる。

 

 だが、それだけでは本来足りないのだ。

 確かに愛はあるだろう。けれど深度が足りない、まるで足りない。

 なまじ今まで《伐刀者》として常軌を逸する事が出来て居なかった弊害とも言えるだろう。彼女は常識的過ぎた。

 

 故に淑女と同じ領域に踏み込む資格はあれど、今は不可能な筈なのだ。だが、魔女はその領域に踏み込もうとしている。いや、押し上げられている。

 

 普通なら何某かの介入を疑うが、目の前の淑女は普通ではない。

 

 

「ああ、良いですね、良いですよ、良いじゃないですかッ!」

 

 狂喜、礼賛の嵐。そう、淑女にとっては何某かの介入すら些事だ。

 今、讃えるべきは黒鉄珠雫という一人の不屈の意志、そして自己を認め、立ち上がった事である。

 

「やはり愛とは素晴らしい。愛さえあれば人間(けもの)はどんな不可能も可能にできる!」

 

 それだけ想い続けたのだろう。それほど好きだったのだろう。誰よりも愛そうと努力したのだろう。

 素直に感服しよう、敬意を表する。

 だが、それはそれだ。

 

「故に、否定しましょう。それこそ、真の愛への返礼でしょう」

 

 そんな愛を前に真剣に向き合わねば、彼女に対して悪いだろう。

 容赦無し、加減無し。あるのは掛け値無しの本気、覚悟、そして情愛を持って目の前の敵を砕く。彼はそうする。ならば自分も続くのみ。

 宵の世界に呼応する様に星屑の世界も煌めきを強める。

 刃が鳴らす不協和音は淑女の殺意の具現だった。

 

 

 荒ぶり、高め合う殺意と殺意、愛と愛。

 同族たる女は今、本当の意味で向かい合う。

 

 

超新星(Res novae)──』

 

 

 紡がれる。新世界を望み、己が渇望成就を願う言霊が。

 兄への揺るがぬ親愛。忌むべき光を引き摺り下ろす。

 最早、深海の魔女(ローレライ)は深海へ沈み込んだ。

 顕現するは、宵の世界。大河の女神。

 

噎び泣け、憐れで弱き悲愴境界(Silverio Styx)

 

 人界と冥界を隔てる女神が、深淵に近き星の威光を纏って現出した。

 それと共に流れ出る、彼女の大河(からだ)。ゆっくりと滴り、拡がり始める彼女の世界。

 血染めの身体は、所々穴だらけ。腹部に関しては内臓が見え隠れしている箇所さえ存在している。

 

 ──観客席からバタバタと音がする。

 何人かは珠雫の惨状に気絶したらしい。

 珠雫は最早止まらない。一歩、踏み出したが……咄嗟に審判が両者の間に入り込もうとする。

 だが……

 

 

「──────」

 

 動かない、いや動けない。

 審判の足元に触れた水が生き物様に蠢いた後、彼の身体を即座に氷漬けにした。

 その様は正に氷の不動縛。全てを止める凍てつく大河。

 審判は驚愕する間も無く氷像と化した。

 

 

 これに観客の何人かが悲鳴を上げ、中傷するが、それさえ珠雫にとっては見当違いも甚だしい。何故なら、彼女は元より戦える。

 戦える状態にする手段を、持っている。

 

 それを証明する様に、珠雫の身体から淡い光が迸る。

 魔力による燐光は徐々に珠雫の身体の欠損を回復させて行く。

 これは自然干渉系──水の異能属性による治癒だ。中でも珠雫の魔力制御の実力は極上である。これらを合わせれば完治、とまではいかないが戦闘を継続できるレベルまでは回復出来る。

 

「──擬似的な不動縛、という所ですか」

 

 だとしたら厄介だろう。

 アレは此方の星屑さえも絡め取り、動きを止めるだろう。アレはそういうモノだという確信がカナタにはある。

 不動縛の大河を併用して、今までの戦いと同様に運用してくる。

 となれば、取る方法は一つ。悲愴境界(ステュクス)の御業の全てを掻い潜り、チャンスを狙う。真正面から行けば絡め取られるだけならば妥当、最善だろう。

 

 しかし────その様な逃げに徹する女だろうか。あの淑女は、あの獣は。

 

 

「オオオオォォォォッ────!!!!」

 

 響く雄叫び。砕ける足場。吹き荒れる星屑の暴風。

 そうとも、この程度で逃げに徹してどうするというのだ。

 櫻井嶺二なら真っ向から叩き伏せるだろう。

 なら、淑女が続かぬ道理はない。

 

 白銀の星屑は煌めきを放ちながら舞う。

 蠢き増殖を続ける星の奔流を前に珠雫の行動は一つ。

 

 

『《障波水漣》』

 

 一言、何時もの様に絶技の名を口にする。

 次瞬に発生する津波を想起させる水の壁。障壁に触れた星屑は瞬く間に氷の不動縛により動きを止め、氷像と化す。

 だが、淑女はそれでも攻撃の手を緩めない。

 正面突破は得策ではない?

 知らない、見えない、聞こえない。

 真正面から向かい合う事にこそ意味はある。その為の舞台こそ戦場であると彼は吼えたのだ。

 

 

『《水牢弾》』

 

 

 放たれる水の砲弾は都合六十数発。

 線や点での攻撃ではなく面での制圧射撃。

 それを掻い潜る様に身を滑らせ、星屑を廻す。

 躱し、防ぎ、進み続ける。

 だが、淑女の攻撃手段は徐々に削られていく。

 

 悲愴境界の不動縛は星屑を縛り続ける。

 《フランチェスカ》を収め、再顕現させても星屑は凍ったままだ。

 故に消耗は必然。それでも淑女は進み続ける。

 

 

『…………』

 

 対する魔女は無言を貫く。

 語る言葉は既に持ち合わせていない。

 自分が彼女に何を語りかけようと淑女は何も変わらない。

 彼女が自分に何を語りかけようと魔女は何も変わらない。

 共に願った物は愛しき者への愛。

 違うのは勝者か敗者か。それのみだ。

 我が愛は砕けない、故にお前の愛は砕け散れ、と猛る。

 

 

 ああ、だけど……英雄伴侶の魔力が尽きるのは秒読みだった。

 元より英雄伴侶の燃費はお世辞にも良いとは言えない。自らの魂とも言える霊装に過剰に魔力を注ぎ込むのだから、自らに返ってくるリスクは想像を絶する。

 いや、今まさに帳尻合わせが起きているやも知れない。

 内臓は幾つ破裂する?

 血管は何本千切れる?

 筋肉は?

 神経は?

 他には、他には──……如何なるリスクも恐れずに彼女は無理を容認し続ける。

 

 

「ハアァァァァッ!」

 

 

 最早、星屑は氷の芸術となって会場に幻想的な空間を創り出したが、貴徳原カナタの状況は絶望的だったが、彼女は《フランチェスカ》を片手に構え、尚も前進し続ける。

 笑みを絶やさず、少しずつ着実に距離を詰めて行く。

 頭に思い描くは勝利を掴んだ己と、地に伏せる敵対者。それ以外の未来は求める必要は無い。

 

 

 だが、それは珠雫とて同じだ。

 この熱を嘘にしない為に。今までの足跡を否定させない為に、淡々と──されど激烈に攻撃の手を強める。

 

『《緋水刃(ひすいじん)》』

 

 粛々と紡がれた言の葉と共に霊装に形成されたのは水の刃。水の奔流。

 本来ならば星さえ削り得る可能性を秘めた水の断刃だ。

 しかし、悲愴境界の恩恵を得た今、触れれば最期、いとも容易く首が飛ぶ。

 氷の氷像と化した敵手を殺めるのには、幾分か過剰と言える力である。

 だが、黒鉄珠雫に迷いはない。元より愛を縁に立っているのだ。それ以外で揺らぐ要因など無いのだ。

 

 構えられた水の断刃は処刑刀だ。

 慈悲なく、容赦なく──兄へ不幸を齎す存在を罰する為の。

 故に彼女は悲愴境界(スティクス)なのだ。

 元よりスティクスと呼ばれる神格はとある神話に於いて地下を流れるとされる大河の化身にして冥王星の衛星である。

 

 神々を罰す権利を有する神格が保有する神水は神々さえ支配する力や猛毒を持っている。

 今の彼女にはピッタリな神格だろう。

 何せ、触れれば彼女の刑罰から逃れる事が出来ないのだから。

 

 

 されど淑女は逃げない。猪突猛進、猪突猛進。前進以外はあり得ない。

 残された星屑は《フランチェスカ》の刀身のみ。魔力はとうに尽き、意志力のみで身体を動かす。

 見ていてください、見てください愛しい人よ。私は貴方の夢に続く第一の爪牙。

 きっと勝利を手にします。だから────

 

 

「■■■■■■■ォォォォッ──!!!!」

 

 

 声を掠らせながら、吼える。

 全ては愛しい人の為に。己の愛の為に。

 だが、魔女は知っている。淑女ならばそうするだろうと。何故なら二人はどうしようもなく同じだから。

 

 

「────ッ!?」

 

 

 刹那、淑女の動きが止まる。下に視線を向ければ在るのは小さな水溜り。

 そして、右足から這い上がる様に氷像に成り果てていく。

 そう、珠雫は何も面による制圧射撃だけを行った訳ではない。

 自分が戦い易い様に環境を整え、罠を仕掛け、攻撃を続ける。同時に三つの行動を起こしていたのだ。

 

「《ブラ゛ンヂェスカ》」

 

 手にした霊装の銘を詠う。

 残された星屑を起動し、右足を切断。

 片足で前進を続ける。

 

 

『ええ、貴女ならそうするでしょうね』

 

 

 無慈悲な魔女の声が響く。

 超える、越える、お前を超越()える。貴女達にはどうしようもなく、それしかないから。

 

 

『片足になれば運動機能は低下する。私の攻撃を全て躱しきる事は不可能──とは言いません』

 

 

 何を言っても淑女は止まらない。

 それはもう分かりきっている。

 だが最早、王手だ。

 唐突に上がる水の障壁が、カナタの退路を断つ様に立ち昇る。

 更に退路を塞ぐ様に放たれた水の砲撃、そして動き出す悲愴境界。

 手にした処刑刀を構え、カナタに迫る。

 

 

 カナタに回避も防御も敵わない。

 退路は断たれ、防御をしても貫通するだろう。あの処刑刀は星を削る。この星は水による彫刻だ。水滴が石を穿つ様に、彼女の処刑刀はこの身を断つだろう。

 

 

 ────残り、5メートル。

 小さな足音が迫る。

 小さな体躯で駆ける、自身の同類。

 抱くのは少し達観。そして、瞳に映るのは必死の形相で迫る小さな、可愛らしい魔女。

 

 

 このまま敗北したとしても、恐らく自分は満足だろう。いや、満足してしまうだろう。彼女が同族である事を認めたのだ。

 ああ、素晴らしきかな。愛する者の為ならば、可能性は無限大なのだ。彼女に負けるならば悔いは……悔いは……悔、いは……

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 《緋水刃》の刃が後少しで淑女に届く。

 構築された星屑殺しの布陣を突破する事は不可能ではないだろうが、次の一手で王手だ。

 淑女は既に詰んでいる。右足を失い、処刑刀の一撃をなまじ躱せても、不完全な体勢では続く二撃目は躱せないだろう。

 

 

 故に魔女は笑う。

 貴女は良くやった。これを到底、私だけの勝利とは呼べないだろう。だが、それでも……言わせて頂戴。

 

 

『私の、私の愛の勝ちですッ!』

 

 

 勝利宣言と共に振り抜かれる処刑刀。

 

 

 珠雫の瞳に映るのは、真っ二つの氷像が転がる未来。

 

 

 だが────そんな、未来を前にして……

 

 

 淑女は唐突に笑みを浮かべる。嘲笑ではない。今までの様な三日月の様な笑みでもない。ただ純粋に、子供の様に喜んび、少女の様に頬を赤らめ、笑っている。

 それに、何故だろう。視線が合わない。彼女は珠雫の遥か後ろを眺めている。

 だが、もう遅い。間に合わない。何か策があろうと手遅れだ。

 

 

 首元まで迫る処刑刀。

 終わった。これほどまで策を巡らされ、身体は死に体。さしもの淑女とて戦闘継続は不可能。

 珠雫は、戦いの決着を確信する。

 

 実際、まさにその通り。

 光に、獣に挑みし者がこれを()()()と、防御を捨てて攻撃へ集中した瞬間に死闘の趨勢は決した。

 

 珠雫は何一つ失敗などしていない。彼女が試行錯誤の末に打ってきた布石は、この瞬間に最大の功を奏したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 だが────

 

 

 

 

 

「ま゛だだッ……決して譲らない、勝つのは私だ……!」

 

 

 ──不屈の闘志()が燃え上がる。

 カナタは珠雫が超至近距離まで近づいて来た瞬間に、左手で刀身を下からカチあげる様に掌底を放つ。それにより首飛ばしの処刑刀の軌道が僅かに上に逸れる。

 

 

 だが、処刑刀に触れた事で左手は凍結するが、即座に星屑で左手も切断する。

 

 

「くっ────!」

 

 意表を突かれた珠雫だったが、すぐさま左足を軸に回転。続く二撃目へと移行する。

 

「まだだ、まだだ、まだだまだだまだだァァァァッ!!」

 

 烈火の如く燃え盛る気合いと根性、そして愛。

 

「あの人が見てくれてるのに……負けられるものかァァッ──!」

 

 彼が見ていてくれたのだ。

 今までずっと同じ時間に試合が行われていた事もあり、一度も自分の試合を観に来てくれた事がなかった彼が。

 

 それだけで胸の奥が暖かくなる。

 それだけで魂が燃え上がる。

 

 悔いは無い?

 冗談は無しだ。悔いが残るに決まっているだろう。負けても嬉しい?

 ああ、確かにどう転んでも自分に都合の良い結果しかないだろう。だが違うのだ。

 

 どうして負けられるというのだ。愛しいの彼が笑って見てくれているというのに。

 

 

『これで、終わりです!』

 

 放たれた二撃目。片足しかない淑女に躱す術はない。

 されど淑女は揺るがない。()()()()()()で一歩前へ踏み込んで来た。

 

 それは白銀。星屑で組み上げれられた、自身の身体を支えるだけの無骨な義足だった。

 しかし、分からない。

 彼女に残された魔力など無い筈だ。だというのに、あの義足は明らかに本来の《フランチェスカ》の体積以上だ。明らかに英雄伴侶の能力が起動している。

 それは何故か。珠雫は嫌と言うほど知っている。貴徳原カナタは気合いと根性だけで死に体の身体から戦えるだけの魔力を捻出したのだ。馬鹿げているとしか言いようがない。

 

 

 だが、一歩踏み出したから何だと言うのだ。

 最早、霊装を顕現させるだけの魔力はない筈だ。ならば、今度こそ手詰まりだろう。

 

 ああ、だけど────

 

 

 そのまま義足を軸に放たれたのは一発の拳。

 魔力など纏っていない、たった一発の変哲もないモノだった。

 されど、この拳は今や──この世の何よりも強いと確信して言える。

 込められた思いの総量は既に珠雫を上回っている。

 

 

 水の処刑刀の一太刀に完璧にタイミングを合わせられたカウンターは珠雫の顎に吸い込まれる様な軌道で撃ち抜いた。

 

 

「────私の、私の愛の勝ちです」

 

 

 珠雫の鼓膜に届いたのは聞き覚えのある勝利宣言。

 

 

「ま、だです……!

 貴女が立てたのなら、私だって立てる筈……!」

 

 

 珠雫もまた、カナタがした様に愛を縁に立ち上がろうと四肢に力を込め、仰向けに倒れた状態から身体を起こそうとする。

 そうとも、自分が彼女と同じならば、自分とて出来るはずだ。

 私の愛はまだ負けていない。

 

 

「ぐ、あ……!」

 

 しかし、いくら力を込めても、いくら願っても奇跡は起きない。淑女の様に立ち上がれない。

 そればかりか、悲愴境界の効力が消えていく。溢れんばかりの星の力が、消えていく。

 

「何で、さっきのは、ただのパンチじゃない……!

 何で、何で立てないんですかッ……!」

 

「決まってます、貴女の愛が負けたからですよ」

 

「負けてなんか、ないッ。私の愛は────」

 

 断じて負けてなんかない。

 ああ、確かに見方によるがそうも捉えられるだろう。貴女は確かに彼を愛し続けている。

 だから気付かない。自分が何を容認しているのかを。

 そんな珠雫の言葉を遮る様に、淑女は真実を告げる。

 

 

「だって、貴女。彼が幸せなら、それで良いのでしょう?」

 

「あ────」

 

 そう、珠雫とカナタの唯一の違い。彼女は一輝が幸せなら、一輝に相応しい女性ならば隣に立つ事を容認する。容認してしまう。

 素晴らしい愛の形ではある。愛しい人の幸せを願い、その幸せの為に身を引く事ができる。

 素晴らしいのだが──

 

「ですが、自分が一番でなくても良いと認めて良いのですか?」

 

 自身が一番愛している。愛されている。

 一輝と珠雫の関係がそうであれば、今この瞬間にでも立ち上がり、カナタの首を斬って落すだろう。

 だが、そうはならなかった。

 一番愛しているだろうけど、愛されてはいない。隣には既に彼に愛している女性がいる。

 

「理解しなさい……貴女の負けです」

 

 

 星屑の審判は下る。

 勝者は貴徳原カナタ。どちらも愛も同じく強固。勝敗を分けたのは、ほんの小さな、されど致命的な愛の形の差異。

 

 悔恨を残して、魔女の意識は闇へ落ちていった。

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 此処に戦いの趨勢は決した。

 すぐさま、珠雫とカナタを医務室に運ぶため、教員達が試合会場に雪崩れ込む。

 

「行かなきゃ……!」

 

 だが、カナタは教員達の手を振りほどき、覚束ない足取りで歩き出す。

 一歩踏み出す度に傷口から血が滴り落ち、彼女の足跡を赤く染める。

 

 まだ彼女にはやらねばならない事がある。いや、出来たと言うべきだろう。

 観客席に彼の姿は既にない。また会えない。

 今、今でなくてはならない。そうでなくては意味がない。この気持ち、この胸の高鳴り、宿った熱を真に伝えたいから。

 

 

 初めて、見てくれたのだ。

 初めて、笑ってくれたのだ。

 

 

 嬉しかった──ただただ嬉しかった。

 今まで見てくれる事はなかった。

 今まで笑顔を見る事が出来なかった。

 

 

 だから、今しかない。今を逃せば、最高を取り零す。

 故に思う様に動かぬ身体を半ば引きずりながら、壁に凭れ掛かる状態で前へ進み続ける。

 

 

 今、廊下を曲がれば会えるだろうか。

 後、何歩進めば会えるだろうか。

 見慣れた学園が酷く広大に感じる。身体の損傷がそう感じさせるのか、はたまた運命がカナタの最高を取り零させ様としているのか。

 何方かは分からない。分からないが進む。

 視界が霞もうが、何しようが進む。

 

 

 そして────

 

 

「あ────」

 

 

 そして──漸く見つけた。

 黒い長髪、戦の香気、距離にして10m程。

 霞んだ視界でも、認識できる程、強く、強く強い……光。

 

「まっ……て……!」

 

 

 必死に叫ぶが、思う様に声が出ない。

 待って、行かないで、今じゃないといけないの。何度も何度も掠れた声で叫ぶが、届かない。

 喉が裂け、一言発する度に血を吐き、それを繰り返す。

 

 どんどん遠退いていく彼の背中。

 待って、お願いだから。一言だけでも伝えさせて下さい。

 願う、願う、渇望する。

 

 

「れ、……じ、さん……!」

 

 

 そして彼は────振り向いた。

 共にいた西京が血相を変え、何かを言葉を紡いでいるが、聞こえない。

 

「貴徳原カナタか」

 

「は、い……」

 

 何せ、今この場で彼以外を感じる必要がないから。

 彼にこの思いを告げられるなら、とカナタは傷の痛みを全力で忘れ去る。

 嶺二との会話に集中する為だけに。

 

 

「先の試合、途中からだが観ていた」

 

 はい、知ってます。

 あの時、貴方がいたからこそ勝てたんです。

 居なければ、目先の嬉しさのあまり敗北を選んでしまうところでした。

 

 

「ああ、今のお前はとても美しい。唆られたよ、心から。

 お前の様な者が居たのだな。俺は自分の浅はかさを呪うばかりだ」

 

 

 嶺二の目に焼き付いた光景。

 不撓不屈の意思を持って、敗北を、運命を踏破した淑女の姿を。

 

「お前は真に人間(けもの)だった」

 

 故に美しい。その在り方に敬服する。

 

「あ、の……れいじさん……!」

 

 嶺二の賞賛を前にカナタは顔を赤く染めながらたどたどしい口調で言葉を紡ぐ。

 いざ言うとなると胸が締め付けられる。

 だが言う。言うのだ。今逃せば次はない。

 

「私は、貴方の事が、大好きです……!」

 

 子供っぽい、幼い告白。

 小っ恥ずかしいが、これでも良い。

 真に重要なのは思いを伝える事なのだから。

 

 しかし、嶺二の紡いだ言葉はカナタの予想を越えていた。

 

 

「ああ、俺もお前の事が大好きだよ」

 

「へ?」

 

 彼は、嘘偽りのない言の葉を紡いだのだ。

 脳内で電気機器が爆発したかの様に思考を停止したカナタの意識は暗転する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





今回、雑な感じが否めない……!
そして、やはり女の子の心理描写は難しいです。
乙女回路が欲しいところ……

感想、アドバイス等、お待ちしてます。


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幕間


 ────厳然な実力差とはこういうものです。

 

 

 何処か、遥か遠い世界で、とある蜘蛛が囁いた言葉を、彼は知ってか知らずか心の中で反芻していた。

 

 

 ────奇策や相性で引っくり返せる強弱など、結局の所ある程度拮抗した関係である事が前提なのです。

 どう転ぶか分からないという天秤を傾けるのが策であり状況。

 最初から絶望的に開いている差をそれらで埋める事は出来ません。

 

 

 その通りだ。事実、自分がそうだったのだから、この言葉を否定する否はない。

 己が使用する力は、どんな《伐刀者》が相手だろうとある程度、戦えてしまう力だ。まともな対策と言えば、《紅蓮の皇女》の様な広範囲攻撃で辺り一帯を潰しかない程、優秀な技。

 

 そう、自分は優秀、天才だった。一年の間に不可能だった事を可能に出来るほど、成長も早く、皆に誇れる才があった。

 

 

 だが────現実は非情である。

 

 

『僕の最弱(さいきょう)を持って、君の最強を捕まえる!』

 

 

 遥かに格下であり、見下してさえいた相手に醜態を晒しながら敗北。たった一度の敗北で信頼も、取り巻き達も失った。

 更に、皆から蔑まれさえし始めたのだ。

 当然と言えば当然の結末だが、そんなモノは彼の頭にはない。

 かと言って全面的に彼が悪いと言えば理不尽だろう。彼の行動や思想を助長させたのは今までの破軍学園と黒鉄家、ひいては魔道騎士連盟日本支部だ。

 

 そして、今までちやほやしてきた取り巻き達や、手の平を返して黒鉄一輝に擦り寄ってくる人擬きもまた度し難く、今の彼と同じく醜い。

 故に彼の病理は深い。

 

 許せない、許せない、許さないぞ黒鉄一輝!

 お前さえ居なければ──お前が騎士を夢見、目指さなければ僕は此処まで落ちぶれる事はなかったのに!

 

 憎悪、憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪、憎悪しか感じない!

 

 今に見ていろ、僕は必ずお前を再び地の底へ引きずり下ろしてやる!

 僕の装飾品如きが粋がるじゃないッ!

 

 

 爆発し、連鎖する自己愛。他を圧し、己のみ輝けばそれで良い。

 他者など所詮は己を華々しく魅せる装飾品だ。その装飾品が己の輝きを損なわせるのなら、塵の様に捨てるのが一番だろう。

 

 

 狩人たる彼の胸中に渦巻く憎悪に塗れた殺意。最早、慈悲も慢心も何もない。あるのは今までで最高純度の殺意(コレ)だけだ。

 殺す、殺す、黒鉄一輝に最高の絶望と最低の死を。

 

 

 そう心に復讐を誓った狩人。

 悲しい事に、彼は気付かない。自分が磨き上げた殺意の純度はあまりにも低く、それが低俗である事を。

 

 

 もし、彼が生きる世界が、天狗が統べる唯我の世界ならば、その赤子(しゃが)と成り得る可能性を秘め、また彼にとっては居心地の良い事だっただろう。

 

 

 だが、何度も言うが現実とは非情である。

 自己愛に濡れ、憎悪に塗れた殺意に支配されている彼は気付けない。

 対戦相手の決定のメールを確認し、相手が誰であるのかを理解しながら、殺意に酔い痴れたが故に、普段ならば棄権を即決する筈なのに彼は試合に臨んでしまった。

 

 

 これは淑女と魔女の試合と同時刻に行われた、とある試合。

 《狩人》と呼ばれた男の追憶である。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 この日の第二訓練所の観客席は、淑女達が試合を行っている訓練所と比べると、観客が酷く少なかった。

 だが──これは必然だ。今回の試合は謂わば嫌われ者同士の戦いだ。

 大勢の中で一際浮いた異端者。

 醜悪なりし失墜した天才。

 

 この試合を観に来ている者と言えば、よっぽどの物好きか、()()()()()()()だ。

 

 

 そんな中、《狩人》桐原静矢は会場の中心で対戦相手を待ち続ける。

 今の彼にとって、誰が相手かどうかはどうでも良かった。今、この胸に渦巻く憎悪を他者にぶつけるたいだけ。

 黒鉄一輝も憎い、自分を見限った奴らも憎い。何もかもが憎くて仕方がない。

 

 装飾品であるお前ら、僕の轍になってくれ。

 そうさ、負けようと僕が天才である事は変わりないのだから。

 

 

 剥き出しの本能とも言うべき殺意は研がれ、過去最高純度と言えるだろう。

 今ならば、かの《紅蓮の皇女》や《雷切》、いや序列五位までならば倒せる。そんな予感がしてならない。

 

 

「おいおい、対戦相手はまだなのかい? それともアレかな。僕の相手をするのが怖くて逃げ出しちゃったかな?

 ははははははははッ! まあ、当然だよねぇ!」

 

 此処に来て饒舌となっていく狩人。

 自分がこうだと思えば、本当にそうなっても可笑しくないと本気で思っているからこそ、性質(たち)が悪い。

 それは才があるからこその自負にして傲慢だ。

 

 もはや、彼の暴走は止まらないだろう。

 黒鉄一輝に復讐を遂げるまで、天才たる《狩人》は殺意を滾らせ、成長していく事だろう。

 

 

 だが────それも、きっと此処までだろう。

 

 

 

 

「おいおい、中々心地良い啖呵じゃないか」

 

 

 

 

 奈落の底から響くような声が鼓膜を打つ。

 音の発生は遥か前方──自分とは反対側のゲートから。

 コツ、コツと徐々に近づいてくるのは獲物の足音。否、死神のそれである。

 良くぞ啖呵を切って見せた。ああ、良いぞ。俺はお前の期待に応えて、芥の様に殺してやるから、お前も俺の期待に応えて、その真価を、輝きを魅せてくれよ、と彼の殺意が流れ出す。

 

 東堂刀華との試合を経て、彼の破軍学園の生徒への期待は更に膨れ上がっていた。

 愛おしい、輝かしい、ゆえに結末にも妥協しない。

 初めから全力、本気だと言わんばかりに会場の気温が急激に上昇していく。

 魔力障壁をも突破せんと身に灯った劫火の燐光は熱く、猛り、迸る。

 

 

「待たせたな。さあ、始めよう《狩人》よ。お前の殺意は本気だとも。俺が保証する。ゆえに砕かせてくれよ」

 

 

 それが、《狩人》の自愛の限界であり、最期だった。

 結果────

 

 

「ははははははははッ!!

 実に、実に、実に実に実に面白い趣向じゃあないか!」

 

「なんで僕がこんな目にィィィ───!?」

 

 

 ────こうなった。

 勝てる気がしたのは最初だけだった。

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 時は少し遡り試合開始直後、桐原は黒鉄一輝の時と同じ様に最強の隠密、《狩人の森(エリアインビジブル)》を使用する。

 

 あれはまるでピアニストのそれだ。空間を駆け巡る指が構築(かな)でるのは彼の所以たる戦場()を創り上げる為の序曲。

 

「これが《狩人の森》か、ふむ……面白いッ!」

 

 

 その光景を見た瞬間、凶星にして獣たる彼は喜悦の表情を浮かべながら、不退転を、吼える。

 

 

「奴はこう言ったな、“僕の最弱を持って、君の最強を捕まえる”、と。ならば、俺は正面から破ってやろう」

 

 広範囲攻撃など使わない、《落第騎士》の様な瞳などない。小賢しい策など何一つ使わずに正面突破のみ。

 これを馬鹿だと言うなら言えば良い。

 ならばそれがお前の限界だ。越えられぬと吼えるなら、死骸を、恥を晒しながら死ぬが良い。

 負けぬ、負けぬ、我は全てに勝利する。

 

 

 そう、此処までは桐原も願ったり叶ったりだった。黒鉄一輝との試合は彼が保有する《完全掌握》という埒外の瞳により、彼自身の理を見抜かれた故の敗北だった。

 そして、目の前の獣にその様なインチキ紛いの瞳を保有しておらず、更には唯一の突破口だった広範囲攻撃も使わないと言っている。

 

 

 これならば最早、彼を捉える事など不可能に近い。

 予想通り、彼は当初《狩人》を全く捉える事が出来なかった。

 また、飛来する幾多の矢は彼の身体を傷付ける事もまた、中々出来なかった。

 それもそうだろう。何せ、彼の鎧は《雷切》の渾身の一撃で漸くまともなダメージを与えられるレベルなのだ。

 

 

 されど、《狩人》は攻撃を続けた。

 矢を番え、放つ。

 音は無く、熱も無く、何も感じさせない。

 この空間に於いて、嗅覚も触覚も聴覚も視覚も意味を成さない。

 空気の振動や熱源探査etc……きっとどれを使用しても《狩人》を捉える事は出来ない。それほど、この絶技は隠密に長けすぎているのだ。

 

 

 故に、戦況は《狩人》が一方的に彼を攻撃し続ける結果となったのだ。

 

 

 そして、転機は訪れた。

 それは針の先ほどの小さな小さな傷だった。常人ならば蚊に刺された程度、誰かに指先で触れられた様なものだったが、傷を負ったのは彼だ。

 小さな傷は即座に治癒、そこからそれは連鎖する。

 回復、破壊、傷口が拡がる。

 回復、破壊、傷口が増える。

 回復、破壊、傷口が──……連鎖する創造と破壊の嵐。血飛沫を上げながら、彼の身体は赤く染まっていく。

 

『はははははははッ! やっぱりだ、やっぱりアンタは傷を付けられると()()()()んだな!』

 

 会場全体から、《狩人》の声が響く。

 桐原は知ったのだ。《雷切》との試合、彼の異常性でもある過回復。アレが()()()()()する事に。

 

『さぞかし、君の鎧は強固だった事だろうねぇ。けれど、一度攻撃が通れば自壊していく柔過ぎる身体だ。要するにアンタ、過敏なんだね』

 

 彼の一撃では、出来て針の先ほどの傷しか与えられぬだろう。

 だが、彼の身体は傷に対して過敏なのだ。今までまともに傷を負うなど、《雷切》との試合が初なのだ。その結果、精神はその傷を尊んでも、傷に対して極端なほど過敏な身体は傷を負えば過剰に回復してしまう。

 その結果、彼の魔力消費量は増大し、傷は治るばかりか増えていく。

 

 

『こうなっちゃえば、もう僕が手を下す必要はないね。後はゆっくりアンタが倒れるのを待つだけなんだから』

 

 

 

 と、息巻き、現在に至る。

 端的に述べれば、挑発したら櫻井嶺二がその気になって彼が居る場所をピンポイントで全力で攻撃しているのだ。

 

 

『なんで、僕の居場所が分かるんだよォォォォッ!?!?』

 

 

 それは勿論、勘である。

 ピンポイントで彼の居場所を特定するに至る第六感。こと戦闘に於いて、悪意に濡れた殺意に当てられた彼の勘は正しく電波探知機のそれである。

 故に桐原静矢は順当に追い詰められる。

 

 想いの純度は最初から勝負になどなっていない。

 

 

「そこか」

 

『ぐ、ギ、ガァッ!?』

 

 遂に嶺二が桐原を捉えた。

 姿は見えずとも、この手が掴んだ肉の感覚を違える事などあり得ない。

 おそらくは首の辺りを掴んだ、と嶺二は手の力を強め、絞める。

 

『あ、──……!?』

 

 

 案の定、桐原から苦悶の声が上がる。

 すると彼の迷彩が剥がれ、透明化していた桐原が現れた。

 その目に、彼なりの特大の憎悪を宿らせて。

 

 

「何か、言いたげだな。聞こう、述べると良い」

 

 

 手の力を緩め、桐原の喉元に刃を番えながら、嶺二は待つ。

 その憎悪がどんな欲なのか、気になったから……

 

 

「なん、で……!

 なんで天才たる僕が負けるんだ……!

 僕は、天才なんだぞ……アンタに負けるなら、まだ分かる。認めるよ、アンタは正しく天災だ、けれど、なんで、なんで僕があんな黒鉄一輝(クズ)に負けるんだよ……!」

 

 

 それは嶺二に向けるにはあまりにも稚拙で的外れな憎悪。子供の八つ当たりにも等しい愚挙だ。

 けれど、嶺二は笑みを浮かべながら、最期まで聞き続ける。

 

 

「そうさ、あんな聖人気取り、あんな落ちこぼれ、此処に居ること事態が間違いなのさ。

 ああ……それなら倫理委員会にも邪険にされる訳だ。何が夢だよ、何が騎士だよ。馬鹿じゃないのか?

 さっさと死ねよ、ゴミ屑がァァァァッ!」

 

 語気を荒げながら垂れ流される罵詈雑言。

 自分本位な呪詛にして低俗過ぎる祈り。けれど何処までもそれは心の底からの絶叫だった。

 

 ああ、なんて、なんて────

 

 

「ふふふ、はははははは……」

 

 

 ────なんて、甘美なんだろう。

 

「ああ、お前の我欲は良く分かった。だが、よりにもよって……ふふ、ははははははッ!」

 

 これほど可笑しな事などない。お前はなんて的外れで面白い欲を曝け出すんだと呵々大笑する獣。

 

「な、何が可笑しいんだよ!」

 

「ははははははッ! 何って、よりによって彼奴が聖人気取り、聖人君子ときたか」

 

 

 的外れにも程があると、嶺二は笑い続けた。

 しかし、桐原には分からない。《落第騎士》が聖人の類じゃない?

 それこそ、あり得ない。では、何故あの時僕を殺さなかった?

 道理が合わない。悔しかった筈だ、苦しかった筈だ、悲しかった筈だ、恨めしかった筈だ。

 

 なのに、アレはなんだ?

 今まで奴を罵倒し、見下して来た奴らに稽古を付け、夢へと邁進する姿はなんだ?

 まるで悪感情など抱いていないかの様な聖人然とした立ち振る舞いは。

 アレを聖人気取りと言わずしてどう表現しろと言うんだ!

 

「そもそも……根本が違うぞ、《狩人》よ。奴は間違いなく悪感情の類を抱いている。

 ……いや、そもそも……悪感情の一つを抱かぬ者などこの世の何処にも存在しない」

 

 この世に完璧や永遠という概念が存在しない以上、そんな理想的な人間など存在し得ない。

 

 鋼の如き精神を持つ英雄が、悪に対する憤怒を抱いた様に──

 光を愛する魔王が、勇気のなんたるかも知らぬ腐敗した愚図の群れを嫌う様に──

 

 誰しもが持っている、ごく当たり前の心、即ち欲。それを持ち得ぬ者など最早、人ではない。

 

 

「奴の場合は複雑よ。外面ばかりを見れば聖人君子、夢へと向かう好青年としか映るまい。だが、中身はドス黒い悪感情の奔流だ。逆に中身が外面に出ない事の方が、俺は歪だと感じるよ」

 

「じゃあ、やっぱり……! 彼奴は聖人気取り、じゃ────」

 

「それは違う。意図してやっているのなら聖人気取りだろうが、奴は自分の中身など認識していない。自分が何をどう感じたかさえ知らぬ」

 

「なっ────!?」

 

 

 桐原は開いた口が塞がらなかった。

 自分の感情を正しく認識していない?

 そんな馬鹿な話があってたまるか。つまり、黒鉄一輝は自分が何をされようが、自分本位の悪感情を抱いても、それを認識していないと言うのか?

 

 自分以外へ向けられた悪感情には敏感な癖に、自分へ向けられた悪感情に対しては酷く空虚。

 例え、悪感情を向けられても自分は越えるから気にしないとばかりに……

 それこそ黒鉄一輝の異常性なのだと彼は言う。

 

 

「ああ……醜いなぁ、自分自身を尊ばずして博愛など芽生える筈もないというのに……」

 

 

 自分を心から愛せぬ者に、誰かを愛する資格など最初からない。

 低過ぎる自己評価は破滅を持たすものだ。だが、その意思は自分が《伐刀者》として最弱であるという事実が覆い隠してしまっているからこそ病理は深い。

 

 

「だからこそ、俺は疾く黒鉄一輝に人間(けもの)になって欲しいんだよ。心の底から、対等な立場で(はな)し合いたいのさ」

 

 抑圧された道徳、倫理、世界とやらは枯れ井戸に等しい。死合を試合と偽り、闘争を劣化させねば心が踊らぬ愚者の群れなどでは輝けない。

 そんな理不尽があってたまるか、そんな不条理があってたまるか。

 刹那を愛する渇望が原初の荘厳である様に、一心不乱に闘争を求める渇望もまた原初の荘厳である。

 

 

「故に、まずは(あい)そう、越えよう、踏破しよう」

 

 

 《太白星》の刀身に劫火が灯る。轟々と燃える赤は、徐々に黄金光となって輝きを増していく。

 それは正しく、《雷切》との試合で見せた究極の一、《天津甕星》。

 

「ま、待ってくれ、僕の負けだ! 降──」

 

「駄目だ。降参など許さん。疾く、俺の轍となれ」

 

 降参を宣言しようとした桐原の口を抑えつける。決して逃さん、戦場に上がれば最期、白旗など上げなどさせない。

 勝負を決めるのは勝者が決まった時で、敗者がそれを宣言する事などあってはならない。

 

「ン゛ン゛ン゛ンンンンッ!!!!」

 

 必死にもがく桐原だが、もう遅い。間に合わない。眼前に迫る死を前に、急激に成長してはいるが、無理なものは無理なのだ。

 

「《天津甕星》」

 

 放たれた劫火の刺突。

 黄金の波濤を一身に受けた事で、桐原の敗北は決定した。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

「お前、マジで馬鹿だろ! 何度言わせんだよ、これは殺し合いじゃねえって!

 ああぁぁッ! つうか、このやり取り何度目だよッ!!」

 

 

 バゴン、という大凡人が出して良い音ではない音が嶺二の頭から響く。

 それは、重力操作の恩恵を得た西京の拳骨だった。怒りを込めた一発だが、嶺二に大した痛痒を感じていない。

 いや、それよりも先の戦いの余韻に浸り、恍惚としていた。

 

「まさか、アレを受けてあの程度で済むとは想定外だったよ。やはり、あの男は天才と評して問題ないだろう」

 

 先の一撃。《天津甕星》の一撃を受けた桐原は東堂刀華よりダメージが軽度だったのだ。

 全身に甚大な火傷を負ったものの、それでもあり得ない現象だ。

 あの時、あの一瞬で、桐原は進化していた。

 黒鉄一輝との試合で、二つの絶技に目覚めた様に。

 黄金光の刺突にピンポイントで魔力防御を行使し、《狩人の森》を維持していた魔力や残った魔力を全力で使用し、被害を減らしたのだ。

 

 正しく天才の名に恥じぬ一芸。

 これには嶺二も驚いていた。

 

「ああ……楽しかったなぁ、やはり期待通り……否、期待以上だ!」

 

 短く、盛り上がりのかける戦いだったが、最期に魅せてくれたのだ。

 だが、まだだ、まだ足りない。未だに飢えは癒えず、飢えはどんどん増していた。

 

 ああ、誰か俺の飢えを満たしておくれよ。

 そして、彼は──とある少女達に魅せられた。

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 

『──例の写真、撮影完了しました』

 

「ああ、ありがとうございます。大変助かりましたよぉ」

 

『では、後は指定の口座にご入金、宜しくお願いしますね』

 

「んっふっふ、わかってますよ」

 

 彼は、通話を切り、ほくそ笑む。

 彼は、出世欲の塊だった。

 この計画を成せば喉から手が出る程、求めた地位を獲得する事が出来る。その為に彼を────黒鉄一輝を蹴落とす必要があった。

 

 今まで幾度も策を巡らせたが、黒鉄一輝は嵌らなかった。自分の行動がどう解釈され、どうなるかを理解していたから。

 そして、今まで通り彼を標的にした妨害は意味を成さない。

 だが力だけを求めた所で意味はない。結局は世界という荒波に飲まれて消えるのがオチなのだから。

 

 だから、今回は()()を標的にする。

 君達の愛は確かに純だろう。しかし、私の轍になってくれ。

 所詮は学生騎士、一人の子供だ。如何に長じた才能があれども世界の三分の一を敵に回して勝てる者などいないだろう。

 

 故に利用する。二人の恋を、二人の愛を。

 身分違いの恋、ああ……字面に起こせば実にドラマチックな言葉。されど無意味だ。

 現実はそう簡単じゃない。幾ら高潔な聖人君主でも、結局最期は悪意ある為政者に切り捨てられる。

 

 さて、連行したらどうしようか?

 無意味な査問会で無意味な質問を続け、精神を擦り減らそうか?

 食事に薬を混ぜ、肉体的に削ろうか?

 それなら試合も此処で行わせよう。

 決して救いを与えぬ様に、決して希望の光を見出させぬ様に。

 それでも勝つ様なら────

 

 

「んっふっふ……その時は、彼に頼むとしますかね」

 

 デスクトップに映る、櫻井嶺二を眺めながら、赤座守は悪意を孕んだ笑みを浮かべ、月光差し込む一室で、酒を嗜み続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────何処かで、獣の咆哮(嗤い声)が響いた。

 

 

 

 




嶺二の一輝に対する印象

嶺二「お前、あんなにやられっぱなしなのに、なんで彼奴らに殺意抱かんの?
おかしいやん!
自分の価値下げ過ぎや!獣に近いのに勿体無い!」


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心境

 美しいものを見た。

 

『お前を殺すくらいなら、世界を殺したほうがいい』

『だったら世界こそが僕の敵だ』

『レスト・イン・ピース!』

『敗者の悪足掻きは、潔くあるまいよ』

 

 王冠へと至る救済の祈りが紡いだ()()を見た。

 

 

『時よ止まれ、君は誰よりも美しいから』

『私は総てを愛している』

『では、今宵の恐怖劇(グランギニョル)を始めよう』

『すべての想いに巡り来る祝福を』

 

 

 歌劇が魅せる最高の()()を見た。

 

 

 

 

『俺の女神に捧ぐ愛だ』

『おれは誓おう、もう逃げない』

『私たちみんなで、■■を斃そう!』

『『勝負しようかァッ!』』

 

 

 黄昏を下した木乃伊を引き裂く曙光の()()を見た。

 

 

『世の行く末を憂うなら、自分の力でどうにかしてみろォォッ!』

『人類賛歌を謳わせてくれ、喉が枯れ果てるほどにッ!』

 

 戦の真と千の信、試練の魔王が目指した()()を見た。

 

 

『頼む、力を貸して私の英雄ーー!』

『僕の真は、彼女を守りたいというただそれだけだ』

『これからも、私のために生きなさいよ。ずっと、ずっと一番に利用してあげるから……ねえッ』

『おまえの世界はおまえの形に閉じている。ならば己が真のみを求めて痴れろよ、悦楽の詩を紡いでくれ』

 

 夢の悦楽の中で、愛しい()()を見た。

 

 

『私は──その運命を受託する!』

『この身には成したい夢と理想があるから!!』

『『我らの紡ぐ英雄譚は、あくまで我らのものなのだから』』

『『ゆえに邪悪なるもの、一切よ。ただ安らかに息絶えろ』』

 

 

 その中で、愛さえ轢殺する光を見たけれど、

 

 

『全てに、意味があったのだ……!』

『俺はやっと、人間の弱さを愛することができたぞッ!』

『俺たちの過去(すべて)を今度こそ守り抜くために』

『是非も無し──共に生きよう、優しい渚。おまえの贖罪(すべて)が必要だ』

 

 

 それさえ越えた()()も見た。

 他にも、他にも──数多の光と()()を見続けてきた。

 

 

 ああ、素晴らしきかな。喉が枯れ果てる程、いや、魂が擦り切れるまで讃えさせてくれ。

 彼らは常に本気だった。(オモイ)を本気で貫いていた。

 あれこそ道標。目指すべき基本にして到達点。

 

 

 遥か彼方に燦然と輝く光輝を目指して全人類が飛翔した時、今の世は必ず変わる。

 人々の幼年期は終わりを告げ、黄金期とも言える時代はやってくる。

 何故言い切れるか?

 決まっている。現実にそれを果たしたそういう実例があるのだ。

 

 

 悪辣な蛇の呪いを脱却した者がいた。

 自己愛の宇宙に亀裂を刻み込んだ者がいた。

 

 

 彼らは諦めなかった筈だ。求め続けた筈だ。

 魂の底から、無い物を渇く程に願った筈だ。

 

 

 ならば、此方もそうすべきだ。見習わねばなるまい。あの姿勢こそ、基準とせねば幼年期の終わりはあり得ない。

 

 

 だが────

 

 

 

 彼ら(人擬き)が願ったのは怠惰や取るに足らぬ欲とさえ言えぬ矮小な何か、そして本心を覆い隠した偽善や偽悪といった偽り。

 曰く、楽をしたい。

 曰く、自分より下の者を眺めていたい。

 曰く、曰く曰く……そんな願いばかり。

 人類の黄金期は遥か彼方、其処に一欠片程の光輝はない。あるのは膨れ上がり、積もり積もった塵芥。

 

 

 巫山戯るな、巫山戯るなよ。貴様ら、それで生きているつもりか?

 それで真の意味で人だと胸を張って言えるのか?

 本音を殺して、不本意を甘受して、求めた未来へ必死にならずわざわざ我慢し続けるのが利口だと貴様らは言うのか。

 世界征服、人類滅亡、理想郷、英雄志願etc……人類()ならば普通は抱く筈だろうが。

 

 

 楽な方、楽な方、見下して、見下して、見くだし抜いて……そうして自分の醜悪さを認め、思い描いた未来を求めず邁進しないからこそ貴様らは人擬き。

 もしも、これが何の異能もない一般人ならば、認めたくもないがそういうものだと理解はしたかもしれない。

 

 

 だが、そうではなかった。

 軟弱者達は《伐刀者》にも存在していた。

 一般人には無い、超常の力を持っているというのに、それに伴うべき欲を持たぬ人擬きが多過ぎる。

 そも、《伐刀者》とは己が魔力でその存在を運命に刻み込み、切り裂く者。

 

 そしてその魔力の総量は運命の重さに比例するのだろう?

 ならば何故、困難を前に切り開かないのだ?

 より魔力の多い者はそれに比して困難が訪れる。

 例えば、国家の転覆なのが良い例では無いだろうか。

 

 

 そして、その運命とやらについて二極化するのが、困難を打ち破った者と負けた者。歴史で例えるなら織田信長や豊臣秀吉などといった著名な偉人達や神話の中の住人達が特に顕著だろう。

 

 織田信長は本能寺で没し、豊臣秀吉はそれを切っ掛けに栄光への道を手にした。

 油断、慢心からの裏切りは天下を前にした男にとって、最大の困難だった筈。その運命を前に彼は死んだ。

 更に、忠臣であった男には精神面での困難が待ち受けていた。

 期待していた、夢だった──この男こそ天下を統べる器であると信じていた。

 そんな敬愛していた王を失った喪失感は計り知れない。

 しかし、彼は乗り越えた。喪失感を振り切り、王の野望を引き継ぎ、男は天下を取った。

 

 

 さて……此処で問題だ。何故、男は運命に負けたのか。

 個人的には渇望の深度だと言いたいが、この世の常識では、これこそ魔力と運命の比例らしい。

 歴史に名を残した者は、高確率で高位の《伐刀者》であり英雄だった。

 故に、織田信長も高位の実力者であった可能性が伺えるが、彼は負けた。

 星を廻る運命に己を刻み込む事が出来ずに無残に負けた。

 だが、前例として同じ様な困難を超えた者とて史実や神話では存在している筈なのに。

 

 此処で、一つ仮説を立ててみよう。曰く、神とやらは超えられぬ試練を与えないらしい。

 この言葉に従うならば、彼は己の運命に負けた敗残者。

 己と己の運命に諦めてしまったのだが──理解できない。

 いや、真に超えられる試練ならば本気でやればやれるだろ常識的に考えて。

 本気でやっていた?

 普通は無理?

 そうやってすぐ諦めるのが人擬きの証拠だ。

 故、進む意思がないのなら、疾く光で浄滅するが良い。

 

 

 これこそ、人類の、星に■■者の……畜■■■■■天の理にして願いである。

 

 

 

 

 

 

 されど未だ、■■の■は開かれない。

 王は微睡みの中、来る日まで──()()()()()()を犯し続ける。

 さあ、夢から醒めてくれ我らが王。否、愚かしく、醜く、美しい、■よ。

 疾く、俺達の縛鎖を解き放て。

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 

 

 私には好きな人が二人います。

 一人は、とても逞しい益荒男、私の実兄。

 一人は、とても美しい紅蓮の女、兄の恋人。

 

 兄はとても強い人でした。父から、母から、親戚から、世界から、運命から嫌われていると言っても過言ではない程……彼は迫害されている。

 名家に生まれ、才能を持たぬ落ちこぼれという烙印。それを口実に彼らは兄を傷つける。

 幼い私は──そんな事に気付かずに、ただ憧れを抱くだけだった。

 

 ──珠雫は、間違っているよ。

 

 一言、その一言で自分の世界はガラリと一変したのだ。

 力を前に正しさを曲げる子供。

 間違いを正さぬ大人。

 今まで見てきたどの人間とも違った、雄々しくも優しい光。

 

 そんな光が置かれた苛烈な現状を知った時、私は私を恨んだ、蔑んだ。

 愛しいの男が苦しんでいる間、自分は一体何をしていた!

 愛しい、愛しいと何もせず、あの表情の裏にある心の闇を理解する事もなく、ただ甘えていただけ。

 

 誰も彼もが兄を助けない。

 

 故に私は決意した。

 

 私が母になろう、姉になろう、妹であろう、友であろう──恋人になろう。

 愛されぬ彼に、私の最高の愛を、与えられなかった全ての愛を注ごう。

 彼の味方がいないのなら、私がなれば良い。運命の荒波、なんのその。恋する乙女は逆境なんかに屈しない。

 

 だから、この四年間。彼には寂しい想いをさせてしまった。再会は最も情熱的のものにしたが……其処で出会ったのが首席で入学した彼女、ステラ・ヴァーミリオンだ。

 

 

 彼女とのファーストコンタクトは、常識的に言えば最悪だ。

 兄と妹との再会の逢瀬に水を差された挙句、いきなりの下僕宣言。

 兄にそんな趣味もあったのか、やはり虐げられてきた境遇の反動か、などと頭を過ぎる程には私も外面しか取り繕う事しか出来なかったのは今も苦々しく思う。

 趣味嗜好、性癖諸々知っていたのに、そんな事決してあり得ないのに。

 

 其処からだ、彼女との関係が始まったのは。

 端から見たら嫁姑の争い、事実彼女はどう思っているかは知らないが、私もそう感じてしまったのだ。

 人間嫌いを自称してきたが、彼女もまた憎めない。

 何故なら、彼女もまた初めての人だから。

 初めて、兄の容姿などいった外見からではなく、生き様やその姿勢を見てくれたのだ。

 

 素直に嬉しいし、共感してくれる女性でもあった。そう思っていた私に友人はこう言うのだ。

 

 ──珠雫はステラちゃんも大好きよね。

 

 あの柔和な笑みを浮かべてそう言ってのけた友人に否定の言葉を内心、赤面しながら言うがその通りだ。

 黒鉄珠雫はステラ・ヴァーミリオンも大好きだ。

 何度も言うが、彼女は私にとって初めて共感を示せる初めての人。

 恥ずかしくて恥ずかしくて……大好きだなんて人前ではまず言えないけど否定はできない。

 ああ、こういう所は前と変わらないのか。相変わらず自分で言うのも何だが、人見知りなのかもしれない。

 ステラは女性としても魅力的で、騎士としても最優で……何処か抜けてて、思わず悪口が出てしまうほどに純で、一緒に居て楽しいと素直に思う。

 そして彼女になら、兄を任せても構わないとも。

 

 実際、彼女と兄の中は良好だ。隠してはいるがバレバレな程、二人は幸せそうだった。

 何故そう思うか?

 決まっている。あの兄の幸せそうな顔を見たら一目で分かってしまう。

 

 それを見て笑みを浮かべる中、唇から滴る赤い雫。手で拭いながら自嘲する事も多々ある。

 

 ──嫉妬、ああ醜い。私はなんて馬鹿なんだろう。兄の幸せを壊すつもりか?

 

 兄は紛れもなく幸せを掴んだ。ならば私は身を引くべきだ。二人の赤い糸は断ち切れないほど硬く結ばれてるのだから。

 ならば私に出来るのは()()()()()()()()だけだ。

 

 

 それが正しい筈だった。

 

 

『だって、貴女。彼が幸せなら、それで良いのでしょう?』

 

 

 あの一言が自身の根幹を揺さぶる。

 同族であった女に告げられた一言は否定することは出来なかった。

 事実、そうだった。諦めきれなかったけど、兄が幸せならと身を引こうとしたけど、そんなこと無理だった。

 

 でも、もう……そんなことは気にしない。

 

 最早、過去のことだ。気持ちを切り替えて、自分に出来ることをするのみ。

 全力で、今まで通り──兄へと愛を注ぐのみ。

 

 全ては兄の為に────その時だった。

 

 

『いいや、お前には無理だ』

 

 

 何かが囁く、何かが蠢く。

 嬲るように、蔑むように……奈落の如き闇が珠雫を覗き込む様に現れた。

 

 

『お前には不可能だ、お前では力不足だ、お前では振り切れない』

 

 

 その声は聞き覚えがある様な、ない様な曖昧さを孕んでいる。

 声は低音で、高音で。男で女で、二人に聞こえるけど一人しかいない。

 だが、ハッキリと言えるのは、アレは自分が最も嫌いなモノだという事だけ。

 

 

『お前の因果はそういうもので、お前がそれを望んでいるのだから、その運命は変えられない』

 

 

 アレの気配には覚えがある。

 初対面は最悪で、関係も最悪。兄への害悪としかならないだろう忌むべき光。人ならざる、真に人を名乗る(モノ)

 

 

『お前は決して自身の望んだ結末を手にすることはない』

 

 

 櫻井嶺二の、黒鉄珠雫の、獣の嘲笑は永遠に続く。

 彼女が自身にかけた呪いに気づくまで、答えを見つけるまで。

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 

 夢を、見ている。

 あの時に見た、地獄の様な世界ではない。

 紅蓮とは程遠い純白と漆黒が織りなす己の原風景。

 吹雪が荒れ狂い、暗闇に閉ざされた雪原。

 此処こそ、黒鉄一輝という個が証明された思い出の場所。

 

 

『悔しいか小僧、自分が最弱だって事が。なら、その悔しさを忘れるな』

 

 

 あの時、黒鉄龍馬と出会って居なければ黒鉄一輝は死んでいた。肉体的にではなく精神的に。

 あの出会いがなければ、彼がこの夢を抱く事はなかった。あの言葉がなければ、一歩踏み出す事は出来なかった。

 その言葉は正しく不退転の決意を抱かせるのに十分だった。

 

 其処からは正しく求道の旅路だった。

 自分に出来る最善を尽くし、最高を目指しもがき続けた。

 その過程で、何度も自分を上回る最強と戦った。

 最強の魔力を持った皇女。

 最優の隠密を振るう狩人。

 最速の反応を有する剣客。

 他にも、他にも────幾度となく戦い続けた。

 

 

 そして、きっとこれはこれからも変わらない。彼の求道は未だ果てなく続いている。

 そして夢を叶えるために進み続けることだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見ている。

 あの日見た、楽土の様な世界ではない。

 紅蓮とは程遠い、純白と漆黒が織りなす己の原風景。

 吹雪が荒れ狂い、暗闇に閉ざされた雪原。

 此処こそ、■■■■という個が赫怒を抱き続けると誓った決意の聖域。

 

『悔しいか小僧、自分が最弱だって事が。なら、その悔しさを忘れるな』

 

 一体、貴様は誰に口を聞いているのだ。

 悔しさを忘れるな?

 言われるまでもない。(オレ)は一度たりともこの赫怒を忘れたことなどない。

 貴様には分かるまい。己より明らかに格下の者達に踏み躙られ、戦うことさえ許されぬ(オレ)の屈辱など、英雄様に分かる筈などない。

 

 本来なら、ただ一つの勝利さえ格別の味だというのに……そのたった一つの勝利、いや剣を交える事さえ許さぬとはどういう事だ。

 

 理屈が分からん、道理が通らぬ。

 魔力の大小でしか力を語れぬ我が愚兄よ。貴様は知らぬ、お前の存在そのものが我が踏み台でしかない事に。

 

 運命に恵まれ、無類の人間嫌いたる我が愚妹よ。貴様は知らぬ、その運命とやら、その愛なぞ塵と変わらぬ事に。

 

 愚父よ、愚母よ、そして愚親族ども。総じて塵芥だ。役に立て、試練(いけにえ)になれよ、貴様らの生など僕の勝利に使われる以外にない!

 天下の道理だ、弁えろ。

 

 そして我が■■よ。貴様は邪魔だ、疾く消え失せよ。お前では決して勝利を手にすることはできない。僕と変われ、その為のお前だろうが。

 

 彼の色は黒一色。世界から見放されて尚、男は足掻く。

 そう、全てが敵で、全ては轍だ。其処には愛も情も何もない。

 あるのはただ一つ──飽くなき勝利(いただき)への渇望のみ。

 

 今までの闘争とて全てが茶番だ。

 最強の魔力?

 最優の隠密?

 最速の反射?

 それがどうした。世の総ては己の為だけ存在しているのだから、負ける道理など一欠片程もない。

 ■■■■はそう信じて疑わないし、揺るがない。

 

 

 故にさあ、芥ども。疾く我が飛翔の為の轍となれよ。お前らには頂点への階段になる権利を与えてやる。

 

 ──勝利を手にしたいと思う事に、善も悪もある筈ないのだから。

 お前らは、その為(勝利)だけに存在していることを忘れるな。

 

 

 

 




原作で珠雫が雷切、凶運に敗北した二つの戦いに共通していたものなーんだ。
ただ、雷切戦は少しこじつけが過ぎるかも
一輝くん、■■が■■■化待ったなし。

感想、アドバイス等お待ちしてます!


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叛転栄光/Alkaios
暗雲


今回の話は原作通りだった奥多摩の事件や査問会への招集シーンを飛ばしております。



 ──剣を振る。

 愚直に、ただただ夢に向かって振り下ろす。

 障害をものとせずに、己が祈りと約束のために。

 

 ──剣を振る。

 今までの研鑽と努力の全てを一太刀、一挙一動、一分の間に注ぎ込む。

 己に残された手札にして唯一絶対のアイデンティティを振り翳す。

 

 ──剣を振る。

 この学園で、何度も剣を振り下ろす。

 試練の一つ一つは僕にとっては苦難苦行。なにせ相手は常に格上。手なんか抜けないし、抜くつもりもない。

 

 ──剣を振る。

 そうした果てに、漸く光明が見えた。

 無理だ、諦めろと言われ続けたけれど夢の切符を掴むまで後一歩。

 思い返せば、この新学期から色んな事があった。

 ステラとの出会い、《解放軍》に巻き込まれ、因縁の相手との対決。

 憧れの剣客の娘との研鑽、好敵手との手合わせ。本当に……色々あった。

 最近起こった奥多摩の事件──アレも凄かった。数十にも及ぶ岩のゴーレム、それを一閃した東堂刀華。

 櫻井嶺二に負けてしまったものの、その実力はやはり本物。依然と違うのは、彼女にも狂気的な()()ができたのかというくらい、技の一つ一つが冴え渡っていた。

 

 

 そして奥多摩の事件を超え、試合は順調に勝ち進んでいる。後少し、後少しなのだ。

 大願成就、約束の刻は近い。僕の灰色の日常は色彩に満ちていた。

 漸く、今までの努力が実るというのに──

 

 

「ご無沙汰してますねぇ〜。黒鉄一輝クン」

 

 

 ──どうして貴方達は、僕の邪魔をするんだ。

 

 

 日常は崩れ去り、運命の輪が捻れ狂う。

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

『姫の純潔を奪った男』

 

『ヴァーミリオン国王激怒』

 

『日本とヴァーミリオンの国際問題に発展か!?』

 

 今現在、巷はこの手の話題で持ちきりだった。ことの発端は一枚の写真、曰く黒鉄家の落ちこぼれ、素行不良の問題児である《落第騎士》黒鉄一輝と国賓である《紅蓮の皇女》ステラ・ヴァーミリオンが口付けを交わしているといったものだ。

 

 前代未聞の不祥事だと事態の重大さを煽り立てる言葉は世界中で踊る。

 中には本当かどうかも分からない記事も載っているものの、世間からの認識がそれさえも真実だと誤認させる。

 

 誰もが自分の目で確認し、真偽を確かめようとはしない。

 これが世の摂理だというかの様に。

 嘘が真実を塗り潰す所業は正しく人の業とも言えよう。

 そして大衆は気付かない。これが、たった一人を貶める為だけの三文芝居だという事に。

 

 だが、三文芝居も規模が大きくなれば、劇へと変わる。

 もし、《落第騎士》の相手が普通の騎士であるならば、この様な事にはならない。《紅蓮の皇女》というネームバリューが押し上げてしまうのだ。

 

 故に件の騎士──黒鉄一輝は《倫理委員会》の査問会へと応じた。

 自身の無実を証明する為に。

 

 

 そんな真実を知らぬ者達が大半な中、破軍学園では謂れのない彼への誹謗中傷で溢れている。

 コソコソと安全圏から一方的に蔑む様はこの学園が病み、膿んでいることが伺える。

 いや、或いはこれが世界の本質なのかもしれない。

 

 

「ああ、嘆かわしい。これでは哀れで仕方ない」

 

 

 その言葉はとある少女を除き、誰の耳にも届かず虚空へ消えた。

 嶺二は記事を屋上から放り投げる。

 あんなものは彼にとっては無用なのだ。

 どうせ黒鉄一輝は己が喰らうのだから、出鱈目しか載っていない記事には最初から意味などない。

 

「そうは思わんか、我が同胞よ」

 

「ええ、貴方が仰るならば──きっとそうなのでしょう」

 

 彼の声に応えるのはただ一人、彼の同胞たる貴徳原カナタに他ならない。

 否などない、櫻井嶺二が言うのなれば絶対そうなのだ。

 

 彼女の世界はそういうモノだ。獣が齎す光こそが真理なのだから、彼に頭を垂れるが良い。

 

 星屑の大海は凶星(けもの)を更に輝かせる為に存在しているのだから。

 

「でも、意外です。嶺二さんが倫理委員会に乗り込まないなんて」

 

「確かに倫理委員会に乗り込んで楽しむのも一興だろうよ。けれど……」

 

 嶺二の笑みから狂気が溢れる。

 今からでも殺したく堪らない。

 それでも、今はまだダメなのだ。何故なら────

 

「奴は必ず俺の望む物を提供してくれる。必ずや俺の飢えを癒すだろう」

 

「つまり……今回の件で彼は強くなるということですか?」

 

「否、強くなるのではない。本能に正直になるだけだ」

 

「ああ……それはとても、喜ばしいことですね」

 

 嶺二の言葉が示すのはたった一つ。

 その真意を知るカナタの笑みも深まる。

 これほど喜ばしいことは正しくないだろう。心が躍る、熱が高まり、殺意が身体を支配する。

 考えるだけで垂涎ものだ。

 あの剣戟が、勝利への渇望が……その者が今の今まで紡ぎあげた努力、研鑽、輝きと呼べる全てが己に向けられたとしたら。

 

 負ける?

 そんなことはあり得ない。断じて否だと宣言しよう。

 例え相手が誰であろうと喰らう、喰らう、喰らう、無惨に喰い荒らし、血肉へ変えることが出来た時こそが己にとっての至高である。

 

 故に────

 

「勝つのは俺だ」

「勝つのは私です」

 

 決して揺らがぬ、不屈の我欲に限り無し。

 獣は己が飢えを満たすまで止まることなどあり得ないのだから。

 

 

 

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 

 

 現在、黒鉄一輝は今までの人生で一番動揺していた。

 査問会へ呼び出されたからではない。その程度では揺るがないとも。

 では、何が原因か。それは────

 

 

 ──お前に珠雫をやれるわけがないだろう。

 

 

 偶然にもステラとの交際を認めてもらう為のシミレーション中に、自身の父が部屋に入ってきたことだった。

 沈黙が支配する部屋で、最初にそれを破ったのは意外な事に実父である厳。

 

「一輝」

 

「は、はい」

 

 少し上擦り気味の声で応じるものの、背中の汗が増えていく。

 心臓が変なリズムで鼓動を刻む。

 この男は一体、何を口走る気だろうかと集中していると。

 

「お前、珠雫を女として愛しているのか」

 

 ガチン、と擬音が付いても可笑しくないほど一輝は硬直した。

 ……父さんは一体何を言っているのだろう。

 なんだろう、今までの父のイメージが崩れる様な気がしてならない。

 兎も角、なんとか誤解を解くべき一輝は言葉を紡ぐ。

 

「ま、まってまって!

 さっきのアレはステラのご両親に挨拶する時のシミレーションであって、珠雫のことは大切に思っているけど、それはあくまで妹としてであって────」

 

「そうか、ならいい。自分の息子が倫理的にも危ない奴なのではと思ったぞ。安心した」

 

 厳は安堵している様だが、一輝はそれどころではない。ものすごく危ない人間だと父に思われそうだったのだから。

 そうなったら、ステラのご両親に挨拶どころの話ではない。

 しかし、焦ったお陰で少し硬さが取れた。

 

「あ、あのさ。父さん、その……どうして此処に?」

 

「なんだ、息子がエレベーター一本で来れる場所にいるんだ。気まぐれに顔を見に来ることくらいはある」

 

「そう、なんだ」

 

 

 灰色の瞳からは何も感じられない。

 元より一輝は生まれてから父に関しては仏頂面しか見た事。この男が何を思っているのかさえ全くといっていいほど読めない。

 だというのに、自身は両頬にじんわりと疼きの様なものを感じているの何故だ?

 自身が浮かべる疑問に悩む一輝を尻目に厳は会話を続ける。

 

「随分と調子が良いらしいじゃないか」

 

「な、なんのこと?」

 

「決まっている。今年から破軍学園が導入した選抜戦の戦績だ。今のところ十六勝無敗だと聞いている」

 

「え、あ、うん……昨日こっちでやった試合の結果と合わせたら十七勝、かな」

 

「決して弱い相手との試合ばかりではなかったらしいな。……大したものだ」

 

 なんだ、なんなのだ?

 目の前にいる男は本当に《鉄血》と呼ばれた男なのか。

 いや、何よりも感じるのはただ一つ。

 

『何も出来ないお前は、何もするな』

 

 そう告げた男が褒めてくれたのか?

 此処までくれば確信できる。自分は嬉しいのだ、どうしようもなく。

 こうして顔を合わせ、彼の声が聞く事を嬉しく思っている。

 黒鉄一輝は父を──黒鉄厳を家族として愛していたのだ。

 

 父は、自分を見てくれている。

 父は、自分に語りかけてくれる。

 確信した後は、もう止まれない。

 

「あ、あのさ父さん」

 

「なんだ」

 

「ぼ、僕は、頑張ってま、す。ランクは相変わらずだけど、それでも強い人にも勝ってきたし、これからも負けるつもりはありません」

 

 今なら……あの時告げた言葉とは違う答えをくれるかもしれない。

 

「もう、昔の……弱く無力な頃とは違う。……黒鉄の恥にならないくらいには、結構強くなったと思う。だから───っ」

 

 緊張で震える喉で、小さく喘ぐ様に息を吸い込み、そして────

 

「僕が、七星剣武祭で優勝出来たら、そのときは僕を……認めてくれませんか?」

 

 厳は無言で灰色の瞳で一輝を見つめる。

 相変わらずの仏頂面だが、そっと瞼を閉じ。

 

「なるほど、何故お前が私の元を離れたのか……疑問が解けた。つまり、お前は自分が認められていない、と思っていたわけか」

 

 無言で一輝を頷く。何もそれだけが原因ではないが間違いでもない。

 ならばこそ、今の自分ならば認めてくれる。そう思っていた一輝の期待は色んな意味で裏切られた。

 

 

「だとすれば、それは大きな間違いだ。私はお前を、ちゃんと息子として認めている」

 

 

「え…………そんな、嘘だ!」

 

「嘘じゃない。でなければわざわざ顔など見に来ない」

 

「で、でも……父さんは何も……!」

 

 何も教えてなどくれなかった。

 能力の使い方、武芸の稽古など一度たりともだ。

 剰え、自身をあらゆる物事から締め出し、迫害してきたのだ。

 なのに、何故そんな言葉を吐けるのか。

 されど厳は微塵も揺るがない。

 

「必要がなかったから教えなかった、それだけのことだ。才能のない人間に半端な技術を教え込んだところで、それは教える側にとっても教えられない側にとっても無益なことだからな。

 いや、無益で済むならまだ良い。得るものも失うものもないからな。最悪なのは今のお前のように、半端な力で半端に結果を結果を出すことに他ならない」

 

 鉛のように重い声で厳は真意を語り続ける。

 そも、黒鉄家とは『侍』と呼ばれていた時代から、日本の《伐刀者》達を纏めてきた由緒ある家だ。

 だが、騎士を一つの組織のもと、団結させることほど難しいものはない。

 何故なら、誰も彼もが手に余る様な超常の力を持つのだから。

 そういった大小様々な歯車を噛み合わせるのが序列という秩序に他ならない。

 故に、黒鉄一輝の様な存在は歯車の調和を乱す要素なのだ。

 

 

「確かに、お前は努力し、勝利し続け、実績を積んできた。それは()も認めている。けれど、それでは駄目なのだ。

 お前の様に本来なら何も出来ない筈の人間が何かをしてしまうと、下の者達が不毛な思い上がりを抱く」

 

 自分にも何か出来る筈だ、などといった増長は歯車としての役割を狂わせる。

 それでは困るのだ。《伐刀者》とは戦争時には兵士として戦場に赴くことだってある。そんな折に歯車に違和が生じれば、不毛な犠牲を招く結果となることが大半だ。

 だからこその序列。序列とは絶対でないにしろ往々にして正しく、覆す存在こそが稀なのだから。

 

「だから、()はお前に言ったのだ。()()()()()()()()()()()()()()──とな」

 

 

 万象一切は歯車の如く。《鉄血》と呼ばれた男の行動を決定付ける理念が其処にある。

 嫌でも理解した。

 生きた秩序、黒鉄という家が代々受け継いできた役割を全うする機械仕掛けともいうべき存在。

 変革を良しとせず、現状維持を第一とし、己と他者に鉄の掟を課す秩序の番人の姿だった。

 

 だが、それは一輝にとっては堪ったものではない。

 この男は家のことなどどうでも良いのだ。厳にとってはそんな事よりも日本の騎士達の調和を守る事こそが肝要なのだ。

 

「一輝……お前は認めて欲しいのだったな。ならば、今すぐ騎士をやめろ。

 何も出来ないお前は、何もするな。私が望むのはそれだけだ」

 

 鉄の掟に抗うものに容赦はない。

 言い渡された言の葉が鼓膜を揺らし、心を揺さぶる。

 ならば、ならば己はなんだったのだろう。

 僅かばかりでも良い、望んでいて欲しかっただけだったのに……現実とは、運命とは此処まで己に牙を剥くのか。

 《鉄血》は、黒鉄一輝に何も想いを抱いてなどいなかった。

 路傍の石を視界に入れたところで、ああそうか、 とさえ感じない。

 

 

 瞳から溢れる涙が頬を伝う。

 終わっていた、終わっていたのだ、この男と自分の関係は。

 この涙の意味を理解など出来ないほどに……

 

『ふん、屑め。他人に踏み台以外の役割を求めるからそうなるのだ』

 

 誰かの声が聞こえた気がしたが、最早どうでも良い。

 黒鉄一輝という存在が、音を立てて崩れようとしていた。

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 アレは、何故泣いていたのだろう。

 男は一人、執務室へ戻るエレベーターの中で考える。

 泣き始めてから、幾ら話し掛けても返ってくるのは啜り泣く声だけだった。

 幾ら考えても答えは分からない。

 

 

「んっふっふ、どぉもどぉもこんばんわご当主様」

 

「……赤座か」

 

 

 執務室に戻るや否や、思考に耽っていても御構い無しに下卑た笑いを浮かべる己の部下。

 だが、丁度良い。相変わらず良く分からん己の実子……この男から碌な返事はないだろうが聞く価値は多少はある。

 

「赤座、お前から見て……一輝はどう見える」

 

「どうも何も落ちこぼれ、それ以外の何ものでもないですよぉ。それに加えて頑固ですねぇ」

 

 ……客観的に聞くと、自分の子供たちは其処だけは自分に似てしまっている様だ。

 珠雫や王馬も少なからず、その気がある気がする。

 

「まぁ、その頑固さは私達もよぉく知ってますから、それを踏まえて計画させていただきましたぁ」

 

「……憲兵時代の遺産か」

 

 一輝の目に見える疲労はそれでか。

 赤座も今回も何時にも増して本気なのだろう。暗部から日の当たる部署へ異動するために。

 

「……失敗は許さん、やるからには必ず追放しろ」

 

「はい、心得ております」

 

 そう言って赤座は執務室から出て行く。

 部屋には静寂が戻り、ふと執務室の壁に掛けられた歴代の長官の顔写真が目に入った。

 その写真の半数以上が黒鉄の性を持つ者だ。

 ……それでも思わずにはいられない事はあるのだ。

 何故、一輝は《伐刀者》としての道を歩んでしまったのだろう。

 王馬は幼い頃より頭角を現し、リトルリーグを制した。

 珠雫も未だ実績という実績はまだないが、トップに食い込む実力を備えている。

 一輝は《伐刀者》としての才能は皆無だが、それ以外の才能は高いのだ。

 騎士以外の道ならばアレは栄光を手にする事が出来るだろう。

 

 我が子、三人とも才能のベクトルは異なっているものの優秀だ。

 俺個人としては、一輝の道を応援しても構わないのかもしれない。

 けれど──それは俺、黒鉄厳という一個人の私情でしかなく、私に許されたものではない。

 己が分相応な生き方こそ、大多数にとっての幸福。

 無駄な希望や貰い物の自信など、本人にとっても組織にとっても損失を生み出しかねない。

 

 ならば、不要だ。

 だからこそ、どんな手を使っても排除する。

 自分の息子であろうと私は情け容赦なく切り捨てる。

 それが私の責任。鉄の秩序を守るため、今も昔も《鉄血》黒鉄厳のたった一つの正義なのだから。

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 暗い、暗い夜に覆われた氷世界の下に、それはいた。

 白いフードを目深に被り、影で隠れて顔は判別出来ない。

 手に持っているのは一振りの日本刀。血に濡れたかの様な光彩を放つそれは妖刀の類と見紛うほど。

 

 ただ何をするでもなく、吹雪に打たれ、星さえも覆い隠す暗雲を睨む。

 それは待ってるのだ。来るべき日を、己がやらねばならぬ時を。

 

 

 ────覚醒の時は近い。

 

 




だいぶ前になりましたが、一応カナタさんの似非星辰光のステータス載せておきます。

真白の婚姻、感涙するは英雄伴侶(The bride of Peleiades)
基準値:D
発動値:A
集束性:B
拡散性:A
操縦性:AA
付属性:B
維持性:B
干渉性:C

厳さんのキャラがアレで大丈夫か不安です。
それとちょっとしたアンケートの方を活動報告の方で実施しております。宜しければご意見のほどお願いします。

感想、アドバイス等お待ちしております!


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それだけは許せない

 真に尊ぶべき愛とは何か。

 それを自身の思考を闇の中へ没しながら考える。

 

 真に尊ぶべき愛──それなるは揺らぐことなく究極の献身。これこそ、その一つに数えられるのではなかろうか。

 愛する者へ全霊をもって尽すこと、言葉にすれば何と儚く切ないことだろう。報われる保証はない、愛されるという保証もない。

 けれど、尽くさずにはいられないのだ。

 恋とはそういうもの、愛とはそういうもの。

 

 世界がどうとか、背にのしかかる期待や周囲の反対がどうとか、関係ない。

 そんなもの目に入らないほどに人を突き動かす根源こそが愛である。

 

 彼、或いは彼女は夢を目指して努力している。だから、自分も応援ないしは手助けしたい。

 これほど尽くしたのだ。健気な献身の果てに、きっと相手は自分の愛に気付いてくれる。

 そう、信じた経験が、皆あるのではないだろうか?

 いや、大なり小なりある筈だ。

 根拠も無い、盲信ともいうべき絶対的な己の理想への信仰が。

 

『愚かですね』

 

 そんな稚児の如き信仰を嘲笑う言葉が聞こえるが、そんなものはどうでも良い。

 

『そうやって、気付いているのに目を逸らして……かといって自分に都合が良いと分かれば、醜さを隠しもせずに手を伸ばして媚びるんでしょう?』

 

 

 ああ、ああ聞きたくない。どうか喋るな語りかけるな。お前はどうして夢を覚まそうとするんだ。別に良いだろう?

 都合の良い夢を見たって。

 今まで(これ)が報われた時の美々しさを知っているが故に、衆生は夢想してやまない。

 なら、私だって夢を見て、思いを馳せたって構わないじゃない。

 

 決して叶わないんだから……

 

 

 

『叶わないと知ってるなら、なんで愛そうとするの?

 無理なんでしょ?』

 

 それこそ関係ない。

 この愛は無駄なんかじゃなく、この愛に報酬は要らない。

 彼の隣には既に相応しい人がいるけど、それでも私は──彼が与えられる筈だった愛を注ぐのみ。

 

 今までも、そしてこれからも、それは絶対に変わらない、変わらないのだ。これは少女にとっての決定事項。

 

 なのに────

 

 

『関係なくなんてない』

 

 有無を言わさぬ無貌の何某かの声がそれを否定する。

 闇の中へと没していく少女を更に深淵へと引き摺り降ろさんとばかりに発せられるは嫉妬の念。

 

『そんな事は絶対にあり得ない。私を誰だと思ってるの?

 貴女の事は誰よりも、何よりも理解している。

 悔しいはず、憎いはず、恨めしいはず。

 だって、ずっと思ってきたのに、ぽっとでの女なんかに取られて何も思わないなんてあり得ない』

 

 

 声には熱が宿っていない、あるのは絶対零度と錯覚するほどの狂気のみ。

 苦しいはずだ、と何度も何度も似たような事ばかり紡ぐ無貌のソレは口を閉ざさない。

 

 

『自分にとって、初めての理解者?

 笑わせないで、ただの泥棒猫の間違いでしょう。こっちはもう数年も前から愛していたのに、アレはたった数日で結ばれて……

 運命的な出会いってやつかしら?

 反吐が出る。(ねた)ましいったらありゃしない』

 

 

 漫画なんかでもそうだ。

 長年恋していた幼馴染も、ただ運命的な出会いをした女に愛した男を奪われる。

 まるで、今までの思いが無駄だったみたいに。

 認められる訳がない。だって、そんなの可笑しいじゃない。

 努力してきたんだ。その努力が報われないなんて、そんなのってない。

 けど駄目。私はこの努力に対する報酬なんて、求めてはいけないから。

 

 だが、無貌の魔性はこれを最後とばかりに言葉を投げかける。

 

『……貴方はもっと我儘になるべきよ。他者の幸せばかり考えて、少しは自分の幸せを考えるべきよ。

 たとえ、誰を踏み台にしてでも』

 

 

 その言葉がどうしようもない程、彼女の胸の奥に刺さり、闇に埋もれた意識が浮上する。

 

 ☆★☆★☆

 

 

 

 

 それは正しく虎の威ならぬ竜の威だった。

 ステラの紅蓮の髪から滲み出す燐光を散らしながら、眉を吊り上げ、食堂の一角で食事を取っている。

 言葉を交わさなくても皆は理解しているだろう。あの燐光の意味を。アレは怒りだ。赫怒に彩られた煉獄の炎は、理性で完全に抑え込むことなど出来ず、内から外へと流れ出る。

 

 ゆえに興味本意で彼女に近づき、逆鱗に触れでもすれば、火傷程度では済まない。

 必然的に誰も彼女には近寄らない。

 

 

『おい、あれ……』

 

『ねえねえ、あのこと聞いてきなよ』

 

『淫乱皇女様は今日もイライラしてるなぁ』

 

 されど悲しいかな。陰口を叩く輩はどんな場所にも一定数いるのが世の中というもの。

 下卑た笑いを浮かべ、面白半分で他人の光を実害がない限り、踏み躙ることを止めることはない。

 安全圏から他者を殴り、相手の拳だけが此方に当たらないのだ。一方的、理不尽なワンサイドゲーム。

 彼らはそういうものが大好きだ。

 だって、ただバレないように攻撃するだけで、自分の欲求を満たし、相手よりも上だと確認できるから。

 

 

「ほんと……最悪ね」

 

 

 不快で仕方ない。ステラはそう呟いて、手にしていた新聞をテーブルの端へと置いた。

 最早、何度同じような内容の記事を見た事だろう。何度同じような内容の陰口を聞いた事だろう。飽きもせずにダラダラと根も葉もない事ばかり。

 

「日本のマスコミってここまで堕ちてたのね……」

 

「にゃはは……耳が痛いなぁ」

 

 

 ステラの吐き捨てた言葉にバツが悪そうに応答する日下部加々美。

 最強のジャーナリストを目指す彼女にとってはとても耳が痛い話だ。何せ、今回の件は彼女が将来必ずと言って良いほど存在する事だから。

 大抵、大衆の意見というものはマスコミやジャーナリストといった、声の大きな者が世に出す記事によって形成されてしまうものだ。

 それが嘘か真かなど関係ない。大衆が信じ込む様に虚実と真実を織り交ぜ、結果的にそれらしい記事を書けば良いだけなのだから。

 

「ステラちゃんが怒るのは当然だよ。そりゃヴァーミリオンのお姫様が留学先で恋人を作ったーなんてスキャンダルだけど、それを“たかだかブン屋”がステラちゃんの判断を差し置いて不祥事扱いにするなんて失礼すぎるもん。

 ま、倫理委員会(あっち)はそれが国際問題なのを承知で報道してるんだろうけど」

 

 

 たった一人を潰すだけにスキャンダルを不祥事として報道し、マイナスイメージを作る様に倫理委員会は圧力をかけているのだ。

 この世界で一番巨大なエンターテイメントである“KOK”を初めとする騎士興行の速報掲載権限を取り上げると脅迫して……

 

 その手の界隈に顔の利く加々美でさえ、これには耳を疑った。

 圧力をかけた事に対する驚愕ではない。こんなものは珍しくもない。

 彼女の驚愕は、倫理委員会が本気で黒鉄一輝を追放処分にしようとしている事にある。

 

 本来、追放処分は最後の手段であり、滅多に行われる事はない。

 理由は単純──追放処分にあった者は犯罪者に堕ちるからだ。これは世界的に統計の取れた、歴然とした事実だ。

 連盟としては鎖の無い狂犬よりも、鎖のついた狂犬の方が都合が良いのだろう。

 例えば──あの西京寧音のような。

 

 つまるところ、追放処分とは連盟自身で狂犬を世に解き放つ事を意味している。

 故にこそ、連盟は中々重い腰をあげられない。まして学生騎士に対しては極めてレアケースと言えるだろう。

 だが、倫理委員会は本気でケースを起こそうとしている。

 

「でも、だからって……! 実の息子でしょ、これが親のする事なの!?」

 

 ステラは言葉に出さずにはいられなかった。

 血の繋がった家族でどうしてここまで出来るのか、本気で分からない。

 彼女の家族は祖国にいる全員と言っても過言ではないほど愛に溢れている。

 たとえ血の繋がりは無くとも、心で通じ合った一つの家族。ステラもそんな愛の中で育ち、今日まで生きてきたし、その事を誇りに思っている。

 だから、一輝から彼の境遇を聞いた時、驚愕を隠せなかった。

 だって自分の生きてきた境遇とは全く違うから。

 

 

「決まってます、そういう父親だからですよ。そういう人だから、としか言えません」

 

 

 淡々とステラの正面の席に座る黒鉄珠雫は告げる。

 あれは、そういう男だと。

 彼女自身、黒鉄厳が何を考えているのか、何故実の息子にそこまで出来るのか分からないし、理解できない。

 あの歪さは、人の理解できる範疇を超えていると断言できる。

 

 

 あれはまるで────

 

 

 

「あの人は正しく歯車です」

 

 定められた役割以外は出来ないし、認められない機械の如き男。

 揺らぐ心など持たない。他者の言葉に靡く事はない。

 それこそがこの国の秩序の番人に他ならない。

 

「でも、そうなると一輝が心配ね。そんな人の膝下で、彼は今どんな目にあっているのか」

 

 有栖院の神妙な言葉に、皆が黙り込む。

 今の一輝は正しく四面楚歌。査問に応じる態度や口調の揚げ足取りだけなら、あくまでも倫理委員会の心証にとどまるが、果たして彼らはその程度で満足するだろうか?

 

 断じて否だ、必ず彼らは一輝本人の言質を取る為に全力を尽くす。

 査問会が行われる、日の当たらない地下深くは彼らの聖域。つまりは何が起きても不思議では無く、周りは全員黒鉄の者達。

 これだけで、彼がどんな扱いを受けているか想像するのは容易い。

 

 

「ッ……!」

 

 考えれば考えるほど、その嫌な想像がステラの脳裏に過ぎる。

 その度に沸々と己に対する怒りが募る。

 ああ、なんて不甲斐ない。アタシは知っていた筈だ、彼がどんな状況にあるのかを。

 全部、全部アタシのせいだ。

 

 

 だが──そうだとしても。

 

「……アタシ達、何かいけない事したかしら」

 

「ステラちゃん……」

 

 弱々しく、か細い声でステラは呟く

 アタシ達はなにも特別なことをしていた訳ではない。

 ただ普通に──皆がやる様な恋愛をしていた筈だ。青臭く、とても他人には気恥ずかしくて甘酸っぱい日々を送ってきた。

 

 その結果がこれか?

 自分が迂闊なばかりに愛した男の敵に利用されたばかりか、重荷になってしまっている。

 それが苦しくて、苦しくて、苦しくて苦しくて……

 

「もしアタシが、普通の女の子だったら……!」

 

 大事な人の夢を自分が潰してしまうようで、本当に苦しく、悔しい。

 涙は頬を伝って、止め処なく溢れる。

 こんな、こんな形で彼の光を潰してしまうなんて耐えられない。

 だから、つい────

 

「ねぇ、アタシは、イッキと別れた方がいいのかなぁッ。その方が、イッキは幸せになれるのかなぁッ!」

 

 身を切る様な悲哀の絶叫が、心の奥底の不安と共に爆発する。

 そんな弱音を吐いた刹那────

 

 

「避けて、ステラちゃん!!!!」

 

 

 ────悲鳴の様な鋭い誰かの声が、彼女の耳朶を貫いた。

 その背筋を振るわす戦慄と共に、反射的に伏せた目線を持ち上げたが、もう遅い。

 

 眼前には優に三十は超える騎士槍の如き氷柱が迫っていたのだから。

 絶体絶命、それは正しく致死の氷柱。

 避ける事は到底叶わず、

 

「──《妃竜の羽衣(エンプレスドレス)》ッ!」

 

 それでも反応できたのは努力と才能の賜物だろう。

 咄嗟に発動した絶技は、熱波となってステラの身体を包み込む。その温度は摂取三千度という人体を溶かすに至る熱。

 

 だが─────

 

 

「ぎ、ガァっ!?」

 

 ここまでして尚、防御しきれない。

 殺到する氷槍群は知らぬとばかりに熱の壁を貫通し、ステラの身体を切り裂き、砕いて、壁へと打ち付ける。

 全身の痛みを我慢しながら、四肢に力を込めて立ち上がろうとするが、それを嘲笑う様に床を伝う水が蠢く。

 胎動する水は形を成して、ステラの身体をまるで玩具の様に振り回し、食堂の外へと投げ飛ばす。

 窓硝子を突き破り、地面に転がりながら校舎の壁にぶつかったところで攻撃の手が止んだ。

 

 突然の事態に、食堂が騒がしくなるがそんな事はどうでも良かった。

 問題なのは大抵の攻撃ならば、完全に防ぎ切る事が可能な炎の羽衣を貫通する水の魔術。

 そんな事ができる者など、この場には一人しかいない。

 

「何するのよ、シズク……!」

 

 歯を食いしばり、全身を蝕む様な痛みを我慢しつつ目の前の魔女へと視線へ向ける。

 

「…………」

 

 返答はない。魔女は俯いて、ステラと視線を合わせようとしない。

 無言の圧力──とでも言うのだろう。ただ其処にあるだけで、空気が震えて軋みを上げている。

 だが────

 

「ああ……うるさい、うるさいんですよ」

 

 無言を貫いていた魔女は誰かに呟き、頭を掻き毟る。

 漸く上げた顔には何時もの様な静けさはない。あるのはまごう事なき狂気。

 翡翠の瞳が携えているのは、奈落の如き闇だった。だが、かと言って絶望した様には見えない。

 まるで火を求める蛾の様に、光を求めて飢えるその様は、何故かあの獣を彷彿させる。

 

「そんな事は分かってる……分かってても駄目なの」

 

 譫言の様に繰り返す言葉は、ステラではない誰かへの言葉。

 手にした霊装が怪しく輝く。

 総身から迸る絶対零度の殺意が、滲み出す。

 駄目だ、駄目なのと繰り返し、そして────

 

「でも、これだけは怒っていいですよね?」

 

 そう呟く至りかけの何かが殻を破るが如く、早く生み出せと喚き散らす。

 卵の殻に奔る皹の如く、顔に刻まれる喜悦。

 最早、言葉だけでは物足りない。この怒りは収まらない。

 そのまま、水底の魔性は衝動の赴くままに、皇女を狩るべく駆け出した。

 

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 ステラ達が窓硝子を突き破った後、突然の事態に食堂はパニックに陥っていた。

 誰も彼もが愚痴を零し、悪態を吐く中、加々美は非力な身ではあるが、二人を止めようと駆け出そうとするが──

 

「ちょ、ちょっとアリスちゃん!」

 

「…………」

 

 それを無言を貫く有栖院が、彼女の手を引き止める。

 必死に払おうとするが、万力の如く掴む手はビクともしない。早く止めないといけない事など、彼ならば理解している筈なのに何故。

 

「……カガミん、今はこの場から離れるのが先よ」

 

「でも……!」

 

「確かに、あの二人は早目に止めないといけないわ。けど、それには私達は力不足。先生達に任せた方が良い。それに──」

 

 すると有栖院は一拍、言葉を止め────

 

 

 

「カガミンも、あの()()に食べられたくはないでしょう?」

 

「え?」

 

 食堂に潜む、三つの双眸に背筋を震わせながら彼は、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




補足──時系列的に、ステラ達が食堂にいる間、嶺二達は前話通り屋上にいます。

感想、アドバイス等、お待ちしております。


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 一面の銀世界を紅蓮が舞う。

 大地から天へと乱立する氷柱を躱し、時として足場として利用しながら、縦横無尽に駆ける回る皇女目掛けて放たれるは水の魔術。

 幾重にも張り巡らされた、技巧に重きを置いた魔術は自然の猛威と比べても何の遜色はない。

 

 校舎を飲み込むべく展開される津波、それの後を追う銀世界。広範囲に展開された魔性の波濤は、常人には到底躱し切る事は不可能。

 けれど────

 

 

「アァァァァッ!!!!」

 

 

 此処は破軍学園──常人という規格を超えた《伐刀者》の集う学び舎。加えて、魔女と刃を交える紅蓮の女は、その中で飛び抜けた天才。

 烈火の如き咆哮と共に、紅蓮を纏った黄金を上段から振り下ろす。

 灼光一閃──摂氏三千度という熱量を誇る炎の斬撃は、力任せに水の瀑布を切り裂いた。

 それを為し得るのは彼女が身に宿した、生来の魔力。天に棲まう比翼の戦乙女や天昇するけ獣さえも上回る総魔力量、全方位に満遍なく秀でた才覚はあるがままに天災を作り上げることが可能。

 

 縦に両断された津波、その奥で今尚魔力を滾らせる魔女と視線が交錯する。

 殺意、殺意。狂的なまでに飢えた女の情念はまるで深海の如き闇。

 妬ましい、妬ましい──貴女を包む光が羨ましい。ああ、光があるから、彼は私を見てくれない。

 深海を蠢く魔女の闇に呼応する様に、胎動する魔力は不協和音を鳴らして駆動する。

 

 刹那、ステラは下肢に力を込め、足場を砕いて砲弾の様に魔女めがけて飛んだ。

 一直線に、両断された波濤の間を紅蓮が駆ける。

 だが、その様な事を珠雫は見逃さない。

 

 手を虚空で翻し、理想的な魔力運用を以って両断された津波に再干渉。

 干渉、術式変更、再形成──コンマ数秒の内に津波は形を変え、騎士槍の如き氷柱群へ。

 その総数たるや数千に及ぶ。

 

 されど、《紅蓮の皇女》ステラ・ヴァーミリオンは止まらない。

 一歩一歩、大地を踏みしめ、魔女の元へと雷鳴のごとく疾走する。

 それは大火の中に飛び込む様な愚策に見えるが、今に至ってはこれこそが最善手。

 後退や停止などしている暇を、あの魔女が与えてくれる筈はない。必ずそこで何かを仕掛けてくる。故に前進、ただ前へ前へと足を動かす。

 

 足元から突き刺してくる氷柱を踏み潰し、飛来する氷柱を躱す。しかし、規模が規模だ。流石の天才とはいえ、この数全ては捌けない。

 それはステラも理解していた。

 

 

「────ッふ」

 

 呼吸を整え、左手に炎を纏わせ前方へと伸ばす。竜を象った炎は一直線に珠雫へと放たれる。

 

 

「無駄ですよ」

 

 しかし、そんな安易な攻撃は魔女には当たらない。

 身体を僅かに横にズラし、竜炎を躱す。

 そのまま炎は背後にある渡り廊下の柱に着弾したの確認し、珠雫は呟く。

 

 

「やっぱり、あの程度で腑抜けちゃいましたか」

 

 普段の彼女ならば、今の一撃で自身に擦り傷の一つや二つ与えられる筈。いや、最悪の場合、今この瞬間にでも地面に倒れ伏していも可笑しくはない。

 だが、そうはならなかった。

 とどのつまり、今の彼女は普段とはかけ離れている事を示している。

 心に灯る炎は、過去最低と言っても過言ではないほど弱々しい。

 竜は地獄で燻り、煉獄へと羽ばたく翼は捥がれている。

 

 英雄を目指す若人が、闇へと自ら踏み込まざるを得ない状況へ、間接的とはいえ追い込んだ自責の念。

 それが皇女の心の炎を鎮めてしまったのだろう。

 

 

 まあ、気持ちは察しよう。

 誰だって、好いた者が不幸な目に合う事なんて嫌だ。

 

 

 ────けど(だが)だから?(殺す)

 

 黒鉄珠雫はどうしようもない程──ステラ・ヴァーミリオンが気に食わない。

 ああ、なんて堕落だ。こんな、一度苦難が訪れた程度で、なんと女々しい。この程度の人が兄の番だなんて認められない。

 だって、羨ましいじゃない。どうして貴女はそんななのに兄の隣に居られるの?

 どうして私は隣に居られないの?

 

 妹だから?

 ステラさんとお兄様が運命的な出会いをしてしまったから?

 羨ましいのよ誰が決めたの、許せない。

 

 怨嗟に満ちた魔の奔流は誰であろうと止められず、翼を捥がれた竜では防ぎきること能わない。

 

 

 しかし────

 

 

「舐め、るなアァァァァッ!!」

 

「──────」

 

 

 それでも、彼女はどうしようもない程──運命といったモノに愛されているから。

 突如、ステラの疾走が驚異的な加速を見せる。炎の魔術や魔力放出を使用した痕跡は無い。

 ならば何故、そんな疑問の解答はすぐ後ろに存在していた。

 

 ミシリと、何かが軋む音。

 音の発生源は先の竜炎が着弾した渡り廊下の柱に喰らいついている竜炎が、魔女の視界に映る。

 そう、彼女は柱と魔術を使用し、伸ばした竜炎を縮めることで加速しているのだ。

 本来ならば溶ける、または砕ける筈の鉄筋コンクリート製の柱。だが魔女に劣るものの、高度の魔力制御を有する《紅蓮の皇女》にとって、柱を損壊させずに魔術を運用することなど容易い。

 

「アァァァッ!!」

 

「くっ──」

 

 滑空しながらステラは《妃竜の罪剣》を構え直し、放たられる横薙ぎの一閃。珠雫は堪らず伐刀絶技《緋水刃》を使用し、黄金の剣を受けた。

 あまりの衝撃に身体が後方に吹き飛びそうになるが、足を凍らせ大地に縫い止める事で防ぐ。

 

 そこから紡がれる剣の舞踏(ロンド)

 閃く剣はただただ強く、速く、巧い。歯車が上手く噛み合わなくとも、天才は今まで培ってきた努力や賜った才能で乗り越えようとしてくる。

 

 天才は心が折れかけでも天才。

 幾らその歩みが遅くなろうが停滞しようが、歩んできた軌跡が消える訳ではない。

 隔絶した性能差を、すぐに埋める事は出来ない。

 それが出来るのは一握りの狂人だけだ。

 あの、隔絶した意志力を持つ獣の様な……

 

「巫山戯るなッ!」

 

 否定、否定、慟哭怨嗟。

 これでもか。これだけ怨んで思って尚、響かないのか、届かないのか。

 そんな不条理あってたまるか。

 怨みの叫びよ、天へ轟け。紅蓮の光を穢してみせろ。

 水底の魔性は内に巣食う怨嗟を糧に、水の断刃を振るう。

 

「巫山戯てんのは、アンタもでしょうがシズクッ……!」

 

 怨嗟に呼応し、激しさを増す鋼と鋼。

 火花を散らして、皇女は吠える。

 

「アタシが、イッキを諦めれば……少なくとも、これから先の未来に、こんな事は起きなくなるッ」

 

 己の迂闊さが招いた帰結。それを己で拭うのは当然の筋だ。

 ステラが言うように自身の幸せを手放せば、少なくとも彼はこれから先、今回の様な悪辣な謀略に巻き込まれずに済む。

 現に己と出会う以前の彼は、倫理委員会の謀略に嵌る事は一度も無かったのだ。

 

 振るう紅蓮に悲哀が募る。

 揺れる感情の様に、烈火の如く激しさを増す斬撃の嵐は火炎旋風と見紛うほど。

 怒りがあった。悲しみがあった。何よりも心が悲鳴を上げていた。

 

「────で?」

 

 けれど、皇女の悲痛な叫びは、魔女の心に響かない。

 苦しい、悲しい……ああ、理解はするが、だから何だというのだ?

 

「貴女がお兄様との関係を絶ったとして、お兄様は救われると本当に思っているのですか?

 だとしたら、それは間違い。苦し紛れの選択ではお兄様はおろか、誰も救えませんよ」

 

 例え、ステラが皇女ではなく、ごく普通の一般人だったとしても、倫理委員会は今回とは別の形で黒鉄一輝に牙を剥く。

 変わらない、変わらないのだ。其の場凌ぎの策では状況は改善しない。故にステラが一輝と別れた所で意味は無く、彼がもう不幸な目に合わない確率はまた無い。

 何より────

 

 

「何よりも、今の貴女こそ、お兄様を不幸にするんですよッ!」

 

「ッ……!」

 

「お兄様が何故、応じる必要も無い査問に応じたのか……貴女には分からないんですか!?

 お兄様にとって、貴女との関係に泥を塗られたことが、どんなに辛く、許し難いことだったかッ」

 

 白と黒しか無かった彼の世界に色を与えたのは、間違いなくステラとの出会いだった。

 最愛の人にして最高の好敵手との日常は、彼にとってどれほどの救いだったのかを察するのは容易い。

 

 だからこそ、彼は査問へ応じた。

 応じなければ、彼の大切な物の輝きを穢したままとなってしまう事を恐れたから。

 全ては、ステラと共に、騎士の高みを目指す為に。

 故にこそ、黒鉄珠雫の怒りは正当なモノとなる。

 今も孤軍奮闘する一輝との関係を断つ事は裏切りだ。

 激情と共に精度の増す水の断刃は、過去最大の斬れ味を得て、黄金の剣ごとステラの身体を押し返す。

 そして─────

 

 

「自分が楽になりたい為の逃げ道に、お兄様を使うなッ!」

 

 

 一輝の幸せの為とばかりに、目を開ける事を忘れた竜の身体を上段から切り裂いた。

 

 

 

 

 

 




運命(せいしん)は此処に定まった。
幼年期は終わる。殻を破り、天を目指して翔ぶが良い。
光のために。未来のために。自分以外の誰かのために。

全ては、愛する貴方を救うために。


これからも頑張りますので、感想、アドバイス等、お待ちしています!


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